古代文学の常識-万葉集の時代-
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号
   

 

はじめに
 
 雑歌とはなにか
   
 万葉集の三大部立の一つ。相聞・挽歌と並ぶ。巻一・三・五・六・七・九・十三・十四に見え、さらに巻八・巻十には季節と組み合わされた雑歌(春雑歌・夏雑歌・・・)が、巻十六には「由縁有る、并びに雑の歌(有由縁并雑歌)の部立画が見える。三部立を並立するときは冒頭に置かれるのを常とし、比較的後部に配される後の勅撰集の雑歌とは、内容や意味に差異がある。巻一・三・六のものなど、最も古い伝統を持つ万葉集の雑歌の主流部分は、宮廷の儀礼や行事関係の歌である。

   
 しかしまたそれらの巻の雑歌には相当量の宴の歌が含まれ、その宴の歌中には季節の歌も見える。巻七・八・十の雑歌は季節の詠物歌を主とする。また巻五には特に山上憶良の「述懐」風の歌が見え、巻十六には、戯笑歌というべき歌が見える。

   
 万葉集雑歌は、その語義どおりに多様な内容を含むが、儀礼歌から宴の歌へ、さらに宴を場とするところから始まった四季歌へ、という流れに中心軸を持ち、それはやがて勅撰集四季歌に繋がっていく。どちらも集の冒頭に位置づけられることがそれを示している。

   
 この<雑歌-四季歌系>ともいうべきものは、基本的に宮廷儀礼歌の系なのであって、天皇頌賀の歌から四季歌へ変化していくのは、奈良時代から平安時代初期にかけて、宮廷儀礼歌の場が儀式性を弱めて風雅の宴に変質していったからである(森朝男「古代和歌の成立」)古今集四季歌が、四季の秩序ある推移を王徳によるとする天人感応思想を抱え込む由縁もそこにある。万葉集雑歌の基本は折口信夫がいうように「宮廷歌」ということにある(万葉集の研究」新版「折口信夫全集」6)。

   
 「雑歌」の名称は小島憲之「上代日本文学と中国文学(中)」、中西進「万葉集の比較文学的研究」等が、「文選」詩篇の部類「雑詩」に起源を持つとする。内容によって分類した後に、いずれにも分け得なかった詩をそう呼んだのである。それゆえ分類の末に置くべきだが、万葉集では宮廷儀礼歌であるゆえ初めに置き、しかも多様な内容に分れるので「雑詩」に習い「雑歌」としたのである。

   
 なお高崎正秀は「正儛」(外来歌舞)に対する「雑儛」(日本歌舞)の歌詞を「雑歌」とと呼んだとし(「万葉集大成」月報第六号)、渡瀬昌忠は「雑」の字に「あまねく集める」という讃意があるとする(勉誠社版「和歌文学講座」2)
 
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