万葉集巻第三     [原文、底本:西本願寺本万葉集 校訂:小学館「新編日本文学全集万葉集」を主とする]  
                  注:原文の異本などは、書庫で採り上げるが、未解釈については、右項に記す。

                              【歌番号のリンクは「書庫」へ、訓読文のリンクは「livedoorブログ『一日一首』へ】

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      天皇御遊雷岳之時柿本朝臣人麻呂作歌一首 〔天皇、雷の岳に出でませる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首〕 
235 皇者 神二四座者 天雲之 雷之上尓 廬為流鴨   柿本朝臣人麻呂 
大君は神にしませば天雲の雷の上に廬りせるかも  
  おほきみは かみにしませば あまくもの いかづちのうへに いほりせるかも   おほきみ()、かみ()(ませ)いかづち()うへ()、いほり()(かも)  
    右或本云獻忍壁皇子也 其歌曰 王 神座者 雲隠伊加土山尓 宮敷座 
      右は、ある本には、「忍壁皇子に奉ったものである」とある。その歌は、「大君は、神であられるので、雲の上の 雷山に 仮宮を建てていらっしゃる」
236 王 神座者 雲隠伊加土山尓 宮敷座   
(235)
大君は神にしませば雲隠る雷山に宮敷きいます
  おほきみは かみにしませば くもがくる いかづちやまに みやしきいます おほきみ()、かみ()(ませ)、(くもがくる)、いかづちやま()、みや(しき)います 
      天皇賜志斐嫗御歌一首 〔天皇が志斐の嫗に遣わされたお歌一首〕  持統天皇 
237 不聴跡雖云 強流志斐能我 強語 比者不聞而 朕戀尓家里    
(236)
否と言へど強ふる志斐のが強ひ語りこのころ聞かずて朕恋ひにけり   
いなといへど しふるしひのが しひかたり このころきかずて あれこひにけり いな()いへ()、しふる(しひ)()、しひかたり、(このころ)きか(ずて)、あれ(こひ)(けり
      志斐嫗奉和歌一首 [嫗名未詳]   〔志斐の嫗がお答えした歌一首(嫗の名は、分からない)〕志斐嫗
238 不聴雖謂 話礼々々常 詔許曽 志斐伊波奏 強話登言      
(237)
否と言へど語れ語れと詔らせこそ志斐いは奏せ強ひ語りと言ふ  
  いなといへど かたれかたれと のらせこそ しひいはまうせ しひかたりといふ  いな()いへ()、かたれ(かたれ)、(のらせ)こそ、(しひ)()まうせ、(しひかたり)(いふ) 
      長忌寸意吉麻呂應詔歌一首 〔長忌寸意吉麻呂、詔に応ふる歌一首〕  長忌寸意吉麻呂 
239 大宮之 内二手所聞 網引為跡 網子調流 海人之呼聲    
(238)
大宮の内まで聞こゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び声  
  おほみやの うちまできこゆ あびきすと あごととのふる あまのよびこゑ  おほみや()、うち(まで)きこゆ、(あびき)()、あご(ととのふる)、あま()よび(こゑ) 
      右一首 〔右の一首〕  
    〔有斐閣「萬葉集全注巻二-238 『左注の意味』」〕
「右の一首」 は、その下に「長忌寸意吉麻呂」とでもあったものを、原資料の段階ですでに題詞の方に移されていた。したがって、万葉集の編者は「右の一首」を抹消してもよかったはずのものである。三八六番歌にも「右の一首」とあるのみで、二つとも編者が脱落させたとは考えられないから、資料の段階で、この形になっていたのを、そのまま収録したものと考えてよい。
 
      長皇子遊猟路池之時柿本朝臣人麻呂作歌一首 [并短歌]  〔長皇子が猟路の池に狩りをしに赴かれた時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首 と短歌〕 柿本朝臣人麻呂 
240 八隅知之 吾大王 高光 吾日乃皇子乃 馬並而 三猟立流 弱薦乎 猟路乃小野尓 十六社者 伊波比拝目 鶉己曽 伊波比廻礼 四時自物 伊波比拝 鶉成 伊波比毛等保理 恐等 仕奉而 久堅乃 天見如久 真十鏡 仰而雖見 春草之 益目頬四寸 吾於富吉美可聞   
(239)
やすみしし 我が大君 高光る 我が日の皇子の 馬並めて み狩り立たせる 若薦を 狩路の小野に 鹿こそば い這ひ拝め 鶉こそ い這ひもとほれ 鹿じもの い這ひ拝み 鶉なす い這ひもとほり 恐みと 仕へ奉りて ひさかたの 天見るごとく まそ鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき 我が大君かも  
  やすみしし わがおほきみ たかひかる わがひのみこの うまなめて みかりたたせる わかこもを かりぢのをのに ししこそば いはひをろがめ うづらこそ いはひもとほれ ししじもの いはひをろがみ うづらなす いはひもとほり かしこみと つかへまつりて ひさかたの あめみるごとく まそかがみ あふぎてみれど はるくさの いやめづらしき わがおほきみかも  やすみしし、(わがおほきみ)、たかひかる、(わが)ひのみこ()、うま(なめ)、(みかりたたせる)、わかこもをかりぢのをの()、しし(こそ)、()はひ(をろがめ)、うづら(こそ)、(はひ)もとほれししじもの、()はひ(をろがみ)、うづら(なす)、(はひ)もとほりかしこみ()、つかへまつり()、ひさかたの、(あめ)みる(ごとく)、まそかがみ、(あふぎ)(みれ)、(はるくさの)、いや(めづらしき)、わがおほきみ(かも)
      反歌一首    
 241 久堅乃 天歸月乎 網尓刺 我大王者 盖尓為有    
(240)
ひさかたの天行く月を網に刺し我が大君は蓋にせり  
  ひさかたの あまゆくつきを あみにさし わがおほきみは きぬがさにせり  ひさかたの、(あま)ゆく(つき)、(あみにさし)、わがおほきみ()、きぬがさ()() 
      或本反歌一首 〔ある本の反歌一首〕   
242 皇者 神尓之坐者 真木乃立 荒山中尓 海成可聞    
(241)
大君は神にしませば真木の立つ荒山中に海を成すかも   
おほきみは かみにしませば まきのたつ あらやまなかに うみをなすかも  おほきみ()、かみ()(ませ)、(まき)(たつ)、あらやまなか()、うみ()なす(かも) 
       弓削皇子遊吉野時御歌一首 〔弓削皇子が吉野に遊ばれた時のお歌一首〕  弓削皇子 
243 瀧上之 三船乃山尓 居雲乃 常将有等 和我不念久尓    
(242)
滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに  
  たきのうへの みふねのやまに ゐるくもの、つねにあらむと わがおもはなくに  (たき)(うへ)、(みふねのやま)、(ゐる)くも()、つねに(あら)()、わが(おもは)なくに 
      春日王奉和歌一首 〔春日王が唱和し申した歌一首〕  春日王 
244 王者 千歳二麻佐武 白雲毛 三船乃山尓 絶日安良米也    
(243)
大君は千歳にまさむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや    
  おほきみは ちとせにまさむ しらくもも みふねのやまに たゆるひあらめや  おほきみ()、ちとせ()まさ()、しらくも()、みふねのやま()、たゆる()あら(めや) 
      或本歌一首 〔或本の歌一首〕   
245 三吉野之 御船乃山尓 立雲之 常将在跡 我思莫苦二     
(244)
み吉野の三船の山に立つ雲の常にあらむと我が思はなくに    
  みよしのの みふねのやまに たつくもの つねにあらむと わがおもはなくに  みよしの()、みふねのやま()、たつ(くも)、(つねに)あら()、(わが)おもは(なくに) 
    右一首柿本朝臣人麻呂之歌集出 〔右の一首、柿本朝臣人麻呂が歌集に出でたり〕  
      長田王被遣筑紫渡水嶋之時歌二首 〔長田王が、筑紫に遣わされ、水島に渡る時の歌二首〕  長田王 
246 如聞 真貴久 奇母 神左備居賀 許礼能水嶋     
(245)
聞きしごとまこと尊くくすしくも神さびをるかこれの水島  
  ききしごと まことたふとく くすしくも かむさびをるか これのみづしま  きき()ごと、(まこと)たふとく、(くすしく)、(かむさび)をる()、これの(みづしま) 
247 葦北乃 野坂乃浦従 船出為而 水嶋尓将去 浪立莫勤    
(246)
芦北の野坂の浦ゆ船出して水島に行かむ波立つなゆめ    
  あしきたの のさかのうらゆ ふなでして みづしまにゆかむ なみたつなゆめ  あしきた()、のさかのうら()、ふなで()、(みづしま)(ゆか)、(なみ)たつ()ゆめ 
      石川大夫和歌一首 [名闕] 〔石川大夫が唱和した歌一首 名が分からない〕   
248 奥浪 邊波雖立 和我世故我 三船乃登麻里 瀾立目八方    
(247)
沖つ波辺波立つとも我が背子がみ船の泊まり波立ためやも    
  おきつなみ へなみたつとも わがせこが みふねのとまり なみたためやも  おきつなみ、(へなみ)たつ(とも)、わがせこ()、(ふね)(とまり)、なみ(たた)めやも 
    右今案 従四位下石川宮麻呂朝臣 慶雲年中任大貳 又正五位下石川朝臣吉美侯 神龜年中任小貳 不知兩人誰作此歌焉  
    右について、今考えてみると、従四位下石川宮麻呂朝臣が、慶運年中に大弐に任ぜられており、また、正五位下石川朝臣吉美侯が、神亀年中に少弐に任ぜられている。両人のうち誰がこの歌を作ったのか分からない。 
      又長田王作歌一首 〔また、長田王が作った歌一首〕  長田王 
249 隼人乃 薩麻乃迫門乎 雲居奈須 遠毛吾者 今日見鶴鴨    
(248)
隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす遠くも我は今日見つるかも   
  はやひとの さつまのせとを くもゐなす とほくもわれは けふみつるかも  はやひと()、さつまのせと()、くもゐ(なす)、とほく()われ()、けふ()つる(かも) 
      柿本朝臣人麻呂覊旅歌八首 〔柿本朝臣人麻呂の旅の歌八首〕  柿本朝臣人麻呂 
250 三津埼 浪矣恐 隠江乃 舟公宣奴嶋尓     
(249)
三津の崎波を恐み隠り江の舟公宣奴嶋尓  【第二句「波」】
【下二句「
舟公宣奴嶋尓」訓の定番なし。】〔誤字説を含め十数種あり。諸注参照
  みつのさき なみをかしこみ こもりえの (舟公宣奴嶋尓)  みつのさき、(なみ)(かしこ)こもりえ()、(舟公宣奴嶋尓)  
251 珠藻苅 敏馬乎過 夏草之 野嶋之埼尓 舟近著奴    
(250)
玉藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島の崎に船近付きぬ   
  たまもかる みぬめをすぎて なつくさの のしまのさきに ふねちかづきぬ  たまもかる、(みぬめ)(すぎ)、(なつくさの)、のしまのさき()、ふね(ちかづき) 
    一本云 處女乎過而 夏草乃 野嶋我埼尓 伊保里為吾等者 
    ある本には「処女を過ぎて夏草の茂る野島の埼で小屋がけして泊っているよわれわれは」
 252 粟路之 野嶋之前乃 濱風尓 妹之結 紐吹返   
(251)
淡路の野島の崎の浜風に妹が結びし紐吹き返す   
  あはぢの のしまのさきの はまかぜに いもがむすびし ひもふきかへす  あはぢ()、のしまのさき()、はまかぜ()、いも()むすび()、ひも(ふきかへす) 
253 荒栲 藤江之浦尓 鈴木釣 白水郎跡香将見 旅去吾乎     
(252)
荒たへの藤江の浦にすずき釣る海人とか見らむ旅行く我れを  【第四句「白水郎跡香将見」の「将見(ミラム)」】
推量の助動詞「らむ」は終止形につづくが、上代では上一段動詞「見る」の場合、「
ミルラム」ではなく、
ラム」というように、連用形につづく事もある。 
  あらたへの ふぢえのうらに すずきつる あまとかみらむ たびゆくわれを   あらたへの、(ふぢえのうら)すずき(つる)、あま(とか)(らむ)、たび(ゆく)われ()  
    一本云 白栲乃 藤江能浦尓 伊射利為流  [一本には「(白栲の)藤江の浦で漁を捕っている」]
254 稲日野毛 去過勝尓 思有者 心戀敷 可古能嶋所見  [一云 湖見]   
(253)
稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ  [一に云ふ、 水門見ゆ]   
  いなびのも ゆきすぎかてに おもへれば こころこひしき かこのしまみゆ [みとみゆ]   いなびの()、ゆきすぎ(かてに)、おもへれ()、こころ(こひしき)、かこのしま(みゆ)、[みと(みゆ)]
255 留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見   
(254)
燈火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず  
  ともしびの あかしおほとに いらむひや こぎわかれなむ いへのあたりみず ともしびの、(あかしおほと)、(いら)()、(こぎ)わかれ(なむ)、いへ()あたり() 
256 天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見 [一本云 家門當見由]    
(255)
天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ [一本に云ふ、「家のあたり見ゆ」]  
  あまざかる ひなのながちゆ こひくれば あかしのとより やまとしまみゆ [いへのあたりみゆ]  あまざかる、(ひな)(ながち)、(こひくれ)、(あかしのと)より、(やまとしま)みゆ、[いへ()あたり(みゆ)] 
257 飼飯乃海 庭好有之 苅薦乃 乱出所見 海人釣船    
(256)
飼飯の海の庭良くあらし刈り薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船 【第二句「庭好有之」の「有之(あらし)」は「(ある)らし」の約】
 推量助動詞「らし」は本来終止形に付くが、ラ変動詞の場合は連体形に付く。
 「あり」の連体形「ある」。 
  けひのうみの にはよくあらし かりこもの みだれていづみゆ あまのつりぶね  けひのうみ()、には(よく)あらし、(かりこもの)、みだれ()いづ(みゆ)、あま()つりぶね 
    一本云 武庫乃海 舳尓波有之 伊射里為流 海部乃釣船 浪上従所見 (258  
    一本に云はく「武庫の海船底ならしいざりする海人の釣船波の上ゆ見ゆ」(258) 
258 武庫乃海 舳尓波有之 伊射里為流 海部乃釣船 浪上従所見   
(256 異伝) 
武庫の海船庭ならしいざりする海人の釣船波の上ゆ見ゆ  
  むこのうみ ふなにはならし いざりする あまのつりぶね なみのうへゆみゆ     むこのうみ、(ふなには)ならし、(いざり)する、(あま)(つりぶね)、なみ()うへ()みゆ 
      鴨君足人香具山歌一首 [并短歌] [鴨君足人の香具山の歌一首と短歌]   鴨君足人 
259 天降付 天之芳来山 霞立 春尓至婆 松風尓 池浪立而 櫻花 木乃晩茂尓 奥邊波 鴨妻喚 邊津方尓 味村左和伎 百礒城之 大宮人乃 退出而 遊船尓波 梶棹毛 無而不樂毛 己具人奈四二   
(257)
天降りつく 天の香具山 霞立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花 木の暗茂に 沖辺には 鴨つま呼ばひ 辺つへに あぢ群騒き ももしきの 大宮人の 罷り出て 遊ぶ船には 楫棹も なくてさぶしも 漕ぐ人なしに 【第八句「木乃晩茂尓」の「木乃晩茂」は「木の暗・茂」】
 「木の暗」は木が茂って暗くなること。「茂(シゲ)」は「しげみ」の意味。
【第十六句「遊船」】この「あそぶ」は過去の習慣的事実の現在形表現。
 当時の京官は一般に六日ごとに一日休みがあった上に、早朝に出勤し正午頃に退庁する規則だった。
 (仮寧令・公式令)
【第十九句「己具人奈四二」の
「二」の接続が解らない
  あもりつく あめのかぐやま かすみたつ はるにいたれば まつかぜに いけなみたちて さくらばな このくれしげに おきへには かもつまよばひ へつへに あぢむらさわき ももしきの おほみやひとの まかりでて あそぶふねには かぢさをも なくてさぶしも こぐひとなしに  あもりつく、(あめのかぐやま)、かすみたつ、(はる)(いたれ)、(まつかぜ)、(いけ)なみ(たち)、(さくらばな)、()くれ(しげ)、(おきへ)には、(かも)つま(よばひ)、へつへ()、あぢ(むら)さわき、(ももしきの)、おほみやひと()、まかりで()、あそぶ(ふね)には、(かぢ)さを()、なく()さぶし()、こぐ(ひと)なし()
      反歌二首    
260 人不榜 有雲知之 潜為 鴦与高部共 船上住    
(258)
人漕がずあらくもしるし潜きする鴛鴦とたかべと船の上に住む 【第二句「有雲知之」の「有雲(あらく・も)」は「あり」のク語法
  ひとこがず あらくもしるし かづきする をしとたかべと ふねのうへにすむ  ひと(こが)、(あらく)(しるし)、かづき(する)、をし()たかべ()、ふね()うへ()すむ 
261 何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 鉾椙之本尓 薜生左右二     
(259)
何時の間も神さびけるか香具山の桙杉が本に苔生すまでに  
  いつのまも かむさびけるか かぐやまの ほこすぎがもとに こけむすまでに  いつ()()、かむさび(ける)、(かぐやま)、(ほこすぎ)(もと)、(こけむす)までに 
      或本歌云  [或本の歌に云はく]   
262 天降就 神乃香山 打靡 春去来者 櫻花 木暗茂 松風丹 池浪飆 邊都遍者 阿遅村動 奥邊者 鴨妻喚 百式乃 大宮人乃 去出 榜来舟者 竿梶母 無而佐夫之毛 榜与雖思
(260)
天降りつく 神の香具山 うちなびく 春さり来れば 桜花 木の暗繁に 松風に 池波立ち 辺つへには あぢ群騒き 沖辺には 鴨つま呼ばひ ももしきの 大宮人の 罷り出て 漕ぎける船は 棹梶も なくてさぶしも 漕がむと思へど  
あもりつく、かみのかぐやま、うちなびく、はるさりくれば、さくらばな、このくれしげに、まつかぜに、いけなみたち、へつへには、あぢむらさわき、おきへには、かもつまよばひ、ももしきの、おほみやひとの、まかりでて、こぎけるふねは、さをかぢも、なくてさぶしも、こがむとおもへど  あもりつく、(かみ)(かぐやま)、うちなびく、(はる)さり(くれ)、(さくらばな)、()くれ(しげ)、(まつかぜ)、(いけ)なみ(たち)、へつへ(には)、あぢ(むら)さわき、(おきへ)には、(かも)つま(よばひ)、ももしきの、(おほみやひと)、(まかりで)、(こぎ)ける(ふね)、(さを)かぢ()、なく()さぶし()、こが()(おもへ)  
      右今案 遷都寧樂之後怜舊作此歌歟 [右は今案ふるに、寧楽に遷都せる後に、旧りぬるを怜れびてこの歌を作るか]   
      柿本朝臣人麻呂獻新田部皇子歌一首 [并短歌]   [柿本朝臣人麻呂が、新田部皇子に献る歌一首併せて短歌]  柿本朝臣人麻呂  
263 八隅知之 吾大王 高輝 日之皇子 茂座 大殿於 久方 天傳来 白雪仕物 徃来乍 益及常世     
(261)
やすみしし 我が大君 高光る 日の皇子 敷きいます 大殿の上に ひさかたの 天伝ひ来る 雪じもの 行き通ひつつ いや常世まで  
  やすみしし わがおほきみ たかひかる ひのみこ しきいます おほとののうへに ひさかたの あまづたひくる ゆきじもの ゆきかよひつつ いやとこよまで  やすみしし、(わがおほきみ)、たかひかる、(ひのみこ)、しき(います)、おほとの()うへ()、ひさかたの、(あまづたひ)くる、(ゆきじもの)、ゆきかよひ(つつ)、いや(とこよ)まで
    反歌一首   
264 矢釣山 木立不見 落乱 [雪驪 朝樂毛]       
(262)
矢釣山木立も見えず降りまがふ[雪に騒ける朝楽しも] 【第下二句「雪驪 朝樂毛」定訓ないため、岩波書店「新日本古典文学大系」の暫定訓】 
  やつりやま こだちもみえず ふりまがふ [ゆきにつどへる、あしたたのしも]  やつりやまこだち()みえ()、ふりまがふ、[ゆき(つどへる)、あした(たのし)] 
      従近江國上来時刑部垂麻呂作歌一首 [近江国より上り来る時に、刑部垂麻呂が作る歌一首]   刑部垂麻呂   
265 馬莫疾 打莫行 氣並而 見弖毛和我歸 志賀尓安良七國       
(263)
馬ないたく打ちてな行きそ日並べて見ても我が行く志賀にあらなくに 【上二句「莫(な)」の重複は、混乱か、という】上代禁止の副詞「な~そ」 
  うまないたく うちてなゆきそ けならべて みてもわがゆく しがにあらなくに   うま()いたく、(うち)()ゆき()、(ならべ)、()ても(わが)ゆくしが()あらなくに  
      柿本朝臣人麻呂従近江國上来時至宇治河邊作歌一首 [柿本朝臣人麻呂、近江国より上り来る時に、宇治河の邉に至りて作る歌一首]  柿本朝臣人麻呂  
266 物乃部能 八十氏河乃 阿白木尓 不知代經浪乃 去邊白不母       
(264)
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも  
  もののふの やそうぢかはの あじろきに いさよふなみの ゆくへしらずも  もののふの、(やそうぢかは)、(あじろき)、(いさよふ)なみ()、ゆくへ(しらず) 
      長忌寸奥麻呂歌一首 [長忌寸意吉麻呂が歌一首]   長忌寸意吉麻呂 
 267 苦毛 零来雨可 神之埼 狭野乃渡尓 家裳不有國     
(265)
苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに  
  くるしくも ふりくるあめか みわのさき さののわたりに いへもあらなくに  くるしく()、ふりくる(あめ)、(みわのさき、さの)(わたり)、(いへ)(あらなくに) 
      柿本朝臣人麻呂歌一首 [柿本朝臣人麻呂が歌一首]  柿本朝臣人麻呂 
 268 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思努尓 古所念   
(266)
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ  
  あふみのうみ ゆふなみちどり ながなけば こころもしのに いにしへおもほゆ  あふみのうみ、(ゆふなみちどり)、()なけ()、こころ()しのに、(いにしへ)おもほゆ 
      志貴皇子御歌一首 [志貴皇子の御歌一首]  志貴皇子 
269 牟佐々婢波 木末求跡 足日木乃 山能佐都雄尓 相尓来鴨      
(267)
むささびは木末求むとあしひきの山の猟夫にあひにけるかも  再掲  
  むささびは こぬれもとむと あしひきの やまのさつをに あひにけるかも  むささび()、こぬれ(もとむ)、(あしひきの)、やま()さつを()、あひ()ける(かも) 
      長屋王故郷歌一首 [長屋王の故郷の歌一首]  長屋王 
270 吾背子我 古家乃里之 明日香庭 乳鳥鳴成 嬬待不得而     
(268)
我が背子が古家の里の明日香には千鳥鳴くなり夫待ちかねて 【初句「吾背子」】この場合、同性の友人などを親しくさしていう  
  わがせこが ふるへのさとの あすかには ちどりなくなり つままちかねて  わがせこ()、ふるへ()さと()、あすか(には)、ちどり(なく)なり、(つま)まちかね() 
    右今案従明日香遷藤原宮之後作此歌歟 [右は、今考えると、明日香から藤原宮に遷った後に、この歌を作ったものであろうか] 
      阿倍女郎屋部坂歌一首 [阿倍女郎が屋部の坂の歌一首]  阿倍女郎 
271 人不見者 我袖用手 将隠乎 所焼乍可将有 不服而来々   
(269)
人見ずは我が袖もちて隠さむを焼けつつかあらむ着ずて来にけり  再掲 【題詞「屋部坂」】 
  ひとみずは わがそでもちて かくさむを やけつつかあるらむ きずてきにけり  ひと()ずは、わが(そで)もち()、かくさ()、(やけ)つつ()ある(らむ)、(ずて)()けり 
      高市連黒人覊旅歌八首 [高市連黒人が羈旅の歌八首]  高市連黒人 
272 客為而 物戀敷尓 山下 赤乃曽保船 奥榜所見    
(270)
旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖を漕ぐ見ゆ 【結句「奥榜所見」】訓に諸説あり 
  たびにして ものこひしきに やまもとの あけのそほふね おきをこぐみゆ  たび(にして)、ものこひしき()、やまもと()、あけのそほふね、(おき)(こぐ)みゆ 
273 櫻田部 鶴鳴渡 年魚市方 塩干二家良之 鶴鳴渡    
(271)
桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る  
  さくらだへ たづなきわたる あゆちがた しほひにけらし たづなきわたる  さくらだ()、たづ(なきわたる)、あゆちがた、(しほひ)(けらし)、たづ(なきわたる) 
274 四極山 打越見者 笠縫之 嶋榜隠 棚無小舟    
(272)
四極山うち越え見れば笠縫の島漕ぎ隠る棚なし小舟   
  しはつやま うちこえみれば かさぬひの しまこぎかくる たななしをぶね  しはつやま、(うちこえ)みれ()、かさぬひ()、しま(こぎかくる)、たななしをぶね 
275 礒前 榜手廻行者 近江海 八十之湊尓 鵠佐波二鳴  [未詳]    [未詳]  類聚古集・古葉略類聚鈔・紀州本にはない。何がはっきりしないのか、それが不分明。古典全集は「作者未詳の意」とし、古典集成は「以下二首の近江の歌と同じ折の歌かどうか不明、の意」としている。これだけでは全く解しようがない。 
(273)
磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海八十の港に鶴さはに鳴く [いまだ詳らかにあらず]  
  いそのさき こぎたみゆけば あふみのうみ やそのみなとに たづさはになく  いそのさき、(こぎたみ)ゆけ()、あふみ(の)うみ、(やそ)(みなと)、(たづ)さはに(なく) 
276 吾船者 枚乃湖尓 榜将泊 奥部莫避 左夜深去来    
(274)
我が船は比良の湊に漕ぎ泊てむ沖辺な離りさ夜ふけにけり  
  わがふねは ひらのみなとに こぎはてむ おきへなさかり さよふけにけり  (わが)ふね()、ひらのみなと()、こぎ(はて)、(おきへ)(さかり)、さよ(ふけ)にけり 
277 何處 吾将宿 高嶋乃 勝野原尓 此日暮去者    
(275)
いづくにか我が宿りせむ高島の勝野の原にこの日暮れなば 【第二句「吾将宿」の主格「ハ・ガ」】訓に諸説(ワレハ・ワガ)あり、(疑問助詞「か」の影響) 諸注参照。
  いづくにか わがやどりせむ たかしまの かつののはらに このひくれなば  いづく(にか)、わが(やどり)()、たかしまの、かつののはら()、この()くれ(なば) 
278 妹母我母 一有加母 三河有 二見自道 別不勝鶴    
(276)
妹も我も一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる 〔係助詞「かも」の係り結び完了の助動詞「つ」の連体形「つる」〕 
  いももあれも ひとつなれかも みかはなる ふたみのみちゆ わかれかねつる  いも()あれ()、ひとつ(なれ)かも、(みかは)なる、(ふたみのみち)、(わかれ)かね(つる) 
      一本云 水河乃 二見之自道 別者 吾勢毛吾文 獨可文将去 (279   
    一本には 三河の 二見の道ゆ 別れなば 我が背も我も ひとりかも行かむ(279 
279 水河乃 二見之自道 別者 吾勢毛吾文 獨可文将去    
(276)
三河の 二見の道ゆ 別れなば 我が背も我も ひとりかも行かむ  
  みかはの ふたみのみちゆ わかれなば わがせもあれも ひとりかもいかむ   みかは()、ふたみのみち()、わかれ(なば)、わがせ()あれ()、ひとり(かも)いか()  
280 速来而母 見手益物乎 山背 高槻村 散去奚留鴨    
(277)
早来ても見てましものを山背の高の槻群散りにけるかも 【第四句「高槻村」】「槻」は木の名・欅の古名
  はやきても みてましものを やましろの たかのつきむら ちりにけるかも  はや()ても、()(まし)ものを、(やましろ)、(たかのつきむら)、ちり()ける(かも) 
      石川少郎歌一首 [石川少郎の歌一首]  石川少郎 
281 然之海人者 軍布苅塩焼 無暇 髪梳乃小櫛 取毛不見久尓    
(278)
志賀の海女は軍布刈り塩焼き暇なみくしげの小櫛取りも見なくに 【第四句「髪梳乃小櫛」】訓釋諸説あり。(諸注参照) 
  しかのあまは めかりしほやき いとまなみ くしげのをぐし とりもみなくに しか()あま()、めかり(しほやき)、いとま(なみ)、くしげ()をぐし、(とり)()なくに 
      右今案 石川朝臣君子号曰少郎子也 [右は、今案ふるに、石川朝臣君子、号を少郎子といふ。]   
      高市連黒人歌二首 [高市連黒人が歌二首]  高市連黒人 
282 吾妹兒二 猪名野者令見都 名次山 角松原 何時可将示    
(279)
我妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか示さむ  
  わぎもこに ゐなのはみせつ なすきやま つののまつばら いつかしめさむ  わぎもこ()、ゐなの()()、(なすきやま)、つのまつばら、(いつか)しめさ() 
283 去来兒等 倭部早 白菅乃 真野乃榛原 手折而将歸    
(280)
いざ子ども大和へ早く白菅の真野の榛原手折りて行かむ
  いざこども やまとへはやく しらすげの まののはりはら たをりてゆかむ  いざ(こども)やまと()はやく、(しらすげの)、まの()はりはら、(たをり)(ゆか) 
      黒人妻答歌一首 [黒人が妻の答ふる歌一首]  黒人妻 
284 白菅乃 真野之榛原 徃左来左 君社見良目 真野乃榛原    
(281)
白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原
  しらすげの まののはりはら ゆくさくさ きみこそみらめ まののはりはら  しらすげの、(まの)(はりはら)、ゆくさくさ、(きみ)こそ()らめ、(まの)(はりはら) 
      春日蔵首老歌一首 [春日蔵首老の歌一首]  春日蔵首老 
285 角障經 石村毛不過 泊瀬山 何時毛将超 夜者深去通都    
 (282)
つのさはふ磐余も過ぎず泊瀬山いつかも越えむ夜は更けにつつ 【結句「ニツツ」】「ツツ止め」 「ニツツ」で逆接の気持ちを表す。 
  つのさはふ いはれもすぎず はつせやま いつかもこえむ よはふけにつつ  つのさはふ、(いはれ)(すぎ)、(はつせやま)、いつか()こえ()、()ふけ()つつ 
      高市連黒人歌一首 [高市連黒人が歌一首]   高市連黒人 
286 墨吉乃 得名津尓立而 見渡者 六兒乃泊従 出流船人    
(283)
住吉の得名津に立ちて見渡せば武庫の泊まりゆ出づる船人  
  すみのえの えなつにたちて みわたせば むこのとまりゆ いづるふなびと  すみのえ()、えなつ()たち()、みわたせ()、むこのとまり()、いづる(ふなびと) 
       春日蔵首老歌一首 [春日蔵首老の歌一首]  春日蔵首老 
287 焼津邊 吾去鹿齒 駿河奈流 阿倍乃市道尓 相之兒等羽裳    
(284)
焼津辺に我が行きしかば駿河なる阿倍の市道に逢ひし児らはも  
  やきづへに わがゆきしかば するがなる あへのいちぢに あひしこらはも  やきづ()、わが(ゆき)しか()、するが(なる)、あへのいちぢ()、あひ()()はも 
      丹比真人笠麻呂徃紀伊國超勢能山時作歌一首 [丹比真人笠麻呂、紀伊国に往きて、勢能山を越ゆる時に作る歌一首]   丹比真人笠麻呂
288 栲領巾乃 懸巻欲寸 妹名乎 此勢能山尓 懸者奈何将有 [一云 可倍波伊香尓安良牟]    
(285)
栲領巾のかけまく欲しき妹が名をこの勢能山にかけばいかにあらむ  [一に云ふ 替へばいかにあらむ]   
  たくひれの かけまくほしき いものなを このせのやまに かけばいかにあらむ [かへばいかにあらむ]  たくひれの、(かけ)まくほしき、いも()()、この(せのやま)かけ()いかに(あら)、[かへ()いかに(あら)] 
      春日蔵首老即和歌一首 [春日蔵首老の即ち和ふる歌一首]  春日蔵首老 
289 宜奈倍 吾背乃君之 負来尓之 此勢能山乎 妹者不喚   
(286)
宜しなへ我が背の君が負ひ来にしこの背の山を妹とは呼ばじ  
  よろしなへ わがせのきみが おひきにし このせのやまを いもとはよばじ  よろしなへ、(わがせ)(きみ)、(おひ)(にし)、この(せのやま)、いも()(よば) 
      幸志賀時石上卿作歌一首 [名闕] [志賀に幸せる時に、石上卿の作る歌一首 名は欠けたり]   石上卿 
290 此間為而 家八方何處 白雲乃 棚引山乎 超而来二家里   
(287)
ここにして家やもいづち白雲のたなびく山を越えて来にけり  
  ここにして いへやもいづち しらくもの たなびくやまを こえてきにけり  ここ(にして)、いへ(やも)いづち、(しらくも)、(たなびく)やま()、こえ()(にけり)
      穂積朝臣老歌一首 [穂積朝臣老の歌一首] 穂積朝臣老 
291 吾命之 真幸有者 亦毛将見 志賀乃大津尓 縁流白波    
(288)
我が命しま幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波 【初句「吾命之」】「之」の訓釋諸説あり(し、の)。条件句の語法は「し」。〔諸注参照〕
  わがいのちし まさきくあらば またもみむ しがのおほつに よするしらなみ  わがいのち()、まさきく(あら)、(また)()、(しが)(おほつ)、(よする)しらなみ 
    右今案 不審幸行年月 [右、今案ふるに、幸行の年月を審らかにせず。]  
      間人宿祢大浦初月歌二首 [間人宿禰大浦が初月の歌二首]  間人宿祢大浦 
292 天原 振離見者 白真弓 張而懸有 夜路者将吉   【題詞「初月」】「初月」は「三日月(みかづき)」のことだが、厳密な意味での三日月とは関係なく、
「新月」のこと。
 
(289)
天の原振り放け見れば白真弓張りてかけたり夜道は良けむ 【結句「夜路者将吉」の「よけむ」】形容詞「良し」の上代の活用。 
  あまのはら ふりさけみれば しらまゆみ はりてかけたり よみちはよけむ  あまのはら、(ふりさけみれ)、(しらまゆみ)、はり()かけ(たり)、(みち)(よけ) 
293 椋橋乃 山乎高可 夜隠尓 出来月乃 光乏寸    
(290)
倉橋の山を高みか夜隠りに出で来る月の光乏しき 【第二句「山乎高可」】「~を~み」のミ語法で、「~が~ので」の意。
  くらはしの やまをたかみか よごもりに いでくるつきの ひかりともしき  くらはしの、やま(を)たか(み)よごもり()、いでくる(つき)、(ひかり)ともしき 
      小田事勢能山歌一首 [小田事が勢能山の歌一首]  小田事
294 真木葉乃 之奈布勢能山 之努波受而 吾超去者 木葉知家武    
(291)
真木の葉のしなふ勢能山しのはずて我が越え行けば木の葉知りけむ  
  まきのはの しなふせのやま しのはずて わがこえゆけば このはしりけむ  まき()()、しなふ(せのやま)、しのは(ずて)、わが(こえ)ゆけ()、このは(しり)けむ 
      角麻呂歌四首 [角麻呂が歌四首]  角麻呂 
295 久方乃 天之探女之 石船乃 泊師高津者 淺尓家留香裳    
(292)
ひさかたの天の探女が石船の泊てし高津はあせにけるかも 【第二句「天之探女之」】「探女」諸本参照
  ひさかたの あまのさぐめが いはふねの はてしたかつは あせにけるかも  ひさかたの、(あま)(さぐめ)、(いはふね)、(はて)(たかつ)、(あせ)(ける)かも 
296 塩干乃 三津之海女乃 久具都持 玉藻将苅 率行見    
(293)
潮干の三津の海女のくぐつ持ち玉藻刈るらむいざ行きて見む 【初句「塩干乃」】「しほひ・しほかれ」訓釋いくつかあり。 
  しほかれの みつのあまめの くぐつもち たまもかるらむ いざゆきてみむ  しほかれ()、みつ()あまめ()、くぐつ(もち)、たまも(かる)らむ、(いざ)ゆき()()
297 風乎疾 奥津白波 高有之 海人釣船 濱眷奴    
(294)
風をいたみ沖つ白波高からし海人の釣船浜に帰りぬ 【初句「風乎疾」】「~を~み」のミ語法で、「~が~ので」の意。
【第三句「高有之」】「たかく(ある)らし」の約。
 
  かぜをいたみ おきつしらなみ たかからし あまのつりぶね はまにかへりぬ  かぜ()いた()、おきつしらなみ、(たかからし)、あまのつりぶね、(はま)(かへり)
298 清江乃 野木笶松原 遠神 我王之 幸行處    
(295)
住吉の野木の松原遠つ神我が大君の幸行処 【第二句「野木笶松原」】訓釋諸説あり〔諸本参照〕 
  すみのえの のぎのまつばら とほつかみ わがおほきみの いでましどころ すみのえ()、のぎ()まつばら、(とほつかみ)、わがおほきみ()、いでまし(どころ) 
      田口益人大夫任上野國司時至駿河浄見埼作歌二首 [田口益人大夫、上野の国司に任ずる時に、駿河の清見の崎に至りて作る歌二首]    田口益人大夫
299 廬原乃 浄見乃埼乃 見穂之浦乃 寛見乍 物念毛奈信    
(296)
廬原の清見の崎の三保の浦のゆたけき見つつ物思ひもなし  
  いほはらの きよみのさきの みほのうらの ゆたけきみつつ ものもひもなし  いほはら()、きよみのさき()、みほのうら()、ゆたけき()つつ、(ものもひ)(なし) 
300 晝見騰 不飽田兒浦 大王之 命恐 夜見鶴鴨    
(297)
昼見れど飽かぬ田子の浦大君の命恐み夜見つるかも  
  ひるみれど あかぬたごのうら おほきみの みことかしこみ よるみつるかも  ひる(みれ)、(あか)(たごのうら)、おほきみの、みことかしこみ、(よる)(つる)かも 
      弁基歌一首 [弁基の歌一首]  弁基 
301 亦打山 暮越行而 廬前乃 角太川原尓 獨可毛将宿    
(298)
真土山夕越え行きて廬前の角太川原にひとりかも寝む  
  まつちやま ゆふこえゆきて いほさきの すみだかはらに ひとりかもねむ  まつちやま、(ゆふ)こえ(ゆき)、(いほさきの、すみだかはら)、(ひとり)かも() 
    右或云 弁基者春日蔵首老之法師名也 [右は、或いは「弁基は春日蔵首老が法師名」といふ。]  
      大納言大伴卿歌一首 [未詳]  [大納言大伴卿の歌一首 いまだ詳らかにあらず]           大納言大伴(大伴宿禰安麻呂、或はその長男・旅人とも)
302 奥山之 菅葉凌 零雪乃 消者将惜 雨莫零行年   
(299)
奥山の菅の葉しのぎ降る雪の消なば惜しけむ雨な降りそね 【第三句「零雪乃」】「枕詞」ではなく、実景であるので、或は「ふる(ゆき)
【結句「雨莫零行年」】「な~そね」懇願する気持ちをこめた禁止。
 
  おくやまの すがのはしのぎ ふるゆきの けなばをしけむ あめなふりそね  おくやま()、すが()(しのぎ)、ふるゆきの、()()をしけ()、あめ()ふり(そね) 
      長屋王駐馬寧樂山作歌二首 [長屋王、馬を奈良山に駐めて作る歌二首]   長屋王 
303 佐保過而 寧樂乃手祭尓 置幣者 妹乎目不離 相見染跡衣    
(300)
佐保過ぎて奈良の手向けに置く幣は妹を目離れず相見しめとそ 【第二句「寧樂乃手祭尓」】題詞「なら山」での原文「手祭(たむけ)」は「峠」の義がうかがえる。 
  さほすぎて ならのたむけに おくぬさは いもをめかれず あひみしめとそ  さほ(すぎ)なら(の)たむけ()、おく(ぬさ)、いも()めかれ()、あひ()しめ() 
304 磐金之 凝敷山乎 超不勝而 哭者泣友 色尓将出八方    
(301)
岩が根のこごしき山を越えかねて音には泣くとも色に出でめやも 【第四句「哭者泣友」】「ねになく」の原義「ねになく」で、の「」は係助詞。 
  いはがねの こごしきやまを こえかねて ねにはなくとも いろにいでめやも  いはがね()、こごしき(やま)、(こえ)かね()、ねにはなく(とも)、いろにいで(めやも) 
      中納言阿倍廣庭卿歌一首 [中納言安倍広庭卿の歌一首 ]  中納言阿倍廣庭卿 
305 兒等之家道 差間遠焉 野干子乃 夜渡月尓 競敢六鴨    
(302)
児らが家道やや間遠きをぬばたまの夜渡る月に競ひあへむかも 【第二句「差間遠焉 」の原文「差(やや)」】訓釋、諸注参照 
  こらがいへぢ ややまとほきを ぬばたまの よわたるつきに きほひあへむかも  こら()いへぢ、(やや)まとほき()、ぬばたまの、(よわたる)つき()、きほひ(あへ)() 
      柿本朝臣人麻呂下筑紫國時海路作歌二首 [柿本朝臣人麻呂が筑紫国に下る時に、海路にして作る歌二首]  柿本朝臣人麻呂  
306 名細寸 稲見乃海之 奥津浪 千重尓隠奴 山跡嶋根者  
(303)
名ぐはしき印南の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は  
  なぐはしき いなみのうみの おきつなみ ちへにかくりぬ やまとしまねは  なぐはしき、(いなみのうみ)、(おきつなみ)、ちへ()かくり()、やまとしまね() 
307 大王之 遠乃朝庭跡 蟻通 嶋門乎見者 神代之所念    
(304)
大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ  
  おほきみの とほのみかどと ありがよふ しまとをみれば かみよしおもほゆ  おほきみ()、とほのみかど()、ありがよふ、(しまと)(みれ)、(かみよ)(おもほゆ) 
      高市連黒人近江舊都歌一首 [高市連黒人が近江の旧き都の歌一首]  高市連黒人 
308 如是故尓 不見跡云物乎 樂浪乃 舊都乎 令見乍本名    
(305)
かく故に見じと言ふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな  
  かくゆゑに みじといふものを ささなみの ふるきみやこを みせつつもとな  かく(ゆゑ)、()()いふ(ものを)、ささなみ()、ふるき(みやこ)、(みせ)つつ(もとな) 
    右歌或本曰少辨作也 未審此少弁者也 [右の歌は、或本には「小弁が作」といふ。いまだこの小弁といふ者を審らかにせず。] 
      幸伊勢國之時安貴王作歌一首 [伊勢の国に幸す時に、安貴王が作る歌一首]   安貴王 
309 伊勢海之 奥津白浪 花尓欲得 褁而妹之 家褁為    
(306)
伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ 【第四句「而妹之」と結句「家為」】「褁」ツツミとツト、同源。 
  いせのうみの おきつしらなみ はなにもが つつみていもが いへづとにせむ  いせのうみ()、おきつしらなみ、はな()もが、(つつみ)(いも)、(いへづと)() 
      博通法師徃紀伊國見三穂石室作歌三首 [博通法師、紀伊国に行きて三穂の石室を見て作る歌三首] 博通法師(伝未詳) 
310 皮為酢寸 久米能若子我 伊座家留 [一云 家牟] 三穂乃石室者 雖見不飽鴨 [一云 安礼尓家留可毛]  
(307)
はだすすき久米の若子がいましける [けむ] 三穂の岩屋は見れど飽かぬかも [荒れにけるかも]    
  はだすすき くめのわくごが いましける [けむ] みほのいはやは みれどあかぬかも [あれにけるかも]  はだすすき、(くめのわくご)、(いまし)ける、[けむ]、(みほのいはや)、(みれ)(あか)ぬかも、[あれ(にける)かも] 
311 常磐成 石室者今毛 安里家礼騰 住家類人曽 常無里家留    
(308)
常磐なす岩屋は今もありけれど住みける人そ常なかりける  
  ときはなす いはやはいまも ありけれど すみけるひとそ つねなかりける  ときは(なす)、いはや()いま()、あり(けれ)、(すみ)ける(ひと)、(つねなかり)ける 
312 石室戸尓 立在松樹 汝乎見者 昔人乎 相見如之    
(309)
岩屋戸に立てる松の木汝を見れば昔の人を相見るごとし  再掲  
  いはやどに たてるまつのき なをみれば むかしのひとを あひみるごとし  いはやど()、たて()まつ()、()(みれ)、(むかしのひと)、(あひみる)ごとし 
      門部王詠東市之樹作歌一首 [後賜姓大原真人氏也] [門部王、東の市の樹を詠みて作る歌一首 後に姓大原真人の氏を賜ふ]   門部王
313 東 市之殖木乃 木足左右 不相久美 宇倍戀尓家利    
(310)
東の市の植木の木垂るまで逢はず久しみうべ恋ひにけり 【第四句「不相久美」の「久美」】「ひさし」のミ語法で、次の句の理由・原因とする。 
  ひむがしの いちのうゑきの こだるまで あはずひさしみ うべこひにけり  ひむがし()、いち()うゑき()、こだる(まで)、あは()ひさしみ、(うべ)こひ(にけり
      按作村主益人従豊前國上京時作歌一首 [按作村主益人、豊前国より京に上る時に作る歌一首]  按作村主益人 
314 梓弓 引豊國之 鏡山 不見久有者 戀敷牟鴨    
(311)
梓弓引き豊国の鏡山見ず久ならば恋しけむかも 【初句「梓弓」】「枕詞」でなく、梓弓を引き「響(とよ)もす」の意から、「豊(とよ)」を導く序詞。
【第三句「不見久有」】「見」は鏡の縁語。「久有者(ひさならば)」は、「ひさに(あら)」の約。
【結句「戀敷牟鴨」】「こひしけ」は「こひし」の未然形。
  
  あづさゆみ ひきとよくにの かがみやま みずひさならば こひしけむかも  あづさゆみひき(とよくに)かがみやま()ひさならばこひしけ()() 
      式部卿藤原宇合卿被使改造難波堵之時作歌一首 [式部卿藤原宇合卿、難波の都を改め造らしめらるる時に作る歌一首]  藤原宇合
315 昔者社 難波居中跡 所言奚米 今者京引 都備仁鷄里    
(312)
昔こそ難波田舎と言はれけめ今は都引き都びにけり 【第四句「今者京引」の「京引(みやこひき)」】「みやこ」参照。 
  むかしこそ なにはゐなかと いはれけめ いまはみやこひき みやこびにけり  むかし(こそ)、なにはゐなか()、いは()けめいまは(みやこ)ひき、(みやこび)にけり 
      土理宣令歌一首 [土理宣令が歌一首]  土理宣令 
316 見吉野之 瀧乃白浪 雖不知 語之告者 古所念    
(313)
み吉野の滝の白波知らねども語りし継げば古思ほゆ  
  みよしのの たきのしらなみ しらねども かたりしつげば いにしへおもほゆ  みよしの()、たき()しらなみしら()どもかたり()つげ()、いにしへ(おもほゆ) 
      波多朝臣小足歌一首 [波多朝臣小足が歌一首]  波多朝臣小足 
317 小浪 礒越道有 能登湍河 音之清左 多藝通瀬毎尓   
(314)
さざれ波礒越道なる能登瀬川音のさやけさ激つ瀬ごとに 【第四句「音之清左(おとさやけ)」の語法】
 「名詞+ノ(ガ)+形容詞語幹+サ」は「~が~であることよ」の詠嘆の気持ちを表す。
 
  さざれなみ いそこしぢなる のとせがは おとのさやけさ たぎつせごとに  さざれなみいそ(こしぢ)なるのとせがはおと()さやけさたぎつせ(ごと) 
      暮春之月幸芳野離宮時中納言大伴卿奉勅作歌一首[并短歌] [未逕奏上歌] [暮春の月、吉野の離宮に幸せる時に、中納言大伴卿、勅を奉りて作る歌一首併せて短歌 未だ奏上に至らぬ歌] 中納言大伴卿
318 見吉野之 芳野乃宮者 山可良志 貴有師 水可良思 清有師 天地与 長久 萬代尓 不改将有 行幸之宮 
(315)
み吉野の 吉野の宮は 山からし 貴くあらし 川からし さやけくあらし 天地と 長く久しく 万代に 変はらずあらむ 行幸の宮 「あらし」は「ある(らし)」の約。 
  みよしのの よしののみやは やまからし たふとくあらし かはからし さやけくあらし あめつちと ながくひさしく よろづよに かはらずあらむ いでましのみや  みよしの()、よしののみや()、やま(から)たふとく(あらし)、かは(から)さやけく(あらし)、あめつち()、ながく(ひさしく)、よろづよ()、かはら()あら()、いでまし()みや 
      反歌   
319 昔見之 象乃小河乎 今見者 弥清 成尓来鴨  
(316)
昔見し象の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも  
  むかしみし きさのをがはを いまみれば いよよさやけく なりにけるかも  むかし()きさのをがは()、いま(みれ)いよよ(さやけく)、なり()ける(かも) 
      山部宿祢赤人望不盡山歌一首[并短歌] [山部宿禰赤人が富士の山を望む歌一首并せて短歌]  山部宿祢赤人
320 天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将徃 不盡能高嶺者 
(317)
天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は 【初二句「天地之 分時従」】「天地剖判(てんちほうはん)神話」と言う。
  あめつちの わかれしときゆ かむさびて たかくたふとき するがなる ふじのたかねを あまのはら ふりさけみれば わたるひの かげもかくらひ てるつきの ひかりもみえず しらくもも いゆきはばかり ときじくそ ゆきはふりける かたりつぎ いひつぎゆかむ ふじのたかねは  あめつち()、わかれ()とき()、かむさび()、たかく(たふとき)、するが(なる)、ふじのたかね()、あまのはらふりさけみれ()、わたる()かげ()かくらひてる(つき)ひかり()みえ()、しらくも()、いゆき(はばかり)、ときじく()、ゆき()ふり(ける)、かたり(つぎ)、いひ(つぎ)ゆか()、ふじのたかね() 
      反歌   
321 田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留   
(318)
田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける  
  たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにそ ふじのたかねに ゆきはふりける  たごのうら()、うちいで()みれ()、(しろ)()、ふじのたかね()、ゆき()ふり(ける) 
      詠不盡山歌一首[并短歌] [富士の山を詠む歌一首并せて短歌] 「324歌(旧321)の左注の『右一首高橋連蟲麻呂之歌中出焉 以類載此』の考察」 [「作者・作歌事情」(有斐閣「萬葉集全注巻三-319)]  
322 奈麻余美乃 甲斐乃國 打縁流 駿河能國与 己知其智乃 國之三中従 出立有 不盡能高嶺者 天雲毛 伊去波伐加利 飛鳥母 翔毛不上 燎火乎 雪以滅 落雪乎 火用消通都 言不得 名不知 霊母 座神香聞 石花海跡 名付而有毛 彼山之 堤有海曽 不盡河跡 人乃渡毛 其山之 水乃當焉 日本之 山跡國乃 鎮十方 座祇可間 寳十方 成有山可聞 駿河有 不盡能高峯者 雖見不飽香聞 
(319)
なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もて消ち 降る雪を 火もて消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず 奇しくも います神かも 石花の海と 名付けてあるも その山の つつめる海そ 富士川と 人の渡るも その山の 水の激ぎちそ 日本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも 【初句「奈麻余美乃(なまよみの)」】枕詞であるが、そのかかり方未詳〔参考 
【第十三句「燎火乎」】富士山の噴火の記録は、天応元年(781)が最古(『続日本紀』)。その後、貞観六年(864)の大爆発まで二回記事が見える。
  なまよみの かひのくに うちよする するがのくにと こちごちの くにのみなかゆ いでたてる ふじのたかねは あまくもも いゆきはばかり とぶとりも とびものぼらず もゆるひを ゆきもてけち ふるゆきを ひもてけちつつ いひもえず なづけもしらず くすしくも いますかみかも せのうみと なづけてあるも そのやまの つつめるうみそ ふじかはと ひとのわたるも そのやまの みづのたぎちそ ひのもとの やまとのくにの しづめとも いますかみかも たからとも なれるやまかも するがなる ふじのたかねは みれどあかぬかも  なまよみのかひのくにうちよするするがのくに()、こちごち()、くに()みなか()、いでたて()、ふじのたかね()、あまくも()、いゆき(はばかり)、とぶ(とり)とび()のぼら()、もゆる()ゆき(もて)けちふる(ゆき)(もて)けち(つつ)、いひ()()、なづけ()しらずくすしく()、(ます)かみ(かも)、せのうみ()、なづけ()ある()、そのやま()、つつめ()うみ()、ふじかは()、ひと()わたる()、そのやま()、みづ()たぎち()、ひのもとのやまとのくに()、しづめ(とも)、(ます)かみ(かも)、たから(とも)、なれ()やま(かも)、するが(なる)、ふじのたかね()、みれ()あか(ぬかも) 
      反歌   
323 不盡嶺尓 零置雪者 六月 十五日消者 其夜布里家利    
(320)
富士の嶺に降り置く雪は六月の十五日に消ぬればその夜降りけり 【第三、四句「六月 十五日消者」】逸文『駿河国風土記』(岩波書店「日本古典文学大系」) 
  ふじのねに ふりおくゆきは みなづきの もちにけぬれば そのよふりけり  ふじのね()、ふりおく(ゆき)みなづき()、もち()(ぬれ)その()ふり(けり) 
324 布士能嶺乎 高見恐見 天雲毛 伊去羽斤 田菜引物緒   
(321)
富士の嶺を高み恐み天雲もい行きはばかりたなびくものを 【初二「布士能嶺」】「~を~み」のミ語法で、「~が~ので」の意。 
  ふじのねを たかみかしこみ あまくもも いゆきはばかり たなびくものを  ふじのね()、たか(かしこ)、あまくも()、いゆき(はばかり)、たなびく(ものを) 
    右一首高橋連蟲麻呂之歌中出焉 以類載此 [右の一首は、高橋連虫麻呂が歌の中に出づ。類をもちてここに載す。]
『右一首高橋連蟲麻呂之歌中出焉 以類載此』の考察」 [「作者・作歌事情」(有斐閣「萬葉集全注巻三-319)] 
 
      山部宿祢赤人至伊豫温泉作歌一首[并短歌] [山部宿禰赤人が伊予の温泉に至りて作る歌一首并せて短歌]    山部宿祢赤人
325 皇神祖之 神乃御言乃 敷座 國之盡 湯者霜 左波尓雖在 嶋山之 宣國跡 極此疑 伊豫能高嶺乃 射狭庭乃 崗尓立而 歌思 辞思為師 三湯之上乃 樹村乎見者 臣木毛 生継尓家里 鳴鳥之 音毛不更 遐代尓 神左備将徃 行幸處 
(322)
天皇の 神の命の 敷きいます 国のことごと 湯はしも さはにあれども 島山の 宣しき国と こごしかも 伊予の高嶺の 射狭庭の 岡に立たして 歌思ひ 辞思ほしし み湯の上の 木群を見れば 臣の木も 生ひ継ぎにけり 鳴く鳥の 声も変はらず 遠き代に 神さび行かむ 行幸処 【初三句「敷」】「います」補助動詞四段で「連体形」。
【第九句「極此疑(こごしかも)」】訓釋。
  すめろきの かみのみことの しきいます くにのことごと ゆはしも さはにあれども しまやまの よろしきくにと こごしかも いよのたかねの いざにはの をかにたたして うたおもひ ことおもほしし みゆのうへの こむらをみれば おみのきも おひつぎにけり なくとりの こゑもかはらず とほきよに かむさびゆかむ いでましどころ  すめろき()、かみのみこと()、しき(います)、くにの(ことごと)、()()さはに(あれども)、しまやま)、よろしき(くに)こごし(かも)、いよのたかねの、いざにはのをか()たたし()、うた(おもひ)、こと(おもほし)みゆ()うへ()、こむら()みれ()、おみのき()、おひつぎ(にけり)、なく(とり)こゑ()かはら()、とほき()かむさび(ゆか)いでましどころ 
      反歌   
326 百式紀乃 大宮人之 飽田津尓 船乗将為 年之不知久    
(323)
ももしきの大宮人の熟田津に船乗りしけむ年の知らなく  
  ももしきの おほみやひとの にきたつに ふなのりしけむ としのしらなく  ももしきのおほみやひと()、にきたつ()、ふなのり()けむとし()しら(なく) 
      登神岳山部宿祢赤人作歌一首[并短歌] [神岳に登りて、山部宿禰赤人が作る歌一首并せて短歌]   山部宿祢赤人
327 三諸乃 神名備山尓 五百枝刺 繁生有 都賀乃樹乃 弥継嗣尓 玉葛 絶事無 在管裳 不止将通 明日香能 舊京師者 山高三 河登保志呂之 春日者 山四見容之 秋夜者 河四清之 旦雲二 多頭羽乱 夕霧丹 河津者驟 毎見 哭耳所泣 古思者  
(324)
みもろの 神名備山に 五百枝さし しじに生ひたる つがの木の いや継ぎ継ぎに 玉葛 絶ゆることなく ありつつも 止まず通はむ 明日香の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見が欲し 秋の夜は 川しさやけし 朝雲に 鶴は乱れ 夕霧に かはづは騒く 見るごとに 音のみし泣かゆ いにしへ思へば  【五句「都賀乃樹乃(つがのきの)」】次句「つぎつぎ」にかかる枕詞的用法だが、実景の方が合う。 
【十三句「山高三(やまたかみ)」】「~(を)~み」のミ語法
  みもろの かむなびやまに いほえさし しじにおひたる つがのきの いやつぎつぎに たまかづら たゆることなく ありつつも やまずかよはむ あすかの ふるきみやこは やまたかみ かはとほしろし はるのひは やましみがほし あきのよは かはしさやけし あさくもに たづはみだれ ゆふぎりに かはづはさわく みるごとに ねのみしなかゆ いにしへおもへば  みもろ()、かむなびやま()、いほえ(さし)、しじに(おひ)たるつがのきのいやつぎつぎにたまかづらたゆる(ことなく)、ありつつもやま()かよは()、あすか()、ふるき(みやこ)、やま(たかみ)、かは(とほしろし)、はる()()、やま()()ほしあき()()、かは()さやけしあさ(くも)たづ()みだれゆふぎり()、かはづ()さわくみる(ごと)ねのみしなかゆいにしへ(おもへ) 
      反歌   
328 明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國    
(325)
明日香川川淀去らず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに 【結句「孤悲」】原文「孤悲(こひ)」-古語の恋 
  あすかがは かはよどさらず たつきりの おもひすぐべき こひにあらなくに  あすかがはかはよど(さら)たつ(きり)おもひすぐ(べき)、こひ()あらなくに 
      門部王在難波見漁父燭光作歌一首 [後賜姓大原真人氏也] [門部王、難波に在りて、漁父の燭光を見て作る歌一首 後に姓大原真人の氏を賜ふ]  
329 見渡者 明石之浦尓 焼火乃 保尓曽出流 妹尓戀久   
(326)
見渡せば明石の浦に燭す火のほにそ出でぬる妹に恋ふらく 【題詞「漁父(あま)」】「漁父」は「魚夫」をいう。漢語(『楚辞』など)。
【結句「戀久(こふらく)」】ハ行上二段活用「こふ」の「ク語法
 
  みわたせば あかしのうらに ともすひの ほにそいでぬる いもにこふらく  みわたせ()、あかしのうら()、ともす()()(いで)ぬる、いも()こふらく 
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      或娘子等贈裹乾鰒戯請通觀僧之呪願時通觀作歌一首 [或娘子等が、包める乾し鮑を贈りて、戯れて通観僧の呪願を請ふ時に、通観の作る歌一首]  通觀
330 海若之 奥尓持行而 雖放 宇礼牟曽此之 将死還生   
(327)
わたつみの沖に持ち行きて放つともうれむそこれのよみがへりなむ 【初句「海若」】訓釋〔諸注参照〕
【第四句「宇礼牟曽」】訓釋〔諸注参照〕
 
  わたつみの おきにもちいきて はなつとも うれむそこれの よみがへりなむ  わたつみ()、おき()もち(いき)はなつ(とも)、うれむそ(これ)よみがへり(なむ) 
      青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有 [大宰少弐小野老朝臣の歌一首]  大宰少弐小野老朝臣 
331 青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有    
(328)
あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり  
  あをによし ならのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり  あをによしなら()みやこ()、さく(はな)にほふ()ごとくいま(さかりなり) 
      防人司佑大伴四綱歌二首 [防人司佑大伴四綱が歌二首] 防人司佑大伴四綱 
332 安見知之 吾王乃 敷座在 國中者 京師所念    
(329)
やすみしし我が大君の敷きませる国の中には都し思ほゆ  
  やすみしし わがおほきみの しきませる くにのうちには みやこしおもほゆ  やすみししわがおほきみ()、しき(ませ)くに()うち(には)、みやこ()おもほゆ 
333 藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君    
(330)
藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君  
  ふぢなみの はなはさかりに なりにけり ならのみやこを おもほすやきみ  ふぢなみ()、はな()さかり()、なり()けりならのみやこ()、おもほす()きみ 
      帥大伴卿歌五首 [帥大伴卿が歌五首]  帥大伴卿 
334 吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成   
(331)
我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ  
  わがさかり またをちめやも ほとほとに ならのみやこを みずかなりなむ  わが(さかり)、また(をち)めやもほとほと()、ならのみやこ()、()(なり)なむ 
335 吾命毛 常有奴可 昔見之 象小河乎 行見為    
(332)
我が命常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため 「~モ~ヌカ」の型式で、「希求表現」 
  わがいのちも つねにあらぬか むかしみし きさのをがはを ゆきてみむため  わが(いのち)つねに(あら)()、むかし()きさのをがは()、ゆき()()ため 
336 淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞   
(333)
浅茅原つばらつばらに物思へば古りにし里し思ほゆるかも  
  あさぢはら つばらつばらに ものおもへば ふりにしさとし おもほゆるかも  あさぢはらつばらつばらにものおもへ()、ふり(にし)さと()、おもほゆる(かも) 
337 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為    
(334)
忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため  
  わすれぐさ わがひもにつく かぐやまの ふりにしさとを わすれむがため  わすれぐさ、わが(ひも)(つく)、かぐやま()、ふり(にし)さと()、わすれ()(ため) 
338 吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有乞   
(335)
我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にもありこそ  
  わがゆきは ひさにはあらじ いめのわだ せにはならずて ふちにもありこそ  わが(ゆき)ひさに()あら()、いめのわだ(には)なら()ふち(にも)あり(こそ) 
      沙弥満誓詠綿歌一首 [造筑紫觀音寺別當俗姓笠朝臣麻呂也] [沙弥満誓、綿を詠む歌一首 造筑紫観音寺別当、俗姓は笠朝臣麻呂なり]  沙弥満誓 
339 白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者伎袮杼 暖所見   
(336)
しらぬひ筑紫の綿は身に付けていまだは着ねど暖けく見ゆ  
  しらぬひ つくしのわたは みにつけて いまだはきねど あたたけくみゆ  しらぬひつくし()わた()、()つけ()、いまだ()()あたたけく(みゆ) 
      山上憶良臣罷宴歌一首 [山上憶良臣、宴を罷る歌一首]   山上憶良臣 
340 憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽   
(337)
憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ  
  おくららは いまはまからむ こなくらむ それそのははも あをまつらむそ  おくら()いま()まから()、(なく)らむそれ(その)はは()、あ()まつ(らむ) 
      大宰帥大伴卿讃酒歌十三首 [大宰帥大伴卿、酒を讃むる歌十三首]   大宰帥大伴卿 
341 験無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師   
(338)
験なき物を思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし  
  しるしなき ものをおもはずは ひとつきの にごれるさけを のむべくあるらし  しるし(なき)、もの()おもは(ずは)、ひと(つき)にごれ()さけ()、のむ(べく)ある(らし) 
342 酒名乎 聖跡負師 古昔 大聖之 言乃宜左    
(339)
酒の名を聖と負せし古の大き聖の言の宣しさ  
  さけのなを ひじりとおほせし いにしへの おほきひじりの ことのよろしさ  さけ()()、ひじり()おほせ()、いにしへ()、おほき(ひじり)こと()よろし() 
343 古之 七賢 人等毛 欲為物者 酒西有良師   
(340)
古の七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし 【第二句「七賢」】「竹林の七賢人 
  いにしへの ななのさかしき ひとたちも ほりせしものは さけにしあるらし  いにしへ()、ななのさかしき、ひと(たち)ほりせ()もの()、さけ()(ある)らし 
344 賢跡 物言従者 酒飲而 酔哭為師 益有良之   
(341)
賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするし優りたるらし 【第四句「酔哭 (ゑひ(なき) )」】 
  さかしみと ものいふよりは さけのみて ゑひなきするし まさりたるらし  さかしみ()、ものいふ(より)さけ(のみ)ゑひなき(する)まさり(たる)らし 
345 将言為便 将為便不知 極 貴物者 酒西有良之   
(342)
言はむすべせむすべ知らず極まりて貴きものは酒にしあるらし  
  いはむすべ せむすべしらず きはまりて たふときものは さけにしあるらし  いはむすべせむすべ(しら)きはまりてたふとき(もの)さけ()(ある)らし 
346 中々尓 人跡不有者 酒壷二 成而師鴨 酒二染甞   
(343)
なかなかに人とあらずは酒壷に成りにてしかも酒に染みなむ 【第四・五句「酒壷二 成而師鴨」】 
  なかなかに ひととあらずは さかつぼに なりにてしかも さけにしみなむ  なかなかにひと()あら(ずは)、さかつぼに、なりにてしかもさけ()しみ(なむ) 
347 痛醜 賢良乎為跡 酒不飲 人乎熟見者 猿二鴨似   
(344)
あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似る 【初句「痛醜 
  あなみにく さかしらをすと さけのまぬ ひとをよくみば さるにかもにる  あな(みにく)、さかしら()()、さけ(のま)ひと()よく()さる()かも(にる) 
348 價無 寳跡言十方 一坏乃 濁酒尓 豈益目八方   
(345)
価なき宝といふとも一坏の濁れる酒にあにまさめやも  
  あたひなき たからといふとも ひとつきの にごれるさけに あにまさめやも  あたひなき、たから()いふ(とも)、ひと(つき)にごれ()さけ()、あに(まさ)めやも 
349 夜光 玉跡言十方 酒飲而 情乎遣尓 豈若目八方   
(346)
夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあに及かめやも 【初二句「夜光 玉」】「よるひかるたま 
  よるひかる たまといふとも さけのみて こころをやるに あにしかめやも  よる(ひかる)、たま()いふ(とも)、さけ(のみ)こころ()やる()、あに(しか)めやも 
350 世間之 遊道尓 洽者 酔泣為尓 可有良師   
(347)
世の中の遊びの道にかなへるは酔ひ泣きするにあるべくあるらし 【第三句「洽者」】異訓多い 
  よのなかの あそびのみちに かなへるは ゑひなきするに あるべかるらし  よのなか()、あそび()みち()、かなへ()ゑひなき(する)ある(べかる)らし 
351 今代尓之 樂有者 来生者 蟲尓鳥尓毛 吾羽成奈武   
(348)
この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我はなりなむ  
  このよにし たのしくあらば こむよには むしにとりにも われはなりなむ  このよ(にし)、たのしく(あら)こむよ(には)、むし()とり(にも)、われ()なり(なむ) 
352 生者 遂毛死 物尓有者 今生在間者 樂乎有名   
(349)
生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくをあらな 【初二句「生者 遂毛死」】仏教思想「生者必滅(しょうじゃひつめつ)」 
  いけるひと つひにもしぬる ものにあれば このよにあるまは たのしくをあらな  いけ()ひとつひに()しぬるもの()あれ()、このよ()ある()たのしく()あら()
353 黙然居而 賢良為者 飲酒而 酔泣為尓 尚不如来   
(350)
黙居りて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほ及かずけり  
  もだをりて さかしらするは さけのみて ゑひなきするに なほしかずけり  もだ(をり)さかしら(する)さけ(のみ)ゑひなき(する)なほ(しか)(けり) 
      沙弥満誓歌一首 [沙弥満誓の歌一首]   
354 世間乎 何物尓将譬 旦開 榜去師船之 跡無如   
(351)
世の中を何に喩へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし  
  よのなかを なににたとへむ あさびらき こぎいにしふねの あとなきごとし  よのなか()、なに()たとへ()、あさびらきこぎ(いに)(ふね)あとなき(ごとし) 
      若湯座王歌一首 [若湯座王の歌一首]  若湯座王 
355 葦邊波 鶴之哭鳴而 湖風 寒吹良武 津乎能埼羽毛   
(352)
葦辺には鶴がね鳴きて湊風寒く吹くらむ津乎の崎はも  
  あしへには たづがねなきて みなとかぜ さむくふくらむつをのさきはも  あしへ(には)、たづがね(なき)みなと(かぜ)、さむく(ふく)らむつをのさき(はも) 
      釋通觀歌一首 [釈通観が歌一首]  釋通觀 
356 見吉野之 高城乃山尓 白雲者 行憚而 棚引所見   
(353)
み吉野の高城の山に白雲は行きはばかりてたなびけり見ゆ  
  みよしのの たかきのやまに しらくもは ゆきはばかりて たなびけりみゆ  みよしの()、たかきのやま()、しらくも()、ゆきはばかり()、たなびけ()みゆ 
      日置少老歌一首 [日置少老が歌一首]   日置少老 
357 縄乃浦尓 塩焼火氣 夕去者 行過不得而 山尓棚引   
(354)
縄の浦に塩焼く火のけ夕されば行き過ぎかねて山にたなびく 【第二句「塩焼火氣」】「火気」の訓釋〔諸注参照〕 
  なはのうらに しほやくほのけ ゆふされば ゆきすぎかねて やまにたなびく  なはのうら()、しほ(やく)ほのけゆふされ()、ゆきすぎ(かねて)、やま()たなびく 
      生石村主真人歌一首 [生石村主真人が歌一首]  生石村主真人 
358 大汝 小彦名乃 将座 志都乃石室者 幾代将經   
(355)
大汝少彦名のいましけむ志都の石屋は幾代経ぬらむ 【初句「大汝」】訓釋〔諸注参照〕、【第二句「小彦名」】語彙解釈〔諸注参照〕 
  おほなむち すくなびこなの いましけむ しつのいはやは いくよへぬらむ  おほなむちすくなびこな()、いまし(けむ)、しつのいはや()、いくよ()(らむ) 
      上古麻呂歌一首 [上古麻呂が歌一首]   上古麻呂 
359 今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武  [或本歌發句云 明日香川今毛可毛等奈]  
(356)
今日もかも明日香の川の夕去らずかはづ鳴く瀬のさやけくあるらむ [或本の歌發句に云はく 明日香川今もかもとな]  
  けふもかも あすかのかはの ゆふさらず かはづなくせの さやけくあるらむ [あすかがは いまもかもとな]  けふ()かもあすかのかは()、ゆふ(さら)かはづ(なく)()、さやけく(ある)らむ、[あすかがはいま()(もとな)] 
      山部宿祢赤人歌六首 [山部宿禰赤人が歌六首]   山部宿祢赤人 
360 縄浦従 背向尓所見 奥嶋 榜廻舟者 釣為良下   
(357)
縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島漕ぎ廻る船は釣りしすらしも  
  なはのうらゆ そがひにみゆる おきつしま こぎみるふねは つりしすらしも  なはのうら()、そがひ()みゆるおきつしまこぎみる(ふね)つり()(らし) 
361 武庫浦乎 榜轉小舟 粟嶋矣 背尓見乍 乏小舟   
(358)
武庫の浦を漕ぎ廻る小舟粟島をそがひに見つつともしき小舟  
  むこのうらを こぎみるをぶね あはしまを そがひにみつつ ともしきをぶね  むこのうら()、こぎみる(をぶね)、あはしま()、そがひ()(つつ)、ともしき(をぶね) 
362 阿倍乃嶋 宇乃住石尓 依浪 間無比来 日本師所念   
(359)
阿倍の島鵜の住む磯に寄する波間なくこのころ大和し思ほゆ  
  あへのしま うのすむいそに よするなみ まなくこのころ やまとしおもほゆ  あへのしま()すむ(いそ)よする(なみ)、まなく(このころ)、やまと()おもほゆ 
363 塩干去者 玉藻苅蔵 家妹之 濱※[果の下に衣]乞者 何矣示   
(360)
潮干なば玉藻刈りつめ家の妹が浜づと乞はば何を示さむ  
  しほひなば たまもかりつめ いへのいもが はまづとこはば なにをしめさむ  しほ()()、たまも(かり)つめ、いへ()いも()、はま(づと)こは()、なに()しめさ() 
364 秋風乃 寒朝開乎 佐農能岡 将超公尓 衣借益矣   
(361)
秋風の寒き朝明を佐農の岡越ゆらむ君に衣貸さましを  
  あきかぜの さむきあさけを さぬのをか こゆらむきみに きぬかさましを  あきかぜ()、さむき(あさけ)さぬのをかこゆ(らむ)きみ()、きぬ(かさ)まし() 
365 美沙居 石轉尓生 名乗藻乃 名者告志弖余 親者知友   
(362)
みさご居る磯廻に生ふるなのりその名は告らしてよ親は知るとも  
  みさごゐる いそみにおふる なのりその なはのらしてよ おやはしるとも  みさご(ゐる)、いそ()(おふる)、なのりそ()、()のら()てよおや()しる(とも) 
      或本歌曰 [或本の歌に曰く]   
366 美沙居 荒礒尓生 名乗藻乃 吉名者告世 父母者知友   
(363)
みさご居る荒磯に生ふるなのりそのよし名は告らせ親は知るとも  
  みさごゐる ありそにおふる なのりその よしなはのらせ おやはしるとも  みさご(ゐる)、ありそ()おふるなのりそ()、よし()(のら)おや()しる(とも) 
      笠朝臣金村塩津山作歌二首 [笠朝臣金村が塩津山にして作る歌二首]   笠朝臣金村 
367 大夫之 弓上振起 射都流矢乎 後将見人者 語継金   
(364)
ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね 【題詞「塩津山」】 
  ますらをの ゆずゑふりおこし いつるやを のちみむひとは かたりつぐがね  ますらを()、ゆずゑ(ふりおこし)、(つる)()、のち()(ひと)かたりつぐ(がね) 
368 塩津山 打越去者 我乗有 馬曽爪突 家戀良霜   
(365)
塩津山うち越え行けば我が乗れる馬そつまづく家恋ふらしも  
  しほつやま うちこえゆけば あがのれる うまそつまづく いへこふらしも  しほつやまうち(こえ)ゆけ()、()のれ()、うま()つまづくいへ(こふ)らし(も) 
      角鹿津乗船時笠朝臣金村作歌一首[并短歌] [角鹿の津にして船に乗る時に、笠朝臣金村が作る歌一首并せて短歌]    笠朝臣金村
369 越海之 角鹿乃濱従 大舟尓 真梶貫下 勇魚取 海路尓出而 阿倍寸管 我榜行者 大夫乃 手結我浦尓 海未通女 塩焼炎 草枕 客之有者 獨為而 見知師無美 綿津海乃 手二巻四而有 珠手次 懸而之努櫃 日本嶋根乎 
(366)
越の海の 角鹿の浜ゆ 大船に 真梶貫き下ろし いさなとり 海路に出でて あへきつつ 我が漕ぎ行けば ますらをの 手結が浦に 海人娘子 塩焼く煙 草枕 旅にしあれば ひとりして 見る験なみ 海神の 手に巻かしたる 玉だすき かけて偲ひつ 大和島根を 【題詞「角鹿津」】 
  こしのうみの つのがのはまゆ おほぶねに まかぢぬきおろし いさなとり うみぢにいでて あへきつつ わがこぎゆけば ますらをの たゆひがうらに あまをとめ しほやくけぶり くさまくら たびにしあれば ひとりして みるしるしなみ わたつみの てにまかしたる たまだすき かけてしのひつ やまとしまねを  こし()うみ()、つのが()はま()、おほぶね()、まかぢ(ぬき)おろしいさなとりうみぢ()いで()、あへき(つつ)、わが(こぎ)ゆけ()、ますらをのたゆひがうら()、あまをとめしほ(やく)けぶりくさまくらたび(にし)あれ()、ひとり(して)、みる(しるし)なみわたつみ()、()まか()たるたまだすきかけ()しのひ()、やまとしまね() 
      反歌   
370 越海乃 手結之浦矣 客為而 見者乏見 日本思櫃   
(367)
越の海の手結が浦を旅にして見ればともしみ大和偲ひつ 「ともしみ」は「ともし」のミ語法
  こしのうみの たゆひがうらを たびにして みればともしみ やまとしのひつ  こし()うみ()、たゆひがうら()、たび(にして)、みれ()ともしみやまと(しのひ) 
      石上大夫歌一首 [石上大夫の歌一首]  石上大夫 
371 大船二 真梶繁貫 大王之 御命恐 礒廻為鴨   
(368)
大船に真梶しじ貫き大君の命恐み磯廻するかも  
  おほぶねに まかぢしじぬき おほきみの みことかしこみ いそみするかも  おほぶね()、まかぢ(しじぬき)、おほきみの、みことかしこみいそみ(する)かも 
    右今案 石上朝臣乙麻呂任越前國守盖此大夫歟 [右は、今案ふるに、石上朝臣乙麻呂、越前の国守に任けらゆ。けだしこの大夫か。] 
      和歌一首 和ふる歌一首 
372 物部乃 臣之壮士者 大王之 任乃随意 聞跡云物曽   
(369)
もののふの臣の壮士は大君の任けのまにまに聞くといふものそ  
  もののふの おみのをとこは おほきみの まけのまにまに きくといふものそ  もののふ()、おみのをとこ()、おほきみ()、まけ()まにまにきく(といふ)ものそ 
    右作者未審 但笠朝臣金村之歌中出也 [右は、作者いまだ審らかにあらず。ただし、笠朝臣金村が歌の中に出づ。] 
      安倍廣庭卿歌一首 [安倍広庭卿の歌一首]  安倍廣庭卿 
373 雨不零 殿雲流夜之 潤湿跡 戀乍居寸 君待香光   
(370)
雨降らずとの曇る夜のぬれ漬てど恋ひつつ居りき君待ちがてり  再掲  
  あめふらず とのぐもるよの ぬれひてど こひつつをりき きみまちがてり  あめ(ふら)とのぐもる()ぬれ(ひて)こひ(つつ)をり()、きみ(まち)がてり 
      出雲守門部王思京歌一首 [後賜大原真人氏也] [出雲守門部王、京を思ふ歌一首 後に大原真人の氏を賜ふ]     出雲守門部王
374 飫海乃 河原之乳鳥 汝鳴者 吾佐保河乃 所念國  
(371)
飫宇の海の河原の千鳥汝が鳴けば我が佐保川の思ほゆらくに 結句「おもほゆらくに」の「らくに」、
 ク語法に助詞「に」の付いた形で逆説になるが、ここは詠嘆の終止形の一つ。
 
  おうのうみの かはらのちどり ながなけば わがさほがはの おもほゆらくに  おうのうみ()、かはら()ちどり()なけ()、わが(さほがは)おもほゆ(らく) 
    山部宿祢赤人登春日野作歌一首[并短歌]  [山部宿禰赤人、春日野に登りて作る歌一首并せて短歌]   山部宿祢赤人 
375 春日乎 春日山乃 高座之 御笠乃山尓 朝不離 雲居多奈引 容鳥能 間無數鳴 雲居奈須 心射左欲比 其鳥乃 片戀耳二 晝者毛 日之盡 夜者毛 夜之盡 立而居而 念曽吾為流 不相兒故荷  
(372)
春日を 春日の山の 高座の 御笠の山に 朝さらず 雲居たなびき 貌鳥の 間なくしば鳴く 雲居なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 立ちて居て 思ひぞ我がする 逢はぬ子故に  
  はるひを かすがのやまの たかくらの みかさのやまに あささらず くもゐたなびき かほどりの まなくしばなく くもゐなす こころいさよひ そのとりの かたこひのみに ひるはも ひのことごと よるはも よのことごと たちてゐて おもひそわがする あはぬこゆゑに  はるひをかすがのやま()、たかくらのみかさのやま()、あささらずくもゐ(たなびき)、かほどり()、まなく(しばなく)、くもゐ(なす)、こころ(いさよひ)、その(とり)かたこひ(のみ)ひる(はも)、()ことごとよる(はも)、()ことごとたち()()、おもひ()わが(する)、あは()(ゆゑ) 
      反歌   
376 高〇[木+安]之 三笠乃山尓 鳴鳥之 止者継流 戀哭為鴨   
(373)
高座の三笠の山に鳴く鳥の止めば継がるる恋もするかも  
  たかくらの みかさのやまに なくとりの やめばつがるる こひもするかも  たかくらのみかさのやま()なく(とり)やめ()つが(るる)、こひ()する(かも) 
      石上乙麻呂朝臣歌一首 [石上乙麻呂朝臣の歌一首]   石上乙麻呂朝臣 
377 雨零者 将盖跡念有 笠乃山 人尓莫令盖 霑者漬跡裳   
(374)
雨降らば着むと思へる笠の山人にな着せそ濡れは漬つとも  
  あめふらば きむとおもへる かさのやま ひとになきせそ ぬれはひつとも  あめ(ふら)()(おもへ)かさのやま、ひと()(きせ)ぬれ()ひつ(とも) 
      湯原王芳野作歌一首 [湯原王、吉野にして作る歌一首]   湯原王 
378 吉野尓有 夏實之河乃 川余杼尓 鴨曽鳴成 山影尓之弖   
(375)
吉野なる夏実の川の川淀に鴨そ鳴くなる山影にして 「なる」の原文「尓有(ニアル)」 の約。「(ある)」 
  よしのなる なつみのかはの かはよどに かもそなくなる やまかげにして  よしの(なる)、なつみのかは()、かはよど()、かも()なく(なる)、やまかげ(にして) 
      湯原王宴席歌二首 [湯原王の宴席の歌二首]  湯原王 
379 秋津羽之 袖振妹乎 珠匣 奥尓念乎 見賜吾君   
(376)
あきづ羽の袖振る妹を玉くしげ奥に思ふを見たまへ我が君  
  あきづはの そでふるいもを たまくしげ おくにおもふを みたまへあがきみ  あきづはのそでふる(いも)たまくしげおく()おもふ()、(たまへ)あが(きみ) 
380 青山之 嶺乃白雲 朝尓食尓 恒見杼毛 目頬四吾君   
(377)
青山の嶺の白雲朝に日に常に見れどもめづらし我が君  
  あをやまの みねのしらくも あさにけに つねにみれども めづらしあがきみ  あをやま()、みね()しらくもあさにけにつねに(みれ)どもめづらし(あが)きみ 
      山部宿祢赤人詠故太上大臣藤原家之山池歌一首 [山部宿禰赤人が故太政大臣藤原家の山池を詠む歌一首]   山部宿祢赤人
381 昔者之 旧堤者 年深 池之瀲尓 水草生尓家里  
(378)
古への古き堤は年深み池のなぎさに水草生ひにけり 「ふかみ」 形容詞「深し」の語幹「ふか」に接尾語「」で、名詞化する。 
  いにしへの ふるきつつみは としふかみ いけのなぎさに みくさおひにけり  いにしへ()、ふるき(つつみ)とし(ふかみ)、いけ()なぎさ()、みくさ(おひ)にけり 
      大伴坂上郎女祭神歌一首[并短歌] [大伴坂上郎女、神を祭る歌一首并せて短歌]  大伴坂上郎女 
382 久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝折伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者祈奈牟 君尓不相可聞 
(379)
ひさかたの 天の原より 生れ来る 神の命 奥山の さかきの枝に しらか付け 木綿取り付けて 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を しじに貫き垂れ 鹿じもの 膝折り伏して たわやめの おすひ取りかけ かくだにも 我は祈ひなむ 君に逢はじかも 第六句【賢木之枝尓】「賢木」 の考察。 
  ひさかたの あまのはらより あれきたる かみのみこと おくやまの さかきのえだに しらかつけ ゆふとりつけて いはひへを いはひほりすゑ たかたまを しじにぬきたれ ししじもの ひざをりふして たわやめの おすひとりかけ かくだにも あれはこひなむ きみにあはじかも  ひさかたのあまのはら(より)、あれ()たるかみのみことおくやま()、さかき()えだ()、しらか(つけ)、ゆふ(とりつけ)いはひへ()、いはひ(ほり)すゑたかたま()、しじに(ぬき)たれししじものひざ(をり)ふし()、たわやめ()、おすひ(とりかけ)、かく(だにも)、あれ()こひ(なむ)、きみ()あは()かも 
      反歌    
383 木綿疊 手取持而 如此谷母 吾波乞甞 君尓不相鴨   
(380)
木綿畳手に取り持ちてかくだにも我れは祈ひなむ君に逢はじかも  
  ゆふたたみ てにとりもちて かくだにも あれはこひなむ きみにあはじかも  ゆふたたみ()とりもち()、かく(だにも)、あれ()こひ(なむ)、きみ()あは()かも 
    右歌者、 以天平五年冬十一月、供祭大伴氏神之時、聊作此歌。故曰祭神歌。
 [右の歌は、天平五年の冬の十一月をもちて、大伴の氏の神を供祭る時に、いささかにこの歌を作る。故に神を祭る歌といふ。]
 
      筑紫娘子贈行旅歌一首 [娘子字曰兒嶋] [筑紫娘子が行旅に贈る歌一首 娘子、字を児島といふ]   筑紫娘子
384 思家登 情進莫 風候 好為而伊麻世 荒其路   
(381)
家思ふと心進むな風まもりよくしていませ荒しその道 第三句【風候】〔諸注参照〕
結句【荒其路】訓釋〔諸注参照〕
 
  いへおもふと こころすすむな かざまもり よくしていませ あらしそのみち  いへ(おもふ)こころすすむ()、かざまもりよく()(いませ)、あらし(その)みち 
      登筑波岳丹比真人國人作歌一首[并短歌] [筑波の岳に登りて、丹比真人国人が作る歌一首并せて短歌]  丹比真人國人  
385 鷄之鳴 東國尓 高山者 佐波尓雖有 朋神之 貴山乃 儕立乃 見杲石山跡 神代従 人之言嗣 國見為 築羽乃山矣 冬木成 時敷時跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消為 山道尚矣 名積叙吾来煎  
(382)
鶏が鳴く 東の国に 高山は さはにあれども 二神の 貴き山の 並み立ちの 見が欲し山と 神代より 人の言ひ継ぎ 国見する 筑波の山を 冬ごもり 時じき時と 見ずて行かば まして恋しみ 雪消する 山道すらを なづみぞ我が来る 第三句【高山者】「たかやま」→ 「たかき(やま)」
第十六句【益而
戀石見】「こひしみ」の「み」→ 「ミ語法
結句【来煎(ける)】「来(け)る」は「来(き)アリ」の略。
  とりがなく あづまのくにに たかやまは さはにあれども ふたかみの たふときやまの なみたちの みがほしやまと かむよより ひとのいひつぎ くにみする つくはのやまを ふゆごもり ときじきときと みずていかば ましてこひしみ ゆきげする やまみちすらを なづみぞあがける  とりがなくあづまのくに()、たかやま()、さはに(あれども)、(ふたかみの、たふときやまの)、なみたち()、みがほし(やま)かむよ(より)、ひと()いひつぎくにみ(する)、つくはのやま()、ふゆごもりときじき(とき)(ずて)いか()、まして(こひしみ)、ゆきげするやまみち(すらを)、なづみ()あが(ける) 
      反歌   
386 築羽根矣 卌耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積来有鴨   
(383)
筑波嶺を外のみ見つつありかねて雪消の道をなづみ来るかも 第二句【卌耳見乍】「よそのみ」→ 「よそにのみ」の略。
第二句【卌耳見乍】原文「卌」 の訓釈。〔諸注参照〕
  つくはねを よそのみみつつ ありかねて ゆきげのみちを なづみけるかも  つくはね()、よそ(のみ)(つつ)、ありかね()、ゆきげ()みち()、なづみ(ける)かも 
      山部宿祢赤人歌一首 [山部宿禰赤人が歌一首]   山部宿祢赤人 
387 吾屋戸尓 韓藍種生之 雖干 不懲而亦毛 将蒔登曽念   
(384)
我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬとも懲りずてまたも蒔かむとそ思ふ  
  わがやどに からあゐまきおほし かれぬとも こりずてまたも まかむとそおもふ  わが(やど)からあゐ(まき)おほしかれ()ともこり(ずて)また()、まか()とそ(おもふ) 
      仙柘枝歌三首 [仙柘枝が歌三首]  仙柘枝 
388 霰零 吉志美我高嶺乎 險跡 草取可奈和 妹手乎取   
(385)
霰降り吉志美が岳を険しみと草取りかなわ妹が手を取る 「柘枝伝(しゃしでん)」〔諸注参照〕
第四句【草取可奈和】「可奈和」難訓〔「難解訓」参照〕
 
  あられふり きしみがたけを さがしみと くさとりかなわ いもがてをとる  あられ(ふり)、きしみがたけ()、さがしみ()、くさ(とり)かなわ、いも()()とる 
    右一首、或云 吉野人味稲、与柘枝仙媛歌也 。但、見柘枝傳、無有此歌。
右の一首、或は云はく「吉野の人味稲、柘枝仙媛に与ふる歌なり」といふ。ただし、
柘枝伝を見るに、この歌あることなし。 
389 此暮 柘之左枝乃 流来者 樑者不打而 不取香聞将有   
(386)
この夕柘の小枝の流れ来ば梁は打たずて取らずかもあらむ 結句【不取香聞将有】「~ズカモアラム」は、「~せずに終わるのではなかろうか」の意。 
  このゆふへ つみのさえだの ながれこば やなはうたずて とらずかもあらむ  この(ゆふへ)、つみ()さえだ()、ながれ()やな()うた(ずて)、とら()かも(あら) 
    右一首 [右の一首]  
390 古尓 樑打人乃 無有世伐 此間毛有益 柘之枝羽裳   若宮年魚麻呂  
(387)
いにしへに梁打つ人のなかりせばここにもあらまし柘の枝はも  
  いにしへに やなうつひとの なかりせば ここにもあらまし つみのえだはも  いにしへ()、やなうつ(ひと)なかり(せば)、ここに()あらましつみ()えだ(はも) 
    右一首若宮年魚麻呂作 [右の一首は、若宮年魚麻呂が作] 
      羈旅歌一首[并短歌] [旅の歌一首と短歌]  若宮年魚麻呂 
391 海若者 霊寸物香 淡路嶋 中尓立置而 白浪乎 伊与尓廻之 座待月 開乃門従者 暮去者 塩乎令満 明去者 塩乎令于 塩左為能 浪乎恐美 淡路嶋 礒隠居而 何時鴨 此夜乃将明跡 侍従尓 寐乃不勝宿者 瀧上乃 淺野之雉 開去歳 立動良之 率兒等 安倍而榜出牟 尓波母之頭氣師  
(388)
海神は 奇しきものか 淡路島 中に立て置きて 白波を 伊予に廻ほし 居待月 明石の門ゆは 夕されば 潮を満たしめ 明けされば 潮を干れしむ 潮さゐの 波を恐み 淡路島 礒隠り居て いつしかも この夜の明けむと さもらふに 眠の寝かてねば 滝の上の 浅野の雉 明けぬとし 立ち騒くらし いざ子ども あへて漕ぎ出む にはも静けし 第二十六句【安倍而榜出牟】「榜出(こぎで)」は「こぎいづ」の転。 
  わたつみは くすしきものか あはぢしま なかにたておきて しらなみを いよにもとほし ゐまちづき あかしのとゆは ゆふされば しほをみたしめ あけされば しほをかれしむ しほさゐの なみをかしこみ あはぢしま いそがくりゐて いつしかも このよのあけむと さもらふに いのねかてねば たきのうへの あさののきぎし あけぬとし たちさわくらし いざこども あへてこぎでむ にはもしづけし  わたつみ()、くすしき(ものか)、あはぢしまなか()たて(おき)しらなみ()、いよ()もとほしゐまちづきあかしのと()ゆふされ()、しほ()みた(しめ)、あけされ()、しほ()かれ(しむ)、しほさゐ()、なみ()かしこみあはぢしまいそがくり()いつしか()、この()(あけ)()、さもらふ()、()(かて)ねばたき()うへ()、あさの()きぎしあけ()()、たちさわく(らし)、いざ(こども)、あへ()こぎで()、には()しづけし 
      反歌   
 392 嶋傳 敏馬乃埼乎 許藝廻者 日本戀久 鶴左波尓鳴   
(389)
島伝ひ敏馬の崎を漕ぎ廻れば大和恋しく鶴さはに鳴く  
  しまづたひ みぬめのさきを こぎみれば やまとこひしく たづさはになく  しまづたひみぬめ()さき()、こぎみれ()、やまと(こひしく)、たづ(さはに)なく 
    右歌若宮年魚麻呂誦之 但未審作者 [右の歌は、若宮年魚麻呂が暗誦していたものである。ただし、作者は分からない] 
       譬 喩 歌  ページトップへ
    紀皇女御歌一首 [紀皇女の御歌一首] 紀皇女 
393 軽池之 汭廻徃転留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二   
(390)
軽の池の浦廻行き廻る鴨すらに玉藻の上にひとり寝なくに 第二句【汭廻徃転留】原文「(うら)」は「水ノ曲流スルヲ汭ト為ス」(正字通) 
  かるのいけの うらみゆきみる かもすらに たまものうへに ひとりねなくに  かるのいけ()、うらみ(ゆきみる)、かも(すらに)、たまも()うへ()、(ひとり)(なくに) 
      造筑紫觀世音寺別當沙弥満誓歌一首 [造筑紫観世音寺別当沙弥満誓の歌一首]  沙弥満誓 
394 鳥総立 足柄山尓 船木伐 樹尓伐歸都 安多良船材乎   
(391)
とぶさ立て足柄山に船木伐り木に伐り行きつあたら船木を 第三、四句【船木樹尓伐歸都】「こる・きる」 「難解訓」参照。 
  とぶさたて あしがらやまに ふなぎきり きにきりゆきつ あたらふなぎを  とぶさたてあしがらやま()、ふなぎ(きり)、()きり(ゆき)あたら(ふなぎ) 
      大宰大監大伴宿祢百代梅歌一首 [大宰大監大伴宿禰百代の梅の歌一首 ]  大宰大監大伴宿祢百代 
395 烏珠之 其夜乃梅乎 手忘而 不折来家里 思之物乎    
(392)
ぬばたまのその夜の梅をた忘れて折らず来にけり思ひしものを  
  ぬばたまの そのよのうめを たわすれて をらずきにけり おもひしものを  ぬばたまのその()(うめ)(わすれ)をら()()けりおもひ()ものを 
      満誓沙弥月歌一首 [満誓沙弥の月の歌一首]  満誓沙弥 
396 不所見十方 孰不戀有米 山之末尓 射狭夜歴月乎 外見而思香  
(393)
見えずとも誰恋ひざらめ山の端にいさよふ月を外に見てしか 第二句【孰不戀有米】[「不戀有米」こひ()あら()] → 「こひざらめ」 
  みえずとも たれこひざらめ やまのはに いさよふつきを よそにみてしか  みえ()ともたれ(こひ)ざら()、やまのは()、いさよふつき()、よそ()(てしか) 
      余明軍歌一首 [余明軍の歌一首]   余明軍 
397 印結而 我定義之 住吉乃 濱乃小松者 後毛吾松   
(394)
標結ひて我が定めてし住吉の浜の小松は後も我が松 第二句【我定義之】「義之(てし)」の訓 
  しめゆひて わがさだめてし すみのえの はまのこまつは のちもあがまつ  しめゆひ()、わが(さだめ)()、すみのえ()、はま()こまつ()、のち()あが(まつ) 
      笠女郎贈大伴宿祢家持歌三首 [笠女郎が大伴宿禰家持に贈る歌三首]   笠女郎 
398 託馬野尓 生流紫 衣尓染 未服而 色尓出来   
(395)
託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出でにけり  
  つくまのに おふるむらさき きぬにしめ いまだきずして いろにいでにけり  つくまの()、おふる(むらさき)、きぬ()しめいまだ()ずしていろ()いで(にけり) 
399 陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎   
(396)
陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを  
  みちのくの まののかやはら とほけども おもかげにして みゆといふものを  みちのく()、まの()かやはらとほけ(ども)、おもかげ()してみゆ()いふ(ものを) 
400 奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳   
(397)
奥山の岩本菅を根深めて結びし心忘れかねつも (再掲)   
  おくやまの いはもとすげを ねふかめて むすびしこころ わすれかねつも  おくやま()、いはもと(すげ)(ふかめ)むすび()こころわすれ(かね)() 
      藤原朝臣八束梅歌二首 [八束後名真楯 房前第三子] [藤原朝臣八束の梅の歌二首 八束、後の名は真盾、房前が第三子]  藤原朝臣八束  
401 妹家尓 開有梅之 何時毛々々々 将成時尓 事者将定   
(398)
妹が家に咲きたる梅のいつもいつも成りなむ時に事は定めむ  
  いもがいへに さきたるうめの いつもいつも なりなむときに ことはさだめむ  いも()いへ()、さき(たる)うめ()、いつもいつもなり(なむ)とき()、こと()さだめ() 
402 妹家尓 開有花之 梅花 實之成名者 左右将為   
(399)
妹が家に咲きたる花の梅の花実にし成りなばかもかくもせむ  
  いもがいへに さきたるはなの うめのはな みにしなりなば かもかくもせむ  いも()いへ()、さき(たる)はな()、うめ()はな(にし)なり(なば)、かもかくも() 
      大伴宿祢駿河麻呂梅歌一首 [大伴宿禰駿河麻呂の梅の歌一首]  大伴宿祢駿河麻呂 
403 梅花 開而落去登 人者雖云 吾標結之 枝将有八方   
(400)
梅の花咲きて散りぬと人は言へど我が標結ひし枝ならめやも  
  うめのはな さきてちりぬと ひとはいへど わがしめゆひし えだならめやも  うめ()はなさき()ちり()ひと()いへ()、わが(しめゆひ)えだ(なら)めやも 
      大伴坂上郎女宴親族之日吟歌一首 [大伴坂上郎女、親族を宴する日に吟ふ歌一首]  大伴坂上郎女
404 山守之 有家留不知尓 其山尓 標結立而 結之辱為都   
(401)
山守がありける知らにその山に標結ひ立てて結ひの恥しつ  
  やまもりが ありけるしらに そのやまに しめゆひたてて ゆひのはぢしつ  やまもり()、あり(ける)しらにその(やま)しめゆひ(たて)ゆひ()はぢ() 
      大伴宿禰駿河麻呂即和歌一首 [大伴宿禰駿河麻呂の即ち和ふる歌一首]  大伴宿祢駿河麻呂 
405 山主者 盖雖有 吾妹子之 将結標乎 人将解八方   
(402)
山守はけだしありとも我妹子が結ひけむ標を人解かめやも  
  やまもりは けだしありとも わぎもこが ゆひけむしめを ひととかめやも  やまもり()、けだし(あり)ともわぎもこ()、ゆひ(けむ)しめ()、ひと(とか)めやも 
      大伴宿禰家持贈同坂上家之大嬢歌一首 [大伴宿禰家持が同じ坂上家の大嬢に贈る歌一首]   大伴宿禰家持 
406 朝尓食尓 欲見 其玉乎 如何為鴨 従手不離有牟   
(403)
朝に日に見まく欲りするその玉をいかにせばかも手ゆ離れずあらむ 第四句【如何為鴨】旧訓「いかにしてかも」から改訓「いかにせばかも」への考察。 
  あさにけに みまくほりする そのたまを いかにせばかも てゆかれずあらむ  あさにけにみまく(ほりする)、その(たま)いかに()(かも)、()かれ()あら() 
      娘子報佐伯宿祢赤麻呂贈歌一首 [娘子、佐伯宿禰赤麻呂が贈る歌に報ふる一首]  (佐伯宿禰赤麻呂) 
407 千磐破 神之社四 無有世伐 春日之野邊 粟種益乎   
(404)
ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを  
  ちはやぶる かみのやしろし なかりせば かすがののへに あはまかましを  ちはやぶるかみのやしろ()、なかりせばかすがののへ()、あは(まか)まし() 
      佐伯宿祢赤麻呂更贈歌一首 [佐伯宿禰赤麻呂が更に贈る歌一首]   佐伯宿禰赤麻呂 
408 春日野尓 粟種有世伐 待鹿尓 継而行益乎 社師怨焉   
(405)
春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし  
  かすがのに あはまけりせば ししまちに つぎてゆかましを やしろしうらめし  かすがの()、あは(まけ)(せば)、しし(まち)つぎ()ゆか(まし)やしろ()うらめし 
      娘子復報歌一首 [娘子がまた報ふる歌一首]  (佐伯宿禰赤麻呂) 
409 吾祭 神者不有 大夫尓 認有神曽 好應祀   
(406)
我が祭る神にはあらずますらをにつきたる神そよく祭るべし  
  わがまつる かみにはあらず ますらをに つきたるかみそ よくまつるべし  わが(まつる)、かみ(には)あらずますらを()、つき(たる)かみ()、よく(まつる)べし 
      大伴禰駿駿河麻呂娉同坂上家之二嬢歌一首 [大伴宿禰駿河麻呂、同じ坂上家の二嬢を娉ふ歌一首]   大伴禰駿駿河麻呂
410 春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟   
(407)
春霞春日の里の植ゑ子水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ  
  はるかすみ かすがのさとの うゑこなぎ なへなりといひし えはさしにけむ  はるかすみかすがのさと()、うゑこなぎなへ(なり)(いひ)()さし()けむ 
      大伴宿禰家持贈同坂上家之大嬢歌一首  [大伴宿禰家持が同じ坂上家の大嬢に贈る歌一首]  大伴宿禰家持 
411 石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無   
(408)
なでしこがその花にもが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ 「なけむ」 の「なけ」 は、形容詞「無し」の上代の未然形「なけ」 
  なでしこが そのはなにもが あさなさな てにとりもちて こひぬひなけむ  なでしこ()、その(はな)(もが)、あさなさな()とりもち()、こひ()(なけ) 
      大伴宿祢駿河麻呂歌一首 [大伴宿禰駿河麻呂の歌一首]  大伴禰駿駿河麻呂 
412 一日尓波 千重浪敷尓 雖念 奈何其玉之 手二巻難寸   
(409)
一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻き難き  
  ひとひには ちへなみしきに おもへども なぞそのたまの てにまきかたき  ひとひ(には)、ちへなみ(しきに)、おもへ(ども)、なぞ(その)たま()、()まき(かたき) 
      大伴坂上郎女橘歌一首 [大伴坂上郎女の橘の歌一首]   大伴坂上郎女 
413 橘乎 屋前尓殖生 立而居而 後雖悔 驗将有八方   
(410)
橘をやどに植ゑ生ほし立ちて居て後に悔ゆとも験あらめやも  
  たちばなを やどにうゑおほし たちてゐて のちにくゆとも しるしあらめやも  たちばな()、やど()うゑ(おほし)、たち()()のち()くゆ(とも)、しるし(あら)めやも 
      和歌一首 [和ふる歌一首]  大伴禰駿駿河麻呂 (大伴坂上郎女)
 414 吾妹兒之 屋前之橘 甚近 殖而師故二 不成者不止   
(411)
我妹子がやどの橘いと近く植ゑてし故に成らずは止まじ 結句「成らずは止まじ」 「~ズハ止マジ」 は「~せずにはおかないぞ」という強い決意を表す。 
  わぎもこが やどのたちばな いとちかく うゑてしゆゑに ならずはやまじ  わぎもこ()、やど()たちばないと(ちかく)、うゑ()(ゆゑ)なら(ずは)やま() 
      市原王歌一首 [市原王の歌一首]  市原王
415 伊奈太吉尓 伎須賣流玉者 無二 此方彼方毛 君之随意   
(412)
いなだきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに  
  いなだきに きすめるたまは ふたつなし かにもかくにも きみがまにまに  いなだき()、きすめ()たま()、ふたつなしかにもかくにもきみ()まにまに 
      大網公人主宴吟歌一首 [大網公人主が宴吟の歌一首]  大網公人主 
416 須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢   
(413)
須磨の海人の塩焼き衣の藤衣間遠にしあればいまだ着馴れず  
  すまのあまの しほやききぬの ふぢころも まとほにしあれば いまだきなれず  すま()あま()、しほやき(きぬ)ふぢころもまとほに()あれ()、いまだ()なれ() 
      大伴宿祢家持歌一首 [大伴宿禰家持が歌一首]  大伴宿禰家持 
417 足日木能 石根許其思美 菅根乎 引者難三等 標耳曽結焉   
(414)
あしひきの岩根こごしみ菅の根を引かば難みと標のみそ結ふ  [ミ語法]「こごしみ」、[ミ語法+ト] 「かたみと」
  あしひきの いはねこごしみ すがのねを ひかばかたみと しめのみそゆふ  あしひきのいはね(こごし)すが()()、ひか()かたみ()、しめ(のみ)(ゆふ) 
       挽  歌  ページトップへ
      上宮聖徳皇子出遊竹原井之時見龍田山死人悲傷御作歌一首  [小墾田宮御宇天皇代小墾田宮御宇者豊御食炊屋姫天皇也諱額田謚推古]  上宮聖徳皇子
       上宮聖徳皇子、竹原井に出遊でましし時に、竜田山の死人を見悲傷して作らす歌一首 
      小墾田宮に天の下治めたまひし天皇の代。小墾田宮に天の下治めたまひしは豊御食炊屋姫天皇なり。諱は額田、諡は推古
 
418 家有者 妹之手将纒 草枕 客尓臥有 此旅人□[忄+可]怜   
(415)
家ならば妹が手まかむ草枕旅に臥やせるこの旅人あはれ 結句【□[忄+可]怜】の訓釋〔「有斐閣「萬葉集全注巻三-415 注」〕 
  いへならば いもがてまかむ くさまくら たびにこやせる このたびとあはれ  いへ(なら)、いも()(まか)くさまくらたび()こやせ()、この(たびと)あはれ 
      大津皇子被死之時磐余池陂流涕御作歌一首 [大津皇子、死を被りし時に、磐余の池の堤にして涙を流して作らす歌一首]  大津皇子
419 百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隠去牟   
(416)
百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ  
  ももづたふ いはれのいけに なくかもを けふのみみてや くもがくりなむ  ももづたふいはれのいけ()、なく(かも)けふ(のみ)(てや)、くもがくり(なむ) 
    右藤原宮朱鳥元年冬十月 [右は、藤原宮の朱鳥元年十月のことである] 
      河内王葬豊前國鏡山之時手持女王作歌三首 [河内王を豊前国の鏡山に葬りし時に、手持女王の作る歌三首]  手持女王 
420 王之 親魄相哉 豊國乃 鏡山乎 宮登定流   
(417)
大君の和魂あへや豊国の鏡の山を宮と定むる  
  おほきみの にきたまあへや とよくにの かがみのやまを みやとさだむる  おほきみ()、にきたま(あへ)とよくに()、かがみのやま()、みや()さだむる 
421 豊國乃 鏡山之 石戸立 隠尓計良思 雖待不来座   
(418)
豊国の鏡の山の岩戸立て隠りにけらし待てど来まさず  
  とよくにの かがみのやまの いはとたて かくりにけらし まてどきまさず  とよくに()、かがみのやま()、いはと(たて)、かくり()けらしまて()きまさ() 
422 石戸破 手力毛欲得 手弱寸 女有者 為便乃不知苦   
(419)
岩戸割る手力もがも手弱き女にしあればすべの知らなく  
  いはとわる たぢからもがも たよわき をみなにしあれば すべのしらなく  いはと(わる)、たぢから(もがも)、たよわきをみな(にし)あれ()、すべ()しら(なく) 
      石田王卒之時丹生王作歌一首[并短歌] [石田王の卒りし時に、丹生王の作る歌一首并せて短歌]  丹生王 
423 名湯竹乃 十縁皇子 狭丹頬相 吾大王者 隠久乃 始瀬乃山尓 神左備尓 伊都伎坐等 玉梓乃 人曽言鶴 於余頭礼可 吾聞都流 狂言加 我聞都流母 天地尓 悔事乃 世開乃 悔言者 天雲乃 曽久敝能極 天地乃 至流左右二 杖策毛 不衝毛去而 夕衢占問 石卜以而 吾屋戸尓 御諸乎立而 枕邊尓 齊戸乎居 竹玉乎 無間貫垂 木綿手次 可比奈尓懸而 天有 左佐羅能小野之 七相菅 手取持而 久堅乃 天川原尓 出立而 潔身而麻之乎 高山乃 石穂乃上尓 伊座都類香物   
(420)
なゆ竹の とをよる御子 さにつらふ 我が大君は こもりくの 泊瀬の山に 神さびに 斎きいますと 玉梓の 人そ言ひつる 逆言か 我が聞きつる たはことか 我が聞きつるも 天地に 悔しきことの 世間の 悔しきことは 天雲の そくへの極み 天地の 至れるまでに 杖つきも つかずも行きて 夕占問ひ 石占もちて 我がやどに みもろを立てて 枕辺に 斎瓮を据ゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ 木綿だすき かひなに掛けて 天なる ささらの小野の 七ふ菅 手に取り持ちて ひさかたの 天の河原に 出で立ちて みそぎてましを 高山の 巌の上に いませつるかも 第二十二句【至流左右二】「左右」の訓釋。
第三十五句【天有(あめなる)】→ 「あめ()ある
 
第四十三句【高山乃】「たかやまの」 → 「たかき(やま)」
  なゆたけの とをよるみこ さにつらふ わがおほきみは こもりくの はつせのやまに かむさびに いつきいますと たまづさの ひとそいひつる およづれか わがききつる たはことか わがききつるも あめつちに くやしきことの よのなかの くやしきことは あまくもの そくへのきはみ あめつちの いたれるまでに つゑつきも つかずもゆきて ゆふけとひ いしうらもちて わがやどに みもろをたてて まくらへに いはひへをすゑ たかたまを まなくぬきたれ ゆふだすき かひなにかけて あめなる ささらのをのの ななふすげ てにとりもちて ひさかたの あまのかはらに いでたちて みそぎてましを たかやまの いはほのうへに いませつるかも  なゆたけのとをよる(みこ)、さにつらふわがおほきみ()、こもりくのはつせのやま()、かむさび()、いつき(います)たまづさのひと()いひ(つる)、およづれ()、わが(きき)つるたはこと()、わが(きき)つる()、あめつち()、くやしき(こと)よのなか()、くやしき(こと)あまくも()、そくへ()きはみあめつち()、いたれ()までにつゑ(つき)つか()(ゆき)ゆふけ(とひ)、いしうら(もち)わが(やど)みもろ()たて()、まくらへ()、いはひへ()すゑたかたま()、しじに(ぬき)たれゆふだすきかひな()かけ()、あめ(なる)、ささらのをののななふすげ()とりもち()、ひさかたのあまのかはら()、いでたち()、みそぎ()まし()、たかやま()、いはほ()うへ()、いませ(つる)かも 
      反歌  
424 逆言之 狂言等可聞 高山之 石穂乃上尓 君之臥有   
(421)
逆言の狂言とかも高山の巌の上に君が臥やせる 第三句【高山乃】「たかやまの」 → 「たかき(やま)」
結句完了助動詞「る」は連体形結び
 
  およづれの たはこととかも たかやまの いはほのうへに きみがこやせる  およづれ()、たはこと(とか)たかやま()、いはほ()うへ()、きみ()こやせ() 
425 石上 振乃山有 杉村乃 思過倍吉 君尓有名國  
(422)
石上布留の山なる杉群の思ひ過ぐべき君ならなくに 結句【君尓有名國】「きみならなくに」 → 「きみ(にあら)なくに」 
  いそのかみ ふるのやまなる すぎむらの おもひすぐべき きみならなくに  いそのかみ、ふる()やま(なる)、すぎむら()、おもひすぐ(べき)、きみ(なら)なくに 
      同石田王卒之時山前王哀傷作歌一首 [同じく石田王の卒りし時に、山前王の哀傷して作る歌一首]  山前王
426 角障經 石村之道乎 朝不離 将歸人乃 念乍 通計萬口波 霍公鳥 鳴五月者 菖蒲 花橘乎 玉尓貫 [一云 貫交] 縵尓将為登 九月能 四具礼能時者 黄葉乎 折挿頭跡 延葛乃 弥遠永 [一云 田葛根乃 弥遠長尓] 萬世尓 不絶等念而 [一云 大舟之 念憑而] 将通 君乎婆明日従 [一云 君乎従明日者] 外尓可聞見牟  
(423)
つのさはふ 磐余の道を 朝去らず 行きけむ人の 思ひつつ 通ひけまくは ほととぎす 鳴く五月には あやめぐさ 花橘を 玉に貫き [一云 貫き交へ] 縵にせむと 九月の しぐれの時は もみち葉を 折りかざさむと 延ふ葛の いや遠長く [一云 葛の根の いや遠長に] 万代に 絶えじと思ひて [一云 大船の 思ひたのみて] 通ひけむ 君をば明日ゆ [一云 君を明日ゆは] 外にかも見む 第十七句【延葛乃】
枕詞「はふくずの」の「一云、田葛根乃(くずのね)」も同様に根が長く延びることから、「いや遠長に」にかかる枕詞と解釈。
 
  つのさはふ いはれのみちを あささらず ゆきけむひとの おもひつつ かよひけまくは ほととぎす なくさつきには あやめぐさ はなたちばなを たまにぬき [ぬきまじへ] かづらにせむと ながつきの しぐれのときは もみちばを をりかざさむと はふくずの いやとほながく [くずのねの いやとほながに] よろづよに たえじとおもひて [おほぶねの おもひたのみて] かよひけむ きみをばあすゆ [きみをあすゆは 、よそにかもみむ  つのさはふいはれ()みち()、あささらずゆき(けむ)ひと()、おもひ(つつ)、かよひ(けまく)ほととぎすなく(さつき)にはあやめぐさはなたちばな()、たまにぬき、[ぬき(まじへ]、かづら()()ながつき()、しぐれ()とき()、もみちば()、をりかざさ()はふくずのいや(とほながく)、[くず()()、いや(とほながに)]、よろづよ()、たえ()(おもひ)、[おほぶねのおもひたのみ()]、かよひ(けむ)、きみ(をば)あす()、[きみ()あす()]、よそ()かも() 
    右一首或云柿本朝臣人麻呂作 [右の一首は、或いは、柿本朝臣人麻呂の作だともいう。] 
      或本反歌二首 [或本の反歌二首]  
427 隠口乃 泊瀬越女我 手二纒在 玉者乱而 有不言八方   
(424)
こもりくの泊瀬娘子が手に巻ける玉は乱れてありと言はずやも  
  こもりくの はつせをとめが てにまける たまはみだれて ありといはずやも  こもりくのはつせをとめ()、()まけ()、たま()みだれ()、あり()いは(ずや)
428 河風 寒長谷乎 歎乍 公之阿流久尓 似人母逢耶   
(425)
川風の寒き長谷を嘆きつつ君があるくに似る人も逢へや  
  かはかぜの さむきはつせを なげきつつ きみがあるくに にるひともあへや  かはかぜ()、さむき(はつせ)なげき(つつ)、きみ()あるく()、にる(ひと)(あへ) 
    右二首者或云紀皇女薨後山前王代石田王作之也 [右の二首は、或いは、紀皇女が亡くなった後に、山前王が石田王に代って作ったものだ、という。 
      柿本朝臣人麻呂見香具山屍悲慟作歌一首 [柿本朝臣人麻呂が香具山の屍を見て悲慟して作る歌一首]  柿本朝臣人麻呂
 429 草枕 羈宿尓 誰嬬可 國忘有 家待真國   
 (426)
草枕旅の宿りに誰が嬬か国忘れたる家待たまくに  
  くさまくら たびのやどりに たがつまか くにわすれたる いへまたまくに  くさまくらたび()やどり()、たが(つま)くに(わすれ)たるいへ(また)まく() 
      田口廣麻呂死之時刑部垂麻呂作歌一首 [田口広麻呂の死にし時に、刑部垂麻呂が作る歌一首]  刑部垂麻呂
 430 百不足 八十隅坂尓 手向為者 過去人尓 盖相牟鴨    
(427)
百足らず八十隈坂に手向せば過ぎにし人にけだし逢はむかも  
  ももたらず やそくまさかに たむけせば すぎにしひとに けだしあはむかも  ももたらずやそくま(さか)たむけ(せば)、すぎ(にし)ひと()、けだし(あは)(かも) 
      土形娘子火葬泊瀬山時柿本朝臣人麻呂作歌一首 [土形娘子を泊瀬の山に火葬りし時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首]  柿本朝臣人麻呂
431 隠口能 泊瀬山之 山際尓 伊佐夜歴雲者 妹鴨有牟   
(428)
こもりくの泊瀬の山の山の際にいさよふ雲は妹にかもあらむ  
  こもりくの はつせのやまの やまのまに いさよふくもは いもにかもあらむ  こもりくのはつせのやま()、やまのま()、いさよふ(くも)いも()かも(あら) 
      溺死出雲娘子火葬吉野時柿本朝臣人麻呂作歌二首 [溺れ死にし出雲娘子を吉野に火葬りし時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌二首]  柿本朝臣人麻呂
432 山際従 出雲兒等者 霧有哉 吉野山 嶺霏□[雨の下に微]    
(429)
山の際ゆ出雲の児らは霧なれや吉野の山の嶺にたなびく 結句【霏□[雨の下に微] 】の訓釋。 
  やまのまゆ いづものこらは きりなれや よしののやまの みねにたなびく  やまのまゆいづものこら()、きり(なれや)、よしののやま()、みね()たなびく
433 八雲刺 出雲子等 黒髪者 吉野川 奥名豆颯   
(430)
やくもさす出雲の児らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ  
  やくもさす いづものこらが くろかみは よしののかはの おきになづさふ  やくもさすいづものこら()、くろかみ()、よしののかは()、おき()なづさふ
      過勝鹿真間娘子墓時山部宿禰赤人作歌一首[并短歌] [東俗語云可豆思賀能麻末能弖胡]  山部宿祢赤人
    勝鹿の真間の娘子が墓に過る時に、山部宿禰赤人が作る歌一首并せて短歌 東の俗語に云ふ、「かづしかのままのてご」
434 古昔 有家武人之 倭文幡乃 帶解替而 廬屋立 妻問為家武 勝壮鹿乃 真間之手児名之 奥槨乎 此間登波聞杼 真木葉哉 茂有良武 松之根也 遠久寸 言耳毛 名耳母吾者 不可忘   
(431)
古に ありけむ人の 倭文幡の 帯解き交へて 廬屋立て 妻問ひしけむ 葛飾の 真間の手児名が 奥つきを こことは聞けど 真木の葉や 茂りたるらむ 松が根や 遠く久しき 言のみも 名のみも我は 忘らゆましじ  
  いにしへに ありけむひとの しつはたの おびときかへて ふせやたて つまどひしけむ かつしかの ままのてごなが おくつきを こことはきけど まきのはや しげりたるらむ まつがねや とほくひさしき ことのみも なのみもわれは わすらゆましじ  いにしへ()、あり(けむ)ひと()、しつはた()、おび(ときかへ)ふせや(たて)、つまどひ()けむかつしか()、ままのてごな()、おくつき()、ここ()(きけ)まき()()、しげり(たる)らむまつがね()、とほく(ひさしき)、こと(のみ)(のみ)(われ)わすら()ましじ 
      反歌  
435 吾毛見都 人尓毛将告 勝壮鹿之 間々能手児名之 奥津城處   
(432)
我れも見つ人にも告げむ葛飾の真間の手児名が奥つきどころ  
  われもみつ ひとにもつげむ かつしかの ままのてごなが おくつきどころ  われ()()、ひと(にも)つげ()、かつしか()、ままのてごな()、おくつき(どころ) 
436 勝壮鹿乃 真々乃入江尓 打靡 玉藻苅兼 手児名志所念   
(433)
勝鹿の真間の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ  
  かつしかの ままのいりえに うちなびく たまもかりけむ てごなしおもほゆ  かつしか()、ままのいりえ()、うちなびくたまも(かり)けむてごな()おもほゆ 
      和銅四年辛亥河邊宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首 [和銅四年辛亥、河辺宮人が姫島の松原に美人の屍を見て、哀慟して作る歌四首]  河邊宮人、伝未詳
437 加座皤夜能 美保乃浦廻之 白管仕 見十方不怜 無人念者 [或云 見者悲霜 無人思丹]    
(434)
風早の美穂の浦廻の白つつじ見れどもさぶしなき人思へば [或云 見れば悲しもなき人思ふに]  
  かざはやの みほのうらみの しらつつじ みれどもさぶし なきひとおもへば [みればかなしも なきひとおもふに]  かざはや()、みほ()うらみ()、しらつつじみれ(ども)さぶしなき(ひと)おもへ()、[みれ()かなし()、なき(ひと)おもふ()] 
438 見津見津四 久米能若子我 伊觸家武 礒之草根乃 干巻惜裳   
(435)
みつみつし久米の若子がい触れけむ礒の草根の枯れまく惜しも  
  みつみつし くめのわくごが いふれけむ いそのくさねの かれまくをしも  みつみつしくめのわくご()、いふれ(けむ)、いそ()くさね()、かれ(まく)をし() 
439 人言之 繁比日 玉有者 手尓巻持而 不戀有益雄   
(436)
人言の繁きこのころ玉ならば手に巻き持ちて恋ひざらましを  
  ひとごとの しげきこのころ たまならば てにまきもちて こひざらましを  ひとごと()、しげき(このころ)、たま(なら)()まき(もち)こひ(ざらまし) 
440 妹毛吾毛 清之河乃 河岸之 妹我可悔 心者不持   
(437)
妹も我れも清みの川の川岸の妹が悔ゆべき心は持たじ  
  いももあれも きよみのかはの かはぎしの いもがくゆべき こころはもたじ  いももあれもきよみのかは()、かはぎし()、いも()くゆ(べき)、こころ()もた() 
    右案 年紀并所處及娘子屍作歌人名已見上也 但歌辞相違是非難別 因以累載於茲次焉。
 [右は案ふるに、年紀并せて所処また娘子が屍の歌を作る人の名と、すでに上に見えたり。ただし歌辞相違ひ、是非別き難し。因りてこの次に累ね載せたり]
 
      神龜五年戊辰大宰帥大伴卿思戀故人歌三首 [神亀五年戊辰、大宰帥大伴卿、故人を思ひ恋ふる歌三首]  大宰帥大伴卿
441 愛 人之纒而師 敷細之 吾手枕乎 纒人将有哉   
(438)
愛しき人のまきてししきたへの我が手枕をまく人あらめや  
  うつくしき ひとのまきてし しきたへの あがたまくらを まくひとあらめや  うつくしきひと()まき()しきたへのあが(たまくら)まく(ひと)あら(めや) 
    右一首別去而經數旬作歌 [右の一首、別れ去にて数旬を経て作る歌] 
442 應還 時者成来 京師尓而 誰手本乎可 吾将枕 
(439)
帰るべく時はなりけり都にて誰が手本をか我が枕かむ  
  かへるべく ときはなりけり みやこにて たがたもとをか あがまくらかむ  かへる(べく)、とき()なり(けり)、みやこ(にて)、たが(たもと)()、あが(まくらか) 
443 在京 荒有家尓 一宿者 益旅而 可辛苦   
(440)
都なる荒れたる家にひとり寝ば旅にまさりて苦しかるべし  
  みやこなる あれたるいへに ひとりねば たびにまさりて くるしかるべし  みやこ(なる)、あれ(たる)いへ()、ひとり()たび()まさり()、くるしかる(べし) 
    右二首、臨近向京之時作歌 [右の二首、京に向はむとする時に作る歌] 
      神龜六年己巳左大臣長屋王賜死之後倉橋部女王作歌一首 [神亀六年己巳、左大臣長屋王、死を賜りし後に、倉橋部女王の作る歌一首]  倉橋部女王
444 大皇之 命恐 大荒城乃 時尓波不有跡 雲隠座   
(441)
大君の命恐み大殯の時にはあらねど雲隠ります  
  おほきみの みことかしこみ おほあらきの ときにはあらねど くもがくります  おほきみの、みことかしこみおほ(あらき)とき(には)あら()くもがくり(ます) 
      悲傷膳部王歌一首 [膳部王を悲傷する歌一首]  (作者未詳 大伴旅人か)
445 世間者 空物跡 将有登曽 此照月者 満闕為家流   
(442)
世の中は空しきものとあらむとそこの照る月は満ち欠けしける  
  よのなかは むなしきものと あらむとそ このてるつきは みちかけしける  よのなか()、むなしき(もの)あら()とそこの(てる)つき()、みち(かけ)(ける) 
    右一首作者未詳 [右の一首、作者未詳なり] 
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      天平元年己巳攝津國班田史生丈部龍麻呂自經死之時判官大伴宿祢三中作歌一首[并短歌]  判官大伴宿禰三中
    [天平元年己巳、摂津国の班田の史生丈部竜麻呂自ら経きて死にし時に、判官大伴宿禰三中が作る歌一首并せて短歌]
 
446 天雲之 向伏國 武士登 所云人者 皇祖 神之御門尓 外重尓 立候 内重尓 仕奉 玉葛 弥遠長 祖名文 継徃物与 母父尓 妻尓子等尓 語而 立西日従 帶乳根乃 母命者 齊忌戸乎 前坐置而 一手者 木綿取持 一手者 和細布奉 平 間幸座与 天地乃 神祇乞祷 何在 歳月日香 茵花 香君之 牛留鳥 名津匝来与 立居而 待監人者 王之 命恐 押光 難波國尓 荒玉之 年經左右二 白栲 衣不干 朝夕 在鶴公者 何方尓 念座可 欝蝉乃 惜此世乎 露霜 置而徃監 時尓不在之天 
(443)
天雲の 向伏す国の もののふと 言はるる人は 天皇の 神の御門に 外の重に 立ち候ひ 内の重に 仕へ奉りて 玉葛 いや遠長く 祖の名も 継ぎ行くものと 母父に 妻に子どもに 語らひて 立ちにし日より たらちねの 母の命は 斎瓮を 前に据ゑ置きて 片手には 木綿取り持ち 片手には 和たへ奉り 平けく ま幸くませと 天地の 神を乞ひ祷み いかにあらむ 年月日にか つつじ花 にほへる君が にほ鳥の なづさひ来むと 立ちて居て 待ちけむ人は 大君の 命恐み おしてる 難波の国に あらたまの 年経るまでに 白たへの 衣も干さず 朝夕に ありつる君は いかさまに 思ひいませか うつせみの 惜しきこの世を 露霜の 置きて去にけむ 時にあらずして  
  あまくもの むかぶすくにの もののふと いはるるひとは すめろきの かみのみかどに とのへに たちさもらひ うちのへに つかへまつりて たまかづら いやとほながく おやのなも つぎゆくものと おもちちに つまにこどもに かたらひて たちにしひより たらちねの ははのみことは いはひへを まへにすゑおきて かたてには ゆふとりもち かたてには にきたへまつり たひらけく まさきくませと あめつちの かみをこひのみ いかにあらむ としつきひにか つつじはな にほへるきみが にほとりの なづさひこむと たちてゐて まちけむひとは おほきみの みことかしこみ おしてる なにはのくにに あらたまの としふるまでに しろたへの ころももほさず あさよひに ありつるきみは いかさまに おもひいませか うつせみの をしきこのよを つゆしもの おきていにけむ ときにあらずして  あまくも()、むかぶす(くに)もののふ()、いは(るる)ひと()、すめろき()、かみのみかど()、とのへ()、たちさもらひうちのへ()、つかへまつり()、たまかづらいやとほながくおや()()、つぎ(ゆく)もの()、おもちち()、つま()こども()、かたらひ()、たち(にし)(より)、たらちねのははのみこと()、いはひへ()、まへ()すゑ(おき)かたて(には)、ゆふ(とりもち)、かたて(には)、にきたへ(まつり)、たひらけくまさきく(ませ)あめつち()、かみ()こひのみいかに(あら)としつき()()、つつじはなにほへ()きみ()、にほとりのなづさひ()()、たち()()、まち(けむ)ひと()、おほきみ()、みこと(かしこみ)、おしてるなにはのくに()、あらたまのとしふる(までに)、しろたへのころも()ほさ()、あさよひ()、ありつる(きみ)いかさまにおもひ(いませ)うつせみのをしき(このよ)つゆしものおき()いに(けむ)、とき()あら(ずして) 
      反歌   
 447 昨日社 公者在然 不思尓 濱松之於 雲棚引   
(444)
昨日こそ君はありしか思はぬに浜松の上に雲にたなびく 第一、二句【昨日 公者在】「~こそ+已然形「しか」」は、「~なのに」と逆接の意を表することが多い 
  きのふこそ きみはありしか おもはぬに はままつのうへに くもにたなびく  きのふ(こそ)、きみ()あり(しか)、おもは()はままつ()うへ()、くも()たなびく 
448 何時然跡 待牟妹尓 玉梓乃 事太尓不告 徃公鴨   
(445)
いつしかと待つらむ妹に玉梓の言だに告げず去にし君かも 第四句【事太尓不告】第三句枕詞「たまづさの」は「使ひ」にかかるが、「こと」を(伝言)告げる」の意から「使い」とする 
  いつしかと まつらむいもに たまづさの ことだにつげず いにしきみかも  いつしか()、まつ(らむ)いも()、たまづさのこと(だに)つげ()、いに()きみ(かも) 
      天平二年庚午冬十二月大宰帥大伴卿向京上道之時作歌五首 [天平二年庚午の冬十二月、大宰帥大伴卿、京に向ひて道に上る時に作る歌五首]  大宰帥大伴卿
449 吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉   
(446)
我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人そなき  
  わぎもこが みしとものうらの むろのきは とこよにあれど みしひとそなき  わぎもこ()、()とものうら()、むろのき()、とこよ()あれど()ひと()なき 
450 鞆浦之 礒之室木 将見毎 相見之妹者 将所忘八方   
(447)
鞆の浦の礒のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも  
  とものうらの いそのむろのき みむごとに あひみしいもは わすらえめやも  とものうら()、いそ()むろのき()ごと()、あひみ()いも()、わすら()めやも 
451 礒上丹 根蔓室木 見之人乎 何在登問者 語将告可 
(448)
礒の上に根延ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか  
  いそのうへに ねばふむろのき みしひとを いづらととはば かたりつげむか  いそ()うへ()、ねばふ(うへ()、()ひと()、いづら()とは()、かたり(つげ)() 
    右三首過鞆浦日作歌 [右の三首は、鞆の浦を過ぐる日に作る歌] 
 452 与妹来之 敏馬能埼乎 還左尓 獨之見者 涕具末之毛   
(449)
妹と来し敏馬の崎を帰るさにひとりし見れば涙ぐましも  
  いもとこし みぬめのさきを かへるさに ひとりしみれば なみたぐましも  いも()()、みぬめ()さき()、かへるさ()、ひとり()みれ()、なみたぐまし() 
453 去左尓波 二吾見之 此埼乎 獨過者 情悲喪 [一云 見毛左可受伎濃]  
(450)
行くさには二人我が見しこの崎をひとり過ぐれば心悲しも [一に云ふ 見もさかず来ぬ]  
  ゆくさには ふたりわがみし このさきを ひとりすぐれば こころがなしも[みもさかずきぬ] ゆくさ(には)、ふたり(わが)()、この(さき)ひとり(すぐれ)こころ(かなし)、[()さか()()] 
    右二首過敏馬埼日作歌 [右の二首、敏馬の崎に過る日に作る歌] 
      還入故郷家即作歌三首 [故郷の家に還り入りて、即ち作る歌三首]   大宰帥大伴卿 
454 人毛奈吉 空家者 草枕 旅尓益而 辛苦有家里   
(451)
人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり  
  ひともなき むなしきいへは くさまくら たびにまさりて くるしかりけり  ひと()なきむなしき(いへ)くさまくらたび()まさり()、くるしかり(けり) 
455 与妹為而 二作之 吾山齊者 木高繁 成家留鴨   
(452)
妹として二人作りし我が山斎は木高く茂くなりにけるかも  
  いもとして ふたりつくりし わがしまは こだかくしげく なりにけるかも  いも()してふたり(つくり)わが(しま)こだかく(しげく)、なり()ける(かも) 
456 吾妹子之 殖之梅樹 毎見 情咽都追 涕之流   
(453)
我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心むせつつ涙し流る  
  わぎもこが うゑしうめのき みるごとに こころむせつつ なみたしながる  わぎもこ()、うゑ()うめのきみる(ごと)こころ(むせ)つつなみた()ながる 
      天平三年辛未秋七月大納言大伴卿薨之時歌六首 [天平三年辛未の秋七月に、大納言大伴卿の薨ぜし時の歌六首]  資人余明軍
457 愛八師 榮之君乃 伊座勢婆 昨日毛今日毛 吾乎召麻之乎    
(454)
はしきやし栄えし君のいましせば昨日も今日も我を召さましを 第三句「せば」-結句「まし」 → 「せば~まし
  はしきやし さかえしきみの いましせば きのふもけふも わをめさましを  はしきやしさかえ()きみ()、いまし(せば)、きのふ()けふ()、()めさ(まし) 
458 如是耳 有家類物乎 芽子花 咲而有哉跡 問之君波母   
(455)
かくのみにありけるものを萩の花咲きてありやと問ひし君はも 初二句【かくのみにありけるものを】死者を悼む常套句 
  かくのみに ありけるものを はぎのはな さきてありやと とひしきみはも  かく(のみ)あり(ける)もの()、はぎのはなさき()あり()とひ()きみ(はも) 
 459 君尓戀 痛毛為便奈美 蘆鶴之 哭耳所泣 朝夕四天   
(456)
君に恋ひいたもすべなみ葦鶴の音のみし泣かゆ朝夕にして  
  きみにこひ いたもすべなみ あしたづの ねのみしなかゆ あさよひにして  きみ()こひいたも(すべ)なみあしたづのねのみしなかゆあさよひ(にして) 
460 遠長 将仕物常 念有之 君師不座者 心神毛奈思   
(457)
遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし  
  とほながく つかへむものと おもへりし きみしまさねば こころどもなし  とほながくつかへ()もの()、おもへ()きみ()まさ(ねば)、こころど()なし 
461 若子乃 匍匐多毛登保里 朝夕 哭耳曽吾泣 君無二四天   
(458)
みどり子の這ひたもとほり朝夕に音のみそ我が泣く君なしにして 第四句【哭耳曽吾泣】「ねになく 
  みどりこの はひたもとほり あさよひに ねのみそあがなく きみなしにして  みどりこ()、はひたもとほりあさよひ()、(のみ)(あが)なくきみ(なし)にして 
    右五首資人余明軍不勝犬馬之慕心中感緒作歌 [右の五首、資人余明軍、犬馬の慕ひに勝へずして、心の中に感緒ひて作る歌] 
 462 見礼杼不飽 伊座之君我 黄葉乃 移去者 悲喪有香   
(459)
見れど飽かずいましし君がもみち葉のうつろい行けば悲しくもあるか  
  みれどあかず いまししきみが もみちばの うつろひゆけば かなしくもあるか  みれ()、あか()、いまし()きみ()、もみちばのうつろひ(ゆけ)かなしく()ある() 
    右一首勅内礼正縣犬養宿祢人上使檢護卿病 而醫藥無驗逝水不留 因斯悲慟即作此歌
 [右の一首、内礼正県犬養宿禰人上に勅して卿の病を検護しむ。しかれども医薬も験なく、逝く水留まらず。これによりて悲慟しびて、即ちこの歌を作る]
 
      七年乙亥大伴坂上郎女悲歎尼理願死去作歌一首[并短歌] [七年乙亥、大伴坂上郎女、尼理願の死去したことを悲嘆して作る歌一首并せて短歌]  大伴坂上郎女
463 栲角乃 新羅國従 人事乎 吉跡所聞而 問放流 親族兄弟 無國尓 渡来座而 大皇之 敷座國尓 内日指 京思美弥尓 里家者 左波尓雖在 何方尓 念鷄目鴨 都礼毛奈吉 佐保乃山邊尓 哭兒成 慕来座而 布細乃 宅乎毛造 荒玉乃 年緒長久 住乍 座之物乎 生者 死云事尓 不免 物尓之有者 憑有之 人乃盡 草枕 客有間尓 佐保河乎 朝河渡 春日野乎 背向尓見乍 足氷木乃 山邊乎指而 晩闇跡 隠益去礼 将言為便 将為須敝不知尓 徘徊 直獨而 白細之 衣袖不干 嘆乍 吾泣涙 有間山 雲居軽引 雨尓零寸八  
(460)
たくづのの 新羅の国ゆ 人言を 良しと聞かして 問ひ放くる 親族兄弟 なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うちひさす 都しみみに 里家は さはにあれども いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保の山辺に 泣く子なす 慕ひ来まして しきたへの 家をも作り あらたまの 年の緒長く 住まひつつ いまししものを 生ける者 死ぬといふことに 免れぬ ものにしあれば 頼めりし 人のことごと 草枕 旅なる間に 佐保川を 朝川渡り 春日野を そがひに見つつ あしひきの 山辺をさして 夕闇と 隠りましぬれ 言はむすべ せむすべ知らに たもとほり ただひとりして 白たへの 衣手干さず 嘆きつつ 我が泣く涙 有間山 雲居たなびき 雨に降りきや  
  たくづのの しらきのくにゆ ひとごとを よしときかして とひさくる うがらはらから なきくにに わたりきまして おほきみの しきますくにに うちひさす みやこしみみに さといへは さはにあれども いかさまに おもひけめかも つれもなき さほのやまへに なくこなす したひきまして しきたへの いへをもつくり あらたまの としのをながく すまひつつ いまししものを いけるひと しぬといふことに まぬかれぬ ものにしあれば たのめりし ひとのことごと くさまくら たびなるあひだに さほがはを あさかはわたり かすがのを そがひにみつつ あしひきの やまへをさして ゆふやみと かくりましぬれ いはむすべ せむすべしらに たもとほり ただひとりして しろたへの ころもでほさず なげきつつ あがなくなみた ありまやま くもゐたなびき あめにふりきや  たくづののしらきのくに()、ひとごと()、よし()きか()とひさくるうがら(はらから)、なき(くに)わたり(きまし)おほきみ()、しきます(くに)うちひさすみやこ(しみみに)、さと(いへ)さはに(あれども)、いかさまにおもひ(けめ)かもつれもなきさほのやまへ()、なくこなすしたひ(きまし)しきたへのいへ()(つくり)、あらたまのとしのを(ながく)、すまひ(つつ)、いまし()ものをいけ()ひとしぬ()いふ(こと)まぬかれ()、もの(にし)あれ()、たのめ()ひと()ことごとくさまくらたび(なる)あひだ()、さほがは()、あさかは(わたり)かすがの()、そがひ()(つつ)、あしひきのやまへ()さし()、ゆふやみ()、かくり(まし)ぬれいは()すべ()すべ(しらに)、たもとほりただ(ひとり)してしろたへのころもで(ほさ)なげき(つつ)、あが(なく)なみたありまやまくもゐ(たなびき)あめ()ふり() 
      反歌  
464 留不得 壽尓之在者 敷細乃 家従者出而 雲隠去寸    
(461)
留め得ぬ命にしあればしきたへの家ゆは出でて雲隠りにき  
  とどめえぬ いのちにしあれば しきたへの いへゆはいでて くもがくりにき  とどめ()いのち(にし)あれ()、しきたへのいへ()(いで)くもがくり() 
    右新羅國尼名曰理願也 遠感王徳歸化聖朝 於時寄住大納言大将軍大伴卿家、既逕數紀焉 惟以天平七年乙亥忽沈運病既趣泉界 於是大家石川命婦 依餌藥事 徃有間温泉而不會此喪 但郎女獨留葬送屍柩既訖 仍作此歌贈入温泉
 [右、新羅国の尼、名は理願といふ。遠く王徳に感けて、聖朝に帰化しぬ。時に大納言大将軍大伴卿の家に寄住して、すでに数紀を経たり。ここに、天平七年乙亥を以て、忽ちに運病に沈み、すでに泉界に趣く。ここに、大家石川命婦、餌薬の事によりて有間の温泉に行きて、この喪に会はず。ただし郎女ひとり留まりて、屍柩を葬り送ることすでに訖りぬ。仍りてこの歌を作りて、温泉に贈り入る]
 
      十一年己卯夏六月大伴宿祢家持悲傷亡妾作歌一首 [十一年己卯の夏六月に、大伴宿禰家持が亡ぎにし妾を悲傷して作る歌一首] 大伴宿禰家持 
465 従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿    
(462)
今よりは秋風寒く吹きなむをいかにかひとり長き夜を寝む  
  いまよりは あきかぜさむく ふきなむを いかにかひとり ながきよをねむ  いま(より)あきかぜ(さむく)、ふき(なむ)いかにか(ひとり)、ながき()() 
      弟大伴宿祢書持即和歌一首 [弟大伴宿禰書持が即ち和ふる歌一首]  大伴宿禰書持 
466 長夜乎 獨哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓    
(463)
長き夜をひとりや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに 結句【所念久尓】「おもほゆらくに」→「思ほゆ」のク語法。文末にあるク語法+「に」は詠嘆終止。 
  ながきよを ひとりやねむと きみがいへば すぎにしひとの おもほゆらくに  ながき()ひとり()()きみ()いへ()、すぎ(にし)ひと()、おもほゆ(らく) 
      又家持見砌上瞿麦花作歌一首 [また家持、砌の上の瞿麦が花を見て作る歌一首]   大伴宿禰家持
467 秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹 開家流香聞    
(464)
秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも  
  あきさらば みつつしのへと いもがうゑし やどのなでしこ さきにけるかも  あきさらば(つつ)しのへ()、いも()うゑ()、やど()なでしこさき()ける(かも) 
      移朔而後悲嘆秋風家持作歌一首 [朔移りて後に、秋風を悲嘆して家持が作る歌一首]    大伴宿禰家持
468 虚蝉之 代者無常跡 知物乎 秋風寒 思努妣都流可聞    
(465)
うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲びつるかも 第四句【秋風寒】「さむみ」 → 形容詞「さむし」の語幹「さむ」に「み」が付く「ミ語法」 ~ので。 
  うつせみの よはつねなしと しるものを あきかぜさむみ しのびつるかも  うつせみの()つねなし()、しる(ものを)、あきかぜ(さむみ)、しのび(つる)かも 
      又家持作歌一首[并短歌] [また、家持が作る歌一首并せて短歌]  大伴宿禰家持 
469 吾屋前尓 花曽咲有 其乎見杼 情毛不行 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人雙居 手折而毛 令見麻思物乎 打蝉乃 借有身在者 露霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可婆 曽許念尓 胸己所痛 言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者 将為須辨毛奈思   
(466)
我がやどに 花そ咲きたる そを見れど 心も行かず はしきやし 妹がありせば 水鴨なす ふたり並び居 手折りても 見せましものを うつせみの 借れる身なれば 露霜の 消ぬるがごとく あしひきの 山道をさして 入日なす 隠りにしかば そこ思ふに 胸こそ痛き 言ひも得ず 名付けも知らず 跡もなき 世の中なれば せむすべもなし  
  わがやどに はなそさきたる そをみれど こころもゆかず はしきやし いもがありせば みかもなす ふたりならびゐ たをりても みせましものを うつせみの かれるみなれば つゆしもの けぬるがごとく あしひきの やまぢをさして いりひなす かくりにしかば そこおもふに むねこそいたき いひもえず なづけもしらず あともなき よのなかなれば せむすべもなし  わが(やど)はな()さき(たる)、()みれ()、こころ()ゆか()、はしきやしいも()あり(せば)、みかも(なす)、ふたり(ならび)たをり()みせ(まし)ものをうつせみのかれ()(なれば)、つゆしも()、(ぬる)(ごとく)、あしひきのやまぢ()さし()、いりひ(なす)、かくり(にしか)そこ(おもふ)むね(こそ)いたきいひ()()、なづけ()しらずあと()なきよのなか(なれば)、せむすべ()なし 
      反歌    
470 時者霜 何時毛将有乎 情哀 伊去吾妹可 若子乎置而    
(467)
時はしもい何時もあらむを心痛くい行く我妹かみどり子を置きて 初二句【時者霜 何時毛将有乎】「ときはしも いつもあらむを」 → 挽歌の表現に多く見られる。
 「死ぬべき時は、まあ、いつでもあるはずなのに」
 
  ときはしも いつもあらむを こころいたく いゆくわぎもか みどりこをおきて  とき()しもいつも(あら)()、こころ(いたく)、いゆく(わぎも)みどりこ()おき(て)
471 出行 道知末世波 豫 妹乎将留 塞毛置末思乎   
(468)
出でて行く道知らませばあらかじめ妹を留めむ関も置かましを 「ませば~まし」反実仮想。 
  いでてゆく みちしらませば あらかじめ いもをとどめむ せきもおかましを  いで()ゆくみち(しら)ませばあらかじめいも()とどめ()、せき()おか(まし) 
472 妹之見師 屋前尓花咲 時者經去 吾泣涙 未干尓   
(469)
妹が見しやどに花咲き時は経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに  
  いもがみし やどにはなさき ときはへぬ わがなくなみた いまだひなくに  いも()()、やど()はな(さき)、とき()()、わが(なく)なみたいまだ()なくに 
      悲緒未息更作歌五首 [悲緒未だ息まず、更に作る歌五首]   
473 如是耳 有家留物乎 妹毛吾毛 如千歳 憑有来    
(470)
かくのみにありけるものを妹も我れも千年のごとく頼みたりけり  
  かくのみに ありけるものを いももあれも ちとせのごとく たのみたりけり  かく(のみ)あり(ける)もの()、いも()あれ()、ちとせ()ごとくたのみ(たり)けり 
474 離家 伊麻須吾妹乎 停不得 山隠都礼 情神毛奈思   
(471)
家離りいます我妹を留めかね山隠しつれ心どもなし 第四句【山隠都礼】「山隠す」 は「死なせる」の意。「つれ」 は「つれば」 の意で、已然形で言い放つ語法。 
  いへざかり いますわぎもを とどめかね やまかくしつれ こころどもなし  いへ(ざかり)、います(わぎも)とどめ(かね)、やま(かくし)つれこころど()なし 
475 世間之 常如此耳跡 可都知跡 痛情者 不忍都毛   
(472)
世の中し常かくのみとかつ知れど痛き心は忍びかねつも  
  よのなかし つねかくのみと かつしれど いたきこころは しのびかねつも  よのなか()、つね(かく)のみ()、かつ(しれ)いたき(こころ)しのび(かね)() 
 476 佐保山尓 多奈引霞 毎見 妹乎思出 不泣日者無   
(473)
佐保山にたなびく霞見るごとに妹を思ひ出で泣かぬ日はなし  
  さほやまに たなびくかすみ みるごとに いもをおもひいで なかぬひはなし  さほやま()、たなびく(かすみ)、みる(ごと)いも()おもひいでなか()()なし 
477 昔許曽 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐寳山   
(474)
昔こそ外にも見しか我妹子が奥つきと思へば愛しき佐保山  
  むかしこそ よそにもみしか わぎもこが おくつきとおもへば はしきさほやま  むかし(こそ)、よそ(にも)()わぎもこ()、おくつき()おもへ()、はしき(さほやま) 
      十六年甲申春二月安積皇子薨之時内舎人大伴宿祢家持作歌六首 [十六年甲申の春二月、安積皇子の薨ぜし時に、内舎人大伴宿禰家持が作る歌六首] 内舎人大伴宿禰家持
 478 挂巻母 綾尓恐之 言巻毛 齊忌志伎可物 吾王 御子乃命 萬代尓 食賜麻思 大日本 久邇乃京者 打靡 春去奴礼婆 山邊尓波 花咲乎為里 河湍尓波 年魚小狭走 弥日異 榮時尓 逆言之 狂言登加聞 白細尓 舎人装束而 和豆香山 御輿立之而 久堅乃 天所知奴礼 展轉 埿打雖泣 将為須便毛奈思  
(475)
かけまくも あやに恐し 言はまくも ゆゆしきかも 我が大君 皇子の尊 万代に 食したまはまし 大日本 久迩の都は うちなびく 春さりぬれば 山辺には 花咲きををり 川瀬には 鮎子さ走り いや日異に 栄ゆる時に 逆言の 狂言とかも 白たへに 舎人よそひて 和束山 御輿立たして ひさかたの 天知らしぬれ 臥いまろび ひづち泣けども せむすべもなし  
  かけまくも あやにかしこし いはまくも ゆゆしきかも わがおほきみ みこのみこと よろづよに めしたまはまし おほやまと くにのみやこは うちなびく はるさりぬれば やまへには はなさきををり かはせには あゆこさばしり いやひけに さかゆるときに およづれの たはこととかも しろたへに とねりよそひて わづかやま みこしたたして ひさかたの あめしらしぬれ こいまろび ひづちなけども せむすべもなし  かけまくもあやに(かしこし)、いはまくもゆゆしき(かも)、わがおほきみみこ()みことよろづよ()、めし(たまは)ましおほやまとくにのみやこ()、うちなびくはる(さり)ぬれ()、やまへ(には)、はな(さき)ををりかはせ(には)、あゆこさばしりいや()けにさかゆる(とき)およづれ()、たはこと(とか)しろたへ()、とねり(よそひ)わづかやまみこし(たたし)ひさかたのあめ(しら)(ぬれ)、こい(まろび)、ひづちなけ(ども)、せむすべ()なし 
      反歌  
479 吾王 天所知牟登 不思者 於保尓曽見谿流 和豆香蘇麻山   
(476)
我が大君天知らさむと思はねば凡にそ見ける和束杣山  
  わがおほきみ あめしらさむと おもはねば おほにそみける わづかそまやま  わがおほきみあめ(しらさ)()、おもは(ねば)、おほに()(ける)、わづか(そまやま) 
480 足桧木乃 山左倍光 咲花乃 散去如寸 吾王香聞   
(477)
あしひきの山さへ光り咲く花の散りぬるごとき我が大君かも  
  あしひきの やまさへひかり さくはなの ちりぬるごとき わがおほきみかも  あしひきのやま(さへ)ひかりさく(はな)ちり(ぬる)ごときわがおほきみ(かも) 
    右三首二月三日作歌 [右の三首、二月三日に作る歌] 
481 挂巻毛 文尓恐之 吾王 皇子之命 物乃負能 八十伴男乎 召集聚 率比賜比 朝獦尓 鹿猪踐起 暮獦尓 鶉雉履立 大御馬之 口抑駐 御心乎 見為明米之 活道山 木立之繁尓 咲花毛 移尓家里 世間者 如此耳奈良之 大夫之 心振起 劔刀 腰尓取佩 梓弓 靭取負而 天地与 弥遠長尓 万代尓 如此毛欲得跡 憑有之 皇子乃御門乃 五月蝿成 驟驂舎人者 白栲尓 服取著而 常有之 咲比振麻比 弥日異 更經見者 悲呂可聞 
(478)
かけまくも あやに恐し 我が大君 皇子の尊 もののふの 八十伴の男を 召し集へ 率ひたまひ 朝狩に 鹿猪踏み起し 夕狩に 鶉雉踏み立て 大御馬の 口抑へ止め 御心を 見し明らめし 活道山 木立の茂に 咲く花も うつろひにけり 世の中は かくのみならし ますらをの 心振り起し 剣大刀 腰に取り佩き 梓弓 靫取り負ひて 天地と いや遠長に 万代に かくしもがもと 頼めりし 皇子の御門の 五月蝿なす 騒く舎人は 白たへに 衣取り着て 常なりし 笑まひ振舞 いや日異に 変らふ見れば 悲しきろかも  
  かけまくも あやにかしこし わがおほきみ みこのみこと もののふの やそとものをを めしつどへ あどもひたまひ あさがりに ししふみおこし ゆふがりに とりふみたて おほみまの くちおさへとめ みこころを めしあきらめし いくぢやま こだちのしげに さくはなも うつろひにけり よのなかは かくのみならし ますらをの こころふりおこし つるぎたち こしにとりはき あづさゆみ ゆきとりおひて あめつちと いやとほながに よろづよに かくしもがもと たのめりし みこのみかどの さばへなす さわくとねりは しろたへに ころもとりきて つねなりし ゑまひふるまひ いやひけに かはらふみれば かなしきろかも  かけまくもあやに(かしこし)、わがおほきみみこ()みこともののふのやそ(とも)()めし(つどへ)、あどもひ(たまひ)、あさがり()、しし(ふみおこし)、ゆふがり()、とり(ふみたて)、おほみま()、くち(おさへ)とめ(こころ)めし(あきらめ)いくぢやまこだち()しげ()、さく(はな)うつろひ()けりよのなか()、かく(のみ)ならしますらを()、こころ(ふりおこし)、つるぎたちこし()とりはきあづさゆみゆき(とり)おひ()、あめつち()、いや(とほながに)、よろづよ()、かくし(もがも)たのめ()みこ()みかど()、さばへなすさわく(とねり)しろたへ()、ころも(とり)()、つねなり()、ゑまひ(ふるまひいや()けにかはらふ(みれ)かなしき(ろかも)  
      反歌  
482 波之吉可聞 皇子之命乃 安里我欲比 見之活道乃 路波荒尓鷄里   
(479)
愛しきかも皇子の尊のあり通ひ見しし活道の道は荒れにけり  
  はしきかも みこのみことの ありがよひ めししいくぢの みちはあれにけり  はしき(かも)、みこ()みこと()、ありがよひめし()いくぢ()、みち()あれ()けり 
483 大伴之 名負靫帶而 萬代尓 憑之心 何所可将寄   
(480)
大伴の名に負ふ靫帯びて万代に頼みし心いづくか寄せむ  
  おほともの なにおふゆきおびて よろづよに たのみしこころ いづくかよせむ  おほとも()、なにおふ(ゆき)おび()、よろづよ()、たのみ()こころいづく()よせ() 
    右三首三月廿四日作歌 [右の三首、三月二十四日に作る歌]   
      悲傷死妻作歌一首[并短歌] [死にし妻を悲傷して作る歌一首并せて短歌反歌]  作者不詳
484 白細之 袖指可倍弖 靡寐 吾黒髪乃 真白髪尓 成極 新世尓 共将有跡 玉緒乃 不絶射妹跡 結而石 事者不果 思有之 心者不遂 白妙之 手本矣別 丹杵火尓之 家従裳出而 緑兒乃 哭乎毛置而 朝霧 髣髴為乍 山代乃 相樂山乃 山際 徃過奴礼婆 将云為便 将為便不知 吾妹子跡 左宿之妻屋尓 朝庭 出立偲 夕尓波 入居嘆會 腋挾 兒乃泣毎 雄自毛能 負見抱見 朝鳥之 啼耳哭管 雖戀 効矣無跡 辞不問 物尓波在跡 吾妹子之 入尓之山乎 因鹿跡叙念   
(481)
白たへの 袖さし交へて なびき寝し 我が黒髪の ま白髪に 成りなむ極み 新た代に 共にあらむと 玉の緒の 絶えじい妹と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂げず 白たへの 手本を別れ にきびにし 家ゆも出でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の 凡になりつつ 山背の 相楽山の 山の際に 行き過ぎぬれば 言はむすべ せむすべ知らに 我妹子と さ寝しつま屋に 朝には 出で立ち偲ひ 夕には 入り居嘆かひ わき挟む 子の泣くごとに 男じもの 負ひみ抱きみ 朝鳥の 音のみ泣きつつ 恋ふれども 験をなみと 言問はぬ ものにはあれど 我妹子が 入りにし山を よすかとぞ思ふ  
  しろたへの そでさしかへて なびきねし わがくろかみの ましらかに なりなむきはみ あらたよに ともにあらむと たまのをの たえじいいもと むすびてし ことははたさず おもへりし こころはとげず しろたへの たもとをわかれ にきびにし いへゆもいでて みどりこの なくをもおきて あさぎりの おほになりつつ やましろの さがらかやまの やまのまに ゆきすぎぬれば いはむすべ せむすべしらに わぎもこと さねしつまやに あしたには いでたちしのひ ゆふへには いりゐなげかひ わきばさむ このなくごとに をとこじもの おひみむだきみ あさとりの ねのみなきつつ こふれども しるしをなみと こととはぬ ものにはあれど わぎもこが いりにしやまを よすかとぞおもふ  しろたへのそで(さしかへ)なびきね()、わが(くろかみ)(しらか)なり(なむ)きはみあらたよ()、ともに(あら)()、たまのをのたえ()(いも)むすび()こと()はたさ()、おもへ()こころ()とげ()、しろたへのたもと()わかれにきび(にし)、いへ()(いで)みどりこ()、なく()(おき)あさぎりのおほに(なり)つつやましろ()、さがらかやま()、やまのま()、ゆきすぎ(ぬれ)いは()すべ()すべ(しらに)、わぎもこ()、さね()つまや()、あした(には)、いでたち(しのひゆふへ(には)、いり()なげかひわきばさむ()なく(ごと)をとこじものおひ()むだき()、あさとりのねのみなき(つつ)、こふれ(ども)、しるし()なみ()、こととは()、もの(には)あれどわぎもこ()、いり(にし)やま()、よすか(とぞ)おもふ 
      反歌   
485 打背見乃 世之事尓在者 外尓見之 山矣耶今者 因香跡思波牟    
(482)
うつせみの世の事なれば外に見し山をや今はよすかと思はむ  
  うつせみの よのことなれば よそにみし やまをやいまは よすかとおもはむ  うつせみの()こと(なれば)、よそ()()、やま(をや)いまはよすか()おもは() 
486 朝鳥之 啼耳鳴六 吾妹子尓 今亦更 逢因矣無   
(483)
朝鳥の音のみや泣かむ我妹子に今また更に逢ふよしをなみ 第二句【啼耳鳴六】旧訓「ねのみなかむ」(「や」は補読)→ 「ねのみなかむ」用例は多い。 
  あさとりの ねのみやなかむ わぎもこに いままたさらに あふよしをなみ  あさとりのねのみやなか()、わぎもこ()、いままた(さらに)、あふ(よし)(なみ) 
    右三首七月廿日高橋朝臣作歌也 名字未審 但云奉膳之男子焉
 [右の三首、七月二十日に高橋朝臣の作る歌なり。名字未だ審らかならず。ただし奉膳の男子といふ]
 
   
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