創作の部屋     
   
   
     
秘めて、残す面影  万葉集巻第二−158  2012/5/13
    







   
ようやく踏み出す (2012年5月13日記)
 
 私の待望の初作品をアップすることが出来た。題材そのものは長年温めていたものだが、まず初作品に相応しいもの選ぶとなると、なかなか決まらない。今日アップさせた創作は、万葉集巻第二−158 高市皇子 十市皇女への挽歌。私が今でも万葉集を捲るとき、最初に諳んじる歌は、この挽歌だ。私自身の拙い短編集の記念すべき作品を、この挽歌でスタートさせたい。
 創作に要した時間は、丸一日。そんなペースで充分だ。出来れば週一回、週末にアップさせたい。
 

創作への意欲 (2011年7月3日記)

 

 「ゆめの部屋」としてスタートさせた、このページ。しかし、「ゆめ」を明確に言葉に表現するのは、非常に大変なことだと知った。創作という手段がある...。ところが、それもまた、なかなか進むことが出来ない。私の最終的な創作のプランは、万葉集の歌をベースにした短編であり、今度はそれらの短編を有機的に絡めて全体の一つの作品とする。そのスタートになかなか踏み切れない。創作に限らず、物静かに想を練ることが出来るのは...秋なのかな、と溜め息ばかり残ってしまう。


夢 語 り (2004年5月29日記)

 

 とんでもないテーマにしてしまった。そう言えば、最近、いやいつ頃からか実際の夢を見ていない。睡眠が不規則なせいもあり、寝付く前にいろいろと考え事しているけれど、それと夢は関係あるのかどうか...。若い頃のように、酔い潰れて何も考えずに眠ることが出来たら、それが一番の快眠と言えるかもしれない。

 夢を語るなんて、若者の特権かと思っていたが、この年になっても、まだまだ際限なく続くのは、気持ちは老いていないことだと、自分に言い聞かせている。

 若い頃は、すべてが中途半端だった。したいことは山ほどあるのに、その環境に満たされていないことが多い。そして、現在の自分は、その環境こそある程度整ったものの、今度は何を求めて歩くか、その夢そのものが定かでなくなる。世間で言う常識を知りすぎると、夢は弾け飛んでしまう。かといって、常識を弁えないと、世の中に入っていけない。

 個々の夢は、それが実現したときには喝采を浴びるが、成就するまでは、ロマンティストと言われていても、青年期を過ぎると、変人扱いを余儀なくされる。

 負け惜しみになるかもしれないが、夢が叶わないからこそ、若い頃の夢は価値があるのでは、と思う。と言ってしまえば、実際に夢を実現させた人たちには申し訳ない。

 さて、今の私は夢を探すのも大変だ。やってみたいことは、たくさんあるが、どれもそのスタートラインにさえ立たない。いや、立てない。頭の中では、俺の夢は、これなんだ、と叫んではいても、そこに一歩も近づこうとしない。まず、その得体の知れない壁を乗り越えなければならない。誰からも邪魔をされているわけではないのに、自分で壁を作ってしまっている。だからこそ、その払拭は、手応えもなく、泥濘にのめり込むように消えていかない。私にとって、相当なエネルギーを使う作業がまずそこにある。よく言われる、実現不可能だからそんな夢は持たない、と言うのではなく、夢を持つことがそもそもエネルギーになることを知っている。知ってはいるが、何もアクションを起こせない自分に、怒りをぶつけ、そして情けなく落ち込んでしまう。

 こうしてこのコーナーで夢を書いて行くことが、そのスタートの手助けになることを信じて!
 
        
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