私的古語辞典 〔主に、旺文社の「全訳古語辞典第三版」、「古語辞典第九版」の引用だが、用例を重視するため、他の辞典も活用している〕

 当初「書庫」の歌意解釈に載せた一首について「古語辞典」をリンクさせていたが、2018年3月より歌意解釈が追いつかない現状、そしてこれまで歌意解釈済の「原文表記」を併せるべく、「万葉集全歌集」に「原文」を載せる作業を始めたので、それを機会に、「全歌」の第一番から少しずつでも「古語辞典」へのリンクをしていくことにした。なお、あくまで語句の現時点での一般的な説明であり、一首の解釈については、それぞれの人が自分で感じるものだと...そう思っている。  
   
 2013年2月9日作成開始
2018年3月17日再開
 
                 
   


   読 み  表 記 意 味   用 例(万葉集・古今集を主にして) 
          考え。工夫。計画。   
     田と田のさかい。あぜ。くろ。  くさぐさの罪事は、天つ罪と、放ち(アゼヲコワスコト)― (祝詞) 
 吾・我・僕  自称の人代名詞。わたし。われ。  うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背とが見む(万2-165)
出でて行きし日を数へつつ今日今日と
を待たすらむ父母らはも(万5-894)
 
    遠称の指示代名詞。事物をさす。あれ。   
   〔感嘆詞〕感動や驚嘆を表わす声。重ねて「ああ」ともなる。   
      あい            〔名詞〕
①《仏教語》ものに対する激しい欲望。執着。
② 親子・兄弟などが互いにいつくしみ合う心。
③ 秘蔵すること。愛玩すること。
 
④ 愛想。男女間の「愛」は英語loveの翻訳で、古典では「愛」が男女間の愛情の意味に使われることは少なかった。
 
    
   あいしょう   哀傷  〔名詞・自動詞サ変〕
① 人の死を悲しみ悼むこと。 
①-所以因製歌詠為之哀傷也それゆえに歌詠をつくりてあいし給ふと言へり-
    (万1-8左注)
 
② 歌集の中の編の名。哀傷の心を詠んだ歌を集めた編。
古今和歌集以後、勅撰集の部立ての名となった。
   あいす   愛す  〔他動詞サ変〕
① いとおしく思う。かわいがる。
② 大切にする。大事に思う。好む。
③ 機嫌をとる。適当にあしらう。
 
 
   あいたんどころ   朝所 「あしたどころ」の転。「あいたどころ」とも。参議(大・中納言に次ぐ要職)以上の人々が食事をしたり政務をとったりしたところ。 
   あうら  足占・足卜 「あしうら」とも。歩数で物事の吉凶を占う古代占法の一種。目標まで吉または凶のことばをとなえて歩み、達したときのことばによって定めるともいう。 月夜よみ門に出で立ち足占して行く時さへや妹に逢はざらむ(万12-3020)
   あか   〔名詞〕皮膚にたまる汚れ。 我が旅は久しくあらしこの我が着る妹が衣のつく見れば(万15-3689)
   あがおもの  我が面の 【和歌】私の顔。 我が面の忘れむしだは国溢り嶺に立つ雲を見つつ偲はせ(万14-3536)
   あかかがち  赤酸槳 〔上代語・名詞〕熟して赤くなった、たんぱほおずき(植物名)。 その目はあかかがちの如くして、身一つに八頭八尾あり (記・上)
   あがかに  あがかに 〔上代語・副詞〕苛立って足をばたばたさせるほど。 言立てば足もあがかに嫉みたまひき(記・下)
   あがき   足掻き  〔名詞〕
① (牛馬などが)足で地面をかくこと。転じて馬などの歩み。
② 生活が苦しくて、もがくこと。あくせくすること。
① 青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける (万2-136)
① 赤駒が
足掻き速けば雲居にも隠り行かむぞ袖まけ我妹(万11-2515)
足掻きの水。馬などが、けたてたときにはねる水。 鸕坂川渡る瀬多みこの我が馬の足掻きの水に衣濡れにけり(万17-4046)
   あかきこころ  赤き心・
明かき心
清い心、偽りのない心。特に朝廷に対する忠誠心。 ⇔黒き心 然らば何を以ちてか、いましがあかきこころは明かさむ(神代紀)
   あかぎぬの  赤衣の・赤絹 【枕詞】純裏(ひたうら)にかかる。 赤絹の純裏の衣長く欲り我が思ふ君が見えぬころかも(万12-2984)
   あがく  足掻く 〔自動詞カ行四段〕
① (牛馬などが)足で地面をかく。またはそのようにして歩む。
② 手足を動かしてもがく。
③ 気をもんで働く。あくせくする。
 
   あがこころ  吾が心 【枕詞】「清隅(きよずみ)」「明石」「筑紫」に懸かる。我が心。 我が心明石の浦に船泊めて-(万15-3649)
   あかごま  赤駒 赤毛の馬。 大君は神にしませば赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ(万19-4284)
     あかす     明かす    〔他動詞サ行四段〕
① 明るくする。② 夜が明けるまで事をし続ける。
③ 夜が明けるのを待つ。④ 生活する。明かし暮らす。暮らす。
① 海原の沖辺に燈し漁る火は明かして燈せ大和島見ゆ(万15-3670)
② 志賀の浦に漁りする海人家人の待ち恋ふらむに
明かし釣る魚 (万15-3675)

③ 蠣貝に足蹈ますな明かしてとほれ (紀・下) 
    あかず    飽かず   [四段動詞「飽く」の未然形に打ち消し助動詞「ず」の付いたもの]
① 満足しない。物足りない。② 飽きない。嫌になることがない。
② 河上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は(万1-56)
   あがたみ  県見 田舎見物。地方巡視。 文屋康秀が三河の尉になりて、あがたみにはえいでたたじやと (古今雑下詞書)
   あかだま  赤玉・赤珠 〔名詞〕赤い玉。明るく光る玉。 赤玉は緒さへ光れど-(記・上)
   あかつ  頒つ 〔他動詞タ行四段〕分ける。割り当てる。(わかつ、あがつ) いくさびとにあかち賜ふ (神武紀)
   あかつき   〔名詞〕
「明時」の転。上代は「あかとき」、中古以後は「あかつき」夜中過ぎから夜明けまで。未明。
後世は明け方に近い時間をさすようになったが、「あかつき」「しののめ」は「あけぼの」よりやや早く、まだ明けやらない時をいう。
 
   -おき  暁起き 〔名詞〕夜中過ぎに早起きすること。 山路にてそぼちにけりな白露の暁起きの菊のしづくに(新古羈旅-924)
   あかで  飽かで [「飽く」の未然形に打ち消しの接続助詞「で」のついたもの。]
物足りなく。満足しないで。
むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな (古離別-404)
   あかとき   〔名詞〕《上代語》「明時(あかとき)」の意。
平安以後は「あかつき」。
我が背子を大和へ遣るとさ夜更けてに我が立ち濡れし(万2-105)
あかときの夢に見えつつ楫島の磯越す波のしきてし思ほゆ(万9-1733)
   -くたち  暁くたち 〔名詞〕「暁くだち」とも。夜が明けて暁近くになるころ。 こよひのあかときくだち鳴く鶴の思ひは過ぎず恋こそ増され(万10-2273)
   -づき  暁月 〔名詞〕「あかつきづき」の古形。夜中過ぎの空に照る月。 さ夜更けて暁月に影見えて鳴くほととぎす聞けばなつかし(万19-4205)
   -づくよ  暁月夜 〔名詞〕「あかつきづくよ」とも。夜中過ぎの月の残っているころ。 しぐれ降る暁月夜紐解かず恋ふらむ君と居らましものを(万10-2310)
   -つゆ  暁露 〔名詞〕[後「あかつきつゆ」] 夜中過ぎにおく露。明け方の露。 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)
   -やみ  暁闇 「あかつきやみ」 夕月夜暁闇のおほほしく見し人ゆゑに恋ひわたるかも(万12-3017)
   あかなくに  飽かなくに 「飽く」の未然形に打消しの助動詞「ず」の古い未然形「な」、接尾語「く」、助詞「に」のついたもの。 春雨に匂へる色もあかなくに香さへなつかし山吹の花(古春下-122)
   あかぬわかれ  飽かぬ別れ 「諦めきれない別れ」の意から、名残尽きない別れ。 ちぎりきやあかぬわかれに露おきし暁ばかりかたみなれとは (新古恋四-1301)
   あかね     〔名詞〕つる草の名。初秋に白色の花が咲く。根から茜色の染料を取る。また、それで染めた、ややくすんだ赤色。〔秋〕あかね   
   -さし  茜さし 【枕詞】「照る」に懸かる。 泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あさねさし照れる月夜に人見てむかも
    (万11-2357)
   -さす   茜さす 【枕詞】茜色に美しく輝く意から「日」「昼」「紫」「照る」「月」「君が心」などに懸かる。 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20)
あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも(万2-169)
 
飯食めどうまくもあらず行き行けど安くもあらず
茜さす君が心し忘れかねつも
   (万16-3879)
   あがふ  贖ふ 「あがなふ」の古形。
金品を出して罪を償う。代わりの物を出して埋め合わせる
中臣の太祝詞言言ひ祓へ贖ふ命も誰がために汝れ(万17-4055)
   あかぼしの  明星の 【枕詞】「明く」「飽く」などに懸かる。明星は金星。 明星の明くる朝は敷栲の-(万5-909) 
   あかも  赤裳 〔名詞〕紅色の腰裳。 -さ丹塗りの大橋の上ゆ紅の赤裳裾引き山藍もち-(万9-1746) 
   あから  赤ら 赤みをおびて美しいさまにいう語。 月待ちて家には行かむ我が挿せる赤ら橘影尓に見えつつ(万18-4084)
   -がしは  赤ら柏 柏の一種。若葉が赤味を帯びたもの。上代その葉が供物を盛る具として用いられた。今の「赤目柏」のことという。 印南野の赤ら柏は時はあれど君を我が思ふ時はさねなし(万20-4325)
   -けし  赤らけし 赤みを帯びている。 初土は膚赤らけし (記・中)
   -ひく  赤らひく 【枕詞】「日」「朝」「肌」「子」「敷妙」などに懸かる。 ぬばたまのこの夜な明けそ赤らひく朝行く君を待たば苦しも(万11-2393)
   -をとめ  赤ら乙女 血色のいい美しい少女。 赤ら乙女をいざささば良らしな-(記・中)
   -をぶね  赤ら小舟 赤く塗った小さな舟。 沖行くや赤ら小舟につと遣らばけだし人見て開き見むかも(万16-3890)
   -さま   あからさま  にわかに。たちまち。急に。 逐はれたる嗔猪、草中よりあからさまに出でて人を遂ふ (雄略紀)
この意味は、主として上代に用いられている。以後は、ちょっとかりに、かりにも、あきらか、明白に。などの意が主流となる。  
   あからしまかぜ  暴風 暴風。はやて。 海の中にしてにはかにあからしまかぜに遭ひぬ (神武紀)
   あからぶ  明からぶ 心を晴らす。 山川の浄き所をばたれとともにか見そなはし明からべたまむ(続紀)
   あがり   死体を葬るまでの間、しばらく安置しておくこと。もがり。 豊浦宮にもがりして无火あがりをす(仲哀紀)
    あかる    赤る   〔形容詞〕「赤し」の語幹「あか」に接尾語「る」が付いて動詞に。
① 赤くなる。② 熟して赤くなる。
 赤れるをとめ(応神紀)
②-島山に
赤る橘うずに刺し紐解き放けて-(万19-4290)
   あき
(あきのた)
  〔名詞〕四季の一つ。陰暦七月から九月までの称。立秋から立冬の前まで。
参考
木の葉も落ち、草も枯れ、衰えが意識されて、さびしく悲しい風情の季節とされた。夜長も秋の特徴であり、中古以後、和歌では同音から多く「飽き」にかけて用いられた。
秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88)
   -かけて  秋かけて 秋になると。 降りにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに (新古恋四-1334)
   -かたまく  秋たまく 秋に向かう。秋のころを待つ。 磯の間ゆ激つ山川絶えずあらばまたもあひ見む秋かたまけて(万15-3641)
   -さらば  秋さらば 秋になったならば。 秋さらば見つつしのへと妹が植ゑし屋前のなでしこ咲きにけるかも (万3-467)
   -さりくれば  秋さり来れば 秋がやってきたら。 -霜露の秋さり来れば生駒山飛火が岳に-(万6-1051)
   -されば  秋されば 秋になると。 秋されば春日の山の黄葉見る奈良の都の荒るらく惜しも(万8-1608)
   たつ  秋立つ 秋になる。
-春へは花かざし持ち秋立てば黄葉かざせり-(万1-38)
   -つば  秋つ葉 秋の紅葉。 秋つ葉ににほへる衣我れは着じ君に奉らば夜も着るがね(万10-2308)
   -のか  秋の香 秋草の香(一説には松茸の香)。 高松のこの嶺も狭に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ(万10-2237)
   -のこゑ  秋の声 秋の気配。草木吹き渡る風の音や砧の響きなどに感じる秋のもの寂しさ 五十鈴川空やまだきに秋の声したつ岩ねの松のゆふかぜ(新古神祇-1885)
   -のそで  秋の袖 秋着る衣服の袖。 松島やしほ汲む海士の秋の袖月はもの思ふならひのみかは(新古秋上-401)
   -のそら  秋の空 秋の天候の定まらないところから。また「飽き」にかけて心の移り易さ  
   -のたもと  秋の袂 涙で濡れている衣の袂。涙で濡れ易いことのたとえ。  物思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を(新古恋四-1314)
   -のは  秋の葉 秋の葉。紅葉した葉。もみじ。  秋の葉のにほひに照れるあたらしき身のさかりすらー(万19-4235) 
   -のほ  秋の穂 秋のよく実った稲穂。 秋の穂をしのに押しなべ置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
   (万10-2260)
   -のもものよ  秋の百夜 ただでさえ長い秋の夜を百も続けたほどの非常に長い夜。 今夜の早く明けなばすべをなみ秋の百夜を願いつるかも(万4-551)
   -ゆく  秋行く 秋になる。秋が来る。 神なびのみむろの山を秋ゆけば錦たちきる心地こそすれ(古秋下-296) 
   -よりのちのあき  秋よりのちの秋 陰暦の閏の九月。 なべて世の惜しさにそへて惜しむかな秋より後の秋の限を(新古秋下-550)
   -がしは  秋柏 【枕詞】「うるわ川」に懸かる。「秋柏」が霧などに潤うことから 秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに(万11-2482)
   -かぜ   秋風  ① 秋吹く風。 秋風の寒き朝明を佐農の岡越ゆらむ君に衣貸さましを(万3-364)
②「厭き」にかけて、愛情の醒めるのにたとえる。 秋風は身をわけてしも吹かなくに人の心のそらになるらむ(古恋五-787)
   -かぜの  秋風の 【枕詞】「吹く」「千江(ちえ)」に懸かる。 秋風のふきあげにたてるしらぎくは花かあらぬか浪のよするか(古秋下-272)
秋風の千江の浦廻の木屑なす心は寄りぬ後は知らねど(万11-2733)
   -かぜに  秋風に 【序詞】古今以降、枕詞が長い文節となり「序詞」となる 秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき(古秋下-286)
   -きぬと  秋来ぬと   秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古秋上-169)
   -きの  秋葱の 【枕詞】「ふたごもり」に懸かる。 あききのいやふたごもり思へかし(仁賢紀)
   -くさの  秋草の 【枕詞】「結ぶ」に懸かる。 神さぶといなにはあらず秋草の結びし紐を解くは悲しも(万8-1616)
   -さ  秋沙 「あきさがも」の略。鴨の一種。あいさ・あいさがも。 山の際に渡るあきさの行きて居むその川の瀬に波立つなゆめ(万7-1126)
   -さりごろも  秋さり衣 秋になって着る服。 織女の五百機立てて織る布の秋さり衣誰れか取り見む(万10-2038)
   -さる  秋さる 秋になる。 秋されば置くしら露にわがやどの浅茅が上葉色づきにけり(新古秋下-464)
   あぎ  吾君 相手を親しみ敬っていう語。 さざき(大雀命)あぎの言ぞわが思ほすがごとくなる(記・中)
   あきじこり  商じこり 買い損ない。商売上のしくじり。 西の市にただひとり出でて目並べず買ひてし絹の商じこりかも(万7-1268)
   あきしの  秋篠  奈良県奈良市秋篠町。市の西郊、西部生駒山の東方の地。奈良時代の光仁・桓武天皇の勅願寺秋篠寺があり、天平時代の伎芸天像は名高い。また、砧の音、霧の風情で知られる。 
   あきしのや  秋篠や   あきしのやと山の里や時雨(しぐ)るらむいこまのたけに雲のかかれる
   (新古冬-585)
   あきた  秋田 稲の実った田。 雲隠り鳴くなる雁の行きて居む秋田の穂立繁くし思ほゆ(万8-1571)
   あきだる   飽き足る  満足する。飽きるほど十分だと思う。 
〔語法〕普通、下に打ち消しの語をともない「あきだらぬ」「あきだらず」の形か、または反語の形で用いられる。
梅の花手折りかざして遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり(万5-840) 
   あきちかう・・・  あきちかう・・・ きちかうの花 (きちかうの花は、桔梗の花)
 
秋ちかう野はなりにけり白露のおける草葉も色かはりゆく(古物名-440)

   「秋近うのはなりにけり」に「きちかうの花」が隠してある。
   あきづ  秋津・蜻蛉 中古以後は「あきつ」「とんぼ」の古名 あきづ来てそのあむをくひて飛ぎき(記・下)
   -しま   秋津島・秋津洲
・蜻蛉洲
 
「日本国」の略称。また大和国をさしていう。あきつくに、あきつしまね。  
 【枕詞】「やまと」に懸かる。 -海原は鷗立ち立つうまし国ぞ蜻蛉島大和の国は(万1-2)
   -ひれ  蜻蛉領布 とんぼの羽根のように美しい布。上代、婦人が飾りに用いた。 -まそみ鏡に蜻蛉領布負ひ並め持ちて馬買へ我が背(万13-3328)
   あきつかみ  秋津神・現神 現世に姿を現している神の意から、天皇を尊んでいった語。 現つ神我が大君の天の下八島の内に国はしもさはにあれども-(万6-1054)
   あきづく  秋付く 秋らしくなる。秋めいてくる。 秋づけ時雨の雨ふり-(万18-4135)
   あきづののへ   秋津の野辺  今、秋津の名は残ってないが、吉野川を挟んで、宮滝とその対岸へかけて、秋津野と言ったものと思われる。宮滝の対岸御園の字に「アキト」という地名があり、それが秋津の名残と言われている。上流の川上村に今蜻蛉滝というところがあり、その地という説もあるが、「野」に相応しくないとされる。
   あきづはの  蜻蛉羽の 【枕詞】「そで」に懸かる。 あきづ羽の袖振る妹を玉櫛笥奥に思ふを見たまへ我が君(万3-379)
   あぎとふ   あぎとふ  ①小児らが片言でものを言う。
②魚が水面に浮いて口を開閉する。
① 皇子の鵠(白鳥)の音を聞きて始めてあぎとひしたまひき(垂仁紀)
② 魚みな浮び出でて水のままにあぎとふ(神武紀)
   あきの
 (あきのおほの)
 
 阿騎野
(阿騎の大野)
 
〔地名〕[「安騎野」「吾城野」「阿紀野」とも書く]
今の奈良県宇陀郡大宇陀町付近の野。上代の狩猟地。
 
-夕去り来れば み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ- (万1-45)
   あきのはの  秋の葉の 【枕詞】「にほふ」に懸かる。 -二上山は春花の咲ける盛りに秋の葉のにほへる時に-(万17-4009)
   あきはぎ  秋萩 〔名詞〕花が咲いている秋の萩。
我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを(万2-120)
-人の嘆きは相思はぬ君にあれやも
秋萩の散らへる野辺の-(万15-3713)
   あきはぎの   秋萩の  【枕詞】「うつる」「しなふ」「花野」に懸かる。  吹きまよふ野風をさむみ秋萩のうつりもゆくか人の心の(古恋五-781)
秋萩の花野のすすき穂には出でず我がひわたる隠り妻はも(万10-2289)
   あきやま  秋山 〔名詞〕美しく照り映える秋の山。  -取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ-(万1-16) 
   あきやまの   秋山の  【枕詞】「したふ(紅葉する)」「いろなつかし」などに懸かる。  秋山のしたひが下に鳴く鳥の声だに聞かば何か嘆かむ(万10-2243)
-夕日なすうらぐはしも春山のしなひ栄えて秋山の色なつかしき-
   (万13-3248)
   あきらけし   明らけし  ① 明らかである。はっきりしている。
② 曇りなく潔白である。清浄である。
-我を召すらめや明けく我が知ることを歌人と-(万16-3908)
磯城島の大和の国に明らけき名に負ふ伴の男心つとめよ(万20-4490)
   あきらむ   明らむ  形容動詞「あきらかなり」の語幹の一部「あきら」に接尾語「む」をつけて動詞としたもの。
物事をよく見る。はっきり見る。
秋の花種にあれど色ごとに見し明らむる今日の貴さ(万19-4279)
   あく  明く 〔自動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
夜が明ける。明るくなる。また、年・月・日などが改まる。
玉櫛笥覆ふをやすみ明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも(万2-93)
秋の夜の
明くるも知らず鳴く虫はわがごとものやかなしかるらん
  (古今秋上-197)
   あく  開く・空く 〔自動詞カ行四段〕
① 閉じてあるものなどが開く。あく。隙間・切れ目などができる。
② (差し止められていたことなどが) 解除される。終りになる。
③ 官職や地位に欠員ができる。
① 玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも(万2-93)
〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ
閉じられているものなどを開ける。隙間・切れ目などをつくる。
   あく   飽く・厭く  〔自動詞カ行四段〕
① 十分満足する。心ゆく。
② あきあきする。いやになる。いとわしくなる。
 
〔語法〕中古以後は、「あく」が単独で用いられることが少なく、ほとんどが「あかず」の形で用いられる。
沖つ風いたく吹きせば我妹子が嘆きの霧に飽かましものを(万15-3638) 
   あくた    さざきごみ、ちり、くず。 天にある日売菅原の草な刈りそね蜷の腸か黒き髪にあくたし付くも (万7-1281)
   あくまで  飽くまで 〔副詞〕思う存分。心ゆくまで。十分に。 都辺に立つ日近づく飽くまでに相見て行かな恋ふる日多けむ(万17-4023)
   あぐむ  足組む・趺む 〔自動詞マ行四段〕両足を組む。あぐらを組む。 その剣の前にあぐみ坐して-(記・上)
   あぐら  胡床・呉床 「足座(あしぐら)」の略。上代、貴人があぐらをして座る席。 しし待つとあぐらにいまし」(記・下)
   あぐらゐ  胡床居 あぐらして座っていること。 あぐらゐの神の御手もちひく琴に(記・下)
   あくるあした  明くる朝 次の日の朝。翌朝。明るくつとめて。 -明星の明くる朝は敷栲の床の辺去らず-(万5-909)
   あけ  朱・緋・赤 「赤」の転。  
   あけのそほぶね  朱の曽保船 「そほ」は塗料にした赤い土。赤く塗った奈良時代の船。 旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖に漕ぐ見ゆ(万3-272)
   あけ  明け 夜が明けること。夜明け。  
   あけく  明け来 〔自動詞カ行変格〕【こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ)】
次第に夜が明けてくる。
-荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 明け来れば 波こそ来寄れ-(万2-138)
   あげ  上げ 上へあげること。「上げ田」の略。 水を多み上田に種蒔き稗を多み選らえし業ぞ我がひとり寝る(万12-3013)
   あけさる  明けさる 「明く」と「去る」の複合。夜が明けて朝になる。 明け去れば榛のさ枝に夕されば藤の茂みに-(万19-4231)
   あげた  上げ田 高いところの作った水田。よく乾くという。 あげたをつくらば(神代紀)
   あげちらす  上げ散らす 格子などを開け放す。  
   あげつらふ  論ふ 「挙げ連る」の意。(一説に「あげ」は言挙げ、「つらふ」は争うの意)。道筋を立てて論じる。よしあしを言い立てる。 貴賎をあげつらふことなかれ。ただその心をのみ重みすべし(継体紀)
まづつばらかに黄泉神とあげつらはむ(記・上)
   あけぬ  明けぬ 「ぬ」は打ち消しの助動詞「ず」の連体形。夜明け前。 明けぬとて野辺より山に入る鹿のあと吹きおくる萩の下風(新古秋上-351)
   あけぼの     「ほのぼの明け」の転という。夜がほのぼのと明けようとしている。 
〔参考〕 枕草子冒頭の「春はあけぼの」が有名だが、「あけぼの」の用例は枕草子中のもこれだけで他になく、またこれ以前の歌・物語・日記にも「あかつき」が多用され「あけぼの」はほとんど出て来ない。一方「春のあけぼの」を美とする用例は、この枕草子以後急速に増し、多くの歌などによまれ、新古今集では代表的な季節の美となった。
 
   あげまき   揚げ巻き  ① 昔の子どもの髪の結い方の一つ。振り分け髪を中央から左右に巻き上げ両方の耳のところで結い上げたもの。
② 髪をあげまきに結う年頃。
① いまだあげまきにもあらぬ(景行紀)
② 天皇かぶろにましますより
あげまきにいたるまでに(允恭紀)
   あこ   吾子・我子  「あご」とも。子またはそれに準じる者を親しんで呼ぶ語。  今だにもあこよ(神武紀) 大船に真楫しじ貫きこの我子を唐国へ遣る斎へ神たち
   (万19-4264)
   あご   顎・腭  口の上下にある器官。あぎ・あぎと。  
 網子 「あみこ」の略。地引網を引く人。網引きする人。 大宮の内まで聞こゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び声(万3-239)
   あごねのうら   阿胡根の浦  〔地名〕所在未詳  我が欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ
   [或頭云 我が欲りし子島は見しを](万1-12)
 
   あさ    〔名詞〕夜が明けてから、しばらくの間。 ⇒「あした -坂鳥の 越えまして 玉限る 夕去り来れば み雪降る -(万1-45) 
  「浅し」の語幹から、浅い・薄い・軽い、の意。  浅瀬・浅緑
  くわ科の一年生栽培草木。夏から秋にかけて刈り、皮から繊維をとる。
あさを。たいま。
 
   あさあけ  朝明け 夜明け方。あさけ。  
   あざあざと  鮮鮮と あざやかに。はっきりと。  
   あさあらし  朝嵐 朝、強く吹く冷たい風。  
   あさい  朝寝 「い」は睡眠の意味の名詞。あさね。  
   あさか  浅香 〔地名〕
大阪市住吉区浅香町から堺市にかけての地域。古くは海で、「浅香の浦」、「浅香潟 (がた)」などと和歌に詠まれた。〔歌枕〕
夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)
   あさかげ   朝影  ① 朝、鏡や水に映る姿。
② 朝日に照らされて映る細長い影の意から、身の痩せ細った姿の譬。
①-朝影見つつ娘子らが手に取り持てるまそ鏡-(万19-4216)
朝影に我が身はなりぬ韓衣裾のあはずて久しくなれば(万11-2626)
   あさがすみ   朝霞  朝立つ霞。[一般的には「」]
① 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88) 
【枕詞】
煙のたなびくさまが似ていることから「鹿火(かひ)」に、幾重にもかかることから「八重(やへ)」に、かすんで見えることから「ほのか」に、その時季に立つことから「春日(かすが)」などにかかる。
朝霞鹿火屋(かひや)が下に鳴くかはづ声だに聞かば我れ恋ひめやも (万10-2269)
朝霞八重山越えて呼子鳥鳴きや汝が来る宿もあらなくに(万10-1945)
殺目山行き返り道の
朝霞ほのかにだにや妹に逢はざらむ(万12-3051)
朝霞春日の暮は木の間より移ろふ月をいつとか待たむ(万10-1880)
   あさかは   浅川 水の浅い川。 浅川わたる 男女の縁の薄いたとえ
 朝川 朝渡る川。朝の川。 ⇔ 夕川。 -大宮人は 舟並めて 朝川渡る 舟競ひ 夕川渡る この川の-(万1-36)
人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116) 
   あざがへす  糾返す 「糾ふ(交える、組む)」と「返す」の複合。繰り返す。引っ繰り返す。何度も何度もする。  
    あさがほ    朝顔・朝貌   ① 朝起きたばかりの顔。あさがたち。
② 草木の名。今のあさがお。しののめぐさ。
③ 草木の名。今の桔梗、むくげ、ひるがお、と諸説がある。
朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけれ(万10-2108)
   あさがほの  朝顔の 【枕詞】「ほ」に懸かる。 言に出でて言はばゆゆしみ朝顔の穂には咲き出ぬ恋もするかも(万10-2279)
   あさがみ  朝髪 朝起きたばかりで整えていない髪。  
   あさがみの  朝髪の 【枕詞】「乱る」に懸かる。 朝髪の思ひ乱れてかくばかり汝姉がふれぞ夢に見えける(万4-727)
    あさかやま    朝香山・安積山
 浅香山
三重県一志郡にある山。紅葉、蛍の名所。  
福島県郡山市にある小高い山。安積の沼とともに有名。万葉集には風流な前采女(さきのうねめ)に関する伝説がある。  
【枕詞】「浅し」に懸かる。  
   あさがら  麻幹 麻の茎の皮を剥ぎ取ったもの。盂蘭盆の聖霊会の箸に用い、また焼いて火口(ほぐち)の炭、画工の焼筆などにする。をがら。  
   あさがり  朝狩り 早朝行う狩り。 後れ居て恋ひば苦しも朝猟の君が弓にもならましものを(万14-3590)
   あさぎぬ   麻衣  ① 麻の布で仕立てた衣服。
② 喪のときに着る麻の衣服。
-真間の手児名が麻衣に青衿着け-(万9-1811) 
-宮の舎人もたへの穂のあさぎぬければ-(万13-3338)
   あさぎり  朝霧 朝、立ちこめる霧。秋   ⇔夕霧   朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留め得むかも我がやどの萩(万19-4248)
   -がくり  朝霧隠り 立ち込める朝霧の中に隠れて。 明け暮れの朝霧隠り鳴きて行く雁は我が恋妹に告げこそ(万10-2133)
   あさぎりの   朝霧の  【枕詞】「思ひまどふ」「乱る」「八重山」「立つ」「おほに」に懸かる。  あさぎりの思ひまどひて杖足らず八尺のなげき嘆けども-(万13-3358)
朝霧のおほに相見し人故に命死ぬべく恋ひわたるかも(万4-602)
   あさぐもり  朝曇り 朝、空の曇っていること。 さびしさはみやまのあきのあさぐもり霧にしをるるまきのした露
    (新古秋下-492)
   あさけ  朝明 「あさあけ」の略。夜明け方。 今朝の朝明雁が音聞きつ春日山もみちにけらし我が心痛し(万8-1517)
   -のすがた  朝明の姿 明け方起きて出で立つ姿。特に夜明けに女の家を出て行く男の姿。 我が背子が朝明の姿よく見ずて今日の間を恋ひ暮らすかも(万12-2852)
   -のなごり  朝明の余波 明け方、潮の引いたあとになぎさに残る海水。 名児の海の朝明のなごり今日もかも磯の浦廻に乱れてあらむ(万7-1159)
   あさげ  朝食 古くは「あさけ」、「朝のけ(食事)の」意。朝の食事。⇔ゆうげ  
   あざけり  嘲り 嘲笑、馬鹿にして笑うこと。  
   あざける   嘲る  ① 声を上げて詩歌を吟じる。風月に興じて吟じる。
② そしり笑う。わるくいう。
 
   あさこぎ  朝漕ぎ 朝、舟を漕ぎ出すこと。 朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唱ふ舟人(万19-4174)
   あさごち  朝東風 朝、吹く東の風。 春日野の萩散りなば朝東風の風にたぐひてここに散り来ね(万10-2129)
   あさごと  浅事 あさはかなこと。つまらないこと。  
   あさごほり   朝氷・浅氷  初冬や初春の朝はる薄い氷。  
【枕詞】「とく」に懸かる。  
   あさごろも  麻衣 あさぎぬ。 麻衣着ればなつかし紀伊の国の妹背の山に麻蒔く我妹(万7-1214)
   あささらず  朝さらず 朝ごとに。毎朝。 -御笠の山に朝さらず雲居たなびき-(万3-375)
   あささる  朝さる 「さる」は時が来るの意。朝になる。明けはなれる。明けさる。
 ⇔夕さる
朝されば妹が手にまく鏡なす-(万15-3649)
   あさじのはら  浅小竹原 丈の低いしの竹のはえている原。 あさじのはら腰なづむ空は行かず足よ行くな(記・中)
   あさしほ  朝潮 朝、さしてくる潮。⇔夕潮 堀江より朝潮満ちに寄る木屑貝にありせばつとにせましを(万20-4420)
   あさじみ  朝凍み 朝、道路などが凍っていること。  
   あさじめり  朝湿り 朝、霧や露で、しっとりとしめっていること。 薄霧のまがきの花の朝じめり秋は夕べとたれかいひけむ(新古秋上-340)
   あさしもの  朝霜の 【枕詞】「消(け)」に懸かる。 朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして(万12-3059)
   あさすずみ  朝涼み 夏の朝の涼しい頃。朝すず。夏の朝、涼しい風に吹かれること。  
   あさせ  浅瀬 水が浅く、波の立つところ。  
   -にあだなみ  浅瀬にあだ波 思慮の浅いものは、事に当たって落ち着きがないこと。古今集の恋四「そこひなき淵やはさわぐ山川の浅き瀬にこそあだ波はたて」によるという。  
   あさぜち  朝節 節句の朝、節句舞をすること。⇔ゆふぜち  
   あさだち  朝立ち 朝早く、旅に出ること。朝の旅立ち。 -群鳥のあさだちいなばおくれたる吾や悲しき-(万17-4032)
   あさぢがはな  浅茅が花 あちがやの花。茅花の伸びて短い穂になったもの。 秋萩は咲くべくあらし我がやどの浅茅が花の散りゆく見れば(万8-1518)
   あさぢはら  浅茅原 【枕詞】「つばらつばら」に懸かる。 浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも(万3-336)
   あさぢふ   浅茅生  浅茅の生えているところ。「あさぢがはら」。  
「生」は草などのはえているところをいい、他に「蓬生(よもぎふ)」「麻生(をふ)」などがある。  
   あさぢふの  浅茅生の 【枕詞】「小野」に懸かる。  
   あさづくひ  朝づく日 【枕詞】「向かふ」「日向」に懸かる。 朝月の日向黄楊櫛古りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ(万11-2505)
   あさづくよ   朝月夜  ①「つくよ」は「月」の意。明け方の月。
②月の残っている夜明け。
秋 ⇔夕月夜
 
①-朝月夜さやかに見れば栲の穂に夜の霜降り-(万1-79)
②-
あさづくよ明けまく惜しみ-(万9-1765)
   あさつゆ  朝露 朝、草木においた露。はかないものの譬えにいう。  
   あさつゆの   朝露の  【枕詞】「消(け)」「いのち」「おく」に懸かる。  あさつゆの消なば消ぬべく恋ふらくも-(万13-3280)
後つひに妹は逢はむと
朝露の命は生けり恋は繁けど(万12-3054)
   あさで  麻布・麻手 「麻栲(あさたへ)」の略。また「で」は接尾語とも、「麻の葉」が手を広げた形に似ているところから、ともいう。  
   あさと  朝戸 朝方開ける戸。  
   あさどこ  朝床 朝、まだ寝床にいること。 天若日子があさどこに寝し高胸坂に中りて死にき(紀・上)
    あさとりの    朝鳥の   【枕詞】「通ふ」「ねなく」「朝立つ」に懸かる。   あさとりの通はす君が-(万1-196)
朝鳥の哭のみし泣かむ我妹子に今またさらに逢ふよしをなみ(万3-486)
あさとりの朝立ちしつつ-(万9-1789)
   あさな  朝菜 朝飯の副食物。海草、野菜など。⇔夕菜 いざ子ども香椎の潟に白栲の袖さへ濡れて朝菜摘みてむ(万6-962)
   あさなあさな   朝な朝な  〔副詞〕毎朝。朝ごとに。あさなさな。⇔夜な夜な  朝な朝な立つ川霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり(古恋一-513)
あさなさな上がるひばりになりてしか都に行きて早帰り来む(万20-4457)
   あさなぎ  朝凪 朝がた、海上の風が穏やかになり、波も静まること。夏 ⇔夕なぎ  あさなぎにかこの声呼び-(万4-512)
   あさにけに  朝に日に 〔副詞〕朝ごとに。朝に昼に。いつも。 いかならむ日の時にかも我妹子が裳引きの姿朝に日に見む(万12-2909)
   あさはふる  朝羽振る 朝がた鳥が羽ばたく。風や波が立つことのたとえ。⇔ 「夕羽振る -青なる玉藻沖つ藻あさはふる風こそ寄らめ夕羽振る波こそ来寄れ- (万2-131)
   あざはる  糾はる 絡み合う。捩れ合う。纏わり付く。あざなはる。 わが手をば妹にまかしめ、まさきづら手抱きあざはり(継体紀)
   あさひかげ  朝日影 「かげ」は光の意。朝日の光。 朝日かげにほへる山のさくら花つれなく消えぬ雪かとぞ見る(新古春上-98)
   -さし   朝日さし  【枕詞】「そがひに見ゆ」「まぎらはし」に懸かる。  朝日さしそがひに見ゆる-(万17-4027)
上つ毛野まぐはしまとに
朝日さしまきらはしもなありつつ見れば (万14-3426)
   -さす  朝日さす 【枕詞】地名に「春日」に懸かる。 冬過ぎて春来るらし朝日さす春日の山に霞たなびく(万10-1848)
   -なす  朝日なす 【枕詞】「なす」は「・・・のように」の意。「まぐはし」に懸かる。 あさひなすまぐはしも夕日なすうらぐはしも-(万13-3248)
   -の  朝日の 【枕詞】「ゑみさかゆ」に懸かる。 あさひのゑみさかえきて(記・上)
   あさびらき  朝開き 朝、船出すること。 あさびらき漕ぎ出てくれば武庫の浦のしほひの潟に鶴が声すも (万15-3617)
   あさぶすま  麻衾 「ふすま」は掛け布団の意。麻布で作った、粗末な夜具。 -寒くしあればあさぶすまひきかがふり-(万5-896)
   あさぼらけ  朝朗け 朝の、ほのぼのと明るくなった頃。夜明け方。 朝ぼらけ有り明けの月と見るまでに吉野の里に降れる白雪(古冬-332)
   あさみ  浅み 「み」は名詞を作る接尾語。川などの浅い所。⇔深み  
   あさもよし  朝(麻)裳よし 【枕詞】「よし」は詠嘆の助詞。
「紀」(紀国、紀人、城上)に懸かる。
あさもよし紀伊へ行く君が真土山越ゆらむ今日ぞ雨な降りそね (万9-1684)
   あさもよひ    朝催ひ   ① 朝食の支度、また食事をすること。② 朝食の頃。   
【枕詞】「あさもよし」の転じたもの。「き」に懸かる。   
      あざやか      鮮やか     ① 明らかに麗しいさま。はなやか。② 際立っているさま。はっきり。
③ すっきりとしたさま。

④ 性質・言動などが、きっぱりとしているさま。 
⑤ 新鮮だ。生きがいい。 
    
      あざやぐ      鮮やぐ     〔自動詞〕(普通「たり」「て」を伴って)
① 際立っている。極めて新鮮な趣を見せる。

② てきぱきしている。快活だ。はっきりしている。
③ しなやかでない。ごわごわしている。
 
   
〔他動詞〕あざやかにする。はでにする。   
    あさゆふ    朝夕   ① 朝と夕。朝と晩。
② 朝夕の炊煙。生活。生計。
 
 
〔副詞〕毎日。いつも。  
   あさよひ  朝宵 朝と夕。朝も晩も。 畏きや天の御門を懸けつれば音のみし泣かゆあさよひにして(万20-4504)
   あさらか  浅らか 〔形容動詞〕薄いさま。浅いさま。あっさりしたさま。 くれなゐの薄染め衣浅らかに相見し人に恋ふるころかも(万12-2978)
   あざらか  鮮らか 〔形容動詞〕新鮮なさま。いきいきとしているさま。  
   あざらけし  鮮らけし 〔形容詞〕「あさらけし」とも。鮮やかである。新鮮である。  
   あさらのころも  浅らの衣 〔名詞〕薄い色で染めた衣服。 桃花染めの浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも(万12-2982)
    あさり    浅り 〔名詞〕海や川などの水の浅いところ。浅瀬。あさみ。あ  
 漁り  ① 魚を獲ること。食物を探し求めること。
② えさを求めること。
 あさりすと磯に我が見しなのりそをいづれの島の海人か刈りけむ (万7-1171)
② 夕なぎに
あさりする鶴潮満てば沖波高み己妻呼ばふ(万7-1169)
    あさる    漁る   ① えさや食物を求める。② 魚貝や海藻をなどを採る。
③ 物を探し求める。探し出す。
① 草香江の入江にあさる葦鶴のあなたづたづし友なしにして(万4-578)  
       あざる       狂う・戯る      〔自動詞ラ行四段〕(語感)正常な心を失う。異常な心理になる。
① 取り乱して騒ぐ。うろたえる。
② 荒れすさぶ。③ ふざける。④ くつろぐ。儀式ばらないでくだける。
⑤ 風雅だ。しゃれている。
     
   あざる  鯘る 〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
魚肉などが腐る。
海人の苞苴 (オホニヘ、網籠に入れた魚の贈り物)、かよふあひだにあざれぬ (仁徳紀)
   あざれがまし  あざれがまし 〔形容詞シク活用〕ふざけてみえる。まじめでないように見える。  
   あざればむ  あざればむ 〔自動詞マ行四段〕まじめでないように見える。  
   あざわらふ   あざ笑ふ  ① 周囲に対する気兼ねや遠慮なしに大声で笑う。
② 人を軽蔑して笑う。嘲笑する。
 
 
       あし       足・脚      〔名詞〕
人間や動物の、からだを支えたり移動したりするための器官。あし。
① 歩くこと。歩み。② 物の下で上をささえているもの。
③ 太刀の名所で帯取りをつける金具。足がね。④ 餅などのねばり。
⑤「銭」の異名。⑥ 船の水につかっている部分。
我が聞きし耳によく似る葦の末のひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
① 夢路には
もやすめず通へどもうつつに一目見しごとはあらず (古今恋三-658)
     
   -があがる  足が上がる 頼るところがなくなる。  
   -たゆく  足たゆく 足がだるくなるほど、たびたび。  
   -のけ  足の気 脚気。  
   -ふみぬく  あし踏みぬく 勢いよく足を踏む。踏みつける。  三宅の原ゆ 直土に 足踏み貫き 夏草を-(万13-3309)
   -をかぎりに  足を限りに 足の力の続く限り。足をはかりに   
   -をくはる  足を食はる わらじで足を痛める。  
   -をそら  足を空 慌てて心の落ち着かないさま。急いでいくさま。   
   あし  葦・蘆 〔名詞〕植物の名。=よし。
水辺にはえ、春芽を出す。秋、細かい紫色の小花からなる大きな穂を出す。水辺の、特に「難波 (なには)」の景物として歌に詠まれることが多い。
 
葦の芽・春 葦茂る・夏 葦の花・秋 葦の穂
我が聞きし耳によく似るの末の足ひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
   -のかりね  葦の仮寝 葦を序とし「刈り根」を「仮寝」に言いかけたもの。ちょっと寝ること   
   -のかりほ  葦の仮庵 葦を序とし「刈り穂」を「仮庵」に言いかけたもの。仮の宿。   
   -のしのや  葦の篠屋 葦または篠で屋根を葺いた家。  
   -のふしのま  葦の節の間 短いことの形容。  難波潟みじかき葦のふしのまもあはでこの世を過ぐしてよとや (新古恋一-1049)
   -のまよひ  葦の迷ひ 葦が風に乱れるように、歩み行く足の乱れること。  
   -のまろや  葦の丸屋 葦で葺いた粗末な仮の小屋。   
   -のや  葦の矢 葦の茎で作った矢。宮廷で十二月晦日の追儺の儀式の時、鬼を射るのに桃の木の弓とともに用いたもの。  
      あし      悪し     〔名詞〕
① 悪い。みにくい。卑しい。不快である。憎い。粗末だ。まずい。
② へただ。不都合だ。失礼だ。具合が悪い。
③(性格や行動の)たけだけしく恐ろしい。険しい。険悪である。
  
〔語法〕この語の連体形は「あしき」が普通だが、「あしかる」の例がまれに見える。終止形に「あしし」を用いた例もまれにある。  
〔参考〕「あし」と「わろし」との違い。
ともに形容詞で、「悪い」の意が本義だが、用例を見ると、自然使い分けがある。「あし」は、用い方によっていろいろ内容は変るが、だいたいは本質的に悪いと積極的に否定する意識の上に立って言う。これに対して「わろし」は、「よくなくて、従って悪い」というような、相対的・消極的な否定の意識、しかも外面的な意味で用いる。この関係は「よし」に対する「よろし」の関係と同じである。なお「あし」は上代から使われるが、「わろし」は中古に入ってから、見られる。
 
   -かんなる  悪しかんなる 悪い。よくない。  
   -きもの  悪しきもの 人に祟って害を加える怪物。=もののけ  
   -けひと  悪しけ人 「悪しき人」の東国なまりという。悪い人。悪者。 ふたほがみ悪しけ人なりあたゆまひ我がする時に防人にさす(万20-4406)
    あしあらひ    足洗ひ   〔名詞〕
① 足を洗うたらい。② 足で踏んで物を洗うこと。
③ 人の足を洗うような卑しい職業の者。
  
   あしうら  足占  →あうら  
   あじか   ざるのような形をした、土などを入れて運ぶ道具。竹、葦、藁等で編む  
   あしかき  葦垣 葦でつくった垣。 葦垣の中のにこ草にこやかに我れと笑まして人に知らゆな(万11-2772)
    あしかきの    葦垣の   【枕詞】「ふる」「思ひ乱る」「吉野」「ほか」に懸かる。   -難波の国は 葦垣の 古りにし里と 人皆の-(万6-933)
-天雲の ゆくらゆくらに 
葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻の-(万13-3286)
我が背子に恋ひすべながり
葦垣の外に嘆かふ我れし悲しも(万17-3998)
   あしかけ   足掛け  ① 足を踏みかけるもの。足場。
② 年月を年や月にまたがって、おおまかに数えること。
 
   あしかせ  足枷 「あしがせ」とも。罪人の足にはめて自由のきかないようにした刑具。  
   あしがちる  葦が散る 【枕詞】「なには」に懸かる。 海原のゆたけき見つつ葦が散る難波に年は経ぬべく思ほゆ(万20-4386)
   あしがなへ  足鼎 底に三本の足がある釜で、食物を煮るのに用いる。今の香炉がこの形。  
   あしがに  葦蟹 葦の生えている水辺にいる蟹。 -難波の小江に 廬作り 隠りて居る 葦蟹を 大君召すと-(万16-3908)
   あしかひ  葦牙 葦の若芽。 葦牙の抜け出たるがごとし (神代紀・上)
   あしがも  葦鴨 (葦の生えてる水辺にいるところから)「鴨」の異名。  
   あしがもの  葦鴨の 【枕詞】「うち群れ」に懸かる。  
   あしがらをぶね  足柄小舟 柄山の木材で造った船。足柄山は良い舟材を産出して知られた。 百づ島足柄小舟歩き多み目こそ離るらめ心は思へど(万14-3384)
   あしかり  葦刈り 葦を刈ること。また、その人。 葦刈りに堀江漕ぐなる楫の音は大宮人の皆聞くまでに(万20-4483)
   -をぶね  葦刈り小舟 葦を刈って積む船。  
   あしぎぬ   「悪し絹」の意から、糸が粗く、粗悪な絹織物。  
   あしく  悪しく 〔副詞〕形容詞「あし」の連用形から、悪く、間違えて、へたに。  
   あしげ  悪し気 形容詞「あし」に、様子を表す接尾語「げ」がついたもの。悪い様子。いかにもへたな様子。  
   あしこ  彼処 〔遠称の指示代名詞〕場所をさす。あそこ。=かしこ、かのところ。  
   あしざま  悪し様 〔形容動詞〕(多く、悪意を含む)悪い様子。⇔善様(よざま)。  
   あししろ  足代 ① 材木を組んで、高いところに登る足掛かり。足場。②基礎。  
   あしじろのたち  足白の太刀 二つの足金を銀で作った太刀。  
   あしすだれ   葦簾  ① 葦の茎を、糸で編んで作ったすだれ。よしず。
② 諒闇の時、天皇のこもる御座にかける鈍色の布で淵を取ったよしず。
 
   あしずり  足摺り 足を地面に摺り、身もだえして怒り嘆くこと。  
   あしずる  足摺る・足摩る 「あしする」とも。足摺りをする。地団駄を踏む。 -立ち踊り 足摺り叫び 伏し仰ぎ-(万5-909)
   あしぞろへ  足揃へ 五月五日の賀茂祭りの競馬に先立ち、五月一日に試乗すること。  
    あした       ① あさ。⇔ゆふべ。宵。
②(何か事が起こったあとの朝の意から)翌朝。


〔古文では、明日の意味での用例は少ない〕
【あした】は夜の時間の終り
「あさ」の意に近いが、「あさ」が一日を昼と夜に分けた、昼の時間の始まりを表すのに対して、「あした」は「ゆふべ→よひ→よなか→あかつき→あけぼの→あした」と続く、夜の時間の終りを表す。
「あさ」は「あさかげ」「あさつゆ」など複合語となることが多く、単独では多く「あした」が使われた。
⇒「あかつき」「あさ
   -のつゆ   朝の露  ① 朝の間、草葉などにおく露。あさつゆ。
② 人生など、はかなく消えやすいたとえ。
 
   -ゆふべ  朝夕 朝夕。いつも。常々。  
   -どころ  朝所   あいたんどころ  
   あしだか   足高  ① 足の丈の高いさま。すねの長く見えるさま。
② 道具の、高い足の付いたもの。
 
   あしだち  足立ち 足を立てる所。足場。  
   あしたづ  葦田鶴 「鶴」の異名。葦の生えている水辺にいるところからいう。 潮干れば葦辺の騒くあしたづの妻呼ぶ声は宮もとどろに(万6-1068)
   あしたづの   葦田鶴の  【枕詞】「音になく」「たづたづし」「乱る」に懸かる。  住江のまつほど久になりければあしたづのねになかぬ日はなし(古恋五-779)
草香江の入江にあさる
葦鶴のあなたづたづし友なしにして(万4-578)
   あしだま  足玉 足首につけた飾りの玉。 皇女がもたる足玉手玉をな取りそ(仁徳紀)
   あしだまり  足溜まり ① ちょっと止まる所。② 足をかける所。足がかり。  
   あしつき  足付き ① 歩き方。②「足付き折敷」の略、足の付いた折敷。  
   あしつき  葦付き 淡水に生える藻の一種。葦の茎や石などに付く。あしつきのり。 雄神川紅にほふ娘子らし葦付き取ると瀬に立たすらし(万17-4045)
   あしつぎ  足継ぎ 踏み台。踏継ぎ。  
   あしづつ  葦筒 葦の茎の内側についている薄い紙のような皮。  
   あしづつの  葦筒の 【枕詞】「一重」「薄き」に懸かる。  
   あしづの  葦角 とがっているところから、葦の新芽。葦牙(あしかひ)。  
   あしつを   足津緒  ① 琴の弦の端に、白、黄色、浅黄、薄萌黄の四色の糸をよった組み糸で結びかがったもの。
② 乗馬の口につけて引く、太く長いさしなわ。
 
   あしで   葦手  「手」は筆跡で、葦のように書いた筆跡の意。  
① →あしでがき。② 紅などで、葦の形を下絵にした紙。  
   あしでがき  葦手書き 平安時代に始められた美術的な仮名書き書体の一つ。水の流れを絵に書いて、そばに歌を墨書書きの草仮名で、葦の生い茂っているように細く書いたもの。のちには石・家・島などの形にもかたどって書いた。  
   あしてかげ  足手影 「かげ」は、姿・形の意。手足の影。面影。あ  
   あしどり  足取り あるきつき。足の運び。  
   あしなふ  蹇ふ 足が自由にならないで思うように歩けない。=あしなへぐ。  
   あしなへ  蹇へ・跛へ 足の不自由なこと。 那良戸よりはあしなへ盲会はむ(記・中)
   あしなみ  足並み ① 隊を組んでいくときの足の揃い方。歩調。②足ごと。  
   あしに  葦荷 刈り取った葦の積み荷。 大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも(万11-2758)
   あしねはふ  葦根はふ 【枕詞】「した」「憂き」に懸かる。  
   あしのねの  葦の根の 【枕詞】「ねもころ」「分く」「短き」「憂き」「夜」「世」に懸かる 葦の根のねもころ思ひて結びてし玉の緒といはば人解かめ(万7-1328)
   あしはや  足速 「あし」は船の水に浸かっている部分の意。船足の速いこと。あはや。  
   あしはら  葦原 〔名詞〕葦の生い茂った広い原。 葦原にしけしき小屋に(記・中)
   -のなかつくに  葦原の中国 (葦原の中にある国の意で)日本国の称。 葦原の中国をことむけをへぬとまをす(記・上)
   -のみずほのくに  葦原の瑞穂の国 葦原の中にあって、瑞々しい稲の実っている国の意で、日本の美称。 葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける すめろきの(万18-4118)
   あしひ  葦火 〔名詞〕葦を乾かして、焚き木としてもやす火。  
   あしび  馬酔木  〔名詞〕木の名。春、つぼ形の白い小花をふき状につける低木。葉に毒があって、牛馬が食うと中毒する。奈良地方の馬酔木は、特に有名。
あせみ、あせび、とも言う。
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに (万2-166)
   あしびなす  馬酔木なす 【枕詞】「栄ゆ」に懸かる。  酔木なす栄えし君が掘りし井の石井の水は飲めど飽かぬかも(万7-1132)
   あしひきの   足引きの  【枕詞】上代は「あしひきの」の後、「あしびきの」と濁る。「山」「峰」「尾の上」「やつを」「岩根」「岩」「木」「あらし」「野」「遠面」「葛城山」「笛吹山」「岩倉山」などに懸かる。 あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに(万2-107)
あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる(万7-1092) 
語義には「青繁木(あをしみき)」の意。「足を曳きあえぎつつ登る」の意、「山すそを長く引く」の意など多くの説がある。 
   あしふ  葦生 〔名詞〕葦の生い茂ったところ。  
   あしぶ  葦火 〔名詞〕上代東国方言。「ぶ」は「火」の意。→あしび 家ろには葦火焚けども住みよけを筑紫に至りて恋しけ思はも(万20-4443)
   あしふいご  足鞴 〔名詞〕足指で柄をはさみ押したり引いたりして風を起こすふいご。  
   あしぶみ  足踏み 〔名詞〕舞などの足拍子。あしどり。  
   あしべ  葦辺 〔名詞〕葦の生えている水辺。 若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(万6-924)
   あしほやま  葦穂山 【枕詞】「悪しかる」に懸かる。 筑波嶺にそがひに見ゆる葦穂山悪しかるとがもさね見えなくに(万14-3409)
   あしま  葦間 〔名詞〕葦のしげみの間。 すむひともあるかなきかのやどならしあしまのつきのもるにまかせて (新古雑上-1528)
   あしまくら  葦枕 〔名詞〕葦の生えている水辺で宿ること。  
   あしまゐり  足参り 〔名詞〕貴人の足をもみさすること。  
   あしもと   足元・足下  〔名詞〕① あしのあたり。② 身のまわり。③ 足の運び具合。 -遠きところも出でたつあしもとよりはじまりて-(古今・仮名序) 
   -からとりがたつ  足から鳥が立つ 突然身辺に意外なことが起こる。  
   -のあかるいうちに  足元の明るい内に 自分の運が、まだ傾ききらないうちに。  
   -をみる  足元を見る 弱点に乗じる。  
   あす  明日 〔名詞〕あした。翌日。 うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む(万2-165)
   あすか  明日香 〔地名〕[歌枕]「飛鳥」とも書く。
奈良県高市郡明日香村および橿原市東部。北は大和三山で限られ、飛鳥川がその中央部を流れる。推古天皇以後約百年間、皇居のあった地。明日香の枕詞「飛ぶ鳥の」から「飛鳥」の字をあてる。
飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ
  [一云 君があたりを見ずてかもあらむ](万1-78)
   あすかかぜ   明日香風  飛鳥の地を吹く風。  采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万1-51) 
   あそび  遊び 〔名詞〕
① 慰み。行楽。② 詩歌。音楽。遊芸など。
③ 特に管弦のあそび。音楽を奏でること。④ 狩り。⑤ 神楽。歌舞。
⑥ 子供の遊戯。⑦ 賭け事や酒色にふけること。遊興。
⑧ 「遊び女 (め)」の略。明
① 白露を取らば消ぬべしいざ子ども露に競ひて萩の遊びせむ(万10-2177)
④ 鳥の
遊び、すなどり(=漁) しに(記上)
   あそびを  遊び男 〔名詞〕雅楽を奏する人。楽人。  
   あたり  辺り 〔名詞〕
① あるものの周辺。付近。近いところ。
② 婉曲に家・人などをさす語。
① 埴生坂我が立ち見ればかぎろひの燃ゆる家群妻が家の辺り-(記下)
   あづさゆみ   梓弓 〔名詞〕梓の木で作った弓。梓。
【枕詞】弓の縁。「い・いる・ひく・はる・本・末・弦・おす・寄る・かへる・ふす・たつ・や・音」に懸かる。 梓弓引きみ緩へみ来ずは来ず来ば来そをなぞ来ずは来ばそを(万11-2648)
梓弓春山近く家居れば継ぎて聞くらむ鴬の声(万10-1833)
   あづまひと
 あづまうど
 あつまつ 等
 東人  東国 (三河・信濃以東をいうか) の人。 東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師](万2-100)
   あひみる  相見る・
 逢ひ見る
〔他動詞マ行上一段〕【ミ・ミ・ミル・ミル・ミレ・ミヨ】
① 対面する。会見する。② 男女が関係を結ぶ。
山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(万1-81)
   あふ   合ふ 〔自動詞ハ行四段〕
① 一つになる。一緒になる。一致する。
② 調和する。似合う。つり合う。
 
〔補助動詞ハ行四段〕[動詞の連用形の下に付いて]
複数のものが同じ動作をする意。「みんな~する・~しあう」
うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば(万1-82)
 会ふ・逢ふ・
 合ふ
〔自動詞ハ行四段〕
① 出会う。対面する。来あわせる。
②(時間・機会に)出くわす。あたる。適合する。
③ 男女が契る。結婚する。④ 立ち向かう。対抗して争う。
 
① 楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
    [一云 逢はむと思へや](万1-31)

④ 香具山と耳成山とあひし時立ちて見に来し印南国原(万1-14) 
 敢ふ 〔自動詞ハ行下二段活用〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① たえる。もちこたえる。こらえる。
② まあ、よしとする。さしつかえない。
① -見えつつ かく恋ひば 老いづく我が身 けだしあへむかも (万19-4244)
〔補助動詞ハ行下二段活用〕
(動詞の連用形の下について) 終わりまで~しおおせる。完全に~しきる。
また、しいて~する。
【語法】
「あへず」「あへなむ」と、助動詞をともなって用いられることが多い。
 
天雲に雁ぞ鳴くなる高円の萩の下葉はもみちあへむかも(万20-4320)
 (接ふ) 【有斐閣「万葉集全注巻第二-116 題詞「接」」注】但馬皇女在高市皇子宮時竊穂積皇子事既形而御作歌一首
「万象名義」に「子反會・□□持・合」とあり、「新撰字鏡」に「子□反支也持也引也跡也交也也対也」と注されている。
「交」は「人妻に吾も交らむ」(9・1759) の例のように「マジハル」とも訓まれるが、男女関係を広くあらわす「アフ」とも訓まれるので、ここは「交・会・接」に通ずる訓としてそれによっておく。
   あふみ   近江  〔地名〕旧国名。東山道八カ国の一つ。今の滋賀県。
琵琶湖は淡水なので、古くは「淡海」と書いた。「近江」は、「遠江(とほたふみ)」に対して「近つ淡海(=都に近い淡海、すなわち琵琶湖)」の意。

[淡海]
 淡海(=淡水の海)のある国、近江の国(滋賀県)。
[
近江の海]
 歌枕。「近江の湖(うみ)」とも書く。
 
 江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(万-268)
 
   あひ     〔接頭語〕動詞に付いて、
① いっしょに。二人で。② 互いに。③ 語調を整え、重みを加える。
 
③ たらちねの親の守りとあひ添ふる心ばかりは関なとどめそ(古今離別-368)
   あま       〔名詞〕天。空。
【参考】「あめ」の古形という。多く「天の」「天つ」「天飛ぶ」など、他の語に付いた形で用いられる。
 
あをによし奈良の都にたなびける天の白雲見れど飽かぬかも(万15-3624)
   〔名詞〕
① 出家して仏門に帰依した女性。
②《近世語》童女・女性をいやしめていう語。
 
 
 海人・海士・蜑  〔名詞〕
① 漁業や製塩に従事する人。漁師。漁夫。あまびと。
②〔「海女」とも書く〕海に潜って貝・海藻などをとる女性。
 
① 打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります(万1-23)
   あまざかる   天離る  【枕詞】[「あまさかる」とも]
天空のはるか彼方に離れていることから、「ひな(田舎)」「向かふ」にかかる。
 
天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ
    [一本云 家のあたり見ゆ] (万3-256)
天離る鄙に五年住まひつつ都のてぶり忘らえにけり(万5-884)
 
   あまたらす  天足らす 〔四段動詞「あまたる」の未然形「あまたら」+上代尊敬の助動詞「す」〕
天に満ちていらっしゃる。
天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり(万2-147)
   あまづたふ   天伝ふ  〔自動詞ハ行四段〕大空を伝わる。 -大殿の上に ひさかたの 天伝ひ来る 雪じもの 行き通ひつつ-(万3-263)
【枕詞】「入日」「日」にかかる。 -隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と-(万2-135)
   あまねし  遍し・普し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
すみずみまで行き渡っている。
 
   あまの   天の  〔連体詞〕[名詞「天(あま)」に格助詞「の」が付いたもの]
「あめの」とも。天空、または宮廷に関係ある事物に冠する語。
 「天(てん)の」「天にある」
〔例語〕
「天の岩戸」「天の河原」「天の原」

【参考】
「天(あめ)の」の古い語形とする説がある。
 
うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば(万1-82) 
   あみのうら   あみの浦 〔地名〕
鳥羽湾の西に突出する小浜地区の入海で、今に「アミノ浜」というか。
嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが玉裳の裾に潮満つらむか(万1-40)
   あまのはら   天の原  〔名詞〕① 広々とした大空。
② 「天つ神」のいると想像された天上界。高天原 (たかまのはら)。
あまの原ふりさけみればおおきみのみ命はながくあまたらしたり (万2-147)
あまの原ふりさけみれば春日なるみかさの山にいでし月かも (古今羇旅-406)
【枕詞】「富士」にかかる。  天の原富士の柴山この暗の時ゆつりなば逢はずかもあらむ(万14-3369) 
   あめ     〔名詞〕① 空。天空。②「天つ神」のいる天上の世界。高天原。  ①「ひばりは天に翔(かけ)る」(記下)
② あめにしては下照姫に始まり、粗金の(あらがねの)地にしては (古今仮名序)
 
   あめの  天の  〔連体詞〕「あまの」に同じ。  天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち-(万1-2) 
   あめのした   天の下  〔名詞〕[「あめがした」とも]
①(地理的・社会的な意味で)この世の中。天下。
② 日本の国土。
 
② やすみしし 我が大君の きこしめす 天の下に国はしも- (万1-36)
   あめのみかげ   天の御蔭  〔名詞〕天子の立派な宮殿。日の御蔭。 「皇御孫(すめみま)の命の天の御蔭、日の御蔭と造り仕へまつれる」(祝詞)
高知るや 天の御蔭 天知るや 日の御蔭の 水こそば つねにあらめ(万1-52)
   あや   文・彩  〔名詞〕
① 物の表面に現れるいろいろの型や模様。
  木目・水の波紋・織物の模様など。
② 条理。わけ。筋道。③ 音楽の節回し。
④ 文章の飾り。修辞。おもしろみ。
 
①-寄し巨勢道より 我が国は 常世にならむ 負へる くすしき亀も- (万1-50)
   〔名詞〕
① いろいろな模様を織り出した絹織物。綾織り。綾織物。
② 綾織りにした織物の地合。特に斜めに線の交差した綾織りの模様。綾地。
③ 美しさ。彩り。④ 物事の筋道。理由。⑤「綾竹(あやだけ)」の略。
② 水の面に織り乱る春雨や山の緑をなべて染むらむ(新古今春上-65)
 あやに  あやに 〔副詞〕言いようもなく。わけもなく。むしょうに。  くへ越しに麦食む小馬のはつはつに相見し子らしあやに愛しも(万14-3558) 
   あらし   〔名詞〕山から吹きおろす強い風。激しい風。 み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝む(万1-74)
霞立つ春日の里の梅の花山の
あらしに散りこすなゆめ(万8-1441)
   あらし   荒らし  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① (風や波、また物音などが)強く激しい。猛烈だ。
② (性質・態度・言葉などが)乱暴だ。荒々しい。
③ 荒れ果てている。荒涼としている。
④ (山などが)けわしい。
 
① 潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を(万1-42)
③ 神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ
荒き浜辺に(万4-503)
 粗い  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
こまかでない。まばらである。粗雑だ。
須磨のあまの塩焼き衣筬(をさ)をあらみまどほにあれや君がきまさぬ (古今恋五-758)
 あ-らし  〔なりたち〕[ラ変動詞「有り」の連体形「ある」+推量の助動詞「らし」]
 「あるらし」の転 ⇒「らし」
 あるようだ。あるにちがいない。
武庫の海の庭よくあらし漁りする海人の釣舟波の上ゆ見ゆ(万15-3631)
   あらしを   荒らし男  〔名詞〕強く勇敢な男。荒ち男。 荒し男のいをさ手挟み向ひ立ちかなるましづみ出でてと我が来る (万20-4454)
   あらす   荒す 〔他動詞サ行四段〕
① 荒れるにまかせる。損なわれるまで放っておく。
② 損なう。傷つける。
 
① 夕霧に千鳥の鳴きし佐保路をば荒しやしてむ見るよしをなみ (万20-4501) 
   あらず  あらず 〔ラ変動詞「有り」の未然形「あら」+打消しの助動詞「ず」〕
① ない。いない。存在しない。
② ~ない。
 
① なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ(万3-346) 
   あらそふ   争ふ  〔自動詞ハ行四段〕
① 抵抗する。さからう。
② 張り合う。競争する。
 
① 春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり(万10-1873)
② 香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より-(万1-13)
 
   あらたへ   荒妙・荒栲  〔名詞〕
① 藤などの繊維で織った目の粗い織物。粗末な布。
② 中古以降、絹織物に対しての麻織物。
荒栲の布衣をだに着せかてにかくや嘆かむ為むすべをなみ(万5-906) 
【中央公論社「萬葉集注釈巻第一-28・50 しろたへ・あらたへ」注】
[28]「たへ」は楮 (かぢ) の木の繊維で織った布。-「妙」は借字である。しかし「白たへの麻衣」(2・199)ともいひ、白い色の布をすべて白たへといひ、単に白い色をもいふ。今 (私注:28番歌) もその意である。
[50]「たへ」は既に述べた(28)。布の総稱で、「荒」は「和( にき)」に対して用ゐ、粗雑の意。延喜式踐祚大嘗祭に「麁妙服」に「神語所謂
阿良多倍是也」と注し、古語拾遺には「織布」に「古語、阿良多倍 (アラタヘ)」と注してゐる。藤葛の繊維で織つた布は荒いので、「藤」の枕詞 (あらたへの)として用ゐた。「藤」は必ずしも今の美しく花房を垂れる藤ばかりでなくそれに類した、葛の繊維の織物になるやうなものを総稱したので、今も大和の田舎では「くず」をフヂと云つている。
 
   あらたへの   荒妙の・荒栲の  【枕詞】
「あらたへ」は藤の繊維で織ったことから「藤」にかかる。
 
やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が上に-(万1-50)
荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを(万3-253)
 
   あらたよ   新た世(代)  〔名詞〕新しい天皇の治世。  -奈良の都を 新代の ことにしあれば 大君の 引きのまにまに-(万6-1051) 
   あらなくに  あらなくに  「アラズ」の「ク語法

【小学館「新編日本古典文学全集万葉集第一-75 あらなくに」頭注】
アラナクは、アラズのク語法。ク語法+「ニ」、特に「ナクニ」が歌末にある場合、~であることよ、のような詠嘆的な意味を表することが多い。
宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに(万1-75)
   あらの   荒野  〔名詞〕
人けのない寂しい野。荒れるにまかせてある野。
 
信濃なる須我の荒野に霍公鳥鳴く声聞けば時過ぎにけり(万14-3366) 
   (あらはる)  形はる 【有斐閣「万葉集全注巻第二-116 題詞原文】但馬皇女在高市皇子宮時竊接穂積皇子事既而御作歌一首
「万象名義 」(巻ニ之一) に「胡□反見・掌容・常・象」、「名義抄」に「見」・「示」などとともに「アラハル」の訓がある。穂積皇子との関係の露顕した時に皇女の作られたのが「116歌」であるという。
   あらまし    あらまし 〔名詞〕
① あらかじめあれこれと思い計ること。願い。また予期。予定。
② 概略。だいたいの内容。
【参考】
 ラ変動詞「有り」の未然形「あら」に反実仮想の助動詞「まし」の付いた形から生じたかと推定され、本来は「①」の意。動詞「あらます」(サ四)は、中世以降、「あらまし」を活用させたもの。
① 我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを (万2-120)
〔副詞〕「あらましに」とも。おおよそ。ひととおり。
 荒まし 〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
荒々しい。激しい。けわしい。
 
あらまし 
 有らまし 事実に反することを仮に想像して、
「こうなったらなあ」と希望する気持ちを表す。
(~で)あったらよかったのに。
【なりたち】
ラ変動詞「有り」の未然形「有る」+反実仮想の助動詞「まし」。
 
神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに(万2-163)
かく恋ひむものと知りせば夕べ置きて朝は消ぬる露に
あらましを(万12-3052)
   あられ   〔名詞〕
① 水蒸気が空中で凍って降る小さい氷の塊。
②「霰地(あられぢ)」の略。
打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも(万1-65)
 (「あられうつ」、同音で「あられ松原」にじかかる枕詞とする説がある)
   あられぢ  霰地霰 〔名詞〕織物などの模様の名。あられをかたどった小紋を織り出したもの。  
   あられまつばら  安良礼松原 〔地名〕所在未詳。大阪市住之江区安立(あんりゅう)付近か。安立二丁目の安立南公園内に「霰松原」の碑がある。
 [同区帝塚山方面説、非地名説がある]
霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも(万1-65)
 【有斐閣「万葉集全注巻第一-65 安良礼松原」注】
-摂津志二に「霰松原、在住吉安立 (ありふ) 町、林中有豊浦神社。」とある。大日本地名辞書もまたこの地としている。
   あり   有り・在り 〔自動詞ラ変〕【ラ・リ・リ・ル・レ・レ】
① 存在する。(人が)いる。(ものが)ある。
② 生きている。生存する。③ 生活する。住む。④ そこにいる、ある。
仕える、侍る。 ⑥ 過ごす、経る。⑧ 立派である。⑨ 評判のある。
① 寂しさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里(新古冬-627)
③-天離る 鄙に一日も あるべくもあれや(万18-4137)
⑨ 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛く
ありとも (万2-114)
 あり 〔補助動詞ラ変〕
①(
形容詞・形容動詞の連用形、副詞、打消しの助動詞「ず」の連用形、推量の助動詞「べし」の連用形「べく」などに続いて)
状態・存在の表現を助ける。
② 助詞「て」「つつ」のついた語について、その動作・作用の存続の状態を表わす。「~ている。~てある。」
断定助動詞「なり・たり」の連用形「に・と」について指定の意を表わす。
「~である。」

④ 中世以降「にて」から転じた助詞「で」について指定の意を表わす。
「~である。~だ。」
⑤ 尊敬の意を表わす接頭語「御」を冠した敬語名詞について、尊敬の複合動詞として用いる。
② かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを (万2-86)
ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに(万2-87)
② 後れ居て恋ひつつ
あらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背 (万2-115)
② 人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたり(
てあり)とも [娘子] (万2-124)

② 妹が目を見まく堀江のさざれ波しきて恋ひつつありと告げこそ (万12-3038)
③ 玉葛花のみ咲きてならざるは誰が恋
ならめ我は恋ひ思ふを(万2-102)
   「ならめ」⇒「~にあらめ」
③ 風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士には
ある (万2-127)
 
③ いつはなも恋ひずありとはあらねどもうたてこのころ恋し繁しも (万12-2889) 
⑤「御覧あり」、「御嘆きあり」

【語法】
〔接続〕する際に係助詞「ぞ」「こそ」「は」「も」などの語を間に介することが多い。
   ありがよふ  あり通ふ 〔自動詞ハ行四段〕[「あり」は継続の意] 通い続ける。 翼なす あり通ひつつ 見らめども 人こそ知らね 松は知るらむ(万2-145)
片貝の川の瀬清く行く水の絶ゆることなく
あり通ひ見む(万17-4026)
   ありこす  有りこす 〔ラ変動詞[有り]の連用形[あり]+上代の他に対する希望の助動詞[こす]〕
「こす」は下二段に活用する
「そうあって欲しいと思う」
吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
   ありそ  荒磯 〔「あらいそ」の転〕岩の多い、荒波の寄せる海岸。  -海辺を指して にきたづの 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻-(万2-131)
   ありたつ   あり立つ  〔自動詞タ行四段〕
① ずっと続いて立つ。変らず立つ。
② いつも出掛ける。
 
①-始めたまひて 埴安の 堤の上に あり立たし 見したまへば-(万1-52)
①-さ婚(よば)ひ(=求婚)にありたたし-(記・上)
   ありつつも   引き続きこの状態で。命をこのまま永らえて。 -絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香の 古き都は-(万3-327)
   ありねよし  在根良し 【枕詞】
対馬には舟の航行中に目標になる、目立つ「ね(峰)」がある意から、
「対馬」にかかる。
在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね(万1-62)
   ある   生る  〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】《上代語》
(神々や天皇など神聖なものが)生まれる。出現する。
 
ひさかたの 天の原より 生れ来る 神の命 奥山の 賢木の枝に-(万3-382) 
   ある   荒る  〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
①(天気や波風が)荒れさわぐ。あばれる。
②(建物や人の心が)荒廃する。すたれる。
③ 興ざめがする。しらける。
① 楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも(万1-33)
① 風吹きて海は荒るとも明日と言はば久しくあるべし君がまにまに (万7-1313)
   あれ  吾・我 〔代名詞〕自称の人代名詞。私。 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば (万2-133)
我れをおきて 人はあらじと 誇ろへど 寒くしあれば 麻衾 引き被り- (万5-896)
   あれ     〔代名詞〕
①(遠称の代名詞。遠い位置の人・事物・場所・時をさす。)
 あの人。あれ。あそこ。あの時。また少し離れた場所をさす。
② 対称の人代名詞。あなた。
 
  
   あれてしか    あってほしいなぁ。~であったらなぁ。 ひさかたの天飛ぶ雲にありてしか君をば相見むおつる日なしに (万11-2684)  
   あれど   あれど  (「~はあれど」の形で)~はともかく。~はさておき。 玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも(万2-93) 
   あれのことごと    あるものすべて、残らず。 -麻衾引き被り布肩衣ありのことごと着襲へども寒き夜すらを- (万5-896)
   あれのさき   安礼の崎  〔地名〕所在未詳。以下候補地。
① 愛知県宝飯郡御津(みと)町大字御馬字梅田の地、音羽川の旧河口の崎。
② 静岡県浜名郡新居(あらい)町の浜名湖西岸の出崎。
③ 愛知県蒲郡市西浦町。
 
いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟(万1-58) 
   あを   〔名詞〕
① 晴れた空のようないろ。
② 萌葱(もえぎ)色。黄色がかった緑や青味がかった緑をいうこともある。
③ 馬の毛色の名。青味がかった黒。また、その馬。=青毛(あをげ)。

 [参考]
「あを」は、本来、黒と白の中間の不鮮明な色で、青・緑・藍などを含んだ広範囲の色彩をさした。
   あを-   青-  〔接頭語〕(名詞に付いて)
若く未成熟である、人柄や技能が未熟である、などの意を表す。そこから例歌のように、青く繁ったようすを詠い讃美する語を作ることにもなる。
 
-見したまへば 大和の 香具山は 日の経の 大御門に 春山と -(万1-52) 
   あをうま  青馬・白馬 〔名詞〕
① 上代、「青毛馬。=青駒(あおこま)」。
② 白馬、または「葦毛(あしげ)」の馬。
③ 「白馬(あをうま)の節会(せちゑ)」の略。

 [語史]
表記が青馬から白馬(あおうま)に変わった時期の明確な記録は無いが、「延喜式(927 奏覧)」には「青馬」とある。しかしこれより少し後には「白馬」に変わっていた推定される資料があり、醍醐天皇のころから白馬になったものと思われる。
 [参考]
上代では、「あを」は「青・緑・藍(あい)」から灰色までを含んだ広い範囲の色を言った。 → [あを(青)]参照。
① 水鳥の鴨の羽の色の青馬を今日見る人は限りなしといふ (万20-4518)
   あをかきやま   青垣山  〔名詞〕垣根のように周りを囲んでいる青々とした山々。  たたなづく青垣山の隔なりなばしばしば君を言問はじかも(万12-3201) 
   あをくも  青雲 〔名詞〕青みをおびた雲。 北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて(万2-161)
   あをくもの  青雲の 【枕詞】「出(い)づ」「白」 にかかる。 汝が母に嘖られ我は行く青雲の出で来我妹子相見て行かむ(万14-3540)
   あをこま  青駒 〔名詞〕→ 「あをうま ①」 青駒が足掻きを速み雲居にそ妹があたりを過ぎて来にける(万2-136)
   あをすがやま   青菅山   〔名詞〕
青いすげ(=草の名)の生えている山、また、(「菅」は「清(すが)」の当て字として)草木の青く茂った清々しい山の意ともいう。
 
-山さびいます 耳成の 青菅山は 背面の 大御門に よろしなへ-(万1-52) 
   あをに   青丹  〔名詞〕[「に」は土の意]
① 青黒い土。② 岩緑青(いわろくしょう)の古名。染料や絵の具に用いた。
③ 染め色の名。濃い青色に黄をかけた色。
④ 襲'(かさね)の色目の名。表裏ともに黄色味を帯びた濃い青色。
 
  
   あをによし   青丹よし 【枕詞】
「奈良」「国内(くぬち)」にかかる。上代、奈良から青丹(=青土)が出たことによるという。
「よし」は詠嘆の助詞。
 
あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる-(万1-79)
あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(万3-331)
悔しかもかく知らませばあをによし国内ことごと見せましものを(万5-801)
   あをはたの  青旗の 【枕詞】「木幡(こはた)」、「忍坂(おさか)の山」、「葛城の山」にかかる。 青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも(万2-148)
-隠口の 泊瀬の山
青旗の 忍坂の山は 走出の よろしき山の 出立の- (万13-3345)
-我が立ち見れば
青旗の 葛城山に たなびける 白雲隠る-(万4-512)
   あをやぎ   青柳 〔名詞〕青い芽をふいた柳。 [] 青柳梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよし(万10-1855)
   あをやぎの  青柳の 【枕詞】
青柳の枝や葉が細いところから「細き眉(まよね)」「いと」に、鬘(かずら)「にすることから「葛城山」にかかる。
青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも(万14-3409)
    い-     〔接頭語〕《上代語》動詞に付いて、語調を整えたり意を強調する。

【例語】い懸かる・い隠る・い通ふ・い刈る・い組む・い漕ぐ・い堀(こ)ず・い副(そ)ふ・い立つ・い辿る・い回(た)む・い繁(つが)る・い継ぐ・い積もる・い泊(は)つ〔停泊する〕・い這ふ・い拾ふ・い触る・い行き会ふ・い行き憚る・い行き回(もとほ)る・い行き渡る・い行く・い寄る・い別る・い渡る
 
-光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける-(万3-320) 
富士の嶺を高み畏み天雲もい行きはばかりたなびくものを(万3-324)
岩の上にいかかる雲のかのまづく人ぞおたはふいざ寝しめとら(万14-3539)
奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに(万1-17)
-四方の道には 馬の爪 い尽くす極み 舟舳の い果つるまでに-(万18-4146)
      寝・睡  〔名詞〕寝ること。睡眠。

【参考】
単独では用いられず、助詞を介して動詞「ぬ(寝)」とともに、「
いの寝らえぬに「いも寝ずに」などの句として用いられる。また「熟寝(うまい)」「安寝(やすい)」などの語を作る。
 
安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやもいにしへ思ふに(万1-46)
大和恋ひの寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
妹を思ひ寐の寝らえぬに暁の朝霧隠り雁がねぞ鳴く(万15-3687)

 
   いかさま     如何様  〔形容動詞ナリ活用〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
どのようだ。どんなふうだ。
 
いかさまに 思ほしめせか [或云 思ほしけめか] 天離る 鄙にはあれど- (万1-29) 
 いかさま   〔副詞〕[「いかさまにも」の略]
① どうみても。きっと。② ぜひとも。なんとかして。
 
 
〔感動詞〕まったくその通り。なるほど。いかにも。   
   いかだ     〔名詞〕材木や竹を並べて結びつけ、水に浮べ流すもの。  -真木のつまでを 百足らず に作り 泝すらむ いそはく見れば-(万1-50)
   いかにか  いかにか 〔副詞「いかに」+疑問の係助詞「か」〕
① どのように。どういうふうに。
② なぜか。どうしてか。
③ (反語) どうして~か (そんなはうはない)。
① ふたり行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ (万2-106)
   いくだ   幾許  〔副詞〕(多く、下に助詞「も」を付け、打消しの語を伴って)
いくら。どれほど。
-深めて思へど さ寝し夜は 幾だあらず - (万2-135) 
   いくだも  幾許も 〔副詞「いくだ」+係助詞「も」〕どれほども。いくらも。  -深めて思へど さ寝し夜は 幾だあらず - (万2-135) 
   いくよ   幾世・幾代  〔名詞〕
 どれほど多くの年代。何代。何年。
 
白波の浜松が枝の手向けぐさ幾代までにか年の経ぬらむ [一云 年は経にけむ] (万1-34) 
   いくり   海石  〔名詞〕海の中にある岩。暗礁。  「-由良(ゆら)の門(と)の門中(となか)のいくりに-」(記下) 
   いさ    いさ   〔感動詞〕
答えにくいことをぼかしたり、相手のことばを否定的に軽く受け流したりするときに使う。さあねえ。いや知らない。
 
犬上の鳥籠の山なる不知哉川いさとを聞こせ我が名告らすな(万11-2719) 
〔副詞〕
(多く下に「知らず」を伴って)さあ、どうであろうか。
 
ひとはいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける(古今春上-42) 
   いざ  いざ(去来)  〔感動詞〕
① 人を誘うときに発する語。さあ。
② 自分から何かを始めようとするときに発する語。さあ。さて。どれ。

参考「いさ」と「いざ」
現代語では「小学生ならいざ知らず、高校生にもなって」などというので混同しがちであるが、元来「さあ(どうだか。わからない)」の意の「いさ」と、「さあ(~しよう)」の意の「いざ」とは別語で、、明確に使い分けられていた。中世以降、
「いさ知らず」という表現に限って、混同が始まった。
君が代も我が代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びてな(万1-10)
いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(万1-63)

【参考】
表記「去来」は、日本語の「いざ」に相当する言葉として用いられた中国の俗語。
例:「帰去来」
 
   いさな  鯨・勇魚 〔名詞〕[「な」は魚の意] くじら。  
   -とり  鯨取り 【枕詞】「海・浜・灘」にかかる。 -潟は [一云 礒は] なくとも 鯨魚取り 海辺を指して-(万2-131)
鯨魚取り 浜辺を清み うち靡き 生ふる玉藻に-(万6-936)
昨日こそ船出はせしか
鯨魚取り比治奇の灘を今日見つるかも(万17-3915)
   いざみのやま   いざみの山 〔地名〕
伊勢と大和の国境にある高見山 (海抜1249m) か。
 
我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
   いせをとめ  伊勢娘子 諸注引用〕巻第一-81 「伊勢娘子」 山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(万1-81)
   いせ  伊勢 〔地名〕
旧国名。東海道十五ヶ国の一つ。今の三重県の大部分。勢州(せいしゅう)。
 
   いそはく   争はく  〔動詞「争(いそ)ふ」のク語法
競争すること。あらそい励むこと。
 
-百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば 神からならし-(万1-50)
   いたし  甚し・痛し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
[「程度がはなはだしい」が基本の意]
[甚し]
① (おもに連用形を用いて) 程度がはなはだしい。ひどい。すごい。
② 非常によい。感にたえない。すばらしい。
[痛し]
① (肉体的に) 痛みを感じる。② (精神的に) 苦しい。苦痛である。
③ いたわしい。かわいそうだ。④ いとしい。
 [痛し]
② 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋
痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
② 秋と言へば心ぞ
痛きうたて異に花になそへて見まく欲りかも(万20-4331)
 いたづら  徒ら 〔形容動詞〕
① 物事が無益である、役に立たない、むだだ。
② むなしい、はかない、あいている。
② 花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに (古春下-113)
   いたる  至る 〔自動詞ラ行四段〕
① 行く着く。到達する。
② (あるときが) やってくる。③ いきとどく。思い及ぶ。
④ きわまる。極致に達する。
-あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる-(万1-79)
      いつ    厳・稜威  〔名詞〕《上代語》
① 激しい勢い。尊厳な威光。
② 神聖なこと。清浄なこと。
 
いつのをたけび踏みたけびて(記上)
② あら草をいつの席(むしろ)と刈り敷きて(祝詞)
莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子がい立たせりけむ
橿が本(万1-9)
天霧らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む (万8-1647)

 何時 〔代名詞〕
① 不定称の指示代名詞。はっきり定まらない時を示す。いつ。いつか。
② (多く、格助詞「より」を伴って)いつも。ふだん。
 
①-過ぐしやりつれ 蜷の腸 か黒き髪に いつの間か 霜の降りけむ- (万5-808)
 -いつ   いつ何時   ①いつもの時。平生。②しかじか(の日)。 
 -ぞ   いつぞ   (過去、未来の)ある時。いつだったか。そのうちいつか。  
 -ぞは   いつぞは   将来いつかは。  
 -となく   いつとなく ① いつと限ることなく。いつも。② いつのまにか。   
 -ともなし   いつともなし   いつと日を限ることない。いつも。  
 -ともわかず  いつともわかず   いつとも決まっていない。いつでも。  夕月夜さすやをかべの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな (古今恋一-490)
 -のまさかも  いつのまさかも  いつの瞬間も。いつも。 しらかつく木綿は花もの言こそばいつのまさかも常忘らえね(万12-3009)
 -はあれど  いつはあれど  いつでもそうだがとりわけ  
 -ばかり   いつばかり   いつのころ。  貞観の御時、「万葉集はいつばかりつくれるぞ」と問はせたまひければ、
 よみてたてまつりける (古今雑歌下詞書-997)
 -をいつとて   いつを何時とて  いつを限りの時として。  
 いつ   凍つ・冱つ  〔自動詞タ行下二段〕【テ・テ・ツ・ツル・ツレ・テヨ】
こおる。いてつく。
 
   いつか  何時か 〔副詞〕〔なりたち〕[代名詞「何時 (いつ) 」+係助詞「か」]
① 未来のある時点についての疑問を表す。「いつになったら~か」
② 過去のある時点についての疑問を表す。「いつの間に~か」
③ 反語を表す。「いったいいつ~か (いや、そんなことはない)」
① 海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む(万1-83)
② ぬれてほす山路の菊の露のまにいつか千歳を我は経にけむ (古今秋下-273)
   いづく  何処  〔代名詞〕[「く」は場所を表す接尾語]
場所のついての不定称の指示代名詞。「どこ」。
 
-栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものぞ まなかひに- (万5-806) 
   いづへ  何処 〔代名詞〕[「へ」は、辺りの意の接尾語]
どちらの方向。どちら。
秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88)
   いづみがは   泉川  〔地名〕京都府相楽郡を流れる川。今の木津川。北流して淀川に合流する。  -図負へる くすしき亀も 新代と 泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを- (万1-50)  
有斐閣「万葉集全注巻第一-50 泉の川」注
今の木津川。当時、宇治川と泉川の流れ込むところに広大な巨椋の池があった(9・1699)。先にも記したように、ここに流し落とした木材を、今度は泉川の逆流に沿って上げ、その上流からしばらく陸地を経て佐保川に流して下ろし、佐保川と泊瀬川の合流点から泊瀬川を逆流させて藤原へと運んだ。
 
   いで  いで 〔感動詞〕
① 人を行動に誘うのに用いる語。「さあ」「いざ」
② 感動や驚き嘆く気持ちなどを表す語。「いやもう」「いやまあ」
③ 決意や決心を表す語。「さあ」「どれ」
④ 否定し反発する気持ちを表す語。「いや」「いいえ」
⑤ ことばを改めて語り出すときなどに用いる語。「さて」
① 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
   いでまし   行幸  〔名詞〕(天皇・皇子・皇女などが)お出かけになること。
特に「行幸(ぎょうこう)。みゆき。
 
-我が大君の 行幸の 山越す風の ひとり居る-(万1-5) 
     いな   〔感嘆詞〕
① 人の申し出や行為に不同意を表わす語。いや、いいえ。
② 相手の問いに対する否定の語。いえ、いいえ。
① み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも [禅師] (万2-96)
 -いな  否々 いやいや、いえいえ。  
 -もうも  否も諾も いやもおうも。  何すと違ひは居らむ否も諾も友のなみなみ我れも寄りなむ(万16-3820)
 -をかも  否も諾も 「を」は感動の助詞、そうではないだろうか。違うのだろうか。  筑波嶺に雪かも降らるいなをかも愛しき子ろが布乾さるかも(万14-3365)
   いな  いな 〔終助詞〕
終助詞「い」と「な」の熟合したもの。
確かめと感動を表わす。
〔接続〕文の終わりに付く。
 
   なみくにはら   印南国原  〔地名〕明石から加古川あたりにかけての平野。明石には港があって、難波津から出港して二泊目、筑紫方面から帰ってくると、大和島が視野に入る最終段階の停泊地とされた。[有斐閣「万葉集全注」]   香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原(万1-14)

 →「立ちて見に来し
     いにしへ   〔名詞〕[ナ変動詞「往(い)ぬ]の連用形「いに」に過去の助動詞「き」の連体形「し」、名詞「方(へ)」の付いたもの。
① 遠く過ぎ去った世。ずっと昔。
② 過ぎ去った時。過去。昔。いやもおうも。
いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く(万2-111)
 -びと  古人 〔名詞〕昔なじみの人。昔の恋人。以前の夫。
 -ぶみ  古典 〔名詞〕昔の書物。古典。  
   いぬ  寝ぬ 〔自動詞ナ行下二段【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
(名詞「寝(い)」と下二段動詞「寝(ぬ)とが複合したもの」)寝る。眠る。
夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも (万8-1515)
   いぬ  往ぬ・去ぬ 〔自動詞サ変〕【ナ・ニ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネ】
① 行ってしまう。去る。②過ぎ去る。時が移る。③世を去る。死ぬ。
① 飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ
   [一云 君があたりを見ずてかもあらむ](万1-78)

③-うち嘆き 妹が去ぬれば 茅渟壮士 その夜夢に見-(万9-1813)
   いのち   〔名詞〕① 生命・寿命。② 一生・生涯。
③ 生命を支えるもの。唯一のよりどころ。
① 天の原振り放け見れば大君の御いのちは長く天足らしたり(万2-147)
① わすれじの行く末までは難ければ今日を限りの
いのちともがな (新古恋三-1149)
   いはがね   岩が根  〔名詞〕土の中に、しっかり根をおろしたような岩。岩根。  岩が根のこごしき山を越えかねて音には泣くとも色に出でめやも(万3-304)
   いはしろ   磐代 〔地名〕現在の和歌山県日高郡南部町岩代。 磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む(万2-141) 
   いはとこ  岩床 〔名詞〕表面が平らな岩。 - 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の氷凝り 寒き夜を-(万1-79)
   いはね   岩根  〔名詞〕
岩の根もと。大きい岩。いわお。
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを(万2-86)
妹に逢はずあらばすべなみ岩根踏む生駒の山を越えてぞ我が来る (万15-3612)
   いはばしる    石走る   〔自動詞ラ行四段〕水が岩の上を激しく走り流れる。 石走りたぎち流るる泊瀬川絶ゆることなくまたも来て見む(万6-996) 
【枕詞】「滝」「垂水(たるみ)」、地名「近江(淡海あふみ」にかかる。 石走る瀧もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば都し思ほゆ(万15-3639)
命をし幸くよけむと石走る垂水の水をむすびて飲みつ(万7-1146)
-天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の-(万1-29)
   いはむら   岩群  〔名詞〕岩の多く集まったところ。岩の群。  川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて(万1-22) 
   いはみ  石見 〔地名〕
旧国名。山陰道八カ国の一つ。今の島根県西部。石州 (せきしゆう)。
石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと-(万2-131)
   いひ   〔名詞〕米などを蒸したもの。のちには炊いたものにもいう。飯。ご飯。  家にあれば笥に盛るを草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(万2-142) 
   いふ  言ふ 〔自他ハ行四段〕
① 心に思っていることを言葉で相手に伝える。話す。
② 言葉で形容する。③ 名付ける。呼ぶ。
④ 世の中でそういう。伝聞する。⑤ 名を付けて区分する。わきまえる。
⑥ 詩歌を詠む。吟ずる。
②-胸こそ痛き 言ひもえず 名づけも知らず -(万3-469)
③ 妹と言はばなめし畏ししかすがに懸けまく欲しき言にあるかも (万12-2927)
⑤-ぬばたまの 夜昼といはず 思ふにし-(万4-726)
   いへ   〔名詞〕
① 人の住む建物。住まい。② 自分の家。我が家。③ 妻。
④ 血の繋がりのある者。血筋。家族。⑤ 家の名跡。家名。⑥ 家柄。
⑦ 家柄のよいこと。名門。
妹がも継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
   [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを](万2-91)
   いほり  廬・庵 〔名詞〕
① 旅先などで、仮小屋に泊ること。
② 粗末な仮りの家。僧侶や世捨て人の住居。(=庵 あん・いほ)
① 宵に逢ひて朝面無み名張にか日長き妹が廬りせりけむ(万1-60)
② さびしさに堪へたる人のまたもあれないほりならべむ冬の里 (新古冬-627)
   いま   〔名詞〕
① (過去・未来に対して) 現在、自分が直面しているとき。現在。現代。
② (古いものに対して) 新しいこと。新しいもの。
① 秋さらばも見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上(万1-84)
〔副詞〕
① ただいま。目下。② すぐに。ただちに。③ まもなく。近いうちに。
④ その上。さらに。もう。⑤ 新しく。今度。
① 梅の花盛りなり百鳥の声の恋しき春来るらし  [小令史田氏肥人](万5-838)
② 今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな (古今恋四-691)
④ 我が宿の萩花咲けり見に来ませ
いま二日だみあらば散りなむ(万8-1625)
   います   坐す・在す   [上代の尊敬の動詞「坐(ま)す」に接頭語「い」の付いたもの]
①〔自動詞サ行四段・サ変〕【セ・シ・ス・スル・スレ・セヨ】
 ア:「あり」の尊敬語。「いらっしゃる」「おいでになる」
 イ:「行く・来(く)」の尊敬語。「おでかけになる」「おいでになる」
②〔他動詞サ行下二段〕サ変【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
 「あらしむ」「行かしむ」の対象になる者を尊敬していう。
 「いらっしゃるようにさせる」「おいでにならせる」「いらっしゃらせる」
【参考】
「①」の自動詞は上代では四段、中古から「おはす(サ変)」に類推してサ変に転じていく。「②」の他動詞の用法は、自動詞を下二段に活用させ、使役の意を持たせたもの。用例は少ない。
 
①「ア」-千代までに いませ大君よ 我れも通はむ(万1-79)
「ア」-平けく 親はいまさね つつみなく 妻は待たせと-(万20-4432)
「イ」 他国に君をいませていつまでか我が恋ひ居らむ時の知らなく (万15-3771)
〔補助動詞サ行四段・サ変〕サ変【セ・シ・ス・スル・スレ・セヨ
(用言の連用形に付いて)尊敬の意を表す。
「~て(で)いらっしゃる」「~て(で)おいでになる」
 
-直向ひ 見む時までは 松柏の 栄えいまさね 貴き我が君  [御面謂之美於毛和]
    (万19-4193)
   いまだ  未だ 〔副詞〕
① (下に打消の表現を伴って) まだ。今でもまだ。
② (下に肯定表現を伴って) まだ。今もなお。
① 人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)
   いまは  今は 〔名詞〕[名詞「今」+係助詞「は」] 臨終。死に際。死期。
   いめ   〔名詞〕上代語 [「寝(い)目」の意か。夢。  秋されば恋しみ妹をにだに久しく見むを明けにけるかも(万15-3736) 
   いも    〔名詞〕男性から、年齢の上下にかかわりなく、妻・恋人・姉妹など女性を親しんで呼ぶ語。⇔兄(せ)
参考
普通は男性から女性に対していうが、時には女性同士が親しんで用いたこともある。
 
紫のにほへるを憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも(万1-21)
が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
    [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを](万2-91)
しひきの山のしづくに
待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに(万2-107)
 
   いや     〔接頭語〕[「いよ」の転]
① いよいよ、ますますの意を表す。
② いちだんと、非常に、まったくの意を表す。
③ 最も、いちばんの意を表す。

【参考】
「副詞」とみる説もある。
① 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事(万20-4540)
いや愚(をこ)にして(=愚かで)(記中)
いや先立てる兄(え)をし枕(ま)かむ(記中)
 
   つぎつぎに   弥次次に  〔副詞〕いよいよ次々に。しだいしだいに。  -栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下-(万1-29) 
   いゆく  い行く 〔自動詞カ行四段〕[「い」は接頭語]
行く。
-あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる-(万1-79)
今さらに君はい行かじ春雨の心を人の知らざらなくに(万10-1920)
   いよる   い寄る  〔自動詞ラ行四段〕《上代語》「い」は「接頭語」
寄る・近寄る。
 
-夕には い寄り立たしし み執らしの-(万1-3) 
   いらごがしま   伊良湖が島  【地名・歌枕】今の愛知県渥美半島の突端、伊良湖岬。島ではないが、「万葉集」では「いらごのしま」と歌われた。 打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります(万1-23)
潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を(万1-42)
 
   いりひ   入り日  〔名詞〕夕日。落日。  -天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の-(万2-135) 
   いりひなす   入り日なす 【枕詞】入り日のごとくの意から「隠る」(亡くなる)にかかる。 -朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば 我妹子が 形見に置ける- (万2-210)
   いる   入る  〔自動詞ラ行四段〕
① 中に入る。はいっていく。
② (日や月が) すっかり沈む。隠れる。没する。
③ (宮中・仏門などに) はいる。④ 入り用とする。必要とする。
⑤ ある状態・境地にする。⑥ 時間・時期になる。
⑦ (心・力が) こもる。はいりこむ。
⑧ (「来(ク)」「行く」「あり」の代用語。「せ給ふ」などの尊敬語を伴って)
 「いらっしゃる。おいでになる。」
〔補助動詞ラ行四段〕(動詞の連用形の下に付いて)
 「すっかり~する。まったく~になる。」
〔他動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
⑨ 中に入れる。加える。⑩ (心・力を) こめる。加える。
〔補助動詞ラ行下二段〕(動詞の連用形の下に付いて)
 中に入れる。受け入れるの意を表す。
 
-山を茂み 入りても取らず 草深み -(万1-16)
⑦ 何ゆゑか思はずあらむ紐の緒の心に入りて恋しきものを(万12-2989)
  
⑩-力をも入れずして天地を動かし-(古今・仮名序)
 射る 〔他動詞ヤ行上一段〕【イ・イ・イル・イル・イレ・イヨ】
矢などを放つ。矢などを射当てる。

参考
「ヤ行上一段活用」の動詞は「射る・沃(い)る」「鋳(い)る」の三語だけ。
大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(万1-61)
   いろせ  いろせ 〔名詞〕《上代語》「いろ」 は同母を表す接頭語
同じ母から生まれた兄、または弟。
うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む(万2-165)
       〔他動詞ア行下二段〕【エ・エ・ウ・ウル・ウレ・エヨ】
① 手に入れる。自分のものにする。
② 身に受ける。身につける。会得する。
③ (多く「心を得」「意を得」の形で) さとる。理解する。
④ (用言の連体形に「を」「こと」の付いた形を受けて) することができる。
① 我れはもや安見児たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり (万2-95)
② -しかあれど、これかれ
たる所、ぬ所互ひになむある- (古今仮名序)
〔補助動詞ア行下二段〕動詞の連用形の下に付いて
「~することができる」
 
    うかは  鵜川  〔名詞〕
川で鵜を使って鮎などの川魚をとること。また、それを業とする人。

-上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す-(万1-38) 
【小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-38」頭注】
鵜川は川漁の一種。昼間、鵜を首縄をかけずに放ち、上流から下流に向けて魚を追わせ、事前に設けた敷網に魚が集まったところで、その網を上げる漁法。
 
   うかぶ   浮かぶ  〔自動詞バ行四段〕
① 物の表面に浮いている。特に水面に浮いている。⇔「沈む
② (水面に浮いているように)揺れ動いて定まらない。不安定である。
③ (気持ちや態度が)浮ついている。落ち着かない。
④ 物事が表面に現れる。出てくる。
⑤ 思い起こされる。自然と思い出す。
⑥ 苦しい境遇から抜け出る。救われる。
 
 
〔他動詞バ行下二段〕【ベ・ベ・ブ・ブル・ブレ・ベヨ】
① 水面に浮かべる。
② 苦しい境遇から救い出す。世に出す。
③ 暗記する。暗唱する。
 
①-もののふの 八十宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると- (万1-50)
① 春柳かづらに折りし梅の花誰れか
浮かべし酒坏の上に [壹岐目村氏彼方]
   (万5-844)
   うく  浮く  〔自動詞カ行四段〕
① 浮ぶ。漂う。⇔「沈む」② 落ち着かない。安定しない。浮つく。
③ いいかげんである。あてにならない。
④ 陽気になる。うきうきする。⑤ 表面にあらわれる。出る。
 
①-身もたな知らず 鴨じもの 水に浮き居て 我が作る 日の御門に- (万1-50)
① 家にてもたゆたふ命波の上に思ひし居れば奥か知らずも
     [一云
浮きてし居れば](万17-3920)
〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
 浮かべる。浮くようにする。
 
久方の天の川に舟浮けて今夜か君が我がり来まさむ(万8-1523)
柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟
浮けて 我が行く川の (万1-79)
   うち  打ち 〔接頭語〕(動詞について)動詞の意味を強めたり、「ちょっと・すばやく・すっかり」など種々の意を添えたりする。また単に語調を整えるためにも用いられる
〔語例〕
「打ち出づ・打ち驚く・打ちまもる・打ち語らふ・打ち絶ゆ」
うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも(万10-1834)
   うちそ  打ち麻 〔名詞〕「そ」は「麻」の古名。
打って柔らかくした麻。打ち麻(そ)。
 
娘子らが績み麻のたたり打ち麻懸けうむ時なしに恋ひわたるかも (万12-3003)
   うちそを   打ち麻を  【枕詞】麻績(をみ)にかかる。「打つ麻を」
「を」は間投助詞。→「
同義の「枕詞」で、「打ち麻やし」もある。

打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります(万1-23)
-刺部重部 なみ重ね着て
打麻やし 麻続の子ら あり衣の-(万16-3813)
   うちなびく   打ち靡く    〔自動詞カ行変動詞〕[「打ち」は接頭語]
① 横に倒れ伏す。② ある方に引き寄せられる。③ 従う、同意する。
② 安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやもいにしへ思ふに(万1-46)
②-鳴きし響めば うち靡く 心もしのに そこをしも-(万17-4017) 
【枕詞】
草が靡く様子から、「草木」「黒髪」に、
また、草木が伸びてなびくことから「春」にかかる。
おしてる 難波を過ぎて うち靡く 草香の山を 夕暮れに-(万8-1432)
ありつつも君をば待たむ
うち靡く我が黒髪に霜の置くまでに(万2-87)
うち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末に鴬鳴きつ(万10-1823)
 
   うぢまやま  宇治間山  「大和志」によれば、「在池田荘千股村」(吉野郡)とあり、奈良県吉野郡吉野町千股(ちまた)と言われる。飛鳥から上市への道は、明日香村岡から稲淵・栢森(かやのもり)を経て芋峠を越え、千股を通る道が最も近い。 宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに(万1-75)
   うつ  打つ・討つ・撃つ  〔他動詞タ行四段〕
① 物を何か他の物に強く当てる。
 ア:強くたたく。ぶつ。殴る。
 イ:攻める。討伐する。やっつける。
 ウ:撃ち殺す。撃ち滅ぼす。
 エ:(武器で)斬る。断ち切る。
 オ:(石などを)強くたたいて火を出す。
 カ:(楽器・鐘など音の出るものを)打ち鳴らす。
 キ:生地を砧で打ってつやを出す。
 ク:綿弓(わたゆみ)で弾く。
 ケ:鉄を鍛えて刀剣などをつくる。
 コ:鍬で土を掘り起こす。
 サ:馬を進めるために鞭で打つ。馬を走らせる。馬に乗って行く。
 シ:(碁・双六・賭博などの)勝負をする。
 ス:(点や印などを)書き付ける。
② 強くたたいて食い込ませる。また、ある状態に作り上げる。
 ア:杭などを強くたたいて、深くくいこませる。たたきこむ。打ち込む。
 イ:額や立札などを掲げる。打ち付ける。
 ウ:設営する。仮に設ける。
 エ:(幕などを)張る。
 オ:(紙・革などの)裏打ちをする。
 カ:(閂を槌で叩いて)門の戸締りをする。
③ 物を投げて命中させる。
④(水などを)まく。ばらまく。
⑤ 計画的に物事をする。
 ア:芝居などを興行する。
 イ:行う。わざとする。
①「ア」面忘れだにもえすやと手握りて打てども懲りず恋といふ奴
  (万11-2579)
①「ウ」西の方の悪しき人どもを
打ちにつかはして(記中)
①「オ」その火打ちもちて火を打ち出で (記中)

①「コ」打つ田には稗はしあまたありといへど選えし我れぞ夜をひとり寝る
  (万11-2480)
①「ス」かにかくに物は思はじ飛騨人の打つ墨縄のただ一道に (万11-2656)
②「ア」下つ瀬に真杙(まくひ)をうち
(記下)
〔自動詞タ行四段〕(雨や波などが)強く叩きつける。  打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも(万1-65)
風吹けば波打つ岸の松なれやねにあらはれて泣きぬべらなり(古今-671)
〔自動詞タ行下二段〕【テ・テ・ツ・ツル・ツレ・テヨ】
 [他動詞四段の受身形]
① 押し潰される。②負ける。ひけをとる。③神仏の罰を受ける。
④ 圧倒される。気おくれする。気をのまれる。⑤合点がいく。納得する。
⑥(魚などが)腐る。すえる。
   うつせみ    空蝉・現人 〔名詞〕① この世の人、現実に肉体を持ったもの。②現世、この世。
うつせみは数なき身なり山川のさやけき見つつ道を尋ねな (万20-4492) 
 空蝉  蝉の抜け殻、蝉   空蝉の鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人のとふまで (新古恋一-1031)
〔語史〕「うつしおみ」から転じた語で「空蝉」「虚蝉」などの字があてられたが、初めは無常観を含まず、枕詞として単に「この世」という意味で「世」などにかかった。それが上代末期から、仏教的無常観と「空蝉」の文字の連想から「はかないこの世」の意を含むようになり、また中古以降は、虫の「せみ」や「せみのぬけがら」の意味も生じた。
   うつせみの  空蝉の・虚蝉の   【枕詞】「世」「命」「人」「借れる身」「うつし心」に懸かる 玉ならば手にも巻かむをうつせみの世の人なれば手に巻きかたし (万4-732)
うつせみの命を惜しみ波に濡れいらごの島の玉藻刈り食む(万1-24)
うつせみの人目を繁み石橋の間近き君に恋ひわたるかも(万4-600)
-うつせみの- 借れる身なれば 露霜の(万3-469)
 
   うつそみ  現そみ   〔名詞〕【「うつせみ」の古形】この世の人。この世。現世。  うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む(万2-165)
うつそみと思ひし時に春へは花折かざし秋立てば黄葉かざし- (万2-196)
 
   うねびやま  畝傍山  〔地名〕今の奈良県橿原市にある山。
【歌枕】香具山・耳成山とともに大和三山といわれる。
 
大和三山(香具山) 
   うねめ  采女 〔名詞〕[「うねべ」とも]
古代天皇の食事に奉仕した後官の女官。郡の次官以上の娘で、容姿の美しい、才能のある者から選ばれた。大化改新後、制度化された。

采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万1-51)
我れはもや
安見児得たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり(万2-95)
   うのはな  卯の花   〔名詞〕
① うつぎの花。五月頃、房になって吊鐘状の白い五弁の花が咲く。古くから歌人に愛された。

② 襲(かさね)の色目の名。表は白、裏は萌黄(もえぎ)。夏に用いる。
 
   うのはなくたし  卯の花腐し   〔名詞〕長く降り続いて卯の花を散らす意から、[五月雨]の異称  
   うへ     〔名詞〕
① 上位。上部。高方。② 物の表面。うわべ。おもて。
③ あたり。ほとり。付近。④ 天皇。主上。また、上皇。
⑤ 天皇、その他の皇族の座のあたり。
⑥ 清涼殿の殿上の間(ま)。⑦ 貴婦人。奥方。⑧ 将軍。殿様。主君。
⑨ 貴婦人の称号の下に付けて尊敬の意を表す。
⑩ その人やその物事に関する事柄。
⑪ あることにさらに物事が加わる意。そのうえ。
⑫ (下に「は」を伴って) ~からには。~以上は。
②-奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣のゆ-(万1-79)
③-我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が
に 食す国を-(万1-50)
③-海辺を指して 柔田津の 荒礒のに か青なる 玉藻沖つ藻-(万2-131)
③ 石走る垂水ののさわらびの萌え出づる春になりにけるかも (万8-1422)
⑥ 寛平の御時、なぬかのよ、「
うへにさぶらふをのこども歌たてまつれ」
   と仰せられける時に、人にかはりてよめる(古今秋上-177詞書)
   うべ   宜・諾  〔副詞〕平安中期以降、「むべ」とも表記。肯定の意を表す。
もっともなことに。なるほど。いかにも。
 
夢にだに見えむと我れはほどけども相し思はねばうべ見えざらむ (万4-775) 
   うま   〔名詞〕
① 十二支の七番目。② 方角の名。南。
③ 時刻の名。今の正午頃およびその前後約二時間(午前十一時~午後一時頃)
 
   うま     〔名詞〕「むま」とも表記
① 動物の名。うま。乗馬・農耕・運搬・競技・合戦などのために広く飼育された。
② 双六の駒。③ 将棋の駒の名。

① 見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ疲るるに(万2-164)
【高価だった馬】
 大陸から渡来してきた馬は、便利な乗り物として重要な役割を果たしていた。「伊勢物語」 「源氏物語」 などには、馬を使って移動した場面が見える。しかし、だれでも持てたわけではなかった。「万葉集」 には、よその夫が馬で行くのに、自分の夫は徒歩で行くので、母の形見である真澄み鏡と蜻蛉領布(あきづひれ) で馬を買わせようとする、愛情あふれる妻の長歌がある。馬は高価だったのである。
   うまこり  うまこり 【枕詞】うまこりは煮こごりのことで、その風味に心ひかれるところから、「ともし (=心ひかれるの意) 」にかかる。 -香れる国に 味凝り あやにともしき 高照らす 日の御子(万2-162)
    うまさけ   旨酒・味酒  【枕詞】「うまさけ」である「神酒(みわ・神に供える酒)」から同音の「三輪」、三輪山の別名「三諸(みもろ)」「三室(みむろ)」にかかる。また、酒は醸(か=噛む)んでつくったところから「神(かむ)」にもかかる。 味酒 三輪の山-(万1-17)
我が衣色取り染めむ
味酒三室の山は黄葉しにけり(万7-1098)
 
   うまし    甘し・美し・
旨し
〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
① 立派だ。素晴らしい。
② 満ち足りて快い。美しい。

①-うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は(万1-2) 
〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 味が良い。美味しい。
② 都合がよい。また、お人よしだ。
 
① 飯食めど うまくもあらず 行き行けど 安くもあらず-(万16-3879)
   うまひと  貴人   〔名詞〕
「うま」は「良い」「尊い」の意の接頭語。位の高い人。徳の高い人。
この夜の夢に、ひとりのうまひとあり(祟神紀)
み薦刈る信濃の真弓我が引かば
貴人さびていなと言はむかも [禅師] (万2-96)
 
   うみ   〔名詞〕広く水をたたえている所。海洋・沼・湖など。 近江の夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(万3-268)
      うら-   うら-   〔接頭語〕何となく~の心持ちがする。「うら悲し」「うら寂し」

【うらなく】
ひとりでに泣けてくる
 

 【「うら-」という構成の語】
「うら」は「裏で見えない」という意味から、「心」の意を表し、多く「うらも無し」の形で使われる。形容詞には「うら-」という構成を持つ語がある。例えば、「うらがなし」は、「こころ悲しい」、「うらさびし」は「こころ寂しい」「うらなし」は「無心だ」という意となる。「うら-」という構成の語には、「うら」の意味が生きていることが多い。「うらやまし」も心が病む感じをいったのが原義。
 うら       うら   〔名詞〕心。内心の思い。  うらもなく我が行く道に青柳の張りて立てれば物思ひ出つも (万14-3462) 
    名詞〕「うれ(末)の古形。草木の枝や葉の先。こずえ。  うら若み花咲きかたき梅を植ゑて人の言繁み思ひぞ我がする(万4-791) 
 占・卜   〔名詞〕吉凶を判定するため、物の形や兆候で神意を問うこと。うらない。
 【占いの伝統】
占いのは古く、鹿の肩の骨を焼いて割れ目を見る「太古(ふとまに)」、亀の甲を焼いて割れ目を見る「亀の卜(うら)」があった。そのほかにも、夢を判断する「夢占(ゆめうら)」、十字路に立って、通行人の言葉を聞く「辻占(つじうら)」、夕方、道や門に立って、通行人の言葉を聞く「夕占(ゆふうら)」、歌から判断する「歌占(うたうら)」などがある。将来の吉凶を知りたいと思う気持ちには、長い伝統があったことになる。
大船の津守がに告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し(万2-109) 
    〔名詞〕
① 海や湖などが湾曲して陸地に入り込んだ所。入り江。
② 海辺。海岸。
 
① 石見の海 角の廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと
    [一云 礒なしと] 人こそ見らめ (万2-131)
 
② 見渡せば花も紅葉もなかりけりの苫屋の秋の夕暮れ (新古今秋上-363)
    〔名詞〕
① 裏面。内部。奥。
② 着物などの内側につける布。裏地。
③ 連歌・俳諧で、懐紙を二つ折りにした場合の裏の面。
 
 
   うらさぶ  うら荒ぶ   〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
[「うら」は心の意] 心がすさむ、心が寂しく感じる。
楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも(万1-33)
うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流れ逢ふ見れば(万1-82)
 
   うらみ  浦廻・浦回 〔名詞〕
海岸の曲がりくねったところ。湾。浦回(うらわ)。
石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ-(万2-131)
   うらむ   恨む・怨む  〔他動詞マ行上二段〕【ミ・ミ・ム・ムル・ムレ・ミヨ】
① 恨みに思う。不満に思う。憎く思う。
② 恨みごとを言う。不平を言う。
③ 恨みを晴らす。しかえしをする。
④ 悲しむ。嘆く。
⑤ (自動詞的な用法で虫や風などが)悲しげに音をたてる。

【参考】
語源は「心(うら)見る」と考えられ、上代は上一段活用か。中古には上二段、近世には四段に活用し、現代に至っている。
 
① 逢はずとも我れは恨みじこの枕我れと思ひてまきてさ寝ませ (万11-2637)
② 花散らす風のやどりはたれかしる我に教へよ行きてうらみむ (古今春下-76)
   うらめし   恨めし・怨めし  〔形容詞シク活用〕動詞「うらむ」に対応する形容詞。
恨みに思われる。残念である。
 
恨めしく君はもあるか宿の梅の散り過ぐるまで見しめずありける (万20-4520) 
   うれ    〔名詞〕「うら」の転
木の枝や草の葉の先端。こずえ。
我が聞きし耳によく似る葦のの足ひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
後見むと君が結べる磐代の小松が
うれをまたも見むかも(万2-146)
 
           〔名詞〕えだ。  磐白の浜松がを引き結びま幸くあらばまた帰り見む(万2-141) 
         下二段動詞「う(得)」の連用形の副詞化
①(下に肯定の言い方を伴って)可能の意。~することができる
②(下に打消し又は反語の言い方を伴って)不可能の意。
~することができない、~できようか(できない)
①-ここにその荒き波おのづからなぎて、御船進みき-(記・中)
玉かつま安倍島山の夕露に旅寝
せめや長きこの夜を(万12-3166)
 
〔語法〕①は主に上代に見られる。また後世、叙述語を省略して、「え」だけで否定を表わす用法が見られる。
参考 現在、関西方言に「よう~ん」の語法があるが、これは②の「え~ず(打消し)」の変化したもの。
 
   〔感嘆詞〕(上代語)感動を表わす、ああ。 鮎こそは島辺も良き。苦しゑ-(天智紀) 
終助詞「よ」のなまったもの、呼び掛けの意、~よ〔上代東国方言〕 父母斎ひて待たね筑紫なる水漬く白玉取りて来までに(万20-4364) 
上代の助動詞「ゆ」の未然形または連用形 〔接続;未然形につく〕 ひな曇り碓氷の坂を越えしだに妹が恋しく忘らぬかも(万20-4431)
人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘ら
ぬかも (万2-149)
 
    おう(漢和辞典)  応(漢和辞典)  [三省堂「全訳 漢辞海」] 【オウ・こた-える】
〔動詞〕
① こたえる。こたふ。
 ア:返事をする。回答する。
 イ:承知する。聞き入れる。
② 相応しい。ちょうど合う。
③ 共鳴する。調和する。
④ 受ける。引き受ける。
⑤ 対処する。処理する。
⑥ 呼応する。⑦ 兵役につく。徴用に従う。⑧ 加勢する。
⑨ 予言が適応する。効き目が表われる。
 
〔助動詞〕まさに~べし。
〔副詞〕まさに~べし。すぐさま。~と同時に。すぐ。ただちに。

句法 Ⅰ
助動詞として、その目的語である述語構造の前に置き、道理や客観的状況から当然のこととして、ある行為をしたり、またある状態であるべきことを表す。「まさに~べし」と再読し、「応[動詞]・・・(まさニ・・・を[動詞]すベシ)という形で用いる。「~すべきである」「~であるべきである」「~しなければならない」などと訳す。
[
この句法を用いたと思われる歌]
 宇治間山朝風寒し旅にして
衣貸すべき妹もあらなくに(万1-75)

原文「衣応借」の通訓は「ころも
貸すべき(連体形)」であり、原文「借」が「応」に掛かっているために、助動詞「べし」で、相手の立場からみて、「応借」は「貸」という意味に解釈するのだと思う。

句法 Ⅱ
状況に対する推量を表す。助動詞の場合と同様に「まさニ・・・ベシ」と再読する。「おそらく~であろう」「たいてい~のはずである」「たぶん~であろう」などと訳す。

   おかみ      〔名詞〕雨や雪などをつかさどる神。竜神。水の神。 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ (万1-104)
 御上   ① 天皇。朝廷。② 政府。官庁。③ 武家で主君の敬称。④ 貴人の敬称。
   おきさく  沖放く 〔自動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
「〔さく〕は離れる意」 沖の方に遠ざかる。岸から離れる。
鯨魚取り 近江の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺に付きて―(万2-153)
   おきつかい  沖つ櫂 〔名詞〕沖を漕ぐ船のかい。⇔ 辺(へ)つ櫂 ―漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ―(万2-153)
   おきつしらなみ  沖つ白波 〔名詞〕沖に立つ白い波。
【参考】
「白波が立つ」という連想から、「立田山」の序詞、「しら」と同音であることから「知らず」の序詞となる。
海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む(万1-83)
   おきつも  沖つ藻 〔名詞〕沖の海底に生えている藻。⇔ 辺(へ)つ藻。 -か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ -(万2-131)
   おきつもの   沖つ藻の  【枕詞】
沖の藻が波に隠れ、なびくところから、「なばる」「なびく」にかかる。
我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ(万1-43)
-照る月の 雲隠るごと
沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の-(万2-207)
 
   おきな   〔名詞〕
① 年取った男。老人。⇔「老女 (おみな)」「嫗 (おみな・おうな)」
② 老人が自分をへりくだっていう語。わし。じじ。
③ 老人を親しみ敬って呼ぶ語。おじいさん。
④ 能楽に用いられる老人の面。おきな面。
⑤ 能の曲名。「④」をつけ、能楽の最初に式典として行う演目。種々の点で能以前の古い演劇の形を残している。
   おきへ  沖辺・沖方 〔名詞〕沖の方。沖のあたり。 玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
海原の沖辺に灯し漁る火は明かして灯せ大和島見む(万15-3670)
    おく    置く     〔自カ行四動詞〕霜や露が降りる ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに(万2-87) 
〔他カ行四動詞〕
① 物をその位置に置く。据える。
② そのままにする。捨て置く。③ 後に残す。見捨てる。
④ のぞく。さしおく。⑤ へだてる。⑥ 設ける。設置する。
⑦ 模様をつける。⑧ 計算する。数える。
-をとめの床のべにわがおきし剣の太刀-(記・中)
②-黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く-(万1-16)
③-神さびせすと 太敷かす 都を置きて 隠口の 初瀬の山は-(万1-45)

③ 飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君が辺りは見えずかもあらむ (万1-78)
-ひげ掻き撫でて 我れをおきて 人はあらじと-(万5-896)
〔補助カ行四〕
①(動詞の連用形について)
ア:~のこす、~のこしておく
イ:あらかじめ~する、かねて~する
②(助詞「て」を伴う動詞につき)あらかじめ~する
③「~(せねば)置かぬ」「~ (しないで) 置こうか」の形で、遣り通すの意。
-生きとし生けるもの、いづれ歌をよまざりける-(古今・仮名序) 
   おくれゐる  後れ居る   〔自動詞ワ行上一段〕【イ・イ・イル・イル・イレ・イヨ】
取り残されている。
後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背(万2-115)
後れ居て我れはや恋ひむ印南野の秋萩見つつ去なむ子故に(万9-1776)
   おしなぶ  押し靡ぶ 〔他動詞バ行下二段〕【ベ・ベ・ブ・ブル・ブレ・ベヨ】
〔おしなむ〕とも。押しなびかせる。押しふせる。
-真木立つ 荒き山道を 岩が根 禁樹押しなべ 坂鳥の-(万1-45)
-安騎の大野に 旗すすき 小竹を
押しなべ 草枕 旅宿りせす-(万1-45)

印南野の浅茅押しなべさ寝る夜の日長くしあれば家し偲はゆ(万6-945)
 押し並ぶ  ① 押しならす。すべて同じようにする。
② (多く下に助動詞「たり」を伴って)優劣なく一様である。普通だ。
   おそ    [形容詞「鈍 (おそ) し」の語幹
にぶいこと。愚か。
風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士(万2-126)
   おつ   落つ   〔自動詞タ行上二段〕【チ・チ・ツ・ツル・ツレ・チヨ】
① 落ちる。落下する。
② (雨や雪などが)降る。(木の葉や花が)散る。
③ 光がさす。照らす。
④ (日や月が)沈む。没する。
⑤ 抜け落ちる。欠け落ちる。
⑥ 落ちぶれる。身をもちくずす。堕落する。
⑦ つき物が去る。病気が治る。また、生ものを断つ食事を止め、普通の食事に戻る。精進落ちをする。
⑧ 戦いに敗れて逃げる。逃げ落ちる。
⑨ (城などが)敵の手にわたる。陥落する。
⑩ 白状する。自供する。
 
② 風吹けば落つるもみぢば水きよみちらぬ影さへ底に見えつつ (古今秋下-304)
③ 冬枯れの森の朽ち葉の霜の上に落ちたる月の影の寒けさ (新古今冬-607) 
山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ(万1-6)
-その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を (万1-25)
 
⑤-我が行く川の 川隈の 八十隈おちず 万たび かへり見しつつ- (万1-79)
⑥ 名にめでて折れるばかりぞ女郎花我
落ちにきと人にかたるな (古今秋上-226)
   おと   〔名詞〕
① 空気の波動で生じる聴覚の刺激。声。響き。
② うわさ。評判。③ おとづれ。たより。④ 答え。返事。
① ますらをの鞆のすなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
① ぬばたまの月に向ひて霍公鳥鳴く遥けし里遠みかも(万17-4012)
のみに聞きて目に見ぬ布勢の浦を見ずは上らじ年は経ぬとも (万18-4063)
   おとひをとめ  弟日娘子 現代の諸書では、当時の「遊行女婦 (うかれめ)」のことだろう、とするが、
鹿持雅澄の「万葉集古義」から、その注釈を載せる。
霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも(万1-65)
   おのが  己が 〔代名詞「己 (おの)」+格助詞「が」〕
① 自分自身が。② 自分自身の。③ 私が。
② 人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)
   おひしく  追ひ及く 〔自動詞カ行四段〕追いつく。 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背(万2-115)
   おふ  生ふ  〔自動詞ハ行上二段〕【ヒ・ヒ・フ・フル・フレ・ヒヨ】
生ずる。はえる。生長する。
 
ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(万6-930)
 負ふ  〔自動詞ハ行四段〕
 相応しい。相応する。
文屋康秀〔の歌〕は、言葉はたくみにて、そのさま身に負はず(古今仮名序)
〔他動詞ハ行四段〕
① 背に乗せる。背負う。
② (「名に負ふ」の形で)身に持つ。名前などをそなえる。
③ (苦痛・災難・恨みなどを)身に引き受ける。こうむる。
④ 借金する。物を借りる。
①-我が国は 常世にならむ 図負へ くすしき亀も 新代と-(万1-50)
② 名にしおはばいざことはむ都鳥わが思ふ人は有りやなしやと (古今羈旅-411)
  追ふ  〔他動詞ハ行四段〕
① 追いかける。あとを追う。
②(目的地に)向って行く。
③ 追い出す。追い払う。
④(多く「先を追ふ」の形で) 貴人が通るとき、通り道にいる人を追い払う。先払いをする。
③ 霍公鳥鳴きしすなはち君が家に行けと追ひしは至りけむかも (万8-1509)
   おほ   大- 〔接頭語〕
① 大きい、広い、などの意を表す。
② 量の多い、の意を表す。
③ 程度の甚だしい、の意を表す。④ 尊敬・賞賛の意を表す。
② 我が里に雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後(万2-103)
③ 烏とふ
をそ鳥のまさでにも来まさぬ君をころくとぞ鳴く(万14-3542)
殿の この廻りの 雪な踏みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ-(万19-4251)
   おほかり   多かり  〔ク活用形容詞「多し」の補助活用の連用形・終止形〕多い。多くある。  
【参考】
ふつう補助活用(カリ活用)には終止形はなく「かり」は連用形語尾であるが、中古の和文では「多かり」が本活用の終止形「多し」に代わって用いられた。なお、漢文訓読では「多し」が使われている。 → 「多(おほ)し
   おほきみ   大君・大王  〔名詞〕
① 天皇・皇族の尊称。
② 親王・諸王の尊称。後に「親王(みこ)」に対して、諸王の称。
 
① 天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり(万-147) 
   おおきみの  大君の 【枕詞】地名「三笠(みかさ)」にかかる。 大君の御笠の山の黄葉は今日の時雨に散りか過ぎなむ(万8-1558)
   おほきみの
 みことかしこみ
 大君の命畏み 〔慣用句〕【有斐閣「万葉集全注巻第一-79 大君の命畏み」注】 大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟浮けて- (万1-79)
天皇の命令を恐れ畏む慣用句。公の場でうたわれる歌に現れることが多く、長歌の冒頭や、短歌でも一座の最初の歌の冒頭に用いられるのが普通。奈良朝の慣用句と言ってよく、これはその最も早い例。「王之御命恐 (オホキミノミコトカシコミ) (13・3333) 、「於保吉美能美許等可之古美 (オホキミノミコトカシコミ) (20・4328) など。「畏み」は「畏し」の「ミ語法」。
 
   おほし   多し  〔形容動詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】多い。

みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き(万2-156)
【上代語「おほし」と「多し」「多かり」】
 上代では「おほし」は「大し」とも書かれ、「数量が多い」「容量が大きい」「りっぱだ」「正式だ」などの意味があった。中古以降、数量的な多さは、形容詞「多し・多かり」を使い。容積の大きさには形容動詞「大きなり」を使うようになった。これが中世末期になると、さらに「多い」「大きい」と区別が明確になる。なお、中古までの和文では、終止形は「多かり」が一般的で、「多し」は漢文訓読語として使われた。→ 参考「多かり
   おほしまのね  大島の嶺 〔地名〕所在未詳。
妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
   [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを]
 (万2-91)
有斐閣「万葉集全注巻第二-91 大島の嶺」注
所在未詳。「ネ」は山の高い所。「ミネ」はそれに接頭語「ミ」の添えられた形で、本来は山の頂が神の降臨する神聖な場所であるのを讃えることばだったらしい。「大島の嶺」は所在未詳であるが、日本後紀大同三年九月十九日の条に平群朝臣賀是麻呂の「
伊賀爾布久賀是爾阿礼婆可於保志萬乃乎婆奈能須恵乎布岐牟須悲太留 (いかにふく かぜにあればか おほしまの をばなのすゑを ふきむすびたる) 」という歌があり、平群氏の本居が大和の平群郡だから、この歌の「於保志萬」(大島) も平群郡かと言われる (攷証) 。澤瀉久孝は、その攷証説を踏まえ、「大島の嶺」を現在の信貴山もしくはその近くの一峯と推定している (『万葉小径』)。
   おほつのみや   大津の宮  〔名詞〕近江(滋賀県)にあった天智天皇の皇居。
天智天皇の六年 (667)、宮を大和の飛鳥から移したが、壬申の乱を経て僅かの間に荒廃した。
 
-石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ- (万1-29) 
   おほとの   大殿  〔名詞〕
① 宮殿・邸宅の敬称。特に、寝殿・正殿をいう。
② 大臣の敬称。おとど。
③ 貴人である当主の敬称。または、その父に対する敬称。
 
①-ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の-(万1-29) 
 おほともの  大伴の 【枕詞】「御津(みつ)」「見つ」「高師(たかし)」にかかる。 いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(万1-63)
大伴の見つとは言はじあかねさし照れる月夜に直に逢へりとも (万4-568)
大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ(万1-66)
   おほはら  大原 〔地名〕
① 京都市左京区大原。八瀬 (やせ) の北の山あいの地で、寂光院・三千院・惟喬親王の御墓などがある。炭・薪の産地。ここから京都へ物売りに出る女を大原女 (おはらめ) という。古くは小原 (おはら)。
② 奈良県高市郡明日香村小原。藤原鎌足の生地という。
② 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後(万2-103)
   おほふ  被ふ・覆ふ 〔他動詞ハ行四段〕
①(全体を隠すように)上からかぶせる。
② 包み隠す。かぶせて見えなくする。
③(威光・徳などを)広く行き渡らせる。
① 天の下すでに覆ひて降る雪の光りを見れば貴くもあるか(万17-3945)
② 玉櫛笥
覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも (万2-93)
   おほぶねの  大船の 【枕詞】[枕詞一覧]
大船が頼りになる意から「たのむ」、船の進むさま、泊るところから「たゆたふ」「ゆた」「ゆくらゆくら」「渡り」「津」、船の「かぢとり」の類似から「香取 (かとり)」にかかる。
大船の思ひ頼める君ゆゑに尽す心は惜しけくもなし(万13-3265)
大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に(万2-122)
-か行きかく行き
大船の たゆたふ見れば 慰もる 心もあらず-(万2-196)
-味寐は寝ずて
大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ -(万13-3288)
-かへり見すれど
大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに-(万2-135)
大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し(万2-109)
大船の香取の海にいかり下ろしいかなる人か物思はずあらむ(万11-2440)
   おほまへつきみ  大臣 〔名詞〕天皇の前に伺候する者の長の意。⇒「大臣(だいじん)」 ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
   おほみ  大御― 〔接頭語〕
(名詞に付いて) 強い尊敬を表す。多く、神や天皇に関して用いる。
かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを (万2-151)
   おほみけ   大御食  〔名詞〕[「大御(おほみ)」は接頭語]
 神や天皇の召し上がる食物。
 
-行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち- (万1-38) 
   おほみや   大宮  〔名詞〕
① 皇居・神宮の敬称。② 太皇太后・皇太后の敬称。中宮を「宮」というのに対して用いる。③ 母に当る宮(=内親王)の敬称。
 
-天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども- (万1-29)
   おほみやつかへ  大宮仕へ   大宮に仕える者、という名詞形  藤原の大宮仕へ生れつくや娘子がともは羨しきろかも(万1-53) 
   おほみやどころ   大宮処  〔名詞〕[古くは「おほみやところ」と清音]
皇居のある地。また、皇居。
 
三香の原布当の野辺を清みこそ大宮所 [一云 ここと標刺し] 定めけらしも (万6-1055) 
   おほみやびと   大宮人  〔名詞〕[古くは「おほみやひと」と清音] 宮中に仕える人。  三香の原久迩の都は荒れにけり大宮人のうつろひぬれば(万6-1064) 
         
   おほわだ   大曲  〔名詞〕湖や川などが陸地に大きく入り込んでいるところ。  楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
     [一云 逢はむと思へや](万1-31)
 
   おみな   〔名詞〕老女。おうな。⇔「翁 (おきな)
【参考】
のちに「おむな」となる。「をみな」 (女) とは別。
汝 (な) は誰 (たれ) しの嫗ぞ(記下)
   おむな   〔名詞〕[「おみな」 の転] 老女。
   おもなし  面無し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
恥知らずである。あつかましい。

【語感】
恥ずかしさも忘れたように、平気で振舞っており、そばで見ていられない感じ。
宵に逢ひて朝面無み名張にか日長き妹が廬りせりけむ(万1-60)

 [「面無み」⇒「面無し」の「ミ語法」]
   おもはゆ  思はゆ  [四段動詞「思ふ」の未然形「おもは」+上代の受身・自発の助動詞「ゆ」]
思われる。自然とその思いになる。
かへらひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある かくのごと(万16-3813)
   おもふ  思ふ 〔他動詞ハ行四段〕
① 考える。思案する。思い起こす。
② 思い知る。思いわきまえる。③ 希望する。願う。
④ 懐かしむ。しのぶ。追想する。⑤ 愛する。慕う。恋う。
⑥ 心配する。悲しむ。⑦ 推量する。想像する。予想する。
④-旗すすき 小竹を押しなべ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ひて(万1-45)
④ 葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほ(は)ゆ(万1-64)
④ いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念
(も) へるごと (万2-112)
⑥ あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると
思ふな(万1-80)
 
   -ゑに  思ふゑに 「思ふ故に(おもふゆゑに)」の音韻変化したもの。
恋い慕っているので。かわいいと思うから。
思ふゑに逢ふものならばしましくも妹が目離れて我れ居らめやも (万15-3753) 
   -こ  思ふ子 かわいく思う子。まなご。恋人。
   -さま  思ふ様 〔名詞〕思うよう。考え方。
〔形容動詞〕思うまま。思うとおり。
 
   -そら  思ふ空 〔名詞〕思う気持ち。 -我れは立ちて 思ふそら 安けなくに 嘆くそら- (万13-3313)
   -どち  思ふどち 〔名詞〕「思ひどち」とも。気の合った友達同士。 春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも (万10-1884)
   -ひ  思ふ日 〔名詞〕この世を去った人を思う日。命日。忌日。
   -ひと  思ふ人 〔名詞〕① 恋人。深く思う相手。
② 親しい人。仲のいい人。(恋人に限らず父母など)心に思う人。
   おもひやむ  思ひ止む 〔他動詞マ行四段〕思うことをやめる。思わなくなる。 人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも(万2-149)
   おもひやる   思ひ遣る   〔他動詞ラ行四段〕
① 遠くに思いをはせる。また、想像する。
② 人の身の上・心情などに思いをめぐらす。気遣う。
③ 憂いの気持ちなどを払う。気を晴らす。
 
思ひ遣るすべのたづきも今はなし君に逢はずて年の経ぬれば(万13-3275) 
   おもほす   思ほす 〔他動詞サ行四段〕
[四段動詞「思ふ」の未然形「おもは」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いた「おもはす」の転]
 「思ふ」の尊敬語。お思いになる。

【参考】
主として上代に使われ、平安時代になっても使われたが、「おぼす」の方が圧倒的に多くなっていく。
 
- いかさまに思ほしめせか [或云 思ほしけめか] 天離る鄙にはあれど- (万1-29)
秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ
思ほすよりは(万2-92)

【「いかさまに 思ほしめせか」】→「いかさま
 
   おもほゆ  思ほゆ  〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
構成、四段動詞「思ふ」の未然形に上代の自発の助動詞「ゆ」のついた「思はゆ」の転。
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(万3-268)
瓜食めば 子ども
思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ(万5-806)

葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ(万1-64)
   およぶ  及ぶ  〔自バ行四段〕
① 届く。達する。至る。
② 届くように前屈みになる。及び腰になる。
③ 追いつく。
④(多く打消しの表現を伴って)匹敵する。肩を並べる。
⑤(「~におよぶ」の形で)ついに~になる。
⑥(下に打消しの語を伴い、多く「^におよばず」の形で
 ア:~ができる。イ:~が必要である。
    五十音index
               鹿 〔名詞〕鹿の古名。
【参考】「ゐ(猪)」→「ゐのしし」と同様、「か(鹿)」についても、「かのしし」という呼び方がある。
秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上(万1-84)
妻恋ひに鹿鳴く山辺の秋萩は露霜寒み盛り過ぎゆく(万8-1604)
 可  〔名詞〕よいこと。善。   
 香  〔名詞〕かおり。におい。  五月待つ花たちばなのをかげば昔の人の袖のぞする(古今夏-139)
  〔代名詞〕遠称の指示代名詞。人や事物をさす語。あの。あれ。あちら。
【参考】独立して用いた例は少なく、格助詞「の」とともに用い、「かの」となるのが」ふつうである。→「彼(か)の」。
思へども人目つつみの高ければはとみながらえこそ渡らね(古今恋三-659)
 か 〔副詞〕(多く「か・・かく・・」の形で) あのように。ああ。  -波のむた 寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を-(万2-131) 
              か-〔接頭語〕       (主に形容詞、または動詞について) 語調を整え、または語意を強める。
「-青」、「-弱し」、「-寄る」。
 
-海辺を指して にきたづの 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻-(万2-131)
 -か〔接尾語〕     (物の状態・性質を表す語などについて) それが目に見える状態であることを示す形容詞の語幹をつくる。「さや-」、「のど-」、「ゆた-」。  
(日) 日数を表す。「十-(とをか)」、「百-(ももか)」。  
(処) 場所の意を表す。「あり-(ありか)」、「すみ-(すみか)」。   
(荷) 天秤棒などでになう荷物を数える語。   
(箇・個) (漢語の数詞について) ものを数えるのに用いる語。   
     [係助詞・終助詞・副助詞]  
〔係助詞〕 
① 文中に用いられる場合、文末を活用語の連体形で結ぶ、係助詞の形式。
 ア:疑問の意を表す。「~か」「~だろうか」
 イ:反語の意を表す。
「・・であろうか、いや・・ではない)」
② 文末に用いられる場合。
 ア:疑問の意を表す。「~か」「~だろうか」
 イ:(多く「かは」「かも」「ものか」の形になって)反語の意を表す。
  「・・・(だろう)か、(いや、・・・ではない)」
 ウ:(打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」に付いて「ぬか」「ぬかも」の形で) 願望を表す。「~ないかなあ」
③(推量の助動詞「む」の已然形「め」に付いて)多く詠嘆の終助詞「も」を伴って反語の意を表す。「~だろうか、いや~ではない」
④ 上代では動詞の已然形に接続助詞「ば」を介さずに原因・理由を表す用法があり、それに直接「か」が付いた。
⑤ 問いの意を表す。「~か」

接続
体言・活用語・副詞・接続助詞などが主語・目的語・連用修飾語などとなっているものに付く。
 
①「ア」大和には鳴きて来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる(万1-70)
「ア」松浦川川の瀬早み紅の裳の裾濡れて鮎釣るらむ(万5-865)
①「ア」まそ鏡照るべき月を白栲の雲隠せる天つ霧かも(万7-1083)

①「イ」 -生きとし生けるもの、いづれ歌をよまざりける-(古今・仮名序)
②「ア」たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむ
[三方沙弥]
    (万2-123)
②「ウ」我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため(万3-335)
②「ウ」二上の山に隠れる霍公鳥今も鳴か
ぬか君に聞かせむ(万18-4091)
葦邊より満ち来る潮のいや増しに思へ君が忘れかねつる(万4-620)
④ 我妹子がいかに思へぬばたまの一夜もおちず夢にし見ゆる(万15-3669)
⑤ 君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へ行かむ待ちにか待たむ(万2-85)

  
 
〔終助詞〕
① 詠嘆、感動を表わす。 
「・・だなあ」 
②「しか」「てしか」「ぬか」「ぬかも」の形で用いられ、詠嘆を含む願望を表わす。(・・たいしたものだなあ)

③ 呼びかけを表わす。
(・・よ)
静けくも岸には波は寄せけるこれの屋通し聞きつつ居れば(万7-1241)
① 御笠山野辺行く道はこきだくも繁く荒れたる久にあらなくに(万3-232)

① 苦しくも降り来る雨
三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに(万3-267)
   

  
 
[主要助詞一覧]
〔格助詞〕
① [連体修飾語]
 ア:所有を表す。「~の」
 イ:所属を表す。「~の」
 ウ:類似を表す。「~のような」
 エ:(下にくるはずの名詞を略した形で)「~のもの」
 オ:体言・連体形の下に付き、「ごとし」「まにまに」「からに」な   どに続ける。「~の」
② [感動文の主語]
「が」+形容詞語幹(シク活用は終止形)+接尾語「さ」の形の感動文の主語を表す。「~が」
③ [主語]
 ア:体言を受けるもの。「~が」「~の」
 イ:体言に準じて用いられている連体形をうけるもの。「~が」
 ウ:「イ」と同じ形であるが、「が」の下の部分がさらに連体形で体   言に準じて用いられているもの。下の部分に対して主語を表すが、訳すときには、いわゆる同格に解釈する。「~で」「~であって」
④ [対称] 
   希望や能力や感情の対象を表す。「~が」
〔接続〕体言または活用語の連体形に付く。
 
①[ア] 我庵は都のたつみ鹿ぞ住む世をうぢ山と人はいふなり (古今雑下-983)
①[イ] なでしこ
花取り持ちてうつらうつら見まくの欲しき君にもあるかも
    (万20-4473)
①[イ] 白波の浜松
枝の手向けぐさ幾代までにか年の経ぬらむ  [一云 年は経にけむ]
    (万1-34)
 
①[オ] あをによし奈良の都は咲く花のにほふごとく今盛りなり (万3-331)
③[ア] 大船の津守
占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し (万2-109)
[ア] うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背と我
見む(万2-165)
〔接続助詞〕
① [単純接続] 前後の事柄を単純につなぐ。「~が」
② [逆接] 逆接の意を表す。「~けれど」「~が」「~のに」
〔接続〕活用語の連体形に付く。陽
 
  
   かからむ  斯からむ 〔成立ち〕ラ変動詞「斯かり」の未然形「かから」+推量の助動詞「む」
こうなるだろう。
 
かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを(万2-151)
かからむ
とかねて知りせば越の海の荒礒の波も見せましものを(万17-3981)
   かかり  掛かり・懸かり 〔名詞〕
① 女性の髪の肩に垂れ下がったようす。また、その下がり具合。
② 蹴鞠(けまり)を行う場所。また、蹴鞠を行う場所の垣に植えた木。
 四本かかりが普通で、艮(うしとら、北東)に桜、巽(たつみ、南東)に柳、
 坤(ひつじさる、南西)に楓、乾(いぬい、北西)に松を植える。
③ 寄りかかるところ。④ 風情。趣。⑤ 構え。結構。つくり方。
⑥ 関係すること。また、その人。⑦ 経費。出費。
 
   かかり  斯かり 〔自動詞ラ行変格〕【ラ・リ・リ・ル・レ・レ】
〔副詞「斯く」にラ変動詞「有り」の付いた「かくあり」の転〕
こうだ。こんなだ。かようである。
 
   かがり   〔名詞〕① かがり火をたく鉄製の籠。② 「篝火(かがりび)」の略。  
   かかりしかども  斯かりしかども 〔成立ち〕ラ変動詞「斯かり」の連用形「かかり」+過去の助動詞「き」の已然形「しか」+接続助詞「ども」
こうであったが。
 
   かかりどころ  斯かり所・
 懸かり所
〔名詞〕
たよりとするところ。また、たよりとするもの。
 
   かかりば  掛かり端・
 懸かり端
〔名詞〕
女性の、頬の両側から肩に垂れかかっている髪の先。また、そのようす。
 
   かがりび  篝火 〔名詞〕
鉄製の籠にたく火。夜の警護や屋外照明、また漁の際に用いた。
おもに松材を燃やす。かがり。
 
   かかる  皸る 〔自動詞ラ行四段〕
ひびやあかぎれが切れる。
稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ(万14-3478)
   かかる  懸かる・掛かる 〔自動詞ラ行四段〕
① 垂れ下がる。② 寄りかかる。もたれかかる。すがる。
③ たよる。たよりどころとする。④ (目や心に) とまる。つく。
⑤ 泊まる。停泊する。⑥ (雨、雪などが) 降りかかる。
⑦ 関わる。関係する。⑧ かかわりあう。巻き添えにあう。連座する。
⑨ 関心が向く。⑩ 通りかかる。さしかかる。
⑪ (霊などが) のりうつる。つく。⑫ 襲いかかる。攻めて行く。
⑥ 山ふかみ春とも知らぬ松の戸に たえだえかかる雪の玉水(新古春上-3)
⑪ ―月の神、人に
かかりて謂(かた)りてのたまはく(顕宗紀)
   かかる  斯かる 〔ラ変動詞「斯かり」の連体形から〕このような。こういう。  
   かかるに  斯かるに 〔接続詞〕こうしているうちに。こうしていると。  
   かかるほどに  斯かる程に 〔成立ち〕連体詞「斯かる」+名詞「程」+格助詞「に」
こうしているうちに。
 
   かかるままに  斯かる儘に 〔成立ち〕連体詞「斯かる」+名詞「儘」+格助詞「に」
こんなふうであるのに従って。
 
   かかれど  斯かれど 〔接続詞〕こうではあるけど。  
   かかれば  斯かれば 〔接続詞〕このようであるから。だから。  
   かき-  掻き 〔接頭語〕[動詞に付いて]
語勢を強めたり語調を整えたりする。
一面に、手にとって、軽く、ちょっと、などの意を表す。
「-暗 (く) る」「-暮らす」「-曇る」「-結ぶ」
 [語法]
音便で「かい」「かっ」ともなる。「掻く」の原義のこめられている「掻き上ぐ」「掻き弾く」などの「掻き」は動詞の連用形で、接頭語としない。
   かき  垣・墻・牆 〔名詞〕家屋敷などの周囲に巡らす囲い。垣根。  
   かきいる   掻きいる 【小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第二-123 掻入」頭注】
「掻き入れつらむか」-掻キ入ルは筋立 (櫛) のとがった方などを用いて後れ毛を詰め込み、髪型を整えることをいうか。
たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥] (万2-123)
   かぎろひ   陽炎  ① 明け方日が出る頃に地平線上に赤みを帯びて見える
② →「かげろふ」
 
東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ(万1-48)
いまさらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春べとなりにしものを (万10-1839)
   かく              〔名詞〕
① 法則・きまり。しきたり。② 位。身分。
③ 流儀。手段。④ 品格。風格。
 
 
 駆く・駈く   〔自動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
①馬でかける。疾走する。②馬で攻め入る。
 
 
 欠く    〔他動詞カ行四段〕
① こわす。損じる。② もらす。ぬかす。怠る。
 
 
 〔自動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 損なわれる。② 不足する。欠ける。
②-阿後尼の原を 千年に 欠くることなく 万代に-(万13-3250) 
 舁く   〔他動詞カ行四段〕肩に乗せて運ぶ。かつぐ。   
 掛く・懸く    〔他動詞カ行四段〕《上代語》かける。関係する。  -かまどには 火気吹き立てず 甑には 蜘蛛の巣かきて-(万5-896)
-いや遠長く 偲ひ行かむ 御名に
懸かせる 明日香川-(万2-196)
 
 〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① ぶらさげる。取り付ける。固定する。② 心にとめる。心を託す。
③ 兼ねる。かけもつ。兼任する。④ はかりくらべる。⑤ だます。
⑥ おおう。かぶせる。⑦ 口に出して言う。話しかける。
⑧ 火をつける。放つ。⑨ 賭け事をする。賭けとして出す。
⑩ 目標にする。目ざす。⑪ ある期間にわたる。
⑫ (動詞の連用形の下について)
「こちらから~する・途中まで~する・~かける」
 
② ちはやぶる賀茂の社のゆふだすき一日も君をかけぬ日はなし (古今恋一-487) 
⑩ わたの原八十島かけてこぎいでぬと人にはつげよあまの釣舟 (古今羈旅-407)
 掻く   〔他動詞カ行四段〕
① 引っ掻く。② (弦楽器を) 弾く。つまびく。③ 払いのける。おしやる。
④ 切り取る。⑤ くしけずる。とかす。⑥ (食物を) 掻きこむ。
⑦ (畑などを) 耕す。すきかえす。
 
① 眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを (万11-2412)
③-知らしめす 神の命と 天雲の 八重
かき別きて-(万2-167)
 
⑤-裳には織り着て 髪だにも 掻きは梳らず 沓をだに-(万9-1811)
⑦ 金門田を荒ま斎み日が照れば雨を待とのす君をと待とも (万14-3583)
 斯く  〔副詞〕このように。こんなに。こう。  -相争ひき 神代より かくにあるらし 古も しかにあれこそ-(万1-13)  
   かくさふ   隠さふ  《上代語》隠し続ける。繰り返し隠す。
〔成り立ち〕
四段動詞「隠す」の未然形「かくさ」に、上代の
反復・継続の助動詞「ふ」 
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18) 
   かくす   隠す  〔他動詞サ行四段〕
見えないようにする。
 
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18) 
   かくばかり   斯くばかり 〔副詞〕〔なりたち〕[副詞「斯く」+副助詞「ばかり」]
これほどまでに。こんなにも。
 
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを(万2-86)
かくばかりすべなきものか世間の道(万5-896) 
   かくらふ  隠らふ 〔四段動詞「隠る」の未然形「かくら」+上代の反復・継続の助動詞「ふ」〕
 [上代語] ずっと隠れている。また、見え隠れする。
-振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の-(万3-320)
   かくる    隠る 〔自ラ行四段動詞〕(上代語)隠れる。 名ぐはしき印南の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は(万3-306)
〔自ラ行下二段動詞〕① 隠れる。②「死ぬ」の語をさけていう語。 ① 春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るゝ(古春上-41)
   かくれ   隠れ  〔名詞〕① 隠れること。② 隠れたところ。物陰。③ 隠れ場所。
   -ぬ   隠れ沼  〔名詞〕草などに覆い隠された沼。
   -ぬの   隠れ沼の  【枕詞】「下に通ひて」「底」に懸かる。 紅の色にはいでじ隠れ沼のしたに通ひて恋ひは死ぬとも(古恋三-661)
   かぐやま   香具山  〔地名〕今の奈良県橿原市東部にある山。

【歌枕】高天原にあった山が地上に降ったものだといわれ、古来、神聖視された。「古事記」に「あめのかぐやま」とあるが、一般に「天(あま)の香具山」と呼ばれている。耳成(みみなし)山・畝傍(うねび)山とともに
大和三山といわれる。
 
香具山畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も
 しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき(万1-13)

【小学館「新編日本古典文学全集万葉集」頭注】
この三山歌は、歌詞の解釈によって三山の性別が異なり、おおむね、
A:香具山(女)が畝傍(男)を雄々しと思ってそれまで親しかった耳梨(男)ともめるに至った。
B:香具山(男)が畝傍(女)を愛々しと思って耳梨(男)と妻争いをした。
C:香具山(女)が畝傍(男)を雄々しと思って耳梨(女)と男を取り合った。
以上の三説があり、それぞれ一長一短がある。
 
   かげ   影・景  〔名詞〕
①(日・月・灯などの)光。
②(光に照らし出された物の)姿・形。
③ 鏡や水などに映った姿・形。映像。
④ 目の前にいない人の、想像される姿。おもかげ。
⑤ 光の反対側に出る暗い像。影。影法師。
⑥ 影法師のように、いつもつきまとって離れないもの。
⑦ 影法師のように、形だけで中身のないもの。魂の抜け殻。
⑧ 本物に似せたもの。模造品。

【参考 古語の「影」】
光が射したことで、そこにあるように目に映ったものが「影」の意味である。その意味から「①」の「日の影」「御灯火(みあかし)の影」のような「光」の意味になり、「②」の「人の影」も月が光を投げ掛けた結果現れた姿である。「③」以下の意味も実体をいうのではなく、実体から離れた所に現れる姿である。現代語の「撮影」が姿を写すことであるとして、「姿」と捉えることがあるが、これも光の射すこと、、実体とは離れた所に現れるということが意識の中にある。「人影もなし」などの「影」も同じである。言葉を理解する時、しばしば、この語は他のどういう語が当てはまるかという見地から意味の考えられることがあり、それも便利な方法といえるが、どういう意味でこの語ができたかを考えることも大事である。
 
①-振り放け見れば渡る日のも隠らひ照る月の光も見えず-(万3-320)
④ 人はよし思ひやむとも玉葛
に見えつつ忘らえぬかも(万23-149)
⑤ 橘の
踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥](万2-125)
⑥ よるべなみ身をこそ遠くへだてつれ心は君がとなりにき(古今恋三-619)
恋すれば我が身は
となりにけりさりとて人に添うはぬものゆゑ (古今恋一-528)
   かげとも   影面  〔名詞〕《上代語》[「かげつおも」の転。「かげ」は光の意。]
 日の当る方。南側。⇔「背面(そとも)
 
-名ぐはしき 吉野の山は かげともの 大御門ゆ 雲居にぞ-(万1-52) 
   かけのよろしく   懸けの宜しく  〔万葉集全注〕 かかわらせるのにうってつけに、の意  -ぬえこ鳥 うら泣け居れば 玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神-(万1-5) 
   かざす   挿頭す  〔他動詞サ行四段〕
① 草木の花や枝、造花などを髪や冠に装飾としてさす。
② 飾り付ける。
 
① ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる(万10-1887) 
   かしこし  畏し・恐し・
賢し
〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
人間業とは思えない霊力に対し、恐れ敬う感じを表す。「①」が原義。転じて、中古以降、「②」の、並外れた学識・才能などのあるさまにいう。
① [畏し。恐し。]
 ア:恐ろしい。こわい。
 イ:恐れ多い。尊い。もったいない。
② [賢し]
 ア:才知に富む。利口である。
 イ:すぐれている。りっぱだ。
 ウ:好都合だ。運がいい。
 エ:(連用形を副詞的に用いて) 程度が甚だしく。非常に。挿
①「ア」大海の波は畏ししかれども神を斎ひて舟出せばいかに(万7-1236)
①「イ」大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に-(万1-79)
    [「かしこみ」を「畏し」の「ミ語法」とする説]
   かしこむ  畏む 〔自動詞マ行四段〕
① 恐れ憚る。恐れ多いと思う。
② 慎んでうけたまわる。
① 大后の妬みをかしこみて、もとつ国に逃げ下りき(記下)
② 大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に-(万1-79)
   かしはら   橿原  〔地名〕今の奈良県橿原市。記紀に神武天皇の皇居(=橿原の宮)のあったところと伝えられる。  玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ-(万1-29) 
   -のみや   橿原の宮橿  〔名詞〕
記紀に神武天皇即位の宮と伝えられるところ。その跡地と伝えられた所に、今の橿原神宮がある。
 
  
   かすみ     〔名詞〕
微細な水滴が空中に浮遊して、空や遠方などがはっきり見えない現象。
 
参考 「霧」と「霞」の違い
霞と霧とは同じ現象であるが、平安時代ごろから春のものを霞、秋のものを霧と区別した。また、遠くにたなびくのを霞、近くに立ち籠めるのを霧と考えた。上代では季節による区別はなく、「万葉集」<8-1532>に見える「霞立つ天の河原に・・・」は秋、陰暦七月の七夕の歌である。

霞立つ天の川原に君待つとい行き帰るに裳の裾濡れぬ(万8-1532)
 
   かすみたつ   霞立つ  【枕詞】「春日(かすが)」にかかる。  -春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる-(万1-29) 
   かぜ   〔名詞〕
① 空気の流動。かぜ。
② 風習。ならわし。伝統。
③ 風邪。感冒。古くは腹の病気まで含んでいたと言う。
① -玉藻沖つ藻 朝羽振る こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ-(万2-131)
   かた   〔名詞〕
① 方向。方角。向き。② 場所。位置。地点。③ 方面。それに関する点。
④ 手段。方法。⑤ ころ。時節。⑥ さま。ようす。おもむき。⑦ 組。仲間。
⑧ くみすること。味方すること。⑨ 人に対する敬称。お方。
① はしけやし我家 (わぎへ) のかたよ雲居たちくも(記中)
     形・型 〔名詞〕
① 物のかたち。形状。
② 肖像画。物の形を描いた絵。③ 模様。
④ (物事のあったことを示す) しるし。
⑤ 占いをして出た形。
⑥ しきたり。慣例。型式。⑦ 抵当。担保。
① ふきあげの浜のかた に菊植ゑたりけるを詠める (古今秋下詞書-272)
⑤ 生ふしもとこの本山のましばにも告らぬ妹が名
かたに出でむかも (万14-3508)
      〔名詞〕
① かた。
② 衣服の肩にあたる部分。
① - かかふのみ にうち掛け 伏廬の- (万5-896)
今年行く新防人が麻衣
のまよひは誰れか取り見む (万7-1269)
   -やく  肩焼く 鹿の肩骨を火にあぶり、そのひびの入り方で吉凶を占う。 武蔵野に占部肩焼きまさでにも告らぬ君が名占に出にけり(万14・3391)
      〔名詞〕
① 遠浅の海岸で、潮の干満によって見え隠れするところ。ひがた。
② 浦。入り江。
③ 海岸に続いている湖沼。
① 若の浦に潮満ち来ればをなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る (万6-924)
松浦
がた佐用姫の子が領巾振りし山の名のみや聞きつつ居らむ (万5-872)
   かたこひ  片恋ひ 〔名詞〕片想い。⇔「諸 (もろ) 恋ひ ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり (万2-117)
旅に去にし君しも継ぎて夢に見ゆ我が
片恋の繁ければかも (万17-3951)
   かたし   難し   〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 容易でない。難しい。
② 滅多にない。まれである。
① ふたり行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ(万2-106)
〔接尾ク型〕(動詞の連用形に付いて)そうすることの困難な様を表す形容詞を作る。 ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ (万2-106)
   かたぶく   傾く  〔自動詞カ行四段〕「かたむく」の古形。
① かたむく。斜めになる。
② (日や月が)西に沈もうとする。
③ 終りに近くなる。滅びる。衰える。
④ 首をかしげて考える。
② 東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ(万1-48)
〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・クル・クレ・ケヨ】
① かたむける。横に倒す。
② 衰えさせる。滅ぼす。
③ 非難する。
 
   かたみ   形見  〔名詞〕
① 昔の思い出となるもの。
② 死んだ人や別れた人などの思い出となるもの。
 
① 梅(むめ)が香を袖にうつしてとどめてば春は過ぐともかたみならまし (古今春上-46)
② ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君の
形見とぞ来し (万1-47)
 
   かたより  片縒り・片撚り 〔名詞〕一方の糸だけによりをかけること。 片縒りに糸をぞ我が縒る我が背子が花橘を貫かむと思ひて (万10-1991)
   かたよる  片寄る 〔自動詞ラ行四段〕
① 中央・中心から一方に寄る。
② 一方に力を貸して、味方する。
① 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも (万2-114)
   かつ   かつ  〔補助動詞タ行下二段〕【テ・テ・ツ・ツル・ツレ・テヨ】《上代語》
「~できる。~に耐える。」
語法 動詞の連用形の下に付いて、下に助動詞「ず」の連体形「ぬ」および古い形の連用形「に」、また「まじ」の古い形「ましじ」など打消の語を伴って「かてぬ」「かてに」「かつましじ」の形で用いられることが多い。
皆人を寝よとの鐘は打つなれど君をし思へば寐ねかてぬかも(万4-610)
梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも(万2-98)
   かてに  かてに 〔なりたち〕
上代の補助動詞「かつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の上代の連用形「に」
「~できなくて」「~しかねて」「堪え切れないで」
稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ [一云 水門見ゆ] (万3-254)
淡雪のたまれば
かてにくだけつつわが物思ひのしげきころかな (古今恋一-550)
我れはもや安見児得たり皆人の得
かてにすといふ安見児得たり(万2-95)
   がてに  がてに  [「かてに」の濁音化したもの]
「~しにくいように」「~しかねるように」「~できないで」

   がてり  がてり 〔接続助詞〕《上代語》[他の動作をも兼ねて行う意を表す]
「~(の) ついで(に)。~(し) ながら」
〔接続〕動詞の連用形に付く。
山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(万1-81)
雨降らずとの曇る夜のぬるぬると恋ひつつ居りき君待ちがてり (万3-373)
   かど   〔名詞〕
① 門。また、門のあたり。門前。
② 家。家柄。
① -夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が見む 靡けこの山(万2-131)
① うち靡く春立ちぬらし我が
の柳の末に鴬鳴きつ(万10-1823)
   かなし   愛し・悲し・
哀し
〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
① [愛し]
 ア:かわいい。いとおしい。
 イ:身にしみて面白い。強く心が引かれる。素晴らしい。
② [悲し・哀し]
 ア:かわいそうだ。心がいたむ。
 イ:ひどい。口惜しい。しゃくだ。

【語義】
人事に対しては情愛が痛切で胸が詰まる感じ、自然に対しては深く心を打たれる感じを表す。可愛がる意の動詞「かなしうす」(サ変)、「かなしくす」(サ変)、可愛いと思う、悲しく思う意の動詞「かなしがる」(ラ行四段)、「かなしぶ」(バ行上二段→四段)、「かなしむ」(マ行四段)は派生語。
 
① [ア] 筑波嶺に雪かも降らるいなをかも愛しき子ろが布乾さるかも (万14-3365)
① [イ] みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟の綱手
かなしも (古今東歌-1088)
 
   かなふ   適ふ・叶ふ  〔自動詞ハ行四段〕
① 適合する。ちょうどよい。条件に合う。
② 思い通りになる。願いが成就する。
③ (多く下に否定表現を伴って)
 ア・匹敵する。つりあう。
 イ・できる。許可される。
〔他動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
望みどおりにさせる。
① 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな (万1-8) 
   かぬ   かぬ  〔接尾ナ変下二型] 【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
(動詞の連用形に付いて)「~のが難しい」「~ことができない」の意の動詞を作る。

【例語】
言ひかぬ・思ひかぬ・こしらへかぬ(=なだめることができない)・忍びかぬ・堪へかぬ(=がまんできない)・とどめかぬ・飛び立ちかぬ・慰めかぬ・待ちかぬ・見かぬ・忘れかぬ
楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ (万1-30)
古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
    [恋をだに忍び
かねてむ手童のごと](万2-129)
 
   かぬ  兼ぬ 〔他動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
合わせて一つにする。両方を兼ねる。
 予ぬ 〔他動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
① 将来のことを心配する。
② 予想する。
① 玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
① 伊香保ろの沿ひの榛原ねもころに奥をなかねそまさかしよかば (万14-3429)
② -八百万 千年を
兼ねて 定めけむ 奈良の都は かぎろひの-(万6-1051)
   かねて  予ねて 〔成立ち〕下二段動詞「予(か)ぬ」の連用形「かね」+接続助詞「て」
① 〔副詞〕前もって。あらかじめ。前々から。
②(日数などを表わす語の前や後に用いて)…以前に。
① かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを (万2-151)
   かはくま  川隈 〔名詞〕川の流れの折れ曲がっているところ。 -泊瀬の川に 舟浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈おちず-(万1-79)
   かふち   河内  〔名詞〕[「かはうち」の転]
川が曲折して流れているところ。特に谷あいの川の流域。
 
-山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ-(万1-36)
-たたなづく 青垣隠り 川なみの 清き河内ぞ 春へは-(万6-928) 
   かへす   返す・帰す 〔他動詞サ行四段〕
① 元の状態に戻す。② 持ち主に返す
③ 元の場所へ戻す。返してやる。
④ 無理やり帰す。追い返す。
⑤ 報復する。むくいる。
⑥ 官職を辞める。辞任する。
③ -病あらせず 速けく かへしたまはね もとの国辺に-(万6-1025)
④ 風流士に我れはありけりやど
かへさ帰しし我れぞ風流士にはある (万2-127)
④ 我妹子がやどの籬を見に行かばけだし門より帰してむかも(万4-780)
 反す 〔動詞〕① ひるがえす、うらがえす ① 采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万1-51)
   かへらふ   反らふ・返らふ・ 覆らふ 〔自動詞ラ行四段「かへる〕の継続態。  -朝夕に 返らひぬれば 大夫と 思へる我れも-(万1-5) 
   かへりみる  顧みる 〔他動詞マ行上一段〕【ミ・ミ・ミル・ミル・ミレ・ミヨ】
[現代語では「①・②」の意で用いるが、「人を顧みる」の形の「④」に留意]
① 後を振り返って見る。② 自分を反省する。③ 心にかける。懸念する。
④ 世話する。
① -八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし- (万1-79)
   かへる      反る・返る・
 覆る
〔自動詞ラ行四段〕
① 裏返る・ひるがえる
② ひっくり返る。くつがえる。
① 天の川霧立ち上る織女の雲の衣のかへる袖かも(万10-2067)
② 大船を漕ぎの進みに岩に触れ覆らば覆れ妹によりては(万4-560) 
 返る・帰る・
 還る
① もとの位置や状態に戻る。
② 年が改まる。
③ 色が褪せる。
 
① 見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む(万1-37)
① 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早
帰り来ね(万1-62)

③ 思ひおく人の心にしたはれて露分くる袖のかへりぬるかな (新古今羈旅-988)
 孵る   卵が孵る。    
 かへる   〔補助動詞ラ行四段〕(動詞の連用形の下について)
動作・状態のはなはだしい意を表す。
 「すっかり~する。ほとんど~するほどになる。」
 
思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死にかへらまし (万4-606) 
   かまめ      〔名詞〕《上代語》海鳥の名。かもめ。 -海原は 立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は(万1-2)
   かみ     〔名詞〕
① 位置の高いところ。上の方。② 川の上流。川上。
③ 身分や官位が高位の人。また、政府・官庁などの敬称。また天皇の尊称。④ 年上の人。年長者。⑤ すでに書いている前の部分。⑥ 以前。昔。
⑦ 和歌の上の句。また、各句の初めの文字。
⑧ 月の旬。<⇔「下(しも)>
 
②-つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す-(万1-38) 
   〔名詞〕
① 人間を超えた能力を持つ存在。
 「恐れかしこむべきもの」「神」⇒ 「かむながら
② 雷。
③ 神話で、国土創造・支配したとされる神。
④ 天皇の尊称。

【参考「神仏習合の世界」】
「徒然草」第五十二段は、仁和寺の老法師が石清水八幡宮を訪ねたつもりで、末寺の極楽寺や末社の高良社を拝んで帰った話しである。神社に末寺があるというのは不自然な感じがするかもしれないが、明治の神仏分離令以前には、こうした現象がどこでも見られた。仏教が日本に定着する際、土着の神道を取り込んでいったのである。それを神仏習合または神仏混交と呼んでいる。

① この沼の中に住める、いとちはやぶるなり(記中)
③ 高天の原になれるの名は天之御中主の(記上)
-ひじりの御代ゆ [或云 宮ゆ] 生れましし のことごと-(万1-29)

【有斐閣「万葉集全注巻第一-29 神」注】
「神」は歴代の天皇を神代の直系に属する現人神(あらひとかみ)としてとらえた語。この「現人神」思想は、壬申の乱を契機にして盛んになった。人麻呂も、別に「大君は神にしませば」と詠っている。これは、人間は常住不変ではありえないという認識の反措定であって、近江荒都を素材に取り込んで人生の無常を述べる人麻呂の意識と深くかかわる。
  〔名詞〕髪の毛。毛髪。 嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が結ふの漬ちてぬれけれ (万2-118)
人皆は今は長しとたけと言へど君が見し
乱れたりとも [娘子](万2-124)
-蜷の腸 か黒き
に いつの間か 霜の降りけむ 紅の-(万5-808)
   かみをか  神岳 〔地名〕「小学館・新編日本古典文学全集」萬葉集巻二-159頭注より
明日香の神奈備の地。 → 94 (みもろの山)。甘橿丘の北の雷丘か。橘寺の南にある通称ふぐり山という小丘に接する説その他もあって確定的でない。
 
-明け来れば 問ひたまふらし 神岳の 山の黄葉を 今日もかも-(万2-159) 
   かみかぜ  神風 〔名詞〕[「かむかぜ」の転]
神の威力によって起こるという激しい風。
   かみかぜの  神風の 【枕詞】[「かみかぜ」は「かむかぜ」の転]
「伊勢」にかかる。
神風の伊勢の浜荻をりふせて旅寝やすらむあらき浜辺に (新古今羈旅-911)
   かみさぶ   神さぶ  〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
[「さぶ」は接尾語、「かむさぶ」「かうさぶ」「かんさぶ」ともいう]
① 神々しい様子になる。おごそかになるさま。
② 古めかしくなる。古びているようすになる。
③ 年功を積んでいる。老練で円熟している。
 
① 難波津を漕ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲ぞたなびく (万20-4404)
   かみのみこと   神の命  ① 神の尊称。神様。②天皇の尊称。
③ (「神の御言」の意で) 神のおつげ。
 
①-寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の-(万2-167)
高御倉 天の日継と すめろきの
神の命の 聞こしをす(万18-4113)
③ 天皇御琴を控かして建内宿禰の大臣沙庭にて
かみのみことを請ひき (記中)
   かむかぜの  神風の 【枕詞】[「かみかぜの」の古形] ⇒「かみかぜの 山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(万1-81)
   かむから   神柄  〔名詞〕神の性格・性質。神格。  - 秋津の宮は 神からか 貴くあるらむ 国からか 見が欲しからむ- (万6-912) 
   かむさぶ   神さぶ  〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
神がとどまる。鎮座する。⇒「かみさぶ」、⇒接尾語「さぶ
 
-神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に-(万1-38) 
   かむすぎ  神杉 〔名詞〕(「かみすぎ」とも)神が天から降りる神聖な杉 みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き(万2-156)
   かむながら   神随・随神・
惟神
〔副詞〕[「かんながら」とも]
① 神でおありになるままに。神の本性のままに。
② 神のみ心のままに。神の意志のままに。
 
①-食す国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして-(万18-4118)
② 葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 しかれども- (万13-3267)
 
   かむよ(かみよ)   神代  〔名詞〕「かむ(神)」は「かみ」の古形。
神々が国を治めたという神話時代。記紀神話の天地開闢から神武天皇治世の前までをいう。
 
大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見ればかむよし思ほゆ(万3-307) 
   かめ     〔名詞〕
① 爬虫類の動物。かめ。[亀鳴く(春)、亀の子(夏)]
② 亀の甲。甲を焼いて生じたひび割れで吉凶を占った。
 
②-占部据ゑ もな焼きそ 恋ひしくに 痛き我が身ぞ -(万16-3833) 
   かも   〔名詞〕
水鳥の一種。かも。雁が秋の訪れにかかわりをもつのに対し、鴨は冬のものとされる。 [
]
葦辺行くの羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ(万1-64)
      かも       かも      〔終助詞〕[終助詞「か」に「終助詞「も」がついたもの]
① 詠嘆・感動の意。「~であることよ」
② 完了の助動詞「ぬ」に付いて「ぬかも」の形で希望の意。
「~して欲しいなぁ、~してくれないかなぁ」
①-この山の いや高知らす 水激る 瀧の宮処は 見れど飽かぬかも (万1-36)
① 人ごとに折りかざしつつ遊べどもいやめづらしき梅の花かも (万5-832)
① 山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つる
かも(万1-81)
② 春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく (万10-1891)
〔終助詞〕[係助詞「か」に終助詞「も」の付いたもの]
① 疑いの意を表わす。「~か、~だろうか」
② 反語の意を表わす。「~だろうか、いや~ではない」
① み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも [禅師] (万2-96)
① 暁の家恋しきに浦廻より楫の音するは海人娘子かも(万15-3663)
② うらぶれて離れにし袖をまたまかば過ぎにし恋い乱れ来むかも (万12-2939)
〔係助詞〕[係助詞「か」に終助詞「も」の付いたもの]
疑いの意を表わす。「~だろうか」
飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ
  [一云 君があたりを見ずて
かもあらむ](万1-78)

妹が家に雪かも降ると見るまでにここだもまがふ梅の花かも(万5-848)
妹も我れも一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる(万3-278)
〔接続〕体言または活用語の連体形につく。ただし係助詞は已然形につく場合もある。
 
〔語法〕上代、特に「万葉集」に用いられ、中古以降は擬古的なもの、たとえば万葉調の歌などに見られる。推量の助動詞「む」の已然形「め」について反語表現を表すのは、「やも」と同じく上代の用法である。「係助詞」の用法は「か」と同じく係り結びの法則に従って、結びは連体形となる。また上代の用法に、活用語の已然形に直接ついて疑いを表わすものがある。 
   かもじもの   鴨じもの  〔副詞〕[「じもの」は、「~のようなもの」の意の接尾語]
 鴨のように。
騒く御民も 家忘れ 身もたな知らず 鴨じもの 水に浮き居て(万1-50)
鴨じもの浮寝をすれば蜷の腸か黒き髪に露ぞ置きにける(万15-3671)
 
小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-50 鴨じもの」頭注】
「水に浮く」の枕詞。ジモノは、「~でもないのに、~であるかのように」の意。
 
   かや    茅・葺  〔名詞〕すすき・ちがや・すげなど、屋根を葺くのに用いる草の総称。

我が背子は仮廬作らすなくは小松が下の草を刈らさね(万1-11)
大名児を彼方野辺に刈る
の束の間も我れ忘れめや(万2-110)
 
「草」を「かや」と訓む例
【有斐閣「万葉集全注巻第二-110 かるかやの」注】(文中、旧歌番号)
-なお「草」を「カヤ」と訓むことは、「可流加夜能 (カルカヤノ)」(14・3499) という仮名書き例や、巻三の「真野乃草原」(3・396) を古今六帖などに「カヤハラ」と伝えている例などによって確かめられる。
 
 かや  〔終助詞〕
① [詠嘆の終助詞「か」に間投助詞「や」の付いたもの]
 詠嘆・感動の意を表す。~だなあ。]かも
② [疑問の係助詞「か」に間投助詞「や」の付いたもの]
 ア:疑問・不定の意を表す。~であるか。
 イ:反語・反問の意を表す。~(である)か(いや、とんでもない)。
   ~(である)かい。

[接続]
体言または活用語の連体形に付く。
【参考】
「①」と「②」とは成り立ちを異にしており、「①」から「②」の用法が生じたものではない。「①」は特に上代、「②」は中世以降の用法となる。
 
① うれたきかや(紀神武) 
   かよふ  通ふ 〔自動詞ハ行四段〕
① 人が行き来する。往来する。通う。② 鳥・雲・風などが通る。
③ 男が女のもとへ行き夫婦生活をする。結婚する。
④ 物事に通じる。⑤ 手紙などが行き来する。
⑥ (気持ちや言葉などが) 通じる。⑦ 流れなどが続く。
⑧ 互いによく似る。共通する。⑨ 交差する。入り交じる。
①-寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに-(万1-79)
② 風かよふ寝ざめの袖の花の香にかをるまくらの春の夜の夢 (新古今春下-112)
   からさき   唐崎・辛崎  〔地名〕[歌枕] 今の滋賀県大津市下阪本町。琵琶湖の西岸にあり、「唐崎の夜雨」は近江八景の一つ。一つ松・唐崎神社で有名。→「志賀 
   からに  からに 〔接続助詞〕格助詞「から」に格助詞「に」の付いたもの。
① 軽い原因が重い結果を生じる意を表す。~だけで。ただ~だけで。
② 二つの動作・状態が続いて生じる意を表す。~と同時に。~とすぐ。
  ~やいなや。
③ (おもに「むからに」の形で、逆接の仮定条件を表し) たとえ~だとしても。
  ~だからといって。~たところで。
① ただ一夜隔てしからにあらたまの月か経ぬると心惑ひぬ(万4-641)
② すみのえの松を秋風吹く
からに声うちそふる沖つ白波(古今7賀-360)
【接続】活用語の連体形に付く。
【参考】「から」は本来名詞だったと考えられており、上代では「手に取るが
からに(=手に取るだけで) 忘ると海人言ひし恋忘れ貝言にしありけり」(万7-1216) の例のように、格助詞「が」「の」に続く、体言としての働きを残した例もある。 
   かりいほ   仮庵・仮廬  〔名詞〕仮に作ったいおり。仮に泊る小屋。かりほ。  秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の宮処の仮廬し思ほゆ(万1-7) 
   かる   刈る  〔他動詞ラ行四段〕茂っている植物などを切り取る。  玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
岡に寄せ我が刈る萱のさね萱のまことなごやは寝ろとへなかも(万14-3520) 
 狩る・猟る  〔他動詞ラ行四段〕
① 鳥獣を追い立てて捕える。
②(花・紅葉などを)たずねもとめる。
① 日並の皇子の命の馬並めてみ狩り立たしし時は来向ふ (万1-49)
 借る  他動詞ラ行四段〕
① 借りる。借用する。② 真実ではなく、仮の形を現している。
① 人妻とあぜかそを言はむしからばか隣の衣を借りて着なはも (万14-3491)
② - うつせみの
借れる身なれば 露霜の 消ぬるがごとく あしひきの- (万3-469)
   かるかや  刈萱 〔名詞〕
① 屋根を葺く材料とする、刈り取ったかや。
② イネ科の多年草。かるかや。[
]
 
   かるかやの  刈萱の 【枕詞】刈り取ったかやの縁で「乱る」「束 (つか)」「穂」にかかる。
また、「刈る草」は「束の間」にかかる比喩的序詞として好んで用いられた。
「束 (つか)」はこぶし一握りの長さで、「かや」の一掴みから短い時間を表す「つかのま」に転じている。
大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや (万2-110)
   かをる  薫る 自動詞ラ行四段〕
① (霧・煙・火の気、潮の毛気などが) 立ち込める。
② よい匂いがする。③ つややかに美しく見える。
①-靡みたる波に 潮気のみ 香れる国に 味凝り あやにともしき-(万2-162)
       過去の助動詞「き」 ⇒ 「主要助動詞活用表 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひ(万2-157) 
         〔名詞〕①「日本書紀」の略称。②紀の国。紀伊。紀州。 ①「紀に曰はく」(万1-27左注)
② あさもよし人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも(万1-55)
 きく   聞く・聴く  〔他動詞カ行四段〕
① 聞いて心に思う。聞き知る。
② 人のことばに従う。聞き入れる。③問う。たずねる。
④ (味を)ためす。(匂いを) かぐ。
 
① -天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は -(万1-29)
① 我が
聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
 
   きこしめし   聞こし召し  〔他動詞サ行四段連用形〕[動詞の上に付いて「聞き」の尊敬の意を表す。]
「お聞き~になる」「聞き~なさる」
【例語】
「聞こし召し明らむ(=お聞きになって、はっきりさせる)」
「聞こし召し合はす」・「聞こし召し入る」・ 「聞こし召し驚く」
「聞こし召し出(い)づ(=聞き出しなさる)」
「聞こし召し疎(うと)む(=お聞きになって嫌がる)」
「聞こし召し置く(=お聞きになって、心に留めておられる)」
「聞こし召し知る」・「聞こし召し付く」
「聞こし召し過(す)ぐ(=お聞き過ごしになる)」
「聞こし召し伝ふ(=聞き伝えなさる)」
 
   きこしめす   聞こし召す  〔他動詞サ行四段〕[尊敬の四段動詞「聞こす」の連用形「きこし」に尊敬の四段補助動詞「めす」が付いたもの]
①「聞く」の尊敬語。「お聞きになる」
②「聞き入る」の尊敬語。「お聞き入れになる」「ご承知なさる」
③「食ふ・飲む」の尊敬語。「召し上がる」「お飲みになる」
④「治む」「行ふ」の尊敬語。「お治めになる」「なさる」

【参考】
高い敬意を表し、多く天皇・皇后などの動作に用いられている。なお、この語は、「聞き合はす⇒聞こし召し合はす」「聞き入る⇒聞こし召し付く」のような複合語を作る
 
④ やすみしし 我が大君の きこしめす 天の下に 国はしも- (万1-36)

 原文「所聞食」は、「食」を「をす」とも訓まれ、
「きこしをす」とも解される。
   きこしをす   聞こし食す  〔他動詞サ行四段〕《上代語》
[尊敬の四段動詞「聞こす」の連用形「きこし」に尊敬の四段動詞「食 (を) す」の付いたもの]
「治む」の尊敬語、お治めになる。聞こし召す。
 
やすみしし 我が大君の きこしをす 天の下に 国はしも- (万1-36) 
天雲の向伏す極みたにぐくのさ渡る極み聞こし食す国のまほらぞ (万5-804) 
   きこゆ  聞こゆ 〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
[四段動詞「聞く」の未然形「きか」+上代の受身・自発・可能の助動詞「ゆ」の付いた「きかゆ」の転]
① 音や声が耳に入る。聞こえる。
② うわさされる。世に知られる。
③ 理解される。わけが分かる。判明する。
① 旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし (万1-67)
   きさ   〔地名〕奈良県吉野郡吉野町宮滝の対岸の樋口・中荘・園の喜佐谷および谷を囲む山のあたり。  
 きさやま  象山  喜佐谷入口西側の山。宮滝から吉野川を隔てて南正面の山。 [象の中山] 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる(万1-70)
   きさのをがは  象の小川 喜佐谷を流れる川。吉野の金峰山と水分山とに発して山裾で合流し喜佐谷を北流して宮滝の柴橋の下で吉野川に注ぐ。 昔見し象の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも(万3-319)
   きし   〔名詞〕
① 陸地が川・湖・海などの水に接する所。岸。
② 岩や地面の切り立った所。崖。
① 草枕旅行く君と知らませばの埴生ににほはさましを(万1-69)
① 静けくもには波は寄せけるかこれの屋通し聞きつつ居れば (万7-1241)
② 磐代のの松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも(万2-143)
   きぞ  昨・昨夜 〔名詞〕「きそ」とも。昨夜。ゆうべ。  -衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる(万2-150)
比多潟の礒のわかめの立ち乱え我をか待つなも
昨夜も今夜も(万14-3585) 
   きたやま  北山 〔地名〕
今の京都市北方にある山々の総称。船岡山・衣笠山などの一帯をいう。
 
   きたる   来る  〔自動詞ラ行四段〕[「来(き)至(いた)る」の転]
 来る。やって来る。
 
春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山(万1-28) 
      -きみ   -きみ  〔接尾語〕(人を表す名詞に付いて)尊敬の意を表す。
【例】尼君・姫君
 
 
   きぢ   紀路   紀伊への道。「~道(ち)」は、~を通っている道、~へ行く道、の意。 これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山 (万1-35)
   きぬ     〔名詞〕
① 着物。衣服。ころも。② 皮膚。地肌。一説に「おしろい」の意とも。
① 綜麻形の林のさきのさ野榛のに付くなす目につく吾が背(万1-19)

【有斐閣「万葉集全注巻第一」第十九番注】
「衣(きぬ)」は目に見える衣服。上衣。目に見えない肌着をいう「ころも」の対。
 →「ころも
   きほひ   競ひ  〔名詞〕
① 競うこと。張り合うこと。
② 激しい勢い。
 
  
   きほふ   競ふ  〔自動詞ハ行四段〕
① 張り合って勇み立つ。先を争う。
②(木の葉が)散り乱れる。争って散る。
 
①-大宮人は 舟並めて 朝川渡る 舟競ひ 夕川渡る この川の-(万1-36) 
      きみ       〔名詞〕
① 天皇。天子。② 主君。主人。③ 貴人をさして言う語。お方。
④ (人名・官名の下に付けて) 敬意を表す。⑤ 遊女。
 
 【参考】
「君が代」
①(「よ」は寿命の意)あなたの寿命。
  君が代も我が代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びてな(万1-10) 
② わが君の御代。また主君のご寿命。
 
 きみ  〔代名詞〕対称の人名代名詞。あなた。
【参考】
上代では、主として女性から男性を呼ぶのに用いたが、中古以降は男女相互間に用いられた。
 
 気味  〔名詞〕① 香りと味。② 趣。味わい。③ 気持ち。気分。   
 きみがきる   君が着る  【枕詞】「君が着る御笠(みかさ)の意で、地名「三笠」にかかる。 君が着る御笠の山に居る雲の立てば継がるる恋もするかも(万11-2683) 
 きみがさす   君がさす  【枕詞】「きみがさす御笠」の意で、地名「三笠」にかかる。 きみがさす三笠の山のもみぢ葉のかみな月雨のそめ(古今雑体-1010)
   きむかふ   来向かふ  〔自動詞ハ行四段〕
やって来る。近づいてくる。
 
日並の皇子の命の馬並めてみ狩り立たしし時は来向ふ(万1-49) 
   きもむかふ  肝向かふ 【枕詞】
「きも(=肝臓)」は心臓に向かい合っている、という意で「心」にかかる。
-延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ を痛み 思ひつつ-(万2-135)
   きよし   清し  〔形容詞シク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
 [少しの穢れもなく美しいさま]
①(風景が)綺麗である。清らかである。澄んでいる。
②(容姿が)すっきりとして美しい。
③(心が)潔い。邪念がない。潔白である。
④(連用形を用い連用修飾語として)
 残るところなく。すっかり。
 
①-山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ-(万1-36)
③-大夫の 清きその名を いにしへよ 今のをつづに 流さへる- (万18-4118) 
   きよみはらのみや  浄御原宮  天武天皇の皇居。
【澤瀉注釈巻一第二二より】
天武紀元年九月の條に 「庚子(十二日) 詣2于倭京1而御2嶋宮1。癸卯(十五日)自2嶋宮1移崗本宮1。是歳、營2宮室於岡本宮南1。即冬遷以居焉。是謂2飛鳥浄御原宮1。 」 とあつて、壬申の乱平ぎて大和へ帰られ、間もなく造営せられたところであり、前に述べた岡本宮の南にあたり、喜田貞吉博士が明日香村の飛鳥小学校の附近とせられたのに従ふべきものと思はれる。即ち雷岡の東である。高市村上居(ジヤウゴ) の地とする説はあたらない (『帝都』七六頁-七九頁参照)。古事記の序文には 「飛鳥清原大宮」 とある。元暦本には 「御」 の字がないが、右に朱筆で加へられてをり、元暦本書写の際に脱し、校合にあたり加へたものと思はれる。
 
   きよる  来寄る 〔自動詞ラ行四段〕
寄って来る。寄せて来る。
-朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ-(万2-131)
-我妹子に 近江の海の 沖つ波
来寄る浜辺を くれくれと-(万13-3251)
   きる  霧る  〔自動詞ラ行四段〕
① 霧や霞がかかる。かすむ。② 涙で目がかすむ。
 
①-ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる- (万1-29)
① 秋の田の穂の上に
霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88)
 
         〔自動詞カ行変格活用〕【コ・キ・ク・クル・クレ・コヨ】
① 来る。
② 行く。通う。
③ (動詞の連用形に付いて)~てくる。~てきている。
 
① はしけやし我家のかたよ雲居たちも-(記中)
① 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰りね(万1-62)
 
② 限りなくき思ひのままに夜もむ夢路をさへに人はとがめじ (古今恋三-657)
③ 夕さらば潮
満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)

③ ぬばたまの夜さり来れば巻向の川音高しもあらしかも疾き(万7-1105)
   くごほう  ク語法 「言はく」「恋ふらく」「恋しけく」のように語尾が「く」になって体言のように用いられる活用語の一用法。たとえば「語らく」「老ゆらく」「為 (す) らく」「来 (く) らく」などのように動詞につき、「寒けく」「悲しけく」などのように形容詞につき、「(有ら)なく」「(有り)けらく」などのように助動詞につく。これらの用法について、従来から諸説があったが、接続がまちまちのために説明しにくかった。そこで、これを統一的に説明するために、「-aku」という語を考え、この語がそれぞれの連体形についてできたものであるとする、古くからの説が近年有力になった。
たとえば、「語らく kataru(連体形)+aku→katar aku→kataraku」
ただ、この考えには、「-aku」という語が単独で用いられた例がない点、過去の助動詞「き」の連体形「し」に接続した場合、
たとえば「言ひしく」などの「―しく」について例外として考えなければならない点など、問題がある
 
   くさまくら   草枕  【枕詞】
「旅・結ぶ・ゆふ・かり・露」、地名「多胡」などにかかる。
草を枕に寝る不自由な旅の体験から生まれた。
人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり(万3-454) 
草枕結びさだめむかた知らずならはぬ野辺の夢のかよひ路 (新古今恋四-1315)
草枕ゆふべの空を人とはばなきても告げよ初かりの声(新古今羈旅-960) 
我が恋はまさかも愛し草枕多胡の入野の奥も愛しも(万14-3421)
   くしろ     〔名詞〕
上代の装身具の一つ。貝・石・玉・金属などで作り、手首や腕にはめる輪。 腕輪。
 
我妹子はにあらなむ左手の我が奥の手に巻きて去なましを(万9-1770) 
   くしろつく   釧着く  【枕詞】
釧をつける「手(た)」から同音を含む地名「手節(たふし)」にかかる。
 
釧着く答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ(万1-41) 
【小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-41」頭注】
地名「たふし」を手の関節と解し、釧が巻き付けられた手首の意。原文「手節」の表記は平城宮木簡にもある。
 
   くすし   奇し  〔形容詞シク活用〕
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ
① 不思議だ。神秘的だ。霊妙だ。「奇(く)し」とも
② 親しみ憎く窮屈だ。とっつき難い。
 
①-我が国は 常世にならむ 図負へる くすしき亀も 新代と-(万1-50)
① 聞きしごとまこと尊くくすしくも神さびをるかこれの水島(万3-246)
 
   くだく    砕く   〔他カ行四段〕
① こなごなにする。うちこわす。
② 思い苦しむ。心を痛める。③ 打ち破る。勢いをくじく。
④ 力を尽す。労する。
〔自カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① こなごなになる。こわれる。くずれる。
② 思い乱れる。悩む。③ 整わない。まとまりがない。
① 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ(万2-104)
聞きしより物を思へば我が胸は破れて砕けて利心もなし (万12-2906)
   くに     〔名詞〕
①「天」に対する「地」。大地。② 国土。国家。
③ 行政上の一単位としての地域。。国。または郡。
④ 国ごとに置かれた地方政府。国府。⑤ 地方。田舎。
⑥ 故郷。ふるさと。⑦ 国政。帝位。
 
④-天の下に はしも さはにあれども 山川の 清き河内と 御心を-(万1-36)
⑥ 燕来る時になりぬと雁がねは偲ひつつ雲隠り鳴く(万19-4168) 
   くにみ   国見  〔名詞〕
天皇が高い所に登って国土を望み見ること。豊穣を祈る儀礼であった。
 -たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば-(万1-38) 
   くにつ(み)かみ   国つ(御)神・
地祇
〔名詞〕[「つ」は「の」の意の上代の格助詞]
① 国土を支配し守護する神。地神。
② 天孫降臨以前、この国土に土着して一地方を治めていた神。土着の豪族を神格化していったもの。
 

①-天つ神 仰ぎ祈ひ祷み 国つ神 伏して額つき かからずも-(万5-909)
② この国にちはやぶる荒ぶる
くにつかみどもの多(さは)なりと思ほす (記上)
   くにはら   国原  〔名詞〕国土の、広く平な土地。平野。 -国見をすれば 国原は-(万1-2)
   くま   ① 川や道などの曲がり角。② 中心地から離れた所。
③ 奥まって目に付きにくい場所。
④ 心中に隠しておくこと。秘密。隠し立て。
⑤ 曇り。かげり。⑥ 欠点。短所。映えないところ。
⑦ 歌舞伎で、荒事をする役者が、顔にほどこす彩色。くまどり。

①-い隠るまで 道の い積もるまでに つばらにも- (万1-17)
   くまみ  隈回・隈廻 
 (阿)
〔名詞〕《上代語》[「み」は接尾語]
道の曲がり角。

後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背 (万2-115)
-玉桙の 道の
隈廻に 草手折り 柴取り敷きて 床じもの-(万5-890)
   くむ  汲む・酌む 〔他動詞マ行四段〕
① 水などを器にすくいとる。くむ。
② 酒や茶を器につぐ。また、それを飲む。
③ 思いやる。推量する。
① 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく (万2-158)
   くも   〔名詞〕
① (空の)雲。② 雲のように見えるもの。
③ 心が晴れないことにたとえていう語。
④ 火葬の煙を雲に見立て、死ぬことにたとえていう語。
 
   くものなみ  雲の波 ① 波のように幾重にも重なったくも。
② 雲のように高くたった波がしら。
① 天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ(万7-1072)
   くもま  雲間 〔名詞〕
① 雲の絶え間。
② 雨の上がった時。晴れ間。
 
雲間よりさ渡る月のおほほしく相見し子らを見むよしもがも(万11-2454)
   くもゐ   雲居・雲井  〔名詞〕[「ゐ」は上一段動詞「居(ゐ)の連用形]
① 雲のある所。空。天空。② 雲。③ はるか離れた所。
④(庶民から遠く離れた所の意から)皇居・宮中。
⑤ 皇居のある所。都。隈。
 
-朝さらず 霧立ちわたり 夕されば雲居たなびき雲居なす- (万17-4027)
② -朝さらず 霧立ちわたり 夕されば 雲居たなびき雲居なす- (万17-4027)
③ ま遠くの
雲居に見ゆる妹が家にいつか至らむ歩め我が駒(万14-3460)
   くらす  暮らす 〔他動詞サ行四段〕
① (日を暮れさせることから) 日の暮れるまで時間を過ごす。
② 毎日を送る。歳月を送る。
③ (動詞の連用形の下に付いて用いられる場合)
「日が暮れるまで・・・」「・・・続けて一日を過ごす」などの意になる。
【例語】
思ひ暮らす・語らひ暮らす・恋ひ暮らす (=一日中恋しく思う) ・眺め暮らす・嘆き暮らす・臥し暮らす (=日暮れまで横になっている) ・降り暮らす
①-玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の 佐保川に-(万1-79)
① 春さればまづ咲くやどの梅の花独り見つつや春日暮らさむ [筑前守山上大夫]
   (万5-822)
③ 梅の花咲きたる園の青柳を蘰にしつつ遊び
暮らさな [小監土氏百村] (万5-829)
   くろかみ  黒髪 〔名詞〕つやのある真っ黒な頭髪。 居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも(万2-89)
ぬばたまの
黒髪濡れて沫雪の降るにや来ますここだ恋ふれば (万16-3827)
   くろかみの  黒髪の 【枕詞】「乱れ」「解け」にかかる。「枕詞一覧  
      〔名詞〕上代語
「日(ひ)」の複数。二日以上の期間をいう。日々。日数。
【参考】「二日(ふつか)」 「三日(みか)」 の 「か」 と同義語と言われる。
馬ないたく打ちてな行きそならべて見ても我が行く志賀にあらなくに(万3-265) 
   け-   〔接頭語〕(動詞・形容詞・形容動詞に付いて)
「~のようすである・~の感じだ・なんとなく~だ」 の意を表す。
【例】「気恐ろし・気劣る・気すさまじ・気高し」
      〔名詞〕
① 気持ち。気分。② ようす。気配。
② -沖つ藻も 靡みたる波に 潮のみ 香れる国に-(万2-162) 
      〔名詞〕容器。特に、飯を盛るのに用いる器。  家にあればに盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(万2-142)
    けだし  蓋し 〔副詞〕
① [下に疑問の語を伴って]
疑いの気持ちをこめて推量する意を表す。
「もしかすると」「ひょっとしたら」「あるいは」
② [下に仮定の表現を伴って]
万一の場合を仮定する意を表す。
「もしかして」「万一」
③ おおよその意を表す。
「おおかた」「大体」「ざっと」
【参考】
中古以後の「けだし」は漢文訓読語で、主に漢文脈の中で使用される。
① いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと (万2-112)
① 馬の音のとどともすれば松蔭に出でてぞ見つるけだし君かと (万11-2661)
② 我が背子し
けだし罷らば白栲の袖を振らさね見つつ偲はむ (万15-3747)
   けだしく  蓋しく 〔副詞〕きっと。 我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも (万8-1467)
   けだしくも  蓋しくも 〔副詞〕
① もし。ひょっとしたら。② おそらく。たぶん。
① 琴取れば嘆き先立つけだしくも琴の下樋に妻や隠れる(万7-1133)
② など鹿のわび鳴きすなる
けだしくも秋野の萩や繁く散るらむ (万10-2158)
   けながし  日長し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
「け」は二日(ふつか)、三日(みっか)の「か」と同意。「日 (か)の転。
日数がかかる。時日が長く経過する。
君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ(万2-85)
君が行き
日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ(万2-90)

相見ずて日長くなりぬこの頃はいかに幸くやいふかし我妹(万4-651)
   けふ   今日  〔名詞〕この日。本日。きょう。  三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ(万18-4103) 
   けむ  けむ 〔諸説あるが、過去の助動詞「き」の古い未然形と言われる「け」に推量の助動詞「む」が付いたものか。「けん」とも表記される〕
① 過去のある動作・状態を推量する意を表す。
 「~ただろう。~ていただろう。」
②(疑問語とともに用いて)過去の事実について、
  時・所・原因・理由などを推量する意を表す。
 「(どうして)~たのだろう(か)。」
③ 過去の事実を人づてに聞き知ったように婉曲に表す。
 「~たという。~たとかいう。」

接続
活用語の連用形に付く。ただし、時に関係している助動詞や推量を表す助動詞には付かない。また上代には、形容詞に付いた例がない。さらに、上代・中古には、形容動詞に付いた例がない。また助動詞「ず」に付く場合、中古からは「ざり」に付いて「ざりけむ」と用いられるが、上代では「ず」に付いて、【右、接続例】のように、「ずけむ」の形が用いられた。
昔こそ難波田舎と言はれけめ今は都引き都びにけり(万3-315)
③-楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の-(万1-29)
③ 我を待つと君が濡れ
けむあしひきの山のしづくにならましものを (万2-108)


 
接続例
 松反りしひにてあれかもさ山田の翁がその日に求めあは
ずけむ (万17-4038)
   けり  けり 〔助動詞ラ変型〕[主要助動詞活用表]
[過去の助動詞「き」+「あり」=「きあり」の転とも、「来 (き)」に「あり」の付いた「きあり」の転とも]
[
基本義]
現状から過去の記憶を思い起こす語。現状を述べる語に付けたり、現状から思い起こす過去の出来事を表す語に付けたりする。
「今は・・・となっているが、昔は・・・だった」。
過去の伝聞とする説もある。
① 現状を述べ、過去の体験を思い起こす意を表す。「~たのだ」
② 人づてに聞いた過去の出来事であることを表す。
「~たとさ・~たそうだ」
③ 過去にあった事柄や、以前から現在まで続いている事柄を回想していう。
「~た・~たのであった」
④ 詠嘆の意をこめて、これまでにあったことに今気付いた意を表す。
「~たことよ」
〔接続〕活用形の連用形に付く
④ ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり (万2-117)
④ 風流士に我れはあり
けりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある (万2-127)
      〔名詞〕多く複合語を作る。木 (き) 。
[例語] 「木隠れ」「木の葉」「木の間」
秋山のの下隠り行く水の我れこそ益さめ思ほすよりは(万2-92)
 ・児 〔名詞〕① 幼いもの。子ども。② 人を親しんで呼ぶ語。男女共に用いる。 ① 銀も金も玉も何せむにまされる宝にしかめやも(万5-807)
② 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の
故に(万2-122)
② -この岡に 菜摘ます
家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は-(万1-1)
   こえく  越え来 〔自動詞カ行変格〕【コ・キ・ク・クル・クレ・コ(コヨ)】
越えて来る。
-かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ-(万2-131)
   こぎく  漕ぎ来 〔自動詞カ行変格〕【コ・キ・ク・クル・クレ・コ(コヨ)】
(舟を)漕いで来る。
―放けて 漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂―(万2-153)
   こぎたみゆく  漕ぎ回み行く 〔自動詞カ行四段〕漕ぎ回って行く。 いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟(万1-58)
   こぎたむ  漕ぎ回む 〔自動詞マ行上二段〕【ミ・ミ・ム・ムル・ムレ・ミヨ】
(舟で)漕ぎめぐる。
-白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る- (万6-947)
    こぐ   漕ぐ  〔他動詞ガ行四段〕
櫓や櫂を使って船を進める。
 
潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を(万1-42)
玉藻刈る沖へは
漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
 
   こけ  苔・蘿 〔名詞〕 土や木・岩などに生じる蘚苔 (せんたい) 類・地衣類や一部の藻類などの称。 従吉野折取生松遣時額田王奉入歌一首(万2-113題詞「蘿」)
   ここ   此処  〔代名詞〕
① [近世の指示代名詞] 事物・場所をさす。
 ここ。この場所。こちら。この点。このこと。
② [自称の人代名詞] この身。私。
③ [対称の人代名詞] あなた。
④ [他称の人代名詞] こちらの方。
 
 【参考】
「②、③、④」の人代名詞と考えられる用法は、「①」の場所をさし示す用法から派生したもので、多く「ここに」の形で現れる。同様の語に「そこ」(対称・あなた)、「かしこ」(他称・あちらの人) がある。
   こころ   〔名詞〕
① 知識・感情・意志の総称。(肉体に対する) 精神。
② 思い遣り。情愛。③ 道理をわきまえる心。思慮。考え。
④ あだし心。二心。⑤ 気持ち。ここち。⑥ わけ。意味。意義。
⑦ おもむき。風情。情趣。⑧ (物の) 中心。⑨ 趣向。くふう。
⑩ 心ばせ。意向。望み。⑪ 情趣を感じる気持ち。
⑫ 無心のものを有心のようにみなしていう語。⑬ 胸。むなさき。
⑭ 心構え。用意。⑮ 意趣。うらみ。
には千重に百重に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも (万12-2922)
② 梓弓引かばまにまに依らめども後の
を知りかてぬかも [郎女] (万2-98)
② 堀江越え遠き里まで送り来る君が
は忘らゆましじ(万20-4506)
④ たえず行く飛鳥の川の淀みなば
あるとや人の思はむ (古今恋四-720)
⑤ もろ人の願ひをみつの浜風に
こころすずしき四手(シデ)の音かな (新古今神祇-1904)
こころなき身にもあはれは鴫立つ沢の秋の夕暮れしられけり ((新古今秋上-362)
   こころあり   心有り  〔心+ラ変動詞「あり」〕【ラ・リ・リ・ル・レ・レ】
① 思い遣りがある。人情がある。
② 物の道理がわかる。思慮分別がある。
③ 情趣を解する。⇔「
心無し
④ 思うところがある。下心がある。ニ心がある。
 
① 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18) 
   こころなし   心無し  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 道理を解さない。思慮や分別がない。
② 人情を解さない。思い遣りがない。つれない。
③ 情趣を解さない。風流心がない。
 
②-しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや-(万1-17)
② 大和恋ひ寐の寝らえぬに
心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
 
   こせ   巨勢  〔地名〕奈良県御所市古瀬。紀伊や吉野への通路にあたる。 川の上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は(万1-56) 
   こせぢ   巨勢路   〔名詞〕
奈良県高市郡の西の地。飛鳥から巨勢を通って今の五條市に向かう道。
 
- 知らぬ国 寄し巨勢道より 我が国は 常世にならむ 図負へる- (万1-50) 
   こせやま   巨勢山  〔地名〕
奈良県高市郡の西部、巨勢の峡谷の東西の山地。
 
巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(万1-54) 
【有斐閣「万葉集全注巻第一-54 こせやま」注】
「巨勢」は前に「巨勢道」(1・50)とあった地。巨勢氏の本貫。今、国鉄和歌山線と近鉄吉野線との交叉する吉野口駅のあるところ。その地の山。交通の要衝で、紀伊への旅路には飛鳥を出て必ず通る地。ここから今木峠を越えれば吉野、西南に重阪峠を越えれば宇智(ウチ) (1・3) に出て紀伊路に入る。ここで休憩があったのであろうか。 (「国鉄」⇒「JR」)
 
   こそ   こそ  〔係助詞〕他を否定して、一つの事物を強く指示する意を表わす。
〔接続〕いろいろな語に付く。また複合動詞の間にも入る。
〔語法〕この「こそ」を受けて終止する活用語は已然形で結ぶのが普通であるが、上代には、(ア)例のように形容詞の連体形で結んだものもある。これは形容詞および形容詞型助動詞の活用が未発達で已然形がなかったためと考えられる。また、(ウ)のように、結びの語がさらに逆接の意味で下に続くものもあり、(ウ)は接続助詞を伴わない場合で、和歌など韻文では中世にまで見られる用法。
〔参考〕「こそ」は「ぞ」よりも一段と強い意を表わすとされ、語源は指示語の「此其」であるといわれている。
ア:難波人葦火焚く屋の煤してあれどおのが妻こそ常めづらしき (万11-2659)
 -山高み 川とほしろし 野を広み 草こそ茂き 鮎走る- (万17-4035)

イ:竜田姫たむくる神のあればこそ秋のこのはのぬさとちるらめ (古秋下-298)
  :はつかりのなきこそわたれ世の中の人のこころの秋しうければ (古恋五-804)
ウ:昔こそ外にも見しか我妹子が奥つ城と思へばはしき佐保山(万3-477)
 :きのふこそさなへとりしかいつのまに稲葉そよぎて秋風のふく (古秋上-172)
〔終助詞〕他にあつらえ望む意を表わす。~て欲しい。~てくれ。
〔接続〕動詞の連用形に付く。
〔語法〕上代に限っての用法である。本来は係助詞の「こそ」であろうが、接続が動詞の連用形に限られるなど用法が狭く、終助詞と考えられる。
うつつには逢ふよしもなしぬばたまの夜の夢にを継ぎて見えこそ (万5-811)
梅の花夢に語らくみやびたる花と我れ思ふ酒に浮かべこそ(万5-856)
〔接尾語〕親愛の情をもって呼び掛ける意を表わす。~さんよ。
〔接続〕人名を表わす語に付く。
〔語法〕中古の用法。
一説に、間投助詞ともいう。
   -あらめ  こそあらめ 係助詞「こそ」にラ変動詞「あり」の未然形と推量の助動詞「む」の已然形の付いたもの。逆接の意の条件を表わす。~よいだろうけども。
   -ありけれ  こそありけれ 係助詞「こそ」にラ変動詞「あり」の連用形と過去の助動詞「けり」の已然形の付いたもの。~するやいなや。
〔語法〕中古の末頃からの用法で、特に軍記物に多い。
   -あれ  こそあれ 係助詞「こそ」にラ変動詞「あり」の已然形の付いたもの。
①「こそかくあれ」「こそ多くあれ」の意をもって逆接の意の条件を表わす。
連用形と過去の助動詞「けり」の已然形の付いたもの。
 「~するやいなや。」
② 単なる逆接の意の条件を表わす。
③ 単に強意を表わす。
① いまこそあれ我もむかしは男山さかゆく時もありしものなり (古雑上-889)
   -なからめ  こそなからめ 係助詞「こそ」に、形容詞「なし」の未然形と、推量の助動詞「む」の已然形の付いたもの。「~ではないあろうが」の意から、~ではないだろうが、それはそれとして、の意
   こぎいづ   漕ぎ出づ  〔自動詞ダ行下二段〕【デ・デ・ヅ・ヅル・ヅレ・デヨ】
舟を漕いで出るこ。
 
わたの原八十島かけてこぎいでぬとひとにはつげよあまの釣舟 (古今羈旅-407)
   こしま   子島  〔地名〕所在未詳  我が欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ (万1-12)
   [或頭云 我が欲りし
子島は見しを]
   こそ  こそ 〔係助詞〕[その語句を特にとり立てて強く指し示す意]
① 係り結び形式。文末に已然形の結びをとる。「~こそ」
② 強調逆接表現。「こそ~已然形」の形が一文中に挿入されている場合は、已然形の部分で文が終止せず、逆接の条件句となってその事態を強調し、以下に続いていく。
 「確かに~は~だが。~は~だけれども」
③「未然形+ば+こそ~已然形」の形で、仮定条件を強め、逆接の条件句となって、その事態を強く否定して、以下に続いていく。
 「ほんとうに~ならば~だが、~ではないのだから」
④ 結びの流れ・消滅。已然形で結ばれるはずの語に、「に・を・とも・ども・ば」などの接続助詞が付くと、逆接助詞の支配をうけて結びが流れ、条件句となって以下に続いていく。また、已然形で結ばれるはずの語が、下の体言に引かれて連体形となり結びが消滅する場合もある。
⑤ 結びの省略。多く「にこそ」の形で、「こそ」が文末にある場合は、已然形の結びが省略されたもので、「あれ」「あらめ」などの語を補う。
⑥「もこそ~已然形」の形で、懸念や不安を表す。

〔接続〕
終助詞・間投助詞を除き、ほとんどの品詞に付く。また主語、目的語、連用修飾語、接続表現などのほか、平安時代以降は、「思ひこそ寄らざりつれ」(枕草子) のように、複合動詞の中間にも入る。ただし、連体修飾語には付かない。
①-そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れ しきなべて-(万1-1)
② 春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる (古今春上-41)
〔終助詞〕《上代語》他に対する希望を表す。「~してほしい・~てくれ」
〔接続〕動詞の連用形に付く。
 
鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子がため [筑前拯門氏石足] (万5-849)
〔間投助詞〕親しみをこめて呼びかける意を表す。
〔接続〕人名およびそれに準ずる語に付く。
 
   こちたし  言痛し・事痛し 〔形容詞ク活用〕(「こといたし」の転)
【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
①(人の口が)うるさい。わずらわしい。
② 大袈裟である。仰々しい。ことごとしい。
③ 甚だ多い。おびただしい。
① 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも (万2-114)
① 人言を繁み
言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)

① 人言はまこと言痛くなりぬともそこに障らむ我れにあらなくに (万12-2898)
   こと   〔名詞〕
① 世の中に起こる事柄。現象。
② 重大なできごと。大事。事件。
③ 人のするいろいろな事柄。行為。動作。
④ 仕事。任務。政務。⑤ 行事。儀式。⑥ 事情。わけ。意味。
⑦ (用言及び助動詞の連体形の下に付いて) 動作・作用・状態を表わす名詞を作る。「~すること」「~であること」
⑧ (文を止めて) 感動の意を表す。「~であることよ」「~だなあ」
③-岩床と 川の氷凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ -(万1-79)
③-我が待つ君が 終り 帰り罷りて 夏の野の さ百合の花の- (万18-4140)
   ごと    〔接尾語〕~のたびに。毎~。どの~も。
玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに (万2-101)
-露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび- (万2-131)
  (比況の助動詞「ごとし」の語幹
①(連用修飾語となって)~のように。
②(述語となって)~のようだ。
〔接続〕体言および副詞「かく・さ」に助詞「の」が付いたものや、活用語の連体形のおよび代名詞「我(わ)・吾(あ)」に助詞「が」が付いたものに付く。
参考 ①は「ごとし」の連用形「ごとく」と同じく連用修飾語を作るが、中古の和文調の文章では「ごとく」はあまり用いられず、語幹だけの「ごと」が多く用いられた。
① 秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上(万1-84)
① いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へる
ごと (万2-112)
① 古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童の
ごと
    [恋をだに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)

② さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと (万14-3372)
   ことごと    尽・悉   〔名詞〕全部。すべて。  ひじりの御代ゆ [或云 宮ゆ] 生れましし 神のことごと 栂の木の(万1-29)
-昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと-(万2-204)
〔副詞〕
① ある限りすべて。残らず。
② 完全に。まったく。
 
① 悔しかもかく知らませばあをによし国内ことごと見せましものを (万5-801)
【参考「あをによし」】
「万葉集」中、枕詞「あをによし」が「なら」ではなく「国内 (くぬち)」にかかる唯一の例。
   ことさへく  言さへく 【枕詞】
〔「さへく」はさえずるの意〕外国のことばがわかりにくいことから、「百済(くだら)」「韓(から)」にかかる。
つのさはふ 石見の海の 言さへく の崎なる 海石にぞ-(万2-135)
-思ひも いまだ尽きねば
言さへく 百済の原ゆ-(万2-199)
   ごとし  如し 〔助動詞ク型〕【○・ごとく・ごとし・ごとき・○・○】
① ある事柄が他のある事柄と同じである意。~(と)同じだ。
② ある事柄を他の似ている事柄に比べたとえる意を表わす。
「~(の)ようだ」「~に似ている」
③(平安末期以降)多くの中からあるものを例示する意を表わす。
「たとえば~(の)ようだ」
〔接続〕活用語の連体形に直接、またはそれに助詞「が」の付いたものや、体言に助詞「の」「が」が付いたものに付く。中世以降、体言にも直接付くようになった。
【参考】
平安時代には、「ごとし」と同じ意味を表わす語に、「やうなり」があり、「ごとし」は漢文調の文章で用いられ、「やうなり」は仮名で書かれた和文調の文章で用いられた。「ごとくなり」も「ごとし」と同様に漢文調の文章で用いられたが、語幹にあたる「ごと」だけは別で、逆に、もっぱら和文調の文章に用いられた。
   ことなし  事無し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
① 何事もない。平穏無事である。
② 面倒なことがない。容易である。
③ 悪いところが無い。非難すべき点がない。
① 吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも (万2-119)
③ 大君の御笠に縫へる有間菅ありつつ見れど
事なき我妹(万11-2767)
   こども  子供・子等・
児等
〔名詞〕[「ども」は複数を表す接尾語]
① 若い人々や、年下の人々を親しんで呼ぶ語。
②(親に対して)子供。子供たち。
③ 幼い子供。

【参考】
一人でも「こども」という場合もある。
いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(万1-63)
② 瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより- (万5-806)
   この   此の  〔なりたち〕[代名詞「こ」+助詞「の」]
① [自分に最も近いものを指示する語]
「この」「ここの」
② [話題となっているものを指示する語]
「この」
③ [今に繋がる、ある期間を指示する語]
「それ以来、今日までの」
④ [相手をしかりつける感じでいう語]

【参考】
文語では「こ」は代名詞で、「の」は格助詞。口語では「この」で、連体詞。
①-み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな- (万1-1)
① 大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
③ 秋立ちて幾日もあらねばこの寝ぬる朝明の風は手本寒しも(万8-1559)
   このかた  此の方 〔名詞〕
① こちらの方。こちら側。⇔「彼方 (をちかた)
② それ以後。それ以来。
① 見わたしに 妹らは立たし この方に 我れは立ちて-(万13-3313)
② かの御時より
このかた、年は百年あまり、代は十継になむなりにける (古今仮名序)
   このごろ  此の頃 〔名詞〕[上代は「このころ」]
① この数日もの間。最近。近ごろ。② 近いうち。近日中。
③ 今頃。今時分。
① たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか  [三方沙弥]
   (万2-123)
   こひ   恋(孤悲)  〔名詞〕恋しく思うこと。心が惹かれること。恋愛。
参考 古語の「恋」】
「恋」は現代語では異性間の感情に使われるのが普通であるが、古語では、広く、人や事物に対して慕わしく思う気持ちを表す。そして自分の求める人や事物が自分の手中にある時は「恋」の思いとならず、手中にしたいという思いが叶えられず、強くそれを願う切ない気持ちが恋なのである。そのため古語の「恋」は、現代語の「恋慕」に近い意味を表している。その意味からいって、古語の「恋」は喜びにはならず、悲しさ、苦しさ、涙などと結びつく思いであった。
 
玉葛花のみ咲きてならざるは誰がならめ我は恋ひ思ふを(万2-102)
古りにし嫗にしてやかくばかり
に沈まむ手童のごと
    [
をだに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)
丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと
痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
   こふ  恋ふ 〔他ハ行上二段〕【ヒ・ヒ・フ・フル・フレ・ヒヨ】
① 思い慕う。懐かしく思う。
②(異性を)恋しく思う。恋慕する。

① 旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし (万1-67)
① 大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)

① 人言を繁みと妹に逢はずして心のうちに恋ふるこのころ(万12-2956)
② かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを (万2-86)
ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
② 嘆きつつますらをのこの
恋ふれこそ我が結ふ髪の漬ちてぬれけれ (万2-118)
  
   こまつ  小松 〔名詞〕小さな松。
【参考】
 平安時代、正月の最初の子(ね)の日に、野で若菜を摘み小松を引き抜いて長寿を祈る行事が行われた。これを「小松引き」または「子の日の遊び」という。
後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも(万2-146)
   こも  菰・薦 〔名詞〕
① 植物の名。まこも。イネ科で、水辺に群生する。
② 粗く織ったむしろ。もと、まこもで作ったことから。こもむしろ。
① 三島江の玉江のを標めしより己がとぞ思ふいまだ刈らねど (万7-1352)
②-小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ
を敷きて 打ち折らむ- (万13-3284)
   こもりくの   隠りくの  【枕詞】[「隠りく」は山に囲まれた所の意]
地名「泊瀬 (はつせ)」にかかる。
 
-さ丹つらふ 我が大君は こもりくの 初瀬の山に 神さびに-(万3-423) 
   こゆ   越ゆ・超ゆ  〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
① (ある場所・境界・障害物・時点などを) 越える。通り過ぎる。
② (水準・程度・限度などを) 越える。上回る。まさる。
③ (官位などが) 上になる。
 
①-そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え-(万1-29)
① ふたり行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり
越ゆらむ (万2-106)

①-坂鳥の 朝越えまして 玉限る 夕去り来れば み雪降る -(万1-45)
① 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ
越ゆなる(万1-70)
   こよひ   今宵  〔名詞〕
① 今夜。今晩。② (夜が明けてから) 前日の夜のこという。昨夜。昨晩。

【参考】
古くは日没から一日が始まると考えられていたので、②のように、夜が明けた後、昨夜のことをいった。
 
① 海神の豊旗雲に入日みし今夜の月夜さやけくありこそこ(万1-15) 
   こる (ここる)
 凝る 〔自動詞ラ行四段〕
① 寄り集まる。密集する。固まる。② 凍る。③ 深く思い込む。熱中する。
②-夜の霜降り 岩床と 川の氷凝り 寒き夜を -(万1-79)
   これやこの   此や此の  〔慣用句〕
これがまあ(あの~か)。
【想い抱いているまだ見ていないものを眼前にしたときの感動の表現】
[「新編日本古典文学全集万葉集」35番頭注]
 「あのかねて聞いていた~だったのか」
[「全注」] 
 「や」は疑問的詠嘆。
 これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山 (万1-35)
 これやこの
名に負ふ鳴門のうづ潮に玉藻刈るとふ海人娘子ども (万15-3660)
   ころも     〔名詞〕
① 衣服。着物。② 僧の着る法衣。僧服。
【参考】
平安時代の仮名文では、衣服のことを言うときは普通「きぬ」を使い、「ころも」は①の意味の歌語や②の意味で用いられた。
① 春過ぎて夏来るらし白栲の干したり天の香具山(万1-28) 
   ころもで   衣手  〔名詞〕
「袖」の歌語。転じて上衣そのものを指すことも多い。当時男女とも、筒袖の服を着用し、袖丈が手よりも長いことがあった。
 
-ひとり居る 我が衣手に 朝夕に 返らひぬれば-(万1-5) 
   ころもでの   衣手の  【枕詞】
袖が風にひるがえる意から「かへる」、神の縁の手 (た) から「田上 (たなかみ) に、その他「別る」「別 (わ)く」「真若 (まわか)」「名木 (なき)」などにかかる。
 
-早川の 行きも知らず 衣手の 帰りも知らず 馬じもの -(万13-3290)
-石走る 近江の国の 衣手の 田上山の 真木さく-(万1-50)
衣手の別かる今夜ゆ妹も我れもいたく恋ひむな逢ふよしをなみ(万4-511)
 
五十音index
             〔接頭語〕
① (名詞・動詞・形容詞に付いて)語調を整えたり意味を強める。
②(名詞に付いて)「若々しい」に意を添える。上代の地方行政の区。
参考 ①には「小」、②には「早」を当てることがある
① 佐保川にさわける千鳥夜更けて汝が声聞けば寐ねかてなくに (万7-1128)
① 我が背子を大和へ遣ると
夜更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)

② 石走る垂水の上のわらびの萌え出づる春になりにけるかも(万8-1422)
〔接尾語〕
①(形容詞の語幹〔シク活用は終止形〕、形容動詞の語幹付いて)
程度・状態の意を表す名詞を作る。
②(「~の~さ」・「~が~さ」の形で文末に付いて)
感動の意を表す。~ことよ
③(移動性の意を持つ動詞の終止形に付いて)「~とき」「~場合」の意の名詞を作る。
④(名詞に付いて)「~の方向」の意の名詞を作る。
参考 ④には「様」を当てることがある。
①【例語】いみじさ・かなしさ・口惜しさ・心もとなさ・尊さ・つれなさ
② 大君の御笠の山の帯にせる細谷川の音のさやけ(万7-1106)
  畳薦牟良自が礒の離磯の母を離れて行くが悲し(万20-4362)
帰 るに妹に見せむにわたつみの沖つ白玉拾ひて行かな(万15-3636)

  【例語】あふさきるさ・来(く)さ・行くさ・・・
④ 縦にもかにも横も奴とぞ我れはありける主の殿戸に(万18-4156)

 【例語】逆さ・・・
〔代名詞〕他称の人名代名詞。そいつ。 参考 格助詞「が」を伴って「さが」の形で用いられる。
  〔副詞〕(前述されたことをさして)そう。その通りに。そのように。 参考 上代では、一般に「然(しか)」が用いられた。
   さかどりの   坂鳥の  【枕詞】
「坂鳥」は早朝、山を越えて飛ぶ鳥。そこから「朝越ゆ」にかかる。
-岩が根 禁樹押しなべ 坂鳥の 朝越えまして 玉限る-(万1-45) 
   さかる  離る 〔自動詞ラ行四段〕(対象から自然に) 遠く離れる。遠ざかる。 -万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ-(万2-131)
北山にたなびく雲の青雲の星
離り行き月を離れて(万2-161)
   さき    先・前  〔名詞〕
① 先端。端。末端。② 先頭。前。先陣。③ 第一。上位。
④ 前途。将来。⑤ 以前。過去。
⑥「先追ひ」「先払ひ」の略。貴人の外出のとき、道の前方にいる人々を追い払うこと。また、それをする人。
① 綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背(万1-19) 
   〔名詞〕
栄えていること。さいわい。幸福。
 
大夫の心思ほゆ大君の御言の[一云 ]聞けば貴み[一云 貴くしあれば] (万18-4119)
   〔名詞〕
① 山・丘が平地に突き出た部分。
② 山・丘などの海や湖に突き出た部分。岬。
 
① 玉釧まき寝し妹を月も経ず置きてや越えむこの山の(万12-3162)
② 磯の
漕ぎ廻み行けば近江の海八十の港に鶴さはに鳴く(万3-275)
 
   さきく   幸く  〔副詞〕無事に。しあわせに。変わりなく。  我が背子は幸くいますと帰り来と我れに告げ来む人も来ぬかも (万11-2388) 
   さく  咲く 〔自動詞カ行四段〕
① 花が開く。
② (波頭の白いのを花にたとえて) 波が立つ。

① -鳥も来鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど 山を茂み -(万1-16)
① 我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを(万2-120)
② 今替る新防人が船出する海原の上に波な
さきそね(万20-4359)
   ささ  笹・小竹 〔名詞〕丈が低く、茎の細い竹の総称。  の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば (万2-133) 
   ささなみ    細波・小波  〔名詞〕[後世は「さざなみ」]
風のために水面に立つ細かな波。また、小さな波。
 
  
 ささなみ 〔古地名〕琵琶湖の西南部で大津京の一帯を指す古地名。
書紀に「北は近江の狭狭波の合坂山より以来を畿内(うちつくに)とす」(大化二年正月)とあり、また「難波津より発ちて、船を狭狭波山に控(ひ)き引(こ)して、飾り船を装ひて乃ち往きて近江の北の山に迎へしむ」(欽明三十一年七月紀) ともある。原文「神楽浪」の「神楽」は戯書。神楽のはやしにササと掛声するので神楽をササと訓む。
 
   ささなみの   細波の・小波の  【枕詞】「さざなみの」とも。琵琶湖周辺の地名や湖水に関連させて、「大津」「志賀」「比良山」「連庫(なみくら)山」「長等(ながら)山」「なみ」「寄る」「夜」「あやし」「古き都」などにかかる。  -石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に-(万1-29)
楽浪の比良山風の海吹けば釣りする海人の袖返る見ゆ(万9-1719)
楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
  [一云 逢はむと思へや]-
(万1-31)
 
   さしわたす   差し渡す  〔自動詞サ行四段〕
① 直接向かい合う。面と向かう。② 直接自分でする。
③ 血が直接つながる。
〔他動詞サ行四段〕
① 一方から他方へかけ渡す。② 棹をさして舟を対岸へ行かせる。
①-上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す-(万1-38)
   さしわたる  差し渡る 〔自動詞ラ行四段〕流れに棹を差して渡る。差  
   さす   射す・差す・
  指す
 
〔自動詞サ行四段〕
① 光が照り入る。さす。
② 草木がもえ出る。芽が出る。
③ 潮が満ちてくる。
④ (雲が) わく。立ちのぼる。
② 瀧の上の 三船の山に 瑞枝さし 繁に生ひたる 栂の木の- (万6-912)
③ わかの浦に月の出で潮の
さすままに夜鳴く鶴の声ぞかなしき (新古雑上-1554)
④ 八雲
さす出雲の子らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ(万3-433)
〔他動詞サ行四段〕
① 事物を指し示す。
 ア:指さす。
 イ:目指す。
 ウ:それと確かめ定める。指定する。
 エ:指名する。任命する。
② かざす。さしかける。
③ 物を設ける。
④ 物を前方へさし出す。
 
 
   さつや  猟矢 〔名詞〕狩猟に使う矢。(=猟矢 ししや) 大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(万1-61)
   さつゆみ  猟弓 〔名詞〕狩猟に使う弓。 - 剣太刀 腰に取り佩き さつ弓を 手握り持ちて-(万5-808)
   さつを  猟夫 〔名詞〕猟師。(=猟人 さつひと) むささびは木末求むとあしひきの山のさつ男にあひにけるかも(万3-269)
   さで   叉手・小網  〔名詞〕
漁具の一つ。柄のあるすくい網。さで網。
 
三川の淵瀬もおちず小網さすに衣手濡れぬ干す子はなしに(万9-1721) 
   さと   人家が集まっているところ、人里。
② 上代の地方行政の区画の一つ、人家五十戸の地。
③ 宮中に仕える人が、宮中に対して自分の住む家を言う語。
④ 田舎、在所。⑤ 妻・養子・奉公人などの実家。
⑥ 養育費を出して子どもを他人にあずけること。⑦ 遊里。
⑧ 素性、育ち。⑨(寺に対して)俗世間。
①-かへり見すれど いや遠に は離りぬ-(万2-131)
② 橘を守部のの門田早稲刈る時過ぎぬ来じとすらしも(万10-2255)
   さなかづら
(さねかづら)
 さな葛
 (さね葛)
〔名詞〕「さね葛」の古名。
山野に自生する常緑つる性低木の名。今の、「びなんかずら」。その茎の粘液は、製紙用の糊、または髪油として用いた。
さなかづらの根をうすにつき(記中)
【枕詞】
類似音の「さね」に、「さねかづら」のつるの状態から「のちもあふ」「絶えず」「いや遠長く」にかかる。
玉櫛笥三諸の山のな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ [玉くしげ三室戸山の] (万2-94)
-今さらに 君来まさめや
さな葛 後も逢はむと 慰むる-(万13-3294)
大船の 思ひ頼みて
さな葛 いや遠長く 我が思へる -(万13-3302)
   さね   さ寝  〔名詞〕「さ」は接頭語。
男女が共寝をすること。
 
玉櫛笥三諸の山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ [玉くしげ三室戸山の] (万2-94)
ま愛しみさ寝に我は行く鎌倉の水無瀬川に潮満つなむか(万14-3383) 
 さね     〔副詞〕
① ほんとうに。必ず。
② (下に打消しの語を伴って) 決して。少しも。
 
たち変り月重なりて逢はねどもさね忘らえず面影にして(万9-1798)
 さね   さね  〔上代語〕お~てください。~なさってください。
【なりたち】
上代の尊敬の助動詞「す」の未然形「さ」+他に対する願望の終助詞「ね」
-この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさね-(万1-1) 
   さは(に)   多(に)  〔副詞〕数多く。たくさん。
参考
類義語の「ここだ」は数量の多いさまだけでなく、程度のはなはだしい様子にも用いられる。
 
神代より 生れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて-(万4-488) 
    さぶ    -さぶ 〔接尾語上二型〕
名詞についてそのものらしい態度・状態であることを表わす語。
「らしい」「らしくなる」の意を添える。
- 娘子らが 娘子さびすと 唐玉を-(万5-808)
み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人
さびていなと言はむかも [禅師](万2-96)
 荒ぶ 〔自バ行上二段〕① 荒れる。② 古くなる。③ うすれる。④ 衰える。
 寂ぶ 〔自バ行上二段〕① 心に寂しく思う。わびしがる。② 寂しくなる。
③ 古びて雅趣を帯びる。
① まそ鏡見飽かぬ君に後れてや朝夕にさびつつ居らむ(万4-575)
② 長月もいくありあけになりぬらむ浅茅の月のいとどさびゆく (新古秋下-521)
   さぶし   寂し・淋し  〔形容詞シク活用〕《上代語》[「さびし」の古形]
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ
 気持ちが塞いで楽しめない。さびしい。ものたりない。
 
桜花今ぞ盛りと人は言へど我れは寂しも君としあらねば(万18-4098) 
   さへき   禁樹  〔名詞〕通行の邪魔をする木。  -真木立つ 荒き山道を 岩が根 禁樹押しなべ 坂鳥の 朝越えまして-(万1-45) 
   さほがは  佐保川 〔名詞〕[歌枕]
今の奈良県奈良市の春日山に源を発し、大和川に注ぐ川。よく千鳥・川霧が詠み込まれる。
-あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる-(万1-79)
   さまねし  さまねし 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
「さ」は接頭語。「数が多い。度重なる。」
接頭語「」+形容詞「あまねし
 
うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流らふ見れば(万1-82)
   さむし  寒し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
① 寒い。冷たい。
② 寒々としている。
③ 貧しい。貧弱である。
① 流らふる妻吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ(万1-59)
① 宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに(万1-75)
① 秋の夜は暁寒し白栲の妹が衣手着むよしもがも(万17-3967)
   さやか  清か・明か・
分明
〔形容動詞ナリ活用〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
① (視覚的に) はっきりしている。明瞭である。
② (聴覚的に) 音声が高く澄んでいる。③ 明るい。
①-我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば 栲の穂に-(万1-79)
① 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる (古今秋上-169)
   さやぐ  さやぐ 〔自動詞ガ行四段〕
さやさやと音をたてる。そよぐ。
笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば (万2-133)
笹が葉の
さやぐ霜夜に七重着る衣に増せる子ろが肌はも (万20-4455)
   さやけし   清けし・明けし  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 澄み切っている。清くすがすがしい。
② はっきりしている。明るい。冴えている。

【参考】
意味用法において「清し」に近い語でるが、「清し」が対象そのものの汚れないようすを表すのに対して、「さやけし」は対象に接して呼び覚まされるさわやかな感覚を表すという違いがある。具体的に言えば、「さやけし」は汚れない清らかな自然に触れて感じる清々しさ、人間の矜持などの澄み切った心境などを表す。

① うつせみは数なき身なり山川のさやけき見つつ道を尋ねな(万20-4492)
   さやに  清に 〔副詞〕はっきりと。明らかに。 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば (万2-133)
日の暮れに碓氷の山を越ゆる日は背なのが袖も
さやに振らしつ (万14-3420)
   さり  然り 〔自動詞ラ行変格〕【ラ・リ・リ・ル・レ・レ】
[副使「然 (さ) 」にラ変動詞「有り」の付いた「さあり」の転]
「そうである」「そのようである」
【文法】
各活用形が接続助詞を伴って、その全体で接続詞となる場合が多い。「さらば」「さりとて」「さるに」「されば」など。また、連体形の「さる」が体言を修飾して連体詞として扱われる。
 
 さる  然る 〔連体詞〕[ラ変動詞「然(さ)り」の連体形から]
① (前の語や内容を受けて) そのような。あのような。これこれの。
② しかるべき。相応の。れっきとした。
③ ある [或る]
   さる   去る   進行する、移動する意が原義。現代語ではもっぱらこの場を基点として移動する意で用いるが、上代以降は「自動詞②」の、それまで存在していた場を基点として移動する(この場から見ると「近づく」意でも用いる。
〔自動詞ラ行四段〕
① 離れていく。遠ざかる。
② (季節や時を表す語に付いて) 近づく。来る。
③ 変化する。移り変わる。(色が) あせる。
④ 退位する。退く。

〔他動詞ラ行四段〕
⑤ 遠ざける。離す。⑥ 離縁する。
 
② 秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも (万3-467)
② ぬばたまの夜
さり来れば巻向の川音高しもあらしかも疾き (万7-1105)
 
   さわぐ   騒ぐ  〔自動詞ガ行四段〕[上代は「さわく」]
① やかましく声や音をたてる。騒がしくする。
② 忙しく動き回る。忙しく立ち働く。
③ 不穏な動きを見せる。騒動が起きる。
④ 心が落ち着かなくなる。動揺する。
⑤ あれこれと噂する。評判する。
 
① み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(万6-929)
②-玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると 騒く御民も 家忘れ-(万1-50)
                  〔副助詞〕語調を整え強意を表わす。→「主要助詞

〔接続〕体言、活用語の連体、連用形、副詞、助詞などにつく
 
秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の京の仮廬思ほゆ(万1-7)
大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家偲はゆ(万1-66)

-八十隈おちず 万たび かへり見つつ 玉桙の 道行き暮らし- (万1-79)
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根
まきて死なましものを (万2-86)

賢みとものいふよりは酒飲みて酔ひ泣きするまさりたるらし(万3-344)
風まじへ雨降る夜の雨まじへ雪降る夜はすべもなく寒くあれば- (万5-896)
 
過去の助動詞「き」の連体形。(・・ていた)→「主要助動詞
〔接続〕連用形(カ変・サ変には特殊な接続をする)

 
連体形「し」で文を終止し、詠嘆・感動の意。
その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来 その山道を(万1-25)
わが背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露にわが立ち濡れ
(万2-105)
船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝
(万2-109)
人皆は今は長しとたけと言へど君が見髪乱れたりとも [娘子](万2-124)

今のみのわざにはあらず古の人そまさりて哭にさへ泣き(万4-501) 
        〔助動詞特殊型〕【○・○・ジ・ジ・ジ・○】
① 打消しの推量の意を表わす。~ないだろう
② 主語が自称の場合、打消しの意を表わす。~しないつもりだ
〔接続〕活用語の未然形に付く。
① 幾世しもあら我が身をなぞもかくあまの刈る藻に思ひ乱るる (古雑下-934)
② 玉藻刈る沖へは漕が敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
② 櫛も見屋内も掃かじ草枕旅行く君を斎ふと思ひて(万19-4287)
〔語法〕話し相手の動作であるかどうかによって、①か②が決まる。なお已然形の用例としては、係助詞「こそ」の結びだけで、代表的なものとして、「人はなど訪はで過ぐらむ風にこそ知られじと思う宿の桜を」(新続古今・春下)がある。わずか一、二例なので、活用形としてはっきり認められてはいない。 〔参考〕「じ」は「む」の打消し。「ず」に比べて多少遅疑する意を含み、「まじ」に比べて打ち消しの意が強く、推量の意が軽い。これらから、「じ」は「ず」と「まじ」との中間に位すると考える。
   しか     〔副詞〕(前述されたことをさして)そのように。そのとおりに。  -古も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき(万1-13) 
   しが   志賀  〔地名〕[歌枕]
今の滋賀県大津市および滋賀郡一帯。七世紀後半、天智天皇の大津の宮が置かれたが、都であることわずかで、壬申の乱ののちに廃都となった。「ささなみの志賀」「志賀の都」として、懐古の情をもって和歌に詠まれた。
 
楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(万1-30)

志賀の辛崎(唐崎)】大津市下阪本町。琵琶湖の西岸にあり「唐崎の夜雨」は近江八景の一つ。一つ松・唐崎神社で有名。
 
       しかも      然も    〔副詞〕①そのように。そんなにまで。②まったく。ほんとうに。 三輪山をしかも隠すか雲だにも-(万1-18) 
〔接続詞〕①なおその上に。それでいて。②けれども。しかるに   
 しかも 副助詞「し」に係助詞「か」、終助詞「も」のついたもの。
疑問を表わす語について疑問・不安・反語の意を強める
佐保川に鳴くなる千鳥何しかも川原をしのひいや川のぼる(万7-1255)
   しきたへ  敷妙・敷栲 〔名詞〕
①寝床に敷く布。一説に織り目の細かい織物とも。
②《女房詞》枕のこと。
 
   しきたへの  敷妙の・敷栲の 【枕詞】「敷き栲」が寝具として用いられることから、「枕」「床」「衣」「たもと」「袖」などに、転じて「家」「黒髪」などにかかる。 玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
-明星の 明くる朝は 敷栲の 床の辺去らず 立てれども 居れども-(万5-909)
-大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ(万2-135)
-玉藻なす 靡き我が寝し
敷栲の 妹が手本を 露霜の-(万2-138)
敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも [一云 越智野に過ぎぬ]
     (万2-195)
置きていなば妹恋ひむかも
敷栲の黒髪敷きて長きこの夜を  [田部忌寸櫟子] (万4-496)
-慕ひ来まして 敷栲の 家をも作り あらたまの 年の緒長く-(万3-463)
   しきなぶ  敷き靡ぶ 〔他動詞バ行下二段〕【ベ・ベ・ブ・ブル・ブレ・ベヨ】
その地方や国土を統治する。くまなく支配する。
-我れこそ居れ しきなべて 我れこそ座せ-(万1-1)
   しく    及く・若く・
如く
〔自動詞カ行四段〕
① 追いつく。至りつく。
② 肩を並べる。匹敵する。及ぶ。
① 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背(万2-115)
② 銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(万5-807)
 敷く・頷く   〔自動詞カ行四段〕一面に広がる。一面に散らばる。   
〔他動詞カ行四段〕
① 物を平らに広げる。一面に置く。
② 治める。領する。
③ 広く及ぼす。広める。
 
① あらかじめ君来まさむと知らませば門に宿にも玉敷かましを(万6-1018)
② 天皇の 敷きます国の 天の下 四方の道には 馬の爪 -(万18-4146)
 
   しぐれ  時雨 〔名詞〕
① 秋の末から冬の初めにかけて、降ったり止んだり定めなく降る雨。[
]
② 涙をこぼして泣くこと。
① うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば(万1-82)
① 神無月しぐれにぬるるもみぢばは ただわび人の袂なりけり(古今哀傷-840)
   しげし  茂し・繁し 形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 草木が生い茂っている。
② 量が多い。たくさんある。
③ 絶え間ない。しきりである。
④(数量・度数が多くて)煩わしい。うるさい。
①-大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ-(万1-29)
④ 人言を繁
言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)

④ この世には人言繁し来む世にも逢はむ我が背子今ならずとも(万4-544)
   しげる  茂る・繁る 〔自動詞ラ行四段〕草木が伸びて、枝葉が重なり合う。 ④ この世には人言繁し来む世にも逢はむ我が背子今ならずとも(万4-544)
   しこ   〔名詞〕醜いもの、ごつごつと頑強なものをさしていう語。
ののしりや、卑下の意がこめられる。
[語法]
直接体言に付いたり、多く格助詞「つ」「の」を伴って用いられる。
 ますらをや片恋せむと嘆けどものますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
   ししじもの   鹿じもの・
 猪じもの
 
【枕詞】
しし(=鹿・猪)のようにの意で、「い這(は)ひ」「膝折(ひざをり)」「弓矢囲(かく)み」「水漬(みづ)く」などにかかる。
 
-あかねさす 日のことごと ししじものいはひ伏しつつ ぬばたまの- (万-199)
-竹玉を 繁に貫き垂れ ししじもの 膝折り伏して たわや女の - (万3-382)
-惑ひによりて 馬じもの 縄取り付け ししじもの 弓矢囲みて- (万6-1024)
ししじもの水漬くへごもり-(武烈紀)
 
   した   〔名詞〕
① 下方、底。② 目上の恩顧を蒙ること。おかげ。
③ 地位・格式などの低いこと。またその人・地位。
④ 年齢の若いこと。⑤ 力の足りないこと。負けそうなようす。
⑥ 内、内部、裏。⑦ 内々。ひそか。表だたないこと。
⑧ 心の中。心の奥。心底。⑨ 直後。⑩ 後部。
⑪ 使い古しの品物を売り払うこと。下取り。
① 我が背子は仮廬作らす草なくは小松がの草を刈らさね(万1-11)
  あすか川濁れるを知らずして背ななと二人さ寝て悔しも(万14-3566)
⑥ 我妹子が形見の衣に着て直に逢ふまでは我れ脱かめやも(万4-750)
⑦ 秋山の木の
隠り行く水の我れこそ益さめ思ほすよりは(万2-92)
   -ゆ  したゆ 心を表わす「下」に、上代の格助詞「ゆ」が付き、こっそり。心の中で、人知れず。  隠り沼の下ゆは恋ひむいちしろく人の知るべく嘆きせめやも(万12-3035) 
   -ゆくみづ  した行く水 物陰を流れる水。 -したひ山 下行く水の 上に出でず 我が思ふ心 安きそらかも(万9-1796) 
   しだ  しだ 〔名詞〕上代語。行きしな、帰りしななどの「しな」の古語。
「さだ」とも。とき。ころ。
我が面の忘れむしだは国はふり嶺に立つ雲を見つつ偲はせ(万14-3536) 
   しだごころ   下心  〔名詞〕
① 内心・心底。表面に表さない気持ち。
② あらかじめ心に期すること。かねてのたくらみ。
 
天雲のたなびく山の隠りたる我が下心木の葉知るらむ(万7-1308) 
   しづく  沈く 〔自動詞カ行四段〕
① 水底に沈んでいる。② 水面に映って見える。
① 水底に沈く白玉誰が故に心尽して我が思はなくに(万7-1324) 
② 水の面にしづく花の色さやかにも君がみかげの思ほゆるかな(古哀-845)
 雫・滴 水のしたたり。
   しづくも  雫も 〔副詞〕いささかも。つゆほども。すこしも。
   しづむ  沈む 〔自動詞マ行四段〕
① 水中に没する。水中を下方に移動する。沈む。⇔「浮かぶ浮く
② 没落する。落ちぶれる。
③ 罪・苦界などにおちこむ。死者の霊が成仏できない。
④ ふさぎ込む。うちしおれる。⑤ なやみわずらう。病気になる。
⑥ 勢いが弱くなる。⑦ 泣き伏す。
① 難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも(万2-229)
〔他動詞マ行下二段四段〕【メ・メ・ム・ムル・ムレ・メヨ】
① 水中に沈める。⇔「浮かぶ」② 没落させる。失意の状態にする。
③ (評判などを) おとす。④ 質に入れる。
   して    して   [サ変動詞「為(す)」の連用形「し」に接続助詞「て」]
 
〔格助詞〕
① [使役の対象]
 ~に命じて。~に。~をして。
② [手段・方法]
 ~で。~でもって。
③ [人数・範囲]
 ~で。~とともに。
〔接続〕
体言及び活用語の連体形など体言に準じたものや格助詞「を」に付く。
接続助詞
「状態が~であって」の意で、下文に続ける。
① [形容詞及び形容詞型活用の助動詞の連用形に付く場合]
 ~て。~で。
② [形容動詞、断定の助動詞「なり・たり」などの連用形に付く場合]
 ~であって。~で。
③ [「ずし」の形になる場合]
 ~(ない)で。~(なく)て。
 
① 玉櫛笥みもろと山を行きしかばおもしろくしていにしへ思ほゆ(万7-1244)
① み薦刈る信濃の真弓引か
して弦はくるわざを知ると言はなくに [郎女] (万2-97)
 ⇒「ずして
 
〔副助詞〕
副詞及び格助詞「を」「に」「より」「から」に付いて意味を強めたり、はっきりさせたりする。
これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山(万1-35)
   しでのたをさ  賎の田長 〔名詞〕ホトトギスの異名。
語源は「賎(しづ)の田長」で田植えの時期を告げる鳥の意であったが、音の類似から「死出」に結び付けて、「死出の山」を越えて来る鳥と解されるようになった、という説がある。
 
   しなゆ  撓ゆ・萎ゆ 〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
しおれる。しぼむ。
-いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎えて 偲ふらむ-(万2-131)
君に恋ひ
萎えうらぶれ我が居れば秋風吹きて月かたぶきぬ(万10-2302)
   しぬ  死ぬ 〔自動詞ナ変〕【ナ(ズ)・ニ(タリ)・ヌ・ヌル(コト)・ヌレ(ドモ)・ネ】
命を失う。息が途絶える。死ぬ。
旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし(万1-67)
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて
死なましものを(万2-86)
   しの   〔名詞〕群生する細い竹の総称。やだけ・めだけの類・しのだけ うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも(万10-1834) 
   しのぐ  凌ぐ
〔他動詞ガ行四段〕
① 押さえつける・押しふせる・踏み分けて進む
② 障害・困難を耐えしのぶ、またそれを乗り越える
③(相手を)凌駕する・押しのけて上に立つ
④あなどる・いやしめる
① 宇陀の野の秋萩しのぎ鳴く鹿も妻に恋ふらく我れにはまさじ(万8-1613) 
   しのに   〔副詞〕
① なよなよとなびいて・しおれて、また心がしんみりとするさま
② しきりに・しげく
 
① 近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(万3-268)
② 逢ふことはかたのの里のささの庵しのに露散る夜半の床かな (新古恋二-1110)
   しののに  しののに 〔副詞〕
(全身が濡れそぼつさまに用いて)しっとりと・びっしょりと
朝霧にしののに濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ(万10-1835)
   しのはゆ  偲はゆ 《上代語》
〔なりたち〕「しのばゆ」とも。
[上代の四段動詞「偲ふ」の未然形「しのは」+上代の自発の助動詞「ゆ」]
しのばれる。自然に思い出される。
大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ(万1-66)
印南野の浅茅押しなべさ寝る夜の日長くしあれば家し偲はゆ(万6-945)
   しのぶ        〔名詞〕①「忍ぶ草」の略。「忍摺(しのぶず)り」の略。   
 忍ぶ   〔他動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
〔他動詞バ行四段〕
① 堪える。堪える。② つつみ隠す。秘密にする。
 
① 万代に心は解けて我が背子が捻みし手見つつ忍びかねつも(万17-3962)
① 古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
    [恋をだに
忍びかねてむ手童のごと](万2-129)
 
 〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
 〔自動詞バ行四段〕
① 隠れる。人目を避ける。
② 感情をおさえる。こらえる。我慢する。
 偲ぶ   〔他動詞バ行四段〕
 〔他動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
《上代は「しのふ」》
① 思い慕う。恋う。懐かしむ。
② 賞美する。
① 山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ (万1-6)
① -山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて
偲ふらむ 妹が門見む- (万2-131)
 
② -秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば-(万1-16)

【参考】
上代には「忍ぶ」はバ行上二段活用、「偲ぶ」は「しのふ」でハ行四段活用。二語は別語であったが、「人知れず思い慕う」のと、「人目にとまらぬようにする」のとは、意味の上で似ているので混同されるようになり、中古以降、「忍ぶ」は四段活用でも、「偲ぶ」は上二段活用でも用いられるようになった。
   しば(しば)     〔副詞〕しばしば。たびたび。しきりに。

【参考】
「しば鳴く」「しば立つ」「しば見る」などのように、動詞に冠して用いられることが多い。
 
ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(万6-930) 
   しひ   〔名詞〕ブナ科の常緑高木。実は食用となる。  家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあればの葉に盛る(万2-142) 
   しふ  強ふ 〔他動詞ハ行上二段〕【ヒ・ヒ・フ・フル・フレ・ヒヨ】
無理強いをする。強いる。嫌がる相手に強く実行を迫る。
 
   しほ   潮・汐  〔名詞〕
① 海水。海水の干満。
② よい機会。よい頃合い。しおどき。
③ 愛嬌。愛らしさ。
 
① 夕さらば満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)
① 若の浦に
満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(万6-924)
 
   しほさゐ   潮騒  〔名詞〕潮の満ちてくるとき、波が立ち騒ぐこと。  潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を(万1-42) 
   しまみ   島回・島曲・
 島廻
〔名詞〕島のまわり。島の周囲。  潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を(万1-42)
百伝ふ八十の島廻を漕ぐ舟に乗りにし心忘れかねつも(万7-1403) 
〔名詞・自動詞サ変〕島を廻ること。島めぐり。 島廻すと磯に見し花風吹きて波は寄すとも採らずはやまじ(万7-1121)
   しまし  暫し 〔副詞〕《上代語》「しばし」の古形。= 暫 (しま) しく。少しの間。 霍公鳥間しまし置け汝が鳴けば我が思ふ心いたもすべなし(万15-3807)
   しましく  暫しく 〔副詞〕《上代語》⇒ しまし。しばらくの間。 秋山に落つる黄葉しましくはな散り乱ひそ妹があたり見む
 [一云 散りな乱ひそ] (万2-137)
   しみさぶ   茂みさぶ
 繁みさぶ
 
〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
[「さぶ」は接尾語]
こんもりと繁っている。木や草が深く茂っている。
 
-日の経の 大御門に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の この瑞山は-(万1-52) 
   しみづ  清水 〔名詞〕清らかな湧き水。 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく (万2-158)
   しむ  しむ 〔使役の助動詞〕
[だれかにそうさせるように仕向けて起こった事態であることを示す語]
「~せる」「~させる」ぶ
① 使役の意を表す。「~させる」
② (多く「しめ給ふ」の形で) 程度の高い尊敬の意を表す。「お~なさる」
③ 謙譲の語に付いて、程度の高い謙譲の意を表す。

〔接続〕活用語の未然形に付く。

【語法】
上代では使役の意味として用いられた。中古では、使役の「す・さす」が一般に用いられ、使役の「しむ」は、漢文訓読などの特殊な領域だけに用いられるようになる。また、尊敬の意味として用いられるようになるのは中古からである。中古以後は使役・尊敬、さらに末期になって現れた謙譲の三用法がある。物語における用例は男性のことばの場合がほとんどになる。
① 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ (万2-104)
① 恨めしく君はもあるか宿の梅の散り過ぐるまで見
しめずありける (万20-4520)
   しめ   〔名詞
①(「占め」の意)土地の領有や場所の区画を示し、人の立ち入りを禁じるための標識。木を立てたり縄を張ったりする。
また山道などの道しるべの標識。
②「標縄」の略。

発展 「しめ」と「しめなは」
「しめ」は下二段動詞「しむ(占む・標む)」の名詞形である。
「しめ」を設置する方法としては、草や枝をひき結んだり、わら・萱・などでいわゆる「しめなは」を張ったり、くいを立てたりする。そこで
「しめゆふ」「しめたつ」「しめさす」などの言い方が生れる。中古以降は「しめなは」は神域などの聖なる場所を示すものとして用いられ、それ自体に呪術的な威力を認める考え方も生れた。
① 大伴の遠つ神祖の奥城はしるく立て人の知るべく(万18-4120) 
 
 しめの   標野  〔名詞〕
上代、皇室などの所有する原野で、一般の人の立ち入りを禁じた所。狩場などにされた。禁野(きんや)。
 
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20)
   しめゆふ  標結ふ 〔他ハ行四段〕
① 草をひき結んで道しるべとする。
② 領有や立ち入り禁止を表すためにしめなわを張る。
③ 夫婦仲を契る。
① 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背(万2-115) 
② 楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに(万2-154)
   しめす  示す 〔他サ行四段〕
① 表してみせる。示す。
②(神仏などが)告げ知らせる。(夢などで)教え告げる。
① にほ鳥の潜く池水心あらば君に我が恋ふる心示さね(万4-728) 
② 我妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか示さむ(万3-282)
   しも    〔名詞〕霜。また、白髪をたとえていう。 ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪にの置くまでに(万2-87)
-さやかに見れば 栲の穂に 夜の
降り 岩床と-(万1-79)

-蜷の腸 か黒き髪に いつの間か の降りけむ-(万5-808)
   〔名詞〕
① 位置の低いところ。下の方。②川の下流。川下。
③ 官位や身分の低い者。また、(君主・朝廷に対して)臣下。人民。
④ 和歌の下の句。七・七の二句。⇔上(かみ)
⑤ 年下の人。年少者。⑥後の部分。終りの方。⑦後の時代。後世。
⑧ 宮中や貴人の家で、女房の詰め所。局。
⑨ 裏手。裏側。⑩月の下旬。⇔「上(かみ)」
②-上つ瀬に 鵜川を立ち つ瀬に 小網さし渡す-(万1-38)
 しも  〔副助詞〕[副助詞「し」に係助詞「も」の付いたもの]
 →「主要助詞
① 強意を表す。
 ~それそのもの。
② とりたて。特にその事柄を取り立てて示す意を表す。
 よりによって。~にかぎって。
③(活用語の連体形に付いて)(~にもかかわらず)かえって、の意。
④(打消の語と呼応して)かならずしも(~ではない)、の意を表す。

〔接続〕
体言・格助詞など様々の語に付く。用法状は主語・連用修飾語、接続助詞に付く。「係助詞」とする説もある。
 
① 旅に去にし君しも継ぎて夢に見ゆ我が片恋の繁ければかも(万17-3951) 
   しらしめす   知らし召す
 領らし召す
 
〔他動詞サ行四段〕[四段動詞「知る」の未然形「しら」に上代の尊敬の助動詞「す」の付いた「しらす」の連用形「しらし」に尊敬の補助動詞「召す」が付いて一語になったもの] 
「知るの尊敬語」。 お治めになる。統治なさる。
 
-楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の-(万1-29)
高御座 天の日継と 天の下 知らしめしける 天皇の 神の命の-(万18-4122) 
   しらす   知らす・領らす 〔なりたち〕「知る」の尊敬語。
[四段動詞「知る」の未然形「しら」+上代の尊敬の助動詞「す」]
 お治めになる。統治なさる。
 
-絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激る 瀧の宮処は-(万1-36)
-あをによし 奈良の都に 万代に 国知らさむと やすみし-(万19-4290)
   しらなみ   白波・白浪  〔名詞〕
① 白く立つ波。
②(後漢書に見える賊の名「白波族(はくはぞく)」から)盗賊の異称。
① 我が命のま幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波(万3-291)
白波の浜松が枝の手向け草幾代までにか年の経ぬらむ [一云 年は経にけむ] (万1-34)

【「万1-34」】
この歌の「しらなみの」は「枕詞」でなく実景を伴うが、「白波の(寄す)浜」の述語にあたる「よす」を省いた形で、「枕詞的用法」とされる。
 
   しらなみの    【枕詞】波の連想から、「よる」「かへる」「「うち」などにかかる。  
   しる      知る     〔他動詞ラ行四段〕
① (「領る」「治る」ともかく)
 ア:治める。統治する。
 イ:領有する。占める。
② 理解する。認識する。③ 経験する。体験する。
④ 世話する。面倒をみる。⑤ 付き合う。交際する。
 
② かくばかり恋ひむものぞと知らませば遠くも見べくあらましものを (万11-2376)
②- 我が作る 日の御門に 知らぬ国 寄し巨勢道より 我が国は- (万1-50)
〔自動詞ラ行四段〕
わかる。
 
岩戸破る手力もがも手弱き女にしあればすべの知らなく(万3-422)
〔他動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ
知らせる。
 
我が思ひを人に知るれか玉櫛笥開きあけつと夢にし見ゆる(万4-594) 
   しるし   標・印・証  〔名詞〕① 他と区別のつく目印。② 証拠。③ 合図。  ② 引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに(万1-57) 
 験・徴  〔名詞〕① 前兆。② 霊験。効き目。
   〔名詞〕三種の神器の一つ。神璽。八坂瓊(やさかに)の曲玉。  
   しろたへ   白栲・白妙  〔名詞〕
① こうぞ(=木の名)の繊維で織った白い布。
② 白い色。白いこと。
 
① 春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山(万1-28)
② 梅が枝に鳴きて移ろふ鴬の羽
白妙に沫雪ぞ降る(万10-1844)
 
   しろたへの  白栲の  【枕詞】白栲で衣服を作ることから「衣」「袂」「袖」「帯」「紐」などに、また、その白いことから「雲」「雪」「波」などにかかる。 白栲の手本ゆたけく人の寝る味寐は寝ずや恋ひわたりなむ(万12-2975)
夜も寝ず安くもあらず
白栲の衣は脱かじ直に逢ふまでに(万12-2857)
白栲の袖別るべき日を近み心にむせひ音のみし泣かゆ(万4-648)
まそ鏡照るべき月を
白栲の雲か隠せる天つ霧かも(万7-1083)
 
         〔自動詞サ行変格〕【セ・シ・ス・スル・スレ・セヨ】
① ある動作が起こる。ある行為がなされる。
② さまざまの他の自動詞の代用とする。
〔他動詞サ変〕
③ ある動作を行う。ある行為をする。
④ さまざまの他の他動詞の代用とする。

【参考】
サ行変格活用の動詞には「す」「おはす」がある。「す」は体言に付いてさまざまな複合動詞を作る。


〔助動詞〕→「主要助動詞活用表
 
我れはもや安見児得たり皆人の得かてにといふ安見児得たり(万2-95)
ますらをや片恋
むと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに(万2-164)

さつき待つ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする
 (古今夏-139)
         〔助動特殊型〕
未然形   連用形 終止形   連体形 已然形  命令形 
ザラ   ザリ [ザリ]   ザル ザレ  ザレ
 (に) (ぬ)    
     
① 打消しの意。~ない
② 連体形「ぬ」が終助詞「か」に続いて願望の意。~してほしい。
③ 已然形「ね」が接続助詞「ば」に続き、逆接仮定条件。~ないのに。

〔接続〕用言および助動詞の未然形に付く
①-草枕 旅にしあれば 思ひ遣る たづきを知ら 網の浦の-(万1-5)
 神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらくに(万2-163)
 み立たしの島の荒礒を今見れば生ひざりし草生ひにけるかも(万2-181)
 おろかにぞ我れは思ひし乎布の浦の荒礒の廻り見れど飽かけり (万18-4073)
② 我が命も常にあらか昔見し象の小川を行きて見むため(万3-335)
③ 我が宿の萩の下葉は秋風もいまだ吹かばかくぞもみてる(万8-1632)

【語法】この打消しの助動詞は「ず」の系列と「ぬ」の系列から成り、さらにその不備な用法、すなわち他の助動詞との接続関係を補う意味で、連用形「ず」に動詞「あり」がついた「ざり」の系列が生じた。未然形「な」・連用形「に」は上代に限って用いられたが、以後も和歌などには擬古的に用いられた。また多くはないが、上代には助動詞「けり」「けむ」「き」などが「ざり」にではなく、直接「ず」に接続した。なお、連体形「ざる」が助動詞「なり (伝聞・推定)」「めり (推量)」につづく場合、撥音便になる、その撥音「ん」を表記しなかったので「ざなり」「ざめり」となっていった。
【参考】連用形「ず」に係助詞「は」のついた「ずは」を、未然形「ず」に接続助詞「ば」のついたものと考えて、未然形「ず」を認める説があるが、今日では接続助詞「ば」の類推からで、正しくは係助詞であるとして、未然形「ず」を認めない説が有力である。
  〔助動サ変型〕【○・○・ズ・ズル・ズレ・○】
「むとす」が詰って「むず」「んず」「うず」となり、さらに「ず」となったもの。
意志の意を表わす。~よう。
〔接続〕未然形につく
 【参考】打消しの助動詞「ず」も未然形につくので誤りやすい。「むとす」になおして意味が通じればこの意志を表わす「ず」だと判別するより他はない。現在も中部地方の方言として残っている。
   ずあり   不~有   一般的に「不~有」表記は、「ずあり」と訓まれるのが多いと思うが、諸注さまざま。
「古義」においても、
不喧有之(ナカザリシ)は、冬は鳴ず有しなり。
不開有之(サカザリシ)は、冬は開ず有しなり。
のように、たんなる「約」のように述べている。
そうなると、語調によるところも、大きくなるだろう。
 
-鳴かざり(ずあり)し 鳥も来鳴きぬ 咲かざり(ずあり)し-(万1-16) 
   すぐ  過ぐ 〔自動詞ガ行上二段〕【ギ・ギ・グ・グル・グレ・ギヨ】
① 通り過ぎる。通過する。
② 時が過ぎる。経過する。
③ 世を渡る。生活する。
④ 度を越える。優る。
⑤ 盛りが過ぎる。終りになる。
① 新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる日日なべて夜には九夜日には十日を (記・中)
① ふたり行けど行き
過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ(万2-106)
② 春
過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山(万1-28)
⑤ 梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ(万10-1838)
   すさき  州崎・洲崎 〔名詞〕川や海の土砂が盛り上がって、岬のように川や海に突き出た所。 大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
   ずして  ずして  [打消の助動詞「ず」の連用形+接続助詞「して」]
前の事柄を打ち消して、後の事柄に続ける。
① 順接の関係で続く。「~(し)ないで、~。」「~(で)なくて、~。」
② 逆接の関係で続く。「~(し・で)ないけれども、~。」
① み薦刈る信濃の真弓引かずして弦はくるわざを知ると言はなくに [郎女] (万2-97)
① 橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢は
ずして [三方沙弥](万2-125)
   すそ     〔名詞〕
① 衣服の下の端の部分。② 髪の毛の先。③ 山の麓。④ 馬の脚。
⑤ 物の端。末端。

【参考】
古代の衣服の下の端の部分をいうのが原義。転じて、形の似ている山のふもと、髪の毛の先の部分をいい、さらに、末端の意で、川の下、物の端をいう。また、原義の「裾(すそ)」が、衣服の膝から下の足の部分にあたることから、人の足の膝から下や、人が乗っている馬の脚の意にも用いられる。
 
嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが玉裳のに潮満つらむか(万1-40) 
   ずて  ずて 〔打消しの助動詞「ず」の連用形「ず」+接続助詞「て」〕
「~ないで」「~ではなくて」
参考
上代に使われた語。中古以後は主として和歌の中で使われた。
接続助詞「で」は、この語の転とする説もある。
丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
松が枝の土に着くまで降る雪を見
ずてや妹が隠り居るらむ(万20-4463)
   ずは  ずは 〔なりたち〕[打消の助動詞「ず」の連用形+係助詞「は」]
① 「~ないで」
② 順接の仮定条件の打消を表す。「~ないならば。~なかったら。」
〔語法〕
中世に生じた「ずんば」という形や、「未然形」に接続する接続助詞「ば」の類推から、近世には「ずば」という形がみられる。

参考
上記のように解釈するほか、「ずば」として「ず」の未然形に
接続助詞「ば」が付いたという解釈もある。「ば」と濁らず使われたので、現在では前者の解釈が一般的である。最初「~ないで」の意味で使われていたものが、「~ないならば」の意味に転じていったのである。
「竹取物語」に「焼けずはこそ」とある例 (係助詞なら「こそは」 となるのが普通) や、「古今集」で「花し散らずは」などと用いられている例 (副助詞「し」は「~ば」と条件句で受ける) などから、接続助詞と解されるように、「ず」の未然形に接続助詞「ば」の付いた意の例が、時代がくだるにつれて増加している。
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを (万2-86)
① 我が思ひかくてあら
ずは玉にもがまことも妹が手に巻かれなむ (万4-737)
けふ来
ずはあすは雪とぞ降りなまし消えずは(①)ありとも花と見ましや (古今春上-63)
② 玉櫛笥三諸の山のさな葛さ寝
ずはつひに有りかつましじ [玉櫛笥三室戸山の] (万2-94)
② 後れ居て恋ひつつあら
ずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背 (万2-115)
   すみのえ
(すみよし)
 住江・住吉 〔地名〕[「住吉(すみよし)」の古称]
① 現在の大阪市住吉区の辺り。海に面した松原の続く景勝の地。
住吉大社があり、古くは松の名所で知られた。平安時代以降「すみよし」と称した。[歌枕]
②「住吉大社」の略。摂津の国一の宮である住吉大社。海の守護神・和歌の神として信仰を集める。住吉神社。(住吉の御田植え[夏])
① 霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも(万1-65)
① 夕さらば潮満ち来なむ
住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)
   すめかみ  皇神 〔名詞〕[「すべがみ」とも]
① 皇室の先祖にあたる神。天照大神をいう。
② 一定の区域を支配する神。
① 吾が大君ものな思ほしそ皇神の副へて賜へる我なけなくに(万1-77)
①-大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ-(万5-898)
②「山口に坐す
皇神等の前にも」(祝詞)
   すめろき   天皇  〔名詞〕「すべらき」「すめらき」「すめろぎ」とも。
 天皇。また、皇統を指すこともある。
-天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は-(万1-29) 
   ずや   ずや  〔成り立ち〕
打消し助動詞「ず」の終止形+係助詞「や」
① 下に推量の表現を伴って、打消しの疑問の意を表す。
「~でないで~だろうか」「~ないで~か」
② 文末に用いて、打消しの反語・疑問を表す。
「~ではないか」
 
② あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20) 
       兄・夫・背  〔名詞〕
女性から、夫・愛人・兄・弟などを呼ぶ語。また親しい男性を呼ぶ語。
綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が(万1-19)
防人に行くは誰がと問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず(万20-4449)
        〔名詞〕
① 川の水が浅い所。浅瀬。
② 川の流れの速い所。早瀬。
③ 物事に出あう時節。機会。
④ 場所。⑤ その節(ふし)。その点。

【「せ」と「ふち」】
「せ」は多義語であるが、「世の中は何か常なるあすか川きのふの淵(ふち)ぞ今日は瀬になる」のように、「淵」に対して用いる場合は、川の、浅くて人が徒歩で渡ることができるところをいう。水が澱んで深いところが、「ふち」である。
 
① 丹生の川は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
① 川上に洗ふ若菜の流れ来て妹があたりの
にこそ寄らめ(万11-2849)
② 吉野川行く
の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
② あしひきの山川のの鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる(万7-1092)
   せこ   兄子・夫子・
背子
「せ」はもと女性が兄・弟・夫などを親しんで呼んだ語。「こ」は親愛の情を表わす接尾語。
① 女性が兄弟を呼ぶ語。
② 夫が妻を、また女性が恋人を呼ぶ語。
③ 男性同士が親しんで呼ぶ語。
① 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし(万2-105)
② 我が
背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ(万1-43)
③ 沖つ波辺波立つとも我が背子が御船の泊り波立ためやも(万3-248)
 勢子・列卒 狩りの時、鳥獣をかりたてたり、逃げるのを防いだリする人夫。
   せす   為す  〔上代語〕
[なりたち(サ変動詞「す」の未然形「せ」+上代の尊敬の助動詞「す」)]
「なさる」「あそばす」
 
-天雲に 磐舟浮べ 艫に舳に 真櫂しじ貫き い漕ぎつつ 国見しせして- (万19-4278) 
   せのやま   背の山  〔名詞〕
【有斐閣「万葉集全注 35番背の山」注】
和歌山県伊都郡かつらぎ町の山。紀ノ川の北岸にある。 明日香から二泊目の地、南岸の妹山とともに、旅人の望郷を誘った。
 
これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山(万1-35)
背の山に直に向へる妹の山事許せやも打橋渡す(万7-1197)
   せば  せば 〔成立ち〕[過去の助動詞「き」の未然形「せ」+接続助詞「ば」]
事実に反する仮想の条件を表す。
「もし~たならば」
旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし(万1-67)
   せば-まし  せば-まし 〔成立ち〕[過去の助動詞「き」の未然形「せ」(一説にサ変動詞「為(す)の未然形「せ」)+接続助詞「ば」+…+反実仮想の助動詞「まし」]
反実仮想。事実に反することや、実現しそうにないことを仮に想定し、その仮定の上に立って推量、想像する意を表す。
 もし~(だっ)たら、~だろう(に)。
 
世の中にたえてさくらのなかりせば 春の心はのどけからまし(恋春上-53)
      〔名詞〕着物。ころも。多くは「御衣(みそ/おんぞ)」の形で用いる。  
       夫・其  〔代名詞〕[中称の指示代名詞]
それ。こ。また、なにがし。某。
 
-もののふの 八十宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ を取ると-(万1-50)
我がやどに 花ぞ咲きたる を見れど 心もゆかず はしきやし-(万3-469)
      〔終助詞〕
① 副詞「な」と呼応し、おもに動詞の連用形(カ変、サ変は未然形)の下に付いて、「な+連用形(未然形)+そ」の形で禁止の意を表わす。
②「な~そ」の「な」がなく、「そ」だけで禁止の意を表わす。
〔接続〕動詞および助動詞「す・さす・しむ・る・らる」の連用形に付く。ただし、カ変・サ変の動詞には未然形に付く。
① おもしろき野をばな焼き古草に新草交り生ひは生ふるがに(万14-3471) 
〔参考〕禁止の意を表わす終助詞「な」を用いた「動詞の終止形+な」の形に比べて、やわらかくおだやかに禁止する言い方であるという。中古では、女性は、禁止を言うのに「な~そ」の形を用いるのが普通だった。②のように、「な」を用いない言い方は、誤写かと疑われる用例に現れ、確かな用例は、中古の末から見られるようになる。
      〔係助詞〕(上代には「そ」とも)
① 文中にある場合、他の何物でもなく、まさにそのものであるという意味での強調を表わす。係り結びによって、「ぞ」を受ける文末の活用語は、連体形となる。
 ア:主語を強調する場合。~が。
 イ:目的語を強調する場合。~を。
 ウ:種々の連用修飾語などを強調する場合。
②「ぞ」を受けて連体形で結ばれるはずの語に、「に・を・と・ども・ど・ば」などの接続助詞が付くと、接続助詞の支配を受けて結びが消滅し、条件可となって下文に続いていく。
③(多く「とぞ」の形で)形の上では文末にあるが、①の係り結び形式で、「ぞ」を受ける連体形の結びが省略される場合。多くは「言うふ」「または「聞く」などを補う。
④ 文末にある場合。
 ア:断定する意を表わす。
 イ:告知する意を表わす。
 ウ:疑問後とともに用いて問い質す意を表わす。~か
⑤「もぞ~連体形」の形で、悪い事態を予測し、そうなっては困るという、不安や懸念の気持ちを表わす。
〔接続〕体言、活用語の連体形、種々の助詞などに付く。

①「ア」-大空の月のひかりしきよければ影みし水まづこほりける (古冬-316)
①「ウ」大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼び
越ゆなる(万1-70)
①「ウ」橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥] (万2-125)
 
④「ア」-うまし国 蜻蛉島 大和の国は(万1-2) 
     憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむ(万3-340)
   そこ   其処・其所  〔代名詞〕
① 中称の指示代名詞。場所を示す。そのところ。その場所。そこ。
② 中称の指示代名詞。事物をさす。それ。そのこと。
③ 対称の人名代名詞。親しい目下の者や友人に対して用いる。
あなた。きみ。そこもと。
 
① 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ(万2-104)
②-青きをば 置きてぞ嘆く
そこし恨めし-(万1-16)

②-山道をさして 入日なす 隠りにしかば そこ思ふに-(万3-469)
   そとも   背面
〔名詞〕[名詞「背(そ)+格助詞「つ」+名詞「面(おも)、「そつおも」の転]
① 山の斜面の日の当る側から見て、背後の方向。山の北側。北の方角。
 ⇔「影面(かげとも)
② 背面。後ろの方向。
 
-山の陽(みなみ)をかげともいひ、山の陰(きた)をそともといひき-(成務紀)
   そで     〔名詞〕
① 衣服の両腕を通す部分。② たもと。
③ 牛車。輿などの、前後の出入り口の左右の部分。前方のを前袖、後方のを後袖、また袖の内面を裏・内といい、外面を袖表という。
④ 鎧の肩からひじをおおい、矢・刀などを防ぐ部分。
⑤ 文書・書物などの初めの右端の、余白の部分。
 
②-家づとに 妹に遣らむと 拾ひ取り には入れて 帰し遣る-(万15-3649)
   そでふる   袖振る  ① 合図として、または別れを惜しんで、袖を振る。→「振る
② 袖を振って舞う。
 
① あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20)
   その   其の  〔成り立ち〕代名詞「其(そ)」+格助詞「の」
① 話し手から少し離れた事物・人をさしていう語。
② すでに話題にのぼった事物・人をさしていう語。
③(多く下に打消しの表現を伴って)不定の事物・人をさし示す語。
 「なんの」「どの」
④ わざとはっきりその名を言わずに事物・人をさし示す語。
 「なになにの」
① 八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を(記上) 
②-その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を(万1-25)

【参考】[小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-25頭注]
上代語では一般に「カ・カレ・カノ」など後世の「あれ・あの」に当る遠称の使用例が少ないといわれ、「ソ・ソレ・ソノ」などのいわゆる中称の指示語が遠称にも用いられた。この「ソノ」も遠称としての用法で、恐らく飛鳥から芋峠・上市を経て吉野まで山越えし川隈沿いに徒歩で来た道を指していったのだろう。
   そふ   添ふ・副ふ  〔自動詞ハ行四段〕
① つけ加わる。さらに備わる。
② そばに寄り付いている。つき従う。つき添う。
③ 夫婦として連れ添う。
 
 
〔自動詞ハ行下二段〕
[「年(月・日)にそへて」の形で] 伴う。
 
〔他動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① 付け加える。さらに備える。
② つき従わせる。
③ なぞらえる。たとえる。
 
② 吾が大君ものな思ほしそ皇神の副へて賜へる我なけなくに(万1-77)
③ たな霧らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代にそへてだに見む(万8-1646)
   そらにみつ   そらにみつ  【枕詞】「そらみつ」に同じ。
そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え-(万1-29) 
   そらみつ   そらみつ  【枕詞】[「そらにみつ」とも]「やまと(大和・倭)」にかかる。 そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れ-(万1-29)
五十音index
    だいじん  大臣 〔名詞〕「太政官(だいじやうくわん)の上官。
太政大臣・大臣・左大臣・右大臣・内大臣などをいう。
「大臣」= 「おとど・おほいとの・おほいまうちのきみ・おほまうちきみ・
おほまへつきみ
ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
   たが  誰が 〔代名詞「誰 (た)+格助詞「が」〕
① (連体修飾語として) だれの。
② (主語として) だれが。
① 玉葛花のみ咲きてならざるは誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを(万2-102)
① 防人に行くは
誰が背と問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず(万20-4449)
   たかし   高し  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① ずっと上の方にある。高い。② 空の上方にある。高い。
③ 身分・地位・家柄が上である。高貴である。
④ 優れている。高尚である。自尊心がある。
⑤(音や声が)大きい。⑥ 広く世に知られている。評判である。
⑦(時間的に)遠い。老いている。
① 我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
① 天地の 別れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を-(万3-320)
⑤ -葦刈ると 海人の小舟は 入江漕ぐ 楫の音高し そこをしも-(万17-4030)
   たかしく   高敷く  〔他動詞カ行四段〕
① 立派に造る。② 立派に治める。
 
① -続麻なす 長柄の宮に 真木柱 太高敷きて 食す国を -(万6-933)
② やすみしし 我が大君の 高敷かす 大和の国は すめろきの-(万6-1051)
   たかしのはま  高師の浜 〔地名〕
① 大阪府堺市浜寺から高石市高師浜におよぶ海浜。
  白砂青松の景勝で知られた。[歌枕]
② 愛知県豊橋市の南、渥美半島の基部の海浜。
 「更級日記」「十六夜日記」などに描かれた。[歌枕]
大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ(万1-66)
   たかしらす   高知らす  〔なりたち〕
四段動詞「高知る」の未然形「たかしら」+上代の尊敬の助動詞「す」。
① りっぱにお造りになる。
② りっぱにお治めになる。
 
① -食す国を 見したまはむと みあらかは 高知らさむと 神ながら -(万1-50)
② 神代より吉野の宮にあり通ひ高知らせるは山川をよみ(万6-1011)
   たかしる   高知る  〔他動詞ラ行四段〕
① 立派に建てる。立派に造る。
②(国などを)立派に治める。
 
① -たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば-(万1-38)
② やすみしし 我が大君の 神ながら 高知らします 印南野の 大海の(万6-943)
   たかてらす   高照らす  【枕詞】天高く照らす意から、「日」にかかる。  やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 神ながら 神さびせすと-(万1-45) 
   たかどの   高殿  〔名詞〕高く造った建物。また、二階以上重ねて造った家。高楼。 -たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば-(万1-38) 
   たかのはら  高野原 〔地名〕
奈良県奈良市佐紀町の佐紀丘陵の西南一帯。佐紀西町の西北山陵に高野山陵 (孝謙天皇陵) があり、西大寺 (高野寺とも) がある。
秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上(万1-84)
   たき     〔名詞〕[上代は「たぎ」]
① 急流。早瀬。〔

② 崖から流れ落ちる水。垂水(たるみ)。

【「たき」と「たるみ」】
「たき」は上代「たぎ」で、水が激しい勢いで流れる意の動詞「たぎつ」と関連があり、急流を言う。現代語の「滝」にあたるのは、「たるみ」である。
 
 
の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに(万3-243)



【「たき」と「たるみ」】
 石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(万8-1422) 
   たぎつ   激つ・滾つ  〔自動詞タ行四段〕
水が激しい勢いで流れる。水が湧き上がる。
また、そのように心がいらだつ。
 
高山の岩もとたぎち行く水の音には立てじ恋ひて死ぬとも(万11-2727) 
   たく  綰く 〔他動詞カ行四段〕
① (髪を) かき上げる。たばね上げる。
② 綱や手綱などをあやつる。たぐる。
③ 舟を漕ぐ。
たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか  [三方沙弥]
    (万2-123)
 
② -石瀬野に 馬だき行きて をちこちに 鳥踏み立て 白塗りの -(万19-4178)
③ 大船を荒海に漕ぎ出でや船
たけ我が見し子らがまみはしるしも(万7-1270)
   たたす   立たす  〔上代語〕
〔なりたち〕
 四段動詞「立つ」の未然形「たた」+上代の尊敬の助動詞「す」
「お立ちになる」
 
-故(かれ)、二柱(ふたはしら)の神、天(あめ)の浮き橋にたたして-畳(記上)
日並の皇子の命の馬並めてみ狩り
立たしし時は来向ふ(万1-49)
   たたなづく   畳なづく  〔自動詞カ行四段〕《上代語》
重なり合う。幾重にもうねり重なる。
 
倭は国のまほろばたたなづく青垣山ごもれる倭しうるはし(記・中)
   たたなはる   畳なはる  〔自動詞ラ行四段〕幾重にも重なる。重なり合う。うねり重なる。
-高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 -(万1-38)
【小学館「新編日本古典文学全集万葉集第一-38番頭注」】
たたなはる-幾重にも重なる。積む、重なる、の意の「委」について「委、タタナハル」(名義抄)とある。
 
   ただに  ただに 〔副詞〕[形容動詞「ただなり」の連用形から
① 【直に】
 ア:まっすぐに。イ:直接に。ずばりと。
② 【徒に】
 むなしく。なにもしないで。
③ 【唯に・啻に】(下に打消・反語を表す語を伴って)ただ単に。
①ア -尾張にただに向かへる尾津の崎なる一つ松吾(あせ)を-(記中)
①イ 赤駒のい行きはばかる真葛原何の伝て言
直にしよけむ(万12-3083)
③ -大保をば
ただに卿とのみは思ほさず-(続日本紀)
   たたぬ  畳ぬ 〔他動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
たたむ。
君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも(万15-3746)
   たたはし  たたはし 〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
① 満ち足りている。完全無欠だ。
② いかめしくおごそかである。堂々としている。
① - 望月の 満しけむと 我が思へる 皇子の命は 春されば-(万13-3338)
【「たたはしけ」は上代の未然形】
   たち-   〔接頭語〕動詞に付いて意味を強める。
「たち後(おく)る・たち隠る・たち騒ぐ・たち添ふ・たち別るetc」
【参考】動詞「立つ」の意味が残る時は接頭語としない。
山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく (万2-158)
   たちばな   〔名詞〕万葉集中六十八首の歌に詠まれている。
① 果樹の名。こうじみかん。初夏に香りの高い白い花をつける。果実はみかんに似ている。[秋・橘飾る、春・橘の花]
② 「襲 (かさね) の色目」の名。表は朽ち葉、裏は黄。
〔一説に、表は白、裏は青とも〕
③ 紋所の名。「①」の葉と果実とを図案化したもの。
参考
「さつき待つ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする (古今夏)」の歌から、昔を思い出させるものとされ、象徴的に使われることがある。
の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥](万2-125)
   たちむかふ  立ち向かふ 〔自動詞ハ行四段〕① 立って向かう。② 手向かう。 ① 大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(万1-61)
   たちよそふ  立ち装ふ 〔他動詞ハ行四段〕[たち]は接頭語
飾る。装う。
山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく (万2-158)
             たつ            立つ           〔自動詞タ行四段〕(縦になる、縦の状態である、という意味から)
① (人や動物が) 起立する。立ち止まっている。起き上がる。
② たてに真っ直ぐになる。起立する。
 
③ 高くのぼる。(鳥などが)飛び立つ。飛び去る。
 
④ 雲・霧・霞・煙などが立ちこめる。 
⑤ 出発する。旅に出る。
 ⑥ 風や波が起こる。⑦ 音などが高く響く。
⑧ 位置を占める。位する。⑨ 退席する。その場をはなれる。
⑩ (年月や季節などが)始まる。

小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-38 鵜川立つ」頭注
「立つ」-四段「たつ」は「催す」の意。⇒「鵜川(うかは)」
① あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに(万2-107)
② -真木立つ荒山道を-(万1-45)
 
③ 味酒のみもろの山に立つ月の見が欲し君が馬の音ぞする(万11-2517)
 
④ 霞立つすゑのまつやまほのぼのと波にはなるるよこぐもの空(新古春上-37)  

⑤ 香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原(万1-14)
⑥ -松風に池波立ちて-(万3-259)
⑦ 堀江漕ぐ伊豆手の舟の楫つくめ音しば立ちぬ水脈早みかも(万20-4484)
⑧ -人丸は赤人が上に立たむことかたく-(古今・仮名序)
⑨ 今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花のかげかは (古今春下-134)
⑩ ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春
立つらしも(万10-1816)
〔他動詞タ行下二段〕【テ・テ・ツ・ツル・ツレ・テヨ】
① 立てる。こしらえる。
② 鳥などを追い立てる。
 
③ 出発させる。
④ 戸などを閉める。閉ざす。
 
山守のありける知らにその山に標結ひ立て結ひの恥しつ(万3-404)
① 橘の本に我を立て下枝取りならむや君と問ひし子らはも(万11-2494)

②-朝狩りに五百つ鳥立て夕狩りに-(万17-4035) 
 
③ 赤駒が門出をしつつ出でかてにせしを見立てし家の子らは(万14-3555)

④ 豊国の鏡の山の岩戸立て隠りにけらし待てど来まさず(万3-421)
 
 (たち)たつ   たちたつ  あちらこちら盛んに立つ意。
炊煙の多さによって庶民の生活の賑わいを示す。
-国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ-(万1-2)
   たづ  鶴・田鶴 〔名詞〕鶴の異名。
上代にも「つる」という語はあったが、和歌には普通「たづ」を用いた。
大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鳴くべしや(万1-71)
桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮干にけらし
鳴き渡る(万3-273)
【小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-71 たづ」頭注】
鶴の「歌語」。丹頂ばかりでなく、なべづる・まなづるなど鶴類を広くさし、時に白鳥などの大型の鳥にも広く称した。
 
   たづがね  鶴が音・田鶴が音 〔なりたち〕[「が」は「の」の意の格助詞]
① 鶴の鳴く声。② 鶴の異名。
たづがねの聞こえむときはわが名問はさね(記下)
旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし(万1-67)
   たづき   たづき  〔名詞〕《方便》上代は「たどき」とも。後「たつき・たつぎ」とも。
① 手段・方法・手掛かり。
② ようす。ありさま。見当。
をちこちのたづきも知らぬ山中におぼつかなくも喚子鳥かな(古今春上-29) 
   たつたやま  立田山・竜田山 〔地名〕[歌枕]
今の奈良県生駒郡三郷町の西方、信貴山の南にある山。紅葉の名所。
和歌では多く「たつ」「たち」を導き出す序詞となる。
海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む(万1-83)
    たづぬ     尋づぬ・訪づぬ     〔他動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
① 物事のあとをつけて行ってさがす。追いかける。
 
② 事のわけを究明する。詮索する。
③ 問いただす。質問する。聞きただす。
④ 訪問する。訪れる。⑤ 告げる。
① 君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ(万2-85)
① うつせみは数なき身なり山川のさやけき見つつ道を尋ねな(万20-4492)
   
   たて   〔名詞〕
① 戦場で身を隠し、敵の矢・剣・弾丸などを防ぐ武具。儀式の装飾としても用いる。
② 防ぎ守ること。また、そのもの。
① ますらをの鞆の音すなり物部の大臣立つらしも(万1-76)
② 今日よりは返り見なくて大君の醜の御と出で立つ我れは(万20-4397)
   たな  たな  〔語意不詳〕 例:「-其を取ると 騒く御民も 家忘れ 身もたな知らず 鴨じもの 水に浮き居て-(万1-50)」

小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一50 たな」頭注
「たな」は十分にの意。打消しと応じて、全然、の意となる。献身的に奉仕することを示す。
有斐閣「万葉集全注巻第一-50 たな」注】(私注:文中歌番号は、旧歌番号)
「たな」はすっかり、一様にの意の形状言。「身をたな知りて」(9・1807)のように肯定形にも用いる。
中央公論社「萬葉集注釈巻第一-50 身もたな知らず」注】(私注:文中歌番号は、旧歌番号)
「たな」の語原は不明であるが、「身者田菜不知(ミハタナシラズ)」(9・1739)、「身乎田名知而(ミヲタナシリテ)」(9・1807)、「事者棚知(コトハタナシシ)」(13・3279)などの例と照合すると、すつかり、全く、などの意の接頭語で、上の「家も忘れ」と対して「身も顧みず」といふ程度の意と思はれる。
   たなかみやま   田上山  〔名詞〕滋賀県大津市南部、大戸川(瀬田川支流)の上流にある山。建築の良材である檜の名産地。  -石走る 近江の国の 衣手の 田上山の 真木さく 桧のつまでを-(万1-50) 
   たななしをぶね  棚無し小舟 〔名詞〕左右の船端の内側に踏み板のない小さな舟。貧弱で安定性を欠く。 いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟(万1-58)
   たなばた  七夕・棚機 〔名詞〕
① 機織。はた。② 「棚機つ女」の略。
③ 五節句の一つ。牽牛・織女の二星が年に一度だけ逢うという陰暦七月七日の夕べ。たなばた祭り。

【「棚機」の起源】
 「棚機」と書くのは、この日、川辺に棚を設け、機(はた)で織った布を身に着けて川に入る禊を女性が行っていたことによるという。盆を前にした儀礼とする説もある。
たなばたの今夜逢ひなば常のごと明日を隔てて年は長けむく (万10-2084)
   たなばたつめ  棚機つ女・織女 〔名詞〕〔「つ」は、「の」の意の上代の格助詞〕
① 機(はた) を織る女。② 織女星を人にみたてたもの。
① 我がためと織女のそのやどに織る白栲は織りてけむかも(万10-2031)
② かりくらし織女にやどからん あまのかはらに我はきにけり(古今羇旅-418)
   たなびく  棚引く 〔自動詞カ行四段〕
① 雲や霞などが、横に長く引く。
〔他動詞カ行四段〕
② たなびかせる。長く集め連ねる。
① 北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて(万2-161)
  ひさかたの天の香具山この夕霞
たなびく春立つらしも(万10-1816)
   たなれ  手慣れ・手馴れ 〔名詞〕
① 手に扱いなれていること。愛用。
② 動物を飼いならしてあること。手飼い。
① 言とはぬ木にもありとも我が背子が手馴れの御琴地に置かめやも(万5-816)
   だに  だに  〔副助詞〕
① (まだ起こっていない未来の事柄とともに) 最小限の一例をあげて強調する。「だに」を受ける語句は打消・反語・命令・意志・願望・仮定の表現。
「せめて~だけでも。~だけなりとも。」
② (多く既定の事柄とともに) 軽いものをあげて、他にもっと重いものがあることを類推させる。
「だに」を受ける語句は、打消・反語の表現が多い。
「~だって。~のようなものでさえ。」
③ 添加を表す。「~までも。」

〔接続〕
体言・活用語・副詞・助詞に付く。
複合語の間に用いられることもある。

【文法】
奈良時代は①も用法だけで、まだ起こっていない未来の事柄に関して用いられた。②は平安時代以降の用法で、、「すら」とほぼ同じ意味に使われている。③は「さへ」が広く使われるようになったために、逆に「だに」が「さへ」の意味で使われたもの。
 
② 古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
    [恋を
だに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)
   -も   だにも   〔成り立ち〕副助詞「だに」+係助詞「も」。
① 最小限の一例をあげて強調する意を表す。
 せめて~だけでも。
② 軽いものをあげて、他の重いものを類推させる。
 ~さえも。
 
① 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18)  
   たばさむ  手挟む旅 〔他動詞マ行四段〕手に挟み持つ。脇に抱え持つ。 大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(万1-61)
   たはる  戯る・狂る 〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
① 戯れる。ふざける。② みだらな行為をする。恋におぼれる。
人皆の かく惑へれば たちしなひ 寄りてぞ妹は たはれてありける- (万9-1742)
   たはれを  戯れ男 〔名詞〕好色な男。放蕩をする男。
   たび   〔名詞〕家を離れて、一時他の場所へ行くこと。また、その途中。旅行。 草枕行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを(万1-69)
にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖を漕ぐ見ゆ(万3-272)
   たびと   旅人  〔名詞〕[「たびびと」の転] 旅行者。旅にある人。  家にあらば妹が手まかむ草枕旅に臥やせるこの旅人あはれ(万3-418) 
   たびね   旅寝  〔名詞・自動詞サ変〕
旅先で寝ること。旅宿。また、自宅以外のところで寝ること。外泊。
 =「
旅枕(たびまくら)
 
 
   たびやどり   旅宿り  〔名詞〕旅先の宿泊。旅宿。⇒「旅寝(たびね)  み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ 草枕 旅宿りせす(万1-45) 
   たぶ  賜ぶ・給ぶ 〔他動詞バ行四段〕「与ふ・やる・くる」などの尊敬語。
「お与えになる」「くださる」
〔補助動詞バ行四段〕
① 動詞の連用形に付いて、尊敬の意を表す。
「お~になる」「お~くださる」
② 接続助詞「て」に付いて、恩恵を及ぼす動作として尊敬する意を表す。
「~てくださる」
① 我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
【語史】
「たぶ」は「たまふ」がもとで「たまふ→たんぶ→たうぶ→たぶ」と変化したものとみる説と、、逆に「たぶ」がもとで「たぶ→たばふ→たまふ」と変化したとみる説がある。「たぶ」は「たまふ」に比べて敬意は低いが、上代以後ずっと用いられ、「補助動詞」は近世にまで用例が見える。
「補助動詞 ②」の用法は、中世から見あっれ、その命令表現は、下にさらに「給ふ」「せ給ふ」を付けて、「てたび給へ」「てたばせ給へ」の形をとることもある。
 
   たぶしのさき   手節の崎  〔地名〕[「たふしのさき」とも]
三重県鳥羽市答志(とうし)島の東端の岬。今の黒崎。〔歌枕〕
 
釧着く答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ(万1-41) 
   たへ   〔名詞〕こうぞの樹皮の繊維で織った布。また、布類の総称。
 の袴を七重着 (を) し(雄略紀)
  〔形容動詞ナリ活用〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
① 神々しいほどにすぐれている。何ともいえず素晴らしい。霊妙だ。
② 上手だ。巧妙だ。

【語感】
自然や芸道などが際立ってすぐれ、神秘的にさえ思われる感じ。
①-海神の 神の宮の 内のへの 妙なる殿に たづさはり -(万9-1744)
   たへのほ  栲の穂 〔名詞〕純白。真っ白。 -朝月夜 さやかに見れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と-(万1-79)
 
栲のほの 麻衣着れば 夢かも うつつかもと 曇り夜の(万13-3338)
   たま   玉・珠  〔名詞〕
①美しい石。宝石。②真珠。③美しいものの形容。
④ (涙・露など)丸い形をしたものの総称。
 
① 銀も金もも何せむにまされる宝子にしかめやも(万5-807) 
② 我が欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦のぞ拾はぬ
    [或頭云 我が欲りし子島は見しを](万1-12)
   たまかぎる   玉かぎる  【枕詞】[「かぎる」は「輝く」の意]
玉のほのかに光る状態から、「夕」「日」「ほのか」「はろか」
また、「磐垣淵(いはかきふち)」などにかかる。
玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく(万10-1820)
-思ひ頼みて 玉かぎる 岩垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに-(万2-207)
 
    たまかづら     玉葛・玉縵   〔名詞〕「たま」は接頭語で美称。葛の美称。つる草の総称。 たまかづらはふ木あまたになりぬれば絶えぬ心のうれしげもなし(古恋四-709)
【枕詞】
葛の蔓が延び広がる意から「長し・延ふ・筋・いや遠長く・絶ゆ」に、また葛の花・実の意で、「花・実」に懸かる。
玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに(万2-101)
 玉鬘  上代、多くの玉に緒を通し、髪にかけ垂らして飾りとしたもの。 「礼物として、押木の玉鬘を持たしめて奉りき」(記・下)
【枕詞】玉鬘は髪飾りとして頭にかけるので「かく」、「かげ」に懸かる。 玉葛懸けぬ時なく恋ふれども何しか妹に逢ふ時もなき(万12-3007)
人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも(万2-149)
   たまきはる  たまきわる 【枕詞】「うち」「世」「命」「吾(わ)」などにかかる。 たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野(万1-4)
   たまくしげ  玉櫛笥・玉匣 〔名詞〕[「たま」は接頭語] 櫛を入れる箱の美称。 -家はあらむと 玉櫛笥 少し開くに 白雲の 箱より出でて-(万9-1744)
【枕詞】
「玉櫛笥」に関連した語の「ふた」「箱」「開く」「覆ふ」「あく」「奥」「身」などにかかる。
玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも(万2-93)
   たまだすき    玉襷 〔名詞〕「たま」は接頭語で美称。「たすき」の美称。
玉を飾った「たすき」。「たすき」は神事の際、神主・巫女などの奉仕者が肩から斜めに掛けた紐や木綿(ゆう)または葛(かずら)の類。
 
 
【枕詞】たすきを項にかけるところから「かく」、また「うなじ」と類音の「うね」にかかる。  玉たすき懸けねば苦し懸けたれば継ぎて見まくの欲しき君かも(万12-3005) 
   たまはる   賜る・給はる  〔他動詞ラ行四段〕
①「受く」「もらふ」の謙譲語。「いただく」「頂戴する」。
②「与ふ」「授く」の尊敬語。「お与えになる」「くださる」。
 
 
〔補助動詞ラ行四段〕
[動詞の連用形、それに助詞「て」の付いたものに付いて]
① 謙譲の気持ちを表す。「~て(で)いただく」。
② 尊敬の気持ちを表す。「~て(で)くださる」。
   たまふ   賜ふ・給ふ  〔他動詞ハ行四段〕
①「与ふ」「授く」の尊敬語。「お与えになる」「くださる」。
② (命令形「たまへ」が他の動詞の代りに用いられて)尊敬の気持ちを含んだ命令の意を表す。「~てください」「~なさい」。
 
〔補助動詞ハ行四段〕
① [動詞の連用形の下に付いて]尊敬の気持ちを表す。
「お~になる」「~なさる」「~て(で)くださる」。
② [尊敬の助動詞「す・さす・しむ」の連用形に付いた「せたまふ・させたまふ・しめたまふ」の形で]最も強い尊敬の気持ちを表す。
「お~になられる」「~なされる」「お~あそばす」

【参考】
上代では「お与えになる」「くださる」という動詞の意味が残っていて、「~て(で)くださる」の訳語があてはまる場合もあるが、中古以降は動詞としての意はうすれてしまっている。「②」のうち「しめたまふ」の形をとるのは男性のことばにおいてである。
①- 荒栲の 藤原が上に 食す国を 見したまはむと みあらかは-(万1-50)
①-荒栲の 藤井が原に 大御門 始め
たまひて 埴安の 堤の上に-(万1-52)
   たまほこ  玉桙・玉矛・玉鉾 〔名詞〕[「たまぼこ」とも]
① 玉で飾った美しいほこ。
②「たまほこの」が「道」にかかる枕詞であることから、転じて、道。

小学館「新編日本古典文学全集万葉集第一-79 玉桙」頭注
「たまほこ」は、悪霊の侵入を防ぐために境界点に立てられた桙状の石柱。
②この程は知るも知らぬも玉鉾の行き交ふ袖は花の香ぞする(新古今春下-113)
   たまほこの  玉桙の・玉矛の 【枕詞】[「たまぼこの」とも]
「道」「里」にかかる。
-八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし-(万1-79)
遠くあれど君にぞ恋ふる
玉桙の里人皆に我れ恋ひめやも(万11-2603)
玉桙の道はつねにもまどはなん 人をとふとも我かとおもはむ(古今恋四-738)
   たままつ  玉松 〔名詞〕[「たま」は接頭語で美称]
松の美称。
み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく(万2-113)
有斐閣「万葉集全注巻第二-113 玉松」注
玉は接頭語。玉藻、玉床などの例を見る。古事記にも玉垣・玉盞 (たまうき) などがある。「タマ」はもと霊力・霊魂を意味する語であったが、それが接頭語として用いられ、美称化した。ここでは「玉梓」と同じく、相手の言葉 (歌) を運んできたものとして、とくに親しみをこめて呼んだのであろう。
   たまも    玉裳  〔名詞〕[「たま」は接頭語で美称]
美しい裳(=女性が腰から下にまとった衣服)。
 
娘子らが玉裳裾引くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ(万20-4476)
 玉藻  〔名詞〕[「たま」は接頭語で美称]
美しい藻。
 
玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
-か青なる
玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ -(万2-131)

沖辺にも寄らぬ玉藻の浪のうへに乱れてのみや恋ひわたりなむ(古今恋一-532)
   たまもなす   玉藻なす  【枕詞】
「なす」は「のようになる」の意で、「浮かぶ」「寄る」「なびく」などにかかる。
-もののふの 八十宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると-(万1-50)
-波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を-(万2-131)
-玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の-(万2-135)
   たまもかる   玉藻刈る   【枕詞】
玉藻は沖にあるところから「沖」に、また地名「敏馬(みぬめ)」「をとめ」などにかかる。
 
玉藻刈るへは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも(万1-72)
玉藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島が崎に船近づきぬ(万3-251)
玉藻刈る処女を過ぎて夏草の野島が崎に廬りす我れは(万15-3628)
   たむけ     手向け    ① 武力によって鎮定すること
② 神や仏に幣帛・花・香などを供える。
③旅の餞別。
④「峠」で道の神に「たむけ」から由来・とうげ。
-瑞穂の国に手向けすと天降りましけむ-(万13-3241)   
   たむけくさ  手向け草 たむけにする品 -少女らにあふさか山に手向け草糸とりおきて-(万13-3251)
   ため   〔名詞〕
① 目的を果たそうとしてすること。…のため。
② 原因・理由・…のせい。
③ 利益。たすけ。たより。…のため。
 
③ 楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに(万2-154) 
   たもと  
〔名詞〕
① [手本(たもと)の意] ひじから肩までの部分。二の腕。
② 袖。衣服の袖のたれた袋状の部分。
① 帰るべく時はなりけり都にて誰が手本をか我が枕かむ(万3-442)
   たゆ   絶ゆ  〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
① 絶える。途絶える。切れる。
② 息が絶える。死ぬ。
③ 縁が切れる。
④ 人の往来がとだえる。人里はなれる。
 
① 見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む(万1-37)
   たゆたふ  揺蕩ふ 〔自動詞ハ行四段〕
① あちこち揺れ動く。漂う。② 思い迷う。ためらう。
① 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に(万2-122)
① 大船の
たゆたふ海にいかり下ろしいかにせばかも我が恋やまむ(万11-2747)
   たる  足る 〔自動詞ラ行四段〕
① 十分である。不足がない。満ち整っている。
② 相応している。ふさわしい。また、価値がある。
③ 満足する。
①-斎ひ子も 妹にしかめや 望月の 足れる面わに 花のごと-(万9-1811) 
   たり  たり 〔助動詞〕
① 動作・作用が完了した意を表す。「~た」
② 動作・作用の結果が存続している意を表す。「~ている」
③ 動作・作用が継続している意を表す。「~ている」
④ その状態であること、またはその性状をそなえていることを表す。
 「~ている」「~た」
⑤ (中世以降の用法) 終止形を重ね用いた「~たり~たり」で、二つの動作・作用が並行している意を表す。

〔接続〕
ラ変を除く動詞の連用形、および「つ」を除く動詞型活用の助動詞の連用形につく。
① 山吹は撫でつつ生ほさむありつつも君来ましつつかざしたりけり (万20-4326)
② 我れはもや安見児得
たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり(万2-95)
③ 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく (万2-158)
   たわらは  手童 〔名詞〕[「た」は接頭語] 幼い子ども。 古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
    [恋をだに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)
   たをやめ
(たわやめ)
 手弱女 〔名詞〕かよわい女。しとやかでやさしい女性。⇔「ますらを  
    ちはやぶる   千早振る  勢いの強い。荒々しい。
〔参考〕神の意を表わす「ち」に形容詞「疾(はや)し」の語幹「はや」の付いたものに、接尾語「ぶ」が付いた上二段動詞「ちはやぶ」の連体形と考えられている。

「この沼の中に住める神いと千早振る神なり」(記・中)
【枕詞】強力な力を持つ意から「神」「うぢ」に懸かる。 玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに(万2-101)
ちはやぶるうぢの渡りに」(記・中)
   ちよ  千代・千世 〔名詞〕千年。長い年月。永久。 -作れる家に 千代までに いませ大君よ 我れも通はむ(万1-79)
   ちる  散る 〔自ラ行四段〕
①(花や葉などが)散る。
② 散らばる。離れ離れになる。
③ 世間に広まる。外へもれ聞こえる。
④ 心がまとまらない。落ち着かない。
① やどりして春の山辺に寝たる夜は夢の内にも花ぞちりける(古春下-117)
① 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ(万2-104)
         〔名詞〕船の停泊所。船着き場。渡し場。港。  -海上の そのを指して 君が漕ぎ行かば(万9-1784) 
        〔助動詞〕→「主要助動詞活用
① 動作・作用が完了してしまった意を表す。
 ~た。~てしまう。~てしまった。
② 動作・作用の実現を確信したり確認したりする意を表す。
 確実(強意)の用法。
 ア:(単独で用いる場合)、必ず~。確かに~。~てしまう。
 イ:(推量の助動詞とともに用いて、「てむ」「てまし」「つべし」などの形になる場合)、推量・意志・・可能などの意を、「確かに」「きっと」「必ず」の気持ちで述べる。

〔上代の格助詞〕「の」の意。
 
① 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りな(万2-121)
① 大海の底を深めて結び
し妹が心はうたがひもなし(万12-3042)

② 春日野の飛ぶ火の野守出でて見よ今幾日ありて若菜摘みむ (古今春上-19)
   つかのま
 (つかのあひだ)
 束の間  ほんのちょっとの間。「束 (つか)」は、こぶしの一握りの長さ。 大名児を彼方野辺に刈る草の束の間 (あひだ) も我れ忘れめや(万2-110)
   つがのきの   栂の木の  【枕詞】類似音を重ねて「つぎつぎ」にかかる。  -神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下-(万1-29) 
   つかふ   仕ふ  〔自動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① 貴人などのそばにいて用をする。仕える。
② 役人として勤める。
 
① -下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも- (万1-38)
① 黒木取り草も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず  [一云仕ふとも]
   (万4-783)
 
   つかへまつる   仕へ奉る  〔複合動詞〕
[下二段動詞「つかふ」の連用形「つかへ」に謙譲の補助動詞「奉る」の付いたもの]
 
〔自動詞ラ行四段〕[「仕ふ」の謙譲語]
 「お仕へ申し上げる」
 
降る雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか(万17-3944)
〔他動詞ラ行四段〕
[「す」「なす」「作る」「行ふ」などの動詞の代りに用いられて謙譲の意を表す]
 「お~申し上げる」「お~する」

【参考】
上代にのみ用いられ、中古以降にはその音便形「つかうまつる」、その省略形「つかまつる」が用いられた。「他動詞」は、他の動詞の代りに用いられる用法なので、、その場に応じた訳語をあてる。
 
-つれもなき 城上の宮に 大殿を 仕へまつりて 殿隠り-(万13-3340)
   つかる  疲る  〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
ぐったりする。疲労する。
見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに(万2-164)
   つき   〔名詞〕
① 月。特に、秋の澄んだ月。
② 時間の単位。陰暦で、月がまったく見えない夜から、次の見えない夜までの期間を言う。二十九日または三十日で一か月となり、十二か月または十三か月で一年となる。
北山にたなびく雲の青雲の星離り行きを離れて(万2-161)
   つく    付く・着く
 就く・即く
  
〔自カ行四段〕
① 接する。付着する。
②(心につく、の形で)気に入る。ぴったり合う。
③ つき従う。寄り添う。また、妻になる。
④ 起こる。あらわれる。
⑤ 味方する。くみする。
⑥ 身を置く。安定する。着座する。とどまる。
⑦(態度が)決まる。はっきりする。
⑧ 加わる。添う。生じる。
⑨(多く「憑く」と書く)神や物の怪などがとりつく。のりうつる。
⑩ 身につく。そなわる。⑪ 火がつく。燃え移る。
⑪ 届く。到着する。⑫ 即位する。ある身分になる。⑬ 色が移る。染まる。
藤原の大宮仕へ生れつくや娘子がともは羨しきろかも(万1-53)
① 旅とへど真旅になりぬ家の妹が着せし衣に垢付きにかり(万20-4412)
⑨ 玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに(万2-101)
⑪ -冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の -(万2-199)
⑫ -東宮をたがひにゆづりて、位につき給はで-(古今・仮名序)
⑬ 綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背(万1-19)
〔他カ行四段〕
①(知識・能力などを)身に付ける。自分のものとする。
② 名前をつける。命名する。
〔他カ行下二段〕
① 接触させる。付着させる。つける。
② 従わせる。つき添わせる。尾行させる。
身につける。着る。④ 託す。ことづける。⑤ 加える。添える。
⑥ 名前をつける。命名する。⑦ 点火する。燃えつかせる。
⑧ 心や目を向ける。関心を払う。⑨ 形を残す。記す。書きつける。
⑩ 和歌、俳諧などで、上の句または下の句を詠み添える。
⑪ 別な事柄と結びつける。関連させる。応ずる。
⑫(他の動詞の連用形の下に付いて)習慣になっている状態をいう。
「いつも~する。~しなれる。~しつける。」
①-奥山の 賢木の枝に しらか付け 木綿取り付けて 斎瓮を-(万3-382)
③ 夏草の露別け衣着けなくに我が衣手の干る時もなき(万10-1998)
④ 常陸指し行かむ雁もが我が恋を記して付けて妹に知らせむ(万20-4390)
⑪ 心に思ふことを、見るもの聞くものに
つけて言ひ出だせるなり(古今仮名序)
   つぐ  次ぐ・継ぐ・
接ぐ
〔自動詞ガ行四段〕
① 連続する。続く。② 次に位置する。
① うつつには逢ふよしもなしぬばたまの夜の夢にを継ぎて見えこそ(万5-811)
〔他動詞ガ行四段〕
① 継続する。続ける。② つなぐ。③ 相談する。あとを継ぐ。
④ 維持する。保つ。⑤ 繋ぎ合わせる。⑥ 注ぎ入れる。
⑦ 「切る」の忌み詞。
① 妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
   [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを](万2-91)
   つくよ   月夜  〔名詞〕[「つく」は「つき」の古形。
① 月。月の光。② 月夜。月の明るい夜。
① 海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ(万1-15)
② 春日山霞たなびき心ぐく照れる月夜にひとりかも寝む(万4-739)
 
   つくる   作る・造る  〔他動詞ラ行四段〕
①(建物・器物などを)こしらえる。建造する。
② する。行う。③ 田畑を耕す。耕作する。④ 育てる。栽培する。
⑤ 料理する。⑥(文章や詩歌などを)書く。創作する。
⑦ 似せる。よそおう。とりつくろう。
 
① 八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣つくるその八重垣を(記上)
① -真木のつまでを 百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば-(万1-50)
① - 通ひつつ 作れる家に 千代までに いませ大君よ 我れも通はむ(万1-79)
③ 足引きの山田作る子秀でずとも縄だに延へよ守ると知るがね(万10-2223)
⑦ -庭を秋の野につくりて-(古今秋上詞書-248)
   つしま  対馬 〔地名〕旧国名。「西海道」十二ヶ国のひとつ。大陸渡航の要衝の島。
今の長崎県に属する。対州(たいしゆう)。
在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね(万1-62)
   つつ  つつ 〔接続助詞〕
① 同じ動作・作用が繰り返し行われる意(反復)を表す。
「~し、また~して。~ては、~して。」
② 動作・作用が引き続いて行われる意(継続)を表す。
「~し続けて。」
③ 二つの動作・作用が同時に行われる意(並行)を表す。
「~とともに。~ながら。」
④ 複数のものが同時にその動作を反復する意を表す。
「それぞれ~(し)て。みんなが~(し)ながら。」
⑤ 前文と後文を単純に接続する。接続助詞「て」と同じ用法。「~て。」
⑥「①」の反復の用法であるが、「つつ」が打消しの表現を導くときは、逆接のようになる。「~ながらも」
⑦ 反復・継続の意で、和歌の文末に用いられた場合は、後文を言い指して、余情をこめる。「~ことだ」
〔接続〕動詞・助動詞の連用形に付く。
①-八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし- (万1-79)
② 後れ居て恋ひ
つつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背 (万2-115)

③ 我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る(万3-456)
⑥ 我がここだ待てど来鳴かぬ霍公鳥ひとり聞きつつ告げぬ君かも (万19-4232)
⑦ きみがため春の野にいでてわかなつむ我が衣手に雪はふりつつ (古春上-21)

〔文法〕上代に多く用いられたが、中古以降は、次第に「ながら」にとって代わられた。①②の意味が基本的であり、他はそれから派生したものと考えられる。①と②の違いは、上にくる語による。「取る」のように瞬間的な動作を表す語の場合は①に、「思ふ」のように状態を表す語の場合は②になる。なお、【文法例歌】の例は、「住まひ」が状態を表す語である「住む」の未然形「住ま」に上代の反復・継続を表す助動詞「ふ」の連用形「ひ」が付いたものであるから、当然②の用法と考えられるが、現代語訳で「地方に五年間住み続けていて」とするのは、反復・継続の「ひ」と「つつ」とを重ねて「つづけつづけて」と訳す不自然さを避けたものである。

【文法・例】天離る鄙に五年住まひつつ都のてぶり忘らえにけり(万5-884)
   つつみ      〔名詞〕① 土手。堤防。② 土俵。  -藤井が原に 大御門 始めたまひて 埴安の の上に あり立たし-(万1-52)
   つつむ  障む・恙む 〔自動詞マ行四段〕
障害にあう。妨げられる。病気・けがなどがあって慎んでいる。
青海原風波靡き行くさ来さつつむことなく船は速けむ(万20-4538)
   つつむ  包む・裏む 〔他動詞マ行四段〕
① 中に入れる。覆い囲む。
② 隠す。秘める。
② たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに(万13-3299)
   つとむ  勤む・務む 〔他動詞マ行下二段〕【メ・メ・ム・ムル・ムレ・メヨ】
① 努力して行う。② 自愛する。大事にする。③ 勤務する。奉公する。
④ 仏教修行にはげむ。勤行する。
① 磯城島の大和の国に明らけき名に負ふ伴の男心つとめよ(万20-4490)
② 我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背
つとめ給ぶべし(万2-128)
   つね       〔名詞〕
① 普段。通例。② 普通。当り前。並。いつも。
 
  
〔名詞・形容動詞ナリ活用〕同じ状態にあること。変わらないこと。  ② 川の上のゆつ岩群に草生さずにもがもな常処女にて(万1-22)
 つねに   常に  〔副詞〕
① いつも。始終。② いつまでも変らず。永久に。
  
① あしひきの山霍公鳥汝が鳴けば家なる妹し常に偲はゆ(万8-1473)
② -日の御蔭の 水こそば つねにあらめ 御井のま清水(万1-52)
② 我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため(万3-335)
 
 つねにもがもな   常にもがもな 〔成り立ち〕
形容動詞「
常なり」の連用形「常に」+願望の終助詞「「もがも」+詠嘆の終助詞「な」。
永久不変であったらいいなあ
川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて(万1-22) 
   つの(つぬ)   〔名詞〕つの。 【角の浦廻   
    〔名詞〕綱 (つな) の古名。 栲 (たく) つのの白き腕 (ただむき) (記・上)
   つのさはふ  つのさはふ 【枕詞】「いは」にかかる。 つのさはふ 余の道を 朝さらず 行きけむ人の 思ひつつ (万3-426)
   つばき  椿 〔名詞〕
① 樹木の名。早春に開花。種子から椿油をとる。 [
]
②「襲(かさね)の色目」の名。表が蘇芳(すおう)で裏は赤。
 (一説に、裏は紅とも)。冬期に用いた。
① 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(万1-54)
① 我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73)
   つばら   委曲  〔形容動詞ナリ活用〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
つばらか」に同じ。
-道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを -(万1-17) 
   つばらか    委曲か  〔形容動詞ナリ〕「つばら」とも。
① 詳しいさま。細かいさま。
② 思い残すことのないさま。十分なさま。
 
① -さやに照らして いふかりし 国のまほらを つばらかに-(万9-1757)
② 奥山の八つ峰の椿つばらかに今日は暮らさね大夫の伴(万19-4176)
 
   つひに  終に・遂に  〔副詞〕[名詞「終 (つひ) +格助詞「に」] 
① 結局。終りに。最後に。とうとう。
② (多く下に打消し語を伴って) 最後の最後まで。
③ (打消しの語を伴って) いまもって。まだ一度も。ついぞ。
① 息さへ絶えて 後つひに 命死にける 水江の 浦島の子が(万9-1744)
② 我がゆゑにいたくなわびそ後
つひに逢はじと言ひしこともあらなくに (万12-3130)
   つま    ・夫 [夫]妻から夫を呼ぶ称 =せ
[妻]夫から妻を呼ぶ称 =いも
  「(つま)端」の意から着物の襟先から下の縁  
  ① はし、縁、きわ。② 軒のはし、軒ば。③ 端緒、手掛かり、きっかけ。 ② 流らふるつま吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ(万1-59)
   つまごひ  妻恋ひ・夫恋ひ 〔名詞・自動詞サ変〕
夫が妻を、または妻が夫を恋しく思うこと。
また雌雄が相手を恋い慕うこと。
秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上(万1-84)
春の野にあさる雉の妻恋ひにおのがあたりを人に知れつつ(万8-1450)
   つまごもる  妻隠る 〔自動詞ラ行四段〕(夫婦または雌雄が) いっしょにこもり住む。
【枕詞】
夫婦でこもる「屋」から「や」と同音を持つ地名「矢野」「屋上(やかみ)」にかかる。地名「小佐保(をさほ)」にもかかるが、掛かり方は未詳。
-妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の-(万2-135)
妻ごもる矢野の神山露霜ににほひそめたり散らまく惜しも(万10-2182)
つまごもる小佐保を過ぎ」(武烈紀)
   つまで   嬬手  〔名詞〕[「つま」は稜角(りょうかく)、「で」は材料の意]
 角のある荒削りの材木。角材。
 
-田上山の 真木さく 桧のつまでを もののふの 八十宇治川に-(万1-50) 
   つむ  積む  〔自動詞マ行四段〕
積もる。たまる。積もる。
〔他動詞マ行四段〕
① 積み重なる。重ねる。② (船や車などに荷を) 載せる。
 
  
   つもる   積もる  〔自動詞ラ行四段〕
① 積み重なる。かさむ。② 量が増える。たまる。
〔他動詞ラ行四段〕
① あらかじめ計算する。見積もる。推測する。
② 見透かしてだます。一杯くわせる。見くびる。
 
① -山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに-(万1-17)  
   つゆ   名詞
① 大気中の水蒸気が水滴になり、草木の葉などについたもの。つゆ。
② (露の量のわずかなことから) わずか。ほんの少し。
③ (露が消えやすいことから) はかなく消えやすいこと。もろいこと。
④ 涙をたとえていう語。
⑤ 狩衣・水干・直垂 (ひたたれ) などの袖括りの紐の垂れ下がった部分。
① 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁に我が立ち濡れし(万2-105)
③「つゆの命 (露のようにはかなく消えやすい命。露命<ろめい>)」
③「つゆの世 (露のようにはかない世。無常の世)」など 
④「つゆの宿り (露の置く所。涙で濡れる所)」など
〔副詞〕
① ほんの少し。ごくわずか。程度の甚だ少ないさまを表す。
② (下に打消の語を伴って) 少しも。まったく。全然。
   つゆじも  露霜 〔名詞〕「つゆしも」とも。
① 露と霜。あるいは、単に露。
 また、露が凍って薄い霜のようになったもの。〔秋〕
② 年月。
① 妻恋ひに鹿鳴く山辺の秋萩は露霜寒み盛り過ぎゆく(万8-1604)
② -
露霜は改まるとも、松吹く風の散り失せず-(古今仮名序)
   つゆしもの  露霜の 【枕詞】「消(け)」「置く」「秋」などにかかる。 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび-(万2-131)
   つらつら   つらつら  〔副詞〕念を入れて思案するさま。よくよく。つくづく。  巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(万1-54) 
   つらつらつばき  列列椿  〔名詞〕たくさん並んで枝葉の茂った椿。「つらつら」を引き出す序詞。  川上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は(万1-56) 
   つらを  弦緒 弓に弦を取り付けること。弓のつる。弓弦 (ゆづる)。 梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く(万2-99)
       〔名詞〕
① 手。腕。手首。② 手の指。③ 器具の取っ手。柄。④ 部下。手下。
⑤ 文字。筆跡。⑥ 芸能の型。手振り。所作。⑦ 腕前。技量。
⑧ 手立て。方法。手段。⑨ 奏法。調子。また、演奏される曲。
⑩ 手しおにかけること。世話。手数。⑪ 方角。方面。⑫ 手傷。負傷。

 
① -我が恋ふる君 玉ならば に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく-(万2-150)  
【「男手」と「女手」】
「手」には、「文字」や「筆跡」の意味がある。「手習ひ」は、文字を書くことの練習を意味している。「男手、「女手」というのは、男の書く文字、女の書く文字の意であるが、要するに漢字と平仮名のことである。「草(さう)の手」と呼ばれるものもあった。いわゆる草書(そうしょ)のことで、「男手」「女手」のちょうど中間に位置するものである。
     
 [主要助詞一覧]
   
   〔格助詞〕(上代東国方言)格助詞「と」の転。同義。
〔接続〕文の終止形に付く。特に引用を受ける。
父母が頭掻き撫で幸くあれ言ひし言葉ぜ忘れかねつる(万20-4370)
接続助詞〕完了の助動詞「つ」の連用形「て」の転。
① 物事の起こる順序を表わす。~て、それから。そうして。
② 原因・理由を表わす。~のために。~ので。
③ 逆接の条件を表わす。~のに。~けれども。~ても。
④ 仮定条件を表わす。もし~したら。
⑤ 上下の語句を結ぶ。並列。⑥ ~のさまで。~のまま。状態。
⑦「思ふ」「覚ゆ」「見ゆ」などの知覚する内容を表わす。~かのように。
⑧ 補助用言に続く。本来は叙述を確実にするためであったが、その意を失って単に添えて用いる。
〔接続〕
用言・助動詞 (「なり」「たり」の形のものを除く) の連用形に付く。
〔語法〕本来完了の助動詞「つ」から転じたものであるから、中古には完了の意味の名残もあるが、まず接続の上で、形容詞にそのまま付き、意味も原因・理由をはじめとし、逆接の意を表わすなど、助動詞とはっきりと区別される。⑤は対句表現のものが多く、⑥は形容詞の連用形に多い用法。⑧は「あり」「はべり」を下に伴うことが多い。

① 春過ぎ夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山(万1-28)
① 我が背子を大和へ遣るとさ夜更け
暁露に我が立ち濡れし(万2-105)

② 我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えよに忘られず (万20-4346)
⑥ 大船の津守が占に告らむとはまさしに知り
我がふたり寝し(万2-109)





【参考】
形の上から助動詞「て」と助詞「て」を区別する場合、
「(て) む」・(て) けり・(て) き・(て) まし・(て) けむ」のように助動詞に、また「(て) ば・(て) ふ・(て) よ」のように助詞に続く「て」を助動詞、「に (て)」と「と (て)」のように助詞の下につく「て」を助詞とする。
完了の助動詞「つ」の未然形。
完了の助動詞「つ」の連用形。未然形。
   ては   ては  〔接続詞「て」+係助詞「は」〕
① 仮定の意を表す。
 ~たらば。~たら。
② ある事実のもとで、必然的に別の事態が導かれることを表す。
 ~たからには。~た以上は。
③ ある事実のもとでは、常に同じ結果の起こることを表す。
 ~ときはいつも。~と。
④ 動作・作用の反復を表す。
 ~たかと思うと。~と。
⑤ 特に取り立てて言う。口語の「ては」に同じ。

〔接続〕活用語の連用形に付く。
〔参考〕「ては」を一語とみる考え方もある。
 
② -草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ- (万1-16) 
   ても  ても  〔接続詞「て」+係助詞「も」〕
①「て」で受けた語句の意味を「も」で強めながら下に続ける。
 ~ても。~て。~てまあ。
②「も」の働きで、上の語句を逆接的に下に続ける。
 ~ても。~のに。~にもかかわらず。
③ 逆接の仮定条件を表す。
 たとえ~しても。~たとしても。

〔接続〕活用語の連用形に付く。
 
②-山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず -(万1-16) 
           連体修飾語を受け、多く「とに」の形で用いる)
① ~するとくに。~するところに。
②(否定表現を受けて)~うちに。
① 龍田山見つつ越え来し桜花散りか過ぎなむ我が帰るとに(万20-4419)
② 他国は住み悪しとぞ言ふ速けく早帰りませ恋ひ死なぬとに(万15-3770)
〔副詞〕[副詞「かく(かう)」と対で用いられることが多い]
そのように。あのように。
三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長く思ひき(万2-157)
格助詞
① 動作を共同して行う者を表わす。~と。~とともに。~と一緒に。
② 動作の相手を表わす。~と。~を相手にして。
③ 比較の基準を表わす。~と。~と比べて。~に対して。
④ 人の言葉や思うことなどを直接受けて、引用を表わす。
「言ふ・聞く・思ふ・見ゆ・知る」などの動詞へ続けて、その内容を示す。
⑤「~と言って」「~と思って」「~として」などの意で、あとに続く動作・状態の目的・状況・原因・理由などを示す。
⑥ 擬声語・擬態語を受ける。
⑦(多く「~となる」の形で)変化した結果、ある状態になる意を表わす。~に。
⑧ 比喩を表わす。~のように。~と同じに。~として。
⑨ 直接、断定の助動詞「なり」に続いて、「~というの(である)」「~と思うの(である)」などの意を表わす。「~とならば」「~とにあり」「~となり」などの形をとり、「と」と「なり」の間に「思ふ」「言ふ」「する」などが省略されたもの。
⑩ 体言またはそれに準ずるものを並列する。
⑪ 同じ動詞の間において、意味を強める。上に来る動詞は連用形。
〔接続〕体言、体言に準ずる語、⑪の場合は動詞の連用形、④の引用の場合には文の言い切りの形に付く。
① 妹してふたり作りし我が山斎は木高く茂くなりにけるかも(万3-452)
④ 我れはもや安見児得たり皆人の得かてにす
いふ安見児得たり (万2-95)
④ 大船の津守が占に告らむ
はまさしに知りて我がふたり寝し(万2-109)
④ ―石見の海 角の浦廻を 浦なし 人こそ見らめ― (万2-131)
⑤ あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘る
思ふな(万1-80)
⑤ ますらをや片恋せむ
嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
⑤ 風流士
我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士(万2-126)
⑤ うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背
我が見む(万2-165)

⑥ -夜はすがらに この床の ひし鳴るまで 嘆きつるかも(万13-3284)
⑦ 我が背子を大和へ遣る
さ夜更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)

⑧ 熟田津に船乗りせむ月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(万1-8)
⑨-常世辺に また帰り来て 今のごと 逢はむならば この櫛笥- (万9-1744)
〔接続助詞〕逆接の仮定条件を表わす。~ても。たとえ~ても。
〔接続〕
動詞・形容動詞・助動詞(形容詞型活用・打消の「ず」の連用形に付く。
      〔接続助詞〕
① 逆接の確定条件を表す。現にその事実がありながら、予想に反した結果が現れることを示す。~けれども。~のに。~だが。
② 逆接の恒常条件を表す。現にその事実があるわけではないが、その事実が現れた場合でも、必ずその事実から予想される事態に反する結果になることを示す。~ても(やはり)。~ときでも。
〔接続〕活用語の已然形に付く。
① 人皆は今は長しとたけと言へ君が見し髪乱れたりとも [娘子](万2-124)
① 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめ道の知らなく (万2-158)
② 大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れ
家し偲はゆ(万1-66)
② ふたり行け
行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ(万2-106)


 〔参考〕「ど・ども」は、ほぼ同じ意味に用いられる。ただし、平安時代では女性の書いた文章に、「ども」に比して「ど」が圧倒的に多く使われる。ところが鎌倉時代に入ると、「むしろ」「ども」が一般的に使われるようになり、「ど」が減少する。
   とき     〔名詞〕
① 月日の移り行く間。時間。
② 一昼夜を区分した時間の単位。一昼夜を二時間ずつに十二等分して一時(いっとき)とし、そのそれぞれに十二支を配した。また江戸時代、民間では日の出・日の入りを基準として昼夜に分け、それぞれを六等分する実用的な時法も行われた。
③ 時代。治世。④ 季節。時候。時節。⑤ 場合。おり。
⑥ 時勢。世の成り行き。⑦ よい機会。好機。⑧ その頃。当時。
⑨ その場。一時。当座。
⑩ 勢いがあり、盛んな時期。羽振りのよいおり。
 
① 妹が見しやどに花咲きは経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに(万3-472)
④ 日並の皇子の命の馬並めてみ狩り立たししは来向ふ(万1-49)
⑦ 天の川八十瀬霧らへり彦星の待つ舟は今し漕ぐらし(万10-2057)
⑦ 天の川八十瀬霧らへり彦星の待つ舟は今し漕ぐらし(万10-2057)
なりくる人の、にはかになくなりて嘆くを見て、
  みずからの、嘆きもなく、喜びもなきことを思ひてよめる (古今雑下-967詞書)
   ときじ  時じ   〔形容詞シク活用〕
《上代語》「じ」は形容詞をつくる接尾語で、打消しの意を含む。
① その時節にはずれている。その時期でない。
② 時節に関係がない。いつもある。
 
① 我が宿の時じき藤のめづらしく今も見てしか妹が笑まひを(万8-1631) 
②-白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ-(万3-320)
   ときじく   時じく   〔形容動詞ナリ活用〕形容詞「時じ」の連用形から。
時期に関係ないさま。いつまでも。
 
橘は花にも実にも見つれどもいや時じくになほし見が欲し(万18-4136) 
   ときなし   時無し  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
いつと決まったときがない。いつもである。絶え間がない。
 
み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間無くぞ 雨は振りける(万1-25)
   とく     解く  〔他動詞カ行四段〕
① 結び目をほどく。② (髪など)乱れもつれたものを整える。とかす。
③ 知る。さとる。答を出す。
④ [「溶く」とも書く] 固形のものを液状にする。とかす。
① -大刀(たち)が緒(を)もいまだ解かずて-(記上)
④ 袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風や
とくらむ(古今春上-2)
〔自動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 結び目がほどける。② 職をはなれる。解任になる。
③ 心の隔てがなくなる。打ち解ける。安心する。
④ [「溶く」とも書く] 固形のものを液状になる。とける。
① 我妹子し我を偲ふらし草枕旅のまろ寝に下紐解けぬ(万12-3159)
② 左近の将監(しやうげん)
解けて侍りける時に(古今雑下・詞書)
③ 磐代の野中に立てる結び松心も
解けずいにしへ思ほゆ(万2-144)
④ 谷風に
とくる氷のひまごとに打ち出づる波や春のはつ花(古今春上-12)
 説く 〔他動詞カ行四段〕説明する。解説する。言い聞かせる。  
 疾く 〔副詞〕[形容詞「疾(と)し」の連用形から]
① 早く。すみやかに。さっそく。
② すでに。とっくに。
 
   とこなめ  常滑 あ川岸や川底の、苔など生えてつるつるした所  
   とこよ   常世  〔名詞〕
① [多く(とこよ)の形で、副詞的に用いて]
 永久に変わらないこと。不変。
②「常世の国」の略。
 
① 我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき(万3-449)
②-神の大御代に 田道間守
常世に渡り 八桙持ち 参ゐ出来し時- (万18-4135)
   とこをとめ  常少女 「とこ」は永久不変の意。いつまでも年を取らない美しい少女。 川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常少女にて(万1-22)
   とし   年・歳  〔名詞〕
① 一年。十二ヶ月。② 多くの歳月。世。③ 季節・時候。
④ 年齢。よわい。⑤ 穀物。特に、稲。また穀物の実り。
 
① 新しきの初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事(万20-4540)
② 白波の浜松が枝の手向けぐさ幾代までにか
の経ぬらむ [一云 年は経にけむ]
  (万1-34)
⑤ 我が欲りし雨は降り来ぬかくしあらば言挙げせずとも
は栄えむ (万18-4148)
 
   とぞ(とそ)   とぞ  〔なりたち〕格助詞「と」+係助詞「ぞ」
① [文中に用い]
 「と」の受ける内容を強める。
② [文末に用い、「言へる」などの結びが失われて]
  ~ということだ。
 
① ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君の形見とぞ来し(万1-47) 
   とふ  問ふ・訪ふ 〔他動詞ハ行四段〕
① 尋ねる。聞く。② 安否を問う。気づかう。
③ 取り調べる。問いただす。④ 訪問する。見舞う。
⑤ とむらう。死者の霊を慰める。
 
② 「さねさし相模(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも」(記中)
   とぶとりの  飛ぶ鳥の 【枕詞】「明日香」にかかる。

飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ(万1-78)

[四音]にもとづく「訓」
 とぶとり あすかのさとを おきていなば きみがあたりは みえずかもあらむ
   とほし   遠し  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 距離や時間が非常に離れている。遠い。② 疎遠だ。親しくない。
③ 関心がない。気が進まない。④ 関係がない。縁が薄い。

「とほし」と「はるけし」の違い】⇒「はるけし
「とほし」は、ある地点からの距離、時間の隔たりの大きいことをいう。「はるけし」もまた、隔たりの大きさという意味においては同じだが、「とほし」が客観的な意味合いが濃いのに対して、「はるけし」は、その地点にまでなかなか行き着くことができなという、主観的な意味合いの濃い語として使われる。
① 我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
① 采女の袖吹きかへす明日香風都を
遠みいたづらに吹く(万1-51)
  [「遠み」ミ語法]

① 天地の 遠き初めよ 世間は 常なきものと 語り継ぎ -(万19-4184)
   とほす  通す・徹す 〔他動詞サ行四段〕
① 端から端までとどかせる。通じさせる。また、通り抜けさせる。貫く。
② (ある期間を) 継続させる。越す。
③ 透き通す。すかす。
④ 通行させる。往来させる。
⑤ (動詞の連用形の下について) しとげる。やりとおす。
③ 玉垂の小簾の間通しひとり居て見る験なき夕月夜かも (万7-1077)
   どほつかみ   遠つ神  【枕詞】「おほきみ」にかかる。
遠い昔の天つ神のようなの意。天つ神の血筋を受ける天皇を尊んで言う
住吉の岸の松原遠つ神我が大君の幸しところ(万3-298) 
   とほる  通る 〔自動詞ラ行四段〕
① 通行する。往来する。
② [「徹る」とも書く] つきぬける。通じる。
③ 達せられる。やり遂げられる。
④ [「透る」とも書く] 透き通る。
⑤ 察知する。理解する。
 
① 若ければ道行き知らじ賄はせむ黄泉の使負ひて通らせ (万5-910)
②「すなはち矢、きじの胸より
とほりて、遂に天つ神のみもとに至る」(紀神代)
④「そのうるはしき色、衣(そ)より
とほりて晃(て)れり」 (紀允恭) 
   とまり  止り・留まり 〔名詞〕
① とまること。② 終り。果て。
③ 最後まで連れ添うこと。また、その人。本妻。
② 年毎にもみぢ葉流す竜田川みなとや秋のとまりならむ(古今秋下-311)
 泊り 〔名詞〕
① 泊ること。宿泊。② 船着き場。港。③ 宿る場所。宿屋。
② 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に(万2-122)
② かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを (万2-151)
   とも   友・伴  〔名詞〕
① 親しい仲間。友人。連れ。
同一集団の人々。連中。
 
藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも(万1-53)
① さ夜中に呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな(万4-621)
②-空言も 祖の名絶つな 大伴の 氏と名に負へる 大夫の(万20-4489)
 
  〔名詞〕
弓を射るとき、左の手首に結びつける革製の道具。
手首の保護や手首につけた「釧(くしろ)」の保護の為に用いる。
ますらをのの音すなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
    とも    とも   〔接続助詞〕
① 逆接の仮定条件を表す。たとえ~にしても。
② 事実そうであったり、そうなるのが確実な事柄について、仮に仮定条件で表して意味を強める。「(~ではあるが)たとえ~でも。」
接続〕動詞・形容動詞・助動詞(動詞・形容動詞型活用)の終止形、形容詞・助動詞(形容詞型活用・打消「ず」)の連用形に付く。鎌倉時代以降は、動詞・形容動詞・助動詞(動詞・形容動詞型活用)の連体形に付く場合もある。
① 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも (万2-114)
② 居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降る
とも(万2-89)
〔終助詞〕(格助詞「と」に係助詞「も」の付いたもの。
相手の言葉に応じて同意する意を表す。もちろん~さ。~だとも。
接続〕活用語の終止形に付く。
〔参考〕 室町時代以降に用いられた。
①「と」の受ける部分の意味をやわらげたり、含みを持たせたりする。
「~とも」
② 同じ動詞・形容詞を重ねてその間に置いて、意味を強める。
接続〕格助詞「と」と同じ。ただし②の用法は、「と」では動詞の連用形+「と」に限られるが、「とも」ではシク活用形容詞の終止形も受ける。
   ども   ども  〔接尾語〕
①(体言に付いて)同類のものの複数を表わす。
「~ら。~いくつか。~の多く。」
②(自然の語に付いて)謙譲の意を表わす。
③(人物を表わす単数の体言に付いて)低く待遇し、いやしめたり親しさを示したりする意を表わす。
参考 同類の接尾語「たち・ばら」は人間だけに用いるのに対して、「ども」人間以外の事物にも広く用いる。
① 山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(万1-81)
接続助詞〕接続助詞「ど」に係助詞「も」の付いたもの。
① 逆接の確定条件。~けれども。~のに。~だが。
② 逆接の恒常条件。たとえ~ても(やはり)。~ときでも。
〔接続〕活用語の已然形に付く。
① -天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は -(万1-29)
① 梓弓引かばまにまに依ら
ども後の心を知りかてぬかも [郎女](万2-98)
① ますらをや片恋せむと嘆け
ども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)

② 梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも(万2-98)
   ともし   乏し  〔形容詞シク活用〕
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ
不十分である。少ない。② 貧しい。貧乏である。
 
① 海 山も隔たらなくに何しかも目言をだにもここだ乏しき(万4-692) 
 羨し  〔形容詞シク活用〕
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ

① その欲望がなくならない。そうしたい。② うらやましい。
③ 珍しい。飽きることがない。

【参考】
動詞「求(と)む」と関係のある語か。求めていたいさまの意から不足しているの意にも、またそれを欲している意にもなったものか。
① 見まく欲り来しくもしるく吉野川音のさやけさ見るにともしく (万9-1728)
②「日下江(くさかえ)の入り江の蓮(はちす)花渾身の盛り人ともしきろかも」(記下)
② 藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも(万1-53)
坂越えて安倍の田の面に居る鶴の
ともしき君は明日さへもがも (万14-3544)
   とよはたくも   豊旗雲  〔名詞〕旗が靡いているような美しく大きな雲。

【有斐閣「万葉集全注」】
「豊旗雲」は旗(吹き流し)のように横にたなびくめでたい雲。「豊」は呪的なほめ詞。「豊」の付く語はすべて呪的な讃美が籠められており、日常性と強い線を画する。「豊葦原」「豊栄登」「豊御酒」など。
 
海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ(万1-15)

 →「わたつみ
 
   とり   〔名詞〕① 鳥類の総称。② 特に鶏。③ 特に雉。 ① 世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつにしあらねば (万5-897)
   とりじもの   鳥じもの  【枕詞】
鳥のようなものの意から、「浮き」「朝立ち」「なづさひ」にかかる。
 
鳥じもの海に浮き居て沖つ波騒くを聞けばあまた悲しも(万7-1188)
-白栲の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちいまして-(万2-210)
-稲日都麻 浦廻を過ぎて 鳥じもの なづさひ行けば-(万4-512)
 
   とりなづ   取り撫づ   〔他動詞ダ行下二段〕【デ・デ・ヅ・ヅル・ヅレ・デヨ】
手に取ってなでる。大事にする。
やすみしし 我が大君の 朝には 取り撫でたまひ 夕には(万1-3) 
   とりむく  取り向く 〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
手に取り、その方へ向けてさし出す。手向ける。
在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね(万1-62)
-石田の杜の すめ神に 幣取り向けて 我れは越え行く 逢坂山を (万13-3250)
   とりはく  取り矧く 〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
弓に弦を取り付ける。取り
梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く [禅師](万2-99)
   とりよろふ   とりよろふ  〔自動詞ハ行四段〕《上代語》語義未詳。整い備わる意か。 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山-(万1-2)
   とる   取る・執る・採る・捕る  〔他動詞ラ行四段〕
① 持つ。掴む。手にする。②捕まえる。捕える。③手に持って扱う。
④ 収穫する。採集する。⑤自分のものにする。支配する。領有する。
⑥ 奪う。取り上げる。没収する。⑦選び出す。採用する。⑧推量する。
⑨(多く、「~にとりて」「~にとって」の形で)関連させる。
 
① 稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ (万14-3478)
③ 白波の寄する礒廻を漕ぐ舟の楫
取る間なく思ほえし君(万17-3983)
④ 妹がため菅の実とりに行くわれは山道に惑ひこの日暮らしつ (万7-1254)
 
五十音index
                                          〔副詞〕動詞の連用形の上について、動作を禁止する。
上代には下に「そ」の欠ける場合も見られる。
     
思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ(万2-140)
我が背子が振り放け見つつ嘆くらむ清き月夜に雲たなびき(万11-2677)
〔格助詞〕上代格助詞「の」の連体修飾語の用法に同じ。 「水門みと」「水源みもと」
かひにもとな懸かりて安眠し寝さぬ (万5-806)
〔格助詞〕上代東国方言の「に」の転。 草かげの安努行かむと墾りし道案努は行かず荒草立ちぬ(万14-3466)
係助詞〕「は」の転。(・・・は)  
終助詞〕(上代)
① 自己の意志・希望を表わす。「・・しよう」
② 他への勧誘・あつらえを示す。「(さあ・・・(し) ようよ)」
③ 他に対する願望・期待を表す。「・・・(し) てほしい」

〔接続〕
動詞および動詞型活用の助動詞の未然形に付く。
① 熟田津の船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎいで(万1-8)
① 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲は
巨勢の春野を(万1-54)
① 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りな
言痛くありとも (万2-114)
① 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りて
(万2-121)

① 生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくあら (万3-352)
① 今知らす久迩の都に妹に逢はず久しくなりぬ行きて早見
(万4-771)

② 君が代も我が代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びて(万1-10)
③ 道の中国つみ神は旅行きもし知らぬ君を恵みたまは
(万17-3952)
〔終助詞〕
① 感動や詠嘆の意を表わす。「なあ。・・たことだなあ。」
② 念を押す意を表す。「・・・(だ) ね。・・・ぞ。」
① 花の色はうつりにけりいたづらに我が身世にふるながめせしまに (古春下-113)
打ち消しの助動詞「ず」の未然形の古形。
準体助詞「く」や終助詞「な」に連なる。
妹が見し棟の花も散りぬべしわが泣く涙いまだくに(万5-802)
完了の助動詞「ぬ」の未然系。 いざ桜我も散りむひとさかり有りば人にうきめ見えなん(古春下-77)
秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄り
な言痛くありとも(万2-114)
〔終助詞〕強い禁止の意を表す。「・・・(する)な」

〔接続〕
動詞・助動詞の終止形に付く。
ただし
「ラ変型活用」の語には連体形に付く。

【参考】
同類の禁止の表現には副詞「な」と終助詞「そ」が呼応した「な・・・そ」があるが、その方が穏やかで柔らかい言い方である。
我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるゆめ(万1-73)
あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふ
(万1-80)
   〔名詞〕・茎などを食用とする草の総称。  -この岡に 摘ます子-(万1-1)
  〔名詞〕
① 名前・呼び名。
②うわさ・評判・名声。
③ 名ばかりで実質が伴わないこと。名目。虚名。
 
② 玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君がはあれど吾がし惜しも(万2-93)
  〔名詞〕魚・鳥獣の肉・野菜など、酒・飯に添えて食べるもの。副食。  
  〔名詞〕食用とする魚。 足姫神の命の釣らすとみ立たしせりし石を誰れ見き [一云 鮎釣ると] (万5-873)
  〔名詞〕「ついな」に同じ。  
  〔代名詞〕
対称の人名代名詞。自分より目下の者や親しい人に対して用いる。おまえ。あなた。
近江の海夕波千鳥が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(万3-268)
   ながし  長し・永し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
① (距離的に) 隔たりが大きい。
② (時間的に) 隔たりが大きい。
③ 心がのんびりしたさま。心変わりしないさま。
① 人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも [娘子](万2-124)
② 栲縄の
長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ(万4-707)
③ 咲く花もをそろはいとはしおくてなる
長き心になほしかずけり(万8-1552)
   ながす   流す  〔他動詞サ行四段〕
① 流れるようにする。浮べ漂わす。
② (涙や汗などを)こぼす。
③ 流罪にする。左遷する。
④ 世間に噂を広める。流布させる。
 
①-もののふの 八十宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると-(万1-50)
① としごとにもみぢば流す竜田川水門や秋のとまりなるらむ(古今秋下-311)
 
   ながら   ながら  〔接続助詞〕
① [体言、動詞の連用形などの下に付いて、そのありさまや状態を変えないで、ある動作が行われることを表す]
 「~のままで」「~のままの状態で」
② [動詞の連用形の下に付いて、二つの動作が同時に並行して行われることを表す]
 「~ながら」「~つつ」
③ [動詞の連用形、体言、形容詞・形容動詞の語幹 (シク活用形容詞は終止形) などの下に付いて、逆接的に前後をつなぐ意を表す]
 「~ても」「~のに」「~けれども」「~ものの」
④ [体言の下に付いて、そのものの本性のままの状態である意を表す]
 「~のままに」「~のままで」
⑤ [おもに体言の下に付いて、その条件を変えず、すっかりそのままである意を表す]
 「~のままで」「すっかりそのままで」

〔接続〕
 体言、形容詞と形容動詞の語幹、動詞と動詞型の活用をする助動詞の連用形、助動詞「ず」の連用形、副詞に付く。活用語の連体形に付くこともある。
 このうち、体言、動詞と動詞型の活用をする助動詞の連用形に付くものは上代からあるが、その他は中古になってからのものである。


【文法】
(1)上代では、「④」の意味で一般に使われた。語源は、連体修飾語をつくる上代の格助詞「な」(「海(う)な原」「目(ま)な子」などの複合名詞の中に残っている)に、そのままの状態であることを表す形容名詞「から」が付いたものと考えられている。「④」の意味が中古には「⑤」になる。なお「④・⑤」を接尾語とする説もある。
(2) 中古になると、各種の語に付くようになったが、用法の上でも二つの変化が起こった。
 [ア:逆接の発生]
 上代は「④」の意味が普通だったが、末期に「①」「②」の意味が発生した。⇒ (例歌右項)
中古になるとこの用法が多くなり、「③」の逆接へと発展した。つまり、「~のままで」の意味に「一方では」の意味が加わり「~のままであるが、一方では」となったと考えられる。⇒ (例歌右項)
この逆接が「ながら」の中心的な用い方となって現代語に至っている。
 [イ:「つつ」と似た意味の発生]
 「~のままで」の意味からは、感情を表す用言(嘆く・うれし、など)に続ける用法が生まれた。もっとも古い例は、「②」の「万葉歌」である。
① 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらむ(古今夏-166)
②-思ひ延べ 嬉しびながら 枕付く 妻屋のうちに 鳥座結ひ-(万19-4178)
④-天の日継と 神ながら 我が大君の 天の下-(万19-4278

⑤ 萩の露玉にぬかむと取れば消(け)ぬよし見む人は枝ながら見よ (古今秋上-222)



















【文法例歌】
(2)「ア」
弥彦神の麓に今日らもか鹿の伏すらむ皮衣着て角つき
ながら(万16-3906)
日は照り
ながら(=照っているのに)雪のかしらにふりかかりけるを詠ませ給ひける
 (古今春上・詞書-8)
(2)「イ」
-思ひ延べ 嬉しびながら 枕付く 妻屋のうちに 鳥座結ひ-(万19-4178)

 ながらふ   永らふ・存ふ 〔自動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① 生きながらえる、長生きする。② 長続きする
ながらへばまたこの頃や忍ばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき (新古雑歌下-1843)
 流らふ 自動詞ハ行下二段【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① 絶えずのどかに降る。② 経て行く、伝わる。
① うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流らふ見れば(万1-82)
流らふる妻吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ(万1-59)

② -世間は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来たれ -(万19-4184)
 ながる  流る 〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
① 水などが低い方へ移り動く。流れる。
② (涙・汗・血などが) 流れ落ちる。したたる。
③ 水などに運ばれて行く。漂いながら行く。
④ (月日などが) しだいに移って行く。(時が) 過ぎる。
⑤ 次第に広まる。流布する。⑥ 順に次へ及ぶ。次々にめぐる。
⑦ 生きながらえる。⑧ 流罪に処せられる。さすらう。
① 逢坂の関に流るる岩清水 いはで心におもひこそすれ(古今恋一-537)
④ きのふといひけふとくらしてあすか川 流れて速き月日なりけり (古今冬-341)
 なきわたる  鳴き渡る 〔自動詞ラ行四段〕鳴きながら飛んでゆく。 いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く(万2-111)
霍公鳥こよ
鳴き渡れ燈火を月夜になそへその影も見む(万18-4078)
 なく      泣く・哭く  〔自動詞カ行四段〕(人が)涙を流し、声をあげる。  我妹子が我れを送ると白栲の袖漬つまでに泣きし思ほゆ(万11-2523)
 鳴く  〔自動詞カ行四段〕(鳥・虫・獣が)声を出す。  大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる(万1-70)
かはづ鳴く清き川原を今日見てはいつか越え来て見つつ偲はむ(万7-1110) 
 泣く・哭く  〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・コヨ】
 [代東国方言] 泣かせる。
 
しまらくは寝つつもあらむを夢のみにもとな見えつつ我を音し泣くる (万14-3490) 
 なく  〔打消しの助動詞「ず」のク語法
「~ないこと」
-岩床と 川の氷凝り 寒き夜を 息むことなく通ひつつ 作れる家に -(万1-79)
山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知ら
なく(万2-158)

天の川去年の渡り瀬荒れにけり君が来まさむ道の知らなく(万10-2088)
白真砂御津の埴生の色に出でて言はなくのみぞ我が恋ふらくは(万11-2734)
 なくに  なくに  [打消の助動詞「ず」の「ク語法 なく」+助詞「に」]
「に」には、格助詞、断定の助動詞「なり」の連用形、接続助詞などの諸説がある。
① ~ (し) ないことだなあ。
② ~ (し) ないことだのに。~ (しないのに) 。
① いかにして忘れむものぞ我妹子に恋はまされど忘らえなくに (万11-2602)
② み山には松の雪だに消え
なくに都は野辺の若菜つみけり(古今春上-18)
 なくはし   名細し・名美し  〔形容詞シク活用〕[「なぐはし」とも]
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ
〔なりたち〕[「名」+形容詞「くはし」。「くはし」はすぐれてよい、も意味する]
 「名が美しい」「名高い」
 
-よろしなへ 神さび立てり 名ぐはしき 吉野の山は かげともの-(万1-52)
名ぐはしき印南の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は(万3-306)
 
 なげき  嘆き・歎き 〔名詞〕[「ながいき (長息)」の転 ]
① ためいき。嘆息。② 悲しみ。悲嘆。③ 嘆願。哀願。愁訴。
① 火遠理命 (ほをりのみこと) ・・・大きなるなげきし給ひき(記・上)
 なげきのきり  -の霧 (きり)  嘆いてため息をつくときに出る息を、霧にたとえた語。  沖つ風いたく吹きせば我妹子が嘆きの霧に飽かましものを(万15-3638)
 なげく   嘆く・歎く  〔自動詞カ行四段〕
① 嘆息する。溜息をつく。② 悲しむ。悲しんで泣く。
③ 嘆願する。強く望む。祈る。
 
① ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
① 君が行く海辺の宿に霧立たば我が立ち嘆く息と知りませ(万15-3602)
③ 天地を嘆き祈ひ祷み幸くあらばまたかへり見む志賀の唐崎(万13-3255)
 
 なけなくに  無けなくに 〔なりたち〕
 形容詞「無し」の上代の未然形「なけ」+打消の助動詞「ず」のク語法「なく」+助詞「に」
「ないわけではないのに」「あるのに」

【参考】
「に」は、格助詞、断定の助動詞「なり」の連用形、接続助詞などの諸説がある。
吾が大君ものな思ほしそ皇神の副へて賜へる我がなけなくに(万1-77)
我が背子は物な思ひそ事しあらば火にも水にも我れなけなくに(万4-509)
 なし    無し   〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 存在しない。ない。いない。② 生きていない。この世にない。
③ 不在である。留守だ。④ またとない。比類が無い。
⑤ ないも同然である。世間から見捨てられている。
 
① ―石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ― (万2-131)
③ 老いらくの来むと知りせば門鎖して
なしとこたへて逢はざらましを (古今雑上-895)
〔補助形容詞ク活用〕
形容詞型・形容動詞型活用の語の連用形、および体言に続く断定の助動詞「なり」の連用形「に」、またこれらに係助詞の付いた形に付いて、否定の意を表す。~(で)ない。
 
 
 -なし   -なし  〔接尾ク型〕
(名詞、形容詞の語幹などに付いて)意味を強め、「~の状態である」の意の形容詞をつくる。

 【例語】
いときなし・いとけなし・いらなし・後ろめたなし・おぼつかなし・しどけなし・むくつけなし。
 
 -なす   -なす  〔接尾語〕《上代語》「名詞」まれに「動詞の連体形」について、
 「~のように」「~のような」の意を表す。。並む
 
綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背(万1-19)
相模道の余綾の浜の真砂なす子らは愛しく思はるるかも(万14-3389)
鳴る瀬ろにこつの寄すなすいとのきて愛しけ背ろに人さへ寄すも(万14-3570)
 なつくさ   夏草  〔名詞〕夏に生い茂る草。  このころの恋の繁けく夏草の刈り掃へども生ひしくごとし(万10-1988) 
 なつくさの   夏草の  【枕詞】
夏草の状態や、それを刈る、また茂る場所などから「思ひ萎(しな)ゆ」「繁し」「深し」「かりそめ」、また地名「野島」「あひね」などにかかる。
 
-いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ-(万2-131)
かれはてん後をば知らで
なつくさの深くも人の思ほゆるかな-(古今恋四-686)
なつくさのあひねの浜の-(紀下)
 なにおふ   名に負ふ  〔成り立ち〕[名詞「な」+格助詞「に」+四段動詞「負ふ」]
① 名として持つ。
② 有名である。評判である。
 
   貞観の御時、「万葉集はいつばかりつくれるぞ」と
   問はせたまひければ、よみてたてまつりける 文屋ありすゑ
① 神無月時雨ふりおける楢の葉の名におふ宮のふるごとぞこれ (古今雑下-997)
②これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ
名に負ふ背の山 (万1-35)
 なにしか  何しか (原因・理由に関する疑問に用いて) どうして~か。なぜ~か。
〔成り立ち〕副詞「何」+副助詞「し」+係助詞「か」。
 
神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに(万2-163)
 なばり  隠り 〔名詞〕隠れること。多く、伊賀(三重県)の地名・名張にかける。 我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ(万1-43)
宵に逢ひて朝面無み
名張にか日長き妹が廬りせりけむ(万1-60)
 なばりのやま  名張の山  三重県名張市山。「孝徳紀」に、畿内・畿外の境とある。 我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ(万1-43)

有斐閣「万葉集全注巻第一-43 名張の山 今日か越ゆらむ」注
名張の山を越えたことを気遣うのは、名張が大和の東限で、この地の山を越えると異郷伊賀の国だったからである。
 なびく   靡く  〔自動詞カ行四段〕
① (風・波などの力におされて) 横に倒れ伏したように揺れる。
  (煙などが) 横に流れる。
② 心を寄せる。服従する。
① -夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山(万2-131)
〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 横に倒れさせる。横になびかせる。
② 自分の意に従わせる。
 
① おほならば誰が見むとかもぬばたまの我が黒髪を靡けて居らむ(万11-2537) 
 なふ  なふ 〔助詞特殊型〕上代東国方言 【ナハ(ナバ)・〇・ナフ・ナヘ・ナヘ・〇】
打消しの意を表す。~ない。
【接続】動詞の未然形に付く。なへ
【参考】
口語の打消しの助動詞「ない」の原形かといわれる。
【文法】連体形の「なへ」は次のように用いられ、まれに「のへ」の形も現れる。
会津嶺の国をさ遠み逢はなはば偲ひにせもと紐結ばさね(万14-3445)
武蔵野のをぐきが雉立ち別れ去にし宵より背ろに逢は
なふよ(万14-3392)
まを薦の節の間近くて逢はなへば沖つま鴨の嘆きぞ我がする(万14-3545)

例〕
「麻久良我(=地名か)の古河の渡りの韓楫(カラカヂ)の音高しもな(=噂が高いことだな)寝
なへ児ゆゑに(=共寝しない子のせいで)」
「遠しとふ(=という)故奈(こな)の白嶺に逢ほ時(しだ) (=逢う時) も逢は
のへ時 (=逢わない時) も汝(な)にこそ寄され (=関係があるといわれるのに)」
 なぶ  靡ぶ 〔他動詞バ行下二段〕【ベ・ベ・ブ・ブル・ブレ・べヨ】
なびかせる。
- 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ 草枕 旅宿りせす(万1-45)
 なへ  なへ 〔接続助詞〕上代語
一つの事柄と同時に他の事柄が存在・進行する意を表す。
~するとともに。~するにつれて。~するちょうどそのときに。
【接続】活用語の連体形につく。
【参考】
「なべ」 と濁音であったとする説もある。多く、格助詞「に」に付いた「なへに」の形で用いられる。
雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも(万8-1579)
 なへに   なへに  〔接続助詞〕《上代語》
[接続助詞「なへ」に格助詞「に」の付いたもの]
一つの事柄と同時に他の事柄が存在・進行する意を表す。
「~するとともに」、「~するにつれて」、
「~するとちょうどそのときに」。
 
-みあらかは 高知らさむと 神ながら 思ほすなへに 天地も -(万1-50)
鴬の音聞くなへに梅の花我家の園に咲きて散る見ゆ [對馬目高氏老] (万5-845)
 なほ  尚・猶 〔副詞〕
① 前と同じ状態で。やはり。依然として。
② そのまま何もしないでいるさま。
③ さらに。もっと。いっそう。④ なんといっても。
① ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
 なみ  波・浪 〔名詞〕
① 水面に立つ波。
② でこぼこや起伏のあるものを波にたとえて」いう。
③ (年とって肌に生じる) しわのたとえ。
② 天の海に雲の立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ(万7-1072)
③ -年ごとに鏡のかげに見ゆる、雪と
とを嘆き-(古今仮名序)
 なむ    並む   自動詞マ行四段
並ぶ。連なる。
 
松の木の並みたる見れば家人の我れを見送ると立たりしもころ (万20-4399) 
 〔他動詞マ行下二段〕【メ・メ・ム・ムル・ムレ・メヨ】
並べる。
 
-ももしきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡る-(万1-36)
たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野(万1-4)
 
     なむ 〔なりたち〕[完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む」]
① その事態の実現を強く推量する意を表す。
「~てしまうだろう」「きっと~であろう」
② その事態の実現への強い意志を表す。
「~てしまおう」「きっと~しよう」
③ その事態の実現を強く望む意を表す。
「~てしまいたい」「~たいくらいだ」
④ 当然・適当の意を表す。
「~するのがよい」「~すべきだ」
⑤ 可能性に対する推量を表す。
「~することができよう」
⑥ (多く「なむや」の形で、全体で) 勧誘・婉曲な命令を表す。
「~たらどうだ」「~てくれないか」
⑦ その事態が実現したらと仮定する意を表す。
「~としたら」「~てしまったなら」
① 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)
① 明日香川行き廻る岡の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ(万8-1561)
② この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ(万3-351)
     なも    なも   〔係助詞〕(上代語):強く指示する意を表わす
 〔接続〕活用語の連用形に付く。
何時はなも恋ひずありとはあらねども-(万12-2889)
〔終助詞〕(上代語):他に対して願望の意を表わす
 〔接続〕
動詞の未然形に付く
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18)
〔助動詞〕「らむ」の上代東国方言、推量の意を表わす うべ児なば吾に恋ふなも立と月の流なへ行けば恋しかるなも(万14-3495)
   ならし  ならし  〔なりたち〕「なるらし ⇒ ならし」と転じたもの。
 [断定の助動詞「なり」の連体形「なる」+推定の助動詞「らし」]
① 断定して推量する意を表す。
「~であるらしい」「~のようだ」「~であるにちがいない」
② 断定の助動詞「なり」とほとんど同じ意味を表す。中世以降の用法で、婉曲に表現して余情を深める。
「~である」「~だなあ」
 
①-百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば 神からならし(万1-50)
①-かく行けば 人に憎まえ 老よし男は かくのみならし-(万5-808)
 
   なら(の)やま   奈良山  〔地名〕[「平城山」ともかく] 平城京の北方に横たわる丘陵。

有斐閣「万葉集全注巻第一」
奈良市北部、京都府境いの丘陵地。この山を越えて山城へ出る道は、上ツ道の延長線にある奈良坂越え、中ツ道を辿る関西本線の線路にあたる地、下ツ道の延長線にある歌姫越えの三つがあった。飛鳥からは中ツ道を利用することが多い。
 
-あをによし 奈良の山の 山の際に-(万1-17) 
    なり    なり   〔助動詞ナリ型〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
「にあり」の約
① 断定を表わす。「~である、~だ」
② 「~にある、~にいる」
③ 続柄を表わす。「~に当る、~である」
④ 状態・性質を表わす。「~である」
〔接続〕体言・用言の連体形に付く。
 用言の連体形に付く用例は上代にはなく、中古以降。
① 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる(万1-70)
① うつそみの人
なる我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む(万2-165)

-高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原-(万3-320)
今日もかも都なりせば見まく欲り西の御馬屋の外に立てらまし (万15-3798)
〔助動詞ラ変型〕【○・ナリ(ケリ)・ナリ・ナル・ナレ・○】
音とか声の意の「な(音)」又は「ね(音)」に「あり」が付いて、つづまったもの、という
① 音や声が聞こえることから推定する意を表わす。
「~のようだ、あれは~だな」
② 周囲の状況から判断し推定する意を表わす。「~のようだ、~らしい」
③ 世間の噂・人の話・故事などによる推定を表わす。「~だそうだ」
〔接続〕ラ行変格活用を除く用言および助動詞の終止形に付く。
平安時代以降、ラ行変格活用をする語には連体形が付くが、上代には終止形に付いた。
①「葦原の中つ国はいたくさやぎてありなり」(記・上) 
① 秋の野に人待つ虫のこゑすなり 我かとゆきていざとぶらはん(古秋-202)
① ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
【参考】断定の「なり」と伝聞推定の「なり」の違い-
① 断定の助動詞は連体形に、伝聞推定の助動詞は終止形に付く。ただし、ラ変、四段動詞に「なり」が付く場合は、前後の意味から「断定」か「伝聞推定」かを判断しなければならない。
② 伝聞推定の「なり」は、常に主語が対称・他称であって、自称ではない。また話し手の「聞く」行為と関係がある。
③ 係り結びの場合にその形式が違う。伝聞推定の「なり」は、「係助詞+動詞+なる(又はなれ)」の形をとり、断定の「なり」は、「~に+係助詞+ある(又はあれ)」となる。
④ 断定の「なり」は「にあり」の約と見られる。「万葉集」では断定の「なり」を「爾有」と書いて「ナリ」とよませている。また伝聞推定の「なり」の語源は、はっきりしないが、断定の「なり」とは語源を異にすると思われる。
 
   なる   成る   〔自動詞ラ行四段〕
① 成立する。成就する。実現する。出来上がる。
② (それまでとは違った状態やもの、地位などに) なる。
変化する。成長する。
③ することが出来る。可能である。かなう。
 
② -知らぬ国 寄し巨勢道より 我が国は 常世にならむ 図負へる-(万1-50) 
〔補助動詞ラ行四段〕
自然にそのような状態になる。
 
 生る 〔自動詞ラ行四段〕
① 生れる。生じる。
② 実をむすぶ。みのる。
① -行くちふ人は 石木より なり出し人か 汝が名告らさね-(万5-804)
② 玉葛花のみ咲きて
ならざるは誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを(万2-102)
② 冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実に
なる時を片待つ我れぞ(万9-1709)
   なれや   なれや  〔成り立ち〕
断定の助動詞「なり」の已然形「なれ」+助詞「や」
①「や」が疑問を表す場合。
「~だからなのだろうか」「~なのだろうか」
②「や」が反語を表す場合。
「~であるのか(いや、そうではないのに)」
③「や」が詠嘆を表す場合。
「~であることよ」「~だなあ」

【参考】
多く、和歌でみられる表現。
「や」を係助詞とする説と、終助詞とする説がある。
① うき草のうへはしげれる淵なれやふかき心を知る人のなき(古今恋一-538)
② 打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります(万1-23)

【小学館「新編日本古典文学全集『万葉集巻第一-23』頭注】
ナレヤは疑問条件法、ナレバヤに同じだが、それよりも古格。ナレカという形もあるが、同じ疑問助詞でも、カが単純な疑問を表すのに対してヤは反語性を含むため、そんなこともなかろうに、というような余意が込められることが多い、そのため「霧なれや」(432)、「潮満てば入りぬる磯の草なれや」 (1398) など比喩的な用法もある。
 
                     〔格助詞〕
① 場所を表わす。~に、~で。② 時を示す。~(とき) に。
③ 動作の帰着点を示す。④ 方向を示す。~(の方) へ。
⑤ 動作・作用の結果、変化の結果を示す。~と。
⑥ 動作の目的を示す。~ため。 
⑦ 原因・理由を表わす。~により。
⑧ 受身の時、その動作の源を示す。
⑨ 使役の時、その動作の目標を示す。⑩ 資格を示す。
⑪ 手段と方法を示す。~で。 ⑫ 動作の対象を示す。
⑬ 動作の拠り所を示す。⑭ 比較の基準を示す。~より。
⑮ 比況を表わす。~のように。 ⑯ 同じ動詞を重ねて意味を強める。
⑰ 場合・状況などを示す。⑱ 添加の意を表わす。~と、そのうえに。
⑲ 身分の高い人を尊敬する意を表わす。~におかれても
〔接続〕体言、または活用する語の連体形に付く。「⑥・⑯」の場合は連用形に付く。
〔語法〕動作などの行われる時や場所などを表わすのが本来の意味で、それから種々の用法が誕生したものと考えられる。

① かはづ鳴く神奈備川影見えて今か咲くらむ山吹の花(万8-1439)
② いにしへ
恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く(万2-111)

④「尾張直に向へる尾津の前なる一つ松」(記中)
⑤ 我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくならましものを (万2-108)
⑦ 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露
我が立ち濡れし(万2-105)
⑦ 古りにし嫗にしてやかくばかり恋
沈まむ手童のごと
    [恋をだに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)
⑦ 春の野に若菜つまむと来しものを散りかふ花道はまどひぬ (古春下116)

⑫ 我が背子我が恋ふらくは夏草の刈り除くれども生ひしくごとし (万11-2779)
⑮ 橘の蔭踏む道の八衢
物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥](万2-125)

⑮ 山高み白木綿花おちたぎつ瀧の河内は見れど飽かぬかも(万6-914)
〔接続助詞〕
① 逆接の確定条件を表わす。~けれども、~のに
② 事実を述べ、下に続ける。~と、~したところが
③ 原因・理由を表わす。~ので、~ために
④ 恒時条件を表わす。~する時はいつも
⑤ 添加の意を表わす。その上さらに
〔接続〕活用する語の連体形に付く。
〔語法〕接続助詞「に」は格助詞から派生したものである。用言の連体形に付く格助詞の「に」は、その下の名詞「時」「所」などが言外に含まれたものと考えてよく、転用されたときは接続助詞と考えてもいい場合がある。
①-天離る 鄙はあれど 石走る 近江の国の 楽浪の-(万1-29)
①-見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るる(万2-164)

① 庭の面はまだ乾かぬ夕立の空さりげなく澄める月かな(新古夏-267)
③ 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故
(万2-122)
④-入日なす 隠りにしかば そこ思ふ 胸こそ痛き 言ひもえず-(万3-469) 
 
〔終助詞〕
① 他に対して願望する意を表わす。
~して欲しい、~してもらいたい。「ね」に同じ
② ~のになぁ、~だぜ
〔接続〕①は文末の動詞の未然形に付き、②は文末の活用する語の終止形に付く。
〔語法〕①は上代に用いられ、②は近世に用いられた。
① ひさかたの天道は遠しなほなほに家に帰りて業を為まさ(万5-805)
断定の助動詞「なり」の連用形
① ~であって
② 接続助詞「て」「して」を伴って中止の表現に用いる。「~で」
③ 補助動詞「あり」「おはす」「候ふ」「はべり」を伴い、「~で」
② 月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして (古恋五-747)
③ 我妹子を早見浜風大和なる[大和にある]我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73)
完了の助動詞「ぬ」の連用形。助動詞「き・けり・けむ・たり」、接続助詞「て・して」などを伴った形で用いられる。 名にめでて折れるばかりぞ女郎花我おちきと人にかたるな(古秋上-226)
〔上代語〕打消しの助動詞「ず」の連用形。~ないで、~ないので
〔参考〕「に」の用法は狭く、「知らに」「飽かに」「かてに」などに限定され、中古に入ると、用いられなくなる。
-為むすべの たどきを知ら 白栲の-(万5-909)
  〔名詞〕荷物。一例「荷前 (のさき)」の箱。 東人の荷前の箱のの緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師](万2-100)
   にあり   にあり  〔成り立ち〕断定の助動詞「なり」の連用形「に」+ラ変補助動詞「あり」
「~である。~だ。」
〔成り立ち〕格助詞「に」+ラ変動詞「有り」
「~にある。~にいる。」
 
あをによし奈良にある妹が高々に待つらむ心しかにはあらじか (万18-4107) 
   にか  にか 〔なりたち〕格助詞「に」+係助詞「か」
反語疑問の意を表す。「~に~ (だろう) か」
君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ(万2-85)
   にきたつ   熟田津  〔地名〕歌枕。中古以降は「にぎたづ」
今の愛媛県道後温泉付近の船着き場。松山市三津浜、同市和気町などの諸説がある。
 
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(万1-8) 
   にきぶ  和ぶ 〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
心が和らぐ。慣れ親しむ。くつろぐ。
大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に-(万1-79)
   にくし   憎し  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 嫌だ。気に入らない。不快だ。②醜い。みっともない。見苦しい。
③ 無愛想だ。つれない。④むずかしい。奇妙だ。
⑤ (すぐれていて「憎いほどだ」の意から)感心だ。あっぱれだ。
⑥ (動詞の連用形の下に付いて) ~するのが困難だ。~づらい。
 
① 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも(万1-21)
   にし    にし  格助詞「に」+副助詞「し」
(「に」が下の連用修飾語になる) 「~に」「~によって」「~によって」
白栲の袖折り返し恋ふればか妹が姿の夢にし見ゆる(万12-2949)
散る花の鳴く
にしとまる物ならばわれ鶯に劣らましやは(古今春下-107)
断定の助動詞「なり」の連用形「に」+副助詞「し」
(下に「あり」などがきて、口語助動詞「で」に相当する意を表す)「~で」
とりとむるものにしあらねば年月をあはれあな憂と過ぐしつるかな (古雑上-897)
完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」+過去の助動詞「き」連体形「し」
「~てしまった」「~た」「~してしまった」
ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君の形見とぞ来し(万1-47)
大君の 命畏み 柔び
にし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に(万1-79)

我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後(万2-103)
古り
にし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
   [恋をだに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)

秋風の吹きにし日より久方のあまのかはらにたたぬ日はなし(古秋上-173)
慕はれて来
にし心の身にしあれば帰るさまには道も知られず(古今離別-389)

   にして  にして 〔なりたち〕[格助詞「に」+接続助詞「して」]
①(場所を表す)「~にあって」「~において」「~で」
②(時を表す)「~で」「~のときに」
① 旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし(万1-67)
① 家にして恋ひつつあらずは汝が佩ける大刀になりても斎ひてしかも (万20-4371)
   にて     にて    〔格助詞 (「格助詞「に」+接続助詞「て」)〕
① 場所をさす。「~において」「~まで」
② 時刻・年齢を表す。「~で」
③ 状態・資格を表す。「~で」「~として」
④ 手段・方法を表す。「~で」
⑤ 材料を表す。「~で」
⑥ 理由・原因を表す。「~のために」「~によって」
 [
接続]
体言・活用語の連体形に付く。
 【参考】
現代語の「で」と同じと考えればよい。語源的には、
 にて → んで(中世) →
 んで → で
という発音の変化をたどり、現代語の「で」となった。「で」となって初めて用いられたのは「平家物語」で、それ以前はすべて「にて」である。
〔成り立ち〕断定の助動詞「なり」の連用形「に」+接続助詞「て」
①~であって。~という状態で。
② (下に「あり」「おはす」「候ふ」「侍り」など存在を表す語を伴って)
断定を表す。「~である」
 
〔成り立ち〕
完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」+接続助詞「て」
「~てしまって」「~てしまっていて」
 
梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや [藥師張氏福子] (万5-833) 
   には   には 断定の助動詞「なり」の連用形に、係助詞「は」の付いたもの。
「~では」
② 格助詞「に」に「係助詞「は」の付いたもの。「には」の「に」に従って、種々の意を表わす。 
⇒ 格助詞「に」
① 風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある (万2-127)
② -我が大君の 朝
には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし-(万1-3)
② -天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の-(万1-29)
② あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな(万1-80)
 → 接続助詞「に」
   にふのかは  丹生の川 〔名詞〕吉野川の支流丹生川のこと。奈良県吉野郡大天井ヶ岳の北西方に発し、下市町長谷で丹生川上 (にうのかわかみ) 下社の前を過ぎ五条市で吉野川に注ぐ。なお同郡川上村の丹生川上上社付近の吉野川、東吉野村の丹生川上中社付近の高見川とする説もある。 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
   にほはす   匂はす  〔他動詞サ行四段〕
① 染める。色づかせる。ほんのりと彩る。
② かおらせる。香気をただよわせる。③ ほのめかす。暗示する。
 
① 引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに(万1-57)
① 秋の野をにほはす萩は咲けれども見る験なし旅にしあれば(万15-3699)
   にほふ   匂ふ  〔自動詞ハ行四段〕
① (草木などの色に)染まる。美しく染まる。
② つややかに美しい。照り輝く。③ 栄える。恩恵や影響が及ぶ。
④ かおる。香気がただよう。

【語義】
現代語では、「匂う」と書いて④の意で、または、「臭う」と書いて、鼻に不快に感じる意で用いることが多いが、原義は「丹(に=赤い色)秀(ほ=物の先端など、抜き出て目立つところ)ふ(=動詞化する接尾語)」で、赤い色が表面にあらわれ出て目立つの意。

「にほふ」という美しさ
「源氏物語」の宇治十帖で活躍する薫の君と匂宮。並び称される二人だから、「かをる」も「にほふ」も鼻で感じることをいう語だと思いがちだが、「にほふ」は「丹秀(にほ)ふ」で、美しさが照り輝くの意。
 
① 草枕旅行く人も行き触ればにほひぬべくも咲ける萩かも(万8-1536)
② 紫の
にほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも(万1-21)
 
   にも  にも 〔格助詞「に」の意味によって、種々の意味を表わす〕
① ~においても。~でも。② ~からも。~にさえも。③ ~に対しても。
④ ~であろうとも。たとえ~でも。⑤ 並列を表わす。
⑥ 尊敬の意を表す。~におかれても。
 
① 神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに(万2-163)
   にも  にも 【有斐閣「万葉集全注巻第二-100 にも」注】文中、旧歌番号
「ニモ」の「ニ」は、「あきつ葉
にほへる衣」(10・2304) の「に」と同様に、「~ノヨウニ」の意味をあらわす助詞である(講義)。
東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師](万2-100)
   にる  似る 〔自動詞ナ行上一段〕【ニ・ニ・ニル・ニル・ニレ・ニヨ】
① 形態や性質がほとんど同じように見える。
② ~と見える。に
① あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似る(万3-347)
        〔自動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
「いぬ」の「い」が脱落。「寝る・眠る・横になる」
大和恋ひ寐のらえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
-奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我がたる 衣の上ゆ-(万1-79)
塵をだにすゑじとぞ思ふ植ゑしより妹とわがぬる常夏の花(古夏-167)
    〔助動詞ナ変型〕【ナ・ニ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネ】
[ナ変動詞「往ぬ(いぬ)」が動詞の連用形に付いて約まったものという]
① 動作または作用が完結・存続する意。~てしまった、~てしまう
② 意味を強める。きっと~だ、たしかに~だ
「む」「べし」「らむ」を伴う
ラ変動詞「あり」および「あり」の系統の語・形容動詞などに付く
〔接続〕活用語の連用形に付く。古くは、ナ変動詞に付くことはなかったが、中世以後には「死にぬ」などの例がある。
 
 

① 我が待たぬ年は来ぬれど冬草のかれしひとはおとづれもせず(古冬-338)
① ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひ
けり(万2-117)
① 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せ
人の子故に(万2-122)
① 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来
ぬれば (万2-133)

② いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひらむ(万1-63)
ますらをの心はなしに秋萩の恋のみにやもなづみて
ありむ(万10-2126)
打消の助動詞「ず」の連体形〕未然形に付く ⇒「主要助動詞活用表
梓弓引かばまにまに依らめども後の心を知りかてかも [郎女] (万2-98) ⇒「ぬかも
人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡ら
朝川渡る(万2-116)
たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見
に掻き入れつらむか [三方沙弥] (万2-123)
【紛らわしい語「ぬ」の識別】
① 春の色のいたりいたら
里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ (古今春下-93)
② 潮満ち
。風も吹きべし。(土佐日記)
③ 契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋も
いぬめり(千載和歌集・雑上)
④ 嘆きつつひとり
ぬる夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る(拾遺和歌集・恋四)

「識別の方法」
「①」は打消の助動詞「ず」の連体形。動詞の「
未然形」に接続していることから判断できる。
「②」は完了の助動詞「ぬ」の終止形。動詞の「
連用形」に接続していることから判断できる。「京には見え鳥なれば」(伊勢・9) の「ぬ」は、接続する動詞が下二段活用の「見ゆ」であり、未然形・連用形が同じ形なので接続からは判断できないこの「ぬ」は名詞「鳥」を修飾する連体形である完了の「ぬ」の連体形は「ぬる」、打消しの「ず」の連体形は「ぬ」であるので、この場合は打消しの意味になる
「③」はナ変動詞「いぬ」の活用語尾、「④」は下二段活用動詞「ぬ(寝)」の連体形の一部である。
   ぬえことり    鵺子鳥・鵼子鳥   〔名詞〕小鳥の名。とらつぐみの異称。「ぬえ」「ぬえどり」とも。   
枕詞
「ぬえどり」の鳴き声が悲しげに聞こえる事から、「うらなく」にかかる。
 
-むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥うら泣け居れば-(万1-5) 
   ぬかも  ぬかも 〔上代語〕
[打消助動詞「ず」の連体形「ぬ」+係助詞「か」+終助詞「も」]
(多く「~も~ぬかも」の形で) 願望の意を表す。
「~であってほしいなあ。~ないかなあ。」
吉野川行く瀬の早みしましく淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
梅の花今咲けるごと散り過ぎず我が家の園にありこせ
ぬかも [少貳小野大夫] (万5-820)
〔上代語〕[打消助動詞「ず」の連体形「ぬ」+終助詞「かも」]
詠嘆の意を表す。
「~ないことよなあ。~ないなあ。」
我が宿に咲きし秋萩散り過ぎて実になるまでに君に逢はぬかも(万10-2290)
   ぬく  脱く 〔他動詞カ行四段〕(上代は「ぬく」、中古末に「ぬぐ」と濁音化) ぬぐ  -手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 -(万2-150)
我妹子が形見の衣下に着て直に逢ふまでは我れ
脱かめやも(万4-750)
 
   ぬさ   〔名詞〕
① 神に祈るときに捧げるもの。古くは麻や「木綿(ゆふ)」などを供えたが、後にはそれで織った布や絹・紙なども用いた。また旅行のときには、紙または絹の細かに切ったものを用い、道祖神の前にまいて奉った。幣(へい・みてぐら)・和幣(にきて)・幣帛(へいはく)。
② 贈り物。餞別。
① 在り嶺よし対馬の渡り海中に取り向けて早帰り来ね(万1-62)
   ぬばたま  射干玉 〔名詞〕[「うばたま」「むばたま」ともいう]
「ひあふぎ (=草の名)」の実。黒くて丸い。
小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第二-89 ぬばたまの」頭注
「ぬばたま」は、アヤメ科の多年草「ひおうぎ (射干) の実。夏黄赤色に暗紅点を散らしたような六弁の花を開き、花後の蒴果 (さつか) が割れると光沢のある種子が現れる。その濃黒色をもって比喩とした。
   ぬばたまの  射干玉の  【枕詞】「枕詞一覧 居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも(万2-89)
   ぬる    濡る 〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
濡れる。水などがつく。濡れる。
我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)
あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち
濡れぬ山のしづくに(万2-107)
 ぬる 〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
(ひとりで) 解ける。するするとゆるんでほどける。
嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が結ふ髪の漬ちてぬれけれ(万2-118)
たけば
ぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥] (万2-123)
 ぬる 助動詞「ぬ」の連体形 「主要助動詞活用一覧 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古秋上-169)
世間は常かくのみと別れぬる君にやもとな我が恋ひ行かむ(万15-3712)
                  〔名詞〕
① 十二支の一番目。②方角の名。北。
③ 時刻の名。今の午前零時頃およびその前後約二時間(午後11時頃から午前1時頃)。
 
 
   〔名詞〕聞く人の耳にしみじみと訴える音。声。ひびき。   
   〔名詞〕
① 植物の名。②奥深いこと。奥深い部分。③根源。もと。
 
① 竹のの根足(ねだる)宮(記下)
② 奥山の岩本菅を深めて結びし心忘れかねつも(万3-400)
 
 峰・嶺  〔名詞〕みね。山の頂上。  我が面の忘れむしだは国はふりに立つ雲を見つつ偲はせ(万14-3536) 
    助動詞〕→「主要助動詞活用表  たけばぬれたかば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥](万2-123)
〔助動詞「ず」の已然形〕  翼なす あり通ひつつ 見らめども 人こそ知ら 松は知るらむ(万2-145)
しらぬひ筑紫の綿は身に付けていまだは着
ど暖けく見ゆ(万3-339)
 
〔終助詞〕《上代語》他人が自分の願いを聞き入れてくれる事を願う。
① ~てください。~てほしい。
② (「な~そね」の形で)~てほしくない。~ないでほしい。
[接続]
動詞と動詞型に活用する助動詞の未然形、および終助詞「そ」に付く。

【参考】
①と同類の上代語の終助詞に「な」「に」がある。
「主要助詞活用表」
 
①-この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさ-(万1-1)
① 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来(万1-62)
① 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来
(万2-130)

② 高円の野辺の秋萩な散りそ
君が形見に見つつ偲はむ(万2-233)
   ねば  ねば  〔成立ち〕打消の助動詞「ず」の已然形「ね」+接続助詞「ば」
① (「ば」が順接の確定条件を表わす場合) 原因・理由の意で用いられる。
 ~ないので。~ないから。
② (「ば」が恒常条件を表わす場合) ~ないと。~ないときは。
③ (「ば」が逆接の意を表す場合。「も~ねば」の形で) ~しないのに。
③ 秋立ちて幾日もあらねばこの寝ぬる朝明の風は手本寒しも(万8-1559)
             〔名詞〕草や小低木の自生している広い平地。のはら。  君がため春のに出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ(古今春上-21) 
   〔名詞〕矢の、幹の部分。矢柄。   
   〔格助詞〕「主要助詞活用表『格助詞』   
   のさき  荷前・荷向 〔名詞〕
年末に諸国から貢物の初穂や絹布を天照大神をはじめ諸神、および諸陵墓に献じたこと。またその貢物。
東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師](万2-100)
   のしま   野島  〔地名〕和歌山県御坊市南部の島。
また、張り出た海岸の地を呼ぶ称として各地にもある名称。
我が欲り野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ
   [或頭云 我が欲りし子島は見しを](万1-12)
 
   のち   〔名詞〕
① あと。つぎ。以後。② 子孫。③ 未来。将来。④ 死後。
① 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは(万2-103)
③ 梓弓引かばまにまに依らめども
の心を知りかてぬかも [郎女](万2-98)
   のなか  野中 〔名詞〕野原のなか。 磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ(万2-144)
   のなかのしみづ  野中の清水 【歌枕】播磨(兵庫県)印南野(いなみの)にあったという清水。
「いにしへの野中の清水ぬるけれどもとの心をしる人ぞくむ」<古今・雑上>から、疎遠になった恋人・旧友のたとえに用いる。
 
 
   のぼす   上す・泝す 〔他動詞サ行下二段〕【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
① 上へ移す。高い所へ上げる。のぼらせる。
② 川を溯らせる。③ 召し寄せる。呼び寄せる。④ 地方から都へ行かせる。
⑤ おだてる。
 
② -真木のつまでを 百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば -(万1-50) 
〔他動詞サ行四段〕
① 上へ移す。高い所へ上げる。のぼらせる。② おだてる。
 
   のぼりたつ   登り立つ  〔自動詞タ行四段〕山や丘などの高い所に登って立つ。  -とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ-(万1-2)
   のみ  のみ 〔副助詞〕
[基本義] 以前に述べた一つの事を強調。限定の意味を表す。~だけ。
① 限定の意を表す。「~だけ」「~ばかり」
② 限定し強調する意を表す。「特に」「とりわけ」「もっぱら」
③ 強調する意を表す。
〔接続〕体言その他種々の語につく。活用する語には連体形につく。
① 玉葛花のみ咲きてならざるは誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを(万2-102)
② 隠りのみ居ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来鳴くひぐらし(万8-1483)
   のもり   野守  〔名詞〕
禁猟区などの野を守る番人。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20)

〔縁語〕
「野守」は「標野」の縁語
 
   のる   乗る  〔自動詞ラ行四段〕
①(馬・車・船などに)乗る。
② 霊魂などが乗りうつる。こころに取りついて離れなくなる。
③ 道に沿って進む。
④ 気乗りする。調子付く。
⑤ [「載る」と書く]記載される。書き記される。
⑥ 欺かる。策略にのる。
 
① 大船に妹乗るものにあらませば羽ぐくみ持ちて行かましものを (万15-3601)
② 白雲の絶えにし妹をあぜせろと心に乗りてここば愛しけ(万14-3538)
③ その道にのりていでまさば(記・上)
 宣る・告る 〔他動詞ラ行四段〕
言う。述べる。告げる。

-しきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも(万1-1)
大船の津守が占に
告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し(万2-109)

有斐閣「万葉集全注巻第二-109 のらむとは」注
旧訓「ツケムトハ」を童蒙抄に「ノラムトハ」と改訓。「ノル」は呪力ある発言をあらわし、「ツグ・イフ」などとは異なる。天皇の発言や占に関して用いられることが多い。
五十音index
      〔名詞〕草や木の葉。  奥山の真木のしのぎ降る雪の降りは増すとも地に落ちめやも (万6-1015) 
               〔格助詞〕(上代東国方言) 格助詞「へ」の転。方角を表わす。「~へ」
〔語法〕「いえびと(家人)」が「いはびと」となるように、エ段の音がア段の音に変ったもの。
我が背なを筑紫遣りて愛しみえひは解かななあやにかも寝む(万20-4452)
係助詞〕ある事柄を他と区別して、あるいは特にとりたてて言う意。
① 特に提示する意を表わす。(主語のように用いる)
② 特にとりたてて区別する。
③ 強調する気持ちを表わす。「なんと~が」
〔語法〕 
ⅰ:格助詞「を」に付く時は「をば」となる
ⅱ:中世の用法で撥音「ん」の下にくるときは「な」、促音「っ」の下にくるときは「「た」と発音する場合がある。

〔参考〕「は」と「が」の違い
「は」は、それについている事物を他からはっきり区別する語で、主語を表わす格助詞ではない。「が」は、主語を表わしたり、連体修飾を表わしたりする格助詞であり、それぞれ述語・被修飾語と密接に結びつくが「は」にはそのような働きがない。
① 居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜降るとも(万2-89)  
① 秋きぬ紅葉やどにふりしきぬ道ふみわけてとふ人なし (古秋下-287)
② 夏の夜まだよひながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらん (古夏-166)
② いにしへに恋ふらむ鳥
霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと (万2-112)

③ きみがため春の野にいでてわかなつむ我が衣手に雪ふりつゝ (古春上-21)

〔語法ⅱ〕-妻別れ 悲しくあれど 大夫の-(万20-4422)
〔接続助詞〕順接の仮定条件を表わす。~ならば。
〔接続〕形容詞、及び打消しの助動詞「ず」の連用形に付く。
〔語法〕動詞の未然形に付く接続助詞「ば」と同じ用法。なお、この「は」が「ば」と濁り、「~くば」「~ずば」と読まれるようになったのは近世初期からである。
恋しく形見にせよと我が背子が植ゑし秋萩花咲きにけり(万10-2123)
〔終助詞〕感動・詠嘆の意を表わす。「~よ」
〔接続〕文末に付く。
        〔接続助詞〕
[順接の仮定条件]「~(する)なら・~だったら」
[順接の確定条件]
① 原因・理由 「~ので・~だから」
② 単純接続 「~すると・~したところ」
③ 恒常条件 「~するときはいつも・~すると必ず」
[並列・対照]並列的・対照的に前後を繋ぐ「~(し)て、一方」

〔接続〕
仮定条件 「未然形」+「ば」
確定条件 「已然形」+「ば」(並列・対照ふくむ)
[順接仮定] 夕さら潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)

① -花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませ ももしきの-(万1-36)
② たけ
ぬれたかね長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥]
   (万2-123)
〔係助詞〕
係助詞「は」が格助詞「を」について濁音化したもの 
⇒「をば」動作・作用の対象を強く示す意を表わす。

   はかひ  羽交ひ 鳥の両翼の先の重なり合うところ。 ② 羽、つばさ。
③(比喩的に用いて)経営している店。
葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ(万1-64)
   はぎ  萩・(芽) 〔名詞〕
① 植物の名。秋の七草の一つ。紅紫色または白色の小さな花をつける
 古来、秋を代表する草花として和歌に多く詠まれた。〔秋〕
② 襲(かさね)の色目の名。表は蘇芳(すおう)=紫がかった赤色、
 裏は青で、秋に用いる。
の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花 (万8-1542) 
   はく  着く・著く 〔他カ行〕
① 四段 ②下二段【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】弓に弦を張る。
① 陸奥の安達太良真弓はじき置きて反らしめきなば弦はかめかも (万14-3456)
② 梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く(万2-99)
   はこ  箱・篋・筥 〔名詞〕
物をおさめる器。多く、蓋と身からなる。
東人の荷前のの荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師](万2-100)
   はし  愛し 〔形容詞シク活用〕
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ
愛らしい。いとおしい。したわしい。
み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく(万2-113)
-道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ
はしき妻らは(万2-220)
   はしきやし
(はしきよし)
 愛しきやし  (「愛(は)し〔= いとおしい〕」と思う意から) 愛惜・嘆息・追慕などの感動を表わす。ああ。ああ、いとしい。ああ、かわいそう。ああ、なつかしい。 はしきやし 我が妻の子が 夏草の 思ひ萎えて 嘆くらむ 角の里見む-(万2-138)
   はじむ  始む  〔他動詞マ行下二段〕【メ・メ・ム・ムル・ムレ・メヨ】
① 新たに事を起こす。始める。
②(「~よりはじめ(て)」~をはじめ(て)」などの形で)
 「~を始めとする」「~を第一とする」
①-荒栲の 藤井が原に 大御門 始めたまひて 埴安の 堤の上に-(万1-52)
   はず   筈・弭   〔名詞〕
① 弓の両端の弦をかけるところ。弓筈(ゆはず)。
② 矢の上端の弦を受けるところ。矢筈(やはず)。はく。
 
 【「万1-3」の「中弭は諸説があるが未詳】
   はたすすき   旗薄  〔名詞〕[「はだすすき」とも書く]
穂が風に吹かれて旗のようになびいているすすき。[秋]

【参考】
一説に「膚薄(はだすすき)」で穂が出る前の皮を被っているすすきの意ともいう。
夕去り来れば み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ 草枕(万1-45) 
 はだ薄  【枕詞】[「はたすすき」とも]
「すすき」の縁で、「穂」「うら(=末、穂の先)」にかかる。
はだすすきには咲き出ぬ恋をぞ我がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに
    (万10-2315)
かの子ろと寝ずやなりなむはだすすき宇良野の山に月片寄るも(万14-3587)
   はたや  将や 〔副詞〕
〔なりたち〕副詞「はた」+疑問の係助詞「や」
(語感)未来について疑い、あるいは心配している感じ。
「もしかすると・・・か」「あるいは・・・か」

小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-74 原文『為当』」頭注
原文「為当」は、もし、また、などの意の「為」と同じく、二つの物を並べて選択する場合に用いる中国の俗語的用法。「
ヤ・・ム」(ますらをや片恋せむ)

み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝(万1-74)

有斐閣「万葉集全注巻第一-74 「や・・・む」注
「や・・・む」は、詠嘆の性格のこもる疑問推量を表わし、目下の自己の動作について、こんなにも~することか、という気持ちを表すことが多い。
   はつせがは  初瀬川 〔地名〕[歌枕]  「泊瀬川」とも書く。
今の奈良県桜井市初瀬(はせ)を流れる初瀬川の古称。大和高原から流出し、佐保川に合して大和川となる。
柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟浮けて 我が行く川の(万1-79)
   はつせやま   初瀬山  〔地名〕[歌枕] 「泊瀬山」とも書く。
今の奈良県桜井市初瀬(はせ)の地の周囲の山。
 
-都を置きて 隠口の 初瀬の山は 真木立つ 荒き山道を 岩が根-(万1-45) 
   はつ  泊つ 〔自動詞タ行下二段〕【テ・テ・ツ・ツル・ツレ・テヨ】
船が港に着いて泊る。停泊する。
大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に(万2-122)
照る月を雲な隠しそ島蔭に我が舟
泊てむ泊 (とま) り知らずも(万9-1723)
   はな   〔名詞〕
① 草木の花。
 ア:特に梅の花。イ:特に桜の花。
② はなやかなこと。美しいこと。うるわしいこと。
③ 栄えること。名誉。
④ (花は咲いても実にならない意から) うわべだけで真実味のないこと。
⑤ 露草の花からとった青い絵の具。
⑥ 薄いあい色。縹 (はなだ) 色。花色。
⑦ 芸人などに当座の賞として与えるもの。祝儀。心づけ。⑧ 生け花。
⑨ 和歌・俳諧で、表現技巧をいう。実 (=真情)に対応し、花実相そなわるものがすぐれた作とされた。
⑩ 《能楽用語》(観客を引きつける) 芸の美しさ・魅力・はなやかさ。

古典における「花」
-古典において「花」という語は、特に「桜の花」の代名詞として使われた。ただ「花」が「桜の花」の意味だけに使われるのは、中古の「拾遺集」のころであり、それ以前「古今集」「後撰集」では、「花」は「① イ」のように「桜の花」を指すほか、「① ア」のように「梅の花」を指す場合にも用いられた。 時代が下るにつれて、「花」=「桜の花」と、「花」と言えば、まず「桜」が思い出されるように、人々の生活の中で「桜」の占める位置が大きくなる。現代語では「花」=「桜の花」の関係は、「花見」「花便り」のように、一部の複合語の中に残るだけである。
① 橘は実さへさへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木(万6-1014)
①「ア」人はいさ心も知らず古里は
ぞ昔の香ににほひける(古今春上-42)
①「イ」久方の光のどけき春の日にしづ心なく
の散るらむ(古今春下-84)
② 今の世の中、色につき、人の心、
になりけるより(古今仮名序)
④ 玉葛
のみ咲きてならざるは誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを(万2-102)
④ 霞立つ春日の里の梅の花
に問はむと我が思はなくに(万8-1442)
   はなぢらふ  花散らふ 【枕詞】「秋津」にかかる。
稲の花が盛んに散る意で、豊かな稔りの秋を想起させる。
 
-御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば-(万1-36) 
   はなる  離る・放る 〔自動詞ラ行下二段活用〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
① はなれる。遠ざかる。隔たる。
② 別れる。縁が切れる。関係がなくなる。③ 逃げる。
④ 官職を辞任する。免官となる。
 
① 北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて(万2-161)
   はにふ  埴生 〔名詞〕
①「埴(はに)のある土地。また、埴。②「埴生の小屋(をや)」の略。

小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-69 埴(ハニ)」頭注
「ハニ」は赤土・黄土の類。水酸化鉄。鮮やかな黄色で、これを焼いて酸化させたものが「べんがら」。帯黄赤色をなし、顔料に用いられる。ただし、染料に使った確証はなく、摺染の料としたものか。―「フ」は生ずる所を示す。
① 草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを(万1-69)
   はにふのをや  埴生の小屋 〔名詞〕[「はにふのこや」とも]
土で塗った粗末な家。(一説に、「埴」をとるような低地にある家。みすぼらしい、粗末な家とも)
彼方の埴生の小屋に小雨降り床さへ濡れぬ身に添へ我妹(万11-2691)
   はにやすのいけ  埴安の池  〔地名〕上代、今の奈良県香具山の西側の麓にあった池。   
   はぬ  跳ぬ・撥ぬ 〔自動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
① 飛び上がる。おどり上がる。② はじける。とび散る。
③ その日の興業が終わる。
〔他動詞ナ行下二段〕
① はね上げる。② (普通「刎ぬ」と書く) 首などを切り落とす。
③ 一部分をかすめとる。上前をはねる。
 
〔他動詞ナ行下二段〕①
― いたくな
撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の―(万2-153)
   はふ  這ふ 〔自動詞ハ行四段〕
① 腹這う。這うようにして進む。
② 植物のつるなどが伸びてゆく。はびこる。
 
② ちはやぶる神のいがきにはふ葛も秋にはあへずうつろひにけり (古今秋下-262) 
   はふつたの  這ふ蔦の 【枕詞】蔦の先が分かれて伸びてゆくことから、
「おのがむきむき」「別れ」にかかる。
 
-さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば- (万2-135)
-黄泉の境に
延ふ蔦の おのが向き向き 天雲の池- (万9-1808)
-しなざかる 越道をさして
延ふ蔦の 別れにしより 沖つ波- (万19-4244)
 
   はま   〔名詞〕
① 海や湖に沿った平らな陸地。浜辺。
② 囲碁で囲んで取った相手の石。上げ石。
① 大伴の御津のなる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや(万1-68)
   はまかぜ  浜風 〔名詞〕浜に吹く風。 我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73)
   はまのまさご  浜の真砂  浜にある砂。無数にあるもののたとえ。 このたび、(歌を)集め選ばれて、山下水の絶えず、浜の真砂の数多く積りぬれば
  (古今仮名序)
   はままつ   浜松  〔名詞〕浜辺に生えている松。  磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む(万2-141) 
   はむ   食む  〔他動詞マ行四段〕
① 食べる。飲む。
②(俸禄や知行を)受ける。
 
① うつせみの命を惜しみ波に濡れ伊良虞の島の玉藻刈り食む(万1-24)
① 瓜
食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより-(万5-806)
   はも  はも 〔上代語〕【なりたち】係助詞「は」+係助詞「も」
文中に用いて、上の語を取り立てて示す。…は。
― 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと ―(万2-155)
― あやに畏み 昼
はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと ―(万2-204)
 はも 〔上代語〕【なりたち】終助詞「は」+終助詞「も」
文末に用いて、回想や愛惜の気持ちを込めた感動・詠嘆の意を表す。
~よ。~なあ。
― 小野(をの)に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも―(記・中)
   はや   〔副詞〕
① 早く。急いで。さっさと。② 早くも。すでに。
③ 他でもない。実は。食
① 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて帰り来ね(万1-62)
② 昨日こそ年は果てしか春霞春日の山に立ちにけり(万10-1847)
   はやく  早く 〔副詞〕[形容詞「早し」の連用形から]
① すでに。とっくに。②昔。以前。③もともと。元来。
④(多く助動詞「けり」を文末に伴って)驚いたことには。なんと実は。
②「はやく住けるところにて郭公(ほととぎす)のなきけるを聞きてよめる」
   (古今夏-163詞書)
   はやし  早し・速し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
① 速度が速い。すばやい。
②(時期的・時間的に)早い。③激しい。急である。
④(香りが)鋭い。強い。
① いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(万1-63)
① 吉野川行く瀬の
早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
   [「早み(はやみ)」は「早し」のミ語法]
② 我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73)
   [「早見(はやみ)」は「早し」のミ語法]
② 朝烏早くな鳴きそ我が背子が朝明の姿見れば悲しも(万12-3109)
③ たぎつ瀬の早き心を何しかも人目つつみのせきとどむらむ(古今恋三-660)
   はり     〔名詞〕
「榛(はん)の木」の異名。
 
綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背(万1-19)

「野榛」
「野の榛」、「野」は格助詞の「の」ではなく、接頭語「さ」が付き、「野榛」になると思う。小学館「新編日本古典文学全集万葉集」のこの歌の頭注には、
「野榛」は、「ハリ」とも。ハリは、かばのき科「はんのき」の古名。秋熟したまつかさ状の実の煎汁に灰汁や鉄などの触媒を加えて褐黄色・褐色・紺黒色などさまざまな色の染料とした。この榛の語に、三輪山神話の跡認(あとつな)ぎの小道具で同音語の「針」が隠されている。
 
   はりはら   榛原  〔名詞〕はんの木の生えている原。  間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに(万1-57) 
   はるがすみ   春霞  〔名詞〕春のかすみ 〔春〕 ① はるがすみ立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる(古春上-31)
【枕詞】
同音を重ねて「かすが」に、霞の立つのを「居る」というところから「たつ」「井(ゐ)」に、また霞が立って直接に物が見えない意から「よそに」にかかる
春霞春日の里の植ゑ子水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ(万3-410)
春霞井の上ゆ直に道はあれど君に逢はむとた廻り来も(万7-1260) 
   はるけし   遥けし  〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
①(空間的に)非常に遠い。ひどく離れている。
②(時間的に)ずっと遠い。久しい。はるかである。
③(心理的に)遠く隔たっている。心が遠く離れている。

「とほし」と「はるけし」の違い】⇒「とほし
 
② 人目ゆゑのちにあふ日のはるけくはわがつらきにや思ひなされむ (古今物名-434)
③もろこしも夢にみしかば近かりき思はぬ仲ぞはるけかりける(古今恋五-768)
   はるくさの   春草の  【枕詞】
(若草が生い茂る意から)「繁(しげ)し」、
(冬枯れの野に芽生えることから)「いやめづらし」にかかる。〔
春草の繁き我が恋大海の辺に行く波の千重に積もりぬ(万10-1924) 
   はるの   春野  〔名詞〕春の野原。  巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(万1-54)
藤波の咲ける春野に延ふ葛の下よし恋ひば久しくもあらむ(万10-1905)
 
   はるひ   春日  〔名詞〕春の日。春の一日。〔  うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(万19-4316) 
   はるひの   春日の  【枕詞】
春の日の「かすみ」から、同音を含む地名「春日(かすが)」にかかる。
 
はるひの春日(かすが)の国に-(継体紀)
   はるひを  春日を  【枕詞】「はるひの」に同じ。  春日を 春日(かすが)の山の 高座の 御笠の山に 朝さらず-(万3-375) 
   はるべ   春べ  〔名詞〕[古くは「はるへ」] 春。春のころ。  難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花(古今仮名序) 
   はるやま   春山   青々とした「春の山」の意。
用例歌(万1-52)「春山跡」の誤字説。  
-青香具山は日の経の大御門に春山と茂みさび立てり畝傍のこの瑞山は- (万1-52) 
   はろばろ   遥遥  〔形容動詞ナリ活用〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
「はろはろ」とも。遠く隔たっているさま。はるばる。
 
難波潟漕ぎ出る舟のはろはろに別れ来ぬれど忘れかねつも(万12-3185) 
           〔名詞〕[原義は太陽]
① 太陽。また、日光。② 日中。昼間。
③ (時間の単位としての) 日。一日。一昼夜。
④ 時期。おり。時代。⑤ 天候。天気。空模様。
⑥ 太陽の神としての天照大御神。また、その子孫と考えられた天皇・皇子。
① なごの海の霞の間よりながむれば入をあらふおきつしら浪(新古春一-35)
② 幾夜か寝つる日日(かが)なべて夜には九夜(ここのよ)
には十日を-(記中)
③ -その生業を 雨降らず
の重なれば 植ゑし田も 蒔きし畑も-(万18-4146)
④ 黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし
思ほゆ(万2-209)
⑥ やすみしし 我が大君 高照らす
の皇子 神ながら 神さびせすと-(万1-45)
      〔名詞〕
① こおり。氷室 (ひむろ) に貯蔵し、夏に用いた。
② 雹 (ひょう) 。ひさめ。
- 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の凝り 寒き夜を-(万1-79)
我が衣手に 置く霜も にさえわたり 降る雪も 凍りわたりぬ(万13-3295)
     〔名詞〕ひのき。  -真木さくの板戸を押し開き-(継体紀)
-田上山の 真木さく
のつまでを もののふの 八十宇治川に-(万1-50)
    〔名詞〕
 燃える火。ほのお。火炎。
② あかり。ともしび。灯火。
③ 炭火。おき。炭火などを急いでおこして、炭火を持って(廊下を)通っていくもの(冬の早朝に)とても似つかわしい。
④ 火災。火事。⑤ のろし。
① さねさし相模(さがむ)の小野に燃ゆるの火中(ほなか)にたちて-(記中)
    〔名詞〕
① 道理に合っていないこと。あやまり。不正。
② 欠点。短所。③ 不利な立場にあること。④ 価値がないこと。
    〔名詞〕
濃く明るい朱色。緋色。律令制では、四位・五位の人の着用する袍(ほう)の色とする。
② 緋色の練り絹。
 
   ひあい  非愛 〔名詞・形容動詞ナリ〕
① 無遠慮であるさま。また、思いやりのないさま。
② 危険なさま。
 
   ひきむすぶ  引き結ぶ 〔他動詞バ行四段〕
① 引き寄せて結び合わせる。結ぶ。
② (草庵を) 構える。
磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む(万2-141)
   ひく   引く  〔自カ行四段動詞〕
① 退く。後退する。②(心が)ある方向に動く。
わが背子が来べき宵なりささががにのくものふるまひかねてしるしも (古墨滅-1110)
〔他カ行四段動詞〕
① 引き寄せる。引っ張る。② 抜き取る。引き抜く。
③ 取り除く。④ 盗み取る。⑤ 引き連れる。⑥ ひきずる。
⑦ 長く線を書く。⑧ 張り渡す。⑨ のばして広げる。くり広げる。
⑩ 平にならす。⑪ 撒き散らす。ばらまく。⑫ 弓を射る。
⑬ 引用する。例としてあげる。⑭ 誘う。心ひく。促す。招く。
⑮ ひいきにする。⑯ 物を与える。引き出物とする。
⑰ 湯を浴びる。入浴する。⑱ 座を去る。退座する。
⑫ み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも [禅師] (万2-96)
⑫ み薦刈る信濃の真弓
引かずして[強作留]わざを知ると言はなくに [郎女] (万2-97)
   ひくまの   引馬野  〔地名〕
愛知県宝飯郡御津町御馬の地。音羽川河口付近の地で引馬神社がある。豊川市為当町・静岡県浜松市北郊の曳馬町付近とする説もある。
 
引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに(万1-57) 
   ひさかたの  久方の 【枕詞】天に関係のある語にかかる。
「天 (あめ・あま)」「雨」「月」「雲」「空」「光」「夜」「都」など。
うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば(万1-82)
   ひじり     〔名詞〕
① 徳の高い立派な人。儒教でいう聖人。
② 高い徳で天下を治める人。天皇。③ その道に優れた人。達人。
④ 徳の高い僧。聖僧。大徳(だいとこ)。
⑤ 一般に僧。法師。特に山中にこもり、また諸国をめぐって厳しい修行をする僧。
② 玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ-(万1-29)
③-柿本人麻呂なむ歌の
なりける-(古今・仮名序)
 

【有斐閣「万葉集全注巻第一-29 ひじり」注】
「ひじり」の原義は霊(ひ)を知る(支配する)人の意。「霊」と「日」は同源の語であるから、日(太陽の運行)を司る人...
 
   ひそか  密か・窃か 〔形容動詞ナリ〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
① 表立たず、内密なさま。こっそり。
② 私物化するさま。
【参考】
中古では、漢文訓読に用いる。和文の「みそか」に対応する。
   (ひそかに)  竊かに 【有斐閣「万葉集全注巻第二-105、116 題詞原文「竊」注
[
105] 大津皇子下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首
116歌の題詞にも見える。「霊異記訓注」などにより「ヒソカニ」と訓む。大津皇子が伊勢の大伯皇女を訪ねた時の皇女の作歌である。この題詞に「竊かに」とあるのは、皇女が斎宮であったため、姉弟でも簡単に逢うことを許されなかったのを、忍んで逢いに行かれたことをあらわしているのだろう。
[116] 但馬皇女在高市皇子宮時接穂積皇子事既形而御作歌一首
既出 (105歌)。「日本霊異記上巻第三十四話の訓注に「宴嘿二合竊也」と見え、同第二十話には「宴嘿」に「比曽加尓之天」とある。同義語に「ミゾカニ」があるが、上代における確例は見出せない。
   ひつ  漬つ・沾つ 〔自動詞タ行四段・上二段〕水につかる。ぬれる。(例歌四段) 声はして涙は見えぬ時鳥わが衣手のひつを借らなむ(古今夏-149)
嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が結ふ髪の
漬ちてぬれけれ(万2-118)
〔他動詞タ行下二段〕水につける。ひたす。ぬらす。 
   ひと     〔名詞〕
① 人間。② 世間の人。世の人。③ 自分以外の人。他の人。
④ 大人。成人。⑤ 立派な人。優れた人。
⑥(特定の人をさして)あの人。意中の人。⑦ 身分。家柄。
⑧ 人柄。性質。
 
③ 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬの子故に(万2-122)
皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも [娘子](万2-124)

⑤-ひげ掻き撫でて 我れをおきて
はあらじと 誇ろへど- (万5-896)
 
⑥ 磐代の岸の松が枝結びけむは帰りてまた見けむかも(万2-143)
⑥ わたの原八十島かけてこぎ出でぬと
には告げよあまの釣舟 (古今羈旅-407)
   ひとごと  人言 〔名詞〕他人の言う言葉。世間の噂。
人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)
【参考 人言を繁み】「~を~み」は「ミ語法」。「~が~なので」
 
   ひとづま   人妻・他妻  〔名詞〕
① 他人の妻。② [他夫] 他人の夫。
 
① 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも(万1-21)
② つぎねふ 山背道を
人夫の 馬より行くに 己夫し-(万13-3328)
   ひとみな  人皆 〔名詞〕すべての人。 [参考「みなひと」]
人皆の見らむ松浦の玉島を見ずてや我れは恋ひつつ居らむ(万5-866)
   ひとり  独り・一人 〔名詞〕
① ひとり。単身。② 独身。
① 流らふる妻吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ(万1-59)
① ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ(万2-106)
 ひとり 〔副詞〕自然に。ひとりでに。
        〔名詞〕田舎。都から遠い地方。  天離るの長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ  [一本云 家のあたり見ゆ]
  (万3-256)
 
   ひなみしのみこ    日並皇子   〔名詞〕 日雙斯 皇子命乃 馬副而 御猟立師斯 時者来向(萬-49)
【有斐閣「万葉集全注 巻第一-49 日並皇子の命」注】
日(天皇)に並ぶ皇子の命(みこと)の意。皇太子をいう普通名詞。実際には草壁皇子にだけいう。(私注:この書では、原文「日雙斯」を「ヒナミシ」の四文字で訓じている。)
  
   ひのたて   日の経 〔方角〕東。また、東西とも。 ⇔「日の緯(よこ)
有斐閣「万葉集全注」での高橋氏文「本朝月令所引」
「東西南北」をそれぞれ「日竪 (ひのたて)・日横 (ひのよこ)・陰面 (かげとも)・背面 (そとも)」に当てている。
-見したまへば 大和の 青香具山は 日の経の 大御門に 春山と -(万1-52)
   ひのみかげ  日の御蔭   「天の御蔭」の言い換え。  -天知るや 日の御蔭の 水こそば つねにあらめ 御井のま清水(万1-52)
   ひのみかど   日の御門
 檜の御門
 
〔名詞〕
① [日の御門] 皇居。朝廷。
② [檜の御門] 檜(ひのき)造りのりっぱな宮殿。
 
①-鴨じもの 水に浮き居て 我が作る 日の御門に 知らぬ国 -(万1-50)
②-真木さく檜の御門新嘗屋(にひなへや)に-(記・下)
   ひのみこ   日の御子  〔名詞〕天皇、また皇子を敬っていう語。  やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が上に-(万1-50) 
   ひのよこ   日の緯  〔方角〕西。また、南北とも。⇔「日の経(たて) -この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さびいます 耳成の-(万1-52)
   ひむがし     〔名詞〕[古くは「ひむかし」] ひがし。  の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(万1-48) 
   ひら   比良  〔地名〕[歌枕] 
今の滋賀県琵琶湖西岸の地名。比良山東側のふもと。比良の高嶺・比良の山は、比叡山の北に連なる山で、天台修験道の霊場であった。
「比良の暮雪」は近江八景の一つ。
 
楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
  [一云 逢はむと思へや](万1-31)
 
   ひりふ   拾ふ  〔他動詞ハ行四段〕《上代語》拾う。 家づとに貝を拾ふと沖辺より寄せ来る波に衣手濡れぬ(万15-3731)
      反復・継続の助動詞「ふ」 [四段動詞の未然形に接続] ⇒「主要助動詞活用表 秋の田の穂の上に霧ら朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88)
       干・乾 〔自動詞ハ行上二段〕【ヒ・ヒ・フ・フル・フレ・ヒヨ】
≪上代語≫「ひる (干る・乾る) に同じ」
 
あやに悲しみ 明け来れば うらさび暮らし 荒栲の 衣の袖は 干る時もなし-(万2-159)
   〔自動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① 時がたつ。年月が過ぎる。
②(場所を)通って行く。通り過ぎる。
③ 経験する。
 
① 白波の浜松が枝の手向けぐさ幾代までにか年のぬらむ [一云 年は経にけむ] (万1-34)
   ふかみる  深海松 〔名詞〕海底深く生えた海松(みる=海藻の一種) 神風の 伊勢の海の 朝なぎに 来寄る深海松 夕なぎに 来寄る俣海松-(万13-3315)
   ふかみるの  深海松の 【枕詞】同音を重ねて「深む」「見る」にかかる。 -靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は-(万2-135)
-浦廻には なのりそ刈る
深海松の まく欲しけど-(万6-951)
   ふかむ   深む  〔他動詞マ行下二段〕【メ・メ・ム・ムル・ムレ・メヨ】
深める。深くする。深く思う。
-靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は-(万2-135)
あひ見ねば恋こそまされ水無瀬川なにに
深めて思ひそめけむ() 
   ふく  吹く 〔自動詞カ行四段〕
① 風が起こる、風が渡る。
② 嘯く。③ 水が湧き出る。
① 君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く(万4-491)
  采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万1-51)
  我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73)
 更く 〔自動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 季節が深まる。たけなわになる。
② 夜が深くなる。更ける。
③ 年をとる。老いる。
① 秋更けぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影さむしよもぎふの月 (新古今秋下-517)
② 我が背子を大和へ遣るとさ夜
更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)
ふけにけるわがみのかげをおもふまにはるかに月の傾きにける (新古今雑上-1534)
   ふくし   堀串   〔名詞〕後世「ふぐし」とも
竹または木の先をとがらせて作った、土を掘るへら。
篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に-(万1-1) 
   ふくろ  袋・嚢 〔名詞〕
① 布・皮・紙などでつくった、物を入れるふくろ。
② 財布・巾着。
① 燃ゆる火も取りて包みてには入ると言はずやも智男雲(万2-160)
   ふたかみやま  二上山 〔地名〕歌枕
① 今の奈良県北葛城郡と大阪府南河内郡との間にある山。
 二上山(にじょうさん)。
② 今の富山県高岡市北部の山。月と紅葉の名所。
① うつそみの人なる我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む(万2-165)
   ふぢはら   藤原  〔地名〕 やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が上に 食す国を-(萬-50)
有斐閣「万葉集全注巻第一-50 藤原が上に」注
「藤原」は大和三山に囲まれる地の総称。藤原氏と関係が深いらしい。藤原遷都の陰には藤原氏の力がかなり大きく作用していよう。
中央公論社「萬葉集注釈巻第一-50 藤原がうへに」注
「藤井が原」(1・52)ともあるのを見ると、藤の木蔭に良い井水が出て、それを藤井と呼び、その辺りの野を「藤井が原」、また略して「藤原」と云つたのかと思はれる。「うへ」は上の意。その原の上に宮殿を建設される意である。
   
   ふと-   太-  〔接頭語〕[名詞・動詞に付いて]
大きく尊い、荘重なり、立派な、の意を添える。
 
【例】
「太祝詞」「太敷く」など
 
   ふとしく   太敷く  〔他動詞カ行四段〕[「ふと」は接頭語]
① 立派に立てる。「太知る」とも。
② 天皇の徳を天下にしきほどこす。立派に世を治める。
 
①-花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの-(万1-36)
②-瑞穂の国を 神ながら
太敷きまして やすみしし 我が大君の -(万2-199)

【小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第一-36 宮柱太敷きませば」頭注】
 礎石を置かずに穴を掘って直接柱を立てる古代の建築様式を示す。
   ふなで   舟出  〔名詞〕舟で漕ぎ出すこと。出帆。  山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(万1-39) 
   ふなはて   船泊て 〔名詞〕船が港に泊ること。船泊まり。  いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟(万1-58) 
   ふね   船・舟 〔名詞〕ふね。 かからむとかねて知りせば大御泊てし泊りに標結はましを (万2-151) 
  〔名詞〕① 水などを入れる器。水槽。② 馬のかいばおけ。  
   ふむ   踏む・践む  〔他動詞マ行四段〕
① 足で抑える。踏みつける。
② 踏み歩く。歩く。行く。訪れる。
③ (多く「位をふむ」の形で) その地位につく。
④ 舞う。技芸を演じる。
⑤ 値段を見積もる。値踏みをする。
⑥ 日を過ごす。
 
② 橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥](万2-125)
② 岩根
踏み夜道は行かじと思へれど妹によりては忍びかねつも(万11-2595)
 
   ふゆごもり    冬籠り   〔名詞〕[古くは「ふゆこもり」]
冬の寒さの厳しい間、動植物が活動を止め、土中や巣にこもること。
雪ふればふゆごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける(古今冬-323) 
【枕詞】「春」にかかる。  冬こもり春咲く花を手折り持ち千たびの限り恋ひわたるかも(万10-1895) 
   ふり   振り・風 〔名詞〕
① 動作・ふるまい。② 姿・なりふり。③ そぶり。④ 習慣・風俗。
⑤ (歌舞伎や舞踏で) しぐさ・所作。⑥ (音曲で) 曲調・節回し。
⑦ ずれ・ゆがみ。
(ふり)   (接頭語) 
動作を強調するための語。〔万葉集全注〕
「ふり起こし」「ふりたて」などと動詞に冠して動作を強める意に用ゐる接頭語。〔万葉集注釈〕
フリは他の動詞に冠して、勢いよくする意味を加えている。〔万葉集全註釈〕
 
   ふりさく  振り放く 〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
はるか遠方を仰ぐ。ふり仰ぐ。
振り放けて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも(万6-999)
   ふりさけみる  振り放け見る 〔他動詞マ行上一段〕【ミ・ミ・ミル・ミル・ミレ・ミヨ】
はるかに仰ぎ見る。ふり仰いで遠くを見る。
あまの原ふりさけみればおおきみのみ命はながくあまたらしたり (万2-147)
あまの原ふりさけみれば春日なるみかさの山にいでし月かも (古今羇旅-406)
      ふる       旧る・古る 〔自ラ行上二段〕【リ・リ・ル・ルル・ルレ・リヨ】
① 古くなる。年月を経る。② 年をとる。老いる。③ 古くさくなる。
古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
   [恋をだに忍びかねてむ手童のごと](万2-129)
③ 我が里に大雪
れり大原の古りにし里に降らまくは後(万2-103)
 降る 〔自ラ行四段〕雨、雪などが降る。また比喩的に涙が流れ落ちる。
〔参考〕和歌では「旧る」にかけて用いられることが多い。
-さやかに見れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と-(万1-79)
居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも (万2-89)

我が里に大雪れり大原の古りにし里に降らまくは後(万2-103)

君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ(古春上-21)
 触る   〔自ラ行四段〕触る・触れる。 我妹子に触るとはなしに荒礒廻に我が衣手は濡れにけるかも(万12-3177)
〔自ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
① さわる・触れる。② 出逢う・関係する。③ 箸をつける・食べる。
④ (多く「肌触る」の形で) 男女が親しみ会う・契る。
① うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも(万10-1834)
〔他ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
広く知らせる・告げ知らせる。
 
 
 振る  〔他動詞ラ行四段〕
① 揺り動かす。ふる。② 神体などを移す。遷座する。
③ 男女の間で、相手を振り捨てる。④ 入れ替える。置き換える。
 
① 石見のや高角山の木の間より我がる袖を妹見つらむか (万2-132)
① かねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖
振る(万1-20)
 
   ふるし   古し・故し・
旧し
〔形容詞シク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
① 遠い昔のことである。
② 年を経ている。年功を積んでいる。年老いている。
③ 古びている。また、珍しくない。
 
① 古の人に我れあれや楽浪の古き都を見れば悲しき(万1-32)
③ 鶉鳴き
古しと人は思へれど花橘のにほふこの宿(万17-3942)
          -へ  -重  〔接尾語〕重なっている数を示す。  「八重(や)垣」「千重(ち)」「一重(ひと)」など
        〔名詞〕(ふつう「~のへ」の形で)うえ。 「韓国(からくに)の城(き)のに立ちて」(欽明紀)
   〔名詞〕(戸籍上の一戸としての)いえ。民家。またそれを数える語。 「秦人(はたびと)のの数総べて七千五十三(ななちへあまりいそあまりみへ」(欽明紀)
 -へ   -辺  〔接尾語〕「べ」とも。
~のあたり。~のほう。~のころなどの意を添える。
 
「沖」「末」「春」「山」など 
        〔名詞〕
① ほとり。あたり。
②(沖に対して)海辺。
 
① -海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の にこそ死なめ- (万18-4118) 
② -罷りいませ 海原の 辺にもにも 神づまり- (万5-898)
   〔名詞〕いえ。  妹がに雪かも降ると見るまでにここだもまがふ梅の花かも[小野氏國堅] (万5-848) 
   〔名詞〕船の前部。船首。へさき。⇔「艫(とも)」  -夕潮に 船を浮けすゑ 朝なぎに 向け漕がむと-(万20-4422) 
  〔格助詞〕⇒「主要助詞一覧表
   べし           べし          〔助動詞〕推量。→「助動詞活用表
① あるべき事の起こることを予想する 
(・・・しそうだ)
② ある程度確実な推測を表わす(きっと・・・だろう)
③ 予定の意を表わす (・・・することになっている)
④ 当然の意を表わす (・・・するがよい)
⑤ 可能または可能性を推定する意を表わす (・・・する事ができる)
⑥ 終止形を用いて強い勧誘・押し付けの意
 (・・・する方がよい)
⑦ 終止形を用いて意志を表わす
(・・・するつもりだ)
⑧ 必要・義務の意を表わす
(・・・しなければならない
わが背子が来べき宵なりささががにのくものふるまひかねてしるしも (古今墨滅-1110)

④ 大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
⑥ 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18)
⑥ 我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶ
べし(万2-128)
 上代「べし」の語幹「べ」に理由・原因を表わす接尾語「み」がついて「べみ」の形が用いられた ほととぎす鳴く羽ぶりにも散りぬべみ袖に扱き入れつ藤波の花 (万19-4217左注)
【「べし」の語源】
「べし」の語源は副詞「べ」だといわれている。当事者の意志を超えた道理・理由によって、当然・必然のことと考えられるようすだというのが原義であったらしい。
→「うべ
 
   へそ    巻子   〔名詞〕つむいだ糸を環状に巻きつけたもの  綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背(万1-19) 
   へつかい  辺つ櫂 〔名詞〕(「つ」は「の」の意の上代の格助詞)岸辺を漕ぐ船の櫂。⇔ 沖つ櫂  ―いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の ―(万2-153)
        〔名詞
① 稲・すすきなどの、花や実の付いた茎の先。
② やり・刀などの先。
① 秋の田のの上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88)
   ほし   〔名詞〕
① (天の) 星。② 兜の鉢に並べて打ち付けた鋲の頭。
③ 九星のうち、その人の生まれ年にあたるもの。また、その年々の吉凶。
 運勢。
① 北山にたなびく雲の青雲の離り行き月を離れて(万2-161)
   ほす   干す・乾す  〔他動詞サ行四段〕
① 濡れたものをかわかす。② 涙をかわかす。泣くのをやめる。
③ すっかり飲みつくす。
 
① 春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山(万1-28) 
   ほととぎす  時鳥・杜鵑・
霍公鳥・郭公
〔名詞〕鳥の名。初夏に渡来し、秋に南方に去る。巣をつくらず、うぐいすなどの巣に卵を生み、ひなを育てさせる。夏を知らせる鳥として親しまれ、多くの詩歌に詠まれた。「死出の田長 (たをさ) 」という異称から、冥途から来る鳥ともされた。卯月鳥 (うづきどり)。 いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと (万2-112)
   ほむき  穂向き 〔名詞〕実った穂が一方に靡いていること。 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも(万2-114)
秋の田の
穂向き見がてり我が背子がふさ手折り来るをみなへしかも (万17-3965)
   ほる   欲る  〔他動詞ラ行四段〕願い望む。欲しがる。  我が欲りし雨は降り来ぬかくしあらば言挙げせずとも年は栄えむ (万18-4148)
五十音index
  ま     〔接頭語〕(名詞・形容詞などについて) 真実・正確・純粋・称賛・強調などの意を添える。
「真かなし」「真木」「真心」「真清水」
三輪山の山辺麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき(万2-157)
      間・際  〔名詞〕
① (時間的に) あいだ。ひま。
② (空間的に) あるものが位置するところ。また、物と物との間。隙間。
③ 柱と柱との間。
④ 家の内で、ふすま・屏風などで仕切られたところ。部屋。
 
① たれこめて春のゆくへも知らぬに 待ちし桜もうつろひにけり (古今春下-80)
② み吉野の象山の
の木末にはここだも騒く鳥の声かも (万6-929)
   まがひ  紛ひ 〔名詞〕
① 入り乱れて、見分けのつかないこと。
② 見間違えるほど似せてあること。また、そうしたにせ物。
① あしひきの山下光る黄葉の散りの乱ひは今日にもあるかも(万15-3722)
   まがふ   紛ふ  〔自動詞ハ行四段〕
① 入り乱れて区別できなくなる。入りまじる。
② 間違えるほどよく似ている。
③ 見分けがつかなくなる。間違える。
① 妹が家に雪かも降ると見るまでにここだもまがふ梅の花かも(万5-847)
③ 桜花ちりかひくもれ 老いらくのこむといふなる道
まがふがに(古今賀-349)
〔他動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① 入り乱れさせて区別できないようにする。見失う。
② 見間違える。聞き違える。思い違える。
 
 
   まき   真木・槙  〔名詞〕[「ま」は接頭語]
立派な、良質の木。檜・杉・松などの常緑樹をいうが、特に檜の異名。
-隠口の 初瀬の山は 真木立つ 荒き山道を 岩が根-(万1-45) 
   まきのつまで  真木の嬬手  〔名詞〕杉や檜などの角だった、粗作りの木材。一説に、檜の丸太とも。 -泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを 百足らず 筏に作り-(万1-50)
   まく   枕く  〔他動詞カ行四段〕
① 枕とする。枕にして寝る。② 一緒に寝る。結婚する。
① かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを (万2-86)
② うちひさす宮の我が背は大和女の膝まくごとに吾を忘らすな (万14-3476)
 
 巻く・捲く
・纏く
〔他動詞カ行四段〕
① 長い物をぐるぐると巻く。巻きつける。(丸く)巻く。② 取り囲む。
 
 まく (上代語)未来の推量を表す。~だろうこと。~であるようなこと。推量の助動詞「む」のク語法 ⇒「む」語法
〔接続〕活用語の未然形に付く。
梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林に鴬鳴くも(万5-828)
   まくさ   真草  〔名詞〕[「ま」は接頭語]
草、特に屋根を葺くのに用いる「かや」「すすき」などをいう。
ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君の形見とぞ来し(万1-47) 
   まくさかる   真草刈る  【枕詞】「荒野」にかかる。  ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し(万1-47)
   まくら   〔名詞〕
① 寝るときに、頭をのせるもの。まくら。
② 寝ること。宿ること。
「新枕(にひまくら)・草枕・旅枕」などの形で用いる。
③ 枕のあたり。頭の方。④ かたわらに置いて事の拠り所とするもの。
② 玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲ののあたり忘れかねつも(万1-72)
   まくらく  枕く 〔他動詞カ行四段〕[名詞「枕」を動詞化したもの] 枕にする。 大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ(万1-66)
   まさきく   真幸く  〔副詞〕[「ま」は接頭語] 幸せに。無事に。  磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む(万2-141) 
   まさしに  正しに 〔副詞〕まことに。確かに。 大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し(万2-109)
    まし    まし   〔助動特殊型〕
① もし・・であったとしたら・・だろうに。
② 希望・願望
・・だったらよかったろうに。
① 旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし (万1-67)
① 妹が家も継ぎて見
ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
   [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを](万2-91)
① 悔しかもかく知らせませばあをによし国内ことごと見せ
ましものを (万5-801)
② 見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲か
まし(古春上-68)
② 我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくになら
ましものを (万2-108)
〔接続〕活用語の未然形につく。
 〔語法〕未然形の「ましか」は「ば」を伴って仮定の意を表わすのに用い、已然形の「ましか」は「こそ」の結びとして用いられる。上代には未然形に「ませ」という形があった。「ませ」は中古以後も歌に用いられた。
   ましじ  ましじ 〔助動詞「まじ」の古形〕⇒「主要助動詞活用打消推量『まじ』
~ないだろう。~まい。~はずがない。
玉櫛笥みもろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ [玉くしげ三室戸山の]
    (万2-94)
堀江越え遠き里まで送り来る君が心は忘らゆ
ましじ(万20-4506)
       ます        増す・益す  〔自動詞サ行四段〕
① 数・量が多くなる。増加する。
② まさる。すぐれる。
② 秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ思ほすよりは(万2-92)
② 旅と言へば言にぞやすきすべもなく苦しき旅も言にまさめやも (万15-3785)
〔他動詞サ行四段〕
① 数・量を多くする。増加させる。
② すぐれるようにする。まさらせる。
 
 ます  〔助動詞四型〕「申す」からの転。相手に対する謙譲の意「~し申す」
〔助動詞サ変型〕
【マセ・マシ・マス
(マスル)・マス(マスル)・マセ(マスレ)・マセ(マセイ)】
「まゐらせさす」の略。
① 動作を受ける相手に対する敬意を表わす。お~する。
② 相手に対する丁寧・謙譲の意を表わす。~ます。
〔接続〕動詞の連用形に付く。
参考
①と②が合流して、現代の丁寧語「ます」(サ変型)が現れた。
②の活用はもともと下二段型であったが時代が新しくなるにつれて「サ変型」に移行している。

② -花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの-(万1-36)
② 打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります(万1-23)
 座す・坐す   〔自動詞サ行四段〕
①「あり」の尊敬語。
 「いらっしゃる」「おいでになる」「おありになる」
②「行く「来(く)」の尊敬語。
 「いらっしゃる」「おいでになる」
 
① 外に見し真弓の岡も君座せば常つ御門と侍宿するかも(万2-174)
② 我が背子が国へ
ましなば霍公鳥鳴かむ五月は寂しけむかも (万17-4020)
 
〔補助動詞サ行四段〕(動詞の連用形に付いて)尊敬の意を表す。
 「お~になる」「~て(で)いらっしゃる」
 
-ひじりの御代ゆ [或云 宮ゆ] 生れましし 神のことごと -(万1-29) 
ひととせにひとたび来ます君待てば宿かす人もあらじとぞ思ふ (古今羈旅-419)
   ますらを   益荒男・丈夫 〔名詞〕勇ましく立派な男・勇士・ますらたけを。⇔「手弱女(たをやめ)


大夫の 出で立ち向ふ 故郷の -(万10-1941)
ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり(万2-117)
嘆きつつ
ますらをのこの恋ふれこそ我が結ふ髪の漬ちてぬれけれ(万2-118)
   また    又・亦・復  〔副詞〕
① もう一度。ふたたび。かさねて。② 同じように。やはり。
③ その他。別に。
 
① 楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
    [一云 逢はむと思へや](万1-31)

③ これをおきて またはありがたし さ慣らへる 鷹はなけむと (万17-4035)
 
 また  接続詞
① ならびに。および。② そして。それに。そのうえ。
③ あるいは。もしくは。そうかと思うと。
④ しかし。そうかといって。
⑤(話題を変えるときに言う語)
 「そして」「それから」「そこで」
 
  
   まちかぬ   待ち兼ぬ  〔他動詞ナ行下二段〕【ネ・ネ・ヌ・ヌル・ヌレ・ネヨ】
 [「かぬ」は接尾語] →「かぬ
待っていることに堪えられなくなる。待ち切れなくなる。
荒礒やに生ふる玉藻のうち靡きひとりや寝らむ我を待ちかねて(万14-3584)
楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟
待ちかねつ(万1-30)
     まつ     〔名詞〕
① マツ科の常緑高木。古くから神の宿る木とされ、長寿・繁栄・慶事・節操を表すものとして尊ばれた。
②「松明(たいまつ)」の略。
③「松(かどまつ)」の略。新年を祝って家の門に立てる松。松飾り。
① 我妹子を早見浜風大和なる我れ椿吹かざるなゆめ(万1-73)
① 八千種の花は移ろふ常盤なるのさ枝を我れは結ばな(万20-4525)
 待つ   〔他動詞タ行四段〕
① 相手や物事の来るのを望む。意識する。
 
② 相手や物事の来るのを用意して迎える。もてなす。
延期する。遅らせる。
 
① 君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ(万2-85)
① 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(万1-8)
  
   まつがね  松が根 〔名詞〕松の根。 大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ(万1-66待
   まつがねの  松が根の 【枕詞】同音を重ねて「待つ」に松の根が続く意かた、「絶ゆることなく」にかかる。 -人に言ふ ものにしあらねば 松が根の 待つこと遠み-(万13-3272)
-いや継ぎ継ぎに
松が根の 絶ゆることなく あをによし 奈良の都に- (万19-4290)
   まつちやま   真土山・待乳山  〔地名〕
① [真土山]和歌山県橋本市の西にある山。「南海道」の入り口にあたるため古来歌に詠まれ、多く同音の「待つ」にかける。「真土の山」(歌枕)
② 東京都台東区の浅草本竜院の境内にある小丘。頂上に聖天(=歓喜天)をまつる。江戸文学ゆかりの地。
 
① あさもよし紀人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも(万1-55)
   まつる   祭る  〔他動詞ラ行四段〕《上代語》
① [「与ふ」「やる」などの謙譲語]
 「差上げる」「たてまつる」
② [「飲む」「食ふ」などの尊敬語]
 
「召し上がる」 
① 心をし君に奉ると思へればよしこのころは恋ひつつをあらむ(万11-2608) 
〔補助動詞ラ行四段〕《上代語》
 [動詞の連用形の下に付いて、謙譲の意を表す]
 「お~申し上げる」「お~する」
見まつりていまだ時だに変らねば年月のごと思ほゆる君(万4-582)
   まで    まで (真手)
その「表記
〔副助詞〕
① 動作・作用の帰着点・終点を示す、~までに
② 動作・作用の及ぶ時間的・空間的な限界を示す、~くらいに
③ 動作・作用・状態の限度・程度の極端なことを示す、~ほど
① 天飛ぶや鳥にもがもや都まで送りまをして飛び帰るもの(万5-880)
②-里長が声は 寝屋処まで 来立ち呼ばひぬ-(万5-896)
白波の浜松が枝の手向けぐさ幾代までにか年の経ぬらむ [一云 年は経にけむ]
   (万1-34)

③ わが宿は道もなきまで荒れにけりつれなき人を待つとせしまに (古今恋五-770)
〔終助詞〕「までに」とも。感動の意を表わす。なあ
    -に  までに 〔副助詞〕「まで」に格助詞「に」のついたもの
① 動作・作用の程度をはっきり表わす。「~くらいに、~ほど」
② 動作・作用・状態の限度をはっきりと示す。「~ほどに」
① あさぼらけありあけの月と見るまでに吉野のさとにふれる白雪(古冬-332)
①-作れる家に 千代までに いませ大君よ 我れも通はむ(万1-79)
② 我が宿の穂蓼古幹摘み生し実になるまでに君をし待たむ(万11-2769)
   まとかた  円方 〔地名〕三重県松坂市の東部、東黒部町一帯の地。
『逸文風土記』に、「地形似的」とあり、地形より出た地名。
 大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(万1-61)
   まなし   間無し  〔形容詞ク活用〕
① 隙間がない。
② 絶え間がない。暇がない。
③ すぐだ。即座である。
①-枕辺に 斎瓮を据ゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ-(万3-423)
② 波立てば奈呉の浦廻に寄る貝の
間なき恋にぞ年は経にける(万18-4057)
②- 時なくぞ 雪は降りける 間無くぞ 雨は振りける -(万1-25)
   まにま   随・随意 〔名詞・副詞〕事のなりゆきに従うこと。「~どおりに・~ままに」
去年の秋相見しまにま今日見れば面やめづらし都方人(万18-4141)
   まにまに   随に 〔副詞〕[「ままに」の古形。]
事のなりゆきに任せるさま。「~ままに・~につれて」
梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも(万2-98)
   まゆみ    〔名詞〕
① 山野に自生する落葉亜高木。晩秋に紅葉する。幹の外皮は青く艶があり、内面は白色または黄。木質は強く弓を作るのに適する。また紙をつくる。
②(檀弓・真弓)檀の木で作った丸木弓。
 作り方によって「白檀弓「反檀弓」「小檀弓」など諸種がある。
南淵の細川山に立つ弓束巻くまで人に知らえじ(万7-1334) 
② み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに(万2-97)
             〔接頭語〕
①【御】尊敬の意を表す。
「御格子(みかうし)」「御国」「御位(みくらゐ)」「御世」
②【御・美・深】美称、または語調を整えるときに用いる。
 
〔接尾語〕
① 形容詞の語幹に付き、この後に続く「思ふ」「す」の内容を表わす連用修飾語をつくる。
② 形容詞及び形容詞型に活用する助動詞「べし・まし・ましじ」の語幹について、原因・理由を表わす。多くは上に名詞と助詞「を」が来る。
 「~なので、~だから」
③ 形容詞の語幹について、名詞をつくる
④ 動詞または助動詞「ず」の連用形について重ねて用いられ、動作が交互に反復し行われることを表わす
① 玉桙の道の神たち賄はせむ我が思ふ君をなつかしせよ(万17-4033)
② 山越しの風を時じ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ(万1-6)
③ 夏の野の茂に咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ(万8-1504)
  采女の袖吹きかへす明日香風都を遠いたづらに吹く(万1-51)
 -回・曲 〔接尾語〕(上一段動詞「回(み)る」の連用形から)山・川・海などの入り曲がったところの意を表す。「~のあたり・~のめぐり」
【例:「浦み」「隈み」「里み」「島み」など】
大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎に鶴鳴くべしや(万1-71)
後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背(万2-115) 
 ミ語法   上代の語法で、「接尾語②」に相当する。
②形容詞及び形容詞型に活用する助動詞「べし・まし・ましじ」の語幹について、原因・理由を表わす。多くは上に名詞と助詞「を」が来る。
 「~なので、~だから」

「名詞」+「間投序詞を」+「形容詞語幹」+「み」
  
「~を~み」 ~が~なの
 
我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
宵に逢ひて朝面無み名張にか日長き妹が廬りせりけむ(万1-60)
 
   〔名詞〕
① からだ。身体。② 身分。また、身の上。身のほど。
③ 自分。我が身。④ 命。⑤ 刀の鞘の中の刃。刀身。⑥ 中身。内容。
〔代名詞〕
の人代名詞。わたくし。われ。男性が用いた。
 
①-其を取ると 騒く御民も 家忘れ もたな知らず 鴨じもの-(万1-50) 
  詞〕① 果実。実ったもの。② 内容。中身。 ② 住吉の浜に寄るといふうつせ貝なき言もち我れ恋ひめやも(万11-2807)
 [実ならぬ木には神がつく]
しかるべきときに結婚しない女性には神がとりつき、一生結婚できなくなる。
玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに(万2-101)
   みあらか   御舎・御殿  〔名詞〕[「み」は接頭語] 宮殿。御殿(ごてん)。  -真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあらかを 高知りまして-(万2-167) 
   みえぬ   見えぬ  〔なりたち〕
[下二段動詞「見ゆ」の未然形「見え」+打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」]
① 見えない。思われない。② 見かけない。見ることができない。
 
② 我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44) 
   みこころを   御心を  【枕詞】御心を「寄す」の意で、「吉」にかかる。  -山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ-(万1-36) 
   みこと   命・尊 〔名詞〕[「み」は接頭語]
① 神や人を敬っていうときに付ける語。
〔代名詞〕対称の人代名詞。あなた。おまえ。
① -八千矛の神のみこと-(記上)
① 日並の皇子のの馬並めてみ狩り立たしし時は来向ふ(万1-49)
 御言 〔名詞〕[「み」は接頭語]
神や天皇、または貴人のおことば。仰せ。
み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく(万2-113)
   みこも  水菰・水薦  〔名詞〕水中に生えるまこも。  
   みこもかる  水薦刈る  【枕詞】「信濃」に懸かる。
み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも(万2-96) 
   みさく   見放く  〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 遠くを眺める。遠くを見遣る。
② 会って心中の思いをはらす。
 
①-見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく-(万1-17)
②-心には 思ふものから 語り放け 見放
くる人目 乏しみと-(万19-4178) 
   みじか   〔形容動詞ナリ〕短い事。  
   みじかうた  短歌 〔名詞〕短歌。和歌の一体。五・七・五・七・七の三十一音からなる。 ⇔ 長歌・長歌(ながうた・ちやうか)。 
   みじかし  短し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
① 空間的に、二点間の距離が短いさま。
 ア・長さが少ない。
 イ・たけが低い。
② 時間の短いさま。
 ア・時間が十分にない。わずかである。
 イ・(愛情など) が長続きしない。
③ (思慮・分別などが) 足りない。劣る。
④ せっかちだ。短気だ。
⑤ 位が低い。身分が低い。
 
   みじかやか  短やか 〔形容動詞ナリ〕短いようす。 ⇒ 短(みじか)らか。  
   みじかゆふ  短木綿 〔名詞〕たけの短い木綿。 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき(万2-157)
   みじかよ  短夜 〔名詞〕夏の短い夜。 霍公鳥来鳴く五月の短夜もひとりし寝れば明かしかねつも(万10-1985) 
   みす    見す   〔他動詞サ行四段〕 [上一段動詞「見る」の未然形「み」に上代の尊敬の助動詞「す」の付いたもの]
「見る」の尊敬語。ご覧になる。
 
御諸が上に登り立ち我が見せば(紀・継体) 
〔他動詞サ行下二段〕【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
① 見せる。見るようにさせる。② とつがせる。結婚させる。
③ 占わせる。④ 経験させる。
 
① 我が欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ
   [或頭云 我が欲りし子島は見しを](万1-12)
 
   みそか  密か 〔形容動詞ナリ〕【ナラ・ナリ(ニ)・ナリ・ナル・ナレ・ナレ】
人目につかないようにひそかにするさま。こっそり。
【参考】
漢文訓読では、「ひそか」が用いられる。
   みそかごころ  か心 〔名詞〕人に知られたくない思いを隠した心。ひそかに恋する心。  
   みたみ   御民  〔名詞〕[「み」は接頭語]
(人民は天皇のものという考えから)天皇の民。
 
御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば(万6-1001) 
   みだる   乱る  〔自動詞ラ行四段〕
乱れる。入り交じる。
  
〔他動詞ラ行四段〕
① 乱す。心を乱れさせる。思い悩ませる。
② 騒ぎを起こす。秩序を乱す。
 
〔自動詞ラ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
① 入りまじる。ばらばらになる。
② あれこれと思い悩む。平静さを失う。
③ 礼儀が崩れる。だらしなくなる。うちとける。
④ 騒ぎが起こる。混乱する。
 
① 引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに(万1-57)
①-川しさやけし 朝雲に 鶴は
乱れ 夕霧に かはづは騒く-(万3-327)
② 別れてもまたも逢ふべく思ほえば心
乱れて我れ恋ひめやも  [一云 心尽して]
    (万9-1809)
   みち  道・路 〔名詞〕[「み」は接頭語。「ち」は道の意。]
海・陸を問わず人の通るところを言うが、転じていろいろ抽象的な意にも用いられる。
① 陸または海で、人または船の通るところ。道路。航路。
② 途中。③ 旅・外出。④ 地方。国。⑤ 人の行うべき道徳。義理。
⑥ 教え、特に仏教・儒教の教義。⑦ 道理をわきまえること。思慮分別。
⑧ 方向。方面。⑨ やり方。手立て。手法。⑩ わけ。道理。条理。
⑪ すじ。秩序。⑫ 学問・芸能・武術などの専門。
① 橘の蔭踏むの八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして(万2-125)
③ 人やりの
みちならなくにおほかたは行きうしといひていあ帰りなむ (古今離別-388)
④ 高志 (こし) の
みちにつかはし(記中)
⑧ 世間の遊びの
にたのしきは酔ひ泣きするにあるべくあるらし (万3-350)
⑪ 奥山のおどろがしたもふみ分けて
ある世ぞと人に知らせむ (新古今雑中-1633)
   みちゆき  道行き 〔名詞〕
① 道を行くこと。旅行。道中。
② 文体の一種。戦記物・謡曲・浄瑠璃などで、旅して行く道の叙景と叙情を記した韻文体の文章。縁語・序詞・掛詞などの技巧をこらした文章で、通常七五調をとる。道行き文。
③ 歌舞伎・浄瑠璃などで、男女が連れ立って旅をしたり心中・駆け落ちをするさまを演じる所作。転じて、駆け落ちすること。または情死の場へ行くこと。
①-かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の-(万1-79)
① 若ければ道行き知らじ賄はせむ黄泉の使負ひて通らせ(万5-910)
   みつ   満つ・充つ  〔自動詞タ行四段〕
① いっぱいになる。
②(願いや思いが)かなう。
③(世の中に)広がる。知れ渡る。
④ 満潮になる。また、満月になる。
 
① -四方の国には 人さはに 満ちてはあれど 鶏が鳴く 東男は-(万20-4355)
④ 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)
④ 玉敷ける清き渚を潮
満てば飽かず我れ行く帰るさに見む(万15-3728)
〔他動詞タ行下二段〕【テ・テ・ツ・ツル・ツレ・テヨ】
① 満たす。いっぱいにする。
② 十分にする。かなえる。

【参考】
「自動詞四段」は、中古以降「上二段」にも活用する。
 
 
 御津・三津 〔名詞〕
難波(今の大阪市付近)の港。難波の津。大伴の御津などといわれた。
西海航路の基点で遣唐使などの発着した港。特に尊んで「御津(みつ)」という。
いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(万1-63)
大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや(万1-68)
   みづ     〔名詞〕飲み水や、川・海・湖・池などの水。  -鴨じもの に浮き居て 我が作る 日の御門に 知らぬ国 -(万1-50) 
   みつき   貢・調 〔名詞〕[「み」は接頭語。のちに「みつぎ」]
①「租・庸・調」などの租税の総称。また献上物。
②「服従」の印に地主神や一般民衆が天皇に献ずる物品
①-聞こし食す 四方の国より 奉る 御調の船は 堀江より-(万20-4384)
②-たたなはる 青垣山 山神の 奉る
御調と 春へは 花かざし持ち-(万1-38)
   みづやま  瑞山  〔名詞〕
若葉の瑞々しく生い茂った美しい山。神聖な山。
「瑞」は清らかで生き生きした様をいう形状言。「瑞垣「瑞歯」「瑞穂」「瑞枝」など。
-畝傍の この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さびいます-(万1-52)
   みとらし   御執らし  〔名詞〕「み」は「接頭語」、「とらし」は四段動詞「とる」の尊敬語「とらす」の連用形から。「みたらし」とも。
手にお取りになるもの。転じて、貴人の弓の敬称。
 
-夕には い寄り立たしし み執らしの 梓の弓の-(万1-3) 
   みな   〔名詞・副詞〕
① すべての事やもの。すべて。残らず。② すっかり。
   みなそそく   水注く  【枕詞】「な」は「の」の意の上代の格助詞。
「臣(おみ)」「鮪(しび)」にかかる。
みなそそく臣のをとめ(記下)
みなそそく鮪(=人名)の若子(わくご)を(武烈紀)
   (みなそそく)   水激く   水が激しくぶつかり流れる意。  -この山の いや高知らす 水激く 瀧の宮処は 見れど飽かぬかも(万1-36) 
   みなひと  皆人

参考:
ひとみな (人皆)
〔名詞〕すべての人。
【参考】
意味の似た語に「人皆 (ひとみな)」がある。「人皆」は「世間の人は皆」の意を表し、「皆人」は、「その場の人は皆」の意で、両者を区別する説もあるが、それに合わない例も見られる。

我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり (万2-95) 
   みまく  見まく 見ること。見るであろうこと。
〔なりたち〕
上一段動詞「見る」の、未然形「み」+推量の助動詞「む」のク語法「まく」

難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも(万2-229)
   みまくほし  見まく欲し 見たい。会いたい。 老いぬればさらぬ別れもありといへば いよいよ見まくほしき君かな(古今雑上-900)
   みまくほる  見まく欲る 見たいと思う。会いたいと思う。 見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに(万2-164)
見まく欲り恋ひつつ待ちし秋萩は花のみ咲きてならずかもあらむ(万7-1368)
   みみ   〔名詞〕
① 聴覚の器官。耳。② 聞くこと。聞こえること。③ うわさ。評判。
④ (耳に穴があることから) 針の穴。
① -鳴く鳥の 声も変らふ に聞き 目に見るごとに うち嘆き-(万19-4190)
② 言に言へば
にたやすし少なくも心のうちに我が思はなくに(万11-2586)
③ 我が聞きし
によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
   みみがのみね   耳我の嶺   【有斐閣「万葉集全注」第一-25番】注釈
吉野山中の一峰であろうが、どの山か未詳。金峰山 (きんぷせん) をあてたり、多武峯 (とおのみね) と吉野の境、今の細峠・龍在峠一帯をあてたりする説がある。
み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間無くぞ 雨は振りける(万1-25)
   みみなしやま   耳成山  〔地名〕[「耳梨山」とも書く] 今の奈良県橿原市にある山。
【歌枕】香具山・畝傍山とともに大和三山と言われている。
 
大和三山 (香具山) 
   みもろのやま
 (みむろのやま)
 御室山・三室山
〔地名〕[歌枕] 
① 奈良県桜井市三輪にある三輪山。
② 奈良県生駒郡斑鳩町にある神奈備山 (かんなびやま) 。
紅葉・時雨の名所。
参考】御室山は「神のいます山」の意で、各地にある。
① 玉櫛笥みもろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ  [玉くしげ三室戸山の]
   (万2-94)
みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き (万-156)
   みや     〔名詞〕[「御屋(みや)」の意] 
① 伊勢神宮をはじめとする神社。
② 皇居。御所。
 
② -石走る 近江の国の 楽浪の 大津のに -(万1-29) 
   みやこ   都・京  〔名詞〕[「宮処(みやこ)」の意] 皇居のある所。京。転じて首府。  沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良のし思ほゆるかも(万8-1643) 
   みやばしら   宮柱  〔名詞〕皇居の柱。神社や宮殿の柱。  -御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば-(万1-36) 
   みやび  雅び 〔名詞〕[上ニ段動詞「雅 (みや) ぶ」の連用形から]
宮廷風であること。上品で優雅なこと。風雅。風流。

【文学理念】
「みやび」は、「をかし」「なまめかし」「あて」「らうたし」などとともに、平安時代の美的理念を表すことばであるが、「をかし」が一般的な美、「なまめかし」が優しく、しかも清新な、時には、官能的な美、「らうたし」が愛の上の美を表現するのに対し、「みやび」は「あて」と同じく、貴族的な美を表現している。
あしひきの山にしをれば風流なみ我がするわざをとがめたまふな(万4-724)
   みやびを  雅男 〔名詞〕風流を解する男。 風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士(万2-126)
風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある(万2-127)
   みやま ① み山
② 深山
③ 御山
〔名詞〕
① [「みは接頭語」] 山の美称。
② 「深山」奥深い山。奥山。
③ 「御山」 [「みは接頭語」] 天皇の墓。御陵。みささぎ。また、一般の墓の敬称。お墓。雅
① 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば (万2-133)
   みゆ   見ゆ  〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
現代語の「見える」にあたるが、受身・可能・自発の意を表す上代の助動詞「ゆ」の受身にあたるのが、「④」。受身の表現を使役の表現に変えると「⑤」。
① 目に映る。見える。② 会う。対面する。③ 来る。やって来る。
④(人に)見られる。⑤ 人に見せる。⑥(女が)結婚する。妻となる。
⑦ 思われる。感じられる。⑧ 見かける。見ることが出来る。
 
我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
① -振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も
見えず -(万3-320)
④ もの思ふと人に見えじとなまじひに常に思へりありぞかねつる(万4-616)
   みゆき   み雪  〔名詞〕[「み」は接頭語] 雪の美称。  -夕去り来れば み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ-(万1-45)
 深雪  〔名詞〕深く降り積もった雪。[冬]  降り積みし高嶺の深雪とけにけり清滝川の水の白波(新古春上-27)
   みよ   御代・御世  〔名詞〕[「み」は接頭語] 天皇の治世の敬称。御治世。  玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ-(万1-29) 
   みよしの   み吉野  〔地名〕[歌枕](「み芳野」とも書く。)
「み」は接頭語。吉野 (今の奈良県吉野郡) 地方の美称。

み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間無くぞ 雨は振りける(万1-25)
   みる  廻る・回る 〔自動詞マ行上一段〕【ミ・ミ・ミル・ミル・ミレ・ミヨ】
「まわる・まわりめぐる」
 
 見る  〔他動詞マ行上一段〕【ミ・ミ・ミル・ミル・ミレ・ミヨ】
① 目にとめる。目にする。眺める。
② 見て判断する。理解する。③ 処理する。取り扱う。
④ 試みる。ためす。⑤ 経験する。事件などに遭遇する。
⑥ 会う。顔を合わせる。⑦ 異性と関係を持つ。夫婦になる。妻とする。
⑧ 世話をする。面倒をみる。
 
① 妹が家も継ぎてましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
    [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを] (万2-91)

① あかねさす紫野行き標野行き野守はずや君が袖振る(万1-20)
⑥ たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ
ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥]
   (万2-123)

⑥ 老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよまくほしき君かな (古今雑上-900)
   みわ(の)やま   三輪山  〔地名〕「三和山」ともかく。
今の奈良県桜井市三輪の東部にある山。ふもとにこの山を神体とする大神(おおみわ)神社がある。「三諸の神奈備」と称され崇められてきた。
 
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万1-18) 
        〔助動詞特殊型〕【○・○・ム(ン)・ム(ン)メ・○】「主要助動詞表
① 推量を表わす。~
だろう。~でしょう。
② 意志を表わす
。~う。~よう。
③ 連体形を用いて仮定を表わす。~したとして~が。

④ 已然形「め」が疑問の助詞「や」「が」を伴って反語の意を表わす

〔語法〕「む」は、「ン」と発音されるようになり、それに伴って「ん」と表記されるようになった。上代には未然形に「ま」という形があったと考えられるが、これは「降らまく」などの形でしか現れない。
 
① わがやどの池の藤なみさきにけり山郭公いつかきなか(古夏-135)
① 大船の津守が占に告ら
とはまさしに知りて我がふたり寝し(万2-109)
② 見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見
(万1-37)
 
②-作れる家に 千代までに いませ大君よ 我れも通は(万1-79)
② 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及か
道の隈廻に標結へ我が背 (万2-115)
② 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かど道の知らなく (万2-158)
④ 玉葛花のみ咲きてならざるは誰
恋なら我は恋ひ思ふを (万2-102)(反語)

④ にほどりの葛飾早稲をにへすともその愛しきを外に立てやも (万14-3404)
-大空の月を見るがごとくにいにしへを仰ぎて今を恋ひざらかも- (古今仮名序)
   むかし     〔名詞〕
① 過ぎ去った時。ずっと以前。
②(「ひと昔」の形で)過去の二十一年。三十三年。また十年を一期としていう語。
 
楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むともの人にまたも逢はめやも
    [一云 逢はむと思へや](万1-31)
 
   むかふ   迎ふ 〔他動詞ハ行下二段〕【ヘ・ヘ・フ・フル・フレ・ヘヨ】
① したくして相手を待つ。②受止める、受け入れる。③出迎える。招く。
① 去年の春逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へけらしも(万8-1434)
③ 君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ(万2-85)
 向ふ・対ふ 〔自動詞ハ行四段〕
① 向き合う、対座する。② 赴く、出かけて行く。③ 近づく、傾く。
④ 当る、相当する。匹敵する。⑤ さからう、敵対する
④ 直に逢ひて見てばのみこそたまきはる命に向ふ我が恋やまめ(万4-681)
   むかへ  迎へ  〔名詞〕人を迎えること 君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ(万2-90)
   むく   向く  〔自動詞カ行四段〕① その方向に向う。対する。
② そのほうに進む。傾く。③ 適する。相応しい。
〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 向くようにする。向ける。
②(神仏に)供え物をする。たむける。
③ 服従させる。従わせる。
② 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね(万1-62)
③-韓国を向け平らげて 御心を 鎮めたまふと -(万5-817)
   むす   生す・産す 〔自動詞サ行四段〕はえる。生じる。  川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて(万1-22) 
 噎す・咽す  〔自動詞サ行下二段〕【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
①(物や煙等が喉につまって)むせる。
② 悲しみで胸が一杯になる。
 
② 我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る(万3-456)
 
   むすびまつ  結び松 〔名詞〕
誓いや願をかけたしるしに、松の小枝を結び合わせておくこと。
また、その松。
磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ(万2-144)
   むすぶ  結ぶ 〔自動詞バ行四段〕
固まる。まとまる。ある形になる。
〔他動詞バ行四段〕
① 端と端をつなぎ合わせる。結ぶ。また、結び目をつくる。
② 編んで作る。組んで作る。
③ 生じさせる。かたちづくる。
④ 約束する。言いかわす。
① 磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも(万2-143)
④ -新世に ともにあらむと 玉の緒の 絶えじい妹と
結びてし-(万3-484)
   むた   〔名詞〕(助詞「の」「が」の下について) ~とともに。  -風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた-(万2-131)
   むらさき     〔名詞〕
① 草の名。もと武蔵野に多く自生し、根は赤紫色の染料とした。紫草。
② 染め色の名。①の根で染めた赤紫色。

参考「色の代表『紫』」
平安時代には、紫は色彩の中の代表であった。単に「濃き」「薄き」と言った場合でも、それは「紫」をさした。また「色ゆるさる」「ゆるし色」ということばがあったように、一般の人が着ることを許されない高貴な色であった。この紫を生かしたのが、「源氏物語」である。桐壺の更衣(桐の花は紫)、藤壺、さらにその「紫のゆかり」としての紫の上と、紫は理想の象徴として物語り全体をおおっている。
むらさきのひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る (古今雑上-868) 
   むらきもの   群肝の・村肝の   〔枕詞〕「むらぎもの」とも。
臓器に、心が宿っていると考えたことから、「心」にかかる。
 
むらきもの心砕けてかくばかり我が恋ふらくを知らずかあるらむ(万4-723) 
   むらさきの   紫野  〔名詞〕紫草を栽培する御料地。
〔地名〕今の京都市北区紫野。大徳寺付近一帯の野原。朝廷の狩猟地。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20) 
            推量の助動詞「む」の已然形。
疑問の「や」「
」を伴って反語の意を表わす。
秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さ思ほすよりは(万2-92)
玉葛花のみ咲きてならざるは誰恋にあら我は恋ひ思ふを(万2-102)
大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れ
めや(万2-110)

にほどりの葛飾早稲をにへすともその愛しきを外に立てめやも(万14-3404)
〔係助詞〕(上代東国方言)⇒係助詞「も」
〔接続〕名詞・助詞、および活用する語の連体形・連用形に付く。
我妹子と二人我が見しうち寄する駿河の嶺らは恋しくあるか(万20-4369)
  〔目・眼〕
① 目。まなこ。② まなざし。目つき。視線。③ 顔。目にうつる姿。
④ 物と物との隙間。網目など。⑤ 出会い。境遇。状況。体験。
① 秋来ぬとにはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古今秋上-169)
③ 道遠み来じとは知れるものからにしかぞ待つらむ君が
を欲り(万4-769)
   めす      見す・看す  〔他動詞サ行四段〕
①「見る」の尊敬語。御覧になる。
②「治む」の尊敬語。お治めになる。
 
① -埴安の 堤の上に あり立たし 見したまへば-(万1-52)
② やすみしし 我が大君の 見したまふ 吉野の宮は 山高み-(万6-1010)
 召す 他動詞サ行四段
①「呼ぶ」「招く」の尊敬語。お呼びになる。お招きになる。
②「取り寄す」の尊敬語。お取り寄せになる。
③「飲む」「食ふ」「着る」の尊敬語。召し上がる。お召しになる。
④「為す」の尊敬語。なさる。
 めす  〔自動詞サ行四段〕「乗る」の尊敬語。(乗り物に)お乗りになる。

【参考】
「めす」は動詞「見る」の未然形「み」に上代の尊敬の助動詞「す」の付いた形「みす」が音変化したもので、「見る」が原義。次第に「召す」に転意して用いられるようになったものと考えられる。
 召す  〔補助動詞サ行四段〕
[他の尊敬の動詞の連用形に付いて、尊敬の意を強める]
 お~になる。~なさる。
 
-いかさまに 思ほしめせか-(万1-29)
-たかてらす ひのみこ いかさまに おもほし
めせか-(万2-162)
遠くあれば一日一夜も思はずてあるらむものと思ほしめすな(万15-3758)
   めにつく   目につく  「万葉集中」この語句は、「巻第一-十九番」でしか現れず、それを「古注」である鹿持雅澄「古義」の注釈を引用する。
参考「古義」】 綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背(万1-19)
目爾都久 [メニツク] とは、その人の愛 [ウツク] しまるゝ
より見ぬふりしても常に目につき易きよしなり、七 (ノ) 卷に、今造斑衣服面就常爾所念未服友 [イマツクルマダラノコロモメニツキテツネニオモホユイマダキネドモ] ともよめり、

ただし、古語辞典での「目につく」という語が、項目として載るのは、学研「全訳古語辞典」で、その意味、用例は「源氏物語」となる。
参考「学研全訳古語辞典」
〔連語〕見て気に入る。
「少しまばゆく、艶にこのましきことは、目に付かぬ所あるに」(源氏物語-帚木)
   めやも   めやも  [推量の助動詞「む」の已然形「め」+反語の終助詞「やも」]
 反語の意を表す。「~だろうか(いや、~でないなあ)」
 
紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも(万1-21)
楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
    [一云 逢はむと思へや](万1-31)
 
         〔係助詞〕
① 並列を表わす。
② 同種の事柄の一つをあげていう。「~もまた。
においてもまた」 
③ 軽いものをあげて、言外に重いものを想像させる。「でも。~だって」
④ 最小限の希望。「せめて~だけでも」
⑤ 仮定してみる気持ち。「~でも、なりと」
⑥ 主語などについて、和らいだ表現。
⑦ 否定文に用いて、否定を強める。
⑧ 推量・命令などの文に用いて、感情を添える。
[接続]
名詞・助詞および活用語の連体形・連用形に付く。

-かくにあるらし 古 しかにあれこそ-(万1-13)
妹が家
継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
    [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを](万2-91)
⑤ 吉野川行く瀬の早みしましく
淀むことなくありこせぬかも(万2-119)

⑤ 家に行きて何を語らむあしひきの山霍公鳥一声鳴け (万19-4227)
⑦ 大名児を彼方野辺に刈る草の束の間
我れ忘れめや(万2-110)

⑦ あしひきの山道越えむとする君を心に持ちて安けくなし(万15-3745)
〔接続助詞〕
① 逆接の確定条件。「~のに。~けれども」
② 逆接の仮定条件。「~ても。~とも」
[接続]
動詞・動詞型助動詞の連体形に付く。
② 来むと言ふ来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを (万4-530)
〔終助詞〕
詠嘆(文末につく)。「~よ」「~なあ」

[接続] 文末、文節末の種々の語に付く。
 
-ももしきの 大宮ところ 見れば悲し-(万1-29)
楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲し(万1-33)
玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつ(万1-72)
玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜し
(万2-93)
〔間投助詞〕
① 詠嘆・感動を表わす。② 意味を強める。
[接続] 種々の語に付く。
 
① 安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやいにしへ思ふに(万1-46)
釧着く答志の崎に今日かも大宮人の玉藻刈るらむ(万4-530)
   もがも  もがも [終助詞「もが」に、終助詞「も」が付いたもので]
「願望の意(・・・であればなあ)」
岩戸破らむ手力もがも手弱き女にしあればすべのしらなく (万3-422)
   もちこす   持ち越す  〔他動詞サ行四段〕
① 持って他へ移す。運ぶ。
② そのままの状態で時日を過ごす。
 
① -泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを 百足らず 筏に作り-(万1-50) 
   もつ  持つ  〔他動詞タ行四段〕
① 手に取る。身に付ける。② 所有する。
③(連用形の形で)用いる。使う。
④ 心にいだく。心に思う。
⑤ 保つ。維持する。
 
③ あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室は座せど飽かぬかも (万8-1642)
④ あしひきの山道越えむとする君を心に持ちて安けくもなし (万15-3745)
⑤ -選ひたまひて 大御言 [反云 大みこと] 戴き
持ちて もろこしの- (万5-898)
   もと    本・元・原・
旧・故・許
  
〔名詞〕
① 根本。よりどころ。主とするところ。
② 物事の起こるところ。原因。始まり。
③ 根もと。④ 辺り。そば。⑤ ところ。住居。
⑥(「末」に対して)和歌の上の句。
⑦ 元金。資本金。⑧ 以前。昔。
 
莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子がい立たせりけむ厳橿が(万1-9) 
〔副詞〕以前に。さきに。  もとありし前栽もいとしげく荒れたりけるを見て(古今哀傷詞書-853) 
   もの  もの- 〔接頭語〕(形容詞・形容動詞などについて)
はっきり言い表せないの意を表す。何となく。また、語調を整える。物。
 
  〔名詞〕
① 物事。対象をはっきりと指示せず、漠然という。
② ふつうのもの。一般の事物。③ 人。動物。④ 道理。
⑤ (多く下に打消の誤を伴って) 取り立てて言うべきほどの事柄。
⑥ 飲食物。食事。⑦ 衣服。調度品。⑧ 楽器。
⑨ 前後の関係から言わなくても解る物事を示す。 ⑩ 言語。言葉。
⑪ 出かけて行く場所。ある所。
⑫ 超自然的な力を持つ存在。鬼神。怨霊。物の怪。
⑬ (形式名詞として)ある属性を有する実体や事柄を表す。
① かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを(万2-86)
⑬ 世間は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり(万5-796)
   ものおもふ
 (ものもふ)
 物思ふ 〔自動詞ハ行四段〕[「ものもふ」とも]
思い悩む。思い耽る。
大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に(万2-122)
   ものこほし  物恋し 〔形容詞シク活用〕[「もの」は接頭語]
シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ
何となく恋しい。
旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえざりせば恋ひて死なまし(万1-67)
旅にしてもの恋ほしきに山下の赤のそほ船沖を漕ぐ見ゆ(万3-272)
   もののふ   物部・武士  〔名詞〕
① 上代、朝廷に仕える多くの文官・武官。文武百官。
② 武士。さむらい。つわもの。
 
① ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも(万1-76)
① 秋野には今こそ行かめもののふの男女の花にほひ見に(万20-4341)
②-たけき(勇猛な)もののふのこころをも、なぐさむるは歌なり(古今仮名序)
   もののふの   物部の・武士の  【枕詞】
「もののふ(=文武百官)」は数が多いことから、「八十(やそ」に、また「八十氏川(やそうぢがは)」にかかることから地名「宇治(うぢ)」に、「もののふ(=武士)」持つ「矢」から地名の「矢野」「矢田」、また「岩瀬」にかかる。
為むすべの たづきを知らに もののふの 八十の心を 天地に-(万13-3290)
あをによし 奈良山過ぎて もののふの 宇治川渡り 娘子らに-(万13-3251)
もののふの石瀬の社の霍公鳥今も鳴かぬか山の常蔭に(万8-1474)
   ものを   ものを  〔接続助詞〕
① 逆接の確定条件を表す。「~のに」
② 順接の確定条件を表す。「~ので・~だから」
〔接続〕活用語の連体形に付く。
〔終助詞〕詠嘆の意を表す。「~のになあ・~のだがなあ」
〔接続〕活用語の連体形に付く。
〔参考〕接助 ①と終助詞の識別はつきにくいが、省略も倒置もない文末に「ものを」がくれば、終助詞とすればよい。接助 ①は「ものの」「ものから」「ものゆゑ」と意味・用法が似ているが、「を」が間投助詞であるところから、感動・詠嘆を表す場合が多く、そこから、「終助詞」の用法も生じている。
我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを(万2-108)
   もみぢ   黄葉・紅葉  〔名詞〕[上代は「もみち」]
① 秋、草木の葉が赤または黄に色づくこと。また、その葉。こうよう。
②「紅葉襲(もみぢがさね)」の略。
 
  
【「黄」という色】
「万葉集」には「黄葉」と書いて「もみち」と読ませ、「黄泉」と書いて「よみ」と読ませるなど、「黄」の字が用いられてはいるが、色としての「き」の用例とみられるのは、
 奥つ国領く君が染(ぬり)屋形
染(ぬり)の屋形神が門渡る (万16-3910)
の一例に過ぎない。ことばの上からいうと、「青し・赤し・白し・黒し」などの形容詞はあるが、「き」の形容詞はない。実際に「黄色のもの」がなかったというのではなく、「青し」と「赤し」とで広い範囲の色をさし、間に合わせることができたから。
 
   もみぢば   黄葉・紅葉  〔名詞〕[上代は「もみちば]
秋に赤や黄に色づいた草木の葉。紅葉した葉。
黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ(万2-209)
   もみぢばの  黄葉の・紅葉の  【枕詞】[上代は「もみちばの」]
紅葉は散りやすく色が変りやすいところから、「移り」「過ぎに」に、その色から「朱(あけ)」にかかる。
見れど飽かずいましし君が黄葉のうつりい行けば悲しくもあるか(万3-462)
ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し(万1-47)
   もみつ   紅葉つ・黄葉つ  〔自動詞タ行四段〕上代語「もみづ」に同じ。

【参考】
上代はタ行四段活用であったが、中古以降、「もみづ」と濁音化し、ダ行上二段活用となる。
 
秋山にもみつ木の葉のうつりなばさらにや秋を見まく欲りせむ(万8-1520) 
   もみづ   紅葉づ・黄葉づ  〔自動詞ダ行上二段〕【ヂ・ヂ・ヅ・ヅル・ヅレ・ヂヨ】
秋になって草木の葉が赤または黄に色づく。紅葉する。
 
雪ふりて年のくれぬる時にこそつひにもみぢぬ松も見えけれ(古今冬-340)
   ももしき   百敷・百磯城  〔名詞〕[枕詞「百敷の」がかかる「大宮」から意味が転じて] 皇居。宮中。    
   ももしきの  百敷の・
百磯城の
 
【枕詞】多くの石や木で造ってある意から「大宮」にかかる。 ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも-(万1-29)
   ももたらず   百足らず  【枕詞】百に足りないという意から、「八十(やそ)」「五十(い)」にかかる。
また、、「や」「い」から始まる、「山田」「筏(いかだ)」などにかかる。
百足らず八十隈坂に手向けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも(万3-430)
-真木のつまでを 百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば-(万1-50)
   ももち  百箇 〔名詞〕[「ち」は接尾語] 百。また、数の多いこと。  
   ももちだる  百千足る 〔自動詞ラ行四段〕
満ち足りている。十分に備わっている。「ももだる」とも。
千葉の葛野を見れば百千足る家庭(やには)も見ゆ国の秀(ほ)も見ゆ(記中)
   ももちどり  百千鳥 〔名詞〕
① 多くの鳥。さまざまの鳥。百鳥(ももどり)。
② 鶯の異称。
③ 千鳥の異称。
ももちどりさへづる春は 物ごとにあらたまれども 我ぞふりゆく(古今春上-28)
   ももづた(と)ふ  百伝ふ 【枕詞】
数えて百に至る意から、「八十(やそ)」や「五十(い)」の音を持つ地名「磐余(いはれ)」にかかる。
また、多くの地を伝わって行く意から、地名「角鹿(つぬが)」「渡会(わたらひ)」に、
遠くへ行くときに用いた駅路の鈴の意から、「鐸(ぬて=上部に長い柄のある大型の鈴)」にかかる。
 
百伝ふ八十の島廻を漕ぐ舟に乗りにし心忘れかねつも(万7-1403)
百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ(万3-419)
百伝角鹿の蟹-(記中)
百伝渡会県(わたらひあがた)の-(紀・神功)
百伝鐸響(ゆら)くも-(記下)
   もものつかさ  百の官 〔名詞〕多くの役人。百官(ひゃっかん)。  
   ももはがき  百羽掻き 〔名詞〕
鴫(しぎ=水鳥の名)が嘴で何度も羽をかくこと。
回数の多い物事のたとえにいう。
暁のしぎのはねがきももはがき 君がこぬ夜は我ぞかずかく(古今恋五-761)
   ももへ  百重 〔名詞〕数多く重なっていること。 あしひきの山は百重に隠すとも妹は忘れじ直に逢ふまでに(万12-3203)
 [一云 隠せども君を思はくやむ時もなし]百
   ももよ  百夜 〔名詞〕多くの夜。 -頼める今夜 秋の夜の 百夜の長さ ありこせぬかも (万4-549)
   もや   母屋 〔名詞〕家屋の中で中心となる所。また、寝殿造りで、廂(ひさし=簀の子の縁の内側にある細長い部屋)に対して、その内側にある中央の部屋。  【発展】寝殿の構造
 平安時代の貴族の邸宅で、主人の居間兼客間として用いられた南向きの建物を寝殿と呼ぶが、その寝殿の中心となる部屋が「母屋(もや)」であった。
 母屋は「主屋(おもや)」の転であろう。母屋は、外側を「廂」、さらにその外側を一段低くなった「簀の子」がとりまき、廂と簀の子の境に格子がはめられるのが普通であった。
 もや 〔間投助詞〕[係助詞「も」+間投助詞「や」] 感動を表す。 我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり(万2-95)
 もや  [係助詞「も」+係助詞「や」] ~だろうか。~も~だろうか。
「もや」の結び「あらん」が省略された形。
 
   もやふ  舫ふ 〔他動詞ハ行四段〕
船と船をつなぎ合わせる。船を岸につなぎとめる。
 
   もゆ   萌ゆ 〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
草木などの芽が出る。芽ぐむ。
 
春は萌え夏は緑に紅のまだらに見ゆる秋の山かも (万10-2181) 
 燃ゆ 〔自動詞ヤ行下二段〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・エヨ】
① 火が燃える。火がついて炎や煙がたつ。
② 炎の揺らめくような光を放つ。
③ 情熱が高まる。
① さねさし相模(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも (記・中)
② 埴生坂(はにふざか)我が立ち見ればかぎろひの
燃ゆる家群妻が家のあたり (記下)
③ 心には
燃えて思へどうつせみの人目を繁み妹に逢はぬかも (万12-2944)
   もゆらに  もゆらに 〔副詞〕[「も」は接頭語]
玉の触れ合って鳴るさま。ゆらゆらと。
ぬなとももゆらに、天の真名井に振りすぎて-(記上)
   もよ  もよ 〔間投助詞〕[上代語・係助詞「も」✙間投助詞「よ」]
感動の意を表す。ねえ。ああ~よ。
〔接続〕種々の語につく。
もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな- (万1-1)
おしていなと稲は搗かねど波の穂のいたぶらし
もよ昨夜ひとり寝て(万14-3572)
   もる  盛る 〔他動詞ラ行四段〕
① 高く積み上げる。特に飲食物を器物に入れていっぱいにする。
② 薬や酒などを飲ませる。
 
家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(万2-142) 
   もろごひ  諸恋ひ 〔名詞〕互いに激しく思うこと。相思相愛。⇔「片戀ひ  
五十音index
               〔間投助詞〕① 感動・詠嘆。② 呼び掛けの意、「~よ」。③ 事物の列挙。 天飛ぶ雁を使に得てしかも奈良の都に言告げ遣らむ(万15-3698)
藤原の大宮仕へ生れ付く娘子がともは羨しきろかも(万1-53)
〔係助詞〕
① 文中に用いられれば、
 
ア:疑いを表わす、イ:問いを表わす、ウ:反語の意を表わす
② 文末に用いられる場合
 ア:問いを表わす、イ:反語の意を表わす
 
① 古の人に我れあれ楽浪の古き都を見れば悲しき (万1-32)
① いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだし
鳴きし我が念へるごと (万2-112)
① うつそみの人なる我れ
明日よりは二上山を弟背と我が見む(万2-165)

① 雪こそば春日消ゆらめ心さへ消え失せたれ言も通はぬ(万9-1786)
①「イ」-明しといへど 我がためは 照りたまはぬ 人皆か-(万5-896)
②「イ」今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見まし (古春上-63)
 
 〔語法〕この語を受けて終止する活用語は連体形をもって結ぶ。
①の「ア」は特に推量の意を表わす助動詞「む」「らむ」「けむ」などとともに用いられる。
①の「ウ」は、已然形について、疑いや反語の意を表わす用法。
②は終助詞用法。文末にある場合、「や」は活用語の終止形に接続。
〔終助詞〕
① 疑問の意を表す。
 ~か。
② 反語の意を表す。
 ~(だろう)か(いや、~ない)。
〔接続〕
活用語の終止形・已然形に付く。
已然形に付くのは、「万葉集」に多く、中古でも和歌のみにみられる
 
① 風吹けば波打つ岸の松なれねにあらはれて泣きぬべらなり (古今恋三-671)
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべし(万1-18)
② 安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめ
もいにしへ思ふに(万1-46)
② 大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へ(万1-68)
② 大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべし(万1-71)
② 大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめ
(万2-110)
② 妹が袖別れて久になりぬれど一日も妹を忘れて思へ(万15-3626)
【小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第二-117 「や~む」頭注】 ますらを片恋せと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
一人称に用いた「「ヤ~ム」は、現在の自分がしていることについて、こうも~することか、などと不甲斐なく思いながらどうすることもできない気持ちを表す語法。
   やす  痩す 〔自動詞サ行下二段〕【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
やせる。
大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に(万2-122)
我がゆゑに思ひな
痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ(万15-3608)
   やすし  易し・安し 〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ
①【易し】
 ア:やさしい。容易である。たやすい。
 イ:手軽である。無造作である。簡単である。
 ウ:(動詞の連用形に付いて) そうなる傾向がある。そうなりがちである。
②【安し】
 ア:安心である。安らかである。穏やかだ。落ち着く。気楽だ。 
 イ:品位が低い。軽々しい。
 ウ:値段が安い。
①「ア」何せむに命をもとな長く欲りせむ
       生けりとも我が思ふ妹に
やすく逢はなくに(万11-2362)
①「ア」玉櫛笥覆ふを
やすみ明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも (万2-93)
    「やすみ」は「ミ語法
①「ウ」思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひ
やすき我が心かも (万4-660)
   やすみしし  八隅知し・
 
安見知し
 
【枕詞】「わが大君」「わご大君」にかかる。  高光る日の御子やすみししわが大君(記中)
やすみしし 我ご大君の 高知らす 吉野の宮は(万6-928)
 
   やすむ  休む 〔自動詞マ行四段〕
① 休息する。② 安らかになる。平穏になる。③ 寝る。臥して寝る。
① -岩床と 川の氷凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ -(万1-79)
   やそうぢかは   八十宇治川  〔名詞〕
枕詞「もののふの」がかかる、「やそうぢがは」は、「もののふ」が朝廷に仕える多くの文武百官であること、そして多くの部族に分かれていることから分流の多い「八十氏(やそうぢ)」と同音の「八十宇治川」と詠われた。

小学館「新編日本古典文学全集万葉集巻第三-264(旧歌番)」頭注
八十宇治川-宇治川は山地より急傾斜で流下し、宇治橋下流付近から南西に向かって巨椋(おぐら)池に流入したが、そのおびただしい土砂堆積が槙島・向島など幾多の島州を作り、さらにその間に幾筋もの水路ができ、湖内とも河道ともつかない状態にあった。
 
-真木さく 桧のつまでを もののふの 八十宇治川に 玉藻なす-(万1-50)
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも(万3-266)
 
   やそくま  八十隈 〔名詞〕非常にたくさんの曲がり角。「八十」はたくさん、の意。 -泊瀬の川に 舟浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈おちず -(万1-79)
-この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に-(万2-131)
   やちまた  八衢 〔名詞〕道が四方八方に分かれている所。
橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして(万2-125)
橘の本に道踏む八衢に物をぞ思ふ人に知らえず(万6-1031)[125歌の異伝歌]
   やど  屋戸・宿 〔名詞〕[「家 (や) 処 (ど)」の意、また「屋外 (ど)」の意とも]
① 家の敷地。屋敷のうち。家の構えのうち。庭先。
② 家の戸。③ 旅先で泊ること。宿る所。旅宿。④ 住む所。家。自宅。
⑤ 主人。あるじ。他人に対し、多く妻が夫をさしていう語。
⑥ 遊女を呼んで遊ぶ家。揚げ屋。また、その主人。

① 我が背子が宿のなでしこ日並べて雨は降れども色も変らず(万20-4466)
② 人の見て言とがめせぬ夢に我れ今夜至らむ
宿閉すなゆめ(万12-2924)
③ あしひきの山行き暮らし
宿借らば妹立ち待ちてやど貸さむかも(万7-1246)
④ 君待つと我が恋ひ居れば我が
宿の簾動かし秋の風吹く(万4-491)
参考 「やど」と「いへ」
類義語に「いへ」があり、古くは、ほぼ同様に用いられたが、平安以後「いへ」は散文に、「やど」は和歌に多用されるようになる。なお、現代語の「宿(=旅宿)」の意では、「やどり」を用いた。
 
   やどる   宿る  〔自動詞ラ行四段〕
① 旅先で泊る。宿泊する。② 住む。仮の住みかとする。③ とどまる。
④ 映る。⑤ 寄生する。
 
① 安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやもいにしへ思ふに(万1-46) 
④ あひにあひて物思ふころの我が袖にやどる月さへぬるるかほなる (古今恋五-756)
   やま   〔名詞〕
① 山。山岳。② 比叡山。また、そこにある延暦寺の称。
③ 山の形に作ったもの。築山(つきやま)。
④ 多く積み重なっていること。また、そのもの。
⑤ 仰ぐべきもの。ゆるぎのない高いもの。頼りとするもの。また、目標とするもの。⑥ 陵。山陵。墓。⑦ 物事の絶頂。物事のもっとも重要なところ。
⑨「山鉾(やまぼこ)」の略。
① み吉野ののあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝む(万1-74)
① あしひきののしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに(万2-107)
   やまかは   山川  〔名詞〕山と川。また、山の神と川の神。 山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(万1-39)
   やまさぶ   山さぶ  〔自動詞バ行上二段〕【ビ・ビ・ブ・ブル・ブレ・ビヨ】
 [「さぶ」は接尾語]
 山が古びて、神々しいさまである。いかにも山らしい姿である。
-畝傍の この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さびいます-(万1-52) 
   やましな  山科 〔地名〕「山階」とも書く。
今の京都市東部の地名。京都から東国へ通じる門戸にあたる。
 
やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に ―(万2-155)
   やまたづ  山たづ・接骨木 「接骨木・庭常」(にはとこ)の古名。
落葉低木の名。四月ころ、白い花を開く。茎・葉・花は薬用となる。
接骨木の花。

山たづと言へるは今の造木 (みやつこぎ) なり(記下)
   やまたづの  山たづの 【枕詞】「迎へ」に懸かる 君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ(万2-90)
-桜花 咲きなむ時に
山たづの 迎へ参ゐ出む 君が来まさば(万6-976)
 
   やまぢ  山路・山道  〔名詞〕山の道。山道。  朝霧に濡れにし衣干さずしてひとりか君が山道越ゆらむ(万9-1670) 
   やまつみ   山神・山祇  〔名詞〕[「つ」は「の」の意の上代の格助詞]  国津神の代表格。
山の神。山の霊。山を治めつかさどる神。
 
-たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち-(万1-38) 
   やまと  大和・倭 〔名詞〕
① [地名] 旧国名。「畿内」五ヶ国の一つ。今の奈良県。倭州 (わしゆう) 。
② 平安遷都まで歴代天皇の都があったところから、日本国の称。
 やまとの国。
妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
    [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを](万2-91)
① これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山 (万1-35)
② いざ子ども早く
日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(万1-63)
   やまのあらし  山の嵐 〔名詞〕峰から吹きおろす風。
み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝む(万1-74)
   やまのしづく  山の雫 山中の樹木などからしたたり落ちる水滴。「記紀歌謡」には見えず、「万葉集」でも、大津皇子と石川郎女との贈答歌にしか見えない あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに(万2-107)
我を待つと君が濡れけむあしひきの
山のしづくにならましものを(万2-108)
   やまのま   山の際  有斐閣「万葉集全注巻第一-17」注
「際 (ま)」は間。ほとり、境いなどの意をあてうる場合もある。
小学館「新編日本古典文学万葉集巻第一-17番 頭注」
山と山とが重なって見える部分。原文「山際」の「際」は、交わるの意。古本『玉篇』に「交会之間也」とある。
 
-あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで-(万1-17) 
   やまぶき  山吹 〔名詞〕
① 植物の名。落葉小低木。晩春に黄色の花を開く。

② 襲(かさね)の色目の名。表は朽ち葉(=赤みをおびた黄色)、裏は黄色。
 春に用いる。
③ 「山吹色」の略。
山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく (万2-158)
   やまべ  山辺 〔名詞〕山のほとり。「山の辺」とも。 山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(万1-81)
   やまもり  山守 〔名詞〕山を守る事。またその人。  大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ(万6-955) 
   やむ  止む  〔自動詞マ行四段〕
① 続いていたものが、終りになる。止る。絶える。
② 物事が中止になる。途中で行われなくなる。
③ 病気が治る。苦痛や怒りなどが収まる。
④ 命が終る。死ぬ。
① 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(万2-88)
〔他動詞マ行下二段〕【メ・メ・ム・ムル・ムレ・メヨ】
① 続いていたことを、終りにする。やめる。
② 病気や癖などを治す。
 病む 〔自動詞マ行四段〕
病気になる。わずらう。
〔他動詞マ行四段〕
① 病気におかされる。
② 心配する。心を痛める。
 
   やも  やも 上代語、係助詞「や」に係助詞「も」がつき、詠嘆を含む反語の意を表わす(・・・であろうか、いやそんなことはない) ますらをの心は無しに秋萩の恋のみにやもなづみてありなむ(万10-2126)
   やる   遣る  〔他動詞ラ行四段〕
① 行かせる。進ませる。② 送る。届ける。
③ 不快な気持ちを晴らす。なぐさめる。④ 逃がす。⑤ 導き入れる。
⑥ 与える。取らせる。金を払う。
① 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)
〔補助動詞ラ行四段〕(動詞の連用形の下に付いて)
① その動作が遠くまで及ぼすことを表す。遠く~する。
②(多く、下に打消の語を伴って)その動作を完全に行う意。
「すっかり~する。~しきる」
〔参考〕「やる」がこちらからあちらに動作が及ぶのに対し、あちらからこちらへ動作が及ぶ意を表す語に「おこす」がある。⇒「遣 (おこ) す」
        〔上代語、助動詞ヤ行下二型〕【エ・エ・ユ・ユル・ユレ・○】
① 受身 「~れる」
② 可能 「~ことができる」
③ 自発 「自然に~れる」

〔接続〕四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に付く

〔参考〕
「ゆ」は上代では「る」よりは用例が多く、「る」より古い。中古になると「る」にとってかわられ、わずかに「聞こゆ・おぼゆ・あらゆる・いはゆる」などの語の一部分として残るだけとなる。また「ゆ」が「思ふ・聞く」などに付く場合に、「思ほゆ・聞こゆ」などのように、未然形のア段音がオ段音になることがあり、一語の動詞として扱う。
① -か行けば 人に厭は かく行けば 人に憎ま-(万5-808)
② 堀江越え遠き里まで送り来る君が心は忘らましじ(万20-4506)
③ 天離る鄙に五年住まひつつ都のてぶり忘らにけり(万5-884)
〔上代語、格助詞〕
① 起点(動作の時間的・空間的な) 「~から・~以来」
② 経由点(移動する動作の) 「~から・~を通って」
③ 手段(動作の) 「~で・~によって」
比較の基準 「~よりも」

〔参考〕
同義の助詞に「ゆり・よ・より」があるが、用例が少なく意味の違いは不詳。「ゆ」が最も古く、中古に入ると「より」だけが用いられた。

① -奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上-(万1-79)
① 天地の 別れし時
神さびて-(万3-320)
① 玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代-(万1-29)

② 田子の浦うち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(万20-4506)
③ 小筑波の茂き木の間よ立つ鳥の目か汝を見むさ寝ざらなくに (万14-3414)
④ 人言はしましぞ我妹綱手引く海まさりて深くしぞ思ふ(万11-2442)
   ゆき   〔名詞〕
① 寒い日に空から降る白く柔らかい固まり。雪。
② 白い色。また、白い物のたとえ。特に白髪。
③ 紋所の名。「①」の結晶を図案化したもの。
① 新しき年の初めの初春の今日降るのいやしけ吉事(万20-4540)
   ゆきく   行き来・往き来  〔自動詞カ変〕【コ・キ・ク・クル・クレ・コ(コヨ)】
行ったり来たりする。往来する。
 
あさもよし紀人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも(万1-55)
芦屋の菟原娘子の奥城を行き来と見れば哭のみし泣かゆ(万9-1814)
 
   ゆく   行く・往く  〔自動詞カ行四段〕
① 進み行く。通り行く。② 通り過ぎる。通過する。③ 去る。立ち退く。
④ 年月が過ぎ去る。時が移り行く。⑤ 雲や水が流れ行く。流れ去る。
⑥ 死ぬ。逝去する。⑦ 満足する。心が晴れる。
⑧〔助動詞の連用形の下に付いて〕その動作が継続し、進行する意を表す。
 「いつまでも~し続ける。ずっと~する。だんだん~てゆく。」
 
① 梅の花咲き散る園に我れ行かむ君が使を片待ちがてら(万18-4065)
② 明日の日はその門行かむ出でて見よ恋ひたる姿あまたしるけむ (万12-2960)
③ 春かすみ立つを見捨ててゆく雁は花なき里に住みやならへる (古今春上-31)
④ 君が
行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ(万2-90)
  [「④」は、「行く」の連用形で、「名詞法」となり、「旅」の意を持つ]
⑤ 秋山の木の下隠り
行く水の我れこそ益さめ思ほすよりは(万2-92)
⑤ 吉野川
行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
   ゆくゆく(と)  ゆくゆくと 〔副詞〕
① 心の苦しみが深まるさま。遠慮のないさま。
③ 程度の進むさま。ずんずん。どんどん。
① 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね(万2-130)
   ゆふ  木綿 〔名詞〕楮の皮の繊維を蒸して水でさらし、細かく裂いて糸状にしたもの。幣として榊などにかけた。 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき(万2-157)
   ゆふ  結ふ 〔他動詞ハ行四段〕
① ゆわえる。むすぶ。しばる。
② 髪を整える。③ 作り構える。組み立てる。
④ 糸などでつづる。つくろう。
【参考「ゆふ」と「むすぶ」との違い】
「ゆふ」も「むすぶ」も紐状のものを組み合わせてつなげる意味では共通するが、「むすぶ」は離れているものを寄せ合わせてつなげる、つないで固定する意が強く、「ゆふ」は組み合わせて作り上げる、作り整える意味が強い。
① かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを (万2-151)
② 嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が
結ふ髪の漬ちてぬれけれ (万2-118)
   ゆふさる   夕さる  〔自動詞ラ行四段〕
夕方になる。夕べが来る。

【「さる」という動詞】
四段動詞「さる」は移動することで、「行く」意にも「来る」意にも用いる。「来る」意のときは季節や時を示す語につき、「夕されば」「春されば」「秋されば」など、「已然形+ば」の形となることが多い。また「来」と重ねて「春さり来れば」と用いることもある。
 
-玉限る 夕去り来れば み雪降る 安騎の大野に 旗すすき-(万1-45)
夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな(万2-121)
夕され小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも(万8-1515)
   ゆふはふる  夕羽振る 夕方、鳥が羽ばたくように風や波が立つ。⇔ 「朝羽振る -玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ-(万2-131)
   ゆふべ   夕べ  〔名詞〕上代は「ゆふへ」夕方・宵・暮れ方。⇔ 朝(あした) 
「ゆふべ」は、一日を昼と夜に分けたときの、夜の時間の始まりで、「ゆふべ→よひ→よなか→あかつき→あけぼの→あした(朝)と続く。
「ゆふ」が「朝夕(あさゆふ)」「夕さりつ方」「夕されば」など、多く複合語中に用いられるのに対して、「ゆふべ」は単独で用いられる。
  
   ゆつ  ゆつ 〔接頭語〕「斎」の意。神聖、清浄の意を表わす。植物に冠する事が多い。
説には数の多いとする)
ゆついはむら」「ゆつかつら」「ゆつつまぐし」「ゆつまつばき」
 
川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて(万1-22)
   ゆづりは  弓弦葉・交譲木 〔名詞〕「ゆづるは」とも。
木の名。新しい葉が生長してから古い葉が落ちるのでこの名がある。
葉は新年のしめ縄や供え餅に添えて飾るのに用いる。
[春]
いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く(万2-111)
   ゆめ  努・勤 〔副詞〕
(禁止・打消しの語と呼応して) 強く禁止する意を表す。決して。かならず。 つとめて。
我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73)
芦北の野坂の浦ゆ船出して水島に行かむ波立つなゆめ(万3-247)
   ゆゑ     〔名詞〕
① 原因・理由・事情・わけ。② 趣・風情。③ 由緒・来歴・身分。
④ 故障・さしつかえ。⑤ 縁故・縁。
⑥ (体言、または用言の連体形の下に付いて)
 ア:順接的に原因・理由を表す。
  「~のために・~が原因で・~によって」
 イ:逆説的に原因・理由を表す。
  「~なのに・~に関わらず・~のに」
 
⑥「ア」大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子に(万2-122)
⑥「イ」紫のにほへる妹を憎くあらば人妻
に我れ恋ひめやも(万1-21)
⑥「イ」ひさかたの天知らしぬる君
に日月も知らず恋ひわたるかも (万2-200)
 
        〔格助詞〕《上代語》
① 動作・作用の時間的・空間的な起点を表す。「~から」
② 動作・作用の経過する場所を示す。「~より」
③ 比較の基準を示す。「~より」
④ 手段・方法を示す。「~で」
〔接続〕体言に準ずるものに付く。[類語] 「ゆ・ゆり・より」がある。
① 天地の 遠き初め 世間は 常なきものと 語り継ぎ -(万19-4184)
① 我が背子を安我松原見わたせば海人娘子ども玉藻刈る見ゆ(万17-3912)
② さを鹿の伏すや草むら見えずとも子ろが金門
行かくしえしも (万14-3551)
③ 上つ毛野伊奈良の沼の大藺草外に見しは今こそまされ(万14-3436)
④ 鈴が音の早馬駅家の堤井の水を給へな妹が直手(万14-3458)
〔間投助詞〕
① 詠嘆・感動を表す。「~よ」
② 呼びかけを表す。
③ 命令の意を強く確かめる。
④ 強く指示する意を表す。
⑤ 告示の気持ちを表す。
〔接続〕「③」は動詞・助動詞の命令形に、他は種々の語に付く。
〔参考〕一段活用・二段活用・カ変・サ変の命令形の活用語尾の一部となる「よ」も、この語から出たとする説がある。
① 篭も み篭持ち 堀串もみ堀串持ち この岡に 菜摘ます子- (万1-1)
② -作れる家に 千代までに いませ大君 我れも通はむ(万1-79)
 ・代 〔名詞〕[「節 (よ)」と同源で、区切られた期間・範囲の意]
① 人の一生。生涯。② 寿命。年齢。③ 治世の期間。時代。年代。代。
④ 国を治めること。国政。⑤ ある時期。折。時。
⑥ 人が集まって生活しているところ。また、そこの人々。世間。世の中。
⑦ 仏教で説く、前世・現世・来世の三世。特に現世。⑧ 俗世間。浮世。
⑨ 俗世間での欲望。⑩ 世間のなりゆき。時勢。時流。
⑪ 身の上。境遇。身分。⑫ 男女の仲。夫婦の仲。⑬ 生活。渡世。実業。
① 人言を繁み言痛みおのがにいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)
① 立ちしなふ君が姿を忘れずは
の限りにや恋ひわたりなむ (万20-4465)
③ -年は百年(ももとせ) あまり、
は十継ぎになむなりにける (古今仮名序)
⑦ 生ける者遂にも死ぬるものにあればこの
なる間は楽しくをあらな (万3-352)
    (よる)
   〔名詞〕日没から日の出までの間。よる。

参考「よ」と「よる」の違い
「よ」は「ひ」の対。「よる」は「ひる」の対。「よ」は多く複合語に用いられ、また、「明く」「更(ふ)く」「深し」などの主語として用いられる。
 「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる日日(かが)
       並(な)べて
には九夜(ここのよ)日には十日を」(記中)
流らふる妻吹く風の寒き
に我が背の君はひとりか寝らむ(万1-59)
我が背子を大和へ遣るとさ
更けて暁露に我が立ち濡れし(万2-105)
   よく  良く・善く・
 能く
〔副詞〕形容詞「よし」の連用形「よく」から。
「よう」とも。
① くわしく。十分に。念入りに。②上手に。巧みに。
③ 普通ではできないことをした場合にいう。
 「よくまあ」「よくぞ」
④ たいそう。非常に甚だしく。⑤ たびたび。ともすると。
 
 ① 淑き人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よ良き人よく見(万1-27)
 ① 難波潟潮干のなごりよく見てむ家なる妹が待ち問はむため(万6-981)

 ④ 我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし(万2-128)
      よし      由・因 〔名詞〕[四段動詞「寄す」の連用形から。近づけ、関係づける物事の意]
① 物事のいわれ。由緒。由来。② 理由。わけ。③ 手段・方法。
④ 趣。風流。優雅。奥ゆかしさ。⑤ 話しのおおむね。次第。趣旨。
⑥ 縁。ゆかり。⑦ そぶり。ようす。
 
③ 遠き山関も越え来ぬ今さらに逢ふべきよしのなきが寂しさ [一云 さびしさ]
   (万15-3756)
 
 ・蘆・葭  〔名詞〕「あし(葦)」に同じ。
「あし」の音が「悪(あ)し」に通じるのを嫌って言ったもの。→「あし
  
 し・良し・
 善し
〔形容詞ク活用〕【カラ・ク(カリ)・シ・キ(カル)・ケレ・カレ】
 [本質的によいさま。最高度にすぐれているさま。
 対象によって「①」から「⑨」の訳になる。「⑩」は補助形容詞。]
① 優れている。価値がある。よい。
②(こころが)正しい。善良である。③ 美しい。きれいだ。
④ 身分が高い。教養があり、上品である。⑤ 快い。楽しい。好ましい。
⑥ 上手である。巧みである。
⑦ 道理にかなって適切である。相応しい。好都合だ。
⑧ めでたい。縁起がよい。⑨ 効果がある。効き目がある。
⑩(動詞連用形の下に付いて)「~しやすい。」
淑き人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よ良き人よく見(万1-27)
淑き人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よ良き人よく(万1-27)
梅の花散らすあらしの音のみに聞きし我妹を見らくし
よしも(万8-1664)
 
山里はもののわびしきことこそあれ世の憂きよりは住み
よかりけり (古今雑下-944)
 縦し 〔副詞〕
① (「よし」と言って仮に許す意から) 不満足であるが、仕方がない。
  ままよ。どうなろうとも。
② (下に逆接の仮定条件を伴って) たとえ。仮に。よしんば。万一。
① 人皆は萩を秋と言ふよし我れは尾花が末を秋とは言はむ(万10-2114)
② 人は
よし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも(万2-149)
   よしの   吉野  〔地名〕今の奈良県吉野郡吉野町一帯の地。修験道の霊場があり、桜と南朝の史蹟で知られる。

 
-山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ-(万1-36) 
【有斐閣「万葉集全注巻第一 36番 吉野」注】
「吉野の国」、「国」は人為によって定めた一定区域。大和 奈良の一部でありながら、とくに「国」と呼ばれる土地は、この吉野と泊瀬と春日と難波とに限られる。いずれも格別な地域であると意識されていたことに基づく。
 
   よしのがは  吉野川 【地名・歌枕】奈良県大台ケ原山に発し、西北流して吉野山のふもとを流れる川。和歌山県に出ると紀ノ川となり紀伊水道に注ぐ。吉野 吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
   よしや  縦しや 〔副詞〕[副詞「縦(よ)し」+間投助詞「や」]
① ままよ。どうなろうとも。まあまあ。
② たとえ。よしんば。かりに。
② 吉野川よしや人こそつらからめはやく言ひてしことは忘れじ(古今恋五-794)
   よしゑ  縦しゑ 〔副詞 (上代語)〕[組成 副詞「縦(よ)し」+上代間投助詞「ゑ」]
ええ、ままよ。どうなろうとも。
たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに(万13-3299)
   よしゑやし  縦しゑやし 〔上代語〕[組成 副詞「よしゑ」+間投助詞「や」+上代の間投助詞「し」]
「縦しゑ」の意を強める。
-人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし- (万2-131)
   よす   寄す  〔自動詞サ行下二段〕【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
① 寄る。せまってくる。② 攻め寄せる。近づく。
 
〔他動詞サ行四段〕《上代語》
 近寄らせる。寄せる。よこす。
 
紀の国にやまず通はむ妻の杜妻寄しこせに妻といひながら
   [一云 妻賜はにも妻といひながら](万9-1683)
-日の御門に 知らぬ国 寄し巨勢道より 我が国は 常世にならむ-(万1-50)
〔他動詞サ行下二段〕【セ・セ・ス・スル・スレ・セヨ】
① 近づける。寄せる。② 任せる。任ずる。委ねる。
③ かこつける。関係づける。④ 心をかたむける。向ける。
⑤ 贈る。寄付する。
   よどむ   澱む・淀む  〔自動詞マ行四段〕
① 水の流れが、留まってとどこおる。
② 物事がうまく運ばない。また、ためらう。よる
 
① 楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
   [一云 逢はむと思へや](万1-31)
① 吉野川行く瀬の早みしましくも
淀むことなくありこせぬかも(万2-119)
② ねもころに思ふ我妹を人言の繁きによりて淀むころかも(万12-3123)
   よひ   〔名詞〕
日没から夜中までをいう語。夜、また、夜に入って間もない頃。
に逢ひて朝面無み名張にか日長き妹が廬りせりけむ(万1-60)
   よぶ  呼ぶ 〔自動詞バ行四段〕声が響く。 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる(万1-70)
月読みの光りを清み夕なぎに水手の声呼び浦廻漕ぐかも(万15-3644)
〔他動詞バ行四段〕
① 相手に自分を気付かせるために大声を出す。
② 声を出して相手を来させる。③ 招く。招待する。④ 名づける。称する。
② 高圓の秋野の上の朝霧に妻呼ぶ壮鹿出で立つらむか(万20-4343)
④ たらちねの母が
呼ぶ名を申さめど道行く人を誰れと知りてか(万12-3116)
   よぶこどり  呼ぶ子鳥 〔名詞〕鳴き声が人を呼ぶように聞こえる鳥。今の郭公の異名か。
「古今伝授」の「三鳥(さんてう)」の一つ。
大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる(万1-70)
世の常に聞けば苦しき
呼子鳥声なつかしき時にはなりぬ(万8-1451)
   よる   因る・由る・
依る
自動詞ラ行四段
① 基づく。由来する。原因となる。
② 従う。応じる。
③ それと限る。定める。
②- 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(万1-38)
② 梓弓引かばまにまに
依らめども後の心を知りかてぬかも [郎女](万2-98)
② 武蔵野の草葉もろ向きかもかくも君がまにまに我はよりにしを (万14-3395)
 寄る 〔自動詞ラ行四段〕
① 近寄る。接近する。② 集まる。寄り合う。
③ 心が傾く。好意を寄せる。④ 頼る。依頼する。
⑤ もたれかかる。寄りかかる。⑥(物の怪・霊などが)乗り移る。
⑦ 寄進される。寄付される。

①-玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ- (万2-131)
③ 今さらに何をか思はむうち靡き心は君に寄りにしものを(万4-508)

④-伊勢の海人も舟流したる心地して寄らむ方なく-(古雑体-1006)
   より  より 〔格助詞〕
① 動作・作用の時間的・空間的な起点を示す。~から。
② 動作・作用の経過する地点を示す。~を通って。
③ 動作・作用の手段、方法を表わす。~で。~によって。
④ 比較の基準を表わす。~よりも。
⑤ 一定の範囲を限定する意を表わす。~以外。
⑥ 原因・理由を表わす。~ために。~によって。
⑦ 即時の意を表わす。~やいなや。すぐに。
〔接続〕体言および活用する語の連体形に付く。
〔語法〕きわめて稀に形容詞の連用形や助詞にも付く。
いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く(万2-111)
③-より行くに 己夫し 徒歩より行けば 見るごとに -(万13-3328)
④ 秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ思ほす
よりは(万2-92)
   よろしなへ   宜しなへ  〔副詞〕《上代語》
こころにかなって。よい具合に。ふさわしく。
 
背面の 大御門に よろしなへ 神さび立てり 名ぐはしき 吉野の山は(万1-52)
よろしなへ我が背の君が負ひ来にしこの背の山を妹とは呼ばじ(万3-289)
   よろづたび  万度 〔副詞〕何度も。たびたび。 -我が行く川の 川隈の 八十隈おちず 万たび かへり見しつつ-(万1-79)
-八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ-(万2-131)
   よろづよ  万代 〔名詞〕いつまでも続く世。万代。永久。永遠。 あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな(万1-80)
霍公鳥今し来鳴かば万代に語り継ぐべく思ほゆるかも(万17-3936)
五十音index
    -ら     〔接尾語〕
①(名詞・代名詞に付いて)
 ア:複数・親しみの気持ちなどを表す。
 イ:謙譲の意を表す。
 ウ:方向・場所を示す。
 エ:語調を整える。
②(形容詞の語幹((シク活用は終止形))に付いて)状態を表す名詞、または形容動詞を作る。
 
①「ア」- 黒髪敷きて 長き日を 待ちかも恋ひむ 愛しき妻ら(万20-4355)
①「イ」憶良は今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(万3-340)
①「ウ」-見し人をいづ
と問はば語り告げむか(万3-451)
①「エ」-思ひつつ 我が寝る夜
は 数みもあへぬかも(万13-3343)

あな醜賢し
をすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似むらむ
 (万3-347)
   らし
[動詞活用表]
 
 らし  〔助動詞〕[推定・原因推定]
① ある根拠・理由に基づき、確信をもって推定する意を表す。
 ~に違いない。きっと~だろう。
② 明らかな事実・状態を表す語に付いて、その原因・理由を推定する意を表す。~(と)いうので~らしい。
③ 根拠・理由は示さないが、確信をもって推定する意を表す。
 ~に違いない。きっと~だろう。
〔接続〕
活用語の終止形に付く。ただしラ変型活用の語には連体形に付く。
 
① 春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山 (万1-28)
② 我が背子がかざしの萩に置く露をさやかに見よと月は照る
らし (万10-2229)
③ み雪降る冬は今日のみ鴬の鳴かむ春へは明日にしある
らし (万20-4512)
 
【参考】
(1) 「らし」の語史
 「らし」はおもに上代に用いられた語で、平安中期以降はおとろえ、和歌においては「らむ」に、散文においては「めり」にとってかわられた。
 「らし」はある根拠・理由に基づいて推定するはたらきをする。
 眼前の事実を根拠に推定する表現形式が「①」であり、眼前の事実に基づいてその奥にある原因・理由を推定する表現形式が「②」である。

  夕されば(=夕方になると) 衣手寒し(事実・根拠) み吉野の吉野の山にみ雪降る
らし 〔古今・冬〕
  雄神川紅にほふ少女らし(=少女たちが) 葦付き採ると(理由) 瀬に立たす(事実)
らし  〔万葉17-4045〕

(2) 連体形・已然形の用法
 連体形と已然形は係助詞に対する結びとして用いられるだけである。

  立田川色紅になりにけり山の紅葉ぞ今は散る
らし  〔後撰・秋下〕
  抜き乱る人こそある
らし白玉の間なくも散るか袖のせばきに  〔古今雑上〕

 「らしき」は上代の係助詞「こそ」の結びとして、

  香久山は畝火雄雄しと耳梨と相争ひき~古も然にあれこそうつせみも嬬を争ふ
らしき  〔万葉1・一三〕

のように用いられるが、上代では「こそ」の結びが形容詞型活用の語の場合、すべて連体形が用いられるので、これも連体形とされる。

(3) 「煮らし」
 上代の用例では、上一段活用動詞の未然形あるいは連用形とみられる語形に付く場合がある。

  春日野に煙立つ見ゆをとめ
らし春野のうはぎ(=植物の名) 採てみて煮らしも 〔万葉10・一八八三〕

(4)
「らし」がラ変型活用の用言および助動詞に付く場合、語尾の「る」が脱落して、「あらし」「けらし」「ならし」となることが多い。
 
 らむ    
 [動詞活用表]
 らむ     ① 現在の事実について、想像・推量する。
② 現在の事実について、その原因・理由を想像・推量する。
③ 現在の事実について、その原因・理由を疑問を持って想像・推量。
④ 他人から聞いたり読んだりしたという伝聞の意を表す。
⑤「む」に同じく、ただその動作・状態を想像・推量する。
〔接続〕終止形 (ラ変型は連体形) に付く。
① わが背子は何処行くらむ奥つもの隠の山を今日か越ゆらむ(万1-43)
① ふたり行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆ
らむ (万2-106)
 春日野の若菜摘みにやしろたへの袖ふりはへて人の行くらむ (古春上-22)
 ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ(古春下-84)
 古に恋ふらむ鳥はほととぎすけだしや鳴きしわが念へるごと(万2-112)
   らゆ  らゆ 〔助動詞下二段型〕【ラエ(ヌ)・○・○・○・○・○】《上代語》
 可能の意を表す。「~ことができる」「~られる」
〔接続〕
 ナ行下二段活用の未然形に付く。
【参考】
中古の「らる」と意味用法は同じく、受身・可能・自発の意が考えられるが、「万葉集」あんど仮名書きのものでは「寝(ぬ)」「寝(い)ぬ」に接続した可能の用例しか見当たらない。平安時代には、漢文訓読語に稀に見られた。
大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや(万1-71)
妹を思ひ寐の寝
らえぬに秋の野にさを鹿鳴きつ妻思ひかねて(万15-3700)
      〔完了・存続の助動詞〕⇒「主要助動詞活用一覧
[ラ変動詞「あり」が上接の動詞の語尾の母音と結合して「り」だけ残ったもの]
〔基本義〕
すでにそういうことがあって、その事態の影響が、そこで述べようとしている時にまで及んでいるということを表す語。連用形の後に「て」をはさんでできた「たり」と同じ意味を表す。「~ている」「~てある」
① 動作・作用の完了した意を表す。「~た」
② 完了した動作・作用の結果が存続している意を表す。
「~ている・~てある」

接続〕四段活用の已然形とサ変の未然形につく。
② 風流士と我れは聞けをやど貸さず我れを帰せりおその風流士(万2-126)

【語法】
四段・サ変以外には「たり」がつくが、時代が経つとともに四段・サ変にも「たり」のつく場合が多くなる。また、中古の仮名文では、未然形「ら」、已然形「れ」は「給へ」に付く形がほとんどである。


参考
 上代の特殊仮名遣いからみると、「り」の上の語が四段活用の已然形ではなく、命令形と同じであることから、四段活用・サ変の命令形につくとする説もあるが、上代の例は動詞の連用形に「あり」のついた複合動詞が音の上で変化したものであって、助動詞として使われるのは中古以後であるとも考えられるので、
接続は上述のようにした。
 上代の「り」を助動詞とする説もある。上代には「吾(あ) がけ (着)
妹が衣の垢づく見れば」 (万15-3689)、「玉梓 (たまづさ) の使 (つかひ) のけ (来) ば嬉しみと」 (万17-3979) のように上一段やカ変に付いたものもあれば、東国方言では、「筑波嶺に雪かも降らいなをかもかなしき児 (こ) ろが布 (にの) 干さかも」((万14-3365) のように、「り」の上のエ段の音がア段の音に変ったものもある。
 
           受身・尊敬の助動詞「る」の未然・連用形  秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かぬる(古秋上-169) 
完了の助動詞「り」の已然・命令形 秋さらば我が船泊てむ忘れ貝寄せ来て置け沖つ白波(万15-3651) 
         〔間投助詞〕《上代語》
① 感動を表す。「~よ」
②(下に終助詞「かも」の付いた「ろかも」の形で、名詞または形容詞の連体形に付き)感動を表す。「~よ」「~なあ」
③ 意味を強める。

〔接続〕「①」「③」は種々の語に付く。

【参考】
品詞の分類に問題のある語で、「②」は「ろかも」の形で終助詞とする説、「ろ」を接尾語とする説などのほか、「①・③」のうちでも、あるものは接尾語とする説もある。例歌「①」の「つけろ」のようなものは、現代の関東方言の命令形語尾となるものである。
 
① 荒雄らは妻子の業をば思はず年の八年を待てど来まさず (万16-3887)
① 草枕旅の丸寝の紐絶えば我が手と
付けろこれの針持し(万20-4444)
②「百足らず八十葉の木は大君ろかも(仁徳紀)
② 藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも(万1-53)
③ 伊香保に天雲い継ぎかぬまづく人とおたはふいざ寝しめとら (万14-3428)
五十音index
   わが  吾が・我が 〔代名詞「わ」+格助詞「が」〕
① 「が」が連体格を示す助詞の場合
 ア:私の。われわれの。
 イ:その人自身の。自分の。
② 「が」が主格を示す助詞の場合
 私が。
①「ア」大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し (万2-109)
   わがおほきみ  我が大君・
 吾が大君
 「わごおほきみ」とも。当代の天皇を敬っていう語。今上(きんじょう)天皇。 橘の下照る庭に殿建てて酒みづきいます我が大君かも(万18-4083)
   わかくさの  若草の 【枕詞】
若草のみずみずしく美しいことから、「夫(つま)」「妻」 に、また新しく若々しいことから「にひ」などにかかる
 
― 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ (万2-153)  
   わかる  別る・分かる 〔自動詞ヤ行下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
① 分離する。別々になる。
② 遠く離れて会いにくくなる。死に別れる。または、生き別れになる。

【参考】
区別がつく、識別できる意の「わかる」は、四段活用の「わく(分く)」の未然形に、可能・受身・自発の助動詞「る」が付いたものとして、ニ語に分けた方がよい。「その琴とも聞きわかれぬ(聞き分けることのできない)物の音ども、いとすごげに聞こゆ」 (源氏・橋姫)
① 天地の 別れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を- (万3-320)
   わぎも  吾妹 〔名詞〕《上代語》[「わがいも」の転] ⇔「吾が背 (わがせ)」
男性が、妻や恋人など親しい女性をいう語。私のいとしい女性。= 吾妹子
風の音の遠き我妹が着せし衣手本のくだりまよひ来にけり(万14-3472) 
   わぎもこ  吾妹子 〔名詞〕[「わがいもこ」の転。「こ」は接尾語]
⇒「わぎも」、⇔「我背子 (わがせこ)」
【参考】
原形の「わがいもこ」は、「万葉集」に一例ある (20・4429)。
我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを(万2-120)
我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る(万3-456)
   わぎもこに  吾妹子に 【枕詞】
「吾妹子」に「会ふ」意から、同音の「あふ」を含む「逢坂山 (あふさかやま)・近江 (あふみ) ・あふちの花・淡路 (あはぢ)」などにかかる。
 
我妹子に逢坂山のはだすすき穂には咲き出ず恋ひわたるかも(万10-2287)
-逢坂山に 手向け草 幣取り置きて
我妹子に 近江の海の 沖つ波- (万13-3251)
我妹子に楝の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも(万10-1977)
-漕ぎて渡れば
我妹子に 淡路の島は 夕されば 雲居隠りぬ-(万15-3649)
    わぎもこを   吾妹子を  【枕詞】
「吾妹子」を「見る」意から「いざみの山・早見の浜」などにかかる。

我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
我妹子を早見浜風大和なる我れ松椿吹かざるなゆめ(万1-73) 
中央公論社「万葉集注釈巻第一-44 わぎもこを」訓釈】[文中、旧歌番号]
「我が妹」をつづめてワギモといふ。「和藝毛」 (仁徳紀)、「和伎母 (ワギモ)」 (万15-3764) など仮名書の例による。それに「子」をつけてワギモコといふこと「我が背」を「我が背子」ともいふに同じ。「和我伊母古我 (ワガイモコガ)」 (万20-4405) の如くワギイモコと云ひ、五音のところをわざわざ六音にした例があるが、それは防人の作一例であり、他の仮名書例はいづれもワギモとあるので、今もワギモコヲと訓でよい。-
 
   わく  別く・分く 〔他動詞カ行四段〕
① 区別する。分け隔てする。
② 判断する。理解する。
② 廻り逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜はの月かげ (新古雑上-1497)
〔他動詞カ行下二段〕【ケ・ケ・ク・クル・クレ・ケヨ】
① 別々にする。区切る。
② 草などを分けて行く。道をひらいて進んで行く。
③ 物を分ける。分配する。
   わごおほきみ  吾ご大王・
 我ご大君
〔「わがおほきみ」の転〕
「わがおほきみ」に同じ。
やすみしし 我ご大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤井が原に―(万1-52)
やすみしし
我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎 (万2-152)
 わざ   業・態・技  〔名詞〕
① 行い。動作。しわざ。② 仕事。勤め。③ 技術。技芸。
④ 仏事。法要。⑤ ありよう。様子。⑥ 禍。祟り。害悪
① み薦刈る信濃の真弓引かずしてしひさるわざを知ると言はなくに  [郎女] (万2-97)
   わする   忘る  〔他動詞ラ行四段・下二段〕【レ・レ・ル・ルル・ルレ・レヨ】
忘れる。記憶をなくす。

参考
四段活用はおもに上代に用いられた。また、上代では四段活用の場合は、「意識的に忘れる」、下二段活用の場合は「自然に忘れる」「つい忘れる」の意に用いられたという。
 
 [四段]
忘らむて野行き山行き我れ来れど我が父母は忘れせのかも (万20-4368)
人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ
忘らえぬかも(万2-149)
 [下二段]
-其を取ると 騒く御民も 家
忘れ 身もたな知らず-(万1-50)
大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ
忘れめや(万2-110)
   わすれがひ  忘れ貝 〔名詞〕離れ離れになった二枚貝の片方。
これを拾うと、恋しい人を忘れられるという。
大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや(万1-68)
和歌の浦に袖さへ濡れて
忘れ貝拾へど妹は忘らえなくに [忘れかねつも] (万12-3189)
   わたつみ   海神  〔名詞〕[「海(わた)つ霊(み)」の意。
① 海を支配する神。海神。
② (海神のいる所の意から)海。大海。

 
海神のいづれの神を祈らばか行くさも来さも船の早けむ(万9-1788)
海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ(万1-15)
【有斐閣「万葉集全注巻第一-15】
「わたつみ」は「渡(わた)つ神(み)」で、渡ることに関して、支配権を握る神の意。「やまつみ」の対義語。
 
   わたなか  海中 〔名詞〕「わだなか」とも。海の中。海上。 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね(万1-62)
名児の海を朝漕ぎ来れば
海中に鹿子ぞ鳴くなるあはれその鹿子(万7-1421)
   わたのそこ  海の底 【枕詞】[海の底の深いことから] 「奥 (おき)」の同音で、「沖」にかかる。 海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む(万1-83)
海の底沖漕ぐ舟を辺に寄せむ風も吹かぬか波立てずして(万7-1227)
   わたり   渡り  〔名詞〕
① 移動すること。移転。
② 来訪すること。向こうからこちらへ来ること。
③ 川や海を渡ること。また、渡し場。渡船場。
④ 品物が外国から来ること。舶来。
⑤「渡り者」の略。⑥交渉。掛け合い。
⑦ 物の端から端までの長さ。差し渡し。直径。
⑧(接尾語的に用いて)物事が全体にいきわたる回数を表す。
③ 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね(万1-62)
③ 苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに(万3-267)
 
   わたる   渡る  〔自動詞ラ行四段〕
① 海や川などを越えて行く。
② 過ぎる。通る。行く。来る。移る。
③ 年月が過ぎる。年月を送る。
④ 一方から他方につながる。またがる。岸から岸に架かる。
⑤ 広く通じる。広い範囲に及ぶ。
⑥(多く「給ふ」「(させ)給ふ」とともに用いられて)
 「あり」の尊敬語。「いらっしゃる」「おいでになる」

【語義】
「わたつみ」の「わた」と関連がある「①」が原義とみられる。転じて、ある一定の空間・時間を超えて他に及ぶ「②」から「③」の意で広く用いられる。
 
①-ももしきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡り 舟競ひ-(万1-36)
① 人言を繁み言痛みおのが世にいまだ
渡らぬ朝川渡る(万2-116)
 
   -わたる   -渡る  〔自動詞ラ行四段〕[動詞の連用形の下に付いて]
① 時間的に「ずっと~続ける」の意を表す。
【例語】
「逢ひわたる(=長いこと会い続ける)」
「在りわたる」「言ひわたる」「倦みわたる」「思ひわたる」
「恨みわたる(=恨んで月日を過ごす)」「聞きわたる」「偲びわたる」
「住みわたる」「解けわたる(=何度も解ける)」「嘆きわたる」
「悩みわたる(=苦しみながら過ごす)」「念じわたる(=念じ続ける)」
「待ちわたる」
② 空間的に「一面に~」の意を表す。
【例語】
「明けわたる(=すっかり夜が明ける)」「霞わたる」
「凍りわたる(=一面に凍る)」「冴えわたる」「澄みわたる」
「立ちわたる」「這ひわたる」「見えわたる」
「萌えわたる(=一面に芽が出る)」「燃えわたる(=一面に燃える)」
「行きわたる(=あまねく及ぶ)」
① 万代に年は来経とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし[筑前介佐氏子首] (万5-834)
   わづき   わづき  未詳-区別の意のワキと、方法・状態の意のタヅキとが混線した語か。
「万葉集」中、用例の一首のみ
 
霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず(万1-5) 
         〔名詞〕
① 泉あるいは川から水を汲むところ。
② 穴を掘って、地下水を汲み上げるようにしたところ。井戸。
① 春霞の上ゆ直に道はあれど君に逢はむとた廻り来も(万7-1260) 
② 馬酔木なす栄えし君が掘りしの石井の水は飲めど飽かぬかも(万7-1132) 
   ゐあかす  居明かす 〔他動詞サ行四段〕
起きたままで夜を明かす。徹夜する。
居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも(万2-89)
   ゐる   居る  〔自動詞ワ行上一段〕【ゐ・ゐ・ゐる・ゐる・ゐれ・ゐよ】
① 座る。しゃがむ。② とまる。とどまる。(波風が)おさまる。
③ 住む。いる。④ 存在する。ある。⑤ ある地位につく。
⑥ (水・つらら・草などが)生じる。
⑦ (「腹がゐる」の形で)怒りがおさまる。
⑧ (動詞の連用形または助詞「て」の下につく場合) 
 動作の継続や状態・結果の存続を表す。
 
⑧ -身もたな知らず 鴨じもの 水に浮きて 我が作る 日の御門に-(万1-50) 
古語の「ゐる」
現代語では「いる」と表記する。現代語の「いる」は、人・動物など生物の存在を表し、物など無生物の存在には「ある」が用いられると、主語の違いで区別されて使われているように思える。これに対し、古語の「ゐる」は止って動かずじっとしているの意味を表す語で、現代語「いる」とは意味が異なっている。しかし、現代語の「いる」も「渋滞の先頭にバスがいる」のように、無生物でも動いて行く物の存在にも用い、「いる」「ある」の違いは、動くと意識されるものの「いる」、動くと意識されないものの「ある」ということと考えられる。現代語の意味をこのように捉えることとで、古語の「ゐる」、現代語の「いる」の両者の違いも分かってうる。
 
                〔格助詞〕目的語や場所・時間を表わす連用修飾語に用いる。
現代語の「を」とほぼ同じ。
① 動作の対象を示す。~を
②(移動の動作に対して)起点・経過地点を示す。~を
③(時間的動作に対して)持続する時間を示す。~を
④(~を~に〔にて〕の形で)「~を~として」の意を表わす。
⑤(〔寝(い)を寝(ぬ)〕〔音(ね)を泣く〕の形で)強調する。
〔接続〕体言・活用語の連体形に付く。
① 我待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを(万2-108)
①-石見の海 角の浦廻 浦なしと 人こそ見らめ - (万2-131)

③ 長き夜ひとりや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに(万3-466)
接続助詞
① 軽い確定の逆接を表わす。~のに
② 軽い確定の順接を表わす。~ので
③ 軽く前後をつなぐ。~と、~が。
〔接続〕活用語の連体形に付く。
-栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめしし-(万1-29)
①- 隠口の 初瀬の山は 真木立つ 荒き山道-(万1-45)
① 草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさまし
(万1-69)
① 風流士と我れは聞ける
やど貸さず我れを帰せりおその風流士(万2-126)

君により言の繁き故郷の明日香の川にみそぎしに行く(万4-629)

③-かきのくづれよりかよひける- (古恋三詞書-632) 
間投助詞
①(文中に用いられた時)強調を示す。~ね
②(文末に用いられた時)感動・詠嘆を表わす。~なあ
(〔~を~み〕の形で)「~が~ので」の意を表わす。
〔接続〕種々の語に付く。②は「もの・まし」に付くことが多い。
① 橘の蔭踏む道の八衢に物ぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥](万2-125)
生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくあらな (万3-352)

② 我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらまし (万2-120)
② かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましもの (万2-86)
② 我妹子をいざ見の山かも大和の見えぬ国遠みかも(万1-44)
② 人言
言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る(万2-116)
 緒・弦・命  〔名詞〕
① 糸、紐などの総称。② 弓、楽器などに張る弦。
③(大切なものを繋ぎ止める意から)命。生命。
④(~の緒、の形で)長く続く物事。
格助詞「を」に係助詞「は」のついた「をは」の濁音化したもの。
動作・作用の対象を強く示す意を表わす。
① 東人の荷前の箱の荷のにも妹は心に乗りにけるかも [禅師](万2-100)
世間は常かくのみか結びてし白玉のの絶ゆらく思へば(万7-1325)

② み薦刈る信濃の真弓引かずしてはくるわざを知ると言はなくに (万1-97)
③ 己がおほにな思ひそ庭に立ち笑ますがからに駒に逢ふものを (万14-3556)
④ 我が形見見つつ偲はせあらたまの年の緒長く我れも偲はむ(万4-590) 
   をか   丘・岡  〔名詞〕土地の小高くなったところ。 篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち このに 菜摘ます子-(万1-1) 
   をし    愛し  〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
かわいい。いとしい。
 
香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より-(万1-13)  
 惜し  〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
失うにしのびない。惜しい。残念だ。捨て難い。
玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも(万2-93)
大夫の靫取り負ひて出でて行けば別れを惜しみ嘆きけむ妻(万20-4356)
 
   をすくに   食す国   天皇が統治なさる国。
 
-荒栲の 藤原が上に 食す国を 見したまはむと みあらかは-(万1-50)
-大君の 命畏み
食す国の 事取り持ちて 若草の 足結ひ手作り- (万17-4032)
 
有斐閣「万葉集全注巻第一-50 をすくに」注
統治される国の意。「高天原」に対する「天の下」より、さらに政治性、社会性の強い語。「食す」は、「食ふ」の敬語。統治者は諸国奏上の五穀を食べることで国々の領知を果たすという考えから、治めるの意になった。
 
   をちかた  彼方・遠方 〔名詞〕遠く隔たったほう。遠方(えんぽう)。⇔「此 (こ) の方 雲をのみつらきものとて明かす夜の月よ梢にをちかたの山 (新古今雑上-1546)
   をちかたのべ  彼方野辺 〔名詞〕遠くの方にある野。 大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや(万2-110)
   をとめ   少女・乙女 〔名詞〕
① 若い娘。未婚の女性。「をとめこ」とも。
② 五節の舞姫。
① 嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが玉裳の裾に潮満つらむか (万1-40)
   をみな   〔名詞〕若い女。女性。古くは、美人。⇒「をんな をみな先に言へるは良からずとつげ給ひき(記上)
詔 (みことのり) して曰 (のたま) はく、
 『諸氏 (もろもろのうぢ)
をみなを貢 (たてまつ) れ』とのたまふ(天武紀)
   をは  尾羽 〔名詞〕鳥の尾と羽 うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも(万10-1834) 
   をば   をば  〔格助詞「を」に係助詞「は」のついた「をは」の濁音化したもの〕
 動作・作用の対象を強く示す意を表わす。
-草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ- (万1-16) 
   をり  居り 〔自動詞ラ変〕【ラ・リ・リ・ル・レ・レ】
① 存在する。いる。ある。
② 座っている。
① 妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
   [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家
居らましを](万2-91)
② -敷栲の 床の辺去らず 立てれども
居れども ともに戯れ -(万5-909)
〔補助動詞ラ変〕
① (動詞の連用形の下に付いて) 動作・状態の存続を表す。「~ている」
② 他の動作をいやしめののしる意を表す。「~やがる」
   ををし   雄々し  〔形容詞シク活用〕
【シカラ・シク(シカリ)・シ・シキ(シカル)・シケレ・シカレ】
男らしい。勇ましい。
  
   をんな   〔名詞〕[「をみな」の撥音便]
① (成人した) 女性。婦人。② 妻。恋人である女。
【参考】
「をんな」「をみな」「をうな」は比較的若い女性をさし、年をとって老女になると「おんな」「おみな」「おうな」となる。
 
 
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