歌論書用例歌 [国歌大観所載]  
 万葉集の部屋
歌経標式(真木)第五巻-281 [日本歌学大系一] 全28首  
倭歌作式(喜撰式)第五巻-282 [日本歌学大系一] 全8首 
和歌式(孫姫式)第五巻-283 [日本歌学大系一] 全18首  
石見女式(石見女髄脳)第五巻-284 [日本歌学大系一] 全7首 
和歌體十種 第五巻-264 [伝御子左忠家筆本] 全50首 
和歌十體 (道済十体) 第五巻-265 [書陵部蔵一五〇・六二九] 全20首 
俊頼髄脳 第五巻-291 [俊頼髄脳(日本古典文学全集五〇)] 全442首
 歌論書[俊頼髄脳]日本古典文学全集
 歌経標式(真木)第五巻-281 [日本歌学大系一] [国歌大観解題及び用例歌] 日本歌学大系解題
 [解題]
  浜成式とも。藤原浜成作。宝亀三年(七七二)五月成立。日本歌学大系1による。真本と抄本とがあるが、歌学大系本は真本による。  (橋本不美男・滝沢貞夫)
 [用例歌]
 
  鏡女王
 一 和我夜那疑(わかやなぎ)美止利能伊止爾(みどりのいとに)那留麻弖爾(なるまでに)美那具宇礼太美(みなくうれたみ)伊気弖倶美陀利(いけてくみたり)

  小長谷鵜養
 二 夜摩等爾弖(やまとにて)和礼婆古非牟非(われはこひむひ)紀能倶爾能(きのくにの)佐比可能宇美能(さひかのうみの)於岐都旨麻能吐(おきつしまのと)

  藤原内大臣
 三 伊母我比母(いもがひも)等倶等牟須婢弖(とくとむすびて)他都他夜麻(たつたやま)美和他須能幣能(みわたすのべの)母美知計羅倶婆(もみちけらくは)

  角沙弥美人
 四 伊母我那婆(いもがなは)知与爾那我礼牟(ちよにながれむ)比売旨麻爾(ひめしまに)古麻都我延陀能(こまつがえだの)己気牟須麻弖爾(こけむすまでに)

  大伴志売夜若子
 五 美知能陪能(みちのべの)伊知旨能婆羅能(いちしのはらの)旨侶他閇能(しろたへの)伊知旨路倶旨母(いちしろくしも)阿礼胡非咩夜母(あれこひめやも)

  柿本若子
 六 比佐可他能(ひさかたの)阿麻由倶都紀呼(あまゆくつきを)阿美爾佐旨(あみにさし)和我於保岐美婆(わがおほきみは)美努何佐岐是利(きぬがさきせり)

  大伯内親王
 七 美麻倶保利(みまくほり)和我母不岐美母(わがもふきみも)阿羅那倶爾(あらなくに)那爾爾可岐計牟(なににかきけむ)宇麻都可羅旨爾(うまつからしに)

   *    *
 八 美麻倶保利(みまくほり)阿我母不岐美母(あがもふきみも)須宜爾計利(すぎにけり)那爾爾可岐計牟(なににかきけむ)宇麻都可羅旨爾(うまつからしに)
   *    *

  但馬内親王
 九 伊麻佐羅爾(いまさらに)那爾可於母波牟(なにかおもはむ)宇可那婢倶(うかなびく)己己侶婆岐美爾(こころはきみに)与利爾旨母能呼(よりにしものを)

  久米広足
 一〇 何須我夜麻(かすがやま)美禰己具不禰能(みねこぐふねの)夜倶旨弖羅(やくしでら)阿婆遅能旨麻能(あはぢのしまの)何羅須岐能幣羅(からすきのへら)

  道合師
 一一 婆他保己爾(はたほこに)蘇比弖能保礼留(そひてのぼれる)那婆能其等(なはのごと)蘇比弖能保礼留(そひてのぼれる)婆他保己能御等(はたほこのごと)

  日本磐余彦天皇
 一二 於佐伽那流(おさかなる)愛弥詩烏比隄利(えみしをひたり)毛毛那比都(ももなひと)比苫破伊倍登毛(ひとはいへども)多牟伽比毛勢受(たむかひもせず)

  殖栗豊島
 一三 阿何等岐等(あかときと)止利母那倶那利(とりもなくなり)弖羅弖羅能(てらでらの)可禰母等与美努(かねもとよみぬ)阿気伊弖努之能(あけいでぬこのよ)

  活目天皇
 一四 美麻旨須留(みましする)呼可爾可気那旨(をかにかけなし)己能那旨呼(このなしを)宇恵弖於保旨弖(うゑておほして)可気爾与計牟母(かげによけむも)

  角沙弥
 一五 旨羅那美能(しらなみの)婆麻麻都我延能(はままつがえの)他牟気倶佐(たむけぐさ)伊倶与麻弖爾可(いくよまでにか)等旨能倍爾計牟(としのへにけむ)

  浄御原天皇
 一六 美与旨能呼(みよしのを)与旨止与倶美弖(よしとよくみて)与旨等伊比旨(よしといひし)与岐比等与旨能(よきひとよしの)与岐比等与倶美(よきひとよくみ)
  
   *    *
 一七 禰須弥能伊幣(ねずみのいへ)与禰都岐不留比(よねつきふるひ)紀呼岐利弖(きをきりて)比岐岐利伊隄須(ひききりいだす)与都等伊不可蘇礼(よつといふかそれ)
   *    *

  大神高平万呂卿
 一八 旨羅倶母能(しらくもの)他那婢倶夜麻婆(たなびくやまは)美礼等阿可奴可母(みれどあかぬかも)
                     他都那羅婆(たづならば)阿佐等婢古延弖(あさとびこえて)由不幣己麻旨呼(ゆふべこましを)

  彦火火出見天皇
 一九 於岐都等利(おきつとり)可母都倶旨麻爾(かもつくしまに)和我為禰旨(わがゐねし)伊母婆和須礼旨(いもはわすれじ)与能己等己止耳(よのことごとに)

  弔天稚彦会者
 二〇 阿売那留夜(あめなるや)於等他那馬他能(おとたなばたの)宇那可勢留(うながせる)他麻能美須麻侶(たまのみすまろ)美須麻呂能(みすまろの)
     阿那他麻婆夜見(あなたまはやみ)他爾不他和他留(たにふたわたる)阿遅須岐能可味(あぢすきのかみ)

  柿本若子
 二一 阿麻倶母能(あまぐもの)可気佐倍美由留(かげさへみゆる)己母利倶能(こもりくの)婆都勢能可婆勢(はつせのかはせ)宇羅那美可(うらなみか)
   不禰能与利己努(ふねのよりこぬ)伊蘇那美可(いそなみか)阿麻母都利勢努(あまもつりせぬ)与旨恵夜旨(よしゑやし)宇羅婆那倶等母(うらはなくとも)
    与旨恵夜旨(よしゑやし)伊蘇婆那倶等母(いそはなくとも)於岐都那美(おきつなみ)岐与倶己岐利己(きよくこぎりこ)阿麻能都利不禰(あまのつりふね)

  当麻大夫
 二二 阿豆佐由美(あづさゆみ)比岐都能倍那留(ひきつのべなる)那能利蘇母(なのりそも)婆那婆佐倶麻弖(はなはさくまで)伊母阿婆奴可母(いもあはぬかも)

  長田王
 二三 阿岐夜麻能(あきやまの)母美知婆自牟留(もみぢばしむる)旨羅都由能(しらつゆの)伊知旨侶岐麻弖(いちしろきまで)伊母爾阿婆努可母(いもにあはぬかも)

   *    *
 二四 阿呼爾与旨(あをによし)那羅夜麻我比与(ならやまがひよ)旨侶他倍爾(しろたへに)己能他那婢倶婆(このたなびくは)婆留可須美那利(はるがすみなり)
     二五可是不気婆(かぜふけば)倶母能岐努我佐(くものきぬがさ)他都他夜麻(たつたやま)伊等爾保婆勢留(いとにほはせる)阿佐我保我婆那(あさがほがはな)
   *    *

  孫王
 二六 旨保美弖婆(しほみてば)伊利努留伊蘇能(いりぬるいその)倶佐那羅旨(くさならし)美留比須倶那倶(みるひすくなく)古不留与於保美(こふるよおほみ)

   *    *
 二七 阿岐婆疑婆(あきはぎは)佐岐弖知留羅旨(さきてちるらし)可須我能爾(かすがのに)那倶那留旨可能(なくなるしかの)己恵呼可那旨美(こゑをかなしみ)
   *    *

  藤原里官卿
 二八 美那曾己弊(みなそこへ)旨都倶旨羅他麻(しづくしらたま)他我由恵爾(たがゆゑに)己己侶都倶旨弖(こころつくして)和我於母婆那倶爾(わがおもはなくに)

 
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 倭歌作式(喜撰式)第五巻-282 [日本歌学大系一] [国歌大観解題及び用例歌]
日本歌学大系解題
 [解題]
  喜撰式とも。作者不明。平安中期成立。日本歌学大系1による。  (橋本不美男・滝沢貞夫)
 [用例歌]
 
  文殊師利
 一 いかるがやとみのを川のたえばこそ我がおほきみのみなは忘れめ

  *    *
 二 思ひなき思ひにわたる思ひこそ思ひの中に思ひ出でつつ
 三 はじめあれば さだめてをはりあることは うつせみの 世のことわりと おもへども あまそそきの そのきしかげと たのめれば さいたづま まよふ草ばに 
    おとろへて あかねさす ひまひまごとに なりければ ぬばたまの いねもねられず ねざめつる くさまくら たびにはあらねど みづとりの うきならで 
   ときの日ふるも たびしきて あま雲に たえにしことも かたらはむ ともおもひつつ ほれたることも ひらけねば うきふねの 沖にただよひ 風まつと 
    ゆめのごと いともつれなく なりゆけば かくなはに 思ひみだれて なきなけば 袖のうちに よするなみだの しきぬれば すべなしと あまのわぶるを 
   みききつつ たまぼこの 道行きずりに 見るわれも あまぐもの ゆき過ぎかねて さまよひぬ あなうのよ あはれ我が身を かぎろふの 夢かうつつか 
   なぞもつれなき
 四 浪のまに風まつ舟のいでていなばあはれつれなき人はいかがせむ
 五 いはのうへにねざす松がえと思ひしをあさがほの夕かげまたずうつろへるかな
 六 おもひてやそではこほらであやしくもたどるそでかもたどきなきかな
 七 あかずしてわかれし袖はほせどひず胸のおもひはもゆるものから
 八 おのれたきおのれすなはちこがれつつきえぬおもひはわれもしるこそ
  *    *

 
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 和歌式(孫姫式)第五巻-283 [日本歌学大系一] [国歌大観解題及び用例歌]  日本歌学大系解題
 [解題]
  孫姫式とも。作者不明。平安中期成立。日本歌学大系1による。  (橋本不美男・滝沢貞夫)
 [用例歌]
 
  *    *
 一 みづかたきたかだのまちにまかずしてみづなきひゐにほとほとにゐぬ
  *    *

  左衛門督源氏
 二 うたばうちひかばひかなむこよひさへあなことわりなねではかへらじ

  中原氏
 三 秋なれどわさ田にかりまところなみかりがねよそに鳴きわたるかも

  *    *
 四 あひ見るめなきこの島にけふよりてあまとも見えぬよする浪かな
 五 ゆく水のながたのつともしらなくにおのがさとさとなこそふりけれ
  *    *

  紀氏少娘
 六 かくばかりうきこと思ひしげきよになどか我が身のうまれきにけむ

  *    *
 七 はる霞たなびく山の松がうへにほにはあらずて白雲ぞたつ
 八 礒万天波(いそまてば) 浪佐和可之美(なみさわがしみ) 葦間与利(あしまより) 見爾己曾人八(みにこそひとは) 之比八乗良女(しひはのるらめ)
 九 己礼乃冬(これのふゆ) 我身於以由支(わがみおいゆき) 己介乃八布(こけのはふ) 衣太爾曾不礼留(えだにぞふれる) 乎之介奈介礼八(をしげなければ)
  *    *

   左近府生友秀
 一〇 風間奈三(かぜまなみ) 海乎和介由久(うみをわけゆく) 白浪能(しらなみの) 立和賀礼奈者(たちわかれなば) 賀奈之加利奈无(かなしかりなむ)

   *    *
 一一 安奈豆太奈(あなつたな) 太介追毛朽木(たけどもくちき)毛衣奈久爾(もえなくに) 太追倍者爾无也(たとへばにむや) 吾加己比良久爾(わがこひらくに)
 一二 天留月八(てるつきは) 加礼奈万女三爾(かれなまめみに) 不以己乃上(ふいこのへ) 加支良奈久(かぎらなく) 介奴留加比(けぬるがひ)
   *    *

   小野小町
 一三 ひとごころ我が身を秋になればこそうきことのはのしげくちるらめ

   *    *
 一四 追支八秋曾(ときはあきぞ)花巴春奈利天布八(はなははるなりてふは)宇部毛那三(うべもなみ)加支衣利天巴見爾曾(かきえりてはみにぞ) 
     津梨爾支介良毛(つりにきけらも)
   *    *

   小野小町
 一五 加支利奈岐(かぎりなき)於毛比爾万介天(おもひにまけて)与留八己无(よるはこむ)由女千乎佐倍奈(ゆめぢをさへな)人八千加不奈(ひとはちがふな)

   *    *
 一六 以八乃宇倍爾(いはのうへに)根左須松柏止(ねざすまつがへと)於毛比之物乎(おもひしものを)槿乃(あさがほの)夕景万他須(ゆふかげまたず) 
     宇津呂倍留加奈(うつろへるかな)
 一七 和太津三乃(わたつみの)底深久安良无(そこふかくあらむ)千比呂久留(ちひろくる)安万乃太久奈八(あまのたくなは)太由留止支奈久(たゆるときなく)
   *    *

   柿本人麿
 一八 掛万久毛(かけまくも)加之己介礼止毛(かしこけれども)以八万久毛(いはまくも)由由之介礼止毛(ゆゆしけれども)明日香山(あすかやま) 
     真神原耳(まがみのはらに)比左加太乃(ひさかたの)安万津三己止乎(あまつみことを)加之己久毛(かしこくも)左太女太万比天(さだめたまひて)
    神左比天(かみさびて) 以八加久礼万須(いはがくれます) 安万三己利(あまみこり) 吾加於保支三乃(わがおほきみの) 支己之女須(きこしめす)
     曾止毛乃国乃(そとものくにの)万支乃太津(まきのたつ)不八山己衣天(ふはやまこえて)己万介毛乃(こまけもの)和左三乃八良乃(わざみのはらの)
    加利宮爾(かりみやに)止止万利万之天(とどまりまして)安女乃之太(あめのした)左加衣无止支二(さかえむときに) 我毛止毛止毛(われもともども)

 
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 石見女式(石見女髄脳)第五巻-284 [日本歌学大系一] [国歌大観解題及び用例歌]  日本歌学大系解題
 [解題]
  石見女髄脳とも。作者不明。鎌倉後期以後成立。日本歌学大系1による。平安末期には存在していたが、現存本の形態・内容ではない。 ((橋本不美男・滝沢貞夫))
 [用例歌]
 
   
  文殊師利
 一 いかるがやとみの小河の絶えばこそ我がおほきみのみなは忘れめ

  *    *
 二 思ひなき思ひに似たる思ひをば思ひのうちに思ひいでつる
 三 春のくる道こそ見ゆれ春日山嶺のまがきの色のてこらさ
 四 おしなべて夏のけしきはしられける山ほととぎすまだき来なかず
 五 うちつづき野辺のけしきも秋と見てすすき穂に出づる風ぞ吹きぬる
 六 五十鈴川きよき流のみちとりて天照る神ををがみつるかな
 七 山風はふきこほりつつ五十鈴川の水の色こそ冬は見えけれ
  *    *

 
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 和歌體十種 第五巻-264 [伝御子左忠家筆本] [国歌大観解題及び用例歌]
日本歌学大系解題
 [解題]
 「忠岑十体」とも。和歌を一〇体に分類し、例歌を各五首掲げ、各体についての漢文による説明を付した歌論書。序文に、木工権頭を極官とした貫之を「土州刺史」と記すのは不審であり、また天慶八年(九四五)忠岑撰とあるが、忠岑は九二〇年代に没したと推測されており、偽書で、内容的には一〇世紀末から一一世紀前半の歌論として適合されると考えられ、その頃の成立かとする説が強い(藤平春男氏「新古今とその前後」)。 伝本には、一一世紀中頃から一二世紀初頭頃までに書写された伝忠家一軸があり(安田家旧蔵、高野家現蔵)、「日本歌学大系1」「平安朝かな名蹟選集」(伝御子左忠家筆忠岑和歌体十種)ほか所収。いま後者に拠って翻刻した。ただしこの一軸本は末尾に若干の欠脱がある。すなわち四五~四八の間がいつの頃か切り取られたらしい。この間の欠脱を含む完本は、現在のところ、大東急記念文庫蔵奥儀抄(杉原賢盛筆三冊本、寛正三年写)所収の「和歌十種躰」のみで、四五~四八はこれに拠った。
 
 伝忠家筆本にはところどころ傍書があるが、これは本文同筆か少なくともかなり近い頃の筆跡とみられるので、そのまま翻刻した。またたとえば、序文の終わりのほう「但皆通下流〔流ミセケチ〕九體」、四四末句「おけるしら〔しらミセケチ〕つゆかな」のようなミセケチ部分があるが、その翻刻は省略した。
 なお末尾に一紙を補って次の初代了佐の識語がある。

  右和歌體十種一巻者序有之
  御子左一流忠家卿御真筆也、可謂家珍者也、
  忠家卿者五條三位俊成卿之祖父也、
  世間希有之物躰也、或人依御所望証之而已
  慶安五暦
       八月仲旬
  〔古筆〕了佐(花押)〔(印)〕                                                                    (井上宗雄)

 [用例歌]
 
  和歌体十種
 
    夫和歌者我朝之風俗也、興於神代盛于人世、詠物諷人之趣、同彼
    漢家詩章之有六義、然猶時世澆季知其体者少、至于以風雅之義当
    美刺之詞、先師土州刺史叙古今歌粗以旨帰矣、今之所撰者只明外
    貌之区別、欲時習之易諭也、于時天慶八年冬十月壬生忠岑撰


   和歌体十種
     古歌体
  一 をがさはらへゐのみまきにあるるまもとればぞなつくこながそでとれ
  二 わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
  三 かぜふけばおち(き)つしらなみたつたやまよはにやきみがひとりこゆらん
  四 ほととぎすなくやさつきのみじかよもひとりしぬればあかしかねつも
  五 かすがのに(の)わかなつみにやしろたへのそでふりはへて人のゆくらむ
      古歌雖多其体、或詞質俚以難採、或義幽邃以易迷、然猶以一両
      之眼及欲備其准的、但皆通下九体、不可必別、有此体耳

     神妙体
  六 わがきみはちよにましませさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで
  七 みやまにはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり
  八 つきも日もかはりゆけどもひさにふるみむろの山のとつみやどころ
  九 ちのなみだおちてぞたぎつしらかはは君がよまでのなにこそありけれ
 一〇 くさふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれし今日にやはあらぬ
      是神妙体、神義妙体、徒立其名撰、難叶其実耳

     直体
 一一 なにをして身のいたづらにおいぬらんとしのおもはむこともやさしく
 一二 ありはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな
 一三 あききぬとめにはさやかにみえねどもかぜのおとにぞおどろかれぬる
 一四 わがやどのいけのふぢなみさきにけりやまほととぎすいまやなくら(つかきなか)ん
 一五 みやこへといそぐにもののかなしきはかへらぬひとのあればなりけり
      此直体、義実以無曲折為得耳

     余情体
 一六 わがやどの花みがてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき
 一七 いまこむといひしばかりにながづきのありあけのつきをまちでつるかな
 一八 おもひかねいもがりゆけばふゆのよのかはかぜさむみちどりなくなり
 一九 おとはがはせきるるみづのたきつせにひとのこころのみえもするかな
 二〇 わたのはらやそしまかけてこぎでぬとひとにはつげよあまのつりぶね
      是体、詞標一片義籠万端

     写思体
 二一 たのめつつこぬよあまたになりぬればまたじとおもふぞまつにまされる
 二二 きみがすむやどのこずゑをゆくゆくとかくるるまでにかへりみしはや
 二三 こぬひとをしたにまちつつひさかたのつきをあはれといはぬ夜ぞなき
 二四 おもひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを
 二五 わがやどに(を)すぎぬかぎりはたまぼこのみちゆく(き)人をたのみけるかな
      此体者志在于胸難顕、事在于口難言、自想心見、以歌写之、言
      語道断玄又玄也、況与余情混其流、与高情交其派、自非大巧可
      以難決之

     高情体
 二六 ふゆながらそらより花のちりくるはくものあなたははるにやあるらむ
 二七 ゆきやらで山ぢくらしつほととぎすいまひとこゑのきかまほしさに
 二八 ちりちらずきかまほしきをふるさとの花みてかへるひともあはなむ
 二九 山たかみわれてもつきのみゆるかなひかりをわけてたれに見すらむ
 三〇 うきくさのいけのおもてをかくさずはふたつぞみましあきのよの月
      此体、詞雖凡流義入幽玄、諸歌之為下(上)科也、莫不任高情、仍神
      妙余情器量皆以出是流、而只以心匠之至妙難強分其境、待指南
      於来哲而已

     器量体
 三一 きのふこそとしはくれしかはるがすみかすがの山にはやたちにけり
 三二 むめの花それともみえずひさかたのあまぎるゆきのなべてふれれば
 三三 かはづなくかみなみ山(がは)にかげ見えていまかな(やさ)くらむやまぶきの花
 三四 このたびはぬさもとりあへずたむけ山もみぢのにしきかみのまにまに
 三五 あまのはらふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでしつきかも
      此体、与高情難弁、与神妙相混、然只以其製作之卓牢、不必分、
      義理之交通耳

     比興体
 三六 ゆきのうちにはるはきにけりうぐひすのこほれるなみだいまやとくらむ
 三七 花のいろはかすみにこめてみえね(せず)どもかをだにぬすめはるの山かぜ
 三八 こころあてにをらばやをらむはつしものおきまどはせるしらぎくのはな
 三九 あきかぜのふきあげにたてるしらぎくははなかあらぬかなみのよするか
 四〇 なにしおはばいざこととはむみやこどりわがおもふひとはありやなしやと
      此体、如毛詩者標物顕心也、是不其義、只以俗所言之有興、仮
      其一片之名也

     華艶体
 四一 むめがえにきゐるうぐひすはるかけてなけどもいまだゆきはふりつつ
 四二 はなみにもゆくべきものをあし(を)やぎのいとてにかけて今日はくらしつ
 四三 そでたれていざわがそのにうぐひすのこづたひちらすむめの花みへ(に)
 四四 うつろはんことだにをしき秋はぎにをれぬばかりに(も)おけるつゆかな
 四五 桜ちる木のした風はさむからで空にしられぬ雪ぞふりける
      此体、与比興混諸、以花為先、然猶求其外花麗以又札拝也弁歟
      
     両方致思体
 四六 山たかみ雲ゐに見ゆる桜花心のゆきてをらぬ日ぞなき
 四七 年をへて花の鏡となる水はちりかかるをやくもるてふらん
 四八 音にのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし
 四九 わびしらにましこ(は)ななきそあしひきの山のかひある今日にやはあらぬ
 五〇 しらゆきのともにわが身はふりぬれどこころはきえぬものにざりける
      此体、古歌之所好、俗以之云曾不然、不詩之風義耳

 
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 和歌十體(道済十体) 第五巻-265 [書陵部蔵一五〇・六二九] [国歌大観解題及び用例歌]  日本歌学大系解題
 [解題]
  「道済十体」ともいう。奥儀抄・八雲御抄に「道済十体」とあり、源道済の撰とされているが確証はない。また成立年次も未詳である(平安中期ではあろうが)。
 和歌を一〇体に分けて例歌を各二首掲げる。例歌はすべて和歌体十種にあり、それとの関係は深いが、いずれが先かも不明。「日本歌学大系1」所収。伝本に書陵部・高松宮本等がある。 
  底本とした書陵部本(一五〇・六二九)は、列帖装一冊本。和歌九品・雨中吟・未来記と合綴、江戸初期の写本。
 なお著者とされている道済は光孝源氏。正五位下筑前守・大宰少弐。歌人。寛仁三年(一〇九〇)没、享年不明。       (井上宗雄・川村裕子)
 [用例歌]
    
  十体  道済撰
 
    一 古体

  一 をがさはらみづのみまきにあるる駒のとればぞつなぐこのわがそでとれ
  二 和かのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
   
    
    二 神妙

  三 わが君は千世にましませさざれ石のいはほとなりてこけのむすまで
  四 み山にはあられふるらし外山にはまさきのかづらいろづきにけり


    三 直体

  五 なにをして身のいたづらにおいぬらんとしのおもはんことぞやさしき
  六 秋きぬとめにはさやかにみえねどもかぜのおとにぞおどろかれぬる


    四 余情
 
  七 我がやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき
  八 いまこんといひしばかりに長月のあり明の月をまちいでつるかな


    五 写思

  九 君がすむやどの梢を行行くとかくるるまでにかへりみしかな
 一〇 こぬ人をしたにまちつつひさかたの月をあはれといはぬ夜ぞなき


    六 高情

 一一 冬ながら空より花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらん
 一二 ゆきやらで山路くらしつ郭公いま一こゑのきかまほしさに


    七 器量

 一三 きのふこそとしはくれしか春がすみかすがの山にはやたちにけり
 一四 梅の花それとも見えず久かたのあまぎる雪のなべてふれれば


    八 比興

 一五 雪のうちに春はきにけり鶯のこほれる涙いまやとくらん
 一六 花のいろはかすみにこめてみえずとも香をだにぬすめ春の山風


    九 花体

 一七 梅がえにきゐる鶯はるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ
 一八 花見にも行くべきものを青柳のいとにかかりてけふもくらしつ


    十 両方

 一九 山たかみ雲ゐにみゆるさくら花こころの行きてをらぬ日ぞなき
 二〇 としをへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらん

 
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 俊頼髄脳 第五巻-291 [日本古典文学全集五〇] [国歌大観解題及び用例歌] 
歌論書[俊頼髄脳]日本古典文学全集
 [解題]
  俊頼無名抄・俊頼口伝集・俊秘抄とも。源俊頼作。天永二年(一一一一)~永久元年(一一一三)の間頃成立。「歌論集」(日本古典文学全集50)による。 (橋本不美男・滝沢貞夫)
 [用例歌]
   
    素盞嗚尊
   一 やくもたついづもやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを

    聖徳太子
   二 しなてるやかたをかやまにいひにうゑてふせるたびびとあはれおやなし

    文殊師利菩薩
   三 いかるがやとみのをがはのたえばこそわがおほきみのみなはわすれめ

    うつくしげなる僧
   四 あさごとにはらふちりだにあるものをいまいくよとてたゆむなるらむ

    *    *
   五 ますかがみそこなるかげにむかひゐてみるときにこそしらぬおきなにあふここちすれ
   六 かのをかにくさかるをのこしかなかりそありつつもきみがきまさむみまくさにせむ
   七 うちわたすをちかたびとにものまうすそもそのそこにしろくさけるはなにのはなぞも
   八 あさがほのゆふかげまたずちりやすきはなのよぞかし
   九 いはのうへにねざすまつがえとのみこそたのむこころあるものを
    *    *

    小野小町
  一〇 ことのはもときはなるをばたのまなむまつをみよかしへてはちるやは

    人
  一一 ことのははとこなつかしきはなをるとなべてのひとにしらすなよゆめ

    仁和のみかど
  一二 あふさかもはてはゆききのせきもゐずたづねてこばこきなばかへさじ

    *    *
  一三 をののはぎみしあきににずなりぞますへしだにあやなしるしけしきは
    *    *

    摂論の尼
  一四 むらくさにくさのなはもしそなはらばなぞしもはなのさくにさくらむ

    伊勢
  一五 おきつなみ あれのみまさる みやのうちに としへてすみし いせのあまも ふねながしたる ここちして よらむかたなく かなしきに なみだのいろの 
      くれなゐは われらがなかの しぐれにて あきのもみぢと ひとびとは おのがちりぢり わかれなば たのむかたなく なりはてて とまるものとは
     はなすすき きみなきにはに むれたちて そらをまねかば はつかりの なきわたりつつ よそにこそみめ

    柿本人麿
  一六 かけまくも かしこけれども いはまくも ゆゆしけれども あすかやま まがみがはらに ひさかたの あまつみかどを かしこくも さだめたまひて
      かみさぶと いはがくれます まきのたつ ふはやまこえて かりふやま とどまりまして あめのした さかえむと われもともども

    *     *
  一七 うぐひすの かひごのなかの ほととぎす ひとりうまれて しやがててに にてなかず しやがははに にてなかず うのはなの さけるのべより 
      とびかへり きなきとよまし たちばなの はなはをちらし ひねもすに なけどききよし まひはせむ とほくなゆきそ わがやどの はなたちばなに 
     すみわたれとり

  一八 しらくもの たつたのやまの たぎのうへの をぐらのみねに ひらけたる さくらのはなは やまたかみ かぜしやまねば はるさめの つぎてしふれば 
      いとすゑの えだはおちすぎ さりにけり しづえにのこる はなだにも しばらくばかり なみだれそ くさまくら たびゆくきみが かへりくるまで

  一九 むめのはなみにこそきつれうぐひすのひとくひとくといとひしもする
  二〇 あきののになまめきたてるをみなへしあなことごとしはなもひととき
  二一 さほがはのみづをせきあげてうゑしたを
       かるわせいひはひとりなるべし
  二二 しらつゆのおくにあまたのこゑすなり
       はなのいろいろありとしらなむ
  二三 ひとごころうしみついまはたのまじよ
       ゆめにみゆやとねぞすぎにける
  二四 くきもはもみなみどりなるふかぜりはあらふねのみやしろくなるらむ
  二五 あだなりなとりのこほりにおりゐるはしたよりとくることをしらぬか
  二六 わがやどのはなふみちらすとりうたむのはなければやここにしもすむ
  二七 あきちかうのはなりにけりしらつゆのおけるくさばもいろかはりゆく
  二八 きみばかりおぼゆるひとはなしばらのむまやいでこむたぐひなきかな
    *    *

    能宣
  二九 かをさしてむまといひけるひともあればかもをもをしとおもふなるべし

    仲文
  三〇 なしといへばをしむかもとやおもふらむしかやむまとぞいふべかりける

    *    *
  三一 山桜さきぬる時はつねよりも峰の白雲たちまさりけり
  三二 もかり船いまぞ渚によするなる汀のたづのこゑさわぐなり
  三三 みちよへてなるてふ桃の今年より花さく春にあひぞしにける
  三四 みやまには松の雪だに消えなくにみやこは野辺に若菜つみけり
  三五 今こむといひしばかりになが月のありあけの月をまちいでつるかな
  三六 難波津にさくやこの花冬ごもり今ははるべとさくやこの花
  三七 浅香山かげさへみゆる山の井の浅くは人を思ふものかは
  三八 み山には霰ふるらしと山なるまさきのかづら色づきにけり
  三九 咲かざらむものとはなくに桜花おもかげにのみまだき見ゆらむ
  四〇 梓弓おして春雨けふ降りぬあすさへ降らば若菜つみてむ
  四一 一重づつ八重やまぶきはひらけなむ程へて匂ふ花とたのまむ
  四二 あしびきの山がくれなる桜ばな散り残れりと風に知らすな
  四三 わが恋はむなしき空にみちぬらし思ひやれども行くかたもなし
  四四 ことならば雲井の月となりななむ恋しきかげやそらに見ゆると
  四五 恋しさはおなじ心にあらずとも今宵の月を君見ざらめやは
  四六 秋風に声をほにあげてくる船はあまのと渡る雁にぞありける
  四七 しら露もしぐれもいたくもる山はした葉のこらずもみぢしにけり
  四八 秋の夜のあくるもしらず鳴く虫はわがごと物や悲しかるらむ
  四九 山風にとくる氷のひまごとにうちいづる波や春のはつ花
  五〇 ふるさとは吉野の山しちかければひとひもみ雪降らぬ日はなし
  五一 ほのぼのとありあけのつきのつきかげにもみぢふきおろすやまおろしのかぜ
  五二 しぬるいのちいきもやするとこころみにたまのをばかりあはむといはなむ
  五三 いでわがこまははやくゆきませまつちやままつらむいもをはやゆきてみむ
  五四 はなのいろをあかずみるともうぐひすのねぐらのえだにてななふれそも
  五五 むらどりのたちにしわがないまさらにことなしぶともしるしあらめや
    *    *

    大鷦鷯の天皇
  五六 高き屋にのぼりて見ればけぶり立つ民のかまどもにぎはひにけり

    嵯峨の后
  五七 ことしげし暫しはたてれ宵のまにおけらむ露はいでてはらはむ

    行基菩薩
  五八 霊山の釈迦のみまへにちぎりてし真如くちせずあひみつるかな

    婆羅門僧正
  五九 迦毘羅衛にともに契りしかひありて文殊のみかほあひみつるかな

    高丘親王
  六〇 いふならく奈落の底にいりぬれば刹利も修陀もかはらざりけり

    弘法大師
  六一 かくばかり達磨の知れる君なれば陀多謁多までは到るなりけり

    伝教大師
  六二 阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわが立つ杣に冥加あらせ給へ

    住吉の神
  六三 夜や寒きころもやうすき片そぎのゆきあはぬまより霜やおくらむ

    三輪の明神
  六四 恋しくはとぶらひ来ませちはやぶる三輪の山もと杉たてるかど

    住吉の明神
  六五 住吉のきしもせざらむものゆゑにねたくや人にまつといはれむ

    伊勢
  六六 三輪の山いかにまちみむ年ふともたづぬる人もあらじと思へば

    *    *
  六七 我がやどの松はしるしもなかりけり杉むらならばたづねきなまし
    *    *

    伊勢御神
  六八 さかづきにさやけき影のすみぬればちりのおそりはあらじとを知れ

    祭主輔親
  六九 おほぢ父むまご輔親三代までにいただきまつるすべらおほむ神

    和泉式部
  七〇 物思へば沢のほたるも我が身よりあくがれにける魄かとぞみる

    貴船明神
  七一 おく山にたぎりて落つる滝つせにたま散るばかり物な思ひそ

    貫之
  七二 あま雲のたちかさなれる夜半なれば神ありとほし思ふべきかは

    能因法師
  七三 天の川苗代水にせきくだせあまくだります神ならばかみ

    あさましく老いたる翁
  七四 かぞふれば止まらぬものをとしといひて今年はいたく老いぞしにける

    あさましく老いたる翁
  七五 押し照るや難波ほりえに焼く塩のからくも我は老いにけるかな

    あさましく老いたる翁
  七六 老いらくの来むと知りせば門鎖してなしとこたへて逢はざらましを

    あさましく老いたる翁
  七七 さかさまに年もゆかなむとりもあへず過ぐる齢やともにかへると

    あさましく老いたる翁
  七八 とりとめぬものにしあらねば年月をあはれあな憂と過ごしつるかな

    あさましく老いたる翁
  七九 とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなく過ぐる齢か

    あさましく老いたる翁
  八〇 かがみ山いざたちよりて見てゆかむ年経ぬる身は老いやしぬると

    人のむすめ
  八一 神無月しぐれ降るにも暮るる日の君まつほどは悲しとぞ思ふ

    五節の舞姫
  八二 くやしくぞあまつ乙女となりにける雲路たづぬる人もなきよに

    幼きちご
  八三 鶯よなどさはなくぞ乳やほしきこなべやほしき母や恋しき

    乞食
  八四 おこなひのつとめて物のほしければ西をぞたのむくるるかたとて

    蝉丸
  八五 世の中はとてもかくてもありぬべし宮も藁屋もはてしなければ

    賀朝法師
 八六 身投ぐとも人に知られじ世の中に知られぬ山をみるよしもがな

    もとのをとこ
  八七 世の中に知られぬ山に身投ぐともたにの心やいはで思はむ

    盗人
  八八 忘るなといふに流るる涙川うき名をすすぐ世ともあらなむ

    *    *
  八九 初瀬川わたる瀬さへやにごるらむよにすみがたきわが身と思へば
    *    *

    高倉の尼上
  九〇 うらなくていそのみるめはかりもせよいさかひをさへひろふべしやは

    老女房
  九一 めにちかくおきつ白浪かからずはたちよる名をもとらずやあらまし

    老いたる罪人
  九二 老いはてて雪の山をばいただけどしもとみるにぞ身はひえにける

    河内重之
  九三 草の葉にかどではしたりほととぎす死出の山路もかくや露けき

    良暹法師
  九四 しでの山まだみぬ道をあはれわが雪ふみわけて越えむとすらむ
  
    業平中将
  九五 つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふけふとは思はざりしを

    *    *
  九六 風ふけば沖つしらなみたつた山よはにや君がひとりゆくらむ
  九七 袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ
  九八 春たつといふばかりにやみよしのの山もかすみてけさはみゆらむ
  九九 ほのぼのとあかしの浦のあさぎりに島がくれゆく舟をしぞおもふ
 一〇〇 桜ちる木のした風はさむからで空にしられぬ雪ぞふりける
 一〇一 恋せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな
 一〇二 紅葉せぬときはの山にすむ鹿はおのれなきてや秋をしるらむ
 一〇三 たのめつつ来ぬ夜あまたになりぬれば待たじと思ふぞまつにまされる
 一〇四 吉野河いは波たかくゆくみづのはやくぞ人をおもひそめてし
 一〇五 難波潟しほみちくればかたをなみあしべをさしてたづ鳴きわたる
 一〇六 思ひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれ恋しきものを
 一〇七 春たちてあしたの原の雪みればまだふる年の心地こそすれ
 一〇八 よそにのみ見てややみなむかづらきやたかまの山の峰の白雲
 一〇九 思ひかね妹がりゆけば冬のよの河かぜさむみ千鳥なくなり
 一一〇 住吉のきしもせざらむものゆゑにねたくや人にまつといはれむ
 一一一 胸はふじ袖はきよみが関なれやけぶりもなみもたたぬ日ぞなき
 一一二 吹く風にあつらへつくるものならばこの一本をよきよといはまし
 一一三 春風は花のあたりをよきて吹けこころづからやうつろふと見む
 一一四 おそくいづる月にもあるかな足引の山のあなたもをしむべらなり
 一一五 春がすみたたるやいづこみよしのの吉野の山に雪はふりつつ
 一一六 野辺ちかく家ゐしせれば鶯のなくなるこゑはあさなあさなきく
 一一七 大空をおほふばかりの袖もがなちりかふ花を風にまかせじ
 一一八 みづうみに秋の山べをうつしてははたばりひろき錦とぞ見る
 一一九 春雨のふるはなみだかさくら花ちるををしまぬ人しなければ
 一二〇 そへにけふくれざらめやはと思へどもたへぬは人の心なりけり
 一二一 たれこめて春のゆくへもしらぬ間にまちし桜もうつろひにけり
 一二二 さくら花ちりかひくもれ老いらくのこむといふなる道まがふがに
 一二三 夢路には足もやすめずかよへどもうつつにひとめみるごとはあらず
 一二四 黒髪にしろかみまじりおふるまでかかる恋にはいまだあはざる
 一二五 この世にて君をみるめのかたからばこむ世のあまとなりてかづかむ
 一二六 あすしらぬ命なりともうらみおかむこの世にてしもやまじと思へば
 一二七 恋ひしなむのちはなにせむいける日のためこそ人のみまくほしけれ
 一二八 ありはてぬ命まつまのほどばかりうきことしげくなげかずもがな
 一二九 ありへむと思ひもかけぬよの中はなかなか身をぞなげかざりける
 一三〇 ささのくまひのくま河に駒とどめしばし水かへかげをだにみむ
 一三一 ゆふさればみちたづたづし月まてばかへれわがせこそのまにも見む
 一三二 をばただのいただの橋のくづれなばけたよりゆかむかへれわがせこ
 一三三 やましなのこはたの里に馬はあれど君をおもへばかちよりぞくる
 一三四 みちのくのとふのすがごもななふには君をねさせてみふに我ねむ
 一三五 などて我うたたある恋をはじめけむしどろにとこのたぢろろくまで
 一三六 まてといふにたちもとまらでしひてゆく駒のあしをれまへのたな橋
 一三七 うたたねに恋しき人をゆめにみておきてさぐるになきぞわびしき
 一三八 枕よりあとより恋のせめくれば床中にこそおきゐられけれ
 一三九 梓弓おもはずにしていりにしを引きとどめてぞふすべかりける
 一四〇 山がつのこけの衣はただひとへかさねばうとしいざふたりねむ
 一四一 わすれなむと思ふ心のつくからにありしよりけにまづぞ恋しき
 一四二 あかでこそ思はむ中ははなれなめそをだにのちのわすれがたみに
 一四三 心ありてとふにはあらず世の中にありやなしやのきかまほしきぞ
 一四四 たのめこしことの葉いまは返してむほどなき身にはおきどころなし
 一四五 人しれずたえなましかばなかなかになき名ぞとだにいはましものを
 一四六 なき名ぞと人にはいひてありぬべし心のとはばいかがこたへむ
 一四七 あまのかるもにすむ虫のわれからとねをこそなかめよをばうらみじ
 一四八 おほかたのわが身ひとつのうきからになべての世をもうらみつるかな
 一四九 奥山にたてらましかばなぎさこぐふなぎもいまはもみぢしなまし
 一五〇 春霞かすみていにしかりがねはいまぞなくなる秋霧のうへに
 一五一 身にかへてあやなく花ををしむかないけらばのちの春もこそあれ
 一五二 まてといふに散らでしとまる花ならばなにをさくらに思ひまさまし
 一五三 なごりなく散るぞめでたきさくら花ありて世の中はてのうければ
 一五四 さくら花散らばちらなむちらずとてふるさと人のきても見なくに
 一五五 山ざくらあくまで色をみつるかな花ちるべくも風ふかぬよに
 一五六 足引の山の端いでて山の端にいるまで月をながめつるかな
 一五七 あかなくにまだきも月のかくるるか山の端にげていれずもあらなむ
 一五八 おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人の老いとなるもの
    *    *

    業平中将
 一五九 てる月をまさきのつなによりかけてあかずわかるる人をとどめむ

    *    *
 一六〇 みるからにうとくもあるかな月かげのいたらぬ里もあらじと思へば
 一六一 しら雲にはねうちかはしとぶ雁のかずさへ見ゆるあきの夜の月
 一六二 てりもせずくもりもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしく物ぞなき
 一六三 あらたまの年たちかへるあしたよりまたるるものはうぐひすのこゑ
 一六四 竹ちかくよどこねはせじ鶯のなくこゑきけばあさいせられず
 一六五 ゆきやらで山路くらしつほととぎすいま一声のきかまほしさに
 一六六 夏山になくほととぎす心あらば物おもふわれにこゑなきかせそ
 一六七 わが恋はむなしき空にみちぬらし思ひやれども行くかたもなし
 一六八 霜のたて露のぬきこそよわからし山のにしきのおればかつ散る
 一六九 み山には霰ふるらしと山なるまさきのかづら色づきにけり
 一七〇 春がすみ色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも
 一七一 いはそそくたるみの上のさわらびのもえいづる春にあひにけるかも
 一七二 あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも
    *    *

    貫之
 一七三 我がやどの物なりながらさくら花散るをばえこそとどめざりけれ

    花山院
 一七四 わがやどの桜なれども散るときは心にえこそまかせざりけれ

    *    *
 一七五 もみぢせぬときはの山をふく風の音にや秋をききわたるらむ
 一七六 紅葉せぬときはの山にたつ鹿はおのれなきてや秋をしるらむ
 一七七 しのぶれど色にでにけりわが恋はものや思ふとみる人ぞとふ
 一七八 しのぶれど色にでにけりわが恋はものや思ふと人のとふまで
 一七九 うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをいかでしらまし
 一八〇 うぐひすの声なかりせば雪きえぬ山ざといかで春をしらまし
 一八一 さざれいしの上もかくれぬ沢水のあさましくのみ見ゆる君かな
 一八二 さを鹿のつめだにひちぬ山がはのあさましきまでとはぬ君かな
 一八三 きみこむといひし夜ごとにすぎぬればまたれぬもののこひつつぞをる
 一八四 たのめつつ来ぬ夜あまたになりぬれば待たじと思ふぞまつにまされる
 一八五 秋の田のかりそめぶしもしてけるかいたづらいねをなににつままし
 一八六 秋の田のかりそめぶしもしつるかなこれもやいねのかずにとるべき
 一八七 思ひつつぬればやかもとぬまたまの一夜もおちず夢にし見ゆる
 一八八 思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを
 一八九 恋しさはおなじ心にあらずとも今宵の月を君見ざらめや
 一九〇 さやかにもみるべき月をわれはただ涙にくもるをりぞおほかる
 一九一 人しれぬなみだに袖はくちにけりあふよもあらばなににつつまむ
 一九二 君はただ袖ばかりをやくたすらむあふには身をもかふとこそきけ
 一九三 君やこしわれやゆきけむおぼつかな夢かうつつかねてかさめてか
 一九四 かきくらす心のやみにまどひにき夢うつつとはよ人さだめよ
 一九五 見ずもあらず見もせぬ人の恋しきはあやなくけふやながめくらさむ
 一九六 しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ
 一九七 木づたへばおのが羽風にちる花をたれにおほせてここらなくらむ
 一九八 とのもりのとものみやつこ心あらばこの春ばかりあさぎよめすな
 一九九 吹く風にあつらへつくるものならばこのひと枝はよきよといはまし
 二〇〇 かのかたにはや漕ぎよせよ時鳥みちに鳴きつと人にかたらむ
 二〇一 春かけてかくかへるとも秋風にもみぢの山をこえざらめやは
 二〇二 唐にしきえだにひとむら残れるは秋のかたみをたたぬなりけり
 二〇三 なき名のみ高雄の山といひたつる人は愛宕の峰にやあるらむ
 二〇四 なき名のみたつたの山のふもとにはよにもあらしの風もふかなむ
 二〇五 名にしおはばあだにぞ思ふたはれ島なみのぬれ衣いくへきぬらむ
 二〇六 我がやどのわさだもいまだかりあへぬにまだき降りぬるはつ時雨かな
 二〇七 妹がかどゆきすぎがてにひぢかさの雨も降らなむあまがくれせむ
 二〇八 久方のはにふのこやにこし雨ふりとこさへぬれぬみにそへわぎも
 二〇九 鳰鳥のかづしかわせをにへすともそのかなしきをとにたてめやは
 二一〇 我が宿のわさだかりあげてにへすとも君がつかひをかへしはやらじ
 二一一 はし鷹ののもりのかがみえてしかな思ひおもはずよそながらみむ
 二一二 わすれ草我がしたひもにつけたれど鬼のしこぐさことにしありけり
 二一三 わすれ草かきもしみみに植ゑたれど鬼のしこぐさなほおひにけり
 二一四 あさもよひきの関守がたづか弓ゆるすときなくまづゑめる君
 二一五 たづか弓手にとりもちて朝狩に君はたちきぬたなくらの野に
 二一六 あさもよひきの河ゆすりゆく水のいづさやむさやくるさやむさや
 二一七 露のいのち草のはにこそかかれるを月のねずみのあわたたしきかな
 二一八 草のねに露のいのちのかかるまを月のねずみのさわぐなるかな
 二一九 わたつみのとよはた雲にいり日さしこよひのつきよすみあかくこそ
 二二〇 ゆふされば雲のはたてに物ぞおもふあまつ空なる人こふる身は
    *    *

    重之
 二二一 ささがにのくものはたてのさわぐかな風こそくもの命なりけれ

    *    *
 二二二 恋せじとなれるみかはの八橋のくもでに物を思ふころかな
 二二三 もろともにゆかぬみかはの八橋を恋しとのみやおもひわたらむ
 二二四 錦木はちつかになりぬいまこそは人にしられぬねやのうち見め
 二二五 あらてくむやどにたてたる錦木はとらずはとらずわれやくるしき
 二二六 錦木はたてながらこそ朽ちにけれけふのほそぬの胸あはじとや
 二二七 みちのくのけふのほそぬのほどせばみ胸あひがたき恋もするかな
    *    *

    有間皇子
 二二八 いはしろの浜松が枝をひきむすびまさしくあらばまたかへりこむ

    有間皇子
 二二九 家にあればけにもる飯をくさまくら旅にしあれば椎の葉にもる

    *    *
 二三〇 しらなみの浜松が枝のたむけぐさいくよまでにか年のへぬらむ
    *    *

    人麿
 二三一 のち見むと君がむすべる岩代の小松がうれをまた見けむかも

    吉麿
 二三二 岩代のきしの小松をむすびたる人はかへりてまたみけむかも

    能因法師
 二三三 春日山いはねの松は君がためちとせのみかはよろづ世やへむ

    資仲の弁
 二三四 岩代のをのへの風に年ふれど松のみどりはかはらざりけり

    *    *
 二三五 いなむしろ川ぞひ柳水ゆけばなびきおきふしその根はうせず
 二三六 近江なるちくまの祭とくせなむつれなき人のなべのかず見む
    *    *
   (作者)
 二三七 いかにせむうさかの森にみはすとも君がしもとのかずならぬ身を
    *    *
 二三八 あづまぢの道のはてなる常陸帯のかごとばかりもあはむとぞおもふ
 二三九 ただにあひて見てばのみこそたまきはる命にむかふ我が恋やまめ
 二四〇 かくしつつあらくをよみにたまきはる短き命をながくほりする
 二四一 たまきはるうちの大野に駒なめて朝ふますらむその草ふけの
 二四二 ますかがみみつといはめやたまきはるいはかきふちのかくれたるつま
    *    *

    をとこ
 二四三 み吉野のたのむの雁もひたぶるに君がかたにぞよるとなくなる

    母
 二四四 我がかたによるとなくなるみ吉野のたのむの雁をいつか忘れむ

    一条摂政
 二四五 雲居にも声ききがたきものならばたのむの雁もちかく鳴きなむ

    女
 二四六 ことづてのなからましかばめづらしきたのむの雁に知られざらまし

    *    *
 二四七 さかこえてあべのたのもにゐるたづのともしき君はあすさへもがも
 二四八 忘るなよたぶさにつけし虫の色のあせなば人にいかがこたへむ
 二四九 あせぬとも我ぬりかへむもろこしのゐもりもまもる限りこそあれ
 二五〇 ぬぐくつのかさなることのかさなればゐもりのしるしいまはあらじな
 二五一 わぎもこが額の髪やしじくらむあやしく袖にすみのつくかな
 二五二 いとせめて恋しき時はむばたまのよるの衣をかへしてぞきる
 二五三 いもが門いでたる河の瀬をはやみ駒ぞつまづく家恋ふらしも
 二五四 眉ねかきはなひひもとき待つらむやいつしか見むと思ふわぎもこ
 二五五 まれにこむ人を見むとぞひだり手の弓とるかたの眉ねかきつつ
 二五六 今こむといひしばかりを命にて待つにけぬべしさくさめのとじ
 二五七 かずならぬ身のみ物うく思ほえて待たるるまでもなりにけるかな
    *    *

    朝綱卿
 二五八 かぞいろはあはれといかに思ふらむみとせになりぬあしたたずして

    *    *
 二五九 しながどりゐな野をゆけばありまやま夕霧たちぬともはなくして
 二六〇 しながどりゐな山とよみゆく水のなにのみよせしかくれづまはも
 二六一 山鳥のをろのはつをにかがみかけとなふべみこそなによそりけめ
 二六二 足引の山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかもぬる
 二六三 時鳥なきつる夏の山辺にはくつていださぬ人やわぶらむ
 二六四 岩ばしの夜のちぎりも絶えぬべしあくるわびしきかづらきの神
 二六五 さばへなすあらぶる神もおしなべてけふはなごしのはらへといふなり
    *    *

    藤原敏行
 二六六 ふる雪のみのしろ衣うちきつつ春きにけりとおどろかれぬる

    *    *
 二六七 山里の草葉の露もしげからむみのしろ衣ぬはずともきよ
 二六八 せながためみのしろ衣うつときぞ空行く雁のねもまがひける
 二六九 つくばねのにひくはまゆのきぬはあれど君がみけししあやに着まほし
 二七〇 あしだまも手玉もゆらに織るはたを君がみけしにぬひきけむかも
 二七一 くれはどりあやに恋しくありしかばふたむら山も越えずきにけり
 二七二 から衣たつを惜しみし心こそふたむら山のせきとなりけめ
 二七三 鹿をさして馬といひける人もあれば鴨をも鴛とおもふなるべし
 二七四 なしといへば惜しむかもとや思ふらむ鹿や馬とぞいふべかりける
 二七五 秋風に初雁がねぞきこゆなるたが玉づさをかけてきつらむ
    *    *

    妥女
 二七六 天の河うき木にのれるわれなれやありしにもあらず世はなりにけり

    *    *
 二七七 血のなみだ落ちてぞたぎつ白川は君が世までの名にこそありけれ
 二七八 はつ春の初子の今日の玉ばはき手にとるからにゆらく玉の緒
 二七九 玉ばはき刈り来かままろむろの木となつめがもととかき掃かむため
    *    *

    京極御息所
 二八〇 よしさらばまことの道のしるべしてわれをいざなへゆらく玉の緒

    *    *
 二八一 かぞいろはあはれとみらむつばめすらふたりは人に契らぬものを
 二八二 つばめくる時になりぬと雁がねはふるさと恋ひて雲隠れ鳴く
 二八三 からすてふおほをそどりの心もてうつし人とはなになのるらむ
 二八四 朝倉や木のまろ殿に我が居れば名のりをしつつ行くはたがこぞ
    *    *

    藤原惟規
 二八五 神垣は木のまろ殿にあらねども名のりをせねば人とがめけり

    *    *
 二八六 そのはらやふせやにおふるははきぎのありとは見れどあはぬ君かな
    *    *
 
   河原大臣
 二八七 みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
 
    *    *
 二八八 芹つみしむかしの人も我がごとや心に物はかなはざりけむ
    *    *
    
    嵯峨后
 二八九 ことしげし暫しはたてれ宵のまにおけらむ露はいでてはらはむ

    *    *
 二九〇 みづの江のうらしまのこがはこなれやはかなくあけてくやしかるらむ
 二九一 我が心なぐさめかねつさらしなやをば捨山に照る月を見て
 二九二 甲斐が嶺をさやにも見しかけけれなくよこほりくやるさやの中山
 二九三 ねらひするしづ男のこしましなへたるやさしき恋も我はするかな
 二九四 月よめばいまだ冬なりしかすがに霞たなびく春立ちぬとは
 二九五 雪をおきて梅をな恋ひそあしびきのやまかたつきて家ゐせる君
 二九六 我が宿のそともに立てるならの葉のしげみにすずむ夏は来にけり
 二九七 いささめに時待つまにぞ日は経ぬる心ばせをば人に見えつつ
 二九八 いささめに思ひしものをたこの浦にさける藤浪ひとよ経にけり
 二九九 なつかりのたま江のあしをふみしだき群れゐる鳥の立つ空ぞなき
 三〇〇 神風や伊勢のはまをぎ折りふせて旅ねやすらむあらき浜べに
 三〇一 みちのくのあさかの沼のはなかつみかつ見る人の恋ひしきやなぞ
 三〇二 花がたみめならぶ人のあまたあれば忘られぬらむかずならぬ身は
 三〇三 散りぬべき花みるほどはすがの根のながきはる日もみじかかりけり
 三〇四 すがの根のながながしてふ秋の夜は月みぬ人のいふにぞありける
 三〇五 我がかどにいなおほせ鳥のなくなへに今朝吹く風に雁は来にけり
 三〇六 あふことをいなおほせ鳥の教へずは人を恋ひ路にまどはざらまし
 三〇七 春なればもずのくさぐきみせずともわれは見やらむ君があたりは
 三〇八 いくばくの田をつくればかほととぎす死出の田長をあさなあさな呼ぶ
 三〇九 すがる鳴く秋の萩原あさたちて旅ゆく人をいつとか待たむ
 三一〇 はなちどりつばさのなきをとぶからにいかで雲居をおもひかくらん
 三一一 わすれなむ時しのべとぞ浜ちどり行方も知らぬあとをとどむる
 三一二 百ちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふりゆく
 三一三 わがかどのえのみもりはむ百ちどりちどりは来れど君は来まさず
 三一四 たがみそぎゆふつけ鳥かから衣たつたの山にをりはへてなく
 三一五 夏くればやどにふすぶるかやり火のいつまで我が身した燃えをせむ
 三一六 あしびきの山田もるこがおく蚊火のしたこがれのみ我が恋ひをらむ
 三一七 春日野のとぶ火の野守り出でてみよいまいく日ありてわか菜つみてむ
 三一八 みまくほし我が待ち恋ひし秋はぎはえだもしみみに花さきにけり
 三一九 いへ人はみちもしみみにかよへども我が待つ君がつかひ来ぬかも
 三二〇 かの見ゆる池べにたてるそがぎくのしがみさえだのいろのてこらさ
 三二一 あかしののをかのくがたち清ければにごれる民もかばねすずしき
 三二二 から衣したてる姫のせなこひそあめにきこゆるつるならぬねを
 三二三 いぐし立てみわすゑまつる神主のうずのたまかげ見ればともしも
    *    *

    俊子
 三二四 我が宿をいつならしてかならの葉のならしがほにはをりにおこする

    枇杷大臣
 三二五 かしはぎの葉守りの神もましけるを知らでぞ折りしたたりなさるな

    行平中納言
 三二六 おきなさび人なとがめそかりころもけふばかりとぞたづも鳴くなる

    *    *
 三二七 さくら花散りかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに
    *    *

    小野篁
 三二八 思ひきやひなの別れにおとろへて海士のなはたくいさりせむとは

    公忠弁
 三二九 たまくしげふたとせ逢はぬ君が身をあけながらやはあらむと思ひし

    貫之
 三三〇 かはやしろしのにおりはへ乾すころもいかにほせばかなぬかひざらむ

    貫之
 三三一 ゆく水の上にいはへるかはやしろ河なみたかくあそぶなるかな

    *    *
 三三二 旅にして物恋ひしきにやまもとのあけのそほ舟沖にこぎゆく
 三三三 ひさかたのあまのさぐめがいし舟のとめしたかつはあせにけるかも
 三三四 沖ゆくやあからをぶねにつとやらむわかき人見てときあけむかも
 三三五 さきもりのほりえこぎいづるいづてぶねかぢとるまなく恋はしげけむ
 三三六 ほり江こぐたななしをぶねこぎかへりおなじ人にも恋ひわたるかな
 三三七 ももつしまあしがらをぶねあるきおほみめこそ離るらめ心は思へど
 三三八 あやしくも袖にみなとのさわぐかなもろこしぶねもよせつばかりに
 三三九 まつらぶねみだれほそ江のみをはやみかぢとる間なくおもほゆるかも
 三四〇 おほぶねにまかぢしげぬきこぐ程をいたくな恋ひそとしにあるいかにぞ
 三四一 あまの河あさせしら波たどりつつわたりはてねばあけぞしにける
 三四二 きのふこそさなへ取りしかいつのまにいなばもそよと秋かぜの吹く
 三四三 潮みてばいりぬる磯の草なれやみらくすくなく恋ふらくのおほき
 三四四 名のみして山はみかさもなかりけりあさひゆふひのさすをいふかも
    *    *

    敏信母
 三四五 ひとなしし胸のちぶさをほむらにてやくすみぞめのころもきよ君

    *    *
 三四六 神まつる卯月にさける卯の花はしろくもきねがしらげたるかな
 三四七 雪のうちに春はきにけりうぐひすのこほれる涙いまやとくらむ
 三四八 山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我みはやさむ
 三四九 見る人もなき山ざとの花の色はなかなか風ぞをしむべらなる
    *    *

    素性法師
 三五〇 山もりはいはばいはなむ高砂の尾上の桜をりてかざさむ

    村上天皇
 三五一 時しもあれいなばの風に波よれるこにさへ人のうらむべしやは

    斎宮女御
 三五二 いかでかはいなばもそよといはざらむ秋のみやこのほかにすむ身は
 
    *    *
 三五三 恋ひわびてねをのみなけば敷妙のまくらの下にあまぞつりする
 三五四 雪ふりて年のくれぬる時にこそつひにもみぢぬ松も見えけれ
 三五五 冬さればみちも見えねどふるさとをもとこし駒にまかせてぞゆく
 三五六 斧の柄はくちなばまたもすげかへむうき世の中にかへらずもがな
 三五七 ぬれてほす山路の菊の露のまにいかでかわれは千代をへぬらむ
 三五八 たちぬはぬきぬきし人もなきものをなに山姫のぬのさらすらむ
 三五九心ざしふかうのさとにおきたらばはこやの山をゆきて見てまし
    *    *

    衣通姫
 三六〇 わぎもこが来べきよひなりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも

    *    *
 三六一 我が恋は千びきのいしのななばかり首にかけても神のもろふし
 三六二 あひ思はぬ人を思ふは大寺のがくゐのしりへにぬかづくがごと
 三六三 てらでらのめがくゐまうさくををうはのをがきたばりてその子はらまむ
 三六四 山ざとのたのきのさいもくむべきにおしねほすとて今日もくらしつ
 三六五 月よよみころもしでうつ声きけばいそがぬ人もねられざりけり
 三六六 貝すらもいもせぞなべてあるものをうつし人にて我ひとりぬる
    *    *

    躬恒
 三六七 おく山に船こぐ音のきこゆるは
     貫之
      なれるこのみやうみわたるらむ

    忠峰
 三六八 なははしのたえぬところにかつらはし
     敏行の少将
      つがひのをさに壬生のただみね

    女ばう
 三六九 程もなくぬぎかへてけりから衣
     公忠の弁
      あやなきものはよにこそありけれ

    よみ人しらず
 三七〇 たれぞこのなるとのうらに音するは
     実方中将
      とまりもとむるあまの釣舟

    道なかの君
 三七一 あやしくもひざよりしものさゆるかな
     実方中将
      こしのわたりに雪やふるらむ

    匡衡
 三七二 みやこいでて今日ここぬかになりにけり
     赤染
      とをかの国にいたりにしかな

    永成法師
 三七三 あづまうどの声こそきたにきこゆなれ
     慶範法師
      みちのくによりこしにやあるらむ

    頼経
 三七四 桃園のももの花こそさきにけれ
     公資の朝臣
      梅津のむめはちりやしぬらむ

    頼綱の朝臣
 三七五 いなり山ねぎをたづねてゆくとりは
     信綱
      はふりによはの露やおくらむ

    よみ人しらず
 三七六 春はもえ秋はこがるるかまど山
      元輔
       霞も霧もけぶりとぞ見る

    *    *
 三七七 山城のやまとにかよふいづみ川
    *    *
     たかさだ
      これやみくにのわたりなるらむ

    加茂成助
 三七八 しめのうちにきねの音こそ聞ゆなれ
     行重
      いかなる神のつくにかあるらむ

    永胤法師
 三七九 をぎの葉に秋のけしきの見ゆるかな
     永源法師
      風になびかぬ草はなけれど

    道雅の三位
 三八〇 もろともに山めぐりするしぐれかな
     兼綱の中将
      ふるにかひなき身とはしらずや

    禅林寺の僧正
 三八一 春のたにすきいりぬべきおきなかな
     宇治殿
       かのみなくちに水をいればや

    観暹
 三八二 日のいるはくれなゐにこそにたりけれ
     平為成
      あかねさすとも思ひけるかな

    慶暹
 三八三 このとのは火桶に火こそなかりけれ
     永源
      わがみづがめに水はあれども

    頼義
 三八四 菊の花すまひぐさにぞ似たりける
     頼成
      とりたがへてや人のうゑけむ

    公資
 三八五 おぼつかな誰かなしけむふたご塚
     相模
      ははそのもりやしらばしるらむ

    えんしん阿闍梨
 三八六 むまげにもはむ牛のくさかな
     永源
      ひつじの尾さるのかしらになるほどに

    慶暹
 三八七 むめの花がさ着たるみのむし
     薬犬丸
      雨よりは風ふくなどや思ふらむ

    重之
 三八八 物あはれなる春のあけぼの
     修行者
      虫のねのよわりし秋のくれよりも

    成光
 三八九 おくなるをもやはしらとはいふ
     観暹
      見わたせばうちにもとをばたててけり

    供なりける人
 三九〇 山の井のふたきのさくらさきにけり
     赤染
      みきとかたらむみぬ人のため

    *    *
 三九一 かはらやの板葺にてもたてるかな
    *    *
     木工助助俊
      つちくれしてやつくりそめけむ

    小弐ためすけ
 三九二 つれなくたてるしかのしまかな
     くにただ
      ゆみはりの月のいるにもおどろかで

    もりふさ
 三九三 きのふより今日こそかへれあすかより
     つねみのわう
      みかのはらゆく心ちこそすれ

    重之
 三九四 雪ふればあしげに見ゆるいこま山
     かうぶんた
      いつなつかげにならむとすらむ

    頼綱
 三九五 賀茂川をつるはぎにてもわたるかな
     信綱
      かりばかまをばをしと思ひて

    清家
 三九六 しばがきのきとこれをいふかも
     ためなか
      むべこそは栗毛の馬におほせけれ

    すゑきよ
 三九七 いぬたでのなかに生ひたるゑのこぐさ
     *    *
      ここと見おきてのちにつませむ
     *    *

    読人不知
 三九八 なににあゆるをあゆといふらむ
     匡房卿妹
      うぶねにはとりいれしものをおぼつかな

    神主ただより
 三九九 千はやぶるかみをばあしにまくものか
     和泉式部
      これをぞしもの社とはいふ

    頼光
 四〇〇た でかる舟のすぐるなりけり
     相模が母
      あさまだきからろの音のきこゆるは

    かねなが
 四〇一 おそろしげなるおにやなぎかな
     のりなが
      みなかみはあしはらくさきここちして

    家経
 四〇二 ふかくさに幼きちごのたてるかな
     信綱
      そのかはらげの馬にくはすな

    永源法師
 四〇三 たにはむこまはくろにぞありける
     永成法師
      なはしろの水にはかげと見えつれど

    女房
 四〇四 まなこゐのほりかねばかりふかければ
     高倉の尼上
      めみつかとこそあなづられけれ

    かねつな
 四〇五 なしといひつるたひは君ありけると
     経衡
      さかひよりきのふもてきたるなり

    頼家
 四〇六 あゆはただはたたかににて参らせよ
     永胤法師
      しぶきよしとてまたなしぶきそ

    中納言殿
 四〇七 かりぎぬはいくのかたちしおぼつかな
     俊重
      わがせこにこそとふべかりけれ

    ある人
 四〇八 我がせこに見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪のふれれば

    貫之
 四〇九 我がせこがころもはるさめ降るごとに野辺のみどりぞ色まさりける

    男
 四一〇 武蔵野はけふはなやきそわかくさのつまもこもれりわれもこもれり

    和泉式部
 四一一 今朝はしも思はむ人はとひてましつまなきねやのうへはいかにと

    *    *
 四一二 わがかどの千鳥しばなくおきよおきよわが一夜づま人に知られじ
 四一三 春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる
 四一四 あひ見ぬもうきもわが身のから衣おもひ知らずもとくる紐かな
 四一五 恋しとはさらにもいはじ下紐のとけむを人はそれとしらなむ
 四一六 めづらしき人を見むとやしかもせぬわが下紐のとけわたるらむ
 四一七 ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな
    *    *

    良暹
 四一八 つくま江のそこの深さをよそながらひけるあやめの根にて知るかな

    *    *
 四一九 はちす葉のにごりにしまぬ心もてなどかは露を玉とあざむく
 四二〇 もがみ川のぼればくだるいなぶねのいなにはあらずしばしばかりぞ
 四二一 いたづらにたびたび死ぬといふなればあふにはなにをかへむとすらむ
 四二二 しぬしぬときくきくだにもあひみねば命をいつのたにか残さむ
 四二三 きかばやな人づてならぬ言の葉をみとのまぐはひまでも思はず
    *    *

    懐円
 四二四 みるたびにかがみのかげのつらきかなかからざりせばかからましやは

    赤染衛門
 四二五 なげきこし道の露にもまさりけりなれにしさとをこふる涙は

    *    *
 四二六 思ひかね別れし野べをきてみれば浅茅が原に秋風ぞふく
    *    *

    惟規
 四二七 人知れず思へばうける言の葉もつひにあふせのたのもしきかな

    四条中納言
 四二八 垣ごしに馬を牛とはいはねども人の心のほどをみるかな

    実方の中将
 四二九 みかのよのもちひはくはじわづらはし聞けばよどのにははこつむなり

    *    *
 四三〇 かるもかきふすゐの床のいをやすみさらばねざらめかからずもがな
 四三一 むばたまの年のやとせを待ちかねてただ今宵こそにひ枕すれ
    *    *
 
    後三条院
 四三二 住吉の神もあはれと思ふらむむなしきふねをさしてきたれば

    忠峰
 四三三 しら雲のおりゐる山と見えつるはたかねに花やちりまがふらむ

    長能
 四三四 心うき年にもあるかなはつかあまりここぬかといふに春のくれぬる

    惟規
 四三五 みやこには恋しき人のあまたあればなほこのたびはいかむとぞ思ふ

    寛祐の君
 四三六 みづうみと思はざりせばみちのくのまがきのしまと見てやすぎまし

    長能
 四三七 あられふる交野のみののかりころもぬれぬやどかす人しなければ

    源道済
 四三八 ぬれぬれもなほかりゆかむはし鷹のうはげの雪をうちはらひつつ

    小式部内侍
 四三九 大江山生野のさとの遠ければふみもまだ見ずあまの橋立

    道信中将
 四四〇 口なしにちしほやちしほそめてけり
     伊勢大輔
      こはえもいはぬ花のいろかな

    後三条院越前
 四四一 いにしへの家の風こそうれしけれかかることのはちりくと思へば

    良暹
 四四二 もみぢ葉のこがれてみゆるみふねかな

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