万葉集巻第十七 
 
 
       有由縁并雜歌  古 語 辞 典 へ
   天平二年庚午の冬の十一月に、大宰帥大伴卿、大納言に任けらえて 帥を兼ねること旧のごとし 京に上る時に、ケン従等、別に海路を取りて京に入る。ここに羇旅を悲傷しび、おのもおのも所心を陳べて作る歌十首  
3912 我が背子を安我松原よ見わたせば海人娘子ども玉藻刈る見ゆ  
      右の一首は、三野連石守作る。  
3913 荒津の海潮干潮満ち時はあれどいづれの時か我が恋ひざらむ  
3914 礒ごとに海人の釣舟泊てにけり我が船泊てむ礒の知らなく  
3915 昨日こそ船出はせしか鯨魚取り比治奇の灘を今日見つるかも  
3916 淡路島門渡る船の楫間にも我れは忘れず家をしぞ思ふ  
3917 大船の上にし居れば天雲のたどきも知らず歌ひこそ我が背  
3918 海人娘子漁り焚く火のおぼほしく角の松原思ほゆるかも  
3919 たまはやす武庫の渡りに天伝ふ日の暮れ行けば家をしぞ思ふ  
3920 家にてもたゆたふ命波の上に思ひし居れば奥か知らずも  一には「浮きてし居れば」といふ  
3921 大海の奥かも知らず行く我れをいつ来まさむと問ひし子らはも  
      右の九首の作者は、姓名を審らかにせず。  
      十年の七月の七日の夜に、独り天漢を仰ぎて、いささかに懐を述ぶる一首   
3922 織女し舟乗りすらしまそ鏡清き月夜に雲立ちわたる  
      右の歌一首は、大伴宿禰家持作る。  
      大宰の時の梅花に追ひて和ふる新しき歌六首  
3923 み冬継ぎ春は来たれど梅の花君にしあらねば招く人もなし  
3924 梅の花み山としみにありともやかくのみ君は見れど飽かにせむ  
3925 春雨に萌えし柳か梅の花ともに後れぬ常の物かも  
3926 梅の花いつは折らじといとはねど咲きの盛りは惜しきものなり  
3927 遊ぶ内の楽しき庭に梅柳折りかざしてば思ひなみかも  
3928 御園生の百木の梅の散る花し天に飛び上がり雪と降りけむ  
      右は、十二年の十二月の九日に、大伴宿禰書持作る。  
      三香の原の新都を讃むる歌一首并せて短歌  
3929 山背の 久迩の都は 春されば 花咲きををり 秋されば 黄葉にほひ 帯ばせる 泉の川の 上つ瀬に 打橋渡し 淀瀬には 浮橋渡し あり通ひ 仕へまつらむ 万代までに  
      反歌  
3930 たたなめて泉の川の水脈絶えず仕へまつらむ大宮ところ  
      右は、天平十三年の二月に、右馬頭境部宿禰老麻呂作る。  
      霍公鳥を詠む歌二首  
3931 橘は常花にもが霍公鳥住むと来鳴かば聞かぬ日なけむ  
3932 玉に貫く楝を家に植ゑたらば山霍公鳥離れず来むかも  
      右は、四月の二日に、大伴宿禰書持、奈良の宅より兄家持に贈る。  
   橙橘初ねて咲き、霍公鳥飜り嚶く。この時候に対ひ、あに志を暢べざらめや。よりて、三首の短歌を作り、もちて鬱結の緒を散らさまくのみ。  
3933 あしひきの山辺に居れば霍公鳥木の間立ち潜き鳴かぬ日はなし  
3934 霍公鳥何の心ぞ橘の玉貫く月し来鳴き響むる  
3935 霍公鳥楝の枝に行きて居ば花は散らむな玉と見るまで  
      右は、四月の三日に、内舎人大伴宿禰家持、久邇の京より弟書持に報へ送る。  
      霍公鳥を思ふ歌一首田口朝臣馬長作る。  
3936 霍公鳥今し来鳴かば万代に語り継ぐべく思ほゆるかも  
      右は、伝へて云はく、「ある時に交遊集宴す。この日ここに、霍公鳥喧かず。よりて、件の歌を作り、もちて思慕の意を陳ぶ」といふ。ただし、その宴する所并せて年月、いまだ詳審らかにすること得ず。  
      山部宿禰赤人、春鶯を詠む歌一首  
3937 あしひきの山谷越えて野づかさに今は鳴くらむ鴬の声  
      右は、年月と所処と、いまだ詳審らかにすることを得ず。ただし、聞きし時のまにまに、ここに記載す。  
      十六年の四月の五日に、独り平城の故宅に居りて作る歌六首  
3938 橘のにほへる香かも霍公鳥鳴く夜の雨にうつろひぬらむ  
3939 霍公鳥夜声なつかし網ささば花は過ぐとも離れずか鳴かむ  
3940 橘のにほへる園に霍公鳥鳴くと人告ぐ網ささましを  
3941 あをによし奈良の都は古りぬれどもと霍公鳥鳴かずあらなくに  
3942 鶉鳴く古しと人は思へれど花橘のにほふこの宿  
3943 かきつばた衣に摺り付け大夫の着襲ひ猟する月は来にけり  
      右の六首の歌は、天平十六年の四月の五日に、独り平城故郷の旧宅に居りて、大伴宿禰家持作る。  
   天平十八年の正月に、白雪多く零り、地に積むこと数寸。時に、左大臣橘卿、大納言藤原豊成朝臣また諸王諸臣たちを率て、太上天皇の御在所   中宮の西院なり に参入り、仕へまつりて雪を掃く。ここに詔を降し、大臣参議并せて諸王は、大殿の上に侍はしめ、諸卿大夫は、南の細殿に侍はしめて、すなはち酒を賜ひ肆宴したまふ。勅して曰はく、「汝ら諸王卿たち、いささかにこの雪を賦して、おのもおのもその歌を奏せ」とのりたまふ。  
      左大臣橘宿禰、詔に応ふる歌一首  
3944 降る雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか  
      紀朝臣清人、詔に応ふる歌一首  
3945 天の下すでに覆ひて降る雪の光りを見れば貴くもあるか  
      紀朝臣男梶、詔に応ふる歌一首  
3946 山の狭そことも見えず一昨日も昨日も今日も雪の降れれば  
      葛井連諸会、詔に応ふる歌一首  
3947 新しき年の初めに豊の年しるすとならし雪の降れるは  
      大伴宿禰家持、詔に応ふる歌一首  
3948 大宮の内にも外にも光るまで降れる白雪見れど飽かぬかも  
      藤原豊成朝臣、巨勢奈弖麻呂朝臣、大伴牛養宿祢、藤原仲麻呂朝臣、三原王、智奴王、船王、邑知王、小田王、林王、穂積朝臣老、小田朝臣諸人、小野朝臣綱手、高橋朝臣國足、太朝臣徳太理、高丘連河内、秦忌寸朝元、楢原造東人、右の件の王卿等、詔に応へて歌を作り、次によりて奏す。その時に記さずして、その歌漏り失せたり。ただし、秦忌寸朝元は、左大臣橘卿謔れて云はく、「歌を賦するに堪へずは、麝をもちてこれを贖へ」といふ。これによりて黙してやみぬ。  
   大伴宿祢家持、天平十八年の閏の七月をもちて、越中の国の守に 任けらゆ。すなはち七月を取りて任所に赴く。ここに、 姑大伴氏坂上郎女、家持に贈る歌二首  
3949 草枕旅行く君を幸くあれと斎瓮据ゑつ我が床の辺に  
3950 今のごと恋しく君が思ほえばいかにかもせむするすべのなさ  
      さらに越中の国に贈る歌二首  
3951 旅に去にし君しも継ぎて夢に見ゆ我が片恋の繁ければかも  
3952 道の中国つみ神は旅行きもし知らぬ君を恵みたまはな  
      平群氏女郎、越中守大伴宿禰家持に贈る歌十二首  
3953 君により我が名はすでに龍田山絶えたる恋の繁きころかも  
3954 須磨人の海辺常去らず焼く塩の辛き恋をも我れはするかも  
3955 ありさりて後も逢はむと思へこそ露の命も継ぎつつ渡れ  (再掲  
3956 なかなかに死なば安けむ君が目を見ず久ならばすべなかるべし   (再掲)  
3957 隠り沼の下ゆ恋ひあまり白波のいちしろく出でぬ人の知るべく  
3958 草枕旅にしばしばかくのみや君を遣りつつ我が恋ひ居らむ  
3959 草枕旅去にし君が帰り来む月日を知らむすべの知らなく  
3960 かくのみや我が恋ひ居らむぬばたまの夜の紐だに解き放けずして  
3961 里近く君がなりなば恋ひめやともとな思ひし我れぞ悔しき  
3962 万代に心は解けて我が背子が捻みし手見つつ忍びかねつも  
3963 鴬の鳴くくら谷にうちはめて焼けは死ぬとも君をし待たむ  
3964 松の花花数にしも我が背子が思へらなくにもとな咲きつつ  再掲  
  右の件の十二首の歌は、時々の便使に寄せて来贈せたり。一度に送るところにあらず。  
      八月の七日の夜に、守大伴宿禰家持が館に集ひて宴する歌  
3965 秋の田の穂向き見がてり我が背子がふさ手折り来るをみなへしかも  
      右の一首は、守大伴宿禰家持作る。  
3966 をみなへし咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出た廻り来ぬ  
3967 秋の夜は暁寒し白栲の妹が衣手着むよしもがも  
3968 霍公鳥鳴きて過ぎにし岡びから秋風吹きぬよしもあらなくに  
  右の三首は、掾大伴宿禰池主作る。  
3969 今朝の朝明秋風寒し遠つ人雁が来鳴かむ時近みかも  
3970 天離る鄙に月経ぬしかれども結ひてし紐を解きも開けなくに  
  右の二首は、守大伴宿禰家持作る。  
3971 天離る鄙にある我れをうたがたも紐解き放けて思ほすらめや  
  右の一首は、掾大伴宿禰池主作る。  
3972 家にして結ひてし紐を解き放けず思ふ心を誰れか知らむも  
  右の一首は、守大伴宿禰家持作る。  
3973 ひぐらしの鳴きぬる時はをみなへし咲きたる野辺を行きつつ見べし  
  右の一首は、大目秦忌寸八千島。  
      古歌一首 大原高安真人作る。年月審らかにあらず。ただし、聞きし時のままに、ここに記載す。  
3974 妹が家に伊久里の杜の藤の花今来む春も常かくし見む  
  右の一首、伝誦するは僧玄勝ぞ。  
3975 雁がねは使ひに来むと騒くらむ秋風寒みその川の上に  
3976 馬並めていざ打ち行かな渋谿の清き礒廻に寄する波見に  
  右の二首は、守大伴宿禰家持。  
3977 ぬばたまの夜は更けぬらし玉櫛笥二上山に月かたぶきぬ  
  右の一首は、史生土師宿禰道良。  
      大目秦忌寸八千島が館にして宴する歌一首  
3978 奈呉の海人の釣する舟は今こそば舟棚打ちてあへて漕ぎ出め  
  右は、館の客屋は、居ながらにして蒼海を望む。よりて、主人八千島、この歌を作る。  
      長逝せる弟を哀傷しぶる歌一首并せて短歌  
3979 天離る 鄙治めにと 大君の 任けのまにまに 出でて来し 我れを送ると あをによし 奈良山過ぎて 泉川 清き河原に 馬留め 別れし時に ま幸くて 我れ帰り来む 平らけく 斎ひて待てと 語らひて 来し日の極み 玉桙の 道をた遠み 山川の 隔りてあれば 恋しけく 日長きものを 見まく欲り 思ふ間に 玉梓の 使の来れば 嬉しみと 我が待ち問ふに およづれの たはこととかも はしきよし 汝弟の命 なにしかも 時しはあらむを はだすすき 穂に出づる秋の 萩の花 にほへる宿を [言斯人為性好愛花草花樹而多<植>於寝院之庭 故謂之花薫庭也] 朝庭に 出で立ち平し 夕庭に 踏み平げず 佐保の内の 里を行き過ぎ あしひきの 山の木末に 白雲に 立ちたなびくと 我れに告げつる 佐保山に火葬す。ゆゑに「佐保の内の里を行き過ぎ」といふ  
3980 ま幸くと言ひてしものを白雲に立ちたなびくと聞けば悲しも  
3981 かからむとかねて知りせば越の海の荒礒の波も見せましものを  
  右は、天平十八年の秋の九月の二十五日に、越中守大伴宿祢家持、遥かに弟の喪を聞き、感傷しびて作る。  
      相歓ぶる歌二首 越中守大伴宿禰家持作る。  
3982 庭に降る雪は千重敷くしかのみに思ひて君を我が待たなくに  
3983 白波の寄する礒廻を漕ぐ舟の楫取る間なく思ほえし君  
  右は、天平十八年の八月をもちて掾大伴宿祢池主、大帳使に付きて、京師に赴き向ふ。しかして同じき年の十一月に、本任に還り至りぬ。よりて、詩酒の宴を設け、弾絲飲樂す。この日、白雪たちまちに降り、地に積むこと尺余。この時に、また漁夫の舟、海に入り瀾に浮けり。ここに、守大伴宿祢家持、情を二眺に寄せ、いささかに所心を裁る。  
      たちまちに枉疾に沈み、ほとほとに泉路に臨む。よりて、歌詞を作り、もちて悲緒を申ぶる一首并せて短歌  
3984 大君の 任けのまにまに 大夫の 心振り起し あしひきの 山坂越えて 天離る 鄙に下り来 息だにも いまだ休めず 年月も いくらもあらぬに うつせみの 世の人なれば うち靡き 床に臥い伏し 痛けくし 日に異に増さる たらちねの 母の命の 大船の ゆくらゆくらに 下恋に いつかも来むと 待たすらむ 心寂しく はしきよし 妻の命も 明けくれば 門に寄り立ち 衣手を 折り返しつつ 夕されば 床打ち払ひ ぬばたまの 黒髪敷きて いつしかと 嘆かすらむぞ 妹も兄も 若き子どもは をちこちに 騒き泣くらむ 玉桙の 道をた遠み 間使も 遺るよしもなし 思ほしき 言伝て遣らず 恋ふるにし 心は燃えぬ たまきはる 命惜しけど 為むすべの たどきを知らに かくしてや 荒し男すらに 嘆き伏せらむ  
3985 世間は数なきものか春花の散りのまがひに死ぬべき思へば  
3986 山川のそきへを遠みはしきよし妹を相見ずかくや嘆かむ  
  右は、天平十九年の春の二月の二十日に、越中の国の守が館に病に臥して悲傷しび、いささかにこの歌を作る。越中守大伴宿祢家持、遥かに弟の喪を聞き、感傷しびて作る。  ページトップへ
      守大伴宿祢家持、大伴宿祢池主に贈る悲歌二首  
   たちまちに枉疾に沈み、累旬痛み苦しむ。百神を祷ひ恃み、消損することを得たり。しかれども、なほし身体疼羸、筋力怯軟なり。いまだ展謝に堪へず、係恋いよいよ深し。今し、春朝の春花、馥ひを春苑に流し、 春暮の春鴬、声を春林に囀る。この節候に対ひ、琴ソン翫ぶべし。興に乗る感あれども、杖を策く労に耐へず。独り帷幄の裏に臥して、いささかに寸分の歌を作る。軽しく、机下に奉り、玉頤を解かむことを犯す。その詞に曰はく、  
3987 春の花今は盛りににほふらむ折りてかざさむ手力もがも  
3988 鴬の鳴き散らすらむ春の花いつしか君と手折りかざさむ  
  二月の二十九日、大伴宿禰家持。  
   たちまちに芳音を辱みし、翰苑雲を凌ぐ。 兼に倭詩を垂れ、詞林錦を舒ぶ。もちて吟じもちて詠じ、能く戀緒をのぞく。春は楽しぶべく、暮春の風景もとも怜れぶべし。紅桃灼々、戯蝶は花を廻りてひ、翠柳依々、嬌鴬は葉に隠れて歌ふ。楽しぶべきかも。淡交に席を促け、意を得て言を忘る。楽しきかも美しきかも。幽襟賞づるに足れり。あに慮りけめや、蘭ケイクサムラを隔て、琴ソン用ゐるところなく、空しく令節を過ぐして、物色人を軽みせむとは。怨むるところここにあり。黙して已むことあたはず。俗の語に云はく、藤をもちて錦に続ぐといふ。いささかに談笑に擬ふらくのみ。  
3989 山峽に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ  
3990 鴬の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも  
  沽洗の二日、掾大伴宿祢池主。  
      さらに贈る歌一首并せて短歌  
   含弘の徳は、思を蓬体に垂れ、不貲の恩は、慰を陋心に報ふ。来春を載荷し、喩ふるところに堪ふるものなし。ただし、稚き時に遊藝の庭に渉らずして、横翰の藻、おのづからに彫蟲に乏し。幼き年に山柿の門に逕らずして、裁歌の趣、詞を聚林に失ふ。ここに、藤をもちて錦に続ぐ言を辱みし、さらに石をもちて瓊に間ふる詠を題す。もとよりこれ俗愚にして癖を懐き、黙して已むこと能はず。よりて、数行を捧げ、もちて嗤笑に酬いむ。その詞に曰はく、  
3991 大君の 任けのまにまに しなざかる 越を治めに 出でて来し ますら我れすら 世間の 常しなければ うち靡き 床に臥い伏し 痛けくの 日に異に増せば 悲しけく ここに思ひ出 いらなけく そこに思ひ出 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを あしひきの 山きへなりて 玉桙の 道の遠けば 間使も 遣るよしもなみ 思ほしき 言も通はず たまきはる 命惜しけど せむすべの たどきを知らに 隠り居て 思ひ嘆かひ 慰むる 心はなしに 春花の 咲ける盛りに 思ふどち 手折りかざさず 春の野の 茂み飛び潜く 鴬の 声だに聞かず 娘子らが 春菜摘ますと 紅の 赤裳の裾の 春雨に にほひひづちて 通ふらむ 時の盛りを いたづらに 過ぐし遣りつれ 偲はせる 君が心を うるはしみ この夜すがらに 寐も寝ずに 今日もしめらに 恋ひつつぞ居る  
3992 あしひきの山桜花一目だに君とし見てば我れ恋ひめやも  
3993 山吹の茂み飛び潜く鴬の声を聞くらむ君は羨しも  
3994 出で立たむ力をなみと隠り居て君に恋ふるに心どもなし  
  三月の三日、大伴宿禰家持  
      七言、晩春三日遊覧一首并せて序  
   上巳の名辰は、暮春の麗景なり。 桃花は瞼を昭らして紅を分かち、柳色は苔を含みて緑を競ふ。時に、手を携はり江河の畔をはるかに望み、酒を訪ひ野客の家に迥く過る。すでにして、琴ソン性を得、蘭契光を和げたり。ああ、今日恨むるところは、徳星すでに少なきことか。もし寂を扣ち章を含まずは、何をもちてか逍遥の趣をのべむ。たちまちに短筆に課せて、いささかに四韻を勒すと云爾 餘春媚日宜怜賞 上巳風光足覧遊 / 柳陌臨江縟ハ服 桃源通海泛仙舟 / 雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流 / 縦酔陶心忘彼我 酩酊無處不淹留  
 3995 餘春の媚日は怜賞するに宜く、
上巳の風光は覧遊するに足る。
柳陌は江に臨みてげんぷくを縟にし、
桃源は海に通ひて仙舟を泛ぶ。
雲罍桂を酌みて三清を湛へ、
羽爵人を催して九曲を流る。
縦酔陶心彼我を忘れ、
酩酊し処として淹留せずといふこと無し。
 
  三月の四日、大伴宿禰池主  
   昨日短懐を延べ、今朝耳目をけがす。さらに賜書を承り、かつ不次を奉る。 死罪々々。下賎を遣れず、頻りに徳音を恵みたまふ。英霊星氣あり、逸調人に過ぐ。智水仁山、すでに琳瑯の光彩をつつみ、潘江陸海、おのづからに詩書の廊廟に坐す。思を非常に騁せ、情を有理に託す。七歩にして章を成し、數篇紙に満つ。巧く愁人の重患を遣り、能く戀者の積思を除く。山柿の歌泉は、これに比ぶれば蔑きがごとく、彫龍の筆海は、粲然として看ること得たり。まさに知りぬ、僕が幸あることを。敬みて和ふる歌、その詞に云はく、  
 3996 大君の 命畏み あしひきの 山野さはらず 天離る 鄙も治むる 大夫や なにか物思ふ あをによし 奈良道来通ふ 玉梓の 使絶えめや 隠り恋ひ 息づきわたり 下思に 嘆かふ我が背 いにしへゆ 言ひ継ぎくらし 世間は 数なきものぞ 慰むる こともあらむと 里人の 我れに告ぐらく 山びには 桜花散り 貌鳥の 間なくしば鳴く 春の野に すみれを摘むと 白栲の 袖折り返し 紅の 赤裳裾引き 娘子らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋すなり 心ぐし いざ見に行かな ことはたなゆひ  
3997 山吹は日に日に咲きぬうるはしと我が思ふ君はしくしく思ほゆ  
3998 我が背子に恋ひすべながり葦垣の外に嘆かふ我れし悲しも  
  三月の五日、大伴宿禰池主  
   昨暮の来使は、幸しくも晩春遊覧の詩を垂れたまひ、今朝の累信は、辱くも相招望野の歌をたまふ。一たび玉藻を看るに、やくやくに欝結を写き、二たび秀句を吟ふに、すでに愁緒をのぞく。この眺翫にあらずは、孰れか能く心を暢べむ。下僕、禀性彫ること難く、闇神塋くこと靡し。翰を握りて毫を腐し、研に対ひて渇くことを忘る。終日目流すとも、これを綴ること能はず。謂ふならく、文章は天骨にして、これを習ふこと得ずと。あに字を探り韻を勒して、雅篇に叶和するに堪へめや。はた、鄙里の少兒に聞えむ。古人は言に酬いずといふことなし。いささかに拙詠を裁り、敬みて解笑に擬ふらくのみ。今し、言を賦し韻を勒し、この雅作の篇に同ず。あに石をもちて瓊に間ふるに殊ならめや。声に唱へて走が曲に遊ぶといふか。はた、小児の、濫りに謡ふがごとし。敬みて葉端に写し、もちて乱に擬へて曰はく、
 
      七言一首  
 3999 杪春の余日媚景麗しく、
初巳の和風拂ひておのづからに軽ろし。
来燕は泥をふふみ宇を賀きて入り、
歸鴻は廬を引き迥く瀛に赴く。
聞くならく君は侶に嘯き流曲を新たにし、
禊飲に爵を催して河清に泛ぶと。
良きこの宴を追ひ尋ねまく欲りすれど、
なほし知る懊に染みて脚レイテイすることを。
 
      短歌二首  
4000 咲けりとも知らずしあらば黙もあらむこの山吹を見せつつもとな  
4001 葦垣の外にも君が寄り立たし恋ひけれこそば夢に見えけれ  
  三月の五日に、大伴宿禰家持病に臥して作る。  
      恋緒を述ぶる歌一首并せて短歌  
 4002 妹も我れも 心は同じ たぐへれど いやなつかしく 相見れば 常初花に 心ぐし めぐしもなしに はしけやし 我が奥妻 大君の 命畏み あしひきの 山越え野行き 天離る 鄙治めにと 別れ来し その日の極み あらたまの 年行き返り 春花の うつろふまでに 相見ねば いたもすべなみ 敷栲の 袖返しつつ 寝る夜おちず 夢には見れど うつつにし 直にあらねば 恋しけく 千重に積もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕 さし交へて 寝ても来ましを 玉桙の 道はし遠く 関さへに へなりてあれこそ よしゑやし よしはあらむぞ 霍公鳥 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯の花の にほへる山を よそのみも 振り放け見つつ 近江道に い行き乗り立ち あをによし 奈良の我家に ぬえ鳥の うら泣けしつつ 下恋に 思ひうらぶれ 門に立ち 夕占問ひつつ 我を待つと 寝すらむ妹を 逢ひてはや見む  
4003 あらたまの年返るまで相見ねば心もしのに思ほゆるかも  
4004 ぬばたまの夢にはもとな相見れど直にあらねば恋ひやまずけり  
4005 あしひきの山きへなりて遠けども心し行けば夢に見えけり  
4006 春花のうつろふまでに相見ねば月日数みつつ妹待つらむぞ  
  右は、三月の二十日の夜の裏に、たちまちに恋情を起こして作る。大伴家持  
      立夏四月、すでに累日を経ぬるに、なほし霍公鳥の喧くを聞かず。よりて作る恨みの歌二首  
4007 あしひきの山も近きを霍公鳥月立つまでに何か来鳴かぬ  
4008 玉に貫く花橘をともしみしこの我が里に来鳴かずあるらし  
  霍公鳥は、立夏の日に、来鳴くこと必定なり。また、越中の風土は、橙橘のあること希なり。これによりて、大伴宿禰家持、懐に感発して、いささかにこの歌を裁る。三月二九日  
      二上山の賦一首 この山は射水の郡にあり  
4009 射水川 い行き廻れる 玉櫛笥 二上山は 春花の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振り放け見れば 神からや そこば貴き 山からや 見が欲しからむ 統め神の 裾廻の山の 渋谿の 崎の荒礒に 朝なぎに 寄する白波 夕なぎに 満ち来る潮の いや増しに 絶ゆることなく いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに 懸けて偲はめ  
4010 渋谿の崎の荒礒に寄する波いやしくしくにいにしへ思ほゆ  
4011 玉櫛笥二上山に鳴く鳥の声の恋しき時は来にけり  
  右は、三月の三十日に、興に依りて作る。大伴宿禰家持  
      四月の十六日の夜の裏に、遥かに霍公鳥の喧くを聞きて、懐を述ぶる歌一首  
4012 ぬばたまの月に向ひて霍公鳥鳴く音遥けし里遠みかも  
  右は、大伴宿禰家持作る。  
      大目秦忌寸八千島が館にして、守大伴宿禰家持を餞する宴の歌二首  
4013 奈呉の海の沖つ白波しくしくに思ほえむかも立ち別れなば  
4014 我が背子は玉にもがもな手に巻きて見つつ行かむを置きて行かば惜し  
  右は、守大伴宿禰家持、正税帳をもちて、京師に入らむとす。よりて、この歌を作り、いささかに相別るる嘆きを陳ぶ。四月の二十日  
      布勢の水海に遊覧する賦一首并せて短歌 この海は射水の郡の古江の村に有り  
4015 もののふの 八十伴の男の 思ふどち 心遣らむと 馬並めて うちくちぶりの 白波の 荒礒に寄する 渋谿の 崎た廻り 松田江の 長浜過ぎて 宇奈比川 清き瀬ごとに 鵜川立ち か行きかく行き 見つれども そこも飽かにと 布施の海に 舟浮け据ゑて 沖辺漕ぎ 辺に漕ぎ見れば 渚には あぢ群騒き 島廻には 木末花咲き ここばくも 見のさやけきか 玉櫛笥 二上山に 延ふ蔦の 行きは別れず あり通ひ いや年のはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと  
4016 布勢の海の沖つ白波あり通ひいや年のはに見つつ偲はむ  
  右は、守大伴宿禰家持作る。四月の二十四日  
      敬みて布勢の水海に遊覧する賦に和ふる一首并せて一絶  
4017 藤波は 咲きて散りにき 卯の花は 今ぞ盛りと あしひきの 山にも野にも 霍公鳥 鳴きし響めば うち靡く 心もしのに そこをしも うら恋しみと 思ふどち 馬打ち群れて 携はり 出で立ち見れば 射水川 港の渚鳥 朝なぎに 潟にあさりし 潮満てば 夫呼び交す 羨しきに 見つつ過ぎ行き 渋谿の 荒礒の崎に 沖つ波 寄せ来る玉藻 片縒りに 蘰に作り 妹がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海に 海人船に ま楫掻い貫き 白栲の 袖振り返し あどもひて 我が漕ぎ行けば 乎布の崎 花散りまがひ 渚には 葦鴨騒き さざれ波 立ちても居ても 漕ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば 黄葉の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや  
4018 白波の寄せ来る玉藻世の間も継ぎて見に来む清き浜びを  
  右は、掾大伴宿禰池主作る。四月の二十六日に追ひて和ふ。  
      四月の二十六日に、掾大伴宿禰池主が館にして、税帳使、守大伴宿禰家持を餞する宴の歌并せて古歌 四首  
4019 玉桙の道に出で立ち別れなば見ぬ日さまねみ恋しけむかも 一には「見ぬ日久しみ恋しけむかも」といふ  
  右の一首は、大伴宿禰家持作る。  
4020 我が背子が国へましなば霍公鳥鳴かむ五月は寂しけむかも  
  右の一首は、介内蔵忌寸縄麻呂作る。  
4021 我れなしとなわび我が背子霍公鳥鳴かむ五月は玉を貫かさね  
  右の一首は、守大伴宿禰家持和ふ。  
      石川朝臣水通が橘の歌一首  
4022 我が宿の花橘を花ごめに玉にぞ我が貫く待たば苦しみ  
  右の一首は、伝誦して主人大伴宿禰池主しか云ふ。  
      守大伴宿禰家持が館にして飲宴する歌一首 四月の二十六日  
4023 都辺に立つ日近づく飽くまでに相見て行かな恋ふる日多けむ  
      立山の賦一首并せて短歌 この山は新川の郡に有り  
4024 天離る 鄙に名懸かす 越の中 国内ことごと 山はしも しじにあれども 川はしも 多に行けども 統め神の 領きいます 新川の その立山に 常夏に 雪降り敷きて 帯ばせる 片貝川の 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや年のはに よそのみも 振り放け見つつ 万代の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨しぶるがね  
4025 立山に降り置ける雪を常夏に見れども飽かず神からならし  
4026 片貝の川の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通ひ見む  
  四月の二十七日に、大伴宿禰家持作る。  
      敬みて立山の賦に和ふる一首并せて二絶  
4027 朝日さし そがひに見ゆる 神ながら 御名に帯ばせる 白雲の 千重を押し別け 天そそり 高き立山 冬夏と 別くこともなく 白栲に 雪は降り置きて 古ゆ あり来にければ こごしかも 岩の神さび たまきはる 幾代経にけむ 立ちて居て 見れども異し 峰高み 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内に 朝さらず 霧立ちわたり 夕されば 雲居たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過ぐさず 行く水の 音もさやけく 万代に 言ひ継ぎゆかむ 川し絶えずは  
4028 立山に降り置ける雪の常夏に消ずてわたるは神ながらとぞ  
4029 落ちたぎつ片貝川の絶えぬごと今見る人もやまず通はむ  
  右は、掾大伴宿禰池主和ふ。四月の二十八日  
      京に入ることやくやくに近づき、悲情撥ひかたくして懐を述ぶる一首并せて一絶  
4030 かき数ふ 二上山に 神さびて 立てる栂の木 本も枝も 同じときはに はしきよし 我が背の君を 朝去らず 逢ひて言どひ 夕されば 手携はりて 射水川 清き河内に 出で立ちて 我が立ち見れば 東風の風 いたくし吹けば 港には 白波高み 妻呼ぶと 渚鳥は騒く 葦刈ると 海人の小舟は 入江漕ぐ 楫の音高し そこをしも あやに羨しみ 偲ひつつ 遊ぶ盛りを 天皇の 食す国なれば 御言持ち 立ち別れなば 後れたる 君はあれども 玉桙の 道行く我れは 白雲の たなびく山を 岩根踏み 越えへなりなば 恋しけく 日の長けむぞ そこ思へば 心し痛し 霍公鳥 声にあへ貫く 玉にもが 手に巻き持ちて 朝夕に 見つつ行かむを 置きて行かば惜し  
4031 我が背子は玉にもがもな霍公鳥声にあへ貫き手に巻きて行かむ  
  右は、大伴宿禰家持、掾大伴宿禰池主に贈る。四月の三十日  
   たちまちに京に入らむとして懐を述ぶる作を見るに、生別は悲しく、断腸万廻にして、怨緒禁めかたし。いささかに所心を奉る一首并せて二絶  
4032 あをによし 奈良を来離れ 天離る 鄙にはあれど 我が背子を 見つつし居れば 思ひ遣る こともありしを 大君の 命畏み 食す国の 事取り持ちて 若草の 足結ひ手作り 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留めもかねて 見わたせば 卯の花山の 霍公鳥 音のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 言に出でて 言はばゆゆしみ 砺波山 手向けの神に 幣奉り 我が祈ひ祷まく はしけやし 君が直香を ま幸くも ありた廻り 月立たば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見しめとぞ  
4033 玉桙の道の神たち賄はせむ我が思ふ君をなつかしみせよ  
4034 うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む  
  右は、大伴宿禰池主が報へ贈りて和ふる歌。五月の二日  
      放逸れたる鷹を思ひて夢見、感悦びて作る歌一首并せて短歌  
4035 大君の 遠の朝廷ぞ み雪降る 越と名に追へる 天離る 鄙にしあれば 山高み 川とほしろし 野を広み 草こそ茂き 鮎走る 夏の盛りと 島つ鳥 鵜養が伴は 行く川の 清き瀬ごとに 篝さし なづさひ上る 露霜の 秋に至れば 野も多に 鳥すだけりと 大夫の 友誘ひて 鷹はしも あまたあれども 矢形尾の 我が大黒に [大黒者蒼鷹之名也] 白塗の 鈴取り付けて 朝猟に 五百つ鳥立て 夕猟に 千鳥踏み立て 追ふ毎に 許すことなく 手放れも をちもかやすき これをおきて またはありがたし さ慣らへる 鷹はなけむと 心には 思ひほこりて 笑まひつつ 渡る間に 狂れたる 醜つ翁の 言だにも 我れには告げず との曇り 雨の降る日を 鳥猟すと 名のみを告りて 三島野を そがひに見つつ 二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔り去にきと 帰り来て しはぶれ告ぐれ 招くよしの そこになければ 言ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ 思ひ恋ひ 息づきあまり けだしくも 逢ふことありやと あしひきの をてもこのもに 鳥網張り 守部を据ゑて ちはやぶる 神の社に 照る鏡 倭文に取り添へ 祈ひ祷みて 我が待つ時に 娘子らが 夢に告ぐらく 汝が恋ふる その秀つ鷹は 松田江の 浜行き暮らし つなし捕る 氷見の江過ぎて 多古の島 飛びた廻り 葦鴨の すだく古江に 一昨日も 昨日もありつ 近くあらば いま二日だみ 遠くあらば 七日のをちは 過ぎめやも 来なむ我が背子 ねもころに な恋ひそよとぞ いまに告げつる  
4036 矢形尾の鷹を手に据ゑ三島野に猟らぬ日まねく月ぞ経にける  
4037 二上のをてもこのもに網さして我が待つ鷹を夢に告げつも  
4038 松反りしひにてあれかもさ山田の翁がその日に求めあはずけむ  
4039 心には緩ふことなく須加の山すかなくのみや恋ひわたりなむ  
  右は、射水の郡の古江の村にして蒼鷹を取獲る。形容美麗しくして、鷙雄群に秀れたり。時に、養吏山田史君麻呂、調試節を失ひ、野猟侯に乖く。摶風の翅、高く翔りて雲に匿る。腐鼠の餌、呼び留むるに験靡し。ここに、羅網を張り設けて、非常を窺ひ、神祇に奉幣して、不虞を恃む。ここに夢の裏に娘子あり。喩へて曰はく、「使君、苦しき念を作して、空しく精神を費やすこと、勿。放逸れたるその鷹は、獲り得むこと、幾時もあらじ」といふ。須臾にして覚き寤め、懐に悦びあり。よりて、恨みを却く歌を作り、もちて感信を旌す。守大伴宿禰家持、九月の二十六日に作る。  
      高市連黒人が歌一首 年月審らかにあらず  
4040 婦負の野のすすき押しなべ降る雪に宿借る今日し悲しく思ほゆ  
  右は、この歌を伝誦するは、三国真人五百国ぞ。  
4041 あゆの風 越の俗の語には東風をあゆの風かぜといふ  いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小船漕ぎ隠る見ゆ  
4042 港風寒く吹くらし奈呉の江に妻呼び交し鶴多に鳴く  一には「鶴騒くなり」といふ  
4043 天離る鄙ともしるくここだくも繁き恋かもなぐる日もなく  
4044 越の海の信濃 浜の名なり の浜を行き暮らし長き春日も忘れて思へや  
  右の四首は、天平二十年の春の正月の二十九日、大伴宿禰家持  
      砺波の郡の雄神の川辺にして作る歌一首   
4045 雄神川紅にほふ娘子らし葦付[水松之類]取ると瀬に立たすらし  
      婦負の郡にして鵜坂の川辺を渡る時に作る一首  
4046 鵜坂川渡る瀬多みこの我が馬の足掻きの水に衣濡れにけり  
      鵜を潜くる人を見て作る歌一首  
4047 婦負川の早き瀬ごとに篝さし八十伴の男は鵜川立ちけり  
      新川の郡にして延槻川を渡る時に作る歌一首  
4048 立山の雪し消らしも延槻の川の渡り瀬鐙漬かすも  
      気太の神宮に赴き参り、海辺を行く時に作る歌一首  
4049 志雄路から直越え来れば羽咋の海朝なぎしたり船楫もがも  
      能登の郡にして香島の津より舟を発し、熊来の村をさして往く時に作る歌二首  
4050 鳥総立て船木伐るといふ能登の島山今日見れば木立繁しも幾代神びぞ  
4051 香島より熊来をさして漕ぐ船の楫取る間なく都し思ほゆ  
      鳳至の郡にして能登の郡にして饒石川を渡る時に作る歌一首  
4052 妹に逢はず久しくなりぬ饒石川清き瀬ごとに水占延へてな  
      珠洲の郡より舟を発し、太沼の郡に還る時に、長浜の湾に泊り、月の光を仰ぎ見て作る歌一首  
4053 珠洲の海に朝開きして漕ぎ来れば長浜の浦に月照りにけり  
  右の件の歌詞は、春の出挙によりて、諸郡を巡行し、時に当り所に当りて、属目して作る。大伴宿禰家持  
      鶯の晩く哢くを恨むる歌一首  
4054 鴬は今は鳴かむと片待てば霞たなびき月は経につつ  
      酒を造る歌一首  
4055 中臣の太祝詞言言ひ祓へ贖ふ命も誰がために汝れ  
  右は、大伴宿禰家持作る。  
   
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