古代文学の常識−万葉集の時代−
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号


 

はじめに  
 中国文学の知識はどこまで必要か

 清少納言の言ではないが、何はさておき、まず梁の蕭統撰による「文選」が必読書。「文選」には唐の顕慶三年(658)、高宗に李善がたてまつった李善注と開元六年(718)、呂延済ら五人の注をあつめた呂延祚の五臣注がある。宋代になって、李善注と五臣注をあわせた、六臣注が出た。中国版で容易に入手できるものの、通読するのは難。

 手元には、小尾郊一、花房英樹らの労作である「文選」(1―7、全釈漢文大系)が欲しい。七の巻末には語句索引と作者名索引、年表があり、ことに語句索引は、古代の文人学士らが習得につとめたろう秀句が一覧できて、便利である。

 語句をさぐろうとするなら、一字一索引の斯波六郎主編「文選索引」(上・下)。「文選」所引の書名・人名については、洪業ら編「文選注引書引得」が上海から出ている。

 「文選」とともに重要なのは、陳の徐陵撰「玉台新詠」。梁武帝の作をはじめとする宮廷詩が中心で、相聞歌の表現との比較研究をするうえでは、重要。同じ艶詩でありながら、万葉人が何を享受し何を享受しなかったか、興味あるところである。鈴木虎郎訳解「玉台新詠集」(上・中・下)の「義解」(現代語訳)は、味わいがある。

 「文選」や「玉台新詠」に収録しない詩文にも、配慮が必要であろう。各人の詩文集のかたちでかなり入手できるが、詩文を集成した丁福保編「全漢三国晋南北朝詩」(上・中・下)、厳可均編「全上古三代秦漢三国六朝文」に収められた作品群も、視野に入れておきたい。

 「全漢三国晋南北朝詩」には、時代別の索引、松浦崇編による索引シリ−ズがあって、裨益をうけるところ大。周知のように、古代文学には初唐時代の詩文の影響もある。清の康熙四十二年(1703)、彭定求ら撰の「全唐詩」、嘉慶十九年(1814)、董誥ら撰の「全唐文」が参考になる。

 儒仏道、三教の典籍も見逃せない。四書五経のみならず、山上憶良や大伴旅人などを考えるなら、仏典は欠かせない。「大正新修大蔵経」が、今日得られるもっともすぐれた大蔵経であるが、まず重要な典籍が網羅され注がほどこされた「国訳一切経」の諸経典を見たい。

 さらに東アジア文化・文学として論じようとするなら、梁の僧祐撰「引明集」、唐の道宣撰「広引明集」(ともに国訳一・護経部)も読む必要があろう。

 道教には一大叢書というべき「道蔵」があるものの、古代文学研究では、ほとんど手つかずの状態である。
 
 
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