古代文学の常識−万葉集の時代−
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号

 

はじめに  
 七夕歌と七夕詩の関係は

 漢土伝来の伝説である七夕伝説を詠む七夕歌はその始発そのものから発想・表現にいたるまで、中国七夕詩の影響下にある。七夕伝説そのものは応神朝の織工技術の伝来にともなって伝来した可能性も指摘されているが、伝説を和歌に詠むことは書承による七夕詩の影響に於いて考えるべきである。

 万葉集七夕歌研究は中国七夕詩との比較において始まり、以後、七夕詩との共通点・相違点をふまえ、万葉集七夕歌、特に人麻呂歌集七夕歌の独自の達成を捉える方向へと展開してきた。以下、その具体相に触れておく。

 牽牛星と織女星が天漢(天の川)を隔ててあり、立秋間もない七月七日の夜に年に一度のはかない逢会をはたすという伝説の大枠は七夕歌にほぼそのまま踏襲される。一方、七夕詩との比較において七夕歌固有の特徴も多く指摘される。大久保正(「人麻呂歌集七夕歌の位相」万葉集研究四)は七夕詩との比較において、人麻呂歌集七夕歌の特徴を、

   1、中国伝承とは逆に牽牛が渡河する。
   2、中国では豪華な乗物で渡るのに対し、「舟」「徒歩」で渡る。
   3、二星に成り代わっての歌が多い。
   4、神話の世界との融合が見られる。
   5、連作的・物語的性格が見られる。

の五点にまとめている。右の1、2、3は万葉七夕歌全般に及ぼすことの出来る特徴であり、4、は憶良以後の七夕歌では長歌にしばしば見られるのに対し、人麻呂歌集七夕歌では短歌において神話的表現が用いられる点で特徴的である。5、も人麻呂歌集七夕歌に比較的顕著に見られる特徴である。

 万葉集七夕歌に七夕詩の模倣以上の文学史的意義を見るためには、右のような七夕詩との相違を、特徴の指摘に終わらせず、その意義を問うことが求められる。

 端的に言って、そこには漢土伝来の伝説である七夕伝説の大枠に、和歌においていかに形を与えてゆけるかという試行錯誤を読み取るべきであり、その意味で人麻呂歌集七夕歌の和歌史上に占める位置は大きい(大浦誠士「人麻呂歌集七夕歌考−非現実表現とひとりの抒情−」国語と国文学H8、8)。稲岡耕二(「人麻呂歌集七夕歌の性格」万葉集研究八)の、人麻呂歌集七夕歌には本来の七夕伝説から逸脱する余剰的なイメ−ジが見られるという指摘にも、初期七夕歌である人麻呂歌集七夕歌の試行錯誤としての意味を認めるべきであろう。 
 
 
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