古代文学の常識−万葉集の時代−
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号 
  

 

はじめに  
 枕詞とはなにか


 枕詞と言う用語自体が表れてくるのは十五世紀始めの歌書からと思われるが定着してきたのは案外新しく、十九世紀中ばであろう。しかし、古事・発語・頭辞・冠辞と言った用語があったように、和歌独特の表現様式に注目している歴史は久しい。その認識はすでに古代の和歌や歌論書中に表されている。

   
 枕詞は通常ある特定の語と結びついて長い時代にわたって慣用化し、かつ象徴的な表出力を持っている。通常「あしひきの やま」、「ぬばたまの よる」、「ひさかたの あめ」のように枕詞と被枕詞とが連合して表現を形成するものとして認識されている。特に地名に結びついている枕詞が多いのも特徴的で、固有名詞以外の名詞や用言と結びつくものもある。形態は五音、古い例には四音もあり、歌にリズムを与える働きもある。

   
 枕詞研究には、言語的問題、修辞的問題、表現史上の問題、和歌史上の問題と多岐に渡ってある。

   
 枕詞と被枕詞との結びつく理由は新しいものは修飾的要素が強くわかり易いものもあるが、古語的なものはことばの意味関係ではどうにも説明がつけがたいものがある。その不思議さへの認識はすでに記紀風土記時代にあったと思われ、たとえば「そらみつ やまと」のように、その由縁を物語として伝えて、ことばの外側から説明しているものもある。

   
 枕詞が最も生きいきとして歌に用いられていたのは記紀の歌謡や万葉集であって、以後枕詞の固定化が進み、万葉集以後は活力ある表現が戻らなかったといえる。万葉集には、古くから用いられているものを新たに再生させたり、創作されたものもあり、とりわけ柿本人麻呂は枕詞の分野でも際立った創作者であった。

    
 興味深い問題の一つに、一体こうした表現がどのように成り立ってきたのかという、発生にかかわる問題がある。この分野でもっとも有名な説は折口信夫の、託宣に起原をみるものである。つまり神の意志を伝える詞の中に特殊な修辞表現が用いられ、そこに枕詞の源があるという、いわゆる神授の詞章という見方である。この説は日本語の文章史の始まりにオーラルな状態の長い伝承過程を想定し、それがやがて文筆の時代に入っても、この口承時代の詞章の印象を記憶に残しているのだというものであって、一時代を画した見解となっている。
 
 
万葉集の玄関      万葉集の部屋         万葉集全歌集
 


     

 

 


  
万葉集の伝本
万葉集の注釈書
校本万葉集
万葉集の成立
字余りとは
五七調と七五調
人麻呂歌集の略体歌と非略体歌
寄物陳思・正述心緒とはなにか
枕詞とは
音喩とは
旋頭歌とは
雑歌とは
挽歌の成立
旅の歌の展開
東歌とは
女歌とは
代作とは
宮廷歌人とは
万葉歌と平安歌のつながり
和歌への批評意識
七夕歌と七夕詩の関係
中国文学の知識
懐風藻の成立