古代文学の常識−万葉集の時代−
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号   


 

はじめに  
 旋頭歌とはどのような歌か

   
 旋頭歌は五七七で切れ、これを繰り返す六句から成る歌である。万葉集には六十二首ほどであるが、その大半は人麻呂歌集と古歌集から収録されている。この歌体の成立をめぐっては、片歌問答に由来する、四句体の歌謡から派生した、歌謡の形式と内容を記載のレベルで捉え直したもの、歌謡の発想を継承して記載の歌の形として成立したなど様々だが、まだ一致した見解は見られない。

   
 また輪舞形式のように歌い旋るところに旋頭歌の特徴があるとも言われており、この場合には前句後句の歌い手に別人が想定されている。この歌い手が単数であるか複数であるかの視点は、旋頭歌の本質に迫る上で重要である。

   
 歌謡における前句と後句は複数の歌い手による問答であったり、唱和であったりするが、三句を繰り返す形の歌謡もその一つであった。その唱謡法は神楽歌のそれに見られる。神楽歌は、短歌を二分し、一部の句を繰り返して六句で歌われるが、歌の意味内容とは関わりななく、三句を本、末で謡うというきわめて不自然な形となっているのは、すでに定着していた歌謡の唱謡法に倣ったからであろう。旋頭歌体もこの唱謡法と不可分の関係にあることはその内実からも明らかである。

   
 旋頭歌の形態は(問答、呼びかけ、繰り返しなど)様々だが、これらの前句と後句の関係は問答を除くと主題の提示(即堺的景物など)とその説明であり、後句の説明は集団の関心事である恋の情景に転換する場合が多い。いわば前句の提示を受けて後句で意外な方向に転換する、その転換の妙味を楽しむものであり、この点は旋頭歌に顕著な傾向としてある。

   
 この種の旋頭歌の前句と後句の歌い手は明らかに別人であり、一人の歌い手の場合でも別人を装う必要があった。つまり、複数の歌い手による合作を基本として成り立っているのが旋頭歌といえよう。それだけに宴席の場での景物や民衆生活の一齣など、生活の場に即した集団の関心事が多く詠まれている。

   
 この生活性、集団性こそ本来の旋頭歌であろう。旋頭歌の大半を占める人麻呂歌集や古歌集には生活性、集団性を帯びた歌が多数含まれているが、これらはある歌人が意図的に試みたものというよりも、巷間に流布していたものを採集したと見る方が自然である。

 [参考文献]

  稲岡耕二「人麻呂の表現世界-古体歌から新体歌へ-」(岩波書店)

  高野正美「万葉集の形成と形象」(笠間書院)など 
 
 
 
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