万葉集巻第九の構成・特徴   日本古典文学全集・小学館
   巻第九

 
部類別  歌数  長歌  短歌  旋頭歌 
 雑歌 102  12  89 
 相聞 29  24 
 挽歌 17  12 
 

万葉集中で一巻に雑歌・相聞・挽歌の三大部立が建前どおり並んでいる唯一の巻がこの巻第九である。そして、所伝をそのまま信ずれば、雑歌の冒頭が雄略天皇の御製、挽歌のそれも仁徳天皇の弟宇治若郎子の宮跡における懐旧という対象事態の古めかしさ、それらには及ばないが相聞も、持統天皇の伊勢行幸を諌めた忠臣として有名な大神高市麻呂が大宝二年(702)に長門守となった時の歌が三つ目に来るという事実を考慮すれば、全体としてこの巻の由来は甚だ古いと考えてよい。 その資料の出所を明記したものに「古集」(「古歌集」と同じであろう)、「人麻呂集」「笠金村集」「高橋虫麻呂集」「田辺福麻呂集」の諸集があるが、それ以外から採ったものもあり、しかもその境界が必ずしも明らかでないというおぼつかなさがこの巻にはある。もっとも、相聞・挽歌にはその紛らわしさが比較的少なく、「右の二首、古集の中に出でたり」「右の三首、柿本朝臣人麻呂が歌集に出でたり」「右の二首、高橋虫麻呂が歌の中に出でたり」などと歌数が示されており、出所不明は四箇所に限られる。 ところが、雑歌では、 





  右、柿本朝臣人麻呂が歌集に出でたり。  右の件の歌は、高橋連虫麻呂が歌集の中に出でたり。 などとして歌数を明らかにしていないために輪郭が不明で、どの歌からその歌集所出が始っているか分らず、その判定は多分に研究者の主観によって左右し、そのため原資料から何首採り載せたかという計算に不一致をみることがある。例えば、

   古の賢しき人の遊びけむ吉野の川原見れど飽かぬかも (1729)

 右、柿本朝臣人麻呂が歌集に出でたり。とある、その「右」の範囲について、1716以下十四首説、1719以下とみる十一首説、1724以下の六首説、1729のみの一首説の四説があり、更にその前の 

   弓削皇子に献る歌一首
  御家向かふ南淵山の巌には降りしはだれか消え残りたる (1713)

 右、柿本朝臣人麻呂が歌集に出でたり。についても、首巻に近い1671以下とする四十三首説と、1686以下とする二十八首説とがあり、表記法の問題も絡んで、決定は難しい。また、その「人麻呂集」と別個に「或は云はく、柿本朝臣人麻呂が作といふ」と注する歌が、雑歌の部に四首ある。

  我妹子が赤裳ひづちて植ゑし田を刈りて収めむ倉無の浜 (1714)
  百伝ふ八十の島廻を漕ぎ来れど粟の小島は見れど飽かぬかも (1715)

  鳴く鹿を詠む一首 并せて短歌
   三諸の 神奈備山に 立ち向ふ 三垣の山に 秋萩の 妻をまかむと
     朝月夜 明けまく惜しみ あしひきの 山彦とよめ 呼び立て鳴くも (1765)

    反 歌  明日の夕逢はざらめやもあしひきの山彦とよめ呼び立て鳴くも (1766)  


 
 これらについては、素材の点でも作風からも、巻第一や巻第二の人麻呂作と記したものと似寄りがないことを理由に、「人まろの歌とはきこえず」(略解)と従来評されている。「或は」と断ってあることからみて、そのような伝来もあるというだけであるが、この疑わしさはおそらく編纂者自身、多少認めるところで、殊更にあいまいなままにし、賢しらを加えなかったのではなかろうか。前の二首の前に題詞がなく、これに対する目録に「柿本朝臣人麻呂歌集歌二首」とあるのも、誤記だとするならいざ知らず、人麻呂その人と「人麻呂集」との重なりについての不可解な感じが拭い難く残り、後の二首も年代の上からみて配列の位置が後過ぎる点に疑問がある。歌聖の語こそないが、平城遷都後、幾ばくもなく、人麻呂の偶像化が一部の人々の間で徐々に行われつつあったのではないか。思えば、巻第三・四の中にもその兆しのようなものが既に見えはじめていた。 「人麻呂集」所出歌には明らかに人麻呂以外の作が含まれていたし、「笠金村集」もあるいは他人の作が混収されている可能性があるのに対して、「高橋虫麻呂集」「田辺福麻呂集」は共にその人の作ばかりから成るとみてよかろう。「福麻呂集」は巻第六の巻末に、天平十五年(743)前後の平城旧京の荒廃を悲惜し、また久邇今日京や難波宮を賛美する類の二十一首の歌が収められていたが、この巻第九の相聞・挽歌の中のそれらも、劇的な素材に取り組みながら努めて平明にうたおうとしている点に苦心の跡が見える。これに反して「虫麻呂集」も、好んで物語的取材を取り上げているが、これは豊かな想像力を駆使して独自の世界をうたい上げ、この巻を特色あるものとしている。 

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