万葉集巻第十六 
 
 
       有由縁并雜歌  古 語 辞 典 へ
   むかし、娘子あり。字を桜児といふ。時に、二人の壮士あり。ともにこの娘子を誂ひて、生を捐てて挌競ひ、死を貪りて相敵る。ここに、娘子戯欷きて曰はく、「古より今に来るまで、いまだ聞かずいまだ見ず、一人の女の身、二つの門に往適くといふことを。今し壮士の意、和平しかたきことあり。及かじ、我が死にて、相害すること永く息まむには」といふ。すなはち、林の中に尋ね入り、樹に懸りて経き死ぬ。その二人の壮士、哀慟にあへず、血に泣襟に漣る。おのもおのも心緒を陳べて作る歌二首  
3808 春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散りにけるかも  その一  
3809 妹が名に懸けたる桜花咲かば常にや恋ひむいや年のはに  その二  
   或いは曰ふ。むかし、三人の男あり。同に一人の女を娉ふ。娘子嘆息きて曰はく、「一人の女の身、滅やすきこと露のごとし。三人の雄の志、平しかたきこと石のごとし」といふ。つひにすなはち、池の上を彷徨り、水底に沈み没りぬ。時に、その壮士ども、哀頽の至りにあへず、おのもおのも所心を陳べて作る歌三首 娘子は、字を縵児といふ  
3810 耳成の池し恨めし我妹子が来つつ潜かば水は涸れなむ  一  
3811 あしひきの山縵の子今日行くと我れに告げせば帰り来ましを  二  
3812 あしひきの玉縵の子今日のごといづれの隈を見つつ来にけむ  三  
   むかし、老翁あり。 号けて竹取の翁といふ。この翁、季春の月に、丘に登りて遠く望む。たちまち羮を煮る九人の女子に値ひぬ。 百嬌は儔びなく、花容は匹ひなし。時に、娘子ら、老翁を呼び、嗤ひて曰はく、「叔父来れ。この燭火を吹け」といふ。ここに、翁、「唯々」といひて、やくやくおもぶきおもふるに行きて、座の上に着接きぬ。やや久にして、娘子ら皆ともに咲を含み、相推譲めて曰はく、「誰れかこの翁を呼びつる」といふ。すなはち、竹取の翁謝まりて曰はく、「非慮る外に、たまさかに神仙に逢ひぬ。迷惑ふ心、あへて禁ふるところなし。近づき 狎れぬる罪は、こひねがはくは、贖ふに歌をもちてせむ」といふ。すなはち作る歌一首并せて短歌  
3813 みどり子の 若子髪には たらちし 母に抱かえ ひむつきの 稚児が髪には 木綿肩衣 純裏に縫ひ着 頚つきの 童髪には 結ひはたの 袖つけ衣 着し我れを 丹よれる 子らがよちには 蜷の腸 か黒し髪を ま櫛持ち ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱り 童になしみ さ丹つかふ 色になつける 紫の 大綾の衣 住吉の 遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部 なみ重ね着て 打麻やし 麻続の子ら あり衣の 財の子らが 打ちし栲 延へて織る布 日さらしの 麻手作りを 信巾裳成者之寸丹取為支屋所経 稲置娘子が 妻どふと 我れにおこせし 彼方の 二綾下沓 飛ぶ鳥 明日香壮士が 長雨禁へ 縫ひし黒沓 さし履きて 庭にたたずみ 退けな立ち 禁娘子が ほの聞きて 我れにおこせし 水縹の 絹の帯を 引き帯なす 韓帯に取らし わたつみの 殿の甍に 飛び翔ける すがるのごとき 腰細に 取り装ほひ まそ鏡 取り並め懸けて おのがなり かへらひ見つつ 春さりて 野辺を廻れば おもしろみ 我れを思へか さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば なつかしと 我れを思へか 天雲も 行きたなびく かへり立ち 道を来れば うちひさす 宮女 さす竹の 舎人壮士も 忍ぶらひ かへらひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへ ささきし我れや はしきやし 今日やも子らに いさとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへの 賢しき人も 後の世の 鑑にせむと 老人を 送りし車 持ち帰りけり 持ち帰りけり  
      反歌二首  
3814 死なばこそ相見ずあらめ生きてあらば白髪子らに生ひずあらめやも  
3815 白髪し子らに生ひなばかくのごと若けむ子らに罵らえかねめや  
      娘子らが和ふる歌九首  
3816 はしきやし翁の歌におほほしき九の子らや感けて居らむ 一  
3817 恥を忍び恥を黙して事もなく物言はぬさきに我れは寄りなむ  二  
3818 否も諾も欲しきまにまに許すべき顔見ゆるかも我れも寄りなむ 三  
3819 死にも生きも同じ心と結びてし友や違はむ我れも寄りなむ 四  
3820 何すと違ひは居らむ否も諾も友のなみなみ我れも寄りなむ 五  
3821 あにもあらじおのが身のから人の子の言も尽さじ我れも寄りなむ 六  
3822 はだすすき穂にはな出でそ思ひたる心は知らゆ我れも寄りなむ 七  
3823 住吉の岸野の榛ににほふれどにほはぬ我れやにほひて居らむ 八  
3824 春の野の下草靡き我れも寄りにほひ寄りなむ友のまにまに 九  
   むかし、壮士と美しき女とあり。 姓名は、いまだ詳らかにあらず 二親に告げずして、竊かに交接を為す。時に娘子の意に、親に知らせまく欲りす。よりて歌詠を作り、その夫に送り与ふ。歌に曰はく  
3825 隠りのみ恋ふれば苦し山の端ゆ出でくる月の顕さばいかに  
      右は、或いは、男に答歌ありといふ。いまだ探り求むること得ず。  
   むかし、壮士あり。新しく婚礼を成す。いまだ幾時も経ねば、たちまちに駅使となりて、遠き境に遣はさえぬ。公の事は限りあり、会ふ期は日なし。ここに、娘子、感慟みし悽愴しびて、疾ひに沈み臥しぬ。年累ねて後に、壮士還り来り、覆命することすでに了りぬ。すなはち、詣りて相見るに、娘子の姿容、疲羸せることはなはだ異にして、言語哽咽す。時に、壮士、哀嘆しびて涙を流し、歌を裁りて口号ぶ。その歌一首。  
3826 かくのみにありけるものを猪名川の沖を深めて我が思へりける  
      娘子、臥しつつ、夫君の歌を聞き、枕より頭を挙げ、声に応へて和ふる歌一首  
3827 ぬばたまの黒髪濡れて沫雪の降るにや来ますここだ恋ふれば  
      今案ふるに、この歌は、その夫、使はえて、すでに載を経累ぬ。しかして、還る時に当たりて、雪降る冬なり。これによりて、娘子、この沫雪の句を作るか。  
3828 事しあらば小泊瀬山の石城にも隠らばともにな思ひそ我が背  
      右は、伝へて云はく、「あるとき、女子あり。父母に知らせず、竊かに壮士に接る。壮士、その親の呵嘖はむことをおそりて、やくやくに猶予ふ意あり。これによりて、娘子、この歌を裁作りて、その夫に贈り与ふ」といふ。  
3829 安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに  
      右の歌は、伝へて云はく、「 葛城王、陸奥の国に遣はさえける時に、国司の祇承緩怠にあること異にはなはだし。時に、王の意悦びずして、怒りの色面に顕れぬ。飲饌を設くといへども、あへて宴楽せず。ここに、前の采女あり。風流の娘子なり。左手に觴を捧げ、右手に水を持ち、王の意解け悦びて、樂飲すること終日なり」といふ。  
3830 住吉の小集楽に出でてうつつにもおの妻すらを鏡と見つも  
      右は、伝へて云はく、「むかし、鄙人あり。姓名はいまだ詳らかにあらず。時に、郷里の男女、もろもろ集ひて野遊す。この会集の中に鄙人の夫婦あり。その婦、容姿の端正しきこと、衆諸に秀れたり。すなはち、その鄙人の意に、いよいよ妻を愛しぶる情を増す。すなはち、この歌を作りて、美しき貌を賛嘆す」といふ。  
3831 商返しめすとの御法あらばこそ我が下衣返し給はめ  
      右は、伝へて云はく、「あるとき、幸びらえし娘子あり。姓名は、いまだ詳らかにあらず寵びの薄れたる後に、寄物 俗には、「かたみ」といふ を還し賜ふ。ここに、娘子怨恨みて、いささかにこの歌を作りて献上る」といふ。  
3832 味飯を水に醸みなし我が待ちしかひはかつてなし直にしあらねば  
      右は、伝へて云はく、「むかし、娘子あり。その夫と相別れて、望ひ恋ひて年経ぬ。その時に、夫君さらに他し妻を取り、正身は来ずて、ただ裏物のみを贈る。これによりて、娘子、この恨むる歌を作りて、還し酬ふ」といふ。  
      夫君に恋ふる歌一首并せて短歌  
3833 さ丹つらふ 君がみ言と 玉梓の 使も来ねば 思ひ病む 我が身ひとつぞ ちはやぶる 神にもな負ほせ 占部据ゑ 亀もな焼きそ 恋ひしくに 痛き我が身ぞ いちしろく 身にしみ通り むらきもの 心砕けて 死なむ命 にはかになりぬ 今さらに 君か我を呼ぶ たらちねの 母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ 死ぬべき我がゆゑ  
      反歌  
3834 占部をも八十の衢も占問へど君を相見むたどき知らずも  
      或本の反歌に曰はく  
3835 我が命は惜しくもあらずさ丹つらふ君によりてぞ長く欲りせし  
      右は、伝へて云はく、「あるとき、娘子あり。姓は車持氏なり。その夫、久しく年序を逕ふれども、往来をなさず。時に、娘子、係戀に心を傷みして、やまひに沈み臥しぬ。痩羸すること日に異にして、たちまち泉路に臨む。ここに、使を遣り、その父君を喚びて来す。すなはち歔欷きて涙を流し、この歌を口号びて、そなはち逝歿りぬ」といふ  
      贈る歌一首  
3836 白玉は緒絶えしにきと聞きしゆゑにその緒また貫き我が玉にせむ  
      答ふる歌一首  
3837 白玉の緒絶えはまことしかれどもその緒また貫き人持ち去にけり  
      右は、伝へて云はく、 「あるとき、、娘子あり。夫君に棄てらえて、他し氏に改適す。時に、ある壮士、改適のことを知らずして、この歌を贈り遣はし、女の父母に謂ひ誂ふ。ここに、父母の意に、壮士いまだ委曲らかにある旨を聞かずとして、すなはち、その歌を作りて報へ送り、もちて改適の縁を顕す」といふ。  
      穂積親王の御歌一首  
3838 家にありし櫃にかぎさし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて  
      右の歌一首は、穂積親王、宴飲の日に、酒酣にある時に、好みてこの歌を誦み、もちて恒の賞と為す。  
3839 かるうすは田ぶせの本に我が背子はにふぶに笑みて立ちませり見ゆ  
3840 朝霞鹿火屋が下の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも  
      右の歌二首は、河村王、宴居の時に、琴を弾きてすなはちまづこの歌を誦み、もちて常の行と為す。  
3841 夕立の雨うち降れば春日野の尾花が末の白露思ほゆ  
3842 夕づく日さすや川辺に作る屋の形をよろしみうべ寄そりけり  
      右の歌二首は、小鯛王、宴居の日に、琴を取れば、すなはち、かならずまづこの歌を吟詠す。その小鯛王は、更の名は、置始多久美、この人なり。  
      児部女王が嗤ふ歌一首  
3843 うましものいづく飽かじをさかとらが角のふくれにしぐひ合ひにけむ  
      右は、あるとき、娘子あり。姓は尺度氏なり。この娘子は、高き姓の美人が誂ふところ聴さず、下しき姓の醜士が誂ふところを応許す。ここに、児部女王、この歌を裁作りて、その愚を嗤咲ふ。  
      古歌に曰はく  
3844 橘の寺の長屋に我が率寝し童女放髪は髪上げつらむか  
      右の歌は、椎野連長年、説きて曰はく、「それ寺家の屋は、俗人の寝る処にあらず。また、若冠の女を稱ひて、放髪丱といふ。しからばすなはち、腰句にすでに放髪丱と云へれば、尾句に重ねて著冠の辞を云ふべくあらじか」といふ。  
      決めて曰はく  
3845 橘の照れる長屋に我が率ねし童女放髪に髪上げつらむか  
      長忌寸意吉麻呂が歌八首  
3846 さし鍋に湯沸かせ子ども櫟津の桧橋より来む狐に浴むさむ  
  右の一首は、伝へて云はく、「あるとき、もろもろ集ひて宴飲す。時に、夜漏三更にして、狐の声聞こゆ。すなはち、衆諸、意吉麻呂を誂ひて曰はく、『この饌具、雑器、孤声、河橋等の物に関けて、ただに歌を作れ』といへれば、すなはち、声に応へてこの歌を作る」といふ  
      行騰、蔓菁、食薦、屋梁を詠む歌  
3847 食薦敷き青菜煮て来む梁にむかばき懸けて休むこの君  
      荷葉を詠む歌  
3848 蓮葉はかくこそあるもの意吉麻呂が家なるものは芋の葉にあらし  
      雙六の頭を詠む歌  
3849 一二の目のみにはあらず五六三四さへありけり双六のさえ  
      香、塔、厠、屎、鮒、奴を詠む歌  
3850 香塗れる塔にな寄りそ川隈の屎鮒食めるいたき女奴  
      酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠む歌  
3851 醤酢に蒜搗きかてて鯛願ふ我れにな見えそ水葱の羹  
      玉掃、鎌、天木香、棗を詠む歌  
3852 玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため  
      白鷺の木を啄ひて飛ぶを詠む歌  
3853 池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ  
      忌部首、数種の物を詠む歌一首 名は、忘失せり  ページトップへ
3854 からたちと茨刈り除け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自  
      境部王、数種の物を詠む歌一首 穂積親王の子なり  
3855 虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟龍捕り来む剣太刀もが  
      作主の詳らかにあらぬ歌一首  
3856 梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の後も逢はむと葵花咲く  
      新田部親王に献る歌一首 いまだ詳らかにあらず  
3857 勝間田の池は我れ知る蓮なししか言ふ君が鬚なきごとし  
      右は、ある人聞きて曰はく、「新田部親王、堵の裏に出遊す。勝間田の池を御見して、御心の中に感緒づ。その池より還りて、怜愛に忍びず。時に、婦人に語りて曰はく、『今日遊行びて、勝間田の池を見る。水影涛々にして、蓮花 灼々にあり、おもしろきこと腸を断ち、え言ふべくあらず』といふ。すなはち、婦人、この戯歌を作り、もはら吟詠す」といふ。  
      侫人を謗る歌一首  
3858 奈良山の児手柏の両面にかにもかくにも侫人の伴  
      右の歌一首は、博士、消奈行文大夫作る。  
3859 ひさかたの雨も降らぬか蓮葉に溜まれる水の玉に似たる見む  
      右の歌一首は、伝へて云はく、「右兵衛のものあり。 姓名は、いまだ詳らかにあらず 歌作の芸に多能なり。時に、府家に酒食を備へ設けて、府の官人らに饗宴す。ここに、饌食は、盛るに皆蓮葉をもちてす。諸人、酒酣にして、歌舞駱驛す。すなはち、兵衛を誘ひて云はく、『その蓮葉に關けて、歌を作れ』といへれば、すなはち、声に応へてこの歌を作る」といふ。  
      無心所著の歌二首  
3860 我妹子が額に生ふる双六のこと負の牛の鞍の上の瘡  
3861 我が背子が犢鼻にするつぶれ石の吉野の山に氷魚ぞ下がれる 懸有は、反して「さがれる」といふ  
      右の歌は、舎人親王、侍座に令せて曰はく、「もし由る所なき歌を作る人あらば、賜ふに錢帛をもちてせむ」といふ。時に、大舎人、安倍朝臣子祖父、すなはちこの歌を作りて献上る。すなはち、募る物銭、二千文をもちて賜ふ。  
      池田朝臣、大神朝臣奥守を嗤ふ歌一首 池田朝臣が名は、忘失せり  
3862 寺々の女餓鬼申さく大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ  
      大神朝臣奥守が報へて嗤ふ歌一首   
3863 仏造るま朱足らずは水溜まる池田の朝臣が鼻の上を掘れ  
      或いは云はく  
      平群朝臣が嗤ふ歌一首   
3864 童ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈れ  
      穂積朝臣が和ふる歌一首   
3865 いづくにぞま朱掘る岡薦畳平群の朝臣が鼻の上を掘れ  
      黒き色を嗤ふ歌一首   
3866 ぬばたまの斐太の大黒見るごとに巨勢の小黒し思ほゆるかも  
      答ふる歌一首   
3867 駒造る土師の志婢麻呂白くあればうべ欲しからむその黒色を  
      右の歌は、伝へて云はく、「大舎人、土師宿禰水通といふものあり。字は、正月麻呂といふものと、巨勢斐太朝臣 名・字は忘れたり。島村大夫が男なり と二人、ともに、こもこも顔黒き色なり。ここに、土師宿禰水通、この歌を作りて嗤咲へれば、巨勢朝臣豊人、これを聞き、すなはち和ふる歌を作りて、酬へ咲ふ」といふ。  
      戯れて僧を嗤ふ歌一首   
3868 法師らが鬚の剃り杭馬繋いたくな引きそ法師は泣かむ  
      法師が報ふる歌一首   
3869 壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ  
      夢の裏に作る歌一首   
3870 あらき田の鹿猪田の稲を倉に上げてあなひねひねし我が恋ふらくは  
      右の歌一首は、忌部首黒麻呂、夢の裏にこの恋歌を作りて、友に贈る。覚きて誦習せしむるに、前のごとし。  
      世間の無常を厭ふ歌二首   
3871 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも  
3872 世間の繁き刈廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも  
      右の歌二首は、河原寺の仏堂の裏に、倭琴の面に在り。  
3873 心をし無何有の郷に置きてあらば藐孤射の山を見まく近けむ  
      右の歌一首  
3874 鯨魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ  
      右の歌一首  
      痩人を嗤咲ふ歌二首   
3875 石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ 「めせ」の反なり  
3876 痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな  
    右は、吉田連老、字は石麻呂という。いはゆる仁敬が子なり。その老、人となりて、身体いたく痩せたり。多く喫ひ飲めども、形、飢饉に似たり。これによりて、大伴宿禰家持、いささかにこの歌を作りて、もちて戯咲を為す。  
      高安王、数種の物を詠む歌二首   
3877 さう莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ  
3878 波羅門の作れる小田を食む烏瞼腫れて幡桙に居り  
      夫君に恋ふる歌一首   
3879 飯食めど うまくもあらず 行き行けど 安くもあらず あかねさす 君が心し 忘れかねつも  
      右の歌一首は、伝へて云はく、「佐為王に近習する婢あり。時に、宿直に遑あらず、夫君に遇ひかたし。感情馳せ結ぼれ、係恋まことに深し。ここに、、当直の夜に、夢の裏に相見て、覚き寤めて探り抱くに、かつて手に触るることなし。すなはち、哽咽ひ歔欷きて、高き声にこの歌を吟詠す。よりて、王聞きて哀慟し、永く侍宿を免す」といふ。  
3880 このころの我が恋力記し集め功に申さば五位の冠  
3881 このころの我が恋力賜らずはみさとづかさに出でて訴へむ  
      右の歌二首  
      筑前の国の志賀の白水郎の歌十首   
3882 大君の遣はさなくにさかしらに行きし荒雄ら沖に袖振る  
3883 荒雄らを来むか来じかと飯盛りて門に出で立ち待てど来まさず  
3884 志賀の山いたくな伐りそ荒雄らがよすかの山と見つつ偲はむ  
3885 荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼は寂しくもあるか  
3886 官こそさしても遣らめさかしらに行きし荒雄ら波に袖振る  
3887 荒雄らは妻子の業をば思はずろ年の八年を待てど来まさず  
3888 沖つ鳥鴨とふ船の帰り来ば也良の崎守早く告げこそ  
3889 沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎廻みて漕ぎ来と聞こえ来ぬかも  
3890 沖行くや赤ら小舟につと遣らばけだし人見て開き見むかも  
3891 大船に小舟引き添へ潜くとも志賀の荒雄に潜き逢はめやも  
      右は、神亀年中に、大宰府、筑前の国宗像の郡の百姓、宗形部津麻呂を差して、対馬送粮の船の柁師に宛つ。時に津麻呂、滓屋の郡志賀の村の白水郎、荒雄がもとに詣りて、語りて曰はく、「我れ小事有り。けだし許さじか。」といふ。荒雄答へて曰はく、「我れ郡を異にすといへども、船を同じくすること、日久し。志は兄弟より篤く、殉死することありとも、あにまた辞びめや」といふ。津麻呂曰はく、「府の官、我れを差して、対馬送粮の船の柁師に宛てたれど、容齒衰老し、海路にあへず。ことさらに来りて祇候す。願はくは、相替ることを垂れよ」といふ。ここに、荒雄許諾し、つひにその事に従ふ。肥前の国松浦の県の美禰良久の崎より船を発だし、ただに対馬をさして海を渡る。すなはち、たちまちに天暗冥く、暴風は雨を交へ、つひに順風なく、海中に沈み没りぬ。これによりて、妻子ども犢慕のあへずして、この歌を裁作る。或いは、筑前の国の守、山上憶良臣、妻子が傷みに悲感しび、志を述べてこの歌を作るといふ。  
3892 紫の粉潟の海に潜く鳥玉潜き出ば我が玉にせむ  
      右の歌一首  
3893 角島の瀬戸のわかめは人の共荒かりしかど我れとは和海藻  
      右の歌一首  
3894 我が門の榎の実もり食む百千鳥千鳥は来れど君ぞ来まさぬ  
3895 我が門に千鳥しば鳴く起きよ起きよ我が一夜夫人に知らゆな  
      右の歌二首  
3896 射ゆ鹿を認ぐ川辺のにこ草の身の若かへにさ寝し子らはも  
      右の歌一首  
3897 琴酒を 押垂小野ゆ 出づる水 ぬるくは出でず 寒水の 心もけやに 思ほゆる 音の少なき 道に逢はぬかも 少なきよ 道に逢はさば 色げせる 菅笠小笠 我がうなげる 玉の七つ緒 取り替へも 申さむものを 少なき道に 逢はぬかも  
      右の歌一首  
      豊前の国の白水郎の歌一首   
3898 豊国の企救の池なる菱の末を摘むとや妹がみ袖濡れけむ  
      豊後の国の白水郎の歌一首   
3899 紅に染めてし衣雨降りてにほひはすともうつろはめやも  
      能登の国の歌三首   
3900 はしたての 熊来のやらに 新羅斧 落し入れ わし かけてかけて な泣かしそね 浮き出づるやと見む わし  
      右の歌一首は、伝へて云はく、「ある愚人、斧、海の底に墜ちて、鉄の沈み、水に浮く理なきこと解らず。いささかにこの歌を作り、口吟びて喩と為す。」といふ。  
3901 はしたての 熊来酒屋に まぬらる奴 わし さすひ立て 率て来なましを まぬらる奴 わし  
      右の歌一首  
3902 鹿島嶺の 机の島の しただみを い拾ひ持ち来て 石もち つつき破り 早川に 洗ひ濯ぎ 辛塩に こごと揉み 高坏に盛り 机に立てて 母にあへつや 目豆児の刀自 父にあへつや 身女児の刀自  
      越中の国の歌四首   
3903 大野道は茂道茂路茂くとも君し通はば道は広けむ  
3904 渋谿の二上山に鷲ぞ子産むといふ翳にも君のみために鷲ぞ子産むといふ  
3905 弥彦おのれ神さび青雲のたなびく日すら小雨そほ降る  一には「あなに神さび」といふ  
3906 弥彦神の麓に今日らもか鹿の伏すらむ皮衣着て角つきながら  
      乞食者が詠ふ歌二首   
3907 いとこ 汝背の君 居り居りて 物にい行くとは 韓国の 虎といふ神を 生け捕りに 八つ捕り持ち来 その皮を 畳に刺し 八重畳 平群の山に 四月と 五月との間に 薬猟 仕ふる時に あしひきの この片山に 二つ立つ 櫟が本に 梓弓 八つ手挟み ひめ鏑 八つ手挟み 獣待つと 我が居る時に さを鹿の 来立ち嘆かく たちまちに 我れは死ぬべし 大君に 我れは仕へむ 我が角は み笠のはやし 我が耳は み墨の坩 我が目らは ますみの鏡 我が爪は み弓の弓弭 我が毛らは み筆はやし 我が皮は み箱の皮に 我が肉は み膾はやし 我が肝も み膾はやし 我がみげは み塩のはやし 老いたる奴 我が身一つに 七重花咲く 八重花咲くと 申しはやさね 申しはやさね  
      右の歌一首は、鹿のために痛みを述べて作る。  
3908 おしてるや 難波の小江に 廬作り 隠りて居る 葦蟹を 大君召すと 何せむに 我を召すらめや 明けく 我が知ることを 歌人と 我を召すらめや 笛吹きと 我を召すらめや 琴弾きと 我を召すらめや かもかくも 命受けむと 今日今日と 飛鳥に至り 置くとも 置勿に至り つかねども 都久野に至り 東の 中の御門ゆ 参入り来て 命受くれば 馬にこそ ふもだしかくもの 牛にこそ 鼻縄はくれ あしひきの この片山の もむ楡を 五百枝剥き垂り 天照るや 日の異に干し さひづるや 韓臼に搗き 庭に立つ 手臼に搗き おしてるや 難波の小江の 初垂りを からく垂り来て 陶人の 作れる瓶を 今日行きて 明日取り持ち来 我が目らに 塩塗りたまひ きたひはやすも きたひはやすも  
      右の歌一首は、蟹のために痛みを述べて作る。  
      怕ろしき物の歌三首   
3909 天にあるやささらの小野に茅草刈り草刈りばかに鶉を立つも  
3910 沖つ国うしはく君の塗り屋形丹塗りの屋形神の門渡る  
3911 人魂のさ青なる君がただひとり逢へりし雨夜の葉非左し思ほゆ  
   
 万葉集 巻第十六   ページトップへ
 
ことばに惹かれて  万葉集の部屋