巻一
歌番号  
  雑歌/(天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌)反歌/中皇命
 4  玉尅春 内乃大野尓 馬數而 朝布麻須等六 其草深野  たまきはるうちのおほのにうまなめてあさふますらむそのくさふかの
  中皇命徃于紀温泉之時御歌
 10  君之齒母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名  きみがよもわがよもしるやいはしろのをかのくさねをいざむすびてな
  (右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々])
  天皇詔内大臣藤原朝臣競憐春山萬花之艶秋山千葉之彩時額田王以歌判之歌
 16  冬木成 春去来者 不喧有之 鳥毛来鳴奴 不開有之 花毛佐家礼抒 山乎茂 入而毛不取 草深 執手母不見 秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曽思努布 青乎者 置而曽歎久 曽許之恨之 秋山吾者  ふゆこもり はるさりくれば なかざりし とりもきなきぬ さかざりし はなもさけれど やまをしみ いりてもとらず くさふかみ とりてもみず あきやまの このはをみては もみちをば とりてぞしのふ あをきをば おきてぞなげく そこしうらめし あきやまわれは
   天皇遊猟蒲生野時額田王作歌
 20  茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流  あかねさすむらさきのゆきしめのゆきのもりはみずやきみがそでふる
  (天皇遊猟蒲生野時額田王作歌)皇太子答御歌 [明日香宮御宇天皇謚曰天武天皇]
 21  紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方  むらさきのにほへるいもをにくくあらばひとづまゆゑにわれこひめやも
   高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人]
 32  古人尓和礼有哉樂浪乃故京乎見者悲寸  いにしへのひとにわれあれやささなみのふるきみやこをみればかなしき
 33  樂浪乃國都美神乃浦佐備而荒有京見者悲毛  ささなみのくにつみかみのうらさびてあれたるみやこみればかなしも
   幸于紀伊国時、川島皇子御作歌  或云、山上憶良作
34  白浪乃浜松之枝乃手向草幾代左右二賀年乃経去良武 一云、年者経尓計武  しらなみのはままつがえのたむけくさいくよまでにかとしのへぬらむ
<一に云ふ、「としはへにけむ」>
   幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌 反歌  
 37  雖見飽奴吉野乃河之常滑乃絶事無久復還見牟  みれどあかぬよしののかはのとこなめのたゆることなくまたかへりみむ
  雑歌/((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
 48   野炎 立所見而 反見為者 月西渡  ひむがしののにかぎろひのたつみえてかへりみすればつきかたぶきぬ
  譽謝女王作歌
 59  流經 妻吹風之 寒夜尓 吾勢能君者 獨香宿良武  ながらふるつまふくかぜのさむきよにわがせのきみはひとりかぬらむ
  二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌/舎人娘子従駕作歌
 61  大夫之 得物矢手挿 立向 射流圓方波 見尓清潔之  ますらをのさつやたばさみたちむかひいるまとかたはみるにさやけし
  雑歌/三野連[名闕]入唐時春日蔵首老作歌
 62  在根良 對馬乃渡 々中尓 幣取向而 早還許年  ありねよしつしまのわたりわたなかにぬさとりむけてはやかへりこね
  幸和銅三年庚戌春二月従藤原宮遷于寧樂宮時御輿停長屋原廻望古郷作歌 [一書云 太上天皇御製]
 78  飛鳥 明日香能里乎 置而伊奈婆 君之當者 不所見香聞安良武
[一云 君之當乎 不見而香毛安良牟]
 とぶとりのあすかのさとをおきていなばきみがあたりはみえずかもあらむ 
[きみがあたりをみずてかもあらむ]
  和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井作歌
 82  浦佐夫流 情佐麻祢之 久堅乃 天之四具礼能 流相見者  うらさぶるこころさまねしひさかたのあめのしぐれのながらふみれば
  右二首今案不似御井所作 若疑當時誦之古歌歟
巻二
 歌番号  
  古事記曰 軽太子奸軽太郎女 故其太子流於伊豫湯也 此時衣通王 不堪戀<慕>而追徃時歌曰
 90  君之行 氣長久成奴 山多豆乃 迎乎将徃 待尓者不待  きみがゆきけながくなりぬやまたづのむかへをゆかむまつにはまたじ
  右一首歌古事記与類聚<歌林>所説不同歌主亦異焉 因檢日本紀曰難波高津宮御宇大鷦鷯天皇廿二年春正月天皇語皇后納八田皇女将為妃 時皇后不聴 爰天皇歌以乞於皇后云々 卅年秋九月乙卯朔乙丑皇后遊行紀伊國到熊野岬 取其處之御綱葉而還 於是天皇伺皇后不在而娶八田皇女納於宮中時皇后 到難波濟 聞天皇合八田皇女大恨之云々 亦曰 遠飛鳥宮御宇雄朝嬬稚子宿祢天皇廿三年春<三>月甲午朔庚子 木梨軽皇子為太子 容姿佳麗見者自感 同母妹軽太娘皇女亦艶妙也云々 遂竊通乃悒懐少息 廿四年夏六月御羮汁凝以作氷 天皇異之卜其所由 卜者曰 有内乱 盖親々相奸乎云々 仍移太娘皇女於伊<豫>者 今案二代二時不見此歌也
  相聞/(久米禅師娉石川郎女時歌五首)
 100  東人之 荷向篋乃 荷之緒尓毛 妹情尓 乗尓家留香問 [禅師]  あづまひとののさきのはこのにのをにもいもはこころにのりにけるかも
  大伴宿祢娉巨勢郎女時歌一首 [大伴宿祢諱曰安麻呂也難波朝右大臣大紫大伴長徳卿之第六子平城朝任大納言兼大将軍薨也]
 101  玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓  たまかづらみならぬきにはちはやぶるかみぞつくといふならぬきごとに
  巨勢郎女報贈歌一首 [即近江朝大納言巨勢人卿之女也]
 102  玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎  たまかづらはなのみさきてならざるはたがこひにあらめあはこひおもふを
  天皇賜藤原夫人御歌一首
 103  吾里尓 大雪落有 大原乃 古尓之郷尓 落巻者後  わがさとにおほゆきふれりおほはらのふりにしさとにふらまくはのち
  藤原夫人奉和歌一首
 104  吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武  わがをかのおかみにいひてふらしめしゆきのくだけしそこにちりけむ
  大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首
 105  吾勢コ乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之  わがせこをやまとへやるとさよふけてあかときつゆにわれたちぬれし
 106  二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武  ふたりゆけどゆきすぎかたきあきやまをいかにかきみがひとりこゆらむ
  大津皇子贈石川郎女御歌一首 
 107  足日木乃山之四付二妹待跡吾立所沾山之四附二  あしひきのやまのしずくにいもまつとわれたちぬれぬやまのしずくに
  石川郎女奉和歌一首  
 108  吾乎待跡君之沾計武足日木能山之四附二成益物乎  あをまつときみがぬれけむあしひきのやまのしずくにならましものを
  但馬皇女在高市皇子宮時思穂積皇子御作歌一首
 114  秋田之 穂向乃所縁 異所縁 君尓因奈名 事痛有登母  あきのたのほむきのよれるかたよりにきみによりななこちたくありとも
  勅穂積皇子遣近江志賀山寺時但馬皇女御作歌一首
 115  遺居而 戀管不有者 追及武 道之阿廻尓 標結吾勢  おくれゐてこひつつあらずはおひしかむみちのくまみにしめゆへわがせ
  但馬皇女在高市皇子宮時竊接穂積皇子事既形而御作歌一首
 116  人事乎 繁美許知痛美 己世尓 未渡 朝川渡  ひとごとをしげみこちたみおのがよにいまだわたらぬあさかはわたる
  舎人皇子御歌一首 
 117  大夫哉片恋将為跡嘆友鬼乃益ト雄尚恋二家里  ますらをやかたこひせむとなげけどもしこのますらをなほこひにけり
  舎人娘子奉和歌一首  
 118  嘆管大夫之恋礼許曾吾結髪乃漬而奴礼計礼   なげきつつますらをのこのこふれこそあがゆふかみのひちてぬれけれ
  石川女郎贈大伴宿祢田主歌一首 [即佐保大納言大伴卿之第二子 母曰巨勢朝臣也]
 126  遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曽能風流士  みやびをとわれはきけるをやどかさずわれをかへせりおそのみやびを
  大伴田主字曰仲郎 容姿佳艶風流秀絶 見人聞者靡不歎息也 時有石川女郎 自成雙栖之感恒悲獨守之難 意欲寄書未逢良信 爰作方便而似賎嫗 己提堝子而到寝側 哽音J足叩戸諮曰 東隣貧女将取火来矣 於是仲郎 暗裏非識冒隠之形 慮外不堪拘接之計 任念取火就跡歸去也 明後女郎 既恥自媒之可愧 復恨心契之弗果 因作斯歌以贈謔戯焉
  大伴宿祢田主報贈歌一首
 127  遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曽 風流士者有  みやびをにわれはありけりやどかさずかへししわれぞみやびをにはある
  同石川女郎更贈大伴田主中郎歌一首
 128  吾聞之 耳尓好似 葦若末乃 足痛吾勢 勤多扶倍思  わがききしみみによくにるあしのうれのあしひくわがせつとめたぶべし
  右依中郎足疾贈此歌問訊也
  相聞/長皇子与皇弟御歌一首
 130  丹生乃河 瀬者不渡而 由久遊久登 戀痛吾弟 乞通来祢  にふのかはせはわたらずてゆくゆくとこひたしわがせいでかよひこね
  有間皇子自傷結松枝歌二首  
141  磐白乃浜松之枝乎引結真幸有者亦還見武  いはしろのはままつがえをひきむすびまさきくあらばまたかへりみむ
142  家有者笥尓盛飯乎草枕旅尓之有者椎之葉尓盛  いへにあればけにもるいひをくさまくらたびにしあればしひのはにもる
  長忌寸意吉結松哀咽歌二首 
143  磐代乃崖之松枝将結人者反而復将見鴨  いはしろのきしのまつがえむすびけむひとはかへりてまたみけむかも
144  磐代之野中尓立有結松情毛不解古所念 未詳  いはしろののなかにたてるむすびまつこころもとけずいにしへおもほゆ
  山上憶良追和歌一首 
 145  鳥翔成有我欲比管見良目杼母人社不知松者知良武  つばさなすありがよひつつみらめどもひとこそしらねまつはしるらむ
  右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉 右の件(くだり)の歌どもは、棺を挽く時に作る所にあらずといへども、歌の意(こころ)を准擬す。故以に挽歌の類に載せたり。
  大宝元年辛丑、幸于紀伊国時、見結松歌一首  柿本朝臣人麻呂歌集中出也  
 146  後将見跡君之結有磐代乃子松之宇礼乎又将見香聞   のちみむときみがむすべるいはしろのこまつがうれをまたみけむかも
  十市皇女薨時、高市皇子尊御作歌三首 
156  三諸之神之神須疑巳具耳矣自得見監乍共(訓定説なし)不寝夜叙多   みもろのみわのかむすぎ巳具耳矣自得見監乍共いねぬよぞおおき
157  神山之山辺真蘇木綿短木綿如此耳故尓長等思伎  みわやまのやまへまそゆふみじかゆふかくのみゆえにながくとおもひき
158  山振之立儀足山清水酌尓雖行道之白鳴  やまぶきのたちよそいたるやましみずくみにゆかめどみちのしらなく
  一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首
160  燃火物 取而L而 福路庭 入澄不言八面 智男雲  もゆるひもとりてつつみてふくろにはいるといはずやも 智男雲
  大津皇子薨之後、大来皇女従伊勢斎宮上京之時、御作歌二首 
163  神風之伊勢能国尓母有益乎奈何可来計武君毛不有尓  かむかぜのいせのくににもあらましをなにしかきけむきみもあらなくに
164  欲見吾為君毛不有尓奈何可来計武馬疲尓  みまくほりあがするきみもあらなくになにしかきけむうまつかるるに
  移葬大津皇子屍於葛城二上山之時、大来皇女哀傷御作歌二首  
165  宇都曾見之人尓有吾哉従明日者二上山乎弟世登吾将見  うつそみのひとなるあれやあすよりはふたかみやまをいろせとあがみむ
166  礒之於尓生流馬酔木乎手折目杼令視倍吉君之在常不言尓  いそのうへにおふるあしびをたをらめどみすべききみがありといはなくに
  挽歌/(皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
182  鳥グラ立 飼之鴈乃兒 栖立去者 檀岡尓 飛反来年  とぐらたてかひしかりのこすだちなばまゆみのをかにとびかへりこね
  (右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
  但馬皇女薨後穂積皇子冬日雪落遥望御墓悲傷流涕御作歌一首
203  零雪者 安播尓勿落 吉隠之 猪養乃岡之 寒有巻尓  ふるゆきはあはになふりそよなばりのゐかひのをかのさむからまくに
  (*鴨山五首)  柿本朝臣人麻呂在石見国臨死時、自傷作歌一首  
 223  鴨山之磐根之巻有吾乎鴨不知等妹之待乍将有  かもやまのいはねしまけるあれをかもしらにといもがまちつつあるらむ
  柿本朝臣人麻呂死時、妻依羅娘子作歌二首
224  且今々々々吾待君者石水之貝尓交而有登不言八方  けふけふとあがまつきみはいしかわのかひにまじりてありといはずやも
225  直相者相不勝石川尓雲立渡礼見乍将偲  ただにあはばあひかつましじいしかわにくもたちわたれみつつしのはむ
  丹比真人柿本人麻呂之意、報歌一首 
 226  荒波尓縁来玉乎枕尓置吾此間有跡誰将告  あらなみによりくるたまをまくらにおきあれここにありとたれかつげけむ
  或本歌日 
 227  天離夷之荒野尓君乎置而念乍有者生刀毛無  あまざかるひなのあらのにきみをおきておもひつつあればいけるともなし
  (霊龜元年歳次乙卯秋九月志貴親王<薨>時作歌一首[并短歌])短歌二首
231  高圓之 野邊乃秋芽子 徒 開香将散 見人無尓  たかまとののへのあきはぎいたづらにさきかちるらむみるひとなしに
232  御笠山 野邊徃道者 己伎太雲 繁荒有可 久尓有勿國  みかさやまのへゆくみちはこきだくもしげくあれたるかひさにあらなくに
  右歌笠朝臣金村歌集出
  (霊龜元年歳次乙卯秋九月志貴親王<薨>時作歌一首[并短歌])或本歌曰
233  高圓之 野邊乃秋芽子 勿散祢 君之形見尓 見管思奴播武  たかまとののへのあきはぎなちりそねきみがかたみにみつつしぬはむ
234  三笠山 野邊従遊久道 己伎<太>久母 荒尓計類鴨 久尓有名國  みかさやまのへゆゆくみちこきだくもあれにけるかもひさにあらなくに
巻三  
歌番号  
  天皇賜志斐嫗御歌一首
237  不聴跡雖云強流志斐能我強語比者不聞而朕恋尓家里  いなといへどしふるしひのがしひかたりこのころきかずてあれおもひにけり
  志斐嫗奉和歌一首 嫗名未詳  
238  不聴雖謂話礼話礼常詔許曾志斐伊波奏強話登言  いなといへどかたれかたれとのらせこそしひいはもうせしひかたりといふ
  雑歌/弓削皇子遊吉野時御歌一首
 243
 瀧上之 三船乃山尓 居雲乃 常将有等 和我不念久尓  たきのうへのみふねのやまにゐるくものつねにあらむとわがおもはなくに
  柿本朝臣人麻呂歌一首
 268
 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思努尓 古所念  あふみのうみゆふなみちどりながなけばこころもしのにいにしへおもほゆ
  志貴皇子御歌一首
 269
 牟佐々婢波 木末求跡 足日木乃 山能佐都雄尓 相尓来鴨  むささびはこぬれもとむとあしひきのやまのさつをにあひにけるかも
  阿倍女郎屋部坂歌一首
 271
 人不見者 我袖用手 将隠乎 所焼乍可将有 不服而来来  ひとみずはわがそでもちてかくさむをやけつつかあらむきずてきにけり
  雑歌/(高市連黒人覊旅歌八首)
 280
 速来而母 見手益物乎 山背 高槻村 散去奚留鴨  はやきてもみてましものをやましろのたかのつきむらちりにけるかも
  小田事勢能山歌一首
 294
 真木葉乃 之奈布勢能山 之努波受而 吾超去者 木葉知家武  まきのはのしなふせのやましのはずてわがこえゆけばこのはしりけむ
  高市連黒人近江舊都歌一首
 308
 如是故尓不見跡云物乎樂浪乃舊都乎令見乍本名  かくゆゑにみじといふものをささなみのふるきみやこをみせつつもとな
  高博通法師徃紀伊國見三穂石室作歌三首
 310
 皮為酢寸久米能若子我伊座家留[一云 家牟]三穂乃石室者雖見不飽鴨[一云安礼尓家留可毛]  はだすすきくめのわくごがいましける[けむ]みほのいはやはみれどあかぬかも[あれにけるかも]
 311
 常磐成 石室者今毛 安里家礼騰 住家類人曽 常無里家留  ときはなすいはやはいまもありけれどすみけるひとぞつねなかりける
 312
 石室戸尓 立在松樹 汝乎見者 昔人乎 相見如之  いはやとにたてるまつのきなをみればむかしのひとをあひみるごとし
  式部卿藤原宇合卿被使改造難波堵之時作歌一首
315
 昔者社難波居中跡所言奚米今者京引都備仁鷄里  むかしこそなにはゐなかといはれけめいまはみやこひきみやこびに
  雑歌/(詠不盡山歌一首[并短歌])反歌
323
 不盡嶺尓 零置雪者 六月 十五日消者 其夜布里家利  ふじのねにふりおくゆきはみなづきのもちにけぬればそのよふりけり
  (右一首高橋連蟲麻呂之歌中出焉 以類載此) 
  大宰少貳小野老朝臣歌一首
331
 青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有  あをによしならのみやこはさくはなのにほふがごとくいまさかりなり
  防人司佑大伴四綱歌二首
332
 安見知之 吾王乃 敷座在 國中者 京師所念  やすみししわがおほきみのしきませるくにのうちにはみやこしおもほゆ
333
 藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君  ふぢなみのはなはさかりになりにけりならのみやこをおもほすやきみ
  帥大伴卿歌五首
334
 吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成  わがさかりまたをちめやもほとほとにならのみやこをみずかなりなむ
335
 吾命毛 常有奴可 昔見之 象<小>河乎 行見為  わがいのちもつねにあらぬかむかしみしきさのをがはをゆきてみむため
336
 淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞  あさぢはらつばらつばらにものもへばふりにしさとしおもほゆるかも
337
 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 <忘>之為  わすれくさわがひもにつくかぐやまのふりにしさとをわすれむがため
338
 吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有<乞>  わがゆきはひさにはあらじいめのわだせにはならずてふちにありこそ
  沙弥満誓詠綿歌一首 [造筑紫觀音寺別當俗姓笠朝臣麻呂也]
339
 白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者<伎>袮杼 暖所見  しらぬひつくしのわたはみにつけていまだはきねどあたたけくみゆ
  山上憶良臣罷宴歌一首
340
 憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽  おくららはいまはまからむこなくらむそれそのははもわをまつらむぞ
  大宰帥大伴卿讃酒歌十三首
 353
 黙然居而 賢良為者 飲酒而 酔泣為尓 尚不如来  もだをりてさかしらするはさけのみてゑひなきするになほしかずけり
  沙弥満誓歌一首
 354
 世間乎 何物尓将譬 旦開 榜去師船之 跡無如  よのなかをなににたとへむあさびらきこぎいにしふねのあとなきごとし
  (山部宿祢赤人歌六首)
 365
 美沙居 石轉尓生 名乗藻乃 名者告志弖余 親者知友  みさごゐるいそみにおふるなのりそのなはのらしてよおやはしるとも
 366
 美沙居 荒礒尓生 名乗藻乃 吉名者告世 父母者知友  みさごゐるありそにおふるなのりそのよしなはのらせおやはしるとも
  安倍廣庭卿歌一首
 373
 雨不零 殿雲流夜之 潤濕跡 戀乍居寸 君待香光  あめふらずとのぐもるよのぬれひつとこひつつをりききみまちがてり
  出雲守門部王思京歌一首 [後賜大原真人氏也]
 374
 飫海乃 河原之乳鳥 汝鳴者 吾佐保河乃 所念國  おうのうみのかはらのちどりながなけばわがさほかはのおもほゆらくに
  雑歌/山部宿祢赤人登春日野作歌一首[并短歌]
 375
 春日乎 春日山乃 高座之 御笠乃山尓 朝不離 雲居多奈引 容鳥能 間無數鳴 雲居奈須 心射左欲比 其鳥乃 片戀耳二 晝者毛 日之盡 夜者毛 夜之盡 立而居而 念曽吾為流 不相兒故荷  はるひを かすがのやまの たかくらの みかさのやまに あささらず くもゐたなびき かほどりの まなくしばなく くもゐなす こころいさよひ そのとりの かたこひのみに ひるはも ひのことごと よるはも よのことごと たちてゐて おもひぞわがする あはぬこゆゑに
  (雑歌/(山部宿祢赤人登春日野作歌一首[并短歌])反歌
 376
 高按之 三笠乃山尓 鳴鳥之 止者継流 戀哭為鴨  たかくらのみかさのやまになくとりのやめばつがるるこひもするかも
  石上乙麻呂朝臣歌一首
 377
 雨零者 将盖跡念有 笠乃山 人尓莫令盖 霑者漬跡裳  あめふらばきむとおもへるかさのやまひとになきせそぬれはひつとも
  湯原王芳野作歌一首
 378
 吉野尓有 夏實之河乃 川余杼尓 鴨曽鳴成 山影尓之弖  よしのなるなつみのかはのかはよどにかもぞなくなるやまかげにして
  譬喩歌 / 紀皇女御歌一首
 393
 軽池之 □廻徃轉留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二 □は「氵」に「内」  かるのいけのうらみゆきみるかもすらにたまものうへにひとりねなくに
  笠女郎贈大伴宿祢家持歌三首
 398
 託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来  たくまのにおふるむらさききぬにしめいまだきずしていろにいでにけり
 399
 陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎  みちのくのまののかやはらとほけどもおもかげにしてみゆといふものを
 400
 奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳  おくやまのいはもとすげをねふかめてむすびしこころわすれかねつも
  譬喩歌/大伴宿祢駿河麻呂娉同坂上家之二嬢歌一首
 410
 春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟  はるかすみかすがのさとのうゑこなぎなへなりといひしえはさしにけむ
  譬喩歌/大伴宿祢家持
411  石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無  なでしこがそのはなにもがあさなさなてにとりもちてこひぬひなけむ
  大網公人主宴吟歌一首
416  須麻乃海人之塩焼衣乃藤服間遠之有者未著穢  すまのあまのしほやききぬのふぢころもまとほにしあればいまだきなれず
  大津皇子被死之時、磐余池陂流涕御作歌一首 
419  百伝磐余池尓鳴鴨乎今日耳見哉雲隠去牟  ももづたふいわれのいけになくかもをけふのみみてやくもがくりなむ
  挽歌/溺死出雲娘子火葬吉野時柿本朝臣人麻呂作歌二首
 432
 山際従 出雲兒等者 霧有哉 吉野山 嶺霏□  (□=雨冠に微)   やまのまゆいづものこらはきりなれやよしののやまのみねにたなびく
  神亀五年戊辰、大宰帥大伴卿思恋故人歌三首
441  愛人之纒而師敷細之吾手枕乎纒人将有哉  うつくしきひとのまきてししきたへのあがたまくらをまくひとあらめや
  右一首、別去而経数旬作歌
442  応還時者成来京師尓而誰手本乎可吾将枕  かへるべくときはなりけりみやこにてたがたもとをかあがまくらかむ
443  在京荒有家尓一宿者益旅而可辛苦  みやこなるあれたるいへにひとりねばたびにまさりてくるしかるべし
  右二首、臨近向京之時作歌
  還入故郷家即作歌三首
454  人毛奈吉空家者草枕旅尓益而辛苦有家里  ひともなきむなしきいへはくさまくらたびにまさりてくるしかりけり
455  与妹為而二作之吾山斎者木高繁成家留鴨  いもとしてふたりつくりしわがしまはこだかくしげくなりにけるかも
456  吾妹子之殖之梅樹毎見情咽都追涕之流  わぎもこがうえしうめのきみるごとにこころむせつつなみたしながる
  十一年己卯夏六月大伴宿祢家持悲傷亡妾作歌一首
465  従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿  いまよりはあきかぜさむくふきなむをいかにかひとりながきよをねむ
  悲緒未息更作歌五首
477  昔許曽 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐寳山  むかしこそよそにもみしかわぎもこがおくつきとおもへばはしきさほやま
  挽歌/((十六年甲申春二月安積皇子薨之時内舎人大伴宿祢家持作歌六首)反歌)
480  足桧木乃 山左倍光 咲花乃 散去如寸 吾王香聞  あしひきのやまさへひかりはなのちりぬるごときわがおほきみかも
  右三首二月三日作歌
巻四
歌番号  
  相聞/(吹茨刀自歌二首)
494  河上乃 伊都藻之花乃 何時々々 来益我背子 時自異目八方  かはのへのいつものはなのいつもいつもきませわがせこときじけめやも
  柿本朝臣人麻呂歌四首
 500  古尓 有兼人毛 如吾歟 妹尓戀乍 宿不勝家牟  いにしへにありけむひともあがごとかいもにこひつついねかてずけむ
 501  今耳之 行事庭不有 古 人曽益而 哭左倍鳴四  いまのみのわざにはあらずいにしへのひとぞまさりてねにさへなきし 
  柿本朝臣人麻呂歌三首
 504  未通女等之 袖振山乃 水垣之 久時従 憶寸吾者  をとめらがそでふるやまのみづかきのひさしきときゆおもひきわれは
  安倍女郎歌二首
 508  今更 何乎可将念 打靡 情者君尓 縁尓之物乎  いまさらになにをかおもはむうちなびきこころはきみによりにしものを
  相聞/駿河采女歌一首
 510  細乃 枕従久々流 涙二曽 浮宿乎思家類 戀乃繁尓  しきたへのまくらゆくくるなみたにぞうきねをしけるこひのしげきに
  大納言兼大将軍大伴卿歌一首
 520  神樹尓毛 手者觸云乎 打細丹 人妻跡云者 不觸物可聞  かむきにもてはふるといふをうつたへにひとづまといへばふれぬものかも
  石川郎女歌一首 [即佐保大伴大家也]
 521  春日野之 山邊道乎 与曽理無 通之君我 不所見許呂香聞  かすがののやまへのみちをよそりなくかよひしきみがみえぬころかも
  大伴女郎歌一首 [今城王之母也今城王後賜大原真人氏也]
 522  雨障 常為公者 久堅乃 昨夜雨尓 将懲鴨  あまつつみつねするきみはひさかたのきぞのよのあめにこりにけむかも
  (大伴女郎歌一首 [今城王之母也今城王後賜大原真人氏也])後人追同歌一首
523  久堅乃 雨毛落<粳> 雨乍見 於君副而 此日令晩  ひさかたのあめもふらぬかあまつつみきみにたぐひてこのひくらさむ
  大宰大監大伴宿祢百代戀歌四首
563  孤悲死牟後者何為牟生日之為社妹乎欲見為礼  こひしなむのちはなにせむいけるひのためこそいもをみまくほりすれ
565  無暇 人之眉根乎 徒 令掻乍 不相妹可聞  いとまなくひとのまよねをいたづらにかかしめつつもあはぬいもかも
  大宰帥大伴卿被任大納言臨入京之時府官人等餞卿筑前國蘆城驛家歌四首)
574  月夜吉 河音清之 率此間 行毛不去毛 遊而将歸  つくよよしかはとさやけしいざここにゆくもゆかぬもあそびてゆかむ
  右一首防人佑大伴四綱
  (大宰帥大伴卿上京之後沙弥満誓贈卿歌二首)
576  野干玉之 黒髪變 白髪手裳 痛戀庭 相時有来  ぬばたまのくろかみかはりしらけてもいたきこひにはあふときありけり
 581  天地与 共久 住波牟等 念而有師 家之庭羽裳  あめつちとともにひさしくすまはむとおもひてありしいへのにははも
  相聞/(大伴坂上家之大娘報贈大伴宿祢家持歌四首)
 587  春日山 朝立雲之 不居日無 見巻之欲寸 君毛有鴨  かすがやまあさたつくものゐぬひなくみまくのほしききみにもあるかも
  笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首
 590  吾形見 々管之努波世 荒珠 年之緒長 吾毛将思  わがかたみみつつしのはせあらたまのとしのをながくわれもしのはむ
 591  白鳥能 飛羽山松之 待乍曽 吾戀度 此月比乎  しらとりのとばやままつのまちつつそあがこひわたるこのつきごろを 
592  衣手乎 打廻乃里尓 有吾乎 不知曽人者 待跡不来家留  ころもでをうちみのさとにあるわれをしらにそひとはまてどこずける
593  荒玉 年之經去者 今師波登 勤与吾背子 吾名告為莫  あらたまのとしのへぬればいましはとゆめよわがせこわがなのらすな
 594  吾念乎 人尓令知哉 玉匣 開阿氣津跡 夢西所見  わがおもひをひとにしるれかたまくしげひらきあけつといめにしみゆる
 595  闇夜尓 鳴奈流鶴之 外耳 聞乍可将有 相跡羽奈之尓  やみのよになくなるたづのよそのみにききつつかあらむあふとはなしに
596  君尓戀 痛毛為便無見 楢山之 小松之下尓 立嘆鴨  きみにこひいたもすべなみならやまのこまつがしたにたちなげくかも
597  吾屋戸之 暮陰草乃 白露之 消蟹本名 所念鴨  わがやどのゆふかげくさのしらつゆのけぬがにもとなおもほゆるかも
 598  吾命之 将全<牟>限 忘目八 弥日異者 念益十方  わがいのちのまたけむかぎりわすれめやいやひにけにはおもひますとも
 599  八百日徃 濱之沙毛 吾戀二 豈不益歟 奥嶋守  やほかゆくはまのまなごもあがこひにあにまさらじかおきつしまもり 
600  宇都蝉之 人目乎繁見 石走 間近君尓 戀度可聞  うつせみのひとめをしげみいしはしのまちかききみにこひわたるかも
601  戀尓毛曽 人者死為 水無瀬河 下従吾痩 月日異  こひにもぞひとはしにするみなせがはしたゆわれやすつきにひにけに
 602  朝霧之 欝相見之 人故尓 命可死 戀渡鴨  あさぎりのおほにあひみしひとゆゑにいのちしぬべくこひわたるかも
 603  伊勢海之 礒毛動尓 因流波 恐人尓 戀渡鴨  いせのうみのいそもとどろによするなみかしこきひとにこひわたるかも
604  従情毛 吾者不念寸 山河毛 隔莫國 如是戀常羽  こころゆもわはおもはずきやまかはもへだたらなくにかくこひむとは
605  暮去者 物念益 見之人乃 言問為形 面景尓而  ゆふさればものもひまさるみしひとのこととふすがたおもかげにして
606  念西 死為物尓 有麻世波 千遍曽吾者 死變益  おもひにししにするものにあらませばちたびぞわれはしにかへらまし
607  劔大刀 身尓取副常 夢見津 何如之恠曽毛 君尓相為  つるぎたちみにとりそふといめにみつなにのさがぞもきみにあはむため
 608  天地之 神理 無者社 吾念君尓 不相死為目  あめつちのかみのことわりなくはこそあがおもふきみにあはずしにせめ
 609  吾毛念 人毛莫忘 多奈和丹 浦吹風之 止時無有  われもおもふひともなわすれおほなわにうらふくかぜのやむときもなし
610  皆人乎 宿与殿金者 打礼杼 君乎之念者 寐不勝鴨  みなひとをねよとのかねはうつなれどきみをしおもへばいねかてぬかも
611  不相念 人乎思者 大寺之 餓鬼之後尓 額衝如  あひおもはぬひとをおもふはおほてらのがきのしりへにぬかつくごとし
612  従情毛 我者不念寸 又更 吾故郷尓 将還来者  こころゆもわはおもはずきまたさらにわがふるさとにかへりこむとは
613  近有者 雖不見在乎 弥遠 君之伊座者 有不勝自  ちかくあればみねどもあるをいやとほくきみがいまさばありかつましじ
   右二首相別後更来贈
  (笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)大伴宿祢家持和<歌>二首
614  今更 妹尓将相八跡 念可聞 幾許吾胸 欝悒将有  いまさらにいもにあはめやとおもへかもここだあがむねいぶせくあるらむ
615  中々者 黙毛有益乎 何為跡香 相見始兼 不遂尓  なかなかにもだもあらましをなにすとかあひみそめけむとげざらまくに
  相聞/(山口女王贈大伴宿祢家持歌五首)
617  不相念 人乎也本名 白細之 袖漬左右二 哭耳四泣裳  あひおもはぬひとをやもとなしろたへのそでひつまでにねのみしなくも
  (湯原王贈娘子歌二首 [志貴皇子之子也])娘子報贈歌二首
 636  幾許 思異目鴨 敷細之 枕片去 夢所見来之  いかばかりおもひけめかもしきたへのまくらかたさるいめにみえこし 
  (大伴宿祢駿河麻呂歌三首)
 657  相見者 月毛不經尓 戀云者 乎曽呂登吾乎 於毛保寒毳  あひみてはつきもへなくにこふといはばをそろとわれをおもほさむかも
  中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首
 678  娘子部四 咲澤二生流 花勝見 都毛不知 戀裳摺可聞  をみなへしさきさはにおふるはなかつみかつてもしらぬこひもするかも
 679  海底 奥乎深目手 吾念有 君二波将相 年者經十方  わたのそこおくをふかめてあがおもへるきみにはあはむとしはへぬとも
680  春日山 朝居雲乃 欝 不知人尓毛 戀物香聞  かすがやまあさゐるくものおほほしくしらぬひとにもこふるものかも
681  直相而 見而者耳社 霊剋 命向 吾戀止眼  ただにあひてみてばのみこそたまきはるいのちにむかふあがこひやまめ
 682  不欲常云者 将強哉吾背 菅根之 念乱而 戀管母将有  いなといはばしひめやわがせすがのねのおもひみだれてこひつつもあらむ
  大伴宿祢家持贈娘子歌二首
 694  百礒城之 大宮人者 雖多有 情尓乗而 所念妹  ももしきのおほみやひとはおほかれどこころにのりておもほゆるいも
 695  得羽重無 妹二毛有鴨 如此許 人情乎 令盡念者  うはへなきいもにもあるかもかくばかりひとのこころをつくさくおもへば
  広河女王歌二首 穂積皇子之孫女、上道王之女
697  恋草乎力車二七車積而恋良苦吾心柄  こひぐさをちからぐるまにななくるまつみてこふらくわがこころから
698  恋者今葉不有常吾羽念乎何処恋其附見繋有  こひはいまはあらじとあれはおもへるをいづくのこいそつかみかかれる
  大伴宿祢家持到娘子之門作歌一首
 703  如此為而哉 猶八将退 不近 道之間乎 煩参来而  かくしてやなほやまからむちかからぬみちのあひだをなづみまゐきて
  大伴宿祢家持贈娘子歌七首
719  夜晝 云別不知 吾戀 情盖 夢所見寸八  よるひるといふわきしらずあがこふるこころはけだしいめにみえきや
723  村肝之情揣而如此許余戀良苦乎不知香安類良武  むらきものこころくだけてかくばかりあがこふらくをしらずかあるらむ
  大伴坂上郎女従跡見庄賜留宅女子大嬢歌一首[并短歌]
726  常呼二跡 吾行莫國 小金門尓 物悲良尓 念有之 吾兒乃刀自緒 野干玉之 夜晝跡不言 念二思 吾身者痩奴 嘆丹師 袖左倍<沾>奴 如是許 本名四戀者 古郷尓 此月期呂毛 有勝益土  とこよにと あがゆかなくに をかなとに ものかなしらに おもへりし あがこのとじを ぬばたまの よるひるといはず おもふにし あがみはやせぬ なげくにし そでさへぬれぬ かくばかり もとなしこひば ふるさとに このつきごろも ありかつましじ
727  朝髪之 念乱而 如是許 名姉之戀曽 夢尓所見家留  あさかみのおもひみだれてかくばかりなねがこふれぞいめにみえける
  右歌報賜大嬢進歌也
  同大嬢贈家持歌二首
740  云々 人者雖云 若狭道乃 後瀬山之 後毛将會君  かにかくにひとはいふともわかさぢののちせのやまののちもあはむきみ
741  世間之 苦物尓 有家良之 戀尓不勝而 可死念者  よのなかのくるしきものにありけらしこひにあへずてしぬべきおもへば
  又家持和坂上大嬢歌二首
742  後湍山 後毛将相常 念社 可死物乎 至今日毛生有  のちせやまのちもあはむとおもへこそしぬべきものをけふまでもいけれ
743  事耳乎 後毛相跡 懃 吾乎令憑而 不相可聞  ことのみをのちもあはむとねもころにわれをたのめてあはざらむかも
  更大伴宿祢家持贈坂上大嬢歌十五首
744  夢之相者 苦有家里 覺而 掻探友 手二毛不所觸者  いめのあひはくるしかりけりおどろきてかきさぐれどもてにもふれねば
745  一重耳 妹之将結 帶乎尚 三重可結 吾身者成  ひとへのみいもがむすばむおびをすらみへむすぶべくわがみはなりぬ
746  吾戀者 千引乃石乎 七許 頚二将繋母 神之諸伏  あがこひはちびきのいはをななばかりくびにかけむもかみのまにまに
747  暮去者 屋戸開設而 吾将待 夢尓相見二 将来云比登乎  ゆふさらばやどあけまけてわれまたむいめにあひみにこむといふひとを
748  朝夕二 将見時左倍也 吾妹之 雖見如不見 由戀四家武  あさよひにみむときさへやわぎもこがみともみぬごとなほこひしけむ
749  生有代尓 吾者未見 事絶而 如是A怜 縫流嚢者  いけるよにわれはいまだみずことたえてかくおもしろくぬへるふくろは
750  吾妹兒之 形見乃服 下著而 直相左右者 吾将脱八方  わぎもこがかたみのころもしたにきてただにあふまではわれぬかめやも
751  戀死六 其毛同曽 奈何為二 人目他言 辞痛吾将為  こひしなむそこもおやじぞなにせむにひとめひとごとこちたみあがせむ
752  夢二谷 所見者社有 如此許 不所見有者 戀而死跡香  いめにだにみえばこそあれかくばかりみえずてあるはこひてしねとか
753  念絶 和備西物尾 中々爾 奈何辛苦 相見始兼  おもひたえわびにしものをなかなかにいかでくるしくあひみそめけむ
754  相見而者 幾日毛不經乎 幾許久毛 久流比爾久流必 所念鴨  あひみてはいくかもへぬをここだくもくるひにくるひおもほゆるかも
755  如是許 面影耳 所念者 何如将為 人目繁而  かくばかりおもかげのみにおもほえばいかにかもせむひとめしげくて
756  相見者 須臾戀者 奈木六香登 雖念弥 戀益来  あひみてばしましくこひはなぎむかとおもへどいよよこひまさりけり
757  夜之穂杼呂 吾出而来者 吾妹子之 念有四九四 面影二三湯  よのほどろあがいでてくればわぎもこがおもへりしくしおもかげにみゆ
758  夜之穂杼呂 出都追来良久 遍多數 成者吾胸 截焼如  よのほどろいでつつくらくたびまねくなればあがむねたちやくごとし
  大伴坂上郎女従竹田庄贈女子大嬢歌二首
763  打渡 竹田之原尓 鳴鶴之 間無時無 吾戀良久波  うちわたすたけたのはらになくたづのまなくときなしあがこふらくは
764  早河之 湍尓居鳥之 縁乎奈弥 念而有師 吾兒羽裳アハ怜  はやかはのせにゐるとりのよしをなみおもひてありしあがこはもあはれ
  在久邇京思留寧樂宅坂上大嬢大伴宿祢家持作歌一首
768  一隔山 重成物乎 月夜好見 門尓出立 妹可将待  ひとへやまへなれるものをつくよよみかどにいでたちいもかまつらむ
  (在久邇京思留寧樂宅坂上大嬢大伴宿祢家持作歌一首)藤原郎女聞之即和歌一首
769  路遠 不来常波知有 物可良尓 然曽将待 君之目乎保利  みちとほみこじとはしれるものからにしかぞまつらむきみがめをほり
  大伴宿祢家持従久邇京贈坂上大嬢歌五首
773  人眼多見 不相耳曽 情左倍 妹乎忘而 吾念莫國  ひとめおほみあはなくのみぞこころさへいもをわすれてあがおもはなくに
774  偽毛 似付而曽為流 打布裳 真吾妹兒 吾尓戀目八  いつはりもにつきてぞするうつしくもまことわぎもこあれにこひめや
775  夢尓谷 将所見常吾者 保杼毛友 不相志思<者> 諾不所見<有>武  いめにだにみえむとあれはうけへどもあひしおもはねばうべみえざらむ
 776  事不問 木尚味狭藍 諸弟等之 練乃村戸二 所詐来  こととはぬきすらあじさゐもろとらがねりのむらとにあざむかえけり
777  百千遍 戀跡云友 諸弟等之 練乃言羽者 吾波不信  ももちたびこふといふとももろとらがねりのことばはわれはたのまじ
  相聞/大伴宿祢家持贈紀女郎歌一首
778  鶉鳴 故郷従 念友 何如裳妹尓 相縁毛無寸  うづらなくふりにしさとゆおもへどもなにぞもいもにあふよしもなき
  相聞/紀女郎報贈家持歌一首
779  事出之者 誰言尓有鹿 小山田之 苗代水乃 中与杼尓四手  ことでしはたがことにあるかをやまだのなはしろみづのなかよどにして
  大伴宿祢家持贈紀女郎歌五首
780  吾妹子之屋戸乃籬乎見尓往者盖従門将返却可聞  わぎもこがやどのまがきをみにゆかばけだしかどよりかへしてむかも
781  打妙尓前垣乃酢堅欲見将行常云哉君乎見尓許曾  うつたへにまがきのすがたみまくほりゆかむといへやきみをみにこそ
782  板葺之黒木乃屋根者山近之明日取而持将参来  いたぶきのくろぎのやねはやまちかしあすのひとりてもちてまゐこむ
783  黒樹取草毛苅乍仕目利勤和気登将誉十方不有  くろぎとりかやもかりつつつかへめどいそしきわけとほめむともあらず
784  野干玉能昨夜者令還今夜左倍吾乎還莫路之長手乎  ぬばたまのきぞはかへしつこよひさへあれをかへすなみちのながてを
  (大伴宿祢家持贈娘子歌三首)
 787  打乍二波 更毛不得言 夢谷 妹之<手>本乎 纒宿常思見者  うつつにはさらにもえいはずいめにだにいもがたもとをまきぬとしみば
  大伴宿祢家持報贈藤原朝臣久須麻呂歌三首
 789  春之雨者弥布落尓梅花未咲久伊等若美可聞  はるのあめはいやしきふるにうめのはないまださかなくいとわかみかも 
 790  如夢所念鴨愛八師君之使乃麻祢久通者  いめのごとおもほゆるかもはしきやしきみがつかひのまねくかよへば 
 791  浦若見花咲難寸梅乎殖而人之事重三念曽吾為類  うらわかみはなさきかたきうめをうゑてひとのことしげみおもひぞわがする 
  又家持贈藤原朝臣久須麻呂歌二首
 792  情八十一所念可聞春霞軽引時二事之通者  こころぐくおもほゆるかもはるかすみたなびくときにことのかよへば 
 793  春風之聲尓四出名者有去而不有今友君之随意  はるかぜのおとにしいでなばありさりていまならずともきみがまにまに 
  藤原朝臣久須麻呂来報歌二首
 794  奥山之磐影尓生流菅根乃懃吾毛不相念有哉  おくやまのいはかげにおふるすがのねのねもころわれもあひおもはざれや 
 795  春雨乎待常二師有四吾屋戸之若木乃梅毛未含有  はるさめをまつとにしあらしわがやどのわかきのうめもいまだふふめり 
巻五
歌番号  
  反歌
802  伊毛何美斯阿布知乃波那波知利奴倍斯和何那久那美多伊摩陁飛那久尓  いもがみしあふちのはなはちりぬべしわがなくなみだいまだひなくに
  梅花宴/(梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封□而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 促膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以□情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)
820  烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我覇能曽能尓 阿利己世奴加毛[少貳小野大夫]  うめのはないまさけるごとちりすぎずわがへのそのにありこせぬかも
825  阿乎夜奈義烏梅等能波奈乎遠理可射之能弥弖能々知波 知利奴得母與斯[笠沙弥]  あをやなぎうめとのはなををりかざしのみてののちはちりぬともよし
826  和何則能尓宇米能波奈知流比佐可多能阿米欲里由吉能那何列久流加母 主人  わがそのにうめのはなちるひさかたのあめよりゆきのながれくるかも 主人
827  烏梅能波奈 知良久波伊豆久 志可須我尓 許能紀能夜麻尓 由企波布理都々[大監伴氏百代]  うめのはなちらくはいづくしかすがにこのきのやまにゆきはふりつつ
833  烏梅能波奈 佐企弖知理奈波 佐久良婆那 都伎弖佐久倍久 奈利尓弖阿良受也[藥師張氏福子]  うめのはなさきてちりなばさくらばなつぎてさくべくなりにてあらずや
  (憶良誠惶頓首謹啓 / 憶良聞 方岳諸侯 都督刺使 並依典法 巡行部下 察其風俗 意内多端口外難出 謹以三首之鄙歌 欲寫五蔵之欝結 其歌曰)
874  毛々可斯母 由加奴麻都良遅 家布由伎弖 阿須波吉奈武遠 奈尓可佐夜礼留  ももがしもゆかぬまつらぢけふゆきてあすはきなむをなにかさやれる
  天平二年七月十一日 筑前國司山上憶良謹上
  大伴佐提比古郎子、特被朝命、奉使蕃国。艤棹言帰、稍赴蒼波。妾也松浦佐用姫嬪面、嗟此別易、歎彼会難。即登高山之嶺、遥望離去之船、悵然断肝、黯然銷魂。遂脱領巾麾之、傍者莫不流涕。因号此山、曰領巾麾之嶺也。乃作歌曰、  
 875  得保都必等麻通良佐用比米都麻胡非尓比例布利之用利於返流夜麻能奈   とほつひとまつらさよひめつまごひにひれふりおへるやまのな
  後人追和 
 876  夜麻能奈等伊賓都夏等可母佐用比売河許能野麻能閇仁必例遠布利家牟    やまのなといひつげとかもさよひめがこのやまのへにひれをふりけむ 
  最後人追和    
 877  余呂豆余尓可多利都夏等之許能多気仁比例布利家良之麻通羅佐用嬪面   よろづよにかたりつげとしこのたけにひれふりけらしまつらさよひめ 
  最々後人追和   
 878  宇奈波良能意吉由久布祢遠可弊礼等加比礼布良斯家武麻都良佐欲比売   うなはらのおきゆくふねをかへれとかひれふらしけむまつらさよひめ 
 879  由久布祢遠布利等騰尾加祢伊加婆加利故保斯苦阿利家武麻都良佐欲比売   ゆくふねをふりとどみかねいかばかりこほしくありけむまつらさよひめ 
  〔(老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首]〕反歌   
 904  周弊母奈久 苦志久阿礼婆 出波之利 伊奈々等思騰 許良尓佐夜利奴   すべもなくくるしくあればいではしりいななとおもへどこらにさやりぬ
  (天平五年六月丙申朔三日戊戌作)  
  (「老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首]」反歌)   
 905  富人能 家能子等能 伎留身奈美 久多志須都良牟 キヌ綿良波母  とみひとのいへのこどものきるみなみくたしすつらむきぬわたらはも
巻六  ページトップへ
歌番号   
  ((雑歌 / 養老七年癸亥夏五月幸于芳野離宮時笠朝臣金村作歌一首[并短歌])反歌二首)
 914  山高三 白木綿花 落多藝追 瀧之河内者 雖見不飽香聞  やまたかみしらゆふばなにおちたぎつたきのかふちはみれどあかぬかも
  雑歌/〔(神龜元年甲子冬十月五日幸于紀伊國時山部宿祢赤人作歌一首[并短歌])反歌二首〕
 924  若浦尓 塩満来者 滷乎無美 葦邊乎指天 多頭鳴渡  わかのうらにしほみちくればかたをなみあしへをさしてたづなきわたる
  右年月不記 但称従駕玉津嶋也 因今檢注行幸年月以載之焉
  雑歌/(山部宿祢赤人作歌二首[并短歌])反歌一首
 932  足引之 山毛野毛 御猟人 得物矢手挟 散動而有所見  あしひきのやまにものにもみかりひとさつやたばさみさわきてありみゆ
  右不審先後 但以便故載於此次
  雑歌/[(三年丙寅秋九月十五日幸於播磨國印南野時笠朝臣金村作歌一首[并短歌])反歌二首])
 942  徃廻 雖見将飽八 名寸隅乃 船瀬之濱尓 四寸流思良名美  ゆきめぐりみともあかめやなきすみのふなせのはまにしきるしらなみ
  雑歌/過辛荷嶋時山部宿祢赤人作歌一首[并短歌]
 947  味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼々 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥  あぢさはふ いもがめかれて しきたへの まくらもまかず かにはまき つくれるふねに まかぢぬき わがこぎくれば あはぢの のしまもすぎ いなみつま からにのしまの しまのまゆ わぎへをみれば あをやまの そこともみえず しらくもも ちへになりきぬ こぎたむる うらのことごと ゆきかくる しまのさきざき くまもおかず おもひぞわがくる たびのけながみ
  雑歌/(四年丁卯春正月勅諸王諸臣子等散禁於授刀寮時作歌一首[并短歌])反歌一首
 954  梅柳 過良久惜 佐保乃内尓 遊事乎 宮動々尓  うめやなぎすぐらくをしみさほのうちにあそびしことをみやもとどろに
  右神龜四年正月 數王子及諸臣子等 集於春日野而作打毬之樂 其日忽天陰 雨雷電 此時宮中無侍従及侍衛 勅行刑罰皆散禁於授刀寮而妄不得出道路 于時悒憤即作斯歌
  雑歌/帥大伴卿宿次田温泉聞鶴喧作歌一首
 966  湯原尓 鳴蘆多頭者 如吾 妹尓戀哉 時不定鳴  ゆのはらになくあしたづはあがごとくいもにこふれやときわかずなく
  同坂上郎女向京海路、見浜貝作歌一首 
 969  吾背子尓戀者苦暇有者拾而将去戀忘貝  わがせこにこふればくるしいとまあらばひりひてゆかむこひわすれがひ
  冬十二月<大>宰帥大伴卿上京<時>娘子作歌二首
 970  凡有者 左毛右毛将為乎 恐跡 振痛袖乎 忍而有香聞  おほならばかもかもせむをかしこみとふりたきそでをしのびてあるかも
 971  倭道者 雲隠有 雖然 余振袖乎 無礼登母布奈  やまとぢはくもがくりたりしかれどもわがふるそでをなめしともふな
  右大宰帥<大>伴卿兼任大納言向京上道 此日馬駐水城顧望府家 于時送卿府吏之中有遊行女婦 其字曰兒嶋也 於是娘子傷此易別嘆彼難會 拭涕自吟振袖之歌
  大納言大伴卿和歌二首
 972  日本道乃 吉備乃兒嶋乎 過而行者 筑紫乃子嶋 所念香聞  やまとぢのきびのこしまをすぎてゆかばつくしのこしまおもほえむかも
 973  倭道者 雲隠有 雖然 余振袖乎 無礼登母布奈  ますらをとおもへるわれやみづくきのみづきのうへになみたのごはむ
  (四年壬申藤原宇合卿遣西海道節度使之時高橋連蟲麻呂作歌一首[并短歌])反歌一首
 977
 千萬乃軍奈利友言擧不為取而可来男常曽念   ちよろづのいくさなりともことあげせずとりてきぬべきをのことぞおもふ 
  雑歌/安倍朝臣蟲麻呂月歌一首 
 985  雨隠 三笠乃山乎 高御香裳 月乃不出来 夜者更降管  あまごもりみかさのやまをたかみかもつきのいでこぬよはくたちつつ
  雑歌/藤原八束朝臣月歌一首
 992  待難尓 余為月者 妹之著 三笠山尓 隠而有来  まちかてにわがするつきはいもがきるみかさのやまにこもりてありけり
  雑歌 大伴宿禰家持初月歌一首 
 999  振仰而若月見者一目見之人眉引所念可聞  ふりさけてみかづきみればひとめみしひとのまよびきおもほゆるかも
  雑歌 大伴坂上郎女宴親族歌一首
 1000  如是為乍 遊飲與 草木尚 春者生管 秋者落去  かくしつつあそびのみこそくさきすらはるはさきつつあきはちりゆく 
  雑歌/筑後守外従五位下葛井連大成遥見海人釣船作歌一首
 1008  海□嬬 玉求良之 奥浪 恐海尓 船出為利所見 □=「女」偏に「感」  あまをとめたまもとむらしおきつなみかしこきうみにふなでせりみゆ
  雑歌 按作村主益人歌一首
 1009  不所念来座君乎佐保川乃河蝦不令聞還都流香聞  おもほえずきまししきみをさほがはのかはづきかせずかへしつるかも 
  右、内匠大属按作村主益人、聊設飲饌、以饗長官佐為王。 未及日斜王既還歸。 於時、益人怜惜不○之歸、仍作此歌雑歌  右、内匠大属按作村主益人、いささかに飲饌を設けて、長官佐為王に饗す。未だ日斜つにも及ばねば、王既に還帰りぬ。ここに、益人、厭かぬ帰りを怜しび惜しみ、よりてこの歌を作る。
  雑歌/(秋八月廿日宴右大臣橘家歌四首)
 1030  百礒城乃 大宮人者 今日毛鴨 暇无跡 里尓不出将有  ももしきのおほみやひとはけふもかもいとまをなみとさとにいでずあらむ
  右一首右大臣傳云 故豊嶋采女歌
  雑歌/〔(十二年庚辰冬十月依大宰少貳藤原朝臣廣嗣謀反發軍 幸于伊勢國之時)狭殘行宮大伴宿祢家持作歌二首〕
 1037  御食國 志麻乃海部有之 真熊野之 小船尓乗而 奥部榜所見  みけつくにしまのあまならしまくまののをぶねにのりておきへこぐみゆ
  雑歌/十二年庚辰冬十月依大宰少貳藤原朝臣廣嗣謀反發軍 幸于伊勢國之時河口行宮内舎人大伴宿祢家持作歌一首
 1033  河口之 野邊尓廬而 夜乃歴者 妹之手本師 所念鴨  かはぐちののへにいほりてよのふればいもがたもとしおもほゆるかも
  傷惜寧楽京荒墟作歌三首 作者不審
1048  紅尓深染西情可母寧楽乃京師尓年之歴去倍吉  くれなゐにふかくしみにしこころかもならのみやこにとしのへぬべき
1049  世間乎常無物跡今曾知平城京師之移徒見者  よのなかをつねなきものといまそしるならのみやこのうつろふみれば
1050  石綱乃又変若返反青丹吉奈良乃都乎又将見鴨  いはつなのまたをちかへりあをによしならのみやこをまたみむかも
  雑歌/悲寧樂故郷作歌一首[并短歌]
 1051  八隅知之 吾大王乃 高敷為 日本國者 皇祖乃 神之御代自 敷座流 國尓之有者 阿礼将座 御子之嗣継 天下 所知座跡 八百萬 千年矣兼而 定家牟 平城京師者 炎乃 春尓之成者 春日山 御笠之野邊尓 櫻花 木晩牢 皃鳥者 間無數鳴 露霜乃 秋去来者 射駒山 飛火賀タケ丹 芽乃枝乎 石辛見散之 狭男壮鹿者 妻呼令動 山見者 山裳見皃石 里見者 里裳住吉 物負之 八十伴緒乃 打經而 思煎敷者 天地乃 依會限 萬世丹 榮将徃迹 思煎石 大宮尚矣 恃有之 名良乃京矣 新世乃 事尓之有者 皇之 引乃真尓真荷 春花乃 遷日易 村鳥乃 旦立徃者 刺竹之 大宮人能 踏平之 通之道者 馬裳不行 人裳徃莫者 荒尓異類香聞  やすみしし わがおほきみの たかしかす やまとのくには すめろきの かみのみよより しきませる くににしあれば あれまさむ みこのつぎつぎ あめのした しらしまさむと やほよろづ ちとせをかねて さだめけむ ならのみやこは かぎろひの はるにしなれば かすがやま みかさののへに さくらばな このくれがくり かほどりは まなくしばなく つゆしもの あきさりくれば いこまやま とぶひがたけに はぎのえを しがらみちらし さをしかは つまよびとよむ やまみれば やまもみがほし さとみれば さともすみよし もののふの やそとものをの うちはへて おもへりしくは あめつちの よりあひのきはみ よろづよに さかえゆかむと おもへりし おほみやすらを たのめりし ならのみやこを あらたよの ことにしあれば おほきみの ひきのまにまに はるはなの うつろひかはり むらとりの あさだちゆけば さすたけの おほみやひとの ふみならし かよひしみちは うまもゆかず ひともゆかねば あれにけるかも
  (右廿一首田邊福麻呂之歌集中出也)
巻七
歌番号  
  雑歌 詠月
1073  常者曽 不念物乎 此月之 過匿巻 惜夕香裳  つねはさねおもはぬものをこのつきのすぎかくらまくをしきよひかも
1074  大夫之 弓上振起 猟高之 野邊副清 照月夜可聞  ますらをのゆずゑふりおこしかりたかののへさへきよくてるつくよかも
1075  山末尓 不知夜歴月乎 将出香登 待乍居尓 夜曽降家類  やまのはにいさよふつきをいでむかとまちつつをるによぞふけにける
1076  明日之夕 将照月夜者 片因尓 今夜尓因而 夜長有  あすのよひてらむつくよはかたよりにこよひによりてよながくあらなむ
1081  夜干玉之 夜渡月乎 将留尓 西山邊尓 <塞>毛有粳毛  ぬばたまのよわたるつきをとどめむににしのやまへにせきもあらぬかも
1086  水底之 玉障清 可見裳 照月夜鴨 夜之深去者  みなそこのたまさへさやにみつべくもてるつくよかもよのふけゆけば
1087  霜雲入 為登尓可将有 久堅之 夜<渡>月乃 不見念者  しもぐもりすとにかあるらむひさかたのよわたるつきのみえなくおもへば
  雑歌 詠雲
1091  痛足河 々浪立奴 巻目之 由槻我高仁 雲居立有良志  あなしがはかはなみたちぬまきむくのゆつきがたけにくもゐたてるらし
  (右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
  雑歌 詠山
1097  三毛侶之 其山奈美尓 兒等手乎 巻向山者 継之宜霜  みもろのそのやまなみにこらがてをまきむくやまはつぎしよろしも
  (右三首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
  雑歌 詠岳
1103  片岡之 此向峯 椎蒔者 今年夏之 陰尓将化疑  かたをかのこのむかつをにしひまかばことしのなつのかげにならむか
  雑歌 詠河
1109  音聞目者未見吉野川六田之与杼乎今日見鶴鴨  おとにききめにはいまだみぬよしのがわむつたのよどをけふみつるかも
1111  泊瀬川 白木綿花尓 堕多藝都 瀬清跡 見尓来之吾乎  はつせがはしらゆふはなにおちたぎつせをさやけみとみにこしわれを
  芳野作
 1135  皆人之 戀三芳野 今日見者 諾母戀来 山川清見  みなひとのこふるみよしのけふみればうべもこひけりやまかはきよみ
  攝津作
 1151  暇有者拾尓将徃住吉之岸因云戀忘貝  いとまあらばひりひにゆかむすみのえのきしによるといふこひわすれがひ
 1153  住吉尓徃云道尓昨日見之戀忘貝事二四有家里   すみのえにくといふみちにきのふみしこひわすれがひことにしありけり
雑歌 覊旅作 
1192  山越而遠津之浜之石管自迄吾来含而有待  やまこえてとほつのはまのいはつつじわがくるまでにふふみてありまて
1219  吾舟者 従奥莫離 向舟 片待香光 従浦榜将會  わがふねはおきゆなさかりむかへぶねかたまちがてりうらゆこぎあはむ
1227  綿之底 奥己具舟乎 於邊将因 風毛吹額 波不立而  わたのそこおきこぐふねをへによせむかぜもふかぬかなみたてずして
1253  君為 浮沼池 菱採 我染袖 沾在哉  きみがためうきぬのいけのひしつむとわがそめしそでぬれにけるかも
  右四首柿本朝臣人麻呂之歌集出 
  雑歌 臨時
1259  月草尓 衣曽染流 君之為 綵色衣 将摺跡念而  つきくさにころもぞそむるきみがためまだらのころもすらむとおもひて
  雑歌 就所發思
1272  兒等手乎 巻向山者 常在常 過徃人尓 徃巻目八方  こらがてをまきむくやまはつねにあれどすぎにしひとにゆきまかめやも
  (右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
  雑歌 行路
1275  遠有而 雲居尓所見 妹家尓 早将至 歩黒駒  とほくありてくもゐにみゆるいもがいへにはやくいたらむあゆめくろこま
  右一首柿本朝臣人麻呂之歌集出
  雑歌 旋頭歌
1283  梓弓 引津邊在 莫謂花 及採 不相有目八方 勿謂花  あづさゆみひきつのへなるなのりそのはな つむまでにあはずあらめやもなのりそのはな
   右廿三首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
雑歌旋頭歌 
1299  春日在 三笠乃山二 月船出 遊士之 飲酒坏尓 陰尓所見管  かすがなるみかさのやまにつきのふねいづ みやびをののむさかづきにかげにみえつ
譬喩歌 寄衣 
1302  千各人雖云織次我廿物白麻衣  かにかくにひとはいふともおりつがむわがはたもののしろきあさごろも
  譬喩歌 寄木
1308  天雲 棚引山 隠在 吾下心 木葉知  あまくものたなびくやまのこもりたるあがしたごころこのはしるらむ
  (右十五首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
譬喩歌 寄草 
1343  鴨頭草丹 服色取 揩目伴 移變色登 称之苦沙  つきくさにころもいろどりすらめどもうつろふいろといふがくるしさ
1344   絲乎曽吾搓 足桧之 山橘乎 将貫跡念而  むらさきのいとをぞわがよるあしひきのやまたちばなをぬかむとおもひて
1350  姫押 生澤邊之 真田葛原 何時鴨絡而 我衣将服  をみなへしさきさはのへのまくずはらいつかもくりてわがきぬにきむ
1356  吾情湯谷絶谷浮蓴邊毛奥毛依勝益士  あがこころゆたにたゆたにうきぬなはへにもおきにもよりかつましじ
譬喩歌 寄木 
1362  波之吉也思 吾家乃毛桃 本繁 花耳開而 不成在目八方  はしきやしわぎへのけもももとしげみはなのみさきてならざらめやも
譬喩歌 寄神 
1381  木綿懸而 祭三諸乃 神佐備而 齊尓波不在 人目多見許曽  ゆふかけてまつるみもろのかむさびていむにはあらずひとめおほみこそ
1382  木綿懸而 齊此神社 可超 所念可毛 戀之繁尓  ゆふかけていはふこのもりこえぬべくおもほゆるかもこひのしげきに
巻八
 歌番号  
  春雑歌/駿河釆女歌一首
 1424  沫雪香 薄太礼尓零登 見左右二 流倍散波 何物之花其毛  あわゆきかはだれにふるとみるまでにながらへちるはなにのはなぞも
  春雑歌/尾張連歌二首 [名闕]
 1425  春山之 開乃乎為里尓 春菜採 妹之白紐 見九四与四門  はるやまのさきのををりにはるなつむいもがしらひもみらくしよしも
 1426  打靡 春来良之 山際 遠木末乃 開徃見者  うちなびくはるきたるらしやまのまのとほきこぬれのさきゆくみれば
  春雑歌/(山部宿祢赤人歌四首)
 1429  足比奇乃 山櫻花 日並而 如是開有者 甚戀目夜裳  あしひきのやまさくらばなひならべてかくさきたらばいたくこひめやも
  春雑歌/草香山歌一首
 1432  忍照 難波乎過而 打靡 草香乃山乎 暮晩尓 吾越来者 山毛世尓 咲有馬酔木乃 不悪 君乎何時 徃而早将見  おしてる なにはをすぎて うちなびく くさかのやまを ゆふぐれに わがこえくれば やまもせに さけるあしびの あしからぬ きみをいつしか ゆきてはやみむ
   右一首依作者微不顕名字
  山部宿祢赤人歌一首
 1435  百濟野乃芽古枝尓待春跡居之鴬鳴尓鶏鵡鴨  くだらののはぎのふるえにはるまつとをりしうぐひすなきにけむかも
  大伴宿祢家持鴬歌一首
 1445  打霧之 雪者零乍 然為我二 吾宅乃苑尓 鴬鳴裳  うちきらしゆきはふりつつしかすがにわぎへのそのにうぐひすなくも
  大伴坂上郎女歌一首
 1449  風交 雪者雖零 實尓不成 吾宅之梅乎 花尓令落莫  かぜまじりゆきはふるともみにならぬわぎへのうめをはなにちらすな
  春相聞/大伴家持
 1452  吾屋外尓 蒔之瞿麥 何時毛 花尓咲奈武 名蘇經乍見武  わがやどにまきしなでしこいつしかもはなにさきなむなそへつつみむ
  大伴坂上郎女歌一首
 1454  情具伎 物尓曽有鶏類 春霞 多奈引時尓 戀乃繁者  こころぐきものにぞありけるはるかすみたなびくときにこひのしげきは
  笠女郎贈大伴家持歌一首 春相聞
 1455  水鳥之 鴨乃羽色乃 春山乃 於保束無毛 所念可聞  みづどりのかものはいろのはるやまのおほつかなくもおもほゆるかも
  紀女郎歌一首 [名曰小鹿也]
 1456  闇夜有者 宇倍毛不来座 梅花 開月夜尓 伊而麻左自常屋  やみならばうべもきまさじうめのはなさけるつくよにいでまさじとや
  藤原朝臣廣嗣櫻花贈娘子歌一首
 1460  此花乃一与能内尓百種乃言曽隠有於保呂可尓為莫  このはなのひとよのうちにももくさのことぞこもれるおほろかにすな
  娘子和歌一首
 1461  此花乃一与能裏波百種乃言持不勝而所折家良受也  このはなのひとよのうちはももくさのこともちかねてをらえけらずや
  厚見王贈久米女郎歌一首
 1462  室戸在桜花者今毛香聞松風疾地尓落良武  やどにあるさくらのはなはいまもかもまつかぜはやみつちにちるらむ
  久米女郎報贈歌一首
 1463  世間毛常尓師不有者室戸尓有桜花乃不所比日可聞  よのなかもつねにしあらねばやどにあるさくらのはなのちれるころかも
  夏雜歌 / 藤原夫人歌一首 [明日香清御原宮御宇天皇之夫人也 字曰大原大刀自 即新田部皇子之母也]
 1469  霍公鳥 痛莫鳴 汝音乎 五月玉尓 相貫左右二  ほととぎすいたくななきそながこゑをさつきのたまにあへぬくまでに
  夏雜歌 / 志貴皇子御歌一首
 1470  神名火乃 磐瀬之社之 霍公鳥 毛無乃岳尓 何時来将鳴  かむなびのいはせのもりのほととぎすけなしのをかにいつかきなかむ
  夏雜歌/弓削皇子御歌一首
 1471  霍公鳥 無流國尓毛 去而師香 其鳴音手 間者辛苦母  ほととぎすなかるくににもゆきてしかそのなくこゑをきけばくるしも
  夏雜歌 /大伴坂上郎女霍公鳥歌一首
 1479  何奇毛 幾許戀流 霍公鳥 鳴音聞者 戀許曽益礼  なにしかもここだくこふるほととぎすなくこゑきけばこひこそまされ
  夏雜歌/(大伴書持歌二首)
 1485  我屋戸前乃 花橘尓 霍公鳥 今社鳴米 友尓相流時  わがやどのはなたちばなにほととぎすいまこそなかめともにあへるとき
  夏雑歌/大伴家持惜橘花歌一首
 1493  吾屋前之 花橘者 落過而 珠尓可貫 實尓成二家利  わがやどのはなたちばなはちりすぎてたまにぬくべくみになりにけり
  夏雑歌/大伴村上橘歌一首
 1497  吾屋前乃 花橘乎 霍公鳥 来鳴令動而 本尓令散都  わがやどのはなたちばなをほととぎすきなきとよめてもとにちらしつ
  夏相聞 大伴坂上郎女歌一首
 1504  夏野之繁見丹開有姫由理乃不所知戀者苦物曽  なつのののしげみにさけるひめゆりのしらえぬこひはくるしきものぞ
  夏相聞 小治田朝臣廣耳歌一首
 1505  霍公鳥 鳴峯乃上能 宇乃花之 ウキ事有哉 君之不来益  ほととぎすなくをのうへのうのはなのうきことあれやきみがきまさぬ
  夏相聞 紀朝臣豊河歌一首
 1507  吾妹兒之家乃垣内乃佐由理花由利登云者不欲云二似  わぎもこがいへのかきつのさゆりばなゆりといへるはいなといふににる
  秋雑歌 山上憶良七夕歌十二首
 1523  久方之 漢瀬尓 船泛而 今夜可君之 我許来益武  ひさかたのあまのかはせにふねうけてこよひかきみがわがりきまさむ
   右神亀元年七月七日夜左大臣宅
 1524 牽牛者 織女等 天地之 別時由 伊奈宇之呂 河向立 思空 不安久尓 嘆空 不安久尓 青浪尓 望者多要奴 白雲尓 渧者盡奴 如是耳也 伊伎都枳乎良牟 如是耳也 戀都追安良牟 佐丹塗之 小船毛賀茂 玉纒之 真可伊毛我母 [一云 小棹毛何毛] 朝奈藝尓 伊可伎渡 夕塩尓 [一云 夕倍尓毛] 伊許藝渡 久方之 天河原尓 天飛也 領巾可多思吉 真玉手乃 玉手指更 餘宿毛 寐而師可聞 [一云 伊毛左祢而師加] 秋尓安良受登母 [一云 秋不待登毛]  ひこほしは たなばたつめと あめつちの わかれしときゆ いなうしろ かはにむきたち おもふそら やすけなくに なげくそら やすけなくに あをなみに のぞみはたえぬ しらくもに なみたはつきぬ かくのみや いきづきをらむ かくのみや こひつつあらむ さにぬりの をぶねもがも たままきの まかいもがも [をさをもがも] あさなぎに いかきわたり ゆふしほに [ゆふべにも] いこぎわたり ひさかたの あまのかはらに あまとぶや ひれかたしき またまでの たまでさしかへ あまたよも いねてしかも [いもさねてしか] あきにあらずとも [あきまたずとも]
   (右天平元年七月七日夜憶良仰觀天河 [一云帥家作])
  藤原宇合卿歌一首 
 1539
 我背兒乎何時曽且今登待苗尓於毛也者将見秋風吹   わがせこをいつぞいまかとまつなへにおもやはみえむあきのかぜふ 
  藤原朝臣八束歌一首 旋頭歌・秋雑歌 
 1551
 棹四香能 芽二貫置有 露之白珠 相佐和仁 誰人可毛 手尓将巻知布  さをしかのはぎにぬきおけるつゆのしらたま あふさわにたれのひとかもてにまかむちふ
  故郷豊浦寺之尼私房宴歌三首 秋雑歌 
 1561
 明日香河 逝廻丘之 秋芽子者 今日零雨尓 落香過奈牟  あすかがはゆきみるをかのあきはぎはけふふるあめにちりかすぎなむ
  右一首丹比真人國人
 1562
 鶉鳴 古郷之 秋芽子乎 思人共 相見都流可聞  うづらなくふりにしさとのあきはぎをおもふひとどちあひみつるかも
 1563
 秋芽子者 盛過乎 徒尓 頭刺不挿 還去牟跡哉  あきはぎはさかりすぐるをいたづらにかざしにささずかへりなむとや
  右二首沙弥尼等
  秋雑歌/日置長枝娘子歌一首
 1568  秋付者 尾花我上尓 置露乃 應消毛吾者 所念香聞  あきづけばをばながうへにおくつゆのけぬべくもわはおもほゆるかも
  大伴家持秋歌四首
 1570  久堅之 雨間毛不置 雲隠 鳴曽去奈流 早田鴈之哭  ひさかたのあままもおかずくもがくりなきぞゆくなるわさだかりがね
 1571  雲隠 鳴奈流鴈乃 去而将居 秋田之穂立 繁之所念  くもがくりなくなるかりのゆきてゐむあきたのほたちしげくしおもほゆ
 1572  雨隠 情欝悒 出見者 春日山者 色付二家利  あまごもりこころいぶせみいでみればかすがのやまはいろづきにけり
 1573  雨晴而 清照有 此月夜 又更而 雲勿田菜引  あめはれてきよくてりたるこのつくよまたさらにしてくもなたなびき
  右四首天平八年丙子秋九月作
  藤原朝臣八束歌二首
 1574  此間在而 春日也何處 雨障 出而不行者 戀乍曽乎流  ここにありてかすがやいづちあまつつみいでてゆかねばこひつつぞをる
 1575  春日野尓 鍾礼零所見 明日従者 黄葉頭刺牟 高圓乃山  かすがのにしぐれふるみゆあすよりはもみちかざさむたかまとのやま
  秋雑歌/橘朝臣奈良麻呂結集宴歌十一首  
 1585  不手折而落者惜常我念之秋黄葉乎挿頭鶴鴨  たをらずてちりなばをしとあがおもひしあきのもみちをあざしつるかも 
 1586  希将見人尓令見跡黄葉乎手折曾我来師雨零久仁   めづらしきひとにみせむともみちばをたをりそあがこしあめのふらくに 
   右二首、橘朝臣奈良麻呂  
 1591  足引乃 山之黄葉 今夜毛加 浮去良武 山河之瀬尓  あしひきのやまのもみちばこよひもかうかびゆくらむやまがはのせに
   右一首大伴宿祢書持( / 以前冬十月十七日集於右大臣橘卿之舊宅宴飲也)  
 1595  黄葉乃 過麻久惜美 思共 遊今夜者 不開毛有奴香  もみちばのすぎまくをしみおもふどちあそぶこよひはあけずもあらぬか
   右一首内舎人大伴宿祢家持 / 以前冬十月十七日集於右大臣橘卿之舊宅宴飲也
  秋雑歌/大伴宿祢像見歌一首
 1599  秋芽子乃 枝毛十尾二 降露乃 消者雖消 色出目八方  あきはぎのえだもとををにおくつゆのけなばけぬともいろにいでめやも
  大伴宿祢家持到娘子門作歌一首
 1600  妹家之 門田乎見跡 打出来之 情毛知久 照月夜鴨  いもがいへのかどたをみむとうちいでこしこころもしるくてるつくよかも
  秋雑歌/(大伴宿祢家持秋歌三首)
 1603  狭尾壮鹿乃 胸別尓可毛 秋芽子乃 散過鶏類 盛可毛行流  さをしかのむなわけにかもあきはぎのちりすぎにけるさかりかもいぬる
  右天平十五年癸未秋八月見物色作
  大伴宿祢家持歌一首
 1609  高圓之 野邊乃秋芽子 此日之 暁露尓 開兼可聞  たかまとののへのあきはぎこのころのあかときつゆにさきにけむかも
  秋相聞/丹比真人歌一首 [名闕]
 1613  宇陀乃野之 秋芽子師弩藝 鳴鹿毛 妻尓戀樂苦 我者不益  うだのののあきはぎしのぎなくしかもつまにこふらくわれにはまさじ
  笠女郎贈大伴宿祢家持歌一首 秋相聞
 1620  毎朝 吾見屋戸乃 瞿麦之 花尓毛君波 有許世奴香裳  あさごとにわがみるやどのなでしこのはなにもきみはありこせぬかも
  冬雜歌 / 舎人娘子雪歌一首
 1640  大口能 真神之原尓 零雪者 甚莫零 家母不有國  おほくちのまかみのはらにふるゆきはいたくなふりそいへもあらなくに
  冬雜歌 / 大伴坂上郎女歌一首
 1655  沫雪乃 比日續而 如此落者 梅始花 散香過南  あわゆきのこのころつぎてかくふらばうめのはつはなちりかすぎなむ
  安倍朝臣奥道雪歌一首
 1646  棚霧合 雪毛零奴可 梅花 不開之代尓 曽倍而谷将見  たなぎらひゆきもふらぬかうめのはなさかぬがしろにそへてだにみむ
  若櫻部朝臣君足雪歌一首
 1647  天霧之 雪毛零奴可 灼然 此五柴尓 零巻乎将見  あまぎらしゆきもふらぬかいちしろくこのいつしばにふらまくをみむ
  冬相聞/ / 三國真人人足歌一首
 1659  高山之 菅葉之努藝 零雪之 消跡可曰毛 戀乃繁鶏鳩  たかやまのすがのはしのぎふるゆきのけぬといふべくもこひのしげけく
1660  酒杯尓梅花浮念共飲而後者落去登母与之  さかづきにうめのはなうかべおもふどちのみてののちはちりぬともよし 
1661  官尓毛縦賜有今夜耳将欲酒可毛散許須奈由米  つかさにもゆるしたまへりこよひのみのまむさけかもちりこすなゆめた
巻九  
 歌番号  
  雑歌/(大寳元年辛丑冬十月太上天皇大行天皇幸紀伊國時歌十三首) 
 1677
 風莫乃 濱之白浪 徒 於斯依久流 見人無 [一云 於斯依来藻]  かざなしのはまのしらなみいたづらにここによせくるみるひとなしに [ここによせくも]
  右一首山上臣憶良類聚歌林曰 長忌寸意吉麻呂應詔作此歌 
  (雑歌/獻舎人皇子歌二首)
 1687
 妹手 取而引与治 フサ手折 吾刺可 花開鴨  いもがてをとりてひきよぢふさたをりわがかざすべくはなさけるかも
  (右柿本朝臣人麻呂之歌集所出) 
  雑歌/舎人皇子御歌一首
 1710
 黒玉 夜霧立 衣手 高屋於 霏□麻天尓  (□=雨冠に微)   ぬばたまのよぎりはたちぬころもでをたかやのうへにたなびくまでに
  (右柿本朝臣人麻呂之歌集所出) 
  (雑歌/幸芳野離宮時歌二首)
 1717
 瀧上乃 三船山従 秋津邊 来鳴度者 誰喚兒鳥   たきのうへのみふねのやまゆあきづへにきなきわたるはたれよぶこどり
  (右二首作者未詳)
 雑歌 絹歌一首
1727  河蝦鳴六田乃河之川楊乃根毛居侶雖見不飽河鴨  かはづなくむつたのかはのかはやなぎのねもころみれどあかぬかはかも
  宇合卿歌三首
 1733
 暁之夢所見乍梶嶋乃石超浪乃敷弖志所念  あかときのいめにみえつつかぢしまのいそこすなみのしきてしおもほ 
 1734  山品之石田乃小野之母蘇原見乍哉公之山道越良武  やましなのいはたのをののははそはらみつつかきみがやまぢこゆら 
 1735
 山科乃石田社尓布麻越者蓋吾妹尓直相鴨  やましなのいはたのもりにぬさおかばけだしわぎもにただにあはむ 
  式部大倭芳野作歌一首
 1740
 山高見 白木綿花尓 落多藝津 夏身之川門 雖見不飽香開  やまたかみしらゆふばなにおちたぎつなつみのかはとみれどあかぬかも
  兵部川原歌一首
 1741
 大瀧乎 過而夏箕尓 傍居而 浄川瀬 見何明沙  おほたきをすぎてなつみにそひをりてきよきかはせをみるがさやけさ
  (抜氣大首任筑紫時娶豊前國娘子紐兒作歌三首)
 1772
 石上 振乃早田乃 穂尓波不出 心中尓 戀流比日  いそのかみふるのわさだのほにはいでずこころのうちにこふるこのころ
  与妻歌一首
 1786  雪己曽波春日消良米心佐閇消失多列夜言母不徃来   ゆきこそばはるひきゆらめこころさへきえうせたれやこともかよはぬ
  妻和歌一首
 1787  松反四臂而有八羽三栗中上不来麻呂等言八子   まつがへりしひてあれやはみつぐりのなかのぼりこぬまろといふやつこ
  ((天平元年己巳冬十二月歌一首[并短歌])反歌)
 1793  吾妹兒之 結手師紐乎 将解八方 絶者絶十方 直二相左右二   わぎもこがゆひてしひもをとかめやもたえばたゆともただにあふまでに
  右件五首笠朝臣金村之歌中出
  天平五年癸酉、遣唐使舶発難波入海之時、親母贈子歌一首 并短歌
1794  秋芽子乎妻間鹿許曾一子二子持有跡五十戸鹿児自物吾独子之草枕
 客二師往者竹珠乎密貫垂斎戸尓木綿取四手而忌日管
 吾思吾子真好去有欲得
 あきはぎをつまどふかこそひとりごにこもてりといへかこじものあがひとりこのくさまくら
 たびにしゆけばたかたまをしじにぬきたれいはひへにゆふとりしでていはひつつ
 あがおもふあがこまさきくありこそ
  反歌 
1795  客人之宿将為野尓霜降者吾子羽褁天乃鶴群  たびびとのやどりせむのにしもふらばあがこはぐくめあめのたづむら
  挽歌 詠勝鹿真間娘子歌一首 并短歌 
1811  鶏鳴吾妻乃国尓古昔尓有家留事登至今不絶言来勝壮鹿乃

 真間乃手児奈我麻衣尓青衿著直佐麻乎裳者織服而髪谷母

 掻者不梳履乎谷不者雖行錦綾之中丹褁有斎児毛

 妹尓将及哉望月之満有面輪二如花咲而立有者夏虫乃

 入火之如水門入尓船己具如久帰香具礼人乃言時幾時毛

 不生物呼何為跡歟身乎田名知而浪音乃驟湊之奥津城尓

 妹之臥勢流遠代尓有家類事乎昨日霜将見我其登毛所念可聞 
 とりがなくあずまのくににいにしへにありけることといままでにたえずいひくるかつしかの

 ままのてごながあさきぬにあをくびつけひたさををもにはおりきてかみだにも

 かきはけづらずくつをだにはかずゆけどもにしきあやのなかにつつめるいはひごも

 いもにしかめやもちづきのたれるおもわにはなのごとゑみてたてればなつむしの

 ひにいるがごとみなといりにふねこぐごとくゆきかぐれひとのいふときいくばくも

 いけらぬものをなにすとかみをたなしりてなみのとのさわぐみなとのおくつきに

 いもがこやせるとほきよにありけることをきのふしもみけむがごとおもほゆるかも
  反歌 
1812  勝壮鹿之真間之井乎見者立平之水挹家武手児名之所念  かつしかのままのゐをみればたちならしみずくましけむてごなしおもほゆ
  見菟原處女墓歌一首[并短歌] 
 1813  葦屋之 菟名負處女之 八年兒之 片生之時従 小放尓 髪多久麻弖尓 並居 家尓毛不所見 虚木綿乃 牢而座在者 見而師香跡 悒憤時之 垣廬成 人之誂時 智弩壮士 宇奈比壮士乃 廬八燎 須酒師競 相結婚 為家類時者 焼大刀乃 手頴押祢利 白檀弓<靫取負而 入水 火尓毛将入跡 立向 競時尓 吾妹子之 母尓語久 倭文手纒 賎吾之故 大夫之 荒争見者 雖生 應合有哉<宍串呂 黄泉尓将待跡 隠沼乃 下延置而 打歎 妹之去者 血沼壮士 其夜夢見 取次寸 追去祁礼婆 後有 菟原壮士伊 仰天 サケビ於良妣 ツ地 牙喫建怒而 如己男尓 負而者不有跡 懸佩之 小劔取佩 冬ふ蕷都良 尋去祁礼婆 親族共 射歸集 永代尓 標将為跡 遐代尓 語将継常 處女墓 中尓造置 壮士墓 此方彼方二 造置有 故縁聞而 雖不知 新喪之如毛 哭泣鶴鴨勝壮鹿之真間之井乎見者立平之   あしのやの うなひをとめの やとせこの かたおひのときゆ をばなりに かみたくまでに ならびをる いへにもみえず うつゆふの こもりてをれば みてしかと いぶせむときの かきほなす ひとのとふとき ちぬをとこ うなひをとこの ふせやたき すすしきほひ あひよばひ しけるときは やきたちの たかみおしねり しらまゆみ ゆきとりおひて みづにいり ひにもいらむと たちむかひ きほひしときに わぎもこが ははにかたらく しつたまき いやしきわがゆゑ ますらをの あらそふみれば いけりとも あふべくあれや ししくしろ よみにまたむと こもりぬの したはへおきて うちなげき いもがいぬれば ちぬをとこ そのよいめにみ とりつづき おひゆきければ おくれたる うなひをとこい あめあふぎ さけびおらび つちをふみ きかみたけびて もころをに まけてはあらじと かけはきの をだちとりはき ところづら とめゆきければ うがらどち いゆきつどひ ながきよに しるしにせむと とほきよに かたりつがむと をとめはか なかにつくりおき をとこはか このもかのもに つくりおける ゆゑよしききて しらねども にひものごとも ねなきつるかも 
  反歌 
 1814  葦屋之宇奈比處女之奥槨乎徃来跡見者哭耳之所泣  あしのやのうなひをとめのおくつきをゆきくとみればねのみしなかゆ 
 1815  墓上之木枝靡有如聞陳努壮士尓之依家良信母  はかのうへのこのえなびけりききしごとちぬをとこにしよりにけらしも 
巻十  
歌番号   
  春雑歌
1816  久方之 天芳山 此夕 霞霏□ 春立下 (□=雨冠に微)   ひさかたのあめのかぐやまこのゆふへかすみたなびくはるたつらしも
1817  巻向之 桧原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方   まきむくのひはらにたてるはるかすみおほにしおもはばなづみこめやも
1818   人之殖兼 杉枝 霞霏□ 春者来良之 □=雨冠の下に微  いにしへのひとのうゑけむすぎがえにかすみたなびくはるはきぬらし
1819  子等我手乎 巻向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏□ □=雨冠の下に微  こらがてをまきむくやまにはるさればこのはしのぎてかすみたなびく
1820  玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏□ □=雨冠の下に微  たまかぎるゆふさりくればさつひとのゆつきがたけにかすみたなびく
1821  今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏□ □=雨冠の下に微  けさゆきてあすはきなむといひしこがあさづまやまにかすみたなびく
1822  子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之尓 霞多奈引  こらがなにかけのよろしきあさづまのかたやまきしにかすみたなびく
  (右柿本朝臣人麻呂歌集出)
  春雑歌 詠鳥
1823  打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇礼尓 鴬鳴都   うちなびくはるたちぬらしわがかどのやなぎのうれにうぐひすなきつ
1824  梅花 開有岳邊尓 家居者 乏毛不有 鴬之音   うめのはなさけるをかへにいへをればともしくもあらずうぐひすのこゑ
1825  春霞 流共尓 青柳之 枝喙持而 鴬鳴毛   はるかすみながるるなへにあをやぎのえだくひもちてうぐひすなくも
1826  吾瀬子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變瀬 夜之不深刀尓  わがせこをなこしのやまのよぶこどりきみよびかへせよのふけぬとに
1827  朝井代尓 来鳴杲鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴  あさゐでにきなくかほどりなれだにもきみにこふれやときをへずなく
1828  冬隠春去来之足比木之山二文野二文鶯鳴裳  ふゆごもりはるさりくればあしひきのやまにものにもうぐひすなくも
1829  紫之 根延横野之 春野庭 君乎懸管 鴬名雲  むらさきのねばふよこののはるのにはきみをかけつつうぐひすなくも
1830  春之在者 妻乎求等 鴬之 木末乎傳 鳴乍本名  はるさればつまをもとむとうぐひすのこぬれをつたひなきつつもとな
1831  春日有 羽買之山従 狭帆之内敝 鳴徃成者 孰喚子鳥  かすがなるはがひのやまゆさほのうちへなきゆくなるはたれよぶこどり
1832  不答尓 勿喚動曽 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二  こたへぬになよびとよめそよぶこどりさほのやまへをのぼりくだりに
1833  梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鴬之音  あづさゆみはるやまちかくいへをればつぎてきくらむうぐひすのこゑ
1834  打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鴬鳴毛  うちなびくはるさりくればしののうれにをはうちふれてうぐひすなくも
1835  朝霧尓 之努々尓所沾而 喚子鳥 三船山従 喧渡所見  あさぎりにしののにぬれてよぶこどりみふねのやまゆなきわたるみゆ
  春雑歌 詠雪
 1836  打靡 春去来者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管   うちなびくはるさりくればしかすがにあまくもきらひゆきはふりつつ 
 1837  梅花 零覆雪乎 褁持 君令見跡 取者消管  うめのはなふりおほふゆきをつつみもちきみにみせむととればけにつつ
 1838  梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭尓 零重管  うめのはなさきちりすぎぬしかすがにしらゆきにはにふりしきりつつ
 1839  今更雪零目八方蜻火之燎留春部常成西物乎   いまさらにゆきふらめやもかぎろひのもゆるはるへとなりにしものを 
 1840  風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去尓来   かぜまじりゆきはふりつつしかすがにかすみたなびきはるさりにけり 
 1841  山際尓 鴬喧而 打靡 春跡雖念 雪落布沼   やまのまにうぐひすなきてうちなびくはるとおもへどゆきふりしきぬ 
 1842  峯上尓 零置雪師 風之共 此聞散良思 春者雖有  をのうへにふりおくゆきしかぜのむたここにちるらしはるにはあれども 
  右一首筑波山作
 1843  為君 山田之澤 恵具採跡 雪消之水尓 裳裾所沾  きみがためやまたのさはにゑぐつむとゆきげのみづにものすそぬれぬ 
 1844  梅枝尓 鳴而移徙 鴬之 翼白妙尓 沫雪曽落  うめがえになきてうつろふうぐひすのはねしろたへにあわゆきぞふる
 1845  山高三零来雪乎梅花落鴨来跡念鶴鴨  [一云 梅花開香裳落跡]   やまたかみふりくるゆきをうめのはなちりかもくるとおもひつるかも [うめのはなさきかもちると] 
 1846  除雪而梅莫戀足曳之山片就而家居為流君   ゆきをおきてうめをなこひそあしひきのやまかたづきていへゐせるきみ 
  右二首、問答  
  春雑歌 詠霞 
1847  昨日社 年者極之賀 春霞 春日山尓 速立尓来  きのふこそとしははてしかはるかすみかすがのやまにはやたちにけり
1848  寒過 暖来良思 朝烏指 滓鹿能山尓 霞軽引  ふゆすぎてはるきたるらしあさひさすかすがのやまにかすみたなびく
1849  鴬之 春成良思 春日山 霞棚引 夜目見侶  うぐひすのはるになるらしかすがやまかすみたなびくよめにみれども
  春雑歌 詠柳 
1850  霜干 冬柳者 見人之 蘰可為 目生来鴨  しもがれのふゆのやなぎはみるひとのかづらにすべくもえにけるかも
1851  淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨  あさみどりそめかけたりとみるまでにはるのやなぎはもえにけるかも
1852  山際尓 雪者零管 然為我二 此河楊波 毛延尓家留可聞  やまのまにゆきはふりつつしかすがにこのかはやぎはもえにけるかも
1853  山際之 雪者不消有乎 水飯合 川之副者 目生来鴨  やまのまのゆきはけずあるをみなぎらふかはのそひにはもえにけるかも
1854  朝旦 吾見柳 鴬之 来居而應鳴 森尓早奈礼  あさなさなわがみるやなぎうぐひすのきゐてなくべきもりにはやなれ
1855  青柳之 絲乃細紗 春風尓 不乱伊間尓 令視子裳欲得  あをやぎのいとのくはしさはるかぜにみだれぬいまにみせむこもがも
1856  百礒城 大宮人之 蘰有 垂柳者 雖見不飽鴨  ももしきのおほみやひとのかづらけるしだりやなぎはみれどあかぬかも
1857  梅花 取持見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞  うめのはなとりもちみればわがやどのやなぎのまよしおもほゆるかも
  春雑歌 詠花 
 1858  鴬之木傳梅乃移者櫻花之時片設奴山際   うぐひすのこづたふうめのうつろへばさくらのはなのときかたまけぬ 
 1859  櫻花 時者雖不過 見人之 戀盛常 今之将落   さくらばなときはすぎねどみるひとのこひのさかりといましちるらむ 
 1860  我刺 柳絲乎 吹乱 風尓加妹之 梅乃散覧   わがさせるやなぎのいとをふきみだるかぜにかいもがうめのちるらむ 
 1861  毎年 梅者開友 空蝉之 世人我羊蹄 春無有来   としのはにうめはさけどもうつせみのよのひとわれしはるなかりけり 
 1862  打細尓 鳥者雖不喫 縄延 守巻欲寸 梅花鴨  うつたへにとりははまねどなははへてもらまくほしきうめのはなかも 
 1863  馬並而 高山部乎 白妙丹 令艶色有者 梅花鴨  うまなめてたかのやまへをしろたへににほはしたるはうめのはなかも
 1864  花咲而實者不成登裳長氣所念鴨山振之花  はなさきてみはならねどもながきけにおもほゆるかもやまぶきのはな 
 1865  能登河之 水底并尓 光及尓 三笠乃山者 咲来鴨  のとがはのみなそこさへにてるまでにみかさのやまはさきにけるかも
 1866  見雪者 未冬有 然為蟹 春霞立 梅者散乍  ゆきみればいまだふゆなりしかすがにはるかすみたちうめはちりつつ
 1867  去年咲之 久木今開 徒 土哉将堕 見人名四二  こぞさきしひさぎいまさくいたづらにつちにかおちむみるひとなしに
 1868  足日木之 山間照 櫻花 是春雨尓 散去鴨  あしひきのやまのまてらすさくらばなこのはるさめにちりゆかむかも
 1869  打靡 春避来之 山際 最木末乃 咲徃見者  うちなびくはるさりくらしやまのまのとほきこぬれのさきゆくみれば
 1870  春雉鳴 高圓邊丹 櫻花 散流歴 見人毛我母  きぎしなくたかまとのへにさくらばなちりてながらふみむひともがも
 1871  阿保山之 佐宿木花者 今日毛鴨 散乱 見人無二  あほやまのさくらのはなはけふもかもちりまがふらむみるひとなしに
 1872  川津鳴吉野河之瀧上乃馬酔之花會置末勿動  かはづなくよしののかはのたきのうへのあしびのはなぞはしにおくなゆめ 
 1873  春雨尓 相争不勝而 吾屋前之 櫻花者 開始尓家里  はるさめにあらそひかねてわがやどのさくらのはなはさきそめにけり 
 1874  春雨者 甚勿零 櫻花 未見尓 散巻惜裳  はるさめはいたくなふりそさくらばないまだみなくにちらまくをしも
 1875  春去者 散巻惜 梅花 片時者不咲 含而毛欲得  はるさればちらまくをしきうめのはなしましはさかずふふみてもがも
 1876  見渡者 春日之野邊尓 霞立 開艶者 櫻花鴨  みわたせばかすがののへにかすみたちさきにほへるはさくらばなかも
 1877  何時鴨 此夜乃将明 鴬之 木傳落 梅花将見  いつしかもこのよのあけむうぐひすのこづたひちらすうめのはなみむ
  春雑歌 詠月 
 1878  春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野尓  はるかすみたなびくけふのゆふづくよきよくてるらむたかまつののに
 1879  春去者 紀之許能暮之 夕月夜 欝束無裳 山陰尓指天 [一云 春去者 木陰多 暮月夜]  はるさればきのこのくれのゆふづくよおほつかなしもやまかげにして 
[はるさればこのくれおほみゆふづくよ]
 1880  朝霞 春日之晩者 従木間 移歴月乎 何時可将待  あさかすみはるひのくれはこのまよりうつろふつきをいつとかまたむ
  春雑歌 詠雨 
 1881  春之雨尓 有来物乎 立隠 妹之家道尓 此日晩都  はるのあめにありけるものをたちかくりいもがいへぢにこのひくらしつ
  春雑歌 詠河 
 1882  今徃而 聞物尓毛我 明日香川 春雨零而 瀧津湍音乎  いまゆきてきくものにもがあすかがははるさめふりてたぎつせのおとを
  春雑歌 詠煙 
 1883  春日野尓 煙立所見 □嬬等四 春野之菟芽子 採而煮良思文(□=女偏に「感」)  かすがのにけぶりたつみゆをとめらしはるののうはぎつみてにらしも
  春雑歌 野遊 
 1884  春日野之 淺茅之上尓 念共 遊今日 忘目八方  かすがののあさぢがうへにおもふどちあそぶけふのひわすらえめやも
 1885  春霞 立春日野乎 徃還 吾者相見 弥年之黄土  はるかすみたつかすがのをゆきかへりわれはあひみむいやとしのはに
 1886  春野尓 意将述跡 念共 来之今日者 不晩毛荒粳  はるののにこころのべむとおもふどちこしけふのひはくれずもあらぬか
 1887  百礒城之 大宮人者 暇有也 梅乎挿頭而 此間集有  ももしきのおほみやひとはいとまあれやうめをかざしてここにつどへる
  春雑歌 詠舊 
 1888  寒過 暖来者 年月者 雖新有 人者舊去  ふゆすぎてはるしきたればとしつきはあらたなれどもひとはふりゆく
 1889  物皆者 新吉 唯 人者舊之 應宜  ものみなはあらたしきよしただしくもひとはふりにしよろしかるべし
  春雑歌懽逢 
 1890  住吉之 里行之鹿歯 春花乃 益希見 君相有香開  すみのえのさとゆきしかばはるはなのいやめづらしききみにあへるかも
  春雑歌旋頭歌 
 1891  春日在 三笠乃山尓 月母出奴可母 佐紀山尓 開有櫻之 花乃可見  かすがなるみかさのやまにつきもいでぬかも さきやまにさけるさくらのはなのみゆべく
 1892  白雪之 常敷冬者 過去家良霜 春霞 田菜引野邊之 鴬鳴焉  しらゆきのつねしくふゆはすぎにけらしも はるかすみたなびくのへのうぐひすなくも
  春雑歌譬喩歌 
 1893  吾屋前之 毛桃之下尓 月夜指 下心吉 菟楯項者  わがやどのけもものしたにつくよさししたこころよしうたてこのころ
  春相聞 
 1894  春山 友鴬 鳴別 眷益間 思御吾  はるやまのともうぐひすのなきわかれかへりますまもおもほせわれを
 1895  冬隠 春開花 手折以 千遍限 戀渡鴨  ふゆこもりはるさくはなをたをりもちちたびのかぎりこひわたるかも
 1896  春山 霧惑在 鴬 我益 物念哉  はるやまのきりにまとへるうぐひすもわれにまさりてものおもはめや
 1897  出見 向岡 本繁 開在花 不成不止  いでてみるむかひのをかにもとしげくさきたるはなのならずはやまじ
 1898  霞發 春永日 戀暮 夜深去 妹相鴨  かすみたつはるのながひをこひくらしよもふけゆくにいももあはぬかも
 1899  春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹  はるさればまづさきくさのさきくあらばのちにもあはむなこひそわぎも
 1900  春去 為垂柳 十緒 妹心 乗在鴨  はるさればしだりやなぎのとををにもいもはこころにのりにけるかも
  (右柿本朝臣人麻呂歌集出) 
  春相聞 寄鳥 
 1901  春之在者 伯勞鳥之草具吉 雖不所見 吾者見将遣 君之當乎婆  はるさればもずのくさぐきみえずともわれはみやらむきみがあたりをば 
 1902  容鳥之 間無數鳴 春野之 草根乃繁 戀毛為鴨  かほどりのまなくしばなくはるのののくさねのしげきこひもするかも 
  春相聞 寄花 
 1903  春去者 宇乃花具多思 吾越之 妹我垣間者 荒来鴨  はるさればうのはなぐたしわがこえしいもがかきまはあれにけるかも 
 1904  梅花 咲散苑尓 吾将去 君之使乎 片待香花光  うめのはなさきちるそのにわれゆかむきみがつかひをかたまちがてり 
 1905  藤浪咲春野尓蔓葛下夜之戀者久雲在  ふぢなみのさくはるののにはふくずのしたよしこひばひさしくもあらむ 
 1906  春野尓 霞棚引 咲花乃 如是成二手尓 不逢君可母  はるののにかすみたなびきさくはなのかくなるまでにあはぬきみかも 
 1907  吾瀬子尓吾戀良久者奥山之馬酔花之今盛有   わがせこにあがこふらくはおくやまのあしびのはなのいまさかりなり 
 1908  梅花 四垂柳尓 折雜 花尓供養者 君尓相可毛   うめのはなしだりやなぎにをりまじへはなにそなへばきみにあはむかも 
 1909  姫部思 咲野尓生 白管自 不知事以 所言之吾背   をみなへしさきのにおふるしらつつじしらぬこともちいはれしわがせ 
 1910  梅花 吾者不令落 青丹吉 平城之人 来管見之根   うめのはなわれはちらさじあをによしならなるひとのきつつみるがね 
 1911  如是有者 何如殖兼 山振乃 止時喪哭 戀良苦念者   かくしあらばなにかうゑけむやまぶきのやむときもなくこふらくおもへば 
  春相聞 寄霜
 1912  春去者 水草之上尓 置霜乃 消乍毛我者 戀度鴨   はるさればみくさのうへにおくしものけつつもあれはこひわたるかも 
  春相聞 寄霞
 1913  春霞 山棚引 欝 妹乎相見 後戀毳   はるかすみやまにたなびきおほほしくいもをあひみてのちこひむかも 
 1914  春霞 立尓之日従 至今日 吾戀不止 本之繁家波 [一云 片念尓指天]   はるかすみたちにしひよりけふまでにあがこひやまずもとのしげけば [かたもひにして] 
 1915  左丹頬經 妹乎念登 霞立 春日毛晩尓 戀度可母   さにつらふいもをおもふとかすみたつはるひもくれにこひわたるかも
 1916  霊寸春 吾山之於尓 立霞 雖立雖座 君之随意   たまきはるわがやまのうへにたつかすみたつともうともきみがまにまに
 1917  見渡者 春日之野邊 立霞 見巻之欲 君之容儀香   みわたせばかすがののへにたつかすみみまくのほしききみがすがたか
 1918  戀乍毛 今日者暮都 霞立 明日之春日乎 如何将晩  こひつつもけふはくらしつかすみたつあすのはるひをいかにくらさむ
  春相聞 寄雨
 1919  吾背子尓 戀而為便莫 春雨之 零別不知 出而来可聞  わがせこにこひてすべなみはるさめのふるわきしらずいでてこしかも
 1920  今更 君者伊不徃 春雨之 情乎人之 不知有名國  いまさらにきみはいゆかじはるさめのこころをひとのしらざらなくに
 1921  春雨尓 衣甚 将通哉 七日四零者 七日不来哉  はるさめにころもはいたくとほらめやなぬかしふらばなぬかこじとや
 1922  梅花 令散春雨 多零 客尓也君之 廬入西留良武  うめのはなちらすはるさめいたくふるたびにやきみがいほりせるらむ
  春相聞 寄草
 1923  國栖等之 春菜将採 司馬乃野之 數君麻 思比日   くにすらがはるなつむらむしまのののしばしばきみをおもふこのころ 
 1924  春草之 繁吾戀 大海 方徃浪之 千重積  はるくさのしげきあがこひおほうみのへにゆくなみのちへにつもりぬ 
 1925  不明 公乎相見而 菅根乃 長春日乎 孤悲渡鴨  おほほしくきみをあひみてすがのねのながきはるひをこひわたるかも 
  春相聞 寄松
 1926  梅花 咲而落去者 吾妹乎 将来香不来香跡 吾待乃木曽   うめのはなさきてちりなばわぎもこをこむかこじかとわがまつのきぞ 
  春相聞 寄雲
 1927  白檀弓 今春山尓 去雲之 逝哉将別 戀敷物乎   しらまゆみいまはるやまにゆくくものゆきやわかれむこほしきものを 
  春相聞 贈蘰
 1928  大夫之 伏居嘆而 造有 四垂柳之 蘰為吾妹   ますらをのふしゐなげきてつくりたるしだりやなぎのかづらせわぎも 
  春相聞 悲別
 1929  朝戸出乃 君之儀乎 曲不見而 長春日乎 戀八九良三   あさとでのきみがすがたをよくみずてながきはるひをこひやくらさむ 
  春相聞 問答
 1930  春山之 馬酔花之 不悪 公尓波思恵也 所因友好   はるやまのあしびのはなのあしからぬきみにはしゑやよそるともよし 
 1931  石上 振乃神杉 神備西 吾八更々 戀尓相尓家留   いそのかみふるのかむすぎかむびにしわれやさらさらこひにあひにける
   右一首不有春歌而猶以和故載於茲次
 1932  狭野方波 實尓雖不成 花耳 開而所見社 戀之名草尓   さのかたはみにならずともはなのみにさきてみえこそこひのなぐさに 
 1933  狭野方波 實尓成西乎 今更 春雨零而 花将咲八方   さのかたはみになりにしをいまさらにはるさめふりてはなさかめやも
 1934  梓弓 引津邊有 莫告藻之 花咲及二 不會君毳   あづさゆみひきつのへなるなのりそのはなさくまでにあはぬきみかも 
 1935  川上之 伊都藻之花乃 何時々々 来座吾背子 時自異目八方   かはのへのいつものはなのいつもいつもきませわがせこときじけめやも
 1936  春雨之 不止零々 吾戀 人之目尚矣 不令相見   はるさめのやまずふるふるあがこふるひとのめすらをあひみせなくに
 1937  吾妹子尓 戀乍居者 春雨之 彼毛知如 不止零乍   わぎもこにこひつつをればはるさめのそれもしるごとやまずふりつつ
 1938  相不念 妹哉本名 菅根乃 長春日乎 念晩牟   あひおもはぬいもをやもとなすがのねのながきはるひをおもひくらさむ
 1939  春去者 先鳴鳥乃 鴬之 事先立之 君乎之将待   はるさればまづなくとりのうぐひすのことさきだちしきみをしまたむ
 1940  相不念 将有兒故 玉緒 長春日乎 念晩久   あひおもはずあるらむこゆゑたまのをのながきはるひをおもひくらさく
  夏雑歌 詠鳥
 1941  大夫之 出立向 故郷之 神名備山尓 明来者 柘之左枝尓 暮去者 小松之若末尓 里人之 聞戀麻田 山彦乃 答響萬田 霍公鳥 都麻戀為良思 左夜中尓鳴  ますらをの いでたちむかふ ふるさとの かむなびやまに あけくれば つみのさえだに ゆふされば こまつがうれに さとびとの ききこふるまで やまびこの あひとよむまで ほととぎす つまごひすらし さよなかになく
   反歌
 1942  客尓為而 妻戀為良思 霍公鳥 神名備山尓 左夜深而鳴  たびにしてつまごひすらしほととぎすかむなびやまにさよふけてなく
   右古歌集中出
 1943  霍公鳥 汝始音者 於吾欲得 五月之珠尓 交而将貫  ほととぎすながはつこゑはわれにもがさつきのたまにまじへてぬかむ
 1944  朝霞 棚引野邊 足桧木乃 山霍公鳥 何時来将鳴  あさかすみたなびくのへにあしひきのやまほととぎすいつかきなかむ
 1945  旦霞 八重山越而 喚孤鳥 吟八汝来 屋戸母不有九二  あさかすみやへやまこえてよぶこどりなきやながくるやどもあらなくに
 1946  霍公鳥 鳴音聞哉 宇能花乃 開落岳尓 田葛引○嬬 [○女+感]  ほととぎすなくこゑきくやうのはなのさきちるをかにくずひくをとめ
 1947  月夜吉 鳴霍公鳥 欲見 吾草取有 見人毛欲得  つくよよみなくほととぎすみまくほりわれくさとれりみむひともがも
 1948  藤浪之 散巻惜 霍公鳥 今城岳○ 鳴而越奈利 ○[口偏+立刀]  ふぢなみのちらまくをしみほととぎすいまきのをかをなきてこゆなり
 1949  旦霧 八重山越而 霍公鳥 宇能花邊柄 鳴越来  あさぎりのやへやまこえてほととぎすうのはなへからなきてこえきぬ
 1950  木高者 曽木不殖 霍公鳥 来鳴令響而 戀令益  こだかくはかつてきうゑじほととぎすきなきとよめてこひまさらしむ
 1951  難相 君尓逢有夜 霍公鳥 他時従者 今社鳴目  あひかたききみにあへるよほととぎすあたしときゆはいまこそなかめ
 1952  木晩之 暮闇有尓 [一云 有者] 霍公鳥 何處乎家登 鳴渡良武  このくれのゆふやみなるに[なれば]ほととぎすいづくをいへとなきわたるらむ
 1953  霍公鳥 花橘之 枝尓居而 鳴響者 花波散乍  ほととぎすはなたちばなのえだにゐてなきとよもせばはなはちりつつ
 1954  霍公鳥 今朝之旦明尓 鳴都流波 君将聞可 朝宿疑将寐  ほととぎすけさのあさけになきつるはきみききけむかあさいかねけむ
 1955  慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 来喧響目  うれたきやしこほととぎすいまこそはこゑのかるがにきなきとよめめ
 1956  今夜乃 於保束無荷 霍公鳥 喧奈流聲之 音乃遥左  こよひのおほつかなきにほととぎすなくなるこゑのおとのはるけさ
 1957  五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨  さつきやま うのはなづくよ ほととぎす きけどもあかず またなかぬかも
 1958  霍公鳥 来居裳鳴香 吾屋前乃 花橘乃 地二落六見牟  ほととぎすきゐもなかぬかわがやどのはなたちばなのつちにおちむみむ
 1959  霍公鳥 厭時無 菖蒲 蘰将為日 従此鳴度礼  ほととぎすいとふときなしあやめぐさかづらにせむひこゆなきわたれ
 1960  山跡庭 啼而香将来 霍公鳥 汝鳴毎 無人所念  やまとにはなきてかくらむほととぎすながなくごとになきひとおもほゆ
 1961  宇能花乃 散巻惜 霍公鳥 野出山入 来鳴令動  うのはなのちらまくをしみほととぎすのにいでやまにいりきなきとよもす
 1962  橘之 林乎殖 霍公鳥 常尓冬及 住度金  たちばなのはやしをうゑむほととぎすつねにふゆまですみわたるがね
 1963  雨○之 雲尓副而 霍公鳥 指春日而 従此鳴度 [○日+齊]  あまばれのくもにたぐひてほととぎすかすがをさしてこゆなきわたる
 1964  物念登 不宿旦開尓 霍公鳥 鳴而左度 為便無左右二  ものもふといねぬあさけにほととぎすなきてさわたるすべなきまでに
 1965  吾衣 於君令服与登 霍公鳥 吾乎領 袖尓来居管  わがころもきみにきせよとほととぎすわれをうながすそでにきゐつつ
 1966  本人 霍公鳥乎八 希将見 今哉汝来 戀乍居者  もとつひとほととぎすをやめづらしみいまかながくるこひつつをれば
 1967  如是許 雨之零尓 霍公鳥 宇乃花山尓 猶香将鳴  かくばかりあめのふらくにほととぎすうのはなやまになほかなくらむ
  夏雑歌 詠蝉 
1968  黙然毛将有 時母鳴奈武 日晩乃 物念時尓 鳴管本名  もだもあらむときもなかなむひぐらしのものもふときになきつつもとな
  夏雑歌 詠榛 
1969  思子之 衣将摺尓 々保比与 嶋之榛原 秋不立友  おもふこがころもすらむににほひこそしまのはりはらあきたたずとも
  夏雑歌 詠花 
1970  風散 花橘○ 袖受而 為君御跡 思鶴鴨 [○口+リットウ]  かぜにちるはなたちばなをそでにうけてきみがみあととしのひつるかも
1971  香細寸 花橘乎 玉貫 将送妹者 三礼而毛有香  かぐはしきはなたちばなをたまにぬきおくらむいもはみつれてもあるか
1972  霍公鳥 来鳴響 橘之 花散庭乎 将見人八孰  ほととぎすきなきとよもすたちばなのはなちるにはをみむひとやたれ
1973  吾屋前之 花橘者 落尓家里 悔時尓 相在君鴨  わがやどのはなたちばなはちりにけりくやしきときにあへるきみかも
1974  見渡者 向野邊乃 石竹之 落巻惜毛 雨莫零行年  みわたせばむかひののへのなでしこのちらまくをしもあめなふりそね
1975  雨間開而 國見毛将為乎 故郷之 花橘者 散家武可聞  あままあけてくにみもせむをふるさとのはなたちばなはちりにけむかも
1976  野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母  のへみればなでしこのはなさきにけりわがまつあきはちかづくらしも
1977  吾妹子尓 相市乃花波 落不過 今咲有如 有与奴香聞  わぎもこにあふちのはなはちりすぎずいまさけるごとありこせぬかも
1978  春日野之藤者散去而何物鴨御狩人之折而将挿頭  かすがののふじはちりにてなにをかもみかりのひとのをりてかざさむ
1979  不時玉乎曾連有宇能花乃五月乎待者可久有  ときならず(じくの)たまをそぬけるうのはなのさつきをまたばひさしくあるべみ
  夏雑歌 問答歌 
1980  宇能花乃 咲落岳従 霍公鳥 鳴而沙度 公者聞津八  うのはなのさきちるをかゆほととぎすなきてさわたるきみはききつや
1981  聞津八跡 君之問世流 霍公鳥 小竹野尓所沾而 従此鳴綿類  ききつやときみがとはせるほととぎすしののにぬれてこゆなきわたる
  夏雑歌 譬喩歌 
1982   花落里尓 通名者 山霍公鳥 将令響鴨  たちばなのはなちるさとにかよひなばやまほととぎすとよもさむかも
  夏相聞 寄鳥
1983  春之在者 酢軽成野之 霍公鳥 保等穂跡妹尓 不相来尓家里  はるさればすがるなすののほととぎすほとほといもにあはずきにけり
1984  五月山 花橘尓 霍公鳥 隠合時尓 逢有公鴨  さつきやまはなたちばなにほととぎすこもらふときにあへるきみかも
1985  霍公鳥 来鳴五月之 短夜毛 獨宿者 明不得毛  ほととぎすきなくさつきのみじかよもひとりしぬればあかしかねつも
  夏相聞 寄蝉 
1986  日倉足者 時常雖鳴 我戀 手弱女我者 不定哭  ひぐらしはときとなけどもかたこひにたわやめわれはときわかずなく
  夏相聞 寄草 
1987  人言者 夏野乃草之 繁友 妹与吾師 携宿者  ひとごとはなつののくさのしげくともいもとあれとしたづさはりねば
1988  廼者之 戀乃繁久 夏草乃 苅掃友 生布如  このころのこひのしげけくなつくさのかりはらへどもおひしくごとし
1989  真田葛延 夏野之繁 如是戀者 信吾命 常有目八面  まくずはふなつののしげくかくこひばまことわがいのちつねならめやも
1990  吾耳哉 如是戀為良武 垣津旗 丹頬合妹者 如何将有  あれのみやかくこひすらむかきつはたにつらふいもはいかにかあるらむ
  夏相聞 寄花 
1991  片搓尓 絲ヲ曽吾搓 吾背兒之 花橘乎 将貫跡母日手 [ヲ、口偏に立刀]  かたよりにいとをぞわがよるわがせこがはなたちばなをぬかむとおもひて
1992  鴬之 徃来垣根乃 宇能花之 厭事有哉 君之不来座  うぐひすのかよふかきねのうのはなのうきことあれやきみがきまさぬ
1993  宇能花之 開登波無二 有人尓 戀也将渡 獨念尓指天  うのはなのさくとはなしにあるひとにこひやわたらむかたもひにして
 1994  吾社葉 憎毛有目 吾屋前之 花橘乎 見尓波不来鳥屋  われこそばにくくもあらめわがやどのはなたちばなをみにはこじとや
 1995  霍公鳥 来鳴動 岡邊有 藤浪見者 君者不来登夜  ほととぎすきなきとよもすをかへなるふぢなみみにはきみはこじとや
 1996  隠耳 戀者苦 瞿麦之 花尓開出与 朝旦将見  こもりのみこふればくるしなでしこのはなにさきでよあさなさなみむ
1997  外耳 見筒戀牟 紅乃 末採花之 色不出友  よそのみにみつつこひなむくれなゐのすゑつむはなのいろにいでずとも
  夏相聞 寄露 
 1998  夏草乃 露別衣 不著尓 我衣手乃 干時毛名寸  なつくさのつゆわけごろもつけなくにわがころもでのふるときもなき
  夏相聞 寄日 
1999  六月之 地副割而 照日尓毛 吾袖将乾哉 於君不相四手  みなづきのつちさへさけててるひにもわがそでひめやきみにあはずして
  秋雑歌 七夕 
2000  天漢 水左閇而照 舟竟 舟人 妹等所見寸哉  あまのがはみづさへにてるふねはててふねなるひとはいもとみえきや
2001  久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座都 乏諸手丹  ひさかたのあまのかはらにぬえどりのうらなげましつすべなきまでに
2002  吾戀 嬬者知遠 徃船乃 過而應来哉 事毛告火  あがこひをつまはしれるをゆくふねのすぎてくべしやこともつげなむ
2003  朱羅引 色妙子 數見者 人妻故 吾可戀奴  あからひくいろぐはしこをしばみればひとづまゆゑにあれこひぬべし
2004  天漢 安渡丹 船浮而 秋立待等 妹告与具  あまのがはやすのわたりにふねうけてあきたつまつといもにつげこそ
2005  従蒼天 徃来吾等須良 汝故 天漢道 名積而叙来  おほそらゆかよふわれすらながゆゑにあまのかはぢをなづみてぞこし
2006  八千戈 神自御世 乏□ 人知尓来 告思者 [□女偏に麗]  やちほこのかみのみよよりともしづまひとしりにけりつぎてしおもへば
 2007  吾等戀 丹穂面 今夕母可 天漢原 石枕巻  あがこふるにのほのおもわこよひもかあまのかはらにいしまくらまく
 2008  己□ 乏子等者 竟津 荒礒巻而寐 君待難 [□女偏に麗]  おのづまにともしきこらははてむつのありそまきてねむきみまちかてに
 2009  天地等 別之時従 自□ 然叙年而在 金待吾者 [□女偏に麗]  あめつちとわかれしときゆおのがつましかぞかれてありあきまつわれは
 2010  孫星 嘆須□ 事谷毛 告尓叙来鶴 見者苦弥 [□女偏に麗]  ひこほしはなげかすつまにことだにもつげにぞきつるみればくるしみ
 2011  久方 天印等 水無川 隔而置之 神世之恨  ひさかたのあまつしるしとみなしがはへだてておきしかむよしうらめし
 2012  黒玉 宵霧隠 遠鞆 妹傳 速告与  ぬばたまのよぎりにこもりとほくともいもがつたへははやくつげこそ
 2013  汝戀 妹命者 飽足尓 袖振所見都 及雲隠  ながこふるいものみことはあきだらにそでふるみえつくもがくるまで
 2014  夕星毛 徃来天道 及何時鹿 仰而将待 月人壮  ゆふつづもかよふあまぢをいつまでかあふぎてまたむつきひとをとこ
 2015  天漢 已向立而 戀等尓 事谷将告 □言及者 [□女+麗]  あまのがはいむかひたちてこひしらにことだにつげむつまといふまでは
 2016  水良玉 五百都集乎 解毛不見 吾者干可太奴 相日待尓  しらたまのいほつつどひをときもみずわはほしかてぬあはむひまつに
 2017  天漢 水陰草 金風 靡見者 時来之  あまのがはみづかげくさのあきかぜになびかふみればときはきにけり
 2018  吾等待之 白芽子開奴 今谷毛 尓寶比尓徃奈 越方人邇  わがまちしあきはぎさきぬいまだにもにほひにゆかなをちかたひとに
2033  天漢 梶音聞 孫星 与織女 今夕相霜  あまのがはかぢのおときこゆひこほしとたなばたつめとこよひあふらしも
  (右柿本朝臣人麻呂歌集出)   
 2039  年有而 今香将巻 烏玉之 夜霧隠 遠妻手乎  としにありていまかまくらむぬばたまのよぎりこもれるとほづまのてを
 2041  年之戀 今夜盡而 明日従者 如常哉 吾戀居牟  としのこひこよひつくしてあすよりはつねのごとくやあがこひをらむ
 2062  年丹装 吾舟滂 天河 風者吹友 浪立勿忌  としによそふわがふねこがむあまのがはかぜはふくともなみたつなゆめ
2065  天河 白浪高 吾戀 公之舟出者 今為下  あまのがはしらなみたかしあがこふるきみがふなではいましすらしも
  秋雑歌 詠花
2106  此暮 秋風吹奴 白露尓 荒争芽子之 明日将咲見  このゆふへあきかぜふきぬしらつゆにあらそふはぎのあすさかむみむ
2111  事更尓 衣者不揩 佳人部為 咲野之芽子尓 丹穂日而将居  ことさらにころもはすらじをみなへしさきののはぎににほひてをらむ
2120  白露尓 荒争金手 咲芽子 散惜兼 雨莫零根  しらつゆにあらそひかねてさけるはぎちらばをしけむあめなふりそね
2124  秋芽子 戀不盡跡 雖念 思恵也安多良思 又将相八方  あきはぎにこひつくさじとおもへどもしゑやあたらしまたもあはめやも
2125  秋風者 日異吹奴 高圓之 野邊之秋芽子 散巻惜裳  あきかぜはひにけにふきぬたかまとののへのあきはぎちらまくをしも
 2127  吾待之 秋者来奴 雖然 芽子之花曽毛 未開家類  わがまちしあきはきたりぬしかれどもはぎのはなぞもいまださかずける
2129  春日野之 芽子落者 朝東 風尓副而 此間尓落来根  かすがののはぎしちりなばあさごちのかぜにたぐひてここにちりこね
  秋雑歌 詠蟋
2163  影草乃 生有屋外之 暮陰尓 鳴蟋蟀者 雖聞不足可聞  かげくさのおひたるやどのゆふかげになくこほろぎはきけどあかぬかも
  秋雑歌 詠鳥
2170  妹手呼 取石池之 浪間従 鳥音異鳴 秋過良之  いもがてをとろしのいけのなみのまゆとりがねけになくあきすぎぬらし
  秋雑歌 詠露
2172  冷芽子丹 置白霧 朝々 珠年曽見流 置白霧  あきはぎにおけるしらつゆあさなさなたまとしぞみるおけるしらつゆ
  秋雑歌 詠黄葉
2189  大坂乎 吾越来者 二上尓 黄葉流 志具礼零乍  おほさかをわがこえくればふたかみにもみちばながるしぐれふりつつ
2192  黄葉之丹穂日者繁然鞆妻梨木乎手折可佐寒  もみちばのにほひはしげししかれどもつまなしのきをたをりかざさむ
2193  露霜乃寒夕之秋風丹黄葉尓来毛妻梨之木者  つゆしものさむきゆふへのあきかぜにもみちにけりもつまなしのきは
2200  四具礼能雨 無間之零者 真木葉毛 争不勝而 色付尓家里  しぐれのあめまなくしふればまきのはもあらそひかねていろづきにけり
2214  明日香河 黄葉流 葛木 山之木葉者 今之落疑  あすかがはもみちばながるかづらきのやまのこのははいましちるらし
  秋雑歌 詠風
2234  戀乍裳 稲葉掻別 家居者 乏不有 秋之暮風  こひつつもいなばかきわけいへをればともしくもあらずあきのゆふかぜ
  秋雑歌 詠霜
2242  天飛也 鴈之翅乃 覆羽之 何處漏香 霜之零異牟  あまとぶやかりのつばさのおほひばのいづくもりてかしものふりけむ
  秋相聞
2246  秋野 尾花末 生靡 心妹 依鴨  あきのののをばながうれのおひなびきこころはいもによりにけるかも
  右柿本朝臣人麻呂之歌集出
  秋相聞 寄水田
2248  住吉之 岸乎田尓墾 蒔稲 乃而及苅 不相公鴨  すみのえのきしをたにはりまきしいねかくてかるまであはぬきみかも
  秋相聞 寄花
2289  秋芽子之 花野乃為酢寸 穂庭不出 吾戀度 隠嬬波母  あきはぎのはなののすすきほにはいでずあがこひわたるこもりづまはも
2290  吾屋戸尓 開秋芽子 散過而 實成及丹 於君不相鴨  わがやどにさきしあきはぎちりすぎてみになるまでにきみにあはぬかも
  冬雑歌
2319  足引 山道不知 白□○ 枝母等乎々尓 雪落者
 [或云 枝毛多和々々](□=木偏に可、○=木偏に戈)
 あしひきのやまぢもしらずしらかしのえだもとををにゆきのふれれば[えだもたわたわ]
  右柿本朝臣人麻呂之歌集出也 但件一首 [或本云三方沙弥作]
  冬相聞
2337  零雪虚空可消雖恋相依無月経在  ふるゆきのそらにけぬべくこふれどもあふよしなしにつきそへにける
2338  阿和雪千重零敷恋為来食永我見偲  あはゆきはちへにふりしけこひしくのけながきあれはみつつしのはむ
  右、柿本朝臣人麻呂之歌集出  
  冬相聞 寄露 
 2339  咲出照梅之下枝尓置露之可消於妹恋頃者  さきでてるうめのいづえにおくつゆのけぬべくいもにこいふるこのころ
  冬相聞 寄霜 
 2340  甚毛 夜深勿行 道邊之 湯小竹之於尓 霜降夜焉  はなはだもよふけてなゆきみちのへのゆささのうへにしものふるよを
  冬相聞 寄雪 
 2344  一眼見之 人尓戀良久 天霧之 零来雪之 可消所念  ひとめみしひとにこふらくあまぎらしふりくるゆきのけぬべくおもほゆ
2346  如夢 君乎相見而 天霧之 落来雪之 可消所念  いめのごときみをあひみてあまぎらしふりくるゆきのけぬべくおもほゆ
2349  天霧相 零来雪之 消友 於君合常 流經度  あまぎらひふりくるゆきのけなめどもきみにあはむとながらへわたる
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 歌番号  古今相聞往来歌類之上
  旋頭歌 柿本朝臣人麻呂歌集出
  2360  狛錦 紐片叙 床落邇祁留 明夜志 将来得云者 取置待  こまにしきひものかたへぞとこにおちにける あすのよしきなむといはばとりおきてまたむ
  2366  開木代 来背若子 欲云余 相狭丸 吾欲云 開木代来背  やましろのくせのわくごがほしといふわれ あふさわにわれをほしといふやましろのくぜ
  (右十二首)柿本朝臣人麻呂之歌集出
  旋頭歌 
 2368  玉垂 小簾之寸鶏吉仁 入通来根 足乳根之 母我問者 風跡将申  たまだれのをすのすけきにいりかよひこね たらちねのははがとはさばかぜとまをさむ
  (右五首古歌集中出)
  正述心緒 
 2373  人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆 [或本歌云 公矣思尓 暁来鴨]  ひとのぬるうまいはねずてはしきやしきみがめすらをほりしなげくも 
 [きみをおもふにあけにけるかも]
 2375   千遍雖念 人不云 吾戀□ 見依鴨 □=女偏に「麗」  こころにはちへにおもへどひとにいはぬあがこひづまをみむよしもがも
 2378  是耳 戀度 玉切 不知命 歳經管  かくのみしこひやわたらむたまきはるいのちもしらずとしはへにつつ
 2394  戀為 死為物 有者 我身千遍 死反   こひするにしにするものにあらませばあがみはちたびしにかへらまし
 2396  中々不見有従相見戀心益念   なかなかにみざりしよりもあひみてはこひしきこころましておもほゆ 
 2397  玉桙道不行為有者惻隠此有戀不相   たまほこのみちゆかずあらばねもころのかかるこひにはあらざらましを 
 2412  眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念吾   まよねかきはなひひもとけまつらむかいつかもみむとおもへるわれを
 2413  君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒  きみにこひうらぶれをればくやしくもわがしたびものゆふていたづらに
 2416  我妹戀無乏夢見吾雖念不所寐  わぎもこにこひすべながりいめにみむとわれはおもへどいねらえなくに
 2418  戀事意追不得出行者山川不知来   こふることなぐさめかねていでてゆけばやまをかはをもしらずきにけり 
  寄物陳思
 2431  是川 瀬々敷浪 布々 妹心 乗在鴨  うぢかはのせぜのしきなみしくしくにいもはこころにのりにけるかも
 2433  早敷哉 不相子故 徒 是川瀬 裳襴潤  はしきやしあはぬこゆゑにいたづらにうぢがはのせにもすそぬらしつ
 2434  是川水阿和逆纒行水事不反思始為  うぢかはのみなあわさかまきゆくみづのことかへらずぞおもひそめてし
 2436  言出云忌々山川之當都心塞耐在   ことにいでていはばゆゆしみやまがはのたぎつこころをせかへたりけり 
 2438  荒礒越外徃波乃外心吾者不思戀而死鞆  ありそこしほかゆくなみのほかごころわれはおもはじこひてしぬとも 
 2445  隠沼 従裏戀者 無乏 妹名告 忌物矣  こもりぬのしたゆこふればすべをなみいもがなのりついむべきものを 
 2453  香山尓 雲位桁曵 於保々思久 相見子等乎 後戀牟鴨  かぐやまにくもゐたなびきおほほしくあひみしこらをのちこひむかも 
 2454  雲間従狭徑月乃於保々思久相見子等乎見因鴨  くもまよりさわたるつきのおほほしくあひみしこらをみむよしもがも 
 2456  雲谷灼發意追見乍居及直相   くもだにもしるくしたたばなぐさめてみつつもをらむただにあふまでに 
 2468  若月 清不見 雲隠 見欲 宇多手比日   みかづきのさやにもみえずくもがくりみまくぞほしきうたてこのころ
 2478  山菅乱戀耳令為乍不相妹鴨年經乍  やますげのみだれこひのみせしめつつあはぬいもかもとしはへにつつ 
 2482  秋柏 潤和川邊 細竹目 人不顏面 公无勝  あきかしはうるわかはへのしののめのひとにはしのびきみにあへなくに 
2484  路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀□[女偏に麗] [或本歌曰 灼然 人知尓家里 継而之念者]  みちのへのいちしのはなのいちしろくひとみなしりぬあがこひづまは 
 [いちしろく ひとしりにけり つぎてしおもへば]
 2485  大野 跡状不知 印結 有不得 吾眷  おほのらにたづきもしらずしめゆひてありかつましじあがこふらくは 
 2486  水底 生玉藻 打靡 心依 戀比日  みなそこにおふるたまものうちなびきこころはよりてこふるこのころ
2506  里遠 眷浦經 真鏡 床重不去 夢所見与  さとどほみこひうらぶれぬまそかがみとこのへさらずいめにみえこそ
 2510  梓弓引不許有者此有戀不相   あづさゆみひきてゆるさずあらませばかかるこひにはあはざらましを 
  (以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
  正述心緒
 2524  奥山之 真木乃板戸乎 押開 思恵也出来根 後者何将為  おくやまのまきのいたとをおしひらきしゑやいでこねのちはなにせむ
 2536  吾背子我 其名不謂跡 玉切 命者棄 忘賜名  わがせこがそのなのらじとたまきはるいのちはすてつわすれたまふな
 2537  凡者 誰将見鴨 黒玉乃 我玄髪乎 靡而将居  おほかたはたがみむとかもぬばたまのわがくろかみをなびけてをらむ
 2538  面忘 何有人之 為物焉 言者為金津 継手志念者  おもわすれいかなるひとのするものぞわれはしかねつつぎてしおもへば
 2539  不相思 人之故可 璞之 年緒長 言戀将居  あひおもはぬひとのゆゑにかあらたまのとしのをながくあがこひをらむ
2540  凡乃 行者不念 言故 人尓事痛 所云物乎  おほかたのわざとはもはじわがゆゑにひとにこちたくいはれしものを
 2544  相見者 千歳八去流 否乎鴨 我哉然念 待公難尓  あひみてはちとせやいぬるいなをかもわれやしかおもふきみまちかてに
2546  徊俳 徃箕之里尓 妹乎置而 心空在 土者踏鞆  たもとほりゆきみのさとにいもをおきてこころそらなりつちはふめども
 2549  寤者 相縁毛無 夢谷 間無見君 戀尓可死  うつつにはあふよしもなしいめにだにまなくみえきみこひにしぬべし
 2558  夢耳 見尚幾許 戀吾者 寤見者 益而如何有  いめのみにみてすらここだこふるあはうつつにみてばましていかにあらむ
 2559  對面者面隠流物柄尓継而見巻能欲公毳   あひみてはおもかくさゆるものからにつぎてみまくのほしききみかも 
 2569  夜干玉之 妹之黒髪 今夜毛加 吾無床尓 靡而宿良武  ぬばたまのいもがくろかみこよひもかあがなきとこになびけてぬらむ
 2570  花細葦垣越尓直一目相視之兒故千遍嘆津   はなぐはしあしかきごしにただひとめあひみしこゆゑちたびなげきつ 
 2572  相見而者戀名草六跡人者雖云見後尓曽毛戀益家類   あひみてはこひなぐさむとひとはいへどみてのちにぞもこひまさりける 
2573  凡 吾之念者 如是許 難御門乎 退出米也母  おほろかにわれしおもはばかくばかりかたきみかどをまかりいでめやも
 2585  面形之忘戸在者小豆鳴男士物屋戀乍将居  おもかたのわするとあらばあづきなくをとこじものやこひつつをらむ 
 2591  人事 茂君 玉梓之 使不遣 忘跡思名  ひとごとをしげみときみにたまづさのつかひもやらずわするとおもふな 
 2593  夕去者 公来座跡 待夜之 名凝衣今 宿不勝為  ゆふさればきみきまさむとまちしよのなごりぞいまもいねかてにする 
 2597  戀死後何為吾命生日社見幕欲為礼  こひしなむのちはなにせむわがいのちいけるひにこそみまくほりすれ 
 2598  敷細 枕動而 宿不所寝 物念此夕 急明鴨  しきたへのまくらうごきていねらえずものもふこよひはやもあけぬかも
 2600  夢谷何鴨不所見雖所見吾鴨迷戀茂尓  いめにだになにかもみえぬみゆれどもわれかもまとふこひのしげきに 
 2602  何為而忘物吾妹子丹戀益跡所忘莫苦二  いかにしてわすれむものぞわぎもこにこひはまされどわすらえなくに 
 2603  遠有跡公衣戀流玉桙乃里人皆尓吾戀八方  とほくあれどきみにぞこふるたまほこのさとひとみなにあれこひめやも 
 2606  現毛 夢毛吾者 不思寸 振有公尓 此間将會十羽  うつつにもいめにもわれはおもはずきふりたるきみにここにあはむとは 
 2607  黒髪 白髪左右跡 結大王 心一乎 今解目八方  くろかみのしらかみまでとむすびてしこころひとつをいまとかめやも
2608  心乎之君尓奉跡念有者縦比来者戀乍乎将有  こころをしきみにまつるとおもへればよしこのころはこひつつをあらむ 
2609  念出而 哭者雖泣 灼然 人之可知 嘆為勿謹  おもひいでてねにはなくともいちしろくひとのしるべくなげかすなゆめ 
 2619  眉根掻 下言借見 思有尓 去家人乎 相見鶴鴨  まよねかきしたいふかしみおもへるにいにしへひとをあひみつるかも
  或本歌曰
 2620  眉根掻 誰乎香将見跡 思乍 氣長戀之 妹尓相鴨  まよねかきたれをかみむとおもひつつけながくこひしいもにあへるかも 
  一書歌曰
 2621  眉根掻 下伊布可之美 念有之 妹之容儀乎 今日見都流香裳  まよねかきしたいふかしみおもへりしいもがすがたをけふみつるかも 
  寄物陳思
 2631  紅之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴  くれなゐのこそめのころもいろふかくしみにしかばかわすれかねつる 
 2633  古衣 打棄人者 秋風之 立来時尓 物念物其  ふるころもうつつるひとはあきかぜのたちくるときにものもふものぞ
 2642  里遠 戀和備尓家里 真十鏡 面影不去 夢所見社  さとどほみこひわびにけりまそかがみおもかげさらずいめにみえこそ
 2653  宮材引 泉之追馬喚犬二 立民乃 息時無 戀渡可聞  みやぎひくいづみのそまにたつたみのやむときもなくこひわたるかも 
 2665  神名火尓 紐呂寸立而 雖忌 人心者 間守不敢物  かむなびにひもろきたてていはへどもひとのこころはまもりあへぬもの 
 2671  千葉破 神之伊垣毛 可越 今者吾名之 惜無  ちはやぶるかみのいかきもこえぬべしいまはわがなのをしけくもなし
 2676  二上尓 隠經月之 雖惜 妹之田本乎 加流類比来  ふたかみにかくらふつきのをしけどもいもがたもとをかるるこのころ
 2687  窓越尓月臨照而足檜乃下風吹夜者公乎之其念  まどごしにつきおしてりてあしひきのあらしふくよはきみをしそおもふ 
 2692  笠無登 人尓者言手 雨乍見 留之君我 容儀志所念  かさなみとひとにはいひてあまつつみとまりしきみがすがたしおもほゆ
 2693  妹門 去過不勝都 久方乃 雨毛零奴可 其乎因将為  いもがかどゆきすぎかねつひさかたのあめもふらぬかそをよしにせむ 
 2697  朝露之 消安吾身 雖老 又若反 君乎思将待  あさつゆのけやすきあがみおいぬともまたをちかへりきみをしまたむ
 2710  明日香川 明日文将渡 石走 遠心者 不思鴨  あすかがはあすもわたらむいしはしのとほきこころはおもほえぬかも
 2711  飛鳥川 水徃増 弥日異 戀乃増者 在勝申自  あすかがはみづゆきまさりいやひけにこひのまさらばありかつましじ
 2714  愛八師 不相君故 徒尓 此川瀬尓 玉裳沾津  はしきやしあはぬきみゆゑいたづらにこのかはのせにたまもぬらしつ
 2716  青山之 石垣沼間乃 水隠尓 戀哉<将>度 相縁乎無  あをやまのいはかきぬまのみごもりにこひやわたらむあふよしをなみ
 2720  奥山之 木葉隠而 行水乃 音聞従 常不所忘  おくやまのこのはがくれてゆくみづのおとききしよりつねわすらえず
 2727  高山之 石本瀧千 逝水之 音尓者不立 戀而雖死  たかやまのいはもとたぎちゆくみづのおとにはたてじこひてしぬとも
 2728  隠沼乃 下尓戀者 飽不足 人尓語都 可忌物乎  こもりぬのしたにこふればあきだらずひとにかたりついむべきものを 
 2745  風緒痛 甚振浪能 間無 吾念君者 相念濫香  かぜをいたみいたぶるなみのあひだなくあがおもふいもはあひおもふらむか 
 2750  大海二 立良武浪者 間将有 公二戀等九 止時毛梨  おほきうみにたつらむなみはあひだあらむきみにこふらくやむときもなし
 2758  大船尓 葦荷苅積 四美見似裳 妹心尓 乗来鴨  おほぶねにあしにかりつみしみみにもいもはこころにのりにけるかも
 2759  驛路尓 引舟渡 直乗尓 妹情尓 乗来鴨  はゆまぢにひきふねわたしただのりにいもはこころにのりにけるかも
 2771  奥山之 石本菅乃 根深毛 所思鴨 吾念妻者  おくやまのいはもとすげのねふかくもおもほゆるかもあがおもひづまは
 2777  足引乃 山橘之 色出而 吾戀南雄 八目難為名  あしひきのやまたちばなのいろにいでてあはこひなむをやめかてにすな
2779  吾背子尓 吾戀良久者 夏草之 苅除十方 生及如  わがせこにあがこふらくはなつくさのかりそくれどもおひしくごとし
 2793  吾妹子之 奈何跡裳吾 不思者 含花之 穂應咲  わぎもこがなにともわれをおもはねばふふめるはなのほにさきぬべし
 2794  隠庭 戀而死鞆 三苑原之 鶏冠草花乃 色二出目八方  こもりにはこひてしぬともみそのふのからあゐのはなのいろにいでめやも
 2795  開花者 雖過時有 我戀流 心中者 止時毛梨  さくはなはすぐるときあれどわがこふるこころのうちはやむときもなし
 2796  山振之尓保敝流妹之翼酢色乃赤裳之為形夢所見管  やまぶきのにほへるいもがはねずいろのあかものすがたいめにみえつつ 
 2798  生緒尓 念者苦 玉緒乃 絶天乱名 知者知友  いきのをにおもへばくるしたまのをのたえてみだれなしらばしるとも
 2799  玉緒之 絶而有戀之 乱者 死巻耳其 又毛不相為而  たまのをのたえたるこひのみだれなばしなまくのみぞまたもあはずして
 2806  水泳 玉尓接有 礒貝之 獨戀耳 年者經管  みづくくるたまにまじれるいそかひのかたこひのみにとしはへにつつ
  問答
 2819  眉根掻 鼻火紐解 待八方 何時毛将見跡 戀来吾乎  まよねかきはなひひもとけまてりやもいつかもみむとこひこしわれを
  右上見柿本朝臣人麻呂之歌中 但以問答故累載於茲也
 2820  今日有者 鼻火鼻火之 眉可由見 思之言者 君西在来  けふなればはなひはなひしまよかゆみおもひしことはきみにしありけり 
  右二首
 2821  音耳乎 聞而哉戀 犬馬鏡 直目相而 戀巻裳太口  おとのみをききてやこひむまそかがみただめにあひてこひまくもいたく 
 2822  此言乎 聞跡平 真十鏡 照月夜裳 闇耳見  このことをきかむとならしまそかがみてれるつくよもやみのみにみつ 
  右二首
 2827  浦觸而 物莫念 天雲之 絶多不心 吾念莫國  うらぶれてものなおもひそあまくものたゆたふこころわがおもはなくに 
 2828  浦觸而 物者不念 水無瀬川 有而毛水者 逝云物乎  うらぶれてものはおもはじみなせがはありてもみづはゆくといふものを 
  右二首
 2835  念人 将来跡知者 八重六倉 覆庭尓 珠布益乎  おもふひとこむとしりせばやへむぐらおほへるにはにたましかましを 
 2836  玉敷有 家毛何将為 八重六倉 覆小屋毛 妹与居者  たましけるいへもなにせむやへむぐらおほへるこやもいもとをりせば
  右二首
 2838  紅 花西有者 衣袖尓 染著持而 可行所念  くれなゐのはなにしあらばころもでにそめつけもちてゆくべくおもほゆ
  譬喩歌寄衣喩思
 2839  紅之 深染乃衣乎 下著者 人之見久尓 仁寳比将出鴨  くれなゐのこそめのきぬをしたにきばひとのみらくににほひいでむかも
  (右二首)
  譬喩歌
 2842  水沙兒居 渚座船之 夕塩乎 将待従者 吾社益  みさごゐるすにゐるふねのゆふしほをまつらむよりはわれこそまされ
  右一首寄船喩思
 2845  日本之 室原乃毛桃 本繁 言大王物乎 不成不止  やまとのむろふのけもももとしげくいひてしものをならずはやまじ
  右一首寄菓喩思
巻十二  
歌番号  古今相聞往来歌類之下
  正述心緒
2852  我背子之 朝明形 吉不見 今日間 戀暮鴨   わがせこがあさけのすがたよくみずてけふのあひだをこひくらすかも
2856  忘哉 語 意遣 雖過不過 猶戀   わするやとものがたりしてこころやりすぐせどすぎずなほこひにけり
2858  後相 吾莫戀 妹雖云 戀間 年經乍  のちもあはむわれになこひそといもはいへどこふるあひだにとしはへにつつ
2859  不直相有諾夢谷何人事繁    ただにあはずあるはうべなりいめにだになにしかひとのことのしげけむ
          或本歌曰 [寤者 諾毛不相 夢左倍]       或本の歌に曰はく、 [うつつには、うべもあはなく、いめにさへ]
2861   直不相 夢谷 相見与 我戀國  うつつにはただにはあはずいめにだにあふとみえこそあがこふらくに
  寄物陳思
2862  人所見 表結 人不見 裏紐開 戀日太   ひとのみるうへはむすびてひとのみぬしたひもときてこふるひぞおほき
2868  菅根之 惻隠々々 照日 乾哉吾袖 於妹不相為  すがのねのねもころごろにてるひにもひめやわがそでいもにあはずして
2870  飛鳥川 高川避紫 越来 信今夜 不明行哉   あすかがはたかがはよかしこえこしをまことこよひはあけずもいかぬか
2872  礒上 生小松 名惜 人不知 戀渡鴨   いそのうへにおふるこまつのなををしみひとにしらえずこひわたるかも
    或本歌曰
2873  巌上尓 立小松 名惜 人尓者不云 戀渡鴨   いはのうへにたてるこまつのなををしみひとにはいはずこひわたるかも
  (右廿三首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
  正述心緒
2876  吾背子乎 且今々々跡 待居尓 夜更深去者 嘆鶴鴨  わがせこをいまかいまかとまちをるによのふけゆけばなげきつるかも
2879  如是許 将戀物其跡 知者 其夜者由多尓 有益物乎  かくばかりこひむものぞとしらませばそのよはゆたにあらましものを
2880  戀乍毛 後将相跡 思許増 己命乎 長欲為礼  こひつつものちもあはむとおもへこそおのがいのちをながくほりすれ
2881  今者吾者 将死与吾妹 不相而 念渡者 安毛無  いまはあはしなむよわぎもあはずしておもひわたればやすけくもなし
2882  我背子之 将来跡語之 夜者過去 思咲八更々 思許理来目八面  わがせこがこむとかたりしよはすぎぬしゑやさらさらしこりこめやも
2886  慥 使乎無跡 情乎曽 使尓遣之 夢所見哉  たしかなるつかひをなみとこころをぞつかひにやりしいめにみえきや
2887  天地尓 小不至 大夫跡 思之吾耶 雄心毛無寸  あめつちにすこしいたらぬますらをとおもひしわれやをごころもなき
2893  立而居 為便乃田時毛 今者無 妹尓不相而 月之經去者
 [或本歌曰 君之目不見而 月之經去者]
 たちてゐてすべのたどきもいまはなしいもにあはずてつきのへぬれば
  [きみがめみずてつきのへぬれば]
2894  不相而 戀度等母 忘哉 弥日異者 思益等母  あはずしてこひわたるともわすれめやいやひにけにはおもひますとも
2896  戀管母 今日者在目杼 玉匣 将開明日 如何将暮  こひつつもけふはあらめどたまくしげあけなむあすをいかにくらさむ
2898  他言者 真言痛 成友 彼所将障 吾尓不有國  ひとごとはまことこちたくなりぬともそこにさはらむわれにあらなくに
2899  立居 田時毛不知 吾意 天津空有 土者踐鞆  たちてゐてたどきもしらずあがこころあまつそらなりつちはふめども
2900  世間之 人辞常 所念莫 真曽戀之 不相日乎多美  よのなかのひとのことばとおもほすなまことぞこひしあはぬひをおほみ
2901  乞如何 吾幾許戀流 吾妹子之 不相跡言流 事毛有莫國  いでいかにあがここだこふるわぎもこがあはじといへることもあらなくに
2902  夜干玉之 夜乎長鴨 吾背子之 夢尓夢西 所見還良武  ぬばたまのよをながみかもわがせこがいめにいめにしみえかへるらむ
2903  荒玉之 年緒長 如此戀者 信吾命 全有目八面  あらたまのとしのをながくかくこひばまことわがいのちまたからめやも
2904  思遣 為便乃田時毛 吾者無 不相數多 月之經去者  おもひやるすべのたどきもわれはなしあはずてまねくつきのへぬれば
2905  朝去而 暮者来座 君故尓 忌々久毛吾者 歎鶴鴨  あしたいにてゆふへはきますきみゆゑにゆゆしくもあはなげきつるかも
2906  従聞 物乎念者 我ムネ者 破而摧而 鋒心無  ききしよりものをおもへばわがむねはわれてくだけてとごころもなし
2908  歌方毛 曰管毛有鹿 吾有者 地庭不落 空消生  うたがたもいひつつもあるかわれならばつちにはおちずそらにけなまし
2910  獨居而 戀者辛苦 玉手次 不懸将忘 言量欲  ひとりゐてこふればくるしたまたすきかけずわすれむことはかりもが
2911  中々二 黙然毛有申尾 小豆無 相見始而毛 吾者戀香  なかなかにもだもあらましをあづきなくあひみそめてもあれはこふるか
2912  妹子之 咲眉引 面影 懸而本名 所念可毛  わぎもこがゑまひまよびきおもかげにかかりてもとなおもほゆるかも
2913  赤根指 日之暮去者 為便乎無三 千遍嘆而 戀乍曽居  あかねさすひのくれゆけばすべをなみちたびなげきてこひつつぞをる
2914  吾戀者 夜晝不別 百重成 情之念者 甚為便無  あがこひはよるひるわかずももへなすこころしおもへばいたもすべなし
2915  五十殿寸太 薄寸眉根乎 徒 令掻管 不相人可母  いとのきてうすきまよねをいたづらにかかしめつつもあはぬひとかも
2916  戀々而 後裳将相常 名草漏 心四無者 五十寸手有目八面  こひこひてのちもあはむとなぐさもるこころしなくはいきてあらめやも
2917  幾 不生有命乎 戀管曽 吾者氣衝 人尓不所知  いくばくもいけらじいのちをこひつつぞわれはいきづくひとにしらえず
2918  他國尓 結婚尓行而 大刀之緒毛 未解者 左夜曽明家流  ひとくにによばひにゆきてたちがをもいまだとかねばさよぞあけにける
2919  大夫之 聡神毛 今者無 戀之奴尓 吾者可死  ますらをのさときこころもいまはなしこひのやつこにあれはしぬべし
2920  常如是 戀者辛苦 シマシク毛 心安目六 事計為与  つねかくしこふればくるししましくもこころやすめむことはかりせよ
2921  凡尓 吾之念者 人妻尓 有云妹尓 戀管有米也  おほろかにわれしおもはばひとづまにありといふいもにこひつつあらめや
2924  人見而 事害目不為 夢尓吾 今夜将至 屋戸閇勿勤  ひとのみてこととがめせぬいめにわれこよひいたらむやどさすなゆめ
2925  何時左右二 将生命曽 凡者 戀乍不有者 死上有  いつまでにいかむいのちぞおほかたはこひつつあらずはしなましものを
2926  愛等 念吾妹乎 夢見而 起而探尓 無之不怜  うつくしとおもふわぎもをいめにみておきてさぐるになきがさぶしさ
2927  妹登曰者 無礼恐 然為蟹 懸巻欲 言尓有鴨   いもといはばなめしかしこししかすがにかけまくほしきことにあるかも
2928  玉勝間 相登云者 誰有香 相有時左倍 面隠為   たまかつまあはむといふはたれなるかあへるときさへおもかくしする
2929  寤香妹之来座有夢可毛吾香惑流戀之繁尓   うつつにかいもがきませるいめにかもわれかまとへるこひのしげきに
2930  大方者 何鴨将戀 言擧不為 妹尓依宿牟 年者近綬   おほかたはなにかもこひむことあげせずいもによりねむとしはちかきを
2931  二為而 結之紐乎 一為而 吾者解不見 直相及者   ふたりしてむすびしひもをひとりしてあれはときみじただにあふまでは
2932  終命 此者不念 唯毛 妹尓不相 言乎之曽念   をへむいのちここはおもはずただしくもいもにあはざることをしぞおもふ
2933  幼婦者 同情 須臾 止時毛無久 将見等曽念   たわやめはおなじこころにしましくもやむときもなくみてむとぞおもふ
2934  夕去者 於君将相跡 念許増 日之晩毛 □有家礼  ゆふさらばきみにあはむとおもへこそひのくるらくもうれしかりけれ
2935  直今日毛 君尓波相目跡 人言乎 繁不相而 戀度鴨  ただけふもきみにはあはめどひとごとをしげみあはずてこひわたるかも
2939  浦觸而 可例西袖ヲ 又巻者 過西戀以 乱今可聞  うらぶれてかれにしそでをまたまかばすぎにしこひいみだれこむかも
2942  生代尓 戀云物乎 相不見者 戀中尓毛 吾曽苦寸   いけるよにこひといふものをあひみねばこひのうちにもわれぞくるしき
2945  不相念 公者雖座 肩戀丹 吾者衣戀 君之光儀   あひおもはずきみはいませどかたこひにあれはぞこふるきみがすがたに
2946  味澤相 目者非不飽 携 不問事毛 苦勞有来   あぢさはふめはあかざらねたづさはりこととはなくもくるしかりけり
2947  璞之 年緒永 何時左右鹿 我戀将居 壽不知而   あらたまのとしのをながくいつまでかあがこひをらむいのちしらずて
2948  今者吾者 指南与我兄 戀為者 一夜一日毛 安毛無   いまはあはしなむよわがせこひすればひとよひとひもやすけくもなし
2949  白細布之 袖折反 戀者香 妹之容儀乃 夢二四三湯流  しろたへのそでをりかへしこふればかいもがすがたのいめにしみゆる
2951  戀云者 薄事有 雖然 我者不忘 戀者死十万   こひといへばうすきことなりしかれどもわれはわすれじこひはしぬとも
2952  中々二 死者安六 出日之 入別不知 吾四九流四毛   なかなかにしなばやすけむいづるひのいるわきしらぬわれしくるしも
2953  念八流 跡状毛我者 今者無 妹二不相而 年之經行者   おもひやるたどきもわれはいまはなしいもにあはずてとしのへぬれば
2955  我命之 長欲家口 偽乎 好為人乎 執許乎   わがいのちのながくほしけくいつはりをよくするひとをとらふばかりを
2956  人言 繁跡妹 不相 情裏 戀比日   ひとごとをしげみといもにあはずしてこころのうちにこふるこのころ
2957  玉梓之 君之使乎 待之夜乃 名凝其今毛 不宿夜乃大寸   たまづさのきみがつかひをまちしよのなごりぞいまもいねぬよのおほき
2958  玉桙之 道尓行相而 外目耳毛 見者吉子乎 何時鹿将待  たまほこのみちにゆきあひてよそめにもみればよきこをいつとかまたむ
2959  念西 餘西鹿齒 為便乎無美 吾者五十日手寸 應忌鬼尾   おもひにしあまりにしかばすべをなみわれはいひてきいむべきものを
2960  明日者 其門将去 出而見与 戀有容儀 數知兼   あすのひはそのかどゆかむいでてみよこひたるすがたあまたしるけむ
2961  得田價異 心欝悒 事計 吉為吾兄子 相有時谷   うたてけにこころいぶせしことはかりよくせわがせこあへるときだに
2962  吾妹子之 夜戸出乃光儀 見而之従 情空有 地者雖踐   わぎもこがよとでのすがたみてしよりこころそらなりつちはふめども
2963  海石榴市之 八十衢尓 立平之 結紐乎 解巻惜毛   つばきちのやそのちまたにたちならしむすびしひもをとかまくをしも
2964  吾齡之 衰去者 白細布之 袖乃狎尓思 君乎母准其念   わがいのちのおとろへぬればしろたへのそでのなれにしきみをしぞおもふ
2965  恋君吾哭涕白妙袖兼所潰為便母奈之   きみにこひあがなくなみだしろたへのそでさへひちてせむすべもなし
2966  従今者 不相跡為也 白妙之 我衣袖之 干時毛奈吉   いまよりはあはじとすれやしろたへのわがころもでのふるときもなき
2967  夢可登 情班 月數多 干西君之 事之通者   いめかとこころまどひぬつきまねくかれにしきみがことのかよへば
2968  未玉之 年月兼而 烏玉乃 夢尓所見 君之容儀者   あらたまのとしつきかねてぬばたまのいめにみえけりきみがすがたは
2969  従今者 雖戀妹尓 将相哉母 床邊不離 夢尓所見乞   いまよりはこふともいもにあはめやもとこのへさらずいめにみえこそ
2970  人見而 言害目不為 夢谷 不止見与 我戀将息 或本歌頭云 人目多 直者不相   ひとのみてこととがめせぬいめにだにやまずみえこそあがこひやまむ
[ひとめおほみ ただにはあはず]
2971  現者 言絶有 夢谷 嗣而所見与 直相左右二   うつつにはこともたえたりいめにだにつぎてみえこそただにあふまでに
2972  虚蝉之 宇都思情毛 吾者無 妹乎不相見而 年之經去者   うつせみのうつしごころもわれはなしいもをあひみずてとしのへぬれば
 2973  虚蝉之 常辞登 雖念 継而之聞者 心遮焉   うつせみのつねのことばとおもへどもつぎてしきけばこころまどひぬ
 2974  白細之 袖不數而宿 烏玉之 今夜者早毛 明者将開   しろたへのそでかれてぬるぬばたまのこよひははやもあけばあけなむ
 2975  白細之 手本寛久 人之宿 味宿者不寐哉 戀将渡   しろたへのたもとゆたけくひとのぬるうまいはねずやこひわたりなむ
  寄物陳思
 2978  紅 薄染衣 淺尓 相見之人尓 戀比日可聞  くれなゐのうすそめころもあさらかにあひみしひとにこふるころかも
3014  霊合者 相宿物乎 小山田之 鹿猪田禁如 母之守為裳 [一云 母之守之師]  たまあへばあひぬるものををやまだのししだもるごとははしもらすも [ははがもらしし]
3017  夕月夜 五更闇之 不明 見之人故 戀渡鴨  ゆふづくよあかときやみのおほほしくみしひとゆゑにこひわたるかも
3037  隠沼乃下従戀餘白浪之灼然出人之可知   こもりぬのしたゆこひあまりしらなみのいちしろくいでぬひとのしるべく
3056  朝日指 春日能小野尓 置露乃 可消吾身 惜雲無  あさひさすかすがのをのにおくつゆのけぬべきあがみをしけくもなし
3057  露霜乃 消安我身 雖老 又若反 君乎思将待  つゆしものけやすきあがみおいぬともまたをちかへりきみをしまたむ
3068  相不念 有物乎鴨 菅根乃 懃懇 吾念有良武  あひおもはずあるものをかもすがのねのねもころごろにわがもへるらむ
3089  如此為而曽人之死云藤浪乃直一目耳見之人故尓   かくしてぞひとはしぬといふふぢなみのただひとめのみみしひとゆゑに
3091  三佐呉集 荒礒尓生流 勿謂藻乃 吉名者不告 父母者知鞆   みさごゐるありそにおふるなのりそのよしなはのらじおやはしるとも
 3107  小竹之上尓 来居而鳴鳥 目乎安見 人妻ユヱ尓 吾戀二来   しののうへにきゐてなくとりめをやすみひとづまゆゑにあれこひにけり
3111  左檜隈檜隈河尓駐馬馬尓水令飲吾外将見  さひのくまひのくまがはにうまとどめうまにみづかへわれよそにみむ
  問答歌
3115  紫者 灰指物曽 海石榴市之 八十街尓 相兒哉誰   むらさきははひさすものぞつばきちのやそのちまたにあへるこやたれ
3116  足千根乃 母之召名乎 雖白 路行人乎 孰跡知而可  たらちねのははがよぶなをまをさめどみちゆくひとをたれとしりてか
  右二首
3119  人目太 直不相而 盖雲 吾戀死者 誰名将有裳   ひとめおほみただにあはずてけだしくもあがこひしなばたがなならむも
3120  相見 欲為者 従君毛 吾曽益而 伊布可思美為也  あひみまくほしきがためはきみよりもわれぞまさりていふかしみする
  右二首
3129  氣緒尓 言氣築之 妹尚乎 人妻有跡 聞者悲毛   いきのをにわがいきづきしいもすらをひとづまなりときけばかなしも
3130  我故尓 痛勿和備曽 後遂 不相登要之 言毛不有尓  わがゆゑにいたくなわびそのちつひにあはじといひしこともあらなくに
  右二首
3139  久堅乃 雨零日乎 我門尓 蓑笠不蒙而 来有人哉誰  ひさかたのあめのふるひをわがかどにみのかさきずてけるひとやたれ
3140  纒向之 病足乃山尓 雲居乍 雨者雖零 所沾乍焉来  まきむくのあなしのやまにくもゐつつあめはふれどもぬれつつぞこし
  右二首
  羇旅發思
3163  梓弓 末者不知杼 愛美 君尓副而 山道越来奴  あづさゆみすゑはしらねどうるはしみきみにたぐひてやまぢこえきぬ
3180  吾妹兒乎 外耳哉将見 越懈乃 子難懈乃 嶋楢名君  わぎもこをよそのみやみむこしのうみのこがたのうみのしまならなくに
3188  射去為 海部之楫音 湯按干 妹心 乗来鴨  いざりするあまのかぢおとゆくらかにいもはこころにのりにけるかも
  悲別歌
3201  立名付 青垣山之 隔者 數君乎 言不問可聞  たたなづくあをかきやまのへなりなばしばしばきみをこととはじかも
3202  朝霞 蒙山乎 越而去者 吾波将戀奈 至于相日  あさがすみたなびくやまをこえていなばわれはこひむなあはむひまでに
3203  足桧乃 山者百重 雖隠 妹者不忘 直相左右二 [一云 雖隠 君乎思苦 止時毛無]   あしひきのやまはももへにかくすともいもはわすれじただにあふまでに
 [かくせどもきみをおもはくやむときもなし]
3204  雲居有 海山超而 伊徃名者 吾者将戀名 後者相宿友  くもゐなるうみやまこえていゆきなばわれはこひむなのちはあひぬとも
3205  不欲恵八師 不戀登為杼 木綿間山 越去之公之 所念良國   よしゑやしこひじとすれどゆふまやまこえにしきみがおもほゆらくに
3213  海之底 奥者恐 礒廻従 水手運徃為 月者雖經過   わたのそこおきはかしこしいそみよりこぎたみいませつきはへぬとも
3214  飼飯乃浦尓 依流白浪 敷布二 妹之容儀者 所念香毛  けひのうらによするしらなみしくしくにいもがすがたはおもほゆるかも
3215  時風 吹飯乃濱尓 出居乍 贖命者 妹之為社   ときつかぜふけひのはまにいでゐつつあかふいのちはいもがためこそ
3216  柔田津尓 舟乗将為跡 聞之苗 如何毛君之 所見不来将有  にきたつにふなのりせむとききしなへなにぞもきみがみえこずあるらむ
3217  三沙呉居 渚尓居舟之 榜出去者 裏戀監 後者會宿友  みさごゐるすにゐるふねのこぎでなばうらごひしけむのちはあひぬとも
3224  足桧木乃 片山雉 立徃牟 君尓後而 打四鶏目八方  あしひきのかたやまきぎしたちゆかむきみにおくれてうつしけめやも
巻十三    
歌番号  
  雑歌
3239  天雲之 影塞所見 隠来矣 長谷之河者 浦無蚊 船之依不来 礒無蚊 海部之釣不為 吉咲八師 浦者無友 吉畫矢寺 礒者無友 奥津浪 諍榜入来 白水郎之釣船  あまくもの かげさへみゆる こもりくの はつせのかはは うらなみか ふねのよりこぬ いそなみか あまのつりせぬ よしゑやし うらはなくとも よしゑやし いそはなくとも おきつなみ きほひこぎりこ あまのつりぶね
  反歌
3240  沙邪礼浪 浮而流 長谷河 可依礒之 無蚊不怜也  さざれなみうきてながるるはつせがはよるべきいそのなきがさぶしさ  
  右二首
  相聞
3264  蜻嶋 倭之國者 神柄跡 言擧不為國 雖然 吾者事上為 天地之 神文甚 吾念 心不知哉 徃影乃 月文經徃者 玉限 日文累 念戸鴨 胸不安 戀烈鴨 心痛 末逐尓 君丹不會者 吾命乃 生極 戀乍文 吾者将度 犬馬鏡 正目君乎 相見天者社 吾戀八鬼目  あきづしま やまとのくには かむからと ことあげせぬくに しかれども われはことあげす あめつちの かみもはなはだ わがおもふ こころしらずや ゆくかげの つきもへゆけば たまかぎる ひもかさなりて おもへかも むねのくるしき こふれかも こころのいたき すゑつひに きみにあはずは わがいのちの いけらむきはみ こひつつも われはわたらむ まそかがみ ただめにきみを あひみてばこそ あがこひやまめ
  反歌
3265  大舟能 思憑 君故尓 盡心者 惜雲梨   おほぶねのおもひたのめるきみゆゑにつくすこころはをしけくもなし  
3266  久堅之 王都乎置而 草枕 羈徃君乎 何時可将待  ひさかたのみやこをおきてくさまくらたびゆくきみをいつとかまたむ
  相聞
  反歌
3275  思遣 為便乃田付毛 今者無 於君不相而 年之歴去者  おもひやるすべのたづきもいまはなしきみにあはずてとしのへぬれば  
  反歌
3276  ゐ垣 久時従 戀為者 吾帶緩 朝夕毎  みづかきのひさしきときゆこひすればわがおびゆるふあさよひごとに  
  右三首
3280  春去者 花咲乎呼里 秋付者 丹之穂尓黄色 味酒乎 神名火山之 帶丹為留 明日香之河乃 速瀬尓 生玉藻之 打靡 情者因而 朝露之 消者可消 戀久毛 知久毛相 隠都麻鴨  はるされば はなさきををり あきづけば にのほにもみつ うまさけを かむなびやまの おびにせる あすかのかはの はやきせに おふるたまもの うちなびき こころはよりて あさつゆの けなばけぬべく こひしくも しるくもあへる こもりづまかも
  反歌
3281  明日香河 瀬湍之珠藻之 打靡 情者妹尓 因来鴨  あすかがはせぜのたまものうちなびきこころはいもによりにけるかも
  右二首
3282  三諸之 神奈備山従 登能陰 雨者落来奴 雨霧相 風左倍吹奴 大口乃 真神之原従 思管 還尓之人 家尓到伎也  みもろの かむなびやまゆ とのぐもり あめはふりきぬ あまぎらひ かぜさへふきぬ おほくちの まかみのはらゆ おもひつつ かへりにしひと いへにいたりきや
  反歌
3283  還尓之 人乎念等 野干玉之 彼夜者吾毛 宿毛寐金手寸  かへりにしひとをおもふとぬばたまのそのよはわれもいもねかねてき
  右二首
3284  刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所挌将折 鬼之四忌手乎 指易而 将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨  さしやかむ こやのしこやに かきうてむ やれごもをしきて うちをらむ しこのしこてを さしかへて ぬらむきみゆゑ あかねさす ひるはしみらに ぬばたまの よるはすがらに このとこの ひしとなるまで なげきつるかも
  反歌
3285  我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄  わがこころやくもわれなりはしきやしきみにこふるもわがこころから
  右二首
  反歌
3287  二無 戀乎思為者 常帶乎 三重可結 我身者成  ふたつなきこひをしすればつねのおびをみへむすぶべくあがみはなりぬ
  右二首
  反歌
3299  足千根乃 母尓毛不謂 L有之 心者縦 公之随意  たらちねのははにもいはずつつめりしこころはよしゑきみがまにまに
  (右五首)
3313  見渡尓 妹等者立志 是方尓 吾者立而 思虚 不安國 嘆虚 不安國 左丹漆之 小舟毛鴨 玉纒之 小楫毛鴨 榜渡乍毛 相語妻遠  みわたしに いもらはたたし このかたに われはたちて おもふそら やすけなくに なげくそら やすけなくに さにぬりの をぶねもがも たままきの をかぢもがも こぎわたりつつも かたらふつまを
  或本歌頭句云/ 
己母理久乃 波都世乃加波乃 乎知可多尓 伊母良波多々志 己乃加多尓 和礼波多知弖
 こもりくの はつせのかはの をちかたに いもらはたたし このかたに われはたちて 
  右一首
3317  里人之 吾丹告樂 汝戀 愛妻者 黄葉之 散乱有 神名火之 此山邊柄 [或本云 彼山邊] 烏玉之 黒馬尓乗而 河瀬乎 七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴  さとびとの あれにつぐらく ながこふる うつくしづまは もみちばの ちりまがひたる 
かむなびの このやまへから [そのやまへ] ぬばたまの くろまにのりて かはのせを 
ななせわたりて うらぶれて つまはあひきと ひとそつげつる
  反歌
3318  不聞而 黙然有益乎 何如文 公之正香乎 人之告鶴  きかずしてもだもあらましをなにしかもきみがただかをひとのつげつる
  右二首
  問答
3328  次嶺經 山背道乎 人都末乃 馬従行尓 己夫之 歩従行者 毎見 哭耳之所泣 曽許思尓 心之痛之 垂乳根乃 母之形見跡 吾持有 真十見鏡尓 蜻領巾 負並持而 馬替吾背  つぎねふ やましろぢを ひとづまの うまよりゆくに おのづまし かちよりゆけば 
みるごとに ねのみしなかゆ そこおもふに こころしいたし たらちねの ははがかたみと 
わがもてる まそみかがみに あきづひれ おひなめもちて うまかへわがせ
  反歌
3329  泉川 渡瀬深見 吾世古我 旅行衣 蒙沾鴨  いづみがはわたりぜふかみわがせこがたびゆきごろもぬれひたむかも
  或本反歌曰
3330  清鏡 雖持吾者 記無 君之歩行 名積去見者  まそかがみもてれどわれはしるしなしきみがかちよりなづみゆくみれば
3331  馬替者 妹歩行将有 縦恵八子 石者雖履 吾二行  うまかはばいもかちならむよしゑやしいしはふむともあはふたりゆかむ
  右四首
  挽歌
3340  礒城嶋之 日本國尓 何方 御念食可 津礼毛無 城上宮尓 大殿乎 都可倍奉而 殿隠 々座者 朝者 召而使 夕者 召而使 遣之 舎人之子等者 行鳥之 群而待 有雖待 不召賜者 劔刀 磨之心乎 天雲尓 念散之 展轉 土打哭杼母 飽不足可聞  しきしまの やまとのくにに いかさまに おもほしめせか つれもなき きのへのみやに おほとのを つかへまつりて とのごもり こもりいませば あしたには めしてつかひ ゆふへには めしてつかひ つかはしし とねりのこらは ゆくとりの むらがりてまち ありまてど めしたまはねば つるぎたち とぎしこころを あまくもに おもひはぶらし こいまろび ひづちなけども あきだらぬかも
  右一首
巻十四  
歌番号  
   東歌
3362  奈都素妣久 宇奈加美我多能 於伎都渚尓 布袮波等杼米牟 佐欲布氣尓家里  なつそびくうなかみがたのおきつすにふねはとどめむさよふけにけり
    右一首上総国歌
3363  可豆思加乃 麻萬能宇良未乎 許具布祢能 布奈妣等佐和久 奈美多都良思母  かづしかのままのうらみをこぐふねのふなびとさわくなみたつらしも
    右一首下総国歌
3364  筑波祢乃尓比具波麻欲能伎奴波安礼杼伎美我美家思志安夜尓伎保思母  つくはねのにひぐはまよのきぬはあれどきみがみけししあやにきほしも
3365  筑波祢尓由伎可毛布良留伊奈乎可母加奈思吉児呂我努保佐流可母  つくはねにゆきかもふらるいなをかもかなしきころがにのほさるかも
  東歌 右二首、常陸国
3366  信濃奈流 須我能安良能尓 保登等藝須 奈久許恵伎氣婆 登伎須疑尓家里  しなのなるすがのあらのにほととぎすなくこゑきけばときすぎにけり
    右一首信濃国歌
  東歌相聞
3367  阿良多麻能 伎倍乃波也之尓 奈乎多弖天 由伎可都麻思自 移乎佐伎太多尼  あらたまのきへのはやしになをたててゆきかつましじいをさきだたね
3368  伎倍比等乃 萬太良夫須麻尓 和多佐波太 伊利奈麻之母乃 伊毛我乎杼許尓  きへひとのまだらぶすまにわたさはだいりなましものいもがをどこに
    右二首遠江国歌
3369  安麻乃波良 不自能之婆夜麻 己能久礼能 等伎由都利奈波 阿波受可母安良牟  あまのはらふじのしばやまこのくれのときゆつりなばあはずかもあらむ
3370  不盡能祢乃 伊夜等保奈我伎 夜麻治乎毛 伊母我理登倍婆 氣尓餘婆受吉奴  ふじのねのいやとほながきやまぢをもいもがりとへばけによばずきぬ
3371  可須美為流 布時能夜麻備尓 和我伎奈婆 伊豆知武吉弖加 伊毛我奈氣可牟  かすみゐるふじのやまびにわがきなばいづちむきてかいもがなげかむ
3372  佐奴良久波 多麻乃緒婆可里 古布良久波 布自能多可祢乃 奈流佐波能其登  さぬらくはたまのをばかりこふらくはふじのたかねのなるさはのごと
     或本歌曰  
3373  麻可奈思美 奴良久波思家良久 佐奈良久波 伊豆能多可祢能 奈流佐波奈須与  まかなしみぬらくはしけらくさならくはいづのたかねのなるさはなすよ
     一本歌曰  
3374  阿敝良久波 多麻能乎思家也 古布良久波 布自乃多可祢尓 布流由伎奈須毛  あへらくはたまのをしけやこふらくはふじのたかねにふるゆきなすも
 3375  駿河能宇美 於思敝尓於布流 波麻都豆良 伊麻思乎多能美 波播尓多我比奴
   [一云 於夜尓多我比奴]
 するがのうみおしへにおふるはまつづらいましをたのみははにたがひぬ
   [おやにたがひぬ]
    右五首駿河国歌
 3376  伊豆乃宇美尓 多都思良奈美能 安里都追毛 都藝奈牟毛能乎 美太礼志米梅楊  いづのうみにたつしらなみのありつつもつぎなむものをみだれしめめや
     或本歌曰  
    之良久毛能 多延都追母 都我牟等母倍也 美太礼曽米家武   しらくものたえつつもつがむともへやみだれそめけむ
    右一首伊豆国歌
3377  安思我良能 乎弖毛許乃母尓 佐須和奈乃 可奈流麻之豆美 許呂安礼比毛等久  あしがらのをてもこのもにさすわなのかなるましづみころあれひもとく
    右十二首相模国歌
 3378  相模祢乃乎美祢見所久思和須礼久流伊毛我名欲妣弖吾乎祢之奈久奈   さがむねのをみねみそくしわすれくるいもがなよびてあをねしなくな 
 3379  武蔵祢能乎美祢見可久思和須礼遊久伎美我名可氣弖安乎祢思奈久流   むざしねのをみねみかくしわすれゆくきみがなかけてあをねしなくる 
 3380  和我世古乎 夜麻登敝夜利弖 麻都之太須 安思我良夜麻乃 須疑乃木能末可  わがせこをやまとへやりてまつしだすあしがらやまのすぎのこのまか
 3382  可麻久良乃 美胡之能佐吉能 伊波久叡乃 伎美我久由倍伎 己許呂波母多自  かまくらのみごしのさきのいはくえのきみがくゆべきこころはもたじ
 3410  筑波祢乃 伊波毛等杼呂尓 於都流美豆 代尓毛多由良尓 和我於毛波奈久尓  つくはねのいはもとどろにおつるみづよにもたゆらにわがおもはなくに
  東歌 相聞
 3416  比等未奈乃 許等波多由登毛 波尓思奈能 伊思井乃手兒我 許登奈多延曽祢  ひとみなのことはたゆともはにしなのいしゐのてごがことなたえそね
 3417  信濃道者 伊麻能波里美知 可里婆祢尓 安思布麻之奈牟 久都波氣和我世  しなぬぢはいまのはりみちかりばねにあしふましなむくつはけわがせ 
 3418  信濃奈流 知具麻能河泊能 左射礼思母 伎弥之布美弖婆 多麻等比呂波牟  しなぬなるちぐまのかはのさざれしもきみしふみてばたまとひろはむ
 3419  中麻奈尓 宇伎乎流布祢能 許藝弖奈婆 安布許等可多思 家布尓思安良受波  なかまなにうきをるふねのこぎでなばあふことかたしけふにしあらずは
   右四首信濃國歌
 3421  安我古非波 麻左香毛可奈思 久佐麻久良 多胡能伊利野乃 於久母可奈思母  あがこひはまさかもかなしくさまくらたごのいりののおくもかなしも
 3425  可美都氣野 左野乃九久多知 乎里波夜志 安礼波麻多牟恵 許登之許受登母  かみつけのさののくくたちをりはやしあれはまたむゑことしこずとも
 3432  刀祢河泊乃 可波世毛思良受 多太和多里 奈美尓安布能須 安敝流伎美可母  とねがはのかはせもしらずただわたりなみにあふのすあへるきみかも
 3439  可美都氣努 佐野乃布奈波之 登里波奈之 於也波左久礼騰 和波左可流賀倍  かみつけのさののふなはしとりはなしおやはさくれどわはさかるがへ
   東歌 相聞
 3478  伊祢都氣波 可加流安我手乎 許余比毛可 等能乃和久胡我 等里弖奈氣可武  いねつけばかかるあがてをこよひもかとののわくごがとりてなげかむ
3489  安比見弖波 千等世夜伊奴流 伊奈乎加<母> 安礼也思加毛布 伎美末知我弖尓
[柿本朝臣人麻呂歌集出也]
 あひみてはちとせやいぬるいなをかもあれやしかもふきみまちがてに
3494  古非都追母 乎良牟等須礼杼 遊布麻夜万 可久礼之伎美乎 於母比可祢都母  こひつつもをらむとすれどゆふまやまかくれしきみをおもひかねつも
3506  可奈思伊毛乎 由豆加奈倍麻伎 母許呂乎乃 許登等思伊波婆 伊夜可多麻斯尓  かなしいもをゆづかなべまきもころをのこととしいはばいやかたましに
3511  楊奈疑許曽 伎礼波伴要須礼 余能比等乃 古非尓思奈武乎 伊可尓世余等曽  やなぎこそきればはえすれよのひとのこひにしなむをいかにせよとぞ
3513  於曽波夜母 奈乎許曽麻多賣 牟可都乎能 四比乃故夜提能 安比波多我波自  おそはやもなをこそまためむかつをのしひのこやでのあひはたがはじ
3514  於曽波夜毛 伎美乎思麻多武 牟可都乎能 思比乃佐要太能 登吉波須具登母  おそはやもきみをしまたむむかつをのしひのさえだのときはすぐとも
3540
 奈我波伴尓 己良例安波由久 安乎久毛能 伊弖来和伎母兒 安必見而由可武  ながははにこられあはゆくあをくものいでこわぎもこあひみてゆかむ
 3561  安受乃宇敝尓 古馬乎都奈伎弖 安夜抱可等 比等豆麻古呂乎 伊吉尓和我須流  あずのうへにこまをつなぎてあやほかどひとづまころをいきにわがする
 3562  左和多里能 手兒尓伊由伎安比 安可胡麻我 安我伎乎波夜未 許等登波受伎奴  さわたりのてごにいゆきあひあかごまがあがきをはやみこととはずきぬ
 3563  安受倍可良 古麻能由胡能須 安也波刀文 比登豆麻古呂乎 麻由可西良布母  あずへからこまのゆごのすあやはともひとづまころをまゆかせらふも
 3564  佐射礼伊思尓古馬乎波佐世弖己許呂伊多美安我毛布伊毛我伊敝能安多里可聞  さざれいしにこまをはさせてこころいたみあがもふいもがいへのあたりかも
 3573  阿遅可麻能 可多尓左久奈美 比良湍尓母 比毛登久毛能可 加奈思家乎於吉弖  あぢかまのかたにさくなみひらせにもひもとくものかかなしけをおきて
 3580  安波受之弖 由加婆乎思家牟 麻久良我能 許賀己具布祢尓 伎美毛安波奴可毛  あはずしてゆかばをしけむまくらがのこがこぐふねにきみもあはぬかも
   東歌 譬喩歌
 3594  安杼毛敝可 阿自久麻夜末乃 由豆流波乃 布敷麻留等伎尓 可是布可受可母  あどもへかあじくまやまのゆづるはのふふまるときにかぜふかずかも
 3595  安之比奇能 夜麻可都良加氣 麻之波尓母 衣我多奇可氣乎 於吉夜可良佐武  あしひきのやまかづらかげましばにもえがたきかげをおきやからさむ
 3596  乎佐刀奈流 波奈多知波奈乎 比伎余治弖 乎良無登須礼杼 宇良和可美許曽  をさとなるはなたちばなをひきよぢてをらむとすれどうらわかみこそ
 3597  夜自呂乃 須可敝尓多弖流 可保我波奈 莫佐吉伊デ曽祢 許米弖思努波武  みやじろのすかへにたてるかほがはななさきいでそねこめてしのはむ
3598  奈波之呂乃 古奈宜我波奈乎 伎奴尓須里 奈流留麻尓末仁 安是可加奈思家  なはしろのこなぎがはなをきぬにすりなるるまにまにあぜかかなしけ
巻十五  
 歌番号  
  (當所誦詠古歌)
3628  多麻藻可流 乎等女乎須疑弖 奈都久佐能 野嶋我左吉尓 伊保里須和礼波  たまもかるをとめをすぎてなつくさののしまがさきにいほりすわれは
    柿本朝臣人麻呂歌曰 敏馬乎須疑弖 又曰 布袮知可豆伎奴
  七夕歌一首
3633  於保夫祢尓 麻可治之自奴伎 宇奈波良乎 許藝弖天和多流 月人乎登□ [□示+古]  おほぶねにまかぢしじぬきうなはらをこぎでてわたるつきひとをとこ
    右柿本朝臣人麻呂歌
  風速浦舶泊之夜作歌二首
3637  和我由恵仁妹奈気久良之風速能宇良能於伎敝尓奇里多奈妣家利  わがゆゑにいもなげくらしかざはやのうらのおきへにきりたなびけり
3638  於伎都加是伊多久布伎勢婆和伎毛故我奈気伎能奇里尓安可麻之母能乎  おきつかぜいたくふきせばわぎもこがなげきのきりにあかましものを
  (七夕仰観天漢各陳所思作歌三首)
3679  等之尓安里弖 比等欲伊母尓安布 比故保思母 和礼尓麻佐里弖 於毛布良米也母  としにありてひとよいもにあふひこほしもわれにまさりておもふらめやも
  (竹敷浦舶泊之時各陳心緒作歌十八首)
3727  多可思吉能 多麻毛奈<婢>可之 己藝デ奈牟 君我美布祢乎 伊都等可麻多牟  たかしきのたまもなびかしこぎでなむきみがみふねをいつとかまたむ
  右二首對馬娘子名玉槻
  (竹敷浦舶泊之時各陳心緒作歌十八首)
3732  之保非奈婆 麻多母和礼許牟 伊射遊賀武 於伎都志保佐為 多可久多知伎奴  しほひなばまたもわれこむいざゆかむおきつしほさゐたかくたちきぬ
3734  奴婆多麻能 伊毛我保須倍久 安良奈久尓 和我許呂母弖乎 奴礼弖伊可尓勢牟  ぬばたまのいもがほすべくあらなくにわがころもでをぬれていかにせむ
  中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌
 3745  安之比奇能夜麻治古延等須流君乎許々呂尓毛知弖夜須家久母奈之  あしひきのやまぢこえむとするきみをこころにもちてやすけくもなし
 3746  君我由久道乃奈我弖乎久里多々祢也伎保呂煩散牟安米能火毛我母  きみがゆくみちのながてをくりたたねやきほろぼさむあめのひもがも
 3747  和我世故之気太之麻可良婆思漏多倍乃蘇低乎布良左祢見都追志努波牟  わがせこしけだしまからばしろたへのそでをふらさねみつつしのはむ
 3748  己能許呂波古非都追母安良牟多麻久之気安気弖乎知欲利須弁奈可流倍思  このころはこひつつもあらむたまくしげあけてをちよりすべなかるべし
右四首、娘子臨別作歌
 3749  知里比治能可受尓母安良奴和礼由恵尓於毛比和夫良牟伊母我可奈思佐  ちりひぢのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらむいもがかなしさ
3750  安乎尓与之奈良能於保知波由吉余家杼許能山道波由伎安之可里家利  あをによしならのおほちはゆきよけどこのやまみちはゆきあしかりけり
 3751  宇流波之等安我毛布伊毛乎於毛比都追由気婆可母等奈由伎安思可流良武  うるはしとあがもふいもをおもひつつゆけばかもとなゆきあしかるらむ
 3752  加思故美等能良受安里思乎美故之治能多武気尓多知弖伊毛我名能里都  かしこみとのらずありしをみこしぢのたむけにたちていもがなのりつ
  右四首、中臣朝臣宅守上道作歌 
  中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌  
 3760  於毛比都追 奴礼婆可毛等奈 奴婆多麻能 比等欲毛意知受 伊米尓之見由流  おもひつつぬればかもとなぬばたまのひとよもおちずいめにしみゆる
 3762  安米都知能 可未奈伎毛能尓 安良婆許曽 安我毛布伊毛尓 安波受思仁世米  あめつちのかみなきものにあらばこそあがもふいもにあはずしにせめ
  右十四首、中臣朝臣宅守 
中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌
 3769  和我屋度能 麻都能葉見都々 安礼麻多無 波夜可反里麻世 古非之奈奴刀尓  わがやどのまつのはみつつあれまたむはやかへりませこひしなぬとに
3770  比等久尓波 須美安之等曽伊布 須牟也氣久 波也可反里万世 古非之奈奴刀尓  ひとくにはすみあしとぞいふすむやけくはやかへりませこひしなぬとに
  (右九首娘子)
 3801  和我夜度乃 波奈多知婆奈波 伊多都良尓 知利可須具良牟 見流比等奈思尓  わがやどのはなたちばなはいたづらにちりかすぐらむみるひとなしに
  (右七首中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌) 
巻十六   ページトップへ
歌番号  
  有由縁并雑歌
   昔物有娘子 字曰櫻兒也 于時有二壮子 共誂此娘而捐生挌<競>貪死相敵 於是娘子戯欷曰 従古<来>今未聞未見一女之見徃適二門矣 方今壮子之意有難和平 不如妾死相害永息 尓乃尋入林中懸樹經死 其兩壮子不敢哀慟血泣漣襟 各陳心緒作歌二首  昔娘子あり、字を桜児といふ。ここに二人の壮士あり、共にこの娘を誂ひて、生を捐てて挌競ひ、死を貪りて相敵る。ここに娘子歔欷きて曰く、「古より今までに、未だ聞かず未だ見ず、一の女の身の二つの門に往適くといふことを。方今壮士の意、和平し難きことあり。如かじ、妾が死にて相害すること永く息まむ似は」といふ。すなはち林の中に尋ね入り、樹に懸りて経き死ぬ。その両の壮士、哀慟に敢へず、血の泣襟に漣れぬ。各々心緒を陳べて作る歌二首
3808  春去者挿頭尓将為跡我念之桜花者散去香聞 其一  はるさらばかざしにせむとあがおもひしさくらのはなはちりゆけるかも
3809  妹之名尓繋有桜花開者常哉将恋弥年之羽尓 其二  いもがなにかけたるさくらはなさかばつねにやこひむいやとしのはに
  或曰 <昔>有三男同娉一女也 娘子嘆息曰 一女之身易滅如露 三雄之志難平如石 遂乃彷徨池上沈没水底 於時其壮士等不勝哀頽之至 各陳所心作歌三首 [娘子字曰<イ>兒也] 或の曰く、昔三の男あり、同じく一の女を娉ふ。娘子嘆息ひて曰く、「一の女の身の滅易きこと露の如く、三の雄の志の、平し難きこと石の如し」といふ。遂に乃ち池の上に彷徨み、水底に沈み没りぬ。ここにその壮士等、哀頽の至りに勝へず、各所心を陳べて作る歌三首
 3810  無耳之池羊蹄恨之吾妹児之来乍潜者水波将涸<一>  みみなしのいけしうらめしわぎもこがきつつかづかばみずはかれなむ
 3811  足曳之山縵之児今日往跡吾尓告世婆還来麻之乎  あしひきのやまかづらのこけふゆくとわれにつげせばかへりこましを
 3812  足曳之玉縵之児如今日何隈乎見管来尓監  あしひきのたまかづらのこけふのごといづれのくまをみつつきにけむ
  昔有老翁 号曰竹取翁也 此翁季春之月登丘遠望 忽値煮羮之九箇女子也 百嬌無儔花容無止 于時娘子等呼老翁嗤曰 叔父来乎 吹此燭火也 於是翁曰唯<々> 漸T徐行著接座上 良久娘子等皆共含咲相推譲之曰 阿誰呼此翁哉尓乃竹取翁謝之曰 非慮之外偶逢神仙 迷惑之心無敢所禁 近狎之罪希贖以歌 即作歌一首[并短歌] 昔老翁がいて、通称を竹取の翁といった。この老翁が春も季の三月、丘に登ってはるばると見晴らした。するとたまたま羹を煮ている九人の乙女に出逢った。とりどりのなまめかしさは並ぶものがなく、花のように美しい顔はもう無類である。さて乙女たちは老翁を呼び、からかい半分で言うには、「おじさんこっちへいらっしゃい、この火を吹いておこしてくださいな」と言う。そこで老翁は、はいはい、と言い、のこのこ行って、その席に着いた。しばらく経って、乙女たちはみんな一緒に微笑しながら、つつき合いなじって口々に言うには、「誰なの、このおじさんを呼んだのは」と言った。そこで竹取の翁が恐縮して言うことには、「思いも寄らず、全く偶然に仙女さまがたにお目にかかりました。とまどっている私の心は、どうすることもできません。厚かましく近づいた罪は、出来ましたら歌ででも償わさせていただきましょう」と言った。そこで作った歌一首と短歌
 3813 緑子之 若子蚊見庭 垂乳為 母所懐 ウ襁 平<生>蚊見庭 結經方衣 水津裏丹縫服 頚著之 童子蚊見庭 結幡 袂著衣 服我矣 丹因 子等何四千庭 三名之綿 蚊黒為髪尾 信櫛持 於是蚊寸垂 取束 擧而裳纒見 解乱 童兒丹成見 羅丹津蚊經 色丹名著来 紫之 大綾之衣 墨江之 遠里小野之 真榛持 丹穂之為衣丹 狛錦 紐丹縫著 刺部重部 波累服 打十八為 麻續兒等 蟻衣之 寶之子等蚊 打栲者 經而織布 日曝之 朝手作尾 信巾裳成者之寸丹取為支屋所經 稲寸丁女蚊 妻問迹 我丹所来為 彼方之 二綾裏沓 飛鳥 飛鳥壮蚊 霖禁 縫為黒沓 刺佩而 庭立住 退莫立 禁尾迹女蚊 髣髴聞而 我丹所来為 水縹 絹帶尾 引帶成 韓帶丹取為 海神之 殿盖丹 飛翔 為軽如来 腰細丹 取餝氷 真十鏡 取雙懸而 己蚊果 還氷見乍 春避而 野邊尾廻者 面白見 我矣思經蚊 狭野津鳥 来鳴翔經 秋僻而 山邊尾徃者 名津蚊為迹 我矣思經蚊 天雲裳 行田菜引 還立 路尾所来者 打氷<刺> 宮尾見名 刺竹之 舎人壮裳 忍經等氷 還等氷見乍 誰子其迹哉 所思而在 如是 所為故為 古部 狭々寸為我哉 端寸八為 今日八方子等丹 五十狭邇迹哉 所思而在 如是 所為故為 古部之 賢人藻 後之世之 堅監将為迹 老人矣 送為車 持還来 <持還来>  みどり子の 若子髪には たらちし 母に抱かえ ひむつきの 稚児が髪には 木綿肩衣 純裏に縫ひ着 頚つきの 童髪には 結ひはたの 袖つけ衣 着し我れを 丹よれる 子らがよちには 蜷の腸 か黒し髪を ま櫛持ち ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱り 童になしみ さ丹つかふ 色になつける 紫の 大綾の衣 住吉の 遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部 なみ重ね着て 打麻やし 麻続の子ら あり衣の 財の子らが 打ちし栲 延へて織る布 日さらしの 麻手作りを 信巾裳成者之寸丹取為支屋所経 稲置娘子が 妻どふと 我れにおこせし 彼方の 二綾下沓 飛ぶ鳥 明日香壮士が 長雨禁へ 縫ひし黒沓 さし履きて 庭にたたずみ 退けな立ち 禁娘子が ほの聞きて 我れにおこせし 水縹の 絹の帯を 引き帯なす 韓帯に取らし わたつみの 殿の甍に 飛び翔ける すがるのごとき 腰細に 取り装ほひ まそ鏡 取り並め懸けて おのがなり かへらひ見つつ 春さりて 野辺を廻れば おもしろみ 我れを思へか さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば なつかしと 我れを思へか 天雲も 行きたなびく かへり立ち 道を来れば うちひさす 宮女 さす竹の 舎人壮士も 忍ぶらひ かへらひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへ ささきし我れや はしきやし 今日やも子らに いさとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへの 賢しき人も 後の世の 鑑にせむと 老人を 送りし車 持ち帰りけり 持ち帰りけり
  反歌二首
 3814  死者木苑相不見在目生而在者白髪子等丹不生在目八方  しなばこそあひみずあらめいきてあらばしろかみこらにおひずあらめやも
 3815  白髪為子等母生名者如是将若異子等丹所詈金目八  しろかみしこらにおひなばかくのごとわかけむこらにのらえかねめや
  娘子等和歌九首
 3816  端寸八為 老夫之歌丹 大欲寸 九兒等哉 蚊間毛而将居 [一]  はしきやしおきなのうたにおほほしきここののこらやかまけてをらむ
 3817  辱尾忍 辱尾黙 無事 物不言先丹 我者将依 [二]  はぢをしのびはぢをもだしてこともなくものいはぬさきにわれはよりなむ
 3818  否藻諾藻 随欲 可赦 皃所見哉 我藻将依 [三]  いなもをもほしきまにまにゆるすべきかほみゆるかもわれもよりなむ
 3819  死藻生藻 同心迹 結而為 友八違 我藻将依 [四]  しにもいきもおなじこころとむすびてしともやたがはむわれもよりなむ
 3820  何為迹 違将居 否藻諾藻 友之波々 我裳将依 [五]  なにすとたがひはをらむいなもをもとものなみなみわれもよりなむ
 3821  豈藻不在 自身之柄 人子之 事藻不盡 我藻将依 [六]  あにもあらじおのがみのからひとのこのこともつくさじわれもよりなむ
 3822  者田為々寸 穂庭莫出 思而有 情者所知 我藻将依 [七]  はだすすきほにはないでそおもひたるこころはしらゆわれもよりなむ
 3823  墨之江之 岸野之榛丹 々穂所經迹 丹穂葉寐我八 丹穂氷而将居 [八]  すみのえのきしののはりににほふれどにほはぬわれやにほひてをらむ
 3824  春之野乃 下草靡 我藻依 丹穂氷因将 友之随意 [九]  はるのののしたくさなびきわれもよりにほひよりなむとものまにまに
  雑歌/昔者有壮士與美女也[姓名未詳] 不告二親竊為交接 於時娘子之意欲親令知 因作歌詠送
 3825  隠耳 戀者辛苦 山葉従 出来月之 顕者如何  こもりのみこふればくるしやまのはゆいでくるつきのあらはさばいかに
   右或云 男有答歌者 未得探求也
  贈歌一首
 3836  真珠者 緒絶為尓伎登 聞之故尓 其緒復貫 吾玉尓将為  しらたまはをだえしにきとききしゆゑにそのをまたぬきわがたまにせむ
  答歌一首
 3837  白玉之 緒絶者信 雖然 其緒又貫 人持去家有  しらたまのをだえはまことしかれどもそのをまたぬきひともちいにけり
  古歌曰
 3844  橘 寺之長屋尓 吾率宿之 童女波奈理波 髪上都良武可  たちばなのてらのながやにわがゐねしうなゐはなりはかみあげつらむか
  右歌椎野連長年脉曰 夫寺家之屋者不有俗人寝處 亦稱若冠女曰放髪<丱>矣 然則<腹>句已云放髪<丱>者 尾句不可重云著冠之辞哉 右の歌は、椎野連長年、説きて曰はく、「それ、寺家の屋は、俗人の寝る処にあらず。また、若冠の女を偁ひて、放髪丱といふ。しからばすなはち、腰句にすでに放髪丱と云へれば、尾句に重ねて著冠の辞を云ふべくあらじか」といふ。
  决曰
 3845  橘之 光有長屋尓 吾率宿之 宇奈為放尓 髪擧都良武香  たちばなのてれるながやにわがゐねしうなゐはなりにかみあげつらむか
  忌部首詠数種物歌一首 名忘失也 
 3854  枳棘原苅除曾気倉将立屎遠麻礼櫛造刀自  からたちのうばらかりそけくらたてむくそとほくまれくしつくるとじ
  戀夫君歌一首
 3879  飯喫騰味母不在雖行徃安久毛不有赤根佐須君之情志忘可祢津藻  いひはめどうまくもあらずゆきゆけどやすくもあらずあかねさすきみがこころしわすれかねつも
  右歌一首傳云 佐為王有近習婢也 于時宿直不遑夫君難遇 感情馳結係戀實深 於是當宿之夜夢裏相見 覺寤<探>抱曽無觸手 尓乃哽咽歔欷高聲吟詠此歌 因王聞之哀慟永免侍宿也 右の歌一首、伝へて云はく、佐為王に近習する婢あり。ここに宿直遑あらず、夫君は遇ひ難し。感情馳結し、係恋実に深し。ここに当宿の夜、夢の裏に相見、覚き悟めて探り抱くに、かつて手に触れるることなし。すなはち哽咽ひ歔欷きて、高声にこの歌を吟詠す。因りて王これを聞き哀慟し、永く侍宿を免す、といふ。
  (筑前國志賀白水郎歌十首)同群?
 3892  紫乃 粉滷乃海尓 潜鳥 珠潜出者 吾玉尓将為  むらさきのこがたのうみにかづくとりたまかづきでばわがたまにせむ
  豊後國白水郎歌一首 雑歌
 3899  紅尓 染而之衣 雨零而 尓保比波雖為 移波米也毛  くれなゐにそめてしころもあめふりてにほひはすともうつろはめやも
巻十七    
歌番号  
  天平二年庚午冬十一月大宰帥大伴卿被任大納言 [兼帥如舊]上京之時ソ従等別取海路入京 於是悲傷羇旅各陳所心作歌十首
3921  大海乃 於久可母之良受 由久和礼乎 何時伎麻佐武等 問之兒良波母  おほうみのおくかもしらずゆくわれをいつきまさむととひしこらはも
  (右九首作者不審姓名)
  追和大宰之時梅花新歌六首
3923  民布由都藝芳流波吉多礼登烏梅能芳奈君尓之安良祢婆遠久人毛奈之  みふゆつぎはるはきたれどうめのはなきみにしあらねばをくひともなし
3924  烏梅乃花美夜万等之美尓安里登母也如此乃未君波見礼登安可尓勢牟  うめのはなみやまとしみにありともやかくのみきみはみれどあかにせむ 
3925  春雨尓毛延之楊奈疑可烏梅乃花登母尓於久礼奴常乃物能香聞  はるさめにもえしやなぎかうめのはなともにおくれぬつねのものかも 
3926  宇梅能花伊都波乎良自等伊登波祢登佐吉乃盛波乎思吉物奈利  うめのはないつはをらじといとはねどさきのさかりはをしきものなり
3927  遊内乃多努之吉庭尓梅柳乎理加謝思底婆意毛比奈美可毛  あそぶうちのたのしきにはにうめやなぎをりかざしてばおもひなみかも
3928  御苑布能百木乃宇梅乃落花之安米尓登妣安我里雪等敷里家牟   みそのふのももきのうめのちるはなしあめにとびあがりゆきとふりけむ
  右十二年十二月九日、大伴宿禰書持 
  山部宿祢明人詠春鴬歌一首
3937  安之比奇能山谷古延テ野豆加佐尓今者鳴良武宇具比須乃許恵  あしひきのやまたにこえてのづかさにいまはなくらむうぐひすのこゑ
  更贈越中國歌二首
3951  多妣尓伊仁思吉美志毛都藝テ伊米尓美由安我加多孤悲乃思氣家礼婆可聞  たびにいにしきみしもつぎていめにみゆあがかたこひのしげければかも
  平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首
3953  吉美尓餘里 吾名波須泥尓 多都多山 絶多流孤悲乃 之氣吉許呂可母  きみによりわがなはすでにたつたやまたえたるこひのしげきころかも
3955  阿里佐利底 能知毛相牟等 於母倍許曽 都由能伊乃知母 都藝都追和多礼  ありさりてのちもあはむとおもへこそつゆのいのちもつぎつつわたれ
3956  奈加奈可尓 之奈婆夜須家牟 伎美我目乎 美受比佐奈良婆 須敝奈可流倍思  なかなかにしなばやすけむきみがめをみずひさならばすべなかるべし
3957  許母利奴能之多由孤悲安麻里志良奈美能伊知之路久伊泥奴比登乃師流倍久  こもりぬのしたゆこひあまりしらなみのいちしろくいでぬひとのしるべく
3958  久佐麻久良 多妣尓之婆々々 可久能未也 伎美乎夜利都追 安我孤悲乎良牟  くさまくらたびにしばしばかくのみやきみをやりつつあがこひをらむ
3959  草枕 多妣伊尓之伎美我 可敝里許牟 月日乎之良牟 須邊能思良難久  くさまくらたびいにしきみがかへりこむつきひをしらむすべのしらなく
3961  佐刀知加久 伎美我奈里那婆 古非米也等 母登奈於毛比此 安連曽久夜思伎  さとちかくきみがなりなばこひめやともとなおもひしあれぞくやしき
3962  餘呂豆代尓 許己呂波刀氣テ 和我世古我 都美之<手>見都追 志乃備加祢都母  よろづよにこころはとけてわがせこがつみしてみつつしのびかねつも
3963  鴬能 奈久々良多尓々 宇知波米テ 夜氣波之奴等母 伎美乎之麻多武  うぐひすのなくくらたににうちはめてやけはしぬともきみをしまたむ
3964  麻都能波奈 花可受尓之毛 和我勢故我 於母敝良奈久尓 母登奈佐吉都追  まつのはなはなかずにしもわがせこがおもへらなくにもとなさきつつ
  右件十二首歌者時々寄便使来贈非在<一>度所送也
  (昨日述短懐今朝汗耳目 更承賜書且奉不次 死罪々々 不遺下賎頻恵 徳音 英<霊>星氣逸調過人 智水仁山既ヒ琳瑯之光彩 潘江陸海自坐詩書之廊廟 騁思非常託情有理 七歩成章數篇満紙 巧遣愁人之重患 能除戀者之積思 山柿歌泉比此如蔑 彫龍筆海粲然得看矣 方知僕之有幸也 敬和歌其詞云)
3998  和賀勢故邇 古非須敝奈賀利 安之可伎能 保可尓奈氣加布 安礼之可奈思母  わがせこにこひすべながりあしかきのほかになげかふあれしかなしも
   三月五日大伴宿祢池主
  (忽見入京述懐之作生別悲<兮>断腸万廻怨緒難禁聊奉所心一首并二絶)
4034  宇良故非之 和賀勢能伎美波 奈泥之故我 波奈尓毛我母奈 安佐奈々々見牟  うらごひしわがせのきみはなでしこがはなにもがもなあさなさなみむ
   右大伴宿祢池主報贈和歌 [五月二日]
  (思放逸鷹夢見感悦作歌一首[并短歌])
4036  矢形尾能 多加乎手尓須恵 美之麻野尓 可良奴日麻祢久 都奇曽倍尓家流  やかたをのたかをてにすゑみしまのにからぬひまねくつきぞへにける
  (右射水郡古江村取獲蒼鷹 形容美麗鷙雉秀群也 於時養吏山田史君麻呂調試失節野猟乖候 摶風之翅高翔匿雲 腐鼠之餌呼留靡驗 於是張設羅網窺乎非常奉幣神祇恃乎不虞也 粤以夢裏有娘子喩曰 使君勿作苦念空費精神 放逸彼鷹獲得未幾矣哉 須叟覺寤有悦於懐 因作却恨之歌式旌感信 守大伴宿祢家持 [九月廾六日作也])
  新川郡渡延槻河時作歌一首
4048  多知夜麻乃 由吉之久良之毛 波比都奇能 可波能和多理瀬 安夫美都加須毛  たちやまのゆきしくらしもはひつきのかはのわたりせあぶみつかすも
  (右件歌詞者 依春出擧巡行諸郡 當時當所属目作之 大伴宿祢家持)
 
巻十八  
歌番号  
  (天平廿年春三月廾三日左大臣橘家之使者造酒司令史田邊福麻呂饗于守大伴宿祢家持舘爰作新歌并便誦古詠各述心緒)
 4058  奈呉能宇美尓 之保能波夜非波 安佐里之尓 伊泥牟等多豆波 伊麻曽奈久奈流  なごのうみにしほのはやひばあさりしにいでむとたづはいまぞなくなる
  (右四首田邊史福麻呂)
  于時期之明日将遊覧布勢水海仍述懐各作歌)
 4065  宇梅能波奈 佐伎知流曽能尓 和礼由可牟 伎美我都可比乎 可多麻知我底良  うめのはなさきちるそのにわれゆかむきみがつかひをかたまちがてら
  (右五首田邊史福麻呂 / 前件十首歌者廿四日宴作之 )
  至水海遊覧之時各述懐作歌
 4071  多流比賣野 宇良乎許藝都追 介敷乃日波 多努之久安曽敝 移比都支尓勢牟  たるひめのうらをこぎつつけふのひはたのしくあそべいひつぎにせむ
  右一首遊行女婦土師 ( / 前件十五首歌者廿五日作之)
 4072  多流比女能 宇良乎許具不祢 可治末尓母 奈良野和藝弊乎 和須礼テ於毛倍也  たるひめのうらをこぐふねかぢまにもならのわぎへをわすれておもへや
  右一首大伴家持 ( / 前件十五首歌者廿五日作之)
  四月一日掾久米朝臣廣縄之舘宴歌四首
 4090  宇能花能佐久都奇多知奴保等登藝須伎奈吉等与米余敷布美多里登母  うのはなのさくつきたちぬほととぎすきなきとよめよふふみたりとも
  右一首守大伴宿祢家持作之
 4091  敷多我美能夜麻尓許母礼流保等登藝須伊麻母奈加奴香伎美尓伎可勢牟  ふたがみのやまにこもれるほととぎすいまもなかぬかきみにきかせむ
  右一首遊行女婦土師作之
 4092  乎里安加之母許余比波能麻牟保等登藝須安氣牟安之多波奈伎和多良牟曽  をりあかしもこよひはのまむほととぎすあけむあしたはなきわたらむぞ
  右一首守大伴宿祢家持作之
 4093  安須欲里波都藝弖伎許要牟保登等藝須比登欲能可良尓古非和多流加母  あすよりはつぎてきこえむほととぎすひとよのからにこひわたるかも
  右一首羽咋郡擬主帳能登臣乙美作
  (越中國守大伴家持報贈歌四首)一 答属目發思兼詠云遷任舊宅西北隅櫻樹
 4101  和我勢故我 布流伎可吉都能 佐久良婆奈 伊麻太敷布賣利 比等目見尓許祢  わがせこがふるきかきつのさくらばないまだふふめりひとめみにこね
  (三月十六日)
  (為贈京家願真珠歌一首[并短歌])
 4129  思良多麻能 伊保都追度比乎 手尓牟須妣 於許世牟安麻波 牟賀思久母安流香
 [一云 我家牟伎波母]
 しらたまのいほつつどひをてにむすびおこせむあまはむがしくもあるか
   右五月十四日大伴宿祢家持依興作
先妻不待夫君之喚使自来時作歌一首 
4134  左夫流兒我 伊都伎之等乃尓 須受可氣奴 波由麻久太礼利 佐刀毛等騰呂尓   さぶるこがいつきしとのにすずかけぬはゆまくだれりさともとどろに
   同月十七日大伴宿祢家持作之 
  庭中花作歌(一首)[并短歌]反歌(二首)
 4139  佐由利花 由利母相等 之多波布流 許己呂之奈久波 今日母倍米夜母  さゆりばなゆりもあはむとしたはふるこころしなくはけふもへめやも
  同閏五月廿六日大伴宿祢家持作
  ((七夕歌一首[并短歌])反歌二首)
 4151  夜須能河波 許牟可比太知弖 等之乃古非 氣奈我伎古良河 都麻度比能欲曽  やすのかはこむかひたちてとしのこひけながきこらがつまどひのよぞ
  右七月七日仰見天漢大伴宿祢家持作
  天平勝寶二年正月二日於國廳給饗諸郡司等宴歌一首
 4160  安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等理天 可射之都良久波 知等世保久等曽  あしひきのやまのこぬれのほよとりてかざしつらくはちとせほくとぞ
  右一首守大伴宿祢家持作
 
巻十九  
歌番号  
  天平勝宝二年三月一日之暮、眺矚春苑桃李花作二首
 4163  春苑紅尓保布桃花下照道尓出立憾嬬  はるのそのくれなゐにほふもものはなしたでるみちにいでたつをとめ
 4164  吾園之李花可庭尓落波太礼能未遺在可母  わがそののすもものはなかにはにちるはだれのいまだのこりたるかも
  豫作七夕歌一首
 4187  妹之袖 我礼枕可牟 河湍尓 霧多知和多礼 左欲布氣奴刀尓  いもがそでわれまくらかむかはのせにきりたちわたれさよふけぬとに
  (詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌](反歌二首))
 4192  毎年尓 来喧毛能由恵 霍公鳥 聞婆之努波久 不相日乎於保美 [毎年謂之等之乃波]  としのはにきなくものゆゑほととぎすきけばしのはくあはぬひをおほみ
   右廿日雖未及時依興預作也
  廿四日應立夏四月節也 因此廿三日之暮忽思霍公鳥暁喧聲作歌二首
 4195  常人毛 起都追聞曽 霍公鳥 此暁尓 来喧始音  つねひともおきつつきくぞほととぎすこのあかときにきなくはつこゑ
 4196  霍公鳥 来喧響者 草等良牟 花橘乎 屋戸尓波不殖而  ほととぎすきなきとよめばくさとらむはなたちばなをやどにはうゑずて
  詠霍公鳥二首
 4199  霍公鳥 今来喧曽无 菖蒲 可都良久麻泥尓 加流々日安良米也 [毛能波三箇辞闕之]  ほととぎすいまきなきそむあやめぐさかづらくまでにかるるひあらめや
 4200  我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足 [毛能波テ尓乎六箇辞闕之]  わがかどゆなきすぎわたるほととぎすいやなつかしくきけどあきたらず
  (天平勝宝2年4月5日)詠山振花歌一首[并短歌]
 4209  宇都世美波 戀乎繁美登 春麻氣テ 念繁波 引攀而 折毛不折毛 毎見 情奈疑牟等 繁山之 谿敝尓生流 山振乎 屋戸尓引殖而 朝露尓 仁保敝流花乎 毎見 念者不止 戀志繁母  うつせみは こひをしげみと はるまけて おもひしげけば ひきよぢて をりもをらずも みるごとに こころなぎむと しげやまの たにへにおふる やまぶきを やどにひきうゑて あさつゆに にほへるはなを みるごとに おもひはやまず こひししげしも
 4210  山吹乎 屋戸尓殖弖波 見其等尓 念者不止 戀己曽益礼  やまぶきをやどにうゑてはみるごとにおもひはやまずこひこそまされ
  霖雨晴日作歌一首
 4241  宇能花乎 令腐霖雨之 始水邇 縁木積成 将因兒毛我母  うのはなをくたすながめのみづはなによるこつみなすよらむこもがも
  (右二首五月)
  (九月三日宴歌二首)
 4246  許能之具礼 伊多久奈布里曽 和藝毛故尓 美勢牟我多米尓 母美知等里テ牟  このしぐれいたくなふりそわぎもこにみせむがためにもみちとりてむ
  大使藤原朝臣清河歌一首
 4268  荒玉之年緒長吾念有児等尓可恋月近附奴  あらたまのとしのをながくあがおもへるこらにこふべきつきちかづきぬ
  以七月十七日遷任少納言 仍作悲別之歌贈貽朝集使掾久米朝臣廣縄之館二首 /既満六載之期忽値遷替之運 於是別舊之悽心中欝結 拭な之袖何以能旱 因作悲歌二首式遺莫忘之志 其詞曰
 4272  荒玉乃 年緒長久 相見テ之 彼心引 将忘也毛  あらたまのとしのをながくあひみてしそのこころひきわすらえめやも
 4273  伊波世野尓 秋芽子之努藝 馬並 始鷹猟太尓 不為哉将別  いはせのにあきはぎしのぎうまなめてはつとがりだにせずやわかれむ
  右八月四日贈之
  便附大帳使取八月五日應入京師 因此以四日設國厨之饌於介内蔵伊美吉縄麻呂舘餞之 于時大伴宿祢家持作歌一首
 4274  之奈謝可流 越尓五箇年 住々而 立別麻久 惜初夜可毛  しなざかるこしにいつとせすみすみてたちわかれまくをしきよひかも
  廿七日林王宅餞之但馬按察使橘奈良麻呂朝臣宴歌三首
 4303  能登河乃後者相牟之麻之久母別等伊倍婆可奈之久母在香  のとがはののちにはあはむしましくもわかるといへばかなしくもあるか
  右一首治部卿船王
 4304  立別君我伊麻左婆之奇嶋能人者和礼自久伊波比弖麻多牟  たちわかれきみがいまさばしきしまのひとはわれじくいはひてまたむ
  右一首右京少進大伴宿祢黒麻呂
 4305  白雪能布里之久山乎越由加牟君乎曽母等奈伊吉能乎尓念、伊伎能乎尓須流  しらゆきのふりしくやまをこえゆかむきみをぞもとないきのをにおもふ、いきのをにす
  左大臣換尾云 伊伎能乎尓須流 然猶喩曰 如前誦之也 / 右一首少納言大伴宿祢家持
  二月十九日於左大臣橘家宴見攀折柳條歌一首   
 4313  青柳乃 保都枝与治等理 可豆良久波 君之屋戸尓之 千年保久等曽  あをやぎのほつえよぢとりかづらくはきみがやどにしちとせほくとぞ
  廿三日依興作歌二首   
 4314  春野尓霞多奈ビ伎宇良悲許能暮影尓鴬奈久母  はるののにかすみたなびきうらがなしこのゆふかげにうぐひすなくも
 4315  和我屋度能伊佐左村竹布久風能於等能可蘇氣伎許能由布敝可母  わがやどのいささむらたけふくかぜのおとのかそけきこのゆふへかも
  廿五日作歌一首   
 4316  宇良宇良尓照流春日尓比婆理安我里情悲毛比登里志於母倍婆  うらうらにてれるはるひにひばりあがりこころがなしもひとりしおもへば
巻二十  
 歌番号  
  (天平勝寶五年八月十二日二三大夫等各提壷酒 登高圓野聊述所心作歌三首)
 4321  乎美奈弊之 安伎波疑之努藝 左乎之可能 都由和氣奈加牟 多加麻刀能野曽  をみなへしあきはぎしのぎさをしかのつゆわけなかむたかまとののそ
  右一首少納言大伴宿祢家持
  (七夕歌八首)
 4331  秋等伊閇婆 許己呂曽伊多伎 宇多弖家尓 花仁奈蘇倍弖 見麻久保里香聞  あきといへばこころぞいたきうたてけにはなになそへてみまくほりかも
  (右大伴宿祢家持獨仰天海作之)
  天平勝寳七歳乙未二月相替遣筑紫諸國防人等歌
 4346  和我都麻波 伊多久古非良之 乃牟美豆尓 加其佐倍美曳弖 余尓和須良礼受  わがつまはいたくこひらしのむみづにかごさへみえてよにわすられず
  右一首主帳丁麁玉郡若倭部身麻呂
  追痛防人悲別之心作歌一首[并短歌]
4357  等里我奈久安豆麻乎等故能都麻和可礼可奈之久安里家牟等之能乎奈我美  とりがなくあづまをとこのつまわかれかなしくありけむとしのをながみ
  防人歌/(天平勝寳七歳乙未二月相替遣筑紫諸國防人等歌)
4364  等知波々江 已波比弖麻多祢 豆久志奈流 美豆久白玉 等里弖久麻弖尓  とちははえいはひてまたねつくしなるみづくしらたまとりてくまでに
  右一首川原虫麻呂
 4376  美知乃倍乃宇万良能宇礼尓波保麻米乃可良麻流伎美乎波可礼加由加牟  みちのへのうまらのうれにはほまめのからまるきみをはかれかゆかむ
  右一首、天羽郡上丁丈部鳥
4380  和我波々能蘇弖母知奈弖氐和我可良尓奈伎之許己呂乎和須良延奴可毛  わがははのそでもちなでてわがからになきしこころをわすらえぬかも
  右一首、山辺郡上丁物部乎刀良
  獨惜龍田山櫻花歌一首
4419  多都多夜麻 見都々古要許之 佐久良波奈 知利加須疑奈牟 和我可敝流刀尓  たつたやまみつつこえこしさくらばなちりかすぎなむわがかへるとに
  (右三首二月十七日兵部少輔大伴家持作之)
  陳防人悲別之情歌一首[并短歌] 
 4436  之麻可氣尓 和我布祢波弖テ 都氣也良牟 都可比乎奈美也 古非都々由加牟  しまかげにわがふねはててつげやらむつかひをなみやこひつつゆかむ
 4444  久佐麻久良多妣乃麻流祢乃比毛多要婆安我弖等都気呂許礼乃波流母志  くさまくらたびのまるねのひもたえばあがてとつけろこれのはるもし
  右一首、妻椋椅部弟女 
 4449  佐伎毛利尓由久波多我世登刀布比登乎美流我登毛之佐毛乃母比毛世受  さきもりにゆくはたがせととふひとをみるがともしさものもひもせず
  右八首昔<年>防人歌矣 
  昔年相替防人歌一首
 4460  夜未乃欲能 由久左伎之良受 由久和礼乎 伊都伎麻佐牟等 登比之古良波母  やみのよのゆくさきしらずゆくわれをいつきまさむととひしこらはも
  (右件四首上総國大<掾>正六位上大原真人今城傳誦云尓 [年月未詳])
  五月九日兵部少輔大伴宿祢家持之宅集宴歌四首
 4466  和我勢故我夜度乃奈弖之故比奈良倍弖安米波布礼杼母伊呂毛可波良受  わがせこがやどのなでしこひならべてあめはふれどもいろもかはらず
  右一首大原真人今城
 4467  比佐可多能安米波布里之久奈弖之故我伊夜波都波奈尓故非之伎和我勢   ひさかたのあめはふりしくなでしこがいやはつはなにこひしきわがせ
  右一首大伴宿祢家持
 4468  和我世故我夜度奈流波疑乃波奈佐可牟安伎能由布敝波和礼乎之努波世   わがせこがやどなるはぎのはなさかむあきのゆふへはわれをしのはせ
  右一首大原真人今城
  即聞鴬哢作歌一首 
 4469  宇具比須乃許恵波須疑奴等於毛倍杼母之美尓之許己呂奈保古非尓家里奈   うぐひすのこゑはすぎぬとおもへどもしみにしこころなほこひにけり
  右一首大伴宿祢家持 
  同月十一日左大臣橘卿宴右大辨丹比國人真人之宅歌三首
 4470  和我夜度尓 佐家流奈弖之故 麻比波勢牟 由米波奈知流奈 伊也乎知尓左家   わがやどにさけるなでしこまひはせむゆめはなちるないやをちにさけ
  右一首丹比國人真人壽左大臣歌
 4471  麻比之都々 伎美我於保世流 奈弖之故我 波奈乃未等波無 伎美奈良奈久尓   まひしつつきみがおほせるなでしこがはなのみとはむきみならなくに
   右一首左大臣和歌
 4472  安治佐為能夜蔽佐久其等久夜都与尓乎伊麻世我勢故美都々思努波牟  あぢさゐのやへさくごとくやつよにをいませわがせこみつつしのはむ
   右一首、左大臣寄味狭藍花詠也 
  (十二月十八日於大監物三形王之宅宴歌三首)
 4514  安良多末能 等之由伎我敝理 波流多々婆 末豆和我夜度尓 宇具比須波奈家  あらたまのとしゆきがへりはるたたばまづわがやどにうぐひすはなけ
    右一首右中辨大伴宿祢家持
 4518  水鳥乃 可毛能羽能伊呂乃 青馬乎 家布美流比等波 可藝利奈之等伊布   みづとりのかものはのいろのあをうまをけふみるひとはかぎりなしといふ
  右一首為七日侍宴右中辨大伴宿祢家持預作此歌 但依仁王會事却以六日於内裏召諸王卿等賜酒肆宴給祿 因斯不奏也
  属目山斎作歌三首
 4535  乎之能須牟伎美我許乃之麻家布美礼婆安之婢乃波奈毛左伎尓家流可母  をしのすむきみがこのしまけふみればあしびのはなもさきにけるかも
  右一首、大監物御方王 
 4536  伊気美豆尓可気左倍見要氐佐伎尓保布安之婢乃波奈乎蘇弖尓古伎礼奈   いけみずにかげさへみえてさきにほふあしびのはなをそでにこきれな
  右一首、右中弁大伴宿祢家持 
4537  伊蘇可気乃美由流伊気美豆氐流麻埿尓左家流安之婢乃知良麻久乎思母  いそかげのみゆるいけみずてるまでにさけるあしびのちらまくをしも
  右一首、大蔵大輔甘南備伊香真人
  七月五日於治部少輔大原今城真人宅餞因幡守大伴宿祢家持宴歌一首
 4539  秋風乃 須恵布伎奈婢久 波疑能花 登毛尓加射左受 安比加和可礼牟  あきかぜのすゑふきなびくはぎのはなともにかざさずあひかわかれむ
  右一首大伴宿祢家持作之
  三年春正月一日於因幡國廳賜饗國郡司等之宴歌一首 
 4540  新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰   あらたしきとしのはじめのはつはるのけふふるゆきのいやしけよごと
  右一首守大伴宿祢家持作之

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