巻十五に収められている、中臣宅守と狭野弟上娘子の
「引き裂かれた愛」の応答歌
二人は、結婚して間もなく引き裂かれてしまう               
それは夫宅守が流罪に処せられ、越前国に流されてしまうから...             
その期間、天平十二年初めから同十三年夏まで...
その別れに際して二人の悲痛な歌が、木魂する

                                           引き裂かれた愛
 


 
中臣朝臣宅守、狭野弟上娘子と贈答する歌

 あしひきの山路越えむとする君を心に持ちて安けくもなし       巻十五、3745 
 君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも        巻十五、3746 
 我が背子しけだし罷らば白栲の袖を振らさね見つつ偲はむ       巻十五、3747 
 このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥明けてをちよりすべなかるべし   巻十五、3748
 

上の四首は、娘子、別れに臨みて作る歌。
越の国まで、どれほどであろうか、長い長い旅路になるだろう
役人に引きつられて流刑させられる夫、それを思うと、道を畳んで焼き滅ぼさんとする想いに、魂が突き動かされる
今は...今は、こうして恋しくても我慢できる、しかし...夜が明けると...行ってしまうのか
どうしたら、この悲しみを抑えることができよう
 

 塵泥の数にもあらぬ我故に思ひわぶらむ妹がかなしき         巻十五、3749 
 あをによし奈良の大道は行きよけどこの山道は行き悪しかりけり    巻十五、3750 
 愛しと我が思ふ妹を思ひつつ行けばかもとな行き悪しかるらむ     巻十五、3751 
 畏みと告らずありしをみ越道の手向けて立ちて妹が名告りつ      巻十五、3752
 
上の四首は、中臣朝臣宅守、道に上りて作る歌。
今となっては、まるで塵のようにはかない我が身ゆえに、いとしい妻は、どんなに悲しんでいるか...
都の大道は素晴らしい道なのに、この越路は、なんと悪しき道なのだろう
こうして悲しむ妻の事を想いながらの道中は、いくら罪人で妻の名を呼べぬと言われても、つい...呼んでしまう
越路の峠に立ち、想いは抑えようもなく、呼んでしまう...妻の名を

 
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