諸本・諸注 その他の歌集
 
 万葉集の部屋

 諸本と注釈書について  [新編日本古典文学全集・小学館より] 
 古注釈書についての補記  [近代までの各注釈書に対する、解題・緒言など] 
   2014年3月20日現在  万葉代匠記万葉集略解
 柿本人麻呂歌集[新編国歌大観、私家集大成] 
   2014年4月12日了   〔新編国歌大観第三巻1 人丸集[書陵部蔵五〇六・八]〕301首
              〔私家集大成第一巻9 人麿Ⅰ 柿本人丸集[書陵部蔵「歌仙集」五一一・二]〕241首
               
 〔私家集大成第一巻3 人麿Ⅱ 柿本集[書陵部蔵五〇一・四七]〕644首
              〔私家集大成第一巻4 人麿Ⅲ 柿本人麿集[冷泉家時雨亭叢書『素寂本私家集西山本私家集』]〕766首
            
 〔私家集大成第一巻新編増補 人麿Ⅳ 人丸集[冷泉家時雨亭叢書『詞林采葉抄人丸集』]〕296首
 猿丸大夫歌集[新編国歌大観、私家集大成] 
   2014年6月21日了 
 〔新編国歌大観第三巻4 猿丸集[書陵部蔵五一〇・一二]〕52首
            
 〔私家集大成第一巻9 猿丸Ⅰ 猿丸集[冷泉家時雨亭叢書『資経本私家集一』]〕52首
              
 〔私家集大成第一巻10 猿丸Ⅱ 猿丸大夫集[書陵部蔵五〇一・六八]〕52首
 三十六人集[歌仙歌集] 藤原公任(966~1041)
   2014年4月12日了  三十六人撰[解題・150首]〕
    2014年8月16日現在  家持集[解題・318首]・赤人集[解題・354首]・小町集[解題・116首]・重之集[解題・323首]・素性集[解題・65首]・興風集[解題・74首]・私家興風集[解題・74首]・躬恒集[解題・482首]〕
 その他、私的に思う万葉歌絡みの歌集(全首掲載、含解題)  
   2015年2月7日現在 悦目抄112首・二条院讃岐集98首・秋萩集48首・八雲御抄219首金玉和歌集78首・深窓秘抄101首・和歌深秘抄21首月詣和歌集1076首相模集597首・秋篠月清集(良経)1611首・季経集107首・
為家千首998首・範永集190首・明日香井和歌集1672首・金葉和歌集[二度本717首・三奏本650首]・六条修理大夫集368首・秘蔵抄180首・五代集歌枕1890首・好忠集587首殷富門院大輔集305首・
時代不同歌合300首・新時代不同歌合300首・為信集163首・一条摂政御集(藤原伊尹)194首〕
 
 新編国歌大観 [解題](歌論書類は、全首掲載も) 尚、一部には「新編国歌大観と私家集大成の解題を併記する 
   2014年10月16日現在 万葉集古今和歌集[解題・序]・新古今和歌集[解題・序]・続古今和歌集[解題・序]・歌枕名寄新拾遺和歌集古今和歌六帖後撰和歌集雲葉和歌集和歌童蒙抄
新千載和歌集
拾遺和歌集後拾遺和歌集[解題・序]・続後拾遺和歌集玉葉集源氏物語古注釈書四種古今和歌集古注釈書十二種引用和歌和漢朗詠集定家八代抄
夫木和歌抄風雅和歌集玉葉和歌集夜の寝覚[解題・物語歌75首]・袖中抄[解題・歌論1080首]・万代和歌集三草集嘉元百首伏見院御集綺語抄[解題・歌論747首]・
奥儀抄[解題・歌論645首]・春夢草(肖柏)
うけらがはな[解題・序]・鈴屋歌集為忠家初度百首・後度百首
 【諸本と注釈書について】 [新編日本古典文学全集・小学館より]
  鎌倉中期に現れた最初の万葉学者仙覚は、生涯に万葉集の校訂を三度行った。現在、その第一次校訂の寛元本と第三次校訂の文永三年本の二系統が残っている。その後者を代表するのが西本願寺本であり、前者、寛元本を代表するのが神宮文庫本である。細井本もその神宮文庫本と同系統で文字・字配りまでよく似、部分的には瓜二つともいうべき巻さえある。ところが、細井本万葉集は、本来非仙覚の一種である冷泉本系の一本で合計三巻分しかなかったのを、二十巻に整えるために神宮文庫本を借りて補写したもので、全体としては相異なる二本の混成本文である。その細井本の流れを汲みながら、寂印成俊本系の一種の影響を受ける、という不純な性格を持った本が江戸初期に刊行された。その代表的な本が、近世から明治にかけて広く利用された寛永版本である。昭和の初め以来、万葉集研究の出発点となった校本万葉集が、この不良本である寛永本を底本にしたことは遺憾なことだが、その悔いはしょせん、結果論でしかない。今日、万葉集の校訂を行う場合、その大部分が西本願寺本を底本とするのは、それが比較的に由緒正しくかつ二十巻完本で、最も古い写本だからである。
 一方、訓読の歴史を辿れば、加点の時代の先後から、古点・次点・新点の三種に分けられる。天暦年間(947~57)、「後撰和歌集」の撰者でもあった源順らの五人が宮中の梨壺においてはじめて万葉集に訓を付けた。これを古点という。このとき読まれた歌は約四千首であったというが、確実にその古点とみるべき本は現存しない。この古点に次いで、鎌倉の仙覚が出るまでに幾人かの人が、何代にもわたって訓を付けたのが次点であり、その歌の数は三百数十首という。この時期の写本を次点本といい、これには桂本をはじめ約十種の写本が残っている。仙覚は残った読みにくい百ないし百五十首の歌に訓を付け終えた。これが、新点である。仙覚の寛元本系の神宮文庫本と細井本、同文永本系の西本願寺本以下、京都大学本に至る諸本は、いずれもその新点本の系統に属する。
 以下、次点本から順次、その形式や内容上の特色についてあらましを述べよう。
 桂本 (かつらぼん)
 平安中期の書写。現存最古写本のうち最も古い本である。巻子本で巻第四の約三分の一が残っているが、その他に断簡も各所に散在しており、その大部分は竹柏会刊「桂之落葉」に収められ、更にその補遺が同会刊「奈良之落葉」の中や、新増補校本万葉集に採録されている。それらのいずれも巻第四に限られる。紫・白・藍・朽葉などさまざまの色彩の継色紙に金泥・銀泥で花鳥草木を描いてある。題詞高く歌低く、訓は平仮名別提。優美な書体で知られる。
 金砂子切 (きんすなごぎれ)
 平安中期の書写か。金の砂子を撒いた斐紙に書かれている。筆勢は弱いが、書風は平明温雅。現在約十葉の断簡が残っているに過ぎないが、それらはすべて巻第十三の中に限られ、題詞が高く歌低く書かれていたものと思われる。もと巻子本か。訓は平仮名別提。
 嘉暦伝承本 (かりゃくでんしょうぼん)
 鎌倉初期の書写か。巻第十一の大部分が現存する。胡蝶装、訓は平仮名別提。ただし、類聚古集などの他の次点には訓が付されていてもこれに訓を欠く歌が約四十首もあり、嘉暦三年(1328)の奥書があるが、本文はそれ以前の書写とおぼしく、次点本のうちでも最も古い形を伝えているとも考えられ、あるいはその訓は古点の姿をとどめているのではないかと思われる。題詞、歌の高低は必ずしも定まらない。
 藍紙本 (らんしぼん)
 平安中期書写。薄藍色漉紙に銀砂子をちらした巻子本。巻第九の大部分と、巻第十・十八の断簡が伝わる。題詞低く、歌高く、訓は平仮名別提。雄勁な筆勢は藤原伊房の筆かといわれる。仙覚文永本の奥書や「仙覚抄」の中に「帥中納言伊房卿御手跡本」というのが見え、仙覚文永本の証本の一つであった可能性が大きい。
 元暦校本 (げんりゃくこうほん)
 平安中期書写。巻第一・二・四・六・七・九・十・十二・十三・十四・十七・十八・十九・二十の十四巻のかなりの分量と、巻第十一の断簡とが残っている。巻々の筆跡は一部に相似たものもあるが、それぞれ別筆とみるべきであろう。粘葉装。元暦元年(1184)に交合した本で、朱・墨・代赭・緑などの交合が見られ、題詞低く歌高く、訓は平仮名別提。春日本などとも共通する特色の一つとして、巻第十七・十八・十九に目録がないなど、形式・内容共に古い形を多くとどめていると思われる善本である。ただし巻第六は代赭で交合した別系統の本(元赭と略称)と同類と考えられ、用紙も異なり、南北朝頃の補写かと言われている。
 金沢本 (かなざわぼん)
 平安中期の書写。巻第二の大部分と巻第三・四・六のそれぞれ一部分が伝わっている。粘葉装。運筆きわめて速く、藤原定信の筆かといわれる。題詞低く歌高く、訓は平仮名別提。
 天治本 (てんじぼん)
 平安時代の書写。巻第十三のすべて(ただし目録を欠く)と巻第二・十・十四・十五の一部ないし断簡が残っている。天治年間(1124~6)に写し終えたという奥書がある。巻子本。題詞低く歌高く、訓は平仮名別提。仙覚本の底本に当たる忠兼本が天治本の書本であることは橋本進吉によって明らかにされたところであり、系統の明らかな古写本の随一という点で注目される。弘化二年(1845)伴信友が京都の曼殊院で巻第二・十などの断簡を発見し、それを影写した本が京都大学に所蔵されており、検天治本と呼ばれる。
 伝壬生隆祐筆本 (でんみぶたかすけひつぼん)
 鎌倉中期の書写か。巻第九の前半が残っている。今は巻子本に改装されているが、もとは粘葉装であった。題詞低く歌高く、訓は平仮名別提。
 崎本 (あまがさきぼん)
 平安朝末または鎌倉初期の書写か。巻第十六の大部分と巻第十二の断簡とがある。大和綴の冊子本。題詞低く歌高く、訓は平仮名別提。巻第十六には目録がない。
 伝冷泉為頼筆本 (でんれいぜいためよりひつぼん)
 校本万葉集の交合に用いた、もと竹柏園蔵(現・お茶の水図書館)の冊子本、巻第一の零本は、その筆蹟を冷泉為頼のそれとする極めによってその名があり、江戸初期の筆写とされている。題詞低く歌高く、訓は原則として片仮名別提。細井本の巻第四・五・六も形式面で冷泉本と共通するところが多く、同じ系統に属することが知られる。
 春日本 (かすがぼん)
 もと「春日懐紙裏切」と呼ばれ、中臣祐基らの和歌懐紙の裏に万葉集が書写され、その大半は万葉集の写された面が削り取られているものが巻第五・六・七・八・九・十・十三・十四・十七・十九・二十の諸巻に渡って諸家に伝わっていた。その後、寛元元年(1243)および二年に書写した旨の奥書が現れ、春日本と称するに至った。題詞低く歌高く、片仮名傍訓。
 類聚古集 (るいじゅこしゅう)
 平安末期書写。保安元年(1120)に没した藤原敦隆が万葉集の歌を歌体や題材によって分類編纂した書。従って、他の古写本のように国歌大観番号順になっていないが、検索に便利な索引も今では備わっている。もと二十冊あったと思われるが、現在はその五分の四に当たる十六冊が残っている。四人の手に成る寄合書で、一部別筆の補写もある。粘葉装。題詞低く歌高く、訓は平仮名別提。西本願寺大谷家旧蔵、龍谷大学図書館蔵。
 古葉略類聚鈔 (こようりゃくるいじゅしょう)
 紀州本 (きしゅうぼん)
 もと神田氏の蔵本であったところから校本万葉集では神田本(略称神)という名で交合されたが、それ以前は紀州徳川家に伝えられたという言い伝えを尊重して紀州本と呼ばれることもあり、ここではその名を採った。二十巻揃った完本であるが、巻第一から巻第十までは鎌倉末期の書写で、ほとんど仙覚本の影響を受けていない。しかし巻第十一以下は江戸初期の写しで、仙覚文永本の一伝本と見なされ、従って全体として混成本文である。寄合書だが、いずれも題詞が低く歌高く、片仮名傍訓。
 神宮文庫本・細井本 (じんぐうぶんこぼん・ほそいぼん)
 神宮文庫は仙覚寛元本の姿を最もよく伝えた本、ただし書写年代は室町末期まで下る。袋綴じで、歌高く標目や題詞、漢文の序などは低く、片仮名傍訓。本文・訓とも西本願寺本など文永本と共通するところもあるが、次点からなお脱し切れておらず、不十分な点も見られ、文永本へ脱皮する過渡的状態を示している。細井本(巻第四・五・六を除く)は神宮文庫本を交合に加え得なかった代わりに、本文が混成し純粋な意味で寛元本系といえない細井本を入れて、そのために無用な混成を生じたところがある。
 西本願寺本 (にしほんがんじぼん)
 鎌倉末期書写の完本。仙覚文永本の姿を最もよく伝える。大和綴。題詞高く歌低く、訓は片仮名傍訓、墨・朱・紺青の三色が混じる。この朱・紺青は仙覚の新点ないし彼の改訓で、その成立の裏付けは部分的ながら「仙覚抄」によって知ることができる。今日の万葉集本文の校訂の底本にこの本が使われることが多いが、実際は巻第十二だけ年代がやや古く、非仙覚本系に属し、これもまた正確な意味での仙覚文永本とは言い難い。
 陽明本 (ようめいぼん)
 室町末期ないし近世初期書写の完本。西本願寺本と同じく仙覚文永本の伝本だが、内容に差があり、時に非仙覚本と共通するところもあって、その性格にはなお不明な点がある。大和綴。題詞高く歌低く、片仮名傍訓で、朱・紺青訓の新点がある。この本の粗悪な写しで紺青訓を欠き、あるいは空白にしあるいは墨で間に合わせるなどしたものが温故堂本(目下所在不明)であるが、旧・校本万葉集は陽明本の存在を知りながら交合に加えず、温故堂本をもって代用してある。
 金沢文庫本 (かなざわぶんこぼん)
 室町末期の書写。巻第一・九・十一・十二・十九などが全巻ないし部分的に存し、また巻第七・十三・十四などの断簡が残っている。現存、巻子本形式に改められているが、もとは冊子本であった。題詞低く歌高く、墨・朱・紺青の三色を用いた片仮名傍訓。御家流の代表ともいうべき書風であるためか、校本万葉集では諸本の配列順の上で西本願寺本に次ぐ位置に置かれているが、大矢本・京都大学本などと同じ寂印成俊本系の一伝本で、校勘の上では格別の特色を持たない。
 大矢本・近衛本 (おおやぼん・このえぼん)
 共に完本で近世初期の書写か。袋綴。題詞高く歌低く、墨・朱・紺青の片仮名傍訓がある。大矢本はしばしば、いったん書写したあとで書本と字詰めが等しくないことに気づいて消したり補ったりした跡があり、その結果紙面が汚くなった欠点がある。近衛本は大矢本と同じ祖本から分かれたと思われるが、大矢本において雅拙、未熟に書かれた文字がこれには正しく書かれてあるなど、優れた点が多いのに、校本万葉集はこれを採らず大矢本を交合に加えている。この両本に共通する瑕疵として、巻第七の羈旅歌中に綴じ違えから出た順序の錯乱があり、これが寛永版本に受け継がれ、更に国歌大観番号の配列を歪めている。
 京都大学本 (きょうとだいがくぼん)
 近世中期の書写か。完本。袋綴。題詞高く歌低く、墨・朱・青三色の片仮名傍訓の他に代赭の記事があり、それは禁裏御本を以って交合したことを示すもので、この本がいわゆる中院本に属するものの一伝本である証とされる。
 寛永版本 (かんえいはんぼん)
 近世初期に木版活字が二種類刊行された。活字無訓本および活字附訓本がそれである。前者は細井本の一写本、林道春校本によりつつ訓を略したものであり、後者はこれに寂印成俊本の一伝本によって交合を加え、訓を付したものである。後者を整版して寛永二十年(1643)に刊行したのが寛永版本、いわゆる通行本、流布本である。巻第二十の奥書に「寛永弐拾年癸未朧月吉日洛陽三条寺町誓願寺前安田十兵衛新刊」の刊記がある。これが近世万葉集研究に益したところは莫大であるが、幾度も歪んだ伝来によっているためもあって、寛永版本だけを責め難い誤りが随所に見られ、そのために近世の諸学者に時に痛くもない腹を探られ、誤字・誤脱・衍字を指摘される因となる。
 校本万葉集 (こうほんまんようしゅう)
 明治四十五年(1912)から大正十二年(1923)にかけて佐佐木信綱・橋本進吉・千田憲・武田祐吉・久松潜一の五人が共編したもの。寛永本を底本とし、全巻に渡って桂本以下活字附訓本至るまでの、当時の段階で採り得たほとんどすべての諸本と交合を加えた上に、注釈書のうち代表的なものに記された諸説をも示し、諸本・諸注の解説および輯影を合わせた五帙二十五冊の和装本が、大正十三年、校本万葉集刊行会から発行された。のち昭和七年(1932)、岩波書店から洋装本十冊に改装された増補普及版が出た。これにはその後の新出写本である尼崎本(巻第十六)や桂本・元暦校本・春日本などの断簡類も、増補の形で追加交合され、「五代集歌枕」などに収められた仮名書の万葉歌をも採録した。それから更に五十年を経た昭和五十七年、同じ岩波書店から十七冊より成る新増補版が出された。旧版の欠を補い、前二回の交合に漏れた神宮文庫本・陽明本・近衛本などによって交合を加えたものである。
 新校万葉集 (しんこうまんようしゅう)
 昭和十年から翌年にかけて出された注釈書「万葉集総釈」(楽浪書院)の付巻として収められた本文篇。寛永本を低本にして沢瀉久孝・佐伯梅友が校訂を加えた本で、原文に平仮名傍訓を付してある。のち創元社から改訂版が出た。
 定本万葉集 (ていほんまんようしゅう)
 佐佐木信綱・武田祐吉が昭和十五年から同二十三年にかけて岩波書店から出した五冊本。西本願寺本を底本として校訂し、上段に原文、下段に読み下し文を並べてある。各冊とも末尾に校訂に関する別記を掲げる。
 万葉集本文篇 (まんようしゅうほんぶんへん)
  昭和三十八年、塙書房刊。佐竹昭広および小島憲之・木下正俊の三人が西本願寺本を底本として校訂した本。原文に平仮名傍訓を付してある。その後、琢次、本文を改め、また改訓を試みる。なお昭和四十一年にこれによる各句索引、同四十七年に訳文篇も出た。
 次に注釈書について簡単に述べる。
 仙覚の「万葉集註釈」(「仙覚抄」ともいう。抄注)は、最初の本格的注釈本である。文永六年(1296)六十七歳の時の著で、文永本の訓がどのようにして成ったかを知る裏付け資料として重要であり、さまざまな古文献を引き、古語を背かず、俗説になずむべからずなど、彼なりに科学的に処理しようとする姿勢がうかがえるが、中世の学書に共通の音義説に頼る類の前近代性も認められ、今日では研究史的意義しか認められない。

 
近世になって北村季吟の「
万葉拾穂抄」(全注)が出たが、内容・方法共に同人の「源氏物語」の「湖月抄」ほどのレベルには達していない。ただ、その本文は、当時既に刊行されていた寛元本の影響を受けておらず、文永本系の一種とみるべく、その点で価値がある。

 年代的にも、それとほぼ同時に著された契沖の「万葉代匠記」は、古書を読むに古書を手がかりにするという文献学的方法を重んじ、内外の古書に精通し博引旁証、克明であると同時に穏健であるという点で、今日に於いても高く評価されている。初稿本と精撰本とがある。

 「万葉集童蒙抄」は、荷田信名が兄春満の「万葉集僻案抄」(巻第一の全注)の後を受けて、巻第二から巻第十七までの説をまとめたもの。堅実で部分的にかなり優れた着想をみる。

 「万葉考」は、歌人としても知られ詩人的直感力の持ち主であった、国学者賀茂真淵の注釈書である。しかし、独断に陥ることも多く、実証を伴わない欠点がある。彼が古い巻と信じた、巻第一・二・十一・十二・十三・十四の六巻以外は、彼の死後に狛信成が真淵の門人たちの協力を得てまとめたもので、比較的に穏健であり、別個に扱うべきものである。

 
加藤千蔭の「万葉集略解」(全注)は、平易な注釈書である。本居宣長の説が多く紹介されており、それに採るべきものが多い。これが明治・大正に至るまで、長く入門書として利用された。

 「万葉集古義」(全注)は土佐の学者鹿持雅澄の著で、創見に富み実証的で詳細であるが、歌としての理解に欠ける憾みがある。
以上が近世の代表的な注釈書である。
 
明治以降の注釈書は全注だけに限り(「万葉集講義」三冊は例外)、かつ書名・著者・冊数・出版社名・刊行年を記すにとどめる。〔私的に追加したものもある〕        
 万葉集新考  井上通泰  8冊  歌文珍書保存会  大4~昭2  補訂版  8冊  国民図書  昭3~4
 万葉集講義(巻第三まで)  山田孝雄  3冊  宝文館  昭3~12        
 万葉集全釈  鴻巣盛広  6冊  大倉広文堂  昭5~10  補修版      昭29~33
 万葉集評釈  窪田空穂  12冊  東京堂  昭18~27  補訂版  7冊  角川書店  昭41~2
 万葉集全註釈  武田祐吉  16冊  改造社  昭23~26  増訂版  14冊  角川書店  昭31~2
 万葉集私注  土屋文明  20冊  筑摩書房  昭24~31  新訂版  10冊    昭51~2
 万葉集(日本古典文学大系)  高木市之助・五味智英・大野晋  4冊  岩波書店  昭32~37        
 万葉集注釈  沢瀉久孝  20冊  中央公論社  昭32~43        
 万葉集(日本古典文学全集)  小島憲之・木下正俊・佐竹昭弘  4冊  小学館  昭46~50        
 万葉集(日本古典集成)  青木生子・井手至・伊藤博・清水克彦・橋本四郎  5冊  新潮社  昭51~59        
 万葉集(全訳注原文付)  中西進  4冊  講談社文庫  昭58        
 万葉集(完訳日本の古典)  小島憲之・木下正俊・佐竹昭弘  6冊  小学館  昭57~62        
 万葉集(新編日本古典文学全集)  小島憲之・木下正俊・東野治之  4冊  小学館  平成8        
 万葉集(新日本古典文学大系)  佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之  4冊  岩波書店  平成15        
 万葉集(新日本古典文学大系)  佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之  5冊  岩波文庫  平成25~    〔新日本古典文学大系〕の新校訂版
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 【古注釈書についての補記】      
 万葉代匠記】契沖(1640~1701) 萬葉集代匠記惣釋 僧契冲 撰  木村正辭 校
万葉代匠記』の言う、「官本」とは  [2014年3月15日記事]等
 今注する所の本は世上流布の本なり、字點共に校合して正す所の本は一つには官本、是は初に返して官本と注す、八條智仁親王禁裏の御本を以て校本として字點を正し給へるを、中院亞相通茂一卿此を相傳へて持給へり、水戸源三品光圀卿彼本を以て寫し給へるを以て今正せば官本と云彼官庫の原本は藤澤沙門由阿本なり、奥書あり二つに校本と注するは飛鳥井家の御本なり、三つに幽齋本と注するは阿野家の御本なり、本是細川幽齋の本なれば初にかへして注す、四つに別校本と注するは、【正辭云、以下文缺く按ずるに水戸家にて校合せるものを云へるなるべし、】五つに紀州本と注するは紀州源大納言光貞卿の御本なり、此外、猶考がへたる他本あれど煩らはしければ出さず、三十六人歌仙集の中に此集の中の作者には人麿赤人家持三人の集あり、共に信じがたき物なれど古くよりある故に引て用捨する事あり、又六帖に此集より拔出して撰入たる歌尤多し、又代々の勅撰に再たび載られたる歌多し、見及ぶに隨て引て互に用捨せり、
万葉代匠記』に「ほととぎす」について述べた注釈 巻第八 1476  [2014年3月21日記事]等
 霍公鳥は卯花にしたしき鳥なれば、なき人の魂と共のや來しとと云はむ爲に、來鳴とよます、うの花のとは云へり、下に我やどの花橘に霍公鳥、今こそなかめ友にあへる時とよめる友と共とは異なれど意は同じ、歌の意は左の注にて彌明なり、郭公は冥途より來る鳥と云ひ習はして、其意を後の歌に多くよみ、しでのたをさなど云異名もそれよりなりと聞ゆ、昔よりの事にや、此集第十にも、山跡には啼てか來らむ郭公、汝が鳴ごとになき人おもほゆ、第二十に、霍公鳥猶もなかなむ本つ人、懸つゝもとなあをねしなくも、此等を引合て思ふに此説有來ること久し、
 万葉集略解】橘(加藤)千蔭(1734~1808)
『萬葉集略解解題』(抜粋)[日本古典全集刊行会、1926年、与謝野寛・晶子・正宗敦夫]  [2014年3月19日記事]
 一、万葉集の注釈書で全部を通じて完成したものは割合に少ない。著者の順序から云って、先ず北村季吟(西暦1624~1705)の『万葉集拾穂抄』、僧契沖(1640~1701)の『代匠記』、加藤千蔭(1734~1808)のこの『万葉集略解』、鹿持雅澄(1791~1858)の『万葉集古義』ぐらゐの物である。賀茂真淵(1697~1769)の『万葉考』は、『賀茂真淵全集』には二十巻全部出ては居るが、是れは厳密に云へば完本では無い。さて以上の本にて徳川時代に開板に成つたものは『拾穂抄』と此の『略解』の両種に過ぎなかった。(明治大正に至つて万葉集全部の講説を完成せられたのは、参考として本書に引きたる井上通泰先生の『万葉集新考』二十巻があるのみである。)然し『拾穂抄』は余り古学の開けぬ折の著述で有るから、万葉集を研究する人人はどうしても『略解』に拠らねばならなかつた。其後明治になつてから『代匠記』も『古義』も共に活版に成つたが、猶簡明にして要を得た此の『略解』は捨てられず、否、近来の如く万葉集の歌が広く人人に読まれる様になれば、殊に歌学専門家ならぬ人が一通り万葉の歌を知らうとするには此の『略解』ぐらゐ便利なものは無いので、益益人人の書架に置かれるやうに成つて、今は活版本も種種出来て居るやうである。
(二項略)
 一、本書の奥書に「此万葉集略解すべて三十巻寛政三年二月十日より筆を起こして同八年八月十七日に稿成れり。さてあまたたび考へ正して同十二年正月十日までにみづから書き畢りぬ。橘千蔭」と有るに由つて、其の成立の年代は明らかであるが、閉門は寛政元年の事であるから其の寛政三年までは材料を集めたり、友人にも相談したりなどして、いよいよ原稿らしい原稿を書きかけたのが即ち寛政三年二月であらう。寛政八年(1796)巻一より巻五まで一帙上梓し、其後文化(1811)九年までに数回に亘りて開板せられたのである。猶帝室博物館に略解関係書簡集が二巻有る。是れを見れば略解の成立が知られる。
 一、此書が深い学問も無い千蔭に由つて是れだけに出来たのは、真淵の説を受け継いだからでもあり、村田春海(1746~1811)にも随分助けられたからでもあらうが、第一に本居宣長(1645~1716)の助成の功を挙げなければなるまい。千蔭は原稿が出来ると伊勢の宣長に送って一一異見を聞いた。宣長は又自説を惜しげも無く書き加へて送り返したのである。是れが確かに『略解』をして数等好い注釈書たらしめた所以である。
(一項略)
 一、『略解』は、実を云へば根本的に筆を加へて今の進歩した学説を取り入れた其の改訂本が世に出てもよゐのであるが、其れは今我我の目的では無い。然し此儘では此書一冊で万葉集の一通りを知りたいと思ふ人人には不足が有る。それで参考として『万葉集代匠記』、『童蒙抄』、『万葉集古義』、『万葉集新考』等の訓の異同を掲げる事にした。此訓も実を云ふと『万葉集古義』の訓として出て居ても其れは『万葉集古義』に取り用ひた訓であつて、雅澄自身の訓で無いのが多いのである。旧訓を復活したのも有れば宣長の説や久老の説も有る。其れを『古義』が取り用ひたのが『古義』の訓として掲げられて有るわけで、一一基本拠を明らかにしては無い。それは実用本位で有るからと、且つは『校本万葉集』などに拠つて専門的に知りたい人は別にしることが出来るからである。此書の参考は唯だ是に由つて其処に訓の異同の有る事を一目に知り得る為めに添へたのである。猶『代匠記』は元来本文は無くて説の有る事だけを書いた書で有るから、説のないのは旧訓でよいのであるとも云へるが、本書にはその説の有るのみを掲げた。『考』はよき考へは大体此書に採集せられて有るし、又完成した本でも無いから、大体にとどめて、『古義』と『新考』との訓に重きを置いた。
 一、参考に掲ぐべき訓の異同の内でも「~オモフ、~もふ」(思)とか、「アレ、ワレ」(吾、我)とか「ワガ、アガ」(吾、我)などは一一挙げて無い。実は仮字書き以外のは如何に訓んで居たか、作者はどう詠んだのか、今日確実には知られぬ事であるから、読者の考へに任すより外偽方が無い。又「囘、廻」を「ミ」と訓ますのは『古義』や『新考』は総てさうである。大抵は挙げて置いたが、かあkる類は或は脱漏が有るかも知れぬ。初めには必ず挙げて置いた筈であるから、類推して欲しい。
(以下略)
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 【柿本人麻呂歌集】      
 新編国歌大観第三巻1 人丸集[書陵部蔵五〇六・八]】
【人丸集解題】[1人丸解]

 人麿集・人丸集、あるいは柿本集と称されている本集であるが、他人歌を多く含み、その成立は複雑である。すなわち万葉集によって柿本人麿の作と認定しうる歌も含んではいるものの、その多くは万葉集等に存する他人の歌、あるいは作者不明の歌であり、万葉集その他の歌集に存在を確かめられぬ歌をも含んでいる。杜撰といえば杜撰だが、後述する平安時代における人麿理解のありようと深くかかわっていて、奈良時代以前の和歌の平安時代における伝承と享受の実態をさぐるための貴重な資料であることも確かである。
 さて、現存する人麿集の伝本は次のように分類できる。

(一)(イ)宮内庁書陵部本(五一一・二)系統
   (ロ)宮内庁書陵部本(五〇六・八)系統
(二)宮内庁書陵部本(五〇一・四七)系統
(三)宮内庁書陵部本(五〇一・二九五)系統

 右のうち(二)と(三)は網羅的・類纂的であって、(一)に比べてかなり後世的であることははっきりしている。人麿集としては(一)を本来のものとすべきなのであるが、(一)の(イ)と(ロ)の違いは(ロ)が平安中期以後に付加されたこと明らかな国名を詠みこんだ歌六六首をもつところにあり、この国名歌を除くと両系統はほぼ一致する。この両者、本文は(イ)がやや古態を存しているとみられるのに対し、形態においては(ロ)が古態を存するという複雑な様相を呈していて、いずれを採るべきか迷うところであるが、国名歌もまた人麿の歌として享受されることもあったので、本書では、それを含む(ロ)系統の宮内庁書陵部本(五〇六・八)を底本とした。
 
 さて、前述のように、この(イ)(ロ)両系統は国名歌を除いては同一祖本から発したこと明らかであるが、その共通部分にも互いに脱落がある。そこで、底本の脱落を(イ)系統の書陵部本(五一一・二)の本文によって補っておく。

 (五三の詞書と歌の間)
 一 さざ浪のしがのつののがまかりにし河せをみればあはれなるかな
 
 (一〇四と一〇五の間)
 二 秋霧のたなびくをのの萩の花今やちるらんまだあかなくに

 (一六八と一六九の間)
 三 さもこそはよは心より外ならめみさへおもひにたがふなになり

 (二一三と二一四の間)
 四 もすのうみにふなのりすらんわぎもこがたま(も)のすそに浪やたつらん

 (イ)系統にあって(ロ)系統にない歌は以上の四首であるが、後の二首は問題の多い部分であるので(ロ)系統における脱落か、(イ)系統の増補か簡単に決することはできない。
 人麿集諸本は、このように形態的には非常に乱れているのであるが、本文についても諸本とも乱れが多く、底本もその例外ではない。そこで、明らかな誤写と考えられるものを同系統の書陵部本(五一〇・一二)・正保版歌仙家集、それに(イ)系統の書陵部本(五一一・二)を用いて校訂したのであるが、同系統の二本によって訂したものは単なる書写の誤りとしてここに注することは省略し、(イ)系統によって校訂した場合のみを次に示した。

  校 訂 表
  校訂本文  底本本文
    五
  あはぬかも   あらぬかも
   四三左
  はぶるとき   をふるき
   四四
  しがらみわたし
  しらかしわたし
   四六   はにやすの   しきやみの
   四九   こよひおもほゆ   つかひおもほゆ
   六三   いはねのたかに   いはねのたまに
   七七   つねのごとにや   つねの恋にや
   九五   おきやからさん   をきやかくらん
  一〇二   うゑおほしたる   うへをきたる
  一二一   わくことかたき   あ〔わ〕くことかたき
  一六一   そでまきほさん   そまきおほさん
  二三三   かりほをつくり   かりをさつくり


 このように校訂してもなお意の通じない部分については、万葉集等によって改めることはせず、(ママ)と注してそのままにした。その歌番号だけを示しておく。

 四八・五三・五六・五八・六一・一二二・一三一・二〇四・二九二
 
 柿本人麿(生没年未詳)は持統・文武朝に仕えた宮廷歌人であるが、前述したように、平安時代になると、「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれゆく舟をしぞ思ふ」のような後代の作が人麿の作として伝承されたり、平安時代第二の天皇である平城天皇に仕えていたとされたりするというように、実像から離れた歌聖になってゆくのである。
(片桐洋一・山崎節子) 

【人丸集】

 柿本集上
 
    いはみの国よりきける人に
 
   一 いはみなるたかまの山の木のまよりわがふる袖をいもみけんかも
   二 秋山にちるもみぢばのしばらくもちりなみだれそいもがあたりみん
   三 いはしろの野中にたてるむすび松心もとけずむかし思へば
   四 紫ににほへるいもがかくしあらばひとづまゆゑに我こひめやも
   五 みくまのの浦の浜ゆふももへなる心はおもへただにあはぬかも
   六 神風のいせのはまをぎをりふせて旅ねかすらんあらき浜べに
   七 夏野行くをしかのつののつかのまも
         忘れず思ふ(みねばこひしき)いもがこころを(君にもあるかな)
   八 あさねがみわれはけづらじうつくしき人のたまくらふれてしものを
   九 夕されば君きまさんとまちし夜の名ごりぞ今も(は)いねがてにする
  一〇 おもひつつねにはなくともいちじるく人のしるべくなげきすなきみ
  一一 ときぎぬの思ひみだれてこふれどもなどながゆゑといふ人も(の)なし(き)
  一二 あづさ弓ひきみひかずみこずはこずこばこそはなぞよそにこそみめ
  一三 玉ぼこの道ゆきつかれいなむしろしきても人をみるよしもがな
  一四 とにかくに物は思はずひだたくみうつすみなはのただひとすぢに
  一五 あし曳の山田もるをのおくかびのしたこがれつつわがこふらくは
  一六 すぎたもてふけるいたまのあはざらばいかにせんとかあひみそめけん
  一七 なには人あしびたくやはすすたれどおのがつまこそとこめづらなれ
  一八 いもがかみうつをざさののはなれごまたはれにけらしあはぬ思へば
  一九 あま雲のやへぐもがくれなるかみのおとにのみやはききわたるべき
    
    さみの郎女あひわかれ侍りける時の

  二〇 おもふなと人(君)はいへどもあふ事をいつとしりてかわがこひざらん


    あふみよりのぼりてうぢがはのほとりにて

  二一 もののふのやそうぢ河のあじろ木にいさよふ波のよるべしらずも
  二二 わがせこをきませの山と人はいへど山のなならし君もきまさず(ぬ)


    かはを

  二三 おほきみが(まがねふく)みかさの山を(きびのなか山)おびにする
          ほそだにがはの音のさやけさ
  二四 つき草に衣ぞそむる君がため色どり衣すらんと思ひて
  二五 なほあらじことなしぐさにいふことをききてしあらばうれしからまし
  二六 山たかみ夕日がくれの浅茅はら後みんためにしめゆはましを
  二七 みしま江の玉えの蘆をしめしよりおのがとぞ思ふいまだからねど
  二八 月草に衣はすらんあさ露にぬれてののちはうつろひぬとも
  二九 わが心ゆたのたゆたにうきぬなはへにもおきにも成りにけるかな
  三〇 久かたのあめにはきぬをあやしくもわがころもでのひる時もなき
  三一 ゆふかけていのるみむろの神さびていなにはあらず人めしげみぞ
  三二 ももづたひやそのしまべにこぐ舟にのりにし心わすれかねつも
  三三 ことしげき里にすまずはけさなきしかりにたぐひていなましものを
  三四 河のせにうづまくみれば玉もかるちりみだれたるかは(ひ)の舟かな


    よし野山にみゆきする時の

  三五 みれどあかぬよし野の山のとこなめに(の)たゆる時なくまたかへりみん


    いせの国にみゆきする時にきやうにとどめられてよめる

  三六 みを(おふの)うみにふなのりすらんつまともにたまものすそに塩みちぬらん(かも)
  三七 しほさゐにいつしの浦(いとこのうら)にこぐ舟のいものるらんかあらき浜べに
  三八 たちはきのたふさのすゑにいまもかもおほみや人のたまもかるらん


    石見国にめをおきてのぼりてよめる

  三九 ささのはも(は)みやまもそよにみだるらんわれはいも思ふおきてきつ(ぬ)れば


    なみのみやのうせたる時

  四〇 ひさかたのあめふるごとにながめせしみやのみことのあれまくもをし(をしみ)
  四一 あかねさし日はてらせどもむば玉の夜わたる月のかくらくをしも(き)


    ある人にいはく

  四二 しまみやのみかりの池のはなちどりひとめきらひて(つまこひて)いけにおよがず


    はせのわう女をさかべの宮にたてまつる

  四三 しきたへの袖かへしてし君やた(こ)れ
          のうちのすぎを(をかのすすきを)またはあはんや

    ひとつにいはく、をちにすぎぬと、又ある本にいはく、
    かはしまのみこはぶるときはつせのわう女に    たてまつれるなり

  四四 あすか河しがらみわたしせかませばながるる水ものどけからまし

    ひとつにいはく、みむとおもふや、また、みむとおもふらん、
    わがおほきみのみなをわすれぬ、ひとつにいはく、みなわすれずと


    たけちのかみを、しきのかみにかりにをさめたてまつるときのうた

  四五 ひさかたのあめにしぐ(を)るる君ゆゑに月日もしらずこひわたるらん
  四六 はにやすのみちのつつみのかくれぬの行へもしらずとねりまどひぬ


    めのしにて後によめる

  四七 秋山のもみぢをしげみまどひぬるいもををしむと山ぢくらしつ
  四八 しらずともまたひくみちをしらずともすまぢをゆけばいけりともなし
    しらずとも、又いはく、みちしらずとも
  四九 紅葉ばのちりぬる秋をたまづさのつかひをみればこよひおもほゆ
  五〇 ふすまぢのひくての山にいもをおきて山ぢをゆけばいけりともなし
    又いはく
  五一 こぞみてし秋の月夜はやどれどもあひみしいもはましとほざかる
  五二 家にいきてわがやを(や)みれば玉ざさ(ゆか)のほのかにおけるいもがこまくら


    ひきてのうねめ身なくなるときよめる

  五三 あめのこがみつの日にあはむひぞおほのみしかばいまぞくやしき


    あふみのあれたるみやをみて

  五四 さざなみのしがのからさき行きてみれどおほみや人の舟まちかねつ
  五五 あまざかるひなのながぢをこぎゆけ(くれ)ば
          あかしのとよりいへのあたりみゆ(大和島みゆ)
  五六 みこのうみはよくこそあるらしいさりせるあまのつり舟波のうへにみゆ
  五七 すまのうらに舟のりすらんをとめごがあかものすそに塩やみつらん
  五八 おほぶねにまかぢのしぬにうなちとりこぎててわたる月ひとをとこ


    あふみのみやのあれたるをみて

  五九 さざなみやおほつのうらは(あふみのみやは)なのみして
          霞たなびきみやぎもりなし


    さぬきのみ井のこじまにて、いはのうへにてしにたるくびをみて

  六〇 つまもあらばつみてたかましさみやまのとこのおはらぎすぎぬべしやは


    いはみのくににてなくなりぬべきをりによめる

  六一 おきつなみよるあらいそのしきたへの枕となりてなれる君かも
  六二 い(か)も山のいはねにおけるわれをかもしらずていもがまちつつあらん
  六三 かみやまのいはねのたかにあるわれをしらぬかいもがまちつつませる
  六四 山のかひそこともみえずしらがしの枝にも葉にも雪のふれれば


 柿本集下
 
  六五 人ごとは夏のの草としげくともいもとわれとしたづさはりなば
  六六 山里は月日もおそくうつらなん心のどかにもみぢばもみん
  六七 このごろの恋のしげけん夏草のかりはつれどもおひしくがごと
  六八 かたよりにいとをこそよれわがせこがはなたちばなをぬかんと思ひて
  六九 ほととぎすかよふかきねのうの花のうきことあれや君がきまさぬ
  七〇 われこそはにくくもあらめ我がやどの花たちばなはみにも(は)こじとや
  七一 かけてのみこふればくるしなでしこのはなにさかなんあさなあさなみん
  七二 よそにのみみつつやこひん紅のすゑつむ花の色にいでぬとも
  七三 夏草の露わけ衣きぬものをなどかわが袖のかわく時なき
  七四 みな月のつちさへさけててる日にも我が袖ひめやいもにあはずて
  七五 こふる日はけながきものを今夜さへともしかるらんあふべきものを
  七六 天河こぞのわたりのうつろへば河瀬ふむまによぞふけにける
  七七 としのこひ今夜つくしてあすよりはつねのごとにやわがこひをせん
  七八 あはずてはけながきものを天河へだつるまでやわがこひをらん
  七九 ひこぼしとたなばたつめと今夜あはんあまの河せに波たつなゆめ
  八〇 しばしばもあひみぬいもを天河ふなではやせよ夜のふけぬ時
  八一 秋風のきよきゆふべに天河舟こぎわたせ月ひとをとこ
  八二 天河きりたちわたるひこぼしのかぢ音きこゆ夜のふけ行けば
  八三 天河とほきわたりとなけれども君がふなではとしにこそまて
  八四 天河はしうちわたすいかいかに(いもがいへに)やまずかよはむ時またずとも
  八五 天河きりたちわたる七夕は(の)あまのは衣とびわかるかも
  八六 わたしもり舟はやわたせひととせにふたたびきます君ならなくに
  八七 天河せをはやみかもむば玉の夜はふけゆけ(ぬ れ)どあはぬひこ星
  八八 天河よはふけにつつさぬる夜のとしのまれらにただひとよのみ
  八九 たなばたの今夜あひなばつねのごと月日へだつるとしなからなん
  九〇 秋風の吹きにし日より天河瀬にたちいでてまつとつげこせ
  九一 天河こぞのわたりはあせにけり君がきまさんあとのこらなん
  九二 天河あさせしらなみたかければただわたりなんまてばすべなし
  九三 ひこぼしのつままつ舟のひきづなのたえんと君にわがおもはなくに
  九四 いもにあふと君またまつと久方の天のかはらに年ぞへにける
  九五 しら露のおかまくをしき秋はぎのをりてみをりておきやからさん
  九六 秋の田のかりほのやどの(よどの)にほふまでさける秋萩みれどあかぬかも
  九七 あさがほの朝露おきてさくといへど夕がほにこそにほひましけれ
  九八 春さればかすみがくれにみえざりし秋はぎさけりをりてかざさん
  九九 人はみなはぎを秋とはいふなれどをばなの(が)末を秋とはいはん
 一〇〇 玉ぼこの君がつかひのたをりたるこの秋はぎはみれどあかぬかも
 一〇一 わがやどにさける秋はぎつねならばわれまつ人にみせましものを
 一〇二 我がやどにうゑおほしたる秋萩をたれかしめさしわれにしらせぬ(ず)
 一〇三 手にとれば袖さへにほふをみなへしこのした露にちらまくもをし
 一〇四 わぎもこがゆきあひのいねのかるときになりにけるかな萩の花さく
 一〇五 恋しくはかたみとせんとわがせこがうゑし秋はぎ花さきにけり
 一〇六 秋萩はかりにあはじといへればか
        こゑをたてては(ききては)花咲(はなち)きにけり(りにけり)
 一〇七 秋さればいもにみせんとうゑし萩露じもおきてちりにけらしも
 一〇八 あき風に山とびこゆるかりがねのいやとほざかる雲がくれつつ
 一〇九 あま雲のよそのかりがねききしよりいたく霜ふりさむしこよひは
 一一〇 かきねなる萩の花さく秋風のふくなるなへに雁鳴きわたる
 一一一 山ちかく家ゐをせればさをしかの声をききつついもねかねつも
 一一二 あしひきの山よりきけばさをしかのつまよぶ声をきかましものを
 一一三 夕かげになく日ぐらしのここばくに日ごとにきけどあかぬ君かな
 一一四 秋風のさむく吹くなへわがやどにあさぢがもとに日ぐらしもなく
 一一五 かげ草のおひたるやどの夕かげに鳴く日ぐらしはきけどあかぬかも
 一一六 神なびの山したとよみゆくかはにかはづなくなり秋といはばや
 一一七 庭草にむらさめふりて日ぐらしの鳴く声きけば秋はきにけり
 一一八 草まくら旅にもの思ふわがきけばゆふかたかげになく日ぐらしか
 一一九 瀬をはやみおちたぎつらししら波にかはづなくなりあさ夕ごとに
 一二〇 秋萩におけるしら露朝な朝な玉とぞみゆるおけるしら露
 一二一 しら露と秋の花とをこきまぜてわくことかたきわが心かな
 一二二 わがやどのをばなおしなみおく露にてふれわぎもこちらまくもをし
 一二三 この比の秋かぜさむし萩がはなちらすしら露おきにけらしも
 一二四 この比のあかつき露にわがやどの萩のしたばは色づきにけり
 一二五 雁がねはいまはきなきぬ我がまちしもみぢはやつけまてばくるしも
 一二六 秋さればおくしら露にわがやどのあさぢがうへ(は)は色づきにけり
 一二七 あきかぜの日ごとに吹けば露おもみ萩のしたばは色づきにけり
 一二八 ひととせにふたたびゆかぬ秋山をこころにもあらですぐしつるかな
 一二九 雁がねのなきにしとも(つるなへ)にから衣たつたの山は色づきにけり
 一三〇 さをしかのつまよぶ山のをかべなるわさ田はからず霜はふれども
 一三一 我がやどのまもる田みればさは(ひ)のうらに秋はみつにておもほゆるかな
 一三二 このよひは(さよなかに)さ夜ふけぬらし雁がねの
           きこゆる空に月たちわたる(わたるみゆ)
 一三三 わがせこがかざしのえだにおく露のきよくみせんと月はてるらし
 一三四 おもはずにしぐれの雨はふりたれどあま雲はれて月はきよきを
 一三五 しら露を玉につづれる長月の有明の月はみれどあかぬかも
 一三六 こひつつもいなばかき分けいへをればともしくもあらず秋の夕暮
 一三七 萩のはなさきたる野べは日ぐらしのなくなるともに秋風ぞふく
 一三八 秋山のこのはもいまだもみぢねば今朝ふく風はしもきえぬべく
 一三九 あき田かるひたのいほりにしぐれふるわが袖ぬれぬほす人もなし
 一四〇 たまだすきかけぬ時なくわがこふるしぐれしふらばぬれつつもこん
 一四一 紅葉ばをおとすしぐれのふるなへに夜さへぞさむきひとりしぬれば
 一四二 たれかれとわれをなとひそ長月のしぐれにぬれて君まつわれぞ
 一四三 住よしのきしを田にほりまきしいねを(の)かるまでいもにあはぬなりけり
 一四四 秋の田のほのかにおけるしら露のけぬべくわれはおもほゆるかな
 一四五 秋の田のかりほにつくりいほりしてひまなく君をみるよしもがな
 一四六 あき萩のさきける野べの夕暮にぬれつつきませ夜はふけぬとも
 一四七 秋はぎのえだもたわわにおく露のきえもしなましわれ恋ひつつあらば
 一四八 秋萩におとすしぐれのふる時は人をおきゐてこふるよぞおほき
 一四九 さをしかのあさふすをののくさわかみかくれかねてか人にしられぬる(なく)
 一五〇 我がやどにさける秋はぎちりはてば(て)秋にもあは(へ)ぬ身とやなりなん
 一五一 秋さればかりとびこゆるたつた山
          たつとゐるとに(たててもゐても)きみこそおもへ(ものをこそおもへ)
 一五二 なにすとかきみをいとはん秋はぎの
          そのはつ花の(ちらすしら露)こひしきものを(おきにけらしも)
 一五三 かりがねのはつ声ならでさきてちるやどの秋はぎみにこわがせこ
 一五四 さをしかのいる野のすすきはつをばないつしかいもがたまくらにせん
 一五五 長月を君にこひつつ(ふべし)いけらずはさきてちりにし花ならましを
 一五六 秋の夜の月かもきみは雲がくれしばしもみねば君ぞこひしき
 一五七 なが月の有明の月のありつつもきみしきまさばわれこひんかも
 一五八 はふりこがいはふやしろのもみぢばもしめをばこえてちりくるものを
 一五九 あしひきの山ぢもしらずしらがしのえだもたわわに雪のふれれば
 一六〇 夜をさむみ朝戸をあけて出でぬれば庭もはだらに雪ふりにけり
 一六一 あは雪はけさはなふりそ白たへのそでまきほさん人もあらなくに
 一六二 たがやどの梅のはなぞも久方のきよき月夜にのこらざりけり
 一六三 梅花まづさく枝を折りもちてつととなづけて袖をみむかも
 一六四 きてみべき人もあらなくに我が宿の梅のはつ花ちりぬれどよし
 一六五 あは雪のふるにきえぬべくおもへどもあふよしもなみほど(とし)ぞへにける
 一六六 あま霧あひふりくる雪のきえぬとも君にはあはんとわがかへりきたる
 一六七 わがやどにさきたる梅を月かげによなよなきつつみむ人もがな
 一六八 あしひきの山した風はふかねども君がこぬ夜はかねてさむしも
 一六九 あすよりはわかなつまんとかた岡のあしたのはらはけふぞやくめる
 一七〇 梅花それともみえず久方のあまぎる雪のなべてふれれば
 一七一 わがやどの池の藤なみ咲きにけり山ほととぎすいまやきなかん


    たこのうらにて藤の花をみておもひをのぶ

 一七二 たこの浦のそこさへにほふ藤なみをかざしてゆかんみぬ人のため
 一七三 郭公なくやさ月のみじか夜もひとりしぬればあかしかねつも
 一七四 としにありて一夜いもにあふひこぼしの我にまさりて思ふらんやぞ
 一七五 わぎもこがあかもぬらしてうゑし田をかりてをさめんくらなしのはま
 一七六 秋風の日ごとにふけばひさかたのをかの木の葉も色づきにけり
 一七七 わがせこをわがこひをればわがやどの草さへおもひうらがれにけり


    みかどたつた河のわたりにおはします御ともにつかうまつりて

 一七八 たつた河もみぢばながる神なびのみむろの山にしぐれふるらし
 一七九 あはぬ夜のふるしら雪とつもりなば我さへともにきえぬべきものを
 一八〇 あし曳の山したとよみゆく水のときぞともなくこふる我が身か
 一八一 しぐれのみめにはふれれば槙のはもあらそひかねて紅葉しにけり
 一八二 青柳のかづらき山にゐる雲のたちてもゐても君をこそおもへ
 一八三 みなぞこにおふる玉ものうちなびき心をよせてこふるこの比
 一八四 ことにいでていはばゆゆしみ山河のたぎつ心をせきぞかねつる
 一八五 風吹けばなみたつきしの松なれやねにあらはれてなきぬべらなり
 一八六 日のくもり(ぐらし)雨ふる河のささら波まなくも人に(の)こひらるるかな
 一八七 たらちねのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるか君(いも)にあはずて
 一八八 こひこひて後にあはんとなぐさむる心しなくはいきてあらめや
 一八九 恋するにしぬるものにしあらませば我が身はちたびしにかへらまし
 一九〇 こひこひてこひてしねとやわぎもこがわが家のかどをすぎて行きぬる
 一九一 あらいそのほかゆくなみのほか心われはおもはじこひはしぬとも
 一九二 ますらをのうつし心もわれはなしよるひるわかずこひしわたれば
 一九三 わびつつもけふはくらしつかすみたつあすのはる日をいかでくらさん
 一九四 恋ひつつもけふはありなん玉くしげあけなんあすをいかでくらさん
 一九五 ちはやぶる神のいがきもこえぬべしいまは我が身のをしけくもなし
 一九六 山のはにさし入る月のはつはつにいもをぞみつるこひしきまでに
 一九七 竹の葉におきゐる露のまろびあひてぬる夜はなしにたつ我が名かな
 一九八 なき名のみたつの市とはさわげどもいさまた人をうるよしもがな
 一九九 なき名のみたつたの山のふもとにはよにもあらしの風もふかなん
 二〇〇 みな人のかさにぬふてふありますげありての後もあはんとぞ思ふ
 二〇一 ますかがみてにとりもちてあさなあさなみれどもきみにあく時ぞなき
 二〇二 たまゆらにきのふのくれにみしものをけふのあしたにこふべきものか
 二〇三 かくばかり恋しき物としらませばよそにみゆべくあらましものを
 二〇四 こしとかこひもしねとか玉ぼこのみちゆき人にことづてもなし
 二〇五 あしひきの山よりいづる月まつと人にはいひて君をこそまて
 二〇六 あひみではいくひささにもあらねどもとし月のごとおもほゆるかな
 二〇七 いはねふみかさなる山はなけれどもあはぬ日かずをこひわたるかな
 二〇八 たのめつつこぬ夜あまたに成りぬればまたじと思ふぞまつにまされる
 二〇九 なるかみのしばしは空にさしくもりあめもふらなん君とまるべく
 二一〇 むば玉のこよひなあけそあけゆけ(か)ばあさ行く君をまつもくるしも
 二一一 さざなみやしがのからさききたれども(さちはあれど)大宮人のふねまちかねつ
 二一二 あしひきの山どりのをのしだりをのながながし夜をひとりかもねん
 二一三 ちはやぶる神のたもてる命をもたがためと思ふわれならなくに
 二一四 あじろぎのしらなみよりてせかませばながるる水ものどけからまし
 二一五 しらなみはたてど衣にかさならずあかしもすまもおのがうらうら
 二一六 あらちをのかるやのさきにたつしかもいとわがごとに(わればかり)ものはおもはじ
 二一七 ほのぼのとあかしの浦の朝ぎりに島がくれゆく舟をしぞ思ふ
 二一八 なるかみのおとにのみきくまきもくのひばらの山をけふみつるかな
 二一九 いにしへにありけん人もわがごとやみわのひばらにかざしをりけん
 二二〇 よそにし(あり)て雲ゐにみゆるいもがいへにはやくいたらんあゆめくろこま


    さるさはのいけに身をなげたるうねべをみてよめる

 二二一 わぎもこがねくたれがみをさるさはの池のたまもとみるぞかなしき
 二二二 みなといりのあしわけを舟さはりおほみこひしき人にあはぬころかな
 二二三 あさ霜のきえみきえずみおもへどもいかでかこよひあかしつるかも
 二二四 みか月のさやけくもあらず雲がくれみまくぞほしきうたて此ごろ
 二二五 まさしてふやそのちまたにゆふけとふうらまさにせよいもにあふよし
 二二六 そらのうみに雲のなみたつ月の舟ほしのはやしにこぎかへるみゆ
 二二七 ちぢに人はいふとも人はおりつがんわがはた物にしろきあさぎぬ


    せむどう歌

 二二八 ますかがみみしかとおもふいもにあはんかもたまのをのたえたる思ひしげきこの比
 二二九 夕されば秋風さむしわぎもこがときあらひ衣ゆきてはやきん
 二三〇 おほなんちすくなびがみのつくれりしいもせの山をみるがうれしさ
 二三一 まきもくの山べひびきて行く水のみづのあわごとよをばわがみて(る)
 二三二 しきたへのそでかへしきみたまだれのをちにすぎたるたまもあはんやは
 二三三 秋田かるかりほをつくりわがをれば衣手さむし露ぞおきける
 二三四 やたののに浅茅色づくあらち山みねのあは雪さむくぞあるらし
 二三五 ふる雪の空にきえぬべくおもへどもあふよしもなしとしぞへにける

    柿本の人丸あからさまに京ちかきところにくだりけるを、とくの
    ぼらんとおもひけれど、いささかにさはることありて、えのぼら
    ぬに、正月さへふたつありける年にて、いとはるながき心ちして
    なぐさめがてらに、このよにあるくにぐにの名をよみける、これ
    なんゐ中にまかりくだりたりつるとて、あるやんごとなき所にた
    てまつりけるをなん





   幾内五ケ国

    やましろ

 二三六 うちはへてあな風さむの冬の夜やましろにしものおける朝みち


    やまと

 二三七 ふるみちにわれやまどはんいにしへの野中の草としげりあひにけり


    かうち

 二三八 あさまだきわがうちこゆるたつた山ふかくもみゆる松のみどりか


    いづみ

 二三九 あまならでうみの心もしらぬかないつみにしほにみるめかるらん


    つのくに

 二四〇 あしがものさわぐ入江の水ならで(のえの)
          よにすみがたき我が身なりけり

   東海道十五ケ国

    いが

 二四一 ちりぬともいかでかしらん山ざくらはるのかすみのたちしかくせば


    いせ

 二四二 二葉よりひきこそうゑめみる人のおいせぬものと松をきくにも(は)


    しま

 二四三 山がはのいしまをわけて行く水はふかき心もあらじとぞおもふ


    をはり

 二四四 春たてば梅のはながさうぐひすのなにをはりにてぬひとどむらん


    みかは

 二四五 あだ人のことにつくべき我が身かはしらばやよそにこひしてふらん


    とほたあふみ

 二四六 ひねもすにとほたあふみにたねまきてかへるたをさはくるしかるらん


    するが

 二四七 ふじのねのたえぬおもひをするからにときはにもゆる身とぞ成りぬる


    いづ

 二四八 逢ふ事をいつしかとのみまつしまのかはらず人をこひわたるかな


    かひ

 二四九 すまの浦につるのかひこのあるときはこれが千世へんものとやはみる


    さがみ

 二五〇 あしがらのさかみにゆかん玉くしげはこねの山のあけんあしたに


    むさし

 二五一 しをりせんさしてたづねよ(ず)あしひきの山のをちにて跡はとどめつ


    あは

 二五二 春の田のなはしろどころつくるとて
         あはけふよりぞせきははじ(思ひつ)むる


    かむつふさ

 二五三 とめゆかむつぶさに跡はみえずともしかのばかりはしるといふなり


    しもつふさ

 二五四 梢しもひらけざりけり桜ばなしもつふさこそまづはさきけれ


    ひたち

 二五五 いつしかとおもひたちにし春がすみきみが山ぢにかからざらめや


   東山道八ケ国

    あふみ

 二五六 ながれあふみなとの水のむまければかたへもしほはあまきなりけり


    みの

 二五七 わたつうみのおきにこち(うら)かぜはやからし
           かのこまだらに波たかくみゆ


    ひだ

 二五八 さして行くみかさの山しとほければけふは日たけぬあすぞいたらん


    しなの

 二五九 あだなりといひそめられしぬれぎぬ(ごろも)は
          ひしなのみこそ立ちまさりけれ


    かんつけ

 二六〇 おとにきくよしののさくらみにゆかんつげよ山もり花のさかりを


    しもつけ

 二六一 春きぬと人しもつげずあふ坂のゆふつけどりの声にこそしれ


    むつのくに

 二六二 いつかおひむつのぐむあしをみるほどはなにはのうらもなのみとぞ思ふ


    いでは

 二六三 ゆふやみはあなおぼつかな月かげのいでばや花の色もまさらん


   北陸道

    わかさ

 二六四 春たてばわがさは水につむせりのねぶかく人をおもひぬるかな


    ゑちぜん

 二六五 しが山をこえゆく人をつづらづゑちとせまたずときくはまことか


    かが

 二六六 おのがかくありけるものを花といへばひとつにほひにおもひけるかな


    のと

 二六七 さけばかつちりぬる山の桜ばな心のどかにおもひけるかな


    ゑちう

 二六八 はなのすゑちうにまさりてにほひせばそれをぞ人は折りてとらまし


    ゑちご

 二六九 人ににずさがなきおやの心ゆゑちごさへにくくおもほゆるかな


    さど

 二七〇 あづまぢのもろこし里におりてたつきぬ(ぬの)をやからの衣といふらん


   山陰道丹後国不見如何

    たば

 二七一 春さめによには水こそまさるらしたはたたきごゑおとたかくなる


    たぢま

 二七二 はるがすみたちまふ山とみえつるはこのもかのものさくらなりけり


    いなば

 二七三 鶯の声をほのかにうちなきていなばいづれの山を(に)尋ねん


    ははき

 二七四 山ぎははきよくみゆれど天つ空ただよふ雲の月やかくさむ


    いはみ

 二七五 よとともになみなきいそのいはみれば
          かたへぞかわく時はありける(なりけれ)


    おき

 二七六 草の葉におきゐる露のきえぬまは玉かとみゆることのはかなさ


    いづも

 二七七 ほどもなく今朝ふる雪のあさまだきいつもといふはそらごとかきみ


    山陽道はりま

 二七八 たちかはります田の池のうきぬなはくれどもたえぬ物にぞ有りける


    みまさか

 二七九 きみがみまさがなくつねにはなれつつ
          わがはなぞのに(を)ふみしだくめり


    びぜ

 二八〇 ときは山ふたばの松の年をへてくひぜにならんとしをみてしか


    びちう

 二八一 たもとひちうきて身さへぞながれつるわりなき恋のあはぬ涙に


    びご

 二八二 ひごろへて見れどもあかぬさくら花風のさそはんことのねたさよ


    あき

 二八三 鶯のあきてたちぬる花のかを風のたよりにわれはみる(まつ)かな


    すはう

 二八四 水鳥のたちゐてさわぐいそのすはうかべる舟ぞよそにすぎける


    ながと

 二八五 海のなかときはに入りてかづくあまも人にあはびはともしかりけり


   南海道

    きのくに

 二八六 あさみどり野べの青柳いでてみんいとを吹きくる風はありやと


    あはぢ

 二八七 わがちかふことをまこととおもはずはあはちはやぶる神にとへきみ


    あは

 二八八 こずゑのみあはとみえつつははきぎのもとをもとよりみる人ぞなき


    さぬき

 二八九 われはけさぬぎてかへりぬから衣よのまといひしことをわすれず


    いよ

 二九〇 はかなしや風にうかべるくものいよ心ぼそくぞ(も)空にわたれる


    とさ

 二九一 みなとさる舟こそけさはあやしけれ日たけて風の吹きてかへるに


   西海道

    ちくぜ

 二九二 かたみちくせに〔   〕いひやらんまきしわかなもおひばつむべく


    ひぜんちくごか、無歌

 二九三 人をこひせめて涙のこぼるればこれたがかたのそでぞぬれける


    ひご

 二九四 たれしかも我をこふらん下ひものむすびもあはずとくるひごろは


    ぶぜ

 二九五 春の野にきのふうせにしわがこまをいづれのかたにさしてもとめん


    ぶご

 二九六 花にてふここにてつねにむつれなんのどけからねばみる人もなし


    ひうが

 二九七 あはぬこひうかりけりとぞおもひぬる身をばこがせどしるしなければ


    おほすみ

 二九八 わがやどにおほすみ山のいかなれば秋をしらずてときはなるらん


    さつま

 二九九 はるの野の花をくさぐさつまんとてさもかたみをもつくりつるかな


    ゆき

 三〇〇 ゆきかよふ雲ゐはみちもなきものをいかでか雁のまどはざるらん


    つしま

 三〇一 山河にみづしまさらばみな上につもるこのははおとしはつらん

【私家集大成第一巻 2 人麿Ⅰ・柿本人丸集[書陵部蔵「歌仙集」五一一・二]、第一巻 3 人麿Ⅱ・柿本集[書陵部蔵五〇一・四七]、第一巻 4 人麿Ⅲ・柿本人麿集[冷泉家時雨亭叢書『素寂本私家集西山本私家集』]、第一巻 4-1 新編増補 人麿Ⅳ・人丸集[冷泉家時雨亭叢書『詞林采葉抄人丸集』]解題

〔底本〕
 Ⅰ 書陵部蔵 五一一・二「柿本人丸集」
 Ⅱ 書陵部蔵 五〇一・四七「柿本集」
 Ⅲ※冷泉家時雨亭叢書『素寂本私家集 西山本私家集』所収「柿本人麿集 義空本」(書籍版の書陵部蔵五〇一・二九五を親本に変更)
 Ⅳ 冷泉家時雨亭叢書『詞林采葉抄 人丸集』所収「人丸集」(新編増補)

〔書籍版解題〕
 大別して次の三系統に分けることができる。

 一、(1)散佚前西本願寺本三十六人集系(二四一首)
   (2)正保版歌仙家集本系(三〇二首)
 二、群書類従本(六四六首)
 三、書陵部蔵本(五〇一・二九五)(七六五首)

 第一類の(1)系統は西本願寺本人麿集の散佚前の姿を示す本文である。つまり西本願寺本の散佚本以前に転写された系統である。この本文に諸国の国名を隠題にした六七首の本文(輔相の詠歌集)が加わったのが(2)系統である。
(2)系統は正保版本によって世に流布し、国歌大系・国歌大観に採られている。この本文は輔相の隠題歌集が増補されているだけでなく一二首脱落している。本文系統からすると、(1)系統の方が古態を保っている。故に第一類本としては(1)系統を用い、底本としては二六・五㎝×二〇・五㎝の袋綴本、書陵部蔵(五一一・二)「人丸集」を用いた。
 第二類本は類従本によって世に流布している本文であるが、類従本は三首の脱落がある。その奥書に「万治二とせ小春後の八日豊の前中津河にして書之、四人の歌あり詠誉宗連坊(花押)」とあり、その後に第一類本(2)系統から第二類本にない歌一四首を増補している。
 第二類本の底本には書陵部蔵「柿本集」(五〇一・四七)を用いた。この写本は二三㎝×一八㎝の列帖装で、表紙は藍地に菊七宝草花唐草文様の緞子。第二類本は第一類本(2)系統と同じく、巻末に藤原輔相の国名隠題歌六七首が付いている。この輔相の歌を人麿の歌として採っている勅撰集は新古今(一首)・続古今(八首)・続千載(二首)・続後拾遺(一首)・新続古今(一首)・続後撰(二首)・新拾(二首)などであり、すでに中世初期には人麿集に付加されていたことがわかる。第一類本(2)系統は正保版本の奥書から藤原為家以後には付加されていたことがわかる。第二類本から第一類本(2)系統が増補したのであろうが、為家が増補したとも考えられるし、そうでないとすれば、すでにそれ以前になされたということになろう。ともあれ、中世初期には両系統あったことは事実である。人麿集に始めて国名隠題歌が合綴されたのは院政期であろう。伊勢集の無名私撰集合綴、赤人集への千里集の合綴などと同じ頃であろう。
 
 さて第二類本は全体の構成が春・夏・秋・冬・雑・旅・哀・恋のように分類されている。万葉集との関係を見ると、一八三番まではほとんど万葉集巻十から採られており、一八四~二〇六番までは巻七から採られ、二六三~二六九番までは巻三から採られている。また、四二三~四九三番までの七一首と五二八~五五〇番までの二三首は巻十一から採られている。
 第三類本は七六五首で、底本は書陵部蔵「柿本人麿集」(五〇一・二九五)によった。二四㎝×一七㎝の列帖装で、表紙は素鳥の子紙に藍色で芭蕉紋を摺ったもの。この系統は彰考館蔵本と二本のみである。この集は国名隠題歌「伊賀」一首を採っている点から、第二類本の影響を受けている。第二類本が第一類本に万葉巻十・巻十一および伝承歌などを加えて増大させ、部類構成したのに対して、第三類本は第一類本に加えて第二類本をも参考にして、第三類本独自の増補歌を加え、部類構成したものといえよう。
 拾遺集に人麿歌一〇三首、古今六帖に一二三首見出されるが、これらと人麿集の関係は類似が見出される反面、不一致も見出され、間接的関係はあっても、直接的な主従関係はない。とすると拾遺集と古今六帖が源泉とした人麿集があったことが考えられる。それと現存本人麿集との関係も深いことは想像できよう。ともあれ、現存本人麿集は古今六帖から拾遺集頃に成立したであろう。そ
れは後撰集時代の万葉訓点に刺激され、人麿が注目されてきた状勢からであろう。
 柿本人麿は、持統・文武両天皇に仕えた万葉集第二期の歌人。後世歌聖として仰がれる。
(島田良二) 

〔新編補遺〕
 冷泉家時雨亭文庫蔵の「人麿集」は、冷泉家時雨亭叢書の『素寂本私家集西山本私家集』に①清誉本「人麿集」と②義空本「柿本人麿集」の二本が収められ、『詞林采葉抄 人丸集』に③「人丸集」および④「柿本家集」が収載されている。
 この冷泉家時雨亭文庫蔵の四つの「人麿集」の出現によって、人麿集の伝本を大きく三類に区分している旧大成の右の解題は修正の必要がある。冷泉家時雨亭文庫蔵本とそれを親本とした書写本など関連のある人麿集諸本を中心にまとめると、次のように分けることができる。

 一、(1)冷泉家時雨亭文庫本(人丸集に合綴)・彰考館文庫本(第三類本に合綴)
   (2)冷泉家時雨亭文庫本(柿本家集、錯簡あり) 宮内庁書陵部本(五〇一・二六一、ただし錯簡のまま書写)
   (3)散佚前西本願寺本三十六人集系
   (4)正保版歌仙家集本系
      冷泉家時雨亭文庫本(清誉本)・宮内庁書陵部蔵御所本(五一〇・一二)
 二、群書類従本系
 三、冷泉家時雨亭文庫本(義空本) 宮内庁書陵部蔵本(五〇一・二九五)・彰考館文庫本(第一類本(1)系統を合綴)
 四、冷泉家時雨亭文庫本(人丸集、第一類本(1)系統を合綴) 国立歴史民俗博物館蔵高松宮旧蔵甲本(H―六〇〇―二九四)・同乙本(H―六〇〇―一三七八)

 冷泉家時雨亭文庫蔵本についての詳細は、冷泉家時雨亭叢書のそれぞれの解題を参照いただきたいが、簡単な紹介を兼ねて、右の分類についても述べていくことにする。

 まず、②義空本「柿本人麿集」は鎌倉時代後期の書写で、後藤利雄『人麿の歌集とその成立』(至文堂、昭和三六年)に「異本柿本集」として翻刻紹介され、旧大成(書籍版)の「人麿Ⅲ」の底本とされている宮内庁書陵部本(五〇一・二九五)の親本である。書陵部本は親本のカタカナを平仮名に改めているが、扉および巻末の奥書は、そのままの位置に書写されている。
 現在の義空本「柿本人麿集」は虫損が目立つが、書陵部本はこの親本の虫損が進んでいた段階での書写と思しく、親本の字を誤って推定し、書写している例が散見され、また、不注意による誤写、傍書の書き落としなども少なくない。例えば、旧大成では本文に疑問のある三一箇所に「(ママ)」と傍書するが、そのうち一五箇所が虫損もない箇所の不注意による誤写である。なかでも大きな誤写は、旧大成の次の例である。書陵部本は、

  五八八 かくこひむものとしりせはあつさ弓 かゝるこゝろにあはさりしかも
  五八九 白玉のひまをあけつゝぬきしをの むすひしによりのちにあふものを

とあるが、親本の義空本「柿本人麿集」は、

  五八八 カクコヒムモノトシリセハアツサユミ スヱノナカコロアヒミテマシヲ
  五八九 アツサユミヒキテユルサスアリケルハ カヽルコヽロニアハサリシカモ
  五六〇 シラタマノヒマヲアケツヽヌキシヲノ ムスヒシニヨリノチニアフモノヲ

となっている。一見して明らかなように、書陵部本は五八八の上句に続いて、目移りにより、誤って次の歌の下句を写して、一首としてしまったものである。
 なお、義空本「人麿集」と同一祖本に発しているものの、直接の書承関係はないと思われる伝本に彰考館文庫本がある。
 新編では、底本を書籍版底本の親本である冷泉家時雨亭文庫蔵の義空本「柿本人麿集」に差し替えた。義空本「柿本人麿集」は、一三・六㎝×一八・八㎝、料紙は楮紙。紙撚で綴じた袋綴本。鎌倉時代後期の書写。表紙は本文共紙で、中央に打ち付け書きで「柿本人麿集上中|下」、右下に「義空」と記す。全丁数は五八丁、本文墨付も五八丁で、遊紙はない。全長に紙背文書がある。

 ①清誉本「人麿集」は、巻末に、
  正嘉元年三月十九日
   以為継朝臣本
   書之了
        清誉

という奥書がある。この奥書によれば、正嘉元年1257三月十九日に、清誉が為継朝臣本を書写した本である。この為継朝臣は藤原為継(建永元年1206?~文永二年1265)であろう。
 この清誉本「人麿集」は、書籍版の解題において、第一類本の(2)系統として立てられている正保版歌仙家集本系に属する書陵部蔵御所本「三十六人集」(五一〇・一二、『御所本三十六人集』として新典社から影印本が刊行されている)の「柿本集」(書名は表紙左上の白紙小短冊による。原題簽を欠く)の親本である。親本がカタカナで書かれているのに対し、御所本は平仮名で書写され、本文に適宜漢字を宛てたり、仮名遣いを変更するなど、書式を大幅に変えており、また親本の清誉の奥書を欠いている。
 ところで、正保四年1647に刊行された歌仙家集本「人麿集」には、

  書写本色紙手跡古体也
    建長五年六月日
  此本以三ヶ之本校正了
    同六年三月日  藤原朝臣在判

という奥書がある。この「藤原朝臣」は藤原為家ではないかと考えられている。
 『古筆学大成 17』に藤原為家筆とする人麿集切が収められている。これは、白鶴美術館蔵「手鑑」に存するものであるが、歌仙家集本系の書陵部蔵「歌仙集」(五一一・二)を底本とした旧大成(書籍版、新編でも同じ)「人麿Ⅰ」の歌番号を付して掲出してみよう。

  五 みくまのゝうらのはまゆふもゝへなる こゝろはおもへとたゝにあはぬかも
  六 神かせの伊勢のはまおきおりふせ[て] たひねやすらんあらきはまへに
  七 なつのゆくをしかのつのゝつかのまも わすれすそおもふいもかこゝろを
  八 あさねかみわれはけつらしうつくしき 人のたまくらふれてしものを
  九 ゆふされはきみきまさんとまちしよの なこりそいまもいねかてにする
 一〇 おもひつゝねにはなくともいちしろく人のしるへくなけきすなゆめ
 一一 とき( き)ぬのおもひみたれてこふれとも なとなかゆへとゝふ人もなし
 一二 あつさゆみひきみひかすみこすはこす こはこそをなとよそにこそ見め
 一三 たまほこのみちゆきつかれいなむしろ しきても人を見るよしもかな
 一四 とに( か)くにものはおもはすひたゝくみ うつすみなはのたゝひとすちに
 一五 あしひきの山田もるを(いほに)のをくかひの したこかれつゝわかこふらくは

歌序からは西本願寺本三十六人集系、歌仙家集本系のいずれか判然としないが、本文は歌仙家集本系に近い。この人麿集切が、為家筆で、歌仙家集本系のものとすれば、右の歌仙家集本「人麿集」の奥書の「藤原朝臣」が藤原為家である可能性を示唆する貴重な古筆切というべきであろう。佐藤恒雄氏は、当該人麿集切を「為家の真跡であることは寸毫の疑いもない」とされている(「藤原為家筆人麿集切をめぐって」〈「香川大学国文研究」第九号、昭和五九年一一月〉)。それはともかく、歌仙家集本はその奥書から建長五年1253書写本まで遡ることになる。清誉本「人麿集」はそれから遅れることわずか四年の正嘉元年1257三月に書写された歌仙家集本系の現存最古の写本であり、今後、正保版歌仙家集本系を代表するものとして扱われるべき重要な伝本である。
 ④「柿本家集」は鎌倉時代後期写。総歌数は一八〇首。現状では錯簡があり、冷泉家時雨亭叢書に収める際に、錯簡を正して影印に付している。当該本は、斎藤茂吉『柿本人麿 雑纂篇』(岩波書店、昭和一五年)において「図書寮本第一」として翻刻紹介されている宮内庁書陵部本(五〇一・二六一)の親本である。その書陵部本は、錯簡のままに書写し、また、親本の散らし書きを上句
と下句の一首二行書きにして写している。
 錯簡訂正後の本来の「柿本家集」が、人麿集の第一類本に属することは明らかであるが、書籍版右の解題において二系統に分けられている第一類本の諸本と異なっている点も多い。まず「人麿Ⅰ」の二一〇番歌に当たる、

  ほのとあかしのうらのあさきりに しまかくれゆくふねをしそおもふ

を最末歌とし、以下の歌を欠く。したがって、書籍版の解題が第一類本を二つの系統に分ける目安としている藤原輔相の「国名隠題歌」はない。また、書籍版の解題にいう第一類本(2)正保版歌仙家集本系に属し、その代表的な伝本として『新編国歌大観』所収「人丸集」の底本とされた書陵部本(五〇六・八)と比べると、右の最末歌までの間にも三八首の脱落がある。また、歌序の異なる箇所や独自本文も少なくない。書籍版解題の第一類本の二つの系統とは別に、一系統を立て、「柿本家集」を第一類本(2)系統とした所以である。
 ③「人丸集」は鎌倉時代中期頃写。当該本を納めた桐箱は、蓋の中央に「萬葉抜書」と墨書する。表紙は後補で、外題がなく、内題およびそれに類するものもないが、現在、見返しになっている原表紙には左上に「人丸集」と打付け書きがある。当該本の本文の終わった次丁に貼られた切紙に定家・為家筆と伝える。

 この「人丸集」は三五丁裏から三六丁裏の白紙を挟んで、別々の二つの人麿集から成る。『詞林采葉抄 人丸集』の当該書の解題では、一丁表から三五丁表までの人麿集を根幹部、三七丁表から四四丁裏までの人麿集を付加部として扱っているが、根幹部は二九六首、付加部は小字補入二首を含めて六四首を数える。
 まず付加部についていえば、これは人麿集の第一類本の上巻に相当する。ただし、「人麿Ⅰ」の底本たる書陵部本(五一一・二)などに見える、

  月草に衣はそめん君かため いろとり河のすらむとおもひて  (人麿Ⅰ・二四) 

の一首を欠く。また、書陵部本(五〇六・八)や歌仙家集本において、上巻の最後に位置する一首、

  山のかひそこともみえすしらかしの 枝にも葉にも雪のふれゝは  (書陵部本五〇六・八、六四) 

を欠く点は「人麿Ⅰ」と同じ。
 
 先に②義空本「柿本人麿集」で言及した彰考館文庫本の末尾に付加されている人麿集も第一類本の上巻部分だけ存するが、同じく「月草に」の歌を欠いている。冷泉家時雨亭文庫蔵「人丸集」の付加部は、彰考館文庫本の付加部とともに、第一類本の上巻のみの伝本として、人麿集の最も古い形態を示しているものと思われ、第一類本の中に、新たに一系統として位置付けられるべきであり、第一類本(1)系統とするのが妥当であろう。
 一方、根幹部は全二九六首のうち、万葉集巻七の歌を原歌とすると思われるものが二つの歌群で二五首、同じく巻十一が四つの歌群に分かれて一五五首収載されている。そして、従来知られていた人麿集の中で最も成立が遅いとされてきた第三類本を代表する冷泉家時雨亭文庫本(義空本)とのみ共通する歌が一五首ある。また、第一類本・第二類本・第三類本の代表的伝本にもない歌が三五首を数える。さらに、第一類本~第三類本と共通する歌でも独自本文が少なくない。
 したがって、冷泉家時雨亭文庫蔵「人丸集」の根幹部は、これまで知られていた人麿集のどの系統にも属さず、異本ということになろう。旧大成の右の解題が大別した三系統に加えて、新編では、「第四類本」を立て新たに翻刻した。当該本は、二二・五㎝×一四・四㎝の綴葉装(列帖装)の一帖。現在の表紙は金銀泥で秋草文様と波文様を摺り出し、金銀箔砂子散らし雲霞引き。青の飛雲を散らしている。
 なお、この「人丸集」根幹部を親本として江戸時代に書写されたのが、国立歴史民俗博物館蔵高松宮旧蔵甲本(H―六〇〇―二九四)・同乙本(H―六〇〇―一三七八)である。このうち、甲本は天和二年1682十月十一日の奥書を有するが、冒頭からの一五三首と次歌の第一句目までしかない。
(竹下 豊) 

私家集大成第一巻 2 人麿Ⅰ・柿本人丸集[書陵部蔵「歌仙集」五一一・二]】241首

 柿本人丸集

    いはみのくにゝありけるをんなのきたりたりけるに

   一 いはみなるたかまの山の木の間より わかふる袖をいもみけんかも
    又本に
   二 秋山にちるもみちはのしはらくに ちりなみたれそいもかあたりみん
   三 いはしろの野中にたてるむすひ松 こゝろもとけすむかしおもはゝ
   四 紫ににほへる妹かかくしあらは ひともとゆへにわか恋めやは
   五 みくまのゝうらのはまゆふもゝへなる 心はおもへたゝにあはぬかも
   六 神かきやいせのはま荻おりしきて 旅ねやすらんあらき浜へに
   七 夏野ゆくをしかのつのゝつかのまも わすれて思へ妹かこゝろを
   八 あさねかみ我もけつらしうつくしき 人の手枕ふれてし物を
   九 夕されは君きまさんとまちしより 名残は今もいてかてにする」
  一〇 おもひつゝねにはなくともいちしるく 人のしるへき嘆きする君
  一一 ときゝぬのおもひみたれてこふれとも なそなにゆへと問人もなき
  一二 あつさ弓ひきみひかすみこすはこす こはこそをなとよそにこそみめ
  一三 たまほこの道ゆきつかれいなむしろ しきても君にみるよしもかな
  一四 とにかくに物はおもはすひたたくみ うつすみなはのたゝ一すちに
  一五 あしひきの山田もるをのおける火の 下かくれつゝ我こひをらは(く)
  一六 すきたもてふけるいたまのあはさらは いかにせよとかあひみ初けん
  一七 なには人あしひたくやのすゝたれと をのかつまこそ床めつらなれ
  一八 妹かゝみうへをさゝのはなれ駒 またはれにけらしあはぬと思は
  一九 天雲のやへくもかくれなるかみの 音にのみやはきゝわたりなん


    よさみの王のあひわかれける時

  二〇 おもふなと君はいへとも逢ことを いつかとしりてか我恋さらん」一


    あふみよりのほりて宇治河のほとりにて

  二一 ものゝふの八十うち河のあしろ木に たゝよふ浪のよるへしらすも
  二二 わかせこをきな(こせイ)れの山と人はいへと 山の名ならし君もきまさす


    川ほとりを

  二三 おほきみのみかさの山の帯にせる ほそ谷河の音のさやけさ
  二四 月草に衣はそめん君かため いろとり河のすらむとおもひて
  二五 なほあらしにことなし草にいふことを きゝてししらはうれしからまし
  二六 山たかみ夕日かくれのあさちはら のち(もイ)みんためにしめゆはましを
  二七 みしま江の玉えのあしをしめしより をのかとそ思いまたからねは
  二八 月草に衣はそめん朝露に ぬれての後はうつろひぬとも
  二九 わかこゝろゆたのたゆたにうきぬなは へにもおきにもよりやしなまし
  三〇 久かたのあめにはきぬをあやしくも 我衣手に(の)ひる時なくに」
  三一 ゆふかけていのるみむろの神さひて 妹にはあらす人めおほみそ
  三二 もゝへなるよそのしまへをこく舟に のりにし心わすれかねつも
  三三 ことしけき里にすますは今朝鳴し 雁にたくひていなまし物を
  三四 河のせにうつまくみれは玉藻かも ちりみたれたるかはの船かも


    よしのやまにみゆるする時の

  三五 みれとあかぬ吉野の山のとこなめの たゆる時なくゆきかへりみん


    いせのくにゝみゆきする時に、京にとゝめられてよめる

  三六 みをのうらにふなのりすらんつまともに 玉ものすそに塩みつらんか
  三七 しほさひにいつしの浦にこく船に いものるらんかあらき浜へに
  三八 橘のたふさのすゑにいまをかも おほ宮人のたまもかるらん


    いはみのゝ(本)にゝめをわかれてのほりくる時に

  三九 さゝの葉やみ山もそよにみたるらん われはいもおもふわかれきぬれは」二


    なみのみこのうせたりし時によめる

  四〇 久かたのあめみしことにあふきみし すゑのみことのあれまくもおし
  四一 あかねさし日はくらせともむはたまの かくらをとしもよわたるつきの
    ある人にいはく
  四二 しまみやの(まイ)みかりの池のはま千とり 
          人めに(をちかみ)みえてい(おき)なに及はす


    はせの王女、おさかへのみかとにたてまつるに

  四三 しきたへの袖かへしよる玉たれの をちのすきたるまもあはんかは
    
     ひとへにいはく、をちにすきぬと、又ある本にいはく、かはしまのみこ、
     をははせの女王にたてまつるなり


    あさかのをんなを、かりにをさむるときによめる

  四四 あすか河しからみわたしせかませは なかるゝ水ものとけからまし

     ひとつにいはく、みつのよとにからまし、あすか河あす」
     (此点ヨリ上或本)たに、ひと(ニ無之)のいふ(にいはくイ)、
     みんとおもふはや、(またイ)みんとおもふらん、わかおほ
     きみのみなにわすれぬ、又、みなわすれすとたけちのみ(か
     みをイ)かと、しきのかみにかりにを(お)さめたる(てまつる
     ときのうたイ)へるときの和歌

  四五 久かたのあめにしほるゝ君ゆへに つきみもしらす恋わたるらん
  四六 はやきせの池のつゝみのかくれぬに ゆくゑもしらす年もまとひぬ


    めしにてのちによめる

  四七 秋山の紅葉をしけみまとひぬる いもをもとむとこの日くらしつ


    しらすとも、またひくみちを、すまちをゆけはけふともなし

  四八 紅葉はのちりぬるなへにたまつさの つかひをみれはこよひおもほゆ


    しらすとも、又いはふつかひおもほゆと」三

  四九 ふすまちをひろみの山に妹をゝきて 山ちをゆけはいけりともなし
   またゆふ
  五〇 こそみてし秋の月よはてらせとも 逢みしいもはいやとをさかる
  五一 家にきてわかやをみれは玉さゝの 外に置けるいもかこまくら


    ひきてのうねへ身なけゝる時よめる

  五二 さゝ浪のしかのつのゝかまかりにし 河せをみれはあはれなるかな


    ひとついふ、してのつらしか

  五三 あめよかすこゝのつのこかあはん日を おほのみしかは今そくやしき


    近江のあれたりしみやをすきし時

  五四 さゝ浪のしかのからさき行みれと 大みや人の船まちかねつ
  五五 あまさかるひなのなかちを行みれは あかしのとより家のあたりみゆ
  五六 みをのうらの日はよかるらしいさりする あまのつり船浪の上にみゆ」
  五七 すまの浦にふなのりすらん乙女子が あかものすそに塩みつらんか
  五八 おほ舟にまかちしけぬきおはかちを こきつゝわたる月人おとこ


    あふみのみやのあれたるをみてよめる

  五九 さゝ浪のおほくのみやはなのみして かすみたなひき宮き守なし


    さぬきのさねみのうらにして、いはのうへになくなれる人をみて

  六〇 つましあらはつみてゆかましさみ山の うつのおはらきすきにけらしや
  六一 おほつあらみよるあら磯をしきたへの 枕となきてな(りイ)るきみかも


    いはみのくにゝありてなくなりにぬへきときにのそみてよめる

  六二 いもやまのいはにきにおけるわれにかも しらすて妹かまちつゝあらん
  六三 か(かみイ)り山のいはねのたかにあるわれを しらすといもか待つゝませる」四
 

 下巻

  六四 人ことは夏のゝ草としけくとも 妹とわれとしたへさわりなは
  六五 山里に月日もをそくうつらなん こゝろのとかに紅葉をもみん
  六六 此比の恋のしけくさ夏草は(のイ) かりはつれともおひしくかこと
  六七 かたよりにいとをこそよれわかせこか 花たちはなをぬかんとおもひて
  六八 うくひすのかよふ垣ねにうの花の うきことあれや君かきまさぬ
  六九 われこそはにくゝはあらめ我やとの 花たちはなをみにはこしとや
  七〇 かけてのみこふれはくるしなてしこの はなにさかなん朝なみん
  七一 よそにのみみつゝやこひん紅の すゑつむ花の色に出すとも
  七二 か(なつくさ)けてのみ露わけ衣きぬものを なとわか袖のかはく時なき
  七三 みなつきのつちさへわれててる日にも 我袖ひめや妹にあはすして
  七四 こふるひはけなかきものをこよひさへ ともしかるらんあふへき物を」
  七五 天河こそのわたりのうつろへは 河せふむまに夜そふけにける
  七六 としの恋こよひつくして明日よりは つねのことにや我恋をせん
  七七 あはすてはけなかき物を天河 へたてゝや又わかこひをらん
  七八 彦星と七夕つめとこよひあはん 天の河せに浪たつなゆめ
  七九 しはもあひみぬ君を天河 船出はやせよ夜の更ぬとき
  八〇 秋風のきよき夕は天河 舟こきわたせ月人おとこ
  八一 天河きりたちわたり彦星の かちの音きこゆ夜の更ゆけは
  八二 天河とをきわたりはなけれとも 君かふなては年にこそまて
  八三 あまの河橋うちわたす妹か家に やますま(か)す(よ)はん時またるとも
  八四 天河きりたちわたり七夕も 雲の衣にとひあかるかも
  八五 わたしもり船はやわたせ一とせに 二たひきます君ならなくに
  八六 天河せをはやみかもむは玉の あ(よはふけゆけと)まの河せをあはぬ彦星」五
  八七 天の原夜は更につゝさぬるよは としのまれらにたゝ一夜のみ
  八八 七夕のこよひあひなはつねのこと あすをへたてゝ年はなくなん
  八九 秋風の吹にし日より天河 せきいてたちてまつとつけこせ

  九〇 天河こそのわたりはあせにけり きみかきまさんみちのしら浪
  九一 天河あさ瀬しら浪たかけれと たゝわたりきぬまてはくるしみ
  九二 彦星の妻よふ船のひくつなの たえんと君に我おもはなくに
  九三 妹にあふと君かたまつと久かたの 天の河原に月そゐにける
  九四 しら露のをかまくおしみ秋萩の をりのみをりて置やこらさん
  九五 秋の田のた(かり)のほのやとのにほふまて さける秋萩みれとあかぬかも
  九六 あさかほは朝露をきてさくといへと ゆふかほにこそにほひましけれ
  九七 春されと霞にかくれみえさりし 秋萩さきぬ折てかさゝん
  九八 人はみな萩を秋てふ我はいな 小(本)花かすゑを秋とはいはむ」
  九九 玉ほこの君かつかひのたをりたる この秋萩をみれとあかぬかも
 一〇〇 我宿にさける秋萩つねならは わかまつ人にみせまし物を
 一〇一 わかやとにうへおほしたる秋萩の たれにしめさし我にしらせぬ
 一〇二 手にとれは袖さへにほふ女郎花 木の下露にちらまく惜かも
 一〇三 わきもこかゆきあひのわせのかる時に なりにけらしも萩の花さく
 一〇四 秋霧のたなひくをのゝ萩の花 今やちるらんまたあかなくに
 一〇五 恋しくは形見にせんと我せこか うへし秋萩花さきにけり
 一〇六 秋萩はかりにいてしとは(い)つれはか これをきゝては花さきにけり
 一〇七 秋されは妹にみせんとうへし萩 露しもをきてちりにけらしも
 一〇八 秋風に山とひこゆるかりかねの いやとをさかり雲かくれつゝ
 一〇九 あま雲のよそにかりかねきゝしより 
         はたれしもふり(さむしイ)こよひは

 一一〇 かきほなる萩の葉さやき吹風の ふくなるなへにかり鳴わたる」六
 一一一 山ちかく家をしをれはさを鹿の 声をきゝつゝいねん比かも
 一一二 あしひきの山よりせきはさを鹿の 声をきゝつゝいもねかねつも
 一一三 夕かけになくひくらしのこゝはくに 日毎にきけとあかぬ君かな
 一一四 秋風のさむく吹なへ我やとの あさちか原にひくらしなくも
 一一五 かけくさのおひたる宿の夕露に なくひくらしはきけとあかぬかも
 一一六 庭草にむら雨ふりてひくらしの なく声きけは秋はきにけり
 一一七 神なひの山下とよみゆく水の 蛙なくなへ秋といはんとや
 一一八 草枕たひに物おもふわかきけは 夕かたかけてなくひくらしか
 一一九 せをはやみ落滝つこししら浪に かはつ鳴也朝夕ことに
 一二〇 秋はきにをける白露朝な をけるしら露玉とそみゆる
 一二一 しら露と秋のはきとはこきませて つくことかたき我こゝろかな
 一二二 わか宿の尾花をしなへ置露に てふのわきもこちらまくもおし」
 一二三 秋田かるかりほをつくり我をれは 衣手さむし露そ置ける
 一二四 此比の秋風さむし萩のはな ちらす白露をきにけらしも
 一二五 此比のあかつき露に我やとの はきの下葉はう(つ)ろひにけり
 一二六 かりかねは今はきなきぬ我まちし 紅葉はやつけまてはすくなし
 一二七 秋されは置しら露に我宿を(の) を(あさち)かのかうれはいろつきにけり
 一二八 秋風の日ことにふけはわか宿の 岡のこのはも色つきにけり
 一二九 秋風の日ことにふけは露をゝもみ 萩の下はゝ色付にけり
 一三〇 かりかねのきなまし時はから衣 たつたの山は色つきにけり
 一三一 時雨のあめまなくしふれは槇の葉も あらそひかねて色付にけり
 一三二 一とせに二たひゆかぬ秋山を こゝろにあかてすくしつるかな
 一三三 小(本)男鹿の妻よふ山の岡へなる わさ田はからし霜はふれとも
 一三四 我宿にまもる田みれはさほのうらに 秋つきぬへくおもほゆるかな」七
 一三五 このよはゝさ夜更ぬらしかりかねの きこゆる空に月よりわたる
 一三六 わかせこかかさしの花に置露を きよくみせんと月はてるらし
 一三七 おもはすにしくれの雨はふりたれと あま雲晴て月はきよきを
 一三八 しら露を玉につゝれる長月の 有明のかけはみれとあかぬかも
 一三九 恋つゝもいなはかきわけわかをれは ともしくもあらす秋のはつ風
 一四〇 萩の花さきたる野へに日くらしの なくなるともに秋風のふく
 一四一 秋山のこのはもいまたもみちねは 今朝ふく風は霜置ぬへく
 一四二 秋田かるたひのいほりにしくれふる 我袖ぬれぬほす人もなし
 一四三 たまたすきかけぬ時なくわかこふる 時雨しふらはぬれつゝもこん
 一四四 紅葉はをおとす時雨のふるなへに 夜さへそさむき独さぬれは
 一四五 たれかれとわれをなよひそ長月の しくれにぬれて君待我を
 一四六 住吉のきしを田にほりまきしいねの かるなるまてにあはぬ君哉」
 一四七 秋の田のほの上にをけるしら露の けぬへくわれもおもほゆる哉
 一四八 秋の田をかりほをつくりいほりして きなくも君をみるよしもかな
 一四九 秋萩のさきちる野への夕露に ぬれてきませよ夜は更ぬとも
 一五〇 秋萩の枝もとをゝにをく露の けし(本)もしなまし恋つゝあらすは
 一五一 秋萩をおとす時雨のふる時は ひとりおきゐてこふるよそおほき
 一五二 なにすとか君をいとはん秋萩の その初花のこひしきものを
 一五三 かりかねの初声きゝてさきてちる やとの秋萩みにこわかせこ
 一五四 秋されはかり飛こゆる龍田山 たちてもゐても君をしそ思
 一五五 秋の夜の月(二字分空白) 君は雲かくれ しはしもみねは恋しかるらん
 一五六 長月の有明の月の在つゝも 君しきまさは我恋めやは
 一五七 はふりこかいはふ社のもみちはも しめをはこえてちるといふ物を
 一五八 あしひきの山ちしもしらすしらかしの 枝もとをゝに雪のふれゝは」八
 一五九 あは雪の今朝はなふりそ白たへの 袖まきほさん人もあられなくに
 一六〇 我やとの梅花そも久かたの きよき月よにちかくる(のこらさりけりイ)
 一六一 梅花先さく枝を手折もて いとゝ名つけててそへつゝみん
 一六二 きてみへき人もあらなくに我宿の 梅の初花ちりぬともよし
 一六三 やたのゝのあさち色つくあらち山 みねのあは雪さむくそ有らし
 一六四 あは雪の空にけぬへくおもへとも あふよしもなみ年そへにける
 一六五 や(あイ)まきりあひふりくる雪のきえぬとも 
            君にはあはんとな(わかゝへりきイ)からへわたる
 一六六 我やとにさきたる梅をつきよゝみ よなきつゝみん人もかな
 一六七 あしひきの山かた風はふかねとも 君かこぬ夜はかねてさむしも
 一六八 さもこそはよは心より外ならめ みさへおもひにたかふなに也
 一六九 あすからは春菜つませんかた岡の あしたの原はけふそやくめる
 一七〇 梅花それともみえす久堅の あまきる雪のなへてふれゝは」
 一七一 我やとの池の藤なみさきにけり 山ほとゝきすいつかきなかん

    たこのうらの藤の花をみておもひをのふ
 一七二 田子の浦のそこさへにほふ藤浪を かさしてゆかんみぬ人のため
 一七三 時鳥なくや五月のみしか夜も ひとりしぬれはあかしかねつも
 一七四 としにありて一よ妹にあふ彦星も 我にまさりておもふらんやそ
 一七五 わかせこかあかもぬらしてうへし田を 
          かりてをとめんくら(ち)なしの山(花イ)
 一七六 我せこを我こひをれはわか宿の 草さへ思ひうこかれにけり
 一七七 はふり子かいはふ社の紅葉ゝは しめをはこひてちるてふものを


    天皇立田河のわたりにおはしますおほんともにつかうまつりて

 一七八 龍田川もみち葉なかる神なひの みむろの山に時雨ふるらし
 一七九 あはぬ日のふるしら雪とつもりなは われさへともにけぬへきものを」九
 一八〇 あしひきの山下とよみゆく水の ときそともなくこひわたるかな
 一八一 あしひきのかつらき山にたつ雲の たちてもゐても君をこそ思へ
 一八二 水底におふる玉もの打なひき こゝろをよせてこふる此ころ
 一八三 たかせふけは浪たつきしの松なれや ねにあらはれてなきぬへらなり
 一八四 日のくもり雨ふるかはのさゝら浪 まてくも君かおもほゆるかな
 一八五 たらちねの親のかふこのまゆこもり いふせくもあるか君にあはすして
 一八六 恋てこひにあはんとなくさむる 心しなくはいきてあらめやも
 一八七 恋するにしにする物にあらませは 我身そちたひしにかへらまし
 一八八 ますらをのうつし心もわれはなし よるひるわかす恋しわたれは
 一八九 こひつゝも今日はくらしつ霞たつ あすの春日をいかてくらさん
 一九〇 千はやふるかみのいかきもこえぬへし 今は我身のおしけくもなし
 一九一 山のはに出くる月のはつに いもをそみつる恋しきまてに」
 一九二 竹の葉におきゐる露のまろひあひて ぬるとはなしに立我名哉
 一九三 なき名のみ立田の市とさはけとも 我思ふ人をくるよしもなし
 一九四 なき名のみ龍田の山の麓には よに嵐といふ風もふかなん
 一九五 みな人のかさにぬふてふありますけ ありての後もあはんとそ思
 一九六 ますかゝみ手にとりもちて朝な みれとも君にあく時そなき
 一九七 たまゆらにきのふのくれにみし物を けふのあしたにこふへき物か
 一九八 かくはかりこひしき我としらませは よそにもみへくありけるものを
 一九九 恋しなはこひもしねとや玉ほこの 道行人にことつてもなき
 二〇〇 あしひきの山よりいつる月まつと 人にはいひて君をこそまて
 二〇一 あひみてはいくひさゝにもあらなくに としへきのことおもほゆる哉
 二〇二 岩ねふみかさなる山はなけれとも あはぬ日数をこひわたるかな
 二〇三 たのめつゝこぬ夜あまたに成ぬれは またしと思そ待にまされる」一〇
 二〇四 なる神のしはし空にてさしくもり 雨もふらなん君とまるへく
 二〇五 烏羽玉のこよひなあけそ秋ゆかは あさゆく君を待くるしきに
 二〇六 さゝなみのしかのからさききたれとも 大宮人の船まちかねつ
 二〇七 あしひきの山とりの尾のしたりおの なかしよをひとりかもねん
 二〇八 千はやふる神のたもてる命をも たかためとおもふわれならなくに


    はせのみゆきに、京にまかりとゝまりて

 二〇九 もすのうみにせなのかすらんわきもこか 
          たま(一字分空白)のすそに浪やたつらん
 二一〇 ほのとあかしの浦の朝霧に しまかくれゆく舟をしそおもふ
 二一一 なる神の音にのみきくまきもくの 槇原の山にけふみつるかな
 二一二 いにしへにありけん人もわかことや 三輪のひはらにかさしおりけん
 二一三 よそにして雲ゐにみゆる妹か家に はやくいたらんあゆめ墨駒


    めの身まかりてあくるとしのあき月をみて」

 二一四 こそみてし秋の月よはくらせとも あひみし程はいやとをさかる


    めのしにてのちかなしひによめる

 二一五 家にいきて我やとみれはわかさゝの ほかにをきける妹かこまくら
 二一六 さをしかのあさふす小野の草わかみ かくれてかねても人にしられぬる
 二一七 我宿にさける秋はきちりすきて みになる(三字分空白) あはぬ君哉
 二一八 小男鹿のいるのゝすゝきはつをはな いつしか妹か手枕をせん
 二一九 なか月を君にこひつゝいけらすは さきてちりぬる花ならましを
 二二〇 夜をさむみ朝戸をあけていてたれは 庭もはたらにみ雪ふりたり
 二二一 秋風の日ことにふけは久堅の 岡の木の葉も色つきにけり
 二二二 しくれの雨まなくしふれは槇のはも あらそひかねて紅葉しにけり
 二二三 ことに出ていはゝゆゝしみ山河の 滝つ心をせきそかねぬる
 二二四 恋てこひてしねとやわきもこか 我いゑの門を行て過ぬる」一一
 二二五 あら磯のほかゆく浪の外こゝろ われはおもはしこひはしぬとも
 二二六 あしひきのしら浪よりてせかませは なか ((二字分空白)) 
          水ものとけからまし
 二二七 しら浪はたてと衣にかさならす あかしもすまもをのか浦
 二二八 あらしほのかるやのさきにたつしかも いとわれはかり物はおもはし


    さるさはの池に身なけたるうねめをみてよめる

 二二九 わきもこかねくたれかみを猿沢の 池の玉藻とみるそかなしき
 二三〇 みなといりのあしわけ小船さわりおほみ 恋しき人にあはぬ比かな
 二三一 朝霜のきえみきえすみおもへとも いかてかこよひあかしつるかも
 二三二 三日月のさやけくもあらす雲かくれ みまくそほしきうたて此比
 二三三 まさしてふやそのちまたにゆふけとふ 
          うらまさにせ(いへ)よ妹かあふよし
 二三四 あまのうみに雲の浪たち月の舟 星の林にこきかくされぬ
 二三五 ちゝり人はいふとも(人はイ)おりつかん 
          わかはたものゝ白きあさきぬ」


    旋頭歌

 二三六 ますかゝみみしかとおもひいもにあはんかも 
          玉のをのたえたるおもひしけしこのころ

 二三七 夕されは秋風さむしわきもこか ときあらひ衣ゆきてはやきん
 二三八 おほなんちす(く)なひ神のつくれりし いもせの山をみるそうれしき
 二三九 まきもくの山へひゝきて行水の 身のあはことによをはわか身は
 二四〇 しきたへのそてかへしきみ玉たれの をちにすきたる玉もあはんよは
 二四一 秋田かるかりほをつくり我をれは 衣手さむし露そ置ける」一二

私家集大成第一巻 3 人麿Ⅱ・柿本集[書陵部蔵五〇一・四七]】644首

 柿本集

    春

       拾 赤人
   一 きのふこそとしはくれしかはるかすみ かすかのやまにはやたちにけり
   二 きのふこそ月はたちしかいつの間に はるのかすみのたちにけるそも
       拾
   三 あすからはわかなつまむとかたをかの あしたのはらはけふそやくめる
       古
   四 むめのはなそれともみえすひさかたの あまきる雪のなへてふれゝは」
       拾
   五 たかやとのむめのはなそもひさかたの きよき月よにこゝらちりくる
   六 きてみへき人もあらなくにわかやとの むめのはつはなちりぬともよし
       拾
   七 我せこにみせむとおもひしむめのはな それともみえす雪のふれゝは
   八 むめのはなまつさく枝を手折もて つとゝなつけてよそへてむかも
   九 雪さむみさけときかれぬむめのはな 猶このころはしかてあるかは」一
  一〇 梅のはなさきてちるとはしらぬかも いまゝていもかいてゝあひみぬ
       続古
  一一 わかやとにさきちるむめを月きよみ よるきつゝみむひともかな
  一二 風はやみ落たきつらしゝらなみに かはつなく也朝ゆふことに
  一三 河水にかはつなくなりゆふされは ころも手さむみつまゝくらせむ
       拾 赤人
  一四 わかせこをならしの岡のよふことり 君よひかへせ夜のふけぬとき」
  一五 よそにありて雲井にみゆるいそのうへに さきちるはなをとらてはあらし
  一六 あさなわかみるやなきうくひすの きゐて啼へきときにはあ(な歟)りぬ
  一七 とまりゐてかつらきやまをみわたせは みそれそふれるまたふゆなから
       続後
  一八 あをやきのかつらにすへくなるまてに まてともなかぬうくひすのこゑ
       玉
  一九 はるさめのうちふることにわかやとの やなきか枝はいろつきにけり」二
       新古 入無名
  二〇 今さらにゆきふらめやもかけろふの もゆるはる日となりにしものを
  二一 はるさめにもゆるあをやき手にとりて 日ことにみれとあかぬ君かも
       続古
  二二 こゝに来てかすかのはらをみわたせは こ松かうへにかすみたなひく
  二三 わかやとに鳴てかりかね雲のうへに こよひ啼なりくにへ行かも
  二四 春されは野へに啼てふうくひすの こゑもきこえすこひのしけきに」
       新拾
  二五 春かすみたなひくやまのさくらはな はやくみてまし散過にけり
  二六 さくらはな枝になれたるうくひすの うつしこゝろもわかおもはなくに

    夏

       古
  二七 我やとのいけのふちなみさきにけり 山ほとゝきすいつかきなかむ
      たこのうら(越中国云々)にて藤のはなをみて思をのふ
   同   拾
  二八 たこのうらの底さへにほふふちなみを かさしてゆかむみぬ人のため」三
       拾
  二九 ほとゝきすかよふかきねのうのはなの うきことあれやきみかきまさぬ
       古
  三〇 ほとゝきす啼やさ月のみしか夜も ひとりしぬれはあかしかねつも
  三一 我こそはにくゝもあらめわかやとの はなたちはなをみにはこしとや
  三二 わかやとの花たちはなにほとゝきす さけひてなかむこひのしけきに
  三三 かたよりにいとをこそよれわかせこか はなたち花をぬはむとおもひて」
  三四 わかせこをうらまちかねてほとゝきす いたくなかなむこひもやむやと
  三五 わかことく君をまつとやほとゝきす こよひすからにいねかてにする
  三六 萩のはなえたもたはゝにつゆのをき さむくも夏のなりにけるかな
       拾
  三七 庭くさにむらさめ降て日くらしの 鳴こゑきけは秋はきにけり

    秋

       同
  三八 あまの川こそのわたりのうつろへは」四あさせふむまに夜そ更にける
       同
  三九 天河とをきわたりにあらねとも きみかふなてはとしにこそまて
  四〇 わたしより舟はやわたせを(を)とよはふ こゑもきかぬかかちをともせす
       拾
  四一 わたし守船はやわたせひとゝせに ふたゝひきます君ならなくに
       同
  四二 としにありて一夜いもにあふ彦星も われにまさりておもふらんやそ
  四三 としのこひこよひつくしてあすよりは」つねのことにや我こひをらむ
  四四 あはすてはけなかきものをあまのかは へたてゝまたそわかこひをらむ
  四五 ひこほしの(と)たなはたつめとこよひあはむ あまのかはらに波たつなゆめ
  四六 天河きりたちわたりひこほしの かちをときこゆよのふけゆけは
  四七 あまの川々うちわたしいもか家に やますかよはむときまたすとも
  四八 天河せをはやみかもむはたまの」五よはふけ行とあはぬひこほし
  四九 あまのかは夜はふけゆきてさぬる夜は としのわたりにたゝ一夜のみ
  五〇 たなはたのこよひあひなはつねのこと 秋をへたつることなからなむ
  五一 あまのかはこそのわたりはあせにけり きみかきまさむあとのしら浪
  五二 天河瀬々のしらなみふかけれと たゝわたりしぬまてはすへなし
  五三 いもにあふと君かたまつとひさかたの」あまのかはらに月そへにける
  五四 こふる日はけなかきものをこよひさへ ともしかるへくあふへきものを
  五五 ひこほしの妻よふゝねのひくつなの たえんときみにわかおもはなくに
  五六 かみなひの山したとよみゆく水の(に) かはつなくなり秋といはゝや
       新続
  五七 恋つゝもいなはかきわけわかをれは ともしくもあらすあきのはつかせ
  五八 ゆふたちのあめふることにかすかのゝ おはなかうへのしらつゆおもほゆ」六
  五九 このくれにあきかせふきぬしらつゆの あらそふはなのあすかみさらむ
  六〇 てまもなくうへし草葉をとてみれは やとのはつはきさきにけるかも
       新拾
  六一 秋かせはすゝしくなりぬ駒なへて いさみにゆかむ萩のはなみに
  六二 しらつゆの(を)あかまくおしみ秋はきを おりのみおりてをきやかくさむ
  六三 秋の田のかりほのやとのにほふまて」さけるあきはきみれとあかぬかも
       新拾
  六四 春されはかすみかくれにみえさりし あきはきさけり折てかさゝむ
  六五 わかまちし秋はきたりぬかゝれとも はきのはなこそひらけさりけれ
  六六 みな人ははきをあきといふいなわれは おはなかすゑを秋とはいはむ
  六七 たまほこの君かつかひの手折たる このあきはきはみれとあかぬかも」七
  六八 このよゝはさ夜ふけぬらしかりかねの きこゆる空に月さえわたる
  六九 わかやとにさける秋はきあきならは わかまつ人にみせまし物を
  七〇 我宿にうへおほしたるあきはきを たれかしめさすわれにしらせて
       新拾
  七一 わきも子にゆきあひのわせをかるときに なりにけらしもはきのはなさく
       拾
  七二 わきもこかあかもぬらしてうへし田を かりておさめむくらなしのやま」
       同
  七三 秋きりのたなひくをのゝはきのはな いまやちるらむいまたあかなくに
  七四 恋しくはかたみにせよとわかせこか うへし秋はきはなさきにけり
       続後
  七五 あきされはいもにみせんとうへしはき つゆしもをきて散にけるかも
  七六 秋はきにをけるしらつゆあさな たまとこそみれをけるしらつゆ
       勅
  七七 しらつゆと秋のはなとをこきませて あくことかたきわかこゝろかな」八
       拾
  七八 このころの秋風さむみわかやとの はきのした葉は色つきにけり
       玉
  七九 秋はきをおとすなかめのふるころは ひとりおきゐてこふるよそおほき
  八〇 かりかねのきなかむ日にてみつゝあらし このはきはらに雨なふりこそ
  八一 わかころもすれるにはあらすたか松の 野をゆきしかははきのすれるそ
  八二 秋風は日ことにふきぬたかまつの のへの秋はきちらまくおしみ」
  八三 さきぬともしられしわれはたゝにあらん このあきはきにしくれてをあらむ
  八四 みまほしくわれ待こひしあきはきは 枝もたはゝに花さきにけり
  八五 あき風の日ことにふけはつゆかさね 萩のしたはゝいろつきにけり
  八六 あき萩は散はてぬへみたちよりて みれともあかす君としあれは
       古
  八七 よをさむみころもかりかねなくなへに はきの下葉は色つきにけり」九
  八八 さをしかのあさふすをのゝくさわかみ かくろひかねて人にしらるな
  八九 かりかねはいまそきなきぬわかまちし もみちはやさ(本)けまてはくるしき
  九〇 かりかねをきゝつるなへにたかまつの のゝうへの草は色付にけり
  九一 雁かねのはつこゑきゝてさきてたる のへの秋はきみにこわかせこ
  九二 かりかねのさむきゆふへのつゆならし かすかのやまをもみたすものは」
  九三 かりかねのこゑきくからにあすよりは かすかのやまも紅葉そめなむ
       玉
  九四 雁かねのさむくなるより水茎の をかのこのはゝ色つきにけり
  九五 秋かせのさむく吹なへにわかやとの あさちかすゑは色つきにけり
  九六 あさかほのあさつゆをきてさくといへと ゆふかけにこそさきかゝりけれ
       新続
  九七 手にとれは袖さへにほふをみなへし このした露にちらまくおしみ」一〇
  九八 こと更にころもはすらしをみなへし さくのゝはなににほひておらん
  九九 やまちかく家をしをれはさをしかの こゑをきゝつゝいねんころかも
 一〇〇 かけ草のおひたるやとのゆふつゆに 鳴ひくらしはきけとあかぬかも
 一〇一 あしひきのやまならませはさをしかの 妻よふこゑをきかましものを
 一〇二 ゆふかけてなくひくらしのこゝはくの 日ことになけとあかぬ君かも」 
 一〇三 わかやとの尾花をしなみをくつゆの てふれわきも子ちらまくもおし
       新古
 一〇四 秋されはをくしらつゆにわかやとの あさちかうれは色つきにけり
       拾
 一〇五 あきかせの日ことにふけは水茎の 岡の木のはもいろつきにけり
 一〇六 一とせにふたゝひゆかぬあきやまを こゝろにあかす過しつるかな
 一〇七 わかやとの(に)まもるたみれは ((一七字分空白))   」一一
 一〇八 わかせこかかさしのはなにをくつゆを 清くみせんと月はてるらし
 一〇九 はきのはなさきたるのへの日くらしの なくなるともに秋風そふく
 一一〇 おくやまにありてふしかのよひさらに つまよふ萩のちらまくおしも
       詠花
 一一一 しらつゆにあらそひかねてさけるはき ちらはおしくも雨なふりこそ

    つるによす」
 一一二 たつかねのけさなくなへにかりかねの いつくをさしてくもかくるらむ
 一一三 むは玉の夜中はかりはおほつかな いくよをへてかをのか名をよふ

    しかのこゑを
       続古
 一一四 この比のあきのあさけのきりかくれ 妻よふしかのこゑのさやけさ
 一一五 秋はきのさきたるのへはさをしかの わけつゝ(本マヽ) いもこひをする
 一一六 山辺にていたせるとしはおほかれと」一二みねにも尾にもさをしかそ鳴

    きりす
 一一七 きりすわかゆかのうへになきあかす おきいてゝぬるにぬれとねられす

    露をよむ
 一一八 しらつゆをとらはけぬへみいさともに 露にいそひてはきのあそひせむ

    山をよむ
 一一九 あかつきのしくれの雨にぬれわたる かすかのやまは色つきにけり」
 一二〇 秋やまをゆめ人かくるわすれにし そのもみちはのおもほゆるかも
 一二一 物おもふとかくれのみゐてけさみれは かすかのやまは色つきにけり
 一二二 ますかゝみみなふち山はけふもかも しらつゆをきてもみちゝるらむ
 一二三 紅葉ちるときになるらしつまおとこ かつらのいたく色つきぬれは

    田によす
 一二四 秋の田のほむけのかせのかたよりに」一三われはものおもひつれなきものを
 一二五 たちはなをもりへのいゑのかとたわせ かるとて過ぬこしとすらしも

    しかによす
 一二六 さをしかのをのゝ草ふしいちしるく われもとはぬに人のしるらむ
 一二七 わかやとのはきさきにけりちらぬまに とくみにこなんみやこさと人

    玉
 一二八 草ふかみきりすおほく鳴やとの はきみに君はいつかきまさむ」
 一二九 故郷のはつもみちはを手折つゝ いまそわかくるみぬ人のため
 一三〇 こゝろなき秋の月夜のものおもひに ぬれとねられすてらしつゝふる
 一三一 あさなたつ川霧をさむみかも たかはらやまのもみちそめけむ
 一三二 秋くれはかふりのやまにたつ霧を うみとそみつる浪たゝなくに
 一三三 あきはきをかりにあはしといへれはか こゑをきゝては花のちるらむ」一四
 一三四 さをしかのこひをしのふとなくこゑの いは(ほ)むかきりはなひけはきはら
 一三五 なとしかのわひなきすらんよそにても あきの野はきにしけくあるらむ
 一三六 足ひきのやまのこかけになくしかの こゑもしのはすやまたもらすと

    きりすをよむ
 一三七 秋かせはさやまふくなりわかやとの あさちかもとにきりすなく
 一三八 あきのゝの尾花かくれになくむしの こゑをきけはか我もわかいもゝ」
 一三九 秋はきのえたもたはゝにつゆもをき さむくもあきのなりにけるかな
 一四〇 はるはもえ夏はみとりにくれなゐの 色にみゆめるあきのやまかな
 一四一 いもか袖まきのあさきりおしむらむ もみちはちれるくちおしきかも
 一四二 紅葉ゝのにほひはしけくなりぬとも まつなしの木を手折かさゝむ
 一四三 露霜のさむきゆふへのやまかせに もみちしにけりつまなしの木は
 一四四 かりかねのきなきしことにからころも」一五たつたの山はもみちはしまる
 一四五 風ふけはもみちちりつゝしはらくも わかまつはらはきよからなくに
 一四六 いもこそはいまおきてゆけいこまやま うちこえくれはもみちゝりつゝ
 一四七 秋はきのしたはのもみちいろにいてゝ ときすきぬれは紅葉のちこひんかも
 一四八 色つきぬ在明の月もなふりこそ いもかたもともまたぬこの日は
       新拾
 一四九 くれなゐのやしほの雨は降けらし」かすかのやまの色つくみれは
 一五〇 あやしくもきなかぬかりかしらつゆの おきてあしたはさひしきものを
 一五一 わかやとのあさちふまてもいろつきぬ またこぬきみはなにのこゝろそ
 一五二 あき霧のおとろへなんとおもふかも のへにいてつゝさをしかのなく
 一五三 いもか紐とくとむすふとたつ田やま いまこそもみちはしめたりけれ
 一五四 あしひきの山田のいねはひてすとも」一六つなたにはへよもるとしるかね
 一五五 たかまつのこのみねことにかせふきて もちさかへたるあきの月かな
       続後
 一五六 秋山のこのはもいまたもみちねと けさふくかせはしもゝけぬへし
 一五七 いもをこひとこしの池のなみ間より とりのねきこゆ秋はきぬらし
       玉
 一五八 けふくれてあすにならなん神無月 しくれにまかふもみちかさゝむ」
       
    冬
     天皇たつた川のわたりに行幸有けるに、御ともにまいりて
     紅葉おもしろかりけるに、天皇の御せい
       古
 一五九 たつた川もみちみたれてなかるめり わたらはにしき中やたえなむ

    とありけるに
       古拾
 一六〇 たつた河もみちはなかる神なひの みむろのやまにしくれふるらし
       新古
 一六一 しくれの雨まなくしふれはまきのはも」一七あらそひかねて色つきにけり
 一六二 玉たすきかけぬ時なく我まちし しくれしあらはわひつゝもゆかむ
       玉
 一六三 紅葉ゝをおとすしくれのふるころは 夜さへそさむきひとりしぬれは
 一六四 おもはすにしくれの雨はふりたれは あま雲はれて月はきよきを
 一六五 君か家のともしきもみちとくはちる しくれの雨にちらささらなん
       勅
 一六六 秋田もるひたのいほりにしくれふり」わか袖ぬれぬほす人なしに
       新拾
 一六七 あま雲のよそにかりかね聞しより はたれ霜ふりさむしこのよは
       新古
 一六八 さをしかの妻とふやまのをかへなる わさ田はからし霜はをくとも
 一六九 をしてるやなには堀江のあしへには 雁ねたるらし霜のふれるに
 一七〇 いそくとも夜ふかくゆくなみちのへの こさゝかうへに霜のふれるに
       新古
 一七一 矢田の野にあさち色つくあらちやま」一八みねのあはゆきさむくそあるらし
 一七二 あさつきのみねなをくもるむへしこそ まかきのうちの雪けさえけれ
 一七三 ことならは袖さへぬれてかよふへく ふりなんゆきの空にきえゆく
 一七四 あはゆきの(は)けさはなふりそしろたへの 袖まきほさむいもゝあらなくに
 一七五 いもか家路我まとはしつひさかたの 空よりゆきのなへてふれゝは
 一七六 いといたくふらぬ雪ゆへことおほけに」あまつみ空はくもりあひつゝ

    ゆきにあひきて
 一七七 降雪の空にけぬへくおもへとも あふよしをなみとしそへにける
 一七八 ささのはにはたれふりおほひけなかくも わすれすといはゝわれもたのまむ
 一七九 霰ふりいたくもふゝきさむき夜は はたのにこよひかり人のねむ
 一八〇 あま乙女のほるの山のみねにふる 雪はきえしとつけよそのこに」一九
       続後拾
 一八一 あまとふやかりのつはさのおほひはの いつくもりてか霜のをく覧
 一八二 わかせこと朝なにいてみれは あはゆきふりぬ庭もはたらに

    蒼天
        拾
 一八三 あめのうみに雲の浪たち月のふね ほしのはやしにこきかへるみゆ

    月
 一八四 つねはさもおもはぬものをこの月の すきかくれゆくおしきよひかな」
 一八五 あすのよをてらす月影かたよりに こよひによりてよなかゝらなむ
 一八六 玉たれのこすの間とをしひとりゐて みるしるしなきゆふつくよかな
       玉 入無名
 一八七 もゝしきの大宮人のまかりいてゝ あそふこよひの月のさやけさ
 一八八 ますかゝみてる月かけの(を)しろたへの くもかくせるはあまつきりかも

    くも
 一八九 あしひきの山かはのせのなるなへに」二〇つきゆみなかく雲たちわたる
 一九〇 おほうみは島もあらなくにうなはらや たゆたふなみにたてるしら雲

    不審 続古
 一九一 わかせこかはかまのこしをそめむとて けふのこしあめに我そぬれぬる

    山
       拾
 一九二 なる神の音にのみ聞まきもくの ひはらのやまをけふみつるかな
       続古 入無名
 一九三 いにしへのことはしらねと我みても ひさしくなりぬあまのかこやま」
 一九四 おほきみのみかさの山を帯にせる 細谷川のをとのさやけさ

    千とり
 一九五 さほ川にあそふちとりのさ夜ふけて なくこゑきけはいこそねられね

    みよしの
 一九六 みな人のこひしみよしのけふみれは むへもいひけり山川きよみ
 一九七 うち河におひたるすかもかはきよみ とらてきにけりつまとせましを」二一

    つのくに
       続古
 一九八 さ夜更てほり江こくなるまつらふね かちをとたかしみをはやみかも
 一九九 いとまあらはとりにきませよすみよしの きしにおひたるこひわすれくさ

    すみよし
 二〇〇 すみよしのきしにこゝろをおきにへに よするしらなみ見つゝ思ふらん
 二〇一 すみよしの奥つしらなみ風ふけは きよれるはまをみれはきよしも」
 二〇二 夕されはかちをとすなりあまをふね おきつめかりにいつるなるへし

    たひにてよめる
       続古
 二〇三 草まくらたひにしあれはあきかせの さむきゆふへにかり啼わたる

    きのくに
       風 入無名
 二〇四 玉つしまみれともあかすいかにして つゝみもたらんみぬ人のため
       続古
 二〇五 むはたまのくろかみやまをあさこえて やましたつゆにぬれにけるかも」二二
 二〇六 さほやまにたなひく雲のたゆたひに おもふこゝろをいまそさたむる

    もろこしにまかりて雁をきゝて
       拾
 二〇七 あまとふやかりのつかひもえてしかな ならのみやこにことつてやらむ

    よしのゝ山にみゆきの時のうた
       同
 二〇八 ゆふされは秋風さむしわきも子か ときあらひきぬゆきてはやきむ
       同
 二〇九 おほなむちすくなみかみのつくれりし いもせの山をみれはともしも」
 二一〇 たひになをひもとくものをことしけみ まろねなをするなかきこよひを
 二一一 ふなかせのかたふくまてもいつまてか ころもかたしきわれひとりねむ
       拾
 二一二 いにしへにありけん人もわかことや みわのひはらにかさしおりけむ
       古
 二一三 ほのとあかしのうらの朝きりに しまかくれゆく舟をしそ思ふ

    近江よりのほるにうち河のほとにてよめる
       新古
 二一四 ものゝふの八十うち川のあしろ木に」二三いさよふなみの行ゑしらすも

    たひの歌、伊勢のみゆきのとき
       同 入無名
 二一五 神風やいせのはま荻おりしきて たひねやすらむあらき浜へに

    石見国にめをゝきてのほる時のうた
       同
 二一六 さゝのははみやまもそよにみたるめり われはいもおもふわかれきぬれは
       拾
 二一七 河のせにうつまくみれはたまもかる ちりみたれたる川のふねかも

    あふみの宮のあれたるを見て」
       同
 二一八 さゝ浪やおほつのみやは名のみして かすみたなひく宮木もりなし
 二一九 さゝなみやしかのからさきさきくあれと 大宮人のふねまちかねつ
       拾
 二二〇 おみのうらにふなのりすらんわきも子か 玉ものすそにしほみつらむか
       玉
 二二一 むこの浦のとまりなるらしいさりする あまのつりふね浪のうへにみゆ
 二二二 たちはきのたふさのすゑにいつしかと 大宮人のたまもかるらむ」二四
 二二三 しま宮のまかりのいけのはま千とり 人めをちかみおきに及はす

    いはみにて京をおもひやりて
       捨
 二二四 石見なる高津のやまの木の間より わかふるそてをいもみけんかも
 二二五 こむらさきほすりはくれぬいつくにか たまやとからんさとはらにして
 二二六 はなれ磯にたてるむろの木うたかたも ひさしきとしをすきにけるかも
 二二七 こかね山した井のしたになくとりの」こゑたにきかはなにかおもはむ
 二二八 ことしけにさとにすますはけさなきし かりにたくひていなましものを
       新古
 二二九 あまさかるひなのなかちの(を)こきくれは あかしのとよりやまとしまみゆ
       拾
 二三〇 いはしろの野中にたてるむすひ松 こゝろもとけすむかしおもへは
 二三一 もかみ山すかきせしよりこゝろありて まもりかへせるやかたおのたか
       拾
 二三二 しらなみはたてところもにかさならす」二五あかしもすまもをのかうら
 二三三 草かくれ行さをしかはみえねとも いもかあたりはみれはこひしも
 二三四 春雨にころもの色はひちつとも いもか家路の山はこえなむ
 二三五 あしたさき夕はしほむ月草の うつろふ色は人にそありける
 二三六 くたらかは河せをはやみわかせこか あしのそこにもぬれてふるかな
 二三七 たひにしてあたねするよのこひしくは」わかやとのかたにまくらせよきみ
 二三八 いにしへのふるき翁のいはひつゝ うへし小松は苔おひにけり
 二三九 朝なみすはこひなんくさまくら たひゆくきみかかへりくるまて
 二四〇 おもはすにふく秋風か旅にして ころもかすへきいもゝあらなくに
 二四一 まゆねかきまたいふかしくおもひいつる いにしへ人にあひみつるかな
 二四二 をしてるや山すけかさをゝきふるし」二六後はたれきむものならなくに
 二四三 やまたかみした行水のをとたきつ うら波みれとあかぬきみかも
 二四四 みよしのゝあきつの河の万代に たゆるときなく又かへりこむ
 二四五 千とり啼みよしの川のかはこゑの なりやむときはなきに思ふきみ
 二四六 滝のうへのみふねの山はをきなから おもひわするゝ時の間もなし」
 二四七 あらのゝにとらはあれともおほきみの しきますよひは都となりぬ
 二四八 やゝましるわか玉のをゝおほくには やまとへかともおなしとそおもふ
 二四九 わたつ海のもたるしら玉みまほしき いはうちめくりあさりするかも
 二五〇 うくひすはときなけとあつまちの 君かつかひはまてとこぬかも
 二五一 宮古路はわれもしりたりそのみちは とをくはあらすとしはふれとも」二七
       拾
 二五二ちゝわくに人はいへともをりてきむ 我はたものにしろきあさきぬ

    せんとう歌
 二五三 うちひさすみやちにありしひとつまは 
          ねたしまのおのおもふみたれてねにしよそおほき
       拾
 二五四 かのをかにはきかるおのこしかなかりそ 
          ありつゝもきみかきまさむみまくさにせむ
       同
 二五五 ますかゝみ見しかとおもふいもにあはむかも 
          玉のをのたえたるこひのしけき此比」

    かなしひ
    ひきてのうねへの身なけたる時の歌
       同
 二五六 さゝ浪やしかのてこらかまかりにし かはせのみちをみれはかなしも
       玉
 二五七 さゝなみのしかのおほわたよとむとも いにしへ人にまたあはめやは

    さるさはの池にうねへの身なけたるを
       拾
 二五八 わきも子かねくたれかみをさるさはの 池の玉藻とみるそかなしき

    ひなみのうせ給へるとき」二八
       新拾
 二五九 ひさかたのあめのふることあふきみし みこのみことのあれまくおしみ(も歟)

    さぬきのさみねの山にして、いはのうへになくなれる人をみて
 二六〇 つましあらはつみてゆかましさみやまの うへのおはらに過にけらしも
       拾
 二六一 おきつ浪よるあら磯をしきたへの 枕としてもなれるきみかも

    めのしにたるをかなしみてよめる」
       同
 二六二 家にいきてわかやをみれはしきたへの ほかにをきけるいもか手(こ歟)まくら

    かへるとしの秋月おもしろきに
       同
 二六三 去年みてし秋の月よはてらせとも あひみしいもはいやとをさかる

    あすかの女王をおさむる時によめる歌
       同
 二六四 飛鳥川しからみわたしせかませは なかるゝ水ものとけからまし

    ならの御かとをおさめたてまつりけるをみて」二九
       新古
 二六五 ひさかたのあめにしほるゝきみゆへに 月日もしらす恋わたるかも

    めにをくれて
 二六六 秋山のもみちをしけみまとひぬる いもをもとむと山ちくらしつ

    石見国にありてなくなりぬへきときにのそみて
 二六七 いもやまのいはねにをける我をかも しらすといもか待てやあらむ」
 二六八 かりやまのいはねのたかにあるわれを しらすといもか待つゝませる
 二六九 おほふねにまかちしけぬきおはかちを こきつゝわたる月人おとこ
 二七〇 神風や(の)きよきゆふへにあまのかは ふねこきわたる月ひとおとこ
 二七一 秋かせのふきにし日よりあまのかは せにいてたちて待とつけこせ

    恋」三〇
       拾
 二七二 わかせこをわかこひをれはわかやとの くさゝへおもひうらかれにけり
       同
 二七三 湊入のあしわけをふねさはりおほみ わかおもふ人にあはぬころかな
       古
 二七四 かたいともてつらぬくたまのをゝよはみ みたれやしなん人のしるへく
       同
 二七五 足ひきのやましたとよみゆく水の ときそともなくこひわたるかも
       同 入無名
 二七六 よそにのみみつゝやこひむくれなゐの」すゑつむはなの色にいてなむ
 二七七 からにしきひもときあけてゆふ人も しらぬいのちをこひつゝやあらむ
       拾
 二七八 恋て後もあはむとなくさむる こゝろしなくはいきてあらめや
 二七九 つきしあれはあくらんわきもしらすして ねてあかしゝと人みけんかも
       拾
 二八〇 こひするにしにするものにしあらませは 千たひそわれはしにかへらまし」三一
 二八一 さをしかのをかのかやふしいちしるく われはしらぬに人のしるらむ
       勅
 二八二 あしひきのやましたかせはふかねとも きみかこぬよはかねてさむしも
       拾
 二八三 とにかくにものはおもはすひたゝくみ うつ墨なはのたゝ一すちに

    たひの歌
       同 入無名
 二八四 はふりこかいはふやしろのもみち葉も しめをはこえて散といふものを」
       同
 二八五 こひてしねこひてしねとやわきも子か わか家の門をすきて行らむ
 二八六 ますらおのうつし心もわれはなし よるひるわかすこひしわたれは
       拾
 二八七 恋つゝもけふはくらしつかすみたつ あすのはる日をいかてくらさむ
 二八八 山のはをさし出る月のはつに いもをそみつるこひしきまてに
 二八九 たまゆらにきのふのくれにみしものを」三二けふもあしたにこふへきものか
       拾
 二九〇 かくはかりこひしきものとしらませは よそにそみつゝ有けるものを
       同
 二九一 恋しなはこひもしねとやたまほこの みち行人にことつてもなき
       同 郎女
 二九二 岩ねふみかさなるやまはへたてねと あはぬ日数をこひわたるかも
 二九三 つるはみのあはせのきぬのうらにせは わか袖ひめやきみかきまさぬ」

    八さいの女王のおさかへの御子に奉る歌
 二九四 敷妙の袖かへしきみたまたれの おちのすきせるきえてあらんやは
 二九五 こひしさはけなかきものをこよひたゝ ひさしかるへくあふへきものを
 二九六 ときゝぬのおもひみたれてこふれとも なそ何ゆへととふ人もなき
       新古
 二九七 あしひきの山田もる庵にをくかひの 下こかれつゝわかこふらくは
       拾
 二九八 おもふなときみはいへともあふことを」三三いつとしりてか我こひさらむ
       同
 二九九 おくやまのいはかきぬまのみこもりに こひやわたらんあふよしをなみ
 三〇〇 なにすとかいもをいとはむあきはきの そのはつはなのうれしきものを
       新古
 三〇一 秋はきのさきちる野へのゆふつゆに ぬれつゝきませ夜はふけぬとも
       拾
 三〇二 長月のありあけの月のありつゝも こひしきまさはわかこひめやは
       古
 三〇三 わきもこにあふさかやまのしのすゝき」ほにはいてすてこひわたるかな
 三〇四 あしたさきゆふへはしほむ月草の けぬへきこひも我はするかな
 三〇五 なかきよを君をこひつゝいけらすは さきて散にしはなならましを
       拾
 三〇六 秋の夜の月かもきみはくもかくれ しはしもみねはこひしかるらむ
       新古 入無名
 三〇七 君かあたりみつゝをゝらん伊駒やま くもなかくしそ雨はふるとも
 三〇八 けふの日のあか月かたになくつるの」三四おもひはあかすこひこそまされ
 三〇九 きみこふとにはにしをれはうらなひき わかくろかみに霜をきまよひ
       拾
 三一〇 すみよしのきしをたにほりまきしいねの かるほとまてもあはぬきみかな
       新古
 三一一 みかりするかりはのをのゝならしはの なれはまさらてこひそまされる
 三一二 くれなゐのあさはのゝらにかる草の つかの間もなくわすられなくに
       古
 三一三 あはぬよのふるしら雪とつもりなは」我さへともにきえぬへきかな
       拾
 三一四 あしひきのかつらき山にゐる雲の たちてもゐてもいもをしそ思ふ
       古
 三一五 風吹はなみうつきしの松なれや ねにあらはれてなきぬへらなり
       拾
 三一六 みくまのゝうらのはまゆふもゝへなる 心はおもへとたゝにあはぬかも
 三一七 このころの有明の月のありつゝも 君をはおきて待ひともなし
 三一八 よそにしてこひはしぬともいちしるく」三五色にはいてしあさかほのはな
 三一九 ことにいてゝいはゝゆゝしみあさかほの にほひゝらけるこひもするかな
       拾
 三二〇 あつさゆみ引みひかすみこすはこす こはこそをなそよそにこそみめ
       古 拾
 三二一 たらちねのおやのかふこのまゆこもり いふせくもあるかいもにあはすて
       拾
 三二二 宮木ひくいつみのそまにたつ民の やむときもなく我こふらくは
 三二三 朝霜のきえみきえすみおもへとも」いかてかこよひあかしつるかも
       拾
 三二四 ちはやふる神のいかきもこえぬへし いまはわか身のおしけくもなし
 三二五 こふる日のけなかくあれはみそのふの からあゐのはなの色にいてにけり

       拾
 三二六 みな人のかさにぬふてふありますけ ありてのゝちもあはむとそおもふ
       同
 三二七 ますかゝみ手にとりもちてあさな みれともあかぬ君にもあるかな
       同
 三二八 朝ねかみわれはけつらしうつくしき」三六人の手まくらふれてしものを
       同
 三二九 ひさかたのあまてる月もかくれ行 なにゝよそへていもをしのはむ
       同
 三三〇 三か月のさやけくもあらす雲かくれ みまくそほしきうたて此ころ
       同
 三三一 あひみてはいくひさし(さ歟)にもあらねとも とし月のことおもほゆるかな
       同
 三三二 たのめつゝこぬよあまたに成ぬれは またしと思ふそ待にまされる」








       同
 三三三 あしひきの山鳥の尾のしたり尾の なかしよをひとりかもねむ
       同
 三三四 かすかやま雲ゐかくれてとをけれと 家はおもはすいもをしそおもふ
       同
 三三五 むは玉のこよひなあけそあけゆかは あさゆく君をまつくるしきに
       同
 三三六 わかせこをきませの山と人はいへと きみもきまさぬやまの名ならし
       同
 三三七 難波人あし火たく屋はすゝたれと」三七をのかつまこそとこめつらなれ
       続古
 三三八 この山のみねにちかしとわかみつる 月の空なるこひもするかな
       拾
 三三九 三しま江の玉江のあしをしめしより おのかとそ思ふいまたからねと
       同
 三四〇 久かたのあめにはきぬをあやしくも わかころも手のひるときもなき
       同
 三四一 浪間よりみゆるこしまの浜ひさき ひさしくなりぬきみにあはすて」
       新古
 三四二 夏草のつゆわけころもきもせぬに なとわか袖のかはくときなき
       同
 三四三 夏野ゆくをしかのつのゝつかの間も わすれすおもへいもかこゝろを
       勅
 三四四 夕されはきみきまさむとまちしよの なこりそ今もいねかてにする
 三四五 いもかゝみあけをさゝのゝはなれこま たはれにけらしあはぬ思ひは
 三四六 月草にころもそ染る君かため 
        いろとりかはのみかけとおもへ(ひ)は(て)」三八
 三四七 わきもこはころもならなむあきかせに(の) 
          さむきこの比したにきましを
 三四八 我こゝろゆたにたゆたにうきぬれは へにもおきにもよらんかたなし
       拾
 三四九 やまたかみ夕日かくれのあさちはら 
          のちみんための(に)しめゆはましを
       同
 三五〇 杉板もてふける板間のあはさらは いかにせんとかあひみそめけむ
       新古
 三五一 さをしかのいるのゝすゝきはつおはな いつしかいもか手枕にせむ」
 三五二 藤のはなさきてちりにきあきはきも さきて散にき君まちかねてに
       勅 入無名
 三五三 さくらあさのおふのした草つゆしあらは あかしてゆかむおやはしるとも
 三五四 三輪の山やましたとよみ行水の 身をしたえすはのちもわかつま
       拾
 三五五 あらちおのかるやのさきにたつ鹿の(も歟) 
          いとわかことくものはおもはし
       同
 三五六 ちはやふる神のたもてるいのちをも 
          たかためにかはなかくと思はむ」三九
 三五七 久かたのあまてる月の雲間にも きみをわすれて我おもはなくに
 三五八 いゑの井のたまわけさとにいもをゝきて こひやわたらむなかきはる日を
 三五九 あま雲を千重にかきわけあまくたる ひとも何せむいもかあはすは
 三六〇 ことたえてい(本マヽ)まはこしとおもへとも 
          せきあへぬこゝろなをこひにいる
 三六一 あつさ弓引はりもちてゆるさぬに わかおもふこゝろきみはしらすや」
       玉
 三六二 今もおもひ後もわすれしかりこもの みたれてのみそわか恋まさる
 三六三 打なひき人もねつれはますかゝみ とると夢にみつ我こひまさる
       新拾
 三六四 あひおもはぬいもは何せんむは玉の ひと夜もゆめにみえもこなくに
 三六五 夏草のしけきわかこひすみよしの きしのしらなみ千重につもりぬ
 三六六 さかきにもてはふるなるをうつたへに 人つまなれはこひぬ物かも」四〇
 三六七 しまつたふはやひと舟のなみたかみ ひとよゝとますたえんとおもふな
 三六八 ひとりゐて思なみたれあまくもの たゆたふこゝろわかおもはなくに
 三六九 わかせこか家をたのみてあしひきの やますけかさをとらてきにける
 三七〇 いもみては月もへたてすいそのさき みちなきこひもわれはするかな
 三七一 ゆふされは野へに啼てふかほとりの かほにみえつゝわすられなくに」
 三七二 ほとゝきすなくさほやまの松のねの ねもえたみまくほしき君かな
 三七三 みくまのにたつあさ霧のたえすして われはあひみんたえんとおもふな
 三七四 のちつゐに君をみむとてうちなひき わかくろかみにゆきのふるまて
 三七五 けふときみをまつよの更ぬれは なかきこゝろをおもひかねつる
 三七六 雨ふるによはふけにけりいま更に きみまさめやはたれかきてねむ」四一
 三七七 たつた山みねのしら雪たゆたひに おもひしやれはまつそすへなき
       続後
 三七八 かくてしも恋しわたれはたまきはる いのちもしらすとしはへにけり
 三七九 つくも河たゆるときなくおもふには ひとひもいもをしのひかねつゝ
 三八〇 かくこひむものとしりせはあつさゆみ すゑのなかころあひみてましを
       玉
 三八一 かさゝきのはねに霜ふりさむきよを ひとりそねぬる君をまちかね」
       新古
 三八二 磯上ふるのわさ田のほにいてす こゝろのうちに恋やわたらむ
 三八三 わかこふる心をしらてのちつゐに かゝるこひにもあはさらめやは
 三八四 あさみつむはるのゝつゆのをきそめて しはしもみねはこひしきものを
 三八五 青柳のしけりにたちてまとふとも いもとむすひしひもとけめやは
 三八六 山こえてとをくいにしをいかてかは このやまこえて夢にみえけん」四二
 三八七 たらちめのはらからはなれかくはかり わひしきこひはいまたせなくに
 三八八 いつとても恋せぬときはなけれとも 
          ゆふさる(本マヽ)るまはこひしきはなし
 三八九 わか後にむまれむ人はわかことく こひせんみちにあひあふなゆめ
 三九〇 よしやよしこさらんきみをいかゝせむ いとはぬわれは恋つゝをらむ
 三九一 君をわれみまくほしきはこのふた夜 とし月のことおもほゆるかな」
 三九二 秋かせにちるもみち葉のしはらくも ちりなみたりそ君かあたりみむ
 三九三 むらさきににほへるいもかかくしあらは ひともとゆへにわかこひめやは
       勅
 三九四 玉ほこのみちゆきつかれいなむしろ 敷てもきみをみるよしもかな
       拾
 三九五 あま雲の八重雲かくれなる神の 音にのみやはこひわたりなむ
 三九六 月草にころもそゝむる君かため いろの若葉のかけとおもひて」四三
 三九七 猶あへとことなしくさにいふことを きゝてしゝらはうれしからまし
       古
 三九八 つき草にころもはすらんあさつゆの(に) ぬれてのゝちはうつろひぬとも
       拾
 三九九 ゆふかけていのるみむろの神さひて いもにはあはす人めおほみそ
 四〇〇 もゝへなるやそのしまへをこくふねに のりにしこゝろわすれかねつも
 四〇一 しほさゐにいつものうらにこくふねに いもぬるらんかあらき磯辺に」
 四〇二 紅葉ゝのちりぬるなへにたまつさの つかひをみれはつかひおもほゆ
 四〇三 あ(わきも或本)めの子かすゝしのゝへのあはむ日を 
          おほのみしかは今そこひしき
       拾
 四〇四 人ことは夏野ゝ草のしけくとも いもとわれとしたつさはりなは
 四〇五 このころのこひのしけくは夏草の かりそくれともをひしくかこと
 四〇六 かけてのみこふれはくるしなてしこの 
          はなにさかなんあさなみむ」四四
       拾
 四〇七 みな月のつちさへさけててる日にも わか袖ひめやいもにあはすて
       新古
 四〇八 秋かせにやまとひこゆるかりかねの いやとをさかり雲かくれつゝ
       同
 四〇九 かきほなる荻のはさやきふくかせの ふくなるなへに雁そなくなる
       拾
 四一〇 秋かせのさむく吹なるわかやとの あさちかもとに日くらしのなく
       勅
 四一一 このころのあきかせさむみはきのはな ちらすしらつゆをきにけらしも」
 四一二 たまたすきかけぬときなく我こふる しくれしふらは行つゝもみむ
       拾
 四一三 秋の田のほのうへにをけるしらつゆの けぬへくわれはおもほゆるかな
 四一四 あきの田のかりほにつくる庵して まつらんきみをみるよしもかな
 四一五 秋はきのえたもとをゝにをくつゆの きえもしなましこひつゝあらは
 四一六 さもこそは身はこゝろにもあらさらめ 
          身さへこゝろにたかふなりけり」四五
       拾
 四一七 みなそこにおふるたまものうちなひき こゝろをよせてこふるころかな
       同
 四一八 あしひきの山よりいつる月まつと 人にはいひて君をこそまて
       同
 四一九 なるかみのしはしくもりてさしくもり 雨もふらなむきみとまるへく

    伊勢のみゆきに京にまかりとまりて
 四二〇 あすのうみに花のかすらんわきも子か 
          玉(本マヽ)のすそになみやよすらむ
       拾
 四二一 あしひきの山路もしらすしらかしの 枝にも葉にも雪のふれゝは
 四二二 たまかつらよはふけきつゝさぬる夜は としのまれよにたゝひと夜のみ
 四二三 くさまくらたひにものおもふわかきけは ゆふかけつけて鳴かはつかも
 四二四 うちひさすみやちに人はおほかれと わかおもふ人はたゝひとりなり
 四二五 あら玉のとしはふれともわかこふる あとなきこひのやまぬかなしさ
 四二六 ゆきゆけとあはぬものゆへひさかたの」四六
          あまつゆしもにうかひぬるかな
 四二七 恋しきにこゝろをやれとゆかれぬは やまを川をもしらぬなりけり
       拾
 四二八 山しなの木幡のさとにむまはあれと かちよりそゆく君をおもへは
 四二九 水のうへにかすかくかことわかいのち 君にあはむとうけひつるかな
 四三〇 我ゆへにいはるゝいもかたかきやま みねのしら雲すきにけんかも
 四三一 むはたまのくろかみやまのやまくさに」こし雨ふりしきますそおもふ
 四三二 わかいもゝ我をおもはゝますかゝみ とり(か)ても月のかけをみさらん
 四三三 あかつきにさすつけくしのふるけれと なにそも君かみれとあかぬかも
       拾
 四三四 玉ほこのみちゆきふりにうらなへは いもにあひぬとわれにつけつる
 四三五 しきたへのまくらをしきてねすおもふ 人はのちにもあひなんものを
 四三六 誰かこのやとにきてとふたらちねの」四七
         おやにいはれてものおもふわれを
 四三七 さぬるよはちよもありともわかせこか おもひくゆへきこゝろはもたす
 四三八 おほよそはたれかみんにかむはたまの わかくろかみをけつりておらむ
 四三九 ひとりぬるとこくちめやはあやむしろ をになるまてに君をしのはむ
 四四〇 たそかれととはゝこたへんすへをなみ 君かつかひをかへしつるかな
       続古
 四四一 いもこふとわかなくなみたしきたへの」まくらとをりてそてそひちぬる
 四四二 たちておもひゐてもそなけくくれなゐの あかものすそを引しすかたを
 四四三 思ふことあまるかたにはかひもなし いてゝそゆきしその門をみよ
 四四四 夢をみてなをかくはかりこふるわれ うつゝにあはゝましていかにそ
 四四五 あひみてはおりてかくるゝものからに つねにみまくのほしききみかな
 四四六 きのふより今こそよなれわきも子か」四八いかはかりかもみまくほしかも
 四四七 むは玉のいもか黒かみこよひもや わかなき床になひきてぬらん
 四四八 色にいてゝこひは人みなしりぬへし こゝろのうちのかくれつまはも
 四四九 あひみてはこひなくさむとひとはいへと みてのゝちこそこひまさりけれ
 四五〇 いつはりもにつきてそするいつよりか みぬ人ゆへに恋にしにする
 四五一 恋しなん後はなにせむわかいのち」いきたる日こそみまくほしけれ
 四五二 しきたへのまくらうこきていねられす ものおもふこよひはやくあけなむ
 四五三 夢にたになとかはみえぬみえねとも われかもまとふこひのしけさに
 四五四 なくさむる心もなきにかくてのみ こひやわたらん月日かさねて
 四五五 いかにしてわするゝものそわかせこに こひはまされとわすられなくに
 四五六 かひもなきこひもするかなゆふされは」四九人の手まくらねぬひものゆへ
 四五七 もゝ夜しも千よしもいきてあらめやは わかおもふいもをゝきてなけかむ
 四五八 玉ほこのみちゆきふりにおもはすはに いもをあひみてなけくころかな
 四五九 いもか袖わかれし日よりひさかたの ころもかたしきこひつゝそぬる
       続古
 四六〇 むは玉のわかくろかみをなきぬらし おもひみたれてこひわたるかな
 四六一 今さらにきみか手枕さためゝや」わかひものをのとくともなしに
 四六二 おほはらのあらのゝにわかいもをゝきて いねこそかねつ夢にみゆれは
 四六三 ゆふけにも夢にもみえよこよひたに こさらん人をいつとかまたむ
       新千
 四六四 敷妙のまくらかさねてきみと我 ぬるとはなしに年そへにける
 四六五 山さとのまきの板戸のをとはやみ きみかあたりの霜のうへにねん
 四六六 足引のやまさくら戸をあけをきて」五〇わかまつきみをたれかとゝむる
 四六七 月きよみいもにあはむとたゝちから われはくれともよそ更にける
 四六八 あさかけにわかみはなりぬからころも たもとのあはてさひしくなれは
 四六九 すりころもきると夢にみつうつゝには たかことのはかしけくあるへき
       続古
 四七〇 しかのあまのしほたれころもなるれとも 恋てふものはわすれかねつも
 四七一 さとゝをみこひわひにけりますかゝみ」おもかけさらす夢にみゆれは
 四七二 たちのをのおひに尺さすますらおも 恋てふものはわすれかねつも
 四七三 ときもりかうちなすつゝみかそふれは 時にはなりぬあはさるあやし
 四七四 ともし火のかけにかうかふうつせみの いもかゑみかほおもかけにみゆ
       続後拾
 四七五 おはたゝやいたゝのはしのくつれなは けたよりゆかむこふるわきも子
 四七六 君こふとぬれとねられぬつとめては」五一たかのるむまのあしをとかする
 四七七 くれなゐのすそひくみちを中にをきて きみやきまさむわれや行へき
 四七八 まのゝ池のこすけのかさをぬはすして 人のとを名をたつへきものか
       続後
 四七九 わきもこか袖をたのみてまのゝうらの こすけのかさをとらてきにける
 四八〇 山たかみたにへにはへるたまかつら たゆるときなくみるよしもかな
       続後拾
 四八一 いきのをにおもへはくるしたまのをの」たえてみたれん人はしるとも
 四八二 玉の緒のくりよせつゝもあはさらは 我おなしをにあはむとそおもふ
 四八三 伊勢のあまの朝な夕なにかつくてふ あはひのかいのかた思ひして
       新千
 四八四 おもへともおもひもかねつあしひきの やまとりの尾のなかきこよひを
 四八五 わきも子をこふるにあらんおきにすむ かものうきねのやすけくもなし
       新勅 読人不知
 四八六 明ぬとて千とりしはなくしきたへの」五二きみか手枕いまたあかなくに
       続千
 四八七 おくやまのこのはかくれてゆく水の をときゝしよりつねにわすれす
 四八八 かせふかぬうらに波たちなき名をは 我うへにたつあふとはなしに
 四八九 まゆねかきはなひんときもまためやは いつしかみんととひくるわれを
 四九〇 わきも子にこひてかひなきしろたへの 袖かへしては夢にみえつゝ
 四九一 わかせこかたもとかへせるよるのゆめに」まさしくいもか逢かことくに
 四九二 をしてるや山すけかさをゝきふるし 後はたれきむものならなくに
 四九三 くれなゐの花しありせはころも手に そめつけんとて行へくそおもふ
 四九四 川上にあらふわかなのなかれても きみかあたりのせにこそよらめ
 四九五 もゝしきの大宮人はたまほこの みちもいてぬにこふるころかな
 四九六 さをしかのなくらん山をこえさらむ」五三ひたにや君かあはしとはする
       続後
 四九七 いそのうへにおひたるあしの名をおしみ 人にしられて恋つゝそふる
 四九八 わきも子かきすてふりぬるわかころも けかれふりなはこひやしぬへき
 四九九 冬こもり春さくはなを手にとりて 千かへりうらみ恋もするかな
 五〇〇 はる山のかすみにまよふうくひすも われにまさりてものはおもはし
 五〇一 わきも子かあさけのかほのをよくみすは」けふのあひたをこひくらしつる
 五〇二 さきてちる梅かしつえにをくつゆの けぬへくいもをこふるころかな
 五〇三 あさかすみかひやかしたに鳴かはつ こゑたにきかはわか恋めやはも
 五〇四 さくらはなとき過ぬれはとわかこふる こゝろのうちのへんときもなし
 五〇五 やまふきのにほへるいもかはやす色の あかものすかた夢にみえつゝ
 五〇六 秋のゝのおはなかすゑのうちなひき」五四こゝろもいもにわれよするかも
 五〇七 秋山に霜ふりをきてこのはちる としは行ともわれわすれめや
 五〇八 もみちはににほへるころもわれはきし 君かまつちはよるもきゝかね
 五〇九 わかやとにいまさくはなはをみなへし さらぬ色にはなをこひにけり
 五一〇 萩のはなにほふをみれは君にあはぬ まのひさしくも成にけるかな
       新古
 五一一 あきされはかり人こゆるたつたやま」たちてもゐても君をしそおもふ
 五一二 秋の田をつとにをしおりをけるつゆ きえもしなまし君にあはすは
 五一三 ますらおのこゝろはなくてあきの田の こひにははなをみつゝありなむ
 五一四 わか袖にふりつむ雪のなかれいてゝ いもか袂に今もふりつまむ
 五一五 夢のこときみにあひみてかきくらし 降くる雪のけぬへくそおもふ
 五一六 ひとめみし人はこふらくかきくらし」五五ふりくるゆきのきえそかへれる
 五一七 かきくもり降くるゆきのきえぬとも きみにあはんとなからへわたる
 五一八 むめのはなうちもみられすふるゆきの いちしるくしもつかひなやりそ
 五一九 ひとりしてものをおもふかすへなさに いけともいもかあふときもなし
 五二〇 うちのうみにつりするあまのふねにのり のりにしこゝろつねにわすれす
 五二一 今更にいもにあはてやはるかすみ」たなひくの(山イ)への花にちりなむ
 五二二 あひみすてとしそへにけるあやしくも いもはこひすて恋わたるかな
 五二三 芦鴨のいりてなくねのしらすけの しらすやいもをかくこひんとは
 五二四 ころもてもさしかへつへくちかけれと 人めをおほみこひつゝそをる
 五二五 つゆくさのかりなるいのちあるものを いかにしりてか後にあはむ君
 五二六 さをしかのふす草むらの見えねとも」五六いもかあたりをゆかはかなしも
       拾
 五二七 よそにありて雲井にみゆるいもか家に はやくいたらんあゆめくろこま
 五二八 たけとあまりたらねとなかきいもかかみ 此ころみねはあけつてんかも
 五二九 山草のしらつゆおほみそてにふる こゝろふかくてわかこひやます
 五三〇 よならへて君をきませとちはやふる 神のこゝろをねかぬ日はなし
 五三一 ゆふつくよあか月かたのあさかけに」わか身はなりぬいもをおもひかね
       玉 赤人
 五三二 ま袖もてゆかうちはらひきみまつと をりつるほとに月かたふきぬ
       新千
 五三三 君かすむみかさのやまにゐる雲の たてはわかるゝこひもするかな
 五三四 ゆふけとふわか袖にをくつゆをゝもみ いもにみせんととれはきえつゝ
 五三五 待わひてうちへはいらししろたへの わかころもてにつゆはをくとも
 五三六 朝露のきえみきえすみおもひつゝ」五七またこまかへしきみをこそみめ
 五三七 あしひきの山鳥の尾のひとめをは ひとめみしこをこふへきものか
 五三八 いもか名もわか名もたてはせしとこそ ふしのたかねももえつゝわたれ
 五三九 白波のうちよるかたのあら磯に あらましものをこひつゝあらすは
 五四〇 おほとものみつのしら浪いもをなを こふらく人のしらてひさしく
 五四一 おほ舟のたゆたふうらにいかりおろし」いかにしてかもわか恋やまむ
 五四二 みさこゐるおきのあら磯にたつ浪の 行ゑもしらすわか恋しさは
 五四三 おほふねのおきにもへにもゐるなみの よるへもわれは君かまに
 五四四 中に君かあはすはまきのうらの あまならましを玉もかりつゝ
       拾 郎女
 五四五 すゝきとるあまのたくひのほのにたに みぬ人ゆへにこふるころかな
 五四六 むまやちにひきふねわたしたゝのりに」五八
          いもかこゝろにのりてふるかも
 五四七 わかやとのほたてふたからつみはやし みになるまてに君をこそまて
 五四八 わかこひのこともかたらんなくさむる 君かつかひをまちやかねてむ
 五四九 うつゝにはあふよしもなしゆめにたに まなくみんきみ恋にしぬへし
 五五〇 こむといへはたゝにたやすしちいさくも 心のうちにわかおもはなくに
 五五一 おもひいてゝねにはなくともいちしるく」人のしるへくなけきすなゆめ
 五五二 白妙の袖かけしよりたまたれの おそのすかさる又もあはぬに
 五五三 をくるまのにしきのひもをとけんかも われをしのはゝわれもおもはむ
 五五四 忍ふへしむすひもあへすをくるまの にしきのひもをよひことに

    かへし
       続古、有允恭 天皇御歌、如何
 五五五 をくるまのにしきのひもをときそめて あまたはねすみたゝ一夜のみ」五九
 五五六 あらかふにしゐてもきみかぬれきぬか きたりそやなそたゝひとよのみ

    名たちける女の十首よみてをくりける
 五五七 しほころもあまのみかとそおもひける うきよにふれはきぬ人もなし
       拾
 五五八 なき名のみいはれの池のみきはかな よにもあらしのかせもふかなむ
 五五九 ぬれきぬをほすさをしかのこゑきけは いつしかひよと啼にそありける
 五六〇 たこの浦のあまのぬれきぬきたれとも」ほしきにものはいはすもあるかな
       拾
 五六一 吹風のしたのちりにもあらなくに さもたちやすきわかなき名かな
 五六二 ほしわひし人をそきゝしぬれころも わか身になしていまそかなしき
       古
 五六三 みちのくにありといふなる名とり川 なき名とりてはくるしかりけり
 五六四 わたりぬる身にこそ有けれなとり河 人のふちせとおもひけるかな
 五六五 なき名たつみのきるものはぬれころも」六〇
          いくかさねとそかきらさりける
 五六六 しつのをにかけてとゝめよおほかたは たかたてそめしなき名ならねは

    返し十首
 五六七 我やにもきみかきるなるぬれきぬを よにもあらしのかせもふかなむ
       続後拾
 五六八 おなし名をたちとしたらねはぬれころも きてをならさむうらふるゝまて
       拾
 五六九 なき名のみたつの市とはさはけとも いさまた人をうるよしもなし」
 五七〇 おりたゝぬほとはかりをや名とりかは わたらぬ人もなにならなくに
 五七一 夢ならてあふことかたききみゆへに われもたつ名をたゝにやはきく
 五七二 あちきなく名をのみたてゝからころも みにもならさてやまむとやきみ
 五七三 君をわれいくたのうらのいくたひか うき名をたてゝおもひしものを
       拾
 五七四 竹のはにをきゐる露のまろひあひて 
          ぬるとはなしにたつわか名かな」六一
 五七五 なきたむるなみたの川のうきぬなは くるしや人にあはてたつ名は
 五七六 君といへは何かなき名のおしからむ よそへてきくもうれしきものを
 五七七 うつくしと思ひしいもをゆめにみて おきてさくるになきそかなしき

    柿本人丸あからさまに京ちかき所に、しはすの廿よ日くたりけるを、とう
    のほらんとおもひけれと、いさゝかにさはる事ありてえのほらぬに、正月
    さへふたつある」としにて、いとゝ春なかきこゝちしてなくさめかねて、
    このよにあるくにをよみける、これなむゐ中にまかりたりつるつとと
    て、あるやむことなき所にたてまつりけるとなむ


   五畿内

    やましろ
 五七八 うちはへてあなかせさむの冬のよや ましろに霜のをけるあさみち

    やまと」六二
       続古
 五七九 ふるみちにわれやまとはむいにしへの 野中のくさもしけりあひにけり

    かうち
       新後拾
 五八〇 朝またきわかうちこゆるたつたやま ふかくもみゆる松のみとりか

    いつみ
 五八一 あまならてうみのこゝろをしらぬかな いつみつしほにみるめからなん

    つのくに
       新古
 五八二 あしかものさはく入江のみつのえの」よにすみかたきわか身なりけり


   東海道十五ヶ国

    伊賀
       続古
 五八三 ちりぬともいかてかしらむやまさくら はるのかすみのたちしかくせは

    いせ
       新続
 五八四 二葉よりひきこそうへめみる人の おいせぬものとまつをきくにも

    しまのくに
 五八五 山川のいしまを分てゆくみつは」六三ふかきこゝろもあらしとそおもふ

    おはり
 五八六 春たてはむめのはなかさうくひすの なにをはりにてぬひとゝむらむ

    みかは
 五八七 あた人のことにつくへきわかみかは しらてや人のこひんといふらむ

    とをたあふみ
 五八八 ひねもすにとをたあふみにたねまきて かへるたをさはくるしかるらむ」

    するか
 五八九 ふしのねのたえぬおもひをするからに ときはにもゆる身とそなりぬる

    伊豆
       続古
 五九〇 あふことをいつしかとのみまつしまの かはらす人をこひわたるかな

    かひ
 五九一 すまのうらのつるのかひこのあるときは これか千世へんものとやはみる

    さかみ」六四
 五九二 あしからのさかみにゆかむ玉くしけ はこねのやまのあけんあしたに

    むさし
 五九三 しほりせんさして尋ねよあしひきの やまのをちにてあとはとゝめむ

    安房
 五九四 春の田のなはしろところつくるとて あはけふよりそせきはしめつる

    かんつふさ
 五九五 とめゆかむつふさにあはとみえすとも」しかのはかりはしるといふなり

    しもつふさ
 五九六 木すゑしもひらけさりつるさくらはな しもつふさこそ先はさきけれ

    ひたち
 五九七 いつしかとおもひたちにしはるかすみ 君かみやまにかゝらさらめや


   東山道八ヶ国

    あふみ
 五九八 なかれあふみなとの水のむもふれは」六五かたへもしもはむまきなりけり

    美濃
 五九九 わたつうみのおきにこちかせたかゝらし かのこまたらに浪たかくみゆ

    ひた
 六〇〇 さしてゆくみかさのやましとをけれは いまはひたけぬあすそいたらむ

    しなの
 六〇一 あたなりといひさめられしぬれきぬは ひしなのみこそたちまさるらめ」

    かんつけ
       続千
 六〇二 音にきくよしのゝさくらみにゆかむ つけよやまもり花のさかりは

    しもつけ
       続後拾
 六〇三 春きぬと人しもつけすあふさかの ゆふつけとりもこゑにこそしれ

    むつのくに
 六〇四 いつかおひむつのくにあしをみるほとは 
          なにはのうらの名のみとそおもふ

    いては」六六
       続古
 六〇五 ゆふやみはあなおほつかな月かけの いてはやはなの色もまさらむ


   北陸道七ヶ国

    わかさ
 六〇六 はるたてはわかさゝ水につむせりの ねふかく人をおもひぬるかな

    ゑちせむ
 六〇七 志賀山をこえゆく人のつくしつえ ちせんわたすと聞はまことか

    加賀」
 六〇八 おのかゝのありけるものをはなといへは ひとつにほひとおもひけるかな

    能登
       続後
 六〇九 さけはかつ散ぬるやまのはなさくら こゝろのとかにおもひけるかな

    ゑちう
 六一〇 花のすゑちうにまさりてにほひせは それをそ人は折てとらまし

    ゑちこ
 六一一 人にゝすさかなきおやのこゝろゆへ」六七ちこさへにくゝおもほゆるかな

    さと
 六一二 あつまちのもろこしさとにをりてたつ きぬをやからのころもといふらん


   山陰道

    たには
 六一三 春雨によには水こそまさるらし たにはたきえは音たかくなる

    たにこ
 六一四 たのむへきわれたにこゝろつらからは」ふかきやまにもいらんとそおもふ

    たちま
       続後
 六一五 春かすみたちまふやまはとみえつるは このもかのものさくらなりけり

    いなは
 六一六 うくひすのこゑをほのかにうちなきて いなはいつれのやまにたつねん

    はゝき
       続古
 六一七 山のはゝきよくみゆれとあまのはら たゝよふ雲の月やかくさむ」六八

    いはみ
 六一八 よとゝもに浪なれいそのいはみれは かたくそかはく時はありける

    おき
       新続
 六一九 草のはにをきゐるつゆのきえぬまは たまかとみゆることのはかなさ

    いつも
 六二〇 あともなくけさふる雪のあさまたい つもるときくは空ことかきみ


   山陽道八ヶ国」

    はりま
 六二一 立かはります田のいけのうきぬなは くれともたえぬものにそありける

    みまさか
 六二二 君かみまさかなくつねにはなれつゝ わかはなそのにふみしたくめり

    ひせ
 六二三 ときは山ふたはのまつのとしをへて 
          くひせにならんときをみ(こそまて)てしな

    ひちう」六九
 六二四 袂ひちうきて身さへそなかれつる わりなきこひのあはぬなみたに

    ひこ
 六二五 ひころへてみれともあかぬさくらはな かせのさそはむことのねたさよ

    あき
 六二六 うくひすのあきてたちぬる花のかを かせのたよりにわれはしるかな

    すはう
 六二七 水鳥のたちゐてさはくみつのすは」うかへるふねにうきていにける

    なかと
 六二八 うみのなかとには(に)いりてかつくあまも 
          人にはあはひともしかりけり


   南海道

    きのくに
       新拾
 六二九 あさみとりのへのあをやきいてゝみむ いとをふきくるかせはありやと

    あはち
 六三〇 我ちかふことをまことゝおもはすは」七〇あはちはやふる神にとへきみ

    阿波
 六三一 こすゑのみあはとみえつゝはゝ木ゝの もとをもとよりしる人そなき

    さぬき
 六三二 われはけさぬきてかへりつからころも よの間といひしことをわすれて

    伊与
 六三三 はかなしや風にまかへるくものゐよ こゝろほそくて空にわたれる」

    とさ
 六三四 みなとさるふねこそけさはあやしけれ 日たけは風のふきてかへすに


   西海道十一ヶ国
 
    ちくせ
 六三五 かたみちゝくせにつくれといひやらむ まきしわかなもおいはつむへく

   (一行分空白)

    ひせん
       続古
 六三六 人をこひせめてなみたのこほるれは」七一こなたかなたの袖そぬれける

    ひこ
       同
 六三七 たれしかも我をこふらん下ひもの むすひもあへすとくるこゝろは

    ふうせ
 六三八 春のゝにきのふうせにしわか駒を いつれのかたにさしてもとめむ

    ふこ
 六三九 花にてふこゝにてつねにむつれなむ のとけからねはみる人もなし」

    ひうか
 六四〇 あはぬこひうかりけりとそおもひぬる 身をはこかせよとしるしなけれは

    おほすみ
 六四一 我やとのおほすみやまのいかなれは あきをしらすてときはなるらむ

    さつま
 六四二 春のゝのはなをくさつまむとて さもかたみをもつくりつるかな

    ゆき」七二
       続千
 六四三 ゆきかへる雲井にみちもなきものを いかてかかりのまとはさるらむ

    つしま
       新後拾
 六四四 山きはに水しまさらはみなかみに つもる木のははをとしはつらむ

私家集大成第一巻 4 人麿Ⅲ・柿本人麿集[冷泉家時雨亭叢書『素寂本私家集西山本私家集』】766首

   写本云
  寛元三年八月五日以或
  所御本書了 此書一
  本書也
  歌都合七百六十首
      尤可秘ヽヽ」
 
 柿本人麿集上(扉)
  春部
  早春  若菜  月
  雪   霞   風
  雨   露   遊糸
  川   梅   柳
  桜   款冬  野望
  鶯   喚子鳥」一


    早春
十(\)
   一 イマサラニユキフラメヤハ(モカケロフノ)シラクモノ 
          タ(モユルハルヘト)ナヒクハルトナリニシモノヲ
十(\)
   二 カセマセニユキハフリ(レトモ)ツヽシカスカニ カスミタナヒク(キ)ハルハキニケリ
    春歌
十(\)
   三 イニシヘノ人ノウヘケンスキノ(カ)エニ カスミタナヒクハルハキヌラシ
    春歌
十(\)
   四 ヒサカタノアマノカコヤマコノク(ユフヘ)レニ カスミタナヒクハルタツラシモ
    若菜
   五 ○アスカ(ヨリ)ラハワカナツマセンカタヲカノ」 アシタノハラハケサ(フ)ソヤクメル
十(\)
   六 キミカタメヤマタノサハニヱクツムト ユキケノミツニモノスソヌラス

    月
    詠月
十(\)
   七 アサカスミハルヒノクレハコノマヨリ ウツロフ月ヲイツシ(カマツヘキ)カマタン
  ツキヲヱイス
十(\)
   八 ハルカスミタナヒクケフノユフツクヨ キヨクテルランタカマツノヽニ
    詠月
十(\)
   九 ハルサレハコカクレオホキユフツクヨ オホツカナシモ山カケニシテ
    雪
十(\)
  一〇 ムメノハナフリオホフ雪ヲツヽミモテ キミニミセムトヽレハキエツヽ」二
十(\)
  一一 ムメノ花サキチリスキヌシカスカニ シラユキニハニフリカサネツヽ
十(\)
  一二 ミネノウヘニフリヲケルユキモカセノトモ コヽニチルラシハルニハアレトモ
十(\)
  一三 ウチナヒキハルサリクレハシカスカニ アマクモキリアヒユキハフリツヽ
    霞
    カスミヲヱイス
十(\)
  一四 キノフコソトシハクレシカハルカスミ カスカノ山ニハヤタチニケリ
  一五 キノフコソツキハスキシカイツノマニ ハルノカスミ(ノ(ハ))タチニケルカモ
    詠霞
十(\)
  一六 冬スキテハルハキヌラシアサヒサス カスカノ山ニカスミタナヒク
  一七 コヽニシテカスカノ山ヲミワタセハ」コマツノエタニカスミタナヒク
    詠霞
    ヤマタカミフルユキト云哥ノカヘシ
十(\)
  一八 ウクヒスノハルニナルラシカスカ山 カスミタナヒクヨメニミレトモ
    霞
十(\)
  一九 カケロフノユフサレ(リ)クレテ(ハ)サツ人ノ ユツキカタケニカスミタナヒク
    春歌
十(\)
  二〇 コラカテヲマキムク山ニハルサレハ コノハシノキテカスミタナヒク
十(\)
  二一 ケサユキテアスハコムトイヒ(フ)シカスカニ アサマツヤマニカスミタナヒク
十(\)
  二二 コラカル(ナ)ニツケノヨロシキアサツマノ」三カタヤマキシニカスミタナヒク
    風
十(\)
  二三 ワカヽサスヤナキノイトヲフキミタル カセニカイモカムメカ(ノ)チルラン
    雨
    アメヲヱイス
十(\)
  二四 ハルサ(ノア)メニアリケルモノヲタチカクレ イモカイツ(ヘ)チニケフハクラシツ
    露
    詠露

  二五 イモカタメホツエノムメヲタヲルトハ シツエノツユニヌレニケルカナ
    遊糸

  二六 イマサラニユキフラメヤモカケロフ(ヒ)ノ モユルハルヘトナリニシモノヲ
    河」
    詠川
十(\)
  二七 イマユキテキクシノハ(ニ)モカアスカヽハ ハルサメフリテ(シ)タキツセノヲトヲ
    梅

  二八 ユキハサムミサキハヒラケテムメノハナ ヨシコノコロハサテモアルカネ
  二九 ○ムメノハナソレトモミエスヒサカタノ アマキルユキノナヘテフレヽハ
    詠花
十(\)
  三〇 ユキミレハイマタフユナリシカスカニ ハルカスミタチムメハチリツヽ
    詠花

  三一 ムメノハナマツサクエタヲタヲリテハ イトヽナツケテヨソヘテンカモ
十(\)
  三二 ハルサレハチラマクオシキムメノハナ シハシ(ハ)サカスフヽミテモカモ」四
  三三 ○ムメノハナサキテチルトハシラヌカモ イマヽテイテヽイモニアヒミヌ

  三四 タカソノヽムメニカアリケンコタカクモ サケルモミヘテワカオモフマテニ
十(\)
  三五 コマナヘテタカキヤマヘヲシロタヘニ ニホハシタルハムメノハナカモ
    詠花
十(\)
  三六 ウツタヘニトリハマ(ハマネト)ナネトシメハヘヨ(テ) 
          モヽ(ル)マテホシキムメノハナカナ(モ)
    詠花
十(\)
  三七 トシコトニムメハサケトモウツセミノ ヨノヒトノミシハルナカリケル
    詠花

  三八 タカソノヽムメノハナソモヒサカタノ キヨキ月ヨニコヽタチヲクル
    詠花

  三九 キテミヘキ人モアラナクニワカヤ(イ)ト(ヘ)ノ」ムメノハツハナチリヌトモヨシ
    詠花
十(\)
  四〇 イツシカモコノ(ヨヒ)ヨアケナンウクヒスノ コツタヒチラスムメノハナミム
    柳
  四一 ハルサメノウチフルト(コトニ)キハワカヤトノ ヤナキノエタハイロツキニケリ
    詠柳
十(\)
  四二 シモカレノフユノヤナキハミル人ノ カツラニスヘクモエニケルカモ
    詠柳
十(\)
  四三 アサミトリソメカケタリトミルマテニ ハルノヤナキハモエニケルカナ(モ)
十(\)
  四四ヤマモ(ノ)ト(ハ)ニユキハフリツヽシカスカニ コノカハヤナキモエニケルカナ(モ)
    詠柳」五
十(\)
  四五 ムメノハナトリモテミレハワカヤトノ ヤナキノマユシオモホユルカモ
十(\)
  四六 アヲヤキノイトノホソサヲハルカセニ 
          ミタレ(ラス)ルイロ(モ)ニア(ミ)セント(コ)モカモ(ナ)
    詠柳
十(\)
  四七 アサナワカミルヤナキウクヒスノ キヰテナクヘクシハニハヤナレ
十(\)
  四八 モヽシキノオホミヤ人ノカサシタル シタリヤナキハミレトアカヌカモ
    桜
    詠花
十(\)
  四九 ハルサメニアラソヒカネテワカヤトノ サクラノハナハサキソメニケリ
    詠花
十(\)
  五〇 ミワタセハカスカノヽヘニカスミタチ サホニホヘルハサクラハナカモ
    詠花」
    詠花
十(\)
  五一 ウクヒスノコツタフムメノウツロヘハ サクラノハナノト[キ]カタマケヌ
十(\)
  五二 アシヒキノヤマノ(ヘ)マ(ヲ)テラスサクラ花 コノハルサメニチリヌランカモ
十(\)
  五三 キヽスナクタカマトノヘニサクラ花 ト(チ)リナカラフルミム人モカモ
    詠花
十(\)
  五四 ハルサメハイタクナフリソサクラ花 イ(マタミマクニハ)マタミナクニチラマクオシモ
    詠花
十(\)
  五五  サクラハナトキハスキス(ネ)トミル人ノ コヒノサカリトイマカチルラン
  五六 ハルサ(カスミ)メニニタナヒク山ノサクラハナ ハヤクミマシラ(ヲ)チリスキニケリ
  五七 チリヌトモイカテカシラム山サクラ ハルノカスミノタチシカクセハ」六
  五八 サクラハナトクチリヌトモシラヌカモ イマヽテイモカイテヽアヒミヌ
    花
  五九 マキモクノヒハラノカスミタチカヘリ ミレトモハナノアカスモアルカナ
    詠花
十(\)
  六〇 ノトカハノミナソコサヘニテルマテニ ミカサノ山ハサキニケルカモ
    款冬
    詠花
十(\)
  六一 ハナサキテミハナラストモナカケクニ オモホユルカモヤマフキノハナ
    野望
    野遊
十(\)
  六二 ハルノヽニコヽロヤラムトオモフトチ イテコシケフハクレスモアラヌカ
    野遊」
十(\)
  六三 ハルカスミタツカスカノヲユキカヘリ ワレモ(ハ)アヒミムイヤトシノハニ
    鶯
  六四 アヲヤキノカツラニスヘクナルマテニ マテトモナカヌウクヒスノコヱ
    詠鳥
十(\)
  六五 ウチナヒク(キ)ハルタチヌラシ我カトノ ヤナキノウレニウクヒスナキツ
十(\)
  六六 ムメノハナサケルヲカヘニイヘヰセハ トモシクモアラシウクヒスノコヱ
十(\)
  六七 ハルカスミナカルヽモト(ノ)ニアヲヤキノ エタクヒモチテウクヒスナラ(クモ)ン
    詠鳥
十(\)
  六八 ハルナレハツマヲ(ヤ)モトムル(ト)ウクヒスノ コスヱヲツタヒナキツヽモトナ
    詠鳥
十(\)
  六九 ムメカエニナキテウツロフウクヒスノ ハネシロタヘニアハユキソフル」七
    詠鳥
十(\)
  七〇 アツサユミハルヤマチカクイヱ(ヘ)ヰシテ ツキテキクランウクヒスノコヱ
    詠鳥
十(\)
  七一 ヤマノ(キハ)マニウクヒスナキテウチナヒク ハルトオモヘトユキフリシキヌ
    詠鳥
十(\)
  七二 ムラサキノネハフヨコノヽハルノニハ キミヲカケツヽウクヒスナクモ
    詠鳥
十(\)
  七三 冬コ(カクレ)モリハルサリクラシアシヒキノ ヤマニモノニモウクヒスナクモ
    詠鳥
十(\)
  七四 ウチナヒキハルサリクレハサヽノハ(ウレ)ニ ヲハウチフレテ鶯ナクモ
    喚子鳥
    詠鳥」

  七五 アサカスミヤヘヤマコエテヨフコトリ ナキヤナカクルヤトモアラナクニ
十(\)
  七六 カスカナルハカヒ山ヨリサホノウラ(チ)ヘ 
          サ(ナキユクナルハ)シテヨフナリタレヨフコトリ
十(\)
  七七 アサキリニシヌヽニヌレテヨフコトリ ミフネヤ(ノヤマヲ)マヨリヨリナキワタルミユ
    詠鳥
十(\)
  七八 ワカセコヲナラ(コ)シノ山ノヨフコトリ キミヨヒカヘセ夜ノフケヌトキ
十(\)
  七九 コタヘヌニナキナトヨミソヨフコトリ サホノヤマヘヲノホリクタリニ

    已上八十首

 (六行分空白)」八

   夏部

  卯花 花橘 藤花
  瞿麦 郭公

 (六行分空白)

    卯花\ウ(在中)クヒスノカヨフカキネノウ(イ本)ノハナノ
    ウキコトアレヤキミニキマサヌ

    詠花

  八〇 トキナラヌタマヲソヌケルウノハナノ サツキヲマタハヒサシカルヘ[ミ]
    橘
    寄花」

  八一 ワレコソハニクヽモアラメワカヤトノ ハナタチハナヲオ(ミ)ル(イ)ニハコシトヤ
    詠花

  八二 カノホソキハナタチハナヲタマニヌキ ヲクランイモハミムトテモアルカ

  八三 カタヨリニイト(モ)ヲコソヨレワカセコカ ハナタチハナヲヌカムトオモヒテ
    詠花

  八四 ホトヽキスナキテトヨムルタチハナノ ハナチルニハヲミム人ヤタレ
    ハナヲヱイス
十(\)
  八五 カセニチルハナタチハナヲソテニウケテ キミカタ(ミ)メニトオモヒヌルカモ
    詠花
十(\)
  八六 ワカヤトノハナタチハナハチリニケリ クヤシキコトニアヘルキミカモ
    藤花
                     別可書」九

    詠花 \タコノウラニソコサヘニホフヽチナ(イ本)ミヲカサシテユカンミヌ人ノタメ

  八七 カスカノヽフチハチリニキナニヲカモ ミカリノ人ノオリテカサヽム
    瞿麦

  八八 ミワタセハムカシノヽヘノナテシコノ チラマクオシモアメナフリコソ
    詠花

  八九 ノヘミレハナテシコノハナチリニケリ ワカマツアキハチカクヽルラン
    郭公
  九〇 ○ワカヤトノイケノフチナミサキニケリ ヤマホトヽキスイツカキナカン
    詠鳥

  九一 アサカスミタナヒクノヘニ(ノ)アシヒキノ ヤマホトヽキスイツカキナカン

  九二 ホトヽキスアク時モナシアヤメクサ カサヽムヒヨリキテナキワタレ
    詠鳥」

  九三 フチナミノチラマクオシミホトヽキス イマキノヲカヲナキテコユナリ

  九四 ホトヽキスキナクトヨマスヲカノナル フチナミヽレハキミハコシトヤ
    詠鳥

  九五 モトツ人ホトヽキスヲヤマレニミム イマヤナカクルコヒツヽヲレハ
    詠鳥

  九六 ホトヽキスナクコヱキクヤウノハナノ サキチルヲカニタクサヒクイモ
    詠鳥

  九七 ウノハナノチラマクオシミホトヽキス ノニイテ山ニイリキナキトヨマス
    詠鳥

  九八 カクハカリアメノフラクニホトヽキス ウノハナヤマニナヲカナクラン
    トヒコタヘタルウタ」一〇

  九九 ウノハナノサキチルヲカニホトヽキス ナキテサワタレキミハキヽツヤ
    詠鳥

 一〇〇 サツキヤマウノハナサカリホトヽキス キケトモアカスマタモナカムカモ
    詠鳥
 一〇一 アサキリノヤヘヤマコエテホトヽキス ウノハナヽカラナキテコユラシ
    詠鳥
 一〇二 タチハナノハヤシヲウヘハホトヽキス ツネニフユマテスミワタルカニ
    詠鳥

 一〇三 ホトヽキスハナタチハナノエタニヰテ ナキトヨマセハヽナハチリツヽ
    寄鳥

 一〇四 サツキヤマハナタチハナニホトヽキス カクラフトキニアヘルキミカモ

 一〇五 ホトヽキスキヰテモナクカワカヤトノ」ハナタチハナノツチニオツルミム

 一〇六 タチハナノハナチルサトニカヨヒナハ 山ホトヽキストヨマサムカモ

 一〇七 ワカキヌヲキミニキセヨトホトヽキス ワカケヨフヒノソテニキヰツヽ
    同哥

 一〇八 キツヽヤトキミカトハセルホトヽキス シノヽニヌレテコヽニナクナ(メ)リ(ル)
    詠鳥

 一〇九 アマハリノクモニタクヒテホトヽキス カスカヲサシテナキワタルナリ
    詠鳥

 一一〇 アヒカタキヽミニアヘルヨホトヽキス コトヽキヨリハイマコソナカメ
    詠鳥

 一一一 ホトヽキスナカナクコヱハワレニエ(ホ)シ サツキノタマニマシヘテヌカン
    詠鳥」一一

 一一二 ホトヽキスケサノアサマニナキツルハ キミキクランカアサイカヌラン
    詠鳥

 一一三 ヤマトニハナキテカクランホトヽキス ナカナクコトニナキ人ヲホメ
    詠鳥

 一一四 コヨヒコノオホツカナキニホトヽキス ナクナルコヱノヲトノハルケサ
    詠鳥

 一一五月 夜ヨシナクホトヽキスミマクホシ ワカクサトレルミル人モカモ
    詠鳥

 一一六 ヲシヘ(ヱ)ヤシユクホトヽキスイマコソハ コヱノカレカニキナキトヨマス
 一一七 夏ナレハヤマホトヽキストホト イモニアハテモカ((マ)ニ(マ))ケルカモ
 一一八 ナツヤマニナクホトヽキスイマコソハ コスヱハルカニナキヒヽラカス(メ)」

    已上 三十九首

  秋部
   七夕  風   雨
   露   霧   山
   黄葉  鹿鳴草 薄
   秋田  雁   鹿
   蜩

    (二行分空白)

    七夕」一二
 一一九 アキカセニカハカセサムシヒコホシノ ケサコクフネニナミノサハクカ

 一二〇 アマノカハカチヲトキコユヒコホシト タナハタツメトコヨヒアフラン

 一二一 ワカタメトタナハタツメト(ノ)ソノヤトニ オルシラヌノハオリテケムカモ

 一二二 ワカセコニウラヒレヲレハアマノカハ フネコキクラキカチノヲトキコユ

 一二三 アマノカハミツカケクサノアキカセニ ナヒクヲミレハトキハキヌラシ

 一二四 アキサレハカハキリノタツアマノカハ カハニヰカヒヰコフルヨソオホキ

 一二五 アマノカハヤスノカハラニサタマリテ コヽロクラヘハトキマタナクニ

 一二六 アマノカハヨフネコキイテヽアケヌトモ アハントオモフヨソテカヘスアラン

 一二七 アマノカハムカヒニタチテコフルトキ コトタニツケムイモコトヽハム

 一二八 アマノカハヤスノワタリニフネウケテ」アキタチマツトイモニツケコソ

 一二九 オホソラニカヨフワレソラナレユヘニ アマノカハラヲナツミテソクル
 一三〇 ヒサカタノアマノカハラニヌエトリノ ウチ(ラ)ナキシツモ(恋)シキマテニ
 一三一 アマノカハユキテヤミムトシラマユミ ヒキテカクルヽ月ヒトヲトコ
 一三二 アマノカハヨハフケニキツサヌルヨハ トシノマレラニタヽヒトヨノミ
 一三三 アマノカハセニタチイテヽワカマチシ キミキカルナリ人モキクマテ
 一三四 コフルヒハケナカキモノヲアマノカハ ヘタテヽマタヤワカコヒヲラン

 一三五 アマノカハコソノワタリノウツロヘハ カハセフムマニヨソフケニケル

 一三六 ユフツヽモユキカフソラヲイツマテカ アフキテマタムツキヒトオトコ

 一三七 サヽカニノヨハフカシツヽサヌル夜ハ トシノマレラニタヽヒトヨノミ」一三
 一三八 アカラヒテイロタエノコノカスミレハ ヒトツマユヘニワレコヒヌヘシ

 一三九 ヤチホコノカミノミヨヽリトモシツマ ヒトリニケリツキテシオモヘハ

 一四〇 コヒシキハケナキモノヲイマタニモ トモシムヘシヤアフヘキヨタニ

 一四一 ヨロツヨヲテルヘキ月モクモカクレ クルシキモノソアハムトオモヘト

 一四二 ヨロツヨトタツサハニヰテアヒミトモ オモヒスクヘキコヒナラナクニ

 一四三 ヒトヽセニナヌカノヨノミアフ人ノ コヒモツキネハヨハフケヌラン

 一四四 シラクモノイホヘカクレテトホクトモ ヨカレスヲミムイモカアタリハ

 一四五 君ニアハテヒサシキ時ニオリキタル シロタヘコロモアカツクマテニ

 一四六 ワカマチシミハキサキヌイマタニモ ニホヒニイ(ユ)フナヲチカタ人ニ

 一四七 トヲツマトタマクラカヘテネタル夜ハ トリ(ノ)ネナクナアケハアクトモ」

 一四八 アヒミラクアキタエネトモイナノメノ アケユクヲコケリフナテセムイモ

 一四九 ヒコホシヲナケカスイモカコトタニモ ツケニソキツルミレハクルシミ
    風
 一五〇 ワカヤトノハナ(チス)ノウヘニ(ノシラツユノ)サクシラツユノ 
          ヲキニシヒヨリアキカセソフク

 一五一 アキヤマノコノハモイマタモミチネハ ケサフクカセハシモヲキヌヘク
    雨
    詠雨

 一五二 アキタカルタヒノイホリニシクレフリ ワカソテヌレヌホス人ナシニ
    露
    寄露

 一五三 アキハキノサキタルノヘノユフツユニ ヌレツヽキマセヨハフケヌトモ
    霧」一四
十一
 一五四 ワレユヱニイハレシイモハ(カ)タカヤマノ ミネノアサキリスキニケムカモ
 一五五 アキクレハカスカノヤマニタツキリヲ ウミトソミケルナミタヽナクニ
    秋山
 一五六 クレナヰノヤシホノアメヤフリテシム タツタノ山ノイロツクミレハ
 一五七 カラコロモタツタノ山ハシラツユノ ヲキシアシタヨリイロツキニケリ
 一五八 ツユシモヽヲクアシタヨリカミナヒノ ミムロノヤマモイロツキニケリ
    紅葉

 一五九 ツマカクレ(ス)ヤノヽ神ヤマツユシモニ ニホヒソメタリチラマクオシモ

 一六〇 アサツユニソメハシメタルアキ山ニ シクレナフリソアリワタルカネ
拾 十 読人不知
 一六一 ○ハフリコカイハフヤシロノモミチハモ シメヲハコエテチルテフモノヲ
古 拾
 一六二 ○タツタカハモミチハナカルカミナヒノ ミムロノヤマニシクレフルラシ」
    コノウタハタツタカハノホトニオハシマス御トモニツカマツリ□

    鹿鳴草

 一六三 ユフサレハノヘノアキハキスヱワカミ ツユニカレカネカセマチカタシ
    寄花

 一六四 カリカネノハツコヱキヽテサキテタル ヤトノアキハキミニコワカセコ

 一六五 ナニスラカキミヲイトハンアキハキノ(ハ) ソノハツハナノウレシキモノヲ

 一六六 ワカヤトノハナサキニケリチラヌマニ ハヤキテミヘシナラノサト人

 一六七 サキヌトモシラスシアレハモタモアルヲ コノアキハキヲミセツヽモトナ

 一六八 クサフカミキリスイタクナクヤトノ ハキミニ君ハイツカキマサン
 一六九 アキタ(ノタノ)カルカリホノヤトノニホフマテ サケルアキハキミレトアカヌカモ

 一七〇 サヲシカノコヽロアヒオモフ秋ハキノ」一五シクレノフルニチラマクオシモ
 一七一 ハキノハナオ(チルハオシケムアキノアメノ)シケム秋ノアメナラハ シハシナフリソ色ノツクマテ
 一七二 ○アキヽリノタナヒクヲノヽハキノハナ イマヤチルランマタアカナクニ
 一七三 ヨヲサムミコロモカリカネナクナヘニ ハキノシタハモイロツキニケリ
    花薄

 一七四 サヲシカノイルノヽスヽキハツオ(ヲ)ハナ イツシカイモカタマクラニ(ヲ)セン
 一七五 ヨソニアリテクモヰニミユルイソノウヘニ サケルヲハナヲトラテハヤマシ
    秋田
 一七六 アキタカルカリホサヘナリワカヲレハ コロモテサムシツユソヲキケル
 一七七 アキノタノホノウヘニヲケルシラツユノ ケヌヘクワレハオモホユルカモ
    雁」
 一七八 アヤシクモキナカヌカリヲカ(モ)シラツユノ ヲキテアシタハヒサシキモノヲ
 一七九 アツサユミシトヽニヌレテキヽコムト ワカヤマヨリ (一字分空白)ナキワタルカリ
 一八〇 神無月シクレノアメヲマツトカモ カリノナクネノコヽニトモシキ
    鹿
 一八一 アキハキノオトロヘナスヲオシムカモ ノヘニイテツヽサヲシカノナク

 一八二 サヲシカノアサフスヲノヽクサワカミ カクレカネテカヒトニシラルヽ(ナ)

 一八三 アメノヨニアハサラメヤモアシヒキノ ヤマヒコトヨミヨヒタテマクモ
    蜩

 一八四 モタモアラントキモナカナンヒクラシノ モノオモフトキニナキツヽモトナ

    已上六十六首」一六

  冬部

   時雨  霜   雹
   雪   残葉  網代
 
   (二行分空白)

    時雨

 一八五 モミチハヲヽトスシクレノフルナヘニ ヨサヘソナカキヒトリシヌレハ

 一八六 タマタスキカケヌトキナクワカコフル シクレシフラハヌレツヽモユ(イ)カン

 一八七 ヒトリニハトクニシキコワカコフル イモカアタリニシクレフレミム
 一八八 ケフアリテアスハスキナン神ナ月 シクレニマカフモミチカサヽム
    霜」
十一
 一八九 ○アサシモノキエミキエスミ思ツヽ イツ([カ]テ)シカコヨヒハヤモアケムカモ

 一九〇 ソ(アマトフヤ)ラヲトフカリノウ(ツ)ハヽ(サ)ノオモ(ホ)ヒハノ 
                 イツコモル(リテ)コカシモ( ノ)フルト(ラム)ニ
    雹

 一九一 ワカソテニアラレタハシリマキカラシ ケスモカアレヤイモカミムタメ
    雪

 一九二 アシヒキノヤマニシロキハワカヤトニ キノ(フノ)クレニフリシユキカモ

 一九三 ヨヲサムミアサトヲアケテイ(ケサ)テミレハ ニハモハタラニミユキフリタリ

 一九四 マキモクノヒハラモイマタクム(モ)ヰ(ラ)ネハ コマツカスヱニアハユキソフル

 一九五 ナラヤマノミネナト(ヲ)ヨ(キ)リアフウヘシコソ マカキノモトノユキハケスケレ

 一九六 コトフラハソテサヘヌレテトホルヘク フランユキノソラニケニツヽ」一七

 一九七 ユフサレハコロモテサムシタカマツノ ヤマノ木コトニユキソフリケル

 一九八 アハユキハケフハナフリソシロタヘノ 袖マキホサム人モアラナクニ

 一九九 ○アシヒキノ山チモシラスシラカシノ エタモ(ニモハニモ)トヲヽニユキノフレヽハ

 二〇〇 アシヒキノ山カモタカキマキモクノ キシノコマツニミユキフリケリ

 二〇一 ワカソテニフリツルユキモナカレキテ イモカタモトニユキモフレヌル

 二〇二 ハナハタモフラヌユキユヘコチタクモ アマノミソラハクモリアヒツヽ
十(\)
 二〇三 山タカミフリクルユキヲムメノハナ チリカ(クルカモ)モクルトオモヒケルカナ
十(\)
 二〇四 雪ヲヽキテムメヲナコヒソアシヒキノ 山カタツキテイツルセナ(ル)キミ
    残紅葉」

 二〇五 ヤタノヽニアサチ色ツクアラチ□□ ミネノアハユキサムクソアルラシ
    網代
    アフミヨリノホルトテ宇治川ノホトリニテヨメル

 二〇六 モノヽフノヤソウチカハノアシロキニ イサヨフナミノユクヱシラスモ

    已上二十二首
           都合二百七首

    (六行分空白)」一八

  柿本人麿集中(扉)

   恋部

    不被知 被知
    会   会後」
    (九行分空白)」

    不被知
    春相聞

 二〇七 ハルヤマノキ(     ト)リニマカヘルウクヒスモ 
           ワレニマサリテモノ( ハ)オモフ( ヤ)ランヤ
 二〇八 シタニノミコフレハクルシナテシコノ ナニサキイテヨアサナミム
 二〇九 コノクレノユフヤミナルニホトヽキス イツコヲイツトナキワタルラン

 二一〇 モミチハニヲケルシラツユイロハニモ イテシトオモフコトノシケヽム
 二一一 アキノヽノカリネノシタニスムシカモ ワレラカコトクモノオモフラメヤ
 二一二 サホヤマニタナヒクヽモノタユタヒニ オモフコヽロヲイマソサタムル
 二一三 オホトリ(モ)ノミツノシラナミア( マナクワレ)ヒタナク 
           ワカ(コフラク人ノ)コフラクヲ人(シラテヒサシサ)シラナクニ

 二一四 ハキヤスノイケノツヽミノカクレスノ ユクヱモシラスコリネ(ノ)マトヒヌ」一九
十二
 二一五 イソノウヘニオフルシマツノナヲヽシミ 人ニシラレスコヒワタルカモ
 二一六 イソノウヘニオヒタルアシノヨヲヽシミ ヲトニシラレテコヒツヽソフル
 二一七 タラチヲノオモヒカヘサスマスラヲノ コヒテハモノシノヒカネテム(モ)

 二一八 クレナヰニコロモヲソメテキホシキヲ ニホヒヤイテム人ノシルヘク
    被知
十一
 二一九 トヲヤマニカスミタナヒキイヤトホニ イモカメロマテワカコフルカモ
    春哥
十(\)
 二二〇 マキモクノヒハラニタテルハルカスミ ハレヌオモヒハナクサマ(メツ)メヤハ
 二二一 イマサラニイモニアハテヤハルカスミ タナヒクノヘノハナニチリナン
 二二二 アヲツ((マ)ヽ(マ))イモヲタツヌルハルノヒニ カスミタチモチコヒハウシツヽ
 二二三 カクテノミコヒヤワタランハル山ノ ミネノシラクモスクトハナシニ」
    シモニヨス
 二二四 ハルタテハミクサノウヘニヲクシモノ ケツヽモワレハコヒワタルカナ
    春相聞
十(\)
 二二五 イテヽミルムカヒノヲカノモトシケク サキタルハナノナラスハヤマシ
    春相聞
十(\)
 二二六 フユコモリハルサクハナヲタヲリモテ チエノカキリモコヒモ(シカルラン)スルカナ
 二二七 ハツクサノシケキワカコヒオホウミノ カタユクナミノチヘニツモリヌ
 二二八 サクラハナイ(エタニ)タクナレタルウクヒスノ 
          ヲ( ウツ)ヘシコヽロモワカオモハナクニ
 二二九 ハルサレハノヘニナクテフウクヒスノ コヱモキコエスコヒノシケサニ
    寄蝦

 二三〇 アサカスミカヒヤカシタニナクカハツ コヱタニキカハワレコヒムヤモ
 二三一 オホソラニタニヒク ((三字分空白))  
          アヤメクサ ミレハヲノツヱシワヒヌヘシ」二〇
    寄日

 二三二 ○ミナツキノツチサヘサケテヽル日ニモ ワカソテヒメヤイモニアハスシテ
    ハナニヨス

 二三三 ウノハナノサクトハナシニアルヒトニ コヒヤワタランカタオモヒシテ
    クサヲヨメル

 二三四 コノコロノコヒノシケヽクナツクサノ 
          カリソ(ハラヘ)クレトモオヒシク(ケルラン)カコト
 二三五 ナツクサノシケキワカコヒスミヨシノ ハマノシラナ((マ)ハ(マ))ヘニトマリヌ
    寄花

 二三六 ヨソニノミヽツヽヤコヒムクレナヰノ スヱツムハナノイロニイテス(ヌ)トモ
    寄草

 二三七 マクスハフナツノコシケクカクラヒハ マトワカイノチツネナラヌヤモ

 二三八 カケテノミコフレハクルシナテシコノ ハナニサカナンアサナミム」

 二三九 ワレノミヤカクコヒスランカキツハタ ニホヘルイモハイカニカアラン
十(\)
 二四〇 ハルサヘ(レ)ハマツサイ(キ)クサノサチアラハ 
          ノチモアヒミムコフナワキ( カイモ)モコ
    詠鳥

 二四一 ○ホトヽキスナクヤサツキノミシカヨモ ヒトリシヌレハアカシカネツモ
 二四二 ワカコトク君ヲコフトヤホトヽキス コヨヒスカラニイネカテニスル
 二四三 ホトヽキスナクサホ山ノマツノネノ ネコヽロミマクホシキヽミカナ
 二四四 ワカヤトノハナタチハナニホトヽキス サケヒテナカヌコヒノケシキニ
 二四五 コカクレテイモカヽキネニホトヽキス ナカキヒクラシコヒヤワタラン
    寄夜

 二四六 ヲシヘヤシコヒトオモヘトアキカセノ サムクフクヨハ君ヲシソ思フ

 二四七 アキノヨヲナカシト思ヘトツモリニシ」二一コヒヲツクサハミシカヽリケリ
    寄月

 二四八 キミコフトシナハウラムナワカヲレハ アキカセフキテツキ(カ)タフクヲ
 二四九 アマノカハミナソコマテニテラスフネ ツヰニフナ人クモニアハスヤ
    寄風

 二五〇 ワキモコハコロモアラナン秋風ノ サムキコノコロシタニキマシヲ

 二五一 ハツセカセカクフルヨルヲイツマテカ コロモカタシキ我ヒトリネム
    寄露

 二五二 アキノホヲシノニヲシナミヲクツユノ ケカモシナマシコヒツヽアラスハ

 二五三 ○アキハキノウヘニヲキタルシラツユノ ケカモシナマシコヒツヽアラスハ
 二五四 ヨルハヲキテヒルハキエヌルシラツユノ ケヌヘキコヒモワレハスルカナ

 二五五 ワカヤトノアキハキノウヘニヲクツユノ」イチシロクモワレコヒメヤモ
十一
 二五六 ヤマチサノシラツユヲモミウラフレテ 心ニフカキワカコヒヤマス
 二五七 ユキユケトアハヌモノユ(カラ)ヘヒサカタノ アマツユシモノウカヒヰルカナ

 二五八 ウハタマノヨルヨリカクレトホクトモ イモシツタヘハヽヤクツケコヨ
    寄雨

 二五九 秋ハキヲチ(ヲト)ラスナ( シクレノ)カアメフルコロハ 
          ヒトリオリヰテコフルヨソオホキ

 二六〇 ナカツキノシクレノアメノヤマキリニ ケフキワカムネタレミハヤサン
    献弓削皇子

 二六一 神ナヒノイ(ウミ)タヨリイタニアル秋ノ オモヒモスキスコヒノシケキニ
    寄黄葉

 二六二 アシヒキノヤマサナ(ネ)カツラモミチマテ イモニアハスヤワカコヒヲラン」二二

 二六三 ワカヤトノクスハヒコトニイロツキヌ キマサヌキミハナニコヽロソモ

 二六四 モミチハノスキカテメコヲヒトツマツ(ト) ミツヽヤアランコヒシキモノヲ
    秋相聞

 二六五 アキヤマニシモフリオホヒコノハチル トシハユクトモワレワスレメヤ
 二六六 コヽロノミオモヒシモノヲ秋山ノ ハツモミチハノイロツキニケリ

 二六七 コトニイテヽイヘハユヽシミアサカホノ ヨニモヒラケヌコヒモスルカナ
    寄花

 二六八 ワカサトニイマサクハナノヲミナヘシ タエヌコヽロニナヲコヒニケリ

 二六九 イサナミニイマモミテシカ秋ハキノ シナヒニアランイモカスカタヲ

 二七〇 ハキノハナサケルヲミレハ君ニアハス マコトモヒサニナリニケルカナ」

 二七一 秋ハキヲチリスキヌヘミタヲリモテ アレトモアカス君ニシアハネハ

 二七二 ワカヤトニサケルアキハキチリスキテ ミニナルマテニ君ニアハヌカモ

 二七三 フク(チ)ハラノフリニシサトノ秋ハキハ サキテチリニキヽミマチカネテ

 二七四 アキハキノハナノヽスヽキホニハイテス ワカコヒワタルカクレツマハモ

 二七五 ワキモコニアフサカ山ノシノスヽキ ホニハサキイテスコヒワタルカモ
十一
 二七六 ツキクサノカリナルイノチアルヒトヲ イカニシリテカノチニアハムテフ

 二七七 アサツユニサキスサヒタルツキクサノ ヒタクルトモニケヌヘクオモホユ

 二七八 アサヒラケユフヘハカヽルツキクサノ ケヌヘキコヒモワレハスルカナ

 二七九 コフルヒノケナカクアレハワカソノヽ カラヌ(ヰ)ノハナノイロニイテニケリ

 二八〇 アキツケハミクサノハナノアハヌカニ」二三オモトシラスタヽニアハサレハ

 二八一 コノヤマノモミチノシタノハナヽレカ ハツニミテサラニコヒシキ
    ミツニヨセタル

 二八二 スミヨシノキシヲヨ(タマハリ)セタルマキシイネノ シカモカルマテアハヌ君カナ
    寄水田

 二八三 ○ハルカスミタナヒクタヒニイヲ(ホ)リシテ アキタカルマテオム(モ)ハシムラテ

 二八四 秋ヤマヲカリイホニツクリイホリシテ アルランキミヲミムヨシモカナ(モ)

 二八五 アキノ田ノホムケノヨメルカタヨリニ ワレハモノオモフツレナキモノヲ
 二八六 イソノカミフルノワサタノホニハイテス コヽロノウチニコフルコノコロ
    寄雁

 二八七 イテヽイケハソラトフカリノナキヌヘミ ケサトイフニトシソヘニケル」
 二八八 アラチヲノカルヤノサキニタツシカモ イトワカコトクモノハオモハシ
 二八九 サヲシカノフスクサムサノ(ハ)ミエネトモ イモカワタリヲユケハカナシモ
 二九〇 クサカクレナクサヲシカノミエネトモ イモカアタリヲユケハコヒシナ
    寄蝉

 二九一 ヒクラシハトキトナケトモワカコフル タヲヤメワレハサタメカネツモ
 二九二 ヒクラシハトコリニナケト君コヒテ ナヲヤフレシヲハナハ[タ]ムコス
    寄蟋

 二九三 キリスマチヨロコヘルアキノヨヲ ヌルシルシナキマクラ(ト)ワレハ

    冬相聞

 二九四 アハユキノチサトフリシキコヒシクハ ケナカクミツヽワレヤシノハン

 二九五 フルユキノソラニケヌヘクコフレトモ アフヨシモナミツキソツ(ヘニ)キケル」二四
十一
 二九六 アラタマノイ(ト)ツ(シ)ト(ハ)セフレトワカコフル 
          アトナキコヒノヤマヌアヤシナ(モ)
十一
 二九七 アサカケニワカ身ハナリヌタマカキニ ホノカニミエテイニシコユヘニ
十一
 二九八 イツトテモコヒセヌトキハナケレトモ ユフカタマケテ恋ハスヘナシ
 二九九 ケフトキミカマツヨノアケヌレハ ナカキコヽロヲオモヒカネツル

    正述心緒
十一
 三〇〇 人ノヌルアラ(チ)ネモネステハシキヤシ 君カメヲナヲホシミナセ(ケ)テ(ク)カ
十一
 三〇一 アキカシハヌル( ヤ)ワカハヘ(ツ)ノシノヽメニ 人メモアヒアハスツマナシウチニ
十一
 三〇二 アメツチトイフナノタエテアラハコソ イモニワカアフコトモヤミナメ
十一
 三〇三 オホツチモトレハツクテフヨノナカニ ツキセヌモノハコヒニソ有ケル
十二
 三〇四 スカノネノシノヒニテラスヒニ」ホスヤワカソテイモニアハスシテ

 三〇五 ムカシヨリアケテ(シ)コロモカヘサ(リ)ネ(ミ)ハ(ス) 
          アマノカハラニトシソヘニケル
十一
 三〇六 クモタニモシルクシタヽハナクサメニ ミツヽモシテムタヽニアフマテ
 三〇七 タツタヤマミネノシラクモタユタフニ オモヒシヤレハマツソスヘナキ
 三〇八 アマクモヲチヘニカキワケアマクタル 人モナニセムイモニアハスハ
 三〇九 イマモオモフノチモワスレスカ(スリコロモ)ルコモノ ミタレテノチソワカコヒマサル
 三一〇 コヱニタニアヒヌトイハテクラハシノ ミネノシラクモタユタヒニケリ
 三一一 ヒトリヰテオモヒミタレテアマクモノ タユタフコヽロワカオモハナクニ
十一
 三一二 アヲヤキノカツラキ山ニタツクモノ タチテモヰテモイモヲシソ思フ
十一
 三一三 シラマユミイソヘノ山ニトキハナル イノチナレハヤコヒツヽヲラン」二五
十一
 三一四 ムハタマノクロカミ山ノヤマスケニ コサメフリシキマスソ思フ
 三一五 イモアリトイハセノ山ノ山アラシニ テナトリフレソカホマサルカニ
 三一六 ○ナキ名ノミタツタノ山ノフモトニハ ヨニモアラシノカセモフカナン
 三一七 タラチネノフレテモノ思フワレヲオヤノ タレコノ山ニキヽテコフラン
十一
 三一八 ○カスカ山クモヰカ( ハルカニ)クレテトヲケレト イヘハオモハス君ヲシソ思フ

    寄物陳思
十一
 三一九 ヲトメコカソテフル山ノミツカキノ ヒサシキヨヽリオモヒキワレ
十一
 三二〇 イハヲスラユキトホルヘキマスラヲモ コヒテフコトハノチノクヒアリ
十一
 三二一 ミヤ[キ]ヒクイツミノソマニタツタミノ ヤムトキモナクコヒワタルカナ

    寄標喩思」
 三二二 カクシテヤナヲヤヽミナンオホアラキノ ウキタノモリノシメナラナクニ
十二
 三二三 山シロノイハタノモリニコヽロヲ[ソ]ク タムケシタレハイモニアヒカタキ
 三二四 ユフサレハセヽノヽノヘニキカスマツ コヒソスランサヨナカニナク
 三二五 オク山ノコノハカクレテユク水ノ ヲトニ(キヽ)シヨリツネワスラレス
十一
 三二六 ミナソコニオホルタマモノウチナヒキ コヽロニヨセテ恋コ( ル)ノコロ
十一
 三二七 ミツノウヘニカスカクコトクワカイノチヲ イモニアハムトウケヒツルカモ
 三二八 ミワ山ノ山シタミツ(トヨミ)ノユク水ノ ヨヲシタエスハノチモワカツマ
十二
 三二九 ヤツリカハミナソコタエスユク水ノ ツキテソコフルコノトシコロハ
    寄河

 三三〇 コノカハニフネモユクヘクアリトイヘハ ワタルセコトニマモル人アリ」二六
十一
 三三一 コトニイテヽイヘハイミシミ山カハノ タキツコヽロヲセキソカネタル

 三三二 アメフレハタキツ山カハイハニフレ キミカクタランコヽロハモタシ
十一
 三三三 チハヤ人ウチノワタリノハヤキセニ アハスアリトモノチノワカツマ
十一
 三三四 ハシキヤシアハヌコユヘ(ヱ)ニイタツラニ コノカハノセニモノスソヌラス
十一
 三三五 アフミノウミオキツシラナミシラストモ イモカリトイハヽナヌカコスラン
十一
 三三六 アフミノウミオキツシマヤマヲクマケテ ワカオモフイモニコトノシケヽム
十一
 三三七 カクレヌノシタニコフレハスヘヲナミ イモカナツケンイムテフモノヲ
    寄海

 三三八 カセフキテウミハアルトモアストイハヽ
           [ヒ][サ]シカルヘシ (四字分空白) 君カマニ」
 三三九 ウチノウミニツリスルアマノフナノリニ ノリニシコヽロツネニワスレス
十一
 三四〇 ヒトコトハシハシワキモコツナテヒク ウミヨリマシテフカクソオモフ
 三四一 チヽノアマノシホヤキ衣カラケレト コヒテフモノハワスレカネツモ
十一
 三四二 ヲシカアマノケフリヤキタテヤクシホノ カラキコヒヲモワレハスルカナ

 三四三 クモカクルヲシカノカミシカシロクハ メハヘタツトモコヽロヘタツナ
 三四四 コヒシキニコヽロヲヤレトユカレヌハ シマモカハホモシラヌナリケリ
 三四五 ミサコヰルオキツアライソ( ニヨルナミモ)コカヨル 
           ヨ( ユクヱモ)ルカシラスイ(ワカ)モコヒシキニ(ハ)
十一
 三四六 イソノウヘニタハマヒタキツコヽロカモ ナニヽフカメテオモヒソメケン
十一
 三四七 オキツモヲカクサフヲミノイホツ(ヘ)ナミ チヘシニコヒワタルカモ
十一
 三四八 ○アライソ( ノ)コスヨ(ホカ)ソユクナミノヨ(ホカ)ソコヽロ」二七
           ワレハオモハスコヒテ(ハ)シヌトモ
十一
 三四九 ヒク(ラ)ヤマノコマツカスヱニアレコソハ ワカオモフイモニアハスナリナハ
 三五〇 カクシツヽヨヲヤツクサンタカサコノ ヲノヘニタテルマツナラナクニ
    羈旅発思
十二
 三五一 トヨクニノキクノハマヽツコヽロニモ ナニトテイモニアヒソメニケン
 三五二 ○カセフケハナミウツキシノマツナレヤ ネニアラハレテナキヌヘラナリ(レ)
十一
 三五三 チヌノウミノハマヘノコマツネフカメテ ワカコヒワタル人ノコユヘニ
十一
 三五四 イソノカミフルノカミスキカミナレヤ コヒヲモワレハサコニスルカモ
十一
 三五五 タチハナノモトニワレタチシツハトリ ナリヌヤ君トヽヒシコク(ラ)ハモ

 三五六 ナカキヨヲキミニコヒツヽイケラスハ サキテチリニシハナヽラマシヲ
十一
 三五七 シホアシニマシレルクサノシワクサノ」人ミナシリヌワカシタオモヒト
十一
 三五八 ワカヤトノヽキノシタクサオフレトモ コヒワスレクサミレトマタオヒス
十一
 三五九 ミチノクノクサフカユリノヽチニテフ イモカミコトヲワレハシラメヤ
 三六〇 ミツカキノヲカノクスハヲフキカヘシ タレカモ君ヲコヒムトオモヒシ

 三六一 ミクマノヽウラノハマユフモヽヘナル コヽロハオモヘトタヽニアハヌカモ
十一
 三六二 トキヽヌト(ノ)ニヒミタレツヽウキクサノ イキテモワレハアリワタルカモ
 三六三 イマヨリモイモヲハコヒスオク山ノ イハニコケオヒテハサシキモノヲ
 三六四 オク山ノイハネノコケノネカタクモ オモホユルカナワカオモフツマ
十一
 三六五 ヤマスケノミタレコヒノミセサセツヽ アハヌイモカモトシハヘニツヽ
十二
 三六六 ヤマ(カ)ハノミカケニオフルヤマスケノ ヤマスモイモカオモホユルカモ」二八
十一
 三六七 アシヒキノナニオフ山スケヲシフセテ 君シムスハヽアハスアラメヤ
十一
 三六八 シホノウラニネハフコスケノシノヒステ キミニコヒツヽアリカチヌカモ
十一
 三六九 山シロノイツミノコスケヨフナミニ イモカコヽロヲワカオモハナクニ
十一
 三七〇 ミワタセハミムロノヤマノイハホ(コ)スケ シノヒニワレハカタオモヒヲスル

 三七一 コトニイテヽイヘハユヽシモ(ミ)サキクサノ イロニハイテヽコヒワタルカナ
十一
 三七二 アサチハラヲノヽシルシノソラコトヲ イカナリトイヒテ君ヲハマタム
十一
 三七三 ミチノヘノイチシノハナノイチシロク 人ミナシリヌワカコヒツマト

 三七四 イシハシリマノニホヒタルカホハナノ ハナニシアラシアリツヽミレハ
十一
 三七五 マスラヲノウヘ(ツ)シ心モワレハナシ ヨルヒルイ( ワカ)ハスコヒシワタレハ」
十一
 三七六 ワカノク(チ)ニカ( ウ)マレム人モワカコトク コヒスルミチニアヒアフナユメ
十一
 三七七 ウツタヘニアマタノ人モアリトイフヲ ワキテワレシモヨルヒトリヌル

 三七八 イニシヘニアリケン人モワカコトク(カ) イモニコヒツヽイネカチニケム

 三七九 イマノミノワサニハアラスイニシヘノ 人ニマサリテナキサヘナキシ
十一
 三八〇 タラチネノオ(ハヽ)ヤノテソ(ハナレ)キテカクハカリ 
          スヱ(ヘ)ナキコトハ(モ)イマタアラ(セ)ナクニ
 三八一 ヒトリシテモノオモフカスヘナサニ ユケトモイマタアフトキモナシ
十一
 三八二 イモカアタリトヲクミユレハナケキツヽ ワレハコフルカアフヨシヲナミ
十一
 三八三 タチヰスルワサモシラレスオモヘトモ イモノツケネハマツカセソコス
十二
 三八四 ノチニアハンワレヲコフナトイモイヘト コフルアヒタニトシハヘニケリ」二九

 三八五 タマキヌノサルシツムイヘノイモニ モノイハスキテ思カネツモ
 三八六 コトタエテイマハ恋シトオモヘトモ セヌアヘヌコヽロナヲコヒニイル
 三八七 ワカコフルコヽロヲシラテノチツヒニ カヽルコヒニシモアラスアハメヤ
 三八八 コヒテツハタヽニカヤミシチヰサクモ コヽロノウチニワカオモハナクニ
十一
 三八九 コヽロニハチヘニオモヘト人ニイハヌ ワカコヒツマムミルヨシモカモ
十一
 三九〇 コヱヒトノヒタカミユフアリソウミノ 
        ユ(ソ)フ(メ)サ(シ)リコヽロ(ヲ)ワレワスレメヤ
十二
 三九一 タヽニアハスアルハコトハリユメニタニ イカナル人ノコトノシケヽム
十二
 三九二 ヌハタマノソノヨノユメニミツケキヤ ソテホスヒナクワカコヒスレハ
十一
 三九三 サネカツラノチニアハムトユメニノミ ヲケヒソワタルトシハヘニツヽ
 三九四 ウチナケキヒトリネツレハマスカヽミ トルトユメミツイモニアフカモ」
十一
 三九五 ワキモコニコヒテスヘナミユメミムト ワレハオモヘトイコソネラレネ
 三九六 シキタヘノマクラウクマテワカナキシ ナミタソカリニアメトフリケル
十一
 三九七 カクシ(ハ)ノ(カ)ミ(リ)コヒヤ(シ)ワタラ(レハ)ン玉キ(シヒノ)ハル 
           シ(イノチモシラヌ)ラヌイノチモトシハ(ノミハヘツ)ヘニツヽ

 三九八 モヽツキモキヽキレカモトオモフカモ 君カツカヒノミレトアカサラン
十一
 三九九 タマラヲ(セ)ノキヨキカハラニミソキシテ イノルイノリモイモカタメナリ
十一
 四〇〇 マサシテフヤソノチマタニユフケトフ ウラマサニセヨイモニアヒヨラン
十一
 四〇一 タマホコノミチユキ人ニウラナヘ(ハス)ハ 
          イモニアハム( ス)トワレニカ(イヒツル)タリツ
十一
 四〇二 ○コヒスルニシニスルモノニアラマセハ ワカ身ハチタヒシニカヘラマシ
 四〇三 恋ハカクケナカキモノヲアフコトノ 時ノアクマテヲミムアハサルホトニ」三〇
 四〇四 タクヒアラハフナヘノシケミカク恋 
          ヒトカ(リ)ヒノヒツネナラヌカモ
十一
 四〇五 ナニセムニイノチツキケムワキモコニ コヒセヌサキニシナマシモノヲ
十一
 四〇六 カクラクノトヨハツトチハトコナメノ カシコキミチソコヒヨルナユメ








十一
 四〇七 世ノナカノツネカクソトハオモヘトモ ハテハワスレスナヲコヒニケリ
 四〇八 コヒシナムノチハナニセンワカイノチ イキタルヒコソミマクホシケレ

    大宰監百代カ恋シナンノチハナニセンイケルヒノタメコソイモヲミマク
    ホシミヌレト云哥ニアヒニタリ

十二
 四〇九 人コトノシケキコノコロワキモコカ コロモナリセハシタニキマシヲ
十二
 四一〇 ヨルモネスヤスミモアヘスシロタヘノ 
          コロモヽヌカ(シ)タヽニアフマテ
十一
 四一一 シロタヘノ袖ヲハツカニミシカラニ」カヽルコヒヲモワレハスルカモ
 四一二 コロモテモサシカヘヌヘクチカケレト ヒトメヲツヽミコヒツヽソフル」
 四一三 スリコロモキツ(ルト)ヽユメミツウツヽニハ 
          タカコトノハカシケクアルヘキ
十一
 四一四 アラタマノトシハクルレトシロタヘノ 袖カヘシコヲワスレテオモヘヤ
十一
 四一五 スカノネノシノヒニキミカムスヒテシ ワカヒモノヲヽトク人アラメヤ
    問答

 四一六 タヒニナヲヒモトクモノヲコトシケミ マロネワレスルナカキシノヨヲ
十二
 四一七 シロタヘノワカヒモノヲノタエヌマニ コヒムスヒタリアハムヒマテニ
十二
 四一八 ヒトミニハウヘヲムスヒテシノヒニハ シタヒモトケテコフル日ソオホキ
十一
 四一九 君コフトウラフレヲレハクヤシクモ 
          ワカシタヒモヲムスヒテタヽニ」三一
    正述心緒
十二
 四二〇 コノコロノイノネラレヌカシキタヘノ タマクラマキテネマホシミシテ
 四二一 タチノヲノオヒニサヘサスマスラヲノ コヒシテフモノヲワスレカネツモ
十一
 四二二 ワキモコニコヒシワタレハツルキタチ ナノオシケクモオモホエヌカモ
十一
 四二三 ツルキタチモロハノ時ニノホリタチ シニヽモシナム君ニヨリテハ
十一
 四二四 ツルキラヲテニトリモチテアラシコカ コヒノミタレノコヒハアリケリ
 四二五 カタイトモテヌキタルタマノヲヽヨワミ ミタレヤシナン人ノシルヘク
十一
 四二六 コマニシキヒモトキアケテユフヘトモ シラヌイノチヲコヒツヽヤアラン
十一
 四二七 カキホナル人トイフトモコマニシキ ヒモトキアクルキミモナキカモ
十一
 四二八 イカナラン神ニヌサヲモタムケハカ ワカオモフイモヲユメニタニミム」
 四二九 ナキ名ノミタツタノイチトサハケトモ 
          ワ( イサマタ)カオモフ人ヲウルヨシモナシ
 四三〇 ヤマサトノウラニフルコトクモノヲモ ミコヽロフカクテワカコヒヤマス
十一
 四三一 ○恋シナハコヒモシネトヤタマホコノ ミチユキ人ニコトモツケカネ
 四三二 モヽシキノオホミヤ人ハタマホコノ ミチモイテヌニコフルコロカモ
 四三三 オホフネノタユタフウミニイカリオロシ イカニシテカモワカコヒヤマン
十一
 四三四 アフミノウミヲキシニフネソイカリオロシ 
          カクレシキミカコトマツリレソ
十一
 四三五 オホフネノコトリウミヘニイカリオロシ イカナル人カモノオモハサラン
十一
 四三六 オホフネニマカクシヽヌキコクホトヲ 
          イタクナコヒソトリ(シ)ニアルハイカニ
    秋相聞

 四三七 カ(ア)モ(キ)ヤマノシタヒカシタニナクトリノ 
              コヱタニキカハナニカナケカン」三二
 四三八 ワカセコニコヒテスヘナミハルサメノ フルハキシラスイテヽコシカモ
 四三九 ハルサメニコムノソテハヒチツ( ヌトモ)ヽモ 
          イモカイツ(ヘチ)ハノヤマハコエナン
 四四〇 アセミツムハルノツユシモヲキソメテ シハシモミネハコヒシキモノヲ
 四四一 ハルサレハシタリヤナキノトヲヽニモ イモカコヽロニノリニケルカモ
 四四二 ハルサメニモユルアヲヤキテニモチテ ヒコトニミレトアカヌキミカモ
 四四三 アヲヤキノシケリニタチテマトヘ(フヤト)トモ 
          イモニムスヒシヒモトケヌヤハ
 四四四 ワカヤトニハルサクハナノトシコトニ 
          オモヒハ(ス)レスワスレメヤワレ
 四四五 ワカクサノニヰタマクラヲユヒソメテ ヨヲヤヘタテムクラカラナクニ
    寄水田

 四四六 タチノシリタマヽクタヰニイツマテカ イヲモアヒミスイヘコヒヲラン
    寄花」

 四四七 ウクヒスノカ( ユキシ)ヨフカキネノウノハナノ 
          ウキコトアレヤ君カキマサヌ
    寄草

 四四八 ○ヒトコトハナツノヽクサノシケクトモ 
          イモトワレトシタツサハリネ(ナム)ハ

 四四九 ○ナツノユクヲシカノツノヽツカノマモ 
          イモカコヽロヲワスレテオモヘヤ

 四五〇 ワカコフルニホヘルイモハコヨヒカモ アマノカハラニイソマクラマク
    寄月

 四五一 秋ノヨノツキカモキミハクモカクレ シハシモミネハコヽタ(ラ)コヒシキ
 四五二 コロモテニタユタフイノチナカツキノ アリアケノ月ニミレトアカヌカモ
    寄月

 四五三 ○ナカツキノアリアケノ月ヨ(ノ)アリツヽモ 
          キミシキマサハワレ恋ヤ(ムメカ)モ
 四五四 ヒコホシノツマヨフヽネノヒクツナノ タエムトキミニワカオモハナクニ
    寄露」三三

 四五五 アキハキノウヘニシラツユヲクコトニ ミツヽソシノフキミカスカタヲ
 四五六 秋ハキノサキタルノヘノユフツユニ ヌレツヽキマセヨハフケヌトモ
 四五七 ○タケノハニヲキヰルツユノマロヒアヒテ 
          ヌルトハナシニタツワカナカナ
    寄露

 四五八 ツユシモニ衣手ヌレテイマタニモ イモカリユカナヨハフケヌトモ

 四五九 色ツキアフ秋ノツユシモナフリソネ イモニタモトヲマカヌコヨヒハ
 四六〇 ミクマノニタツアキヽリノタエスシテ ワレハアヒミムタエムトオモフヲ
    寄山

 四六一 アキサレハ雁カリコユルタツタ山 
          タチ(ツト)テモヰテ(ル)モ(トニ)君ヲシソ思フ(ヘ)
    秋相聞

 四六二 アキノヽノオハナカスヱノオヒナヒキ コヽロハイモニヨリニケルカモ
十一
 四六三 タカ山ノ峯ユクシカノトモヲオホミ」ソテフリコヌヲワスルナト思フナ
十一
 四六四 トモシヒノ(カケシ)カヽヨフウツセミノ 
          イモカ(イモカ)ヱヌヒシ オモカケニミユ

 四六五 ワカセコカケサカトイテミレハ アハユキフレルニハモホトロニ
 四六六 ○アハヌヨノフルシラユキトツモリナハ ワレサヘトモニケヌヘキモノヲ
    霜雪
 四六七 アサキリアヒフリクルユキノキエヌトモ キミニアハムトナカラヘワタル
    相聞
 四六八 アヒミテハチトセヤイヌルイナヲカモ アレヤシカオモフ君マチカテニ
 四六九 ウチアヒテモノナオモヒソアマクモノ タユタフコヽロワカオモハナクニ
 四七〇 イモニヨリミマクホシケクユフヤミノ コノハカクレヲマチテコソユケ

 四七一 ムハタマノヨルヒハカクレトホクトモ イモシツタヘハヽヤクツケコヨ
十一
 四七二 キミカタメヲミマクホシキニコノフタヨ 
          チトセノコトモワカコフルカモ」三四
 四七三 アカラヒクハタモフレステネタレトモ コヽロヲコトニワカオモハナクニ

 四七四 アメツチトワケシトキヨリワカイモト ソヒテアレハカネテマツワレヲ
 四七五 ワカヤトノコノシタツクヨイモカタメ コハコヽロヨシウタテコノコロ
十一
 四七六 山ノハニサシイツル月ノハツニ イモヲソミツル恋シキマテニ
 四七七 ヒサカタノアマテル月ノクモマニモ 君ヲワスレテワカオモハナクニ

 四七八 ナカラフルイモカイノチハアクマテニ ソラフルミエツクモカクルマテ
十一
 四七九 トヲツマノフリアフキミテシノフラン コノツキノヲカニクモナタナヒキ
十一
 四八〇 ナルカミヲ(ノ)ト( シハシウコキテ)ヨマスハカリサシクモリ 
          アメモフラナン君ヲ(トマルヘク)トヽメム
十一
 四八一 ナルカミヲトヨマスハカリフラストモ ワレハトマランキミシトヽメハ
 四八二 ミレトアカヌヒトクニヤマノコノハヲソ 
          ヲノカコヽロニナツカシクオモフ
 四八三 ミクニヤマノコカクレナカモ」キミカスカタヲアサコトニミム
十一
 四八四 イルミチ(ラ)ハイシフムヤマノナクモカモ(シ) 
             ワカマツキミカコマツマヘ(ツ)ラン
 四八五 ツクハ(ワ)カハタユル事ナクオモフカモ 
          ヒトヒモイモヲオモヒカネツル
十一
 四八六 カモカハノヽチセシツケモノチモアハン イモニハワレヨケフナラストモ

 四八七 ハツセカハユフワタリシテワキモコカ イヘノミカトハチカツキニケリ
 四八八 タツタカハタユルトキナク思フカモ ヒトヒモイモヲオモヒカネツル
十一
 四八九 コノカハノミナハサカマキユクミツノ コトカヘサフナオモヒコメタリ
 四九〇 シマツタフウ(ハヤ)ラヒトフネノ(ハ)ナミタカハ(ミ) 
          ヒトヨソ(ト)キマスタエ(ツト)ムト思フナ
十一
 四九一 コノカハノセヽニシクナミシクモ イモカコヽロニノリニタルカモ
    寄草

 四九二 ヒ(ミ)チノヘノヲハナカシタノオモヒクサ 
          イマサラナニノモノカオモハン
十一
 四九三 ワカセ(イモ)コニワカコヒヲレハワカヤトノ」三五
          クサヽヘオモヒウラカレニケリ
    寄水田

 四九四 タツカネノキコユルタヰニイヲリシテ ワレタヒニアレトイモニツケコソ
 四九五 タレカコノヤトニキテヨフタラチネノ オヤニイハレテモノ思フワレヲ
 四九六 ノチツヒニアカスモナリネイモヲヽキテ イマハモトメシコヒハシヌトモ
十一
 四九七 ウチヒサスミヤコノ人ハオホカレト ワカオモフ人ハタヽヒトリノミ
十二
 四九八 ワキ(カセ)モコカアサケ(アケカヲ)ノスカタヨクミステ 
              ケフノアヒタヲ(ニ)コヒクラシカ(ツヽ)モ
 四九九 ヲノカイモナシトハキヽツイモニキテ 
          マテネヨキミカマヘ(ツ)ニトモヨシ
十一
 五〇〇 シハラクモミネハコヒシミワキモコニ ヒニクレハコトノシケヽム
十一
 五〇一 ハヤ人ノナニヲフヨ(マ)シヱノイチシロク 
          ワカナヲイハヽツマトタノマム
十一
 五〇二 ナカニミサリシヨリモアヒミテハ」コヒシキコヽロマシテオモホユ
 五〇三 ○アサネカミワレハケツラシウツクシキ 
          キ( 人ノ)ミカタマクラフレテシモノヲ
 五〇四 アヒオモハヌイモハナニセムヽハタマノ ヒトヨモユメニミエモコナクニ
 五〇五 イキノオニオモヒオモヘハタマサカニ イモカツカヒヲアヒミツルカモ

 五〇六 コヒシキハケニナキモノヲイマタニモ トモシカルヘクアフヘキヨタニ
十一
 五〇七 タマヒヽキ昨日ノユフヘミシモノヲ ケフノアシタニコフヘキモノカ
 五〇八 モトアラシトコトノナクナニイフコトヲ 
          キヽ(キ)シルラクハスクナカリケリ
十一
 五〇九 オモフヨリミルヨリモノハアルモノヲ ヒトヒヘタツルワスルトオモフナ
 五一〇 カクテノミマ( モチワツラフニ)チツヽヤヘムタマノヲノ 
          タエテミタレテハスヘ(ツ)ナカルヘシ
十一
 五一一 シキタエ(ヘ)ノコロモテカレテタマモナ(ナ)ヒ(ス)キ (ナヒキ)
         カヌランワレマチカテニ」三六
    寄衣

 五一二 アキツハニヽホヘル衣ワレハキシ キミニマタサハヨルモキルカネ
    寄露

 五一三 ナツクサノツユワケコロモキモセヌニ 
      ワ( ナトワカソテノカハク)カコロモテノヒル(ヨモナキ)トキモナキ
十一
 五一四 ユヘナシニワカシタヒホノトケタルヲ 人ニシラヌナタヽニアフマテ
十一
 五一五 ソテフルヲアルヘカリケルワレナレト 
          ソノマツカエ(ハ)ニカクレタリケリ
十一
 五一六 (ヒモ)カヽミノトカノヤマム(モ)ル(タ)カ(レ)ユヘカ 
           キミキマセルニヒモ( トカ)ヨスネム
十一
 五一七 ユフサレハユカノウヘサラヌツケマクラ サレトモナレカヌシマチカタシ
十一
 五一八 ワキ( カイモニ)モコシワレヲオモハヽマスカヽミ 
           テリイツル月ノカケニミエテコ
十一
 五一九 サトヽヲミウ(コヒワヒ)ラワレニケリマスカヽミ 
           ユカノウヘサラスユメニミエニキ
十一
 五二〇 マスカヽミテニトリモチテアサナ」ミレトモキミヲアク時モナシ
    問答
十一
 五二一 マスカヽミヽツトイハメヤタマキハル イワカキフチノカクレタルツマ
十一
 五二二 シラタマヲマキモチシヨリイマタニモ ワカタマニセムシルトキタニモ
十一
 五二三 アフミノウミシツムシラタマシラスシテ コヒセシヨリハイマソマサレル
十一
 五二四 アサ( カ)ツク(キニ)ヒム(サ ス)カフツケクシ( ハ)フルケレト 
           ナニソモ君カミレトアカ(ハ)レヌ(ハ)
十一
 五二五 タマホコノミチヲワカスシアラマセハ シノヒニカヽルコヒニアハマシヤ
 五二六 ワカコフルイモハヽルカニユクフネノ スキテクヤシヤコトモツケナン
 五二七 オホフネノオモヒタノメルキミユヘニ ツクスコヽロハオシケクモナシ
十一
 五二八 オモフニシアマリニシカハニホトリノ アハシヌレクルヲ人ミテムカモ
 五二九 ハルサレハノヘニマツサクカホトリノ カホニアリツヽワスレカネツモ」三七
 五三〇 アケテトクチトリシハナクシキ(ロ)タヘノ 
          君カタマクラマタアカナクニ

 五三一 サホカハニアソフチトリノサヨフケテ ソノコヱキケハイネラレナクニ
十一
 五三二 イモコフトイネヌアサケニヲシトリノ コレヨリワタルイモカツカヒニ
十一
 五三三 アカコマノアシカキハヤミクモヰニモ カクレユクトモマカムワキモコ
十三
 五三四 アメツチノカミヲモワレハイノリキテ コヒテフモノハスヘテヤマスキ
 五三五 アラカヘハ神ハニクミスヨシヱヤシ ヨソフル人ノニクカラナクニ
 五三六 イケノオモノタマワケセトニイヲヽヲキテ 
          コヒヤワタラムナカキハルヒヲ
 五三七 ハルカスミタナヒクヤトノワカヒケル ツナハマヲツナタエムトオモヘハ
 五三八 ウクヒスハトキナケトアツマチニ イモカツカヒハマテトコヌカモ
    春相聞」
 五三九 ハルヤマニイルウクヒスノアヒワカレ カヘリマスマノオモヒスルカモ
 五四〇 カハヽシキハナタチハナヲハニヌヒテ ヲチランイモヲイツトカマタン
 五四一 ワカセコヲウラマチカケ(ネツ)テホトヽキス 
          イタクナカナンコヒモヤムヤト
    詠鳥

 五四二 モノオモフトイネヌアサアケノホトヽキス 
          ナキテサワタルスヘナキマテニ
    寄鳥
 五四三 ハルシアレハスカル(ミ)ナルノヽホトヽキス 
          ホトイモニアハスキニケリ
 五四四 ヒコホシノウラフルイモカコトタニモ ツケニソキツルミネハクルシモ

 五四五 マケナカクコフルコヽロシ秋カセニ イモカヲトキコユヒモトキユカナ
    寄露

 五四六 アキハキノエタモトヲヽニヲクツユノ 
          ケカムシナマシコヒツヽアラスハ」三八
    秋相聞

 五四七 タレカレトワレヲナトヒソナカツキノ ツユニヌレツヽ君マツワレソ
    秋相聞

 五四八 アキノ夜ノキリタチワタルアサナ ユメノコトミルキミカスカタヲ
 五四九 アシタサキユフヘハシホムツキクサノ ウツロフモノハ人ニソアリケル
    寄水田

 五五〇 タチハナノモリヘノイヘノカトタエ(ハ)ヲ 
          カルトシスキヌコシトスラシモ
    寄鹿

 五五一 サヲシカノヲノヽクサフシイチシロク ワレハトハヌニ人ノシルラク
 五五二 コロモテノ山オロシフキテサムキヨヲ キミキマサスハヒトリカネヽン
 五五三 カサヽキノハネノシモフリサムキヨヲ ヒトリカネヌルキミヲマチカネ

 五五四 シクレフルアカツキヨヒモツ(ト))カス」
          コヒシキ(キ)ミトヲラマシモノヲ
 五五五 アヒミステトシハヘニケリアヤシクモ イモハコスシテアリワタルカナ
 五五六 アヒミテハイクヒサヽニモアラネトモ トシ月ノコトオモホユルカナ
十一
 五五七 ムハタマノコノヨナアケソアカラヒテ アサユクキミヲマテハクルシモ
 五五八 ○タノメツヽコヌヨアマタニナリヌレハ マタシト思フソマツニマサレル
十一
 五五九 ミツカキノサヤカニミエスクモカクレ ミマクソホシキウタテコノコロ
十一
 五六〇 クモマヨリサワタル月カオホヽシク アヒミシコラヲミルヨシモカモ
十一
 五六一 月ヲミルクニハオナシクヤマヘタテ ウツクシイモハヘタテタルカモ
十一
 五六二 アマクモノヨリアヒトヲクアハストモ コトタマクラヲワレマカメヤモ
十一
 五六三 アハサルヲオモヘハクルシアマクモノ ホカニソキミハアルヘカリケル
十一
 五六四 ユキツヽモアハヌイモユヘヒサカタノ 
          アメノツユシモヌレニタルカモ」三九
十一
 五六五 ヤマシナノコハタノサトニムマハアレト 
          アユミテワレラキミヲオモヒカネ
十一
 五六六 ミチノシリフカクシマヤマシマコロモ キミヲシミレハクルシクモアリ
十一
 五六七 カコヤマニクモヰタナヒク(キ)オホヽシク 
          アヒミシコラヲノチコヒムカモ
十一
 五六八 イハネフミカサナル山ニ(ハナケレ)アラネトモ 
          アハヌヒア(カスヲヘタテツルカナ)マタコヒワタルカモ
    覊旅発思
十二
 五六九 ワタラヒノオホカハノヘノワカクヌキ ワカクシアレハイモコフルカモ
十一
 五七〇 コヒシキヲナクサメカネテイテユケハ ヤマカハシラスキニケルモノヲ

 五七一 ヒサカタノアメノシルシトミナシカハ ヘタテヽヲキシカミヨノウラミ

 五七二 キミコスハカタミニセムトワレフタリ 
          ウヘシマツ(ヘ)ノ木キミヲマチイテン
    寄木」

 五七三 アマクモノタナヒク山ニカクルレト ワレワスレメヤコノハシルラン

 五七四 タマサカニワカミシ人ハイカナレヤ イカニシテカモマタメニハミム
十一
 五七五 ヨシエ(ヤヨ)ヤシキマサ(セハ)ヌキミヲナ( イカヽセン)ニストカ              ウ( イトハス)トマスワレハコヒツヽヲラン

 五七六 アヒミ(アヘ)テハオモテカクルヽモノナ( カラニ)ラクニ 
          ツネニミマクノホシキヽミカナ(モ)

 五七七 オモフナトキミハイヘトモアフ事ヲ イツトシリテカワカコヒサラン
十一
 五七八 マユネカキハナヒヽモトキマツランヤ イツシカミムトワカオモフキミ
 五七九 ノチツヒニキミヲマツトテウチナヒク 
          ワカクロカミニユキ(ノ)フルマテ
 五八〇 ヤマコエテトヲクイニシヲイカテカハ コノヤマコエテユメニミエケン
十一
 五八一 トシキハルヨマテサタメテタノミタル キミニヨリテモコトノシケヽム
十一
 五八二 カクハカリコヒシキモノトシラ(レリ)マセハ 
          ヨル(ソ)ニミルヘクアリケルモノヲ」四〇
 五八三 ワキモコカキステキ(ヘ)ニケルワカコロモ 
          ケカレフリナハコヒシカルヘキ

 五八四 サネソメテイクタモアラネハシロタヘノ オヒコフヘシヤコヒモツキネハ
十一
 五八五 シキタヘノマクラセシ人コトヽヘヤ ソノマクラニハコケオヒニケリ
 五八六 アサナミスハコヒム(ナム)カクサマクラ 
          タヒユクキミカヽヘリクルマテ
十一
 五八七 シキタヘノマクラウコキテイネラレス オモヒシ人ニノチニアフモノカ
 五八八 カクコヒムモノトシリセハアツサユミ スヱノナカコロアヒミテマシヲ
 五八九 アツサユミヒキテユルサスアリケルハ カヽルコヽロニアハサリシカモ
十一
 五九〇 シラタマノヒマヲアケツヽヌキシヲノ ムスヒシニヨリノチニアフモノヲ
十一
 五九一 シラタマヲテニマキシヨリワスレシト オモヒシコトハイツカヤムヘキ
十一
 五九二 ○コヒシナハコヒモシネトヤワキモコカ 
          ワカヽトヲシモスキテユクラン」
十一
 五九三 ミワタセハチカキワタリヲウチメクリ イマヤキマストマチツヽソヲル
 五九四 イモミテハツキモカハラスイソノサキ ミチナキコヒヲワレハスルカモ
 五九五 タマホコノミチユキスリニ思ハス(セル)ニ 
          イモヲアヒミテコフルコロカモ
十一
 五九六 ハシキヤシタカサフルサ(カ)モタマホコノ ミチワスラレテ君カキマサヌ
十一
 五九七 アマクモニハネウチツ(カケ)ケテトフタツノ 
          タツシカモキミキマサネハ
 五九八 ヨシエヤシタヽナラネトモヌエトリノ 
          ウエナケキヲカ(ル)ツケムコモカモ

    已上三百九十一首

   (六行分空白)」四一

  柿本人麿集下(扉)

  行旅部

   夏草  秋風  山
   野   海   島
   磯   浦   藻
   京都  家   路
   船   馬
 
  (八行分空白)」

    夏草
    覊旅哥八首内

 五九九 タマモカルトシマヲスキテナツクサノ コシマノサキニフネチカツキヌ
    秋風
 六〇〇 オモハスニタ( フクアキカセカタヒニシテ)ヒネシテフクアキカセニ 
          コロモカス(ル)ヘニ(キ)ヒトモアラナクニ
    山
    タヒニテヨメル

 六〇一 オホナムチヽヒサミカミノツクリタル イモセノヤマヲミルハシヨラモ

 六〇二 イモカタメスカノネトルトユクワレヲ ヤマチマトヒテコノ日クラシツ
    就所発思

 六〇三 コラカテヲマキモクヤマハツネニアレト スキユクヒトニユキマカメヤモ
 六〇四 ムマタマノクロカミヤマヲアサコエテ」四二
          ヤマシタツユニヌレニケルカモ

    オホウワノタイフノナカトノカミニナルトキニ、ミワノカハヘニアツマリテ
 六〇五 ヲクレヰテワレハヤコヒンハルカスミ タナヒクヤマヲ君カコエイナハ
    野
    軽皇子宿安騎野時

 六〇六 マクサカルアラノハアレトエスキサル キミカヽタミノアトヨリソコシ
    海
    ツクシニクタルトキ海路ニテヨメル

 六〇七 ナニタカキイナミノウミノオキツナミ チヘニカクレヌヤマトシマネハ
    島

    万葉本云処如乎過而夏草乃野嶋我埼尓伊埼尓埼保里為吾等者

 六〇八 アハミチノヽシマノサキノハマカセニ イモカムスヒシヒモフキカヘス」
    万葉集一々本云白栲乃藤□能浦尓伊射利為流

 六〇九 イナヒノモユキスキカテニオモヘレハ コヽロコヒシキウラノシマアユ

 六一〇 スヘラキノトホツミカトヽアリカヨフ シマトホミレハカミヨシソ思
    覊旅八首内

 六一一 アマサカルヒナノナカチヲコキクレハ アカシノトヨリヤマトシマミユ
    万葉集[云]一本家門当見由

 六一二 モヽツテノヤソノシマネヲコキクレト アリノコシマシミレトアカヌカモ
    磯
    タヒニテヨメル

 六一三 アヒキスルアマトヤミランアキノウラノ キヨキアライソミニコシワレヲ
    浦
 六一四 ホノトアカシノウラノアサキリニ 
          シマカクレユクフネヲシソ思」四三

 六一五 アラタツノフチエノウラニスヽキツル アマトカミランタヒユクワレヲ
    幸于伊勢国留京時

 六一六 ヲミノウラニフナノリスランツマトモノ タマモノスソニシホミツランカ
    藻
    タヒニテヨメル

 六一七 ワキモコカミツヽシノハムオキツモノ ハナサキタラハワレニツケコヨ
    京都
十三
 六一八 ヒサカタノミヤコヲヽキテクサマクラ タヒユクキミヲイツシカマタン
    家
 六一九 タヒネ( ニ)シテアタネスルヨノコヒシクハ 
          ワカイヘノカタニマクラセヨキミ

 六二〇 トモシヒノアカシノサトニイル日ニヤ コキワカレナンイヘノワタリミテ
    道」
    覊旅発思
十二
 六二一 ワキモハ(コヲ)ユメニミエコトヤマトチノ 
         ノワタルセトニタムケワレ(カ)ヰ(ス)ル
    船

 六二二 ケヒノウミノカハヨクアラシカリコモノ ミタレテミユルアマノツリフネ
    万葉集一本云

 六二三 ムコ(此哥有二首同)ノウラノトマリニハアラシイサリスル 
         アマノツリフネナミマヨリミユ
    馬
    ミチヲユクニ

 六二四 トヲクアリテクモヰニミユルイモカイヘニ 
          ハヤモイタランアユメクロコマ
    石見国ヨリ妻ワカレテノホルトテ
 六二五 ア(青駒)ヲコマノア( 足掻)カキヲハヤミクモヰニワ 
         イモカアタリヲスキテキニケリ(レ)

                      二十七首」四四

 哀傷部

  秋紅葉  天   日
 
   月   雲   霧
   山   峯   河
   池   嶋   磯
   小竹  人   使
   枕   家   門
   鳥   社

    秋紅葉
    メニヲクレタルトキノウタ」

 六二六 アキヤマノモミチヲシケミマトフ(ヒヌル)ラン 
          イモヲモトメ(ムト)ムヤ(山)(チ)ハシラスモ
    石見国ヨリメヲワカレテノホル時ニ

 六二七 ○秋山ニオツルモミチハ(ノカレヌトモ ク)シハラウハ 
         ナ( チリナマカヒ)トリミタレソイモカ(モミルヘク)アタリミム

    高市皇子ヲ城上ニオサメタテマツルトキノ哥

 六二八 ヒサカタノアメニシラ( ヲ)ルヽ君ユ(ニヨリ)ヘニ 
         ツキヒモシラスコヒワタルカモ
    日
    吉備津釆女死時

 六二九 アマカソフオフシツコウカアヒシ日ヲ オホキミシカハイマソクヤシキ
    月
 六三〇 コソミテシ秋ノツキヨハテラセトモ 
         アヒミシコ(イモ)ラハイヤトシ(ヲサカ)ハナル
    万葉集□コソミテシ秋ノ月」四五
    夜ハワタレトモアヒミシイモハイヤトシサカル
    日並皇子殯宮之時哥

 六三一 カネサス日ハテラセトモウハ( 烏玉)タマノ 
         ヨワタル月ノカク(ケクラ)ラクヲシモ
    雲
    土形娘子大葬泊瀬山時

 六三二 カクラクノトマセノヤマノ山キハニ イサヨフクモハイモニカアラン
    霧
    溺死出雲娘子大葬吉野之時二首

 六三三 ヤマキハニイツモノコラハキリナレヤ ヨシノヽ山ノミネニタナヒク
    山
    妻ニヲクレタルトキノウタ

 六三四 フスマ(衾道乎引手山)チヲヒキテノ山ニイモヲヽキテ 
         ヤマチヲユケハイケリトモナシ」
    万葉集□フスマチヲヒキテノ山ニイモヲヽキテヤマチ思フニイケリトモナク

 六三五 カリ(モ)ヤマノイハネノ(シマケルワレヲカモ)タマニアルワレヲ 
           シラヌ(ステ)モイモカマチツヽマ(アラン)セル
    サヌキノサミネノシマニテ、イハノウヘナルナクナレル人ヲミテ

 六三六 ツマモアラハトリテタキマシサミノヤマ 
           ノカミノウハキ( ハ)スキニケラメ(ス)ヤ
    峯
    宇(挽哥)治若郎子宮所哥

 六三七 イモコカリイマキノミネニナミタテル 
          ツマヽツノ木ノ(ハ)ムカシノ人ミケム
    河
    キヒツウネヘナクナリテノチニヨメル
 六三八 サヽナミノシカノツヽ(シ□)コカユクミチノ 
          カハセノミチヲミレハカナシモ
 六三九 カハカセノサムキハツセヲナケキツヽ 
          キミカアルクニヽタル人モアヘヤ」四六
     右二首
     万葉集□紀(或云)皇女薨之後山前王代石田王
     作者但前哥題雖注山前王哥右非注
     人丸次返哥二首無其題与前哥相同可云人丸歟

    明日香皇女殯宮時
    可考 二
 六四〇 アスカヽハアスタニミムトオム(モ)フヤム(モ) 
          ワカオホキミノミナワスレセヌ

 六四一 ヤクモタツイツモノコラカクロカミハ ヨシノヽカハノオキニナツサフ
    アスカノ皇女ヲ(木殯宮時)カネニオサムル時ニヨメル

 六四二 ○アスカヽハシカ( ラナミタカシ)ラミワタシト(セカ)リマセハ 
           ナカルヽミツモノトケカラマシ
    池」
    タケチノ皇子ヲシキノカミ□ニ
    カリニオサメタテマツルトキノ哥

 六四三 ウヱヤスノイケノツヽミノカクレヌノ ユクヱモシラストネリハマトフ
    サルサハノイケニウネヘノ身ナケケルトキニヨメリ
 六四四 ワキモコカネクタレカミヲサルサハノ イケノタマモトミルソカナシキ
    島

 六四五 タマツシマイソノウラマノマナコニモ ニホヒテユカナイモヽフレケン
    磯
    讃岐狭峯島視石中死人

 六四六 オキツナミキヨキ(ル)アライソヲシ( 色)キタ(妙)ヘノ 
          マクラトマキテナセ(レ)ルキミカモ

 六四七 シホケタツアライソハアレトユクミツノ 
          スミユクイモカ(一字分空白)タミトソミル
    紀伊国作哥四首」四七

 六四八 モミチハノスキユクコラトタツサハリ アソヒシイソマミレハカナシモ
    小竹
    イハミノクニヨリメヲワカレテノホルトキニ
 六四九 サ( 小竹)ヽノハヽミヤマモサ( 清)ヤニミタルト(ラン)モ 
         ワレハイモヲモワカレキヌレハ
    人
 六五〇 アサツユノケ(キエ)ヤスキワ( 身ハ)カ身オイヌトモ 
         マタワ( コマカヘラン)カヽリキミヲシマ(思ハン)ルラン
    使
    メニヲクレタルトキノウタ

 六五一 モミチハノチリユクナヘニタ( 玉杵)マホコノ 
         ツカヒヲミレハアヒシ((マ)オ(マ))モホユ
    見香具山屍歌

 六五二 クサマクラタヒネノヤトリニタカツマカ クニワスレタルイツマタナクニ
    家」
    メニヲクレテヨメル

 六五三 イヘニキテワカヤヲ(ト)ミレハタマユカノ 
          ホカニムカ(キ)ヘ(ケル)リイモカキ(コ)マ( 木枕)クラ
 六五四 イハミノウミウツルノヤマノコノマヨリ ワカソテフルヲイモミランカモ
     右歌躰雖同句々相替因此重載
    石田王卒時
 六五五 カクラクノトマセヲチメカテニマケル 
          マタハミタレテアリトイハシヤム(モ)

 六五六 フルキイヘニイモトワカミシヌハタマノ 
          クロウ(ク)シカタヲミレハサフラン
    門
    日並皇子殯宮時

 六五七 ヒ(久堅)サカタノソ(アメヲ)ラミルカコトアフキミシ 
         ミコ(皇子)ノミ(御門)カトノアレマクヲシミ(モ)
    鳥
    日並皇子殯宮之時ノウタ
     万葉集□
     或本歌者」四八

 六五八 シマノミ( 宮ノ)ヤミカ(勾乃池)リノイケノハナチトリ 
         ヒトメニコヒテイケニ( ハ)スマス
    社
    高市皇子城上殯宮時
    万葉集云件一首檜偎母王怨泣沢神社之哥也

 六五九 ナクサハノモリニミワスエイヽノレトモ ワカオホキミハタカヒシラレヌ

                   三十三首

  (八行分空白)」

 雑部
 
  春[立春] 花 夏[阿不知花榛] 秋[田]
  天   月    雲
  雨   露    煙
  山   野    河
  湖   浜    浪
  藻   松    葉
  藺   天皇   皇子
  髪   祈    懐旧
  衣   弓    玉
  道   船    莒鳥
  奴衣鳥      旋頭歌」四九

    春
    立春
十(\)
 六六〇 フユスキテハルシキヌレハトシ月ハ アラタマレトモ人ハフリユク
    花
    懽逢
十(\)
 六六一 スミヨシノサトヲコシカハヽルハナノ マシメツラシミキミニアヘルカモ
    詠花
十(\)
 六六二 ウチナヒキハルサリクレ(ラシ)ハヤマノヤ(ハニ)ノ 
         ヒサキノスヱノサキユクミレハ
    詠花
十(\)
 六六三 カハツナクヨシノヽカハノタキノウヘニ(ノ) 
         アセミノハナソサ(オクニマモナキ)キテアタナル
    詠花
十(\)
 六六四 コ( イニシトキサキシヒサキハイマサキヌ)ソサキシヒサキイマサク
         イタツラニ ヘ(ツ)チニヤヲチムミル人ナク(シ)ニ
    詠花」
十(\)
 六六五 アホヤマノサネキノハナハケフモカモ 
         チリマ( ミタル)カフランミル人ナシニ
    ヲムナヲヱイス

 六六六 ウクヒスノコツタフエタ( 梅)ノウツロヘハ 
          サクラノハナノトキカタマキヌ
    夏 阿不知花

 六六七 ワキモコニアフチノハナハチリスキヌ 
          イマサケルコトアリトカム( モ)キク
    榛
    榛ヲヱイス

 六六八 オモフコノコロモニスランニホヒサヨ シマノハニソラアキタヽストモ
    秋田

 六六九 ワキモコカアカム(モ)ヌラシテウヘシタヲ 
          カリテヲサメムクラナシノハマ
    天
    詠天

 六七〇 アマノウ( カハ)ミニ(イ)クモノナミタチ月ノフネ 
         ホシノハヤシニコキカクサレヌ
    月」五〇
    詠月

 六七一 サヨフケテイテコム月ヲタカヤマノ ミネノシラクモカクシテムカモ
    譬喩哥
十(\)
 六七二 ワカヤトノケモヽノシタニツキヨサシ シタコヽロヨシウタテコノコロ
十一
 六七三 ヒサカタノアマテル月ノカクレナハ ナニヽヨソヘテイモヲシノハン
    雲
    詠雲

 六七四 アシヒキノヤマカハノセノナルナヘニ 
          ユツ(ヘ)キカタケニクモタチワタル
    詠雲

 六七五 アナシカハカハナミタチヌマキモクノ ユツキカタケニクモタテルラシ
 六七六 ナカラフルイモカイノチハアクマテニ ソテフリカケテクモカヽルマテ
 六七七 コトニノミアヒヌトイヒシクラハシノ ミネノシラクモタユタヒニケリ」
     万葉集云弓削皇子遊吉野時御カヘリニ春皇奉和哥但件歌出人麿之哥集

 六七八 ミヨシノヽミフネノ山ニタツクモノ ツネニアラムトワカオモハナクニ
    雨

 六七九 ワキ(カセ)モコカアカモノス(コシヲ)ソノソミ(メムトテ)ヌレハ 
         ケフノコサメニワレト(ソ)ヌラ(レヌル)スナ
    露
 六八〇 ユフケトフワカコ( ソテニヲクツユオホミ)ロモテニヲクツユヲ 
         キ(イカニセムトカ)ミニミセムトヽレハキエツヽ
    煙
    詠煙
十(\)
 六八一カ スカノニケフリタツミユヲトメコ(ラ)シ 
         ハルノヽヲハキツミテニラ(ルラシ)シモ
    山
    詠山

 六八二 ミムソノヤソノヤマナミニコナカテヲ 
          マキモク山ハツキテシヨラン」五一
    ヤマ
 六八三 ナルカミノヲトニノミキクマキモクノ ヒハラノヤマヲケフミツルカナ
 六八四 トマリヰテカツラキヤマヲミワタセハ ミユキソフレルマタユキフクテ
    イハミノクニヽアリテナクナリヌヘキトキニヨメル
 六八五 イモヤマノイハネシマケルワレヲカモ シラステイモカマチツヽヲラン
    ナツノサウフヲヱイス
 六八六 マスラヲノイテタチムカフシノヽメニ カミナヒヤマニ (八字分空白)
    野
    野遊
十(\)
 六八七 カスカノヽアサチカウヘニオモフトチ アソフケフヲハワスラレメヤモ
    河
    詠河

 六八八 マキモクノアナシノカハニユクミツノ タユルコトナクマタカヘリミン」

 六八九 ムハタマノヨルサリクレハマキモクノ カハヲトタカシモアラシカモトキ
    就所発思

 六九〇 マキモクノヤマヘトキミテユク水ノ ミナハノコトシヨヒトワレラハ
 六九一 アマノカハワタルセコトノミチクラノ コヽロモキミヲユキヽマセトヤ

 六九二 イニシヘノサカシキ人ノアソヒケン ヨシノヽカハラミレトアカヌカモ
 六九三 クタラカハカハセヲセハミワカコマノ アシノソコニモヌレテクルカモ
    ヨシノヤマニミユキスルトキノ

 六九四 ミレトアカヌヨシノヽカハノトコナメニ(ノ) 
         タユルトキナクマタカヘリミ(コ)ム
 六九五 ミヌホトノコヒシミヨシノケフミレハ ムヘモイヒケリヤマカハキヨミ
    湖
 六九六 サヽナミヤシカノカク(ラ)サキ(サチアレト)ハ 
         オホミヤ人ノミネハマサラス
    浜」五二
 六九七 ミニ( シ)ユカンオキツシラマノハマヒサシ 
          ナミニヤツシテクチハテヌマニ
    波
 六九八 シラナミハタテトコロモニカサナラス アカシモスマモヲノカウラ
    藻

 六九九 タチハキノタフサノスヱニカ( イマモ)ケムカモ 
          オホミヤ人ノタマモカルラン
 七〇〇 ユフサレハカチヲトスナリカツキヒメ オキハモカリニイツルナルヘシ
    松
 七〇一 ○アツサユミイソヘノコマツタカ世ニカ 
          ヨロツ世カネテタネヲマキケン
    幸紀伊国見結松

 七〇二 ノチミムトキミカムスヘルイハシ( 磐代)ロノ 
         コマツカウレヲマタモ(ミツル)ミムカモ
 七〇三イニシヘノフルキオキナノイハヒツヽ ウヘシコマツハコケムシニケリ
    葉」
    詠葉

 七〇四 ユクカハノスキユ(ニシ)クヒトノタオラスハ 
          ウラフレタテルミワノヒハラハ
    詠葉

 七〇五 イニシヘニアリケン人モワカコトカ ミワノヒハラニカサシオリケン
    藺
    上野国歌
十四
 七〇六 カムツケノイナラ(コ)ノヌマノオホヒクサ ヨソニミシヨハイマコソマサレ
    天皇遊雷岳之時

 七〇七 スヘラキハカミニシマセハアマクモノ イカツチノウヘニイホリスルカモ
    万葉集□或本云献忍壁皇子也其哥曰、王神座者雲隠伊加土山耳宮敷座
    吉野行幸ノトキヨメル

 七〇八 ヤマカハモヨリテツカフルカミナカラ タキツカフチニフナテスルカモ」五三
    問答
十一
 七〇九 スヘラキノカミノミカトヲカシコミト サフラフトキニミツルキミカモ
    皇子
    長皇子遊獦路池之時

 七一〇 ヒサカタノソラユク月ヲアヰ( ミ)ニサシ 
          ワカオホキミハカサニナシタリ
 七一一 オホキミハカミニシマセハアキノタツ 
          アラヤマナカニウミヲナカ(メ)メモ
 七一二 アメノマスコトノヘノコカアハムトキ オホノミシカハイマソクヤシキ
 七一三 ヤヤマロカワカオホキミカオホクカハ 山トミカトモオナシトソ思フ
    献舎人皇子

 七一四 タラチネノオヤノイノチノコトニアラハ トシノヲナカクタノミスキメヤ
    髪
 七一五 ムハタマノイモカクロカミコヨヒモヤ ワカナキトコニナヒキテヌラン
    祈」
十三
 七一六 シキシマノヤマトノクニハコトタマノ 
          タスクルクニソマサチアレマ(ヨ)ク
    懐旧
    近江ノ荒タルミヤコヲスクルトキ

 七一七 サヽナミノシカノオホワタヨトムトモ ムカシノ人ニマタムアハメヤモ
    アフミノミヤコノアレタルヲミテ
 七一八 サヽナミノオホツノ宮ハナノミシテ 
          カスミタナヒキヒ(ミ)ヤキモリナム(シ)
    フルキコトヲヱイス
 七一九 ミナモノハアタラシキヨニミナヒトハ フリヌルノミソヨロシカリケル
    アフミノアレタル宮ヲスキシ時

 七二〇 サヽナミノシカノカラサキサチアレトモ オホミヤ人ノフネマチカネツ

 七二一 アフミノウミユフナミチトリナカナケハ 
          コヽロモシラヌニイニシヘオモホユ
    衣
    寄衣

 七二二 イマヌヘルマタラコロモハメニツクト」五四ワレニオムホユイマタキネトモ
    寄衣

 七二三 ハナニハム人ハイフトモオリツカン ワカハタモノヽシロアサコロモ

 七二四 キミカタメウキヌノイケニヒシトルト ワカソメタモトヌレニケルカナ
    イハミノクニヨリメヲワカレテノホルトキニ

 七二五 ○イハミノヤタ( 高角)カツノヤマノコノマヨリ 
         ワカフルソテヲイモミツランカモ
    万葉集□或本反歌曰
 七二六 イワミナルタ(打哥山)カツノ山ノコノマヨリ 
         ワカソテフルヲイモミケ(ツラムカ)ムカモ
    弓
    未勘国哥
十四
 七二七 アツサユミスヱハヨリネムマサカコソ ヒトメヲオホミナヲハシニヲケレ
    笠
 七二八 ワカセコカイシ(ヘヲ)ヒタノミテアシヒキノ 
         ヤマスケカ(ミノ)サヲトラテキニケリ(ル)」
    簾
    献泊瀬部皇女

 七二九 シキタヘノソテカ( 易)ヘシキミタマタレノ 
         コ( ウチノスマセル)スノヲスキテマタモ(ハ)アハム(シ)カ(ヤ)モ
    玉
    寄玉

 七三〇 ワタツウミノテニマ(カシモタル)キシタルタマユヘニ 
         イソ(ハウチメクリ)ノウラワニアサリスルカモ
    寄玉

 七三一 ワタツミノモタルシラタマミマホシミ(ト) 
          チカヘリツケツ(ム)アサリスルアマ
    寄玉

 七三二 アチムラノトホヨノウミニフネヲウケテ シラタマトラム人ニシラスナ

 七三三 オチコチノイソナカニアルシラタマヲ 人ニシラセテミルヨシモカモ

 七三四 アサリスルアマハツクトモワタツウミノ 
          コヽロヲエテハミルトイハナクニ」五五
    道
 七三五 ミヤコチハワレモシリタリソノミチハ トヲクモアラストシノフルマテ
    船
    イセノクニヽミユキスルトキ京ニトヽメラレテ
 七三六 ○アラ(ミ)ノウミニフナノリスランオ( ワキモ)トメコカ 
         アカムノスソニシホミツランカ
 七三七 コチカセニヨセムナミタカアマヲフネ 
          ユトリソワフルサ(ヒ)ヲサケノシマ
    イセノクニヽミユキシ給ヘルトキ京ニトヽマリテ

 七三八 シホサヰニイツ(チシノウラニ)ラコノシマニコクフネニ 
         イモヌルランカアラキシ(ハ)マヘヲ(ニ)

 七三九 ムコノウミノトマリニハアルラシイサリメカ 
          アマノツリフネナミマヨリミユ
    万葉集□遺新羅使当所
    誦詠之中」
 七四〇 ムコノウミノハマヨクアラシイサリスル 
          アマノツリフネナミノウヘユミユ
     哥雖相似一句已墨仍不載
     件哥同事也
    莒鳥
    詠鳥
十(\)
 七四一 アサヰテニキナクハコトリナレタニモ キミニコフレハトキヲヘスナク
    奴衣鳥
 七四二 ヨカラムヤヨカラシヤトソヌエトリノ ウラヒレヲレハヽルケカシム
    旋頭歌
十(\)
 七四三 シラユキノツネシクフユハスキニケラシモ 
         ハルカスミタナヒクノヘノウクヒスナクモ(ヲ)
十(\)
 七四四 カスカナルミカサノヤマニ月ム(モ)イテヌカモ 
         サキヤマニサケルサクラノハナモ(ノ)ミユヘク

 七四五 ハルヒスラタニタチツカラキミハアハレヤ 
         ワカクサノツマナキヽミカタニタチツカル」五六

 七四六 ナツカケノネヤノシタニテコロモタツイモ 
         ウラフレテワカタメタヽハヤヽオホキニタテ

 七四七 カノヲカニクサカルワ(ヲノコ)ラハシカナカリソ 
         アリツヽモキミカキマサンミマクサニセン

 七四八 キリスワカユカノウヘニナキツヽモトナ 
         ヲキヰツヽキミニコフルニイモネカネヌニ

 七四九 シノスヽキホニハサキイテヌコヒソワレスル 
         カケロフノタヽヒトメノミヽシ人ユヘニ

 七五〇 アラレフルトホツエニアルアトカハヤナキ 
         カリツトモマタモオフテフアトカハヤナキ

 七五一 ウラ(チ)ヒサスミヤチニアヘリシヒトヘマユヱニ 
       タマノヲノオモヒミタレテヌルヨコソオホキ

 七五二 アツサユミヒキツヘニアルナノリソノハナ 
         ツムマテニアサヽラメヤモナノリソノ花
十一
 七五三 マスカヽミシカトオモフイモニアヘルカモ 
         タマノヲノタエタルコヒノシケキコノコロ

 七五四 アサツクヒムカヒノ山ニツキタテルミユ 
         トヲツマヲモタランヒトハミツヽシノハセ」

 七五五 ウラヒサスカ(ミ)ヤチヲユクトワカムハヤレヌ 
         タマノヲノオムヒミタレテイヘニアラマシヲ

 七五六 キミカタメテツカラオレルコロムキマセヨ 
         ハルサラハイカニヤイカニスリテハヨケム

 七五七 ハシタテノクラハシカハノハシノハシハム 
         ミサカリニワカワタシタルイシノハシハモ

 七五八 ハシタテノクラハシヤマニタテルシラ((マ)ム(マ)) 
         ミマホシミワカスルナヘニタテルシラクム

 七五九 ハシタテノクラハシカハノカハノシヘ(ツ歟)スケ 
         ワレカリテカサニムアマスカハノシツケ(ス)ニ

 七六〇 アヲ(セ)ミツラヨサミノハラノヒトニアヘル 
         カムハシハシハルアフミノカタニモノカタリシツ

 七六一 ミナトナルアシノスヱハヲタレカタオリシ 
         ワカセコカフルランテミムトワレソタヲリシ

 七六二 カキコシニイヌヨヒコシテトカリスルキミ 
          ヲ(アラ)ヤマノハラニヤマヘニムマヤスメキミ

 七六三 ミナソコニオキノタマム(モ)ノナカテワソノ」五七ハナ 
         イモトアレトコヽニカアルトナノリソノハナ

 七六四 スミヨシノイテア(ミ)ノハマノシハナカリソネ 
          ヲトメラカアカム(モ)ノスソヲヌレテユラムミム

 七六五 イケノヘノヲクサカシタノシノナカリソネ 
         ソレヲタニキミカヽタミニミツ□シノハム
 七六六 ヨフコヱヲキカマシモノヲユフカケ( コ)ニナク 
         ヒクラシコヽハクノヒコトニキケトアカヌカム

  已上百五首
  都合百六十五首
  惣上中下合七百六十三
  首歟」

 本云
 建長五年五月八日以繖前槐
 御本書写校合了
 可秘ヽヽ    日孝」五八


私家集大成第一巻 4-1・新編増補 人麿Ⅳ 人丸集[冷泉家時雨亭叢書『詞林采葉抄人丸集』]】296首


 人丸集(冷泉家時雨亭叢書『詞林采葉抄 人丸集』)
 
万二
   一 なる神のをとにのみきくまきもくの (/)ひはらの山をけふ見つるかも
万七
   二 いにしへの事はしらぬをわれ見ても ひさしくなりぬあまのかく山
万二
   三 わかせこをこちこせ山と人はいへと (/)きみもきまさぬやまのなゝらし
万七
   四 おほきみのみかさの山のおひにせる (/)ほそたにかはのをとのさやけさ」一
万七
   五 佐保河にあそふちとりのさ夜ふけて そのこゑきけはいねられなくに
   六 見し人のこひしみよしのけふみれは むへもこひけりやまかはきよみ
万七
   七 宇治河におひたるすかもかはゝやみ とらてきにけりつとにせましを

   八 ちはやひとうちかはなみをきよみかも たひゆく人のたちかてにする」
[続古] 七
   九 さよふけてほり江いつなるまつらふね かはをとたかしゝほはやみかも

  一〇 いとまあらはひろひにゆかむ住吉の きしによるてふこひわすれかひ

  一一 すみよしのきしにいへもかおきにへに よするしらなみゝつゝおもはむ
  一二 住吉のおきつしらなみ風ふけは うちよする浪をみれはきよしも」二
  一三 ゆふされはかはをとすなりかつきめの おしきつかりにいつるとおもはむ
  一四 家をいてゝたひにしあれはあきかせの さむきにかりそとひわたりける

  一五 たまつしまみれともあかすいかにして つゝみもたらむみぬ人のため

  一六 むはたまのくろかみ山をあさこえて 山したつゆにぬれにけらしも」
  一七 さほ山にたなひくゝものたゆたひに おもふこゝろをいまそさたむる
  一八 草かくれなくさをしかのみえねとも いもかあたりをゆくはこひしも
  一九 ひさかたのあまてる月のくもまにも きみをわすれてわかおもはなくに
  二〇 神な月しくれのあめをまつとかも かりのなくねのこゝにともしき
  二一 いへの井のたまわけさとにいもをゝきて こひやわたらむなかき春ひを」三
  二二 あまくものちへにかきわけあまくたる ひともなにせむいもにあはすは
  二三 むめのはなさきてちるともしらぬかも いまゝて(三字分空白)いもにあひみぬ
  二四 今更にいもにあはてやはるかすみ たなひくのへのはなとちりなむ
  二五 ことたえていまはこひしとおもへとも せきあへぬこゝろこひに猶いな」
  二六 あつさゆみひきはりもちてゆるさぬに わかおもふこゝろきみはしらすや
  二七 あひみすてとしはへにけりあやしくも いもはこひすてありわたるらん
十一
  二八 あしたつのさわくいり江( の)しらすけの しられんためとこひ(三字分空白)かも
  二九 ひとりしてものをおもふかすへな(かも)きに ゆくともいもにあふ時もなし
  三〇 うちのうみのつりするあまの舟にのり」四のりこひはつねにわすれす
  三一 いまもおもふのちもわすれすゝり衣 みたれてのみそわかこひわたる
  三二 うちわひてひとりねつれはますかゝみ とるとゆめみついもにあふかも
  三三 はるさめに衣のそてはひちぬとも いもかいへちの山はこえなむ

  三四 あさひかけゆふへはしほむつきくさの」けぬへきこひもわれはするかも

  三五 はふりこかいはふやしろのもみち葉も (/)しめをはこえてちるてふものを

  三六 くたら河かはせをはやみあかくもの あしのうらにもぬれてくるかも
  三七 たひにしてあたねするよのこひしくは わか家のかたにまくらせよきみ
  三八 衣手にたゆたふいのちなか月の ありあけまちにみれとあかぬかも」五

  三九 かりかねのきなけるなへにから衣 たつたの山はもみちしにけり
  四〇 あさなたつ河きりをさむみかも たかはら山のもみちそめけん
  四一 心のみ思しものをあきやまの はつもみちはのいろつきにける
  四二 くれなゐのやしほのあめそふりくらし たつたの山のいろつくみれは」

  四三 わたつみのしまもあらぬにあまのはら たゆたふ浪にたてるしらくも

  四四 わきもこかあかものすそをそめむとて けふのこさめにわれそぬれぬる
七 九
  四五 あしひきの山かはのせのなるなへに つきゆみたかく雲たちわたる

  四六 ますかゝみてるへき月をしろたへの くもかくせるはあまつきりかも」六

  四七 もゝしきのおほみやひとのまかりいてゝ あそふこよひの月のさやけさ

  四八 たまたれのこすのまとほりひとりゐて 見るしるしなきゆふつくよかも

  四九 あすの夜をしらす月よはかたよりに こよひによりてよやなかゝらむ

  五〇 つねはさもおもはぬものをこの月の すきかくれまくおしきよひかも
七 九
  五一 あまの河雲の浪たち月のふね (/)ほしのはやしにこきかくされぬ」
  五二 夏草のしけきわかこひすみの江の はまのしらなみちへにつもりぬ
  五三 つるきはを身にとりもちてあらしゝか こひのみたれのものとはありける
四 大納言大伴卿
  五四 さか木にも手はふるといふをうつたへに 人つまといふはふれぬものかは
  五五 わきもこをわかこひしきは春やまの たなひくゝものすくるひまなし
  五六 のちつゐにあはすもなりねいもをゝきて」七いまはもとめしこひはしぬとも
  五七 秋くれはかふかの山にたつきりを うみとそみけるなみたゝなくに
  五八 衣手もさしかへつへくちかけれと 人めをおほみこひつゝそをる
  五九 いにしへのふるきおきなのいはひつゝ うゑしこまつはこけむしにけり

  六〇 しまつたふあしはやをふね風まつと としはやへなむあふとはなしに」
十二
  六一 みつくきのをかのくす葉をふきかへす おもしるこらか見えぬころかも
  六二 ひとりゐておもひなみたれあまくもの たゆたふこゝろわかおもはなくに
  六三 いきのをにおもひおもへはたまさかに いもかつかひをあひみつるかも
十一
  六四 わかせこか家をたのみてあしひきの 山すけみのをとらてきにける」八
続後 入
  六五 わきもこかそてをたのみてまのゝうらの こすけのかさをきすてきにけり
  六六 いも見ては月もかはらすいそのさき みちなきこひもわれはするかも
  六七 ゆふされは野辺になくてふかほとりの かほに見えつゝわすられなくに
  六八 あはさるをおもへはくるしあまくもの ほかにうき身はあるへかりける」
  六九 ほとゝきすなくさほ山のまつのねの ねむころ見まくほしきゝみかも
  七〇 みくま野にたつあさきりのゝへすして われはあひみむたえむとおもふな
  七一 わかやとの花橘に郭公 さけひてなかぬこひのしけきに
  七二 うくひすはときなけとあつまちの いもかつかひはまてとこぬかも
  七三 けふときみをまつ夜のふけぬれは なかき心をおもひかねつる
  七四 あめふるに夜はふけにけりいまさらに」九きみきまさめやひもときてねむ
  七五 さをしかのふす草むらはみえねとも いもかあたりをいけはかなしも

  七六 あしひきの山したかせはふかねとも (/)きみかこぬ夜はかねてさむしも
  七七 たつた山みねのしらくもたゆたひに 思しやれはまつそすへなき
  七八 かくてのみこひしわたれはたまきはる いのちもわれはおしけくもなし」
  七九 けふありてあすはすきなん神な月 しくれにまかふもみちかさゝん
  八〇 へくり河たゆることなくおもふらむ ひとひもいもかおもひかねつる
  八一 あさなみすはこひなんくさまくら たゆくきみかゝへりくるまて
  八二 つゆしものをくあしたよりかみなひの みむろの山はいろつきにけり
  八三 かくこひむものとしりせはあつさゆみ」一〇 すゑのなからへあひみてましを
  八四 かくのみにこひやわたらむはる山の みねのしらくもすくともなしに
  八五 きのふこそ月はすきしかいつのまに はるのか( す)みはたににけるかも
  八六 かさゝきのはねにしもふりさむきよに ひとりそねぬるきみをまちかね

  八七 ことにいへはゆゝしみあさかほの ほにはさきいてぬこひをするかも」
  八八 秋はきのうつろひなむをゝしむかも 野辺にいてつゝさをしかのなく
  八九 おもはすにふく秋かせかたひにして 衣かるへき人もあらなくに

  九〇 いそのかみふるのわさたのほにはいてす 心のうちにこふるこのころ

  九一 わかせこをなこしの山のよふことり きみよひかへせよのふけぬとき
  九二 み山ちは我もしりたりそのみちは」一一 とほくもあらしとしのふるまて
  九三 よそにありてくもゐにみゆる峯のうへに さきたる花をとらてはやまし
  九四 とまりゐてわれはこひへむはる霞 たなひく山をきみこえゆかは
  九五 はきのはなちるはおしけむ秋のあめ しはしなふりそいろのつくまて
  九六 わかこふる心をしらてのちつゐに かゝるこひにもあはすあらめや」
  九七 桜花えたになれたるうくひすの うつし心もわかおもはなくに
  九八 あさなわか道やなきうくひすの きゐてなくへき時にはなりぬ
  九九 とまりゐてかつらき山をみわたせは みゆきふれるそまた冬ならし
続後 入
 一〇〇 あをやきのかつらにすへくなるまてに まてともなかぬうくひすのこゑ
 一〇一 あさみつもはるのつゆしもをきそめて」一二 しはしも見ねはこひしきものを
 一〇二 ことにのみあひ見ぬとおもへはくらはしの みねのしらくもたゆたひにけり
十二
 一〇三 かくはかりこひむとかねてしらませは いもをは見すそあるへかりける
 一〇四 春さめのうちふることにわかやとの やなきのすゑはいろつきにけり
 一〇五 あをやきのしけりにたちてまとふとも いもとむすひしほとゝけめやは」
 一〇六 山こえてとほくいにしをいかてかは このやまこえてゆめにみえけん

 一〇七 今更に雪ふらめやはかけろふの もゆるはる日となりにしものを
 一〇八 こゝにしてかすかのやまを見わたせは こまつの枝にかすみたなひく
 一〇九 はるされは野辺になくてふうくひすの こゑもきこえすこひのしけさに
 一一〇 春霞棚引山桜花」一三 はやく見ましをちりすきにけり

 一一一 ほとゝきすなくやさ月のみしか夜も (/)ひとりしぬれはあかしかねつも
 一一二 わかことくきみをこふやとほとゝきす こよひすからにいねかてにする
 一一三 あやしくもなかぬかりかもしらつゆの をきしあさちふいろつきにけり
十一 九
 一一四 たらちねのはゝかてさきてかくはかり すへなきこひはいまたせなくに」
十一
 一一五 かくはかりこひしき物としらませは よそにみるへくありけるものを
十一
 一一六 いつとてもこひせぬときはなけれとも ゆふくれはかりわひしきはなし
十一
 一一七 かくてのみこひやわたらむたまきはる いのちもしらすとしはへにつゝ
十一
 一一八 わかのちにむまれむ人はわかことく こひする道にあふなゆめ
十一 九
 一一九 ますらをのうつし心も我はなし」(/)一四 よるひるいはすこひしわたれは
十一 九
 一二〇 よしゑやしきまさすきみをいかゝせむ いとはぬわれはこひつゝをらん
 一二一 きみをめに見まくほしきはこのふたよ ちとせのことくわかこふる哉
十一
 一二二 うち日さすみやちの人は満ゆけと わかおもふ人はきみたゝひとり
十一
 一二三 あらたまのいつとせふれとわかこふる あとなきこひのやまぬあやしも」
十一 九
 一二四 うはたまのこの夜なあけそあけゆかは (/)あさゆくきみをまてはくるしも
十一 九
 一二五 こひするにしにする物にあらませは (/)わか身そちたひしにかへらまし
 一二六 なかにみすそあらましをみてしより こひのこゝろのましておもふ哉
十一 九
 一二七 いけといけとあはぬいもゆへひさかたの あまつゆしもにぬれにけるかな 
十一
 一二八 あけゆけとはたもふれすてすくれとも」一五 こゝろことにもわれはおもはす
十一 九
 一二九 やましなのこわたの山にむまはあれと かちよりそゆくきみをおもひかね
十一 九
 一三〇 水のうへにかすかくことくわかいのち いもにあはんとうけひつるかも
十一 九
 一三一 あらいそこえほかゆくなみのほかこゝろ われはおもはしこひてしぬとも
十一
 一三二 あをやきのかつらき山にたつくもの たちてもゐてもきみをしそおもふ」
十一 丸
 一三三 しきたへのまくらをまきていもとわれ ぬるよはなくてとしそへにける
十一
 一三四 おく山のまきのいたとのをとはやみ いもかあたりのしものうへにねぬ
十一 丸
 一三五 あしひきの山さくらとをあけをきて わかまつきみをたれかとゝむる
 一三六 月きよみいもにあはむとたゝちかく われはくれともよそふけにける」一六
十一 丸
 一三七 あさかけにわか身はなりぬからころも すそあはすしてひさしくなれは
十一
 一三八 ときころもおもひみたれてこふれとも (/)なとなかゆへとゝふ人はなし
十一 丸
 一三九 すりころもきるとゆめみつうつゝには たかことのはかしけくあるへき
十一 丸
 一四〇 しかのあまのしほやきころもなるといへと こひてふものはわすれかねつも
十一 丸
 一四一 ふるころもうちすつる人は秋風の」たちくるときにものおもふものを
十一
 一四二 いにしへのしつはたおひをむすひたれ たれといふともきみにまさらし
十一 丸
 一四三 ゆひしひもとかむ日とをみしきたへの わかこまくらにこけおひにけり
十一
 一四四 ますかゝみたゝにしいもにあひみねは わかこひやましとしはへぬとも
十一
 一四五 ますかゝみてにとりもちてあさな 
          (/)みるときさへやこひのまさらむ」一七
十一 丸
 一四六 さとゝをみこひわひにけりますかゝみ ゆかのうへさらすゆめにみえこせ
十一
 一四七 つるきたち身にはきそふるますらおや こひてふものをしのひかねてん
十一
 一四八 ときもりかうちなすつゝみうちみれは たつにはなりぬあはぬもあやし
十一
 一四九 ともしひのかけにかゝよふうつせみの いもかゑみかほおもかけに(た(み))ゆ
十一
 一五〇 をはり田のいたゝのはしのこほれなは」けたよりゆかむこふなわかせこ
十一 丸
 一五一 とにかくにものはおもはすひた人の (/)うつすみなはのたゝひたみちに
十一
 一五二 あしひきの山田もるをのをくかひの (/)したこかれにやわかこひをらむ
十一
 一五三 なにはめのあしひたくやはすゝたれと (/)をのかつまこそとこめつらしき
十一
 一五四 きみこふとぬれとねられぬつとめての たかのるむまのあしをとかする」一八
十一
 一五五 くれなゐのすそひくみちをなかにをきて われやゆくへきゝみやきまさむ
十一
 一五六 神なひにひほろきたてゝいはへとも 人の心はまもりあへぬものか
十一
 一五七 あまくものやへくもかくれなる神の (/)をとにのみやはきゝわたりなむ
十一
 一五八 夜ならへてきみをきませとちはやふる 神のやしろをねかぬ日はなし
十一
 一五九 ちはやふるかみのいかきもこえぬへし/」いまはわかなのおしけくもなし
十一 丸
 一六〇 ゆふつくよあかつきやみのあさかけに わか身はなりぬきみを思かね
十一 丸
 一六一 つきのあれはあくらむわきもしらすして ねてわかこしを人みけんかも
十一 丸
 一六二 ますかゝみきよきつきよのうつろへは おもひはやまてこひこそまされ
十一 丸
 一六三 このやまのみねにちかしとわかみつる 月のそらなるこひもするかな」一九
十一
 一六四 むはたまのよわたるつきのゆふされは さらにやいもをわかこひをらん

十一
 一六五 きみかきるみかさの山にゐるくもの たてはわかるゝこひもするかな
十一
 一六六 ゆふけとふわかそてにをくしらつゆを きみにみせんとゝれはきえつゝ
十一
 一六七 あさつゆのけやすきわか身おいぬとも 又こまかへりきをしまたむ
十一
 一六八 あしひきの山とりのおのひとおこえ」ひとめみしこをこふへきものか
十一
 一六九 いもかなもわかなもたつはおしとこそ ふしのみたけのもえつゝわたれ

十一
 一七〇 あた人のやなうちわたすせをはやみ こゝろはおもへとたゝにあはぬかも
 一七一 おきつ浪のにのよるさかのうらに このとかすきてのちにあふこひ

十一
 一七二 しらなみのうちよるしまのあらいそに 
          あらましものをこひつゝあらすは」二〇
 一七三 おほとものみつのしらなみまなくわか こふらくを人のしらてひさしさ


十一
 一七四 おほふねのたゆたふうらにいかりおろし いかにしてかもわかこひやまん

 一七五 みさこゐるおきのあらいそによる浪の よるへをわれはきみかまに
十一
 一七六 おほうみにたつらむなみのまやあらむ きみにこふらくやむ時もなし
十一
 一七七 なかにきみにこひすはまき(ヒラ枚)のうらの 
          あまならましをたまもかりつゝ」
十一
 一七八 すゝきとるあまのともし火よ( 外字)そにたに 
          みぬ人ゆへにこふるこのころ
十一
 一七九 みなといりのあしわけをふねさはりおほみ 
          (/)わか思ふ人にあはぬころ哉
十一
 一八〇 にはきよみおきこきいつるあまふねの とるかちまなくこひをするかも
十一
 一八一 むまやちにひきふねわたしたゝのりに いもか心にのりてくるかも
十一
 一八二 なみまより見ゆるこしまのはまひさき」二一 
          ひさしくなりぬきみにあはすて
 一八三 ゆくさきのかりなるいのちある人の いかにしりてかのちにあはんきみ
十一
 一八四 わかやとのほたてふるからつみ(か(はや)ら)し 
          みのなるまてにきみをしまたむ
十一
 一八五 おくやまのいはもとすけのねふかくも をもほゆるかもわかおもひつま
十一
 一八六 くれなゐのあさはのゝらにかるかやの つかのまもわかわすれぬかも」
十一
 一八七 みしま江のいりえのこもをかりにこそ 我をはきみはおもひたりけれ
十一
 一八八 わかせこにわかこひらくは夏草の かりはらへともおひしくかこと
十一
 一八九 まのゝ池のこすけをかさにぬはすして 人のよそなをたつへきものか
十一
 一九〇 山たかみたにへにはへるたまかつら たゆる時なくみるよしも哉
十一
 一九一 さくら花時すきぬれとわかこふる」二二 心のうちはやむ時もなし
十一
 一九二 山吹のにほへるいもかはすいろの あかものすかたゆめにみえつゝ
十一
 一九三 いきのをにおもへはくるしたまのをの たえてみたれんしらはしるとも
十一
 一九四 かすか山くもゐかくれてとほけれと いへをはおもはすきみをしそ思
十一
 一九五 われゆへにいはれしいもはたか山の みねのあさきりすきにけんかも」
十一
 一九六 むはたまのくろかみ山の山くさの こさめふりしみますおもほゆ
十一 丸
 一九七 あさしものきえみきえすみおもひつゝ 
          (/)いかてかこよひあかしつるかも
十一
 一九八 わきもこか我をおもはゝますかゝみ てりいつる月のかけそみえこむ
十一
 一九九 わかせこにわかこひをれはわかやとの 
          (\)くさゝへおもひうらかれにけり
十一 丸
 二〇〇 山ちさのしらつゆをもみうらふれて」二三 
          心に(四字分空白) わかこひやます
十一 丸
 二〇一 みなそこにおふるたまものうちなひき (/)心によりてこふるこのころ
十一
 二〇二 きみこすはいかたみにせんとわかふたり 
          うへし(三字分空白)きみをまちてん
十一 丸
 二〇三 あまくもにはねうちかけてとふたつの たつしかもきみきまさねは
十一
 二〇四 おもふにしあまりにしかはにほとりの あしぬれくるを人みけんかも」
 二〇五 暁にさすつけくしはふるけれと なにそもきみか見れとあかぬは
十一 九
 二〇六 ゆふされはゆかのうへさらすつけまくら されともきみをまつそくるしき
十一
 二〇七 たまほこの道ゆきうらにうらとへは いもにあはすとわれにいひつる
十一
 二〇八 なる神のしはしうこきてさしくもり 
          (/)あめもふらなんきみとまるへく」二四
十一
 二〇九 なるかみのすこしうこきてふらすとも われはとまらんいもかとゝめは
    右二首問答 
 二一〇 しきたへの枕をしきてねすおもふ 人はのちにもあひなむものを
十一
 二一一 たれそこのやとにきてとふたらちねの おやにいはれてものおもふわれを
十一
 二一二 さねぬ夜はちよもあれともわかせこか おもひくゆへき心はもたし」
十一
 二一三 おほよそはたれかみむにかむはたまの わかくろかみをなてゝをるへき
十一
 二一四 いきのをにいもをおもへはとし月の ゆくらむわきもおもほえぬかも
十一
 二一五 ひとりぬるとこくちめやもあやむしろ をになるまてにきみをゝしまむ
十一
 二一六 わかこひのこともかたらひなくさむは 
          きみかつかひをまちやかねなん」二五
十一
 二一七 うつゝにはあふよしもなしゆめにたに まなく見んきみこひにしぬへし
十一
 二一八 たそかれとゝはゝこたへむすへをなみ きみかつかひをかへしつるかも
十一
 二一九 かくはかりこひんものそとおもはねは いもかたもとをまかぬよもありき
十一
 二二〇 かくたにもわすれをこひなんたまほこの 
          きみかつかひをまちやかねてん
十一
 二二一 いもこふるわかなくなみたしきたへの」まくらかよへるそてそひちけん
十一
 二二二 たちておもひゐてそおもふくれなゐの 
         あかものすそをひきしすかたを
十一
 二二三 おもひにしあまりにしかはすへをなみ いてゝそゆきしそのかとを見に
十一
 二二四 ゆめにみても猶かくはかりこふるわれ 
          うつゝに見てはましていかゝあらん
十一
 二二五 あひみてはおもかくれするものからに 
          つねに見まくのほしきゝみかも」二六
十一
 二二六 きのふみてけふこそあひたわきもこか こゝたくつきてみまくほしかも
十一
 二二七 むはたまのいもかくろかみこよひもか わかなきとこになひきてぬらむ
十一
 二二八 いろにいてゝこひは人みてしりぬへみ 心のうちのかくれつまはも
十一
 二二九 あひみてはこひなくさむと人はいへと 見てのちにそもこひまさりける
十一
 二三〇 いつはりもにつきてそするいつよりか」みぬ人こひに人のしにする
 二三一 いひといへはみゝにたやすしちひさくも 心のうちにわかおもはなくに
十一
 二三二 あちきなくなとまかことをいまさらに わらはことするおい人にして
十一
 二三三 あひ見てはいくひさゝにもあらさるに 
          (/)とし月のことおもほゆるかも
十一 丸
 二三四 おほはらのふりにしさとにいもをゝきて 
          われいねかねつゆめにみえつゝ」二七
十一
 二三五 ゆふされはきみきまさんとまちし夜の 
          (/)なこりそいまにいねかてにする
十一
 二三六 しきたへのまくらうこきていねられす ものおもふこよひはやもあけかも
十一
 二三七 ゆめにたになとかもみえぬ見ゆれとも 我かもまとふこひのしけさに
十一
 二三八 なくさむる心もなくてかくてのみ こひやわたらん月日かさねて
十一
 二三九 いかにしてわするゝものそわかせこに」こひはまされとわすられなくに
十一
 二四〇 しるしなきこひもするかなゆふされは 人のたまくらねぬるこゆへに
十一
 二四一 もゝよしもちよしもいきてあらめやも わか思ふいもをゝきてなけかん
十一
 二四二 くろかみのしらくるまてにむつひても 心ひとつをいまとかめやは
十一
 二四三 おもひいてゝなきはなくともいちしるく 
          (/)人のしるへくなけきすなゆめ」二八
十一
 二四四 たまほこのみちゆきふりにおもはさる いもをあひみてこふるころかも
十一
 二四五 いもか袖わかれし日よりしろたへの 衣かたしきこひつゝそぬる
十一
 二四六 むはたまのわかくろかみをひきぬらし おもひみたれてこひわたるかも
十一
 二四七 今更にきみかたまくらまきねめや わかひものをのとけつゝもとな
十一
 二四八 しろたへのそてふれてぬるわかせこに」わかこふらくはやむ時もなし
十一
 二四九 ゆふけにもうらにもつけありこよひたに こさらむきみをいつとかまたん
十一
 二五〇 まゆねかきしたいふかしくおもひあるに いにしへひとにあひみつるかな
十一
 二五一 たまのをのたえたるこひのみたれなは しなまくのみそ又もあはすて
十一
 二五二 たまのをのくりよせつゝらすゑのつゐに 
          ゆきはわかれておなしをにあらん」二九
十一
 二五三 いせのあまのあさなゆふなにかつくてふ 
          あはひのかひのかたおもひにして
十一
 二五四 おもへともおもひもかねつあしひきの 山とりのおのなかきこよひを
十一
 二五五 わきもこにこふるにかあらんおきにすむ かものうきねのやすけくもなし
十一
 二五六 あけぬとてちとりしはなくしろたへの きみかたまくらいまたあかなくに
十一
 二五七 あしひきの山したとよみゆく水の」(/)ときそともなくこひわたるかも
十一
 二五八 おくやまのこのはかくれてゆく水の をときゝしよりつねわすられぬ
 二五九 風ふかぬうらになみたちなきなをは わかはをふるかあふことなしに
十一
 二六〇 まゆねかきはなひゝもときまためやは いつしかみむとこひつるわれを
十一
 二六一 わきもこにこひてかひなみしろたへの 
          そてかへしてはゆめにみえつゝ」三〇
十一
 二六二 わかせこかそてかへしよのゆめならし まさしくいもにあふかことくに
十一
 二六三 うらふれてものなおもひそあまくもの 
          た( ゆ)たふこゝろわれおもはなくに
十一
 二六四 かくたにもいもをまたなむさよふけて いてくるつきのかたふくまてに
十一
 二六五 このまよりうつろふつきのかけおしみ たちやすらふにさよふけにけり
十一
 二六六 かくしつゝありなくさめてたまのをの」たへてみたれはすへなかるへし
十一
 二六七 くれなゐのはなにしあらはころもてに そめつけもちてゆくへくおもほゆ
十一
 二六八 かはかみにあらふわかなのなかれても いもかあたりのせにこそよらめ

 二六九 山たかみしらゆふはなのおちたきつ たきのかうちはみれとあかぬかも
 二七〇 みれとあぬよしのゝかはのとこなめの 
         (/)たゆることなく又かへりみむ」三一
万六
 二七一 ちとりなくみよしのかはのをとしけみ 
          やむときなしにおもほゆる(か(きみ)な)
 二七二 あかねさす日もならはぬにわかこひは よしのゝかはのきしにたつかも
 二七三 さをしかのこゆらむ山をこえさらん たひにやきみはあはしとはする
一 丸
 二七四 さゝなみのしかのからさきさちはあれと 
          (/)おほみや人のふねまちかねつ

 二七五 (あ(さゝ)た)なみのしかのおほわたよとむとも」
          むかしの人に又あはめやも
 二七六 あき山におつるもみちのかれぬとも ちりなまひそいもかみるへく
十一
 二七七 このをかにくさかるわらはしかなかりそ 
         ありつゝもきみかきまさむみまくさにせん
十 丸
 二七八 秋山にしもふりおほひこのはちり としはゆくともわれわすれめや

 二七九 わたつうみのもたるしらたまみまほしみ 
          ちかへりつけよあさりするあま」三二

 二八〇 わたつうみのてにまきもたるたまゆへに いそのうらわにあさりするかも

 二八一 やまたかみゆふ日かくれぬあさちふの 
          (/)のちみむためとしめはゆはましを
 二八二 いそのうへにおひたるあしのなをゝしみ 人にしられてこひつゝそふる
十一 丸
 二八三 ちはやふるかみのたもてるいのちをも 
          (/)たかためにかはなかくとおもひし
 二八四 わきもこかきえてへにけるわかころも」けかれふりなはこひやしるへき
 二八五 ゆふくもりはるさくはなをてにおりて ちかへりうらみこひつゝそをる

 二八六 はるやまのきりにまとへるうくひすも われにまさりてものおもふらめや
 二八七 わきもこかあさあけかほをよくみすて けふのあひたにこひくらしつゝ
 二八八 わかやとのはちすのうへのしらつゆの をきにし日より秋風そふく」三三
 二八九 つきしもはいまたすきねとおもはすに かすかのさとにむめのはなみつ

 二九〇 たまかつらたえぬものからさぬるよは 
          (/)としのわたりにたゝひとよのみ
    くもによす
 二九一 しらまゆみいそはの山にゐるくもの たちやわかれむこひしきものを
    はなによす

 二九二 われこそはにくゝもあらめわかやとの」
          (/)はなたちはなをみにはこしとや
    つゆによす

 二九三 なつくさのつゆわけころもきもせぬに 
          (/)わかころもてのひるときもなき
    つきによす
十[二]
 二九四 なかつきのありあけのつきのありつゝも 
          (/)きみきまさすはわれこひむかも
十二
 二九五 あつさゆみひきみひかすみこすはこす 
         (/)こはこそをなそこすはこすそを」三四
 二九六 たまほこのみちゆきつかれいなむしろ 
          (/)しきてもきみをみんよしもかも」

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 猿丸大夫歌集      
 【新編国歌大観第三巻4 猿丸集[書陵部蔵五一〇・一二]】
 猿丸集解題】新編国歌大観第三巻4〔4猿丸解〕[2014年6月21日記事]
 
 前半に万葉集の異体歌および出典不明の伝承歌を、後半に古今集の読人不知歌および万葉集歌を収載し構成した雑纂の古歌集。公任の三十六人撰の成立(一〇〇六~一〇〇九頃)以前に存在していたとみられている。猿丸(大夫)じたい半固有名辞的な伝承上の人物であり、明瞭に猿丸の詠作と認定しうる歌はない。
 諸本は次の二系統に分類できる。

  第一類
(一)書陵部蔵甲本(五一〇・一二) 五二首
(二)書陵部蔵乙本(五〇六・八) 五〇首
(三)書陵部蔵丙本(五一一・二)・西本願寺本・群書類従本 四九首
(四)書陵部蔵丁本(五〇一・一一六) 四八首、ほか。

  第二類
(一)書陵部蔵戊本(五〇一・六八) 五二首
(二)歌仙家集本・陽明文庫蔵本(一〇・六八)三七首、ほか。

 第一類系では甲本(『私家集大成』1系統に収載)が最も古態を保つ(後述)。乙本は甲本における四〇・四四番歌の二首を欠き、丙本は甲本の二・四〇・四四番歌の三首を欠く。西本願寺本・群書類従本は丙本と同じだが、前者は詞書に「侍り」を多用する点が特徴、後者は伝本が最も多い。ちなみに、森谷時雨が文政一一年(一八二八)に、定家真筆本系の尭孝筆本(宝徳三年〈一四五一〉書写)をもって黒川真頼・真道旧蔵の板本群書類従本に校合を施した旨の奥書をもつ猿丸大夫集が、「森谷時雨校合(定家真筆本系)本」として田中登氏により紹介された(「青須我波良」第二〇号、昭和五五年五月)。五一首所載。丁本は巻末に「已上歌五十四首」とあるが、甲本における二〇・二二~二六番歌の六首を欠き、重出歌二首を含む実質四六首の孤本で、宝治元年/先年以西本書了校合了/宝治三年己酉正月廿八日以法性寺少将雅平/本校合了/建長六年〔正月十七日〕以九条本校合の奥書をもつ。甲本からの派生とみられるが、歌序に若干の異同がある。

 第二類系は、第一類系に比して配列・詞書を異にする。戊本は全般にわたり「或本」によって校合した跡があり、巻末に「本云 以清輔本校了」の奥書がある。甲本の四七番歌を欠き、
第二類系本に固有の歌

 一いでてゆく人をとどめむかたもなしとなりのかたにはなもひぬかな (書陵部蔵戊本〈五〇一・六八〉一八番歌)

の一首(「或本ニみえず」の傍注あり)をもつ孤本(『私家集大成』2系統に収載)。歌仙家集本は戊本から甲本における九・一一・二二~三一・三九・四〇・四六・五二番歌の計一六首が脱落し、戊本の欠く甲本四七番歌を含むが、配列は戊本と等しい(『国歌大系』・旧『国歌大観』はこの系統による)。陽明文庫本は定家筆に模した鎌倉末期の古写本らしく、本文・配列とも歌仙家集とほとんど一致する。
 第一類・第二類系諸本ともに同一祖本から生じた本文だが、その伝来は、第一類系では「甲本→乙本→丙本→丁本」のコース、第二類系では「戊本→歌仙家集本・陽明文庫本」の経路が想定できる。
 本書の底本には、第一類系の原形を保つ書陵部蔵甲本(五一〇・一二)を用いた。御所本三十六人集のなかの一集である。本文の料紙は布目鳥の子紙で、一面に一〇行、歌は二行書き、歌からほぼ三字下げて詞書。近世寛文期(一六六一~七三)以前の書写か。四紙一帖の二くくりから成るが、第二くくりが清正集と錯簡を生じて入れ替わっており、それを本書では復元してある。歌数は五二首だが、五一番歌と五二番歌との間に二行分の空白があり、五二番歌には「或本在此哥」(丁本は「或本近代哥」、戊本は「或本」)の傍注、巻末には「猿丸大夫 元慶以往人也」の作者勘注が付されている。
 編集方針に従い底本を忠実に翻刻したが、必要に応じて前掲の諸本と校合し、校訂を加えた箇所は別表のとおり。なお、本文中のミセケチ部分のうち、六「ゐなの山」は衍字、一五詞書「とをき〔きミセケチく〕いきたりけるに〔にミセケチか〕」・二四「たまならす〔すミセケチは〕」・四八「見ても〔もミセケチこ〕そやまめ」は、すべての諸本が底本の訂正と同じである。異同の多い一三「よりにけるかな〔なミセケチも〕」
(底本以外の前掲諸本はすべて「かな」)・一九「ほしき君かな〔なミセケチも〕」(前掲の第一類系諸本は「かも」、第二類系諸本は「かな」)
についても、方針どおり底本の訂正に従った。

 また、一五番歌はその第一・四・五句において諸本間の異同が甚だしい。底本には初句「ほとゝきす」に「或本ほとゝをみ」の異文指摘があり、底本以外の第一類系諸本はこの異文どおりだが、第二類系諸本は底本と同文なのでこれを生かした。第二句「こひわひひにける」は「こひわびにける」(諸本すべて「けり」だが、底本は明らかに「ける」)の衍字、第四句「かけさらに」は「おもかげさらに」(第二類戊本と同文)の「おも」の脱落と認定、第五句「いま本きみはこす」の「本」字は省いて本文化した。


 校 訂 表     
   (校訂本文)  (底本本文)
  一二
 いもにもあはで  いもにもいはて
  一五
 こひわびにける  こひわひひにける
  一五
 おもかげさらに  かけさらに
  一五
 いまきみはこず  いま本きみはこす
  一六
 なのりその  なのその
  一九
 かけねばくるし  かくれはくるし
  五〇
 たをりてもこん  たおりてこん


 猿丸大夫の名は、古今集真名序の六歌仙評に現われるのが文献上の初出。以来、公任の三十六人撰や定家の小倉百人一首等によって広く知られたが、生没年次も伝記も未詳の人物。むしろ小野猿丸の名で活躍する民間伝承の蒐集分析からして、小野族党の宗教文芸を語りひろめた神人たちの普通名辞とおぼしい。歌仙猿丸大夫像の形成史と猿丸集の成立ちとは没交渉でありえまい。
(小林茂美) 

 【新編国歌大観第三巻4 猿丸集[書陵部蔵五〇一・一九]】52首 

 猿丸集〔4猿丸〕
 
    あひしりたりける人の、ものよりきてすげにふみをさしてこれは
    いかがみるといひたりけるによめる

  一 しらすげのまののはぎ原ゆくさくさきみこそ見えめまののはぎはら
  二 から人のころもそむてふむらさきのこころにしみておもほゆるかな


    あだなりける人の、さすがにたのめつつつれなくのみありければ、
    うらみてよめる

  三 いでひとはことのみぞよき月くさのうつしごころはいろことにして


    ものおもひけるをり、ほととぎすのいたくなくをききてよめる

  四 ほととぎす啼くらむさとにいできしがしかなくこゑをきけばくるしも


    あひしりたりける女の家のまへわたるとて、くさをむすびていれたりける

  五 いもがかどゆきすぎかねて草むすぶかぜふきとくなあはん日までに


    なたちける女のもとに

  六 しながどりゐな山ゆすりゆくみづのなのみよにいりてこひわたるかな
  七 しながどりゐなのふじはらあをやまにならむときにをいろはかはらん


    はるの夜、月をまちけるに、山がくれにて心もとなかりければよめる

  八 くらはしの山をたかみかよをこめていでくる月のひかりともしも


    いかなりけるをりにか有りけむ、女のもとに

  九 人まつをいふはたがことすがのねのこのひもとけてといふはたがこと


    家にをみなへしをうゑてよめる

 一〇 をみなへしあきはぎてをれたまぼこのみちゆく人もとはんこがため


    しかのなくをききて

 一一 うたたねのあきはぎしのぎなくしかもつまこふことはわれにまさらじ


    女のもとに

 一二 たまくしげあけまくをしきあたらよをいもにもあはであかしつるかな


    おもひかけたる人のもとに

 一三 あづさゆみすゑのたづきはしらずともこころはきみによりにけるかも
 一四 あさ日かげにほへるやまにてる月のよそなるきみをわがままにして


    かたらひける人の、とほくいきたりけるがもとに

 一五 ほととぎすこひわびにけるますかがみおもかげさらにいまきみはこず
 一六 あづさ弓ひきつのはなかなのりそのはなさくまでといもにあはぬかも
 一七 あひみねばこひこそまされみなせがはなににふかめておもひそめけん


    あひしれりける人の、さすがにわざとしもなくてとしごろになりにけるによめる

 一八 をととしもこぞもことしもはふくずのしたゆたひつつありわたるころ


    おやどものせいするをり、物いふをききつけて女をとりこめていみじきを

 一九 たまだすきかけねばくるしかけたればつけて見まくのほしき君かも
 二〇 ゆふづくよさすやをかべのまつのはのいつともしらぬこひもするかな


    物へゆくにうみのほとりを見れば、風のいたうふくに、あさりするものどものあるを見て

 二一 風をいたみよせくるなみにあさりするあまをとめごがものすそぬれぬ


    おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、
    女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやりける

 二二 ちりひぢのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ
 二三 おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに
 二四 人ごとのしげきこのごろたまならばてにまきつけてこひずぞあらまし
 二五 わぎもこがこひてあらずはあきぎりのさきてちりぬるはなをらましを
 二六 あしひきのやました風はふかねどもよなよなこひはかねてさむしも


    ものへゆきけるみちに、きりのたちわたりけるに

 二七 しながどりゐなのをゆけばありま山ゆふぎりたちぬともなしにして


    物へゆきけるみちに、ひぐらしのなきけるをききて

 二八 ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬとおもへばやまのかげにぞありける
 




    あひしれりける女、ひさしくなかたえておとづれたりけるによみてやりける

 二九 あづさゆみゆづかあらためなかひさしひかずもひきもきみがまにまに
 三〇 あらちをのかるやのさきにたつしかもいとわがごとく物はおもはじ


    まへちかき梅の花のさきたりけるを見て

 三一 やどちかくむめのはなうゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり


    やまでらにまかりけるに、さくらのさきけるを見てよめる

 三二 山たかみ人もすさめぬさくらばないたくなわびそわれ見はやさむ


    あめのふりける日、やへやまぶきををりて人のがりやるとてよめる

 三三 はるさめににほへるいろもあかなくにかさへなつかしやまぶきのはな


    山吹の花を見て

 三四 いまもかもさきにほふらんたちばなのこじまがさきのやまぶきのはな


    あだなりける女に物をいひそめて、たのもしげなき事をいふほどに、
    ほととぎすのなきければ

 三五 ほととぎすながなくさとのあまたあればなをうとまれぬおもふものから


    卯月のつごもりに郭公をまつとてよめる

 三六 さ月まつやまほととぎすうちはぶきいまもなかなむこぞのふるごゑ


    あきのはじめつかた、物おもひけるによめる

 三七 おほかたのあきくるからにわが身こそかなしきものとおもひしりぬれ
 三八 あきはぎの色づきぬればきりぎりすわが身のごとや物はかなしき


    しかのなくをききて

 三九 あきやまのもみぢふみわけなくしかのこゑきく時ぞ物はかなしき
 四〇 わがやどにいなおほせどりのなくなへにけさふくかぜにかりはきにけり
 四一 秋はきぬもみぢはやどにふりしきぬみちふみわけてとふ人はなし


    女のもとにやりける

 四二 はぎのはなちるらんをののつゆじもにぬれてをゆかむさよはふくとも


    しのびたる女のもとに、あきのころほひ

 四三 ほにいでぬやまだをもるとからころもいなばのつゆにぬれぬ日はなし
 四四 ゆふづくよあか月かげのあさかげにわが身はなりぬこひのしげきに


    あひしれりける人の、なくなりにけるところを見て

 四五 さざなみやおほやまもりよたがためにいまもしめゆふきみもあらなくに


    人のいみじうあだなるとのみいひて、さらにこころいれぬけしきなりければ、
    我もなにかはとけひきてありければ、女のうらみたりける返事に

 四六 まめなれどなにかはよけてかるかやのみだれてあれどあしけくもなし


    あひしれりける女の、人をかたらひておもふさまにやあらざりけむ、
    つねになげきけるけしきを見ていひける

 四七 たがみそぎゆふつけどりかからころもたつたのやまにをりはへてなく


    ふみやりける女のいとつれなかりけるもとに、はるころ

 四八 あらをだをあらすきかへしかへしても見てこそやまめ人のこころを
 四九 をちこちのたづきもしらぬ山中におぼつかなくもよぶこどりかな


    はな見にまかりけるに、山がはのいしにはなのせかれたるを見て

 五〇 いしばしるたきなくもがなさくらばなたをりてもこんみぬ人のため


    やまにはな見にまかりてよめる

 五一 をりとらばをしげなるかなさくらばないざやどかりてちるまでもみむ
 五二 こむよにもはやなりななんめのまへにつれなき人をむかしと思はむ


 
 私家集大成第一巻9 猿丸Ⅰ・猿丸集[冷泉家時雨亭叢書『資経本私家集一』]】
 【猿丸集解題】私家集大成 11~12 1巻‐9~10 [2014年6月21日記事]
   
〔底本〕
Ⅰ※冷泉家時雨亭叢書『資経本私家集 一』所収「猿丸集」(書籍版の書陵部蔵五一〇・一二を親本に変更)
Ⅱ 書陵部蔵 五〇一・六八「猿丸大夫集」〔書籍版解題〕

 猿丸(大夫)集は、前半に万葉異体歌を、後半に古今集作品を収載した雑纂古歌集であり、「猿丸」個人の家集ではない。猿丸集の諸本はおよそ次の二種に大別される。
 第一類は、書陵部蔵甲本(五一〇・一二)、すなわち御所本「三十六人集」本に代表されるもので、五一首、巻末に「或本在此歌」として一首を付載、計五二首より成る。この系統には、(A)甲本の第四〇・四四番の二首を欠く書陵部蔵乙本(五〇六・八)、(B)甲本の第二・四〇・四四番の三首を欠く書陵部蔵丙本(五一一・二)・西本願寺本・類従本、(C)甲本の第二〇・二二~二六番の六首を欠き、重出二首を含む実質四六首の書陵部蔵丁本(五〇一・一一六)などがある。このうち、丁本は配列に若干の相違はあるが、いずれも甲本より派生したものと見られる。

 第二類は、書陵部蔵戊本(五〇一・六八)に代表される。戊本は五二首より成るが、配列も詞書も第一類本とは著しく相違する異本で、清輔本によって校合されたもの。一類甲本の第四七番を脱し、出てゆく人をとゝめむかたもなし となりのかたにはなもひぬかなの固有歌を有する。歌仙家集本はこの系統に属し、鎌倉中期の書写にかかる陽明文庫蔵本も同様であるが、いずれも戊本より第九・一一・二二~三一・三九・四〇・四六・五二番の十六首が脱落したものである。総じて、第一類本は第二類本に比して、詞書が増幅整備されており、より新しい形態を示すものであろう。

 本書は第一類より書陵部蔵甲本を、第二類より書陵部蔵戊本を掲げた。甲本(五一〇・一二)の原状は、所謂御所本三十六人集と同装同形、二四・七㎝×一七・六㎝の列帖装、題簽は桜町天皇の宸筆と思われ、本文用紙は布目鳥の子、ほぼ一面一〇行、近世初期の書写である。但し、四紙一帖の二くくりより成る本集は、第二くくりが清正集と錯簡を生じている。本書はそれを復原したものである。戊本(五〇一・六八)は、一六・四㎝×一七・四㎝の枡形列帖装、表紙は藍色地に七宝草花、唐草文様の緞子、左上紅小短尺の題簽に「猿丸大夫集」とある。本文用紙は五色布目楮紙、一面九行、歌は上下別二行書き、詞書はほぼ二字下り、近世初期の書写である。

 猿丸(大夫)の名は古今集真名序に初めて見えるが、伝記は全く不明であり、現存家集中にも彼の作品と確認し得るものは一首もない。架空乃至伝説上の人物であろう。(犬養 廉)

〔新編補遺〕
 冷泉家時雨亭叢書には、「猿丸(大夫)集」が二本収められている。一つは『平安私家集 八』所収の宝治元年本「猿丸大夫集」であり、一つは『資経本私家集 一』所収の「猿丸集」である。前者は旧大成右の解題で第一類の(C)に分類されている書陵部丁本「猿丸集」(五〇一・一一六)の親本であり、後者は、第一類を代表するものとして旧大成において「猿丸Ⅰ」の底本に用いられている書陵部蔵甲本「猿丸集」(五一〇・一二。なお、この本は『御所本三十六人集』として新典社から影印本が刊行されている)の親本である。ともに鎌倉時代の書写になる善本である。
 新編ではこの資経本を「猿丸Ⅰ」の底本に用いることにした。同本は二二・九㎝×一五・一㎝。二括一二丁。綴葉装の一帖である。後補の表紙の左上方に「猿丸集資経卿筆」とあるが、本表紙左上方には「猿丸集一見了」とある。

 なお、右の解題に触れられている陽明文庫本は『陽明叢書 平安和歌集』に影印されている。また、小松茂美氏の『古筆学大成 17』には、伝行成筆「猿丸集切」として次の八葉が収められている(改行は一字空白で示した)。

     *
 あひしりて[ ]へ[ ]を[ ] まへをまかりわたるとてくさをむすひていれはへりとて
 いもかゝとゆきすきかねてくさむすふ かせふきとくなあはむひまてに
 なたちはへりけるをむなの許に
 しなかとりいな山ゆすり行みつの[ ] よにいりてこひわたるかも
     *
 [ ]といふはたかこといへにをみなへしをうゑて
 をみなへし秋はきてをれたまほこと みちゆく人もとはむこかためしかのなくをきゝて
 やたのゝのあきはきしのきなくしかもつ [ ]こふらくはわれにおとらし
     *
 ほとゝきすこひわひにけりますかゝみ 面かけさみにいまはみえこす
 あつさゆみひきつのへなるなのりその はなさくまてにいもにあはぬかも
 あひみねはこひこそまされみなせかは なにゝふかめておもひそめけむ
     *
 ものへまかるみちにひくらしの なきはへりはふもとにて
 ひくらしのなきつるなへにひはくれぬ と(おもふ)みしは山のかけにさりける
 ひさしうなかたえたるをむなをおも ひいてゝつかはしける[  ]みゆつかあらためな[ ]に[ ]て
    *
 はなかなむこそのふる声
 あきのはしめつかたものおもひは へるころ
 おほかたのあきくるからにわかみこそか なしきものとおもひしりぬれ
 あ( き)はきのいろつきぬれはきりすわかみ のことやものはかなしき
     *
 人のいみしうあたなりとのみ いひてこゝろにいれぬけしきな りけれは
 われもなにかはのけひ きて有けれはをむなのうらみて はへるに
 まめなれとなにそはよけくかるかやのみた れてあれとあしけくもなし
     *
 あひしりてはへるをむなの人を かたらひておもふさまにやあ らさりけ
 むつねになけきたるけ しきにみえはへりけれは
 たかみそきゆふつけとりかゝら衣たつ田の 山にうちはへてなく
 ふみつかはすをむなのつれななかり けるかもとに春のころほひ
     *
 やまにはなみにまかりて
 をりとらは をしけくも 有か桜はな いさやとかりて」ちるまても みむ

とあるのがそれである。
 この伝行成筆切は、「藍紙本萬葉集」と似た料紙に書かれていて、平安時代中後期、おそらくは十一世紀半ば過ぎの書写にかかる逸品である。詞書にやや異同があるが、右にあげた多くの本と同じく、Ⅰ系統に属し、平安・鎌倉時代に「猿丸集」の主流になっていたのは、Ⅰ系統に属する本であったことが

(片桐洋一)
【私家集大成第一巻9 猿丸Ⅰ・猿丸集[冷泉家時雨亭叢書『資経本私家集一』]】
 【私家集大成第一巻9 猿丸Ⅰ・猿丸集[冷泉家時雨亭叢書『資経本私家集一』]】52首 

    あひしりたりける人の、ものよりきてすけにふみをさして、これはいかゝ
    みるといひたりけるによめる

  一 しらすけのまのゝはき原ゆくさくさ きみこそ見えめまのゝはきはら
  二 から人のころもそむてふむらさきの こゝろにしみておもほゆるかな


    あたなりける人の、さすかにたのめつゝつれなくのみありけれは、
    うらみてよめる」一

    古よみ人

  三 いてひとはことのみそよき月くさの うつしこゝろはいろことにして


    ものおもひけるおり、ほとゝきすのいたくな( く)をきゝてよめる

  四 ほとゝきすならんさとにいてきしか しかなくこゑをきけはくるしも


    あひしりたりける女の家のまへわたるとて、くさをむすひていれたりける

  五 いもかゝとゆきすきかねて草むすふ かせふきとくなあはん日まてに」


    なたちける女のもとに

  六 しなかとりゐな山ゆすりゆくみつの なのみよにいりてこひわたるかな
  七 しなかとりゐなのふしはらあをやまに ならむときにをいろはかはらん


    はるの夜、月をまちけるに、山かくれにて心もとなかりけれはよめる

  八 くらはしのやまをたかみかよをこめて いてくる月のひかりともしも


    いかなりけるおりにか有けん、女のもとに」二

  九 人まつをいふはたかことすかのねの このひもとけてといふはたかこと


    家にをみなへしをうへてよめる

 一〇 をみなへしあきはきておれたまほこの みちゆく人もとはんこかため


    しかのなくをきゝて

 一一 うたゝねのあきはきしのきなくしかも つまこふことはわれにまさらし


    女のもとに

 一二 たまくしけあけまくおしきあたらよを」いもにもいはてあかしつるかな


    おもひかけたる人のもとに

 一三 あつさゆみすゑのたつきはしらすとも こゝろはきみによりにけるかも
 一四 あさ日かけにほへるやまにてる月の よそなるきみをわかまゝにして


    かたらひける人の、とをき(く)いきたりけるかもとに

 一五 ほとゝきす(或本ほとゝをみ)こひわひにける
     ますかゝみかけ[]にいま きみはこす」三
 一六 あつさ弓ひきつのはなかなのその はなさくまてにいもにあはぬかも


    古よみ人

 一七 あひみねはこひこそまされみなせかは なにゝふかめておもひそめけん


    あひしれりける人の、さすかにわさとしもなくてとしころになりにけるによめる

  一八 おとゝしもこそもことしもはふくすの したゆたひつゝありわたるころ


    おやとものせいするおり、物いふを」きゝつけて女をとりこめていみしきを

 一九 たまたすきかくれはくるしかけたれは つけて見まくのほしき君かも


    古よみ人

 二〇 ゆふつくよさすやをかへのまつのはの いつともしらぬこひもするかな


    物へゆくにうみのほとりを見れば、風のいたうふくに、
    あさりするものどものあるを見て

 二一 風をいたみよせくるなみにあさりするあまをとめごがものすそぬれぬ


    おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、
    女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやりける

 二二 ちりひぢのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ
 二三 おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに
 二四 人ごとのしげきこのごろたまならばてにまきつけてこひずぞあらまし
 二五 わぎもこがこひてあらずはあきぎりのさきてちりぬるはなをらましを
 二六 あしひきのやました風はふかねどもよなよなこひはかねてさむしも


    ものへゆきけるみちに、きりのたちわたりけるに

 二七 しながどりゐなのをゆけばありま山ゆふぎりたちぬともなしにして


    物へゆきけるみちに、ひくらしのなきけるをきゝて

   古よみ人
 二八 ひくらしのなきつるなへに日はくれぬと おもへはやまのかけにそありける」五


    あひしれりける女、ひさしくなかたえておとつれたりけるによみてやりける

 二九 あつさゆみゆつかあらためなかひさし ひかすもひきもきみかまに


   人丸
 三〇 あらちをのかるやのさきにたつしかも いとわかことく物はおもはし


    まへちかき梅の花のさきたりけるを見て

   古よみ人
 三一 やとちかくむめのはなうゑしあちきなく まつ人のかにあやまたれけり

 




    


    やまてらにまかりけるに、さくらのさきけるを見てよめる

   古よみ人
 三二 やまたかみ人もすさめぬさくらはな いたくなわひそわれ見はやさん


    あめのふりける日、やへやまふきをおりて人のかりやるとてよめる

   古よみ人
 三三 はるさめににほへるいろもあかなくに かさへなつかしやまふきのはな


    山吹の花を見て

   同
 三四 いまもかもさきにほふらんたちはなの」六こしまかさきのやまふきのはな


    あたなりける女に物をいひそめて、たのもしけなき事をいふほとに、
    ほとゝきすのなきけれは

   同
 三五 ほとゝきすなかなくさとのあまたあれは なをうとまれぬおもふものから


    卯月のつこもりに郭公をまつとてよめる

   同
 三六 さ月まつやまほとゝきすうちはふき いまもなかなんこそのふるこゑ」


    あきのはしめつかた、物おもひけるによめる

   同
 三七 おほかたのあきくるからにわか身こそ かなしきものとおもひしりぬれ

   同
 三八 あきはきの(も)いろつきぬれはきりきりす
     わか身(ねぬ)のことや物はかなしき


    しかのなくをきゝて

   同
 三九 あきやまのもみちふみわけなくしかの こゑきく時そ物はかなしき

   同
 四〇 わかやとにいなおほせとりのなくなへに」七けさふくかせにかりはきにけり

   同
 四一 や(あ)きはきぬもみちはやとにふりしきぬ みちふみわけてとふ人はなし


    女のもとにやりける

   同
 四二 はきのはなちるらんをのゝつゆしもに ぬれてをゆかんさよはふくとも


    しのひたる女のもとにあきのころをひ

   同
 四三 ほにいてぬやまたをもるとからころも いなはのつゆにぬれぬ日はなし」
 四四 ゆふつくよあか月かけのあさかけに わか身はなりぬこひのしけきに


    あひしれりける人の、なくなりにけるところを見て

 四五 さゝなみやおほやまもりよたかために いまもしめゆふきみもあらなくに


    人のいみしうあたなるとのみいひて、さらにこゝろいれぬけしきなりけれは、
    我もなにかはとけひきてありけれは、女のうらみたりける返事に」八

   古よみ人
 四六 まめなれとなにかはよけてかるかやの みたれてあれとあしけくもなし


    あひしれりける女の、人をかたらひておもふさまにやあらさりけん、
    つねになけきけるけしきを見ていひける

   同
 四七 たかみそきゆふつけとりかから衣 たつたのやまにをりはへてなく


    ふみやりける女のいとつれなかりけるもとにはるころ

   同
 四八 あらをたをあらすきかへしかへしても」見てこそやまめ人のこゝろを

   古よみ人
 四九 をちこちのたつきもしらぬ山中に おほつかなくもよふことりかな


    はな見にまかりけるに、山かはのいしにはなのせかれたるを見て

   同
 五〇 いしはしるたきなくもかなさくら花 たをりてこんみぬ人のため


    やまにはな見にまかりてよめる

   同
 五一 をりとらはおしけなるかな桜花 いさやとかりてちるまてもみん」九

(二行分空白)
   或本在此哥
 五二 こ(の(む))よにもはやなりなゝんめのまへに つれなき人をむかしと思はん」

(六行分空白)」

猿丸大夫
元慶以往人也」
(八行分空白)」一〇





    
私家集大成第一巻10 猿丸Ⅱ・猿丸大夫集[書陵部蔵五〇一・六八]】
 【私家集大成第一巻10 猿丸Ⅱ・猿丸大夫集[書陵部蔵五〇一・六八]】52首 

    あひしりて侍人の、物よりきて、すけにふみをさして、これはいかゝ見る、
    といひたるによみてやる

  一 しらすけのまのゝ萩原ゆくさくさ 君こそみねのまのゝ萩はら
  二 から人の衣そむといふ紫の ころもにしみておもほゆる哉


    あたなる人の、さすかにたの」一めは、つれなくのみあれは、うらみてよめる

  三 み(い)な(て)人はことのみそよきつき草の こ(うつし)ゝろはあひもおもはす


    物おもひけるおりに、時鳥のなくをきゝて

  四 ほとゝきす鳴覧里にゆきてしか しかなく声をきかはくるしも


    あひしりたるおんなのいゑの」まへをわたるとて、
    草をむすひて(或本)い(れたりける)るゝ

  五 いもか門ゆき過かてに草むすふ かせ吹とくなあはん日まてに


    名たちけるをんなにもとに

  六 しなかとりゐな山ゆすり行水の なのみなかれて恋わたるかも
  七 しなかとりゐなのふしはらあを山に ならん時にを色はかはらむ」二


    春の夜の月をまつに、山にかくれてこゝろもとなきをよめる

  八 くらはしの山をたちみる夜こもゝ((マ)に(マ)) 出つる月の光ともしき


    いへに女郎うへてよめる

  九 をみなへし秋はきてをれ玉ほこの 道ゆき人もとはむかたみにをんなのもとに」

 一〇 玉くしけあけまくをしきあたらよを いもにもあはすあかしつる哉


    思かける人のもとに

 一一 あつさ弓すゑのたつよ(き歟)もしらねとも 心は君によりにけるかな
 一二 朝日影にほへる山にてる月の い(よそなるとも)とはぬ君を山こしにして


    かたらひける人の、とほくゆきたりけるかもとに」三

 一三 郭公恋わひにけりますかゝみ おもかけさらに今そ見えこす
 一四 梓弓ひきつのへなるなのりその はなさくまてにいもにあはぬかも
 一五 あひみねは恋こそまされ水無瀬川 なにゝふかめて思ひ初けむ


    あひしれる人の、さすかにわさとならて、としころになりにけるによめる」

 一六 おとゝしもこそもことしもはふくすの したゆたひつゝありわたるかな
 一七 玉たすきかけねはくるしかけた(つ)れは つきてみまし(ク)のほしき君哉
 一八 出(或本ニみえす)てゆく人をとゝめむかたもなし となりのかたにはなもひぬかな
 一九 夕つくよさすやをかへの松のはに いつともしらぬ恋もする哉
 二〇 かせをいたみよせくる浪にい(あ)さりする」四あまおとめこかものすそぬれぬ
 二一 ちりひちの数にもあらぬ我ゆへに おもひわふらんいもかゝなしさ
 二二 あし引の山したかせは吹ぬらむ よなこひてかねてさむしも
 二三 わきもこに恋つゝもあはす秋萩の さきて散ぬる花おらましや(ヲ)


    物へゆきける道に、きりたちわたりけるを」

 二四 しなかとりゐなのをゆけはありま山 夕霧たちて友なしにして

 (或本)おやとものせいするをり、物ゆふをきゝつけて、おんなをとりこめて
 いみしきを(或本)物へゆくに、うみのほとりをみれは、風のいたうふくに、
 あさりする物とものあるをみて

 (或本ニ)鹿のなくをきゝて」五

 二五 うたゝねのあきはきしのき啼鹿も つまこふ事は我にまさらし
 二六 おほ船のまつかとなりにもゆるひの 物おもひわひぬひともとゆへに
 二七 ひとことのしけきこの比たまならは てにまきつけて恋すそあらまし


    あひしりたりける女の、ひさしうなかたえて、おとつれたるにやる」

 二八 あつさ弓ゆつるあしためなかひさし ひかすもひきもおのかまに

 


    物へゆきける道に、日くらしのなきけるをきゝて

 二九 日くらしのなきつるなへに日はくれぬと 思ふは山のかけにそ有ける
 三〇 あらを(ちの)しのかるやのさきにたつ鹿も 
          いとわれ(かことく)はかり物はおもはし


    山さ(てらとも)とにまかりけるに、桜の」六さきたるを見てよめる

 三一 山たかみ人もすさめぬさくら花 いたくなわひそ我みはやさむ
 三二 石はしる滝なくもかな桜はな 手折てもみ(こ)ん見ぬ人のため

  (或本ニ)山に花みにまかりてよめる

 三三 おりとらはおしけにもあるか桜花 いさやとかりて散まてはみむ


    雨のふりけるに、款冬を」おりて人のかりやりける

 三四 春雨にゝほへるいろもあかなくに かさへなつかし山ふきのはな
 三五 時鳥なかなく里のあまたあれは なをうとまれぬ思ふ物かは


    秋のはしめつかた、物思ひおりてよめる
 三六 大かたの秋くるからに我みこそ わひしき物と思ひしりぬれ」七
 三七 秋はきの色つきぬれはきりす わかみのことや物はかなしき


    女のもとに
 三八 はきの花ちる比おのゝ露霜に ぬれてもゆかむさよはふくとも
 三九 秋はきぬ紅葉はやとにふりしきぬ みちふみわけてとふ人はなし

  (或本)まへちかき梅の花のさきたりけるを見て」

 四〇 宿ちかく梅の花うへしあちきなく まつ人のかにあやまたれけり

  (或本)鹿のなくをきゝて

 四一 秋山の紅葉ふみわけ鳴鹿の 声きく時そ物はかなしき
 四二 我やとにいなおほせ鳥の鳴なへに けさ吹かせに秋はきにけり

  (或本)いかなりけるをりにかありけん、女のもとに」八

 四三 ひとつまをいふか(は歟)たかことすかのねの 
         このひもとけてといふか(は歟)たかこと


    やまふきの花みて

 四四 色もかもさきにほふらむ橘の こ(を)しまのさきの山ふきの花


    四月つこもりに時鳥まつとて

 四五 五月まつ山ほとゝきすうちはふき いまむなかなんこそのふる声」


    しのひたる所に秋ころほひ

 四六 ほにいてぬ山田をもるとから衣 いなはの露にぬれぬ日はなし
 四七 夕月夜あか月やまのあさかけに わか身はなりぬこひのしけきに
 四八 さゝ浪のおほのまもりはたかために のまにしめゆふ君にも有らん


    ふみやる女のつれなかりけるにやる」九

 四九 あら小田をあらすきかへしかへしても みてこそやまめ人の心を
 五〇 遠近のたつきもしらぬ山中に おほつかなくもよふこ鳥哉
 五一 まめなれとなにそはよけくかる萱の みたれてあれとあしけくもなし
 五二 こ(或本)むよにもはやなりなゝんめのまへに つれなき人を昔とおもはむ」


 (半葉白紙)」一〇
 (半葉白紙)」
 本云
 以清輔本校了」一一





    
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 三十六人集】[歌仙歌集]    藤原公任(966~1041)
  藤原公任よって選ばれた、今昔の代表的な歌人の作品集。その「三十六人」は、「三十六歌仙」と称され、殆どは「古今集・後撰集」の歌人だが、しかし万葉歌人からも、柿本人麻呂・山部赤人・大伴家持が選ばれている。当初その三十六人の歌人の作を集めて[三十六人撰]という名の「歌集」を編み、やがてそれぞれの歌人の「歌集」を集めた[三十六人集](「歌仙歌集」)がなる。
 写真(右)は、[新校群書類従]巻頭の二枚、「三十六人集色紙(素性法師集中)」
 写真(下)は、[源重之集](wikipediaより)
 
 
 
 三十六人撰解題】新編国歌大観第五巻267 三十六人撰〔267解〕[2014年4月12日記事]
 
 藤原公任撰。「三十六人歌合」とも。三六人の歌仙の歌一五〇首を一〇首・三首の差等を設けて撰出した秀歌撰である。すなわち、人麻呂・貫之・躬恒・伊勢の巻頭四人、兼盛・中務の巻末二人は各一〇首選抜されているが、その中間に位置する三〇人は各三首である。 底本とした宮内庁書陵部蔵本(五〇一・一九)表紙中央上部に「三十六人歌合」と、霊元天皇の宸筆外題が打付書で記されている。藤原定家
筆本を上冷泉為頼(寛永四年〈一六二七〉没)が臨写したものらしい。歌仙の歌が上下二段に対応するように書写されているが、底本どおりの翻刻は困難なので、上段の歌仙の歌を掲げたあと、下段の歌仙の歌を掲出した。
 巻末には、定家が付したとおぼしい
  採択員数雖迷是非、已被定其人、所来遠、争不書
  留一本哉、先年所持引失了、仍令書之、不及校の識語がある。伝本には、同じく定家筆本の転写本である陽明文庫本のほか、群書類従本などがある。底本一〇五の歌の第三句は、「きゝなつに」とあるが、「きるなかに」の誤写と考えられるので、他本により改めた。
(樋口芳麻呂) 

 【新編国歌大観第五巻267 三十六人撰[書陵部蔵五〇一・一九]】150首 

 三十六人撰〔267三十六〕
 
  人麿              貫之
  躬恒              伊勢
  家持              赤人
  業平朝臣            遍昭僧正
  素性              友則
  猿麿              小町
  兼輔卿             朝忠卿
  敦忠卿             高光
  公忠朝臣            忠峰
  斎宮女御            頼基
  敏行朝臣            重之
  宗于朝臣            信明朝臣
  清正朝臣            順
  興風              元輔
  是則              元真
  小大君             仲文
  能宣朝臣            忠見
  兼盛              中務
 
 人麿
   一 昨日こそ年はくれしか春霞かすがの山にはや立ちにけり
   二 あすからは若菜つまむと片岡の朝の原はけふぞやくめる
   三 梅花其とも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば
   四 郭公鳴くやさ月の短夜も独しぬればあかしかねつも
   五 飛鳥河もみぢば流る葛木の山の秋風吹きぞしくらし
   六 ほのぼのと明石の浦の朝ぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ
   七 たのめつつこぬ夜あまたに成りぬればまたじと思ふぞまつにまされる
   八 葦引の山鳥の尾のしだりをのながながし夜をひとりかもねむ
   九 わぎもこがねくたれがみをさるさはの池の玉もと見るぞかなしき
  一〇 物のふのやそ宇治河のあじろ木にただよふ浪のゆくへしらずも

 貫之
  一一 問ふ人もなきやどなれどくる春はやへむぐらにもさはらざりけり
  一二 行きて見ぬ人もしのべと春の野のかたみにつめるわかななりけり
  一三 花もみなちりぬるやどは行く春の故郷とこそ成りぬべらなれ
  一四 夏の夜のふすかとすれば郭公鳴く一声にあくるしののめ
  一五 見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるの錦なりけり
  一六 桜ちるこのした風は寒からでそらにしられぬ雪ぞふりける
  一七 こぬ人をしたにまちつつ久方の月をあはれといはぬよぞなき
  一八 思ひかね妹がりゆけば冬の夜の河風寒み千鳥なくなり
  一九 君まさで煙たえにししほがまのうらさびしくも見え渡るかな
  二〇 逢坂の関のし水に影見えて今や引くらんもち月の駒

 躬恒
  二一 春立つとききつるからに春日山きえあへぬ雪の花と見ゆらむ
  二二 香をとめて誰をらざらむ梅花あやなしかすみたちなかくしそ
  二三 山たかみ雲井に見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき
  二四 わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき
  二五 今日のみと春をおもはぬ時だにも立つ事やすき花のかげかは
  二六 郭公夜深き声は月まつといもねであかす人ぞききける
  二七 立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ
  二八 心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせるしらぎくのはな
  二九 わがこひはゆくへもしらずはてもなしあふをかぎりとおもふばかりぞ
  三〇 ひきうゑし人はむべこそおいにけれまつのこだかくなりにけるかな

 伊勢
  三一 青柳の枝にかかれる春雨はいともてぬける玉かとぞ見る
  三二 千とせふる松といへどもうゑて見る人ぞかぞへてしるべかりける
  三三 春ごとに花の鏡となる水はちりかかるをやくもるといふらん
  三四 ちりちらずきかまほしきをふるさとの花見てかへる人もあはなむ
  三五 いづくまで春はいぬらんくれはててあかれしほどはよるになりにき
  三六 ふたこゑときくとはなしに郭公夜深くめをもさましつるかな
  三七 三輪の山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじとおもへば
  三八 うつろはむことだにをしき秋はぎにをれぬばかりもおけるつゆかな
  三九 人しれずたえなましかばわびつつもなきなぞとだにいふべきものを
  四〇 なにはなるながらのはしもつくるなりいまはわが身をなににたとへむ

 家持
  四一 あらたまのとしゆきかへる春たたばまづわがやどにうぐひすはなけ
  四二 さをしかのあさたつをのの秋はぎにたまとみるまでおけるしらつゆ
  四三 春ののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかを人にしれつつ

 赤人
  四四 あすからはわかなつまむとしめしのに昨日もけふもゆきはふりつつ
  四五 わがせこにみせむとおもひしむめのはなそれともみえずゆきのふれれば
  四六 わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる

 業平
  四七 世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし
  四八 たのめつつあはでとしふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ
  四九 いまぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりける

 遍昭
  五〇 すゑのつゆもとのしづくや世中のおくれさきだつためしなるらむ
  五一 わがやどはみちもなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに
  五二 たらちねはかかれとてしもうばたまのわがくろかみをなでずやありけむ

 素性
  五三 いまこむといひしばかりになが月のありあけの月をまちでつるかな
  五四 みてのみや人にかたらむ山ざくらてごとにをりていへづとにせむ
  五五 みわたせばやなぎさくらをこきまぜてみやこぞ春のにしきなりける

 友則
  五六 ゆふさればさほのかはらのかはぎりにともまどはせるちどりなくなり
  五七 ゆきふれば木ごとにはなぞさきにけるいづれをむめとわきてをらまし
  五八 秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ
 
 猿丸
  五九 をちこちのたつきもしらぬ山中におぼつかなくもよぶこどりかな
  六〇 ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬとみしは山のかげにざりける
  六一 おくやまのもみぢふみわけなくしかのこゑきく時ぞ秋はかなしき

 小町
  六二 はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに
  六三 おもひつつぬればや人のみえつらむゆめとしりせばさめざらましを
  六四 いろみえでうつろふものは世中の人の心のはなにざりける

 兼輔
  六五 あをやぎのまゆにこもれるいとなれば春のくるにぞいろまさりける
  六六 ゆふづくよおぼつかなきにたまくしげふたみのうらはあけてこそみめ
  六七 人のおやの心はやみにあらねどもこをおもふみちにまどひぬるかな

 朝忠
  六八 よろづ世のはじめとけふをいのりおきていまゆくすゑはかみぞしるらむ
  六九 くらはしの山のかひより春がすみとしをつみてやたちわたるらむ
  七〇 あふことのたえてしなくは中中に人をもみをもうらみざらまし


 敦忠
  七一 かりにくときくに心のみえぬればわがたもとにもよせじとぞおもふ
  七二 あひみてののちの心にくらぶればむかしは物もおもはざりけり
  七三 けふそへにくれざらめやはとおもへどもたへぬは人の心なりけり




 高光
  七四 春すぎてちりはてにけりむめのはなただかばかりぞえだにのこれる
  七五 かくばかりへがたくみゆる世中にうらやましくもすめる月かな
  七六 みても又またもみまくのほしかりしはなのさかりはすぎやしぬらむ

 公忠
  七七 ゆきやらで山ぢくらしつほととぎすいまひとこゑのきかまほしさに
  七八 よろづよもなほこそあかねきみがためおもふ心のかぎりなければ
  七九 たまくしげふたとせあはぬきみが身をあけながらやはあらむとおもひし

 忠岑
  八〇 春たつといふばかりにやみよしのの山もかすみてけさはみゆらむ
  八一 ときしもあれ秋やは人にわかるべきあるをみるだにこひしきものを
  八二 春はなほ我にてしりぬはなざかり心のどけき人はあらじな

 斎宮女御
  八三 ことのねにみねのまつ風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ
  八四 かつみつつかげはなれゆくみづのおもにかくかずならぬ身をいかにせむ
  八五 あめならでもる人もなきわがやどをあさぢがはらとみるぞかなしき

 頼基
  八六 ひとふしにちよをこめたるつゑなればつくともつきじきみがよはひは
  八七 わかごまとけふにあひくるあやめぐさおひおくるるやまくるなるらむ
  八八 つくば山いとどしげきにもみぢばはみちみえぬまでちりやしぬらむ

 敏行
  八九 秋きぬとめにはさやかにみえねども風のおとにぞおどろかれぬる
  九〇 ひさかたのくものうへにてみる菊はあまつほしとぞあやまたれける
  九一 心からはなのしづくにそほちつつうくひずとのみとりのなくらむ

 重之
  九二 よしのやまみねのしらゆきむらぎえてけさはかすみのたちわたるかな
  九三 風をいたみいはうつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな
  九四 秋くればたれもいろにぞなりにける人の心につゆやおくらむ

 宗于
  九五 ときはなるまつのみどりも春くればいまひとしほのいろまさりけり
  九六 つれもなくなりゆく人のことのはぞ秋よりさきのもみぢなりける
  九七 山ざとはふゆぞさびしさまさりける人めもくさもかれぬとおもへば

 信明
  九八 かたきなくおもへるこまにくらぶればみにそふかげはおくれざりけり
  九九 こひしさはおなじ心にあらずともこよひの月をきみみざらめや
 一〇〇 あたら夜の月とはなとをおなじくはあはれしれらむ人にみせばや

 清正
 一〇一 ねの日しにしめつるのべのひめこまつひかでやちよのかげをまたまし
 一〇二 あまつかぜふけひのうらにゐるたづのなどかくもゐにかへらざるべき
 一〇三 むらながらみゆるにしきは神な月まだ山風のたたぬなりけり

 順
 一〇四 水のおもにてる月なみをかぞふればこよひぞ秋のもなかなりける
 一〇五 ちはやぶるかものかはぎりきるなかにしるきはすれるころもなりけり
 一〇六 わがやどのかきねや春をへだつらむなつきにけりとみゆるうのはな

 興風
 一〇七 ちぎりけむ心ぞつらきたなばたのとしにひとたびあふはあふかは
 一〇八 たれをかもしる人にせむたかさごのまつもむかしのともならなくに
 一〇九 君こふるなみだのとこにみちぬれば身をつくしとぞわれはなりぬる

 元輔
 一一〇 秋のののはぎのにしきをわがやどにしかのねながらうつしてしかな
 一一一 うきながらさすがにもののかなしきはいまはかぎりとおもふなりけり
 一一二 おとなしのたきとぞつひになりにけるいはでものおもふ人のなみだは

 是則
 一一三 みよしのの山のしらゆきつもるらしふるさとさむくなりまさるなり
 一一四 やまがつと人はいへどもほととぎすまづはつこゑはわれのみぞきく
 一一五 ふかみどりときはのまつのかげにゐてうつろふはなをよそにこそみれ

 元真
 一一六 としごとのはるのわかれをあはれとも人におくるる人ぞしりける
 一一七 人ならばまてといふべきをほととぎすまだふたこゑをなかでゆくらむ
 一一八 君こふとかつはきえつつふるほどをかくてもいけるみとやなるらむ

 小大君
 一一九 いはばしのよるのちぎりもたえぬべしあくるわびしきかづらきの神
 一二〇 たなばたにかしつとおもひしあふことをそのよなきなのたちにけるかな
 一二一 かぎりなくとくとはすれどさとかはのやまゐのみづはなほぞこほれる

 仲文
 一二二 ありあけの月のひかりをまつほどにわがよのいたくふけにけるかな
 一二三 ながれてとたのめしことはゆくすゑのなみだのうへをいふにざりける
 一二四 おもひしる人にみせばやよもすがらわがとこなつにおきゐたるつゆ

 能宣
 一二五 ちとせまでかぎれるまつもけふよりは君にひかれてよろづよやへむ
 一二六 もみぢせぬときはのやまにたつしかはおのれなきてや秋をしるらむ
 一二七 きのふまでよそに思ひしあやめぐさけふわがやどのつまとみるかな

 忠見
 一二八 ねのびするのべにこまつのなかりせばちよのためしになにをひかまし
 一二九 さ夜ふけてねざめざりせばほととぎす人づてにこそきくべかりけれ
 一三〇 やかずともくさはもえなむかすがのはただ春の日にまかせたらなむ

 兼盛
 一三一 かぞふればわが身につもるとし月をおくりむかふとなにいそぐらむ
 一三二 みやまいでてよはにやきつるほととぎすあか月かけてこゑのきこゆる
 一三三 やまざくらあくまでいろをみつるかな花ちるべくもかぜふかぬよに
 一三四 もち月のこまひきわたすおとすなりせたの中みちはしもとどろに
 一三五 くれてゆく秋のかたみにおくものはわがもとゆひのしもにざりける
 一三六 たよりあらばいかで宮こへつげやらむけふしらかはのせきはこえぬと
 一三七 ことしおひのまつはなぬかになりにけりのこれるよはひおもひやるかな
 一三八 あさひさすみねのしらゆきむらぎえて春のかすみはたなびきにけり
 一三九 わがやどのむめのたちえやみえつらむおもひのほかにきみがきませる
 一四〇 みわたせばまつのはしろきよしの山いくよつもれるゆきにかあるらむ

 中務
 一四一 わすられてしばしまどろむほどもがないつかはきみをゆめならでみむ
 一四二 うぐひすのこゑなかりせばゆききえぬ山ざといかではるをしらまし
 一四三 いそのかみふるきみやこをきてみればむかしかざししはなさきにけり
 一四四 さらしなにやどりはとらじをばすての山までてらす秋のよの月
 一四五 さやかにもみるべき月をわれはただなみだにくもるをりぞおほかる
 一四六 まちつらむみやこの人にあふさかのせきまできぬとつげややらまし
 一四七 わがやどのきくのしらつゆけふごとにいくよつもりてふちとなるらむ
 一四八 したくぐる水にあきこそかよふらしむすぶいづみのてさへすずしき
 一四九 さけばちるさかねばこひし山ざくらおもひたえせぬはなのうへかな
 一五〇 天河河辺涼しき織女に扇の風を猶やかさまし



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 家持集
 【家持集解題】〔3家持解〕 国歌大観第三巻  家持集(書陵部蔵五一〇・一二) [2014年3月22日記事]

 家持集も人丸集・赤人集の場合と同じく、歴史上の人物としての大伴家持に関係する歌だけを集めた歌集ではなく、万葉集の作者不明歌や他人歌、古今集・後撰集等の詠人不知歌や貫之・躬恒・友則・忠岑・元方等古今集撰者時代の歌をも含んでいて、その成立がかなりくだることは確かである。

 さて、現存する家持集の伝本は、

(一)西本願寺本系統
(二)宮内庁書陵部本(五一〇・一二)系統

に分けられる。前者は三一二首、後者は三一八首。なお流布本として用いられることの多かった正保版歌仙家集の系統は(二)からかなり多くの歌を脱したものである。
 
ところで、(一)の系統と(二)の系統の最も大きな相違は、前者が早春・夏・秋・冬・恋・雑と六つに部立するのに対し、後者は早春・夏・秋・冬・雑の五つに部立していることにあるのだが、この相違は(二)の系統の雑に収められている歌を、(一)の系統では、早春・夏・秋・冬・恋・雑に配分していることから生じたものである。すでに六つの部立に分けられているものを五つの部立に直し、雑部に歌を集めてことさら歌数をふやすことは考えられぬから、(一)の系統は(二)の系統を改編して恋部を作ったものとみるべきであろう。(二)の系統の中で最も歌数の多い書陵部本(五一〇・一二)を底本としたゆえんであるが、この本は、(一)の西本願寺本にある二首を欠いているので補っておく。

 一やまもりはいはばいはなんたかさごのをのへのさくらをりてかざさむ
 二いはのへにつりせし人もうちつけのおもひありとはしらずやありけむ
 
 また、この種の私家集のつねとして、底本にも誤写等による乱れがあるので、同系統の陽明文庫本(一〇・六八)・正保版歌仙家集本によって校訂したが、その詳細は省略する。ただし他系統の西本願寺本によって校訂せざるを得なかった場合は次表に示すごとくである。


  校 訂 表
  校訂本文  底本本文
 一七   まづさくやどの   まつさくやとて
 三六   きみをいつしか   きみをふつしか
 六八   ほがらになけば   ひからになけは
 七六   うたしめやまの   うたしめやかて
 八一   みかりの人の   みるの人の
 九九   いざこぎいでなん   いせきいてなん
 一〇七   くもかくるらし   くもかけるらし
 一六八   わがせもあれも   わかみもあれも
 一七三   こひしくも   こひしくは
 一九三   かくばかり   からころも
 一九八   わがふねうくる   わかうくる
 二一〇   ふなですらしも   つなてすらし
 二二〇   おきしひよりぞ   おちしひよりそ
 二三九   きりくもり   きりこもり
 二九三   ゆふまくらせん   ゆふまくれせん


  なお、このほか万葉集によって、

  校 訂 表
  校訂本文  底本本文
 六一   やまだのさはに   やまたのそふに
 一六八   あかるれば   なかるれは

の二例のみを誤写と判定して校訂したが、七六・一四二・一五八・一六六・一七七・一八七・二一七・二二三・二八九・三一六・三一七・三一八の一二首は万葉集等の他文献によって校訂せず意不明のままにして(ママ)と注した。
 
 大伴家持(?~七八五)は旅人の嫡男。万葉集第四期を代表する歌人。万葉集の編纂にも深いかかわりがあるようだが、桓武天皇の寵臣藤原種継暗殺に連なったとして罪人となったせいもあって、平安時代の和歌に大きな影響を残すことはなかった。
 (片桐洋一・山崎節子)

 【家持集】[2014年3月22日記事]
 
写本は、(1)西本願寺本系 (2)宮内庁書陵部本系 の二系統に大別される。[(2)をもとに(1)が編集し直したとされる。現存最古の写本は(1)の祖本・西本願寺本で平安末頃の書写]



   (1)西本願寺本系  (2)宮内庁書陵部本系
 部立て   早春・夏・秋・冬・恋・雑   早春・夏・秋・冬・雑
 収録歌数   312首   318首
 収録本   群書類従本   正保版流布本
 収録歌   収録歌   収録歌


 収載歌の特徴

 「万葉集」で「家持作」とされている歌は、確実だと思うが、 [万葉集巻第十]の「作者不詳歌」の中に、この[家持集]の「異体歌」が多く、あるいは別人の作が少なからずある。
 歌風も[古今集]や[後撰集]風のものが見られることから、修辞や地名などを古今・後撰集風に手直ししたことが指摘されている。
 それらの点から、[家持集]が、大伴家持自身の歌から成る[大伴家持歌集]とは言い難い、というのが定説になっている。

 そして、[私家集大成]の解説では、次のように書いている


 家持集の原型は万葉集抄であり、それが拾遺集時代、家持集として享受され、そこに題名のない私撰集が雑部の後に付加された。

 それでも重要なことは、すべてが家持作でないとは言っても、家持と縁の深い作者が載せられ、さらに家持が大きく[万葉集]の編集に係わったとされる巻から採録されたとみえる歌も多く、[家持集]という名に相応しい「歌集」であることには違いないと思う。

 【家持集】318首 新編国歌大観第三巻3  家持集[書陵部蔵五一〇・一二]

    早春

   一 月よめばいまだ冬なりしかすがにかすみたなびくはるはきぬとか
   二 昨日こそとしはくれしかはるがすみかすがのやまにはやたちにけり
   三 いにしへのひとのうゑけんすぎのはにかすみたなびくはるぞきぬらし
   四 はるがすみたつかすがののゆきかへりわれはあそばむいやとしのはに
   五 うちなびくはるはきぬらしわがやどはやなぎのうれにうぐひすなきつ
   六 あづさゆみはる山ちかくいへゐしてたえずきくらんうぐひすのこゑ
   七 さむさすぎはるはきぬらしとし月はあらたまれども人はふりゆく
   八 むめのはなさきたるなかにふくめるはこひやこもれるゆきをまつかも
   九 あはゆきにむらさきたてるむめの花君しわたらばよそへても見ん
  一〇 むめがえにふりおほふゆきををしみもてきみにみせんととればきえつつ
  一一 わがせこにみせんとおもひしむめの花それとも見えずゆきのふれれば
  一二 のこりたるゆきにまじれるむめのはなはやくなちりそゆきはけぬとも
  一三 我がをかにさかりにさけるむめのはなのこれるゆきにみだれつるかも
  一四 あはゆきの日をへてやがてかくふらばむめがはつはなちりかすぎなん
  一五 ゆきのいろをむばひてさけるむめの花いまさかりなりみる人もがな
  一六 はるののになくやうぐひすなつけんとわがいへのそのにむめのはなさく
  一七 はるくればまづさくやどのむめのはなひとりみつつやはるをくらさむ
  一八 いもがためいづれのむめをたをるとてしづえがつゆにぬれにけるかも
  一九 わがやどにさきたるむめをつきよよみよなよな見せんきみをこそまて
  二〇 ひさかたの月よをきよみむめのはなこころひらけてむかしおもふきみ
  二一 きてみべき人もあらなくにわがやどのむめのはつはなちりぬるもよし
  二二 わがかざすやなぎのいとをふきみだるかぜにやいもがむめのちるらん
  二三 うちなびくはるかとわれはけふぞしるわがくろかみにむめのはなちる
  二四 はるがすみたちしときよりうぐひすのはつこゑするははるべにやなる
  二五 あさみどりそめかけたりとみるまでにはるのやなぎはもえにけるかな
  二六 あさなあさなわがみるむめにうぐひすのきゐてなくべくしげくはやなれ
  二七 ももしきのおほみや人のかづらするしだりやなぎはみれどあかぬかも
  二八 あをやぎのいとよりかけてはるかぜのみだれぬさきにみん人もがな
  二九 けふさらにきみはなゆきそはるさめのこころを人のしらざらなくに
  三〇 はるさめにあらそひかねてわがやどのさくらのはなはさきそめにけり
  三一 みわたせばかすがののべにかすみたちさきみだれたるさくらばなかも
  三二 はるさめのしきしきふるにたかまつのやまのさくらはいかがあるらん
  三三 あしひきの山のなてらすさくらばなこのはるさめにさきにけらしも
  三四 はるのいへのくれなゐにほふもものはなはなのなたてにいでゐたるいも
    ある本に
  三五 はるのそのくれなゐにほふもものはなしたてるみちにいでたてるいも
    とあり
  三六 山もせにさけるつつじのにくからぬきみをいつしかゆきてはやみむ
  三七 わがせこになほこふらくはおくやまにつつじのけふはさかりなりけり
  三八 はる山にちりすぐれどもみわやまはいまだふくめりきみまちがてに
  三九 つばなぬくあさぢがはらのつぼすみれいまさかりにもしげきわがこひ
  四〇 やまぶきのはなとりもちてつれもなくかれにしいもをおもひいづるかな
  四一 山吹をやどにうゑつつ見るときにおもひはやがてこひこそまされ
  四二 こひしくはかたみにせんとわがやどにうゑしふぢなみはなさきにけり
  四三 ふぢなみのはなのさかりにかくこそはうちめぐりつつとしにしのばめ
  四四 ふぢなみのはなさくみればほととぎすなくべきをりはちかづきにけり
  四五 ふぢなみのはなのさかりになりにけりならのみやこをおもひいづやきみ
  四六 むめのはなちるよりさきにさきしかどみるひはさきにゆきのふれれば
  四七 きてみべき人もあらじをわがやどのむめのはつはなをりつくしてん
  四八 むめのはなちりにしひよりしきたへのまくらもわれはさだめかねつも
  四九 しろかみにさしまどはせるはなの色をそれなんむめと人はわかなん
  五〇 はるかぜのふくにさきだつむめの花きみがためにぞこきとどめつる
  五一 かぜまじりゆきはふるともみになさずわがいへのむめをはなにちらすな
  五二 ゆきさむみさきもひらけぬむめのはなさまれかこくはかくてましなん
  五三 わがやどのまへのあをやぎかぜふけばをる人なしにぬきみだるいと
  五四 あをやぎのいとぞあやしきちる花をぬきてとどむるものとはなしに
  五五 をりてしももてゆきがほにさくらばなさける山べをわたるしらくも
  五六 てもやまずたをりおきてんさくら花ちりなんのちにあかぬくいせじ
  五七 ゆかん人こむ人しのべはるがすみたつたの山のはつさくらばな
  五八 ふるさとにはなはちりつつみよしのの山のさくらはまださかずけり
  五九 さくらばなこだかきえだのそらにのみみつつやこひんをるすゑもなみ
  六〇 はるのあめににほへるいろもあかなくにかさへなつかしやまぶきのはな
  六一 きみがためやまだのさはにゑぐつむとゆきげのみづにもすそぬらしつ
    山した水にとも
 

    夏歌

  六二 はるさめはふりやみぬなりほととぎすたつたの山にいまやなくらん
  六三 ほととぎすまてどもなかずあやめ草たまにぬくをのまだとほみかも
  六四 さみだれはそらもとどろにほととぎすよふかくなきついやねかねつる
  六五 たれをかはこひのやまべのほととぎすくさのまくらにたびたびはなく
  六六 ほととぎすみやこへゆかばたちかへりいまきぬべしといもにつげよく
  六七 ほととぎす山ぢにたかくなくこゑをわがひとりねにきくがかひなさ
  六八 しののめのほがらになけばほととぎすわがまつかひはなかりけりやは
  六九 かもがはのみなそこ見えててる月をゆきてみんとや夏ばらへする
  七〇 うのはなのにほふさつきの月きよみいねずきけとやなくほととぎす
  七一 うのはなもまださかなくにほととぎすさほのやまべをきなきとよむる
  七二 わぎもこがきるなつごろもしろたへにさけるかきねのうのはなやとき
  七三 ほととぎすまつによふけぬこのくれのしづくをおほみ道やよくらん
  七四 なつ山のこずゑをたかみほととぎすなきてとよむるこゑのはるけさ
  七五 ほととぎすひとこゑなきていぬるよはいかでか人のいをやすくぬる
  七六 なつごろもうたしめやまのほととぎすいまはきときにたちかへりなけ
  七七 うつくしとみるたびごとになでしこのはなのさかりはなつかしなきみ
  七八 はるすぎてなつぞきにけるしろたへのころもほしたりあまのかごやま
  七九 ほととぎすおもはずありきこのくれのかくなるまでになどかきなかぬ
  八〇 神なびのいはせのもりのほととぎすならしのをかにいつかきなかん
  八一 かすがののふぢちりはててなにをかもみかりの人のおも(り)てかざさん
  八二 うのはなのちらまくをしみほととぎす野にも山にもなきとよむかも
  八三 ほととぎすなきとよむなるたちばなのはなちるさとをみん人もがな
  八四 このくれはゆふやみなるをほととぎすいづくをいへとなきわたるらん
  八五 ひとりゐてものおもふときにほととぎすここをなきゆくこころあるらし
  八六 しなのなるすがのあらのにほととぎすなくこゑきけば時すぎにけり
  八七 きみこふとふしゐもせぬかほととぎすあをやまべよりなきわたるなり
  八八 わがやどのはなたちばなにほととぎすよふかくなけばこひまさるなり


   秋歌

  八九 神なびのみむろのやまのくずかづらうらふきかへすあきはきにけり
  九〇 君ゆゑにわれこひをればわがやどのすだれうごかしあきかぜぞふく
  九一 わぎもこがころもならなんあきかぜのさむき時にはしたにしなさん
  九二 あきかぜのさむきあしたにささのをかこふらんきみがきぬきせよかし
  九三 秋はぎのさきつるのべのゆふつゆにぬれつつきませよはふけぬとも
  九四 あきはぎのしたば(えだも)たわわにおくつゆのけさはあけぬといそぎいでめや
  九五 たまにぬけきえずはきえず秋はぎのうれもたわわにおけるしらつゆ
  九六 いもがいへのかどたをみんとうちいでてころもしろくててれる月かも
  九七 あきかぜのふきにしひよりあまのがはせにいでたちてまつとつげこせ
  九八 あきかぜのきよきゆふべにあまの河ふねこぎわたせ月人をとこ
  九九 あまのがはなみはたつともわがふねはいざこぎいでなんよのふけぬ時
 一〇〇 しるしるもあひみぬきみにあまのがはふなではやせよよのふけぬ時
 一〇一 ひこぼしのつまむかへぶねこぎくらしあまのかはせにきりたちわたる
 一〇二 このゆふべふりくるあめはあまの河とくこぐふねのかいのしづくか
 一〇三 あまのがはしらなみたかくわがこふるきみがふなではけふぞすらしも
 一〇四 あまのがはきりたちのぼりたなばたのくものころものなびくそでかも
 一〇五 あまのがはわたるせふかみふねをうけてこぎくるきみがかぢおときけば
 一〇六 きみがふねいまこそわたれあまのがはきりたちわたりこのかはのせに
 一〇七 あきかぜにやまとびこゆるかりがねのこゑとほざかるくもかくるらし
 一〇八 このごろはあさけにきけばあし引の山をとよましさをしかぞなく
 一〇九 てにをればそでさへにほふをみなへしそのしらつゆもちらまくをしも
 一一〇 ことさらにころもはすらじをみなへしさがののはなににほひてを見ん
 一一一 あきはぎのさきたるのべのさをしかはちらまくをしみなくといふものを
 一一二 わがやどのはぎのはなさけり見にきませいまふつかみかあらばちりなん
 一一三 まくずはらなびくあきかぜふくからにあだのおほののはぎのはなちる
 一一四 あきの野のをばながすゑのうちなびくこころはいもによりにしものを
 一一五 あきさればおくしらつゆにわがやどのあさぢがうれは色づきにけり
 一一六 ものおもふとかくれのみゐてきてみればかすがの山はいろづきにけり
 一一七 かりがねのなきにしよりぞかすがなるみかさのやまはいろづきにける
 一一八 かりがねをききつるなへにたかまつののべのくさばぞいろづきにける
 一一九 あきはぎのうつろふをしとなくしかのこゑきく山はもみぢしにけり
 一二〇 むばたまのよるのゆめにはみゆらんやそでひるまなくわれしこふれば
 一二一 なくしかのこゑうらぶればときは今はあきのなかばになりぬべらなり
 一二二 このゆふべあきかぜふきぬしらつゆにあまねくはなはあすもさきなん
 一二三 はるくればかすみにこめてみせざりしはぎさきにけりをりてかざさん
 一二四 わがやどにさけるあきはぎつねならば我がまつ人にみせましものを
 一二五 うづらなくふりにしさとのあきはぎをおもふ人にしもあひみつるかな
 一二六 いもがひもとくとむすぶとたつたやまいまぞもみぢのにしきおりける
 一二七 あすかがはもみぢばながるかづらきの山のこのははいまかちるらん
 一二八 あきやまにしもふりおほひこのはちるともにゆくともわれわすれめや
 一二九 もみぢばをちらすしぐれのふるなへによさへぞさむきひとりしぬれば
 一三〇 さをしかのつまよぶやどのをかべなるわさだはからじしもはおくとも
 一三一 くもがくれなくなるかりのゆきてみんあきのたのほもしげくしおもほゆ
 一三二 あきのたのかりいほつくりわがをればころもでさむしつゆぞおきける
 一三三 ながづきのしぐれのあめにそほちつつかすがの山はいろづきにけり
 一三四 しらつゆをたまにぬきもてなが月のありあけの月はみれどあかぬかも
 一三五 ひととせにふたたびゆかぬあきやまはこころはあらずくらしつるかな
 一三六 ときはいまはあきぞとおもへばころもでにふきくるかぜのしるくもあるかな
 一三七 秋はじめいつとしらぬを月かげのまどにいりてもおもほゆるかな


    冬歌

 一三八 神なづきしぐれにあへるもみぢばをふかばちりなんかぜのまにまに
 一三九 もみぢばはすぎまくをしみおもへどもあらそふこよひあけずもあらなん
 一四〇 ゆふさればころもでさむしみよしののたかまの山にみゆきふるらし
 一四一 まきもくのひばらのいまだくもらねばこまつがさきにあわゆきぞふる
 一四二 かつらはころもでさむしたかまつの山の木ごとに雪ぞふるらし
 一四三 やたののにあさぢいろづくあらちやまみねのあはゆきさむくぞあるらし
 一四四 いたくしもふらぬゆきゆゑひさかたのあめよりそらはくもりあひつつ
 一四五 あはゆきの日ごと日ごとにふりしけばならのみやこのおもほゆるかな
 一四六 わがせこをいまやいまやといで見ればあはゆきふれりにはもほどろに
 一四七 いもがいへぢわれまどはしつひさかたのあまぎるゆきのなべてふれれば
    山のうへもさだかに見えずとも
 一四八 いもがいへぢわれわすれめやあしひきの山かきくもりゆきはふるとも
 一四九 つくばねのよそにのみしてありかねてゆきげの水になづみつるかな
 一五〇 あしひきのやまにしろきはわがやどに昨日のくれにふりしゆきかも
 一五一 まつかげのあさぢがうへのしらつゆをけたずてたまにぬくものにもが
 一五二 たかまやまいはねにおふるすがのねのねもころころにふりおくしらゆき
 一五三 しらゆきのふりおく山をこゆるにもきみをこそせないきのをにおもへ
 一五四 おくやまのまきのこのはにふる雪のふりはますともつちにおちめや
 一五五 うちはぶきとりはなけどもかくばかりふるしらゆきにきみいませめや
 一五六 おほみやのうちにもとにもめづらしくふれるしらゆきふままくをしも
 一五七 さよふけてみつつやゆかんまつちなるさよひめのこがこのふりの山
 一五八 たちばなのみさへはなさへそのはさへふたさへいれどまさる時なき
 一五九 けふふれるゆきにいろひてわがやどのふる木の梅ははなさきにけり
 一六〇 わがやどのふゆ木のうへにふるゆきをむめの花かとうらみつるかな
 一六一 うちなびくはるをちかみかむばたまのこよひの月よかすみたるかな
 一六二 みゆきふるふゆはけふまでうぐひすのなかば春日はあえもあるらし
 一六三 あすか河かはおとたかしむばたまのよかぜぞさむしゆきぞふるらし
 一六四 いまさらにまつ人こめやあまのはらふりさけみればよもふけにけり
 一六五 あはであるものならなくにときぎぬのさらなるこひもわれはするかな
 一六六 くさかげのあさ井のまつのかけしまをみつつや君がみさかこゆらん
 一六七 すみのえのふたみちをゆくみちなしと人にしれぬることいたきかな
 一六八 みかづきのふたみみちよりあかるればわがせもあれもひとりかもぬる
 一六九 てる月をくもなかくしそしまかげにわがふねとめんとまりしらずも
 一七〇 みよしののみふねのやまにゐるくものつねならむともわがおもはなくに
 一七一 あしひきの山すがのねをひき見つつわがかねごととゆめ人にいふかな
 一七二 あしひきのやましたかぜはふかねどもきみがこぬよはたもとさむしも
 

    雑歌

 一七三 こひしくもきませぬきみかながづきのもみぢの色のすぎはつるまで
 一七四  おくやまのいはほのこけのとしひさにみれどもあかぬきみにもあるかな
 一七五 あたらしきとしのはじめにいやとしにゆきふみちらしつねならぬかも
 一七六 むめのはなさきつるそののあをやぎをかづらにしつつあそびくらさん
 一七七 はるやなぎかづらにをりしむめのはなたれかはうゑしさかにののうへに
    たれかはうゑてさかづきのうへにとあり
 一七八 あめつちにあひさかえんとおほみやをつかへまつればたふとくもあるか
 一七九 よのなかのつねなきことをしるらんをこころつくするますらをにして
 一八〇 よのなかのつねならぬ事かつみればいかにこころはしのびかねつも
 一八一 いまよりはあきかぜさむくなりなんをいかでかひとりながきよをねん
 一八二 たかまどののべのあきはぎちらさではきみがかたみと見つつしのばむ
 一八三 こぞみてしあきの月よはてらせどもあひみしいもはいやとほざかる
 一八四 あめつちとともにひさしくますらをとおもひてありしいへのにはかも
 一八五 こひつつもあらんとおもへどゆふばやまかくれしきみをしのびかねつも
 一八六 さほやまにたなびくかすみ見るごとにいもをこひつつなかぬひぞなき
 一八七 みたえせしこまのあらいそけふみればおひざりしくさおひにけるかな
 一八八 けふけふとわがまつきみはいけみづのかげにまじりぬありといはめや
 一八九 いもがなはちよにながさんひめしまのこまつがうれにこけおふるまで
 一九〇 しぬらんとかねてしりせばこのうみのありそのはまはみせましものを
 一九一 きのふこそきみはこましかおもはずにはままつがえのくものたなびく
 一九二 いつしかとまつらんいもにたまぼこのことだにつげずゆきしきみかも
 一九三 かくばかりこひしくあらばますかがみみぬ日時なくあらましものを
 一九四 きみはいさわすれやすらんたまかづらかげに見えつつわすれぬものを
 一九五 たなばたのふなのりすらしあまのがはきよき月よにくもたちわたる
 一九六 ひこぼしのわかれてのちはあまの河をしむなみだにみづまさるらん
 一九七 あまのがはかへらんそらもおもほえずたえぬわかれとおもふものから
 一九八 としかさねわがふねうくるあまのがはかぜはふくともなみたつなゆめ
 一九九 こひわたるとしのわたりをたなばたのかたときもあかずわかれぬるかな
 二〇〇 きみがくるこよひはまれにあまのがはとし月のみぞわたるべらなる
 二〇一 あまのがはあさくふみつつわたるせにかへるなみだのふちとなりつつ
 二〇二 あまのがはきりたちくもれたまくしげあけなばあかずわかれまくをし
 二〇三 ひととせにひとたびわたるあまのがはいくらばかりのひろさなるらむ
 二〇四 けふよりはあまのかはらはあせななんふちせともなくただわたりなん
 二〇五 あふよしもわたるとおもへばあまの河おりたつよりぞうれしかりける
 二〇六 かささぎのはしつくるよりあまのがは水もひななんかはわたりせん
 二〇七 あまのがはかはせのなみのうちはへてわがたちまちしけふぞきにける
 二〇八 あきかぜによのふけゆけばあまのがはかはせになみのたちゐこそまて
 二〇九 ひととせになぬかのよのみあふことのこひもつきねばよぞふけにける
 二一〇 あまのがはせぜのしらなみさわぐなりわがまつきみぞふなですらしも
 二一一 いもにあはんよをかたまつとひさかたのあまのかはらに月はへにけり
 二一二 あまのがはいはこすなみのたちゐつつあきのなぬかのけふをしぞおもふ
 二一三 かささぎのつばさにかけてわたすはしまたもこぼれぬこころあるらし
 二一四 ひさかたのあまのかはらにふねうけてこよひやきみがわがやどにこん
 二一五 あまのがはよふかくきみはわたるとも人しれずとはおもはざらなん
 二一六 たなばたのあふよのみこそあまのがはわたるせありてきみもくるてへ
 二一七 よひよひにあまのかはらにならせどもよならふとしもあらじとぞ思ふ
 二一八 あけぬやととふものならばあまの河きりたちいまだはれずといはなん
 二一九 あきのよのにはのしらつゆけさみればたまやしけるとおどろかれつつ
 二二〇 わがやどのをばながすゑにしらつゆのおきしひよりぞあきかぜのふく
 二二一 はぎのつゆたまにぬかんととればきえぬみん人はなほえだながら見よ
 二二二 しらつゆはけなばけななんきえずとてたまにぬくべき人もあらじを
 二二三 たまにぬきかけてまもらん秋はぎのうれつつとばにおけるしらつゆ
 二二四 しらつゆとなにはおへどもくれなゐに山のこのはのいろは見えけり
 二二五 あきかぜは日ごとにふきぬたかさごのをのへのはぎのちらまくをしみ
 二二六 わがせこがころものすそをふきかへしうらめづらしきあきのはつかぜ
 二二七 あきかぜのふくにつけてぞおもほゆるさほのやまべはいまやもみづる
 二二八 わぎもこがはたよりおりしからころもきせしひよりぞあきかぜはふく
 二二九 わがやどのわさだかりあげてかへすともきみがつかひはただにはやらじ
 二三〇 あきかぜはこととふききぬしろたへのわがときごろもぬふ人はなし
 二三一 うちはへてかげとぞたのむみねの松いろどるあきのかぜにうつるな
 二三二 さほやまのははそのもみぢちりぬべくよるさへ見よとてらす月かげ
 二三三 わがかどのわさだもいまだかりあへぬにかねてうつろふ神なびのもり
 二三四 あしひきのやまだのいねもひでにけりうゑしにあへぬわれかりにこん
 二三五 いとはやみまだきもかるかいその神ふるのわさだもいまだいでぬを
 二三六 あきのたのかりのいほりにあめふりてころもでぬれぬほす人なしに
 二三七 あしひきのやまだのいねはひでずともつなをばやらへもるとしらなん
 二三八 たがためのにしきなればか秋ぎりのさほの山べをたちかくすらん
 二三九 あきまでにみべきもみぢをきりくもりさほのやまべのはるる時なき
 二四〇 きりわけてかりはきにけりひまもなくしぐれやいまはのべにそそかむ
 二四一 ちどりなくさほのかはぎりたちぬらしみねのこずゑもいろかはりゆく
 二四二 あきぎりのまぎれにいへぢわすれてやおもはぬかたによぎりしにけん
 二四三 あじろへとさしてきつれどかはぎりのたつとまぎれにみちもゆかれず
 二四四 かりがねのなくなるなへにからころもたつたのやまはもみぢしぬらし
 二四五 あきぎりにつままどはせるはつかりのくもがくれゆくこゑのきこゆる
 二四六 あまぐものよそにかりがねなく時ぞしたばいろづくわがやどのはぎ
 二四七 くものうへにかりぞなくなるわがやどのあさぢもいまだもみぢあへなくに
 二四八 おほぞらにかりぞなくなるうねび山みかきのはらにもみぢしぬとか
 二四九 あまぐものよそにかりがねききしよりあられしもふりさむきこよひか
 二五〇 山だもるたもりのひたのこころにてこひするしかのこゑぞとめつる
 二五一 秋やまにこころのいればみかりするしかをおくまでとむるなりけり
 二五二 きりぎりすわがやどちかくよるはなけひるはさわがしものがたりせん
 二五三 からころもたつたの山にあやしくもつづりさせてふきりぎりすかな
 二五四 きりぎりすつづりさせてふなくなればむらぎぬもたるわれはききいれず
 二五五 きりぎりすわがきぬつづれわびびとのやども秋かぜよきずふきけり
 二五六 あきののに人まつむしのこゑすなりわれかとゆきていざとぶらはむ
 二五七 あきのやまかげやかたぶくひぐらしのこのうれごとになきわたるらん
 二五八 はぎのはないろづくあきをいたづらにあまたかぞへてとしぞへにける
 二五九 いなびののあきのをばなはまねけどもをみなへしにぞこころつきぬる
 二六〇 あきののになまめきたてるをみなへしあなことごとしはなもひととき
 二六一 ふぢばかまきるひとのみやたちながらしぐれのあめにぬらしそめつる
 二六二 などうたてふく秋かぜぞふぢばかまぬぎてかすべきいもしまさぬに
 二六三 もみぢばのしぐれとふればさすかさのうへにくれなゐしみぬべらなり
 二六四 ふくかぜにちるだにをしきさほ山のもみぢこきたれ時雨さへふる
 二六五 からころもたつたのやまのもみぢばは〔            〕
 二六六 わぎもこがかがみの山のもみぢ葉のうつるときにぞものはかなしき
 二六七 ちどりなくさほのかはぎりたちぬらし山のもみぢばいろかはりゆく
 二六八 かささぎのわたせるはしにおくしものしろきをみればよはふけにけり
 二六九 さほやまににしきおりかく神な月しぐれのあめをたてぬきにして
 二七〇 はるをまつむめのふるえにふる雪は人だのめなるはなにざりける
 二七一 わかれゆく冬のかたみのくろかみにふりおけるゆきのきえぬなりけり
 二七二 あらたまのとしのをはりになるごとにゆきもわがみもふりまさりつつ
 二七三 このしぐれいたくなふりそわぎもこがつとに見せむともみぢをりてん
 二七四 あきたみなかりはてつれどはつしものおくてのいねはひさしかりけり
 二七五 つゆじももおけばそよげどたけのはのいつもうつろふいろならなくに
 二七六 おちしけるもみぢのうへにしら玉をぬきてぞみだるけさのあられは
 二七七 あられふりたまとみれどもひろひおきてこころのごとくぬかばけぬべし
 二七八 よをさむみあさとをあけてみわたせばにはもはだらにあはゆきぞふる
 二七九 山のかひそことも見えずしらがしのえだにもはにもゆきのふれれば
 二八〇 月よにははなとぞみゆる竹のうへにふるしらゆきをたれかはらはん
 二八一 ゆきふらばたちもかくれんかすがなるみかさの山のすゑのまつばら
 二八二 あらたまのとしをわたりてあるがうへにふりつむゆきのきえぬしらやま
 二八三 むめがえにふりつむゆきをつつみもてきみに見せんととればけぬべし
 二八四 しらゆきのいろわきがたきむめがえにともまつゆきぞきえのこりたる
 二八五 しらやまのみねなればこそしらゆきのかのこまだらにふりてみゆらめ
 二八六 ふゆのよのさむきまにまにわぎもこがころもをかりのこゑはききつや
 二八七 もがみ山すがけせしよりこころありてまもりかへせるやかたをのたか
 二八八 たちばなをもりへのいへのかどたわせかり時すぎぬこじとやすらん
 二八九 なが月のしぐれのあめに山かくすわがむねれをみてはややみなん
 二九〇 わがやどのえのきつきのきつきごとにつかひはやこんこころまたくな
 二九一 わがせこをこひてはひさしむまおひのあへたちばなのこけおふるまで
 二九二 いもがぬるとこのあたりにいはくぐる
          水にもがもやいりてねにこむくるらんとも
 二九三 かみつせにかはづなくなりゆふさればかはかぜさむしゆふまくらせん
 二九四 ひさかたのあまのかぐやまこのゆふべ
          かすみたなびくはるたちにけり(つらしも)
 二九五 ほととぎすひとりやまべになくなればわれうちつけにこひまさるなり
 二九六 うゑておきし秋田かるまで見えこねばけさはつかりのねにぞなきぬる
 二九七 よしのがはいはきりとほしゆく水のおとにはたてじこひはしぬとも
 二九八 おとにのみこふればくるしなでしこのはなにさかなんなぞらへてみん
 二九九 たまぼこのとほみちもこそ人はゆけなどかいまのまこひしかるらん
 三〇〇 ひこぼしのつまよぶふねのひきづなのそらにたえんとわがおもはなくに
 三〇一 をりてみばおちてしぬべき秋はぎのえだもたををにおけるしらつゆ
 三〇二 はぎのはなちるらんをののつゆじもにぬれてをゆかんよはふけぬとも
 三〇三 おくやまのいはかきもみぢちりぬべみてるひのひかりみるよしなくて
 三〇四 あまのがはあさせしらなみかきたどりわたりはてねばあけぞしにける
 三〇五 いまもかもさきにほふらんたちばなのこじまがさきの山ぶきのはな
 三〇六 はなのちることやわびしきはるがすみたつたのやまのうぐひすのこゑ
 三〇七 みわやまをしかもかくすかはるがすみ人にしられぬはなやさくらん
 三〇八 いしばしるたきなくもがなさくらばなたをりてもこんみぬ人のため
 三〇九 しらなみのこすといふかたにつきぬればいそぐうれしきみつのはままつ
 三一〇 おくれゐてあればやこひのはるがすみたなびくやまをきみがこえぬる
 三一一 くしげなるかがみのやまをこえゆけばわれらこひしきいもがすがたか
 三一二 そのはらのやまをいくかとなげくまにきみもわが身もさかりすぎゆく
 三一三 あしひきの山のかげ草むすびおきてこひやわたらんあふよしをなみ
 三一四 あきはぎのはなさきにけりたをりてもみれどもあかぬきみにしあらねば
 三一五 いへぢにはいしふむやまもなきものをわがまつきみがむまのつまづき
 三一六 しらまゆみいつえの山のときはなるいのちかあやなこひつつあらん
 三一七 けひがいへにあれまどはめやあしひきの山かきくもりゆきはふるとも
 三一八 さよふけてみつつやゆかむまてしなるきよひめのこがきよふりの山




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 赤人集
 【赤人集解題】〔2赤人解〕新編国歌大観第三巻[西本願寺蔵三十六人集*]

 現存する赤人集の伝本は三系統に大別される。(一)は、宮内庁書陵部本(五一〇・一二)系統であり、正保版の歌仙家集もこの系統である。そして(二)は現存最古の写本に発する、西本願寺本系統であるが、(二)の系統の第一の特徴は(一)の前に一一六首をもつこと、換言すれば(二)の一一七番歌が(一)の巻頭歌にあたるということであり、しかもその冒頭一一六首の大半が大江千里集に一致するということである。 
(三)は、陽明文庫本(一〇・六八)系統である。(一)と(二)がその共通部においては構成内容がほぼ一致するのに比べ、(三)は同じ歌を有しながら配列等が多少異なり、まったく万葉集巻十の配列どおりに並んでおり、しかも(一)(二)に見られる増補歌のない特異な伝本である。
 以上の点から、赤人集としての原型に近いのは(一)の系統であり、(一)を底本にすべきであるという見方もできるが、Aその赤人集の原型((二)の系統では一一七番歌以後)も、実は万葉集巻十の平仮名本であって赤人と直接の関係はないし、B(二)の冒頭一一六首が千里集であることは確かながら、その中の二番と三番は万葉集巻八の赤人の歌であり、また一一五番は万葉集巻六の赤人の歌、一一六番は万葉集巻八の家持の歌であること(むろんこの四首は千里集にはない)、しかもC新勅撰集・続後撰集など鎌倉時代の勅撰集がこの千里集と共通する部分の歌を赤人の作として採歌しているという事情等を勘案して、(一)を用いず、あえて(二)の西本願寺本を本書の底本としたのである。 さて、この西本願寺本の一一七番から三五一番までは、前述のように、おおむね万葉集巻十の作者不明歌がほぼその配列のままに続くのだが、どういうわけか、一六三には「はるののにすみれつみにと……」という万葉集巻八所載の赤人の歌が入っていたりする。このあたりは(一)の系統とほぼ一致するのだが、一一七番からはじまった(一)との共通部分は三五四番で終わる。
 この共通部分、(一)系統の諸本を(二)系統の本によって補える部分が多いのだが、反対に(二)系統本である底本の脱落を(一)の書陵部本の本文で補うこともできる。

(一四七と一四八の間)
一 あさなあさなわがみるやなぎうぐひすのきゐてなくべき時にはなりぬ
(一九二と一九三の間)
二 たにこえやいもとおもふとかすみたち春の日ぐれにこひわたるかも
(二八六と二八七の間)
三 天河よふねうかびてあけぬともあはんとおもふたもとかへさむ
(三一六と三一七の間)
四 あまのがはうちはしわたすいもがいへをへてわがおもふいもにあへるよは

 さて、底本と(一)系統の共通部分は三五四番まで続くが、その中で三五二番は一一五にもある有名な赤人の歌「わかのうらにしほみちくれば……」(万葉集巻六)が重出し、同じく万葉集所載の二首で全体が終わるのである。それに対して(一)の系統は底本三五四番に相当する共通部分の末尾の後に一六首を増補しているが、そのうち七首は重出歌であるので、残り九首を示しておく。

 五 けささりてあすはきなんといひしかどかさつぎ山にかすみたなびく
 六 こらがてにつけむよろしもあさつまのかたやまし〔(ママ)〕みにかすみたなびく
 七 うちなびき春たちぬらしわがやどのやなぎが枝にうぐひすなくも
 八 はなはさきむめはちらねどながけくにおもほゆるかな山ぶきのはな
 九 さくら花われはちらさであをによしみやこの人のきつつみにしぞ
一〇 ほととぎすいとふときなくあやめぐさかざさむ日よりここになかなん
一一 ひこぼしのうらむるいもがことだにもつげにぞきつるけふはくるしも
一二 わがかくすかぢさを〔ヽ〕なくはわたしもりふねかさんやはしばらくのまも
一三 秋すぎて陰にもせむをふるさとのはなたち花もちりにけるかも

 以上は和歌の脱落を補ったのであるが、本文においてももちろん欠陥が多い。いま、底本の尊重を基本的姿勢としつつも、同系統の陽明文庫本(二一二)と、前半部についてはこれも同系統と見なしうる宮内庁書陵部本千里集(五一一・二三)により校訂した。赤人集によって加えた校訂は省略し、千里集によって訂した部分だけを示しておく。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 二三  むすぼほれてぞ  むすほゝれそ  八三  はじまりにける  はしまりける
 二七  かれこれうらみ  これらかうらそ  八四  こころははひと  こゝろはこひと
 二七  あまたありけり  あひたなりける  八七  みてるさけにぞ  みてなさけらに
 二八  わかるることは  ひかることは  八八  めははやさめぬ  あはらやさめて
 四四  きこゆれば  あしゆれは  八八  とこしなへ  とくなしに
 四四  へだてずぞきく  ふたてすそきく  八九  よひよひに  ひとことに
 四九  ころにまるかな  こゝろにまるかな  八九  かろければ  さむけれは
 五四  えだのむなしく  くさもおなし  九〇  もゆるほのほに  もゆるほのこに
 六三  ただこよひこそ  ひとはひゝこそ  九〇  かげをともなふ  のきおともなき 
 六四  こころのあきに  ところのあきに  一〇二  たましひの  とほしひの
 七〇  さむみなきつる  さもみなきつる  一〇六  くもわけて  しをわけて
 八〇  あしたには  あしたつは  一一〇  くものうへまで  しものうへまて
 八三  うれへはおほく  うれへもれるき  一一三  みのしづむらん  みのしつらん
 八三  ながきよりこそ  なかによりてそ  一一四  はかなくはるを  はるなくはるを

 本文が乱れに乱れている赤人集においては、どの本をとっても、一本だけでは意味が通じないので、さらに(一)の書陵部本(五一〇・一二)を用いて校訂を加えた。その箇所は次のごとくである。

   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 一一八  つぎてきくらん  つきてさくらん  二五九  あへるきみかも  あつるきみかも
 一二九  あしひきの  あをきの  二六五  にくくもあらめ  きくゝもあらめ
 一三一  はがひやまなる  はるひやまなる  二六九  てらすふね  てこすふね
 一三七  ふりおくゆきは  ふりおくおとは  二七八  わけしときより  わけしときよと
 一四五  かづらにすべく  かつらにすへて  二七八  そひてしあれば  そひてあれは
 一五一  こひはさかりと  こひせさるねは  二八八  ふなでせんいも  ふならせんいも
 一九〇  かくすいもも  かはすいもゝ  二九八  いほはたたてて  いをはたゝてし
 一九六  こひてすべなき  かひてすへなき  三〇八  やそふねのつに  やそふねつに
 一九八  ながきはるひを  なかきはるを  三〇八  みふねとどめむ  ふねとゝめむ 
 二一七  ながきはる日を  なかきはる日  三一一  かはせにまして  かせにまして
 二二三  やどならなくに  やとなことに  三一三  ひきてかくるる  ひきてかくるし
 二三一  花はちりつつ  花ちりつゝ  三一六  川なみたつな  つなみたるな
 二三六  きなきをりつつ  なきをりつゝ  三三〇  わたるせごとの  わたせることの
 二三八  つねにふゆまで  つねふゆまて  三三〇  こころはきみを  ころもはきみを
 二三九  かすがをさして  こすかをさして  三四四  きみがかげをも  きみかうけをも
 二五三題  くさによす  さくらによす  三四九  つまごひに  すまこひに
 二五四  おひしけるごと  おもひけること  三四九  まかぢもしげく  まかはもしけく
 二五六  かきつばた  うきつはる   

 以上、同系統本、他系統本による校訂の結果を示したが、なお意味不明の部分が多い。それについては、次の二例のみ万葉集の本文を参照することにより簡単な誤写と認定して改訂したが、

   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 二六二  ぬかんとおもひて  よかんとおもひて  二八〇  いもがことばは  いもかことは

他はすべて不明のまま(ママ)と注した。
 (ママ)とした歌番号は次のとおりである。
  一七・二九・一一八・一二三・一二六・一三二・一三三・一五〇・一七三・一七八・一八一・一八五・二〇二・二〇七・二一八・二一九・二二一・二二四・二二六・二二八・二二九・二三四・二四八・二五五・二五六・二六一・二七二・二七五・二七六・二七七・二八三・三〇〇・三一四・三四四・三四九
 
山部赤人(生没年未詳)は奈良時代を代表する歌人。自然詠を得意とした。古今集の仮名序では人麿と並び称せられているが、万葉集巻十が赤人集になることによってもわかるように、平安時代に直接の影響を与えることはなかった。拾遺集をはじめ、平安時代の文献はおおむね「山辺赤人」と表記している。(片桐洋一・山崎節子)


 【赤人集解題】私家集大成巻第一‐5~6 新編増補  

 〔底本〕
Ⅰ 西本願寺蔵 三十六人集「あか人」
Ⅱ 書陵部蔵 五一〇・一二「赤人集」
Ⅲ 陽明文庫蔵 三十六人集 サ・六八「赤人集」(新編増補)

〔書籍版解題〕
 現存本赤人集は大別すると、次の二系統になる。
一、西本願寺本三十六人集系
二、正保版歌仙家集本系

 第一類本は西本願寺本に代表される本文で、三五四首である。第二類本は正保版歌仙家集によって流布した本文であり、二四七首。書陵部蔵御所本「三十六人集」(五一〇・一二)の「赤人集」は、それより四首多く二五一首で、この系統で最も古態を保っている。二四・七㎝×一七・六㎝の列帖装。表紙は、上部が藍色、下部は紫色の内曇り鳥の子紙。第二類本は本書を底本とした。
 第一類本の西本願寺本一~一一六番までをA群、一一七~三五四番までをB群とする。第二類本の書陵部蔵本一~二三五番までをC群、二三六~二五一番までをD群とする。両本の大体の相違は、A群は第一類本のみにあり、大江千里集(句題和歌)がほとんどを占めている。D群は第二類本のみにあり、これは巻末増補歌である。その残りB群とC群が共通歌群であり、それが原赤人集である。この共通歌群は源順らによって訓読された万葉集巻十の古点歌であろう。それを誤って赤人集としたのである。

 万葉集巻十で校合すると、第一類本・第二類本相互の脱落が西本願寺本三首、書陵部蔵本六首であることが判明する。
 さて、以上の万葉集巻十の古点歌がどうして赤人集になったかについて考えると、後撰集の編集された時代は、源順訓読の万葉集として通用していたのであろうが、それがいつのまにか赤人集と認識されるようになった。それは拾遺集頃であろう。その頃、赤人集という認識のもとに、

 春の野にすみれつみにと来しわれそ 野をなつかしみ一夜寝にける  (第二類四五・第一類一六二) 

が挿入されたのである。同じ頃次の三首も増補されたのである。

 三五二和歌の浦に潮みちくれは潟をなみ 芦辺をさしてたつ鳴きわたる
 三五三飛鳥川かはよとさらすたつ霧の 思ひすくへきことならなくに
 三五四春たゝは若菜つまむとしめしのに 昨日も今日もゆきはふりつゝ
 (通し番号西本) 

 次に第二類本のみにあるD群二三六~二五一番の歌について検討すると、これらは、第二類本が原赤人集から脱落した歌を増補した歌群であることが推定される。これらの歌は万葉集巻十の配列の順を追っており、巻十の赤人集をもって増補したことを示している。重複歌が七首あることはそれを示すものである。以上の増補歌によって本来位置すべき場所に正すことのできる歌が六首加わったわけである。この増補の行われた時は、大体第一類の西本願寺本に千里集が加わった頃で、頼通時代もしくは院政時代であろう。

 次に拾遺集との関係をみると、拾遺集に赤人の名で所載されている歌は三首である。
 ①きのふこそ年はくれしか春霞 春日の山にはや立ちにけり
 ②わか背子をならしの岡の呼子鳥 君よひ返せ夜の明けぬ時
 ③恋しくは形見にせむとわか宿に 植ゑし秋萩今さかりなり

右の三首は万葉巻十にあるとともに、赤人集にも①②は載っている。古今六帖には赤人の名で現われている歌がすべて一五首あり、右の三首も含まれている。とすると、拾遺集は古今六帖から赤人の歌を採ったと考えるのが妥当であろう。拾遺集時代に、万葉巻十が赤人集として認識されたと想像される。巻十が赤人集にすりかえられた理由を強いて推測するなら、古今六帖に赤人名で所載されている歌一五首中五首が巻十所載歌で、その中四首が古今六帖巻一にあったために赤人集と誤認したのであろうか。ともあれ、赤人集は万葉古点研究に欠くことのできない資料である。

 山部赤人は万葉集第三期の歌人。写実的な歌にすぐれている。「山柿之門」の一人として、古今集の序で人麿と並び称された。
                                                                                    (島田良二)
〔新編補遺〕
 旧大成の右の解題は、現存本赤人集を、
一、西本願寺本三十六人集系
二、正保版歌仙家集本系

に大別しているが、近年の研究では、第三類本として、
三、陽明文庫蔵「三十六人集」(サ・六八)系

を加えるのが一般的である。新編では、「赤人Ⅲ」として新たに翻刻収載した。陽明文庫蔵本は家持集・業平集・遍昭集・素性集・友則集と合綴され、家持集と業平集の間、一八丁表から三二丁裏までの部分を占めている。同本は二七・二㎝×二〇・一㎝の薄茶色表紙の袋綴本。
 第三類本の陽明文庫蔵本については、山崎節子「陽明文庫蔵(一〇・六八)『赤人』について」(「和歌文学研究」第四七号、昭和五八年八月)に詳しい。ただし、(一〇・六八)は(サ・六八)の誤りである。総歌数は二四一首。第一類本、第二類本と同様に万葉集巻十の歌が収載されているが、第一類本、第二類本が万葉集巻十の歌に加えて、万葉集の赤人歌を数首含んでいるのに対し、万葉集で確認される赤人歌をまったく含まない。そして、第一類本、第二類本にない歌も見出だされる。また、集全体の歌序は、万葉集巻十の配列順そのままといってよい。したがって、旧大成の右の解題の分類に加えて、新たに第三類本として位置付けられている。

 ところで、冷泉家時雨亭叢書には「赤人集」が二本収められている。一つは『資経本私家集 一』所収の「山辺集」であり、いま一つは『承空本私家集 上』所収の「赤人集」である。いずれも鎌倉時代後期の書写である。
 前者の資経本「山辺集」は、旧大成において、第二類の正保版歌仙家集本系を代表するものとして「赤人Ⅱ」の底本に用いられている書陵部蔵御所本「三十六人集」(五一〇・一二、『御所本三十六人集』として新典社から影印本が刊行されている)の「赤人集」の親本である。後者の承空本「赤人集」は、書陵部蔵御所本と同じく資経本「山辺集」を親本としているが、本文はカタカナに改められている。

 承空本「赤人集」と御所本「赤人集」との間には、直接の書承関係は認められず、それぞれ別個に資経本「山辺集」を親本として書写されたものである。そして、後に付す本文異同からも推定できるように、御所本「赤人集」は、歌意や表現から見て、親本である資経本「山辺集」の本文に疑問のある箇所については、書写者が他本を参照したり、あるいは自分の考えによって、本文の言葉を補ったり、改めたりしており、承空本「赤人集」の方が、親本に忠実な写本である。
 新編では、冷泉家時雨亭文庫に親本が存する場合は、底本を親本に変更することにしている。しかし、左の異同に見るごとく、校訂本であっても御所本「赤人集」の方が本文的には優れているので、第二類本については、敢えて冷泉家時雨亭文庫本を使わず、旧大成のままとし、翻刻の誤りのみを正した。
 
 赤人Ⅱ(書陵部蔵五一〇・一二)と資経本「赤人集」の異同     
 (歌番号・句)  (底本)  (資経本)  (歌番号・句)  (底本)  (資経本)
 九⑤  うくひすそなく  うくひそなく  一四〇②  なくやさつきの  なくさ月の
 一五⑤  のほりくたりに  のほりてたりに  一四三②  かよふかきねの  かよふかきにの
 三四①  わかさせる  わかせる  一五〇②  いもははるかに  いもははる
 五〇①  こそさきし  こそまきし  一五六③  てにまきて  もにすきて
 五二⑤  たかまとのやま  たかまつのやま  一六〇⑤  月人おとこ  月いとをとこ
 五七⑤  けふも暮しつ  けふはくらしつ  一六一②  みつかけくさの  水くもりくさの
 六三⑤  わすれめやわれ  わすめやわれ  一六三⑤  をときこゆなり  をときゆなり
 六五⑤  ひとしくもあれ  ひさしくもあれ  一六七①  とをきいもと  ときをいもと
 八三①  くにすらか  くにすてゝ  一八六④  かちをときこゆ  かちをきこゆ 
 九一⑤  花さかむやは  はなさかよやは  一九一④  こひくるいもに  こひつるいもに
 九三④  きませわかせこ  きませわかきこ  一九三⑤  月人おとこ  しら人おとこ
 九六⑤  君をしまたる  君をしたる  一九四⑤  かいのしつくか  かいのしつくは
 一〇〇①  ますらをの  まつらをの  二二一②  舟はやわたせ  ふねはやかくわたせ
 一〇二⑤  まきてぬきてむ  まさくぬきてん  二二九②  ふなてしゆかむ  ふれてしゆかむ
 一〇四③  よふことり  よのことり  二三〇⑦  つまこひに  ますらひこ
 一〇六⑤  なきわたるなり  なきこえてなり         ふんつきの  ふむへきの
 一一八②  はやしをうへむ  はやしをそつむ  二四六①  あひおもはぬ  あれおもはぬ
 一三八詞書  なつあひきく、とりによす  あつあひきく、とりによす  二五一④  はなたち花も  たなたちはなも

                     (竹下 豊) 
 【赤人集】[新校群書類従]第十二巻 解題 〔1931年~1937年、内外書籍株式会社編〕[2014年3月22日記事]
 赤人集は勿論後人の集録したものであつて、短歌三百二十首、長歌二篇をのせている。之は萬葉集巻三以下に見える赤人の歌を取らずして、萬葉集巻十の歌を多く取つてゐる。而も人麻呂歌集の歌、大江千里の歌等が混入してゐて、杜撰であるのみならず、誤読も多い。一例をあげるならば、萬葉集巻六の

  若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る

を、

  和歌の浦に潮みちくればかた小浪あしべをさしてたづ鳴き渡る

の如きである。
 赤人集の伝本竝にその所在についていへば、次の如くである。



 西本願寺所蔵   赤人集(三十六人集)   写本 一巻
 神宮文庫所蔵      同  同
 刈谷図書館所蔵   山部赤人集  同  同


尚三十六人集中にも赤人集がある。
 山部赤人は、萬葉歌人中の自然歌人として有名であるが、其の伝記は明らかでない。萬葉集巻六に、神亀元年紀伊国の行幸に供奉した歌と、天平八年吉野離宮の行幸に供奉した歌がある事に依つて、神亀、天平頃の人である事及び、各地の風物を詠んでゐる事に依つて、自然を愛し、至る所の風光を眺めては、之を歌ひ詠んだ自然詩人である事丈が分るのみである。


 【赤人集】354首 新編国歌大観第三巻2  赤人集[西本願寺蔵三十六人集*]

   一 山たかみふりくるきりにむすばれてなくうぐひすのこゑまれらなり
   二 はるたたばわかなつまむとしめしのにきのふもけふもゆきはふりつつ
   三 わがせこにみせんとおもひしむめのはなそれともみえずゆきのふれれば
   四 うぐひすのなきつるこゑにさそはれてはなのもとにぞわれはきにける
   五 しづかなるかきねもとめていづくにかはるのありかをともにもとめん
   六 はなのえををりつるからにちりまがふにほひにあかずおもほゆるかな
   七 かみさびてふりにしさとにすむ人はみやこににほふはなをだにみず
   八 はるをみてかへらんことのわすらるるはこだかきかげによりてなりけり
   九 としつきにまさるとしなしとおもへばやはるしもつねにすくなかるらん
  一〇 あかでのみすぎゆくはるをいかでかはこころにいれてをしまざるべき
  一一 かねてよりわかれをしみしはるはただあけんあしたぞかぎりなりける
  一二 はるとのみところどころにをしめどもみなおなじいろにすぎぬるがうさ
  一三 はるばるとあひておいぬる身なればやゑひになみだのあかれざるらん
  一四 いまははやかへりきなましふぢのはなみるとせしまにとしぞへにける
  一五 こづたへしみどりのいとのよりければうぐひすとむるちからなきかな
  一六 花をのみたづねこしまにはるはまだふかさあささもしられざりけり
  一七 はかなくてそらなるかぜのとしをへてはるふきおもることぞあやしき
  一八 あたらしきはるの山べのはなのみぞところもわかずさきにちりける
  一九 あとたえてしづけきやどにさくらばなちりはつるまでみるひともなし
  二〇 としふかくおいぬるひとのかなしきはさけるはなをもたどるなりけり
  二一 ちかからぬときにひとたびわかるればとしのみとしにへだたりにける
  二二 わかれにしときをおもひてたづぬればゆめのたましひはるけかりけり
  二三 あさごとにむすぼほれてぞすぐしつるちりにしさとをこふるこころに
  二四 わかれにしきみがみをすていたづらにかたちのかはるみこそつらけれ
  二五 しらくもはわかるるごとにたちぬれどきみともにこそゆきかくれぬれ
  二六 わかれてののちもあひみんとおもへどもこれをいづれのときとかはしる
  二七 ひとをおくるともにはるさへすぎぬればかれこれうらみあまたありけり
  二八 ちかからずはるけきほどにとしをへてわかるることはくるしかりけり
  二九 ふたつともみえぬつきの山ごとにてりわたりつつあきらけきかな
  三〇 あつからずさむくもあらずよきほどにふきけるかぜのやまずもあらなむ
  三一 くもりなくたきはやまさへはれゆけばみづのいろさへあらたまりゆけ
  三二 しらくものなかをやりつつゆくみづのめでたきことは山にざりける
  三三 ひとりしてくものかけはしこえゆかんいづこのかたかやまはさがしき
  三四 ゆくみづのあをき山よりおちくればしらくもたつとみぞまがへつる
  三五 おきへよりふきつるかぜはしらなみのはなとのみこそみえわたりけれ
  三六 わびてゆくやどにひかりのくれゆけばふくかぜのみぞとざしなりける
  三七 よそにてもはなをあはれとみるからにしらぬ山べにまづいりにけり
  三八 さしわかでふかくあはれとみえければはれてしづけきところなりけり
  三九 かげしげきみづのあたりはとしをへてすぎにけれどもあはれなるかな
  四〇 ふくかぜのひかりをとはとおもへばぞしばしもここにあそぶべらなる
  四一 あやしくもとしをながらへひとりしてあくがれわたるみとやなりなん
  四二 あまつそらたかくはれつつみえつるはくれゆくやまもとほくぞありける
  四三 やどごとにはなのにしきをおれればぞみるにこころのやすきときなき
  四四 たにみづのことのねたえずきこゆればときのまをだにへだてずぞきく


    わがこふ

  四五 なくなみだこふるたもとにうつりてはくれなゐふかきやどとこそみれ
  四六 わかるときいひつるとしははるけきをちかきをみるぞわびしかりける
  四七 あはれともわがみのみこそおもほゆれはかなきはるをすぐしきぬれば
  四八 ひととせにまたふたたびもこじものをただひるなかぞはるはのこれる
  四九 うぐひすはすぎにしはるををしみつつなくこゑおほきころにまるかな
  五〇 うつせみのみとしなりぬるわれなれば秋をまたでぞやみぬべらなる
  五一 うぐひすもときならねばぞなくこゑはいまはまれらになりぬべらなる
  五二 かぎりとてはるのすぎにしときよりぞなくとりのねもいたくきこゆる
  五三 あきちかくはちすもひらくみづのおもにくれなゐふかくいろぞみえける
  五四 ふくかぜにえだのむなしくなりゆけばおつるはなこそまれにみえけれ
  五五 なくえだのこゑふかくのみきこゆるはのこれるはなのえだをこふるか
  五六 つきかげになべてまさごのてりぬればなつのよふかくしもかとぞみる
  五七 わが心しげきときにはふくかぜのみにはあらねどすずしかりけり
  五八 やまふかくたにをわけつつゆくみづのふきつるかぜぞすずしかりける
  五九 あまのがはほどのはるかになりゆけばあひみることのさだめなきかな
  六〇 秋のよのしもにたとへしわがかみはとしのはかなくおいしつもれば
  六一 おほかたの秋くるからにわがみこそかなしきものとおもひしりぬれ
  六二 おくしもにくさのかれゆくときよりぞむしのなくねもたかくきこゆる
  六三 ひととせにただこよひこそたなばたのあまのかはらをわたるてふなれ
  六四 ものおもふこころのあきになりぬればすべてはひとぞみえわたりける
  六五 おほかたの秋をあはれとみることもあてなる人はしらずぞありける
  六六 つねよりもあきのこのははおくらんにくれなゐふかくみえわたるかな
  六七 かすかなるときのみみゆるあきのよはものおもふことぞすくなかりける
  六八 すぎてゆくあきのかなしくみえつるはおいなんことをおもふなりけり
  六九 もみぢばのいろくれなゐにみえつるはなくせみのはやなくなりぬらん
  七〇 あきのよをさむみなきつるむしのねはわがやどにこそあまたきこゆれ
  七一 ゆくかりのあきすぎがたにひとりゐてともにおくれてなきわたるかな
  七二 ふくかぜのおとたかくのみきこゆるはおくつゆうたてさむくもあるかな
  七三 このはみなからくれなゐにつくるとてしものさらにもおきまさるかな
  七四 あきのよをさむみなきつつゆくかりのしもをのみきてたちかへるらん
  七五 しののめにおくしらつゆのさむければただひとりしてせみのなくらん
  七六 あきのよをかりはなきつつすぐれどもまつことづてはみゆるよもなし
  七七 そらにかりとぶことはやくみえしよりあきはかぎりとおもひしりにき
  七八 なくえだのこゑだにたえてきこえなばたびなる人はおもひまさりぬ
  七九 なくせみのこゑたかくのみきこゆるはのきふくかぜのあきぞしるらし
  八〇 いつしかとはるをむかふるあしたにはまづよきかぜのふくぞうれしき
  八一 さよふけてなほねられねばはるかぜのふきつることもおもほえぬかな
  八二 ひととせにふゆくるとしはけふぞしるふしおきてみれどあかしがたさに
  八三 あたらしきうれへはおほくさむきよのながきよりこそはじまりにける
  八四 ものをおもふこころははひとくだくれどあつきおきにはおよばざりけり
  八五 わがかみのみなしらゆきになりゆけばおけるしもにもおとらざりけり
  八六 としごとにかぞへこしまにはかなくてひとはおいぬるものにざりける
  八七 あくまでにみてるさけにぞさむきよはひとのみましにあたたまりけり
  八八 おいぬればめははやさめぬとこしなへよはにすぐればねでのみぞふる
  八九 よひよひにまたおくしものかろければくさばをだにぞからせざりける
  九〇 ひとりゐてもゆるほのほにむかへばやかげをともなふみとはなりぬる
  九一 かくばかりおいぬとおもへばいまさらにひかりのすぐるかげもをしまず


    かぜのふく

  九二 かささぎのみねとびわけてとびゆけばみやまかくるるつきかとぞみる
  九三 くもはれてきよきつきかげけふならずあらんかぎりはをしみこそせめ
  九四 わかれてののちはしらぬをいかならんときにかひとのあはんとすらん
  九五 そこひなくものをぞおもふあかでのみわかれしものをおもふわが身は
  九六 よのなかをおもひしりぬる心こそみよりもすぎておもひしりけれ
  九七 こころをしあまのうききになしつればながるるみづにしづまざりける
  九八 はかなくてなにもわがみのひとりしてあしたゆふべにしげくかるらん
  九九 したなくてそらにうかべるこころこそゆめみるよりもはかなかりけれ
 一〇〇 わがみをばうかべるくもになさざらばゆくかたもなくはかなからまし
 一〇一 まぼろしのほどとしりぬる心にははるくるゆめとおもほゆるかな
 一〇二 かりそめにしばしうかべるたましひのみなあわとのみたとへられける
 一〇三 くろかみのしろくにはかになりぬればはるのはなとぞみえわたりける
 一〇四 われがみもはるのかぎりに人しらばくさきなるともおもひしりなん
 一〇五 ゆめにてもうれしきことをみるときはただにうれふるみにはまされり
 一〇六 くもわけてみやこたづねてくるかりもはるにあひてぞとびかへりける
 一〇七 はるごとにあひてもあはぬこころかなはなゆきとのみふりまがひつつ
 一〇八 はるのみやはなはさくらんたにさむみうもるるくさはひかりをもみず
 一〇九 しらなみのたちかへりくるかずよりもわがみをなげくことはまされり
 一一〇 あしたづのひとりおくれてなくこゑはくものうへまできこえつるかな
 一一一 あまぐものみをかくすらんひのひかりわがみくらせどみるよしもなき
 一一二 おもふことなくうぐひすがつげたらばいろもかはらぬわが身とやみむ
 一一三 みやこまでなみたかしともきこえなくにしばしだになどみのしづむらん
 一一四 ほととぎすさつきならねどなきにけるはかなくはるをすぐしきぬらん
 一一五 わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
    (空白)
 一一六 はるののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかをひとにしられつつ
 一一七 ひさかたのあまのはやまにこのゆふべかすみたなびくはるたちくらし
 一一八 あづさゆみはるはやちかくやどりせばつぎてきくらんうぐひすのこゑ
 一一九 うちなびきはるさりくれてしかすがにそらくもりあひゆきはふりつつ
 一二〇 むめのはなさきちりぬらししかすがにしらゆきには〔      〕
 一二一 まきもくがひばらにたてるはるがすみ〔            〕
 一二二 いにしへのひとのうゑけむすぎのはにかすみたなびくはるはきにけり
 一二三 とくかみをまきもくやまにはるさればこのはるしきてかすみたなびく
 一二四 はるがすみわかれてともにあをやぎのえだくひもちてうぐひすなきつ
 一二五 かげろふのゆふさりくればかりびとのゆめみえがたにかすみたなびく
 一二六 むらさきのねばひよちよのはるののにきみをこひけるうぐひすぞなく
 一二七 わがせこをならしのやまのよぶこどりきみよびかへせよのふけぬとき
 一二八 あさごとにきてなくことりながだにもきみにこふらしとこなつになく
 一二九 ふゆごもりはるはたちきにあしひきの山にものにもうぐひすなきつ
 一三〇 はるなればつまやもとむるうぐひすのこずゑをつたひなきつつはふる
 一三一 かすがなるはがひやまなるさほのうらはゆくなるたれをよぶこどりぞも
 一三二 こたへぬによびなをかしそよぶこどりさほの山べをのぼりくだりに
 一三三 あさつゆにしとどにぬれてきなんどりかみやまよりなきわたるなり
 一三四 いまさらにゆきふらめやはかげろふのもゆるはるべとなりにしものを
 一三五 ふぶきつつゆきはふりつつしかすがにかすみたなびくはるはきぬらし
 一三六 やまぎはにうぐひすなきつうちなびきはるとおもへばゆきふりしきぬ
 一三七 みねのうへにふりおくゆきはかぜのおともともにちるらしはるはありとも


    つくばやまをよめる

 一三八 きみがためやまだのさはにゑぐつむとゆきげのみづにもすそぬらしつ
 一三九 むめがえになきてうつろふうぐひすのはねしろたへにあはゆきぞふる
 一四〇 やまたかみふりくるゆきをむめのはなちりかもくるとおもひけるかな
    このうたはよみかはせる、かすみをえいず
 一四一 きのふこそとしはくれしかはるがすみかすがの山にはやたちにけり
 一四二 ふゆすぎてはるはきぬらしあさひさすしがの山べにかすみたなびく
 一四三 あづさゆみはるになるらしかすがやまかすみたなびくよめにみれども
 一四四 うぐひすのはるになりぬらし春日山かすみたなびくよめにみれども
 一四五 しもがれのなかのやなぎはみるひとも(ぞ)かづらにすべくおもほゆるかも
 一四六 あさみどりそめかけたりとみるまでにはるのやなぎはもえにけるかな
 一四七 やまもとにゆきはふりつつしかすがにこのかはやなぎもえにけるかな
 一四八 あをやぎのいとのほそさをはるかぜにみだれるいろにみせんとぞかし
 一四九 むめのはなをりもてみればわがやどのやなぎのまゆもあはれなるかな


    はなをえいず

 一五〇 うぐひすのこづたふえだのうつりがはさくらのはなのときのまつきぬ
 一五一 さくらばなときはすぎねどうぐひすのこひはさかりといまやなくらん
 一五二 わがさとるやなぎのいとをふきみだるかぜにやいもがむめはちるらん
 一五三 としごとにむめはちれどもうつせみのよにわれはしもはるなかりけり
 一五四 うちつけにとはおもへどもはじめてもまづみまほしきむめのはなかな
 一五五 あしひきのやまのはてらすさくらばなこのはるさへにちりにけるかな
 一五六 うちなびきはるたちぬらし山もとのわがよのすゑにさきちるみれば
 一五七 あの山のさくらのはなはけふもかもちりみだるらんみる人なしに
 一五八 かはづなくよしののかはのたきのうへにあさざのはなぞさきてあだなる
 一五九 はるのきじなくたにもとにさくらばなちりぬべくなるみる人もがも
 一六〇 はるさめにあらそひかねてわがやどのさくらのはなはさきそめにけり
 一六一 はるさめはいたくなふりそさくらばなまだみぬひとにちらまくもをし
 一六二 はるさめはちらまくもをしさくら花しばしさかなんをしみてしかな
 一六三 はるののにすみれつみにとこしわれぞのをなつかしみひとよねにける
 一六四 いつしかもこよひあけなんうぐひすのこづたひちらすむめのはなみむ
 一六五 みわたせばかすがのうへにかすみたちひらくるはなはさくらばなかも
 一六六 よどがはのみなくきすゑにみるまでにみかさの山はあせにけるかも
 一六七 ときみればまだふゆなるをしかすがにはるがすみたちゆきはふりつつ
 一六八 こぞさきしくさきいまさくいたづらにつちにやちらんみぬ人なしに


    月をえいず

 一六九 あさがすみはるひくれなば木のまよりうつろふつきをいつかたのまん
 一七〇 はるがすみたなびくけふのゆふづくよきよくてるらんたかまつのやま
 一七一 はるさればこがくれおほみゆふづくよおぼつかなしのはなのかげにて


    あめをえいず

 一七二 はるのあめにありけるものをたちがくれいもがいへぢにこのひくらしつ
 一七三 かすがのにけぶりたつめりやをかしははるのおほきにあめのふるかも
    野にあそぶ
 一七四 はるがすみたつかすがの〔 〕ゆきかへりわれもあひみむ〔     〕
 一七五 はるののにこころのべんとおもふどちこしけふのひはくれずもあらなん
 一七六 ももしきのおほみやびとはいとまあれやむめをかざしみここにつどへる
 一七七 すみよしのさとゆきしかばはるはなのいとまれにみむきみにあへるかも


    かうべをめぐらす

 一七八 かすがなるみかさのやまのつきもいでぬかもせきやまにさけるさくら花
    〔   〕


    ふるきことをなげく

 一七九 ふゆはすぎはるはきぬれどとしつきはあらたまれどもひとはふりゆく


    はるをあひきく
 一八〇 はる山にゐるうぐひすのあひわかれかへりますまのおもひするかも
 一八一 わがやどのこのしたづくよいもがためうはこころうたてこのころ
 一八二 わがやどのはるさくはなのとしごとに
          おもひますともわすれめやわれ(ゆめ)
 一八三 むめのはなさきちるのべにわれゆかんいもがつかひはわれてまつらん
 一八四 ふぢなみのさくのべごとにはふくずの〔            〕
 一八五 はるののにかすみたなびくさくらばなうちなるまでにあはぬきみかな
 一八六 わがせこをわがこふらくはおくやまのあせみのはなのいまさかりなり
 一八七 むめのはなしだりやなぎにおりまぜてはるにそふるはきみにあるかも
 一八八 をみなへしさくのべにおふるしらつつじしらぬこともていひしわがこと


    しもをよす

 一八九 はるたてばくさきのうへにおくしものきえつつわれやこひやわたらん


    かすみによす

 一九〇 はるがすみやまにたなびきかくすいももあひみてのちぞこひしかりける
 一九一 はるがすみたちにし日よりけふまでにわがこひやまずひとのしげきに
 一九二 あをつづらいもをたづぬとはるの日のかすみたちもちこひくらしつつ
 一九三 みわたせばかすがののべにたつかすみみまくのほしききみがあたりを
 一九四 あやしきはわがやどにのみたつかすみたてれゐれども君がこころに
 一九五 こひつつもけふはくらしつかすみつつあすのはる日をいかでくらさん



    あめによす、このうたは人丸集にあり

 一九六 わがせこにこひてすべなきはるさめのふるわきしらずいでてくるかも
 一九七 はるたてばしげしわがこひわたつみのたつしらなみにとへぞまされる
 一九八 おぼつかなきみにあひみぬすがのねのながきはるひをわびわたるかも
 一九九 いまさらにきみはよにこじはるさめのこころを人のしらざらなくに
 二〇〇 はるさめにこころも人もかよはんやなぬかしふらばななよこじとや
 二〇一 むめのはなちらすはるさめおほくふるたびにやきみがいほゐせるらん
 二〇二 くにすらがわかなつまむとしめしのにあまのきみかよぎりころほひ



    くもによす

 二〇三 しらまゆみいまはるののにゆくくものゆきやわかれんこひしきものを


    かづらをおくる

 二〇四 ますらをがふしゐなげきてつくりたるしだりやなぎかかづらせよいも


    まつによす


 二〇五 むめのはなさきてちりなばわがいもをとくみにこむとわがまつのきぞ


    わかれをかなしむ

 二〇六 あさとあけてきみがすがたをよくみずはながきはるひをこひやわたらん


    こひこたふ

 二〇七 はるやまのあせみのはなににくからぬきみにはしめよよがれはこひし
 二〇八 いそのかみふるのやしろのすぎにしをわれらさらさらこひにあひにけり
       このひとうた、かへしあらずとてかへせり、かかれば
       このついでにいりたるなり
 二〇九 さのかたはみにならずともはなにのみさきてなみえそこひのさくらを
 二一〇 さのかたはみになりにしをいまさらにはるさめふりてはなさかんやは
 二一一 あづさゆみひきつべきやあるなつぐさのはなさかぬまであはぬきみかな
 二一二 かはかみのいつものはなのいつもいつもきませわがせこたえずまつはた
 二一三 はるさめのやまずふりおちてわがこふるわがいもひさにあはぬころかな
 二一四 わぎもこをこひつつをればはるさめのたれもるとてかやまずふりつつ
 二一五 はるくればまづなくをりのうぐひすのことさきだちしはなをしまたん
 二一六 あひおもはぬひとをやつねにすがのねのながきはる日をこひやくらさん
 二一七 あひおもはずあらんがゆゑにたまのをのながきはる日をなげきくらしつ


    たとひうた

 二一八 はるがすみたなびくのべにわがひけるつなはまをたえむなとおもふな
    なつのうたどもをえいず
 二一九 ますらをのそでたちむかひしめしののかみなび山にかへりかたがた
 二二〇 たびにしてつまごひすらしほととぎすかびなびやまにさよふけてなく
    これはふるうたの中にいでたり
 二二一 ほととぎすなくはつこゑはわれきかんこさつきののやまさやぬきいでん
 二二二 あさぎりのたなびくのべのあしひきのやまほととぎすいつきてなくぞ
 二二三 あしひきのやへやまこえてよぶこどりなくやながくるやどならなくに
 二二四 ふぢなみのちらまくをしきほととぎすいたきのをかはなきてこゆらん
 二二五 あさぎりのやへやまこえてほととぎすこのはながくれなきこえくなり
 二二六 こがくれていまこからきほととぎすなきひびかしてこゑまさるらん
 二二七 あひがたききみにあへるときほととぎすことときよりはいまこそなかめ
 二二八 こがくれてゆふくなるをほととぎすいづこをいへとなきわたるらん
 二二九 つききよみなくほととぎすみむとおもふわがさとをやみむひともがな
 二三〇 ほととぎすけさのあさぎりなきつるをきみはえきかずいやはねつらん
 二三一 ほととぎすはなたちばなのえだにゐてなきしひびけば花はちりつつ
 二三二 さつき山うのはなづくよほととぎすなけどもあかずまたもなかなん
 二三三 よひのまにおぼつかなきをほととぎすなくなるほどのおとのはるけさ
 二三四 うのはなのさくまでをしきほととぎすのにてやまにてをれよきけず
 二三五 やまとにはなきてきつらんほととぎすながなくことのなきもおもほゆ
 二三六 ものおもふとねざるあさけにほととぎすわがころもでにきなきをりつつ
 二三七 こむ〔 〕ひとほととぎすをやまれにみむいまやなべてにこひつつをるは
 二三八 たちばなのはやしをうゑむほととぎすつねにふゆまですみわたるかな
 二三九 あまばれのこむまにたぐひほととぎすかすがをさしていまなきわたる
 二四〇 かくばかりあめのふるをやほととぎすうのはなやみになほやなくらん


    せみをえいず

 二四一 ただならんをりになかなんうつせみのものおもふときになきつつはをる


    はしばみをえいず

 二四二 おもはくのこころもあきににほひぬとときのはしばみあきたたねども
 二四三 かぜにちるはなたちばなをてにうけてきみがみためとおもひつるかな
 二四四 かぐはしきはなたちばなを花にぬひおちこんいもをいつとかまたん
 二四五 ほととぎすなきてひびかばたちばなのはなちるやどにくる人やたれ
 二四六 わがやどのはなたちばなはちりにけりくやしきことにあへるきみかも
 二四七 のべみればなでしこのはなちりにけりわがまつ秋はちかづきにけり
 二四八 わぎもこにあふちのはなはちりにけりきていもさけることありとかきく
 二四九 かすがののふぢはちりにきなにをかもみかりのひとのをりてかざさむ
 二五〇 ときならでたまをぞぬけるうのはなのあかつきはまだひさしかるべし
 二五一 うのはなのさけるかきほにほととぎすなきてさめたる人はききつや
 二五二 ききつやととかとひつるをほととぎすさらになれつついまなきわたる


    くさによす

 二五三 ひとごとはなつののくさにしげくともいもとわれとしたづさはりなば
 二五四 このごろのこひのしげらくなつくさのかりはらへどもおひしけるごと
 二五五 たぐひあらばふなつのしげみうちはらひひとわがいのちつねならめやは
 二五六 われのみやかくこひすらんかきつばたつらとふいもはいかがあるらん


    たとひうた

 二五七 たちばなのはなちるさとにかよひなば山ほととぎすひびかざらむかも
 二五八 なつなればすごくなくなるほととぎすほとほといもにあはできにける
 二五九 さつきやみはなたちばなにほととぎすかげそふときにあへるきみかも
 二六〇 ほととぎすなくやさつきのみじかよもひとりしぬればあかしかねつも
    このうた人丸集にあり


    せみによす

 二六一 ひぐらしはときになけども君こひてたをふりしをはなほまたこす


    はなによす

 二六二 かたよりにいとをこそよれわがせこが花たちばなをぬかんとおもひて
 二六三 ほととぎすかよふかきねのうのはなのうきことありやきみがきまさぬ
 二六四 うのはなのさくとはなしにあだ人をこひわたるらんかたおもひにして
 二六五 われこそはにくくもあらめわがやどのはなたちばなをみにはこじとや
    このうた人丸集にあり
 二六六 ひとしれずこふればくるしなでしこのはなにさきでよあさなあさなみん
 二六七 なつくさのつゆわけごろもまだきぬにわがころもではひるよしもなし


    日によす

 二六八 みなづきのつちさへさけててる日にもわがそでひめやいもにあはずして
    このうた人丸集にあり


    あきのざふのうた

 二六九 あまのがはみなそこまでにてらすふねつひにふなびといもとみえずや
 二七〇 ひさかたのあまのかはらにぬるとりのうらびれをりつくるしきまでに
 二七一 わがこふるいもははるかにゆくふねのすぎてくべしやこともつけなん
 二七二 おほぞらにたなびくあやめかずみればひとのつまゆゑいもにあひぬべし
 二七三 あまのがはやすのかはらにふねうけて秋にまつとはいもにつげよとて
 二七四 そらよりもかよふわれすらたれゆゑにあまのかはみちなげきてぞくる
 二七五 やちをしのかみのみよよりいももなきひととしらせしきたりつげけん
 二七六 わがこひ〔 〕にほひあひてみむはこよひわがあまのつはしのいはかしまつと
 二七七 おのがいもなしとはききつてにまきてまたきてねよきみさまにとかなし
 二七八 あめつちとわけしときよりわがいもとそひてしあればかねてまつわれ
 二七九 ながらふるいもがすがたはあくまでにそでふりみえつくもかくるまで
 二八〇 むまたまのよるひるくもりくらくともいもがことばははやくつげてよ
 二八一 ゆふづつもかよふそらまでいつときかあふぎてまたむ月人をとこ
 二八二 あまのがはみづくもりぐさふくかぜになびくとみれば秋はきにけり
 二八三 わがまちし秋はぎさきぬいまだにもにほひにゆかんならしかたみに
 二八四 わがせこにうらびれをればあまのがはふねこぎいだすかぢこゑきこゆ
 二八五 あまのがはそらのわたりのうつろへばかはらをゆくによぞふけにける
 二八六 むかしあげてころもをかさねばあまのがはあまのかはぶねうかびあげぬとも


    心えねばかかず

 二八七 とほきいもとたまくらやすくねぬるよはにはとりなくなあけはすぐとも
 二八八 あひみまくあれどもあかずしののめのあけにけらしなふなでせんいも
 二八九 よろづよをたづさはりゐてあひみんとおもふべしやはこひあらなくに
 二九〇 よろづよをへだつるつきかくもがくれくるしきものぞあはんとおもふは
 二九一 しらくもをいろいろたてしとほくともよぶこゑをみむいもがあたりを
 二九二 わがためとたなばたつめのそのやどにおるしらぬのはおびとかぞかも
 二九三 きみにあはでひさしくなりぬおびにせししらたへごろもあかつくまでに
 二九四 あまのがはかぢおときこゆひこぼしのたなばたつめとけふやあふらし
 二九五 秋立ちて河霧わたるあまのがはむかゐつつ〔 〕ふるまもあらじ
 二九六 〔       〕つねにあかぬ〔             〕
 二九七 あまのがはやすのかはらにさだまりてかかるわかれはとくとまたなん
 二九八 たなばたのいほはたたてておるぬのはあきたつころもたれかとめけん
 二九九 としにありていもがまたなんむまたまのよるよりくもるとほきふなでを
 三〇〇 わがまちし秋はきたりぬいもせことなにごとあるらんひさむかひゐて
 三〇一 あけすぐしけながきものはあまのがはへだててまたやわがこひをせん
 三〇二 ひこぼしとたなばたつめとこよひあふあまのかはらになみたつなゆめ
 三〇三 あきかぜのはき〔 〕よはししらくものはたなばたつめのあきのつまかも
 三〇四 しばしばもあひみぬきみはあまのがはふなではやせよよのふけぬときに
 三〇五 秋かぜのきよきゆふべにあまのがはふねこぎわたせつきひとをとこ
 三〇六 あまのがはきりたちわたるひこぼしのかぢおときこゆよのふけゆけば
 三〇七 きみがふねいまこぎくらしあまのがはきりたちわたるこのかはのせに
 三〇八 あきかぜにかはなみたつなただしばしやそふねのつにみふねとどめむ
 三〇九 あきかぜにかはかぜきよしひこぼしのけさこぐふねになみのさわぐか
 三一〇 あまのがはかはべにたちてわがまちしきみきたるなりひもときてまて
 三一一 あまのがはかはせにましてとしつきをこひつるきみにこよひあふかも
 三一二 あすからはわがたまゆかをうちはらひきみとふたりはねずなりぬべし
 三一三 あまのはらゆきいるあとはしらまゆみひきてかくるるしらひとをとこ
 三一四 このゆふべふりくるあめはひこぼしのとくらのふねのかいのしづくか
 三一五 あまのがはやそせよりあふひこぼしのときにゆくふねいまやこぐらん
 三一六 かぜふきて川なみたつなこぐふねのわたりをぞゆくよのふけぬとき
 三一七 あまのがはうちはしわたすいもがいへとどまらずかよへときまたずとも
 三一八 つきをへてわがおもふいもにあへるよはこのなぬかびのつきせざるかも
 三一九 としにきてわがふねわたるあまのがはかぜはふくともなみたつなゆめ
 三二〇 あまのがはかぜはふくともわがふねをとくかきよせよよのふけぬまに
 三二一 よしこよひあへるとこまにこととはむまちもせずらしよぞふけにける
 三二二 あまのがはかはなみたかくわがこふるきみがふなではいまぞすぐらん
 三二三 はるかなるきみもてゆきてあまのがはうちはしわたしきみにあはずは
 三二四 あまのがはきりたちのぼりたなばたのくものころものあへるそらかな
 三二五 いにしへのおりにしはたのこのゆふべころもにぬひてきみまつわれを
 三二六 あしだまもてだまもゆらにおるはたをきみがころもにぬひきせんかも
 三二七 よき月ひあふよしあればわかれぢのをしかるきみはあすさへもがな
 三二八 あまのがはわたるせふかみふねうけてさしくるきみがかぢおとぞする
 三二九 あまのはらよぶかくなればあまのがはきりたちわたり〔     〕
 三三〇 あまのがはわたるせごとのみてくらのこころはきみをゆきてませとよ
 三三一 ひさかたのあまのかはらにふねうけてきみまつわれはあけてもあらぬか
 三三二 あまのがはあしぬれたらんきみがみもまくらもせねばよのふけぬこそ
 三三三 わたしもりふねわたしをとよぶこゑのゆかぬなるべしかぢおともせぬ
    このうた人丸集にありと
 三三四 あまのがはむかひにたちてこふるときことだにつげよいももととはじ
 三三五 こひしきはけながきものをいまだにもみじかくもがなあひみるよだに
 三三六 まけながくかはをへだててありしそでこよひまかむとおもへるがよさ
 三三七 あまのがはわたるせごとのしづむらしくものしるしのありとおもへば
 三三八 ひとさへやみづからくらんひこぼしのいもよぶこゑのちかづきぬるを
 三三九 あまのがはせをはやみらむむまたまのよるはあけつつあはぬひこぼし
 三四〇 わたしもりふねはやわたせひととせにふたたびかよふきみならなくに
 三四一 こひするはけながきものをこよひだにくるるべしやはとくあけずして
 三四二 たなばたのこよひあかねばつねのごとまたこひてやわたさんたなばたわたせ
 三四三 あまのがはたなばたわたすたなばたのこれわたさんにたなばたわたせ
 三四四 あまのがはことうきやりついづれをかきみがかげをもわがまちわかん
 三四五 秋風のふきにしひよりあまのはらせにいでたちてまつとつげこせ
 三四六 あまのがはこぞのわたせはありけるをきみがきたらんみちのしらなく
 三四七 ひこぼしのいもよぶこゑのひきづなのたえんときみをわがおもはなくに
 三四八 わたしもりふなでしゆかんこよひのみあひみてのちはあはぬものかも
 三四九 あめつちの そめしときより あまのがは むかひにてゐ給ふ 
      こひとまつに ふたたびあはぬ つまごひに ものおもふひは 
      あまのはらや あまのかはらに かよひぢの かよふわたりに 
      よそれはつ ふねのともかも ふねにそひ まかぢもしげく はぎの花 
      もとはれぬ 秋風の ふきくるよひに あまのがは しらなみしげき 
      おちたきに はやまさりたる わかくさの としをなにへて おもひつつ 
      こひをつくさん ふんづきの なぬかのよひの わかれかなしも

    かへしうた
 三五〇 こまにしきひもとけやすきあまびとのつままくるよぞわれもおもはん
 三五一 あめつちと わけしときより ひさかたの あましるしとは あまのはら 
     あまのかはらに あらたまの 月をかさねて こふるいもに あふときまつと 
     たちまちに わがころもでを 秋風の ふきしかへさば たちゐつつ 
     たづきをしらぬ あまのたなばた
 三五二 わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
 三五三 あすかがはかはよどさらずたつきりのおもひすぐべきことならなくに
 三五四 はるたたばわかなつまんとしめしのに昨日もけふもゆきはふりつつ



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 小町集 
 【小町集解題】〔5小町解〕新編国歌大観第三巻-5 [陽明文庫蔵本] 仁明・文徳朝(八三三~八五八)に活躍した女流歌人 [2014年4月14日記事]

 現存する小町集の伝本は大別すると次の三系統に分けられる。

 (1)正保版歌仙家集本系統
 (2)神宮文庫本系統
 (3)冷泉家本系統

 さて、(1)の歌仙家集本系統は総歌数一一六首(ただし正保四年刊の「歌仙家集」は本書四二番の「いつはとは時はわかねども……」を欠いているので一一五首)。冒頭から一〇〇首目までがこの集の本体である。次いで「他本歌十一首」を補い、さらにつづけて「又他本五首小相公本也」を補っている。本書では、この系統の善本で、右の四二番「いつはとは……」の歌をもつ陽明文庫所蔵十冊本三十六人集(七七三)所収の本を底本に用いた。江戸時代初期の写本である。なお、この系統のうち宮内庁書陵部所蔵の御所本(五一〇・一二)はかなり他と異なっている。全体的な形状は同じながら本体部分が一〇一首、「他本歌十八首」(実は一七首しかない)、「他本小宰〔(ママ)〕相本也八首」(実は七首)というように歌数が多いが、重出が多く、底本にない歌は「他本歌十八首」中の一みやこいでてけふみかのはらいづみがはかはかぜさむみころもかせやまと、「小宰相本八首」の中の、二をみなへしおほかる野べにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむの古今集所載の非小町歌二首だけである。

 (2)の神宮文庫本は慶長一二年に中院通勝が三条西実隆筆本を書写したという奥書をもつ。いまは失われてしまった西本願寺本三十六人集の小町集もこの系統であったことが知られている。総歌数六九首。

 (3)の冷泉家本はいまだ調査を許されないが、昭和五七年七月刊の「朝日グラフ」増刊に掲出されている写真を本書の校訂方針に従って翻刻しておくと、

                    ちれるなげきはおもかげもなし(四)
  みるめあらばうらみむやはとあまとはばうかびてまたむうたかたのみも(四一)
  露のみははかなき物とあさゆふにいきたるかぎりあひみてしかな(四八)
  いろみえでうつろふ物は世中の人の心のはなにざりける(二〇)
  花のいろはうつりにけりないたづらに我がみよにふるながめせしまに(一)
  おもひつつぬればや人のみえつらんゆめとしりせばさめざらましを(一六)
  わたつうみのみるめはたれかかりはてし世の人ごとになしといはする(二二)
  みるめかるあまのゆきかふみなとぢになこそのせきも我はすゑぬに(五)

のようになる。下に本書の歌番号を示しておいたが、歌順は(1)の系統とも(2)の系統ともまったく異なっている。総歌数等も知られぬままに第三の系統としたゆえんである。
 なお、陽明文庫本の翻刻にあたっては、意の通じぬ所を同系統の歌仙家集本・西本願寺補写本・宮内庁書陵部御所本によって校訂した。以下、校訂箇所を( )内に底本の本文を示しつつ掲出するが、仮名字体の相似による誤写であることが明らかな場合は省略した。

  *三歌「雲間(雲井)」*一四歌「わびしさ(わひしき)」*二一詞「なへ(夏)」「やる(やるに)」*二七歌「けのすゑに(けすのへに)」*二八歌「みつつ(つみて)」
  *三八詞「あがたみには(あかたみは)」*四六歌「うきに(うきと)」*五九歌「かたこひを(かたくひを)」*六四歌「なには江に(なにはめの)」「あまに(人に)」「人も(人に)」
  *六五歌「いまや(いさや)」*六八歌「まろこすげ(まつこすけ)」「ぬれわたり(ぬれわたる)」*七八歌「すまのあまの(すまの浦の)」*七九歌「鳥の音も(鳥の音の)」

 現存の小町集は、諸本ともに原初形態は古今集・後撰集の小町関係歌を根幹に編纂したものである。その根幹部に小町真作でなくてもなんとなく小町的な歌を付加したり、諸本が互いに接触して増補し合ったりしつついまの形にまで膨張したのであろう。したがって、小町の実作でない歌を数多く含むが、小町的雰囲気はかえって増大していったともいえる。
 小野小町は仁明・文徳朝(八三三~八五八)に活躍した女流歌人。出自などは不明だが、小野氏の出身であろう。この小町集を含めて後世の説話化ははなはだしく実像はとらえにくい。
 (片桐洋一)
 
 【小町集】116首 新編国歌大観第三巻-5 [陽明文庫蔵本] 仁明・文徳朝(八三三~八五八)に活躍した女流歌人 [2014年4月14日記事]

    花をながめて
   一 花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに

    ある人、心かはりてみえしに
   二 心からうきたる船にのりそめてひと日も浪にぬれぬ日ぞなき

    まへわたりし人に、たれともなくてとらせたりし
   三 空をゆく月のひかりを雲間よりみてややみにて世ははてぬべき

    かへし、あしたにありしに
   四 雲はれて思ひ出づれどことのはのちれるなげきは思ひ出でもなき

    たいめんしぬべくやとあれば
   五 みるめかるあまの行きかふみなとぢになこその関も我はすゑぬを

    女郎花いとおほくほりて見るに
   六 名にしおへば猶なつかしみ女郎花をられにけりな我がなたてに
   七 やよやまて山郭公ことづてんわれ世の中に住侘びぬとよ

    あやしきこといひける人に
   八 結びきといひけるものをむすびまついかでか君にとけてみゆべき

    めのとのとほき所にあるに
   九 よそにこそみねの白雲と思ひしにふたりが中にはや立ちにけり

    山里にて、秋の月を
  一〇 山里にあれたる宿をてらしつついくよへぬらん秋の月影

    また
  一一 秋の月いかなる物ぞ我がこころ何ともなきにいねがてにする

    人と物いふとてあけしつとめて、かばかりながき夜に、なにごと
     をよもすがらわびあかしつるぞとあいなうとがめし人に
  一二 秋の夜もなのみなりけりあひとあへばことぞともなく明けぬるものを

    返し
  一三 ながしとも思ひぞはてぬ昔よりあふ人からの秋の夜なれば

    やんごとなき人のしのび給ふに
  一四 うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めつつむとみるがわびしさ

    人のわりなくうらむるに
  一五 あまの住む里のしるべにあらなくにうらみんとのみ人のいふらん

    夢に人の見えしかば
  一六 思ひつつぬればや人の見えつらん夢としりせばさめざらましを

    これを人にかたりければ、あはれなりけることかなとある、御かへし
  一七 うたたねに恋しき人をみてしより夢てふ物はたのみそめてき

    返し
  一八 たのまじと思はんとても如何せん夢より外にあふ夜なければ
  一九 いとせめて恋しき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる

    人の心かはりたるに
  二〇 色みえでうつろふ物は世の中の人の心のはなにぞ有りける

    みもなきなへのほに文をさして、人のもとへやる
  二一 秋風にあふたのみこそかなしけれ我が身むなしく成りぬと思へば

    人のもとに
  二二 わたつうみのみるめはたれかかりはてしよの人ごとになしといはする

    つねにくれどえあはぬをんなの、うらむる人に
  二三 みるめなき我が身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる
  二四 人にあはむつきのなきよは思ひおきてむねはしりびに心やけをり
  二五 夢路にはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめみしごとはあらず
  二六 かざままつあましかづかばあふことのたよりになみはうみと成りなん
  二七 われをきみ思ふ心のけのすゑにありせばまさにあひみてましを
  二八 よそにてもみずはありとも人心わすれがたみをみつつしのばん
  二九 よひよひの夢のたましひあしたゆく有りてもまたんとぶらひにこよ

    ゐでのしまといふだいを
  三〇 おきのゐて身をやくよりもわびしきは宮こしまべの別なりけり

    わすれぬるなめりとみえし人に
  三一 今はとて我が身しぐれにふりぬればことのはさへにうつろひにけり

    返し
  三二 人を思ふ心このはにあらばこそ風のまにまにちりもまがはめ

    さだまらずあはれなる身をなげきて
  三三 あまの住む浦こぐ船のかぢをなみ世をうみわたる我ぞかなしき

    いその神といふ寺にまうでて、日のくれにければ、あけてかへらんとて、
     かのてらにへんぜうありとききて、心見にいひやる
  三四 いはの上にたびねをすればいとさむしこけの衣を我にかさなん

    返し へんぜう
  三五 世をそむく苔の衣はただひとへかさねばうとしいざふたりねん

    中たえたるをとこの、しのびてきてかくれて見けるに、月のいと
     あはれなるを見て、ねんことこそいとくちをしけれとすのこにながむれば、
     をとこいむなる物をといへば
  三六 ひとりねの侘しきままにおきゐつつ月をあはれといみぞかねつる

    わすれやしにしと、ある君だちののたまへるに
  三七 みちのくの玉つくり江にこぐ船のほにこそいでね君をこふれど

    やすひでがみかはになりて、あがたみにはいでたたじやといへる
    返ごとに
  三八 侘びぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ

    あべのきよゆきがかくいへる
  三九 つつめども袖にたまらぬ白玉は人をみぬめの涙なりけり

    とある、かへし
  四〇 おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへずたぎつせなれば
  四一 みるめあらば恨みんやはとあまとはばうかびてまたんうたかたのまも
  四二 いつはとは時はわかねども秋のよぞ物おもふことのかぎりなりける
  四三 ひぐらしのなく山里の夕暮は風よりほかにとふ人ぞなき
  四四 もも草の花のひもとく秋の野に思ひたはれん人なとがめそ
  四五 こぎきぬやあまのかぜまもまたずしてにくさびかけるあまのつり船

    五月五日、さうぶにさして、人に
  四六 あやめ草人にねたゆと思ひしを我が身のうきにおふるなりけり
  四七 こぬ人をまつとながめて我が宿のなどかこのくれかなしかるらむ
  四八 露の命はかなき物と朝夕にいきたるかぎりあひみてしかな
  四九 人しれぬ我が思ひにあはぬまは身さへぬるみておもほゆるかな
  五〇 こひ侘びぬしばしもねばや夢のうちにみゆればあひぬみねば忘れぬ
  五一 物をこそいはねの松も思ふらめ千代ふるすゑもかたぶきにけり
  五二 木がらしの風にもちらで人しれずうきことのはのつもる比かな
  五三 夏のよのわびしきことは夢にだにみるほどもなくあくるなりけり
  五四 うつつにもあるだにあるを夢にさへあかでも人のみえわたるかな
  五五 春雨のさはへふるごとおともなく人にしられでぬるる袖かな

    四のみこのうせたまへるつとめて、風ふくに
  五六 今朝よりはかなしの宮の山風やまたあふ坂もあらじとおもへば
  五七 わが身にはきにけるものをうきことは人のうへとも思ひけるかな
  五八 心にもかなはざりける世の中をうき身はみじと思ひけるかな
  五九 妻こふるさを鹿のねにさよふけて我がかたこひをあかしかねつる
  六〇 卯のはなのさけるかきねに時ならで我がごとぞなく鶯のこゑ
  六一 秋の田のかりほにきゐるいなかたのいなとも人にいはましものを

    井での山ぶきを
  六二 色も香もなつかしきかな蛙なくゐでのわたりの山ぶきの花
  六三 霞たつ野をなつかしみ春駒のあれても君がみえわたるかな
  六四 なには江につりするあまにめかれけん人もわがごと袖やぬるらん
  六五 ちたびともしられざりけりうたかたのうき身はいまや物忘して

    人のむかしよりしりたりといふに
  六六 今はとてかはらぬものをいにしへもかくこそ君につれなかりしか
  六七 浪の面をいで入る鳥はみなそこをおぼつかなくはおもはざらなん


    あしたづの雲井のなかにまじりなば、などいひてうせたる人のあはれなるころ
  六八 ひさかたの 空にたなびく うき雲の うける我が身は つゆくさの 
      露のいのちも まだきえで 思ふことのみ まろこすげ しげさぞまさる
     あらたまの ゆく年月は はるの日の 花のにほひも なつの日の
      木の下かげも 秋の夜の 月のひかりも 冬のよの 時雨の音も 世の中に
     こひもわかれも うきことも つらきもしれる 我が身こそ 
      心にしみて 袖のうらの ひる時もなく あはれなれ かくのみつねに
     おもひつつ いきの松原 いきたるに ながらのはしの ながらへて
      せにゐるたづの しまわたり 浦こぐ船の ぬれわたり いつかうき世の
     くにさみの わが身かけつつ かけはなれ いつか恋しき 雲のうへの 
      人にあひみて この世には おもふことなき 身とはなるべき


    日のてり侍りけるに、あまごひのわかよむべきせんじありて
  六九 ちはやぶる神もみまさば立ちさわぎあまのとがはのひぐちあけたまへ

    やり水にきくの花のうきたりしに
  七〇 滝の水のこのもとちかくながれずはうたかた花も有りとみましや
  七一 限なき思ひのままによるもこん夢路をさへに人はとがめじ

    かれたるあさぢにふみさしたりける、かへりごとに 小町があね
  七二 時すぎてかれゆくをののあさぢには今は思ひぞたえずもえける

    あだなに人のさわがしういひわらひけるころ、
    いはれける人のとひたりける返ごとに
  七三 うきことをしのぶるあめのしたにして我がぬれ衣はほせどかわかず
  七四 ともすればあだなるかぜにさざ波のなびくてふごとわれなびけとや
  七五 わすれ草我が身につまんと思ひしは人の心におふるなりけり
  七六 我がごとく物おもふ心けのすゑにありせばまさにあひみてましを

    みちのくにへいく人に、いつばかりにかといひたりしに
  七七 みちのくは世をうき島も有りといふをせきこゆるぎのいそがざらなん

    さだめたることもなくて心ぼそきころ
  七八 すまのあまのうらこぐ船のかぢよりもよるべなき身ぞかなしかりける

    いかなりしあか月にか
  七九 ひとりねの時はまたれし鳥の音もまれにあふ夜はわびしかりけり
  八〇 ながれてとたのめしことは行すゑの涙のうへをいふにぞ有りける

    見し人のなくなりしころ
  八一 あるはなくなきは数そふ世の中にあはれいづれの日までなげかん
  八二 夢ならばまたみるよひも有りなましなに中中のうつつなりけん
  八三 むさしのにおふとしきけばむらさきのその色ならぬ草もむつまし
  八四 世の中はあすか川にもならばなれ君と我とがなかしたえずは
  八五 むさしののむかひの岡の草なればねを尋ねてもあはれとぞ思ふ
  八六 見し人もしられざりけりうたかたのうき身はいまや物わすれして
  八七 世の中にいづら我が身のありてなしあはれとやいはんあなうとやいはん
  八八 我が身こそあらぬかとのみたどらるれとふべき人にわすられしより
  八九 ながらへば人の心もみるべきに露の命ぞかなしかりける
  九〇 世の中をいとひてあまの住むかたはうきめのみこそみえわたりけれ
  九一 はかなくて雲と成りぬる物ならばかすまん空をあはれとはみよ
  九二 我のみやよをうくひすと鳴きわびん人の心の花とちりなば
  九三 はかなくも枕さだめずあかすかな夢がたりせし人を待つとて
  九四 世の中のうきもつらきもつげなくにまづしる物は涙なりけり
  九五 吹きむすぶ風は昔の秋ながらありしにもあらぬ袖のつゆかな
  九六 あやしくもなぐさめがたき心かなをばすて山の月もみなくに
  九七 しどけなきねくたれがみを見せじとやはたかくれたるけさの朝がほ
  九八 たれをかもまつちの山の女郎花秋とちぎれる人ぞ有るらし
  九九 白雲のたえずたなびくみねにだにすめばすみぬる物にぞ有りける
 一〇〇 紅葉せぬときはの山に吹く風の音にや秋をききわたるらむ

    他本歌、十一首
 一〇一 いつとても恋しからずはあらねどもあやしかりける秋の夕ぐれ
 一〇二 なが月の有明月のありつつも君しもまさば待ちこそはせめ
 一〇三 あさか山かげさへみゆる山の井のあさくは人をおもふものかは

    ながあめを
 一〇四 ながめつつ過ぐる月日もしらぬまに秋のけしきに成りにけるかな
 一〇五 春の日のうらうらごとを出でてみよ何わざしてかあまはすぐすと
 一〇六 木間よりもりくる月の影みれば心づくしの秋は来にけり
 一〇七 あまつかぜ雲吹きはらへ久かたの月のかくるるみちまどはなん
 一〇八 あはれてふことこそうたて世の中を思ひはなれぬほだしなりけれ
 一〇九 世の中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ
 一一〇 あはれてふことのはごとにおく露は昔をこふる涙なりけり
 一一一 山里は物のわびしき事こそあれ世のうきよりは住みよかりけり

    又、他本、五首、小相公本也
 一一二 をぐら山きえしともしのこゑもがなしかならはずはやすくねなまし
 一一三 わかれつつみるべき人もしらぬまに秋のけしきに成りにけるかな
 一一四 かたみこそ今はあたなれこれなくは忘るる時もあらましものを
 一一五 はかなしや我が身のはてよあさみどりのべにたなびく霞と思へば
 一一六 花さきてみならぬ物はわたつうみのかざしにさせるおきつしらなみ

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重之集 
 重之集解題】〔35重之解〕新編国歌大観第三巻-35 [西本願寺蔵三十六人集*] 

 重之集の現存伝本は次の五系統に分類される。
  (一)西本願寺本三十六人集系統
  (二)歌仙家集正保板本系統
  (三)宮内庁書陵部本(五〇一・一六一)
  (四)宮内庁書陵部本(五〇一・二七一)
  (五)徳川美術館蔵伝行成筆本

 このうち、(五)は他系統が巻末にもつ百首歌のみを伝えるもので一〇二首、(四)は一五一首で、百首歌を巻頭に配し、途中に清少納言集の本文が竄入するなど、錯簡脱落による書誌的混乱が甚だしい。他では、
(一)が書写年代が平安後期と古く、歌数も最も多く三二三首で、本書の底本としてふさわしいものである。(二)は歌数二七九首、(三)は歌数二一五首。

 さて、書誌的混乱の著しい(四)と百首歌のみの(五)とを除いて、他の三系統の配列を見ると、(一)と(二)とは構成がほぼ一致するので、共通祖本から派生したことが知られ、
(二)は多くの脱落を生じたものである。これに対して、(三)は、(一)より一〇〇首余少なく小規模ながら、(一)にあって(三)にない歌が、重之晩年の詠と考えられるものや、
重之歌と認めがたいものばかりなので、重之集の初期の形態をとどめるものと推定される。これら異本の派生過程については、拾遺集の成立時期を境として、拾遺集成立以前にまず(三)の系統の本文が成立し、
拾遺集成立後、(三)の形態に増補して(一)(二)の共通祖本が成立したものと考えられる。
 なお、百首歌の部分は、重之若年時の詠作でもあり、(五)のごとく百首歌のみの単独の伝本も存在することを考えあわせると、家集の他の部分とは別個に成立し、伝来途上において、
現存伝本に見るような形態に合体したものと推測される。

 ところで、底本とした(一)の西本願寺本にも明らかな脱落、誤謬がある。それらの校訂・改訂を加えた箇所を示すと、

(二八の歌の下句)
  おもひやるよそのむらくもしぐれつつあだちのはらはもみぢしぬらん

は、底本に下句を欠くが、同系統の他本も同様であり、また(二)は一首全体を欠脱するので、(三)の書陵部本で補った。さらに、

(三九の歌)
  山みづのこほりとけつつはるくればいけのこほりもほころびに〔ぬるきかぜにもはやきなり〕けり
(一六七の歌)
  山ふかくわがみはいりていにしつきおもひいづるはおもひいづるはなみだなりけり

の二首については、同系統の他本の本文を参勘して、三九は傍書本文を採用し、一六七は下句の衍文を削除して本文を作成した。

 その他、底本の誤謬と思われる箇所は、底本に傍書等があって誤りを訂しうるものを除き、他系統の本文によって最少限の校訂を加えたが、それらを、( )に底本の形を記して示しておく。
  *二六詞「かうしん(かうし)」
  *三七歌「みだれそめける(みたれそのける)」
  *四一歌「ふたみのうらの(今日たみのうらの)」
  *九三詞「たごのうら(てこのうら)」
  *一〇四詞「やとりにはななし(やとりにはなし)」
  *一三五詞「たんば(たはん)」
 
 源重之は生没年未詳。清和天皇の曾孫にあたり、兼信の子であったが、伯父の参議兼忠の養子となり、右近将監、左馬助等を経て、従五位下相模権守に至った。
陸奥守として赴任した藤原実方を頼って陸奥国に下向し、長保年間(九九九~一〇〇四)に同地で没した。
 (新藤協三)
 
 重之集323首 新編国歌大観第三巻-35 [西本願寺蔵三十六人集*] 

 重之集

  三位の大弐は故小野宮大殿の御子なり、わらはより殿上などしたまへりけり、
  宰相をかへしたてまつられて大弐になられてくだりたまへるを、道風はなちて
  はいとかしこき手がきにおぼして、て本などはつくしへぞかきにつかはしける、
  かなの御手本かきにくださせたまひけるを、かくべき歌どもよみてえんとのた
  まへば、あたらしきもむかしのもかきあつめてたてまつる、このうたの人も、
  世の中の心にかなはぬをうき物におもひて、くだれるにやあらん、大弐のかく
  ておきたまへるよしなどもあるべし、所所のをかしきななどもあめり

   一 まつがえにすみてとしふるしらつるもこひしきものはくもゐなりけり
    かまどやま
   二 はるはもえあきはこがるるかまど山かすみもきりもけぶりとや立つ
    はこざきのみやのまつおほかり
   三 いくよにかかぞへつくさんはこざきのまつのちとせもひとつならねば
    いきのまつばら
   四 みやこへといきのまつばらいきかへり君がちとせにあはんとぞおもふ
    しがのしま
   五 みよや人しがのしまへといそげどもかのこまだらになみぞ立つめる
   六 あきくればこひするしかのしま人もおのがつまをやおもひいづらん
    そめかは
   七 そめかはのにしきよせくるしらなみはきくにもたがふいろにざりける
    うさを
   八 つくしへとくやしくなににいそぎけむかずならぬみのうさやかはれる
    ちかのしま
   九 名をたのみちかのしまへとこぎくれば今日もふなぢにくれぬべきかな
  一〇 しらくものかかれるえだ(みね)をみわたせばちかのしまにはあらぬなるべし
    みのしま
  一一 むらさめにぬるる衣のあやなきになをみのしまのなをやからまし
    あまぐも
  一二 あまぐものしたにのみふる我なればおもふことなきをりもぬれけり
    あき
  一三 もみぢするあきはたびにてくれぬべしわがふるさとに人もつげなん
    一本ぎくをひをけにうゑて、大将どののおほせごとにて
  一四 おくつゆにまかせつつみしきくのはなよにもをしまずなりにけるかな
    四条の后のさうじのゑによめる、をうなのけさうぶみかけるを、
    ともだちどものみれば
  一五 あきなればたれもいろにぞなりにける人の心につゆやおくらむ
    こたかがりのところ
  一六 かりにきてかりにもいまはおもほえずあきの山べのかへりなければ
    女房をとこがたとして、前栽あはするところあり、ただのところならず、
    かずさしにをんなわらはゐたり
  一七 なべてやはいろもみえけるしらつゆのかずおくかたの花ぞまされる
    かへりごとせざりし人に
  一八 たれゆゑにおもひいりにし山ぢとてかへりごとだにいはれざるらん
    をんな、かへりはせで、かみをふみのやうにしておこせたるに
  一九 かづらきやくめぢのはしもわたすらしこれこそかみのしるべなりける((ママ))
  二〇 山のはにせきをすゑたるよなりせばここらの日をばすぐさざらまし
    あきのうた
  二一 もみぢばの色こひしくてわかれねば吹く風にこそつげてをしまめ
  二二 からにしきここのみづにもうかびけりいかにさだめてなみの立つらん
  二三 もみぢばをおのがものともみてしかなみるにいさむる人はなけれど
  二四 はつしものおかぬだにこきもみぢばのそのさかりをばたれにみせまし
    八月十五夜かうしんのよ、大にのみたちにて、さうのことにかりの心あるうた
    よみていだされたり
  二五 ことのうへにひきつらねたるかりがねのおのがこゑごゑめづらしきかな
    又、かうしんのうた、れいの人
  二六 もみぢせぬときはの山にすむしかはおのれなきてやあきをしるらん
    むさしのかみためかたが、かりぎぬをかりて、ふつかばかりありてかへすとて
  二七 うらもなき心ならひにかりころもかへさじとまでおもひけるかな
    みちのくにのあだちにありしをんなに、九月にいひやる
  二八 おもひやるよそのむらくもしぐれつつあだちのはらはもみぢしぬらん
    ある人、みやたちにゆめのやうにてやみにけるを、ゆめ人にしらすななど、
    なくなくくちかためられけるを、うせたまひにければ
  二九 おもひいでのかなしきものは人しれぬ心のうちのわかれなりけり

    みちのくにのやなぎがはのいへにて、かみくにもちなどして、七月七日たなばたの心
  三〇 たつとこそおもひやらるれたなばたのあけゆくそらのあまのは衣
    うみづらにて、なみ立ちけり
  三一 ふくかぜに色そめわたるふぢなみははるしもさかぬ物にざりける
    ひろさはのいけにいみじうなみの立つを、そうの君などして
  三二 ひろさはのいけにうかべるしらくもはそこふくかぜのなみにぞ有りける
    あまのいへにやどかりたるに、ひくるるまでつりぶねのみえねば
  三三 なみまよりよぶかくいでしつりぶねのまつほどすぎてものをこそおもへ
    うごの大ふよしのぶに、みちのくにより
  三四 わかれてはいかにこひしとおもへらんおのが心ぞ人をしりける
    あじろにもみぢよせたり
  三五 もみぢばをよするあじろはおほかれどあきをとどめてみるよしぞなみ
    つくしへゆくに
  三六 あまのはらなみのなるとをこぐふねのみやここひしきものとこそおもへ
  三七 山たかみおちくるたきのしらいとはあはによりてぞみだれそめける
  三八 山ぶきのやへさくはなをなつかしみそよやひとへにうちとけにけり
    又、春たつ
  三九 山みづのこほりとけつつはるくればぬるきかぜにもはやきなりけり
  四〇 あをやぎのいとよりかくる春くればいけのこほりもほころびにけり
    この御て本いるべき、あしでをぬひものにすべしとせめらるれば
  四一 たまくしげふたみのうらのなかにおつるたきのかげこそかがみなりけれ
  四二 いづこぞやふたみのうらのありといひし心をいれてとはましものを
    おなじやうなれど、かきあつめてさだめらるべしとて
  四三 はこのうらにあけくれあそぶあしたづはかはせのみこそともとみるらめ
  四四 なにはめにつのぐみわたるあしのねはねはひたづねてよをたのむかな
    又、おほみやのおほせごとにてよめりと御て本にかかれたれば
  四五 いつしかといそぐ心のさき立ちてあしたのはらを今日こゆるかな
  四六 しののめにあしたのはらをこえくればまだよごもれる心ちこそすれ
    ふたむらやま
  四七 あきかぜにはたおるむしのこゑしげみたづねにきたるふたむらの山
    ふるのやしろ
  四八 としをへてうゑしさかきのかはらねばふるのやしろといふにぞ有りける
    人のなれどかへしをかくとて、恵京ひとのいへの桜をみて
  四九 さかしくとおもはざらなんさくらばなちらばとなりの人もをしまむ
    といへるを、かへしとて
  五〇 つれづれとはななきやどに一人ゐてとなりのはるに心をぞやる
    むつましき人のめの、をかしとおもふにはねむとて
  五一 心をばそめてひさしくなりぬれどいはでおもふぞくちなしにして
    もろともがむすめに
  五二 人こふるわが衣もでのかわかぬは一夜のつゆやいかにおきしぞ
    むかし、あふみといひし人に、冬
  五三 ふゆごもりつひにあひみずなりはてばゆきふりにきと人にかたらん
    むまのすけにてはりまへくだるに、あしかのうらにて、よるくらきに、
    ちどりなきておきのかたにいでぬ
  五四 しらなみにはねうちかはしはまちどりかなしき物はよるのひとこゑ
  五五 いなびのにむらむらたてるかしはぎのはびろになれるなつはきにけり
  五六 むらさめに立ちかくれせしかしはぎのあをばになつはあつまりにけり
    ひうがのくににことひきのまつあり、えだになみのよするを
  五七 しらなみのよりくるいとををにすげてかぜにしらぶることひきのまつ
    つくしにて、をんなにあひて、あか月がたにいひやる
  五八 なにごとのけさはうれしき我なれやなみだはわかぬものにざりける
    又、みちのくににて、あるもののとりのたはれるをこひにやる
  五九 ふゆのいけのおなじとりにはかぞふともをしとないひそかものくびかは
    むまごのよりこで京へいくを、うらみけるをんなにかはりて
  六〇 おやのおやとおもはましかばとひてましわがこの子にはあらぬなるべし
    あはづにやどるとききて、いひにやる
  六一 みづうみのあはづにやどる君ゆゑにはかなくしほをたれてけるかな
    むねたかがみちのくににて、こども三人がかうぶりしはべりける、またのあした
  六二 まつしまのいそにむれゐるあしたづのおのがさまざまみえしちよかな
    すゑのまつ山に、子日に、この人のははくるまにていでたるに、かみしげみ、
    すけつねみなどいひあひたりといへば、たるなりなどいへば
  六三 すゑのまつひきにぞきつる我ならでなみのみだるときくがねたくて
      かへしあれどわろければかかず、おのがならねど、かへししたるかかむとおもひて
    ある人、あゆみつみづぐきのすゑにつけて
  六四 みづぐきのあとふみつけて心みむおもふところにあゆみつくやと
    かへし
  六五 かがりびのうらしろからぬからすがははをみつといはんことはゆるさず
    はるさめをながめて
  六六 ちるはなををしむなみだのはるさめにぬれぬ人こそよになかりけれ
  六七 はるさめのそほふるあしのをやみせずおのがなみだにはなぞちりける
    くれのはる
  六八 はるごとに今日のわかれはをしめどもとしのうちにはかへらざりけり
  六九 としごとにわかるるはるとおもへどもなほなぐさまずをしまるるかな
  七〇 くるなつとわかるるはるの中にゐてしづ心なきものをこそおもへ
  七一 さくはなのちりにしはるはうけれども今日のわかれはなほぞかなしき
  七二 としごとにとまらぬはるとしりながら心づくしにをしまるるかな
    正月ばかりに、むめのはなにゆきのふりかかりたるを、よのうき事をおもふころにて
  七三 はなのうへにちりくるゆきの我ならばいかにうれしきいのちならまし
    かがみにしろさやみえけむ
  七四 ゆききえぬわがみやまなるくちきには春もまたれぬ心ちこそすれ
    立春の日、雪ふる
  七五 はつはるのおもひ立つらん山みちにあやにくなりやけさのふるゆき
  七六 まださかぬえだにうづまくしらゆきをはなともいはじ春のなたてに
    立春の日、又ゆきふる
  七七 はるごとにうぐひすのみぞしらせけるとりのはらにやはなもこもれる
  七八 山ざとはすみてあだにぞなりぬべきはるの心のはなにみゆれば
  七九 ふくかぜをしるべにはしてむめのはなこよひばかりをしるべかりけり
  八〇 かぜさむみはるやまだこぬとおもふまに山のさくらをゆきかとぞみる
  八一 ゆきとみておぼつかなきに(は)山桜はなとさつけてゆくやなになり
    おむなのいへに、もものはなやすももはなやなどむらむらさきたり、うぐひすなく
  八二 うぐひすのこゑによばれてうちくればものいはぬ花も人まねきけり
  八三 はるなつの中にかかれるふぢなみの(は)いかなるきしかはなはよすらん
    山ざきがはを立田川といふ御かへし
  八四 しらなみの立たのかはをいでしよりのちくやしきはふなぢなりけり
  八五 むかしよりわがちよとちぎりし人どもぞあひみることはすくなかりける
    げすにはあらぬ人、よのなかにすみわびて、くはすきとりており立ちたる、
    ほどもなくしぬるをみて
  八六 うちかへしくはのまへばにまみれつつあきのたのみもながからぬよに(を)
  八七 はるごとにわすられにけるむもれぎはときめくはなをよそにこそみれ
  八八 かりがねは花にすむともみえなくにちりぬとおもふにかへるこゑする
  八九 かはづなくなはしろみづに影みればときすぎにける我いかにせん
  九〇 山ぢこえくれ行くはるのこのしたはなつもみえぬにしげりあひにけり
    みちのくに山のこほりといふ所にて、冬の月を
  九一 くもはれてそらにみがける月影は(を)山のこほりといひなおとしそ
    この山のこほりに、かのこまだらにゆききえのこる
  九二 あきくればなくさをしかのまだらゆき山のさをにかなくこゑもせぬ
    京よりくだるに、たごのうらにて、むすめ
  九三 いそぎゆくたびの心やかよふらんたたぬ日ぞなきたごのうらなみ
    さねかたの君のともに、みちのくににくだるに、いつしかはまなのはし
    わたらんとおもふに、はやくはしはやけにけり
  九四 みづのうへのはまなのはしもやけにけりうちけつなみやよりこざりけむ
    九条の右大臣、むすめかくれたまひて
  九五 よそにふるものとこそみめしらゆきのしらじらしくもおもほゆるかな
      人のなれど、をかしとのみおもひしかばなり
    はるかに京よりくだりしに
  九六 あまぐものわかれし中にかよへばやよそなるそでのかわかざるべき
    むかしのはおぼつかなけれど
  九七 いとたかきいはほにおふるまつだにもかぜのふくにはなびくてふなり
  九八 かへるさのなきみづぐきのしまべにてうつし心もとどまりにけり
  九九 いひさしてやみぬとおもふないけみづのふかき心のよどむとをしれ
 一〇〇 ほのぼのとあかしのうらをこぎくれば昨日こひしきなみぞたちける
    大嘗会のゆきすきのかた、あかしのはまを題にて
 一〇一 あさひさすあかしのうらに立ゐせしなみものどかになるよなりけり
    難波にてふなせうえうして、きしのふぢのはなををりてやかたにさして、
    くれにかへるとて
 一〇二 こぐふねにけさよりかけしふぢなみはよるさへみゆるものにざりける
    あき、わかれし人に
 一〇三 としごとにむかしはとほくなりゆけどうかりしあきはまたもきにけり
    やどりにはななし
 一〇四 いづくにか心もやりてやどさましはななきさとはすみうかりけり
    ふくかぜ、むめのかす
 一〇五 はなさかぬわがやどさへぞにほひけるとなりのむめをかぜやとふらん
 一〇六 むめがえのものうきほどにちるゆきをはなともいはじはるのな立に
 一〇七 ちるゆきをはなのさかりとみすべきははるの心のあさきなるべし
 一〇八 よろづよのはるをかぞふるうぐひすは花とたけとにすめばなりけり(るべし)
 一〇九 きえはてぬゆきかとみゆる山ざくらにほはざりせばいかでしらまし
 一一〇 はなにのみうづもれにけるうぐひすはなくこゑさへぞほのかなりける
 一一一 ちるはなををしむとやなくうぐひすのをりしれりともみゆるはるかな
 一一二 世の中はおとろへゆけどさくらばな色はむかしのえだにざりける
 一一三 山ざとはさくはなこそはあだならめすむ人さへやしづ心なき
 一一四 うぐひすのとなりに我もすむものをこゑをわきてぞ人もとひける
    春のくれつかた
 一一五 はなもちりうぐひすのねもかれゆけばわがやまざとはあくがれぬべし
 一一六 いそぐらんなつのさかひにせきすゑてくれゆくはるをとどめてしかな
 一一七 うきこともはるはながめてありぬべし花のちりなんのちぞかなしき(さ)
 一一八 うちしのびなどか心もやらざらんうきよのなかにはなはさかずや
 一一九 おともせでたにがくれなるやまぶきはただくちなしのいろにざりける
 一二〇 我のみやゆきてをらまし山桜人のうらみをおもはずもがな
 一二一 はつこゑはきかまほしきをほととぎす春にわかれんことぞかなしき
 一二二 いかでなほ今日の衣をかへざらんはるにわかれんことのかなしさ
 一二三 かりがねのかへるはかぜやかよふらんすぎゆくみねのはなものこらず
 一二四 山ざとはうきよもあらじとおもひしをいとふもしらでたづねきにけり
 一二五 あぶくまにきり立つといひしから衣そでのわたりによもあけにけり
    又、春おもひいづるに、したがふ
 一二六 はるすぎばいとどものをぞおもふべき花もちらぬにうきみすててむ
    なみのこゑにゆめさむといふ題を、ためきよとむねちかとによませて、
     おきなことわる、春、ためきよ
 一二七 ゆめにだにこひしき人をみるべきに(を)なみのこゑにぞおどろかれぬる
    むねちか
 一二八 うらちかみぬるかとすればしらなみのよるおとにこそゆめさめにけれ
    これをわろしとて、おきな
 一二九 恋しさはゆめにのみこそなぐさむれつらきはなみのこゑにざりける
 一三〇 わたつうみのなみのかたがた立つなみはいとうちはへていづちよるらん
 一三一 えだもなきうらうらにさくむめのはなかぜにやどれるはるかとぞみる
    花のあはれなる事をみて
 一三二 ふなぢにはおもふことのみこひしくてゆくすゑもとくわするめるかな
 一三三 ふくかぜのしづ心なきふなぢにはさらばよといひし人ぞこひしき
 一三四 宮こいでて今日はいくかぞおぼつかなとどめし人はかぞへおくらん
    大嘗ゑすきのかた、たんばのくにくははらのさとを題にて
 一三五 くははらのさとのひきまゆひろひあげて君がやちよのころもいとにせん
    ゆきのかた、たまつくりがはを題にて
 一三六 ひとつしてよろづよてらす月なればそこもみえけるたまつくりがは
    又屏風ゑに、わらびをるおんな、かたみひきさげなどして
 一三七 我ならぬのべのわらびもおいにけりいのちぞはるのかたみなりける
    びはどのの御ゑに、いはゐにおんなのみづくむ、さしのぞきつつ影みる
 一三八 としをへてすめるいづみに影みればみづはくむまでおいにけるかな
    むかし、衣川のせきのをさの、ありしよりはおいたりしかば
 一三九 むかしみしせきもりもみなおいにけりとしのゆくをばえやはとどむる
    しなののつかまのゆに、をかしかりしかば、かきつけし、
    これただのさいしやうのをり
 一四〇 いづるゆのわくにかかれるしらいとはくる人たえぬものにざりける
    やがてむまやをそへたる、おなじことなれどをかしとみる、もがみがは
 一四一 もがみがはおちそふたきのしらいとは山のまゆよりくるにざりける
    このもがみがは、いみじき所なり、よににずおもしろきところなれば、すぎがたし
 一四二 もがみがはたきのしらいとくる人の心よらぬはあらじとぞおもふ
      などぞいひあつめける
    むかし、堀川殿、いし山よりかへりたまひしに、はしりゐにてよませたまひし
 一四三 あふさかのせきとはいへどはしり井のみづをばえこそとどめざりけれ
    法師の色このむをにくしとて
 一四四 つねならぬ山のさくらに心いれて山の桜をいひなはなちそ
    二月ばかり、みちのくににりむじのまつりに、ゆきにぬれこうじたるかちなるをのこ、
    こづるのいけをすぐるほどに、ここはいづこぞととへば、
    こづるのいけのつつみといへば、心やりによめといへば、むねちか
 一四五 ちとせふるこづるのいけしかはらねばおやのよはひをおもひこそやれ
    おきな
 一四六 ちとせをばひなにてのみやすぐすらんこづるのいけとききてひさしき
    みちのくにのかみ、はらばらのこども、をとこをんなとかうぶりし、もきす、
    またはかまもきす、かはらけとれとあれば、人人かはらけとりて、
    ははぎみうせてのことなり
 一四七 いろいろにあまたちとせのみゆるかなこまつがはらにたづやゐるらん
    かへし、かみ
 一四八 いにしへを今日にあらするものならば一人はちよもおもはざらまし
    又、かへし
 一四九 ひなごとにちよもゆづりてまなづるのいづれのくもにとびかくれけむ
    仁和のみかどの子日に
 一五〇 よろづよをしもおく今日の子日にはのべのこまつぞかずひかれける
    おとにきくたごのうらをわたるに、なみたてば
 一五一 かぜふけばおもがはりゆくたごのうらのこなみしもこそさがなかりけれ
    子日したまふに
 一五二 君がため人のてごとにひくまつのここらのちよをおかまし



    おのが子どもの、京にもゐなかにもあれば
 一五三 人のよはつゆなりけりとしりぬればおやこのみちに心おかなん
    ことしめづらしき郭公をききて
 一五四 一人かすかたらひわたるほととぎすことのいらへをたれかせざらん
    世の中などうらみて、紅梅を
 一五五 くれなゐにはなさくむめところもでと露とわがみといろやかよへる
    世の中のはかなきをみて、こにあひ、むねちかに、ゆきふる日
 一五六 おきつせにたえずうづまくあわゆきのうきよつくすとみるやいつまで
    返し、むねちか
 一五七 くもゐよりうづまきおつるたきつせのゆきとみえつつ千よをこそふれ
    斎宮の内侍に、びはどのいろいろのものおくりたまふに、れいのおきな
 一五八 しらくものゆきかくるてふすずかやまとほくなるともおとはせよきみ
 一五九 おほかたのこゑとなききそほととぎすおもふ心のあはれなるらん
    ひごのかみただよし、いろいろのきぬどもてうじて、にはかにおこする
 一六〇 うちかさねおなじころもをきほしときはわけてかすべきなとやはみし
      といひたり
    こきさいの宮より、いけのくさあはせするに、おほみのくさありけりとききて、
    いひにおこする
 一六一 よるやどるいそべのなみやさわぐらん大うみのはらにちどりなくなり
 一六二 ふるゆきのそでにこほりしあしたよりふりすてがたきものをこそおもへ
    さがみにて
 一六三 こゆるぎのいそのわかめもからぬみにおきのこなみやたれにかすらん
    はる、くら人、たびといふくつを花につけてえさせたる
 一六四 あしびきの山のさくらもみつゆかじこのたびえたるくつのをしさに
    おもふきみにあひやなりたりけむ、まゆみいむとてはりまぢへくだりて、
    かへりて
 一六五 はりまのやしかまのいちにそめかすし我がちにこそ君をこひしか
    といへば、思ふきみ
 一六六 わがためは君が心もあさみどりそら事がちのことなきかせそ
    いまはあまりになりて、いひおこす
 一六七 山ふかくわがみはいりていにしつきおもひいづるはなみだなりけり
    かへす
 一六八 おもひいづる心にかなふなみだもているともやまはふかからじはや
    あるやむごとなきところのあたりにてかぜにわづらふに、
    ゆゆでするにかたびらこへば、
     いみじきしなののふるきかたびらをおこせたり、かへすとて
 一六九 かへしやるみちにほどふるから衣ここの物ぞと人もこそみれ
    兼盛するがのかみなりけるとき、そのくになりけるをとこの、
    きよみがせきといふところにまた人まうけて、このめのもとに
    いかざりければ、かくなんあるとかみにうれへたりければ、かみかねもり
 一七〇 よこばしりきよみがせきに人すゑていづてふことはながくとどめつ
    をんなにかはりて
 一七一 せきすゑぬそらに心のかよひなばみをとどめてもかひやなからん





 重之が下巻
 
    大にのかかるうた、もりにけり
 一七二 ふなぢにてくさのまくらもむすばねばおきながらこそゆめはみえけれ
    大弐つねにうたよませけり、つづみのたきを
 一七三 おとにきくつづみのたきをうちみればただ山がはのなるにぞありける
    つづみのたきはこれにまさりてよむ人あらじ、されどただにやはとて
 一七四 山川はわかるるふえのあればこそつづみのたきにあわもまふらめ
    すみやけに、はる
 一七五 はるくればまづぞうちみるいそのかみめづらしげなき山だなれども
    かすがのを
 一七六 やかずともくさはもえなんかすがのをただはるのひにまかせたらなん
    あるやむごとなきをんなに、むかし
 一七七 はるのあめにしのふることぞまさりける山のみどりもいろにいでにけり
    夏
 一七八 わがさとにまづなき(あけ)たたばうつせみのむなしきねをもなきくらすかな
    またここにて、ためちかしまめぐりにきて、いみじかりける所を
    みせずなりにけることとて、うたよめりけれど、わすれてかかず
 一七九 いそなつむあまのみるめもあるものを君がふなでにおくれてぞおもふ
    みちのくにのかみさねちか、ある人のおやにおくれたるをとひに
    おこせて、きぬわたなど、こをつくりていれておこせたり
 一八〇 はぐくみし君をくもゐになしてよりおほはらをこそたのむべらなれ
    いふべき事あらばいへとあれど、こちかぜをぞたのむといへばなるべし、
    かへるはるにあひて
 一八一 ふくかぜも今日はのどかになりにけりものおもふほどにはるやいぬらん
    又、はる、つかさめしをおもひやりて
 一八二 はるごとにわすられにけるむもれぎを(は)花のみやこをおもひこそやれ
    あるやむごとなきところにめせばまゐりたり、昔にならひて
    おまへにいでたれば、なにごともなくてかへさるるにつけてきこゆ
 一八三 あまのはらわたる千どりのはねたゆみきしをかはともみてかへるかな
    あるをんなに、あき
 一八四 むしのねのかなしきのべのはなすすきこちふくかぜにうちなびかなむ
    五月ばかりに、さまうつくしきわらはの、かうのうすやうにせみのもぬけを
     つつみてもてきて、人にさしとらせてうせぬ、よろづにおもへどえしらぬを、
     もしひととせのなつごろいきたりし人こそ、
     よしなくはみえしかとおしはかりていひやる
 一八五 いにしへの夏きにければうつせみのそれからおともするにぞありける
    みちのくにのかみのははぎみに、いひはじめに
 一八六 ささがにのいとすぢならばあらぬみの(を)くものよそにはおもひはなちそ
    又、こせしの君のらうにて、くものてひとつおちたるが、二三日までうごくを
 一八七 ささがにのくものはたてのうごくかなかぜをいのちにおもふなるべし
    斎宮の女御うちにおはせしむかし、あるたちはきのをさ、
    承香殿のにしのつまどに立ちよれり、少納言といふ人、
    いとくちとくものをかしくわかよむ、このきみたちも人に物いひかけよ
    といひよりて、まづいかがいはんとおもふとて
    そでとりかはしたり、たれにととへば、みなもとのこたへず、
    おなじきなのらずといふ、いろにおもふ、をとこ
 一八八 こゆるぎのいそのなのりそなのらねどそこばかりをぞさぐりしりたる
    をんな、さればよといひて、ききもはてぬに
 一八九 いそなつむあまならばこそわたつうみのそこのものめくこともゆるさめ
      といひつつぞとしへける
    又、なみたつをみて
 一九〇 ふくかぜに色立ちまさるふぢなみはきしになりてやかずはをるらん
    はる、なにごとをおもひけるにかありけん
 一九一 いにしへをおもふなみだのはるさめは我がたもとにぞわきてふりける
    もろともにほかへいかんといひちぎりて、ふと一人いぬるによみてやる
 一九二 ゆくはるに立ちおくれぬと春がすみおもはぬやまをなげきつるかな
    法しの事このむが、うたのかへしを心おそくすれば
 一九三 くちなしや君がそのにはしげるらんいろめくなるをいらへせじとや
    又、法しに
 一九四 ゆくさきをおもふなみだのしるべにてはちすのいけをたえぬばかりぞ
    又
 一九五 はなをのみはるの宮にてをりしかばおもひいでてうぐひすぞなく
 一九六 いにしへのこひしき人もみえぬにははなのゆかりにあひみつるかな
    桃の花すける人の、うちゑひてあるをみて
 一九七 人しれずすくとはきけどもものはな色にいでては今日ぞみえける
    大弐の御手本
 一九八 としごとにえださすまつのはをしげみ君をぞたのむ露なもらしそ
    たけくまのまつ、一もとかれにけり
 一九九 たけくまのまつも一本かれにけりかぜにかたぶくこゑのさびしさ
 二〇〇 としをへてたれをまつとかたけくまのときはにのみはいでてたてらん
    かりのやどりにやりみづをして心をやれど、いにしへのにはにずやありけむ
 二〇一 ゆくみづに心をそへてやりをれど昔まつにはなみもかへらず
    うぐひすもなかずかすみもたたぬはるあやしとて、心のどかなるところに
    おはせといひやる人のおそかりければ
 二〇二 うぐひすのこゑのつかひもまだこねばおもひぞたたぬはるのかすみを
    そねのよしただが、但馬にて、いつしの宮にて、
    なのりそといふものをよめといへば
 二〇三 ちはやぶるいつしのみやの神のこまゆめなのりそよたたりもぞする
 二〇四 あか月のまがきにみゆるあさがほはなのりそせまし我にかはりて
    故右大臣殿に、さそふにゆみそへてたてまつるとて
 二〇五 みちのくに(おく)のあ立のまゆみひくやとて君にわがみをまかせつるかな
    こみちのくにのかみ、せきかそなくていれりとてかへしたぶに、よみてまうす
 二〇六 こぞのはるせきにとまるとしらませばことしははなものどけからまし
    かへし
 二〇七 花みにはゆるしぞせまししらかはのみづならばこそせきによどまめ
    平野のまつりにもろともにまうづるに、一尺ばかりのまつたてるを、
    まひこめたり
 二〇八 ちよのこもれる心ちこそすれ
      とかみのいふ
    おきな
     ふたばなるひらののまつを今日みれば 
    はこがたのいそにて、京にのぼるに
 二〇九 しらかはのせきよりうちはのどけくていまはこがたのいそがるるかな
    みちのくのくににて、このかくれたるに
 二一〇 わがためとおもひおきけんすみぞめはおのがけぶりの色にぞありける
 二一一 ことのはにいひおくこともなかりけりしのぶぐさにはねをのみぞなく
 二一二 なよたけのおのがこのよをしらずしておほし立てつとおもひけるかな
 二一三 さもこそは人におとれる我ならめおのが子にさへおくれぬるかな
 二一四 なげきてもいひてもいまはかひなきにはちすのうへのたまとだになれ
    時かくがむすめに、をとこしたりといふころ
 二一五 よにふれば心のほかにあくがれて君が立つなをよそにこそきけ
    かへし
 二一六 人なれぬみづのみまきのこまなれや立つなもさらにあらじとぞおもふ
    あづまへくだるに、みののくにときのこほりにて
 二一七 たび人のわびしき事はくさまくらゆきふるときのこほりなりけり
 二一八 あづまぢの(に)ここをうるか(ま)といふことはゆきかふ人のあればなりけり
    夏の日(よ)のみじかきことを人人いふ、あすはいつかの日になるべければ
 二一九 夏のよのみじかきこともつらからずあすのあやめにあはんとおもへば
    あきのよ月をみて、かりなきわたる
 二二〇 月影をまつらんさともあるものをかりのはかぜのぬるくきこゆる
    たちはきのをさみなもとの重之、卅日のひをたまはりて、うた百よみて
    たてまつらんときはたばんとおほせられければ、たてまつる
    春廿、夏廿、秋廿、冬廿、恋十、うらみ十
 二二一 よしの山みねのしらくもいつきえてけさはかすみの立ちかはるらん
 二二二 なにはめにおひいづるあしのほどみればかずしらぬよぞおもひやらるる
 二二三 冬はいかにむすべるたきのいとなれや今日ふくかぜにとくるおとする
 二二四 めづらしく今日しもかりのむれゐるはいけのこほりやうすくなるらん
 二二五 かすがのにむれ立つきじのはねおとはゆきのきえまにわかなつめとや
 二二六 春立ちてほどはへぬらししがらきの山はかすみにうづもれにけり
 二二七 ときはなるみねのまつばらはるくともかすみたたずはいかでしらまし
 二二八 今日きけば井でのかはづもすだくなりなはしろみづをたれまかすらん
 二二九 はるの日のうらうらごとにいでてみよなにわざしてかあまはくらすと
 二三〇 かぜにのみまかせてはみじむめのはなをりてたもとにかをもうつさん
 二三一 いづれをか色ともわかん春たちてちりこしむめにおもなれにけり
 二三二 うぐひすのおのがはかぜにちるはなをのどけくみんとたのみけるかな
 二三三 をさなくぞはるしもとふとおもひけるはなのたよりにみゆるなりけり
 二三四 うぐひすのなくこゑをのみたづぬればはるさくはなは我のみぞみる
 二三五 わがやどやはなのさかりになりぬらんみちゆく人の立ちとまるかな
 二三六 あをやぎのいとをみぎはにそめかける春のかぜにやなみはよるらん
 二三七 はなざくらつもれるにはにかぜふけばふねもかよはぬなみぞ立ちける
 二三八 春の日はゆきもやられず川づなくさほのわたりにこまをとどめて
 二三九 みだえせぬ井での山吹かげみれば(ど)色のふかさもまさらざりけり
 二四〇 夏にこそさきかかりけれふぢのはなまつにとのみもおもひけるかな
    夏廿
 二四一 花色にそめしたもとのをしければ衣かへうき今日にもあるかな
 二四二 なつぐさはむすぶばかりになりにけりのがひのこまやあくがれにけん
 二四三 かけてだにあふひときけばちはやぶるわがねぎごとのしるしあるかな(も)
 二四四 うのはなのさけるかきねはやどりせじねぬにあけぬとおどろかれけり
 二四五 山しろのよどのこぐさをかりにきてそでぬれぬとはうらみざらなん
 二四六 はつこゑのきかまほしさに郭公よぶかくめをもさましつるかな
 二四七 なつかりのをぎのふるえももえにけり
          うもれ(むれゐ)しとりはそらにやあるらん
 二四八 春まきし山田のなへはおひにけりもろてに人はひきもうゑて(な)む
 二四九 我がみこそそほちまさらめさみだれのおなじたまとはおもはざらなん
 二五〇 さ月山ともしにみだるかり人はおのがおもひにみをややくらん
 二五一 夏のよはありともみえぬむしなれどあきはたそらにありとききてむ
 二五二 たびびとのたぐひとみつるほたるこそつゆにもきえぬひかりなりけれ
 二五三 わがてにもなつはへぬとやおもふらんあふぎのかぜのいまはものうき
 二五四 くさのはもうごかぬなつのてる日にもおもふ中にはかぜぞふきける
 二五五 うつせみのむなしきからはおともせぬ(ず)たれにやまぢをとひてこえまし
 二五六 こゑきけばおなじゆかりのむしなれやひぐらしにこそせみもなきけれ
 二五七 さをしかのかよふもみえぬなつぐさもかれにたりとはおもはざらなん
 二五八 夏草のしげきをわけし君なれどいまは心にあきぞきにける
 二五九 あきかぜはふきぬとおとにききてしをさかりにみゆるとこなつのはな
 二六〇 ゆきなれぬみちのしげさに夏ぐさのあか月おきは露けかりけり
    秋廿
 二六一 あきくれどなつのころももかへなくにありしさまにもあらずなりゆく
 二六二 あまのがはみづまさりつつひこぼしはかへるあしたになみやこゆらん
 二六三 たなばたのわかれしひよりひこぼしはまことにさむくなりまさるなり
 二六四 おともせでおもひにもゆるほたるこそなくむしよりもあはれなりけれ
 二六五 待つ人の影はみえずてあきやまの月のひかりぞそでにいりぬる
 二六六 あきかぜは昔の人にあらねどもふきくるよりはあはれといはるる
 二六七 おぼつかなこゆる山べのとほければひぐらしのねにやどりをぞとる
 二六八 をぎのはにふくあきかぜをわすれつつこひしき人のくるかとぞみる
 二六九 あきかぜのふかぬ日だにもあるものをこよひはいとど人ぞこひしき
 二七〇 なくしかのこゑきくからにあきはぎのしたばこがれてものをこそおもへ
 二七一 あきのよの有あけの月にひろへどもくさばのたまはたまらざりけり
 二七二 あはれをもしらじとおもへどむしのねの心よわくもなりぬべきかな
 二七三 秋風はたびのそらにもふきぬらんせこが衣をかへすらんやぞ
 二七四 しら露のおくてのいねもいでにけりかりくるかぜはむべもふきけり
 二七五 なとりがはやそせのなみぞさわぐなるもみぢやよりていとどせくらん
 二七六 あきかぜにしほみちくればなにはめは(の)あしのはよりやふねはゆきかふ
 二七七 しらくものおりゐる山のからにしきかさねてあきのきりぞ立ちける
 二七八 かぜさむみやどへかへればはなすすきくさむらごとにまねくゆふぐれ
 二七九 しら露のおきけるきくををりつればたもとぬれてぞいろまさりける
 二八〇 山しろのとばのわたりをうちすぎていなばのかぜにおもひこそやれ
    冬廿
 二八一 もみぢばののこれるえだにおくしものしばしのほどをうらむべしやは
 二八二 あさぢふにけさふくかぜはさむくともかれゆく人をいまはたづねじ
 二八三 さむからばよるはきてねよみやまよりいまはこのはもあらしふきつつ
 二八四 みづとりのはにおくしものさむきをばたれになれてかけつべかるらん
 二八五 ちはやぶるをみのかざせるひかげにもとけずてしものよるむすぶかな
 二八六 しものうへにけさふるゆきのさむければ人をかさねてつらしとぞおもふ
 二八七 あしのはにかくれてすみしわがやどのこやもあらはに冬ぞ(は)きにける(り)
 二八八 わがやどに今日ふるゆきのきえざらばいつしかはるをまたれましやは
 二八九 ふるゆきにぬれきてほさぬわがそでをもこほりながらあかしつるかな
 二九〇 冬くればつららにみゆるいし山のこほりはかたきものとしらなん
 二九一 ふるさとのかさねのゆきしふかければかよひしあともみえずぞ有りける
 二九二 しなのなるあさまの山のあやしきはゆきとぞきゆる火やはもえやむ
 二九三 たく人もあらじとおもふふじのやまゆきの中よりけぶりこそたて
 二九四 今日みればあまのをぶねもかよひけりしほみつうらはこほらざるらし
 二九五 あふみなるやすのいりえにさすあみのこほりをいをとけさぞみえける
 二九六 しなのなるいなにはあらずかひがねにふりつむゆきのとくるほどまで
 二九七 かずしらずかづくときけどわたつうみのあまの衣はさむげなるかな
 二九八 としをへてゆきふりうづむしらやまのかかれるくもやいづこなるらん
 二九九 山のうへをよそにみしかばしらゆきはふりぬる人のみにもきにけり
 三〇〇 ゆきつもるおのがとしをばしらずしてはるをばあすときくぞうれしき
    恋十
 三〇一 こひしさをなぐさみがてらすがはらやふしみにきてもねられざりけり
 三〇二 おもひやるわが衣ではなにはめのあしのうらばのかわくよぞなき
 三〇三 かぜをいたみいはうつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな
 三〇四 うちとくるよこそなからめ人しれずむすぶばかりにあらぬよぞなき
 三〇五 まつしまのいしまのいそにあさりせしあまのそでこそかくはぬれしか
 三〇六 よどのつとみまくさがりにゆく人もくれにはただにかへるものかは
 三〇七 そのはらやふせやにとづくかけはしのたがためにかは我はわたしし
 三〇八 つくばやまさやましげ山しげけれどおもひいるにはさはらざりけり
 三〇九 なとりがはわたりてつくるをしまだをもるにつけつつよがれのみする
 三一〇 あらなみのまがきのしまに立ちよればあまこそつねにたれととがむれ
    うらみ十
 三一一 たかさごのをのへのまつのわれならばよそにてのみはたてらざらまし
 三一二 みづのうへにうきたるあはをふくかぜのともにわがみもきえやしなまし
 三一三 うしとおもふ心にけさはきつれどもたそかれどきはむなしがらせじ
 三一四 みさごゐるあらいそなみぞさわぐらししほやくけぶりなびくかたみゆ
 三一五 衣がはみなれし人のわかるればたもとまでにぞなみはよせける
 三一六 きさかたやなぎさに立ちてみわたせばつらしとおもふ心やはゆく
 三一七 いそはみなしほみちくれどにほどりのなみの中にぞ夜るもねぬべき
 三一八 いにしへはなみをりきといふまつ山や(に)おもひかれたるえだもなきかな
 三一九 たけくまのはまべにたてるまつだにも我がごと一人ありきとやみる
 三二〇 みなかみに人のみわたるみづなれば心によくもたのまれぬかな
    いはひ
 三二一 としごとにおひそはるてふやそしまのまつのはかずは君やしるらん
 三二二 やそしまのまつのはずゑをかずへつついまゆくすゑのほどはしるらん
 三二三 えだわかぬはるにあへどもむもれ木はもえもまさらでとしへぬるかな

 源重之集

  

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 素性集解題】〔9素性解〕新編国歌大観巻第三-9 [西本願寺蔵三十六人集*]

 素性集は、
  (一)西本願寺本系
  (二)冷泉家本系
  (三)尊経閣文庫本系
  (四)正保板本歌仙家集本系

の四系統に大別される。底本とした西本願寺本の歌数は六五首であるが、誤脱とみられる歌一首ふしておもひおきてかぞふるよろづよは神ぞしるらんわがきみのためがある。
西本願寺本によって素性集の構成を概観すると、次の四群に分けることができる。

(1)一~二九までの歌群――古今集・後撰集の歌を主とするが、よみ人しらず・作者相違の歌を含む。
(2)三〇~三五までの歌群――出典不明の歌であるが、これらのなかには新古今集・続後撰集などの勅撰集に採られている歌がある。
(3)三六~五六までの歌群――古今集・後撰集・拾遺集の歌を主とするが、よみ人しらず・作者相違の歌を含む。
(4)五七~六五までの歌群――五七~六二までは宮滝御幸記によったとみられる歌、六三・六四の二首は出典不明、六五は作者相違の歌である。

 このような西本願寺本の配列・構成に近いのは冷泉家本であるが、配列順序に相違があり、収める歌に出入りがあるという点で異なる。その総歌数も六八首あるが、重出歌三首を含むので、歌数としては六五首になる。
尊経閣文庫本の配列・構成は他の諸本と異なり、特に巻末の増補部分は独自である。すなわち、西本願寺本の末尾に付された増補部分(前出(4)の歌群)がなく、他本には見られない三首が付されている。
その総歌数は六〇首であるが、重出歌一首を含み、歌数としては五九首となる。歌仙家集本の配列順序も西本願寺本と異なり、収める歌にも出入りがあるが、末尾の増補部分(前出(4)の歌群)は冷泉家本・歌仙家集本ともに西本願寺本と同様である。ただし、歌仙家集本では、その末尾にさらに追補された部分があるのと、中間部に増補された部分があって、いずれも他の諸本にない歌を収めて九九首あることが構成上の特徴となる。

 底本の本文についての校訂は左のとおりである。( )に底本の形を示す。

 *一九歌「こそ(こに)」*三三歌「かたみ(たかみ)」*三九歌「ふくかぜに(ふくかせの〔に〕)」*四一歌「きみがよ(きみか)」*四五詞「かへで(かつら)」
 *四六歌「すみけり(すきけり)」*五〇歌「みなとには(みなせかは)」*五九歌「あはれあはれと(あはれ)」「みて(みえ)」*六三詞「ところ(とこゝろ)」*六五歌「ふきあげのはま(はま)」

 素性は、桓武天皇の子良岑安世の孫であり、遍昭(良岑宗貞)の子である。生没年未詳であるが、承和一一年(八四四)頃生まれ、延喜一〇年(九一〇)頃没したかと推定される。
幼少の頃出家しているが、僧としてよりは歌人としての活躍が著しく、その時期は貞観時代にはじまり延喜時代に及ぶ。
したがってその生涯は六歌仙時代から古今集撰者時代にわたっており、和歌においても時代の橋渡し役を担ったという点で注目される。古今集に三六首入集する。
 (蔵中スミ)
 
 素性集】65 新編国歌大観巻第三-9 [西本願寺蔵三十六人集*] 


   きにゆきのふりかかりたるに
  一 はるたてばはなとやみらむしらゆきのかかれるえだにうぐひすぞなく

   むめの花をりて人のがりやる
  二 よそにのみあはれとぞみしむめのはなあかぬいろかはをりてなりけり

   寛平御時中宮歌あはせに
  三 ちるとみてあるべきものをむめの花うたてにほひのそでにとまれる
  四 はなのきはいまはほりうゑじ春たてばうつろふいろにひとならひけり
  五 われのみやあはれとおもはむきりぎりすなくゆふぐれのやまとなでしこ
  六 こよひこむひとにはあはじたなばたのひさしきほどにあえもこそすれ
  七 むめのはなをればにほひぬわがそでににほひがうつせいへづとにせむ

   山ざくらを見はべし
  八 見てのみや人にかたらむやまざくらてごとにをりていへづとにせん
  九 みわたせばやなぎさくらをこきまぜてみやこぞはるのにしきなりける
 一〇 まてといふにちらでしとまるものならばいかにさくらをおもひまさまし
 一一 はなちらすかぜのやどりはたれかしるわれにをしへよゆきてうらみむ
 一二 さくら花ちくさながらにあだなれどたれかははるををしみはてたる

   朱雀院帝御とき(も)にきたやまにまかりて
 一三 いざけふははなのみやまにまじりなむくれなばなげのはなのかげかは

   春うたよめと人のいひはべりければ
 一四 いつまでかのべにこころのあくがれむはなしちらずはちよもへぬべし

   うぐひすのなきける
 一五 こづたへばおのがはかぜにちるはなをたれによそへてここらなくらむ

   仁和寺中将みやすどころのいへに歌あはせしはべらんとせしときに
 一六 をしとおもふこころをいとによられなむちるはなごとにぬきてとどめむ
 一七 おもふどちはるのみやまをうちむれてそこともしらぬたびねしてしか

   ほととぎすのはじめてなくを
 一八 ほととぎすなくこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた
 一九 いその神ふるきみやこのほととぎすこゑばかりこそむかしなりけれ
 二〇 ぬししらぬかこそにほへれあきののにたがぬぎかけしふぢばかまぞも
 二一 かがみやまやまかきくもりくもれどももみぢあかくぞ秋はみえける

   天皇の宮たき御らんじおはしましたる御ともにさぶらひてたきを
   だいにてつかまつれる
 二二 あきやまにまどふこころをみやのたきたぎつしらあわに今日やはてなむ

   延喜の御時はやまゐるべしとつかはしたりければ、すなはちまゐ
   りておほせごとたまはれる人のもとに
 二三 もち月のこまよりおそくもりつればたどるたどるぞやまはこえつる
 二四 いまこんといひしばかりにながづきの有あけのつきをまちいでつるかな
 二五 秋風に山のこのはのうつろへば人のこころもいかがとぞおもふ
 二六 そこひなきふちやはさわぐやまがはのあさきせにこそあだなみもたて
 二七 たよりなみたよりはおきにこぎいでなむよるべきもとにたよりだになし
 二八 おもふともかれなむひとをいかがせんあかでちりぬるはなとこそみめ

   寛平御時屏風のまへのひらに
 二九 わすれぐさなにをかたねとおもひしはつれなき人のこころなりけり

   三月田
 三〇 山だすき春のたねをばまきしかどあきたつみにはならじとぞおもふ
 三一 あふことのかたのなみだにそでひちぬあまのたくひはむねにもゆれど
 三二 うゑてみるまつとたけとのすゑのよは千とせゆきふるいろもかはらず
 三三 あふことのかたみのたねをえてしかな人はたゆともみつつしのばむ
 三四 わすれなむのちしのべとぞうつせみのむなしきからをそでにとどむる
 三五 しきたへのまくらをだにもかさばこそゆめのたましひしたこがれせめ
 三六 山ぶきの花色ごろもぬしやたれとへどこたへずくちなしにして
 三七 かすがのにわかなつみつつよろづよをいはふこころは神ぞしるらむ
 三八 いづこにかよをばつくさむこころこそのにもやまにもまどふべらなれ
 三九 ふくかぜにあとらへつくるものならばこのひとえだはよきよといはまし
 四〇 いざさくらわれもちりなむひとさかり有りなばうきめ人にみえなむ







   みづのをのみかどのかくれたまへる、をさめたてまつりてかへる
   さのはらへに、しらかはに人人のしはべしに
 四一 ちのなみだおちてぞたぎつしらかははきみがよまでのなにこそ有りけれ

 四二 よろづよをまつにぞきみをいのりつる千とせのかげにすまむとおもへば
 四三 いにしへに有りきあらずはしらねどもちとせのためしきみにしらせん

   きた山にまかりたるに
 四四 もみぢばはそでにかきいりてもてでなむあきはかぎりとおもふ人のため

   天皇の寺めぐりしたまふみちにて、かへでのえだををりて
 四五 このみゆきちとせをかへであらぬかなかかるやまぶしときにあふべく

   さきの斎院のきさき御ぐしおろしておこなはせたまひけるときに、
   この院のなかじまのまつをけづりてかきつけはべる
 四六 おとにきくまつがうらしまみつるかなむべもこころあるあまはすみけり

   あふさかにあふずちしてすみはべるときにゆききの人を
 四七 これやこのゆくもとまるもわかれてはしるもしらぬもあふさかのせき

   朱雀院御時あるかせたまふ御ともにつかまつりて、たむけやまといふところにて
 四八 たむけにはつづりのそでもきりつべしもみぢにあけるかみやかへさん

   延喜御時御屏風
 四九 あらたまのとしたちかへるあしたよりまたるるものはうぐひすのこゑ

   二条のきさきの東宮のみやすどころときこえしとき、御屏風にた
   つたがはにもみぢながれたるかたかけるを
 五〇 もみぢばのながれてとまるみなとにはくれなゐふかきなみぞたちける
 五一 ぬれてほす山ぢのきくのつゆのまにいかでかちよをわれはへにけむ

   故いづみの大将四十の賀の屏風歌人人よみしに
 五二 ゆふぐれはにほふくさきのなければやちりと見えにしもみぢとまれる
 五三 おとにのみきくのしらつゆよるはおきひるはおもひにたへずけぬべし
 五四 秋風のみにさむければつれもなき人をぞたのむくるるよごとに
 五五 はかなくてゆめにも人をみつるよはあしたのとこぞおきうかりける

   花山にてさけたべけるをりに
 五六 山もりはいはばいはなむたかさごのをのへのさくらをりつくしてむ

   たつたやまこゆるほどにしぐれふる
 五七 あめふらばもみぢのかげにかくれつつたつたのやまにやどりはてなむ

   りうもんよりたまへりけるに
 五八 くもとみえひをまどはすはながれでしたき(つ)のかどよりきけるみづかも
 五九 山をのみあはれあはれとみてくればけふひぐらしのことくさにせむ

   しまのかみ、やたがらすをだいにてうたたてまつれとおほせあれば、
   やたがらすをくのかみにすゑ、たびの歌よむ
 六〇 山べこしたびのくもまのかりがねのらうたくもあるかかすみかはかみ

   天皇かりせさせたまふとてかうちのくににやどらせたまふ、まか
   りかへりなむとまうすををしませたまひて、そせいがあだなをば
   よしよりとつけさせたまふ、御
 六一 たびにいでてねしとこごとにいひこしをよしよりおもへこころくだけぬ

   さべき人人あれどかかず
 六二 あめよりもたもとなきみとなりぬべしたえぬなみだにくちぬべければ

   屏風ゑにゆきふれるところあり
 六三 しらゆきとみはふりぬれどあたらしきはるにあふこそうれしかりけれ
 六四 春とのみかぞへこしまにひとともにおいぞしにけるきしのひめまつ
 六五 秋風のふきあげのはまのしらぎくははなのさけるかなみのよするか

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 興風集解題】〔10興風解〕新編国歌大観巻第三-10 [書陵部蔵五〇一・一一五]

 興風集は、
  (一)西本願寺本系
  (二)歌仙家集本系
  (三)伝坊門局筆本

の三系統に分けられる。これらのうち、西本願寺本は、「寛平御時中宮歌合に はるかぜははなのあたりをよきてふけこころづからやちりけると見む」にはじまり、歌数は五七首である。集の前半二八首目までには古今集・後撰集の歌の他に新古今集の歌一首を含み、後半の二九首には新古今集・続後撰集の歌を含む。歌仙家集本の歌数は五二首であって、「寛平の御時の中宮の和歌合に 咲く花は千種ながらにあだなれど誰かは春を恨み果てたる」にはじまり、末尾に「他本歌」一首を付す。「伝俊頼筆興風集切」(断簡)の歌の配列はこの系統に属し、御所本三十六人集所収の興風集(五一〇・一二)もこの系統である。歌の配列が歌仙家集本に近く、さらに増補されている伝坊門局筆本の歌数は六六首であるが、歌仙家集本との著しい相違は一五番の歌の詞書に見られる。左のごとくである。

  みやづかへびとをとらへてはべりしに、ひきすゑしていりはべりにしかば、かたみにもをとりてはべりし、かへしはべりとて(伝坊門局筆本)
  おやのまもりけるむすめを、いとしのびてあひて物いひけるほどに、おやのあふといひければ、いそぎていりにける、そのもかへすとて(歌仙家集本)

 西本願寺本のこの箇所の詞書は歌仙家集本と同じであるから、これは伝坊門局筆本系にのみ見られる詞書ということになる。

 ここに底本とした書陵部本(五〇一・一一五)は、この伝坊門局筆本にさらに九首が追補されたものである。この本では、伝坊門局筆本にある「こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべきはるかは」を欠いているので、歌数は七四首である。五四・五五番の二首は西本願寺本・歌仙家集本にはなく、ここまでを第一部の構成とみれば、五六番から六五番までを第二部とすることができる。第二部においては重出歌の多いことが目だつ。追補された第三部には、六六番から七〇番までに延喜一三年(九一三)の亭子院歌合の歌が見られる。

 底本の本文は次の二箇所で校訂を行なっている。( )に底本の形を示す。

 *五一歌「はふらさじ(はふかさし)」*五三歌「あざむかるらん(あさむかならん)」

 藤原興風は生没年未詳。京家藤原氏から出、歌経標式の作者浜成の曾孫、正六位上相模掾道成の子である。昌泰三年(九〇〇)相模掾となり、正六位上治部丞に至る。勅撰集に三八首入集するが、古今集に最も多く一七首入集している。寛平御時后宮歌合・亭子院歌合など、寛平から延喜の時代にかけて催されたいくつかの歌合において歌人としての活躍がみられる。また、管絃をよくし琴にすぐれていたという。
  (蔵中スミ)
 
 興風集74首 新編国歌大観巻第三-10 [書陵部蔵五〇一・一一五]  


   寛平の御時きさいの宮の歌合
  一 はるかぜは花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふとみむ
  二 さく花はちくさながらにあだなれどたれかははるをうらみはてつる
  三 春がすみいろのちくさにみえつるはたなびく山のはなのかげかも
  四 こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべきはるかは
  五 契りけんこころぞつらきたなばたのとしにひとたびあふはあふかは
  六 しらなみに秋の木の葉のうかべるをあまのながせる舟かとぞみる
  七 うらちかくふりくる雪はしら浪のすゑのまつ山こすかとぞみる
  八 しぬるいのちいきもやするとこころみにたまのをばかりあひみてしかな
  九 きみこふるなみだのとこにみちぬればみをつくしとぞわれはなりける

   おなじ御時に、うたたてまつれとおほせられければ、たつたがは
   もみぢばながるといふうたかきて、のちにおなじ心を
 一〇 み山よりおちくるみづの色みてぞ秋はかぎりとおもひしりぬる
 一一 をるからにわがなはたちぬをみなへしいざおなじくは花ごとにみむ
 一二 秋のののつゆにおかるるをみなへしはらふ人なみぬれつつやふる
 一三 をみなへし花のこころのあだなれば秋にのみこそあひわたりけれ

   さだやすのみこのきさいのみやの、五十の賀たてまつりたまうけ
   る時の御びやうぶのゑに、さくらのはなみたるところに
 一四 いたづらにすぐる月日はおほかれどはなみてくらすはるぞすくなき

   宮づかへ人をとらへて侍りしに、ひきすゑしていりはべりにしか
   ば、かたみにもをとてはべりし、かへしはべりとて
 一五 あふまでのかたみとてこそとどめつれなみだにうかぶもくづなりけり
 一六 うらみてもなきてもいはんかたぞなきかがみにみゆるかげならずして
 一七 なにかそのなきなたつとてをしからんしらでまどふはわれひとりかは
 一八 このはちるうらにたつなみ秋なればもみぢにはなもさきまざりけり

   寛平の御時、花の色はかすみにこめてといふ心を、よみてたてま
   つれとあるに
 一九 山風のはなのかかどふふもとにははるのかすみぞほだしなりける
 二〇 うすきこきいろはわけども花といへばひとつかほにもみえわかぬかな
 二一 きつつのみなくうぐひすのふる里はちりにしむめの花にぞ有りける
 二二 山里ははるのかすみにとぢられてすみかまどへるうぐひすぞなく
 二三 あかずしてすぎゆくはるにただぢあらばことしばかりのあとはよかなん
 二四 あらし吹くやまのふもとにふる雪はとくちるむめのはなかとぞみる
 二五 なつの夜の月はほどなくあけながらあしたのまをぞかこちよせつる
 二六 なつの月ひかりをしまずてるときはながるるみづにかげろふぞたつ
 二七 むつまじくかこひへだてぬかきつばたたがためにかはうつろひぬらん
 二八 やまの井はみづなきごとぞみえわたる秋のもみぢのちりてかくせば
 二九 しらなみにおりかけあまのこぐ舟はいのちにかふるみるめかりにか
 三〇 ゆめをだに人のおもひにまかせなむみるはこころのなぐさむものを
 三一 みをもかつおもふものからこひといへばもゆるなかにもいりぬべきかな
 三二 山がはのきくのしたみづいかなればながれて人のおいをせくらん
 三三 あたらしくわれのみやみん菊のはなうつらぬさきにこむ人もがな
 三四 おほぞらの月のひかりをあしがらの山のこなたは秋にぞありける
 三五 なみだがはそこはかがみときよけれどこひしき人のかげもみえぬも
 三六 をとこ山みねのもみぢのちりにしをてりてぞみゆるしきにしければ
 三七 うらちかくたつ朝ぎりはもしほやくけぶりとのみぞあやまたれける
  





 三八 つくばねのかげにおひにしさとなればひかりのおふるものとだにみず
 三九 霜のうへにあとふみとむるはまちどりゆくへもなしとなきのみぞする
 四〇 こひしともいまはおもはずたましひのあひみぬさきになくなりぬれば
 四一 あへりとも心もゆかぬゆめぢをばはかなきものとむべもいひけり
 四二 なげきこるをののひびきのきこえぬは山のやまびこいづちいにしぞ
 四三 あひみてもかひなかりけりむばたまのはかなきゆめにおとるうつつは
 四四 あしたづのいづれのあさかなかざらんおもふ心のゆかぬかぎりは
 四五 夢にだにあひみぬながらきえねとやこひしきことをただしらせてん
 四六 なきわびて身をうつせみとなりぬればうらむることもいまぞきこえぬ
 四七 わびぬればしひてわすれんとおもへども夢てふものぞ人だのめなる
 四八 うきてぬるかものうはげにおくしものきえてものおもふころにも有るかな
 四九 こぼれてもあればたとへてなぐさめしながらのはしもいまはきこえず

 五〇 こひしきにみもなげつべしなぐさむることにしたがふ心ならねば
 五一 みはすてつこころをだにもはふらさじつひにはいかがなるやとをみむ
 五二 誰をかもしる人にせむたかさごのまつもむかしの友ならなくに
 五三 うぐひすはあざむかるらんしら雪のはなとみゆまでえだにふれれば
 五四 秋ふくはいかなる色のかぜなればみにしむばかりあはれなるらん
 五五 つねの秋はくさのはにのみおく露をことしは袖のうへにみるかな
 五六 はるがすみたなびく山のわかなにもなりみてしかな人もつむやと
 五七 をるからにわがなはたちぬをみなへしいざおなじくはたちよりてみむ
 五八 我が恋はしらむとならばたごのうらにたつらんなみのかずをかぞへよ
 五九 おもひにはきゆるものぞとしりながらけさしもなににおきてきつらん
 六〇 なにかそのなのたつことのをしからむしりてまどふはわれひとりかは
 六一 このはちるそらにたつなみ秋なればもみぢにはなもさきまじりけり
 六二 しほのよるあとふみとむるはまちどりゆくへもなしとなきのみぞする
 六三 うらちかくふりくる雪はしらなみのすゑのまつ山こすかとぞみる
 六四 きみこふるなみだのとこにみちぬればみをつくしとぞわれはなりぬる

   きさいの宮のうたあはせに
 六五 しらなみの秋のこのはのうかべるをあまのながせる舟かとぞみる

   亭子院女八宮歌合に
 六六 あかずしてすぎゆくはるをよぶこどりよびかへしつときてもつげなん
 六七 みてかへる心あかねばさくらばなさけるあたりはやどやからまし
 六八 たのまれぬはなのこころとおもへばやちらぬさきより鶯のなく
 六九 ふりはへてはなみにくればくらぶ山いとどかすみのたちかくすらん
 七〇 吹くかぜにとまりもあへずちるときはやへ山ぶきのはなもかひなし
 七一 はなのちることやかなしき春がすみたつたの山のうぐひすのこゑ

   亭子院歌合
 七二 なみだがはいかなるみづにながるらむなど我が恋をけつ〔 〕のなき

   女のもとより心ざしのほどをなむしらぬといへりければ
 七三 わがこひをしらんとならばたごのうらにたつしらなみのかずをかぞへよ
 七四 おもひにはきゆるものぞとしりながらけさしもなににおきてきつらん



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 興風集解題】*31~33 1巻‐26~27 補1 私家集大成巻第一-26 [冷泉家時雨亭叢書『平安私家集十一』七十四首本]

〔底本〕
 Ⅰ※冷泉家時雨亭叢書『平安私家集 十一』所収「興風集」七十四首本(書籍版の書陵部五〇一・一一五を親本に変更)
 Ⅱ 西本願寺蔵三十六人集「おきかせ」
 Ⅲ 部類名家集切「藤原興風集」

〔書籍版解題〕
 「興風集」の伝本は次の四系統に分けられる。
 一、正保版歌仙家集本系
 二、伝坊門局筆本系
 三、西本願寺本三十六人集系
 四、部類名家集切

四の部類名家集切は性格の異なったものであるので一往除外して考えると、一・二・三の三系統となるわけだが、この三系統、実は一つの系統から発しているのである。

 まず、もっとも伝本の多い歌仙家集本系統は、総歌数五二首。ただし末尾の歌は(26興風Ⅰの宮内庁書陵部本では五八番)。

 他本歌
   女のもとより心さしのほとをなんえしらぬと申たりけれは

 [後]我恋をしらんと思はゝたこの浦に 立くる波の数をかそへよ

とあって、本来は五一首であったことが知られる。

 しかるに、宮内庁書陵部所蔵の御所本三十六人集本(五一〇・一二、新典社版の影印複製あり)では、歌仙本の巻頭歌の前に、春風ははなのあたりをよきてふけ こゝろつからやうつろふと見むをもち、第三三番目に(翻刻Ⅰの書陵部本も第三三番)、歌仙本になかった、あたらしくわれのみやみむきくの花 うつらぬさきにこむ人もかなをもつ。この「あたらしく」の歌は「躬恒集」に存する歌であり、「万代集」も躬恒の歌としてとっているので歌仙本は省いたのであろう。巻頭の歌を何らかの事情で脱落したとみるならば、この御所本(五一〇・一二)こそが歌仙家集本系「興風集」の正しい姿を伝えているということになろう。

 第二系統は、この御所本(五一〇・一二)の後に歌を増補したという見方が一般的であるが、必ずしも正しくない。配列においては一箇所だけ小異がある程度だが、翻刻した書陵部本(五〇一・一一五)の一五番の詞書は、歌仙本・御所本(五一〇・一二)では、

 おやのまもりけるむすめを、いとしのひてあひて、ものいひける程に、おやのあふといひけれは、いそきていりにける、そのもかへすとて逢まてのかたみとてこそとゝめけめ なみたにうかふもくすなりけり

とあって、「みやつかへひとをとらへてはへりしに、ひきすへしていりはへりにしかは、かたみにもをとりてはへりし、かへしはへりとて」(伝坊門局筆本)とある第二系統とは異なっているのである。

 第二系統の伝坊門局筆本は、右のような小異はあるものの、おおむね第一系統と同じペースで配列された後、「あきふくはいかなるいろの」「つねのあきはくさのはにのみ」の二首を付加する。翻刻Ⅰの書陵部本(五〇一・一一五)の五四・五五番がそれにあたるが、共に合点が加えられているのに注意したい。本来は第一系統と同じく五三番で終っていたのに末尾に二首を付したのであろう。さて、伝坊門局筆本では二行ほどあけて「二」と記した上で一一首の歌をつらねる。第二部ということである。この系統の本として翻刻した翻刻本文Ⅰの五六番から六五番がそれにあたるが、翻刻本文Ⅰの書陵部本は坊門局筆本第二部の二番目にあるこゑたえすなけやうくひすひとゝせに ふたゝひとたにくへきはるかはを欠いている。なお翻刻した書陵部本(五〇一・一一五)は一六・五㎝×一七・六㎝の枡形大和綴(列帖装)、外題は霊元天皇。鳥の子の料紙に一面一〇行、和歌二行書き。近世初期の書写である。

 第三の西本願寺本系統は総歌数五七首である。ほとんどの歌は第一系統と共通するし、配列においても第一系統に共通するところがずいぶんと多い。また前述の「あふまでのかたみとてこそ」の詞書も第一系統のそれに一致する。結論を言ってしまえば、第三系統は第一系統と祖本を同じくし、それを春夏秋冬恋雑に配列しなおしたものということなのである。ただし注意すべきは、それが二つの次元に分かれているということである。第一部は、春(一~八)夏(九)秋(一〇~一六)冬(一七)恋(一八~二六)雑(二七・二八)の二八首、第二部は春(二九~三二)夏(三三~三四)秋(三五~三九)冬(四〇)恋(四二~五二)雑(五三~五七)というように二つの部分に分かれているのである。そして、一、二の例外を除けば第一部は古今・後撰で興風作とある歌、第二部はそれ以外の歌を集めたということになる。

 同じことは、第一系統の本によれば、例外も少なくさらにはっきりと確かめられる。第一系統の一八番(翻刻Ⅰの第二系統本では一九番)の「山風のはなのかゝとふ」までが第一部すなわち古今・後撰の興風歌の集成であり、二九番から四八番(翻刻Ⅰの第二系統では五〇番)までが興風作の実証がない歌、四九~五一番(翻刻Ⅰでは五一~五三)の前二歌は古今に興風作としてあり、おそらくは後からの付加であろう。

 第三系統の西本願寺本は、このように第一系統の祖本から発したものであったが、それをも含めて、「興風集」は古今・後撰の興風の歌の抜粋編纂から始まって、付加増益を繰り返しつつ今のような形になったということが、ここにあらためて確認されるのである。

 藤原興風は生没年未詳。正六位上相模掾道成の息。昌泰三年900ごろから相模掾など下級地方官を歴任。卑官だが、寛平御時后宮歌合・亭子院歌合にも出詠、古今集に一七首もとられた有力歌人であった。弾琴の才は特にすぐれていたという。
 (片桐洋一)

〔書籍版補1〕
 「中古Ⅰ」に「28藤原興風集(部類名家集切)」として二葉二首を収めたが、さらに九葉一二首追加すべきであるので、ここに追加翻刻した。配列は部類から考えて、すべて「中古Ⅰ」既翻刻部分の後に位置するものである。なお、一一・一二番歌の一葉は「慶安手鑑」によったものである。
 (片桐洋一・久保木哲夫・杉谷寿郎)

〔新編補遺〕
 本大成中古Ⅰの刊行後、興風集の重要伝本が数多く紹介された。
   (一)定家監督書写本
 大阪青山歴史文学博物館現蔵。既に日本古典文学会から複製本が出ている。冒頭歌一行目の詞書「寛平御時きさいの宮の哥合」だけが定家の真跡で、他は側近の書写になり、それに定家が集付や校訂の筆を加えている。定家監督書写本と呼称したゆえんである。総歌数四十二首。
 一方、『古筆学大成 17』所収の伝俊頼筆「興風集切」は平安時代後期の書写にかかる点で注目される。右の定家監督書写本の親本もしくは兄弟本と思われ、定家本系統の本文が平安時代から伝存していたことが知られる。今、『古筆学大成 17』に収められている本文だけを紹介しておくと、(番号は「興風Ⅰ」の番号。一字アケは改行を示す)

     *
  三 春かすみいろのちく さにみえつるは たなひくやまの花のか けかも
     *
  九 きみこふるなみたのと こにみちぬれは身を つくしとそわれはなりぬる
  八 しぬるいのちいきもや すると心みにたまのをはか りあひみてしかな
     *
   おなし御時にふるうた たてまつれとおほせられけ れはたつたかはもみちは なかるといふ哥かきて おくにおなし心を
 一〇 みやまよりおちくるみつの いろみてそ秋ははかきりと おもひしりぬる
     *
 一三 をみなへしはなの心の あたなれは秋にのみこそ あひわたりけれ
   さたやすのさい御宮の 五十のかたてまつりたまひ(う) けるときの御屏風のゑに さくらの花みたるところに
     *
 一四 いたつらにすくすつき日は おほかれとはなみてくらす はるそすくなき
   みやつかへ人をとらへて侍 しにひきすへていり侍に しかはかたみにもをとりて はへりしかへし侍とて
 一五 あふまてのかたみとてこそとゝ めつれなみたにうかふもくつ なりけり
     *
 二七 むつましくかこひへたてぬ かきつはたゝかためにかはうつろ ひぬらん」
 二八 やまのゐはみつなき事そみえ わたる秋のもみちのちりてかくせは
 二九 しらなみにおりたつあ まのこくふねはいのちにかふ るみるめかりにか
    *
 三〇 ゆめをたに人のおもひに まかせなんみるは心のなく さむものを
 三一 身をもかつおもふものから恋 といへはもゆる中にもいりぬへき哉
 三二 山かはのきくのした水いかなれは なかれて人のおいをせくらん

のようにある。俊頼筆ではないが、定家以前、平安時代後期の書写にかかることは確かである。

   (二)坊門局筆本
 第二次大戦前に団家本『清正集・興風集』として複製本が出て知られている。俊成の娘、定家の異母姉である坊門局の真跡。冒頭から三八番歌までは(一)と同じ歌順だが、三九首目から四八首目までは(一)にない一〇首を続ける。その後の三首(四九~五二)は再び(一)と同じ。その後、さらに三首(五三~五五)が加わった形で基幹部というべき五十五首が終わる。その後、「二」として十一首を追補するが、追補部の第二首は基幹部の四番歌と重複しているいるので、これを除けば、全六十五首となる。

   (三)資経本
 冷泉家時雨亭叢書『資経本私家集 一』に影印されている。(二)の坊門局筆本の五三番歌「うぐひすは…」で終わり、他本哥

   女のもとより心さしのほとをなんえしらぬと申したりけれは

  わかこひをしらむとおもはゝたこのうらにたちくるなみのかすをかそへよ

とある。新典社から影印本が出ている『御所本三十六人集』の興風集はこの本を江戸時代前期に書写したものである。

   (四)時雨亭文庫蔵七十四首本
 冷泉家時雨亭叢書『平安私家集 十一』所収の本。為家監督書写本かと思われる鎌倉時代中期の書写。なお、旧大成の「興風Ⅰ」の底本は、江戸時代前期に霊元天皇の命によって、この本を書写したものであって、七二番歌の、

         「興風Ⅰ」            時雨亭文庫蔵七十四首本
     七二  けつ(二字分空白)のなき     けつのなき

を除いて、一致しているが、今回新編の刊行にあたっては、冷泉家時雨亭叢書所収七十四首本によった。同本は、一七・〇㎝×一六・一㎝の綴葉装(列帖装)一帖。「興風Ⅰ」の(二字分空白)は、親本に空白はないが、意が通じないので、本大成の校訂者が「(二字分空白)であるべきだ」という見解を示したのである。

 同じ冷泉家時雨亭叢書『平安私家集 十一』所収の二十一首本はこの七十四首本と同じ筆者が同じ本を二十一首まで書写して途中で中止した本である。

 ところで、本大成では「興風Ⅲ」として伝貫之筆「部類名家集切」の二葉を収めたが、『古筆学大成』の出版によって多くの切が知られるようになったので、既載の分を含めて、ここにあらためて掲載しておく(空白」は改行を表わす)。

    *
 藤原興風集
   春部
     若菜   三月尽   梅
     桜付花  款冬    鶯
   若菜
  一 はるかすみたなひくのへのわかなにもなり みてしかなひともつむやと
    *
   三月尽
    亭子院の院の[ ]六七のみこのうたあはせに
  二 あかすしてすきゆくはるをよふことりよひ かへしつときてもつけなむ
    *
      月   霧   七夕
      落葉  女郎花
   月
  三 おほそらのつきのひかりをあしからのやま のこなたはあきにそありける
    *
   霧
  四 うらちかくたつあさきりはもしほやくけ ふりとのみそみえわたりける
   水
  五 やまかはのきくのしたみついかなれやなかれ てひとのおいをせさらん
    *
   落葉
  六 このはちるうらになみたつあきくれはも みちにはなもさきまかひけり
    *
  七 しらなみにあきのこのはのうかへるをあ まのなかせるふねかとそみる
    *
   寛平御時ふるきうたゝてまつれとありけれ はたつたかはもみちはなかるといふうたを かきてそのおなしこゝろをよめりける
    *
  八 やまのはゝみちなきことそみえわたる あきのもみちのちりてかくせは
    *
  九 をとこやまみねのもみちはちりにしをてり てそみゆるしきにしけれは
    *
   雪
 一〇 あらしふくやまのふもとにふるゆきはとく ちるむめのはなかとそみる
 一一 うくひすはあさむかるらんしらゆきのはな とみるまてえたにふれゝは
   寛平の御時后宮歌合
 一二 うらちかくふりくるゆきはしらなみのす ゑのまつやまこすかとそみる
    *
   恋部
     被知    会    会後
   被知
     亭子院の女六七のみこのうたあはせに
 一三 なみたかはいかなるみつかなかるらんなと わかこひをけつときのなき
 一四 なけきこるをのゝひゝきのきこえぬはやま のやまひこいつちいにしそ
 一五 しものうへにあとふみとむるはまちとり ゆくへもなしとなきのみそする
    *
 一六 みをすてつこゝろをたにもはふらさしつひ はいかゝなるとみるへく
   老
 一七 なにをしてみのいたつらにおいぬらんとしの おもはむこともやさしく

のように、数多く見られるのである。
 (片桐洋一)
 
 興風集74首 私家集大成巻第一-26 興風Ⅰ・興風集 [冷泉家時雨亭叢書『平安私家集十一』七十四首本]  


*31 1巻‐26 興風 Ⅰ
 
 興風集(冷泉家時雨亭叢書『平安私家集 十一』七十四首本)
 
   寛平の御時きさいの宮の哥合
  一 はるかせは花のあたりをよきてふけ 心つからやうつろふとみむ
 古
  二 さく花はちくさなからにあたなれと たれかははるをうらみはてつる
 古
  三 はるかすみいろのちくさにみえつるは たなひく山のはなのかけかも
 古
  四 こゑたえすなけやうくひすひとゝせに ふたゝひとたにくへきはるかは
 古
  五 ちきりけん心そつらきたなはたの としにひとたひあふはあふかは」一
 古
  六 しらなみに秋のこのはのうかへるを あまのなかせるふねかとそみる
  七 うらちかくふりくるゆきはしらなみの すゑのまつ山こすかとそみる
 古
  八 しぬるいのちいきもやするとこゝろみに たまのをはかりあひみてしかな
 古
  九 きみこふるなみたのとこにみちぬれは みをつくしとそわれはなりける
   おなし御時に、うたゝてまつれとおほせられけれは、たつたかはもみちは
   なかるといふうたかきて、のちにおなし心を」
 一〇 み山よりおちくるみつのいろみてそ あきはかきりとおもひしりぬる
 一一 おるからにわかなはたちぬをみなへし いさおなしくは花ことにみん
 一二 秋のゝのつゆにをかるゝをみなへし はらふ人なみぬれつゝやふる
 一三 をみなへしはなのこゝろのあたなれは 秋にのみこそあひわたりけれ

   さたやすのみこの、きさいの宮の五十の賀たてまつりたまうける時の、御
   ひやうふのゑに、さくらのはなみ」二たるところに
 古
 一四 いたつらにすくる月日はおほかれと はなみてくらすはるそすくなき

   宮つかへ人をとらへて侍りしに、ひきすへしていりはへりにしかは、かた
  みにもをとてはへりし、かへしはへりとて
 一五 あふまてのかたみとてこそとゝめつれ なみたにうかふもくすなりけり
 古
 一六 うらみてもなきてもいはんかたそなき かゝみにみゆるかけならすして
 一七 なにかそのなきなたつとておしからん」しらてまとふはわれひとりかは
 撰
 一八 このはちるうらにたつなみ秋なれは もみちにはなもさきまさりけり

   寛平の御時、花の色はかすみにこめてといふ心をよみたてまつれとあるに
 一九 山風のはなのかゝとふふもとには はるのかすみそほたしなりける
 二〇 うすきこきいろはわけとも花といへは ひとつかほにもみえわかぬかな
 二一 きつゝのみなくうくひすのふる里は ちりにしむめのはなにそありける」三
 二二 山里ははるのかすみにとちられて すみかまとへるうくひすそなく
 二三 あかすしてすきゆくはるにたゝちあらは ことしはかりのあとはよかなむ
 二四 あらしふく山のふもとにふるゆきは とくちるむめのはなかとそみる
 二五 なつの夜の月はほとなくあけなから あしたのまをそかこちよせつる
 二六 なつの月ひかりをしますてるときは なかるゝみつにかけろふそたつ
 二七 むつましくかこひへたてぬかきつはた たかためにかはうつろひぬらん」
 二八 やまの井はみつなきことそみえわたる あきのもみちのちりてかくせは
 二九 しらなみにおりかけあまのこく舟は いのちにかふるみるめかりにか
 三〇 ゆめをたに人のおもひにまかせなむ みるはこゝろのなくさむものを
 三一みをもかつおもふものからこひといへは もゆるなかにもいりぬへきかな
 三二 山かはのきくのしたみついかなれは なかれて人のおいをせくらん

 三三 あたらしくわれのみやみんきくの花 うつらぬさきにこむ人もかな」四
 三四 おほそらの月のひかりをあしからの 山のこなたはあきにそありける
 三五 なみたかはそこはかゝみときよけれと こひしき人のかけも見えぬも
 三六 おとこ山みねのもみちのちりにしを てりてそみゆるしきにしけれは
 三七 うらちかくたつあさきりはもしほやく けふりとのみそあやまたれける
 三八 つくはねのかけにおひにしさとなれは ひかりのおふるものとたにみす
 三九 しものうへにあとふみとむるはまちとり ゆくゑもなしとなきのみそする」

 四〇 こひしともいまはおもはすたましゐ(ひ)の あひみぬさきになくなりぬれは
 新
 四一 あへりとも心もゆかぬゆめちをは はかなきものとむへもいひけり
 四二 なけきこるをのゝひゝきのきこゑぬは 山のやまひこいつちいにしそ
 四三 あひみてもかひなかりけり(う(む))はたまの はかなきゆめにおとるうつゝは
 四四 あしたつのいつれのあさかなかさらむ おもふ心のゆかぬかきりは
 四五 ゆめにたにあひみぬなからきえねとや こひしきことをたゝしらせてん」五
 四六 なきわひて身をうつせみとなりぬれは うらむることもいまそきこえぬ
 古
 四七 わひぬれはしひてわすれんとおもへとも ゆめてふものそ人たのめなる
 四八 うきてぬるかものうはけにをくしもの きえてものおもふころにもあるかな
 四九 こほれてもあれはたとへてなくさめし なからのはしもいまはきこえす
 五〇 こひしきにみもなけつへしなくさむる ことにしたかふ心ならねは
 古
 五一 みはすてつこゝろをたにもはふろ(ら)さし」ついにはいかゝなるやとをみん
 古
 五二 たれをかもしる人にせむたかさこの まつもむかしのともならなくに
 五三 うくひすはあさむかるらんしらゆきの はなとみゆまてえたにふれゝは
 五四 秋ふくはいかなるいろのかせなれは みにしむはかりあはれなるらん
 五五 つねの秋はくさのはにのみをくつゆを ことしはそてのうへにみるかな
 古
 五六 はるかすみたなひくやまのわかなにも なりみてしかな人もつむやと」六
 撰
 五七 おるからにわかなはたちぬをみなへし いさおなしくはたちよりてみん
 五八 我恋をしらむとならはたこのうらに たつらんなみのかすをかそへよ
 五九 おもひにはきゆるものそとしりなから けさしもなにゝおきてきつらん
 六〇 なにかそのなのたつことのをしからむ しりみてまとふはわれひとりかは
 六一 このはちるそらにたつなみ秋なれは もみちにはなもさきましりけり
 六二 しほのよるあとふ( みと)む(る)はまちとり ゆくゑもなしとなきのみそする」
 古
 六三 うらちかくふりくるゆきはしらなみの すゑのまつ山こすかとそみる
 六四 きみこふるなみたのとこにみちぬれは みをつくしとそわれはなりぬる

   きさいの宮のうたあはせに
 六五 しらなみの秋のこのはのうかへるを あまのなかせるふねかとそみる
   亭子院女八宮哥合に
 六六 あかすしてすきゆくはるをよふことり よひかへしつときてもつけなん
 六七 みてかへる心あかねはさくらはな さけるあたりはやとやからまし」七
 六八 たのまれぬはなの心とおもへはや ちらぬさきよりうくひすのなく
 六九 ふりはへてはなみにくれはくらふ山 いとゝかすみのたちかくすらん
 七〇 ふくかせにとまりもあへすちるときは やへ山ふきのはなもかひなし
 七一 はなのちることやかなしきはるかすみ たつたの山のうくひすのこゑ

   亭子院哥合
 七二 なみたかはいかなるみつになかるらむ なと我恋をけつのなき」

   女のもとより、心さしのほとをなむしらぬといへりけれは
 七三 わかこひをしらんとならはたこのうらに たつしらなみのかすをかそへよ
 七四 おもひにはきゆるものそとしりなから けさしもなにゝおきてきつらん
    (二行分空白)」八


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 躬恒集解題】〔12躬恒解〕新編国歌大観巻第三-12 [西本願寺蔵三十六人集*]


 本書が底本とした躬恒集は、西本願寺三十六人集中の躬恒集で、四八二首、諸伝本中最も歌数の多いものである。しかし、躬恒集の伝本は他にも多く、内容も輻輳しているので、以下に代表的伝本を整理して示し、その中における、西本願寺本(底本)の位置を明らかにしたい。

 現存する躬恒集は、およそ、次の五類七系統に分類することができる。
  一(1)甲本系 書陵部蔵本(五〇一・三〇六)
   (2)光俊本系 書陵部蔵本(五一一・二八)
  二 内閣文庫本系 内閣文庫蔵本(二〇一・四三四)
  三(1)乙本系 書陵部蔵本(五〇一・三〇七)
   (2)丙本系 書陵部蔵本(五〇一・二三五)
  四 西本願寺三十六人集本系 西本願寺蔵本
  五 正保版歌仙家集本系 正保板本

 これらの諸本の内容、組織を、歌群ごとに符号化してその構成を示すと

  一(1)甲本系  A―B
   (2)光俊本系 A―B―C
  二 内閣文庫本系 B
  三(1)乙本系  B―A―問答歌
   (2)丙本系  B―A―問答歌―C
  四 西本願寺本系 D―E―漢詩連歌―B―A(後半脱)
  五 正保板本系  A―B(中間脱)―D

のごとく整理される。したがって躬恒集の全貌は、右の五系統を網羅しなければならないが、西本願寺本は、問答歌とCの歌群を欠くだけで、単独の伝本としては、諸本中最も歌数が多く、豊富な内容を備えているということができよう。すなわち、D(一~二五四)―E(二五五~三二八)―漢詩連歌(三二九~三四七)―B(三四八~四二六)―A(四二七~四八二)の構成となる。D群の終りに、「これにはすゑはかゝれぬを、こと本のすゑあるをかける」とあるので、はじめにDが成立し、それぞれ単独に存在していたE歌群・漢詩連歌・B歌群・A歌群(後半欠)を次々に増補して現在の形になったものと推定される。

 西本願寺本が欠く問答歌は、第三類本にあるが、本書では忠岑集(九六~一四六)によって見ることができる。同じく西本願寺本が欠くC歌群一五三首(うち五〇首が西本願寺本と重複)は、第一・第三類本に存するが、このうち、三―(2)丙本系が、峯岸・片野・渋谷共編『書陵部蔵躬恒集』に翻刻されている(二五六~四〇八)。

 本書が底本とした西本願寺三十六人集は、天仁二年(一一〇九)~天永元年(一一一〇)頃の書写(久曾神昇説)とされるものであるが、不明の箇所は、主として同系統の古本、書陵部蔵躬恒集(一五一・四二五)によって校訂し、さらに不明の部分は書陵部蔵躬恒集(五〇一・二三五)・同(五〇一・三〇七)・同(五〇一・一二)・同(五一一・二八)および正保板本によって校訂した。また『平安朝歌合大成 一』をも参照した。

 凡河内躬恒は、生没年未詳、三十六歌仙の一人。古今集の撰者の一人として紀貫之と並称される。勅撰集入集歌は、古今集(六〇首)以下一七五首。
 (片野達郎)
 
 躬恒集<第3巻>】482首 新編国歌大観巻第三-12 [西本願寺蔵三十六人集*]







       延喜三年十月十九日、おほせによりてうたみつたてまつる、女一
       のみこの裳きたまふときに、うちよりさうぞくたまふ、そのもに
       みづぐきかたきにすれるうた
   一 ながれいづるやまをしおもへばよしのがはふかきこころもたえむものかは
   二 わたつうみのかみぞしるらむおなじくはあまのかるもを我にかさなむ
   三 しらくものたちのみわたるくらはしのやまにこころをおもひつめつつ

       延喜五年二月十日、おほせごとによりてたてまつれる、いづみの
       大将四十のがのれう屏風四でふ、うちよりはじめてないしのかむ
       のとのにたまふうた
   四 やまたかみくもゐにみゆるさくら花こころのゆきてをらぬひぞなき
   五 おはらぎのもりのしたくさしげりあひてふかくもなつになりにけるかな
   六 すみのえのまつをあき風ふくからにこゑうちそふるおきつしらなみ
   七 かはかみにしぐれのみふるあじろぎはもみぢさへこそおちまさりけれ

       朱雀院をみなへしあはせのうた、をみなへしあはせのうたを、を
       みなへしといふいつもじを、くのかしらにおきてよめる
   八 ををぬきて見るよしもがなながらへてへぬやとあきのしらつゆのたま
   九 をりつればみてあきのひはなぐさめつへてこの花をしらせずもがな

       清涼殿のみなみのつまに、みかはみづながれいでたり、その前栽
       に松浦沙あり、延喜九年九月十三日に賀せしめたまふ、題に月に
       のりてささらみづをもてあそぶ、詩歌こころにまかす
  一〇 ももしきのおほみやながらやそしまをみるここちするあきのよの月

       亭子のみかどのおほゐにおはしませるときに、ここのつのだいの
       うた、あきみづにうかべり
  一一 このかはにこのはとうきてさしかへりみはけふよりぞみなれそめぬる
  一二 あきのなみいたくなたちそおもほえずうききにのりてゆくひとのため

       あきやまにのぞむと
  一三 けふなればをぐらのやまのもみぢばは夜るさへてりてみえわたるらむ
  一四 あきぎりのはるるまにまにみわたせばやまのにしきはおりはてにけり

       もみぢおつ
  一五 にはのおものからくれなゐになるまでにあきにあひかねおつるもみぢか

       きぎくのこれり
  一六 きくの花今日をまつとてきのふおきしつゆさへきえずえのさかりなり
  一七 きみがためこころもしるくはつしものおきてのこせるきくにざりける

       つるすにたてり
  一八 つるのゐるかたにざりけるしろたへのあまのぬれぎぬほすとみつるは
  一九 うらわきて風やふくらむおきつなみおなじところをたちかへりつつ

       たびのかりゆく
  二〇 ふるさとをおもひやりつつゆくかりのたびのこころはそらにぞあるらむ
  二一 としごとにともひきつらねくるかりをいくたびきぬととふひとぞなし

       かもめなれたり
  二二 なれくらしおきのかもめはつげなくにのちのこころをいかでしりけむ
  二三 すにをればいさごのうらにまがふとりてにとるばかりなれにけるかな

       さるかひになく
  二四 わびしらにましらななきそあしひきのやまのかひある今日にやはあらぬ
  二五 こころあらばみたびてふたびなくこゑをいとどわびたる人にきかすな

       えのまつおひたり
  二六 ふかみどりいりえのまつもとしふればかげさへともにおいにけるかな
  二七 おいにけるまつぞしるらむあゆかはのみゆきもかくはあらざりけらし

       なつのざふのうた
  二八 さみだれにみだれそめにしわれなればひとをこひぢにぬれぬべらなり
  二九 みづのおもにおひてわたれるうきくさはなみのうへにやたねをまくらむ

       はじめて
  三〇 あはぬよもあふよもまだしいをねねばゆめのただぢはなれやしぬらむ

       こしのかたにわかるるひとに
  三一 ゆくきみもみちもたひらのみやこにはまだきかへるのやまぞありけむ

       ふゆのひひとにおくる
  三二 もみぢはやたもとなるらむかみなづきしぐるるごとにいろのまさるは

       ひらのやま
  三三 かくてのみわがおもふひらのやまざらば身はいたづらになりぬべらなり

       うぢやま
  三四 わたつうみのなみうちやまばはまにいでてひろひををらむこひわすれがひ

       ひえのやま
  三五 なつならぬくさとりすててうゑしだにひえのやまずもおひにけるかな

       かみやがは
  三六 すみのえのきしのまにまにむかしよりかみやかはらぬまつやうゑけむ

       みなせがは
  三七 をちこちにわたりかねてぞかへりつるみなせかはりてふちになれれば

       さびがは
  三八 むかしよりありのまにまにあらせぬはわがすさびかはひとのこころを

       しらに、すずむし
  三九 やまふかみひとにもみえぬすずむしはあきわびしらにいまぞなくなる

       ひぐらし
  四〇 まつのねはあきのしらべにきこゆなりたかくせめあげてかぜぞひくらし

       しをんに
  四一 よひのまとおもひつるまにあきのよはあけしをにしにつきのみゆらむ

       ちちこぐさ
  四二 はなのいろはちちこぐさにてみゆれどもひとつもえだにあるべきはなし

       かりやすぐさ
  四三 うぐひすのこころにはあらではるをだにかりやすくさとびかへりゆく

       わかれのうた
  四四 かたかけのふねにやのれるしらなみのたつはわびしくおもほゆるかな

       あめのふるひ、ひとにおくる
  四五 ころもでぞけさはぬれたるおもひねのゆめぢにさへやあめはふるらむ

       ざふのうた
  四六 きみみではありぬべしやとこころみむたたまくをしきからにしきかな
  四七 おほぞらをながめぞくらすふくかぜのこゑはすれどもめにもみえねば
  四八 いづこなるやまにかあるらむかりがねはおとのほのかにきこえつるかな
  四九 かみなづきもみぢのときはやまとにてからくれなゐにみゆるさほやま
  五〇 おもへどもあひもおもはずおもふときおもふ人をやおもはざりける
  五一 したひものときしばかりをたのみつつたれともしらぬこひをするかな
  五二 おふれどもこまもすさめずあやめぐさかりにもひとのこぬがわびしき

       やまでらにあるくひとにやる
  五三 よをうしとやまにいるひとやまながらまたうきときはいづちゆくらむ

       ざふのうた
  五四 あらたまのとしのよとせをなまじひに身をすてがたみわびつつもへぬ
  五五 いたづらにおいぬべらなりおはらぎのもりのしたなるくさならねども
  五六 なげきのみおほえのやまはちかけれどいまひとさかをこえぞかねつる
  五七 ことさらにしなむことこそかたからめいきてかひなくものをおもふ身の
  五八 今日くれてあすかのかはのかはちどりひにいくせをかなきわたるらん
  五九 もみぢばのながるるときはたけかはのふちのみどりもいろかはるらん

       あき
  六〇 あきのよのおぼろにみゆる月よりはもみぢのいろぞてりまさりける
  六一 ひさかたのつきをさやけみもみぢばのこさもうすさもわきつべらなり
  六二 つゆけくてわがころもではぬれぬともをりてをゆかむあきはぎの花

       七日
  六三 あき風はいつしかとのみまちしかどあひてぬるよはただひとよなり
  六四 よとさしてぬるきみなればあまのがはゆふまぐれにもいざわたりなむ

       九日
  六五 おいは身のからきものなりけふはしもぬれてもぬれむきくのしらつゆ

       あき
  六六 うちはへてやすきいもねずきりぎりすあきのよなよななきわたるらむ

       やまごえ
  六七 ともにわれかへるやまぢのもみぢばのおのがちりぢりわかるべらなり

       あき
  六八 あきぎりのはれぬあしたのおほぞらをみるがごとくもみえぬきみかな
  六九 秋ののにひぐらしつるををみなへしよるやとまらむはなのなたてに
  七〇 をぎのはのそよとつげずはあきかぜを今日からふくとたれかいはまし
  七一 あきはぎのなかにたちいでてまじりなむわれをもひとははなとやはみむ
  七二 もとのいろはいづれなるらんしらつゆのしたにうつろふわがやどのきく
  七三 かみなづきちぢにうつろふきくのはないづれかもとのいろにはあるらん
  七四 ふぢの花ちりなむのちもかげしあらばいけのこころのあるかひはあらん
  七五 ことさらにみにこそきつれさくらばなみちゆきぶりとおもふらむやぞ
  七六 たまぼこのみちゆきぶりにやまざくらをるとやはなのわれをおもふらん

       延喜御時屏風の歌三首内
  七七 わがやどのむめにならひてみよしののやまのゆきをもはなとこそみれ
  七八 はるがすみよしののやまをたちこめてこころよわくやゆきをふらする

       なつ
  七九 つきみつつをるすべもなきわがやどにいとどもきなくほととぎすかな

       四月やまのゆきをみる
  八〇 しらゆきもまだきえずけりやまざとはいつばかりかははるをしるらむ

       なつ
  八一 つきみつつまつとしらずやほととぎすこではたほかにゆきてなくらむ

       ざふのうた
  八二 としをへておもひおもひてあひぬれば月日のみこそうれしかりけれ
  八三 よとともにひとをわすれぬむくいこそけふはうれしくあひもそむらめ
  八四 みつつわれなぐさめかねつさらしなのをばすてやまにてりしつきかも

       あき
  八五 あまの川ふねさしわたすさをしかのしがらみふするあきはぎのはな
  八六 くらべみむわがころもでとあきはぎのはなのいろとはいづれまされり
  八七 あらたまのとしふりつもるやまざとにゆきあかれぬはわがみなりけり

       春
  八八 あひおもはぬはなにこころをつけそめてはるのやまべにながゐくらしつ
  八九 ときはなるまつをばおきてあぢきなくあだなるやまのさくらをぞみる
  九〇 をしめどもとどまらなくにさくらばなゆきとのみこそふりてやみぬれ
  九一 ちりぬともかげをやとめぬふぢの花いけのこころのあるかひもなき
  九二 わがやどのいけのふぢなみさきしよりやまほととぎすまたぬひぞなき

       なつ
  九三 ほととぎすなくさみだれのみじかよはつきかげさへぞともしかりける
  九四 さみだれのたそがれどきはつきかげのおぼろけにやはわがひとをまつ

       ふゆ
  九五 みよしののやまのこころは今日やしるいつかはゆきのふらぬひはありし
  九六 むめがえになくうぐひすのこゑきけばよしののやまにふれるしらゆき

       あき
  九七 わがやどのあきはぎのはなさくときぞをのへのしかもこゑたててなく

       七日ひとにおくる
  九八 うちはへてすまるるひとはたなばたのあふよばかりはあはずもあらなん

       あき
  九九 秋のののはなのいろいろとりすべてわがころもでにうつしてしかな
 一〇〇 たちかへりまたもみにこむもみぢばはおとしなはてそやま川のたき
 一〇一 みづのおものふかくあさくもみゆるかなもみぢのいろぞふちせなりける

       ざふ
 一〇二 きくの花みつつあやなくなほもあかでひとのこころようつろふなはた
 一〇三 やまちかくめづらしげなくふるゆきのしろくやならんとしつもりなば
 一〇四 やまのははまだとほけれどつきかげををしむこころぞまづさきにたつ
 一〇五 ひさかたのつきひとをとこひとりぬるやどにさしいれりひとのなたてに
 一〇六 みるほどにいかにせよとか月かげのまだよひのまにたかくなりゆく
 一〇七 ひさかたのあまのそらなるつきなれどいづれのみづにかげなかるらむ

       なつ
 一〇八 さみだれのつきのほのかにみゆるよはほととぎすだにさやかにをなけ
 一〇九 いらぬまにこむといひしかばこよひこそわれてをしけれなつのよのつき
 一一〇 あたらしくてる月かげにほととぎすふるごゑしるくなきわたるなり

       ふゆ
 一一一 花とのみゆきのみゆればふゆながらこころのうちやはるにやあるらん
 一一二 としふかくふりつむゆきをみるときぞこしのしらねにすむここちする
 一一三 ふるゆきとかつしりながらにほはねどなかばすぎてははなとこそみれ
 一一四 えだのうへにゆきをおきながらくらぶともたれかはむめにあらずとはい

       はむ
 一一五 ゆきのうへにおもふこころはいちしろくつれなきひとのめにもみえなむ

       春
 一一六 よそにのみみてややみなむやまざくらはなのこころのよのましらぬに
 一一七 うぐひすのたにのそこにてなくこゑをやまびこだにやつたへきかせぬ
 一一八 あをやぎのはなだのいとをよりあはせてたえずもなくかうぐひすのこゑ
 一一八 あをやぎのはなだのいとをよりあはせてたえずもなくかうぐひすのこゑ
 一一九 ふく風をなにいとひけむむめの花ちりくるときぞかはまさりける

       延喜六年六月廿一日、壬生忠峰日次贄使として、かどのがはのに
       へどのにあり、みつね宣旨かひのつかひとして、ただみねがかへ
       らむとする、このうたをおくる
 一二〇 とどむれどとどめかねつもおほゐ川ゐせきをこえてゆくみづのごと

       うへの御ことあそばすをほのかにききて
 一二一 あきかぜのふきもてこずはしらくものあまつしらべをいかできかまし

       七日あしたに
 一二二 たなばたのあかでわかれしけさよりもよるさへあかぬわれはまされり

       八日のうた
 一二三 ゆきめぐりいまこむあきをこひそへてこよひばかりはあひやしなまし

       いか、ひをけの銘
 一二四 ゆめにだにねばこそみえめうづみびのおきゐてのみぞあかしはてつる

       ひばしの銘
 一二五 ふゆすぎばなげおかれなむものゆゑにきみがてにはたたなるべらなり

       朱雀院のつるのはかなくなるを
 一二六 あしたづのよさへはかなくなりにけり今日ぞちとせのかぎりなりける

       わかれををしむ
 一二七 きみをおもふこころは人にこゆるぎのいそのたまもも今日やしらまし

       さほかけ
 一二八 いづれともおもほえなくにおぼつかないざほかげにてひとめみしかば

       くれのおも
 一二九 いつしかとまつゆふぐれのおもかげにみえつつみえぬことのわびしさ

       延喜十三年十月十五日、内裏きくあはせに右大弁のおほせにより
       てたてまつる
 一三〇 きくの花こきもうすきもいままでにしものおかずはいろをみましや
 一三一 はつしぐれふりそめしよりきくの花こかりしいろぞまたそはりける
 一三二 もとよりのいろにはあらねどもきくの花いろにいでてもとしへぬるかな
 一三三 あだなれと我にはきくの花のみぞうつろふいろのこさまさりける
 一三四 きみがためこころもしるくはつしものおきてのこせるきくにざりける

       たかふる
 一三五 おりたちてうゑずはありともことさらにあきのかりにはあはむとぞおもふ

       ひとのいへのほとりのやまのゐ
 一三六 すぎがてにひとはとまれどやまのゐのたよりとおもへばあさくざりける
 一三七 つきかげにいろわきがたきしらぎくはをりてもをらぬここちこそすれ

       十月たきのみづ
 一三八 もみぢばのおちくるたきはかけてのみたたぬにしきをほすかとぞみる

       ちるもみぢ
 一三九 かぜにちるもみぢのいろはかみな月からくれなゐのしぐれこそすれ

       はる
 一四〇 春にあふとおもふこころはうれしくていまひととせのおいぞそひける
 一四一 こゑきけばおいのまさるにひとにくくきつつのみなくよぶこどりかな

       なつ
 一四二 さみだれのよはくらくともほととぎすさやかにだにもなきてこぬかな
 一四三 ほととぎすひとこゑなきていぬるよはいかでか人のいはやすくぬる

       はる
 一四四 おもひをばまつのみどりにそめしかどはなのがりのみゆくこころかな
 一四五 あしたづとけふしもふれるいろなればなくこゑさへにさむきなるべし

       みののすけのくだるにおくる
 一四六 ひとひだにみねばこひしききみがいなばとしのよとせをいかですぐさむ

       延喜十五年二月廿三日、おほせによりてたてまつる御屏風のうた、
       みつ
 一四七 わがやどのむめにならひてみよしののやまのゆきをもはなとこそみれ
 一四八 ちりまがふかげをやともにふぢの花いけのこころぞあるかひもなき
 一四九 ほととぎすよぶかきこゑは月まつとおきていもねぬひとぞききける

       延喜十五年三月廿三日、左衛門督のいへにてみかはのかみのむま
       のはなむけによめる
 一五〇 なにしおはばとほからねどもみやぢやまこれにたむけのぬさにせよきみ

       くすりおくるうた
 一五一 わかるるかくるしきこともやまなくになにかくすりのあるかひもなし

       春
 一五二 ふるゆきにいろはまがひぬむめの花かにこそにたるものなかりけれ

       あき
 一五三 あきかぜのふきぬとみればいでてこしいへぢのかたぞこひしかりける

       あきののにたかがり
 一五四 みやまだのおくてのいねをかりほしてまもるかりほにいくよへぬらむ
 一五五 をしめどもつひにちりぬるもみぢゆゑふかぬ風にもものをこそおもへ

       已上延喜十七年、仰によりてたてまつる御屏風うた
       雪中のすぎのおなじおほせ
 一五六 ゆきのうちにみゆるときははみわやまのやどのしるしのすぎにぞありける

       すずかやま
 一五七 おとにきくいせのすずかのやまかはのはやくよりわがこひわたるきみ

       まとかた
 一五八 あづさゆみいるまとかたにみつしほのひるはありがたみよるをこそまて

       あじろのはま
 一五九 しほみてばいりえのみづもふかやめのあじろのはまによれるおきつなみ

       うはせがは
 一六〇 うはせ川したのこころもしらなくにふかくもひとのたのまるるかな

       はりかは
 一六一 からころもぬふはりかはのあをやぎのいとよりかくるはるやみにこむ

       たけかは
 一六二 もみぢばのながるるときはたけかはのふちのみどりもいろかはるらん

       わたらひ
 一六三 たまくしげふたみのうらにすむあまのわたらひぐさはみるめなりけり

       みつ
 一六四 ことさらにわれはみつらんこざさはらさしてとふべき人はなくとも

       うきしま
 一六五 いざやまたこのうきしまにとまりなむしづみつつのみよをふればうし

       ながはま
 一六六 ながはまにゐてしほたるるほととぎすさつきばかりはあまにざりける

      此十首は、延喜十六年四月廿二日、わたくしごとにつきていせ
      のさい宮にまかりたるとき、すなはち寮頭国中をつかひにて、
      くにぐにの所所なを題してよませたまふ野望歌等
 
 一六七 をみなへしいかにおもふらんあきののにひとよぞねにしはなのなたてに

       同十六年九月廿二日、近江介の消息云、法皇明日石山御幸あるべ
       し、いとまあらば今日ゆくべし云云、仍まかりたれば屏風障子等
       あり、これに所所のおもぶきを可題とあれば、よのうちによみた
       るをやかた汝かけとあるを、なぶれどなほとあればかきはべりぬ、
       法皇経一宿て御舟にて、せたにのぼらせたまふ、はしのもとにふ
       ねつなぎて、介ものどもたてまつる、介かたらひていはく、くり
       やぶねにのりておほんふねにぐしてさぶらふべしと、すなはちこ
       のうたを
 一六八 いづみにてしづみはてぬとおもひしを今日ぞあふみにうかぶべらなる

       その屏風障子等歌、所所のだいにしたまふ
 一六九 あしひきのやまべのみちはいかなれやゆくとみれどもすぎがてにする
 一七〇 我よりもさきにおひにしまつなればちとせののちにあはざらめやは
 一七一 むめの花さきてかひなきおきつなみたちよりてだにみる人もなし
 一七二 あまののるたななしふねのあともなくおもひしひとをうらみつるかな
 一七三 もしほやくあまのたくひのけぶりこそおもふかたにはたちのぼりけれ
 一七四 やまざとにとしはふれどもたきつせのはやくわがみはひとだにもこず
 一七五 したにのみもえわたれどもうちはへてわがおもひをばけつひともなし
 一七六 もみぢちるあきならずともさをしかはやまのねたかくいまもなかなむ
 一七七 むらさきのいろしこければふぢの花まつのみどりもうつろひにけり
 一七八 かへるかりくもぢのたびにくるときはなにをかくさのまくらにはする

       障子、だいにしたがふ
 一七九 さらしなのやまよりほかにてるときもなぐさめかねつこのごろの月

       ゆきのうちにおもひをのぶる、うこんの少将におくる
 一八〇 ほかにもやゆきはふるらむいままでにはるこぬやどははなとたがみむ

       延喜十八年八月十三日、右大臣家八講おこなふに、于時仏法僧と
       いふとりなく、有感このうたをたてまつる
 一八一 あしひきの みやまにすらも このとりは たににやはなく いかなれば
     しげきはやしの おほかるを たかきこずゑも あまたあれど はねうちはぶき
     とびすぎて はるなつふゆの ときもあるを きみがあきしも もみぢばの 
     からくれなゐの ふりいでて なくねさだかに きかせそめつる
 一八二 やまにすらまれにきこゆるとりなれどさとにもきみがあきよりもきく
 一八三 そのひともきみはつげしもせじものをいかでかとりのかねてしりけむ

       とのの御かへし
 一八四 のりをおもふこころしふかくなりぬればさとにもとりのみゆるなるらん

       同年つごもりの夜なの陣をみて
 一八五 おにすらもみやのうちとてみのかさをぬぎてやこよひひとにみゆらん

       おなじとしの九月廿八日、殿上のひとびとちぎりて、いはでやま
       のほとりにゆきてあそばんなどちぎる、ひとびとうこんの少将
       〔 〕、少将〔     〕そのひになりておのおのさはりあり
       てきたらず、二すのうたをつかひにつけておくる
 一八六 いつしかとまつしるしなきもみぢばのおのがちりぢりちりやしなまし
 一八七 みやびとのかずはしりにきをみなへしいづらととはばいかがこたへむ

       やまのほとりたづぬるみちにそうのいへあり、もみぢちりみちて
       のこりの花まがきにあり、はなすすき風にしたがひてなびく、人
       をまねくににたり、源少将むまよりおりて
 一八八 ひとしれぬやどになうゑそ花すすきまねけばとまる我にやはあらぬ

       そうにかはりて
 一八九 いまよりはうゑこそまさめはなすすきほにいづるときぞ人よりきける

       ゆふぐれに東光寺座主阿闍梨にあへり、きのもとにむしろをのべ、
       いけのほとりにともしびをつらねて、まづひとかめの茶すすむべ
       きに、あまたの杯さけあり、むまどきひとむらのきくをいへのま
       へにうゑたり、感歎無極各うたあり、よふけてかへらむとする、
       頭少将ののりむまを座主阿闍梨におくりて、つきにのりてかへる
 一九〇 きくの花あきののなかにうつろはば夜ぶかきいろをこよひみましや

       おなじとし十月九日、更衣たちきくの宴したまふ、そのひ、さけ
       のだいのすはまの銘のうた、をんなみづのほとりにありてきくの
       花をみる
 一九一 きくの花をしむこころはみなそこのかげさへいろはふかくぞありける

       おなじとし十月十九日、ふなをかに行幸ありしときに、御乳母の
       命婦まへにめして、もみぢをりてたてまつれとあり、ひとえだを
       りてこのうたをむすびつけてたてまつる
 一九二 けふのひのさしててらせばふなをかのもみぢはいとどあかくぞありける

       野望ひとをおもひやりてうちにて
 一九三 かたるをもきかまほしきにあきのののはなみにいにし人のこぬかな

       ひとのむすめのもぎによめる
 一九四 このはるぞえださしそふるゆくすゑのちとせをこめておふるひめまつ

       なぬかのひのあした、みののかみにおくる
 一九五 きみにあはでひとひふつかになりぬればけさひこぼしのここちこそすれ

       かへし
 一九六 あひみずてひとひもきみにならはねばたなばたよりもわれぞまされる

       同廿年二月廿七日、遠江守の藤太守の餞 右近先少将曹司
 一九七 わかるともきみをしらねばけさまではちるはなをのみをしみけるかな

       かつらとさくらのきとより、ふぢのはなのはひかかれるうた
 一九八 かつらよりかをうつしつつさくらばななきうしろにもふぢぞさきける

       くれのはる、ひむがしくににわかるるひとにおくる
 一九九 はるばるにきみをやりてはあふさかのせきのこなたにこひやわたらむ

       春
 二〇〇 はるくればさびしきやどはつれづれとにはしろたへにはなぞさきける

       ざふ
 二〇一 ひとめをもいまはつつまじはるがすみのにもやまにもなはたたばたて



       あき
 二〇二 ちくさにもしもにもうつるきくのはなひとついろにぞつきはそめける
 二〇三 いろごとにみつきくのはなよるといひておぼつかなくもてらすつきかな
 二〇四 ひともとのきくにはあれどつゆじもぞわきてことごといろはそむらし
 二〇五 いままでにあふさかやまのもみぢばのちらぬはせきやなべてとめたる
 二〇六 きくのはなをりて夜ふけぬしらつゆはわがてながらにおきやしぬらん
 二〇七 しろたへのいもがそでしてあきののにほにいでてまねくはなすすきかな
 二〇八 あきのののはなみにくればしらつゆにしとどにもわがぬれにけるかな
 二〇九 さやかにもてれるつきかなきくのはなひるみるごとぞよるもみえける


       春
 二一〇 いかにして今日をとどめむをしとおもふはなのみちよりひはくれにけり
 二一一 はながすみたちでてのべにこしかどもおいてわかなはつみごこちなし
 二一二 さくらばなのどかにもみむふくかぜをさきにたててもはるはゆかなむ
 二一三 はるくればふくかぜにさへさくら花にはもはだれにゆきはふりつつ
 二一四 むめがえにゆきのふれればいづれをかはなとはわきてをりてかざさむ
 二一五 ゆきとみてはなとやしらぬうぐひすのまつほどすぎてなかずもあるかな

       うちにてほととぎすをききて
 二一六 ひさかたのそらちかければほととぎすくもゐのこゑのとほからぬかな

       はる
 二一七 をしとのみおもふこころにひとにくくちりのみまさるはなにもあるかな
 二一八 うぐひすのなきいにしかばむめのはなさけりとみしはゆきにぞありける
 二一九 としごとになにのしるらむなきものをくれゆくはるをなによぶこどり

       ざふ
 二二〇 にごりえにおふるすがごもみがくれてわがこふらくはしるひとぞなき
 二二一 おほ井川せきてしがらみかけてのみおもふこころをとどめかねつも
 二二二 ともかくもけふこそきかめのちはいかがあすともしらぬ身をばたのまむ

       おもひをのぶ
 二二三 身をわぶるなみだはいまぞいづみなるたかしのうらぞみちししほなる

       はる
 二二四 むめの花ただにやはみむはるさめにぬれぬれぞなほをりやしてまし
 二二五 めにみえでこころにしむはむめの花ふきすぎてくるかにぞありける
 二二六 あをやぎのいとめもみえずはるごとに花のにしきをたれかをるらむ
 二二七 はるがすみたちながらよはあかしてはかりとともにぞなきてかへりし
 二二八 むめのはないろはめなれてふくかぜににほひくるかぞとこめづらなる
 二二九 はるのたつけふうぐひすのはつこゑをなきてたれにとまづきかすらん
 二三〇 はるたちてひはへぬれどもうぐひすのなくはつこゑをいまぞききつる

       なつ
 二三一 おいぬればかしらもしろくうのはなををりてかざさむみもまどふがに
 二三二 なつぐさはしげくひごとになりゆけどかれにし人のみえぬわがやど

       ふゆ
 二三三 としをへてふるしらゆきはつもりつつひとかよひぢもみえぬわがやど

       春
 二三四 としごとにとどめかねてぞちるはなのさきにもたたぬくいをするかな
 二三五 ひぐらしにゆきとふらずはさくら花ひとにもみえてよにもをらまし
 二三六 さかりをもみるひとなくはさくら花ちるをいとかくおもはましやは

       ひむがしくににわかるるひとにおくる
 二三七 あしがらのやまぢはみねどわかれなでこころのみこそゆきてかよはめ
 二三八 さくらばなちりなむのちはみもはてずさめぬるゆめのここちこそせめ
 二三九 すがのねのながきひなれどさくらばなちるこのもとはみじかかりけり
 二四〇 春のひはくれやしぬらむはなをおきてかへらむことぞものうかりける
 二四一 むらさきのいろのふかきはみなそこにみえつるふぢのはなにざりける


       いかるがにげ
 二四二 ことぞともきくだにわかずわかなくもひとのいかるかにげやしなまし

       ゆふかみ
 二四三 こひすればやせこそすらめものごしのゆふがみじかくおもほゆるかな

       あしぶち
 二四四 おそきむまはあしぶちなくてあふれどもこころのみこそさきにたちけれ

       かげぶち
 二四五 我をだにあひやはまたぬさもつらきはなかけふちるあすもひはあり

       あを
 二四六 このめはるときになるまでいはしろのあをたにもまだつくらざりけり

       かすげ
 二四七 たなばたにわがかすけふのからころもたもとのみこそぬれてかへさめ

       延喜四年かみなりのつぼにて
 二四八 あくまでもこよひのつきをみつつあらでねてあかすらむ人のこころよ

       ざふ
 二四九 かへるかりくもゐはるかにきくときはたびのそらなるひとをこそおもへ

       一本、きく
 二五〇 としがあひにまれにきませるきみをおきてまたなはたたじこひはしぬとも
 二五一 あだなりとひともとにするものしもぞはなのあたりはふきがてにする

       素性におくれて
 二五二 きみなくてはるのやまべにはるがすみいたづらにこそたちわたるらめ

       延喜七年五月晦夜うちのおほせごとによりてたてまつるうた二す
 二五三 さみだれはこよひばかりかほととぎすこゑもやけふのかぎりなるらむ
 二五四 おなじくはやまほととぎすみやびとのまつときにやはなきてわたらぬ

        これにはすゑはかかれぬを、こと本のすゑあるをかける

       春
 二五五 よしのやまゆきはふりつつはるがすみたつはかすがののべにざりける
 二五六 ちるといへばひとりとやおもふさくらばなめならふいろのまたしなければ

       なつ
 二五七 しろたへにさけるかきねのうの花のいろまがふまでてらす月かな

       あき
 二五八 ちとせふるをのへのまつはあき風にこゑこそまされいろはかはらず
 二五九 あきふかきもみぢのいろのくれなゐにふりいでてなくしかのこゑかな
 二六〇 としごとにあきくるかりのたよりにもわがおもふ人のことづてもなし
 二六一 月をあかみおつるもみぢのいろもみゆちりおとのみはきこえざりけり

       ふゆ
 二六二 かみよよりとしをわたりてあるうちにふりつむゆきのきえぬしらやま
 二六三 くれてまたあくとのみこそおもひしかとしは今日こそかぎりなりけれ
 二六四 ちはやぶるかみがきやまのさかきばはしぐれにいろもかはらざりけり

       あるひとに、なきひとをこひてよするうた、なくなりにけるめを
       こひてうたをおくれり、そのかへしに
 二六五 なきをこそきみはこふらめとしふればあるもかなしきものにざりける

       はつゆき
 二六六 くろかみのしろくなりゆくみにしあればまづはつゆきをあはれとぞみる

       はる
 二六七 ことさらにきみはこしかどさくらばなあかでぞいまはかへるべらなる
 二六八 ふぢのはなかけてぞしのぶむらさきのふかくしなつになりぬとおもへば

       なつ
 二六九 ほととぎすけふとやしらぬあやめぐさねにあらはれてなきもこぬかな
 二七〇 むばたまのよやふけぬらむはらへどのかはさ((ママ))りさにちどりしばなく

       七日
 二七一 ひさかたのあまの川ぎりたつときはたなばたつめのわたりなるらむ

       ざふ
 二七二 かりにくるのべのたよりにわがやどをとふ人あらばなしとこたへよ

       同十六年秋述懐
 二七三 くさもきもしたうへばかれゆくあきかぜにさきのみまさるものおもひの

 花
       かへし つらゆき
 二七四 ことしげきこころよりさくものおもひにたまのえだをやつらづゑにつく

       おなじとしの八月十三日のよ、左衛門のかむのとのにてさけなど
       あるついでにて
 二七五 あきのよのあはれはここにつきぬればほかのこよひはつきなかるらむ

       あたらしくをみなへしをうゑて
 二七六 ふるさとののべやこひしきをみなへししばしばかりぞたびはくるしき

       しをに
 二七七 秋のよのなもあるものをしたうづをあけしほつきのにしにゆくらむ

       らに
 二七八 あき風にかをのみそふるはななればにほふからにぞひとにつまるる
 二七九 きりくもりみちもみえずもまどふかないづれかさほのやまぢなるらむ
 二八〇 のべをだにみぬひとのためまだきおきてつとにをりつるあきはぎの花

       なつ
 二八一 さみだれにみだれてものをおもふみはなつのよをさへあかしかねつる

       藤原遠中朝臣しなのへまかるひとに
 二八二 にしへゆくつきををしめばあづまぢにわかるるひとをまたいかにせむ

       あきのひ、ぬしなきいへをすぐるに、二す
 二八三 なにせむにきくをうゑけむおゆるまであらむときみがおもひけるかな
 二八四 あき風におとはすれどもはなすすきほのかにだにもみえぬきみかな

       ざふ
 二八五 ゆめにだにさやかにみえぬ人ゆゑにおぼつかなかるこひもするかな
 二八六 わがこひはしらぬみちにもあらなくにまどひわたれどあふ人もなし
 二八七 ひとりぬるひとのきかくにかみなづきにはかにもふるはつしぐれかな

       亭子院にかつらのきをほりてたてまつるときに
 二八八 みがくれてふけひのうらにありしいしはおいのなみにぞあらはれにける
 二八九 ことのはをつきのかつらにえだなくはなににつけてかそらにつてまし

       をみなへし
 二九〇 ぬしもなきやどにきぬればをみなへしはなをぞいまはあるじとはおもふ
 二九一 おほぞらのかげのみゆるをやまの井のそこのふかきとおもひけるかな
 二九二 さはだ川せぜのしらいとくりかへしきみうちはへてよろづよはへよ
 二九三 はまちどりあとふみつくるさざれいしのいはほとならむときをまてきみ

       はる
 二九四 さくらばなちりくるみづのたえざらばはなやちるともなげかざらまし
 二九五 このもとにこよひはねなむさくらばなまたよこめてもちりもこそすれ
 二九六 くさまくらたびゆくひとはたれならむしりしらずともやどはかしてむ

       ゐなかのいへのさくら
 二九七 さくら花みやこならねどはるくればいろはひなびぬものにぞありける
 二九八 かりにきてたよりにをらばたまぼこのみちゆきぶりとはなやおもはむ
 二九九 ちどりなくはまのまさごをふみわけてゆくたびびとをあはれとぞおもふ
 三〇〇 かりがねをくもゐはるかにきくときはたびのそらなるひとをしぞおもふ
 三〇一 いさりするあまのこころもしらなくにこひにをやらむこひわすれがひ
 三〇二 むめがえにきすむありすのうぐひすはなきまにはなををらせつるかな
 三〇三 かをとめてたれをらざらむむめのはなあやなしかすみたちなかくしそ
 三〇四 はるののにころもかたしきたがためにならはぬひとにわかなつむらむ
 三〇五 わがやどにはなのたよりにとふひとはちりなむのちにまこととおもはむ
 三〇六 はるなれどはなみごころもなきものをうたてもなくかうぐひすのこゑ
 三〇七 あぢきなくはなのたよりにとはるれば我さへあだになりぬべらなり
 三〇八 とはるるもあだにはあれどわがやどのはなのたよりぞうれしかりける
 三〇九 はるがすみたちにしものをいまもなほよしののやまにゆきのみぞふる
 三一〇 さみだれのよもたらぬよにつげとてやひるからつきのまだきみゆらん

       七日
 三一一 あまのがはつまむかへぶねさすさをのさしてはあれどとしにひとたび
 三一二 あけゆけばつゆやおくらむたなばたのあまのはごろもおししぼるまで
 三一三 われのみぞいつともしらぬひこぼしはあはですぐせるとししなければ

       屏風のうた、ひとのいへうみのほとりにあるところ
 三一四 のべにこそわかなはつねにつむときけおきのみるめはときどきぞよる

       ゆくふね
 三一五 なみのうへにほのにみえつつゆくふねはうらふく風ぞしるべなりける

       やな
 三一六 はるのためうてるやなにもあらなくになみのはなにもおちつもるらむ

       をんなのあるいへにおつる花をみる
 三一七 はなざかりこむとかいひしひとよりもさきにさくらはちりぬべらなり

       こひ
 三一八 こゑきけばこひのまさるにひとにくくきつつのみなくよぶこどりかな

       あき
 三一九 こゑにのみちるときこゆるもみぢばのよるのにしきはかひなかりけり

       ふゆ
 三二〇 としふかくつもれるゆきのあとたえてひとかよひぢのみえぬわがやど

       ぢもくのあしたにおもひをのぶ
 三二一 みやこにてはるをだにやはすぐしてぬいづちにかりのなきてゆくらむ

       法皇六条の御息所、かすがにまうづるときに、大和守忠房朝臣あ
       ひかたらひて、このくにのなのところを、倭歌八首よむべきよし
       かたらふによりて二首おくる、于時延喜廿一年三月七日
 三二二 ふるさとのかすがののべのくさもきもふたたびはるにあふことしかな
 三二三 きくになほかくしかよはばいそのかみふるきみやこもふりしとぞおもふ
 三二四 はるがすみかすがののべにたちわたりみちてもみゆるみやこ人かな
 三二五 かすがのも今日のみゆきをまつばらのちとせのはるはきみがまにまに
 三二六 としごとにわかなつみつるかすがののもりはけふやははるをしるらむ
 三二七 ちはやぶる春日の原にこきまぜて花ともみゆる神の祷部(き ね)かな
 三二八 さくらばなゆきとふるめりみかさやまいざたちよらむなにかくるやと

       晩秋遊覧同賦秋景引閑行、各分一字得秋
 三二九 欲尽光陰感未休 楚山多処昔周遊 誰言物色傷心意 紅葉飄飄季日秋
 三三〇 ちりぬべきもみぢをしりてかざしつつあきをとめつとたのみけるかな

       岑 近江介
 三三一 錦葉銭苔列次逢 秋遊任意歩疎慵 行行賞得群山色 未弁紅林蓆幾峰
 三三二 あしひきのやまをおそくぞあゆみけるあきのもみぢをよぎすぐしつれば

       寒 右近先少将
 三三三 杖酔閑行廻眼看 欲閑景色晩来寒 林頭山面皆蕭索 唯有黄昏紅葉残
 三三四 あきはつとおもひぞしらぬもみぢばのみちにかふまでみゆるなりけり

       枝 頭少将
 三三五 共尋秋景幾相随 酔折山辺紅葉枝 自覚光陰留不駐 毎年遂惜尚奔地
 三三六 たまぼこのみちはしづかにみちながらあきをいそぐとみるぞわびしき

       谿 左衛門尉
 三三七 暮秋遊覧日将西 紅葉紛紛路誘引 歩歩俳佪何所翫 長松無主在深谿
 三三八 もみぢばのかぜのまにまにちるときはみる人さへぞしづこころなき

       紅 掃部助
 三三九 閑歩秋光欲暮中 林間寂寞野辺空 酔来催感還応痛 一道風駆万里紅
 三四〇 いざここに今日あすへなむあきのそらいまいくかかはのべにのこれる

       疎 民部丞
 三四一 一惜蕭辰漸欲除 昇山臨水意何疎 従尋幽境憐秋色 尽日行行不静居
 三四二 あきのいろはゆきてみるまにくれぬればつひにあかでぞかへるべらなる

       聯歌 近江介
 三四三 もみぢばはこぞもやまべにみてしかど
         源少将
       ことしもあかぬものにざりける

       左衛門尉
 三四四 もみぢのみをしくはあらずきくの花
         躬恒
       しぐれのさきにをりてかざさむ

       掃部助
 三四五 さしてゆくかたもさだめずあきののに
         式部丞
       もみぢを見つつとまるひなれば

       修理亮
 三四六 こぞのけふあかずなりにしわれなれば
         是則
       みねのもみぢのめづらしきかな

       左衛門尉
 三四七 いろふかきもみぢたづぬとうちむれて
         式部丞
       しらぬやまぢにゆきまどふかな

 三四八 ねたくわれねの日のまつにならましをあなうらやましひとにひかるる

       はなみ
 三四九 うぐひすはいたくななきそうつりがにめでてわがつむはなならなくに

       くさあはせ
 三五〇 さくら花わがやどにのみありとみばなきものぐさはおもはざらまし
 三五一 あかずして今日のくれなばふぢのはなかけてのみこそはるをしのばめ

       つごもり
 三五二 そらみえてながるるかはのはやりしもはらふることをかみはきかなむ
       七月七日
 三五三 けふのひはくもらざらなむひさかたのあまのかはぎりたちわたるべく
 三五四 ひこぼしのつままつよひのあきかぜにわれさへあやなひとぞこひしき

       八月十六や
 三五五 いづこにかこよひのつきのみえざらむあかぬはひとのこころなりけり
 三五六 かりてほすやまだのいねをかけそへておほくのとしをつみてけるかな

       しのびてかよひはべりけるひとのいへの、やなぎをおもひやりて
 三五七 いもがいへのはひいりにたてるあをやぎのいまはなきこんうぐひすのこゑ
 三五八 あづさゆみはるたつひよりとしつきのいにしがごともおもほゆるかな

       かりのこゑをききて、こしのかたにまかりはべりにしひとをこひて
 三五九 はるくればかりかへるなりしらくものみちゆきぶりにことやつげまし

       つきよにむめのはなをりてと、ひとのいひたりければ
 三六〇 つきよにはみるとも見えじむめの花かをたづねてぞしるべかりける
 三六一 うぐひすのたにのそこにてなくこゑをみねにこたふるやまびこもなし
 三六二 わかなつむかすがののべはなになれやよしののやまにまだゆきのふる

       御屏風
 三六三 みづのおもにうきてながるるむめの花いづれをあわとひとのみるらん
 三六四 いまははやかれはてなましくさのねのかはらでつひにはるをまつかな

       ねのびにまかる人におくれて
 三六五 はるののにこころをだにもやらぬみはわかなはつまでとしをこそつめ
 三六六 ふく風をなにいとひけむむめのはなちりくるときぞかはまさりける
 三六七 はるくればうつるこころはいろにいでてあだにあやなくひとにしらるる

       さくらみにまうできたる人に、三十六人
 三六八 わがやどにはなみがてらにくるひとはちりなんのちぞこひしかるべき
 三六九 はるののにあれたるこまのなづけにはくさばにみをもなさんとぞおもふ
 三七〇 あしひきのやまぶきの花やまながらさくらがりにはあふ人もあらじ
 三七一 いづれをかわきてをらましむめのはなえだもたわわにふれるしらゆき
 三七二 いままでにちらずはありともむめの花こきものとのみおもひけるかな
 三七三 わがやどにさきたるむめのたちめぐりすぎがていぬるひともみるらむ
 三七四 ふなをかにはなつむひとのつみはててさしてゆくかたいかでたづねむ
 三七五 しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちるはなならなくに

       花のちるを見て
 三七六 あひおもはでうつろふいろとみるものをはなにしられぬながめするかな
 三七七 ゆきかへりみるだにあるをさくらばないかにせよとかかぜのふくらむ

       さくらのはなのをちへいぬるをみて
 三七八 いつのまにちりはてぬらむさくらばなおもかげにのみいまはみえつつ
 三七九 ひさかたのそらもくもりてふるゆきは風にちりくるはなにざりける
 三八〇 春ふかみえださしひちてかみなみのかはべにたてるやまぶきのはな
 三八一 ちるにだにあはましものをやまざくらまたぬははなのつらさなりけり

       ていじの院のうたあはせ
 三八二 今日のみとはるをおもはぬときだにもたつことかたきはなのかげかは
 三八三 つねよりもをしみかねつるはるゆゑにここらのとしをあかぬころかな
 三八四 あけぬともをりやまどはむむめのはないづれともなきゆきのふれれば
 三八五 はるたちてなほふるゆきはむめのはなさくほどもなくちるかとぞみる
 三八六 かぜにのみおほせやはてむむめのはなはなのこころをしらぬものから
 三八七 はなしあらば春もなにかはをしからむくれぬとこそはけふはみましか
 三八八 今日くれてあすとだになきはるなればたたまくをしきはなのかげかな

       屏風
 三八九 いづれをかはなとはわかむふるさとのかすがのさとのまだきえぬゆき
 三九〇 さくらばなあだなるものとなにかいはむわがみるひとのこころこそそれ
 三九一 さくらばなゆめにやあるらんおなじくはまだみぬさきにちりぞしなまし
 三九二 ちるとのみみてやかへらんさくらばなはなのおもはむこともあるものを
 三九三 さくらばなちるともしらで月かげをあるとはかなくおもひけるかな
 三九四 おきふしてをしむかひなくうつつにもゆめにもはなのちるをいかにせむ
 三九五 をしめばやはなのちるらむあやにくにものもいはでぞみるべかりける
 三九六 はるごとにをしむにもあらずわぎもこがやどるさくらをえこそわすれね
 三九七 いかでわがをらむとおもひしやまぶきのはなのさかりのすぎにけるかな
 三九八 春さめのふりそめしよりあをやぎのいとのはなだにいろまさりゆく
 三九九 ひとりのみみてこそこふれやまぶきのはなのさかりにあふこともなし
 四〇〇 はるふかきいろこそなけれやまぶきのはなにこころをまづぞしめつる
 四〇一 さとはみなちりはてにしをあしひきのやまのさくらはまだちらずけり
 四〇二 ゆきとみてはなとやしらぬうぐひすはふくはるかぜのまださむきなり
 四〇三 なくとてもはなやはとまるはかもなくくれゆくはるのうぐひすのこゑ
 四〇四 わがごとやひともみるらんさくら花あらしとしらぬいろにもあるかな
 四〇五 ふるゆきをむめにあらずとはおほぞらをわきてことごとしらばこそあらめ
 四〇六 はるのひをいまいくかともおもはねばしづこころしてはなをやはみる
 四〇七 なにもせではなをみつつぞくらしつる今日をしはるのかぎりとおもへば
 四〇八 むめがえになくうぐひすのこゑきけばやまにもけふはゆきはふりつつ
 四〇九 おなじくはゆきてぞしみむさくらばなけふをすぐさばよのましらぬを
 四一〇 さくらばなやまにちりなんのちはいかに今日こそゆきてをらまほしけれ
 四一一 すにをればいさごのいろにまがふとりてにとるばかりなれにけるかな
 四一二 こころあらばみたびてふたびなくこゑをいとどわびしきひとにきかすな
 四一三 ふかみどりいりえのまつもしげければかげさへともにおいぬべらなり
 四一四 おいぬらむまつもしるらむあゆ川のみゆきのかみはあらざりけらし
 四一五 さくらばなさけるをのへはとほくともゆかんかぎりはなほゆきてみむ

 四一六 さくらばなおちくるみづのたえざらばはやくちるともなげかざらまし
 四一七 うぐひすのきつつのみなくあをやぎをうしろめたくもをらせつるかな
 四一八 あぢきなくはなのたよりにをりたればわれさへあだになりぬべらなり
 四一九 みつとてもをらであやなくかへりなば風にやあやなまかせはててむ
 四二〇 なほをりてみにこそゆかめはなのいろかちりなむのちはなににかはせん
 四二一 はなのいろをみるにこころはいぬれどもいきてなほてにをらむとぞおもふ
 四二二 あづさゆみはるのやまべにかすみたつもゆともみえぬひざくらのはな
 四二三 やみなばやこころをもせむはるさめのふるにとまれるわがやどをおもふ
 四二四 たねしあればおひにけらしもいはつつじはなさくはるにあはれとやみし
 四二五 はるさめにきみをやりてはあふさかのせきのこなたにこひやわたらむ
 四二六 あをやぎをかざしにさしてあづさゆみはるのやまべにいるひとやたれ

       えぎの御ときに、みづしどころにさぶらひけるとき、しづめるこ
       とをなげきて、あるひとにおくりはべりける
 四二七 いづこともはるのひかりはわかなくにまだみよしののやまはゆきふる
 四二八 うぐひすのゆくてにぬへるかさなればたのみしまよりあめやもりけむ
 四二九 見つつのみなくうぐひすのふるさとはちりにしむめの花にざりける
 四三〇 うたたねにゆめにやあるらむさくら花はかなくみえてやみぬべらなり
 四三一 よにもにずたれかさけてふむらさきのはなゆゑにこそはるもをしけれ
 四三二 ほととぎすなどかきなかぬわがやどのはなたちばなのみになるよまで
 四三三 いもとのみぬるとこなつのはなみればなべてひとにはみせんともせず

       あるところのさぶらひにさけたびけるに、めしあげられて、
       ほととぎすよめとはべりければ
 四三四 かれはてむことをばしらでなつぐさのふかくもひとをたのみけるかな
 四三五 うの花のうしやわが身よほととぎすしばしもみせてなきつつもみむ
 四三六 いまははやなきもしぬらむほととぎすあやなくけふをなきてかへらむ
 四三七 さみだれのたまのをばかりみじかくてほどなし夜をもあかしかねつる
 四三八 みみと川きけとおぼしくおほぬさにかくいふことをたれかたのまむ
 四三九 さみだれにみだれそめにし我なればひとをこひぢにぬれぬひぞなき
 四四〇 こひすればなにかおもはぬよるよるのやまほととぎすなきつつぞくる
 四四一 かけてのみみつつぞしのぶなつごろもうすむらさきにさけるふぢなみ
 四四二 まさりてはわれぞもえけるなつむしをひにかかりとてなにもどきけむ
 四四三 さみだれにみだれやせましあやめぐさあやなし人もいかがわすれぬ
 四四四 むかしみしわがふるさとはいまもなほうのはなのみぞめにはみえける
 四四五 はつこゑを我にきかせよほととぎすまづはつなきをわれにきかせよ
 四四六 なつとあきとゆきかふそらのかよひぢにかたへすずしきかぜやふくらん
 四四七 としごとにこゑもかはらぬほととぎすあかぬこころはめづらしきかな

       あき
 四四八 をぎのはのふきいづる風にあききぬとひとにしらるるしるべなりける
 四四九 はつかりのこゑをはつかにききしよりなかぞらにのみものをこそおもへ
 四五〇 むつごともまだつきなくにあけにけりいづらはあきのながしといふよは
 四五一 たまくしげあけがたにするあきのよはこころひとつををさめかねつる
 四五二 ながしともおもひぞはてぬむかしよりあふひとからのあきのよなれば
 四五三 われのみぞかなしかりけるひこぼしのあはですぐせるとしのなければ
 四五四 としごとにあふとはすれどたなばたのぬるよのかずぞすくなかりける
 四五五 あきの夜のあかぬわかれはたなばたのたてぬきにこそおもふべらなれ
 四五六 たなばたにかしつるいとのうちはへてとしのをながくこひやわたらん
 四五七 をみなへしひともとゆゑにあきのののちくさながらもはなをおもふかな
 四五八 わぎもこがころものすそをふきかへしうらめづらしきあきのはつかぜ
 四五九 今日からはくさきなりともうれしとはこのあきよりはいはでおもはむ
 四六〇 きくのはなちくさのいろをみるひとものべをとのみぞうつろひぬべき
 四六一 そよみなくみるきみなしとたなばたのあふよのこともおもほゆるかな
 四六二 かりてほすやまべのとりをあきぎりのたつたびごとにそらにこそちれ
 四六三 あはぢにてあはとくもゐにみしつきのちかきこよひはところがらかも
 四六四 ふるさとにかすみとびいづるくるかりのたびのこころはそらにぞあるらし
 四六五 あきごとにたびゆくかりはしらくものみちのなかにや夜をばつくさむ
 四六六 すぎがてにのべにきぬべしはなすすきこれかれまねくそでとみゆれば
 四六七 ひとしれぬねをやなくらむあきはぎのはなさくまでにしかのおとせぬ

       屏風のうた
 四六八 うちわたり見てをわたらむもみぢばのあめとふるともみづはまさらじ
 四六九 あきのよのながゐをやせむはかなくてもみぢの川にひをくらしつつ
 四七〇 風にちるあきのもみぢはのちつひにたきのみづこそおとしはてけれ
 四七一 あきのよのおぼろにみゆるつきよりももみぢのいろぞてりまさりける
 四七二 かげをだにみせずもみぢのちりぬべしみなそこにさへなみかぜやふく
 四七三 ゆきやらぬところやなにぞあきの夜のみちはひとつにあらじとぞおもふ
 四七四 あきのよのみちをわけゆくうつりにはわがころもでぞはなのかぞする
 四七五 ありぬればつきなくなりぬをみなへしひとしれずこそをらむとはおもへ
 四七六 きくのはなあきのよながらみましかばひとよもつゆをおきてみましや
 四七七 ながれゆくもみぢのいろのふかければたつたの川はふちせともなし

       ないしのかみの四十のが屏風わか
 四七八 あたらしく我のみぞみむきくのはなうつらぬさきにみむひともがな
 四七九 はるのよにころもかたしきたがためにならはぬくせにわかなつむらむ
 四八〇 ゆきかへりはるのやまべをさりがたみこのもとごとにこころをぞやる

       おなじ十五年御屏風のわか
 四八一 みづのおものふかくあはれもみゆるかなもみぢのいろぞふちせなりける

       おなじ十七年
 四八二 ふるゆきにいろはまがひぬむめのはなかにこそにたるものなかりけれ
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 秋萩集解題】〔2秋萩集解〕新編国歌大観第六巻-2 [東京国立博物館蔵本*]

 有栖川宮、高松宮家旧蔵。東京国立博物館蔵。巻子本一軸。「あきはぎの」の歌で始まるので、「秋萩帖」「秋萩集」などと呼ばれている。

 二〇紙、全長八・四六メートル。第一紙(縦二四・七センチ)と第二紙以下(縦二四・一センチ。巻末に王羲之の書状が臨写される)は別筆で、第一紙(一・二の歌)は原本、第二紙以下(三~四八の歌)はその臨模の関係にある。第二紙以下の紙背には「淮南鴻烈兵略間詁第廿」が書写されている。一〇世紀中ごろの写。伝称筆者は小野道風。漢字の草書体の面影をとどめる草仮名で四八首の和歌が、それぞれ四行書きで記されている(第一首を草仮名のまま示せば、「安幾破起乃之多者以都久以末餘理處悲東理安留悲東乃以禰可転仁數流」とある。草仮名には、ア行の「え」は見出せないが、ヤ行の「え」は、「要」が四か所に、ワ行の「ゑ」は、「恵」が一か所に、誤りなく使用されている)。詞書・作者名は付されていない。一の第二句、二の第二句、四の第二句、九の第二句、一〇の第三句、一八の第四句、二三の第四句、三二の第三句、三四の第一句・第二句・第三句、三六の第二句、三八の第四句、四〇の第三句、四七の第五句には、語句の脱落がある。

 本書の底本には東京国立博物館蔵本の影印本である日本名跡叢刊「秋萩帖」によった。
 万葉集、寛平御時后宮歌合、古今集、後撰集、千里集の歌のほか、他に所見のない二二首を収める。
 第一紙の二首は秋歌だが、第二紙以下は冬歌二八首、雑歌一八首である。春夏の歌と秋歌の大部分など、前半部を欠脱する、成立時期未詳(昌泰〈八九八~九〇一〉ごろか)の私撰集もしくは秀歌撰か。
 (樋口芳麻呂)
 
 【秋萩集】48首 新編国歌大観第六巻-2 [東京国立博物館蔵本*]

    秋萩集
 
  一 あきはぎのしたばいづくいまよりぞひとりあるひとのいねがてにする
  二 なきわたるかりのみだやおちつらむものもふやどのはぎのうへのつゆ

       
  三 いちしろくけふともあるかなかみななづきやまさしくもりしぐれふるめり
  四 かみなづきしぐれともにかみなびのもりのこのははふりにこそふれ
  五 しものふるよははださむしをみなへしわがやどかるななにそへてだに
  六 あきはててしもになりにしわれなればちることのはをなにかうらみむ
  七 ものおもふとひとりしもわがおきつればうみべのたづもよはになくなり
  八 かきくらしあられふりつめしらたまのしけるやどともひとのみるがに
  九 まつのうへにしものさむければこむやとたのむよこそおほけれ
 一〇 たかやまのしたくささやぎよをこよひもやはたわがひとりねむ
 一一 かぜをいたみおきつしらなみたかからしつりするあまのそでかへるみゆ
 一二 まちかねてわれはむかへらしむばたまのわがくろかみにしもはおくとも
 一三 かみなづきわがみあらしのふくさとはことのはさへぞうつろひにける
 一四 しぐれふるふるやみやまのやまもりにあらねどけさはそでぞつゆけきけき
 一五 しものうへにあとふみとむるはまちどりゆくへもなしとわびつつぞふる
 一六 あまのがはふゆはそらさへこほればやいしまにたぎつおとだにもせぬ
 一七 さざなみやいたやまかぜのうみふけばつりするあまのそでかへるみゆ
 一八 かぜなくはいざしまべみにおきつなみたちしくともむなしくはこじ
 一九 けさのあらしさむくもあるかなあしひきのやまさしくもりゆきぞふるらし
 二〇 うきもあへずそらにきえつつふるゆきをなどかたのまむたもとぬらしに
 二一 わがかみのみなしらゆきになりぬればおけるしもにぞおどろかれぬる
 二二 ほりておきしいけはかがみにこほれどもこかげだにみえずとしぞへにける
 二三 なみだがはみなぐばかりのふちはあれどこほりとけばかげもやどらず
    





 二四 ふりしけばまさにわがみとそへつべくおもへばゆきのそらにちりつつ
 二五 よをさむみあさとをあけてわがみればにはしろたへにあわゆきぞふる
 二六 みよしののやまのしらゆきふみわけていりりにしひとのおとづれもせぬ
 二七 しらゆきのやへふりしけるかへるやまかへるがへるもおいにけるかな
 二八 ひかりまつえだにかかれるゆきをこそふゆのはなとはいふべかりけれ
 二九 ながれゆくみづこほりぬるふゆさへやなほうきくさのあとはとどめぬ
 三〇 もみぢばのながれてとまるわたつみはくれなゐふかくなみぞたつらむ
 三一 しかりとてそむかれなくにことしあればまづなげかるるあなうよのなか
 三二 くもはれてみづにつきかげうつらむみまくほりえはにごりせなくに
 三三 いくよしもあらじわがみをなぞはかくあまのかるもにおもひみだるる
 三四 まてはむことねたさにのぶればうくもすずろになげきしつるか
 三五 わがやどをあきのやぶとしあらせればみだれてもなくむしのこゑかな
 三六 いとはたもちりぬるはないろかふるつゆはおかじとおもひしものを
 三七 みよしののやまべにすめばほととぎすこのまたちくきなかぬひはなし
 三八 ゆめのかげのがひとどめてわかるともこひしからむあかずみつれば
 三九 はなのいろのみるもあくまでへましかばうくざらましなにほひながらも
 四〇 あかずしてわかるるなみだたきそふみづまさるとやしもはみるらむ
 四一 にほふかとみればうつろふはなぞこはつきにもみむなあかずくれなば
 四二 あらたまのとしやつみけむしのぶぐさやどにははやくおひにしものを
 四三 うぐひすにたのみははやくうつしてきやどのさびしひしくあれしときより
 四四 ふるさととなりにしかばやほととぎすはやしさびしとなきわたるらむ
 四五 なほしてはなきもわたらじほととぎすうきよにすまふひとのためこそ
 四六 よのなかにあらむかたなみさわげばやこころうきくさよるべさだめぬ
 四七 おもひにはかたなきかほもつくといふをけふのみかにはなのしづめ
 四八 やへむぐらたれかわけつるあまのがはとわたるふねもわがまたなくに
    


 [wikipedia]の解説を載せるが、国歌大観解題にもいうように、「秋萩帖」の項目で扱われている。 [「書」としての解説なので、その画像も載せる ]

 秋萩帖(あきはぎじょう)は、平安時代の書の作品の一つで、草仮名の代表的遺品。巻子本、1巻。和歌48首と王羲之尺牘(せきとく)臨書11通が書写されている。伝称筆者は小野道風及び藤原行成。書写年代は不明だが10世紀ないしは11世紀か。国宝。東京国立博物館蔵。

[概要]
 色替わりの染紙20枚を継いだ全長842.4cmの巻子本。天地は第2紙以下は23.8cmだが、第1紙のみ少し大きく24.5cm。内容などから以下の4つの部分(紙背を含む)に分けることができる。

 A. 第1紙

薄い縹色に染めた麻紙に一首4行書きの和歌2首(秋歌)を書す。小野道風筆の伝承をもち、書風はその真跡に似るが、他筆や摸写の可能性もある。紙背には文字は書かれていない。2首目の第1行のところに虫損が縦に走っていることから、この部分に糊が塗られていた、つまり原装は粘葉装であったと考えられる。
 B. 第2紙から第15紙半ば
色々の濃淡に染めた色替わりの楮紙を継いでおり、A(第1紙)と同じく一首4行書きで和歌46首(冬歌他)を書す。書風はAと似るが別筆であり、Aの失われた部分の摸写と考えられる。そのため道風筆の伝承は受け入れがたい。
 C. 第15紙途中から巻末第20紙
Bと同じ料紙に王羲之尺牘11通分を臨写する(尺牘とは書状のこと)。Bと同筆。Bとともに藤原行成筆の伝承を持ち、また行成真跡に似るという意見もある。11通のうち半数以上が唐摸本のみならず摸刻本すら中国には残っていない貴重なものである。
 D. 第2紙から巻末第21紙までの紙背
『淮南鴻烈兵略間詁 第廿』の写本。唐代の書写という説が有力である。『淮南鴻烈兵略間詁』(えなんこうれつ へいりゃく かんこ)は、前漢時代の思想書『淮南子』の許慎による註釈書である。

 もともとAとB、C、Dは別に伝来していたが、後に継がれたと考えられている。その時期は、Dの各継ぎ目上部に伏見天皇の花押が書かれているが、第1紙と第2紙の間にはそれが存在しないことから、それ以後であろう。

 伏見天皇から伏見家をへて霊元天皇に伝わる。この時行成筆白氏詩巻とともに一つの箱に収められ、宸筆で「野跡」(道風筆)「権跡」(行成筆)などの箱書が書かれる。

 AとBについては、筆者、書写年代等について諸説あるが(後述)、日本語の表記が上古の万葉仮名から日本独自の平仮名へ移行する過渡期の草仮名の遺品として、書道史のみならず、日本語史、日本文学史のうえでも貴重な資料である。

 巻頭の和歌は「あきはぎのしたばい(「ろ」脱か)つくいまよりぞひとりあるひとのいねかてにする」で、これが「秋萩帖」の呼称の由来になっている。この和歌は日本語の1音節を漢字1文字にあて、草書体で書写されている。これを漢字によって書き下すと次のようになる。

安幾破起乃 之多者以都久 以末餘理處 悲東理安留悲東乃 以禰可轉仁数流(読みやすくするため句ごとに区切った)

 この和歌は、古今和歌集巻四・秋歌の220番歌「秋萩の下葉色付く今よりやひとりある人の寝ねかてにする」と同歌とみられるが、第3句が「いまよりぞ」となる点に小異がある。書体は「安」(あ)のように平仮名の字形に近くなっているものもあるが、漢字の字形をとどめており、一部に2字の連綿もみられるが、基本的には放ち書きである。

[名称] 秋萩帖の「秋萩」は、前述のとおり、巻頭の和歌「あきはぎの - 」に由来する。また巻子本であるのに「帖」と呼ばれるのは、江戸時代に草仮名の法帖として摸刻本が多く出版され「安幾破起帖」などと書名が付けられたが、それが原本の呼称にも影響したため。風信帖などと同じ事情である。この名実不一致を正すため「秋萩歌巻」の呼称が提案されたこともある。

[書写年代] あ行とや行の「え」を書き分けていること、「徒」を「つ」ではなく「と」の仮名に用いていること、他出の和歌は古今集や寛平御時后宮歌合などの歌であることなどから天暦以前のテキストだと思われるが、摸写だとするとテキストから書写年代を推定することはできない。

 Aについては、原本説と摸写説がある。前者をとれば、書写年代は道風の時代で問題ないが、道風筆または他筆の可能性もある。また後者をとれば年代推定は難しいが、料紙が古態を留めるため、それほど時代はくだらないとみられる。

 Bは模写でありまた同筆のCも臨書であるため、テキストからの時代推定はできない。また紙背を利用しての書写なので、料紙からの時代推定も不可能である。そのため、書写年代は10世紀後半から11世紀と広く、更には鎌倉時代の伏見天皇模写説(小松茂美)まである。

 Dは、奈良時代の日本における書写という説もあるが、唐代書写の舶来品という説が有力である。


  
[wikipedia 秋萩帖第一紙]

 

[国立国会図書館デジタルコレクション]

 
[wikipedia 秋萩帖第十三・四紙]

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 【新編国歌大観】 1983~1992 [日本の和歌の集大成として、検索の役割を初めて担った索引書とも言うべき「国歌大観1901~1903」の改訂版]    
 万葉集解題〔1万葉解〕】[第二巻] [西本願寺本]

  本文は、西本願寺本(昭和八年竹柏園刊複製本)を底本として校訂を加え、歌の本文の右に西本願寺本による訓を、左に現代の万葉学の立場で最も妥当と思われる新訓を施した。
 西本願寺本を底本としたのは、二十巻完備した現存最古の伝本であり、今日の多くの万葉集が、これを底本として校訂を施し、本文を作っているのと同じ立場である。ただその訓をも採用したことについては、ぜひ一言説明しておく必要があろう。万葉集は漢字のさまざまな機能を駆使して、表記されているために、そのよみ方が平安時代に入ると問題となった。後撰集の撰進のための和歌所で、いわゆる梨壷の歌人らによってその訓法が考えられ、それを古点と称する。その後も平安末期の次点を経て、西本願寺本に見る仙覚の新点に至るまで、いろいろによまれて来たのである。さらに、その後も、歴代の万葉研究家により、より正しいと思われる試訓による改訂につぐ改訂を経て、今日に至っている。したがって、現代の万葉学の成果に基づく訓が、万葉集本来の訓に接近していること、西本願寺本の訓の比ではないこというまでもない。しかし万葉集が後代の文学に大きな影響を与えているその本文は、それぞれの時代の訓によってよまれていたこともまた見のがしてはならない。たとえば、
 
 東野炎立所見而反見為者月西渡

は、江戸時代になって賀茂真淵が「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて」とよむまでは、ながく「あづまののけぶりのたてるところ見て」という形で、人々によまれて影響を与え、「あづまの」という歌語が生じていたのである。したがって、この国歌大観のように、万葉集のテキストというにとどまらず、ひろく、その影響関係をも索引によって、さぐろうとする用途をもつ本の性格からは、たとい誤読であることが明らかであっても、その長くよまれて来た形の本文をも示し、それを索引で検索できることが必要であると考えたからである。そのためには、各時代さまざまの訓が検索できることが望ましいが、それをこの「私撰集編」におさめる万葉集で実現することは不可能であるから、せめて二十巻揃った最古の本である西本願寺本の訓を採用したのである。この訓は、江戸時代の寛永板本にも踏襲されている点が多く、少なくとも元禄期に契沖による万葉代匠記が出てそれ以降のいわゆる新訓以前における代表的な旧訓であったといえよう。
 
 しかし、その訓が決して万葉集を正しくとらえるものでないことは、これまたいうまでもない。したがって左には新しく今日の立場で、最も妥当と思われる訓を施したのである。ただ、歌の本文の区切りは西本願寺本によっているので、新訓は底本の区切りと対応しない場合もあり、校訂についても、西本願寺本の訓と対応しているときは、今日の立場では誤字とされているものも底本の文字を残しているので、新訓が本文を改めて訓を施している場合は、いちいちその過程を注記していない。新訓は西本願寺本を底本とし、独自に改訂を施した本文による一つの仮名万葉となっている。
 
 底本には巻一および巻二十の奥に奥書があるが、本文には省略してあるので、左に記しておく。

 天平勝宝五年左大臣橘諸兄撰万葉集云々
此本者正二位前大納言征夷大将軍藤原卿始自寛元元年初秋之比仰付李部二千石源親行校調万葉集一部為令書本以三箇証本令比校親行本畢同四年正月仙覚又請取親行本并三箇本重校合畢是則一人校勘依可有見漏事也三箇証本者松殿入道殿下御本帥中納言伊房卿手跡也光明峰寺入道前摂政左大臣家御本鎌倉右大臣家本也 此外又以両三本令比校畢而依多本直付損字書入落字畢
東寛元四年十二月廿二日於相州鎌倉比企谷新釈迦堂僧坊以治定本書写畢
同五年二月十日校点畢 又重校畢
今此万葉集仮名他本皆漢字歌一首書畢仮名歌更書之常儀也然而於今本者為糺和漢之符合於漢字右令付仮名畢如此雖令治定今又見之不審文字且千也仍弘長元年夏比又以松殿御本并両本尚書禅門 真観本 基長中納言本遂再校糺文理謬畢
又同二年正月以六条家本比校畢此本異他其徳甚多珍重々々
彼本奥書云
承安元年六月十五日以平三品経盛本手自書写畢件本以二条院御本書写本也他本仮名別書之而起自叡慮被付仮名於真名珍重々々可秘蔵々々々  従三位行備中権守藤原重家
彼御本清輔朝臣点之云々愚本仮名皆以符合水月融即千悦万感弘長三年十一月又以忠定卿本比校畢凡此集既以十本遂校合畢又文永二年閏四月之比以左京兆本伊房卿手跡也令比校畢而後同年五六両月之間終書写之功初秋一月之内令校点畢 抑先度愚本仮名者古次両点有異説歌者於漢字左右付仮名畢其上猶於有心詞家曲歌者加新点畢如此異説多種之間其点勝劣輒以難弁者歟依之去今両年二箇度書写本者不論古点新点取拾其正訓於漢字右一筋所点下也其内古次両点詞者撰其秀逸同以墨点之次雖有古次両点而為心詞参差句者以紺青点之所謂不勘古語之点并手尓乎波之字相違等皆以紺青令点直之也是則先題有古次両点亦示偏非新点也次新点歌并訓中補闕之句又雖為一字而漏古点之字以朱点之偏是為自身所見点之為他人所用不点之而已
   文永三年八月十八日 権律師仙覚

(以上が巻一の奥。なおあとに橘諸兄の伝をあげるが省略する。なお、この奥書は、西本願寺本万葉集解説に「こは本文とは別筆にしてこの奥書の筆者は全部に亙りて校合書入を為し巻九の目録巻十の本文等の遺脱せる分をも補ひ書けり」とある)

先度書本云
斯本者肥後大進忠兼之書也件表紙書云以讃州本書写畢以江家本校畢又以梁園御本校畢又以孝言朝臣本校畢者可謂証本者歟又校本云以前左金吾本書写畢保安二年七月以数本比校畢又以中務大輔本校畢件本表紙書云以宇治殿御本通俊本校畢者
抑先本校合之根源并今本仮名色々事第一巻奥先記之畢愚老年来之間以数本令比校之処異説且千也其中於大段不同有三種差別一者巻々目録不同二者歌詞高下不同三者仮名離合不同也初巻々目録不同者如松殿御本左京兆本已上両本共帥中納言伊房卿手跡也忠兼等本者二十巻皆以巻々端目六在之但目六之詞各有少異就中第廿巻目六有三重相違或本者諸国防人等名字皆以載之或本者始自遠江国防人部領使至于上野国防人部領使已上九箇国者雖挙所進歌員数不挙防人一々名字於武蔵一国書載防人等十二人之名字或本者如以前九箇国武蔵防人所進歌挙其員数許也此説可宜歟尤可同自余九ケ国也凡他巻目六挙歌員数事大旨如此也今愚本付順之畢如二条院御本之流并基長中納言本之流尚書禅門真観本元家隆卿本也者至第十五巻目六在之第十六巻以下五巻無目六自本如此本一流有之歟或又有都無目六本也又巻々初挙長歌員数書之短歌何首等仮令第五巻初書之短歌十首反歌百三首等也是則以長歌為短歌僻料簡所為歟次反歌者相副長歌之時短歌也故長歌次有短歌之時或書之反歌或書之短歌者也而何一巻内短歌惣以謂之反歌乎其誤非一歟如忠兼本者都不書之尤佳也如松殿御本者短歌何首等雖書之其注美本無之云々尤可然 次歌詞高下不同者如光明峰寺入道前摂政家御本鎌倉右大臣家本忠兼本者歌高詞下先度愚本移之畢法性寺殿御自筆御本又同之也雖然古本并可然本々多以端作詞者指挙書之歌者引下書之所謂松殿御本二条院御本之流并忠定卿本尚書禅門本左京兆本皆同又道風行成等手跡本同以詞挙歌下仍去今両年二箇度書写本移之畢凡序題并端作詞指挙書之詩歌引下書之事為古書之習歟就中御宇年号等挙書
之者時代分明尤佳也 三仮名離合不同者倩案事情天暦御宇源順等奉

 勅初奉和之剋定於漢字之傍付進仮名歟仍慕徃昔之本故先度愚本於漢字之右付仮名畢是則其徳非一故也其徳者一者料紙減三分之一書写惟安二者和漢相並見合無煩和漢別時者短歌猶以校勘有煩何況於長歌乎三者若和若漢訛謬無隠四者和漢一所疾了字声五者未付仮名歌有置和之所本雖似有其理徒然闕行無用也一向漢字書之時者有徳無難者歟於是去弘長二年初春之比以太宰大弐重家卿自筆本令校合之処於漢字之右被付仮名彼本第一巻奥書云承安元年六月十五日以平三品経盛本手自書写畢件本以二条院御本書写本也他本仮名別書之而起自 叡慮被付仮名於真名珍重々々等云々愚本仮名皆以符合水月融即感応道交歓悦余身似覚悟暁者歟其後聞古老伝説云天暦御宇源順奉勅宣令付進仮名於漢字之傍畢然又法成寺入道殿下為令献上東門院仰藤原家経朝臣被書写万葉集之時仮名歌別令書之畢尓来普天移之云々然而道風手跡本仮名歌別書之古老之説有相違歟後賢勘之以前三箇不同等令採用其善所書写此本也只事一身之耽翫未顧多情之疑謗自感数奇屡垂哀涙而已去年書写本者依中務卿親王之仰令献上之畢仍更所令書写也
   
 文永三年歳次丙寅八月廿三日
                                                                     権律師仙覚記之 
  (以上巻二十の奥)

  本文の校訂にあたっては、全体の凡例に準拠するが、特に万葉集の場合にとった点のみを左に列挙する。

 頭注・傍注・貼紙はすべて省略した。
 序・題詞・左注などの漢文は、底本に存する振り仮名はすべて省略し、底本のよみ方にこだわらず、最少限、読点・返り点を付した。
 本文にミセケチその他、記号を付して改訂がなされているものは、別筆による加筆でも改められた形のものによった。 
 底本の歌順の誤りは正した。また、底本の明らかな誤りと思われる点に限って、本文を他の諸本によって校訂した。特に必要と認めた場合は校訂付記に示したが、多くは特にことわらなかった。本書の場合、本文を厳密な意味で用いることはほとんどないと思われるので、いたずらに校訂付記が繁雑になることを避けたのである。 
 歌の詞句は、西本願寺本の訓に照応する句切りにより、一句ごとに空白を置いた。したがって、新訓の句切りとは必ずしも対応しない。借廬毛未壊者(一五五八)のような再読文字による区切りの不能な箇所も、便宜上、借廬毛未と壊者で区切った。 
 西本願寺本の訓は本文の右に片仮名で、新訓は左に平仮名で記した。 
 西本願寺本の訓については、古点・異本注記はすべて省略し、二通りの訓が施されている場合は、その該当訓の下に( )に入れて掲出した。たとえば、「奴要子鳥〔ヌエコドリ(ヌエドリノ)〕」(五)は、右に「ヌエコドリ」左に「ヌエドリノ」の訓が付されていることを記す。左側の異訓も、一句完全な異訓ばかりでなく、右側の訓を補足して句として成立するものはなるべくとりあげた。 
 三通り以上の異訓がある場合は、主要と認めたもの二種をとったが、第三以下の訓は校訂付記に記した。 
 西本願寺本の訓の清濁については、新訓に準じた。 
10   異体字のうち、獦(猟)・(役)・盖(蓋)・陁(陀)・甞(嘗)・恠(怪)・鴈(雁)・嶋(島)・躰(体)・飈()・迩(邇)・汙(汚)・祢(禰)・尓(爾)・曽(曾)・苅(刈)・徃(往)・竊(窃)は特に残した。 
11  一人称代名詞ア(アレ)・ワ(ワレ)の区別は、それが接する体言および用言の種類による面が大きいと見られる。訓字表記「吾・我」等について、新訓では、東歌・防人歌を除く仮名書き例において、一定してア(アレ)が用いられるばあいに限ってア(アレ)の訓を採用し、その他にはワ(ワレ)と施訓した。 
12 万葉集の旧国歌大観番号は特にひろく用いられていて、影響が大きいので、新番号と異なる場合に限り、並記して残した。

  校訂付記
   怜国曽 「オヲシロキクニソ」とし、「ヲ」の右に「モイ」とあるが、異本注記をとって、「オモシロキクニソ」の訓をとった。
   伊縁立之 「イヨリタシヽ」とあるが、「ヽ」の脱落したものとみて「イヨリタタシシ」に改訂した。 
   借五百熾所念 「念」の訓「オヲフ」とあるが、「オモフ」に改訂した。 
 一二  珠曽不拾 「タマソヒロハメ」とあるが、「メ」を「ヌ」に改めた。 
 一三  然尓有許曽 「シカニアコソ」とし、「ア」の右に「アレイ」とあるが、異本注記をとって、「シカニアレコソ」の訓をとった。 
 一五  今夜乃月夜 「ヨコヒノツキヨ」とあるが、「コヨヒノツキヨ」に改訂した。 
 四五  太敷為 「フトキシ」とあるが、「フトシキシ」に改訂した。 
 一一〇  吾忘目八 「ワレススレメヤ」とあるが、「ススレメヤ」を「ワスレメヤ」に改めた。 
 一六七  神上々座奴 「カミアカリイマシヌ」とあるが、「カミアカリアカリイマシヌ」と改訂した。
 二〇一  埴安乃 「垣安乃」とし「ミヤスノ」と付訓するが、「埴安乃」と訂し、訓も「ハニヤスノ」と訂正する。 
 二〇四  飽不足香裳 「アキタラスカモ」とあるが、「アキタラヌカモ」に改める。 
 二一三  携手 「ナツサヒテ」とあるが、「タヅサヒテ」に改める。 
 巻三目録 「大伴宿祢駿河麿即和歌一首」の一行、「娘子復報歌一首」の次にあるが、改訂して、この位置におく。
 三二〇  布士能高嶺乎 「フシノタカネソ」とあるが、「フジノタカネヲ」に改める。
 三二一  真白衣 「マシロニソ」の右に「シロタヘ」とあるが、「シロタヘノ」に改める。
 三七三  潤湿跡 「ヌレヒチト」とあるが、「ヒチ」を「ヒテ」に改めた。 
 四二一  石戸立 「イハトタチ」とあるが、「イハトタテ」に改める。 
 四八四  真白髪尓 「マシカニ」とあるが、「マシラカニ」と改めた。 
 巻四目録 「大伴宿祢三依歌一首」の一行、「丹生女王……」の次にあるが、この位置に訂する。 
 巻四目録 「童女来報歌一首」の「童女」と「来報歌……」の間に「和贈大伴宿祢家持」とあるが、とる。 
 五三七  今裳見如 「イモモミルコト」とあるが、「イマモミルゴト」に改める。
 五四六  吾者不念 「ワレヲハオモハス」と左の「ワレハオモハス」の二通りの訓をとったが、「ス」の右に「シ」とあり、第三の訓「ワレハオモハジ」となる。 
 五四八  伊将留鴨 「イトヽメム 」とあり、「モ」を補う。校本万葉集に「カモ青」とあるが、複製版には見えない。 
 五九六  立嘆鴨「鴨」の左に○符あり、さらに左に「ツル」の訓、頭書に「鶴」とある。「タチナゲキツル」(古葉略類聚鈔等)の訓を考えたか。 
 六八〇  朝居雲乃 「アサヰルクルノ」とあるが、「アサヰルクモノ」に改める。
 七五五  人目繁而 「ヒトメシケラテ」とあるが、「ヒトメシゲクテ」に改める。 
 七八八  寿母不有惜 「不有惜」の左に「サマシ」とあるが、陽明文庫本などにより「サマレ」に改めた。 
 八九六  引可賀布利 「布」の左に「ヌ」とあるが、何かの誤りとみて異訓としてとらない。 
 八九六  火気布伎多弖受 「気」の左に「ケ」とあるが、「ケフリ」の訓の前の予備的なものとして異訓としてとらない。 
 九〇二  老尓弖阿留 我身上尓 「我」の左に「カ」とあり、「オイニテアルカ」「ミノウヘニ」とよんだかとも思われるが省略した。 
 九二一  吾恋 「ワカコユル」とあるが、「ユ」を「フ」に改めた。 
 九三一  野上者 「ノカミハ」とあるが、「ニ」を補って「ノカミニハ」と改めた。 
 九三三  物部乃 「モノノノノ」とあるが、「モノノフノ」と改めた。
 九四二  雖見将飽八 「ミトモアカスヤ」とあるが、「ミトモアカメヤ」に改める。 
 九五三  真葛延 「マクハフ」とあるが、「ス」の脱とみて「マクズハフ」とする。 
 一〇〇七  岸乃黄土 「キシノハニフ」とあるが、「キシノハニフニ」に改める。 
 一〇一六  梅咲有跡 「メサキタリト」とあるが、「ウメサキタリト」に改める。
 一〇七四  弓上振起 「ユスヱフリタチ」とあるが、「ユズヱフリタテ」に改める。 
 一一〇〇  「昔者之……」の歌と次の歌と入れ替っているが、元暦本等によりこの位置に改める。 
 一一〇五  黒玉之 「ヌムタマノ」とあるが、「ヌバタマノ」に改める。 
 一一一九  并人見等 「ミナヒトミネト」とあるが、「ネ」を「キ」に改めた。 
 一一三八  石跡柏等 「イハトカハシハト」とあるが、「イハトカシハト」に改める。 
 一一五七  馬立而 「ウマタチテ」とあるが、「ウマタテテ」に改める。 
 一一五九  乱而将有 「ミタルテアラム」とあるが、「ミダレテアラム」に改める。
 一一八〇  「足柄乃……」の歌と前の歌と入れ替っているが、元暦本等によりこの位置に改める。
 一一九六  家恋良下 「イヘコソラシモ」とあるが、「イヘコフラシモ」に改める。
 一二〇〇  「妹尓恋……」の歌、「人在者……」の前にあるが、古葉略類聚鈔等により位置を改めた。 
 一二六七  「足病之……」の歌、「暁跡……」の前にあるが、元暦本等により位置を改める。 
 一三一六  吾之念者 「ワレニオモハハ」とあるが、「ワレシオモハバ」に改める。
 一三二四  吾不念尓 「ワカオモナクニ」とあるが、「ワガオモハナクニ」に改める。 
 一三五三  小竹尓不有九二 「サノニアラナクニ」とあるが、「ノ」は「ヽ」の誤りとみて「ササニアラナクニ」に改める。 
 一五三八  道去跡 「ミチユキツツト」とあるが、「ミチユキヅトト」に改める。 
 一五七七  雖賤 「ヤシケレト」とあるが、「イ」の脱とみて「イヤシケレド」とする。
 一五八一  秋野之 「アキノノ」とあるが、「ノ」の脱とみて、「アキノノノ」とする。 
 一六一四  瞿麦之花 「花」に訓なし、「ハナ」と補う。 
 一六三三  如何為跡可 「カニストカ」とあるが、「イ」の脱とみて「イカニストカ」とする。
 一六五六  梅花 「メノハナ」とあるが、「ウメノハナ」とする。 
 一六六〇  梅花浮 「メノハナウケテ」とあるが、「ウメノハナウケテ」とする。 
 一七六五  神辺山尓 「カミイニヤマニ」とあるが、元暦本、紀州本により「カミノヘヤマニ」と改める。 
 一八四六  梅莫恋 「メヲナコヒソ」とあるが、「ウメナコヒソ」とする。 
 一九一〇  梅花 「メノハナ」とあるが、「ウメノハナ」とする。
 一九四八  鳴而 「オキテ」とあるが、「ナキテ」とする。 
 二〇九六  多土伎乎不知 「タツキヲシラ」とあるが、「ス」を補って「タヅキヲシラズ」とする。 
 二一二八  枝毛思美三荷 「エダモシミミミ」を諸本により「エダモシミミニ」と改める。 
 二三五五  「壁草」の左に「ツマ」、「苅尓」の左に「ヤリニ」、「給根草如依逢未通女」の左に「タマヘルネツコクサヨリアフヲトメコ」とあるが、一首の訓の形をなさないので省略する。
 二三五六  「室」の左に「ムロニ」、「静子」の左に「シツケコ」、「之」の左に「カ」、「手」の左に「テ」、「鳴」の左に「ナル」、「如」の左に「コトク」、「内」の左に「チカツク」、「白」の左に「マヲ」とあるが、一首の訓の形をなさないので省略する。 
 二三六二  永欲為 「欲」の左に「ホシ」とあるが異訓としてとらない。 
 二四〇四  「コレハカリイツヲカキリニハナハタモトキシコヽロニツケオモフニコフラクノユヱ」の左訓があるが、短歌の形をなさないため省略する。 
 二四九三  心哀 別訓「ココロトモ」を嘉暦伝承本、古葉略類聚鈔により「ココロカモ」と改める。 
 二五二七  思狭名盤在の左に「シサナイハサラ」、者の左に「ハ」、見之の左に「ミヘシ」、雖念の左に「オモホユレトモ」とあるが、一首の訓の形をなさないので省略する。 
 二五七九  「面忘……」は次の歌と入れ替っているがこの位置に改める。 
 二六五二  莫恋吾妹 「ナコヒソナキモ」の「ナキ」の右に「ワキ」の訓あり、「ナキ」を「ワキ」と訂したものとみて、「ナコヒソワギモ」の訓をとる。
 二六五五  東細布 「アツマナルケフ」の左訓があるが省略する。
 二六五六  斐太人乃 「ヒタヒヒトノ」とあるが、「ヒダヒトノ」に訂正する。
 二七一八  或本歌、相不思 「アヒオモハス」とあるが、「アヒオモハヌ」と改める。 
 二七五四  海部之燭火 「燭」の左に「タク」の訓あり、「タクヒノ」とでもよむかと思われるが省略する。 
 二八一四  一云、里動 「サトヨミ」を諸本により「サトトヨミ」と改める。
 二八六八  乾哉吾袖 「哉吾袖」の左に「カメヤワカソテ」とあり、「カワカメヤワガソデ」とよむかとも思われるが省略する。 
 二九〇五  忌々久毛吾者 「イタクモワレハ」と「ユユシクモワレハ」の二通りの訓をとったが、「イタク」の右に「コヽタク」とあり、第三の訓「ココダクモワレハ」となる。 
 二九二七  無礼恐 「メ」の右に「ケ」とあるが、異訓としてとらない。 
 二九三四  於君将相跡 「キミニアハム」とあるが、「ト」の脱とみて「キミニアハムト」とする。
 二九四七  何時左右鹿 「イツママテカ」とあるが、「マ」を衍とみて「イツマデカ」とする。 
 二九八二  桃花褐浅等乃衣 「モヽノハナアサラキノキヌ」の「ノキヌ」を残して消し「アラソメノアサラノコロモ」とするが、「ノキヌ」は消し残りとみて省略する。 
 二九九二  見不飽妹尓 「ミレトモアカヌイモニ」の肩に\の印をし、右に「アカレヌイモニアハスシテ」とする。右の訓に訂したものとみて、もとの訓は省略する。 
 三〇一九  出之月乃 「サシイツルツキノ」と「イテニシツキノ」の二通りの訓をとったが、「サシイツル」の右に「イテクル」とあり、第三の訓「イデクルツキノ」となる。 
 三〇八三  射去羽計 「イサリハハカル」「イユキハハカル」のほかに「イサリ」の右に「イユキ」とあり、第三の訓「イユキハバカル」となる。 
 三〇九二  浪之共 「ナミタテハ」「ナミノムタ」のほかに、「タテハ」の右に「トモニ」とあり、第三の訓「ナミトモニ」となる。 
 三一〇八  旦開者 「アサケニハ」「アサカケハ」のほかに、「アサケニハ」の右に第三の訓「アリアケハ」がある。 
 三一四九  近有者 「チカケレハ」「チカクアレハ」のほかに、「ケレハ」の右に「カラハ」とあり、第三の訓「チカカラバ」となる。
 三一五八  紐開不離 「ヒモトキアケス」「ヒモトキサケス」のほかに、「ケ」の右に「エ」とあり、第三の訓「ヒモトキアヘズ」となる。 
 三一九一  名告藻之 「ナツキモノ」「ナノリソノ」のほかに「キ」の左に「ケ」とあり、第三の訓「ナツケモノ」となる。 
 三二〇二  蒙山乎 「クモレルヤマヲ」「タナヒクヤマヲ」のほかに「クモ」の右に「カヽ」とあり、第三の訓「カカレルヤマヲ」となる。 
 三二一三  海之底 「ウミノソコ」「ワタノソコ」のほかに、右の傍訓として第三の訓「ミナソコノ」がある。
 三二一三  奥者恐 「ヲヽキハオソロシ」とあるが、「ヽ」を誤りとみて、「オキハオソロシ」とする。 
 三二一六  柔田津尓 「柔」の左に「ナリ」とあるが、異訓として採らない。 
 三二一六  所見不来将有 「ミレトコサラム」「ミエコサルラム」のほかに、「ミレト」の右に「コス」、「サ」と「ラ」の間に「ル」とあり第三の訓「コズコザルラム」となる。 
 三二六七  言上為吾 底本脱。元暦本等により本文のみ補う。 
 三三〇五  夷離 「シナサカル」とあるが、校本万葉集によれば「シ」はもと「ヒ」の由、さらに異伝「夷治尓等」の訓「ヒナヲサメニト」を参照して「ヒナサカル」と改める。 
 三三四四  麗妹尓鮎矣惜 底本脱。元暦本等により本文のみ補う。 
 三三四九  直渡異六 底本繰り返しなし。元暦本等により本文のみ補う。
 三三五〇  世間有 底本繰り返しなし。元暦本等により本文のみ補う。
 三九〇七  吾身一尓 「ワカミヒツトニ」とあるが、「ワガミヒトツニ」と改める。
 三九七六  馬並氐 「マナメテ」とあるが、「ウマナメテ」とする。 
 四二八五  皇都常成通 「ミヤコトトナシツ」とあるが、「ト」は衍とみて「ミヤコトナシツ」とする。
 四三〇六  梅花 「メノハナ」とあるが「ウメノハナ」とする。

 万葉集は上代の和歌を集めた撰集。二十巻、約四五〇〇首から成る。一度にできあがったものでなく、長い時代にわたって、数次の編修過程の末にこの形となった。その編纂には折々の編者が考えられるが、最終的には光仁天皇の宝亀から桓武天皇の延暦にかけての頃(七七〇~八五)、大伴家持が中心となってまとめあげたらしい。所収の歌体も、長歌・短歌・施頭歌等にわたっている。上代和歌の集大成的な性格を有していて歌風も多様であるが、古今風・新古今風と対比して万葉風といい得る独自の歌風をもち後世の和歌に大きな影響を与えた。
 
 本文作成および西本願寺本の訓は、巻一~巻七を芳賀紀雄、巻八~巻十三を神堀忍、巻十四~巻二十を竹下豊が作成し、島津忠夫が統一整理した。新訓は伊藤博・橋本四郎の責任において、身崎寿・村田正博に素稿の作製を依頼し、それに基づいて、伊藤・橋本が検討を加え、最終的な討論を経て定稿とした。
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 玉葉和歌集解題〔14玉葉解〕】[第一巻] [宮内庁書陵部蔵 兼右筆「二十一代集」] [2014年3月28日記事]

 玉葉集の伝本については、まだ系統分類をするほどに研究は進んでいないが、現在までに直接間接調査しえた主要な伝本として、次のようなものがある。この中、1兼右本と、2流布本がしいていえば精撰本系統、3以下は重出歌や先行勅撰集に見える歌などを含み、多少とも未精撰の跡を残すかと思われる。なお、3~5・7~9については、濱口博章氏の一連の報告がある。

 書陵部蔵兼右本 天文一九年吉田兼右写、二冊。書誌は別記兼右本解題および『図書寮典籍解題文学篇』に譲るが、上冊末には天文一九年兼右の書写奥書、下冊末には天理図書館本も有する文明一一年葉室光忠の奥書ならびに天文一九年兼右の書写奥書がある。歌数は二八〇〇首で、流布本に比し六六五を欠く。善本と認めて今回底本とし、必要に応じて2以下の諸本により校訂した。
 流布本 正保四年刊二十一代集本・無刊記小型板本および前者の翻刻と見られる旧国歌大観本以下の活字本を総称する。微細な点では互いに異同があり、正保板本の翻刻としては太洋社版二十一代集本が最も忠実正確であるが、いずれにしても大きな異同はなく、歌数二八〇一首。ただし旧国歌大観本は番号の打ち誤りから同本での一四六三~一四七一(新大観番号一四六二~一四七九)および二三二四~二三二八(同じく二三三二~二三四一)の二群を重複しているほか、まま誤植がある。
 大山寺本 室町後期(天文八年以前)写、二冊。流布本と比較して相互に他方にない歌を有する上、この本の中での重出歌(一〇二七)もあり、差引き実数二八〇二首。 
 臼田甚五郎氏蔵本(正中二年奥書本) 室町期写、二冊。巻末に正中二年に奏覧の正本によって校合した旨の奥書がある。流布本との相互独自歌およびこの本の中での重出歌(一〇二七)を差引きすると、実数二八〇二首。昭和四八年三弥井書店刊の影印本がある。 
 陽明文庫蔵乙本 江戸初期写、二冊。同様に計算すると、二八〇一首。
 書陵部蔵永正本。永正六年写、二冊。歌数二八〇六首、うち重6、書陵部蔵永正本。永正六年写、二冊。歌数二八〇六首、うち重6、書陵部蔵永正本。永正六年写、二冊。歌数二八〇六首、うち重出二首。 
 陽明文庫蔵甲本 室町後期写、二冊。重出歌を除き、実数二八〇六首。 
 書陵部蔵二十一代集(四〇〇・七)本(禁裏本)室町末期写、三冊。歌数二八一二首、うち重出五首、切出し注記のあるもの二首、これらを差引けば二八〇五首。 
 書陵部蔵二十一代集(四〇〇・一〇)本(これも禁裏本だが旧称桂宮本) 江戸初期写、三冊。歌数二八〇八首、うち重出二首。 

 玉葉集は伏見院の院宣によって京極為兼撰。正和元年三月一応奏覧されたが、その後も撰定は続けられ、完成は翌二年一〇月に為兼が伏見院に従って出家する直前と考えられる。二十一代集中最大の歌数で、京極派の集として、題名から歌人・歌風に至るまで風雅集とともに異彩を放つものであるが、その異風は当時から二条派の批判を受け、匿名の非難書「歌苑連署事書」も著された。なお本集の企画は伏見院在位中の永仁元年にさかのぼるが、その時の計画は為世の辞退や為兼の佐渡配流などによっていったん中絶、嘉元元年に為兼が許されて帰京、為世が新後撰集を撰進した後、後二条天皇の延慶年間に至って伏見院は永仁の企画の再現をはかったが、この気配を知った為世が為兼の撰者としての不適格を訴えて、ここにいわゆる延慶両卿訴陳状の論争が起った。この競争には為相も加わり、三者互いに朝廷と幕府とに相手の非を訴えて撰者の下命を望んだが、結局応長元年に為兼一人に院宣が下って、本集の成立を見たのである。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 一〇一六詞書  人人に歌よませ  人歌よませ
 一八三三作者
 俊成女  俊成
 一一五六作者
 菅原孝標朝臣女  菅原孝標朝臣  一八七七詞書
 つくりかへられたる比  つくりかへられたる
 一五五四
 一言に  人ことに  二三七七詞書
 春宮と申ししむかし  春宮と申むかし
 一五七六
 一言に  人ことに   
 (福田秀一・岩松研吉郎)

 底本の吉田兼右筆二十一代集(宮内庁書陵部蔵五一〇・一三)については、13新後撰和歌集解題末尾参照。

 
 夫木和歌抄解題〔16夫木解〕】[第二巻] [静嘉堂文庫蔵本] [2014年3月28日記事]

 夫木和歌抄の伝本は、現在所在が知られるもの三十数本を数えるが、その歌数の多さもあって、歌の出入りや順序など本文の具体的な様相が知られているものは、まだ必ずしも多くない。そうした従来の調査の範囲では、おそらく現存諸本の祖本は一つで(すなわち特に異本と称すべきものはなく)、それらはきわめて大まかには次のように分類することができる。

  一、永青文庫本(別称北岡文庫本、現在熊本大学附属図書館寄託)
  二、静嘉堂文庫本系統
   1、静嘉堂文庫本
   2、宮内庁書陵部本・陽明文庫本等
   3、九大図書館本等
  三、寛文五年刊本系統
  四、国書刊行会本・校註国歌大系本

 これらの各系統・類は、それぞれ特有歌など独自異文を有するが、従来の流布本とも言うべき第三・四系統は基本的には第二系統からの派生と見られ、第二系統の第2類(書陵部本・陽明文庫本)も目録の末尾に「恋部」として恋題を列挙する(ただし本文にはそれは生かされていない)ほか、本文の字句にも流布本を補正する点を多数有するが、特に重要なのは第一系統の永青文庫本と第二系統の中で最も先出と見られる静嘉堂文庫本とである。この二本は一首を二行書きにして詞書と作者名とをその上と下とに記す(いわば三段形式)など書写形態の上でも古態を
伝えると見られる。
 
 そこで今回の底本としても、このいずれを採るべきか検討した結果、静嘉堂文庫本を採ることとした。永青文庫本との相互独自異同(特に互に他方に欠く歌や詞書・作者名など)が甚だ多く、共通する部分に関してはむしろ永青文庫本の方がまさる点も少なくないのであるが、永青文庫本は独自誤脱(特に歌や詞書・作者名の脱落でしかも転写の際の不注意や粗略によると思われるもの)があまりにも多いからである。
 
 こうして底本としては静嘉堂文庫本を採用したが、永青文庫本・書陵部本・寛文板本(初刷に近いと見られる野田庄右衛門板、校訂者各自蔵)の三本を参照して底本の偶然的な誤脱をできるだけ訂すべく、後にやや具体的に述べるように、かなり多くの校訂を加えた。大体、夫木抄の伝本は、どれを底本にしたとしても、決して勅撰集のように謹厳に転写されてきたものでなく、したがって、底本の形を忠実に翻刻するだけでは夫木抄の本文としては原形から相当距った一つの転訛形を示すことにしかならない。その点をおもんぱかって、上記三本との比校から推定できる限りの原形復原をあえて試みたのである。
 
 しかしながらそれでも、現在われわれが右のようにして作成し得る夫木抄の本文には、不審の箇所が多数残る。それが転写の際の誤りによるものか、成立当時からのもの(すなわち撰者の誤認・誤記)かは明らかでないが、他の撰集類にも入っている歌や夫木抄がそれから歌を採ったと推察される歌合・歌会・定数歌・家集あるいは万葉・六帖などと比べてみると、歌句や詞書(例えば年月)時には巻数(集付の場合)・作者名などに相違の見られることが少なくないのである。しかし今回はそれらを夫木抄の前記三本以外の根拠によって校訂することは差し控えたので、詞書(特に年号・年数など)・集付・作者名などに不審があって読者に誤植の疑いを抱かせる恐れのあるものや、そうでなくても記載に問題があって読者に注意を促す必要があると考えられる箇所をたまたま見つけた場合には、本大観所収の他の歌書よりも高い頻度で、あえて(ママ)という注記を加えておいた。これ以外の点、例えば底本の形態に拘らず一首を(長歌等を除き)一行書きとして詞書・集付(小字)・作者名等をその前行に一定の高さに記したことなどは、全体の凡例に述べてある通りである。
 
 底本とした静嘉堂文庫本は大本二十冊袋綴本(表紙改装)で、第一冊の首に付された目録の部分を除き、室町末頃の書写で、数筆の寄合書。新しい題簽には「夫木和歌抄 古写校正本」とある。目録は寛文板本のそれの転写である。本文にはしばしば墨や朱(多くは本文と同筆)で傍注や「〇〇イ」というような校異が記され、そのほかに校異や時に出典原歌(万葉歌など)に関する大小の貼紙・付箋の類も多い。目録の後に、

  本云/文安五年八月四日書写訖/此目録者本無之
  諸題ヲ引て見時何/巻ニ有之トヤスク為知私ニ写
  之/清高私書之/一校

とあるほかは、奥書・識語の類は無い。校訂に用いた永青文庫本は江戸
初期、書陵部本は江戸極初期の写。


   次に、主要な校訂方針とその該当箇所もしくはその例は、次の通りである。

 一、底本の欠脱歌等――永青文庫本もしくは同本と書陵部本とにあって底本に見えない以下の歌(上句又は下句の一方を欠くものを含む)は、底本の祖本が不注意によって落したと推定されるので、各箇所  に補った。その場合、特に注しないものは永青文庫本のみによって補った歌である。
  なお、歌番号の次に断らないものは、一首の全形を補ったことを示し、かつその歌が詞書・集付・作者名を有している場合には、それらも共にの意である。また巻十九以降、例えば「風」(巻十九)の一 段下位に「春風」「秋風」「飛鳥風」「はつせ風」等々、「岡」(巻二十一)の一段下位に「いはしろのをか、石代、紀伊」「いまきのをか、今城、大和」「いなむらをか、稲村、丹後」等といった区分を 設けている箇所が多いが、これらの区分表題を今便宜「小題」と呼んでおく。


 底本の欠脱歌等――永青文庫本もしくは同本と書陵部本とにあって底本に見えない以下の歌(上句又は下句の一方を欠くものを含む)は、底本の祖本が不注意によって落したと推定されるので、各箇所  に補った。その場合、特に注しないものは永青文庫本のみによって補った歌である。
 なお、歌番号の次に断らないものは、一首の全形を補ったことを示し、かつその歌が詞書・集付・作者名を有している場合には、それらも共にの意である。また巻十九以降、例えば「風」(巻十九)の一 段下位に「春風」「秋風」「飛鳥風」「はつせ風」等々、「岡」(巻二十一)の一段下位に「いはしろのをか、石代、紀伊」「いまきのをか、今城、大和」「いなむらをか、稲村、丹後」等といった区分を設けている箇所が多いが、これらの区分表題を今便宜「小題」と呼んでおく。
 巻三―六七二、巻四―一二五一、巻八―三〇五〇~三〇五九、巻九―三五一七(書陵部本による)、巻十三―五二九八、五二九九、五四九九、巻十九―七六九三、七七五四、七八六〇、七九二七の詞書・作者名と七九二八の歌(底本等は七九二七の歌に七九二八の詞書と作者名とを付している)、八〇四八、巻二十―八五六八(永青文庫本行間補入)、八七六八(同前)、八八四二(同前)、八九三五(同前)、巻二十一―九二四六(詞書・上句)、九二七九の詞書・集付・作者名と九二八〇の歌(底本等は九二七九の歌に九二八〇の詞書と作者名を付している)、九二九二(小題とも)、九五七九(小題とも)、巻三十一―一四九五一(書陵部本にもあり、詞書・集付は同本による)、一五〇一九の左注(底本のみ欠く)、巻三十三―一五五八六(小題を除く)~一五五八七の小題、一五七六八の詞書・作者名・下句~一五七六九の上句、巻三十四―一六一一六(小題とも)、巻三十六―一七三五六(底本のみ欠く)
 また、巻二十九―一三九五六の前の題「杏」、巻三十一―一四五三五の前の題「里」、巻三十二―一五一四二の前の題「騰行」の三題は底本が欠いているが、永青文庫本以下の三本により補った。
 底本が誤って衍書していると認められるもの――前条と逆に、底本が有していて永青文庫本あるいは同本と書陵部本とには無く、底本の形が衍文であると推定される次の歌は、今回採らなかった。なお、底本における行間細字補入の歌については第五条をも参照。 
1、底本・書陵部本・板本等、永青文庫本以外の諸本には、巻十九―八〇三一の次に
 百首御歌 順徳院御製
  夕附日山のあなたに成るままにひかり残れるやまのはの空
   同                      同
 とあるが、この第二~四行に当る部分は底本の祖本における衍文と認めて削除した。
2、底本は巻二十九―一三八五九の次に
 前中納言定家卿家にて、寄桂恋 家長朝臣
  心なきくさ木なれども契あればあふひかづらはかげもはなれず
 と、一三八五九を全く同じ用字法・字体で書いた上、詞書の右下、歌の右上方に「イヤ書歟」と注しているが、その注の通り底本における衍文と認めて省いた。
3、同じく底本には巻三十二―一五〇九五の次に
 民部卿為家卿
  さほひめの筆かとぞ見るつくづくしゆきかきわくる春のけしきは
 の一首があり、作者名の左上に「前ニ有」と注しているが、その注の通り一五〇九三の重出で、これも底本独自の衍文と認めて省いた。
 
 底本が歌の順序を誤っていると認められるもの――底本と永青文庫本もしくは書陵部本とで歌の配列が異なり、かつ底本が非と認められる以下のケースは、永青文庫本によって訂した。その表示法は第一条に準ずる。したがって「歌のみ」と注したのは、詞書・作者名等は底本のままに残して、歌(全形)のみを入れ代えたの意である。
 巻二―四四二と四四三(歌のみ)、巻三―八〇五と八〇六、一〇五六と一〇五七(歌のみ)、巻十三―五三三九と五三四〇(下句のみ)、五四八二と五四八三、巻十九―八〇三八(底本等は八〇三六の前にある)、八〇七一(底本等は八〇七三の次にある)、巻二十―八九五六(左注とも)と八九五七、巻二十一―九四三二と九四三三(各小題とも)、九四五〇と九四五一(小題とも)、巻二十三―一〇八三三(底本一〇八三六の次にあり、書陵部本も永青文庫本に同じ)、巻二十四―一一〇七三~一一〇七五(底本等は一一〇六五の前にある)、巻二十五―一一六四八・一一六四九(底本等は一一六四五の前にある)、巻二十七―一三〇〇六と一三〇〇七、一三一一三と一三一一四、一三一六四(底本等は一三一六六の次にあり)、巻三十一―一四五二〇と一四五二一(底本のみ逆順、なお一四五二一は一四五二〇の前に細字補入)、一四七二八(底本は一四七三三の次に細字補入、なお小題なし)、一四八〇六(小題とも、底本・書陵部本は一四八一二の次にあり)、一四八三八と一四八三九、一四八五八と一四八五九(底本のみ逆順、なお一四八五九は一四八五八の前に細字補入)、一四八七一(底本は一四八七四の次に細字補入)、一四八九五と一四八九六(底本のみ逆順、なお一四八九五は一四八九六の次に細字補入)、一四九三七(底本は一四九四四の次に細字補入)、一五〇〇一と一五〇〇二(書陵部本も永青文庫本と同じく底本・板本と逆順)、一五〇一五と一五〇一六(底本のみ逆順とし、一五〇一五は小題なく、一五〇一六の次に細字補入)、巻三十二―一五一三九(底本は一五一二九の次に細字補入)、一五一八二(小題とも、底本は小題なく一五一八七の次に細字補入)、巻三十三―一五五六六と一五五六七、一五五六九と一五五七〇(小題とも、ただし底本等一五五七〇には小題なし)、一五五九四(底本は一五五九六の次にあり)、巻三十四―一六〇一二~一六〇一四(底本等一六〇〇二の次にあり)、一六二〇九と一六二一〇、巻三十六―一七三八七の左注(板本による、底本・永青文庫本・書陵部本では一七三八五の左注とする) 
 なお、冒頭の目録(巻ごとに題を列挙したもの)中、「巻第十九」の終り近くの「坤」と「艮」は、底本には「艮 坤」の順としているが、書陵部本及び板本によって改めた(底本の「目録」は板本の転写による補写であると、前引の識語から推察される)。また、巻二十九の冒頭の「題」の条、「もちひの木」から「めづら」までの一一題は、底本等では「柴」の後に記されているが、永青文庫本によって「漆」と「檟」の間へ移し、かつ「こめごめ」と「うばめ」が逆順になっているのも、同本によって改めた。 
 底本が左注の位置を誤っていると認められるもの――前条と同様にして底本が非と認められる以下のケースも、永青文庫本によって訂した。 
 巻十九―七七〇一の左注(底本等は七七〇二に付す)、七七二二の左注(底本等は七七二一に付す)、巻二十四―一一〇〇一の左注(底本等は一一〇〇二の詞書の前半とする) 
     底本が行間等に同筆の細字で補入している歌――これらは、底本の本文自体や永青文庫本等との比較によって、底本として本来その位置にあるべきであると考えられるものは残した。一方、底本の筆者もしくは後人が何らかの覚えに前後の歌やその異文などを重出させておいたと見られるものは無視した。その結果、本文に採用したのは以下の歌である。この中には、前条に挙げた歌も少なくない。 
 巻一―二九二(朱書)、巻二―三四九、三六九、巻十五―六三〇七、巻十六―六五〇三、六五一九、巻二十二―九八五五、巻三十―一四二八五、一四四〇九、巻三十一―一四五二一、一四七二八、一四八〇六、一四八五九、一四八七一、一四八九五、一四九三七、一五〇一五、巻三十二―一五〇五四、一五一三九、一五一八一、一五一八二、一五二八九、一五四二五、巻三十三―一五六六二
 この中、六五〇三・一五二八九以外の二二首は、底本と位置に相違はあっても、永青文庫本・書陵部本にも見えるが、右の二首には若干問題がある。すなわち、六五〇三は永青文庫本と書陵部本とには無く(ただし九大本には五首前に、板本にはこの位置に存する)、かつ詞書にも記す通り新続古今集(巻十七―一七六六)から採られたと見られ(因みに、作者名の「前大納言」は「前大僧正」の誤りで、良瑜は新千載集初出、新続古今で初めて「前大僧正」と記される)、夫木抄の当初の本文には無かったことが明白であるが、他のケースとの統一や底本にある歌はみだりに削らないという本大観全体の編集方針に則って、あえて残した。また一五二八九は永青文庫本には無い(ただし同本も一五〇九二の位置には有する)が、他の諸本にはあるので、これも残した。
    底本における貼紙の歌――底本には大小多数の貼紙・付箋があるが、その中で一首の全形を記したものがいくつかある。それらのうち、本文の歌の本歌や出典原歌(万葉歌など)を参考のために挙げたと見られるものは省いたが、以下の八首は、底本として保有すべき歌と認め、本文に採り入れた。
 巻十一―四三九〇、巻二十六―一二一九〇、巻二十八―一三六五四、巻二十九―一三八三〇~一三八三三、巻三十六―一七一二一
 この中、巻二十九の四首は永青文庫本や書陵部本にもなく(ただし九大本や板本にはある)、前条の六五〇三と同様に新続古今集を出典とすると見られ(永助・隆直に至っては同集の現代歌人である)、夫木抄の原形には無かったと考えられるが、今回は他のケースを生かす以上、それらとの統一・均衡(恣意を排する)という編集方針に基づいて一応採ったので、ここに特記して読者の留意を乞うておく。一方、巻三十六の一首は諸写本にあって、何故か板本は欠いている。
 底本が傍注の形で有する校異・注記(語句の傍書や〇〇イ・〇〇歟のような注記)等――本大観全体の校訂方針にしたがって、それらが成立当初もしくはそれに近い時点から存すると認められるもの(具体的には、校合本の少なくとも一本にも底本と同様な注記があるか、又は永青文庫本と書陵部本とに底本の本文の形と傍書の形とが分れて伝わっているような場合)は残し、そうでないものは無視した。ただし永青文庫本以下を参照したりして、何らかの理由で本文が伝写の誤りで傍書の方が原形と考えられる場合は、傍書の形を採った。
 本が貼紙(付箋)の形で有する校異・注記等――これについても、前条後半に準じた。
雑部(巻十九以下)に折々見られる、各題の次の段階の区分(仮称「小題」)について――前述の通り、巻十九以降には、例えば「風」(巻十九)の一段下位に「春風」「秋風」「飛鳥風」「はつせ風」等々の区分(便宜「小題」と呼ぶ)を、あるいは「岡」(巻二十一)の一段下位の区分としては「いはしろのをか、石代、紀伊」「いまきのをか、今城、大和」「いなむらをか、稲村、丹後」といった小題を立てている題が多い(特に巻二十~二十六の書陵部本等の目録に言う「地儀」題はすべてそうである)。そしてそれらの記し方は、底本では詞書(上段)の後に続けている場合と歌と歌の間に小書している場合とあるが、今回は底本の形態のままとはせず一行を立て、かつ詞書より一字上げて(すなわち歌頭から一字下げて)記すことに統一した。これは永青文庫本の多くの巻の形にほぼ一致する。さらに巻二十三などでは、底本は小題を歌の前行又は上方(詞書の前後)に特立させず、歌中でその地名を詠んでいる箇所に鉤点を付すという略記法をとっているが、これも校合本の少なくとも一つが小題を立てていると認められる場合は、以上と同様に処理した。本大観の本文には合点類の記号は省く方針だからでもある。 
 又この小題の有無やその下部の漢字表記、国名等の有無等に関して、底本と永青文庫本等との間に相違があった場合は、次条のケースと同様に、必要に応じて底本の簡略を校合本で補うこととした。
 詞書・集付・作者名について――これらに関して底本と校合三本(のいずれか一つでも、ただし、板本のみの異文については他の二本におけるそれよりも慎重に扱った)との間に異同があって、それが底本もしくはその祖本の不注意な誤りによると見られるものは訂し、又その誤りが確実でも校合三本によっては訂し得ないものについては(ママ)を付したこと、前述の通りであるが、記載に精粗があって底本の方が簡略で、かつそれが底本もしくはその祖本の不注意あるいは粗略によると見られる場合は、その文字を補った。このケースははなはだ多く、以下の1~3にはそのごく一部を例示した。その際、歌合・歌会・家集・撰集等出典と見られるものにもなるべく当ってその正否を確かめるよう努め、出典との相違を発見して読者に注意を喚起する必要があると考えた場合には、やはり(ママ)を付した場合が多い。
1、詞書について――例えば巻一―一七二や巻三―八一一などは底本に詞書を欠くが、永青文庫本によってそれぞれ「寛和二年六月内裏歌合」「家集、橋辺柳」と補ったり、巻一 ―七・八の両歌についても底本の欠く詞書「同」を同じく永青文庫本によって加えたようなケース、また巻八―二七八七や巻十三―五一六三の詞書は底本にはそれぞれ「弘長元 年百首」「六帖題」とのみあるが、永青文庫本によって下にそれぞれ「郭公」「十五夜」を補ったようなケースがある。
2、集付について――例えば巻一―九五、巻五―一九一一(一九一二も同じ)、巻十三―五一六五、巻二十―八五八六は底本で集付を有しないが、永青文庫本でそれぞれ「万代」 「六二」「新六一」「万七」と加えたり、巻十三―五一六四には「新六」とのみあるのを同じく永青文庫本で「新六一」と補った如くである。
3、作者名について――例えば巻一―四一、巻三―九二一、巻二十七―一三一六〇・一三一八七は底本で作者を欠くが、永青文庫本によってそれぞれ「貫之」「六条院宣旨」「権 僧正公朝」「殷富門院大輔」と補った。巻三十六―一七三八六の作者名は、板本によって補った(永青文庫本と書陵部本とには「慈鎮和尚」とある。これは、底本とともに一七 三八四・一七三八五の二首と一七三八六・一七三八七の二首との作者を逆に記していた故で、底本はその上に一七三八六の作者を欠いたのである)。また、巻三―七二四や巻九 ―三四五九は底本「禖子内親王」「前参議」とのみあるが、前者は永青文庫本と書陵部本、後者は書陵部本によって、それぞれ下に「家宣旨」「教長卿」を補った(しかし例え ば巻九―三四四三の「前中納言」や巻二十―八四七九の「前大納言」は、それぞれ拾遺愚草や定頼の家集によれば定家および公任の作と判るけれども、今回の校合本では訂し得 ないので、放置した)。巻五―一八一二、巻十九―七七一五、巻十三―五五四三を底本が「法」「伊」「女御」とのみ記しているような例も同様である。さらに、巻五・八・九 などに比較的多いケースであるが、例えば巻五―一七六六、巻八―三〇一五・三一一七にそれぞれ「家持卿」「俊成卿」「家隆卿」とのみあるのを、永青文庫本(一七六六はそ れと書陵部本)によってそれぞれ「中納言」「皇太后宮大夫」「従二位」と、官位を補ったり、例えば巻六―一九七〇・一九七五が底本でそれぞれ「従二位家隆」「民部卿為
 家」と「卿」を脱しているのを、校合本で補ったりしたが、校合三本のどれによっても補えぬときは、官位表記を含めた作者名が他と不均衡・不統一で不自然であっても放置し た。ちなみに底本でこの「卿」の字を脱していて校合本で補ったケースは巻二十三の大半もそうであり、特に為家に関しては他の巻にも多い。
4、校訂し得なかった場合、特に作者名の空白について――集付は別として、詞書(左注を持たない歌の場合)や作者名の空白は、本集の形としては不完全と考えられるが、校合 三本のいずれによってもそれらを充当し得ないとき(板本のみがそれらを有する場合には採択に当って慎重を期し、時には拾わなかったものもある)は、当然のことながら空白 のままとした。その場合、印刷技術上の制約もあり、(ママ)の傍注は付さなかった。3に述べた作者名不備(ないし他の箇所と比べて不均衡・不統一)のケースも同じである 。その結果、今回作者名を欠いたままとした歌は次の九首で、括弧内は他文献によって知り得る作者である。
  巻十二―四七六四(俊成卿女)・四七六九、巻十八―七六五九(俊成)、巻二十―八二五七(詠人知らず)、八三五三(隆博)、八四二一(正家)、八四六六、八四八〇(家  隆)、巻三十五―一六七〇九
十一  以上のほか、底本の誤脱等で永青文庫本もしくは同本と書陵部本、あるいは同本以下の三本によって校訂できるものは随所に校訂を加えたが、その主なケースを若干例示すれば以下の如くである。
1、詞書の訂正――巻十一―四一三九と四一四〇との詞書を底本等は逆としている(四一三九の集付は底本にはなく、永青文庫本・書陵部本により補った)が、永青文庫本により 改めた。巻十七―六八九三・六八九四なども同様である。巻一―三〇六・三〇七は同様に詞書を入れ代えた上、三〇七の詞書は底本に「承久四年百首……」とあるのを永青文庫 本によって「永久四年百首……」と改めた。このほか、底本の詞書の文字の誤脱を永青文庫本等によって訂した例は枚挙にいとまがない。
  特に、年号には誤写とおぼしきものがはなはだ多く、右に述べた「永久」を「承久」と誤るもの(およびその逆)のほか、「永保」を「承保」、「寛治」を「宝治」、そして 「 元年」を「三年」、「々年」を「二年」と誤る(およびそれぞれの逆)など、多くの例があり、さらに「正治六年」「嘉禄四年」「文永十五年」など年数の不審も散見する 。こ れらについても同様の処置を施し、底本の不審が校合三本(多くの場合は板本を除く写本二本)によっても訂し得ないものは、あるいは未木抄の当初以来の誤記かもしれ ないが 、ある程度気づいた範囲で(ママ)と注記した(ただし、例えば巻二十―八四六三・八四六六などは注し切れなかった)。
  そのほかに若干問題なのは巻三十―一四一三五である。底本等には「百首歌合春曙」とあるが、永青文庫本には「七百首歌春曙」とあり、かつ永青文庫本は作者名を「光俊朝 臣」としている。この場合、公朝は百首歌合に参加していない上、他にも「七百首歌」という詞書の作は多く、かつこの歌は「百首歌合」の少なくとも現存部分(六六六~八五 五番の左恋右雑の部分を欠く)には見えないので、一応詞書は永青文庫本によって訂したが、「百首歌合」「光俊朝臣」という詞書・作者名がどこから来たか不審である。ある いはここに、公朝の歌の前か後に、光俊の百首歌合での詠もあったのではあるまいか。
  もう一つ問題なのは、巻二十七―一二七五五である。書陵部本以外は詞書に「家集、月歌中、康元元年毎日一首」とある(ただし板本は「康元三年」とする)が、他の例から 見てこの詞書は「家集、月歌中」と「康元元年毎日一首(中)」との二つが合わさったものと考えられ、その点では「家集、月歌中」とのみある書陵部本の方が自然で、この前 後に元来どちらかの詞書を有したもう一首があったのではないかと思われる。けれども書陵部本の形が本来のものであるとの確証もない(書陵部本が詞書と歌とを誤って結びつ けている可能性も無いとは言えない)ので、今回は底本のままとした。
2、集付の訂正――集付については、底本に無くて永青文庫本等にある場合、原則として補ったことや、「新六」とあっても永青文庫本に「新六一」などとあってそれが妥当と認 められるときは補った(例えば巻三―九七四・九八三)ことなど、前述の通りであるが、その他に底本の「新六二」が「新六々」の誤写と認められてそれが永青文庫本等で訂し 得る箇所なども訂正した。巻十一―四三九六・四四八一などはその例である。しかし、どうしても「々」と読めず「二」とせざるを得ないときは、(ママ)と 傍注したことが 多い。また、例えば巻三―六六〇・六六五・八〇三は底本いずれも「万八」と記しているが、永青文庫本によって(八〇三は板本にもよって)、それぞれ「万六」「万五」「万 十」と改めた。あるいは巻八―二八一二に底本「右同」とあるのを、やはり永青文庫本によって「石間」とした類も多い。それでも、例えば「新除窓」あるいは「新深宴」とあ るものの中で、校合本によっても「新深窓」と改め得ないものには、(ママ)を付した。
3、作者名の訂正――作者名に関しても、底本の誤りを永青文庫本等によって補正できた例が多い。例えば、巻四―一四六七、巻十四―五五九三の作者を底本がそれぞれ「土御門 内大臣」「藤原忠房」としているのを永青文庫本によってそれぞれ「慈鎮和尚」「正三位知家卿」と改めたとか、巻十―四〇五〇を底本以下両写本とも「前中納言家持卿」とし ているのを板本によって「前中納言定家卿」と訂した類である。巻三十六―一七三八四は前述の通り底本・写本「前中納言定家卿」としているが、板本によって「慈鎮和尚」と 改めた。それ以上に一字二字の誤写、例えば「為家」と「為実」「為兼」もしくは「定家」を誤った「家長」とすべきところを底本が「宗長」としていて、校合本の少なくとも 一本によって訂したりしたようなケースは、枚挙にいとまがない。
  なお、今回詞書と作者名を訂正した中で問題の残るのは、巻八―二九四一である。底本等は「百首歌」「前中納言定家卿」としているが、永青文庫本(および三体和歌)によ って、「三体歌中」「前大僧正慈円」と改めた。しかし慈円は他の箇所では、すべて「慈鎮和尚」と記されており、なぜここだけこのようになっているのか不審が残る。前記巻 三十―一四一三五のケースと同じく、ここにも元来定家の何かの「百首歌」の一首があったのかもしれない。
4、歌句・左注等の訂正――これも、仮名一字二字の誤写を校合本によって訂したものなどは到底あげきれないが、例えば巻二―四八六の第二句、底本に「春のけしきの」とある のを永青文庫本・書陵部本によって「空のけしきの」と、巻二十三―一〇四九八の第二句、底本に「煙のうへに」とあるのを校合三本によって「煙の下に」と、また巻二十四― 一一二四四の初句、底本等に「朝たちて」とあるのを永青文庫本によって「秋たちて」と訂した(しかし巻三十三―一五八〇一の初句「秋風に」は写本両本に「朝風に」とある が、いずれが原形か決定できないので底本のままとした)ような例が少なからずある。
十二  不審の歌――以上のように相当の校訂を加えたが、今回校訂しかねたものの特に不審を残した歌が二首あるので、ここに一言しておく。
1、巻八―二七六五 この歌の第三句以下は伝本間で異なり、次のごとくである(用字法の相違は無視し、本文に準じて仮名遣い・送り仮名等は改めた)。
 〈底本・書陵部本〉
 さなへとるひむろのを田の郭公こゑおちかかるほととぎすかな
 〈永青文庫本〉
 さなへとるひむろのを田の青山にこゑ落ちかかるほととぎすかな
 〈板本〉
 さなへとるひむろのを田のほととぎすこゑおちかかる山あひの里
  底本・書陵部本の形は第三句と第五句に「ほととぎす」が重複しておそらく訛伝と思われ、元来この位置にあった二首(そのうち一首の作者は現在は不明)が一首に混成縮合 されてしまった疑いも残る。しかし、永青文庫本や板本の形がどこから来たのか、少なくともその一方は入道前太政大臣(実兼)の作として正しいのか、その辺のところが不明 なので、今回はやむを得ず底本のままとした。
2、巻二十七―一二八四二 この歌は、底本および校合各本には次のように記されている。
 〈底本〉
 〔まがりの池のはなちどり(貼紙)〕 〔池にかづかず(貼紙)〕
 しまみやのまなの池なるはなちどり人めにこひていけにくぐらず
 〈永青文庫本〉
 島の宮の池の面なるはなちどりあらびなゆきそ君まさずとも
 〈書陵部本・板本〉
     底本の本文に同じ(貼紙の異文なし)
 すなわち、永青文庫本の本文が特異である。これを集付にも示す万葉集巻二にあたってみると、底本等の形は、貼紙の異文を含めて、一七〇番歌に該当するが、永青文庫本の形 は一七二番歌と合致すると判る。こうした現象が何に由来するかも明らかでないが、あるいはここも元来類似した歌形の二首があって、底本等と永青文庫本とが、それぞれ別々 に片方のみを伝えていることを疑ってもよいのかも知れない。
十三  連歌について――本集に「連歌」である旨詞書する歌が四首ある。そのうち、巻八―二九七七だけは長句(五七五)・短句(七七)の作者がそれぞれの下に記されているので、他の集における連歌と同様に二行に分けて記したが、次の三首においては、詞書に「連歌」とあるけれども作者名は各一名分しか記されておらず、その作者名が長句・短句のいずれを示すのか明らかでないため、やむを得ず短歌と同様に一行書きとした。
  巻二―四六三、巻十二―四九八五、巻三十一―一四七七一
 なお、最古の連歌として著名な万葉集巻八の尼と家持との唱和は、本集(巻十二―五〇一七)では家持の短歌のごとく処理している。
十四  活字本特有歌――本文の末尾に「異本歌」として挙げる方がよかったかも知れないが、それもためらわれたので、便宜ここに挙げる。用字は国書刊行会のそれを基に、本文に準じて改めた。
1、巻二十一(坂)―九二四五の次
  同
 東路のてごのよび坂こえていなばあれはこひんな後はあひぬとも
2、巻二十七()―一三〇五七の次
  同 志貴皇子
 むささびは木ずゑもとむとあし引の山のさつをに逢ひにけるかな

  
 夫木和歌抄(略称夫木抄、夫木〈和歌〉集と題する伝本もある)は鎌倉後期の成立。撰者は冷泉為相の門弟で遠江の豪族勝田〔かつまた〕(勝間田)長清(玉葉集入集)。延慶三年(一三一〇)頃の撰か。永仁勅撰の企画から延慶訴陳を経て玉葉集成立に至る二条(為世)・京極(為兼)・冷泉(為相)三家の抗争の際に、拾遺風体和歌集や柳風和歌抄(いずれも為相の撰と推定されている)とともに、そのいわば副産物として成ったと言ってよい。撰定の動機や成立事情を半ば伝説的に記す流布本の跋(天和二年板「夫木和歌集抜書」にも収める)もあるが、「自今以後之為勅撰之又此道に志あらむ人之ために」というのは一応当っているであろう。事実、玉葉集(約二〇〇首入集)以後の勅撰集に少なからず歌を採られている。

 構成・内容は、見るごとく一七〇〇〇余首を三十六巻五九六題に収めた類題和歌集で、規模としては空前のもの。各題の下に前述の「小題」を立てた巻もあり、それが「いろは」順に整備されている巻と未精撰と思われる巻とがあることも早くから指摘されている。類題集としての性質上、一首を二箇所に重出させたものも少なくない。また、万葉等の長歌は、必ずしも一首の全形を掲げず、必要な題材・語句を中心に抄出したものが多い。旋頭歌・仏足石歌体歌・連歌(と詞書するもの)なども散見するほか、「催馬楽」と注したものもある。更に、巻二十四―一一三五〇の次に「和歌序」と頭書した仲実作の一行と巻三十三―一五七六五の次に「忠峰集……和歌序云序者忠岑」と書き出した一節とがある。これらは散文の一節で今回の印刷では番号を与えず文頭を詞書と同じく二字下げとしたが、撰者の意図としては歌に準じて収めたようにも思われる。

 こうした短歌以外のものを含むという形態面もさりながら、万葉から当代までの多数の歌書を出典として、好忠・俊頼・西行などの自由な語法・歌風の歌をも入れたり、寂蓮の「十題百首」から鳥獣を題とする歌を多数採っていることなども注意される。また万葉歌が多く(約一三〇〇首)、そこに古点あるいは次点歌と新点歌との両方が(ある程度それぞれに固まって)見られるとか、今日伝わらない家集・歌合・私撰集などの片鱗を残すとか、和歌史的にさまざまの問題を抱えた歌集である。(濱口博章・福田秀一)

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 金玉和歌集解題〔5金玉解〕】[第二巻-5]

  金玉集の現存伝本は次の三系統に分類される。
(1)彰考館本系統
(2)群書類従本系統
(3)穂久邇文庫本系統

 (1)は巻頭の「和歌得業生柿本末成撰」の署名がなく、歌数は春二一首、夏二首、秋六首、冬八首、恋四首、雑二八首の合計六九首、
 (2)は巻頭に署名があり、歌数は春二二首、夏二首、秋七首、冬八首、恋七首、雑三二首の合計七八首で、本文内容は(1)に近い。
 (3)は底本としたもので、やはり巻頭に署名があり、歌数は春二二首、夏二首、秋七首、冬八首、恋七首、雑三〇首の合計七六首で、(1)(2)に存する巻末二首がなく、
    詞書や作者表記など(1)(2)と本文内容の相違がかなり見られるが、最も整備された形となっている。

 (2)に近いものに歌数五二首の高松宮家蔵「古今金玉集」、
 (3)に近いものに歌数七五首の神宮文庫本があり、平安末期書写の断簡の高山寺本も紹介されている。
 三系統の伝本に見られる歌の出入りや本文内容の異同は成立過程における増補や改変によるものが多いとされ、(1)(2)(3)の順で成立したと考えるのが妥当なようである。

  (1)、(2)に存して底本に見えない巻末の二首は本文巻末〔異本歌〕に掲げるものである。
 底本の四一は細字の書入れとなっており、九は「大中臣能宣」の作者名を脱しているので補い、三一は「藤原かねもり」となっている作者名を「平かねもり」に訂正した。
 底本には一六首に「撰」の集付があるが、これが何を意味するかは不明である。類従本にあって底本にない詞書は次のものである。

  一七 春日の社にて
  一八 遠き処よりかへる道にて人にあへる
  一九 中納言小野家にて
  五四 子におくれて

 また、底本と類従本とでは一七と一八、四八と四九の歌順が逆になっている。
 金玉集は、藤原公任著の私撰集の一つで、春・夏・秋・冬・恋・雑の部立構成をしている点では、深窓秘抄と最も関連が深く、深窓秘抄一〇一首のうちで五八首の共通歌がある。
 作者表記からして、寛弘四年(一〇〇七)頃に一応成立して、その後補訂されたものらしい。貫之・躬恒・伊勢・能宣・兼盛・中務などの歌が多く入集し、三十六人撰などの傾向に一致する。
 拾遺抄の雛形といった面もあって、公任の秀歌撰の中でも注目すべきものである。
 (小町谷照彦)
 【金玉和歌集】[第二巻-5] 国歌大観巻第二- 5  [穂久邇文庫蔵本]

   金玉集
 
 和歌得業生柿本末成撰
 
 春
 
   凡河内躬恒
  一 はるたつとききつるからにかすがやまきえあへぬゆきのはなとみゆらん

   壬生忠峰
  二 はるたつといふばかりにやみよしのの山もかすみてけさは見ゆらん

   源重之
  三 よしの山みねのしらゆきいつきえてけさはかすみのたちかはるらん

   中務
  四 うぐひすのこゑなかりせばゆききえぬやまざといかではるをしらまし

   源まさずみ
  五 谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづるなみやはるのはつはな

   みつね
  六 春のよのやみはあやなしむめのはないろこそみえねかやはかくるる

   山辺赤人
  七 わがせこに見せんとおもひしむめのはなそれとも見えずゆきのふれれば

   ただみね
  八 ねのびする野辺にこまつのなかりせばちよのためしになにをひかまし

   大中臣能宣
  九 ちとせまでかぎれる松もけふよりは君にひかれてよろづよやへん

   紀貫之
 一〇 ゆきてみぬ人もしのべとはるのののかたみにつめるわかななりけり

   しげゆき
 一一 やかずともくさはもえなんかすがのをただはるの日にまかせたらなん

   花山院
 一二 このもとをすみかとすればおのづからはな見る人となりぬべきかな

   みつね
 一三 山たかみ雲井に見ゆるさくらばなこころの行きてをらぬ日ぞなき

   つらゆき
 一四 さくらちるこのした風はさむからでそらにしられぬ雪ぞふりける

   業平朝臣
 一五 世のなかにたえてさくらのなかりせばはるのこころはのどけからまし

   みつね
 一六 わがやどのはな見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき

   つらゆき
 一七 おもふことありてこそゆけ春がすみみちさまたげにたちかくすらん

   中納言家持
 一八 はるののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかを人にしれつつ

   伊勢
 一九 ちりちらずきかまほしきを古さとのはなみてかへる人もあはなん

   一条摂政
 二〇 いにしへはちるをや人のをしみけむいまははなこそむかしこふらし

   四条大納言
 二一 はるきてぞ人もとひける山ざとははなこそやどのあるじなりけれ

   つらゆき
 二二 はなもみなちりぬるやどはゆくはるのふるさととこそなりぬべらなれ
 
 夏
 
   源きんただ朝臣
 二三 ゆきやらでやまぢくらしつほととぎすいまひとこゑのきかまほしさに

   ただみ
 二四 さ夜ふけてねざめざりせばほととぎす人づてにこそ聞くべかりけれ

 秋
 
   つらゆき
 二五 あふさかのせきのし水にかげ見えていまやひくらんもち月のこま

   大弐高遠
 二六 あふさかのせきのいはかどふみならし山たちいづるきりはらのこま

   伊勢
 二七 かりにくときくにこころの見えぬればわがたもとにはよせじとぞ思ふ

   ふかやぶ
 二八 かはぎりのふもとをこめてたちぬればそらにぞあきの山はみえける

   よしのぶ
 二九 もみぢせぬときはの山にすむしかはおのれなきてや秋をしるらん

   つらゆき
 三〇 見る人もなくてちりぬるおくやまのもみぢはよるのにしきなりけり

   平かねもり
 三一 くれてゆくあきのかたみにおく物はわがもとゆひのしもにぞありける
 
 冬
 
   みつね
 三二こころあてにをらばやをらんはつしものおきまどはせるしらぎくのはな

   人丸
 三三 たつたがは紅葉ながる神なびのみむろの山にしぐれふるらし

   紀友則
 三四 ゆふさればさほのかはらのかはぎりにともまどはせるちどりなくなり

   つらゆき
 三五 おもひかねいもがりゆけば冬の夜のかはかぜさむみ千鳥なくなり

   読人しらず
 三六 よをさむみねざめてきけばをしぞなくはらひもあへずしもやおくらん
 三七 御山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり

   坂上これのり
 三八 みよしのの山のしら雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり

   かねもり
 三九 かぞふればわが身につもるとし月をおくりむかふとなにいそぐらん
 




 恋
 
   よみ人しらず
 四〇 わがこひはむなしきそらにみちぬらしおもひやれどもゆくかたもなし
 四一 こひせじとみたらしがはにせしみそぎ神はうけずも(ぞ)なりにけるかな(らしも)

   みつね
 四二 わが恋はゆくへもしらずはてもなしあふをかぎりとおもふばかりぞ

   伊勢
 四三 ひとしれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを

   そせい法師
 四四 いまこんといひしばかりになが月のありあけの月をまちいでぬる(つるカ)かな

   中納言あさただ
 四五 あふことのたえてしなくは中中に人をも身をもうらみざらまし

   よみ人しらず
 四六 むまたまのやみのうつつはさやかなるゆめにいくらもまさらざりけり
 
 雑
 
   人丸
 四七 ほのぼのとあかしのうらのあさぎりにしまがくれゆくふねをしぞ思ふ

   あか人
 四八 わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる

   沙弥満誓
 四九 よの中をなににたとへんあさぼらけこぎ行くふねのあとのしらなみ

   よみ人しらず
 五〇 もかりぶねいまぞなぎさにきよすなるみぎはのたづのこゑさわぐなり

   入唐時見月詠 安部なか丸
 五一 あまのはらふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも

   村上御時、おほきさいの宮の御賀おこなはれむとすることとげず
   して、まうけの物して御八講おこなはるる時のわかなの御歌

   むらかみの御製
 五二 いつしかときみにとおもひしわかなをばのりのためにぞけふはつみつる

   あつとしの少将みまかりてのち、あづまよりかの少将におくりけ
   る文を見て をのの宮の大臣

 五三 まだしらぬ人もありける(けり)あづまぢにわれもゆきてぞすむべかりける

   中務
 五四 わすられてしばしまどろむほどもがないつかはきみをゆめならでみん

   つくしよりふるさとにおくりけるうた 菅丞相
 五五 君がすむやどのこずゑをゆくゆくとかくるるまでにかへり見しかな

   おきにながされける時、ふねにのりて 小野篁
 五六 わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつりぶね

   松風入夜琴といふことを 斎宮女御
 五七 ことのねにみねの松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけん

   白雲千里外 橘直幹
 五八 おもひやるこころばかりはさはらじをなにへだつらんみねのしらくも

   大納言みちつなの母
 五九 ふぢごろもながすなみだのかはみづはきしにもまさるものにぞありける

   人のめにことごころあるよしいひければ、人にかはりて 小野宮大臣
 六〇 思はんとたのめしこともあるものをなき名はたてでただにわすれぬ

   高光少将
 六一 しばしだにへがたく見ゆるよの中にうらやましくもすめる月かな

   月宴のついでに勅ありてたてまつる 蔵人藤原信直
 六二 ここにだにひかりさやけき秋の月くものうへこそ思ひやらるれ

   をとことはずなりにければ、ちちのやまとのかみになりてくだるにぐしてまかるとて 伊勢
 六三 みわのやまいかにまちみんとしふともたづぬる人もあらじと思へば

   しのびたるをとこのあるまじくいでざりければ 小大君
 六四 いはばしのよるのちぎりもたえぬべしあくるわびしきかづらきのかみ

   すみよしのやしろにて 安法法師
 六五 あまくだるあら人神のおひあひをおもへばひさしすみよしの松

   産の七夜にまかりて よしのぶ
 六六 君がへんやほよろづよをかぞふればかつがつけふぞなぬかなりける

   蔵人所にてせんしける 藤原もとざね
 六七 としごとのはるのわかれをあはれともひとにおくるる人ぞしりける

   春宮のくら人所にて月まつ心を人人よみ侍りけるに 藤原仲文
 六八 ありあけの月のひかりをまつほどにわがよのいたくふけにけるかな

   別歌 遊女しろめ
 六九 いのちだにこころにかなふものならばなにかわかれのかなしかるべき

   よみ人しらず
 七〇 世の中はゆめかうつつかうつつともゆめともしらずありてなければ

   あひしれりけるをんなのゐなかへいきたりけるほどになくなりに
   ければ、かへりきてききければ、そのあねのもとにいひつかはし
   ける 仲文
 七一 ながれてとたのめしことはゆくすゑのなみだのかはをいふにぞありける

   屏風のゑに白河の関にいる人かきたるところに かねもり
 七二 たよりあらばいかで宮こにつげやらんけふしらかはのせきはこえぬと

   ちはるがあづまのくによりなすべきことありて京にきたりけるに、
   おほやけごとにかかりてことくにのとほきにつかはしけるにかはりて 菅原輔昭
 七三 まだしらぬふるさと人はけふまでにこんとたのめしわれをまつらん

   中務
 七四 まちつらんみやこの人にあふさかのせきまできぬとつげややらまし

   よみ人しらず
 七五 かぜふけばおきつしらなみたつたやまよはにやきみがひとりこゆらん

   伊勢
 七六 つのくにのながらのはしもつくるなりいまは我が身をなににたとへん
 
〔異本歌〕
 
貫之
七七大はらやをしほの山の小松ばらはやこだかかれ千代の影みん
(群書類従本・巻末)
源したがふ
七八恋しさを何につけてか慰まんぬるよなければ夢にだに見ず
(群書類従本・巻末)


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 深窓秘抄解題〔268深窓秘解〕】巻第五-268 [伝宗尊親王筆本*]

  藤原公任が春(二七首)、夏(八首)、秋(一七首)、冬(一〇首)、恋(一二首)、雑(二七首)に部類して、計一〇一首の和歌を作者名とともに掲出した秀歌撰。
 藤田美術館に一一世紀半ば頃の能書家の手に成る写本(高野切古今和歌集第一種と同筆。但し、伝称筆者は宗尊親王)一巻が伝存する。
 この藤田美術館本は、江戸末期に小島知足が模写し、墨拓本として板行している。本書の底本には、藤田美術館本を影印にした「日本名跡叢刊 深窓秘抄」(小松茂美氏解説)を用いた。
 成立時期は未詳だが、同種の秀歌撰金玉集よりは後で、しかも各部立の歌数など整っており、巻末歌などからみて貴人に推献されたとおぼしい。
 三十六人撰・和漢朗詠集とは所載歌の六割五分強が一致し、関連が密接である。

 寛弘末(一〇一一)、長和初年(一〇一二)頃の成立か。
 五の歌の第二句は「ら」、二一の第五句は「に」、五一の第二句は「ぢ」、六九の第二句は「て」、九一の第一句は「ば」を脱している。
 (樋口芳麻呂)
 【深窓秘抄】101首 新編国歌大観巻第五-268 [伝宗尊親王筆本*] 

   深窓秘抄
 
 春

   ひとまろ 
  一 きのふこそとしはくれしかはるがすみかすがのやまにはやたちにけり

   ただみね
  二 はるたつといふばかりにやみよしののやまもかすみてけふは見ゆらむ

   しげゆき
  三 よしのやまみねのしらゆきいつきえてけふはかすみのたちかはるらむ

   つらゆき
  四 とふひともなきやどなれどくるはるはやへむぐらにもさはらざりけり

   かねもり
  五 あさひさすみねのしゆ(ママ)きむらぎえてはるのかすみはたなびきにけり

   中務
  六 うぐひすのこゑなかりせばゆききえぬやまざといかではるをしらまし

   みつね
  七 かをとめてたれをらざらんむめのはなあやなしかすみたちなかくしそ

   人丸
  八 むめのはなそれともみえずひさかたのあまぎるゆきのなべてふれれば

   あかひと
  九 わがせこにみせんとおもひしむめのはなそれともみえずゆきのふれれば

   むねゆき
 一〇 ときはなるまつのみどりもはるくればいまひとしほのいろまさりけり

   ただみね
 一一 やかずともくさはもえなんかすがのをただはるのひにまかせたらなむ

   つらゆき
 一二 ゆきてみぬひともしのべとはるのののかたみにつめるわかななりけり

   ただみ
 一三 ねのびするのべにこまつのなかりせばちよのためしになにをひかまし

   よしのぶ
 一四 ちとせまでちぎりしまつもけふよりはきみにひかれてよろづよやへむ

   なかつかさ
 一五 いそのかみふるきみやこをきて見ればむかしかざししはなさきにけり

   みつね
 一六 やまたかみくもゐにみゆるさくら花こころのゆきてをらぬひはなし

   かねもり
 一七 やまざくらあくまでいろをみつるかなはなちるべくもかぜふかぬよに

   いせ
 一八 みてのみやひとにかたらむやまざくらてごとにをりていへづとにせむ

   業平
 一九 よのなかにたえてさくらのさかざらばはるのこころはのどけからまし

   みつね
 二〇 わがやどのはなみがてらにくるひとはちりなむのちぞこひしかるべき

   華山院
 二一 このもとをすみかとすればおのづからはなみるひとになりけ(ママ)るかな

   やかもち
 二二 はるののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかをひとにしれつつ

   一条摂政
 二三 いにしへはちるをやひとのをしみけむいまははなこそむかしこふらし

   いせ
 二四 ちりちらずきかまほしきにふるさとのはなみてかへるひともあはなむ

   つらゆき
 二五 さくらちるこのしたかぜはさむからでそらにしられぬゆきぞふりける

   同上
 二六 はなもみなちりぬるやどはゆくはるのふるさととこそなりぬべらなれ

   みつね
 二七 けふのみとはるをおもはぬときだにもたつことやすきはなのかげかは

 夏 

   久米広庭 
 二八 いへにいきてなにをかたらんあしひきのやまほととぎすひとこゑもなけ

   公忠
 二九 ゆきやらでやまぢくらしつほととぎすいまひとこゑのきかまほしさに

   ただみ
 三〇 さよふけてねざめざりせばほととぎすひとづてにこそきくべかりけれ

   すけかた
 三一 としをへてかよひなれにしやまざとのかどとふまでにさけるうの花

   かねもり
 三二 みやまいでてよはにやきつるほととぎすあかつきかけてこゑのきこゆる

   あすかの皇子
 三三 さつきやみおぼつかなきにほととぎすなくなるこゑのいとどはるけさ

   同名
 三四 なつのよをねぬにあけぬといひおきしひとはものをやおもはざりけむ

   愛宮
 三五 ねぎごともきかずあらぶる神たちもけふはなごしの(と)ひとはいふなり

 秋

   安貴皇子 
 三六 あきたちていくかもあらねばこのねぬるあさけのかぜはたもとさむしも

   なかつかさ
 三七 あまのがはかはべすずしきたなばたにあふぎのかぜをなほやかさまし

   つらゆき
 三八 あふさかのせきのしみづにかげみえていまやひくらむもちづきのこま

   兼盛
 三九 もちづきのこまひきわたすおとすなりせたのながみちはしもとどろに

   伊勢
 四〇 うつろはむことだにをしき秋はぎに(を)をれぬばかりもおけるつゆかな

   無名
 四一 をちかたにはぎかるをのこなはをなみねるやねりそのくだけてぞおもふ

   よしのぶ
 四二 もみぢせぬときはのやまにすむしかはおのれなきてやあきをしるらん

   義孝少将
 四三 あきはなほただならずこそおもほゆれをぎのうはかぜはぎのしたつゆ

   無名
 四四 さらしなにやどりはとらじをばすてのやまぢまでてれあきのよのつき

   したがふ
 四五 みづのおもにてるつきなみをかぞふればこよひぞあきのもなかなりける

   あつただの中納言
 四六 かりにくときくにこころのみえぬればわがたもとにもよせじとぞおもふ

   ふかやぶ
 四七 かはぎりのふもとをこめてたちぬればそらにぞあきのやまはみえける

   とものり
 四八 ゆふさればさほのかはらのかはぎりにともまどはせるちどりなくなり

   きよまさ
 四九 むらむらのにしきとぞみるさほやまのははそのもみぢきりたたぬまは

   無名
 五〇 ほのぼのとありあけのつきのつきかげにもみぢふきおろすやまおろしの

 かぜ

   ひとまろ
 五一 あすかがはもみば(ママ)ながるかづらきのやまのあきかぜふきぞしくらし

   かねもり
 五二 くれてゆくあきのかたみにおくものはわがもとゆひのしもにぞありける



 

   八束 
 五三 やまさびしあきもくれぬとつぐるかもまきのはごとにおけるあさじも

   つらゆき
 五四 みるひともなくてちりぬるおくやまのもみぢはよるのにしきなりけり

   みつね
 五五 こころあてにをらばやをらむはつしものおきまどはせるしらぎくのはな

   無名
 五六 よをさむみねざめてきけばをしぞなくはらひもあへずしもやおくらむ

   したがふ
 五七 ちはやぶるかものかはぎりきるなかにしるきはすれるころもなりけり

   無名
 五八 みやまにはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり

   つらゆき
 五九 おもひかねいもがりゆけばふゆのよのかはかぜさむみちどりなくなり

   これのり
 六〇 すみよしのやまのしらゆきつもるらしふるさとさむくなりまさるなり

   ただみ
 六一 くものゐるこしのしらやまおいにけりおほくのとしのゆきつもりつつ

   かねもり
 六二 かぞふればわがみにとまるとしつきをおくりむかふとなにいそぐらむ

 恋

   みつね 
 六三 わがこひはゆくへもしらずはてもなしあふをかぎりとおもふばかりぞ

   いせ
 六四 ひとしれずたえなましかばわびつつもなきなぞとだにいふべきものを

   そせい
 六五 いまこんといひしばかりにながつきのありあけのつきをまちでつるかな

   無名
 六六 むばたまのやみのうつつはさやかなるゆめにいくらもまさらざりけり

   なりひら
 六七 たのめつつあはでとしふるいつはりにこりぬこころをひとはしらなむ

   無名
 六八 よそにのみみてややみなむかづらきやたかまのやまのみねのしらくも

   朝忠中納言
 六九 あふことのたえし(ママ)なくはなかなかにひとをもみをもうらみざらまし

   敦忠中納言
 七〇 あひみてののちのこころにくらぶればむかしはものもおもはざりけり

   ひとまろ
 七一 たのめつつこぬよあまたになりぬればまたじとおもふぞまつにまされる

   つらゆき
 七二 こぬひとをしたにまちつつひさかたのつきをあはれといはぬよぞなき

   しげゆき
 七三 かぜをいたみいはうつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな

   ひとまろ
 七四 あしひきのやまどりのをのしだりのをながながしよをひとりかもねむ

 雑

   ひとまろ 
 七五 ほのぼのとあかしのうらのあさぎりにしまがくれゆくふねをしぞおもふ

   満誓
 七六 よのなかをなににたとへむあさぼらけこぎゆくふねのあとのしらなみ

   赤人
 七七 わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをわけてたづなきわたる

   無名
 七八 もかりぶねいまぞなぎさにきよすなるみぎはのたづのこゑさわぐなり

   仲丸
 七九 あまのはらふりさけみればかすがなるみかさのやまにいでしつきかも

   をののたかむら
 八〇 わたのはらやそしまかけてこぎいでぬとひとにはつげよあまのつりぶね

   邑上御製
 八一 いつしかもきみにとおもひしわがなをばのりのためにぞけふはつみつる

   小野みやどの
 八二 まだしらぬ人もありけりあづまぢにわれもゆきてぞすむべかりける

   菅丞相
 八三 きみがすむやどのこずゑのゆくゆくとかくるるまでもかへりみしかな

   中務
 八四 わすられてしばしまどろむほどもがないつかはきみをゆめなれてみむ

   遍照僧正
 八五 すゑのつゆもとのしづくやよのなかのおくれさきだつためしなるらむ

   兼輔中納言
 八六 ひとのおやのこころはやみにあらねどもこをおもふみちにまどひぬるかな

   斎宮女御
 八七 ことのねにみねのまつかぜかよふなりいづれのをよりしらべそめけむ

   直幹
 八八 おもひやるこころばかりはさはらじをなにへだつらんみねのしらくも

   もとざね
 八九 としごとのはるのわかれをあはれともひとにおくるるひとぞしりける

   仲文
 九〇 ありあけのつきのひかりをまつほどにわがよのいたくふけもゆくかな

   小太君
 九一 いはし(ママ)のよるのちぎりもたえぬべしあくるわびしきかづらきのかみ

   白女
 九二 いのちだにこころにかなふものならばなにかわかれのかなしかるべき

   かねもり
 九三 たよりあらばみやこへいかでつげやらむけふしらかはのせきはこえぬと

   すけあきら
 九四 まだしらぬふるさとびとは今日までにこむとたのめしわれをまつらん

   みちのぶの中将
 九五 かぎりあれば今日ぬぎすてつふぢごろもはてなきものはなみだなりけり

   たかみつの少将
 九六 しばしだにへがたかりけるよのなかを(に)うらやましくもすめるつきかな

   明見母
 九七 おくれゐてなくなるよりはあしたづのなどかちとせをゆづらざりけむ

   安法
 九八 あまくだるあらひとがみのあひおひをおもへばひさしすみよしのまつ

   傅母氏
 九九 うらみつつひとりぬるよのあくるまはいかにひさしきものとかはしる

   いせ
 一〇〇 みわのやまいかにまちみんとしふともたづぬるひともあらじとおもへば

   よみびとしらず
 一〇一 わがきみはちよにや千代にさざれいしのいはほとなりてこけのむす左右(まで)
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歌枕名寄解題〔181歌枕名解〕】[第十巻] [万治二年板本] [2014年3月28日記事]等 

 歌枕名寄は、中世以来多く編まれた名所歌集の一つで、歌枕を国別に三六巻(他に未勘国二巻)に部類した上、歌枕ごとに例歌を挙げてその出典(いくつかの勅・私撰集、歌合、定数歌その他)とその主要歌材そして作者を記すという構成・体裁をとり、中世の名所歌集中最も組織的で重要なものであるが、この種の作品の常として諸本間の異同(特に例歌の出入りや多少)が大きく、かつ残欠や零本として伝わるものも少なくない。
 井上宗雄氏(「中世歌壇史の研究 南北朝期」)・井上豊氏(「『歌枕名寄』論考」、「国語と国文学」昭和四八・三)・渋谷虎雄氏(「校本 謌枕名寄」)等の報告によって、現在知られている伝本は、底本とした万治二年(一六五九)刊本の他、写本およそ一〇本を数え、渋谷氏によれば大きくは流布本系と非流布本系、さらに細かくは「一応次のような系統に分類されるであろう」というが、各本の位置(特に非流布本系)や先後については、なお検討の要があろう。

  A非流布本系
   第一種 永青文庫(細川家)本 歌数六〇〇〇余首
   第二種 高松宮旧蔵本 歌数六六〇〇余首
   第三種 静嘉堂文庫本(巻一後半~五、十一~十六、二十二~二十四冒頭部、三十四、三十六の一七巻のみ、但し巻一後半は巻二十四の冒頭部一〇葉の次に錯簡で入り、一六帖)歌数二八〇〇余首
   第四種 陽明文庫本(巻三十六~三十八のみ)
  B流布本系
   第五種 (甲類)書陵部本・内閣文庫本・京大蔵近衛家本 歌数七四〇〇首台
       (乙類)故沢潟久孝博士蔵本・天理図書館蔵西荘文庫旧蔵本・同竹柏園旧
        蔵本(巻三十六~三十八欠) 歌数同前(前二本)
   第六種 新潟大学佐野文庫本 歌数七九〇〇余首
   第七種 万治二年刊本 歌数九七四〇余首

 このうち、近世初期に板行されて流布した万治刊本が圧倒的に多くの歌数を有するので、底本に採用した。歌数が多いということは必ずしも原初形態でないことを疑わせ、事実後述のように一旦成立後の増補と見られる歌や集付等も散見して、諸本の中で最も後出とされている(渋谷氏前記著書「研究索引篇」)が、今回は本大観の方針から、成立当初の形態への溯源よりも多くの歌を検索し得る便利さを優先した。なお、実際に底本としたのは、比較的刷りがよいと見られる福田架蔵(現在は国文学研究資料館蔵)本であるが、「惣目録」は欠くため、内閣文庫蔵本で補った。
 ただ、刊本が最も多くの歌を有すると言っても、諸写本の一つもしくは二つ以上にあって刊本が欠く歌もまた少なくない。その状況はある程度渋谷氏によって表示されてもいる(前記「研究索引篇」)が、前述のようにそれらの出入りの状況は甚だ複雑で、今回それらを「異本歌」として示すのは繁に堪えないため省略し、もっぱら刊本の内容を正確に(ただし用字・表記および体裁は本大観の方針に従う)翻刻することとした。
 底本の直接の親本や系統は不明であるが、国別の歌枕ごとに、上にやや小字で出典(歌書名、勅撰集等は巻次まで)、中央に歌を上下句各一行の二行書き、下に作者名という体裁で、夫木和歌抄の多くの写本などと同じく三段形式をとる(ちなみに、写本では出典を歌の右肩に集付の形で示すものもある)。なお、万葉歌の多くには片仮名で訓が付され、しばしば左側に付したものもあるが、その左傍の訓は今回本文の右へ移し、必要に応じて括弧で括った。
 底本の本文には、歌句の他、出典や作者名にも、しばしば不審や誤記・誤写と見られるものがあるが、本大観の方針により、以下に挙げるようなケースの他は、みだりに校訂せず、特に誤植と誤解される惧れのある箇所に(ママ)と注するにとどめた。ただ、全巻を通じて見られる次の文字は、版下筆者と言うよりは当時(近世初期)の習慣と見て、それぞれ下のように改めた。

  搒(こぐ)→榜、拷(たへ)→栲、掠(むく)→椋、太輔(官職名)→大輔、隆轉(人名)→隆博

 「幾内」「幡磨」「婦眉」(巻二十九、目録と七五七五の前、後者の箇所だけ書陵部本は「婦負」とする)などもこれに準じて改めてもよかったかとも思うが、これらはそのままとし、前二者は各巻の初出箇所に(ママ)と注した。
 したがって、実際に永青文庫本または静嘉堂文庫本によって校訂したのは、次の数箇所である。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 三一七九終りから二句の訓(これは、単に仮名遣いの問題とも考えられ、それならばここに出すまでもないのであるが、一方で枝や葉が茂る意の「ををる」という語があるので、念のために断っておく)
 オフル  オホル
 六〇四八三句
 ふもとなる  ふもとな
 八五〇三出典
 万十三  万一(板木の欠損と見られる)
 八五四四出典
 新後十九  新後十□(同右)
 八七一〇三句訓
 イマシケル  イシケル


 校訂するに至らなかったが、本文の問題として一応ここに注しておきたいのは、以下のようなケースである。


 本集における二首の混合
 気づいた限りで、次の二首がある。
1、巻二十四―六三八九 これは万代和歌集に並んで見える次の二首を混合したものと見られる(万代和歌集の本文は本大観により、番号を末尾に移してしめす)。
     堀川院御ときの後百首に、樹陰を
          藤原仲実朝臣
 一 なつのひもやすのかはらのやなぎはらふきこすかぜはしたぞすずしき(七六三)
     河辺納涼といふことを 俊恵法師
 二 わかあゆつるたましまがはのやなぎかげゆふかぜたちぬしばしかへらじ(七六四)

2、巻二十五―六七二三 これはあるいは古今和歌六帖の次の二首を混合したのかとも思われる(表記同前)。
 三 ももしきの大宮ちかきみみと川ながれてきみをききわたるかな(一五六一)
 四 をばすての月をもめでじみみと川そこをのみこそしのびわたらめ(一五六三)
 底本における歌もしくは歌句の欠脱
 底本ないし諸本に、歌枕もしくは国名のみを挙げて歌を欠く箇所が少なくない。例えば、巻二十―五一五七の次、巻二十九―七六二八の次、巻三十―七八二二・七八二九の次、七八六四の次、巻三十四―八八四二の次、八八六九の次、その他のごとくで、そこに空白行を置く所と詰めてしまっている所とあるが、今回はそれを区別せず詰めた。むしろ注意すべきは巻十四―四〇六三で、底本では下句を欠いてその上方に小さく「如本」とあり、少なくとも下句を欠く本が多いが、故沢潟久孝氏蔵本は「やまとことゝもおもほゆるかな」として「読人不知」とあり、新潟大学佐野文庫本と京大近衛家本には「やましなもとかおもほゆるかも」とあって作者名を欠くという(渋谷氏校本による)。古今和歌六帖(一五五七)を見ると沢潟本の下句がよさそうではあるが、夫木和歌抄(六八六八)が「六三」として挙げる歌形は佐野文庫本・京大本と一致する。
 
 底本における小字補入歌
 底本には、かなり多くの行間補入歌がある。それが何によるものか明確ではないが、版下を書き上げた段階で何らかの必要を感じて補入したものと見るべく、親本との対照(すなわち「一校」の段階)で気づいたものかとも思われるが、次の巻二十九―七六二四や巻三十六―九一一六のケースを見ると必ずしもそうとも言えず、他本との校合の結果かとも思われる。具体的には以下の歌で、特に断らないものは各歌枕名の下の余白に小字で、多くは一首一行に記されている。
 
  巻一―一七九、巻三―七八五、巻四―一三四四・ 一三六三・一三六四、巻二十八―七二〇九(次の歌枕名「標葉堺」の下の余白に)、巻二十九―七六二四、巻三十―七七二八(七七二七の左注の後、次の国名「丹後国」の前の、もと一行分空白だった箇所に、小字で「追加/桑原里」と頭書して)、巻三十二―八二四三、巻三十三―八四四一とその左注、巻 三十五―八八八一・九〇五一、巻三十六―九一一六
 
 この結果、七六二五の出典は七六二三の「万十八」を受けるべく「同十七」とあり、九一一七の出典も九一一五のそれを受けるべく「同」とあるが、今回それでは誤解を招くので、それぞれ「万十七」「万五」と校訂した。
 なお、底本独自の書入れとして巻三十二―八二六五・八二八〇・八二八一の各出典欄に「散木奇歌集」とあり、それぞれの詞書を行間に補入した他、八二六五の作者名の「成」をミセケチにして右に「頼」と墨書している。
 文字や記号の位置とそれから生ずる問題など
 前述のように底本の三段形式や一首二行書きを本文のような体裁に改めたが、そのことあるいはそれ以外のことによって、底本と文字配置が異なったり、本来の位置を決めかねて便宜に処理したりしたものなどがあるので、それらをここに記しておく。
 
1、連歌と合点
 底本は若干の連歌を含み、その掲出法は本大観全体の方針によったが、底本の表記で注意すべきものを挙げれば、以下のごとくである。
巻十四―三八九〇の出典は、初めの行(すなわち短句)の上に「金十連歌」、後の行(すなわち長句)の上に「散木集僧 下俊頼上」とあり、巻十八―四七八〇の作者名は、両行の中間の下に「鴨長明」とある。一方巻三十五―八九二三は、長句・短句それぞれの右肩に短い合点(\の記号)が付されている。

2、それ以外の歌の作者名
 巻十七―四六六八の作者名は「業平朝臣/一説枇杷大臣哥也」と二行書きにしており、巻二十七―七〇〇八は上段に「古六 拾四/ 雪」とあって作者名の欄に「古興風/拾人丸」とある。また、巻二十八―七一五四の作者名は底本には「前斎宮/内(この下に板木の欠損の跡らしきものあり)」とあり、書陵部本は「前斎宮河内」とするが、出典の金葉和歌集に当たると「前斎宮内侍」がよいようである(古典文庫本はそうなっている)。

3、作者名の位置
 底本は作者名を歌の後(そして下)に記すという立場から、長歌に反歌を付して挙げた場合、作者名はその反歌の下に記されている。巻二十―五一五五・五一五六がその例で、作者名「赤人」は五一五六の下に記されているが、今回それを五一五五(長歌)の前に移した。

4、その他の文字・記号の位置
 ここで断るのは二例である。一つは巻三―九二四の初句の右上に注した「本」で、底本では歌枕名「里」(「玉井里」の略)と歌の初字「み」との丁度中間にあるが、歌の初句の「みつ」に付した注と見て処理した。結句の異文「水」と同字になることと関連があろうか。
 もう一つは巻四―一二四六の左注の中の歌題「沢蛍」で、底本では左注の「けるを見て物思へはさはのほたるもわか」の行の上に掲出しているが、今その注の意図を汲んで、本文のように処理した。

5、「同」の問題
 最後に、これは大した問題ではないが、底本の出典や作者名の欄における「同」の字の有無に意味があること、古今和歌六帖以来の歌集と同様である。すなわち、「同」と記されていない限りは、勅撰集と違って、それらは原則として次の歌へはかからないのである。そのことは、巻一―五九(目下作者は不明だが、「御集」とあるから清輔ではない)・一〇三(古今和歌六帖三八六四や夫木和歌抄二二四に見えて、隆信の歌ではない)以下多くの例から明らかであるが、巻三十―七六五〇・七六五一の出典のように「同」とあるべきものを脱した例もある。―三二六五・巻二十一―五六一五等々のケースであるが、これらはそこで底本の丁が改まるか丁の表から裏に移っているのであり(この反対に巻一―九八などの場合は丁裏の初行であるにも拘らず「同」としており、出典に関してはそのケースも少なくない)、巻十六―四三七五の作者名は歌枕が改まったためである(ただしそれでも「同」としている場合も多い)。
 

 
 さて本集の成立や撰者であるが、刊本や多くの(特に完本の)写本が本文三八巻と別に有する「惣目録」の首尾の識語やその署名が手がかりになる。
 すなわち、その内題の下に「乞食活計客澄月撰」とあり、左に引用する消蘊子の識語の冒頭にも「澄月謌枕」とあって、古くから澄月なる僧ないし隠者の撰と伝えられてきた。そしてこの澄月をかつては近世の垂雲軒澄月と解していたが、岡田希雄氏(「澄月の『歌枕名寄』考」、「文学」創刊号、昭和八・四)の疑義を俟つまでもなく万治刊本と年代が合わず、今日では内容の検討からも原形は鎌倉時代の成立で、撰者は二条家に近い立場の地下の者かと言われ、澄月なる僧であるならば菟玖波集に一句入集した「澄月法師」(花下の連歌師であろうとされている)である可能性も指摘されている。

 当初の成立が鎌倉時代と推定されているのは、採録歌の出典として名の見える勅撰集が、若干の例外を除き続拾遺和歌集(静嘉堂本)もしくは新後撰和歌集(刊本など)を下限としており、私撰集・歌合・歌会・定数歌等の歌書もほぼその頃までのものに限られているからである。そして新後撰和歌集より後のものとなる左のような出典名や左注の歌書あるいは集付・作者名等は、ほとんどは刊本独自、若干は一部の写本にのみあるもので、後代の増補や加筆と考えられる。例示すれば以下のごとくである。

1、作者名
 巻一―八五の「為尹」(千首、井上宗雄氏によれば、応永二二年〈一四一五〉のもので本集で最も新しい)、巻二―四二四・四四四の「前大納言経継」、巻五―一五〇八の「後八条入道前内大臣」、巻二十四―六四九三の「前大納言俊光」、巻二十七―六九八七の「贈従三位為子」、巻三十三―八五九〇の「前大納言公蔭」など。

2、出典の歌書またはその称号等表記
 巻一―五二の「後宇多院賀茂社御幸時」および巻二―四二四の「後宇多院十首歌」、巻一―八四の前の「詞林采葉抄」、巻一―一二七の「文保百首」、巻一―一四二・一四八・一六四・一六七・一八九、巻二―四三五・四三六・六六六、巻五―一六六六等の「夫木」、巻二―四四四、巻四―一四一九、巻三十三―八三五三の「亀山殿七百首」、巻二―六九六の「永仁二八月十五夜十首歌」、巻三―一〇七五の「後深草院かくれさせ給ける年の秋の末……」や一〇八〇の「遊義門院かくれさせ給て……」、巻二十四―六四五八・六四九三等の「永仁六年大嘗会」と六四九四・六四九六の「文保二年大嘗会」、巻二十八―七一八五の「邦省親王家五十首」、巻三十四―八八五九の「六花集」、巻三十七―九三六一の「永仁五閏十月後宇多院歌合」等々。

3、集付(これは全部を挙げる)
 巻六―一六八〇の「玉」、一九三〇の「新続古」、巻八―二三〇五の「新拾四」、二三九五の「新拾五」、巻九―二七二七の「入風」、二七三一の「入玉六」、二八二七の「続後拾五」、巻十一―三〇九八の「風五」、三二三〇の「新拾四」、三二三七の「風二」、三二三九の「続千四」、三三二二の「新拾十八」、巻十三―三五九二の「新後拾二」、巻十四―三九二五の「風」、三九四〇の「風」、巻三十 一―八〇一二の「新続古」。

 これらのうち、1と2は内容から、3はその体裁から、ある段階以後の増補加筆と分かる。すなわち、各歌の出典は底本では前述のように通例上段に記されているのであるが、3に列挙したものの大部分は上下句の間の直上に、いかにも集付として記されている。ただ今回の本文作成に当たっては出典名を詞書に準じて歌の前行に移したので、右のような集付はその末尾に追い込んだ。
 ここで出典についてもう一つふれておくと、上段に記すその歌書名は通例一つであるが、稀に「千五百/夫木三十四」(巻一―一四八)、「万三新古十七」(巻一―二九五)のごとく二つを挙げるものがあり、右の後者のように二つ目の歌書(通例勅撰集)を右寄せにやや小書するのが普通で、「万十拾一」(巻六―一七一〇)、「同(=万)十一/新勅十四」(巻十七―四六六〇)などはやや例外である 。そしてその勅撰集は、「万一新勅八」(巻一―三六八)、「同(=千五百番)新後六」(巻二―四二〇)、「家集続後八」(巻二―五五三)あるいは「万新勅八続古十」(巻二十六―六七八二)のように 概ね新しい。もっとも、稀には「新勅十二万十一」(巻十二―三五一三)、「続古十八万九」(巻三十―七七九五)のようなものもあるが、これも以下の推定を妨げない。すなわち、歌枕名寄がそれらの歌 を下に小書した集から採ったのではなく、それぞれ初めに名を出した歌書から採録したが、ある段階で(おそらく後人が)それらの歌が下に小書した集にも見えることに気づいて書き添えたものと思われる 。したがってこれらの文字の相対的位置には意味があると考えてできるだけ底本のとおりとしたが、印刷の便宜上、文字の大きさは小さくしなかった。

 以上のような事実と考察の結果今日では、本集の原初形態の成立は新後撰和歌集の直前で、以後中世を通じて増補や加筆が行われ、近世初期に至ってその一形態が板行されて一層流布したと考えられている。 その万治刊本は、どのようにして成立したのであろうか。それについては、「惣目録」(念のために言うと、元来一~三十八の各巻と同様にこれで一冊を成していたものであるが、この一冊のみを欠く本や巻一もしくはそれ以下と合冊した本もある)末尾の長文の識語が手がかりになる。

 刊本の「惣目録」は三箇所に識語を有し、古典文庫本の「解説」はこれらを第一~三識語と呼んでいる。今それを踏襲すると、第一識語は畿内七道の諸国および「未勘国部」のそれぞれの巻数を列記した(古典文庫解説の言う「部別け目録」)後にあり、いろは別の細目の後の、「先達哥枕……勿怪之」という短い第二識語とともに本文に翻刻したが、いずれも次に記す第三識語と同じく消蘊子のものと考えられる。

 なお刊本は、第一識語の後、いろは別細目の前に、一丁の表裏を充てて次の頁のような表を掲げている。本文に掲げなかったので、写しておく。
 さて、刊本成立の手がかりを具体的に示す第三識語の全文は次のとおりである。


  世号澄月謌枕者、不頗一様、或有哥数些少者、或有名所乱雑者、不
  全足執信用、頃日有携古本類聚一篋来人、披而閲之、澄月謌枕名寄
  也、漸備略詳而較所歴視之者、則可謂清書乎、於是因件旧本摸写之
  数月、而乃終其功、素雖有未勘歌部一巻、為不当用、今暫除焉、如
  出所作者等、則随覓得他日書加其所可足矣、将又製惣目録一巻附其
  初、以為令見者不労探巻也、所次第之名所、所引用之古歌者、非交
  私意、但庸筆走字之訛、更無奈何而已
   于時万治二己亥暦
                 夷則中旬
                         城北乞食沙弥
                            消蘊子


 要するに底本を刊行するに至った事情と時期とを述べたものであるが、これについてごく最近、上野洋三氏は口頭発表(日本近世文学会平成三年度秋季大会、平成三年一一月三〇日於鹿児島大学)で、版下の筆者をその筆跡から賀茂の南可と推定された。南可は別号良玄、古今夷曲集に狂歌が載り隔蓂記にその名が見える他、和歌をよくして自筆(一部他筆)の家集弄璞集がある上に、多数の歌書の書写校合に関与していたことが、丹波篠山の財団法人青山会に蔵せられる写本群から分かるという。そして、古典文庫の解説以来浅井了意かとされてきた署名の「城北乞食沙弥消蘊子」も南可と見るべきことを、その発表で提言された。従うべき見解かと思うので、ここに記しておく。ちなみに、南可については田中善信氏「『隔蓂記』の連俳資料(三)―周令と南可―」(『文芸と批評』第三巻七号、昭四六・一〇、『初期俳諧の研究』所収、今は後者による、初発表の副題は「南可について」)の考察があり、消蘊が南可の後号であることも、隔蓂記によって(すでにその校注者が指摘しているが)、説かれている。「自古今至新後撰之部立」の一覧表は文末を参照。
 本集の本文は左の五名が分担して原稿を作成し、福田・杉山が点検したが、判定や処理の最終的な責任は福田にある。また、解題は福田が執筆したが、上野氏の新説については伝聞した坂内の通報により、当日司会を務めた渡辺憲司氏、さらに上野氏自身に当たって確かめた。
                                                        (福田秀一・杉山重行・千艘秋男・古相正美・坂内泰子)

   自古今至新後撰之部立                 
   巻一  巻二  巻三  巻四  巻五  巻六  巻七  巻八  巻九  巻十  巻十一  巻十二  巻十三  巻十四  巻十五  巻十六  巻十七  巻十八  巻十九  巻廿
 古 今
 春上  同下    秋上  同下          物名  恋一  同二  同三  同四  同五    雑上  同下  雑体  滅哥
 後 撰
 春上  同中  同下    秋上  同中  同下    恋一  同二  同三  同四  同五  同六  雑一  同二  同三  同四  別旅  哀傷
 拾 遺              物名  雑上  同下  神楽  恋一  同二  同三  同四  同五  雑春  同秋  連哥  雑恋  哀傷
 後拾遺  春上  同下    秋上  同下            恋一  同二  同三  同四  雑一  同二  同三  同四  同五  誹諧
 金 葉              恋上  恋下  雑上  連哥  
 詞 花              恋上  恋下  雑上  雑下  
 千 載  春上  同下    秋上  同下            恋一  同二  同三  同四  同五  雑上  雑中  雑下    
 新古今  春上  同下    秋上  同下            恋一  同二  同三  同四  同五  雑上  雑中  雑下    
 新勅撰  春上  同下    秋上  同下            恋一  同二  同三  同四  同五  雑一  同二  同三  同四  同五
 続後撰  春上  同中  同下    秋上  同中  同下        恋一  同二  同三  同四  同五  雑上  雑中  雑下    
 続古今  春上  同下    秋上  同下            恋一  同二  同三  同四  同五    雑上  雑中  雑下  
 続拾遺  春上  同下    秋上  同下    雑春  同秋      恋一  同二  同三  同四  同五  雑上  雑中  雑下    
 新後撰  春上  同下    秋上  同下            恋一  同二  同三  同四  同五  同六  雑上  雑中  雑下  

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 新拾遺和歌集解題〔19新拾遺解〕】[第一巻] [宮内庁書陵部蔵 兼右筆「二十一代集」] [2014年3月30日記事]

 本集は、後光厳院の命をうけて、藤原為明が撰修したものである。この撰者任命は時の将軍足利義詮の強力な推挙によるものであった。貞治二年(一三六三)二月二九日に下命があり、貞治三年(一三六四)四月二〇日に四季六巻を奏覧したが、同年一〇月二七日撰者為明(七〇歳)が他界したので、門弟の頓阿が後を継いで同年一二月に完成した。正徹物語では、頓阿の撰定したのは、雑部(巻十八)あるいは恋部(巻十一)以後であろうとする。前集の新千載和歌集成立後わずかに四年目ということもあり、初出歌人が少ない。初出歌人の多くが恋部と雑部に集中するのも頓阿担当の範囲を推測させる。入集歌数の多い歌人は、為藤(二七首)・定家(二六)・為家(二五)・為世(二五)・伏見院(二五)の例でも知られるごとく、比較的古い歌人が多い。当代歌人では、為明(一一首)の近親者が優遇されている。頓阿(一四首、うち五首は「読人しらず」としている)の周辺も比較的に多い。また、当然のことながら南朝歌人は入集していない。総歌数は、一九二〇首・一九一九首・一九一八首の三種で、これは諸本の系統による。

 現存諸本は、約三〇本程度で、二十一代集中のもので完本としては室町期写が上限である。諸本系統は、歌数によって分類でき、総歌数一九二〇首の諸本がほとんどであり、底本の書陵部蔵兼右本・書陵部蔵本(四〇〇・七)は、一九一七首。書陵部蔵本(四〇〇・一〇)・同蔵本(四〇三・一二)・同蔵三冊本・架蔵本などは、一九一九首である。この歌数の相違は兼右本系が一二九一前関白左大臣(恋四)の一首を欠脱しているほか、一五二九番忠見歌(雑上)、一七六七番紫式部歌(雑中)の二首、もしくは一首の有無によるものである。忠見歌は、風雅和歌集(四八)に源信明朝臣歌として入集しており、信明集・忠見集の両集にみえるので、重出歌と考え後に切り捨てられたかと思われる。また、紫式部歌も源氏物語にみえる浮舟の詠であるので、後に切り出したかと推定される。兼右本は、この二首を含まないので一応精撰本かと推定し底本として選んだ。しかし、この二首(一首を欠く場合の諸本は、紫式部歌)が精撰の途中で切り出されたのか、ずっと後の切出しで撰者に関わりないのか不明であるので、他本によって補入する形式を便宜とることした。そのため、一七六七(紫式部)を補入させるに際して、底本は、西行・成久・定円の順序であったものを、詞書の関係上、西行・定円・成久・紫式部の歌序に改めた。また、六三一(公敏)の詞書・作者・本文歌は行間に書写されているが、同筆と推定し本行として入れることとし、更に兼右本は一二九一の一首を欠脱しているが、他本により補った。本集には、次の奥書がある。「右集以数本令書写校合云云尤/可為証本依勅命加奥書者也/文明十年十一月廿七日/右兵衛督藤原雅康/天文廿二年九月七日申出禁裏御本遂書写校合了/右兵衛督卜部兼右卅八才」


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 五詞書  題しらず  ナシ
 三四二
 いほはた衣  いつはた衣
 二七
 富士のねの  富士のねや  六七九
 風しづかなり  風しつかなる
 九三詞書
 七首歌中に  七首歌に  一二九一  他本により補う  作者・歌ともナシ
 一一〇詞書
 挿頭花  頭挿花  一三四二作者
 空暁法師  定暁法師
 一二九
 有明のかげ  有明の月
 一三六四詞書  寄枕恋  寄滝恋
 一六一  春の山道  春のみ山路  一五〇〇作者
 権少僧都源信  少僧都源信
 一六七作者
 源仲正  ナシ  一五二九  他本により補う  詞書・作者・歌ともナシ
 一七一
 月のいるまは  月のいるまに
 一六〇二詞書  うせたるをこひ侍りける  うせたるこひ侍ける
 一七七
 かげうつす  かけうつせ  一七六五  詞書・作者・歌とも に、底本では一七
 一七九作者
 藤原季綱  藤原季縄  一七六六  六六・一七六五の順序であるが、訂す 
 二二二作者
 安嘉門院大弐  安喜門院大弐
 一七六七  他本により補う  作者・歌ともナシ
 二五九作者
 法印定円  法印定為  一八〇三詞書  山家歌とてよみ侍りける  山家歌とてよみける
 (有吉 保)

  底本の吉田兼右筆二十一代集(宮内庁書陵部蔵五一〇・一三)については、13新後撰和歌集解題末尾参照。

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 続後拾遺和歌集解題〔16続後拾遺解〕】[第一巻] [宮内庁書陵部蔵 兼右筆「二十一代集」]

 本集の本文研究は進んでいないが、管見によれば大きく二系統に分かれる。一は正保四年(一六四七)吉田四郎右衛門刊の板本で、現行活版本はすべてこれを底本としており、いわゆる流布本系統である。他は諸家に蔵せられる古写本のほとんどすべてで、これらは互いに多少の異同は含みつつも、明らかに流布本系とは異なる一系統に属していると見られる。二系統間の相違は主として語句の上のもので、歌数・歌順にも幾分出入りがある。今回底本とした宮内庁書陵部蔵吉田兼右筆本は、古写本にはめずらしく流布本系の善本で、正保板本との関係は未勘であるが、同板本の誤りを訂しうる点も多いのでこれを採用した。

 宮内庁書陵部蔵、吉田兼右筆二十一代集(五一〇・一三)所収「続後拾遺和歌集」。列帖装一冊。書写奥書がないため書写年次は明らかでないが、一連書写の他集のそれから推して天文一四~二四年(一五四五~一五五五)の間であろうと推定される。巻末に、

 此集依仰不顧悪筆之恐書写之功/及数度校合入落字改誤字者也/文明十年十一月二日 兵部卿藤原宗綱

の本奥書があり、文明一〇年(一四七八)松木宗綱新写の禁裏官庫本を親本としていると知られる。二七四番・四九七番の歌頭にそれぞれ「禁御本無」「御本三行無」の注記がある事から、他本を参照している事もわかるが、その他本の素姓は明らかでない。本文は前述の通り流布本系、歌数は正保板本より二首少なく、一三五三首。うち、行間や余白に同筆で補入した歌が一二首ある。これらの脱落・補入には親本に原因するものと書写時の過誤によるものとがあろうが、その別は明らかでない。

 さらに一二六の詞書(題しらず)と作者との間に

   読人しらず
  一 春さればかざしにせんと我が思ひし桜の花も散りにけるかも

があり、墨線で抹消してある。

 校訂には上述の正保板本を用いたが、なお別系統に属する次の諸本を参照した。

 宮内庁書陵部蔵 二十一代集所収本 四種(四〇〇・七、四〇〇・一〇、四〇三・一二、五〇八・二〇八)
 高松宮蔵 二十一代集所収本
 内閣文庫蔵 続後拾遺和歌集(二〇〇・一四六)林羅山旧蔵本
 東洋文庫蔵 続後拾遺和歌集(三・Fa へ・九二) 伝正広筆本
  ただし巻一~巻十の上冊のみで、下冊を闕く

 続後拾遺和歌集は二十巻、一三五五首。後醍醐天皇の下命により、二条為定撰。正中二年(一三二五)一二月一八日四季部奏覧、嘉暦元年(一三二六)六月九日完成返納。撰者については若干の曲折があり、元亨三年(一三二三)天皇は二条為世に下命したが、為世は二男為藤に譲り、さらに為藤が翌年業半ばで没したので、為世の長男為道の遺子為定があとを承けて完成したものである。歌数の多い前後の集にくらべ、著しく小規模で、「物名」で一巻を立てている点に特色を見うるが、それ以外は部立も歌風も平凡無難で、それなりに小さくまとまった集である。
 

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 九八  風かをる  風かよふ
 七九九
 つらくしもあらん  つらくもあらなん
 二六四
 秋かぜの  秋かせに  八〇四
 引くすぎの  引すみの
 二九五詞書
 題しらず  ナシ  八五四  をばた田の  おはり田の
 三〇九
 作者為道朝臣女  為道朝臣  九九七
 雲井の花に  雲井の花を
 三一〇詞書
 弘安百首  弘長百首
 九九七  けふぞ老木の  けふの老木の
 三四一
 早瀬川  泊瀬川  一〇〇三詞書
 春歌の中に  ナシ
 三五三
 夜半の月  夜半の露  一〇四六作者  俊成女  俊成
 三七一詞書
 弘長  弘安
 一〇八一  もしほ焼く  もしほ草
 三八四詞書
 菊合  歌合  一一三三  思ひいづや  思ひきや
 五一一詞書
 きちかうをよめる  ナシ  一一四一  いのるこそ   おもふこそ
 五四一
 草のゆかりに  露のゆかりに
 一一五三  思ひこそやれ  思ひこそしれ
 六五〇
 もらさざりけれ  とまらさりけれ  一一九九  さても世にふる  さてもこの世に
 六六一  かこつべき  かこつかな
 一二一〇
 霜にあへぬ  霜にあへる
 六九三
 ゐぬひなく  ゐるひなく  一二四二詞書
 匡衡  匡房
 六九三  みまくのほしき  みまくもほしき  一二八一  軒の梅が枝  法の梅か枝
 六九八
 袖ぞかなしき  我そかなしき  一二八九
 しぐれねど  しくるれと
 七四一作者
 忠成朝臣女  忠成朝臣
 一三〇六  心のくもや  心のくまや
 七五六
 かただの浦の  かた野ゝ原の  一三三八
 ちかひをぞしる  さかひをそしる
 七八五作者
 少将内侍  少将典侍  
 (岩佐美代子)

   底本の吉田兼右筆二十一代集(宮内庁書陵部蔵五一〇・一三)については、13新後撰和歌集解題末尾参照。


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古今和歌六帖解題〔4古六帖解〕】[第二巻] [宮内庁書陵部蔵五一〇・三四] [2014年4月6日記事]

 万葉集から後撰集の頃までの歌約四五〇〇首(重出歌を含む)を、二五項五一七題に分類して収めた類題和歌集。略して古今六帖、六帖ともいう。作歌の手引書を意図したものであるが、万葉集との重出歌が所収歌の約四分の一を占めているところから、いわゆる古点時代の万葉集の訓み方等を知るうえの重要な資料とされる。また分類形式や各題の配列等も、同時代の他の文学作品との関連性がみられるとして、注目されている。編者や成立年代は未詳であるが、兼明親王あるいは源順を編者に想定し、貞元・天元(九七六~九八二)頃の成立と考える説が有力である。
 現存する諸本は、ほとんどが江戸期の写本で、最も古いものが、文禄四年(一五九五)の書写であるが、たとえば後述する底本の本奥書にみるように、鎌倉期には何本かの伝本があったこと、すでにその時点で、本文に多くの誤脱があったらしいことが知られる。現存諸本は、寛文九年(一六六九)刊の板本も含め、ほぼ同一系統に属し、大きな異同はないが、古くから混乱・誤脱があったところから、細かい一、二字の異文や、諸本相互の対校等による校合書入れなどは、各写本それぞれ随所にみられる。江戸期に契沖や賀茂真淵などによってそれぞれが合理的と考える考証が加えられ、これらを承けて、江戸末期山本明清によって刊行された「古今和歌六帖標注」では、かなり本文が合理的に整定された。旧国歌大観では、この整定された本を底本としているが、本大観では、写本として伝存されていた時期の古今和歌六帖の古体を残すため、宮内庁書陵部蔵桂宮旧蔵本を底本とした。底本は書写奥書はないが、桂宮智仁親王(一五七九~一六二五)と他二筆による江戸極初期写の善本。これと内容的に近い関係にあるとみられる永青文庫本(文禄四年当時禁裏に伝えられていた行能卿筆本を、そのままに写した旨の細川幽斎書写奥書あり)・宮内庁書陵部蔵御所本の三本が、禁裏に伝えられていた古写本のおもかげを残すものと考えられるので、この系統の本文を中心に、内閣文庫蔵の二本、神宮文庫蔵の二本等の諸本を参照して校訂を行った。その場合、諸写本間で出来うる、明らかな欠脱や誤写の訂正に限り、「古今和歌六帖標注」本は、校訂には用いなかった。したがって、三〇七三の下句「みなのこゝたく滝もとどろに」や、三三一四の初句「千名にはも」、三九五三の下句「などわが袖のこゝら露けき」など、標注本にあっても、写本系では共通して欠脱している箇所は、本文中に補うことをしなかった。底本には、片仮名の小字で行間に補入されている歌が八首あり、永青文庫本・御所本ではこのほかに十首近くあるが、これらは他系統の写本では、平仮名書きの本行になっていることが多い。本大観では、これらの補入歌(八七五・一五六二・一五六三・一五七九・一六六四・一七五八・一九二五・二三二二番)も本行に扱った。作者名に関しても同様に、底本では行間あるいは歌の末尾などに片仮名書きで注記されているものも、本行に翻刻した。それに関連して、作者名に附された注記や校異も、かなり古い時代からあったものと考えられる上、各写本あるいは各帖により、書き方に差違があるため、本大観としては変則的であるが、省略せず、底本に近い形で扱うこととした。また本書には、「已上何首某」のような作者に関する注があり、本大観では左注として扱ったが、各写本とも、第二帖だけが他の帖と異なり、「已上四首  いせ」のように、同じ行の上下に分けて書かれている。これは内容を検討すると、分けられていることに、何らかの理由があったかと思われる事例もあるので、この帖のみ、底本と同じように分けて置くこととした。
 底本は一帖一冊の六冊本。函架番号(五一〇・三四)、縦二六・六センチ、横二〇・六センチの袋綴。表紙は鼠茶地の鳥の子紙、「古今和歌六帖一(~六)」の題簽が付されている。本文用紙は斐楮交漉の薄様。一面一二行、歌一行書き。奥書は、

 (第一帖)本云/以民部卿本書写了、此本有僻事之由/被申之間、又以他本手自校合了/嘉禄第二歴中春下旬之候両人能々/校合了/前和謌所開闔従四位上源朝臣〔家長也〕在判/すへてこの六帖、いかにやらん、いつれも/みなかくのみしとけなきものにて侍れは/本のままにしるしをく、のちに見ん人心え/させ給へし/八百廿五首(第三帖)本云/嘉禄三年七月日以戸部御本書写〔京極入道中納言〕了/校合又了、源朝臣在判寛喜二年十二月十九日以入道右大弁本/書写校了、件本家長朝臣本云々/此内四百八十三首/一校了(第四帖)本云/嘉禄三年三月廿日、借請民部卿御本以/所々本書写了、能々校合了、本々僻事於当書定事也、仍不能正直、撰者或説/六条宮又貫之女子等云々/前和歌所開闔源朝臣在判/五百五十首/一校了

 底本に欠けていて他写本にある歌は三首、「古今和歌六帖標注」にみられる歌が五首ある。標注本の五首は写本系にみられないもので、〔異本歌〕として巻末に掲げた。永青文庫本、御所本をはじめ全写本にある第三帖の一首は、本大観本文に加えた(一五八五番)が、他の二首は一部の写本にあり、重出歌でもあるので、本文には加えなかった。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
  一一三作者  つらゆき  ナシ
 二六五五
 いちしろく  いはしろく
  二〇四
 流れてよどむ  流れてとまる  二七五三
 へだてしからに  へたつるからに
  二一六作者
 つらゆき  ナシ  二七九四
 はなのはなのひ  こなのひ
  四六〇
 あやおりみだる  あやめをりみたる  二八三九
 けながくなりぬ  けなかくなり
  八四四
 すがはらの  すかはらや
 二九二七
 いで君は  いて君
  九九五
 やまの山びこ  やまのひこ  三〇二一
 つきしあれば  つきし
 一〇一九
 すげかへん  すへかへん  三〇二一
 夜はこもるらんしばしありまて
 ナシ
 一〇二一
 ふじの山  よしの山
 三〇五〇
 あさごとにしも  あさことに
 一〇二六
 てまとなづけし  なつけし  三二〇九
 しまこころにや  しましろにや
 一〇六八
 一日も君を  一日もを  三三一三
 そでなれや  そて
 一三三四作者
 きのらう女  きのわう女
 三三三九
 おもふとも  おもふらん
 一四一六
 神ふりしつる  神ふりつる  三三四七
 かきほなす  ナシ
 一四三五
 くるひとたえて  くるひとたえ
 三五九四
 しばつきの  ナシ
 一四九二
 よそにゐて  よそにつゝ  三五九六
 こじまのさきの  こしまのくまの
 一五四九
 こひぞたまりて  こひそつもりて  三六〇九
 はなに心を  はなにはを
 一五五五
 たれにかみせん  たれにみせまし  三七三一
 うゑしうゑば  うゑうへは
 一六〇〇
 おちたぎつらし  をきたちつらし  三七五六
 かげさへとひて  かせさへとひて
 一七〇二
 くりためて  くりかため  三九一九  けぶりたつみゆ  けふもたつみゆ
 一七五〇
 なみやよすると  なみやよすらん  三九八七
 秋の夜の  秋のゝの
 一八五三
 かづきのこせる  かつきのこさん
 四〇八三
 ひかげたづねて   光たつねて
 一八六九
 あくよしもがな  あくよしもなし  四一六〇
 色まさりゆく  色まさりける
 二〇二七
 そこにぞわれは  そらにそわれは  四一八四
 かたみとぞ見る  かたみとそなる
 二〇八四
 うゑてみましを  そへてみましを
 四二一三
 さかざらば  なかりせは
 二二三一
 見せつとも  見せすとん  四二八八
 いもにもあるかな  君にそ有ける
 二二九二
 かはべのたづは  かはのかはつは
 四三二一
 君にはしゑや  君にはしや
 二三〇七
 ならはぬそでに  ころもかたしき  四三二五
 あじくまやまの  あしらやまの
 二四八二作者ナシ
 いせイ  ナシ  四三二七題
 つまま  つまし
 二五〇五
 としごとに  とし  四三二七
 岩のうへのつままをみれば  今のうへのつましをみれば
 二五〇六
 なみのしたにや  したにや  四三六一
 ことしげき  ことし今朝
 二五一三
 とまりにし  とまり  四三七五
 つげわたるらん  つけわたるかな
 二五三五
 たまつしま  たまへしる  四三七六
 雲がくれつつ  雲かくれ行
 二六三七
 あげをささのの  あけをさのゝ
 四四一二
 こひもやむやと   こひやまんやと
 (橋本不美男・相馬万里子・小池一行)

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後撰和歌集解題〔2後撰解〕】[第一巻] [日本大学総合図書館蔵本] [2014年4月5日記事]

 後撰和歌集の現存諸本は、次掲のように、清輔本の系統と定家本の系統とが両極に対置し、その間に平安時代の流布本群とみられる古本系統と、承保本系統とが位置するというように系統づけすることができる。
  
   一、汎清輔本系統 (一)二荒山本 (二)(1)片仮名本・(2)伝慈円筆本・(3)承安三年本
   二、古本系統 (一)(1)白川切・(2)堀川本 (二)胡粉地切 (三)行成本 (四)(1)烏丸切・(2)(イ)慶長本・(ロ)雲州本
   三、承保本系統
   四、定家本系統 (一)(1)無年号本A類・(2)無年号本B類 (二)(1)承久三年五月本・(2)貞応元年七月本・(3)貞応元年九月本・(4)貞応二年九月本・(5)寛喜元年四月本・
            (6)天福二年三月本・(7)嘉禎二年一一月本

 本書の底本には、このうち定家年号本の天福二年三月本を用いた。その採択の事由は、定家がその校訂の最終的な到達点を示した本文であって、以後冷泉・二条両家の証本として受け継がれて歌道の世界で重きをなすとともに、江戸期以降広く行われた流布本の祖の位置にあるということにある。この定家筆天福二年三月本そのものは、いまなお冷泉家に秘蔵されているが、残念ながら披見は許されていない。しかし、この定家筆本を忠実に書写した伝本として、江戸初期の透写本である高松宮家本と日本大学総合図書館蔵の定家孫冷泉為相筆本とがあり、本書は後者に拠っている。

 冷泉為相筆本は、縦二四・六センチ、横一五・九センチの列帖装一冊。表紙は紫地に金銀泥で山水花鳥を描いた鳥の子紙、左肩の題簽に「後撰和哥集」とあり、五代目琴山の極札には「外題和哥所尭孝」とする。見返しには、金銀泥で波に日(表)月(裏)が描かれている。本文料紙は鳥の子で二四二丁、十巻末に遊紙一丁があり墨付は二四一丁、一面九行、歌一行、詞書三字下りの書式をとっている。本文の筆者について、五代目琴山の極札に「冷泉家元祖為相」、元禄一五年冷泉為綱の添状に「為相卿真跡無疑候」とあり、奥書の「光禄〔(ママ)〕大夫藤為相」から、為相が光録大夫(従二位)であった正和元年(一三一二)七月五日(五〇歳)から文保元年(一三一七)一二月一日(五五歳)までの間の書写であることが知られる。
 奥書は次のようである。

 
(1)天暦五年十月晦日於昭陽舎撰之/為蔵人左近少将藤原伊尹別当/寄人讃岐大掾大中臣能宣河内掾清/原元輔学生源順近江少掾紀時文/御書所預坂上望城等也謂之梨壷五/人
(2)御筆宣旨奉行文 謙徳公 順/右親衛藤亜将者当世之賢士大夫也/雄剣在腰抜則秋霜三尺雌黄自口/吟又寒玉一声逮于跪彼仙殿之綺/莚銜此神筆之綸命天下弥知忠鯁不/杇艶情相  兼之臣昔雖〔ト云コトヲ〕柿下大夫振/英声於万葉花山僧正馳高興於/行雲而亦伝人間之虚詞未賜雲上/之真跡見今思古尠哉〔スクナイカナ〕希哉于時/天暦五年歳次辛亥玄英初換  之〔カハル〕/月朱草将尽之〔ツキナムトスル〕期也
(3)天福二年三月二日庚子重以家本終書/功于時頽齢七十三眼昏手疼寧成字哉/桑門明静/同十四日令読合之書入落字等訖
(4)此本付属大夫為相 頽齢六十八桑門融覚/在判
(5)此集謙徳公蔵人少将之時奉行之由見于此/料紙表紙文万寿按察大納言之筆定為証本歟之/共有下絵由致信尋出彼本校合色紙紗表紙二十巻也無殊/珍事近代説々相異事等以朱  注  之さくさめのとし或抄云此大納言筆真名に丁年と/被書於此本は全不異他仮名七/字也/あとうかたり あとかたりと被書/そよみともなく とを山すりのかり衣 両事如此/作者  宮少将 此本又如此/おほつふね 又如此/はちすはのうへはつれなき/あまのまてかた 如家説/北野行幸 みこしをか おほむこしをかと被書
(6)陽成院のみかとのおほみうた/つくはねのみねよりおつるみなのかは/こひそつもりてふちとなりける/はるすむのよしなはのあそんのむすめ/さかのへのこれのり/天福二年四  月六日校之
(7)世間久云伝之説/題しらす よみ人しらす 古今如此/題しらす よみ人も後撰/題よみ人しらす 拾遺抄如此/亡父命云此説不定事也 被書進 院之/本皆如古今被書/今見此  本果而如古今 如此事只後人之所称歟
(8)以相伝秘本祖父卿真筆不違一字/書写校合訖/光禄大夫藤為相/(花押)
 

 
この奥書のうち(3)が定家の書写奥書で、天福二年(一二三四)は定家七三歳である。(4)は定家男為家が息子為相に本書を与えるというもので、文永二年(一二六五)時点での記載である。(5)は定家が撰和歌所別当伊尹孫の行成書写本を得て校合したことを記し、注目すべき点における行成本の本文を記したもの。(6)は定家筆本を透写した高松宮家本では他の字体と異なっているので、これは行成筆本を模写した部分であったもののようである。(7)は行成本の書式から父俊成説の正統なることを言っている。(8)は為相の書写奥書である。 

 この奥書にみる行成本による校異は、底本に朱注としてみられ貴重なものであるが、本書翻刻の方針により併記本文、勘物類とともにすべて省略してある。また本文中のミセケチ部分の、一一三「花の〔のミセケチ〕さかり」・二二五「四五日許の〔のミセケチ〕」・四七九「ふりけ〔りけミセケチ〕る日」・一四〇一「たて〔てミセケチ〕まへり」・一四〇三「母の〔の左右ミセケチ〕身まかりて」は、高松宮家本にはなく為相本自体の誤写訂正とみうるので、ミセケチ部分は除いて本文化してある。さらに、本文は本書翻刻の方針に従って補訂してあるが、そのうち主要な箇所は次の通りである。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
  一四九詞書
 おとなく  そとなく
  七九三詞書
 物いひける女に  物いひける女の
  二三〇作者
 よみ人しらず  ナシ   七九七
 こゑにたてても  こゑにたゝても
  七七九詞書
 をとこのけしき  をとこのけしきを   八八六詞書
 よしふるの朝臣に  よしふるの朝臣


 なお、定家の貞応、天福本などには、他の諸本が有する巻八・冬の四五〇番歌の次の、神無月時雨ばかりは降らずしてゆきがてにさへなどかなるらむこの一首がない。流布本はこの一首を有しているので、それに拠った旧国歌大観はこの歌に四五一の番号を与えている。本歌以降の歌番号併記はそのためである。 

 古今集に次ぐ第二の勅撰和歌集である後撰和歌集は、天暦五年(九五一)村上天皇の勅命によって撰和歌所が設けられ、万葉集の訓読事業とともに、撰集が行われて成ったものである。撰和歌所別当は藤原伊尹、撰者は大中臣能宣・清原元輔・源順・紀時文・坂上望城で、撰和歌所は梨壷(昭陽舎)に設けられたので撰者は梨壷の五人と称される。歌数は諸本により歌の有無関係が甚だしく一定しないが、定家天福本によると一四二五首である。貴族の日常生活における歌を主要な撰集資料としており、贈答歌が多く、歌物語的要素の強い内容となっている。高貴権門、女性などいわゆる専門歌人でない者の歌が多い関係もあって、その表現は類型的な色彩が濃厚であるといえる。

 (杉谷寿郎)

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雲葉和歌集解題〔11雲葉解〕】[第六巻] [内閣文庫蔵本・彰考館蔵本] [2014年4月7日記事]

 雲葉和歌集は、
  1内閣文庫A本(特九・一一)
  2彰考館本(巳・四)
  3高松宮家本
  4内閣文庫B本(二〇〇・二二四)
  5群書類従本
  6ノートルダム清心女子大学本
  7書陵部蔵本
  8加藤正治氏蔵本(未見)

の八種の伝本が現在知られている。これらの内1~6は巻一~巻十までを伝えているが、2のみさらに巻十五を持つ。7・8はそれぞれ巻八・巻四の一巻ずつの零本。1から6の諸伝本は、すべて同一系統と言ってよいが、その中では1と5の本文の相違がもっとも大きく、1から5は右に示した順序にそれぞれ中間的本文を示している。6は5とまったく同系と言ってよい。諸本はいずれも完本ではない上、現存部分にも誤脱が窺われるので、良質の伝本とは言えない。その中では5がもっとも意味の通りやすい本文を持つが、必ずしも古態とは言えず改変の加えられた可能性もある。2以下が巻七・八に共通した錯簡があるのに対して、1は元の形を残しているので、本書では1を底本として採用し、2から5を校訂本とした。ただし、巻十五については2を底本とした。底本の簡単な書誌を記しておく。内閣文庫A本は、上下二冊。縦二八・九センチ、横二〇・五センチ、袋綴。墨付上九四丁・下九七丁、白紙なし。外題は「雲葉和歌集一三五」(~六之十終)と左上に直書。一面一〇行書、和歌二行書。「太政官文庫」の印。近世初期写。彰考館本は、上下二冊。縦二八・二センチ、横一八・六センチ、袋綴。墨付上九五丁・下一〇六丁、白紙なし。外題なし。一面一〇行書、和歌二行書。近世中期写。

 さて、本書は現存の一一巻が一巻から順に春上中下・夏・秋上中下・冬・賀・羈旅、および十五巻が恋五、現存総歌数一〇三二の構成になっている。また、夫木和歌抄などの集付から窺われる本書所収歌を調査すると、本書は本来二十巻で、巻十一以下は恋一から五・雑上中下・神祇・釈教であったと思われる。撰者は代集および弘長元年七月七日宗尊親王家百五十番歌合、百九番の基家の判詞によって藤原基家と知られる。また、「正三位成実」(建長六年三月八日叙従二位)の作者表記と入集歌の最下限が九〇四番の建長五年三月後嵯峨院天王寺御幸の時のものであることから、本書の成立は建長五年(一二五三)三月から六年三月までの一年間と考えられる。続後撰集までの勅撰集の入集歌を除く、上代以来の歌を集めており、勅撰集の形式に倣って作られているが、当時は反御子左系の歌人を中心にさかんに私撰集が編まれており、本書もそうした活動の一つである。
 入集歌人は上位から、後鳥羽院三七・良経三六・俊成三五・家隆三三・定家三一・慈円三〇・順徳院二八・寂蓮・土御門院二五・西行二二・後嵯峨院・貫之・俊頼各一八・人麿一五・式子内親王一二・好忠・雅経・実氏・俊恵・為家各一一・清輔・経信各一〇・通光・土御門院小宰相・光俊・行意・宮内卿各九となっている。新古今時代重視の姿勢が顕著であるが、中でも、良経・後鳥羽院をはじめ撰者の近親者が上位に目立っている。また、当代は、全般に少ないが、家良八(九)信実七・基家五(六)・知家五・中納言四などやや反御子左歌人重視である。さらに、本集は続古今集と関わりが深く、撰者基家の立場や嗜好をかなり明瞭に示していると言えよう。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 六詞書
 千五百番歌合  千五番歌合
 五七八
 うづもれはつる  うつつれはつる
 二一
 むめがえに  むめか香に  五九一
 かがみの山や  かゝみの〔 〕や
 二四
 いざはるののに  いさはるのへに  六〇〇
 まつがねの  みつかねの
 三〇
 さそはねど  さそはぬと
 六〇四
 あきの夜の月  あけ〔 〕月
 四二
 ゆききえて  ゆきゝへき  六一〇
 かたをかの  かたを
 六六作者
 土御門院小宰相  土御門院御小宰相  六一九
 たまくしげ  たまくけ
 一〇四詞書
 大神宮  神宮  六二四
 やまのはは  やまのはた
 一一八
 なげきやそはん  なけやそはん
 六二七
 秋のゆふぐれ  〔 〕のゆふくれ
 一一九作者
 藤原光俊朝臣  藤原光俊朝  六三九
 いろこそ見えね  ころこそ見えね
 一二〇
 くももまがはず  くもへまかはす  六六五
 いろこきを
 いろにきを
 二一七
 はるさめぞふる  はるさめそふく
 六七一
 かねてしぐると  かねてしくれ
 二一八
 はるさめぞふる  はるさめそふく  六七三
 ふじのしばやま  ふしのしらやま
 二四一
 みづのをがはの山吹の花(下句ナシ)  六九一詞書
 山寒草  山塞草
 二五五
 をりてかざさん  をりて〔 〕さゝん
 七〇五
 とこのやま人  ところやま人
 二六五詞書
 春の雪げに  春の〔 〕けに  七二九
 かなしさそふる  かなしさそふ
 二七六
 あすはをしまん  あすはをしみん
 七三一
 つねならば  いねならは
 三〇一
 さつきなくらん  さつきさくらん  七三三
 なにをけふより  なにをけ〔 〕より
 三〇五詞書
 十首歌合  十〔 〕歌合  七三五
 ふりそふけさの  ゆりそふはさの
 三二五
 そこのたまもと  そこのたもと  七三七
 みどりはあきも  みとりはきも
 三四二作者
 権僧正永縁  権僧正永儀  七三九作者
 宮内卿  宮内
 三八一
 ふけぬらん  ふきぬらん  七五一
 のこるらんこのはながるるうぢのあじろぎ  〔 〕こるらんこのはゝなかるゝうはのあしろき
 三八七
 うらみてぞ吹く  からてそ吹  七七九
 いはこすげ  いはこすき
 三九八
 まちうるよはも  まちゆるよはも
 七八七
 まださよふかし   またよふかし
 四二三
 よがれずむすぶ  よかれすむ〔 〕ふ  七九八
 なごのかたみる  な〔 〕のかたみる
 四二七詞書
 岡刈萱  岡萱  八一一
 たちぬるをしの  たちぬをしの
 四二九詞書
 大神宮  神宮
 八一九
 せきあまる  せきこまる
 四三二
 はなのえごとに  はなのみことに  八二〇
 ゐなのしばやま  ゐ〔 〕のしはやま
 四三八
 とばたのくれの  とはたるくれの
 八二五詞書
 よみ侍りけるに  よみ
 四四三作者
 曾禰好忠  曾禰忠好  八二五
 かち人の汀の氷ふみならし  かよひとのみきのふりにしあとにかはらねは
 四四三
 さわぎぞすらん  さはきすらん  八三〇
 いはとやま  いとはやま
 四六六作者
 刑部卿頼輔  形部卿頼輔  八三五
 まづあさたたむ  まつあさゝむ
 四七〇詞書・作者
 (順逆)  八四〇
 こずゑをふみて  こすゑを見て
 四七二詞書
 水郷秋夕  水江秋夕  八四四
 ころもでさむし  ころてさむし
 四七九
 はれやらぬ  は〔 〕やらぬ  八六四
 はれゆくあとの  はなゆくあとの
 四八二作者
 正三位知家  正三位家
 八七七
 つまぎとともに   つまきとゝも〔〕
 四八二
 たきつせは  たきつ〔 〕〔川歟〕は  八八一
 あとだにもなし  あこたにもなし
 四八五
 たまくらに  た〔 〕くらに
 八八七詞書
 鳥羽皇居にて   鳥羽皇后にて
 四八八
 やののかみやま見らくすくなし  やのゝかみやま〔 〕くら〔 〕すくなし  八八七
 そこまですめる  こそまてすめる
 四九四
 まがきのたけの  まかきのたきの  八九四詞書
 菊契千秋  菊契近秋
 五〇〇
 あさゐるくもの  あゐるくもの
 八九六詞書
 松延齢友  松延齢父
 五〇九
 やまふかく  やまふとて  九〇九
 ときはのいしは  ときはのいし
 五一七
 くまなかりけり  くもなより〔か歟〕けり
 九一〇
 ながらのはまの  なからはまの
 五二一
 やまかげに  やまかけ  九一一作者
 太皇太后宮摂津  太皇后宮摂津
 五二九詞書
 鳥羽皇居にて  鳥羽皇后にて  九一四
 おほはむそでに  おほはむそてゝ
 五三五
 まこととも  みことゝも  九二九
 かみやまの  〔 〕みやま
 五四〇
 よものくさきや  よものくさき  九三六
 いまはのつきを  いはの〔 〕つきを
 五四一作者
 家隆  (ナシ)  九四六詞書
 たびにて  たいにて
 五六四作者
 藤原経朝朝臣  藤原経朝臣  九七七
 いたづらにふく  いたつらにつく
 五六七
 もろこしの  もろこし
 九八一
 むこのおくなる   むこのなくなる
 五七六
 くもやきえぬる  くもやときえぬる


 この他に四七四作者・四八七詞書・五七二・六九七・七〇四・七一三作者・七四九作者・七六七作者・八八一作者・九二九作者・九八二・一〇〇六作者・一〇一一作者・一〇一三詞書・一〇二五詞書・一〇二六詞書などは明らかに誤写が考えられるが、校訂本に拠っても訂正できないので、底本のままとした。また、六二五・七四五・七四七・七四八の次に底本ではそれぞれ空白部分があり、六三三・六六一・七二九・七七一では詞書作者と歌の間に他の歌や詞書・作者などが重複して書写され、ミセケチにされている。さらに、七二三・七二九上句・八六六作者は後から行間に書き入れたものである。したがって、底本には誤写や欠脱・錯簡などの可能性が窺われるが、現存の諸本からは底本以前に遡れないので補訂できない。
(後藤重郎・安田徳子)
 
和歌童蒙抄解題〔293童蒙解〕】[第五巻293] [古辞書叢刊[尊経閣本] [2014年4月3日記事]

 童蒙和歌抄とも。藤原範兼作。久安(一一四五~五一)・仁平(一一五一~五四)頃(一説に元永元年[一一一八]~大治二年[一一二七]頃)成立。古辞書叢刊(片仮名本。室町初期写、尊経閣本の複製)により、日本歌学大系本等で校訂。
 (井上宗雄・山田洋嗣)

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新千載和歌集解題〔18新千載解〕】[第一巻18] [宮内庁書陵部蔵 兼右筆「二十一代集」] [2014年4月7日記事]

 風雅和歌集完成時からわずか八年後の、延文元年(一三五六)六月一一日、「上古以来和歌可令撰進給」との綸旨が、二条派の御子左入道大納言為定(一二九三~一三六〇)に下った。下命者は観応の擾乱の間に帝位に即いた後光厳天皇であるが、それは足利将軍尊氏の執奏によるものであり、以後の三勅撰集もすべてこの武家執奏の例にならうこととなった。同三年の四月に尊氏が薨逝するなどの支障があったが、翌延文四年四月二八日に四季部六巻の奏覧があり、同一二月二五日に全二十巻の返納があって、第一八番目の新千載和歌集が成立した。
 
 翌延文五年三月に撰者為定が薨じたためか、切継ぎ等による改変のあとはみられない。したがって現存する諸本間には、系統だてするほどの差異はない。しいていえば、文明一〇年(一四七八)に姉小路基綱が校訂した禁裏本の系統と、その他の流布諸本とに分けられよう。前者に属する室町後期の古写本に、吉田兼右筆二十一代集(書陵部蔵、二七冊、五一〇・一三)の中の一本(二冊、上・下)があり、それには基綱の奥書と兼右の書写識語とが次のようにある。文明第十之暦仲夏中旬之候/応綸命之旨終書写之功爰/披数部全集及多日比校即改/僻字豈非証本乎/左近衛権中将藤原基綱天文廿二年五月十二日以禁裏御本遂書功校合了/右兵衛督兼右卅八才(花押)
この兼右書写の二十一代集については別掲の解題を参照ねがうとして、新千載和歌集については、兼右(一五一六~一五七三)の天文二二年(一五五三)写以外に、延文四年以降の確かな伝本はまだ知られていない。こうした由緒と善写本とであることから、今回は兼右筆本を底本とした。総歌数は二三六五首。

 他に古い伝本として、桂宮本(書陵部蔵、室町末写)・高松宮本(慶安四年八月写)・飛鳥井雅章筆本(書陵部蔵、明暦~寛文間の写)などがあり、正保四年の板本がもっとも流布している。桂宮本は、二九四・五〇七・一三六〇番の三首を欠き、別に一九三九番の後に一首(翻刻巻末付載)が加わる。高松宮本は奥書に「以仙洞御本書写」とあるが、前記の基綱の奥書を「以他本加之」として添付するように、校合のあとが著しく禁裏本外の系統に立つ。雅章筆本は禁裏官庫本を転写、ただし兼右本とは異文多く、これも校合注記を含んでいる。正保板本(「国歌大観」「校註国歌大系」底本)は一九一一番の次の定家の歌(新番号一九一二)を欠くが、板行の際の脱落であろう。他に、兼右本との間の字句の差異は多く、別系の一本を底本としたとみられる。以上が、主な伝本についての紹介である。

 基綱の奥書に数部の全集を披いて多日の比校に及んだとあるように、文明一〇年(一四七八)頃すでに正本が失われて諸本間の異文が多かったとみられる。したがって文明の禁裏御本―兼右本と他の諸本とを比すると、数十か所の差異があり、兼右本にも明らかに非と認められるものがある。校訂には前記の四本を参照し、執筆要領により修正を加えた。その主要なもの、兼右本の原態を見る上で参考となるものについて以下に校訂箇所の表を添えておく。

 A表は、そのままでも意が通ずるが、他本の表記を良しとして改めた箇所で、B表は、兼右本における書き落し、もしくは誤伝とみて補ったものである。


 校訂表A     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
  六九
 きこゆる空に  きこゆる空と
 五八八
 枝をそめ  枝をこめ
  九二
 みよしのは  みよしのゝ  五九八作者
 土御門内大臣  土御門院御製
 一二一詞書
 木をほらせに  木をおらせに  六四二作者
 前大納言為兼  大納言為兼
 一九二作者
 従三位宣子  従二位宣子
 一二五一
 いく夜へぬらん  いく世へぬらん
 二三六作者
 平維貞朝臣  平惟貞朝臣  一四一五
 かなしきに  かなしきは
 二八九作者
 三条入道  後三条入道  一四六三
 逢ふ事は  逢事を
 二九二作者
 前大納言為世  前大納言為兼  一六一〇作者
 永陽門院左京大夫  永福門院左京大夫
 三〇〇作者
 従二位行家  従三位行家  一六一四詞書
 二条院御時  六条院御時
 三三一詞書
 九月廿六日  九月廿三日  一七〇三
 なげきのもとに  なけきの花に
 三四八詞書
 延喜十六年  延喜十三年  一七四四
 夏山の
 夏草の
 四〇六作者
 入道前太政大臣  入道関白太政大臣
 一七八八
 妻恋も  妻恋て
 四二五
 露のやどとふ  露のやとらぬ  一九〇〇作者
 土御門院小宰相  土御門院御製
 四八三
 今やきなかむ  今やきたらむ  二〇六四作者
 恒雲法親王  桓雲法親王
 五〇三詞書
 家に月五十首歌よみ侍りける時  家に五十首歌よみ侍ける時
 二一二八
 老のこころに  老のこゝろを
 五二二作者
 前中納言定資  前中納言定家  二一三五
 水上きよき  水上きよみ
 五三六
 花のかやどす  花のやとかす
 二一七〇
 みつせ河  みつけ河
 五三八作者
 前右衛門督  前左衛門督  二二〇〇詞書
 文永九年の春  文永十年の春
 五五三
 峰のもみぢば  山のもみちは  二二〇〇詞書
 嘉元三年の秋  嘉元二年の秋
 五五四
 たつた姫  たつた山  二二四五
 露けかるべき  露かゝるへき
 五六一作者
 三条入道前太政大臣  後三条前太政大臣  二二五二
 煙とならむ  煙ならむと
 五六八作者
 前大納言為兼  前大納言為世  二三二一
 ねをみてぞ  ねをみても
 校訂表B     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
  五一作者
 大宰権帥  大宰帥
 一六二二作者
 瓊子内親王家小督   瓊子内親王小督
 一九九詞書
 卯花  ナシ  一六七〇作者
 花山院前内大臣  花山院内大臣
 二七九作者
 権中納言  中納言
 一六九八詞書
    ナシ
 三九六作者
 御製  ナシ  一七〇三詞書
   ナシ
 四八三詞書
 秋歌の中に  ナシ  一八五四詞書
 月を  ナシ
 六七二作者
 前中納言雅孝  ナシ  一九九九詞書
 題しらず  ナシ
 八七六作者
 前大僧正  僧正  二二二八詞書
 陽禄門院  陽禄院
(伊藤 敬)   

 底本の吉田兼右筆二十一代集(宮内庁書陵部蔵五一〇・一三)については、13新後撰和歌集解題末尾参照。

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拾遺和歌集解題〔3拾遺集解〕】[第一巻3] [京都大学附属図書館蔵本] [2014年4月13日記事]等

 十巻の拾遺抄を増補して万葉集・古今集・後撰集と同じ二十巻形態にしたのが拾遺和歌集(拾遺集)である。

 底本にした藤原定家の天福元年八月書写本の原本は、昭和十六年の定家卿七百年祭まで冷泉家にあったことが知られているが、現在は、その存在が確認されていないようであるので、延宝五年(一六七七)に中院通茂が用字・字配り・筆跡まで含めて定家自筆本をまったくそのままに臨写した京都大学附属図書館所蔵中院本(中院693)一冊を用いた。同本の奥書は、まず、

  天福元年仲秋中旬以七旬有余之/盲目重以愚本書之八ケ日終功/翌日令読合訖

と定家の筆跡を真似て記し、続いて、

  此本付属大夫為相頽齢六十八桑門融覚判

と別筆の体にて書いているのは、為家が晩年にこの本を冷泉家の祖為相に相伝する旨を証したものをそのままに写したのであろう。ちなみに「此本付属大夫為相」の文字の横は削り取った趣きをそのままに写しているが、二条家流に伝わった同じ天福元年本では、そこが「為授鍾愛之孫姫也」という定家がよく書いて残している辞句になっていて、為家がそれを削り去って為相に伝える旨を書き加えたのであろうが、底本はその状態をそのままに伝えているのである。
 
 奥書は、続いて再び定家の筆跡を真似て、

  此集世之所伝無指証本仍以数多旧/本校合彼是取其要猶非無不審

と書いて、この本が多くの本を校合しての校訂本であることを明記している。続いて、拾遺抄と比べ合わせた結果をかなり詳細に記していて、定家所持の拾遺抄の姿を我々に示しているが、紙数の都合で紹介は省略する。

 ここまでが定家筆天福元年本の奥書であり定家の筆跡に似せて書かれているが、続いては中院通茂その人の筆跡で、

  右拾遺集申出定家卿自筆臨写/新院御本冷泉家相伝之本先年被召之所被臨写也行数字形至
  /書損等不違一点書写之及数反校合/独校二反読合一反尤以可謂証本但御本雑賀
  /二枚之奥ある人の産して侍ける七夜ノ下一面有白紙此本誤直
  /書続之依之奥之礼紙有一枚之相/違者也/延宝五年
  仲秋下浣/特進源(花押)

というようにくわしく記している。

 実際、この本の書写は原本にきわめて忠実になされている。たとえば八八三番から八八六番の配列は八八三・八八五・八八六・八八四の順序に書写したうえ、末尾の八八四の歌頭から八八三の歌頭へ朱線を引き配列を訂している。定家筆本を江戸時代に臨写した宮内庁書陵部の家仁親王筆本や高松宮本も同じようになっているから、定家自筆原本がそうなっていたことがわかる。また一一四番の詞書に次の一一五番の「小野宮大臣家屏風にわたりしたる所に」、一一七五番の作者名に次の一一七六番の「権中納言敦忠」を誤って書き、それをミセケチにしているのも同様である。なお、右の三つのケースについては、本書では正しい形に訂して本文を掲げたが、一首全体をミセケチにしている一二五六番の場合については「此歌猶可止歟」と勘物にもあるように、定家自身も除くべきか否か迷っていたらしく思われることと、除去した場合、歌番号が旧国歌大観と相違してしまうことを避けてそのまま活字にしておいた。 このように、この底本は定家自筆天福元年本を忠実に書写したものであり、本大観も、編集方針に従いつつそれを忠実に翻刻した。

 前述のように、定家は「数多ク旧本」を「校合」して「彼是」「其要」を「取」ったとしているが、実は同じ歌が二か所に重出している場合がある。たとえば一二五六に詞書・作者名・和歌を墨消ちして「在恋四 此事雖多此歌猶可止歟」と注し、恋四・八五四と重出している旨を断わっていることは、すでに述べたが、その他でも、一九八と一一三九、二二九と八四六、七三一と九四四、七五二と九六八、八八二と一二三二が重出している。しかし、天福元年(一二三三)より一〇年前の貞応二年(一二二三)に同じ定家が写した本(京都大学附属図書館本・高松宮本)によると、巻十八・一一九四の次に七四二が重出し、巻十九・一二六九の次に一一九八が重出しているというように、さらに重出歌が多い。一〇年間の本文研究によって、天福元年本ではこの二首の重出歌を削除する根拠を持ったのであろう。

 ところで、これらの定家本に比べると非定家本は重出歌がさらに多い。重出歌が多いだけではなく、本大観一三五二から一三六〇に補ったように定家本にない歌が多いのも注目される。非定家本は、大きく第一異本系(宮内庁書陵部蔵堀河宰相具世筆本・天理図書館甲本・同乙本・佐賀県多久市立図書館本およびその下巻にあたる歓喜光寺本)と第二異本系(北野天満宮本)に分けられるが、非定家本にのみある歌に限っていえば、一三五二~一三五四は堀河本のみに、一三五五は堀河本・天理甲本のみに存し、一三五六・一三五七は多久本だけに、一三五八は多久本と北野天満宮本(掲出本文は天満宮本で校訂)に、一三五九と一三六〇は北野天満宮本だけにあるが、一三六〇の場合は、堀河本・天理甲本において歌だけが前の一二七八の詞書に続く形になっているというように、それぞれが独自の特色を持っているのである。

 拾遺集は古今集・後撰集に次ぐ平安時代第三の勅撰集。ただしすでに退位して上皇となっていた花山院の親撰かといわれる。冒頭に述べたように長徳三年(九九七)に成立した十巻の拾遺抄を増補して二十巻にしたわけだが、拾遺集としての成立は寛弘二年か三年(一〇〇五~六)頃と推定されている。

 〈参考文献〉『拾遺和歌集の研究・校本篇・伝本研究篇』(片桐洋一・昭和四五年・大学堂書店)
 (片桐洋一)

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源氏物語古注釈書引用和歌解題〔212源氏注解〕】[第十巻212]  [2014年4月9日記事]等  

 源氏物語古注釈書のうち、

 (1)「源氏釈」(平安末期成立、藤原伊行著。底本は「源氏釈諸本集成」所収の書陵部本)、
 (2)「奥入」(鎌倉初期成立、藤原定家著。底本は日本古典文学会編定家自筆本)、
 (3)「紫明抄」(鎌倉中期成立、素寂著。底本は角川書店刊「紫明抄・河海抄」)、
 (4)「河海抄」(南北朝期成立、四辻善成著。底本は角川書店刊「紫明抄・河海抄」)

が引用する和歌のうち、源氏物語所収歌を除いたすべてを収めた。

 右の四種の注釈書に重複する場合は、初出の注釈書において掲げ、「奥入」は(2)、「紫明抄」は(3)、「河海抄」は(4)という番号によって、
他の注釈書にも存することを示した。なお、その際、一句だけが異なる場合は同一歌と見なした。
 (片桐洋一)

 
 和漢朗詠集解題】[第二巻6] 〔6和漢朗解〕[御物伝藤原行成筆本] [2014年4月13日記事]等 

 和漢朗詠集は藤原公任が詩文の秀句および秀歌を撰んだものである。成立年代は不明であるが、寛弘末年までには完成していたと思われる。その組織は上下二巻で上巻は四季、下巻は雑より成り、それをさらに一〇〇余の小部目に分ける。四季の部は大体において時節を先に風物を後にし、その間に人事を配合する。雑部は天象・動植・風雅・山水・居処・仏事・人事・情懐の順に配列されている。そして各小部目における作品は、唐人の長句・詩句、邦人の長句・詩句・和歌の順序に並んでいる。上下巻それぞれの巻頭には題目を標した目録があるが、実際の記載の体裁とは必ずしも一致しない。その採録の総数は諸本によって作品に異同があり一致しないが、御物伝藤原行成筆本によれば漢詩文の秀句五八八首(長句一四〇首、詩句四四八首)、和歌二一六首の計八〇四首を数えることができる。本書は人々の嗜好に適った作品であったために、その流行伝播は広汎に及び後世の文学に多大の影響を与えた。しかも本来は朗詠を目的として撰述されたにもかかわらず、文学的に必須な教養として貴族に愛翫され、後には児童の教科書として活用された。したがって、その写本板本は膨大な数に及び、平安時代から鎌倉初期にかけて能筆家の筆になる典麗な墨跡と豪華な料紙を持つ古写本や古筆切は三〇種に近い。また一方で学問の対象として大江・菅原・藤原などの学者の家に訓法や注釈が伝えられて来た。だが和漢朗詠集の伝本についての研究は従来ほとんど行われていないといってよい。それは諸本間に内容本文を異にするものが多く、その系統分類を決めるのは至難に属するからである。

 本書の底本は御物の伝藤原行成筆本で、縦二〇センチ、横一二・二センチの粘葉装二帖である。上巻は五八枚、下巻は五九枚、料紙は色から紙すべて中国製で、白雲母または黄雲母で文様が摺られている。巻首に「倭漢朗詠集」、巻末に「倭漢抄」と内題がある。付属文書には「此朗詠集行成卿筆明応四年八月廿五日相園坊兼載法橋自京下着之時進献之」の貼紙がある。底本は現在最善本と目されているが、誤字や脱字も存するので、他の諸本および出典によって改めた。なお、

  三二二 碧玉装箏斜立柱 青苔色紙数行書 菅

は底本に欠くが他の諸本に存するので補った。また、

  六七八 周公旦者文王之子武王之弟 自知其貴
      忠仁公者皇后之父皇帝之祖 世推其仁

は後人の付加と思われるが、朗詠九十首抄にもあり後代の作品によく引用されるのであえて加えた。作者出典で誤記誤脱と目されるものを挙げる。


 校 訂 表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
  一九
 劉禹錫  虫食
 一九二
 驪宮高  麗宮高
  三八
 王維  王羅  二五三
 野展郢  野郢展
  八一
 李嶠  李橋  五四二
 温庭筠  温庭均
 一〇七
 田達音  虫食
 七二六
 菅三品  なし
 一八三
 明日香王子  明香王子
 
 また作者出典の誤りと思われるものを挙げる。

 校 訂 表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 六一  清滋藤  藤滋藤  三一七  韋承慶  文選
 八一  銭起  李嶠  三二一  田達音  
 二二六  田達音    四九九  史記  漢書
 二四五  菅淳茂    七九〇  厳維  羅維
 二六一  皇甫冉  李端  

 なお訓読文は主として上巻は藤原南家点、下巻は菅家点により、色葉字類抄・類聚名義抄などの古辞書を参考にした。

(大曽根章介)
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 夜の寝覚〔422寝覚解〕】[第五巻422]  [日本古典文学大系七八] [2014年4月13日記事]等 

 夜半の寝覚・寝覚とも。作者不明(一説に菅原孝標の娘)。平安中期(一一世紀中頃)成立。日本古典文学大系78による。
 (今井源衛)

 【夜の寝覚】75 新編国歌大観第五巻422 夜の寝覚 [日本古典文学大系七八]

巻一

(中の君)
  一 天の原雲のかよひ路とぢてけり月の都のひともとひこず
(中納言)
  二 よにしらぬ露けさなりや別るれどまたいとかかる暁ぞなき
(対の君)
  三 白露のかかる契を見る人もきえてわびしきあかつきのそら
(中納言)
  四 忍ぶれど面影山のおもかげはわが身をさらぬ心地のみして
(中納言)
  五 思ひありとえもいはかきの沼水につつみかねてももらしつるかな
(大君)
  六 もるからにあささぞ見ゆるなかなかにいはでをやみね岩かきの水
(宮の中将)
  七 さやかにも見つる月かなことならば影をならぶる契ともがな
(女)
  八 天の原雲居はるかにゆく月に影をならぶるひとやなからむ
(宮の中将)
  九 石山の峰にかくれし月かげを雲のよそにてめぐりあひぬる
(新少将)
 一〇 雲居にはすむ空ぞなき月なれば谷にかくれしかげぞ恋しき
(新少将)
 一一 しらざりし雲の上にもゆきまじり思ひの外にすめばすみけり
(新少将)
 一二 こぎかへりおなじ湊による船のなぎさはそれと知らずやありつる
(中納言)
 一三 なみだのみ高瀬の浜による船のなぎさも見えずこがれわたれば
(中納言)
 一四 はかなくて君にわかれし後よりは寝覚めぬ夜なくものぞかなしき
(中納言)
 一五 立ちよれば岩うつ波のおのれのみくだけてものぞかなしかりける
(対の君)
 一六 人しれぬ袖のみいとどそほつるは世をへる波のなごりなりけり
 大納言(中納言)
 一七 わくらばにながれあふ瀬をなみだのみいひやるかたもなくてやみにし
(中納言)
 一八 我がごとや花のあたりに鶯の声もなみだもしのびわびぬる

巻二

 大納言(中納言)
 一九 郭公あはれしるねに志賀の浦のなみだにいとど迷ひぬるかな
 大納言(中納言)
 二〇 かたみぞと見るたびごとに涙のみかかるやなにの契なるらむ
(中納言)
 二一 よそへつつあはれとも見よ見るままに匂ひに増るなでしこの花
(中納言)
 二二 あはれともつゆだにかけようちわたし一人わびしき夜半の寝覚を
(大君)
 二三 あま衣たちわかれなむとおもふにもなに人わろくおつる涙ぞ
(中納言)
 二四 かさねじと思ひたつともあま衣この世とのみも君をたのむか
(中の君)
 二五 立ちも居もはねをならべしむら鳥のかかる別を思ひかけきや
 大納言(中納言)
 二六 おもふらむ憂さにもまさるいまとだに告げで入りにし人のつらさは
 少将
 二七 ありとだに聞きてしなぞとおもふ世を憂きにこりずや人につぐべき
(中の君)
 二八 ありしにもあらずうき世にすむ月の影こそ見しにかはらざりけれ
 大納言(中納言)
 二九 つらけれど思ひやるかな山里の夜はのしぐれの音はいかにと
(中の君)
 三〇 思ひいではあらしの山になぐさまで雪ふる郷はなほぞこひしき
 少将
 三一 めぐりあはむ折をもまたずかぎりとや思ひはつべき冬のよの月
(中納言)
 三二 こよひだにかけはなれたる月を見てなほやたのまん巡りあふよを

巻三

 姫君(石山の姫君)
 三三 ひきそふる松見てもなほ思ふかなおなじ尾の上におひぬ契りを
(中の君)
 三四 ひきわかれ二葉の松ははつねにも思ひしりけることぞかなしき
(中納言)
 三五心から二葉の松にひきわかれはつねをよそにきくがうきかな
(帝)
 三六 大井川しづ心なくながるるはくれまつほどの心なりけり
(督の君)
 三七 筏師やいかにと思ひよらぬにもうきてながるるけさの涙を
(帝)
 三八 君ももし昔わすれぬ物ならばおなじ心にかたみとも思へ



 北の方(中の君)
 三九 ももしきを昔ながらに見ましかばと思ふも悲し賤のをだまき
(帝)
 四〇 のちにまたながれあふせのたのまずは涙のあわときえぬべき身を

(中の君)
 四一 涙のみながれあふせはいつとてもうきにうきそふ名をやながさん
(帝)
 四二 雲のうへにすみはつまじき月を見て心のそらになりはつるかな
(中の君)
 四三 雲居にはおよばざりける身をしればしばしもすむに影ぞまばゆき
(帝)
 四四 見やしつる見ずやありつる春の夜のゆめとて何を人にかたらん

巻四

(帝)
 四五 鳰の海や潮干にあらぬかひなさはみるめかづかむかたのなきかな
(中納言)
 四六 水草ゐし野中の水をむすびあげて雫ににごる今のわびしさ
(中納言)
 四七 年月をへだててだにもあるものを今夜をさへやなげきあかさん
(中の君)
 四八 朝ぼらけ憂き身かすみにまがひつついくたび春の花を見つらむ
 宰相の上
 四九 いつとだに憂き身は思ひわかれぬに見しに変らぬ春の明ぼの
 登花殿(督の君)
 五〇 いにしへもかくやは物を思ひけんえもいひしらぬ心地こそすれ
 上(帝)
 五一 たえぬべき命のなほもをしきかな人にまけじと思ふばかりに
(中の君)
 五二 かりのまのしばしのほどと思ふだにいかばかりかは袖のぬれける
(中納言)
 五三 ももしきをけしきは霞みへだつれど心のうちはかよはざらめや
(中の君)
 五四 えぞしらぬ憂き世しらせし君ならでまたは心のかよふらんゆゑ
(中の君)
 五五 いまのごと過ぎにしかたのこひしくはながらへましやかかる憂き世に
 殿(中納言)
 五六 世中になき身ともがなひきかへし昔の事ぞ人もこひける
(中の君)
 五七 ひたぶるに憂きをそむきてやむべきになぞやこの世の契りなりけん
 姫君(石山の姫君)
 五八 いかにして過ぎぬるかたぞと思ふまでこよひばかりをしのび侘びぬる
(中の君)
 五九 まして思へ五月の空のやみにさへかきくらされてまどふ心を
(中の君)
 六〇 魂のあくがるばかりむかしより憂けれど物をおもひやはする
(中の君)
 六一 いくかへり憂き世のなかをありわびてしげき嵯峨野の露をわくらん
(帝)
 六二 なに事をいかにうらみて白雲の八重たつ山に思ひいりけん

巻五

 女君(中の君)
 六三 なぐさみもみだれもまさるさまざまに契しらるるこの世なりけり
(中納言)
 六四 つきもせぬあはれこの世の契にやそむき捨てては止まんとはせし
(中の君)
 六五 憂かりける契はかけも離れなでなどてこの世をむすびおきけむ
(中納言)
 六六 ふる里に面がはりせでめぐりあへる契うれしき山のはの月
(中の君)
 六七 山のはの心ぞつらきめぐりあへどかくてのどかにすまじと思へば
(中の君)
 六八 それにてもさやはほどなく藻塩やくけぶりもあへずなびきよるべき
(中納言)
 六九 思ひわびなぐさむやとてなびきしにはれずまよひし峰の白雲
(帝)
 七〇 わすらるる時だにあらばなにさらに辛きをせめてうらみざらまし
 中宮
 七一 すごもりていぶせく聞きし真鶴のこはよろづ世もあらはれぬらむ
(中の君)
 七二 問ふにこそかたがひごめの巣籠りもいぶせからずは思ひなりぬれ
 内(帝)
 七三 墨染にはれぬ雲居も朝日山さやけき影に光をぞ知る
(中納言)
 七四 かきくらし昔をこひし月影にわれ中空になくなくぞ来し
(中の君)
 七五 なかなかに見るにつけても身の憂さの思ひ知られし夜半の月影


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定家八代抄解題〔177定家八解〕】[第十巻177]  [書陵部蔵二一〇・六七四] [2014年4月13日記事]等

 定家八代抄は、二四代集系の名称あるいは黄点歌勅撰抄系の名称を以て称せられる本が多いが、樋口芳麻呂「定家八代抄と研究」(未刊国文資料 上下 昭和三一・三二)において、「定家八代抄」の呼称を以てされて以来、この呼称がしだいに定着してきている。本集の底本も後記のごとく「二四代和歌集」の外題を持つが、本大観の集名としては「定家八代抄」を以てするゆえんである。

 諸本の系統は前記「定家八代抄と研究」に詳しく、その後調査し得た本も歌数・歌順の小異は見られるものの、流布本(安永四年〈一七七五〉板本、大坪利絹氏編「二四代集 全」〈親和国文・資料別刊 平成二 親和女子大学国文学研究室〉)系に属するものである。よって底本としては書陵部蔵本(二一〇・六七四)を用い、校訂本としては、八代知顕抄(書陵部蔵)・流布本・不忍文庫、阿波国文庫旧蔵本・伝四辻季経書写本(後藤重郎蔵)を用い、集付については、「新編国歌大観」第一巻勅撰集編所収の原勅撰集をも用いた。

 底本は袋綴四冊、江戸時代書写。板目紙表紙、左上に「二四代和歌集 元(亨・利・貞)」と打付書に記す。第一冊(元)には巻一~巻六を、第二冊(亨)には巻七~巻十を、第三冊(利)には巻十一~巻十五を、第四冊(貞)には巻十六~巻二十・奥書・民部卿消息・各集各部立歌数・その他を記す。総歌数一八〇九首(一首重出、後記)。歌頭には集付(拾遺には「拾少」「拾」あり)・合点(歌右に、朱点・黄点の順につけるが、黄点は本集では薄墨色の合点となる)を有する。

 底本は第四冊(貞)巻末に記した藤原定家の奥書に続き、以下を有する。

  民部卿消息云
   件物は仏知見御歌及愚眼最前思寄候也去夏進入彼御所以外事おもき様に沙汰之間壁耳も恐思給雖身後将来世世重可被禁候也
   必可経御覧今月之比なと見参之便候也件物只一候さすかに身にも常引見物にて煩候也急急書写可返賜急申状をかしく候毎事期後音候謹言

  承久元九月五日 在判
  只文集百首之時御歌を見許に是程に奉頼をかしくあやしく候是をは
  密密には八代集抄と申さはやと思候を名は可然て容体闕如筆跡狼籍
  於事其恥候是は世間にも可被処謀反悪逆奇恠物傍輩之謗古賢之霊旁
  其恐難謝又見たるは詮も候はね共於身至極秘蔵未見嫡男老眼術尽て
  不堪右筆子息以下有隔心恐其目之間以女子禅尼一人為書生二本書也
  一は進御室御所一は進左大臣殿此両本之外起請不他見候也若及披露
  者御咎も中中他疑候ましけれはさしまかせまゐらせて献覧候
   九月八日      在判

  又云
  早速返賜殊感悦候詞姿は大略不可過之此二帖為本歌仰而取用事はす
  こしも近歌は見苦候也和泉式部赤染相模なと之以後はわふわふさて
  も候なむ経信卿以下猶不可然候へとも少少は可然候人も云詠候めり
  不心得候事也   在判
   已上二帖有消息状也 正文 在判
  随僅覚悟諳書連此歌更不撰秀逸自古以後在人口古賢秀歌自然忘却不書之

 さくらちる木のしたかせはさむからて
 わかやとの花見かてらにくる人は
 世中にたえてさくらのなかりせは

  此等之類也況於中古已後乎更不可遺人之恨又不可有謗難只以愚鈍之性所虜誦許也
   参議従三位行侍従兼伊予権守藤原朝臣在判

   或本奥書(校訂本前記奥書の前にあるものもあり)

     古 今
  春七十首 夏十七首 秋七十首 冬十六首 賀十七首 哀傷廿七首 離別十六首 羈旅十首 恋百九十首 雑十一首 神祇三首  已上五百四十九首

     後 撰
  春十八首 夏五首 秋六首 冬四首 賀三首 哀傷六首 離別一首 羈旅三首 恋四十二首 雑十七首 神祇一首  已上百三首

     拾 遺
  春十六首 夏八首 秋十三首 冬十二首 賀十二首 哀傷十首 離別八首 羈旅六首 恋一百首 雑十六首 神祇四首 釈教八首  已上二百十首

     後拾遺
  春八首 夏九首 秋七首 冬十首 賀四首 哀傷九首 離別四首 羈旅二首 恋五十首 雑十七首  已上百二十首

     金 葉
  春一首 夏六首 秋三首 冬六首 哀傷一首 離別二首 恋二首 雑三首 已上二十四首

     詞 花
  春一首 冬三首 哀傷二首 恋八首 雑六首  已上二十首

     千 載
  春十六首 夏五首 秋卅六首 冬十一首 賀四首 哀傷十四首 離別五首 羈旅六首 恋六十首 雑卅八首 神祇五首 尺教五首  已上二百四首

     新古今
  春六十一首 夏十八首 秋七十九首 冬四十四首 賀十三首 哀傷廿四首 離別六首 羈旅卅五首 恋百四十九首 雑卅八首 神祇十三首 尺教廿二首

   已上五百五十八首
     此内合点歌二百八十六首
     都合一千七百九十一首

   黄点歌勅撰抄後鳥羽院御撰云々内也私加合点後人更不 可写之矣 (歌数は各本異同あり、底本のままとした)
   二四代和歌集全四冊長隣方ヨリ写来者也
     追校合畢   (異筆)

 なお、校訂本(伝四辻季経書写本)は民部卿消息(九月八日)の上欄に左記の文を有する。

  常に手に持て候か青侍を見むつかしくて切棄外題候也
  校訂表(解題中の消息・奥書)

 校 訂 表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
  解題消息
 煩候也急急  煩色急急
 
 正文 在判  正文在判
  
 謀反悪逆奇恠  謀反悪逆寄恠  
   在判
  
 傍輩之謗  傍輩之傍  解題奥書
 諳書連此歌  諸書連此歌
 
 詮も候はね共  誰も候はね共
 
 不可遺人之恨  不可遣人之恨
 
 可然と人も  可然候人も  愚鈍之性  愚鈍之姓
 
 心得候事也 在判  「在判」ナシ   

 集付校異並合点一覧表

 一 集付は歌右肩に底本通り記したが、校訂を必要とするもののみ、本項において各歌番号の箇所においてこれを示した。括弧内が底本を示す。ただし「拾遺」においては、「拾少」「拾」両様の集付がなされており、原集と対比する時、原則として、「拾少(拾遺抄)」は当然のことながら「拾遺集」の中に含まれ、「拾」とあるのは「拾遺抄」には所載なく、「拾遺集」のみに所載ある歌である。樋口芳麻呂編「徳川黎明会叢書本 八代抄・新後拾遺和歌抄」(鎌倉時代書写)・「八代知顕抄」(未刊国文資料、南北朝時代書写)等、古い時代の書写にかかる本の集付においては、「拾少」はなく「拾」のみであるが、久曾神昇博士編「藤原定家筆 拾遺和歌集」(汲古書院)においては、歌頭に「万・少・古今」等の注記がなされている。また定家八代抄における集付は写本間に異同があり、これらの問題に関し今ここで取り上げることは不可能ゆえ、原勅撰集(八代集)との比較の結果をも参考として掲げた。ただし、原勅撰集の二集に重出する場合、その一集と合致する場合は掲げなかった。また間々部立その他まで記されているが、これも比較の対象とはしなかった。

 二 合点は、歌頭に近い順で、朱点・黄点(底本は薄墨色)が付けられているが、「ア・キ」の略号でこれを示した。合点についても各写本間に異同が見られるが、底本の合点のみを示すにとどめた。

 三 集付の校訂並びに合点を有する歌のみ、漢数字にて歌番号を示し、集付の校訂・合点の順でこれを示した。なお、集付において、最初に集名が記され以下数首「同」とあり、その中間の一首に校訂がある場合、校訂はその一首のみにて、それ以下の「同」は底本の最初に記された集名に「同」である。

一アキ 三キ 四キ 六キ 八キ 一〇キ 一一キ 一二キ 一三アキ 一四キ 一五キ 一六キ 一八キ 一九アキ 二二キ 二三キ 二四キ 二八キ 三三ア 三五キ 三七キ 四四古(同) 五〇新(ナシ) 五三ア 六四ア 六六ア 六七ア 七九キ 八〇キ 八一キ 九二キ 九四アキ 九五アキ 九六詞(同) 九七キ 九八アキ 九九アキ 一〇〇アキ 一〇二キ 一〇七アキ 一一〇新(ナシ) 一一五ア 一一六アキ 一一七ア 一二一キ 一二二アキ 一三四キ 一四〇アキ 一四一新(古) 一五一アキ 一五九キ 一六六キ 一六七キ 一六八古(同) 一七二キ 一八〇古(新) 一八一新(ナシ) 一八三キ 一八六キ 一九〇ア 一九五キ 一九八アキ 二〇一ア 二〇六アキ 二〇八キ 二一四キ 二一六キ 二一八キ 二一九ア 二二二キ 二二四キ 二三〇アキ 二三一キ 二三五アキ 二四七撰(ナシ) 二四八キ 二四九キ 二五一アキ 二五三アキ 二五五ア 二五六アキ 二五八キ 二六四キ 二六五キ 二六六キ 二六七キ 二六九キ 二七〇撰(同)キ 二七一キ 二七三キ 二七四アキ 二七六ア 二八一アキ 二八三キ 二八六キ 二九〇キ 三〇〇千(新) 三〇三キ 三〇五キ 三〇六アキ 三〇七キ 三〇八ア 三〇九アキ 三一四ア 三一五アキ 三一六ア 三一八ア 三一九キ 三二〇アキ 三二一アキ 三二二新(ナシ) 三二四アキ 三二七キ 三三一ア 三三二アキ 三三四キ 三四四キ 三四七キキ 三四九キ 三五〇アキ 三五一キ 三五五キ 三六〇アキ 三六一キ 三六二アキ 三六三アキ 三六五ア 三七三キ 三七四ア 三七五ア 三七八アキ 三八一アキ 三八四アキ 三八六アキ 三八八キ 三九二アキ 三九三キ 三九八ア 四〇二アキ 四〇三アキ 四〇四アキ 四〇五アキ 四〇六アキ 四〇七アキ 四〇八キ 四〇九キ 四一〇アキ 四一二アキ 四一三キ 四一四キ 四一八アキ 四一九キ 四二一キ 四二二アキ 四二四キ 四三〇古(ナシ) 四三二ア 四三五アキ 四三六アキ 四三七アキ 四三九キ 四四一アキ 四四二アキ 四四三古・拾(拾・古イ)キ 四四四拾(同・拾イ) 四四六キ 四四七アキ 四四八ア 四五二キ 四五三キ 四五四ア 四五八アキ 四五九アキ 四六一アキ 四六三キ 四六四ア 四六五ア 四七一キ 四七六キ 四七七キ 四七九撰(拾) 四八二ア 四八三キ 四八四キ 四八五キ 四八六アキ 四八九ア 四九五ア 四九九アキ 五〇一ア 五〇二ア 五〇四アキ 五〇六詞(同) 五〇七ア 五〇八アキ 五一〇アキ 五一二アキ 五一三アキ 五一四アキ 五一五ア 五一六ア 五一七ア 五一八ア 五二一拾抄(同)キ 五二八詞(同)アキ 五二九アキ 五三二アキ 五三三キ 五三五キ 五三六アキ 五三八キ 五四〇アキ 五四二アキ 五四三キ 五四五キ 五四六キ 五四七ア 五五六拾抄(同) 五六四アキ 五六五キ 五六六アキ 五六七アキ 五七二キ 五七三新(同〈朱書〉)

  〔以下五七八まで底本「同」(古)となるも、正しくは、「同」(新)〕 五七五ア 五七六ア 五七八キ
 五七九キ 五八〇キ 五八一ア 五八三(虫損判読)キ 五八七ア 五八八キ 五九〇キ 六〇五キ 六〇六拾抄(同)〔六〇四~六〇八は「拾抄」であるが、六〇四(拾少)・六〇五以下、六〇六(同)を除き「同少」とあり〕キ 六一〇キ 六一一キ 六一六キ 六二三新(ナシ)キ 六二六キ 六三四キ 六三五アキ 六三六キ 六三八古〔同古(見セ消チ符号・古〈朱書〉)〕キ 六三九キ 六四五ア 六四七ア 六五一アキ 六五五キ 六五六キ 六五七ア 六六〇キ 六六一ア 六六三ア 六七八アキ 六八四アキ 六八五アキ 六八六キ 六八七アキ 六九七(金) 七〇一新(千)キ 七〇五キ 七〇七キ 七〇八アキ 七〇九ア 七一五ア 七一六ア 七二六千(同) 七二八アキ 七二九ア 七三二ア 七三五キ 七三六キ 七三九キ 七四〇ア 七五三キ 七五四キ 七六三キ 七六六後(同) 七七一ア 七七三ア 七七九キ 七八一アキ 七九四キ 七九五古(ナシ)キ 八〇〇ア 八〇二キ 八〇五アキ 八〇八キ 八一九新(千)キ 八二〇千(新)キ 八二八ア 八二九キ 八三〇キ 八三一キ 八三二キ 八三四キ 八三五アキ 八三六ア 八三七キ 八三八アキ 八三九キ 八四三キ 八四四キ 八四五キ 八四七キ 八四八キ 八五二ア 八五五キ 八五八キ 八六一キ 八六四ア 八六六キ 八六七キ 八六八アキ 八七一キ 八七二キ 八七三ア 八七四ア 八七六キ 八七八キ 八八〇キ 八八四同少(同)ア 八八五キ 八八六キ 八八七アキ 八八九ア 八九〇キ 八九二ア 八九三ア 八九四キ 八九七キ 九〇〇キ 九〇一キ 九〇四キ 九〇五アキ 九〇八ア 九一二キ 九一四キ 九一九キ 九三〇アキ 九三一キ 九三二千(同)ア 九三三ア 九三四アキ 九三五ア 九三六ア 九三七キ 九四一キ 九四四キ 九四六キ 九四七キ 九五〇アキ 九五一ア 九五六キ 九五七キ 九六〇ア 九六一ア 九六四アキ 九六五撰(ナシ) 九六六アキ 九六七アキ 九六八キ 九六九キ 九七〇キ 九七二キ 九七三アキ 九七五キ 九七六アキ 九七七ア 九八四キ 九八五千(ナシ)ア 九八七キ 九九一キ 九九四ア 九九五アキ 九九六キ 九九七ア 九九八キ 一〇〇二キ 一〇〇三ア 一〇〇四新(同)アキ 一〇〇五撰(拾少) 一〇〇六ア 一〇一〇ア 一〇一一ア 一〇一三アキ 一〇二〇キ 一〇二一アキ 一〇三五ア 一〇三六ア 一〇三九キ 一〇四三キ 一〇四五アキ 一〇四七ア 一〇五三キ 一〇五四キ 一〇五六キ 一〇五七キ 一〇五八キ 一〇六六ア 一〇六八後(拾少) 一〇六九アキ 一〇七〇アキ 一〇七四キ 一〇七五アキ 一〇七八後(新)ア 一〇八〇アキ 一〇八四ア 一〇八六キ 一〇八八キ 一〇八九ア 一〇九三キ 一〇九五キ 一一〇四アキ 一一〇七キ 一一一一ア 一一一三キ 一一一八キ 一一二〇アキ 一一二一アキ 一一二二アキ 一一三三キ 一一三八ア 一一五二新(同) 一一五三キ 一一五五キ 一一五六後(同) 一一六〇キ 一一八〇キ 一一八四ア 一一八五ア 一一八七キ 一一九四ア 一一九七キ   一一九八キ 一二〇一アキ 一二〇四アキ 一二一四キ 一二一五キ 一二一七キ 一二一八アキ 一二二五キ 一二二六キ 一二二七ア 一二三四ア 一二三七千(新) 一二三九千(ナシ) 一二四二ア 一二四三キ 一二五二後(同) 一二六四キ 一二七二キ 一二七三ア 一二七四キ 一二七五キ 一二八六アキ 一二八七アキ 一二八八アキ 一三〇二ア 一三〇三アキ  一三〇四アキ 一三〇五アキ 一三〇八アキ 一三〇九ア 一三一〇キ 一三一四キ 一三一五アキ 一三一六キ 一三一七アキ 一三一八アキ 一三一九アキ 一三二〇キ 一三二二キ 一三二四ア   一三二五アキ 一三二七ア 一三三二キ 一三三四キ 一三三八ア 一三三九キ 一三四三アキ 一三四四キ 一三四六アキ 一三五二キ 一三五五キ 一三五六アキ 一三五七アキ 一三五八アキ 一三五九ア 一三六三アキ 一三六四アキ 一三六九アキ 一三七〇キ 一三七一アキ 一三七二新(拾) 一三七三新(同) 一三七四詞(同) 一三七五拾抄(撰・少・万)ア 一三七八キ 一三七九アキ 一三八三ア 一三八四アキ 一三八六アキ 一三九九キ 一四〇〇キ 一四〇一ア 一四〇二キ 一四〇三アキ 一四〇五キ 一四〇六ア 一四〇七アキ 一四〇九ア 一四一〇キ 一四一八キ 一四三七キ 一四四六キ 一四四八アキ 一四五一アキ 一四五二キ 一四五四アキ 一四五五古(ナシ)ア 一四七一ア 一四七二キ 一四七九キ 一四八〇キ 一四八一ア 一四八二ア  一四八四ア 一四八五ア 一四八八アキ 一四八九ア 一五一一キ 一五一二アキ 一五一四アキ 一五一五キ 一五二二キ 一五二四ア 一五二五ア 一五二六キ 一五二七ア 一五四二キ 一五四三キ 一五五二アキ 一五五八ア 一五五九キ 一五六〇キ 一五七五キ 一五七六キ 一五七九キ 一五八四キ 一五八五キ 一五八九新(同) 一五九〇新(同) 一五九四キ 一五九六キ   一五九七ア 一五九九アキ 一六〇二詞(同) 一六〇三アキ 一六〇四アキ 一六〇七キ 一六〇八ア 一六〇九ア 一六一〇キ 一六二九キ 一六三〇アキ 一六三三キ 一六四〇キ 一六四二アキ  一六四五キ 一六四六アキ 一六四七キ 一六四八アキ 一六四九アキ 一六五二アキ 一六五四キ 一六五五キ 一六五六キ 一六五七アキ 一六五九アキ 一六六〇アキ 一六六一アキ 一六六二キ  一六六五詞(同) 一六七一キ 一六七三ア 一六七六キ 一六七七キ 一六七九ア 一六八〇キ 一六九二キ 一六九五アキ 一六九七アキ 一七〇五キ 一七〇八千(ナシ)アキ 一七〇九ア 一七一〇アキ 一七一一ア 一七一二キ 一七一三ア 一七一五キ 一七一六キ 一七一九キ 一七二〇キ 一七二一ア 一七三三キ 一七三七ア 一七五〇キ 一七五九キ 一七六〇キ 一七六三キ 一七六九キ 一七八三拾(新) 一七八四キ 一七八五ア 一七八七ア 一七九二ア 一七九三アキ 一七九四キ 一七九五キ 一七九六キ 一七九九ア 一八〇四ア 一八〇七キ

  

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)

 みねの白雪  みねの白雲
一〇七七
 かならず夢の  数ならぬ夢の
三九
 つまもこもれり  妻もこもれり 一一三五
 山のやますげ  山のやますみ
四五
 我はきにける  我はきにけり 一一五五詞書
 水いれながら  水いりなから
一二八  はなはちるらめ  はるはちるらめ
一一五八
 つらさにたへぬ  つらさに絶ぬ
一三三
 まがひなば  まとひなは 一一七二
 思ひそめてん  思そめけん
一六四
 ちる木のもとに  ちる木のもとは 一二四一詞
 返し  ナシ
二〇五
 こやゆふしでて  こやゆふしてに 一二七三詞書
 題不知  ナシ
三〇四作者
 上東門院小少将  上東門院少将
一二八八作者
 前大僧正慈円  「前」ナシ
三一四作者
 法性寺入道前関白太政大  「前」ナシ 一三一二
 わすれずながら  わすられすなから
四二五詞書
 もぎ  とき 一三四九
 きこゆなる  こゆるなる
四二七
 花こそちらめ  花にそちらめ
一三五〇詞書
 永承四年  永正四年
四五八詞書
 題しらず  ナシ 一三八一
 「題不知」脱歟  
五三九
 消えかへり  澄かへり 一四〇六  ものやあると  ものやありと
五四四
 こほりける  こほりけり
一四一五
 打ちふせば  打ふれは
五六〇
 咲きにける  咲にけり 一四二六
 爪だにひちぬ  爪たにもひちぬ
五六七詞書
 右大将定国  右大将家定国
一四四一詞書
 返し  ナシ
五七五
 むかしおもふ  むかし□ふ 一四六五詞書
 藤原さねきたまへりける  藤原さたきまたへける
六三三詞書
 御返し  ナシ 一四七一詞書
 小一条院院号  小一条院に号
六三七
 ひかげにおふる  ひかけにおつる 一四八三詞書
 返し  ナシ
六四四作者
 僧都勝延  僧都延勝 一四八六
 歎きにこそは  歎くにこそは
六六五詞書
 為尊のみこ  為高のみこ 一五〇六作者
 冷泉院太皇太后宮  冷泉院太皇大后宮
六八二詞書
 身まかりにける  身まかりける 一五一五詞書
 惟喬のみこの  惟喬のみこ
六八二
 成りにけれ  成にけれは
一五二五
 なびくあさぢの  なひくあたちの
七〇四
 命なりせば  哀成せは 一五五三
 声たえば  声たゝは
七二七作者
 寂然法し  寂蓮法し 一五五六
 人もなき身は  色もなき身は
七五六詞書
 侍りけるに、人人  侍ける人に
一五八九詞書
 上東門院  上東門院院
七五九作者
 上西門院兵衛  上東門院兵衛 一五八九作者
 法成寺入道前摂政太政大臣  法性寺入道前摂政太政大臣
七五九
 此世まで  此世にて
一六八五詞書  竜門  滝門
七七二作者
 山上憶良  山上億良 一六八九
 引きて植ゑし  引て殖し
七七三
 みえずかもあらん  みえすもあらなん 一七三〇詞書
 御べの歌  
七七七
 明石のとより  明石の泊 一七三一詞書
 御べのうた  
八〇五詞書
 御ともに  御もとに 一七三二詞書
 御べの歌  ナシ
九三六
 くちだにはてぬ  くちたに絶ぬ 一七三七
 みかさと申せ  ひみかさと申せ
一〇三一詞書
 だいしらず  ナシ 一七五六
 山かづらせよ  山かつらせり
一〇五六
 わすらるまじき  わすられましき
一七六一  かざし初めけん  さし初けん
一〇六七詞書
 恋十五首歌合  恋五十首歌合 奥書  
 愚鈍之性  愚鈍之姓
一〇六七
 白妙の  白露の
 
 
 本文上歌につき特記すべき箇所は左のごとくである。
 一 七四五・七四六の箇所は原勅撰集(新古今集)においては次のごとくである。

       ゐ中へまかりける人に、たび衣つかはすとて
                            大中臣能宣朝臣

 八六〇 秋霧のたつたびごろもおきてみよ露ばかりなるかたみなりとも

       寂昭上人入唐し侍りけるに、装束おくりけるに、たちけるをしらで、おひてつかはしける
                            読人しらず

 八六三 きならせとおもひしものをたび衣立つ日をしらずなりにけるかな

       返し                   寂昭法師

 八六四 これやさは雲のはたてにおるときくたつことしらぬあまのは衣

(参照 藤平春男氏「二『定家八代抄』と『近代秀歌』」〈「新古今歌風の形成」Ⅱ藤原定家、昭和四四〉、樋口芳麻呂編「徳川黎明会叢書 八代抄・新後拾遺和歌抄」月報、昭和六二)

 二 恋五において、

       (題不知)読人不知
     拾少入撰伊勢在奥
 一三八九 うしと思ふものから人の恋しきはいづこを忍ぶこころなるらん
       (題不知)伊勢
     撰入拾遺不知読人在端
 一四二一う しと思ふものから人の恋しきはいづこをしのぶこころなるらん

  とあり、作者名は異なるが同一歌が選入されている(高橋万希子氏による)。この歌は、集付よりすれば、一三八九は「拾抄」、一四二一は「撰」よりの選出と考えられるが、この歌は、古今八一三
 (よみ人しらず「わびはつる時さへ物の悲しきは」)・後撰九三六(伊勢「わびはつる時さへ物のかなしきは」)・拾遺抄三〇六(だいしらず、よみ人も。歌句異同なし)・拾遺集七三一(よみ人しらず、 歌句異同なし)、九四四(よみ人しらず、歌句異同なし)、のごとく勅撰集においては見られる歌である。但し、「わびはつる」の歌は一四二二に「古、読人不知」として入集。「八代知顕抄」(樋口芳麻 呂編「定家八代抄と研究」底本)においても、両歌は歌句は同一である。

(参照 藤平春男氏前掲「新古今歌風の形成」、樋口芳麻呂「勅撰和歌集の類歌について」(平安文学研究・五五輯、昭和五一・六) 三 流布本に比し、五二五・五二六の配列順、逆となる。
(後藤重郎・樋口芳麻呂) 

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 古今和歌集解題〔1古今解〕】[第一巻1]  [伊達家旧蔵本][2014年4月14日記事]等 

 古今集の伝本はきわめて多く、種類も多様である。しかし、その大部分は藤原定家の校訂を経た、いわゆる定家本であって、それがまた鎌倉時代以降ひろく享受された本文でもあった。定家本のなかでは、二条家相伝の貞応二年七月二二日書写本の系統が特に流布しており、冷泉為相に伝えられた嘉禄二年四月九日書写本の系統がそれに並ぶが、現存の確かめられる唯一の定家自筆本は嘉禄本系統に属すると思われる伊達家旧蔵本(以下伊達本と略称。安藤柳司氏現蔵。一冊)なので、伊達本(複製による)を底本に選んだ。伊達本は本文内容・奥書の文体・真名序を欠くこと等によって嘉禄本系統に属するとみられるが、書写年次は不明(久曾神昇氏は嘉禄三年閏三月一二日と推定)である。嘉禄二年四月九日書写の、為家から為相に伝えられた本は、原本が公開されていないが、高松宮家蔵の影写本があり、その他にも直接書写した伝本があるので、古写本に乏しい貞応本に比べると原本の姿を知りうる便宜が多い。伊達本における定家の書写態度は嘉禄二年四月書写本ほどていねいではないので、高松宮家蔵の影写本(「定家本三代集」所収の影印本による)によって校合したが、定家本中での伊達本の独自異文と認められる部分も明らかな誤脱と認められないかぎりは、底本のままにしてある(校訂箇所は後掲)。定家本には、貞応本・嘉禄本ともに、仮名序の古注や歌集本文中の左注のほかに作者についての異伝および歌詞の異文の注記があり、また作者に関する勘物がある。勘物は削除したが、その他は、古今集の原本には存在しなかったはずではあるがこれをのこした。定家本以前の平安時代の古今集の本文は、流動的でかなり異同が多く、そのような種々の異本を生じた理由もさまざまであったと考えられるが、定家本の注記には、定家の校訂によって本文整定が行われた際の平安時代の諸伝本の本文状態の反映があり、また定家本はそれらを含むものとして享受されてきたので、古くから存する左注と共通の性質を持つものとみて残すこととしたのである。また、底本や嘉禄本系統の定家本には真名序がないが、真名序も平安時代以降仮名序とともにひろく享受されてきたものなので、これを巻末に持つ貞応本系統の善本である梅沢彦太郎氏蔵本(貞
応二年七月二二日書写二条家相伝本の転写本。日本古典文学大系「古今和歌集」の翻刻による)によって付載した。なお、仮名序中の古注部分は、すべての定家本にありここでも採用したが、底本が割注のかたちで記しているのを、印刷の便宜上〈 〉でかこんで示すこととした。

 古今集の伝本のなかには、定家本と本文の異同のみならず所収歌に出入りのある古写本があるが、それらは本文も特異であり、流布度からするとはるかに定家本に及ばないので、ここでは定家本巻末の墨滅歌一一首以外に補うことはしなかった(久曾神昇氏「古今和歌集成立論 資料編」に主要な伝本が翻刻されている)。元永本や清輔本などが代表的な伝本であるが、諸異本を校合すると墨滅歌一一首以外になお異本所収歌二九首がある(西下経一・滝沢貞夫両氏編「古今集校本」参照)。

 底本には定家による次の奥書がある。此集家々所称雖説々多、且任師説又加了見、為備証本書之、近代僻案之輩、以書生之失錯称有識之秘説、不可用之  戸部尚書(定家花押)
 
 右の奥書のあとに京極為兼および冷泉為相のそれぞれ自筆識語があるが、為兼の識語は、まず冷泉為相が為家から相伝を受けた嘉禄二年四月九日書写定家自筆本の定家の奥書および為相に伝えた旨を記した為家の奥書(それらは同本の影写本その他の書写本にもある)を示し、次に、その本には仮名序に「あさか山かげさへ見ゆる山の井のあさくは人をおもふものかは」の歌が為家によって書き入れられており、その通りに自分もこの本に書き入れたこと、為兼はかねて「あさか山」の歌があるべきだと考えていたが、「後高倉院御本」によって確かめえたので、為家によって書入れが行われたのであること、が述べられている。冷泉為相の識語は、為兼が記した「あさか山」の歌書入れの事情が事実であり為相相伝の本にはその通り為家自筆で書き入れられていることを、為兼の要請に従って記したものである。この識語の内容の通りに、高松宮家蔵の為相相伝本の影写本には行間への書入れが認められ、伊達本にも同じ体裁で書入れが行われていて、伊達本の本文のうち仮名序の「あさか山」の歌のみは定家筆でなく為兼筆と思われる補入となっているわけであるが、翻刻にあたってはその部分を特に区別しなかった。

 次に校訂箇所および校訂上の問題箇所について示しておくが、前述のように、伊達本は嘉禄本系統ではあるが、嘉禄二年四月書写本に比べると、表記上の差異以外の異文がかなりある。それらの多くは他の古写本にそのような本文が見られ、誤記とは判断できないので、校訂をくわえて訂正したのは次表に掲げた七か所である。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
仮名序(古注)
 吹くからにのべの草木の  吹からによもの草木の
八八〇
 かつ見れど  かつ見れは
二九二作者
 僧正へんぜう  欠、朱注「僧正へんせう」 一〇四五
 はなちすてつる  はなちすてつゝ
四一〇詞書
 やつはしといふ所にいたれりけるに  やつはしといふ所にいたりけるに 一一五五詞書
 水いれながら  水いりなから
八四八詞書  を見てかの家によみていれたりける  を見てよみていれたりけ
一一〇六右注
 奥山の菅の根  奥菅の根


 八〇三番歌の作者は定家本にはすべて欠けており、八〇二の「そせい法し」が八〇三にも作者として適用されることになるが、古写本の多くには「兼芸法師」の作者名があり、定家本固有の誤りのようである。しかし定家本は共通して八〇三の作者名を記さないのでそのままとした。一〇〇三の忠岑作長歌は、忠岑集にある同じ作品の本文によってみると二句脱落があるようであるが、その二句は古今集の古写本のほとんどが欠いており、古今集の本文としては無いかたちが本来かと考えられるので、その二句も補うことをせず、底本のままとした。

 作者名および歌本文についての定家本共通の注記で、翻刻にあたって残したのは、八八作者名、二八四作者名、九一八歌本文、一〇四二・一〇四三作者名の五か所であるが、他に三七六作者名について「竉」の下に「或本無氏名」(梅沢本等「或本無此名」)と注記されている。同様の性質の注のようであるが、作者名の下にあるので省略した。
 表記上の校訂は凡例に示してある準則に従ったが、「よひ(宵)」に「夜居」を宛ててあるような場合は「夜ひ」とせずに「よひ」とし、「さか月」は「さかづき」とし、動詞の「こほり」に「氷」を宛ててあるのは「こほり」とするなど誤読のおそれのある場合は漢字の宛字を平仮名に改めることとした。ただし、「言(こと)」に「事」を宛ててあるのは文脈上誤読のおそれがないのでそのままとしてある。

 古今和歌集は第一番目の勅撰和歌集。序の示す日付は延喜五年(九〇五)四月一八(異本一五)日であるが、それが撰集下命の日か奏覧の日かについては両説があり成立事情は不明確な点がのこっている。下命者は醍醐天皇、撰者は紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑の四名。万葉集入集歌は不採用の方針(実際は重複歌があり、また類歌はかなりあるが)なので、ほぼ万葉歌の時代以後の歌を集めているといっていいが、古いものは奈良時代の歌もあるようである。成立以後、日本の文学伝統の中枢として重んじられ、明治時代に至るまで多大の影響を与え続けた。
(藤平春男) 

 【古今和歌集序 (仮名序)〔1古今〕】[第一巻1]  [伊達家旧蔵本][2014年4月14日記事]等 

やまとうたは人のこころをたねとしてよろづのことのはとぞなれりける、世中にある人ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひいだせるなり、
花になくうぐひす水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、
をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるはうたなり
このうたあめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり

 あまのうきはしのしたにてめ神を神となりたまへる事をいへるうたなり、

しかあれども世につたはることはひさかたのあめにしてはしたでるひめにはじまり
 [したでるひめとはあめのわかみこのめなり、せうとの神のかたちをかたににうつりてかかやくをよめるえびす歌なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことどもなり、]

 あらかねのつちにしてはすさのをのみことよりぞおこりける、

ちはやぶる神世にはうたのもじもさだまらずすなほにして事の心わきがたかりけらし、ひとの世となりてすさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける
 [すさのをのみことはあまてるおほむ神のこのかみなり、女とすみたまはむとていづものくにに宮づくりしたまふ時にその所にやいろのくものたつを見てよみたまへるなり、
 〈やくもたついづもやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを〉、]

かくてぞ花をめでとりをうらやみかすみをあはれびつゆをかなしぶ心ことばおほくさまざまになりにける、とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて年月をわたり
たかき山もふもとのちりひぢよりなりてあまぐもたなびくまでおひのぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは
みかどのおほむはじめなり
 [おほさざきのみかどのなにはづにてみこときこえける時、東宮をたがひにゆづりてくらゐにつきたまはで三とせになりにければ、王仁といふ人のいぶかり思ひてよみてたてまつりけるうたなり、この花は 梅のはなをいふなるべし、

あさか山のことばはうねめのたはぶれよりよみて
 [かづらきのおほきみをみちのおくへつかはしたりけるに、くにのつかさ事おろそかなりとてまうけなどしたりけれどすさまじかりければ、うねめなりける女のかはらけとりてよめるなり、これにぞおほき みの心とけにける、]
 〈あさか山かげさへ見ゆる山の井のあさくは人をおもふものかは〉、

このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ手ならふ人のはじめにもしける
そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべき、そのむくさのひとつにはそへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるうた

〈なにはづにさくやこの花ふゆごもりいまははるべとさくやこのはな〉

といへるなるべし、ふたつにはかぞへうた
〈さく花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて〉

といへるなるべし
 [これはただ事にいひてものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあらむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、]

みつにはなずらへうた
〈きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわたらむ〉といへるなるべし
 [これはものにもなずらへてそれがやうになむあるとやうにいふなり、この歌よくかなへりとも見えず、〈たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはずて〉、かやうなるやこれにはかなふべからむ、]

よつにはたとへうた
〈わがこひはよむともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも〉といへるなるべし
 [これはよろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむなき、されどはじめのそへうたとおなじやうなればすこしさまをかへたるなるべし、〈すまのあまのしほやくけ ぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり〉、この歌などやかなふべからむ、

いつつにはただことうた
〈いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし〉といへるなるべし
 [これはことのととのほりただしきをいふなり、この歌の心さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、〈山ざくらあくまでいろを見つるかな花ちるべくも風ふかぬよに〉、]

むつにはいはひうた
〈このとのはむべもとみけりさき草のみつばよつばにとのづくりせり〉といへるなるべし
 [これは世をほめて神につぐるなり、このうたいはひうたとは見えずなむある、〈かすがのにわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ〉、これらやすこしかなふべからむ、おほよそむくさにわか れむ事はえあるまじき事になむ]

今の世中いろにつき人の心花になりにけるよりあだなるうたはかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへにむもれ木の人しれぬこととなりてまめなるところには花すすきほにいだすべきことにもあらずなりにたり、そのはじめをおもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど春の花のあした秋の月の夜ごとにさぶらふ人人をめしてことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、あるは花をそふとてたよりなき所にまどひあるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれる心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざれいしにたとへつくば山にかけてきみをねがひ、よろこび身にすぎたのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ松虫のねにともをしのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、をとこ山のむかしをおもひいでてをみなへしのひとときをくねるにもうたをいひてぞなぐさめける、又春のあしたに花のちるを見秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみのかげに見ゆる雪と浪とをなげき草のつゆ水のあわを見てわが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわびしたしかりしもうとくなり、あるは松山の浪をかけ野なかの水をくみ秋はぎのしたばをながめあかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなりながらのはしもつくるなりときく人はうたにのみぞ心をなぐさめけるいにしへよりかくつたはるうちにもならの御時よりぞひろまりにけるかのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時におほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひとも身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをばみかどのおほむめににしきと見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえける、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあかひとがかみにたたむことかたくあか人は人まろがしもにたたむことかたくなむありける
 [ならのみかどの御うた、〈たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきなかやたえなむ〉、人まろ、〈梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば〉、〈ほのぼのとあかしのうらのあさ ぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ〉、赤人、〈春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける〉、〈わかの浦にしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる〉
この人人をおきて又すぐれたる人もくれ竹の世世にきこえかたいとのよりよりにたえずぞありける、これよりさきのうたをあつめてなむ万えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのことをもうたの心をもしれる人わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところえぬところたがひになむある、かの御時よりこのかた年はももとせあまり世はとつぎになむなりにける、いにしへの事をもうたをもしれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、つかさくらゐたかき人をばたやすきやうなればいれず
そのほかにちかき世にその名きこえたる人は、すなはち僧正遍昭はうたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見ていたづらに心をうごかすがごとし
 [〈あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬけるはるの柳か〉、〈はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむく〉、さがのにてむまよりおちてよめる、〈名にめでてをれるばか りぞをみなへしわれおちにきと人にかたるな〉、]

ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼめる花のいろなくてにほひのこれるがごとし
 [〈月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして〉、〈おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの〉、〈ねぬるよのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなり まさるかな〉、]

ふんやのやすひではことばはたくみにてそのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごとし
 [〈吹くからにのべの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ〉、深草のみかどの御国忌に、〈草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあらぬ〉、]

宇治山のそうきせんはことばかすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへるがごとし
 [〈わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり〉、]
よめるうたおほくきこえねばかれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちはいにしへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのなやめる所あるににたり、つよからぬはをうなのうたなればなるべし
 [〈思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを〉、〈いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける〉、〈わびぬれば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ 思ふ〉、そとほりひめのうた、〈わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも〉、]

おほとものくろぬしはそのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごとし
 [〈思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや〉、〈かがみ山いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると〉、]

このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごりはやしにしげきこのはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひて、そのさましらぬなるべしかかるにいますべらぎのあめのしたしろしめすことよつの時ここのかへりになむなりぬる、あまねきおほむうつくしみのなみやしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげつくば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとまもろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじふりにしことをもおこしたまふとて、いまもみそなはしのちの世にもつたはれとて、延喜五年四月十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさう官おほしかふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよりはじめてほととぎすをききもみぢををり雪を見るにいたるまで、又つるかめにつけてきみをおもひ人をもいはひ秋はぎ夏草を見てつまをこひあふさか山にいたりてたむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひける、すべて千うたはたまき名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえらばれて山した水のたえずはまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすかがはのせになるうらみもきこえずさざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべき、それまくらことば春の花にほひすくなくしてむなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、かつは人のみみにおそりかつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくしかのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれてこのことの時にあへるをなむよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつりことさりたのしびかなしびゆきかふともこのうたのもじあるをや、あをやぎのいとたえずまつのはのちりうせずしてまさきのかづらながくつたはりとりのあとひさしくとどまれらば、うたのさまをもしりことの心をえたらむ人はおほぞらの月を見るがごとくにいにしへをあふぎていまをこひざらめかも


 【古今和歌集序 (真名序) 紀淑望〔1古今〕】[第一巻1]  [伊達家旧蔵本][2014年4月14日記事]等 

夫和歌者託其根於心地発其華於詞林者也、人之在世不能無為思慮易遷哀
楽相変感生於志詠形於言、是以逸者其声楽怨者其吟悲可以述懐可以発憤、
動天地感鬼神化人倫和夫婦莫宜於和歌、和歌有六義一曰風二曰賦三曰比
四曰興五曰雅六曰頌、若夫春鶯之囀花中秋蝉之吟樹上雖無曲折各発歌謡
物皆有之自然之理也、然而神世七代時質人淳情欲無分和歌未作、逮于素
戔烏尊到出雲国始有三十一字之詠今反歌之作也、其後雖天神之孫海童之
女莫不以和歌通情者、爰及人代此風大興長歌短歌旋頭混本之類雑体非一
源流漸繁、譬猶払雲之樹生自寸苗之煙浮天之波起於一滴之露、至如難波
津之什献天皇富緒川之篇報太子或事関神異或興入幽玄、但見上古歌多存
古質之語未為耳目之翫徒為教戒之端、古天子毎良辰美景詔侍臣預宴莚者
献和歌、君臣之情由斯可見賢愚之性於是相分所以随民之欲択士之才也、
自大津皇子之初作詩賦詞人才子慕風継塵移彼漢家之字化我日域之俗、民
業一改和歌漸衰、然猶有先師柿本大夫者高振神妙之思独歩古今之間有山
辺赤人者並和歌仙也、其余業和歌者綿綿不絶、及彼時変澆灕人貴奢淫浮
詞雲興艶流泉湧其実皆落其華孤栄、至有好色之家以此為花鳥之使乞食之
客以此為活計之謀故半為婦人之右難進大夫之前、近代存古風者纔二三人
然長短不同論以可弁、華山僧正尤得歌体然其詞華而少実如図画好女徒動
人情、在原中将之歌其情有余其詞不足如萎花雖少彩色而有薫香、文琳巧
詠物然其体近俗如賈人之着鮮衣、宇治山僧喜撰其詞華麗而首尾停滞如望
秋月遇暁雲、小野小町之歌古衣通姫之流也然艶而無気力如病婦之着花粉、
大友黒主之歌古猿丸大夫之次也頗有逸興而体甚鄙如田夫之息花前也、此
外氏姓流聞者不可勝数其大底皆以艶為基不知和歌之趣者也、俗人争事栄
利不用詠和歌、悲哉悲哉雖貴兼相将富余金銭而骨未腐於土中名先滅世上
適為後世被知者唯和歌之人而已、何者語近人耳義慣神明也、昔平城天子
詔侍臣令撰万葉集自爾来時歴十代数過百年、其後和歌棄不被採、雖風流
如野宰相軽情如在納言而皆以他才聞不以斯道顕、陛下御宇于今九載仁流
秋津洲之外恵茂筑波山之陰、淵変為瀬之声寂寂閉口砂長為厳之頌洋洋満
耳、思継既絶之風欲興久廃之道、爰詔大内記紀友則御書所預紀貫之前甲
斐少目凡河内躬恒右衛門府生壬生忠峰等各献家集并古来旧歌曰続万葉集、
於是重有詔部類所奉之歌勒為二十巻名曰古今和歌集、臣等詞少春花之艶
名窃秋夜之長況哉進恐時俗之嘲退慙才芸之拙、適遇和歌之中興以楽吾道
之再昌、嗟乎人丸既没和歌不在斯哉、于時延喜五年歳次乙丑四月十五日、
臣貫之等謹序
            (梅沢彦太郎氏蔵元亨四年九月中旬書写本)


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 古今和歌集古注釈書引用和歌解題〔210古今注解〕】[第十巻-210] 

  古今和歌集の古注釈書のうち、きわめて特殊な注釈内容を伝えるゆえに他の和歌資料と異なった種類の歌を含む
(1)「毘沙門堂本古今集註」(鎌倉時代成立、底本は未刊国文古註釈大系)、
(2)「古今和歌集序聞書 三流抄」(鎌倉時代成立、底本は「中世古今集注釈書解題 二」)、
(3)「古今和歌集頓阿序注」(南北朝期成立、底本同)、
(4)「弘安十年本古今集歌注」(南北朝期成立、底本同)、
(5)「鷹司本古今抄」(南北朝期成立、底本同)、
(6)「書陵部本『古今集抄』所引『聞書』」(南北朝期成立、底本は「中世古今集注釈書解題 五」)、
(7)「玉伝深秘巻」(南北朝期成立、底本同)、
(8)「古今和歌集灌頂口伝」(南北朝期成立、底本同)、
(9)「古今秘注抄」(南北朝期成立、底本は未刊国文古註釈大系)、
(10)「大江広貞注(為相注)」(南北朝期成立、底本は京都大学国語国文資料叢書)、
(11)「天理本古今集注二種」(天理図書館善本叢書「和歌物語古註集」)、
(12)「古今伝授切紙」(京都大学国語国文資料叢書)が引用する和歌のうち、古今集の当該箇所の和歌を除いたすべてを収めた。

 なお、右の一二種の注釈書・秘伝書に重複する場合は、初出の注釈書において掲げ、「古今和歌集序聞書 三流抄」は(2)、「古今和歌集頓阿序注」は(3)、「弘安十年本古今集歌注」は(4)
というように、右に示した番号によって、他の注釈書にも存することを示した。なお、その際、一句だけが異なる場合は同一歌と見なした。
(片桐洋一・青木賜鶴子) 

 古今和歌集古注釈書引用和歌(古注釈書一二種)〔210古今注〕】[第十巻-210] 

(1)毘沙門堂古今集註
 
仮名序
 「花に鳴く鶯、水に住むかはづの声……」
一 はつ春のあしたごとにはきたれどもあひかへらざるもとのちかひを
(2・3)
二 すみよしのはまのみるめもわすれねばかりにも人に又とはれぬる
三 万山秋深 秋蝉成詩
 「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ……」
(2・3・8)
四 むつましと君はしらなみみづがきのひさしき世よりいはひそめてき
五 草も木もわが大きみの国なればいづれかおにのすみかなるべき
 「ひさかたのあめにしては下照姫にはじまり……」
六 あもなるや おとたなばたのうながせる たまのみすまれ たにふたつわたす あぢすきたかひこねのみこと
 「高き山もふもとのちりひぢよりなりて……」
(10)
七 千里始一歩 高山起微塵
 「六つには、いはひうた」
八 岩代の浜松が枝を引結び身に幸あらば解くなとぞ思ふ
(2)
九 楊貴妃依有天朝之寵 楊国忠速階星林之位 然家栄三棟四棟(みつば よつば)
 「花すすきほにいだすべき事にもあらず……」
一〇 河水常澄水上求賢聖 虚天長隠世出暴政主 此不出顕以前表如是
 「あるは花をそふとて……」
一一 まきもく山穴師乙女が惜しとてや穴師葛木花し散らずも
 「吉野の山の桜は、人麿が心には……」
(12)
一二 ちるは雪ちらぬは雲とみゆるかな吉野の山の花のよそめは
 「年はももとせあまり世はとつぎになむなりにける」
一三 十年奔走厭塵沙
一四 十年湖海漂尽恨 一夜空山啼杜鵑

春上
 四「雪のうちに春はきにけり……」
一五 雪中得春 鶯舌未開
 一
一六 青鶯未告春 黄鳥正得剋
 一二「谷風にとくるこほりの……」
一七 林鐘風静 散花浪恋
 一三「花の香を風のたよりに……」
一八 青嶺呼鶯春吹裏 皓山論客暁雲間
 一七「春日野はけふはな焼きそ……」
(4・6)
一九 遠つ人松浦さよ姫つま恋ひにひれ振りしよりおへる山の名
二〇 けさはしもおもはむ人はとうてましつまなきねやのうへはいかにと
二一 塩干ればあし辺にさわぐ白鶴のつま呼ぶこゑは宮もとどろに
 二三「春のきる霞の衣……」
二二染露織風霧 袖重衣畳雨 嶺霞衣文
二三山霞衣旧三春夕 仙郎被祈二歳時
 二五「わがせこが衣春雨……」
二四 流れくるつま吹く風の寒き夜に吾がせの君は独りぬるらむ
 二八「百千鳥さへづる春は……」
二五 淡海の海夕浪千鳥百千鳥汝が鳴けばこころも思はぬにこそは
 二九「をちこちのたつきもしらぬ……」
二六 里人の遠近かけて尋行く道知るらめやま雪ふれれば

春下
 六九「春霞たなびく山の……」
二七 槙もくの穴師の山の花見にはうつろふ比になりにけらしも
 七三「うつせみの世にも似たるか……」
二八 奥山の春木が下の空蝉の空しから見れば物ぞ悲しき我し悲しも
二九 空蝉の命を惜み浪にひつ伊良虞が島の玉藻かりしく
三〇 打磬蝉(うつせみ)の鳴くこゑ聞けば五百人の心細しと物ぞ悲しき
 七六「花散らす風の宿りは……」
三一 艶花空散宿風影 美柳速濃深雨中
 八一「枝よりもあだに散りにし……」
三二 行く水に風の吹入るさくらばなきえずながるる雪かとぞみる
 八三「桜花とくちりぬとも……」
三三 雪とみてぬれもやするとさくら花ちるにたもとをかづきつるかな
 八八「春雨の降るは涙か……」
三四 西月沈峰 惜涙似雨
 八九「桜花散りぬる風の……」
三五 花浪扇雲 仙郎知春
 一一七「宿りして春の山辺に……」
三六 日暮観花 夢春速恨
三七 哀なり昔の人の夢に見し花吹散らずは今もむかしの人は有らまし


 一四一「けさき鳴きいまだ旅なる……」
(4・10)
三八 しでの山越えてぞ来つるほととぎすこひしき人の上語らなむ
(4)
三九 むべしこそしでの田をさと名付けけれほととぎすとぞ鳴きわたるなり
(11)
四〇 しでの山今や越ゆらんうなゐ子が打垂髪の五月雨のころ
(5)
四一 鶯のかひごの中のほととぎすしやが父に似て鳴くかしやが母に似て鳴くか
 一四七「ほととぎす汝が鳴く里の……」
四二 淡海の海夕浪千鳥百千鳥汝が鳴けばこころも思はぬにこそは
 一五
四三 をち返りいほに鳴くなり郭公二四八共に珍しきかな
 一五六「夏の夜はふすかとすれば……」
四四 早夜欲曙一声間
 一六三「昔へや今も恋しき……」
四五 旧住東都菅亭席 新居西州梅庭床

秋上
 一七二「昨日こそ早苗とりしか……」
四六 昨日花山之隈折花 今日南楼之内戴雪
 一九四「久方の月の桂も……」
(4)
四七 桂生三五夕
 二
四八 稲負ふと鳴く稲負鳥の鳴く比ぞ秋来る雁も思立つらし
 二一八「秋萩の花咲きにけり……」
四九 東路のそばのかけ道わけくらしまた来し方は高砂の山

秋下
 二四九「吹くからに秋の草木の……」
五〇 安寧河に河風はげし玉がきの柳枝折(しを)れて露ぞ玉散る
五一 八田の原枯野の浅茅もくたちて木の下露にいとどぬれつつ
 二五
五二 洛水橋辺春日斜 碧流軽浅見瓊沙 無端陌上狂風兼 驚起鴛鴦出浪花
 二六八「植ゑし植ゑば秋なき時や……」
五三 黄菊花濃風散砌 紫房匂尽雨香庭
 二九八「竜田姫たむくる神の……」
五四 わたつ海の神にたむくる山姫のぬさをや人の紅葉といふらむ
 三
五五 千株松下双峰寺 一葉舟中万里身

離別
 三六六「すがるなく秋の萩原……」
五六 乙河の小淵向ひの岡みれば小鹿(すがる)鳴くなり薄末よる
 四
五七 ぬれぎぬの袖よりつたふ涙こそながき世までのうきななりけれ
(4)
五八 ぬぎきするそのたばかりのぬれぎぬはながきなきなのためしなりけり
 四
五九 契帯在方見契南風

羈旅 四一
六〇 いひしらず昔のやどのかきつばた色ばかりこそかたみなりけれ
 四一一「名にしおはばいざこととはむ……」
六一 賢鳥公政翼翻四海 政恵雲覆千万嶺

物名
 四六五「春がすみなかし通ひ路……」
六二 春霞中し通路行く雁の羽にかかれる花の白雪

墨滅歌 一一
六三 清冷夜星霧晴外 閑静雲沫雪(あはたつ)暗中

総論
六四 おきつとりかもつく島にわがいねしいもはわすれじよのことごとに
六五 あかだまの光はありと人はいへど君がよそひしたふとくありけり
六六 しなてるや片岡山にいひにうゑてふせる旅人あはれおやなし
六七 いかるがやとみのをがはのたえばこそわが大きみのみなはわすれめ

恋一
 四七六「見ずもあらず見もせぬ人の……」
六八 ながきねも花の袂にかをるなりけふやま弓のひをりなるらむ
 四九二「吉野河いはきりとほし……」
六九 泰山之穿石 弾拯之綆断幹
 四九七「秋の野のをばなにまじり……」
七〇 道の辺のを花が下の思草今更になぞ物かおもはむ
 五
七一 我が恋は人にもいはじ思へどもあふにしかへばさもあらばあれ
 五二二「ゆく水に数かくよりも……」
(4)
七二 さりともとかずかく水は跡もなし君がつらさはつらさのみして
 五四九「人目もる我かはあやな……」
七三 菀雀二丈之薄 花速迷後心
 五五一「奥山のすがのねしのぎ……」
七四 池水に花散りしのぐ春の暮人の心やしづ心なけぬ((ママ))

恋二
 五五四「いとせめて恋しき時は……」
七五 顔女亡夫返夜衣 待夢契之少
 五六一「宵のまもはかなく見ゆる……」
七六 夏虫の身をいたづらになすといはばあはれと誰か思はざらなむ
 五九一「冬河のうへはこほれる……」
七七 したにおもふこころはさぞな我だにもたへぬなげきはつもりぬるものを
 六「夏虫をなにかいひけむ……」
七八 身をすてて思ふときかはいかでかは人に心のおちせらめかも
 六一四「たのめつつあはで年ふる……」
(6)
七九 夏虫のしるしるもゆる思ひをばよそめかなしとたれかみざらむ

恋三
 六一六「おきもせずねもせで……」
八〇 山のはの緑も深くなりにけり添降る雨のひまのなければ

恋四
 六八三「伊勢のあまのあさなゆふなに……」
八一伊勢のあまのあさなゆふなにかづくてふあはびのかひのかたおもひにして
 六九二「月夜よし夜よしと人に……」
(6)
八二 我がやどの梅さきたりと告げやらばこてふににたりちりぬともよし
 六九三「君こずはねやへもいらじ……」
八三 与君結髪未五載 早随牛女為参商
八四 まちかねて内には入らじしきたへの我が袖の上に霜はおくとも
 六九九「み吉野のおほ河のべの……」
八五 わがゆづるまつらのかはの川浪のなみに思はば我恋ひめかも
 七二
(6)
八六 たえずゆくあすかの河のゆかずあらばゆゑしもあると人のみなくに

恋五
 七九三「みなせ河ありてゆく水……」
八七 うらぶれて物は思はじみなせ川ありても水はゆくてふものを

雑上
 九三一「さきそめし時よりのちは……」
八八 遠看山有色 近聴水無声 春去花尚在 人来鳥不驚

雑下
 九八四「あれにけりあはれいくよの……」
(4)
八九 むぐらおひてあれたるやどのうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり
(4)
九〇 みちのくのあだちのはらのくろづかに鬼こもれりときくはまことか
 九八九「風の上にありかさだめぬ……」
九一 此身一種虚空塵文
 九九五「たがみそぎゆふつけどりか……」
(9)
九二 たつた山いはねをさして行く水の行へもしらずわがごとやなく

雑体
 一六「おきつなみ あれのみまさる……」
九三 おきつ浪あれのみまさる宮の中はなきわたりつつよそにこそみめ

大歌所御歌 一
九四 水茎のをかのあさぢのきりぎりす霜のふりはやよさむなるらむ

東歌
 一「をぐろさきみつのこじまの……」
(6)
九五 栗原のあねはの松の人ならば都のつとにいざといはましを

神秘口決条条
 九六六朝一餉繁花夢 可是僧鐘得廻
 
(2)古今和歌集序聞書 三流抄
 
仮名序
 「花に鳴く鶯、水に住むかはづの声……」
(3)
九七 はつ春のあしたごとにはきたれどもあはでぞかへるもとのすみかに
 「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ……」
(3)
九八 土も木もわが大君の国なればいづくか鬼の宿と定めん
 「この歌、天地のひらけはじまりける時より……」
九九 うば玉の吾が黒髪も乱れぬに結定めよさよの手枕我ねても見ん
(3)
一〇〇 かぞいろはいかに哀れとおもふらん三年になりぬ足たたずして
一〇一 わぎもこが心は吾によらねどもよそに成行くことはうきかも
 「久方の天にしては下照姫にはじまり……」
一〇二 秋の夜のくもらぬ空の久形の月に尽きせぬながめせしかも
一〇三 夜を照す月かとも見る大君のくまなき影の膝形(ひさかた)の色
一〇四 おしてるや難波の浦の明日(あきらひ)に見そめて美女(わぎもこ)が恋しき影の面影に立つ
一〇五 若女(わぎもこ)が衣春雨こゑたててひとりある人の袖ひつるそも
一〇六 粟津野や 薄花(すすき)ふみ分け たづねても いかであはまし 我妻(わぎもこ)が 行方知らずも
 「人の世となりて、素盞烏尊よりぞ……」
一〇七 立還る道は山路の遠くとも尋ねば問はんとふと知るかも
一〇八 出雲には神有月をいかなれば神無月と四方にいふらむ
 「かくてぞ、花をめで……」
一〇九 百千鳥花に馴れたるあだしめははかなき程もうらやまれけり
 「三つには、なぞらへ歌」
一一〇 よそにのみ見てややみなん葛城の高間の山の嶺の白雲
 「四つには、たとへ歌」
一一一 淡路島波もて結へる笠岡のをちかた見るは幾海(ありそうみ)ぞも
一一二 有添海(ありそうみ)の浜のまさごにゐる鶴のこゑ聞く時ぞ夢はさむらし
 「埋れ木の人知れぬこととなりて……」
一一三 秋風の吹きしをれてや古木(むもれぎ)の残る色なく葉は散りぬらん
一一四 高まどの尾上吹きこす秋風になほあらはれず谷の溺木(むもれぎ)いつか花みん
 「あるは花をそふとて……」
一一五 遠霞埋跡惜花暮 祚国捨身不待後春
一一六 遊子猶行残月
 「つくば山にかけて君をねがひ……」
一一七 もろこしの筑波の山の枝しげみ君がみかげはしげきかげかな
 「富士のけぶりによそへて人を恋ひ……」
一一八 山は富士煙も富士のけぶりにて知らずはいかにあやしからまし
 「男山の昔を思ひ出でて、女郎花の一時をくねるにも……」
一一九 いかばかり妹背の中を恨みけん浮名流るる涙川かな
一二〇 いづくまで送りはしつと人問はば飽かぬ別の涙川まで
一二一 なら坂や児手柏の二面とにもかくにもねぢけ人かな
 「秋萩の下葉をながめ……」
一二二 たのまれぬ人の心の秋といへばやがて変れる萩の下露
 「暁の鴫のはねがきをかぞへ……」
一二三 もろこしの鴫の羽垣いく夜して恋しき人の来まさざるらむ
 「吉野河をひきて世の中をうらみきつるに……」
一二四 とどまらぬ早き月日は吉野川流れとまらぬものにやはあらぬ
 「富士の山も煙たたず……」
一二五 なさけをも絶えず問ふべき人なれど折折ごとにたのまるるかな
 「人麿は赤人が上に立たむことかたく……」
一二六 紫の色ににほへるすみれ草同じゆかりはなつかしきかな
 「僧正遍昭は、歌のさまはえたれども……」
一二七 川岸の小篠分出づるはちすばの上置ける露の玉はにごらじ
一二八 日にみがき風にさらせる露の玉の光ぞまさるはちすばのうへ
 「小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり……」
一二九 立帰り又も此世に跡たれん其名うれしき和歌の浦浪
一三〇 風吹けばなびく柳の色なれや心あてなる和男(わがせこ)が袖
 「すべらぎの天の下しろしめすこと……」
一三一 未開(すべらぎ)の広き恵みはわたつ海の波のよる方限なくして尽きせざりけり
一三二 峰を吹く風につけてや万騎主(す べ らぎ)の恵あまねく人にそそかん
一三三 万騎主位高 山又山峰復峰 重重仰天月 愛愛恵地風 祖師匠恩深 海又海浪復浪 畳畳得乗貴 何不報賤侶師恩
 「逢坂山にいたりて手向けを祈り……」
一三四 関守は今はねざめになりぬらし夜越の鳥のこゑのさやけき
 
(3)古今和歌集頓阿序注
 
 「力をもいれずして天地をうごかし……」
一三五 天の河苗代水にせき下せあまくだります神ならば神
一三六 なむやくしじゆびやうしつぢよの願なれば身より仏の名こそをしけれ
一三七 時雨れせしいなりの山の紅葉ばはあをかりしよりおもひそめてき
一三八 ぬさはなし是を手向のつとにせんけづればかみもなびくなりけり
一三九 我が頼む人いたづらになすならば天の下にて名をばながさじ
 「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ……」
一四〇 しやうきやらやいねやさるねや我が床にねたれどねぬぞねぬぞねたれど
一四一 玉のいづみもとのあるじはなけれどもうはの空なる月ぞすみける
 「をとこをんなの中をもやはらげ……」
一四二 逢ふ事のたえば命もたえなんとおもひしものをあかれけるかな
 「たけきもののふの心をもなぐさむる……」
一四三 みちのくのあだちが原の白まゆみそるとしりせばけづらざらまし
 「久方の天にしては下照姫にはじまり……」
(8・10・12)
一四四 あもなるや おとたなばたの うながせる たまのみすまろの あなたまはや みたに ふたわたす あぢすきたかひこね
(12)
一四五 あまさがる ひなつめの いわたらすせと いし河かたふちに あみはり渡し もろよしに よしかこね いし河かたふち
一四六 ひさかたのあまのさぐさめ岩舟をとめし高津はあれにけるかな
 「ちはやぶる神代には……」
一四七 あをにぎてたぐさの枝を取りかざしうたへば明くる天の岩戸を
 「人の世となりて、素盞烏尊よりぞ……」
一四八 音に聞くながすひこねのつまごひに心とけにしあふさかの山
 「浅香山のことばは、采女のたはぶれによりて……」
一四九 橘の実さへ花さへその葉さへ枝に霜おくいみじ常盤木
 「そのむくさのひとつには、そへうた」
(10)
一五〇 岩そそくたるみの上のさわらびのもえ出づる春になりにけるかな
一五一 よの中のあさき瀬にのみなり行くは昨日の淵の花なればなり
 「二つには、かぞへ歌」
(10)
一五二 ちればこそいとど桜はめでたけれ何かうき世に果しなければ
 「三つには、なずらへ歌」
(10)
一五三 逢見んと祈りし事のかなはずはわすれだにせよ神のちかひに
 「四つには、たとへ歌」
一五四 鳥の子を十づつ十はかさぬともあなたのみがた人の心は
「六つには、いはひ歌」
一五五 河やしろしのにをりはへほす衣いかにほせばか七日ひざらん
 「よろこび身にあまり……」
一五六 うれしさをむかしは袖につつみにき今夜(こよひ)は身にも余りぬるかな
 「野中の清水をくみて……」
一五七 尋ねても甲斐なかりけりいなみ野や野中の清水心あさしや
 「暁のしぎの羽がきをかぞへ……」
一五八 暁の鴫の羽がきももはがきかきあつめてもなげく頃かな
 
(4)弘安十年本古今集歌注
 
春上
 一一「春きぬと人はいへども……」
一五九 庭竹有音 鶯舌告春 苑松風寒 鹿意悲冬
 一三「花の香を風のたよりに……」
一六〇 林花色色何由好 山水満来興正新 過窓誘枕梅風鶯 巻簾見月盧峰暁 
 一詠一吟嘯詠客 採紙染筆伴侍人
一六一 松浦姫もろこし人のこと問ひて心便(たぐふ)る風はいたそも
 一七「春日野はけふはな焼きそ……」
一六二 うらわかみねよげに見ゆる若草を人のむすばんことをしぞ思ふ
一六三 はつ草のなどめづらしきことの葉ぞうらなく物を思ひけるかな
一六四 玉柳ひれふりたてるうなゐこがかなづる袖に春風ぞふく
 二九「をちこちのたつきもしらぬ……」
一六五 海原の波の遠近あななめに行方たどる末は知るかも
 五六「見わたせば柳桜を……」
一六六 薄くこき色ぞ交る朝日山紅葉のかげは照りまさるらし

春下 七
一六七 春の花秋の紅葉もしばしまて月ぞかはらぬ友となりける
 一一七「やどりして春の山辺に……」
一六八 春去夏来夢中花 未去迎月其思一


 一三九「五月まつ花橘の……」
一六九 なき跡のかたみとてにや橘の匂ひばかりをのこしおきけん
 一四一「今朝き鳴きいまだ旅なる……」
一七〇 郭公去南寿再不帰 常思旧里棲橘樹
 一四三「時鳥はつ声きけば……」
一七一 古の妻や恋しき郭公夏の夜すがら鳴明すらん
一七二 あらき山越行く北の采野原おのも苦しと苦帰楽(くきら)鳴くなり
一七三 聞くからにこゑぞ悲しき死での山越えて夜は来る苦帰楽(くきら)てふ鳥
一七四 鳴きふるす声を久しき我が宿のまがきにつたふ三月すごしどり
一七五 大里野富の更河見渡せば己高峰(こだかみ)来鳴く三月過ぎ鳥
一七六 卯の花の影に隠れてこゑはしてすがたは見えず三月過ぎ鳥
一七七 うろ路よりむろ路に通ふ郭公ひとかたならぬ音をや鳴くらん
一七八 けさこそは死でのたをさもこゑすなれ別れし人の事や問はまし
一七九 死での山みちや露けき童子(うなゐこ)が打垂髪の五月雨の空

秋上
 一七二「昨日こそ早苗とりしか……」
一八〇 しもとゆふ 葛木山を 昨日見て 花にたはぶれし 我が袖の 今日は寒き 風にもあるかな
 一八四「木の間よりもり来る月の……」
一八一 宜将愁字作秋心
 二
一八二 昔者備錦帳玉楼為万臣寵愛 今者籠賤屋苔莚嫁下夷無情
 二
一八三 たうといふ稲負鳥の鳴く比はこし路の雁も思立つらん
一八四 我が宿の そともの竹に こゑ立てて 稲負鳥の むら雀 人とはんまで こゑ聞ゆなり
 二一七「秋萩をしがらみふせて……」
一八五 秋の夜の月のさやけく照すには風は吹くとも袖ぞすずしき

秋下 二五
一八六 渡つ海の道こそ見えねしほの山さしでが磯に霧立渡る
一八七 もろこしは国をへだつるさかひにてわたつ海こそ道はしるけれ
 二九一「霜のたて露のぬきこそ……」
一八八 織霜織露紅葉錦 曝風曝日青浜玉
 三
一八九 一葉舟中乗病身
一九〇 まき下す丹生のそま河秋ふけて一葉流るるあけのそほ船
 三一二「夕月夜小倉のやまに……」
一九一 うたたねの一夜の夢にひととせのくるるはやすき年の暮かな


 三一五「山里は冬ぞさびしさ……」
一九二 思ひやれ苔をかた敷く袖の上に露も涙もかけぬ日ぞなき
 三二二「我が宿は雪ふりしきり……」
一九三 地疑明日夜 山似白雪朝
 三二三「雪ふれば冬ごもりせる……」
一九四 瑞雲驚千里 従風晴九宵 逐舞花光散 深歌扇影飄賀
 三四三「我が君は千代に八千代に……」
一九五 がれの井関の巌苔むして幾世か経にし玉の井の川
 三四八「ちはやぶる神やきりけむ……」
一九六 立帰る習こそ無し老の坂越えてくるしきみちにや有るらん
 三四九「桜花ちりかひくもれ……」
一九七 遠霞埋路 老来方山花 隠跡傾齢隈

離別
 三六八「たらちねの親のまもりと……」
一九八 八岡行く道の末こそ遠けれど我がたらちめの事は忘れじ
 三九三「別れをば山の桜に……」
一九九 心なき花にもとまる我が身かな惜みはつべき春ならなくに
 四
二〇〇 ぬれぎぬの袖よりつたふ涙こそなき名をながすためしなりけり
 四
二〇一 結ぶ手の石間をせばみおく山の岩垣清水あかずも有るかな
 四
二〇二 契帯有方見 後日思肘皮 残家待南風

羈旅 四
二〇三 淡路山やそ島かけて見渡せば浪もてゆへる渡の原かな
二〇四 万里東来何再日 一生西望是長襟

物名
 四二六「あなうめにつねなるべくも……」
二〇五 悲目(あなうめ)に人も恨みじ己高峰の峰より奥に庵結ばむ
 四六六「流れいづる方だに見えぬ……」
二〇六 羅袖不遑廻火慰 風剣還悔鎖香匣

恋一
 四六九「ほととぎす鳴くや五月の……」
二〇七 小野山の峰の白雲白雪の上に重なる知らぬよしあしも
 四七四「立ちかへりあはれとぞ思ふ……」
二〇八 荒浪寄思祖蚩恨 一去不帰二捨不問
 四九五「思出づるときはの山の……」
二〇九 恋しやと思へば君がわすられで夢にも君がわすらればこそ
 五一四「忘らるる時しなければ……」
二一〇 すべらぎの思乱れて空にのみ鳴きこそ渡れ葦鶴のこゑ
 五二六「恋ひしねとするわざならし……」
二一一 漢武未忘李夫人後日 遇夢増懐見幼催恨 依何止死亡
 五四三「明けたてば蝉のをりはへ……」
二一二 恋似樹蝉終日鳴 恨如野蛍終夜燃
 五四四「夏虫の身をいたづらに……」
二一三 不及恋焦身 如望夏虫灯

恋二
 五五四「いとせめて恋しき時は……」
二一四 楽天竹額隔都四十里 旧婦在亭不得見 待夢恋契常翻紫衣
二一五 もろこしの契の末は紫の衣をかへす夢の通路

恋三
 六三八「明けぬとていまはの心……」
二一六 花霞中開隠其色 月霧中隠失其光 不知理哉春秋恨 露依風消人依友勇 不知言哉二物思

恋四 六九
二一七 白雲移花二月夕 黒水似夜三秋朝 待友徘徊呼君遊興
 七
二一八 ますらをが来立ちとよもす杣山も葉若の下にを鹿鳴くなり

恋五
 七六五「忘草たねとらましを……」
二一九 昔誰が住みもなれにけん宿なればかべにわするる草しげるらん
二二〇 たらちねの親の形見も忘草生ふればぬるる袖の上かな
二二一 未植銀宮寒 寧移玉殿幽

哀傷
 八五七「かずかずに我を忘れぬ……」
二二二 雲となり霞とならん時までもあとのかたみを思忘るな

雑上
 八六三「我が上に露ぞおくなる……」
二二三 天の河とわたる舟のかぢのはに思ふ心をかきつくしつる
 八六五「うれしきを何につつまむ……」
二二四 昔過嶮道之境閉身鉄城願仕君 今参玉庭勇心裹袖金喜見子婦
 八六七「紫のひともとゆゑに……」
二二五 なき人のかたみと思ふ紫の一本ゆゑは草もなつかし
 八七
二二六 すべらぎのあまねき影はおしなべてよしあしもわかず民栄えけり

雑下
 九四五「白雲のたえずたなびく……」
二二七 槐門雲上交有愁無喜 白雲常居峰有喜無愁
 九八四「あれにけりあはれいく世の……」
二二八 閨の上に雀のすだく音すなり出立ちがたに夜やなりぬらん
二二九 海士人のすだくあまたの数見えてゐなの湊に霧ぞはれぬる
 九八五「わび人のすむべき宿と……」
二三〇 聞くからによその袂ぞぬれまさる竹の林のしらべおとして
 九九一「ふるさとは見しごともあらず……」
二三一 我が宿は菊売る市にあらねどもよもの門辺に人騒ぐなり
二三二 をののえは朽ちなば又もすげかへんうきふる里にかへらざらめや
 一
二三三 百色(ももしき)の木木にはすぐる梅の花鳥の中には鶯の声
 
(5)鷹司本古今抄
 
春上
 四五「くるとあくとめかれぬものを……」
二三四 すがる鳴く ゐな野芝山 朝夕と(くるとあく) 霧立渡り 見えぬ日は なほ行末も 心尽きてや 物思ふらん
二三五 ますらをが柴のかきほの卯花の散ふ(うつら)か木末の青くなりゆく
 五
二三六 この秋は君に仕ふるいとまなみ月も愛(すさ)めで夜夜ぞふる
二三七 好女不飽 嫁喜人愛 公主不飽 賢悦人善
二三八 恋になくなみだのふかきうみにいざわれらさあらばみるめかづかん
 五九「桜花咲きにけらしな……」
二三九 白雲峰立遠花添色 青水満谷松影深
二四〇 山桜あくまで色の重なれば谷にも尾にもかかる白雲


 一四七「ほととぎすなが鳴く里の……」
二四一 胡馬嘶北風 越鳥巣南枝

離別
 三七六「あさなけに見べき君とし……」
二四二 玉の井の水草もくもる五月雨の朝暮(あさなけ)にふるころのさびしさ

恋一
 四八八「我が恋はむなしき空に……」
二四三 おもひあまりわがつくいきは空にいりてきみがあたりの雲となりけん
 五
二四四 津の国のこやと言へども君こぬはまぢかきかひのなきがあしがき

恋二
 六一九「よるべなみ身をこそとほく……」
二四五 わが心君が影とやなりぬらんみをはなれてもまどふこひかな

雑上
 八九四「おしてるや難波の御津に……」
二四六 塩照(おしてる)や 青海原の 波の上に ありか定めぬ 浮舟の しか恋する人の 心浮かれて
二四七 月ならでおしてるうみぞくまもなき波よりをちの里もみえつつ

雑下
 九六一「思ひきやひなのわかれに……」
二四八 天さがる田舎(ひ な)に五年旅寝してみやこの手ぶり忘られにけり

誹諧 一
二四九 荒木田の豊受の宮の宮柱絶えにけらしな神寒(さび)にけり
二五〇 白浪の 間なく時なく 寄る浜の 浜のまさごの 数よりも なほ神栄(さぶ)る 鹿島がた 宿をしめても 年は経にけり
二五一猿沢の池の玉藻も上久(かみさび)て恨は遠し水の面かな
 
(6)書陵部本「古今集抄」所引「聞書」
 
春上
 五「梅が枝に来ゐる鶯……」
二五二 久かたのはにふのこやのこさめふりとこさへぬれぬ身にそへわぎもこ
二五三 ひさかたの宮こをおきて草枕旅行く君をいつとかまたん
 一三「花の香を風のたよりに……」
二五四 かきねつたふささやことりよいや行きて鶯さそへ春のまうけに
二五五 谷河のうちいづる浪も音たてつ鶯さそへ春の山風
 一五「春たてど花も匂はぬ……」
二五六 鶯の木づたふ木木も春さめの古すさびしき声ぞ物うき
 二八「百千鳥さへづる春は……」
(8・9)
二五七 わがやどのえのみもりはむもも千鳥ちどりはくれど君はきまさぬ
(9)
二五八 ももちどりやすの河原にむれゐつつともよびかはす心あるらし
 二九「遠近のたつきも知らぬ……」
二五九 ふるはたのそばのたつきにゐるはとのともよぶ声のすごくきこゆる
二六〇 むかひゐてみれどもあかぬわぎもこがたちわかれゆかんたつきしられず
 三三「色よりも香こそあはれと……」
二六一 梅の花たが袖ふれし匂ひぞとはるやむかしの月にとはばや
 三六「鶯の笠にぬふてふ……」
二六二 鶯の梅の花がさぬひをればこづたひけるかささ((マ)をと(マ))ととり
 四一「春の夜の闇はあやなし……」
二六三 かをとめてたれをらざらん梅の花あやなし霞たちなかくしそ
(9)
二六四 くれはとりあやにこひしくありしかばふたむらやまもこえずなりにき
 四六「梅が香を袖にうつして……」
二六五 夕暮はまたれし物とおもふこそ心にのこるかたみなりけれ
 五
二六六 夏の夜の月まつ程の手遊(てずさみ)に岩もるし水いくむすびしつ
 五三「世の中に絶えて桜の……」
二六七 わすれずよかたののみのの桜がり花の雪ちる春のあけぼの
 五六「見渡せば柳桜を……」
二六八 にしへの匂はいづらさくら花こけるからともなりにけるかな
(9)
二六九 みゆきふるかすがの野べの桜ばなえこそみわかねこきまぜにして
 五八「誰しかもとめてをりつる……」
(9)
二七〇 よひよひにわがたちまつにもしくもやきみきまさずはくるしかるべし
 五九「桜花咲きにけらしも……」
二七一 あしびきの山をいただくわれなればかめの命におとらざらまし
二七二 あしびきの山をいただく亀よりもこぬ人まつはくるしかりけり

春下
 七三「うつせみの世にもにたるか……」
二七三 うつせみのつねのごとくはおもへどもつぎてしきけば心はなぎぬ
 一一九「よそに見てかへらん人に……」
二七四 としふともかはらん物かたち花の小島の曲(くま)に契る心は


 一三九「五月まつ花橘の……」
(9)
二七五 常世よりかぐのこのみをうつしうゑて山時鳥たよりにぞきく
 一四三「ほととぎすはつ声きけば……」
(9)
二七六 みよしのの山の麓のさむけきにはたやこよひもわがひとりねん
二七七 みよしのの山した風のさむけきにこよひもまたやわがひとりねん
 一五二「やよやまて山時鳥……」
二七八 やよしぐれものおもふ袖のなかりせばこのはののちになにを染めまし

秋上
 一七一「わがせこが衣のすそを……」
(9)
二七九 わがせこに見せんとおもひし梅の花それとも見えず雪のふれれば
 一七五「天の川紅葉を橋に……」
(9・10)
二八〇 あまの河かよふうき木にこととはんもみぢの橋はちるやちらずや
 一八五「おほかたの秋くるからに……」
二八一 春風桃李花開日 秋雨梧桐葉落時
 一九四「久方の月の桂も……」
(9・10)
二八二 春がすみたなびきにけり久かたの月のかつらもはなやさくらむ
(9)
二八三 もみぢする時にはなりぬ月人のかつらの枝のいろづくみれば
 二
(10)
二八四 あきのせみのさむきこゑこそきこゆなれ木のはの衣かぜぞぬぎける
 二
二八五 いとはやもなきつる雁かこがのもり木にはふつたももみぢあへなくに
 二一八「秋萩の花咲きにけり……」
(9)
二八六 我のみとおもひこしかどたかさごのをのへの松もまたたてりけり
 二四三「今よりは植ゑてだに見じ……」
二八七 人はみな萩をあきといふいなわれはをばながすゑをあきとおもはむ
二八八 わすれぐさなをもゆゆしみかりにても思ふてふやどはゆきてだにみじ
二八九 うきことのしげきやどにはわすれぐさうゑてだに見じ秋ぞゆゆしき
 二四四「我のみや哀と思はん……」
二九〇 おもひ草はずゑにむすぶ白露のたまたま来てはてにもかからず
 二四六「百草の花のひもとく……」
二九一 あそびをとわれはきけるややどかさずわれをかへせりをそのたはれを
二九二 あそびをにわれはありけりやどかさずかへせるわれぞたはれをとある

秋下 二六
二九三 時待ちて落つる鍾礼(しぐれ)の雨やみて朝香の山のうつろひぬらむ
 二六一「雨ふれど露ももらじを……」
二九四 あめはふるみちはまよひぬやましなのかさとりやまはいづくなるらん
二九五 やすみしる 我がおほきみの かしこくも みはかつかへる 山科の 鏡の山に 夜はも夜の 昼はも日のつき 
     呼ぶのみ 呼びつつありてや 百磯の 大宮人は ゆき別れなん
二九六 あめふればかさとりのやまのもみぢばは行通人の袖さへぞ照る
 二六九「久方の雲の上にて……」
二九七 やま河のきしべにたてる白菊はひるさへほしとおもひけるかな
 二七
二九八 かばかりのにほひはあらじ菊の花むべこそ花のあるじなりけれ
 二七二「秋風の吹上にたてる……」
二九九 なみとのみうちこそすつれすみよしのきしにのこれるしら菊のはな
 二八四「竜田川紅葉ばながる……」
三〇〇 竜田川紅葉ながるるほどなればみむろの山は時雨しつらん
 二八八「ふみわけてさらにやとはむ……」
三〇一 たづねてもわれこそとはめみちもなくふかきよもぎのもとの心を
 二九一「霜のたて露のぬきこそ……」
三〇二 霜経露緯疎故 万木葉錦早落
 二九四「ちはやぶる神代もきかず……」
三〇三 時雨にはたつたの山もそみにけりからくれなゐにこのはくくれり
 三
三〇四 秋田守るかりほもいまだこぼれぬにかりがねさむししもおきぬかも
 三一二「夕月夜小倉の山に……」
(10)
三〇五 ゆふづくよあかつきやみのあさかげにわが身はなりぬきみをおもへば
(10)
三〇六 うぢやまのもみぢの色をやとふかなをぐらの山のおぼつかなさに

冬 三四
(10)
三〇七 十八公栄霜後露 一千年色雪中深
 三四二「行く年の惜しくもあるかな……」
三〇八 山のはにますみのかがみかけたりと見ゆるは月のいづるなりけり


 三四七「かくしつつとにもかくにも……」
三〇九 我が門とさむかうさむねるをのこよしこさるらんよしこさるらん
 三四八「ちはやぶる神やきりけむ……」
(9・10)
三一〇 ももさかにやそさかこえてたまひてしちぶさのむくひけふぞわがする
 三五一「いたづらにすぐる月日は……」
(9)
三一一 まちくらす日はすがのねにおもほえてあふよしはなどたまのをならむ

離別
 三六五「立ちわかれ因幡の山の……」
三一二 しばしとて人もとどめずふはの関いなばの山のいなばいねとや
三一三 秋の田のいなばのみねにふく風の身にしむこゑはふゆのくれまで
三一四 秋の田になびきしおとはかれはててあらぬいなばのみねのまつ風
 三六六「すがる鳴く秋の萩原……」
(10)
三一五 春くればすがるなく野のほととぎすほとほといもにあはできにけり

羈旅
 四二一「手向けにはつづりの袖も……」
三一六 ゆふだたみたむけ山を〔 〕こえていづれの野べにいほりせんこそ

恋二
 五五三「うたたねに恋しき人を……」
三一七 たらちねのおやのいさめしうたたねはもの思ふ時のわざにぞありける
 五五四「いとせめて恋しき時は……」
三一八 かへすともくもの衣はうらもあらじ百夜ゆめかせみねのまつかぜ
 五六五「川の瀬になびく玉藻の……」
(11)
三一九 とへかしなたまぐしのはにみがくれてもずのくさぐき目路ならずとも
 五八七「まこもかる淀の沢水……」
三二〇 こもまくら たかせのよどにたがにへ人ぞ しきつきのぼり あみおろし さでさしのぼる
三二一 水まさるたかせのよどのこもまくらはつかに見てもぬるる袖かな
三二二 かがりさすたかせのよどのみなれざをとりあへぬほどにあくるそらかな
三二三 さみだれにむつだのよどのかはやなぎうへこすなみや滝の白いと
三二四 おとに聞きめにはまだ見ぬよしの川むつだのよどをけふ見つるかな
 五九四「あづま路のさやの中山……」
(9)
三二五 日かずゆくくさのまくらをかぞふれば露おきそふるさよの中山
三二六 せきのとをさされし人はいでもせでありあけの月のさやの中山
 五九八「紅のふり出でてなく……」
三二七 くれなゐのふりでの色のをかつつじいもが真袖にまがひけるかな
 六
(9)
三二八 なには津にしげれるあしのめもはるにおほくの代をば君にとぞ思ふ

恋三
 六三七「しののめのほがらほがらと……」
三二九 しのすすき陶目(くめ)の若子がいませりし水尾の石屋はいましとよしも
 六三八「明けぬとて今はの心……」
三三〇 かへるかりいまはの心ありあけに月とはなとのなこそをしけれ
 六四九「君が名もわが名も立てじ……」
(9)
三三一 おほみやのうちにもきこゆあびきするあごととのふるあまのよびごゑ
 六五二「恋しくはしたにを思へ……」
(9)
三三二 人しれずねたさもねたしむらさきのねずりの衣うはぎにぞせむ
(9)
三三三 ぬれぎぬと人にはいはんむらさきのねずりの衣うはぎなりとも
 六五三「花すすきほに出でて恋ひば……」
(9)
三三四 むらさきのわがしたひものいろいろにこひかもやせんあふよしをなみ
(9)
三三五 いまさらに君がたまくらまきねめやわがひものををとくともなくに
(9)
三三六 なにゆゑにおもはずもあらんひものをの心にいれてこひしきものを
 六五九「思へども人目づつみの……」
三三七 さと人を河とみながらすぐるかなふちせありとはむべもいひけり
三三八 あはれにもみさをにみゆるほたるかな声たてつべきこのよとおもふに
 六六二「冬の池にすむ鳰鳥の……」
三三九 にほどりの氷の池にとぢられてたまものやどをかしやしぬらん
 六六九「大かたは我が名もみなと……」
(9)
三四〇 あふみのうみへたは人しるおきつなみきみをおきてはしる人もなみ
(9)
三四一 なにせむにへたのみるめを思ひけんおきのたまもをかづく身にして
三四二 いまさらに我が名はみなとたつなみに見るめをよするうらかぜもがな
 六七二「池にすみ名ををし鳥の……」
三四三 いけにすむをしあけがたのうらの月袖のこほりになくなくぞ見る
 六七三「逢ふことは玉の緒ばかり……」
三四四 冬さむみこほらぬ水はなけれどもよしののたきぞたゆる時なき

恋四
 六七七「陸奥の浅香の沼の……」
三四五 あやめ草ひく手もたゆくながき根をいかに浅香のぬまにおひけん
 六九七「敷島の大和にはあらぬ……」
三四六 しきしまやたかまの山の雲間よりひかりさしそふゆみはりの月
 七
三四七 いそのかみふるとも雨にさはらめやあはんといもに恋ひてしものを
 七
三四八 しほたるるわが身のかたはつれなくてことうらにこそけぶりたつなれ
 七三
三四九 こまにしきひものむすびもときあへでいははてぬれどしるしなきかな
 七三三「わたつみと荒れにし床を……」
三五〇 よひのまにはやなぐさめよいそのかみふりにし床もうちはらふべき

墨滅歌
 一一一一「みちしらば……」
三五一 わすれぐさ我が下紐につけたれどおにの志許草ことにぞありける
三五二 わすれぐさかきもしみみにうゑたれど鬼の志許草なほこひにけり

恋五
 七六五「忘草たねとらましを……」
三五三 我が宿の軒のしのぶにことよせてやがてもしげるわすれぐさかな
三五四 なにとかやしのぶにはあらでふるさとの軒にしげれる草の名はそも

哀傷
 八四五「水の面にしづく花の色……」
三五五 いろかにもとしふりゆけばますかがみしづくかげにもつもるゆきかな

雑上
 八六五「うれしきを何につつまむ……」
三五六 あめのしたはぐくむ神の御衣なればゆたかにぞたつ褄のひろまへ
 八七九「大かたは月をもめでじ……」
(9)
三五七 くさの葉につゆの命のかかれるを月の鼠のさわがしきかな
 八八七「いにしへの野中の清水……」
(9)
三五八 おりたちてしみづのさとにすみぬればなつをば外に聞渡るかな
(9)
三五九 いにしへの野中の清水見るからにさしぐむものはなみだなりけり
(9)
三六〇 我がためにいとどあさくやなりぬらん野中の清水ふかさまされば
(9)
三六一 わがためにたま井の清水ぬるけれどなほかきやらんとくもすむかと
三六二 草がくれかれにし水はぬるけれどむすびし水はいまもかはらず
 八八八「いにしへのしづのをだまき……」
(9)
三六三 をぐらやまたつをだまきのゆふだすきかけておもはぬ時のまぞなき
(9)
三六四 ひとたびはおもひこりにし世中をいかがはすべきしづのをだまき
 八九一「笹の葉に降りつむ雪の……」
三六五 こよひのやあか月くだくなくたづのおもひはすぎずこひぞまされる
 九
三六六 いやひこのおのれ神宿(かみさび)青雲のたなびく日すらみぞれぞふらる
 九
(9)
三六七 むつましと君はしらなみみづがきの久しき世よりいはひそめてき
(9)
三六八 ころもだにふたつありせばあかはだの山にひとつはかさましものを
 九一一「わたつ海のかざしにさせる……」
三六九 わたつみのかざしにさすといはふももきみがためにはをしまざりけり
 九一二「わたの原よせくる波の……」
三七〇 ほととぎすとばたのうみにしくなみのしばしばきみを見るよしもがな

雑下
 九三八詞書「あがた見には……」
三七一 見わたせばたのものいほのこもすだれこれやあがたのしるしなるらん
 九六八「久方の中におひたる……」
三七二 月のうちのかつらとおもひおもへとやあめになみだのそひてふるらん
 九七
(9)
三七三 ゆめかともなにかおもはんうき世をばそむかざりけんほどぞくるしき
 九八一「いざここに我が世はへなむ……」
(9・10)
三七四 すがはらやふしみのくれに見わたせばかすみにまがふをはつせの山
 九八八「あふさかの嵐の風は……」
(9)
三七五 相坂の嵐の風ははげしきにしひてぞゐたる世をすぐすとて
 九八九「風の上にありかさだめぬ……」
(9)
三七六 ちりひぢのかずにもあらぬ我故に思ひわぶらんいもがかなしさ
 九九二「あかざりし袖の中にや……」
三七七 たまはみつぬしはたれともしらねども我がしたがへにむすびとめつる
 九九八「あしたづのひとりおくれて……」
三七八 唐衣したてるひめのつまごひぞあめにきこゆるつるならぬねの

雑体
 一八「春されば野辺にまづ咲く……」
三七九 あめにます月よみをとこまひはせむこよひのながさいほよつぎこそ

誹諧歌 一
三八〇 ほととぎすなきつるなつの山辺にはくつていださぬ人かあるらん

神遊び歌 一
(9)
三八一 おほきみのみかさの山のおびにせる細谷河のおとのさやけさ

東歌 一
(9)
三八二 きのくにのなぐさのはまにいそなつむあまのめざしのおとなかりせば
 
(7)玉伝深秘巻
 
三八三 春のくる道こそ見えねかすが山みねの榊の色のてこらさ
三八四 おしなべて夏のけしきは知られけり山ほととぎすいまだ来鳴かず
三八五 うちつづき野べのけしきも秋と見えて薄ほにいづる風ぞ吹きぬる
三八六 五十鈴川清き流の道とめてあまてる神ををがみつるかな
三八七 山風は吹きこほりつつ飛鳥川水の色にぞ冬は見えける
三八八 いにしへの男女(なんによ)の契を忘れずは折折ごとにゆきて見ましを
三八九 世にはなど伊勢の契は朽ちせめや我こそゆきて見まくほしけれ
三九〇 たのめただ末の世までも珠数の緒の絶えずひさしき和歌の浦とは
三九一 あまくだる神のみあれのしげければ我すみよしの里にすみの江
三九二 思ひわび和歌の浦ぢをたづぬればみたりの翁家に来にけり
三九三 しきしまややまとしまねの大君を誰うみそめて人となすらむ
三九四 わくらばにあふとは聞けどたなばたの妻男嫁(みとのまぐはひ)人知るらめや
三九五 われ末の世のことわざをはじむれば伊男勢鳥(いなおほせ どり)と人や見るらむ
三九六 鯨魚とる 淡路の海の 息放けて こぎ来る船の へにつけて こぎ入る船の 息づかひ いたくなはねそ へつのかい 
     またくなはねそ わか草の つまもおもへる とりもこそたて
三九七 今こそは伊勢の契もはじめつれ伊勢の契は末ひさしかれ
三九八 むつましと君はしらなみみづがきのひさしき世よりいはひそめてき
三九九 夜やさむき衣やうすきかたそぎのゆきあひのまに霜やおくらむ
四〇〇 思ふ事いはでただにややみぬべし我とひとしき人しなければ
四〇一 ひろさはの池の水草ふきのけて心のままに月をやどさむ
四〇二 富士の嶺はいつもたたずの夕煙なに思ひよりたちはじめけむ
四〇三 桜咲く木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞふりける
四〇四 ゆふされば月まつほどのてずさみにおなじ高嶺に鳴くほととぎす
四〇五 あじろぎにかけてあらへるからにしきいく日積れるあられなるらむ
四〇六 山たかみはるとも見えず雪降りて道行人の袖さむからし
四〇七 住吉の松を秋風吹くからに下枝をあらふ沖つ白浪
四〇八 いざよひの月の光にさそはれて何とも知らず宿してしもが
四〇九 ちはやぶる平野の松の枝しげみ千代に八千代に色はかはらじ
四一〇 たまゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風
四一一 たまだすきかけてぞたのむ葵草今日のみそぎの神のしるしを
四一二 鹿の鳴く秋のゆふべのまくず原うらみてのみぞ露はこぼるる
四一三 天つ空晴れてもふるか富士の嶺の雲より上に見ゆる白雪
四一四 初音をばわが待つものをほととぎすなにとか雲ゐのほかに鳴くらむ
四一五 ももとせに一とせたらぬつくも髪われをこふらし宇治の橋姫
四一六 心にし無何有里(むかうのさと)をかけつれば仙人(やまびと)の山をなどか見ざらん
四一七 たづねても君にぞかたる神のますあこねの浦の昔がたりを
四一八 伊勢の海やあこねのうらのいにしへをいかでか人にかたりはじめん
四一九 伊勢の海神のあこねのうらさびてなほゆくすゑぞひさしかるべき
四二〇 たづねても神にかたらんわれもまたおなじあこねのうらのちぎりを
四二一 しるらめやわれにあひ見し世の人のやみぢにゆかぬたよりありとは
四二二 六の道にまよはじものを我にあふたよりをたのめよものもろ人
四二三 思ひいでて神世のこともわすれじなむかしながらのわが身なりとも
四二四 ありはらや中なるさとの道とめていはひかしづけ宿は知らせん
四二五 散るは雪散らぬは雲と見ゆるかな吉野の山の花のよそめは
四二六 和歌の浦や潮の満干のみをつくし深さ浅さは君やしらなみ
四二七 心をば大空にこそたぐへぬれ思ひやれども際がなければ
四二八 たづぬればなかなかまよふ法の道いまは心のゆくにまかせて
四二九 あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかもねむ
四三〇 沖つ風吹きにけらしな住吉の松の下枝をあらふ白波
四三一 うつりゆく空もあらしの音すなり散るやまさきのかづらきの山
四三二 さしのぼる朝日に君を思はんはかたぶく月に我をわするな
四三三 袖ぬらす夜半のねざめの初時雨おなじ枕に聞く人もがな
四三四 たまがしはをがたまの木のかがみ葉に神のひもろぎそなへつるかな
四三五 うき人のわかれをいそぐとりなきてわれはしばしとなくかひもなし
四三六 おもふともしばしはいはじよそながらなるるはうとくなりもこそせめ
四三七 あづまぢのみちの奥なる常陸帯のかごとばかりもあはんとぞ思ふ
四三八 神風や伊勢の浜荻をりはへて旅寝やすらんあらき浜辺に
四三九 さざなみやひらの山風うみふけば釣するあまの袖かへる見ゆ
四四〇 春さればもずの草ぐき見えずとも我は見やらん君があたりを
四四一 とへかしなたまぐしのはにみがくれてもずの草ぐきすぐならずとも
四四二 みやびたるこゑにもあるかなさをしかのふかき山べにすまふものかは
四四三 せりつみしむかしの人も我がごとや心にもののかなはざるらん
四四四 かしは木のゆはたそむてふむらさきのあはむあはじははひの心か
四四五 ますらをのはとふく秋は声たててとまれと人をいはぬばかりぞ
四四六 まぶしさしはとふく秋のやまびとはおのがすみかを知らせやはする
四四七 川社しのにをりはへてほす衣いかにほせばか七日ひざらむ
四四八 ゆく水のうへにいはへる川社川波たかくあそぶこゑかな
四四九 かつ見れば今ぞこひしきわぎもこがゆつのつまぐしいかにささまし
四五〇 春たつといふばかりにやみよし野の山もかすみてけさは見ゆらむ
四五一 あふさかの関の清水に影見えていまや引くらんもちづきの駒
四五二 望月の駒引きわたす音すなり瀬田の中道橋もとどろに
四五三 遠方に草刈るをのこなはをなみねるやねりそのくだけてぞ思ふ
四五四 いにし年根こじてうゑし我が宿ののきばの梅は花咲きにけり
四五五 わが駒は早くゆきませまつち山待つらむ妹をゆきてはや見む
四五六 世の中のうきたびごとに身を投げば一日にちたび我や死にせむ
四五七 をがさはらみづのみまきにあるる駒もとればぞなつくこの我が手とし
四五八 君がすむ宿の梢をゆくゆくとかくるるまでにかへり見しかな
四五九 来ぬ人を下に待ちつつひさかたの月にみればといはぬ日ぞなき
四六〇 ゆきやらで山路くらしつほととぎすいま一声を聞かまほしさに
四六一 昨日こそ年は暮れしか春霞かすがの山にはやたちにけり
四六二 花見にもゆくべきものを青柳のいと手にかけてけふもくらしつ
 
(8)古今和歌集灌頂口伝
 
四六三 あまなつちいはなつちして大八島にかいま見そめし契りはじめて
四六四 神の代の天のうきはしならねどもいかがはすべきみとのまぐはひ
四六五 死での山こえてや来つるうなゐ子がうちたれがみの五月雨の比
四六六 郭公鳴きつる夏の山辺にはくつていださぬ人はあらじな
四六七 鶯のかひごの中の郭公しやが父に似てしやが母に似ず
四六八 いくばくの田をつくればか時鳥しでの田長をあさなあさなよぶ
四六九 山吹の花は色色にほへどもながき草をぞ忘るとはいふ
四七〇 君が代の久しかるべきためしにはかねてぞうゑし住吉の松
四七一 世の中のあさきせにのみなり行けば昨日のふぢの花とこそみれ
四七二 むかしせし我がかねごとのかなしきはいかにちぎりしなごりなるらん
四七三 うつつにて誰契りけむさだめなき夢路にまよふ我はわれかは
四七四 小車の錦のひもをうちとけていつかは恋ひん人にしられん
四七五 都にてながめし月のもろともに旅のそらにも出でにけるかな
四七六 おもひ出もなくて我が身はやみなましをばすて山の月みざりせば
四七七 名にたかきをばすて山はみしかどもこよひばかりの月は見ざりき
四七八 水上をさだめてければ君が代にひとたびすめるほり河の水
四七九 いかなれば待つには出でじ月影の入るを心にまかせざるらん
四八〇 相坂の関の杉村かれはてて月ばかりこそむかしなりけれ
四八一 木の本にかきあつめたることのははははその森のかたみなりけり
四八二 みるめかるかたやいづこぞさをさして我にをしへよあまのつり舟
四八三 君がすむ山の木ずゑを尋ぬとてみねの白雲たちまさりけり
四八四 しなのなる戸立の山に人植ゑて又こん春に生ひや出でなん
 
(9)古今秘注抄
 
春上 二
四八五 あすからはわかなつまんとかたをかのあしたのはらをけふぞやくめる
 二七「あさみどりいとよりかけて……」
四八六 あをやぎのいとのながさをはるくればももいろとこそうぐひすはなけ
 二九「をちこちのたつきもしらぬ……」
四八七 わがやどのはなにななきそよぶこどりよぶかひありてきみもこなくに
四八八 おく山のそばのたつきにゐるはとのともよぶこゑのすごきゆふぐれ
四八九 むかひゐてみれどもあかぬわぎもこにたちわかれゆかむたつきしらずも
 三
(10)
四九〇 たまぼこのみちゆきぶりにおもはざるいもにあひみでこふるころかも
 三六「鶯の笠にぬふてふ……」
四九一 かざせども老もかくれぬこのはるぞはなのおもてはふせつべらなる
 三九「梅の花にほふ春べは……」
四九二 うちのぼるさほのかはらのあをやぎはいまははるべとなりにけるかな
四九三 かはなみの きよきかはうちのはるべには はなさきたをり 秋部には きりたちわたり
四九四春ひさくふぢのうらばのうらやまをさぬるよぞなきころをしもへば
 四一「春の夜の闇はあやなし……」
四九五 みにかへてあやなくはなををしむかないけらばのちのはるもこそあれ
 四二「人はいさ心もしらず……」
四九六 はなだにもおなじむかしにさくものをうゑけん人のこころしらなむ
 四三「春ごとに流るる川を……」
四九七 さくらばなひとさかりなる物なればながれてみえずなるにやあるらん
 四七「散ると見てあるべきものを……」
四九八 みるつきのさやかにみえねくもがくれみまくぞほしきうたてこのごろ
 五七「色も香もおなじ昔に……」
四九九 はつしぐれふるさとさむくなるままにもみぢふきおろすみよしのの山
 五九「桜花咲きにけらしな……」
五〇〇 あしびきのこなたかなたにみちはあれどみやこへいざといふ人はなし
 六八「見る人もなき山里の……」
五〇一 くれなゐのうすはなざくらにほはずはみなしらくもとみてややみなむ


 一三九「五月待つ花橘の……」
五〇二 とこよものこのたちばなを〔   〕わがおほきみはいまもみるごと
 一四三「ほととぎすはつ声聞けば……」
(10)
五〇三 こひしなばこひもしねとやほととぎすものおもふやどにきなきとよます
五〇四 かみなびのいはせのもりのよぶこどりいたくななきそわがこひまさる
五〇五 さよなかにともよぶちどりものおもへとわびをる時になきつつもゆく
五〇六 やまぶきをやどにうゑつつみるごとにおもひはやまずこひこそまされ
 一四四「いそのかみふるきみやこの……」
五〇七 いそのかみならのみやこのはじめよりふりにけりともみゆるころもか
 一四五「夏山に鳴くほととぎす……」
五〇八 わくらばにとふ人あらばほととぎすなくなくひとりゆくとこたへよ
 一四六「ほととぎす鳴く声聞けば……」
五〇九 ほととぎすをちかへりなけうなゐこがうちたれがみのさみだれのころ
 一五六「夏の夜はふすかとすれば……」
五一〇 しのすすきくめのわかごがいませりしみほのいはやはみれどあかぬかも
五一一 あひみらくあきたらねどもいなのめのあけゆきにけりふなでせんいも
 一六八「夏と秋と行きかふ空の……」
五一二 さばへなすあらぶるかみもおしなべてけふはなごしのはらへなりけり
五一三 かぜかよふかたへにつゆやこぼるらんなつとあきとのゆきあひのもり

秋上
 一七一「わがせこが衣のすそを……」
五一四 みさごゐるすによるふねのこぎでなばうらこひしけんのちはあひぬとも
 一七七「天の川浅瀬しらなみ……」
五一五 あまのがはせをはやみかもむばたまのよはあけぬつきあかぬひこぼし
 一八五「おほかたの秋くるからに……」
五一六 春風桃李花開日 秋露梧桐葉落時
 一九一「白雲に羽うちかはし……」
五一七 左吏闕文雲隠処 右軍団扇月翔褐
 一九六「きりぎりすいたくな鳴きそ……」
五一八 ふでつむしあきもいまはのあさぢふにかたおろしなるこゑよわるなり
 二「君しのぶ草にやつるる……」
五一九 わすれぐさかきもしみみにうゑたれどおにのしこぐさなほこひにけり
 二
(10)
五二〇 はるくさをむまくひやまをこえくればかりのつかひはやどりすくなし
五二一 水底模書雁度時
 二
五二二 秋のたのいなおほせどりのこがればもこのはもよほすつゆやそむらん
(10)
五二三 あふ事をいなおほせどりのをしへずは人をこひぢにまよはざらまし
(10)
五二四 すずめてふいなおほせどりのなかりせばかどたのいねをたれにおほせん
 二一二「秋風に声をほにあげて……」
(10)
五二五 雲衣茫外羈中贈 風櫓瀟湘浪上船
 二一六「あきはぎにうらびれをれば……」
五二六 かりもきぬはぎもちりぬとさをしかのなくなるこゑもうらぶれにけり
 二二四「萩が花散るらんをのの……」
五二七 ゆけどゆけどあはぬいもゆゑひさかたのあまつゆじもにぬれにけるかも


 三四四「わたつ海の浜のまさごを……」
五二八 やほかゆくはまのまさごもわがこひにあにまさらめやおきつしまもり

羈旅 四
五二九 やまぶしのきたるころもはただひとへかさねはうすしいざふたりねん
五三〇 秋はきてけふみかのはらかぜさむしややたなばたにころもかせ山
五三一 やましろのやまとにぞあるいづみがはこれやみくにのわたりなるらん
 四
五三二 たれとしもしらぬわかれのかなしきはまつらのおきをいづるふな人
 四一七「夕月夜おぼつかなきを……」
五三三 ゆふづくよあかつきがたのあさかげにわが身はなりぬきみおもふまに
 四二
五三四 あしびきのやまのまにまにたふれたるからきはひとりふせるなりけり
五三五 あしびきのやまのまにまにかくれなむうきよのなかはあるかひもなし
 四二一「たむけにはつづりの袖も……」
五三六 しづのをがつまぎこりにとあさおきていろいろころもそでまくりゆく
五三七 しづのめがみじかきはりめころもきてさむきゆふべはいかにかはする

物名
 四三一「みよし野の吉野の滝に……」
五三八 たまがしはをがたまのきのかがみばにかみのひもろぎそなへつるかな
 四四
五三九 わけわぶるなつののくさのふかみどり秋のけしきにおひしげみゆく
 四四四「うちつけにこしとやはなの……」
五四〇 たなばたにおきわかれぬるあさがほのおもひしをるるいろぞかなしき
 四五四「いささめにときまつまにぞ……」
五四一 いささめにおもひしものをたごのうらにさけるふぢなみひとよへにけり
五四二 まきばしらつくるそま人いささめにかりほにせんとつくりけめやは
五四三 いざなみにいまもみてしか秋はぎのしなひにあらんいもがすがたを
 四六一「あしひきのやまべにをれば……」
五四四 こもまくら たかせのよどに たがにへ人ぞ しきつぎのぼり あみおろし さでさしのぼる
 四六六「流れ出づるかただに見えぬ……」
五四五 やくもさすいづものこらがくろかみはよしののかはのおきになづさふ
五四六 おきにゆきへにゆきいまやきみがためわがすなどれるもふしつかふな

恋二
 五五四「いとせめてこひしきときは……」
(11)
五四七 わぎもこにこひてすべなみしろたへの袖かへししはゆめにもみゆる
 五八六「あきかぜにかきなす琴の……」
五四八 第一第二絃索索 秋風払松疎韻落
 五九四「あづまぢのさやのなか山……」
五四九 せきのとをさそひし人はいでやらでありあけの月のさやのなかやま

恋三
 六二九「あやなくてまだきなき名の……」
五五〇 ゑひにけるわれはしらずあやもなしたがかづけけるつみにかあるらん
 六三二「人知れぬわがかよひぢの……」
五五一 すみすててとしへてやどをきてみればゑむしま((ママ))がきもかたくづれつつ
 六三五「秋の夜もなのみなりけり……」
五五二 あひにあひてものおもふころのわが袖にやどる月さへぬるるがほなる
 六四二「玉くしげあけば君が名……」
五五三 月しあればあけんものとはしらずしてよぶかくこしを人みけんかも
 六五
五五四 あまたあらばなほしもをしみむもれぎのあらはれざらむことにあらなくに
五五五 すぎいたもてふけるいたまのあはざらばいかにせんとかわがねそめけん
 六五二「恋しくは下にを思へ……」
五五六 やまもとにわたるあきさのゆきてゐむそのかはのせになみたつなゆめ
五五七 つくまのにおへるむらさききぬそめばいまだきずしていろにでにけり
 六五九「思へども人めづつみの……」
五五八 ふるさとをかはとみつつもすぐるかなふちせありとはむべしいひけり

哀傷
 八二九「泣く涙雨と降らなむ……」
五五九 みつせがはわたるみさをもなかりけりなににこころをぬぎてかくらん
 八四五「水のおもにしづく花の色……」
(10)
五六〇 ふぢなみのかげなるうみのそこきよみしづくいしをもたまとわがみる
(10)
五六一 かづらきの とよらのてらの にしなるや えのは井に しらたましづくや ましらたましづくや
 八五五「なき人のやどにかよはば……」
五六二 しでの山こえてきつらんほととぎすこひしき人のうへかたらなん
 八五六「たれ見よと花咲けるらむ……」
五六三 かすがのにあさゐるくものしくしくにわれはこひます月とひごとに

雑上
 八六三「わが上に露ぞおくなる……」
五六四 このくれにふりつるあめはひこぼしのとくこぐふねのかいのちるかも
五六五 あまのがはきりたちわたりひこぼしのかぢおときこゆよのふけゆけば
 八六八「紫の色こきときは……」
五六六 なにはえにしげれるあしのめもはるにおほくのよをばきみにとぞおもふ
 八七四「たまだれのこがめやいづら……」
(10)
五六七 たまだれの こがめをなかにすゑて あるじは や さかなもとめに さかなもとめに や こゆるぎの いそにわかめ かりあげに
五六八 きみによりわが身ぞつらきたまだれのみずはこひしとおもはましやは
五六九 たまだれのあみめのまよりふくかぜのさむくはそへていれんおもひを
五七〇 たまだれのみすのまとほしひとりゐてみるしるしなきゆふづくよかな
 八八二「天の川くものみをにて……」
五七一 あまのうみくものなみたち月のふねほしのはやしにこぎかくされぬ
 八八六「いそのかみふるからをのの……」
五七二 わがやどのほたでふるからつみはじめみのなるまでに君をしまたん
五七三 さかきとるうづきになればかみやまのならのはがしはもとつはもなし
 八八七「いにしへの野中の清水……」
五七四 たちかへりしたさわげどもいにしへの野中のしみづみくさゐにけり
 八八八「いにしへのしづのをだまき……」
五七五 をだまきはあさけのまひきわがごとく心のうちに物やおもひし
 八九一「ささのはにふりつむゆきの……」
五七六 こよひのやあかつきくだちなくたづのおもひはやまずこひこそまされ
 九
五七七 ちはやぶるうぢのはしひめなれをこそかなしとはおもふとしのへぬれば
五七八 としへたるうぢのはしもりこととはんいくよになりぬみづのみなかみ
 九
五七九 しらまゆみいそべの山のときはなるいのちをがなやこひつつをらん
 九一一「わたつ海のかざしにさせる……」
五八〇 わたつみの神のいはへるみかくさはみふねさしてぞあまもかるてふ
 九二五「きよたきのせぜのしらいと……」
五八一 夏草のつゆわけごろもきもせぬにわがころもでのひるときもなき

雑下
 九六七「光なき谷には春も……」
五八二 よそにても花みるごとにねをぞなくわが身にうときはるのつらさに
 九六八「久方の中に生ひたる……」
(10)
五八三 月のうちのかつらの人をおもふとやあめになみだのふりてそふらん
 九八二「わがいほは三輪の山もと……」
五八四 すみよしのきしもせざらむものゆゑにねたくや人にまつといはれむ
 九九一「ふるさとは見しごともあらず……」
(10)
五八五 謬入仙家 讒為半日之客 恐帰旧里逢七世之孫
 九九四「風吹けば沖つ白波……」
(10)
五八六 みなそこのおきつしらなみたつた山いつかこえなんいもがあたりみん

神遊び歌
 一「ささのくまひのくま川に……」
五八七 いづこにかこまをつながんあさひこがさすやをかべの玉ざさのうへに
(10)
五八八 さひのくまひのくまがはにこまとどめしばしみづかへわれよそにみん

五八九 みのやまにしげりさかふるやまかざしとよのあかりにあふがうれしさ

東歌 一
五九〇 もがみがはふかきにはあらずいなぶねのこころかろくもかへりけるかな
 
(10)大江広貞注(為相注)
 
仮名序
 「力をもいれずして天地をうごかし……」
五九一 たかき屋にのぼりてみれば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり
五九二 かはらんとおもふ命はをしからでさてもわかれんことぞかなしき
五九三 人ならぬ人をも人になさばこそ神なりけりと神をおもはめ
五九四 いつきやうだにしや病しつぢよのぐわんたえば身より仏の名こそをしけれ
五九五 我もしかなきてぞ人に恋ひられし今こそ声をよそにのみきけ
五九六 今こそはわれをせむともこん世にはかへりて君をわれやせめてん
 「久方のあめにしては下照姫にはじまり……」
五九七 からころも下照姫の妻恋に鶴ならぬねをそらに鳴くかな
 「あらかねのつちにしては素盞烏尊よりぞ……」
五九八 かしひがたへかせせくりに神さけてゑひあしかいに我は来にけり
 「高き山もふもとのちりひぢよりなりて……」
五九九 ここにゐてかしこ思ふは遠けれどあゆむ足にぞ道は近づく
六〇〇 君が代は千代に一度ゐるちりの白雲かかる山となるまで
 「なにはづの歌は帝のおほむはじめなり……」
六〇一 とびかけるあまのいは舟たづねてぞあきつしまにはみやはじめせし
 「その六くさのひとつには、そへ歌」
六〇二 九重の雲井にみえし桜花をりてはまさる匂ひなりけり
「三つには、なぞらへ歌」
六〇三 いたづらに過ぐるよはひはたけくまのまつ事もなき身をいかにせん
六〇四 筏おろす清滝川にすむ月はさをにさはらぬ氷なりけり
六〇五 ちりまがふ花によそめは吉野山嵐にさわぐ嶺の白雲
 「四つには、たとへ歌」
六〇六 はらふべき木のはは雪にうづもれてひとりすぎ行く嶺のこがらし
六〇七 むもれ木の春のいろとやのこるらん朝日がくれの谷のしら雪
六〇八 松にはふ正木のかづらもみぢしてときはの山も秋ぞしらるる
六〇九 大海を硯の水につくしてもかきや残さんわがおもひをば
 「五つには、ただこと歌」
六一〇 春たつといふばかりにやみよしのの山もかすみて今朝はみゆらん
 「六つには、いはひ歌」
六一一 我が玉の光はありと人はいへど君がよそほひ貴くぞある
 「あだなる歌、はかなきことのみ出でくれば……」
六一二 酒瓶に我が身をいれて朽さばやひしほ色には骨はなるとも
 「あるは花をそふとて……」
六一三 さくらさくやどのこずゑをたづねきてあるじもしらぬ花を見るかな
 「あるは月を思ふとて……」
六一四 夕やみにまだ出でやらぬ月まつと心いくたび山をこゆらん
 「さざれ石にたとへ、つくば山にかけて……」
六一五 枕よりあとよりこひのせめくればとこなかにこそおきゐられけれ
六一六 よしなしやたまへそこなるまろがこひわれをおもはん人にとらせん
六一七 つくばねの嶺より落つるみなの川こひぞつもりてふちとなりける
 「松虫の音に友をしのび……」
六一八 もみぢばのふりてつもれるわがやどにたれ松虫のここらなくらん
 「高砂、すみの江の松も相生のやうにおぼえ……」
六一九 高砂のをのへの松のともならばいかにむかしのことをとはまし
六二〇 あまくだるあら人神のあひおひをおもへば久しすみよしの松
六二一 われのみと思ひこしかど高砂のをのへの松も又たてりけり
 「春のあしたに花の散るを見……」
六二二 いまはかく春の日かずもくれぬとや朝けの風にはなのちるらん
六二三 うちつけにものぞかなしき木のはちる秋のはじめをけふとおもへば
 「年ごとに鏡の影に見ゆる雪と浪とをなげき……」
六二四 ます鏡そこなるかげにむかひゐて見る時にこそしらぬ翁にあふ心ちすれ
六二五 老のなみよそのねざめのさびしきにことかたらはん友だにもなき
 「親しかりしもうとくなり……」
六二六 むかし見し人をぞ今はよそに見るあさくら山の雲井はるかに
六二七 朝くらやきのまろどのにわがをればなのりをしつつゆくはたが子ぞ
 「秋萩の下葉をながめ……」
六二八 暁露鹿鳴花始発 万般攀折一枝情
 「暁のしぎのはねがきをかぞへ……」
六二九 思ひきやしぢのはしがきかきつめてももよもおなじまろねせんとは
 「あるは呉竹のうきふしを人にいひ……」
六三〇 みやぎののこのくれごとにそめわたるしぐれや秋のいろとなるらん
 「吉野川をひきて世の中をうらみきつるに……」
六三一 よしの川よしやうつろふよの中はしらぬ山べにすみぞめの袖
 「ながらの橋もつくるなりときく人は……」
六三二 つのくにのながらのはしもつくるなりいまはわが身をなににたとへん
六三三 君が代はながらのはしのちたびまでつくりかへつつなをやのこさん
六三四 あしまより見ゆるながらのはしばしらむかしのあとのしるしなりけり
六三五 ものいへばながらのはしのはしばしらいはでおもふぞいふにまされる
六三六 ものいへばながらのはしのはしばしらなかずはきじのいられましやは
六三七 きかましやいもがみとせのことのはをのべのきぎすをいざらましかば
 「いにしへよりかく伝はるうちにも……」
六三八 銀の目貫の太刀をさげはきて奈良の都をねるは誰が子ぞ
 「正三位柿本人麿なむ、歌の聖なりける……」
六三九 いはみがたたかつの松の木のまよりもりくる月をひとりかもみん
 「春のあした、吉野の山の桜は……」
六四〇 もろこしのよしのの山のさくら花咲きにけらしな嶺のしら雲
 「僧正遍昭は、歌のさまは得たれども……」
六四一 あさか山あさきところもなかりしにかけはなれ行く身のかなしさよ
 「大伴黒主は、そのさまいやし……」
六四二 なにせんにへたのみるめを思ひけんおきつ玉もをかづく身にして
 「ひろき御恵みのかげ、つくば山のふもとよりもしげく……」
六四三 つくば山は山しげ山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり
六四四 おほふべき袖こそなけれよの中のさむけきたみの冬のよなよな
六四五 おほけなくうきよのたみにおほふかなわがたつそまにすみぞめの袖
 「山下水のたえず、浜の真砂の数多く……」
六四六 あし引の山下水のたえずのみながれて物をおもふころかな
六四七 ながはまの真砂のかずをわがきみの千世にひとつのありかずにせん
 「たなびく雲の立ちゐ、鳴く鹿のおきふしは……」
六四八 山のはにたな引く雲のうきてのみ心空なるもの思ひかな
六四九 ふく風にたなびく雲の山のはにたちゐにつけて人ぞこひしき
六五〇 なくしかのおきふし物をおもふかな人の心の秋にあひつつ
 「青柳の糸たえず……」
六五一 わがやどのむめさきぬれば青柳のいとたえずなく春のうぐひす
 「まさきのかづら長く伝はり……」
六五二 と山なる正木のかづらながき日に見れどもあかぬはなのいろかな
 「鳥のあと久しくとどまれらば……」
六五三 なに事はおはしますらん水ぐきの久しくなりぬ見たてまつらで
六五四 あしきてをかくはづかしのもりにすむとりのあととも人は見よかし

春上
 二「袖ひちてむすびし水の……」
六五五 大空にわかちてひつとあらなくにかなしみつゆのわきておくらん
六五六 武蔵野は袖ひつばかり分けしかどわかむらさきはたづねわびにき
六五七 今日不知誰計会 春風春水一時来
 一一作者「壬生忠岑」
六五八 かささぎのわたせるはしの霜のうへをよはにふみ分けことさらにこそ
 一七「かすが野はけふはなやきそ……」
六五九 むらさきの一もとゆゑにむさしののなべての草のなつかしきかな
六六〇 七夕の妻待つよひの秋風はこぬ人よりもうらめしきかな

春下
 九三「春の色のいたりいたらぬ……」
六六一 雑言春色従東到 露暖南枝花始開


 一三七「五月待つ山ほととぎす……」
六六二 胡馬北風嘶 越鳥巣南枝
六六三 打ちはぶき鳥は鳴くなりかくばかり降敷く雪に君いまさぬかも
 一四五「夏山になくほととぎす……」
六六四 やまとには啼きてや来らむほととぎすなが鳴くごとになき人おもほゆ
六六五 今きなけ山時鳥うなゐこがうちたれがみのさみだれのそら
 一六五「はちす葉のにごりにしまぬ……」
六六六 草蛍有耀終非火 荷露雖円不足珠

秋上 二
六六七 今日よりは秋つきぬらしあしびきの山松が枝にひぐらしなくも
 二一六「秋萩にうらびれをれば……」
六六八 やまちさの白露おもみうらぶれて心にわかぬ恋や増すらん
六六九 さえのぼる光の清き時しもあれしなへうらぶれ月を見るかな

秋下
 二九九「秋の山もみぢをぬさと……」
六七〇 遊子猶行残月
 三
六七一 仙人以葉為舟


 三二六「浦近くふりくる雪は……」
六七二 君をおきてあだし心をわれもたば末の松山波も越えなん
 三三二「朝ぼらけありあけの月の……」
六七三 暗夜猶行明月地 人間却踏白雲天
六七四 暁入梁王之苑 雪満群山 夜登唐高之楼 月明千里
 三四
六七五 勒松彰於歳寒然 後知松之後彫爪

羈旅
 四一七「夕月夜おぼつかなきを……」
六七六 夕月夜あかつき方の月影にわが身は成りぬ君思はまし

物名
 四三一詞書「をがたまの木」
(12)
六七七 谷ふかみたつをだま木は我なれや思ふ心の朽ちてやみぬる
六七八 谷ふかみ日影に残る白雪やたつをだまきの花と見るらん

恋一
 四六九「時鳥鳴くや五月の……」
六七九 おくやまのゆづり葉いかに折りつらんあやめも知らず雪のふれれば
 四七六詞書「右近の馬場のひをりの日……」
(11)
六八〇 ながきねも花も袂にかをるなりけふやま弓のひをりなるらん
 四九
六八一 松の葉のいつとも分かぬ陰にしていかなる色ぞかはる秋風
 四九五「思ひ出づるときはの山の……」
(11)
六八二 昔せし我がかねごとのかなしきはいかに契りし名残なるらん
 五四四「夏虫の身をいたづらに……」
六八三 八重むぐら茂れる宿はなつむしの声より外にとふ人もなし

恋四
 六八九「さむしろに衣かた敷き……」
六八四 さむしろに衣かた敷き今夜もや恋しき人にあはでのみねん

雑上
 八七二「天つ風雲の通ひ路……」
六八五 乙女子が袖ふる山の瑞籬の久しき世よりおもひそめてき
 八七四「玉だれのこがめやいづら……」
六八六 何処花堂夢覚 南而玉簾未巻
 八九五「おいらくのこんと知りせば……」
六八七 長生殿裏春秋富 不老門前日月遅

雑下
 九六一「思ひきやひなの別れに……」
六八八 霧立ちて鞍馬の山の遅桜手振をしては折りぞわづらふ
六八九 天さがるひなの長ぢを越来れば明石の戸よりやまと島見ゆ
 九六二詞書「田村の御時、ことにあたりて……」
六九〇 おきなさび人なとがめそかり衣けふはかりとぞ田鶴もなくなる
六九一 おきなさび人なとがめそすり衣けふは狩とぞたづもなくなる
 九九四「風吹けばおきつ白波……」
六九二 ぬす人のたつ田の山にいりぬればおなじかざしの名をやながさん
 大歌所御歌 一
六九三 みな人のしてはものよきおほなひいささかきとりに神さかまでに
 一
六九四 わぎもこがあらしの山の山人と人も見るべく山かづらせよ
 一
六九五 たけ川の はしのつめ つめなる 花ぞのに われをばはなてや めざしたぐへて
 一八
六九六 憶得少年長乞巧 竹竿頭上願糸多
 二
六九七 やなぐひはからくれなゐにみゆるかないなおほせ鳥のたうのこがれは
 二一八「秋萩の花咲きにけり……」
六九八 暁露鹿鳴花始発 百般攀一時情
 二二
六九九 燕子楼中霜月夜 秋来只為一人長
 二四四「我のみやあはれと思はん……」
七〇〇 相思夕上松台立 蛬思蝉声満耳秋
 一
(11)
七〇一 秋の野の小花の末をなびかして恋しもしるく会へる君かな
 一
七〇二 紅にさくぞことわり梅の花人の心のそまぬなければ
 
(11)天理本古今集注二種
 
恋一
 四七四「たちかへりあはれとぞ思ふ……」
七〇三 めにみえぬこころをはなにおきそめて風ふくごとに物おもひぞつく
 四八四「夕暮は雲のはたてに……」
七〇四 わたつうみのとよはた雲に入日さしこよひの月よすみあかくこそ
 四八七「ちはやぶる賀茂の社の……」
七〇五 道早(ちはや)人宇治のわたりのはやきせにあはずありとものちにわがつま
 四九五「思ひ出づるときはの山の……」
七〇六 うつつにてたれちぎりけんさだめなきゆめぢにやどるわれはわれかは
 四九六「人知れず思へば苦し……」
七〇七 よそにのみみつつやこひん紅のすゑつむはなのいろにいでずとも
 四九八「わが宿の梅のほつえに……」
七〇八 いもがため末枝の梅をたをるとてしづえの露にぬれにけるかな
 五
七〇九 こひしとはさらにもいはじしたひものとけむをわれはそれとしらなむ
七一〇 ひとめにはうへもむすびてしのびにはしたひもとけてまつるよりおほき
七一一 まゆねかきはなひおびときまつらんかいつしかみむと思ふわぎもこ
 五
七一二 わがこころゆたにたゆたにうきぬなはへにもおきにもよりやかねまし
 五
七一三 すみよしのつもりのあまのつりのをのうかびやゆかんこひつつあはずは
 五二二「ゆく水にかずかくよりも……」
七一四 みづのうへにかずかくごとはわが命いもにあはんとうかひつるかな
 五四
七一五 ますらをや片こひせんとなげけどもおにのますらをなほこひにけり
 五四六「いつとてもこひしからずは……」
七一六 大底四時心惣苦 就中腸断是秋天
 五四七「秋の田のほにこそ人を……」
七一七 みわたせばあかしのうらにたけるひのほにこそいでめいもにこひしも
 五五
七一八 しはすにはあわゆきふるとしらぬかも梅の花さへふふみてあらで
七一九 むめがえになきてうつろふうぐひすのはねしろたへにあわゆきぞふる
 五五一「奥山のすがのねしのぎ……」
七二〇 おく山のすがのねしのぎふる雪のけなばはたをもあめなふりこそ
七二一 いはせのにあきはぎしのぎこまなめて初鳥がりだにせでややみなむ
七二二 おくやまのまつのはしのぎふるゆきはひとだのめなる物にぞありける

恋二
 五六五「川の瀬になびく玉藻の……」
七二三 はるさればもずのくさぐきみえずともわれはみやらむ君があたりを

恋四
 六九四「宮城野のもとあらの小萩……」
七二四 さいばりにころもはすらむあめふれどいろはかはらじふかくそめては
 七
七二五 かたみにも身をしる雨のありしかなたれもせきあへずきみもこしかば

恋五
 七六五「忘草たねとらましを……」
七二六 わすれ草かきもしみみにうゑたれど鬼のしこぐさなほこひにけり
七二七 ますらをや片恋せんと思へどもしこのますらをなほこひにけり
 七七六「植ゑていにし秋田かるまで……」
七二八 すみよしのきしを田にはりうゑしいねのかるになるまでみえぬきみかな

春上
七二九 うぐひすのかひごのなかのほととぎすしやがちちににてしやがははににて

誹諧 一
七三〇 人在心能少労日 人無心能少恥世

仮名序
 「小野小町は、古の衣通姫の流なり……」
七三一 わびぬれば身をうきくさのねをたえてさそふみづあらばいなむとおもひけるかな
 
(12)古今伝授切紙
 
七三二 しら雲の色の千種にみえつるはこのもかのもの桜なりけり
七三三 ももしやくややそしやくそへてたまひてしちぶさのむくひ今ぞわがする
七三四 今日せずはいつかはすべき夜もふけぬ我が世もふけぬいつかまたせん
七三五 世の中の中にてもあるなら((ママ))ばくやしかるべき住吉の神
七三六 むつましと君はしら波みつ汐の久しき世よりいはひそめてき


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 風雅和歌集解題〔17風雅解〕】[第一巻17]  [九大附属図書館蔵本] [2014年4月14日記事]等 

 風雅和歌集の伝本は、序文の位置、歌数等によっておよそ次の三系統に大別することができる。その一類は、正保板本以下の諸板本に代表される流布本系統本で、仮名序を巻頭、真名序を本文末尾におき、歌数は二二一一首である。その二類は巻頭に真名序・仮名序があり、恋歌四・神祇歌にそれぞれ一首多く、総歌数は二二一三首。書陵部蔵桂宮本(四〇〇・一〇)などがこれに属する。三類は、その中間的な形態をもつ伝本である。巻頭に真名序・仮名序があり、歌数は二二一一首で、この系統としては書陵部蔵兼右筆本(五一〇・一三)などがある。

 底本としたのは三類の中間的形態本に属する九州大学附属図書館蔵細川文庫本(五四四・フ・二八)である。宇土細川家に伝存した写本で、上下二冊。奥書はないが、「伏見宮邦高親王風雅和歌集全部(琴山)」(表)、「上夫和歌者 やまとうたは 下恋歌二 忍待恋の心を鳥子四半本二冊丙子十二(了意)」(裏)という古筆了意の極札を添えている。書陵部蔵伏見宮本の中の邦高親王(一四五六~一五三二)自筆詠草類によって調査すると、その筆致は近似しており、邦高親王筆と認めてよいようである。歌数は二二一〇首で、秋歌上・四七八の一首(永福門院)と四七九の作者名「前中納言定家」を欠脱させており、本文は校合本とした兼右筆本によって補った。また底本の本文を兼右筆本により校訂した箇所を示すと次のようである。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
七八九作者
 正三位経朝  正三位経明
一九五九詞書
 つかはさせ給ひける  つかはせりける
二二〇八詞書
 奈加良川  奈良川


 なお底本には別筆かと思われる注記を加えているが、それらの勘物を示せば次のごとくである。

           已上不審如何
 三四〇詞書 延喜の御時古今集えらひ
     川社しのに波こす五月雨の比と云如何在古歌如何
 三六六 川やしろしのに浪こす
     此歌在続古今如何
 五二一 秋はきのみたるゝ玉は
     此御歌有玉葉如何
 六二二 清見かたふしのけふりや
 六七六 をのれとや色つきそむる
     可有詞歟不審
     此歌有後拾遺如何
 七二五 おちつもるもみちはみれは
     此歌替作者入後撰如何
 七四四 かさとりの山をたのみし
     此歌有玉葉如何一二三二 世中はあすか川にも
     此歌在後撰如何但結句相違一二八四 萩の葉のいろつく秋を
     此歌有詞華如何二一七四 あかてけふかへるとおもへと

 書写も古く、筆者を明らかにする善本である。 風雅集の巻数は二十巻。花園法皇が企画監修、その意向を反映しつつ、光厳上皇が実質上の責任を負って撰に当った。寄人は正親町公蔭、玄哲(藤原為基)、冷泉為秀。康永二年に発企、竟宴は貞和二年(一三四六)一一月九日。その完成は貞和五年と考えられる。
(荒木 尚) 
 底本の吉田兼右筆二十一代集(宮内庁書陵部蔵五一〇・一三)については、13新後撰和歌集解題末尾参照。

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 玉葉和歌集解題〔14玉葉解〕】[第一巻14]  [宮内庁書陵部蔵 兼右筆「二十一代集」][2014年4月14日記事]等 

 玉葉集の伝本については、まだ系統分類をするほどに研究は進んでいないが、現在までに直接間接調査しえた主要な伝本として、次のようなものがある。この中、1兼右本と、2流布本がしいていえば精撰本系統3以下は重出歌や先行勅撰集に見える歌などを含み、多少とも未精撰の跡を残すかと思われる。なお、3~5・7~9については、濱口博章氏の一連の報告がある。

 1、書陵部蔵兼右本 天文一九年吉田兼右写、二冊。書誌は別記兼右本解題および『図書寮典籍解題文学篇』に譲るが、上冊末には天文一九年兼右の書写奥書、下冊末には天理図書館本も有する文明一一年  葉室光忠の奥書ならびに天文一九年兼右の書写奥書がある。歌数は二八〇〇首で、流布本に比し六六五を欠く。善本と認めて今回底本とし、必要に応じて2以下の諸本により校訂した。

 2、流布本 正保四年刊二十一代集本・無刊記小型板本および前者の翻刻と見られる旧国歌大観本以下の活字本を総称する。微細な点では互いに異同があり、正保板本の翻刻としては太洋社版二十一代集本  が最も忠実正確であるが、いずれにしても大きな異同はなく、歌数二八〇一首。ただし旧国歌大観本は番号の打ち誤りから同本での一四六三~一四七一(新大観番号一四六二~一四七九)および二三二四  ~二三二八(同じく二三三二~二三四一)の二群を重複しているほか、まま誤植がある。

 3、大山寺本 室町後期(天文八年以前)写、二冊。流布本と比較して相互に他方にない歌を有する上、この本の中での重出歌(一〇二七)もあり、差引き実数二八〇二首。

 4、臼田甚五郎氏蔵本(正中二年奥書本) 室町期写、二冊。巻末に正中二年に奏覧の正本によって校合した旨の奥書がある。
    流布本との相互独自歌およびこの本の中での重出歌(一〇二七)を差引きすると、実数二八〇二首。昭和四八年三弥井書店刊の影印本がある。

 5、陽明文庫蔵乙本 江戸初期写、二冊。同様に計算すると、二八〇一首。

 6、書陵部蔵永正本。永正六年写、二冊。歌数二八〇六首、うち重出二首。

 7、陽明文庫蔵甲本 室町後期写、二冊。重出歌を除き、実数二八〇六首。

 8、書陵部蔵二十一代集(四〇〇・七)本(禁裏本)室町末期写、三冊。歌数二八一二首、うち重出五首、切出し注記のあるもの二首、これらを差引けば二八〇五首。

 9、書陵部蔵二十一代集(四〇〇・一〇)本(これも禁裏本だが旧称桂宮本) 江戸初期写、三冊。歌数二八〇八首、うち重出二首。

 玉葉集は伏見院の院宣によって京極為兼撰。正和元年三月一応奏覧されたが、その後も撰定は続けられ完成は翌二年一〇月に為兼が伏見院に従って出家する直前と考えられる。二十一代集中最大の歌数で、京極派の集として、題名から歌人・歌風に至るまで風雅集とともに異彩を放つものであるが、その異風は当時から二条派の批判を受け、匿名の非難書「歌苑連署事書」も著された。なお本集の企画は伏見院在位中の永仁元年にさかのぼるが、その時の計画は為世の辞退や為兼の佐渡配流などによっていったん中絶、嘉元元年に為兼が許されて帰京、為世が新後撰集を撰進した後、後二条天皇の延慶年間に至って伏見院は永仁の企画の再現をはかったが、この気配を知った為世が為兼の撰者としての不適格を訴えて、ここにいわゆる延慶両卿訴陳状の論争が起った。この競争には為相も加わり、三者互いに朝廷と幕府とに相手の非を訴えて撰者の下命を望んだが、結局応長元年に為兼一人に院宣が下って、本集の成立を見たのである。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
一〇一六詞書
 人人に歌よませ  人歌よませ
一一五六作者
 菅原孝標朝臣女  菅原孝標朝臣
一五五四
 一言に  人ことに
一五七六
 一言に  人ことに
一八三三作者
 俊成女  俊成
一八七七詞書
 つくりかへられたる比  つくりかへられたる
二三七七詞書
 春宮と申ししむかし  春宮と申むかし


(福田秀一・岩松研吉郎) 

 底本の吉田兼右筆二十一代集(宮内庁書陵部蔵五一〇・一三)については、13新後撰和歌集解題末尾参照。


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 その他、万葉歌絡みの歌集】
悦目抄】112首 新編国歌大観第五巻332  [日本古典文学大系七八] [[2014年4月13日記事]等等 

  作者不明。鎌倉後期成立。日本歌学大系4による。

    *    *
   一 風吹けば沖つ白浪立田山夜半にや君がひとりこゆらむ
   二 五月雨にしらぬ杣木のながれきておのれとわたす谷の梯
   三 五月雨やふるの高橋水こえて浪ばかりこそ立ちわたりけれ
   四 をしむともかなふまじろの鷹なればそるをばえこそとどめざりけれ
   五 郭公なくやさ月のみじか夜もひとりねたればあかしかねつつ
   六 花の色をあかず見るとも鶯のねぐらの枝に手ななふれそも
   七 雪ふれば木ごとに花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきてをらまし
   八 飛魚錯急遊波翻 麗鳥囀慵出谷鸝
   九 吹くからに野べの草木のしをるればむべ山風を嵐といふらん
  一〇 夏虫の身をいたづらになす事もひとつ思ひによりてなりけり
    *    *

    俊頼朝臣
  一一 よろこびをくはへて急ぐ道なれば思へどえこそとどめざりけれ

    *    *
  一二 梓弓おして春雨けふ降りぬ明日さへ降らば若菜つみてん
  一三 朝夕にむかふつげぐしふるけれどなにそも君が見れどあかれぬ
  一四 住吉のあさ沢をののかきつばたきぬに摺りつけきん日しらずも
  一五 郭公初声聞けばあぢきなくぬしさだまらぬ恋せらるはた
  一六 春の野に菫つみにとこし我ぞ野をなつかしみ一夜ねにける
  一七 夏山に鳴く郭公心あらば物おもふ我に声なきかせそ
  一八 色よりも香こそあはれとおもほゆれたが袖ふれし宿の梅ぞも
  一九 ささがにのくものはたてのさわぐかな風こそ雲のいのちなりけれ
  二〇 夏の夜をねぬに明けぬといひおきし人は物をやおもはざりけん
  二一 偽りのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし
  二二 郭公なくやさ月のみじか夜も独しぬればあかしかねつつ
  二三 我がせこがくべき宵なりささがにのくものふるまひかねてしるしも
  二四 春日野のとぶひの野守出でて見よ今幾日ありて若菜つみてん
  二五 よそに見て帰らん人に藤の花はひまつはれよ枝は折るとも
  二六 梅の花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば
  二七 大方は月をもめでじこれぞこのつもれば人の老となるもの
  二八 天の川うき木にのれる我なれや見しにもあらず世はなりにけり
  二九 思ひ出でよ恋しき時は初雁のなきてわたると人はしらずや
  三〇 春のきる霞の衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ
  三一 住吉の松を秋風吹くからに声うちそふる沖つ白浪
  三二 立田川紅葉みだれて流るめり渡らば錦中やたえなむ
  三三 思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせば覚めざらましを
  三四 風吹けば奥つ白波立田山夜半にや君が一人こゆらむ
  三五 海士小舟いまぞ渚にきよすなる汀のたづの声さわぐなり
  三六 恋しさはおなじ心にあらずとも今宵の月を君見ざらめや
  三七 桜散る木の下風はさむからで空にしられぬ雪ぞふりける
  三八 程へつつ八重山吹はひらけなむ恋しき折のかたみにもみむ
  三九 五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
  四〇 今こむといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
  四一 山桜咲きぬる時は常よりも峰の白雲立ちまさりけり
  四二 三千年になるてふ桃の今年より花咲く春にあひぞしにける
  四三 み山には松の雪だに消えなくに都は野辺の若菜つみけり
  四四 み山には霰降るらしと山なるまさきの葛色づきにけり
  四五 あさか山かげさへ見ゆる山の井の浅くは人をおもふものかは
  四六 咲かざらむ物とはなしに梅花面影にのみ立ちて見ゆらん
  四七 梓弓おして春雨けふ降りぬ明日さへ降らば若菜つみてん
  四八 我が恋は空しき空にみちぬらし思ひやれどもゆくかたもなし
    *    *

    伊勢
  四九 沖つ波 あれのみまさる 宮のうちに 年へてすみし 伊勢のあまの 
      船ながしたる 心地して よらむ方なく かなしきに 涙の色の 
     くれなゐは われらが中の しぐれにて 秋の紅葉と 人人は おのがちりぢり
      別れなば 頼むかたなく なりはてて とまるものとは 花すすき 
     君なき庭に むれたちて 空をあふげば 初雁の 鳴きわたりつつ
      よそにこそみめ

    *    *
  五〇 鶯の かひこの中の ほととぎす ひとりむまれて 
             しやがちちににてなかず しやがははににてなかず
  五一 ます鏡そこなる影にむかひゐて見る時にこそ知らぬ翁にあふ心地すれ
  五二 かの岡に草かるをのこしかな刈りそありつつも君がきまさんみま草にせん
  五三 打ち渡すをちかた人にもの申すわれそのそこに白くさけるは何の花ぞも
  五四 朝顔の夕かげまたず散りやすき花の名ぞかし
  五五 岩のうへに根ざす松が枝とのみこそ思ふ心はあるものを
    *    *

    小町
  五六 ことのはもときはなるをばたのまなんまつはみよかしへてはちるやと
    人
  五七 ことのははとこなつかしみはなをるとなべての人に知らすなよゆめ
    仁和御門
  五八 あふさかもはてはゆききのせきもゐずたづねてとひこきみはかへさじ


    *    *
  五九 をののはぎ見し秋ににずなりぞますへしだにあやなしるしけしきは
  六〇 らちのうちにくらぶる駒の勝負は乗れるをのこのぶちのうちから
  六一 りやうぜんに花をたむくるきほうしの経よむ声はたふとかりけり
  六二 るりの色にさける朝がほ露おきてはかなき程ぞおもひしらるる
  六三 れいの又そらだのめする人故に心つくしてまたれこそすれ
  六四 ろかいたてみなとを知らぬ夕やみに舟まちいだす夜半の月しろ
    *    *

    小論尼
  六五 むら草にくさのなはもしそなはらばなぞしも花の咲くにさくらむ
    小論尼
  六六 をしめどもつひにいつもとゆくはるはくゆともつひにいつもとめじを




    *    *
  六七 をととしも去年もかはらで咲く花を其のひちりきと知る人ぞなき
  六八 くきも葉もみな緑なるふるぜりはあらふねのみやしろくみゆらん
  六九 心こそ心をはかる心なれ心のあたは心なりけり
  七〇 秋の野になまめきたてる女郎花あなことごとし花も一時
    *    *

    安倍清行
  七一 つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬ目の涙なりけり
    小町
  七二 おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへず滝つ瀬なれば
    敏行
  七三 つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし
    業平
  七四 浅みこそ袖はひつらめ涙川身さへながるときかばたのまむ
    後冷泉院
  七五 待つ人は心ゆくとも住吉の里にとのみは思はざらなん
    大弐三位
  七六 住吉のまつともさらにおもほえで君が千年のかげぞ恋しき
    女房
  七七 雲の上はありし昔にかはらねどみし玉だれのうちや恋しき
    後一条院
  七八 そのかみや祈りおきけん春日野のおなじ道にもたづねゆくかな
    上東門院
  七九 くもりなき世の光にや春日野のおなじ道にもたづねゆくらん

    *    *
  八〇 あだなりと名にこそたてれ桜花年にまれなる人も待ちけり
    *    *

    業平
  八一 今日こずは明日は雪とや降りなまし消えずはありとも花と見ましや

    *    *
  八二 月夜よし夜よしと人につげやらばこてふににたりまたずしもあらず
  八三 我が宿の梅咲きたりとつげやらばこてふににたりちりぬともよし
  八四 人ごとに夏野の草のしげくともいもとわれとしたづさはりなば
  八五 足引の山たち花の色に出でて我恋なんをやめむ方なし
  八六 須磨のあまの塩やき衣をさをあらみまどほにしあればいまだきなれず
    *    *

    人丸
  八七 掬ぶ手の石まをせばみおく山の岩かきし水あかずもあるかな

    *    *
  八八 住吉の松を秋風吹くからに声うちそふる奥津しらなみ
    *    *

    経信卿
  八九 奥津かぜ吹きにけらしな住吉の松のしづえを洗ふ白波

    *    *
  九〇 我が宿の物なりながら桜花散るをばえこそとどめざりけれ
  九一 我が宿の桜なれども散る時は心にえこそまかせざりけれ
    *    *

    忠岑
  九二 白雲のおりゐる山と見えつるは高ねに花や散りまがふらん
    永成法師
  九三 君が代は末の松山はるばるとこすしら浪の数もしられず

    *    *
  九四 桜花咲きにけらしも足引の山のかひより見ゆる白雲
  九五 竹ちかく夜床ねはせじ鶯のなくこゑ聞けばあさいせられず
  九六 とのもりのとものみやつこ心あらば此春ばかり朝ぎよめすな
  九七 有りはてん命まつまの程ばかりうきことしげくなげかずもがな
  九八 佗びぬれば身をうき草のねを絶えてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ
  九九 なき名ぞと人にはいひてやみなまし心のとはばいかがこたへん
    *    *

    天智天皇
 一〇〇 朝倉や木丸殿にわがをれば名のりをしつつ行くはたが子ぞ

    *    *
 一〇一 楚思淼茫雲水冷 商声清脆管絃秋
 一〇二 逢ふまでとせめて命のをしければ恋こそ人の命なりけれ
    *    *

    定子皇后
 一〇三 よとともに契りし事を忘れずは恋ひん涙の色ぞゆかしき

    *    *
 一〇四 音もせでみさをにもゆる蛍こそ鳴く虫よりもあはれなりけり
    *    *

    男
 一〇五 霜がれのおきな草とはなのれども女郎花には猶なびきけり
    源順
 一〇六 花色如蒸粟 俗呼為女郎 聞名戯欲契階老 恐悪衰翁首似霜
    喜撰
 一〇七 我が庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
    大中臣能宣
 一〇八 千年まで限れる松もけふよりは君にひかれて万代やへん
    俊頼
 一〇九 光をばさしかはしてや鏡山峰より夏の月はいづらん
    範永朝臣
 一一〇 住む人もなき山里の秋の夜は月の光もさびしかりけり

    *    *
 一一一 津の国のなにはの事もおしなべてあしのゆかりのみのりとぞきく
 一一二 津の国のなにはの事か法ならんあそびたはぶれまてとこそきけ
    *    *

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八雲御抄解題〔311八雲解〕】[第五巻-311]  及び「文化庁データベース」より 

 順徳院作。稿本は文暦元年(一二三四)頃成立。日本歌学大系別巻3による。稿本と精撰本があるが、本大観では精撰本により、稿本で補足した。

(松野陽一) 



  [文化庁データベース]

『八雲御抄』は、順徳【じゅんとく】天皇(一一九七~一二四二)が従来の歌学書を編集・集大成した六巻からなる歌学書である。書名は、「夫和歌者起自八雲出雲之古風」に始まる序文に「名曰八雲抄」と自ら記している。
 内容は、第一正義、第二作法、第三枝葉、第四言語、第五名所、第六用意、の六義からなる。特に用意部は詠作の心得や歌人論などを記したもので、文中に「まことによくよくいうけんをむねとしてよむべきことなり」とあり、天皇の歌論として注目される。

 伝本は、草稿本と精撰本の二系統がたてられている。草稿本は承久の乱以前になり、精撰本は乱後、佐渡に流されてからも加筆訂正し、藤原定家に送られたものをいう。

 本書は精撰本系統で、前田育徳会尊経閣文庫旧蔵本の伝伏見天皇宸筆本と称されるものである。

 本書以外の古写本には、重要美術品に『紙本墨書八雲御抄巻第三、四、五、六(内巻第五補写)』四帖、『紙本墨書八雲抄巻第二』一帖、『紙本墨書八雲抄巻第一残巻』一帖、『紙本墨書八雲抄第六、乾元二年尊憲書写ノ奥書アリ』一帖の四件あるが、いずれも欠本で完本はない。

 本書の体裁は、綴葉装冊子本で六帖からなる。いずれも白茶地二重蔓牡丹唐草文金襴後補表紙を装し、「八雲御抄第『幾』」の題簽【だいせん】が付けられている。楮紙打紙に礬水引した料紙を用い、本文は半葉およそ九行、一行一八字前後に謹直な筆致で書写している。その筆跡は巻第一から巻第三と巻第四から巻第六までの二筆からなる。各帖帖首には標目があり、第一帖目は序文と六義等、第二帖目は作法で歌合、歌會、書様等、第三帖目は枝葉部で天象、時節、地儀等、第四帖目は言語部で世俗語、由緒語、料簡語、第五帖目は名所部で山、嶺、嵩等、第六帖目は用意部である。第五帖目に朱書にて頭書風の注記が付されているのが注目される。

 書写者は伝伏見天皇宸筆の確証がないものの、同時代の能書の手になるもので、書写年代は、暢達な書風等よりみて鎌倉時代中期ころと認められる。

 本書の伝来は、巻第四を除く各帖巻末にある擦り消し痕に、「粟殿浄順之」と判読できる墨書があり、おそらく伝領者名と思われるが詳らかでない。前田綱紀(松雲公)の時代に前田家の所有に帰したものとみえ、同時代の蒔絵師五十嵐家の制作になる秋野蒔絵箱に収められて伝来した。

 本書は、天皇の歌学書として、和歌史・歌論史研究上に重要な著述で、その鎌倉時代中期ころまで遡れる現存最古写本で、六帖揃いの貴重なものである。なお、本書の伝来を示す蒔絵箱も附とした。

【八雲御抄】219首 [第五巻-311]  [日本歌学大系別巻三] [2014年4月14日記事]等  

 巻一
 
  六義事

     王仁
   一 なには津にさくやこの花冬ごもりいまは春べとさくやこのはな

    *    *
   二 さくはなにおもひつく身のあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて
   三 君にけさあしたの霜のおきていなば恋しきごとにきえやわたらむ
   四 たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはずて
   五 わが恋はよむともつきじありそ海のはまのまさごはよみつくすとも
   六 すまのあまの塩やくけぶり風をいたみおもはぬかたにたなびきにけり
   七 いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし
   八 山ざくらあくまで色をみつるかなはなちるべくも風ふかぬよに
   九 このとのはむべもとみけりさき草のみつ葉よつばにとのづくりせり
  一〇 かすが野にわかなつみつつよろづ代をいはふ心は神ぞしるらむ
    *    *

  短歌

     舒明天皇
  一一 やまとには むら山ありと とりよそへ あまのかぐ山 のぼりたち 
      くにをみすれば くにはらは けぶり立ちこめ うなばらは 
     かまめたちつつ おもしろき国ぞ あきつしま やまとのくには

    検税使大伴卿
  一二 草まくら たびのうれへを なぐさむる こともありやと つくばねに
      のぼりてみれば をばな散る ひづきのたゐに かりがねも さむく
     きなきぬ にひばりの とばのあふみも 秋かぜに しら波たちぬ 
      つくばねの よよをみつれば ながきけに 思ひつつこし 
     うれへはやみぬ

    躬恒
  一三 ちはやぶる 神無月とや 今朝よりは くもりもあへず はつ時雨 
      紅葉とともに ふるさとの よし野の山の 山あらしも 
     さむく日ごとに なりゆけば 玉のをとけて こきちらし あられみだれて
      霜こほり いやかたまれる 庭のおもに むらむらみゆる 冬草の 
     うへにふり敷く しら雪の つもりつもりて あら玉の 年をあまたに 
      すぐしつるかな

  旋頭歌

    *    *
  一四 うちわたすをちかた人に物申すわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも
    *    *

    人丸
  一五 この岡に草かるをのこしかなかりそありつつも君がきまさむみま草にせむ

    人丸
  一六 あさづくひむかひの山につきたてるとほづまをもたらむ人は見つつしのばむ

    *    *
  一七 ますかがみそこなる影にむかひゐて見る時にこそしらぬおきなにあふ心ちすれ
  一八 君がさすみかさの山のもみぢ葉の色神無月しぐれの雨のそめるなりけり
  一九 春くれば野べにまづさく
    *    *

  混本歌

    *    *
  二〇 あさがほのゆふかげまたずちりやすき花のよぞかし
    *    *

    小野歌
  二一 いはのうへにねざす松がえとのみこそおもふ心はある物を

  廻文歌

    *    *
  二二 むらくさにくさのなはもじそなはらばなぞしもはなのさくにさくらむ
    *    *

  無心所著

    大舎人安倍朝臣子祖父
  二三 わぎもこがひたひにおふるすぐろくのことひのうしのくらの上のかさ

    大舎人安倍朝臣子祖父
  二四 わがせこがたふさぎにするつぶれ石のよしのの山にひをぞかかれる

  折句

    *    *
  二五 から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ
  二六 をぐら山みねたちならしなくしかのへにけむとしをしる人ぞなき
    *    *

  折句沓冠

    *    *
  二七 あふさかもはては行来のせきもゐずたづねてこえこきなばかへさじ
  二八 をののはぎ見し秋に似ずなりぞますへしだにあれなしるしけしきは
  二九 はかなしなをののをやまだつくりかねてをだにもきみはてはふれずや
    *    *

  沓冠

    *    *
  三〇 はなのなかめにあくやとてわけゆけば心ぞともにちりぬべらなる
    *    *

  物名
    
    藤六
  三一 くきもはもみなみどりなるふかぜりはあらふねのみやしろくみゆらむ

  贈答
 
    安倍清行
  三二 つつめども袖にたまらぬしら玉は人を見ぬめのなみだなりけり

    小町
  三三 おろかなる涙ぞ袖にたまはなすわれはせきあへず滝つせなれば

    敏行
  三四 つれづれのながめにまさるなみだ川袖のみぬれてあふよしもなし

    業平
  三五 あさみこそ袖はひつらめなみだ川身さへながるときかばたのまむ

    後冷泉院
  三六 まつ人はこころゆくともすみよしのさとにとのみはおもはざらなむ

    大弐三位
  三七 すみよしの松はまつともおもほえで君が千とせのかげぞ恋しき

    法成寺入道(道長)
  三八 そのかみやいのりおきけむかすが野のおなじみちにもたづね行くかな

    上東門院(彰子)
  三九 くもりなき代のひかりにやかすがののおなじみちにもたづねゆくらむ

    *    *
  四〇 あだなりと名にこそたてれさくら花としにまれなる人もまちけり
    *    *
 
    業平
  四一 けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずはありとも花と見ましや

  異体

    *    *
  四二 世のうきめ見えぬ山路へいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ
  四三 ねずみの家よねつきふるひ木をきりてひききりいだすよつといふやこれ
    *    *

  連歌
   
    尼
  四四 さほ川の水せきあげてうゑし田を
    家持卿
     かるはついねはひとりなるべし

    或人監命婦
  四五 人ごころうしみついまはたのまじよ
    宗貞朝臣
     夢にみゆやとねぞすぎにける

    天暦
  四六 さ夜ふけて今はねむたく成りにけり
    滋野内侍少弐命婦
     夢にあふべき人やまつらむ

    道信朝臣
  四七 口なしに千しほや千しほそめてけり
    伊勢大輔
     こはえもいはぬ花の色かな

    良暹
  四八 もみぢ葉のこがれてみゆるみふねかな

  八病

    遍昭
  四九 我がやどはみちもなきまであれにけりつれなき人を待つとせしまに

    躬恒
  五〇 さかざらむ物とはなしにさくらばなおもかげにのみまだきたつらむ

    *    *
  五一 あひ見るめなきこのしまにけふよりてあまとし見えぬよする波かな
    *    *

    俊
  五二 いにしへの野中のし水みるごとにさしぐむものはなみだなりけり

    *    *
  五三 あかずして過行くはるの人ならばとくかへりこといはましものを
  五四 夏の日のくるるもしらずなく蝉はとひもしてしかなにごとかうき
  五五 人をおもふ心のおきは身をぞやくけぶりたつとは見えぬものから
  五六 くれのふゆわがみおいゆきこけのはふえだにぞおふれうれしげもなく
  五七 冬くれば梅に雪こそふりかかれいづれのえだを花とはをらむ
    *    *

    経信卿
  五八 さもあらばあれ暮行く春も雲のうへにちることしらぬ花しにほはば

    二条院讃岐
  五九 ありそ海の浪まかき分けてかづくあまのいきもつきあへず物をこそおもへ

  四病

    兼盛
  六〇 夏ふかくなりぞしにけるおほあらきの森のした草なべて人かる

    友則
  六一 あまの河あさせしら波たどりつつわたりはてねばあけぞしにける

    忠峰
  六二 うぐひすの谷よりいづる声なくは春くることをいかでしらまし

    兼盛
  六三 みやまいでて夜はにやきつる郭公あかつきかけて声のきこゆる

    躬恒
  六四 いもやすくねられざりけり春の夜は花のちるのみ夢に見えつつ

    *    *
  六五 花だにもちらでわかるる春ならばいとかくけふはおもは(をしま)ざらまし
  六六 ほのかにぞなきわたるなるほととぎすみやまをいづる夜はのはつこゑ
    *    *

    赤染衛門
  六七 夢にだにあはばやとおもふに人こふるとこにはさらにねられざりけり

  七病

    順
  六八 春ふかみゐでの川波たちかへりみてこそゆかめやまぶきの花

    *    *
  六九 秋の田のかりほのいほのとまをあらみわがころもでも露にぬれつつ
    *    *

    能宣
  七〇 名にしおはば秋ははつとも松むしの声はたえせずきかむとぞおもふ
 
    顕綱
  七一 とやまにはしばの下葉もちりはててをちのたかねに雪ふりにけり

    当純
  七二 山かぜにとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつはな

    順
  七三 氷だにとまらぬはるの谷かぜにまだうちとけぬうぐひすの声

    朝忠
  七四 花だにもちらでわかるる春ならばいとかくけふはをしまざらまし

    *    *
  七五 梅のはなしるかなくしてうつろはば雪ふりやまぬ春とこそみめ
  七六 春たたば花みんとおもふこころこそ野べのかすみとたちまじりけれ
    *    *

    朝忠
  七七 ひとづてにしらせてしかなかくれぬのみごもりにのみ恋ひわたる(やわたらむ)らむ

    小式部
  七八 あし引の山がくれなるさくらばなちりのこれりと風にしらすな

    兼盛
  七九 ひとへづつ八重やまぶきはひらけなむほどへてにほふ花とたのまむ

    定頼
  八〇 とこなつのにほへる庭はからくににおけるにしきもしかじとぞ思ふ

    匡房
  八一 しら雲とみゆるにしるしみよしののよし野の山のはなのさかり(ざかりかも)も

    *    *
  八二 恋しさはおなじこころにあらずともこよひの月を君見ざらめや
  八三 秋かぜにこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたる雁にぞ有りける
  八四 なみだ川いかなるみづかながるらむなど我が恋をけつ人のなき
  八五 や千世へむやどににほへるやへざくらやそうぢ人もちらでこそみめ
    *    *

  歌合子細

    *    *
  八六 かすが山岩ねの松は君がためちとせのみかはよろづ代もへむ
    *    *

    伊勢大輔
  八七 さ夜ふけて旅の空にて鳴くかりはおのが羽かぜやよさむなるらむ

    *    *
  八八 見ぬ人の恋しきやなぞおぼつかなたれとかしらむ夢にみゆとも
  八九 よそなれどすぎのむらだちしるければ君がすみかのほどぞしらるる
  九〇 かぞふれば空なるほしもしるものをなにをつらさのかずにとらまし
    *    *

    通俊
  九一 月かげをひるかとぞみる秋のよをながきはる日と思ひなしつつ

    伊勢
  九二 いそのかみふるの社の桜花こぞ見し春の色やのこれる

    通俊
  九三 おしなべて山の白雪つもれどもしるきはこしの高根なりけり

    時昌
  九四 霜がれにわれひとりとやしら菊の色をかへても人にみすらむ

    *    *
  九五 ひとりのみながむるやどのつまなれば人をしのぶの草ぞおひける
    *    *

    西住法師
  九六 やどごとにながむる人はあまたあれど空には月ぞひとりすみける

    吉水僧正(慈円)
  九七 なが月もいく有明に成りぬらむあさぢの月のいとどさびゆく

    *    *
  九八 年をへてすむべき君がやどなれば池の水さへにごるよもなし
  九九 八重さけるかひこそなけれ山吹のちらばひとへもあらじとおもへば
    *    *

    長能
 一〇〇 ひとへだにあかぬ心をいとどしく八重かさなれる山ぶきの花

    *    *
 一〇一 木がらしのおときく秋はすぎにしを今も梢にたえず吹く風
    *    *

    佐理
 一〇二 五月雨にふりいでてなけとおもへどもあすのために(あやめの)やねをのこすらむ

    弾正宮
 一〇三 万代もいかでかはてのなかるべき仏に君ははやくならなん

    *    *
 一〇四 あづまぢにゆきかふ人の恋しきにあふさか山は霧たちにけり
    *    *

  歌会

    忠峰
 一〇五 白雲のおりゐる山とみえつるはたかねに花やちりまがふらむ



 巻二
 
    俊頼
 一〇六 うの花の身のしらがとも見ゆるかなしづがかきねもとしよりにけり
 

 巻三
 
  天象部

    *    *
 一〇七 山のはにいざよふ月をいでんかと待ちつつをるによぞふけにける
    *    *

  時節部

    源仲正
 一〇八 はかなくもわがよのふけをしらずしていざよふ月をまちわたるかな

    *    *
 一〇九 賀茂川のみなそこすみててる月を行きてみんとや夏ばらひする
 一一〇 あめつち はじめしときに あまの川 いむかひすゑて ひととせに 
      ふたたびあはぬ つま恋に もの思へば
    *    *

    家持
 一一一 七夕のふなのりすらしますかがみきよき月夜に雲たちわたる

    *    *
 一一二 七夕の五百機たてておるぬののあきさりごろもたれかとりみん
 一一三 ひさかたのあまのおしでとみなしがはへだてておきし神よのうらみ
    *    *


  草部

    *    *
 一一四 あかつきのめざましぐさとこれをだに見つついましてわれをしのばせ
 一一五 朝がほはあさ露おきてさくといへどゆふかげにこそさきまさりけれ
 一一六 秋の野にいろなき露はおきしかどわかむらさきに花はそめにき
 一一七 すべらきの万代までにまさり草たまひしたねをうゑし菊なり
 一一八 恋しきをいはでふるやのしのぶ草しげさまさればいまぞほに出づる
    *    *

  木部

    *    *
 一一九 たてもなくぬきもさだめずをとめらがおれる紅葉に霜なふらしそ
 一二〇 春雨にもえし柳か梅の花ともにおくれぬつねの物かも
    *    *

    伊勢
 一二一 青柳のいとよりかけておるはたをいづれのやどの鶯かきる

    御製(聖武天皇)
 一二二 橘はみさへ花さへその葉さへ

    *    *
 一二三 たまははききりこかままろむろのきとなつめがもととかきはかむため
    *    *

  鳥部

    *    *
 一二四 川べにもゆきはふれらし宮中にちどりなくらしゐんところなみ
 一二五 あしの葉におく白露やさむからん沢べのたづのこゑの聞ゆる
    *    *

  獣部

    *    *
 一二六 たつのまもいまもえてしかあをによしならのみやこにゆきて見むため
    *    *



   虫部

    重之
 一二七 ささがにの雲のはたての動くかな風こそくものいのちなりけり

   魚部
 
    *    *
 一二八 うなばらのそこまですめる月影にかぞへつべしやはたのせば物
    *    *

  人倫部

    *    *
 一二九 とほつ人まつらさよひめつまごひにひれふりしよりおへる山の名
 一三〇 七夕のつままつよひの秋風に我さへあやな人ぞこひしき
    *    *

  人事部

    *    *
 一三一 ますらをのゆずゑふりたてかるたかの野べさへきよくてる月よかも
    *    *

  衣食部

    *    *
 一三二 いへにあれば笥にもるいひを草枕旅にしあればしひの葉にもる
 一三三 ひしほすにひるつきかててたひねがふわれになみせそなぎのあつもの
    *    *

  雑物部

    *    *
 一三四 ひさかたのあまのさぐめがいは舟のとめしたかつはあせにけるかも
 一三五 あをによしならのみやこへゆく人もがも草枕たびゆく舟のとまりつげむに
 一三六 いはづなの又さかえつつあをによしならのみやこを又ぞ見むかも
 一三七 こととればなげきさきだつけだしくもことのしたひにいもやこもれる
    *    *

  権化部

    *    *
 一三八 いぐしたてみわすゑまつる神主のうずのたまかげ見ればともしも
    *    *

  料簡言

    *    *
 一三九 あめつちのともにひさしくいひつげとこのくしみたましかしけらしも
 一四〇 とぶさ立てあしがら山にふな木きりきにきりかへつあたらふなぎを
 一四一 をとめごがうみをのたたりうちをかけうむときなしにこひわたるかも
 一四二 うぐひすの木づたふ梅のうつろへばさくらの花のときかたまけぬ
 一四三 なかなかに人とあらずはくはこにもならましものをたまのをばかり
    *    *

    紀女王
 一四四 おのれゆゑのられてをればあしげむまのおもたかぶだにのりてくべしや

    *    *
 一四五 むめやなぎすぐらくをしみさほのうちにあそびしことをみやもとどろに
 一四六 むさし野にうらへかたやきまさでにものらぬ君が名うらにいでにけり
 一四七 あさかがたしほひのゆたにおもへらばうけらが花の色にでめやも
 一四八 あさがすみかひやがしたになくかはづしのびつつありとつげんこらがも
    *    *

    清足姫
 一四九 とこよものこのたちばなのいやてりにわがおほきみはいまもみるごと

    *    *
 一五〇 あひおもはぬ人をおもふはおほてらのがきのしりへにぬかづくがごと
 一五一 いにしへのささだをとこのつまどひしうなひをとめのおくつかぞこれ
 一五二 春さればもずの草ぐきみえねども我は見やらむ君があたりを
 一五三 うなばらのおき行くふねをかへれとかひれふらしけんまつらさよひめ
    *    *

    山上憶良
 一五四 君をまつまつらのうらのをとめごはとこよのくにのあまをとめかも

    *    *
 一五五 とこよべにすむべきものをたちつるぎわがこころからおそやこのきみ
    *    *

    坂上郎女

 一五六 とどめえぬいのちにしあればしきたへのいへよりいでて雲がくれにき

    内大臣鎌足
 一五七 われはもややすみをえたりみな人のえがたくしたるやすみをえたり

    *    *
 一五八 おほやけに(おほやけも)もゆるしたまへるこよひのみ
          のまんさけかもちりこすなゆめ
    *    *

    家持
 一五九 たかまどの野べのかほばなおもかげにみえつついもはわすれかねつも

    *    *
 一六〇 このとのはむべもとみけりさきくさのみつばよつばにとのづくりせり
 一六一 はちすばのにごりにしまぬこころもてなにかはつゆをたまとあざむく
 一六二 さばへなすあらぶる神もおしなべてけふはなごしのはらへなりけり
    *    *

    前采女風流娘子
 一六三 あさか山かげさへ見ゆる山の井のあさき心をわがおもはなくに

    本院大臣
 一六四 もろこしのよしのの山にこもるともおくれんとおもふ我ならなくに

    *    *
 一六五 たまだれのこがめやいづらこよろぎのいそのなみわけおきにいでにけり
 一六六 たまだれの こがめをなかにすゑて あるじはもや さかなまひに
      さかなもとめて こゆるぎのいそに わかめかりあげに
    *    *

    右中弁大伴宿禰家持
 一六七 はつ春のはつねのけふのたまははきてにとるからにゆらぐたまのを

    *    *
 一六八 かのみゆるいけべにたてるそがぎくのしげ(が)みさえだのいろのてこらさ
    *    *

    貫之
 一六九 かはやしろしのにをりはへほすころもいかにほせばか七日ひざらん

    *    *
 一七〇 山どりのをろのはつをにかがみかけとなふべみこそなによそりけん
    *    *

    家持卿
 一七一 わすれ草わがしたひもにつけたれどおにのしこぐさことにしありけり

    *    *
 一七二 いでてゆかん人をとどめんよしなきにとなりのかたにはなもひぬかな
 一七三 ことならばおもはずとやはいひはてぬなぞよの中のたまだすきなる
 一七四 さかしらになつは人まねささのはのさやぐしも夜をわがひとりぬる
 一七五 かひがねをさやにも見しかけけれなくよこほりふせるさやの中山
 一七六 わが恋は千びきのいしをななばかりくびにかけても神のもろぶし
 一七七 たなばたはあまのかはらをななかへりのちのみそかをみそぎにはせよ
 一七八 むつきたつ春のはじめにかくしこそあひしゑみてばとしはけめはも
    *    *

    敏行
 一七九 ふる雪のみのしろごろもうちきつつ春きにけりとおどろかれぬる

    *    *
 一八〇 なにはがたしほみちくれば山のはにいづる月さへみちにけるかな
 一八一 たのみつつきがたき人をまつほどにいしにわが身ぞなりはてぬべき
 一八二 ふるとしも見えでふりくる春さめは花のしめゆふいとにぞありける
 一八三 なさけなくうき世と思へば秋ぎりのふかき山ぢをいでんものかは
 一八四 あさ日影にほへる山にてる月のあかざるいもを山ごしにおきて
 一八五 たまはやすむこのわたりのあまづたふひのくれ行けばいへをしぞおもふ
 一八六 ゆふづくひさすやかはべにつくるやのかたちをよしみしかぞよりくる
 一八七 松のはに月はうつりぬもみぢ葉のすぎぬや君にあはぬ夜おほく
 一八八 秋くれば月のかつらのみやはなるひかりをはなとちらすばかりを
 一八九 秋の月しろくぞてれるわたのそこあをふしがきもいろかはるまで
 一九〇 月きよみこずゑをめぐるかささぎのよるべもしらぬ身をいかにせん
 一九一 ゆつかつらこずゑもりくる月かげのしたてるひめのかどをさすらん
 一九二 あさこちにゐでこすなみのたやすにもあはぬ物ゆゑたきもとどろに
    *    *

    うねめ
 一九三 あまの川うき木にのれるわれなれやありしにもあらず世はなりにけり

    *    *
 一九四 あし曳の山田のそほづおのれさへわれをほしといふうれはしきこと
 一九五 我がいほは三わの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど
 一九六 もののふのいづさいるさにしをりするとやとやとりのむやむやのせき
    *    *
 
 巻六
 
  用意部

    *    *
 一九七 雲まゆくかたわれ月のかたわれはおちても水に有りけるものを
 一九八 をしからぬみ山おろしのさむしろに何といのちのいく夜ひとりね
 一九九 池水はあまの川にやかよふらん空なる月のそこに見ゆれば
 二〇〇 あけぬるか河瀬の霧のたえだえにをちかた人の袖の見ゆるは
 二〇一 我が宿の梅さきたりとつげやらばこてふににたりちりぬともよし
 二〇二 人ごとは夏野の草のしげくともいもとわれとしたづさはりなば
 二〇三 足引の山橘の色にいでてわがこひなんをやめん方なし
 二〇四 須まのあまのしほやきぎぬのふぢ衣まどほにしあればいまだきなれず
    *    *

    人丸
 二〇五 むすぶ手のいしまをせばみおく山の岩がきし水あかずも有るかな

    しめゆふ
 二〇六 梅花ちらばちらなん(とくちか)をしからず枝だにあらば又もさきなん
 
 〔異本歌〕
 
    元良
 二〇七 わすらるるときはのやまにねをぞなく秋野のむしのこゑにみだれて
                       (書陵部本虫部、一二五の次)

    *    *
 二〇八 わがこころゆたのたゆたにうきぬればへにもおきにもよりやかねまし
    *    *
                       (同巻四世俗言、一三七の次)

    狭衣
 二〇九 いつまでもしらぬながめのにはたづみうたかたあはでわれぞけぬべき
                            (同、一三七の次)

    *    *
 二一〇 あまさがるひなにあるわれをうたかたもひもときさけておもほすらめや
    *    *
                            (同、一三七の次)

    *    *
 二一一 うぐひすのきなく山ぶきうたかたも君がてふれば花ちらめやも
    *    *
                             (同、一三七の次)

    俊頼
 二一二 雪ふれば青葉の山もみがくれてときはの名をやけさはおとさん
                             (同、一三七の次)

    越前守仲実
 二一三 みたやもりなるこのつなにてかくなりはれまもおかぬきりのみなかに
                             (同、一三七の次)

    *    *
 二一四 立山にふりおける雪はとこなつにけずてわたるはかもながらとぞ
    *    *
                             (同、一三七の次)

    *    *
 二一五 水のうへにかずかくがごとくわがいのちいもにあはんとうけひつるかな
    *    *
                           (同由緒言、一三七の次)

    清輔
 二一六 月かげはさえにけらしな神がきやよるべの水につららゐるまで
                              (同、一三七の次)

    *    *
 二一七 あきつべをわがゆきしかばするがなるあべのいちぢにあひしこらはも
    *    *
                        (同巻五名所部市、一九六の次)

    *    *
 二一八 ふるさとのあすかはあれどあをによしならのあすかを見らくよしとも
    *    *
                             (同里、一九六の次)

    *    *
 二一九 名にたかきたかつの海のおきつ浪ちへにかくれぬ山としまねは
    *    *
                             (同海、一九六の次)





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和歌深秘抄解題〔207深秘抄解〕】[第十巻-207]  

  堯憲作。明応二年(一四九三)成立。続群書類従本による。
(武井和人) 
和歌深秘抄】21首 [第十巻-207(続群書類従本)] 

  (作者)
 一 思ふ事などとふ人のなかるらんあふげば空に月ぞさやけき

  衣通姫
 二 とこしへに君やはきますいさなとり興の玉ものよる時時は

  堯孝法印
 三 七本の松を姿の神がきに君が八千世を猶ぞいのらむ

  経賢法印
 四 まよはじと頼むちかひを玉津島島もる神も哀とはしれ

  参議藤原為重
 五 すむ月のはやゆみはりもすぐる夜になかばのあきをいそぐ比かな

  正二位雅親
 六 こけのむすいはねのみづのわきてまた松もふかむる千代のかげかな

  宋世
 七 秋の田にはらみてなびくこれやこの稲負鳥の契しるらん

  人丸
 八 ちるは雪ちらぬは雲と見ゆるかな芳野の山の花のよそめは

  *    *
 九 よしの山今は桜のおもかげに見しよのこすや跡のしら雲
  *    *

  喜撰
 一〇 我が庵は都のたつみしかぞすむ世を宇治山と人はいふなり


 

   *    *
 一一 おもふこと水の柏にとふむしのしづむにうかぶ我が涙かな
 一二 この殿はむべもとみけりさき草の三葉四葉に殿作りせり
   *    *

   俊頼
 一三 思ひ草葉末に結ぶ白露のたまたまきては手にもたまらず

   家隆
 一四 あらし吹く遠山もとのむら柏たが軒ばより雪はらふらん

   *    *
 一五 萩の花を花くず花なでしこの花女郎花又藤袴槿の花
 一六あ さがほの 夕かげまたず 散りやすき 花のなぞかし
   *    *

   堯孝法印
 一七 いまよりは緑の洞もよそならぬ竹の園生の陰をあふがん

   定家卿
 一八 たらちねの及ばず遠く跡ふりぬ道をきはむるわかの浦人

   権大僧都堯尋
 一九 われまでは三代につかへて玉津島かひ有る神の光をぞみる

   鹿苑院入道太政大臣
 二〇 我も三代人も三代まで馴れきつつともにぞみがく玉津島姫

   堯憲
 二一 まよはじと心をつけば玉津島神の誓もなどかなからん
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月詣和歌集解題〔12月詣解〕】[第二巻-12]  

 月詣和歌集の現存諸本は、おそらくは同一祖本から派生したものと推測されるが、なお本文の残存状況などから分類すると、次の四類に大別することができる。

  第一類本
 1 静嘉堂文庫「続群書類従」巻三六八所収本(三〇三・三)
 2 内閣文庫「続群書類従」巻三六八所収本(二一六・一)

  第二類本
 3 彰考館文庫本(巳八)
 4 静嘉堂文庫本(一〇四・三七)
 5 国立国会図書館本(二〇〇・六二)
 6 祐徳稲荷神社中川文庫本(六・二二・九一九)
 7 賀茂別雷神社三手文庫本(宇)
 8 国立国会図書館本(二一三・二〇三)
 9 国立国会図書館本(特別八三〇・一六六)
 10 文化五年版本

  第三類本
 11 肥前島原松平文庫本(一二九・一一)
 12 宮内庁書陵部本伝西行法師筆残巻

  第四類本
 13 宮内庁書陵部本(三五一・六六五)
 14 静嘉堂文庫本(五二〇・一二)
 15 架蔵賀茂季鷹補筆本
 16 早稲田大学図書館本(ヘ・四・二三九一)
 17 安政五年版本

 各系統の代表的本文によってみると、
第一類本1は、続群書類従稿本で、総歌数は一〇七六首を数える。
第二類本3は、九四五首、
第三類本11は、二四八首、
第四類本13は、一二九首を数え、それぞれ江戸初期頃の書写本である。
このうち、底本としては、最も所収歌数の多い第一類本1を用いることとした。

 本文の作成に際しては、底本の誤脱箇所は月詣集他本をもって校訂し、便宜、歌の配列に従って一~一〇七六までの通し歌番号を付した。
(ただし、巻十一末尾にあたる大納言実房歌は歌詞部分を欠くので歌番号は付さない)。
なお、校訂範囲外で掲出すべき諸点を次に記しておきたい。

  一二〇 別雷社歌合ハ「源仲綱」歌トスル。
  五一七 親宗集三二ニ「範玄僧都歌合に雨中瞿麦の心を―とこなつの花にたまおくむらさめはひとつ色にはふらぬなりけり―」ノ歌ガ見エル。親宗歌カ。
  五二二 寂蓮集1二一ニ入ル。
  五九八 皇太后宮大進集一四ニ入ル。
  六〇七 唯心房集1四五・寂然法師集3三六・千載集二三〇(寂然法師)ニ入ル。
  七八五 経盛集一一〇ニヨレバ「法性寺殿三河君」ノ歌。
  九六七 千載集五八九(法印澄憲)、平家物語(澄憲)ニ入ル。

 月詣和歌集の撰者は賀茂重保で、寿永元年(一一八二)一一月、祐盛法師の助力を得て成立したといわれ、賀茂別雷社に奉納された。
全十二巻から成るが、現存本では巻八および巻十一後半部に大きな欠脱箇所があって、序文にいう一二〇〇首には、なお一二四首不足している。

 撰集にあたっては、重保が当代の歌人三六人に提出せしめた寿永百首家集をはじめ、兼実家百首、久安百首、重保主催の歌合・歌会歌などが主要な資料とされ、
寿永当時現存の人々の歌が中心にとられている。俊成・重保・実定・兼実・頼輔・長方・成仲・実家・経盛・経正・忠度、俊恵・西行・顕昭・覚延・覚綱・長真、大輔・小侍従・兵衛・大進らが、
主要な作者としてあげられ、作品は歌林苑の平明で趣向的な詠風の歌が少なくないといわれる。

 重保の生没年は元永二年(一一一九)から建久二年(一一九一)一月一二日、七三歳。賀茂神主重継の男。永万二年(一一六六)六月片岡祝から別雷社権禰宜、嘉応元年(一一六九)四月一六日従四位下、治承元年(一一七七)九月二八日別雷社神主に補せられる。俊成を和歌の師と仰いだといわれ、また歌林苑にも交わり、俊恵と親交が深かった。経盛歌合・実国歌合・広田社歌合などに列し、治承年間に入ると、別雷社歌合(俊成判)のほかに、賀茂社ないしは自邸においてしばしば歌合・歌会を主催し、賀茂社文化圏を形成するに至った。
(杉山重行)

月詣和歌集】1076首 [第二巻-12(静嘉堂文庫蔵続群書類従本)] 

 出雲八重がきの宮ばしらたてはじめしこころだくみは、よにある人のおもひをのぶる
 ことわざとぞなりにける、しかれば、すゑのよまでもそのみちにこころをかけ、なさ
 けあるともがらは、神の御心もなごみてそのあはれみふかかるべし、ここに賀茂わけ
 いかづちのやしろの神主重保、そのかみより三十一字をこころにかけて、四十余年の
 月日をおくれり、しかのみならず、成助がながれをくみてかたじけなくみたらし川の
 すゑをうけたり、ただあさゆふにあふぐところは、〈我がたのむ人いたづら になし
 はてば又雲わけてのぼるばかりぞ〉、このたへなる御ことをおもふに、神の御こころ
 をうごかさんこと、やまと歌にはすぐべからず、これによりて、三十番の歌合をかう
 ぜしかば、しめのうちにあやしくたへなるにほひみてりき、あめをいのりこひて和歌
 をよみあぐればたちまちに天河水をせきくださる、まことにむかしも今も神明の御こ
 ころをなごむることはあらたかなるものをや、しかれば、いそのかみのふりにしあと
 をまなび、三十六人の百首をあつめて神の御たからにそなふ、十二月の宮まゐりの歌
 をつらねて、よみ人の二世のねがひをみてんとおもふこころふかし、これによりて、
 としごろともとする祐盛法師をかたらひて、われも人もななそぢのよはひにおよぶま
 で、春秋につけて花もみぢにこころをそめて、眉のしもかしらの雪のきえなんことの
 はかなさもしらず、後のかたみとどめおかざらんもほいなかるべしとて、おなじくこ
 ころをあはせてたのみをかけあゆみをはこびたてまつる人人、そのほかのことのはを
 あつめて月詣集となづく、千二百首を十二巻にわかちて、我がすべら御神のみづがき
 のうちにをさめたてまつりて、あそびたはぶれのえんむなしからずなすべきなり、
 抑万葉集よりこのかた代代にみがきおき給へるこがねたまのひかりはそらの月あきら
 かなり、そのほかにむかしよりいまにいたるまで、家家につけて心をつくされたるは
 やしの木のは、野べのかづらの中にいりてはそのみちくらくして、いまだみおよばざ
 ればさりがたくなん、しかれば人のあざけりをもかへりみず、あすか河のふち瀬のな
 がれもしらず、聞きわたるにしたがひてかきあつむるなるべし、ねがはくは大明神こ
 のたびそのことのはをもてあそびたまひて、あらはれてはあめのしたやすらけくまも
 りたまへ、かくれてはこのみちむなしからず、わたつみのそこのもくづかきあつめて、
 はまのまさごのかずもらさず、ひろき御めぐみをたれたまへとなり
 

月詣和歌集巻第一
 
 正月 附賀
 
    立春のこころをよめる 皇后宮大夫俊成
   一 としのうちに春立ちぬとやよし野山霞かかれる峰のしら雪
    百首歌中に、立春のこころを 右大臣
   二 けさみればかすみの衣おりかけてしづはた山に春はきにけり
    中院入道右大臣家にて、立春の心をよめる 俊恵法師
   三 けさみればこやの池水うちとけて氷ぞ春のへだてなりける
    たつはるの心を 内大臣
   四 あづまには春過ぎぬとやおもふらん都はけふぞはじめなれども
    大納言実国卿家歌合に、立春の心をよめる 賀茂重保
   五 けさよりやすはのとわたる春風に氷の橋もとだえしぬらん
    右大臣家百首歌に、立春の心をよめる 源仲綱
   六 春やきて雪の下水さそふらんふじのなるさはおと増るなり
    題しらず 藤原定家
   七 春日山ふもとのさとに雪きえて春をしらする峰の松かぜ
    大納言実国
   八 去年といへば久しくなれるここちして思へばよはのへだてなりけり
    子日 参河内侍
   九 しるしらぬのべの小松をひく人は千とせのともになりぬべきかな
    霞をよめる 平資盛朝臣
  一〇 梓弓はるのしるしやこれならん霞たなびくたかまどのやま
    参議経盛
  一一 あとたえて今はながらの橋なれど春の霞は立ちわたりけり
    皇太后宮大進
  一二 よとともにあらふ波にはつれなくて霞に消ゆるおきつしまやま
    神主重保、賀茂宝前にて歌合侍りけるに、かすみをよめる
     藤原隆信朝臣
  一三 山高み霞のうちにきてみればいでし都を又こめてけり
    刑部卿頼輔
  一四 朝まだきかもの河瀬をみわたせば霞の底にうづもれにけり
    大納言隆季
  一五 神がきや榊にかかるしめをまたいかにたなびく霞なるらん
    皇后宮大夫俊成
  一六 杣くだし霞たな引く春くればゆきげの水もこゑあはすなり
    讃岐
  一七 はる霞わけゆくままに尾上なる松のみどりぞ色まさりぬる
    俊恵法師
  一八 しめはへて賤のあらまく小山田のはるのかこひは霞なりけり
    遠山霞といへるこころをよめる 藤原隆房朝臣
  一九 みわたせばそことしるしの杉もなし霞のうちやみわの山もと
    大納言公通卿家に、十首歌人人によませ侍りけるに、夕霞をよめる 俊恵法師
  二〇 夕なぎにゆらのとわたるあま小舟霞のうちにこぎぞ入りぬる
    内大臣
  二一 なごの海の霞のまよりながむれば入日をあらふ沖つしら浪
    法性寺入道前関白太政大臣家にて十首歌人人よみ侍りけるに、霞をよめる 源俊頼朝臣
  二二 けぶりかとむろのやしまをみしほどにやがても空のかすみぬるかな
    重保が賀茂歌合に、かすみをよめる 中納言実守
  二三 きのふまで雪ふりつみしみよしのの春しりがほにけさぞかすめる
    経盛卿歌合に、かすみをよめる 顕昭法師
  二四 白雲のうへよりみえしふじのねを立ちへだつるは霞なりけり
    湖上霞といふことをよめる 左近衛中将重衡
  二五 さざ浪のおとはへだてず八重霞しがのからさき立ちこむれども
    霞隔古寺といふことをよめる 藤原敦仲
  二六 ながめやる霞のうちにむかしみし野寺のかねの声ひびくなり
    霞隔郷といへるこころをよめる 覚綱法師
  二七 そのほどと心あてにぞ思ひやるふしみの里はかすみこめつつ
    百首の歌の中にうぐひすを 右大臣
  二八 梅花にほはぬほどぞまたれける香をとめてくる鶯のこゑ
    山家のうぐひすといふことをよめる 法眼長真
  二九 さびしさをとふはうれしき柴の庵にひとくひとくといとふなるかな
    従三位頼輔母
  三〇 うぐひすのなくに涙のおつるかな又やははるにあはんとおもへば
    兵衛
  三一 何事を春のしるしに出でつらん雪消えやらぬ谷のうぐひす
    平資盛朝臣
  三二 谷ふかみ人もかよはぬ山ざとはうぐひすのみや春をつぐらん
    梅の花ををりて女につかはすとて 従三位平通盛
  三三 うめの花君が為にとたをれどもにほひは袖にのこりぬるかな
    紅梅白梅にほひことならずといふことをよめる 賀茂成助
  三四 梅の花色ことごとにみゆれどもにほひはわかぬものにぞ有りける
    梅花をよみ侍りける 平経正朝臣
  三五 香をとめて人もとひけり梅のはな鶯をこそさそふと思ふに
    賀茂重信
  三六 はる風の吹きこざりせば梅のはなにほふ垣ねをたれかつげまし
    題しらず 藤原定家
  三七 雪のうちにいかでをらまし鶯の声こそ梅のしるしなりけれ
    梅花夜薫といふ心をよめる 参議経盛
  三八 ちることもわすられにけり梅のはな嵐はよるぞうれしかりける
    松間梅花といふ事をよめる 覚延法師
  三九 枝かはす梅の初はな咲きにけり松かぜにほふはるのあけぼの
    題しらず 平忠盛朝臣
  四〇 ぬししらぬ香こそ袂に移りぬれ垣ねのうめに春風ぞふく
    つれなくてやみける女の家に、梅のはなのさかりなりけるに、申しいれ侍りける 賀茂重政
  四一 つらかりし人のやどさへ梅花にほふさかりはなつかしきかな
    残雪未尽 仁和寺二品法親王
  四二 根にかへる花かとみればまださかぬさくらが下の雪のむらぎえ
    残雪をよめる 平行盛
  四三 ちる花によそへてみれば消残る雪さへをしき梢なりけり
    わかなを 中納言長方
  四四 みわたせば若なつむべく成りにけりくるすのをのの荻のやけはら
 
 賀部
 
    堀川院御時、立春の日、けふの心をつかうまつるべきよし仰ごとありければ、
    御前にて奏し侍りける 源俊頼朝臣
  四五 君が為みたらし川を若水にむすぶや千世のはじめなるらん
    六条院の位の御とき、さとにまかでたりける女房の卯杖まゐらせ
    たりけるを、これにさべきこといひやれとおほせごとありければ、
    御前にてつかうまつりける 筑前
  四六 位山はるかにてらす朝日には卯杖つきせぬかげぞみえける
    上西門院うまれさせおはしましたりけるつるうちにまゐりて侍り
    けるに、みすのうちよりしろきうすやうに御すずりをぐしてさし
    いだされたりけるに、よみてかきつけ侍りける 平忠盛
  四七 あさひさす春日の山のひめ小松けふや千とせのふつかなるらん
    今上うまれさせ給ひたりける御よろこびに、そうせよとおぼしくて
    女房のなかに申しはべりける 賀茂重保
  四八 雲のうへのどけき御代といのらずは春の日影のさすをみましや
    かへしせよとおほせごとありければ 参議通親
  四九 千世ふべき春の日影は神山のみねよりいづるめぐみとぞみる
    七十の賀し侍りけるに、人人の歌おくりて侍りければよめる 祝部成仲
  五〇 諸人のいはふことのはみるをりぞ老木に花のさくここちする
    俊恵法師に七十の賀をしてとらせ侍るとてよめる 賀茂重保
  五一 君がよはひいのりかさねて行末も猶ななそぢの春をまたせん
    顕昭法師
  五二 ななそぢに満ちぬる年を待ちつけて千とせつむべきふなよそひせり
    成全法師
  五三 いくちとせ君がこずゑをかぞふればおひそふ松の数もしられず
    衆人慶賀といふことをよめる 分部夏忠
  五四 位山袖をつらねてのぼるかな身のうれしさをいひかはしつつ
    藤原能盛
  五五 諸人はのどけき御代の春にあひて思ひ思ひにはなさきにけり
    大江維順朝臣女
  五六 よのうちにみな名をかふる春なればあしたの空を誰かながめん
    法印静賢が六十賀を澄憲僧都がしてたびけるによめる 法印静賢
  五七 諸人のよろこびきますむそぢをばはこやのみよのなかばとぞきく
    おなじ賀に申しつかはしける 法橋実雲
  五八 六十をば何よろこびと思ふらんちよかさぬべき君とこそみれ
    白河院の花見の御幸に 花園左大臣
  五九 かげきよき花のかがみとみゆるかなのどかにすめる白川の水
    徳大寺左大臣
  六〇 万代の花のためしやけふならんむかしもかかるにほひなければ
    保元四年三月内裏の御会に、花によろこびの色ありといふことを 左大臣
  六一 千世ふべきはじめの春といひがほにけしきことなる花ざくらかな
    近衛院の御時いはひの歌よみてまゐらせよとおほせごとありければ、
    よみてたてまつりける 皇后宮備前
  六二 君が代ははるかなるとの浦風にたつしら波の数もしられず
    祝の心を 大宮太政大臣
  六三 君がよはあまのかご山出づる日のてらん限りはつきじとぞおもふ
    仁安元年大嘗会悠紀方歌よみてたてまつりける時、風俗の歌のうちに、
    稲舂歌坂田郡をよめる 皇后宮大夫俊成
  六四 近江のや坂田の稲をかけつみて道ある御世のはじめにぞつく
    今上御時寿永元年大嘗会悠紀方御屏風に、たまののはらにこまおほく
    はなてるこころをよみたりける 藤原季経朝臣
  六五 数しらぬ玉ののはらのはなれ駒とりもつながずをさまれる世は
    同主基方神楽のうたに、大蔵山をよみ侍りける 藤原兼光朝臣
  六六 昔よりおほくら山といひそめて久しきみよの数をつむらむ
    百首の歌中に、いはひのこころを 右大臣
  六七 行末を越ゆとはなにといのるべきはるけき御世にあへるみなれば
    法皇の御時やそしまめぐりにすみよしにてよめる 中納言長方
  六八 神垣やいそべの松にこととはんけふをば代代のためしとやみる
    徳大寺左大臣の大将のよろこび申しつかはすとてよめる 待賢門院堀川
  六九 うれしさにつつみもあへず池水のいひ出でがたきみくづなれども
    日吉禰宜祝部成仲八十賀し侍りけるによみてつかはしける 参議経盛
  七〇 やそぢをも何か久しと思ふべき神のいまさんとくとこそみれ
    平経正朝臣
  七一 君ぞみん八十の春を過しきてなほもながらの山のさくらを
    右大臣家百首歌中に、いはひの心をよめる 皇后宮大夫俊成
  七二 ももちたび浦島の子はかへるともはこやの山はときはなるべし
    二条太皇太后宮賀茂のいつきと申しける時、本院にて松枝映水と
    いふことを 京極前太政大臣
  七三 千早振るいつきの宮のありす川松とともにぞかげはすむべき
    崇徳院御時法金剛院行幸ありて、菊契多秋といふこころを 法性寺入道前太政大臣
  七四 君が代を長月にしもしら菊の咲くやちとせのしるしなるらん
    花園左大臣
  七五 やへ菊のにほふもしるし君が代は千年の秋をかさぬべしとは
    俊綱朝臣ふしみの家にうゑんとてかつらをこひて侍りければ、
     つかはすとてよみて侍りける 賀茂成助
  七六 みづ垣のかつらをうつす宿なれば月みんことぞ久しかるべき
 

月詣和歌集巻第二
 
 二月 附別部
 
    春駒 仁和寺二品法親王
  七七 もえ出づる荻のやけはら春めけば駒のけしきもひきかへてけり
    前大僧正覚忠
  七八 とりつなぐ人にはあるる駒なれどなつきにけりなあしのわかばに
    賀茂俊平
  七九 むれてはむ遠ざとをのの春駒のをぐろにまがふ荻のやけはら
    藤原公衡朝臣
  八〇 まこもおふるよどのさはべの春駒はおのがかげとぞ草をあらそふ
    故郷春駒といふことをよめる 藤原親盛
  八一 ふるさとの籬のみかは春くれば駒のけしきもあれまさりけり
    わらびをよめる 藤原隆房朝臣
  八二 さわらびを手ごとにをりてかへるかな我こそかねてのべはやきしか
    権中納言俊忠卿家歌合に、かきの柳といへることをよめる 源仲政
  八三 あたらしやしづの柴垣かきつくるたよりにたてる玉のをやなぎ
    水辺柳といふことをよめる 覚延法師
  八四 風ふけば池のかがみにかげうつる柳のまゆぞまづみだれける
    題しらず 静縁法師
  八五 あたりなる花にはいとふ春風のくるしからぬやあをやぎの糸
    歌林苑に、柳風静といへることをよめる 藤原伊綱
  八六 たま柳枝もうごかぬ君が代になびくや風のしるしなるらん
    雨中柳といふことをよめる 玄珍法師
  八七 あめふれば柳の糸のすぢごとにすゑもむすばぬ玉ぞつらぬく
    題しらず 円位法師
  八八 ますげおふるあらたに水をまかすれば嬉しがほにもなくかはづかな
    閑中待花といふことをよめる 覚盛法師
  八九 つれづれの身にもそふべき心さへ花まつほどはあくがれにけり
    内大臣
  九〇 けふも又花まつほどのなぐさめにながめ暮しつみねのしら雲
    越山尋花といへる心をよめる 藤原顕家朝臣
  九一 花みんとはやましげ山わくるまに心をさへぞしをりつるかな
    対山待花といふことをよめる 法眼長真
  九二 このめはる峰のさくらを待つほどは花なしとてもあからめやする
    兼俊法師
  九三 いつとなきよしのの山のしら雲も花まつ春ぞめにはかかれる
    聖印法師
  九四 さき初むる花かとみればさもあらでいく度きえぬ峰の白雲
    尋深山花といふことをよめる 賀茂重保
  九五 花にあかぬ心にみをしまかせずは吉のの山のおくをみましや
    尋山花といふことをよめる 惟宗広言
  九六 花かとてたづねにたれば白雲のたつたの山のこずゑなりけり
    花をたづねて日くれぬといふことをよめる 源俊頼朝臣
  九七 暮れはてぬかへさはおくれ山ざくらたが為にきてまどふとかしる
    皇太后宮大進
  九八 くれぬともいかがかへらん山桜よのまににほふはなもこそあれ
    教長卿歌合に、尋山花といふことをよめる 顕昭法師
  九九 はなみにといそぐ山ぢにいとどしく心さわがす峰のしら雲
    待花といへることをよめる 覚綱法師
 一〇〇 さくら花まつに心をつくしては春を惜まぬ身とやしるべき
    霞のうちに花にほふといふことをよめる 藤原宗隆
 一〇一 山ざくら霞にもるるにほひこそ咲きぬとつぐるつかひなりけれ
    尋花会友といふ事をよめる 浄念法師
 一〇二 山桜けふはたをらでかへりなんみせばやといふひともきにけり
    題しらず 参議経盛
 一〇三 夕がすみ水わけ山にふかければたつともみえずはなのしら雲
    霞隔花といふことをよめる 覚延法師
 一〇四 花ちらす風のつらさにおとらぬはこずゑをこむる霞なりけり
    樵夫尋花といふ心をよめる 源師光
 一〇五 つま木をば花のかげにややすめけるさらばいづこと我にをしへよ
    小侍従
 一〇六 とへどこのしづをはすぎぬ我が身にもおはぬ桜の花はいさとて
    始見山花といへる心をよめる 賀茂重房
 一〇七 山桜さきにけらしなきのふまでたづねかねつつ過ぎしこずゑに
    十首歌よみ侍りけるに、花を 皇后宮大夫俊成
 一〇八 みよしのの花のさかりをけふみればこしのたかねにはる風ぞふく
    神主重保が賀茂歌合に
 一〇九 みにしめしその神山の桜ばなゆきふりぬれどかはらざりけり
    藤原公衡朝臣
 一一〇 花ざかりよその山べにあくがれてはるは心のみにそはぬかな
    百首歌中に、花を 右大臣
 一一一 さかぬまは誰かはとひし我がやどの花こそ人のなさけなりけれ
 一一二 ときは木にたえだえかかる白雲や青葉まじりの桜なるらん
    藤原資隆朝臣
 一一三 あかなくにちりなん花はいかがせん命ぞをしきのちのはるまで
    桜をよめる 源有房朝臣
 一一四 花ゆゑにしらぬ山路のあらばこそいるさかへさのしをりをもせめ
    賀茂宣平
 一一五 をしからぬ枝しなければ山桜いへづとにだにをりぞわづらふ
    大輔
 一一六 よしの山をのへの花や咲きぬらんまつをばおきてかかる白雲
    登蓮法師
 一一七 としごとにそむる心のしるしあらばいかなる色に花のさかまし
    平経正朝臣
 一一八 春ぞうきおもへば風もつらからず花をわきてもふかばこそあらめ
    源師光
 一一九 吉野山さわがぬ雲にしるきかなをのへのさくら花ざかりとは
    源仲政
 一二〇 こぼれいでてにほふものかは白雲にそらがくれする山ざくらかな
    藤原伊綱
 一二一 ひととせはちらで桜のにほひつつ花さかぬまのなぬかなりせば
    源季広
 一二二 をしむにはとまらぬ花のしたがへばうらやましきは春の山かぜ
    平忠度朝臣
 一二三 木のもとをやがてすみかとなさじとて思ひがほにや花のちるらん
    俊恵法師
 一二四 かづらきやたかまの桜さきしより春ははれせぬみねのしら雲
    平業盛
 一二五 花にそむ心ばかりをしるべにていく木のもとにたびねしつらん
    円位法師
 一二六 かくばかりつぼむと花を思ふよりそよぎし風のものになるらん
    藤原季経朝臣
 一二七 いづれともえこそみわかね山ざくら立ちのぼるをや雲としるべき
    待得花一枝といへる心をよめる 法眼長真
 一二八 まがへてはうれしき花のひと枝や散るなげきをもさきにたつべき
    白河の花をみてよめる 道因法師
 一二九 花のちる庭なはらひそおのづから梢にかへすかぜもこそあれ
    重保が賀茂歌合に、花を 大納言時忠
 一三〇 ひととせをさながら春になしはててたえず桜をみるよしもがな
    宮内卿永範
 一三一 心ありてはなにはうつれ鶯のはぶりにちるもをしき匂ひを
    大納言実房
 一三二 桜花ちりなん後のすがたをばかはりてみせよ峰のしら雲
    参議経盛
 一三三 よし野山みねにたなびく白雲のたえまやおそき桜なるらん
    藤原成家
 一三四 花ざかりかものみづがきけふみれば吉のの山もなにこそ有りけれ
    家の歌合に、花を 右大臣
 一三五 みな人のわがものがほにをしむかなはなこそぬしはさだめざりけれ
    大宰大弐重家卿歌合に、花をよめる 西遊法師
 一三六 さざなみやながらの山のみねつづきみせばや人に花のさかりを
    内大臣
 一三七 かりにだにいとふ心やなからましちらぬ花さくこの世なりせば
    白河の花をみてよめる 円位法師
 一三八 花にそむ心のいかでのこりけんすてはててきとおもふわが身に
    入隣家見花といふことをよめる 藤原親盛
 一三九 わがやどをとなりになしてながむれば花のあるじと人やいふらん
    右大臣家百首歌中に、花をよめる 俊恵法師
 一四〇 ながむべきのこりの春をかぞふれば花とともにもちるなみだかな
    崇徳院御時百首歌たてまつりけるに、花をよめる 皇后宮大夫俊成
 一四一 山ざくらさくより空にあくがるる人の心やみねのしらくも
    山ざとの花見侍りけるに、人のいへづとはをらぬかとまうしければ
    平忠度朝臣
 一四二 家づともまだ折しらぬ山ざくらちらでかへりし春しなければ
    暮天帰雁といふことをよめる 参議通親
 一四三 鳥はみなねぐらさだめつ帰る雁いづくをさして雲路行くらん
    帰雁をよめる 藤原隆信朝臣
 一四四 かりがねのこゑするかたをながむれば霞のうちにとほざかるなり
    賀茂重仲
 一四五 しら雲をわけてかへるとみゆるかな峰の桜を過ぐるかりがね
    刑部卿頼輔
 一四六 心こそおなじつらにもなかりけれおもひおもひにかへるかりがね
    兵衛
 一四七 ことならば花のさかりをみてかへれこしぢもおなじ雁のやどりを
    重保が家にてかれこれ、雨中帰雁といふことをよみ侍りけるに 藤原能盛
 一四八 花をだにみすててかへるかりがねのまして雨にはさはりしもせじ
    頼輔卿家歌合に、帰雁をよめる 皇后宮大夫俊成
 一四九 きく人ぞなみだはおつるかへる雁なきてゆくなる明ぼのの空

 別部
 
    登蓮法師つくしにまかりけるに、歌林苑にて人人餞しはべるとて 讃岐
 一五〇 行人ををしむ袂もかわかぬにまたおきそふる秋の夕つゆ
    参河内侍
 一五一 今ぞしるこころづくしは君がためをしむあまりの名にこそ有りけれ
    賀茂重保が越中国へくだりけるを、おなじところにて人人餞し侍りけるによめる 藤原定長
 一五二 秋のうちにかへる山とは契れどもゆきふることやあらんとすらん
    藤原敦仲
 一五三 かへる山ありとたのまぬ道ならばなぐさめもなき別ならまし
    とほく修行にいでけるに、人人わかれのこころをよみ侍りけるに 円位法師
 一五四 ほどふればおなじ都のうちだにもおぼつかなきはとはまほしきを
    別の心をよめる 藤原定家
 一五五 わかれても心へだつなたび衣いくへかさなる山ぢなりとも
    題しらず 祝部成仲
 一五六 わかれぢにしたふ心のおくれねばひとりゆくともおもはざらなん
    中納言の時、おほやけの御かしこまりにて土佐国へ下向のをり、
    式部丞源惟盛がはりままでおくりてかへりけるに、としごろことを
    ならひ侍りければ、青海波秘曲のことかきて給ひけるに 前太政大臣
 一五七 をしへおくかたみをふかくしのばなん身はあを海の波にながれぬ
    おなじやうなる事にて、はらからどもあづまのかたへまかりけるとき、
    さがみの国おほいそといふところよりおのおのくにぐにへ
    わかれけるによめる 法印静賢
 一五八 おもひきやおほいそ浪に袖ひちて別のなかのわかれせんとは
 

月詣和歌集巻第三
 
 三月 附羈旅
 
  寿永元年三月三日、賀茂重保曲水宴しはべりけるによめる 
    前大僧都澄憲
 一五九 さかづきをとるとはみせてたぶさにはながるる花をせきぞとどむる
    頼円法師
 一六〇 さかづきをあまの川にもながせばや空さへけふは花にゑふらむ
    花莚 右大臣
 一六一 花ざかりあをねがみねに旅ねしていく夜あかしつ苔のむしろに
    俊恵法師
 一六二 とことはにいつともわかぬ風なれど春は花ゆゑふくかとぞ思ふ
    大炊御門右大臣家佐
 一六三 ふく風をうらみもはてじちる花のうつろふ色は心とぞみる
    源師光
 一六四 人しれぬ心のゆきてみる花はのこる山べもあらじとぞおもふ
    藤原為業
 一六五 みよしののはなのさかりに成りぬればたたぬ時なき峰のしら雲
    従三位頼政
 一六六 風ふかばかへりかくれよさくら花さかぬまもさぞ枝にこもりし
    源仲頼
 一六七 はなをしむ心はさらばつきはてねまたこん春はものもおもはじ
    讃岐
 一六八 咲きそめてわがよにちらぬ花ならばあかぬ心のほどはみてまし
    藤原敦仲
 一六九 風だにもふかでのどけき春ならばをるてにのみや花はちらまし
    藤原朝仲
 一七〇 かはりゐんねやのちりこそ山桜はなちらぬまのあるじなるらめ
    中原俊宗
 一七一 数ならぬ身にさへ花のをしければはるの心はのどけくもなし
    祝部成仲
 一七二 をしみかねはなのあたりに旅ねしつよはの嵐よ心してふけ
    はなのさかりに菩提樹院の家にてよみ侍りける 藤原公衡朝臣
 一七三 住みなるるわが宿なれどけさみればおぼめくほどに花咲きにけり
    賀茂歌合に、花をよめる 民部卿成範
 一七四 をしめどもかひなかりけり桜ばな風にのみこそさそはれてゆけ
    藤原公時朝臣
 一七五 としをへておなじ桜の花の色を染めますものは心なるらん
    花忘愁といふことをよめる 藤原師綱朝臣
 一七六 花だにも春にかぎらぬものならば秋の心やわすれはてまし
    客来惜花といへる心をよめる 大輔
 一七七 時しまれいたくなちりそ桜花うきあるじのみをしむけふかは
    山花不散風といふことを 法印元性
 一七八 なかなかにをしむ人なきみ山べの花をば風もさそはざりけり
    水辺花といふ心をよめる 覚延法師
 一七九 さくら花池のみぎはにかげみればちらねどねにはかへるなりけり
    雨後花といふ心をよめる 大納言隆季
 一八〇 けさみればやつれてねにぞかへりける雨にうたれし花のすがたは
    遥見山花といふこころをよめる 信親法師
 一八一 けふもまた雲とぞみまし山桜にほひをおくる風なかりせば
    賀茂重保人人いざなひて、白河のはなみに侍りけるによめる 俊恵法師
 一八二 後のはるありとたのみし昔だに花ををしまぬ年はなかりき
    大江維順朝臣女
 一八三 おのづから風のさそはぬこずゑこそまづさく花をみし心地すれ
    古京花といふことをよめる 平忠度朝臣
 一八四 さざ浪やしがのみやこはあれにしを昔ながらのやまざくらかな
    家桜勝他花といへるこころをよめる 行忠法師
 一八五 たぐひなき宿の桜にはるのうちはちらぬ心をかけてこそみれ
    右大臣家歌合に、はなをよめる 皇后宮大夫俊成
 一八六 春くれば猶このよこそ忍ばるれいつかはかかるはなをみるべき
    落花をよめる 中納言長方
 一八七 よしの山梢に花のちるままにたえだえになる峰のしら雲
    兵衛
 一八八 桜ばな木のもとごとに吹きためておのが物とや風のみるらん
    円位法師
 一八九 有りとてもいでやさこそはあらめとて花ぞうき世を思ひしりける
    源仲頼
 一九〇 をしむ名は花にかはりてとまれども梢にさぞとみえばこそあらめ
    藤原為業
 一九一 またもこん春もみるべき花なれどちるは限りのここちこそすれ
    法橋兼覚
 一九二 春風をいとひもはてじ桜花ちらずは袖のものとみましや
    藤原為広
 一九三 なにせんに風をつらしと思ひけんふかぬけふとてちらぬはなかは
    権律師忠快
 一九四 ながめつる梢の花の散りぬればをしむこころもねにかへりけり
    高松宮
 一九五 こずゑには心のみこそとまりけれをしみにきつる花はのこらで
    勝命法師
 一九六 ちるは雪ちらぬは雲にまがひつつこころそらなる山ざくらかな
    法性寺入道太政大臣家弁
 一九七 またさかんはるに心のかからずはちり行く花にみをやかへまし
    覚延法師
 一九八 つねならぬよこそつらけれ桜花はかなくちるも風のとがかは
    太宰大弐重家家歌合によめる 参議経盛
 一九九 桜さくみねを嵐やわたるらんふもとのさとにつもるしら雪
    白河にて人人風後見花といへる心をよめる 参議通親
 二〇〇 きてみれば花のした風吹きにけり木のもとごとの雪のむらぎえ
    大納言公通卿家に十首歌人人よみ侍りけるに 刑部卿頼輔
 二〇一 さくら花よはの嵐に散りにけり朝日にきえぬ庭のしらゆき
    祐盛法師
 二〇二 つひにまた梢にかへる物ならばちるをや花のさかりとはみん
    水上落花と云ふことをよめる 民部卿成範
 二〇三 ちる花の水にしきゆる物ならば春の雪とやおもひはてまし
    海辺落花といへるこころをよめる 従三位季能
 二〇四 高砂の尾上のさくら風ふけばはな咲きわたる浦のしらなみ
    法眼長真
 二〇五 うらちかく梢をはらふ春風に花のとまふくあけのそほぶね
    花下忘帰といふことを 法印元性
 二〇六 おほかたはこのもとこそはすみかなれ花ちりぬともなにかかへらん
    右大臣家後番歌合に、花をよめる 俊恵法師
 二〇七 さくをまちちるををしむに春くれて花に心をつくしはてつる
    題しらず 寂然法師
 二〇八 よの中をつれなき物と思はずはいかでか花のちるにたへまし
    仁和寺二品法親王
 二〇九 花さそふ風ぞおもへばつらからぬ誰もさこそはちらまほしけれ
    雨後落花といふことをよめる 安心法師
 二一〇 山ざくら雲のかへしの風ふけば雨は雪にぞふりかはりける
    湖辺落花といふことをよめる 恵円法師
 二一一 梢には今はながらの山ざくらみなをりてけりしがの浦なみ
    花澗水にみつといふことを 花園左大臣
 二一二 山風にちりつむ花しながれずはいかでしらまし谷のしたみづ
    前太政大臣宇治にて、かすみたにの花をかくすといふことを人人
    よみ侍りけるに、女の歌有るべしとはべりければよめる 皇后宮肥後
 二一三 立ちかくすかすみぞつらき山桜風だに残す花のかたみを
    家の花ちりがたになりけるを、皇后宮中宮と申しける時、
    御台盤所よりめされければ、
    をりてたてまつるとてそへて侍りける 参議通親
 二一四 散りのこるあをばが中の桜ばな風よりさきに尋ねましかば
    かへし 兵衛内侍
 二一五 をしむらん心もふかき花なれば風にしられぬ枝やあるとぞ
    残花留人といふ事をよめる 左衛門督実家
 二一六 はがくれにひとえだのこる花みては心もちらぬ物にぞ有りける
    遥尋残花といふことをよめる 中納言長方
 二一七 ちり残る花もや有ると春がすみへだつる山をいくへこえきぬ
    苗代をよめる 平忠度朝臣
 二一八 苗代にせきやとむらんかきねなるいさらをがはのおとよわるなり
    参河内侍
 二一九 苗代の水ばかりをや山賤のはるはこころにまかせたるらむ
    藤原季経朝臣
 二二〇 しづのをがかへしもやらぬをやま田にさのみはいかがたねをかすべき
    菫菜をよめる 皇后宮大夫俊成
 二二一 むらさきのねはふよこののつぼすみれま袖につまん色もむつまじ
    大納言季成卿女
 二二二 野べにおふるうす紫のつぼすみれたれなつかしき色にそめけん
    荒砌菫といふ心をよめる 参議通親
 二二三 よもぎふの庭のけしきはさびしきに心すみれの花のみぞさく
    堀川院百首に、よぶこ鳥をよめる 源俊頼朝臣
 二二四 あづまぢのなこその関のよぶこ鳥なににつぐべき我が身なるらん
    呼子鳥をよみ侍りける 賀茂重保
 二二五 山びこをなれが友とや思ふらんこたふれば又よぶ子鳥かな
    藤原親佐
 二二六 おぼつかなたれをかくのみよぶ子鳥人数ならばこたへしてまし
    款冬をよめる 平経正朝臣
 二二七 立田川きしの山ぶき咲きぬればかげより波ぞをりはじめける
    つつじをよめる 頼円法師
 二二八 なにごとをしのぶの岡の岩つつじいはでおもひの色に出でぬらん
    水のほとりのつつじといふことをよめる 賀茂実保
 二二九 岩つつじうつれるかげはおほゐ河紅葉をよせし波かとぞみる
    藤為松衣といへるこころをよめる 顕昭法師
 二三〇 色に出づる藤のゆかりにむらさきのねずりの衣まつもきてけり
    兼思三月尽といふこころをよめる 覚綱法師
 二三一 日をへつつをしむ心もゆく春もともにぞふかくなり増りける
    暮春の心をよめる 藤原為業
 二三二 ゆく春は風にしられぬ山かげの花のもとにやたちとまるらん
    土御門内大臣
 二三三 いりひさす山のはさへぞうらめしき暮れずははるのかへらましやは
    讃岐
 二三四 みひとつのなげきならねば暮れて行くはるの別をとふ人ぞなき
    三月尽の日、俊成卿のもとへ申しつかはしける 法印静賢
 二三五 花はみなよもの嵐にさそはれてひとりや春のけふは行くらん
    山家三月尽といふことをよめる 寛玄法師
 二三六 花もちり春もくれぬる山ざとは心さへこそとまらざりけれ
    藤原伊綱
 二三七 こぬまでも道行く人のまたれつつ春も暮れぬるみ山べのさと
    海路三月尽と云ふことをよめる 藤原公衡朝臣
 二三八 へだてつるやへのしほぢのうす霞きゆるややがて春の暮れぬる
    閏三月晦日よめる 権少僧都範玄
 二三九 花の春かさなるかひぞなかりけるちらぬ日数のそはばこそあらめ
 
 羈旅部
 
    暁路霞といへる心をよめる 参議経盛
 二四〇 よをこめてたつ霞だになかりせばひとりこゆらんさやの中山
    羈中帰雁といふことをよめる 教真法師
 二四一 日数へてとぶかりがねもわがごとやかへるこしぢはくるしかるらん
    羈中郭公といへる心をよめる 勝命法師
 二四二 さらぬだに都こひしきしののめになみだもよほすほととぎすかな
    羽衣
 二四三 都には待ちかねたりしほととぎすけふあふ坂の関になくなり
    賀茂資保
 二四四 待ちしより心づくしのほととぎすしばしとどめよもじの関もり
    旅宿の五月雨といふ心をよめる 源仲政
 二四五 五月雨はとまのしづくに袖ぬれてあなしほたれの波のうきねや
    朝海法師
 二四六 さみだれはみかさまさればころも河たたでぞ旅の日数へにける
    右大臣家歌合に、旅のこころをよめる 顕昭法師
 二四七 とほざかるままに都のしのばれてかさなる山のうらめしきかな
    あめのふりけるに、都なる人のもとへつかはしける 散位源光行
 二四八 君こふるなみだの雨のひまなくて心はれせぬ旅の空かな
    心の外なることにて、ひとのくににまかりけるによめる 平康頼
 二四九 かくばかりうき身のほどもわすられて猶恋しきは都なりけり
    みちのくにへくだりまゐりけるに、なこそのせきにてよめる 源義家朝臣
 二五〇 ふく風をなこその関とおもへどもみちもせにちる山ざくらかな
    おほやけの御かしこまりにて、あづまのかたへまかりけるに、ゆくすゑはるかに
    おぼえはべるによめる 参議修範
 二五一 日をへつつ行くにはるけき道なれどすゑを都と思はましかば
    高野へまゐりたまひける道にて 高野法親王
 二五二 さだめなきうきよの中としりぬればいづくも旅の心地こそすれ
    旅の心を 右大臣
 二五三 故郷におもふ人なきたびぢにも草のまくらは露けからずや
    皇后宮大夫俊成
 二五四 あはれなるのじまがさきのいほりかな露おく袖に波もかけけり
 二五五 清見がたなみぢさやけき月をみてやがて心やせきとなるらん
    藤原隆信朝臣
 二五六 玉つしまいその浦やのとまやがた夢だにみえぬ波のおとかな
    藤原顕家朝臣
 二五七 あづまぢはゆきぞやられぬ入日さす山をみやこのかたとながめて
    従三位通盛
 二五八 風ふけばうがはにともすかがり火のあかしかねたるかぢまくらかな
    賀茂重保
 二五九 東路のしばすり衣なれにけりいくあさ露にそほちきぬらん
    内大臣
 二六〇 草まくら結ぶ夢路は都にてさむれば旅の空ぞ悲しき
    藤原良清
 二六一 旅ごろもなだのしほやにかたしきてあまの袖とも成りにけるかな
    藤原範光
 二六二 東路へゆくこのくれはおのづから月をむかふる心地こそすれ
    藤原季経朝臣
 二六三 草まくら君とむすべる旅ならば露ばかりにや袖はぬれまし
    藤原隆房朝臣
 二六四 くさ枕かりねの夢にいく度かなれし都へゆきかへるらん
    海辺旅宿といふことをよめる 定伊法師
 二六五 たびねする人も枕に結べとや磯の草根を波あらふらん
    旅宿虫といふことをよめる 藤原公衡朝臣
 二六六 ふるさとのかべにおとせしきりぎりす草のまくらも声ぞかはらぬ
    月前旅宿といへるこころをよめる 藤原基俊
 二六七 あたら夜をいせのはま荻をりしきていもこひしらにみつる月かな
    藤原親盛
 二六八 やどかさぬ人のつらさぞ忘れぬる月すむのべに旅ねせしよは
    平康頼
 二六九 たび衣かたしく袖も露おきて月さへやどる秋の夕暮
    円位法師
 二七〇 わたの原はるかに波をへだてきて都にいでし月をみるかな
    旅宿冬月といふこころをよめる 藤原敦経朝臣
 二七一 かたしけば涙もこほる袖のうへに月をやどして旅ねをぞする
    羈中落葉といふ心をよめる 賀茂重房
 二七二 木のはちる立田の山のからにしき行きかふ人のうはぎなりけり
    つくしへまかりけるに、みちよりみやこへいひつかはしける 登蓮法師
 二七三 ふるさとをこふる涙のなかりせばなにをか旅のみにはかけまし
    おほやけの御かしこまりにて、あづまのかたへまかりける道にて、霞をよめる 民部卿成範
 二七四 日をへつつ都はとほくなりゆけどたちもおくれぬ春霞かな
    藤原敦頼住吉にて歌合し侍りけるに、旅宿時雨といふことをよめる 小侍従
 二七五 草枕おなじ旅ねの袖に又よはのしぐれもやどはかりけり
    源仲綱
 二七六 たまもかるいはやが下にもるしぐれ旅ねの袖もしほたれよとや
    皇后宮大夫俊成
 二七七 あはれにもよはにすぐなる時雨かななれもや旅の空に出でつる
    左衛門督実家
 二七八 旅ねする磯のとまやのむら時雨あはれを波のうちそへてける
    旅泊時雨をよめる 覚昭法師
 二七九 みなと川時雨せざりしうきねには波のみさすが袖はぬれしか
    大納言実房
 二八〇 風のおとにわきぞかねまし松がねの枕にもらぬ時雨なりせば
    旅宿時雨といふことをよめる 民部卿成範
 二八一 霜がれの草引きむすぶ旅やかたしぐれもるよはふしぞわづらふ
    勝命法師
 二八二 はつ時雨わがふるさとや過ぎきつるくさの枕にものがたりせよ
    海辺時雨といふことをよめる 平行盛
 二八三 かくまでは哀ならじをしぐるとも磯の松がね枕ならずは
    旅行霰といへるこころをよめる 刑部卿頼輔
 二八四 雨かとてくもればいそぐ道芝にまづたばしるは霰なりけり
    藤原朝仲
 二八五 雪ふれば道しらすげのささはらに駒にまかするひなの旅人
    藤原盛雅
 二八六 ふりかかるすげのをがさを打ちはらひゆきわづらへる野路の旅人
    旅宿歳暮といへる心をよめる 源師光
 二八七 かりそめの草の枕と思ひしにこよひあけなばふたとせやつむ
    羈旅述懐 仁和寺二品法親王
 二八八 よしさらば磯のとまやに旅ねせん波かけずとて濡れぬ袖かは
 


月詣和歌集巻第四

 四月 附恋上
 
    更衣をよめる 皇后宮大夫俊成
 二八九 いつしかもかへつる花の袂かなときにうつるはならひなれども
    藤原顕家朝臣
 二九〇 ひきかへていつしかきつる白がさね夏のたちけるころもなりけり
    藤原定家
 二九一 惜むにもこころなるべき袂さへ花のなごりはとまらざるらん
 二九二 あかざりし花の袂はけふぬぎぬうき身ぞかふる時なかりける
    昌俊法師
 二九三 いつしかと春の思ひをたつものは風をいとはぬせみの羽ごろも
    俊成卿家に人人十首歌よみ侍りけるに、更衣をよめる 藤原敦仲
 二九四 みになれし花のたもとををしとてもぬがではつべき衣更かは
    更衣の日、女のもとにつかはしける 従三位季能
 二九五 これにだにあふうれしさをつつまばやくちし袂はけふぞかへつる
    四月一日によめる 平行盛
 二九六 けふもなほ風をばまたじおのづからおくれて匂ふ花もこそあれ
    やよひのつごもりにもの申したりける女に、四月一日につかはしける
    藤原公衡朝臣
 二九七 春の色を惜むにそへてけふは猶かさねしそでぞ衣がへうき
    賀茂重保が家にて、故郷卯花といふことを人人よみはべりけるに 大輔
 二九八 あれ残る垣ねまばらの卯のはなは[     ]色も淋しき
    紀康宗
 二九九 ふる郷はへだてもみえず卯のはなの咲けるところや垣ねなるらん
    暮見卯花といふことをよめる 賀茂重保
 三〇〇 うの花のさける垣ねは夕づくよ入りぬるあとに影ぞとまれる
    垣卯花といへるこころをよめる 藤原経家朝臣
 三〇一 神まつるうづきになれば卯花の垣ねもをみの衣きてけり
    題しらず 左衛門督実家
 三〇二 真柴かるしづないそぎそ卯花に夕やみもなしをののほそ道
    樵路卯花といふことをよめる 藤原定佐
 三〇三 うの花をかざしのしばにさしそへて家ぢにかへるをののやまびと
    卯花所所といふことをよめる 中原有安
 三〇四 たえだえにさける垣ねの卯花やおとなし川のせぜのしら浪
    歌林苑にて人人、引友尋郭公といへることをよめる 大江広親
 三〇五 思ふどち尋ね行くにも時鳥まづさきにこそきかまほしけれ
    衆人待郭公といふことをよめる 源師光
 三〇六 ほととぎすまつ夕ぐれのまどゐこそこころごころのひとりなるらめ
    小侍従
 三〇七 時鳥まてどきなかずいざさらばおもひおもひにゆきてたづねん
    郭公 仁和寺二品法親王
 三〇八 尋ねみてうらみははてん時鳥いづくもかくやよがれしつらん
    題しらず 湛覚法師
 三〇九 あけぬとてまどろみもせず時鳥初音はよるにかぎるものかは
    民部卿成範
 三一〇 よもすがら待つをばしらで郭公いかなる山の峰になくらん
    頼円法師
 三一一 待つ人にわきてきかせば時鳥一こゑなりとうれしからまし
    大納言公通卿家に十首歌人によませ侍りけるに、郭公を 内大臣
 三一二 人しれず我が身のうへにまつことの心をわくるほととぎすかな
    藤原定長
 三一三 うきみとて待つにはあらず時鳥花たちばなをただにあれとや
    登蓮法師
 三一四 いかで我思ひしらせん郭公まつよながらにつもるうらみを
    歌林苑にて、待郭公といふことを人人よみ侍りけるに 覚綱法師
 三一五 思ひねのゆめにきなくは時鳥人づてよりもうれしかりけり
    紀康宗
 三一六 ほととぎすこゑまちつけて聞く人も思ふことをやなほ残すらん
    百首歌中に、時鳥を 右大臣
 三一七 ほととぎす思ひもあへぬ初こゑはねぬ人さへぞおどろかれける
    俊恵法師
 三一八 かねてよりただ一声としらませばききはまどはじやま郭公
    始聞時鳥といふことをよめる 藤原親佐
 三一九 けふこそは里なれそむれ時鳥一こゑなけとたれかをしへし
    顕昭法師
 三二〇 聞きそめて後もまたるる時鳥こはまた誰にしのぶなるらん
    ねざめのほととぎすといふことをよめる 参議通親
 三二一 ねざめするたよりにきけば時鳥つらき人さへうれしかりけり
    海辺郭公といふことをよめる 中原清重
 三二二 すみ吉のまつとききてや時鳥つもりのうらにはつね鳴くらん
    春宮大夫公実卿家にて、時鳥をよめる 頼輔卿母
 三二三 ほととぎす又もや鳴くとまたれつつきくよしもこそねられざりけれ
    重保家にて人人、社頭郭公といふことをよみ侍りけるに 源宗光女
 三二四 あはれとや神も聞くらんほととぎすさかきのえだにゆふかけて鳴く
    時鳥をよめる 昌俊法師
 三二五 待つたびにきなくと思はば時鳥ねぬよつもるも嬉しからまし
    藤原盛方朝臣
 三二六 行きちがふたそかれどきの雲路にてかたみになのるほととぎすかな
    源仲頼
 三二七 まつほどはちぢに心をつくさせて一声なのるほととぎすかな
    賀茂重仲
 三二八 いづかたぞ心まどはす時鳥いまひとこゑにゆくへしらせよ
    夢聞郭公といふことをよめる 藤原定佐
 三二九 ほととぎす夢に聞きつる一声はおどろくばかりうれしかりけり
    遠聞時鳥といふことをよめる 権少僧都範玄
 三三〇 時鳥をちにかたらふ声すなり山びこだにもちかくこたへよ
    題しらず 平行盛
 三三一 ひと声とまちつることは時鳥まだきかぬまのこころなりけり
    勝命法師
 三三二 我ばかりまたぬ人もやほととぎすあけ行く空のこゑを聞くらん
    経盛卿家歌合に、郭公を 刑部卿頼輔
 三三三 をしめどもとまらですぎぬ時鳥こころの関はかひなかりけり
    瞻西上人の雲居寺にこれかれまかりて、いまだ時鳥にあかずといへることを
    よみはべりける 源俊頼朝臣
 三三四 などてかく思ひそめけん時鳥ゆきのみ山ののりのこゑかは
    左衛門の陣に侍りけるに、ほととぎすを聞きてよめる 源季貞
 三三五 みかきもりまてかふほどは郭公しばし雲ゐになのりして行け
    右大臣家歌合に、郭公を 皇后宮大夫俊成
 三三六 すぎぬなりよはのねざめの時鳥こゑはまくらにあるここちして
    夏神楽をよめる 賀茂重保
 三三七 ゆふしでてひとつのみぞやかけつらんとよのやしまにかしはそよめく
 
 恋上
 
    人につかはしける 三宮
 三三八 いかにせん思ひを人にそめながら色にいでじとしのぶこころを
    その人ともしらでみ侍りける女のもとに、おしあてにつかはしける
    徳大寺左大臣
 三三九 ひとめみし人はたれともしら雲のうはの空なる恋もするかな
    題しらず 内大臣
 三四〇 人しれぬ木のはの下のうもれ水おもふこころをかきながさばや
    祝部成仲
 三四一 おもふべき人はわれともしら露のしらずや君がこころおくらん
    源季貞
 三四二 恋しさはただひとすぢに成りぞゆくうしつらしとはことにこそいへ
    藤原清輔朝臣
 三四三 なにはめがすくもたくひのした煙うへはつれなきわが身なりけり
    左衛門督実家
 三四四 身にかへてつらきと何に思ふらんいけらばなびく人もこそあれ
    藤原隆房朝臣
 三四五 さのみやは心ばかりをつくしなるいきの松原しらでとし経る
    刑部卿頼輔
 三四六 から衣おもひたつよりぬるるかななみだぞ恋のはじめなりける
    花園左大臣
 三四七 はかなくも人に心をつくすかな身のためにこそ思ひそめしか
    寂然法師
 三四八 かくばかり人の心をくだきけんむくい思ふもうらめしのみや
    藤原為業
 三四九 今ぞしる袂の色のくれなゐはつれなき人のそむるなりけり
    待賢門院堀川
 三五〇 あら磯の岩にくだくる波なれやつれなき人にかくる心は
    藤原伊綱
 三五一 つれなくぞ夢にもみゆるさよ衣うらみんとてはかへしやはせし
    成全法師
 三五二 ますかがみ恋にやつるる影みれば我さへ我とみえぬなるかな
    従三位季能
 三五三 つれなきはいはで絶えなんと思ふこそあひみぬさきの別なりけれ
    法眼実快
 三五四 よそ人にとはれぬるかな君にこそみせばやとおもふ袖のしづくを
    藤原為業
 三五五 思へども忍ぶる恋のわりなきはつらきもえこそうらみざりけれ
    賀茂重保
 三五六 おもはじと思ひかへすにかへらぬは涙の河のながれなりけり
    源光行
 三五七 我ゆゑのなみだと君がしらませばくつとも袖の嬉しからまし
    覚昭法師
 三五八 おのづからあはでなぐさむかたやあると恋に馴れたる人にとはばや
    平経正朝臣
 三五九 つらさをば思ふあまりに忘られて恋しきことのなぐさめもがな
    民部卿成範
 三六〇 きえかへりなげく心をしらせばやさてもや露のなさけおかぬと
    登蓮法師
 三六一 いつまでとつれなき日数かぞへてか身をくだきつつ年を経ぬらん
    新少将
 三六二 思ひきや涙の色はもみぢしてあはぬときはのなげきせんとは
    源有房朝臣
 三六三 恋はただふたもじなれどたまづさにかきもつくさぬここちこそすれ
    賀茂季仲
 三六四 恋ひわびぬしなばやとのみ思へどもいくらはかなき世にしあるらん
    藤原行家
 三六五 今みてんかくいひいひて恋ひしなば身にかふばかりおもひけりとは
    刑部卿頼輔
 三六六 つらくともつひのたのみは有りなましあはぬためしのなき世なりせば
    大江泰友
 三六七 君ゆゑにおつるなみだの露をこそ恋しきかずにおくべかりけれ
    恵円法師
 三六八 あふことはうつつにそへる面影とはかなきよはの夢となりけり
    藤原親盛
 三六九 いのちさへわが心にはしたがはで恋死ぬとだにきかれぬぞうき
    源師光
 三七〇 後の世と契らば身をばすてはてんをしむ命もたれがゆゑなる
    藤原敦仲
 三七一 あはれてふなさけをかけてわが袖に涙をよその物となさばや
    覚盛法師
 三七二 それゆゑに涙の色もふかければつらきにそむる袂なりけり
    暁恋をよめる 賀茂重保
 三七三 さりともと猶待つものをいまはとて心よわくぞ鳥はなくなる
    夜思のこころをよめる 藤原定長
 三七四 思ひねの夢だにみえで明けゆけばあはでも鳥のねこそつらけれ
    見手跡恋といふことをよめる 性寂法師
 三七五 しどろなる筆のすさびをみるからに心のうちのかきみだるかな
    見衣恋を 高松宮
 三七六 しらせばやこすにはつるる袖のうちに入りぬるたまのぬしは誰ぞと
    題しらず 藤原季定
 三七七 恋せじとみよの仏にいのりせん神のみそぎはうけずなりにき
    藤原隆房朝臣
 三七八 住吉のちぎのかたそぎこれのみやあはぬためしに年へぬるもの
    平忠度朝臣
 三七九 いかにせんしばしはさこそいとはめと思ひしほどにやがてつれなき
    成全法師
 三八〇 いかにせんおさふる袖もくちはててかかるかたなくおつる涙を
    従三位頼政
 三八一 せきもあへずはなれておつる涙かなわがそばだつるたき枕より
    法橋宗円
 三八二 もゆれどもかひなき恋のけぶりゆゑ雲と成りなんことぞかなしき
    祐盛法師
 三八三 色みえぬ心のほどをしらするはたもとをそむる涙なりけり
    歌林苑歌合に、恋のこころをよめる
 三八四 なきながす涙にうつるかげならば何かうき身のたぐひならまし
    題しらず 右大弁親宗
 三八五 くれなゐのこひの涙のいかなればはてはくちばに袖をなすらん
    覚盛法師
 三八六 うき身にはつれなき人ぞなかりけるあひみんまでは思ひよらねば
    中務卿宮民部卿
 三八七 あさからぬ契りははやくかはる世に涙ぞたえぬなかとなりぬる
    湛覚法師
 三八八 命こそあはぬなげきのなかりけれたえなばものを思はましやは
    覚延法師
 三八九 それをだに君が心にかなふやと我もわが身をいとふあはれさ
    藤原師綱朝臣女
 三九〇 あはぬまの袖にながるる涙こそわが身のうきといふべかりけれ
    長盛朝臣
 三九一 今はただけふまでつらき人よりも恋にたへたる身をぞ恨むる
    左衛門督実家
 三九二 かくばかりくるしとおもふ恋ぢにもやすまぬものは心なりけり
    定伊法師
 三九三 うれしきもうきもゆかりを尋ぬれば恋しきにこそはてはなりけれ
    顕昭法師
 三九四 うき人のゆかりに身をばをしまねど恋ははかなきすさびなりけり
    三河内侍
 三九五 にごり行くここちこそすれひとりぬるまくらのちりにつもる涙は
    寂然法師
 三九六 君ゆゑにおつる涙のをしければかたしく袖をしぼらでぞぬる
    右大臣家歌合に、恋のこころを 俊恵法師
 三九七 我が恋は今はかぎりとゆふまぐれ荻ふく風のおとづれてゆく
    経盛卿歌合、恋を 刑部卿頼輔
 三九八 恋ひしなん命はなほもをしきかなおなじ世にあるかひはなけれど
    百首の歌の中に、恋のこころをよめる 円位法師
 三九九 たのめぬに君くやとまつよひのまのふけふけてただあけなましかば
    右大臣家百首中に、恋のこころを 内大臣
 四〇〇 さきにたつ涙とならば人しれず恋ぢにまどふ道しるべせよ
    聞詞怨恋といふことをよめる 中原清重
 四〇一 露ばかりなさけもかけぬことのはを思ひしらぬは涙なりけり
    藤原季定
 四〇二 なさけなくふみかへさるる小山田に猶しも恋のたねをまくかな
    待返事恋といふことを 大納言隆季
 四〇三 玉章をたよりにかくる雁がねのかへらぬそらはかくやまたれし
    たまたま返事をみる恋といへることをよめる 権僧正道勝
 四〇四 まちまちて心づくしのふみみればゆるさぬもじのせきぞゐにける
    見返事無字恋といへる心をよめる 勝命法師
 四〇五 津の国のあしでにもなき浦をみてなにはのことにおつる涙ぞ
    不返事恋といふことをよめる 平経正朝臣
 四〇六 こころなき風だにこそはわかの浦によせくる波をかへすとはきけ
    いやしきをいとはるる恋といふことを 羽衣
 四〇七 いかにせんそまやま川のくれごとに思ひくだしてあはぬ心を
    被厭老恋といふことをよめる 賀茂俊平
 四〇八 思ひしる事もありなん命あらば誰もさかりはしばしばかりぞ
    平行盛
 四〇九 いとはるるとしはすがたにしるければいひかくすべきかたもなきかな
    随日増恋といふ事をよめる 法皇御製
 四一〇 こひわぶるけふの袂にくらぶればきのふの袖はぬれしかずかは
 


月詣和歌集巻第五
 
 五月 附恋中
 
    題しらず 右大臣
 四一一 五月雨にぬれぬれひかんあやめ草ぬまのいはかき浪もこそこせ
    土御門内大臣の久我山荘にて、旅宿菖蒲といふことを人人よみ侍りけるに
    祐盛法師
 四一二 妹がすむ都なりせばあやめ草まくらはふたつゆはましものを
    菖蒲をよめる 藤原定佐
 四一三 としごとにひく手もたゆしあやめ草けふより軒にねざせとぞ思ふ
    平忠度朝臣
 四一四 あやめ草たづぬる人のこころにぞまづながきねはかかり初めける
    藤原資隆朝臣
 四一五 五月雨によどののあやめみがくれてかをらざりせばいかでひかまし
    定伊法師
 四一六 あやめ草おのがぬまべをあくがれて軒のしのぶに宿かりてけり
    草の庵ののきにあやめを 紀康宗
 四一七 やどごとにかはらずみゆるあやめ草さのみやおなじぬまに引きけん
    深夜時鳥といふことをよめる 勝覚法師
 四一八 時鳥われぞよぶかく待ちえたる声をねざめの人にきかすな
    藤原敦経朝臣
 四一九 ふけてなくならひなりせば時鳥こよひはしばしまどろみなまし
    時鳥をよめる 祝部成仲
 四二〇 ほととぎす雲ゐに鳴きて過ぎぬれど声はこころにとまるなりけり
    藤原定長
 四二一 立花やをりやつまましほととぎすなくなくまでもうらむばかりに
    泰覚法師
 四二二 尋ねつる山のかひにはほととぎす人づてならではつねをぞきく
    公卿殿上人あまた右近馬場にて時鳥きき侍りけるに、
    いざなはれてよみ侍りける 祐盛法師
 四二三 けふここにこゑをばつくせ時鳥おのが五月ものこりやはある
    題しらず 平忠盛朝臣
 四二四 なつかしきはな立ばなの匂ひかな誰がうつりがと思ひなさまし
    皇后宮大夫俊成
 四二五 たれか又花たちばなに思ひいでん我もむかしの人となりなば
    右大弁親宗
 四二六 わが宿の花立ばなにふく風をたが里よりとたれうらむらん
    平経正朝臣 
 四二七 軒ちかきはな橘にふく風は枝にふれでぞ香はさそひける
    花橘遠くにほふといふことをよめる 惟宗広言
 四二八 たがさとの花立ばなをさそひきて我が物がほに風かをるらん
    かやり火をよめる 小侍従
 四二九 夏くればむろのやしまのさと人も猶かやりびや思ひたつらん
    参議経盛
 四三〇 もしほやくけぶりとのみもみゆるかなあまのとまやにたつるかやりび
    右大臣家百首に、五月雨を 刑部卿頼輔
 四三一 もしほやく思ひをあまの絶えぬらんいつはるべしとみえぬ五月雨
    藤原季経朝臣
 四三二 なはしろにたえだえひきしわすれ水あぜこえにけり五月雨の比
    藤原隆信朝臣
 四三三 五月雨はしかまのあまのとまもりてこやしほたるるすがたなるらん
    五月雨を 大納言実国
 四三四 五月雨にしづのしのやのたかすがきふしところまで水はきにけり
    左衛門督実家
 四三五 さみだれのいさらをがはをひきかけてそともの小田を水となしつる
    平資盛朝臣
 四三六 五月雨のはれま待ちえて賤の女が門田のさなへ今やとるらん
    兵衛
 四三七 さみだれのをやまぬころぞかつまたの池もむかしのけしきなりける
    海辺五月雨といふことをよめる 大江公景
 四三八 五月雨にあまのとまやもくちはててかづきせぬにも袖やかわかぬ
    五月雨遠行といふことをよめる 源宗光女
 四三九 五月雨にささめのみのも朽ちはててぬれぬれぞゆくのばらしの原
    連日五月雨といふことを 賀茂実平
 四四〇 五月雨のはれま待ちえては旅衣ほさでもやがて朽ちぬべきかな
    さなへをよめる 兵衛
 四四一 とりどりに山田のさなへいそぐめりほに出づる秋もしらぬいのちに
    雨後早苗といふことをよめる 藤原範綱
 四四二 さみだれのなごりにおける白露の玉ぬきながらとる早苗かな
    水鶏をよみ侍りける 平経正朝臣
 四四三 我が宿はしたまつ人もなきものをなにあらましにたたく水鶏ぞ
    藤原有家
 四四四 われゆゑとたたくくひなや思ふらんあくればあくるまきの板戸を
    上西門院兵衛
 四四五 あけながらまきの板戸をこころみんよはの水鶏は猶やたたくと
    賀茂重政
 四四六 よもすがらたたく水鶏のあまのとをあくるをりしもいづち行くらん
    山家水鶏を 藤原定佐
 四四七 柴の戸をさすよもさらにさらぬよもいかにせよとてたたく水鶏ぞ
    両方水鶏といふことを 藤原親盛
 四四八 ひとかたはさりとも人のたたくらんあくればこれも水鶏なりけり
    暁水鶏といふことを 法橋兼覚
 四四九 忍びづまおきつる後はささぬとをたたくにしりぬ水鶏なりけり
    なつかりのこころをよめる 賀茂保久
 四五〇 あさゑする夏のの草のふかければ鹿にこころをかけているかな
    照射をよめる 賀茂重保
 四五一 ともしするほぐしをまつと思へばやあひみて鹿の身をばかふらん
    夏夜暁月といふことを 道円法師
 四五二 月は猶山のはとほく残れどもほどなくあくる夜こそ惜しけれ
    夏月をよめる 覚綱法師
 四五三 夏草の露にやどれる月影はあだにむすべるつららなりけり
    寛玄法師
 四五四 久方の月もこよひやすずむらんいはもる水に影やどしける
    賀茂資保
 四五五 月こよひ秋にかはらずおなじくはほどなくあけぬやまのはもがな
    山中夏月といへることをよめる 藤原親佐
 四五六 夏山のならの青葉をふく風にかげさだまらぬ夕づくよかな
    水上夏月といふことをよめる 賀茂重保
 四五七 夏のよはいはかきしみづ月さえてむすべばとくる氷なりけり
    左衛門督実家
 四五八 夏の夜はやどれる月のけしきにておなじしみづも涼しかりけり
    山中蛍火といふことをよめる 覚延法師
 四五九 こよひこそをぐらの山もなかりけれこのしたやみに蛍みだれて
    蛍火照船といふことをよめる 賀茂重仲
 四六〇 とまやかたてらす蛍はひこぼしの妻むかへ船こぐかとぞみる
    蒲草化為蛍といふことをよめる 荒木田成実
 四六一 五月雨にをがやの軒のくちぬればやがて蛍ぞ宿にとびかふ
    湖上蛍火といふことをよめる 藤原範季朝臣
 四六二 夏むしのかげみだるめりさざ浪やしがのからさき風や吹くらん
 
 恋中
 
    みれどもあはぬこひといふことを 花園左大臣
 四六三 人しれぬ恋にわが身はしづめどもみるめにうくは涙なりけり
    ゆかりをむつぶるこひといふことをよめる 賀茂重久
 四六四 なでしこを我が恋草のゆかりとてなづさふ露に袖ぞしほるる
    心ざし侍りける童のふみをとりにつかはしたりければ 天台座主忠尋
 四六五 ふみわけてかくなばかりになりにけり物思ふ人のやどのには草
    寄苗代恋といふことを人人重保が家にてよみ侍りけるに 藤原能盛
 四六六 苗代の水はこころにまかすれどこひのなみだをせきあへぬかな
    契夏恋といふことをよめる 賀茂惟基
 四六七 たのむるにかねてぞなげくみじか夜をねぬに明けぬと聞置きしかば
    寄更衣恋といふ心をよめる 覚綱法師
 四六八 けふよりや涙の川をせきかねんひとへになりぬ袖のしがらみ
    祐盛法師
 四六九 夏ごろもおなじ涙の色なれば朽ちぬやかはるしるしなるらん
    前斎院右衛門佐
 四七〇 いはひつつ立ちぞかへつる夏ごろもあかぬなごりの涙かかれど
    遠き人をこふといふことをよめる 源宗光女
 四七一 便りあらばむやのはまぐりふみみせよ遥なるとの浦に住むとも
    海路恋といふことをよめる 賀茂実保
 四七二 いかなれば身はうき舟にのりながら涙のそこにしづむなるらん
    恋催無常といふことをよめる 智経法師
 四七三 後の世のけぶりとしらでこれをさはこひにこがるとなげくべきかは
    依恋入菩薩といふこころをよめる 源仲頼
 四七四 しるらめやつらしとかきし墨の色を衣にそめておもひたつとは
    法印慈円
 四七五 恋ゆゑに世をそむきぬとしらすなよあはんといはばさめもこそすれ
    恋妨菩薩といふこころをよめる 勝真法師
 四七六 したもえの恋のけぶりも立ちそひてこころの月はいつかはるべき
    賀茂卅講五巻日、重保が家にて、恋変道心といふことを人人よみ侍りけるに 前大僧都澄憲
 四七七 さりともとたてしにしきぎこりはててけふおほはらに墨染のみぞ
    皇太后宮大進
 四七八 待ちかねて恋なぐさめにみる月のやがて心をにしへいざなふ
    題しらず 八条院六条
 四七九 あひ思ふ人だにそはぬ後の世に恋やかはらぬともとなるべき
    祈神増恋といふことをよめる 俊恵法師
 四八〇 此世には契りなしとてなかなかに恋ひしねとする神のしるしか
    示現をたのむ恋といふことをよめる 皇太后宮大進
 四八一 おもひねのしるしみえぬる夢なればあはすることも神にまかせん
    身のほどをおもひていひいださざる恋といふことをよめる 小侍従
 四八二 さるさはの池になびきし玉もこそかかる歎きのはてと聞きしか
    大納言実房
 四八三 思ひあまりいはんに人のつれなくていとどうき身のほどやしられん
    女につかはしける 藤原隆房朝臣
 四八四 おなじくはかさねてしぼれ濡衣さてもほすべき思ひならぬに
    返し よみ人しらず
 四八五 ながれてもすすぎやするとぬれ衣ひとはきすとて身にはならさじ
    百首歌中に 源俊頼朝臣
 四八六 あさでほすあづまをとめのかや莚しき忍びてもすごす比かな
    艶女逢他人といふ心を人人よみ侍りしに 大納言実国
 四八七 とけがたき心とみしはひむろ山ただ我からのつらさなりけり
    土御門内大臣、女のもとにいかで、そのかげに我が身をなして
    あさゆふはなれじといひつかはしたりければ、かへしによめる よみ人しらず
 四八八 あぢきなく人さへありそ侘びぬべき物思ふみのかげになりなば
    百首歌中に 参議親隆
 四八九 しぼりつる袖ばかりとぞ思ひしに名をさへ恋にくたすべしやは
    右大臣家歌合に、恋の心をよめる 顕昭法師
 四九〇 よそにのみ人はかくともいとはぬをうき身は恋にあらはれにけり
    寄草花恋といへることをよめる 藤原範俊
 四九一 あだしのの露にをれふす女郎花つれなき人のかからましかば
    晩風催恋といふことをよめる 藤原顕家朝臣
 四九二 よとともにつれなき人をこひ草の露こぼれます秋の夕かぜ
    鹿声増恋といふことをよめる 藤原伊経
 四九三 さをしかのなくねに袖ぞぬれ増るおのが涙にあらぬものから
    すみがまによする恋といふことをよめる 覚綱法師
 四九四 わぎもこにあはぬなげきをこりつみていく炭竈にやかばつきなん
    寄歳暮恋といふことをよめる 皇太后宮大進
 四九五 けふまでは思ひしをれぬあけば猶身をうぐひすの初音鳴けとや
    院因幡
 四九六 かくてさは年も暮れぬと思ふにも人のつらさの数もそひぬる
    寄枕恋といふことをよめる 土御門内大臣
 四九七 つつめども枕は恋を知りぬらんなみだかからぬよはしなければ
    左衛門督実家
 四九八 わが恋は枕ばかりもしらじかしよすがらおきてあかすとおもへば
    寄占恋といへることをよめる 皇嘉門院武蔵
 四九九 なほざりのてずさみにする恋うらもあふにしあふは嬉しかりけり
    歌によりてこひまさるといふことをよめる 讃岐
 五〇〇 うしと思ふ人の心をたねとすることのはをしもみるぞ悲しき
    ものがたりの名によする恋といふことをよめる 藤原伊綱
 五〇一 ぬれぎぬととふ人あらばいふべきに色にぞしるき忍びねの袖
    関をへだつる恋といへる心を 高松宮
 五〇二 恋にねてこひぢにまよふ関の名はいはねどしるきなこそなるらん
    隔河恋といふことをよめる 平忠度朝臣
 五〇三 まれにだにあふよもあらば天の河へだつるほしのたぐひならまし
    従三位頼政
 五〇四 山しろのみづののさとに妹をおきていく度よどに舟よばふらん
    恋下女といへることをよめる 藤原懐綱
 五〇五 なれがくむいたゐの水の雫にもおとらぬものをこふる涙は
    依恋赴遠路といふことをよめる 紀康宗
 五〇六 尋ねゆく心づくしのはてに又あひみぬうさやあらんとすらん
    題しらず 藤原隆親
 五〇七 つらかりし人のなごりとなりにけりおのが物から落つるなみだは
    藤原重頼
 五〇八 ひるも思ひよるもなげきのたえぬかなとくあけぬるとくれもやらぬと
 


月詣和歌集巻第六
 
 六月 附恋下
 
    古宅泉といふことをよめる 法眼長真
 五〇九 みし人もなきふる郷のまし水にいつよりゐたるみくさなるらん
    対泉恥老といふことを [    ]
 五一〇 あはれ[            ]人も[        ]
    [        ] [    ]
 五一一 しづくにもにごらば月[    ]いたゐのし水むすばでぞみる
    夜対泉といふことをよめる 左衛門督実家
 五一二 すずむともいづみの水はむすびあげじやどれる月のさわぎもぞする
    氷室を 大炊御門右大臣
 五一三 あたりさへ涼しかりけりひむろ山まかせし水の氷るのみかは
    蓮をよめる 大納言資賢
 五一四 おろかにも露の命を惜むかなはちすのうへにゐるをみながら
    清円法師
 五一五 はちす葉の花におきゐる露のみはつとめてやどるもととこそきけ
    夏月照蓮といへるこころを            琳[ ]
 五一六 池水ははすのうき[     ]つゆにぞやどるなつ[   ]
    雨中瞿麦といふ[     ] [    ]
 五一七 とこなつの花にだに[     ]ひとつ色にはふらぬ[  ]
    夏草をよめる 従三位通盛
 五一八 あさごとにきてみつるかな藤ばかまをりたがへたる花やさくとて
    大輔
 五一九 いたづらにおいにけらしなあはれ我がともとはみずやもりのした草
    大納言公通家に十首人人によませ侍りけるに、夏草をよめる 太宰大弐重家
 五二〇 あづまぢはわけ行くささのひをへつつ夏とともにも深くなるかな
    藤原隆信朝臣
 五二一 庭のおもをよもぎがそまとなしはてて虫のね聞かん秋をこそまて
    藤原家長
 五二二 尋ねくる人なきやどの八重葎秋よりさきもさびしかりけり
    納涼を 内大臣
 五二三 ひぐらしのこゑする山の松風にいはまをくぐる水の涼しさ
    樹陰納涼といふことを 鴨長明
 五二四 夏くればすぎうかりけりいそのかみふるからをののならの下陰
    杜納涼といふことをよめる 祝部成仲
 五二五 風ふけばゆるぎのもりの涼しさにあふぎをよその物となしつる
    竹間納涼といへるこころを 左衛門督実家
 五二六 夏の日もかげにわするるくれ竹はまだきに秋のよやこもるらん
    大宮太政大臣家にて夏月如秋といふ心をよめる 藤原敦仲
 五二七 こはぎ原まださかぬにも宮ぎのの鹿やこよひの月に鳴くらん
    野草秋といふこころをよめる 源師光
 五二八 あたらしやをばなこもれるしの薄たがみまくさにかりつくすらん
    院御供花の会に、水風如秋といふことを 藤原隆信朝臣
 五二九 ゆふまぐれまだきに秋をさそひきて袂にやどすまのの浦風
    夏中立秋といふことを 参議□□
 五三〇 かぞふれば夏のひかずは残れども風のおとにぞ秋をしらする
    暮日六月祓といふことをよめる 大納言定房
 五三一 みそぎする河せに夏はつきぬめり山の高根にいるひのみかは
 
 恋下
 
    忍恋の心をよめる 法眼定快
 五三二 たがために後のうき名を忍ぶらん身にかへてこそあはまほしきを
    藤原隆信朝臣
 五三三 あはれともたれか心をなぐさめん身より外にはしる人もなし
    皇后宮大夫俊成
 五三四 みのうきの涙になれぬ袖ならばいかにいひてか恋をつつまん
    惟宗広言
 五三五 秋もきぬいまほに出でししの薄しのばでだにも露にぬればや
    智性法師
 五三六 しらせばや心ひとつをとにかくに思ひ乱るる忍ぶもぢずり
    夢中忍恋といふことをよめる 能因法師
 五三七 夢にさへなにしのびねをつつみけんさめなばよその人もしらじを
    源光行
 五三八 夢路にもあはでかへるは身のうきをさめて後こそおもひあはすれ
    むつまじくならでわすられにける人につかはしける 
    大江維順朝臣女
 五三九 わすらるるうき名はさても立ちにけり心のうちに思ひつけども
    ちぎりけることのたがひにける女につかはしける 参議為通
 五四〇 契りしももろともにこそ契りしか忘れば我もわすれましかば
    寄藤花恋といふことをよめる 祝部成仲
 五四一 藤なみのよるとたのむることのはをまつにかかりて日をくらすかな
    契不来恋といふことをよめる 平資盛朝臣
 五四二 なかなかにたのめざりせばさよ衣かへすしるしはみえもしなまし
    小侍従
 五四三 たのむればまつよの雨のあけがたにをやむしもこそつらく聞ゆれ
    契経年恋といふことをよめる 賀茂経隆
 五四四 たのめずはなにに命のかからましげにこそ恋はいのちなりけれ
    百首歌中、恋のこころをよませたまへる 崇徳院御製
 五四五 歎くまに鏡のかげもおとろへぬ契りしことのかはるのみかは
    建春門院殿上歌合に、当夜違約恋といふ心をよめる 左衛門督実家
 五四六 わびつつはいつはりにだにたのめよと思ひしことをこよひこりぬる
    皇后宮大夫俊成
 五四七 思ひきやしぢのはしがきかきつめてももよもおなじたびねせんとは

    会無実恋といへる心をよめる 大江維順朝臣女
 五四八 なにとこはことありがほにさよ衣うつりがばかりみにとまるらん

    月夜をちぎる恋といふ事をよめる 高階業重
 五四九 あひみては心のやみもはれぬべき月すむよはと猶たのむらん


    初遇恋の心をよめる 中納言長方
 五五〇 思ひかねしなばやといひしことのはぞまづあひみてはくやしかりける
    権少僧都全真
 五五一 うらみんと思ひしことはさよ衣かさねぬほどのこころなりけり
    藤原季経朝臣
 五五二 こよひさへ猶やすからぬ我が身かなあふうれしさのこころさわぎに
    覚盛法師
 五五三 ふちとのみ涙のかはは成りにしをいかであふせに尋ねきぬらん
    院因幡
 五五四 なびきてもなほぞ乱るる朝ねがみいかなるすぢにならんと思へば
    定伊法師
 五五五 こよひこそつつみかねてははらひつれ恋の涙にぬれしまくらも
    夜遇恋といふこころをよめる 平行盛
 五五六 まちかねて更行くほどのあふことは空だのめせぬなさけばかりか
    皇后宮尾張
 五五七 よひのまはまつにほどへて過ぎぬればあふは夢ぢのここちこそすれ
    夢中会恋といふことをよめる 平忠度朝臣
 五五八 夢さめてなごりにたへず成りゆくはあふとみつるにかへんいのちか
    内大臣
 五五九 さめて後夢なりけりと思ふにもあふはなごりの惜しくやはあらぬ
    顕輔卿家にて月前遇女といふことをこれかれよみ侍りけるに 賀茂重保
 五六〇 思ふ事ありてや月をながめましこよひも人のつれなかりせば
    女をしのびてかたらひ侍りけるが、風聞したりければつかはしける 
    藤原隆房朝臣
 五六一 いづくより吹きくる風のちらしけんたれもしのぶの杜のことのは
    右大臣家百首歌中、後朝のこころをよめる 俊恵法師
 五六二 思へただ夢にだにこそ人をみてあしたのとこはおきうかりけれ
    会後述懐といふこころをよめる 皇太后宮大進
 五六三 みとせまでうらみて過ぎしむくいとてあすよりつらき心あるなよ
    後朝恋のこころをよめる 惟宗広言
 五六四 かたみとて袖にしめつるうつりがをあらふはけさの涙なりけり
    覚綱法師
 五六五 なかなかにあふにはかへぬたまのをのけさたえぬべきものをこそ思へ
    藤原良清
 五六六 我ばかり思ふ心はありきやとかへりそめけん人にとはばや
    平広盛
 五六七 鳥のねはさてもやうきと暁にかへらでとまる人にとはばや
    高倉院御製
 五六八 けさよりはいとど思ひをたきましてなげきこりつむあふ坂の山
    賀茂重保が家にて後朝恋のこころを人人よみはべりけるに 顕昭法師
 五六九 あひそめて後ぞあやしき恋衣かへるにいろのまさるべしやは
    左大臣家歌合に、遇不逢恋の心をよめる 刑部卿頼輔
 五七〇 思ひきや山したかげの忘れ水たえまに袖をぬらすべしとは
    遇不逢恋のこころをよめる 法印静賢
 五七一 身のうきを思ひしらでややみなまし逢ひみぬ時のつらさなりせば
    賀茂幸平
 五七二 はしたかのさかばのわかれかきなほしありしかさねになすよしもがな
    大江泰友
 五七三 手枕になれにし袖をかたみとて惜むさへこそはてはくちぬれ
    高松院右衛門佐
 五七四 あふことのたえば命もたえなんと思ひしかどもあられける身を
    俊恵法師
 五七五 暁の鳥ぞおもへばはづかしきひとよばかりになにいとひけむ
    左衛門督実家
 五七六 あふことのまれになるみの浦風になみだかからぬ時のまぞなき
    皇太后宮民部卿内侍
 五七七 あさからぬ契りはやすくかはるよに涙ぞ絶えぬなかと成りける
    しのびて人につかはし給ひける 二条院御製
 五七八 などやかくさもくれがたきおほ空ぞわがまつことはありとしらずや
    寄鶯恋の心を 大納言隆季
 五七九 忍びづまきまさぬものをうぐひすのひとくひとくとなにかかたらふ
    寄夢迷恋といふことをよめる 平資盛朝臣
 五八〇 心にもあらぬわかれのかなしきはみはてぬ夢のここちこそすれ
    過門不入恋といふことをよめる 小侍従
 五八一 すぎぬなりもとこし道を忘れねばあゆみとどまる駒をはやめて
    大輔
 五八二 わすれにしいもが門をば過ぎきぬとたれにかたりて今宵ねぬらん
    仁和寺に侍りけるわらはにもの申しけるが、かれがれになりたりけるに、
    ふかからぬ君が心とみえなくにつひにたえぬる山がはの水、と申したりけるに、
    よみてつかはしける 法眼定快
 五八三 山河のしたにこころはかよへども岩にせかるるたえまとをしれ
    右大臣家後番歌合に、経年恋といふことをよめる 藤原経家朝臣
 五八四 いかなれば人のつらさも身のうさも我が身ひとつにつもるなるらん
    思出昔恋といふことをよめる 俊恵法師
 五八五 おもかげは昔ながらに身にそひて我のみとしのおいにけるかな
    題しらず 藤原隆信朝臣
 五八六 いかにまた心ひとつのかよひぢも末はなこその関と成るらむ
    藤原為忠朝臣
 五八七 今さらにいひないだしそかつまたの池のつつみは昔きれにき
    大輔
 五八八 うきにのみならひにければおもかげのきてはとまらぬけしきなるかな
    二条院御製
 五八九 いかで我人をわすれん忘れ行く人こそかくはこひしかりけれ
    皇嘉門院武蔵
 五九〇 あふことはまばらにあめるたかすがきたえまがちなるながれなりけり
    慈弁法師
 五九一 もろともに心みじかきみなりせばわするる人をうらみましやは
    皇后宮大夫俊成
 五九二 露むすぶまののこすげのすが枕かはしてもなぞ袖ぬらすらん
    右大臣家備前
 五九三 うき人をうらみんこともけふばかりあすをまつべき我が身ならねば
    参議通親
 五九四 ふすひまもなしとなげきし夏のよは逢ひみし時の心なりけり
    絶後恋といふことをよめる 藤原親盛
 五九五 我ならぬ心や君を忘れけん恋はむかしにかはりやはする
    物申しける女の兵衛佐なりける人に、かたらひつきぬとききてつかはしける 参議通親
 五九六 かしはぎのはもりのかみのたたらばやみかさの山をさしはなるらん
    待賢門院堀川
 五九七 うき人をしのぶべしとも思ひきや我がこころさへなどかはるらん
    虫声増恋といふことをよめる 皇太后宮大夫
 五九八 わすられてもとこし駒もかよはぬを心まどはすくつわむしかな
    八月ばかりに、こころかはりたる人のもとへ申しつかはしけるに、
     人にかはりてよめる 法眼定快
 五九九 恋草のしげみがなかのくずのははこの秋よりぞ恨みそめけん
    ひさしくおとせざりける人のもとへいひつかはしける 皇太后宮御匣
 六〇〇 わすらるるみには心のかはれかしかかるなげきもよそになきやと
    ありどころわするる恋といふことをよめる 紀康宗
 六〇一 ききたしや宿をたどりてなく涙わすれ水とやながれ行くらん
    在所さだまらぬ恋といふことをよめる 中納言雅頼
 六〇二 あふことのありしところしかはらずは心をだにもやらましものを
    たがひにうらむるこひといふことをよめる 藤原宗隆
 六〇三 君と我おなじ心になることのうれしからぬはうらみなりけり
    賀茂重保が家にて男は右女は左にて歌合し侍りけるに、
     うたがひをなす恋といふことをよめる 皇太后宮御匣
 六〇四 いづかたへしたにかよひて水底にかげみえながらたえんとすらん
    寄残菊恋といへる心をよめる 大輔
 六〇五 うらやましうつろひ残るしら菊をみせばや人にかひはなけれど





月詣和歌集巻第七
 
 
 七月 附雑上
 
    立秋のこころをよめる 俊恵法師
 六〇六 花ゆゑにいとひし風のあはれにもけふ秋きぬとつげて過ぎぬる
    藤原為業
 六〇七 秋はきぬとしはなかばに成りぬとや荻ふく風のおどろかすらん
    平忠度朝臣
 六〇八 あききぬとしらできくとも大かたはあやしかるべき風のおとかな
    題しらず 八条院六条
 六〇九 くずのはのうらめづらしく吹く風やあきたつけふのしるしなるべき
    七夕をよめる 刑部卿頼輔
 六一〇 天の川わたるこよひや棚ばたのなかなか袖をぬらさざるらむ
    仁和寺二品法親王
 六一一 さよふけてしのぶけしきのしるきかな霧立ちかくすほしあひの空
    藤原顕家朝臣
 六一二 あふ事をまれに契りて棚ばたのわが心からみをこがすらん
    賀茂重保
 六一三 星あひの空にはれゆくうき雲やきぬぎぬになる天のはごろも
    藤原清輔朝臣
 六一四 おもひやる心もすずしひこ星のつままつよひのあまのかはかぜ
    藤原資隆朝臣
 六一五 年をへてなにをおるらん棚機のあはぬなげきをたてぬきにして
    法眼定快
 六一六 天の河たなびく雲やひこ星のとわたるふねのつなでなるらん
    俊恵法師
 六一七 あふせこそまたもなからめ年の内にふみだにかよへ鵲の橋
    大江公景
 六一八 ほどもなくあけんなげきや棚機のまづむつごとの始なるらん
    源季貞
 六一九 棚機のまれにあふ夜のむつごとは天の川波かずもしらじな
    源俊頼朝臣
 六二〇 棚機のあまの河せの岩まくらかはしもはてずあけぬこのよは
    道因法師
 六二一 たなばたの雲の衣をかさねきて嬉しきにさへ袖やぬるらん
    海辺七夕といふことをよめる 法眼長真
 六二二 うきねするゑじまが磯のなみの上にうつしてぞみる星合の空
    旅宿七夕をよめる 藤原季経朝臣
 六二三 たなばたに草の枕をかしつればわかれぬさきも露ふかからん
    雨中七夕をよめる 定珍法師
 六二四 ふる雨にぬれやしぬらん棚機のけふばかりこそかわくたもとを
    七夕のあかつきのおもひをよめる 賀茂重保
 六二五 きのふまで思ひくらして棚機のもとのなげきに又かへるらむ
    閏七月七日よめる 藤原有定
 六二六 としごとのけふにならひて天の河わたしやすらんかささぎのはし
    槿花をよめる 大江公景
 六二七 風ふけばかかるまがきもたぢろきていとどあだなる朝がほの花
    大江家尚
 六二八 あさがほの花にやどかる白露ははかなきことをいひやあはする
    田家暮風といふことをよめる 藤原能盛
 六二九 夕まぐれやどのかど田におとすなりこれや身にしむ秋の初風
    藤原資隆朝臣
 六三〇 とふ人もなきわがやどの夕まぐれたれにこたふるをぎのは風ぞ
    草花秋をつぐといふ心をよめる 法印静賢
 六三一 秋きぬと風もつげてし山ざとに猶ほのめかすはなすすきかな
    庭花纔綻といふことをよめる 智経法師
 六三二 わがやどにけふ咲きそむる女郎花秋をしらするつまにさりける
    草花纔開といへることを 大納言実房
 六三三 女郎花この一えだををりつればまだ花さかぬ野べとこそみれ
    百首歌中に、草花を 右大臣
 六三四 よそながらみやぎが原をみわたせば心にうつる萩が花ずり
 六三五 風ふけばなぎさのをかの花すすきなびくやなみのよするなるらん
    俊恵法師
 六三六 荻のはに風うちそよぐ夕ぐれはおとせぬよりもさびしかりけり
    題しらず 藤原盛雅
 六三七 秋ののにはぎのしたえにおく露はにしきに玉をつつむなりけり
    池辺草花といふことをよめる 卜部元忠
 六三八 をちこちのみぎはにまねく花すすきいづちかいけの波はよるらん
    草花をよめる 藤原隆親
 六三九 風ふけば露こぼれけるこはぎ原花のちるのみをしきのべかは
    讃岐
 六四〇 秋はぎにこぼるる露のをしければをれふす枝をなほさでぞみる
    平資盛朝臣
 六四一 つねよりもけさつゆけきは女郎花誰れかおきけるあかぬ別ぞ
    中納言長方
 六四二 さらずとてただにはすぎじ花すすきまねかで人の心をもみよ
    刑部卿頼輔
 六四三 いろいろの秋ののべをば花薄まねかずとてもただやすぐべき
    藤原敦仲
 六四四 あはれをばわが身にとめて荻のはを吹過ぎて行く風のおとかな
    中原定邦
 六四五 こはぎさくのべを分けゆくかりころも摺りこそきつれ花にまかせて
    参議経盛
 六四六 何となくふき過ぎてゆく秋風にいつしかなるるをみなへしかな
    古籬刈萱といふことをよめる 参河内侍
 六四七 としふればまがきもあれてかるかやのよを秋風に思ひ乱るる
    朝見草花といふことをよめる 藤原親佐
 六四八 をばなふくまののあさけの浦風にわがころもでになびきぬるかな
    野径草花といふことをよめる 藤原雅隆朝臣
 六四九 さらぬだに過ぎもやられぬ秋ののにたはれもかかる女郎花かな
    右大臣家百首に、草花を 藤原季経朝臣
 六五〇 ふく風のたよりならでは花すすきこころと人をまねかざりけり
    重保が家にて男女左右にわかちて歌合し侍りけるに、いへに野の花をうつすと
    いふことをよめる 大輔
 六五一 花すすきさびしき宿にうつろひてまねきし野べの人や恋しき
    勝命法師
 六五二 朝な朝なみればしをれて女郎花なれにしのべを忍びがほなる
    源師光
 六五三 こはぎはら宿にさながら移しうゑて鹿のたちどやまばらなるらん
    紀康宗
 六五四 虫のねもおとせず野べや成りぬらんはなは残らず移しつるかな
    藤原信輔朝臣女
 六五五 移しうゑて花は野べにもかはらねどあさたつ鹿の声ぞ聞えぬ
    題しらず 大江通景
 六五六 秋の野の千くさの花のいろいろを露ばかりしていかがそむらん
    定珍法師
 六五七 さまざまのあはれあるかな山ざとにわきて聞ゆる荻のうは風
    法眼長真
 六五八 今はとてあさたつ野べの女郎花すすめがほなる露ぞこぼるる
    すすき風にしたがふといふことをよめる 讃岐
 六五九 ふかぬまはまねかぬにこそ花すすき風にしたがふ心とはみれ
    月前草花 平忠度朝臣
 六六〇 萩が花たをればぬるる袖にさへ露をしたひてやどる月影
    水辺草花といふことをよめる 藤原能盛
 六六一 ふく風にこはぎが露のちるままにいでそひにける谷のほそ水
    法輪寺へまゐりけるに、嵯峨野の花をみてよめる 覚昭法師
 六六二 わけゆけばあさのの袖にうつりけりころもきらはぬ萩が花ずり
    依萩巡路といふことを 内大臣
 六六三 ちらさじと駒をかへせばまはぎ原しがらむ鹿もありけるものを
    故郷秋風といふことをよめる 源有房朝臣
 六六四 秋風はむぐらのかどをたたくとも荻のはならでたれかこたへむ
 
 雑上
 
    旧年立春のこころをよめる 刑部卿頼輔
 六六五 かきくもりまだしら雪のふる年に春ともみえで春はきにけり
    丹波重長女
 六六六 としのうちに春はきぬるをなにを又おくりむかふといそぐなるらん
    賀茂重保
 六六七 としのうちに春はたちきぬいづかたに残る日かずを思ひ分かまし
    内大臣家にて人人百首歌よみ侍りけるに、山家立春といへることを 小侍従
 六六八 とけぬなるかけひの水のおとづれに春しりそむるみ山べのさと
    春池浪静といふこころをよめる 中原有安
 六六九 霜がれのあしまのつららうちとけてのどかにすめるこやの池水
    春のはじめのうたとてよみ侍りける 覚延法師
 六七〇 何となく春たつけふのうれしきは思へば花のゆかりなりけり
    子日をよめる 顕縁法師
 六七一 それをとてわきてはひかじ小松原いづれ八千代のためしならずや
    む月七日雪のふりけるに、三河内侍がもとへつかはしける 参議経盛
 六七二 よもすがらふる白雪ぞつみてける君が為にと思ふわかなを
    かへし 参河内侍
 六七三 春きてもまだふる雪のした草はとけぬ心のたぐひなりけり
    霞をよめる 中原定安
 六七四 はるくればとやまの霞立ちこめてけぶりたえ行くをののすみがま
    中原定邦
 六七五 うきことをへだつときかばいかばかりかすめる空のうれしからまし
    関路霞といふことをよめる 伊余法師
 六七六 みちのくの衣の関をきてみれば春は霞ぞ立ちへだてける
    正月に雪のふりける日、申しつかはしける 法眼定快
 六七七 かかる世にふるはうけれどけさやなほ心も春の雪をながむる
    返し 藤原重頼
 六七八 よの中にふるかひもなき我が身にはむかしのはるの雪ぞ恋しき
    勝命法師
 六七九 草葉にはまだ雪きえずあはづののすぐろのすすきなのみなりけり
    大宮に紅梅をまゐらせてはべりけるが、つぎのとしのはる花の咲きたりけるを
    これをみよとてたまはせたりけるに、ゆひつけられたりける
 六八〇 うつしうゑし色かもしるき梅花君にぞわきてみすべかりける
    返し 参議経盛
 六八一 うつしうゑし宿の梅ともみえぬかなあるじがらにぞ花も咲きける
    題しらず 隆寛法師
 六八二 人ごとにたもとにしめてかへれどもつきぬは梅の匂ひなりけり
    高倉院かくれさせ給ひたりけるとしのはる、梅のはなにつけてつかはしける 
     中納言実守
 六八三 梅のはな色はむかしにかはらねど涙のかかる春はなかりき
    かへし 大納言実房
 六八四 いかにかくうき世ならして梅の花ことしもおなじ色に咲くらん
    家のうめのさかりにはべりけるころ、友だちのすぎけるがおとづれざりければ、
     よみてつかはしける 高階業重
 六八五 すぎてゆく君ゆゑにこそしられぬれ梅の立枝もあるじがらとは
    水辺梅花といふことをよめる 賀茂重仲
 六八六 はる風にみぎはの梅のちりぬれば波のはなとぞ又咲きにける
    山家梅花といふことをよめる 賀茂実平
 六八七 梅の花匂ふさかりは思はずにみやこの人にとはれぬるかな
    高倉皇后宮の兵衛内侍としごろすみける家をたつとて、
    そこに侍りける梅をおくりて、はるの花を捨てたちぬるよし申したりければ、
    いひつかはしける 皇后宮備前
 六八八 鶯も花のあるじのかはりなばいかなるねにかなかんとすらん
    む月のしもつやみに、ものへまかりける道に梅のにほひはべりければよめる 平康頼
 六八九 春のよのやみは道こそ行きやらねそこともしらぬ梅の匂ひに
    柳をよめる 中原定邦
 六九〇 わが宿のそともにたてる青柳のいとこそはるのくるしるしなれ
    春雨 藤原在実
 六九一 春雨に水は増りて難波江のあしの若葉ぞもえ出でにける
    春雁をよめる 賀茂資保
 六九二 こしかたの山も霞みてみえなくに心あてにや帰るかりがね
    上西門院兵衛がもとより、女房どもいざなひて白河の花をなん
    みつると申したりければ 内大臣
 六九三 いにしへのみゆきのあとを尋ぬれば花と君とぞかたみなりける
    かへし 兵衛
 六九四 君のみぞみぬよの花を忍びつつふりぬる身をもかたみとは思ふ
     故郷花をよめる 藤原隆親
 六九五 ふる郷をなににつけてか思ひ出でん花もにほひのかはらましかば
     法勝寺のはなみはべりけるに、祖父敦季が樹はうゑけりとききてよめる 中原俊定
 六九六 おやのおやのこのこのもとをうゑければ散り敷くまでも惜しき花かな
    近衛院殿上人にてはべりけるが、ももしきの花をみてよみ侍りける 藤原隆信朝臣
 六九七 わするなよなれし雲ゐの桜花うき身ははるのよそに成るとも
    十月ばかりにゆきふりたりけるに、人人あまたまとゐしてあそびあかして
    はべりけるところへ、つぎのとしのはるはなのさかりに申しつかはしける
    右大臣家備前
 六九八 あづさ弓はるの花にぞ思ひいづるおもしろかりし雪のまとゐは
    北方おもひに侍りけるころ、法金剛院のはなをみてむすびつけはべりける 内大臣
 六九九 花みてはいとどいへぢぞいそがれぬ待つらんと思ふ人もなければ
    ならの八重ざくらを家のはなにつがんとてこひてはべりければ、
    よみてつかはしける 権少僧都範玄
 七〇〇 散りたらばをしき匂ひを八重桜ここのへに又いかが移さむ
    かへし 参議経盛
 七〇一 八重桜なにをしむらんここのへにさかせて君にみせんとおもふを
    残花隔河といへるこころをよめる 高階業重
 七〇二 わたるべきあさせもあらば散りのこる梢の花をよそにみましや
    題しらず 円位法師
 七〇三 うき世にはとどめおかじと春風の散らすは花ををしむなりけり
    藤原定佐
 七〇四 白雲にあらぬ心も花ゆゑに吉野の山にかかりぬるかな
    民部卿成範
 七〇五 今はとて尋ねざりせば山桜しづえに残る花をみましや
    題しらず 藤原顕家朝臣
 七〇六 よし野山峰にたなびく白雲ははるをかぎらぬさくらなりけり
    雨中苗代といへることをよめる 勝命法師
 七〇七 雨ふればをだのますらをいとまあれや苗代水を空にまかせて
    清輔朝臣の尚歯会をおこなひ侍りける七叟にてよめる 宮内卿永範
 七〇八 いとひこしおいこそけふは嬉しけれいつかはかかる春にあふべき
    養和二年三月に賀茂重保尚歯会おこなひはべりける七叟にてよめる
    祝部成仲
 七〇九 むかしにもかはらぬものを花の色は老のすがたのかからましかば
    垣下にてよめる 賀茂重政
 七一〇 しめの内ためしにひかんおいらくの花ちりかかるまとゐありきと
    皇太后宮大進
 七一一 立ちよりてみたらし河をけさみればおいのなみにも花は咲きけり
    月前花といふことをよめる 源季広
 七一二 はるのよの月にいとはぬ白雲はよしのの山のさくらなりけり
    世をのがれてのち、白川の花をみてよめる 円位法師
 七一三 ちるをみてかへる心や桜ばなむかしにかはるしるしなるらん
    題しらず 経円法師
 七一四 まがふとていとひし雲はよしの山花散りてこそかたみなりけれ
    十月に重服になりてつぎのとしのはる、傍官ども加階つかうまつりけるときに
    中納言長方
 七一五 もろ人の花さく春をよそにみて猶しぐるるはしひしばの袖
    世をそむきて又のとし、はなをみてよみ侍りける 寂然法師
 七一六 此春ぞ思ひはかへすさくら花むなしき色に染めしこころを
    経正朝臣賀茂臨時の祭の舞人にてはべりけるに、清輔朝臣は陪従にて
     侍りまゐれりけるを、いかにとたづねたりければ、大田にまゐりて
     おもふこころのべ申しつるなりとて、よみてつかはしたりける 藤原清輔朝臣
 七一七 かくれぬにしづむかはづは山ぶきの花のをりこそねはなかれけれ
    かへし 平経正朝臣
 七一八 としごとの春にぞあはんかくれぬにしづむ蛙と何なげくらん
    やよひのつごもり比、春日社に行幸はべりけるに、しとみやのまへに
    はなのちりのこりけるをみてよみ侍りける 参議通親
 七一九 めづらしきけふのみゆきをまつとてや花も梢に残るなるらん
    款冬をよめる 中原定安
 七二〇 山川のいはまの水ははやけれどきしの山吹かげぞながれぬ
    法勝寺へ御かたたがへの行幸侍りける時、春残二日といふことを
    人人つかうまつりけるに、よませ給へる 二条院御製
 七二一 我もさは春とともにやかへらましあすばかりをばここに暮して
    友だちのひさしくとひはべらざりければ、やよひのつごもりにつかはしける 法印静賢
 七二二 みし人も今はとひこぬ山ざとをはるさへすてていづち行くらん
    三月尽をよめる 藤原顕家朝臣
 七二三 なごりなく花ちりはてて行く春を何のゆかりにをしむなるらん
    まつりのかへさの日、いつき殿にまゐりたりければ、をかしげなるはしたものを
    これみよとていだされて侍りければ、かへりてあふひにかきて
    女につかはしける 賀茂成助
 七二四 いとどしく神をぞ頼むあふひ草おもひかけつるしるしあらせよ
    物申しける女の山ざとにはべりけるところにたづねてまかりたりければ、
    きたるはうれしけれどもけふはあふまじきなる、かきねのうのはなを
    みてなぐさめてかへりねと申しいだしたりければよめる 法橋実雲
 七二五 いとはるる身をうの花の露けさやあはぬ歎きの涙なるらん
    上西門院仁和寺にておはしましけるころ、左大将のもとより、山ちかき
    すみかにはほととぎす人よりさきにききつらんなどいひつ
    かはしたりければよめる 兵衛
 七二六 あけがたにはつねはききつ時鳥まつとしもなき老のねざめに
    題しらず 源季貞
 七二七 初声をわれにきかせよ時鳥まつかひありと人にいはせん
    もの思ひはべるころ、ほととぎすをききてよめる 大江公朝
 七二八 よの中をう月の空にほととぎす過ぎにしかたを忍びねぞなく
    夏草をよめる 中原久盛
 七二九 夏草はしげりにけりなみかりのの野もりの鏡かげもみぬまで
    五月雨をよめる 良一法師
 七三〇 五月雨にいりえのみかさ増りつつからぬにみえぬまこも草かな
    夏月をよめる 賀茂重房
 七三一 さやけさをながむる空は夏のよもなにたつ秋の月にかはらず
    藤原有実
 七三二 夕立のはれぬとすればいたまあらみ洩りかはりぬる月の影かな
    蔵人にてはべりけるに、あまごひのつかひにて雨ふらして大内に
    まゐりければ、定長大膳亮蔵人にてくれなゐの御衣をとりて
    かづけてはべりたりけるかたにかけていづとてよみ侍りける 平広盛
 七三三 みどりなるころもの色はそれながらあけの袂をかさぬべしやは
 

月詣和歌集巻第九
 
 九月 附雑下
 
    題しらず 賀茂重保
 七三四 ゆふまぐれすがるなく野の風のおとにことぞともなく物ぞ悲しき
    虫をよめる 中納言長方
 七三五 すずむしをみかりのたかの音かとて野べのきぎすや草がくるらん
    大炊御門右大臣家佐
 七三六 たれもさぞをぎふく風は身にしむに声にたてつるきりぎりすかな
    兵衛
 七三七 きりぎりすかべのなかにぞ声はするよもぎがそまに風やさやけき
    中原有安
 七三八 秋風や夜さむなるらん野べごとにはたおるむしの声いそぐなり
    旅宿聞虫といふことをよめる 賀茂宣平
 七三九 都には尋ねてききし虫のねのなきあかしつる草枕かな
    月前聞虫といふことをよめる 頼円法師
 七四〇 てる月のかげさえぬればあさぢはら霜のしたにも虫は鳴きけり
    藤原親盛院の北面にこれかれをすすめて歌合し侍りけるに、河辺のむし
    といふことをよめる 源仲頼
 七四一 かりのこすよどのの草にきりぎりすおのがすみかをあれぬとやなく
    虫声惜秋といふことをよめる 源宗光女
 七四二 ゆく秋を惜みかねたるむしの音に我さへ袖を濡しつるかな
    題しらず 荒木田成実
 七四三 きりぎりすさこそは秋のくれゆかめ心ぼそくもなきよわるかな
    籬菊如雪といふことを 大僧正行慶
 七四四 雪ならばまがきにのみはつもらじと思ひとくにぞ白菊の花
    藤原資隆朝臣
 七四五 ことわりやはれぬる秋の十日あまりみよとおもへる月の影かな
    九月十三夜に月くもりて侍りければ 高松宮
 七四六 天つ風雲ふきはらへなほ年にふたよの月は今宵ばかりぞ
    祐盛法師が坊に菊をうゑて侍りける花のさかりなりけるに、
    むすびつけはべりける 法橋実雲
 七四七 身にかへてをしむときくの花なれば露もあだにぞをられざりける
    九月十三夜をよめる 左衛門督実家
 七四八 まてしばしいそぎなふけそ秋の月たぐひのよはも一夜過ぎにき
    残菊ねやに薫るといふことをよめる 平康頼
 七四九 ふきくなりかれたる菊のあたりよりねやなつかしき木がらしの風
    大納言公通卿家十首歌中に、残菊をよめる 従三位頼政
 七五〇 しら菊の又さけるかとおどろけば霜のしたにぞ色はありける
    祐盛法師
 七五一 しら菊とみせつる霜のきえゆけばふたたび咲きて又ぞ移ふ
    のこりの菊人をとどむ 院因幡
 七五二 花にこそかへらんことは忘れしを冬のまがきの菊もありけり
    閏九月九日よみはべりける 藤原家長
 七五三 わが宿のまがきにうゑししら菊をふたたびつむやことしなるらん
    擣衣を 参議通親
 七五四 わが袖の霜はらふまをから衣うちたゆむとや人のきくらん
    勝命法師
 七五五 から衣しでうつつちのとくとくと山びこさへもいそぐなるかな
    重保が家にて、海辺擣衣といふことを人人よみ侍りける 覚綱法師
 七五六 橋だての松ふく風におどろきていねのあま人ころもうつなり
    題しらず 前大僧正覚忠
 七五七 ときはなる青葉の山も秋くれば色こそかへねさびしかりけり
    歌林苑にて対山待紅葉といふことをよめる 静暹法師
 七五八 みるたびに色づきなまし山のはにかかる衣のしぐれなりけり
    右大臣家百首歌中に、もみぢを 内大臣
 七五九 山姫の恋のなみだや染めつらんくれなゐふかき衣手のもり
    皇后宮大夫俊成
 七六〇 こころとやもみぢはすらん立田山松はしぐれに濡れぬものかは
    同家歌合に、もみぢをよめる 俊恵法師
 七六一 日をへつつしぐるるままに立田山まつのみひとり残りゆくかな
    松紅葉をへだつといふことを 小侍従
 七六二 をりつればわれとや松の思ふらんひまにもみぢの色をみんとぞ
    松辺紅葉といふことをよめる 慈弁法師
 七六三 枝かはすははそのもみぢなかりせば松はいかでか秋をしらまし
    社頭紅葉といへることをよめる 兼俊法師
 七六四 春日山もみぢの秋になりぬれば木末にみゆるあけの玉がき
    中納言長方
 七六五 初しぐれふるの社のもみぢばはむかしの色にかはらざりけり
    題しらず 覚盛法師
 七六六 長月の時雨のあめはもみぢ葉をそめての後にあらふなりけり
    百首歌中に、紅葉を 右大臣
 七六七 色みえぬ秋をしらする紅葉のちるは暮れぬるここちこそすれ
    関路紅葉といへることを 大納言実国
 七六八 音羽山ぬさとちりかふ紅葉をせきもる神やわが物とみる
    海辺暁霧といへることをよめる 湛覚法師
 七六九 明けやらぬあまのとまやのひまにてはよをさへきりのこむるとはしる
    霧隔山路といへることをよめる 藤原頼房
 七七〇 霧ふかき檜原のそまはみや木引くおとこそみちのしるべなりけれ
    海辺霧深といふことをよめる 賀茂幸平
 七七一 難波がたしほぢもみえぬ夕ぎりにたななし小舟こぎもやられず
    夕霧を 仁和寺二品法親王
 七七二 花もみでいかがはやどにかへるべきしばしははれよのべの夕ぎり
    暮秋聞蛬といへることをよめる 覚延法師
 七七三 秋ふかきかべの中なるきりぎりすいつまで草のねをやなくらん
    暮秋の心をよめる 藤原親盛
 七七四 くれてゆく秋の心はつらけれどうらなくまねく花すすきかな
    法眼実快
 七七五 暮れて行く秋のみ空をながむればなごりがほなる在明の月
    藤原定長
 七七六 ふく風にをばながすゑをむすばせて暮行く秋や旅ねしつらん
    大輔
 七七七 むしのねはよわりはてぬる庭のおもに荻のかれはのおとぞ残れる
    顕昭法師
 七七八 長月もなのみなりけり春夏のおなじ日数にあきのくれぬる
    大納言実国
 七七九 くれぬるををしむにつくす心こそ秋のこよひのたぐひなりけれ
    法印慈円
 七八〇 をしめどもとまらぬ秋にわかれなん後の涙やしぐれなるべき
    参議親宗
 七八一 暮れて行く秋のとまりをたづぬればをしむ心のうちにぞ有りける
    法印静賢
 七八二 憂き世をばわが身もこそはあきはつれことわりなくもをしきけふかな
    閏九月尽をよめる 藤原経家朝臣
 七八三 長月のくははる秋のくれも猶けふのをしさはかはらざりけり
 
 雑下
 
    俊成卿のもとへ集おくりつかはすとて、よみてそへ侍りける 賀茂重保
 七八四 そのかみのながれをくまば賀茂川のみくづなりともかきなもらしそ
    経盛卿歌合しはべりけるとき、法性寺殿へみづから歌をこひてはべりければ、
    つかはすとてかきつけてはべりける
 七八五 散りはてて時雨ふりにしことのははめづらしからじはづかしのもり
    かへし 参議経盛
 七八六 はづかしのもりとやいひつことのははまたあきはてぬ心地こそすれ
    賀茂重保がだうの障子に歌よみのかたをかきて、おのおのよみたるを
    色紙がたに書きけるを、かきてたべと申したりければ、時の歌よみどもを
    書くなれば、我が身も入りたるらんなど侍りければ、位高き御すがたは
    びんなければはばかりてかかぬよし申したりければ、
    色紙がたにかきてたまはすとて 内大臣
 七八七 わかの浦のなみのかずにはもれにけりかくかひもなきもしほ草かな
    かへし 賀茂重保
 七八八 わかの浦のなみなみならぬもしほ草かきあつむるにいかがもらさん
    かくて後、かのすがたもかきそへ侍りけるとなんわかの浦をよめる 祝部成仲
 七八九 ゆく年は波とともにやかへるらんおもがはりせぬわかのうらかな
    すみよしを
 七九〇 すみよしときくに心はとどまるをいかなるなみのたちかへるらん
    修行しはべりけるに、大みねのちごのとまりにてあかの水とりに
    谷へくだりけるに、清水に月のやどれるをみてよみはべりける 頼円法師
 七九一 高根よりいでぬとみつるほどもなく谷の清水にやどる月かな
    竜門にてよめる 藤原清輔朝臣
 七九二 山人のむかしのあとをきてみればむなしきゆかをはらふ谷風
    重保が家にてこれかれあつまりてよみたるうたをこひてみはべりてかへすとて、
    よみてつかはしける 土佐内侍
 七九三 ひらごとにひかりさすめることのはは玉のこゑせしたぐひとぞみる
    かへし 皇太后宮大進
 七九四 うづもれぬなにやながれんひかりさす玉にたとへて君しみるかは
    王昭君の心をよめる 惟宗広言
 七九五 心から玉ものくづとかくれにきなにかゑじまのうらみしもせん
    平経正朝臣
 七九六 わきてこし野べの露ともきえずして思はぬ里の月をみるかな
    藤原親盛
 七九七 ゑにかきてむかしの人はやつれぬるそのすがたをやかねてしりけん
    李夫人をよめる 中納言長方
 七九八 なかなかにちりなんのちのためとてかしをれし花のかほもはぢける
    文集折臂翁をよめる 藤原敦仲
 七九九 ひぢをわが心とをらぬ物ならばかひなながらもいけらましやは
    題しらず 藤原定長
 八〇〇 さびしさをうきよにかへてしのばずはひとり聞くべき松の風かは
    山里より人のもとへ遣しける
 八〇一 心から馴れし都をはなれきて人もすさめぬねをのみぞなく
    仁和寺二品法親王
 八〇二 葎はふ賤のふせやの夕けぶりはれぬ思ひによそへてぞみる
    友だちに馬をたはんと申したりけるを、やがてこよひみんと申しければよめる 
     藤原盛雅
 八〇三 望月のかげにもあらぬ駒なればよはにはいかがひきわたすべき
    鳥羽院に頼行がことを申しはべりけるに、ほどへければ奏者のもとに
    つかはしける 源仲政
 八〇四 いかで猶このうちになくあしたづのよるのおもひを空にしらせん
    学問料申しけるに、たまはらざりければよめる 大江匡範
 八〇五 きえぬべしとよにあまれるともし火をかかげぬほどの心ぼそさに
    三品申すとて奏者のもとへつかはしける 祝部成仲
 八〇六 よつのしなみつの位にのぼりなばななますかみのしるしと思はん
    検非違使をのぞみ申しけるに、人のなりにければ申しあげはべりける
    藤原範明朝臣
 八〇七 思ひきや花さく春をよそにみて身をうぐひすの音をなかんとは
    御返し 鳥羽院御製
 八〇八 ふる雨のあまねくうるふ春なれば花さかぬにはあらじとぞ思ふ
    大将のよろこびにつかはしける 皇后宮大夫俊成
 八〇九 みかさ山さしのぼりぬる嬉しさをあはれむかしの人にみせばや
    かへし 内大臣
 八一〇 なきかげもいかに嬉しと思ふらんふきつたへつるみよの春風
    民部卿成範中将の時、はりまのかみにて侍りけるにつかはしける
    清和院弁中納言
 八一一 みかさ山峰よりいでてくまもなきあかしのうらをてらす月影
    成全阿闍梨の房に祐盛法師まかりて、よもすがら物語してつとめて
    かへりはべりけるに、けさをわすれたりければよみてつかはしける 成全法師
 八一二 たのまじなよのまのほどにひきかへてけさは忘るる人の心を
    二条院御時僧のふえふくときこしめして、大内にめされてつかうまつりけるに、
    よみて侍りける 安心法師
 八一三 ふえのねはみをふくばかりなけれども名は聞えたり雲の上まで
    法皇みこにおはしましけるとき、侍のをさにてはべりけるが、今は北面に
    さぶらひながら人かずならぬ事をおもひてよめる 菅原是忠
 八一四 ひく人もなくてすてたるあづさ弓心づよさもかひなかりけり
    こころの外なることにて、こもりゐて侍りけるをりよめる 大江公朝
 八一五 あさひ山おどろがしたにきえ残る雪やわが身の命なるらん
    なき名たつ事をなげきけるに、人のもとよりおもひやる袖もつゆけしと
    申したりければ 建礼門院右京大夫
 八一六 何か思ふつゆけかるらんたもとにてわがぬれぎぬのほどはしるらん
    弟子なりけるわらはのいとまこひて人のもとへまかりけるが、
    さりぬべからずおもひ又もまでこんと申しければよめる 恵円法師
 八一七 かへりこんほどはかただにおくあみのめにたまらぬは涙なりけり
    藤原為業がときはに堂供養し侍りけるに、さまかへたるしたしき人
    あまたまできあへりとききてつかはしける 円位法師
 八一八 いにしへにかはらぬ君がすがたこそけふはときはのかたみなるらめ
    返し 藤原為業
 八一九 色かへでひとり残れるときは木はいつをまつとか人のみるらん
    からさきの御はらへよりかへらせたまひたりけるつぎの日、
    さうりんじの宮より、きのふの御ことどもいかがなど申させ給ひたりければ
    前前斎院
 八二〇 みたらしやかげたえはつるここちしてしがのなみぢに袖ぞひちにし
    住吉の国基がはじめてあはんとてまかできて、かどにたちてかく
    と申しいれたりければ、いひ出だして侍りける 賀茂成助
 八二一 そさのをのみそもじぐさりする人はいづもぢよりや過ぎてきつらん
    源為義が六位検非違使にてはべりけるをりかよひけるが、
    たえてのち五位の尉にとまりぬとききてつかはしける 小大進
 八二二 しののめに出でしことこそ恋しけれあけにとまるときくにつけても
    通親卿少将にはべりける時、五月四日右近のまゆみのあらてつがひにつきて
    侍りけるに、たれともしられぬふみをずいじんにたびたりけるを
    とりてみければ
 八二三 そのこまもすさめぬあやめみがくれてひく人もなきねこそたえせね
    野の宮わたりにて、もの申しける女のてにみなしてよみてつかはしける
    参議通親
 八二四 いかでかは駒もあさらんあやめ草いづくにおふとしらぬねなれば
    人のもとにはべりけるわらはのかしらおろしけるにつかはしける 法眼長真
 八二五 思ひをもなべてやみぬるむくいこそおろすかみにはとはまほしけれ
    粟田のさぬきのかみ兼房、りきといふ遊女をおもひ侍りけるが、
    いさかひていへでしたりけるを、われとよびにつかはさんがさすがに
    おぼえければ、伏見修理大夫俊綱がもとにまかりて、
    これよびてたべと申しければ、すなはちよびにつかひをつかはしてける
    つぎの日、申しつかはしける 藤原兼房朝臣
 八二六 難波がたたのめしことの有りしかば君にさへこそあはまほしけれ
    なげくこと侍りて、いりこもりけるによめる 中原俊宗
 八二七 いとほしと思ひこそしれひきまゆのかきこもる身はくるしかりけり
    成範卿おほやけの御かしこまりにて遠くまかりけるに、
    ことなほりて都にかへりけるに、もとのすみかもあれうせて侍りければ、
    それへつかはしける 藤原清輔朝臣
 八二八 鳥の子のありしにもあらぬふるすにはかへるにつけてねをや鳴くらん
    かへし 民部卿成範
 八二九 かたがたになきてわかれしむら鳥はふる巣にだにもかへりやはする
    円位法師
 八三〇 花ちらす月はくもらぬ世なりせば物をおもはぬ我が身ならまし
    寄花述懐といふことを 藤原親佐
 八三一 折しれる人のみ花をみましかば何をうき身のなぐさめにせん
    右大臣家歌合に、述懐をよめる 源師光
 八三二 今はただいけらぬ物に身をなして生れぬ後の世にもふるかな
    述懐をよめる 皇后宮大夫俊成
 八三三 春日野のおどろの道の埋水末だに神のしるしあらはせ
    小侍従
 八三四 身にとまるよはひばかりを印にて花をばよその物とこそみれ
    賀茂宣平
 八三五 わが心よはのね覚のままならば今まで世をばいとはざらめや
    平行盛
 八三六 身をつみて誰か哀と思ふべき我ばかりうき人しなければ
    平忠度朝臣
 八三七 ながらへばさりともと思ふ心こそ時につけつつよわりはてぬれ
    藤原師綱朝臣女
 八三八 紅葉せぬときはの山の時雨こそふるにかひなき我が身なりけれ
    源季広
 八三九 位山親ものぼりし道なればあとふむばかりなどなかるらむ
    藤原季定
 八四〇 なげきあまり山にも入らば身のうさも先さき立ちて我を待つらん
    大輔
 八四一 ありありて今はの時や我も身の世の人数にいらんとすらん
    大江公景
 八四二 花さかで身のあさましくなることは我がなげきにて有りけるものを
    鴨長明
 八四三 住みわびぬいざさはこえん死出の山さてだに親のあとをふむやと
    藤原定家
 八四四 位山ふもとの雪にうづもれて花の光をまつぞ久しき
    藤原経家朝臣
 八四五 雲の上にみ代まで星をいただけば天照神の哀かくらむ
    俊恵法師
 八四六 おもひたつことだになくはとにかくにをしかるべくもなき命かな
    藤原良清
 八四七 心をばあらましごとになぐさめてげにうき年の幾よへぬらん
    藤原資隆朝臣
 八四八 朝ごとに哀をいとどます鏡しらぬ翁をいつまでかみむ
    賀茂歌合に、述懐をよめる 平忠度朝臣
 八四九 ひたすらに祈るにあらず思ひかねそむきはつべき世ともしらせよ
    中納言実守
 八五〇 位山花をまつこそ久しけれ春の都に年をへしかど
    藤原定長
 八五一 世間のうさはいまこそ嬉しけれ思ひしらずはいとはましやは
    藤原成家
 八五二 山あゐの袖ふる数は重なりぬいつかうれしきことをつつまん
    住吉歌合に、述懐の心を 左衛門督実家
 八五三 位山みねの桜を手折りもつ人は物をや猶おもふらむ
    月前述懐をよめる 湛覚法師
 八五四 待ちえては恨がほなる涙かな物思へとていづる月かは
    法印静賢
 八五五 あかなくに又もこのよにめぐりこば面がはりすな在明の月
    頼円法師
 八五六 前のよに月はいかなる契有りて詠むればまづなみだおつらん
    惟方卿世をのがれて大原に住み侍りけるに、これかれ、山家述懐
    といふことをよみ侍りけるに 顕昭法師
 八五七 うき身をばとひくる人ぞなかりけるぬし故深き山路なりけり
    除夜述懐といふことをよめる 惟宗広言
 八五八 数ならぬ身にはつもらぬ年ならばけふのくれをもなげかざらまし
    横河常行堂にて老僧共述懐心よみ侍りけるに 経因法師
 八五九 はかなしなうき身ながらも住みぬべき此よをさへも忍びかねぬる
    遇友懐旧といふことをよめる 円位法師
 八六〇 今よりは昔がたりに心せんあやしきまでに袖しほれけり
    僧都範玄歌合に、逢友懐旧といふことをよめる 藤原季経朝臣
 八六一 なれきにし君やしるべと成りぬらんむかしにかへる我がこころかな
    題しらず 法性寺入道前太政大臣家弁
 八六二 いたづらに過ぐる月日のおなじくは在りし昔に立ちかへれかし
    高野へまゐらせ給ひし道にて 仁和寺二品法親王
 八六三 跡たえて世をのがるべき道なれや岩さへ苔の衣きてけり
    高野奥院入道静蓮がすみかにまかりたりけるに、哀げなりければ、
    立ちかへりてつかはし侍りける 大納言実国
 八六四 たれもみな露の身ぞかしと思ふにも心とまりし草の庵かな
    高階通憲が出家して侍りけるに、いひつかはしける 徳大寺左大臣
 八六五 をしむべき花の袂をすみ染にうらやましくも代へてけるかな
    かへし 高階通憲朝臣
 八六六 ぬぎかふる衣の色は名のみして心をそめぬことをしぞ思ふ
    世をのがれて後、都の外へまかりけるを、しばしと人のとどめければよめる
    三木成頼
 八六七 しばしとて立ちやすらはじいづくにも跡とどむべき身にしあらねば
    出家して修行しありきける時、泉川といふ所にて 勝命法師
 八六八 故郷をたれにかとはん泉川都鳥だにみえぬわたりは
    大納言成通卿かしらおろし侍りたりけるに、つかはしける 西住法師
 八六九 いとふべきかりの宿りは出でにけり今はまことの道を尋ねよ
    かへし 大納言成通
 八七〇 同じくは道ひきつけよかりの宿たれにひかれて出でしとかしる
    源成雅朝臣
 八七一 いかばかりはかなく人の思ふらん家をば出でて道をしらねば
    さまかへんと思し立ちたりける比、月のあかかりけるに、円位法師まうで来て
    終夜物語して帰りて後、よみてつかはしける 中院右大臣
 八七二 終夜月をながめて契置きしそのむつごとに闇ははれにき
    二条院御時高松院中宮と申しけるに、さまかへさせおはしましたりける
    次の年八月ばかりに、昔思ひ出だされてよみ侍りける 高松院右衛門佐
 八七三 雲ゐには今宵の月ものどけきに秋はむかしの色ぞかはれる
    題しらず 法印元性
 八七四 よもすがら枕に落つる声聞けば心をあらふやま川のみづ
    皇嘉門院
 八七五 何とかやかべに生ふなる草の名よそれにもたがふ我が身なるかな
    太皇太后宮
 八七六 はかなくて野べの露とは消えぬとも浅ぢが原を誰か尋ねん
    うづまさに行ひ侍りけるたちひじりをみて 賀茂宣平
 八七七 さもこそはかりの宿りといひながらしばしだにゐて過すべしやは
    夢の心をよめる 法印実快
 八七八 はかなしとあだに思ひし夢にこそ行末までのこともみえけれ
    無常の心を 中納言長方
 八七九 よの中を思ひしとけばあだしのの風待つほどのかるかやのつゆ
    中原定邦
 八八〇 世中を夢とみてのみ過行けど驚かぬ身ぞはかなかりける
    円位法師
 八八一 かたがたに哀なるべき此世かな在るを思ふもなきを思ふも
    経因法師
 八八二 きゆれどもさすがにつもる淡雪は人の世にふるためしなりけり
    法印静賢
 八八三 夕暮はまつぞかなしき哀我が[            ]
    限りに侍りける時、源重之がもとへ遣しける 登蓮法師
 八八四 おくりおかん野辺までだにも真心にそふべき人もなき我がみかな
    歳暮述懐といふことをよめる
 八八五 まよひ来る浮き世中の暮れはててけふを限りと思はましかば
 

月詣和歌集巻第十
 
 十月 附哀傷
 
    十月一日、時雨し侍りければよめる 皇后宮大夫俊成
 八八六 いつしかとふりそふけさの時雨かな露もまだひぬ秋のなごりに
    刑部卿頼輔
 八八七 初時雨おどろかさずは夜をこめて冬きにけりといかでしらまし
    海辺初冬といふことをよめる 覚綱法師
 八八八 神無月思ひなしにやすみよしの松ふく風もけさはさびしき
    賀茂重保
 八八九 しながどりむこの祈にうらさびてゐなのは山に冬はきにけり
    題しらず 経因法師
 八九〇 惜むとてあきやあはれにとどむらんけふもかなしき夕まぐれかな
    讃岐
 八九一 なにはがたみぎはのあしは霜がれてなだのすてぶねあらはれにけり
    時雨を 中納言長方
 八九二 おともせぬあしのまろやのむら時雨くもるのみこそしるしなりけれ
    勝命法師
 八九三 このはちるあらしの山のしぐるればかづく袂も紅葉しにけり
    藤原資隆朝臣
 八九四 ほどもなく吹きくるかたのくもるかな風や時雨のしるべなるらん
    俊恵法師
 八九五 かきくらし片岡山は時雨るれどとほちのさとは入日さしけり
    藤原宗隆
 八九六 まきの屋にをりをりちりしならのはのつもらぬけさぞ時雨とはしる
    野径時雨といふことをよめる 賀茂実保
 八九七 たび衣すそのの露にしほるるをかさねてぬらすむらしぐれかな
    時雨遠近といふことをよめる
 八九八 我がやどに軒のしづくをとどめおきて又山めぐる初時雨かな
    暁時雨といふこころをよめる 紀康宗
 八九九 暁のねざめにすぐる時雨こそももちの人のそでぬらしけれ
    月前時雨といふことをよめる 平経正朝臣
 九〇〇 はるるかとみればほどなく時雨れつつかげさだまらぬよはの月かな
    山家冬といへるこころをよめる 藤原敦経朝臣
 九〇一 山ざとはならのおちばに跡たえて時雨のほかのおとづれもなし
    内大臣
 九〇二 入日さし又かきくもりさだめなく時雨れてめぐるみ山辺のさと
    落葉をよめる 民部卿成範
 九〇三 吹く風の色のやしほにみえつるは空に乱るる紅葉なりけり
    藤原定長
 九〇四 よもすがらたえず音する木のはこそ山めぐりせぬ時雨なりけれ
    平経正朝臣
 九〇五 あらしふくおなじ尾上のしひ柴にひきたがへても散る紅葉かな
    覚延法師
 九〇六 まきのいたはよはの嵐にうづもれて木のはをわくる朝けぶりかな
    右大臣
 九〇七 散りかかる谷の小川の色づくは木のはや水のしぐれなるらむ
    藤原定家
 九〇八 時雨るるもおとはかはらぬ板間より木のはは月のもるにぞ有りける
    寂然法師
 九〇九 山めぐりそめおく色とみしほどにはてはこの葉も時雨とぞふる
    慈弁法師
 九一〇 ちりつもる木の葉も風にさそはれて庭にも秋のくれにけるかな
    藤原隆親
 九一一 ひとむらの時雨はすぎぬまきの屋にをりをりふるや木のはなるらん
    落葉埋橋といふこころをよめる 藤原範綱
 九一二 散りしける木のはを道にふむほどは下にこたふるとどろきの橋
    海上落葉といふことをよめる
 九一三 浦ちかき高ねを風のわたらずは波にもみぢのをられましやは
    落葉水にうかぶといふことをよめる 三条内大臣
 九一四 暮れてゆく秋をば水やさそふらん紅葉ながれぬ山川ぞなき
    雨中落葉といふことをよめる 大炊御門右大臣家佐
 九一五 ふればちりちればふるかときこゆれば木のはともなふ時雨なりけり
    故郷落葉といふことをよめる [    ]
 九一六 すぎにけんぬしやあらしにいひおきしあれなばねやに木のはふけとは
    藤原隆信朝臣
 九一七 おとにこそ時雨もききしわが宿のこの葉もるまであれにけるかな
    古砌落葉といへるこころをよめる 法眼長真
 九一八 こけの上に木のはちりつむ庭のおもを昔の人の朝きよめけん
    閑庭落葉といへる心をよめる 参議親宗
 九一九 としふれど人もはらはぬ庭のおもにいくへ木のはの散りつもるらむ
    寒草帯霜といふ心をよめる 中納言長方
 九二〇 冬深みをふの浦風さえさえて霜がれにけりいせのはま荻
    題しらず 藤原定家
 九二一 冬きてはひとよふた夜を玉篠の葉わけの霜の所せきまで
    霜埋落葉といへる心をよめる 藤原宗隆
 九二二 梢にも庭にもみえぬもみぢ葉は霜のしたこそうたがはれぬれ
    霜をよみ侍りける 藤原顕家朝臣
 九二三 散りつもるこの葉がうへに霜おけばあさぎよめする庭のおもかな
    権律師忠快
 九二四 草の葉にすがりし露はけさよりや朝おく霜におきかはるらん
    題しらず 寂然法師
 九二五 霜さゆるあしのしのやにね覚してひまやしらむとまたぬよぞなき
    霰をよめる 藤原定家
 九二六 あしぶきの宿にも音ぞ聞ゆなる木のはの上に霰降るらし
    源光行
 九二七 板まあらみ霰もりくるしづの屋はすがきの床に玉ぞしきける
    賀茂重信
 九二八 うちそよぐのぢのしのやの笹がこひ吹きくる風はあられなりけり
    平資盛朝臣
 九二九 冬くれば賤のふせやの板庇霰たばしるおとぞさびしき
    藤原隆信朝臣
 九三〇 おのがちる音に哀をしらせ置きて木のはに今ぞ霰ふるなる
    崇徳院百首歌中に、あられをよめる 皇后宮大夫俊成
 九三一 月さゆる氷の上に霰ふり心くだくる玉川のさと
    雪埋残菊といへる心をよめる 民部卿成範
 九三二 秋はてて霜にはかるる菊なれど雪ふりてこそさかりなりけれ
    暁雪をよめる 大納言実房
 九三三 降る雪にねぐらの竹やをれぬらんよをこめてなく村雀かな
    行路雪といふことをよめる 右大弁親宗
 九三四 ふる雪にひましらみぬといそぎ出でて明けこそやらねのみちしの原
    中納言長方
 九三五 道すがらふるとはすれど行く駒のつめもかくれずけさの初雪
    野径雪を 仁和寺二品法親王
 九三六 まねかねど猶過ぎまうき気色かな野べのを花の雪の下折
    百首歌中に、雪を 右大臣
 九三七 雪白き吉野の山を見渡せば雲にまがふはさくらのみかは
    俊恵法師
 九三八 出でてみよ板まの風は吹きさえてひまこそしらめ雪や降りぬる
    刑部卿頼輔
 九三九 立ちのぼる煙ばかりぞ埋もれぬ雪の下なる民のかまどは
    海辺雪といへる心をよめる 皇嘉門院尾張
 九四〇 伊勢島やをふの浦なし雪ふれば春は散りにし花ぞまた咲く
    遍照寺にて池辺雪を 二品法親王
 九四一 浪かけばみぎはの雪も消えなまし心ありてもこほるいそかな
    題しらず 藤原定長
 九四二 ふる雪や木末に高くつもるらん声よわり行くみねの松かぜ
    藤原良清
 九四三 山深みしをりもみえず降る雪のとくるや道のしるべなるらん
    関路雪をよめる 証西法師
 九四四 雪降ればもる人もなし逢坂は氷ぞゐたるせきのし水に
    俊成卿家の十首歌に、雪をよめる 源仲綱
 九四五 まきの屋に雪のうはぶきかさぬらしのきのいたすへ風もたたかず
    雪埋寒草といへる心をよめる 顕昭法師
 九四六 今朝みれば鶉のねやもあけにけり雪深草の野べのかや原
    雪中客来といへる心をよめる 惟宗広言
 九四七 降りつもる雪ふみ分けてくる人は心ざしさへふかきなりけり
    閑中雪といふことをよめる 皇后宮大夫俊成
 九四八 降り初めて友まつ雪は待ちつけつ宿こそいとど跡たえにけれ
    山家に侍りけるに、雪のふりたりける日、
    都より人文をつかはしたりければよめる 従三位季能
 九四九 庭の雪は跡つけがたく思へどもふみみて後ぞ嬉しかりける
    右大臣家歌合に、雪をよめる 俊恵法師
 九五〇 打ちはらふ衣手さえぬきさがたやしらつき山の雪の明ぼの
    山家の雪といへる心をよめる 恵円法師
 九五一 山里の雪ふみわけてくる人は物のあはれやしるべなるらむ
    実暹法師
 九五二 降る雪も哀もともにつもるかな冬深くなるみ山辺のさと
    冬月をよめる 右大弁親宗
 九五三 いづくにか月は光をとどむらんやどりし水はこほりゐにけり
    玄珍法師
 九五四 むさしのの露をば霜に置きかへて秋にかはらずすめる月かな
    藤原盛雅
 九五五 山里はかけひのつららひまなきにわれても宿る夕月夜かな
    静縁法師
 九五六 大かたの梢にはれて澄む月のまきのはしげる軒のいぶせき
 
 哀傷
 
    安元二年三月に法皇五十御賀せさせ給ひて、やがてそのとし七月に
     建春門院かくれさせ給ひにければ、十月のころほひよみ侍りける 兵衛
 九五七 袖ふりし春の庭ともみえぬかな涙しぐるる秋の夕ぐれ
    わらはにて花園の左大臣のもとに侍りけるに、笛をしへ給ふとて
    たまはらせたりける笛をかの御ためにほとけしやうじけるに、
    澄憲僧都導師にて笛を誦経物にしてそへて侍りける 法印静清
 九五八 おもひきやけふうちならすかねのおとに伝へし笛のねをそへんとは
    高倉院隠れさせ給ひてつぎのとし正月十四日に、頭中将隆房朝臣に申し侍りし
    藤原公衡朝臣
 九五九 別れにしそのよの空のけしきよりうきはけふまで思ひしりにき
    返し 藤原隆房朝臣
 九六〇 何かいふこぞはうかりし今日なれどすぐればそれもをしからぬかは
    西住法師身まかりにける、をはりよかりけりと聞きて、同行の円位法師に
    つかはしける 寂然法師
 九六一 乱れずとをはりきくこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども
    返し 円位法師
 九六二 この世にて又逢ふまじきかなしさにすすめし人ぞこころ乱れし
    二条院かくれさせ給ひて、南殿の花をみてよめる 参河内侍
 九六三 思ひ出づやなれし雲ゐの桜花みし人かずに我をありきと
    中摂政隠れ給ひてつぎのとし、高倉どのに白河どのわたらせ給ひたりけるに、
    まゐりてよめる 藤原季経朝臣
 九六四 むかしにもかはらずすめる池水にかげだにみえぬ君ぞ悲しき
    故仁和寺法親王わづらひ給ひけるを、よるひるつき奉りてなげき侍りけるが、
    つひに隠れ給ひければ、よの中思ひすてて高野へ参りけるに、
    あか月きたりける衣の色をみてよみ侍りける 覚延法師
 九六五 くれなゐの涙にくちし我が袖の墨染にさへはてはなりぬる
    行玄座主入滅の後、なにしくひきかへてなげかしく思ひ侍りけるに、
    又の年の春、山にのぼりて花のおもしろく咲きたりけるをみてよめる
    権僧正全玄
 九六六 けふみればみ山の花は咲きにけり歎ぞ春もかはらざりける
    二条院かくれさせ給ひて御はふりの夜、よみ侍りける 前大僧正隆憲
 九六七 つねにみし君がみゆきをけふとへばかへらぬ旅と聞くぞ悲しき
    六波羅入道太政大臣かくれ給ひて後のわざの夜、
    雨のふり侍りければよめる 源季貞
 九六八 春雨もおつる涙もひまなくてとにもかくにもぬるる袖かな
    桜をうゑて侍りけるとし、父のみまかりたりけるに、つぎのとし
     その木のかれて侍りければよめる 賀茂重保
 九六九 別れにし歎に花のさかぬかな鶴の林もかかりしぞかし
    皇后宮備前がおやにおくれて侍りけるに、申遣しける 法橋実玄
 九七〇 問はばやとおもひたつより藤衣我が袖をこそしぼりかねつれ
    高倉院の御ことを思ひ出でて、今上御時、内裏にさぶらひける女房のもとへ
    申遣しける 左近衛中将重衡
 九七一 すみかはる月をみつつぞ思ひ出づるおほ原山のいにしへのそら
    ちちのおもひに侍りけるに、人のもとよりよの中は夢なるなど
    申したりければよめる 祝部成仲
 九七二 夢とこそ思ひなしつつすごしつれおどろかすにぞ現とはしる
    父の身まかりて侍りけるに、五十日はてておのおのちりけるに、
    良清がひとり本所にとどまりて侍りければよめる 藤原盛雅
 九七三 とまりゐる浮田の森のすもり子は立つ村鳥をみてや鳴くらん
    母の身まかりたりけるに、服きばなくらんとてよめる 藤原行家
 九七四 染めかふる衣のみかは別にはなみだもあらぬ色になりけり
    ひとつはらから四人侍りける中に、女なるおととなりけるものの
    身まかりにければよめる 顕昭法師
 九七五 おもひきやひとつははその枝にしもわきて末ばのちらん物とは
    中院の入道右大臣隠れ給ひて、七月一日やがていみのうちに
    土御門内大臣のもとへ申送り侍りける 俊恵法師
 九七六 秋風はけふ吹きぬらん荻の葉に別れし君はおとづれもなし
    返し 土御門内大臣
 九七七 をぎのはにおとづれもせで秋たてばいとど露けし浅ぢふの宿
    徳大寺左大臣みまかりて、九月尽日、内大臣のもとへ申遣し侍りける
    中納言長方
 九七八 またもこん程をまつべき秋だにも別るるけふは悲しきものを
    年ごろぐして侍りけるをんな身まかりて後、山里へまかりける道に
    むしの鳴きければよめる 中原有安
 九七九 道芝の虫は声声すだくなり友なきねをば我のみぞなく
    母のぶくにて侍りけるに、又やしなひたる母身まかりにければよめる
    藤原貞憲朝臣
 九八〇 限りありてふたへはきねど藤衣なみだばかりを重ねつるかな
    高倉院隠れさせおはしましける時、善知識にて
    長楽寺ひじりまゐりて侍りけるが、をはらせおはしましけれども、
    猶しばしさぶらひけるを、戒師にて近くめしつかひける女房
    あまたさまかへ侍りけるに我が心もさらぬだにあはれつきせざりけるに、
    流転三界中ととなへてかねの声聞えけるにつけてもかなしくおもひければ
    よめる 参議通親
 九八一 しほたるるそのあま人と聞くからにかづかぬ袖もぬれ増りけり
    徳大寺の左大臣隠れさせ給ひて、その年の中に北の方もうせ給ひにければ、
    大炊御門右大臣の許へ申送り侍りける 円位法師
 九八二 かさねきる藤の衣をたよりにて心の色をそめよとぞ思ふ
    返し 大炊御門右大臣
 九八三 藤衣かさぬる色は深けれどあさき心のしまぬはかなさ
    待賢門院隠れさせおはしまして、御忌はててかたがたかへらせ給ひける日、
    よませ給ひける 崇徳院御製
 九八四 かぎり有りて人はかたがた別るとも涙をだにもとどめてしかな
    御かへし 兵衛
 九八五 ちりぢりに別るる今日のかなしさに涙しもこそとまらざりけれ
    母の身まかりて後、月のあかく侍りけるによめる 中原定安
 九八六 ながめこし人はふりにし宿なれど月は昔にかはらざりけり
    父のぶくにて侍りける折、また女なくなりにければよめる 平康頼
 九八七 今さらに又や染めまし藤衣かさねてもきるならひなりせば
    頼実僧都身まかりて後、またのとしの春 僧正尋範
 九八八 やどもやど花も昔ににほへども主なき色はさびしかりけり
    素覚法師ならにすむべき便りありて、秋の比をば新少将を具してくだりて、
    かへりてあけん年の春はいつしかくだりて仏などもを
    がまんと申しかたらひて心もとなく思ひける程に、
    その年のうちに新少将身まかりにけり、
    歎きながらあくる年の春ひとりくだりける道に帰雁の鳴きけるを聞きて
    よみ侍りける 素覚法師
 九八九 北へゆく雁はしらじな数たらで南へかへるひともありとは
    かくてならに下りつきて次の日、素覚も又うせはべりにければ、
    かのうたかきつけて侍りけるあふぎのかたはらにかきつけける 藤原伊綱
 九九〇 かくばかりはかなくみゆるかりの世に残るつらさも思ひけるかな
    平貞能あづまのかたしづめにまかれりけるが、入道おほいまうちぎみの
    かくれたまひけることをしらでさまざまの事いひあけて侍りけるによめる
    源季貞
 九九一 東路にゆきてすまんといひおきし人もかくこそかなしかりけめ
    仁和寺法親王かくれ給ひて御忌に月あかかりけるに 法印元性
 九九二 こぞみしにかはらぬ月のいかなればくもらぬ空におぼろなるらん
    高倉院女房さまかへてのち、いくほどもなくて院もかくれさせ
    給ひければいひつかはしける 大納言実国
 九九三 てる月をみすてていでしことわりは雲がくれぬる今こそはしれ
 

月詣和歌集巻第十一

 十一月 附神祇
 
    月前千鳥といふこころをよめる 皇后宮大夫俊成
 九九四 月きよみ千鳥なくなりおきつ風ふけひの浦の明がたのそら
    俊恵法師
 九九五 月きよみあまのかるもをかきおけばまだきにあさるとも千鳥かな
    平資盛朝臣
 九九六 [ ]みのおきのしらすにしほ[ ]渚にきなくむら千鳥かな
    覚延法師
 九九七 月さえてかものうはげにおく霜をひとへはらふは夜半の浮雲
    藤原経家朝臣
 九九八 月かげのすみだがはらによもすがら千鳥の声もさえわたりけり
    旅泊千鳥といふこころをよめる 法眼長真
 九九九 まてしばし浦わたりする友千鳥われもたつべき磯の旅ねぞ
    顕昭法師
一〇〇〇 ふるさとをこふるねざめのかなしきに千鳥鳴くなりちかのしほがま
    夕千鳥といへるこころをよめる 祐盛法師
一〇〇一 あまをぶねよるべもみえぬ夕霧になぎさしらする千鳥鳴くなり
    千鳥驚波といふ心をよめる 賢辰法師
一〇〇二 なるみがた岩ねによする波の音にみなれながらもたつ千鳥かな
    深夜千鳥といふこころをよめる 鴨長明
一〇〇三 ねざめするなみの枕になく千鳥おのがねにさへ袖ぬらせとや
    千鳥 仁和寺二品法親王
一〇〇四 むれてゐるおのが羽風に波たてて心とさわぐ浦千どりかな
    題しらず 法眼実快
一〇〇五 むら千鳥たちゐる音のちかければみちくる汐のほどぞしらるる
    氷をよめる 賀茂重政
一〇〇六 あふ坂の関のあらしに夜はさえてこほりぞしがの浦づたひする
    氷留山水といふことをよめる 円位法師
一〇〇七 岩ませく木のはわけこえ山水のつゆもらさぬは氷なりけり
    谷氷といふことをよめる 小侍従
一〇〇八 山ふかみ人もくみみぬ谷水はつららのみこそむすばれにけれ
    鳥羽院とばの北殿におはしまししころ、氷留水声といふこころを
    殿上の人人つかうまつりけるに 皇后宮大夫俊成
一〇〇九 冬くればこほりと水の名をかへて岩もる声をなどしのぶらん
    水鳥をよめる 源仲経
一〇一〇 よをさむみ立ちゐるをしのあとに又ほどなくゐるはつららなりけり
大納言実房
 

月詣和歌集巻第十二
 
 十二月 附釈教
 
    すみがまをよみ侍りける 祐盛法師
一〇一一 雪のうちにたえぬけぶりはおほ原やをしほの山のまきのすみがま
    藤原敦仲
一〇一二 よそながらたつ煙にぞしられける大原山のまきのすみがま
    大納言季成卿女
一〇一三 をの山にやくすみがまの煙こそみねにたえせぬくもとなりけり
    寒蘆隔氷といふことをよめる 鴨長明
一〇一四 霜はらふ羽音にのみぞにほ鳥のあしまのとこは人にしらるる
    鷹狩をよめる 賀茂有忠
一〇一五 はしたかのしたをやきぎすくぐるらん木居にたまらぬすずのおとかな
    大納言季成卿女
一〇一六 草ふかみあさるきぎすや立ちぬらん鈴のおとこそ空に聞ゆれ
    雪中鷹狩といふことを 大納言実国
一〇一七 あさまだきかりばのをのに雪ふればしらふにならぬはし鷹ぞなき
    山家送年といふことをよめる 藤原有家
一〇一八 あとたえて人もとひこぬ山ざとは年をのみこそ送りむかふれ
    歳暮の心を 藤原実清朝臣
一〇一九 暮れてゆく年のすがたはみえねども身につもりてぞあらはれにける
    藤原親佐
一〇二〇 はかなくて暮行くとしの跡あらば雪のあしたは尋ねみてまし
    祝部成仲
一〇二一 くれゆくををしむ心のふかければわが身にとしはとまるなりけり
    民部卿成範
一〇二二 あけはてば又かへるべき年なれどくれゆくけふは猶ぞかなしき
    大納言隆季
一〇二三 あたらしき年やわがみをめぐるらんひまなく駒の道にまかせて
    勝命法師
一〇二四 なげかじなわが身に年はつもるともをしみし春のとなりと思へば
    百首歌の中に、歳暮のこころを 右大臣
一〇二五 たれもみななれにし年の過行くをおくらぬ人はあらじとぞ思ふ
    刑部卿頼輔
一〇二六 みな人の身にのみとまる年なればくれても外へゆかじとぞおもふ
    内大臣家百首歌中に、としのくれ水よりもはやしといふことをよめる 藤原隆信朝臣
一〇二七 滝つせもこほればよどむなにかこの暮行くとしのたぐひなるべき
    除夜の心をよめる 泰覚法師
一〇二八 はる風はさらに吹くともあすからはよるとしなみはたちもかへらじ
    藤原親盛
一〇二九 何となくすぐる月日にとし暮れてかずとるものはわがみなりけり
    昌俊法師
一〇三〇 ゆく年のやどはいづくと尋ぬれど身よりほかにはとまらざりけり
    藤原範光
一〇三一 をしめどもけふくれはつるふるとしの明くればなどて身にかへるらん
    中原宗邦
一〇三二 いつよりもけふの暮こそかなしけれかくてもとしのつもると思へば
    内大臣
一〇三三 何とかくつもれば老となる年のくれをばいそぐならひなるらん
    俊成卿家に人人十首歌よみ侍りけるに、歳暮のこころをよめる 俊恵法師
一〇三四 なげきつつことしもくれぬ露の命いけるばかりをおもひでにして
 
 釈教
 
    華厳経日照高山のこころをよめる 新中将
一〇三五 さしのぼる朝日のかげも位山高き峰をぞまづてらしける
    大品経常啼菩薩のこころをよめる 寂超法師
一〇三六 朽ちはつる袖にはいかがつつまましむなしととけるみのりならずは
    無量義経のこころをよめる 藤原重行
一〇三七 いかなればただ一もとのあしのはになにはのことのこもるなるらん
    智俊法師
一〇三八 ひよりまつうきよのきしのわたし守今ぞみのりの舟よそひする
    法華経序品の心をよめる 藤原伊綱
一〇三九 春ごとになげきしものをのりの庭ちるはうれしき花も有りけり
    円位法師
一〇四〇 ちりまがふ花のにほひをさきだててひかりをのりの莚にぞしく
    経円法師
一〇四一 鷲の山あやしくみえし花山はさとりをひらくしるしなるらん
    神主重保が堂のうしろどの障子に法門のゑをかき、そのこころを
    人人によませ侍りけるに、乃至童子戯のこころをよめる
一〇四二 みどりこのいさごあつむるたはぶれはまことの道をつぐるなりけり
    舎利弗華光如来記別をよめる 皇后宮大夫俊成
一〇四三 ゆく末の花のひかりのなをきくにかねてぞ春にあふ心地する
    譬喩品の心をよめる 藤原季定
一〇四四 この世をばうしと心にかけつればみつの車にみちびかれなむ
    祝部成仲
一〇四五 いかなればおやのをしへにしたがはでこのふるさとをいでがてにする
    賀茂重保和歌の草案のほぐをわがのも人のをもとりあつめて、
    五部大乗のれうしにすきて経しやにし侍りけるに、
    その心の歌よませ侍りけるに、譬喩品の心をよめる 泰覚法師
一〇四六 のりえてぞおもひの外に出でにけるこころにかけし車ならねど
    をとこのみまかりけるに、一品経すすめてしやくしけるに、
    譬喩品のこころをよめる 賀茂重保母
一〇四七 すすめいだすみつの車のわづかにもみちびかれぬときくよしもがな
    信解品年已朽邁の心をよめる 快玄法師
一〇四八 花咲くをよそに思ひし朽木にもつひにこのみはなりけるものを
    五百弟子品の心をよめる 平経正朝臣
一〇四九 ころもでにありとしりぬる嬉しさに涙の玉をかけぞかへつる
    賀茂重保雨のいのりに人人をよびて、御社の宝前にて歌を誦しけるに、
    しばしありて雨のふりて侍りける悦に、一品経しやうして
    法楽したてまつりけるに、提婆品の心をよめる 皇太后宮大進
一〇五〇 わたつ海の玉もかりあぐるかひありてしづむみくづもうかびぬるかな
    或所一品経しやくに提婆品の心をよめる 顕昭法師
一〇五一 谷水をむすべばうつるかげのみやちとせをおくるともとなりけむ
    賀茂重保が堂のうしろどに法門の歌を人人によませてゑにかき侍りけるに、
    提婆品の心をよめる 成全法師
一〇五二 たぐひなき玉に心のみがかれてくもらぬ空にすめる月かげ
    賀茂卅講五巻日、人人重保が家にて、提婆品の心をよみ侍りけるに 賀茂重保
一〇五三 ちとせまでむすびしのりの谷水をけふみたらしにときながすかな
    勧持品のこころをよめる 泰覚法師
一〇五四 くちはててあやふくみえしたえだえはいただの橋もいまわたすなり
    寿量品のこころをよめる 皇后宮大夫俊成
一〇五五 かりそめに夜はのけぶりとのぼりしやわしの高ねにかへる白雲
    顕昭法師
一〇五六 わしの山いかがすみける月なればいりての後もよを照らすらん
    常在霊鷲山のこころをよめる 寂然法師
一〇五七 ときはなるつるの林をはかなくもたきぎつきぬとおもひけるかな
    観音品の心をよめる 平忠度朝臣
一〇五八 おりたちてたのむとなればあすか川淵も瀬になる物とこそきけ
    厳王品の心をよめる 藤原経家朝臣
一〇五九 まだしらぬまことの道に入りぬればこのをしへこそ嬉しかりけれ
    院因幡
一〇六〇 人のおやのまよふとききし道なれどこのしるべするかたも有りけり
    二条院のみかどかくれさせおはしまして後、その御れうに治部卿
    人をすすめて一品経しやし侍りけるに、
    勧発品満三七日のこころをよめる 中原有安
一〇六一 まちいでていかに嬉しと思ふらんはつかあまりの山のはの月
    普賢経の心をよめる 大輔
一〇六二 心より結びおきけるしもなればおもひとくひにのこらざりけり
    心懐恋慕の心をよめる
一〇六三 思ひねの夢にもなどかみえざらんあかでいりにし山のはの月
    炎経の心をよめる 法橋性憲
一〇六四 かくれぬとなげきし月をたづぬれば心のうちにすむにぞ有りける
    賀茂重保が歌の草案の反古色紙の五部大乗経しやしの導師にて、
    炎経のこころをよめる 前大僧都澄憲
一〇六五 在明の月のかくれしはやしこそながきなげきのもととなりけれ
    舎利の心をよめる 天台座主明雲
一〇六六 つねならぬためしはよはの煙にてきえぬなごりをみるぞ嬉しき
    心蓮華のこころをよめる 実仙法師
一〇六七 いさぎよく心のしみづすみぬればはちすはよその花とやはみる
    月輪観をよめる 権僧正道勝
一〇六八 うづもるる心のうきにすむ月のかげさやかなるわが身ともがな
    賀茂重保
一〇六九 山のはにいるとをしみし月かげは心の水にすみけるものを
    観音のちかひをよめる 大納言時忠
一〇七〇 たのもしきちかひは春にあらねどもかれにし枝も花ぞ咲きける
    聖衆来迎楽の心をよめる 藤原資隆朝臣
一〇七一 草の庵の露きえぬとや人はみる蓮の花にやどりぬる身を
    往生講作りて、教化の歌とてよみ侍りける 前律師永観
一〇七二 皆人をわたさんと思ふ心こそ極楽へ行くしるべなりけれ
    かひをひろひて侍りけるを、さまざまの花に作りて仏に奉りけるに、
    卯花に作りたりけるをよめる 賀茂季保母
一〇七三 いかでかく心なきさのうつせ貝身をうの花と思ひよりけん
    観音のしるしある寺卅三所をがみめぐりて、みのの国たにくみにて、
    油のいづるをみて 前大僧正覚忠
一〇七四 世をてらす仏のしるし有りければまた灯火も消えぬなりけり
    菩提を願ふ心をよめる 定伊法師
一〇七五 うごきなきもとの都のしるべせよさそひ出でしも心ならずや
    雪中仏名といふことをよめる 前斎院右衛門佐
一〇七六 みよまでの仏のみなをとなふれば空より雪の花とちるかな
 
 是称偸要撰定之無私、又近代以来、家家諷吟、往往露布、求以収拾之、
 抄以錯入之、纔任耳目之適及更察遺漏之甚多、弗遑訪□、可憚独専而僧
 祐盛久為茲道之知己、倶斟艶流以指陳、既有明心、蓋免□□之譏、唯充
 備忘、無顧外聞之哂、編削甫成、類聚云訖、号月詣集、勒為十二巻、蓋
 乃配部而分、取其法於律数、以実而録、題其名於巻端、于時寿永元年壬
 寅十一月

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新古今和歌集解題〔8新古今解〕】[第一巻-8] [谷山茂氏蔵本] [2014年4月22日記事]等    

 新古今和歌集は、建仁元年(一二〇一)一一月三日、後鳥羽院より、源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経・寂蓮の六名に撰集下命のことがあり(ただし、寂蓮は建仁二年七月二〇日頃寂、撰集作業にはさほど関係せず)、元久二年(一二〇五)三月二六日に竟宴が行われ、一応の成立をみたものである。後鳥羽院は建仁元年七月二七日和歌所事始を行われ、藤原良経・源通親・慈円・釈阿・源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経・源具親・寂蓮の一一名が寄人に任ぜられたが(後に、藤原隆信・鴨長明・藤原秀能の三名追加される)、六名の撰者はさらにこの中から選ばれたものである。撰集下命後、撰者等による選歌時代(建仁元年一一月三日~建仁三年四月二〇日頃)、下命者後鳥羽院みずからによる精選時代(御点時代とも 建仁三年四月二〇日頃~元久元年〈一二〇四〉七月二二日)、精選歌の部類時代(元久元年七月二二日~元久二年三月二六日)を経、前記のごとく竟宴が行われ、第一類の竟宴本の成立を見ている。その後は切継ぎ時代(都における切継ぎ時代は後に記す家長本の成立まで、隠岐におけるそれは隠岐本成立まで)に入り、院の意志(時に良経の意志も加わり)により、新しい歌の切入れ、それに伴う既収歌の切出し、歌の位置の移動による継直し等、いわゆる切継ぎが行われ、現在注記により知られている最後のものは、承元四年(一二一〇)九月である(一九七九参照)。この後も行われたものと推定されるが、建保四年(一二一六)一二月二六日、和歌所開闔源家長が切継ぎの終了した本をもって書写を行い、これが都における公的完成の最後の姿を示す、第三類の家長本の成立であり、この間の切継ぎ時代の折々に書写されたものが第二類本であり、現存諸本のほとんどがこれに属するものである。その後、承久三年(一二二一)、院は承久の変の結果隠岐に遷幸あり、在島一九年の長きにわたり、延応元年(一二三九)崩御されるが、崩御も間近の頃、新古今集最後の本文の制定を行われ(約四〇〇首の切出しのみにて、切入れ・継直しはなし)、第四類の隠岐本の成立を見ている。このように、新古今集は代々の勅撰集中、稀に見る長い成立の歴史を有し、さらに底本のごとく撰者名注記を有し、
各撰者がどの歌を選んだかを知ることのできる本文もあり、また校訂本中の一本である国所有文化庁保管冷泉為相書写本(重要文化財)のごとく、隠岐抄除の符号を有し、隠岐本の俤を伝えるものもある。

 底本に用いた寿本は谷山茂博士所蔵本にて、胡蝶装上下二冊、紙数、上冊一四七葉、白紙二葉、下冊一四一葉、白紙四葉。上冊は仮名序・巻一~十を含み、各々一面一〇行、歌一首一行書き、下冊は巻十一~二十・真名序・奥書・後出歌を含み、奥書を除き各々一面一〇行、歌一首一行書きに記す。室町時代の書写にかかり、表紙は江戸時代に入っての改装と認められ、紺地に「壽」「卍」を金系で織り出し、「寿本」と称せられるのはそれによる。

  本云/承元三年六月十九日書之/同七月廿二日依重勅定被改直之以定家卿自筆本〔九条左大臣女所持之〕書写之/
  本草子料紙鳥子色紙/表紙画図式子内親王筆云云元応元年潤七月十六日不違文字書写之/北山入道相国家本也 
  同十八日校合

の奥書を有する。校訂本としては、同じく承元三年六月一九日藤原定家書写本系で、切出し歌一七首を本文中に含み、最も切出し歌を多く含む本文となっている(いわゆる石津一六氏所蔵本、現在は小島吉雄博士所蔵と同系統)国所有文化庁保管本、架蔵伝岩山民部少輔書写本(室町時代書写)と、切出し歌一七首を底本と同じく巻末に「後出歌」として有する春日政治博士所蔵(現在春日和男博士所蔵)廿一代集本(江戸時代書写)を用いたが、底本は切出し歌一七首を一括後掲するので、本文中には切出し歌を一首も含むことなく、その意味では、都において、和歌所の名において成立した最終本文源家長書写本と歌数においては結果として一致すると考えられるものである。
 底本は虫損のため一部不明の箇所のあることは惜しまれるが、それらを含め、校訂本により改訂補正を行った箇所は別記のごとくである。

  校訂附記
  承元三年六月一九日藤原定家書写本
(次の二系統に分かれる)
    a谷山茂博士蔵寿本(底本)
    a春日政治博士(現在春日和男博士)蔵
     廿一代集本
    b国所有文化庁保管冷泉為相書写本
    b架蔵伝岩山民部少輔本

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
一五七詞書
 百首歌たてまつりし時  ナシ
七五〇作者
 前中納言匡房  中納言匡房
一〇九四詞書ナシ
 和歌所歌合に、忍恋の心を  ナシ
一一二六作者
 摂政太政大臣  歌の次に記されているのを、歌の前へ
一九五〇作者
 前大僧正慈円  前僧正慈円

   撰者名注記
   撰者名注記凡例
一、撰者名注記は底本谷山茂博士蔵寿本の注記を記したものである。
一、底本の注記は、衛(通具)、有・(有家)、定・宀(定家)、隆・阝(家隆)、雅・牙(雅経)の略号が使用されているが、すべて「衛有定隆雅」の略号に統一した。
一、注記の順は「衛有定隆雅」の順であるが、順を違えて記されてある箇所はそのままとし、「ママ」とした。
一、「ナシ」とあるのは撰者名注記を欠くことを示す。
一、前の歌の注記に続き、「同」とある場合は、前の歌の注記を改めて記した。

一定隆雅 二ナシ 三雅 四衛雅 五ナシ 六衛有七有 八雅 九雅一〇定隆雅 一一有定隆雅 一二雅 一三衛有雅 一四衛隆 一五定隆雅 一六ナシ一七有定隆 一八衛定隆雅 一九定隆雅 二〇衛 
二一定 二二雅 二三定隆雅 二四衛隆雅 二五ナシ二六ナシ 二七定隆雅 二八衛 二九有 三〇衛有定隆 三一有 三二有定隆雅 三三雅 三四有定隆雅 三五雅 三六ナシ 三七有定雅 三八有隆雅 三九定 四〇衛隆 四一有 四二定 四三衛隆 四四有隆雅 四五衛定 四六有定隆雅 四七隆雅 四八定隆雅 四九定隆雅 五〇定 五一有定雅 五二衛隆雅 五三衛 五四定雅 五五有定隆雅 五六定隆 五七定隆雅 五八有定隆雅 五九衛 六〇定 六一衛有 六二隆 六三衛 六四衛有 六五定隆雅 六六隆雅 六七雅 六八ナシ 六九隆 七〇衛 七一衛 七二ナシ 七三定隆 七四有定隆 七五有定隆 七六ナシ 七七衛 七八有隆 七九定隆 八〇隆 八一定隆 八二有定雅 八三有定隆雅 八四ナシ 八五有 八六定隆雅 八七有隆雅 八八定隆 八九定隆 九〇定隆 九一雅 九二有定隆 九三衛 
九四定隆 九五有隆 九六定隆雅 九七ナシ 九八定隆 九九ナシ 一〇〇雅 一〇一衛雅 一〇二有定隆雅 一〇三定隆雅 一〇四有定隆雅 一〇五定隆雅 一〇六定隆 一〇七定隆 一〇八定 
一〇九定 一一〇定 一一一定 一一二雅 一一三ナシ 一一四有定隆雅 一一五隆 一一六衛定隆雅 一一七定隆雅 一一八定隆 一一九定隆雅 一二〇定隆雅 一二一隆 一二二定隆 一二三定 
一二四定隆 一二五雅 一二六定隆雅 一二七定隆 一二八衛定隆雅(「雅」不明) 一二九定隆雅 一三〇定隆雅 一三一隆 一三二雅 一三三ナシ 一三四衛隆雅 一三五定隆雅 一三六定隆雅 
一三七ナシ 一三八ナシ 一三九定雅 一四〇隆雅 一四一隆雅 一四二衛隆雅 一四三隆雅 一四四有雅 一四五有隆 一四六衛 一四七有隆雅 一四八定隆 一四九衛隆雅一五〇雅 一五一定隆雅 
一五二雅 一五三ナシ 一五四隆 一五五ナシ 一五六雅 一五七衛 一五八有定雅 一五九隆 一六〇雅 一六一有定隆雅 一六二雅 一六三雅 一六四隆 一六五ナシ 一六六雅 一六七雅 一六八雅 一六九定隆雅 一七〇有 一七一雅 一七二定 一七三定隆雅 一七四衛有定隆雅 一七五衛定隆雅 一七六有 一七七有雅 一七八衛 一七九定隆雅 一八〇定隆 一八一有隆 一八二ナシ一八三有定隆雅 一八四ナシ 一八五隆雅 一八六定隆 一八七雅 一八八定隆雅 一八九定隆雅 一九〇雅 一九一定隆 一九二有隆 一九三雅 一九四ナシ 一九五雅 一九六隆 一九七隆 一九八定隆 一九九雅 
二〇〇有 二〇一衛 二〇二衛有 二〇三有隆 二〇四定 二〇五隆雅 二〇六ナシ 二〇七有隆雅 二〇八有定隆雅 二〇九定隆雅 二一〇定隆雅 二一一ナシ 二一二隆 二一三衛 二一四定雅 
二一五ナシ 二一六雅 二一七隆 二一八隆雅 二一九隆二二〇ナシ 二二一隆 二二二定 二二三定隆 二二四定隆 二二五定隆 二二六ナシ 二二七隆雅 二二八隆雅 二二九衛 二三〇衛 
二三一衛有隆 二三二有 二三三有 二三四ナシ 二三五隆雅 二三六ナシ 二三七有定隆雅 二三八衛 二三九定隆雅 二四〇有 二四一隆雅 二四二隆 二四三定 二四四ナシ二四五ナシ 二四六有 
二四七有 二四八定 二四九ナシ 二五〇有 二五一有定隆雅 二五二定雅 二五三隆雅 二五四有隆雅 二五五隆 二五六衛隆 二五七ナシ 二五八雅 二五九ナシ 二六〇衛 二六一ナシ 二六二定隆雅 二六三定隆雅 二六四定隆雅 二六五定 二六六有隆雅 二六七定 二六八隆 二六九衛有 二七〇定 二七一衛 二七二ナシ 二七三雅二七四雅 二七五雅 二七六ナシ 二七七定隆 二七八定 
二七九ナシ 二八〇定隆 二八一有隆雅 二八二衛隆雅 二八三定隆 二八四隆 二八五衛 二八六衛定 二八七衛有定隆 二八八有雅 二八九定雅 二九〇ナシ 二九一隆雅 二九二ナシ 二九三定 
二九四有 二九五衛有隆 二九六有 二九七定隆雅 二九八定隆 二九九定隆 三〇〇有定隆雅 三〇一定隆 三〇二定 三〇三衛有隆雅 三〇四隆 三〇五定隆三〇六ナシ 三〇七雅 三〇八定隆雅 
三〇九雅 三一〇衛定 三一一定 三一二衛定隆雅 三一三隆 三一四衛有隆 三一五定隆 三一六雅 三一七雅 三一八衛隆雅 三一九隆 三二〇定隆雅 三二一有定隆雅 三二二定隆 三二三定 
三二四ナシ 三二五有定隆雅 三二六衛 三二七雅 三二八雅 三二九有 三三〇有 三三一定隆 三三二衛 三三三ナシ 三三四隆雅 三三五隆 三三六雅 三三七衛 三三八隆雅 三三九有隆雅 
三四〇衛定隆雅 三四一雅 三四二雅 三四三有雅 三四四定 三四五ナシ 三四六衛雅 三四七有定隆 三四八衛 三四九定 三五〇定 三五一ナシ 三五二定隆雅 三五三衛 三五四有 三五五定隆雅 三五六衛 三五七有雅 三五八有雅 三五九有雅 三六〇ナシ 三六一定隆雅 三六二定隆雅 三六三ナシ 三六四ナシ 三六五衛定 三六六有 三六七有隆 三六八定隆雅 三六九有 三七〇定雅 
三七一有 三七二雅 三七三有雅 三七四定隆雅 三七五隆雅 三七六定 三七七衛定隆雅 三七八ナシ 三七九有隆 三八〇ナシ 三八一定 三八二有 三八三有 三八四衛有 三八五衛 三八六ナシ 
三八七有隆 三八八有 三八九定 三九〇有 三九一ナシ 三九二有定雅 三九三定隆雅 三九四衛 三九五衛 三九六衛隆 三九七衛有定隆雅 三九八ナシ 三九九衛有隆雅 四〇〇有定隆雅 
四〇一有定雅 四〇二ナシ 四〇三ナシ 四〇四衛 四〇五有隆 四〇六雅 四〇七定 四〇八定 四〇九定 四一〇定 四一一定隆 四一二ナシ 四一三有定隆 四一四有 四一五ナシ 四一六有
 四一七雅 四一八衛雅 四一九有 四二〇有隆雅 四二一雅 四二二隆 四二三有雅 四二四ナシ四二五雅 四二六ナシ 四二七衛 四二八有 四二九定雅 四三〇有 四三一有定隆雅 四三二雅 
四三三ナシ 四三四定雅 四三五有定雅 四三六有定隆 四三七ナシ 四三八定隆雅 四三九定隆雅 四四〇定四四一有雅 四四二ナシ 四四三有 四四四有定隆雅 四四五衛 四四六有雅 四四七衛有 
四四八隆 四四九ナシ 四五〇衛隆 四五一衛 四五二定 四五三有隆 四五四定雅 四五五定 四五六隆 四五七雅四五八ナシ 四五九定隆雅 四六〇隆 四六一ナシ四六二衛 四六三定 四六四ナシ 
四六五雅 四六六定 四六七衛 四六八定 四六九雅 四七〇ナシ 四七一雅 四七二雅 四七三定 四七四定 四七五衛隆 四七六衛有 四七七隆雅 四七八衛有隆雅 四七九衛有定隆雅 四八〇衛 
四八一衛定隆 四八二定雅四八三ナシ 四八四定 四八五ナシ 四八六衛定隆 四八七隆 四八八隆 四八九定隆雅 四九〇有 四九一有隆雅 四九二ナシ 四九三ナシ 四九四有隆雅 四九五有 四九六有 四九七定隆雅 四九八衛定隆雅 四九九定雅 五〇〇有定 五〇一ナシ 五〇二有定隆 五〇三雅 五〇四定 五〇五衛定隆雅 五〇六定隆雅 五〇七定隆雅 五〇八有 五〇九雅 五一〇隆 五一一有 五一二雅 五一三定隆雅 五一四定雅五一五定雅 五一六衛定 五一七有隆雅 五一八衛有定隆 五一九定隆雅 五二〇雅 五二一隆 五二二定隆 五二三隆 五二四有雅 五二五衛定隆 五二六ナシ 
五二七有 五二八隆 五二九隆 五三〇ナシ 五三一衛 五三二有隆雅 五三三有雅 五三四有定雅 五三五ナシ 五三六定 五三七雅 五三八定隆雅 五三九定 五四〇定 五四一隆 五四二定 五四三定 五四四有 五四五隆 五四六ナシ 五四七ナシ 五四八ナシ 五四九有 五五〇ナシ 五五一衛隆雅 五五二定隆雅 五五三隆 五五四定隆 五五五定 五五六隆 五五七隆 五五八雅 五五九ナシ 
五六〇ナシ 五六一ナシ 五六二ナシ 五六三ナシ 五六四ナシ五六五ナシ 五六六定隆雅 五六七雅 五六八ナシ五六九雅 五七〇定 五七一ナシ 五七二隆 五七三ナシ 五七四ナシ 五七五ナシ 
五七六隆 五七七衛有雅 五七八雅 五七九雅 五八〇有定 五八一ナシ 五八二雅 五八三定隆 五八四雅 五八五定隆雅 五八六雅 五八七雅 五八八衛有隆雅 五八九衛隆雅 五九〇有隆雅 
五九一有隆 五九二有隆 五九三ナシ 五九四ナシ 五九五衛雅 五九六有定隆雅 五九七雅 五九八衛 五九九ナシ 六〇〇隆 六〇一雅六〇二定 六〇三隆 六〇四定隆 六〇五隆雅 六〇六定隆 
六〇七定雅 六〇八定雅 六〇九ナシ 六一〇衛定隆 六一一有隆 六一二ナシ 六一三定 六一四ナシ 六一五定隆 六一六衛定隆雅 六一七衛定隆雅 六一八定隆雅 六一九定 六二〇有定隆雅 
六二一隆 六二二隆 六二三隆 六二四定 六二五有定隆雅 六二六定 六二七定隆 六二八衛定 六二九ナシ 六三〇隆 六三一雅 六三二雅 六三三定隆 六三四隆 六三五衛定 六三六ナシ 
六三七ナシ 六三八隆 六三九有定雅 六四〇隆 六四一衛有雅 六四二隆 六四三有隆雅 六四四定 六四五ナシ 六四六衛雅 六四七衛雅 六四八衛隆雅 六四九ナシ 六五〇ナシ 六五一衛有隆 
六五二定隆 六五三雅 六五四雅 六五五雅 六五六有隆雅 六五七定雅 六五八衛 六五九衛 六六〇定隆雅 六六一衛定隆雅 六六二定隆 六六三有定隆雅 六六四定隆 六六五定隆 六六六隆 
六六七衛有定隆雅 六六八有雅 六六九隆 六七〇衛 六七一衛隆雅 六七二有隆雅 六七三ナシ 六七四衛有定隆 六七五隆雅 六七六雅 六七七有定隆 六七八隆 六七九有 六八〇隆雅 六八一定
六八二有隆雅 六八三有定隆雅 六八四定隆雅 六八五雅 六八六定 六八七定隆 六八八有定隆 六八九有 六九〇ナシ 六九一定隆 六九二衛 六九三隆雅 六九四有 六九五衛 六九六隆 
六九七有定隆雅 六九八定雅 六九九ナシ 七〇〇ナシ 七〇一定隆雅 七〇二定隆 七〇三有隆 七〇四衛定隆雅 七〇五定隆雅 七〇六隆雅 七〇七有隆雅 七〇八有隆雅七〇九隆雅 七一〇雅 
七一一雅 七一二隆雅 七一三衛 七一四雅 七一五隆 七一六衛 七一七定隆七一八隆 七一九衛有定隆雅 七二〇定隆 七二一隆 七二二有定隆 七二三有隆 七二四ナシ 七二五衛 七二六定隆雅 
七二七定隆 七二八定 七二九定隆 七三〇有 七三一定 七三二有雅 七三三有 七三四隆雅 七三五ナシ 七三六定隆雅 七三七雅 七三八定隆 七三九衛隆雅 七四〇雅 七四一ナシ 七四二有定雅 七四三有定隆雅 七四四衛有雅 七四五定隆雅 七四六衛 七四七定 七四八有定 七四九有 七五〇定雅 七五一有隆 七五二有雅 七五三定隆 七五四有 七五五隆 七五六定隆 七五七有
定隆雅七五八 定隆雅 七五九有雅 七六〇定隆雅 七六一雅 七六二有 七六三ナシ 七六四有 七六五有 七六六定隆 七六七有雅 七六八有 七六九有 七七〇衛 七七一有 七七二有 七七三ナシ 七七四定 七七五定 七七六定 七七七衛定隆雅 七七八ナシ 七七九定 七八〇定 七八一定 七八二有 七八三ナシ 七八四衛 七八五有 七八六衛 七八七衛 七八八ナシ 七八九ナシ 
七九〇衛有 七九一衛有 七九二定雅 七九三有 七九四雅 七九五衛隆雅 七九六定隆雅 七九七衛 七九八有雅 七九九有雅 八〇〇定隆雅 八〇一ナシ 八〇二ナシ 八〇三ナシ 八〇四雅 
八〇五衛定 八〇六ナシ 八〇七ナシ 八〇八定八〇九定隆 八一〇有隆雅 八一一有 八一二定 八一三有雅 八一四定隆 八一五有隆 八一六有 八一七ナシ 八一八定 八一九有 八二〇衛 
八二一ナシ 八二二有 八二三有 八二四雅 八二五定 八二六ナシ 八二七衛有 八二八定 八二九定 八三〇有八三一定隆 八三二有定隆雅 八三三定隆雅 八三四定隆 八三五隆雅 八三六衛雅 
八三七定隆 八三八定隆 八三九衛隆 八四〇衛 八四一有 八四二雅 八四三定 八四四雅 八四五有 八四六有 八四七有 八四八衛有隆 八四九有 八五〇定隆雅 八五一有 八五二定隆 八五三有 八五四定 八五五定 八五六衛有雅 八五七定隆 八五八有隆 八五九衛定隆 八六〇定隆 八六一隆 八六二隆 八六三ナシ 八六四定隆雅 八六五有 八六六有 八六七有 八六八有 八六九定隆 
八七〇有隆雅 八七一定隆雅 八七二ナシ 八七三有 八七四衛隆 八七五衛隆 八七六有 八七七ナシ 八七八衛 八七九定隆 八八〇定隆 八八一有定隆 八八二定 八八三有定隆 八八四ナシ
 八八五有隆雅 八八六定隆 八八七定隆 八八八有隆 八八九衛隆 八九〇衛 八九一雅 八九二ナシ八九三有隆 八九四有雅 八九五有 八九六衛定隆雅 八九七定雅 八九八衛定 八九九定隆雅 
九〇〇定雅 九〇一定雅 九〇二有 九〇三有定隆雅 九〇四衛有定隆雅 九〇五隆 九〇六隆雅 九〇七定隆雅 九〇八衛定 九〇九有雅 九一〇有定隆雅 九一一有定隆雅 九一二雅 九一三有 
九一四有 九一五雅九一六定隆雅 九一七雅 九一八有定隆雅 九一九有隆 九二〇衛隆 九二一衛定 九二二定 九二三衛九二四定雅 九二五定隆雅 九二六定 九二七定 九二八ナシ 九二九有定隆雅 九三〇雅 九三一有 九三二有定隆雅 九三三ナシ 九三四有雅 九三五定雅 九三六隆 九三七雅 九三八定雅 九三九有定雅 九四〇隆 九四一有定隆雅 九四二定 九四三有定隆雅 九四四定隆雅 
九四五隆 九四六雅 九四七ナシ 九四八有定隆雅 九四九雅 九五〇有雅 九五一有定隆雅 九五二有隆雅 九五三有隆雅 九五四雅 九五五ナシ 九五六ナシ 九五七ナシ 九五八ナシ 九五九ナシ 
九六〇ナシ 九六一ナシ 九六二ナシ 九六三定 九六四雅 九六五定隆雅 九六六衛定隆 九六七隆 九六八衛有定隆雅 九六九ナシ 九七〇雅九七一雅 九七二雅 九七三有定隆 九七四衛 九七五雅 九七六定隆 九七七定雅 九七八衛雅 九七九衛雅 九八〇隆雅 九八一有定雅 九八二ナシ 九八三ナシ 九八四ナシ 九八五雅 九八六雅 九八七定隆 九八八定 九八九ナシ 九九〇有定隆雅
 九九一隆 九九二定隆 九九三定隆 九九四有定隆雅 九九五定 九九六定隆 九九七有隆雅 九九八定隆 九九九定 一〇〇〇定 一〇〇一隆 一〇〇二隆 一〇〇三有隆 一〇〇四有隆 一〇〇五隆 一〇〇六定 一〇〇七定 一〇〇八隆 一〇〇九有雅 一〇一〇有定隆 一〇一一隆 一〇一二定 一〇一三定隆雅 一〇一四有隆 一〇一五有隆 一〇一六隆 一〇一七雅一〇一八隆 一〇一九有 
一〇二〇隆 一〇二一隆 一〇二二有定隆 一〇二三隆 一〇二四有定隆 一〇二五定隆雅 一〇二六定隆雅 一〇二七衛隆 一〇二八雅 一〇二九ナシ 一〇三〇有定隆雅 一〇三一有隆雅 
一〇三二衛有定隆雅 一〇三三定隆雅 一〇三四衛有定隆雅 一〇三五衛隆 一〇三六有定隆雅 一〇三七衛定隆 一〇三八定 一〇三九定 一〇四〇隆 一〇四一定 一〇四二隆 一〇四三有隆 
一〇四四有隆 一〇四五定 一〇四六定 一〇四七定 一〇四八定隆雅 一〇四九有定隆雅 一〇五〇定隆雅 一〇五一隆 一〇五二定隆雅 一〇五三定隆 一〇五四隆 一〇五五定 一〇五六隆 
一〇五七ナシ 一〇五八有 一〇五九隆 一〇六〇隆 一〇六一隆 一〇六二定隆雅 一〇六三隆 一〇六四隆雅 一〇六五有隆一〇六六有 一〇六七隆雅 一〇六八雅 一〇六九定雅 一〇七〇衛定隆雅 一〇七一定隆雅 一〇七二有 一〇七三有定隆 一〇七四衛有定雅 一〇七五有定隆 一〇七六定隆雅 一〇七七雅 一〇七八定隆 一〇七九定隆 一〇八〇有定隆雅 一〇八一隆雅 一〇八二隆雅 
一〇八三有定隆 一〇八四定隆 一〇八五衛定隆 一〇八六衛隆 一〇八七有定隆雅 一〇八八有隆雅 一〇八九定隆雅 一〇九〇衛有 一〇九一有隆 一〇九二有 一〇九三有 一〇九四定隆 
一〇九五隆雅 一〇九六ナシ 一〇九七ナシ 一〇九八隆一〇九九定 一一〇〇隆 一一〇一隆雅 一一〇二衛 一一〇三定 一一〇四有定隆雅 一一〇五有定隆雅 一一〇六有定 一一〇七定隆雅
一一〇八有 一一〇九有 一一一〇雅 一一一一有定隆雅 一一一二有定隆 一一一三有定隆雅 一一一四定 一一一五定 一一一六定雅(「雅」不明) 一一一七隆 一一一八有定隆雅 一一一九ナシ 
一一二〇有定 一一二一有定 一一二二定隆 一一二三有定隆 一一二四有定隆雅 一一二五衛雅 一一二六雅 一一二七有定 一一二八雅 一一二九ナシ 一一三〇ナシ 一一三一定一一三二定 
一一三三定隆雅 一一三四有 一一三五定隆雅 一一三六定隆雅 一一三七衛 一一三八ナシ 一一三九ナシ 一一四〇ナシ 一一四一有定隆雅 一一四二隆雅 一一四三定隆雅 一一四四有定 
一一四五定 一一四六有定 一一四七定隆雅 一一四八有定 一一四九有隆雅 一一五〇定 一一五一有定隆 一一五二有 一一五三定隆雅 一一五四定隆 一一五五ナシ 一一五六定 一一五七有定隆雅 一一五八衛定隆雅 一一五九定隆雅 一一六〇有定隆 一一六一衛有定隆雅 一一六二定隆 一一六三有雅 一一六四有定隆雅 一一六五有 一一六六有 一一六七有定隆雅 一一六八ナシ 一一六九定隆 一一七〇定 一一七一定 一一七二定 一一七三衛 一一七四雅 一一七五衛 一一七六隆雅 一一七七定 一一七八衛定 一一七九衛 一一八〇定 一一八一定隆 一一八二衛定 一一八三定 
一一八四有定隆雅 一一八五定隆一一八六衛 一一八七有 一一八八隆 一一八九定隆 一一九〇定 一一九一有定隆雅 一一九二ナシ 一一九三雅 一一九四有雅 一一九五有 一一九六有雅 
一一九七ナシ 一一九八有 一一九九有隆雅 一二〇〇隆雅 一二〇一衛定隆雅 一二〇二隆 一二〇三定 一二〇四有定隆雅 一二〇五定隆雅 一二〇六有隆雅 一二〇七定隆雅 一二〇八定雅 
一二〇九衛有定隆雅 一二一〇雅 一二一一有 一二一二有隆 一二一三定 一二一四定雅 一二一五雅 一二一六有一二一七隆 一二一八雅 一二一九衛 一二二〇有 一二二一有 一二二二有 
一二二三有 一二二四有一二二五有 一二二六有 一二二七衛 一二二八定雅 一二二九雅 一二三〇隆雅 一二三一定 一二三二衛有定隆雅 一二三三衛有定隆雅 一二三四定 一二三五定 一二三六定 一二三七定雅 一二三八定雅一二三九有定隆 一二四〇定 一二四一定 一二四二定 一二四三衛定 一二四四衛有定隆雅 一二四五有定隆雅 一二四六有定 一二四七有定 一二四八定雅 一二四九定雅 一二五〇定 一二五一定 一二五二定 一二五三定 一二五四隆 一二五五隆 一二五六定雅 一二五七有定隆雅 一二五八定隆 一二五九定隆雅 一二六〇定隆雅 一二六一定隆 一二六二定 
一二六三定 一二六四有 一二六五定 一二六六有一二六七定雅 一二六八有定隆 一二六九定隆 一二七〇定隆雅 一二七一有定隆雅 一二七二ナシ 一二七三有定雅 一二七四定隆雅 
一二七五定隆雅 一二七六定隆雅 一二七七衛雅 一二七八ナシ 一二七九定 一二八〇ナシ 一二八一定 一二八二ナシ 一二八三ナシ 一二八四ナシ 一二八五定雅 一二八六定隆雅 一二八七定雅 
一二八八ナシ 一二八九衛 一二九〇定 一二九一ナシ 一二九二定 一二九三衛有定隆雅 一二九四衛有定雅 一二九五有定雅 一二九六定雅 一二九七定雅 一二九八定雅 一二九九衛有定隆雅 
一三〇〇有定 一三〇一有定隆雅 一三〇二衛有定隆雅 一三〇三衛有定隆雅 一三〇四有定隆雅 一三〇五定雅 一三〇六ナシ 一三〇七有定隆雅一三〇八定雅 一三〇九有定隆 一三一〇有定隆雅
一三一一定 一三一二衛有定隆雅 一三一三衛定隆雅 一三一四隆雅 一三一五ナシ 一三一六ナシ 一三一七ナシ 一三一八ナシ 一三一九定雅 一三二〇衛隆雅 一三二一有定隆雅 一三二二定雅 
一三二三ナシ 一三二四ナシ 一三二五ナシ 一三二六ナシ 一三二七有雅 一三二八定 一三二九衛有隆雅 一三三〇ナシ 一三三一定 一三三二隆雅 一三三三衛 一三三四定隆雅 一三三五有定隆雅 一三三六隆雅 一三三七有雅 一三三八衛有隆雅 一三三九定 一三四〇定 一三四一定隆 一三四二雅 一三四三定 一三四四衛 一三四五雅 一三四六虫損ナシ 一三四七定 一三四八衛 
一三四九有定隆 一三五〇有定隆 一三五一有 一三五二衛 一三五三雅 一三五四定隆一三五五雅 一三五六定 一三五七ナシ 一三五八有定隆雅 一三五九定 一三六〇定 一三六一隆 
一三六二定隆雅 一三六三有定隆雅 一三六四隆 一三六五ナシ 一三六六有隆 一三六七ナシ 一三六八有隆雅 一三六九定隆雅 一三七〇有定雅 一三七一定隆雅 一三七二定隆 一三七三有
 一三七四雅 一三七五定雅 一三七六定隆 一三七七隆 一三七八定雅 一三七九定 一三八〇衛 一三八一有 一三八二隆一三八三衛 一三八四衛雅 一三八五衛 一三八六定隆雅 一三八七衛有定雅 一三八八有定隆雅 一三八九雅 一三九〇有 一三九一有雅 一三九二隆 一三九三ナシ 一三九四定隆 一三九五定 一三九六雅 一三九七有 一三九八定 一三九九有 一四〇〇有一四〇一雅 
一四〇二定雅 一四〇三有 一四〇四ナシ 一四〇五定隆 一四〇六雅 一四〇七雅 一四〇八衛定 一四〇九雅 一四一〇雅 一四一一衛定 一四一二衛定 一四一三定隆 一四一四有 一四一五隆 
一四一六雅 一四一七有隆 一四一八衛有定 一四一九定 一四二〇定隆 一四二一有 一四二二有 一四二三雅 一四二四有 一四二五衛隆 一四二六衛一四二七雅 一四二八隆 一四二九定隆 
一四三〇定隆 一四三一定隆 一四三二有隆 一四三三有定隆雅 一四三四隆 一四三五定隆 一四三六定隆雅 一四三七衛隆雅 一四三八衛 一四三九衛 一四四〇衛 一四四一定隆 一四四二隆 
一四四三有隆 一四四四有定隆雅 一四四五隆雅 一四四六定隆雅 一四四七定 一四四八定 一四四九衛有定隆雅 一四五〇定 一四五一定 一四五二定 一四五三定隆 一四五四定隆 一四五五雅 
一四五六ナシ 一四五七雅 一四五八有雅 一四五九ナシ 一四六〇隆雅 一四六一定一四六二定 一四六三定 一四六四雅 一四六五隆 一四六六有定隆雅 一四六七雅 一四六八ナシ 一四六九隆 
一四七〇有 一四七一定隆雅 一四七二隆 一四七三衛 一四七四衛 一四七五衛 一四七六有一四七七ナシ 一四七八隆 一四七九有 一四八〇定 一四八一定 一四八二雅 一四八三定隆 
一四八四定隆 一四八五有定隆雅 一四八六有定隆雅 一四八七定 一四八八定 一四八九隆 一四九〇隆 一四九一衛隆 一四九二有定隆雅 一四九三隆 一四九四衛定隆 一四九五隆 一四九六ナシ 
一四九七定隆 一四九八衛 一四九九衛有定隆雅 一五〇〇定隆雅 一五〇一定 一五〇二衛 一五〇三衛 一五〇四衛有一五〇五隆 一五〇六隆雅 一五〇七隆雅 一五〇八雅 一五〇九衛有定隆雅 
一五一〇ナシ 一五一一定隆 一五一二衛 一五一三有定隆雅 一五一四衛 一五一五衛 一五一六衛 一五一七有隆 一五一八衛一五一九衛 一五二〇衛 一五二一有定 一五二二有定雅 一五二三有雅 一五二四ナシ 一五二五ナシ一五二六隆 一五二七衛 一五二八衛 一五二九衛定隆 一五三〇定隆雅 一五三一定隆雅 一五三二定隆雅 一五三三定隆 一五三四隆 一五三五有定雅 一五三六定雅 
一五三七定 一五三八有 一五三九雅一五四〇雅 一五四一衛 一五四二有隆 一五四三隆 一五四四ナシ 一五四五ナシ 一五四六ナシ 一五四七ナシ 一五四八ナシ 一五四九ナシ 一五五〇ナシ 
一五五一有隆 一五五二有 一五五三有隆 一五五四雅 一五五五有雅 一五五六ナシ 一五五七ナシ 一五五八ナシ 一五五九ナシ 一五六〇有 一五六一衛雅 一五六二定 一五六三衛 一五六四ナシ 一五六五ナシ 一五六六有定隆 一五六七衛 一五六八定 一五六九有 一五七〇衛 一五七一雅 一五七二有 一五七三有 一五七四有 一五七五雅 一五七六雅 一五七七ナシ 一五七八ナシ 
一五七九ナシ 一五八〇有 一五八一有 一五八二定雅 一五八三定 一五八四衛隆 一五八五衛隆 一五八六隆 一五八七有雅 一五八八定隆雅 一五八九定雅 一五九〇有定隆雅 一五九一衛有定隆雅 一五九二定 一五九三定隆雅 一五九四有隆雅 一五九五隆 一五九六有 一五九七有定隆雅 一五九八ナシ 一五九九衛定隆雅 一六〇〇雅 一六〇一雅 一六〇二定 一六〇三有定隆雅 一六〇四隆雅 一六〇五有隆 一六〇六衛有隆 一六〇七定 一六〇八定 一六〇九定 一六一〇定隆雅 一六一一定 一六一二ナシ 一六一三有隆 一六一四ナシ 一六一五定雅 一六一六有定隆 一六一七有 
一六一八隆雅 一六一九有定隆雅 一六二〇有 一六二一雅 一六二二定雅 一六二三雅 一六二四有定 一六二五有 一六二六定雅 一六二七定雅 一六二八有雅 一六二九有雅 一六三〇有定隆雅 
一六三一有定隆雅 一六三二雅 一六三三雅 一六三四定隆 一六三五ナシ 一六三六衛 一六三七ナシ 一六三八ナシ 一六三九衛 一六四〇有隆雅 一六四一有隆雅 一六四二定隆雅 一六四三隆雅 
一六四四定隆雅 一六四五隆 一六四六衛 一六四七有 一六四八有定隆雅 一六四九有定隆雅 一六五〇衛有定隆雅 一六五一定雅 一六五二有 一六五三ナシ 一六五四ナシ 一六五五有定 
一六五六定隆雅 一六五七有一六五八有定隆雅 一六五九定隆雅 一六六〇定 一六六一定隆雅 一六六二定隆 一六六三定隆雅 一六六四有定雅 一六六五有定雅 一六六六有定隆雅 一六六七有定隆 
一六六八ナシ 一六六九定 一六七〇定 一六七一定隆雅 一六七二定 一六七三定雅 一六七四隆 一六七五定隆 一六七六定隆 一六七七定隆雅 一六七八定隆雅 一六七九定雅 一六八〇雅
一六八一定隆雅 一六八二定隆雅 一六八三有 一六八四有隆 一六八五有隆 一六八六隆雅 一六八七衛定隆雅 一六八八定隆 一六八九有定隆雅 一六九〇定雅 一六九一定隆 一六九二定隆 
一六九三定雅 一六九四定隆 一六九五定隆 一六九六定隆雅 一六九七定隆 一六九八定隆 一六九九定隆 一七〇〇ナシ 一七〇一定 一七〇二有定隆雅 一七〇三有定隆雅 一七〇四隆 一七〇五雅 一七〇六雅 一七〇七衛 一七〇八衛 一七〇九雅 一七一〇有 一七一一有定 一七一二定隆 一七一三定隆 一七一四定 一七一五定 一七一六定 一七一七隆 一七一八有定隆雅 一七一九有定隆雅 一七二〇ナシ 一七二一雅一七二二雅 一七二三有隆雅 一七二四定 一七二五ナシ 一七二六有 一七二七定 一七二八有隆 一七二九有 一七三〇雅 一七三一衛 一七三二衛 一七三三衛 
一七三四衛 一七三五衛 一七三六衛 一七三七衛 一七三八衛 一七三九衛 一七四〇雅 一七四一定雅 一七四二隆 一七四三雅 一七四四雅 一七四五雅 一七四六定雅 一七四七有定隆雅 
一七四八定雅 一七四九定隆雅 一七五〇定隆 一七五一定隆 一七五二隆 一七五三隆雅 一七五四有定隆 一七五五有定隆 一七五六ナシ 一七五七ナシ 一七五八ナシ 一七五九ナシ 一七六〇ナシ 一七六一ナシ 一七六二ナシ 一七六三ナシ 一七六四ナシ 一七六五雅 一七六六ナシ 一七六七雅 一七六八有定隆 一七六九有隆 一七七〇有 一七七一ナシ 一七七二有隆雅 一七七三有隆雅
一七七四有隆 一七七五定隆 一七七六有定隆 一七七七ナシ 一七七八定隆雅 一七七九雅 一七八〇雅 一七八一雅 一七八二有定隆雅 一七八三雅 一七八四有雅 一七八五雅一七八六ナシ 
一七八七有 一七八八有 一七八九定有〔(ママ)〕 一七九〇有 一七九一雅 一七九二定 一七九三定 一七九四ナシ 一七九五ナシ 一七九六衛 一七九七隆雅 一七九八隆雅 一七九九有雅 
一八〇〇衛 一八〇一衛 一八〇二衛 一八〇三有雅(「有」虫損不明) 一八〇四雅 一八〇五定 一八〇六定 一八〇七衛定隆 一八〇八定隆雅 一八〇九定隆雅 一八一〇定隆雅 一八一一隆 
一八一二定 一八一三有 一八一四雅 一八一五定隆 一八一六衛定 一八一七有雅 一八一八有 一八一九有 一八二〇衛有 一八二一有 一八二二隆雅 一八二三定隆 一八二四定 一八二五定隆 
一八二六有定隆雅 一八二七有定隆 一八二八定隆雅 一八二九定隆 一八三〇定隆 一八三一定隆雅 一八三二定隆 一八三三定隆 一八三四隆 一八三五有衛〔(ママ)〕 一八三六衛定 一八三七有 一八三八定隆雅 一八三九定 一八四〇定隆 一八四一定隆雅 一八四二定隆 一八四三有定隆雅 一八四四定 一八四五衛定 一八四六定隆雅 一八四七定 一八四八定 一八四九ナシ 
一八五〇有定隆雅 一八五一有定隆雅 一八五二雅一八五三雅 一八五四定隆 一八五五定隆雅 一八五六雅 一八五七定隆雅 一八五八雅 一八五九定隆雅 一八六〇雅 一八六一定隆雅 一八六二雅 
一八六三ナシ 一八六四雅 一八六五定 一八六六定 一八六七定 一八六八定雅 一八六九定隆雅 一八七〇隆 一八七一有雅 一八七二有隆雅 一八七三ナシ 一八七四ナシ 一八七五ナシ 
一八七六ナシ 一八七七有隆 一八七八隆 一八七九ナシ 一八八〇雅 一八八一定 一八八二衛有定隆 一八八三定隆 一八八四定 一八八五ナシ 一八八六有 一八八七ナシ 一八八八定隆 
一八八九有定隆雅 一八九〇ナシ 一八九一雅 一八九二有 一八九三雅 一八九四雅 一八九五定隆 一八九六有定隆雅 一八九七有隆 一八九八有定隆雅 一八九九隆 一九〇〇ナシ 一九〇一定隆 
一九〇二有定隆雅 一九〇三有隆 一九〇四定隆一九〇五有隆 一九〇六隆 一九〇七ナシ 一九〇八ナシ 一九〇九有定隆雅 一九一〇ナシ 一九一一ナシ 一九一二有 一九一三有 一九一四ナシ 
一九一五有隆 一九一六定隆雅 一九一七定雅 一九一八雅 一九一九雅 一九二〇有定隆雅 一九二一隆雅 一九二二雅 一九二三雅 一九二四雅 一九二五有隆一九二六有 一九二七定 一九二八定 
一九二九定隆 一九三〇有定隆雅 一九三一有定隆 一九三二定隆 一九三三有定 一九三四有隆雅 一九三五有定隆雅 一九三六有隆雅 一九三七定隆 一九三八有定隆雅 一九三九定隆雅 
一九四〇有定隆 一九四一隆 一九四二ナシ 一九四三隆 一九四四ナシ 一九四五隆 一九四六隆 一九四七ナシ 一九四八有雅 一九四九隆 一九五〇雅 一九五一定隆雅 一九五二定 
一九五三有定隆雅 一九五四定隆雅 一九五五定隆 一九五六定 一九五七定隆雅 一九五八定雅 一九五九定隆雅 一九六〇定隆雅 一九六一定雅 一九六二ナシ 一九六三有定 一九六四定
 一九六五定 一九六六有定隆雅 一九六七定隆雅 一九六八衛定隆雅 一九六九定隆雅 一九七〇定隆 一九七一隆 一九七二隆雅 一九七三有 一九七四有 一九七五雅 一九七六雅 一九七七有 
一九七八隆雅

  隠岐本
 承久の変の結果、隠岐に遷御された後鳥羽院が、崩御間近の頃、約四〇〇首を切り出されて成立したものが隠岐本であるが、現在書写により直接その姿を伝える本文は知られておらず、本来どのような形態のものであったか不明である。

 現在隠岐本と称せられる伝本には、
(1)「隠岐抄序」(隠岐跋とも)を有する
(2)選抄または除棄のことを示す符号を有する
(3)選抄または除棄に関する奥書・識語を有する

等の諸性格が見られるが、隠岐本の実質的性格をうかがうことのできるのは、いうまでもなく(2)である。しかしこれに関しても

  (イ)符号を選抄歌・除棄歌いずれに付けるか
  (ロ)どのような符号(\)を付けるか
  (ハ)符号を歌頭・歌尾いずれにつけるか
  (ニ)符号を歌のみにつけるか、題詞・作者・歌・左注それぞれにつけるか

等の別が見られ、どれが本来の姿を伝えるかはまったく不明である。右の諸性格のうち、本書校訂本として使用した国所有文化庁保管冷泉為相書写本は、後補の部を除き、除棄歌の歌尾左下に朱にて\の符号が付けられてあり、以下、その歌番号を掲げると次のごとくである(為相本の詳細に関しては、久保田淳氏による『文化庁蔵新古今和歌集解題』〈昭和五五年 日本古典文学会刊〉を参照されたい)。

巻一 二・八・九・一五・一八・二二・二四・三一・五一・七七・七八・八四・八九・九二・九五・九七
巻二 一〇六・一〇七・一〇八・一一二・一一三・一二七・一二九・一三三・一三五・一三六・一四四・一四六・一五〇・一五二・一五五・一五六・一六二・一六四・一六六
巻三 一九三・一九五・一九六・二〇七・二一二・二一六・二三三・二三六・二三九・二四七・二五七・二七五・二七六・二七七・二七九
巻四 二九六・二九七・三〇二・三一四・三二〇・三二二・三二七・三三一・三三五・三三七・三五八・三六〇・三六三・三六五・三六六・三七四・三八四・三八六・三九五・四一二・四二一・四二五
   ・四二六・四三四
巻五 四三八・四五四・四六五・四六八・四七〇・四七一・四七七・四九二・四九三・四九九・五〇四・五一三・五一九・五二四・五二六・五三六・五四二・五四五・五四六・五四九・五五〇
巻六 五六〇・五六二・五六三・五六四・五六七・五六八・五七八・五八三・五九二・五九六・五九七・六〇九・六一一・六一二・六一四・六二二・六二七・六三〇・六四〇・六四四・六五三・六五九
   ・六六六・六六九・六七六・六八三・六八四・六八六・六八九・六九四・七〇〇・七〇二・七〇五
巻七 七一一・七一四・七一五・七二一・七四九・七五五
巻八 七六二・七七三・七七四・七八〇・七八一・七九〇・七九一・八〇〇・八〇八・八〇九・八一二・八一五・八一六・八二一・八二二・八二三・八二四・八三一・八三四・八四三・八四四・八四五
   ・八五一・八五二・八五三・八五六(八三六~八四一脱葉後補のため符号欠)
巻九 八六九・八七〇・八七二・八七六・八八二・八九〇・八九二・八九三・八九四
巻十 九〇一・九〇二・九一四・九二三・九三一・九四〇・九四二(九四四~九八九脱葉後補のため符号欠)
巻十一 一〇一〇・一〇一六・一〇一九・一〇二四・一〇四四・一〇五一・一〇五四・一〇五六・一〇五九・一〇七六
巻十二 一〇九一・一〇九七・一一一五・一一二七・一一二九・一一三〇・一一三四・一一四四
巻十三 一一六三・一一七〇・一一七五・一一八〇・一一九七・一二〇一・一二〇二・一二一三・一二一六・一二一八・一二二三
巻十四 一二四三・一二五八・一二五九・一二六一・一二七一・一二七四・一二八〇・一二八九・一二九〇・一二九二・一二九七・一三〇〇・一三〇四・一三一九・一三三一
巻十五 一三四三・一三四七・一三四九・一三五七・一三六〇・一三六五・一三六九・一三七九・一三八二・一三九〇・一三九三・一三九四・一四二一・一四二六・一四二七・一四二八・一四三一
巻十六 一四三八・一四三九・一四四八・一四五〇・一四五一・一四五二・一四五三・一四五四・一四六〇・一四六一・一四六五・一四七二・一四七四・一四七六・一四七九・一四八四・一四九八
   ・一五〇一・一五〇二・一五〇三・一五〇五・一五〇六・一五〇八・一五一五・一五一七・一五二二・一五二四・一五二八・一五二九・一五三四・一五四一・一五四五・一五四六・一五四八
   ・一五四九・一五五二・一五五八・一五六六・一五七一・一五七六・一五七七・一五八一
巻十七 一五九八・一六〇四・一六一〇・一六一六・一六二二・一六二九・一六三三・一六四六・一六五四・一六五八・一六六〇・一六六四・一六六八・一六七一・一六八三・一六八四・一六八七
   ・一六八九
巻十八 一七一〇・一七一一・一七一八・一七一九・一七二三・一七二七・一七二八・一七二九・一七三一・一七三四・一七三五・一七三六・一七三七・一七三八・一七四二・一七四五・一七四七
   ・一七五九・一七六六・一七六八・一七六九・一七七三・一七七四・一七七六・一七八七・一七九〇・一八〇五・一八一五・一八一九・一八二六・一八三〇・一八三一・一八三九・一八四〇
巻十九 一八五四・一八五八・一八六二・一八七〇・一八七四・一八七五・一八八五・一八九三・一九〇八
巻二十 一九三四・一九四七・一九四八・一九五八・一九六七・一九七二・一九七四・一九七五・一九七八
 最後に、後鳥羽院が隠岐において約四〇〇首の切出しを行われた事情の示されている「隠岐抄序」を掲げることとしたい。

(隠岐抄序)
  いまこの新古今は、いにしへ元久のころほひ、和歌所のともがらにおほせて、ふるきいまの歌をあつめしめ、そのうへみづからえらびさだめてよりこのかた、家家のもてあそびものとして、みそぢあま
 りの春秋をすぎにければ、いまさらあらたむべきにはあらねども、しづかにこれをみるに、おもひおもひの風情、ふるきもあたらしきもわきがたく、しなじなのよみ人、たかきいやしきすてがたくして、
 あつめたるところの歌ふたちぢなり、かずのおほかるにつけては、歌ごとにいうなるにしもあらず、そのうちみづからの歌をいれたること三十首にあまれり、みちにふける思ひふかしといへども、いか
 でか集のやつれをかへりみざるべき、おほよそたまのうてなかぜやはらかなりしむかしは、なほのべのくさしげきことわざにもまぎれき、いさごのかど月しづかなるいまは、かへりてもりのこずゑふか
 き色をわきまへつべし、むかしより集を抄することは、そのあとなきにしもあらざれば、すべからくこれを抄しいだすべしといへども、摂政太政大臣に勅して仮名の序をたてまつらしめたりき、すなはち
 この集の詮とす、しかるをこれを抄せしめば、もとの序をかよはしもちひるべきにあらず、これによりてすべての歌ないし愚詠のかずばかりをあらためなほす、しかのみならず、まきまきの歌のなか、
 かさねて千歌むももちをえらびてはたまきとす、たちまちにもとの集をすつべきにはあらねども、さらにあらためみがけるはすぐれたるべし、あまのうきはしのむかしをききわたり、やへがきのくもの
 いろにそまむともがら、これをふかきまどにひらきつたへて、はるかなるよにのこせとなり
 (宮内庁書陵部蔵本一五四・一二二、「隠岐本新古今和歌集と研究」未刊国文資料による。私に、濁点を付した)

 付記 底本並びに校訂本として使用を御許可いただきました谷山茂博士、文化庁、春日和男博士、各伝本御所蔵の各位、またいろいろ御高配を賜りました橋本不美男氏、山本信吉氏に厚く謝意を表します。

(後藤重郎・杉戸千洋)
 
【新古今和歌集序〔8新古今〕】[第一巻-8] [谷山茂氏蔵本] [2014年4月22日記事]等    

 やまとうたは、むかしあめつちひらけはじめて、人のしわざいまださだまらざりし時、葦原中国のことのはとして、稲田姫素鵝のさとよりぞつたはれりける、しかありしよりこのかた、そのみちさかりにおこり、そのながれいまにたゆることなくして、いろにふけり、こころをのぶるなかだちとし、世ををさめ、たみをやはらぐるみちとせり、かかりければ、よよのみかどもこれをすてたまはず、えらびおかれたる集ども、家家のもてあそびものとして、ことばの花のこれるこのもともかたく、おもひのつゆもれたるくさがくれもあるべからず、しかはあれども、伊勢のうみきよきなぎさのたまもは、ひろふともつくることなく、いづみのそましげき宮木は、ひくともたゆべからず、ものみなかくのごとし、歌のみちまたおなじかるべし、これによりて、右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近少将藤原朝臣雅経らにおほせて、むかしいまときをわかたず、たかきいやしき人をきらはず、めにみえぬかみほとけのことのはも、うばたまのゆめにつたへたる事まで、ひろくもとめ、あまねくあつめしむ、おのおのえらびたてまつれるところ、なつびきのいとのひとすぢならず、ゆふべのくものおもひさだめがたきゆゑに、みどりのほら、花かうばしきあした、たまのみぎり、風すずしきゆふべ、なにはづのながれをくみて、すみにごれるをさだめ、あさか山のあとをたづねて、ふかきあさきをわかてり、万葉集にいれる歌は、これをのぞかず、古今よりこのかた、七代の集にいれる歌をば、これをのする事なし、ただし、ことばのそのにあそび、ふでのうみをくみても、そらとぶとりのあみをもれ、みづにすむうをのつりをのがれたるたぐひは、むかしもなきにあらざれば、いまも又しらざるところなり、すべてあつめたる歌ふたちぢはたまき、なづけて新古今和歌集といふ、はるがすみたつたの山にはつ花をしのぶより、夏はつまごひする神なび山の時鳥、秋は風にちるかづらきのもみぢ、ふゆはしろたへのふじのたかねにゆきつもるとしのくれまで、みなをりにふれたるなさけなるべし、しかのみならず、たかき屋にとほきをのぞみて、たみのときをしり、すゑのつゆもとのしづくによそへて、ひとのよをさとり、たまぼこのみちのべに別をしたひ、あまさがるひなのながぢにみやこをおもひ、たかまの山のくもゐのよそなる人をこひ、ながらのはしのなみにくちぬる名ををしみても、こころうちにうごき、こと葉外にあらはれずといふことなし、いはむや、すみよしの神はかたそぎのことばをのこし、伝教大師はわがたつそまのおもひをのべたまへり、かくのごときしらぬむかしの人のこころをもあらはし、ゆきて見ぬさかひのほかのことをもしるは、ただこのみちならし、そもそも、むかしはいつたびゆづりしあとをたづねて、あまつひつぎのくらゐにそなはり、いまはやすみしる名をのがれて、はこやの山にすみかをしめたりといへども、すべらぎはおこたるみちをまもり、ほしのくらゐはまつりごとをたすけしちぎりをわすれずして、あめのしたしげきことわざ、くものうへのいにしへにもかはらざりければ、よろづのたみ、かすがののくさのなびかぬかたなく、よものうみあきつしまの月しづかにすみて、わかのうらのあとをたづね、しきしまの道をもてあそびつつ、この集をえらびてながきよにつたへむとなり、かの万葉集は歌のみなもとなり、時うつりことへだたりて、いまの人しる事かたし、延喜のひじりのみよには、四人に勅して古今集をえらばしめ、天暦のかしこきみかどは、五人におほせて後撰集をあつめしめたまへり、そののち、拾遺、後拾遺、金葉、詞花、千載等の集は、みな一人これをうけたまはれるゆゑに、ききもらし見およばざるところあるべし、よりて、古今、後撰のあとをあらためず、五人のともがらをさだめて、しるしたてまつらしむるなり、そのうへ、みづからさだめ、てづからみがけることは、とほくもろこしのふみのみちをたづぬれば、はまちどりあとありといへども、わがくにやまとことのははじまりてのち、くれたけのよよにかかるためしなむなかりける、このうちみづからの歌をのせたること、ふるきたぐひはあれど、十首にはすぎざるべし、しかるを、いまかれこれえらべるところ、三十首にあまれり、これ、みな人のめたつべきいろもなく、こころとどむべきふしもありがたきゆゑに、かへりて、いづれとわきがたければ、もりのくちばかずつもり、みぎはのもくづかきすてずなりぬることは、みちにふけるおもひ
ふかくして、のちのあざけりをかへりみざるなるべし、ときに元久二年三月廿六日なむしるしをはりぬる、めをいやしみ、みみをたふとぶるあ三月廿六日なむしるしをはりぬる、めをいやしみ、みみをたふとぶるあまり、いそのかみふるきあとをはづといへども、ながれをくみてみなもとをたづぬるゆゑに、とみのをがはのたえせぬみちをおこしつれば、つゆじもはあらたまるとも、まつふくかぜのちりうせず、はるあきはめぐるとも、そらゆく月のくもりなくして、この時にあへらむものは、これをよろこび、このみちをあふがむものは、いまをしのばざらめかも

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 続古今和歌集解題】〔11続古今解〕新編国歌大観第一巻-11 [尊経閣文庫蔵本] [2014年5月3日記事]等 

 続古今和歌集の本文は、精撰本系統と未精撰本系統、および中間本系統に大別される。底本は尊経閣文庫蔵伝藤原為氏筆鎌倉時代写本四帖で、精撰本系統に属する。この本は列帖装で、表紙は牡丹唐草の緞子。左に、
  続古今倭謌集上(上之下)(下)(下之下)のごとく記した小短冊の題簽を貼付してある。料紙は斐紙。下之下冊の奥に、本文と別筆で、
   此草子古幣之間表紙等/加修理/和歌所老拙法印尭孝
という識語があり、尭孝の所持本であったと知られる。
 表に、
  二条家為氏卿風替之筆跡奥書和歌所法印尭孝 続古今和歌集全部四冊(琴山)
 裏に、
  続古今集全部四冊四半本己未二(栄)と記した、古筆了栄の極札が添えられており、撰者の一人藤原為家の息為氏の筆跡と伝える。為氏筆かいなかはにわかに決め難いが、ほぼ為氏の時代の書写と認められる。

 分冊状態は、
  上(之上) 巻第一春歌上―巻第五秋歌下
  上之下   巻第六冬歌―巻第十羈旅歌
  下(之上) 巻第十一恋歌一―巻第十五恋歌五
  下之下   巻第十六哀傷歌―巻第二十賀歌

 序文は、真名序は一面八行書き、仮名序は一面九行書き。本文は一面九行、和歌一首を上句と下句とに二行分ち書きしてある。落丁、乱丁などは存せず、全巻一筆と認められる。
 補遺の本文に用いた十三代集板本は、未精撰本系統に属する。底本との主な異同は次のごとくである。

  (1)除棄歌と考えられる、一九一六~一九二六の一一首を有する
  (2)巻第十九雑歌下一八二四の一首を欠く。
  (3)巻第十羈旅歌八七四の歌が巻第九羈旅歌八四一と八四二との間にある。
  (4)六二一・六二〇の順、七八四・七八三の順である。

 静嘉堂文庫蔵鎌倉時代写本は中間本系統に属し、除棄歌と見られる一一首のうち、一九一六・一九一八・一九二一・一九二三の四首を欠くが、残り五首を有する。また、一八二四の一首を欠いている。
 続古今和歌集は全二十巻で、第一一番の勅撰集である。正嘉三年(一二五九)三月一六日、西園寺一切経供養の際、後嵯峨院の院宣が藤原(御子左)為家一人に下されたが、その後弘長二年(一二六二)九月、藤原(九条)基家・同(衣笠)家良・同(九条また六条)行家・同(葉室)光俊(法名真観)が撰者に追加された。しかし、家良は文永元年(一二六四)九月一〇日没したので、四人の名により、文永二年(一二六五)奏覧され、竟宴が行われた。為家は自身と対立する真観や基家らが撰者に追加されたこと、特に宗尊親王の権威を借りて真観に専横の振舞いがあったことなどを憤って、評定の際もほとんど意見を述べず、撰歌の業を息為氏に一任したと、井蛙抄、雑談に伝える。

 精撰本の総歌数は一九一五首、未精撰本系統では一九二五首。名を顕わしている作者は精撰本では四六八名、未精撰本では四七一名。万葉集の歌は再録されているが、古今集以下続後撰集までの勅撰集にすでに採られた歌は撰歌対象外とされている。除棄歌の中には、誤って選ばれた勅撰集既出歌や既出歌と表現の酷似する歌なども存する。

 真名序・仮名序を掲げていること、複数撰者によること、下命者の立場で序文を執筆していること、歴代天皇の作品を「御製」でなく「御歌」と記していること、竟宴を行っていることなど、古今和歌集や新古今和歌集、特に新古今集にならう意識が顕著である。

 なお、奏覧当時生存していた作者と物故作者とに分けた二種の目録(「続古今和歌集目録当世」および「同故者」)が伝存し、撰集経過や作者の伝記を知る際に参考となる。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 九二四詞書
 すまのむまや  すきのむまや
一九〇八詞書
 五十狭茅天皇  五十狭弟天皇

 (久保田 淳)
 
 【続古今和歌集序】〔11続古今〕新編国歌大観第一巻-11 [尊経閣文庫蔵本] [2014年5月3日記事]等 

 続古今和歌集序
 
夫天地之二儀、共成一物化神、雌雄之両元、相遘八州分号、有日月然後有人倫、有人倫然後有和歌、起自素鵝斑鳩之往躅、被于柿本山辺之秀士
以降、千五百秋之地、年紀雖廻環三十一字之篇、風体猶連綿、源浚者流遠、根固者木長、皇沢洽者此道作、此道作者其国昌、宜哉上好而賞之、
下挙而従之、蘭芬菊耀之才、互競陶染之功、花心月性之客、各為周遊之媒、於是聴政事之次、命侍臣而曰、皇帝君臨之第六載、遍楽寧民黎子
来而、自万方皆献華祝、衆正之聖智易決、万機之諮詢多隙、屡乗余閑、将撰一集、万葉集者平城皇朝、課英俊兮被降芝詔、古今集者醍醐聖代、
勅四人而欲伝百王、自爾以来、継芳塵而総編及十代、挺佳句而類聚余万首、察之往時、何有遺漏、然而霍山之玉、拾而不尽、麗水之金、採而有
余、物皆如此、歌亦相同、肆賞延喜元久之勝跡、殊ト枝幹相応之佳期、乙者木也、其性如空虚、厥形有花葉、壮観無過之、即為歌体、丑者土也、
居終始之際、得紐結之名、万品顕自之、又為歌徳、云乙云丑、同体同徳、故古今集序曰、和歌者託其根於心地、発其華於詞林、上句者土也、下句
者木也、木非土不生之故也、此一句之趣、叙二字之理、相当此歳、恢弘我道、両代両集、有以有由哉、仍詔前内大臣藤原朝臣、前大納言藤原朝
臣為家、侍従藤原朝臣行家、右大弁藤原朝臣光俊等、人人家家之集、尊卑緇素之作、皆究精要、各令呈進、最初万葉集、依為濫觴猶採之、其後
十代集、雖多綴玉悉除之、伏惟、遁位於九禁、為父于二帝、桃花源之春、菊花源之秋、留春秋於姑峰之花色、青松澗之風、赤松澗之月、移風月於
仙洞之松陰、就斯方外之居、而握翫引彼端右之才而琢磨、摘華摘実、深索風骨之妙、或諷或吟、広搜露胆之詞、取捨兮得二千首、部類兮為二十
巻、名曰続古今和歌集、方今手励提携、目不暫捨、雖随後鳥羽上皇之叡襟、恥隔彼鳳毛中興之秀章、而今上陛下天才日新同胞仙院顕言葉於芝砌
中書大王積詞花於李蹊、不堪耽道之志、憖聚難閣之句、還恐令後之睹今、勝今之睹古、於戯天生万物、万物之形容区分、年有四時、四時之景趣互
好、其外之雑類寔繁、意端之感思非一、釈門之作、神道之詠、縡在幽玄、尤貴情素、此中昌泰之右相者、絶妙之上才也、累代之集、雖加菅氏鼎臣
之号、尊徳之余、今載叢祠、篇什之字、修撰之義、蓋云備矣、凡和歌者、志之所之也、気之動物、物之感人、情蕩於中、言形於外、以暉麗三才、
以和理万有、瑩国瑩人之要無双、照古照今之美第一、譬猶説命孔昭、能礪殷武丁之金、徽諫不暗、誠為唐天子之鏡、匪啻比三易之超衆芸、亦将
同君臣之致合応、蓋以三代古今之撰、宜為諸集編次之最、文永二年玄陰季月、大綱之趣、右筆而勒云爾
     
やまとうたは、それ素鵝のむかしのさとには、あしはらのことのはをはじめてつたへ、斑鳩のとみのをがはには、ながれをくみてみなもとをたづねしよりこのかた、
そのことわざさかりにおこり、そのまじらひよろづにわたりて、くにしづかなるときは、としをいはふなかだてとなり、せきのとささぬころは、みちひろきおもひをひらく、かかりければ、
いろにふける人は、はるあきをいへとし、なさけをしるさとは、のにもやまにもおほし、おほかたは、代代の勅撰のなかに、かの万葉集は、ならのみかどのみことのりをうけて、
はじめてえらびたてまつりしより、たかきいやしき、をりふしにつけこころざしをやるならひは、みなかはらざるべし、よりていにしへのことをもふでのあとにあらはし、
ゆきて見ぬさかひをもやどながらしるは、ただこのみちなり、しかのみならず、はなは木ごとにさきて、つひにこころのやまをかざり、つゆはくさのはよりつもりて、ことばのうみとなる、
しかはあれど、なにはえのあまのもしほは、くめどもたゆることなし、つくばやまのまつのつまぎは、ひろへどもなほしげし、ものみな、かくのごとし、うたのおもむき、またおなじかるべし、
そもそも神のさづけしくにをえて、よものうみやまをこころにつかさどり、よをうけたもつくらゐにそなはりて、そらゆく月日をそでにやどしつつ、ちぢのおきてをなして、いつとせをおくりしあひだ、
はじめはくものとばりをかかげて、たみのけぶりのたえざるをよろこび、いまはかすみのほらをしめても、猶あさまつりごとをへだてざれば、すべらぎのかしこきひかりもひとつにて、
あまてるほしも人のみちをまもるちぎりかはらざれば、野なるくさものこるかれはなくめぐみ、ちをまもるちぎりかはらざれば、野なるくさものこるかれはなくめぐみ、
たにのむもれぎもかつがつはなをまつときなるべし、かるがゆゑに、やまとしまねはこれ我がよなり、春の風にとくをあふがむとねがひ、わかのうらも又我がくになり、
秋の月にみちをあきらめむとおもふ、これによりて古今のあとをあらためず、四人のともがらをさだめらる、
いはゆる前内大臣藤原朝臣、民部卿藤原朝臣為家、侍従藤原朝臣行家、右大弁藤原朝臣光俊等なり、
これらにおほせて、万葉集のうち、十代集のほかを、ひろくしるし、あまねくもとめて、おのおのたてまつらしむる、かれこれいづれもわきがたきによりて、
新古今のときはじめおかれたるあとをとりおこなひつつ、きのふは心のみづのきよきおきてにまかせ、けふはあさのなかのよもぎのただしきまことをほどこして、われとさだめ、
てづからととのふるおもむきは、ふかくここのつの江にあらふとも、かかるにしきのいろはえがたし、たかくいつつのをかにひろふとも、かかるたまのひかりはあらじ、ただしこのほかにもなほ、
河にせくくれなゐのいろくづは、はなのやなよりもれ、かりばにさわぐあきのとりも、くさのしげみにかくれはつるならひ、ふるくもなきにあらざれば、いまもまたはかりがたけれど、
おしてとりえらべるうた、ふたちぢはたまき、名づけて続古今和歌集といへり、春はかぜしづかなるよにあくまではなをみ、夏はねぬ夜の人におのれこと問ふほととぎす、
秋はふたかみやまにあけゆく月ををしみ、冬はいぶきのとやまにゆきふかきとしのくれまで、ときにつけたるなさけなるべし、いはむやまた春日明神は卅一字をもちてさやけき月のよをてらすひかりをそへ、伝教大師は廿八品のうち法師品の如来のつかひをのべたまふ、したふわかれのみちにはわがなみださへとどまらず、しらとりのさぎさかやまにまつのやどりの夜をあかし、
あふもかたほになるふねは風をまつよるべもなく、そこはかとなきそらのくもはよものあらしのみねにきえ、わかのうらになくたづはあしべをさしてわたり、
はなもつきせぬかめ山のよはひひさしきよとなれば、つゆゆきしもきたるをりふしには、こころうちにもよほし、ことほかにあらはさずといふことなし、

つぎにこの集を続古今といへることは、延喜に古今集をえらばれてのち、他の勅撰おほくへだたれども、かさねて元久に新古今と名づけらる、そのうへ古今の字をなほもちゐるは、
すなはちこの三たびの集をもちて、とりわきまさしきただぢとあひつぎてながきよにもつたへ、ときの人にもしらしめむがためなり、かつははからざるにかの二代のあとかはらず、
いまも又乙丑のとしにめぐりあひて、ときいたりことわりかなへるなるべし、ここに仁和のみかどこのみちにのこしおき給ふ、はるの野のわかなのふること、
としをつみてゆきのあとたえずつたへましますゆゑに、雲井よりなれきたりて、いまも八雲のみちにあそび、さととほくたづねもとめて、ひろくちさとの山ものこらず、かかるときをえて、
よもぎのしまのなみもふるきにかへり、芝のみぎりのつゆも、いろふかくむすばれたるのみにあらず、せきのあなたのたけのそのも、かぜのこゑよよにはぢずして、
かずかずにいひしらぬすがたにたへざるあまり、たちどころにあひならびて、おのおのしるしいれたてまつることは、いにしへよりいまだきかざるためしなりと、もてなしあへるあだのいつはりは、
よそのそしりとなるべけれど、しばらくかれらが心にまかせたるなるべし、すべては勅撰もたびかさなり、よめるともがらもかずしらざるなかに、菅丞相は延喜よりはじめてくものうへのえらびにそなはり、
天暦よりあらたにみやこのきたのあとをたれしかば、松のかげをわけてみゆきかさなり、のべのくさをしのぎてたむけをむすびつつ、あさゆふにあふぎたふとびたてまつるあまり、
代代の集にしるされたるあとを、このたびあらためとどむるならし、ときに文永二年十二月廿六日なむ、この集をしるしをはりぬる、おほかたはつとにおき、夜はにねざめても、
いその神ふるののくさぐさをひきみつつ、よよのなさけにとどめんがため、みづからわきまへえらべるところ、もしならのはのみやこにふりおけるしぐれにもそのいろかはらず、
あさかやまのおくにさきたえぬはなにもそのにほひおなじくは、このときにあへらむ人も、このみちにいりたらむともがらも、ひとたびはちまたにうたひ、さとによろこび、
ひとたびはふるきをかねてあらたなるよをあふがざらめかも

 
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 二条院讃岐解題】〔12讃岐解〕新編国歌大観第四巻-12 [書陵部蔵五一一・二一] [2014年4月23日記事]等

 二条院讃岐集の伝本は、巻末に補遺歌附載の有無による相違はあるものの、本来同一の系統と見られる。
 底本とした宮内庁書陵部蔵桂宮本(五一一・二一)は、総歌数九八首。巻末に補遺歌は無い。
 補遺歌を有する伝本には、「撰集ニ入歌」と標記して、千載集以下の勅撰集に見えて家集にない歌五七首(一首重複)を抄出附記したもの(桃園文庫本)、新古今入集歌二首「雨後時鳥」「暁月」を追補するもの(群書類従所収本等)、この二首にさらに五首を追補するもの(京大図書館蔵本)が存するが、すべて後人の増補、追記と見られ、家集本来のものではない。
 
 二条院讃岐集は、題詞、詞書などから推して作者自撰と考えられる。成立事情について月詣集との関連や家集の形態から、賀茂重保の勧進による、いわゆる寿永百首家集の一つと考えられている(森本元子氏)が、現存諸本は、伝来の過程での欠脱や加筆等の乱れがあるとみられる。

 底本本文に改訂を行なったのは、*二八詞「雨ののち(雨のうち)」*四八歌「さてだにも(さえたにも)」*五八歌「くやしさに(くやしさと)」である。
 なお、二条院讃岐は源頼政の女。母は源斉頼養女。生没年未詳であるが、永治元年(一一四一)頃~建保五年(一二一七)頃と推定されている。初め二条天皇に出仕。崩後、藤原重頼の妻となり二男一女を生んだらしい。建久年間に中宮任子(宜秋門院)に再出仕。建久七年に辞し、程なく出家。さらに後年、後鳥羽院歌壇に、最晩年には順徳院歌壇にも名を連ねる。七七、八歳。沖の石の讃岐として知られる。
 (遠田晤良)
 
 【二条院讃岐集】98首 新編国歌大観第四巻-12 [書陵部蔵五一一・二一] [2014年4月23日記事]等

    だいりにやなぎたれりといふことを
   一 あをやぎのなびくしづえにはきてけりふく春風やともの宮つこ

    せきぢのかすみ
   二 我もさぞしらせですぎば見えざらんかすみにまがふふはのせきもり

    花よろこぶ色あり
   三 おのがさく雲井に君をまちつけて思ひひらくる花ざくらかな
   四 つねよりも山のはしろきあけぼのはよのまにさけるさくらなりけり

    はなまらうどをとどむ
   五 しばしとも我はとどめじ春のうちはきとこん人を花にまかせて

    二条院の御とき、月あかかりける夜、よもすがら南殿のはな御らんじて、
    あかつきちかくなりてさとへいでて、次のひまゐらせたりし
   六 花ならず月も見おきし雲のうへに心ばかりはいでずとをしれ

    御かへし
   七 いでしより空にしりにき花の色も月も心にいれぬ君とは

    おなじころ、雨ふりしひ、なん殿のはなの庭の水にうつりたりしをみて
   八 庭たづみうつさざりせば雲のうへに又たぐひある花とみましや

    はなざかりに心ならずさとへいでしにまゐらせける
   九 あかずして雲井の花にめかるれば心そらなる春の夕ぐれ

    御せい
  一〇 いつとても雲井のさくらなかりせば心空なることはあらじな

    よるひる花を思ふ
  一一 ちる花の見えぬばかりぞをしみやる心はひるにかはらざりけり

    か茂の歌あはせに、かすみを
  一二 春がすみわけ行くままにをのへなる松のみどりぞ色まさりける

    花
  一三 さきそめて我が世にちらぬ花ならばあかぬ心のほどを見てまし

    さとにゐてのちに、はなはいかになどうちわたりへたづねけるついでに
  一四 思ひきや雲井の花のさきさかず人づてにのみきかん物とは

    よぶこどり
  一五 くる人もなきものゆゑによぶこどりたれをならしの山になくらん

    つつじみちをはさむ
  一六 いづかたもちらさでゆかんいはつつじ左もみぎもまくりでにして

    あめののちのつつじ
  一七 春雨にしをれしをれていはつつじはるるけふこそ色まさりけれ

    はるのくれの歌あまたよみたりしついでに
  一八 身ひとつ(われのみイ)のなげきならねばくれて行く春のわかれをとふ人ぞなき
  一九 いまはとてわかるる春の夕がすみこよひばかりや夏をへだてん
  二〇 いづくにかくれぬる春のとまるらんとしは我が身にそふとしりにき
  二一 をしみつる春をかぎりと思ふにはのこれる花も見るそらぞなき

    ほととぎす
  二二 なきすてて雲ぢすぎ行くほととぎすいま一こゑはとほざかるなり

    旅宿のほととぎす
  二三 もろともにたびねする夜のほととぎすこずゑやなれがいほりなるらん
  二四 こゑならすしのだのもりのほととぎすいつ里なれてやどに鳴くらん

    とほきむらのうのはな
  二五 さととほみまださきやらぬうの花やさらしもやらぬぬのとみゆらん

    たづねてあやめをひく
  二六 ながきねにあかぬ心をしるべにてまだしらぬまのあやめをぞひく

    としごとにあふひをかく
  二七 たのみこしその神山のあふひぐさおもへばかけぬとしのなきかな

    雨ののちのさなへ
  二八 名ごりなくはれぬめれどもさなへとるたごのをかさはぬぐよしもなし

    あか月のともし
  二九 おもひきやしかにもあはぬともしすとあり明の月をまちつべしとは

    かやり火つきぬ
  三〇 さもこそはみじかきよはのともならめふすかともなくきゆるかやり火

    ふかきよのう川
  三一 さきた川くだすう舟にさすさをのおとさゆるまで夜はふけにけり

    ふるさとのたち花
  三二 たち花の花ふくかぜをとめくればめづらしげなきみぎりなりけり

    たけのうちのほたる
  三三 かは竹の夜ごとにともすかがり火はやどるほたるの光なりけり

    いづみにむかひてともをまつ
  三四 ひとりのみいはひの水をむすびつつそこなるかげも君を待つらん

    月前のなでしこ
  三五 てるつきの光をしもとおきながらさかりにみゆるとこ夏のはな

    くひないづれのかたぞ
  三六 まきのとをあけん方にやしるからんくひなはそこをたたきけりとは
  三七 風そよぐならの木かげにたちよればうすき衣ぞまづしられける

    はぎのはな露おもし
  三八 秋はぎにこぼるる露のしげければをれふす枝をなほさでぞみる

    すすきの風になびくをみて
  三九 ふかぬまはなびかぬにこそ花すすきかぜにしたがふ心とはみれ

    をぎのこゑ夢をおどろかす
  四〇 軒ちかきをぎのうはばのおとせずは心とさむる夢にぞあらまし

    庭のまへのかるかや
  四一 ちぎりあれや野べのかるかやうつしおきて
          思ひみだるるともとならふる(しつるイ)はぎを
  四二 しがらめば花もちるらんこはぎさくのべにはしかをすませずもがな

    てらしづかにしてむしをきく
  四三 かねをだにうちわすれにし山寺の入あひは虫のこゑのみぞきく

    月
  四四 くれぬとてまちつる月のかげきよみいづればひるに又なりにけり

    雲まのつき
  四五 さだめなきくものたえまの月かげはきえて又ふる雪かとぞみるしぐれ
  四六 おとばかり夜はの木のはにたぐへども時雨は庭につもらざりけり

    時雨のうちのたかがり
  四七 しぐるとてとまりやはするみかり野のかりばのをのにあかぬ心は

    十月ばかりに、夜もすがら木の葉のちりければ
  四八 あけはてばさてだにも見んこのはちる庭をばしものおきなかくしそ
  四九 なにはがたみぎはのあしはしもがれてなだのすて舟あらはれにけり
  五〇 水とりのうはげのしもははらへどもしたのこほりやとくるまもなき

  

    いしによするこひ
  五一 我が袖はしほひにみえぬおきのいしの人こそしらねかわくまぞなき

    あか月のわかれを
  五二 あけぬれどまだきぬぎぬになりやらで人の袖をもぬらしつるかな

    はじめはおもはでのちに思ふこひ
  五三 いまさらに恋しといふもたのまれずこれも心のかはると思へば
  五四 ひと夜とてよがれしとこのさむしろにやがてもちりのつもりぬるかな
  五五 いまさらにいかがはすべき新まくらとしの三とせはまちわびぬとも
  五六 たのむれば涙の川もよどみけり人のなさけやゐせきなるらん
  五七 めのまへにかはる心をしら露のきえばともにとなにおもひけん
  五八 あふとみる夢をさめつるくやしさに又まどろめどかなはざりけり
  五九 夜とともにし水に袖をぬらせどもこゆるよもなきあふさかのせき
  六〇 いまはさはなににいのちをかけよとて夢にも人のみえずなるらん

    あめのうちにかへるこひ
  六一 いたづらにかへる空よりふるあめはわきて袖こそぬれまさりけれ

    みじかき夜をうらむる恋
  六二 夏のよをなになげくらんひたすらにたえてあひみぬときもこそあれ

    むかし見ける人にあひたる人にかはりて
  六三 なかたえし野中の水のゆくすゑにながれあひてもぬるる袖かな

    しのびて心をかよはすこひ
  六四 人しれずしたに行きかふあしのねや君と我とが心なるらむ

    あからさまにはるかなる所へまかりたりしに、みやこなる人のもとより
  六五 かくてのみたへていのちのあらばこそかなはぬまでもまち心みめ

    かへし
  六六 まちかねてたへずなりなむいのちをも我あらばこそあはれともみめ

    仁わじの女院にさぶらふ人のもとより、ひとりねのなどたびたび
    申しつかはす、かへりごとに
  六七 をみなへしみだるるのべにいりしよりかたしくよははあらじとぞおもふ

    返し
  六八 をみなへしみだるる野べはめもたたで
          我がふるさとの花ぞこひ(をしぞ思ふイ)しき

    むしによする恋
  六九 我がこひはとほ野にすだく虫なれやなくとも人のしらばこそあらめ

    はじめたるこひの歌よみあひたりしに
  七〇 思ひかねけふかきそむる玉づさにたえぬちぎりをむすびつるかな

    かたみをとどめてかくれたる恋
  七一 そことだにしらせでいにし我がせこがとどむるふえのねにぞなきぬる

    歌によりてまさるこひ
  七二 うしと思ふ人の心をたねとすることのはをしもみるぞかなしき

    おもひをのぶ、かもの歌あはせ
  七三 いはでのみたのみぞわたるよそながらみたらしがはのおとにたてねど

    うちうちに思ひのぶる心をあまたよみあひたりしに
  七四 我も又ふりなんことのちかければながらのはしをよそにやはきく
  七五 かすがやまおひそふ松のかずごとにこだかくならんかげをこそまて
  七六 とほざかるそのいにしへの恋しきになに行すゑのちかくなるらん

    ひとの袖をもといふ歌を御らんじて 御せい
  七七 ぬらさるるそのたもとにはあらねどもきくにくちなんことぞはかなき

    御かへし
  七八 かずならぬ涙もいかでしられまし人のたもとをぬらさざりせば

    中宮の御かたにわたらせたまひて、女房のからきぬをとりておは
    しましたりしを、たづぬる人もなかりしかば、二三日ばかりあり
    て、かへしおかせたまふとて、むすびつけよとおほせられしかば
  七九 思ひかねかへしつるかなから衣ゆめにもみゆるぬしやあるとて

    三川内侍の歌をよしなど人人申しあひたりしかば、つかはしける
  八〇 花のかの身にしむばかりにほふかないかなるいへの風にかあるらん

    返し 三川内侍
  八一 はるのうちににほふばかりのはなのかをいかなるいへのかぜとかはみる

    三川の内侍、人よりはことにたのむなどいはれしに
  八二 いまよりはたのみわたらん八はしのしたの心はわれもしらねど

    ある(りイ)ところしらねばいはぬぞと申しける人につかはさんと、
    人の申しけるにかはりて
  八三 わたつうみのそこともなにかしらざらんみるめたづぬる心なりせば

    春ごろこんとたのめたる人のさもなかりければ、夢にみえけるし
    るしもなき心ちして
  八四 春の夜の夢には人のみえしかどまさしからでもすぎにけるかな

    かへし
  八五 はるのよの夢にしげにもみえたらばまさしからではいかがあるべき

    あからさまにたちはなれたる人のもとより
  八六 あひみでもありぬべしやと心みにたちはなるればぬるる袖かな

    かへし
  八七 あひみでもあるべきことのあればこそかねて心をこころみるらめ

    おもふことありけるころ、しのびてすむところのにはくさも、
    うちはらふこともなかりければ、露しげくおきたりけるみて
  八八 おもふことしげみの庭のくさの葉に涙のつゆはおきあまりけり

    したしき人のとしごろうとくてすぐるに、ひとつにわたりあひて
    いひつかはしたりし
  八九 ことのはの露ばかりだにかけよかし草のゆかりのかずならずとも

    かへし 大殿参川
  九〇 むらさきの色にいでてはいはねどもくさのゆかりをわすれやはする

    雨のうちのとほきくさといふことを
  九一 雨ふれば思ひこそやれいづみなるしのだのもりのしたのかげ草

    寿量品のこころを
  九二 けふきけば光もふるき月かげをいづるはじめと思ひけるかな

    あさぢはらとなりにける所に、はなののこりてさきて侍りけるを
    をりて、人につかはしたりければ
  九三 思ひきや花も我が身もおくれゐてありしむかしをしのぶべしとは

    夜をへだてたるくひな
  九四 まきのとをたたくくひなにおどろけばねぬよぬるよぞおなじかずなる

    はじめの夏ほととぎすまつ
  九五 としごとにまたぬ夏のみさきだちて心もとなきほととぎすかな
  九六 ほととぎすなきつる空のさみだれにぬれぬる袖もなつかしきかな

    かどをあけぬこひ
  九七 あけやらぬまきのとざしをまつほどによこ雲わたる山のはぞうき

    いづみにて
  九八 あかずなほむすぶいづみにほどふれば心のうちに秋はきにけり

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 万代和歌集解題】〔15万代解〕新編国歌大観第二巻-15 [竜門文庫蔵本] 

 万代和歌集は反御子左派の手になる私撰集の一つである。現在二三本の伝本が知られているが、これらはすべて底本とした竜門文庫本を祖本としている。竜門文庫本は縦二二・五センチ、横一四・八センチ。六冊。列帖装。鎌倉中期書写、重要文化財。表紙は墨流し金銀箔散し霞引きで、外題は左上に直書きされているが、擦れて所々判読不可。料紙は斐紙、両面書き。一面一〇行、歌一首二行書き。第三冊目九九丁が半丁切り取られているほか、二か所に一丁分の切取り跡がある。二十巻、現存三八二六首(うち五首は行間に補入)、他に二首の墨滅歌。第六冊巻末に奥書(本文参照)があり、本書の成立事情を伝えている。この奥書と内部徴証から本書の成立は宝治二年(一二四八)月と考えられるが、本書は御製(後嵯峨院詠をさす)を含んでいないので、奥書に言う御製削除後の形態であろう。また、同年秋に添削を加えたとしているが、前出の補入、墨滅歌はその跡と考えられる。その他本書には所々に一字乃至二字の補訂が見える。書写年代およびこうした本書の状態からみて、本書は撰者自筆稿本と考えられる。

 撰者については、奥書の署名「浅香山斗藪侶釋」は仮の名であるが、岡山大学池田家文庫蔵「歌書目録」に「万代和歌集 真観撰」とあることから、反御子左派の指導者であった真観(藤原光俊)ではないかと考えられる。ところが、建長二年(一二五〇)成立の秋風抄序に、また万代といふ集いできにけり。かの古曾部が打聞をゆるして後拾遺にいれず。今の内相府の撰集、いかでかたやすくこの抄にのせしめむ。いかにいはむやいにし年の中の冬忝くも別勅ありて御製入れらる。かさねて勒するに、三千の篇たちまちに槐門よりいでゝ朽ちざる万代の名はやく射山にとゞまらむものをやとあり、万代和歌集は宝治三年(建長元年、一二四九)冬に勅によって、御製も入れて三〇〇〇首程度に改纂され、後嵯峨院に奏覧されたこと、しかも、この集の撰者は「今の内相府(藤原家良)」であることが知られる。改纂後の万代和歌集は現在一本も知られていないが、住吉大社本続後撰和歌集や夫木和歌抄等の集付によって、わずかにその片鱗を見ることはできる。この点を考慮に入れると、万代和歌集は宝治二年の初撰本は真観撰、宝治三年の奏覧本は藤原家良撰と考えるのが妥当ではなかろうか。

 万代和歌集の編纂目的は、部立構成が勅撰集と同一形式を採っていること、歌数の多いことからみて、勅撰集撰集のための資料であったと思われるが、当時の歌壇の対立を反映して、他の反御子左派の撰集同様、勢力誇示の意味もあったであろう。入集歌は前代歌人重視の傾向であり、特に拾遺時代から新古今時代の歌人詠が多い。個々には、前代・当代ともに歌壇において特異な存在であった歌人詠が重視された傾向がある。万葉語や俗語を使った詠が多く、制詞等の制約に縛られない自由な歌風を詠みとることができる。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 六六八
 いまはすがるの  いまはすかろの
 七七〇
 なみのよるよる  なみのよなよな
 九五四
 藻壁門院少将  藻壁門少将
 一二五九
 高松院右衛門佐  高松院右衛佐
 一二六八
 かれがれにして  かれはれにして
 一六七七
 譬喩品  辟喩品
 一七〇一
 昨日けふかな  昨けふかな
 二二八四
 ふりざらば  ふらさらは
 三二〇四
 飾磨市  飾麿市
 三三九八
 ふねとむる  ふねともむる
 三七九四
 いのりし  いのりりし
 (大阪市立大学森文庫本、丹鶴叢書本にて校訂)

 なお、底本における補入歌は二六九・二八一(以上春下)・一九六五・二一三九・二一五二(以上恋二)の五首、また、四五〇の作者名、二〇二一の詞書(不逢恋を)も補入である。その他、底本中の一、二字程度の補訂箇所については改めて指摘しなかった。
 付記 底本として使用を御許可いただきました竜門文庫、および御高配を賜わりました川瀬一馬博士に厚く謝意を表します。
(後藤重郎・安田徳子)
 
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 三草集(定信)解題】〔28三草解〕新編国歌大観第九巻-28 [文政十一年頃板本] 

 特小本三巻三冊。松平定信自撰の家集である。三巻にはそれぞれ内題・外題ともに「よもぎ」「むぐら」「あさぢ」とある。現在、一般的に三草集の名称が使用されているけれども、書物自体に「三草集」と刻したものはない。明治頃に刷られたものに帙が添えられているが、その帙の題簽に「三草集楽翁源公自筆 江間政発拝題」とあるので、早くからこの名称が使われたようである。ともかく、諸本を見てもどれも三巻が同じ装幀をしているから、セットで作られたことは疑う余地がない。

 「よもぎ」は享和元年(一八〇一)よりの詠歌一七三首を文化四年冬にまとめ、「むぐら」は文化元年(一八〇四)より定信が致仕した文化九年までの詠歌一二八首をまとめ、「あさぢ」は文化九年頃より文政七年(一八二四)頃までの詠歌六三五首を文政七年九月にまとめたものである。こうして別々に編纂したものを文政一〇年に定信自らが清書し、それを孫の定和に与え、さらに出版に附されたのである。前記の明治頃の版には各巻末に「松平家/蔵版章」なる朱印が押されているので、もともと松平家の蔵版だったのであろう。ただ出版年は、刊記がないのでいま明確にしえないが、清書時からまもない文政一一年頃かと推測される。

 本書の板木は一種ながら、初版(雲英末雄氏蔵)と再版(架蔵など)との二つに分けられる。初版の誤刻などを訂正しているので底本には再版本を用いたが、ここでその異動を示しておく。

    
   (底本)  (初版本)
 二六〇
 すぐれはおなし  こゆれはおなし
 二七四
 ひらの雪  ひらのやま
 四二八
 よはの霜  よはの月
 六六八
 月の光とみるかうちに  月の光とみ  うちに
 あさちの序文の年長
 長月のよる  長月のころ

 他に「むぐら」は初版の方が一首多く収めている。「むぐら」冬の部の最後は二五三番であるが、初版本の方はその次に、

  一 なれもまた老いにけらしとかきおこすねざめの友のねやのうづみ火

の一首がある。再版本ではこれを削除しているが、実は「あさぢ」の中の六四八番、これもまた老いにけらしとかき起すねざめの友の閨のうづみ火と一字違いであり、同じ和歌とみていい。重複して採ったことに気がついて削除したのであろう。

 松平定信は宝暦八年(一七五八)に徳川吉宗の子田安宗武の七男として江戸に生まれた。白河藩主松平定邦の養子となり、天明三年(一七八三)に襲封。同七年に老中職に就き、いわゆる寛政の改革を断行したが、寛政五年(一七九三)に解任された。以後は藩政も見たが、宇下人言などを執筆したり、和歌・和文を作るなど風雅な生活を送った。文化九年(一八一二)に致仕し、文政一二年(一八二九)五月一三日に七二歳で没した。和歌は父宗武の万葉風と異なり、新古今風を好んだ。

 
(市古夏生)
 
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 相模集解題】〔89相模解〕新編国歌大観巻第三-89 [浅野家本*] 

 相模集の現存伝本は、次の四系統に分類される。
  (一)流布本
  (二)異本A
  (三)異本B
  (四)異本C

がそれである。(一)は、最多歌数をもつ浅野家本で五九七首(諸本間の歌数の差は数首から一〇余首)、部立はなく、配列は年代順をとらず、初めに題詠風の歌群を置き、中程に贈答歌、生活詠を配し、後半は、箱根権現にかかわる三群の百首歌(いわゆる走湯百首)を収める。序文によれば自撰。この系統に属するものには、浅野家本、榊原本、彰考館本、松平文庫本(女房相模集)、龍谷大学本(女房相模集)、群書類従本等がある。(二)は、歌数三〇首、流布本との共通歌は二首あるが、その詞書は流布本と異なり、後拾遺集本文と酷似しており、後拾遺集より増補されたものとみられる。(三)の異本Bとの共通歌は二二首あり、ほぼ同様の跋文をもつことから、両者は、密接な関係がある。この系統に属するものに書陵部蔵の二本(五〇一・四五、一五四・五六二)、龍谷大学本(一宮相模集)、松平文庫本(相模集)等がある。(三)は、書陵部蔵思女集一本で、二八首。流布本の詞書によれば「物思ふ女の集」とて、他人が編集した小家集の存在が知られるが、それがこの異本B、または、その祖本かとみられる。異本Aは、異本B、または、その祖本から派生したものか。(二)(三)はその跋文などから夫大江公資との離別に発する憂愁を中心とする、作者の生涯の中で限定された一時期の詠草を集めたもので、(一)の流布本より先に成立したとみられる。(四)は針切相模集と称せられるもので、断簡一一葉三六首である。伝行成筆と称されるが、白河・堀河朝の筆跡と考えられている。(一)との共有歌は一九首で、(一)の巻末に近い五二八~五九二番(浅野家本番号)の中に限られている。針切の源は、流布本成立以前に成った小家集((二)(三)の祖本との関係は不明)に遡りうることを予想させる。

 底本には、流布本系統の浅野家本を用いた。定家が、本文を「家の少女」に書写させ、原本と批校の上、「家本承久三年失之、以大宮三位本今書留、嘉禄三年五月廿日」の奥書を自ら記した本である。重複歌(三九四と三九六)、合成重複歌(三九五は三九七の上句と三九三の下句を合成)があり、また明らかな脱落(庚申の夜の四季歌中、秋に当たる四首を脱)も認められるが、同系統中、最多歌数を有し、その伝来からしても、底本として十分な価値がある。校訂は榊原本・類従本により行なった。なお、同系統彰考館本等により、底本一八一番のあとに「いとどしくをぎふくことの露けきに」の一句を補いうる。

 相模は、源頼光の養女。母は、慶滋保章女。生没年未詳。はじめ乙侍従と呼ばれる。寛仁二、三年(一〇一八、九)頃、大江公資と結婚、ともに相模へ下る。相模の名は、これに因む。上京後公資と離別。一方、定頼と恋愛関係にあったことも知られている。後、一品宮修子内親王に仕える。参加歌合の主なるものに、賀陽院水閣歌合(長元八年)、弘徽殿女御歌合長久二年、鷹司倫子百和香歌合(永承三年か)、内裏歌合永承四年、内裏根合永承六年、祐子内親王家歌合永承五年、皇后宮春秋歌合(天喜四年)などがあり、つねに注目を集めた。和歌六人党の歌人との交流もあり、頼通時代の歌壇の代表的女流歌人といえる。勅撰初出の後拾遺集においては、和泉式部に次いで入集歌数が多く、四〇首をとられている。
 (斎藤煕子)
 
 相模集<第3巻>】597 新編国歌大観巻三-89 [浅野家本*]




  いとわればかりとのみおぼゆるあづさのそまに、くちはてにける宮まぎを、
  いかにとばかり、こだかきかげもやとたのみしをりは、のこりゆかしう、
  はなもみぢあめかぜにつけても、おのづからちる事のはをかきおきたらば、
  みつのくによらむながれなりとも、あさきかたにやとせきとどめてしを、
  あいなう、そでになみだのかかりけるみにと、思ひしられはてぬるをりし
  も、おもなきことをいまさらに、心もなきみづぐきのあとにまかせて、あ
  らはれてむも、いとうしろめたけれど、けふや我がよのとのみ、ものあは
  れなるつゆのいのちにおくれむなかに、もし思ひいでむ人もしあらば、人
  しれぬかたみともなれかしとてなむ、しのびもはてずなりにける、むかし
  のことをば、わすれはてにければ、いまからのをだにと思ふほども猶ふる
  めかしき、寛弘の御時ばかりにや、天王子の歌とて人人よむをりがありし
  に、西大門


   一 ごくらくにむかふ心はへだてなきにしのかどよりゆかむとぞ思ふ
    かめ井
   二 ちよすぎてはちすのうへにのぼるべきかめ井のみづにかげはやどさむ
    ふね
   三 うきしまにみなとをいかではなれけんのりかよひけるふねのたよりに
    塔のるは
   四 みがきけるこがねかはらぬたふをこそきみがはたへのかたみとはみれ
    仏舎り
   五 はひきえてわかちしたまもつとむればいとどひかりぞかすまざりける
    弓
   六 おもはずにあだや仏となりにけむのりになびきしゆみにひかれて
    をがみのいし
   七 をがみけるしるしのいしのなかりせばたれかむかしのあとをみせまし
    くろこま
   八 のかふかなかひのくろこまはやめけむのりのにはにもあはぬわが身を
    いけのはちす
   九 人しれぬなみだはつみのふかきかないかなるいけのはちすおふらむ
    ある所に、庚申の夜、天地をかみしもにてよむとて、よませし、十六はる
  一〇 あさみどりはるめづらしくひとしほにはなのいろますくれなゐのあめ
  一一 つきもせぬねのびのちよをきみがためまづひきつれむはるの山みち
  一二 ほかよりはのどけきやどのにはざくらかぜの心もそらによくらし
  一三 そのかたとゆくへしらるるはるならばせきすゑてましかすがののはら
    夏
  一四 やどちかきうのはなかげはなみなれや思ひやらるるゆきのしらはま
  一五 かたらはばをしみなはてそほととぎすききながらだにあかぬこゑをば
  一六 みしま江のたまえのまこもなつかりにしげくゆきかふをちこちのふね
  一七 たきつせによどむ時なくみそぎせんみぎはすずしきけふのなごしに
    冬
  一八 むしのねもあきすぎぬればくさむらにこりゐるつゆのしもむすぶころ
  一九 このはもるしぐればかりのふるさとはのきのいたまもあらしとをふけ
  二〇 えこそねねふゆの夜ふかくねざめしてさえまさるかなそでのこほりの
  二一 えださむみつもれるゆきのきえせねば冬はみるかなはなのときはを
    小一条の院に、和歌十首人のもとによみしをみて、しのびて心みむと思ひしかども、
     まねぶべくもあらずこそ、七月あまのがはにわかる
  二二 ほどもなくたちやかへらむたなばたのかすみのころもなみにひかれて
  二三 あまのがはかげみにわたるたなばたのつきのかがみはくもらざらなむ
    くさむらのつゆたまににたり
  二四 たまのをのみだれたるとてくさのはをむすばばそでにつゆやこぼれむ
  二五 あさごとのくさばのつゆとみるものをわすれておけるたまかとぞ思ふ
    あきかぜ
  二六 ひとへだにあつかりつるをなつごろもかさねきるまで秋かぜぞふく
    あさぎり
  二七 はなみるといそぎおきつるわれよりもまづあさぎりのたちにけるかな
    をみなへし
  二八 のべごとにをりこそつくせをみなへしふしみのさとはむぐらはふまで
  二九 わがやどのはぎのしたばのけしきにてあきはいろにもいでにけるかな
    ゆふづくよ
  三〇 あかすとてうらみしもせじゆふづくよありあけまでもわれぞまちみむ
    せみのこゑ
  三一 したもみぢひとはづつちるこのしたにあきときこゆるせみのこゑかな
    いは井
  三二 まなづるもおりゐしかたのまつばらにいくそのちとせかずをしるらむ
    こひ
  三三 いかでかはあまつそらにもかすむべき心のうちにはれぬおもひを
    人のしるべきほどにもあらぬことを、
    のこりなくふみよりはじめてあらはすときく人に、
    こりずまにちかくとりよせて、よひゐのてならひにかきつくる
  三四 いかにせむくずのうらふくあきかぜにしたばのつゆのかくれなきみを
  三五 いかにせむとかりのはらにゐるとりのおそろしきまでかくれなきみを
  三六 いかにせむとけてもみえぬうたたねのゆめばかりだにかくれなきみを
  三七 いかにせむわがぬれぎぬのいろふりてあしのしたにもかくれなきみを
  三八 いかにせむおきこぐふねのしるくのみなみにうきつつかくれなきみを
  三九 いかにせむしほひのいそのはまちどりふみゆくあともかくれなきみを
  四〇 いかにせむひともわたらぬこひかはのあとにながれてかくれなきみを
  四一 いかにせんほどなきそでのこもりえにしづめるこひのかくれなきみを
  四二 いかにせむ山だにかこふかきしばのしばしのまだにかくれなきみを
    よそながらにくからずみし人のおとせざりしに
  四三 あふことのなきよりかねてつらければさぞあらましにぬるるそでかな
    おぼえなき人の消そこをあやしがりきこえたりしかば
  四四 かすめてもなにかいふべきあさみどりうはのそらなることならなくに
    返し
  四五 かすむるもおぼつかなしやあさみどりはるにしられぬむもれぎにして
    さしもあるまじき人の、かならずこむ、まてとありしかば
  四六 たのむるをたのむべきにはあらねどもまつとはなくてなほやまたまし
    ほととぎすのこゑをまさしくききて
  四七 きかでただねなましものをほととぎす中中なりやよはのひとこゑ
    ゆふやみにとたのめたりける人に、六月ついたちにおとづれたる返事に
  四八 さみだれのやみはすぎにきゆふづくよほのかにいでむ山のはをまて
    とばかりいひやりたりしかば、三日ばかりありて、その人のもとより
  四九 ありあけの心ちこそすれよひよひにまつにひさしき山のはの月
    かへし、れいならず人のもとにありければ
  五〇 しらつゆにまぎるるよひのつきかげはありあけよりもめづらしきかな
    はつかあまりのころ、ものごしにわりなきさまにてあひたりけるあしたに
  五一 みをつめばあはれとぞみし夏のよのありあけの月のいりもはてぬを
    返し
  五二 あけがたにいでにし月もいりぬらむなほなかぞらのくもぞみだるる
    また
  五三 くるすののひむろのこほりいつまでかむすぼほれつつとけじとすらむ
    返し
  五四 くさふかきひむろのこほりうづもれてしたにきゆともとけはてめやは
    まかりあはむといひし人に、月ごろをまて、かならずあはむといはせたりければ、
     又いづらこれもやすぎぬべきなど
  五五 あふことをたのめぬにだにひさかたのつきをながめぬよひはなかりき
    返し
  五六 ながめつつつきにたのむるあふことをくもゐにてのみすぎぬべきかな
    七月七日、人のもとより
  五七 あふことをおぼつかなくてすぐすかなくさばのつゆのおきかはるまで
    返事
  五八 いとどしくおぼつかなさやまさりなんきりたちわたる秋のしるしに
    八日、かへりがちなるをりにや
  五九 かへさずはかさましものをたなばたにあひてもあはぬのちの心を
    かへし
  六〇 たなばたにゆかしきほどのあふことはまつもかへすもものをこそおもへ
    いとひかすとて
  六一 たなばたのいとにかけてもくるしきは心のうちのみだれなりけり
    てならひに
  六二 たなばたもあはれはそらにしりぬらんものおもひまさるあきの心は
    なにとなくものむつかしければ思ひむつかりたるに、人の返事に、
     けぶりもなみもとのみいひやりたれば、又たちかへり
  六三 さがみにはありともいはずふじの山けぶりもなみもなににかくらん
    返し
  六四 いづことも思ひぞわかぬふじの山みをはなれたるけぶりならねば
    又、人いかなるをりにか
  六五 うつつともゆめともなくてあけにけるけさのおもひはたれまさるらん
    返事
  六六 みぬゆめもあらぬうつつもおしなべてくたすやそでのなみだなるらむ
    ものへまうづるに心地れいならずおぼえければ、みちより返るに、
    もろともにまうづるひとにつけて、みてぐらのかぎりをたてまつるとて、
    心のうちに
  六七 心にはさしもけがれぬみてぐらをおほたらしめのかみなとがめそ
    返りても猶なやましければうちなげきて
  六八 昨日けふなげくばかりのここちせばあすにわがみやあはじとすらむ
    夜いたうふけてきたるひとに、えあはでみちのとほさもいとほしければ
  六九 猶ざりにきてかへるらむひとよりはおくるこころやみちにまどはむ
    あるところにいづこともなくてさしおかせし
  七〇 いかにしてわするることをならひけむとはぬ人にやとひてしらまし
    宮つかへ人あまたいでゐたる所にわたりたるころ、あはむといふ人を、
     大方にたちいるやうにては、さもやといひしに、なほなほしのびて、
     かたへにはしらせでとのみいひしかば、すべきかたもなくて
  七一 宮まぎのかぜのたよりによそへずはつゆのもるべきかたのなきかな
    かへし
  七二 つゆはよもつゆももらさじみやぎののはぎのしたばのひまはあれども
    八月十六日ばかりに、よべの月はみきや、内になむさぶらひしといひたる人に
  七三 かきくらし我がみぬあきのつきかげもくものうへにはさやけかりけむ
    のわきいみじうしたる日、ゆるぎのもりはいかがと人のとひたりしに
  七四 ありわぶる身のほどよりはのわきするあさぢがはらのつゆはのどけし
    同日
  七五 はやちふくしげみののらのくさなれやおきてはみだるふせばかたよる
    むしのこゑごゑをききて
  七六 いかにしてもの思ふひとのすみかには秋よりほかのさとをもとめむ
    あめなぞばかりうちつづきひまなきころ
  七七 人しれぬおもひのみかはおほぞらもさみだれならぬさみだれぞふる
    のきのたまみづかずしらぬまでつれづれなるに、いみじきわざかな、
     いしだのかたにもすべきわざのあるにと、おのが心心に、
     しづのをのいふかひなきこゑにあつかふもみみとまりて
  七八 あめによりいしだのわせもかりほさでくたしはてつるころのそでかな
    またこれすずしきかぜ
  七九 もみぢばもこけのみどりにふりしけばゆふべのあめぞそらにすずしき
    かぜのさわぎにおとづれたる人のひさしくなりにければ
  八〇 あらかりしかぜののちよりたえぬるはくもでにすがくいとにやあるらむ
    九月八日の夜、ものいひてあか月にいでぬるを、
    そののちいかでとまつに、さもなくて、
    ふつかばかりありておとづれたりし返事に
  八一 ここぬかのきくをとはでやすぐすべきつゆのおきたるあしたなりけり
    といひたりしかば
  八二 はつしもにうつろひやすき花なればきくにつけてはとはじとぞ思ふ
    ながづきのはつかあまり、しぐれをかしきほどのゆふぐれに、
    ある所にさしおかせし、としごろのきたのかたをさりてはなれ
    ゐたまへりとききしかば
  八三 人しれずこころながらやしぐるらむふけゆくあきの夜はのねざめに
    いかできき給ひけむ、ひさしうありてかれより
  八四 としへぬるしたの心やかよひけむおもひもかけぬ人の水ぐき
    つかひびととめて返事
  八五 もりにけるいはまかくれの水ぐきにあさきこころをくみやみるらむ
    人のもとより、みづからはほかにてをと、いはせしを思ひいでたるにや
  八六 はつしものおきふしぞまつきくのはなしめのほかにはいつかうつろふ
    返し
  八七 おりそめばしもかれぬべきいろをみてうつろひぬべきしらぎくのはな
    かぜいたうふく日、こずゑのこらずみえしに、ある所に
  八八 ことの葉につけてもなどかとはざらむよもぎのかどもわかぬあらしに
    返し
  八九 やへぶきのひまだにあらばあしのやにおとせぬかぜはあらしとをしれ
    又返し
  九〇 こやとてもかぜになびかばくゆりつつあしひのけぶりたちやまさらむ
    皇大后宮うせさせ給ひて又のよ、月のいみじうあかきをみて
  九一 あめのしたくものとがにもあらぬよにすみてもみゆる秋の月かな
    大たににいで給ひしに、御おくりのくるまなどの打ちつづきたりしが
    いみじくあはれにて
  九二 あはれきみくものよそにもおほたにのけぶりとならむかげとやはみし
    そのころ彼の宮の宣旨のもとに
  九三 とはばやと思ひやるだにつゆけきにいかにぞきみがそではくちぬや
    返し
  九四 なみだがはながるるみをとしらねばやそでばかりをばきみがとふらむ
    十月になりて同じ宮の人のなかに、たがともなくてさしおかせし
  九五 かみなづきしぐるるころもいかなれやそらにすぎにし秋のみや人
    返したづねておこせたり
  九六 ことのはをみるにつけても神な月いとどしぐれぞふりまさりける
    なが月のすゑつかた、あはむといひたりし人のみえざりしかばつごもりがたに
  九七 たのみしをまつひかずのみすぎぬればなほあきはつるほどをしるかな
    いかなるをりにか、人のもとから
  九八 さりとてはとけぬものからなかなかに夜はのしぐれのおどろかすらむ
    返し
  九九 おどろかすしぐれのころは神なづきうちとけてやはゆめをみるらむ
    あやしきこといひつけて、さるべきものどもなどしたためて、
    けざやかにほかへいにけるのちに、うつろひたるきくさかりにみゆるころ、
    むつましきゆかりにてときどきかよふわかき人のゆゑなからぬがたちよりて、
    いかにまた人はほかにかととひしついでに、この花をめとどめて、
    ただにはすぎがたくやありけむ、かくいひし
 一〇〇 うゑおきし人のこころはしらぎくのはなよりさきにうつろひにけり
    かへし
 一〇一 うつろひしのこりのきくもをりをりにとふ人からぞあはれなりける
    さかりすぎてくちたるなしを、をさなき人のもとにやるとて、ただならじとて
 一〇二 おきかへしつゆばかりなるなしなれどちよありのみと人はいふなり
    かへし
 一〇三 つゆにてもおきかへてける心ざし猶ありのみとみるぞうれしき
    神な月、はつせにまうづるに、いなりのしもの宮しろにてみてぐらたてまつる
 一〇四 ことさらにいのりかくらむいなり山けふはたえせぬすぎとみるらむ
    あとむらといふ所にやどりて、しかなく
 一〇五 しかのねにくさのいほりも露けくてまくらながるるあとむらのさと
    すがたのいけにて
 一〇六 ゆく人のすがたのいけのかげみればあさきぞそこのしるしなりける
    良因といふてらにて、ふるのやしろのもみぢをみる
 一〇七 よしみねのてらにきてこそちはやぶるふるのやしろのもみぢをばみれ
    ならのとりゐのまへなるきどもに、かけたるものおほかり
 一〇八 なにならむならのやしろのさかきにはゆふとはみえぬものぞおほかる
    までつきて房のまへに、たにふかくもみぢおほかるを、
    いづくぞととへばなへくら山といふ
 一〇九 はるならでいろもゆばかりこがるるはなへくら山のたきぎなりけり
    たかふちといふ所あり
 一一〇 たび人はこぬかありともたかふちの山のきぎすはのどけからじな
    そらごといひつけてひさしうみえぬ人に
 一一一 ありふればうきよなりけりながからぬ人のこころをいのちともがな
    はやうみし人のむまにてあひたるに
 一一二 つなたえてひきはなれにしみちのくのをぶちのこまをよそにみるかな
    返し
 一一三 そのかみもわすれぬものをつるぶちのこまかならずもあひみけるかな
    まつりのかへさみて又の日、六はら蜜説経ききにまでたるに、
    昨日むらさきのにみえしくるまのかたはらにありしかば、
    ことはてていづとて、あふひをやるとて
 一一四 きのふまでかみに心をかけしかどけふこそのりにあふひなりけれ
    かへしくるまに人つけてみせけるにや、いへにいりてこそおこせたりしか
    ふるき人のふみをみて
 一一五 なぐさむるかたもやあるとふみみればもの思はしのしるべなりけり
    ひごろおとせぬ人のわづらふころ、みすてがたうとておこせたるさまにいひしかば
 一一六 まことにやあしのうらばもみだるらむたかせのをぶねさはりあるまで
    さればよとのみみゆれば
 一一七 わするるをなげくもなにかうきみにはかねて思ひしことわりぞこは
    そでのしづくもみぐるしうひきかくされて
 一一八 あやしくもあらはれぬべきたもとかなしのびねにのみぬらすと思ふに
    おのれけぶたきはけにこそ
 一一九 かきつめてむねのあまりにくゆるかなこやいかなりしなかのしのびぞ
    わりなかりし所にこもといふものを、あたりちかうひきたりしも
    わすれがたきふしにや
 一二〇 あやめにもあらぬまこもをひきかけしかりのよどのもわすられぬかな
    したゆふもさながらほどへにけれど、つつましきことのみあれば、
    思ひたつこともなくてさすがに
 一二一 もろともにいつかとくべきあふ事のかたむすびなる夜はのしたひも
    ふみどもあだあだしうちらすとききし人を、ほいなしとうらみたりしかば、かれより
 一二二 ときは山つゆももらさぬことのはのいろなるさまにいかでちるらむ
    とあらがひたりしかば
 一二三 いろかへぬときはなりせばことのはをかぜにつけてもちらさましやは
    大方ふみをみなかへしみむといふを、さもあらで、ならまでなむ
    もてかはしてみるとききて、猶心づきなうて
 一二四 みづぐきもあとたえねとやまかせつつたつたのかはにながしはつらむ
    返し、心やましうこそ
 一二五 ながすにもせくにもあらずみづぐきのたえむかたみとおもふばかりぞ
    返事
 一二六 たえぬべきかたみときけばみづぐきのいはまをなににもりはじめけむ
    また人のもとより
 一二七 こひしさもえこそいはれねなかなかにいはばおろかになりぬべければ
    かへし
 一二八 しのぶるにあまる思ひもあるものをいはぬにみえぬいひがたきとは
    月いみじうあかき夜
 一二九 人しれずひとまたざりしあきだにもただにねられしころの月かは
    いなづまのいそがしきをみて
 一三〇 いなづまはてらさぬよひもなかりけりいづらほのかにみえしかげろふ
    はらからとのみいふ人の、せきのひまあらむをりはといふもあやしければ
 一三一 あづまぢのそのはらからはきたりともあふさかまではこさじとぞ思ふ
    ちかうみゆる人の、よろづに心もゆかずおぼゆれば、うちなげかれて
 一三二 我ながらわがみをいかになしてかはみゆるにみえずみをもなすべき
    いかでかききけむ、むかしふみおこせし人のもとより
 一三三 ひとりぬるをりもやあると人しれず心のうちになげきつるかな
    返し
 一三四 なれもせずぬぎかへもせぬかたしきのそでをばかけてたれかとふらむ
    むかしかたらひし人と、くによりのぼりておとづれざりしかば、女かたたにあり
 一三五 かみかけてたのめしかどもあづまぢのことのままにはあらずぞありける
      道にことのままの明神といふやしろのあたりに、
      たび人のやどりければなるべし
    かよふ所ある人のほかよりくるままに、きく事あれば、ま事かといひしかば
 一三六 まつことのそでだにうきをなにとてか思ひもよらぬぬれぎぬをきむ
    ところせげならむこひのうたふたつばかりよみて、えさせよと人のいひしかば
 一三七 かまど山〔   〕かしまとすればもゆるもくるしこころづくしに
 一三八 つきもせずこひになみだをわかすかなこやななくりのいでゆなるらむ
    いみじう思ひける人をつくしにやりたるひとの、かたらはむといひければ、
    さりともけしきのもりには、えやあらざらむと思ふこそつつましけれ、
    といひやりたれば、おしけつばかりもなどやといへる人に、これより
 一三九 あづまぢのささのわたりはたましきのかたはしにだにあらじとぞ思ふ
    心くらべにてすぐしけるひとをかたらひそめてのち、うちつけにおとづれしに、
    たえまあるほどに、これより
 一四〇 いひでてもいはでたゆるもよそながらみえてぞみつる人の心を
    いかにきくやうありてにか、人のひとにきこえたりける
 一四一 ゆきかひのみちのしるべにあらましをへだてけるかなあしがらのせき
    とあるふみを、さるたよりありて人のみせにおこせたりしのち、
    かれよりふみたえたるやうなりしかば、さいはれしもとの人に
 一四二 なのみしてあとたえにけりゆきかひのあふさかならぬほかのせきみち
    返し
 一四三 ゆきかひのあふさかならぬせきみちはたえけむあとのかひやなからむ
    しるべにならましをといひたる人は、ことざまになみこえにけりとききしを、
    猶もとのひともたえずなむかよひ給ふとききて、ただならじとて
 一四四 あらいそのみるめはなほやかづくらむすゑのまつまでなみたかくとも
    返し
 一四五 あらいそのそこのみるめをかりにてもよしうらみけむあまぞしるらむ
    又返し
 一四六 うらまでのみるめかるべきかたぞなきまだあまなれぬいそのあま人
    この人を時時これよりおどろかしなどせしを、あらいその人たづねききて
    心えぬさまに、をとこかたからはかくし給はぬものを、へだてたる、
    をこがましなどやうにいひさわぐとききしかば、かのもとの人に、
    かくいはまほしかりしあらいそも、しほやくけぶりになりしほどの事にや
 一四七 おとなしの山にこそゆけよぶこどりよぶとは人にきかすべしやは
 一四八 せきがたきなこそもあるをしほうらのよひさかまでもかかりけるかな
 一四九 あさま山かすむけしきはしるくともそでにけぶりのなほやたつべき
 一五〇 いはせがはみづこそすきてはやからめかきくづしきときくぞあやふき
 一五一 みしまえをふなでしひともをりをりのなみのなごりにそでやぬるらむ
 一五二 うきよをもたればかりにかなぐさめむ思ひしらすもとはぬきみかな
    かきまぎらはして、こまやかにやりてしかば、あやしうみときがたかりし
    なめりとて、つつみがみにかきつくる
 一五三 かり人はとがめもやせむくさしげみあやしきとりのあとのみだれを
    ふみおこするほどもなく、みづからあはずとて人のむつかりしに
 一五四 しなのぢやいなやいかなるかけはしをふみもならさでまづわたりなむ
    いへのうちに、ぶくしてある人のもとに、しのびて人のきたりけるを、
    びんなきほどにて、えあはざりければ、よべはくちなしのしたにて
    あかしつる事とうらみたるふみをみせて、いかがいふべきと人のいひしかば
 一五五 くちなしのきのもといかにこたへましぬしはたれぞと人のとひせば
    ものよりのぼりしに、みののかみなにごとにか、せきかためてしばしあらせしを、
    かれもおなじほどにのぼりあひて、京にていひたりし
 一五六 あふさかをきみもみしかばいとどしくいまよりのちはたのまるるかな
    返し
 一五七 あふさかもゆるさじとこそ思ひねのせきはかたむるものとしりにき
    めのくににあるほどに、ふみおこせし返事をせねば
 一五八このごろはひとのつらさもひとりしていぶきのたけもかひなかりけり
    かへし
 一五九 いろふかきをやまのまつをおきながらなにあだことをいふきなるらむ
    はるかなる所なる人の、にくき事なむあるとききしかば
 一六〇 ひとりまつきみならねどもうき事をきくはわれのみなげかしきかな
    あはむといふひとのもとにわたりたるに、かどをとみにあけざりしに、
    からうじていりて、二日ばかりありてかへりにしのち、かれより
 一六一 からくにのみかどもかくやなげきけむわかれののちのこひのわびしさ
    返し
 一六二 まぼろしのくものいはとをたたきけむゆふべのそらにおとりやはせし
    としわかきをとこの、われにまさりたる人の女を思ひかけて、
    かかる人ありとしらせむ、
    さやうにいひつべき事とせめしかば、はなれぬ人とききて
 一六三 みなれきにしほやくあまのほどよりはけぶりのたかきものをこそ思へ
 一六四 いひいでてはやがてなきなになりぬともしのびはつべき心ちこそせね
    ちひさきてばこを、人のをさなきむすめのもとへやるとてよませし
 一六五 あけくれはそでうちかけてはぐくまむわがこてばこになり心みよ
    返し、おや
 一六六 そでかけていはぬさきより人しれずきみがかけこになりねとぞ思ふ
    あやおりになたちし人を思ひてかよひしころ、
    おなじころとがむべき人のもとにやりし
 一六七 ふししげみあやにおりたついとによりこちくるとはたおもはざらなむ
    かへり事なたかき人の御さかしらなるべし
 一六八 いづくにかよるらむとのみしらいとのあやしかりけるふし所かな
    返し
 一六九 わくらばにまゐくるふしやたえなましいとあやまちのしげくみゆれば
    かくいひかはす人のいへはこれよりきたなるべし、そのなかがきをへだてて、
    いとしのびていく所あるを、いへの上なるものかたらひて、
    思ひはなれたるさまにはみえながら、なほこれよりも、
    うちしのびまぎるるをりありしかば、となりのあばれたるかたにやりし
 一七〇 いつとなくなみやこすらむすゑのまつまがきのしまに心せよきみ
    かへし
 一七一 たれもそのおなじなみにしかけつればたけくまならぬまつとこそみれ
    返し、又はたはのりことになりにけるにや
 一七二 思ひだにかけぬことかななみなみにいはるべしとはたかさごのまつ
    又かへし
 一七三 たかさごとおもふべしやはあだなみのよなよなよするみぎはばかりを
    これをききて、ゑじたる人
 一七四 しらなみのかけおりてのみとしふるはみなすみよしのまつにやあるらん
    この人人のかよふ人人あまたあるなかに、むかしおやのかたのたよりにて
    つかひけるものの、まめやかなるをもしのびつつかよひければ、
    たれもさるかたのあやしのものとみゆるしたるを、なに事にかありけむ、
    たなばたがいみじうはらたちうらみきこえたるふみこそみえしかと、
    このたかさごとなのる人のいひおこせたりしかば、これよりやりし
 一七五 つゆやいかにおけるものにもたたりけむはたおりめさへとがむばかりに
    又しのびのなかがきのふみにや、こなたもあなたもつつましければなど、
    ことおほくかきつづけたるほぐのみえしかば、うらにかきつけて、
    れいの人にやる
 一七六 さまざまになにへだつらむきたのかたいまはあれゆくみなみばかりを
    返し
 一七七 これはにしきみはみなみといふめればあれにしきたのかたのかたにて
    またこれより
 一七八 みなみよりにしにはゆかむさりがたききみこそなかのきたのかたなれ
    人のもとにて、あまた人人
 一七九 ねまちの月をふしてみるかな
       といふもとをなむつけつるとききて
     いざよひもたちまちにやはいづるとて
       九月の朔、人にものいふをりに、夜いたうふけて、ほのかにかり
    のなくをききて、すぐしてもあるべきに、かれきけ、
    いかがといふ人のありしかば
 一八〇 心そらなるたびのそらかな
       また、人
    ひとこゑもきかぬねざめはなけれども
       さやはいはむと思ひつると心のうちに
    めづらしきこゑときけどもさよなかに
       きりぎりすのいとちかうなくをききて、人
 一八一 かべちかくなくきりぎりすかな
       といひしかば、また、東おもてにありし人
     ゆめにてもぬる事かたきあきの夜に
    もみぢみに山でらにわたりたるほど、まらうどきて人もなかりけりといひて、
    もみぢのかぎりをなむをりてかへりにける、とききて、その人にいひにやりし
 一八二 きみくべきをりとしりせばふるさとのもみぢをのみぞみるべかりける
    しはすのついたちごろに、いみじういろこきもみぢを、
    ふみの中にいれていひたりし
 一八三 ふくかぜものどけきやどのしるしにやもみぢながらもときはなるらむ
    返し
 一八四 みるひともなきわがやどのもみぢばはかぜだにしらぬものにぞありける
    つのくににすむこやの入道、歌ものがたりなどおほかたにいふ人なりけり、
    かどのまへをわたるとて、いそぐ事ありてえまゐらず、
    なにごとかといひたれば
 一八五 なには人いそがぬたびのみちならばこやとばかりもいひはしてまし
    服におはする人のゆかたびらのそでを、ねずみのそこなひたれば、
    ときかへてふるきがとまりたるをみるもあいなうあはれにて
 一八六 ぬぎかふるそでをつたへてふぢごろもみるもなみだのたよりなりけり
    人のおやの服ぬぐとて、かはらにいでしに、われもそのゆかりに
    おびをせさせたりし、やがてすつとて、もろともにいでたりし人
    はおりてはらへなどすめり、くるまよりおびをいだすとて
 一八七 ふぢごろもぬぐひとましていかならむおびをとくだにそではぬれけり
    うちわたりに思ふ人ありとききし人に秋ごろ
 一八八 ここのへのくもぢにかよふたまづさはかけてまつこそひさしかりけれ
    亭子院の説経、ひとともろともにききてかへるみちに、しりたるくるまにて
    人のまうでたりけるを、それなめりと思ひていひやりし
 一八九 ゆくすゑもかけはなれじなのりのみちめぐりあひぬるみつのくるまは
    はかなきことにむつかりし人、あやにくにものがたり歌などありけるかぎり
    あさりいでて、みなやきてしを、せむかたなくてなげくころ、
    ちかくてきく人のいかにぞといひたりしかば
 一九〇 秋はててあとのけぶりはみえねども思ひさまさむかたのなきかな
    かかる事ききたらむと思ひし人に、つれづれのわりなかりしかば
 一九一 あらいそのあまはやけどもこりずまになほかりつべきものがたりかな
    返し
 一九二 あま人はまたもこそやけこりずまになにかりつむるものがたりそは
    ひとのもとより
 一九三 心からくるしきものをおもふかなかからざりせばなげかましやは
    返し
 一九四 ふかからぬひとのうへまでくるしとやうき身にそへてものをおもはむ
    たえまがちなる人、いかでたいめんをかなといへば
 一九五 わたらじやいそのかけはしふりぬるにまどほにみゆるなかのけしきを
    なにごとにかあらむ、もの思ふ女の集とて、おぼえなきことどもを
    かきいだして、これみしりたらむ、のこりかきそへてかならずみせよとて、
    人のおこせたりしかば
 一九六 しほたれてよそふるあまもこれは又かきけむかたもしらぬものをば
    とてかへしやりたれば、たちかへり
 一九七 よさのうらにもしほぐさをばかきつめてものあらがひはひろはざらなむ
    返し
 一九八 うきめかる心ならひにしほすぎてうたがひただすよさのうら人
    ふつきのあかつきに、かぜのあはれなるを、きのふの夜より
    といふことを思ひいでて
 一九九 あか月のつゆはなみだもとどまらでうらむるかぜのこゑぞのこれる
    つつむことありてたまさかにみゆる人、しづ心なくてあわたたしき心ちの
    みすれば、思ひたらむもうるさうて、こまちがいひけむやうに
 二〇〇 あふことぞやがてものうきあかつきの夜ぶかきをわれ思ひいづれば
    よそなる人の、いかでみづからとのみくりかへし、かきたるふみのはしに
 二〇一 あふことは猶よそながらながらへよとくわすれなばとくやなげかむ
    返し、きく事がありしとて
 二〇二 わするともゆくらむかたを思はではとまらぬひとはあらじとをしれ
    ねたさにたち返り
 二〇三 ゆくかたもとむめるみちもまだしらぬほどになきなのたちにけるかな
    これより、いかでこれが答のやうなる事いはばやと思ふほどに、
    なほかくつれなくてやみぬべきなめりとうらみしかば
 二〇四 はなれにしこまのをりにも我ならぬひとをばえこそなげかざりけれ
    返し
 二〇五 はなるれどあらぶるこまはなきものをきみが心はなつきしもせじ
    また
 二〇六 ひきかへてなつけむこまのつなたえにいかがのがひの人はみるべき
    人のもとより
 二〇七 いかにせむみこもりぬまのしたにのみしのびあまりていはまほしきを
    返し
 二〇八 うきてのみすゑもながれぬぬまならばかげみるをりもあらじとぞ思ふ
    つねにしもあらぬ女どち、なが月ばかりの夜るあひて、よろづのものがたりするに、
     このひとも、としごろのひとにわすられて、そのなげかしさいひ、
     われもつねよりことに思ふ事ありかしなど、かたりあはするをりしも、
     かぜふくをりにありしかば
 二〇九 我もこひきみもしのぶに秋の夜は
       思ひいりたるにや、ものもいはねば
     かたみにかぜのおとぞみにしむ
       ひとにものへだてて、かへりてつとめて
 二一〇 ありあけの月はながめじいまよりはもの思ふつまとなりまさりけり
    返し
 二一一 やまがつのかきねのこかげかげみねどもりにし月をあはれとぞみし
 二一二 そでふれてなれぬなかにもからころもきてのなごりはものをこそ思へ
 二一三 かたをかのいはねのこけのいまさらにみだれやまさむひとになびかば
    をとこ
 二一四 かへせどもうらめしからぬ心かななつののくさのうらばならねば
    かへし
 二一五 をだまくりくずのうらばにあらねどもかへらぬのべはなしとこそきけ
    この人に、ふちなどたづねおきて、あはむといひしかば
 二一六 ながれいでむうきなにしばしよどむかなもとめぬそでのふちはあれども
    れいの人
 二一七 しらなみはたちよりくれどかひもなしひとをみるめはおひずとおもへば
    かへし
 二一八 いかでかはいかごのうみにむかしより人のみるめをひとのかるべき
    よになくなりたるひとを、おとしやせまし、山がはのたきとかやいふことやありし、
    むつましかりけむかしと、つねにいふ人のありしかば、むつかしくて
 二一九 うたかたのきえはつるまでにごりなくおとにぞききし山がはの水
   

    いかなるをりにか人の
 二二〇 かたしきのそではかさねぬものゆゑにをりをりかぜのおどろかすらむ
    返し
 二二一 かぜのおとも身にしむばかりさむからでかさねてましをよはのさごろも
    つねよりも思ふ事あるをり、心にもあらであづまぢへくだりしに、
    かかるついでにゆかしき所みむとて、三年といふとしの正月、
    走湯にまうでて、なに事もえまうしつくすまじうおぼえしかば、
    みちにやどりて、あめつれづれなりしをり、心のうちに思ふことを、
    やがてたむけのぬさをちひさきさうしにつくりてかきつけし、
    百ながらみなふるめかしけれども、やがてさしはへて、
    けしきばかりかすむべきならねば、まことにさかしう心づきなき事
    おほかれど、にはかなりしかば、やしろのしたにうづませてき、
    精じのほどは時といふ事をぞせし

    はつ春五首
 二二二 はる山にかすみたちいでていつしかと時のしるしやありけるとみむ
 二二三 はるくればたにがくれなるうぐひすも宮こにいでてなかむとぞ思ふ
 二二四 思ふ事ひらくるかたをたのむにはいづのみやまのはなをこそみめ
 二二五 つみやらぬ我がこころかなこのめよりおつるなみだのしづくのみして
 二二六 したこほりまだうちとけぬつららをばはるの山べのかぜにまかせむ
    中春
 二二七 はるさめのふりぬることを思ふにはただつくづくとそでぞそほつる
 二二八 としおほくかへしきぬれどあれぬるはわが中山のふるたなりけり
 二二九 なへまきておほすばかりにをやまだのなはしろみづはかみぞむすばむ
 二三〇 わかくさをこめてしめたるはるののにわれよりほかのすみれつますな
 二三一 春のののきぎすなりともわればかりかりにあやうきものはおもはじ
    はてのはる
 二三二 時にあひてをしむとおもへばももの花みちとせまでもたのまるるかな
 二三三 あをやぎのいとうきふしのしげければくるしきまでぞ思ひみだるる
 二三四 くもかかる山のさくらはおしなべておもしろくこそなかにみえけれ
 二三五 こゑたててさはのかはづやすだくらむやへ山ぶきのいまさかりなる
 二三六 むらさきのむらごのいとにみゆるかなまつにかかれるいけのふぢなみ
    早夏
 二三七 くもかとてけさおどろけばうのはなのなつのかきねにさけるなりけり
 二三八 我がせこがくはるひさなへおきながらしろきやたごのもすそなるらむ
 二三九 ほととぎすみやまにたかくいのる事なるときこゆるこゑをきかばや
 二四〇 くすだまをたもとにかくるさ月にはうれしきよにぞあふちなるべき
 二四一 ふたかたに我がうぢがみをいのるかなこのてかしはのひらてたたきて
    中夏
 二四二 ひきながらうきのあやめと思ふかなかけたるやどのつましわかねば
 二四三 ほととぎすなくべきつまはわがやどのはなたち花のにほひなりけり
 二四四 まこもぐさよどのわたりにかりにきてのがひのこまをなつけてしかな
 二四五 まちわびていまうちふせばほととぎすあかつきがたのそらになくなり
 二四六 なみだにもきえぬおもひの身をつめばさはのほたるもあらはれにけり
    終夏
 二四七 ながながと思ひくらせどなつの日のあつかはしきは我が身なりけり
 二四八 したにのみくゆるわが身はかやり火のけぶりばかりをこととやはみし
 二四九 わがやどのませのゆひめもあだなればつゆにしほるるとこなつの花
 二五〇 すずしさをたづねきつれどせみのこゑきかぬこかげのありがたきかな
 二五一 おほぬさにちとせをかけていのるかなかみの心もなごしと思へば
    早秋
 二五二 けふよりや秋のさかひにいりぬらむこぐらかりつるなつの山かげ
 二五三 たなばたに心をかして思ふにもあかぬわかれはあらせざらなむ
 二五四 しのすすきまだほにいでぬあきなれどなびくけしきのことにもあるかな
 二五五 ほしあひのかげをながめてあまのがはそらに心のうかびつるかな
 二五六 てもたゆくならすあふぎのおき所わするばかりに秋かぜぞふく
    中秋
 二五七 おもふことなりもやするとすずむしのこゑふりたててなきぬべきかな
 二五八 よのなかに思ひくらべてみるをりはひさしかりけりあさがほの花
 二五九 さをしかのなくこゑきけばはぎはらにおきてしつゆもうしろめたしな
 二六〇 ふるさとのとこやこひしきあきののにをりしもたびのかりぞなくなる
    季秋
 二六一 いづくにか思ふことをもしのぶべきくまなくみゆる秋のよの月
 二六二 かづけおきしきくのわたしてのごへどもおいていたくぞつゆにぬれぬる
 二六三 いくしほのもみぢふりてかたつたひめくれなゐのはをふかくそむらん
 二六四 しらつゆのおくてはもらぬわれなれどそではそほつの心ちこそすれ
 二六五 からにしきふたむら山のもみぢばをたたてこそみめ秋はすぐとも
    初冬
 二六六 ころもがへけふはとくせむうらもなくなるれどうときいろはうとまし
 二六七 風のおとにのこりあらじとおもひしを秋のかたみのもみぢこそちれ
 二六八 人しれぬ心のうちはかみなづきしぐるるそでもおとりやはする
 二六九 はつしもはところわかずやおきつらんうつろひそむるきくのまがきに
    中冬
 二七〇 ねやのうへにあられもふれば時のほど心にもあらぬたまをこそしけ
 二七一 ふゆかはのをしのうきねやいかならんつねのとこだにさゆるしもよに
 二七二 はなさきしくさともみえずかれたるにゆきこそにはのおもかくしなれ
 二七三 をとめごがかざすひかげのなにしおはばくもらぬとよのあかりともがな
 二七四 あさけしていでつるいもをまつほどはなげきこりつむをののすみやき
 二七五 うづみびにあらぬわが身も冬のよにおきながらこそしたにこがるれ
    はての冬
 二七六 けぶりたつふじのたかねにふるゆきはおもひのほかにきえずぞありける
 二七七 あづまやののきのたるひをみわたせばただしろかねをふけるなりけり
 二七八 冬のよをはねもかはさであかすらむとほ山どりぞよそにかなしき
 二七九 むめがえにかくちるゆきのきえざらば春まつほどはのどけからまし
 二八〇 おもふ事月日にそへてかぞふればとしのはてまでなりにけるかな
    さいはひ
 二八一 御山までかけくるなみのみちひかばよにあるかいもひろはざらめや
 二八二 あめつちの神のひろめんさいはひをふくろにうけてかへりにしかな
 二八三 御山べのたかきあさひにあたりなばのどけくのみぞくもらざるべき
 二八四 みやまなるとみくさのはなつみにとてゆるぎのそでをふりいでてぞこし
 二八五 うちかづきかどをひろめてことしよりとみのいりくるやどといはせよ
    命を申す
 二八六 くれたけのよにながらふる物ならばいづのかたをぞふしをがむべき
 二八七 うきよぞと思ひすつれどいのちこそさすがにをしき物にはありけれ
 二八八 いのちだになかすにあらばつのくにのなにはの事もうれしからまし
 二八九 みやこなるおやをこひしとおもふにはいきてのみこそみまくほしけれ
 二九〇 むれてゐるつるにおとすなあしのねのみじかかるべきいのちなりとも
    子をねがふ
 二九一 たきもののこをえんとのみおもふかなひとりある身の心ぼそさに
 二九二 たらちめのおやのいきたる時にこそこのこかひあるものとしらせめ
 二九三 なにごとも心にあらぬみなれどもこのたからこそまづはほしけれ
 二九四 ひかりあらむたまのをのこごえてしかなかきなでつつもおほしたつべく
 二九五 いはにおふるまつのためしもあるものをはらめのおもとたねをかされよ
    うれへをのぶ
 二九六 いづれをかまづうれへまし心にはあたはぬことのおほくもあるかな
 二九七 いつとなくなみのかかればすゑのまつかはらぬいろをえこそたのまね
 二九八 かけまくもかしこけれども思ひあまりももちのことをうれへつるかな
 二九九 なくなくも又たれにかはうれふべきなほことわりのしるしあらせよ
 三〇〇 かずならぬわれはわれにぞいとはるるひととひとしきめをみてしかな

    思
 三〇一 ほとけともかみともたのむしるしにはながらへ思ふことをかなへよ
 三〇二 とにかくに思ひみだれておもふかなわくる思ひのひとつならぬに
 三〇三 なぞもかく思ひたえせぬみなるらむむろのやしまはここならねども
 三〇四 もえこがれみをきるばかりわびしきはなげきのなかの思ひなりけり
    心のうちをあらはす
 三〇五 しのぶれど心のうちにうごかれてなほことのはにあらはれぬべし
 三〇六 てにとらむと思ふこころはなけれどもほのみし月のかげぞこほしき
 三〇七 みづもほしあまつほしをもやどしつつのどけからせよたにがはのそこ
 三〇八 しづのをになびきながらも身にぞしむくらゐのやまのみねのまつかぜ
 三〇九 あはれびのひろきちかひをまねくまでいはぬことなくしらせつるかな
    ゆめ
 三一〇 いかでとくゆめのしるしをみてしかなかたりつたふるたのしびもせむ
 三一一 まどはするさめするゆめのよなれどもうれしきことをみるよしもがな
 三一二 あさからむゆめのかぎりはしきたへのとこのちりともうちはらはなむ
 三一三 ぬるたまのうちにあはせしよきことをゆめゆめかみよちがへざらなむ
 三一四 いつくしききみがおもかげあらはれてさだかにつぐるゆめをみせなむ
    雑
 三一五 あけくれの心にかけてはこね山ふたとせみとせいでぞたちぬる
 三一六 あづまぢにきてはくやしと思へどもいづにむかふぞうれしかりける
 三一七 宮まぢのおとにききつるさかゆけばねがひみちぬる心ちこそすれ
 三一八 ひのもとやこのみかどにはしきしまや山とうたをばいとはざらなむ
 三一九 きよめつつかきこそながせみづぐきのしるしもはやくあらはれよとて
    いかでかみつけけむ、四月十五日に、かの山にあるそうのもとから
     権現の御かへりとておこせたりしかば、あさましう思ひかけず
     はづかしうこそかきつづけたれど、うるさければとどめつ
 三二〇 身にきけるみそぢあまりのたまづさにかざされぬればひかりをぞます
    はじめの春
 三二一 かすみたちいでこし時のしるしにはちとせのはるにあふとしらなむ
 三二二 うぐひすのなくねのそらになかりせばみやこのひとをいかでみましや
 三二三 思ふ事ひらかむと思ふものならばはなの宮このゆくすゑをおもへ
 三二四 このめよりおつるしづくのつくづくとしづかにいまはわかなつませむ
 三二五 したこほりけぬくくならばうちとけてなにのつららかいまはあるべき
    仲春
 三二六 はるさめのふりでつづきてとひしかばうれしきかたにわれぞそほつる
 三二七 なか山のふるたあらさずことしよりわれまもりつつなでておほさむ
 三二八 をやまだにたねをまきつるものならばなはしろみづはわれにまかせよ
 三二九 なにか思ふなにをかなげくはるののにきみよりほかにすみれつませじ
 三三〇 宮こよりただかりそめにきたる身はきぎすのたとひひかずもあらなむ
    はての春
 三三一 いひかけしももことながらもものはなみなひらけぬるひとをみるかな
 三三二 わがやどのくもゐにさけるさくらばなみる人ごとにあかずとぞいふ
 三三三 あをやぎのいとめづらしき人みればまたやくるとぞあひまたれける
 三三四 さはみづにかはづなくらむ山ぶきのはなのさかりはつきせざらなむ
 三三五 みどりなるまつにかかれるふぢなればむらごのいととみゆるなるべし
    なつのはじめ
 三三六 わがやどのかきねにさけるうのはなもゆきのふるとぞおどろかれける
 三三七 みやまべにこだかくなけばほととぎすいまぞかたらふこゑもきこゆる
 三三八 さみだれのなへひきうゑていもがこしやしろのもとにまたもみえなむ
 三三九 てがしはにひらてをさしてこし人のいのりいでてしことはみるらむ
 三四〇 さつきまつ人ばかりにはわがやどのゆふだすきしてかけてみよきみ
    中夏
 三四一 心ざしふかきいりえのあやめぐさのきのつままでひきかけてみよ
 三四二 ほととぎすなくねそらなるものならばはなたちばなのかをとどめなむ
 三四三 まこもぐさまことに人のかりつめばのがひのこまもなつくとをしれ
 三四四 うのはなのうらみざらなむほととぎす人にくからぬよにしすまはば
 三四五 よのなかをてらすばかりにおもひなせなにかほたるをあはれとはみし
    はてのなつ
 三四六 なつのひのあつかはしとはおもへども心にいれていふにつくかな
 三四七 とこなつのはなおひしげるまつがきもゆひかためてはつゆももらさじ
 三四八 なくせみのなかぬこかげはなけれどもみやまがくれはすずしかりけり
 三四九 したにのみくゆるおもひはかやり火のけぶりをよそにおもはざらなむ
 三五〇 みたらしになごしのはらへする人をみるにわれさへたのもしきかな
    はつ秋
 三五一 いつしかとあきのはつかぜふきぬれば心のうちはすずしかりける
 三五二 なにごとをなげくなるらむたなばたのわかれはよそのものとこそみめ
 三五三 ほしあひのそらに心のうかぶまであまのかはべをながめつるかな
 三五四 いまはとてあふぎのかぜをわするなよまたこむとしのなつもこそあれ
 三五五 われをのみたのむときけばしのすすきいまはほにいでてなげくべきかな
    なかの秋
 三五六 宮ぎののこはぎがはらになくしかのなみだのつゆにしほれしもせし
 三五七 うたがふなちよのあきまですずむしのよにふるしるしありとしらせむ
 三五八 あさがほのはなにやどれるつゆの身はのどけくものをおもふべきかは
 三五九 くもゐまでふるさとこふる秋のよはかりのなみだやつゆけかるらむ
 三六〇 くもりなき月のひかりをなげくには思ひくまなきものにぞありける
    はてのあき
 三六一 としをへてかげをならべてみる人とおいせぬものはきくのしらつゆ
 三六二 かぜさむみいもがころもでうつつちのかずしらぬよもすぎぬべきかな
 三六三 ころもでは山だのそほつと思ふともおどろきもなきよにのみぞへむ
 三六四 しらつゆのとしをかさねておく山のもみぢのいろはふかくぞありける
 三六五 あかかりしもみぢのいろのちりぬれば秋のわかれもかなしかりけり
    冬のはじめ
 三六六 こころきてころもをかへてゆく人はちよのみそぎにあひぬとをしれ
 三六七 ちはやぶるいがきのもとの時はぎもあらしのかぜはいとはざりけり
 三六八 いろいろにうつろふ時のをりにしもこきかせゐたるたまぞみだるる
 三六九 神なづきしぐるるそらをなげくなよふるにかひあるよともしらせむ
 三七〇 我がやどもあられふりしくときはみな玉のうてなになりかへるめり
    なかの冬
 三七一 めもあはでふしかぬるよは冬かはのをしのうきねにおどろかれつつ
 三七二 ときはなるやまのこかげにすむ人はゆきこそはなとみえわたりけれ
 三七三 おほはらやすみやききたるいもをしてをのの山なるなげきこらせじ
 三七四 うづみびもきみにもあらぬあまぶねもふゆはうきよにこがれてぞゆく
    はての冬
 三七五 としをへてけぶりたてどもふじの山きえせぬものはゆきとしらなむ
 三七六 かぜさむみはしうちかはしいまよりはとほやまどりのひとりねさせじ
 三七七 しろたへにふきかへたらむあづまやののきのたるひをゆきみてしかな
 三七八 はるをまつほどはやどなるむめがえにふりつむゆきをながめてぞをる
 三七九 いたづらにすぐす月日はとしをへてわがみにつもるものとしらなむ
    さいはひ
 三八〇 思ふ事なるとのうらにひろひつつかひありけりとしらせてしかな
 三八一 さいはひをあさひにそへていまよりはみやこのかたにやらむとぞ思ふ
 三八二 わがやどのとみくさのはなつませてはさかへをひらく身とぞなるべき
 三八三 すべらぎやかみをたのまむ人はみなやらむかたなきとみをこそせめ
 三八四 ことしよりかどをひらきてとみをまてやそうぢ人のあともつがせむ
    いのち
 三八五 くれたけのこちくのこゑをききしよりよにながらへむふしはそへてき
 三八六 あぢきなくなにかうきよをなげくらむまつにかかれるつゆもこそあれ
 三八七 たひらかにあらまくほしきものならば宮このかたをながむばかりぞ
 三八八 つのくにのなにはのことも思はずてなかすにあそぶたづのよをしれ
 三八九 よもながくみぎはにしげるあしのねはむれゐるたづになにかおとらむ
    こまうす
 三九〇 ひとりのみあるものならばたきもののこはえやすしと思ひしらなむ
 三九一 このかひはありぬべらなりうら事によせくるなみのかずしらぬまで
 三九二 ひかりあらばいのりしこともかなひぬといはせてしかななでしこのはな
 三九三 なにかそのわきてねがはむいまよりはこのたからをばえつとしらなむ
 三九四 なかなかにかしてしたねはうたがはずいまはふたばになりぬらむかし
 三九五 いづれをもなにかうれふるいまよりはこのたからをばえつとしらなむ
 三九六 なかなかにかしてしたねはうたがはずいまはふたばになりぬらむかし
    うれへ
 三九七 いづれをもなにかうれふるいまよりはあたはぬこともあらじとぞ思ふ
 三九八 なくなくもうれへしきみがことわりをさまざまにみなかなへてしかな
 三九九 なみのこすまつはいろこそまさるなれあさくたのむと思ひそめてき
 四〇〇 いとうれしよにいとはれしいまよりはいやまさりなる身とをしらせむ
 四〇一 さしながらみなことわりはおとにきくただすのかみともろ心にして
    おもひ
 四〇二 かぎりなく思ひこがるるみなれどもあはれとみればさめもしぬらむ
 四〇三 なに事かかなはざるべきま心にかみほとけをもかけていのらば
 四〇四 ともかくも思ひみだるなひたみちにわれをたのまむ人のこころは
 四〇五 やそしまのまつのちとせをかぞへつつ思ふ事なきみとはしらずや
 四〇六 いにしへはなげきこりつつすぎにけりいまはなにかは思ひこがるる
    心の中
 四〇七 いはねどもたのみをかけばなに事か心のうちにかなはざるべき
 四〇八 みそらゆく月のかげをも身にそへて心のうちにさやけからせむ
 四〇九 にごりなく心のうちにみづすまばのどけき月のかげもみえなむ
 四一〇 まつかぜのいとどみにしむものならばきみがちとせぞひさしかるべき
 四一一 あはれびに又あはれびをそへたらばこのよかのよに思ひわすれじ
    ゆめ
 四一二 ゆめならばことかたさまにちがへつつかたりあはせむしるしあらせむ
 四一三 うれしさは身にあまるまでみちぬらむゆめ心にも思ひあはせよ
 四一四 あしきことゆめみあはせてしきたへのちりゐるとこをはらふばかりぞ
 四一五 よきことにあらぬことをばゆめばかりみせじとのみもいそがるるかな
 四一六 いまはただみにははなれぬかげなればゆめならずともみえざらめやは
    雑
 四一七 はこね山あけくれいそぎこしみちのしるしばかりはありとしらせむ
 四一八 なに事かくやしかるべきいづにきて身のさかゆべきかげをみつれば
 四一九 あしびきの山よりたかきさかゆけときみぞこのよのためしとはみる
 四二〇 みづぐきのあとかきたてしあとみればふかくもわれをたのみつるかな
 四二一 ひのもとの山となるまでつもるともことのはみればたれかいとはむ
 四二二 たまくしげふたみながらぞまかせつるあけくれたけのすゑのよまでに
    とありしかば、又これよりただならむやはとて、さてそのとし、
    たちのやけにしかば、かかる事のさうしして、かならずかかる事
    なむある、けがらはしきほどにおのづからと人のいひしかば、あ
    やしくほいなくて、のぼるべきほどちかくなりて、れいのそうに
    やりし、これよりもしきのやうなることあれど、さかしうにくけ
    ればかかず
 四二三 たまづさにみがきそめたるひかりをばゆふしでかけししるしとぞ思ふ
 四二四 うちはへてわがくりかへすたくなはをうけもひかなむよそのあま人
    正月
 四二五 ゆくすゑのはるかなるべきしるしにはまつとしかへるそらにかすめよ
 四二六 はつはるのいのりならねばよそへつつ身をうぐひすのねこそなかるれ
 四二七 むもれぎのなかにははるもしられねばはなのみやこへいそがるるかな
 四二八 はるの日のさしてつららとなけれどもなほとけはてぬうすごほりかな
 四二九 かすがのののもりもなぞやと思ふかなとしへむわかなかたみなければ
    二月
 四三〇 ふりはへてゆきし心ははるさめのあしよりさきにいそがれしかな
 四三一 すき心ひとにつくればあらをだのうちたのむべきなかやまかこは
 四三二 なはしろのみなみなかみにまかせてきおもはむかたにかつもひけとて
 四三三 もえまさるやけのののべのつぼすみれつむひとたえずありとこそきけ
 四三四 かりのよをうつつとみるもはしたかのとりあつめてぞものはかなしき
    三月
 四三五 もものはなももちのねがひひらけなばみななりはつる心ちこそせめ
 四三六 いろふかく心にしれる山ざくらきかすとたれかよそにいふらむ
 四三七 くることも心になびくたよりあらばやなぎのいともたえじとぞ思ふ
 四三八 つきせずはのどかにゐでのさとながらかざしにをらむ山ぶきのはな
 四三九 ふぢのいとをなみやよりきのおりつらむむらさきぢなるにしきかかれり
    四月
 四四〇 しめのうちにちるうのはなはさきかかるかみのゆふにぞあやまたるらむ
 四四一 かたらひしこともたがはずほととぎすこだかきかげにかくれにしかな
 四四二 みとしろのなへひきつれておりたちしたごのすがたよいかにみえけむ
 四四三 かみ山のかしはのくぼてさしながらおひなほるみなさかへともがな
 四四四 さつきまつほどならねどもゆふだすきあやめもわかずまつるころかな
    五月
 四四五 ふかからぬよどのみぎはのあやめぐさねたきになにかかきてみるべき
 四四六 いにしへのわすれがたきにいとどしくはなたちばなのかをやのこさむ
 四四七 のがひにもはなちやせましまこもぐさたなれのこまののどけからぬを
 四四八 ほととぎす人にくからぬよにすまばこゑばかりをばをしまざらなむ
 四四九 ほどもなき身のみこがるるほたるをばひとしれずこそ思ひあはすれ
    六月
 四五〇 なつの日のひみつにいりていふことをあつかはしとは思ふべしやは
 四五一 とこなつにあだなるはなのつゆなれば心おかれぬをりはなきかな
 四五二 なくこゑもみなつきはてばうつせみのよにはからをやしばしとどめむ
 四五三 かやりびもふせけと思ふをこぞのなつけぶりのなかにたちぞさりにし
 四五四 思ふ事しげきふもとにみそぎするせぜのかはかぜふきはらはなむ
    七月
 四五五 秋かぜはをぎのはにこそふけばふけ心のうちのすずしきやなぞ
 四五六 たなばたのとしふるいとはたえねどもむすぼほれたるものをこそおもへ
 四五七 あまのがはわたるあふせはほどなくてへだてつるきしのとほげなるかな
 四五八 あききぬとふるきあふぎをわすれなば又はりかへよよこめならぬに
 四五九 ほにいでてかぜのなびかばしのすすきそよやしたばのつゆはむすばじ
    八月
 四六〇 をしかふすこはぎがはらにおくつゆのこぼるばかりのいろをこそませ
 四六一 すずむしのこゑもたえせずおとづれむよよふるしるしありとおもはば
 四六二 はかなさをまづめのまへにしらするはまがきのうへのあさがほのつゆ
 四六三 ふるさとをくもゐになしてかりがねのなかぞらにのみなきわたるかな
 四六四 くまなしとなげくならねどあきのよの月に心はあくがれぞする
    九月
 四六五 つゆをおもみいかばかりかはかかるらむこがねのたまとみゆるたまかな
 四六六 夜さむなるかぜにいそぎてからころもうちおどろかすねざめをぞする
 四六七 そほつをもなにならしけむ秋のたのひたおもぶきにあらぬものゆゑ
 四六八 ことのはのいろのふかさをたのむかなつゆももらすなみやまぎのもと
 四六九 もみぢするあきのわかれのかなしさにもの思ふ事はむかしこりにき
    十月
 四七〇 たちかふるふゆのころものすきまなくちよをかさねむひろまへにして
 四七一 うらもなきひむろのまへのさかきばはあらきあらしのかぜもふかじな
 四七二 あさごとにしもはかくせどきくの花おき所なき心ちこそすれ
 四七三 ともすればかきくもりつつ神なづきなほぞしぐれのひまなかりける
 四七三 ともすればかきくもりつつ神なづきなほぞしぐれのひまなかりける
 四七四 みづがきのかげかかやけるうてなにはあられをたまのかずとだにみし
    十一月
 四七五 しもこほりふゆのかはせにぬるをしのうへしたものを思はずもがな
 四七六 ときは山ゆきふりかかるゆふぐれはなをわすれたる花やさくらむ
 四七七 にはびたくかぐらのにはのいちしるくわがさかきばのさしはやさなむ
 四七八 やくとのみなげきをこりてすみがまにけぶりたえせぬおほはらのさと
 四七九 うきてのみおきにわかるるあまをぶねなぎさにかぢやとどこほるらむ
    十二月
 四八〇 けぶりしてとしふりぬるとこしの山ゆきともみえぬみねのしらゆき
 四八一 夜をさむみなからわぶなる山どりのをはにもふれでよそへざらなむ
 四八二 思ひやれゆきげのたるひひまもなくかつがつぞきくやどのつららを
 四八三 としゆきてはるのとくべきころなればむめのたちえにめをつくるかな
 四八四 はてはみなやらひてすぐすとし月の
          ものおそろしや身にとまるらむ
    さいはひ
 四八五 わたつみのそこをぞたのむいまよりはおもはぬかたのうきめからすな
 四八六 宮こにてさいはひくればあさひ山にしざまにとくのぼりにしかな
 四八七 さきのよにたねうゑおかぬみなれどもなほつみみてむとみくさの花
 四八八 とくもとくめにみすみすもみせよとていのりしぞかしすべらぎのかみ
 四八九 ここのへのやそうぢびとも人しれずとへと思ふはわきてざりける
    いのち
 四九〇 くれたけにうれしきふしをそへたらばまたもこちくのこゑをきかせむ
 四九一 まつのうへにかかれるつゆのきえずしてみどりのうみとなるまでもみむ
 四九二 たひらかにおくられたらば宮こよりかみの心をおもひおこせむ
 四九三 よろづよをわれにゆづるかこゑたえずながすのはまになきわたらなむ
 四九四 わかのうらのみぎはのたづしはぐくまばあしのしたねぞ夜ながかるべき
    こをねがふ
 四九五 たきもののこはかりしみてこひしかどかひなかりける身をくゆるかな
 四九六 ひろふべきかたもなぎさにみゆるかなこをやいふらむうつせがひとは
 四九七 なでしこのはなもひらけぬまどのうちはつゆのひかりもなしとこそきけ
 四九八 これやこのたからの山にいりながらただにてかへるためしなるらむ
 四九九 ふたばにもおふるこぐさのみゆるかななほなかがはのあさきなるべし
    うれへ
 五〇〇 いまも猶うれへがちにぞなりぬべきあたはぬことのあらむかぎりは
 五〇一 うかりける身のおこたりのことわりはうれへてのちもわれのみぞする
 五〇二 かみながらひとながらとふうらめしきうれへしことのはしもならねば
 五〇三 そのかみにうれへしことはほどへてもわれかたをかにたたすともがな
    おもひ
 五〇四 人しれぬむねのおもひのさめたらばあはれとそそくあめとたのまむ
 五〇五 おもひわび思ひしことのしるしあらばわがきみほとけいつかわすれむ
 五〇六 ひたみちに思ひいりにしかたなればまどはざるべきしるべをぞする
 五〇七 やすことにおもひをわけていらふともなほやそしまのまつはつきなむ
 五〇八 思ふにもかなはぬよとはしりながらなほなげかるるみをいかにせむ
    心の中
 五〇九 いひいでて心のうちにくだくればみづをむすびていしやうつらむ
 五一〇 つきかげを心のうちにまつほどはうはのそらなるながめをぞする
 五一一 みちのくのそでのわたりのなみだがは心のうちにながれてぞすむ
 五一二 しきなみはたちまさるともふきこなむ心のうちにまつのうはかぜ
 五一三 あはれびをあらはすとみはなに事か心のうちに思ひしもせむ
    ゆめ
 五一四 うきことをちがふるゆめのみえたらばねてもさめてもうれしと思はむ
 五一五 いさやまださかしきことのみえぬよにゆめをばいかが思ひとくべき
 五一六 しきたへのちりはゆめにもまさりけりよなよなつもるなみだながれて
 五一七 うきことをいそぎもみせばよとともにただゆめぬしのかみをおかまむ
 五一八 うつつともゆめともわかず身にそへるかのまぼろしとさらばたのまむ
    雑
 五一九 ふたつなき心にいれてはこね山いのるわが身をむなしからすな
 五二〇 くやしさもわすられやせむあしがらのせきのつらきをいづになりなば
 五二一 このたびは心もゆかぬさがみぢにいたりにしよりものをこそ思へ
 五二二 はしるゆにゆきかよひにしみづぐきはかみの心はゆかざらめやは
 五二三 くもりなくたてる日のもとかずならであればやそでのかわかざるらむ
 五二四 ねがふ事みちくることやたまくしげふたみのうらにかひもよすらむ
    はるかなるほどにありしをり、めにわづらふ事ありて、ひなたと
    いふてらにこもりて、薬師経などよませしついでに、いでし日は
    しらにかきつけし
 五二五 さしてこしひなたの山をたのむにはめもあきらかにみえざらめやは
    いし山にまうでたりけるひとにかはりて
 五二六 あふことはありがたくてもいし山にうちつるこひのひかりみえなむ
    かもにまうでて、かみしもにかきつけしことみなわすれて、きふねばかりにや
 五二七 みるめかることのつねよりしげからばうれしきふねのたよりと思はん
    はる
 五二八 つれづれとながきはるのみみつくせどあかぬははなのにほひなりけり
 五二九 山ざとにかかるすまひはうぐひすのこゑまづきくぞとり所なる
 五三〇 さわらびやもえいでぬらむはるののにやけはらあさる人しげくみゆ
 五三一 しもがれむほどとほげにもみゆるかないまもえいづるにはのわかくさ
 五三二 はなならぬなぐさめぞなき山ざとのさくらはしばしちらずもあらなむ
 五三三 ふきよらばみだれもやせむあをやぎのいとこそかぜはうしろめたけれ
 五三四 さはみづにかはづもなけばさきぬらむゐでのわたりの山ぶきのはな
 五三五 かすみだに山ぢにしばしたちとまれすぎにしはるのかたみともみむ
    夏
 五三六 山がつのしばのかきねをみわたせばあなうのはなのさけるところや
 五三七 むかしみし人をぞしのぶやどちかくはなたちばなのかをるをりをり
 五三八 うくてよにふるののぬまのあやめぐさねかくるそではかわくまもなし
 五三九 よるをしるほたるはおほくとびかへどおぼつかなしやさみだれのやみ
 五四〇 さなへひきもすそよごるといふたごもわがごとそではしほとからしな
 五四一 あとたえてひともわけこぬ夏ぐさのしげくもものをおもふころかな
 五四二 なきかへるしでの山ぢのほととぎすうきよにまよふわれをいざなへ
 五四三 かやり火はけぶりのみこそたちあされしたのこがれはわれぞわびしき
 五四四 ひとへなるなつのころもはうすけれどあつしとのみもいはれぬるかな
    秋
 五四五 ぬるかりしあふぎのかぜも秋くれば思ひなしにぞすずしかりける
 五四六 たなばたはあまのはごろもおりかけてたつとゐるとやくれをまつらむ
 五四七 いろかはるはぎのしたばをみるとても人の心のあきぞしらるる
 五四八 をぎのはをなびかすかぜのおときけばあはれみにしむあきのゆふぐれ
 五四九 わがごとやいねがてにする山だもりかりてふこゑにめをさましつつ
 五五〇 すぎがてに人のやすらふあきののはまねくすすきのあればなるべし
 五五一 あさぢはらのわきにあへるつゆよりもなほありがたきみをいかにせむ
 五五二 あきふかき夜はのねざめはわりなしとしらせがほなるむしのこゑかな
 五五三 をみなへしさかりすぎたるいろみればあきはてがたになりぞしにける
    冬
 五五四 このはちるあらしのかぜのふくころはなみださへこそおちまさりけれ
 五五五 いつもなほひまなきそでを神なづきぬらしそふるはしぐれなりけり
 五五六 このごろはをののわたりにいそぐらむ冬まちがほにみえしすみやき
 五五七 ひとりぬるわがみはしもにあらねどもふゆのよなよなおきぞゐらるる
 五五八 しもおかぬひとの心もいかなればくさよりさきにかれはてぬらむ
 五五九 ふゆのいけにうきねをしたる水とりのよごゑをきけばものぞかなしき
 五六〇 なみだがはみぎはにこほるうはごほりしたにかよひてすぐすころかな
 五六一 うづみびをよそにみるこそはかなけれきゆればわれのはひとなる身を
 五六二 かずふればとしのをはりになりにけりわが身のはてぞいとどかなしき
    雑
 五六三 かずならぬ身のことわりをしらざらばうらみつべくもみゆるきみかな
 五六四 とひわたる人もやあると人しれずまつにおとせぬ宮こどりかな
 五六五 人もうしわが身もつらしと思ふにはうらうへにこそそではぬれけれ
 五六六 わがことやうきにつけてもわすれぬとかたみにつらくみえましものを
 五六七 あふことのかたきになれる人は猶むかしのあたとおもほゆるかな
 五六八 わすれぐさたねを心にまかせてやわがためにしも人のしけらむ
 五六九 身にしみてつらしとぞ思ふ人にのみうつる心のいろにみゆれば
 五七〇 はやくよりしたのうらみはふかけれどうへぞつれなきよどがはのみづ
 五七一 あかしはまいくらかさねにあらねどもうらみぞつくすひとの心を
 五七二 ひとききもうたてなげかしと思へどもならひにければしのばれぬかな
 五七三 ひまなくぞなにはのこともなげかるるこやつのくにのあしのやへぶき
 五七四 よのなかをうちなげきつつあふみなるやすきこととはねをのみぞなく
 五七五 おとにきくやすのかけはしかけてのみなげきぞわたる心ひとつに
 五七六 すがはらやふしみをきみがことくさにうちなげかるることやなにごと
 五七七 とことはにたえぬなげきは山しろのくせになりぬる心ちこそすれ
 五七八 思ひきやしらぬやまべをながめつつ宮ここひしきねをなかむとは
 五七九 かづきするあまのたくなはうちはへてものなげかしくおもほゆるかな
 五八〇 いともけにおぼつかなしやめにちかくうきをばみじと思ひしものを
 五八一 しばしだになぐさむやとてさごろものかへすがへすもなをぞこひしき
 五八二 さむしろにふしていをだにねられねばこひにしくものまたなかりけり
 五八三 くりかへしわれはこふれどもろかづらもろ心なるひとのなきかな
 五八四 いつとなくこひするがなるうどはまのうとくも人のなりまさるかな
 五八五 いのちだにあらばとばかりたのめどもなにかこのごろこひぞしぬべき
 五八六 つれもなき人をしもやはしのぶべきねたさもねたきわが心かな
 五八七 したひものゆふてたゆくや思ふらむねてもさめてもわがこふるひと
 五八八 こふれどもゆきもかへらぬいにしへにいまはいかでかあはむとすらむ
 五八九 身のうきをおもはぬ山にゆきしよりなみだをえこそとどめざりけれ
 五九〇 くみしより心づくしになげくかなきみゆゑものを思ひそめかは
 五九一 あづまぢのあさまのやまにあらねども思ひにもゆるむねぞわびしき
 五九二 おもはじやくるしやなぞとおもへどもいさやわびしやむつかしのよや
    これはまことにいはけなかりしうゐことにかきつけて、
    人にみせむこそあさましけれ秋のすゑつかた、とほきほどに
    くだりにける人の、ごせちいだすとてのぼりたるを、
    うらむることやありけむ
 五九三 あきたちて すぎにしのちは 神なづき しぐれのみして とほやまを
     くもゐはるかに ながめつつ おもひいづれば わがそでの 
     くちばをなにに かきつめて あらしのかぜに まかせてむ 
     ちらすところは なしとのみ きくにつけても しもがれて
     うつろひはてし まがきにも おきどころなき つゆのみは 
     ささのつららと むすぼほれて きえみきえずみ まちしまに 
     やまゐにすれる をみごろも きみがためとは ききながら 
     きべきものとは へだてつつ とよのあかりも しられねば 
     おぼつかなしと なげきしは さてもありしを 中中に
     くやしさまさる このたびの ゆめをいかでか ちがへまし 
     よろづにつけて たけからぬ ねをのみなけば とこのうらの 
     ひるまもみえず みつしほに 身をうきふねと こがれつつ 
     ゆくへもしらぬ 心ちして いまはみるめを かりにだに 
     かへらむかたも なぎさなる わすれかひをば わがために 
     ひろひおきける いせのあまの いとまもなみに ことよせて 
     おとをだにせで かへるらむ つらきなごりを かきとめて 
     ぬるるしづくの つくづくと おもふにも猶 あやしきは
     いけのをしどり みなれつつ したにかよはぬ ものゆゑに 
     かげみきとのみ あさましく いひもらしける ことのはに 
     のなかのみづも いとどしき みくさのみゐて たえぬれど 
     よしやかけても いはしろの むすびまつなる なかなれば 
     そのゆかりをば かこたねど しめのほかにて ひきそめし
     したはかれにし むらさきに さしおどろかす ひさかきの 
     はひよりもけに われぞくだくる 

    三十かうのうたあはせに、さみだれを
 五九四 さみだれはみづのみまきのまこもぐさかりほすひまもあらじとぞ思ふ
    あるをとこ、御気しきのかはれるはいまはまゐるまじきかと、
    とひたるかへりごとに
 五九五 のがはねどあれゆくこまをいかがせむもりのしたくささかりならねば
    かれがれになりゆく人のもとに、ゆふぐれにさしおかする
 五九六 ゆふぐれはまたれしものをいまはただゆくらむかたを思ひこそやれ
    さきのみちのくのかみより、肥後になりてくだるに
 五九七 たびたびにきみがちとせやまさるらんすゑのまつよりいでのまつばら

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 秋篠月清集(良経)解題】〔130月清解〕新編国歌大観巻第三-130 [天理図書館蔵本]

 本集の現存諸本は、
  (一)定家本系統
  (二)教家本系統
  (三)両本混淆本系統

に分けられる。底本とした天理図書館蔵本は定家等自筆本で、良経手沢の自筆草稿本を安貞二年(一二二八)書写したもの。奥に、
  是御平生之時所被注置/之本也夢後書留之/粗一見了御本怱返上/之間不見中書之草字誤/無極不暗覚事不能直付            安貞二年五月二日

の定家の識語がある。静嘉堂文庫本はこの定家本を書写した伝飛鳥井頼孝筆本であるが、定家本に欠脱している歌合百首、野遊一都人やどを霞のよそにみて昨日もけふもの辺にくらしつがあり、
また、恋部一四四〇の次に、

  夕恋
 二 何ゆゑとおもひも入れぬ夕だに待出しものを山のはの月

がある。

 夏部一〇八九は、定家本では、

   なつはなほそれもおそくやおもふらむそまやまがはをおろすいかだし

であるが、静嘉堂文庫本では、

 三 なつは猶それもおそくやおもふらむ岩尾夏〔ナヅ〕なるあまのは衣
 四 うき枕夏の暮とやすずむらん杣やま川をおろすいかだし

の二首となっている。これは定家本が二首の上下句を合わせて一首として誤写したものと思われるが、静嘉堂文庫本本文は他系統本とも語句が異なり、同本がいかなる本によって定家本の誤脱を補ったかは不明である。

 定家本系統本になく、教家本にある歌を日本大学図書館本によって次に掲げる。

    旅月聞鹿
  五 わすれずよかりねに月をみやぎのの枕にちかきさをしかの声
    寄歳暮恋
  六 わすれずはあふよをまたん涙河ながるるとしのすゑをかぞへて
    北野宮歌合、時雨
  七 むら雲におくれさきだつ夜はの月しらず時雨のいくめぐりとも
    北野宮歌合、久恋
  八 いそのかみふるの神杉ふりぬれど色にはいでず露も時雨も
    北野宮歌合、忍恋
  九 もらしわびこほりまどへる谷川のくむ人なしにゆきなやみつつ

 なお、本文の墨損・誤脱のみを静嘉堂文庫本で校訂した。校訂箇所は次のとおりである。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 一七
 にほふものかは  にほふ□のかは
 四〇九
 うぐひすのこゑ  うくひのこゑ
 六一六
 きぎすなくなり  ナシ
 一〇三九
 花なれば  花なゝれは
 一四五九
 こよひもさてやをちのしらくも  こよひもさ□は〔や〕をちのしら□も

 藤原良経(一一六九~一二〇六)は、月輪関白九条兼実の二男、母は秀行の女。摂籙の家柄に生まれ、従一位摂政太政大臣に至る。建久期、九条家歌壇を主催し、「六百番歌合」を催すなど新風和歌を推進し、のち後鳥羽院政の中枢となり、院歌壇に重要な位置を占め、和歌所筆頭寄人、新古今集仮名序作者となる。家集のほか後京極殿御自歌合・三十六番相撲立詩歌・殿記などがある。千載集以下勅撰集三二〇首入集。
 (片山 享)
 
 秋篠月清集(良経)】1611 新編国歌大観巻三-130 [天理図書館蔵本] 



 百首愚草
 
  花月百首    二夜百首
  十題百首    歌合百首
  治承題百首   南海漁父百首
  西洞隠士百首
  上皇初度百首  同第二度百(千五百)首
  同無題五十首  同句題五十首
    已上千首
 
 花月百首
 
 
  花五十首
     一 昔誰かかるさくらの花をうゑてよしのをはるの山となしけむ
     二 谷河の打ちいづる浪に見し花のみねのこずゑになりにけるかな
     三 たづねてぞ花としりぬるはつせ山かすみのおくに見えししらくも
     四 花なれや山のたかねのくもゐより春のみおとすたきのしらいと
     五 たつた山をりをり見するにしきかなもみぢしみねに花さきにけり
     六 葛木の峰の白雲かをるなりたかまの山の花ざかりかも
     七 ひら山はあふみのうみのちかければなみとは花の見ゆるなるべし
     八 さらに又ふもとのなみもかをりけり花のかおろすしがの山風
     九 秋は又しかのねつげしたかさごのをのへのほどよさくらひとむら
    一〇 あけわたるとやまのこずゑほのぼのとかすみぞかをるをちの春かぜ
    一一 よの中にさくらにさける花なくは春といふころもさもあらばあれ
    一二 ここのへのはなのさかりになりぬればくもぞくもゐのしるしなりける
    一三 たちよればみはしのさくらさかりなりいくよのはるのみゆきなるらむ
    一四 わがやどをはなにまかせてこのごろはたのめぬ人のしたまたれつつ
    一五 ながめくらすやどのさくらの花ざかりにはのこかげにたびねをぞする
    一六 たれとなくまたるる人をさそへかしやどのさくらをすぐるはるかぜ
    一七 みやこ人いかなるやどをたづぬらむぬしゆゑはなはにほふものかは
    一八 けふこずはにはにやあとのいとはれむとへかし人のはなのさかりを
    一九 まどのうちにときどき花のかをりきてにはのこずゑにかぜすさむなり
    二〇 なにとなく春の心にさそはれぬけふしらかはのはなのもとまで
    二一 けふもまたこぞしをりせしやまにきてちぎりしらるるはなのかげかな
    二二 我がいとふはるのやまもりおもひしれをらずは風ののこすべきかは
    二三 かすみゆくやどのこずゑぞあはれなるまだ見ぬ山のはなのかよひぢ
    二四 はるばるとわがすむやどはかすみにてやどかるはなをはらふ山かぜ
    二五 あはれなる花のこかげのたびねかなみねのかすみのころもかさねて
    二六 むらどりのしづえになるるけぢかさに花にやどかるほどぞしらるる
    二七 まちわびぬさらに人をやたづねましはなゆゑとてぞきつるやまぢを
    二八 ちらぬまにいまひとたびとちぎるかなけふもろともに花見つる人
    二九 いとふべきおなじやまぢにわけきてもはなゆゑをしくなるこのよかな
    三〇 しをりせでよしのの花やたづねましやがてとおもふこころありせば
    三一 花ざかりよしののみねやゆきのやまのりもとめしにみちはかはれど
    三二 わしのやまみのりのにはにちる花をよしののみねのあらしにぞ見る
    三三 いづこにもさこそは花ををしめどもおもひいれたるみよしののやま
    三四 花やどるさくらがえだはたびなれやかぜたちぬればねにかへるらむ
    三五 ちる花もよをうきくもとなりにけりむなしきそらをうつすいけみづ
    三六 いろもかもこのよにおはぬものぞとてしばしもはなをとめぬはるかぜ
    三七 はなもみなうきよのいろとながむればをりあはれなる風のおとかな
    三八 ふくかぜやそらにしらするよしの山くもにあまぎる花のしらゆき
    三九 たかさごのまつにうら風かよふなりをのへのはなのあたりなるらむ
    四〇 うら風に花やちるらむしがのやまたかねもおきもおなじさざなみ
    四一 くもと見しみやまのはなはちりにけりよしののたきのすゑのしらなみ
    四二 たかねよりたにのこずゑにちりきつつねにかへらぬはさくらなりけり
    四三 やまおろしのたににさくらをさそひきてなほいはたたくゆきのした水
    四四 かぜよりもすぐる日かずのつらきかないつかはちりしはるのはつ花
    四五 あけがたのみやまの春のかぜさびて心くだけとちるさくらかな
    四六 はなちればやがて人めもかれはつるみやまのさとのはるのくれがた
    四七 にはにちる花はあめにぞしをれぬるこずゑにかぜをうらみうらみて
    四八 ちるはなをなはしろ水にさそひきてやまだのかはづこゑかをるなり
    四九 なほちらじみやまがくれのおそざくらまたあくがれむはるのくれがた
    五〇 たかさごのをのへの花に春くれてのこりしまつのまがひゆくかな

  月五十首
    五一 みか月の秋ほのめかすゆふぐれはこころにをぎのかぜぞこたふる
    五二 おほかたに身にしむかぜも秋のよは月ゆゑとのみなりにけるかな
    五三 はるなつのそらにあはれをのこしける月を秋にてこよひ見るかな
    五四 さらぬだにふくるはをしき秋のよの月よりにしにのこるしらくも
    五五 しかもわびむしもうらむる所とてつゆけきのべに月ぞやどれる
    五六 月かげののこるくまなきのばらかなくずのうらまで見する秋かぜ
    五七 てる月にあはれをそへてなくかりのおつるなみだはよそのそでまで
    五八 さととよむおともしづかになりはててさよふけがたにすめる月かげ
    五九 くもきゆるちさとのほかにそらさえて月よりうづむ秋のしらゆき
    六〇 きよみがたはるかにおきのそらはれてなみより月のさえのぼるかな
    六一 しほかぜによさのうらまつおとふけて月かげよするおきつしらなみ
    六二 あはれいかに心あるあまのながむらむ月かげかすむしほがまのうら
    六三 なるみがたあらいそなみのおとはしておきのいはこす月のかげかな
    六四 むしあけのせとのしほひのあけがたになみの月かげとほざかるなり
    六五 おもひやる心にかすむうみやまもひとつになせる月のかげかな
    六六 ひろさはのいけにおほくのとしふりてなほ月のこるあか月のそら
    六七 さるさはのたまもの水に月さえていけにむかしのかげぞうつれる
    六八 わがやどはをばすてやまにすみかへつみやこのあとを月やもるらむ
    六九 さらしなの月やはわれをさそひこしたがすることぞやどのあはれは
    七〇 月やどるのぢのたびねのささまくらいつわするべきよはのけしきぞ
    七一 こよひたれすずのしのやにゆめさめてよしのの月にそでぬらすらむ
    七二 ささふかき野中のいほにやどかりてつゆまどろまず見つる月かな
    七三 あたらしやかどたのいなばふくかぜに月かげちらすつゆのしらたま
    七四 月だにもなぐさめがたき秋のよのこころもしらぬまつのかぜかな
    七五 さびしさやおもひよわると月見れば心のそらぞ秋ふかくなる
    七六 おくやまにうきよはなれてすむ人のこころしらるるよはの月かな
    七七 ひとりぬるねやのいたまにかぜもれてさむしろてらす秋のよの月
    七八 たれきなむこよひの月は見るやとてよもぎがしたのみちをわけつつ
    七九 てる月も見る人からのあはれかなわが身ひとつのこよひならねど
    八〇 よものうみなみもしづかにすむ月のかげかたぶかぬきみがみよかな
    八一 くものうへはるかにてらす月かげを秋のみやにて見るぞうれしき
    八二 にごるよになほすむかげぞたのもしきながれたえせぬみもすその月
    八三 あさ日さすかすがのみねのそらはれてそのなごりなる秋のよの月
    八四 さらしなを心のうちにたづぬればみやこの月もあはれそひけり
    八五 まつ人もおぼえぬものをまきのとにあらしやたたく月を見よとて
    八六 秋ぞかしこよひばかりのねざめかは心つくすなありあけの月
    八七 うきよとはいつもさこそはおもへども心のたけをつきにしりぬる
    八八 かきくもるこころいとふなよはの月なにゆゑおつる秋のなみだぞ
    八九 なかなかに月のくまなき秋のよはながめにうかぶさみだれのそら
    九〇 いとふみものちのこよひとまたれけりまたこむ秋は月もながめじ
    九一 うきよいとふこころのやみのしるべかなわがおもふかたにありあけの月
    九二 ひとりねのよさむになれる月見れば時しもあれやころもうつこゑ
    九三 よこぐものあらしにまよふ山のはにかげさだまらぬしののめの月
    九四 もみぢばのちるにはれゆくすまひかな月うとかりしみやまがくれも
    九五 たにふかきむぐらがしたのむもれ水それにも月のひまもとめけり
    九六 むらくものしぐれてすぐるこずゑよりあらしにはるるやまのはの月
    九七 さよふかきあらしのおとに山さびてこのまの月のかげのさむけさ
    九八 ありあけになりゆく月をながめても秋ののこりをうちかぞへつつ
    九九 なが月のありあけの月のあけがたをたれまつ人のながめわぶらむ
   一〇〇 秋のいろのはてはかれのとなりぬれど月はしもこそひかりなりけれ
 

 二夜百首
 
  霞五首
   一〇一 ひきかへてよものこずゑもかすむめりけふより春のあけぼののそら
   一〇二 おぼろなるそらにあはれをかさぬればかすみも月のひかりなりけり
   一〇三 やまざとのそとものをかのほどなきをはるかに見するあさがすみかな
   一〇四 みよしののおくにすむなるやま人のはるのころもはかすみなりけり
   一〇五 もしほやくうらのけぶりと見るほどにやがてかすめるやまのあけぼの
  梅五首
   一〇六 さればこそやどのむめがえ春たちておもひしことぞ人のまたるる
   一〇七 うぐひすのこゑのにほひとなる物はおのがねぐらのむめのはるかぜ
   一〇八 わがやどをむめにゆづりてたちいでむはなのあるじは人やとふとて
   一〇九 このごろはむめをばおのがにほひにてかよひぢしるき春のやまかぜ
   一一〇 のきちかきむめのこずゑに風すぎてにほひにさむる春のよのゆめ
  帰雁五首
   一一一 はるといへばいつしかきたにかへるかりこしぢのふゆをおくるなりけり
   一一二 あめはれてかぜにしたがふくもまよりわれもありとやかへるかりがね
   一一三 ただいまぞかへるとつげてゆくかりを心におくる春のあけぼの
   一一四 あさぼらけ人のなみだもおちぬべし時しもかへるかりがねのそら
   一一五 わするなよたのむのさはをたつかりもいなばのかぜの秋のゆふぐれ
  照射
   一一六 あしびきのやまのしづくにたちぬれぬしかまちあかすなつのよすがら
   一一七 ともしするはやましげやまさととほみほぐしもつきぬあけぬこのよは
   一一八 ともししにいでぬるあとのしづのめはひとりやこよひめをあはすべき
   一一九 のちのよをこのよに見るぞあはれなるおのがほぐしのまつにつけても
   一二〇 秋のよにつまよぶしかをきかせばやともしするをはなさけなくとも
  納涼五首
   一二一 ひをさふるまつよりにしのあさすずみここにはくれぞまたれざりける
   一二二 おくやまになつをばとほくはなれきて秋のみづすむたにのこゑかな
   一二三 ひとへなるせみのはごろもいとふまでまだきあきあるなつのよの月
   一二四 ふるさとのいた井のしみづとしをへてなつのみひとのすみかなるかな
   一二五 かげふかきそとものならのゆふすずみひときがもとに秋かぜぞふく
  霧
   一二六 たがやどにふかきあはれをしりぬらむちさとはおなじきりのうちにて
   一二七 あとたえてもとよりふかき山ざとのきりにしづめる秋のゆふぐれ
   一二八 秋のきりふゆのけぶりとなりにけりまだすみやかぬおほはらのやま
   一二九 おとづれしこのはちりぬるはてはまたきりのまがきをはらふやまかぜ
   一三〇 きりふかきあかしのおきにこぎゆくをしまがくれぬとたれながむらむ
  鹿五首
   一三一 のかやまかはるかにとほきしかのねを秋のねざめにききあかしつる
   一三二 つゆふかきまがきののべをかきわけてわれにやどかるさをしかのこゑ
   一三三 もみぢふくあらしにつけてきこゆなりはやしのおくのさをしかのこゑ
   一三四 いなば吹く門田の風にうづもれてほのかに鹿の声たぐふなり
   一三五 秋のよはをののしのはら風さびて月かげわたるさをしかのこゑ
  擣衣五首
   一三六 むかしよりしろたへごろもうつなれどこゑにはいろのありけるものを
   一三七 やまがつのたにのすみかに日はくれてくものそこよりころもうつなり
   一三八 ころもうつをりしもつらきかねのおとのまぎるるかたとならぬものゆゑ
   一三九 よもすがら月にしてうつからころもそらまですめるつちのおとかな
   一四〇 つちのおとはみねのあらしにひびききてまつのこずゑもころもうつなり
  時雨五首
   一四一 かたやまにいりひのかげはさしながらしぐるともなきふゆのゆふぐれ
   一四二 ものおもふねざめのとこのむらしぐれそでよりほかもかくやしづくは
   一四三 ほどもなくすぎつるしぐれいかにして月にやどかすなごりとむらむ
   一四四 すぎぬるかあらしにたぐふむらしぐれたけのさえだにこゑはのこりて
   一四五 きのふけふみやこのしぐれかぜさむしこれやこしぢのはつゆきのそら
  氷五首
   一四六 しがのやまこずゑにかよふうらかぜはこほりにのこるさざなみのこゑ
   一四七 おほ井がはせぜのいはなみおとたえて井せきのみづにかぜこほるなり
   一四八 けさ見ればいけにはこほりひまもなしさてみづとりのよがれしけるを
   一四九 やまふかきみづのみなかみこほるらしきよたきがはのおとのともしき
   一五〇 なにはがたいりえのあしはしもがれてこほりにたゆるふねのかよひぢ
  寄雲恋
   一五一 しらぬやまのくもをはかりにたづねつつむかしは人にあひけるものを
   一五二 こよひとていり日のそらをながめわびくものむかへをまたぬはかなさ
   一五三 はかりなきこひのけぶりやこれならむそらにみだるるさみだれのくも
   一五四 こひしなむ身ぞといひしをわすれずはこなたのそらのくもをだに見よ
   一五五 あか月のかぜにわかるるよこぐもをおきゆくそでのたぐひとぞみる
  寄山恋
   一五六 みよしののやまよりふかきものやあると心にとへばこころなりけり
   一五七 しるやきみすゑのまつ山こすなみになほもこえたるそでのけしきを
   一五八 なほかよへうつのやまべのうつつにはたえにしなかのゆめぢばかりを
   一五九 をばすてのやまは心のうちなれやたのめぬよはの月をながめて
   一六〇 きえがたきしたのおもひはなきものをふじもあさまもけぶりたてども
  寄河恋
   一六一 むかしおもふすみだがはらにとりもゐば我もみやこのこととはでやは
   一六二 いかにせむみをうぢがはのあじろぎに心をよする人のあるかは
   一六三 ひろせがはそでつくばかりあさきこそたえだえむすぶちぎりなりけれ
   一六四 いしばしるみづやはうとききぶねがはたまちるばかり物おもふころ
   一六五 あすかがはせとなるすゑもあるものをそでにはふちのくちはつるまで
  寄松恋
   一六六 ともとみよなるをにたてるひとつまつよなよなわれもさてすぐる身ぞ
   一六七 えだしげきまつのこまよりもる月のわづかにだにもあひ見てしかな
   一六八 さきのよにいかなるたねのむすびけむうしともいまはいはしろのまつ
   一六九 こぬ人をまつにうらむるゆふかぜにともおもふつるのこゑぞかなしき
   一七〇 なみかくるゑじまにおふるはままつのくちぬなげきにぬらすそでかな
  寄竹恋
   一七一 きみゆゑもとらふすのべに身をすてむたけのはやしのあとをたづねて
   一七二 あふ人もなきたぐひかなやまぶしのすずわけわぶるみねのかよひぢ
   一七三 わがともとたのみし人はおともせでまがきのたけのかぜのこゑのみ
   一七四 ふえたけのよぶかきねこそあはれなれまたたぐひなきわが身とおもふに
   一七五 こひにまどふ心のみちのくらきかなたけのはやまのきりのうちかは
  禁中五首
   一七六 むらさきのにはの春かぜしづかにてはなにかすめるくものうへかな
   一七七 春をへてさかりひさしきふぢの花おほみや人のかざしなりけり
   一七八 はぎのとのはなのしたなるみかは水ちとせの秋のかげぞうつれる
   一七九 ふゆのあしたゑじのけぶりをたつるやのあたりはうすきここのへのゆき
   一八〇 春も秋もはかへぬたけはむかしよりときはなるべききみがみかげに
  神社五首
   一八一 みもすそのひろきながれにてらす日のあまねきかげはよものうみまで
   一八二 いはしみづすむもにごるもよの中の人の心をくむにぞありける
   一八三 わがいのる心のすゑをしれとてやたもとにとほるかものかはかぜ
   一八四 ちぎりあれやかすがのみねのまつにしもかかりそめけるきたのふぢなみ
   一八五 すみよしのきしにおひけるまつよりもなほおくふかき秋かぜのこゑ
  仏寺五首
   一八六 ながきよにあさ日まつまの心にぞたかののおくにありあけの月
   一八七 くもにふす人の心ぞしられぬるけふをはつせのおくのやまぶみ
   一八八 難波の浦ひじりのあとにとしくれぬ月日のいるをおもひおくりて
   一八九 たえずたくかうのけぶりやつもるらむくものはやしにかぜかをるなり
   一九〇 なみにたぐふかねのおとこそあはれなれゆふべさびしきしがのやまでら
  山家五首
   一九一 やまざとよ心のおくのあさくてはすむべくもなきところなりけり
   一九二 おのづからたよりにきけばみやこにはわがすむたにをしる人もなし
   一九三 おくのたににけぶりもたたばわがやどをなほあさしとやすみうかれなむ
   一九四 やまふかみ人うとかりしともざるのともとなりぬる身のゆくへこそ
   一九五 心ありしみやこのとももやまびととなりておもへばいは木なりけり
  海路五首
   一九六 あかしよりうらづたひゆくともなれやすまにもおなじ月を見るかな
   一九七 はりまがたをりよきけさのふなでかなうらのまつかぜこゑよわるなり
   一九八 秋のよのあはれもふかきいそねかなとまもるあめのおとばかりして
   一九九 かもめうかぶなみぢはるかにこぎいでぬよそめばかりやおきのとも舟
   二〇〇 あはれなりくもにつらなるなみのうへにしらぬふなぢをかぜにまかせて

     建久元年十二月十五日月蝕於内裏直廬詠之、亥一点始之丑終詠
     六十首、同十九日戌終重始之子剋終百首篇、於両夜之外者及誓
     状一首不廻風情者也


 十題百首

  天象十首
   二〇一 そらさえしこぞのけしきもうちとけてあさひぞはるのはじめなりける
   二〇二 ひさかたのくもゐにみえしいこまやまはるはかすみのふもとなりけり
   二〇三 きのふけふちさとのそらもひとつにてのきばにくもるさみだれのやど
   二〇四 秋よまたゆめぢはよそになりにけり夜わたる月のかげにまかせて
   二〇五 はるるよのほしのひかりにたぐひきておなじそらよりおけるしらつゆ
   二〇六 かくてこそまことに秋はさびしけれきりとぢてけり人のかよひぢ
   二〇七 秋はなほふきすぎにけるかぜまでも心のそらにあまるものかは
   二〇八 あまのがはこほりをむすぶいはなみのくだけてちるはあられなりけり
   二〇九 ながきよの人の心におくしものふかさをかねのおどろかすかな
   二一〇 春の花秋の月にものこりける心のはてはゆきのゆふぐれ
  地儀十首
   二一一 よしのやまくもしくにはにあととぢてうきよをきかぬかぜのおとかな
   二一二 たかさごのうらのまつをもへだてきてともこそなけれやへのしほかぜ
   二一三 しらなみのあとをばよそにおもはせてこぎはなれゆくしがのあけぼの
   二一四 おほ井がはあさけのけぶりほのぼのとくだすいかだのとほざかりゆく
   二一五 ふりにけるこやのいけ水みさびゐてあしまも月のかげぞともしき
   二一六 ふみなれしふしみのをだのあぜづたひなはしろ水にとだえしてけり
   二一七 あはれいかにたびゆくそでのなりぬらむこのしたわくるみやぎののはら
   二一八 秋はみなちぢにものおもふころぞかししのだのもりのしづくのみやは
   二一九 わけくらすきそのかけはしたえだえにゆくすゑふかきみねのしらくも
   二二〇 あしがらのせきぢこえゆくしののめにひとむらかすむうきしまのはら
  居処十首
   二二一 ももしきやたまのうてなにてる月のひかりをえたる秋のみや人
   二二二 あめのしたたのしきみよはけぶりたつたみのかまどのけしきなりけり
   二二三 わがおもふ人だにすまばみちのくのえびすの城もうときものかは
   二二四 まばらなるふはのせきやのいたびさしひさしくなりぬあめもたまらで
   二二五 ふるさとはあさぢがすゑになりはてて月にのこれる人のおもかげ
   二二六 つれもなき人やはまちしやまざとはのきのしたくさみちもなきまで
   二二七 やまおろしのほなみをよするゆふぐれにそでこそぬるれかどたもるいほ
   二二八 わがやどはのぢのささはらかきわけてうちぬるしたにたえぬしらつゆ
   二二九 ゆふなぎになみまのこじまあらはれてあまのふせやをてらすもしほび
   二三〇 やまぶしのいはやのほらにとしふりてこけにかさぬるすみぞめのそで
  草部十首
   二三一 なにはがたまだうらわかきあしのはをいつまたふねのわけわぶるまで
   二三二 さよごろもこはみにしらぬにほひかなあやめをむすぶゆめのまくらに
   二三三 秋のよにたけうちそよぐかぜのおとよはなありとてもいとはざらまし
   二三四 このくれにおとすべかりし人はこでよもぎがそまに秋かぜぞふく
   二三五 うつしううるにはのこはぎのつゆしづくもとののばらの秋やこひしき
   二三六 をみなへしなびきふすののまくずはらしたのうらみはかぜぞしるらむ
   二三七 ふるさとはかぜのすみかとなりにけり人やははらふにはのをぎはら
   二三八 くりかへしいく秋かぜにそなれきていろもかはらぬあをつづらかな
   二三九 たにがはのいはねのきくやさきぬらむながれぬなみのきしにかかれる
   二四〇 しげきのはむしのねながらしもがれてむかしのすすきいまもひともと
  木部十首
   二四一 はるはみなおなじさくらとなりはててくもこそなけれみよしののやま
   二四二 むめがかをしのぶのつゆにとどめてものきばのかぜはなほうかるべし
   二四三 ゆく人のまづたちとまるやなぎかげはるのかはかぜもとはらふなり
   二四四 ゆくすゑにわがそでのかやのこるべきてづからうゑしのきのたちばな
   二四五 月きよみしぐれぬよはのねざめにもまどうつものはにはのまつかぜ
   二四六 ならのはにそそや秋かぜそよぐなりわすられたりし人のつらさを
   二四七 かたをかのまさきのしたばいろづきぬやまのおくにはあられふるころ
   二四八 たづねこむ人しらぬまでなりぬべしのきばをとづるみねのすぎむら
   二四九 やまでらのおくのかよひぢきて見ればみねのしきみはもとつはもなし
   二五〇 いろかへぬしらたまつばきおいにけりいくよのしものおきかさねけむ
  鳥部十首
   二五一 花のいろをおのがなくねのにほひにてかぜにおちくるうぐひすのこゑ
   二五二 ほととぎす心をそむるひとこゑはたもとのつゆにのこるなりけり
   二五三 秋のよの月にまちつるはつかりのかすみてすぐる春のふるごゑ
   二五四 秋なればとばかり見ましわがやどのまがきののべはうづらふすまで
   二五五 すそのにはいまこそすらしこたかがりやまのしげみにすずめかたよる
   二五六 すをこふる心よいかにつばくらめかへるのなかの秋のゆふかぜ
   二五七 かぜさむしともなしちどりこよひなけわれもいそねにころもかたしく
   二五八 みさごゐるみぎはのかぜにゆられきてにほのうきすはたびねしてけり
   二五九 あけぬなりやまだのさはにふすしぎのはおともよほすとりのはつこゑ
   二六〇 あさなあさなゆきのみやまになくとりのこゑにおどろく人のなきかな
  獣部十首
   二六一 やまがつのすそのにはなつ春ごまはひらきてけりなくさのしたみち
   二六二 たぐへくるまつのあらしやたゆむらむをのへにかへるさをしかのこゑ
   二六三 よるのあめのうちもねられぬおくやまに心しをるるさるのみさけび
   二六四 ぬししらぬをかべのさとをきてとへばこたへぬさきにいぬぞとがむる
   二六五 ふるさとののきのひはだにくさあれてあはれきつねのふしどころかな
   二六六 あらくまのすみけるたにをとなりにてみやこにとほきしばのいほかな
   二六七 みちのべにすぎけるうしのあと見れば心のみづはたぐひありけり
   二六八 おどろかぬふすゐのとこのねぶりかなさらでもゆめにすぐるこのよを
   二六九 よの中にとらおほかみはかずならず人のくちこそなほまさりけれ
   二七〇 のちのよにみだのりさうをかぶらずはあなあさましのつきのねずみや
  虫部十首
   二七一 わがやどの春の花ぞの見るたびにとびかふてふの人なれにける
   二七二 かぜふけばいけのうきくさかたよれどしたにかはづのねをたえぬかな
   二七三 なつのよはまくらをわたるかのこゑのわづかにだにもいこそねられね
   二七四 おほかたのくさばのつゆにかぜすぎてほたるばかりのかげぞのこれる
   二七五 みな人はせみのはごろもぬぎすてていまは秋なる日ぐらしのこゑ
   二七六 つゆそむるのべのにしきのいろいろをはたおるむしのしたりがほなる
   二七七 ひとりゐてありあけおもふゆふやみにまたまつむしのこゑもありけり
   二七八 秋たけぬころもでさむしきりぎりすいまいくよかはゆかちかきこゑ
   二七九 のきばよりまがきのくさにかたかけてかぜをかぎりのささがにのやど
   二八〇 ふるさとのいたまにかかるみのむしのもりけるあめをしらせがほなる
  神祇十首
   二八一 きみをいのる時しもあれや神かぜのみにしみわたるいせのはまをぎ
   二八二 月のすむ秋のもなかのいはしみづこよひぞ神のひかりなりける
   二八三 きのふかもたえぬみあれをみたらしにくもゐのつかひけふやたちそふ
   二八四 いなりやまみねのすぎむらかぜふりてかみさびわたるしでのおとかな
   二八五 うきよにもつゆかかるべきわが身かはみかさのもりのかげにかくれて
   二八六 みやゐせしとしもつもりのうらさびてかみよおぼゆるまつのかぜかな
   二八七 たのむべしひよしのかげのあまねくはやみぢのすゑもてらさざらめや
   二八八 神がきやおまへのはまのはまかぜになみもうちそふさとかぐらかな
   二八九 やくもたついづもやへがきけふまでもむかしのあとはへだてざりけり
   二九〇 まれらなるあとをたづねしくまの山みしむかしよりたのみそめてき
  釈教十首
  十界地獄
   二九一 もゆるひもとづるこほりもきえずしていくよまどひぬながきよのやみ
  餓鬼
   二九二 身をせむるうゑのこころにたへかねてこをおもふみちぞわすれはてぬる
  蓄生
   二九三 みづにすみくもゐにかける心にもうきよのあみはいかがかなしき
  脩羅
   二九四 なみたてし心のみちのはてはまたくるしきうみのそこにすむかな
  人
   二九五 ゆめのよに月日はかなくあけくれてまたはえがたき身をいかにせむ
  天
   二九六 たまかけしあとにはつゆをおきかへていろおとろふるあまのはごろも
  声聞
   二九七 はてもなくむなしきみちにきえなましわしのみやまののりにあはずは
  縁覚
   二九八 おくやまにひとりうきよはさとりにきつねなきいろをかぜにながめて
  菩薩
   二九九 秋の月もちはひとよのへだてにてかつがつかげぞのこるくまなき
  仏
   三〇〇 くらかりしくもはさながらはれつきてまたうへもなくすめるそらかな


 歌合百首

  元日宴
   三〇一 あらたまのとしをくもゐにむかふとてけふもろ人にみきたまふなり
  余寒
   三〇二 そらはなほかすみもやらず風さえてゆきげにくもる春のよの月
  春水
   三〇三 このまよりひかげや春をもらすらむまつのいはねのみづのしらなみ
  若草
   三〇四 ゆききゆるかれののしたのあさみどりこぞのくさばやねにかへるらむ
  賭射
   三〇五 けふは我きみのみまへにとるふみのさしてかたよるあづさゆみかな
  雉
   三〇六 むさしのにきぎすもつまやこもるらむけふのけぶりのしたになくなり
  雲雀
   三〇七 かたをかのかすみもふかきこがくれにあさ日まつまのひばりなくなり
  遊糸
   三〇八 おもかげにちさとをかけてみするかなはるのひかりにあそぶいとゆふ
  春曙
   三〇九 見ぬよまでおもひのこさぬながめよりむかしにかすむはるのあけぼの
  遅日
   三一〇 秋ならば月まつことのうからましさくらにくらす春のやまざと
  志賀山越
   三一一 をちかたやまだ見ぬやまはかすみにてなほはなおもふしがのやまごえ
  三月三日
   三一二 ちるはなをけふのまとゐのひかりにてなみまにめぐる春のさかづき
  蛙
   三一三 あめそそくいけのうきくさかぜこえてなみとつゆとにかはづなくなり
  残春
   三一四 よしのやま花のふるさとあとたえてむなしきえだにはるかぜぞふく
  新樹
   三一五 花はちりぬいかにいひてか人またむ月だにまたぬにはのこずゑに
  夏草
   三一六 なつぐさのもともはらはぬふるさとにつゆよりうへをかぜかよふなり
  賀茂祭
   三一七 くもゐよりたつるつかひにあふひぐさいくとせかけつかものかはなみ
  鵜河
   三一八 おほ井がはなほやまかげにうかひ舟いとひかねたるよはの月かな
  夏夜
   三一九 うたたねのゆめよりさきにあけぬなりやまほととぎすひとこゑのそら
  夏衣
   三二〇 かさねてもすずしかりけりなつごろもうすきたもとにやどる月かげ
  扇
   三二一 手にならすなつのあふぎとおもへどもただ秋かぜのすみかなりけり
  夕顔
   三二二 かたやまのかきねの日かげほの見えてつゆにぞうつる花のゆふがほ
  晩立
   三二三 いりひさすとやまのくもははれにけりあらしにすぐるゆふだちのそら
  蝉
   三二四 なくせみのはにおくつゆに秋かけてこかげすずしきゆふぐれのこゑ
  残暑
   三二五 うちよするなみより秋のたつたがはさてもわすれぬやなぎかげかな
  乞巧奠
   三二六 ほしあひのそらのひかりとなる物はくもゐのにはにてらすともし火
  稲妻
   三二七 はかなしやあれたるやどのうたたねにいなづまかよふたまくらのつゆ
  鶉
   三二八 ひとりふすあしのまろやのしたつゆにとこをならべてうづらなくなり
  野分
   三二九 きのふまでよもぎにとぢししばのとものわきにはるるをかのべのさと
  秋雨
   三三〇 ふりくらすこはぎがもとのにはのあめをこよひはをぎのうへにきくかな
  秋夕
   三三一 ものおもはでかかるつゆやはそでにおくながめてけりな秋のゆふぐれ
  秋田
   三三二 やまとほきかどたのすゑはきりはれてほなみにしづむありあけの月
  鴫
   三三三 なみよするさはのあしべをふしわびてかぜにたつなるしぎのはねがき
  広沢池眺望
   三三四 心には見ぬむかしこそうかびけれ月にながむるひろさはのいけ
  蔦
   三三五 うつのやまこえしむかしのあとふりてつたのかれはに秋かぜぞふく
  柞
   三三六 ははそはらしづくもいろやかはるらむもりのしたくさ秋ふけにけり
  九月九日
   三三七 くものうへにまちこしけふのしらぎくは人のことばの花にぞありける
  秋霜
   三三八 しもむすぶ秋のすゑばのをざさはらかぜにはつゆのこぼれしものを
  暮秋
   三三九 たつたひめいまはのころのあきかぜにしぐれをいそぐ人のそでかな
  落葉
   三四〇 ちりはてむこのはのおとをのこしてもいろこそなけれみねのまつかぜ
  残菊
   三四一 さまざまの花をばきくにわけとめてまがきにしらぬしもがれのころ
  枯野
   三四二 みし秋をなににのこさむくさのはらひとつにかはるのべのけしきに
  霙
   三四三 かぜさむみけふもみぞれのふるさとはよしののやまのゆきげなりけり
  野行幸
   三四四 せりかはのなみもむかしにたちかへりみゆきたえせぬさがのやまかぜ
  冬朝
   三四五 くもふかきみねのあさけのいかならむまきのとしらむゆきのひかりに
  寒松
   三四六 しみづもるたにのとぼそもとぢはててこほりをたたくみねのまつかぜ
  椎柴
   三四七 やまざとのさびしさおもふけぶりゆゑたえだえたつるみねのしひしば
  衾
   三四八 さゆるよにをしのふすまをかたしきてそでのこほりをはらひかねつつ
  仏名
   三四九 ひととせのはかなきゆめはさめぬらむみよのほとけのかねのひびきに
  初恋
   三五〇 しらざりしわがこひくさやしげるらむきのふはかかるそでのつゆかは
  忍恋
   三五一 もらすなよくもゐるみねのはつしぐれこのははしたにいろかはるとも
  聞恋
   三五二 たにふかみはるかに人をきくのつゆふれぬたもとよなにしをるらむ
  見恋
   三五三 わすれずよほのぼの人をみしま江のたそかれなりしあしのまよひに
  尋恋
   三五四 たどりつるみちにこよひはふけにけりすぎのこずゑにありあけの月
  祈恋
   三五五 いくよわれなみにしをれてきぶねがはそでにたまちるものおもふらむ
  契恋
   三五六 いけらばとちかふそのひもなほこずはあたりのくもをわれとながめよ
  待恋
   三五七 よもぎふのすゑばのつゆのきえかへりなほこのよにとまたむものかは
  遇恋
   三五八 からころもかさぬるちぎりくちずしていくよのつゆをうちはらふらむ
  別恋
   三五九 わすれじのちぎりをたのむわかれかなそらゆく月のすゑをかぞへて
  顕恋
   三六〇 そでのなみむねのけぶりはたれもみよきみがうきなのたつぞかなしき
  稀恋
   三六一 ありしよのそでのうつりがきえはててまたあふまでのかたみだになし
  絶恋
   三六二 やすらひにいでにし人のかよひぢをふるきのばらとけふはみるかな
  怨恋
   三六三 なみぞよるさてもみるめはなきものをうらみなれたるしがのさと人
  旧恋
   三六四 すゑまでといひしばかりにあさぢはらやどもわが身もくちやはてなむ
  暁恋
   三六五 つきやそれほのみし人のおもかげをしのびかへせばありあけのそら
  朝恋
   三六六 ひとりねのそでのなごりのあさじめり日かげにきえぬつゆもありけり
  昼恋
   三六七 ものおもへばひまゆくこまもわすられてくらきなみだをまづおさふらむ
  夕恋
   三六八 きみもまたゆふべやわきてながむらむわすれずはらふをぎのかぜかな
  夜恋
   三六九 みし人のねくたれがみのおもかげになみだかきやるさよのたまくら
  老恋
   三七〇 きみゆゑにいとふもかなしかねのこゑやがてわがよもふけにしものを
  幼恋
   三七一 ゆくすゑのふかきえにとぞちぎりけるまだむすばれぬよどのわかごも
  遠恋
   三七二 こひしとはたよりにつけていひやりきとしはかへりぬ人はかへらず
  近恋
   三七三 あしがきのうへふきこゆるゆふかぜにかよふもつらきをぎのおとかな
  旅恋
   三七四 まくらにもあとにもつゆのたまちりてひとりおきゐるさよのなかやま
  寄月恋
   三七五 そでのうへになるるも人のかたみかはわれとやどせる秋のよの月
  寄雲恋
   三七六 きみがりとうきぬる心まよふらむくもはいくへぞそらのかよひぢ
  寄風恋
   三七七 いつもきくものとや人のおもふらむこぬゆふぐれの秋かぜのこゑ
  寄雨恋
   三七八 ふかきよののきのしづくをかぞへてもなほあまりぬるそでのあめかな
  寄煙恋
   三七九 しのびかね心のそらにたつけぶりみせばやふじのみねにまがへて
  寄山恋
   三八〇 すゑのまつまつよいくたびすぎぬらむ山こすなみをそでにまかせて
  寄海恋
   三八一 よさのうみのおきつしほかぜうらにふけまつなりけりと人にきかせむ
  寄河恋
   三八二 よしのがははやきながれをせくいはのつれなきなかにみをくだくらむ
  寄関恋
   三八三 ふるさとに見しおもかげもやどりけりふはのせきやのいたまもる月
  寄橋恋
   三八四 こひわたるよはのさむしろなみかけてかくやまちけむうぢのはしひめ
  寄草恋
   三八五 人まちしにはのあさぢふしげりあひて心にならすみちしばのつゆ
  寄木恋
   三八六 おもひかねうちぬるよひもありなましふきだにすさめにはのまつかぜ
  寄鳥恋
   三八七 時しもあれそらとぶとりのひとこゑもおもふかたよりきてやなくらむ
  寄獣恋
   三八八 このごろの心のそこをよそに見ばしかなくのべの秋のゆふぐれ
  寄虫恋
   三八九 つらからむなかこそあらめをぎはらやしたまつむしのこゑをだにとへ
  寄笛恋
   三九〇 ふえたけのこゑのかぎりをつくしてもなほうきふしやよよにのこらむ
  寄琴恋
   三九一 きみゆゑもかなしきことのねはたてつこをおもふつるにかよふのみかは
  寄絵恋
   三九二 ますかがみうつしかへけむすがたゆゑかげたえはてしちぎりをぞしる
  寄衣恋
   三九三 うちとけてたれにころもをかさぬらむまろがまろねもよぶかきものを
  寄席恋
   三九四 人まつとあれゆくねやのさむしろにはらはぬちりをはらふ秋かぜ
  寄遊女恋
   三九五 たれとなくよせてはかへるなみまくらうきたるふねのあともとどめず
  寄傀儡恋
   三九六 ひとよのみやどかる人のちぎりとてつゆむすびおくくさまくらかな
  寄海人恋
   三九七 しほかぜのふきこすあまのとまびさししたにおもひのくゆるころかな
  寄樵夫恋
   三九八 こひぢをばかぜやはかよふあさゆふにたにのしばぶねゆきかへれども
  寄商人恋
   三九九 としふかきいりえの秋の月見てもわかれをしまぬ人やかなしき


 治承題百首毎題五首
 
  立春
   四〇〇 かねのおとのはるをつぐなるあけぼのにまづうちはらふしものさむしろ
   四〇一 まどのゆきいけのこほりもきえずしてそでにしられぬはるのはつかぜ
   四〇二 みよしのはやまもかすみてしらゆきのふりにしさとにはるはきにけり
   四〇三 あさみどりまつにかすみのたつた山もりのしづくやこほりとくらむ
   四〇四 こほりゐしみづのしらなみいはこえてきよたきがはにはるかぜぞふく
  鶯
   四〇五 はるのいろにみやこのそらもかすみぬとうぐひすさそへやまおろしの風
   四〇六 うぐひすのこほりしなみだこほらずはあらぬつゆもやはなにおくらむ
   四〇七 うぐひすのこゑにほひくるまつかぜはのきばのむめにふかぬばかりぞ
   四〇八 ここのへやくもゐのにはのたけのうちにあか月ふかきうぐひすのこゑ
   四〇九 ふかくさやうづらのとこはあとたえてはるのさととふうぐひすのこゑ
  花
   四一〇 かすむよりみやまにきゆるまつのゆきのさくらにうつる春のあけぼの
   四一一 みよしのは花のほかさへはななれやまきたつやまのみねのしらくも
   四一二 のこりけるしがのみやこのひかりかなむかしかたりしはるのはなぞの
   四一三 やまかげやはなのゆきちるあけぼののこのまの月にたれをたづねむ
   四一四 はなはみなかすみのそこにうつろひてくもにいろづくをはつせのやま
  郭公
   四一五 ほととぎすわれをばかずにとはずともことしになりぬこぞのふるごゑ
   四一六 うちもねずまつよふけゆくほととぎすのきにかたぶく月になくなり
   四一七 ほととぎすなくねやそでにかよふらむつゆおもりぬるせみのはごろも
   四一八 たちばなの花ちるさとのにはのあめにやまほととぎすむかしをぞとふ
   四一九 ほととぎすこゑたえだえにきえはつるくもぢもつらきみな月のそら
  五月雨
   四二〇 さみだれはくもとなみとをのきばにてけぶりもたてぬすまのうら人
   四二一 さみだれのふりにしさとはみちたえてにはのさゆりもなみのしたくさ
   四二二 さみだれにしばのいほりはかたぶきてのきのしづくのほどぞみじかき
   四二三 花にとひ月にたづねしあともなしくもこすみねのさみだれのころ
   四二四 さみだれのくもをへだててゆく月のひかりはもらでのきのたまみづ
  月
   四二五 秋かぜにこのまの月はもりそめてひかりをむすぶそでのしらたま
   四二六 うすぎりのふもとにしづむ山のはにひとりはなれてのぼる月かげ
   四二七 きよみがたなみのちさとにくもきえていはしくそでによする月かげ
   四二八 やまふかきこけのむしろにたびねしてしもにさえたる月を見るかな
   四二九 まきのとのささでありあけになりゆくをいくよの月ととふ人もなし
  草花
   四三〇 をぎはらやすゑこすかぜのほにいでてしたつゆよりもしのびかねける
   四三一 かぜはらふうづらのとこのつゆのうへにまくらならぶるをみなへしかな
   四三二 しげきのとなりゆくにはのかやがしたにおのれみだるるむしのこゑごゑ
   四三三 まののうらのいりえはきりのうちにしてをばながすゑにのこるしらなみ
   四三四 とけてねぬしかのねかなしこはぎはらつゆふきむすぶみやまおろしに
  紅葉
   四三五 たつたひめいくへのやまをゆきめぐりまつのほかをばそめわたすらむ
   四三六 しぐれつるとやまのくもははれにけりゆふひにそむるみねのもみぢば
   四三七 秋かぜのたつたやまよりながれきてもみぢのかはをくくるしらなみ
   四三八 やま人のこのしたみちはたえぬらむのきばのまさきもみぢちるなり
   四三九 くちにけるもりのおちばにしもさえてかはりしいろのまたかはりぬる
  雪
   四四〇 しぐれこしくもをたかねにふきためてかぜにゆきちるふゆのあけぼの
   四四一 やまざとのくものこずゑにながめつるまつさへけさはゆきのむもれぎ
   四四二 いほりさすかひのしらねのたびまくらよすがらゆきをはらひかねつつ
   四四三 ゆきのよのひかりもおなじみねの月くもるぞかはるさらしなのさと
   四四四 しもとゆふかづらきやまのいかならむみやこもゆきはまなく時なし
  歳暮
   四四五 春をまつ花のにほひもとりのねもしばしこもれるやまのおくかな
   四四六 やまがはのこほるもしらぬとしなみのながるるかげはよどむひぞなき
   四四七 はるのためいそぐ心もうちわびぬことしのはてのいりあひのかね
   四四八 いそのかみふるののをざさしもをへてひとよばかりにのこるとしかな
   四四九 ゆきげだにしばしなはれそみねのくもあすのかすみはたちかはるとも
  初恋
   四五〇 やまのはにおもへばかはる月もなしただおもかげぞこよひそひぬる
   四五一 あしびきのやまのしづくのかけてだにならはぬそでをたちぬらしつる
   四五二 はつしぐれもるみやまべのしたもみぢしたに心のいろかはりぬる
   四五三 ふかきえにけふたてそむるみをつくしなみだにくちむしるしだにせよ
   四五四 なには人ほのかにあしびたきそめてうらみにたえぬけぶりたてつる
  忍恋
   四五五 しのぶるにまけぬと人のおもふらむうちわすれてはなげくけしきを
   四五六 人とはばいかにいひてかながめましきみがあたりのゆふぐれのそら
   四五七 ひとめみぬいはの中にもわけいりておもふほどにやそでしぼらまし
   四五八 おもひかねにはのこはぎををりしきていろなるつゆをそでにまがへむ
   四五九 のちもうししのぶにたへぬ身とならばそのけぶりをもくもにかすめよ
  初遇恋
   四六〇 ゆめかなほただおもひねに見しことのとこもまくらもおもがはりせで
   四六一 くれたけのはずゑのしものおきあかしいくよすぐしてふしそめぬらむ
   四六二 ありあけもしばしやすらへいまこむのひとまちえたるなが月のすゑ
   四六三 きえはてぬのちのちぎりをかさねずはこよひばかりやそでのうつりが
   四六四 しをれこしそでもやほさむしらつゆのおくてのいなばかりねばかりに
  後朝恋
   四六五 秋かぜにちぎりたのむのかりだにもなきてぞかへる春のあけぼの
   四六六 くれをまつそらもくもらじよこぐものたちわかれつるけさのあらしに
   四六七 やすらひにささわくるあさのそでのつゆゆふつけどりのとはばかたらむ
   四六八 たちいでて心ときゆるあけぼのにきりのまよひの月ぞともなふ
   四六九 いまはとてなみだのうみにかぢをたえおきをわづらふけさのふな人
  遇不遇恋
   四七〇 わするなよとばかりいひてわかれにしそのあか月やかぎりなりけむ
   四七一 かげとめぬとこのさむしろつゆおきてちぎらぬ月はいまもよがれず
   四七二 むばたまのよるのちぎりはたえにしをゆめぢにかかるいのちなりけり
   四七三 見し人のかへらぬやどはあともなしただあさゆふのくずのうらかぜ
   四七四 うつろひし心のはなにはるくれて人もこずゑに秋かぜぞふく
  祝
   四七五 よものうみひさしくすめる君にあひてよもぎがしまのやどもおもはじ
   四七六 ふるさとにちよへてかへるあしたづやかはらぬきみがみよにあふらむ
   四七七 よよのはる秋のみや人をりかざせくもゐのにはのふぢのさかりを
   四七八 すゑまでとやそうぢ人はいのりけりふるきながれのたえぬかはなみ
   四七九 まつかぜをたけのまがきにへだててもちとせにちよのつづくやどかな
  旅
   四八〇 いでしよりあれまくおもふふるさとにねやもる月をたれと見るらむ
   四八一 みしまえにひとよかりしくみだれあしのつゆもやけさはおもひおくごと
   四八二 うらづたふそでにふきこすしほかぜのなれてとまらぬなみまくらかな
   四八三 あけがたのさやの中山つゆみちてまくらのにしに月を見るかな
   四八四 みやぎののこのしたくさにやどかりてしかなくとこに秋風ぞふく
  述懐
   四八五 よの中はくだりはてぬといふことやたまたま人のまことなるらむ
   四八六 たれもみなうゑてだに見よわすれぐさよにふるさとはげにぞすみうき
   四八七 うづもれぬのちのなさへやとめざらむなすことなくてこのよくれなば
   四八八 うきよかなひとりいはやのおくにすむこけのたもともなほしをるなり
   四八九 いかばかりさめておもはばうかりなむゆめのまよひになほまよひぬる
  神祇
   四九〇 すずかがはやそせしらなみわけすぎてかみぢのやまのはるを見しかな
   四九一 にごるよもなほすめとてやいはし水ながれに月のひかりとむらむ
   四九二 かもやまのふもとのしばのうすみどり心のいろも神さびにけり
   四九三 かすがやまもりのしたみちふみわけていくたびなれぬさをしかのこゑ
   四九四 もしほぐさはかなくすさむわかのうらにあはれをかけよすみよしのなみ
  釈教
  檀波羅蜜
   四九五 うらむなよはなと月とをながめてもをしむ心はおもひすててき
  尸羅波羅蜜
   四九六 こののりはうけてたもてるたまなればながきよてらすたからなりけり
  羼提波羅蜜
   四九七 むねのひもなみだのつゆもいまはただもらさでしたにおもひけちつつ
  毘梨耶波羅蜜
   四九八 あさゆふにみよのほとけにつかふれば心をあらふやまがはの水
  禅波羅蜜
   四九九 心をば心のそこにをさめおきてちりもうごかぬゆかのうへかな
 

 南海漁父百首
 
  春十五首
   五〇〇 よものうみかぜものどかになりぬなりなみのいくへに春のたつらむ
   五〇一 かすがののわかなはそでにたまれどもなほふるゆきをうちはらひつつ
   五〇二 からさきや春のさざなみうちとけてかすみをうつすしがのやまかげ
   五〇三 なにはづにさくやむかしのむめの花いまもはるなるうらかぜぞふく
   五〇四 春のいろははなともいはじかすみよりこぼれてにほふうぐひすのこゑ
   五〇五 はるかぜにやなぎやきしをはらふらむなみにかたよるいけのをしどり
   五〇六 さはにすむたづの心もあくがれぬはるはくもぢのうちかすみつつ
   五〇七 春はただおぼろ月よと見るべきをゆきにくまなきこしのしら山
   五〇八 いまはとてやまとびこゆるかりがねのなみだつゆけきはなのうへかな
   五〇九 はつせやまをのへのかねのあけがたに花よりしらむよこぐものそら
   五一〇 またもこむ花にくらせるふるさとのこのまの月にかぜかをるなり
   五一一 おもかげにもみぢの秋のたつたがはながるるはなもにしきなりけり
   五一二 かをるなりよしののたきのくものなみそのみなかみをくものみをにて
   五一三 見るままにはなもかすみになりにけりはるをおくるはみねのまつかぜ
   五一四 はるやいまあふさかこえてかへるらむゆふつけどりのひとこゑぞする
  夏十首
   五一五 やまのはもかすみのころもなれなれてひとよのかぜにたちわかるなり
   五一六 なつのよもやみはあやなしたち花をながめぬそらにかぜかをるなり
   五一七 うの花をおのが月よとおもひけりこゑもくもらぬほととぎすかな
   五一八 あめはるるのきのしづくにかげ見えてあやめにすがるなつのよの月
   五一九 なごりまでしばしきけとやほととぎすまつのあらしになきてすぐなり
   五二〇 ふるさとのにはのさゆりばたまちりてほたるとびかふなつのゆふぐれ
   五二一 すぎふかきかたやまかげのしたすずみよそにぞすぐすゆふだちのそら
   五二二 そまがはのいはますずしきくれごとにいかだのとこをたれならすらむ
   五二三 ははそはらしぐれぬほどの秋なれやゆふつゆすずし日ぐらしのこゑ
   五二四 けふくれぬ秋はひとよとふくかぜにしかのねならせをののしのはら
  秋十五首
   五二五 そでにちるをぎのうはばのあさつゆになみだならはす秋のはつかぜ
   五二六 くれかかるむなしきそらの秋をみておぼえずたまるそでのつゆかな
   五二七 秋のいろやいまひとしほのつゆならむふるきおもひのそめしたもとに
   五二八 かたやまのふもとのいなばすゑさわぎ月よりおつるみねの秋かぜ
   五二九 とやまよりしかのねおくる秋かぜにこたへておつるはぎのしたつゆ
   五三〇 つゆやどすよもぎをにはのあるじにてよるよるむしのおとづれぞする
   五三一 はるかなるとこよはなれてなくかりのくものころもに秋かぜぞふく
   五三二 まつにふくみやまのあらしいかならむたけうちそよぐまどのゆふぐれ
   五三三 さびしさに人はかげせずなりゆけど月やはすまぬあさぢふのやど
   五三四 ながきよの月ははるかにふけにけりいたまにかげのさしかはるまで
   五三五 すまのあまのとまやもしらぬゆふぎりにたえだえてらすあまのいさりび
   五三六 したくさは秋にもたへずかたをかのつれなきまつにしぐれもるころ
   五三七 みよしのの花はくもにもまがひしをひとりいろづくみねのもみぢば
   五三八 まののうらのなみまの月をこほりにてをばながすゑにのこる秋かな
   五三九 ふかくさのうづらのとこもけふよりやいとどむなしき秋のふるさと
  冬十首
   五四〇 月やどすつゆのよすがに秋くれてたのみしにははかれのなりけり
   五四一 ゐなやまのみちのささはらうづもれておちばがうへにあらしをぞきく
   五四二 もりかはるのきばの月にくもすぎてしぐれをのこすにはのまつかぜ
   五四三 きえかへりいはまにまよふ水のあわのしばしやどかるうすごほりかな
   五四四 こよひたれますげかたしきあかすらむそがのかはらにちどりなくなり
   五四五 まくらにもそでにもなみだつららゐてむすばぬゆめをとふあらしかな
   五四六 ふもとゆく井せきの水やこほるらむひとりおとするあらしやまかな
   五四七 やま人のそでになれたるまつのかぜゆきげになればいとどはげしき
   五四八 うきくもをみねにあらしのふきためて月のなごりをゆきに見るかな
   五四九 かぎりありて春あけがたになるとしをみやもわらやもいそぎくらしつ
  恋十五首
   五五〇 おほかたにながめしくれのそらながらいつよりかかるおもひそひけむ
   五五一 それもなほかぜのしるべはあるものをあとなきなみのふねのかよひぢ
   五五二 にほどりのかくれもはてぬさざれみづしたにかよはむみちだにもなし
   五五三 まきのとをささでふけゆくうたたねのそでにぞかよふみちしばのつゆ
   五五四 たがためぞちぎらぬよはをふしわびてながめはてつるありあけの月
   五五五 とふべしとまたぬものゆゑをぎのはによなよなつゆのおきあかすかな
   五五六 いまこむのよひよひごとにながむれば月やはおそきながづきのすゑ
   五五七 くちぬべきそでのしづくをしぼりてもなれにし月やかげはなれなむ
   五五八 あか月のあらしにむせぶとりのねにわれもなきてぞおきわかれにし
   五五九 秋のたのかりねのはてもしらつゆにかげ見しほどやよひのいなづま
   五六〇 たづぬべきうみやまとだにたのまねばげにこひぢこそわかれなりけり
   五六一 おもほえずいさやもにすむむしのねも人をうらみのねにかへりつつ
   五六二 そのかみにたえなましかばしめなはのかくひきはへて物はおもはじ
   五六三 見し人のそでにうきにしわがたまのやがてむなしき身とやなりなむ
   五六四 こひしなむわがよのはてににたるかなかひなくまよふゆふぐれのくも
  羈旅十首
   五六五 もろともにいでしそらこそわすられねみやこの山のありあけの月
   五六六 すがはらやふしみにむすぶささまくらひとよのつゆもしぼりかねつる
   五六七 いはがうへのこけのさむしろつゆけきにあらぬころもをしけるしらくも
   五六八 まだしらぬやまより山にうつりきぬあとなきくものあとをたづねて
   五六九 たもとこそしほくむあまのともならめおなじもくづのけぶりたてつる
   五七〇 また人のむすびすてけるのべのくさならぶまくらと見るかひぞなき
   五七一 わすれずはみやこのゆめやおくるらむ月もくもゐをうつの山ごえ
   五七二 たかさごのまつもわかれやをしむらむあけゆくなみにあらしたつなり
   五七三 きよみがたひとりいはねの秋のよに月もあらしもころぞかなしき
   五七四 ふるさとにぬしやいづちと人とはばあづまのかたをゆふぐれの月
  山家十首
   五七五 みよしののまきたつやまにやどはあれどはなみがてらにおとづれもなし
   五七六 をりをりのみやまをいづるとりのこゑながめわびぬと人につげこせ
   五七七 やまふかみつゆおくそでにかげ見えてこのまわけゆくありあけの月
   五七八 山かげやともをたづねしあとふりてただいにしへのゆきのよの月
   五七九 おのれだにたえずおとせよまつのかぜ花ももみぢも見ればひととき
   五八〇 つまぎをるたよりに見ればかた山のまつのたえまにかすむふるさと
   五八一 しめてけるあさけのけぶりたちそめてとなりとなれるすぎのいほかな
   五八二 心をぞうきぬるものとうらみつるたのむやまにもまよふしらくも
   五八三 このさとはくものやへたつみねなれやふもとにしづむとりのひとこゑ
   五八四 まつ人のしるべばかりのしをりせばかへりいづべきみとやしられむ
  述懐十首
   五八五 きみがよにいでむあさひをおもふかないすずがはらのはるのあけぼの
   五八六 あきらかにむかしのあとをてらさなむいまもくもゐの月ならば月
   五八七 神をあがめ法をひろむるよならなむさてこそしばし国ををさめめ
   五八八 はかなくも花のさかりをおもふかなうきよのかぜはやすむまもなし
   五八九 さてもさはすまばすむべきよの中の人の心のにごりはてぬる
   五九〇 おもひとけばこのよはよしやつゆじもをむすびきにけるゆくすゑのゆめ
   五九一 われながら心のはてをしらぬかなすてがたきよのまたいとはしき
   五九二 人のよはおもへばなべてあだしののよもぎがもとのひとつしらつゆ
   五九三 おほかたにゆめをこのよとみてしかばおどろかぬこそうつつなりけれ
   五九四 やまでらのあか月がたのかねのおとにながきねぶりをさましてしかな
   五九五 月のすむみやこはむかしまよひいでぬいくよかくらきみちにめぐらむ
   五九六 心こそうきよのほかのやどなれどすむことかたきわがみなりけり
   五九七 さりともとひかりはのこるよなりけりそらゆく月日のりのともし火
   五九八 みなかみにたのみはかけきさほがはのすゑのふぢなみなみにくたすな
   五九八 みなかみにたのみはかけきさほがはのすゑのふぢなみなみにくたすな
   五九九 わかのうらのちぎりもふかしもしほぐさしづまむよよをすくへとぞ思ふ
 

 西洞隠士百首
 
  春廿首
   六〇〇 ふゆのゆめのおどろきはつるあけぼのにはるのうつつのまづみゆるかな
   六〇一 たれにとてはるの心をつくばやまこのもかのもにかぜわたるなり
   六〇二 はれやらぬのきばのむめやさきぬらむゆきにいろづくはるのやまざと
   六〇三 とけにけりこほりしいけの春のみづまたそでひちてむすぶばかりに
   六〇四 うぐひすのなきにしひよりやまざとのゆきまのくさもはるめきにけり
   六〇五 しもがれのはるのをぎはらうちそよぎすそのにのこるこぞの秋かぜ
   六〇六 かへるかりくものいづくになりぬらむとこよのかたの春のあけぼの
   六〇七 かすみともくもともわかぬゆふぐれにしられぬほどのはるさめぞふる
   六〇八 たにがはのいはねかたしくあをやぎのうちたれがみをあらふしらなみ
   六〇九 花ににぬ身のうきくものいかなれやはるをばよそにみよしののやま
   六一〇 いろにそむ心のはてをおもふにもはなをみるこそうきみなりけれ
   六一一 やまふかみ花よりはなにうつりきてくものあなたのくもを見るかな
   六一二 みよしののはなのかげにてくれはてておぼろ月よのみちやまどはむ
   六一三 はなはなみまきたつやまはすゑのまつかぜこそこゆれくものかよひぢ
   六一四 ことしまたいかに心をくだけとてはなさきぬれば春のやまかぜ
   六一五 心あてにながめしやまのさくら花うつろふままにのこるしらくも
   六一六 かり人のいるののつゆをいのちにてちりかふはなにきぎすなくなり
   六一七 ぬしもなきかすみのそでをよそにみてまつらのおきをいづるふな人
   六一八 くやしくぞ月と花とになれにけるやよひのそらのありあけのころ
   六一九 ゆきてみむとおもひしほどにつのくにのなにはのはるもけふくれぬなり
  夏廿首
   六二〇 はなのいろのおもかげにたつなつごろもころもおぼえずはるぞこひしき
   六二一 うのはなはくもにもうとき月なればなみぞたちそふたまがはの水
   六二二 たちばなの花ちるさとに見るゆめはうちおどろくもむかしなりけり
   六二三 ほととぎすとやまをわたるひとこゑのなごりをきけばみねのまつかぜ
   六二四 すがはらやふしみのくれのさびしきにたえずまどとふほととぎすかな
   六二五 やまざとのうのはなくたすさみだれにかきねをこゆるたまがはのみづ
   六二六 のきのあめまくらのつゆもけふはただおなじあやめのねをかくるかな
   六二七 さみだれのくもままちいでてながむればかたぶきにけるなつのよの月
   六二八 いけのうへのひしのうきはもわかぬまでひとつにしげるにはのよもぎふ
   六二九 ゆふだちのなごりのくもをふくかぜにとばたのさなへすゑさわぐなり
   六三〇 うきよともしらぬほたるのおのれのみもゆるおもひはみさをなりけり
   六三一 秋ならでのべのうづらのこゑもなしたれにとはましふかくさのさと
   六三二 しがのあまのそでふきかへす山おろしにまだき秋たつにほのみづうみ
   六三三 なつふかみいりえのはちすさきにけりなみにうたひてすぐるふな人
   六三四 みだれあしのつゆのたまゆら舟とめてほのみしま江にすずむくれかな
   六三五 ほかはなつあたりのみづは秋にしてうちはふゆなるひむろやまかな
   六三六 ほととぎすおのがさ月のくれしよりかへるくもぢにこゑうらむなり
   六三七 けふまではいろにいでじとしのすすきすゑばに秋のつゆはおけども
   六三八 秋かぜはなほしたくさにこがくれてもりのうつせみこゑぞすずしき
   六三九 はやきせのかへらぬ水にみそぎしてゆくとしなみのなかばをぞしる
  秋廿首
   六四〇 こずゑふくかぜより秋のたつたやましたばにつゆやもらしそむらむ
   六四一 たなばたにかせるころものあさじめりわかれのつゆをほしやそめつる
   六四二 わたのはらいつもかはらぬなみのうへにそのいろとなく見ゆる秋かな
   六四三 秋といへばすそのにならすはしたかのすずろに人をこひわたるかな
   六四四 むかしこれたがすみかともしらすげのまののはぎはら秋はわすれず
   六四五 ひぐらしのなくやまかげはくれはててむしのねになるはぎのしたつゆ
   六四六 秋かぜのむらさきくだくくさむらにときうしなへるそでぞつゆけき
   六四七 よしのやまふもとののべの秋のいろにわすれやしなむはるのあけぼの
   六四八 みよしののさとはあれにし秋ののにたれをたのむのはつかりのこゑ
   六四九 ふるさとはのきばのをぎをかごとにてねぬよのとこに秋かぜぞふく
   六五〇 やまかげやながめくらせるきりのうちをまきのはわけてとふあらしかな
   六五一 さをしかのひとりつまよぶおくやまにこたへぬよりもつらきまつかぜ
   六五二 しらくものゆふゐるやまぞなかりける月をむかふるよものあらしに
   六五三 きよみがたむらくもはるるゆふかぜにせきもるなみをいづる月かげ
   六五四 ひさかたの月のみや人たがためにこの世の秋をちぎりおきけむ
   六五五 ころもうつそでにくだくるしらつゆのちぢにかなしき秋のふるさと
   六五六 つゆじものおくてのいなばかぜをいたみあしのまろやのねざめとふなり
   六五七 しもまよふにはのくずはらいろかへてうらみなれたるかぜぞはげしき
   六五八 わがなみだきぎのこのはもきほひおちてのわきかなしき秋のやまざと
   六五九 ありあけの月よりのちに秋くれてやまにのこれるまつかぜのこゑ
  冬廿首
   六六〇 秋ををしむそでのしぐれのけふはまたことしもふゆのけしきなるかな
   六六一 ふるさとのもとあらのこはぎかれしよりしかだになかぬにはの月かげ
   六六二 しもさゆるかりたのはらにゐるかりのすみかむなしきふゆのあけぼの
   六六三 わかくさのつまもあらはにしもがれてたれにしのばむむさしののはら
   六六四 かみな月このはふきおろすあけがたのみねのあらしののこる月かげ
   六六五 秋のいろはおのがこかげにかへりけりよものあらしをまつにのこして
   六六六 てらす日をおほへるくものくらきこそうきみにはれぬしぐれなりけれ
   六六七 しぐれこしとやまもいまはあられふりまさきのかづらちりやはてぬる
   六六八 すみよしのまつのしづえをあらふなみこほらぬうへぞいとどさむけき
   六六九 あかしがたうらこぐからにともちどりあさぎりがくれこゑかはすなり
   六七〇 かぜをいたみなみにただよふにほどりのうきすながらにこほりゐにけり
   六七一 なにはがたあしのしをればこほりとぢ月さへさむしをしのひとこゑ
   六七二 やま人のくむたにがはのあさぼらけたたくこほりもかつむすびつつ
   六七三 やまおろしのふきそふままにゆきおちてのきばのをかになびくしらくも
   六七四 わがやどのすすきおしなみふるゆきにまがきののべのみちぞたえぬる
   六七五 たび人のみのしろごろもうちはらひふぶきをわたるくものかけはし
   六七六 このごろのをののさと人いとまなみすみやくけぶりやまにたなびく
   六七七 しもやたびおきにけらしもかみがきやみむろのやまにとれるさかきば
   六七八 ひととせをながめはてつるやまのはにゆききえなばと花やまつらむ
   六七九 まどのうちにあか月ちかきともし火のことしのかげはのこるともなし
  雑廿首
   六八〇 しきしまややまとことのはたづぬれば神のみよよりいづもやへがき
   六八一 たまつしまたえぬながれをくむそでにむかしをかけよわかのうらなみ
   六八二 かぜのおとも神さびまさるひさかたのあまのかごやまいくよへぬらむ
   六八三 なみたかきむしあけのせとのかぢまくらみやこにきかぬはまかぜぞふく
   六八四 やまふかきくものころもをかたしきてちさとのみちに秋かぜぞふく
   六八五 けさみつるくものあなたのやまのはに月をまちいでてひとりかもねむ
   六八六 はるかなるおきゆくふねのかずみえてなみよりしらむすまのあけぼの
   六八七 やまのははあるかなきかのなみのうへに月をまちつるやへのしほかぜ
   六八八 すみわびぬよのうきよりもとばかりもおぼえぬまでのくさのとざしに
   六八九 ふるさとにかよふゆめぢもありなましあらしのおとをまどにきかずは
   六九〇 やまにのこるくももけぶりもたえだえにむかしの人のなごりをぞ見る
   六九一 うきよかなとばかりいひてすぐしけむむかしににたるゆくすゑもがな
   六九二 くもりなきほしのひかりをあふぎてもあやまたぬみをなほぞうたがふ
   六九三 人の身のつひにはしぬるならひだにころは心にまかせざりけり
   六九四 さきのよのむくいのほどのかなしきを見るにつけてもつみやそふらむ
   六九五 こけのしたにくちざらむなをおもふにもみをかへてだにうきよなりけり
   六九六 かくてしもきえやはてむとしらつゆのおきどころなきみををしむかな
   六九七 かずならばはるをしらましみやまぎのふかくやたににむもれはてなむ
   六九八 ながきよのすゑおもふこそかなしけれのりのともし火きえがたのころ
   六九九 やがてさは心のやみのはれねかしみそぢの月にくものかかれる
 

 院初度百首
 
  春廿首
   七〇〇 ひさかたのくもゐにはるのたちぬればそらにぞかすむあまのかごやま
   七〇一 よしのやまことしもゆきのふるさとにまつのはしろきはるのあけぼの
   七〇二 春はなほあさまのたけにそらさえてくもるけぶりはゆきげなりけり
   七〇三 かすがののくさのはつかにゆききえてまだうらわかきうぐひすのこゑ
   七〇四 みやこ人のばらにいでてしろたへのそでもみどりにわかなをぞつむ
   七〇五 むめの花うすくれなゐにさきしよりかすみいろづくはるのやまかげ
   七〇六 こほりゐしいけのをしどりうちはぶきたまものとこにさざなみぞたつ
   七〇七 しもがれのこやのやへぶきふきかへてあしのわかばにはるかぜぞふく
   七〇八 からころもすそののきぎすうらむなりつまもこもらぬをぎのやけはら
   七〇九 ときはなるやまのいはねにむすぶこけのそめぬみどりにはるさめぞふる
   七一〇 はるはまたいかにとはましつのくにのいくたのおくのあけがたのそら
   七一一 のどかなる春のひかりにまつしまやをじまのあまもそでやほすらむ
   七一二 きよみがた心にせきはなかりけりおぼろ月よのかすむなみぢに
   七一三 かへるかりいまはの心ありあけに月とはなとのなこそをしけれ
   七一四 えだかはす花さきぬればあをやぎのこずゑにかかるたきのしらいと
   七一五 はるのいけのみぎはのさくらさきぬればくもらぬみづにうつるしらくも
   七一六 やすらはでねなむものかはやまのはにいざよふ月をはなにまちつつ
   七一七 けふもまたとはでくれぬるふるさとのはなはゆきとやいまもちるらむ
   七一八 はつせやまうつろふ花に春くれてまがひしくもぞみねにのこれる
   七一九 あすよりはしがのはなぞのまれにだにたれかはとはむはるのふるさと
  夏十五首
   七二〇 なつきぬといふばかりにやあしびきのやまもかすみのころもかふらむ
   七二一 春のいろもとほざかるなりすがはらやふしみにこゆるをはつせのやま
   七二二 ほととぎすしのびしのびにきなくなりうのはな月よほの見ゆるころ
   七二三 いまこむとたのめやはせしほととぎすふけぬるよはをなににかこたむ
   七二四 たちばなの花ちるさとのゆふぐれにわすれそめぬる春のあけぼの
   七二五 さみだれのくもままちいでてもる月はのきのあやめにくもるなりけり
   七二六 ほととぎすいまいくよをかちぎるらむおのがさ月のありあけのころ
   七二七 いさり火のむかしのひかりほのみえてあしやのさとにとぶほたるかな
   七二八 たまぼこのみちのゆくてのすさびにもちぎりぞむすぶやまの井のみづ
   七二九 そまがはのやまかげくだすいかだしよいかがうきねのとこはすずしき
   七三〇 わぎもこがやどのさゆりのはなかづらながきひぐらしかけてすずまむ
   七三一 ふじのやまきゆればやがてふるゆきのひとひもなつになるそらぞなき
   七三二 をやまだのきのふのさなへとりあへずやがてや秋のかぜもたちなむ
   七三三 秋ちかきけしきのもりになくせみのなみだのつゆやしたばそむらむ
   七三四 みそぎがはなみのしらゆふ秋かけてはやくぞすぐるみな月のそら
  秋廿首
   七三五 かぜのおとにけふより秋のたつたひめみにしむいろをいかでそむらむ
   七三六 たなばたのまちこし秋はよさむにてくもにかさぬるあまのはごろも
   七三七 をぎのはにふけばあらしの秋なるをまちけるよはのさをしかのこゑ
   七三八 みだれあしのほむけのかぜのかたよりに秋をぞよするまののうらなみ
   七三九 おしなべておもひしことのかずかずになほいろまさる秋のゆふぐれ
   七四〇 こはぎさくやまのゆふかげあめすぎてなごりのつゆに日ぐらしぞなく
   七四一 もにすまぬのばらのむしも我からとながきよすがらつゆになくなり
   七四二 とこよいでしたびの心やはつかりのつばさにかかるみねのしらくも
   七四三 秋のたのいなばのつゆのたまゆらもかりねさびしきやまかげのいほ
   七四四 やまもとのあけのそほぶねほのぼのとこぎいづるおきはきりこめてけり
   七四五 あまつかぜみがきてわたるひさかたのつきのみやこにたまやしくらむ
   七四六 さらしなのやまのたかねに月さえてふもとのゆきはちさとにぞしく
   七四七 からさきやにほてるおきにくもきえて月のこほりに秋かぜぞふく
   七四八 月見ばといひしばかりの人はこでまきのとたたくにはのまつかぜ
   七四九 みか月のありあけのそらにかはるまで秋のいくよをながめきぬらむ
   七五〇 ぬしやたれいづくの秋にたびねしてのこるさと人ころもうつらむ
   七五一 きりぎりすなくやしも夜のさむしろにころもかたしきひとりかもねむ
   七五二 たつたがはちらぬもみぢのかげ見えてくれなゐこゆるせぜのしらなみ
   七五三 ことし見るわがもとゆひのはつしもにみそぢあまりの秋のふけぬる
   七五四 わするなよ秋はいなばの山のはにまたこむころをまつのしたかげ
  冬十五首
   七五五 あけがたのまくらのうへにふゆはきてのこるともなき秋のともし火
   七五六 さをしかもわけこぬのべのふるさとにもとあらのこはぎあれまくもをし
   七五七 やまおろしに人やはにはをならしばのしばしもふればみちもなきまで
   七五八 むらしぐれすぐればはるるたかねよりあらしにいづるふゆのよの月
   七五九 ささのははみやまもさやにうちそよぎこほれるつゆをふくあらしかな
   七六〇 かぜをいたみただよふいけのうきくさもさそふ水なくつららゐにけり
   七六一 よしのがはたぎつしらなみ氷ゐていはねにおつるみねのまつかぜ
   七六二 あかしがたすまもひとつにそらさえて月にちどりもうらづたふなり
   七六三 かたしきのそでのこほりもむすぼほれとけてねぬ夜のゆめぞみじかき
   七六四 しぐれよりあられにかはるまきのやのおとせぬゆきぞけさはさびしき
   七六五 こがらしにつれなくのこるおくやまのまきのこずゑもゆきをれにけり
   七六六 たれをとひたれをまたましとばかりにあとたえはつるゆきのやまざと
   七六七 はなのこるころにやわかむしらゆきのふりまがへたるみよしののやま
   七六八 かきくらすみねのふぶきにすみがまのけぶりのすゑぞむすぼほれゆく
   七六九 一夜とやはるをまつらむとし月はけふくれたけのゆきのしたをれ
  恋十首
   七七〇 こひをのみすまのうら人もしほたれほしあへぬそでのはてをしらばや
   七七一 よしのがはいはもるみづのわきかへりいろこそみえねしたさわぎつつ
   七七二 いせじまやしほひにひろふたまたまもてにとるほどのゆくへしらせよ
   七七三 かぢをたえゆらのみなとにゆくふねのたよりもしらぬおきつしほかぜ
   七七四 せきかへすそでにしぐれやあまるらむ人もこずゑに秋ぞみえぬる
   七七五 われかくてねぬよのはてをながむともたれかはしらむありあけのころ
   七七六 しかすがになれこし人のそでのかのそれかとばかりいつのこりけむ
   七七七 まれにこしころだにつらきまつかぜをいくよともなきねざめにぞきく
   七七八 これはみなむなしきことぞとばかりはちぎるにつけておもひしりにき
   七七九 いはざりきいまこむまでのそらのくも月日へだてて物おもへとは
  羈旅五首
   七八〇 きのふだにくものあなたに見しくものいはねにこよひころもかたしく
   七八一 ちりつもるもりのおちばをかきつめてこのしたながらけぶりたてつる
   七八二 くもはねや月はともし火かくてしもあかせばあくるさやの中山
   七八三 むさしのにむすべるくさのゆかりとやひとよのまくらつゆなれにけり
   七八四 うきまくらかぜのよるべもしらなみのうちぬるよひはゆめをだに見ず
  山家五首
   七八五 しらくものやへたつやまをふかしともおぼえぬまでにすみなれにける
   七八六 しをりせでひとりわけこしおくやまにたれまつかぜのにはにふくらむ
   七八七 やまふかみいはしくそでにたまちりてねざめならはすたきのおとかな
   七八八 くもかかるやまのかけはしふみわけていりにしみちはこけおひにけり
   七八九 わすれじの人だにとはぬやまぢかなさくらはゆきにふりかはれども
  鳥五首
   七九〇 わたのはらおきのこじまのまつかげにうのゐるいはをあらふしらなみ
   七九一 をちかたやきしのやなぎにゐるさぎのみのげなみよるかはかぜぞふく
   七九二 をしきかな人もてかけぬはしたかのとがへるやまにころもへにけり
   七九三 ゆふまぐれこだかきもりにすむはとのひとりともよぶこゑぞさびしき
   七九四 むしろだのいつぬきがはのしきなみにむれゐるたづのよろづよのこゑ
  祝五首
   七九五 たまつばきふたたびいろはかはるともはこやのやまのみよはつきせじ
   七九六 くもりなきくもゐのすゑぞはるかなるそらゆく月ひはてをしらねば
   七九七 くれたけのそのよりうつるはるのみやかねてもちよのいろは見えにき
   七九八 わかばさすたまのうゑきのえだごとにいくよのひかりみがきそふらむ
   七九九 しきしまややまとしまねも神よよりきみがためとやかためおきけむ
  
 院第二(〈千五百番〉)度百首
 
  春
   八〇〇 おしなべてけさはかすみのしきしまややまともろ人春をしるらし
   八〇一 おちたぎついはまうちいづるはつせがははつはるかぜやこほりとくらむ
   八〇二 よしのやまゆきちるさともしかすがにまきのはしのぎはるかぜぞふく
   八〇三 時しもあれはるのなぬかのはつねのひわかなつむのにまつをひくかな
   八〇四 うぐひすのはねしろたへにふるゆきをうちはらふにもむめのかぞする
   八〇五 つまごひのきぎすなくののしたわらびしたにもえてもをりをしるかな
   八〇六 のもやまもおなじみどりにそめてけりかすみよりふるこのめはるさめ
   八〇七 わたのはらくもにかりがねなみにふねかすみてかへる春のゆふぐれ
   八〇八 つのくにのなにはのはるのあさぼらけかすみもなみもはてをしらばや
   八〇九 さらしなやをばすてやまのうすがすみかすめる月に秋ぞこもれる
   八一〇 やまざくらいまかさくらむかげろふのもゆるはるべにふれるしらゆき
   八一一 たれをけふまつとはなしにやまかげやはなのしづくにたちぞぬれぬる
   八一二 はるかぜは花とまつとにふきかへてちるもちらぬもみにしまずやは
   八一三 あしがものしたのこほりはとけにしをうはげにはなのゆきぞふりしく
   八一四 さくら花うつろはむとや山のはのうすくれなゐにけさはかすめる
   八一五 あけはてばこひしかるべきなごりかなはなのかげもるあたらよの月
   八一六 うちながめはるのやよひのみじかよをねもせでひとりあかすころかな
   八一七 はつせやま花に春かぜふきはててくもなきみねにありあけの月
   八一八 はなちりてこのもとうとくなるままにとほざかりゆくそでのうつりが
   八一九 てにむすぶいし井のみづのあかずのみはなにわかるるしがのやまごえ
  夏十五首
   八二〇 みしまえにしげりはてぬるあしのねのひとよははるをへだてきにけり
   八二一 うぐひすのひとりかへれるおくやまに心あるべきおそざくらかな
   八二二 ありあけのつれなくみえし月はいでぬ山ほととぎすまつよながらに
   八二三 すまのうらのなみにをりはへふるあめにしほたれごろもいかにほさまし
   八二四 時しあればはなちるさとののきのあめにおのがさ月のとりのひとこゑ
   八二五 とぶとりのあすかのさとのほととぎすむかしのこゑになほやなくらむ
   八二六 かささぎのくものかけはしほどやなきなつのよわたるやまのはの月
   八二七 まくずはらたままくくずやまさるらむはにおくつゆにほたるとぶなり
   八二八 みさびえのひしのうきはにかくろへてかはづなくなりゆふだちのそら
   八二九 ちりをこそすゑじとせしかひとりぬるわがとこなつはつゆもはらはず
   八三〇 やまひめのたきのしらいとくりためておるてふぬのはなつごろもかも
   八三一 まつかぜのはらふみぎはのはちすばにきよきたまゐるなつのよの月
   八三二 ひぐらしのなくねにかぜをふきそへてゆふ日すずしきをかのべのまつ
   八三三 をぎはらやこゑもほにいでぬさをしかのふかくなつのにそよぐなるかな
   八三四 たなばたのあまのかはらにこひせじと秋をむかふるみそぎすらしも
  秋廿首
   八三五 ふかくさのつゆのよすがをちぎりにてさとをばかれず秋はきにけり
   八三六 おほかたのゆふべはさぞとおもへどもわがためにふくをぎのうはかぜ
   八三七 しらつゆもいろそめあへぬたつた山まだあをばにて秋風ぞふく
   八三八 たび人のいるののをばなたまくらにむすびかはせるをみなへしかな
   八三九 さをしかのなきそめしよりみやぎののはぎのしたつゆおかぬひぞなき
   八四〇 きりぎりすくさばにあらぬわがとこのつゆをたづねていかでなくらむ
   八四一 とこよにていづれの秋か月は見しみやこわすれぬはつかりのこゑ
   八四二 ものおもへとするわざならしこのまよりおちたる月にさをしかのこゑ
   八四三 ふるさとはわれまつかぜをあるじにて月にやどかるさらしなのやま
   八四四 秋なればとてこそぬらすそでのうへをものやおもふと月はとひけり
   八四五 むしのねはならのおちばにうづもれてきりのまがきにむらさめぞふる
   八四六 かち人のみちをぞおもふやましなのこはたのさとの秋のゆふぎり
   八四七 ちたびうつきぬたのおとをかぞへてもよをなが月のほどぞしらるる
   八四八 すそのゆくころもにすれるつきくさのうつりやすくもすぐる秋かな
   八四九 秋風にはしたかならすかたをかのしばのしたくさいろづきにけり
   八五〇 あきはなほくずのうらかぜうらみてもとはずかれにし人ぞこひしき
   八五一 つゆのそでしものさむしろしきしのぶかたこそなけれあさぢふのやど
   八五二 いねがてにいほもるそでのかりまくらよはにおくてのつゆぞひまなき
   八五三 こけのうへにあらしふきしくからにしきたたまくをしきまつのかげかな
   八五四 こたふべきをぎのはかぜもしもがれてたれにとはまし秋のわかれぢ
  冬十五首
   八五五 かぜのおともいつしかさむきまきのとにけさよりなるるうづみ火のもと
   八五六 しのはらやしのびに秋のおきしつゆこほりなはてそわすれがたみに
   八五七 ゆふぐれのひとむらくものやまめぐりしぐれはつればのきばもる月
   八五八 しもうづむかりたのこのはふみしだきむれゐるかりも秋をこふらし
   八五九 なにはがたひかりを月のみつしほにあしべのちどりうらづたふなり
   八六〇 しものうへにおのがつばさをかたしきてともなきをしのさよふかきこゑ
   八六一 あじろもるうぢのさと人いかばかりいざよふなみに月をみるらむ
   八六二 あさひさすこほりのうへのうすけぶりまだはれやらぬよどのかはぎし
   八六三 みむろやまみねのひばらのつれなきをしをるあらしにあられふるなり
   八六四 やまざとはいくへかゆきのつもるらむのきばにかかるまつのしたをれ
   八六五 あらしふきそらにみだるるゆきもよにこほりぞむすぶゆめはむすばず
   八六六 にほのうみやつりするあまのころもでにゆきのはなちるしがのやまかぜ
   八六七 くもはるるゆきのひかりやしろたへのころもほすてふあまのかぐやま
   八六八 そまくだすにふのかはかみあとたえぬみぎはのこほりみねのしらゆき
   八六九 月よめばはやくもとしのゆくみづにかずかきとむるしがらみぞなき
  祝五首
   八七〇 ぬれてほすたまぐしのはのつゆじもにあまてるひかりいくよへぬらむ
   八七一 きみがよにのりのながれをせきとめてむかしのなみやたちかへるらむ
   八七二 ひさかたのそらのかぎりもなきよかなみつのひかりのすまむかぎりは
   八七三 ゐるちりのやまをいくへにかさねてもげにわがくにはうごきなきよを
   八七四 人のよをなどさだめなくおもひけむきみがちとせのありけるものを
  恋十五首
   八七五 しらせばやこひをするがのたごのうらうらみになみのたたぬひはなし
   八七六 うちしのびいはせのやまのたにがくれみづの心をくむ人ぞなき
   八七七 わがこひはまだしる人もしらすげのまののはぎはらつゆももらすな
   八七八 あらいそのなみよせかくるいはねまついはねどねにはあらはれぬべし
   八七九 よそながらかけてぞおもふたまかづらかづらきやまのみねのしらくも
   八八〇 したもえのなにやはたてむなにはなるあしびたくやにくゆるけぶりを
   八八一 こがくれてみはうつせみのからころもころもへにけりしのびしのびに
   八八二 ゆきかよふゆめのうちにもまぎるやとうちぬるほどの心やすめよ
   八八三 くりかへしたのめてもなほあふことのかたいとをやはたまのをにせむ
   八八四 くらしつるひはすがのねのすがまくらかへしてもなほつきぬよはかな
   八八五 みにそへるそのおもかげもきえななむゆめなりけりとわするばかりに
   八八六 めぐりあはむかぎりはいつとしらねどもつきなへだてそよそのうきくも
   八八七 わがなみだもとめてそでにやどれ月さりとて人のかげはみねども
   八八八 われとこそながめなれにしやまのはにそれもかたみのありあけの月
   八八九 なげかずよいまはたおなじなとりがはせぜのむもれぎくちはてぬとも
  雑十首
   八九〇 みな人のよにふるみちぞあはれなるおもひいるるもおもひいれぬも
   八九一 かり人もあはれしれかしみねのしかのべのきぎすのおのがこゑごゑ
   八九二 ふねのうちなみのしたにぞおいにけるあまのしわざもいとまなのよや
   八九三 いはがねのこりしくみねをふみならしたきぎこるをもいかがくるしき
   八九四 はるのたに心をつくるたみもみなおりたちてのみよをぞいとなむ
   八九五 わが心そのいろとしはそめねどもはなやもみぢをながめきにける
   八九六 月ひのみなすことなくてあけくれぬくやしかるべき身のゆくへかな
   八九七 おしかへし物をおもふはくるしきにしらずがほにてよをやすぎまし
   八九八 うきしづみこむよはさてもいかにぞと心にとひてこたへかねぬる
   八九九 君にかくあひぬるみこそうれしけれなやはくちせむ世世のすゑまで


 院無題五十首
 
  春
   九〇〇 けさよりはみやこのやまもかすみぬとさくらにつげよはるのはつかぜ
   九〇一 いにしへのねのびのみゆきあとしあればふりぬるまつやきみをまつらむ
   九〇二 ふゆがれのこずゑにのこるこぞのゆきはことしのはなのはじめなりけり
   九〇三 かすみよりつつみかねたるむめがかのおぼろ月夜にたれさそふらむ
   九〇四 かづらきやたかまのやまのくもまよりそらにぞかすむうぐひすのこゑ
   九〇五 あかしがたかすみてかへるかりがねもしまがくれゆくはるのあけぼの
   九〇六 あづさゆみおして春さめをやまだになはしろ水もいまやひくらむ
   九〇七 いつまでかくもをくもともながめけむさくらたなびくみよしののやま
   九〇八 かぜふけばおのがくもよりおのがゆきをちらしてみするやまざくらかな
   九〇九 花のいろはやよひのそらにうつろひて月ぞつれなきありあけのやま
  夏
   九一〇 きのふまでかすみしものをつのくにのなにはわたりのなつのあけぼの
   九一一 さと人のうのはなかこふやまかげに月とゆきとのむかしをぞとふ
   九一二 ほととぎすなくよはいはずなかぬよもながめぞあかすのきのたち花
   九一三 さ月やまあめにあめそふゆふかぜにくもよりしたをすぐるしらくも
   九一四 なほざりにそでのあやめをかたしきてまくらもゆめもむすぶともなし
   九一五 うかひ舟くだすかはせのみなれざをさしもほどなくあくるよはかな
   九一六 たづねきてここにはなつもあらしやまこがくれにこそ秋はありけれ
   九一七 ほたるとぶのざはにしげるあしのねのよなよなしたにかよふ秋風
   九一八 ほととぎすなくねもまれになるままにややかげすずしやまのはの月
   九一九 とこなつの花にたまゐるゆふぐれをしらでやしかの秋をまつらむ
  秋
   九二〇 秋をあきとおもひいれてぞながめつるくものはたてのゆふぐれのそら
   九二一 うづらなくのべのしのやにひとりねてたもとならはすはぎのしたつゆ
   九二二 しらつゆのたのめかおきし人はこできりのまがきにまつむしのこゑ
   九二三 たが秋のねざめとはむとわかずともただわがためのさをしかのこゑ
   九二四 つゆのうへにかりのなみだもおきてみむしばしなふきそをぎのゆふかぜ
   九二五 くもはみなはらひはてたる秋かぜをまつにのこして月をみるかな
   九二六 さむしろにひとりねまちのよはの月しきしのぶべき秋のそらかは
   九二七 月のこるふるさと人のあさぢふにわすれず秋のころもうつなり
   九二八 みわたせばまつにもみぢをこきまぜて山こそ秋のにしきなりけれ
   九二九 くさもきもおのがいろいろあらためてしもになりゆくながづきのすゑ
  冬
   九三〇 秋かぜにあへずちりにしならしばのむなしきえだにしぐれすぐなり
   九三一 ふしなれしあしのまろやもしもがれてうちもあらはにやどる月かな
   九三二 あらしふくこずゑになみのおとはしてまつのしたみづうすごほりせり
   九三三 みなかみやたえだえこほるいはまよりきよたきがはにのこるしらなみ
   九三四 月ぞすむたれかはここにきのくにやふきあげのちどりひとりなくなり
   九三五 まきのとをあさあけのそでにかぜさえてはつゆきおつるみねのしらくも
   九三六 あさづまやをちのとやまにいづるひのこほりをみがくしがのからさき
   九三七 やま人のたきすさびたるしひしばのあとさへしめるゆきのゆふぐれ
   九三八 くれたけのはずゑにすがるしらゆきもよごろへぬればこほりとぞなる
   九三九 よしのやまはなよりゆきにながめきてゆきよりはなもちかづきにけり
  雑
   九四〇 わがくにはあまてる神のすゑなれば日のもととしもいふにぞありける
   九四一 むかしより三国つたはるのりのみづながれてすめるまつのうみかな
   九四二 たみもみなきみに心をつくばやましげきめぐみのあめうるふよに
   九四三 このごろはせきのとささずなりはててみちあるよにぞたちかへるべき
   九四四 かかるよにちぎりありてぞあふさかのをがはのすゑはきみにまかせむ
   九四五 世中はあるにまかせてすぐすかなこたへぬそらをうちながめつつ
   九四六 しるやきみほしをいただくとしふりてわがよの月もかげたけにけり
   九四七 いくとせの花と月とになれなれて心のいろを人に見すらむ
   九四八 よよをへてきみがみよをやまつのかぜこの〔 〕かひあるすみよしのきし
   九四九 わかのうらのあしべのたづのさしながらちとせをかけてあそぶころかな
 

 院句題五十首
 
  初春待花
   九五〇 春きてもつれなきはなのふゆごもりまたじとおもへばみねのしらくも
  山路尋花
   九五一 はなを見しこぞのしをりはあともなしゆきにぞまどふみよしののやま
  山花未遍
   九五二 花もまださかぬかたにはやまがはのうちいづるなみをはるのものとて
  朝見花
   九五三 ほのぼのとはなはとやまにあらはれてくもにかすみのあけはなれゆく
  遠村花
   九五四 たづねばやたがすむまどのひとむらぞぬしおもほゆるはなのおくかな
  故郷花
   九五五 かはらずなしがのみやこのしかすがにいまもむかしのはるのはなぞの
  田家花
   九五六 なれなれてかど田のさはにたつかりのなみだのつゆは花におきけり
  古寺花
   九五七 のがれすむをはつせやまのこけのそではなのうへにやくもにふすらむ
  花似雪
   九五八 よしのやまこのめもはるのゆききえてまたふるたびはさくらなりけり
  河辺花
   九五九 すずかがはなみと花とのみちすがらやそせをわけしはるはわすれず
  深山花
   九六〇 かへり見るやまははるかにかさなりてふもとのはなもやへのしらくも
  暮山花
   九六一 みやまいでて花のかがみとなる月はこのまわくるやくもるなるらむ
  古渓花
   九六二 しもとゆふかづらきやまのたにかぜにはなのゆきさへまなくちるなり
  
  

  関路花
   九六三 あふさかのせきふみならすかち人のわたれどぬれぬはなのしらなみ
  羈中花
   九六四 たびねするはなのしたかぜたちわかれいなばのやまのまつぞかひなき
  湖上花
   九六五 くものなみけぶりのなみやちる花のかすみにしづむにほのみづうみ
  橋下花
   九六六 あづまぢのさののふなばししらなみのうへにぞかよふはなのちるころ
  花下過日
   九六七 ふるさとのあれまくたれかをしむらむわがよへぬべきはなのかげかな
  庭上落花
   九六八 はるさめのわが身よにふるながめよりあさぢがにはにはなもうつりぬ
  暮春惜花
   九六九 さほひめのかすみのそでのはなのかもなごりはつきぬはるのくれかな
  初秋月
   九七〇 秋はきぬつゆはたもとにおきそめてこのまの月のもらぬよぞなき
  月前草花
   九七一 ふるさとのもとあらのこはぎさきしよりよなよなにはの月ぞうつろふ
  雨後月
   九七二 ふかきよのはしにしただる秋のあめのおとたえぬればのきばもる月
  松間月
   九七三 まつかげのまやのあまりにさしいりきてこずゑに月はかたぶきにけり
  山家月
   九七四 月見ばといひしばかりのみやこ人つれなくとはぬやまのおくかな

  月前竹風
   九七五 ひとりかも月はまちいでてくれたけのながながしよを秋かぜぞふく
  野径月
   九七六 ゆくすゑはそらもひとつのむさしのにくさのはらよりいづる月かげ
  沢辺月
   九七七 月かげのわすれずやどるわすれみづのざはにたれか秋をちぎりし
  月前聞雁
   九七八 こしぢよりちさとのくもをへだてきてみやこの月にはつかりのこゑ
  浦辺月
   九七九 かぢまくら月をしきつのころもでにたちよるなみもうらぶれにけり
  月照滝水
   九八〇 やま人のころもなるらししろたへの月にさらせるぬのびきのたき
  杜間月
   九八一 ふりにけるたつたのもりは神さびてこのもとてらす秋のよの月
  月前秋風
   九八二 そのいろとおもひわけとや秋のかぜ心づくしの月にふくらむ
  江上月
   九八三 たび人をおくりし秋のあとなれやいりえのなみにひたす月かげ
  月前虫
   九八四 たれとなく人まつむしをしるべにてさそふかのべにひとりゆく月
  月前聞鹿
   九八五 さをしかもをののくさぶしふしわびて月よよしとやつまをこふらむ
  旅泊月
   九八六 わすれずないでしみやこのよはの月きよみがせきにめぐりあふまで
  月前草露
   九八七 秋のよはさせもがつゆのはかなきも月のよすがとならぬものかは
  菊籬月
   九八八 月のすむそらにまれなるほしのいろをまがきにのこすしらぎくのはな
  暮秋暁月
   九八九 秋はいますゑのにならすはしたかのこひしかるべきありあけの月
  寄雲恋
   九九〇 うつりゆく人の心はしらくものたえてつれなきちぎりなりけり
  寄風恋
   九九一 ゆきかよふかぜのつてにもなりぬればふきこぬよひはこひしきものを
  寄雨恋
   九九二 わすられてわが身しぐれのふるさとにいはばやものをのきのたまみづ
  寄草恋
   九九三 やすらひにたのめていでしあとしあればなほまつものをにはのよもぎふ
  寄木恋
   九九四 たが秋の心このはにかれにけむまつとしきかばよよもへなまし
  寄鳥恋
   九九五 ふかきえにおもふ心はみがくれてかよふばかりのにほのしたみち
  寄嵐恋
   九九六 秋はててみやまはげしくふくあらしあらじいまはのなげのことのは
  寄船恋
   九九七 なみたかきむしあけのせとにゆくふねのよるべしらせよおきつしほかぜ
  寄琴恋
   九九八 こひわびてなくねにかよふことのねもこほれるみづのしたむせびつつ
  寄衣恋
   九九九 わがこひはやまとにはあらぬからあゐのやしほのころもふかくそめてき
 

 

 

 式部史生秋篠月清集上
 
  春部
 
   はるたつ日ゆきのふりければ
一〇〇〇 よしのやまなほしらゆきのふるさとはこぞとやいはむはるのあけぼの
   はるのはじめに
一〇〇一 としくれしくもゐのゆきげはれそめてたえだえあをきしののめのそら
一〇〇二 うごきなきやまのいはねはこたへねど春をぞつぐる雪のした水
一〇〇三 このごろはたにのすぎむらゆきさえてかすみもしらぬはるのやまかぜ
一〇〇四 ちさとまでけしきにこむるかすみにもひとりはるなきこしのしらやま
   鶯
一〇〇五 ゆきはのこり花もにほはぬやまざとにひとりはるなるうぐひすのこゑ
   残雪
一〇〇六 あふさかのすぎのこかげにやどかりてせきぢにとまるこぞのしらゆき
   はるのうたよみけるなかに
一〇〇七 はるやときのきばのむめにゆきさえてけふまではなのえだにこもれる
   院の十首歌合、若草を
一〇〇八 はるかぜのふきにしひよりみよしののゆきまのくさぞいろまさりゆく
   同歌合、落花を
一〇〇九 あたらよのながめし花にかぜふけば月をのこしてはるるしらくも
   院の撰歌合十首内、霞隔遠樹
一〇一〇 ながめこしおきつなみまのはまひさぎひさしく見せぬはるがすみかな
   同歌合に、羇中花
一〇一一 けふもまたさくらにやどをかりころもきつつなれゆくはるの山かぜ
   院御会に、松間鶯
一〇一二 ゆきをれのまつをはるかぜふくからにまづうちとくるうぐひすのこゑ
   同御会に、朝若菜
一〇一三 みやこ人けふのためにとしめしのにあさつゆはらひわかなをぞつむ
   院の御会三首、春風不分処
一〇一四 おしなべてたみのくさばもうちなびききみがみよには春かぜぞふく
   梅花薫暁袖
一〇一五 をるそでのつゆのかごとにかげ見ればありあけの月もむめのかぞする
   晩霞隔春山
一〇一六 かさぬべきかすみのそでもただひとへいかにやどらむやまのゆふかげ
   建仁三年春、上皇大内の花御覧じけるに、
   ちりたる花を手箱蓋に入れて給ひけるに 御製
一〇一七 けふだにもにはをさかりとうつる花きえずはありともゆきかとも見よ
   御返し
一〇一八 さそはれぬ人のためとやのこりけむあすよりさきのはなのしらゆき
   おほはらにまかりてはな見侍りけるに、日のくれにければ
一〇一九 はなにあかぬなごりをおもふ春の日の心もしらぬかねのおとかな
   家歌合に、暁霞を
一〇二〇 いはとあけし神よもいまの心ちしてほのかにかすむあまのかごやま
   朝花
一〇二一 あさあらしにみねたつくものはれぬればはなをぞ花とみよしのの山
   池岸梅花
一〇二二 はるのいけのみぎはのむめのさきしよりくれなゐくくるさざなみぞたつ
   山花
一〇二三 みやこにはかすみのよそにながむらむけふ見るみねのはなのしらくも
   春歌とて
一〇二四 ほどもなくかれののはらをやきしよりはるのわかくさもえかはるなり
一〇二五 ゆきおつるおぼろ月よにまどをあけてころもでさむき春かぜぞふく
一〇二六 しもきえてうちいづるなみやこたふらむかすめるやまのあか月のかね
一〇二七 ねぬるよのほどなきゆめぞしられぬる春のまくらにのこるともし火
   帰雁
一〇二八 ながむればかすめるそらのうきくもとひとつになりぬかへるかりがね
   はるのうたよみける中に
一〇二九 むらさきのにはものどかにかすむ日のひかりともなふうぐひすのこゑ
一〇三〇 さとわかずながめし秋の月よりもみやまのはなの人しをるらむ
一〇三一 あしのやのなだのしほやきいとまあれやいそやまざくらかざすあま人
一〇三二 ふるきあとぞかすみはてぬるたかまどのをのへのみやのはるのあけぼの
   泊瀬山
一〇三三 はつせやまはなにうきよやのこすらむいほあはれなる春のこのもと
   内裏の直廬に侍りけるころ、大乗院座主無動寺より申しおくれりける
一〇三四 みやこにはやよひのそらの花ざかりしるやみやまはなほゆきのちる
   返し
一〇三五 しらざりつけふここのへのはなをみてなほしらゆきのふかきやまとは
   おなじころ、又やまより
一〇三六 みせばやなしがのからさきふもとなるながらのやまのはるのけしきを
   返事
一〇三七 わがおもふ心やゆきてかすむらむしがのあたりのはるのけしきに
   はなのさかりにおほうちにおはしましけるころ、公衡卿のもとより女房の中へ
一〇三八 かぜのおとはのどけけれどもひかずへてはなやくもゐのゆきとふるらむ
   返し、女房にかはりて
一〇三九 このはるはきみをまちける花なればちらでひかずをふるとしらずや
   おなじころ、南殿の花を折りて人のもとへつかはしける
一〇四〇 みや人のかざすくもゐのさくらばなこのひとえだはきみがためとて
   前斎院大炊御門におましましけるころ、女房の中よりやへざくらにつけて
一〇四一 ふるさとのはるをわすれぬやへざくらこれや見しよにかはらざるらむ
   返し
一〇四二 やへざくらをりしる人のなかりせばみし世のはるにいかであはまし
   宇治平等院にて一切経会後朝の会に
一〇四三 のりのみづやそうぢがはにせきとめてはなとともにやはるをまちけむ
   同日当座会、依花客留といふ心を
一〇四四 春ごとの花のちぎりになれなれてかぜよりかれむころをしぞ思ふ
   又の日、中宮の女房ども舟にのりて公卿殿上人など物のねならし
   てあそびけるに、はてつかたに人人舟中見花といふ事をよみけるに
一〇四五 ふもとゆくふなぢは花になりはててなみになみそふ山おろしのかぜ
   当世の女房歌よみどもに百首歌よませて披講せしついでに五首歌
   よみける中に、春のこころを
一〇四六 あたら夜のかすみゆくさへをしきかな花と月とのあけがたの山
   花のうたよみける中に
一〇四七 さくらさくひらの山かぜふくままに花になりゆくしがのうらなみ
一〇四八 はれくもりみねさだまらぬしらくもは風にあまぎるさくらなりけり
一〇四九 みやまぢやちりしくはなをふまじとてまつのしたゆくたにのいはばし
一〇五〇 ちりかかるさくらをかぜのふきよせてふるきなみたつかつまたのいけ
   喚子鳥を舎利講次
一〇五一 時しもあれ我こたへよとよぶこどりかたぶく月のにしのくもゐに
   はるのくれに
一〇五二 やまざとの人もこずゑにはるくれてあさぢがすゑにはなはうつりぬ
一〇五三 ふるすうづむくものあるじとなりぬらむなれしみやこをいづるうぐひす
   三月尽日
一〇五四 おどろかすいりあひのかねにながむればけふまでかすむをはつせのやま
 
  夏部
 
    更衣
一〇五五 さほひめになれしころもをぬぎかへてこひしかるべきはるのそでかな
一〇五六 花のそでかへまくをしきけふなれややまほととぎすこゑはおそきに
    夏歌よみける中に
一〇五七 かたをかのはなものこらぬこずゑよりみどりかさなるまつのしたしば
    卯花
一〇五八 おのづから心に秋もありぬべしうのはな月ようちながめつつ
    薄暮卯花
一〇五九 ながめつる月より月はいでにけりうのはなやまのゆふぐれのそら
    暁更盧橘
一〇六〇 たち花のにほひにさそふいにしへのおもかげになるありあけの月
    花たちばなを
一〇六一 かぜかをるのきのたちばなとしふりてしのぶのつゆをそでにかけつる
    院の撰歌合十首内、雨後郭公
一〇六二 さみだれをいとふとなしにほととぎす人にまたれて月をまちける
    松下晩涼
一〇六三 せみのはにおくゆふつゆのこがくれて秋をやどせるにはのまつかぜ
    院にて人丸影供ありしに、海辺夏月
一〇六四 なつのよをあかしのせとのなみのうへに月ふきかへせいそのまつかぜ
    同御会のついで当座御会に、竹風夜涼
一〇六五 くれたけのおきふしかぜにそなれきてよなよな秋とおどろかすなり
    山家五月雨
一〇六六 のきちかきまきのこずゑにゐるくものかさなるままにさみだれのそら
    院の十首歌合に、昌蒲を
一〇六七 けふといへばそでもまくらもあやめぐさかけてぞむすぶながきちぎりを
    郭公
一〇六八 おちかへりのきばにきなけほととぎすはなたち花にあめそそくなり
    院の城南寺御会に、雨中郭公
一〇六九 さなへとるとばたのおもにあめをえてをりはへきなくほととぎすかな
    野亭水涼
一〇七〇 の中よりまつのこかげにせきいれてふるきしみづのにはにすずしき
    家の歌合に、暮郭公
一〇七一 ほととぎす月とともにやいでつらむとやまのみねのゆふぐれのこゑ
    郭公
一〇七二 しのびねぞいろはありけるほととぎすうのはなやまのつゆにしをれて
一〇七三 あしびきのやまほととぎすきなくなりまちつるやどのゆふぐれのそら
一〇七四 わきてなけものおもふやどのほととぎすねにたぐふべき心あるみぞ
一〇七五 きく人のそでにゆづりてほととぎすなくねにおつるなみだやはある
    海上郭公
一〇七六 たづぬべきかたこそなけれほととぎすゆくへもしらぬなみになくなり
    五首の題の中、夏の心を
一〇七七 うちしめりあやめぞかをるほととぎすなくやさ月のあめのゆふぐれ
    早苗
一〇七八 さみだれにとらぬさなへのながるるをとるこそやがてううるなりけれ
    古池昌蒲
一〇七九 うきくさはのべもひとつのみどりにてあやめぞいけのにほひなりける
    昌蒲を
一〇八〇 かくれぬにけふひきのこすあやめぐさいつかとしらでくちやはてなむ
    五月五日、中宮大夫のもとより昌蒲のながきねをおくれりける返事に
一〇八一 君をおもふこころのそこのふかさにやかかるあやめのねをやどしけむ
    返し 中宮大夫
一〇八二 おもふらむ心のそこはきみよりもふかきあやめにひきまさりけり
    さみだれのうたとて
一〇八三 そらはくもにははなみこすさみだれにながめもたえぬ人もかよはず
    鳥羽殿にて五首歌講じける中に、城外納涼
一〇八四 やましろのとばたのさなへとりもあへずすゑこすかぜに秋ぞほのめく
    池上見月同
一〇八五 いけにすむひかりをみよとおもひけりこのしたくらきにはの月かげ
    家家納涼
一〇八六 おほかたのなつなきとしとなりやせむ又このさともしみづせくめり
    関路晩涼
一〇八七 しばしこそをがはのしみづむすびつれ月もやどりぬあふさかのせき
    夏歌よみける中に
一〇八八 たつたがはきしのやなぎのしたかげになつなきなみをかぜのよすなる
一〇八九 なつはなほそれもおそくやおもふらむそまやまがはをおろすいかだし
    雨後夏月
一〇九〇 ゆふだちのかぜにわかれてゆくくもにおくれてのぼるやまのはの月
    船中夏月
一〇九一 なつのよをやがてあかしのかぢまくらなみにかたぶく月をしぞおもふ
    夏月を
一〇九二 なつのよはくものいづくにやどるともわがおもかげに月はのこさむ
一〇九三 月かげにすずみあかせるなつのよはただひとときの秋ぞありける
    蚊遣火
一〇九四 すずろなるなにはわたりのけぶりかなあしびたくやにかひたつるころ
    ほたる
一〇九五 かぜそよぐならのこかげのゆふすずみすずしくもゆるほたるなりけり
一〇九六 まどわたるよひのほたるもかげきえぬのきばにしろき月のはじめに
一〇九七 ねにたててつげぬばかりぞほたるこそ秋はちかしといろに見せけれ
    蛍火秋近
一〇九八 ゆくほたるかねてくもぢやおもふらむかりなきぬべきかぜのけしきに
    院にて影供に、草野秋近
一〇九九 みやぎののつゆをよすがにたつしかはおのれなかでやはなをまつらむ
    水路夏月
一一〇〇 たかせぶねさをもとりあへずあくるよにさきだつ月のあとのしらなみ
    雨後聞蝉
一一〇一 むらさめのあとこそ見えねやまのせみなけどもいまだもみぢせぬころ
    影供のついでに夏月を、当座
一一〇二 おほぞらはかすみもきりもたなびかでこかげばかりにくもる月かな
一一〇三 このごろはふじのしらゆききえそめてひとりや月のみねにすむらむ
 
  秋部
 
    立秋
一一〇四 したくさにつゆおきそへて秋のくるけしきのもりにひぐらしぞなく
一一〇五 くるかたはにしときけどもけふのひのいづるよりこそ秋はたちけれ
    泉辺立秋
一一〇六 まつかげやなつなきとしのしみづにもげに秋かぜはけふぞたちける
    あきのはじめに
一一〇七 あさぢはら秋かぜたちぬこれぞこのながめなれにしをののふるさと
一一〇八 おのれのみいはにくだくるなみのおとに我もありとやいそのまつかぜ
一一〇九 つゆのしたにみちありとてや秋はこしむぐらのにはに月のみぞすむ
一一一〇 いろかはるつゆのみそでにちりやせむみねの秋かぜこのはあをくは
一一一一 こずゑふくかぜのひびきに秋はあれどまだいろわかぬみねのしひしば
    院撰歌合十首内、山家秋月を
一一一二 時しもあれふるさと人はおともせでみやまの月に秋かぜぞふく
    湖上暁霧
一一一三 しがのうらのさざなみしらむきりのうちにほのぼのいづるおきのともぶね
    院八月十五夜の撰歌合十首歌、月多秋友
一一一四 月ならでたれかはしらむきみがよに秋のこよひのいくめぐりとも
    月前松風
一一一五 秋のよのひかりもこゑもひとつにて月のかつらにまつかぜぞふく
    月下擣衣
一一一六 さとはあれて月やあらぬとうらみてもたれあさぢふにころもうつらむ
    海辺秋月
一一一七 たちかへりけぶりなたてそすまのあまのしほくむそでに月ぞやどれる
    湖上月明
一一一八 あふさかのやまこえはててながむればにほてる月はちさとなりけり
    古寺残月
一一一九 かねのおとにはつせのひばらたづねきてわくるこのまにありあけの月
    深山暁月
一一二〇 ふかからぬとやまのいほのねざめだにさぞなこのまの月はさびしき
    野月露涼
一一二一 秋のののしのにつゆおくすずのいほはすずろに月もぬるるがほなる
    田家見月
一一二二 あきのくもしくとは見れどいなむしろふしみのさとは月のみぞすむ
    河月似氷
一一二三 これもまた神よはしらずたつたがは月のこほりにみづくくるなり
    同夜当座御会に、月前雁
一一二四 かりがねもくものころもをいとひけりおのがはかぜにすめるよの月
    院十首歌合に、浦月
一一二五 月かげやなみをむすばぬうすごほりしきつのうらによするふな人
    山嵐
一一二六 うちしぐれよものこのははいろづきてみやまのあらし秋をふくなり
    院にて和歌所始之後はじめたる影供歌合に
    初秋暁露
一一二七 秋のきていくかもあらぬにをぎはらやあか月つゆのそでになれぬる
    関路秋風
一一二八 人すまぬふはのせきやのいたびさしあれにしのちはただ秋のかぜ
    故郷虫
一一二九 たかまどのをのへのみやの秋はぎをたれきて見よとまつむしのこゑ
    院の影供歌合に、江月聞雁
一一三〇 よをかさねたまえにおるるかりのこゑあしまの月にたつそらやなき
    夜風似雨
一一三一 みやぎののこのしたかぜのはらふよはおともしづくもむらさめのそら
    同夜当座御会に、山家擣衣
一一三二 ふるさとをゆめにだに見む山がつのよはのさごろもうちもねななむ
    同影供に、月前秋風
一一三三 ゆきかへり月とまつとにふくあらしはれてのくもにつゆぞこぼるる
    水路秋月
一一三四 ひさかたのあまのがはよりかへるらしくだすうききをおくる月かげ
    関路暁霞
一一三五 わするなよきりのまよひにひとよねてせきこぎいづるすまのとも舟
    院にて八月十五夜当座御会に、詠秋月和歌五首
一一三六 あらしふきむらくもまよふゆふべよりいでやらぬ月も見る心ちして
一一三七 ききすててぬるよもひとよありなましにはのまつかぜ月にふかずは
一一三八 のち見むとゆくすゑとほくちぎるかなこよひはふけぬ秋のよの月
一一三九 つゆといへばかならず月ぞやどりけるそれゆゑおかぬかりのなみだも
一一四〇 きのふまで秋のなかばとまちしよはただこよひぞとすめる月かな
    八幡若宮歌合、院よりたてまつられし六首内
    初秋風
一一四一 やはた山にしにあらしの秋ふけばかはなみしろきよどのあけぼの
    野径月
一一四二 をちこちのかぎりもしらぬのべの月ゆきつくはてやみねのしらくも
    故郷霧
一一四三 やまとかもしきしまのみやしきしのぶむかしをいとどきりやへだてむ
    海辺雁
一一四四 しらくもにつばさしをれしかりがねのおりゐるいそもなみやひまなき
    宇治御所にて院の御会に、山風
一一四五 すゑとほきあさひのやまのみねにおふるまつにはかぜもときはなりけり
    水月
一一四六 こよひしもやそうぢがはにすむつきをながらのはしのうへに見るかな
    野露
一一四七 みやこよりわけくる人のそで見ればつゆふかくさののべぞしらるる
    八月十五夜詠五首五辻殿初度会に
    松間月
一一四八 いまよりはここにちとせをまつかげにすまむつきとはしるやしらずや
    野辺月
一一四九 このさとはきたののはらのちかければくもりなき月のたのもしきかな
    田家月
一一五〇 いねがてにいくよをつみてみたやもりとまもあらはの月にふすらむ
    羈旅月
一一五一 みやこには月のくもゐにながむらむちさとのやまのいはのかけみち
    名所月
一一五二 こよひならでほかに見しよはやみなれやいまこそ月はすまのうらなみ
    八月十五夜翫月、同当座会等
一一五三 ゆく秋もいまやなかばにすぎぬらむ月にねぬよのかねのひとこゑ
    家撰歌合に、山月
一一五四 あしびきのやまのたかねはひさかたの月のみやこのふもとなりけり
    野風
一一五五 そでのつゆかかれとてやはしめしのにすずのしのやをはらふ秋かぜ
    秋のゆふぐれに
一一五六 なにゆゑとおもひもわかぬたもとかなむなしきそらの秋のゆふぐれ
一一五七 秋のいろを心にそめてのちぞおもふつゆもしぐれも人のためとは
一一五八 あきといへばゆふぐれごとのながめゆゑそのゆゑもなきものおもひかな
一一五九 そでのうへはただこのごろのつゆおきてよをばうらみず秋ぞかなしき
一一六〇 みずしらぬむかしの人の心まであらしにこもるゆふぐれのそら
    故郷の秋を
一一六一 こぬ人をうらむるやどのゆふぐれはおもひすつれどをぎのうはかぜ
一一六二 秋かぜにをぎのはすさむゆふまぐれたがすみすてしやどのまがきぞ
一一六三 いでていにし人はかへらでくずのはのかぜにうらむるふるさとの秋
一一六四 ながめわびたれいでにけむふるさとの秋をのこせるをぎのうはかぜ
一一六五 つゆのそでしものさむしろいかならむあさぢかたしくをののふるさと
    秋歌よみける中に
一一六六 みよしのを秋のはるにてながむればあけぼのよりもゆふぐれのそら
一一六七 はるこそはあけぼのごとにながめしかまたこのごろのうすぎりのそら
一一六八 つゆふかしとばかりみつるあさぢはらくるればむしのこゑもみちぬる
一一六九 にはふかきまがきののべのむしのねを月とかぜとのしたにきくかな
一一七〇 むらさめはほどなくすぎてひぐらしのなくやまかげにはぎのしたつゆ
一一七一 くさしげきのべはひとつに見しかどもおもひわくべきはなざかりかな
一一七二 のなかなるあしのまろやにたれすみてうづらのとこのともとなるらむ
一一七三 うちなびくいりえのをばなほのみえてゆふなみまがふまののうらかぜ
    庭草露滋
一一七四 おくつゆをはらはで見ればあさぢはらたましくにはとなりにけるかな
    虫声非一
一一七五 さまざまのあさぢがはらのむしのねをあはれひとつにききぞなしつる
    田家秋
一一七六 かぜのおとはあしのまろやにしぐれきてあらぬくもしく秋のをやまだ
    風破暁夢
一一七七 見るゆめはみやまおろしにたえはてて月はのきばのみねにかかりぬ
    萩
一一七八 ふるさとはにはのこはぎの花ざかりしかなけとてやのべとなりにし
    女郎花
一一七九 かぜふけばたまちるのべにをれふしてまくらつゆけきをみなへしかな
    鹿
一一八〇 秋の風をのへのまつにこととへば人はこたへずさをしかのこゑ
一一八一 むさしののしののをふぶきさむきよにつまもこもらぬをしかなくなり
    初雁
一一八二 秋もきぬかぜもすずしくなりぬとやさむきこしぢをいづるかりがね
一一八三 はつかりのなみだおちそふはぎのうへはしたつゆよりもいろぞありける
    水風
一一八四 しみづせくもりのしたかぜふきまよひなみにぞうかぶひぐらしのこゑ
一一八五 うちなびくいはもとこすげたまちりてあらしもおつるやまがはのみづ
    所の名を四季によせてよみけるに
    宮木野秋
一一八六 みやぎののこのしたつゆをかたしきてそでにこはぎのかたみをや見む
    陬磨関同
一一八七 すまのせきふけゆくなみのうきまくらともなふ月ぞうらづたひぬる
    月前草花
一一八八 はるるよにおのがしたつゆかずみせて月にぞやどるにはのはぎはら
    月照窓竹
一一八九 くれたけはまどうつあめのこゑながらくもらぬ月のもりあかすかな
    林中暁月
一一九〇 もろともにみねのこのまをわけゆけばそでにたまらぬありあけの月
    連夜見月
一一九一 くもらばとたのむゆめぢもわすられていくよのまどに月を見つらむ
    月歌五首よみけるに
    未出月
一一九二 やすらひにやまこえやらぬなが月の月まちくらすそでのしらつゆ
    初昇月
一一九三 やまかげのみづにひかりもみちぬらむみねをはなるる秋のよの月
    停午月
一一九四 秋のよもふけぬるほどはのこりけりしばしいそぐな月のゆくすゑ
    漸傾月
一一九五 たちいでてながむるかたぞかはりぬるねぬよの月のかぜにまかせて
    入後月
一一九六 なほうきはくもらぬなのみのこるよの月はとまらぬあか月のやま
    山月
一一九七 やまふかみみやこをくものよそに見てたれながむらむさらしなの月
    山居月
一一九八 山ふかみげにかよひぢやたえにけむさらずは月におとづれもがな
    八月十五夜、座主のもとより
一一九九 こよひかも心のそらにまちし秋はやまのはにだにくものなきかな
一二〇〇 たぐひなきひかりにいろもそひなましこよひの月をきみと見たらば
    返し
一二〇一 はれそめてまだたなびかぬくもまでもおもひしままのやまのはの月
一二〇二 きみと見むそのおもかげをやどしてもそであはれなるわがやどの月
    内大臣の事侍りけるころ、無動寺法印のもとへつかはしける
一二〇三 とへかしなかげをならべてむかし見し人なきよはの月はいかにと
    かへし
一二〇四 いにしへのかげなきやどにすむ月は心をやりてとふとしらずや
    月くまなかりけるよ、ながめあかして
一二〇五 そでのうへにやどかすつゆのたまらずはただくもゐなる秋のよの月
一二〇六 ものおもふわれかはあやな秋の月たづねてそでのつゆにすむらむ
一二〇七 すむ月よいくさと人のそでのうへにひかりをわけてやどりきつらむ
一二〇八 みやはうきそらやはつらき秋の月いかにながめてそでぬらすらむ
一二〇九 ことしとて秋やはかはる月かげにならはぬほどの心そひぬる
一二一〇 見る月はやまよりやまにうつりきぬねぬよのはてのあか月のそら
    いかなりける時にか
一二一一 おもひいでてよなよな月にたづねずはまてとちぎりし中やたえなむ
    月のうたよみける中に
一二一二 春はなほ心あてにぞ花は見しくももまがはぬみよしのの月
一二一三 あはゆきをはるのひかりに見しよりもくもまの月のにはのむらぎえ
一二一四 それもなほ心のはてはありぬべし月見ぬ秋のしほがまのうら
一二一五 ひろさはのいけのみくさをふきよせてかぜよりはるるなみの月かげ
一二一六 てにくみしやま井のみづにすまねどもあかでわかるるしののめの月
一二一七 へにけりなことしも春をみよしののいまさらしなに秋ふくるまで
    一二三句のかみにすゑて秋歌よみける
一二一八 一むらのむかしのすすきおもひいでてしげきのわくる秋のゆふぐれ
一二一九 二もとのすぎのこずゑははつしぐれふるかはのべにいろもかはらず
一二二〇 三か月のありあけのそらにかはるまでまきのとささぬ秋のよなよな
一二二一 四ものうみかぜしづかなるなみのうへにくもりなきよの月をみるかな
一二二二 五月やまともしにもれしさをしかの秋はおもひにみをしをるらむ
一二二三 六月のそらにいとひしうつせみのいまは秋なるねをやなくらむ
一二二四 七夕のあきのなぬかにしられにきしのびかぬべきそらのけしきは
一二二五 八へしげるむぐらのかどにゆふぎりのかさねてとづる秋のやまざと
一二二六 九へやながきよすがらもるみづのおとさへさむきにはのはつしも
一二二七 十がへりの花さくまつもくちにけりあさがほのみやはかなかるべき
    秋夜に
一二二八 ちぎりおかぬなかこそあらめ秋のよのながきおもひをとふ人もがな
一二二九 くらきよのまどうつあめにおどろけばのきばのまつに秋かぜぞふく
一二三〇 ききあかすまつのあらしのこゑなくはしぐれぬひまやゆめぢならまし
一二三一 ものおもふちよをひとよもかぎりあれどまどよりにしに月はめぐりぬ
    秋歌よみける中に
一二三二 秋ぞかしくさにもきにもつゆみえて月にしかなくありあけのやま
一二三三 このしたにつもるこのはをかきつめてつゆあたたむる秋のさか月
一二三四 秋といへばなべてくさきもしをれけりわがそでのみとおもひけるかな
一二三五 あか月のしぎのはおとはしぐれにてすずのしのやに月ぞもりくる
    野分を
一二三六 くさもきものわきにたへぬゆふぐれにすそののいろのつゆぞくだくる
    霧
一二三七 時しらぬやまさへ時をしりにけりふじのけぶりをきりにまがへて
一二三八 やまざとはひとりおとするまつかぜをながめやるにも秋のゆふぎり
    座主無動寺に侍りけるにつかはしける
一二三九 きみがすむやまのおくをもみつるかなながきよごろのゆめのかよひぢ
一二四〇 よのうきをよそにきくなる山のおくになほしかなかばおなじ秋風
一二四一 としへにしわがたつそまのすぎむらにいく秋かぜのきみをとふらむ
一二四二 あはれいかにしがのあさぎりほのぼのとうらこぐふねのあとながむらむ
一二四三 つたへくるあとはつきせじいはがねのうごくことなきてらのしるしに
    返事 座主
一二四四 ふみみてぞわがおもひをも思ひしるしのぶひごろのゆめのかよひぢ
一二四五 しかはなけどよのうきことをよそにきく山のおくにはあらぬ秋風
一二四六 かぜならで君がとふこそうれしけれわがたつそまのすぎのしるしに
一二四七 からさきや秋のあさぎりほのぼのとしまなきふねのあとをしぞ思ふ
一二四八 いはがねや君がゆかりのきみなくはうごかぬてらもあとなからまし
    九月九日作文し侍りける時、中宮大夫詩をおくるべきよしかねて
    侍りける、その日になりておくらざりければ、後朝につかはしける
一二四九 しらぎくのまがきさびしく見えしかなきみがことばのはなをよそにて
    返し
一二五〇 しらぎくの花もてやつすことのははなかなかなりやきみがまがきに
    さて十三夜にこそは詩をおくらめと侍りければ
一二五一 さりともなそのよの月のくもらずはことばのつゆをみがかざらめや
    返し 中宮大夫
一二五二 みがくべきことばのつゆのおかばこそそのよの月のかげもまたれめ
    又
一二五三 みがきおくことばのつゆのもりこずはそのよの月ぞさみだれのそら
    返事につけて詩をおくるとて 中宮大夫
一二五四 おほかたのこよひの月はくまなきにことばのつゆにさみだれぞする
    かへし
一二五五 ことのははそらにしらるるひかりにてこよひの月はみがかれにけり
    終夜擣衣
一二五六 ころもうつあはれはよはのものなれや月いりぬれどこゑたゆむなり
    擣衣を
一二五七 かへるべきこしのたびびとまちわびてみやこの月にころもうつなり
    しぐれをききて
一二五八 おほかたのあはれにすぐるむらしぐれききわくそでにいろは見ゆらむ
    きくを
一二五九 やまがはのすゑのながれもにほふなりたにのしらぎくさきにけらしも
    紅葉
一二六〇 たつたやままつのあなたのうすもみぢしぐれおくある秋のいろかな
    庭霜
一二六一 ふるさとのはらはぬにはにあととぢてこのはやしものしたにくちなむ
    燕子楼中霜月夜、秋来只為一人長といふ題を
一二六二 ひとりのみ月としもとにおきゐつつやがてわがよもふけやしにけむ
    秋のくれに
一二六三 やどさびてにはにこのはのつもるより人まつむしもこゑよわるなり
一二六四 月かげはありあけがたによわりきてはげしくなりぬやまおろしのかぜ
一二六五 つゆむすぶ秋のすゑにもなりぬればすそののくさもかぜいたむなり
一二六六 なが月のすゑばののべはうらがれてくさのはらよりかはるいろかな
    九月尽日
一二六七 まくずはら秋かへりぬるゆふぐれはかぜこそ人の心なりけれ
 

  冬部
 
    ふゆのはじめに
一二六八 はるかなるみねのくもまのこずゑまでさびしきいろのふゆはきにけり
一二六九 このはちりてのちにぞおもふおく山のまつにはかぜもときはなりけり
一二七〇 ながれよるたにのいはまのもみぢばにをがはのみづのすゑぞわかるる
一二七一 いたまもる月はよなよなかげきえてまやののきばにこのはをぞきく
    院撰歌合十首内、嵐吹寒草
一二七二 このはちりてのちはむなしきとやまよりかれののくさにあらしおつなり
    雪似白雲
一二七三 みねのゆきもさらにふもとの心ちしてくもをかさぬるこしのしらやま
    院十首歌合内、暁雪
一二七四 よもすがらかさなるくものたえまより月をむかふるみねのしらゆき
    水鳥
一二七五 さゆるよにむれゐるとりのおとなれやこほりのうへになみをきくかな
    院影供に、寒野冬月
一二七六 ゆくとしをとぶひののもりいでて見よいまいくかまで冬のよの月
    又影供に、山家朝雪
一二七七 うちはらひけさだに人のとひこかしのきばのすぎのゆきのしたをれ
    家会に、野径雪深
一二七八 しらくももひとつにさえてむさしののゆきよりをちはやまのはもなし
    千鳥声遠
一二七九 をちかたのうら人いまやねざめしてとわたるちどりちかくきくらむ
    行路霜
一二八〇 たまぼこのみちゆくそでのしろたへにそれともわかずおけるあさじも
    遠山雪
一二八一 ゆきて見ばけふもくれなむあしびきのやまのはしろきゆきのあけぼの
    行路朝雪
一二八二 ゆく人のあとにぞゆきはしられける月よりのちのやまのはの月
    遠近千鳥
一二八三 をちかたやともよびすててたつちどりおくるるこゑぞそこにのこれる
    家の撰歌合十首内、庭雪
一二八四 ふるゆきにまがきかたしくくれたけのにはのふしどはしたこほりつつ
    家歌合に、寒樹交松
一二八五 しぐれこしいろやみどりにかへるらむこのははれのくまつのあらしに
    池水半氷
一二八六 いけ水をいかにあらしのふきわけてこほれるほどのこほらざるらむ
    山家夜霜
一二八七 くさむすぶよはのとざしのかれしよりうちもあらはにおけるしもかな
    関路雪朝
一二八八 すずかやませきのとあくる時しもあれなほみちたゆるみねのしらゆき
    水鳥知主
一二八九 にほどりのなみにまかするうきすだにならすみぎはにわきてよるなり
    旅泊千鳥
一二九〇 おのれだにこととひこなむさよちどりすまのうきねにものやおもふと
    羈中晩嵐
一二九一 あらしふきつゆのかごともかずそひてはやまのすそにやどりわびぬる
    湖上冬月
一二九二 しがのうらのみぎはばかりはこほりにてにほてる月をよするしらなみ
    炉辺懐旧
一二九三 したにのみしのぶむかしのかひなきやかきあらはさぬよはのうづみ火
    家会に河上氷を
一二九四 かつこほるなみやあらしにくだくらむきよたきがはのあか月のこゑ
    吉野山寒月
一二九五 ひととせをながめはてつるよしのやまむなしきえだに月ぞのこれる
    伏見里雪
一二九六 さとわかぬゆきのうちにもすがはらやふしみのくれはなほぞさびしき
    雪の朝座主の許へつかはしける
一二九七 ゆきのあとのをしからぬまでなりにけりきみまつやどのにはをながめて
    返事 座主
一二九八 わがやどは人をわきてぞあとををしむしばしもゆきにいとひけるこそ
    雪の朝三位入道許へつかはしける
一二九九 わけくべき人なきやどのにはのゆきにわがあとつけて君をとふかな
一三〇〇 君がすむまつのとぼそのゆきのあしたなほふりゆかむすゑをこそおもへ
    返事 入道釈阿
一三〇一 きみがとふあとつけそむるはつゆきはつもらむすゑもたのまるるかな
一三〇二 ふりはててゆききえぬともきみがよをまつのとぼそはなほたづね見よ
    田家時雨
一三〇三 おしねつむやまだのいほは秋すぎてそでをしぐれにほさぬころかな
    山家冬月
一三〇四 やまおろしのけしきばかりやふゆならむみやこなりせば秋のよの月
    十月ばかり宇治にて
一三〇五 秋のいろのいまはのこらぬこずゑよりやまかぜおつるうぢのかはなみ
一三〇六 くさまくらまだおとづれのなきままになみにおどろくふるさとのゆめ
一三〇七 しもさゆるすぎのいたやのめもあはずたれまたそでに月こほるらむ
一三〇八 よもすがらこほれるつゆをひかりにてにはのこのはにやどる月かげ
    冬の歌の中に
一三〇九 しもこほるますげがしたにとぢてけりそがのかはらのみづのしらなみ
一三一〇 いくたびかねざめしつらむそでのつゆこほれるよはのあかしがたさに
一三一一 おほふべきそでこそなけれよの中にまづしきたみのさむきよなよな
    閑居聞霰
一三一二 さゆるよのまきのいたやのひとりねに心くだけとあられふるなり
    山水始氷
一三一三 よしのがはたきのみなかみこほるらむけさかへりゆくゆふなみのこゑ
    池氷暁結
一三一四 あけがたのなみまの月やさえぬらむくれよりこほるひろさはのいけ
    池氷似鏡
一三一五 としをへてかげ見しいけのこほれるやむかしをうつすかがみなるらむ
    網代眺望
一三一六 なみのうへに心のすゑのかすむかなあじろにやどるうぢのあけぼの
    氷
一三一七 なみよするしがのからさきこほりゐておきはみぎはとなりにけるかな
    千鳥を
一三一八 てる月のかげにまかせてさよちどりかたぶくかたにうらづたふなり
    水鳥
一三一九 やまがはのつららのとこにすむをしのおのがはぶきにそふあらしかな
    樵夫
一三二〇 花と見するつまぎのゆきのいつはりをおひてぞかへる冬のやま人
    深草里冬
一三二一 ふかくさはうづらもすまぬかれのにてあとなきさとをうづむしらゆき
    野亭深雪
一三二二 のなかなるあしのまろやに秋すぎてかたぶくのきにゆきおもるなり
    山家雪
一三二三 うかりけりまたやまふかきまどもあらば人をもとはむゆきのあけぼの
一三二四 ゆきをれのみねのしひしばひろふとてあと見せそむる冬の山ざと
    社頭雪
一三二五 みかさやまむかしの月をおもひいでてふりさけ見ればみねのしらゆき
    雪中遠望
一三二六 ゆきしろきよものやまべをけさ見ればはるのみよしの秋のさらしな
    雪のふりけるに、定家朝臣がもとへつかはしける
一三二七 つれなくはきみもやとふとおもひつるけさのゆきにもつひにまけぬる
    返事
一三二八 わがやどのにはのあとにもつれなくてとはむ心のふかさをぞみる
    山ざとにてゆきのあしたによめる
一三二九 みやこにはしぐれしほどとおもふよりまづこのさとはゆきのあけぼの
    冬のうたよみける中に
一三三〇 かさねても人まつにはのけしきかなゆきにやどれるふゆのよの月
一三三一 したをれのたけのひびきにちるゆきにはらふとすれどそでぞさむけき
一三三二 さびしきはいつもながめのものなれどくもまのみねのゆきのあけぼの
一三三三 ゆくとしのながるるかげははやけれどをりしもとづるたにがはのみづ
    歳暮雪
一三三四 よの中は春のとなりになりぬれどかきねのほかもおなじしらゆき
一三三五 ゆきつもるこずゑにくもはへだつれどはなにちかづくみよしののやま
    歳暮に
一三三六 あけぬより春のかすみもたちやせむこよひはさすなしらかはのせき
    家撰歌合に、冬述懐
一三三七 よにすめばはやくもとしのくるるかな心のみづはかつこほれども
    院於春日御社歌合の三首内、落葉を
一三三八 しかのたつもりのこかげのからにしきふきしくかぜはかみのまにまに

   式部史生秋篠月清集下祝 恋 雑
 
 
  祝部
 
   女御入内月次御屏風の中

   第一帖

    小朝拝列立の所
一三三九 たちそむるくもゐの春はもろ人のそでをつらぬるにはに見えけり
    野辺小松原に子日する所
一三四〇 かすがののこまつにゆきをひきそへてかつがつちよのはなさきにけり
    山野に霞立ちわたりたる所、住吉の松あり
一三四一 ながめやるとほざとをのはほのかにてかすみにのこるまつのかぜかな

   第二帖

    花竹の間に鶯ある所、人家もあり
一三四二 はるのひののどかにかすむこずゑよりうちとけそむるうぐひすのこゑ
    春日祭の社頭儀
一三四三 いくはるのけふのまつりをみかさやまみねのあさ日のすゑもはるかに
    人家并に野辺に梅花さきたる所
一三四四 むめの花にほふのべにてけふくれぬやどのこずゑをたれたづぬらむ

   第三帖

    沢辺春駒
一三四五 しもがれしはらののさはのあさみどりこまも心は春にそめけり
    山野并に人家に桜花盛に又さきたる所、霞もあり
一三四六 おしなべてくもにきはなき花ざかりいづくもおなじみよしののやま
    人家の庭に藤盛にさきたる所、山に木もあり
一三四七 よろづよの春しりそむるふぢのはなやどはくもゐとみするなりけり

   第四帖

    人家に更衣したる所、卯花かきねもあり
一三四八 けふよりはちよをかさねむはじめとてまづひとへなるなつごろもかな
    賀茂祭社神館儀式、葵つけたる人の参詣したる所
一三四九 けふみればかものみあれにあふひぐさ人のかみにもかけてけるかな
    早苗うゑたる所
一三五〇 さなへとるたごの心はしらねどもそよぎし秋のかぜぞまたるる

   第五帖

    雲間郭公鳴渡る所、人家あり
一三五一 おもひしれありあけがたのほととぎすさこそはたれもあかぬなごりは
    昌蒲かりたる所、人家に葺きたる所もあり
一三五二 かぜふけばよはのまくらにかはすなりのきのあやめのおなじにほひを
    人家の庭に瞿麦さきたる所
一三五三 ませのうちにきみがたねまくとこなつのはなのさかりを見るぞうれしき

   第六帖

    山井の辺に人人納涼したる所、泉あり
一三五四 やまかげやいづるしみづのさざなみに秋をよすなりならのしたかぜ
    野辺杜間に夏草しげる所
一三五五 すずみにとわけいるみちはなつふかしすそのにつづくもりのしたくさ
    河辺に六月祓したる所
一三五六 なつのひをかねてみそぎにすつるかなあすこそ秋のはじめとおもふに

   第七帖

    山野并に人家に秋風吹きたる所、をぎあり
一三五七 ゆふさればのやまのけしきいかならむ秋風たちぬにはのをぎはら
    野花盛に開けて人人集りたる所、又堀取る所もあり
一三五八 秋の野のちくさのいろをわがやどに心よりこそうつしそめつれ
    山野并に林間鹿ある所
一三五九 かすがやままつのあらしにこゑそへてしかもちとせの秋とつぐなり

   第八帖

    人家池辺に人人翫月所
一三六〇 くもはるるみそらやいけにうつるらむみなそこよりも月はいでけり
    会坂関に駒迎に行向ふ所、しみづあり
一三六一 あづまよりけふあふさかのやまこえてみやこにいづるもち月のこま
    田の中に人家ある所
一三六二 山だもるしづがいほりにおとづれていなばにやどる秋のゆふかぜ

   第九帖

    山中に菊盛にひらけたる辺に仙人ある所
一三六三 きみがよににほふやまぢのしらぎくはいくたびつゆのぬれてほすらむ
    山野并に人家に紅葉盛にしたる所、人人翫之
一三六四 秋ぎりのはれゆくままにいろみえてかぜもこのはをそむるなりけり
    海辺に霧たちたる所
一三六五 ほのぼのとあかしのうらを見わたせばきりのたえまにおきつしらなみ

   第十帖

    海辺に千鳥ある所、あま人しほやなどあり
一三六六 ともちどりおきのこじまにうつるなりきしのまつかぜよさむなるらし
    網代に人あつまりたる所、落葉あり
一三六七 もみぢばをみやこの人の心までひをへてよするせぜのあじろぎ
    江沢辺寒蘆しげれる所、鶴もあり
一三六八 なにはがたあしはかれはになりにけりしもをかさぬるつるのけごろも

   第十一帖

    五節参入の所
一三六九 さよふけてとよのあかりのもろ人のをとめむかふるくものかよひぢ
    賀茂臨時祭上御社の社頭儀式
一三七〇 みたらしのかはべにさよはふけにけりたちまふそでにしもさゆるまで
    野辺に鷹狩したる所
一三七一 けふくれぬあすもかりこむうだのはらかれののしたにきぎすなくなり

   第十二帖

    内侍所御神楽
一三七二 くものうへに神も心やはれぬらむ月さゆるよのあかほしのこゑ
    山野竹樹などに雪ふりつみたる所、人家あり
一三七三 ながめやる心のみちもたどりけりちさとのほかのゆきのあけぼの
    歳暮に下人等山より松などきりていづる所
一三七四 ちよふべきまつさへ山をいでにけりはるをいとなむしづにひかれて
    泥絵御屏風
    夏
    樹陰納涼
一三七五 なつぐさのかぜにみだるるゆふぐれは秋のみふかきおほあらきのもり
    冬
    池上氷
一三七六 いけみづにさゆるひかりをたよりにてこほりは月のむすぶなりけり
    院にて入道釈阿九十賀たまはせける屏風歌
    春帖
    霞
一三七七 春がすみしのにころもをおりはへていくかほすらむあまのかごやま
    若草
一三七八 みよしのはくさのはつかにあさみどりたかねのみゆきいまやきゆらむ
    花
一三七九 おいらくのけふこむみちはのこさなむちりかひくもるはなのしらゆき
    夏
    郭公
一三八〇 かざしをる人やたのめしほととぎすみわのひばらにきつつなくなり
    五月雨
一三八一 をやまだにひくしめなはのうちはへてくちやしぬらむさみだれのころ
    納涼
一三八二 きのくにやふきあげのまつによるなみのよるはすずしきいそまくらかな
    秋帖
    秋野
一三八三 さをしかのいるのの秋のしたつゆにたれつまこめてくさむすぶらむ
    月
一三八四 このごろは秋のしま人時をえてきみがひかりの月をみるらむ
    紅葉
一三八五 やまこゆるかりのつばさにしもおきてよものこずゑはいろづきにけり
    冬帖
    千鳥
一三八六 はまちどりあとふみつけよいもがひもゆふはがはらのわすれがたみに
    氷
一三八七 はつせめのしらゆふはなはおちもこずこほりにせけるやまがはの水
    雪
一三八八 ふりにけるともとやこれをながむらむゆきつもりにしこしのしらやま
    今上一品宮むまれさせたまひての七夜に、人人杯とりて詠ぜしに
一三八九 ひかりそふくもゐの月をみかさやまちよのはじめはこよひのみかは
    中宮初度御会に、月契秋久
一三九〇 よろづよの月をば秋のひかりにてたえぬちぎりはくもゐにぞ見る
    庭梅久芳
一三九一 わがそでにのきばのむめのかをとめよはなはいくよもはるぞにほはむ
    渡新所之後はじめたる会に、松延齢友
一三九二 ちよまでとちぎる心やかよふらむまつにこたふるかぜのおとかな
    大臣ののちはじめたる会に、松不改色
一三九三 はるくればいまひとしほのみどりこそかはらぬまつのかはるなりけれ
    春日山を祝によせてよみけるに
一三九四 くもりなきちよのひかりはかすがやままつよりいづるあさ日なりけり
    祝歌とてよみける
一三九五 それもなほちよのかぎりのありければまつだにしらぬきみがみよかな
一三九六 しもちたびおけどかはらぬまつも猶きみがみよにやおひかはるべき
一三九七 みやまよりまつのはわけていづる月ちよにかはらぬひかりなりけり
一三九八 ちよやちよとしなみこゆるすゑのまつくちかはるともきみは時はに
一三九九 おのづからをさまれるよやきこゆらむはかなくすさむやま人のうた
一四〇〇 かみかぜやみもすそがはのながれこそ月日とともにすむべかりけれ
    院於鳥羽殿初度御会に、池上松風
一四〇一 つたへこしふるきながれのいけみづになほちよまでとまつかぜぞふく
    院撰歌合に、寄神祇祝
一四〇二 きみがよのしるしとこれをみやがはのきしのすぎむらいろもかはらず
    院の十首歌合に、神祇
一四〇三 かみかぜやみもすそがはにちぎりおきしながれのすゑぞきたのふぢなみ
    同庭松
一四〇四 にはのいしもいはとなるべききみがよにおひそふまつのたねぞこもれる
    院の影供に、松辺千鳥
一四〇五 たかさごのまつをともとてなくちどりきみがやちよのこゑやそふらむ
    家歌合に、春祝
一四〇六 かすがやまみやこのみなみしかぞ思ふきたのふぢなみはるにあへとは
    院御会に、初春祝を
一四〇七 春といへばやへたつかすみかさねてもいくよろづよをそらにこむらむ
    和歌所おかれて初度御会に、松月夜深
一四〇八 まつかぜにけふより秋をちぎりおきて月にすむべきわかのうら人
    城南寺にて祈雨の御会に、社頭祝言を
一四〇九 たみのとも神のめぐみにうるふらしみやこのみなみみやゐせしより
    京極殿初度御会に、松有春色
一四一〇 おしなべてこのめも春のあさみどりまつにぞちよのいろはこもれる

      未書入不審高陽院初度御会に
 
   恋部
 
    こひのうたよみけるに
一四一一 こほりゐるしがのうらふくはるかぜのうちとけてだに人をこひばや
一四一二 しらくものたなびくそらにふくかぜのおもひたえなむはてぞかなしき
一四一三 きみがあたりわきてとおもふ時しもあれそこはかとなきゆふぐれのそら
    契暮秋恋
一四一四 秋はをしちぎりはまたるとにかくに心にかかるくれのそらかな
    称他人恋
一四一五 しられてもいとはれぬべき身ならずはなをさへ人につつむべしやは
    嵐前恋人
一四一六 ひとりぬるよはのころもをふきかへしさてもあらしはみせぬゆめかな
    聞虫声増恋
一四一七 ひとりねのまくらにむしはやどりけりおのがこゑよりつゆをおかせて
    昼夜思恋
一四一八 ひるはよるよるはひるなるおもひかななみだにくらしとこにおきゐて
    月前恋
一四一九 きみにわがうとくなりにしその日よりそでにしたしき月のかげかな
    舟裏恋
一四二〇 うきふねのたよりもしらぬなみぢにもみしおもかげのたたぬひぞなき
    恋恥傍輩
一四二一 とふ人はしのぶ中とやおもふらむこたへかねたるそでのけしきを
    三島江恋
一四二二 たかせぶねほのみしまえにこぎかへりあしまのみちのなほやさはらむ
    後朝恋
一四二三 あか月のきりのまよひにたちわかれきえぬるみともしらせてしかな
    五首歌披講せし中にこひを
一四二四 ふくかぜもものやおもふととひがほにうちながむればまつのひとこゑ
    こひのうたよみける中に
一四二五 すさまじくとこもまくらもなりはてていくよありあけの月をやどしつ
一四二六 ものおもふただひとりねのさむしろにあたりのちりよいくよつもりぬ
一四二七 おもひねのゆめになぐさむほどばかりまくらのつゆのよはのむらぎえ
一四二八 よせかへるあらいそなみのしきなみにまなく時なくぬるるそでかな
一四二九 なみだせくそでにおもひやあまるらむながむるそらもいろかはるまで
一四三〇 ゆふぐれのくものはたてのそらにのみうきて物おもふはてをしらばや
一四三一 とめこかしきみまつかぜのかひなくはものおもふやどのはなのをりをり
一四三二 おちたぎつかはせのなみのいはこえてせきあへぬそでのはてをしらばや
一四三三 しのぶことおもはざるらむなにはめのすくもたくひもしたぞこがるる
一四三四 それはなほゆめのなごりもながめけりあめのゆふべもくものあしたも
一四三五 やまの井のむすびもはてぬちぎりかなあかぬしづくにかつきゆるあわ
    水無瀬殿にて九月十三夜恋の十五首の歌合に
    春恋
一四三六 うぐひすのこほれるなみだとけぬれどなほわがそではむすぼほれつつ
    夏恋
一四三七 くさふかきなつのわけゆくさをしかのねをこそたてねつゆぞこぼるる
    秋恋
一四三八 せくそでになみだのいろやあまるらむながむるままのはぎのうへのつゆ
    冬恋
一四三九 あしがものはらふつばさにおくしものきえかへりてもいくよへぬらむ
    暁恋
一四四〇 もりあかすみづのしらたまいまはとてたゆむもしらぬそでのうへかな
    羈中恋
一四四一 うつのやまうつつかなしきみちたえてゆめにみやこの人はわすれず
    山家恋
一四四二 やまがつのあさのさごろもをさをあらみあはで月日やすぎふけるいほ
    故郷恋
一四四三 すゑまでとちぎりてとはぬふるさとにむかしがたりのまつ風ぞふく
    旅泊恋
一四四四 まてとしもたのまぬいそのかぢまくらむしあけのなみのねぬよとふなる
    関路恋
一四四五 わがこひやこのせをせきとすずかがはすずろにそでのかくはしをれし
    海辺恋
一四四六 うちわすれもにすむむしはよそにしてすまのあまりにうらみかけつる
    河辺恋
一四四七 はつせがは井でこすなみのいはのうへにおのれくだけて人ぞつれなき
    寄雨恋
一四四八 こぬ人をまつよながらののきのあめに月をよそにてわびつつやねむ
    寄風恋
一四四九 をぎはらやよそにききこし秋のかぜものおもふくれはわがみひとつに
    院撰歌合内、遇不遇恋
一四五〇 しばしこそこぬよあまたとかぞへてもなほやまのはの月をまちしか
    同影供歌合に、忍恋を
一四五一 はやせがはなびくたまものしたみだれくるしや心みがくれてのみ
    同影供当座に、月前恋
一四五二 わくらばにまちつるよひもふけにけりさやはちぎりしやまのはの月
    同影供に、依忍増恋
一四五三 せきかへすそでのしたみづしたにのみむせぶおもひのやるかたぞなき
    同影供に、旅泊暁恋
一四五四 わくらばのかぜのつてにもしらせばやおもひをすまのあか月のゆめ
    和歌所初の影供に、初恋
一四五五 すまのあまのもしほのけぶりたちまちにむせぶおもひをとふ人のなき
    久恋
一四五六 なには人いかなるえにかくちはてむあふことなみに身をつくしつつ
    家の撰歌合に、夏恋
一四五七 うつせみのなくねやよそにもりのつゆほしあへぬそでを人のとふまで
    家会に、変契絶恋
一四五八 ひきかへてあだし心のすゑのまつまつよのはてはなみぞこえぬる
    宇治にて院御会五首中、夜恋
一四五九 まちわびぬこよひもさてややましなのこはたのみねのをちのしらくも
 
   旅部
 
    旅歌よみける中に
一四六〇 いかだとよむせぜのいはまのなみのおとにいくよなれたるうきねなるらむ
一四六一 へだてゆくみやこのやまのしらくもをいくへになるとたれにとはまし
一四六一 へだてゆくみやこのやまのしらくもをいくへになるとたれにとはまし
一四六二 くさむすぶのばらのつゆのふかきかなたがあかしけるよはのまくらぞ
一四六三 つなでひくたけのしたみちきりこめてふなぢにまよふよどのかはぎし
一四六四 みづあをきふもとのいりえきりはれてやまぢ秋なるくものかけはし
一四六五 しげりあふつたもかへでもあとぞなきうつの山べはみちほそくして
一四六六 あけがたになるやしらつゆかずそひぬかりのいほりのあしのすだれに
一四六七 ともなくてくさばにやどる秋ののにほたるばかりやよはのともし火
一四六八 ありあけのつきせざりけるながめかないくうらづたひ心すましつ
一四六九 へだてゆくくもとなみとをいくへともしらぬとまりのゆめのかよひぢ
一四七〇 あふ人もなきゆめぢよりことづけてうつつかなしきうつのやまごえ
一四七一 なれにけりひとよやどかすさとのあまのけさのわかれもそでしをれつつ
一四七二 きのふけふのにもやまにもむすびおくくさのまくらやつゆのふるさと
一四七三 くにかはるさかひいくたびこえすぎておほくのたみにおもなれぬらむ
一四七四 なみまくらひとよばかりになれそめてわかれもやらぬすまのうら人
    ものへまかりけるに、あまのかはらといふところをすぐとて
一四七五 むかしきくあまのかはらにたづねきてあとなきみづをながむばかりぞ
    公卿勅使に伊勢へくだりけるみちにて
一四七六 あふさかのやまこえはててながむればかすみにつづくしがのうらなみ
一四七七 はるかなるみかみのたけをめにかけていくせわたりぬやすのかはなみ
    海路暁望
一四七八 わするなよいまはの月をかたみにてなみにわかるるおきのともぶね
    海路秋
一四七九 ゆくふねのあとのしらなみきえつきてうすぎりのこるすまのあけぼの
    院影供のついでに当座、月前旅を
一四八〇 わすれじとちぎりていでしおもかげは見ゆらむものをふるさとの月
    家撰歌合に、秋旅
一四八一 まつしまや秋かぜさむきいそねかなあまのかるもをひじきものにて
    院宇治御会五首内、秋旅
一四八二 はしひめのわれをばまたぬさむしろによそのたびねのそでの秋かぜ
    院より八幡若宮にて歌合ありし六首内、羈中恋を
一四八三 ふるさとをいのちあらばとまつらがたかへるひとをしゆふなみのそら
    院にて当座、旅心を
一四八四 みやこ人そのことづてはとだえしてくもふみつたふやまのかけはし
 
   雑部
 
    五行をよみ侍りける
    木
一四八五 としへたるひばらのそまのさびしきにたつぎのおとのほのかなるかな
    火
一四八六 おもふべしたきぎのうへにもゆる火はよのことわりをあかすなりけり
    土
一四八七 おしなべてあめのしたなる物はみなつちをもととてありとこそきけ
    金
一四八八 こむよまでながきたからとなる物はほとけにみがくこがねなりけり
    水
一四八九 きよくすむ水の心のむなしきにさればとやどる月のかげかな
    東
一四九〇 月も日もまづいでそむるかたなればあさゆふ人のうちながめつつ
    西
一四九一 秋かぜもいりひのそらもかねのおともあはれはにしにかぎるなりけり
    南
一四九二 たまづさをまつらむさとの秋かぜにはるかにむかふはつかりのこゑ
    北
一四九三 そなたしもふゆのけしきのはげしとやとぢたるとをもたたくかぜかな
    中
一四九四 むかしよりみやこしめたるこのさとはただわがくにのもなかなりけり
    青
一四九五 なみあらふいはねのこけのいろまでもまつのこかげをうつすなりけり
    黄
一四九六 秋の日のひかりのまへにさくきくのかれののいろにまがひぬるかな
    赤
一四九七あかねさすみねのいり日のかげをえてちしほそめたるいはつつじかな
    白
一四九八 しもうづむかものかはらになくちどりこほりにやどる月やさむけき
    黒
一四九九 くもふかきみやまのさとのゆふやみにねぐらもとむるからすなくなり
    暁観仏
一五〇〇 よこぐものきえゆくそらにおもふかなさとりはれにし月のひかりを
    夕聞経
一五〇一 いりあひのかねのおとこそたぐふなれこれとてのりのこゑならぬかは
    夜尋僧
一五〇二 ふけぬればつゆとともにややどらましいはやのほらのこけのむしろに
    暁
一五〇三 をしきかないりかたちかき秋の月まだやみふかきこのよとおもへば
    山家の心を
一五〇四 ひとりさはみやまのはるにくらせとやけふまで人のとはぬさくらを
一五〇五 やまかげやのきばのこけのしたくちてかはらのうへにまつぞかたぶく
一五〇六 山ざとにくれにしくさは春のゆめひとよに秋のかぜぞおどろく
一五〇七 月見ばといひしばかりの人はこずよもぎがうへにつゆしろきには
一五〇八 よのうさのねをやたえなむやまがはにうれしくみづのさそふうきくさ
一五〇九 しをりせでいりにしやまのかひぞなきたえずみやこにかよふ心は
一五一〇 かりそめのうきよいでたるくさのいほにのこる心はふるさとのゆめ
一五一一 みよしのもはるの人めはかれなくにはななきたにのおくをたづねむ
一五一二 ふもとまでおなじささはらあともなしみやまのいほのつゆのしたみち
一五一三 いかばかりゆめのよあだにおもふらむみやまのいほのよはのあらしに
一五一四 まつ人のなきにかかれるわが身かなものおもふ秋のいりあひのそら
一五一五 たきのおとまつのひびきのはげしきにつれなくあかすいはまくらかな
一五一六 ひとりこそおもひいりにしおくやまにしかもなくなりみねのまつかぜ
一五一七 あしびきのやまかげならすゆふまぐれこのはいろづくひぐらしのこゑ
一五一八 をはりおもふすまひかなしきやまかげにたまゆらかかるあさがほのつゆ
    山家松、院より八幡若宮歌被奉六首内
一五一九 すみすてて人はあとなきいはのとにいまもまつかぜにははらふなり
    松風、院より春日社にて歌合の三首内
一五二〇 つゆしぐれそでにもらすなみかさ山くもふきはらへみねのまつかぜ
    夢中述懐
一五二一 うたたねのはかなきゆめのうちにだにちぢのおもひのありけるものを
一五二二 まことにもよのことわりをしる人はこともおろかにいとふべきかは
    述懐
一五二三 よのうきは人の心のうきぞかしひとりをすまむみやこなりとも
一五二四 ふちはせにひまなくかはるあすかがは人の心のみづやながるる
一五二五 はらはでやのきばをくさにまかせましふるきをしのぶ心しげりて
一五二六 そめおきしうきよのいろをすてやらでなほ花おもふみよしのの山
一五二七 つぼむよりちるべきいろのものなればあらしにはなはやどるなりけり
一五二八 をりをりの心にそめてとしもへぬ秋ごとの月春ごとのはな
一五二九 ながきよのふけゆく月をながめてもちかづくやみをしる人ぞなき
一五三〇 てらすらむ月日のひかりくもらずはそらをたのみてよをやすぎまし
    皇大后宮大夫入道がもとへ消息して侍りし返事に、かくいひつかはしたりける
一五三一 秋の時すててしたにのむもれぎをうれしくもとふまつのかぜかな
    返し
一五三二 きみをとふかひなきころのまつの風われしもはなをよそにきくかな
    前大僧正の許より
一五三三 よの中をおもひつらぬるまくらにはなみだのたまのせくかたぞなき
一五三四 いたづらによもぎのつゆとみをなしてきえなばのちのなこそをしけれ
    返事
一五三五 よのなかになほたちめぐるそでだにもおもひいるればつゆぞこぼるる
一五三六 きみももしよもぎがつゆとみをなさばやがてやきえむのりのともし火
    天王寺にて
一五三七 にしをおもふ心ありてぞつのくにのなにはわたりはみるべかりける
    院にて三体の歌をめしけるに
    高歌、春
一五三八 はるがすみあづまよりこそたちにけれあさまのたけはゆきげながらに
    同、夏
一五三九 まつたてるよさのみなとのゆふすずみいまもふかなむおきつしほかぜ
    廋歌、秋
一五四〇 をぎはらやよはに秋風つゆふけばあらぬたまちるとこのさむしろ
    同、冬
一五四一 やまざとはまきのはしのぎあられふりせきいれしみづのおとづれもせぬ
    艶歌、恋
一五四二 わすれなむ中中またじまつとてもいでにしあとはにはのよもぎふ
    同、旅
一五四三 ゆめにだにあふよまれなるみやこ人ねられぬ月にとほざかりぬる
    滝水をよめる
一五四四 あまのがはながれやみねにかよふらむしらくもおつるたきのみなかみ
    和羽林次将大原之作
一五四五 ありあけの月まつやまのふもとにてうきよのやみはおもひしりきや
    舎利講次でに思ひを
一五四六 さまざまの人のおもひのすゑやいかにおなじけぶりのそらにかすめる
    八月十五夜、前座主のもとより
一五四七 やよや月こぞまたいさやをととしもこよひのそらはかきくもりしを
一五四八 いかなればはれゆくそらの月をえてわが心のみくもがくるらむ
    返事
一五四九 みとせまでくもりし月もはれぬればなほひかりそふそらをまつかな
一五五〇 こよひとてはれゆく月のかひぞなききみが心のくもがくれせば
    宜秋門院御さまかはらせ給ひてつぎの日、座主のもとより
一五五一 いへをいでていまはうれしきみちしばによそにはつゆのなほやおくらむ
一五五二 いる人のしるべよそなる心よりまことのみちにくずのうらかぜ
    返事
一五五三 よそにしてぬらすそでこそはかなけれこれぞまことのみちしばのつゆ
一五五四 しるべせぬそのよのみちのゆくすゑになほたちかへれくずのうらかぜ
    院にて当座御会に松を
一五五五 すみよしの神やまことにことのはをきみにつたへしまつかぜのこゑ
一五五六 ひと時のいろはみどりになほしかじたつたのもみぢみよしののはな
一五五七 くやしくぞ月にふくよのまつかぜをやどのものともながめきにける
 
   哀傷
 
    嵯峨故内府墓所にて懐旧の心をよみて 座主
一五五八 やまざとはそでのもみぢのいろぞこきむかしをこふる秋のなみだに
    返事
一五五九 よそに思ふわがたもとにはなほしかじきみがしぐれのいろは見ねども
    としごろのちぎりはかなくなりてのち、その墓所にゆきてよめるとか
一五六〇 まれにきてむかしのあとをたづぬればしらぬまつにもかぜむせぶなり
一五六一 ならべこしよはのまくらもゆめなれやこけのしたにぞはてはくちぬる
    なほありしかども忘了んぬ
    おなじころ三位入道のもとより
一五六二 かぎりなきおもひのほどのゆめのうちはおどろかさじとなげきこしかな
    返事
一五六三 見しゆめにやがてまぎれぬわが身こそとはるるけふもまづかなしけれ
 
   無常部
 
    前内相府幽霊一辞東閤之月、永化北芒之煙、以来去文治第四之春忽
    入我夢以呈詩句、今建久第二之春又入人夢、開暁之詞実知娑婆之善
    漸積、泉壌之眠自驚者歟、爰依心棘之難、抑奉答夢草之幽思而已
一五六四 みしゆめの春のわかれのかなしきはながきねぶりのさむときくまで
    八月十五夜、山法印のもとへつかはしける
一五六五 とへかしなかげをならべてむかし見し人もなきよの月はいかにと
    返し
一五六六 いにしへのかげなきやどにすむ月は心をやりてとふとしらずや
    西行法師まかりにけるつぎの年、定家朝臣のもとにつかはしける
一五六七 こぞのけふはなのしたにてつゆきえし人のなごりのはてぞかなしき
    返し
一五六八 花のしたのしづくにきえし春はきてあはれむかしにふりまさる人
    定家朝臣が母の中陰三月尽にあたりたりけるにつかはしける
一五六九 はるがすみかすみしそらのなごりさへけふをかぎりのわかれなりけり
    返し
一五七〇 わかれにし身のゆふぐれにくもたえてなべてのはるはうらみはててき
    観性法橋うせてのち、彼の西山の往生院にて如法経かかむとてま
    かりいれりけるに 前座主
一五七一 人のいふ秋のあはれはぬしもなきこのやまでらのゆふぐれのそら
    返し
一五七二 ぬしありしむかしの秋は見しものをあれたるやどときくぞかなしき
    よのはかなきことをおもひて
一五七三 きえはてしいくよの人のあとならむそらにたなびくくももかすみも
一五七四 のちのよはあすともしらぬゆめのうちをうつつがほにもあけくらすかな
一五七五 とりべやまおほくの人のけぶりたちきえゆくすゑはひとつしらくも
 
   神祇部
 
    伊勢にて
一五七六 かみかぜやみもすそがはのそのかみにちぎりしことのすゑをたがふな
    述懐の中に
一五七七 いせじまやしほひもしらずそでぬれていけるかひなきよにもふるかな
一五七八 つゆみがくたまぐしのはのたまゆらもかけしたのみのわすれやはする
    はるのはじめに
一五七九 あらたまのとしやかみよにかへるらむみもすそがはのはるのはつかぜ
一五八〇 けふとへば春のしるしをみやがはのきしのすぎむらいろかはるなり
    神祇歌よみける中に
一五八一 やはらぐるひかりにしるし春のひのめぐみにはなはさくよなりけり
一五八二 みかさやまわがよをまつのかげにゐてよそにすぐさむさみだれのころ
一五八三 たのもしなさほのかはかぜかみさびてみぎはのちどりやちよとぞなく
    日吉七社本地大宮
一五八四 いにしへのつるのはやしにちるはなのにほひをよするしがのうらかぜ
    二宮
一五八五 あさひさすそなたのそらのひかりこそやまかげてらすあるじなりけれ
    聖真子
一五八六 みちをかへてこのよにあとをたるるかなをはりむかへむむらさきのくも
    八王子
一五八七 かれはつるこずゑにはなもさきぬべしかみのめぐみのはるのはつかぜ
    客人
一五八八 ここにまたひかりをわけてやどすかなこしのしらねやゆきのふるさと
    十禅師
一五八九 このもとにうきよをてらすひかりこそくらきみちにもありあけの月
    三宮
一五九〇 みな人につねにしたがふちかひよりあまねくにほふのりのはなかな
    院春日社歌合に
    暁月を
一五九一 あまのとをおしあけがたのくもまよりかみよの月のかげぞのこれる
 
   釈教部
 
    舎利講の次でに十如是を
    相
一五九二 あさごとにかがみのうへに見るかげのむなしかりけるよにやどるかな
    性
一五九三 さまざまにむまれきにけるよよもみなおなじ月こそむねにすみけれ
    体
一五九四 はるのよのけぶりにきえし月かげののこるすがたもよをてらしけり
    力
一五九五 ふりつもるゆきにたわまぬまつがえの心づよくもはるをまつかな
    作
一五九六 ひをへつつすがくささがにひとすぢにいとなみくらすはてをしらばや
    因
一五九七 たねしあればほとけの身ともなりぬべしいはにもまつはおひけるものを
    縁
一五九八 きしにいたるかぜのしるべをおもふかなくるしきうみにふなよそひして
    果
一五九九 秋ふかくなりはてにけるみやまかなはな見しえだにこのみいろづく
    報
一六〇〇 すぎきけるよよにやつみをかさねけむむくいかなしききのふけふかな
    本末究竟等
一六〇一 すゑのつゆもとのしづくをひとつぞとおもひはててもそではぬれけり
    内秘菩薩行
一六〇二 ひとりのみくるしきうみをわたるとやそこをさとらぬ人は見るらむ
    舎利講に
一六〇三 ねがはくは心の月をあらはしてわしのみやまのあとをてらさむ
    同講のはてに花を
一六〇四 くさきまで心あるべしのりのにははなたてまつるはるのやまかぜ
    喚子鳥
一六〇五 よぶこどりうきよの人をさそひいでよ入於深山思惟仏道
    立秋
一六〇六 にしをおもふ心のいとどすずしきはそなたよりふく秋のはつかぜ
一六〇七 ふきかへすころものうらの秋かぜにけふしもたまをかくるしらつゆ
    旅于時七月十五日
一六〇八 たびのよにまよふもろ人こよひこそいでしみやこの月をみるらめ
    川為人詠
一六〇九 にごるえにのりのながれのみちをえて人をぞわたすしらかはのさと
    池
一六一〇 つひにわがねがふすみかは極楽の八功徳池のはちすなりけり
    舎利講のついでに蓮を
一六一一 このよよりはちすのいとにむすぼほれにしに心のひくわが身かな

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 季経集解題】〔73季経解〕新編国歌大観巻第七-730 [書陵部蔵五〇一・三一七]

 季経集の伝本は少なく、底本に用いた書陵部蔵本(五〇一・三一七)のほか、非公開の田中家本・冷泉家時雨亭文庫本(鎌倉時代写)の二本が知られるぐらいである。書陵部蔵本は、江戸初期写、列帖装一冊本で、外題は「季経入道集」、内題は「季経三位入道集」とあり、ともに霊元天皇宸筆。奥書に「本云建久元年五月十三日自書写之」とあり、その季経自筆本を祖本とするものか。六六番歌の詞書と歌との間に余白(一二丁裏白)があるが、この箇所に切出された歌があるとは考えられず、原親本のままを書写したものかとみられている。「冷泉家の歴史と文化」(昭和六二年、石川県立歴史博物館春季特別展解説付総目録)収載の冷泉家蔵「季経三位入道集」の図版(巻頭部分のみ)によると、漢字・仮名の別、一面行数、見せ消ち箇所などが書陵部本と一致していることが知られ、おそらく書陵部本は冷泉家本の転写本と考えてよいであろう。

 季経集は、賀茂重保撰の月詣和歌集の編纂資料として提出を求められ、自撰された賀茂社奉納の寿永百首家集の一つとみられる。四季四四首、恋一七首、雑四六首の総歌数一〇七首(うち他人詠九首)より成るが、配列に若干の問題が存し、祖本に錯簡があったかとの指摘(井上宗雄氏「平安後期歌人伝の研究」参照)もあり、奥書の問題とともに検討の必要があろう。なお、手鑑「あけぼの」(梅沢記念館蔵。「古筆手鑑大成」7)に伝為家筆「季経集切」(片仮名本。南北朝写)があり、季経には寿永百首家集以外の小家集も存在したらしい。

 藤原季経は、天承元年(一一三一)~承久三年(一二二一)、九一歳。正三位左京大輔顕輔の六男。非参議正三位に至る。建仁元年(一二〇一)一二月一五日、七一歳で出家、法名は蓮経。治承三十六人歌合に選ばれたほか、顕昭とともに千五百番歌合の判者の一人にも加えられ、清輔没後の六条藤家主要歌人として活躍した。枕草子の注釈も著したと伝える(本朝書籍目録)。勅撰集には、千載集以下に二一首入集している。
 (辻 勝美)
 
季経集】107首 新編国歌大観巻第七-730 [書陵部蔵五〇一・三一七]  

   右大臣家百首中に、立春を
  一 あづまぢのそらのけしきやいかならむはるはみやこへすぎてきにけり
   霞を
  二 あさまだきたなびきわたるかすみをもおびにはしけりきびの中山
   帰雁を
  三 おなじうへにかきかさねたるたまづさははねうちかはしかへるかりがね
   人のなはしろの歌よみてと申ししに
  四 しづのをがかへしもやらぬをやまだにさのみはいかがたねをかすべき
   すみれをよめる
  五 みかりののましばがしたのつぼすみれしをれにけりなあさるきぎすに
   三井寺歌合に、遥見山花といふ題を人にかはりて
  六 しらくもとひとへにみゆるやまざくらいづくかはなのきはめなるらん
   右大臣家にて、人人十首月歌よみ侍りしに、花下月明といふ題を
  七 ちりかかる花をよるさへ見つるかなこのよの月のくもりなければ
   或所にて、花下述懐といふ題を
  八 たちよればまなくたもとにかかるかなはなはうき身をいとはざりけり
   新日吉社歌合に、桜花をよめる
  九 いづれともえだをみわかね山ざくらたちのぼるをやくもとしるらん
   故左京の大夫かくれてのち、六条南庭花のさかりに、人人うたよ
   み侍りしに、すぎにしはなの会を思ひいでて

 一〇 ありしよにかはらずみゆるにほひかなはなもむかしをわすれざりけり
   やよひのつごもりころに、閑院内裏の桜みなちりてあをばになれ
   る中に、ちひさききのはなさくべくもみえざりしがわづかにさき
   たるををりて、内の女房のもとへいひつかはしける
 一一 ともとみしはなをもしらぬおそざくらうらやましくぞはなさきにける
   返し 女房
 一二 おそざくらさくにてをしれ我もさぞはなさくはるにあはんとものとは
   清輔朝臣のもとにて、人人暮春帰雁といふことをよみ侍りしに
 一三 おもひおくこころもあらじはるふかみはなちりはてて帰るかりがね
   柿本御影つたへたてまつりて、はじめて会し侍りしに、藤花盛開
   といふ題をよめる
 一四 ふぢのはなまつのみどりをこめてけりちとせまでにもかかれとぞおもふ
   経家朝臣がもとにて、未聞郭公といふ題を
 一五 ほととぎすまだきかぬまぞおぼえけるひとこゑにてもありぬべしとは
   右大臣家百首に、郭公を
 一六 たきのうへのみふねの山のほととぎすこゑほにあげていまぞすぐなる
 一七 わがやどをなきてすぎつるほととぎすとをちのさとにほのきこゆなり
   三井寺歌合に、故郷郭公といふ題を人にかはりて
 一八 いにしへを思ひいでてやほととぎすこゑをたかつのみやになくらむ
   郭公を
 一九 まどろめるひとはきかじなほととぎすわれまちつけておどろかさずは
   新日吉社の歌合に、郭公を
 二〇 ひとこゑとまちしはたれぞ郭公ききてもあかぬわがこころかな
   尋郭公帰路聞といふ題を
 二一 たづねつるかひはなけれどほととぎすかへる山ぢにひとこゑぞなく
   律師範玄歌合のれうとてこひ侍りしに、山路郭公を
 二二 ほととぎすなのる山ぢにしをりしてここにききつと人にかたらむ
   家に歌合し侍りしに、卯花を
 二三 ながめやるかきねつづきの卯花はただひとすぢにつもるしら雪
   卯花をよめる
 二四 かきねにはうのはな月よくまなくてあをばばかりぞこかげなりける
   雨中盧橘と云ふ題を
 二五 いかでかはふりくるあめのにほはましはなたちばなのしづくならずは
   五月雨を
 二六 さみだれにいただのはしもみづこえてけたよりだにもえこそわたらね
   河原院歌合に、故籬瞿麦と云ふ題を
 二七 とこなつのはなしさかずはあともなきまがきのほどをいかでしらまし
   夏草を、公通卿十首会歌中
 二八 をしかふす夏ののくさのふかければあさふむせこはこゑのみぞする
   右大臣家にて、滝下納涼を
 二九 たなばたのおるぬのびきのたきなれやあきのけしきにすずしかりけり
   家に影供し侍りしに、旅宿七夕と云ふ題を
 三〇 たなばたにくさのまくらをかしつればわかれぬさきもつゆけかりけり
   草花をよめる、右大臣家百首中に
 三一 ふく風のたよりならでははなすすきこころと人をまねかざりけり
   経家朝臣家に人人歌よみ侍りしに、田家霧を
 三二 きりこめてほむけもみえずそともなるひきなすひたのおとばかりして
   公通卿人人に十首歌よませ侍りしに、野草をよめる
 三三 風のおともあはれつきせぬ秋ののにいかにせよとてしかのなくらん
   養和元年九月摂政殿よききくたづねてまゐらせよとおほせられしに、
   まゐらすとてよみてむすび付け侍りし
 三四 けふこそはおいせぬきくをうつしうゑてちとせのぬしときみをなしつれ
   経盛卿歌合に、紅葉をよめる
 三五 いろいろにとりそめてけりたつたひめはしむらごなる衣でのもり
   白河殿女房百首和歌人人に十首づつよませ侍りしに、野をよめる
 三六 露しげきのばらしのはらわけこずはいかでかきましはぎがはなずり
   重家卿許にて、人人月和歌十首よみ侍りしに
 三七 水ならばやどれる影もみえなましこころにすめるあきのよの月
   山家秋暮と云ふ題を右大臣家にてよめる
 三八 くさかれてさびしさまさるみ山べはあきはてぬべきすまひなりけり
   経盛卿歌合に、雪を
 三九 ねにかへるはなかとみえてちるゆきをいかでこずゑにつもるなるらん
   公通卿十首歌合よませ侍りしに、旅行雪を
 四〇 ゆくすゑもしられざりけりたかしまやかちののはらのゆきのあけぼの
   西宮歌合に、社頭雪を
 四一 さかきばにゆきのしらゆふとりしでてそらさへかみをまつるなりけり
   右大臣家の十首月歌中に、月照山雪
 四二 いづくをかくまとみるべきゆきつもるしらつき山をてらす月かげ
   行路雪と云ふ題をよみてと人のいひ侍りしかば
 四三 おぼつかないづちいくよのみちならむふりつむゆきにあとたえにけり
   右大臣家百首、歳暮をよめる
 四四 かへるさはみちにところやなかるらんとしをおくらぬ人しなければ
   初恋を
 四五 日数へばこひぢのすゑやいかならむおもひたつよりくるしかりけり
   忍恋
 四六 こひすともよそめをだにもつつまずはいまひとかたのものはおもはじ
   初遇恋
 四七 さぞかしときくよそ人はいはずともわれをたえぬるなかとちらさん
   右近馬場にて人人郭公まちて歌よみ侍りしに、恋の心を
 四八 きみにわがおもひをしばしゆづりおきてたへぬべしやととひみてしかな
   遍照寺歌合に、恋心を
 四九 つらさをもえこそうらみねかずならぬ身をなげけとやいはんとおもへば
   家に歌合し侍りしに、恋をよめる
 五〇 いかばかりこひぢはすゑのとほければおもひいりてもとしのへぬらん
   嘉応元年十一月廿七日摂政殿宇治にわたり給ひて人人歌よませ給ひしに、
   旅宿恋といふ題を
 五一 みやこにてつらさばかりをなげきしにおぼつかなさをそふるたびかな
   左京大夫修範卿歌合に、恋心を
 五二 ひまもなくおつるなみだはあらへどもなほ身にしむはこひにぞありける
   三井寺歌合に、語合友恋といふ題を人にかはりて
 五三 きみにわれ人のつらさをかたるまにうき身のほどをしられぬるかな
   清輔朝臣許にて、歳暮恋と云ふ題を
 五四 きみゆゑにすぐる月ひぞをしまるるあはでとしふるなのみつもれば
 



    重家卿許にて、恋方違人といふ題を
  五五 ふたがらんかたこそあらめわれにきみあふことをさへたがふべしやは
    右大臣家歌合に、旅恋を
  五六 くさまくらきみとむすべるたびならば露ばかりにやそではぬれまし
    新日吉社歌合に、恋を
  五七 あさましくおきどころなき心かなよにあまりにぬ((ママ))るこひにや有るらん
    家に影供し侍りしに、人違会恋といふ題を
  五八 まだなれぬ人にぞこよひあふせがはおなじながれを思ひわたりて
    右大臣家歌合に、恋を
  五九 おもひいづるそのなぐさめもありなましあひみてのちのつらさなりせば
    季能朝臣歌合のれうとてこひ侍りしに、隔物談恋を
  六〇 あしがきのひまよりもらすことのはにちかひているわがこころかな本まま
    右大臣家会に、後朝心を
  六一 いかなればこしにかはらぬみちながらけさかへるさはゆきもやられぬ
    同家百首中に、祝を
  六二 みかさやまいかなるまつのたねなればおのおのちよのはるけかるらん
    仁安三年正月廿八日摂政殿閑院にて、はじめて人人に歌よませ給ひしに、
    対松争齢といふ題を
  六三 ふたばなるいはねのまつもかぎりあればきみがちとせにすぎじとぞ思ふ
    嘉応元年十一月廿八日摂政殿宇治にて、河水久澄といふ題を人人によませ給ひしに
  六四 きみにけふあふせまちてやむかしよりすみはじめけむうぢのかはなみ
    准后三位入内せさせ給ひたりしとき、つねに候ふべきものとて殿上
    ゆるされたりしとき、かくいひつかはしたりし 僧寛顕
  六五 ふぢのはなこだかきまつにかかりつつくものうへまでさかえぬるかな
    返しにつかはし侍りし
  六六 かすが山さかゆるふぢのかげにてはおいきのまつもはなさきにけり
    刑部卿頼輔三位ゆるされて侍りけるに、わがこえられたるをもわ
    すれてよろこび申しつかはすとて
  六七 うれしさをいふべき身にはあらねどもおもふあまりにとはれぬるかな
    返し 頼輔卿
  六八 からころもいろますをりのうれしさにとふことのはを袖につつまむ
    右大臣家百首中に、旅の心を
  六九 すみなれしみやこをさしてかへるさははやくぞこまのあしもなりける
  七〇 ふすまぢをひきての山はなのみしてたもとさむけき旅にいでぬる
    同家歌合に、旅を
  七一 まだきよりおもかげにたつみやこかなこころやさきにたちかへるらん
    六条院くらゐの御時、中将有房少将に侍りしとき、女房と物申し
    しを障子ごしにききていひつかはし侍りし
  七二 ほととぎすかよふかきねしちかければかたらふこゑぞかくれざりける
    返し 有房朝臣
  七三 ほととぎすかたらふこゑはきこゆともそのしのびねのあらばこそあらめ
    通親卿の歌合に、月為終夜友と云ふ題を
  七四 さびしさをふけゆく月になぐさめてひとりはあかすここちこそすれ
    公通卿十首会の中に、海上眺望を
  七五 おきへゆくわれをもともにながむらむかすみわたれるをちのうら人
    右大臣家歌合に、水月を
  七六 にほどりのかづかざりせばいけみづにすむ月かげを氷とやみん
    同家十首会中に、海上見月と云ふ題を
  七七 こぎいでていくたのうらにうきながらこころは月のみふねにぞのる
    関路惜月
  七八 てる月はしばしないりそきよみがたせきもるなみもかぞふばかりに
    重家卿許にて、人人月歌十首よみ侍りしに
  七九 やまの井をおもひおもひにせきわけておのおの月をやどしてみる((ママ))
  八〇 にはのおものくまなき月を見るときはわがかげさへにいとはしきかな
  八一 よもすがらかたぶくまでに月をみてまちつる山をそむきぬるかな
  八二 にしへゆく月ををしまじおのづからそなたをいとふ身ともこそなれ
    新日吉社歌合に、月を
  八三 くまもなき月おちかかるうきくもは山のはならずいとはしきかな
    経家朝臣会に、湖上月と云ふ題を
  八四 みをがさきこぎまふふねにむかはねどうきてぞ月ははなれざりける
    右大臣家歌合に、月を
  八五 われながらいとひやせましてる月にかかるこころもくまとなりせば
    故中殿かくれ給ひてのつぎのとし、たかくら殿に白河殿おはしま
    すにまゐりたるに、むかしにかはらぬけしきなれど、ただひとり
    のおはしまさぬ許にてさびしきやうなりければ女房に申しける
  八六 むかしにもかはらずすめるいけみづにかげだにみえぬきみぞかなしき
    返し 女房播磨
  八七 いにしへのかげもとまらぬいけみづにくるねぬなはをあはれとぞみる
    住吉歌合に、述懐
  八八 ほのかにてあるかなきかにすぐるにやなみまにまがふあまのあさりび
    右大臣家月十首歌人人よみ侍りし中に、月前述懐を
  八九 月をみてくもゐはるかにすみのぼるこころばかりは人におとらじ
    賀茂歌合に、述懐を
  九〇 うきよにはそこのみくづとなりぬともやがてしづむなかものかはなみ
    重家卿許にて、人人歌よみ侍りしに、泉辺遇旧友と云ふ題を
  九一 やまの井をたむすぶきみもおいにけりむかしはなみもたたまざりしに
    律師範玄歌合料とてこひ侍りしに、逢友懐旧と云ふ題を
  九二 なれきにしきみやしるべとなりぬらんむかしにかへるわがこころかな
    右大臣家歌合に、夢中懐旧をよめる
  九三 ありしよのねてもさめてもわすれねばゆめうつつともかはらざりけり
    同家歌合に、述懐
  九四 をしむべき人もなしとは思へどもなどすてがたき我が身なるらん
    同家月十首会中に、月催無常といふ題を
  九五 すむとてもたのみなきよとおもへとやくもがくれぬるありあけの月
    頼輔卿四位のとき、みかはみづによせてうたをよみて、殿上を申したりけるに、
    ゆりぬとききてよみてつかはしたりし
  九六 みかはみづたえぬながれのすゑなればきみとてさらによどみかはする
    返し 頼輔卿
  九七 みかはみづきみがうれしきよにあひてたえぬながれのすゑぞとほれる
    くさあはせのところにて、うたよめと申しければ、駒引草をよめる
  九八 もち月のこまひきぐさとききつればなにかはこれにあふさかのせき
    有家少納言になりにけるをおそくききていひつかはし侍りし
  九九 ゆめにだにこのうれしさをしらずしておそくぞきみをおどろかしつる
    返し 有家
 一〇〇 おどろかすこのことのはにおどろきてうれしきことぞいとどうれしき
    任中の巡をたてまつりて、子に一階を申すとて頭弁親宗のもとへ申しつかはしし
 一〇一 くらゐやまこのひとさかをのぼせてはあがたのことはしらじとぞ思ふ
    返し 親宗朝臣
 一〇二 たらちねのおやのてひけばくらゐ山このさかいかがのぼらざるべき
    内の殿上ゆづりて、すなはち院の殿上ゆりて侍りしころ、よみて
    人人のもとへつかはし侍りし
 一〇三 しるやきみくもゐにかよふほどもなくはこやの山にまたのぼるとは
    鴨御おやの社のねぎ長継みまかりてのち、勝命法師哀傷歌どもよ
    みたるよしきき侍りしかばこひてみ侍りてかへしつかはすとて
 一〇四 よそにみるたもとまでにぞしをれぬるむかしをしのぶわかのうらなみ
    返し 勝命
 一〇五 思ひやれわかのうらなみたちかへりむかしをいまになさんとぞ思ふ
    重家卿みまかりてのち、法事の誦経のかねをききてよめる
 一〇六 よのつねはよひあか月にきくものをうちもまかせぬかねのおとかな
    同卿の周忌はてし日よみ侍りし
 一〇七 月ごとにおどろかしつるかねだにもまれになりなんことぞさびしき


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 為家千首解題】〔1為家千解〕新編国歌大観巻第十-1 [書陵部蔵五〇一・一四一] 

 為家千首は、ある本独自の欠脱歌はあっても、歌の出入りはなく、総計九九八首(冬一首、雑一首不足)より成り、本文異同もきわめて少ない点で、すべての伝本は一系に属するとみてよい。いま、主として形態的な特徴を基準に、管見にふれた伝本を類別して示すと以下のとおりである。

 一種
  ア書陵部蔵(五〇一・一四一)本
  イ内閣文庫蔵(特九・一二)本
  ウ大阪府立図書館蔵(二二四・六・六八)本
 二種
  エ史料編纂所蔵(四一三一・一〇)本
  オ書陵部蔵(五〇二・一一)本
  カ陽明文庫蔵本
 三種
  キ宮城県図書館蔵伊達文庫(伊九一一・二四・一 四)本
  クノートルダム清心女子大学蔵黒川文庫(C七九・一・一)本
  ケ国文学研究資料館蔵(タ二・三七)本
  コ高松宮旧蔵本
  サ永青文庫蔵本
 四種
  シ群書類従巻一六〇所収本
 五種
  ス書陵部蔵(二六五・一〇五七)本
  セ書陵部蔵(二六六・四二二)本
  ソ内閣文庫蔵(二〇一・四九一)本

 分類の基準は、扉題、内題、詠作明細等が巻首と巻尾に録されている形態にあり、いま各構成要素を分解して記号を付して示す。
    中院入道殿千首云云
  A、為家卿千首 (扉題)
  B、入道民部卿千首 (扉題)
  C、貞応二年八月 五ケ日間詠云云 二百 一日二百五十首 一日 二百二十首 一日 二百首 一日 百三十首 一日云云 (詠作明細)
  D、春二百首 夏百首 秋二百首 冬百首 恋二百首 雑二百首 
(内容目次)
  E、詠千首和歌 (内題)
  F、此千首為家卿貞応二年八月五ケ日間詠之云云二百首一日 二百
 五十首一日 二百二十首一日 二百首一日 百三十首一日云云
 (詠作明細)
  G、此奥書端ニモ有
  G(´)、此奥書ニモ有
  H、朱点定家(卿) 墨点慈鎮(和尚)
  I、「立春」以下「九月尽」までの歌題

 諸本におけるこれらの組合せとありようを表示すると、以下のとおり
である。
     
         巻首  中間  巻尾
         本文冒頭    
 一種     BC      
      BCD      
      BCD      
 二種     ABC      FGH
      ABC      FGH
    ABC      FGH
 三種           FG(")H
            FG(")H
            FG(")H
            FH
            
 四種           (一本)
            CH
 五種           BC
            BC
            BC

 右の諸本はいずれも近世期の写本であるが、このありようと本文内容の純粋さに鑑みて、一種本の形が本来的であったと思われる。そして、扉題を重加し、巻尾にも重ねて詠作明細を付した二種本の形に移行する。さらに、その二種本エオカがGにおいて注意している、巻首と巻尾の明細重複を、巻首の方を削除することで整然とさせたのが三種本であって、そのことは、意味を失って訛伝したG(´)「此奥書ニモ有」に明らかである。四種シ本は、叢書収載に際して、最も簡要な形として、Cの明細のみをとり、Hを他本のものと明記して加え、本文も若干校訂している。五種本は、五九の歌題を一行どりで記す点に特徴があるが、オ本などに部分的に欄外に注記されていた歌題を春夏秋の三部に及ぼした上、一種本巻首の扉題と詠作明細を後尾に付加したものである。本千首は元来、春・夏・秋・冬・恋・雑の包括的な区分の下にテキストとして成立したものであるが、さらに細かくは、堀河百首の歌題に準拠して若干の変改を加えた題を設定して詠作されている。五種本は、途中までについてその題を顕在化して示した後来的な伝本ではあるが、その昔、父定家が初学百首(養和元年〈一一八一〉)の後、俊成の厳訓のもとに試みた第二の百首(寿永元年〈一一八二〉)における「堀河院題」を踏襲している点に、父定家の厳命のもとに成ったであろう初学としての本作の位置を髣髴とさせて有益である。

 本大観の底本には、一種本のうちア書陵部蔵(五〇一・一四一)本を用いた。打ちつけ書きの外題「入道民部卿千首」は霊元天皇の宸筆。枡形本で、和歌を上下句二行分かち書きとし、一面に一一行を書写する。訂正は、胡粉で消した上に書き加えた訂正と、見せ消ちのままの訂正の二種類があり、それらはおそらく冷泉家相伝の本を忠実に書写した結果と推察される。外題と扉題が「入道民部卿千首」であるところから、明らかに後人の手が加わってはいても、本文は為家自身による修訂のあとを留める最終稿の姿をほぼ忠実に伝えているにちがいない。

 歌頭に朱(短)と墨(長)の合点、歌末に墨の合点と、あわせて三種類の合点が付されている。二種本・三種本の巻尾に「朱点、定家」「墨点、慈鎮」とあり、また後掲井蛙抄にはさらに「壬生二位」の名がみえることからすると、三種のうち朱点は定家、墨点二種は慈鎮と家隆のものである可能性が大きいであろう。

 為家千首は、現存する最古の完備した千首作品であり、文献の上にもこれ以前に千首詠作の記録はみえない。

 藤原為家(一一九八~一二七五)は、定家の嫡男。詠作明細に明らかなとおり、本千首は承久の乱後の貞応二年(一二二三)二五歳の八月中五日間で詠まれた、為家の初学と家業継承を象徴する作品である。

 周知のとおり井蛙抄(巻六・雑談)は、次の一条を伝えている。

 又(戸部)云、中院禅門為家、わかくては此道不堪なり。父祖のあ
 ととて世にまじはりても無レ詮。出家せむと思ひ立ちて、いとま申
 しに日吉社にまうでたまひけり。其頃に慈鎮和尚にまゐりて所存の
 おもむきをのべて、いとまを被レ申けるに、和尚、年はいくつぞと
 とはせ給へり。廿五になり侍る由申されければ、いまだ是非のみゆ
 べき年にては侍らず。思ひとどまりて、道のけいこをふかくつみて
 の上の事なりと被レ仰ける。御教訓によりて、出家をも思ひとどま
 りて、まづ五日に千首歌を読まれけり。よみをはりて父にみせ申さ
 れければ、先立春歌十首を見て、立春などかやうに出来たる、宜由
 被レ仰て、見をはられてのち、壬生二位に見すべきよし被レ仰けり。
 つひに道の宗匠として、父祖のあとをますますおこされたる事、慈
 鎮和尚の恩徳也云云。
 
 底本本文校訂箇所は以下のとおり。

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 五九
 しろたへの  しきたへの
 三二八
 露さへもろき  露もろき〔本ノマヽ〕
 七三七
 あづまをとめの  あつさおとめの
 八八九
 けたよりゆかん  けさよりゆかん

(佐藤恒雄)
 
為家千首】998首〔1為家千〕新編国歌大観巻第十-1 [書陵部蔵五〇一・一四一]   

 入道民部卿千首
 
   貞応二季八月五ケ日間詠云云
 二百一日      二百五十首一日
 二百二十首一日   二百首一日
 百三十首一日云云
 


 詠千首和歌

  春二百首

   一 としのうちにはるやたつらんふりつもるゆきまぞかすむあふさかのやま
   二 はるたつとけさはいはまのたにみづもとくるこほりをいづるはつはな
   三 うちつけに花かとぞおもふ春たつとききつるからの山のしらゆき
   四 さほひめのかすみのま袖ふりはへてはるたつのべにゆきやけぬらん
   五 けふはまた春たちぬらしみよしのの山のみゆきにあとはなくとも
   六 ふるゆきにひばらもいまだこもりえのはつせの山も春やたつらん
   七 わたのはらかはらぬなみにたちそひてやそしまかけて春やきぬらん
   八 わたつうみやかすまぬそらもなかりけりあまのとよりやはるはたつらん
   九 けふも又みのしろごろも春たつとなほうちきらしゆきはふりつつ
  一〇 をとめごがそでふる山のはるがすみけふやころもにたちかさぬらん
  一一 君が世のちとせのかげもあらはれてねのびののべにきゆるしらゆき
  一二 わがきみのためしにひかむ物なれやねのびのまつのちよのけしきは
  一三 てにみてるのべのちとせのこまつばらひくべきはるもかぎりなきかな
  一四 ねの日していはふのばらのひめこまつちとせをこめてたつかすみかな
  一五 はるきぬとこゑめづらしきうぐひすのはつねののべにいそぐもろびと
  一六 いかでまづ春くることをわきもせむやがてたちそふかすみならでは
  一七 かづらきやたかまの山はかすめどもこずゑのゆきのいろぞつれなき
  一八 いつのまにはるもきぬらんほのぼのとかすみそめたるあまのかごやま
  一九 ふりつみしまつのしらゆきいつのまにきえてもはるのかすみたつらん
  二〇 うぐひすのこゑもきこえぬ山ざとにはつ春つぐるあさがすみかな
  二一 花さかぬときはの山のあさがすみさてだに春のいろをしれとや
  二二 あしの葉のつのぐみわたるなにはがたなみもみどりにたつかすみかな
  二三 みくまののうらゆくふねの夕がすみよそにへだつる春はきにけり
  二四 春のののをぎのやけはらかすむ日にありかもしるくきぎすなくなり
  二五 ときしらぬふじのしば山おのれさへかすめるいろにはるはきえつつ
  二六 けさは又それかとばかりのこるかなかすみにうすきあはぢしま山
  二七 むさしのやはつわかくさのつまこめてやへたちかくすあさがすみかな
  二八 わたつうみやいろなきなみのかすむよりうらのとまやもはるやしるらん
  二九 あづさゆみ春はきぬらしまきもくのあなしのひばらかすみたなびく
  三〇 夕ぐれはいくへかすみのへだつらんうづもれはつるまつのむらだち
  三一 うらちかくよせくるままにあらはれてかすみぞこもるおきつしらなみ
  三二 きえわたるゆきのしたつゆふくかぜになほみだれそふあさがすみかな
  三三 すみわぶるやどのけぶりのしるしだにかすみにたえてたれかとひこむ
  三四 かすむ日のみをのうらべにこぐふねのいとどあとなきなみのうへかな
  三五 かすみゆくすゑのまつ山あとたえてこゆともしらぬおきつしら波
  三六 春きぬとなみだばかりやとけぬらんたにのゆきまをいづるうぐひす
  三七 おそしともみるべき花はなけれどもはるやときはのもりのうぐひす
  三八 まださかぬのきばのむめにたづねきてほつえもよほすうぐひすのこゑ
  三九 ちるゆきにぬふてふかさのおそければぬれてこづたふはるのうぐひす
  四〇 くさも木もあらたまれどもうぐひすのこゑこそもとのむかしなりけれ
  四一 きのふこそをしみしとしはくれたけのひとよにきゐるうぐひすのこゑ
  四二 たぐへてもさそはむ花はにほはぬにまたれぬ程のうぐひすのこゑ
  四三 はつこゑは宮こにいまやまつがきのましばのかれはならすうぐひす
  四四 うぐひすのまちこしのべに春のきてはぎのふるえぞあさみどりなる
  四五 春ののにとむるわかなはもえやらでそでのみぬるるをぎのやけはら
  四六 冬がれのしののをすすきうちなびきわかなつむのにはるかぜぞふく
  四七 わかなつむわがころもでもしろたへにとぶひののべはあはゆきぞふる
  四八 うぐひすのこゑするのべにちるゆきもたまらぬほどのわかなをぞつむ
  四九 わかなはやつみてかへらんはるののにみちふみまどふ花もこそちれ
  四九 わかなはやつみてかへらんはるののにみちふみまどふ花もこそちれ
  五〇 かへるさのみちやたどらんあはゆきのちりかふのべにわかなつみつつ
  五一 いそなつむあまのさごろも春のきてまどほにかすむうらのはままつ
  五二 を山だのゑぐつむさはのうすごほりとけてやそでのぬれまさるらん
  五三 ゆききえばわかなつみてんかすがののとぶひののもりこととはずとも
  五四 あさ日山のどけき春のけしきよりやそうぢ人もわかなつむらし
  五五 春はまたさらにきにけりしらゆきのふりかくしてしみちはなけれど
  五六 しがらきのとやまのみゆききえかねてはるよりのちも冬ぞ久しき
  五七 みやまにはかすみばかりやへだつらんきえねどうすきまつのしら雪
  五八 うぐひすのふるすはくもにつげおきてみちわけいづるたにのしらゆき
  五九 しろたへのゆきのたまみづたまたまにみちふみそむる春の山ざと
  六〇 ふりつもるゆきだにきえぬ山のはに春はいつしか花ぞまたるる
  六一 のこるとはさらにもいはじふじのやまなほときしらぬみねのしら雪
  六二 春きぬとこずゑばかりはきえはててひばらがしたにのこるしらゆき
  六三 はるくれどのきばのつららなほさえてあさひがくれにのこるしらゆき
  六四 み山にはゆきだにきえじうぐひすのふるすをなににわきていづらん
  六五 ふりつみしこずゑの雪もとけやらでなほはるさむしまどのむめがえ
  六六 いつまでか花の名たてといとひけんゆきよりもろきのきのむめがえ
  六七 なほざりにをりつるのきのむめのはなとがむばかりのそでのかぞする
  六八 かずならぬしづがいほりのむめのはなたが袖ふれしなごりなるらん
  六九 きえやらぬゆきにまがへるむめの花にほひをわきてきゐるうぐひす
  七〇 むめの花むかしのはるぞしのばるるこころもしらぬやどにさけども
  七一 むめの花をられぬみづのかげきよみそこもひとつにいろぞうつろふ
  七二 ちらばまたよそにぞみましむめの花うたてたもとにかのとまりける
  七三 むめの花たちよるばかりはるかぜのありかしらする夕やみのそら
  七四 くれなゐの夕日にまがふむめのはないろをもかをもかぜやわくらん
  七五 あさみどりやなぎがえだのしら露にたまぬきとめぬはるかぜぞふく
  七六 くさも木もおなじみどりのいろにいでてまづみえそむるあをやぎのいと
  七七 くちにけるむつだのよどのかはやなぎかたえばかりにはるぞのこれる
  七八 うちたえて人もはらはぬわがいほはなびくやなぎにまかせてぞみる
  七九 ゐるさぎのおのがみのけもかたよりにきしのやなぎをはるかぜぞふく
  八〇 あをやぎのきしのふるねはあらはれてしづえぞみづの行せなりける
  八一 ながめやるをちのすゑののやなぎかげこずゑあらはにはるかぜぞふく
  八二 しづえひつきしのやなぎのおのれのみいともてかがるみづのしがらみ
  八三 みちのべにくちてやみぬるふるやなぎもとのこころにはるやわすれぬ
  八四 春の日のひかりもながしたまかづらかけてほすてふあをやぎのいと
  八五 はるの日のかげののわらびいたづらにもゆるもしらぬあはゆきぞふる
  八六 春とだにきえあへぬのべのゆきまよりわがをりがほにもゆるさわらび
  八七 山人のつま木にはるはつげてけりゆききのたにのみちのさわらび
  八八 春ののにもゆるわらびのをりしもあれけぶりとみゆるあさがすみかな
  八九 いはがねのしたのかれはにまじりつつわがすみかとやもゆるさわらび
  九〇 かづらきやさかぬさくらのおもかげにまづたちならすみねのしら雲
  九一 うゑおきていつしか春とまたれこしにはのさくらの花をみるかな
  九二 いまは又ゆききをしのべたつたやままちしさくらの春のはつ花
  九三 みよしののみやまはくもにうづもれてをのへににほふよものはるかぜ
  九四 あはれなどあだにうつろふ花のいろにさくらをわきておもひそめけん
  九五 おもかげはよそなるくもにたちなれしたかまのさくら花さきにけり
  九六 さくらばなうゑけむときはしらくものなべてかかれるみよしのの山
  九七 あさひかげさすやとやまのさくら花うつろふいろぞかねてみゆらん
  九八 うつりゆく花こそはるの山ざとをとはれぬ身とはなにかうらみむ
  九九 たつた山花のにしきのぬきをうすみみだれてもろき春かぜぞふく
 一〇〇 いにしへのしがの花ぞのあとたえてみゆきははるやふりまさるらん
 一〇一 まちわぶるとやまの花はさきやらでこころづくしにかかるしら雲
 一〇二 あしびきのをのへのさくらさきしよりまがひし松のいろはもりにき
 一〇三 あしびきの山ざくらどのあけたてばにしきおりはへうぐひすぞなく
 一〇四 山ざくらいざさはかぜにまかせてんをしめばもろき花のいろかと
 一〇五 さくら花こころづくしの色をだにながめもあへず春かぜぞふく
 一〇六 さけばかつさそふかぜをやうつせみのよよりもあだにちるさくらかな
 一〇七 さくら花よしののおくにたづぬともちるてふことのうきはへだてじ
 一〇八 うつりゆくいろはうらみじ山ざくら人のこころの花を見るにも
 一〇九 春かぜやまなくときなくさそふらんかづらき山の花のしら雪
 一一〇 山ざくらとしにまれなるいろながらなほまた花にたれまたるらん
 一一一 山ざとの花のしらゆきみちもなしけふこん人のあとみえぬまで
 一一二 いろかはるたかねのさくらあすはまたゆきとやかぜにうつりはてなん
 一一三 たかさごやつれなき松のいろもみずをのへの花のゆきとふるまに
 一一四 山ざくらおちてもみづのあはれまたしばしとどめぬせぜのいはなみ
 一一五 あだにちる花をばをしむこころかなかぜもふきあへぬ世とはしれども
 一一六 たつた山にしきおりはへしろたへのゆふつけどりぞ花になくなる
 一一七 くもるとてこのまもいかがいとふべきさくらにふくる春のよのつき
 一一八 たえてよにさかずはなにをさくら花あだにうつろふいろもうらみん
 一一九 春をへて人こぬ山のさくらばなたれしら雲とわきだにもせし
 一二〇 みよしののをのへのさくらかぜふけばふるさとかけてゆきぞちりかふ
 一二一 あだにのみならはす花のゆめの世をおもひもしらぬ身をやうらみぬ
 一二二 ちりちらぬ程をかたらん山ざくらまだみぬ人にをりはやつさじ
 一二三 こととはむあすはゆきとやさくらばなつま木にそへてかへる山人
 一二四 あぢきなくさくらにつくすこころかな花のためともむまれこぬ身を
 一二五 山のはの花ふくかぜのすゑのまつさくらのなみのこえぬまもなし
 一二六 さりとてもかぜはのこさじさくら花わがものがほになにをしむらん
 一二七 なべて世の花のさかりをふくかぜにかざさぬそでもなほにほふなり
 一二八 我とのみちらばつらきを山ざくら花のためとやかぜもふくらん
 一二九 よしのがはいはねにこゆるしらなみはゆきげの水にあめやそふらん
 一三〇 春さめにまづいそがるるこころかなあらそひかぬる花はみねども
 一三一 あをやぎのみどりのいとのををよわみたまぬきちらす春雨ぞふる
 一三二 かたをかのあしたのはらの春雨におなじみどりもいろぞそひゆく
 一三三 おしなべてかすめるそらのうすぐもりふるともしらぬ春のあめかな
 一三四 ゆききゆるひらのたかねのあさみどり色そめそへてはるさめぞふる
 一三五 かすがのやおなじくさ葉のみどりだにぬれていろこき春雨のそら
 一三六 ひろさはやいけのつつみのやなぎかげみどりもふかく春さめぞふる
 一三七 春雨のそらふきはらふかぜにまたおのれとはるる花のしらくも
 一三八 春雨のふるののくさのかずかずになべてみどりぞあらたまりける
 一三九 水たまるゐだのわかくさふみしだきかごとがましき春ごまのこゑ
 一四〇 おく露はつめだにひちぬわかくさのつまやあらそふさはのはるごま
 一四一 春くればみづのみまきのわかくさにあれゆくこまのこゑぞはなれぬ
 一四二 はるはまたこしぢにしたふあけぼのをたれはつかりとまちてきくらん
 一四三 ならびつつかすみのよそに行くかりをかへすは花といかがうらみん
 一四四 うつりゆくいろやかなしきさくらばなちらぬわかれにかへるかりがね
 一四五 山ざくらかすみのそでをおほひばのかりのはかぜに花もこそちれ
 一四六 かへるさのたがきぬぎぬをなみだとておのがねにかる春のかりがね
 一四七 花の色にたのむのかりもねにたててあかぬわかれを月になくなり
 一四八 かへるかりはねうちかはすしらくもの道ゆきぶりはさくらなりけり
 一四九 かへるさのかすみもきりにおもなれてなき行くかりのみちもまどはず
 一五〇 さく花におのがわかれをねにたててたがためかへる春のかりがね
 一五一 はるきてもかすみのころもかりぞなくかへる山ぢのかぜやさむけき
 一五二 ゆくすゑはかすみもくももひとつにてそらにきえぬる春のかりがね
 一五三 くれゆけばたれをかわきてよぶこどりたつきもしらぬ山のをちかた
 一五四 とひとはぬおぼつかなさやよぶこどりふけゆくまでのねにはたつらん
 一五五 花ゆゑにたづぬるものをよぶこどりわれまちがほに山になくなり
 一五六 なはしろの山だのあぜの水をあさみすみかがほにもなくかはづかな
 一五七 そこにごるなはしろをだのたまりみづひとりすみえてみゆる月かな
 一五八 はるにあふしづが山だのなはしろにくにさかえたるみよぞみえける
 一五九 春のたのなはしろみづのひきひきはわきてもいはじこのよならずや
 一六〇 この程はをだのなはしろさまざまにもとゆくかはのみづやすくなき
 一六一 にはくさのしげみがしたのつぼすみれさすがに春の色にいでつつ
 一六二 むさしのやくさのゆかりのいろながら人にしられずさくすみれかな
 一六三 すみれつむいはたのをののおのれのみくさ葉のつゆをそでにかけつつ
 一六四 あれにけるやどのすみれぞあはれなるあだなる花に名をのこしつつ
 一六五 すみれさくをののしばふのつゆしげみぬるるま袖につみてかへらん
 一六六 やつはしのみぎはにさけるかきつばたむかしのいろをこひわたるかな
 一六七 とどめあへずにはのさくらはちりはててのこるみどりに春かぜぞふく
 一六八 山かぜもたれゆゑとてかしのぶらんふかずはもとの花もみましを
 一六九 山ざくらちりにしままのふるさとを花よりのちははるとやはみる
 一七〇 はるふかきあさざはをののかきつばたかすみやいろをたちへだつらん
 一七一 ちらばちれくれゆく春のいろもうしなみよせかくるたごのうらふぢ
 一七二 ふるさとのかすがのをののふぢのはないつよりひとのをりてかざさむ
 一七三 春ながら山ほととぎすかねてまたまつにやかかるいけのふぢなみ
 一七四 くれはつる春のいろとはしりながらさきて久しきやどのふぢなみ
 一七五 みやこまでかざしてゆかむたごのうらそこさへにほふふぢのはつはな
 一七六 さきそむるいけのふぢなみたちかへりしばしや春もおもひわぶらん
 一七七 いはしみづかざすくもゐのふぢの花よろづ世かけてかみやまもらん
 一七八 さくとみてかへらむ春をふぢの花なほかけとめよえだはをるとも
 一七九 いまさらにまつのみどりのいろもなしえだかすふぢの花にさくころ
 一八〇 春雨にぬれていろこきふぢのはなしひてかたみになほやをらまし
 一八一 まつひとはこじまのさきのはるかぜにちらばちらなむ山ぶきのはな
 一八二 いはぬいろはうらみかねてやさきつらんとまらぬ春の山ぶきのはな
 一八三 山ぶきをながるる花にかけまぜてはるのいろなるよしのがはかな
 一八四 くちなしのあがたのゐどの花のいろにおのれひとりとなくかはづかな
 一八五 かみなびのきしの山ぶきちりぬらしいはぬいろなるせぜのかはなみ
 一八六 くさふかきにはの山ぶき一えだにかたみのこさぬはるかぜぞふく
 一八七 なきとめぬこずゑのさくらちりはててうぐひすきゐるにはの山ぶき
 一八八 露ながらたをりてもみんはるさめにしをるるにはのやまぶきの花
 一八九 なみかくるきよたきがはのいはこえて花もたまらぬきしの山ぶき
 一九〇 あれわたるにはの山ぶきおのれのみむかしもいまのいろにみえつつ
 一九一 あともなくちらばちらなん山ざくらかへるや春のみちもまどふと
 一九二 山ざくらちらでも春のものならしわかれは花のいろにまかせん
 一九三 をしめどもけふやかぎりの春のひもなほくれかかるふぢのしたかげ
 一九四 とりのねもはなのいろかもなれなれてゆくかたみせぬ春ぞかなしき
 一九五 なきとめぬ春のわかれのけふごとに身をうぐひすのねをやたつらん
 一九六 たがためにをしみし花のいろなればよそげに春のけふはゆくらん
 一九七 まきのとにさすや夕日のひかりまでしばしとつらき春のくれかな
 一九八 山かぜにちりかふ花のあともなくさだめぬ春のゆくへしらずも
 一九九 とにかくに心を人につくさせて花よりのちにくるる春かな
 二〇〇 けふはまたおきつしら波かきわけてひとりや春のたちかへるらん

  夏百首

 二〇一 ぬぎかふるせみのはごろもうすけれどふかくも春をしのぶころかな
 二〇二 くれはてしはるよりつらきわかれかな花にそめこし袖のにほひは
 二〇三 かたみとてそめしさくらの色をだにけふぬぎかふる夏ごろもかな
 二〇四 月かげはかきねばかりやいでぬらんはつうの花のゆふやみのそら
 二〇五 山ざとのにはのうの花あとたえてころもでぬれぬゆきぞふりける
 二〇六 きえがてのゆきかとみればやまがつのしづがかきねにさけるうの花
 二〇七 かけてほすたがしろたへのなつごろもをりもわすれずさけるうの花
 二〇八 春のいろをへだてはててやうのはなのかきねもたわにふれるしらゆき
 二〇九 なほもまたあなうの花のいろにいでてわかれし春をこひわたるかな
 二一〇 けふまつるかものうづきのあふひぐさやちよをかけて君やてらさん
 二一一 ひとすぢになにかうらみん郭公まつひとからにもらすはつねを
 二一二 五月まちまだしきほどのほととぎすただひとこゑのしのびねもがな
 二一三 ほととぎすまだいでやらぬみねにおふるまつとはしるやをしむはつこゑ
 二一四 ありあけの月になくなりほととぎすいづれかさきに山はいでつる
 二一五 なきやせんまたでやねなんまきのとをいざよひあかすほととぎすかな
 二一六 ありあけの月だにいづる山のはにつれなさまさるほととぎすかな
 二一七 いまはまたなきやふりぬるほととぎすまちしさつきの夕ぐれのそら
 二一八 たちかふるせみのはごろもおりはへてたれかまさるとなくほととぎす
 二一九 ほととぎすそれかあらぬかふるさともあれにしのちの夕ぐれのこゑ
 二二〇 となみ山とびこえてなくほととぎす宮こにたれかききなやむらん
 二二一 ほととぎすおのがさかりのさつききてすがのあらののあめになくなり
 二二二 うちしをれなくやくもまの郭公ゆくかたしらぬ五月雨のそら
 二二三 夕づく日さすやをかべのほととぎすまつもや夏をわきてしるらん
 二二四 ききつとていかがたのまんほととぎすゆめうつつともわかぬひとこゑ
 二二五 なつふかきいはせのもりのほととぎすしたくさかけてとふ人もなし
 二二六 郭公なみだやつゆにかるくさのつかのまもなくねにはたてつつ
 二二七 ふるさとののきのしのぶのひまたえてふくともみえぬあやめぐさかな
 二二八 おく山のぬまのいはかきけふとても人にしられぬあやめぐさかな
 二二九 はかなしなあやめのくさのひと夜だにみじかきころに契るまくらは
 二三〇 ほととぎすなくや五月のみたやもりいそぐさなへもおいやしぬらん
 二三一 をやまだにひくしめなはのながき日にあかずやしづのさなへとるころ
 二三二 さなへとる山だのみづやまさるらんそらにまかする五月雨のころ
 二三三 さなへとる山だのたごのあさごろもいとどさつきのあめもぬれつつ
 二三四 とるごとにすむやさなへのあさみどりおりたつをだのみづのにごれる
 二三五 あしびきの山だにぬるるしづのめがかさかたよりにとるさなへかな
 二三六 そでひちてううるさなへのをやまだにいつしか秋のかぜぞまたるる
 二三七 五月雨のくものやへたついはねふみかさなる山はとふ人もなし
 二三八 かれはつるのきのあやめのけしきまでしめりはてたるさみだれのそら
 二三九 しげりこしよもぎがすゑはみがくれてなみこすにはのさみだれのそら
 二四〇 すまのあまのかりほすいそのたまもだにさらにしをるる五月雨の空
 二四一 かぎりあればゆきもけぬらしふじの山はれせぬくもの五月雨のそら
 二四二 さみだれはくもまもみえずやまのべのいそしのみゐもみづまさりつつ
 二四三 ささがにのくもままれなるさみだれにたまぬきかくるやどやたえなん
 二四四 あしのやのうなゐをとめのぬれごろもころも久しきさみだれのそら
 二四五 にはたづみかずそふやどのさみだれにおのれもうきてかはづなくなり
 二四六 五月雨のはれせぬままにみよしのの山したみづもおとまさるなり
 二四七 五月雨はこのした露もかずかずににごりておつる山のたにがは
 二四八 つのくにのあしのやへぶき五月雨はひまこそなけれのきのたまみづ
 二四九 さみだれにぬれてなくなりほととぎすかみなび山のくものをちかた
 二五〇 むらさめのしづくもなほやにほふらんたまぬくやどののきのたち花
 二五一 ほととぎすなほたちかへりたちばなのはなちるさとはこゑもをしまず
 二五二 とほざかるむかしやしのぶほととぎすはなたち花のかげになくなり
 二五三 ふるさとはたがそでふれしかたみとてむかししらするのきのたち花
 二五四 たちとまりしばしやどらんたち花のかげふむみちは花もちりけり
 二五五 ふるさとはすみけん人のそでのかも花たちばなにのこるおもかげ
 二五六 おほゐがはいくせこゆらんうかひぶねほたるばかりのかがり火のかげ
 二五七 くれゆけばかくれぬものをくさのはらまじるほたるのおもひありとは
 二五八 くるるよはうきてほたるのおもひがはうたかたたれにきえはかぬらん
 二五九 なにはえやあまのたくひにまがへてもみだれてしるくゆくほたるかな
 二六〇 きぶねがはいはこすなみのよるよるはたまちるばかりとぶほたるかな
 二六一 夏ふかきかはせにくだすうかひぶねくるるほたるもなほこがるなり
 二六二 とびまがふみぎはのほたるみだれつつあしまのかぜに秋やちかづく
 二六三 とぶほたるかりにつげこせ夕まぐれあきかぜちかしあしのやのさと
 二六四 山ざとのしづがささやにかびたててすみけるしるきゆふけぶりかな
 二六五 あだ人の契やしたにうらむらんくるればむせぶやどのかやり火
 二六六 かやり火のけぶりをさへにたてそへてこの葉がくれの月ぞくもれる
 二六七 あしびきの山のわさだのゆふまぐれふすぶるかびのけぶりみゆなり
 二六八 かやり火のけぶりばかりやしるからんはやまがみねのしばのかりいほ
 二六九 人とはぬやどのかやり火しばくべてなつもみやまのいほぞさびしき
 二七〇 ともしするさやまがしたにみだれつつひかりそへてもとぶほたるかな
 二七一 いけみづのにごりにしまぬいろみえてしげるはちすにみがくしらたま
 二七二 なつのいけのはちすのたち葉風すぎてたまこすなみのいろぞすずしき
 二七三 いけみづのしたにやいをのすだくらんはちすのうへの露ぞこぼるる
 二七四 みじか夜のふけゆく山のまつの葉にいかにせよとか月もつれなき
 二七五 このごろは色なきくさになみこえて月にみがけるのぢのたまがは
 二七六 つきかげはふすかとすればあけぬなりくものいづこにひとりすむらん
 二七七 みじかよは月なまたれそ山のはのいざよふ程にあけもこそすれ
 二七八 なつかりのあしのふるねのみじかよにまたれていづる月もうらめし
 二七九 おほあらきのもりのしたくさいたづらにあまねきかげは月ぞもりこぬ
 二八〇 さみだれのくものほかゆく月かげもさすがにしるきなつのよはかな
 二八一 ゆふだちのはれゆくくものかぜはやみあらぬかたにもいそぐ月かげ
 二八二 せきかけしたにのしたみづあたりまですずしさかよふひむろ山かな
 二八三 かげしげみよをへてこほるひむろ山夏なきとしやおのれしるらん
 二八四 てにむすぶいはねのみづのそこきよみしたより秋やかよひそむらん
 二八五 すみなれてかへるさしらぬいたゐかな夏のほかなる日をすごしつつ
 二八六 みじかよのいりぬる月のなごりにもならすあふぎぞかたみなりける
 二八七 夏山のこずゑもしげくなくせみのなみだやしたに秋をそむらん
 二八八 なくこゑはこずゑにたえぬせみのはのうすきころもに秋ぞまたるる
 二八九 わがものと露やおきゐるゆふ日かげくるるくさ葉のとこなつの花
 二九〇 あはれともたれにみせまし山ざとの日もゆふかげのなでしこの花
 二九一 夏ぐさはなべてみどりのなでしこにひとりいろづくのべのしらつゆ
 二九二 みそぎがはゆくせもはやく夏くれていはこすなみのよるぞすずしき
 二九三 なつはつるみそぎをすぐるかはかぜによるべすずしきなみやたつらん
 二九四 けふはまたなごしのはらへなつはててかはせのかぜに秋やたつらん
 二九五 みそぎするそでふきかへすかはかぜにちかづく秋の程をしるかな
 二九六 あすよりはほにいでん秋のをぎの葉にかつがつむすぶにはのしらつゆ
 二九七 いろみえぬなつののくさにかくろへてあきまちかぬるむしのこゑかな
 二九八 なつはつるあふぎのさきにおきそめてくさ葉ならはすあきのしらつゆ
 二九九 夏と秋とゆききのをかのをざさはらあけむ一夜のかぜをまつかな
 三〇〇 秋やくるなつやすぎぬるさよふけてかたへすずしきかぜのおとかな

  秋二百首

 三〇一 あだしののくさ葉おしなみ秋かぜのたつやおそきとおつるしらつゆ
 三〇二 かたしきのころもですずしこのねぬるよのまにかはるあきのはつかぜ
 三〇三 けさかはるかぜより秋やたちぬらんめにさやかなるいろはみえねど
 三〇四 ゆふまぐれ秋くるかたの山のはにかげめづらしくいづるみかづき
 三〇五 ふきかへすうらめづらしき秋かぜにまくずがはらの露もたまらず
 三〇六 この葉ちる秋のはじめをけふとてや身にしみそむるみねのまつかぜ
 三〇七 あともなくやへしげり行くむぐらふのけがしきやども秋はきにけり
 三〇八 ならしこしたつたのかはのやなぎはら秋やきぬらんかぜぞ身にしむ
 三〇九 かぜのおともあきたちぬとやたかまつののもせのくさもいろにいづらん
 三一〇 はつあきのたつたの山の夕づくひしぐれぬさきもいろをしれとや
 三一一 ちるやいかにうらめづらしくおく露もたままくくずの秋のはつかぜ
 三一二 あまのがはやすのかはらにふなでしてたなばたつめの今日やあふらん
 三一三 たなばたのゆきかふくれのあまのがはかはべすずしきかぜわたるなり
 三一四 まちえても夜やふけぬらんあまのがはこぞのわたりのあさせふむまに
 三一五 ひこぼしのとしにひと夜のあまのがはながれてたえぬ契とぞみる
 三一六 あまのがは秋かぜさむみたなばたのくものころもや今日かさぬらん
 三一七 ひととせにけふまちえたるたなばたのあまのかはとはあけずもあらなん
 三一八 うちなびくゆふかげぐさの秋の露たなばたつめのなみだとぞみる
 三一九 たなばたのくものころものきぬぎぬにかへるさつらきあまのかはなみ
 三二〇 あまのがはてだまもゆらにおるいとのながき契のあきはかぎらじ
 三二一 さきそむるいはせのをののまはぎはらしばしもかぜにいかでしらせじ
 三二二 いろにいでてうつろふにはのこはぎはらまそでにかけてとふ人もなし
 三二三 えだながらをれぬばかりにしらつゆをみだれてぬけるのべのはぎはら
 三二四 ひくまのににほふはぎはら露ながらぬれてうつさんかたみばかりに
 三二五 秋のののはぎのしらつゆよをさむみひとりやいろのまづかはるらん
 三二六 宮ぎののもとあらのこはぎうつるよりかぜさへいろにいでにけるかな
 三二七 ぬれつつもたれかわくらんあきはぎのさきちるのべのよはのしら露
 三二八 あだにおく露さへもろきけしきかなかぜにたまらぬはぎが花ずり
 三二九 のべごとにたれにみせんとささがにのつらぬきかくるはぎのしらつゆ
 三三〇 むさしのやなべてくさ葉の色にみよいづくか秋のかぎりなるべき
 三三一 あきかぜはわきてもふかじのべごとにおのれとなびくをみなへしかな
 三三二 花かつみおふるさはべのをみなへしみやこもしらぬあきやへぬらん
 三三三 いたづらにたのめし人やまつちやま秋をわすれぬをみなへしかな
 三三四 をみなへし花のたもとのしら露はたがあきかぜをおもひしるらん
 三三五 くちなしのいろにさきけるをみなへしいはでもぬるる秋のつゆかな
 三三六 をみなへしおのが名にこそたをりつれそでふれにきと露をちらすな
 三三七 あけわたるあしたのはらのをみなへしおきゆく露のいかにぬるらん
 三三八 秋はまたあさささはらのをみなへしいくよなよなをつゆのおくらん
 三三九 あきかぜのふきしくのべのをみなへしこころとなびくかたをみるかな
 三四〇 あきかぜのをばなふきこすしら露をわが身にしめてなくうづらかな
 三四一 花すすきくさのたもとのしらつゆもゆふべやわきてしをれはつらん
 三四二 あきのののすすきおしなみふくかぜにほむけやきえぬゆきとみゆらん
 三四三 つゆすがるくさのたもとのあきのほをしのにおしなみわたる夕かぜ
 三四四 あきにいまはあふさかやまのしのすすきしのびもはてず露やおくらん
 三四五 あきはぎのはなののすすきおのれのみほにいでずともいろにみえなん
 三四六 かり人のいるのののべのはつをばなわけゆくそでのかずやそふらん
 三四七 ほにいづるのばらのすすきかたよりにまねくはかぜのしるべなりけり
 三四八 のべみればをばながすゑにもずなきてあきになりゆく世のけしきかな
 三四九 しら露もみだれてむすぶ秋かぜにしたばさだめぬにはのかるかや
 三五〇 みむろ山しぐれぬさきのもみぢ葉にまだきならはす夕づく日かな
 三五一 あきくればたがかよひぢとふくかぜにみだれてなびくのべのしのはら
 三五二 夕ぐれはなみだもつゆもかるかやのみだれてわぶる秋のけしきに
 三五三 うらがるるをかのかるかやうちなびきはやくもすぐる秋のかぜかな
 三五四 しら露もこぼれてにほふふぢばかまあきはわすれぬいろとこそみれ
 三五五 のべにきてぬぎけん人はしらつゆのかたみ久しきふぢばかまかな
 三五六 なべて世のことしののべのふぢばかまわきてもいかでつゆのおくらん
 三五七 ぬしやたれいさしらつゆのふぢばかまわすれがたみにあきかぜぞふく
 三五八 うちなびきくる秋ごとにふぢばかまいくのをかぜもにほひゆくらん
 三五九 おとそよぐのきばのをぎにふきそめて人にしらるる秋のはつかぜ
 三六〇 ゆくとしもなかばにすぐるかぜのおとにこゑたてそむるにはのしたをぎ
 三六一 なべてふくよものくさ木の秋かぜもをぎの葉よりぞしられそめける
 三六二 ゆふぐれのつゆのしたをぎそよさらにたまらぬほどのあきかぜぞふく
 三六三 わきてなどのきばのをぎのそよぐらんいづれのくさも秋のはつかぜ
 三六四 ふきむすぶまがきのをぎのあきかぜにおもひしよりもぬるるそでかな
 三六五 のきちかきをぎの葉わたる秋かぜになほうたたねのゆめぞのこれる
 三六六 をぎの葉のおとづれそむる夕かぜにそでまでおつるあきの露かな
 三六七 あはれまたあきはきにけりいまよりやねざめならはすをぎのうはかぜ
 三六八 久かたのくもゐのかりもねにたてていろにいでゆくにはのをぎはら
 三六九 よをさむみはつかりがねのなみだとやあらすのはらもいろかはるらん
 三七〇 かへるさはきのふとおもふをはるがすみかすみていにしかりぞなくなる
 三七一 おしなべていろなるやまもかたをかのあしたのはらのはつかりのこゑ
 三七二 あき山のみねとぶかりのなみだよりまだきしぐれのいろやみゆらん
 三七三 久かたのあまとぶかりのおほひばにもりてやつゆのあきをそむらん
 三七四 かけてくるたがたまづさのあともなくいやとほざかるあきのかりがね
 三七五 ささがにのいとはやもなくはつかりのなみだをたまにまづやぬくらん
 三七六 あまのがはとわたるかりのなみだとやもみぢのはしもいろにいづらん
 三七七 すぎがてにかりぞなくなる秋のよのをばながすゑやいろにいでぬる
 三七八 あきののにあさたつしかのなみだにやぬれてうつろふはぎが花ずり
 三七九 ながきよをつまごひあかすさをしかのむねわけにちるあきはぎのはな
 三八〇 こゑはしてめにみぬしかのなみだゆゑそでほしわぶるあきの山ざと
 三八一 さをしかのなみだをつゆにこきまぜてあさふすをのにあきかぜぞふく
 三八二 おくつゆもたえぬおもひになくしかのをののくさぶしいろかはるまで
 三八三 かぜわたるあだのおほののくずかづらながきうらみにしかぞなくなる
 三八四 とにかくにおとにや秋はたかさごのまつふくかぜにしかもなくなり
 三八五 いろかはる山のしたくさふみわけてひとりやしかのよはになくらん
 三八六 つゆながらかりほすをだのいねがてにしかなくよははゆめもさめつつ
 三八七 くさもきもなみだにそめてつまかくすやののかみ山しかぞなくなる
 三八八 しらつゆのたえぬくさばとしりながらなどあきかぜにちぎりおきけん
 三八九 しかのこゑかりのなみだもかずかずにおくべきあきのくさのつゆかな
 三九〇 おきとめてかぜもやつゆによわるらんよものくさ葉のあきのゆふぐれ
 三九一 くさのはもしをれはてぬるけしきかなくるるのばらのあきのしらつゆ
 三九二 いろかはるくさ葉もわかずしろたへの露にまかするあきの夕ぐれ
 三九三 おくつゆはこころのままにむすぶらしおもるくさ葉におけるしらたま
 三九四 夕ぐれはくさ木のほかのたもとまでしぼるばかりにおもる露かな
 三九五 ほしあへぬむぐらのやどのぬれごろもたえずすむべきそでのつゆかは
 三九六 あきのたのいな葉のかぜのかたよりにほむけのつゆぞまづなびきける
 三九七 しをれつるよのまのつゆのひるまだにくさ葉やすめぬあきのむらさめ
 三九八 あきの日の山のはうすきむらさめにやがてこずゑのいろぞまたるる
 三九九 つゆしぐれそめていろなきわたつうみのなみさへきりに秋をしれとや
 四〇〇 とびこゆるみねのあさぎりあとたえてかずもしられぬはつかりのこゑ
 四〇一 あま人のしほやくけぶりいたづらにたつともしらぬうらのあさぎり
 四〇二 のべはみなあさけのきりのたちこめてこころもゆかぬあきのたび人
 四〇三 うきてのみたつかはぎりのいろみればあきくる程ぞそらにしらるる
 四〇四 秋のののくさのたもともうづもれてまねくもしらぬあさぎりのそら
 四〇五 むらさめのくもやはれぬる秋ぎりのたえまにうすきあさ日かげかな
 四〇六 わがやどののきばのくさのいろをだにへだてはてたるあきのあさぎり
 四〇七 あけわたるあかしのとよりみわたせばうらぢのきりにしまがくれつつ
 四〇八 たちかへるのべにしをるるあさがほはおきうきつゆやならひそむらん
 四〇九 あさがほのはかなきつゆのやどりかないづれかさきにあだしののはら
 四一〇 おのづからおのが葉がくれのこるらしよわる日かげもみゆるあさがほ
 四一一 あづまぢやいくしらつゆにぬれすぎてあふさかこゆるもち月のこま
 四一二 あふさかやけふまちえたるあきのよをふけぬといそぐもち月のこま
 四一三 はつあきの夕かげぐさのしらつゆにやどりそめたる山のはのつき
 四一四 てる月のかつらのえだのいろにいでてあきになりゆく夕ぐれのそら
 四一五 わがやどののきのしたくさおくつゆのかずさへみよとてらす月かな
 四一六 あまをぶねはつせのひばらしろたへにつもらぬゆきはつきぞみえける
 四一七 しらつゆのふるねにさけるあきはぎの(に)わすれずつきのかげもみえける(り)
 四一八 かぎりなきくさ葉のつゆのむさしのになほあまりあるつきのかげかな
 四一九 あききてもあしのはわけのさはりおほみしたゆくなみは月ぞまれなる
 四二〇 しらつゆのをかべにたてるまつの葉にうつるや月のいろにいでつつ
 四二一 秋のよのあらゐのさきのかさしまにさしいづる月はくさかげもなし
 四二二 ほしわぶる露よりかげやうつるらんくさのたもとのあきのよのつき
 四二三 くもらじなみかさの山はゐるくもにかげさしのぼるあきのよのつき
 四二四 すがのねのながきよわたる月くさのうつろひやすきあきのつゆかな
 四二五 ふくとてもまたではいかがあきのよのいざよふ月の山のはのくも
 四二六 しらつゆのたままつがえのあきのつきよそのもみぢをいくよかすらん
 四二七 いづことはわかぬそらゆく月だにもあきにはあへずかはるかげかな
 四二八 もののふのやなぐひぐさのつゆだにもいるまでやどる秋のつきかな
 四二九 つゆむすぶむぐらのやどにあかさずはひとりや月のかげはぬれまし
 四三〇 人すまであれゆくやどのしらつゆはにはもまがきもあきのよのつき
 四三一 よをかさねをだのかりほの露のうへにとこなれはつるあきのつきかげ
 四三二 たちかへるいしまの水にかげみえてあかずもあくるあきの月かな
 四三三 いろかはる山どりのをのながしてふよわたるつきのかげのさやけさ
 四三四 もしほくむあまのいそやのそでのつきやどさじとてもなみになれつつ
 四三五 あきのよはすそのの月もしろたへにふじのたかねのゆきもわかれじ
 四三六 つきかげにうぢのかはをささしかへりこほれるなみはふねもさはらず
 四三七 秋はみなくさ葉にかぎるけしきかなむなしくつゆにやどる月かげ
 四三八 むしのねもなほながづきの月かげにつゆやかさねてよさむなるらん
 四三九 ふたみがたあけゆくをしき秋のよの月ふきとむるうらかぜもがな
 四四〇 はつせのやゆつきがしたのしらつゆもかくろへはてぬあきのつきかげ
 四四一 かたやまのすどがたけがきあみめよりもりくるあきのつきのさびしさ
 四四二 しらつゆをたまにぬかずはささがにのやどをばつきにいかでわかまし
 四四三 たれかまたあきもくれぬるながづきのありあけのつきのかげをながむる
 四四四 ながむればまだみぬくものほかまでもおもかげさそふあきのつきかな
 四四五 いざさらばわすれてねなん秋の月ながむるからのそでのつゆかと
 四四六 のもやまも身にそふつゆやしたふらんそでにはなれぬあきのよのつき
 四四七 あらへども月やはかはるいはがねにひとりくだくるおきつしら波
 四四八 みよしのの山したかぜにくもきえてたかねの月のかげぞさやけき
 四四九 あきかぜにころもかりがねなく時ぞしづがきぬたもうちはじめける
 四五〇 秋のよの月をかさねていそぐらしややしもさむきあさのさごろも
 四五一 いまよりのよのまのかぜのさむければやむときもなくころもうつなり
 四五二 ゆくあきのすゑのはらののささのやによやさむからしころもうつこゑ
 四五三 ころもうつおとこそちかくきこゆなれよやふけぬらん山のべのいほ
 四五四 山がつのあさのさごろもうちたえてねぬよもしるくあくるつきかげ
 四五五 くれゆけばふく秋かぜをしるべにて人こぬやどにころもうつなり
 四五六 ながきよにうつてふしづがきぬぎぬにあかつきつゆやおきわかるらん
 四五七 ころもうつさとのしるべや身にちかくきにける秋のよはの山かぜ
 四五八 ながづきやありあけがたのねやさむみおどろくゆめにころもうつなり
 四五九 わがためにくるあきわぶるむしのねにくさ葉のとこの露やかずそふ
 四六〇 かたいとをよるおく露やさむからしあきくるからにむしのわぶれば
 四六一 いづくをかわきてはたびにすずむしのくさのまくらによはかさねつつ
 四六二 あきののにはたおるむしのいとすすきくりかへしてもよるやかなしき
 四六三 秋ふかきすそののつゆのたまかづらたゆる時なくむしのなくらん
 四六四 いまさらになにうらむらんいつとてもとはれぬやどのまつむしのこゑ
 四六五 かげぐさに露そふやどのきりぎりすなほゆふぐれやねをもたつらん
 四六六 かれわたるをののあさぢのおのれのみたえぬおもひにむしやわぶらん
 四六七 日ぐらしのなく夕かげのなでしこにあきもさびしくおけるつゆかな
 四六八 山がつのつづりさせてふきりぎりすよさむのかぜになきてつぐなり
 四六九 さきにほふきくのながはましろたへのいそこすなみにいろぞわかれぬ
 四七〇 ゆくすゑもなほながづきのきくの露つもらむうみのあきぞさびしき
 四七一 まつ人はおもひもよらずしろたへのそでにまぎるるにはのむらぎく
 四七二 うゑおきて秋まちえたるきくの花おもひしままにをりてかざさん
 四七三 きくのはなおいせぬあきをせきとめていくよかすまむ山がはのみづ
 四七四 ながづきやまがきのきくはさきにけりうゑこし時はきのふとおもふに
 四七五 つゆながらうつろひそむるきくの花かつがつをしきあきのいろかな
 四七六 おくしもにうつろひはつるしらぎくをことしの花のかぎりとぞみる
 四七七 きくの花くれゆくそらはひさかたのあまつくもゐのほしかとぞみる
 四七八 ながづきやくれなばあきのかたみかなしもにくちぬるにはのしらぎく
 四七九 しきしまのやまとにはあらぬくれなゐの花のちしほにそむるもみぢ葉
 四八〇 ふきつよるたかねのかぜのさむければもみぢにあけるたつたがはかな
 四八一 はつしぐれからくれなゐのふりいでていくしほしらぬよものもみぢ葉
 四八二 しらつゆのならしのをかのうすもみぢかつがつ秋のいろやそふらん
 四八三 時しらぬまつのこずゑもあるものをあきにはあへぬつたのもみぢ葉
 四八四 あきもいまやくれなゐあける神なびのみむろのこの葉いろぞことなる
 四八五 つゆじものやのの神やまくれなゐににほひそめたるみねのもみぢ葉
 四八六 しぐれふるもみぢのにしきたてもなくぬきもさだめぬたまぞこぼるる
 四八七 かづらきやまなく時雨のふるままにあらそひかぬるみねのもみぢ葉
 四八八 たつたひめかけてほすてふもみぢばのやしほのころもあめにそめつつ
 四八九 もみぢ葉のちりなん山のゆふしぐれなにをかあきのかたみとはみん
 四九〇 いろかはるもみぢの山のゆふづくひうつろひはつる秋のかげかな
 四九一 あともなくふりかくしつるもみぢばにみちもまどはず秋やゆくらん
 四九二 ゆふづくひをぐらの山は秋くれてこよひばかりとしかやなくらん
 四九三 くれてゆくいろはさやかにみえねどもいりあひのかねに秋ぞつきぬる
 四九四 をしめども秋はこよひとくれはてて人もしぐるるをぐら山かな
 四九五 つゆじものうつろふいろをかたみにてまがきのきくに秋ぞくれぬる
 四九六 ゆふ日かげさすやみやまのたにのとにあけなば冬やこがらしのかぜ
 四九七 いろかへぬをざさがつゆもなれなれてひとよにあきやくれんとすらん
 四九八 くさも木もあだなるいろにそめすてておのれつれなくくるる秋かな
 四九九 いづかたへゆくらむ秋もみるべきにちりもさだめぬみねのもみぢ葉
 五〇〇 ながづきもくれぬるのべのはなすすきあけなば秋のそでとやはみん

 




 冬百首

五〇一 あしびきの山のこの葉のいろにいでてしぐれもあへず冬はきにけり
五〇二 あれにけるかどたのいほのむらしぐれ秋もとまらぬ冬はきにけり
五〇三 よの程に冬はきにけりかたやまのならのしたかぜこゑさわぎつつ
五〇四 もみぢ葉はふりみふらずみ色そへてしぐるる山は冬やきぬらん
五〇五 神な月のばらのくさのたもとまでうらがれはつる冬のそらかな
五〇六 ちりのこるみねのもみぢのひとむらはくれにし秋のいろしのべとや
五〇七 いろいろのくさも冬のにかれはててあれゆくけさのかぜのおとかな
五〇八 時雨のあめいかにふるらしときは木のあらそひかぬるいろみゆるまで
五〇九 ふきさそふみねのあらしにさきだちてくもにはふらぬゆふしぐれかな
五一〇 ふりすさむおとをこの葉にまがへつついたやののきにゆくしぐれかな
五一一 かきくもりしぐるるくものたえだえににじたちわたるをちの山もと
五一二 めぐりゆく時雨にすけるとほ山のまつにはいろのわかれやはする
五一三 つれなさはことしばかりのいろがほになにとふりゆくまつのしぐれぞ
五一四 そめかねし時雨につよきたけの葉をなほこりずまにおけるしもかな
五一五 たがためにうつろひはてしいろなればしのびがほなるきくのあさじも
五一六 のも山もあきみしいろはなかりけりなべてかれ葉のしもにまかせて
五一七 あさひかげしもおきまよふみちのべのをばながもとにかかるしらつゆ
五一八 さえわたるまがきのしものしろたへにのこるをきくのかたみとやみん
五一九 さをしかのつまどふあとはたえはててをかべのをだにおけるあさじも
五二〇 しもまよふ山のしたくさくちはててならのかれはにかぜそよぐなり
五二一 みやまにはあられみだれてささのはのさやぐやよはのかぜぞはげしき
五二二 ぬくひとはとへどしらたまみだれつつあられぞおつるのべのみちしば
五二三 あられふるかしまのさきの夕まぐれくだけぬなみもたまぞちりける
五二四 日をへつつこずゑむなしき冬がれはにはにあられのおとのみぞする
五二五 さらさらにおつるあられのたまがはによせくるなみやくだけそふらん
五二六 さえわたるみねのむらくもちるゆきのわづかにたまる山のしたくさ
五二七 ふきこほるよのまのかぜのなごりとてはつゆきしろしにはのむらくさ
五二八 けぬがうへにつぎてふりしけ山ざとのけふめづらしきにはのはつゆき
五二九 ふるゆきはえだにも葉にもしらがしのみちふみまよふ冬のやまびと
五三〇 しもがれのくさばぞしばしたまりけるにはにきえゆくけさのはつゆき
五三一 道もなくふりにしにはのもみぢばにゆきをかさねて冬はきにけり
五三二 しぐれにはつれなくすぎし松がえのつちにつくまでゆきはふりつつ
五三三 ふればかつこずゑにとまる松かげのあさぢがうへはゆきももりこず
五三四 やたのののあさぢがはらもうづもれぬいくへあらちのみねのしらゆき
五三五 しろたへのふじのたかねのいかならんさらぬ山ぢもゆきとぢにけり
五三六 あまをぶねとませの山もしろたへにひばらのゆきのみちみえぬまで
五三七 あとたゆるにはのしらゆきふりはへてとはぬ人さへけふはまちつつ
五三八 ふりつめてけぶりをだにもやまかげのましばのいほのゆきのさびしさ
五三九 いはがねのすがのはしのぎおくやまにいくよかゆきのふりかくすらん
五四〇 あしがきのよしのの山にふるゆきはくものあなたに春やまぢかき
五四一 いまはまた人めもはるもまちもせずみちわけがたきゆきのけしきに
五四二 ふるままにはらひもあへずおもるらしみやまのまつのゆきのしたをれ
五四三 ひとよふるかきねのたけのしたをれにのべもへだてずつもるしらゆき
五四四 かれわたるあしのしたをれよわければこやもあらはにつもるしらゆき
五四五 しもがれのみぎはにたたるあしづつのひとへばかりにふれるしらゆき
五四六 しほかぜのあらきはまをぎいたづらになみをりかくる冬ぞさびしき
五四七 冬きてはなにはのあし火たゆまねばみぎははそよぐかれはだになし
五四八 しもがるるあしのほずゑのおのれのみまねくもしらぬ冬の夕ぐれ
五四九 なにはがたいりえのあしにこゑたててかれ葉のしもにわたるうらかぜ
五五〇 みなといりのふねもやいとどさはるらんみぎはのあしのゆきのしたをれ
五五一 こやのいけをれふすあしをたよりにてみづまでたまる冬のしらゆき
五五二 冬きてはしもがれはつるあしの葉にあれゆくかぜのこゑぞすくなき
五五三 あけわたるさほのかはとになくちどりともよびかはすこゑもさむけし
五五四 さゆるよのちどりしばなくしろたへのたがたまくらもあけやしぬらん
五五五 しがのうらやまつふくかぜのさむければゆふなみちどりこゑたてつなり
五五六 うちわたすかはかぜさむみなくちどりたがゆくそでのよはにきくらん
五五七 はまちどりあれゆくなみのたちかへりあとなきかたにともよばふなり
五五八 まさごぢにあとふむちどりおのづからうらうつなみのかたみとやみん
五五九 うちわびてちどりなくなりいづみがはよわたるかぜの身にやしむらん
五六〇 いけみづのさえはてにける冬のよはこほりをたたくあしのしたかぜ
五六一 とぢはつるたにのをがはのうすごほりしたにいはまのこゑむせぶなり
五六二 さゆるよはたま井のいはまおととぢてもりこしみづにつららゐにけり
五六三 たにがはのみぎはやとほくこほるらんゆきよりほかのみづぞすくなき
五六四 冬さむきかげ見しみづのこほるよりそらさへさえて月やすむらん
五六五 冬きては木の葉がくれもなかりけり月のかつらのいろはしらねど
五六六 ふりすさむゆきげのくものたえまよりなほしろたへの月ぞもりくる
五六七 冬のよの月をやしたふはまちどりかたぶくかたのかげになくなり
五六八 をとめごがそでふきとめぬあまつかぜわたるくもゐはつきぞさやけき
五六九 みづとりのあをばばかりやのこるらんみぎはのあしのよものしもがれ
五七〇 いけみづのさむきゆふべにすむかものはがひのしもやふりまさるらん
五七一 あぢのすむすさのいりえのあしの葉もみどりまじらぬ冬はきにけり
五七二 こほれどもしたやすからぬふゆかはのうきねのかもはねのみなきつつ
五七三 いけみづにすむにほどりのみちたえてこほりにとづる冬のそらかな
五七四 さゆるよはいかがこほらぬをしがものあたりのみづはおもひありとも
五七五 こほりゐるかりぢのいけにすむとりもうちとけられぬねをやなくらん
五七六 あじろぎにいざよふなみのよるよるはおのれもこほるうぢのかはみづ
五七七 かぜさゆるながきしもよやふけぬらんかすかになりぬねやのうづみ火
五七八 ちはやぶる神のみむろのさか木ばにかはらぬちよをうたふもろ人
五七九 冬のよのには火のかげはほのかにてくもゐにさゆるあさくらのこゑ
五八〇 けふうたふやそうぢ人のさか木葉のときはかきはは君がまにまに
五八一 たちかへるには火のかげにみたらしやこほれるそでもうちとけぬべし
五八二 ふるゆきにうだのとだちはうづもれてかへるさしらぬ冬のかり人
五八三 かりくらすとだちのはらのはしたかのしらふをそへておける夕しも
五八四 冬くればかりばのましばおとたててかたののはらにわたるこがらし
五八五 みしまのやくるればむすぶやかたをのたかもましろにゆきはふりつつ
五八六 冬がれのましばふみわけとがりするすゑののはらにふれるしらゆき
五八七 冬くればとがりのましばたえずのみきこゆるのべのすずのおとかな
五八八 ふりうづむをののすみがまゆきとぢてけぶりもみえぬ冬のさびしさ
五八九 おく山にすみやくしづのあさごろもさえゆくしもをいとひやはする
五九〇 すみのうへにふるしらゆきをいただきておひてぞいづるをののさと人
五九一 ふるゆきはすみやくけぶりたちむせびいくへかうづむおほはらのさと
五九二 ふるゆきもつもれるとしのけふごとにあけなば春となにいそぐらん
五九三 をしみこし花ももみぢのいろもみなゆきにこもりてくるるとしかな
五九四 いくかへりくれゆくけふををしみてもおなじさまなるとしをこゆらん
五九五 あすよりはまれにこそみめかきくもりなほもふりしけにはのしらゆき
五九六 あはれまたはるをあすとやあらたまのとしをそへてもくるるそらかな
五九七 春をまつにはのしらゆきそれながらわが身につもるとしのくれかな
五九八 あけぬくれぬおくりむかふといそぎてもわが身のほかにつもるとしかは
五九九 をりふしの花とつきとのなごりだにわすれてをしきとしのくれかな

 恋二百首

六〇〇 いつしかとおもひそめつるむらさきの色のふかさをたれにしらせん
六〇一 こひすてふあだのうきなはたつなみのあとなしとてもそではぬれつつ
六〇二 きのふまでよそにかききしなみだがはあとなしとてもそではぬれつつ
六〇三 さてもまたあはじをなににかたいとのおのれみだれておもひよりけん
六〇四 しらせてもいかになる身のはまひさぎしをるるなみにそでをまがへて
六〇五 われゆゑにぬるらんとだにしらなくにかわかぬそでよ人にとはるな
六〇六 うらにたくあまのすくものしたにのみけぶりなたてそ身はこがるとも
六〇七 うきくさのうへはしげれるやまみづのせきてもこひのうきなもらすな
六〇八 しられじな夏ののはらのしのすすきほにいでぬそでのつゆのふかさを
六〇九 むらさきのねずりのころもいろにいづとしたのみだれは人にしられじ
六一〇 ちらすなよなみだかたしくまくらよりほかには恋をしる人もなし
六一一 きりはれぬすそののはらの花すすきほのかにだにもたれにしらせん
六一二 したむせぶけぶりをくもにまがへてもたえぬはふじのねのみなかれて
六一三 きえねただしのぶのころもちるたまのみだればこひのうきなもぞたつ
六一四 わがそではしのぶ心のあやにくにかげもるよはの月だにもうし
六一五 みわのさきあらいそもみえずかかるてふなみよりまさるそでやくちなん
六一六 うしとみしありあけの月をしのぶかなかへるさしらぬあかつきのそら
六一七 おほかたの秋おく露はほしもせず身にしるころのくずのうらかぜ
六一八 しられじなうつすみなわのひとすぢによるかたもなく君をこふとは
六一九 うらかぜのいそやのしほのけぶりだにまづふくかたになびきやはせぬ
六二〇 いかにせんこころはさてもしのぶれどまぎれぬものはなみだなりけり
六二一 さてもまたあふをたのみのはてもなしこひはいのちぞかぎりなりける
六二二 からあゐのやしほのころもふりぬともそめしこころのいろはかはらじ
六二三 つれもなくなほありあけのおもかげをうきにはたへてしのびつるかな
六二四 あはれともとはれぬものをなつむしの身をいたづらにいくよもゆらん
六二五 あふことのしのびしままにたえはてば人めとまではうらみやはせん
六二六 さぞとだになどしらなみのかぜをいたみおもはぬかたにたちわたるとも
六二七 ありてうき身のかずならぬおもひゆゑうらむとだにもいかがしらせん
六二八 まれにのみあふさかやまのいはしみづいはねどさきにぬるるそでかな
六二九 はてはまたわすれんのちの人めさへうきかねごとにしのばれぞする
六三〇 わするべきいまはわが身のなみだだにこころにかなふ夕ぐれぞなき
六三一 しぐれふるたつたの山にまじりてもちりなばそでをなににまがへん
六三二 いかがせんそをだにのちとたのむとも人のこころのかはりはてなば
六三三 あはれまたいづくをしのぶこころとてうきをかたみにぬるるたもとぞ
六三四 しののめやゆふつけどりのこゑよりもわれぞあけぬとねにはたてつる
六三五 かたいとのあわをにぬけるたまたまもあはずはなにのよるとまたまし
六三六 おくのうみしほひのかたにたづねてもかひなきこひに身をやつくさん
六三七 我がそでのなみだにかげのなれてだに月のかつらはてにもとられず
六三八 いまはまたたがゆくみちとなりぬらんかよひしのべのつゆのささはら
六三九 あしたづのなくねをたてていもがしまつらきかたみのうらみてぞぬる
六四〇 ながらふるたまのをごとのおのれのみつらきにたへぬねをぞたてつる
六四一 せきかぬるそでさへかけてみつしほにいりぬるいそのくさにこひつつ
六四二 おもひのみふかきいりえにこぐふねのひとりこがれて世をやわたらん
六四三 あふことはただかた時のうつつだになきねのゆめもさだかにやみる
六四四 うちたえてかへるさしらぬとりのねぞうかりしままのかたみなりける
六四五 われひとりわすれずとてもうき人のたのめしくれはいふかひもなし
六四六 うしとても人のこころはいかがせんわが身のとがにおもひなりなで
六四七 ひとすぢにならぬこころもいかがみんわすれしままのうきにたへずは
六四八 わすられてまたぬ夕べもありなましつらきひとつのこころなりせば
六四九 いまはまたおもひそめけん身のとがはこころになしてかこちつるかな
六五〇 あさはののつゆのしらすげうちたえてかくれてながきねにぞなきぬる
六五一 せくそでのいはまほしさにわきかへりしづこころなきおもひがはかな
六五二 しがのあまのやくしほけぶりたつとだに人にしらするうらかぜもがな
六五三 いせのあまのしほやきごろもなれてだにつらきまどほのそでぞかなしき
六五四 まちなるるゆふべのそらはむかしにてわが身ひとつのあきはきにけり
六五五 わがそでのなみだのかはにたづねても人を見るめはおもひたえつつ
六五六 まつ人はいくよつれなくたけしまのかわかぬなみはそでにかけつつ
六五七 みむろ山いのるこころもしらゆふのかけてやながく恋ひわたるべき
六五八 いまぞしるそでにかつちるしらたまは契りしなかのをだえなりけり
六五九 やこゑなくかけのたれをのおのれのみながくや人におもひみだれん
六六〇 わがこひはかぜにまかするしらくものはてなきそらにおもひきえつつ
六六一 わが恋はあさけのかぜにくももなくなぎたるそらに身をやつくさん
六六二 わが恋はなにはをとめがこやにたくすくものけぶりしたもえにのみ
六六三 あだにのみうつろふとみしみやぎののもとあらのはぎのいろもつれなし
六六四 いたづらになみだにそへてしぼるかなゆきてはかへるみちしばのつゆ
六六五 きてもなほたのまぬものをなつごろもうすくなりゆく人のこころは
六六六 あらしふくよものくさ葉の秋のつゆおきどころなくこひわたるかな
六六七 おもはじとおもひながらにおもふかなおもひしすぢはおもひわすれて
六六八 たつなみもくれなゐふかきしきたへの袖こそあきのとまりなるらめ
六六九 さぞとだにえやしらくものおのれのみきえゆくそらにいろしみえねば
六七〇 いろふかくおもひそめてしことのはに君がときははなほぞつれなき
六七一 そでもまたはらへばあわとうきしまのまつとせしまのとこのなみだは
六七二 うきゆめをみざりし程はひとすぢにつれなしとこそうらみわびけめ
六七三 ふらぬよのこころはあめにはつれども月はまちてもなぐさみなまし
六七四 あだにのみさののふなばしとしをへてかけてや人を恋ひわたりなむ
六七五 あさぎりにぬれにきとおもふころもでのやがてなみだにしをれぬるかな
六七六 たまくしげあけまくをしみみつるよのはかなきゆめにぬるるそでかな
六七七 うき人をまどろむ程のゆめにだにわすればこそはみてもしのばめ
六七八 しげりゆくましばのかきのあをつづらひまなきこひはくるしかりけり
六七九 恋ごろもいかになるとのうづしほにたまもかるあまもそではほすらん
六八〇 あきはぎのとほさとをののすりごろもうつりしいろにまさるそでかな
六八一 あふことはなだかのあまのぬれごろもぬれてかひあるうらみともがな
六八二 いかにしていかほのぬまのねぬなはのねぬにうきなのたちはじめけん
六八三 たごのうらのあまとやさらばなりなましぬれそふ袖のなみにまかせて
六八四 いつ人にまたもあふみのやすかはのやすきときなくこひわたるらん
六八五 たちかへるなみまにみゆるあはしまのあはぬこひぢによをやつくさん
六八六 うき人のきなれの山はなくとりのこゑばかりこそかたみなりけれ
六八七 しがらきのとやまのまつはしぐるともつれなきいろはえやはみるべき
六八八 あしびきの山のはこゆるはつかりのいやとほざかるねにぞなきぬる
六八九 あかつきはさてしもつらきわかれかなあふをかぎりとなにたのみけん
六九〇 いつまでかあぶくまがはのあさごほりそこなるかげもへだてはてつつ
六九一 かぜはやみもりのしたくさいたづらに人こそしらねしげきなげきを
六九二 いまはまたたがみしゆめになぐさめてやみのうつつのかぎりなりけん
六九三 このままに程なき世をやつくばねのみねよりおつるふちぞかなしき
六九四 ほしわぶるうきはうつつのたもとかな見しをばゆめとおもひなせども
六九五 契りしをたのめばつらしおもはねばなにをいのちのなぐさめぞなき
六九六 ゆめだにもかたしくよはのそでなくはたれとかうらのなみはたたまし
六九七 うきをしる心はこひにまけはててただおもかげにぬるるそでかな
六九八 わたつうみやおきつなみまのそこだにもあさくぞ人にこひわたりぬる
六九九 わすらるるうきはものかはとばかりにこりぬこころのなほくだくらん
七〇〇 とにかくにたのまぬもののかなしきはいひてわかれしなごりなりけり
七〇一 うつりゆく人のためとはいひもせでうき身のとがをなにもとむらん
七〇二 身をこがすおもひのけぶりあらはればあさまのたけも宮こならまし
七〇三 しのびあへずなほあかつきぞうかりけるうらみしほどにおもひなせども
七〇四 あふことをいつともしらずすぐしこしこよひをもとの月日ともがな
七〇五 けふむすぶにひたまくらのわかくさにさてしもつゆぞ袖はぬれける
七〇六 なかなかになさけをなににたのみけむねなばひとよのゆめにみてまし
七〇七 ながめつつよひのままなるとりのねにうきおもかげはかへりだにせず
七〇八 恋をのみしがのうらわにあさりてもみるめなぎさのなみにぬれつつ
七〇九 おもひわびつらき心にうちそへて見ざりしときをこひわたるかな
七一〇 なみかくるしほやきごろもとにかくになれずはあまのなににぬれまし
七一一 もえわたる身はかげろふのおのれのみかるてふくさのつかのまもなし
七一二 恋せじといのるみむろのますかがみうつりしかげをいかでわすれん
七一三 くもゐなるふじのたかねのけぶりだにあらはにもえばおよばざらまし
七一四 わが身こそなみだのうみにこぐふねのゆたのたゆたにぬるるそでかな
七一五 おのづからいかにねしよのゆめをだにまどろまばこそみてもしのばめ
七一六 いまはまたおもふとだにもしらせまし人のこころのなさけありせば
七一七 いつしかといろにいでゆくなみだかなこころにさこそおもひそむとも
七一八 わするとて人をばえしもうらみねばうき身のとがにいとどそひゆく
七一九 よるなみのおきつしまもりこととはんわがころもでといかがぬるると
七二〇 身の程はおもひしれどもみし人のうきをならひにうらみつるかな
七二一 しらつゆも身にしるものを秋かぜにおのれうらむるむしのこゑかな
七二二 いまはまたわすれんとおもふこころさへいとどもよほすわがなみだかな
七二三 たのめつつうきあだ人のいつはりにながめじとおもふゆふぐれもがな
七二四 われながらおもひもしらぬゆふべかなまつべきものといつならひけん
七二五 ひとりのみあかせるよはのとりのねはうらみなれにしおもかげもなし
七二六 かたしきのまくらながるるなみだがはゆめばかりだにえやはみえける
七二七 いたづらにあふにはかへていのちさへただ恋ひしなば身こそをしけれ
七二八 はかなしやたがいつはりのなきよとてたのめしままのくれをまつらん
七二九 たのめてもなほこぬ人をまつしまやをじまのあまのそでもかわかず
七三〇 しがのあまのあさるうらわのつりのをのうけひく人もなきこひぢかな
七三一 なほぞおもふ人のこころは山かぜにわかるるみねのくもにしれども
七三二 あふことをまつのうきねのあらはれはたがなをたてとつれなかるらん
七三三 うき身にはたがふこころもみるばかりなどわすれよと契らざりけん
七三四 人しれぬしたのみだれやかよふらんまののかやはら程とほくとも
七三五 わすられしままのいりえの身をつくしくちなばそでのしるしともみよ
七三六 しがのあまのつりのいさり火うきてのみいくよのなみにもえかわたらん
七三七 あさでかるあづまをとめのたまだすきかけても人をわすれやはする
七三八 よしさらばこぬみのはまのうらまつのとはになみこすねをもしのばじ
七三九 とにかくにかはるこころぞおのづからまたるるかたのたのみなりける
七四〇 ねにたつるゆふつけどりのわかれより人のためさへあかつきぞうき
七四一 人しれぬにほのしたみちはてはまたこほりにけりな冬のいけみづ
七四二 かはのせにさでさすしづのぬれごろもほすはわが身のこころなるらん
七四三 いつのまにうきになれたるこころかなまつべきくれとながめだにせで
七四四 はてはまたたがならはしとおもふさへかたみがてらにぬるるそでかな
七四五 つのくにのすくもたく火のかひやなきなにはたちぬるゆふけぶりかな
七四六 いたびさしさすや日かげにたつちりのかずかぎりなくこひやわたらん
七四七 おどろけばいやはかななるうつつにてたのむゆめぢぞみるかひもなき
七四八 さむるまでぬるるそでだにあるものをなどあふことのゆめばかりなる
七四九 うき人にぬれぬるそでぞいまはまたわがものからのかたみなりける
七五〇 しるらめやはつかの月のはつかにもみしおもかげに恋ひわたるとは
七五一 あはれまたしたにおもひし花すすきいかなるかたになびきそむらん
七五二 うきことのおほのかはらのみごもりにしげるまこものみだれてぞおもふ
七五三 いたづらにゆきかふみちのあさがすみなにしか人のへだてはつらん
七五四 あふことのかだのおほしまいたづらに心づくしのなみにぬれつつ
七五五 ありとてもなにぞはつゆのかひもなしつらきにながきあだのたまのを
七五六 露ながらささわけしあさのころもでもかかるたもとのいろにやは見し
七五七 あきやまにみねまではへるくずかづらながくや人をうらみはてまし
七五八 かくとだにいはかきもみぢいたづらにしぐるるいろをとふ人もなし
七五九 ながらへてわが身にかはるなみだかなうらみむとだにおもひやはせし
七六〇 しるやいかに身をうきくさのおのれのみしげれるふちのそこのこころは
七六一 なつふかきもりのしたくさひまもなくぬれゆくそでをとふ人もがな
七六二 うらなみのたかしのはまのまつがねのあらはれもせよぬるるたもとは
七六三 心ひくしなののまゆみすゑまでもよりこば君をいかがわすれん
七六四 あはぢしままつほのうらにやくしほのからくも人をこふるころかな
七六五 身をしればあはれもみぢのたつたがはたがそでよりかながれそめけん
七六六 いかにしてつらきこころに身をかへてさりけりとだに人にしらせん
七六七 わすれゆく心はいはずいまはまたかよひしみちのあとだにもなし
七六八 見しままにわがまたしのぶ夕ぐれはおもひもしらじ心ならひに
七六九 おもひいでてしのぶときくもいかばかりこころをみずはうれしからまし
七七〇 わすらるることはうき身にしらるともちらさばいかがうらみざるべき
七七一 よしさらばわすらるる身はをしからず人の名たてに人にかたらん
七七二 いとどまたなげかんためやはらふらん人なきとこの秋のゆふかぜ
七七三 はてはまたたのむ心のうたがひにうらみぬをさへうらみつるかな
七七四 つらからでうれしながらにわすらればたえていのちのたれうらむまじ
七七五 ゆきかへりいつをかぎりにあふことのなぎさになみのよるもねられず
七七六 さてもなほなにしか袖をしぼるらんみるめにあけるいせのあま人
七七七 時のまもわすれやはするやまがつのかきほの花のいろにいでなむ
七七八 あはれともいかにいぶきのくさのなのさしもおもひにもゆるわが身を
七七九 おもひこしわがかねごとのゆふぐれはあらぬかとだに身をもたどらず
七八〇 契りしをまつとはなくてとしもへぬたがいつはりかいのちなるらん
七八一 かたをかのむかひのみねのしひしばのつれなきいろにいくよこふらん
七八二 おもかげのうきにまぎればおのづからわするるとがもなぐさみなまし
七八三 うき人をうらみがてらにわすれなばいとどやなかのうとくなりなむ
七八四 いまさらになにとか人をうらむらんかねておもひしうき身ならずや
七八五 月かげをありしにもあらずうらむればわれさへかはるこころとやみる
七八六 わが身をもいとひし程はいとひてきわするるときぞわすれかねぬる
七八七 たのみつつまちしゆふべのそらにだによそにはきかぬ秋のあらしを
七八八 見し人はただつゆばかりかりこものいかにせよとかみだれそめけん
七八九 あだ人のあきのかぎりともみぢ葉のいろこきいるるそでをみせばや
七九〇 ひとりのみなみだかたしくとことはにかよひし人はむかしなりけり
七九一 こよひもやまたいつはりにあけはてんねよとのかねもこゑきこゆなり
七九二 契だにみじかきよよのあしべよりみちくるしほになほぞ恋ふなる
七九三 うき人のこすのまとほる夕づくよおぼろけにやはそではぬれける
七九四 ゆふぐれはいつまで人にまぎれけんただひとすぢに月をまつかな
七九五 よそならずおもへばかなしおきつなみつれなきいはにくだく心は
七九六 きえねただそでにかつちるたまかづらおもかげたえぬゆふぐれもうし
七九七 わたつうみとあれにしのちはしきたへのまくらのしたももしほたれつつ
七九八 おのづからとはれしままのなさけだにたえてのきばのくさぞはかなき
七九九 うらみつつそをだにうきがなぐさめになほゆふぐれのそらぞまたるる

 雑二百首

八〇〇 とにかくになれるわが身のこころかなねざめのとこのありあけのそら
八〇一 いたづらにこよひもはやくあけぬなりおとなふかねのつくづくとして
八〇二 すむとても心ぼそしなくもまよりややかげうすきありあけのつき
八〇三 しらつゆもよすがらそでにやどしつるかげわかれゆくありあけのつき
八〇四 月だにもなほすみよわるありあけにつれなく人の世をたのむかな
八〇五 ながきよのありあけの月もかたぶきぬたびゆく人やみちいそぐらん
八〇六 あけぬるかをちかた人のたもとまであらはれわたるよどのかはぎり
八〇七 ふかきよのたけだがはらのよどぐるまあかつきかけておときこゆなり
八〇八 ながめばやかさぎのひかりさしそへていまはといでんあかつきのそら
八〇九 君が代のちとせの松のかげしげみさかえますべき春はきにけり
八一〇 すみよしのきしのはままつ神さびてゆふかけわたすおきつしらなみ
八一一 春秋の花ももみぢもふりはててともこそみえねたかさごのまつ
八一二 いく秋のしぐれもしらずすぎぬらんきさやまかげのまつのゆふかぜ
八一三 ときわかずつれなきまつのいろなくはもみぢも花もなににしらまし
八一四 ふるさとのしがのうらわのひとつまついくよみどりのとしかへぬらん
八一五 花のいろになべてなりゆくみよしののたままつがえぞひとりつれなき
八一六 いはしろのよものくさ葉もむすぼほれのなかのまつにあらしふくなり
八一七 とふ人のきなれのさとはなのみしてなみよるしまの松ぞさびしき
八一八 しらなみのいそべのこまつふりにけりいくよをかけてたれかうゑけん
八一九 よろづ世をみかきのたけのこめおきてくもゐしづかに君ぞたもたん
八二〇 ながれつつすむかはたけの葉をしげみよろづ代しるき君がかげかな
八二一 くれたけのふしみのさとは名のみしておきゐてつゆもあかしつるかな
八二二 わがやどのいささむらたけうちなびきゆふぐれしるきかぜのおとかな
八二三 いかにせむまがきのたけのよの中はうきふししげきものとしるとも
八二四 いまはまたふしうしとてもやまざとのたけのすがきのながきよのそら
八二五 しばのとのたけのあみがきあけくれはおなじさまなるあらしをぞきく
八二六 いまさらに世をうぐひすのなにとまたねにたててなくやどのくれたけ
八二七 山がつのへだてわびしくたけがきのわれくだけても世をやすぎまし
八二八 山ざとのさかひになびくにがたけのにがにがしくて世をやすぎなむ
八二九 かめのをのたぎついはねにむすこけのうへちるたまはちよのかずかも
八三〇 おく山のこだかきまつのさがりごけおなじみどりにとしやふりぬる
八三一 ふるさとのしのぶにまじるのきのこけみどりいろこくおつるしらつゆ
八三二 にはふかきくさのしたなるこけにさへつゆより月のかげぞみえける
八三三 ちる花をこけのむしろにしきかへてあをねがみねに春かぜぞふく
八三四 たにふかくすみけるやどのしるべかなひとすぢのこすこけのかよひぢ
八三五 えぞそめぬ身をおく山のこけごろもおもへばやすき世とはしれども
八三六 ふりはつるすぎのこずゑはこけむして神さびにけりみわの山もと
八三七 よひよひにかたしくいはのこけまくらいく山かぜのそでになるらん
八三八 君が代をそらにしれとやくももなくなぎたるあさにたづもなくらん
八三九 わかのうらにこゑさわぐなりあしたづのみぎはをこえてしほやみつらん
八四〇 さびしさはしもがれはつるくさか江のいりえにあさるあしたづのこゑ
八四一 冬さむみたづぞなくなるうちわたすたけだのはらのながきよのそら
八四二 いろかへぬまつにすむつるわがきみのちよにちとせをかさねてやなく
八四三 むしろだのいつぬきがはにたつなみもよろづ世かけてたづぞなくなる
八四四 かずしらぬはまのまさごにすむつるは君がやちよのあとやとむらん
八四五 あはれなりこのうちになくつるだにも子をおもふみちにこゑたてつなり
八四六 さゆるよのねざめのとこにかよふなりさはべのたづのあけがたのこゑ
八四七 かぜわたるさはべのあしのさむきよはつるのけごろもしもやかさねん
八四八 つくばねのは山しげやまいたづらによわたる月はかげやすくなき
八四九 時しらぬふじのたかねのしろたへにいつともわかずゆきはふりつつ
八五〇 春秋もいつとかわかむはしたかのとがへる山のみねのしひしば
八五一 たておきしかがみの山のくもりなく君が御かげぞ千代はてらさん
八五二 みよしのの山のあなたにたぐへてもうきにわが身ぞやるかたもなき
八五三 たづねいる秋のみやまのわびしらにいとどましらのねをぞなきぬる
八五四 おのづからちらぬした葉やみむろ山いろそめのこすしぐれなりせば
八五五 こころのみうきたびごとにたづねゆくみやまのたにやところなからん
八五六 うきたびに人もいるなるみよしのの山やこの世のへだてなりける
八五七 よにしらぬわしのみやまの秋のつきくらきやみぢのうきにかへすな
八五八 いづみがはゆくせのなみのいたづらにはやくうき世もすぎぬべきかな
八五九 さてもなほながれてすめるわが身かなあきつのかはのあきはてし世に
八六〇 ことのみぞよしののかはのいはなみのうつし心はもつ人もなし
八六一 ゆめむすぶとこの山なるいさやがはいさやうき身のうつつともなし
八六二 世のなかはころもかすがのよろしがはこともよろしくぬるるそでかな
八六三 ながれてはうみにいでたるしかまがはしかじこの世はあるにまかせん
八六四 かきくらすあまのかはせのゆふかぜにひとよやどかす人やなからん
八六五 おちたぎつはつせがはらのわたしもりいそぐといかがとはですぐべき
八六六 久かたのつきのかつらのなにたててかはせのなみも色ぞうつろふ
八六七 しろたへのをばながすゑもうちなびきくるるのばらにかぜわたるなり
八六八 宮ぎのやよものくさ葉もむらさめにうつろひはつるはぎが花ずり
八六九 秋のよはなべておけどもしらつゆののべのくさ葉やなほしをるらん
八七〇 ふかきよのあけやしぬらんあふみぢのうねののたづもいまぞなくなる
八七一 ぬれぬともみかさはとらじ宮ぎののこのしたつゆにそでをまかせて
八七二 よしとだに人にはえこそいはれののかやがした葉にいざみだれなん
八七三 あはれまた秋くるからにむさしののくさはみながらつゆぞこぼるる
八七四 世のなかをしばしぞしのぶ秋ののになくてふむしのねにやたててん
八七五 あきのののいづくにつゆの身をおかん人のこころのあらしふくよは
八七六 おぼつかな夏ののくさのつゆながらなにごとをかはおもひみだるる
八七七 つかへつついくよも君にあふさかのせきのしみづのながれたえせず
八七八 はりまぢのすまのせきやはあれにしをいたまの月ぞひとりもりける
八七九 なみかくるきよみがせきのあまごろもほさでいくよかしほれはつらん
八八〇 我が君をせきのふぢがはいまもまたよろづ代たえずなほいのるかな
八八一 しろたへのころものせきはしたひものとけてねぬよのなにこそありけれ
八八二 ゆめをだにとほさざりけりあしがらのせきふくよはのみねのあらしは
八八三 いろいろに秋のしぐれもふりはへてすずかのせきにそむるもみぢ葉
八八四 あづまぢのあふさか山のはしりゐのはしるごとくにゆく月日かな
八八五 みちのくのなこそのせきのなこそともおもはねどまたとふ人もなし
八八六 くもかかるいぶきのたけをめにかけてこえぞかねぬるふはのせき山
八八七 あとだにもながらのはしのふりはててなにをかたみにこひわたらまし
八八八 かづらきやわきてもいはじいはばしのたれかうき世にわたりはつべき
八八九 としへぬるいただのはしはふりはててけたよりゆかんみちだにもなし
八九〇 ちはやぶるやそうぢがはのはしばしらいざよふなみのいく世かへらん
八九一 したくつるきそのかけはしたえだえにあやふくてのみ世をわたるかな
八九二 よるなみのおとをこずゑにふきなしてはまなのはしをわたるまつかぜ
八九三 たびごろもはるばるきぬるやつはしのむかしのあとにそでもぬれつつ
八九四 いそのかみふるのたかはしいとどまたむかしやとほくなりわたるらん
八九五 たにふかみいたうちわたすひとつばしたが世にすぐるみちとなるらん
八九六 なにをかはわけつるかたにながめましあとなきなみのおきつふな人
八九七 いかばかりそでこすなみもしぼるらんよをうみわたるおきつふな人
八九八 はりまなるむろのしほぢのあさなぎにかぜをたよりにいそぐふな人
八九九 うらにふくかぜやしるべにたのむらんはるかにいづるさとのあま人
九〇〇 はるばるとこぎくるなみのあともなしひなのながぢのおきつしほかぜ
九〇一 ふねとめしゑじまの月をみてゆかんいそぐしほぢのかぜはよくとも
九〇二 ゆくすゑはさだめぬなみをしるべにてもろこしぶねのあともはかなし
九〇三 いくてまでほなはつくらんかぜはやみみをのうらわにすぐるふな人
九〇四 よせかへりなみうつふねのとまやかたうきねはゆめもえやはみえける
九〇五 一夜だにならはぬうらのとまびさしさしもやなみのおとにたゆらん
九〇六 わすれじよあしやがおきにふねとめてさだめぬなみにみつる月かげ
九〇七 さととほきのなかにおくるとりのねにまたおきすつるくさのかりいほ
九〇八 むさしのや宮こは山にみしものをくさの葉わけに月をみるかな
九〇九 むさしのやたがやどしむるしるべとてくさのはずゑにけぶりたつらん
九一〇 たびごろもまつふくかぜのさむきよにやどこそなけれゐなのささはら
九一一 かへりみるかたみにしのぶ山のはに宮こをとほみくもなかさねそ
九一二 ながめつつおもへばおなじ月だにも宮こにかはるさやのなか山
九一三 うつの山わけてしをるるたもとかなむかしとまではおもひいらねど
九一四 あさはのにたつみわこすげしきたへのまくらにしても一夜あかしつ
九一五 一夜ねぬあさでかりほすあづまやのかやのこむしろしきしのびつつ
九一六 たびごろもきつつなれ行くかひもなし日をへてまさる山のあらしに
九一七 いくへまで宮こをとほくへだつらんこえゆく山のみねのしらくも
九一八 くもゐゆく月もつげこせふるさとにならはぬそではつゆにしをると
九一九 なみかくるあまのとまやの一夜だにかくてはふべきここちこそせね
九二〇 たちかへり猶すぎがてにみつるかななごえのはまによするしらなみ
九二一 ゆきくれてやどかるいほのすぎばしらひとよのふしもわすれやはせん
九二二 つきばかりみしふるさとのひかりにておくりともなふ山のおくかな
九二三 程もなくたちかへるともしろたへのそでのわかれはなほぞかなしき
九二四 山のはにまたでやきえんしらくものこなたかなたにたちわかれなば
九二五 さてもなほひとやりならぬ道ながらわかるる程はぬるるそでかな
九二六 とどめあへずあさたつ袖のしら露もすがるなくののあきのはぎはら
九二七 あふさかはゆくもかへるもわかれぢの人だのめなるなのみふりつつ
九二八 かげふかきはやまのいほのいたびさしそらのままなる月をやはみる
九二九 あさゆふにわがふむ山のたにのみち人とひけりと人やみるらん
九三〇 かけわたすたけのわれひにもる水のたえだえにだにとふ人ぞなき
九三一 しばがきのうへはひかかるあをつづらとひくる人やたえてなからん
九三二 山ざとはとはれんとやはすみそめしおとせぬ人をなにうらむらん
九三三 やまぎはのしばのあみがきふくかぜのおとよりほかに人もまちみず
九三四 たづねばや世のうきよりはおくやまのかけひのみづやすみよかるらん
九三五 あかだなの花のかれ葉もうちしめりあさぎりふかしみねの山でら
九三六 あきはまたうき世にまさるすまひかなねざめの山のさをしかのこゑ
九三七 とへかしなすぎの葉わけにまどあけてむすぶいほりのこころぼそさを
九三八 われとせぬもとのたにがはやりみづにいしたてわたすおくやまのいほ
九三九 さと人のゆききならではおのづからおとなふものもなきやまぢかな
九四〇 いはにおつるたきはまくらにひびきつつねざめがちなる山のおくかな
九四一 山ふかくとしふる程ぞしられぬるしかもことりも人になれつつ
九四二 秋くればのきばのくりもうら山しすずろにいかにさはゑまるらん
九四三 山ざとのしばのまろやはとにかくにしぐれもかぜもおとをたてつつ
九四四 こぞいれしみづのふるあとほりあけてしづがかきねにいそぐなはしろ
九四五 あめすぐるふしみのをだのほととぎすなくやさつきのさなへとるなり
九四六 をだちかきねざめのとこにゆめさめていな葉のかぜにあきぞしらるる
九四七 夕ひさすかどたのなるこふくかぜをおのがならひにたつすずめかな
九四八 しもうづむかりたのいほのいたづらにわれひとりとやつきのもるらん
九四九 なにとまたかどたのひつちおひぬらんあきはてぬべきこの世とおもふに
九五〇 冬さむみたなかのいほの山かぜによわきわが身の世をすぐるかな
九五一 いほむすぶ山だにたてるそほづだにうき世をあきのつゆにぬれつつ
九五二 おしねほすをだのかりほのとまをあらみながるばかりにおけるつゆかな
九五三 しもさゆるかりたのおもにきこゆなりねざめもよほすしぎのはねがき
九五四 くりかへしいくたび月をながむらんむかしをしのぶよはのねざめに
九五五 いにしへはわれだにしのぶあきのつきいかなるよよにおもひいづらん
九五六 いたづらにみぬむかしのみしのばれてすぐるつき日をなげくころかな
九五七 ありふればいとどうき世になりはててうらみしをさへ猶しのぶかな
九五八 あれわたるふるやののきのしのぶぐさ人のこころやたねとなるらん
九五九 うれしきもうきもつらきもむばたまのゆめよりほかのなぐさめぞなき
九六〇 たのむべきうつつもゆめをみるからにいやはかななるよはのとこかな
九六一 とにかくにうつつにもあらぬこの世にはゆめこそゆめのゆめにありけれ
九六二 ゆめとだにみぬをうつつにたのむかなあだなる人の世とはしれども
九六三 おもへただふすかとすれどあくるよのその程たえぬゆめのみじかさ
九六四 ぬるがうちのゆめにうつつをみつるかないづれをあだのものとさだめむ
九六五 むばたまのよはのさごろもかへしてもたのめばみえぬゆめのはかなさ
九六六 ゆめやゆめうつつやうつつひとすぢにわかれぬものはこの世なりけり
九六七 おのづからこひしき人をみしゆめのわすれやしぬる又もむすばぬ
九六八 みじかよのゆめばかりなるこの世だにあはでやながきやみにまどはむ
九六九 かぜわたるくさ葉のつゆのかずかずにきえのこるべき人のうき世か
九七〇 はかなさはふなをかやまの夕まぐれしばしもたえぬけぶりにもしれ
九七一 人の世のはかなき程はよそならじいはまにきゆるみづのしらたま
九七二 あらしふくとやまのみねのさくら花ちらではつべきこの世ともみず
九七三 たのまれぬ人のうきよにくらぶればおきこぐふねのあとはありけり
九七四 さだめなき世のならひこそあはれなれ日をへてまさるのべのそとばに
九七四 さだめなき世のならひこそあはれなれ日をへてまさるのべのそとばに
九七五 月だにもなほかくれぬるうきくものきえてあとなき身とはしらずや
九七六 あはれこそありとだにみれたにがはのゆくせにうかぶあはれ世中
九七七 ちりはつるうき世はたれももみぢばをしらずがほにもなほをしみつつ
九七八 人の身はさてもやいかにすゑのつゆもとのしづくはおもひしれども
九七九 とにかくにさしてぞたのむみかさ山みねにもをにもしるしあらはせ
九八〇 なにとまたおなじうき世をたのむらんあるべき程はおもひしれども
九八一 身の程をおもふゆくへのとにかくにかはるはおなじ心なりけり
九八二 世のなかを人なみなみにすぐせどもよるべきかたのなきぞかなしき
九八三 世のなかはなにごとをしてなに事にいかにとすべき我が身なるらん
九八四 しばしだにたれかあはれといはしろのまつゆくすゑもしらぬわが身は
九八五 あはれなりかけぢにわたすまろきばしあやぶまれてや身はすぐすらん
九八六 心よりほかにこころはなきものをわが身にもにぬ身をいかにせん
九八七 いまは身を心にだにもいとふかなたれかはましてあはれとも見む
九八八 世にふればわが身の程をしるものをしらずがほにも人やみるらん
九八九 久かたのそらものどかにあさ日かげくまなくてらせ君がちとせに
九九〇 わたつうみのよものうらなみ君が世のちとせのかずにおきつしまもり
九九一 夕づくひむかひのをかのたままつのいつともわかじ君がちとせは
九九二 わが君はかずもかぎらじやほかゆくはまのまさごにちよをよみつつ
九九三 ふしごとにやちよをこむるくれたけのかはらぬかげは君にまかせむ
九九四 かすがやまいまもおひそふわかまつの葉かずに君のちよをこめつつ
九九五 いせしまやなぎさによするしらなみのくだくるたまやよろづよのかず
九九六 わたつうみのしらぬなみまにすむかめのよもぎがしまも君がためとぞ
九九七 君が世はかずもしられじ久かたのあまてる月のすまむかぎりは
九九八 みちとせになるてふもものももかへりひらけむ花は君が世のため









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 嘉元百首解題】〔37嘉元百解〕新編国歌大観巻第四-37 [書陵部蔵一五四・三一]

 後宇多院が歌人たちから召した百首である。正安四年(乾元元、一三〇二)に命が下され、翌嘉元元年には詠進されたと思われる。一二月に奏覧された新後撰集(二条為世撰)の資となっている。下命時に配流されていた京極為兼をはじめ、いわゆる京極派歌人を除いて、当代の主な歌人を網羅している。この百首歌はある歌人の百首が単独で伝わるものもあるが、「嘉元百首」として集成されている諸伝本は二七名の歌人を収める(ただしほかにもこの百首の作者となった人はいたらしい)。ちなみに、二七名中二人の入道のうち、「宗寂」は高階宗成である。

 蒲原義明氏「嘉元仙洞御百首について」(古典論叢11、昭和五七年一二月)によると、この二七名の百首を集成した伝本は、書陵部二本・神宮文庫本・彰考館本・金刀比羅宮本(残欠)・内閣文庫本・京大勧修寺本(以上写本)、百首部類所収本(元禄十三年板本)があるが、本文からみて前の五本(第一類本)と後の三本(第二類本)とに分けられる。第一類本が善本であるが、本書では、中でも比較的穏当な本文を持つ書陵部本(一五四・三一)を底本とした。三冊本で、題簽に「嘉元百首上」(中・下)とあり、江戸初期の写本である。

 それぞれの百首を見ると、百首に満たないもの、超えるものがあるが、欠脱や、個人百首との校合などによる付加等が原因になっていると思われる。翻刻に当たっては他の伝本による校訂を行なったが、個人百首として伝存する本とは校合しなかった。なお本文の様態と校訂についての若干の注記を行なっておく。

 九七二(いまはまた)は底本にのみある歌で、細字書き入れの形で記されており、あるいは個人百首との校合によったものかとも考えられるが、底本にあるという事実を尊重して番号を打った。また為信の百首中、一七三一(したをぎの)・一七五一(影うつす)・一七七〇(おもひやれ)・一七八三(いとどしく)・一七八四(みねたかく)は内閣本・板本は小字で書き入れの形を示しているが、第一類本の多くは普通の大きさで書かれているので、その通り翻刻した。次に、終わりの三人の女流の歌には、第二類本には、それまでの歌人と同様に題がつけられているが、第一類本にはない。ないのがもとの形と思われるので校訂しなかった。なお次に掲げた為相の四首は板本に小字で記されているもので、個人百首との校合によって書き入れられたものと思われるが、集成百首の一本(板本)に存するので掲げた。

 一心ありてのこすかはなをけふこそはさそひもそむれ春の夕風
 (板本百首部類本、「イ」として細字にて「花」五首の後にあり)

 二おのづからなくねもおくに龍口〔(ママ)〕のはつせを出でぬ時鳥かな
 (板本百首部類本、「イ」として細字にて「時鳥」三首の後にあり)

 三もみぢばも心いか〔 〕露霜のかほと〔(ママ)〕そむる色とやはしる
 (板本百首部類本、「イ」として細字にて「紅葉」の題の下にあり)

 四冬きてはちりこし秋の梢をもおちばにさそふむらしぐれかな
 (板本百首部類本、「イ」として細字にて「初冬」題の下にあり)

 このほか、底本は八六(関)と八七(旅)との間に「橋」と題のみ存するが、内閣本百首部類板本により「関」の歌の前にこの一首を補った。また一五八九等の「浮世」(底本表記)を「うき世」のように仮名表記にしたところもある。なお、例えば、一三四九歌の「袖」は、底本には「神」とあるが、諸本により校訂した。この類はかなり多く存するが、今省略した。なお九九〇「行末を……」の歌の肩に小さく「後」、九九一「いかばかり……」の歌の肩に「前」とあるが、これも省略した。

 底本はじめ諸本には、勅撰集に入集したことを示す集付があるが、必ずしも精密なものではなく、後世のものでもあるので一切省いた。ただし定為の二三四六・二三八九番歌の肩に「藍田抄」、二三九七番歌に「新浜木綿集」とあるのは注意される。
 

 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 八九
 いもが手枕  いもかて枕
 二〇三三
 またこの秋も またゝの秋も
 二六九五
 たえずすむべき  たゝすゝむへき

(井上宗雄・千葉 覚・山田洋嗣)
 
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 伏見院御集解題】〔123伏見院解〕新編国歌大観巻第七-123 [古筆断簡他] 

 伏見院の宸筆御集は、いわゆる広沢切として、成巻もしくは幅装等の切として、現存するものは少なくなく、このうち、巻子本形態をとるものも十数巻確認されている。これらは、具注暦の紙背に認められたもの、文書を連続しての紙背、または素紙を連接したものと三別出来る。現存する成巻広沢切をみると、報告されている限りにおいては、切継ぎによりほぼ一〇〇首(あるいは二〇〇首)を目途に成巻されたものがほとんどである。この切継ぎはその実態からみて、伏見天皇御自身による、御自撰の御集編成過程を示すものとは考えられない。広沢切の書風は、他の伏見院宸筆とは異なり、独特の個性の強い名筆である。広沢切として尊重されるあまり、断簡として諸家に分蔵されるものも多く、また、巻子本として伝えられても、その書風の類似から、「後伏見院御集」とされるものもある。

 今日、伏見院宸筆の原形態を完全に保っている書陵部蔵「伏見天皇御集 夏 広沢切」(五〇三・二一九)等によると、原態は巻頭にやや大字で部立名を記し、題二字下げ、歌二行書きである。一つの巻は一部立で統一する意図が見え、混入した他部の歌は、頭書で注記してある。歌数は定数に整えず、具注暦の使用状況を考慮すると、一巻二〇〇首前後である。歌題の配列は整序した部分と、不定の部分があり、詠作年代もまちまちに写されている。宸筆による玉葉の集付・添削・墨滅が散見し、重複歌もあって、未精撰の稿本的性格を残している。編纂は、具注暦、紙背文書に、嘉元三年(一三〇五)・徳治二年(一三〇七)・延慶二年(一三〇九)・正和四年(一三一五)等の年次が確認されるので、御晩年からはじめられ、崩御直前にまで及んだと推定される。

 今回は、巻子本の形態を残すものと、宸筆御集を書写したと認められる写本とに限って収め、広沢切と思われぬ詠草や断簡は省いた。所収詠草は、1~23に分けたが、直接写真によって本文を起し得たものもあれば出来ないものもあった。20~23が、「私家集大成」以後に加わった分で、索引化されるのは初めてである。写真のないものは、国民精神文化研究所編「伏見天皇御集」によって本文を作成した。しかし、20の古曽志文吉氏蔵本は、「私家集大成」20の書陵部蔵「伏見院御製」(五〇一・六三五)の中間部と、一首しか違わないものである。1~23の、現在確認し得る所在、および「伏見天皇御製集」に示されているそれらは次のものである。4~19は「伏見天皇御製集」に翻刻されており、参照の便のため、同書解題の順序に従った。

  1東山御文庫蔵「後伏見天皇宸翰御詠歌弐百」(一七八・六・一・一)。春八六首に雑一五首を切継ぐ。所収歌数、計一〇一首。(本大観一~一〇一)
  2同右(一七八・六・一・二)、春八五首・雑六首・恋九首を切継ぐ。計一〇〇首(うち西園寺実兼詠一首)。(本大観一〇二~二〇一)
  3京都博物館蔵「伏見天皇宸翰御歌集残巻 春秋部広沢切」。春六七首(うち墨滅歌一首初句のみの墨滅歌一首)に秋一〇首(うち下句・上句のみ存各一首)を切継ぐ。
    計七七首。(本大観二〇二~二七六)
  4高松宮旧蔵「伏見院宸翰御詠草 春秋一名広沢切」。春一〇一首(うち墨滅歌一首)。(本大観二七七~三七六)
  5同右。秋九九首。(本大観三七七~四七五)
  6閑院宮旧蔵「後伏見院御製御宸筆」。春一〇〇首。(本大観四七六~五七五)
  7同右。春一〇〇首(うち墨消歌一首)。(本大観五七六~六七四)
  8本派本願寺蔵。春一〇〇首(うち詩一首、夏六首、雑九首)。(本大観六七五~七七四)
  9金刀比羅宮蔵「伏見天皇御歌集」。春六八首に秋三二首を切継ぐ。計一〇〇首。(本大観七七五~八七四)
  10東山御文庫蔵「伏見天皇御歌集」(一八八・三・二)。秋一八八首(うち上句半存一首、墨消歌二首、鷹司冬平詠・永福門院詠各一首)に春一二首を切継ぐ。
    計二〇〇首。(本大観八七五~一〇七二)
  11同右「伏見天皇御歌集」(一八八・三・三)。雑一四一首(うち秋一首、書きさしの墨消歌一首)。(本大観一〇七三~一二一二)
  12書陵部蔵「伏見天皇御集夏 広沢切」(五〇三・二一九)。夏一九八首(うち雑三首、書きさしの墨消歌一首)。(本大観一二一三~一四〇九)
  13開口神社蔵。冬一〇〇首(うち雑一首、墨消歌雑一首)。(本大観一四一〇~一五〇八)
  14谷森真男氏旧蔵。冬九六首(うち墨消歌春四首)。(本大観一五〇九~一六〇〇)
  15森川馨氏蔵。雑三五首。(本大観一六〇一~一六三五)
  16徳川黎明会蔵「伏見天皇宸筆広沢切貼込屏風」。春八首・夏九首・秋八首・冬八首・恋八一首・雑六首を切継ぎ計一二〇首。(本大観一六三六~一六四六・一六四七~一七五五)
  17書陵部蔵「後伏見院御詠草」(一五〇・五二六)。春一〇七首。(本大観一七五六~一八六二)
  18書陵部蔵「後伏見院御詠草冬部」(五〇一・六四〇)。冬一〇〇首。(本大観一八六三~一九六二)
  19書陵部蔵「伏見院御製」(五〇一・六三五)。春二三首・秋二四首・冬一九首・恋一八首・雑一六首、計一〇〇首。(本大観一九六三~二〇六二)
  20古曽志文吉氏蔵「伏見院御集」。秋一〇〇首。(本大観二〇六三~二一六二)
  21藤井真津子氏蔵「伏見院御集」。春一〇〇首。(本大観二一六三~二二六二)
  22大東急記念文庫蔵「広沢切巻子本」。冬五五首。(本大観二二六三~二三一七)
  23出光美術館蔵「伏見院御集広沢切」。秋五六首。(本大観二三一八~二三七三)

 翻刻にあたって、後代の切継は一切無視した。しかし、本文は、未精撰の稿本的性格が強く、次のような処置を行った。まず墨滅歌であるが、翻刻本文からは省いたが、次のものがある。

 一 さきやらぬ(二二六の次)
      花
 二 つくづくとながむるやどのはるよこれかならずはなをおもふとはなし(二三七の次)
 三 わすれじなやよひのなかばそらすみて月さやかなるはるのこよひを(三三六の次)
      春
 四 はなやいかにはるひうららに世はなりて山のかすみにとりのこゑごゑ(五九七の次)
      秋葛
 五 ゆふしものをかのくず葉のいろみてもうらみてかれし中ぞかなしき
      秋歌中に
 六 秋よいまのこりのあはれおかじとやくもと風とのゆふぐれの時(以上二首一〇〇八の次)
      羈中嵐
 七 ゆきくれて(一〇八八の次)
      夏地儀
 八 こけあをきいはまつ(一三八一の次)
      思帰文集題  雑
 九 わだのはらかへるなみにもことづてんみやこ恋しみわれしほれぬと(一四四五の次)
      霞
 一〇 はるべとて又かすみたつ時はあれど我が身ひとつはすさまじの世や
      春氷
 一一 うれへある我がこころのみとけがたみいけのこほりもはる風ぞふく
      花
 一二 うき身からながめやつさんいろもをしものうきはるは花をだにみじ
      鳥
 一三 時をつぐるはつうぐひすのこゑはあれど猶あさ風にゆきはふりつつ(以上四首一五九七の次)

 また、部類・歌題の頭書や集付を持つ歌があるが、それ等はすべて、詞書の行に本行組にして入れたが、詞書がすでにある場合は、その下に二字分あけて組み入れた。

 歌題二五一・二五二・二五五~二六一・一〇六二~一〇六六・一五二六・二〇〇一
 部類六七九~六八四・六九四~六九七・一一〇四・一二一九
 集付一二二・一三六・八五〇・八六五・一一四六・一一五八・一一七〇・一六二六・二〇四七・二〇六六・二〇九一・二〇九三

 重ね書き、訂正歌は、訂正部を本行として翻刻したが、脇に小文字で並記してあるものは、そのまま採用した。

 伏見院(文永二年〈一二六五〉~文保元年〈一三一七〉)は第八九代後深草天皇の第二皇子。諱は煕仁、持明院殿と号された。建治元年(一二七五)親王宣下、次いで二歳年下の第九一代後宇多天皇の皇太子となる。同三年元服、弘安一〇年(一二八七)受禅、翌一一年即位。在位一二年の後、永仁六年(一二九八)後伏見天皇に譲位。在位中の正応三年(一二九〇)から親政、譲位後も、後伏見天皇在位中と花園天皇在位の前半は院政をとられた。京極為兼の歌風を庇護し、永仁年間勅撰集を計画して成らず、正和元年(一三一二)玉葉集を撰進せしめた。正和二年御出家、法諱素融。文保元年(一三一七)五三歳で崩御された。新後撰集以下の勅撰集に二九四首入集。

(小池一行・相馬万里子・八嶌正治)
 
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 後拾遺和歌集解題】〔4後拾遺解〕新編国歌大観巻第一-4 [宮内庁書陵部蔵四〇五・八七] 

 古い写本の多くは、書名を後拾遺和歌抄とする。主な系統を成立順にあげると次のようになる。
  一、草稿本系統 (イ)静嘉堂文庫蔵伝甘露寺経元筆本 (ロ)東京大学附属図書館蔵南葵文庫本
 これらは改稿の際除かれた数首(本文参照)を持ち逆に改訂で加えられた五六番歌「わがやどの」を持たない。

  二、家本系統 (イ)書陵部蔵桂宮本廿一代集 (ロ)同一四冊本八代集 (ハ)京都大学附属図書館蔵堀氏寄贈本
    家本は次のような奥書を持っている。

   本日/都合和歌千三〔(ママ)〕百十八首 内無名六十首返歌五十首
   以/礼部納言家本書写之、件本者/朱雀帥伊房卿自筆也、偸雖
   書/入自歌二首、通俊批校之時、合懸/鉤畢云々、筑前守忠仲伝
   持之、今/本是也、披閲之処、与目録符合、足/為証本歟、於勘
   物者清輔朝臣所/注付也(以下略)

 しかしこの系統のどの本も、伊房の歌は他本と同じく一一七三番の一首のみであり、かつ清輔注という勘物もない。
 一方五六番歌とその前の異本歌を合わせ持ち、巻十四「難波潟」(後撰歌)がある。また歌の位置に異同が見られる。

  三、自筆本系 通俊自筆を示す奥書(後掲)を持つ。
    伝来奥書によりさらに次の三種に分かれる。

    (一)為家相伝本 (イ)書陵部蔵為家相伝本 (ロ)江守賢治氏蔵本(下巻のみの零本)
    これらは自筆本系奥書を挟んで為家・為相相伝を示す奥書(後掲)を持つ。
    (二)源承法眼本 書陵部蔵卅九冊本廿一代集本
    為家本を息源承法眼、さらに僧乗尋が写し伝えたもので、文永二・弘安五・正安元年の書写奥書を持つ。本文は(一)にきわめて近く貼紙で異本歌を伝える。
    (三)その他 西下経一氏蔵初雁文庫甲本(国文学研究資料館寄託)・岩国吉川家蔵八代集本・鹿児島大学玉里文庫蔵宗仲庵写本等は自筆本系奥書の他に諸種の書写奥書を持つが、本文はかなり異なる。

  四、流布本系(順徳院本系) 田中塊堂氏蔵八代集本
    従来流布の底本、正保四年刊廿一代集本や八代集抄本の本文に最も近い古写本である。上下巻に貞治三年の書写奥を持ち、それに先立って順徳院御本(黒表紙)が二条為氏に伝わる経緯を記す。
    同奥書は書陵部蔵一一冊本八代集にものせるが本文は異系統。

  五、古本系統 鎌倉南北朝期の書写と目されるものに、(イ)陽明文庫蔵伝為家筆本(上巻のみの零本) (ロ)広島大学今中文庫本伝光明峰寺殿(道家)筆本(巻一のみの零本)
    (ハ)今井和行氏蔵伝兼好筆本 (ニ)太山寺蔵本 (ホ)穂久迩文庫蔵承元二年識語本(巻十七以下の零本) (ヘ)国学院大学蔵伝定為法印本等があるが、
    一~四のいずれの系統とも完全に一致するものはなく、かつ相互に異同がみられる。

 底本は通俊自筆本系のうち為家相伝本系の写本で、冷泉家蔵本の忠実な臨模本と思われる。室町時代写一冊、書陵部蔵(四〇五・八七)。作者勘物注記、各巻頭に所収歌数注記、書本による校合書入れ等がある。

 奥書は次の通り。

   出家以後譲与/小男拾遺為相了/桑門判
   長承三年十一月十九日以故礼部納言自筆本/書留了件本奥偁云々寛
   治元年九月十五日/為披露世間重申下御本校之、先是在世/本相
   違歌三百余首、不可信用件本、其/由具書目録序 通俊/朝散大
   夫藤判
   相伝秘本也/戸部尚書為家

 後拾遺集は白河天皇の下命により応徳三年(一〇八六)九月、藤原通俊の手に成った(仮名序)。その後一〇月奏覧、翌寛治二年再奏、目録序執筆(同序)。全二十巻、一二一八首。

 校訂表           
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 
 いつかのいとまもさまたげなし  いつしかのいとまもさまたけなし  六〇八作者
 源頼家朝臣母  源頼家朝臣
 
 やすきことをかくしてかたき  やすきことをかくしかたき  六六一
 とがへるたかと  とかへるたか
 
 なこそのせきも  なこそせきも  六八四
 春日ともがな  かゝらましかは
 五三
 あくるまちけり  あくるまちける  六九七詞書
 つかはしける  つかはしけり
 九八
 さくらさく  さくらさへ  七一二詞書
 ひるつかたおとづれて  ひるかたおとつれて
 一一七詞書
 花みにまかりありきければ  花みにまかりありけれは  八一一作者
 西宮前左大臣  西宮左大臣
 二三一詞書
 晩涼如秋といふ心をよみ侍ける  晩涼如秋といふをよみ侍ける  八九〇詞書
 妻なくなりて  妻なくなくりて
 三三二
 しかのねきかぬ  しかねきかぬ  九〇七
 おもほえず  おもほえぬ
 三三四
 なにしかは  なにゝかは  九三〇詞書
 むつまじきさまになむ  おつましきさまになむ
 三七二作者
 藤原範永朝臣  藤範永朝臣  九六一詞書
 うしとみし心にはまさりはべりけり  うしとみし心にはまさりはへりけれ
 三八〇作者
 藤原兼房朝臣  藤兼房朝臣  九七五
 またもあらば  またあらは
 四三一
 ふた心なき  ふる心なき  一一二〇
 うちとけざまは  うちとけさまに
 四三六
 ふたばながらに  ふるはなからに  一一四二詞書
 又かへるさにも  又かへるさまにも
 四六六詞書
 あふさかのほどより  あふさかのほとり  一一五五詞書
 陸奥のかみ  陸奥くのかみ
 五二三詞書
 中宮の台ばんどころに  中宮の大はところに  一二〇五
 ひるくさしとて  ひるくさくして
 五三八詞書
 物いふをんなのはべりけるところに  物いふおんなのはへりけるころに  
 
(後藤祥子)
 
 後拾遺和歌抄序】新編国歌大観巻第一-4 [宮内庁書陵部蔵四〇五・八七] 

 後拾遺和歌抄序
 
 わがきみあめのしたしろしめしてよりこのかた、よつのうみなみのこゑきこえず、ここのつのくにみつぎものたゆることなし、おほよそ日のう
 ちによろづのことわざおほかるなかに、はなのはる月のあき、をりにつけことにのぞみて、むなしくすぐしがたくなんおはします、これにより
 て、ちかくさぶらひとほくきく人、月にあざけりかぜにあざけることたえず、はなをもてあそびとりをあはればずといふことなし、つひにおほ
 むあそびのあまりに、しきしまのやまとうたあつめさせたまふことあり、拾遺集にいらざるなかごろのをかしきことのは、もしほぐさかきあつむ
 べきよしをなむありける、おほせをうけたまはるわれら、あしたにみことのりをうけたまはり、ゆふべにのべのたぶことまことにしげし、この
 おほせこころにかかりておもひながら、としをおくることここのかへりのはるあきになりにけり、いぬる応徳のはじめのとしのなつ、みな月の
 はつかあまりのころほひ、やくらのつかさにそなはりていつかのいとまもさまたげなし、そのかみのおほせをおいそのもりにおもうたまへて、
 ちりぢりになることのはかきいづるなかに、いそのかみふりにたることは拾遺集にのせてひとつものこさず、そのほかのうたあきのむしのさせ
 るふしなくあしまのふねのさはりおほかれど、なかごろよりこのかた、いまにいたるまでのうたのなかに、とりもてあそぶべきもあり、天暦の
 すゑよりけふにいたるまで、よはとつぎあまりひとつぎ、としはももとせあまりみそぢになんすぎにける、すみよしの松ひさしく、あらたまの
 としもすぎて、はまのまさごのかずしらぬまでいへいへのことのはおほくつもりにけり、ことをえらぶみち、すべらぎのかしこきしわざとても
 さらず、ほまれをとるとき、山がつのいやしきこととてもすつることなし、すがたあきの月のほがらかに、ことば春のはなのにほひあるをば、
 千うたふたももちとをあまりやつをえらびてはたまきとせり、なづけて後拾遺和歌抄といふ、おほよそ古今後撰ふたつのしふにうたいりたると
 もがらのいへのしふをば、よもあがりひともかしこくて、なにはえのあしよしさだめむこともはばかりあればこれにのぞきたり、むかしなしつ
 ぼのいつつのひとといひてうたにたくみなるものあり、いはゆる大中臣能宣、清原元輔、源順、紀時文、坂上望城等これなり、さきにうたの心
 をえて、くれたけのよよにいけみづのいひふるされたるひとなり、これらのひとのうたをさきとして、いまのよのことをこのむともがらにいた
 るまで、めにつき心にかなふをばいれたり、よにあるひときくことをかしこしとし、みることをいやしとすることわざによりて、ちかきよのう
 たに心をとどめむことかたくなむあるべき、しかはあれど、のちみむためによしのがは、よしといひながさむひとにあふみのいさらがは、いさ
 さかにこのしふをえらべり、このことけふにはじまれることにあらず、ならのみかどは万葉集廿巻をえらびてつねのもてあそびものとしたまへ
 り、かのしふの心は、やすきことをかくしてかたきことをあらはせり、そのかみのこといまのよにかなはずしてまどへるものおほし、延喜のひ
 じりのみかどは万葉集のほかのうた廿巻をえらびてよにつたへたまへり、いはゆるいまの古今和歌集これなり、むらかみのかしこきみよにはまた
 古今和歌集にいらざるうたはたまきをえらびいでて後撰集となづく、又花山法王はさきのふたつのしふにいらざるうたをとりひろひて拾遺集と
 なづけたまへり、かのよつのしふは、ことばぬもののごとくにて、こころうみよりもふかし、このほか大納言公任朝臣みそぢあまりむつのうた
 人をぬきいでて、かれがたへなるうたももちあまりいそぢをかきいだし、又とをあまりいつつがひのうたをあはせてよにつたへたり、しかるのみ
 にあらず、やまともろこしのをかしきことふたまきをえらびて、ものにつけことによそへてひとのこころをゆかさしむ、又ここのしなのやまと
 うたをえらびて人にさとし、わがこころにかなへるうたひとまきをあつめてふかきまどにかくすしふといへり、いまもいにしへもすぐれたるな
 かにすぐれたるうたをかきいだして、こがねたまのしふとなむなづけたる、そのことばなにあらはれて、そのうたなさけおほし、おほよそこの
 むくさのしふは、かしこきもいやしきも、しれるもしらざるも、たまくしげあけくれの心をやるなかだちとせずといふことなし、又ちかく能因
 法師といふものあり、心はなの山のあとをねがひて、ことばひとにしられたり、わがよにあひとしあひたるひとのうたをえらびて玄玄集となづ
 けたり、これらのしふにいりたるうたは、あまのたくなはくりかへし、おなじことをぬきいづべきにもあらざればこのしふにのすることなし、
 またうるはしきはなのしふといひ、あしびきの山ぶしがしわざとなづけ、うゑきのもとの集といひあつめて、ことのはいやしくすがただびたるも
 のあり、これらのたぐひはたれがしわざともしらず、またうたのいでどころつばびらかならず、たとへば山がはのながれをみてみなかみゆかし
 く、きりのうちにこずゑをのぞみていづれのうゑきとしらざるがごとし、しかればこれらの集にのせたるうたはかならずしもさらず、つちのなか
 にもこがねをとり、いしのなかにもたまのまじはれることあれば、さもありぬべきうたはところどころのせたり、このうちにみづからのつたな
 きことのはもたびたびのおほせそむきがたくして、はばかりのせきのはばかりながらところどころのせたることあり、このしふもてやつすなか
 だちとなむあるべき、おほよそこのほかのうた、みくまののうらのはまゆふよをかさねて、しらなみのうちきくこと、しぎのはねがきかきあつ
 めたるいろごのみのいへいへあれど、むもれぎのかくれてみることかたし、いまのえらべるこころはそれしかにはあらず、みはかくれぬれど、
 なはくちせぬものなれば、いにしへもいまもなさけある心ばせをばゆくすゑにもつたへむことをおもひてえらべるならし、しからずはたへなる
 ことばもかぜのまへにちりはて、ひかりあるたまのことばもつゆとともにきえうせなんことによりて、すがのねのながき秋のよつくばねのつく
 づくとしらいとのおもひみだれつつ、みとせになりぬれば、おなじきみつのとしのくれあきのいざよひのころほひえらびをはりぬることになん
 ありけるといへり
 
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 範永集解題】〔88範永解〕新編国歌大観巻第三-88 [書陵部蔵五〇一・三〇五] 

 範永集の伝本は、宮内庁書陵部に甲乙二本を現存するのみである。甲本(五〇一・三〇五)は総歌数一八八首、うち、二六・一〇六・一〇七・一〇八番歌は付箋歌(詞書とも)であり、他に上句のみの付箋校異(二一番歌)がある。乙本(五〇一・一八五)は総歌数五六首、このうち一二首は一ないし数句を欠く。両本の共通歌は四八首、乙本のみの特有歌は八首である。両本の構成を吟味すると、巻頭より二八首まではほぼ一致し、以後、乙本は大部分が脱落、しかも小群落をなして錯簡を生じた模様がうかがえる。両本の交渉を見るに、甲本の付箋歌は詞書・歌とも乙本と完全に一致し、甲本の校合書入れも多く乙本と一致する。ただしその校合書入れは乙本の欠脱部にも及び、したがって甲本の摂取した「他本」は現存の乙本ではなく、その祖本と目される。以上のごとく、所収歌数・原状保有の優位から、本書では甲本を底本とした。底本は霊元天皇の宸筆外題を有する近世初期の書写本である。ただ、底本も原形がかなり損なわれており、完全なものとはいえない。次に乙本をもって補訂を加えた部分を示しておく。

 一二二番歌と一二三番歌は底本になく、乙本によって補ったものである。すなわち底本は一二一番歌に続く「月はいづるといると、いづれまさりたるといひし人の、いひたる」が一二四番歌の詞書となっており、此詞不叶と付注がある。この詞書と歌(一二四番歌)との間には明らかに脱落があり、乙本四九・五〇番歌(本書一二二・一二三番歌)がそれに該当する。ちなみに乙本四九番歌の詞書は「月いづると入るといづれみるにまされりといひにやりたりしに、一品宮のいではの君がいひたり」とある。

 前記補入歌以外の乙本特有歌を掲げておく(歌の末の番号は乙本の一連番号)。

  家つね朝臣、月を見てかくいへり
 一 つねよりもみる程久し夏の夜の月には人をまつべかりけり(三五)
  返し
 二 まつほどに月を久しくみてければこぬをうれしき人としらなん(三六)
  あしまの氷うすしといふ題を
 三 難波がた入江のこほりうすけれどあしの若葉のかげしかくれず(三七)
  みちのくにのかみのりしげの、国へくだるとてかくいへる
 四 ゆく末にあぶくま川のなかりせばいかにかせましけふのわかれを(三八)
  返し
 五 君にまたあぶくま川をまつべきにのこりすくなきわれぞかなしき(三九)
  ふしみの里の恋
 六 恋ひわびて千度ぞかへす唐ころもひとりふしみの里にぬる夜は(四〇)

 なお、甲本巻末に附された勘物を掲げておく。

  藤原範永備中守為雅孫、尾張守仲清男、母従三位永頼女
   長和五年十一月廿五日補蔵人、寛仁元年八月廿日任修理権亮、三
   年正月廿三日任式部大丞、四月七日叙従五位下、四年三月廿八日
   任甲斐権守、治安三年二月十二日任春宮少進、万寿二年四月廿八
   日兼伯耆守蔵人巡、長元三年正月廿八日叙従五位上治国賞、四年
   十一月廿五日叙正五位下春宮御給、九年七月十七日叙従四位下、十
   年正月廿三日任尾張守、長久四年正月廿四日従四位上造安福殿賞、
   寛徳二年四月廿八日任大膳大夫、天喜元年八月十九日任但馬守、
   四年二月廿二日叙正四位下、自四条宮幸一条院左大臣家司賞、康平五年
   正月卅日任阿波守、八年六月十三日遷任摂津守
     自長和五年至康平八年 五十年

 藤原範永は右勘物に見るごとく、備中守為雅の孫。尾張守仲清男。母は従三位永頼女。後一条より後冷泉朝に至る頼通期の歌壇に活躍、和歌六人党の中心として受領層歌人の間に重きをなした。康平末年(一〇六五)正四位下摂津守に至ったが、没年は未詳。
(犬養 廉)
 
 範永集】190首 新編国歌大観巻第三-88 [書陵部蔵五〇一・三〇五]

 範永集
 
   内のおほいどの六条にわたりはじめたまひて、いけのみづながく
   すむといふこころを
  一 ことしよりかがみと見ゆるいけ水のちよへてすまむかげぞゆかしき

   高陽院どのにて、なでしこよろづの花にまさるといふこころを
  二 いろふかくさくなでしこのにほひにはおもひくらべむはなのなきかな

   ひろさはにて、あきのよの月、ひとびとよみしに
  三 みるひともなき山里の秋の夜は月のひかりもさびしかりけり

   宮のさぶらひにて、九月つくる夜、夜もすがらあきををしむといふだいを
  四 あけはてばのべをまづみんはなすすきまねくけしきはあきにかはらじ

   右京大夫、八条のいへのさうじに、はじめのなつ、山ざとなる家
   にほととぎすまつ
  五 けさきなくさやまのみねのほととぎすやどにもうすき衣かたしく

   子なくなしてはべりける人のもとに七月八日に
  六 たなばたはけさやわかれををしむらむひとはまつべきあきもあらじを

   山とのかみのりただ、なくなりてのとし、いへのさくらのさきた
   りけるに、かの家につかはしける
  七 うゑおきしひとのかたみと見ぬだにもやどのさくらをたれかをしまぬ

   じじゆうのあまぎみの、あたごにこもりけるに
  八 山のはにかくれなはてそあきのつきこのよをだにもやみにまどはじ

   左のおほいどのにて、かつまたの池
  九 とりもゐでいく夜へぬらんかつまたのいけにはいひのあとだにもなし

   くさむらの露、いそのかみといふ題を、さいけいりしのよませけるに
 一〇 けさきつるのばらのつゆにわれぬれぬうつりやしなむはぎがはなずり
 一一 見しよりもあれぞしにけるいそのかみあきはしぐれのふりまさりつつ

   朱雀院うせさせたまひて、女院しらかはどのにおはしましけるに、
   あらしのいたくふきけるに、またのつとめて、侍従の内侍のもと
   におくりける
 一二 いにしへをこふるねざめやまさるらんききもならはぬみねのあらしに

   正月一日、ゆきのいたうふるに、あるところにたてまつりける
 一三 はるのたつしるしはみえでしら雪のふりのみまさる身とぞなりゆく

   源大納言、かつらのみいへにて、ひとびとのさみだれのうたよみしに
 一四 さみだれはみえしをざさの原もなしあさかのぬまのここちのみして

   はりまのかみのいへにて、春、山ざと人のいへをたづぬるこころ
 一五 たづねつるやどはかすみにうづもれてたにのうぐひす一こゑぞする

   左大臣どのの中将におはせしときに、三条院にて、はないまだあ
   まねからずといふこころを
 一六 さきはてぬこずゑおほかるやどなればはなのにほひもひさしくやみむ

   皇后宮の歌合、のこりのゆき
 一七 はなならでをらまほしきはなにはえのあしのわかばにふれるしらゆき

   おなじうたあはせ、かすがのまつり
 一八 けふまつるみかさの山のかみませばあめのしたにはきみぞさかへむ

   左大臣どのにて、野花庭にうつすころ
 一九 こころありてつゆやおくらんのべよりもにほひぞまさるあきはぎのはな

   おほゐにて、木の葉ながれにみちたりといふだいを
 二〇 おほゐがはちるもみぢばにてらされてをぐらの山のかげもうつさず

   左のおほいどの六条にて、あきをまつこころ
 二一 あまのがはせぜによるなみたちかへり わたらぬ人もあきをこそまて
    (しら波のたちへだてつつあまのがは

   さぬきのぜんじ、またひとびとあつまりて、ちるはなををしむこころ
 二二 ちるはなもあはれとみずやいそのかみふりはつるまでをしむこころを

   左大臣どのにて、山ぢのあかつきの月
 二三 あり明のつきもし水にやどりけりこよひはこえであふさかのせき

   かさとり山、はりまのかみのよませける
 二四 かり衣しぐるる秋のそらなればかさとり山のかげはしをれじ

   はじめて人に
 二五 うちいでてもかひこそなけれしもつけやむろのやしまと人もいはねば

   また人に
 二六 むかしよりこひはたえせぬみなれどもつらき人にはならはざりけり

   人につとめて
 二七 わすれじとおもふにそへてこひしきはこころにかなふこころなりけり

   つらかりし人のやまざとなるに、ひさしうおとづれで、こほりの
   いみじうしたるつとめて
 二八 こほりしておとはせねどもやまがはのしたにはみづのながるとをしれ

   山葉を水によりてしる
 二九 いろかはるいはまの水をむすばずはをのへのこずゑ見にやゆかまし

   らくえふ菊をうづむ
 三〇 ちりぬべきはなみる春をわするるはもみぢをきたるきくにぞありける

   庭のうへのおつるはな、仁和寺
 三一 春のひも身ぞさえぬべきちるはなのつもれるにははゆきと見えつつ

   内の御前にて九月十日、のこりのきくをもてあそぶといふ題を
 三二 をりてみるこころぞけふはまさりけるきくよりほかのはなしなければ

   あるところにて、さけなどたべけるに、しもいたうおきて、あか
   月になりはべりにけるに、いさりびのあまたみえけるにかはらけとりて
 三三 いさりするかはべに夜をぞあかしつるふりつむしもをうちはらひつつ

   おなじところにて、山水あきふかしといふこころを
 三四 たなかみの山にあらしやふきぬらんせぜのしら波いろかはりゆく

   一品宮、五節たてまつらせたまひて、またのとしの五せちはてて
   のつとめて、かの宮にさぶらふひとに
 三五 ひかげさすみそぎはいつもかはらねどをとめのすがた見しことはなし

   秋の田かるこころ
 三六 あきのたはかるとのみこそいそぎけれうゑしこころはいつわすれけむ

   殿上人しがのやまごえしはべるに
 三七 あきとのみこころをかけてすぐしつるしがの山ごえけふぞこえぬる

   野のはなのいろをしむ
 三八 はなのいろをわが身にうつすものならばくれぬるひをもをしまざらまし

   あめによりて、野花いろかはる
 三九 あかなくに野べのあきはぎ雨ふればひかりことなるつゆぞおきける

   夏の夜の月
 四〇 ながむるに身さへすずしくなりゆくはつきのひかりにかぜやそふらむ

   九月つくるころ
 四一 としごとにとまらぬあきとしりながらをしむこころをけふはうらみむ

   しらかはどのにて、しかのなくを、殿のよませたまひける
 四二 みねたかきやどのしるしはしかのねをひとよりことにきくぞうれしき

   宇治殿にて、あさひ山を
 四三 あさひ山こだかきまつのかげきよくきみにちとせをみするなりけり

   懐円法師をぐらにこもりはべりて、ひじりだて侍りけるころ、十月十日
   ばかり、京に人のもとにはべりとききて
 四四 をぐら山ちるもみぢ葉を見もはてでいとふみやこにまたぞきにける

   いかでとおもふをんなの、しりたるところにきたりときけば、うれしうて
 四五 つりぶねはうれしきうらによせたればぬれにしそでをいつかほすべき

   女のもとにはじめて
 四六 としをへてそめしおもひのふかければいろにもいづるこころなりけり

   こほりのいたうしけるひ、女に
 四七 こほりするやどのし水のふゆながらうちもとけなんかげもみゆべく

   ひとに
 四八 ひにそへてなげきの身にはつもりつついかにわびしきこころとかしる

   女のもとに、春たつひ
 四九 春くれどかはるしるしもなかりけりすぎにし冬をなにうらみけむ

   ひとのもとより、かくいひたる
 五〇 なにはがたなにかうらむるすみよしのきしのくさをもいまはつまなむ

   といふかへりごと
 五一 すみよしのまつにてとしはすぐすともよもわすれぐさつまじとを見む

   女の、おこせたるふみ、かへしえむといひたりしに、やりたりしに、
   かくいひたる
 五二 さもこそはふみかへすともかけはしのわたりそめけむあとはかはらじ

   つれなかりける人のもとに、をみなへしにつけて
 五三 一夜だにねてこそゆかめをみなへしつゆけきのべにそではぬるとも

   懐円法師みのにくだりてありしに、をはりのあるきにおとせざり
   しかば、かく
 五四 すみなれしをぐらのやまをわすれずはふるさと人をきてもみよかし

   女の、としごろなにかといふに、しはすのつごもりにゆきのふれば
 五五 きえはてぬ身こそつらけれゆきかへるふゆをふたたびすぐすとおもへば

   けさうし侍りける女、ぢもくにつかさなどえぬことを、ねたげに
   いひてはべりければ
 五六 〔 〕すぐる月日のかずは〔 〕かるをかはらぬ身をばいかにかはしる

   四位になりて、ひとのもとにいきたるに、ふみなどやりし人の、
   いまはおとせぬといひたるに
 五七 いはずともあさしとな見そこむらさきいとどふかさのまさるおもひを

   人のもとよりかへりて、つとめて
 五八 いつとなくかわくときなきそでのうらにあめふりそふるけさぞわりなき

   はなのいみじうちりしひ、〔 〕ひとに
 五九 のこりなくはなふきちらす風よりもつらきはひとのこころなりけり

   人のもとに
 六〇 つらかりしおほくのとしはわすられてひとよのゆめをあはれとぞみし

   神な月にひとのもとへ
 六一 神なづきそらはくもらぬけさなれどうき身ひとつはなほぞしぐるる

   七月七日、殿にて
 六二 七夕に千とせのけふをすぐすともあふよはなしとおもひこそせめ

   はなみて
 六三 あくがるるこころやしばしなぐさむとけふはちらでもはなのみえなむ
 六四 さととほみひはくれぬともをしからじはなだにちらぬやどとおもはば

   やまふかくして、ほととぎすのこゑちかきこころ
 六五 ほととぎすみやまのはてをたづねてぞさとになれせぬこゑもききける

   ひとのもとに、はなざかりに
 六六 むかしよりこころにはなをつけそめてひとしれぬねぞはるはなかるる

   かへし
 六七 あだなりとききしもしるく春くればはなにこころをひとのつくらむ

   つれなき人に、薄につけて
 六八 むすばれんものとおもへばはなすすきかぜになびかぬのべしなければ

   美濃のくにに、ひとのもとへしのびて、はるのころ
 六九 このはるははなにこころもなぐさまでみののをやまをおもひこそやれ

   夏のよ、山のはの月
 七〇 なつの夜は山のはちかき月をみむふもとのかげもすずしかりけり

   すはうのかみこれなか
 七一 たなばたに身をかしつれどあまのがはあふせしらなみなきぞかなしき

   落葉木にめぐれり
 七二 もみぢばはみなこのもとにちりにけりいづれのかたをまづはひろはむ

   おほ井にして、もみぢ水にそめりといふ題を
 七三 今日ぞしるきしのもみぢはみなそこにやどれるいろのまさるなりけり

   西宮にて、落葉あめのごとし
 七四 夜もすがらもみぢは雨とふりつむにながむる月ぞくもらざりける

   山ざとのむめ
 七五 やまざとはまだふゆかとぞおもはまし屋戸のむめだにはるをつげずは

   ゆふべのかすみ
 七六 ゆふさればたちもはれなむはるがすみながむるかたのこずゑかくさじ

   ねのび
 七七 はるさめのけふはふらなむからころもぬれば山べのみどりうつると

   人に
 七八 ひとめをもつつまぬほどにこひしきはおぼろけならぬこころとをしれ

   大将うせたまうてのとし、そのとのにありしわかき女房、としお
   いたりとてわびしに
 七九 いにしへをたれもこふればいそのかみふりぬるひとをあはれとは見る

   ひとのもとに
 八〇 なにはにも君はすまぬをわびしくもあしのやへぶきひまのなからむ

   ふみやりたるひとに、かへしせめしかば、かくいひたる
 八一 世の中はあととむべくもみえねどもおきてやみましつゆの玉づさ

   かへし
 八二 みづぐきのあとはたえせぬ世の中をあだなるつゆのいかでそめけん

   人のもとに、ものにまうでて、かへりて
 八三 あはれともおもひやすらむちはやぶる神にあけくれいのりかくるを

   いかなることかききけむ、ひとのもとより
 八四 あだにさはちりけることのはにつけてひとのこころをあらしとぞ見る

   かへし
 八五 あだにまだちりもならはぬことの葉をあらしの風によそへざらなむ

   人のもとに、つとめて
 八六 ゆめとだにおもはぬほどをわりなくもけさはこひしきなみだおつらむ

   かへし
 八七 つゆばかりまどろまざりしよひのまにいかでかひとのゆめさへはみし

   はらからにふみやるとききて、かく
 八八 あづまぢのそのはらからをたづぬともいかにしてかはせきもとどめむ

   かへしにいひやる
 八九 ははきぎのそのはらからにたづぬればふせやにおふるしるしとをみむ

   五月五日、ひとのもとより
 九〇 さみだれはそでのみぬれて君とはぬよどのあやめはしぐれやはする

   かへし
 九一 ぬらすらんそでさへみねばあやめぐさかけても人はとはぬなりけり

   懐円供奉、みのよりのぼりて、おとせざりしかば
 九二 たのめしをわすれぬ人のこころにはとはぬさへこそあはれなりけれ

   題二首、水辺逐涼
 九三 さ衣のぬるるもしらずかぜふけばみぎはをさらぬひととなりけり

   あきのはな、夏ひらく
 九四 なつながらすずしくぞなるあきはぎのはなさきそむるやどのまがきは

   だい三、合坂関霧立有行客
 九五 あきぎりはたちわかるともあふさかのせきのほかとてひとをわするな

  



    しかすが
  九六 ふるさとはこひしくなれどしかすがのわたりときけばゆきもやられず

    をばすて山の月
  九七 よにふともをばすてやまの月みずはあはれをしらぬみとやならまし

    古曾部入道能因、伊よへくだるに
  九八 としふともひとしとはずはたかさごのをのへのまつのかひやなからむ

    くだんの法師の、げかうのよしつげずとて、つねひら
  九九 をしみけむをりをしらせぬきみはなほゆくひとよりもうらめしきかな

    かへし
 一〇〇 つげずともたづねざりけむわが身をぞうらみもすべき人よりもまづ

    詠錫杖一首
 一〇一 のりのこゑつくにつくなるつゑなればみもくらくともたれかまどはむ

    やまざとのあきの月
 一〇二 やまかぜもやどにさはらぬしばのいほにいかなる月のまたはもるらむ

    あめのふりけるひ、人にあひそめて
 一〇三 きみによりぬれにしそでをさみだれのそらにおほせばいかがこたへむ

    かへし
 一〇四 かこつともいかがこたへむさみだれのほどふるころのそでのしづくを

    またやる
 一〇五 なみだこそひとをばぬらせあめふれどそでのしづくはかかりやはする

    四月一日のほどに、人のもとに
 一〇六 うちとけてなきぞしぬべきほととぎす人にしられぬはつねなれども

    九月つごもり、あきをしむ心
 一〇七 あすよりはいとどしぐれやふりそはんくれゆくあきををしむたもとに

    つらかりける人の、はらへしけるをみて
 一〇八 いまはしもわれには人のつらからじみたらしがはのせぜにみそぎつ

    女院にさぶらふ清少納言がむすめこまがさうしをかりて、かへすとて
 一〇九 いにしへのよにちりにけむことのはをかきあつめけむひとのこころよ

    かへし
 一一〇 ちりつめることのはしれる君みずはかきあつめてもかひなからまし

    紅葉、いまだあまねからずといふだい、西宮にて
 一一一 ちらさじとおもふこころぞまさりけるもみぢなはてそやどのははそは

    山の座主、よみたまへるうたみよとて、かくいひにおこせたまへる
 一一二 きみならで誰にか見せむもみぢ葉のいろをも香をもしるひとぞしる

    かへし
 一一三 たれかよによろしとはみむあきはぎのやまのかひよりちることのはを

    こほうしのことなど、うれしうのたまへるに
 一一四 たまさかにこころのやみのはれぬればさやけき月のかげぞうれしき

         本このつぎ半丁破損なり

 一一五 としへけるこころはしらですぎにけりなみともけふののちやわかれむ

    あるところに、さけなどのみけるに、いかなることかありけん、
    そのところにあるをんなのいひたる
 一一六 くまもなくあかかりしよのつきかげのいかにきてかはくもがくれけむ

    かへし
 一一七 そらにきくかくれなきよの露にさへぬれぎぬきするひとのこころよ

    ひとのおとしたるふみある、それなめりと見て
 一一八 よしの山ゆきふるほどもつもらぬにまだきもきゆるひとのあとかな

    かへし
 一一九 あとたゆる人こそあらめよしのやまゆきふかくともわれはさはらじ

    月ごろ、いひわづらふ女のもとに、しはすのつごもりのほどに
 一二〇 ひとひだにすぐすをうしとみしほどに春さへあすになりにけるかな

    年老いたる人の、いろめくをわらひしが、われもいかなることか
    ありけむ、わかき女のもとに
 一二一 いまさらにいりぬるひとのこひするをもどきしこころいかでしらせむ

    月はいづるといると、いづれまさりたるといひし人の、いひたる
 一二二 いづるよりみるだにあかぬ月かげの入るをば何にたとへてかいふ

    返し
 一二三 月かげの入るをまさるとみてければきみがこころのうちはしられぬ
 一二四 としつもる身にはふゆこそくるしけれはるたちそふはうれしけれども

    人のもとに、いかなることかありけむ
 一二五 つらしとてしづのをだまきたえもせばくやしかりなむきみがこころも

    西宮のさくらをもてあそぶ
 一二六 をしとおもふひとのこころのかぜならばはなのあたりにふかせましやは

    さがみの、ひさしうおともせざりしに、はなのさかりになりにけるころ
 一二七 はなざかり身にはこころのそはねどもたえておとせぬひとはつらきを

    かへし
 一二八 もろともにはなをみるべき身ならねばこころのみこそそらにみだるれ

    正月一日のころ、しらかはの院にまゐりたるに、ゆきのいたうふ
    りて、ところどころきえて、氷などいたうしたりしかば、兵衛内
    侍のつぼねに
 一二九 山ざとはゆきのした水こほりつつはるともしらぬけしきなるかな

    さいけい律師、かくいひたり
 一三〇 のどかにとはなのさかりをおもへばやまつほどはるのふかくすぐらん

    かへし
 一三一 ゆかずともかすみへだつな山ざくらさきもしなばといそぐひとには

    ふみやりたれど、返事もせざりける人に
 一三二 しられてぞおもひはまさるしもつけやむろのやしまと人のいはぬに

    はなおちてのこらずといふこころ
 一三三 なつ山のここちこそすれ春ながら木ずゑにのこるはなしなければ

    いけのほとりのふぢのはな〔 〕若宮の御前にて
 一三四 むらさきのなみたつやどと見えつるはみぎはのふぢのさけばなりけり
 一三五 夜もあけば人やとがめむほととぎす身にしむばかりなきわたるかな

    甲斐の入道、かくいひおこせたり
 一三六 そのいろとこゑはみえねどほととぎす身にしむばかりなきわたるかな

    かへし
 一三七 いろもなきこゑ身にしまばほととぎすなかぬやまべに〔     〕

    ほととぎす
 一三八 きかじとぞおもひなりぬるほととぎすなくたびこゑにあはれまされば

    卯花、ちうめいほけうのばうにて
 一三九 むばたまのやみはしもこそしろたへのうのはなさけばやどのかきねは

    法華経、入於静室
 一四〇 見しよりはもしほのけぶりたえねどもおもへばあさきすみかなりけり

    山のざすのこ法師の京にひごろあるに、おくられたる
 一四一 ほととぎすまなくなけどももろともにきくべき人のおとづれぬかな

    かへしにかく
 一四二 なきけるをおそくつぐればほととぎすかたらひおきしかひなかりけり

    かはべの人のいへに、河辺にあそぶといふ題を
 一四三 かはかぜのたえずふきけるやどなればなつはとふひとうれしからずや

    とこなつをもてあそぶ
 一四四 さきとさくはなのなかにもなでしこは名をきくさへぞうれしかりける

    もくのかみいへつねがいひたる
 一四五 あまのがは〔                        〕

    月をながめて、さがみがもとにいひける
 一四六 見る人のそでをぞしぼるあきのよは月にいかなるかげかそふらん

    かへし、さがみ
 一四七 みにそへるかげとこそ見れあきの月そでにうつらぬをりしなければ

    出羽弁
 一四八 くもゐにてながむとおもへどわがそでにやどれる月をきみもみるらむ

    月のあかかりける夜、女のいかなることか見えつげられたりけむ、

    かくいひたりし
 一四九 なのらねど人のこころぞあらはれしくもらぬ月のかげ見えしかば

    さがみ、ちかきところにて、正月ついたちのほどにゆきのふるに、
    かくいひたる
 一五〇 うらやまじ夜のまふれどもやどちかきあたりのゆきはしるく見えけり

    かへし
 一五一 うぐひすのきなかぬやどはかきくらしまだふるゆきのはるとやはしる

    またいひやる
 一五二 うぐひすをまたぬとなりの木ずゑにはゆきかかりてもなきがたきかな

    かへし
 一五三 こずゑにもゆきとまるともわがやどにうぐひすまたぬひとはありやは

    ひさしうまゐらざりけるに、しらかはの院よりおほせられたる
 一五四 はるやくれはなやかはれるやまざくらみるべき人のたづねこぬかな

    かへし
 一五五 ゆかねどもかすみへだてじやまざくらはなによそなるこころならねば

    つねひらのあそん、きじおこすとて
 一五六 たぐひなきおもひのほどをしらすとてかたののきじのひとつなるかな

    かへし
 一五七 かづくべきみるめをだにももたらぬにいかでかたののきじをえつらん

    あるひと、春のほどひさしうおとせざりしを、うらみて、四月つ
    いたちごろいひやりし
 一五八 のこりなくちりけるはなにさそはれてはるはあだなる身とぞなりにし

    かへし
 一五九 花見にと春はくれにきほととぎすまつとてもまたのどけからじを

    みづのうへの月、もくのかみの八条にて
 一六〇 久方の月かげうつす水なくはくもゐをのみやおもひやらまし

    くれのはる、おつるはなををしむ
 一六一 ちりのこるなつになるともさくらばなをしまざりけるやどといはせじ

    山ざくらにはにひらけたり、東山にて
 一六二 ひときだにいまもさかなん山ざくらあすをまつべきわが身ならねば

    花をたづねて日をくらすといふだいを、左大弁のいへにて
 一六三 くれぬともこよひちらずは山ざくらたびねうれしき身とやしられむ

    池の水あきのごとし
 一六四 なつなれどいけのみぎはのすずしさはのべにはなみしここちこそすれ

    田家、青苗
 一六五 さなへとるけふしもひとのやどにきて〔   〕みをぬらしつるかな

    郭公
 一六六 むばたまの夜ひとよなけやほととぎすぬるひとねたくききもこそすれ

    春たつ、左大弁
 一六七 はるたつとひともみるべくうぐひすのやどのかきねにいつしかもなく

    もみぢをもてあそぶ
 一六八 山かぜもこころしてふけもみぢさへひさしかるべきやどと見るべく

    なみのこゑあめにまがふ、宇治殿にて
 一六九 かはなみのつねよりことにおとするはいたくしぐれのふればなりけり

    行客吹笛、西宮
 一七〇 ふえのねのすぎゆくよりはもみぢばのやどのあらしはみにぞしみけり

    関白どののうたあはせに、題三、さくら、ほととぎす、しか
    さくら
 一七一 あけばなほきてみるべきはかすみたつかすがのやまのさくらなりけり

    ほととぎす
 一七二 はつこゑをききそめしよりほととぎすならしのをかにいくよきぬらん

    しか
 一七三 あらし吹くやまのをのへにすむしかはもみぢのにしききてやふすらん

    源大納言殿にて、いづみにむかひて夏をわするといふだいを
 一七四 月やどるいは井のし水くむほどはなつもしられぬ身とぞなりぬる

    おなじところにて二首
    夏夜月、秋をまつ
 一七五 月かげのあかさまさると見えつるはうすきころもをきたるなりけり

    てやくのぞうむねちか
 一七六 あまをぶねものおもふことはなぐさめつうけひく人にあひぬとおもへば

    和へ送る
 一七七 なみならぬひとはひくともなぐさまじかざまをまたむあまのつりぶね

    おなじきむねちかがもとにおくりける、つのくににすみけるに
 一七八 よそにてはおぼつかなしやつのくにのいくたのもりに身をやなさまし

    あきたうのあそん
 一七九 ちはやぶるかみにまかせむ君がためありやなしやとこころざしをば

    かへし
 一八〇 おもへどもわれにちぎらぬこころざしなきにはもののいはれやはする

    正月十日のほどに、御前にゆきやまをつくりて、蔵人よしつな、
    うたつかうまつれとおほせられければ
 一八一 ふりつもるゆきの山とはなりぬともはなとやみらむはるしきぬれば

    落花満池、於朱雀院
 一八二 なみのごとちりしく花をくむほどにうつれるかげを見るぞかなしき

    月にむかひて、はなををしむ
 一八三 つきかげもやまのはちかくなりゆくをはなにのみやはこころつくべき

    はるかにもみぢを
    (空白)
    のこりのきく、水にえいずうちのうたあはせ、よしつなにかはりて
 一八四 あきくれてきくのうつれるみぎはにはにしきと見ゆるなみぞたちける

    翫宮庭菊皇后宮歌合、蔵人良綱にかはりて
 一八五 きみが見るまがきのきくのさかりにはくものうへびときてぞしめゆふ

    菊のはな、みづにうかぶといふこころ
 一八六 さきぬればきくは水にもうつるめりうゑけむひとはかげだにもなし

    あまのはしだて、もみぢ、こひ
 一八七 こひわたる人にみせばやまつのはもしたもみぢするあまのはしだて

    よのなかはかなくはべりけるころ、忠命法橋かくいひたる
 一八八 つねなさのつねなきよにはあはれてふことよりほかにことのなきかな

    かへし
 一八九 つねなしとおもひしるらんよの中をあはれといふぞあはれなりける

    おなじひと、月あかかりけるに
 一九〇 月みてはこころやゆくとおもひしをこころぞとまるあやなうき世に
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 明日香井和歌集(雅経)解題】〔15明日香解〕新編国歌大観巻第四-15 [日本大学蔵本] 

 明日香井和歌集には、二〇本以上に及ぶ伝本が現存するが、いずれも底本とした日本大学総合図書館蔵本(九一一・一四八 A九三)を祖本とする転写本であるとみられる。
 底本は、飛鳥井雅経の末裔である栄雅(俗名雅親、延徳二〈一四九〇〉年没)自筆識語本で、上・下各冊に次の奥書・識語を有している。

  本云永仁二年春比類集之畢/前参議藤原
  応召備叡覧了/同年六月廿二日被返下之
  嘉元二年冬比以雅孝朝臣〔(本)〕/書写之了上下共讃州筆也
                             〔上冊〕

  本云備叡覧之処今日被返下了/永仁四年卯月四日/戸部尚書在判
  以雅孝朝臣本書写/之了/嘉元二年十月廿八日戌刻於讃州之許/注之
  此集相公御集也家之正本粉失仍/仮借冷泉前大納言為富卿之本仰/
  治部大輔藤原為説令書写之/彼本書落字謬等繁多尋正本/重可改者也(花押)
                             〔下冊〕

 この奥書・識語は成立事情・伝来を詳しく伝えており、本集が雅経の孫雅有によって永仁二(一二九四)年春頃に編まれたもので、おそらくは永仁勅撰の議に伴う撰集の資料に用いられるはずであったらしいこと、その後、飛鳥井家には「家之正本」が失われ、末裔の栄雅が冷泉為富所持本によって書写させたのが底本であったこと、などが知られる。管見に入った現存伝本のうち、北海学園北駕文庫蔵本・水府明徳会彰考館蔵本・宮内庁書陵部蔵本(五〇一・一〇〇)・静嘉堂文庫蔵本・国立公文書館内閣文庫蔵本(二〇一・四九三)・岡山大学附属図書館池田家文庫蔵本・島原公民館松平文庫蔵本・群書類従二四二所収本などは、いずれも底本を祖本とする転写本である。また、宮内庁書陵部蔵本(二六六・七〇九)・高松宮蔵本・日本女子大学国文学研究室蔵本・西尾市立図書館岩瀬文庫蔵本などには、

  右一帖者曩祖雅経卿之/集也依柳営之尊命令/書写/文明十五年五月十日 宋世

という奥書があり、宋世(俗名雅康、栄雅の弟でその猶子となる)が将軍義尚の命により書写した本であることがわかるが、永仁・嘉元の両奥書を有することや本文内容その他からみて、その祖本も底本と同一であったと推測される。

 本文についてみると、栄雅識語に「彼本書落字謬等繁多、尋正本重可改者也」と記されているように、親本には少なからず誤脱が存していたようである。すなわち、底本には細字による書入歌および貼紙による補入歌が存している。細字による書入歌は計七首で、
 一〇七四・一四七一・一四七二・一五三六・一六四七の五首が朱筆、一五四〇・一六六〇の二首が墨筆による書き入れである。

 また、貼紙は三枚で、それぞれ補入すべき箇所を指示した上で、
(1)一〇一八~一〇二二(五首)、
(2)一〇八五~一〇八七(三首)、
(3)一二三九・一二四〇(二首)の計一〇首が墨筆で記されている。

 本大観では、これらはすべて通常の形に本文化して翻刻した。ちなみに、前掲した他の伝本には、細字による書入歌および貼紙による補入歌を本文化しているものもある。さらに、底本には多くの朱・墨両筆による見せ消ち・傍記がみられる。本大観の編集方針により、見せ消ち・傍記の翻刻は不可能なので、今回はすべて見せ消ち・傍記による訂正本文に従って翻刻した。なお、歌意・表現などから考えて、この朱・墨両筆による訂正本文はかなり良質であると判断される。ちなみに、前掲した他の伝本も底本と同一か、ないしは、見せ消ち・傍記を採用して本文化している。また、底本には重出歌や定数歌の歌数の不足を示す朱・墨両筆による注記が存するが、本大観の編集方針に従い削除した。

 内容を検すると、上冊は百首歌九種、五十首歌三種、障子歌一種の順に一三箇度の定数歌を年代順に収め、下冊は歌合・歌会の歌をほぼ年代順に配したのち、春・夏・秋・冬・恋・雑の部類歌を収載しており、総歌数は一六七二首である。詠歌年次の判明する歌は、

 建久九(一一九八)年五月二十日鳥羽百首(二九歳)から承久三(一二二一)年三月七日内裏春日社歌合(五二歳)に至る二三年間に及び、雅経の作歌活動のほぼ全体を収載した全歌集的性格をもつ。
 なお、集名は家名「飛鳥井」による。
 藤原雅経は、嘉応二(一一七〇)年~承久三(一二二一)年、五二歳。従四位下刑部卿頼経の二男。参議従三位右兵衛督に至る。飛鳥井と号し、同流蹴鞠の祖。後鳥羽院に歌才を認められ、正治後度百首・千五百番歌合以下の多くの催しに参加、和歌所寄人となり、新古今集撰者の一人に加えられた。新古今集以下に一三四首入集している。

(田村柳壱)
 
 明日香井和歌集(雅経)】1672首 新編国歌大観巻第四-15 [日本大学蔵本] 




 明日香井和歌集上
 
    百首歌
  鳥羽建久九年、廿九才      後鳥羽院第二度正治二年、卅一才
  同千五百番歌合建仁元年 卅二才 建仁二年八月卅三才
  千日影供元久二年 卅六才    同百首但春夏雑終不見 同
  春日社同年 同         百日歌合建保二年 四十五才
  院同四年 卅五(ママ)才

    五十首歌
  正治元年九月卅才        院老若歌合建仁元年 卅二才
  仁和寺宮            最勝四天王院名所
 
  鳥羽百首建久九年五月廿日始之毎日十首披講之
 
 詠百首和歌
                            侍従 
    立春
   一 あづまぢをいそぎたちけるほど見えてことしこえぬるあふさかのはる
   二 いまはさてこよひばかりとおもひねのあだにさめぬるふるとしの夢
   三 あづまよりたちくるはるやこれならんかすみのおくのあけぼののそら
   四 けさよりはみやこのかたのゆききえてまだかたさゆるたにのした風
   五 けさよりのながめはそれになりはててかすみもなれぬはつ春のそら
   六 うぐひすもいであへぬほどのあけぼのにまづはるつぐる鳥のひとこゑ
   七 いつしかもとくるつららはそれながらなみもきこえぬおとなしのたき
   八 けさこそはおなじ日かずにはるをしるこころのうちを人にしらるれ
   九 けさよりははなになりぬるおもかげのながめにかはるゆきのあけぼの
  一〇 もろ人のはるにあふべきゆゑなれやはこやの山のちよのはつそら
    花
  一一 こずゑにはまだはるあさしよしのやまさえたる風のおとばかりして
  一二 これぞこのかすみのうちのこずゑよりまづさきだちしおもかげの花
  一三 さてはいかに人にはかはるけしきかなはなまちえたる春のやまかぜ
  一四 ながめやるたかねははなにうづもれてくものみふかきみよしのの山
  一五 たれもみな花にこころをうつしきてみやこのはるはしらかはのさと
  一六 たどりつるかすみはよそのながめにてにほひにこもる春の花かげ
  一七 さきそめし花にこころをいれしよりはるの日かずはみよしののやま
  一八 花かともおもひもはてぬやまぢよりながめもまがふみねのしら雲
  一九 とにかくにおもふもかなしよしのやまはなゆゑにやはいらんとおもひし
  二〇 おのづからあをばにのこる花のいろやつらきあらしのなさけなるらん
    郭公
  二一 はなもまだわすれぬほどのゆめぢよりやまほととぎすはるになくなり
  二二 ほととぎすまちえぬほどのなぐさめはこころにとめしこぞのふるごゑ
  二三 とにかくになごりぞおもふほととぎすききだにはてぬこゑのあけぼの
  二四 まちきつる五月のころになりぬればくもにこゑある夕暮のそら
  二五 さつきやみくもぢもみえぬさよなかにやまほととぎすこゑまよふなり
  二六 したひゆくこころのすゑになくこゑもきくここちするほととぎすかな
  二七 つねならぬこゑやはつらきほととぎすさてこそあかぬ人のこころを
    五月雨
  二八 さみだれはすだくかはづのこゑながらさわぎぞまさるゐでのうきくさ
  二九 さみだれはくものしがらみこえにけりそらよりあまるあまのかは水
  三〇 さつきよはのきのしづくのおとすみてのどかにふくるあま雲のそら
  三一 さ月やみまどうちあかすあめのおとにこたへておつるそでのたま水
  三二 はつせやまいりあひのかねのおとまでもうちしめりたるさみだれのころ
  三三 さみだれの日かずのほかやさをしかのつめだにひちぬやまがはのみづ
  三四 うぢがはのはやせにめぐるみづぐるまそらよりうくるさみだれのころ
  三五 くもまよりいでぬ日かげのほのみえてさてしもはれぬさみだれのそら
  三六 さみだれのおなじくもまにあきを見てひとりはれたるおもかげの月
    月
  三七 ほのめかすとばたのいな葉うちなびきつゆにかげあるゆふづくよかな
  三八 それもみないづべきほどのあるものをまつこころにやいざよひの月
  三九 しるばかりまつにはくれぬそらながらいづればふくるあきのよの月
  四〇 はれやらで山のはたかく成りにけり雲よりいづるあきのよの月
  四一 ながむればふけゆくままに雲はれて月すみはつるあきかぜのそら
  四二 あはれにもたもとにやどるひかりかなつきやなさけをおもひしるらん
  四三 おもかげをなににわすれん秋のすゑながめなれたる有曙のつき
  四四 おもふことこれぞたがはぬあきの月我ゆゑはるるそらならねども
  四五 むねのうちにたのみもふかき月よりもまづこころすむ秋のよのそら
    紅葉
  四六 とやまよりこころにふかきうすもみぢしぐれのおくのおもひやられて
  四七 かはりゆくすそののはぎのした葉よりこずゑにつづく秋のいろかな
  四八 よそにだに見てやはすぎじははそはらきりのうちまでおもひいるらん
  四九 秋やまのいろをこころにそめかへてながめすててきみねのしら雲
  五〇 のこるべき秋のかたみのためなれやまだあをばなる枝のひとむら
  五一 おもへどもいろはみやこにとほければあだちのまゆみおとにのみこそ
  五二 ちりつもることをかねてやたにがはのかげよりうつすみねのもみぢ葉
  五三 あはれさてこれはかぎりのいろなれや秋もすゑばのはじのむらだち
  五四 おもふよりかねてかつちるながめかなたつたのやまの秋かぜのいろ
    雪
  五五 むらしぐれあとよりはれし山のはのやがてくもるやゆきげなるらん
  五六 あさとあくるながめはしもの心ちしてまづにはならすうすゆきのいろ
  五七 わけなれしこの葉のうへに雪つみてあとたえはつる秋のふるさと
  五八 よはさゆるふゆのあしたにながむればまづみやこにはをのやまの雪
  五九 みよしののいはのかけ道あとたえて人やはかよふ雪ふかきころ
  六〇 ほどもなくあはれもふかきながめかなこまかにつもる夕ぐれのゆき
  六一 ときはなるまつのみどりもうづもれてなにのこずゑの雪のむらだち
  六二 たれか見るよぶかくあくるまきのとに雪よりしらむ庭のあけぼの
  六三 このごろはかげのかよひぢこころせよふぶきにこゆるこしのたび人
  六四 いはしろのをのへのまつにゆきふればかぜのおとまでむすぼほれつつ
    歳暮
  六五 たづねばやあすはみやこにとしこえてはるはこよひやせきのあなたに
  六六 春よいかにとしをこめてやたちぬらんよひよりかすむおもかげのそら
  六七 はるたたんこほりのしたのおもかげやうちいでがたのなみのはつ花
  六八 月をのみめづるつもりもこよひにてとしこそ人のおいとなるもの
  六九 いたづらにあはれあなうとおもひきてすぎし日かずのひととせのはて
  七〇 おほかたの日かずもけふのながめにてくれはてぬるかとしのゆふ暮
  七一 みなひとのとしのつもりぞあはれなるいそぐけしきをみるにつけても
  七二 ゆくとしをおくりはてつるうたたねのゆめぢにちかきはるのあけぼの
  七三 はかなしとおもひはてつるながめよりたもとにつもるけふのとしなみ
    恋
  七四 なつかしとおもひそめてしけしきにはつれなかるべき君とやは見し
  七五 おもひあまるこころのほどやみえぬらんうちしづまればながめせられて
  七六 いとはるるうき身の程のことわりもいまやこころのあらばこそあらめ
  七七 あやなしやおさふる袖にうつりきてなみだにしづむ君がおもかげ
  七八 おしかへしおもひしづむる身のほどにあまる心やあくがれぬらん
  七九 ひとしれぬこころのほかにもる物はおさへてむせぶ袖のした水
  八〇 かへしてもむなしきとこにしほるかなうらみはてぬるよはのさごろも
  八一 きてもなほかさねぞやらぬさよごろもかへさぬよはもうらみせよとや
  八二 あかなくにたちかへりぬるおもかげやながめにうつす有明の月
  八三 いのちにもかへんとおもふあふことにまづきえゆくはこころなりけり
    述懐
  八四 おもふにもなほたのもしなちよふべきはこやのやまのゆくすゑのかげ
  八五 たちかへりなほやはかなくまよひなんこのたびながくはなるべきよを
  八六 いとはじなさてもなからんのちはまたこひしかるべきこの世ならずや
  八七 つくづくといつをいつとてすぐすらんいそぎてもなほいそぐべきよを
  八八 さりとてもおもひもとらぬ身のほどになにとこころのありがほにこは
  八九 あくがるるこころぞよもにまよひぬるおもひさだむるここちなきほど
  九〇 とにかくにおもひしことはたがひきてはてはよをだにそむきかねぬる
  九一 なにとなくあはれ身にしむながめかなうきよをこれぞゆふ暮のいろ
  九二 あはれなりいづくもくさのまくらにてつひのすみかはこけのしたぶし
  九三 あはれわがなづまですぐるみちもがなくらゐの山のいはのかけみち


 後鳥羽院第二度百首正治二年
 
   冬日詠百首応製和歌
                      従五位上行侍従藤原朝臣 
   春
    霞
  九四 ゆききゆるはるはみどりの野辺のいろをかすみそめつるあけぼののそら
  九五 はるはなほあけゆくそらぞあけやらぬかすみかかれるよこぐものやま
  九六 風のおともはるのけしきになるみがたなみぢはるかにうすがすみつつ
  九七 かすみゆくままにみぎはやへだつらんまたとほざかるしがのうら浪
  九八 まきもくのひばらがすゑはのどかにてかすみのうへに春かぜぞふく
    鶯
  九九 うぐひすのなみだのこほりいかならんふきにしものをはるのはつかぜ
 一〇〇 はるきてはまだ雪ふかきむめがえにやどとひかぬるうぐひすのこゑ
 一〇一 はつねよりなごりぞおもふうぐひすのみやこへいづる春のやまざと
 一〇二 いまよいかに月かげかすむあけぼののむめのにほひにうぐひすのこゑ
 一〇三 ふるすたつみやこもはるのこずゑにてかすみをいでぬうぐひすのこゑ
    花
 一〇四 これもまづあかぬこころにいりやらでとやまのはなにけふはくらしつ
 一〇五 ながめてもねたきは雲のいろなれやおもへばはるの花のさかりを
 一〇六 よしさらばはなのふもとのまつにふけいとひもはてじ春の山かぜ
 一〇七 よしのがはゆくせもみえぬかすみより風にながるる花のしらなみ
 一〇八 なにとしていかなるべしとなき物ははなにあらしの春のくれがた

   夏
    郭公
 一〇九 うのはなのかきねよりこそほととぎすまづちりそむるしのびねのこゑ
 一一〇 ほととぎすまつゆふぐれににほひきてたのめがほなる軒のたちばな
 一一一 はつねとていかにかたらんほととぎすまちふるしたるよはの一こゑ
 一一二 われもまたほのかにききつほととぎすたがまちえたるよはのひとこゑ
 一一三 いつもあかぬなごりなれども郭公ひとこゑのこるみな月のそら
    五月雨
 一一四 かすみしくおぼろ月よとみしものをへだてはてつるさみだれのそら
 一一五 ながめやるいこまのやまの峰の雲いくへになりぬさみだれのそら
 一一六 さみだれはもとのみぎはもみづこえてなみにぞさわぐゐでのうき草
 一一七 さみだれのころともいはじいつとてもくもはのきばの山かげのいほ
 一一八 我が袖にむかしはとはむたちばなのはなちるさとのさみだれのそら

   秋
    草花
 一一九 そでのうへにうつれるいろやそれならぬをりはやつまじ秋はぎのはな
 一二〇 野辺はねやくさ葉はおのがまくらにてつゆにのみふすをみなへしかな
 一二一 をぎはらやかぜまつくれのした露をよそにもかこつをみなへしかな
 一二二 はなすすきなにとて秋をまちけらししのびし程は露かかりきや
 一二三 まねくをばなうらむるくずにこととへばただ秋風ののべの夕ぐれ
    月
 一二四 あきよただゆふべのそらをあはれともながめはつればやまのはの月
 一二五 はなのはるなれしなごりのおもかげよ秋の月とはちぎらざりしを
 一二六 ひかりもるのきのしのぶのつゆながらそでにみだるるよはの月かげ
 一二七 ながめわびふけゆくままのそでの露つきやはつらき秋のよのそら
 一二八 月かげのなごりをのみやながむべきあきもいくよの有曙のそら
    紅葉
 一二九 そむるよりこころやつくすたつたひめあらしふきそふ秋のこずゑに
 一三〇 しぐれゆくきぎのこずゑやうつるらんつゆもいろづくもりのした草
 一三一 たづねいる秋はとやまのいろなれやこれよりおくはまつかぜのこゑ
 一三二 秋はなほたえずやまつのしたもみぢおもひもすてぬいろをみすらん
 一三三 やどうづむのきばのつたのいろをみよみやまのさとの秋のけしきを

   冬
    雪
 一三四 はれくもりあらしにさゆるむらくものしぐるとすればはつ雪のそら
 一三五 さびしさはかれののはらのすゑよりも雪のあしたのとほ山のまつ
 一三六 ふりにけるあとともけさはみえぬかなしがのみやこのゆきのはなぞの
 一三七 みかりのや雪はふりきぬこれもまたぬるとも花のはるのおもかげ
 一三八 たづねくる人はおとせで三輪のやますぎのこずゑの雪のしたをれ
    氷
 一三九 いしばしるきよたきがはにたまちりてむすびかねたるうすごほりかな
 一四〇 そこきよきたまえのみづのうすごほりやどらぬ月も見る心ちして
 一四一 しもこほるをばながすゑも波のおともむすぼほれたるまののうら風
 一四二 あらしやまこの葉のおともおちはててとなせのたきはこほりしてけり
 一四三 山がはのいはもとたぎつゆくみづのこほるべしともみえしものかは

   雑
    神祇
 一四四 君がためあけはじめてやひさかたのあまのいはとのいにしへのそら
 一四五 いはしみづそのみなかみをおもふにもながれてすゑはひさしかるべし
 一四六 かもやまのたかねにかかるしらくもやわけしなごりの空のかよひぢ
 一四七 すみよしのまつにたのみをかけおきてけふはうれしきなみのしらゆふ
 一四八 わけうつすおなじ日よしのかげなれやひかりはこれぞあけのたまがき

   尺教
    天眼通
 一四九 おしなべてたづねぬ山のはなもみつへだつるくものへだてなければ
    天耳通
 一五〇 とほざかるこゑもをしまじほととぎすききのこすべきよものそらかは
    宿住通
 一五一 よよをへてすぎにしかたをおもふにもなほくもりなしよはの月かげ
    他心通
 一五二 みな人のこころごころぞしられける雪ふみわけて問ふもとはぬも
    神境通
 一五三 おもひたつ程こそなけれあづまぢにまだしらかはのせきのあなたは
    暁
 一五四 ゆふべとてさびしからずはなけれどもたへぬあはれはあけがたのそら
 一五五 いとふべき契ありともいかがせんよぶかきとりのほのかなるこゑ
 一五六 いまはとてたが道しばにわくる露あはぬねざめのよその袖まで
 一五七 さてもなほ夢をはかなみまどろまんしばしなあけそさむしろのとこ
 一五八 あづまやのまやのあまりのやすらひにまづたつひとのおとはすぐなり
    暮
 一五九 いろかへぬいろこそかはれゆふづくひさすやをかべのまつのむらだち
 一六〇 ながむればくれだにはてぬやまのはにいつかたぶけるみか月のかげ
 一六一 やまのはに月まつころのしばのとをささずやなにをみねのまつかぜ
 一六二 くもくるるやまかたつきてたれかまたみやこのそらをながめそふらん
 一六三 おぼえずよのでらやちかきいほりさすあたりもしらぬいりあひのかね
    山路
 一六四 ながきよのさよの中山あけやらで月にあさたつあきのたび人
 一六五 しぐれつるいそべのくもをわけくらしのばらにいづる袖の月かげ
 一六六 ふるさとのたよりとならばことづてんたもとにむかふうつの山かぜ
 一六七 くれゆけばやどかるかたもしらくものかかれるみねにたちぞわづらふ
 一六八 ゆきかよふかけのほそみちすゑたどりこゆとしらするたび人のこゑ
    海辺
 一六九 あかしがた月ゆゑならぬながめまではれてさびしき浪のうへかな
 一七〇 みやこおもふそでをばゆるせきよみがたさこそならひのなみのせきもり
 一七一 あはれなりいづれのうらのあまならんよるかたもなきおきのつりぶね
 一七二 なみのおとまつのあらしのうらづたひ夢ぢよりこそとほざかりぬれ
 一七三 まだしらぬうきねのとこのかぢまくらなれぬたもとになるるなみかな
    禁中
 一七四 ももしきやたえぬながれをみかはみづなほゆくすゑのかげもはるけし
 一七五 かはたけのかはらぬいろのふかみどりたましくにはのすゑぞしらるる
 一七六 をさまれるよのためしとやかきとめしかぜもおとせぬあらうみの浪
 一七七 雲かかるおほうちやまとなりにけりいくよのちりのつもりなるらん
 一七八 ゑじのたくけぶりたえせぬみよにあひてたみのかまどもいかがうれしき
    宴遊
 一七九 すみれつむ袖よりそでをかたしきてのをなつかしみひとよのみかは
 一八〇 ここやさはたなばたつめにやどかりしあまのかはらのゆふぐれのそら
 一八一 もみぢ葉を袖にこきいれてかへりけん人のこころのいろをみるかな
 一八二 みかりせしのもりのかがみたづねきてふりにしかげもみる心地する
 一八三 しほがまのいつかきにけんとばかりのそのことのはにむかしをぞしる
    公事
 一八四 春のあしたはこやの山のみぎりよりまづいはひたつ雲のうへ人
 一八五 けふにあふくもゐの庭のすまひ草とるてもあだにうつるものかは
 一八六 これもまたちとせのあきのためしかなけふことにひくもちづきのこま
 一八七 君がよにくものかよひぢそらはれてをとめのすがた月に見るかな
 一八八 あらたまのはるをむかふるとしのうちにおにこもれりとやらふこゑごゑ
    祝言
 一八九 くものうへもはるのみやまのよろづよもまつとたけとのすゑにたとへて
 一九〇 いつとなく君がよはひはわかのうらにちとせをさしてたづなきわたる
 一九一 君がよをおもふこころのすゑのまつなみはこすとも色はかはらじ
 一九二 いくちよもおなじ月日のめぐりきてかはらぬみよは空にしるしも
 一九三 ももくさのちくさにあまることの葉もきみがみかげはすゑぞさかへん

 千五百番歌合百首建仁元年
 
   秋日同詠百首応製和歌
                  従五位上守左近衛権少将臣藤原朝臣 
    春
 一九四 昨日かもとしはくれしかあまのとのあくるまちけるはるがすみかな
 一九五 こほりとくおきつはる風ふきぬらしみぎはにかへるしがのうら浪
 一九六 はれやらぬくもはゆきげの春風にかすみあまぎるみよしののそら
 一九七 わかなつむゆかりにみればむさしののくさはみながらはるさめのそら
 一九八 雪さむきやまののきばのむめがえにはるをまちしもうぐひすのこゑ
 一九九 春もきてたちよるばかりありしよりかすみのそでのむめのうつりが
 二〇〇 かすむより雲ぢにのみぞこゑはするさはべのたづも野辺のひばりも
 二〇一 しら雲のたえまになびくあをやぎのかづらきやまに春かぜぞふく
 二〇二 たちかへり見てもみまくのはなざかりさそはぬ風のうちにほひつつ
 二〇三 山たかみくもゐのさくら雲と見てやすらふほどにかぜやふくらん
 二〇四 たに風や山もかすみのひまごとにまたうちいづる花のしらなみ
 二〇五 やまかぜのふきぬるからにおとはがはせきいれぬはなもたきの白浪
 二〇六 雲もうしあらしもつらしやまざくらまがふとみればちりはてにけり
 二〇七 はるのうちはまつもをしむもおもひねのはなをのみみるころの夢かな
 二〇八 わすれずはちりなんのちもおもひいでよはな見がてらのはるのよの月
 二〇九 みよしのやたのむのかりのこゑすなりはなになごりのはるのあけぼの
 二一〇 さととほみいくののすゑをみわたせばかすみにかへす春のをやまだ
 二一一 くれぬともいかが見すててたちばなのたづねこしまのやまぶきの花
 二一二 うつりゆくはるをばたごのうらみてもわすれずかけよきしの藤なみ
 二一三 かぎりあればこよひもすでにふけにけりくれがたかりし春の日かずの

    夏
 二一四 そでのいろもうつりにけりな夏ごろもはるはくれぬとながめせしまに
 二一五 うのはなやはるをへだつるかきねまでのこりはてたるゆきのむらぎえ
 二一六 はなははるちりにしみねにあはれてふことをあまたにやらぬしら雲
 二一七 たづねばやさつきこずともほととぎすしのぶのやまのおくのひとこゑ
 二一八 かぞふればこぬよあまたのほととぎすまつにまされるながめせよとや
 二一九 ほととぎすねざめざりせばとばかりもおもひもあへずすぐるひとこゑ
 二二〇 たちばなのにほひはいまぞほととぎすなかばなくべき夕ぐれのそら
 二二一 いにしへやみぬおもかげもたちばなのはなちるさとのありあけの月
 二二二 五月雨にこえゆくなみはかつしかやかつみがくるるままのつぎはし
 二二三 いそのかみふるののみちもなつぐさに露わけごろも袖ふかきまで
 二二四 ゆふだちのなごりはみねに雲きえてすそののくさの露のひとむら
 二二五 あけわたる雲のいづくにいりやらでやまのはかこつ夏のよのつき
 二二六 たちよればころもですずしあらし山秋やとなせのたきのしらなみ
 二二七 なつふかきのばらのくれにかげみえてほたる露けきさゆりばのはな
 二二八 みなづきやさこそは夏のすゑのまつ秋にもこゆるなみのおとかな

    秋
 二二九 あさくらやきのまろどのにたれとへば秋をもなのるをぎのうは風
 二三〇 ひさかたのあまのはごろもまれにきてちぎりはつきぬほしあひのそら
 二三一 はぎがはなさくともよそにみやぎののこのした露のあきのゆふ暮
 二三二 おとづれて身にしむかぜのふきしよりむすばぬそでにをぎのうは露
 二三三 さきにほふちくさのはなのすゑばよりうすぎりなびく野辺の夕かぜ
 二三四 たづねてもたれかはとはんみわのやまきりのまがきにすぎたてるかど
 二三五 ゆふづくよやどる山だの露のうへにかりねあらそふいなづまのかげ
 二三六 よしさらば袖にもかげをやどしてん月まつよひのやまのしたつゆ
 二三七 まくずはらつゆにひかりをさしそへてたままくものは秋のよの月
 二三八 かづらきやたかまのみねに雲はれてあくるわびしき有曙の月
 二三九 ありあけの秋ぞなごりはおほはらや月ををしほのやまのはのそら
 二四〇 ともしせしはやましげ山しのびきて秋にはたへぬさをしかのこゑ
 二四一 あき風にうづらなくののゆふまぐれなき心まであはれをぞしる
 二四二 ゆふぐれはいづくをいかにながめましのにもやまにも秋風ぞふく
 二四三 いはしろののべのした草ふくかぜにむすぼほれたるまつむしのこゑ
 二四四 なにとかくはらひもあへずむすぶらんたもとは露のおきどころかは
 二四五 よなよなはやどりなれにしつきかげもかれゆくをののあさぢふの露
 二四六 くれがたのこのはにまよふあきのあめのまどうつおとによはふけにけり
 二四七 秋ふかきまつにあらしのたつた山よそのこずゑをまづはらふらん
 二四八 ふかくさや秋さへこよひいでていなばいとどさびしきのとやなりなん

    冬
 二四九 秋やまにしぐれはすぎぬ神無月この葉ぞふゆのはじめとはふる
 二五〇 ゆく秋のわかれしのべはあともなしただしもふかきあさぢふのはら
 二五一 くれぬともなほ秋かぜはおとづれよをぎのうはばのかれがれにだに
 二五二 ゆきかへりこれやしぐれのめぐる雲またかきくらすとほやまのそら
 二五三 しもやこれかはらぬいろをおきあかし月にかれのの秋のふるさと
 二五四 このごろは月こそいたくもる山のした葉のこらぬこがらしの風
 二五五 ふちはせにかはるのみかはあすかがはきのふのなみぞけふはこほれる
 二五六 つくば山しげきこずゑやいかならんこのもかのもの雪のしたをれ
 二五七 とふあらしとはぬ人めもつもりてはひとつながめの雪のゆふぐれ
 二五八 なみのうへにともなしちどりうちわびて月にうらむるありあけのこゑ
 二五九 あしまとていかにうきねのをしのこゑまづこほりけるなみのまくらを
 二六〇 あじろぎやうぢのかは風よはさえておのれのみよるなみのおとかな
 二六一 むかしよりたえぬけぶりのさびしきはむろのやしまのふゆの夕暮
 二六二 あはれにもをののおとまでいそぐなりまつきるやまのとしのくれがた
 二六三 としくるる春やむかしのはるならぬもとの身にのみたちかへりつつ

    祝
 二六四 ちよをいのる神のみむろのさかきばは君がためしにしげりあひにけり
 二六五 おもひやるこころのはてもなほすぎてみちあるみよのちよのゆくすゑ
 二六六 かぎりなきよはひさかたのそらはれててらす月日ものどかにぞすむ
 二六七 君がへんよはひをさしておほぞらにむれたるたづのおのがこゑごゑ
 二六八 きみがよはときはのやまのまつのかぜいろもかはらじおともたえせじ

    恋
 二六九 これやさはひとをおもひのはつけぶりなれぬながめのそらのうき雲
 二七〇 ほにはいでじあしのふし葉のしたみだれいりえのなみにくちははつとも
 二七一 おもひせくこころのたきのあらはれておつとは袖のいろに見えぬる
 二七二 いかでなほしばしも人をすみよしのあさざはみづのすゑはたゆとも
 二七三 かけてだにたのめぬなみのよるよるを松もつれなきよさのうら風
 二七四 あはれともいつかはひとにいはれののいはれずかかるそでの露かな
 二七五 さきのよをおもふもうしや人ごころつれなかれとは契りしもせじ
 二七六 おもひわびおつる涙のたまごとにくだきはててもあるこころかな
 二七七 やどるとて月になみだをまかせてもくちなばいかにそでのしがらみ
 二七八 かへしてもむなしきとこにしほるかなうらみはてつるよはのさごろも
 二七九 おもひかねつれなきなかにまつことはくらせるよひのゆめのかよひぢ
 二八〇 やまのはにいるまで月をながむともしらでやひとの有曙のそら
 二八一 ものおもふこころひとつにあきふけて人をも身をもくずのうら風
 二八二 おもふことののこらぬ秋のゆふべにもなほわすらるる身こそつらけれ
 二八三 むすぶてのしづくばかりを袖に見てあかでも人にやまの井の水

    雑
 二八四 あづまやののきのしのぶのすゑの露いくあさおきのそでしたふらん
 二八五 やどれとやこけのさむしろうちはらひたびゆく人をまつのした風
 二八六 雲にふしあらしにやどるあしびきのやまのいくへのゆふぐれのそら
 二八七 あととめてとまるかたなきうきねかなさこそうきたるなみぢなりとも
 二八八 風わたる松のしたねのささまくら夢ぢとだゆるあまのはしだて
 二八九 たまもしきそでしくいそのまつがねにあはれかくるもおきつしらなみ
 二九〇 けふもまたをぎのうはばをそらに見て露ふりくらすむさしののはら
 二九一 草のはにしほれふしぬるそでまくらゆめやはむすぶよはのしらつゆ
 二九二 のべの露やまのしづくとたちぬれてかごとがましきたびごろもかな
 二九三 あはれとてしらぬやまぢはおくりきと人にはつげよありあけの月
 

   詠百首和歌建仁二年八月廿五日
                     正五位下行左近衛権少将藤原
    春二十
 二九四 きえあへぬ雪をはなとやみよしののよしののやまのはるのはつかぜ
 二九五 はるがすみたちなばみゆきまれにふれわかなつむべき野辺のかよひぢ
 二九六 はるもなほむすぼほれてやいはしろののなかにたてる松のしら雪
 二九七 うぐひすのこゑはみやこにふりにけりふるすはいまだ雪もけなくに
 二九八 けふもまたとぶひののもりしるべせよいまいくかありてみねのはつ花
 二九九 ゆきもきえ花もちりなばなかなかにくもぞひさしきみよしのの山
 三〇〇 ももちどりさへづりくらす春の日をものうかるねにうちながめつつ
 三〇一 するがなるたごのうらなみうらなれてはるはかすみのたたぬ日ぞなき
 三〇二 ながめわびぬ春のかすみにいる月のおぼろけにやは有明のそら
 三〇三 はなさかでいくよの春にあふみなるくち木のそまの谷のむもれ木
 三〇四 やへがすみたつたがはらのかはやなぎふかくも春のいろになりゆく
 三〇五 ひきかへてみどりのいろをみちのくのあだちのまゆみはるさめぞふる
 三〇六 ゆきのいろはこしのしらやましらねどもいつかはかすむ春ならぬそら
 三〇七 たちわたるかすみのそでやおほぞらにおほふばかりのはるのあけぼの
 三〇八 いづれとかこずゑばかりをみわのやまかすみにまがふひばらすぎはら
 三〇九 ひとやりのはるならなくにゆくかりのかすめばそらにおのれなくこゑ
 三一〇 なはしろのみづかはあやなとほやまだかぜにまかするはなのしらなみ
 三一一 ちりつもるはなはいくへぞももしきやおほみや人のはるのかよひぢ
 三一二 ききもせずみもせぬ山のあらしまでおもかげつらきはなのうへかな
 三一三 わくらばにとへかしひとのけふのくれはるのわかれにわぶとこたへん

    夏十五
 三一四 そでのいろになれにし花のからにしきたたまくをしき夏ごろもかな
 三一五 わけいれどそでやはぬるるうのはなのうきたるなみの玉がはのさと
 三一六 難波なるあしまをしげみかきわけてけふはたおなじあやめをぞふく
 三一七 ゆきまよりほの見し野辺の夏もなほむすぼほれたる風のした草
 三一八 ひとこゑもいづちはよはのほととぎすまつかとすればあくるしののめ
 三一九 たがためにまちしさつきのあやめ草あやめもしらぬほととぎすかな
 三二〇 いそのかみふるのさみだれたきにそふいかでみかさのすゑのしらなみ
 三二一 五月雨におりたつたごのみづからもほしあへぬまでさなへとるそで
 三二二 むらさめのなごりすずしきなでしこのとこなつかしき露のたまかな
 三二三 あまのかるもにかすむてふわれからのねをだになかぬなつむしのかげ
 三二四 なつくればこずゑをしげみ葉がくれてせみのなくねはおほあらきのもり
 三二五 くもりあへずゆふだちすらしゆふづくひさすやをかべのむらくもの空
 三二六 月かげにかぜふくよはの夏ごろもたちこぬ秋になるるそでかな
 三二七 いとひこしなつみな月のそらはれてあきにまぢかきありあけの月
 三二八 みそぎがは河なみしげくたちまよひなつはなごしのけふの夕暮

    秋二十
 三二九 をぎの葉のなびくけしきはそよさてもまだなれそめぬ秋かぜぞふく
 三三〇 たなばたのたえぬ契もしら露のあかつきおきのあまのはごろも
 三三一 わけわぶるそでのあさつゆうちはらひ秋にしなればみやぎののはぎ
 三三二 露にふくあさぢがはらの秋かぜをいくよのやどにたれながむらん
 三三三 たれとてもうれたきあきの夕暮をたへずもふくかくずのうら風
 三三四 さとはあれてうらむるむしのこゑばかり庭もまがきも秋のゆふぐれ
 三三五 ふるさとの秋をばかれずひともとへくるしきものとまつむしのこゑ
 三三六 はらはじよわけいるのべの露しげみうつるとすればそでの月かげ
 三三七 ながしとはげにもいづらはつきのころ見る人からの秋のよのそら
 三三八 あたら秋の月とつゆとをやどしもてあはれもしらぬ袖にみるかな
 三三九 たえだえに雲まをわけてゆくつきのゆくへにまよふ秋のむらさめ
 三四〇 ひたすらにやまだもる身となりもせじいまやいなばのあきの夕つゆ
 三四一 しかのねをねこしやまこしことづてよつまにもがもや秋の夕かぜ
 三四二 秋のくるみねのあさぎりたちまよひおもひはれせぬさをしかのこゑ
 三四三 あまのすむうらよりをちのあきよただたくものけぶりゆふぎりの空
 三四四 みよしののやまの秋風さよふけてふるさとさむくころもうつなり
 三四五 秋はいますゑのまつ山なみこえてあだしごころはありあけの月
 三四六 しぐれゆくよものやま辺をながむればそらよりかはる秋のいろかな
 三四七 しぐれゆくときはのやまのいはねまついはねばこそあれしたもみぢつつ
 三四八 かづらきのやまのもみぢばながるらしふゆをおもへばあすか川かぜ

    冬十五
 三四九 ふゆきぬといはたのをののこずゑよりまづしぐるるはあらしなりけり
 三五〇 くもりゆくしぐれをはらふまつ風のおとしもはれぬをかのべの里
 三五一 むしのねもいまはかれのにありてなしあはれあなうのあきのふるさと
 三五二 ぬるがうちにおとやこのはのつもるらんゆめぢもたゆる山おろしの風
 三五三 とやまなるまさきのかづらくりかへしいくたびはれてあられふるころ
 三五四 をざさはら露ふきむすぶ風のおとのいとどさやぎてけさのはつしも
 三五五 ふきまよふあらしのおとのやまめぐりくもるしぐれかはるるこのはか
 三五六 さてもなほあきのなごりは有曙のつきせぬいろをみねのしら雪
 三五七 雪ふれば秋なきときもさきにけりうゑしうゑてしやどのしら菊
 三五八 いつしかもかげみし水のうすごほり月やひかりをむすびおきけん
 三五九 ときしらぬやまともみえずふじのねやつもればつもるこのごろの雪
 三六〇 ちどりなくさほのかはらのかはかぜにきりはれわたるありあけの月
 三六一 あはれなりにほのうきすのうきてのみよるべしらなみあともとどめず
 三六二 さびしとてやくとしもなきすみがまのたたぬけぶりのおほはらのさと
 三六三 をしみかねいまこそはるにこゆるぎのいそたちならしいそぐとしなみ

    恋十
 三六四 みだれあへずかかる露おくものぞとはまだしらすげのまののかやはら
 三六五 これやさはもゆるおもひをしなのなるわが身あさまのゆふぐれのそら
 三六六 おもはじとおもひたへてはいくかへりとけやらぬこひをしづのをだまき
 三六七 さてのみや山ぢのきくの露のまにぬれてほしあへぬかたしきの袖
 三六八 いくよさてちぎりてのちもひさかたの月ならぬそらをまちながめつつ
 三六九 ふけぬるかおもはぬ月はまちいでぬわれやゆかんのやすらひの空
 三七〇 たよりあらばいはたのをののおのれだにかくとつげこせくずのうら風
 三七一 きえかへりおつるなみだのたまのをのたえぬとかいはん袖のみだれに
 三七二 秋はただかれぬるかさはみちしばのしばしのあとと見しやいつまで
 三七三 むすびおけわかれしよよのあとの露けなんなごりは人とはずとも

    雑二十
三七四 そむきえぬ我をやつねにまつのかぜこころならはすみよしののおく
三七五 はてはさていかなるやまにかくれなんよにすむ月のゆくすゑのそら
三七六 ながむれば月はむかしのかたみかはあらましかばの人のおもかげ
三七七 とにかくにおもふことのみおほはらやせれふのたにに身をやなげてん
三七八 よやはうきひとやはつらきおほかたはただわれからとおもひなりぬる
三七九 むかしまでたちかへるべきわが身かはみちあるみよはうれしけれども
三八〇 ことのはをちらしおくこそあはれなれくちぬなもあらばとおもふばかりに
 

  詠千日影供百首和歌元久二年正月九日相当立春仍始之
 
                             羽林員外次将
    春
 三八一 はるたつといふばかりなる月日にてけふよりそらやかすみそむらむ
 三八二 なほさゆるおなじ雪げのそらのくもたたまくをしき春がすみかな
 三八三 みねの雪たにのこほりもとけぬらんうぐひすさそへむめのした風
 三八四 のべのいろはわかなつむべくなりぬれどやまのおくにはなほ雪ぞふる
 三八五 みわたせば野辺はみどりに雪きえていまはこのめもはるさめぞふる
 三八六 こしのそらはいくへのくものうへにまたかすみとびわけかへるかりがね
 三八七 はなやさくかすみのうちもしら雲のかかれるやまのあけぼのの空
 三八八 花のいろはいまだよそにもみねのくもかさねてさゆるきさらぎの山
 三八九 くものいろもおなじながらのやまざくらかすみぞしがのはるの明ぼの
 三九〇 しら雲とかすみはててもあしびきのやまのかひよりはるやゆくらむ

    夏
 三九一 ひさかたのあまのはごろもころもわかじけふのならひの夏はたつとも
 三九二 このごろはあなうのはなのかきねにて山ほととぎすなかぬ日ぞなき
 三九三 かけてまつそのかみやまのほととぎすけふやはつねにあふひなるらん
 三九四 あやめゆふおなじよどののほととぎすなれがなくねもまくらにぞする
 三九五 人ごとにこふるむかしはかはれどもにほひはおなじのきのたちばな
 三九六 いまはたださそふみづあらばとおもへどもそでのみぞうく五月雨の空
 三九七 よの中はふかきちぎりをうかひぶねしづまむよよのせをたづねつつ
 三九八 つゆをさへたまとあざむくはちすばのにごりにしまぬ夏のよの月
 三九九 ほにはいでぬなつののすすきしたそよぎふくかたしらぬあき風のこゑ
 四〇〇 はるもすぎなつの日かずもたけくまの松ふくかぜや秋ならずとも

    秋
 四〇一 はつせがはきのふかみそぎすがはらやふしみのさとのけさの秋かぜ
 四〇二 あまのがはかさぬるとしの〔   〕ふたたびわたせかささぎのはし
 四〇三 あやなしや露ふきむすぶ夕かぜにちるらんをのの秋はぎのはな
 四〇四 よのなかをこころひとつにあきかぜのふきにし袖にをぎのうは露
 四〇五 かりのくるそなたの雲のたよりとてつばさをおくる秋の山風
 四〇六 あらしふききりはれあがるやまのはになほほのかなるゆふづくよかな
 四〇七 秋とほく露にひかりやみちぬらしすそのにしろきくさのうへの月
 四〇八 あきはただなほおくやまのゆふまぐれもみぢふみわくるしかのねもうし
 四〇九 たれもみようきよをあきのすゑの露もとのしづくのあさぢふのかぜ
 四一〇 おもふよりややこがらしのこゑもうし秋にわかるるゆふぐれのやま

    冬
 四一一 をぎのはになれしおとこそかはれどもこれも身にしむこがらしの風
 四一二 山めぐるしぐれのあめのたてぬきに雲のはたてのをりぞさびしき
 四一三 ききわかぬよはのあらしやたゆむらんこの葉のおともふりみふらずみ
 四一四 さとかよふよものあらしのこゑさむしいづれのやまにはつ雪かふる
 四一五 かたしきやおきまよふしものさむしろにいくよのふゆをうぢのはし姫
 四一六 月かげはあしやのおきにかたぶきてわがすむかたかちどりなくなり
 四一七 さえゆけばあしまををしのとりどりにともねあらそふよはのもろごゑ
 四一八 よしのがはたゆるときなきたきつせにあらしおちそふ冬のさやけさ
 四一九 ふゆのうちはいづれをむめの雪のいろににほふかきねやさける初花
 四二〇 くれはつるけふをあはれとまどろめばいやはかななるひととせの夢

    恋
 四二一 けふこそはいはかきぬまのみごもりにうちいでがたきそこのこころを
 四二二 おもふとはしらずやいかにまとりすむひとをうなてのもりのしたつゆ
 四二三 たれゆゑかかくしもたえぬなげきひくおもひいづみのそまのかよひぢ
 四二四 かきくらす涙にそらやまがふらしあくらんわきもしらぬよのつき
 四二五 さてもなほやまどりのをのおのづからながながしきをちぎりともがな
 四二六 ぬるがうちにゆめとしりせばなかなかにあふとみるほどのなぐさめもあらじ
 四二七 いとせめて物おもふときのながめにはそらゆく雲もしづこころなし
 四二八 おきにいでてみるめをかづく時だにもくるればあまのうらみてぞ行く
 四二九 いまはただけぬとかいはんあさつゆにぬれにし袖もくちはつるまで
 四三〇 しぬるいのちさてもかぎりのいかなればしらぬ月日のなほつもるらん

    旅
 四三一 いまはとてみやこをいづるそらぞなき山のはしらむあふさかのせき
 四三二 そでふかき露のかごとや月かげをきつつなれたる秋のたび人
 四三三 雲のほかにいくへ日かずをへだてきてみやこもとほきやまの夕暮
 四三四 しほれふす野辺のをかやのかりまくらむすぶや露のやどりなるらん
 四三五 あしびきのやまのした露うちはらひいりにし袖をとふひとはなし
 四三六 かぞへこし日かずもいまはしら雲のいくへのやまをけふもこゆらん
 四三七 あづまぢやみやこしのぶのうらみてもならはぬなみにかこつ袖かな
 四三八 おもひねはかならずなれし宮こにていくよもおなじゆめのかよひぢ
 四三九 みしよはの月にみやこをとひかねてしほれふしぬる袖のおもかげ
 四四〇 まだしらぬのべにややどをかるかやのおもひみだるるそでの夕露

    懐旧
 四四一 ひさかたのあまぎる雪のふかきいろはいくよふりてもあとぞかはらぬ
 四四二 あしびきのやまどりのをのながながにむかしをかけてかがみざりせば
 四四三 いかばかり我が身しぐれとふりぬらん見しもむかしとぬるる袖かな
 四四四 ぬばたまのよるのなごりはいまもみれどまたあひがたきいにしへのゆめ
 四四五 身にそひてやすむこころのひまぞなきとほざかりにしいにしへのあと
 四四六 きけばなほこころにむすぶふるきかぜいまさらにやはいはしろのまつ
 四四七 たちかへるこころのうちぞたどらるるすぎにしかたのみちまどふがに
 四四八 うきながら我が身ひとつのもとの身やあらぬむかしのなごりなるらん
 四四九 いたづらにすぐる月日のあけくれはおもひぞいづるいにしへのそら
 四五〇 こしかたはむなしくてのみすぎたてるさともうきわがみわのやまもと

    述懐
 四五一 よるなみにかひあるわかのうら人とかかるみぎはのいかでなりけん
 四五二 あはれこのみちしるみよにあひぬともむかしのあとをたづねざりせば
 四五三 あはれとやそれさへうしと身をすてておもひしたにのふかきこころを
 四五四 いたづらにかくてもとしのたけゆくをたけしやこころなほたのむらん
 四五五 ことしげきよはうき物とみだれぬるこころをさてもしづめかねつつ
 四五六 よのなかよとてもかくてもありはてぬいのちまつまをなになげくらん
 四五七 ことの葉をいまさらにやはいはしろのをのへのまつとむすびそめてき
 四五八 さりともとおもひそめてしとし月のはてはあはれと身につもるまで
 四五九 かぞふればみとせになりぬみづぐきのたえぬながれのためしともなれ
 四六〇 ひとことにあはれはかけよももくさのちくさにつもることのはの露

    無常
 四六一 たれかよをおもひとりべの山のはにたつやはよそのけぶりならねど
 四六二 よのならひはかなきものぞとばかりをいふもあだなることの葉の露
 四六三 おどろかぬこころひとつのまよひきてなほゆめふかしあなうよのなか
 四六四 いたづらにむなしきそらをながめてもよはうき雲のうちしぐれつつ
 四六五 人となることこそかたきよなれどもあはれいくたびむまれきぬらん
 四六六 ありとてもさてやはつるといけるものかならずしぬるよとはしるしる
 四六七 かぎりあればいつのちぎりをむすぶらんしらぬのやまのこけのした露
 四六八 さきのよもいかなるつみのおもきうへにかさねてつもる月日なるらん
 四六九 いつまでかのどかによをもおもひけんうしとみそぢのあまりはかなき
 四七〇 人のよはひこれよりすゑぞあはれなるさりゆくさまのおもひしられて

   十楽
    聖衆来迎楽
 四七一 ふかくそむるこころのいろのあらはれてうきよはれゆくむらさきの雲
    蓮華初開楽
 四七二 はつはなとさくもほどなきはちす葉のにごりにしまぬいろやみゆらん
    身相神通楽
 四七三 おしなべてゆききのさとりみつる身はかよふこころに身をまかせつつ
    五妙境界楽
 四七四 これぞこのこころにかけししらくものさかひはるかにうきよへだてて
    快楽不退楽
 四七五 おもふことゆたのたゆたにつつむそでたちゐにつけて身にあまるまで
    引接結縁楽
 四七六 あだにのみなほうたかたのきえぬともむすべばふかきえにこそありけれ
    聖衆倶会楽
 四七七 つひにまたのりのむしろをしきしまややまとことのはかはすもろ人
    見仏聞法楽
 四七八 ほとけを見のりをきくこそうれしけれねがひしままのこころたがはで
    随心伝仏楽
 四七九 あさゆふのなるるたぶさにささげてもこころのままに花たてまつる
 
 詠百首和歌
 
  秋廿首

    立秋九月九日始之
 四八〇 あきのくるやまさなかづらうちなびきあさつゆかけて風やふくらん
    七夕
 四八一 あまのがはもみぢのはしの秋かぜにこぞのわたりもうつろひぞゆく
    萩
 四八二 いねがてのあかつきつゆもおきもあへずした葉いろづくのべの秋はぎ
    女郎花
 四八三 いろにいでてまだきうつろふをみなへしたが秋かぜになびきそめけん
    薄
 四八四 そでにまがふをちかた人はしらねどもをばなふきこすかぜはうらめし
    刈萱
 四八五 をがやはらかるもみだるる秋風にふすゐのとこもいやはやすけき
    蘭
 四八六 むさしのの草のゆかりのふぢばかまぬしこそしらねいろはむつまし
    荻
 四八七 したをぎのおきふし秋をかぞふればなかばすぎたるしもぞふりぬる
    雁
 四八八 かりのくるみやこのあきのおもかげにとこよの月やひとりすむらん
    鹿
 四八九 たかさごのまつもつれなき秋風によをつくしてやしかのなくらん
    露
 四九〇 つゆおつるよものあらしのこゑごとになみだもたへぬ秋のそでかな
    霧
 四九一 あさごろもやへたつきりをわけかへりつまぎにこりぬしづのをだまき
    槿
 四九二 さくと見てかつちる春の花よりもうつせみのよは秋のあさがほ
    駒迎
 四九三 しろたへになびくまそでや花すすきほさかのこまにあふさかの山
    月
 四九四 うつりあへずいろかはりゆくやまのはにのこるもつらき有明のつき
    擣衣
 四九五 かりがねのきこゆるそらに月さへてさよふくるまでころもうつなり
    虫
 四九六 つゆじもをたてぬきにはたおるむしのこゑのあやなくまづよわりゆく
    菊
 四九七 秋のしもつもれど人のこれぞこのおいとはならぬしらぎくの花
    紅葉
 四九八 くれなゐのやしほのをかのいろぞこきふりいでてそむる秋のしぐれに
    九月尽
 四九九 秋のいろのためこそみまくほしやらぬのちはなにせん袖のしら露


  冬十五首

    初冬
 五〇〇 けさよりはあらしふきそふみよしののふるさとさむきふゆやきぬらむ
    時雨
 五〇一 しぐれゆくみやまがさとのいほにたくしばしばくもるこのごろのそら
    霜
 五〇二 ふくかぜのおともさえゆくささの葉におくはつしものふかきよのそら
    霰
 五〇三 うら風にさやぐ難波のたまがしはもにうづもれぬあられふるなり
    雪
 五〇四 たがみそぎゆふかけそふるいろなれやころもたつたの山のしら雪
    寒蘆
 五〇五 ひろさはのいけのたまもにみだれあひてかれゆくあしのしのぶもぢずり
    千鳥
 五〇六 なみぢゆく月になぐさのはまちどり友こそなけれかげははなれず
    氷
 五〇七 みづのおもにねざしとまらぬうきくさのよどむばかりにこほるたきつせ
    水鳥
 五〇八 あしのはにかくれてすみし水とりのかものあをばもあらはれにけり
    網代
 五〇九 はしひめのまつよふけゆくかは浪に月もいざよふせぜのあじろぎ
    神楽
 五一〇 みしまゆふかたにとりかけさかきばにときはかきはにいのるかみがき
    鷹狩
 五一一 はしたかののもりのかがみよそにやは見るかげさへにくれがたのそら
    炭竈
 五一二 わすれては雲かとぞおもふゆきわけてけぶりたなびくをののすみがま
    埋火
 五一三 あきをやくこの葉のいろやのこるらんあらしにたへぬやどのうづみ火
    歳暮
 五一四 あづまぢにありといふなるてまのせきとりとめがたきとしのくれかな

  恋十首

    初恋
 五一五 おもへどもいはかきぬまのひまをなみうきみごもりにもらしかねつつ
    不知人恋
 五一六 しる人もなぎさのまつのねをふかみまだあらはれずなみはかかれど
    不遇恋
 五一七 あふことはなみだのかはのはやきせにおひぬみるめをなにもとむらん
    初遇恋
 五一八 うしとのみゆふてもたゆくおもひこしこころもいまぞとくるしたひも
    後朝
 五一九 おもかげはなほありあけのつきくさにぬれてうつろふ袖のあさつゆ
    遇不逢恋
 五二〇 たちかへりまたやはよそにいしまゆくみづのしらなみそでもせきあへず
    旅恋
 五二一 かたしきのそでもわれからあまのかるもにすむといふむしあけのせと
    思
 五二二 けぶりたつふじのたかねのよそにだにたえぬおもひをそらにしれつつ
    片思
 五二三 あはれともおもはぬひとのおもかげにかずかきわぶるみづからぞうき
    恨
 五二四 しかのあまのしほやきごろもなれだにもかわかぬそでをうらみやはせぬ


  雑廿首

    暁
 五二五 としをへてねざめよぶかきかねのおとのなみだももろくなるぞかなしき
    松
 五二六 しもゆきにさてもとしふるそなれまつこころのいろはわれぞつれなき
    竹
 五二七 きにもあらず草にもあらぬたけの葉もまがきのほかの物とやは見る


 春日社百首元久二年十二月三日於宝前被講七ケ日参籠之間詠之
 
  冬日詠百首和歌
               左近衛権少将正五位下行加賀権介藤原朝臣 

    春
 五二八 春はまづ空のけしきぞ春日やま峰のかすみもはやたちにけり
 五二九 春きぬと人にもがもやいはにふれたきの水上こほりとくらし
 五三〇 まつの雪はいまはたおなじたかさごのをのへのとやまはるかぜぞふく
 五三一 かすがのやただはるの日にまかせてもなほうづもるる雪のしたくさ
 五三二 野辺みればいまはかすみのしかすがに雪きえにけりわかなつみてむ
 五三三 へだてつる霞ややがてくもるらんいこまのやまのはるさめのそら
 五三四 霞行く春は雲路をとぶとりのあすかのさとにかりかへるらし
 五三五 たちまがふ霞のいろもあさ日かげにほへるやまのむめのした風
 五三六 春風にむめのはつ花さきしよりあかぬ色香はうぐひすの声
 五三七 さかざらんやまぢの花もしら雲にかきねのむめをみずかすぎなん
 五三八 都人花とや見らん春霞かかれるやまの峰のしら雲
 五三九 かすみたつ春のにしきのをりを見よ柳さくらをたてぬきにして
 五四〇 春風にありかをとへば足引の山ざくら戸のあけぼのの空
 五四一 としをへて花みることはしかあれども春にはうときもの思ひやなき
 五四二 花の色はうつりにけりなみよしのの木ずゑ青根がみねのはる風
 五四三 はるのいろもいまさらしなになぐさまずあきをばすてのおぼろ月よに
 五四四 あづさ弓春はかすみの山のはにいるがごとくのありあけの月
 五四五 つみにこし人の心もすみれ草野をなつかしみひばりなくなり
 五四六 かは風にちるだにあるをやまぶきのゐでこすなみに春や行くらん
 五四七 けふならでいまいくかともなき春をとぶひののもりえやはとどむる

    夏
 五四八 はるをのみなほうつせみのからころもむなしくうつるそでの色かな
 五四九 夏かけてうつろふ池の藤浪に山ほととぎすまつかぜぞふく
 五五〇 此ごろはうの花月夜よよしとてやまほととぎすまたずしもあらず
 五五一 待ちえてもたれかはきかん郭公ただひとこゑをさ夜ふけてなく
 五五二 ほととぎすなく一こゑもなつのよの見はてぬ夢のあけぼのの空
 五五三 郭公あやめが軒のむらさめにぬれてもかをる夕ぐれのこゑ
 五五四 五月雨はふもとに雲のをりはへて山もとどろになくほととぎす
 五五五 久かたの雲の浪こす滝のうへや御舟のやまの五月雨の比
 五五六 ふるさとはむかししのぶののきの露袖にかけてもかをるたち花
 五五七 さなへとる山田原のならかしはいな葉もまたぬかぜそよぐなり
 五五八 うかはたつかたやまふねのさしもなど月には出でぬならひなるらん
 五五九 そまがはや月もなみだにうきまくらいかだのとこはなつもしられず
 五六〇 むすぶてにあきをおもひぞいづみがはなみふくかぜを袖にかせやま
 五六一 なつふかきささわくるあさの袖ひちて野中のしみづむすびくらしつ
 五六二 すずしさをそでにならしのをかべなる秋といはせのもりのした風
 五六三 なつのひもたけふのこふのゆふすずみそでには秋の心あひのかぜ
 五六四 かはなみにまがふほたるのみだれてもすむやさはべのあしのうら風
 五六五 夏なればをちかたのべにかる草のかきねにつづく山のべのさと
 五六六 をはつせの山たちはなれすが原やふしみのさとのゆふだちの雲
 五六七 たがみそぎゆふかへる浪のたつた山あさの葉ながるこの川の瀬に

    秋
 五六八 このねぬる朝けの袖はまだひとへかさねはたれにあきのはつ風
 五六九 待ちえてもまづふけぬらし夕づつの行きかふ夜半のほしあひの空
 五七〇 ゆふひさすすそののすゑにわくるつゆうつるかそでににほふうきはし
 五七〇 ゆふひさすすそののすゑにわくるつゆうつるかそでににほふうきはし
 五七一 秋萩の花をやねたくしら露のおくとははらふ野べの夕かぜ
 五七二 ゆふさればたまちる露もしろたへのをばなが袖に秋かぜぞふく
 五七三 津の国のこやのねざめにあしべなるをぎの葉さやぎ秋かぜぞ吹く
 五七四 風のおとは秋もあらちの山のはにこし路くやしき雁ぞなくなる
 五七五 夜もすがらつまどひかねてかへるらしあさゆくしかのあとのしら露
 五七六 いでやらぬ月まつよひはあしびきのやまのあなたのおもかげもうし
 五七七 月といへばあらしぞ雲をまきもくのあなしの山のゆふぐれの空
 五七八 山のはに秋もやいまはふけぬらん待つよひすぎていづる月かな
 五七九 あはれわが秋のなが夜の夜をかさね有明の月にねざめしてのみ
 五八〇 もりあかすつきにこころをつくばねのすそわのたゐの秋のかりいほ
 五八一 秋のよのふかきおもひはももはがきはねかくしぎのあか月のそら
 五八二 ふかくさやきりのまがきにたれすみてあれにしさとに衣うつらん
 五八三 むしのねに露をゆふかぜふきみだりあさぢがはらは秋ぞかなしき
 五八四 秋もいまはしぐるるほどになりにけりやまのこの葉のそらにうつろふ
 五八五 ははそはらいろづきゆけば山しなのいはたのをののくずのうらかぜ
 五八六 みむろ山あきをやかぜのかへすらんもみぢにあけるかみなびのもり
 五八七 ながめわび秋もくれぬとゆふづくひさすやみかさのやまのはのそら

    冬二十
 五八八 いつしかもふゆのけしきをみづぐきのをかのかやねのけさのはつしも
 五八九 ふゆはきてとはぬ人めをまつかきのましばのとぼそかぜもたまらず
 五九〇 まきのはにあらそひたてるみねのまついづれつれなしこがらしのかぜ
 五九一 よしさらばひと問はぬまでうづむともいりなんやまのあとのこがらし
 五九二 ねざめするみやまもそよにささのはにひとよともなき嵐をぞきく
 五九三 草も木もかれゆくよはのしもとゆふかづらき山のふゆのあけぼの
 五九四 さゆるよははねにしもふるおほとりのはがへのやまに山おろしぞふく
 五九五 しものうへにかたぶく月の影おちておなじをのへのかねのひとこゑ
 五九六 さむしろに衣かたしくはしひめのまくらになみのよるのあじろぎ
 五九七 日かげさすあしたのはらやくもるらんかたをかやまにしぐれふるなり
 五九八 ひさかたのそらはゆきげのみねの雲きのふもけふもうち時雨れつつ
 五九九 あられふるまさきのかづらうづもれて雪になりゆくみやまべの空
 六〇〇 ふきしほるむべやま風のあらしよりのべのくさきも雪のしたをれ
 六〇一 みわたせばひばらすぎの葉うづもれていづれかみわのゆきのやまもと
 六〇二 たれかけさ雪うちはらひはしたかをすゑのはらのにとがりすらしも
 六〇三 きりはるる月はあかしのみなとかぜさむくふくらしちどりしばなく
 六〇四 月かげをそれかとばかりみしまえのたまえのみづはこほりしにけり
 六〇五 よしのなるふゆはなつみの河風にこほるいはまのをしのもろごゑ
 六〇六 このさとややそうぢ人のすみがまとまきのをやまに煙たつなり
 六〇七 いかにせん春にはあはでおいらくのこんといふなるとしのくれがた

   雑
    尺教十是身如聚沫
 六〇八 はやくゆくいはまの水のわくらばにうきてもめぐるあはれよの中
    是身如浮泡
 六〇九 にはたづみはかなくむすぶうたかたのきゆるもよその袖のうへかは
    是身如炎
 六一〇 はるの野にやくともえゆくわかくさのあはれをこめてたつ煙かな
    是身如芭蕉
 六一一 あひにあひてよを秋風のふきもあへずまづやぶれぬる草のはもうし
    是身如幻
 六一二 世中よなほあはれなりまぼろしのうつりやすきはならひなれども
    是身如夢
 六一三 むばたまの夢と見つつもおどろかすながきねぶりにむすぼほれつつ
    是身如影
 六一四 いとひかねうきは身にそふかげろふのあるかなきかのよをやたのまん
    是身如響
 六一五 たに風のひびきばかりを契にてきくもあやなきやまびこのこゑ
    是身如雲
 六一六 ながむればむなしきそらをうきくものさすらへはてむゆくへしらずも
    是身如電
 六一七 あきのたのほのうへてらすほどもなしやみをはなれぬいなづまの影
    述懐
 六一八 神がきにひくしめなはのたえずして君につかへんことをしぞおもふ
 六一九 かすがやままだたにふかきいはね松かたきは神のめぐみなりけり
 六二〇 ことしだにまつにはかけよふぢのはないかにみかさのやまのなもをし
 六二一 はるをまつそでにはいつかこむらさきわがもとゆひのしもぞふりぬる
 六二二 ねぎかくるなみだのいろやふかからんおもはぬそでもあけのたまがき
 六二三 うしとのみみとせかけつるとしなみのなみなみならで身のしづむらん
 六二四 みなかみのあはれはかけよさほがはのたえゆくすゑのみくづなりとも
 六二五 あるもうくなきもかなしきよの中をいかさまにかはおもひさだめむ
 六二六 そのかみのちぎりをしのにたのみても袖になみだや七日ひざらん

    短歌
 六二七 あまのはら ふりさけあふぐ 春の日の ひかりあまねく てらすよに
      などかきくらす うき雲の あるにもあらず さすらひて 
     へにけるかたを かぞふれば みそぢあまりの よるのしも 
      いかにむすびし  ちぎりにか みなかみきよき さほがはの 
     しづむみくづと なりはてて あへずしほるる 藤なみの さこそ下葉の
      下にのみ 末がすゑにて かれぬとも ゆかりのいろの ひとしほは
     松にかけても かすがなる みかさのやまの なにしおはば 
      身をしるあめも そらはれて なほひさかたの つきもせず 
     あゆみをはこぶ たまぼこの みちをたづぬる いそのかみ ふりにしあとは
      とほくとも きみにつかへて むかしべに かへるためしは おほあらきの 
     もりのした草 しげければ しげみがなかの つゆばかり たのみやあると
      かしこみて たむくる神の ゆふしでに なびくばかりの いへの風 
     ふくとなけれど ことのはに 心のいろを あらはして かきあつめつる
      ももくさや そのかずかずの めぐみをぞおもふ

    反歌
 六二八 あはれとも人こそしらね人しれぬこころのうちは神のまにまに
 

   百日歌合毎日一首後不見建保二年七月廿五日始之
 
    曙雲
 六二九 あらしふくをのへにまがふかねのおとのたえだえになるよこ雲のそら
    夜雨
 六三〇 まどのあめのうちねぬことも夢なれやうつつかはらぬながきよのそら
    過風
 六三一 みねつづきいくさとかけてかよふらんやどとふかぜのとほざかりゆく
    遠煙
 六三二 ふるさとはくもにけぶりぞたつた山そなたのそらをとぶひののもり
    閑暁
 六三三 ぬるがうちに見るを夢とておどろけばなほながきよのあか月のかね
 六三四 ねざめとふとほやまでらのかねのおともわが身のほかのものとやはきく
    幽夕
 六三五 けふもまたはれぬながめにくれにけりたにのとぼそにかかるしら雲
 六三六 けふもきくたがいりあひのかねのこゑあすやわが身もしらぬながめに
    移時
 六三七 けふもまたゆふかげぐさにおく露のうつればかはるよのなかぞかし
    往昔
 六三八 いにしへにかへらぬみちのかなしきはかさなるとしのゆくかたぞなき
    送年
 六三九 おほかたはゆくもかへるもひとつにて身にのみつもるとしのかよひぢ
    息石
 六四〇 あらいそにはなれてたてるいはたかみおきつしほひにあらはれぞゆく
    湊浪
 六四一 風のおともみなといり江のさはりおほみあしわけをぶねなみやかくらん
    浜砂
 六四二 うちよするはまのまさごのしきなみにかぞへもあへずつもるとしかな
    深江
 六四三 さてもなほいかなるえにて難波なるみをつくしてもよにしづむらん
    迅瀬
 六四四 あすかがはうつりもあへずつきもひもながれてはやきせぜのしらなみ
    荒渚
 六四五 なみたかみきよするふねもなぎさなるあまのとまやもあれやしぬらん
    古渡
 六四六 すみだがはいまはむかしのみやこどりあとなきふねのあとのしらなみ
    堰水
 六四七 ゆくとしをせかばやゐでにわく涙ながるるみづもかへりくるがに
    故郷
 六四八みよしののよしののやまのゆふしぐれふるさと人のそでぬらすらむ
    細径
 六四九 よをたどるあとをおもふぞほのかなる行すゑしらぬ野辺のほそ道
    漲滝
 六五〇 よしのがはやまのはふかくながれいでてくもにみなぎるたきのしら浪
    湖上
 六五一 おきにいでてつりするあまも心せよさざなみたかしひらのやまかぜ
    礒辺
 六五二 くれかかるいそべのなみのをりをりにともしけちたるあまのいさり火
    江橋
 六五三 なには江やながらのはしはくちはててくもでにのこるあしのむらだち
    田家
 六五四 いねがてにすそわのたゐの秋のいほもるやま風やおどろかすらん
    野亭
 六五五 しながどりゐなのささやのかり枕ひと夜かつゆにふしぞわづらふ
    渓梯
 六五六 よをわたるみちをたえてもいるべきにあやぶまれけりたにのかけはし
    麓菴
 六五七 ながきよのをぐらのすそのくさのいほに夢をはかなみとふあらしかな
    仙室
 六五八 たちぬはぬやまわけ衣いく秋のきりのまがきにぬれてほすらん
    杣山
 六五九 わが身たつそでもくち木のそま山はしげきなげきをひく人もなし
    山畑
 六六〇 おもふことかたやまばたのうちたえてたつきもしらぬゆふ煙かな
    檜原
 六六一 露じもにはつせのひばらつれなくてあらしにたぐふいりあひのかね
    杉村
 六六二 我が身なほいかにまちみん三輪のやまつれなくてのみすぎのむらだち
    篠原
 六六三 たがさとを野ばらがすゑとあととへばつゆのをざさのいくよともなし
    蓬生
 六六四 月をのみすめとばかりにやまかぜのあらしかはつるよもぎふのやど
    杜樹
 六六五 しげりゆくわがこのもとをおもふにもあはれははそのもりのした草
    嶺松
 六六六 いかばかりつれなしとのみみねにおふるまつらんやまのおくもはづかし
    梨花
 六六七 おもふことかたえのなしのなりならず身にはとしのみおふのうらなみ
    浜楸
 六六八 さりともとおもひこしまのはまひさぎひさしきなをやなみにのこさん
    社榊
 六六九 神ぢやまかかるこころやしら露のたまぐしのはのゆふぐれの空
    寺樒
 六七〇 たれかなほをのへのかねのおとふりてしきみがはらにとしをつむらん
    槙葉
 六七一 やまふかみまきのした葉のおのづからうづまぬほどのあともたえけり
    椎柴
 六七二 いつまでかなほしひしばのをりからにこころひとつのいろかはりつつ
    白樫
 六七三 やま人のしをりのみちもしらがしのえだにもはにもあらしふく比
    玉椿
 六七四 はまかぜにきよきなぎさのたまつばきよせくるなみのかけまよひつつ
    菀竹
 六七五 まきこもるそのふのたけの秋のかぜふしなれてしもさびしかりけり
    巌苔
 六七六 やまふかみとへどいはねのこけごろもたがためとてか露のおくらん
    池蘋
 六七七 さそはれぬ身をうき草のかなしきはゆくかたもなきやどのいけ水
    道芝
 六七八 いそのかみふりにしあとをたづねてもわが身にふかきみちしばの露
    沢菅
 六七九 風わたるおなじさはべにしらすげのまののかやはらみだれあひつつ
    岡葛
 六八〇 風ぞとふのきばのをかのくずかづらくるかは人のうらみわぶとて
    忍草
 六八一 あともなくあれにしやどのしのぶ草すゑばにのこる露の身もうし
    忘草
 六八二 すみよしのきしかたをやはわすれぐさまつにふりぬる身を思ふにも
    浅茅
 六八三 きえやすき露のかぎりをたづぬればあさぢがはらの秋のゆふ暮
    浦鶴
 六八四 わかのうらのそのなはむかしあしたづのなくねもふりぬおきつしほ風
    汀鴎
 六八五 かもめゐるみぎはのなみやまがふらんたつもたたぬも夜半のうら風
    洲鷺
 六八六 はらひかねはがひのしもやこほるらんすさきのさぎのたつ空ぞなき
    尾
 六八七 ますかがみそのかげならぬやまどりのをのへのつきにねをやなくらん
    原鷹
 六八八 はしたかのとがへるやまのかり衣すそ野のはらの露にしほれぬ
    関鶏
 六八九 あふさかのせきぢの鳥のなくこゑやおとはの山のあけぼののそら
    拾貝
 六九〇 たまひろふいそべのなみのうつせがひむなしきあとに名をやのこさむ
    峡猿
 六九一 あとたえてみゆきふりにしやまのかひいまはあらしにましらなくなり
    牧馬
 六九二 うちむれておのがたちののはなれごまあれてもともにひかれてぞ行く
    里牛
 六九三 さとごとにはなつのうしはうなゐこがうちたれがみのおひみだれつつ
    隣人
 六九四 こころをばなほへだつともつのくにのなにはかくれずあしのなかがき
    老翁
 六九五 すがたこそむかしにあらずなりゆけどこころばかりはおきなさびせん
    行客
 六九六 さととほみあさのさごろもうちわたすをちかた人のしるべとぞなる
    芻蕘
 六九七 おのがすむ草かるをのこうらみわびあなかまつらきむしのこゑごゑ
    樵夫
 六九八 やまふかみいりといりなばつまぎこるおのれうきよになにかへるらん
    猟師
 六九九 しをりしていづさいるさのもののふよこころなとめそいなむやの関
    漁父
 七〇〇 あびきするよにうけひかぬもろともにうらみてもなほうらぞはなれぬ
    八女
 七〇一 ちはやぶる神のいがきにきねがふるすずろにもののあはれなるらん
    遊君
 七〇二 たれとなきなごりばかりに袖ぬれてうきたるふねのあとのしらなみ
    傀儡
 七〇三 たび人のおもかげつらきかがみやまうつればかはるちぎりなるらん
    羈中
 七〇四 このごろはあらしのおともあらかねのいはねこきしきひとりやはねん
    旅泊
 七〇五 ふねとむるむしあけのせとの浪まくらむすびもあへずおきつしほかぜ
    枕塵
 七〇六 ふるさととあれゆくねやはしきたへのまくらのちりをはらふやまかぜ
    窓灯
 七〇七 さめやらぬながきねぶりもかなしきにうきよそむけよまどのともし火
    琴調
 七〇八 ききなれしむかしをしのぶことのねにいまはあれゆく庭のまつかぜ
    笛音
 七〇九 おとにきくそのよのふえはいさしらずならはぬねのみ身にはこひつつ
    曝布
 七一〇 月をまつくものはたてのおりかけてよるまでぬのをさらしなのさと
    倍鏡
 七一一 あさごとにみればおもひぞますかがみしらぬおきなのかげもはづかし
    釣船
 七一二 いせのうみにゆらるるふねぞあはれなるつりするあまのうけがたきよに
    河筏
 七一三 そまがはにおとすいかだのくれぬまもいさしらなみのうきよなりけり
    小車
 七一四 うきながらはなれもやらぬをぐるまのわが身いつまでよにかめぐらむ
    寤鐘
 七一五 さめぬればうつつなるべきかねのおともなほ夢ふかきあか月のそら
    海査
 七一六 なみのうへにあらぬうききをいくよまで見てもつきせぬおきつしまかな
    塩木
 七一七 うらちかきやまぢにもまたなれにけりしほきこりつむさとのあま人
    焚藻
 七一八 うら風になびくたくものゆふ煙いかなるあまのおもひなるらん
    引網
 七一九 あびきするあまのたくなはうちはへてくるしきもののはてはうけくに
    囲碁
 七二〇 わたしこしもろこしぶねのなみのおともまだうちたえずはまのまさごは
    双六
 七二一 とをあまりいつつのいしのかずかずによにすぐろくのすさみなりけり
    蹴鞠
 七二二 たちなるるわが身おい木のもとごとにさてもくちせぬ名やとまりなん
    競馬
 七二三 とねりこそちかふるこまのあしうらにこころくらべのみえもするかな
    相撲
 七二四 よのなかにすまふとすれどなほぞふるおもひとられぬこころよわさは
    浜木
 七二五 いせのうみのうらのはまゆふいくへともいさしらなみのたちかさねつつ
    唐衣
 七二六 世中のうきはなほふれからころもなにとこころをかさねきぬらん
    玉帯
 七二七 いつとなくおつる涙のたまのをは露のかごとをむすぶばかりぞ


 院百首建保四年
 
  春日同詠百首応製和歌
                 正四位下行右近衛権中将兼伊与介藤原朝臣 
    春
 七二八 あさみどりのどけきときのいろとてや春たつそらのかすみそめけん
 七二九 ひさかたのあまぎる雪のふりはへてかすみもあへずはるはきにけり
 七三〇 さざなみやふるきみやこのしかすがに霞ながらの山のしらゆき
 七三一 はる風にのざはのこほりかつきえてふれどたまらぬみづのあは雪
 七三二 ふるすたつ雪まの草のはつこゑはわかなつむののはるのうぐひす
 七三三 うぐひすのはねしろたへの衣でにむめのかにほふあは雪ぞふる
 七三四 月かげにをる袖にほふむめがえのかはたれどきの有曙のそら
 七三五 あらたまのとしのをながくうちはへてたえずもなびく春のあをやぎ
 七三六 さくらがりくもふみわけてあしびきのやまどりのをのいくをこゆらん
 七三七 たちかへりとやまぞかすむたかさごのをのへの桜くももまがはず
 七三八 やまのはのみなしら雲に成りぬればはなのかならぬ春かぜぞなき
 七三九 花のいろは雲のやへ山かさねてもはるの日かずのあかぬころかな
 七四〇 霞たつ春のころものぬきをうすみ花ぞみだるるよものやま風
 七四一 はるかぜは花ちるべくもふかぬ日におのれうつろふやまざくらかな
 七四二 はなさそふあらしのつてやしら雲のみちゆきぶりの春のかりがね
 七四三 春の夜のつきも有明に成りにけりうつろふ花にながめせしまに
 七四四 春もいまはすぎの葉かすむ三輪の山はなよりのちのいろもたづねよ
 七四五 たちかへりやまにははるもなくこゑのいまは物うきたにのうぐひす
 七四六 すみよしのきしのふぢなみちりぬとも春をわするる草の名はうし
 七四七 けふはまたくれなばなげのかげもなしはなもちりにし春のなごりは

    夏
 七四八 あづまぢの衣のせきの名もつらしけさたちかふるはるのわかれに
 七四九 かきねさへうしやうつぎのさく花にいろもにほひも春ぞわすれぬ
 七五〇 うのはなのさきちるをかにまくさひくいもねずぞまつ山ほととぎす
 七五一 たがためにまちしさつきのあやめ草あやめもしらぬほととぎすかな
 七五二 ほととぎすやすらふ雲のやまかづらあか月かけて一こゑぞきく
 七五三 さみだれのくもまの月のいでがてにやまほととぎす待つそらぞなき
 七五四 かぞふればおいそのもりの郭公ことしはいたくこゑもをしまず
 七五五 おもひいづるときはたちばないかなればあだなる袖のかににほふらん
 七五六 ともしけちほぐしもたへずあらし山をぐらのみねの夕やみのそら
 七五七 夏ふかきさはべにしげるかりこものおもひみだれてゆく蛍かな
 七五八 やまかげやしみづおちくるいはまくら手にのみくみて夢はむすばず
 七五九 あなしやまゆふたつなみに風さわぎゆつきがたけにかかるむら雲
 七六〇 露まがふ日かげになびくあさぢふのおのづからふく夏の夕かぜ
 七六一 あはれにも我が身にあきのちかづきてさかりすぎたるもりのした草
 七六二 かはなみにせぜのたまものうちなびきまだみごもりの秋風ぞふく

    秋
 七六三 そでにまた露おきそへてくる秋もわがためにやはをぎのうはかぜ
 七六四 あふせなほうきつのなみやさわぐらん秋こぐふねのよるべばかりに
 七六五 かぜにゆく雲のみをなるあまのがははやくぞうつるほしあひの空
 七六六 やどれつきおのがすむののをみなへしひとりしほるる花のした露
 七六七 よやふくる月やおそきとながめてもなほつれなきは山のはのそら
 七六八 ちぢにのみおもふおもひもこころからわが身ひとつの秋のよのつき
 七六九 秋の夜のつきにいくたびながめしてものおもふことの身につもるらん
 七七〇 をしかなくやまのをのへのおのれのみねをこそたてめよその夕ぐれ
 七七一 なみだそへてかりもなくなりあはれわがおもひつらぬる秋のねざめに
 七七二 なきわたるかりのつばさにもるしもをはらひもあへずうつころもかな
 七七三 山がつのあさでいそがすきりぎりすなくねもさわぎ衣うつなり
 七七四 むしのねもしのぶることぞまくずはらうらみや秋のいろにいづらむ
 七七五 ぬきみだるくものいとすぢ露おもみたまのをよわきむしのこゑごゑ
 七七六 おのがふすすそのの秋の夕つゆになくやうづらのとこの山かぜ
 七七七 つゆのみやあきのかたみとしげ山のあをばのすぎのいろはかはらず
 七七八 みむろのやした葉ぞおそき神なびのもりあへぬ程の秋の時雨に
 七七九 しぐれゆく雲のはたてのをりからややまのにしきもいろまさるらん
 七八〇 秋やまのもみぢをわくる月かげははるるもつらしみねのこがらし
 七八一 おほかたの秋をばいはず物ごとにうつろひゆくをあはれとぞみる
 七八二 あきのゆく野山のあさぢうらがれてみねにわかるるくもぞしぐるる

    冬
 七八三 さむしろにころもでかれて秋はいぬねてのあさけのしものふるさと
 七八四 けさはなほよのまのつゆもたまざさの葉わけのしものかたむすびなる
 七八五 むばたまのくろかみやまの山くさのややしもさむくうらがれぞゆく
 七八六 さゆる夜の有曙のそらのしもくもりかれ野は月もかげぞさびしき
 七八七 月影はうつりもあへずしぐれつつかぜふきくもるむら雲の空
 七八八 雲かかるみやまにふかきまきのとのあけぬくれぬと時雨をぞきく
 七八九 おほかたはいろなきかぜも身にぞしむ袖にしぐれのゆふ暮のそら
 七九〇 あさとあけののきばのをかはあとたえぬ雪ふりつもりまつひとはこず
 七九一 すゑおもみもとくだちゆくささの葉のわが身につもるとしの雪かな
 七九二 なみぢかけはまゆふかぜのいやはやにふきあげのちどりこゑぞかたよる
 七九三 しもこほるみぎははしらずなにはがたかれ葉のあしのすゑぞすくなき
 七九四 あしべゆくかものはかぜもさむきよにまづかげこほるみしまえの月
 七九五 むすべどもこほりににごるかげはなしこのまはれゆくやまのゐの月
 七九六 ふゆかはのさざれふみわたるあさこほりをちかたびとのおとぞさむけき
 七九七 あづさゆみいるがごとくのとしつきはまたはるちかくなりぞしにける

    恋
 七九八 はつかりのはねうちかはすしらくものしらじな袖にやどる月影
 七九九 まさきちるやまのあられのたまかづらかけしこころやいろにいづらん
 八〇〇 みよしののみくまがすげをかりにだに見ぬものからやおもひみだれん
 八〇一 やまだもるおのれこころをおくかひの人こそしらねしたこがれつつ
 八〇二 おもひわびけぶりはたてじしほがまのうらこぐふねのほのかにぞみし
 八〇三 よそにのみみづのうへとぞおもひしをうつるもしらぬ袖の月かげ
 八〇四 いはそそくたるみのみづのうちいでてもなほしたもえのはるのさわらび
 八〇四 いはそそくたるみのみづのうちいでてもなほしたもえのはるのさわらび
 八〇五 やまふかみしぐれあらそふまきの葉のつれなきいろもたへぬ袖かな
 八〇六 かづきわびつまぎをりたくあまの袖なほこりずまにほしぞわづらふ
 八〇七 いまはただ身をぞいぶきの山におふるさしもおもひにもゆるものかは
 八〇八 うつりやすきはなだのおびの色ぞうきたえけるなかをなにむすびけん
 八〇九 みくさのみしげるいたゐのわすれ水くまねばひとのかげをだに見ず
 八一〇 なげきわびぬるたまのをのよるよるはおもひもたえぬ夢もはかなし
 八一一 あかつきのしぎのはおとのかくばかりなみだ数そふねざめやはせし
 八一二 きえぬともあさぢがうへの露しあればなほおもひおくいろやのこらむ

    雑
 八一三 神ぢやまかひある春のたむけぐさたままつがえやまづなびくらむ
 八一四 いはしみづたえぬちぎりやみなせがはみなかみちかくすみはじめけん
 八一五 みくまののはじめのとしをかぞふればわが身にのこるうらのはまゆふ
 八一六 さりともとおもひこしまのはまひさぎひさしきみよをなほたのむかな
 八一七 としをのみおもひつもりのおきつなみかけてもよをばうらみやはする
 八一八 わかのうらのその名ばかりはかけながらあらぬなみこそ身にはよるらめ
 八一九 おもひきや君もくもゐに見し花のわれのみゆきとふりはてんとは
 八二〇 春の雨に身はふりぬともみかさやまさしもは袖のぬれんものかは
 八二一 身のうへにふりゆくしものかねのおとをききおどろかぬあか月ぞなき
 八二二 こころやはふたむらやまのみねの雲月日へだつるたびのそらにも
 八二三 かくてやはふるのなかみちなかなかにおもひたえにしゆくへなりせば
 八二四 いまはわがこころのやみもはるにあひぬこをおもふかたのみちはまどはじ
 八二五 うれしさもつつみなれにし袖にまたはてはあまりの身をぞうらむる
 八二六 おもひしるこころばかりはありながらただおほかたにものぞかなしき
 八二七 いかにせんまつもおいきに成りぬればきみがちとせにあはんともせず



   詠五十首和歌正治元年九月四日
 
                              侍従

    春十首
 八二八 いそげどもおくりもはてぬとしのうちにおもひもあへず春はきにけり
 八二九 むめのはなさけばなきけりうぐひすのこゑのいろもやえだにこもれる
 八三〇 あは雪のなほふるさとのこずゑよりながめわびぬるみよしののはる
 八三一 春風のはなをたづぬるしをりとやむすびてすぐるあをやぎのいと
 八三二 こころあるかすみのうちにわけいりてなぞよわりなくさくらふく風
 八三三 やきすさむあしたのはらのかたをかにのこるところときぎすなくなり
 八三四 うすがすむいろはのどけきながめにてうちみだれたるいとゆふのそら

    夏五首
 八三五 やどさらずたたくくひなもあるものをまつにおとせぬほととぎすかな
 八三六 風わたるこずゑもしらぬたちばなのにほひにすずむまどの夕暮
 八三七 たれか見んはやまにまがふしたもみぢ秋もこずゑのいろをまつほど
 八三八 春もすぎなつもたけぬることしかないまあきふゆもあはれいく程

    秋十首
 八三九 をぎのおとはくれ行くほどのあはれにてたもとよりふくあきのはつかぜ
 八四〇 月を見ばおばすてやまのあきのそらなぐさめかぬるこころありとも
 八四一 月は秋とながめなれぬるよなよなのなごりばかりぞありあけのすゑ
 八四二 しかもむしもあはれはひとつこゑなれやのにもやまにも秋の夕暮
 八四三 おもふにもはかなきものはあかつきのそらにかずかくしぎのはねがき
 八四四 やどうづむのきばのつたのいろをみよみ山のさとの秋のけしきを
 八四五 なれなれて秋にわかれのたつたひめこよひはそでのいろやそふらん

    冬五首
 八四六 かれにけり秋にわかれしまくずはらうらみばかりを風にのこして
 八四七 けふまでとおもはぬ野辺のきりぎりすよを秋はてぬならひかなしな
 八四八 けさ見ればいはまをくぐるやまがはのよどむともなきうすごほりかな
 八四九 かきくもりそらにあまぎるながめかなつもればこれやゆきとなるもの
 八五〇 かくしてのとしのつもりをおもふにはいそぐこころもものうかりけり

    恋十首
 八五一 おもふよりなみこす袖をたのむかなひとのこころのすゑのまつやま
 八五二 おしかへしおもひしづむる身の程にあまる心やあくがれぬらむ
 八五三 うからずはいとはでただぞいなといはん我が身のほどをしれとなるべし
 八五四 君がすむやどにもかよへそでのつゆをぎのすゑばのかぜのたよりに
 八五五 かづきするあまのぬれぎぬいかならん袖ひとつだになみだほしあへず
 八五六 ちぎりあらばまつべきほどとおもふにもたえぬ心はゆふぐれのそら
 八五七 おもひわびねられぬいさへなげきてもかならず夢のみゆるものかは
 八五八 よぶかしといとふもしらずしたひきてはるかにおくるとりのこゑかな
 八五九 わすれじのなごりばかりはおもひいでよむすびすててしちぎりなりとも

    祝二首
 八六〇 むかしよりいくちとせをかまつかぜのたえぬけしきのみゆるやどかな
 八六一 ちぎりあらばむれゐるたづのもろともにちよをかさねよわかのうらなみ

    述懐三首
 八六二 なにとなくあはれ身にしむながめかなうきよはこれぞゆふ暮のいろ
 八六三 ともすればうかれいづるもいかがせん身をすてはつるこころなければ
 八六四 いとはじなさてもなからんのちはまた恋しかるべきこのよならずや

    旅三首
 八六五 あはれあればしほれなれたる袖なれどみやこにかかるなみのおとかは
 八六六 まくらとて草ひきむすぶゆかりとやわがそでならすむさしのの露
 八六七 あはれわがこまもこころもなづみきぬかさなるやまのいはのかけみち

    眺望二首
 八六八 ときしらぬならひをいつもたたじとやけぶりにかすむふじのねのそら
 

 院老若歌合
 
  詠五十首建仁元年二月十二日奏覧
                 従五位上守左近衛権少将臣藤原朝臣 

    春十
 八六九 たけくまのまつにやおとをたてそめてけさはみやこのはるのはつかぜ
 八七〇 雪きえぬひらやまおろしなほさえてかすみにこほるしがのうらなみ
 八七一 うぐひすのこゑやはかすむ春とても月ぞおぼろの有あけのそら
 八七二 はなはなほ風まつほどもあるものをえだにたまらぬはるのあは雪
 八七三 さらずとてにほはぬむめのあたりかは風もあやなし春のよのやみ
 八七四 こころあらむ人ともいはじつのくにのなにはの春のあけぼのの空
 八七五 ゆきやそれくもやあらぬとうつりきてまちえたる花に春風ぞ吹く
 八七六 いろは雲にほひは風になりはてておのれともなきやまざくらかな
 八七七 尋ねきてはなにくらせるこのまよりまつとしもなきやまのはの月
 八七八 なごりまでおもふ心やのこるらんはなよりのちの春のくれがた

    夏十
 八七九 たちのこるかすみのそでのうすごろもこれもやけふのならひなるらん
 八八〇 わきて猶まつをばしるや郭公一こゑきくもねぬよなりけり
 八八一 はつせやまいりあひのかねのおとまでもうちしめりたるさみだれのころ
 八八二 おほかたはうちぬるほどもなつのよをさてもいつよりあかしかぬらむ
 八八三 山かげやたもとすずしきゆふかぜにこゑをばきかじせみのはごろも
 八八四 野辺のいろもしげりにけりなおほあらきの梢につづく杜のした草
 八八五 秋のののちくさのはなをまつほどやしばしやどれるさゆりばの露
 八八六 おほえやまこかげもとほくなりにけりいくののすゑのゆふだちのそら
 八八七 夏むしのひかりをやどすしたばかりあさぢいろづくのべのゆふぐれ
 八八八 けふといへばみそぎになびく袖ながら秋かぜたちぬせぜのかはなみ

    秋十
 八八九 昨日までよそにしのびししたをぎのすゑばの露にあきかぜぞふく
 八九〇 秋はなほ風にこたふるくれよりもをぎのうはばのむらさめのこゑ
 八九一 あきぞかしかへらばこそはとおもへどもくもぢのかりのとほざかるこゑ
 八九二 たにふかきのきばをこむるあさぎりのはるるこずゑはくれがたのそら
 八九三 やどはあれぬ庭はよもぎにうづもれぬ露うちはらひとふ人はなし
 八九四 たへてやはおもひありともいかがせんむぐらのやどの秋の夕暮
 八九五 とほやまだいなばのかぜはほのかにていほもるひたのさよふかきこゑ
 八九六 はらひかねさこそは露のしげからめやどるか月の袖のせばきに
 八九七 いまこんとちぎらぬつまをながづきの有あけの月にさをしかのこゑ
 八九八 そでのうへにたれしのべとてゆく秋のなごりがほなるのべのゆふつゆ

    冬十
 八九九 いまよりのやどをばかれず人はとへにはのけしきはしもにあるもの
 九〇〇 この葉ふくあらしぞいまはおとはやまみねたちならすしかのねはなし
 九〇一 秋のいろをはらひはててやひさかたの月のかつらにこがらしの風
 九〇二 影とめしつゆのやどりをおもひいでてしもにあととふあさぢふの月
 九〇三 けさみればいはまをくぐるやまがはのよどむともなきうすごほりかな
 九〇四 有あけの月にむれたるこゑながらちどりなみよるおきつしほかぜ
 九〇五 ふゆされば雪もふりにしやどなれや庭もまがきもあとたゆるまで
 九〇六 おほかたはあはれもしらぬもののふのやそうぢ川のふゆのあけぼの
 九〇七 はかなしやさてもいくよかゆくみづにかずかきわぶるをしのひとりね
 九〇八 月をのみめでしつもりもこよひにてとしこそ人のおいとなるもの

    雑十
 九〇九 君が代のためしはこれかよものうみのなみををさむるわかのうら風
 九一〇 かげやどす露のみしげく成りはててくさにやつるるふるさとの月
 九一一 すみなるるおなじこのまにかげおちてのきばにちかきやまのはの月
 九一二 ならはずよすまばやすまんおのづからくもよりをちの山かげのいほ
 九一三 たきのおとまつのあらしをまくらにてむすばぬ夢のむすぼほれつつ
 九一四 ふきかよふよものあらしはおとたえてのなかにたてるまつのひともと
 九一五 なみよするいそやがしたのかぢまくらなれたるあまもぬれぬ袖かは
 九一六 なみのうへもながめはかぎりあるものを心のはてぞゆくへしられぬ
 九一七 ふるさとのけふのおもかげさそひこと月にぞちぎるさよの中やま
 九一八 あさつゆもきつつもなれぬたび衣はるばるぬれん袖をしぞ思ふ
 

 仁和寺宮五十首
 
  詠五十首和歌
                           右兵衛督藤原 

  春十二首
    初春
 九一九 ひさかたのあまのいは戸のむかしよりあくればかすむはるはきにけり
    雪中鶯
 九二〇 はるとなくはつねばかりぞうぐひすのはかぜをさむみゆきはふりつつ
    橋辺霞
 九二一 しもとゆふかづらきやまに春やくるかすみとだえぬくめのいはばし
    行路梅
 九二二 わけやらぬにほひぞふかきむめがえのはなのゆききもみちまどふがに
    春月
 九二三 ときはなるまつはみどりのいろそへてひとしほかすむはるの夜の月
    岸柳
 九二四 もがみがはかげこそおなじいなぶねののぼればくだすきしのあをやぎ
    旅春雨
 九二五 はるさめのふるさと人のかた身とてみのしろごろもほさずともきん
    遠帰雁
 九二六 かすみゆくよものこのめもはるばるとはなまつやまにかへるかりがね
    山花
 九二七 あだなりといひはなすともさくらばなたがなはたたじみねの春風
    関花
 九二八 をしめどもはるもとまらぬふはのせきやまふきこゆるはるのあらしに
    庭花
 九二九 雪とのみふるはならひのはななればやどからにはの跡やたゆらん
    河款冬
 九三〇 やまぶきのゐでのさと人ぬしやたれはなはこたへず春のかはなみ

   夏七首
    社卯花
 九三一 神まつるうづきのはなやさきぬらんした草かへるもりのゆふしで
    早苗多
 九三二 うゑつくすちさとのたごのいとまなみつげのをぐしもさなへとる比
    里郭公
 九三三 尋ねきてさととふ人になきふるすやまほととぎすわれのみぞ聞く
    岡郭公
 九三四 あさとあけののきばのをかのほととぎすおのがねやまもいまやいづらん
    夜盧橘
 九三五 さだかなる夢もむかしとむばたまのやみのうつつににほふたちばな
    籬瞿麦
 九三六 おく露ややどりとるべきゆふぐれのまがきはやがてやまとなでしこ
    江蛍
 九三七 なにはめがすくもたくひのふかきえにうへにもえてもゆくほたるかな

   秋十二首
    早秋
 九三八 うつせみのはにおく露もあらはれてうすきたもとに秋風ぞふく
    萩露
 九三九 としをへてうつろふ秋のつゆやそふいつかはそでのもとあらのはぎ
    荻風
 九四〇 おほかたのなびく草木はわかねどもをぎのうはばぞあきかぜはふく
    尋虫声
 九四一 まてしばしききてもとはん草のはらあらしにまがふまつむしの声
    山家月
 九四二 そでのうへにやどさずとてもこのやまのみねにはちかき月ぞなれぬる
    野径月
 九四三 ながめつつふけゆくすゑもわすられぬ山のはとほきのべの月かげ
    舟中月
 九四四 こぐふねのほかゆくなみも月さえてくもはへだてずやへのしほ風
    暁鹿
 九四五 あくるまでつま松風もたかさごのおのれつれなきさをしかのこゑ
    河霧
 九四六 つれもなきまきのをやまはかげたえてきりにあらそふうぢのかは浪
    擣衣幽
 九四七 からころもうつかきぬたもはつかりのくもゐをわたるねにまがひつつ
    夕紅葉
 九四八 くれかかるゆふつけどりのおりはへてにしきたつたの秋のやまかぜ
    残菊匂
 九四九 ものごとにうつろふころのいろながら秋もかぎらずにほふしらぎく

   冬七首
    朝時雨
 九五〇 あさなあさなしほるるそでもますかがみみるかげさへにしぐれてぞゆく
    竹霜
 九五一 たけのはによなよなしものふるさとはにはもまがきも冬ぞあれ行く
    池水鳥
 九五二 ゆられゆくにほのうきすもよるべなみこほらぬほどぞひろさはの池
    島千鳥
 九五三 あはぢしまわたるちどりもしろたへのなみまにかざすおきつしほかぜ
    松雪
 九五四 庭のおもはすすきおしなみあとたえてとひこぬ人をまつのしら雪
    湖雪
 九五五 さざなみやうらぢはるかに風さえてみねもたひらの山のしら雪
    惜歳暮
 九五六 としきはる身のゆくへこそかなしけれあらばあふよの春をやはまつ

   恋六首
    寄雲恋
 九五七 おもふよりなみだふりそふあまぐものよそにも人は見えぬものから
    寄露恋
 九五八 おくといひぬとはしのばん白つゆのねたくやそでのいろにいづらん
    寄煙恋
 九五九 うらみじななにはのみつにたつけぶりこころからやくあまのもしほ火
    寄草恋
 九六〇 いかにせん人のこころのたねたえておもひわするるくさのははなし
    寄鳥恋
 九六一 そでのうへもかずかくばかり成りにけりしぎのはおとのしげき涙に
    寄枕恋
 九六二 しられじなわがそでばかりしきたへのまくらだにせぬよはのうたたね

   雑六首
    暁述懐
 九六三 かぎりあればけふもくれぬとながめつつきのふのかねのあかつきのこゑ
    閑中灯
 九六四 人とはぬわがよやいたくふけぬらんかげよわりゆくまどのともし火
    山旅
 九六五 たちかへりまたもやこえんみねのくもあともさだめぬよものあらしに
    海旅
 九六六 かげうつすそではうきねのわれからに月ぞもにすむむしあけのせと
    野旅
 九六七 さととほき野中のいほに人はなしくさのたもとをまくらにぞかる
    寄松祝
 九六八 神代よりまもるちかひのつきせねば君がちとせもすみよしのまつ
 

  最勝四天王院名所御障子
 
    春日野立春景気
 九六九 かすがのやさきちるむめもしろたへの雪ふりやまずわかなつむそで
    吉野山
 九七〇 はなはただなほしら雲にかすみぬといふばかりにやみよしのの山
    三輪山
 九七一 ほととぎす一こゑ杉の木のしたにたづねぬ三輪の山路くらしつ
    竜田山
 九七二 さをしかのもみぢふみわけたつた山いく秋かぜにひとりなくらん
    泊瀬山
 九七三 すが原やふしみのかたはしぐれして杉のはつせに山のはの空
    難波浦
 九七四 なにはがた浪もかすみのみごもりにしたねとけ行くあしのうら風
    住吉浜
 九七五 あはぢ島おきこぐ船のほのぼのとかすみを分けて松風ぞふく
    葦屋里
 九七六 ゆふされば秋かはまつをふくかぜにのきうちそよぐあしのやのさと
    布引滝
 九七七 さほひめのやまわけごろもぬきをうすみよればすずしきぬのびきの滝
    生田杜
 九七八 つのくにのいくたのおくのあき風にしかのねなるるもりのした露
    若浦
 九七九 たづの住むわかのうら風ふけぬらしあしべの浪に月わたるみゆ
    吹上浜
 九八〇 冬さむみそれかあらぬか奥つ風吹あげの浜の雪の白波
    交野
 九八一 かりくらし今はとだちもかたのなるふみならしばの雪の下折
    水成瀬河
 九八二 にはにうつすやまぢのきくをみなせがはぬれてふきほすちよの松風
    陬磨浦
 九八三 さだめなきこころひとつをすまのうらの月にいでたるあきのあま人
    明石浦
 九八四 あかしがた月は浪ぢのはてもなし秋をかぎりの有明のそら
    志賀磨市
 九八五 しりしらず行きかふ秋のなごりまでいかにしかまの市の夕暮
    松浦山
 九八六 都には春をかけてやまつら舟としたちかへる浪にまかせて
    因幡山
 九八七 いづちとていなばの松の秋風に身をまかせたる山の夕暮
    高砂
 九八八 まつかぜにうきねのなみもたかさごのをのへのかたかさをしかのこゑ
    野中清水
 九八九 いにしへの野中ふるみちあとたえてしみづながるるよよのささはら
    海橋立
 九九〇 浪路わけ釣する海士のはしだてや霞にまがふよさのうら舟
    宇治河
 九九一 さ莚やうぢのはし姫いかならん波のみよるのせぜの網代木
    大井河
 九九二 このかはにもみぢばながるあしびきの山のかひあるあらしふくらし
    鳥羽
 九九三 とばた行く雁の涙のちるままに秋の山べの色ことになる
    伏見里
 九九四 いなばもるふしみのたゐのいねがてにちよをひとよとまつ風ぞ吹く
    泉河
 九九五 いづみがはゆくせのみづもふかみどりしげるははそのもりのしたかげ
    小塩山
 九九六 おほはらや神代かけたるゆふがすみはるやをしほのまつのやまかぜ
    会坂関
 九九七 いくそたびおなじかすみの立ちかへり春の行きに相坂の関
    志賀浦
 九九八 嶺さむきひらの山おろし雪散りて汀氷れるしがのうら浪
    鈴鹿山
 九九九 八十瀬ゆく水はまさらで木のはのみふるや鈴鹿の山の秋かぜ
    二見浦
一〇〇〇 たまくしげあけゆくそらやふたみがたうらみもあへぬなみのうへの月
    大淀浦
一〇〇一 おほよどのまつはつらくもかすまねどなみぢへだててかへるかり金
    鳴海浦
一〇〇二 ゆふぎりにともになるみのうらちどりあとなきかたのしほひをぞとふ
    浜名橋
一〇〇三 はつかりのこゑの行へも白波のはまなのはしの霧の明ぼの
    宇津山
一〇〇四 ふみわけしむかしは夢かうつの山あとともみえぬつたのした道
    更科里
一〇〇五 雲とほき山ぢの月を人とはばいまさらしなのをば捨の空
    富士山
一〇〇六 時しらぬ山とは聞きてふりぬれど又こそかかる峰のしら雪
    清見関
一〇〇七 清見がた関どの岩にもる月のなみますずしき夏の塩風
    武蔵野
一〇〇八 あさみどりかすむばかりのわかくさにはるもこもれるむさしのの原
    白河関
一〇〇九 思ひおくる人はありとも東路や雪ふりぬとはしら河の関
    阿武隈河
一〇一〇 わすれじよまたあふくまのかは風にしばしなれぬとちどり鳴くなり
    阿立原
一〇一一 いろづくかあだちのまゆみ秋のすゑしぐるる雲のそらにたな引く
    宮城野
一〇一二 ふるさとをしのぶもぢずり露みだれこのしたしげき宮城のの原
    安積香沼
一〇一三 野辺はいまだあさかのぬまにかる草のかつ見るままにしげるころかな
    塩竈浦
一〇一四 かすむよりいまひとしほのしほがまにまつの葉なびきうら風ぞ吹く


 明日香井和歌集下
 
  北野歌合建久元年十月

    時雨
一〇一五 ながめわびわが身よにふる夕ぐれにくもりなはてそそらもうきころ
    忍恋
一〇一六 われながらうちねぬほどのせきもりはゆめもゆるさぬこひのかよひぢ
    羈旅
一〇一七 しら雲のいくへのやまをこえぬらんなれぬあらしにそでをまかせて

  石清水若宮歌合正治二年
    桜
一〇一八 吹くとしもおぼえぬ程に匂ひきて花にしらるる春の山風
    郭公
一〇一九 誰ゆゑに山路くらせば郭公かたらひ過ぐる峰の一こゑ
    月
一〇二〇 あくがるる心の程は月もみよ千里の外の有明の空
    雪
一〇二一 時雨にはつひにもみぢぬ色ながら梢もたへぬ松の雪折
    祝
一〇二二 君が為のどかにすめる石清水ちとせのかげやかねてみゆらん

  新宮歌合正治二年八月一日

    社頭祝
一〇二三 よろづよをいのるこゑまでつきもせじはこやの山のあきのみや人
    池上月
一〇二四 せきとめてしたもかよはぬいけ水のなみもしづかにすめる月かげ
    野辺虫
一〇二五 しげきののおのがすみかにおく露をそでにしらするむしのこゑごゑ

  玉津島会同九月日

    海浜暁月
一〇二六 ながむればふきあげのはまのまつ風になみよりすめるあり明の月
    山館秋雨
一〇二七 くれかかるたかねのくものこずゑよりまどうちなれぬあきのむらさめ
    松風破夢
一〇二八 みやこおもふ夢ぢのすゑにかよひきてうつつにさそふまつの風かな

  仙洞十人歌合

    神祇
一〇二九 いまもまたさしそふちよのあさひまであまてる神のひかりなるべし
    若草
一〇三〇 たかさごのをのへのゆきはきえやらでまつみどりなる野辺の一しほ
    落花
一〇三一 はなさそふなごりを雲にふきとめてしばしはにほへはるのやまかぜ
    菖蒲
一〇三二 けふことにむすぶよどののあやめ草これもなれぬるまくらなりけり
    郭公
一〇三三 しのびこしかきねわたりの郭公はなたちばなにこゑうつるなり
    浦月
一〇三四 あはれなほあかしの浦のあきの月すめどもなれる浪のうへかな
    山嵐
一〇三五 ふきまよふよものあらしの秋のこゑしぐるともなきやまめぐりかな
    暁雪
一〇三六 月はいまくもりはてぬとながむれば雪のひかりも有曙のそら
    水鳥
一〇三七 あしがものうきねよいかになみまくらたのむいり江のまののうら風
    庭松
一〇三八 たれゆゑにながめわびぬるゆふべとておのれやどとふのきのまつかぜ

  同歌合同九月尽

    月契多秋
一〇三九 かげそふる雲ゐの月ものどかにてはこやのやまのよろづよの秋
    暮見紅葉
一〇四〇 ゆく秋のなごりをのみやゆふまぐれあすはあらしのみねのもみぢ葉
    暁更聞鹿
一〇四一 くるるよりつままちわぶるさをしかのおもひたえたるあけがたのこゑ

  同歌合同十月一日当座

    社頭霜
一〇四二 いそのかみふりぬるけさのはつしもにまづいろかはるあけのたまがき
    東路月
一〇四三 みやこいでしその月かげのめぐりきてまた有曙のさよのなかやま

  同歌合同十一月

    初冬嵐
一〇四四 これもなほあきのあはれのなごりかなみやまおろしのこの葉ふくおと
    枯野朝
一〇四五 野辺のいろは秋おくしもにむすぼほれうらみによわるくずのしたかぜ
    暮漁舟
一〇四六 くれかかるなみぢのすゑのかずきえてこぎいづるほどぞあまのともぶね

  影供歌合同十一月八日

    暮山雪
一〇四七 くれかかるそらのいろともみえぬかなみねにあまぎる雪のしらくも
    古寺月
一〇四八 おきまよふしもになれてやはつせ山月にもひびくかねのおとかな
    朝遠望
一〇四九 ながめやるおきつしまやまほのかにて浪よりはるるよこぐものそら

  同歌合同十二月廿六日

    暁尋千鳥
一〇五〇 あはれとてなれもきむかへともちどり月にとびゆくありあけのそら
    山家如春
一〇五一 うぐひすはふるすながらもこゑすなりはるをもまたじたにちかきいほ
    海辺歳暮
一〇五二 おとふくるなみにやとしもかへるらんたちくるはるはちかのうらかぜ

  同歌合建仁元年正月廿八日

    遠島朝霞
一〇五三 あさなぎや浪ぢはれゆくしほ風にかすみにたてるうらしまの松
    隣家夜梅
一〇五四 とふ人もにほひはわかじむめのはなおなじのきばのはるの夜のやみ
    山家残雪
一〇五五 やどふかきみやまにかすむ松の雪よのこるとならばはなのころまで

  新宮撰歌合同三月廿九日作者隠名

    霞隔遠樹
一〇五六 からにしきあきのかたみをたちかへてはるはかすみのころもでのもり
    羈中見花
一〇五七 いはねふみかさなるやまをわけすててはなもいくへのあとのしらくも
    山家秋月
一〇五八 よそにみし雲よりくもにやどとめてこずゑにいづる山のはのつき

  鳥羽殿御会同四月廿六日

    池上松風
一〇五九かげきよきみどりはおなじいけみづにちよをまかするにはのまつかぜ

  影供歌合同晦日

    暁山郭公
一〇六〇 ほととぎすまだあけやらぬやまのはによこぐもならすやすらひのこゑ
    海辺夏月
一〇六一 なつのよもあかしのうらに雲きえてなみのいづくに有曙のつき
    忍恋
一〇六二 物おもひをさてしも人のとひやせんつつむはつねのけしきならねば

  院御会同日当座

    竹風夜涼
一〇六三 ゆふすずみやがてうちふすまどふけてたけのはならす風のひとむら
    山家五月雨
一〇六四 あしびきのやまのはふかくなりはててのきばにくもるさみだれのころ

  同御会同六月晦日当座

    六月祓
一〇六五 なつはつるけふみなづきのみそぎがはかは風かくるなみのしらゆふ

  和歌所同七月廿七日同

    暮山遠雁
一〇六六 月やまつ雲ぢのすゑにとぶかりのしばしやすらふやまのはのそら

  影供歌合同八月三日

    初秋暁露
一〇六七 なつと秋とゆきかふかぜやすぎぬらし露ちりそむるしののめのみち
    関路秋風
一〇六八 さびしさはここにとどめつきよみがたせきもるなみのあき風のこゑ
    旅月聞鹿
一〇六九 草むすぶつゆのまくらに袖しきて月にしかなくさよのなかやま
    故郷虫
一〇七〇 あれぬとてなくかまがきのきりぎりすおのれさびしきよもぎふのやど
    初恋
一〇七一 けふよりや人にこころをおきつなみかけてもしらぬ袖のうら風
    久恋
一〇七二 とし月もむなしきそらにうつりきてふるきながめになれぬおもかげ

  撰定歌合同十五夜

    月多秋友
一〇七三 いく秋をそらにちぎりてきみがよにすまんかぎりのありあけの月
    海辺秋月
一〇七四 秋はこよひうらはあかしの波のうへにかかる月をばいつかながめし
    湖上月明
一〇七五 からさきやあきのこよひをながむればてる月なみにうら風ぞふく
    深山暁月
一〇七六 人はこでまきの葉わけの月ぞもるみやまの秋のあけがたのころ
    野月露涼
一〇七七 袖のうへにふけゆく月のかげながらつゆふきむすぶ野辺の秋風
    河月似氷
一〇七八 月かげやいかにさえゆくうすごほりなみはたつたの秋のかは風

  仙洞歌合同当座

    深夜聞虫
一〇七九 ながづきのよもふけぬらしきりぎりすよそのまくらに声なるるまで
    海辺暮鹿
一〇八〇 秋といへばつまをやしかのまつらがたうらみわびたるゆふぐれのこゑ
    羈中暁恋
一〇八一 ながめわびゆめぢたえぬるうつの山月もうらめしありあけのそら

  影供歌合同九月十三夜当座

    近野秋雨
一〇八二 わがいほはのべもひとつのあきの露まがふとみればむらさめぞふる
    遠山暮風
一〇八三 秋のあらし木ずゑをかけてはらふらしゆふぐれみねにまよふしら雲
    寄池恋
一〇八四 あしねはふうきはよそなるみぎはかは袖にもふかしこやのいけみづ

  同歌合同十二月二日

    寒野冬月
一〇八五 秋のなごりいまはふるのの小篠原いくよの霜に有明の空
    山家夕嵐
一〇八六 かくて住む人また有りやよもの嵐かよふ山ぢの夕暮の空
    無題
一〇八七 いつしかの行へもしらぬ詠より逢ふを限のはてをしぞ思ふ

  和歌所同二年正月十三日

    初春松
一〇八八 はるもけふ千代もはじめのときは山のどかになりぬまつかぜのこゑ
    春山月
一〇八九 さらでだにたつことやすき木かげかははなに有あけの山のはの月
    野辺霞
一〇九〇 のべみればかすみにはるをならしばのしばしは雪もきえあへねども

  影供歌合同二月十日

    海辺霞
一〇九一 うらかぜのおとものどかになりはてて浪よりかすむなにはえのはる
    関路鶯
一〇九二 ゆきのいろはまだしらかはの関ぢよりはるはこえぬとうぐひすぞなく
    忍恋
一〇九三 きえねただしのぶのやまのみねの雲かかるこころのあともなきまで

  同御会同八月十五夜

    月前虫
一〇九四 つきになけすぎゆく秋のきりぎりすなかばもいまは有あけのそら
    月前鹿
一〇九五 月ゆゑやおのれなきても秋をしるこよひあり曙のさをしかのこゑ
    月前風
一〇九六 秋の月こよひぞなほはたかさごのをのへのくもをはらふまつかぜ

  恋十五首歌合同九月十三夜水無瀬殿

    春恋
一〇九七 ひとしれずおさへてむすぶひまごとになみだうちいづる袖のはるかぜ
    夏恋
一〇九八 きかじただ人まつやまのほととぎすわれもうちつけのさ夜のひとこゑ
    秋恋
一〇九九 ながめしやこころづくしの秋のつきつゆのかごともそでふかきころ
    冬恋
一一〇〇 しもははやふるのなかみちなかなかにかれなで人をなにしたふらん
    暁恋
一一〇一 なみださへしぎのはねがきかきもあへずきみがこぬ夜のあか月のそら
    暮恋
一一〇二 あぢきなくうつしごころのかへりこでゆくらんかたのゆふぐれのそら
    羈中恋
一一〇三 草まくらむすびさだめむかたしらずならはぬ野辺の夢のかよひぢ
    山家恋
一一〇四 君しるや宮こもよそにみねのくもはれぬおもひにながめわびつつ
    故郷恋
一一〇五ひ たぶるにさとをもなにかいとふべきわが身ひとつのうき名なりけり
    旅泊恋
一一〇六かたしきの袖もうきねのなみまくらひとりあかしのうらめしの身や
    関路恋
一一〇七 見し人のおもかげとめよきよみがたそでにせきもるなみのかよひぢ
    海辺恋
一一〇八 ちぎりきなさてやはたのむすゑのまつまつにいく夜のなみはこえつつ
    河辺恋
一一〇九 ささのくまひのくまがはにぬるるそでほさでや人のおもかげも見む
    寄雨恋
一一一〇 ながめわびたえぬなみだやあめとなるしぐるるそらにまがふよの袖
    寄風恋
一一一一 いまはただこぬ夜あまたのさよふけてまたじとおもふにまつかぜの声

  同夜当座

    月前秋嵐
一一一二 秋もいまはこよひをのみぞ松のあらしはらふみねよりいづる月かげ
    水路秋月
一一一三 からふねやいくせをさしてみなれざをみなれてくだるなみの月かげ
    暁月鹿声
一一一四 いまはとて月にをしかのこゑたてつつままつ山のありあけのそら

  同夜当座

    水無瀬河隠題
一一一五 山のはに雲をあつめてこよひみなせかばや月のいりやらぬまで
    同夜折句
一一一六 しばしみんうきくもはるるさやけさはむかしもあらじやまのはのつき

  同御会同三年正月廿五日

    松有春色
一一一七 はるといへばいまひとしほの松のいろも千世をかねたるわがきみのため

  影供のついでに同六月十六日

    夏月二首
一一一八 夏はうしうしとおもひしやまのはにいるまで月をいつかながめん
一一一九 ながめあへぬ(ず)こと(自筆如此)こそあれどくまはなし秋をもまたじ有曙のつき

   九( 釈阿)十賀屏風和歌同八月十五夜次

    若草
一一二〇 ゆきまよりみどりはふかしはるさめのふるからをのの野辺のわかくさ
    霞
一一二一 ことならば花よりさきも人はとへかすむこずゑのはるのやまざと
    花
一一二二 ひさかたの雲にたかまのやまざくらにほふもよそのはるのあけぼの
    郭公
一一二三 一こゑもいづらはよはのほととぎすまつかとすればあくるしののめ
    五月雨
一一二四 かめのをのたきのしら玉ちよのかずいはねにあまるさみだれのそら
    納涼
一一二五 むすぶてのすずしくもあるか山の井のあかぬしづくは夏のゆふぐれ
    秋野
一一二六 さをしかのいるののをばなほにいでてつまどふくれに秋かぜぞふく
    月
一一二七 ふけゆけばながめにかかる雲もなしちさとにはるる秋の夜の月
    紅葉
一一二八 秋山のまがはぬいろもたえだえになほたちならすみねのしら雲
    千鳥
一一二九 ともちどり君がやちよのこゑはしてなみはのどけしわかのうらかぜ
    雪
一一三〇 けぬがうへにふりにしかたのこしのそらいづれのとしのゆきのしら山
    氷
一一三一 かはらずよかげみし水のうすごほり月やひかりをむすびおきけん

  同夜和歌所当座

    秋月五首
一一三二 あかしがたおもかげかよふ月かげにみやこにちかき浪のかよひぢ
一一三三 きよみがた関もるなみにかげとめていかにこよひのありあけの月
一一三四 後もみんつくしなはてそ月のかげこよひばかりのあきのそらかは
一一三五 つくばねのこのもかのものしたはれてこよひの月にますかげはなし
一一三六 君が世のくもりなきこそうれしけれのどかにすめる月をみるにも

  同御会元久元年八月十五夜当座

    翫月
一一三七 おほかたの月をば秋とまちえてもこよひばかりのかげをやは見し

  春日社歌合同十一月十三日

    落葉
一一三八 うつりゆく雲にあらしのこゑすなりちるかまさきのかづらきのやま
    暁月
一一三九 あかなくの秋もやそらにのこるらん山のはわけて有曙の月
    松風
一一四〇 君がためふりさけきけばかすがなる山もちとせをまつの風かも

    新古今竟宴同三月廿六日
一一四一 きみが世になれぬるわかのうら風にあまねきなみやしまのほかまで

  詩歌合同六月

    水郷春望
一一四二 かすむよりみどりはふかしまこもおふるみづのみまきのはるのかはなみ
一一四三 かたしきのかすみふきみだる春風になほさむしろのうぢのはしひめ
    山路秋行
一一四四 たちぬるるこのしたかぜになくしかのこゑきくときのやまのゆふ暮
一一四五 ふきなるるあらしのおともたつた山秋のしぐれとまがふそでかな

  北野宮歌合同七月十九日

    初秋暁
一一四六 あけがたにゆきかふそらやなりぬらしまだひとへなる袖のあきかぜ
    暮山雨
一一四七 くれかかるやまはたむけのみねの雲くもれる雨も神のまにまに
    田家風
一一四八 をやまだのいほもるしづがひたすらに身にしむとても秋のゆふかぜ

  高陽院歌合建永元年正月十一日

    庭花春久
一一四九 よろづ世をみぎりのむめもさきくさのみつばよつばににほふはるかぜ

  院当座歌合同七月十三日

    湖辺月
一一五〇 よしさらばひらやまおろし月にふけなみぢはれゆくしがのからさき
    暮山雲
一一五一 いりぬともたれかはとはんやまふかみこえてあとなきゆふぐれのくも
    行路風
一一五二 たれとなくそでにみだるるたまぼこのみちゆきぶりの露のゆふかぜ

  卿相侍臣歌合同七月廿五日

    朝草花
一一五三 このまよりさすやをかべのあさひかげうつろふつゆににほふはぎはら
    海辺月
一一五四 さとのあまのそでにくだけぬかげをみんいはうつなみのあらいそのつき
    羈中暮
一一五五 いたづらにたつやあさまのゆふけぶりさととひかぬるをちこちのやま

  院当座歌合同七月廿八日

    寄風懐旧
一一五六 いかならん世にかはまたはまつかぜのいまはむかしの秋とふきぬる
    雨中無常
一一五七 かぞふればなほかきくらす袖のうへのなきがおほくのむらさめのつゆ
    被忘恋
一一五八 いつまでかなれしなごりのおもかげのわするるほどの袖のうへの月

  卿相侍臣嫉妬歌合同八月

    述懐三首
一一五九 君が世にあへるばかりのみちはあれど身をばたのまずゆくすゑのそら
一一六〇 おほかたはおきあへぬつゆのいく世しもあらじわが身の袖のあきかぜ
一一六一 うしとても身をばいづくにおくやまのこけのいはともつゆけかるらん

  鳥羽殿御会同八月五日新御所初度

    庭上月
一一六二 ふるき秋の月もみぎりのかげそへよやどあらたむるちよのはじめに

  院御会同二年正月廿二日

    春松契齢
一一六三 きみが世はちよともいはじときはなるまつにみどりのはるのゆくすゑ

  鴨御祖社歌合同三月七日

    山家朝霞
一一六四 みやこ人とふともけさはしら雲のやへたつやまのなほかすみゆく
    湖辺夕花
一一六五 うらかけてちりかふ花のさざなみやしがのゆふかぜやまにふくらし
    社頭述懐
一一六六 はやくよりふかきたのみはそれながらなほみたらしのみづからぞうき

  同御会承元二年閏四月四日

    雨中郭公
一一六七 あしびきのやまほととぎすひとこゑもそらしづかなるむらさめのくも
    遇不遇恋
一一六八 いつまでかきしうつなみのまつこともたえてうきねやあらはれぬらん
    寄述懐雑
一一六九 おほきみのみことかしこみあふぎてもわがたつみちのすゑをしぞおもふ
    この歌は御鞠の長者にておはします事をおもひてよみ侍りけるとなん

  住吉社歌合同五月廿九日

    寄月祝
一一七〇 君が世のためとぞそらにひさかたの月もかねてやすみよしのまつ
    寄旅恋
一一七一 わすれじの契ばかりはむすびてきあはんひまでの野辺のゆふつゆ
    寄山雑
一一七二 わたのはらくもゐにみゆる浪まよりなほはるかなるあはぢしまやま

  河崎会同四年八月十一日当座

    雨中草花
一一七三 むらさきにいるののまはぎつゆおもみぬれてのいろは袖ぞうつろふ

  粟田宮歌合同九月廿二日

    寄海朝
一一七四 そらにのみたつあさぎりのなみのうへにうきておもひのあまのつりぶね
    寄山暮
一一七五 そのかみにあらぬもなほしあはた山かけてもしるやゆふぐれの雲
    寄月恋
一一七六 またじただなほあきのよはなが月のありあけのつきのおもかげもうし

  建暦元年閏正月四日、庭雪猒跡といふ題を賜てよみ侍りける
 一一七七 よしさらばわがたつあとのこのしたもわすれねけさの庭のしら雪

  大内花下応製建暦二年二月廿五日
一一七八 よろづよのはるをかさねてさきにけりおほうち山のはなのしらくも
一一七九 あはれわがきみが御世よりみしはなのかはらぬいろにとしぞへにける
一一八〇 たちなるるわが身ともなしここのへのくもゐにたかき花のしたかげ

  内裏詩歌合同五月十一日
    山居春曙
一一八一 やまのははかすみのうちにあけやらでのきばにはるるよこ雲のそら
一一八二 はるきてもたれかはとはん花さかぬまきのとやまのあけぼののそら
    水郷秋夕
一一八三 さざ浪やおきにつりするしがのあまのくるればかへるそでのあきかぜ
一一八四 かりのくるとばたのいなばほのかにもなみぢくれゆくよどの河ぎり
    羈中眺望
一一八五 時しらぬふじのたかねのゆきやらでひかずのみふるあづまぢのそら
一一八六 みねの雲かかるあらしもまだしらぬふるさと人のまつにつげこせ

  松尾社歌合建保元年七月十七日

    初秋風
一一八七 さとの名に月のかつらもかよふらしこのまほのめく秋のはつかぜ
    山家暮
一一八八 ながめくらす身を秋やまのしかりとてそむかれなくにやどもとむらん
    社頭雑
一一八九 ゆふなびくそらにまかせて神がきのまつのをのへにかかるしら雲

  仙洞歌合同三年六月二日

    春山朝
一一九〇 いつもみしあさゐる雲はそれながらかすみにかをる春のやまかぜ
    夕早苗
一一九一 さととほきたなかのもりのゆふひかげうつりもあへずとるさなへかな
    行路秋
一一九二 もみぢ葉もゆくへさだめぬ秋風にしらぬのやまのみちたどりつつ
    暁時雨
一一九三 まきのとのあけがたとしもおどろかすねざめふりにしころの時雨に
    松経年
一一九四 いつまでかまつのしづえにこゆるぎのいそぢにかかるなみもうらめし

  歌合同三年八月七日

    山暁月
一一九五 をしみかねおもへばおなじよはの月いらであくるをやまのはのそら
    野夕風
一一九六 野べのいろをながめてけふもひぐらしのなくねうつろふあきかぜぞ吹く
    河朝霧
一一九七 ほのぼのとあさひいざよふ浪のうへにやまの名のこすうぢのかはぎり

    内裏歌合同九月十三日

    江上月
一一九八 秋はなほことしのそらも津の国のなにはかはらずみしまえの月
    旅宿恋
一一九九 みやこにはかこちかねにしわが袖にあまるもしらず野辺の夕露

    暮山松
一二〇〇 いまよりのゆふゐる雲やさそふらんしぐれをならすみねのまつかぜ

  内裏歌合同閏九月十九日

    深山月
一二〇一 しぐれゆくいろこそしらねしがらきのとやまのおくも秋の夜の月
    寒野虫
一二〇二 きりぎりすなくねも夜半のはつしもにのべのあさぢやまづかはるらん
    寄風雑
一二〇三 つくばねのこのもかのものあらしにもきみが御かげをなほやたのまむ

  和歌所建保元年十月十四日当座

    冬月五首
一二〇四 このごろはゆきふる山のときはなる松にも月のかげぞくもらぬ
一二〇五 秋だにもこほるものかとみしままにあしまの月の影ぞさえゆく
一二〇六 かれはつる草のとざしのあだにやは人のちぎりし有曙の月
一二〇七 いたづらにわが身ふりねどゆふしものかさねてふくるよはの月かげ
一二〇八 ゆくとしのかずかく水にかげみればせくかたしらぬそでのうへの月

  秋十五首歌合同二年

    秋風
一二〇九 いまよりのはぎのしたばもいかならむまづいねがてのあきかぜぞふく
    秋露
一二一〇 おとそよぐをぎの葉よりも秋かぜの人にしらるるそでのゆふつゆ
    秋月
一二一一 おほかたはわが身ひとつの秋としもあらしにはるる山のはのつき
    秋雨
一二一二 風すさむきりのおち葉にあとたえてまどふかき夜の秋のむらさめ
    秋雁
一二一三 なきわたるかりのなみだやしぐるらむはねうちかはすむらくものそら
    秋虫
一二一四 月かげはいたらぬさともなくむしのこゑのかぎりやふかくさのさと
    秋鹿
一二一五 おもひいるやまにてもまたなくしかのなほうき時や秋のゆふぐれ
    秋花
一二一六 秋かぜにさきちるをののつゆしげみそでもとををにうつるはぎ原
    秋水
一二一七 おとはがは関のあらしのかげみえてたがいろふかき秋のたきつせ
    秋霜
一二一八 よをさむみいまはあらしのをとめごがそでふるやまの秋のはつしも
    秋祝
一二一九 神かぜやみもすそがはのゆふなみにちとせの秋のこゑはつきせじ
    秋旅
一二二〇 月よなほさやのなかやまなかなかになにおもかげのあきのふるさと
    秋恋
一二二一 かぜむすぶたよりもつらしみちのべのをばながもとのつゆのした草
    秋懐
一二二二 しらざりしねざめもいまはふかき秋のありあけの月に夜をのこしつつ
一二二三 秋のよをかつはつらしとみやまぎのこりずしぐれにそでをかすらん

  秋十首撰歌合同八月十五日於水無瀬殿被調之

一二二四 はなすすき草のたもとをかりぞなくなみだのつゆやおきどころなき
一二二五 さそへつきなれぬるあきのつゆの袖のにもやまにもみちはある世に
一二二六 身をあきのわが世やいたくふけぬらん月をのみやはまつとなけれど
一二二七 袖のみやおもふこころもくちぬべしことしもふりぬ秋のよのしも
一二二八 秋はけふくれなゐくくるたつたがはいくせのなみもいろかはるらん
一二二九 あしびきのやまとにはあらぬからにしきたつたのしぐれいかでそむらん

  当座御会同九月三日

    暁山
一二三〇 秋の色はそでにもたへず有明の月をのこしてやまぞしぐるる
    夜恋
一二三一 いくたびか夜をながづきのねざめして見はてぬ夢よあきもはかなし

  院御会同九月十四日

    月契多秋
一二三二 よろづよにちよをかさねてちぎるらしきみがかげそふあきの夜の月

  月卿雲客歌合同九月廿九日

    野径月
一二三三 つゆわくるなごりばかりやゆく月もあきのすゑののあり明のそら
    寄雲恋
一二三四 おもふよりわがなやまだきたつくものうはのそらなるながめばかりに
    霧中雁
一二三五 はれやらぬくもぢわけくるはつかりのはかぜになびくみねのあきぎり

  同嫉妬歌合同九月尽

    河落葉
一二三六 神なびのやまのあらしやたつたがはみづの秋のみふかきいろかな
    寄鳥恋
一二三七 まちわびてこぬ夜むなしくあけゆけばなみだかずそふしぎのはねがき
    深山雨
一二三八 ふみまよひたづきもしらぬやま人のそでもしをりのあめのゆふぐれ

  内裏歌合

    野外夏草
一二三九 夏草のみどりもふかし岩代ののべの下つゆ結ぶばかりに

  内裏詩歌合

    野外霞
一二四〇 春日のの雪間の草のすり衣霞の乱春かぜぞふく

  内裏歌合同三年六月日

    水辺柳
一二四一 いしばしるきよたきがはのたまやなぎこずゑにむすぶ水のしらなみ
    江上霞
一二四二 たちかへりかすみのうちにいり江こぐたななしをぶねはるやゆくらん
    朝落花
一二四三 よしのやまささわくるあさのした露にそでこそおもれ花のしらゆき
    夜帰雁
一二四四 月をやはたのむのかりもたちまよひかすむくもぢによると鳴くなり
    山晩風
一二四五 いかさまのなにかとまらん君が世にあふさかやまの関のゆふ風
    野暁月
一二四六 かくてのみふるののさはにかげみえばなほありあけのつきもはづかし

  内裏百番歌合同四年閏六月九日

    春
一二四七 かすみゆくひかげはそらにかげろふのもゆるのばらの春のあはゆき
一二四八 みよしののまきたつくものこずゑにははなもつれなきいろぞのこれる
    夏
一二四九 ほととぎすなくやさつきのたまくしげふたこゑききてあくる夜もがな
一二五〇 みつしほのからかのしまにたまもかるあままもみえぬさみだれの比
    秋
一二五一 こしぢより秋をいそがすかりがねははつもみぢばのをりにあふらし
一二五二 むしのねもいかにうらみてまくずはふをののあさぢのいろかはりゆく
    冬
一二五三 しろたへのころもふきほす木がらしのやがてしぐるるあまのかごやま
一二五四 かりころもすそのもふかしはしたかのとがへるやまのみねのしらゆき
    恋
一二五五 あきの田のわさほのかづらつゆかけてむすぶちぎりはかりにだになし
一二五六 おとはがはたぎつこころをせきかねてあふさかやまのなさへうらめし

  熊野路にて、湯浅宮にて御会ありけるに同四年九月廿日

    山花
一二五七 わけまよふみやまざくらやさきぬらんくもよりおくにかをる春かぜ
    山夕
一二五八 日かげさすくものはたてのいとかやまくるればそらにかぜぞすずしき
    山月
一二五九 ふぢしろや山のはかけて秋かぜのふきあげのなみにいづる月かげ
    山暁
一二六〇 そらふかきまきのとやまはあけやらでおのれしぐるるみねのよこ雲
    山旅
一二六一 あきのしもみなしろたへのころもでにかさねてさむきみちのやまかぜ

  嵯峨卿二品の第へ御幸ありて、庚申に当座御会侍りけるに同年十月十一日

    山家落葉
一二六二 やどちかきやまはあらしのふく度にこのはのおともなほしぐれつつ

  内裏御会同十一月一日

    寒山月
一二六三 よなよなはこゑよわりゆくあらしやまこずゑもたかく月ぞのこれる
    遠村雪
一二六四 よそながらやまぢもたえてふる雪はとはれぬはなのあるじとぞ見る
    寄葦恋
一二六五 津の国のなにはしられじあまのたくあしのしのびにけぶりたつとも

  院庚申御会同五年四月十四日

    春夜
一二六六 はなをおもふよものしらつゆおきもせずねもせぬころのとこの山風
    夏暁
一二六七 なつぐさのつゆわけごろもこのごろのあか月おきは袖ぞすずしき
    秋朝
一二六八 さをしかのつまぎこるをのまよふらしなほしをのへの野辺の朝霧
    冬夕
一二六九 あられふるまさきのかづらくるるひのとやまにうつるかげぞさびしき
    久恋
一二七〇 つれなしとたれをかいはむたかさごのまつもいとふもとしはへにけり

  光明峰寺入道摂政
  右大臣家歌合同五年九月

    夜深待月
一二七一 まちいでていつかながめんひさかたのあまりふけぬるやまのはの月
    故郷紅葉
一二七二 ならの葉のなにおふみやもいまさらにしぐれふりそふあきのいろかな
    河辺擣衣
一二七三 秋ふかきよしののさとのかはかぜにいはなみはやくうつころもかな
    行路見恋
一二七四 おもひおくるこころばかりはしたおびのみちはかたがたゆきめぐるとも
    山家夕恋
一二七五 よそにみし雲のはたてのゆふぐれをのきばのやまにおもひきえつつ
    羈中松風
一二七六 けふはまた野なかのまつをともなへどおくるあらしぞとほざかりゆく

  内裏歌合同十一月四日

    冬山霜
一二七七 山かぜにみむろのこのまもるしものしたくさかけて冬はきにけり
    冬野霰
一二七八 うだののややどかりごろもきぎすたつはおともさやにあられふるなり
    冬関月
一二七九 きよみがた月かげこほるふゆのよにおのれたゆまぬ浪のせきもり
    冬河風
一二八〇 このごろはしぐれも雪もふるさとにころもかけほすさほの河かぜ
    冬海雪
一二八一 さとかよふあまのとまやもあとたえてたれとなぐさのはまのしらゆき
    冬夕旅
一二八二 はれくもりしぐるるそらやくれぬらむひかげもいそぐさやのなか山
    冬夜恋
一二八三 なみだせく袖のこほりをかさねても夜半のちぎりはむすびかねつつ

  同御会同六年八月十一日

    池月久明
一二八四 いけみづに千世はまかせつひさかたのくもゐの月のかげもはるかに

  同十月二日

    社頭暁月
一二八五 さりともとよものそらをもあふぐかなしるしありあけの月よみのもり
    禁中翫月といふ事を
一二八六 雲のうへのこよひの月をみつるかなこころもはれぬよろづ世の空

  内裏御会承久二年二月十三日

    春山月
一二八七 おのづから雲こそはるのよはのつきかすみかからぬ山のははなし
    野外柳
一二八八 のべのいろはまだしたもえのあさみどりおのれぞなびくはるのあをやぎ

  内裏御会同八月十五夜

    待月
一二八九 このまもる月のかつらのしたもみぢやまのはふかきかげぞつれなき
    見月
一二九〇 よろづよはまだなかばにもあらなくに秋はこよひとすめる月かな
    惜月
一二九一 ながしてふ秋の夜すがらながめてもあかぬあまりの有明のつき

  同御会

    春風
一二九二 はなのかはまだしら雲のいろばかりそでのほかなるはるのやまかぜ
    春雨
一二九三 おほかたのかすむをはるのならひにてくもらぬ御代のはるさめぞふる

  春日社歌合同三年三月七日

    野花
一二九四 ちるはなののもりのかがみくもるらんおもかげつらきよものあらしに
    海霞
一二九五 春のうちはいづれのあまももしほくむおなじかすみのそでのうらなみ
    述懐
一二九六 かすがののおどろがみちはわけそめつふるきにかへるみよにあひつつ

  左大将家会に

    庭上松
一二九七 まつかぜもつきせぬやどとみかさやまさしそふちよのかげなびきつつ

  日吉禰宜親成七十賀し侍りけるによみてつかはしける
一二九八 いくとせもなほみつしほのいやましにむかしにこえんわかのうらなみ
 
 春
 
  建暦二年のころよみ侍りける歌の中に

    湖上立春
一二九九 あさひかげにほてるおきのさざなみにはるもたちぬとかはるうらかぜ
一三〇〇 そらはなほゆきげながらのやまかぜにはるとかすめるしがのうら浪
一三〇一 はるくればとくるこほりのさざなみにまづうちいづるしがのはなぞの

  建保元年のころ、霞中余寒と云ふことを
一三〇二 たちわたるかすみをわけてふる雪にみのしろごろもはるとしもなし
    海霞
一三〇三 うらぢとふさとのしるべぞほのかなるかすめるかたのあまのもしほび
一三〇四 たちまよふかすみの袖やふるさとにまつらがおきのはるのふな人
    春の歌の中に
一三〇五 ふるかなほはるのあはゆきあはれよにいつまできえぬものとかは見ん
一三〇六 むめがえのはなのたよりにをらねどもそでにぞかかるはるのあはゆき
一三〇七 しづえひついそべの松ぞいろまさるみちくるかたのはるのひとしほ
    河辺柳
一三〇八 いろふかき河ぞひやなぎいなむしろはるはみどりにしくものぞなき
    帰雁
一三〇九 ほのぼのとそらはかすめるよこ雲のやまたちはなれかへるかりがね
一三一〇 あしびきのやまとびこえてゆくかりのはかぜもつらきはなのしら雲

  正治元年三月十七日、大内南殿花御覧のために御幸ありける御と
  もに、右少弁範光さぶらひけるが、花枝につけて申しおくりける
一三一一 こころあらばはなもむかしをおもひいでよもとのあるじのけふはみゆきぞ
    返し
一三一二 いかばかり花もあはれとおもふらんむかしのはるにあふここちして

  きのふの御幸の事をおもひて
一三一三 きのふみしはなのみゆきのなごりにてちりかひくもる雲のかよひぢ

  承元四年三月ころ、花山院のはなみにまかりて侍りけるに、をり
  ふしあめふりて、催興し余亭主南庭のかたへいでて、歌よみなど
  せられけるに
一三一四 あとたえぬにはのはるさめふりもせよふるともけふははなのしたかげ

  同月廿日、あまた人人ともなひて南殿の花見にまゐりたりけるに、
  土御門中納言定通、同中将通方朝臣など女房五六人あひぐして、
  さきよりまゐりて侍りけるが、中納言のもとより
一三一五 しるしらずなにかへだつるはるがすみあやなし花のよそになりなば
    返し
一三一六 わきてよもたれをへだてんはるがすみたちよる程のはなのこかげは
    具親朝臣
一三一七 はなゆゑにたれかうらみをゆふがすみへだてけりともいまこそはしれ

  かく申してのち、おのおのよりあひてうたよみ侍りけるに
一三一八 いくとせのはるにわが身もふりぬらんはなのゆききのくものかよひぢ
    家会に、月前花を
一三一九 はなのゆきそらにしられぬいろながらこのしたかぜに月ぞさえ行く
    野花
一三二〇 すみれつむそでとはいはじさくらちるのをなつかしみはるかぜぞ吹く
    河辺花
一三二一 さくらちるやました水をせきかねてたぎつあらしのすゑのしらなみ

  建保二年三月廿日比、やへざくらの枝に鞠をつけて内裏へまゐら
  せけるに、そへて侍りける
一三二二 はるををしみをる一えだのやへざくらここのへにもとおもふばかりぞ
    御返し
一三二三 はるををしみをりつる花もここのへにおもふあまりのいろはそへけり

  最勝寺のさくら、鞠のかかりにてとしへにけるが、風にたふれて
  ありけるあとに、こと木をうゑられて侍りけるをみて、あまたの
  としどしたちなれにしことなどおもひてよみ侍りける
一三二四 なれなれてみしはなごりのはるぞともなどしらかはの花のしたかげ

  歌あまたよみける中に、桃花浮水上
一三二五 うつしそめしをりから人のはなかづらかけてもけふのながれをぞくむ
    海辺暮春
一三二六 たちかへるなにはの春をうらみてもかすみぞのこるあとのしらなみ
 
 夏
 
  夏歌のなかに
一三二七 はなになれしいろやはかはるなつごろもたつたのやまのみねのしらくも

  なくべきころよりもとく郭公をききて、清範がもとへそのよし申
  しつかはしたる返事に
一三二八 ほととぎすながなくさとをうらみてもまつはむなしきやどのゆふぐれ
    これより返し
一三二九 さとちかきやまほととぎすひとこゑにわれぞむなしきなごりとはきく
    昌蒲を
一三三〇 あやめぐさながきねざめのうきよにはむすぶもかりのまくらなりけり
  建暦二年の家会に、沢蛍火を
一三三一 かけまよふほしかさはべのあしの葉にほたるみだるるなつのゆふぐれ
   夏祓
一三三二 みそぎするかはをかてらよるなみのかへらぬさきにくれぬこの日は

 秋

    立秋
一三三三 なつの夜はみじかきあしのふしのまにいつしかかはる秋のはつかぜ
    荻歌よみけるなかに
一三三四 時しもあれなぐさめがたきたそかれにそよとこたふるをぎのうは風
一三三五つゆふかきのきのしたをぎすゑわけてとふべきものと秋かぜぞふく
    兼思七夕
一三三六 秋風のたつやおそきとあまのがはこころゆきかふなみのかよひぢ
    七夕後朝
一三三七 いつとまた〔  〕たのみなぐさまんなくなくかへるけさのたなばた
    山家秋思
一三三八 あはれとふみやこの人のあらばこそなぐさみもせめ秋のゆふぐれ
    荒庭露滋
一三三九 いにしへのたまのうてなのここちしてつゆけき庭のこけむしろかな
    待野花
一三四〇 秋とおもふこころのいろやさきだちておもかげうつすのべのはぎはら
    野径薄
一三四一 ならひにてまねくとおもへばはなすすきこまもとどめずのばらしのはら

    承久二年七月十七日影供三首に、古径萩を
一三四二 みちのべのくちきのやなぎみしはるもうつりにけりなはぎの下露
    水辺草花
一三四三 風ふけばみぎはにたてるをみなへしなみのまくらにをれふしにけり
    故郷蘭
一三四四 あれにけりまがきもたわにぬぎかけてたがふるさとのふぢばかまぞも
一三四五 ふぢばかまきて見る人もあらしたつ野となりにける庭のかよひぢ
    行路聞虫
一三四六 わけわびぬたもとのつゆもむしのねもしげきのばらの秋の夕暮
    連夜聞虫
一三四七 夜をかさねよわるにつけてむしのねはあはれをそふるものにぞ有りける
    向山待月
一三四八 夜やふくる月やおそきとながめてもなほつれなきはやまのはのそら

  承元三年八月十五夜家会に

  浦辺月
一三四九 秋の夜の月にけぶりのいかならんあまのやくてふしほがまのうら
    河上月
一三五〇 秋といへば名にながれたるよはなれやかげひさかたのなかのかはなみ
    深山月
一三五一 とやまにはまさきのかづらくる人もまだみぬいろはおくの月かげ
    関路月
一三五二 あふさかのゆふつけどりもなきぬらし関のとざしのあけがたの月
    田家月
一三五三 つゆやもるやまだのいほのかりまくらわが袖ぬれぬつきやどるまで
    竹中月
一三五四 秋風はみやまもそよとたけのはによぶかき月のかげぞもりくる
    閑庭月
一三五五 さてもなほ人こそとはねやへむぐらしげれるままの庭の月かげ

  月歌あまたよみ侍りけるなかに

一三五六 秋のよのあしまの月をながむればなにはははるのけしきのみかは
一三五七 月きよみながらのやまに雲きえてよるともみえずしがのうらなみ
一三五八 みやこにはかかるあらしのこゑもあらじおもひもいでば月は見るとも
一三五九 月といへばまづおもひいづる木のまよりなかばと見ゆる秋の夜の空
一三六〇 くまもなき月みるたびにおもひいづる秋のなかばはこよひなりけり
一三六一 をやまだのいほもるしづがおのづから心にもあらず月をみるかな

  八月十日あまりのころ、兼季中将信能少将などともなひて、鴨禰
  宜祐綱が河崎の泉へまかりて侍りければ、もとより人人のあそぶ
  景気のしければ、にげ帰りて祐綱がもとへつかはしける
一三六二 はれくもる雲まの月にさそはれていでてもつらきむらさめのそら
    返し
一三六三 月ゆゑにあくがれいでしいけ水にすまざらめやは雲のうへ人

    家会に、毎夜明月
一三六四 さしもさはたえせざりけるひかりかなこよひもあかし秋のよの月
    月照亡屋
一三六五 ふるさとはいく夜の秋にあれぬらんのきばの月のねやにもるまで

    九月十三夜にすずかの関にとまりてよめる
一三六六 わがこころいかにすずかのせきのとに名をとどめたる月をみるかな
    家会に、月前談往事
一三六七 月見つつかたるこよひぞしられぬるたれもむかしはわすれざりけり
    関路駒迎
一三六八 ゆきなづむこまひきとめてあふさかのせきのをがはにしばし水かへ
    雨中駒迎
一三六九 かきくもりあふさかやまにしぐれしてさやかにみえぬもち月のこま
    閑居秋雨
一三七〇 秋ふかききりのまがきのむらさめにはるるよもなくしほれてぞふる
    野宿暁鹿
一三七一 あかつきはしかのねきかぬ旅ねだにいかがつゆけきをのの草ぶし
    月前聞鹿
一三七二 とにかくに秋のあはれぞしられぬる月すむよはのさをしかのこゑ
    鹿声遠近
一三七三 わがいほのかきほのみかときくほどにとほざとにまたをしか鳴くなり
    鹿声両方
一三七四 なれがすむ野べにさこそはたびねせめあとまくらなるさをしかのこゑ

    承久二年七月十七日影供三首に、暁初雁を
一三七五 あか月のしぎのはねがきかずかずにかきつらねたる秋のかりがね
    朝初雁
一三七六 たちかへりなごりにかけるたまづさをみるここちするけさのはつかり
    晩聞鶉
一三七七 ながめやるすそのの秋のゆふつゆになくやうづらのとこのやまかぜ
    旅宿擣衣
一三七八 からころもうちおどろかすつちのおとに宮このかたの夢をだにみず
    霧隔山路
一三七九 いとどしくこまやなづまむゆふぎりにあしとも見えずいはのかけみち
    紅葉
一三八〇 みればなほしたばはまたじ神なびのもりあへぬほどの秋のしぐれに
一三八一 くれなゐのやしほのをかのいろぞこきふりいでてそむる秋の時雨に
一三八二 はなのみやあるじなるべきやまざとはもみぢのをりもとひけるものを
    隔河紅葉
一三八三 あさひやま峰のもみぢのさかりにはこころあらなんうぢのかはぎり
    霧間紅葉
一三八四 さらぬだにをぐらのやまのもみぢばをたちこめてけるけさのきりかな
    当座歌合に、海辺紅葉
一三八五 いせしまやいちしのうらのあまのやくいくしほふかききしの紅葉ば
    菊花遅開
一三八六 さもこそはちくさののちのいろならめさくべき程もしらぎくのはな
    終日見菊
一三八七 ねやのうちをあさひとともにたちいでているまでぞみるしらぎくのはな
    籬菊花
一三八八 いつとなくまがきのたけはときはにてうつろひにけりしら菊の花
    暮秋
一三八九 ゆふひさすこずゑに秋のくれていなばいとどあらしのやまとやはみん
一三九〇 秋のいろのためこそみまくほしやらぬのちはなにせん袖のしらつゆ
 
 冬
 
    建保四年十月歌合し侍りけるに、初冬
一三九一 けさよりはあらしふきそふみよしののふるさとさむき冬やきぬらん
   海辺初冬
一三九二 けふよりはふゆになるをのうらさえてはげしかるべきおきつしほかぜ
    日吉社にて如法経の十種供養し侍りけるついでに、故郷時雨を
一三九三 はつしぐれふりにしさとのしかすがにおなじながらのやまのはの雲
    時雨
一三九四 しぐれゆくみやまがさとのいほにたくしばしばくもるこのごろの空
一三九五 しほれふすいそやがとこのあまのそでしらじな夜半のしぐれもるとも
    落葉埋橋
一三九六 きてみればうづもれにけりふきわたるかぜにもみぢのふるのたかはし
    落葉埋路
一三九七 おもへどもいらぬやまぢはあともなしことしもさてやこの葉ふりつつ
    海辺落葉
一三九八 もみぢ葉のちりしく時のうらうらはすゑもあかしの心地こそすれ

  嵯峨の卿二品の第へ御幸なりて、しばらく御所にてありけるに、
  清範が御ともにさぶらひけるに、小袖つかはすとて
一三九九 いにしへはちるもみぢばをきるといふあらしのやまもいまはおもはず
    返し
一四〇〇 もみぢきしきんたうのきみにくからずかかるこそでもあらしやまには
    紙燭一寸にてよみける歌の中に、月前菊花を
一四〇一 うつろへるいろなかりせば月かげにまがひやせまししらぎくの花
    月前寒草
一四〇二 をみなへしさかりすぎたる冬がれのかしらのしもをそふる月かげ
    里冬
一四〇三 このさとやよのうきよりもすみよしとおもひもあへずさゆるまつ風
一四〇四 はるはなほとほざとをののくさがれにあらしぞさむきすみよしの松
一四〇五 かぜのおともとほざとをののこのごろは人こそとはねすみよしのまつ
    氷をよめる
一四〇六 つららゐるけさやはくまんいにしへの野中のし水こころしるとも
一四〇七 たにがはのいはうつおとのたえぬるはむすぶつららやなみのしがらみ
一四〇八 水のおもにねざしとどめぬうきくさのよどむばかりにこほるたきつせ
    水鳥
一四〇九 みづとりのかものあを羽もかれぞゆくこほるみぎはのあしのよなよな
一四一〇 難波えのあしのふしはやをしどりのうきねのとこのかこひなるらん
    千鳥
一四一一 なみぢゆく月になぐさのはまちどりともこそなけれかげははなれず
一四一二 夜をさむみあしのうら風おとさえてちどりしばなく難波がたかな
一四一三 いそなきのなけどこぬみのはまちどりひとりやよはにともうらむらん
    初雪
一四一四 としごとにめづらしきかなはつ雪はふりてふりせぬものにぞありける
    山路雪
一四一五 ふるさとへかへるやまぢはさりともとこまをぞたのむゆきのあけぼの
    雪のうちに法勝寺へまゐりてよめる
一四一六 はなさきしけふしらかはをきてみればゆきのこかげもたちうかりけり
    冬歌よみけるなかに
一四一七 ふみわけてとふ人もなきやどなれば心のままにつもるゆきかな
一四一八 雪の中にはるのたちくるとしならばけふやきかましうぐひすのこゑ
一四一九 はしたかののもりのかがみよそにやは見るかげさへにくれがたのそら
    連日鷹狩
一四二〇 むかしより日つぎの御かりたえせねばうちいでぬをりはかたのなりけり
    冬歌の中に
一四二一 みしまゆふみむろのやまのさかきばをかたにとりかけいのるかみがき
一四二二 はしひめのまつ夜ふけゆく月かげもいざよふなみのせぜのあじろぎ
一四二三 秋をやくこの葉の色やのこるらんあらしにたえぬやどのうづみび
一四二四 わすれては雲かとぞおもふ雪わけてけぶりたなびくをののすみがま
    禁中仏名
一四二五 こゑごゑにくものうへ人きこゆなりほとけの御名はつくすのみかは
    歳暮従水早
一四二六 いかだおろすそまやまがはのはやせがはとしのくれこそほどなかりけれ
    歳暮
一四二七 あづまぢのありといふなるてまの関とりとめがたきとしのくれかな
    雪中除夜
一四二八 こよひふるこずゑの雪のあけはてばはつはなかとやみえんとすらむ
 
 恋
 
    忍恋
一四二九 よしさらばまだしる人もなみだがはうきはなべての〔     〕
    暮忍恋
一四三〇 ゆふづくひけふくれなゐのまふりでにつつむなみだやいろにいでてん
    夏恋
一四三一 なにはえやうきてものおもふ夏のよのみじかきあしのふしのまもなし
    旅恋
一四三二 夢ぢさへとほざとをののくさまくらひとりぞむすぶよはのまつかぜ
一四三三 ゆめぢやはとをちのをのの松かぜになびく草ばをむすびかねつつ
一四三四 しるやきみすみだがはらに袖ぬれてみやこどりにもなれをとふとは
    海路恋
一四三五たちはなれひとりあかしの浦ぢにはたもとにさへもなみぞかけける
    隔関恋
一四三六 あづまぢのころもの関をうちこえてその名を君とかさねつるかな
    隔遠路恋
一四三七 程もなくこころづかひはかよふかな日かずへぬべきこひぢとおもふに
    過門恋
一四三八 まてよきみいまかへさにはたちいらん心かはりてなしとこたふな
    互恨恋
一四三九 こころにもあらぬ夜がれをうらみつつかへす君とてつらからぬかは
    雨中恋
一四四〇 まつよひの雨もなみだもふりまがひはれまもなくてふくるそらかな
    歳暮恋
一四四一 いつとなく君があたりはよそにしておもはぬはるぞちかづきにける
    寄月恋
一四四二 おもひいでぬきみがこころもかよふらん月をながむるよはの心に
    寄虫恋
一四四三 くれゆけばあさぢがはらになくむしのねにたてつとも君しるらめや
    寄葦恋
一四四四 ふかきえのうきにしほるるあしのねのよよのちぎりもくちやしぬらん
    寄藤花恋
一四四五 なみよするたごのうらふぢしほれつつ人をこころにかけぬ日はなし

  承久二年七月十七日影供三首に、
    寄荻恋
一四四六 きえかへりこころひとつのしたをぎにしのびもあへぬ秋のゆふ露
    寄秋風恋
一四四七 秋かぜは君がききをやよきてふくもののあはれもしらずがほなる
    寄鹿恋
一四四八 さらぬだにかたしく袖はつゆけきをなみだなそへそさをしかのこゑ
    寄源氏恋
一四四九 もらすなよただてならひとことよせてかきながしつる水ぐきのあと
    思高人恋
一四五〇 かずならぬ身にあふ程のきみならばおもひありともいはましものを
    契経年恋
一四五一たのめつつとしはみとせに成りぬともにひまくらをばえこそかはさね
    寝人恋人
一四五二 からころもこのつまとまたふれながらかさねて人のこひしきやなぞ
    忍人恋
一四五三 やまふかみしたゆく谷のむもれ水せくももらすも人しれずのみ
    憑示現恋
一四五四 いのりつつぬる夜の夢にあひぬるは神のしるしをみするなりけり
    憑誓言恋
一四五五 たのむぞよいまなびかんとわぎもこがかけてちかひしをすすきのみや
    聞詞怨恋
一四五六 ひとごころなほざりげなることのははたのむるまでもつらきなりけり
    深夜待恋
一四五七 ちぎりきやさてもはかなきよひのまにおけらん露のきえはてねとは
    毎夜違約恋
一四五八 夜半ごとのそのいつはりをしるべにていとふこひぢにかよひなれぬる
    雁声催恋
一四五九 いつはりのなみだともいましら露のおくかたしらぬ秋のころもで
    暁風催恋
一四六〇 松風のふかぬをりだにきぬぎぬになりぬるとこはいかがさびしき
    随日増恋
一四六一 日にそへてふかきおもひになるみがたたちまさりゆく〔 〕なみかな
    秋風増恋
一四六二 ちぎりとてむすぶかつゆのたまゆらもしらぬ夕のそでの秋かぜ
    冬来増恋
一四六三 つゆだにもところせかりしこひごろもたもとしぐるる神無月かな
    近隣恋人
一四六四 あしがきのおなじうちなる君ならばもらすひまだになからましやは
    物隔談恋
一四六五 あふことはおもひかけずとおもへどもこのたまだれのうちへいらなん
    並枕語恋
一四六六 しきたへのまくらのみかはあふよははむつごとをさへかはすなりけり
一四六七 わするなよこよひちぎりをしきたへのまくらはともにこけのむすまで
    被妨人恋
一四六八 いにしへのせきもりすゑしかよひぢはいまはわが身になりにけるかな
    夢会恋
一四六九 おもひねにあひみる夢のさむるこそ鳥のねきかぬわかれなりけれ
    不慮遇恋
一四七〇 心にもむすばぬ夜半のちぎりかなさきの世よりやとけはじめけん
    時時遇恋
一四七一 おのづからくるはすくなきしけいとのいかなるふしにたえかはてなん
    暁遇恋
一四七二 さてもいまだよぶかき月のかげならば〔 〕たるかひも有明の空
    精進間恋
一四七三 いもひしてひくしめなはのうちはへてたえずもそでのかくくちめやは
一四七四 おもかげのしめのうちにもたちそひてきよきころもの袖ぬらしつつ
    思三人恋
一四七五 いづれをもおもひたえじとする程にみよにひと夜もめぐりあふかな
    散居隠恋
一四七六 たづねよといひしこころをあらためてやどをさへにもかへてけるかな
    猒恋思後世
一四七七 いもがりとやりしくるまを引きかへてのりにぞいまはこころかけつる
    見返事無字恋
一四七八 はまちどりあとなきうらはなかなかにみせずは袖もしほれざらまし
    落返事恋
一四七九 さのみやはいなともかかんさりともとたのむたびしもおちにけるかな
 

 雑
 
    ふたみの浦にてよみける
一四八〇 神かぜにたちよるなみのたよりにもけふぞふたみのよよのうら松
    海辺の心を
一四八一 月はみつさてもあかしの夢ぢたえなれぬのばらにうら風ぞふく
一四八二 むかしよりなのみながらのはしばしらあともあとなきなみのかよひぢ
    山路雲
一四八三 そことなくゆふこえかかるやま風にただよふくものあともはかなし
    関路嵐
一四八四 とまるべきせきやはうちもあらはにて嵐ははげしあしがらの山

  御つかひにかまくらへくだるよし、高弁上人のもとへ申しつかは
  し侍りけるついでに
一四八五 宮こだにとほしとおもひし山のはにいくへへだてん峰の白雲
    返し
一四八六 しら雲はいくかさなりもへだつともおもふ心のかよふべければ

  九月廿九日、侍従宰相定家卿のもとへ申しおくりける
一四八七 秋ををしむなごりばかりはあらずともわがゆくかたもおもひおこせよ
    返し
一四八八 としごとの秋のたぐひのわかれかはきみをそなたにしたふこころは

  おなじ夜、餞すとて、暮秋餞別といふことを
一四八九たびごろもたつそらもなき別ぢは秋もかぎりのあか月のつゆ

  十月一日、賀茂社へまゐらせける三首に、太田新社
一四九〇 いかにせんたのむみやこの神な月しぐればかりを身にはそへつつ
    橋本
一四九一 このたびのわが道さらぬしるべしていまもむかしのあとをわするな

  あづまへくだるとて、野地の松原にやすみて侍りけるに、時雨のしければ
一四九二 しばしかとおもひもあへず袖ぬれてしぐれはすぎぬのぢのまつ原
    篠原池に水鳥のありけるをみて
一四九三 霜おけどおのれはかれずにほのすむみぎはにさむきあしのしのはら
    鏡宿にて
一四九四 としをへてたちよるかげをますかがみ山の名つらきものとやは見し
    安儀河にて
一四九五 おのづからこの葉のいろはよどめどもくれにしものを秋河のみづ
    小礒杜を
一四九六 したくさもおいそのもりのしもをへてわが身のうへとなりにけるかな
    小野宿立ちけるに
一四九七 あけぬとてまたたつをのの草まくらこのたびばかりつゆけきはなし
一四九八 おのれさへをののやま田のかりまくら日かずかぞふるしぎのはねがき
    さめがゐにて
一四九九 おもひゆくそのおもかげに袖ぬれてむすばぬ夢もさめがゐの水
    あを墓
一五〇〇 われみてもいくよのしもかふりぬらむこ〔    〕あをはかの里
    同合宿にとまりて
一五〇一 冬がれのあをののはらは霜にあれていまあらたむるやどのかやぶき
    杭河にて
一五〇二 われも世にまだくちはてずくひぜがはまたもあふ瀬のなみのかよひぢ
    信のぢのかたへ里馬引きたがへたるを
一五〇三 さもこそはそなたもしらぬしなのぢにひきたがへたるかひのくろこま
    小河にいかるがをもちたるもののあへるを見侍りて
一五〇四 世中はいづくもおなじいかるがやとみのをがはのながれとぞみる
    やぶ河といふを
一五〇五 ひのひかりやぶしわかねばこのかはのみぎはのなみもかげはへだてず
    墨俣渡にて
一五〇六 なみのうへに身をうきふねのわたしもりいそぐもつひのおなじとまりを
一五〇七 波きしもおなじうきよのむやひぶねわたるといふもはなれざりけり
    玉井杜にて馬よりおりて
一五〇八 おもひいづやみたらしがはにせしみそぎわすれぬそでの玉の井の水
    古渡
一五〇九 むかしよりその名かはらぬふるわたりさてもくちせぬはしばしらかな
    鳴見がたのしほみちて侍りければ
一五一〇 しほみてばよそになるみのかたをなみうらよりをちのいそぎてぞ行く
一五一一 しほみてばあとなきなみのかへりみるかたはなるみのうらみつるめり
    星崎のかたをみて
一五一二 わたのはらそらもひとつのあさなぎになみまにみゆるほしざきのうら
    二村山にて
一五一三 こころやはふたむら山をこえきてもきみをぞたのむみやこおもへば
一五一四 いろいろにたがおりかくるをりなれやもみぢのにしきふたむらのやま
    あひともなひて侍りける人の
一五一五 一時こゆる二むらのやま
      といひけるとききて
     八橋もわたるは程もなかりけり

    八橋にて
一五一六 みやこおもふほどはくもでにみだれつつそでこそぬるれぬまのやつはし
    矢作宿にて、恒例
一五一七 これまでもいただくほしのかずかずになほたのもしきたびのそらかな
    乙河の橋を渡
一五一八 さととよむかたもはるかにきこえけりこまうちわたすおとかはのはし
    みやぢ山にて
一五一九 みやこおもふみやぢの山のやまなかにたづきもしらぬ夕霧のそら
一五二〇 いかばかりかぜもたかしの山なれやみねののかや〔  〕しとろに
    火打坂といふ所にて、雑人の中に
一五二一 ひうちざかにはくつをかくるぞ
      これを連歌にききなして
     いしのかどたかしの山やこれならむ

    たかしの山うちおりて、しらすがのはまにて
一五二二 おきつかぜおともたかしの山こえてうちよするなみのしらすがの浜
    橋本宿にて
一五二三 浪のうつうらのはままつねもいらずまくらさだめぬあづまやのとこ
一五二四 たれうゑて海と河とをへだつらんなみをわけたる松のむらだち
    佐夜中山
一五二五 あづまぢのさやのなか山中たえてかくこえぬればまたもこえなん
    菊川宿にて
一五二六 うつりゆくわがかげのみやかはるらんおいせぬものときくかはの水
    大井河にて、いかだを
一五二七 これやこのみやこのにしのおほゐがはいざこととはんくだすいかだし
    藤枝にて
一五二八はるをまつなげきはたれもあるものをおなじかれ葉のふぢえだの里
    うど浜にて
一五二九 いにしへのあまのはごろもきてとへばいふこともなきうどはまのまつ
    興津にて
一五三〇 みやこおもひおきつのはまのはまびさしひさしくなりぬ浪にしほれて
    大和多の浦にて、海人を見て
一五三一 あはれなりいかにするがのたごのうらあまのしわざとみるもはかなき
    富士山を
一五三二 たび人のおもひはふじのゆふけぶりはれぬみそらをながめてぞ行く
一五三三 むかしより見てもいくとせふりぬらんわが身にふじの雪つもりつつ
一五三四 いさやそのむかしはしらずふじのやま煙はたえずくもぞたなびく
    浮島原にて、おもひいづる事侍りて
一五三五 よのなかはなほうきしまのあだなみにむかしをかけてぬるる袖かな
    関東へくだりつきて、仙洞へ奏せさせ侍りける
一五三六 時雨れするほどは雲ゐをへだつともぬれゆく袖を空もしられば
    宸筆の御返歌、十月廿七日たまはりて侍りける
一五三七 かへりこん程はしぐれのころもでにへだててとほきくもゐなりとも
    旅春雨
一五三八 たび人のころもはるさめふるさとをこふるたもとのかわくひもなし
    羈中夏草
一五三九 なつぐさのはやましげ山しげりあひて露わけごろも袖もほしあへず
    夏旅を
一五四〇 故郷をみはてぬ夢のかなしきはふす程もなきさやの中山
    旅泊月
一五四一 月かげに夜ふねいざよふうら人もあかしのせとはいでぞわづらふ
    旅山秋雁
一五四二 ふるさとにかよふ夢ぢもはつかりのこゑにおぼめくうつのやまかぜ
    旅歌の中に
一五四三 野辺なればつゆにはぬれん旅ごろもさのみはなしにしほりかねつつ
一五四四 たれにかもあとのちぎりをむすびおけいなばの山のこけのした露
一五四五 みやこおもふ夢のみのこるねざめにはしぐれも袖になごりがほなり
    あづまのみちにてよみける歌のなかに
一五四六 あととめてたれまたここに草まくらむすびそめつる野辺のはかなさ
一五四七 おもひいづるねざめはおなじ宮こにてみねのあらしをまくらにぞきく
一五四八 さすらふる身はしかのうらみてもあれたるなみにぬれつつぞゆく
一五四九 わするなよともとみぎはのひとつまつまつとはなみのたちかへるまで
一五五〇 けふはまたはまなのうみのはしばしらうきたる浪のあともとどめず
一五五一 かへりみるみやこのかたはとほうみのはまなのはしのわたりまできぬ
一五五二 はやく見しはまなのうみにたちかへりむすばぬなみもちぎり有りけり
一五五三 やみふかきうきよをいとふなにもおはずあか月ごとのなごりをやおもふ
    熱田社にて
一五五四 こまとめてすずみてゆかんちはやぶるゆふひあつたのもりのしたかげ

    これもおなじあづまの道にてよみ侍りける歌の中に
一五五五 あとはかつみえずなるみのかたをなみみちくるしほにこまうちわたる
一五五六 しほもみちぬひもゆふ暮になるみがたいかなる方にこよひかもねん
一五五七 みしよりもなほふりにけるわたりかなうきかみかはのぬまのやつはし
一五五八 くちにけるけふやつはしをみやこ思ふ心ややがてくもでなるらん
一五五九 もののふの身にならすてふやはぎがはおのがすがたのゆくへしらずも
一五六〇 浦にいづるみなとはおなじおきつがはたえずやせぜのなほふかくして
一五六一 おぼつかなわれは野にいでてからねどもをかしききじのすがたとぞみる
一五六二 あしがらのやまのせきもりいにしへはありもやしけんあとだにもなし
一五六三 うどはまにいつかきにけんむかしよりわれをみぎはにまつとなけれど
一五六四 はなもみないろなき時はおしなべて野なる草木ぞさびしかりける
一五六五 たれとかはかりのならひのまくらとてくさひきむすぶのべにかもねん
一五六六 ささの屋の夜ぶかきしものおきもせずねもせぬとこにあらし吹くなり
一五六七 いままでにわすれぬ人はあらしふくやまもへだてつあとのしら雲
一五六八 いかならん風のたよりにつげやらんたちゐるくものあともたえなば

  あづまへくだるとて、あをはかの宿にてあそびて侍りける傀儡、
  のぼるとてたづねければ、身まかりけるよし申すをききて
一五六九 たづねばやいづれの草のしたならん名はおほかたのあをはかのさと
    山家
一五七〇 やまおろしに世のうきよりはそらはれてすみよきものと有曙のつき
一五七一とふ人はをかべのをがはかきたえてけぶりをたつる冬のやまざと
    山述懐
一五七二 たちなれしそのかみ山の峰の雲こころばかりはかけぬ日もなし
    海述懐
一五七三 うきておもふよるべしらせよおきつなみうみとあらしの風のたよりに
    月前述懐
一五七四 さてもなほものおもふ事はなぐさまで月にしもこそながめわびぬれ

    述懐歌あまたよみ侍りける中に
一五七五 わかのうらにその名をかけてたのむかなあはれとおもへ玉つしまひめ
一五七六 われかくてすみぬべしやと世のなかにこころのどめよやまのはの月
一五七七 ともすればうかれいづるもいかがせん身をすてはてぬ心ならねば
一五七八 いとはじなさてもなからん後はまたこひしかるべきこの世ならずや
一五七九 はじめなき身のまどひこそかなしけれまことのみちをまだしらぬまに
一五八〇 おもひいづる事もいくそのかずそへばなきがおほくもなるにつけても
一五八一 いまはよにあるにもあらずなりぬれどくるればとしのかずやそふらん
一五八二 すみぞめのころもむなしく過ぎぞゆくこころのうちにおもひたてども
一五八三 はるにあふいまひとしほの松ごとにかすみのころもたちぞやられぬ
    社頭述懐
一五八四 あはれ見よ人かずならぬ身なりともかみはあまねきものとこそきけ
一五八五 かすがやまあさゐるみねにかけていのる雲ゐはるかに空ぞのどけき
一五八六 君が代をかけていのれば春日山あさゐるみねの雲のかよひぢ
    橋本社五十首中に
一五八七 かしはぎのもりのくちばはしもふりぬいつとかまたんめぐみありとも
一五八八 君がためはるもかぎりはあらしふくまつにぞなびくよろづ世のこゑ

  つくりたるうそをあまた木の枝にすゑて、人のもとへつかはすと
  て、人にかはりて
一五八九 こころにはとひぬばかりにおもへどもうそぞきゐたるなげきをぞする
    返し
一五九〇 とひぬばかりおもふらんこそあはれなれうそぞきゐたるなげきするとて

    びはを人につかはすとて、又ひとにかはる
一五九一 おもひやるひはいくかにかなりぬらんあけぬくれぬとうちかぞへつつ
    返し
一五九二 まちかねてながむるそらにくるるひはうれしながらになほかぞへつつ
    入道寂蓮身まかりて侍りしころ、定家朝臣のもとより
一五九三 たまきはる世のことわりもたのまれずなほうらめしきすみよしの神
    返し
一五九四 かぎりあればうらみても又いかがせんかかるうきよにすみよしの神

  承元三年七月七日、六波羅の壱岐前司親重が泉へまかりて侍りし
  に、むかしこの所にてあそびし事などおもひいでられて、あはれ
  に侍りしかば、障子上の小壁にかきつけける
一五九五 おのづからなきかげもやと水のおもにさしても袖のぬれまさりつつ
一五九六 かなしきはわかれはてにしながめかなまたこんとしも星あひのそら

  建暦二年七月六日、篳篥の師にて侍りける季遠がために、追善し
  ける所へまかりむかひて、ふけてかへるとて心のうちにおもひつ
  づけ侍りける
一五九七 をしへおきしみちはつゆけきよもぎふにあととふのみぞかぎりなりける

  承久元年六月の比より、女子中将忠嗣朝臣室歳十三わづらふ事ありけ
  るに、七月七日かぢの葉にかきつけける
一五九八 としごとのたえぬたのみをちぎりにてこの瀬にもたてあまの川なみ

  九日、つひにかくれ侍りにければ、その比あまたの歌よみける中に
一五九九 むばたまのこのくろかみをかきなでておもひしすゑよかかるべしやは
一六〇〇 おもへただこのよむなしきたまくしげふたたびあはん契だになし
一六〇一 おもかげはたちにし月をへだててもわかれはけふのゆふぐれのそら
一六〇二 きえはてしつゆのかたみのをみなへしいはぬもいろぞしほれはてぬる
一六〇三 きえはてし露のかたみとをるそでにうつるやはなのなごりなるらん
一六〇四 いそぢまでおほくのとしはへぬれどもこの秋ばかりかなしきはなし
一六〇五 あはれとも三世の仏よきえはてしつゆのなごりのはなたてまつる
一六〇六 うしとみしその世の夢はまださめずなにおどろかすあかつきのかね
一六〇七 子をおもふこころややがてはれやらでさきだつみちのやみとなるらん
一六〇八 おどろかすかねのひびきもうちたえてなほながきよのさめずやあるらん
一六〇九 こよひまたうかりし月のめぐりきておもひいづればかきくらしつつ
一六一〇 ここもなほおもかげのみぞ残りけるおくりし月よゆくへしらせよ
一六一一 こけのしたもみる心地するおもかげにはぐくみたてし袖ぞくちぬる
一六一二 わかれにしその日をけふとかぞふればなみだかきあへずゆふぐれのそら
一六一三 いまはただにごりにしまぬたまのをのはちすにむすぶちぎりともがな
一六一四 いまはただここのはちすにやどりして六のちまたにながくかへすな
一六一五 さきだちしおもかげのみぞ有あけのつきせぬものは涙なりけり
一六一六 かぎりあればさてもとどめぬ別ぢにただこひしさぞやるかたもなき
一六一七 おもひおきてきえなん事をなげきしになほさだめなき露の身ぞうき
一六一八 わかれぢはあさぢがすゑとなりにけりいつしかしげき秋のゆふつゆ

  八月廿七日、この仏事の捧物に唐綾をもちてかめをつくりて、前
  栽の花ををりてたてて、一首をむすびつけける
一六一九 けふはまたをる袖うつる花の色をきえにしつゆのなごりばかりに

  九月十五夜、亡者の小手箱を布施にしけるに、なかによみて入れける
一六二〇 いかにせんゆくへもしらぬたまくしげふたたびあはぬこの世なりけり

    廿一日、おびぬぎ侍るとて
一六二一 たえはつるなごりやけさのあさのおびおもひとくにもなほぞかなしき
    廿七日、中将忠嗣朝臣の造紙箱をおくりつかはすとて、敷のうらに書きつけける
一六二二 なきかげをおもひもいでよますかがみうつればかはるならひなりとも
一六二三 とまりゐるなげきも夢のうちなれやさきだつ人もうつつならねば
    返事
一六二四 夢うつつおもひもあへぬまよひにもわがさきだたぬみちぞかなしき
一六二五 いにしへのわしのたかねにことよせてこのおもかげぞありあけの月

  建暦二年、とよのみそぎふたたびとげおこなはれしつぎのひ、治
  部卿定家のもとへ申しおくり侍りける
一六二六 きみまちてふたたびすめるかは水にちよそふとよのみそぎをぞみし
    返し
一六二七 君が代のちよに千世そふみそぎしてふたたびすめるかも河のみづ

  治部卿定家子息為家元服してのち、ほどなく従上の加階したるよ
 ろこびに申しつかはし侍りける
一六二八 袖のうちにおもひなれてもうれしさのこのはるいかに身にあまるらむ
    返し
一六二九 そでせばくはぐくむ身にもあまるまでこのはるにあふ御代ぞうれしき

  子息教雅をありきぞめに同人のもとへつかはしたりけるに、手本
  を引出物にして、そのつつみ紙に
一六三〇 あとならへおもふおもひのとほりつつきみにかひあるしきしまの道
    返し
一六三一 しきしまのみちしる君にならひおきつすゑとほるべきあとにまかせて

  同人三位に叙して、一たびに侍従をかけたりけるにつかはしける
一六三二 うれしさはむかしつつみしそでよりもなほたちかへるけふやことなる
    返し
一六三三 うれしさはむかしの袖の名にかけてけふ身にあまるむらさきの色

  近衛司にてとしたけぬるよし、述懐百首におほくよみて、ほどな
  く右兵衛督になりて侍りしあしたに、同人のもとより
一六三四 かしはぎにけふやわかばのはるにあふきみが御かげのしげきめぐみに
    返し
一六三五 はるの雨のふりぬとなにかおもふらんめぐみもしげきもりのかしはぎ

  同人、祖父中納言の春日行幸の賞をつのりて、正三位したる朝に
  つかはしける
一六三六 神もまたきみがためとやかすが山ふるき御ゆきのあとのこしけん
    返し
一六三七 うづもれしおどろのみちをたづねてぞふるきみゆきの跡もとひける

  教雅、少将になりて侍りし時、同人のもとよりよろこびつかはすとて
一六三八 みかさやまわか葉の松にいかばかりあめのめぐみのふかさをかみる
    返し
一六三九 としのうちにはるのひかげやさしつらんみかさの山のめぐみをぞみる
    社頭祝君
一六四〇 かぎりなく君がちとせはおほはらやをしほのやまのまつもものかは

  承元四年新羅祭の次に、社頭残菊といふことをよみ侍りけるに
一六四一 神がきやいく夜のしもの跡ふりてむかしをかくるきくのしらゆふ

  元久元年五月廿日、院より御歌を春日社へまゐらせられける御使
  にまゐりて、その裹紙に御使の位署年号などかきつけて、そばに
  わたくしの歌を一首かきそへ侍りける
一六四二 勅奈礼者 如何丹賢久 御笠山 差天納夜 与呂津世之音

  建保三年正月十四日、賀茂社へまうでけるに、月はくまなくて雪うちちりければ
一六四三 まだしらずそのかみかけてふりぬれど月と雪との夜半のしらゆふ

  五月五日、本院へまゐりて、女房越前をたづねて対面して、やや
  ひさしくありていでけるに、忠信卿春宮権亮の扇をとりて硯をめ
  してたびたれば、かきつけ侍る
一六四四 けふもまたかへるみそらのゆふだすき有りしなごりのなほのこるらん

  宿所へいでてのち、返事、忠信卿のもとよりつたへおくりける
一六四五 ゆふだすきありしなごりはいかなれやけふぞ心にわきてかかれる

  貴布禰社にまうでたりしに、奥御前にて菴室のありけるに立入り
  てみければ、深山の景気余興つきがたくおぼえて、障子にかきつけける
一六四六 けふはなほなごりをおもひおく山にたつそらもなきゆふぐれの雲

    檀波羅密を
一六四七 さとわかずながむる人の袖ごとにかげもをしまぬ山のはの月
    無量義経
一六四八 われもまたよそぢあまりはすぎにけりたのむ心のまことあらはせ
    法師品
一六四九 やみはれぬ人のこころをさそふとてうき世をめぐるやまのはの月
    提婆品
一六五〇 のりの水むすびしたにのこけの袖ちよにいくたびぬれてほしけん
    勧持品
一六五一 あまぐものよそにもなにかうらみけんさすがにやがてはるるものから
    神力品
一六五二 かくれにしのちもかならずてらす月さだめなき世のそらだのめせで

  日吉社にて、如法経十種供養し侍りけるに、法師品種種供養のこころをよめる
一六五三 たれもけふひとくさならぬはなのかにつゆのかごとやむすびおくらむ
    普賢経
一六五四 かねてよりかすめるそらのいろをみるはるのなかばのいりがたの月
    多宝仏
一六五五 ときのへしのりのむしろの友なれやいかに契をしきしのびけん
    大円鏡智
一六五六 よしさらばこの世のさとりますかがみなきかげつらき身ともおもはん
    般若波羅密
一六五七 うきよわたるのりのうききをたてぬればしるしもふかきえにこそ有りけれ
    衆生無辺誓願度
一六五八 ゆくへなきよをうぢ河のはしばしらたててしものを人わたせとは
    弥勒菩薩
一六五九 よしさらばこの世のやみは夢にてもさめんかぎりのあか月のそら
    如民得王
一六六〇 高きやに治れるよを空にみて民のかまどもけぶり立つなり

  法印慶範が房に舎利供養し侍りける次に、人人歌よみてつかはし
  侍りけるに、紅葉を
一六六一 そめてほすいろやこずゑにみえぬらんしぐるるやまのみねのあきかぜ
 
 隠題
 
    女郎花
一六六二 秋の野のつゆにしほるるはなをみなへしやをるまじ後のかたみに
    明障子
一六六三 あしの葉のすゑまで波のあがりしやうしほはるかにみつのうら風
 
 折句
 
    はぎのはな
一六六四 はるばるときりたちこむるのやまよりはつかりがねのなきわたるこゑ
    夏
一六六五 かけていのるそのかみ山のやま人と人もみあれのもろかづらせり
    秋
一六六六 風さむみよるなくむしのなみだにやあくるあさぢのいろかはりゆく
一六六七 いく秋か月をめでてもいたづらにおいそのもりのしものした草
一六六八 をののえはくち木のそまの夕しぐれつれなきいろに秋かぜぞ吹く
一六六九 いまはさてわが身に秋もたけくまのまつにあらしのしぐれてぞゆく
    冬
一六七〇 はしたかのすずのしのやにやどからんあすはひつぎの御かりののはら
    雑
一六七一 あしがらの山のかひこそなかりけれわかるるなみだせきもとどめず

  建保六年八月十三日中殿宴に、池月久明といへることを
一六七二 いけ水にいはほとならんさざれ石のかずもあらはにすめる月影

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金葉和歌集二度本解題】〔5金葉二解〕新編国歌大観巻第一-5 [ノートルダム清心女子大学附属図書館蔵本]
【金葉和歌集三奏本解題】〔5'金葉三解〕新編国歌大観巻第一-5' [国民精神文化研究所刊影印本]

 本集は、第五代の勅撰和歌集であり、拾遺抄の影響をうけ、勅撰和歌集としてはじめて十巻仕立の部立をとっている。天治元年(一一二四)白河法皇の院宣を奉じ、源俊頼が同年末から大治元~二年(一一二六~七)の間に、三度にわたり撰進している。その撰集過程は和歌革新の時代的機運と相まって、既往の勅撰集には見られぬ異例な変転の経過をたどっている。いわゆる初度本、二度本、三奏本の存在がすなわちそれである。

 まず初度本は、伝本としては静嘉堂文庫に巻第五までの伝冷泉為相筆残欠孤本が伝存するにすぎないが、後撰・拾遺集を主とした三代集歌人と当代歌人とを均衡的に配し、いわばそれ以前の伝統的な撰集原則に依拠したものであった。しかし、二度本においては、この伝統的原則はまったく払拭され、撰集歌の構成主体にはすべて当代歌人の詠をもってするという破格な撰集方則が基調となっている。転換期に立つ歌壇の趨勢に促されて、おのずから二度本は面目を一新し、革新的な勅撰集としての位相を呈示するのである。

 この再度にわたる撰進も白河法皇の嘉納するにいたらず、撰を新たにしたのが三奏本であった。三奏本は、初度本入集歌の再録を軸に、拾遺集から当代に至る歌人の詠を主とし再び均衡的調和をもって再編成され、初度本時の伝統的撰集原則に回帰を余儀なくされるのであった。しかしながら、二度本過程を経由した三奏本は、伝統歌人への固執はさすがに回避され、平安後期和歌史の軌軸上に明らかに初度本とは異なる独自の性格をあらわしている。かくして三奏本は内覧の稿本のまま嘉納され、本集の編纂は完了したことになる。しかし、この三度にわたる撰集は、その過程に従ってそれぞれが独立自立した位相を示すものとなるのは当然の結果であり、現に初度・二度・三奏本として伝存しているのである。

 二度本 このうち二度本は撰集時代から世に流布し、近世にいたるまで、この系統の本文が第五代勅撰集として世間に通用されてきた。そのため現存本の大部分はこの二度本系統である。これらの現存二度本を便宜上類別すると次のようになる。
  一、初撰二度本系
  二、再撰二度本系
   (1)流布板本系類
   (2)中間本系類
   (3)精撰本系類
     (イ)草稿本系(二類・三類)
     (ロ)終稿本系(一類)

   一、初撰二度本系は先に続群書類従巻三六七に誤って初度本として所収された伝本系統であり、橋本公夏(室町後期)筆本・中御門宣秀筆本ほか数本が伝存する。
     二度本諸本中、最多歌数の伝本であり、撰入歌人はほとんど当代の歌人をもって構成する点から、二度本初撰の草案本と推定される。ちなみに公夏筆本の
     総歌数は七六五首、宣秀筆本は七五九首である。
   二、再撰二度本系は、二度本中最も一般に流布している系統であり、伝存本は百余本におよんでいる。なかでも、
   (1)流布板本系は、二十一代集正保板本、八代集抄本として板行され、現行のいわゆる流布本の位置を占めている。所収歌数七一二首と八代集抄巻末附載歌五首より成る。再撰二度本系中の最多歌数本である。
   (2)中間本系は、流布板本系に比し二〇余首少なく、精撰本系とも共通しながら、なお流布板本系の特徴をあわせ持つ伝本類である。
   (3)精撰本系は本集伝本のなかでも室町期以前の古写にかかわる伝本が多くを占めている。またその伝本は草稿本系(二類・三類)と終稿本系(一類)とに類別できる。
      前者は袋草紙にいう流布本歌数に近く、後者はさらに精撰化を経過した伝本系と推定される。

 本書の底本としたノートルダム清心女子大学正宗文庫蔵伝二条為明筆本は終稿本系(一類)のなかでも、最も精撰過程を経た最終稿本系統と推定される。流布板本系に比し五二首の多くが切り出されている。

 縦一六・〇センチ、横一四・一センチの列帖装二帖。表紙は雲母により唐草文を押した厚手の斐紙。表紙左上題簽に「金葉和歌集」と両冊に墨書する。見返しは金銀切箔散しの斐紙。本文用紙は斐・楮交漉紙。毎半葉八、九行書きで詞書・作者・歌(上下句二行)をほぼ別行に記している。上冊は巻一春部から巻六別部、本文墨付九二丁。下冊は巻七恋部上から巻十雑部下、本文墨付八七丁。奥書はないが、各冊巻尾に「正徹(花押)」の署名と、「清岩」「正徹」の方形朱印が捺され、正徹所持本と推定される。本書の筆者は二条為明と伝えられるが確証はない。しかし南北朝期の古写本である。

 本書は最終期の精撰本系類を代表する伝存本であるが、惜しむらくは本文に誤写・誤脱が散見され、なかでも巻五賀部、三一〇藤原国行の歌本文「おのづから」の一首は顕著な誤脱である。解題末尾に二度本校訂一覧を一括し添付した。

 この二度本校訂には、精撰本系類終稿本系(一類)の中で、底本に最も近似する尊経閣文庫蔵建武五年写伝二条為遠筆本をもって主に補訂し、二度本諸本をも併せ参照した。
 前記二、(1)流布板本系所収歌五二首は、底本巻末に正保板本・八代集抄本から拾遺し掲出することとした。
 また、一、初撰二度本系の底本未収録歌七二首は、橋本公夏筆本をもって抄出し、さらに同系本に見出される未収録歌は中御門宣秀筆本によって補い、本解題末に追記した。
 三奏本 三奏本の底本は伝後京極摂政良経筆本によったが、同本の披見が困難のため、国民精神文化研究所昭和一二年刊コロタイプ複製本をもってこれに代えた。
 三奏本伝本は、白河法皇に奏覧の後、待賢門院璋子のもとに秘蔵され、わずかにその兄藤原実行の書写を記録上に伝えるのみであったが、天保九年松田直兄が、この伝良経筆本を模刻上梓し、はじめて巷間に流布するところとなった。またその後、近年にいたり、伝二条為遠筆本の伝存が知られ、前記伝良経筆本とともに相互の欠陥を補正する両伝本を得るに至った。上記二本のほかに、三奏本伝本としては、近世期以降の、主に江戸末期写本が数本伝存するが、いずれも両本からの転写本にすぎない。ちなみに続群書類従巻三六六所収の奏覧本は、伝良経筆本の転写欠陥本を底本としたものである。

 伝後京極摂政良経筆本は同複製本松田武夫氏解題により、その書誌を概要すれば、
   列帖装一帖。後補の金銀切箔砂子散し表紙(八寸八分×五寸八分)。題簽、「金葉和謌集」。
   見返し金銀切箔砂子散し。料紙は厚手楮紙、毎半葉十一行に、詞書・作者名・歌(上下句二行)を
   各々大略別行に書写する。全十一折、墨付一二六丁。鎌倉期の古鈔本である。
  古筆の極めは後京極摂政良経筆とする。

と誌されている。本書の奥書は
  抑此集者白河院御譲位之末俊頼/朝臣奉院宣撰之天治元年奉勅/大治元二之間奏之此集本不定也奏覧之処両度返給之初度進覧本/一番三宮御哥也

 としの中にはるたちくれはひとゝせにふたゝひまたるうくひすのこゑ
  第二度進覧本一番顕季卿歌也
 うちなひきはるはきにけりやまかはのいはまのこほりけふやとくらん
  此本等世間流布也以上二ケ度被返下了
  第三度奏覧本一番哥源重之哥也
 よしの山みねのしらゆきいつきえてけさはかすみのたちかはるらん
  今度奏覧本無左右被納了以/撰者之自筆〔書〕造紙云々件本者拾遺/集玄々集哥等多以入之当本既定也/可指南歟

と、本集成立次第を記している。

 さて、本書はこのように由緒ある伝存本であるが、以下のような落丁・誤脱が散見される。すなわち、巻一春の部に一葉を落丁する。五〇「はつせやま」歌本文以下五六作者名「源雅兼朝臣」までである。また、巻二夏の部、一二九作者名「権僧正永縁母」以下一三〇詞書「……つかはしたりけるをみてよめる」までと、巻八恋の部下四五六「よものうみの」歌本文以下四五七作者名「伊賀少将」までの二か所を誤脱している。さらに同巻五〇一読人不知歌「あふことは」の一首が目移りによる誤脱歌と推定される。そのほか、詞書・作者名・歌句の誤脱・誤写等は校訂一覧表に後記した。

 また、巻三秋の部、二二八の詞書と歌の行間に「夕露のたまかつらしておみなへしのはらのかせにおれやしぬらんイ」と細書した校異が見出される。なお各部立下に記す各巻所収歌数は、当該巻所収歌実数とは必ずしも一致しない。その経由については確説を見ぬので付記するにとどめる。

 三奏本の校訂には、吉田幸一氏蔵南北朝期写伝二条為遠筆本をもって主に補訂し、続群書類従所収本、また二度本諸本をも参照した。
 右記校訂のほかに、伝良経筆本には伝為遠筆本によって訂正されるべき一首がある。即ち、巻九雑上五一五馬内侍歌「おもふことなくてやみまし」は伝為遠筆本の「はるさめのふるめかしくもつくるかなはやかしはきのもりにし物を」と改められるべきであろう。併せ附記する。

 橋本公夏筆本拾遺
   巻第一春部
   (堀川院の御時百首歌めしけるに春たつ心をつかうまつれる) 
    源俊頼朝臣
   一 庭もせに引きつらなれるもろ人の立ちゐるけふや千世のはつ春
    春従東来といへることをよめる 覚雅法師
   二 みちのくの衣の関をけさたちていつのまにかは春のきつらむ
    (霞の心をよめる) 源俊頼朝臣
   三 いつしかとすゑの松山かすみあひて浪とともにや春はこゆらん
    おなじ心を 藤原為真
   四 鶯の梅の花がさちりぬればふる春雨にそぼちてぞなく
    関路聞鶯といへる心を 藤原顕頼朝臣
   五相坂にけふもとまりぬうぐひすのなく一声や春の関もり
    梅花散水といへる事をよみ侍りける 源俊頼朝臣
   六 ちる花は水の岩間によどむとも香はながれてやせぜにとまらん
    百首歌の中に若菜の心をよめる 源俊頼朝臣
   七 かすがのの雪をわかなにつみそへてけふさへ袖のしをれぬるかな
    忠能卿家歌合に柳の心を よみ人しらず
   八 谷風の吹あげにたてる玉柳枝のいとまも見えぬ春かな
    長家卿家歌合によめる 源季遠
   九 いかなれば氷はとくる春風にむすぼほるらん青柳のいと
    百首歌中に柳をよめる 源俊頼朝臣
  一〇 もかり舟ほづつしめなはこころせよ川ぞひ柳風になみよる
    (喚子鳥をよめる) 静念法し
  一一 山びこのこたへざりせばよぶこどりむなしき音をや鳴きて過ぎまし
    雅家卿家歌合に帰雁をよめる 意尊法し
  一二 玉札をかけしをりにやかりがねに春帰りごと契りそめけん
    帰雁をよめる 源忠季
  一三 中中にちるをみじとや思ふらん花のさかりにかへるかりがね
    雪のふる日帰雁をききてよめる 慶経法し
  一四 ゆきかかる雲ぢは春もさえければかすみの衣きてかへる雁
    鞍馬寺大門の花ざかりなりとて下りてよめる 永慶法し
  一五 山ざくら峰はかすみのこめつればふもとの花をおりてこそみれ
    醍醐にまかりたりけるに清滝に花のちりかかりたりけるが、岸に雪のやうにつもりて水にはつもらざりけるをみてよめる 
    瞻西上人
  一六 ちる花のながるる水につもらぬもそれさへ雪のここちこそすれ
    円融院にあまたまかりて翫花といへる事をよめる 中納言顕隆
  一七 ちれば雪ちらねば雲とみえつるはさかりににほふさくらなりけり
    (ちる花の心をよめる) 覚樹法し
  一八 岑にちるさくらは谷の埋木に又さく花となりにけるかな
    白川の花さかりなりと聞きて人人具して見にまかりたりけるに、さかり過ぎてちりけるをみてよめる 源俊頼朝臣
  一九 身にかへてをしむにとまる花ならばけふや我が世のかぎりならまし
    落花の心をよめる 源俊頼朝臣
  二〇 山あらし岑こす風にちる花を空ゆく浪とおもひけるかな
    前斎院にて水上落花といへる事をよめる 平忠盛朝臣
  二一 水のおもにちりみちにけりさくら花何をか池のしるしにはせん
    春駒の心をよめる 藤原盛経
  二二 とりつなぐ人もなきのの春駒はかすみにのみやたなびかるらん

   巻第二夏部
    おなじ心をよめる 皇后宮肥後
  二三 春はいかに契りおきてか過ぎぬるとおくれてにほふ花にとはばや
    鳥羽殿歌合に卯花をよめる 藤原季通
  二四 みる人のたちしとまれば卯花のさけるかきねやしら川の関
    (郭公の歌十首づつ人人によませ侍りけるに) 源俊頼朝臣
  二五 時鳥こゑまちつけてきくほどや人に我が身のうらやまるらむ
    (郭公の歌十首づつ人人によませ侍りけるに) 藤原重基
  二六 住吉のまつとしりせばほととぎすうらみぬさきにおとはしてまし
    雲外郭公といへるこころを (大中臣公長朝臣)
  二七 空になる心のきかばほととぎす雲のよそには思はざらまし
    郭公といふことをよめる 清原祐隆
  二八 みわの山すぎがてになけ時鳥尋ぬるけふのしるしと思はん
    (郭公驚夢といへることをよめる) 源俊頼朝臣
  二九 またすてふ我が名はたてじ時鳥なきおこしつと人にかたるな
    (郭公をよめる) 源忠季
  三〇 たまさかにとぶひの杜のこずゑよりなのりて過ぐるほととぎすかな
    (郭公をよめる) 源俊頼朝臣
  三一 時鳥まつ夜の数はかさなれど声はつもらぬ物にぞありける
    独聞郭公を 藤原為忠
  三二 ね覚する人もしあらば時鳥これはきくやととはましものを
    (独聞郭公を) 源俊頼朝臣
  三三 なきつともたれにかいはん郭公影より外に人しなければ
    (五月雨の心をよめる) 俊頼朝臣
  三四 五月雨は軒のしづくのつくづくとふりつむ物は日数なりけり
    夏月如秋といへることをよめる 清原祐隆
  三五 五月雨のはれまの月のさやけきは秋の空にもおとらざりけり
    緑樹蔵月といへることを (中納言雅定)
  三六 月影の青葉が下にもりこねば木がらしふかん秋をこそまて
    公実卿家にて対水待月といへることをよめる 源俊頼朝臣
  三七 山のはを玉江の水にうつしもて月をば浪の下にまつかな
    六月祓の心を 源有政
  三八 御祓する河せにたてるいくひさへすがぬきかけてみゆるけふかな
    六月祓のこころを 藤原季通
  三九 けふくればあさのたち枝にゆふかけて夏みな月のみそぎをぞする

   巻第三秋部
    (後令泉院御時皇后宮歌合に七夕の心をよめる) 中納言実行
  四〇 心をもかす物ならばたなばたのあふをばよそにおもはざらまし
    (七夕の心をよめる) 宗延法し
  四一 天川君わたりなばかささぎの橋うちみだるなみもたたなん
     摂政左大臣家にて七夕の心をよめる 藤原時正
  四二 ひこ星のたぎつの波に舟出する心のうちをおもひこそやれ
    (七夕の心をよめる) 一宮小弁
  四三 七夕のあまのとわたるかぢのはに思ふことこそかけどつきせね
    (駒迎の心をよめる) 藤原朝隆
  四四 ひくこまのかげをならべて相坂の関ぢを月もこゆるなりけり
    依月厭雲といふことを 源明実朝臣
  四五 さやかなる月をかくせる雲なれば心なき名もたつにやあるらん
    八月十五夜の月を 藤原為忠
  四六 いつとなくおなじ空行く月なれどこよひははれよと思ふなるべし
    旅宿月といへることを 藤原有業
  四七 たびねする難波の浦のとま屋かたもろともにしもやどる月かな
    摂政左大臣家にて山月といへる事をよめる 藤原親隆
  四八 みわの山杉まもりくる影みれば月こそ秋のしるしなりけれ
    漢明無雲といへる事を 瞻西上人
  四九天川雲のかけ橋かきたえて谷より月のすみわたるらむ
    皇后宮にて江月といふことを 藤原重基
  五〇 秋の夜はふけ行く空に雲はれて入江におつる山のはの月
    月浮山水といへることを (藤原重基)
  五一 秋山のし水はくまじにごりなばやどれる月のくもりもぞする
    摂政左大臣家にて野径月をよめる 源定信
  五二 ひるとのみいはれの野べの月影は露ばかりこそよるとみえけれ
    山階寺の涅槃会に参りての夜、勝喜法師に会ひて、夜もすがら月をみて 淋賢法し
  五三 ながらへば思出にせんおもひいでよ君とみかさの山のはの月
    後冷泉院御時殿上人あまたぐして月みありきけるをみてよめる よみ人しらず
  五四 うらやまし雲のうへ人うちむれておのが物とや月をみるらん
    摂政左大臣家にて山月といへることをよめる 藤原時昌
  五五 神のすむ三笠の山の月なればかりそめにゐる雲だにもなし
    (鹿をよめる) 藤原季孝
  五六 秋ごとにこゑもかはらずなくしかはおなじ妻をや恋ひわたるらん
    田家鹿をよめる 藤原宗国
  五七 山田もるしづのいほりのあたりにはしかより外にくる人もなし
    (ふぢばかまをよめる) 源俊頼朝臣
  五八 ささがにの糸にかかれる藤ばかまたれをぬしとて人のかるらん
    河霧をよめる 紀宗兼
  五九 よど川のをち方みえぬ秋霧にともろならして舟くだるなり
    武蔵国にまかりて二むら山の紅葉をみてよめる 橘能元
  六〇 いくらとも見えぬもみぢの錦かなたれ二むらの山といふらん
    (九月尽の心をよめる) 源淳国
  六一 をしめども野べの草木の枯れぬれば露だに秋はとまらざりけり

   巻第四冬部
    時雨を 覚雅法し
  六二 秋はててとふ人もなき山里に時雨のみこそおとはともなへ
    (氷をよめる) 法橋有禅
  六三 山川もこほりにけりな岩間よりとどろきおつるおとたゆるまで
    水鳥をよめる 源家時
  六四 あらし吹くよはの川なみたかければうきねの鴛も夢さめにけり
    題不知 源俊頼朝臣
  六五 雪ふれば谷のかけ橋うづもれてこずゑぞ冬の山ぢなりける
    冬月宿水といへることをよめる 平実重
  六六 谷川にむすぶ氷の下にさへこころふかくもやどる月かな
    (神楽の心をよめる) 藤原致時
  六七 朝倉のこゑこそ空にきこえけれあまの岩戸を今やあくらん
    十二月廿日比に山家暁といへる心を 春宮大夫公実
  六八 山里の竹のすがきしあらければうち外もわかず有明の月

   巻第五賀部
    (宇治前太政大臣家歌合に祝の心をよめる) 源俊頼朝臣
  六九 おちたぎつ八十うぢ川のはやきせに岩こす波は千世の数かも

   巻第八恋部下
    摂政左大臣家にて恋歌よみけるに 藤原親隆朝臣
  七〇 しほたるる伊せをのあまの袖だにもほすなるひまはありとこそきけ
    中御門宣秀筆本拾遺

   巻第二夏部
    (ともしの心を) 藤原忠季
  七一 ともしすと山はしづくにそほちつつをのへに夜をもあかしつるかな

   巻第四冬部
    百首歌中に霜を 源俊頼朝臣
  七二 住吉のちぎのかたそぎゆきもあはで霜おきまどふ冬はきにけり

 
 二度本校訂表        三奏本校訂表
   (校訂本文)  (底本本文)    (校訂本文)  (底本本文)
 四九詞書
 宇治前太政大臣家歌合  宇治前太政大臣歌合  一四作者
 藤原顕輔朝臣  藤原顕季朝臣
 五六詞書
 月前見花といへる事をよめる  ナシ  五〇~五六校訂本文省略 五〇歌本文から五六作者名までの一葉落丁
 一二三詞書
 月前郭公といへることをよめる  ナシ  七六作者
 津守国基  津守国元
 一四三
 夜もすがらはかなくたたく  夜もすかなくたゝく  八八
 松のはひえに  松のひはえに
 一四四
 すそののくさを  すそのゝくさは  一〇八
 ふもとにさける  ふもにさける
 五六詞書
 月前見花といへる事をよめる  ナシ  一一三詞書
 郭公を  郭を
 一二三詞書
 月前郭公といへることをよめる  ナシ  一二九~一三〇校訂本文省略 一二九作者名から一三〇詞書まで誤脱
 一四三
 夜もすがらはかなくたたく  夜もすかなくたゝく  一三一作者
 左近府生秦兼久  左近府生秦兼文
 一四四
 すそののくさを  すそのゝくさは  一三八作者
 源雅光  源雅元
 一五四詞書
 対水待月  対水行月  一四七
 いくひさへ  井くひさへ
 一七七
 くさ葉のつゆの  くさ葉の  一六六作者
 大江公資朝臣  大江公実朝臣
 二一一
 いも見るらむか  いも見るらめか  一七六
 人もこえ  人もこは
 二一四詞書
 対山待月  対山行月  一八〇詞書
 俊頼朝臣の  俊頼朝の
 二七〇
 いくよねざめぬ  いくよめさめぬ  二〇九
 月みすさびに  月みすひさに
 三一〇
 おのづから我が身さへこそいははるれ(以下省略)  歌脱落  二一二詞書
 みやこの人月  みやこの月
 三二二
 作者周防内侍  ナシ  二二二作者
 内大臣家越後  内大臣越後
 三二八詞書
 実行卿  定行卿  二二九作者
 藤原顕輔朝臣  藤原顕仲朝臣
 三八二詞書
 艶書合  艶書会  二五九詞書
 さぐり題  くさり題
 三八六
 たえぬるは  たえするは  二七一作者
 源兼昌  藤原兼昌
 三八九
 なぞもかく  なそもかは  二七一
 いくよねざめぬ  いくよねさめの
 四〇六詞書
 艶書合  艶書会  三三七作者
 大納言経長  大納言経信
 四一八作者
 橘俊宗女  橘俊家女  三四二作者
 堀河右大臣  堀河左大臣
 四二二詞書
 あまのはしだて、こひと  あまのはしたて  三四三作者
 能宣  ナシ
 四二七
 ゆふづくひ  ゆふつくよ  三六一作者
 能宣  ナシ
 四四八作者
 橘俊宗女  橘俊家女  三六一
 いかでなほ  しかみなを
 四五七
 こころをみわの  こゝろをみやの  四〇一詞書
 おとづれて侍りける  をつれて侍ける
 四五八作者
 橘俊宗女  橘俊家女  四〇一詞書
 野わき  野あき
 四八五作者
 源信宗朝臣  源信家朝臣  四〇二作者
 橘為義朝臣  ナシ
 四八七詞書
 ひとを恨みてよめる  ナシ  四一三詞書
 うらめしかり  うらみしかり
 四九二
 たふれたる  たふたる  四五六~四五七校訂本文省略 四五六歌本文から四五七作者名まで誤脱
 四九二
 ふせるなりけり  ふるよなりけり  四八四
 はしばしと  はしはしら
 四九三
 こまのつまづく  こまのつめつま  四九三
 やまによをふる  やまのよをふる
 五〇四
 なからふるやの  なからふるにや  四九六
 こるにやあるらん  こひにやあるらん
 五一〇詞書
 くれどもとどまらず  くれともとまらす  五〇一校訂本文省略 歌本文誤脱
 五一二
 あはでやみには  あはてやまには  五〇五詞書
 わが任にまゐりてみれば  わか任にみれは
 五二二詞書
 いも見るらむか  いも見るらめか  五一三詞書
 花みありきけるに  花みありきける
 五二三詞書
 山ざとに人人とまかりて花の歌よみけるによめる  ナシ  五二六詞書
 あかかりし  あかゝし
 五二六作者
 藤原惟信朝臣  藤原雅信朝臣  五三六作者
 内大臣家越後  内大臣越後
 五三四詞書
 またひさしく  まゝひさしく  五四〇詞書
 あらく申しけるに  あわて申けるに
 五四五
 やまもとどろに  やまもところに  五六四作者
 源光綱母  源光綱
 五五八詞書
 程へてたがひに  程へてかひに  五六八詞書
 亮紀伊守にて  紀伊守にて
 五六八
 まかせてぞ見る  まかせそ見る  六〇四詞書
 ながされたりける人の  なかれける人の
 五六九
 おくしもを  をしもを  六一四作者
 藤原資信  藤原定信
 五七三詞書
 まうできあひたりければ  まうてきあひたりけるは  六二〇
 われまとはすな  われまとはする
 五八一詞書
 橘為仲朝臣  橘為長朝臣  六三四
 はるるなりけれ  はるかなりけれ
 五九九
 なげきをぞする  なけきをする  六三五作者
 珍海法師母  珍海法師
 六〇〇詞書
 中将忠宗朝臣  中将忠家朝臣  六四九作者
 匡房卿妹  匡房
 六〇〇詞書
 忠宗朝臣  忠家朝臣  一〇三九
 花なれば  花なゝれは
 六〇九
 身のうきくさは  身をうきくさは  一四五九
 こよひもさてやをちのしらくも  こよひもさ□は〔や〕をちのしら□も
 六二〇
 こけのしたにも  こけのしたも  四〇九
 うぐひすのこゑ  うくひのこゑ
 六三三
 つみをもつゆに  つゆをもつゆに  六一六
 きぎすなくなり  ナシ
 六三五
 になふたきぎに  にほふたきゝに  一〇三九
 花なれば  花なゝれは
 六三九
 のりに心を  のりの心を  一四五九
 こよひもさてやをちのしらくも  こよひもさ□は〔や〕をちのしら□も
 六四五詞書
 うせなんとしければ  うせなんとけれは  四〇九
 うぐひすのこゑ  うくひのこゑ
 六六三詞書
 滝のおとのよるまさりけるを聞きて  ナシ  六一六
 きぎすなくなり  ナシ
 六六三作者
 読人不知  ナシ  一〇三九
 花なれば  花なゝれは
 六六四詞書
 はしらを見て  はしを見て  一四五九
 こよひもさてやをちのしらくも  こよひもさ□は〔や〕をちのしら□も

(橋本不美男・平沢五郎・赤羽 淑)
 
金葉和歌集二度本】717首 新編国歌大観巻第一-5 [ノートルダム清心女子大学附属図書館蔵本]
【金葉和歌集三奏本】650首 新編国歌大観巻第一-5' [国民精神文化研究所刊影印本]

金葉和歌集二度本

 金葉和歌集巻第一 春部
 
    堀河院の御時百首歌めしけるに立春の心をよみ侍りける 
    修理大夫顕季
   一う ちなびき春はきにけりやまがはのいはまのこほりけふやとくらむ
    春宮大夫公実
   二 春たちてこずゑにきえぬしら雪はまだきにさける花かとぞ見る
    藤原顕仲朝臣
   三 いつしかとあけゆくそらのかすめるはあまのとよりや春はたつらん
    皇后宮肥後
   四 つららゐしほそたにがはのとけゆくはみなかみよりや春はたつらん
    百首の歌のなかに、はるの心を人にかはりてよめる 前斎宮内侍
   五 はるのくる夜のまのかぜのいかなればけさふくにしもこほりとくらん
    早春のこころをよめる 大宰大弐長実
   六 いつしかとはるのしるしにたつものはあしたのはらのかすみなりけり
    む月のついたちころにゆきのふりはべりければつかはしける 
    修理大夫顕季
   七 あらたまのとしのはじめにふりしけばはつゆきとこそいふべかりけれ
    返し 春宮大夫公実
   八 あさとあけてはるのこずゑの雪みればはつはなともやいふべかるらん
    実行卿家の歌合にかすみの心をよめる 少将公教母
   九 あさまだきかすめるそらの気色にやときはの山ははるをしるらん
    藤原顕輔朝臣
  一〇 としごとにかはらぬものは春がすみたつたの山のけしきなりけり
    霞の心をよめる 大宰大弐長実
  一一 あづさゆみはるのけしきになりにけりいるさの山にかすみたなびく
    百首歌中に鶯の心をよめる 修理大夫顕季
  一二 うぐひすのなくにつけてやまがねふくきびのやま人はるをしるらむ
    はじめてうぐひすをきくといふことをよめる 春宮大夫公実
  一三 けふよりやむめのたちえにうぐひすのこゑさとなるるはじめなるらん
    むつきの八日はるのたちけるに鶯のなきけるをききてよめる 
    藤原顕輔朝臣
  一四 けふやさは雪うちとけてうぐひすのみやこへいづるはつねなるらん
    あかつきにうぐひすをきくといへることをよめる 源雅兼朝臣
  一五 うぐひすのこづたふさまもゆかしきにいま一こゑはあけはててなけ
    皇后宮にて人人うたつかうまつりけるに雨中鶯といへることをよめる
    源俊頼朝臣
  一六 はるさめはふりしむれどもうぐひすのこゑはしほれぬ物にぞありける
    良暹法師しのびて物へまかりけるに、左大弁経頼がいへに梅のさ
    かりにさきたりければ、かどにひねもすにたちくらしてゆふがた
    いひいれはべりける 良暹法師
  一七 むめのはなにほふあたりはよきてこそいそぐみちをばゆくべかりけれ
    梅花夜にほふといふことをよめる 前大宰大弐長房
  一八 むめがえにかぜやふくらん春の夜はをらぬ袖さへにほひぬるかな
    朱雀院に人人まかりて閑庭梅花といへる事をよめる 大納言経信
  一九 けふここに見にこざりせばむめの花ひとりやはるのかぜにちらまし
    道雅卿の家の歌合に梅花をよめる 藤原兼房朝臣
  二〇 ちりかかるかげは見ゆれどむめのはなみづにはかこそうつらざりけれ
    梅花をよめる 源忠季
  二一 かぎりありてちりははつとも梅の花かをばこずゑにのこせとぞおもふ
    子日の心をよめる 大中臣公長朝臣
  二二 かすがののねのびの松はひかでこそかみさびゆかんかげにかくれめ
    柳糸随風といふことをよませ給ひける 院御製
  二三/二四 かぜふけばやなぎのいとのかたよりになびくにつけてすぐる春かな
    百首歌中に柳をよめる 春宮大夫公実
  二四/二五 あさまだきふきくる風にまかすればかたよりしけりあをやぎのいと
    池岸柳をよめる 源雅兼朝臣
  二五/二六 かぜふけばなみのあやおるいけみづにいとひきそふるきしのあをやぎ
    よぶこどりをよめる 前斎院尾張
  二六/二七 いとかやまくる人もなきゆふぐれにこころぼそくもよぶこどりかな
    帰雁をよめる 藤原成通朝臣
  二七/二八 こゑせずはいかでしらまし春がすみへだつるそらにかへるかりがね
    帰雁をよめる 藤原経通朝臣
  二八/二九 いまはとてこしぢにかへるかりがねははねもたゆくやゆきかへるらん
    花薫風といへることをよめる 摂政左大臣
  二九/三〇 よしのやまみねのさくらやさきぬらんふもとのさとににほふはるかぜ
    白河花見御幸に 新院御製
  三〇/三一 たづねつる我をや春もまちつらんいまぞさかりににほひましける
    太政大臣
  三一/三二 しらかはのながれひさしきやどなればはなのにほひものどけかりけり
    人にかはりてよめる 大宰大弐長実
  三二/三三 ふくかぜもはなのあたりはこころせよけふをばつねのはるとやは見る
    待賢門院兵衛
  三三/三四 よろづ代のためしとみゆる花の色をうつしとどめよしらかはの水
    源雅兼朝臣
  三四/三五 としごとにさきそふやどのさくら花なほゆくすゑの春ぞゆかしき
    宇治前太政大臣京極の家の御幸 院御製
  三五/三六 春がすみたちかへるべきそらぞなきはなのにほひにこころとまりて
    遠山桜といへることをよめる 春宮大夫公実
  三六/三七 しらくもとをちのたかねに見えつるはこころまどはすさくらなりけり
    松間桜花といへる事をよめる 内大臣
  三七/三八 はるごとにまつのみどりにうづもれてかぜにしられぬはなざくらかな
    左兵衛督実能
  三八/三九 このはるはのどかににほへさくら花えださしかはすまつのしるしに
    花為春友といへる事をよめる 内大臣
  三九/五一 ちらぬまは花をともにてすぎぬべし春よりのちのしる人もがな
    新院御方にて花契遐年といへることをよめる 待賢門院中納言
  四〇/四一 しらくもにまがふさくらのこずゑにてちとせのはるをそらにしるかな
    藤原顕輔朝臣
  四一/四二 よろづ代に見るべき花の色なれどけふのにほひはいつかわすれむ
    ひねもすに花をたづぬといへることをよめる 源貞亮朝臣
  四二/四三 しらくもにまがふさくらをたづぬとてかからぬやまのなかりつるかな
    堀河院御時女房たちを花山の花見せにつかはしたりけるが、かへ
    りまゐりて御前にてうたつかうまつりけるに、女房にかはりてよ
    ませ給ひける 堀河院御製
  四三/四四 よそにてはいはこすたきと見ゆるかなみねのさくらやさかりなるらむ
    源師俊朝臣
  四四/四五 けふくれぬあすもきてみむさくらばなこころしてふけはるの山かぜ
    山桜をもてあそぶといへることをよめる 大弐長実
  四五/四六 かがみやまうつろふはなを見てしよりおもかげにのみたたぬ日ぞなき
    深山桜花 摂政左大臣
  四六/四七 みねつづきにほふさくらをしるべにてしらぬ山ぢにかかりぬるかな
    人人さくらのうた十首よませはべりけるによめる 修理大夫顕季
  四七/四八 さくらばなさきぬるときはよしのやまたちものぼらぬみねのしら雲
    山花留人といへることをよめる 大中臣公長朝臣
  四八/五四 をののえはこのもとにてやくちなましはるをかぎらぬさくらなりせば
    宇治前太政大臣家歌合によめる 皇后宮摂津
  四九 ちりつもるにはをぞ見ましさくら花かぜよりさきにたづねざりせば
    源俊頼朝臣
  五〇 やまざくらさきそめしよりひさかたのくもゐに見ゆるたきのしらいと
    遥見山花といへる事をよめる 大蔵卿匡房
  五一/五二 はつせやまくもゐにはなのさきぬればあまのかはなみたつかとぞ見る
    藤原忠隆
  五二/五三 よしのやまみねになみよるしら雲と見ゆるは花のこずゑなりけり
    堀河院御時女御殿女房たちあまたぐして花見ありきけるによめる
    前斎宮筑前乳母
  五三/五五 春ごとにあかぬにほひをさくらばないかなるかぜのをしまざるらむ
    人にかはりてよめる 僧正行尊
  五四/五六 よそにてはをしみにきつる花なれどをらではえこそかへるまじけれ
    後冷泉院御時皇后宮の歌合に桜を 堀河右大臣
  五五/五七 春さめにぬれてたづねん山ざくらくものかへしのあらしもぞふく
    月前見花といへる事をよめる 大蔵卿匡房
  五六/五八 月かげにはな見るよはのうき雲はかぜのつらさにおとらざりけり
    水上落花といへることをよめる 源雅兼朝臣
  五七/六〇 はなさそふあらしやみねをわたるらんさくらなみよるたにがはのみづ
    落花満庭といへることをよめる 左兵衛督実能
  五八/六一 けさ見ればよはのあらしにちりはててにはこそはなのさかりなりけれ
    堀河院御時中宮御方にて風閑花香といへる事をつかうまつれる 
    源俊頼朝臣
  五九/六二 木ずゑにはふくとも見えでさくら花かをるぞかぜのしるしなりける
    落花の心を 長実卿母
  六〇/六三 はるごとにおなじさくらのはななればをしむこころもかはらざりけり
    落花随風といへることをよめる 右兵衛督伊通
  六一/六四 うらやましいかにふけばか春かぜのはなを心にまかせそめけん
    水上落花をよめる 大納言経信
  六二/六五 みなかみにはなやちるらんやまがはのゐくひにいとどかかるしらなみ
    藤原成通朝臣
  六三/六六 みづのおもにちりつむ花をみる時ぞはじめてかぜはうれしかりける
    落花散衣といへることをよめる 藤原永実
  六四/六七 ちりかかるけしきは雪のここちしてはなにはそでのぬれぬなりけり
    堀河院御時、はなのちりたるをかきあつめて、おほきなるものの
    ふたに山のかたにつませ給ひて、中宮の御方にたてまつらせ給ひ
    たりけるを、宮の御覧じて歌よめとおほせごとありければ 御匣殿
  六五/六八 さくらばなくもかかるまでかきつめてよしののやまとけふは見るかな
    はなのにはにつもりたるを見てよめる 郁芳門院安芸
  六六/六九 にはのはなもとのこずゑにふきかへせちらすのみやはこころなるべき
    夜思落花といへることをよめる 隆源法師
  六七/七〇 ころもでにひるはちりつむさくら花よるはこころにかかるなりけり
    春ものへまかりけるに、山田つくりけるを見てよめる 高階経成朝臣
  六八/七一 さくらさくやまだをつくるしづのをはかへすがへすやはなを見るらん
    後冷泉院御時、月のあかかりけるよ女房たちぐして南殿にわたら
    せ給ひたりけるに、にはのはなかつちりておもしろかりけるを御
    覧じて、これを見しりたらん人に見せばやとおほせごとありて、
    中宮御方に下野やあらんとてめしにつかはしたりければまゐりた
    るを御覧じて、あのはなをりてまゐれとおほせごとありければを
    りてまゐりたるを、ただにてはいかがとおほせごとありければつ
    かうまつれる 下野
  六九/七三 ながきよの月のひかりのなかりせばくもゐのはなをいかでをらまし
    新院北面にて残花薫風といへる事をよめる 中納言雅定
  七〇/七四 ちりはてぬはなのありかをしらすればいとひしかぜぞけふはうれしき
    奈良にて人人百首歌よみはべりけるにさわらびをよめる 権僧正永縁
  七一/七五 やまざとはのべのさわらびもえいづるをりにのみこそ人はとひけれ
    百首歌中にかきつばたをよめる 修理大夫顕季
  七二/七六 あづまぢのかほやがぬまのかきつばたはるをこめてもさきにけるかな
    春のたをよめる 大納言経信
  七三/七七 あらをだにほそたにがはをまかすればひくしめなはにもりつつぞゆく
    苗代をよめる 津守国基
  七四/七八 しぎのゐるのざはのをだをうちかへしたねまきてけりしめはへてみゆ
    後冷泉院御時弘徽殿女御の歌合に苗代の心をよめる 藤原隆資
  七五/七九 やまざとのそとものをだのなはしろにいはまのみづをせかぬひぞなき
    いへのやまぶきを人人あまたまできて、あそびけるついでにをり
    けるを見てよめる 中納言雅定
  七六/八〇 わがやどにまたこん人も見るばかりをりなつくしそやまぶきのはな
    水辺款冬 摂政右大臣
  七七/八一 かぎりありてちるだにをしき山吹をいたくなをりそゐでのかはなみ
    大宰大弐長実
  七八/八二 春ふかみかみなびがはにかげみえてうつろひにけりやまぶきの花
    後冷泉院御時歌合にやまぶきの心をよめる 前大宰大弐長房
  七九/八三 やまぶきにふきくるかぜも心あらばやへながらをばちらさざらなん
    晩見躑躅といへることをよめる 摂政家参河
  八〇/八四 いりひさすゆふくれなゐのいろはえて山したてらすいはつつじかな
    院北面にて橋上藤花といふ事をよめる 大夫典侍
  八一/八五 色かへぬまつによそへてあづまぢのときはのはしにかかるふぢなみ
    藤花をよめる 藤原顕輔朝臣
  八二/八六 むらさきのいろのゆかりにふぢのはなかかれるまつもむつまじきかな
    房のふぢのさかりなりけるを見てよめる 律師増覚
  八三/八七 くる人もなきわがやどのふぢのはなたれをまつとてさきかかるらん
    紫藤蔵松といへることをよめる 良暹法師
  八四/八八 まつかぜのおとなかりせばふぢなみをなににかかれるはなとしらまし
    二条関白の家にて池辺藤花といへる事をよめる 大納言経信
  八五/八九 いけにひつまつのはひえにむらさきのなみおりかくるふぢさきにけり
    百首歌中に藤花をよめる 修理大夫顕季
  八六/九〇 すみよしのまつにかかれるふぢのはなかぜのたよりになみやおるらん
    雨中藤花といへることをよめる 神祇伯顕仲
  八七/九一 ぬるるさへうれしかりけりはるさめにいろますふぢのしづくとおもへば
    隣家藤花といへることをよめる 内大臣家越後
  八八/九二 あしがきのほかとはみれどふぢの花にほひはわれをへだてざりけり
    三月尽の心をよめる 大僧都証観
  八九/九四 はるのゆくみちにきむかへほととぎすかたらふこゑにたちやとまると
    中納言雅定
  九〇/九五 のこりなくくれゆくはるををしむとてこころをさへもつくしつるかな
    三月尽寄恋といへることをよめる 内大臣
  九一/九六 春はをし人はこよひとたのむればおもひわづらふけふのくれかな
    摂政左大臣家にて、人人に三月尽の心をよませ侍りけるによめる
    源俊頼朝臣
  九二/九八 かへるはるうづきのいみにさしこめてしばしみあれのほどまでもみん
    重服にてはべりけるとし三月尽の心をよめる 藤原顕輔朝臣
  九三/九七 おもひやれめぐりあふべきはるだにもたちわかるるはかなしかりけり
 

 金葉和歌集巻第二 夏部
 
    卯月のついたちに更衣の心をよめる 源師賢朝臣
  九四/九九 われのみぞいそぎたたれぬなつごろもひとへに春ををしむ身なれば
    二条関白の家にて人人に余花のこころをよませ侍りけるによめる
    藤原盛房
  九五/一〇〇 夏山のあを葉まじりのおそ桜はつはなよりもめづらしきかな
    応徳元年四月三条内裏にて庭樹結葉といへることをよませ給ひけるに 
    院御製
  九六/一〇一 おしなべてこずゑあを葉になりぬればまつのみどりもわかれざりけり
    大納言経信
  九七/一〇二 たまがしはにはもはびろになりにけりこやゆふしでて神まつるころ
    鳥羽殿にて人人歌つかうまつりけるに卯花のこころをよめる 春宮大夫公実
  九八/一〇三 ゆきのいろをうばひてさけるうの花にをののさと人ふゆごもりすな
    卯花連牆といへることをよめる 大蔵卿匡房
  九九/一〇四 いづれをかわきてとはましやまざとのかきねつづきにさけるうのはな
    卯花をよめる 江侍従
 一〇〇/一〇五 ゆきとしもまがひもはてずうのはなはくるれば月のかげかとも見ゆ
    摂政左大臣
 一〇一/一〇六 うのはなのさかぬかきねはなけれどもなにながれたるたまがはのさと
    卯花誰牆といふことをよめる 中納言実行
 一〇二/一〇七 かみやまのふもとにさけるうのはなはたがしめゆひしかきねなるらん
    卯花をよめる 大納言経信
 一〇三/一〇八 しづのめがあしびたくやもうのはなのさきしかかればやつれざりけり
    鳥羽殿歌合に郭公をよめる 修理大夫顕季
 一〇四/一一一 みやまいでてまださとなれぬほととぎすたびのそらなるねをやなくらん
    尋郭公といへることを 藤原節信
 一〇五/一一二 けふもまたたづねくらしつほととぎすいかできくべきはつねなるらん
    ほととぎすのうた十首人人によませ侍るついでに 摂政左大臣
 一〇六/一一三 ほととぎすすがたはみづにやどれどもこゑはうつらぬ物にぞありける
    源雅光
 一〇七/一一四 ほととぎすなきつとかたるひとづてのことのはさへぞうれしかりける
    郭公をたづねけるひはきかで二日ばかりありてなきけるをききて 橘成元
 一〇八/一一五 ほととぎすおとはのやまのふもとまでたづねしこゑをこよひきくかな
    長実卿家歌合に郭公をよめる 左京大夫経忠
 一〇九/一一六 としごとにきくとはすれどほととぎすこゑはふりせぬ物にぞありける
    郭公をまつこころをよめる 内大臣
 一一〇/一一七 恋すてふなきなやたたんほととぎすまつにねぬよのかずしつもれば
    郭公をよめる 藤原顕輔朝臣
 一一一/一一九 ほととぎすこころもそらにあくがれてよがれがちなるみやまべのさと
    承暦二年内裏歌合に人にかはりてよめる 藤原孝善
 一一二/一一八 ほととぎすあかですぎぬるこゑによりあとなきそらをながめつるかな
    郭公をよめる 権僧正永縁
 一一三/一二〇 きくたびにめづらしければほととぎすいつもはつねの心ちこそすれ
    源俊頼朝臣
 一一四/一二一 まちかねてたづねざりせばほととぎすたれとかやまのかひになかまし
    郭公驚夢といへることをよめる 中納言実行
 一一五/一二三 おどろかすこゑなかりせばほととぎすまだうつつにはきかずぞあらまし
    ほととぎすをまつといへることをよませ給ひける 院御製
 一一六/一二四 ほととぎすまつにかかりてあかすかなふぢのはなとや人の見るらん
    俊忠卿家歌合によめる 二条関白家筑前
 一一七/一二五 まつ人のやどをばしらでほととぎすをちのやまべをなきてすぐなり
    中納言女王
 一一八/一二六 ほととぎすほのめくこゑをいづかたとききまどはしつあけぼののそら
    郭公をよめる 前斎宮六条
 一一九/一二七 やどちかくしばしかたらへほととぎすまつよのかずのつもるしるしに
    中納言雅定
 一二〇/一二八 ほととぎすまれになくよはやまびこのこたふるさへぞうれしかりける
    宇治前太政大臣家歌合によめる 康資王母
 一二一/一二九 やまちかくうらこぐふねはほととぎすなくわたりこそとまりなりけれ
    匡房卿美作守にてくだりけるときみちにて郭公のなくをききてよめる 
    中原高真
 一二二/一三〇 ききもあへずこぎぞわかるるほととぎすわがこころなるふなでならねば
    月前郭公といへることをよめる 皇后宮式部
 一二三/一三二 郭公くものたえまにもるつきのかげほのかにもなきわたるかな
    暁聞郭公といへることをよめる 源定信
 一二四/一三三 わぎもこにあふさかやまのほととぎすあくればかへるそらになくなり
    尋郭公といへることをよめる 読人不知
 一二五/一三四 ほととぎすたづぬるだにもあるものをまつ人いかでこゑをきくらん
    雨中霍公鳥といへることをよめる 大納言経信
 一二六/一三五 ほととぎすくもぢにまどふこゑすなりをやみだにせよさみだれのそら
    五月五日実能卿のもとへくすだまつかはすとて 内大臣
 一二七/一三六 あやめ草ねたくもきみはとはぬかなけふは心にかかれとおもふに
    永承四年殿上根合にあやめをよめる 大納言経信
 一二八/一三七 よろづよにかはらぬものは五月雨のしづくにかをるあやめなりけり
    郁芳門院根合にあやめをよめる 藤原孝善
 一二九/一三八 あやめぐさひくてもたゆくながきねのいかであさかのぬまにおひけん
    承暦二年内裏歌合にあやめをよめる 春宮大夫公実
 一三〇/一三九 たまえにやけふのあやめをひきつらんみがけるやどのつまにみゆるは
    みやづかへしけるむすめのもとに五月五日くすだまつかはすとてよめる
    権僧正永縁
 一三一/一四〇 あやめぐさわが身のうきをひきかへてなべてならぬにおひもいでなん
    百首歌中にあやめをよめる 春宮大夫公実
 一三二/一四一 あやめぐさよどのにおふるものなればねながら人はひくにやあるらん
    五月五日に家にあやめふくをみてよめる 左近衛府生秦兼久
 一三三/一四二 おなじくはととのへてふけあやめぐささみだれたらばもりもこそすれ
    むかしなかの院にすませ給ひける程には見えざりけるあやめを、
    人のなかの院のなどまうしけるをみてよませたまひける 三宮
 一三四/一四三 あさましや見しふるさとのあやめぐさわがしらぬまにおひにけるかな
    五月雨をよめる 参議師頼
 一三五/一四四 さみだれにぬまのいはかきみづこえてまこもかるべきかたもしられず
    藤原定通
 一三六/一四五 さみだれは日かずへにけりあづまやのかやがのきばのしたくつるまで
    承暦二年内裏歌合によめる 源道時朝臣
 一三七/一四六 さみだれにたまえのみづやまさるらんあしのした葉のかくれゆくかな
    俊忠卿家歌合に五月雨をよめる 藤原顕仲朝臣
 一三八/一四七 さみだれにみづまさるらしさはだ川まきのつぎはしうきぬばかりに
    五月雨の心をよめる 左兵衛督実能
 一三九/一四八 さみだれはをだのみなくちてもかけでみづのこころにまかせてぞ見る
    三宮
 一四〇/一四九 さみだれにいりえのはしのうきぬればおろすいかだのここちこそすれ
    摂政左大臣家にて夏月の心をよめる 神祇伯顕仲
 一四一/一五〇 なつの夜のにはにふりしくしら雪は月のいるこそきゆるなりけれ
    俊忠卿家歌合にくひなの心をよめる 藤原顕綱朝臣
 一四二/一五一 さとごとにたたくくひなのおとすなりこころのとまるやどやなからん
    摂政左大臣家にてくひなの心をよめる 源雅光
 一四三/一五二 夜もすがらはかなくたたくくひなかなさせるともなきしばのかりやを
    実行卿家歌合に夏風の心をよめる 修理大夫顕季
 一四四/一五三 なつごろもすそののくさをふくかぜにおもひもかけずしかやなくらん
    水風晩涼といへることをよめる 源俊頼朝臣
 一四五/一五四 かぜふけばはすのうき葉にたまこえてすずしくなりぬひぐらしのこゑ
    照射の心をよめる 源仲正
 一四六/一五五 さは水にほぐしのかげのうつれるをふたともしとやしかは見るらん
    神祇伯顕仲
 一四七/一五六 しかたたぬは山がすそにともししていくよかひなき夜をあかすらん
    家のうたあはせにはなたちばなをよめる 中納言俊忠
 一四八/一五七 さつきやみはなたちばなのありかをばかぜのつてにぞそらにしりける
    百首歌中にはなたちばなの心を読める 春宮大夫公実
 一四九/一五八 やどごとにはなたちばなぞにほふなるひときがすゑをかぜはふけども
    二条関白の家にて雨後野草といへる事をよめる 源俊頼朝臣
 一五〇/一五九 このさともゆふだちしけりあさぢふに露のすがらぬくさの葉もなし
    実行卿家歌合に鵜河の心をよめる 中納言雅定
 一五一/一六〇 おほゐがはいくせうぶねのすぎぬらんほのかになりぬかがり火のかげ
    夏月のこころをよめる 源親房
 一五二/一六一 たまくしげふたかみやまのくもまよりいづればあくる夏のよの月
    六月廿日ころに秋の節になりけるひ人のがりつかはしける 摂政左大臣
 一五三/一六二 みなづきのてるひのかげはさしながらかぜのみ秋のけしきなるかな
    公実卿の家にて対水待月といへる事をよめる 藤原基俊
 一五四/一六三 夏の夜の月まつほどのてずさみにいはもるしみづいくむすびしつ
    秋隔一夜といへることを 中納言顕隆
 一五五/一六四 みそぎするみぎはにかぜのすずしきはひとよをこめて秋やきぬらん
 

 金葉和歌集巻第三 秋部
 
    百首歌中に秋たつ心をよめる 春宮大夫公実
 一五六/一六五 とことはにふくゆふぐれのかぜなれどあきたつ日こそすずしかりけれ
    野草帯露といへることをよめる 大宰大弐長実
 一五七/一六六 まくずはふあだのおほののしらつゆをふきなみだりそ秋のはつかぜ
    後冷泉院御時皇后宮の春秋の歌合にたなばたの心をよめる 土左内侍
 一五八/一六八 よろづ代にきみぞ見るべきたなばたのゆきあひのそらをくものうへにて
    七夕の心をよめる 能因法師
 一五九/一六九 たなばたのこけのころもをいとはずは人なみなみにかしもしてまし
    七月七日ちちのぶくにて侍りけるとしよめる 橘元任
 一六〇/一七〇 ふぢごろもいみもやするとたなばたにかさぬにつけてぬるるそでかな
    七夕の心をよめる 前斎宮河内
 一六一/一七一 こひこひてこよひばかりやたなばたのまくらにちりのつもらざるらん
    三宮
 一六二/一七二 あまのがはわかれにむねのこがるればかへさのふねはかぢもとられず
    中納言国信
 一六三/一七三 たなばたにかせるころもの露けさにあかぬけしきをそらにしるかな
    七夕の後朝の心をよめる 内大臣
 一六四/一七四 かぎりありてわかるるときも七夕のなみだのいろはかはらざりけり
    皇后宮権大夫師時
 一六五/一七五 たなばたのあかぬわかれのなみだにやはなのかつらもつゆけかるらん
    内大臣家越後
 一六六/一七六 あまのがはかへさのふねになみかけよのりわづらはばほどもふばかり
 一六七/一七七 かへるさはあさせもしらじあまのがはあかぬなみだにみづしまさらば
    草花告秋といへることをよめる 源雅兼朝臣
 一六八/一七八 さきそむるあしたのはらのをみなへしあきをしらするつまにぞありける
    おなじこころをよめる 源縁法師
 一六九/一七九 さきにけりくちなしいろのをみなへしいはねどしるし秋のけしきは
    あきのはじめの心をよめる 大納言経信
 一七〇/一八〇 おのづから秋はきにけりやまざとのくずはひかかるまきのふせやに
    田家早秋といへることをよめる 右兵衛督伊通
 一七一/一八一 いな葉ふく風のおとせぬやどならばなににつけてか秋をしらまし
    山里秋といふことをよめる 藤原行盛
 一七二/一八二 山ふかみとふ人もなきやどなれどそとものをだに秋はきにけり
    師賢朝臣の梅津に人人まかりて田家秋風といへることをよめる 大納言経信
 一七三/一八三 ゆふさればかどたのいな葉おとづれてあしのまろ屋に秋風ぞふく
    みか月の心をよめる 大江公資朝臣
 一七四/一八四 やまのはにあかずいりぬるゆふづくよいつありあけにならんとすらん
    摂政左大臣の家にてゆふづくよの心をよませ侍りけるによめる 藤原忠隆
 一七五/一八五 かぜふけばえだやすからぬこのまよりほのめく秋のゆふづくよかな
    月旅宿友といへることをよめる 法橋忠命
 一七六/一八七 くさまくらこのたびねにぞ思ひしる月よりほかのともなかりけり
    閑見月といへる事をよめる 顕仲卿女
 一七七/一八八 もろともにくさ葉のつゆのおきゐずはひとりや見まし秋のよの月
    翫明月といへることをよめる 前中納言伊房
 一七八/一八九 いつはりになりぞしぬべき月影をこの見るばかり人にかたらば
    鳥羽殿にて旅宿月といふ事をよめる 春宮大夫公実
 一七九/一九〇 われこそはあかしのせとにたびねせめおなじみづにもやどる月かな
    寛治八年八月十五夜鳥羽殿にて翫池上月といへることをよませ給ひける 
    院御製
 一八〇/一九一 いけみづにこよひの月をうつしもてこころのままにわが物と見る
    大納言経信
 一八一/一九二 てる月のいはまのみづにやどらずはたまゐるかずをいかでしらまし
    翫明月といふ事をよめる 民部卿忠教
 一八二/一九三 いづくにもこよひの月を見る人のこころやおなじそらにすむらん
    後冷泉院御時皇后宮歌合に駒迎の心をよめる 藤原隆経朝臣
 一八三/一九四 ひくこまのかずよりほかに見えつるはせきのしみづのかげにぞありける
    駒迎の心をよめる 源仲正
 一八四/一九五 あづまぢをはるかにいづるもちづきのこまにこよひやあふさかのせき
    八月十五夜のこころをよめる 源親房
 一八五/一九六 さやけさはおもひなしかと月かげをこよひとしらぬ人にとはばや
    閏九月あるとしの八月十五夜をよめる 春宮大夫公実
 一八六/一九七 秋はなほのこりおほかるとしなれどこよひの月はなこそをしけれ
    水上月をよめる 前斎宮六条
 一八七/一九八 くものなみかからぬさよの月かげをきよたきがはにうつしてぞ見る
    八月十五夜明月の心をよめる 源俊頼朝臣
 一八八/一九九 すみのぼるこころやそらをはらふらん雲のちりゐぬ秋のよの月
    月をよめる 皇后宮肥後
 一八九/二〇〇 月を見ておもふこころのままならばゆくへもしらずあくがれなまし
    人のもとにまかりて物申しける程に月のいりにければよめる 源師俊朝臣
 一九〇/二〇一 いかにしてしがらみかけんあまのがはながるる月やしばしよどむと
    経長卿のかつらのやまざとにて人人うたよみけるによめる 大納言経信
 一九一/二〇二 こよひわがかつらのさとの月を見ておもひのこせることのなきかな
    承暦二年内裏歌合に月をよめる 春宮大夫公実
 一九二/二〇三 くもりなきかげをとどめばやまのはにいるとも月ををしまざらまし
    宇治前太政大臣家歌合に月をよめる 皇后宮摂津
 一九三/二〇四 てる月のひかりさえゆくやどなれば秋のみづにもこほりゐにけり
    源俊頼朝臣
 一九四/二〇五 山のはにくものころもをぬぎすててひとりも月のたちのぼるかな
    水上月 摂政左大臣
 一九五/二〇六 あしねはひかつみもしげきぬまみづにわりなくやどる夜はの月かな
    宇治前太政大臣家歌合に月をよめる 一宮紀伊
 一九六/二〇七 かがみやまみねよりいづる月なればくもるよもなきかげをこそみれ
    秋なにはのかたにまかりて月のあかかりけるよ、ぐしたる人人よ
    みけるによめる 参議師頼
 一九七/二〇八 いにしへのなにはのことをおもひいでてたかつのみやに月のすむらん
    秋月如昼といへる事をよめる 藤原隆経朝臣
 一九八/二〇九 きくのうへに露なかりせばいかにしてこよひの月をよるとしらまし
    翫明月といへることをよめる 源行宗朝臣
 一九九/二一〇 なごりなくよはのあらしにくもはれてこころのままにすめる月かな
    八月十五夜に人人歌よみけるに読める 平師季
 二〇〇/二一一 みかさやまひかりをさしていでしよりくもらであけぬ秋のよの月
    宇治入道前太政大臣三十講歌合に月の心をよめる 読人不知
 二〇一/二一二 やどからぞ月のひかりもまさりけるよのくもりなくすめばなりけり
    奈良花林院歌合に月をよめる 権僧正永縁
 二〇二/二一四 いかなれば秋はひかりのまさるらむおなじみかさの山のはの月
    詠月歌 藤原顕輔朝臣
 二〇三/二一五 みかさやまもりくる月のきよければかみのこころもすみやしぬらん
    太皇太后宮扇合に月の心をよめる 大納言経信
 二〇四/二一六 かすがやまみねよりいづるつきかげはさほのかはせのこほりなりけり
    顕季卿家にて九月十三夜人人月の歌よみけるに 大宰大弐長実
 二〇五/二一七 くまもなきかがみとみゆる月かげにこころうつらぬ人はあらじな
    源俊頼朝臣
 二〇六/二一八 むらくもや月のくまをばのごふらんはれゆくままにてりまさるかな
    月照古橋といへることをよませ給ひける 三宮
 二〇七/二二〇 とだえして人もかよはぬたなはしは月ばかりこそすみわたりけれ
    水上月をよめる 藤原実光朝臣
 二〇八/二二一 月かげのさすにまかせてゆくふねはあかしのうらやとまりなるらん
    題不知 大宰大弐長実
 二〇九/二二二 さらぬだにたまにまがひておくつゆをいとどみがける秋のよの月
    永承四年殿上歌合に月の心をよめる 藤原家経朝臣
 二一〇/二二三 よとともにくもらぬくものうへなればおもふことなく月を見るかな
   月前旅宿といふ事をよめる 修理大夫顕季
 二一一/二二四 まつがねにころもかたしきよもすがらながむる月をいも見るらむか
    独月をみるといふ事をよめる 藤原有教母
 二一二/二二五 ながむればおぼえぬこともなかりけり月やむかしのかたみなるらん
    行路暁月といへることをよめる 権僧正永縁
 二一三/二二六 もろともにいづとはなしにありあけの月のみおくるやまぢをぞゆく
    対山待月といへる事をよめる 土御門右大臣
 二一四/二二七 ありあけの月まつ程のうたたねはやまのはのみぞゆめに見えける
    山家暁月をよめる 中納言顕隆
 二一五/二二八 やまざとのかどたのいねのほのぼのとあくるもしらず月を見るかな
    月のあかかりけるころあかしにまかりてつきをみてのぼりたちけ
    るに、みやこの人人月はいかがなどたづねけるをききてよめる 
    平忠盛朝臣
 二一六/二二九 ありあけの月もあかしのうらかぜになみばかりこそよると見えしか
    月前落葉といへることを 源俊頼朝臣
 二一七/二三〇 あらしをやはもりのかみもたたるらん月にもみぢのたむけしつれば
    虫をよめる 前斎院六条
 二一八/二三一 露しげきのべにならひてきりぎりすわがたまくらのしたになくなり
    はたおりといふむしをよめる 顕仲卿母
 二一九/二三二 ささがにのいとひきかくる草むらにはたおるむしのこゑきこゆなり
    題読人不知
 二二〇/二三三 たまづさはかけてきたれどかりがねのうはのそらにもきこゆなるかな
    春宮大夫公実
 二二一/二三四 いもせやまみねのあらしやさむからんころもかりがねそらになくなり
    鹿をよめる 三宮大進
 二二二/二三五 つまこふるしかぞなくなるひとりねのとこのやまかぜ身にやしむらん
    暁聞鹿といへることをよめる 皇后宮右衛門佐
 二二三/二三六 おもふことありあけがたの月かげにあはれをそふるさをしかのこゑ
    夜聞鹿声といへる事をよめる 内大臣家越後
 二二四/二三七 よはになくこゑにこころぞあくがるるわが身はしかのつまならねども
    摂政左大臣家にて旅宿鹿といへることをよめる 源雅光
 二二五/二三八 さもこそはみやこ恋しきたびならめしかのねにさへぬるるそでかな
    鹿の歌とてよめる 藤原顕仲朝臣
 二二六/二三九 よのなかをあきはてぬとやさをしかのいまはあらしの山になくらん
    野花帯露といへることをよめる 皇后宮肥後
 二二七/二四一 しらつゆと人はいへども野辺みればおくはなごとに色ぞかはれる
    太皇太后宮扇合に人にかはりてはぎのこころをよめる 僧正行尊
 二二八/二四二 こはぎはらにほふさかりはしらつゆもいろいろにこそ見えわたりけれ
    はぎをよめる 大宰大弐長実
 二二九/二四三 しらすげのまののはぎはらつゆながらをりつる袖ぞ人なとがめそ
    をみなへしをよめる 隆源法師
 二三〇/二四四 をみなへしさける野辺にぞやどりぬるはなのなたてになりやしぬらん
    顕隆卿家歌合に女郎花をよめる 中納言俊忠
 二三一/二四五 ゆふつゆのたまかつらしてをみなへし野ばらのかぜにをれやしぬらん
    女郎花をよめる 藤原顕輔朝臣
 二三二/二四六 白露やこころおくらんをみなへしいろめく野辺に人かよふとて
    摂政左大臣
 二三三/二四七 をみなへし夜のまのかぜにをれふしてけさしも露にこころおかるな
    摂政左大臣家にて蘭をよめる 源忠季
 二三四/二四八 さほがはのみぎはにさけるふぢばかまなみのよりてやかけんとすらん
    蘭をよめる 右兵衛督伊通
 二三五/二四九 かりにくる人もきよとやふぢばかまあきののごとにしかのたつらん
    神祇伯顕仲
 二三六/二五〇 ささがにのいとのとぢめやあだならんほころびわたるふぢばかまかな
    鳥羽殿前栽合に女郎花をよめる 春宮大夫公実
 二三七/二五一 あだしののつゆふきみだる秋かぜになびきもあへぬをみなへしかな
    野草留人といふことをよめる 平忠盛朝臣
 二三八/二五三 ゆく人をまねくか野辺のはなすすきこよひもここにたびねせよとや
    堀河院御時御前にて各題をさぐりて歌つかうまつりけるに、すす
    きをとりてつかまつれる 源俊頼朝臣
 二三九/二五四 うづらなくまののいりえのはまかぜにをばななみよる秋のゆふぐれ
    河霧をよめる 藤原基光
 二四〇/二五五 うぢがはのかはせも見えぬゆふぎりにまきのしま人ふねよばふなり
    郁芳門院根合に菊をよめる 中納言通俊
 二四一/二五七 さかりなるまがきのきくをけさみればまだそらさえぬゆきぞつもれる
    鳥羽殿前栽合に菊をよめる 修理大夫顕季
 二四二/二五八 ちとせまできみがつむべききくなればつゆもあだにはおかじとぞおもふ
    摂政左大臣の家にて紅葉隔牆といへるこころをよめる 藤原仲実朝臣
 二四三/二五九 もずのゐるはじのたちえのうすもみぢたれわがやどの物と見るらん
    承暦二年内裏歌合に紅葉をよめる 源師賢朝臣
 二四四/二六〇 ははきぎの木ずゑやいづくおぼつかなみなそのはらはもみぢしにけり
    宇治前太政大臣大井河にまかりわたりたりけるにまかりて、水辺
    紅葉といへる事をよめる 大納言経信
 二四五/二六一 おほゐがはいはなみたかしいかだしよきしのもみぢにあからめなせそ
    太皇太后宮扇合に人にかはりて紅葉の心をよめる 源俊頼朝臣
 二四六/二六二 おとはやまもみぢちるらしあふさかのせきのをがはににしきおりかく
    紅葉をよめる 藤原伊家
 二四七/二六三 たにがはにしがらみかけよたつたひめみねのもみぢにあらしふくなり
    大井御幸につかうまつれる 修理大夫顕季
 二四八/二六四 おほゐがはゐせきのおとのなかりせばもみぢをしけるわたりとやみん
    深山紅葉といへる事をよめる 大納言経信
 二四九/二六五 やまもりよをののおとたかくひびくなりみねのもみぢはよきてきらせよ
    紅葉をよめる 神祇伯顕仲
 二五〇/二六六 よそにみるみねのもみぢやちりくるとふもとのさとはあらしをぞまつ
    大井河逍遥に水上紅葉といへる事をよめる 藤原伊家
 二五一/二六七 ははそちるいはまをかづくかもどりはおのがあをばももみぢしにけり
    落葉埋橋といへることをよめる 修理大夫顕季
 二五二/二六八 をぐら山みねのあらしのふくからにたにのかけはしもみぢしにけり
    落葉蔵水といへることをよめる 大中臣公長朝臣
 二五三/二六九 おほゐがはちるもみぢ葉にうづもれてとなせのたきはおとのみぞする
    九月尽の心をよめる 中原経則
 二五四/二七一 あすよりはよものやまべのあきぎりのおもかげにのみたたむとすらん
    源師俊朝臣
 二五五/二七二 草の葉にはかなくきゆる露をしもかたみにおきて秋のゆくらん
    九月尽日大井にまかりてよめる 春宮大夫公実
 二五六/二七三 をしめどもよものもみぢはちりはててとなせぞ秋のとまりなりける
 
 金葉和歌集巻第四 冬部
 
    承暦二年御前にて殿上の御をのこども題をさぐりて歌つかうまつ
    りけるに、時雨をとりてつかうまつれる 源師賢朝臣
 二五七/二七四 かみな月しぐるるままにくらぶやましたてるばかりもみぢしにけり
    従二位藤原親子家造紙合に時雨をよめる 修理大夫顕季
 二五八/二七五 しぐれつつかつちるやまのもみぢ葉をいかにふくよのあらしなるらん
    奈良に人人百首歌よみけるに時雨をよめる 権僧正永縁
 二五九/二七六 やまがはのみづはまさらでしぐれにはもみぢのいろぞふかくなりける
    しぐれをよめる 摂政家参河
 二六〇/二七八 神な月しぐれのあめのふるたびにいろいろになるすずか山かな
    後朱雀院御時御前にて霧蔵紅葉といへる事をよめる 前中納言資仲
 二六一/二七九 もみぢちるやまは秋ぎりはれせねばたつたのかはのながれをぞ見る
    大井河にまかりて紅葉をよめる 平致親
 二六二/二八〇 おほゐがはもみぢをわたるいかだしはさをににしきをかけてこそみれ
    落葉をよめる 大納言経信
 二六三/二八一 みむろ山もみぢちるらしたび人のすげのをがさににしきおりかく
    竹風如雨といへることをよめる 中納言基長
 二六四/二八二 なよたけのおとにぞ袖をかづきつるぬれぬにこそはかぜとしりぬれ
    十月十日ころにしかのなきけるをききてよめる 法印光清
 二六五/二八三 なに事にあきはてながらさをしかのおもひかへしてつまをこふらん
    百首歌中に紅葉をよめる 源俊頼朝臣
 二六六/二八四 たつたがはしがらみかけてかみなびのみむろの山のもみぢをぞ見る
    網代をよめる 皇后宮肥後
 二六七/二八五 ひをのよるかはせにみゆるあじろ木はたつしらなみのうつにやあるらん
    月網代をてらすといふことをよめる 大納言経信
 二六八/二八六 月きよみせぜのあじろによるひをはたまもにさゆるこほりなりけり
    旅宿冬夜といへることをよめる
 二六九/二八七 たびねするよどこさえつつあけぬらしとかたぞかねのこゑきこゆなり
    関路千鳥といへることをよめる 源兼昌
 二七〇/二八八 あはぢしまかよふちどりのなくこゑにいくよねざめぬすまのせきもり
    氷をよめる 藤原隆経朝臣
 二七一/二九〇 たかせぶねさをのおとにぞしられけるあしまのこほりひとへしにけり
    谷水結氷といへることをよめる 内大臣
 二七二/二九一 たにがはのよどみにむすぶこほりこそ見る人もなきかがみなりけれ
    百首歌中に氷をよめる 藤原仲実朝臣
 二七三/二九二 しながどりゐなのふしはらかぜさえてこやのいけみづこほりしにけり
    冬月をよめる 神祇伯顕仲
 二七四/二九三 ふゆさむみそらにこほれる月かげはやどにもるこそとくるなりけれ
    氷満池上といへることをよめる 大納言経信
 二七五/二九四 みづとりのつららのまくらひまもなしむべさえけらしとふのすがごも
    深山の霰をよめる 大蔵卿匡房
 二七六/二九五 はしたかのしらふにいろやまがふらんとがへるやまにあられふるらし
    水辺寒草といへることをよめる 大中臣公長朝臣
 二七七/二九六 たかねにはゆきふりぬらしましばがはほきのかげぐさたるひすがれり
    宇治前太政大臣の家歌合に雪の心をよめる 源頼綱朝臣
 二七八/二九七 ころもでによごのうらかぜさえさえてこだかみやまに雪ふりにけり
    橋上初雪といへることをよめる 前斎院尾張
 二七九/二九八 しらなみのたちわたるかとみゆるかなはまなのはしにふれるはつ雪
    初雪をよめる 大納言経信
 二八〇/二九九 はつゆきはまきの葉しろくふりにけりこやをのやまのふゆのさびしさ
    雪中鷹狩をよめる 源道済
 二八一/三〇〇 ぬれぬれもなほかりゆかんはしたかのうはばのゆきをうちはらひつつ
    鷹狩の心をよめる 源俊頼朝臣
 二八二/三〇一 はしたかをとりかふさはにかげ見ればわが身もともにとやがへりせり
    内大臣家越後
 二八三/三〇二 ことわりやかたののをのになくきぎすさこそはかりの人はつらけれ
    百首歌中に雪の心をよめる 大蔵卿匡房
 二八四/三〇三 いかにせんすゑのまつ山なみこさばみねのはつゆききえもこそすれ
    宇治前太政大臣家歌合に雪の心をよめる 皇后宮摂津
 二八五/三〇四 ふるゆきにすぎのあをばもうづもれてしるしも見えずみわのやまもと
    中納言女王
 二八六/三〇五 いはしろのむすべるまつにふるゆきははるもとけずやあらんとすらむ
    大嘗会主基方備中国弥高山をよめる 藤原行盛
 二八七/三〇六 ゆきふればいやたかやまのこずゑにはまだふゆながらはなさきにけり
    雪歌とてよめる 源俊頼朝臣
 二八八/三〇七 ころもでのさえゆくままにしもとゆふかづらきやまにゆきはふりつつ
    雪の御幸におそくまゐり侍りければ、しきりにおそきよしの御つ
    かひたまはりてつかうまつれる 六条右大臣
 二八九/三〇八 あさごとのかがみのかげにおもなれてゆき見にとしもいそがれぬかな
    すみがまをよめる 皇后宮権大夫師時
 二九〇/三〇九 すみがまにたつけぶりさへをのやまはゆきげのくもにみゆるなりけり
    百首歌中に雪をよめる 隆源法師
 二九一/三一〇 みやこだに雪ふりぬればしがらきのまきのそま山あとたえぬらん
    皇后宮肥後
 二九二/三一一 みちもなくつもれる雪にあとたえてふるさといかにさびしかるらん
    選子内親王いつきにおはしましける時雪のふりたりけるに月のあ
    かかりけるよまゐりたりけれど、女房たちねたりけるにや月もみ
    ざりければ殿上のみすにむすびつけけるうた 藤原兼房朝臣
 二九三/三一二 かきくらしあめふるよはやいかならん月とゆきとはかひなかりけり
    家経朝臣のかつらの障子のゑにかぐらしたる所をよめる 康資王母
 二九四/三一四 さかきばやたちまふ袖のおひかぜになびかぬ神はあらじとぞおもふ
    かぐらの心をよめる 皇后宮権大夫師時
 二九五/三一五 かみがきのみむろのやまにしもふればゆふしでかけぬさかき葉ぞなき
    氷をよませ給ひける 三宮
 二九六/三一六 つながねどながれもゆかずたかせぶねむすぶこほりのとけぬかぎりは
    池氷をよめる 前斎宮内侍
 二九七/三一八 なみまくらいかにうきねをさだむらんこほりますだのいけのをしどり
    修理大夫顕季
 二九八/三一九 さむしろにおもひこそやれささの葉にさゆるしも夜のをしのひとりね
    依花待春といへることを 内大臣
 二九九/三二〇 なにとなくとしのくるるはをしけれどはなのゆかりにはるをまつかな
    歳暮の心をよめる 藤原成通朝臣
 三〇〇/三二一 人しれずくれゆくとしををしむまにはるいとふなのたちぬべきかな
    摂政左大臣家にて各題どもをさぐりてよみけるに、歳暮をとりてよめる
    藤原永実
 三〇一/三二二 かぞふるにのこりすくなき身にしあればせめてもをしきとしのくれかな
    この歌よみてとしのうちに身まかりにけるとぞ
    歳暮の心をよませ給ひける 三宮
 三〇二/三二三 いかにせんくれゆくとしをしるべにて身をたづねつつおいはきにけり
    中原長国
 三〇三/三二四 としくれぬとばかりをこそきかましかわが身のうへにつもらざりせば
    中納言国信
 三〇四/三二五 なに事をまつとはなしにあけくれてことしもけふになりにけるかな
 

 金葉和歌集巻第五 賀部
 
    長治二年三月五日内裏にて竹不改色といへる事をよませ給へる 堀河院御製
 三〇五/三二六 ちよふれどおもがはりせぬかはたけはながれてのよのためしなりけり
    郁芳門院の根合にいはひの心をよめる 六条右大臣
 三〇六/三二七 よろづよはまかせたるべしいはしみづながきながれをきみによそへて
    堀河院御時中宮はじめてわたりおはします時、松契遐年といへる
    事をよめる 大納言俊実
 三〇七/三二八 みづのおもにまつのしづえのひちぬればちとせはいけのこころなりけり
    於禁中翫花といへることをよめる 中納言実行
 三〇八/三二九 ここのへにひさしくにほへやへざくらのどけきはるのかぜとしらずや
    花契遐年といへることをよめる 源師俊朝臣
 三〇九/三三〇 よろづ代とさしてもいはじさくらばなかざさむはるしかぎりなければ
    橘俊綱朝臣家歌合にいはひの心をよめる 藤原国行
 三一〇/三三一 おのづから我が身さへこそいははるれたれかち世にもあはまほしさに
    百首歌中に祝の心をよめる 源俊頼朝臣
 三一一/三三二 きみが代はまつのうはばにおくつゆのつもりてよものうみとなるまで
    祝の心をよめる 大納言経信
 三一二/三三三 きみが代の程をばしらですみよしのまつをひさしとおもひけるかな
    後一条院御時弘徽殿女御歌合に祝の心をよめる 永成法師
 三一三/三三四 きみがよはすゑのまつ山はるばるとこすしらなみのかずもしられず
    嘉承二年鳥羽殿行幸に池上花といへることをよませ給ひける 堀河院御製
 三一四/三三五 いけみづのそこさへにほふはなざくら見るともあかじちよのはるまで
    大嘗会主基方辰日参音声鼓山をよめる 藤原行盛
 三一五/三三六 おとたかきつづみのやまのうちはへてたのしきみよとなるぞうれしき
    悠紀方朝日郷をよめる 藤原敦光朝臣
 三一六/三三七 くもりなきとよのあかりにあふみなるあさひのさとはひかりさしそふ
    巳日楽破に雄琴郷をよめる
 三一七/三三八 まつかぜのをごとのさとにかよふにぞをさまれるよのこゑはきこゆる
    後冷泉院御時大嘗会主基方備中国二万郷をよめる 藤原家経朝臣
 三一八/三三九 みつぎものはこぶよほろをかぞふればにまのさと人かずそひにけり
    おなじくにいなゐといふところを人にかはりてよめる 高階明頼
 三一九/三四〇 なはしろのみづはいなゐにまかせたりたみやすげなる君がみよかな
    祝の心をよめる 皇后宮肥後
 三二〇/三四一 いつとなくかぜふくそらにたつちりのかずもしられぬ君がみよかな
    花契遐年といへることをよめる 大宰大弐長実
 三二一/三四二 はなもみなきみがちとせをまつなればいづれのはるかいろもかはらん
    摂政左大臣中将にて侍りけるころ春日の使にてくだり侍りけるに、
    周防内侍女使にてくだりたりけるに為隆卿行事弁にて侍りけるに
    つかはしける 周防内侍
 三二二/三四三 いかばかり神もうれしとみかさやまふた葉のまつのちよのけしきを
    題不知 藤原道経
 三二三/三四四 きみがよはいくよろづよかかさぬべきいつぬきがはのつるのけごろも
    宇治前太政大臣家歌合に祝の心をよめる 中納言通俊
 三二四/三四五 きみがよはあまのこやねのみことよりいはひぞそめしひさしかれとは
    大蔵卿匡房
 三二五/三四六 きみが代はかぎりもあらじみかさやまみねにあさひのささむかぎりは
    新院北面にて藤花久匂といへることをよめる 大夫典侍
 三二六/三四七 ふぢなみはきみがちとせのまつにこそかけてひさしく見るべかりけれ
    いはひのこころをよめる 源忠季
 三二七/三四八 きみがよはとみのをがはのみづすみてちとせをふともたえじとぞ思ふ
    実行卿家歌合に祝のこころをよめる 藤原為忠
 三二八/三四九 みづがきのひさしかるべき君が代をあまてる神やそらにしるらん
    前前中宮はじめてうちへいらせ給ひけるに、ゆきふりて侍りければ
    六条右大臣のもとへつかはしける 宇治前太政大臣
 三二九/三五〇 ゆきつもるとしのしるしにいとどしくちとせのまつのはなさくぞ見る
    かへし 六条右大臣
 三三〇/三五一 つもるべしゆきつもるべし君がよはまつのはなさくちたびみるまで
    天喜四年皇后宮の歌合にいはひの心をよませ給ひける 後冷泉院御製
 三三一/三五二 ながはまのまさごのかずもなにならずつきせずみゆるきみがみよかな
    松上雪をよめる 源頼家朝臣
 三三二/三五三 よろづよのためしとみゆるまつの上にゆきさへつもるとしにもあるかな
    前斎宮いせにおはしましけるころ、いしなとりあはせせさせ給ひ
    けるに祝の心をよめる 源俊頼朝臣
 三三三/三五四 くもりなくとよさかのぼるあさひにはきみぞつかへんよろづ代までに
 

 金葉和歌集巻第六 別部

    兼房朝臣丹後になりてくだりけるひつかはしける 大納言経長
 三三四/三五五 きみうしやはなのみやこのはなを見でなはしろみづにいそぐこころよ
    かへし 藤原兼房朝臣
 三三五/三五六 よそにきくなはしろみづにあはれわがおりたつなをもながしつるかな
    重尹帥になりてくだり侍りけるころ餞し侍りけるときよめる 堀河右大臣
 三三六/三五七 かへるべきたびのわかれとなぐさむるこころにたがふ涙なりけり
    題読人不知
 三三七/三五八 おくれゐてわがこひをればしらくものたなびく山をけふやこゆらん
    経輔卿つくしへくだりけるにぐしてまかりけるとき、みちより上
    東門院に侍りける人のがりつかはしける 前大弐長房朝臣
 三三八/三五九 かたしきの袖にひとりはあかせどもおつる涙ぞよをかさねける
    これをごらんじてかたはらにかきつけさせ給ひける 上東門院
 三三九/三六〇 わかれぢをげにいかばかりなげくらんきく人さへぞ袖はぬれける
    源公定大隅守になりてくだりけるとき、月のあかかりけるよわかれを
    をしみてよめる 源為成
 三四〇/三六一 はるかなるたびのそらにもおくれねばうらやましきは秋のよの月
    対馬守小槻のあきみちがくだりけるときつかはしける 為政朝臣妻
 三四一/三六二 おきつしまくもゐのきしをゆきかへりふみかよはさんまぼろしもがな
    俊頼朝臣伊勢の国にまかる事ありていでたちける時人人餞し侍りける時よめる
    参議師頼
 三四二/三六三 いせのうみのをののふるえにくちはてでみやこのかたへかへれとぞおもふ
    源行宗朝臣
 三四三/三六四 まちつけんわが身なりせばいくちたびかへりこん日をきみにとはまし
    百首歌中に別のこころをよめる 中納言国信
 三四四/三六五 けふはさはたちわかるともたよりあらばありやなしやのなさけわするな
    藤原基俊
 三四五/三六六 あきぎりのたちわかれぬる君によりはれぬおもひにまどひぬるかな
    橘為仲朝臣陸奥へまかりくだりける時人人餞し侍りけるによめる
    藤原実綱朝臣
 三四六/三六七 人はいさわが身はすゑになりぬればまたあふさかをいかがまつべき
    藤原有定
 三四七/三六八 こひしさはその人かずにあらずともみやこをしのぶうちにいれなん
    経平卿つくしへまかりけるにぐしてまかりけるひ公実卿のもとへ
    つかはしける 中納言通俊
 三四八/三六九 さしのぼるあさひにきみをおもひいでんかたぶく月にわれをわするな
    陸奥国へまかりけるときあふさかのせきよりみやこへつかはしける 
    橘則光朝臣
 三四九/三七一 われひとりいそぐとおもひしあづまぢにかきねのむめはさきだちにけり
 

 金葉和歌集巻第七 恋部上
 
    五月五日はじめたる女のもとにつかはしける 小一条院
 三五〇/三七二 しらざりつ袖のみぬれてあやめぐさかかるこひぢにおひん物とは
    をんなのがりつかはしける 大江公資朝臣
 三五一/三七三 しのすすきうはばにすがくささがにのいかさまにせば人なびきなん
    暁恋をよめる 神祇伯顕仲
 三五二/三七四 さりともとおもふかぎりはしのばれてとりとともにぞねはなかれける
    つれなかりける女のもとにつかはしける 春宮大夫公実
 三五三/三七五 これにしくおもひはなきを草まくらたびにかへすはいなむしろとや
    顕季卿家にて恋歌人人よみけるによめる 藤原顕輔朝臣
 三五四/三七七 あふと見てうつつのかひはなけれどもはかなきゆめぞいのちなりける
    女のがりつかはしける 源雅光
 三五五/三七八 あふまではおもひもよらず夏びきのいとほしとだにいふときかばや
    従二位藤原親子家草子合に恋の心をよめる 宣源法師
 三五六/三七九 いまはただねられぬいをぞともとするこひしき人のゆかりとおもへば
    大宰大弐長実
 三五七/三八〇 おもひやれすまのうらみてねたるよのかたしくそでにかかるなみだを
    もの申しける人のかみをかきこしてけづるを見てよめる 津守国基
 三五八/三八一 あさねがみたがたまくらにたはつけてけさはかた見とふりこして見る
    題読人不知
 三五九/三八二 恋すてふ名をだにながせなみだ川つれなき人もききやわたると
 三六〇/三八三 なにせんにおもひかけけむから衣こひすることはみさをならぬに
    中納言雅定
 三六一/三八四 あふことはいつとなぎさのはまちどりなみのたちゐにねをのみぞなく
    あるみやばらに侍りける人のしのびてやをいでて、あやしのとこ
    ろにて物申してまたの日つかはしける 春宮大夫公実
 三六二/三八五 おもひいづやありしそのよのくれたけはあさましかりしふしどころかな
    顕季卿家にて寄織女恋といふ心をよめる 少将公教母
 三六三/三八六 たなばたはまたこん秋もたのむらんあふよもしらぬ身をいかにせん
    寄水鳥恋といへることをよめる 源師俊朝臣
 三六四/三八七 みづとりのはかぜにさわぐさざなみのあやしきまでもぬるる袖かな
    寄夢恋といへることをよめる 左兵衛督実能
 三六五/三八八 ゆめにだにあふとは見えよさもこそはうつつにつらきこころなりとも
    題不知 中納言顕隆
 三六六/三八九 しらくものかかるやまぢをふみみてぞいとどこころはそらになりける
    たのめてあはぬ恋の心をよめる 源顕国朝臣
 三六七/三九〇 あひみんとたのむればこそくれはどりあやしやいかがたちかへるべき
    忍恋の心をよめる 中納言実行
 三六八/三九一 たにがはのうへはこの葉にうづもれてしたにながると人しるらめや
    月前恋といへる事をよめる 藤原基光
 三六九/三九二 ながむれば恋しき人のこひしきにくもらばくもれ秋のよの月
    題読人不知
 三七〇/三九三 つらしともおろかなるにぞいはれけるいかにうらむと人にしらせん
    物申しける人の前前中宮にまゐりにければなごりをしびて、月の
    あかかりけるよいひつかはしける 藤原知房朝臣
 三七一/三九四 おもかげはかずならぬ身にこひられてくもゐの月をたれと見るらん
    さはることありてひさしくおとづれざりける女のもとよりいひつ
    かはしてはべりける 読人不知
 三七二/三九五 あさましやなどかきたゆるもしほ草さこそはあまのすさびなりとも
    ふみばかりつかはしていひたえにける人のもとにつかはしける 
    内大臣家小大進
 三七三/三九六 ふみそめておもひかへりしくれなゐのふでのすさみをいかで見せけん
    実行卿家歌合に、恋の心をよみ侍りける 長実卿母
 三七四/三九七 しるらめやよどのつぎはしよとともにつれなき人をこひわたるとは
    藤原道経
 三七五/三九八 恋ひわびておさふるそでやながれいづるなみだのかはのゐせきなるらん
    少将公教母
 三七六/三九九 ながれてのなにぞたちぬるなみだがは人めつつみをせきしあへねば
    題不知 皇后宮右衛門佐
 三七七/四〇〇 なみだがはそでのゐせきもくちはててよどむかたなき恋もするかな
    源顕国朝臣
 三七八/四〇一 かくとだにまだいはしろのむすび松むすぼほれたるわがこころかな
    女のがりつかはしける 藤原顕輔朝臣
 三七九/四〇二 こひすてふもじのせきもりいくたびかわれかきつらん心づくしに
    左兵衛督実能
 三八〇/四〇三 いのちだにはかなからずはとしふともあひみんことをまたましものを
    後朝恋の心をよめる 源行宗朝臣
 三八一/四〇四 つらかりし心ならひにあひ見てもなほゆめかとぞうたがはれける
    堀河院御時艶書合に読める 春宮大夫公実
 三八二/四〇五 おもひあまりいかでもらさんをのやまのいはかきこむるたにのしたみづ
    恋の心をよめる 藤原顕輔朝臣
 三八三/四〇六 としふれど人もすさめぬわがこひやくち木のそまのたにのむもれ木
    あるまじき人をおもひかけてよめる 読人不知
 三八四/四〇七 いかにせんかずならぬ身にしたがはでつつむ袖よりあまる涙を
    院のくまのへまゐらせおはしましたりけるとき、御むかへにまゐ
    りてたびのとこのつゆけかりければよめる 大宰大弐長実
 三八五/四〇八 夜もすがらくさのまくらにおくつゆはふるさとこふる涙なりけり
    のわきのしたりけるにいかがなどおとづれたりける人の、そのの
    ちまたおともせざりければつかはしける 相模
 三八六/四一〇 あらかりしかぜののちよりたえぬるはくもでにすがくいとにやあるらん
    国信卿家歌合によはのこひの心をよめる 源俊頼朝臣
 三八七/四一一 よとともにたまちるとこのすがまくら見せばや人によはのけしきを
    五月五日わりなくてもりいでたる所に、こもといふ物ひきたりし
    もわすれがたさにいひつかはしける 相模
 三八八/四一二 あやめにもあらぬまこもをひきかけしかりのよどののわすられぬかな
    閏五月はべりけるとし人をかたらひけるに、のちの五月すぎてな
    ど申しければ 橘季通
 三八九/四一三 なぞもかく恋ぢにたちてあやめぐさあまりながびくさつきなるらん
    人のがりつかはしける 神祇伯顕仲
 三九〇/四一四 おのづからよがるるときのさむしろはなみだのうきになるとしらずや
    人をうらみてつかはしける 藤原惟規
 三九一/四一六 いけにすむわがなををしのとりかへす物ともがなや人をうらみじ
    女のがりまかりたりけるにこよひはかへりねとまうしければかへ
    りにけるのち、ひとよはいかがおもひしなど申したりければいひ
    つかはしける 藤原正家朝臣
 三九二/四一七 あきかぜにふきかへされてくずの葉のいかにうらみし物とかはしる
    かたらひ侍りける人の、あながちにまうさすることのありければ
    いひつかはしける 藤原有教母
 三九三/四一八 したがへば身をばすててんこころにもかなはでとまるなこそをしけれ
    長実卿の家歌合、恋のこころをよめる 藤原忠隆
 三九四/四一九 つつめどもなみだのあめのしるければこひするなをもふらしつるかな
    人をうらみてつかはしける 藤原惟規
 三九五/四二一 しまかぜにしばたつなみのやちかへりうらみてもなほたのまるるかな
    なきなたちける人のがりつかはしける 前斎宮内侍
 三九六/四二二 あさましやあふせもしらぬなとりがはまだきにいはまもらすべしやは
    遇不遇恋の心をよめる 左京大夫経忠
 三九七/四二三 ひとよとはいつかちぎりしかはたけのながれてとこそおもひそめしか
    俊忠卿家にて恋歌十首よみけるに誓不遇といふ事をよめる 皇后宮式部
 三九八/四二四 あひみてののちつらからばよよをへてこれよりまさる恋にまどはん
    実行卿家歌合に恋の心をよめる 源俊頼朝臣
 三九九/四二五 いつとなく恋にこがるるわが身よりたつやあさまのけぶりなるらん
    恋歌とてよめる 藤原成通朝臣
 四〇〇/四二六 のちの世と契りし人もなきものをしなばやとのみいふぞはかなき
    摂政左大臣
 四〇一/四二七 いはぬまはしたはふあしのねをしげみひまなき恋を人しるらめや
    かたらひける人のかれがれになりてうらめしかりければつかはしける
    白河女御越後
 四〇二/四二八 まちし夜のふけしをなにになげきけんおもひたえてもすごしける身を
    恋の心を人人のよみけるによめる 律師実源
 四〇三/四二九 いのちをしかけて契りしなかなればたゆるはしぬる心ちこそすれ
    皇后宮美濃
 四〇四/四三〇 かきたえてほどもへぬるをささがにのいまは心にかからずもがな
    旅宿恋の心をよめる 摂政左大臣
 四〇五/四三一 見せばやなきみしのびねの草まくらたまぬきかくるたびの気色を
    堀河院御時艶書合によめる 皇后宮肥後
 四〇六/四三二 おもひやれとはでひをふるさみだれのひとりやどもるそでのしづくを
    皇后宮にて人人恋歌つかうまつりけるに被返文恋といへることをよめる 美濃
 四〇七/四三三 こふれども人のこころのとけぬにはむすばれながらかへるたまづさ
    人人にこひの歌よませはべりけるに 摂政左大臣
 四〇八/四三四 こころざしあさぢがすゑにおく露のたまさかにとふ人はたのまじ
    忍恋といへることをよめる 読人不知
 四〇九/四三六 しのぶれどかひもなぎさのあまをぶねなみのかけてもいまはたのまじ
    恋の心をよめる 三宮大進
 四一〇/四三七 なぞもかく身にかふばかりおもふらんあひみん事も人のためかは
    寄花恋の心をよめる 摂政左大臣
 四一一/四三八 あだなりし人のこころにくらぶればはなもときはの物とこそみれ
    百首歌中に恋の心をよめる 修理大夫顕季
 四一二/四三九 わが恋はからすばにかくことのはのうつさぬほどはしる人もなし
    摂政左大臣家にて恋の心をよめる 源雅光
 四一三/四四〇 あやにくにこがるるむねもあるものをいかにかわかぬたもとなるらん
    寄山恋といへる事をよめる 大中臣公長朝臣
 四一四/四四一 こひわびておもひいるさのやまのはにいづる月日のつもりぬるかな
    つれなかりける人のもとにあふよしのゆめをみてつかはしける 藤原公教
 四一五/四四二 うたたねにあふと見つるがうつつにてつらきをゆめとおもはましかば
    俊忠卿家にて恋歌十首人人よみけるに頓来不留といへることをよめる
    源俊頼朝臣
 四一六/四四四 おもひぐさ葉ずゑにむすぶしらつゆのたまたまきてはてにもかからず
    女をうらみてつかはしける 春宮大夫公実
 四一七/四四五 あしねはふみづのうへとぞおもひしをうきはわが身にありけるものを
    重服になりたりける人の、たちながらこんとましたりければつかはしける
    橘俊宗女
 四一八/四四六 たちながらきたりとあはじふぢ衣ぬぎすてられん身ぞとおもへば
    恋のこころを人にかはりて 前中宮上総
 四一九/四四七 いしばしるたきのみなかみはやくよりおとにききつつこひわたるかな
    皇后宮女別当
 四二〇/四四八 たのめおくことの葉だにもなきものをなににかかれるつゆのいのちぞ
 

 金葉和歌集巻第八 恋部下
 
    はじめたる恋の心をよめる 良暹法師
 四二一/四四九 かすめてはおもふこころをしるやとてはるのそらにもまかせつるかな
    公任卿家にてもみぢ、あまのはしだて、こひとみつの題を人人に
    よませけるに、おそくまかりて人人みなかくほどになりければ、
    みつのだいをひとつによめるうた 藤原範永朝臣
 四二二/四五〇 こひわたる人に見せばやまつのはのしたもみぢするあまのはしだて
    後朝恋の心をよめる 源師俊朝臣
 四二三/四五一 しののめのあけゆくそらもかへるにはなみだにくるる物にぞありける
    月増恋といへることをよめる 内大臣
 四二四/四五二 いとどしくおもかげにたつこよひかな月をみよともちぎらざりしに
    恋の心をよめる 藤原顕輔朝臣
 四二五/四五三 こひわびてねぬよつもればしきたへのまくらさへこそうとくなりけれ
    鳥羽殿歌合に恋の心をよめる 藤原仲実朝臣
 四二六/四五四 よとともにそでのかわかぬわが恋やとしまがいそによするしらなみ
    晩恋といへるこころをよめる 中納言雅定
 四二七/四五五 あふことをこよひとおもはばゆふづくひいるやまのはもうれしからまし
    恋の心をよめる 右兵衛督伊通
 四二八/四五六 やまのゐのいはもるみづにかげみればあさましげにもなりにけるかな
    皇后宮にて人人恋歌つかうまつりけるによめる 大宰大弐長実
 四二九/四五七 みちのくのおもひしのぶにありながらこころにかかるあふのまつばら
    奈良の人人百首歌よみ侍りけるにうらみの心をよめる 権僧正永縁
 四三〇/四五九 おもはんとたのめし人のむかしにもあらずなるとのうらめしきかな
    恋の心をよめる 隆源法師
 四三一/四六〇 くるるまもさだめなきよにあふ事をいつともしらで恋ひわたるかな
    源家時かれがれになりけるをうらみていひつかはしける 前中宮越後
 四三二/四六一 人ごころあささはみづのねぜりこそこるばかりにもつままほしけれ
    恋歌十首人人よみけるを、たちぎく恋といへる事をよめる 修理大夫顕季
 四三三/四六二 わぎもこがこゑたちききしから衣そのよのつゆにそではぬれにき
    われをばかれがれになりてこと人のがりまかるとききてつかはしける 読人不知
 四三四/四六三 ことわりやおもひくらぶの山ざくらにほひまされるはるをめづるも
    郁芳門院のねあはせに恋の心をよめる 周防内侍
 四三五/四六四 恋ひわびてながむるそらのうき雲やわがしたもえのけぶりなるらん
    人のうらみて五月五日つかはしける 前斎宮河内
 四三六/四六五 あふことのひさしにふけるあやめぐさただかりそめのつまとこそみれ
    恋の心をよめる 大宰大弐長実
 四三七/四六六 つらきをもおもひもしらぬ身の程に恋しさいかでわすれざるらん
    題不知 前中宮上総
 四三八/四六七 さきのよの契をしらではかなくも人をつらしとおもひけるかな
    恋歌よみけるところにてよめる 源俊頼朝臣
 四三九/四六八 わすれぐさしげれるやどをきてみればおもひのきよりおふるなりけり
    人をうらみてよめる 読人不知
 四四〇/四六九 いまよりはおもひもいでじうらめしといふもたのみのかかるかぎりぞ
    遇不遇恋の心をよめる 左兵衛督実能
 四四一/四七〇 おもひきやあひみしよはのうれしさにのちのつらさのまさるべしとは
    人をうらみけるころ心地のれいならざりければよめる 読人不知
 四四二/四七一 あはずともなからんよにもおもひいでよわれゆゑいのちたえし人ぞと
    女のがりつかはしける 藤原永実
 四四三/四七二 するすみもおつる涙にあらはれてこひしとだにもえこそかかれね
    家のうたあはせにはじめたる恋の心をよめる 中納言国信
 四四四/四七三 色見えぬこころばかりはしづむれどなみだはえこそしのばざりけれ
    題読人不知
 四四五/四七四 あふことはゆめばかりにてやみにしをさこそ見しかと人にかたるな
    大納言経信
 四四六/四七五 あしがきにひまなくかかるくものいの物むつかしくしげるわがこひ
    藤原忠隆
 四四七/四七六 おさふれどあまるなみだはもる山のなげきにおつるしづくなりけり
    なきなたちてなげきけるころよめる 橘俊宗女
 四四八/四七七 いかにせんなげきのもりはしげけれどこのまの月のかくれなきよを
    物申しける人のひさしくおとせざりければつかはしける 前斎宮肥前
 四四九/四七八 かやぶきのこやわすらるるつまならんひさしく人のおとづれもせぬ
    恋のこころをよめる 左兵衛督実能
 四五〇/四七九 わが恋のおもふばかりのいろにいでばいはでも人に見えましものを
    もろともにほととぎすをまちけるにさはることありていりにける
    のち、なきつやなどたづねけるをききてよめる 春宮大夫公実
 四五一/四八〇 ほととぎすくもゐのよそになりしかばわれぞなごりのそらになかれし
    冬恋といへることをよめる 藤原成通朝臣
 四五二/四八一 水のおもにふるしらゆきのかたもなくきえやしなまし人のつらさに
    多聞といへるわらはをよびにつかはしけるに見えざりければ、月
    のあかかりけるよよめる 権僧正永縁
 四五三/四八二 まつ人のおほぞらわたる月ならばぬるるたもとにかげは見てまし
    寄水鳥恋 摂政左大臣
 四五四/四八三 あふこともなごえにあさるあしがものうきねをなくと人はしらずや
    人をうらみてよめる 源盛経母
 四五五/四八四 さのみやはわが身のうきになしはてて人のつらさをうらみざるべき
    摂政左大臣家にて恋の心をよめる 源雅光
 四五六/四八五 なにたてるあはでのうらのあまだにもみるめはかづく物とこそきけ
    うらめしきひとあるにつけてもむかしをおもひいづることありてよめる
    前斎宮甲斐
 四五七/四八六 いま人のこころをみわのやまにてぞすぎにしかたはおもひしらるる
    物申しける人のかれがれになりてのち思ひいでてふみつかはした
    りける返事にいひつかはしける 橘俊宗女
 四五八/四八七 めづらしやいはまによどむわすれみづいくかをすぎておもひいづらん
    やまのうたあはせに恋の心をよめる 読人不知
 四五九/四八九 たまさかにあふよはゆめのここちしてこひしもなどかうつつなるらん
    いかでかとおもふ人のさもあらぬさきにさぞなど人の申しければ 中原章経
 四六〇/四九〇 恋ひわぶるきみにあふてふことのははいつはりさへぞうれしかりける
    伊賀少将がもとにつかはしける 前帥資仲
 四六一/四九一 よものうみのうらうらごとにあされどもあやしく見えぬいけるかひかな
    返し 伊賀少将
 四六二/四九二 たまさかになみのたちよるうらうらはなにのみるめのかひかあるべき
    題不知 上総侍従
 四六三/四九五 あさましくなみだにうかぶわが身かなこころかろくはおもはざりしを
    物へまかりけるみちにはしたもののあひたりけるをとはせ侍りければ、
    上東門院に侍りけるすまひこそとなん申すといひけるをよめる 源縁法師
 四六四/四九六 名きくよりかねてもうつるこころかないかにしてかはあふべかるらん
    恋の心をよめる 民部卿忠教
 四六五/四九七 こひわびてたえぬおもひのけぶりもやむなしきそらのくもとなるらん
    女のもとへつかはしける 大納言経信
 四六六/四九八 あふことはいつともなくてあはれわがしらぬいのちにとしをふるかな
    人のもとにて女房のながきかみをうちいだして見せければよめる 藤原顕綱朝臣
 四六七/四九九 人しれずおもふこころをかなへなんかみあらはれて見えぬとならば
    堀河院御時のけさうぶみあはせによめる 中納言俊忠
 四六八/五〇〇 人しれぬおもひありそのうらかぜになみのよるこそいはまほしけれ
    返し 一宮紀伊
 四六九/五〇一 おとにきくたかしのうらのあだなみはかけじや袖のぬれもこそすれ
    くれにはかならずとたのめたりける人のはつかの月のいづるまで
    見えざりければよめる 摂政家堀河
 四七〇/五〇二 契りおきし人もこずゑのこのまよりたのめぬ月のかげぞもりくる
    こころがはりしたりける人のもとへ 江侍従
 四七一/五〇三 めのまへにかはるこころをなみだがはながれてやともおもひけるかな
    国信卿家歌合に初恋の心をよめる 源兼昌
 四七二/五〇四 けふこそはいはせのもりのしたもみぢ色にいづればちりもしぬらめ
    ゆきのあしたに出羽弁がもとよりかへり侍りけるに、おくりて侍りける
    出羽弁
 四七三/五〇五 おくりてはかへれとおもひしたましひのゆきさすらひてけさはなきかな
   返し 大納言経信
 四七四/五〇六 冬のよのゆきげのそらにいでしかどかげよりほかにおくりやはせし
    すみかをしらせざるこひといへる心をよめる 前斎院六条
 四七五/五〇七 ゆくへなくかきこもるにぞひきまゆのいとふこころの程はしらるる
    よにあらんかぎりはわすれじと契りたりける人のひさしくおとせざりければよめる
    読人不知
 四七六/五〇八 人はいさありとやすらんわすられてとはれぬ身こそなき心ちすれ
    としごろ物申しける人のたえておとづれざりければつかはしける
 四七七/五一〇 はやくよりあさき心と見てしかばおもひたえにきやまがはのみづ
    題不知
 四七八/五一一 もらさばやほそたにがはのむもれみづかげだに見えぬ恋にしづむと
    をとこのけふはかたたがへに物へまかるといはせてはべりければ
    つかはしける
 四七九/五一二 きみこそはひとよめぐりのかみときけなにあふことのかたたがふらん
    朝恋をよめる 藤原顕輔朝臣
 四八〇/五一三 あづさゆみかへるあしたのおもひにはひきくらぶべきことのなきかな
    人のもとよりせめてうらみてそでのぬるるさまを見せばやと申し
    ければよめる 皇后宮少将
 四八一/五一四 うらむともみるめもあらじものゆゑになにかはあまの袖ぬらすらん
    旅宿恋といへる事をよめる 修理大夫顕季
 四八二/五一五 こひしさをいもしるらめやたびねしてやまのしづくに袖ぬらすとは
    人のゆふがたまでこんと申したりければよめる 一宮紀伊
 四八三/五一六 うらむなよかげ見えがたきゆふづくよおぼろけならぬくもままつ身ぞ
    蔵人にて侍りけるころ、うちをわりなくいでて女のもとにまかりてよめる
    藤原永実
 四八四/五一七 みか月のおぼろけならぬこひしさにわれてぞいづるくものうへより
    周防内侍したしくなりてのちゆめゆめこのこともらすなと申しければよめる
    源信宗朝臣
 四八五/五一八 あはぬまはまどろむことのあらばこそゆめにも見きと人にかたらめ
    題不知 左京大夫経忠
 四八六/五一九 人しれずなきなはたてどからころもかさねぬそでは猶ぞつゆけき
    ひとを恨みてよめる 大中臣輔弘女
 四八七/五二〇 あぢきなくすぐる月日ぞうらめしきあひ見し程をへだつとおもへば
    三井寺にて人人恋歌よみけるによめる 僧都公円
 四八八/五二一 つらしともおもはん人はおもひなんわれなればこそ身をばうらむれ
    かたらひける女のもとにまからんと申しけれどさはることありて
    まからざりければ、五月雨のころおくりてはべりける 読人不知
 四八九/五二二 さみだれのそらだのめのみひまなくてわすらるる名ぞ世にふりにける
    返し 左兵衛督実能
 四九〇/五二二 わすられんなは世にふらじさみだれもいかでかしばしをやまざるべき
    題読人不知
 四九一/五二三 あまぐものかへしのかぜのおとせぬはおもはれじとのこころなるべし
 四九二/五二四 あしびきのやまのまにまにたふれたるからきはひとりふせるなりけり
 四九三/五二八 みくまのにこまのつまづくあをつづらきみこそわれがほだしなりけれ
 四九四/五二九 こりつむるなげきをいかにせよとてかきみにあふごのひとすぢもなし
 四九五/五二五 つのくにのまろやは人をあくたがはきみこそつらきせぜは見えしか
 四九六/五二六 あふみてふなはたかしまときこゆれどいづらはここにくるもとのさと
 四九七/五二七 かさとりのやまによをふる身にしあればすみやきもをるわがこころかな
 四九八/五三〇 あふごなき物としるしるなににかはなげきをやまとこりはつむらん
 四九九/五三二 はかるめることのよきのみおほかればそらなげきをばこるにやあるらん
 五〇〇/五三三 あふことのいまはかたみのめをあらみもりてながれんなこそをしけれ
 五〇一/五三四 あふことはかたねぶりなるいそひたひひねりふすともかひやなからん
 五〇二/五三六 あふことのかたのにいまはなりぬればおもふがりのみゆくにやあるらん
 五〇三/五三五 あふみにかありといふなるかれひやまきみはこえけり人とねぐさし
 五〇四/五三七 あふことはなからふるやのいたびさしさすがにかけてとしのへぬらん
 五〇五/五三八 かしかましやまのしたゆくさざれ水あなかまわれもおもふ心あり
 五〇六/五三九 ぬすびとといふもことわりさよなかにきみがこころをとりにきたれば
 五〇七/五四〇 はなうるしこやぬる人のなかりけるあなはらぐろのきみがこころや
    寄石恋といふ心をよめる 前斎院六条
 五〇八/五四一 あふ事をとふいしがみのつれなさにわがこころのみうごきぬるかな
    摂政左大臣家にて恋の心をよめる 源雅光
 五〇九/五四二 かずならぬ身をうぢがはのはしばしといはれながらもこひわたるかな
    恋の歌十首人人よみけるに、くれどもとどまらずといへることをよめる
    修理大夫顕季
 五一〇/五四三 たまつしまきしうつなみのたちかへりせないでましぬなごりさびしも
    恋の歌とてよめる 春宮大夫公実
 五一一/五四四 あふことはふな人よわみこぐふねのみをさかのぼる心地こそすれ
    顕仲卿女
 五一二/五四五 こころからつきなきこひをせざりせばあはでやみにはまどはざらまし
    見かはしながらうらめしかりける人によみかけける 内大臣家小大進
 五一三/五四六 かくばかり恋のやまひはおもけれどめにかけさげてあはぬ君かな
    摂政左大臣家にてときどきあふといふことをよめる 源顕国朝臣
 五一四/五四七 わがこひはしづのしげいとすぢよわみたえまはおほくくるはすくなし
    恋歌人人よみけるによめる 源俊頼朝臣
 五一五/五四八 あさましやこはなに事のさまぞとよこひせよとてもむまれざりけり
 

 金葉和歌集巻第九 雑部上
 
    むかし道方卿にぐしてつくしにまかりて安楽寺にまゐりて見侍り
    ける梅の、わが任にまゐりて見ければ、木のすがたはおなじさま
    にて花のおいきにてところどころさきたるを見てよめる 
    大納言経信
 五一六/五五一 神がきにむかしわが見しむめのはなともにおい木となりにけるかな
    山家鶯といへることをよめる 摂政左大臣
 五一七/五五二 やまざともうき世のなかをはなれねばたにのうぐひすねをのみぞなく
    円宗寺のはなを御覧じて後三条院御事などおぼしいでてよませ給ひける 三宮
 五一八/五五三 うゑおきし君もなきよにとしへたるはなはわが身のここちこそすれ
    花見御幸を見て、いもうとの内侍のもとへつかはしける 権僧正永縁
 五一九/五五四 ゆくすゑのためしとけふをおもふともいまいくとせか人にかたらん
    返し 内侍
 五二〇/五五五 いくちよもきみぞかたらんつもりゐておもしろかりしはなのみゆきを
    大峰にておもひがけずさくらのはなを見てよめる 僧正行尊
 五二一/五五六 もろともにあはれとおもへ山ざくらはなよりほかにしる人もなし
    堀河院御時殿上人あまたぐしてはな見にあるきけるに、仁わ寺に
    行宗朝臣ありとききて、だんしやあるとたづねはべりければつか
    はすとてうへにかきつけける 源行宗朝臣
 五二二/五五七 いくとせにわれなりぬらんもろ人のはな見るはるをよそにききつつ
    山ざとに人人とまかりて花の歌よみけるによめる 源定信
 五二三/五五八 みな人はよしののやまのさくらばなをりしらぬ身やたにのむもれ木
    後三条院かくれおはしまして又のとしのはる、さかりなりける花
    を見てよめる 左近府生秦兼方
 五二四/五五九 こぞ見しに色もかはらずさきにけりはなこそ物はおもはざりけれ
    つかさめしのころうらやましきことのみきこえければよめる 藤原顕仲朝臣
 五二五/五六〇 としふれど春にしられぬむもれ木は花のみやこにすむかひぞなき
    くら人おりて臨時祭の陪従しはべりけるに右中弁伊家がもとに遣しける
    藤原惟信朝臣
 五二六/五六一 やまぶきもおなじかざしの花なれどくもゐのさくらなほぞこひしき
    隆家卿大宰帥にふたたびなりてのちのたび、香椎社にまゐりたり
    けるに神主ことのもととすぎのはををりて帥のかうぶりにさすと
    てよめる 神主大膳武忠
 五二七/五六二 ちはやぶるかしひのみやのすぎのはをふたたびかざすわがきみぞきみ
    源心座主になりてはじめてやまにのぼりけるに、やすみけるところにて
    うたよめと申しければよめる 良暹法師
 五二八/五六三 としをへてかよふやまぢはかはらねどけふはさかゆくここちこそすれ
    藤原基清が蔵人にてかうぶりたまはりておりにければ、又の日つかはしける
    藤原家綱
 五二九/五六四 おもひかねけさはそらをやながむらんくものかよひぢかすみへだてて
    一品宮天王寺にまゐらせ給ひて日ごろ御念仏せさせ給ひけるに、
    御ともの人人すみよしにまゐりて歌よみけるによめる 
    源俊頼朝臣
 五三〇/五六五 いくかへりはなさきぬらんすみよしのまつもかみよのものとこそきけ
    田家老翁といへることをよめる 中納言基長
 五三一/五六六 ますらをはやまだのいほにおいにけりいまいくちよにあはむとすらん
    仁和寺にすませ給ひけるころ、いつまでさてはなどみやこよりた
    づね申したりければよませ給ひける 三宮
 五三二/五六七 かくてしもえぞすむまじき山ざとのほそたにがはのこころぼそさに
    大峰の生のいはやにてよめる 僧正行尊
 五三三/五六八 くさのいほなにつゆけしとおもひけんもらぬいはやも袖はぬれけり
    良暹法師うらむることありけるころ、むつきのついたちにまうで
    きてまたひさしく見えざりければつかはしける 律師慶範
 五三四/五六九 春のこしそのひつららはとけにしをまたなにごとにとどこほるらん
    対山待月といへることをよめる 藤原正季
 五三五/五七〇 この世にはやまのはいづる月をのみまつことにてもやみぬべきかな
    山家にてありあけの月をみてよめる 僧正行尊
 五三六/五七一 このまもるかたわれづきのほのかにもたれか我が身をおもひいづべき
    宇治前太政大臣のときのうたよみをめして月のうたよませ侍りけ
    るにもれにければ、公実卿のもとにいひつかはしける 源師光
 五三七/五七三 かすがやまみねつづきてる月かげにしられぬたにのまつもありけり
    僧都頼基光明山にこもりぬとききてつかはしける 橘能元
 五三八/五七四 うらやましうき世をいでていかばかりくまなきみねの月を見るらん
    返し 僧都頼基
 五三九/五七五 もろともににしへやゆくと月かげのくまなきみねをたづねてぞこし
    郁芳門院いせにおはしましけるころあからさまにくだりけるに、
    すずかがはをわたりけるによめる 六条右大臣北方
 五四〇/五七六 はやくよりたのみわたりしすずか川おもふことなるおとぞきこゆる
    源仲正がむすめ皇后宮にはじめてまゐりたりけるに、ことひくと
    きかせ給ひてひかせさせ給ひければ、つつましながらひきならし
    けるをききて、くちずさびのやうにていひかけける 摂津
 五四一/五七七 ことのねや松ふくかぜにかよふらんちよのためしにひきつべきかな
    返し 美濃
 五四二/五七八 うれしくもあきのみやまの秋風にうひことのねのかよひけるかな
    月のあかかりけるよ人のことひくをききてよめる 内大臣家越後
 五四三/五七九 ことのねは月のかげにもかよへばやそらにしらべのすみのぼるらん
    い勢のくにのふたみのうらにてよめる 大中臣輔弘
 五四四/五八〇 たまくしげふたみのうらのかひしげみまきゑにみゆるまつのむらだち
    宇治前太政大臣ぬのびきのたき見にまかりたりけるともにまかりてよめる
    大納言経信
 五四五/五八一 しらくもとよそにみつればあしびきのやまもとどろにおつるたきつせ
    読人不知
 五四六/五八二 あまのがはこれやながれのすゑならんそらよりおつるぬのびきのたき
    選子内親王いつきにおはしましけるとき、女房に物申さんとてし
    のびてまかりたりけるに、さぶらひどもいかなる人ぞなどあらく
    申してとはせ侍りければ、たたうがみにかきてさぶらひにおかせ
    侍りける 藤原惟規
 五四七/五八三 かみがきはきのまろどのにあらねどもなのりをせねば人とがめけり
    郁芳門院いせにおはしましける時、六条右大臣北方あからさまに
    くだりて侍りけるときに、おもひがけずかねのこゑのほのかにき
    こえければよめる 六条右大臣北方
 五四八/五八四 かみがきのあたりとおもふにゆふだすきおもひもかけぬかねのこゑかな
    前斎宮いせにおはしましける時、寮頭保俊みまつりのほどとのゐ
    もののれうにきぬをかりて、ほどすぎてかへさざりけるをと申し
    たりける返事にいひつかはしける 内侍
 五四九/五八五 かへさじとかねてしりにきからころもこひしかるべきわが身ならねば
    和泉式部保昌にぐして丹後にはべりけるころ、みやこに歌合侍り
    けるに、小式部内侍うたよみにとられて侍りけるを定頼卿つぼね
    のかたにまうできて、歌はいかがせさせ給ふ、丹後へ人はつかは
    してけんや、つかひまうでこずや、いかに心もとなくおぼすらん
    など、たはぶれてたちけるをひきとどめてよめる 小式部内侍
 五五〇/五八六 おほえやまいくののみちのとほければふみもまだみずあまのはしだて
    しほゆあみににしのうみのかたへまかりたりけるに、みるといふ
    物をみづからとりてみやこにあるむすめのもとにつかはしける 
    平康貞女
 五五一/五九〇 いそなつむいりえのなみのたちかへりきみみるまでのいのちともがな
    返し 娘
 五五二/五九一 ながゐするあまのしわざとみるからにそでのうらにもみつなみだかな
    百首歌中に夢の心をよめる 修理大夫顕季
 五五三/五八七 うたたねのゆめなかりせばわかれにしむかしの人をまたもみましや
    百首歌中に旅宿の心をよめる 参議師頼
 五五四/五八八 さよなかにおもへばかなしみちのくのあさかのぬまにたびねしにけり
    この集撰し侍りけるとき、うたこはれておくるとてよめる 藤原顕輔朝臣
 五五五/五八九 いへのかぜふかぬものゆゑはづかしのもりのことの葉ちらしはてつる
    和泉式部石山にまゐりけるにおほつにとまりてよふけてききければ、
    人のけはひあまたしてののしりけるをたづねければ、下人のよねし
    らげ侍るなりとまうしければよめる 和泉式部
 五五六/五九二 さぎのゐるまつばらいかにさわぐらんしらげはうたてさととよむなり
    ふぢはらのときふさが公実卿のもとにまかりたりけるにはべらざ
    りければ、いでゐにおきたりける小弓をとりて、さぶらひにこれ
    はおろしつとふれていでにけり、この卿かへりて弓たづねければ、
    時房おろしてまかりいでぬと申すをききておどろきて、院の御弓
    ぞとてかへせといひにつかはしければ、御ゆみにむすびつけたり
    ける 藤原時房
 五五七/五九三 あづさゆみさこそはそりのたかからめはるほどもなくかへるべしやは
    をとこかれがれになりて程へてたがひにわすれてのち、人にした
    しくなりにけりなど申すをききてなげきける人にかはりてよめる
     春宮大夫公実
 五五八/五九四 なきなにぞ人のつらさはしられけるわすられしには身をぞうらみし
    大弐資通しのびて物申しけるを、程もなくさぞなど人の申しければよめる 相模
 五五九/五九五 いかにせんやまだにかこふかきしばのしばしのまだにかくれなきよを
    肥後内侍をとこにわすられてなげきけるを御覧じてよませ給ひける 堀河院御製
 五六〇/五九六 わすられてなげくたもとをみるからにさもあらぬ袖のしをれぬるかな
    水車を見てよめる 僧正行尊
 五六一/五九七 はやきせにたたぬばかりぞみづぐるまわれもうき世にめぐるとをしれ
    れいならぬことありてわづらひけるころ、上東門院に柑子たてま
    つるとて人にかかせてたてまつりける 堀河右大臣
 五六二/五九八 つかへつるこの身のほどをかぞふればあはれこずゑになりにけるかな
    御返し 上東門院
 五六三/五九九 すぎきける月日のほどもしられつつこのみを見るもあはれなるかな
    僧正行尊まできてよるとどまりて、つとめてかへるとてとこをわ
    すれたりけるかへしつかはすとて 大納言宗通
 五六四/六〇〇 くさまくらさこそはたびのとこならめけさしもおきてかへるべしやは
    をとこ心かはりてまうでこずなりてのち、おきたりけるゑぶくろ
     をとりにおこせたりければかきつけてつかはしける 桜井尼
 五六五/六〇一 のきばうつましろのたかのゑぶくろにをきゑもささでかへしつるかな
    後冷泉院御時あふみのくにより白きからすをたてまつりたりける
    をかくして人に見せさせ給はざりければ、女房たちゆかしがり申
    しけるを、おのおの歌をよみてたてまつれさてよくよみたらん人
    に見せんとおほせごとありければつかうまつれる 少将内侍
 五六六/六〇二 たぐひなくよにおもしろきとりなればゆかしからすとたれかおもはん
    甲斐国よりのぼりてをばなる人のもとにありけるが、はかなきこ
    とにてそのをばが、なありそとておひいだしければよめる 
    読人不知
 五六七/六〇三 とりのこのまだかひながらあらませばをばといふ物はおひいでざらまし
    百首歌中に山家をよめる 修理大夫顕季
 五六八/六〇四 ひぐらしのこゑばかりするしばのとはいりひのさすにまかせてぞ見る
    題不知 藤原仲実朝臣
 五六九/六〇五 としふればわがいただきにおくしもをくさのうへともおもひけるかな
    殿上おりたりけるころ人の殿上しけるを見てよめる 源行宗朝臣
 五七〇/六〇六 うらやましくものかけはしたちかへりふたたびのぼるみちをしらばや
    殿上申しけるころせざりければよめる 平忠盛朝臣
 五七一/六〇七 おもひきやくもゐの月をよそに見てこころのやみにまどふべしとは
    かたらひ侍りける人のかれがれになりにければ、こと人につきて
    つくしのかたへまかりなんとしけるをききて、をとこのもとより
    まかるまじきよしを申したりければいひつかはしたりける 
    内大臣家小大進
 五七二/六〇八 身のうさもとふひともじにせかれつつこころつくしのみちはとまりぬ
    をとこのなかりけるよ、ことひとをつぼねにいれたりけるにもと
    のをとこまうできあひたりければ、さわぎてかたはらのつぼねの
    かべのくづれよりくぐりにがしやりて、またの日そのにがしたる
    つぼねのぬしのがり、よべのかべこそうれしかりしかなどいひつ
    かはしたりければよめる 読人不知
 五七三/六〇九 ねぬる夜のかべさわがしく見えしかどわがちがふればことなかりけり
    源頼家が物申しける人の、五節にいでて侍りけるをききて
    まことにやあまたかさねしをみごろもとよのあかりのくもりなき
    よに、とよみてつかはしたりけるかへりごとに 源光綱母
 五七四/六一〇 ひかげにはなきなたちけりをみ衣きて見よとこそいふべかりけれ
    経信卿がぐしてつくしにまかりたりけるに、肥後守盛房たちのある
    見せんと申しておともせざりければ、いかにとおどろかしたりければ
    わすれたるやうに申したりければよめる 源俊頼朝臣
 五七五/六一一 なきかげにかけけるたちもあるものをさやつかのまにわすれはてける
    大峰の神仙といふところにひさしう侍りければ、同行どもみなか
    ぎりありてまかりければ心ぼそさによめる 僧正行尊
 五七六/六一二 見し人はひとりわが身にそはねどもおくれぬ物はなみだなりけり
    ただならぬ人のもてかくしてありけるに、こをうみてけるがもと
    よりうみたるむめをおこせたりければよめる 読人不知
 五七七/六一三 はがくれてつはると見えし程もなくこはうみうめになりにけるかな
    堀河院御時中宮女房たちを、亮仲実紀伊守にはべりける時わかの
    浦見せんとてさそひければ、あまたまかりけるにまからでつかは
    しける 前中宮甲斐
 五七八/六一四 人なみにこころばかりはたちそひてさそはぬわかのうらみをぞする
    保実卿ほかにうつりてのち、かのもとのところつねに見侍りける
    かがみをとがせて侍りけるが、くらきよし申し侍りけるをききて
    よめる 藤原実信母
 五七九/六一五 ことわりやくもればこそはますかがみうつれるかげも見えずなるらめ
    月のいるを見てよめる 源師賢朝臣
 五八〇/六一六 にしへゆくこころはわれもあるものをひとりないりそ秋のよの月
    橘為仲朝臣陸奥守にて侍りけるとき、延任しぬとききてつかはしける 藤原隆資
 五八一/六一七 まつわれはあはれやそぢになりぬるをあふくまがはのとほざかりぬる
    したしき人のかすがにまゐりて、しかありつるよしなど申しける
    をききてよめる 藤原実光朝臣
 五八二/六一八 みかさ山かみのしるしのいちしるくしかありけりときくぞうれしき
    屏風のゑに、しかすがのわたりゆく人たちわづらふかたかけると
    ころをよめる 藤原家経朝臣
 五八三/六一九 ゆく人もたちぞわづらふしかすがのわたりやたびのとまりなるらん
    題読人不知
 五八四/六二〇 身のうさをおもひしとけばふゆのよもとどこほらぬはなみだなりけり
    上陽人苦最多少苦老亦苦といふことをよめる 源雅光
 五八五/六二二 むかしにもあらぬすがたになりゆけどなげきのみこそおもがはりせね
    青黛画眉眉細長といへることをよめる 源俊頼朝臣
 五八六/六二三 さりともとかくまゆずみのいたづらにこころぼそくもおいにけるかな
    としひさしく修行しありきてくまのに験競しけるを、祐家卿まゐ
    りあひて見けるに、ことのほかにやせおとろへてすがたもあやし
    げにやつしたりければ、見わすれてかたはらなりける僧にいかな
    る人にかことのほかにしるしありげなる人かななど申しけるをき
    きて 僧正行尊
 五八七/六二四 こころこそよをばすてしかまぼろしのすがたも人にわすられにけり
    大中臣輔弘祭主あかざりけるころ、祭主になさせ給へと太神宮に
    申してねいりたりけるよのゆめに、まくらがみにしらぬ人のたち
    てよみかけけるうた
 五八八/六二五 くさのはのなびくもまたずつゆの身のおきどころなくなげくころかな
    六条右大臣六条のいへつくりて泉などほりて、とくわたりていづ
    みなど見よと申したりければよめる 顕雅卿母
 五八九/六二六 ちとせまですまんいづみのそこによもかげをならべんとおもひしもせじ
    宇治平等院の寺主になりてうぢにすみつきて、ひえの山のかたを
    ながめやりてよめる 忠快法師
 五九〇/六二七 うぢがはのそこのみくづとなりながらなほくもかかるやまぞこひしき
    いへを人にはなちてたつとてはしらにかきつけ侍りける 周防内侍
 五九一/六二八 すみわびてわれさへのきのしのぶぐさしのぶかたがたしげきやどかな
    賀茂成助にはじめてあひて物申しけるついでにかはらけとりてよめる 津守国基
 五九二/六二九 ききわたるみたらしがはのみづきよみそこのこころをけふぞ見るべき
    皇后宮弘徽殿におはしましけるころ、俊頼にしおもてのほそ殿にて
    たちながら人に物申しけるに、よのふけゆくままにくるしかりければ、
    つちにゐたりけるをみてたたみをしかせばやと女の申しければ、たた
    みはいしだたみしかれてはべりと申すをききてよめる 皇后宮大弐
 五九三/六三一 いしだたみありけるものをきみにまたしく物なしとおもひけるかな
    大原の行蓮聖人のもとへこそでつかはすとてよめる 天台座主仁覚
 五九四/六三二 あはればむとおもふ心はひろけれどはぐくむ袖のせばくもあるかな
    百首歌中に述懐の心をよめる 源俊頼朝臣
 五九五/六三三 世のなかはうき身にそへるかげなれやおもひすつれどはなれざりけり
    をとこにつきてゑちうのくににまかりたりけるに、をとこのここ
    ろかはりてつねにはしたなめければ、みやこなるおやのもとへつ
    かはしける 読人不知
 五九六/六三四 うちたのむ人のこころはあらちやまこしぢくやしきたびにもあるかな
    返し おや
 五九七/六三五 おもひやるこころさへこそくるしけれあらちのやまの冬のけしきは
    おもふ事はべりけるころよめる 参議師頼
 五九八/六三六 いたづらにすぐる月日をかぞふればむかしをしのぶねこそなかるれ
    かがみをみるにかげのかはりゆくをみてよめる 源師賢朝臣
 五九九/六三七 かはりゆくかがみのかげを見るたびにおいそのもりのなげきをぞする
    前太政大臣家にはべりける女を、中将忠宗朝臣少将顕国とともに
    かたらひ侍りけるに忠宗朝臣にあひにけり、そののち程もなくわ
    すられにけりとききて女のがりつかはしける 源顕国朝臣
 六〇〇/六三八 こゆるぎのいそぎてあひしかひもなくなみよりこずときくはまことか
    蔵人親隆かうぶり給はりて又の日つかはしける 藤原公教
 六〇一/六三九 くものうへになれにしものをあしたづのあふことかたにおりゐぬるかな
    堀河院御時源俊重が式部丞申しける申文にそへて、中納言重資卿
    の頭弁にてはべりけるときつかはしける 源俊頼朝臣
 六〇二/六四〇 ひのひかりあまねきそらの気色にもわが身ひとつはくもがくれつつ
    これを奏しければ、内侍周防をめしてこれがかへしせよとおほせ
    ごとありければつかうまつれる 周防内侍
 六〇三/六四一 なにかおもふはるのあらしにくもはれてさやけきかげはきみのみぞみん
 

 金葉和歌集巻第十 雑部下
 
    公実卿かくれ侍りてのちかのいへにまかりけるに、むめのはなさ
    かりにさけるを見てえだにむすびはべりける 藤原基俊
 六〇四/六四二 むかし見しあるじがほにてむめがえのはなだにわれにものがたりせよ
    返し 中納言実行
 六〇五/六四三 ねにかへるはなのすがたの恋しくはただこのもとをかたみとは見よ
    人人あまたぐしてはな見ありきにかへりてのち、かぜのおこりて
    ふしたりけるに、人のもとよりなにごとかとたづねてはべりけれ
    ばいひつかはしける 平基綱
 六〇六/六四四 さくらゆゑいとひしかぜの身にしみてはなよりさきにちりぬべきかな
    北方うせはべりてのち天王寺にまゐりはべりけるみちにてよめる 六条右大臣
 六〇七/六四六 なにはえのあしのわかねのしげければこころもゆかぬふなでをぞする
    郁芳門院かくれおはしましてまたのとしのあき、知信がりつかはしける 康資王母
 六〇八/六四七 うかりしに秋はつきぬとおもひしをことしもむしのねこそなかるれ
    下臘にこえられてなげき侍りけるころよめる 源俊頼朝臣
 六〇九/六四九 せきもあへぬなみだのかはははやけれど身のうきくさはながれざりけり
    律師実源がもとに女房のほとけくやうせんとてよばせはべりけれ
    ば、まかりて見ければこともかなはずげなるけしきを見て、いそ
    ぎくやうしてたちけるに、すだれのうちより女房てづからきぬひ
    とへとてばことをさしいだしたりければ、従僧してとらせてかへ
    りてみれば、しろかねのはこのうちにかきていれたりけるうた 
    読人不知
 六一〇/六五〇 たまくしげかけごにちりもすゑざりしふたおやながらなき身とをしれ
    おほちにこをすててはべりけるおしくくみにかきつけてはべりける
 六一一/六五一 身にまさる物なかりけりみどりこはやらんかたなくかなしけれども
    安房守基綱におくれてはべりけるころ、ながされたりける人のゆ
    るされてかへりたりけるをききてよめる 藤原知信
 六一二/六五二 ながれてもあふせありけりなみだがはきえにしあわをなににたとへん
    ここちれいならぬころ人のもとよりいかがなど申したりければよめる 読人不知
 六一三/六五三 くれたけのふししづみぬるつゆの身もとふことのはにおきぞゐらるる
    範永朝臣出家してけりとききて、能登のかみにて侍りけるころく
    によりいひつかはしける 藤原通宗朝臣
 六一四/六五四 よそながらよをそむきぬときくからにこしぢのそらはうちしぐれつつ
    律師長済みまかりてのち、ははのそのあつかひをしてありけるよ
    夢に見えけるうた
 六一五/六五五 たらちめのなげきをつみてわれがかくおもひのしたになるぞかなしき
    顕仲卿むすめにおくれてなげき侍りけるころ、程へてとひにつか
    はすとてよめる 大蔵卿匡房
 六一六/六五六 そのゆめをとはばなげきやまさるとておどろかさでもすぎにけるかな
    従三位藤原賢子れいならぬことありてよろづこころぼそうおぼえ
    けるに、人のもとよりいかがなどといひて侍りければよめる 
    藤原賢子
 六一七/六五七 いにしへは月をのみこそながめしかいまは日をまつわが身なりけり
    身まかりてのちひさしくなりたるははをゆめに見てよめる 権僧正永縁
 六一八/六五八 ゆめにのみむかしの人をあひみればさむる程こそわかれなりけれ
    人のむすめの、ははの物へまかりたりける程におもきやまひをし
    てかくれなんとしける時、かきおきてまかりけるうた 読人不知
 六一九/六五九 つゆの身のきえもはてなばなつぐさのははいかにしてあらんとすらん
    小式部内侍うせてのち上東門院より年ごろたまはりけるきぬをな
    きあとにもつかはしたりけるに、小式部とかきつけられて侍りけ
    るを見てよめる 和泉式部
 六二〇/六六〇 もろともにこけのしたにもくちもせでうづまれぬなを見るぞかなしき
    したしき人におくれてわざのことはててかへりけるによめる 平忠盛朝臣
 六二一/六六一 いまぞしるおもひのはてはよのなかのうきくもにのみまじる物とは
    やうめい門院かくれおはしましておほんわざのこともはてて又の日、
    くものたなびけるをみてよめる 藤原資信
 六二二/六六二 さだめなきよをうきくもぞあはれなるたのみし君がけぶりとおもへば
    白河女御かくれたまひてのち、いへのみなみおもてのふぢのはな
    さかりにさきたりけるを見てよめる 僧正行尊
 六二三/六六三 くさきまでおもひけりとも見ゆるかなまつさへふぢのころもきてけり
    兼房朝臣重服になりてこもりゐたりけるに出羽弁がもとよりとぶ
    らひたりけるを、かへしせよと申しければよめる 橘元任
 六二四/六六四 かなしさのそのゆふぐれのままならばありへて人にとはれましやは
    範国朝臣にぐして伊予国にまかりたりけるに正月より三四月まで
    いかにもあめのふらざりければ、なはしろもえせでさわぎければ
    よろづにいのりけれどかなはでたへがたかりければ、守能因をう
    たよみて一宮にまゐらせていのれと申しければまゐりてよめる 
    能因法師
 六二五/六六五 あまのがはなはしろみづにせきくだせあまくだりますかみならばかみ
    神感ありて大雨ふりて、三日三夜をやまざるよしいへの集に見えたり
    心経供養してその心を人人によませはべりけるに 摂政左大臣
 六二六/六六六 色もかもむなしととけるのりなれどいのるしるしはありとこそきけ
    法文のありけるをさとなる女房のもとより、宮に申さずともしの
    びてとりておこせよと人のもとにいひおくりて侍りければ、きき
    てよませ給ひける 三宮
 六二七/六六七 見しままにわれはさとりをえてしかばしらせでとるとしらざらめやは
    月のあかかりけるよ瞻西聖人のもとへいひつかはしける 僧正行尊
 六二八/六六八 いさぎよきそらの気色をたのむかなわれまどはすなあきのよの月
    実範聖人山寺にこもりゐぬとききてつかはしける 静厳法師
 六二九/六七〇 こころにはいとひはてつとおもふらんあはれいづくもおなじうきよを
    八月ばかり月のあかかりける夜阿弥陀聖人のとほりけるをよばせ
    させ給ひて、さとなりける女房のもとへいひつかはしける 選子内親王
 六三〇/六七一 あみだぶととなふるこゑにゆめさめてにしへながるる月をこそみれ
    題不知 皇后宮肥後
 六三一/六七二 をしへおきていりにし月のなかりせばいかでおもひをにしにかけまし
    清海聖人後生なほおそれ思ひてねぶりいりたりけるまくらがみに、
    僧のたちてよみかけけるうた
 六三二/六七三 かくばかりこちてふかぜのふくを見てちりのうたがひをおこさずもがな
    普賢十願文に願我臨欲命終時といへることをよめる 覚樹法師
 六三三/六七四 いのちをもつみをもつゆにたとへけりきえばともにやきえんとすらん
    弟子品の心をよめる 僧正静円
 六三四/六七六 ふきかへすわしのやまかぜなかりせばころものうらのたまをみましや
    提婆品の心をよめる 瞻西聖人
 六三五/六七七 のりのためになふたきぎにことよせてやがてうきよをこりぞはてぬる
    皇后宮権大夫師時
 六三六/六七八 けふぞしるわしのたかねにてる月をたにがはくみし人のかげとは
    湧出品の心をよめる 権僧正永縁
 六三七/六八〇 たらちねはくろかみながらいかなればこのまゆしろきいととなるらん
    不軽品の心をよめる
 六三八/六八一 あひがたきのりをひろめしひじりこそうちみし人もみちびかれけれ
    薬王品の心をよめる 懐尋法師
 六三九/六八二 うき身をしわたすときけばあまをぶねのりに心をかけぬひぞなき
    人のもとにて経供養しけるに五百弟子授記品の心をときけるに、
    繋宝珠のたとひときけるをききてたふとかりけるよしのうたをよ
    みてかづけもののうらにむすびつけてはべりけるを見て、かへし
    つかはしける 権僧正永縁
 六四〇/六八三 いかにしてころものたまをしりぬらんおもひもかけぬ人もある世に
    依他のやつのたとひを人人よみけるに、この身かげろふのごとし
    といへることをよめる 懐尋法師
 六四一/六八四 いつをいつとおもひたゆみてかげろふのかげろふほどのよをすぐすらん
    常住心月輪といへる心をよめる 澄成法師
 六四二/六八五 よとともにこころのうちにすむ月をありとしるこそはるるなりけれ
    醍醐の桜会に花のちるを見てよめる 珍海法師母
 六四三/六八七 けふもなほをしみやせましのりのためちらすはなぞとおもひなさずは
    地獄絵につるぎのえだに人のつらぬかれたるを見てよめる 和泉式部
 六四四/六八八 あさましやつるぎのえだのたわむまでこはなにの身のなれるなるらん
    人のもとに侍りけるににはかにたえいりうせなんとしければ、し
    とみのもとに入れておほちにおきたりけるに草の露のあしにさは
    りける程にほととぎすのなきければ、いきのしたに 田口重如
 六四五/六八九 くさの葉にかどではしたりほととぎすしでのやまぢもかくやつゆけき
    かくてつひにおちいるとてよめる
 六四六/六九〇 たゆみなく心をかくるみだほとけひとやりならぬちかひたがふな
    屏風絵に天王寺西門に法師のふねにのりて西ざまにこぎはなれい
    くかたかきたるところをよめる 源俊頼朝臣
 六四七/六九一 あみだぶととなふるこゑをかぢにてやくるしきうみをこぎはなるらん

    連歌
    ゐたりける所のきたのかたにこゑなまりたる人の物いひけるをききて 永成法師
 六四八/六九二 あづまうどのこゑこそきたにきこゆなれ 権律師慶範
    みちのくによりこしにやあるらんももぞののもものはなを見て 頼慶法師
 六四九/六九三 ももぞののもものはなこそさきにけれ 公資朝臣
    むめづのむめはちりやしぬらん
     賀茂のやしろにて物つくおとのしけるをききて 神主成助
 六五〇/六九四 しめのうちにきねのおとこそきこゆなれ 行重
    いかなるかみのつくにかあるらん
     宇治にてたのなかにおいたるをとこのふしたるを見て 僧正深覚
 六五一/六九五 はるの田にすきいりぬべきおきなかな 宇治入道前太政大臣
    かのみなくちにみづをいればやひのいるを見て 観暹法師
 六五二/六九六 ひのいるはくれなゐにこそにたりけれ 平為成
    あかねさすともおもひけるかなたのなかにむまのたてるをみて 永源法師
 六五三/六九七 たにはむこまはくろにぞありける 永成法師
    なはしろのみづにはかげと見えつれどかはらやをみて 読人不知
 六五四/六九八 かはらやのいたぶきにてもみゆるかな 助俊
    つちくれしてやつくりそめけんつくしのしかのしまを見て 為助
 六五五/六九九 つれなくたてるしかのしまかな 国忠
    ゆみはりの月のいるにもおどろかで
     宇治へまかりけるみちにて、ひごろ雨ふりければ水のいでて、
     かもがはををとこのはかまぬぎて     てにささげてわたるをみて 頼綱朝臣
 六五六/七〇〇 かもがはをつるはぎにてもわたるかな 信綱
    かりばかまをばをしとおもふかあゆを見て 読人不知
 六五七/七〇一 なににあゆるをあゆといふらん 匡房卿妹
    うぶねにはとりいれしものをおぼつかな
     和泉式部がかもにまゐりけるに、
     わらうづにあしをくはれてかみをまきたりけるをみて 神主忠頼
 六五八/七〇二 ちはやぶるかみをばあしにまく物か 和泉式部
    これをぞしものやしろとはいふ
     源頼光が但馬守にてありける時、たちのまへにけたがはといふか
     はのある、かみよりふねのくだりけるをしとみあくるさぶらひし
     てとはせければ、たでと申す物をかりてまかるなりといふをきき
     て、くちずさみにいひける 源頼光朝臣
 六五九/七〇三 たでかるふねのすぐるなりけり
      これを連歌にききなして 相模母
    あさまだきからろのおとのきこゆるは
    すまひぐさといふくさのおほかりけるをひきすてさせけるを見て 読人不知
 六六〇/七〇五 ひくにはつよきすまひぐさかな
      とるてにははかなくうつるはななれど
    とりをのきにさしたりけるが、よるあめにぬれけるを見て
 六六一/七〇六 あめふればきじもしとどになりにけり
      かささぎならばかからましやは
    みのむしのむめのはなのさきたる枝にあるを見て 律師慶暹
 六六二/七〇七 むめのはながさきたるみのむし
    まへなるわらはのつけける
     あめよりはかぜふくなとやおもふらん
    滝のおとのよるまさりけるを聞きて 読人不知
 六六三/七〇九 よるおとすなりたきのしらいと
    くりかへしひるもわくとは見ゆれども
    はしらを見て 成光
 六六四/七一〇 おくなるをもやはしらとはいふ 観暹法師
    見わたせばうちにもとをばたててけり
    七十になるまでつかさもなくて、よろづにあやしき事を思ひなげきてよめる
    源俊頼朝臣
 六六五/七一一 ななそぢにみちぬるしほのはまひさぎひさしくよにもむもれぬるかな
 

 〔異本歌〕
 
    百首歌の中に子日の心をよめる 大蔵卿匡房
 六六六/二三 春霞たちかくせどもひめこ松ひくまの野べに我はきにけり
    (正保版二十一代集拾遺巻第一、二二の次)

    山寒花遅といふことを 左京大夫経忠
 六六七/四〇 やま桜木ずゑの風のさむければ花の盛に成りぞわづらふ
    (同巻第一、三八の次)

    顕季卿の家にてさくらの歌十首人人によませ侍りけるによめる 
    大宰大弐長実
 六六八/五九 春の日ののどけき空にふる雪は風にみだるる花にぞ有りける
    (同巻第一、五六の次)

    花をよみ侍りける 右兵衛督伊通
 六六九/七二 白雲と峰には見えてさくら花ちればふもとの雪とこそみれ
    (同巻第一、六八の次)

    (題しらず) 盛経母
 六七〇/九三 花のみや暮れぬる春のかたみとてあをばの下にちり残るらむ
    (同巻第一、八八の次)

    (卯花をよめる) 源盛清
 六七一/一〇九 卯花を音なし河のなみかとてねたくもをらで過ぎにけるかな
    (同巻第二、一〇三の次)

    大中臣定長
 六七二/一一〇 うの花のあをばも見えず咲きぬれば雪ぞ花のみかはるなりけり
    (同巻第二、一〇三の次)

    (人人十首歌よみけるに郭公を) 中納言実行
 六七三/一二二 いなり山尋ねや見まし子規まつにしるしのなきとおもへば
    (同巻第二、一一四の次)

    郭公をよめる 藤原成通朝臣
 六七四/一三一 子規一声なきて明けぬればあやなくよるのうらめしきかな
    (同巻第二、一二二の次)

    待草花といへることをよめる 皇后宮美濃
 六七五/一六七 藤ばかまはやほころびてにほはなむ秋の初風吹きたたずとも
    (同巻第三、一五七の次)

    後冷泉院御時殿上の歌合に月の心をよめる 大納言経信
 六七六/一八六 月かげのすみわたるかな天のはら雲吹きはらふ夜はのあらしに
    (同巻第三、一七五の次)

    月をよめる 藤原忠隆
 六七七/二一三 ながむれば更けゆくままに雲晴れて空ものどかにすめる月かな
    (同巻第三、二〇一の次)

    月の心をよめる 藤原家経朝臣
 六七八/二一九 いまよりは心ゆるさじ月かげのゆくへもしらず人さそひけり
    (同巻第三、二〇六の次)

    (鹿の歌とてよめる) 藤原行家
 六七九/二四〇 秋ならで妻よぶしかをききしかなをりから声の身にはしむかと
    (同巻第三、二二六の次)

    思野花といへることをよめる 藤原伊家
 六八〇/二五二 いまはしもほに出でぬらむ東ぢの岩田のをののしののをすすき
    (同巻第三、二三七の次)

    (河ぎりをよめる) 藤原行家
 六八一/二五六 河ぎりのたちこめつれば高瀬舟分けゆくさをの音のみぞする
    (同巻第三、二四〇の次)

    落葉随風といへる事をよめる 大宰大弐長実卿母
 六八二/二七〇 色ふかきみ山がくれのもみぢばをあらしの風のたよりにぞみる
    (同巻第三、二五三の次)

    (ならに人人の百首歌よみけるに時雨をよめる) 源定信
 六八三/二七七 おとにだにたもとをぬらす時雨かなまきの板やのよるのね覚に
    (同巻第四、二五九の次)

    (関路千鳥といへる事をよめる) 神祇伯顕仲
 六八四/二八九 風はやみとしまがさきをこぎゆけば夕なみ千鳥立ちゐなくなり
    (同巻第四、二七〇の次)

    冬月をよめる 源雅光
 六八五/三一三 あらち山雪ふりつもる高ねよりさえてもいづる夜はの月かな
    (同巻第四、二九三の次)

    千鳥をよめる 前斎院六条
 六八六/三一七 中中に霜のうはぎをかさねてもをしの毛衣さえまさるらん
    (同巻第四、二九六の次)
    返し 春宮大夫公実
 六八七/三七〇 あさ日とも月ともわかずつかのまも君を忘るる時しなければ
    (同巻第六、三四八の次)

    後朝の心をよめる としよりの朝臣
 六八八/三七六 わがこひはおぼろのし水いはでのみせきやる方もなくてくらしつ
    (同巻第七、三五三の次)

    忍恋の心をよめる 神祇伯顕仲
 六八九/四〇九 しらせばやほの見しま江に袖ひちて七瀬のよどにおもふ心を
    (同巻第七、三八五の次)

    そら事いひて久しうおとせぬ人のもとにいひつかはしける さがみ
 六九〇/四一五 ありふるもうきよなりけりながからぬ人の心をいのちともがな
    (同巻第七、三九〇の次)

    人にかはりて 春宮大夫公実
 六九一/四二〇 白菊のかはらぬ色もたのまれずうつろはでやむ秋しなければ
    (同巻第七、三九四の次)

    寄三日月恋をよめる 藤原為忠
 六九二/四三五 よひのまにほのかに人を三日月のあかで入りにし影ぞ恋しき
    (同巻第七、四〇八の次)

    摂政左大臣家にて寄花恋といへる事をよめる 源雅光
 六九三/四四三 吹く風にたへぬ梢の花よりもとどめがたきは涙なりけり
    (同巻第七、四一五の次)

    恋の心をよめる 皇后宮権大夫師時
 六九四/四五八 人しれぬこひをしすまのうら人は泣きしほたれて過すなりけり
    (同巻第八、四二九の次)

    皇后宮にて山里恋といへる事をよめる 左京大夫経忠
 六九五/四八八 山里のおもひかけぢにつららゐてとくる心のかたげなるかな
    (同巻第八、四五八の次)

    忍恋の心をよめる 源親房
 六九六/四九三 物をこそしのべばいはぬ岩代のもりにのみもるわが涙かな
    (同巻第八、四六二の次)

    物おもひ侍りけるころ月のあかかりける夜、あかざりしおもかげ
    つねよりもたへがたくてよめる 橘俊宗女
 六九七/四九四 つれづれと思ひぞ出づるみし人をあはでいく月ながめしつらん
    (同巻第八、四六二の次)

    寄関恋をよめる 源俊頼朝臣
 六九八/五〇九 なこそといふ事をば君がことくさを関の名ぞとも思ひけるかな
    (同巻第八、四七六の次)

    題しらず よみ人しらず
 六九九/五三一 うとましや木の下陰の忘れ水いくらの人のかげをみつらん
    (同巻第八、四九八の次)

    寄夢恋をよめる 源行宗朝臣
 七〇〇/五四九 つらかりし心ならひにあひみても猶夢かとぞうたがはれける
    (同巻第八、五一五の次)

    俊忠卿家にて恋の歌十首人人よみけるに、おとしめてあはずとい
    へる事をよめる 源俊頼朝臣
 七〇一/五五〇 あやしきもうれしかりけりおとしむるそのことのはにかかるとおもへば
    (同巻第八、五一五の次)

    山寺に月のあかかりけるに、経のたふときをききてなみだのおち
    ければよめる 平康貞女
 七〇二/五七二 いかでかはたもとに月のやどらましひかり待ちとるなみだならずは
    (同巻第九、五三六の次)

    (題しらず) 皇后宮美濃
 七〇三/六二一 よなよなはまどろまでのみあり明のつきせずものをおもふ比かな
    (同巻第九、五八四の次)
    返し 賀茂成助
 七〇四/六三〇 すみよしのまつかひありてけふよりはなにはの事もしらすばかりぞ
    (同巻第九、五九二の次)

    後三条院かくれおはしまして後五月五日、一品宮の御帳にさうぶ
    ふかせ侍りけるに、さくらのつくり花のさされたりけるを見てよ
    める 藤原有祐朝臣
 七〇五/六四五 あやめ草ねをのみかくるよの中にをりたがへたる花ざくらかな
    (同巻第十、六〇六の次)
    返し 藤原知陰
 七〇六/六四八 虫の音はこの秋しもぞ鳴きまさるわかれの遠く成る心ちして
    (同巻第十、六〇八の次)

    れいならぬ事ありけるころいかがなどおもひつづけて心ぼそさに 源行宗朝臣
 七〇七/六六九 いかにせんうきよの中にすみがまの果は煙となりぬべき身を
    (同巻第十、六二八の次)

    衆罪如霜露といへる文をよめる 覚誉法師
 七〇八/六七五 罪はしも露ものこらず消えぬらんながき夜すがらくゆる思ひに
    (同巻第十、六三三の次)

    竜女成仏をよめる 勝超法師
 七〇九/六七九 わたつ海の底のもくづと見し物をいかでか空の月と成るらん
    (同巻第十、六三六の次)

    ごくらくをおもふといへる事を 源俊頼朝臣
 七一〇/六八六 よものうみのなみにただよふみくづをもななへのあみに引きなもらしそ
    (同巻第十、六四二の次)

    読人しらず
 七一一/七〇四 花くぎはちるてふことぞなかりける
     前太政大臣家木綿四手
     風のまにまにうてばなりけり
     (同巻第十、六五九の次)

    うの水にうかべるを見て 頼算法師
 七一二/七〇八 あらうと見れどくろきとりかな
     読人しらず
     さもこそはすみの江ならめよとともに
     (同巻第十、六六二の次)

    摂政左大臣家にて恋のこころをよめる 藤原為真朝臣
 七一三/七一二 あふ事のなきをうき田の森に住むよぶこどりこそわが身なりけれ
    (八代集抄巻末付載異本歌巻第七、三六四の次)

    頼めて不逢恋 藤原親隆朝臣
 七一四/七一三 恋ひしなで心づくしにいままでもたのむればこそいきのまつばら
     在水鳥の下夢にだにの上
     (同巻第七、三六四の次)

    山の歌合に恋の心を 隆覚法師
 七一五/七一四 身のほどをおもひしりぬる事のみやつれなきひとのなさけなるらん
     在面影下浅ましや上
     (同巻第七、三七一の次)

    恋の心を 琳賢法師
 七一六/七一五 あくといふことをしらばやくれなゐのなみだにそむる袖やかへると
     在逢見ての下いつとなく上
     (同巻第七、三九八の次)

    題しらず よみ人しらず
 七一七/七一六 いとせめて恋しき時ははりまなるしかまにそむるかちよりぞくる
     在逢事の下逢事は上
     (同巻第八、五〇〇の次)


金葉和歌集三奏本

 金葉和歌集第一春九十七首
 
    はつ春のこころをよめる 源重之
   一 よしの山みねのしらゆきいつきえてけさはかすみのたちかはるらん
    堀河院御時百首の歌めしけるに元日のこころをつかうまつれる 修理大夫顕季
   二 うちなびきはるはきにけりやまがはのいはまの氷けふやとくらん
    天徳四年内裏の歌合によめる 中納言朝忠
   三 くらはしの山のかひより春がすみとしをつみてやたちわたるらん
    平兼盛
   四 ふるさとははるめきにけりみよし野のみかきのはらもかすみこめたり
    少将公教母
   五 あさみどりかすめるそらのけしきにやときはの山ははるをしるらん
    藤原顕輔朝臣
   六 としごとにかはらぬものははるがすみたつたのやまのけしきなりけり
    正月朔に雪のふりはべりけるをみてつかはしける 修理大夫顕季
   七 あらたまのとしのはじめにふりしけばはつゆきとこそいふべかるらん
    返し 春宮大夫公実
   八 あさとあけて春のこずゑの雪みればはつはなともやいふべかるらん
    はるの雪をよめる 曾禰好忠
   九 雪きえばゑぐのわかなもつむべきにはるさへはれぬみやま辺のさと
    天徳四年内裏の歌合によめる 源順
  一〇 こほりだにとまらぬはるのたに風にまだうちとけぬうぐひすのこゑ
    平兼盛
  一一 わがやどにうぐひすいたくなくなるは庭もはだらに花やちるらん
    初鶯といふことをよめる 春宮大夫公実
  一二 けふよりやむめのたちえにうぐひすのこゑさとなるるはじめなるらん
    百首の歌のなかに鶯のこころをよめる 修理大夫顕季
  一三 うぐひすのなくにつけてやまがねふくきびのなか山はるをしるらん
    む月の十日ごろに春たちけるに、うぐひすのなくをききてよめる 藤原顕輔朝臣
  一四 けふやさは雪うちとけてうぐひすのみやこへいづるはつねなるらん
    天徳四年内裏の歌合によめる 中納言朝忠
  一五 わがやどのむめがえになくうぐひすは風のたよりにかをやとめこし 
    平兼盛
  一六 しろたへの雪ふりやまぬむめがえにいまぞうぐひすはるとなくなる
    家のやなぎにうぐひすのなくをききてよめる 大納言道綱母
  一七 わがやどの柳のいとはほそくともくるうぐひすのたえずもあらなん
    しのびて物へまかりけるに左大弁経頼がいへのむめさかりにさき
    たりければかどにひねもすにたちやすらひて、ゆふがたさぶらひ
    のたちいでていかなる人ぞとあやしげにおもひてたづねければ、
    主に申せとおぼしげにていひかけける歌 良暹法師
  一八 むめのはなにほふあたりはよきてこそいそぐみちをばゆくべかりけれ
    梅花夜薫といへることをよめる 前大宰大弐長房
  一九 むめがえに風やふくらんはるの夜はをらぬそでさへにほひぬるかな
    朱雀院に人人まかりて閑庭梅花といへる事をよめる 大納言経信
  二〇 けふここにみにこざりせばむめのはなひとりや春のかぜにちらまし
    梅花をよめる 源忠季
  二一 かぎりありてちりははつともむめのはなかをばこずゑにのこせとぞおもふ
    道雅卿家歌合に梅花をよめる 藤原兼房朝臣
  二二 ちりかかるかげはみゆれど梅のはな水にはかこそうつらざりけれ
    鷹司殿の賀の屏風に子日したるかたかけるところをよめる 赤染右衛門
  二三 よろづよのためしに君がひかるればねの日の松もうらやみやせん
    六条内裏にて子日せさせ給ひけるによめる 大納言経信
  二四 ここのへのみかきがはらの小松ばらちよをばほかのものとやはみる
    子日のこころをよめる 大中臣公長朝臣
  二五 かすが野のねのびのまつはひかでこそ神さびゆかむかげにかくれめ
    百首の歌のなかに子日の心をよめる 大蔵卿匡房
  二六 はるがすみたちかくせどもひめ小松ひくまの野辺に我はきにけり
    子日のこころをよめる 源道済
  二七 ひめ小松おほかる野辺にねのびしてちよをこころにまかせつるかな
    柳糸随風といへることをよませ給ひける 院御製
  二八 風ふけば柳のいとのかたよりになびくにつけてすぐる春かな
    百首の歌のなかに柳をよめる 春宮大夫公実
  二九 あさまだきふきくるかぜにまかすればかたよりしげきあをやぎのいと
    池岸の柳といへることをよめる 源雅兼朝臣
  三〇 かぜふけばなみのあやおるいけ水にいとひきそふるきしのあをやぎ
    天徳四年内裏の歌合によめる 平兼盛
  三一 さほひめのいとそめかくるあをやぎをふきなみだりそはるの山風
    故郷城柳をよめる 源道済
  三二 ふるさとのみかきのやなぎはるばるとたがそめかけしあさみどりぞも
    呼子鳥をよめる 前斎院尾張
  三三 いとか山くる人もなきゆふぐれに心ぼそくもよぶこどりかな
    帰雁をよめる 藤原経通
  三四 いまはとてこしぢにかへるかりがねははねもたゆくやゆきかへるらん
    霞裏帰雁といへることをよめる 藤原成通朝臣
  三五 こゑせずはいかでしらましはるがすみへだつるそらにかへるかりがね
    花薫風といへることをよめる 摂政左大臣
  三六 よしの山みねのさくらやさきぬらんふもとのさとににほふはるかぜ
    白河の花見御幸によませ給へる 新院御製
  三七 たづねつるわれをやはなもまちつらんいまぞさやかににほひましける
    太政大臣
  三八 しらかはのながれひさしきやどなれば花のにほひものどけかりけり
    人にかはりてよめる 太宰大弐長実
  三九 ふくかぜもはなのあたりはこころせよけふをばつねの春とやはみる
    源雅兼朝臣
  四〇 としごとにさきそふやどのさくらばな猶ゆくすゑの春ぞゆかしき
    宇治前太政大臣の京極の家の御幸によませたまへる 院御製
  四一 はるがすみたちかへるべきそらぞなきはなのにほひにこころとまりて
    遠山の桜といへることをよめる 春宮大夫公実
  四二 しらくもとをちのたかねにみえつるはこころまどはすさくらなりけり
    南殿の桜をよませたまへる 花山院御製
  四三 わがやどのさくらなれどもちるときはこころにえこそまかせざりけれ
    内大臣白河のはなみになんまかるといはせてはべりければつかはしける 小式部内侍
  四四 はるのこぬところはなきをしらかはのわたりにのみやはなはさくらん
    宇治前太政大臣の家の歌合によめる 源俊頼朝臣
  四五 山ざくらさきそめしよりひさかたの雲井にみゆるたきのしらいと
    新院御方にて花契遐年といへることをよめる 待賢門院中納言
  四六 しらくもにまがふさくらのこずゑにてちとせの春をそらにしるかな
    人人にさくらの歌十首よませはべりけるによめる 修理大夫顕季
  四七 さくらばなさきぬるときはよしの山たちものぼらぬみねのしら雲
    山花留人といへることをよめる 大中臣公長朝臣
  四八 をののえはこのもとにてやくちなまし春をかぎらぬさくらなりせば
    修行にいでさせたまひけるとき、はなのもとにてよませたまへる 花山院御製
  四九 このもとをすみかとすればおのづからはなみる人になりぬべきかな
    遥見山花といへることをよめる 大蔵卿匡房
  五〇 はつせやまくも井にはなのさきぬればあまのかはなみたつとこそみれ
    堀河院御時中宮御方にて風静花芳といへることをよめる 源俊頼
  五一 こずゑにはふくとも見えぬさくらばなかをるぞ風のしるしなりける
    同院御時女御殿の女房あまたぐして、はな見けるによめる 前斎院筑前乳母
  五二 はるごとにあかぬにほひをさくらばないかなる風のをしまざるらん
    人にかはりて 行尊僧正
  五三 よそにてはをしみにきつる山ざくらをらではえこそかへるまじけれ
    後冷泉院御時皇后宮歌合によめる 堀河右大臣
  五四 はるさめにぬれてたづねんやまざくらくものかへしのあらしもぞふく
    月前見花といへることをよめる 大蔵卿匡房
  五五 月かげにはな見る夜はのうきくもはかぜのつらさにおとらざりけり
    水上落花をよめる 源雅兼朝臣
  五六 花さそふあらしやみねをわたるらんさくらなみよるたにがはの水
    山花をたづねにまかりてかへさに人人てごとにをりてかへるを 藤原登平
  五七 やまざくらてごとにをりてかへるをば春のゆくとや人はみるらん
    奈良の八重桜を内にもてまゐりたるを、うへ御覧じて歌とおほせ
    ごとありければつかうまつれる 伊勢大輔
  五八 いにしへのならのみやこのやへざくらけふここのへににほひぬるかな
    落花満庭といへることをよめる 左兵衛督実能
  五九 けさみれば夜はのあらしにちりはてて庭こそはなのさかりなりけれ
    顕仲朝臣の八条にて人人十首の歌よみけるに、花の心をよめる 源俊頼朝臣
  六〇 おのれかつちるをゆきとやおもふらんみのしろごろも花もきてけり
    落花のこころをよめる 長実卿母
  六一 はるごとにおなじさくらの花なればをしむこころもかはらざりけり
    水上落花といへることをよめる 大納言経信
  六二 みなかみにはなやちりつむやまがはの井くひにいとどかかるしらなみ
    落花散衣といへることをよめる 藤原永実
  六三 ちりかかるけしきは雪のここちしてはなにはそでのぬれぬなりけり
    堀河院御時はなのちりたるをはきあつめて、おほきなるもののふ
    たに山のかたをつませたまひて中宮御方にたてまつらせたまひた
    りけるを、宮御覧じて歌よめとおほせごとありければよみはべり
    ける 御匣殿
  六四 さくらばな雲かかるまでかきつめてよしのの山とけふはみるかな
    はなのにはにちりつもりたるをみてよめる 郁芳門院安芸
  六五 にはのはなもとのこずゑにふきかへせちらすのみやはこころなるべき
    天徳四年内裏の歌合によめる 大中臣能宣朝臣
  六六 さくらばなかぜにしちらぬものならばおもふことなき春にぞあらまし
    白河のはなみにまかりたりけるに、ちるをみてよめる 源俊頼朝臣
  六七 身にかへてをしむにとまる花ならばけふや我が身のかぎりならまし
    夜思落花といふことをよめる 隆源法師
  六八 ころもでにひるはちりつるさくらばなよるはこころにかかるなりけり
    春ものへまかりけるに山田つくるをみてよめる 高階経成朝臣
  六九 さくらさくやまだをつくるしづのをはかへすがへすやはなをみるらん
    花のちるを見てよめる 藤原隆頼
  七〇 さくらばなまたみんこともさだめなきよはひぞかぜよ心してふけ
    後冷泉院の御時月のあかかりける夜、女房たちをぐして南殿にわ
    たらせたまひたりけるに、にはの花かつちりておもしろかりける
    を御覧じて、これをみしりたらん人にみせばやとおほせごとあり
    て、中宮の御方にしもつけやあらんとめしにつかはしたりければ
    まゐりたりけるを、あのはなをりてまゐれとおほせごとありけれ
    ばをりてもてまゐりけるを、ただにてはいかにと宣旨ありければ
    よみはべりける 下野
  七一 ながき夜の月のひかりのなかりせば雲井のはなをいかでをらまし
    新院の北面にて残花薫風といへることをよめる 権中納言雅定
  七二 ちりはてぬはなのあたりをしらすればいとひしかぜぞけふはうれしき
    百首歌中に杜若をよめる 修理大夫顕季
  七三 あづまぢのかほやがぬまのかきつばたはるをこめてもさきにけるかな
    三月三日桃花をみてよめる 経信卿母
  七四 やまがつのそのふにたてるもものはなすけるなこれをうゑてみけるも
    春田をよめる 大納言経信
  七五 あらをだにほそたに河をまかすればひくしめなはにもりつつぞゆく
    苗代をよめる 津守国基
  七六 しぎのゐる野ざはのをだをうちかへしたねまきてけりしめはへてみゆ
    後冷泉院御時弘徽殿女御歌合によめる 藤原隆資
  七七 山ざとのそとものをだのなはしろにいはまの水をせかぬひぞなき
    寛和二年華山院歌合によめる 藤原長能
  七八 ひとへだにあかぬこころをいとどしくやへかさなれるやまぶきのはな
    藤原惟成
  七九 かはづなく井でのわたりにこまなめてゆくてにも見んやまぶきのはな
    水辺款冬をよめる 摂政左大臣
  八〇 かぎりありてちるだにをしきやまぶきをいたくなをりそ井での河浪
    天徳四年麗景殿女御歌合によめる 読人不知
  八一 やへさけるかひこそなけれやまぶきのちらばひとへもあらじとおもへば
    宇治入道前太政大臣のもとより、かかるやへやまぶきはみたりや
    とかかれたりけるをみてつかはしける 大納言道綱母
  八二 たれかこのかずはさだめしわれはただとへとぞおもふやまぶきのはな
    晩見躑躅といへることをよめる 摂政家参河
  八三 いりひさすゆふくれなゐのいろみえて山したてらすいはつつじかな
    屏風の絵に人の家に藤花さきたるところをみてよめる 大納言公任
  八四 むらさきの雲とぞみゆるふぢのはないかなるやどのしるしなるらん
    院北面にて橋上藤花といへることをよめる 大夫典侍
  八五 いろかへぬ松によそへてあづまぢのときはのはしにかかるふぢなみ
    房のふぢのさかりなるをみてよめる 権律師増覚
  八六 くる人もなきわがやどのふぢのはなたれをまつとてさきかかるらん
    紫藤隠松といへることを 良暹法師
  八七 松風のおとせざりせばふぢなみをなににかかれるはなとしらまし
    二条関白家にて池辺藤花といへることを 大納言経信
  八八 いけにひつ松のはひえにむらさきのなみおりかくるふぢさきにけり
    百首の歌のなかに藤花をよめる 修理大夫顕季
  八九 すみよしの松にかかれるふぢのはなかぜのたよりになみやおるらん
    雨中藤花といへることをよめる 神祇伯顕仲
  九〇 ぬるるさへうれしかりけり春さめにいろますふぢのしづくとおもへば
    三月尽のこころをよめる 僧都証観
  九一 はるのくるみちにきむかへほととぎすかたらふこゑにたちやとまると
    源雅兼朝臣
  九二 のこりなくくれぬる春ををしむまに心をさへもつくしつるかな
    三月尽に恋のこころをよせてよめる 内大臣
  九三 はるはをし人はこよひとたのむればおもひわづらふけふのくれかな
    三月尽の心をよめる 藤原定成朝臣
  九四 いくかへりけふにわが身のあひぬらんをしむははるのすぐるのみかは
    天徳四年内裏歌合に暮春のこころをよめる 中納言朝忠
  九五 はなだにもちらでわかるる春ならばいとかくけふををしまざらまし
    摂政左大臣の家にて三月尽のこころをよみはべりける 源俊頼朝臣
  九六 かへる春うづきのいみにさしこめてしばしみあれのほどだにもみむ
 

 金葉和歌集第二夏五十首
 
    天徳四年内裏歌合に夏のはじめをよめる 中務
  九七 なつごろもたちきるけふははなざくらかたみのいろをぬぎやかふらむ
    更衣の心をよめる 源師賢朝臣
  九八 われのみぞいそぎたたれぬなつごろもひとへにはるををしむ身なれば
    二条関白家にて人人余花のこころをよみはべりける 藤原盛房
  九九 なつ山のあをばまじりのおそざくらはつはなよりもめづらしきかな
    応徳三年四月内裏にて庭樹結葉といふことをよませ給へる 院御製
 一〇〇 おしなべてこずゑあをばになりぬれば松のみどりもわかれざりけり
    大納言経信
 一〇一 たまがしはにはもはびろになりぬればこやゆふしでて神まつるころ
    四月神祭のこころをよめる 永成法師
 一〇二 やかつかみまつれるやどのしるしにはならのひろはのやひらでぞちる
    鳥羽殿にて人人卯花の歌よみけるに 春宮大夫公実
 一〇三 ゆきのいろをうばひてさけるうのはなにをののさと人ふゆごもりすな
    卯花連垣といへることを 大蔵卿匡房
 一〇四 いづれをかわきてとはましやまざとのかきねつづきにさけるうのはな
    題不知 源相方朝臣
 一〇五 としをへてかよひなれにしやまざとのかどとふばかりさけるうのはな
    江侍従
 一〇六 ゆきとしもまがひもはてじうのはなはくるれば月のかげかともみゆ
    摂政左大臣
 一〇七 うのはなのさかぬかきねはなけれどもなにながれたるたまがはのさと
    卯花誰垣ぞといへることをよめる 権中納言実行
 一〇八 神山のふもとにさけるうのはなはたがしめゆひしかきねなるらん
    題不知 大納言経信
 一〇九 しづのめがあしびたくやもうのはなのさきしかかればやつれざりけり
    ほととぎすをよめる 修理大夫顕季
 一一〇 みやまいでてまださとなれぬほととぎすたびのそらなるねをやなくらん
    ほととぎすをたづぬといへることをよめる 藤原節信
 一一一 けふもまたたづねくらしつほととぎすいかできくべきはつねなるらん
    郭公の歌十首人人によませはべりけるついでに 摂政左大臣
 一一二 ほととぎすすがたは水にやどれどもこゑはうつらぬ物にぞありける
    権中納言実行卿の家の歌合に郭公をよめる 左京大夫経忠
 一一三 としごとにきくとはすれどほととぎすこゑはふりせぬものにぞありける
    ほととぎすをよめる 藤原顕輔朝臣
 一一四 ほととぎすこころもそらにあくがれて夜がれがちなるみやまべのさと
    承暦二年内裏歌合に郭公をよめる 藤原孝善
 一一五 ほととぎすあかですぎぬるこゑによりあとなきそらをながめつるかな
    郭公をよめる 権僧正永縁
 一一六 きくたびにめづらしければほととぎすいつもはつねのここちこそすれ
    天徳四年内裏の歌合にほととぎすをよめる 坂上望城
 一一七 ほのかにぞなきわたるなるほととぎすみ山をいづる夜はのはつこゑ
    待郭公といへることをよませ給へる 院御製
 一一八 ほととぎすまつにかかりてあかすかなふぢの花とや人は見つらん
    俊忠卿家歌合に郭公を 中納言女王
 一一九 ほととぎすほのめくこゑをいづかたとききまどはしつあけぼののそら
    郭公をよめる 前斎院六条
 一二〇 やどちかくしばしかたらへほととぎすまつよのかずのつもるしるしに
    長実卿の白河にて人人歌よみけるに郭公をよめる 源俊頼朝臣
 一二一 おとせぬはまつ人からかほととぎすたれをしへけんかずならぬ身と
    宇治前太政大臣家歌合に郭公をよめる 康資王母
 一二二 やまちかくうらこぐふねはほととぎすなくわたりこそとまりなりけれ
    郭公をよめる 皇后宮式部
 一二三 ほととぎす雲のたえまにもる月のかげほのかにもなきわたるかな
    暁郭公をよめる 源定信
 一二四 わぎもこにあふさか山のほととぎすあくればかへるそらになくなり
    雨中郭公をよめる 大納言経信
 一二五 ほととぎすくもぢにまよふこゑすなりをやみだにせよさみだれのそら
    題不知 花山院御製
 一二六 やどちかくはなたちばなはほりうゑじむかしをこふるつまとなりけり
    永承四年殿上歌合に昌蒲をよめる 大納言経信
 一二七 よろづよにかはらぬものはさみだれのしづくにかをるあやめなりけり
    郁芳門院根合によめる 藤原孝善
 一二八 あやめぐさひくてもたゆくながきねのいかであさかのぬまにおふらん
    みやづかへしけるむすめのもとに五月五日くすだまつかはすとてよめる 権僧正永縁母
 一二九 あやめ草わが身のうきにひきかへてなべてならぬにおもひいでなん
    あやめのねながきを宇治入道太政大臣の許よりつかはしたりけるをみてよめる 高松上
 一三〇 ながしともしらずやねのみなかれつつこころのうちにおふるあやめは
    五月五日家にあやめふくをみてよめる 左近府生秦兼久
 一三一 おなじくはととのへてふけあやめぐささみだれたらばもりもこそすれ
    五月雨のこころをよめる 藤原定通
 一三二 さみだれはひかずへにけりあづまやのかやがのきばのしたくつるまで
    承暦二年内裏歌合に五月雨をよめる源道時朝臣にかはりて 大納言経信
 一三三 さみだれにたまえの水やまさるらんあしのしたばのかくれ行くかな
    俊忠卿家歌合にさみだれをよめる 藤原顕仲朝臣
 一三四 さみだれに水まさるらしさはだ河まきのつぎはしうきぬばかりに
    題不知 三宮
 一三五 さみだれにいりえのはしのうきぬればおろすいかだのここちこそすれ
    摂政左大臣家にて夏月をよめる 神祇伯顕仲
 一三六 なつの夜のにはにふりしく白雪は月のいるこそきゆるなりけれ
    俊忠卿家歌合に水鶏をよめる 藤原顕綱朝臣
 一三七 さとごとにたたくくひなのおとすなりこころのとまるやどやなからん
    摂政左大臣家にて水鶏をよめる 源雅光
 一三八 夜もすがらはかなくたたくくひなかなさせるともなきしばのかりやを
    実行卿家歌合に野風をよめる 修理大夫顕季
 一三九 なつごろもすそ野のくさをふくかぜにおもひもあへずしかやなくらん
    照射をよめる 橘俊綱朝臣
 一四〇 ともししてはこねの山にあけにけりふたよりみよりあふとせしまに
    源仲正
 一四一 さは水にほぐしのかげのうつれるをふたともしとやしかはみるらん
    天徳四年内裏歌合によめる 壬生忠見
 一四二 なつぐさのなかをつゆけみかきわけてかる人なしにしげる野辺かな
    夏夜月をよめる 源親房
 一四三 たまくしげふたかみ山のくもまよりいづればあくる夏の夜の月
    納涼のこころをよめる 曾禰好忠
 一四四 そま河のいかだのとこのうきまくらなつはすずしきふしどなりけり
    二条関白家にて雨後草花といへることを 源俊頼朝臣
 一四五 このさともゆふだちしけりあさぢふに露のすがらぬ草のはもなし
    六月廿日ごろに立秋の日人のもとにつかはしける 摂政左大臣
 一四六 みな月のてる日のかげはさしながら風のみあきのけしきなるかな
    六月祓の心をよめる 源有政
 一四七 みそぎするかはせにたてるいくひさへすがぬきかけてみゆるけふかな
 

 金葉和歌集第三秋百十一首
 
    大江為基摂津の任はててのぼりけるのち初秋の日つかはしける 僧都清胤
 一四八 きみすまばとはましものをつのくにのいくたのもりの秋のはつかぜ
    百首歌中に立秋のこころをよめる 春宮大夫公実
 一四九 とことはに吹くゆふぐれのかぜなれど秋たつ日こそすずしかりけれ
    野草帯露といへることをよめる 大宰大弐長実
 一五〇 まくずはふあだのおほののしらつゆをふきなみだりそ秋のはつ風
    後冷泉院御時皇后宮春秋歌合に七夕のこころをよめる 土左内侍
 一五一 よろづよに君ぞみるべきたなばたのゆきあひのそらを雲のうへにて
    七夕の心をよめる 能因法師
 一五二 たなばたのこけのころもをいとはずは人なみなみにとひもしてまし
    七月七日父の服にてはべりけるとしよめる 橘元任
 一五三 ふぢごろもいみもやするとたなばたにかさぬにつけてぬるるそでかな
    七夕の心をよめる 前斎宮河内
 一五四 こひこひてこよひばかりやたなばたのまくらにちりのつもらざるらん
    三宮
 一五五 あまの河わかれにむねのこがるればかへさのふねはかぢもとられず
    権中納言国信
 一五六 たなばたにかせるころものつゆけさにあかぬけしきをそらにしるかな
    題不知 小大君
 一五七 たなばたにかしつとおもひしあふことをその夜なきなのたちにけるかな
    皇后宮権大夫師時
 一五八 たなばたのあかぬわかれのなみだにや花のかつらもつゆけかるらん
    内大臣家越後
 一五九 あまの河かへさのふねになみかけよのりわづらはばほどもふばかり
    宇治へまかりけるにみちにたごの水ひきけるを見て、かくなんと
    申しければ入道前太政大臣みにまかりたりけるに、水もみえざり
    ければいかにとたづねけるに七月七日にあたりたりければよめる
     菅野為言
 一六〇 ひく水もけふたなばたにかしてけりあまの河瀬にふなゐすなとて
    七夕をよめる 宇治入道前太政大臣
 一六一 ちぎりけむほどはしらねどたなばたのたえせぬけふのあまの河風
    八日のこころをよめる 高階俊平
 一六二 まれにあふわれたなばたの身なりせばけふのわかれをいきてせましや
    草花告秋といへることをよめる 源縁法師
 一六三 さきにけりくちなしいろのをみなへしいはねどしるし秋のけしきは
    師賢朝臣の梅津に人人まかりて歌よみけるに、田家秋風といへる
    ことをよめる 大納言経信
 一六四 ゆふさればかどたのいなばおとづれてあしのまろやに秋風ぞふく
    長恨歌のこころをよめる 源道済
 一六五 おもひかねわかれし野辺をきてみればあさぢがはらに秋風ぞふく
    ゆふづくよをよめる 大江公資朝臣
 一六六 山のはにあかずいりぬるゆふづくよいつありあけにならんとすらん
    遍照寺にて秋晩のこころをよめる 藤原範永朝臣
 一六七 すむ人もなきやまざとの秋の夜は月のひかりもさびしかりけり
    寛和二年内裏歌合に月をよませたまへる 花山院御製
 一六八 あきの夜の月にこころはあくがれて雲井に物をおもふころかな
    題不知 中原長国
 一六九 月にこそむかしのことはおぼえけれ我をわするる人にみせばや
    閑見月といへることをよめる 顕仲卿女
 一七〇 もろともにくさばの露のおきゐずはひとりやみまし秋夜の月
    寛治八年八月十五夜鳥羽殿にて翫池上月といへることをよませたまへる 院御製
 一七一 いけ水にこよひの月をうつしもてこころのままにわがものとみる
   大納言経信
 一七二 てる月のいはまの水にやどらずは玉ゐるかずをいかでしらまし
    八月十五夜をよめる 高階俊平
 一七三 秋はまだすぎぬるばかりあるものを月はこよひをきみとみるかな
    翫明月といへることをよめる 民部卿忠教
 一七四 いづくにもこよひの月をみるひとのこころやおなじそらにすむらん
    後冷泉院御時皇后宮歌合に駒迎をよめる 藤原隆経朝臣
 一七五 ひくこまのかずよりほかにみえつるはせきのし水のかげにぞありける
    屏風の絵にあふさかのせきかけるところをよめる 小式部内侍
 一七六 人もこえこまもとまらぬあふさかのせきはし水のもる名なりけり
    駒迎のこころをよめる 源仲正
 一七七 あづまぢをはるかにいづるもち月のこまにこよひやあふさかのせき
    八月十五夜のこころをよめる 源親房
 一七八 さやけさはおもひなしかと月かげをこよひとしらぬ人にとはばや
    百首の歌中に月をよめる 源俊頼朝臣
 一七九 こがらしのくもふきはらふたかねよりさえても月のすみのぼるかな
    閏九月あるとしの八月十五日に俊頼朝臣のもとにつかはしける 春宮大夫公実
 一八〇 あきはなほのこりおほかるとしなれどこよひの月の名こそをしけれ
    禁中月を見てよめる 大江為政
 一八一 ここのへのうちさへてらす月かげにあれたるやどを思ひこそやれ
    清涼殿にて月を御覧じてよませたまへる 花山院御製
 一八二 こころみにほかの月をもみてしがなわがやどからのあはれなるかと
    水上月をよめる 前斎院六条
 一八三 くものなみかからぬさ夜の月かげをきよたきがはにやどしてぞみる
    月をよめる 皇后宮肥後
 一八四 月をみておもふこころのままならばゆくへもしらずあくがれなまし
    人のもとにまかりて物語しける程に月のいるをみてよめる 源師俊朝臣
 一八五 いかにしてしがらみかけむあまの河ながるる月やしばしよどむと
    大納言経長卿のかつらの山里にて人人月をよみけるによめる 大納言経信
 一八六 こよひわがかつらのさとの月をみておもひのこせることのなきかな
    承暦二年内裏歌合によめる 春宮大夫公実
 一八七 くもりなきかげをとどめばやまがはにいるとも月ををしまざらまし
    宇治前太政大臣の家の歌合に月をよめる 皇后宮摂津
 一八八 てる月のひかりさえゆくやどなればあきの水にもつららゐにけり
    源俊頼朝臣
 一八九 やまのはにくものころもをぬぎすててひとりも月のたちのぼるかな
    水上月をよめる 摂政左大臣
 一九〇 あしねはひかつみもしげきぬま水にわりなくやどる夜半の月かな
    宇治前太政大臣家歌合によめる 一宮紀伊
 一九一 かがみやまみねよりいづる月なればくもる夜もなきかげをこそみれ
    秋なにはのかたへまかりてよめる 参議師頼
 一九二 いにしへのなにはのことをおもひいでてたかつのみやに月のすむらん
    題不知 源行宗朝臣
 一九三 なごりなく夜半のあらしにくもはれてこころのままにすめる月かな
    八月十五夜に人人歌よみ侍りけるによめる 平師季
 一九四 みかさやまひかりをさしていでしよりくもらであけぬ秋夜の月
    宇治入道前太政大臣の三十講の次に歌合し侍りけるによめる 赤染
 一九五 やどからぞ月のひかりもまさりけるよのくもりなくすめばなりけり
    太皇太后宮扇合によめる 大納言経信
 一九六 みかさ山みねよりいづる月かげはさほのかはせのこほりなりけり
    山月をよめる 権律師済慶
 一九七 おもひいでもなくてや我が身やみなましをばすて山の月みざりせば
    顕季卿家にて九月十三夜のこころをよめる 大宰大弐長実
 一九八 くまもなきかがみとみゆる月かげにこころうつらぬ人はあらじな
    源俊頼朝臣
 一九九 むらくもや月のくまをばはらふらんはれ行くたびにてりまさるかな
    月照古橋といへることをよませたまへる 三宮
 二〇〇 とだえして人もかよはぬたなはしに月ばかりこそすみわたりけれ
    水上月をよめる 藤原実光朝臣
 二〇一 月かげのさすにまかせてゆくふねはあかしのうらやとまりなるらん
    一条院うせさせおはしましてのち物にこもりて月をみてよめる 承香殿女御
 二〇二 おほかたにさやけからぬか月かげはなみだくもらぬ人にとはばや
    大炊殿におはしましけるころ殿上のをのこども御前にて歌つかう
    まつりけるに 大宰大弐長実
 二〇三 さらぬだにたまにまがひておく露をいとどみがける秋の夜の月
    九月十三夜に閑見月といへることをよめる 源俊頼朝臣
 二〇四 すみのぼるこころやそらをはらふらんくものちりゐぬあきの夜の月
    永承四年殿上歌合によめる 藤原家経朝臣
 二〇五 よとともにくもらぬくものうへなればおもふことなく月をみるかな
    月夜にまかりたりける人人のおそくいでければ、かへりけるつと
    めてつかはしける 中務宮
 二〇六 うらめしくかへりけるかな月夜にはこぬ人をだにまつとこそきけ
    行路暁月といへることをよめる 権僧正永縁
 二〇七 もろともにいづとはなしにありあけの月のみおくる山路をぞ行く
    対山待月といへることをよめる 土御門右大臣
 二〇八 ありあけの月まつほどのうたたねは山のはのみぞ夢にみえける
    ありあけの月をみてよめる 和泉式部
 二〇九 ありあけの月みすさびにおきてゆく人のなごりをながめしものを
    山家暁月といへることをよめる 権中納言顕隆
 二一〇 やまざとのかどたのいねのほのぼのとあくるもしらず月をみるかな
    宇治前太政大臣白河家にて関路暁月といへることをよめる 藤原範永朝臣
 二一一 ありあけの月もし水にやどりけりこよひはこえじあふさかのせき
    月のあかかりける夜あかしにまかりて月をみてのぼるに、みやこ
    の人月はいかがなどたづねければよめる 平忠盛朝臣
 二一二 ありあけの月もあかしのうらかぜになみばかりこそよるとみえしか
    八月廿日ごろにむしのこゑをききて 赤染
 二一三 ありあけの月はたもとになかれつつかなしきころのむしのこゑかな
    きりぎりすをよめる 前斎院六条
 二一四 つゆしげき野辺にならひてきりぎりすわがたまくらのしたになくなり
    はたおりをよめる 顕仲卿女
 二一五 ささがにのいとひきかくるくさむらにはたおるむしのこゑきこゆなり
    むしをよめる 藤原長能
 二一六 おぼつかないづくなるらんむしのねをたづねばはなの露やこぼれん
    題読人不知
 二一七 たまづさはかけてきつれどかりがねのうはのそらにもみえわたるかな
    春宮大夫公実
 二一八 いもせ山みねのあらしやさむからんころもかりがねそらになくなり
    鹿をよめる 三宮大進
 二一九 つまこふるしかぞなくなるひとりねのとこのやまかぜ身にやしむらん
    恵慶法師
 二二〇 たかさごのをのへにたてるしかのねにことのほかにもぬるるそでかな
    暁聞鹿といへることをよめる 皇后宮右衛門佐
 二二一 おもふことありあけがたの月かげにあはれをそふるさをしかのこゑ
    夜聞鹿声といへることをよめる 内大臣家越後
 二二二 夜はになくこゑにこころぞあくがるる我が身はしかのつまとならねど
    摂政左大臣家にて旅宿鹿といへることをよめる 源雅光
 二二三 さもこそはみやここひしきたびならめしかのねにさへぬるるそでかな
    旅宿鹿といへることをよめる 藤原伊家
 二二四 あきはぎを草のまくらにむすぶ夜はちかくもしかのこゑをきくかな
    野亭聞鹿といへることをよめる 源俊頼朝臣
 二二五 さをしかのなくねは野辺にきこゆれどなみだはとこの物にざりける
    鹿をよめる 藤原顕仲朝臣
 二二六 よのなかをあきはてぬとやさをしかのいまはあらしのやまになくらん
    はぎをよめる 大宰大弐長実
 二二七 しらすげのま野のはぎはらつゆながらをりつる袖ぞ人なとがめそ
    顕隆卿家歌合によめる 権中納言俊忠
 二二八 しらつゆをたまくらにしてをみなへし野原のかぜにをれやふすらん
    女郎花をよめる 藤原顕輔朝臣
 二二九 こころゆゑこころおくらんをみなへしいろめく野辺に人かよふとて
    摂政左大臣の家にて蘭をよめる 源忠季
 二三〇 さほ河のみぎはにさけるふぢばかまなみのおりてやかけむとすらん
    蘭をよめる 右兵衛督伊通
 二三一 かりにくる人もきよとやふぢばかまあきの野ごとにしかのたつらん
    神祇伯顕仲
 二三二 ささがにのいとのとぢめやあだならんほころびわたるふぢばかまかな
    堀河院御時御前にて草花を採りて人人歌つかうまつりけるに、す
    すきをとりてつかうまつれる 源俊頼朝臣
 二三三 うづらなくま野のいりえのはまかぜにをばななみよる秋の夕ぐれ
    鳥羽殿にて前栽合によめる 春宮大夫公実
 二三四 あだしのの露ふきみだるあきかぜになびきもあへぬをみなへしかな
    房のまへに女郎花をうゑたりけるをみて、院源座主ひじりの房の
    まへにをみなへしをうゑたりけるぞとたはぶれければよめる 明円聖人
 二三五 なにならんとおもふおもふぞほりうゑしをみなへしとはけふぞしりぬる
    雨中思花といへることを 藤原長能
 二三六 ぬれぬれもあけばまづみんみやぎ野のもとあらのこはぎしをれしぬらん
    はぎをよめる 馬内侍
 二三七 うつろふはしたばばかりとみし程にやがて秋にもなりにけるかな
    屏風の絵に霧たちわたりたるところにむまはなれたるかたかける
    ところを 藤原長能
 二三八 とりつなげみつののはらのはなれごまよどの河霧あきははれせじ
    河霧をよめる 藤原基光
 二三九 うぢがはのかはせもみえぬゆふぎりにまきのしま人ふねよばふなり
    藤原行家朝臣
 二四〇 かはぎりのたちこめつればたかせぶねわけ行くさをのおとのみぞする
    郁芳門院根合に菊をよめる 権中納言通俊
 二四一 さかりなるまがきのきくをけさみればまだそらさえぬ雪ぞつもれる
    鳥羽殿前栽合によめる 修理大夫顕季
 二四二 ちとせまできみがつむべききくなればつゆもあだにはおかじとぞおもふ
    摂政左大臣家にて紅葉隔牆といえるこころをよめる 藤原仲実朝臣
 二四三 もずのゐるはじのたちえのうすもみぢたれわがやどの物とみるらん
    宇治前太政大臣の白河にて見行客といへることをよめる 堀河右大臣
 二四四 せきこゆる人にとはばやみちのくのあだちのまゆみもみぢしにきや
    甲斐国にまかりけるみちにて二村山のもみぢをみてよめる 橘能元
 二四五 いくらともみえぬもみぢのにしきかなたれふたむらの山といひけん
    深山紅葉といへることをよめる 大納言経信
 二四六 やまもりよをののおとたかくきこゆなりみねのもみぢはよきてきらせよ
    題不知 権大僧都観教
 二四七 みづうみに秋の山辺をうつしてははたばりひろきにしきとやみん
    ものへまかりけるみちにもみぢのちりかかりければよめる 江侍従
 二四八 もみぢばをたづぬるたびにあらねどもにしきをのみもみちきたるかな
    深山落葉といへることをよめる 藤原伊家
 二四九 たにがはにしがらみかけよたつたひめみねのもみぢにあらしふくなり
    院御時大井逍遥に水上落葉といへることをよめる
 二五〇 ははそちるいはまをかづくかもどりはおのがあをばももみぢしにけり
    公実卿中将にてはべりける時人人ぐして小野のわたりにもみぢ見
    ありきけるに、おくりてはべりける 前皇后宮美作
 二五一 山ざとの秋のけしきもみぬ人にきてだにかたれつゆもおとさず
    物へまかりけるみちにてもみぢをみてよめる 藤原長能
 二五二 いづくにかこまをとどめむもみぢばのいろなるものはこころなりけり
    宇治前太政大臣大井にまかれりけるともにまかりてよめる 大納言経信
 二五三 おほ井がはいはなみたかしいかだしよきしのもみぢにあからめなせそ
    落花埋橋といへることをよめる 修理大夫顕季
 二五四 をぐらやまみねのあらしのふくからにたにのかけはしもみぢしにけり
    太皇太后宮扇合にもみぢをよめる 源俊頼朝臣
 二五五 おとはやま紅葉ちるらしあふさかのせきのをがはににしきおりかく
    九月尽のこころをよめる 中原経則
 二五六 あすよりはよもの山辺にあきぎりのおもかげにのみたたむとすらん
    源師俊朝臣
 二五七 草のはにはかなくきゆるつゆじもをかたみにおきて秋のゆくらん
    雨中秋尽といへることをよめる 大納言公任
 二五八 いづかたに秋のゆくらむわがやどにこよひばかりのあまやどりせよ
 

 金葉和歌集第四冬五十四首
 
    承暦二年御前にて殿上のをのこどもさぐり題して歌つかうまつり
    けるに時雨をとりて 源師賢朝臣
 二五九 神な月しぐるるままにくらぶやましたてるばかりもみぢしにけり
    従二位藤原親子家のさうしあはせにしぐれをよめる 修理大夫顕季
 二六〇 しぐれつつかつちる山のもみぢばをいかにふく夜のあらしなるらん
    百首歌中にもみぢをよめる 源俊頼朝臣
 二六一 たつた河しがらみかけて神なびのみむろの山のもみぢをぞみる
    時雨をよめる 摂政家参河
 二六二 神な月しぐれのあめのふるからにいろいろになるすずか山かな
    百寺をがみけるにしぐれのしければよめる 左京権大夫道雅
 二六三 もろともにやまめぐりするしぐれかなふるにかひなき身とはしらずや
    題不知 大江嘉言
 二六四 やまふかみおちてつもれるもみぢばのかわけるうへにしぐれふるなり
 二六五 ひぐらしにやまぢのきのふしぐれしはふじのたかねの雪にぞありける
    後朱雀院御時御前にて霧籠紅葉といへることを 中納言資仲
 二六六 もみぢちるやどはあきぎりはれせねばたつたの河のながれをぞみる
    竹風似雨といへることをよめる 中納言基長
 二六七 なよたけのおとにぞそでをかづきつるぬれぬにこそは風としりぬれ
    百首歌中にあじろをよめる 皇后宮肥後
 二六八 ひをのよるかはせにたてるあじろぎはたつしらなみのうつにやあるらん
    月照網代といへることをよめる 大納言経信
 二六九 月夜よみせぜのあじろによるひをはたまもにさゆるこほりなりけり
    百首歌中に冬のはじめの心をよめる 源重之
 二七〇 さむからばよるはきてねよみやまどりいまはこのはもあらしふくなり
    関路千鳥といへることを 源兼昌
 二七一 あはぢしまかよふちどりのなくこゑにいくよねざめぬすまのせきもり
    千鳥をよめる 藤原長能
 二七二 河ぎりはみぎはをこめてたちにけりいづくなるらんちどりなくなり
    氷をよめる 藤原隆経朝臣
 二七三 たかせぶねさをのおとにぞしられぬるあしまの氷ひとへしにけり
    内大臣
 二七四 たにがはのよどみをむすぶこほりこそみる人はなきかがみなりけれ
    曾禰好忠
 二七五 水鳥はこほりのせきにとぢられてたまものやどをかれやしぬらん
    百首歌中にこほりをよめる 藤原仲実朝臣
 二七六 しながどりゐなのふしはら風さえてこやの池水こほりしにけり
    題不知 三宮
 二七七 つながねどながれもやらずたかせぶねむすぶこほりのとけぬかぎりは
    氷満池水といへることをよめる 大納言経信
 二七八 みづとりのつららのまくらひまもなしむべしみけらしとふのすがごも
    冬月をよめる 神祇伯顕仲
 二七九 冬さむみそらにこほれる月かげはやどにもるこそとくるなりけれ
    初雪をよめる 藤原義忠朝臣
 二八〇 としをへて吉野の山にみなれたるめにもふりせぬけさのはつゆき
    宇治前太政大臣家歌合に雪のこころをよめる 源頼綱朝臣
 二八一 ころもでによごのうら風さえさえてこだかみ山にゆきふりにけり
    橋上雪といへることをよめる 前斎院尾張
 二八二 しらなみのたちわたるかとみゆるかなはまなのはしにふれるしらゆき
    百首歌中に雪をよめる 大蔵卿匡房
 二八三 いかにせんすゑの松山なみこさばみねのはつゆききえもこそすれ
    初雪をよめる 大納言経信
 二八四 はつゆきはまつのはしろくふりにけりこやをの山の冬のさびしさ
    庭雪をよめる 和泉式部
 二八五 まつ人のいまもきたらばいかがせんふままくをしきにはの雪かな
    宇治前太政大臣家歌合によめる 皇后宮摂津
 二八六 ふるゆきにすぎのあをばもうづもれてしるしもみえずみわの山もと
    中納言女王
 二八七 いはしろのむすべる松にふるゆきははるもとけずやあらんとすらん
    修行しありきけるに淡路のいはやにてよめる 増基法師
 二八八 はまかぜにわがこけごろもほころびて身にふりつもる夜はのゆきかな
    大嘗会主基方備中国弥高山をよめる 藤原行盛
 二八九 ゆきふればいやたか山のこずゑにはまだ冬ながらはなさきにけり
    雪の御幸におそくまゐりければ、しきりにおそきよしの御使たま
    はりてつかうまつれる 六条右大臣顕房
 二九〇 あさごとのかがみのかげにおもなれて雪みにとしもいそがれぬかな
    題不知 皇后宮権大夫師時
 二九一 すみがまにたつけぶりさへをのやまはゆきげの雲とみゆるなりけり
    百首中に冬の歌とて 曾禰好忠
 二九二 みやま木をあさなゆふなにこりつみてさむさをこふるをののすみやき
    屏風の絵に田のほとりにかりしたるかたかけるところを 中務
 二九三 そでひちてうゑし春よりまもる田をたれにしられてかりにたつらん
    雪中鷹狩をよめる 源道済
 二九四 ぬれぬれもなほかりゆかむはしたかのうはばのゆきをうちはらひつつ
    藤原長能
 二九五 あられふるかた野のみののかりころもぬれぬやどかす人しなければ
 二九六 みかりするすゑ野にたてるひとつまつとがへるたかのこゐにかもせむ
    内大臣家越後
 二九七 ことわりやかたののをのになくきぎすさこそはかりの人はつらけれ
    鷹狩のこころをよめる 源俊頼朝臣
 二九八 はしたかをとりかふさはにかげみればわが身もともにとやがへりせり
    神楽をよめる 皇后宮権大夫師時
 二九九 神まつるみむろの山にしもふればゆふしでかけぬさかきばぞなき
    家経朝臣のかつらの山里の障子の絵に、神楽したるかたかけると
    ころをよめる 康資王母
 三〇〇 さかきばやたちまふそでのおひかぜになびかぬ神もあらじとぞおもふ
    旅宿冬夜といへることをよめる 大納言経信
 三〇一 たびねするよどこさえつつあけぬらしとかたぞかねのこゑきこゆなり
    水鳥をよめる 前斎院六条
 三〇二 なかなかにしものうはぎをかさねてやをしのけごろもさえまさるらん
    修理大夫顕季
 三〇三 さむしろにおもひこそやれささのはにさゆる霜夜のをしのひとりね
    曾禰好忠
 三〇四 ふぢふ野にしばかるたみのてもたゆみつかねもあへずふゆのさむさに
    依花待春 内大臣
 三〇五 なにとなくとしのくるるはをしければはなのゆかりに春をまつかな
    としのくれをよめる 藤原成通朝臣
 三〇六 人しれずとしのくるるををしむまに春いとふ名のたちぬべきかな
    摂政左大臣家にて冬題どもを採りてよませはべりけるに、としの
    くれの心をよめる 藤原永実
 三〇七 かぞふるにのこりすくなき身にしあればせめてもをしきとしのくれかな
    月のうちに身まかりけるとぞ
    としのくれの心をよませたまひける 三宮
 三〇八 いかにせむくれ行くとしをしるべにて身をたづねつつおいはきにけり
    おなじ心をよめる 中原長国
 三〇九 としくれぬとばかりをこそきかましかわが身のうへにつもらざりせば
 

 金葉和歌集第五賀廿七首
 
    長治二年三月五日内裏にて竹不改色といへることをよませたまへる 堀河院御製
 三一〇 としふれどおもがはりせぬくれたけはながれてのよのためしなりけり
    前一条院の京極の家に行幸せさせ給ひたりけるに 宇治前太政大臣頼通
 三一一 きみがよにあふくま河のそこきよみよよをかさねてすまんとぞおもふ
    堀河院御時中宮堀河院つくりてはじめてわたらせたまひて、松契
    遐年といへることをつかうまつれる 権中納言俊実
 三一二 水のおもに松のしづえのひちぬればちとせはいけのこころなりけり
    法成寺太政大臣家歌合に水辺松をよめる 大江嘉言
 三一三 きみがよのためしにたてるまつかげにいくたび水のすまんとすらん
    河原院歌合に松臨池といへることを 恵慶法師
 三一四 たれにかといけの心もおもふらんそこにやどれる松のちとせを
    禁中にて翫花といへることを 権中納言実行
 三一五 ここのへにひさしくにほへやへざくらのどけき春のかぜとしらずや
    橘俊綱家歌合によめる 藤原国行
 三一六 おのづから我が身さへこそいははるれたれかちよにもあはまほしさに
    題不知 大納言経信
 三一七 きみがよの程をばしらですみよしの松をひさしとおもひけるかな
    堀河院行幸ふたたびありけるによめる 曾禰好忠
 三一八 みなかみにさだめてければきみがよにふたたびすめるほりかはのみづ
    後朱雀院御時弘徽殿歌合によめる 永成法師
 三一九 きみがよはすゑの松山はるばるとこすしらなみのかずもしられず
    嘉承二年三月鳥羽殿行幸に池上花といへることをよませたまへる 堀河院御製
 三二〇 いけ水のそこさへにほふ花ざくらみるともあかじちよの春まで
    大嘗会主基方辰日参音声鼓山をよめる 藤原行盛
 三二一 おとたかきつづみのやまのうちはへてたのしきみよとなるぞうれしき
    同大嘗会悠紀方朝日郷をよめる 藤原敦光朝臣
 三二二 くもりなきとよのあかりにあふみなるあさひのさとのひかりさしそふ
    巳日楽の破に雄琴郷をよみはべりける
 三二三 松かぜのをごとのさとにかよふにぞをさまれるよのこゑはきこゆる
    後冷泉院御時大嘗会主基方備中国二万郷をよめる 藤原家経朝臣
 三二四 みつぎものはこぶよほろをかぞふればにまのさと人かずそひにけり
    おなじくにのいな井といふ所を、人にかはりて 高階明頼
 三二五 なはしろの水はいな井にまかせたりたみやすげなる君がみよかな
    花契遐年といへることをよみ侍りける 大宰大弐長実
 三二六 はなもみな君がちとせをまつなればいづれの春かいろもかはらん
    摂政左大臣中将にてはべりける時かすがのまつりのつかひにてく
    だりはべりけるに、周防の内侍女使にてはべりけるが為隆卿行事
    にて侍りけるもとへつかはしける 周防内侍
 三二七 いかばかり神もあはれとみかさやまふたばのまつのちよのけしきを
    いはひのこころをよめる 藤原道経
 三二八 きみがよはいくよろづよかかさぬべきいつぬき河のつるのけごろも
    宇治前太政大臣家歌合によめる 権中納言通俊
 三二九 きみがよはあまのこやねのみことよりいはひぞそめしひさしかれとは
    大蔵卿匡房
 三三〇 きみがよはかぎりもあらじみかさやまみねにあさひのささむかぎりは
    新院御方にて藤花懸松といへることをよめる 大夫典侍
 三三一 ふぢなみはきみがちとせの松にこそかけてひさしくみるべかりけれ
    実行卿家歌合によめる 藤原為忠
 三三二 みづがきのひさしかるべき君がよをあまてる神やそらにしるらん
    前前中宮はじめてうちへまゐらせたまひたりける夜はつゆきのふ
    りはべりければ、六条右大臣のもとへつかはしける 宇治前太政大臣
 三三三 ゆきつもるとしのしるしにいとどしくちとせの松のはなさくぞみる
    返し 六条右大臣
 三三四 つもるべしゆきつもるべしきみがよは松のはなさくちたびみるまで
    天喜四年皇后宮歌合によませたまへる 後冷泉院御製
 三三五 ながはまのまさごのかずもなにならずつきせずみゆるきみがみよかな
    松上雪をよめる 源頼家朝臣
 三三六 よろづよのためしとみゆるまつのうへにゆきさへつもるとしにもあるかな
 

 金葉和歌集第六別離廿五首
 
    兼房朝臣丹後守になりてくだりけるにつかはしける 大納言経長
 三三七 きみうしやはなのみやこのはなをみでなはしろ水にいそぐこころを
    返し 藤原兼房
 三三八 よそにみしなはしろ水にあはれわがおりたつ名をもながしつるかな
    陸奥守信明みやこへかへりのぼる時わさづのつかはすとて 源重之
 三三九 このごろはみやぎ野にこそまじりつれきみををしかのつのもとむとて
    道貞朝臣陸奥へくだるとき 和泉式部
 三四〇 もろともにたたましものをみちのくのころものせきをよそにきくかな
    わづらふころ参河入道唐へまかるとききてつかはしける 小大君
 三四一 ながきよのやみにまよへるわれをおきて雲がくれぬるそらの月かな
    帥重尹卿くだりはべりける時人人餞し侍りけるによめる 堀河右大臣
 三四二 かへるべきたびのわかれとなぐさむるこころにたぐふなみだなりけり
    物へまかりける人のがり扇つかはすとて 能宣
 三四三 わかれぢをへだつる雲のうへにこそあふぎの風はやらまほしけれ
    参河入道もろこしへまかるべしときこえけるが、又とまりにけり
    ときこえければ人のたづねたりける返事につかはしける 入道
 三四四 とどまらんとどまらじともおもほえずいづくもつひのすみかならねば
    陸奥守則光朝臣くだりけるに人人餞し侍りけるによめる 菅原資忠
 三四五 とまりゐてまつべき身こそおいにけれあはれわかれは人のためかは
    経輔卿大宰帥にてくだりはべりける時にみちより上東門院に侍り
    ける人のもとへつかはしける 前大宰大弐長房
 三四六 かたしきのそでにひとりはあかせどもおつるなみだぞ夜をかさねける
    これは御覧じてかたはらにかきつけさせ給ひける 上東門院
 三四七 わかれぢをげにいかばかりおもふらんきく人さへぞ袖はぬれける
    源公定大隅守にてくだりける時月のあかかりけるころわかれををしみて 源為成
 三四八 はるかなるたびのそらにもおくれねばうらやましきは秋夜の月
    資業伊予へくだりける時よめる 民部内侍
 三四九 みやこにておぼつかなさをならはずはたびねをいかにおもひやらまし
    保昌にわすれられてのち兼房がとぶらひ侍りければ 和泉式部
 三五〇 人しれずものおもふことはならひにきはなにわかれぬ春しなければ
    一条院の皇后宮にはべりける人の日向国へまかりけるにつかはしける 皇后宮
 三五一 あかねさす日にむかひても思ひいでよみやこはしのぶながめすらんと
    大隅守小槻あきみちがくだりける時つかはしける 友政朝臣妻
 三五二 おきつしま雲井のきしをゆきかへりふみかよはさむまぼろしもがな
    源俊頼朝臣伊勢へまかる事ありていでたちけるとき人人餞し侍りけるによめる
    参議師頼
 三五三 いせのうみのをののふるえにくちはてでみやこのかたへかへれとぞおもふ
    源行宗朝臣
 三五四 まちつけむわが身なりせばかへるべきほどをいくたび君にとはまし
    百首歌中にわかれのこころを 権中納言国信
 三五五 けふはさはたちわかるともたよりあらばありやなしやのなさけわするな
    実方朝臣みちのくにへまかりけるに、したぐらつかはすとてよめる 大納言公任
 三五六 あづまぢのこのしたくらくなりゆかばみやこの月をこひざらめやは
    為仲朝臣陸奥守にてくだりける時人人餞し侍りけるによめる 藤原実綱朝臣
 三五七 ひとはいさわが身はすゑになりぬればまたあふさかもいかがまつべき
    藤原有貞
 三五八 こひしさはその人かずにあらずともみやこをしのぶかずにいれなん
    経平大弐にてくだる時ぐしてまかりける日公実のもとへつかはしける 権中納言通俊
 三五九 さしのぼるあさ日にきみをおもひいでんかたぶく月にわれをわするな
    陸奥へまかりけるときあふさかの関よりみやこへつかはしける 橘則光朝臣
 三六〇 われひとりいそぐとおもひしあづまぢにかきねの梅はさきだちにけり
    あひかたらひける人のみちのくにへまかりければつかはしける 能宣
 三六一 いかでなほわが身にかへてたけくまのまつともならんゆくすゑのため
 

 金葉和歌集第七恋六十七首
 
    五月五日はじめて女のもとへつかはしける 小一条院
 三六二 しらざりつそでのみぬれてあやめぐさかかるこひぢにおひんものとは
    天徳四年内裏歌合によめる 中務
 三六三 きみこふるこころはそらにあまのはらかひなくてゆく月日なりけり
    女のがりつかはしける 大江公資朝臣
 三六四 しのすすきうはばにすがくささがにのいかさまにせば人なびきなむ
    暁恋のこころをよめる 神祇伯顕仲
 三六五 さりともと思ふかぎりはしのばれてとりとともにぞねはなかれける
    顕季卿家にて寄七夕恋のこころをよめる 少将公教母
 三六六 たなばたはまたこん秋もたのむらんあふよもしらぬ身をいかにせん
    七月七日人にかはりて女のもとへつかはしける 大納言道綱
 三六七 たなばたにけさひくいとの露おもみたわむけしきを見でややみなん
     女のがりつかはしける 藤原道信朝臣
 三六八 うれしきはいかばかりかは思ふらんうきは身にしむ物にぞありける
    つれなくはべりける女のもとへつかはしける 春宮大夫公実
 三六九 これにしくおもひはなきをくさまくらたびにかへすはいなむしろとや
    国信卿家歌合によるの恋といふことをよめる 俊頼朝臣
 三七〇 夜とともにたまちるとこのすがまくらみせばや人に夜はのけしきを
    顕季卿家にて人人に恋歌よませはべりけるに 藤原顕輔朝臣
 三七一 あふとみてうつつのかひはなけれどもはかなきゆめぞいのちなりける
    女のがりつかはしける 源雅光
 三七二 あふまではおもひもよらずなつびきのいとほしとだにいふときかばや
    従二位藤原親子家のさうしあはせに 大宰大弐長実
 三七三 おもひやれすまのうらみてねたる夜のかたしくそでにかかるなみだを
    宣源法師
 三七四 いまはただねられぬいをぞともとする恋しき人のゆかりとおもへば
    人をうらみてよめる 相模
 三七五 ゆふぐれはまたれしものをいまはただゆくらんかたをおもひこそやれ
    題不知 読人不知
 三七六 こひすてふ名をだにながせなみだがはつれなき人もききやわたると
 三七七 なにせんに思ひかけけむからころもこひすることのみさをならぬに
    はじめたる人のもとにつかはしける 藤原実方朝臣
 三七八 いかでかはおもひありとはしらすべきむろのやしまのけぶりならでは
    あるみやばらにはべりける人の宮をいでてあやしの小家にて物申
    して、二日ばかりありてつかはしける 春宮大夫公実
 三七九 おもひいづやありしその夜のくれたけはあさましかりしふしどころかな
    題不知 権中納言顕隆
 三八〇 しらくものかかる山ぢをふみみてぞいとど心はそらになりける
    寄水鳥恋といふことを 源師俊朝臣
 三八一 みづとりのはかぜにさわぐさざなみのあやしきまでもぬるるそでかな
    たのめてあはぬ恋といへることを 源顕国朝臣
 三八二 あひみんとたのむればこそくれはどりあやしやいかがたちかへるべき
    天徳四年内裏歌合によめる 本院侍従
 三八三 人しれずあふをまつまに恋ひしなばなににかへつるいのちとかいはん
    しのぶる恋のこころをよめる 権中納言実行
 三八四 たにがはのうへはこのはにうづもれてしたにながると君みるらめや
    月前恋といへることをよめる 藤原基光
 三八五 ながむればこひしき人のこひしきにくもらばくもれ秋夜の月
    題不知 読人不知
 三八六 つらしともおろかなるにぞいはれけるいかにうらむと人にしられん
    物申しける人の前前中宮にまゐりにければ、なごりをこひて月の
    あかかりける夜いひつかはしける 藤原知房朝臣
 三八七 おもかげはかずならぬ身にこひられてくも井の月をたれとみるらん
    片野にはべりける女のもとに道貞朝臣かよひけるを、たえてのち
    かひけるむまのはなれて片野にまかりたりければ、かへしつかは
    すとて 交野女
 三八八 あふことのいまはかた野にはむこまはわすれぐさにぞなつかざりける
    女に物申してまたの日うつりがのしければつかはしける 源兼澄
 三八九 わぎもこが袖ふりかけしうつりがのけさは身にしむ物をこそおもへ
    ふみばかりおこせていひたえにける人のもとにつかはしける 内大臣家小大進
 三九〇 ふみそめて思ひかへりしくれなゐのふでのすさみをいかでみせけん
    実行卿家歌合によめる 長実卿母
 三九一しるらめやよどのつぎはしよとともにつれなき人をこひわたるとは
    藤原道経
 三九二 こひわびておさふるそでやながれいづるなみだの河の井せきなるらん
    少将公教母
 三九三 ながれての名にぞたちぬるなみだがはひとめつつみをせきしあへねば
    題不知 皇后宮右衛門佐
 三九四 なみだがはそでの井せきもくちはててよどむかたなき恋もするかな
    恋の歌とてよめる 源俊頼朝臣
 三九五 わすれぐさしげれるやどをきてみればおもひのきよりおふるなりけり
    初恋のこころを 源顕国朝臣
 三九六 かくとだにまだいはしろのむすびまつむすぼほれたる我がこころかな
    女のがりつかはしける 平祐挙
 三九七 むねはふじそではきよみがせきなれやけぶりもなみもたたぬひぞなき
    後朝のこころを 源行宗朝臣
 三九八 つらかりし心ならひにあひみてもなほゆめかとぞうたがはれける
    恋の歌とてよめる 藤原顕輔朝臣
 三九九 としふれど人もすさめぬわがこひやくちきのそまのたにのむもれぎ
    あるまじき人をおもひかけてつかはしける 読人不知
 四〇〇 いかにせんかずならぬ身にしたがはでつつむそでよりおつるなみだを
    野わきのしたりけるにいかがなむとおとづれて侍りける人の、又
    そののちおともせざりければつかはしける 相模
 四〇一 あらかりしかぜののちよりたえにしはくもでにすがくいとにやあるらん
    月のあかかりける夜人をまちかねてつかはしける 橘為義朝臣
 四〇二 きみまつと山のはいでてやまのはにいるまで月をながめつるかな
    かたらひける人のつれなくはべりければ、さすがにいひもはなた
    ざりけるにつかはしける 源頼光朝臣
 四〇三 なかなかにいひもはなたでしなのなるきそぢのはしにかけたるやなぞ
    五月五日わりなくてもりいでたる所にこもといふ物をしきたりしも、
    わすれがたきにいひつかはしける 相模
 四〇四 あやめにもあらぬまこもをひきかけしかりのよどののわすられぬかな
    閏五月はべりけるとし人をかたらひけるに、後五月をすぐしてと
    申しけるによめる 橘季通
 四〇五 なぞもかくこひぢにたちてあやめぐさあまりながびくさつきなるらん
    人のがりつかはしける 神祇伯顕仲
 四〇六 おのづから夜がるるほどのさむしろはなみだのうきになるとしらずや
    人をうらみてつかはしける 藤原惟規
 四〇七 いけにすむわが名ををしのとりかへす物にもがなや人をうらみむ
    人のもとにまかりけるにこよひはかへりねといはせてはべりける
    のち、ひと夜はいかにとおぼえしなど申したりければいひつかは
    しける 藤原正家朝臣
 四〇八 あきかぜにふきかへされてくずのはのいかにうらみしものとかはしる
    遇不遇恋といへることをよめる 左京大夫経忠
 四〇九 ひと夜とはいつかちぎりしかはたけのながれてとこそ思ひそめしか
    俊忠卿家にて恋十首人人によませ侍りけるに、ちかひてあはずと
    いへることを 皇后宮式部
 四一〇 あひみてののちつらからばよよをへてこれよりまさるこひにまどはん
    三条院宮のみことましける時ひさしくとはせたまはざりければ、
    申さすとおぼしめして女房のもとへつかはしける 安法法師女
 四一一 よのつねのあきかぜならばをぎの葉にそよとばかりのおとはしてまし
    恋の歌とてよめる 源道済
 四一二 しのぶればなみだぞしるきくれなゐにものおもふそではそむべかりけり
    かたらひける人のかれがれになりてうらめしかりければつかはしける 白河女御越中
 四一三 まちしよのふけしをなにになげきけんおもひたえてもすぐしける身を
    恋のこころを人人よみけるに 律師実源
 四一四 いのちをしかけてちぎりしなかなればたゆるはしぬるここちこそすれ
    堀河院御時艶書合によめる 皇后宮肥後
 四一五 おもひやれとはで日をふるさみだれにひとりやどもるそでのしづくを
    題不知 三宮大進
 四一六 なぞもかく身にかふばかりおもふらんあひみんことも人のためかは
    つれなかりける人にあふよしのゆめをみてつかはしける 藤原公教
 四一七 うたたねにあふとみつるをうつつにてつらきをゆめとおもはましかば
    女をうらみてつかはしける 春宮大夫公実
 四一八 あしねはふ水のうへとぞおもひしをうきは我が身にありけるものを
    ものおもひはべりける時よめる 出羽弁
 四一九 しのぶるもくるしかりけりかずならぬ人はなみだのなからましかば
    題不知 皇后宮別当
 四二〇 たのめおくことのはだにもなきものをなににかかれる露のいのちぞ
    かたらひける人のかれがれになりてのち、ほかへつかはしけるふ
    みをとりたがへてもてまできたりければ、うへにかきつけてつか
    はしける 読人不知
 四二一 わづらはしほかにわたせるふみみればここやとだえにならんとすらん
 

 金葉和歌集第八恋下八十四首
 
    初恋のこころをよめる 良暹法師
 四二二 かすめては思ふこころをしるやとてはるのそらにもまかせつるかな
    題不知 清少納言
 四二三 よしさらばつらさはわれにならひけりたのめてこぬはたれかをしへし
    公任卿家にて、もみぢ、あまのはしだて、恋と三題を人人によま
    せはべりけるに、おそくまかりて人人みなかきける程なりければ
    三題を歌一首によめる 藤原範永朝臣
 四二四 こひわたる人にみせばやまつのはもしたもみぢするあまのはしだて
    後朝のこころをよめる 源師俊朝臣
 四二五 しののめのあけゆくそらもかへるにはなみだにくるるものにぞありける
    天徳四年内裏歌合によめる 中務
 四二六 むばたまのよるのゆめだにまさしくはわがおもふことを人にみせばや
    恋の歌とてよめる 藤原顕輔朝臣
 四二七 こひわびてねぬ夜つもればしきたへのまくらさへこそうとくなりけれ
    鳥羽殿の北面にて歌合によめる 藤原仲実朝臣
 四二八 よとともに袖のかわかぬわがこひはとしまがいそによするしらなみ
    十月ばかりにわかれける女のもとへつかはしける 藤原則長
 四二九 あふことをなににいのらむ神な月をりわびしくもわかれぬるかな
    ひさしくおとづれざりける人のなにごとかなど申したりければつ
    かはしける 高階成忠女
 四三〇 ゆめとのみおもひなりにしよの中をなにいまさらにおどろかすらん
    題不知 公誠
 四三一 あふことやなみだのたまのをなるらんしばしたゆればおちてみだるる
    蔵人家時かれがれになりにけるをうらみてつかはしける 前斎宮越後
 四三二 人ごころあささは水のねぜりこそこるばかりにもつままほしけれ
    女のもとへつかはしける 増基法師
 四三三 わがおもふことのしげさにくらぶればしのだのもりのちえはものかは
    われをばかれがれになりてこと人のがりまかるとききてつかはしける 読人不知
 四三四 ことわりやおもひくらぶの山ざくらにほひまされるはなをめづるも
    郁芳門院根合に 周防内侍
 四三五 こひわびてながむるそらのうき雲やわがしたもえのけぶりなるらん
    題不知 相模
 四三六 すみよしのほそえにさせるみをつくしふかきにまけぬ人はあらじな
    人をうらみて五月五日つかはしける 前斎宮河内
 四三七 あふことのひさしにふけるあやめぐさただかりそめのつまとこそみれ
    匡衡がこころあくがれて女のもとへまかりけるころいひつかはしける 赤染右衛門
 四三八 わがやどのまつはしるしもなかりけりすぎむらならばたづねきなまし
    題不知 前中宮上総
 四三九 さきのよのちぎりをしらではかなくも人をつらしとおもひけるかな
    逢不逢恋のこころを 左兵衛督実能
 四四〇 おもひきやあひみし夜はのうれしさにのちのつらさのまさるべしとは
    ふみつかはす人のこと人にあひぬとききて七月七日つかはしける 源雅光
 四四一 よとともにこひはすれどもあまのがはあふせはくものよそにこそみれ
    女のがりつかはしける 藤原永実
 四四二 するすみもおつるなみだにあらはれてこひしとだにもえこそかかれね
    家の歌合によめる 中納言国信
 四四三 いろみえぬこころばかりはしづむれどなみだはえこそしのばざりけれ
    題読人不知
 四四四 あふことはゆめばかりにてやみにしをさこそみしかと人にかたるな
    恋の歌とてよめる 藤原忠隆
 四四五 おさふれどあまるなみだはもるやまのなげきにおつるしづくなりけり
    雪のあしたに人のまできて、かくならひてこずはいかがおもふべ
    きと申しければ 馬内侍
 四四六 わすれなばこしぢのゆきのあとたえてきゆるためしになりぬばかりぞ
    物申しける人のひさしくおともせざりければつかはしける 前斎院肥前
 四四七 かやぶきのこやわすらるるつまならむひさしく人のおとづれもせぬ
    もろともにほととぎすまちける人の事ありていりにけるのち、又
    たちいでてなきつやなどたづねければききてよめる 春宮大夫公実
 四四八 ほととぎすくもゐのよそになりしかばわれぞなごりのそらになかれし
    冬恋のこころを 藤原成通朝臣
 四四九 水のおもにふるしらゆきのかたもなくきえやしなまし人のつらさに
    人人恋の歌よませ侍りけるに 摂政左大臣
 四五〇 あやしくもわがみやまぎのもゆるかなおもひは人につけてしものを
    雨にぬれてかへりにけるをとこのもとへいひつかはしける 江侍従
 四五一 かづきけむたもとはあめにいかがせしぬるるはさてもおもひしれかし
    人をうらみてよめる 藤原盛経母
 四五二 さのみやはわが身のうさになしはてて人のつらさをうらみざるべき
    うらめしき人のあるにつけても、むかしおもひいでられてよめる 前斎宮甲斐
 四五三 いま人のこころをみわの山みてぞすぎにしかたは思ひしらるる
    題不知 弁乳母
 四五四 こひしさはつらさにかへてやみにしをなにのなごりにかくはかなしき
    忍恋といへることをよめる 源親房
 四五五 ものをこそしのべばいはねいはしろのもりにのみもるわがなみだかな
    伊賀少将がもとへつかはしける 中納言資仲
 四五六 よものうみのうらうらごとにあされどもあやしく見えぬいけるかひかな
    かへし 伊賀少将
 四五七 たまさかになみのたちよるうらうらはなにのみるめのかひかあるべき
    物おもひはべりけるころ月のあかかりける夜、おもかげつねより
    もたへがたくてよめる 橘俊宗母
 四五八 つれづれとおもひぞいづるみしひとをあはでいくつきながめしつらん
    題不知 上総侍従
 四五九 あさましくなみだにうかぶわが身かなこころかろくは思はざりしを
    ものへまかりけるみちにはしたもののあひたりけるを、とはせは
    べりければ上東門院にはべるすまひこそとなむ申すといひけるを
    ききてよめる 源縁法師
 四六〇 名きくよりかねてもうつるこころかないかにしてかはあふべかるらん
    恋の心をよめる 民部卿忠教
 四六一 こひわびてたえぬおもひのけぶりもやむなしきそらの雲となるらん
    題不知 大中臣能宣
 四六二 さりともと思ふこころにはかされてしなれぬものはいのちなりけり
    堀河院御時艶書合によめる 中納言俊忠
 四六三 人しれずおもひありそのうら風になみのよるこそいはまほしけれ
    返し 一宮紀伊
 四六四 おとにきくたかしのうらのあだ波はかけじやそでのぬれもこそすれ
    くれにはかならずとたのめたりける人のはつかの月のたかくなる
    までみえざりければよめる 摂政家堀河
 四六五 ちぎりおきし人もこずゑのこのまよりたのめし月のかげぞもりくる
    江侍従
 四六六 めのまへにかはるこころをなみだがはながれてもやとたのみけるかな
    雪のあしたに出羽弁がもとよりかへりけるに、これよりおくりて
    はべりける 出羽弁
 四六七 おくりてはかへれとおもひしたましひのゆきさすらひてけさはなきかな
    返事 大納言経信
 四六八 ふゆの夜のゆきげのそらにいでしかばかげよりほかにおくりやはせし
    よにあらんかぎりはわすれじとちぎりける人のおともせざりければよめる 読人不知
 四六九 人はいさありもやすらんわすられてとはれぬ身こそなき心地すれ
    としごろ物申しける人のたえておとづれざりければつかはしける
 四七〇 はやくよりあさきこころとみてしかばおもひたえにき山河の水
    題不知
 四七一 もらさばやほそたにがはのわすれ水かげだにみえぬ恋にしづむと
    すみどころをしらせぬ恋といへる事をよめる 前斎院六条
 四七二 ゆくへなくかきこもるにぞひきまゆのいとふこころのほどはしらるる
    実行卿家歌合に恋のこころをよめる 源俊頼朝臣
 四七三 いつとなくこひにこがるるわが身よりたつやあさまのけぶりなるらん
    をとこのかたたがへになん物へまかるといはせてはべりければつ
    かはしける 読人不知
 四七四 きみこそはひと夜めぐりの神ときけなにあふことのかたたがふらん
    新蔵人にてはべりけるころ内をわりなくいでて女のもとにまかり
    てよめる 藤原永実
 四七五 みか月のおぼろけならぬ恋しさにわれてぞいづる雲のうへより
    周防内侍したしくなりてのちゆめゆめこの事もらすなと申しければ 源信宗朝臣
 四七六 あはぬ夜はまどろむことのあらばこそ夢にもみきと人にかたらめ
    題不知 左京大夫経忠
 四七七 人しれずなき名はたてどからころもかさねぬそではなほぞつゆけき
    大中臣輔弘女
 四七八 あぢきなくすぐる月日ぞうらめしきあひみし程をへだつとおもへば
    顕季卿家にて恋のこころを 源経兼朝臣
 四七九 いかにしてなびくけしきもなき人にこころゆるぎのもりをしらせん
    三井寺にて人人恋の歌よみけるによめる 僧都公円
 四八〇 つらしともおもはん人はおもひなむわれなればこそ身をばうらむれ
    かたらひける女のもとにまからんとちぎりたりけれどさはること
    ありてまからざりければ、さみだれのころおくりてはべりける 
    読人不知
 四八一 さみだれのそらだのめのみひまなくてわすらるる名ぞよにふりぬべき
    返し 左兵衛督実能
 四八二 わすられむ名はよにふらじさみだれもいかでかしばしをやまざるべき
    寄石恋といへる事を 前斎院六条
 四八三 あふことをとふいしがみのつれなさにわがこころのみうごきぬるかな
    摂政左大臣家にて恋のこころを 源雅光
 四八四 かずならぬ身をうぢがはのはしばしといはれながらもこひわたるかな
    恋の歌十首人人によませはべりけるついでに、くれどもとどまら
    ずといへることを 修理大夫顕季
 四八五 たまつしまきしうつなみのたちかへりせないでましぬなごりこひしも
    顕仲卿女
 四八六 こころからつきなきこひをせざりせばあはでやみにはまどはましやは
    題不知 内大臣家小大進
 四八七 かくばかりこひのやまひはおもけれどめにかけさげてあはぬ君かな
    摂政左大臣家にて時時あふといへることを 源顕国朝臣
 四八八 わがこひはしづのしげいとすぢよわみたえまはおほくくるはすくなし
    題読人不知
 四八九 あまぐものかへしの風のおとせぬはおもはれじとのこころなりけり
 四九〇 あしびきのやまのまにまにたふれたるからきはひとりふせるなりけり
 四九一 つのくにのまろ屋は人をあくたがは君こそつらきせぜはみせしか
 四九二 あふみてふ名はたかしまにきこゆれどいづらはここにくるもとのさと
 四九三 かさとりのやまによをふる身にしあればすみやきもをるわがこころかな
 四九四 みくま野にこまのつまづくあをつづら君こそまろがほだしなりけれ
 四九五 こりつめるなげきをいかにせよとてよ君にあふごのひとすぢもなき
 四九六 はかるめることのよきのみおほかればそらなげきをばこるにやあるらん
 四九七 あふことのいまはかたみのめをあらみもりてながれむ名こそをしけれ
 四九八 あふことはかたねぶりなるいそひたひひねりふすともかひやなからん
 四九九 あふことのかた野にいまはなりぬればおもふがりのみゆくにやあるらん
 五〇〇 あふみにかありといふなるかれひやま君はこえけり人とねぐさし
 五〇一 あふことはなからふるやのいたじとみさすがにかけてとしのへぬらん
 五〇二 かしかましやまのした行くさざれ水あなかまわれもおもふこころあり
 五〇三 ぬす人といふもことわりさ夜中に人のこころをとりにきたれば
 五〇四 はなうるしこやぬる人のなかりけるあなはらぐろの君がこころや
   

 金葉和歌集第九雑上九十八首
 
    むかし道方卿にぐしてつくしにまかりて安楽寺にまゐりて見侍り
    しに、みぎはの梅のわが任にまゐりてみれば、きのすがたおなじ
    さまにて花のおい木になりてところどころさきたるをみて 
    大納言経信
 五〇五 神がきにむかしわがみしむめのはなともにおいきになりにけるかな
    山家の鶯を 摂政左大臣
 五〇六 やまざともうきよの中をはなれねば谷のうぐひすねをのみぞなく
    円宗寺のはなを御覧じて後三条院の御事なんどおぼしいでてよま
    せ給へる 三宮
 五〇七 うゑおきしきみもなきよにとしへたるはなはわが身のここちこそすれ
    公任卿白河にこもりゐぬるとききて、ありかざりければつかはしける 
    宇治入道前太政大臣
 五〇八 たにのとをとぢやはてつるうぐひすのまつにおとせではるのくれぬる
    思ふことはべりけるころあめのふるを見て 大納言道綱母
 五〇九 ふるあめのあしともおつるなみだかなこまかにものをおもひくだけば
    花見御幸をみていもうとのないしのもとへつかはしける 権僧正永縁
 五一〇 ゆくすゑのためしとけふをおもふともいまいくとせか人にかたらん
    返し 内侍
 五一一 いくちよも君ぞかたらんつもりゐておもしろかりし花のみゆきを
    大峰におもひもかけずさくらのさきたりけるをみて 僧正行尊
 五一二 もろともにあはれとおもへやまざくらはなよりほかにしる人もなし
    堀河院の御時殿上の人人あまたぐして花みありきけるに、仁和寺
    に行宗朝臣ありとききてだんしやあるとたづねて侍りければ、つ
    かはすうへにかきつけはべりける 源行宗朝臣
 五一三 いくとせにわれなりぬらんもろ人のはなみるはるをよそにききつつ
    山家に人人まかりて花の歌よみけるに 源定信朝臣
 五一四 みな人は吉野のやまのさくらばなをりしらぬ身やたにのむもれぎ
    宇治入道前太政大臣兵衛佐にて侍りけるころ一条左大臣の家にま
    かりそめて、かかる事なむあるとはしりたりやといひおこせては
    べりけるかへりごとにつかはしける 馬内侍
 五一五 おもふことなくてやみましよさのうみのあまのはしだてみやこなりせば
    蔵人おりて臨時祭の陪従し侍りけるに右中弁伊家がもとにつかはしける 藤原惟信朝臣
 五一六 やまぶきもおなじかざしの花なれど雲井のさくらなほぞこひしき
    後三条院かくれおはしましてのち又のとしのはる、さかりなる花をみてよめる 
    左近将曹秦兼方
 五一七 こぞみしにいろもかはらでさきにけり花こそものはおもはざりけれ
    つかさめしのころよろづうらやましき事のみきこえければよめる 藤原顕仲朝臣
 五一八 としふれどはるにしられぬむもれ木ははなのみやこにすむかひぞなき
    前斎院に侍りける人のいまの斎院にまゐりぬるとききてつかはしける 読人不知
 五一九 みそぎするかものかはなみたちかへりはやくみとせに袖はぬれきや
    おもふことありていづもへまかるとてよめる 大江正言
 五二〇 ふるさとの花のみやこにすみわびてやくもたつてふいづもへぞ行く
    信濃守にてくだりけるときみかさにてよめる 藤原家経朝臣
 五二一 かざこしのみねのうへにてみるときはくもはふもとのものにぞありける
    隆家卿大宰帥にふたたびなりてのちのたび、かしひのみやしろに
    まゐりけるに神主ことのもととすぎのはををりて、帥のかぶりに
    かざすとてよめる 神主大膳武忠
 五二二 ちはやぶるかしひのみやのすぎのはをふたたびかざす君ぞわがきみ
    源心座主座主になりてはじめて山にのぼりけるに、やすみける所
    にて歌よめとせめければよめる 良暹法師
 五二三 としをへてかよふ山ぢはかはらねどけふはさかゆくここちこそすれ
    宇治前太政大臣の時の歌よみどもに月の歌よませはべりけるにも
    れにければ、公実卿のもとへおくりてはべりける 源雅光
 五二四 かすがやまみねつづきてる月かげにしられぬたにのまつもありけり
    天王寺にまゐりてかめ井の水をみてよませたまへる 上東門院
 五二五 にごりなきかめ井のみづをむすびあげてこころのちりをすすぎつるかな
    僧都頼基光明山にこもりぬとききて、月のあかかりし夜つかはしける 橘能元
 五二六 うらやましうきよをいでていかばかりくまなきみねの月をみるらん
    返し 僧都頼基
 五二七 もろともににしへやゆくと月かげのくまなきみねをたづねてぞこし
    ふるさとをうらむることありてわかれけるとき河尻の程にてよめる 大江正言
 五二八 おもひいでもなきふるさとの山なれどかくれゆくはたあはれなりけり
    いかなる女のもとにかありけんつかはしける 藤原兼房朝臣
 五二九 まことにや人のくるにはたえにけむいく野のさとのなつびきのいと
    河原院の松をみてよめる 源道済
 五三〇 ゆくすゑのしるしばかりにのこるべき松さへいたくおいにけるかな
    皇后宮に人人まゐりて歌つかうまつりけるに松色不改といへる事を 太宰大弐長実
 五三一 すみよしの松のしづえをむかしよりいくしほそめつおきつしらなみ
    一品宮天王寺にまゐらせたまひて日ごろ御念仏せさせ給ひけるに、
    御共の人人すみよしにまゐりて歌よみけるに 源俊頼朝臣
 五三二 いくかへりはなさきぬらんすみよしのまつも神よのものとこそきけ
    郁芳門院斎宮にて伊勢におはしましけるとき、あからさまにくだ
    りけるにすずか河をわたるとて 六条右大臣北方
 五三三 はやくよりたのみわたりしすずかがはおもふことなるおとぞきこゆる
    源仲正がむすめはじめて皇后宮にまゐりたりけるに、ことひくと
    きかせたまひてすすめさせ給ひければ、つつましながらひきなら
    しけるをききて、くちずさみの様にてなにとなくいひかけける 摂津
 五三四 ことのねや松ふくかぜにかよふらんちよのためしにひきつべきかな
    返し 美濃
 五三五 うれしくも秋のみやまのまつかぜにうひことのねのかよひぬるかな
    月のあかかりける夜人のことひくをききてよめる 内大臣家越後
 五三六 ことのねは月のかげにもかよへばやそらにしらべのすみのぼるらん
    伊勢のふた見の浦にてよめる 大中臣輔弘
 五三七 たまくしげふたみのうらのかひしげみまきゑにみゆるまつのむらだち
    宇治前太政大臣布引滝みにまかりけるともにまかりて 大納言経信
 五三八 しらくもとよそにみつればあしびきのやまもとどろきおつるたきつせ
    おなじたきにまかりてよめる 読人不知
 五三九 あまのがはこれやながれのすゑならんそらよりおつるぬのびきのたき
    選子内親王いつきにおはしましけるとき、人に物申さむとてしの
    びてまゐりたりけるに、さぶらひどもいかなる人ぞなどあらく申
    しけるに、とはせはべりければたたうがみにかきつけておかせ侍
    りける 藤原惟規
 五四〇 神がきは木のまろどのにあらねどもなのりをせねば人とがめけり
    郁芳門院伊勢におはしましける時まゐりたりけるに、かねのかす
    かにきこえければよめる 六条右大臣北方
 五四一 神がきのあたりとおもふにゆふだすきおもひもかけぬかねのこゑかな
    前斎宮伊勢におはしましけるころ、寮頭保俊が御まつりのころき
    ぬをかりて程すぎてかへしおくるとて、わすれていままでかへさ
    ざりけるかなと申したりけるかへり事に申しつかはしける 内侍
 五四二 かへさじとかねてしりにきからころもこひしかるべきわが身ならねば
    和泉式部保昌にぐして丹後に侍りけるころ、みやこに歌合ありけ
    るに小式部内侍歌よみにとられて侍りけるに、定頼卿のつぼねの
    まへにまうできて歌はいかがせさせたまふ丹後へ人はつかはしけ
    むやつかひまだまうでこずやなどたはぶれてたてりけるを、ひか
    へてよめる 小式部内侍
 五四三 おほえやまいく野のみちのとほければふみもまだみずあまのはしだて
    この集えりける時歌たづねられて集やるとて 藤原顕輔朝臣
 五四四 いへのかぜふかぬものゆゑはづかしのもりのこのはをちらしつるかな
    堀河院御時御前にて殿上のをのこども題をさぐりて歌つかうまつ
    りけるに、しほがまのうらをとりてよめる 源俊頼朝臣
 五四五 すまのうらにしほやくかまのけぶりこそはるにしられぬかすみなりけれ
    和泉式部石山にまゐりて大津にとまりて夜ふけてききければ、人
    のけはひあまたしてののしりけるをたづねければ、あやしのやま
    がつのよねしらげはべるなど申しけるをききて 式部
 五四六 さぎのゐるまつばらいかにさわぐらんしらげはうたてさととよみけり
    公実卿のもとにまかりたりけるに侍らざりければ、出居におきた
    りける小弓をとりてさぶらひにふれていでにけり、かの卿かへり
    て弓をたづねければ時房おろしてまかりぬと申すをききて、おど
    ろきて院の御弓ぞとくおこせよといひつかはしたりければ、御弓
    にむすびつけたる歌 藤原時房
 五四七 あづさゆみさこそはそりのたかからめはる程もなくかへるべしやは
    をとこかれがれになりて程へてたがひにわすれてのち、人にした
    しくなりにけりなど申すとききてなげきけるにかはりてよめる 
    春宮大夫公実
 五四八 なき名にぞ人のつらさはしられけるわすられしには身をぞうらみし
    大弐資通しのびて物申しけるを、程もなくさぞなど人の申しければよめる 相模
 五四九 いかにせむやまだにかこふかきしばのしばしのまだにかくれなきよを
    肥後内侍をとこにわすられてなげくを御覧じてよませたまへる 堀河院御製
 五五〇 わすられてなげくたもとをみるからにさもあらぬそでのそほちぬるかな
    水車をみてよめる 僧正行尊
 五五一 はやきせにたたぬばかりぞ水ぐるまわれもうきよにめぐるとをしれ
    例ならぬことありてわづらひけるころ、上東門院にかうじたてま
    つるとて人にかかせてたてまつりける 堀河右大臣
 五五二 つかへつるこの身のほどをかぞふればあはれこずゑになりにけるかな
    御返し 上東門院
 五五三 すぎきつる月日のほどもしられつつこの身をみるもあはれなるかな
    僧正行尊まうできてよるとまりてつとめてかへるとて、とこをわ
    すれたりけるを返しつかはすとてよめる 大納言宗通
 五五四 くさまくらさこそはかりのとこならめけさしもおきてかへるべしやは
    をとこ心かはりてまうでこずなりてのち、おきたりけるゑぶくろ
    をとりにおこせたりければかきつけてつかはしける 桜井尼
 五五五 のきばうつましろのたかのゑぶくろにをきゑをおきてかへしつるかな
    後朱雀院御時、近江国より白烏をたてまつりたりけるをかくして
    おかせたまひたりけるを、女房達ゆかしがり申しければ、おのお
    の歌よみてたてまつれさてよからむ人にみせんとおほせごとあり
    ければつかうまつりける 少将内侍
 五五六 たぐひなくよにおもしろきとりなればゆかしからすとたれかおもはん
    甲斐国よりのぼりてをばなりける人の許にありけるが、はかなき
    事によりてなありそとおひいだしければ 読人不知
 五五七 とりのこのまだかひながらあらませばをばといふものはおひいでざらまし
    百首歌中に山田をよめる 修理大夫顕季
 五五八 ひぐらしのこゑばかりするしばのとはいり日のさすにまかせてぞみる
    題不知 藤原仲実朝臣
 五五九 としふればわがいただきにおくしもをくさのうへともおもひけるかな
    殿上おりたりけるころ人の殿上しけるをみてよめる 源行宗朝臣
 五六〇 うらやましくものかけはしたちかへりふたたびのぼるみちをしらばや
    殿上申しけるにせざりければよめる 平忠盛朝臣
 五六一 おもひきや雲井の月をよそにみてこころのやみにまどふべしとは
    かたらひ侍りける人のかれがれになりければこと人につきてつく
    しへまかりなむとしければ、ききてをとこのもとよりまかるまじ
    きよしを申したりければいひつかはしける 内大臣家小大進
 五六二 身のうさもとふひともじにせかれつつこころつくしのみちはとまりぬ
    をとこのなかりける程こと人をつぼねにいれたるに、もとのをと
    こまうできあひたりければ、かたはらのつぼねのかべのくづれよ
    りくぐりてにがしやりて、またの日そのにがしたるつぼねのぬし
    のがりかべこそうれしかりしかと申したりければ、いひつかはし
    たりける 読人不知
 五六三 ねぬる夜のかべさわがしくありしかどわがちがふればことなかりけり
    源頼家が物申しける人の五節にいでてはべりけるをききて、
    まことにやあまたかさねしをみごろもとよのあかりのかくれなき
    よに、とてつかはしたりけるかへしによめる 源光綱母
 五六四 ひかげにはなきなたちけりをみごろもきて見よとこそいふべかりけれ
    経信卿にぐしてつくしにまかりたりけるに、肥後守盛房が大刀の
    あるみせんと申しておともせざりければ、いかにとおどろかした
    りければいひつかはしける 源俊頼朝臣
 五六五 なきかげにかけけるたちもあるものをさやつかのまにわするべしやは
    大峰に神仙といへるところにひさしく侍りければ、同行どもみな
    かぎりありてまかりにければこころぼそさによめる 僧正行尊
 五六六 みし人はひとりわが身にそはねどもおくれぬものはなみだなりけり
    ただならぬ人のもてかくしてありけるに子をうみてけるがもとよ
    り、うみたるむめをおこせたりければよめる 読人不知
 五六七 はがくれてつはるとみえし程もなくこはうみうめになりにけるかな
    堀河院御時中宮女房達を、亮紀伊守にてつかへけるときわかのう
    らみせむとてさそひければ、あまたまかりけるにまからでつかは
    しける 前中宮甲斐
 五六八 人なみにこころばかりはたちそひてさそはぬわかのうらみをぞする
    保実卿ほかにうつりてのち、もとのところにつねに見はべりける
    かがみをとがせ侍りけるがくらきよしを申しけるをききてよめる 藤原実信母
 五六九 ことわりやくもればこそはますかがみうつりしかげもみえずなるらめ
    月のいるをみてよめる 源師賢朝臣
 五七〇 にしへゆくこころはわれもあるものをひとりないりそ秋夜の月
    為仲朝臣陸奥守にてはべりける時延任しつとききてつかはしける 藤原隆資
 五七一 まつわれはあはれやそぢになりぬるをあふくまがはのとほざかりぬる
    したしき人の春日にまゐりてしかのありつるよしなど申しけるを
    ききてよめる 藤原実光朝臣
 五七二 みかさやま神のしるしのいちしろくしかありけりときくぞうれしき
    屏風の絵にしかすがのわたりする人たちわづらひたるかたかける
    ところをよめる 藤原家経朝臣
 五七三 ゆく人もたちぞわづらふしかすがのわたりやたびのとまりなるらん
    題読人不知
 五七四 身のうさをおもひしとけば冬の夜もとどこほらぬはなみだなりけり
    上陽人苦最多少苦老苦といへることをよめる 源雅光
 五七五 むかしにもあらぬすがたになりゆけどなげきのみこそおもがはりせね
    青黛画眉眉細長といへることをよめる 源俊頼朝臣
 五七六 さりともとかくまゆずみのいたづらにこころぼそくもなりにけるかな
    としひさしく苦行しありきて熊野に験くらべしけるを祐家卿まゐ
    りあひてみけるに、ことのほかにやせおとろへてすがたもあやし
    げにやつしたりければみわすれて、かたはらなる僧にいかなる人
    ぞとことのほかにしるしありげなる人かななどたづねけるをきき
    てよめる 僧正行尊
 五七七 こころこそよをばすてしかまぼろしのすがたも人にわすられにけり
    大中臣輔弘祭主もあかざりけるころ、祭主になさせたまへなど太
    神宮に申してねいりたりける夜のゆめに、まくらがみにしらぬ人
    のたちてよみかけける歌
 五七八 草のはのなびくもしらず露の身のおきどころなくなげくころかな
    六条右大臣六条の家つくりて泉などほりて、とくわたりてみよな
    ど申したりければよめる 顕雅卿母
 五七九 ちとせまですまむいづみのそこによもかげならべんとおもひしもせじ
    宇治平等院寺主になりて宇治にすみつきて、ひえの山の方をなが
    めやりてよめる 忠快法師
 五八〇 うぢがはのそこのみくづとなりながらなほくもかかる山ぞこひしき
    家を人にはなちてたつとて、はしらにかきつけける 周防内侍
 五八一 すみわびてわれさへのきのしのぶぐさしのぶかたがたしげきやどかな
    賀茂成助はじめて物申しけるついでに、かはらけとりてよめる 津守国基
 五八二 ききわたるみたらしがはの水きよみそこのこころをけふぞみるべき
    皇后宮弘徽殿におはしましけるころ、としよりにしおもてのほそ
    どのにてたちながら人に物申しけるに、夜のふけゆくままにくる
    しかりければつちにゐたりけるをみて、たたみをしかせばやと女
    の申しければたたみはいしだたみしかれて侍るめりと申すをきき
    てよめる 皇后宮大弐
 五八三 いしだたみありけるにはをきみに又しくものなしとおもひけるかな
    大原行蓮聖人がもとへ小袖つかはすとてよめる 天台座主仁覚
 五八四 あはれまむとおもふこころはひろけれどはぐくむそでのせばくもあるかな
    百首歌中に述懐のこころをよめる 源俊頼朝臣
 五八五 よの中はうき身にそへるかげなれやおもひすつれどはなれざりけり
    をとこにつきて越前国にまかりたりけるにをとこの心かはりてつ
    ねにはしたなくみえければ、みやこなるおやのもとへつかはしけ
    る 読人不知
 五八六 うちたのむ人のこころはあらちやまこしぢくやしきたびにもあるかな
    返し おや
 五八七 おもひやるこころさへこそくるしけれあらちのやまの冬のけしきは
    おもふこと侍りけるころよめる 参議師頼
 五八八 いたづらにすぐす月日をかぞふればむかしをしのぶねぞなかれける
    かがみをみるにかげのかはりゆくをみてよめる 源師賢朝臣
 五八九 かはり行くかがみのかげをみるからにおいそのもりのなげきをぞする
    前太政大臣の家に侍りける女を中将忠宗朝臣と少将顕国朝臣とと
    もにかたらひ侍りけるに忠宗朝臣にあひたりけり、そののち程な
    くわすられにけりとききて女のがりつかはしける 源顕国朝臣
 五九〇 こゆるぎのいそぎてあひしかひもなくなみたちこずときくはまことか
    蔵人親隆がかうぶりたまはりてまたの日つかはしける 藤原公教
 五九一 雲のうへになれにしものをあしたづのあふことかたにおりゐぬるかな
    堀河院御時源俊重式部丞申しける申文にそへて、中納言重資蔵人
    頭にて侍りけるときつかはしたりける歌 源俊頼朝臣
 五九二 日のひかりあまねきそらのけしきにもわが身ひとつはくもがくれつつ
    これを奏しければ、内侍周防をめして返しせよとおほせごとあり
    ければつかうまつれる 周防内侍
 五九三 なにかおもふはるのあらしにくもはれてさやけきかげはきみのみぞみむ
 

 金葉和歌集第十雑下四十六首
 
    公実卿かくれ侍りてのち宇治の家にまかりたりけるに、むめの花
    のさかりにさきたるをみてえだにむすびつけはべりける歌 藤原基俊
 五九四 むかしみしあるじがほにてむめがえのはなだにわれに物がたりせよ
    返し 中納言実行
 五九五 ねにかへるはなのすがたのこひしくはただこのもとをかたみともみよ
    人人あまたぐして花見ありきてのち風おこりてふしたりけるに、
    人のもとよりなに事かとたづねて侍りければいひつかはしける 平基綱
 五九六 さくらゆゑいとひしかぜの身にしみてはなよりさきにちりぬべきかな
    後三条院かくれおはしましてのち、五月五日一品宮の御帳に昌蒲
    ふかせ侍りけるに、さくらのつくりばなのさされたるをみてよめる 藤原有佐朝臣
 五九七 あやめぐさねをのみかくるよのなかにをりたがへたるさくらばなかな
    北方うせ侍りてのち天王寺にまゐり侍りけるに、みちにてよめる 六条右大臣
 五九八 なにはえのあしのわかねのしげければこころもゆかぬふなでをぞする
    郁芳門院かくれおはしましてのまたのとしの秋知信がりつかはしける 康資王母
 五九九 うかりしに秋はつきぬとおもひしをことしもむしのねこそなかるれ
    下臘にこえられ侍りてなげきけるころよめる 源俊頼朝臣
 六〇〇 せきもあへぬなみだの河ははやけれど身のうきくさはながれざりけり
    律師実源がもとに女房の仏供養せむとてよばせ侍りければまかりたるに、
    手箱を布施にしたりけるをかへりてみればかきていれたりける歌 読人不知
 六〇一 たまくしげかけごにちりもすゑざりしふたおやながらなき身とをしれ
    返し 律師実源
 六〇二 けさこそはあけてもみつれたまくしげふたよりみよりなみだながして
    おほちに子をすてて侍りけるおしくくみにかきつけて侍りける
 六〇三 身にまさるものなかりけりみどりこはやらむかたなくかなしけれども
    あはの守知綱におくれてはべりけるころ、ながされける人のゆる
    されてかへりたりけるをききてよめる 藤原知綱母
 六〇四 ながれてもあふせありけりなみだがはきえにしあわをなににたとへん
    心地れいならぬころ人のもとよりいかがなど申しければよめる 読人不知
 六〇五 くれたけのふししづみぬるつゆの身もとふことのはにおきぞゐらるる
    範永朝臣出家したりとききて、能登守にてはべりけるころ国より
    いひつかはしける 藤原通宗朝臣
 六〇六 よそながらよをそむきぬときくからにこしぢのそらはうちしぐれつつ
    律師長済身まかりてのち、そのあつかひをしてありける夜のゆめ
    にみえける歌
 六〇七 たらちめのなげきをつみてわれがかくおもひのしたになるぞかなしき
    顕仲卿の女におくれてなげき侍りけるころ程へてとひにつかはす
    とてよめる 大蔵卿匡房
 六〇八 そのゆめをとはばなげきやまさるとておどろかさでもすぎにけるかな
    従三位藤原賢子れいならぬことありてよろづ心ぼそくおぼえける
    に、人のもとよりいかがなどとひて侍りける返ごとにいひつかは
    しける 藤原賢子
 六〇九 いにしへは月をのみこそながめしかいまは日をまつわが身なりけり
    まかりてひさしくなりにける母をゆめに見てよめる 権僧正永縁
 六一〇 ゆめにのみむかしの人をあひみればさむるほどこそわかれなりけれ
    人のむすめのははの物へまかりたりけるころ、おもきやまひをし
    てかくれなんとしけるときかきおきてまかりける歌 読人不知
 六一一 つゆの身のきえもはてなば夏草のははいかにしてあらんとすらむ
    小式部内侍うせてのち、上東門院よりとしごろたまはりけるきぬ
    をなきあとにもつかはしたりけるに、小式部内侍とかきつけられ
    たるをみてよめる 和泉式部
 六一二 もろともにこけのしたにはくちずしてうづまれぬ名をきくぞかなしき
    したしき人におくれてわざのことはててかへり侍りけるによめる 平忠盛朝臣
 六一三 いまぞしるおもひのはてはよのなかのうき雲にのみまじる物とは
    陽明門院かくれおはしましてのち、御わざの事はててまたの日雲
    のたなびきたるをみてよめる 藤原資信
 六一四 さだめなきよをうきくもぞあはれなるたのみしきみがけぶりとおもへば
    白河女御かくれ給ひてのち、かの家のみなみおもてのふぢのはな
    さかりにさけるをみてよめる 僧正行尊
 六一五 くさきまでなげきけりともみゆるかなまつさへふぢのころもきてけり
    兼房朝臣重服になりてこもりゐて侍りけるに出羽弁がもとよりと
    ぶらひたりけるを、かへしせよと申しければよめる 橘元任
 六一六 かなしさのそのゆふぐれのままならばありへて人にとはれましやは
    範国朝臣にぐして伊予国にまかりたりけるに、正月より二三月ま
    でいかにもあれあめのふらざりければ、なはしろもえせでさわぎ
    ければ、よろづにいのりけれどかなはでたへがたかりければ、か
    み能因を歌よみて一宮にまゐらせていのれと申しければまゐりて
    よめる 能因法師
 六一七 あまのがはなはしろ水にせきくだせあまくだります神ならば神
    神感ありて、おほあめふりて三日三夜をやまざるよし家集にみえたり
    心経供養して人人にそのこころをよませ侍りけるついでに 摂政左大臣
 六一八 いろもかもむなしととけるのりなればいのるしるしはありとこそきけ
    法文のありけるをさとなる女房の、宮に申さずともしのびてとり
    ておこせよと申したりけるをききてよませたまへる 三宮
 六一九 みしままにわれはさとりをえてしかなしらせでとるとしらざらめやは
    月のあかかりけるに瞻西聖人のがりつかはしける 僧正行尊
 六二〇 いさぎよきそらのけしきをたのむかなわれまどはすな秋夜の月
    実範聖人山寺にこもりゐぬとききてつかはしける 静厳法師
 六二一 こころにはいとひはてつとおもふらんあはれいづくもおなじうきよを
    八月ばかりに月のあかかりける夜阿弥陀仏のひじりのとほりける
    をよばせさせたまひて、さとなりける女房のもとへいひつかはし
    ける 選子内親王
 六二二 あみだぶととなふるこゑにゆめさめてにしへながるる月をこそみれ
    法花経の心をよめる 皇后宮肥後
 六二三 をしへおきていりにし月のなかりせばいかでこころをにしにかけまし
    清海聖人後生をおそりおもひてねぶりいりたるに、まくらがみに
    僧のたちてよみかけける歌
 六二四 かくばかりこちてふ風のふくを見てちりのうたがひおこさずもがな
    普賢十願文に願我臨欲命終時を 覚樹法師
 六二五 いのちをもつみをもつゆにたとへけりきえばともにやきえんとすらん
    弟子品のこころをよめる 僧正静円
 六二六 ふきかへすわしのやま風なかりせばころものうらの玉をみましや
    提婆品の心をよめる 瞻西聖人
 六二七 のりのためになふたきぎにことよせてやがてこのよをこりぞはてぬる
    皇后宮権大夫師時
 六二八 けふぞしるわしのたかねにてる月をたにがはくみし人のかげとは
    不軽品のこころをよめる 権僧正永縁
 六二九 あひがたきのりをひろめしひじりこそうちみし人もみちびかれけれ
    湧出品の心をよめる
 六三〇 たらちねはくろかみながらいかなればこのまゆしろきいととなりけん
    薬王品のこころをよめる 懐尋法師
 六三一 うきよをしわたすときけばあまをぶねのりにこころをかけぬ日ぞなき
    人のもとに経供養しけるに五百弟子品の心をときけるに、無価宝
    珠のたとひときけるをききてたふとかりけるよしの歌よみて、か
    づけもののうらにむすびつけてはべりけるをみて、かへしによめる 権僧正永縁
 六三二 いかにしてころものたまをしりぬらんおもひもかけぬ人もあるよに
    依他の八のたとひを人人よみ侍るに、この身かげろふのごとしと
    いへることをよめる 懐尋法師
 六三三 いつをいつとおもひたゆみてかげろふのかげろふほどのよをすぐすらん
    常住心月輪といへることをよめる 証成法師
 六三四 よとともにこころのうちにすむ月をありとしるこそはるるなりけれ
    醍醐の釈迦会に花のちるをみてよめる 珍海法師母
 六三五 けふもなほをしみやせましのりのためちらすはなぞとおもひなさずは
    地獄絵につるぎのえだに人のつらぬかれたるをみてよめる 和泉式部
 六三六 あさましやつるぎのえだのたわむまでいかなるつみのなれるなるらん
    やまひしてかぎりになりてまどひければ、しとみのもとにいれて
    おほちにおきたるに草の露あしにさはりける程に、ほととぎすの
    なきければいきのしたによめる 田口重如
 六三七 くさのはにかどではしたりほととぎすしでの山路もかくやつゆけき
    つひにおちいりにける程によめる
 六三八 たゆみなくこころをかくる弥陀ほとけひとやりならぬちかひたがふな
    屏風の絵に天王寺の中門にてみれば、僧の船にのりて、にしざま
    にこぎはなれてゆくかたをかけるをみてよめる 源俊頼朝臣
 六三九 阿弥陀仏ととなふるこゑをかぢにてやくるしきうみをこぎはなるらん

 連歌十一首

    ゐたりけるところのきたのかたに、こゑなまりたる人のものいひ
    けるをききて 永成法師
 六四〇 あづまうどのこゑこそきたにきこゆなれ
    律師慶範
     みちのくによりこしにやあるらん

    ももぞののはなをみて 頼慶法師
 六四一 ももぞののもものはなこそさきにけれ
    公資朝臣
     むめづのむめはちりやしぬらん

    賀茂のみやしろにて物つくおとのしけるをききて 成助
 六四二 しめのうちにきねのおとこそきこゆなれ
    行重
     いかなる神のつくにかあるらん

    宇治にて田中においたるをとこのふしたりけるをみて 僧正深覚
 六四三 はるの田にすきいりぬべきおきなかな
    宇治入道太政大臣
     かのみなくちに水をいればや

    日のいるをみて 観暹法師
 六四四 ひのいるはくれなゐにこそにたりけれ
    平為成
     あかねさすともおもひけるかな

    田中に馬のたてるをみて 永源法師
 六四五 田にはむこまはくろにざりけり
    永成法師
     なはしろの水にはかげとみえつれど

    かはらやをみて 読人不知
 六四六 かはらやのいたぶきにてもみゆるかな
    助俊
     つちくれしてやつくりそめけむ

    つくしのしかの島を見て 為助
 六四七 つれなくたてるしかのしまかな
    国忠
     ゆみはりの月のいるにもおどろかで

    宇治へまかりけるみちにてひごろあめふりければ水のいでて、か
    もがはををとこのはかまをぬぎて手にさげてわたるをみて 
    頼綱朝臣
 六四八 かもがはをつるはぎにてもわたるかな
    行綱
     かりばかまをばをしとおもひて

    あゆをみて 読人不知
 六四九 なににあゆるをあゆといふらん
    匡房卿妹
     うぶねにはとりいれしものをおぼつかな

    和泉式部が賀茂にまゐりたりけるに、わらうづにあしをくはれて
    かみをまきたりけるを見て 神主忠頼
 六五〇 ちはやぶるかみをばあしにまくものか
    和泉式部
     これをぞしものやしろとはいふ





    
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 六条修理大夫集(顕季)解題】〔105六条修解〕新編国歌大観巻第三-105 [大東急記念文庫蔵本] 

 六条修理大夫集の諸本は、堀河百首歌の有無や若干の脱文によって分類されるが、基本的に一系統である。その中、いまだ翻刻がなく、唯一の古写本である大東急記念文庫蔵本を底本とした。

 大東急記念文庫蔵本(一〇五・二一・一)は綴葉装一帖、〔鎌倉後期〕写、伝寂蓮筆本で、戦前重要美術品に認定されている。全巻一筆であるが、一三五番歌が片仮名で、二六〇番歌が平仮名で小字補入されている。
 奥書は「重校合他本了/和哥三百卌九首其中人哥卅三首詞五通共三首入」とあるが「共三首」は難読である。
 底本は概して良好な本文をもつが、独自誤謬も比較的多く、ことに二三五番歌の下句に二三八番歌の下句を誤って書いている点から、他の諸本がいずれも本書を祖本としていないことが判明する。

 校訂を加えた箇所は以下のとおりであるが、独自誤謬の一部は省略した。


 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文)
 八詞書
 給ふ歌  給云く
 一七詞書
 男とかく  男かく
 一七詞書
 なうらみそ  なうらみす
 二一
 ことはなけれど  ことやなになり
 五〇
 いくたのもり  いくり〔たカ〕のもり
 六四
 さしそむる  さしそふる
 一〇四
 おもほゆるかな  おほゆるかな
 一一一詞書
 宿りたりし  宿したりし
 一三六
 見ぬよそ人の  見ぬまそ人の
 一三八詞書
 北山  北方
 一六三詞書
 衣錦可相具和歌  衣錦て相具和哥
 一六四詞書
 春情在花題  春惜在花題
 一九六
 いはたのをのの  いはたのもりの
 二三三
 ひといろならぬ  ひといろならす
 二三五
 暮行く秋のとまりなるらん  さやくしもよりをしのひとりね
 二四〇
 しら鳥の  しらさきの
 二四一詞書
 寒蘆  
 二七五
 くるしかりけり  くるしかりける
 二八五詞書
 新中将渡中院初祝和歌  新中将渡本院初恋和哥
 二九七
 あかずして  ありすして
 三〇〇
 ねろのにこぐさ  ころのにこくさ
 三〇一詞書
 兵衛督の家歌合、夏風  盤衛督の家哥合に
 三一四
 たづねぬ人ぞ  たつねぬ人の
 三一七
 さかぬかも  さかめかも
 三一九詞書
 恋催旧意  恋催旧恋
 三三八詞書
 とき葉なるうへに  とき葉なるゆへに
 三三八詞書
 しぶく山  しのく山
 三三八詞書
 めにとどまりて  めつにとゝまりて
 三六〇
 にほふかを  にほふかな
 三六二
 いひそめがは  いもそめかは

 
 また、二六「とほりのをのの」は「とほさとをのの」、九三「しばの門たち」は「しばの門うち」、 

一〇五「花さかりやる」は「花ざかりなる」、 
一六八「あくるかと」は「くるるかと」、 
二九七「君がまつらは」は「君がまつをば」、 
三三九詞書「みなづきの」は「みづがきの」かもしれないが、疑問があるのでそのままとした。

 藤原顕季(一〇五五~一一二三)は末茂流隆経男、母は白河院乳母従二位親子。白河院の近臣として活躍し、正三位修理大夫に至った。歌人としては歌学家六条藤家の祖である。

(川上新一郎)
 
 六条修理大夫集(顕季)】368首 新編国歌大観巻第三-105 [大東急記念文庫蔵本]



 六条修理大夫集(顕季)
 
    承暦二年殿上歌合
   一 たづねこぬさきにもちらでやまざくら見るをりにしも雪とふるらん
    藤中将の家のうたあはせ
   二 やまたかみをのへにさけるさくらばなちりなばくものはるるとや見む
    にゐのしらかはのさうしあはせのうた
   三 しぐれつつかつちるやまのもみぢばをいかにふくよのあらしなるらん
    遠くほととぎすを聞くといふ心を
   四 やまびこのこたへざりせばほととぎすほかになくねをいかできかまし
    郁芳門院根合歌
   五 さりともとおもふばかりやわがこひのいのちをかくるたのみなるらん
    遐齢如松題
   六 ふた葉なるまつを引きうゑてたれもみなおなじちとせのかげをこそまて
    毎朝臨菊
   七 きくのはなさきぬるときはめかれせずいくあさつゆのおきて見ゆらん
    鳥羽院前栽合に越前守家保に給ふ歌二首、左方、萩不入
   八 はぎがはなちるもちらぬもおしなべてさながらおほき秋ののべかな
    薄
   九 あきかぜになびくすすきとしりながらいくたびそこにたちとまるらん

    おなじ前栽合にいなばのかみにかはりて右方にたてまつる歌二首、
    荻いらず
  一〇 秋のよはひとまつとしもなけれどもをぎのはかぜにおどろかれつつ
    きくいる
  一一 ちとせまできみがつむべききくなればつゆもあだにはおかじとぞ思ふ

    殿上にて、千鳥といふ題をよませたまうしに
  一二 おきつかぜふきあげのうらやさむからんなみたちさわぎ千鳥なくなり
    恋をなこそのせきによせてよみしに
  一三 あづまぢのなこそのせきはよとともにつれなき人の心なりけり
    うたあはせに
  一四 しぎのふすかりたにたてるいなくきのいなとは人のいはずもあらなん
    人人、あめのうちの野花といふ題をよみしに
  一五 あめふればおもひこそやれつゆをだにおもげに見えしまののむらはぎ
    三条の内裏にわたらせたまひてはじめてうたよませたまひしに、
    はなおほくの春を契るといふ題を
  一六 きみが代のちとせのはるにさくら花これやはじめのにほひなるらん
    かよひ侍りけるをとこのかれがれになり侍りにけるを、をむない
    かがいひやりたりけん、男とかくいひて、いたうなうらみそなど
    いひおこせたりしに、その女にかはりて
  一七 なにしかは人もうらみむなつ引のいとかかりけるみこそつらけれ
    ある六位のにゐの御もとにうちの殿上を申しけるが、としごろに
    なりにけれどゆるされざりけるに、ろうさうをもとめ給ふときき
    てこの六ゐろうさうをたてまつるとて
  一八 くものうへをよそにのみきくみにしあればみどりの袖もなににかはせん
    おこなひするほどなり、この返事せよとのたまひしかば
  一九 よそにのみおもはざらなんくものうへをつひはみどりの袖ぞかさねむ
    住吉神主国もとうちにまうさする事ありしを、宣旨おそくくだる
    とてまたのとしの二月にいひおこせたりし
  二〇 くものうへはつきこそさやにさえわたれまたとどこほることやなになる
    かへし
  二一 とどこほることはなけれどすみよしのまつ心にやひさしかるらん
    みかどおりゐさせたまうてのちおほ井に御幸せさせたまひて、落
    葉満水といふ題をよませ給ひしに
  二二 おほ井がは井せきのおとのなかりせばもみぢをしけるわたりとや見ん
    播磨にくだりて侍りしに周防内侍といふ人、はなのさかりもすぎ
    なむずるにのぼらぬか、といひて
  二三 おぼつかなみやこのさくらにほふにもうらかぜはやきわたりいかにぞ
    かへし
  二四 みやこにもはなのにほひはかはらねどいひあはせつつみる人ぞなき
    院鳥羽どのにおはしまいしに殿上の人人つれづれがりて日ごとに
    歌よまむとて、野花露滋といふ題を
  二五う づらなくあだのおほののまくずはらいくよのつゆにむすぼれぬらん
    野花薫衣
  二六 見れどあかぬとほりのをののはぎが花袖にうつれるかさへなつかし
    田家秋興
  二七 かぜはやみなびくいな葉のはのうへにいかでおくらん秋のよのつゆ
    行路秋花
  二八 きりはれぬをののはぎはらさきにけり行きかふ人の袖にほふまで
    二月廿二日京極殿に御幸ありしにまたの日、はなをもてあそぶと
    いふ題をよみしに
  二九 さくら花にほふさかりのやどなればなほをりてこそ見まくほしけれ
    六条院にて、落花入簾といふ題をよませ給ひしに
  三〇 さくらばなこすのまとほりちるからにちりさへけふははらはでぞ見る
    花池の水にうつるといふ題を鳥羽殿のしまにて人人よみしに
  三一 しらなみのたつかとぞみるいけ水にしづ枝をひててさける桜は
    帰雁
  三二 ことづてんひととまつらんはるがすみたなびくそらにかへる雁がね
    水によりて山のはなをしるといふ題を人人よみしに
  三三 ちりかかるほそたにがはのやまざくらたづぬる人のしるべなりける
    はりまへくだりしに日のあれしかば、河尻より馬にてかちよりま
    かりしに、馬にのりし所にて馬のくちをとりて、すみよしの神主
    くにもと
  三四 もろともにぶちはあげねどしたはるる心は君におくれざりけり
    といひかけしかば、かへし
  三五 こころをばおなじみちにはたぐふともなほすみよしのきしはせじかし
    橘長基がやりどひとつへだてたる所にまうできて人とものがたり
    などして、かくなむとつげてかへりしかば
  三六 すまのうらのうらみやせまし高砂のまつにおとせずおきつしらなみ
    旅宿雪といふ題の心をよみしに
  三七 まつがねにをばなかりしきよもすがらかたしく袖に雪はふりつつ
    恋
  三八 いはしろののなかのまつにあらねどもこひもとしふるものにぞありける
    としごろはべりし女房のあまになりて侍るにきぬとらすとて
  三九 からころもたえずきて見よいまはとてのりのみちにはいりにけれども
    かへし
  四〇 いまはとてそむくみなれどからころもきてみるときは君ぞうれしき
    人人、はるのこころはなにありといふ心をよみ侍りしに
  四一 心見にさてもやはるはうれしきとはななきとしにあふよしもがな
    鳥羽殿に御かたたがへに正月十日行幸ありしつとめて雪のふりた
    りしに、内侍すはう候ふとききてつかはしたりし
  四二 あらたまのはるのはじめにふるゆきはいつしかさけるはなかとぞ見る
    返し
  四三 すむ人もひさしきやどはちとせふるみ行に雪のつもるなりけり
    依月夏涼
  四四 ながむればすずしかりけりなつのよの月のかつらにかぜやふくらん
    雨中閑居
  四五 さみだれにとふ人もなしやまざとはのきのしづくのおとばかりして
    遠村早苗
  四六 さととほみやまだのさなへひきつれていそぎてみゆるたごのけしきか
    逐日草滋
  四七 まくず原しげれるのべのけしきかなとしばがすゑのみえずなりぬる
    瞿夏満庭
  四八 わがやどはにはもまがきもおしなべていまさかりなりなでしこのはな
    盧橘暮薫
  四九 のきちかくはなたちばなのにほふかはたそかれどきぞおぼめかれける
    聞郭公忘帰
  五〇 ほととぎすこゑあかなくにたづねきていくたのもりにいくよへぬらん
    照射及暁
  五一 とぼせどもこよひもあけぬいたづらにあふさかやまもかひなかりけり
    初恋
  五二 わが恋はふかきみやまのまつなれや人にしられでとしのへつれば
    遇不逢恋
  五三 おもひきやまたあふ事のかたきしにすまのうらにてしほたるべしと
    恋
  五四 おほぞらはこひしき人のなにならんながめてのみもすぐすころかな
    卯花処処
  五五 かはのべにむらむらさけるうのはなはせぜのしらなみたつかとぞみる
    逐夜待郭公
  五六 さてもなほねでいくよにかなりぬらんやまほととぎすいまやきなくと
    待客聞郭公
  五七 もろともにきかましものをほととぎすたのめし人のはやきまさなん
    樹陰留客
  五八 あふさかのせきならねどもなつやまのこのしたかげも人はとめけり
    正月十日ころよりわざとなけれどかぜのたへがたさに、おろしこ
    めて春の行へもしらずてありしに、二月廿日ころに逆修せしに、
    りゆう源あざりがこもり僧にてありしに、こぞうゑたりし桜のは
    なさきたりしを見てあざりにやりし
  五九 はな見むとねこじにうゑしわがさくらさきにけらしも風なふきこそ
    あざりのこのむうたのすがたになん、返し
  六〇 ことしよりきみがかざしのはななればちとせをへてもちらじとぞおもふ
    二月廿日ころほひすはうのないしいふ事ありて消息いひたりし返
    事に、正月十日ころよりかぜのわりなさにさしいづることもなく
    ておろしこめて、春の行へもしらでなむある、などかとはぬ、と
    申したりしかばまたおしかへして
  六一 みにしみていとふかぜとはしらずしてはなによりとも思ひけるかな
    かへし
  六二 あをやぎのいとふきみだる春かぜもいかにくるしきものとかはしる
    別当とのゐ所に人人、月前旅情といふ題よみしに
  六三 まつがねに衣かたしきよもすがらながむる月をいもみるらんか
    鳥羽殿北寝殿にはじめてわたらせたまひしに、松契遐年題
  六四 ことしよりえださしそむるまつの木のはなのをりをり君ぞみるべき
    七条にて人人あそびしついでによみし恋の歌
  六五 としもへぬつくまの神に事よせてなべのかずにも人のいれなん
    おなじ所にて人人、梅告春近題并恋
  六六 ゆきのうちにつぼみにけりな梅の花はるあけがたになりやしぬらん
  六七 としまよりとわたるふねのともやかたやかたつれなきいもが心か
    正月ゆきのふりたりしかば大納言のもとにきこえし
  六八 あらたまのとしのはじめにふりしけばはつ雪とこそいふべかりけれ
    かへし
  六九 あさとあけて春の梢の雪見ればはつ花ともやいふべかるらん
    藤大納言の鳥羽のとのゐ所にて人人、雨の中のほととぎす又恋歌
    よみしに
  七〇 さみだれにいまきのをかのほととぎすしののにぬれて鳴きわたるなり
    恋
  七一 まつの木のねにあらはれぬわが恋は人の心のかたきしなれば
    右近の馬場に人人、郭公たづぬとて
  七二 ほととぎすこゑあかなくにやまびこのこたふるさとぞうれしかりける
    そのついでに人人、恋をよみしに
  七三 うらもなくいまはひとつにわぎもこがあひ見そめけむくもとりのあや
    潤五月ついたちの日新大納言のもとにきこえし
  七四 なほきなけいまださつきぞほととぎすおもひたがへてやまへ帰るな
    かへし、大納言
  七五 またさらにはつねとぞまつほととぎすおなじさつきも月しかはれば
    おなじうたを前左衛門佐基俊公もとにつかはしたりし返歌
  七六 つげざらばこぞにならひてほととぎすほとほとやまに入りやしなまし
    うちにみやみやにうたよむときこゆる女房どもにけさうの心のう
    ためして、その聞えある殿上人上達部にたびて、かへしたてまつ
    れ、とおほせられしかば 一宮紀伊君
  七七 うらみかねさよの衣をひとしれずおもひかへせどなぐさまぬかな
    かへし
  七八 ひたすらにさよの衣に事よせてうらなき人をうらみざらなん
    十一月廿日ころに平等院のあざりのもとよりかげのむまをおくりて
  七九 まだしきにあふさかやまにたちいづるこの月かげのこまはあらじを
    かへし
  八〇 もりこずはいかでか見ましあふさかはこの月かげのこまぞうれしき
    はるかに月を憶ふといふ題を
  八一 こころあらばこよひの月をからくにの人もながめてあかさざらめや
    月はたびのなかのともといふ題を
  八二 ふなでしてすまのうらわによもすがら月のひかりのさすをこそまて
    松遐年友
  八三 ちとせまですむべきやどのためしにといはねのこまつけふぞうゑつる
    秋花催興
  八四 よとともにのべにこころやあくがれんもとあらの萩のはなしちらずは
    紅葉
  八五 くれなゐにふかくぞ見ゆるふすまぢのひきてのやまのみねのもみぢば
    恋
  八六 いはしろののなかにたてるむすび松いつとくべしとみえぬ君かな
    をとこせん前の斎院にわたりてさぶらひたまひしにくすだまたて
    まつるとて
  八七 けふごとにたづねてひけるあやめ草根ながき君がよはひともがな
    かへし、たれにかありけん
  八八 あやめ草たまのうてなにひきかけてねながきためし君ぞ見るべき
    ゆきむねの前兵衛佐のもとよりあふぎがみこひにおこせたりしに、
    れいならぬ事ありと聴くはいかにとありしかば、かみやりしにかく
  八九 なほざりのことのはをだにきかましやあふぎの風のたよりならずは
    かへし
  九〇 なほざりのかぜのたよりとおもふなよこのかみがみもかけてちかはん
  九一 わぎもこにいかでしらせむそなれぎのえだにもいはでとしのへぬるを
    中宮のほりかはの院つくりて渡りたまうてうたありしに、松契遐年
  九二 よろづよのまつのしげれるやどなればちとせのみとはおもはざらなん
    院にて、山家卯花題
  九三 かよひこししばの門たちみえぬまでうのはなさけるみやまべのさと
    人のこゆみをせちにこひしかばをしみかねて
  九四 そりたかききのせきもりがたつか弓心よわくもはられぬるかな
    かへし
  九五 いまよりはおしてをいはんたつかゆみかくおもはずにはられけるには
    暮山落葉
  九六 くれぬとてかつちるやまのもみぢばにあらしふく夜と見てやかへらん
    恋
  九七 しるらめやおとにのみきくかづらきのやまのみねども恋しきものを
    月照菊花
  九八 いかばかりくまなきよはの月なれややへさくきくのかず見ゆるまで
    落葉埋橋并恋
  九九 をぐらやまみねのあらしのふくからに谷のかけはしもみぢしにけり
 一〇〇 こまにおくうつしごころもなきまでに恋ひわたるとは人しるらめや
    月
 一〇一 みかさやまさしいづる月のくまもなくひかりのどけきよにもあるかな
    山家待花
 一〇二 あしびきのかたやまきしに家ゐしてみねのさくらの花まつわれは
    中院にて初和歌、見花延齢題
 一〇三 ながむればをののえさへぞくちぬべきはなこそ千代のためしなりけれ
    がう中納言のもとに申すべき事ありてまかりたりしに、桜の目出
    たかりしを見て
 一〇四 きみのみぞたづねてみけるさくら花をらまほしくもおもほゆるかな
    又日、返し
 一〇五 はるごとにきつつ見よかしさくら花花さかりやるやどといはせむ
    二月ばかり於円融院、翫花情人人よみしに
 一〇六 ぬしなくてあれのみまさるやまざとにさかりと見ゆるはな桜かな
    堀川院にうちわたらせおはしまして和歌ありしに、竹不改色題
 一〇七 すめらぎのながれもたえずかはたけのみどりのいろもいろづくまでに
    潤二月ありし年、三月廿日余比、待郭公和歌一首とかきて平等院阿闍梨許より
 一〇八 きさらぎのそはざらませばほととぎすこれはうづきとさとなれなまし
    かへし
 一〇九 日かずにてほどをしりくるほととぎすはるくははるといかでききけん
    長治二年三月四日行幸して三日おはしまししたび、池上花題
 一一〇 きしちかくにほふさくらのはな見ればしづ枝やいけのかざしなるらん
    春日にまうでたりしに庄厳院法眼の房に宿りたりしに、又の日か
    へらんとせしに酒などたうべなどして、ある僧のよめりし
 一一一 みかさやまこだかきまつのながれとぞ君をばたのむ千代のためしに
    かへし
 一一二 みかさやままつのなたての身なれども千代のためしにひかれぬるかな
    正月に人の卯杖をつかはしたりしにかきつけたりし歌
 一一三 みかさやまさしもはなれぬ君にけふいのりの杖をたてまつるかな
    かへし
 一一四 いのりけるつゑのたよりにみかさやまちとせのさかもさしこえぬべし
    中納言のひめ君の御もとに、前斎院より正月七日子の日にあたり
    たりしにおほせられし
 一一五 とにかくにこころいとなきねのびかなまづやわかなをつみにゆかまし
    かはりて、返し
 一一六 しらずやはねのびのまつに引きつれてちとせつむべきわかななりとは
    白河にてつれづれなりしかば女房などして題おくりくばりにして
    とりしに、紅葉を
 一一七 ちりつもるいろも見るべきもみぢ葉をなほかきみだるやまおろしのかぜ
    おなじたび人にかはりて、女郎花
 一一八 たづねきてたれをらざらんをみなへしきりのまがきにたちかくるとも
    菊契千年
 一一九 いろもかもむつましきかなきくの花ちとせの秋のかざしと思へば
    月照紅葉
 一二〇 うすくこきもみぢのいろのみゆるまでくまなくてらすよはの月かな
    恋
 一二一 おもひあまりおつるなみだをしのぶれどおさふる袖のいろにいでぬる
 一二二 いはしろの野なかにたてる結まつとくべくもなききみが心か
 一二三 なみかくるきしのひたひのそなれ木のそなれていもとぬるよしもがな
    依花忘家
 一二四 よとともにのべにて年やすぐさましとき葉にさけるさくらなりせば
    つくしへくだらんとせしに永縁僧都鹿毛なる馬をおこせて
 一二五 たちわかれはるかにいきの松なれば恋しかるべき千代のかげかな
    返し
 一二六 なみぢわけはるかにいきの松なれば心づくしに恋しかるべし
    和歌合、桜
 一二七 ふきちらすかぜなかりせばさくらばなにほふ日かずのほどはみてまし
    詠花無択処
 一二八 いづこともわかぬさくらのはななればたづねいたらぬくまのなきかな
    十月十日ころになるまできくさかざりしに、真尊阿闍梨のもとよ
    りいとおほきなるきくをおこせて枝にゆひつけたりし
 一二九 ふた葉より行末までにさかえつつこれもやへさくしらぎくの花
    返し
 一三〇 よろづ代のかざしとおもへば年ごとにとへとぞ思ふしらぎくの花
    くら人の侍従の越後守のもとへわたりしふみに
 一三一 もろともに千代へんほどを人しれずくれ行くそらをまつにてぞしる
    返し
 一三二 ちとせへんほどはまことにしりぬべしくれ行くそらをまつとしきけば
    だいごの座主のもとより、このほどなんはなざかりなる、とあり
    しかば人人さそひてまかりたりしに
 一三三 さくらばな花ごころにもこころみんこのはるかぜはふかずもあらなん
    東山観音寺といふ所にてふぢの花いとめでたかりしに、人人、藤并恋歌よみしに
 一三四 ひたすらにいまもむかしもわすられて心にかかるふぢのはなかな
 一三五 しるらめやおとにのみきくかづらきのやまのみねどもこひわたるとは
    この歌をききて前兵衛佐ゆきむねの君のもとより
 一三六 ふぢのはな見ぬよそ人のこころにもきくにつけてぞなほかかりける
    返し
 一三七 ふぢの花こころにかかるものならばたづねてまつもなどかみざらん
    前木工頭俊頼朝臣の北山のはな見に人人さそひてまかりけりとききて
 一三八 はるかぜにあらぬみなれどさくらばなたづぬる人にいとはれにけり
    返し
 一三九 きみがみははなふくべしと見るものをかぜならずともおもひけるかな
    人人つれづれがりて、恋の歌よみしに
 一四〇 あし引のやまがへりなるはしたかのさも見えがたき恋もするかな
    俊忠宰相家にて、歌十首恋の歌よみしに、うらなふ恋
 一四一 こひこひにつげのをぐしのうらをしてつれなき人をなほたのむかな
    きてとまらぬ恋
 一四二 たまつしまきしうつなみのたちかへりせないでましぬなごりさびしも
    ちか事の恋
 一四三 うれしくはのちの心をかみもきけひくしめなはのたえじとぞ思ふ
    ふしながらまことなき恋
 一四四 ことならばふす名もたちぬひたすらにうちもとけなむいもがしたひも
    いのれどあはぬ恋
 一四五 はふりこがいのりを神やうけざらんわがにしきぎをとる人もなき
    ついしようの恋
 一四六 こころをばいかにもきみにつくせどもくものよそにて年をふるかな
    いつはりにてあはぬ恋
 一四七 恋しさをなににつけてかなぐさめんたのめし月日すぎぬと思へば
    たちぎきの恋
 一四八 わぎもこが声たちぎきしから衣そのよのつゆに袖はぬれにき
    いやしきをいとふ恋
 一四九 くもとりのあやしかりけるみなれどもおもひそめてし心はやまじ
    かたけれどとぐる恋
 一五〇 いかばかりみとのまぐはひちぎりありておやのいさめにさはらざるらん
    於七条亭人人、桜の歌十首よみしに
 一五一 いまははやさきにほはなんさくらばなもずの草ぐきかくろへにけり
 一五二 つねよりものどけくにほへさくらばなはるくははれるとしのしるしに
 一五三 さくらばなさきぬる時はよしのやまたちものぼらぬみねのしらくも
 一五四 桜ばなにほはぬはるはなけれども見るたびごとにめづらしきかな
 一五五 しらくもと見ゆるさくらのにほひかなたがすむやどのこずゑなるらん
 一五六 かすみたつくらまのやまのうず桜てぶりをしてなをりぞわづらふ
 一五七 めかれせずながめてをらんさくらばなやましたかぜにちりもこそすれ
 一五八 ちりつもるかがみのやまのさくら花おもかげにこそよるもみえけれ
 一五九 うぐひすのはなふみしだくやまざとは衣手さえぬゆきぞふりける
 一六〇 はるかぜのふくにつけてややまざくらとなりのまつにはなはかすらん
    於大井河、落葉水紅并恋
 一六一 をぐらやまみねのあらしのふくからにとなせのたきぞもみぢしにける
 一六二 としひさにゆはたのおびをとりしでて神にぞまつるいもにあはんため
    雲居寺聖人百種物供養に、衣錦可相具和歌由いひたりしに
 一六三 はるかぜのふきくるからにしきたへの枕のうへにはなのちるらん
    春情在花題
 一六四 さくらばなにほはざりせばなにしかははるくる事のうれしからまし
    桂の山庄にて、暮山郭公并恋
 一六五 ゆふづくひいるさのやまにときしまれをりはへてなくほととぎすかな
 一六六 おもひかねこひわすれがひひろへども袖ぬれまさるおきつしまもり
    水辺蘆葉題
 一六七 見わたせばあし葉おしなみしげりあひてみちたづたづしほりえこぐふね
    内府於東三条、夏夜月并怨人恋
 一六八 あくるかとみるほどもなくあけにけりをしみもあへぬ夏のよの月
 一六九 ことのはをたのまざりせばとしふともひとをつらしとおもはざらまし
    長実朝臣於八条亭、帰路落葉并恋
 一七〇 家にいもはくもの振舞たのむらんみちさまたげにちるもみぢかな
 一七一 わぎもこはきそのほきぢにすまねどもなどあふ事のかたきしならん
    同亭、霞并恋
 一七二 ゆききえぬひらのたかねもはるくればそこともみえず霞たなびく
 一七三 いかにせんのざはにおふるまろすげのまろすげもなき恋にけぬべし
    暁尋花
 一七四 ゆめさめていそぎてきつるやまざくら朝ふくかぜのたたぬさきにと
    同日、晩景恋
 一七五 ときしまれこひまさりける入日さすやまのはびともながめすなゆめ
    永久四年四月四日於鳥羽殿北面和歌合ありしに、卯花、郭公、
    昌蒲、早苗、恋
 一七六 うのはなのさくにつけてややまざとはなつの衣を思ひたつらん
 一七七 みやまいでてまださとなれぬほととぎすたびのそらなるねをやなくらん
 一七八 けふごとにたもとにかかるあやめ草ちよのさつきは君がまにまに
 一七九 たねまきしわさだのいねやおひぬらんしづ心なくみゆるさをとめ
 一八〇 こひしなんことをぞいまはなげかるるつひはあふみとなりもこそすれ
  

 百首和歌

  春

    立春
 一八一 うちなびきはるはきにけりやまがはのいはまのこほりけふやとくらん
    子日
 一八二 君が代をねのびのまつとけふよりは千代のためしにひかむとぞ思ふ
    霞
 一八三 見わたせばはるのけしきになりにけりかすみたなびくさくら井のさと
    鶯
 一八四 うぐひすのなくにつけてやまがねふくきびのやま人はるをしるらん
    若菜
 一八五 わかなおふるのをやしめましことしよりちとせの春をつまむとおもへば
    残雪
 一八六 やまざとのかきねにのこるしらゆきはくさのもゆるにきえやはつらん
    梅花
 一八七 むめのはなふきすぎてくるはるかぜはたがふる袖とおどろかれつつ
    柳
 一八八 さほやまにやなぎのいとをそめかけてこころのままにかぜぞふきくる
    蕨
 一八九 むらさきのちりうちはらひはるののにあさるわらびのものうげにして
    桜
 一九〇 さくらばなにほふにつけてものぞおもふかぜの心のうしろめたさに
    春雨
 一九一 かすみしくこのめはるさめふるごとにはなのたもとはほころびにけり
    春駒
 一九二 とりつなぐ人やなからんはるののにいばゆるこまのあしげなるかな
    帰雁
 一九三 人ならばとはましものをちりぬべきはなを見すててかへる雁がね
    喚子鳥
 一九四 さよなかにみみなしやまのよぶこどりこたふる人もあらじとぞ思ふ
    苗代
 一九五 をやまだにたねまきすててなはしろのみづのこころにまかせつるかな
    菫菜
 一九六 きぎすなくいはたのをののつぼすみれしめさすばかりなりにけるかな
    杜若
 一九七 あづまぢのかほやがぬまのかきつばたはるをこめてもさきにけるかな
    藤花
 一九八 すみのえのまつにかかれるふぢの花かぜのたよりに浪やをるらん
    款冬
 一九九 やまぶきのはなさくさとははるごとにをらまほしくもおもほゆるかな
    三月尽
 二〇〇 はなのちることをなげくとせしほどになつのさかひに春はきにけり

  夏

    更衣
 二〇一 いつしかとけふたちきつるからころもひとへに夏と見ゆるなりけり
    卯花
 二〇二 てだまゆらしづはたぬのをおりあげてさらしえたりとみゆるうの花
    葵
 二〇三 むかしよりけふのみあれにあふひ草かけてぞたのむ神の契を
    郭公
 二〇四 ほととぎすなつのよさへぞうらめしきただひとこゑにあけぬと思へば
    昌蒲
 二〇五 よとともにかよふよどののあやめぐさけふたがやどのつまとなるらん
    早苗
 二〇六 わぎもこがすそわのたゐにひきつれてたごのてまなくとるさなへかな
    照射
 二〇七 さつきやみはやまのみねにともすひはくものたえまのほしかとぞみる
    五月雨
 二〇八 ひさかたのあままもみえぬさみだれにみくまがすげをかりほしかねつ
    蘆橘
 二〇九 わがやどのはなたち花やにほふらんやまほととぎすすぎがてになく
    蛍
 二一〇 おほ井がはせぜにひまなきかがり火とみゆるはすだくほたるなりけり
    蚊遣火
 二一一 わぎもこにいかでしらせんかやりびのしたもえするはくるしかりけり
    蓮
 二一二 つとめてはまづぞながむるはちすばをつひはわがみのやどりとおもへば
    氷室
 二一三 なつの日もすずしかりけりまつがさきこれやひむろのわたりなるらん
    泉
 二一四 むすぶてにあふぎのかぜもわすられておぼろのしみづすずしかりけり
    荒和祓
 二一五 みなづきのかはぞひやなぎうちなびきなごしのはらへせぬ人ぞなき

  秋

    立秋
 二一六 朝まだきたもとにかぜのすずしきははとふく秋になりやしぬらん
    七夕
 二一七 ひこぼしのまれにわたれるあまのがはいはこすなみのたちなかへりそ
    萩
 二一八 はぎがはなしがらむしかぞうらめしきつゆもちらさでみるべきものを
    女郎花
 二一九 あきぎりにかくれのをののをみなへしわがたもとにはにほへとぞおもふ
    薄
 二二〇 かぜふけばはなののすすきほにいでてつゆうちはらふ袖かとぞみる
    刈萱
 二二一 うづらなくかりばのをのにかるかやのおもひみだるる秋の夕ぐれ
    蘭
 二二二 あきののにかさへにほへるふぢばかまきて見ぬ人はあらじとぞ思ふ
    荻
 二二三 やまざとにふきおどろかすかぜなくはをぎさへおともせでやかれまし
    雁
 二二四 ふるさとはかへるかりとやながむらんあまぐもがくれいまぞなくなる
    鹿
 二二五 よもすがらしづくのやまにうらぶれてつまととのふるさをしかの声
    露
 二二六 かぜふけばまづうちなびくあさぢふにいかでおくらん秋のしらつゆ
    霧
 二二七 しらなみのおとばかりして見えぬかなきりたちわたる玉がはのさと
    槿
 二二八 うらかぜになみやをるらんよもすがらおもひあかしのあさがほのはな
    駒引
 二二九 ひきわたすせたのながみち空はれてくまなく見ゆるもちづきのこま
    月
 二三〇 やまのはにいざよふ月のたけ行くをながむるわれぞ人なとがめそ
    擣衣
 二三一 ころもうつつちのおとにてよもすがら人の心のほどぞしらるる
    虫
 二三二 ゆふぐれはすぎうかりけり秋ののはわれまつむしのこゑならなくに
    菊
 二三三 うすくこくうつろふきくにおくつゆはひといろならぬたまかとぞ見る
    紅葉
 二三四 あさからぬやしほのをかのもみぢ葉をなにあかなくにしぐれそむらん
    九月尽
 二三五 もみぢ葉のちりてつもれるこの本や暮行く秋のとまりなるらん

  冬

    初冬
 二三六 きのふまでこゑたえざりしさをしかも冬ごもりせるけさのけしきか
    時雨
 二三七 あまづたふしぐれに袖もぬれにけりひがさのうらをさしてきつれど
    霜
 二三八 さむしろにおもひこそやれささの葉のさやぐしもよのをしのひとりね
    霰
 二三九 人めにはあられたばしるわがそでを衣につつむたまかとや見る
    雪
 二四〇 しら鳥のさぎさかやまをこえくればをざさがみねにゆきふりにけり
    寒蘆
 二四一 はがひせしあしもまばらにかれはててくきのわたりはさびしかりけり
    千鳥
 二四二 よくたちにちどりしばなくひさぎおふるきよきかはらにかぜやふくらん
    氷
 二四三 なみかくるいははひまなくたるひしてこほりとぢたるやまがはのみづ
    水鳥
 二四四 よもすがらしもやおくらんみづとりのはらふはおとのたえずきこゆる
    網代
 二四五 かがり火をともさざりせばひをのよるあじろのほどをいかでしらまし
    神楽
 二四六 よもすがらとるさかき葉におくしものとけざらめやは神の心も
    鷹狩
 二四七 しらぬりのすずもゆららにいはせのにあはせてぞ見るましらふのたか
    炭竈
 二四八 すみがまもそことも見えずふる雪にみちたえぬらんをののさと人
    埋火
 二四九 やまざとにひとりぬるよはうづみびもいたまのかぜにふきおこされて
    除夜
 二五〇 かどまつをいとなみたつるそのほどにはるあけがたになりやしぬらん

  恋

    初恋
 二五一 おもひあまりけふいひいだすいけ水のふかき心を人のしらなむ
    不被知人恋
 二五二 わがこひはからすばにかくことのはのうつさぬほどはしる人もなし
    不遇恋
 二五三 わが恋はよしののやまのおくなれやおもひいれどもあふ人もなき
    初逢恋
 二五四 はりまがたうらみてのみぞすぎしかどこよひとまりぬあふのまつばら
    後朝恋
 二五五 こひしさにわがみぞはやくきえぬべきなにあさつゆのおきてきつらん
    会不逢恋
 二五六 かみもきけおもひもいでよくれ竹のただ一夜とはいつか契りし
    旅恋
 二五七 こひしさをいもしるらめや旅ねしてやまのしづくに袖ぬらすとは
    思
 二五八 なにしかは人をうらみんひたすらにこころよわげにつげる思ひを
    片思
 二五九 かたきしのかたおもひしてすまの浦にたるるもしほのからきころかな
    恨
 二六〇 おもひかねよるうちかへすからころもうらみをれどもしる人もなし

  雑

    暁
 二六一 やまざとのかけひのみづのせはしきになほありあけの月ぞやどれる
    松
 二六二 たまもかるいらごがさきのいはねまついくよまでにかとしのへぬらん
    竹
 二六三 ふゆごもりいろかはりてもみゆるかなたけのよごとに雪はふれども
    苔
 二六四 くもかかるあをねがみねのこけむしろいくよへぬらんしる人ぞなき
    鶴
 二六五 なるみがたあさみつしほやたかからんあさりもせでなたづなきわたる
    山
 二六六 みねたかきこしのをやまにいる人はしば車にてかへるなりけり
    河
 二六七 ふねもなきいはなみたかきさかひがはみづまさりなばこともかよはじ
    野
 二六八 あづさゆみいる野のくさのふかければ朝行く人の袖ぞつゆけき
    関
 二六九 いもがいへにくものふるまひしるからんとなみのせきをけふこえくれば
    橋
 二七〇 あづまぢのさののふなばしくちぬともいもしさだめばかよはざらめや
    海路
 二七一 おほみふねしだなになみはかくれどもふぢとをさしてしまづたひゆく
    旅
 二七二 おもひいでぬ人のなきかなかやねかりたもとつゆけきたびのねざめは
    別
 二七三 からころもそでのわかれのかなしさにおもひたちけんことぞくやしき
    山家
 二七四 ひぐらしのこゑばかりするしばのとはいりひのさすにまかせてぞ見る
    田家
 二七五 をやまだのいな葉のつゆにそほちつつ人めもるみはくるしかりけり
    懐旧
 二七六 すゑの世の人も見よとやいはしろの野なかのまつをむすびおきけん
    夢
 二七七 うたたねのゆめなかりせばわかれにしむかしの人をまたも見ましや
    無常
 二七八 あさひまつつゆばかりなるいのちもてながらへおもふ人ぞはかなき
    述懐
 二七九 なぞやこはわがみはこしのしらやまかかしらのゆきのふりつもるかな
    祝
 二八〇 きみがためゆはたのきぬをとりしでてかみにぞまつるよろづよまでと
    人人、款冬并船中恋云ふ題よみしに
 二八一 わがやどになほほりうゑんやまぶきのはなのをりにぞ人もとひける
 二八二 つくづくとおもひあかしにふねとめてみやこのかたぞながめられける
    希聞郭公并恋
 二八三 ほととぎすやそやままでにたづねきてただ一こゑはきくべきものか
 二八四 いもがかどわれすぎゆかんいでて見よ恋にやつれてなれるすがたを
    新中将渡中院初祝和歌、鶴契遐年
 二八五 むれてゐるたづのけしきに見ゆるかなちとせすむべきやどのいけみづ
    新中将家和歌合、郭公、五月雨、恋
 二八六 さつきやみくらぶのやまのほととぎす声はさやけきものにぞありける
 二八七 さみだれにあさかのぬまのはなかつみそこのたまもとなりやしぬらん
 二八八 よとともにゆくかたもなきこころかな恋はみちなきものにぞありける
    未聞郭公并共有憚恋
 二八九 なつごろもたちきる日よりけふまでにまつにきなかぬほととぎすかな
 二九〇 かたいとのおもひみだるるころなればことづけずともあはましものを
    暁天水鶏并寄月恋
 二九一 またじいまはやこゑのとりもなきぬなりなにおどろかすくひななるらん
 二九二 ふきいたのわれてもりくる月かげを恋しき人とおもはましかば
    海路郭公并寄山恋
 二九三 けふもなほふなでものうしほととぎすこゑたかさごにたえずなきけり
 二九四 わぎもこにいまはあふみとおもへども人めもるやまくるしかりけり

    さみだれのはれまもなくつれづれに侍りしに、つねにましかよは
    す人人のおとなはざりしかば、さきのもくのかみとしより、さき
    の兵衛のすけあきなかの君のもとに、おなじ事をかくいひつかは
    したりし
    なに事かものせさせたまふらん、きこえさせでみづがきのいとひ
    さしくなりはべりにけるかな、あけ行けばふた見のうらのうらめ
    しくも、くれゆけばさみだれのそらいとどおぼつかなき事、おほ
    井がはにおとすいかだのいかなる事ききたまへるにかと、くもと
    りのあやめられはべりて、そらゆくとりのすぎもはべるかな
 二九五 さみだれのそらをながめてすぐせどもたえておとせぬほととぎすかな

    さきの兵衛の佐
    かうばしき御おとづれは、てのまひあしのふまん所おもほえずな
    ん、そもそもささがにのいとむつかしく、心のそらもさみだれの
    つきなきほどは、まことにみづがきのひさしく、おとはのかはの
    おとづれまゐらせぬ事なんかしこまりまうす
 二九六 ほととぎすのきのしづくにおとなはばおとせぬうらみたれもせましや

    さきのもくのかみ
    さみだれのはれまなきにつけてもおもひかけずおぼしいでける事
    を、うれしきなみだ衣のそでにかかりけるみのほどのおもだたし
    きを、しらつゆのしらざりけるもおき所なき心地して、もとのし
    づくとなりはてんことをさへ、をじまがいそのはまちどりひさし
    くもながらへばや、とおほけなきことは、しきしまのやまとみこ
    とのあそびのむしろにはなほちいろのかずまへさせたまへ、とこ
    ころのうちにおもたまふることを、おほぞらにあらはれて、かき
    つらねさせたまへる雁のたまづさをひらくにつけても、たもとの
    せばきうきみさへ、かずそふ身のありさまをおしはからせたまふ
    べきにや
 二九七 ほととぎすなげきのもりにあかずして君がまつらはすぎにけるかな

    水風晩来
 二九八 ゆふづくよむすぶいづみもなけれどもしがのうらかぜすずしかりけり
    庭樹碍日并恋
 二九九 みなづきのてる日といへどわがやどのならのはかぜはすずしかりけり
 三〇〇 はこねなるねろのにこぐさにこやかにつれなき人を見るよしもがな
    兵衛督の家歌合、夏風
 三〇一 なつごろもすそののくさばふくかぜにおもひもあへずしかやなくらん
    よかは
 三〇二 ぬばたまのよかはにとぼすかがりびはさばしるあゆのしるべなりけり
    なつの恋
 三〇三 つらきをもうきをもいまはおもひあまりただうつせみのねをのみぞなく
    いづみによする恋
 三〇四 つれもなき人もろともにてもたゆくむすぶいづみとおもはましかば
    七夕、人人のよみしに
 三〇五 あまのがはたまはしいそぎわたさなんあさせたどるもよのふけ行くに
    月為秋友
 三〇六 いづるよりいるやまのはのふもとまで心をぞやるあきのよのつき
    九月十三夜、詠月和歌并恋各一首
 三〇七 あきはいまはなかばもいまはすぎぬるにさかりと見ゆるよはの月かな
    寄所恋
 三〇八 いかにせんわれたちぬれぬわぎもこにあはでのもりのこのしたつゆに
    月照旅宿并恋
 三〇九 いささめにさそはぬ月ともろともにたびのいほりによをあかすかな
 三一〇 たまもかるからかのしまのからきかないもにあふべきかたのなければ
    詣住吉社
 三一一 そのかみにかざしにしめしすみよしのまつのしづ枝はなみぞをりくる
    残菊留秋題并恋
 三一二 ふゆにいまはなりぬときけどたのまれずときとぞ見ゆるしらぎくのはな
 三一三 くれ竹のよごとにいまはいざなへどふし見ることのありがたきかな
    十二月廿日ころに雪のいといたくふりたりしつとめて、もくのさ
    きのかみとしよりの君、さきの兵衛のすけあき仲がもとにおなじ
    うたをやりて侍りし
 三一四 ゆきふればふままくをしきにはのおもをたづねぬ人ぞうれしかりける
    としよりの君がかへし
 三一五 わがこころゆきげのそらにかよへどもしらざりけりなあとしなければ
    あきなかのきみ
 三一六 人はいさふままくをしきゆきなれどたづねてとふはうれしきものを
    山寒花遅并恋
 三一七 よしのやまはるはなかばにすぎぬれどゆききえやらではなさかぬかも
 三一八 まとりすむうなでのもりのうなだれてねをのみぞなく人のつらさに
    於桂山庄、花纔残并恋催旧意
 三一九 さくらばなあを葉のなかにちりのこるこずゑやはるのとまりなるらん
 三二〇 おもひいでよあまのかごやまよそにのみききわたらんといつかちぎりし
    同山庄にて、花并恋人人よみしに
 三二一 このもとにころもかたしきたびねせんはなちるさとと見てやかへらん
 三二二 もしほやくあまをとめごがあさごろもあさましきまで人のつれなき
    とさのかみはりまのかみのもとへわたるひ、うたとこひたりしかば
 三二三 よろづ代をちぎりはじむるけふなればくるるさへこそひさしかりけれ
    人人、款冬蔵橋并恋題をよみし
 三二四 かよひこし井でのいはばしたどるまで所もさらずさけるやまぶき
 三二五 わがせこがきまさぬときはうちなびきひとりありあけの月をこそみれ
    平等院僧正講結願日、人人、止宿草庵題を
 三二六 かどのとのくさのいほりにやどりしてわがみのほどをつひにしるかな
    雨中郭公并恋
 三二七 さみだれにしづくのやまのほととぎすしののにぬれてさよなかになく
 三二八 せきもりがゆみにきるてふつきの木のつきせぬ恋にわれおとろへぬ
    詠蘆橘薫風和歌
 三二九 ゆふづくよはなたちばなにふくかぜをたが袖ふるとおもひけるかな
    たのめてこぬ恋
 三三〇 ちぎりおきしほどはすぎぬとおもへどもまつとはいはじとしもこそふれ
    待聞郭公題并恋
 三三一 なつごろもたちきしひよりほととぎすぬるよもなしにいまぞなくなる
 三三二 よとともになみこすいそのそなれぎのしづえや恋のころもなるらん
    草花告秋題、院人人
 三三三 つゆむすぶあきにははやくなりにけりあさぢがはなのうつろふ見れば
    暁知早涼并恋
 三三四 あきかぜやややたちぬらんゆめさめてたもとすずしくなりもゆくかな
 三三五 恋をしてとしのへぬるにをみなへしうらやましくもむすぶつゆかな
    月不択処并契今夜恋
 三三六 しばのいほもたまのうてなもそらはれておなじ心にすめる月かな
 三三七 いつとなくおもひしよりもなかなかにくれ行くそらをまつにけぬべし

    さきのもくのかみとしよりの君いせにくだりてのちひさしくおと
    もせざりしにかくなんいひおこせたりし
    ひなのわかれによろづおとろへはてて、おぼつかなきおほよどの
    つねにもせさせたまふちふねのよるひるは、なみの心にかけなが
    ら月日のすぎにけることも、なげきのもりのとき葉なるうへにた
    きぎをつめるうれへはみにそへるかげのごとくにして、すずかの
    せきにもふりすてられず、しぶく山をもすべらかにこえにければ、
    竹のみやこにたびねをしてよよのふることをさへおもひつづくれ
    ば、さもあはれなりけるみのありさまをもてあつかひてしらぬさ
    かひにもまどひけるかな、と袖のしがらみ所せきままには、ただ
    はまをぎのをりふしごとにはなほよきさまのつらにかずまへさせ
    たまへかし、と人しれずあふがれて、おもひいでもなきみやこな
    れど、ささがにのいとひさしくかきたえぬるはこころぼそかりけ
    ることなれば、くずのうら葉のかぜになびくもめにとどまりて、
    さりとてやはとていそぎたつをききて、のにたつしかのとまうさ
    する人もなきにはあらねば、いでやいづこにもつひのすみかなら
    ねば、つりするあまのとさだめかねてやすらはるるほどに、のこ
    りすくなきみのありさまは、たびのそらよはのけぶりともたちの
    ぼりなば、あまのいさりびかとおぼめかれんこともおのづからあ
    はれとばかりやつたへきかせたまはん、とみづぐきのあとかきな
    がされぬままには、これにもつきぬ心地するいぶせさもただおし
    はからせたまふべし
 三三八 とへかしなたまぐしの葉にみがくれてもずのくさぐきめぢならずとも

    とありしかばかくなん
    つかひのただいまくだればとてとくとくとせむるになに事もおも
    ひもあへぬほどにてすなはち、ちはやぶる神なづきのついたちの
    ひなむいろいろのことのはは見たまへはべりぬる、まことにみな
    づきのいとひさしくもきこえさせではべりけるかな、はなのみや
    こをふりすてて、すずかやまこえさせたまひしに、さりともとし
    ぶくやまのなをたのみおもたまへしかど、かひなくなのみしてす
    ぎたまひにけりとうけたまはりて、くちをしくてすぎはべりしか
    ど、つひにはいせのうみのなみたちかへりたまはざらめや、その
    時こそはほしあひのはまのまさごのかずをつくしておぼつかなか
    りしほどのことをもきこえさせめ、ひなかのはまのほどばかりだ
    にもたいめんせでやは、とむらまつのはまをたのみてすぎはべる
    ほどにあはせても、たれそのもりのたれも、いくりの人をきくこ
    ともふぢかたのかたくて、なにごともいはきのことにてのみなん、
    うきはしのおろかなるさまにおもはれたてまつりぬるかな
 三三九 しらずやはいせのはまをぎかぜふけばをりふしごとに恋ひわたるとは

    院北面にて、ほととぎすはじめてきくといふ題又恋
 三四〇 うのはなのかきねならずはほととぎすいつしかけさのこゑきかましや
 三四一 むさしののうけらがはなのいつとなくさきみだれたるこひもするかな
    院北面にて、橋上藤花といふ題
 三四二 うすくこくしづかににほへしづえまでときはのはしにかかるふぢなみ
    郭公并恋、人人よみしに
 三四三 いろならでみにしむものはほととぎすしのだのもりのしのびねの音
 三四四 なつびきのいとしも人はしらじかし心にかけてとしふるものを
    旅宿郭公并恋、人人よみしに
 三四五 をりしまれしづ心なしほととぎすたびねのそらになくこゑきけば
 三四六 かうちめがてぞめのいとのみだれあひてよりあふべくも見えぬ君かな
    かすみ
 三四七 ひばりあがるときにしなればよしのやまそこともみえずかすみたなびく
    歌合に三首
 三四八 ほととぎすなけるわたりはせきなれや行きかふ人のすぎがてにする
 三四九 たねまきしわがなでしこのはなざかりいくあさつゆのおきてみつらん
 三五〇 いたづらにはなのみさきてたまかづらみならぬ恋もわれはするかな
    前木工頭としよりの君の七月廿三日なんいせへむすめをゐてくだ
    り侍る、人のこになさんとてなん、ひとへにまれはかまにまれこ
    とさらに、とてこひたりしかば、ひとへばかまなどしてつかはし
    しに、たもとにかきつけ侍りし
 三五一 ことしよりかざしにしむるをみなへし千代のあきをばきみがまにまに
    返し
 三五二 をみなへしうれしきなみだおきそへてつゆけかるべきたびのみちかな
    皇后宮にて庚申夜、晩風如秋并恋
 三五三 ゆふざれのかぜのけしきのすずしさにしかなきぬべき心地こそすれ
 三五四 いかにせんにひじまもりがあさごろもあさましきまであはぬ君かな
    同夜又、待草花并恋
 三五五 おもふどちつゆうちはらひ見にゆかんはなののはぎのはやもさかなん
 三五六 ますらをのゆみにきるてふつきの木のつきせぬ恋もわれはするかな
    山影瀉水并恋
 三五七 かめやまのかげをうつしておほ井がはいくよまでにかとしのへぬらん
 三五八 いかにせんしをれ衣にあらねどもよごとに人をかへす君かな
    祝
 三五九 ふた葉なるまつを引きうゑてたのむかな万代までのかざしとおもへば
    花橘薫砌
 三六〇 たちばなのこすのまとほしにほふかをたがふる袖とおもひけるかな
    恋
 三六一 きみをこそおもひそめしか我が袖のくれなゐふかくなりもゆくかな
    兵衛のかみの蔵人のぶ経のみまさかのかみのもとへわたりしによ
    みて、とありしかば
 三六二 けふよりぞいひそめがはのみづきよみちよまですまんながれと思へば
    返し、みまさかのかみのもとよりこひたりしかば
 三六三 万代をいひそめがはのみづなればおなじ心にすまざらめやは
    寄七夕恋
 三六四 ひこぼしのおなじ心にこひこひてうらやましきはこよひなりけり
    かすみやまのはなをへだつといふ題、新院よませたまひしに
 三六五 やまざくらやへたつかすみみせずともかぜもへだつとおもはましかば
    暁鶯をきくといふ題にておなじき院にてよませられしに
 三六六 ゆめさめてこゑたててなくうぐひすはよのまのかぜにはなやちるらん
    永縁法印のたちばなをおこすとて
 三六七 君がためはなたちばなをたをるとてやまほととぎす一音ぞなく
    返し
 三六八 いまよりもはなたち花をたをらなんやまほととぎすたえずきくべく

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 袖中抄解題】〔299袖中抄解〕新編国歌大観巻第五-299 [日本歌学大系別巻二] 及び「文化庁データベース」より

  顕昭作。文治二、三年(一一八六、八七)頃成立。日本歌学大系別巻2による。高松宮本等により、最少限の校訂を加えている。
  底本または校合本(特に高松宮本)に存するふりがなによって、二通りのよみが得られる場合、異訓と思われる方を( )に入れて示した。
 (竹下 豊)


 [文化庁データベース]
 『袖中抄』は、鎌倉時代初期に顕昭が著した歌学書で、『万葉集』以下の歌集等から難解な歌詞等約三〇〇について、諸書を引用しつつ自説を注したものである。引用する書目は百数十種に及び、なかには逸書となったものもある。六条家の歌学を発展させた顕昭の歌学の集大成であり、後代の歌人にも広く利用された。
 この国立歴史民俗博物館所蔵本は、高松宮家旧蔵本で、鎌倉時代写本を中心に一部室町、鎌倉時代の補写本を交え、二十巻を完存している。鎌倉時代写本は、巻第四、五、七、および第十一から二十に至る十三巻で、いずれも文書を翻して料紙とした巻子本である。各巻とも巻首に「袖中抄第『幾』」と内題を掲げ、天に三条、地に一条の墨界線を施して、その界線によって、注を加える語句、その所収歌、顕昭の自説、諸書からの引用を書き分けている。文中には随所に朱声点が加えられるほか、墨傍訓、送仮名、朱墨の校異、訂正などがみえている。各巻の巻首数行は、それぞれ以下の本文とは別筆で、定為(二条為氏の子)の筆と推定されている。このうち巻第四、十一、十二、十八、二十の五巻には巻末に正安二年(1300)祐尊の書写奥書があり、その書写年時、筆者を明らかにしているが、他の八巻はそれぞれ別筆である。紙背の文書は、多くは書状類で、なかには嘉元元年(1303)の「定為法印申文」の草案とみられる断簡など定為の書状の草案があるほか、定為に充てたと考えられる書状もあり、本巻が定為あるいは二条家の周辺で書写されたことを示しており、またこれら文書は当時の歌壇の動向の一端を示す史料としても注目される。
 補写本のうち、室町時代写本は、巻第一、二、六、八、九、十の六巻で、このうち巻第六には正安二年祐尊書写の本奥書があり、定為本の転写本であることを示している。江戸時代の補写は巻第三の一巻で、他に巻第五、七、十一、十五、十六、十九の一部および巻第二十の前半を補っている。これら補写本の体裁は定為本の体裁にならっている。
 『袖中抄』のまとまった伝本としては、室町時代書写の一条兼冬本、山科言継本などが知られるが、その中で本巻は補写を交えるが完存本として最古本であり、和歌文学史研究上に貴重である。

 
 袖中抄】1080首 新編国歌大観巻第五-299

 第一
 
     俊頼朝臣
    一 ながきねも花のたもとにかをるなりけふやまゆみのひをりなるらん
      *    *
    二 萱草わがしたひもにつけたれど鬼の志許草ことにし有りけり
    三 ますらをやかたこひせんとなげけども鬼の益卜雄(ますら を)なほ恋ひにけり
    四 なぐさやまことにざりけりわが恋のちへのひとへもなぐさまなくに
    五 わすれ草かきもしみみにうゑたれどおにのしこ草なほこひにけり
      *    *
     俊頼
    六 まくまのに雨そほふりてこがくれのつまやにたてるおにのしこ草
      *    *
    七 山のはにあぢむら驂(さわぎ)ゆくなれど我は左夫思恵(さぶしゑ)君にしあらねば
    八 いへにゆきていかにかあがせむまくらづくつまやさぶしくおもほゆべしも
    九 山のはにあぢむら駒はあるなれどわれはさむしも君にしあらねば
   一〇 かみ代より うみつきくれば ひとおほく 国にはみちて あぢむらの
      さわぎはすれば わがこふる きみにしあらねば云云
   一一 ますらをは友の驂(そめき)になぐさむる心もあらんわれぞくるしき
   一二 いもがかどゆきすぎがてにひぢかさの雨もふらなんあまがくれせん
   一三 いもがかどゆきすぎかねつひさかたのあめもふらぬかそをよしにせん
   一四 いもがかどゆきすぎかねつひぢかさのあめもふらなんあまがくれせん
   一五 いもがかど せながかど ゆきすぎかねてや わがゆかば ひぢかさの
      雨もふらなん しでのたをさ あまやどり かさやどり やどりてま
      からん しでのたをさ
   一六 春之在(はるしあれ)ばもずの草具吉(くさぐき)見えずともわれは見やらん君があたりを
   一七 あしびきの山辺にをればほととぎすこのまたちくきなかぬ日はなし
   一八 足引のこのまたちくく郭公かくききそめてのちこひんかも
   一九 はるばると なくほととぎす たちくくと はふりにちらす ふぢなみの 
      はななつかしみ云云
   二〇 やまぶきのしげみとびくくうぐひすのこゑをきくらん君はともしも
      *    *
     俊頼朝臣
   二一 とへかしな玉ぐしのはにみがくれてもずの草ぐきめぢならずとも
      *    *
   二二 朝霞鹿火屋(かひや)がしたになくかはづこゑだにきかば我こひんや方(は(も))
   二三 あさがすみ香火屋がしたになくかはづしのびつつありとつげんこもがも
      *    *
     公実卿
   二四 ますらをがもぶしつかふなふしづけしかひやがしたはこほりしにけり
      *    *
   二五風吹けばおきつしら浪たつた山夜半にや君がひとりこゆらん
      *    *
     長田王
   二六 みなそこのおきつしら浪たつたやまいつかこえなんいもがあたりみん
      *    *
   二七 ぬす人のたつたの山に入りにけりおなじかざしの名をやながさん
   二八 夕さればくものはたてに物ぞおもふあまつそらなる人こふる身は
   二九 をとめらが かざしのために たはれをの かづらのためと しきませる 
      国のはたてに さきにける さくらのはなの 匂ひはもあなに
   三〇 わたつみのとよはた雲にいり日さしこよひの月よすみあかくこそ
      *    *
     重之
   三一 ささがにのくものはたてのさわぐかな風こそくものいのちなりけれ
     源順
   三二 おもふこころくものはたてにありながらおりたちてしもいはんかたなし
      *    *
   三三 たびにして物こひしきに山もとの赤乃曾保船(あけのそほぶね)おきにこぐみゆ
   三四 おきゆくやあからをぶねにつとやらんわかき人みてときあけんかも
   三五 いやひめのおのれ神さびあをぐものたなびく日すらあられそほふる
      *    *
 
 第二
 
      *    *
   三六 おほかたはわがなもみなとこぎいでなんよをうみべたにみるめすくなし
   三七 あふみの海へたは人しるおきつ浪君をおきてはしるひともなし
   三八 なにせんにへたのみるめをおもひけんおきの玉もをかづく身にして
   三九 万代を君がまぼりといのりつつたちつくりえのしるしとを見よ
      *    *
     俊頼朝臣
   四〇 はつなへにうずのたまえをとりそへていぐしまつらんとしつくりえに
      *    *
   四一 我がためとたなばたつめのそのやどにおるしらぬのはおりてけんかも
   四二 鳥がなくあづまをとこのつまわかれかなしくありけんとしのをながみ
   四三 いそのまゆたぎつ山川たえずあらばまたもあひみんあきかたまけて
   四四 こもりぬのした由(ゆ)こひあまりしらなみのいちしろくいでぬ人のしるべく
   四五 ははそばの ははのみことは みものすそ つみあげかきなで ちちのみの 
      ちちのみことは たくづぬの しらひげのうへゆ なみだたり
   四六 くれなゐの おもてのうへに いづくゆか しわがきたりし ますらをの 
      をとこさびすと つるぎたち こしにとりはき さつゆみを たにぎりもちて云云
   四七 ほととぎすいとふときなしあやめ草かづらにきむひ許由(こゆ)なきわたれ
   四八 よしゑやしきまさぬ君をいかがせんいとはぬわれはこひつつをらん
   四九 吉哉(よきかな)ただなら(や(よしゑやし))ねども
      ぬえどりのうらなげきをるつげむこもがも
   五〇 あまぐもの かげさへ見えて かくれたる やはせの河は うらなきか
      ふねのよりこぬ いそなきか あまのつりせぬ よしゑやし うらはなくとも 
      よしゑやし いそはなくとも おきつ波 いそこぎいりこ あまのつりぶね
   五一 ますかがみ とぎしこころを よしゑやし その日のかぎり なみのとも 
      なびく玉もの とにかくに こころはもたず
   五二 夢のごとおもほゆるかもよしゑやし君がつかひのまねくかよへば
   五三 あらがへば神もにくしとよしゑやしよそふる君がにくからなくに
   五四 あまの原ふりさけみれば夜はふけにけるよしゑやしひとりぬるよはあけばあけぬとも
   五五 たまぢはふかみをもわれはうちすててよしゑやいのちをしけくもなし
   五六 わがせこがこんとかたりし夜はすぎぬしゑやさらさらしこりこめやも
   五七 をしゑやしゆくほととぎす今こそばおとのかれがにきなきとよまめ
   五八 をしゑやしこひじとすれどゆふま山こえにし君がおもほゆらくに
   五九 をしゑやし我が思ふいもははやもしなぬかいけりともわれによるべしと人のいはなくに
   六〇 をしゑやしこひしわぎもこいけりともおののみこそはわが恋ひわたれ
   六一 をしゑやし恋ひじとおもへど秋風のさむく吹く夜は君をしぞおもふ
   六二 愛八師(をしゑやし)あはぬこゆゑにいたづらにこの川の瀬にものすそぬらしつ
   六三 我がやどに 花ぞさきたる それをみて 心もゆかず をしゑやし いもがありせば
      みかもなる ふたり双(なみ)ゐて たをりても みせましものを
   六四 よしゑやしさかえし君のいましせば昨日もけふもわれをめさましを
   六五 はしきやしわがいへのけもももとしげく花のみさきてならざらめやも
   六六 はしきやしたがさふるかも玉ぼこのみちはわすれて君がきまさぬ
   六七 はしきやしおきなのうたにおぼほしきここののこらやかまけてをらむ
   六八 いはそそくたるみの水のはしきやしきみにこふらく我がこころから
   六九 早敷哉(はしきやし)あはぬこゆゑにいたづらにこの川のせにものすそぬらしつ
   七〇 見わたせばむかつをのへにはなにほひてりてたてるははしきたがつま
   七一 むかしこそよそにも見しかわぎもこがおくとおもふははしきさほ山
   七二 はしきかもみこのみことのありがよひ見しいくめぢのみちはあれにけり
   七三 はしけやしつまもこどももたかたかにまつらむきみやしまがくれぬる
   七四 はしけやしまぢかきさとを雲ゐにやこひつつをらん月もへなくに
   七五 はしきよしかくのみからにしたひこしいもが心のすべてすべなさ
   七六 はしきよし君がすがたをみずひさにひなにしすめばあれこひにけり
   七七 山川のそきへをとほみはしきよしいもをあひみずかくやなげかん
   七八 ちさの花 さけるさかりに はしきよし そのつまのこと あさよひに
      ゑみみゑまずも うちなげき
      *    *
     俊頼
   七九 はしけやしなれこそさかえいなわれは弥陀のみ国をこのもしみ思ふ
      *    *
   八〇 あふことの まれなる色に おもひそめ 我が身はつねに あまぐもの
      はるる時なく ふじのねの もえつつとはに おもへども あふ事かたし 
      なにしかも 人をうらみん わたつみの おきをふかめて おもひてし 
      おもひはいまは いたづらに なりぬべらなり ゆくみづの たゆるときなく 
      かくなわに 思ひみだれて ふるゆきの けなばけぬべく おもへども 
      えぶの身なれば なほやまず おもひはふかし あしびきの 山した水の 
      こがくれて たぎつ心を たれにかも あひかたらはん 色にいでば 
      人しりぬべし すみぞめの 夕になれば ひとりゐて あはれあはれと 
      なげきあまり せんすべなみに にはにいでて たちやすらへば しろたへの 
      ころものそでに おくしもの けなばけぬべく おもへども 猶なげかれぬ 
      はるがすみ よそにも人に あはんとおもへば
      *    *
     実方
   八一 かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆるおもひを
      *    *
   八二 あぢきなやいぶきの山のさしも草おのがおもひに身をこがしつつ
   八三 契りけんこころからこそさしまぐささしもおもはぬことにやはあらぬ
   八四 下野やしめづのはらのさしまぐさおのがおもひに身をややくらん
      *    *
     清水観音
   八五 猶たのめしめぢがはらのさせも草我が世の中にあらんかぎりは
     *    *
   八六 なほざりにいぶきの山のさしも草さしもおもはぬことにやはあらぬ
   八七 なほたのめしめしのはらのさしも草我が世の中にあらんかぎりは
   八八 波太(はた)すすきをばなさかふきくろきもてつくれるやどはよろづ代までに
   八九 深雪ふる 阿騎のおほ野に 旗すすき しのをおしなみ くさ枕云云
   九〇 はたすすきくめのわかごがいましけるみほのいはやはみれどあかぬかも
   九一 わぎもこにあふさか山の皮(しの)すすきほにはさきいでぬこひわたるかも
   九二 皮(しの)すす((はた))きほにはさきいでぬこひをわがするかげろふの
      ただひとめのみみし人ゆゑに
   九三 者田(はた)すすきほにはいづなとおもひしてある心はしれりわれもよりなん
   九四 にひむろのこどきにいたればはた薄ほにでしきみがみえぬこの比
   九五 かのこころねずやなりなんはた薄うら野の山につくかたよるも
   九六 しのぶればくるしかりけりはなすすき秋のさかりになりやしなまし
   九七 こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれなみ
   九八 紀伊国のなぐさのはまに貝ひろふあまのめざしのおとななりせば
   九九 あさくらや をめのみなとに あびきせば たまのめざしに あびきあひにけり
  一〇〇 しほがれのみつのあま人久具都(くぐつ)もてたまもかるらんいざゆきてみん
  一〇一 真鳥すむ卯名手(うなで)のもりのすがのねをきねにかきつけてきせんこもがも
  一〇二 おもはぬをおもふといはばまとりすむうなでの杜の神ぞしるらん
  一〇三 網児之山(あこしやま)五百重(いほへ)かくせる佐堤乃崎(さでのさき)
      左手蠅師子(さではへしし)の夢にしみゆる
      *    *
     下野防人
  一〇四 たび行きにゆきとしらずてあもししにことまをさずていまぞくやしき
      *    *
  一〇五 つくひよはすぐはゆけどもあもししがたまのすがたはわすれしなふも
  一〇六 あらきだの師子田のいねをくらにつみてあなうたうたしわがこふらくは
  一〇七 こころあへばあひぬるものを小山田の鹿猪(しし)田もるごとははしもらすも
  一〇八 あらいそよりましておもふな玉の浦すぐるこじまの夢にしみゆる
  一〇九 しら露のおけるめにするをみなへしあなわづらはし人なてふれそ
  一一〇 秋の野の露におかるる女郎花はらふひとなみぬれつつぞふる
      *    *
 
 第三
 
      *    *
  一一一 春されば野辺にまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや
  一一二 あめにます月よみをとこまひはせむこよひのながさいほよつぎこそ
  一一三 わがやどにさけるなでしこまひはせんゆめ花ちるないやをちにさけ
  一一四 鶯の かひごのなかに ほととぎす なけどききよし まひはせん 
      とほくなゆきそ わがやどの 花たちばなに すみわたれとり
  一一五 おもひあらばむぐらのやどにねもしなんひじき物には袖をしつつも
  一一六 唐棣花色(はねずいろ)のうつろひやすき心あればとしをぞきふることはたえずて
  一一七 夏まちてさきたる波禰受(はねず)ひさかたのあめうちふらばうつろひなんか
  一一八 思はじといひてしものを翼酢色の(はずいろ(はねず)うつ(いろ))ろひやすき我がこころかな
  一一九 山ぶきのにほへるいもが翼酢(はねず)色のあかものすがた夢に見えつつ
      *    *
     をとこ
  一二〇 あづさゆみま弓つきゆみとしをへてわがせしがごとうるはしみせよ
     女
  一二一 あらたまのとしのみとせを待ちわびてただこよひこそにひまくらすれ
     をとこ
  一二二 あづさ弓まゆみつき弓年をへてわがせしがごとうるはしみせよ
     女
  一二三 あづさ弓ひけどひかねどむかしよりこころは君によりにしものを
     女
  一二四 あひおもはでかれぬる人をとどめかね我が身は今ぞきえはてにける
     あめの御門
  一二五 あづさ弓ひきののつづらすゑつひにわがおもふ人にことのしげけん
     采女
  一二六 なつびきのてびきのいとをくりかへしことしげくともたえむとおもふな
      *    *
  一二七 あづさ弓ひけばもとすゑわがかたによるこそまされこひのこころは
  一二八 あづさゆみひかばこころによらめどものちのこころをしりかてぬかも
  一二九 さゆりばなゆりもあはんとおもへこそいまのまさかもうるはしみすれ
  一三〇 わぎもこにあどかもいはんむさしののうけらがはなのときなきものを
  一三一 こひしけば袖もふらむをむさし野のうけらがはなのいろにいづなゆめ
  一三二 あさかがたしほひのゆたにおもへらばうけらが花の色にでめやも
  一三三 いはそそくたるみのうへのさわらびのもえいづる春になりにけるかな
  一三四 命さちひさしきよしもいはそそくたるみの水をむすびてんみづ
  一三五 いはそそく岸のうらわによるなみのへにきよすればことのしげけん
  一三六 いはそそくたるみの水のはしきやし君にこふらくわがこころかな
  一三七 いしばしる垂水の水のはしきやし君にこふらくわがこころかな
  一三八 みよし野の蜻の小野(かたち(あきつ))にかるかやの思ひみだれてぬるよしぞおほき
      *    *
     俊頼朝臣
  一三九 みよし野のかたちのをののをみなへしたはれて露にこころおかるな
      *    *
  一四〇 ふぢふのの かたちがはらを しめはやし いつきいはひし ときにあへるかも
      *    *
     俊頼朝臣
  一四一 みみらくのわがひのもとのしまならばけふもみかげにあはましものを
      *    *
  一四二 かつまたの池にとりゐしむかしよりよはうき物とおもひしりにき
      *    *
     婦人
  一四三 かつまたの池はわれしるはちすなししかいふきみがひげなきがごと
     道済
  一四四 くちたてるいゐなかりせばかつまたのむかしの池とたれかしらまし
     義忠朝臣
  一四五 うつろはで庭おもしろきはつ霜におなじ色なる玉のむら菊
     兼盛
  一四六 さほひめのいとそめかくる青柳をふきなみだりそはるの山かぜ
      *    *
  一四七 わがゆきはなぬかはすぎじたつた姫ゆめこの花を風にちらすな
  一四八 おしてるやなにはのみつにやくしほのからくもわれはおいにけるかな
  一四九 おしてるや難波ほり江のあし辺にはかりねたるかもしものふらくに
  一五〇 おしてるやなにはの津よりふなよそひあれはこぎぬといもにつげこそ
  一五一 おしてるやなにはすが笠おきふるしのちはたがきんかさならなくに
  一五二 おしてるや 難波をすぎて うちなびく くさかの山を くれにわれこゆ
      *    *
     慈心寺上人
  一五三 おしてるやよさのはまこそこひしけれなみだをよするかたしなければ
      *    *
  一五四 春の野にあさるきぎすのつまごひにおのがありかを人にしれつつ
  一五五 つつゐつのゐづつにかけしまろがたけすぎにけらしも君見ざるまに
  一五六 をがさはらみづのみまきにあるるむまもとればぞなつくこのわがそでとれ
  一五七 あづさ弓はるの山辺にけぶりたちもゆとも見えぬひざくらの花
      *    *
     輔親集(輔親)
  一五八 わぎもこがみもすそ河のきしにおふるひとをみつつのかしはとをしれ
     俊頼
  一五九 神風やみづのかしはにこととひてたつをまそでにつつみてぞくる
     家持
  一六〇 からひとの舟をうかべてあそぶといふけふぞわがせこはなかづらせな
     文集(白楽天)
  一六一 暮春風景初三日 流世光陰半百年 欲作閑遊無好伴 半江惆悵却廻船
     大伴池主
  一六二 柳陌江縟袨服 桃源通海泛仙舟 雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流
 
 第四
 
     *    *
  一六三 散頬相(さにつらふいろに(さにほへる))はいでずちひさくも
      心のうちにわがおもはなくに
  一六四 左丹頬経(さにほへる(さに)いも(つらふ))をおもふとかすみたつ
      はる日もくれにこひわたるかも
  一六五 たびのよのひさしくなればさにつらふひもときあけずこふるこのごろ
  一六六 なゆたけの とをよるみこの 狭丹頬相(さにつらふ) 
      わがおほきみは かくれくの はつせの山に 神さびに いつきまさんと云云
  一六七 かきつばた丹頬経君を(につらふ(つのさはふ))いさなみに
      思ひいでつつなげきつるかも
  一六八 角障経(つのさふる()石村山(つのさはふ))にしろたへの
      かかれる雲ははれにけるかも
  一六九 石見の海 角の浦廻(わ)を うらなしと 人こそみらめ かたなしと
      人こそ見らめ云云 つののさとみむ なびけこの山云云
  一七〇 石見のや高角山のこの間より我がふる袖をいもみつらむか
  一七一 角障経(つのさふる)石村もすぎず泊瀬山いつかもこえむ夜はふけにつつ
  一七二 玉だれの小簾(こす)の寸鶏吉(きげき)に入りかよひ
      きねたらちねの母が問はんは風とまうさむ
  一七三 むさし野のを具(ぐ)き我(が)きげしたちわかれいにしよひよりころにあはなふよ
      *    *
     俊頼
  一七四 としふれどこすのきげきの絶えまより見えししなひは面影にたつ
      *    *
  一七五 あまぐもをほろにふみあだしなるかみもけふにまさりてかしこけむかも
  一七六 さもこそはよりべの水にかげたえめかけしあふひをわするべしやは
  一七七 かみなびのかみよりいたにするすぎのおもひもすぎずこひのしげきに
  一七八 神かけてきみはあらがふたれかさはよるべにたまる水といひけん
  一七九 神さびてふるべにたまるあま水のみくさゐるまでいもを見ぬかな
      *    *
     女房
  一八〇 かち人のわたれどぬれぬえにしあれば
       業平朝臣
        またあふさかの関もこえなむ
      *    *
  一八一 水とりのはかなきあとにとしをへてかよふばかりのえにこそありけれ
  一八二 秋かけていひしなかにもあらなくに木のはふりしくえにこそありけれ
  一八三 むさしのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり
      *    *
     和泉式部
  一八四 けさはしもおもはむ人はとひてましつまなきやどのうへはいかにと
      *    *
  一八五 とほつ人まつらさよ姫つまごひにひれふりしよりおへる山のな
  一八六 ふりわけのかみをゆかしみわか草をかみにたくらんいもをしぞおもふ
      *    *
     男
  一八七 うらわかみねよげにみゆる若草を人のむすばんことをしぞおもふ
     中納言(法性寺入道殿)
  一八八 かりぎぬはいくのかたちしおぼつかな
       俊重
        わがせこにこそとふべかりけれ
     赤人
  一八九 わがせこに見せんとおもひし梅のはなそれとも見えず雪のふれれば
     貫之
  一九〇 わがせこがころもはるさめふるごとに野べのみどりぞ色まさり行く
     曾丹
  一九一 わがせこがきまさぬよひの秋風はこぬ人よりもうらめしきかな
      *    *
  一九二 しら玉かなにぞと人のとひしとき露とこたへてけなましものを
  一九三 しほみてばいりぬるいその草なれやみらくすくなくこふらくのおほき
      *    *
     孫王
  一九四 塩みてばいりぬる礒の草ならし見るひすくなくこふる夜おほみ
     貫之
  一九五 河やしろしのにをりはへほすころもいかにほせばかなぬかひざらん
     貫之
  一九六 行く水のうへにいはへる川やしろ河浪たかくあそぶなるかな
     多忠節
  一九七 ゆふしでは波にまかせぬ河やしろさか木ぞ神のしるしなりける
     江都督
  一九八 河やしろ秋はあすぞとおもへばや浪のしめゆふ風のすずしき
     陪従入道重義
  一九九 河社さざ浪をればみな月のあらぶる神も心ゆくらん
     壬生忠見
  二〇〇 みなかみのこころながれてゆく水にいとどなごしのかぐらおもしろ
     貫之
  二〇一 ゆく水のうへにいはへる河やしろ河なみたかくあそぶなるかな
     江中納言集(匡房)
  二〇二 ほさばやなしのををりはへほす衣し水のみやのながれたえせで
      *    *
  二〇三 あまさがるひなにいつとせすまひしてみやこのてぶりわすられにけり
      *    *
     六条修理大夫
  二〇四 霞たつくらまの山のうすざくらてぶりをしてなをりぞわづらふ
     左京兆
  二〇五 うき身にはみやこのてぶりわすられずひなへさそはむあづまづもがな
      *    *
  二〇六 さと人のみるめはづかしさぶるこにさどはすきみがみやでしりぶり
      *    *
     公実卿
  二〇七 かへりこんほどもさだめぬわかれぢはみやこのてぶりおもひでにせよ
 
 第五
 
     其男
  二〇八 かすがののわかむらさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず
      *    *
  二〇九 みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれそめにしわれならなくに
  二一〇 梅の花ゆめにかたらくみやびたるはなとわれおもふさけにうかべこそ
      *    *
     輔親卿
  二一一 みやびたるこゑにもあるかなさをしかのふかき山辺にすまふものから
      *    *
  二一二 わかければ みやびもしらず ちちがかた ははがかたとも 神ぞしるらん
      *    *
     顕昭法師
  二一三 正月たつけふのまとゐやももしきのとよのあかりのはじめなるらん
      *    *
  二一四 まことにやあまたかさねしをみごろもとよのあかりのかくれなきよに
  二一五 あさもよひきのせきもりがたつか弓ゆるすときなくまづゑめる君
  二一六 あさもよひきのせきもりがたつか弓ゆるすときなくあがもへるきみ
  二一七 あさもよひきひとともしもまつち山ゆきくと見らんきひとともしも
      *    *
     男
  二一八 あさもよひきのかはゆすりゆく水のいづさやむさやいるさやむさや
     曾丹
  二一九 枕なるをぶちのまゆみ見るときぞいもが手風はいとどこひしき
     *    *
  二二〇 あさもよきかたゆくきみがまつち山こゆらんけふぞあめなふりそね
  二二一 手束弓てにとりもちてあさがりにきみはたちいぬたなくらの野に
  二二二 紀の国のむかしゆみ雄のなる矢もてしかとりなびくさかのうへにぞある
  二二三 南淵乃細川山立檀弓束級(ゆづかまく)まで人にしらすな
      *    *
     在原諸実
  二二四 くれはどりあやにこひしくありしかばふたむら山もこえずなりにき
      *    *
  二二五 などてかくつれなかるらんあなはとりあなあやにくのきみがこころや
  二二六 よをこめてはるは来にけりあさ日山くれはくれしのしるべなけれど
  二二七 くれはどりわれをななめにたのめつつさやかに君は我をはかるな
  二二八 常世辺(とこよべ)にあらましものをつるぎたちわがこころからおそやこのきみ
      *    *
     赤染衛門
  二二九 おきもゐぬわがとこよこそかなしけれはるかへりにしかりもなくなり
     江匡衡
  二三〇 かりにくる人にとこよを見せければよを秋風におもひなるかな
     清正
  二三一 常世いでてかりの羽衣さむきうへにこころしてふけ秋のよの風
     大伴卿
  二三二 わぎもこが見しともの浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき
     在原行平朝臣
  二三三 おきなさび人なとがめそかり衣けふばかりとぞたづもなくなる
     神女
  二三四 をとめどもをとめさびすもからたまをたもとにまきてをとめさびすも
      *    *
  二三五 ますらをの をとこさびすと つるぎたち こしにとりはき さつゆみを 
      たにぎりもちて云云
      *    *
     基俊
  二三六 けさ見ればさながら霜をいただきておきなさびゆくしら菊の花
      *    *
  二三七 しげをかに神佐備たちてさかえたるちよ松の木のとしのしらなく
  二三八 神左振いはねこぎしきみよし野のみづわけ山をみればかなしも
  二三九 さざ浪の国つみ神のうらさびてあれたるみやこみればかなしも
      *    *
     貫之
  二四〇 君なくてけぶりたえにし塩竈の浦さびしくも見えわたるかな
      *    *
  二四一 はりぶくろこれはたばりぬすりぶくろいまはえてしかおきなさびせん
      *    *
     行平朝臣
  二四二 さがの山みゆきたえにしせり河の野辺のふるみちあとは有りけり
      *    *
  二四三 いなむしろ河ぞひ柳水ゆけばなびきおきふしそのねはうせず
  二四四 たまぼこのみちゆきつかれいなむしろしきても君をみんよしもがな
      *    *
     公実卿
  二四五 これにしくおもひはなきを草まくらたびにかへすはいなむしろとや
      *    *
  二四六 ひこ星は 七夕つめと あめつちの わかれしときゆ 伊奈宇之呂(いなうしろ) 
      河立向(かはたちむきて) おもふそら やすからなくに云云
  二四七 あは雪の保杼呂保杼呂(ほどろほどろ)にふりしけば
      ならのみやこしおもほゆるかも
  二四八 わがせこをけさかけさかといでまてばあは雪ふれりにはも保杼呂(ほどろ)に
  二四九 よをさむみあさとをあけていでみればにはも薄太良(はだら)にみゆきふりにけり
  二五〇 夜之穂杼呂(よのほどろ)わがいでてくればわぎもこがおもへりしくよおもかげにみゆ
  二五一 秋の日のほだをかりがねくらやみに夜のほどろにもなきわたるかも
  二五二 ささの葉に薄太礼(はだれ)ふりおほひけなばかもこひんといはばましておもはん
  二五三 我がやどのすももの花か庭にちるはだれのいまだのこりたるかも
      *    *
     兼盛
  二五四 わがやどに鶯いたくなくなれば庭もはだらにはなやちるらん
 
 第六
 
     斎宮なりける人
  二五五 君やこしわれやゆきけんおもほえず夢かうつつかねてかさめてか
     業平朝臣
  二五六 かきくらすこころのやみにまどひにきゆめうつつとはよひとしらせよ
      *    *
  二五七 むもれ木はなかむしばむといふめれば久米路のはしの心してゆけ
  二五八 かづらきやくめぢにわたすかけ橋のなかなかにてもかへりにしかな
  二五九 中絶えてくる人もなきかづらきの久米路の橋は今もあやふし
  二六〇 かづらきへ わたるくめぢの つぎはしの 心もしらず いざかへりなん
  二六一 いはばしのよるのちぎりも絶えぬべしあくるわびしきかづらきの神
      *    *
     中務親王
  二六二 あづまごとはるのしらべをかりしかばかへしものとはおもはざりけり
     伊勢
  二六三 かへしてもあかぬ心をそへつればつねよりこゑのまさるなるらん
      *    *
  二六四 あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふといふかさはむめの花がさ
  二六五 まがねふくきびのなか山おびにせるほそたに川のおとのさやけさ
  二六六 美作やくめのさらやまさらさらにわがなはたてじよろづ代までに
  二六七 あさくらやきのまろどのにわがをればなのりをしつつゆくやたれぞも
  二六八 芹つみし昔の人もわがごとや心に物のかなはざりけむ
      *    *
     俊頼
  二六九 あづさのそまに みや木ひき みやぎがはらに 芹摘みし 昔を外に 
      聞きしかど 我が身のうへに なりはてぬ云云
     行基菩薩
  二七〇 まぶくだが修行に出でしふぢばかま我こそぬひしかそのかたばかま
      *    *
  二七一 さくはなにおもひつく身のあぢきなさみにいたづきのいるもしらずて
  二七二 ぬぐ沓のかさなることのかさなればゐもりのしるし今はあらじな
  二七三 わするなよたぶさにつけし虫の色のあせなば人にいかがこたへむ
  二七四 あせぬともわれぬりかへむもろこしのゐもりもまもるほどこそはあれ
  二七五 いせの海のあまのまてがたいとまなみながらへにける身をぞうらむる
      *    *
     和泉式部
  二七六 よさのうみのあまのあまたのまてがたにをりやとるらん波のはななみ
     斎宮女御集(斎宮女御)
  二七七 まくかたに海士のかきつむもしほ草けぶりはいかにたつやたたずや
 
 第七
 
       *    *
  二七八 ならざかをきなきとよます時鳥二四八とぞをちかへりなく
       *    *
     公実卿
  二七九 をちかへりいほになけども時鳥二四八ともにめづらしきかな
     公実卿
  二八〇 われもさはいりやしなましほととぎす山路にかへるひとこゑにより
      *    *
  二八一 しながどりゐなのをゆけばありま山夕ぎりたちぬやどはなくして
  二八二 しらがどりゐな野をゆけばありま山霧たちこむるむこがさきかな
  二八三 みくまののうらのはまゆふももへなる心はおもへどただにあはぬかも
      *    *
     道命阿闍梨
  二八四 わするなよわするときかばみくまののうらのはまゆふうらみかさねん
     伊勢大輔
  二八五 よにとよむとよのみそぎをよそにしてをしほの山のみゆきをやみし
     小将井尼
  二八六 をしほ山こずゑも見えずふりつみしはやすべらぎのみゆきなりけん
     貫之
  二八七 おほはらやをしほの山のこまつばらはやこだかかれ千代のかげみん
     業平
  二八八 おほはらやをしほの山もけふしこそ神代の事もおもひいづらめ
      *    *
  二八九 みちのくのあさかのぬまの花かつみかつみる人のこひしきやなぞ
      *    *
     孝善
  二九〇 あやめ草ひくてもたゆくながきねのいかであさかのぬまにおふらん
      *    *
  二九一 をみなへしさくさはにおふる花かつみ都もしらぬこひもするかな
      *    *
     散木集(俊頼)
  二九二 しぎのゐるたまえにおふる花かつみかつよみながらしらぬなりけり
      *    *
  二九三 さぬらくはたまのをばかりこふらくはふじのたかねのなるさはのごと
      *    *
     俊頼朝臣
  二九四 雲のゐるふじのなるさは風こしてきよみが関に錦おりかく
     津守景基
  二九五 ふじのねの雲ゐなりともわすられでなるさはの水たゆなとぞおもふ
     公実卿
  二九六 かぎりあればふじのたかねになるさはのわがおとづれにあにまさらめや
      *    *
  二九七 まがなしみぬらくはしげらくさぬ(な)らくはいづのたかねのなるさはのごと
  二九八 あへらくはたまのをしけやこふらくはふじのたかねにふる雪のごと
  二九九 むさしのにうらへかたやきまさでにものらぬ君がなうらにでにけり
      *    *
     江都督
  三〇〇 かぐやまのははかがしたにうらとけてかたぬくしかの声聞ゆなり
     仲実朝臣
  三〇一 ははかびにちかへるかめのうらくじやためとはしるは君があへるか
     師時卿
  三〇二 おもひかね亀のますらにこととへばためあひたりときくぞうれしき
      *    *
  三〇三 卜部(うらべ)をもやそのちまたにうらとへど君をあひみるたどきしらずも
  三〇四 あさまだきたぶさいとなくかきなづる神なびくなりゆつのつまぐし
      *    *
     基俊
  三〇五 かつみれどなほぞこひしきわぎもこがゆつの爪ぐしいかがささまし
      *    *
  三〇六 なら山のこのてがしはのふたおもてとにもかくにもねぢけ人ども
  三〇七 おのがみなおもひおもひに神やまのこのてがしはを手ごとにぞとる
  三〇八 秋ののにいまこそゆかめもののふのをとこをみなの花にほひみに
      *    *
     下総防人
  三〇九 ちばのぬのこのてがしはのほほまれどあやにかなしみおきてたがきぬ
 
 第八
 
     大臣
  三一〇 もろこしのよしののやまにこもるともおくれんとおもふわれならなくに
     いせが集(伊勢)
  三一一 三輪の山いかにまちみんとしふともたづぬる人もあらじとおもへば
      *    *
  三一二 かすがののとぶひの野もりいでて見よいまいくかありてわかなつみてん
      *    *
     大和守忠房
  三一三 わかなつむとしはへぬれどかすがののもりはけふをや春としるらん
     女房
  三一四 けふにてぞわれもしりぬる春は猶かすがの野辺の杜ならねども
     女房
  三一五 ありへても春日ののもりはるにあふはとしもわかなもつめるしるしか
     忠房
  三一六 ことしよりにほひそむめるかすがののわかむらさきにてななふれそも
     女房
  三一七 むらさきにてもこそふるれかすがのののもりよ人に若菜つますな
     女房
  三一八 ちはやぶる神もみるらんかすがののわかむらさきにたれかてふれん
     故六条左京兆
  三一九 いかにせんとぶひも今はたてわびぬこゑもかよはぬあはぢしま山
      *    *
  三二〇 とほつひとまつらさよ姫つま恋にひれふりしよりおへる山のな
  三二一 うなばらのおき行くふねをかへれとかひれふらしけむまつらさよ姫
      *    *
     筑前国司山上憶良
  三二二 松浦がたさよひめのこがひれふりし山のなのみやききつつをらん
     筑前国司山上憶良
  三二三 おとにききめにはまだ見ぬさよ姫がひれふりきといふ君まつら山
      *    *
  三二四 からすとふおほをそどりのまさでにもきまさぬ君をころくとぞなく
  三二五 とこよべにあらましものをつるぎたち我がこころからおそやこの君
  三二六 からすてふおほをそどりのこころもてうつしひととはなに名のるらん
      *    *
     行基菩薩
  三二七 からすとふおほをそどりのことをみてともにといひてさきだちいぬる
      *    *
  三二八 ちはやぶるうぢのはしひめなれをしぞかなしとはおもふとしのへぬれば
  三二九 小莚にころもかたしきこよひもや我をまつらん宇治のはしひめ
      *    *
     女の母
  三三〇 今こんといひしばかりをいのちにてまつにけぬべしさくさめのとじ
      *    *
  三三一 あづまぢのみちのはてなるひたちおびのかごとばかりもあひみてしかな
  三三二 しるしなきおもひとぞきくふじのねもかごとばかりのちかひなるらむ
      *    *
     貫之
  三三三 やまださへ今はかへすをちるはなのかごとは風におほせざらなん
     俊頼朝臣
  三三四 かすが山ふもとのをのにねのびしてかごとを神にまかせてぞみる

 第九
 
      *    *
  三三五 みちのくはいづくはあれど塩がまの浦こぐふねのつなでかなしも
      *    *
     伊勢
  三三六 しほがまの浦こぎつらむ船のおとはききしがごとく聞くはかなしも
     伊勢
  三三七 あまぶねのかよひきしよりしほがまのほのほいでそふおもひつきにき
     かたゐおきな
  三三八 塩がまにいつかきにけん朝なぎにつりするふねはここによらなん
      *    *
  三三九 みちのくのちかのしほがまちかながらからきはきみにあはぬなりけり
  三四〇 しほがまのまへにうきたる浮島のうきておもひのあるよなりけり
  三四一 わがせこをみやこにやりてしほがまのまがきのしまのまつぞ恋しき
  三四二 とのもりのとものみやつこ心あらばこのはるばかりあさぎよめすな
  三四三 ますらをはとものそめきになぐさむるこころもあらん我ぞくるしき
  三四四 かぞいろはいかにあはれとおもふらんみとせになりぬあしたたずして
      *    *
     俊頼朝臣
  三四五 郭公ながかぞいろの鶯にまれになくてふ事なならひそ
      *    *
  三四六 まきもくのあなしの山のやま人と人もみるがね山かづらせよ
  三四七 わぎもこが あらしの山の 山びとと 人もしるべく 山かづらせよ
  三四八 みやまには あられふるらし 外山なる まさきのかづら 色づきにけり
      *    *
     文時卿
  三四九 ひほろぎは神のこころにうけつべしひらのたかねにゆふかづらせり
      *    *
  三五〇 もも千鳥さへづる春は物ごとにあらたまれどもわれぞふりゆく
  三五一 わがやどのえのみもりはむももちどりちどりはくれど君ぞきまさぬ
  三五二 梅の花今さかりなりももとりのこゑのこほしき春来たるらし
  三五三 声たえずさへづれ春のももちどりのこりすくなき春にやはあらぬ
      *    *
     貫之集(貫之)
  三五四 みやまにはつきもさだめぬももち鳥ときぞともなく鳴きわたるかな
     貫之集(貫之)
  三五五 いでつたふ春にもあらず鶯は谷にのみこそなきわたりけれ
      *    *
  三五六 あをによしならのいへにはよろづよにわれもかよはむわするとおもふな
  三五七 くやしかもかくしらませば青によしくぬちことごとみせましものを
  三五八 わがいほは三輪の山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど
      *    *
     三わの明神
  三五九 すみよしのきしもせざらん物ゆゑにねたくや人にまつといはれん
      *    *
  三六〇 三輪の山いかにまちみんとしふともたづぬる人もあらじとおもへば
  三六一 三輪山のしるしの杉はうせずともたれかは人のわれをたづねん
  三六二 椙もなき山辺をゆきてたづぬればそでのみあやなつゆにぬれつつ
  三六三 我がやどのまつはしるしもなかりけりすぎむらならばたづねきなまし
  三六四 われが身はとがへるたかとなりにけりとしをふれどもこゐをわすれず
      *    *
     長能
  三六五 御かりする末野にたてるひとつ松たがへるたかのこゐにかもせん
      *    *
  三六六 はし鷹のとがへる山のしひしばのはがへはすとも君はわすれじ
  三六七 わするとはおもはざらなんはしたかのとがへる山のしひももみぢず
  三六八 とやかへるわがたならしのはしたかのくるときこゆるすずむしのこゑ
  三六九 やかたをの鷹をてにすゑみしま野にからぬひまなくとしぞへにける
  三七〇 もがみ山すかけし日より心しておほしたてたるやかたをのたか
  三七一 まくらづく つまやのうちにとぐらゆひ すゑてぞわがかふ 
      真白部(ましらへ)のたか
  三七二 やかたをの麻之路(ましろ)の鷹をやどにすゑかきなでみつつ飼はくしよしも
      *    *
 
 第十
 
      *    *
  三七三 春さればすがるなる野のほととぎすほとほといもにあはずきにけり
  三七四 すがるなく秋のはぎはら朝たちてたびゆく人をいつとかまたむ
      *    *
     俊頼朝臣
  三七五 なに事にこのむとなみはあやかりていとふなみだのしのにちるらん
      *    *
  三七六 宮人の おほよそごろも ひざとほし ゆきのよろしも おほよそごろも
  三七七 美夜比登能(みやひとの) 於保与須我良爾(おほよすがらに) 
      伊佐登保志(いさとほし) 由伎能与侶志茂(ゆきのよろしも) 
      於保与須我良爾(おほよすがらに)
  三七八 美夜比止乃(みやひとの) 於保与曾許侶茂(おほよそごろも) 
      比佐止保志(ひさとほし) 由伎乃与侶志茂(ゆきのよろしも) 
      於保与曾許侶茂(おほよそごろも)
  三七九 石金のこりしくやまにいりそめて山なつかしみいねがてにかも
  三八〇 かみさぶる磐根こりしくみよしののみづわけ山をみればかなしも
  三八一 こととればなげきさきだつけだしくもことのしたひにいもやかくせる
  三八二 水とりのかものすむ池のしたひなくゆかしき君をけふみつるかも
  三八三 あき山の舌日下(したひがもと)になく鳥の声だにきけばなどなげかるる
  三八四 君がゆきけながくなりぬ山多豆(やまたづ)のむかへかゆかんまちにはまたじ
  三八五 君がゆきけながくなりぬ山多豆禰(やまたづね)むかへかゆかんまちにはまたじ
  三八六 川上のつらつらつばきつらつらに見れどもあかぬこせのはるのは
  三八七 こせ山のつらつらつばきつらつらにおもふなわがせこせの春野を
  三八八 梅の花みやまとしみにありともやかくのみ君は見れどあかにけん
  三八九 たちばなは花にも葉にもみつれどもいやときじくになほしみがほし
  三九〇 山ごしの風をときじみぬるよおちずいへにあるいもをかけてしのびつ
  三九一 たまぢはふかみをばわれはうちすててしゑやいのちのをしけくもなし
  三九二 をとこ神も ゆるしたまへば をむな神も 千羽日(ちはひ)たまひて 
      ときとなく くもゐあめふり云云
  三九三 ますらをのともやたばさみたちむかひいるまとかたは見るにさやけし
  三九四 あしびきの山にも野にもみかり人ともやたばさみみだれたるみゆ
  三九五 あしがきのすゑかきわけて君こゆとひとになつげそことはたななり
  三九六 あしがきの まがきかきわけ てふこすと おひこすと たれかこの事を 
      おやにまうよこしまうしし とどろける このいへの おとよめ 
      おやにまうよこしけらしも あめつちの 神もそうしたまへ 
      われはまうよこしまうさず すがのねの すがなき事を われはきくかな
  三九七 わしのすむ つくばの山の もはきつの そのつのうへに ひきゐきて
      をとめをとこの ゆきあつめ 加賀布嬥歌(かがふかがひ)に 
      ことづまに 我もかよはん わがつまに 人もこととへ この山を 
      うしはく神の むかしより いさめずことを けふのみは 目串もみるな
      こともとがむな
      *    *
     越前守仲実
  三九八 ひとこふるかがひもわをばいとひけりわしのけけなくしらねこゆれど
     常陸防人
  三九九 つくばねにかかなくわしのねのまをかなきわたりなむあふとはなしに
      *    *
  四〇〇 かひがねをさやにもみしかけけれなくよこほりこせるさやの中山
      *    *
     聖徳太子
  四〇一 しなてるや かたをか山に いひにうゑて こやせる たびびとあはれ
      おやなしに なれなりけめや さすたけの きみはやなきも いひにうゑて 
      こやせる そのたびびとあはれ
      *    *
  四〇二 あづま路のさやのなか山中中に見ずはこひしとおもはましやは
  四〇三 玉尅春(たまきはる)内乃大野にこまなめてあさふますらむそのくさふけの
  四〇四 ただにあひてみてはのみこそ霊尅(たまきはる)命に向ふわがこひやまめ
  四〇五 かくしつつあらくをよみにたまきはるみじかきいのちをながくほりする
  四〇六 かくてのみこひしわたればたまきはるいのちもわれはをしけくもなし
  四〇七 たまきはるいのちにかふるわがこひをいかにせよとかたびにゆくらん
  四〇八 霊尅(たまきはる)いのちはしらずまつが枝をむすぶこころはながくとぞおもふ
  四〇九 年切(としきはる)よまでさだめてたのめたる君によりてもことのしげけむ
  四一〇 霊尅(たまきはる) 内限者(うちのかぎりは)謂瞻浮州人寿一百廿年 
      たひらけく やすくもあらむを こともなく もなくもあらむを云云
  四一一 ますかがみ見つといはめやたまきはる石垣淵(いはかきふち)のかくれたるつま
  四一二 たまきはるわがやのうへに立つ霞たちてもゐてもきみがまにまに
      *    *
     武内宿禰
  四一三 あふみのうみせたのわたりにかづくとりたなかみすぎてうぢにとらへつ
      *    *
  四一四 いにしへの野中のし水ぬるけれどもとのこころをしる人ぞくむ
  四一五 いにしへの野中のし水みるからにさしぐむものはなみだなりけり
  四一六 わがためはいとどあさくやなりぬらん野中の清水ふかさまされば
      *    *
     元輔
  四一七 草がくれかれにし水はぬるくともむすびし身にはいまもかわかず
     実方中将
  四一八 我がためはたま井のし水ぬるけれどなほかきやらんとくもすむやと
      *    *
  四一九 おほはらやおぼろのし水よにすまばまたもあひみんおもがはりすな
      *    *
     能宣朝臣
  四二〇 行すゑのいのちもしらぬわかれぢはけふ相坂やかぎりなるらん
     素意
  四二一 みくさゐしおぼろの清水そこすみて心に月のかげはうかぶや
     良暹法師
  四二二 ほどへてや月もうかばんおほはらやおぼろのし水すむなばかりぞ
     をむな
  四二三 おほはらやせがゐの水をむすびあげてあくやととひし人はいづらは
      *    *
  四二四 おほはらや せがゐの水を ひさごもて とりはなくとも あそびてゆかん
      *    *
     基俊
  四二五 いにしへのし水くみにとたづぬれば野中ふるみちしをりだにせず
 
 第十一
 
     母
  四二六 みよしののたのむのかりもひたぶるに君がかたにぞよるとなくなる
     をとこ
  四二七 わが方によるとなくなるみよしののたのむのかりをいつかわすれん
      *    *
  四二八 さかこえてあべのたのむにゐるたづのともしき君はあすさへもがも
      *    *
     一条摂政
  四二九 雲ゐにもこゑききがたき物ならばたのむのかりもちかくなきなん
     女
  四三〇 ことづてのなからましかばめづらしきたのむのかりにしられざらまし
     貫之
  四三一 さをさせどふかさもしらぬふちなればいろをば人もしらじとぞおもふ
      *    *
  四三二 さくらあさのをふのした草はやくおひばいもがしたひもとかざらましを
  四三三 桜麻の苧原(をふ)のした草露しあらばあかしていかんおやはしるとも
      *    *
     躬恒
  四三四 おふれども駒もすさめぬあやめぐさかりにも人のこぬがわびしさ
      *    *
  四三五 山たかみ人もすさめぬさくらばな物なおもひそわれ見はやさん
       又は、里とほみ人もすさめぬ山ざくら
      *    *
     恵慶法師
  四三六 香をとめてとふひとあるを菖蒲草あやしくこまのすさめざりける
     中務
  四三七 むばたまの夜の夢だにまさしくは我がおもふ事を人に見せばや
      *    *
  四三八 烏珠の夜のふけゆけばひさぎおふるきよきかはらにちどりしばなく
  四三九 うばたまの夜わたる月のさやけくはよくみてましを君がすがたを
  四四〇 むば玉のようべはかへるこよひさへ我をかへすなみちのながてを
  四四一 ぬば玉の夜はふけぬらし玉くしげふたかみ山に月かたぶきぬ
  四四二 ぬばたまのよわたる月にあらませば家なるいもにあひてこましを
  四四三 うば玉のくろかみぬれてあは雪のふりてやきますここだこふれば
  四四四 うば玉のくろかみしきてながき夜を手枕のうへにいもまつらんか
  四四五 むば玉のくろかみ山をあさこえて山下露にぬれにけるかな
  四四六 烏玉のひまをわけつつぬきしをのむすびてしよりのちあふものか
  四四七 川の瀬の石迹(いはと)わたりの野干玉(うばたま)の
      黒馬(こま)のくるよはつねにあらぬかも
  四四八 かがり火の影しうつればかは玉のよかはの水のそこも見えけり
  四四九 ぬば玉の月にむかひてほととぎす鳴く音はるけし里とほみかも
  四五〇 むば玉のやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり
  四五一 ふりやめばあとだに見えぬうたかたのきえてはかなき世をたのむかな
  四五二 庭たづみ見もあへずきゆるうたかたのあはれかなしきあめがしたかな
  四五三 うき事は世にふるものを滝津瀬にまさるうたかたたえむものかは
  四五四 おちたぎつ河瀬になびくうたかたもおもはざらめや恋しきものを
  四五五 おもひ川たえずながるる水のあわのうたかた人にあはできえめや
  四五六 庭たづみ木のしたがくれながれずはうたかた花をなみと見ましや
  四五七 うたかたもいひつつもあるか我しあらばつちにはおちじ空にきえなまし
  四五八 はなれそにたてるむろの木うたかたもひさしきときをすぎにけるかな
  四五九 鶯のきなくやまぶきうたかたも君がてふれば花ちりぬかも
  四六〇 あまさがるひなにあるわれをうたかたもひもときさけておもほすらめや
  四六一 うたかたもおもへばかなし世の中を誰うき物としらせそめけん
  四六二 うたかたのむま屋は人をおもひつくにほひ色こくそめてしものを
  四六三 かげろふの春さりくれば作豆(さつ)人の弓月(ゆづき)がたけにかすみたなびく
  四六四 山辺にはさつをのねらひおそろしみをしかなくなりつまのめをほり
  四六五 いくばくの田をつくればかほととぎすしでのたをさをあさなあさなよぶ
  四六六 いもがかど せながかど ゆきすぎかねてや わがゆかば ひぢがさの
      あめもやふらん しでたをさ あまやどり かさやどり やどりてまからん 
      しでたをさ
      *    *
     伊勢
  四六七 しでの山こえてきつらんほととぎす恋しき人のうへかたらなむ
      *    *
  四六八 なのみたつしでのたをさはけさぞなく庵あまたにうとまれぬれば
  四六九 庵おほきしでのたをさを猶たのむ我がすむ里に声したえねば
      *    *
     匡房卿
  四七〇 いとどしく入あひのかねのかなしきにしでのたをさのこゑきこゆなり
      *    *
  四七一 ほととぎすをちかへりなけうなゐこがうちたれがみの五月雨のころ
  四七二 さざ浪の志賀のからさきさちあれどおほみや人の船まちかねつ
  四七三 さざ浪の志賀のさざれなみしきしくにつねにと君がおもはざりける
      *    *
     紀中納言長谷雄
  四七四 さざ浪のよする海辺に宮はじめよよにたえぬか君がみのちは
     琳賢
  四七五 難波がたさざ浪よする浦風はてるみな月もすずしかりけり
     師俊卿
  四七六 水鳥の羽かぜにさわぐさざなみのあやしきまでにぬるるそでかな
      *    *
  四七七 さざ浪の大山もりは誰がためか山にしめゆふ君もあらなくに
  四七八 さざ浪のくにつみ神の浦さびてあれたるみやこ見ればさびしも
  四七九 さざなみや比良の山風海ふけばつりするあまの袖かへる見ゆ
  四八〇 神楽声浪(さざなみ)のしがつの浦の舟のりにのりにし心つねにわすれず
  四八一 楽浪のしがのおほわだよどむともむかしの人に又もあはめやも
  四八二 神楽波のしがつのあまは我なしにかづきはなせそ浪たたずとも
  四八三 さざ浪のなみくら山に雲ゐては雨ぞふるてふかへれわがせこ
      *    *
     人丸
  四八四 さざ浪や大津の宮はあれはてて霞たなびきみやもりもなし
      *    *
  四八五 さざなみや しがのからさき みしねつく をみなのよさや いとこせにせん
      *    *
 
 第十二
 
      *    * 
  四八六 神風やいせのはまをぎをりふせてたびねやすらんあらき浜辺に
  四八七 渡会の 斎宮に 神風に い吹迷ひし あまぐもを 日の目も見せず 
      とこやみに おほひたまひて云云
      *    *
     経信卿
  四八八 君が代はつきじとぞおもふ神風やみもすそ川のすまむかぎりは
      *    *
  四八九 神風のいせのくににもあらましをなににかきけん君もあらなくに
  四九〇 山の辺の三井をみがへり神風のいせのをとめらあひみつるかな
      *    *
     読人しらず
  四九一 神風やいせの浦わにしきよするとこよのなみや君が代のかず
     輔親 
  四九二 わぎもこがみもすそ河のきしにおふる人をみつつのかしはとをしれ
      *    *
  四九三 さきもりのほりえこぎいづるいつて舟かぢとるまなくこひはしげけむ
      *    *
     家持
  四九四 ほり江こぐ伊豆手の船のかぢつくめおとしばたちぬみをはやみかも
      *    *
  四九五 いざここに我がよはへなんすがはらやふしみのさとのあれまくもをし
  四九六 すがはらやふしみのくれに見わたせば霞にまがふをはつせのやま
  四九七 すがはらやふしみのさとのあれしよりかよひし人のあとも絶えにき
  四九八 巨椋(おほくら)の入江ひびくなり射目(いめ)人の伏見が田井にかりわたるらし
  四九九 もがみ河のぼればくだるいなぶねのいなにはあらずこの月ばかり
      *    *
     故六条修理大夫
  五〇〇 鴫のふすかり田にたてるいなぐきのいなとはひとのいはずもあらなん
      *    *
  五〇一 もがみ河ふかきにあへずいなぶねの心かろくもかへりけるかな
      *    *
     せうそくかよはしける女
  五〇二 ながれよるせぜの白浪あさければとまるいなぶねかへるなるべし
      *    *
  五〇三 あふみぢの鳥籠(とこ)の山なる不知哉(いさや)川気のころごろは恋ひつつもあらむ
  五〇四 狗上(いぬがみ)の鳥籠(とこ)の山なる不知也(いさや)
      河不知二五寸許瀬(いさとをきこせ)わがな告奈(つげすな)
      *    *
     あめのみかど
  五〇五 いぬがみの床の山なるいさら川いさとこたへよわが名もらすな
     あふみのうねべ
  五〇六 山科のおとはの山のおとにだに人のしるべくわがこひめやは
      *    *
  五〇七 わがかどのいささを川のまし水のましてぞ思ふ君ひとりをば
  五〇八 かのみゆる池辺にたてるそが菊のしがみさえだの色のてこらさ
  五〇九 野辺みればやよひの月のはつかまでまだうらわかきさいたづまかな
  五一〇 うらわかみねよげにみゆるわか草を人のむすばんことをこそおもへ
  五一一 うらわかみ花さきがたき梅をうゑて人ごとしげみ思ひをぞする
  五一二 山どりの乎呂(をろ)の波都乎(はつを)に加賀美(かがみ)かけ
      となふべみこそなによそりけめ
  五一三 おもへども思ひもかねつあしびきの山鳥のをのながきこのよを
  五一四 足引の山鳥のをの一をこえひとめ見しだにこふべきものか
      *    *
     人丸
  五一五 あしびきの山どりの尾のしだりをのながながしよをひとりかもねん
      *    *
  五一六 にはつ鳥かけのたれをのみだれをのながきこころもおもはざるかも
  五一七 ひるはきてよるはわかるる山どりの影みるときぞ音はなかれける
  五一八 山鳥のをろのなが尾にかがみかけとなふべみこそなによそりけめ
      *    *
     俊頼
  五一九 山鳥のはつをのかがみかげふれてかげをだに見ぬ人ぞ恋しき
      *    *
  五二〇 にひた山ねにはつかななわによそりはしなるこらはあやにかなしも
  五二一 ほのぼのとあかしの浦の朝ぎりに島がくれ行く舟をしぞおもふ
  五二二 おほみふねきほひてさすふたかしまのみをのかつののなぎさしぞおもふ
  五二三 いかご山野辺にさきたる萩みれば君がやどなるを花しぞおもふ
  五二四 昨日こそふなではせしか伊佐魚(いさご)とる
      比治奇(ひぢき)のなだをけふみつるかな
  五二五 あふときはますみのかがみはなるれば響のなだの浪もとどろに
      *    *
     忠見集(忠見)
  五二六 としをへてひびきのなだにしづむ舟浪のよするをまつにぞありける
 
 第十三
 
      *    *
  五二七 いかばかり よきわざしてか あまてるや ひるめの神を しばしとどめむ
  五二八 ささのくまひのくま川に駒とめてしばし水かへよそにだにみん
  五二九 いづこにか こまをつながむ あさひこが さすやをかべの 玉ざさのうへに
  五三〇 左檜隈檜隈河にこまとどめしばし水かへわれよそにみん
  五三一 さいばりに ころもはそめん あめふれど うつろひがたし ふかくそめてば
      *    *
  

     上野防人
  五三二 いかほろのそひのはりはらわがきぬにつきよらしめよひたへとおもへば
      *    *
  五三三 時ならぬまだらころもはきほしきかしまの針原ときにあらずとも
  五三四 おもふこのころもすらんににほひせよしまのはぎ原秋たたずとも
  五三五 いそのかみふるのなかみちなかなかに見ずは恋しとおもはましやは
  五三六 石上ふるとも雨にさはらめやまたんといもがいひてしものを
  五三七 いそのかみふりにし恋のかみさびてたたるにしあればいぞねかねつる
  五三八 いそのかみならのみやこのはじめよりふりにけりともみゆるころもか
      *    *
     素性法師
  五三九 いそのかみふるき都のほととぎす声ばかりこそむかしなりけれ
      *    *
  五四〇 たるひめのうらをこぐ舟かぢまにもならのわぎへをわすれておもへや
  五四一 わがいへは とばり帳も たれたるを おほきみきませ むこにせん 
      みさかなに なによけん あはびさだをか かせよけん
  五四二 すみのえの小集楽(をへら)にいでてうつつにもおのがめすらをかがみとみつも
  五四三 はぎの花をばなくずばななでしこの花をみなへしまたふぢばかまあさがほの花
  五四四 さをしかのいる野の薄はつを花いつしかいもが手枕にせん
  五四五 秋ののにさきたる花を手ををりてかきかぞふれば七種のはな
  五四六 八千種に草木をうゑて秋ごとにさかむ花をしみつつしのばん
  五四七 秋の野のをばなにまじり咲く花の千草に物をおもふころかな
      *    *
     家持
  五四八 あきののに今こそゆかめもののふのをとこをみなのはなにほひ見に

     躬恒
  五四九 わびしらにましこななきそ足引の山のかひあるけふにやはあらぬ
     俊頼
  五五〇 たかのみこいともかしこくみましけるさるまろをしとひきたててとや
      *    *
  五五一 なにはがたかりつむあしのあしづつのひとへに君がわれやへだつる
  五五二 恋せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも
  五五三 かすがののまつしかれずはみたらしの河のながれはたえじとぞおもふ
      *    *
     匡房卿
  五五四 かみ山のふもとをとむるみたらしのいはうつ波やよろづ代の数
     家持
  五五五 あまさがるひなのみやこにあめひとしかくこひすらばいけるしるしあり
      *    *
  五五六あふことのなぎさによするにほのすのうきみしづみみ物をこそおもへ
      *    *
     伯母の集(伯母)
  五五七 ふみ見けるにほのあとさへをしきかな氷のうへにふれるしら雪
      *    *
  五五八 うちわびておちぼひろふときかませばわれもたづらにゆかましものを
      *    *
     女
  五五九 あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけん人のおとづれもせぬ
     心づきて色好みなりける男
  五六〇 むぐらおひあれたる宿のわびしきはかりにもおにのすだくなりけり
      *    *
  五六一 あたらしきとしのはじめにかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ
      *    *
     六位以下人等
  五六二 あたらしきとしのはじめにかくしこそつかへまつらめよろづ代までに
      *    *
  五六三 おそはやもなほこそまためむかつをのしひのこやでのあひはたがはじ
  五六四 おそはやも君をしまたんむかつをのしひのさえだのときはすぐとも
  五六五 なりたづにふなのりせむと月まてばしほもかなひぬいまはこぎこな
  五六六 おもふゑにあふ物ならばしましくもいもがめかれてあれをらめやも
  五六七 つくしぢのかたのおほしましましくもみねば恋しきいもをおきてきぬ
  五六八 わがせこがふるいへのさとのあすかにはちどりしばなくしままちかねて
  五六九 たまのをの島こころにやとし月のゆきかはるまでいもにあはざらん
  五七〇 ももとせにひととせたらぬつくもがみわれをこふらしおもかげにみゆ
  五七一 あふみなるつくまのまつりはやせなんつれなき人のなべのかずみん
      *    *
     をとこ
  五七二 やましろのゐでの玉水てにくみてたのみしかひもなきよなりけり
     俊成卿
  五七三 ときかへしゐでのしたおびゆきめぐりあふせうれしき玉川のみづ
     其宮の隣をとこ
  五七四 いでていなばかぎりなるべみともしけちとしへなぬかとなくこゑをきけ
     源の致
  五七五 いとあはれなくぞきこゆるともしけちきゆるものとも我はしらずや
      *    *
  五七六 近江の海夕なみちどりながなけば心もしぬにいにしへおもほゆ
  五七七 よぐたちにねざめてきけばかはせとめこころもしぬになくちどりかも
  五七八 梅の花かをかぐはしみとほけれど心もしぬに君をしぞおもふ
  五七九 夕づくよ心もしぬにしら露のおくこのにはにきりぎりすなく
  五八〇 よぐたちてなく河ちどりうべしこそむかしの人も之奴比(しぬび)きにけれ
  五八一 朝霞かひ屋がしたになくかはづしぬびつつありとつげむこもがも
  五八二 葦引の山した日かげかづらけるうへにやさらにむめを之努(しぬ)ばん
  五八三 秋の穂を之努爾押靡(しのにおしなみ)おく露の
      けかもしなましこひつつあらずは
  五八四 我がやどのを花おしなみおく露にてふれわぎもこちらまくもみん
  五八五 いなみののあさぢおしなみさねし夜のけながくあればいへししのぶる
  五八六 めひのののすすきおしなべふる雪にやどかるけふしかなしくおもはゆ
  五八七 朝霧にしぬぬにぬれてよぶこ鳥みふね山よりなきわたるみゆ

  五八八 ききつやと君がとはせるほととぎす
      小竹野(しのの)にぬれてここに鳴きわたる
  五八九 たらちねのははがめみずておぼぼしくいづちむきてかあがわかるらん
  五九〇 こもりのみをれば鬱悒(おぼぼし)なぐさむと
      いでたちきけばきなくひぐらし
  五九一 ひさかたのあめのふるひをただひとり山辺にをれば鬱(いぶ)せかりけり
  五九二 はしきやしおきなのうたにおぼぼしきここののこらやかまけてをらん
  五九三 くにとほきみちのながてをおぼぼしくけふやすぎなんこととひもなく
  五九四 うめるをををみのおほきみあまなれやいらごのしまの玉藻苅食(かりしく)
  五九五 すみよしのなごのはま辺にむまたてて玉ひろひしくつねわすられず
  五九六 はる山のさきのをすぐろにわかなつむいもがしらひも見しくともしも
      *    *
     俊頼
  五九七 もとめづかおまへにかかるしばぶねのきたげになれやよるかたもなし
     女
  五九八 すみわびぬわがみなげてん津の国のいくたの海はなにこそありけれ
     伊勢の御息所
  五九九 かげとのみ水のしたにてあひみれどたまなきからはかひなかりけり
      *    *
  六〇〇 ながきよに しるしにせんと とほきよに かたりつがむと 処女墓 
      なかに作りおく 男づか こなたかなたに つくりおける云云
  六〇一 いにしへのささだをのこのつまどひし菟会をとめの奥城ぞこれ
  六〇二 あしの屋のうなひをとめの奥槨(おくつき)をゆきくとみてはなきのみぞなく
  六〇三 つかのうへのこのえなびけりきくがごと
      陳努壮士(ちぬをとこ)にしよるべけらしも
      *    *
 
 第十四
 
      *    *
  六〇四 わぎもこにあはでひさしく馬下(むました)のあべたちばなの苔おふるまで
  六〇五 小車のにしきのひもをときたれてあまたねもせず君ひとりなり
  六〇六 小車のまひてにほひのたえせずはにしきのひもをとかむとぞおもふ
  六〇七 をぐるまのにしきのひものとけんとき君もわするな我もわすれじ
  六〇八 しのぶべしむすびもあへず小車のよひよひごとにとくるしたひも
  六〇九 小車のわづかに床はみつれども錦のひもはとかでかへりぬ
  六一〇 をぐるまにしきの ひもとかむ よをしのばきよな われしのばきよ 
      われしのばきよ まさいねてけらし
      *    *
     源重之
  六一一 なつかりの玉江のあしをふみしだきむれゐる鳥の立つそらぞなき
     源重之
  六一二 なつかりのをぎのふるえもかれにけりむれゐし鳥のそらにや有るらん
      *    *
  六一三 三島江の玉えのこもをしめしよりおのがとぞおもふいまだからねど
      *    *
     小野篁
  六一四 おもひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせんとは
      *    *
  六一五 伊勢の海のあまのつりなは打ちはへてくるしとのみやおもひわたらん
      *    *
     山上憶良
  六一六 あまさがるひなにいつとせすまひつつみやこのてぶりわすられにけり
     新羅の使
  六一七 あまさがるひなにも月はてれれどもいもぞとほくはわかれ来にける
     家持
  六一八 あまさがるひなに月へぬしかれどもゆひてしひもをときもあけなくに
     人丸
  六一九 あまさがるひなの長道をこひくればあかしのとよりやまとしまみゆ
      *    *
  六二〇 みちのくのとふのすがごもななふには君をねさしてみふにわれねん
      *    *
     俊頼
  六二一 あらしのみたえぬ太山にすむ民はいくへかしけるとふのつかなみ
      *    *
  六二二 奥山のすがの葉しのぎふる雪のけなばはたをし雨なふりこそ
  六二三 おく山のすがのねしのぎふる雪のけぬとかいはん恋のしげきに
  六二四 おく山の槙の葉しのぎふる雪のいつとくべしと見えぬ君かな
  六二五 こらがてをまきもく山に春さればこのはしのぎて霞たなびく
  六二六 いはせのに秋はぎしのぎこまなめてはつとがりだにせでやわかれん
  六二七 きみにこひうらぶれをればしきの野の秋はぎしのぎさをしかなくも
  六二八 秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふきりぎりすなく
  六二九 きりぎりすつづりさせとはなきをれどむらぎぬもたる我はききいれず
  六三〇 ながれてはいもせの山の中におつるよしのの河のよしや世の中
  六三一 せの山にただにむかへるいものやまことゆるすやもうちはしわたる
  六三二 これやこのやまとにしては我がこふるきぢにありてふ名におふせの山
  六三三 わぎもこに我がこひゆけばともしくもならびゐしかも妹与勢能山(いもとせのやま)
  六三四 おほなむちすくなみ神のつくりたるいもせの山を見ればしよしも
  六三五 木道(きぢ)にこそ妹山ありといへ櫛上の二上山も妹こそありけれ
  六三六 むつまじきいもせの山の中にさへへだつる雲のはれずもあるかな
  六三七 むつまじきいもせの山としらねばやたつ秋ぎりの中をへだつる
      *    *
     雅親
  六三八 恋ひわびて落つるなみだのたまならばちはこのかずにすぎやしなまし
     俊頼朝臣
  六三九 とへかしなたまぐしのはにみがくれてもずの草ぐき眼路ならずとも
      *    *
  六四〇 をとめごが玉くしげなるたまぐしのめづらしげなるいもにあはんあれは
      *    *
     良暹
  六四一 みがくれてすだくかはづのもろごゑにさわぎぞわたる池のうき草
     安法
  六四二 あまくだるあらひと神のあひおひを(おひあそひ)おもへばひさしすみよしの松
      *    *
  六四三 すべらぎもあらひとがみもなごむまでなきける森のほととぎすかな
  六四四 おもひいづやなき名をたつはうかりきとあらひと神もありしむかしを
  六四五 いで我を人なとがめそおほぶねのゆたのたゆたに物おもふころを
  六四六 わがこころ湯谷絶谷(ゆたにたゆたに)浮蓴(うきぬなは)
      辺(へ)にも奥(おき)にもよりやかねまし
      *    *
     長能
  六四七 よきことをゆたにたゆたにつくるともひとことをしるまさらざりけり
      *    *
  六四八 おほ浦のそのなが浜による浪の寛(ゆた)にや君をおもひはてつる
  六四九 うなばらのみちにのりてやわが恋をらん大ふねのゆたにあるらん人のこゆゑに
  六五〇 いほはらのきよみがさきのみほの浦の寛(ゆた)に見えつつ物おもひもなし
      *    *
 
 第十五
 
      *    *
  六五一 かしはぎのゆはたそむてふむらさきのあはんあはじははひのこころに
  六五二 むらさきははひさすものぞつばいちのやそのちまたにあへるこやたれ
      *    *
     故将作
  六五三 としひさにゆはたのきぬをとりしでて神にぞまつる君にあはんため
      *    *
  六五四 つくばねのこのもかのもにかげはあれど君が御かげにますかげぞなき
  六五五 つくば山 端山重山 しげきをぞ たがこもかよふ したにかよへ 
      わがつまはしたに
      *    *
     能宣
  六五六 故郷に秋ぞきにけるさほ山のこのもかのもも色付きにけり
      *    *
  六五七 山風のふきのまにまにもみぢ葉はこのもかのもにちりぬべらなり
      *    *
     大宮右衛門佐
  六五八 紅葉ばは今は木ずゑにあらし山このもかのもにちりしきにけり
      *    *
  六五九 かひがねの しろきはゆきか いなをさの かひのけ衣 さらすてづくり
      *    *
     常陸防人
  六六〇 つくばねにゆきかもふらるいなてかもかなしきころがにぬほさるかも
     武蔵防人
  六六一 玉川にさらすてづくりさらさらになにぞこのこのここだかなしき
      *    *
  六六二 をちかたにしろきはなにぞいなをそがしがひのくさのさらすてづくり
  六六三 わすれ草わがひもにつくときとなく思ひわたればいけりともなし
  六六四 わすれ草何をかたねとたづぬればつれなき人のこころなりけり
  六六五 住吉とあまはいふともながゐすな人わすれ草おふといふなり
  六六六 わすれ草たねとらましをあふことのいとかくかたきものとしりせば
      *    *
     業平
  六六七 わすれ草おふる野辺とは見るらめどこはしのぶなりのちもたのまむ
      *    *
  六六八 我がやどの軒のしのぶにことよせてやがてもしげるわすれ草かな
      *    *
     俊頼
  六六九 わすれ草しげれるやどを来てみればおもひのきよりおふるなりけり
      *    *
  六七〇 わがやどの軒のした草おふれどもこひわすれ草みれどまだおひず
  六七一 ひとりのみながめふる屋のつまなれば人をしのぶの草ぞおひける
  六七二 ひさかたのはにふのこやにこしあめふりとこさへぬれぬ身にそへわがいも
  六七三 ゆのはらになくあしたづはわがごとやいもにこふれやときわかずなく
  六七四 あし辺なみたづのみなきてうしほ風さむく吹くらんつをのさきはも
  六七五 和歌の浦にしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
  六七六 たづがなきあし辺をさしてとびわたるあなたづたづしひとりさぬれば
  六七七 いそざきをこぎまひ行けばあふみのうみやそのみなとに鵠(たづ)さはになく
  六七八 あさりすといそにすむつるあけゆけば浦風さむみおのがつまよぶ
  六七九 旅人のやどりせん野に霜ふらばわがこはぐくめあまのつるむら
  六八〇 島づたひとしまのさきをこぎまへばやまとこひしくつるさはになく
  六八一 ますらをのはとふく秋のおとたててとまれと人をいはぬばかりぞ
      *    *
     曾丹
  六八二 まぶしさしはとふく秋の山人はおのがすみ家をしらせやはする
     顕季卿
  六八三 朝まだきたもとに風のすずしきははとふく秋になりやしぬらん
     仲実朝臣
  六八四 まぶしさすさつをの身にもたへかねてはとふく秋のおとたてつなり
      *    *
  六八五 名にしおへばたのみぬべきをなぞもかくあふぎゆゆしとなづけそめけん
      *    *
     女
  六八六 ゆゆしとていむとも今はかひもあらじうきをばたれにおもひよせてん
     三条の右の大臣
  六八七 ゆゆしとていみけるものをわがためになしといはぬはつらきなりけり
      *    *
  六八八 人をのみうらむるよりはこころからこれいまざりしつみとおもはん
      *    *
     公任卿集(公任)
  六八九 扇をばゆゆしとのみぞおもひこしけふはかひあるかたみなりけり
     新羅使
  六九〇 たらし姫みふねはてけん松浦の海いもが待つべきつきはへぬとも
     俊頼
  六九一 いつはりのちかひならねば君が代をおほたらしめにまかせてぞ見る
      *    *
  六九二 かるうすは田盧(たぶせ)のもとに我がせこはにふぶにゑみてたちませるみゆ
  六九三 ただならずいほしろ小田をかりみだり田盧をみればみやここひらる
  六九四 玉ぎぬのさゐさゐしづむいへのいもにものいはずきておもひかねつも
  六九五 ありぎぬのさゑさゑしづみ家のいもにものいはずきておもひくるしも
  六九六 いのちをしまたくしあらばありぎぬのありて後にもあはざらめやも
  六九七 いにしへの人ののまする吉備のさけやもはばすべくぬきすたばらん
      *    *
     紀女郎
  六九八 あぬがためわがてもすまに春の野にぬけるつばなをみけてこえませ
     家持
  六九九 わが君にけぬはこふらしたまひたるつばなをくへどいややせにやす
      *    *
  七〇〇 ひるはさきよるはこひぬるねぶりの木きみのみみむや和気さへに見よ
  七〇一 志賀のあまの礒にかりほす名告藻(なつげも)の名は告げてしをなぞあひがたき
  七〇二 あさりすといそにわが見し莫告藻(なのりそ)をいづれの島のあまかかるらん
  七〇三 住吉のしきつの浦のなのりそのなは告げてしをあはぬもあやし
  七〇四 みさごゐるあら礒におふる勿謂藻(なのりそ)のよき名はつげずおやはしるとも
  七〇五 紫のなだかの浦のなのりその礒になびかむとき待つわれを
  七〇六 飛鳥川瀬瀬のたまもの打ちなびきこころはいもによりにけるかな
  七〇七 紫のなだかの浦のなびきものこころはいもによせてしものを
  七〇八 月も日もあらたまれどもひさにふるみむろの山のとつみやどころ
  七〇九 よそに見しまゆみのをかも君ませば
      常都御門(つねつみかど)と宿(とのゐ)するかも
  七一〇 ほのみてもめなれにけりと聞くからにふしはしりこそしぬべかりけれ
  七一一 ふしおきてわれはこひのむあざむかずただにゐ行きてあまぢしらしめ
      *    *
     貫之
  七一二 くろかみとゆきとの中のうきみればともかがみをもつらしとぞおもふ
     貫之
  七一三 ふりそめて友まつ雪はむばたまのわがくろかみのかはるなりけり
     兼輔卿
  七一四 黒かみの色ふりかはる白雪のまちつる友はうとくぞありける
     兼輔
  七一五 年ごとにしらがの数のます鏡みつつぞ雪の友はしらるる
      *    *
  七一六 わぎもこがよとでのすがたみてしより心そらなりつちはふめども
      *    *
     崇徳院
  七一七 たづのこがよとでのすがた見てしよりしゑやいのちはあふにかへてき
      *    *
  七一八 てるさつが手にまきもたるたまもがもそのをはかへて我がたまにせん
  七一九 にひむろの踏静子(ふむしづけこ)が手玉なる
      そのたまのごとてりたるきみをうちにとまうせ
  七二〇 伊勢の海のあまの島つがあはびだにとりてのちもかこひのしげけん
  七二一 みちのくのあだたらまゆみつるすげてひかばかひとのわがことなさん
      *    *
     陸奥防人
  七二二 あだたらのねにふすししのありつつもあれはいたらんほどなさりそね
      *    *
  七二三 川上のねじろたかがやあやにあやにさねさねてこそことにでにしか
  七二四 をかによせわがかるかやのさねかやのまことなごやはねろとへなかも
  七二五 いはづなのまたわかえつつあをによしならの都をまたも見んかも
  七二六 あめにはも五百都綱(いほつつな)はふよろづ代にくにしられんといほつ綱はふ
      *    *
     相模防人
  七二七 ももつしまあしがらをぶねあるきおほみめこそかるらめこころはもへど
      *    *
  七二八 しののめのほがらほがらとあけ行けばおのがきぬぎぬなるぞわびしき
  七二九 夏の夜のふすかとすれば郭公なく一声にあくるしののめ
  七三〇 あさがしはぬるやかはべの小竹之眼(しののめ)のおもひてぬれば夢に見えくる
  七三一 あきがしはぬるわかはべの細竹目(しののめ)に人もあひみずつまなきかちに
  七三二 あひみまくあきたらずとも稲目(いなのめ)のあけゆきにけりふなでせんいも
      *    *

 第十六
 
     貫之
  七三三 人しれず物おもふときは津国のあしのしじねのしじねやはする
      *    *
  七三四 みの山に しじに生ひたる 玉柏豊明に あふがたのしさ
      *    *
     俊頼朝臣
  七三五 つくしぶねうらみをつみてもどるには葦屋にねてもしじねをぞする
     俊頼
  七三六 はたけふにきびはむしじめしじねしてかしましきまで世をぞうらむる
      *    *
  七三七 天の川水陰草の秋風になびくをみれば時はきぬらし
  七三八 山川の水陰におふる山すげのやまずもいもがおもほゆるかな
  七三九 久かたの天の河原にぬえ鳥のうらなげきつつともしきまでに
  七四〇 七夕の袖つく夜半のあかつきは河瀬のたづはなかずともよし
  七四一 山のはの左佐良榎壮子(ささらえをとこ)天の原とわたる光みらくしよしも
  七四二 あめにます月読壮子幣はせんこよひの長さ五百夜つぎこそ
  七四三 みそらゆく月よみをとこゆふさらずめにはみえねどよるよしもなき
  七四四 天の原みちとほみかも月よみのひかりすくなし夜はふけにつつ
  七四五 月読の光にきませ足引の山をへだてて遠からなくに
  七四六 あまのうみ月のふねうけかつらかぢかけて漕ぐみゆつき人をとこ
  七四七 おほぶねにまかぢしじぬきうな原をこぎいでてわたる月人をとこ
  七四八 天の原ゆきてやいむとしらま弓ひきてかくせる月人をとこ
  七四九 秋風のきよき夕にあまの河舟こぎわたる月ひとをとこ
  七五〇 ゆふづつも行きかふそらのいつまでかあふぎて待たん月人をとこ
  七五一 秋風のふくにつけてもあなめあなめをのとはならじすすき出でけり
      *    *
     小町が姉
  七五二 ときすぎてかれ行く小野の浅茅にぞ今はおもひのたえずもえける
      *    *
  七五三 はしきやしまぢかきことの君みんと大能備にかも月の照りたる
  七五四 おほぬさの引く手あまたに成りぬればたえぬものからうれしげもなし
  七五五 とぶさたてあしがら山にふな木きりきにきりかへつあたらふな木を
  七五六 我が思ふみやこの花のとぶさゆゑ君も下枝のしづこころあらじ
      *    *
     恵慶
  七五七 奥山にたてらましかばなぎさこぐ船木も今はもみぢしなまし
      *    *
  七五八 うつたへにあまたの人はありと云ふを分きて我しもよるひとりぬる
  七五九 さかきにもてはふるといふをうつたへにひとづまといふはふれぬものかは
  七六〇 うつたへにまがきのすがた見まほしみゆかんといへや君をみにこそ
  七六一 うつたへに鳥ははまねどつなはへてもらまくほしき梅の花かも
  七六二 わぎもこがやどの籬を見にゆかんけだしかどよりかへしてんかも
      *    *
     家持
  七六三 あゆの風いたく吹くらしなごの海人の釣する小船こぎかへるみゆ
     吉野国樔
  七六四 くずひとの若なつむらん司馬(しめ)の野のしばしば君をおもふこのごろ
      *    *
  七六五 あすからはわかなつまんと標之野(しめのの)に昨日もけふも雪はふりつつ
      *    *
     上総防人
  七六六 には中のあすはの神に小柴さしあれはいははんかへりくまでに
     俊頼朝臣
  七六七 今更にいもかへさめやいちしるきあすはの神に小柴さすとも
      *    *
  七六八 しほがれのみつのあまめの久具津(くぐつ)もて玉もかるらんいざゆきてみん
  七六九 君がため山田のさはに恵具(ゑぐ)つむと雪消の水にもすそぬらしつ
      *    *
     俊頼朝臣
  七七〇 をがみがはうきつにはゆるゑごのうれをつみしなへてもそこのみためぞ
     仲実朝臣
  七七一 心ざしふかきみたににつみためていしみゆすりてあらふ根芹か
      *    *
  七七二 足曳の山沢佪具(ゑぐ)をつみてこんひたにもあはんおやはいふとも
  七七三 をふの浦に片枝さしおほひなる梨のなりもならずもねてかたらはん
  七七四 小山田の池のつつみにさすやなぎなりもならずもなどふたりはも
  七七五 五月雨になへひきううるたごよりも人をこひぢに我ぞぬれぬる
  七七六 あやめぐさかけし袂のねをたえて更に恋路にまどふころかな
  七七七 なぞもかく恋路にたちて菖蒲草あまり長引く五月なるらん
  七七八 逢ふ事をいなおほせ鳥のをしへずは人を恋路にまどはざらまし
  七七九 紫の帯のむすぶもとくも見ずもとなやいもに恋ひわたりなん
  七八〇 わぎもこがゑまひまびきの面影にかけつつもとなおもほゆるかな
  七八一 旅にして物おもふときにほととぎすもとなななきそ我が恋まさる
  七八二 小夜中に友よぶち鳥物おもふとわびをるときになきつつもとな
  七八三 あひおもはぬいもをやもとなすがのねのながき春日を思ひくらさん
  七八四 もだもあらん時もなかなんひぐらしの物思ふ時になきつつもとな
  七八五 春さればつまをもとむと鶯の梢をつたひ鳴きつつもとな
  七八六 しはすには沫雪ふるとしらぬかも梅の花さくつつみてあらで
  七八七 ふる雪はあはになふりそよごもりのゐかひのをかのせきにせまくも
  七八八 さほ川に氷わたれる宇須良婢(うすらひ)のうすきこころを我がおもはなくに
  七八九 吾が宿のすももの花は庭にちるはだれのいまだのこりたるかも
  七九〇 ささの葉にはだれふりおほひけなばかもこひんといはばまして思はん
  七九一 吉野川石跡柏のときはなる我はかよはん万代までに
      *    *
     曾丹
  七九二 よごのうみにきつつなれけん乙女子があまのは衣ほしつらんやぞ
     庶明
  七九三 古もちぎりてけりなうちはぶきとびたちぬべし天のは衣
     九条殿
  七九四 おもひきや君が衣をぬぎし時わかむらさきの色をきんとは
      *    *
  七九五 みこしをかいくその代代にとしをへて今日の御幸を待ちてみつらん
      *    *
     京極大殿
  七九六 ちはやぶるいつきの宮のありす河松とともにぞかげはすむべき
      *    *
  七九七 おとにきくいつきのみやのありす河ただふなをかのわたりなりけり
      *    *
     中院入道右大臣
  七九八 ありす河おなじながれと思へどもむかしのかげのみえばこそあらめ
     躬恒
  七九九 いさしらずみつねはここにありす川君が御幸にけふこそは見れ
     下総防人
  八〇〇 にほどりのかつしかわせをにへすとも其かなしきをとにたてめやも
     俊頼朝臣
  八〇一 こりはてぬにへのはつかりあさにする宿にもあらで人返しけり
     隆源
  八〇二 はつかりのにへのひるげのつかなりと穂かけぞすべきいかがかへさん
     宮内卿藤原元良
  八〇三 植ゑしとき契やしけん武隈の松をふたたびあひみつるかな
     能因
  八〇四 武くまの松はこのたび跡もなし千年をへてや我はきつらん
     橘季通朝臣
  八〇五 たけくまの松は二木をみやこ人いかにととはばみきとこたへん
     禅林寺大僧正深覚
  八〇六 たけくまの松は二木をみきといはばよくよめるにはあらぬなるべし
     橘為仲朝臣
  八〇七 ふるさとへわれはかへりぬたけくまの松とはたれにつげよとか思ふ
      *    *
  八〇八 われのみやこもたりといへばたけくまのはなはにたてる松も子もたり
  八〇九 われのみやこもたりてへば高砂のをのへにたてる松も子もたり
      *    *
     重之
  八一〇 武くまのはなはにたてる松だにもわがごとひとりありとやはきく
      *    *
  八一一 玉勝間あはんといふはたれなるかあへるときさへおもがくれする
  八一二 たまかつままつゆふぐれのまきの戸はおとなふさへぞ人だのめなる
  八一三 玉勝間安倍島山の夕つゆに旅ねしかねつ長きこの夜を
  八一四 玉勝間島熊山の夕暮にひとりか君が山路こゆらん
      *    *
 
 第十七
 
      *    *
  八一五 いは代の野中にたてるむすびまつこころもとけずむかしおもへば
      *    *
     有間皇子
  八一六 岩代のはま松がえをひきむすび真幸(マサシク)あらば又かへりこん
     人麿
  八一七 後みんと君がむすべるいは代の小松がうれを又みけんかも
     河島皇子
  八一八 白浪のはま松がえの手向草いく代までにか年のへぬらん
      *    *
  八一九 みづがきの 神の御代より 篠の葉を たぶさととりて あそびけらしも
      *    *
     俊頼
  八二〇 手向草しげきたまえのそなれ松代にひさしきも君がためとぞ
     能因法師
  八二一 春日山いはねの松は君がため千とせのみかは万代ぞへむ
     資仲弁
  八二二 いは代の尾上の風にとしふれど松のみどりはかはらざりけり
     家持
  八二三 やち草の花はうつろふときはなる松のさ枝をわれはむすばん
     能因
  八二四 さざ浪や志賀の山越せし人にあふここちする花ざくらかな
     貫之
  八二五 あづさ弓はるの山辺を越えくればみちもさりあへず花ぞちりける
      *    *
  八二六 山川に風のかけたるしがらみはながれもあへぬ紅葉なりけり
  八二七 白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそみれ
      *    *
     貫之
  八二八 むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな
     順集(順)
  八二九 山おろしの風に紅葉の散行けばさざ浪ぞまづ色づきにける
     順集(順)
  八三〇 名をきけばむかしながらの山なれどしぐるるころは色かはりけり
     頼基集(頼基)
  八三一 なにおへどなれるもみえず瓜生ざか春の霞のたてるなりけり
     橘成元
  八三二 桜花みちみえぬまでちりにけりいかがはすべきしがの山越
      *    *
  八三三 ひさかたのみやこをおきて草まくら旅行く君をいつとかまたん
      *    *
     をひの男
  八三四 わがこころなぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月をみて
     貫之
  八三五 月かげをあかずみるともさらしなの山のふもとにながゐすな君
     範永朝臣
  八三六 これやこの月みるたびに思ひけるをばすて山のふもとなるらん
     済慶律師
  八三七 おもひでもなくてや我が身やみなましをばすて山の月みざりせば
     公任卿
  八三八 おぼつかなうるまの島の人なれやわがことのはをしらぬがほなる
     公実卿
  八三九 逢坂の関路にけふや秋の田のほさかの駒をつむつむと引く
      *    *
  八四〇 わがきものながるる滝のむするこゑきこえやすらんしひのをのきし
  八四一 泣くなみだ雨とふらなんわたり川水まさりなばかへりくるがに
  八四二 なかとみのあまのすがそをたつみそぎ祈りし神はけふのためこそ
  八四三 みやじろのすかへにたてるかほがはななさきいでそねこめてしのばん
  八四四 榊葉に 木綿とりしでてたがよにか 神のいがきを いはひそめけん
      *    *
    家持
  八四五 なかとみのふとのりごとといひはらへあがふいのちもたがためになれ
      *    *
  八四六 もろこしの屏風の絵にもみててあればわがすべかみのにはたちのよさ
  八四七 かみかたにいせへわれゆく帰るさにもはも待つらん門さすなゆめ
  八四八 ちはやぶるかもの祭の玉かづらたえずおもへばあふひありなん
  八四九 感ありて人のまうづるくらま山おこなふ法はそはかなりけり
  八五〇 梅がえにゆさばりしたふ鶯よむめのむばらにしりあやふたへ 
  八五一 青柳をかたいとによりてうぐひすのぬふてふかさは梅の花がさ
  八五二 みたらしのたえぬにしるしいし河やせみのをがはのきよきながれは
      *    *
     家持
  八五三 初春のはつねのけふの玉ばはきてにとるからにゆらく玉の緒
      *    *
  八五四 玉掃かりこかままろむろの木となつめがもととかきはかむため
      *    *
     京極御息所
  八五五 よしさらばまことの道のしるべしてわれをいざなへゆらく玉の緒
      *    *
  八五六 あきつばににほへる衣我はきじ君にまたせばよるもきるがね
  八五七 我がきぬをかたみに奉(また)すしきたへの枕うごかずまきてさねませ
  八五八 ますかがみかけてしのべとまつりさすかたみの物を人にしめすな
  八五九 青柳のほつえよぢとりかづらくは君がやどにし千とせほぐとぞ
  八六〇 道のべの五柴原(いつしばはら)のいつもいつもひるのゆるさんことをしまたむ
  八六一 おほはらのこの市柴のいつしかとわがおもふいもにこよひあへるかも
  八六二 御狩するかりばのをののかしは木のなれはまさらで恋ぞまされる
  八六三 大空に我がそでひつとあらなくにかなしく露の分きておくらん
  八六四 袖ひちて結びし水のこほれるを春立つけふの風やとくらん
  八六五 武蔵野は袖ひつばかりわけしかどわか紫はもとめわびにき
  八六六 おきなかのえざるときなきつり舟はあまやさきだついをやさきだつ
  八六七 ちりひぢの数にもあらぬ我ゆゑに思ひわぶらんいもがかなしさ
      *    *
     倉橋部女王
  八六八 天皇の御ことかしこみ大荒城の時にはあらねど雲がくれます
      *    *
  八六九 わぎもこはくしろにあらなんひだりてのわが奥の手にまきてこましを
      *    *
 
 第十八
 
      *    *
  八七〇 はし鷹の野もりのかがみえてしかなおもひおもはずよそながらみん
  八七一 はしたかののもりのかがみえてしかな恋しき人の影やうつると
  八七二 東路の野もりのかがみえてしかなおもひおもはずよそながらみん
  八七三 夜やさむきころもやうすきかささぎのゆきあひの間より霜やおくらん
      *    *
     忠峰
  八七四 かささぎのわたせる橋の霜の上をよはにふみわけことさらにこそ
     曾丹
  八七五 かささぎのちがふるはしのまどほにてへだつるなかにしもやおくらん
      *    *
  八七六 空をとぶかりのつばさのおほひばのいづこもりてか霜のふるらん
  八七七 夜やふくる衣やうすきかささぎのゆきあひの橋に霜やふりおける
  八七八 鵲のはねに霜ふりさむき夜をひとりやわがねん君まちかねて
  八七九 中空に君はなりなんかささぎの行きあひの橋にあからめなせそ
  八八〇 暁のしぢのはしがきもも夜かき君がこぬよはわれぞ数かく
      *    *
     女
  八八一 暁のしぎのはねがきももはがき君がこぬ夜は我ぞかずかく
      *    *
  八八二 あかつきの鴫のはねがきももはがきかきあつめても
      我ぞかずかく(なげくころかな)
  八八三 暁のしぢのはしがきもも夜かき君が来ぬよは我ぞかずかく
  八八四 あかつきのしぎのはねがきももはがき我ぞかずかく君がこぬよは
      *    *
     貫之
  八八五 ももはがきはねかくしぎもわがごとくあしたわびしきかずはまさらじ
      *    *
  八八六 こひせじとなれるみかはの八橋のくもでに物をおもふころかな
  八八七う ちわたしながき心は八橋のくもでにおもふ事はたえせじ
      *    *
     俊頼朝臣
  八八八 なみたてるまつのしづ枝をくもでにて霞みわたれるあまのはしだて
      *    *
  八八九 恋しくはしたにをおもへむらさきのねずりの衣いろにいづなゆめ
      *    *
     堀川右大臣
  八九〇 人しらでねたさもねたしむらさきのねずりの衣うはぎにをせん
     和泉式部
  八九一 ぬれぎぬと人にはいはんむらさきのねずりの衣うはぎなりとも
     実方中将
  八九二 いかでかはおもひありともしらすべきむろのやしまのけぶりならでは
     女
  八九三 しもつけやむろのやしまにたつけぶりおもひありともいまこそはしれ
     摂津
  八九四 たえずたくむろのや島のけぶりにもなほたちまさるこひもするかな
     惟成
  八九五 風ふけばむろのやしまの夕けぶり心のうちにたちにけるかな
     俊頼
  八九六 さらひするむろのやしまのことこひに身のなりはてんほどをしるかな
      *    *
  八九七 君をおきてあだしごころをわがもたばすゑの松山なみもこえなん
  八九八 こえにける波をばしらですゑの松ちよまでとのみたのみけるかな
  八九九 松山につらきながらも浪こさんことはさすがにかなしきものを
      *    *
     元輔
  九〇〇 ちぎりきなかたみに袖をしぼりつつすゑの松山波こさじとは
     元平親王のむすめ
  九〇一 あら玉のとしもこえぬるまつ山の波のこころはいかがなるらん
      *    *
  九〇二 浦ちかくふりくる雪はしら浪の末の松山こすかとぞ見る
      *    *
     匡房卿
  九〇三 いかにせんすゑの松山なみこさばみねのはつ雪きえもこそすれ
      *    *
  九〇四 君が代はすゑの松山はるばるとこす白波のかずもしられず
      *    *
     徳大寺左府
  九〇五 花ざかりすゑの松山かぜふけばうすくれなゐの波ぞたちける
      *    *
  九〇六 にしき木は千束になりぬ今こそは人にしられぬ閨のうち見め
  九〇七 にしき木の数はちつかになりにけりいつかみたちのうちはみるべき
      *    *
     匡房卿
  九〇八 おもひかねけふたてそむるにしき木のちつかもまたであふよしもがな
     藤原永実
  九〇九 いたづらにち束くちぬる錦木をなほこりずまにおもひたつかな
     能因
  九一〇 錦木はたてながらこそくちにけれけふのほそぬのむねあはじとや
      *    *
  九一一 あらてくむかどにたてたる錦木はとらずはとらずわれやくるしき
  九一二 みちのくのけふのほそ布ほどせばみむねあひがたき恋もするかな
  九一三 いしぶみやけふのせばぬのはつはつにあひみてもなほあかぬけさかな
  九一四 卯の花のさける牆ねは乙女子がたがためさらすけふの布ぞも
      *    *
     武則真人
  九一五 しづのめがしづはた布のぬきにうつうのけのぬののほどのせばさよ
      *    *
  九一六 みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれんとおもふ我ならなくに
      *    *
     男
  九一七 春日野のわか紫のすりごろもしのぶのみだれかぎりしられず
     故左京兆
  九一八 きのふみししのぶもぢずりたれならんこころのうちぞかぎりしられぬ
 
 第十九
 
     小野篁朝臣
  九一九 わたのはらやそ島かけてこぎ出ぬと人にはつげよあまのつりぶね
      *    *
  九二〇 うなばらをやそしまがくりきぬれどもならのみやこはわすれかねつも
  九二一 ぬば玉の夜わたる月ははやもいでぬかもうなばらのやそしまのうへゆ
      いもがあたりみん
      *    *
     上総防人
  九二二 ももくまのみちはきにしを又さらにやそしますぎてわかれかゆかん
      *    *
  九二三 ももしきの大宮ながらやそしまをみるここちする秋の夜の月
      *    *
     紀伊公
  九二四 秋の夜の月をはるかにながむればやそ島めぐりみるここちする
     相模防人
  九二五 やそしまはなにはにつどひふなかざりあがせんひろをみもひともがも
      *    *
  九二六 そのはらやふせやにおふるははき木のありとはみれどあはぬ君かな
      *    *
     藤原為忠
  九二七 ははき木につまやこもれるさをしかのそのはらになく声ぞきこゆる
     師賢朝臣
  九二八 ははきぎのこずゑやいづこおぼつかなみなそのはらはもみぢしにけり
     師賢
  九二九 ふくからにちる紅葉ばのしたがへばうらやましきは木がらしの風
      *    *
  九三〇 ゆかばこそあはずもあらめははき木のありとばかりはおとづれよかし
      *    *
     俊頼朝臣
  九三一 山田もるきそのふせやに風ふけばあぜづたひしてうづらおとなふ
      *    *
  九三二 君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞわれはなりぬる
  九三三 水咫衝石(みをつくし)こころつくしておもふかも
      このまももとな夢にしみゆる
  九三四 わびぬれば今はたおなじなにはなる身をつくしてもあはんとぞ思ふ
  九三五 とほたあふみいなさほそ江のみをつくしあれをたのめてあさましものを
      *    *
     相模
  九三六 住よしのほそ江にさせるみをつくしふかきにまけぬ人はあらじな
      *    *
  九三七 河波もうしほもかかる澪標(みをつくし)よるかたもなきこひもするかな
  九三八 もののふのやそうぢ河のあじろ木にいざよふなみの行へしらずも
  九三九 おもひやれ八十氏人の君がためひとつこころにいのるいのりを
  九四〇 わがやどのそともにたてるならの葉のしげみにすずむ夏は来にけり
  九四一 山がつのそともがくれにこりつめる冬木もみえず雪ふりにけり
      *    *
     本院侍従
  九四二 わがやどのそともになにかおもふべきいはでこそみめたづねけりやと
      *    *
  九四三 わがやどのそこともなにかをしふべきいはでこそみめたづねけりやと
  九四四 世の中はをそのたはれのたゆみなくつつまれてのみすみわたるかな
      *    *
     石川女郎
  九四五 たはれをとわれはききつるをやどかさずわれをかへせりをそのたはれを
     大伴田主
  九四六 たはれをにわれはありけりやどかさずかへせる我ぞたはれをにはある
      *    *
  九四七 とこよべにあらましものをつるぎたちわがこころからをそやこのきみ
      *    *
     木幡僧正静円
  九四八 あはづののすぐろのすすきつのぐめば冬たちなづむ駒ぞいばゆる
      *    *
  九四九 春山の関の乎為黒(をすぐろ)にわかなつむいもがしらひもみらくともしも
      *    *
     基俊
  九五〇 春山の関のをすぐろかきわけてつめるわかなにあは雪ぞふる
      *    *
  九五一 けふよりは荻のやけ原かき分けて若菜摘みにとたれをさそはん
  九五二 山の端に不知夜歴(いざよふ)月を将出(いでん)かと
      待ちつつをるによぞふけにける
  九五三 山のはにいざよふ月をいづるかとわがまちをらんよはふけにつつ
  九五四 山のはに不知世経(いざよふ)月のいでんかとわがまつ君によはふけにつつ
  九五五 山のはにいでずいざよふ月まつと人にはいひて君まつわれを
  九五六 あしびきの山よりいづる月まつと人にはいひていもまつ我を
  九五七 山のはにいざよふ月をとどめおきていく夜みてかはあく時のあらん
  九五八 もののふのやそ宇治川のあじろ木にいざよふ波のよるべしらずも
  九五九 君やこむわれやゆかんのいざよひにまきのいた戸もささずねにけり
  九六〇 かくれぬのはつせの山の山ぎはにいざよふ雲はいもにかもあらん
  九六一 ひとねろにいはるものからあをねろにいざよふ雲のよそりづまはも
  九六二 あをねろにたなびく雲のいざよひに物をぞおもふとしのこのごろ
      *    *
     東尾座主教円
  九六三 いにしへのまゆとじめにもあらねども君はみまくさとりてかふとか
      *    *
  九六四 桜がり雨はふりきぬおなじくはぬるとも花のかげにかくれん
      *    *
     和泉式部
  九六五 さきぬらんさくらがりとてきつれどもこの木のもとのあるじだになし
     道命阿闍梨
  九六六 をりしもあれはなのさかりにいきたらばさくらがりとや人はおもはん
     実隆卿
  九六七 この御幸さくらがりとやおもふらんあなうれしげの花のけしきや
      *    *
  九六八 春霞はな薗山をあさたてばさくらがりとや人はみるらん
  九六九 去家(いにしへ)の倭文旗帯(しづはたおび)をゆひたれて
      たれてふ人も君にまさらじ
  九七〇 古之(いにしへの) 狭織之帯乎(さはたのおびを)結垂(ゆひたれて)
      誰之能人毛(たれしのひとも) 君爾波不益(きみにはまさじ)
  九七一 紫のおびのむすぶもとくも見ずもとなやいもに恋ひわたりなん
  九七二 さねそめていくだもあらねば白妙のおびこふべしや恋もつきねば
  九七三 しづはたにへつるほどなりしらいとのたえぬるみとはおもはざらなん
  九七四 しづはたにおもひみだれて秋の夜のあくるもしらずなげきつるかな
  九七五 しづはたにおもふこころぞみだれぬる人をつらしとおもひきぬれば
  九七六 たてぬきに身をばなすともあさはたのおりては君にあはんとぞおもふ
  九七七 さほ姫のおりかけさらすうつはたのかすみたちよる春の野べかな
  九七八 いしぶみやけふのほそ布はつはつにあひみても猶あかぬけさかな
  九七九 さかどのは けさはなはきそうれりめの もひきすそひき けさははきてき
  九八〇 みちのくにえびすの身よりいだすちのことうぢなれやあはぬ恋かな
  九八一 しなのなるほやのすすきも風ふけばそよそよさこそいはまほしけれ
  九八二 あまたゆひゆたひたゆたふ雲間よりきこえやすらんあまとりのこゑ
      *    *
     俊頼朝臣
  九八三 東路にありといふなるにげ水のにげのがれても世をすぐすかな
     貫之
  九八四 ゆくけふもかへらんときも玉鉾のちぶりの神をいのれとぞおもふ
     貫之
  九八五 海底のちぶりの神に手向するぬさのおひ風やまずふかなん
     俊頼
  九八六 古をおもへばくやししめの中に榊さすまはおりましものを
      *    *
  九八七 かすが山北の藤並さきしよりさかゆべしとはかねてしりにき
      *    *
     老翁(春日明神)
  九八八 ふだらきみ南の岸に家ゐせば今やさかえん北のふぢ波
     児
  九八九 ふだらくの南のをかにいほりせば北のふぢなみいまぞさかえん
      *    *
  九九〇 をとめらにゆきあひのわせをかるときになりにけらしもはぎの花さく
  九九一 ゆきあひのさかのふもとにひらけたるさくらの花をみせんこもがも
     *    *
 
 第二十
 
     新羅使
  九九二 百ふねのはつるつしまのあさぢ山しぐれの雨にもみだひにけり
     新羅使
  九九三 おほとものみつのとまりに舟はててたつたの山をいつかこえゆかん
     新羅使
  九九四 あきさらばわがふねはてんわすれがひよせきておけれおきつしら波
     大伴卿
  九九五 礒ごとにあまのつり舟はてにけりわがふねはてんいそのしらなみ
      *    *
  九九六 島かげに我がふねはててつげやらんつかひをなみやこひつつゆかむ
  九九七 おほ海にあらくなふきそしながどりゐなの湖にふねとむるまで
  九九八 わがまちし白芽子(しら(あき)はぎ)きぬいまだにも
      にほひにゆかなをちかたびとに
  九九九 まけながくこふるこころは白(あき)風にいもがおときこゆひもときゆかな
 一〇〇〇 みちのくのをぶちの駒ものがふにはあれこそまされなづくものかは
 一〇〇一 逢坂の関のすぎむらひく程はをぶちにみゆるもち月の駒
      *    *
     曾丹
 一〇〇二 まくらなるをぶちの真弓みるときぞいもがてかぜはいとどこひしき
      *    *
 一〇〇三 みちのくのあだちの駒はなづめどもけふあふさかのせきまではきぬ
 一〇〇四 波禰蘰(はねかづら)いまするいもがうらわかみゑみみいかりみきてしひもとく
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     家持
 一〇〇五 葉根蘰いまするいもを夢にみてこころのうちに恋ひわたるかも
     童女
 一〇〇六 はねかづらいまするいもはなかりしをいかなるいもぞここだこひたる
      *    *
 一〇〇七 ゆふだたみしらつき山の佐奈(さな)葛のちもかならずあはんとぞおもふ
 一〇〇八 ゆふだたみたなかみやまの狭名葛あるもいにしもあらしめずとも
 一〇〇九 丹波道の大江の山の真玉葛(さねかづら)たえんの心我はおもはず
 一〇一〇 玉くしげみむまと山の狭名葛(さねかづら)さねずはつひにありがてましを
 一〇一一 玉蘰かけぬときなくこふれどもなにぞも妹にあふときもなき
 一〇一二 山たかみたにべにはへる玉葛たゆるときなくみるよしもがな
 一〇一三 あひおもはず君はあるらしうば玉の夢にもみえず受日手宿跡(うけひてぬれど)
 一〇一四 みやこぢをとほみやいもがこのごろは
      得飼飯而雖宿(うけひてぬれど)ゆめにみえこぬ
 一〇一五 さねかづらのちにあはんと夢にのみ受日ぞわたるとしはへにつつ
 一〇一六 あさましやちしまのえぞのつくるなるどくきのやこそひまはもるなれ
      *    *
     湯原王
 一〇一七 宇波弊無(うはへなき)ものかも人はかくばかり遠きいへぢをかへすとおもへば
     家持
 一〇一八 得羽重無(うはへなき)いもにもあるかもかくばかり
      人のこころをつくすとおもへば
      *    *
 一〇一九 うちなびきけふたつ春の若水はたがいた井にかむすびそむらん
      *    *
     俊頼朝臣
 一〇二〇 君がため御たらし川をわか水にむすぶやちよのはじめなるらん
      *    *
 一〇二一 くもとりのあやのいなうもおもほえず君をあひみでさたのへぬれば
 一〇二二 ひくしまのあみのうけふねなみまよりかうてふさすとゆふしでてかく
 一〇二三 みなくぐるあみのはがひのかひもなく人を雲井のよそにみるかな
 一〇二四 ふせの海のおきつ白波ありがよひいやとしのはにみつつしのばん
 一〇二五 としのはに春のきたらばかくしこそむめをかざしてたのしくのまめ
 一〇二六 毎年(としのは)にきなくものゆゑほととぎすきけばしぬばくあふひをおほみ
 一〇二七 おほの山きりたちわたるわがなげくおきその風にきりたちわたる
 一〇二八 君こひてしなえうらぶれわがをれば秋風ふきて月かたぶくを
 一〇二九 君こひてうらぶれをればしきのののあきはぎしのぎさをしかなくも
 一〇三〇 かりもきぬはぎはちりぬとさをしかのなくなるこゑもうらぶれにけり
      *    *
     業平朝臣
 一〇三一 むらさきの色こきときはめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
     孝善
 一〇三二 須磨の浦のなぎたるあさはめもはるに霞にまよふあまのつりぶね
      *    *
 一〇三三 津の国のなにはのあしのめもはるにしげきわが恋人しるらめや
      *    *
     兼盛
 一〇三四 難波江にしげれるあしのめもはるにおほくのよをば君にとぞ思ふ
     あてなる男
 一〇三五 むらさきの色こきときはめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
      *    *
 一〇三六 あしびきの山の跡隠(とかげ)になくしかの声ききつやも山田もるすこ
 一〇三七 もののふのいはせのもりのほととぎす今もなかぬか山の常影(とかげ)に
 一〇三八 あまぎりあひ日かたふくらし水ぐきのをかのみなとに浪たちわたる
 一〇三九 あなしふくせとのしほあひに船でしてはやくぞすぐるさやかたやまを
 一〇四〇 あなしふく清見が関のかたければ波とともにてたちかへるかな
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     維順朝臣
 一〇四一 山のはをしなとの風は吹きはらへかたぶく月やしばしとまると
      *    *
 一〇四二 みちのくち たけふのこふに 我はありと おやにはまうしたべ 
      こころあひの風や
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     俊頼朝臣
 一〇四三 こころあひの風ほのめかせやへすがきひまなきをちにたちやすらふと
      *    *
 一〇四四 かづらきの其津彦真弓(そつひこまゆみ)荒木(あらき)にも
      たのめや君がわがなつげけん
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     閑院
 一〇四五 あふさかのゆふつけどりにあらばこそ君がゆききをなくなくも見め
     男
 一〇四六 たがみそぎゆふつけどりかから衣竜田の山にをりはへてなく
     女
 一〇四七 たつた山いはねをさして行く水のゆくへもしらぬ我がごとやなく
      *    *
 一〇四八 島宮の勾乃池之(まなのいけなる)放鳥(はなちどり)
      人めに恋ひていけにくぐらず
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     日並皇子の舎人等
 一〇四九 島宮(しまみやの)上池有(うへのいけなる)放鳥あらびなゆきそ君まさずとも
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 一〇五〇 はなちどりつばさのなきを飛ぶからにいかで雲井をおもひかくらん
 一〇五一 あしびきの山ざくら戸をあけおきてわがまつ君をたれかとどむる
 一〇五二 わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさふく風にかりは来にけり
      *    *
     忠峰
 一〇五三 山田もるあきのかりいほにおく露は稲負鳥のなみだなりけり
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 一〇五四 あふことをいなおほせ鳥のをしへずは人を恋路にまどはざらまし
      *    *
     俊子
 一〇五五 小夜ふけて稲おほせ鳥のなきけるをきみがたたくとおもひけるかな
      *    *
 一〇五六 泣きながすなみだにたへでたえぬればはなだのおびのここちこそすれ
 一〇五七 いしかはの こまうどに おびをとられて からきくいする 
      いかなるおびぞ はなだのおびの なかはたいれたる
 一〇五八 君がせしはなだのおびの中たえてさればぞいひしながからじとは
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     俊頼
 一〇五九 いしかはやはなだのおびのなかたえばこまのわたりの人にかたらん
     範永
 一〇六〇 けさきつる野原の露に我ぬれぬうつりやしぬるはぎが花ずり
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 一〇六一 ころもがへせんや さきんだちや わがきぬは 野原しのはら 
      はぎの花ずりや さきんだちや
 一〇六二 わがきぬはすれるにはあらずたかまどの野べゆきしかばはぎのすれるぞ
 一〇六三 いにしへにありけん人のもとめつつきぬにすりけんまのの萩はら
 一〇六四 しらすげのまのの榛原(はぎはら)こころにもおもはぬ君が衣にぞする
      *    *
     俊頼
 一〇六五 春きぬとききだにあへぬ明けくれに霞にむせぶ真野のはぎはら
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 一〇六六 すみよしの遠ざとをのの真榛(はぎ)もてすれるころものさかりすぎ行く
 一〇六七 おもふこのころもすらむににほひせよ島の榛(はぎ)原あきたたずとも
 一〇六八 ひくまのに匂ふ榛(はぎ)原いりみだる衣にほはせたびのしるしに
 一〇六九 なはのつぶらえの はるなれば かすみてみゆる なはのつぶらえ
     秋冬は、きりにもみゆる なはのつぶらえ
 一〇七〇 本なはのつぶらえの せなのはるなれば かすみてみゆる なはのつぶらえ
 一〇七〇 末つぶらえのせなや あきなれば きりてもみゆる なはのつぶらえ
 一〇七一 なでしこがはなとりもちてうつらうつらみまくのほしき君にもあるかな
 一〇七二 ちはやぶる神の心をあるるうみにかがみを入れてかつみつるかな
 一〇七三 うなばらの根やはらこすげあまたあれば君はわすらすわれわするれや
 一〇七四 いでてゆかん人をとどめんよしなきにとなりのかたにはなもひぬかな
 一〇七五 うちなげきはなをぞひつるつるぎたち身にそふいもがおもひけらしも
 一〇七六 まゆねかきはなひひもときまつらんやいつしかみんとおもふわれをば
 一〇七七 うどはまにあまのは衣むかしきてふりけん袖やけふのはふり子
 一〇七八 かしはぎの葉もりの神のましけるをしらでぞをりしたたりなさるな
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     通憲
 一〇七九 名にしおはば葉もりの神にいのりみんははその紅葉ちりやのこると
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