古代文学の常識−万葉集の時代−
 出典:「國文學」學燈社1997年7月号第42巻8号 
 

 

はじめに  
 万葉集の注釈書

 万葉集の注釈書は、平安時代末の藤原盛方 (?)「万葉集抄」、鎌倉時代の仙覚「万葉集註釈」あたりを最古として、今日に至るまで夥しい数が存在する。ここでは、現在、万葉集を読むに際して、絶えず参看する必要のあるものに限り揚げることにする。

 近世最初の本格的注釈として、契沖「万葉代匠記」 (契沖全集・岩波書店) がある。注釈態度は厳密で、とくに漢籍などの出典考証には教えられるところが多い。賀茂真淵「万葉考」 (賀茂真淵全集・続群書類従完成会) も創見に富み、今日的価値を失わない。ただし、独自な成立過程論によって、巻序を改めたり、独断による本文改訂を行った箇所も見られる。橘千蔭「万葉集略解」 (改造社など) は、明治・大正期を通じて用いられ、啓蒙的役割を果たした注釈書。鹿持雅澄「万葉集古義」 (名著刊行会など) は、創見に富み実証性もあるが、独断も目につく。近代に入ってからの注釈としては、井上通泰「万葉集新考」 (国民図書ほか)、鴻巣盛広「万葉集全釈」 (広文堂) があるが、参看の必要はあるにしても、古さが目立つ。窪田空穂「万葉集評釈」 (東京堂)、土屋文明「万葉集私注」は、歌人による戦後の大きな注釈。限界はあるが、どちらも実作者としての感性と実証に裏付けられた解釈には注目すべき点が少なくない。折口信夫「口訳万葉集」 (同「全集」) は、その短評が示唆的である。

 万葉学者による本格的な注釈としては、武田祐吉「万葉集全註釈」 (角川書店)、沢瀉久孝「万葉集注釈」 (中央公論社) がある。前者は著者の学風を反映した堅実な内容を持つ。後者は戦後万葉集研究の金字塔ともいうべき著作。訓詁の詳密さにかけては類を見ない。諸説を広く渉猟した注釈も穏当な結論を導き出している。まず第一に参看すべき書であることは動かない。

 これらに続く最新の注釈としては、「万葉集全注」 (未完、有斐閣)、伊藤博「万葉集釈注」 (未完、集英社) がある。前者は戦前の「万葉集総釈」 (楽浪書院) にならい、巻ごとに担当者を割り当てた分担形式による注釈。それぞれに微妙な相違もある。後者は、歌群ごとの把握を目指そうとするところに大きな特色をもつ。

 叢書中の注釈としては、1・日本古典文学大系 (岩波書店)、2・日本古典文学全集 (小学館)、3・日本古典集成 (新潮社) などがある。「1」は訓みに独自性を示す。「2」は新編が優れており、今日、標準とすべき注釈といえる。中西進「万葉集」 (講談社文庫) も、小型ながら随所に著者の識見があらわれている。
 
 
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