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吉敷竹史の魅力 (2004年6月18日記) |
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警視庁捜査一課のエリート刑事、吉敷竹史を主人公にした一連の推理小説は著者である島田荘司を、私の中で異質な作家にしている。 通常、一人の作家の作品に惹かれると、その作家が書いた作品なら、何の抵抗もなく読むことが出来る。今度は、どんな作品を書いてくれるのか、と期待もする。しかし日本の作家で、この島田荘司だけは、そうならなかった。それは今でも続いている。彼の他のシリーズには、有名な「御手洗」探偵シリーズがある。おそらく、素晴らしい作品だと思う。というのも、私はそのシリーズを、まだ読んだことはないし、正直って読もうとも思わない。 それが、この作家への私のこだわりになっている。 「吉敷竹史」こそが、島田荘司の作品であり、それだけ吉敷竹史の魅力が群を抜いている。そこまで惹きつけたものは何なのか。 「吉敷竹史」ファンが多いのか少ないのか、それは分らない。しかし一人の作家の描く一人の主人公が、同じ作家の他のシリーズの主人公を読ませないほどの吸引力は、他にはなかった。 |
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翻訳物に例をあげれば、T.クランシーの「ジャック・ライアン」シリーズやC.カッスラーの「ダーク・ピット」シリーズくらいなものだと思う。もっとも私の趣向もかなり偏っているのだろうが、この二人の著者は、世界的なベストセラー作家であり、言い換えれば島田荘司も、私の中ではまさに「現実的な魅力」を持ち合せた人物を創りあげた点で、すごい作家だということになる。では、吉敷竹史のどこが、「現実的な魅力」なのだろうか。 簡単な「吉敷竹史」作品一覧を作ってみた
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この表では、窺い知ることは困難だが、ほとんどの作品に、別れた妻・加納通子が重要な役割を担って登場する。時には、吉敷の記憶の中に、時には容疑者として。突然吉敷のもとを去った通子のことを、吉敷自身も分らないまま、その謎を追い続ける。これはほとんどの一連の作品の中で、通奏低音のように始終奏でられている。そこに吉敷の人間的な弱さを見つけることが出来る。そして、何度か事件がらみで登場する通子に対して、その謎を一層深めるだけで通子は消えてゆく。 勿論それぞれの作品は独立しており、吉敷の見事な解決への爽快感は、読後の満足度を確かに得させてくれるが、私などはますます困惑してしまう。従って、通子の謎は次作へ持ち越しだな、と勝手に決め付けていても、その待望の次作でも肩透かしを食らうことの方が多かった。ただ、事件に取り組む吉敷の姿は、派手さや強烈な個性を全面的に打ち出す刑事物ではなく地味で感情移入のしやすい普通の男の姿を重ね合わせてしまう。それでいて、理不尽な権力への反撥も躊躇しない。体制を肯定しつつも、体制の盲目的な信奉者ではない。それは、犯罪者であっても、限りなく人間としての心を理解することで、それが事件解決の手段であると確信しているからだ。 トリックの絶妙さは、これは主観的な見方しか出来ないが、一見伝奇小説と思えるほどの奇抜さも随所に見え、それが冒頭から作品に引き込んでしまう。ところが、その綿密なトリックの構成を明らかにするとき、必ずといっていいほど、人の深層に潜むほとんど見逃してしまいそうな手掛かりを見据える。その結実は、社会派小説とでもいえるような幾つかの作品によって、作者の意図が浮き彫りにされている。いじめ、バス放火、冤罪...いずれも社会を騒がせた事件をタイミングよく扱って入るが、それは時代性を表現しているのではなく、吉敷と言う作者の分身を通しての社会への提言になっているように思う。 一応吉敷物で一番の謎となっていた通子との関係も、「涙流れるままに」がその真相に迫る、いやほとんど解決といっていいほどの作品だったが、それは吉敷の果たしてきた役割が同時に終わったようにも思える。自分から去って行った妻への苦悩から解放された吉敷は、やっと小説の主人公らしく刑事として活躍していけるだろうが、そこにはもう「吉敷でなければ」という悲愴な共鳴が生まれるかどうか、私には分らない。事実、すでに上司の手によって解決した古い事件を、冤罪として孤独な再捜査に挑むその動機の一部に、やはり通子への断ち切りがたい想いがあった。そして、それが次第に冤罪事件だと確信するようになると、組織の中での苦悩に揺れる「吉敷」に共感を持つ。「涙流れるままに」は、単に一作品の完結ではなく、そうした吉敷の魅力を最大限に引き出し、そしてシリーズを終わらせた作品のような気がする。安易に描かれるような「はみ出し刑事」ではなく、常識的な人間が、不条理なものへ挑むときの毅然とした姿を、理屈では分っていても、それがなかなか出来ない現実の社会へ登場させた「吉敷竹史シリーズ」なのだと思う。 「涙流れるままに」は分厚い上下二巻だが、読むのも辛くなるような通子の謎がこれでもか、と描かれている。私が、これまで待ち続けた通子の謎は、こんなはずではなかった、と叫びつつも、その想いは吉敷に乗り移って、暗部をえぐっていく。 そしてラスト...吉敷シリーズの最終幕では...涙が止まらなかった。
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久しぶりに吉敷と出会えて、その嬉しさだけで、一気に読み終えてしまった。「光る鶴」は、冤罪をバックにしているが、そのテーマは、吉敷個人の人生観を凝縮させている。彼の諭す「誇り」とは、自分が携わっている職務に止まらず人としての「恥じない」生き方であることを、当たり前のことながら、知らされる。 |
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文学との出会い (2004年5月29日記) |
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私が活字に拒絶反応を示さなくなったのは、ちょうど二十歳の頃かと思う。 |
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山に夢中になって登っていた頃。山の関連書物を、片っ端から読んだ。初めは専門的な書物でも、次第に手記の類になり、そして山を舞台にした小説へと入っていく。その頃の小説で忘れられないのが、井上靖「氷壁」で、主人公のスタイルには魅せられ、いつか俺もあんな風になりたい、夢を見ていた。 |
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しかし、その小説は、いわゆる山岳小説ではなく、ジャンル別けすれば、社会派小説ということになると思う。だから、そこに描かれている人間像は、私の怠惰な心を刺激した。それがきっかけだったかどうか覚えていないが、その頃から、私の古本屋通いが始まる。書店に並んでいる新刊書には、金銭的にも縁がなかったので、当時の流行作家など知るよしもなく、もっぱら、古本屋に泰然と並んでいる純文学に視線が走る。その時の心情は、今でも覚えている。それまで考えてもみなかった文学と言う聖域に、自分が入っていく姿が好ましく映っていた。 |
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中味のともなわない、似非文学青年を、紛れもなく本物の文学青年と気取り始めたのは、今でも懐かしく、そして滑稽に思い出す。 |
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同じ頃、万葉集に出会う。それは、当時季刊誌だった文芸誌「すばる」に、哲学者梅原猛の「水底の歌」の取材記が連載されていて、島根県益田沖の海底調査の見出しが目に入ったからだ。それまで山仲間達と、漠然と話題にした「万葉集」が、急に身近に感じられた瞬間でもあった。この益田沖というのは、私の郷里松江からは、かなり離れた西部にあるが、当時札幌に住んでいた私には、その距離感など吹っ飛び、「島根県」益田沖という活字に引かれたと思う。 |
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万葉集のことは、「古典の部屋」で書きたいと思うので、このページでは書かないが、初めに山の読み物から始まった読書歴が、気付いてみれば「文学青年」を気取るほどにのめりこみ、そしてこうして書くことに抵抗感も抱かなくなってしまうとは、想像も出来なかった。その意味では、山もそして万葉集も、大きな影響を与えたことになる。万葉集がらみの書籍と並行して、純文学そして大衆文学をも読み漁り、部屋に置け切れなくなった書物を何度となく古本屋で処分し、そしてまた新たに、買い求める。もっとも今では図書館をフル活用しているが、どうしても専門書は高いので、それも仕方ない。 |
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