古代文学の常識−万葉集の時代−
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号


 

はじめに  
 女歌とはどのような歌か

 女歌とは女の歌に女性特有の発想や表現の見られることをさして言う。古今集の仮名序で貫之が小野小町の歌を「あはれなるやうにて、つよからず」と評して、女の歌の特徴を言い当てたことに始まり、嫋々とした歌を始めとして、妖艶なもの、官能的なもの、繊細優美なものなどを女の歌に特有な傾向と見て、それを女歌と称してきた。

 だが、この見方には歴史性が捨象されているために古代の女歌の実態を十分に映し出してはいない。この点は、女歌の成立に遡って見据える必要がある。折口信夫は女歌の始原を歌垣における男女の掛け合いに求めた。祭事として行われた歌垣では男の歌い掛けに対し、女の返し歌は、はぐらかしたり、混ぜ返したり、揚げ足を取ったりするなど、男に反発し、否定的に対処するものが多い。この男女の対立は神祭りにおける来臨した神と土地の精霊との対立に由来すると言われている。

 つまり、神と精霊との問答は神に扮した男と、それを接待する巫女に扮した処女との間で行われ、やがて男女の掛け合いに展開したというものである(「折口信夫全集第一巻」など)。神と精霊の対立に由来すると言う点はなお考慮する余地はあるが、女歌が歌垣を媒介して形成されたことは疑いなく、その特質は古代の恋歌に継承されている。

 万葉集に見られる問答、贈答、唱和などは必ずしも男から女へ歌い掛けるものではなく、その逆(女から男へ)もあるが、いずれにしても女の歌には歌垣に見られる反発、時にそれは諧謔や揶揄など様々だが、男を言い負かそうとする否定的な発想が基本になっており、その表現は誇張を伴う傾向にある。

 だが、万葉の恋歌は問答や贈答など直接相手に向けて詠まれるものばかりではなく、自己の内面を見据えて詠まれたものもあるが、その場合にも否定的な発想に基づいて詠まれている。ただ、この発想が自己を対象とした場合には一転して内省的になり、悲哀を伴った心象風景となる。
   
 つまり、女歌は歌垣における否定的発想を継承し、それが相手に向けられると反発の度合いを強め、逆に自己に向けられると内省的な悲哀の要素がせりでてくる。この歴史的に形成された女性に特有の表現の総体が女歌である。したがって女歌とは発想やその特有の表現を言うのであるから、男の詠む女歌もあり得る。

 [参考文献]

 鈴木日出男「女歌の本性」(古代和歌史論、東京大学出版会)。
 
 
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