【未然形の用法】 |
未然形には単独の用法はなく、常に助詞「ば・で・(な)〜そ(カ変・サ変)・ばや・なむ」、助動詞「ず・む・じ・す・さす・しむ・る・らる・まほし・まし・り(サ変)」に連なって用いられる。 |
|
順接の仮定条件 |
未然形に接続助詞「ば」の付いた形で、「もし〜なら(たら)」の意の順接(=順接接続)の仮定条件の表現になる。 |
|
用例: |
折り取らば(折り取るなら/折り取るとしたら)惜しげにもあるか桜花いざ宿借りて散るまでは見む(古今春上−65) |
|
|
「かの国の人来(こ)ば(来たら/来るなら)、みな開(あ)きなむとす。」(竹取物語「かぐや姫の昇天」) |
|
解説: |
なお、形容詞、打消の助動詞「ず」の場合は、連用形に係助詞「は」の付いた形で順接の仮定条件になる。また、已然形に接続助詞「ば」の付いた形は順接の確定条件になる。 |
|
|
|
【連用形の用法】 |
連用形の単独の用法には、中止法・副詞法・名詞法などがある。また、助詞「て・し(形容詞・形容動詞だけ)・つつ・ながら・(な)〜そ(カ変・サ変以外)」、助動詞「き・けり・つ・ぬ・たり・けむ・たし」に連なる。 |
|
中止法 |
文を途中で一時中止する用法。前の文節と後の文節とが対等の関係にある場合が多い。 |
|
用例: |
二十七日。風吹き、波荒ければ、船出(い)ださず。(土佐日記) |
|
|
山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨てがたきこと多し。(徒然草) |
|
対偶中止法 |
二つの文節が対等の関係にあるとき、下の対等語の打消、受身などの意味が上の対等語に及び、上の対等語が連用形の中止法をとることをいう。 |
|
用例: |
今めかしくきららかならねど(現代風でなく、はでではないが)、木だちものふりて、わざとならぬ庭の草も〜(徒然草) |
|
|
「このをのこ罪し、れうぜられば(処罰され、ひどい目にあわせられるならば)、われはいかであれと。」(更級日記「竹芝寺」) |
|
解説: |
右の「今めかしく」「罪し」が中止法になっている。解釈上は、「今めかしからず」「罪せられ」の意にとる。前者を対偶否定法、後者を対偶受身法ということもある。なお、「走る獣は檻にこめ、鎖をさされ、飛ぶ鳥は翅(つばさ)を切り、籠に入れられて、雲を恋ひ、野山を思ふ愁へ、止む時なし。」(徒然草)には、三つの中止法が見られる。この文の構造は、次のようにとらえられる。
走る獣は |
檻にこめ |
れ(られ) |
て、 |
雲を恋ひ |
愁へ、 |
止む時なし。 |
鎖をささ |
飛ぶ鳥は |
翅を切り |
ら(れれ) |
野山を思ふ |
籠に入れ |
青字部分の中止法は、「こめられて」「切られて」「恋ふる愁へ」の意になる。 |
|
副詞法(連用法) |
主として、形容詞・形容動詞の連用形が、副詞のように用言を修飾する用法をいう。解釈上留意すべき副詞法に次の三つの用法がある。 |
|
|
@下にくる「思ふ・見る・聞く・言ふ」などの内容を表す副詞法。 |
|
用例: |
さて、春ごとに咲くとて、桜をよろしう(たいしたことがないと)思ふ人やはある。(枕草子) |
|
|
A文頭にあって、以下の部分全体にかかり、その感想を表す副詞法。 |
|
用例: |
「あさましう(思いがけないことには)、犬なども、かかる心あるものなりけり。」と(一条天皇は)笑はせ給ふ。 |
|
|
B下にくる動作の結果を表す副詞法。 |
|
用例: |
髪は、扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔は、いと赤く(赤くなるように)すりなして立てり。(源氏物語「若紫」) |
|
|
なお、、形容詞の連用形に接続助詞「て」の付いた形は、ふつうの副詞法と異なり、ようす・状態を表す用法になる。 |
|
用例: |
三寸ばかりなる人、いとうつくしうて、(かわいらしいようすで)ゐたり(座っている。(竹取物語「かぐや姫の生ひ立ち」) |
|
名詞法 |
主として、動詞の連用形が、「〜こと」「〜もの」などの意で用いられる用法をいう。ふつうは名詞に転じたもの(転成名詞)として扱う。 |
|
用例: |
「かかる老(おい)法師の身には、たとひ憂へ(心配すること<災難>)侍りとも、何の悔い(悔いること<後悔>)か侍らむ。」(源氏物語「薄雲」) |
|
|
東の方に住むべき国求めに(さがすことのために)とて行きけり。(伊勢物語) |
|
順接の仮定条件法 |
形容詞型活用の連用形、打消の助動詞「ず」の連用形に、係助詞「は」の付いた形で、「もしも〜なら(たら)」の意の順接の仮定条件の表現になる。ただし、単なる強調表現の場合もある。 |
|
用例: |
恋しくは(恋しいなら/恋しくなったら)形見にせよとわが背子が植ゑし秋萩花咲きにけり(万葉10-2123) |
|
|
今日来ずは(来なかったら)明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも(たとえ消えないでは<強調>あるにしても)花と見ましや(古今春上-63) |
|
逆接の仮定条件法 |
形容詞型活用の連用形、打消の助動詞「ず」の連用形に、接続助詞「と・とも」の付いた形で、「たとえ〜ても」の意の逆接(逆態接続)の仮定条件の表現になる。 |
|
用例: |
唐の物は、薬のほかは、なくとも(たとえなくても)事欠くまじ(徒然草) |
|
用例: |
花の色は霞にこめて見せずとも(たとえ見せないにしても)香をだに盗め春の山風(古今春下-91) |
|
|
|
|
|
|
【終止形の用法】 |
終止形の単独の用法には、終止法がある。また助詞「と・とも・や(疑問)・な(禁止)」、助動詞「らむ・めり・らし・べし・まじ・なり(伝聞・推定)」(ラ変以外)に連なる。 |
|
終止法 |
単語が文の言い切りに用いられるのが終止法である。感動詞・終助詞・体言、形容詞の語幹、形容動詞の語幹、活用語の終止形・命令形、係り結びによる連体形・已然形に、この用法がある。さまざまな終止法のうちで、活用語の終止形によるものが、もっとも基本となる終止法である。 |
|
用例: |
「われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり。」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。うつくしきこと限りなし。いと幼ければ、籠に入れて養ふ。(竹取物語「かぐや姫の生ひ立ち」) |
|
逆接の仮定条件法 |
終止形に接続助詞「と・とも」の付いた形で、「たとえ〜ても」の意の逆接の仮定条件の表現になる。 |
|
用例: |
「あひ戦はむとすとも(たとえ戦いあおうとしても)、かの国の人来なば、猛き心つかふ人も、よもあらじ。」(竹取物語「かぐや姫の昇天」) |
|
|
飽かず、惜しと思はば、千年を過ぐすとも(たとえ千年を過ごしても)、一夜の夢の心地こそせめ。(徒然草) |
|
解説: |
なお、形容詞、打消の助動詞「ず」の場合は、連用形に「と・とも」の付いた形になる。 |
|
|
|
【連体形の用法】 |
連体形の単独の用法には、連体法・終止法(係り結び・連体形止め)・準体法などがある。また、助詞「が・の・を・に・より・か・かな・ぞ」、助動詞「ごとし・なり(断定)」に連なる。なお、ラ変動詞・形容詞カリ活用・形容動詞の連体形は、助動詞「らむ・めり・らし・べし・まじ・なり(伝聞・推定)」に連なる。 |
|
連体法 |
連体形が連体修飾語として体言を修飾する用法をいう。 |
|
用例: |
「阿弥陀仏ものし給ふ堂に、すること侍る頃になむ。」(源氏物語「若紫」) |
|
|
いとあはれなることも侍りき。さりがたき妻・をとこ持ちたる者は、その思ひまさりて深き者、必ず先立ちて死ぬ。(方丈記) |
|
解説: |
なお、「さかし女(め)」(記・上)、「頼もし人」(源氏物語「玉蔓」)、「長々し夜」(拾遺・恋三)の「さかし・頼もし・長々し」などはシク活用の形容詞の終止形とされ本書(旺文社・全訳古語辞典)でも通説によっているが、本来は形容詞の語幹によるもので、終止形の連体法ではない。「さかし女」「頼もし人」「長々し夜」で一語の名詞である。 |
|
終止法 |
連体形の終止法には、係り結びと連体形止めの二つがある。 |
|
|
@ 係助詞「ぞ・なむ・や・か」を受けて連体形で結ぶ終止法。係り結び。
ぞ |
連体形 |
強調表現 |
なむ |
連体形 |
強調表現 |
や |
連体形 |
疑問・強調表現 |
か |
連体形 |
疑問・強調表現 |
|
|
用例: |
水はその山に三所ぞ流れたる(三箇所も流れている)(更級日記「足柄山」) |
|
|
その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。(竹取物語「かぐや姫の生ひ立ち」) |
|
|
君やこし(あなたが来たのか)我や行きけむ(私が行ったのだろうか)おもほえず夢かうつつか寝てかさめてか(伊勢物語) |
|
|
「いづれの山か天に近き(どの山が天に近いのだろうか)。(竹取物語「ふじの山」) |
|
解説: |
解釈上、とくに留意する必要があるのは、「もぞ・やは・かは」を受けて連体形で結ぶ終止法である。「もぞ-連体形」は不安・懸念の表現に、「やは−連体形」「かは−連体形」は反語の表現になることが多い。 |
|
用例: |
「門よく鎖してよ。雨もぞ降る(雨が降るかもしれない。そうなるといけない)。」(徒然草) |
|
|
よき人は、知りたることとて、きのみ知り顔にやは言ふ(それほど物知り顔に言うだろうか。いや、言いはしない)。(徒然草) |
|
|
死なぬ薬も何にかはせむ(何にしようか。何の役にも立たない)。(竹取物語「ふじの山」) |
|
|
A 詠嘆・余情の表現として連体形で結ぶ終止法。連体形止め。 |
|
用例: |
「雀の子を犬君(人名)が逃しつる(犬君が逃してしまったのか)。」(源氏物語「若紫」) |
|
|
「まろがもとに(私の手元に)、いとをかしげなる笙の笛こそあれ。故殿の得させ給へりし(亡き父君がくださったので)。」(枕草子) |
|
準体法(準体言法) |
活用語の連体形が、活用語としての意味や性質をもちながら、同時に体言としての資格で用いられる用法をいう。 |
|
用例: |
犬のもろ声にながながとなきあげたる(吠え立てているのは)、まがまがしくさへにくし(不吉な感じまでしていやだ)。(枕草子) |
|
|
「古代の御絵どもの侍る(ありますのを)、参らせむ(差し上げよう)。」(源氏物語「絵合」) |
|
|
また、ある人の詠める(詠んだ歌)、 君恋ひて世をふる宿の梅の花〜(土佐日記) |
|
|
|
【已然形の用法】 |
已然形の単独の用法には、終止法(係り結び)・条件法がある。また、助詞「ば・ど・も」、助動詞「り(四段だけ)」連なる。 |
|
終止法 |
已然形の終止法は、係助詞「こそ」を受けて結ぶものである。係り結び。この形式の終止法は強調表現になる。 |
|
用例: |
「変化のものにて侍りけむ身とも知らず、親とこそ思ひたてまつれ(親だとばかり思い申しあげているのに)。」(竹取物語「貴公子たちの求婚」) |
|
|
「我こそ死なめ(死にたい)。」(竹取物語「かぐや姫の昇天」) |
|
解説: |
解釈上、特に留意する必要があるのは、次項の強調逆接法になる場合と、「もこそ」を受けて已然形で結ぶ終止法の場合である。「もこそ−已然形」は不安・懸念の表現になることが多い。 |
|
用例: |
「いづかたへかまかりぬる。〜烏などもこそ見つくれ(<逃げた雀を>烏などが見つけるかもしれない。そうなるといけない)。」(源氏物語「若紫」) |
|
強調逆接法 |
文脈上、係助詞「こそ」を受けた已然形の部分で文が終らず、「(確かに)〜てれども」の意の強調逆接の表現になって以下に続いていくものをいう。 |
|
用例: |
中垣こそあれ(隔ての垣はあるけれども)、一つ家のやうなれば、(先方から)望みて預かれるなり。(土佐日記) |
|
|
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね(確かに色は見えないが)香やは隠るる(香りは隠れるか、隠れはしない)(古今春上-41) |
|
順接の確定条件法 |
上代には已然形だけで「〜から(ので)」の意の順接の確定条件を表す用法があったが、ふつうは已然形に接続助詞「ば」の付いた形で、順接の確定条件の表現になる。 |
|
用例: |
ももしきの大宮人は暇あれや(暇があるからか)梅を挿頭してここに集へる(集まっているのは)(万葉10-1887) |
|
|
「已然形+ば」の主要な用法として、次の三つの場合がある。文脈から慎重に吟味する。 |
|
|
@「〜ので・〜から」の意で、その条件が下の事柄の原因・理由となる場合。 |
|
用例: |
春立てば(春になるので)花とや見らむ白雪のかかれる枝に鶯の鳴く (古今春上-6) |
|
|
A「〜と・〜ところ」の意で、その条件のもとで、たまたま下の事柄が起こる場合。 |
|
用例: |
猫のいとなごう(のどやかに)鳴いたるを、驚きて見れば(はっとして見ると)、いみじうをかしげなる猫あり。(更級日記「大納言殿の姫君」) |
|
|
B「〜ときにはいつも」の意で、その条件のもとで、いつも下の事柄が起こる場合。 |
|
用例: |
家にあれば(家にいるときはいつも)笥に盛る飯を草枕旅にしあれば(旅に出ているので−@の用法)椎の葉に盛る(万葉2-42) |
|
解説: |
B の用法を恒常条件(一般条件・必然条件)ということもある。 |
|
逆接の確定条件法 |
已然形に接続助詞「ど・ども」の付いた形で、「〜けれども・〜のに」の意の逆接の確定条件の表現になる。 |
|
用例: |
河の辺のつらつら椿つらつらに見れども(つくづくと見るけれども)飽かず巨勢の春野は (万葉1-56) |
|
|
文を書きてやれど(手紙を書いて送り届けるが)返りごとせず。(竹取物語「貴公子たちの求婚」) |
|
|
「已然形+ども・ど」の形で、「〜ても(やはり)」の意の、その条件のもとで、いつも予想に反する下の事柄が起こることを表す場合がある。 |
|
用例: |
二人行けど(二人で行っても)行き過ぎ難き秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ(万葉2-106) |
|
|
この泊まり、遠く見れども(遠くから見ても)、近く見れども(近くから見ても)、いとおもしろし。(土佐日記) |
|
|
いかなる大事あれども(どんな重大なことがあっても)人のいふこと聞き入れず。(徒然草) |
|
解説: |
右の例のように、対句表現や「いかなる」のような不定詞を伴う表現によく見られる。この用法を逆接の恒常条件ということもある。 |
|
|
|
【命令形の用法】 |
命令形の単独用法には、命令法、許容・放任法がある。命令形には、助詞「かし・な(感動)」が付くことはあるが、助動詞に連なる用法はない。ただし、上代特殊仮名遣いでは、命令形に当る形から助動詞「り」に連なっている。 |
|
命令法 |
その動作・存在・状態を聞き手に要求する表現をいう。自己の希望を表す場合もある。 |
|
用例: |
散りぬとも香をだに残せ梅の花(せめて香りだけでも残してくれ、梅の花よ)恋しき時の思ひ出にせむ(古今春上-48) |
|
|
「ここにも(私も)心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送り給へ(お見送りください)。」(竹取物語「かぐや姫の昇天」) |
|
|
親たちの、子だにあれかし(せめて柏木に子どもがあってほしいよ)と、泣い給ふらむにも、え見せず、〜(源氏物語「柏木」) |
|
許容・放任法 |
そうなるのに任せる意を表す表現をいう。「未然形+ば+命令形」の形になることが多い。 |
|
用例: |
「今は西海の波の底に沈まば沈め(沈むなら沈むがいい)、山野に屍をさらさばさらせ(さらすならさらすがいい)、浮世に思ひおくこと候はず。」(平家物語「七・忠度都落」) |