諸本・諸注 その他の歌集 Ⅱ   index page
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綺語抄解題】〔292綺語抄解〕新編国歌大観巻第五-292 [日本歌学大系別巻一] 及び「大辞林第三版」 

 仲実綺語抄とも。藤原仲実作。嘉承二年(一一〇七)~永久四年(一一一六)成立。日本歌学大系別巻1による。 (橋本不美男・滝沢貞夫)


 「大辞林第三版」

 きごしょう【綺語抄】 
 平安時代の歌学書。歌語辞書。藤原仲実著。三巻。1107~16年の間に成立か。本文は歌語を天象・時節など一四門に分けて簡単な注を施し,万葉集・古今和歌集などの例歌をあげる。
 国語辞典の先駆をなすもの。仲実抄。仲実綺語抄。
 
 【綺語抄】747首 新編国歌大観巻第五-292国 五巻-292 (日本歌学大系別巻一)

   綺語抄上
 
    安部仲丸
   一 あまのはらふりさけみればかすがなるみかさの山にいでし月かも
    *    *
   二 ひさかたのあまつみそらにてる月のうせなんのちぞわがこひやまめ
   三 ひさかたのあまぢはとほしなほなほにいへにかへりてなりをしまさに
    *    *
    友則
   四 ひさかたのひかりのどけき春の日にしづこころなくはなのちるらん
    *    *
   五 ひさかたのあまつそらにもすまなくに人はよそにぞおもふべらなる
   六 ひさかたのあまてる月のかくれなばなにによそへて君をしのばん
   七 ひさかたのあまのかはらのわたしもりきみわたりなばかぢかくしてよ
   八 ひさかたのあままもおかずくもがくれなきこそわたれはつたかりがね
   九 ひさかたのあまのさぐめがあまぶねのとめしたかつはあせにけるかも
  一〇 たわすれていをぞねにけるあかねさすひるはさばかりおもひしものを
  一一 あさづくひむかふつげぐしふるければなにぞもきみが見れどあかれぬ
    *    *
    猿丸
  一二 あさひかげにほへるやまにてる月のあかれぬきみを山ごしにおきて
    *    *
  一三 ゆふづく日さすやをかべにつくる屋のかたちをよしみしかぞよりくる
  一四 春がすみたなびくけふのゆふづくよきよくてるらんたかまつののに
  一五 春さればこのくれもとのゆふづくよおぼつかなしや山かげにして
    *    *
    猿丸
  一六 ゆふづくよさすやをかべの松の葉のいつともわかぬこひもするかな
    猿丸
  一七 ゆふづくよあか月山のあさかげに我が身はなりぬこひのしげきに
    人丸
  一八 はるたてばしるしばかりのゆふづくよおぼつかなしもこがくれにして
    *    *
  一九 さよふけてあか月づきにかげ見えてなくほととぎすきけばなつかし
  二〇 たがやどの梅の花ぞもひさかたのきよき月よにここらちるらん
  二一 うばたまのそのよの月夜けふまでにわれはわすれずまなくおもへば
  二二 つきよみのひかりにきませあしびきの山をへだててとほからなくに
  二三 月よみのひかりはきよくてらせどもまどふこころはたえずおもほゆ
  二四 あまのはらみちとほきかも月よみのひかりすくなしよはふけにつつ
  二五 みそらゆくつきよみ人をゆふさらずめにはみれどもしるよしもなし
  二六 みそらゆく月のひかりにただひとめあひみし人のゆめにしみゆる
  二七 あめにます月よみをとこぬさはせむこよひのながさいほよ月こそ
  二八 秋風のきよきゆふべにあまの川ふねこぎわたす月人をとこ
    *    *
    人丸
  二九 おほぞらにまかぢしじぬきうなばらをこぎてきわたるつきひとをとこ
    *    *
  三〇 ゆふづくよかよふあまぢをいつしかとあふぎてたのむ月ひとをとこ
  三一 あまのうみ月のふねうけてかつらかぢかけてこぐみゆ月ひとをとこ
  三二 山の端にささらえをとこあまのはらとわたるひかり見らくしよしも
  三三 月よめばいまだふゆなりしかすがにかすみたなびくはるたちぬとか
    *    *
    乙黒丸
  三四 やまのはにいざよふ月をいでんかとまちつつをるによぞふけにける
    *    *
  三五 このまよりうつろふ月のかげをしみたちやすらふにさよふけにけり
  三六 わがやどのけもものしたに月よさしした心よしうたてこの比
  三七 はつせのやゆつきがしたにわがかくしたる
     つまあかねさしてる月よに人みてんかも
    *    *
    賀茂女
  三八 おほとものみつとはいはじあかねさしてれる月よにただにあへりとも
    *    *
  三九 わがやどに月おしてれりほととぎすこころあるこよひきなきとよませ
    *    *
    花山院
  四〇 露の命草のねにこそやどれるを月のねずみのあわただしきかな
    高光少将
  四一 たのむよの月のねずみのさわぐまの草葉にかかる露の命を
    *    *
  四二 わたつみのとよはた雲にいりひさしこよひの月よすみあかくこそ
  四三 かすが野にあさゐる雲のしくしくにわれはこひます月に日ごとに
  四四 やくもさすいづものこらがくろかみはよしののかはのおきになづさふ
  四五 あまのがはきりたちわたるけざけざと我がまつ君がふなですらしも
  四六 春霞ながるるともにあをやぎのいとくひもちてうぐひすぞなく
  四七 あさがすみかかれる山をこえていなばわれはこひんなあはん日までに
    *    *
    ありはらのしげはるがむすめ
  四八 おもへどもなほうとまれぬ春霞かからぬやまはあらじとおもへば
    顕綱朝臣
  四九 はなゆゑにかからぬやまはなかりけりこころは春のかすみならねど
    *    *
  五〇 春さめのたなびく山の桜ばなはやく見ましをちりうせにけり
  五一 いもがかど行きすぎがてにひぢかさのあめもふらなんあまがくれせん
  五二 神な月ふりみふらずみさだめなきしぐれぞ冬のはじめなりける
  五三 あまざはりつねに見る君はひさかたのよむべのあめにこりにけんかも
  五四 ひさかたのあめもふらぬかあまづつみきみにたぐひて此の日くらさん
  五五 かさなしと人にはいひてあまづつみとまりしきみがすがたしぞおもふ
  五六 我が袖にあられたばしりまきかくしけたずてあれやいもが見んため
  五七 しもの上にあられたばしりいやましにあれはまゐこんとしのをながく
  五八 うちなびきはるさりくればしかすがにあまぐもきりあひ雪は降りつつ
    *    *
    家持
  五九 うちきらし雪は降りつつしかすがにわがいへのそのに雪はふりつつ
    *    *
  六〇 うちきらし春さりくればささのうれにをはうちふれてうぐひすなくも
  六一 あはゆきのはだらにふると見るまでにまがひてちるはなにの花ぞも
  六二 よをさむみあさとをあけてけさ見れば庭もはだらに雪は降りつつ
  六三 あはゆきのはだれにふると見るまでにながらへ散るはなにの花ぞも
  六四 おくやまのしづりのしたの袖なれやおもひのほかにぬれぬとおもへば
  六五 梅の花それとも見えずひさかたのあまぎるゆきのなべてふれれば
    *    *
    家持
  六六 しらゆきもいまだすぎねばおもはずにかすがの里に梅の花見つ
    中武良自
  六七 ときはいまは春になりぬとみゆきふる遠き山べにかすみたなびく
    *    *
  六八 しはすにはあわゆきふるとしらぬかも梅の花咲くつぼめえずして
  六九 たてもなくぬきもさだめぬをとめごがおれるもみぢにしもなふらしそ
  七〇 ひさかたのあまのつゆじもおきにけりいへにある人まちこひぬらん
    *    *
    猿丸
  七一 はぎの花散るらんをののつゆじもにぬれてをゆかんさよはふくとも
    人丸
  七二 つゆじもにころもでぬれていまだにもいもがりゆかむよはふけぬとも
    人丸
  七三 春くればみくさのうへにおくしものけつらんわれはこひしたるかも
    *    *
  七四 秋風のきよきゆふべにあまのがは舟こぎわたす月ひとをとこ
  七五 かすみたつかすがの里の梅の花山した風にちりこすなゆめ
  七六 白雪の降りこす時はみよしのの山したかぜに花ぞちりける
  七七 かへるかり雲路にまどふこゑすなり霞ふきとけこのめはる風
  七八 あゆのかぜいたくふくらしなごのあまのつりするをぶねこぎかへるみゆ
  七九 あをのうらによするしらなみいやましにたちしきよせくあゆをいたみかも
  八〇 みなと風さむくふくらしなごのえにつまよびかはしたづさはになく
  八一 さざなみやひらやまかぜの浦ふけばつりするあまのそでかへるみゆ
  八二 たくぶすましら山風のねなへどもころがおそきのあろこそえしも
  八三 こひつつもいなばかきわけいへゐせばともしくもあらじ秋のゆふ風
  八四 たをやめの袖ふきかへすあすか風みやこをとほみいたづらにふく
  八五 たちばなのしたふくかぜのかぐはしきつくばの山をこひずあらめかも
  八六 わがをかのあきはぎの花かぜをいたみちるべくなりぬみん人もがも
  八七 かすがののはなちりぬればあさこちのかぜにたぐひてここにちりこぬ
  八八 ふゆごもり春さりくればあしびきの山にものにもうぐひすなくも
  八九 あきさればおく白露にわがやどのあさぢがうへはいろづきにけり
  九〇 あきづけばをばながうへにおく露のけぬべくわれがおもほゆるかな
  九一 あきのたのわがかたばかのすぎゆけばかりがねきこゆふゆかたまけて
  九二 すみぞめのたそかれどきのおほろかにありこしきみにさやにあひみつ
    *    *
    輔親卿
  九三 あしびきの山ほととぎすさとなれてたそかれどきになのりすらしも
    *    *
  九四 ただひとよへだてしからにあらたまのつきかさなるとおもほゆるかな
  九五 あらたまのつきたつまでにまきさねばゆめに見えつつこひぞわがねし
  九六 きみをおもひあがこひなくはあらたまのたつつきごとによくるよもなし
  九七 みゆきつき春のきたれど梅の花きみにしあらねばをる人もなし
    *    *
    家持
  九八 ひばりあがるはるひとさらになりぬればみやこも見えず霞たなびく
    *    *
  九九 つれづれのはるひにみゆるかげろふのかげみしよりぞ人はこひしき
 一〇〇 ひさかたのあめにしらるるきみゆゑにひつきもしらずこひわたるかな
 一〇一 あかねさす日をもへなくに我がこふるよしののかはにきりにたちつつ
 一〇二 むかしべのふるきつつみはとしふかきいけのみぎはにみくさおひにけり
 一〇三 うつせみのよははかなしとしるものを春風さむみしのびつるかな
 一〇四 うつせみのよにもにたるか桜ばなさくと見るまにかつちりにけり
 一〇五 ねても見ゆねでもみえけりおほかたはうつせみのよぞゆめにはありける
 一〇六 けさのあさけかりがねさむくなくなへにのべのあさぢぞいろづきにける
 一〇七 この比のあさけにきけばあしびきの山よびとよみさをしかぞなく
 一〇八 あさなけに身のうき事をしのびつつながめせしまにとしも経にけり
 一〇九 かぜまぜにこだちをしげにあささらずなきとよまするうぐひすのこゑ
 一一〇 あをやまのみねの白雲あさにけにつねにみれどもめづらしわがきみ
 一一一 うるはしとあがもふきみはいやひけにきませわがせこたゆるひなしに
 一一二 わがせこがかくこふれこそうばたまのゆめに見えつついねられずけれ
 一一三 うばたまのくろかみかはりしらけてもいたくこひにはあふ時ありけり
    *    *
    天智天皇
 一一四 ゐあかしてきみをば〔 〕ぬばたまのわがくろかみにしもはおくとも
    *    *
 一一五 うつつにはあふよしもなしぬばたまのよるのゆめにぞつぎて見えこし
 一一六 ぬばたまのよわたる月にあらませばいへなるいもにあひてこましを
 一一七 わぎもこがいかにおもへばぬばたまのひとよも見えぬいめにし見えぬ
 一一八 むばたまのくろかみやまをけさこえてやました露にぬれにけるかな
 一一九 いつとてもこひせぬときはなけれどもゆふかたまけてこひはすべなし
 一二〇 草枕たびにものおもふわがきけばゆふかたかけてなくかはづかな
 一二一 たまかづらたえぬものからさぬるよはとしのわたりにただひとよのみ
 一二二 よをながみいのねられぬにあしびきの山びことよみさをしかなくも
 一二三 こよひのやあかつきくだちなくたづのおもひはすぎでこひこそまされ
 一二四 よくだちてねざめてきけばかはせとめこころもしのになくちどりかな
 一二五 よくだちて河ちどりなくむべしこそむかしの人もしのびきにけれ
    *    *
    貫之
 一二六 くるとあくとめかれぬものを梅の花いつの人まにうつろひぬらん
    下総助丁
 一二七 あかときのかはたれどきにしまかぎをこぎにしふねのたつきしらずも
    *    *
 一二八 あさかしはぬるやかはべのしののめのおもひてぬればゆめに見えくる
 一二九 あきかしはぬるわがうへのしののめにひともあひあはずつまなきかげに
    *    *
    さるまろ
 一三〇 しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき
    *    *
 一三一 しののめのわかれををしみわれぞまづとりよりさきになきはじめつる
 一三二 あひみらくあきたらねどもいなのめのあけゆきにけりふなでせんいも
 一三三 あかつきによはなりにけりたまくしげかたやまに月かたぶきにけり
 一三四 こひつつもけふはくらしつたまくしげあけなんあすをいかでくらさん
 一三五 あからびくいろたへのこのかずみればひとづまゆゑにわれこひぬべし
 一三六 むばたまのこのよなあけそあからびくあさゆくきみをまてばくるしも
    *    *
    人丸
 一三七 なつのゆくをしかのつののつかのまもいもがこころをわすれておもふや
    *    *
 一三八 おほなごがをちかたのべにかるくさのつかのあひだもわれわすれめや
 一三九 くれなゐのあさはのはらにかるかやのつかのまも我がわすられぬなり
 一四〇 たまゆらにきのふのくれも見しものをけふのあしたにこふべきものか
 一四一 いささめにおもひしものをたごのうらにさけるふぢなみひとよへぬべし
 一四二 まきばしらつくるそま人いささめにかりいほせんとつくりてんかも
 一四三 いさなみにいまも見てしかあきはぎのしなひにあらんきみがすがたを
    *    *
    清忠
 一四四 ちりぬべき花見る時はすがのねのながき春日もみじかかりけり
    *    *
 一四五 あかずのみきみをあひ見んすがのねのながき春日をこひわたるかも
 一四六 すがのねのながながしといふ秋のよは月見ぬ人のいふにぞありける
 一四七 まちくらすひはすがのねにあるものをあふよしもなどたまのをならん
 一四八 とこよべにあらましものをつるぎたちわがこころからおぞやこのひと
 一四九 なにはがたみぎはのあしのおいがよにうらみてぞふるひとのこころを
 一五〇 おいがよにうきこときかぬきくだにもうつろふこころありけりとみよ
    *    *
    素盞烏尊
 一五一 あしびきのやまべくらしと山かしのえだもたわわにゆきのふれれば
    *    *
 一五二 むささびはこずゑもとむとあしびきのやまのさとをにあひにけるかな
 一五三 山のかひそこともみえずをととひもきのふもけふもゆきのふれれば
 一五四 つくばねのこのもかのもにたちぞよるはるのみやまのかげをまちつつ
 一五五 ゆきをおきて梅をなこひそあしびきのやまかたつきていへゐせるきみ
 一五六 おくやまのいはかきぬまのみごもりにこひはわたらんあふよしをなみ
    *    *
    関雄
 一五七 おく山のいはかきもみぢちりぬべしてるひのひかりやむときなしに
    *    *
 一五八 おく山のいはかげにおふるすがのねのねんごろわれもおもはざらめや
 一五九 おもひいづるときはの山のほととぎすからくれなゐにふりでつつぞなく
 一六〇 おもひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれこひしきものを
 一六一 たび人のやまのすそのにやすらふはあをみてつきもすずしかりけり
    *    *
    長屋王
 一六二 いはがねのこりしく山をこえかねてなきはなくともいろにいでんやも
    *    *
 一六三 わがこひはちびきのいしをななばかりくびにかけてもかみのもろぶし
 一六四 みこしぢのゆきふるやまをこえん日はとまれるわれをかけてしのばせ
 一六五 たまかつましまくまやまのゆふぐれにひとりかきみがやまぢこゆらん
 一六六 たまくしげみむろどやまをゆきしかばおもしろくしてむかしおもほゆ
 一六七 紫のねびきよこのの春のにはきみをこひつつうぐひすなくも
    *    *
    遍昭
 一六八 さとはあれて人はふりにしやどなれやにはもまがきも秋ののらなる
    *    *
 一六九 くれなゐのあさはののらにかるくさのつかのまもなくわれわすれずも
 一七〇 くだらのははぎのふるえにはるまつとをりしうぐひすなきにけらしも
 一七一 とりがなくあづまをとこのつまわかれかなしくありけんとしのをながに
    *    *
    人丸
 一七二 しながどりゐなのをゆけばありまやまきりたちわたるむこがさきまで
    猿丸
 一七三 しながどりゐなのをゆけばありまやまゆふぎりたちぬともなしにして
    猿丸
 一七四 しながどりゐなやまとみてゆくみづのなのみによせしかくれづまはも
    猿丸
 一七五 しながどりゐなやまゆすりゆくみづのなのみによりてこひわたるかも
    *    *
 一七六 あまさがるひなのあらのにきみをおきてこひつつあればいけりともなし
 一七七 あまさがるひなのながぢをこぎくればあかしのとよりあきつしま見ゆ
 一七八 とりがなくあづまをとこのつまわかれかなしくありけんとしのをながに
 一七九 いきのをにわがおもふきみはとりがなくあづまのさかをけふやこゆらん
 一八〇 さかこえてあべのたまりにゐるたづのともしききみはあすさへもがな
 一八一 ただならずいほしろをだをかりみだりたいほにをればみやこおもほゆ
 一八二 あしびきの山のとかげになくしかのこゑきこゆやはやまだもるすこ
 一八三 あきの田のわがかりばかのすぎゆけばかりがねきこゆふゆかたまけて
    *    *
    家持
 一八四 やぶなみのさとにやどかり春雨にこもりつつむといもにつげきや
    *    *
 一八五 まどろくののにもあはなん心なくさとのみなかにあへるきみかな
 一八六 おもひねをおもふといはばまとりすむうなでのもりのかみぞしるらん
 一八七 こひせよとなれるみかはのやつはしのくもでにものをおもふころかな
 一八八 たくたすましらぎへいますきみがめをけふかあすかといはひてまたん
 一八九 おく山のこのはかくれてゆく水のおとききしよりつねにわすれず
 一九〇 たかやまにいでくる水のいはにふれわれてぞおもふいもにあはぬよは
 一九一 あめふればたぎつやまがはいはにふれきみがくだかんこころはもたじ
 一九二 かみやまのやましたとよみゆく水のみをしたえずはのちのわがつま
 一九三 はつせがははやみはやせをむすびあげてあかずやいもととひしきみかも
 一九四 このかはのみあわさかまきゆく水のことはかへらじおもひそめたり
 一九五 ひとつせになみぢへさらひゆくみづののちにもあはんいもにあらずとも
 一九六 おとなしのやまのしたゆくささらみづあなかまわれもおもふ心あり
 一九七 わがかどのいささをがはのましみづのましてぞおもふきみひとりをば
    *    *
    伊勢
 一九八 おとはがはせきいれておとすたきつせに人のこころの見えもするかな
    *    *
 一九九 さほがはにこほりわたれるうすらひのうすきおもひをわがおもはなくに
 二〇〇 いのちさへひさしき世しもいはそそくたるみの水をむすびてのみつ
    *    *
    志貴王子
 二〇一 いはそそくたるひのうへのさわらびのもえいづる春になりにけるかな
    *    *
 二〇二 いはそそくきしのうらわによるなみのへにきよすればことのし出でん
 二〇三 いはそそくたるひの水のはしきやしきみにこふらくわがこころから
 二〇四 青柳のいはかきぬまのみごもりにこひやわたらんあふよしもなみ
 二〇五 こもりぬのしたにはこひんいちしろく人のしるべくなげきせめやも
 二〇六 おほきみはかみにしませばみづとりのすがたみぬまをすかたとなしつ
 二〇七 いとおほくふらぬものゆゑにはたづみいたくなゆきそ人の見るべく
 二〇八 にはたづみこのしたがくれながれずはうたかたをなほ花と見ましや
 二〇九 おちたぎつかはせになびくうたかたの思はざらめやこひしきものを
 二一〇 にはたづみみもあへずきゆるうたかたのあはれかなしきあめのしたかな
 二一一 おもひがはたえずながるる水のあわのうたかた人にあはできえめや
 二一二 ふりやめばあとだに見えぬうたかたのきえてはかなきよをたのむかな
 二一三 あまさがるひなにあるわれをうたかたもひもときさけておもほすらめや
 二一四 水のおもにあやおりかくる春さめややまのみどりをなべてそむらん
 二一五 きみがためやまだのそふにゑぐつむとゆきげの水にもすそぬらしつ
    *    *
    さきのうねめなりける女
 二一六 あさかやまかげさへ見ゆる山の井のあさきこころをわがおもはなくに
    貫之
 二一七 むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな
    *    *
 二一八 松かげのいは井の水をむすびあげてなつなきとしとおもひけるかな
 二一九 我がやどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさゐにけり
 二二〇 隠口のはつせをちめがてにまけるたまをみだれてありといはじや
 二二一 ちどりなくさほのかはせのせをひろみうちはしわたすながくとおもへば
 二二二 ちどりなくさほのかはせのきよきせにこまうちかはしいつかかよはん
 二二三 まがねふくきびのなかやまおびにせるほそたにがはのおとのさやけさ
    *    *
    下野諸人
 二二四 しら波のよするはまべにわかれなばいともすべなみやたびそでふる
    *    *
 二二五 はつせがはしらゆふ花におちたぎつせをさやけしと見にこし我を
 二二六 やまたかみしらゆふ花におちたぎつなつみのかはとみれどあかぬかも
 二二七 やまたかみしらゆふ花におちたぎつたきのかふちはみれどあかぬかも
 二二八 あふさかをうちでてみればあふみのうみしらゆふ花になみたちわたる
 二二九 おほきみはいほへましませあまぐものいほへのしたにかくれたまひぬ
 二三〇 みさごまひあらいそによするいほへなみたちてもゐてもわがおもふきみ
 二三一 おほよどのいそもとゆすりたつなみのよらんとおもへるはまのきよけく
 二三二 伊勢の海のいそもとどろによするなみかしこき人にこひわたるかも
 二三三 わたつみのおきはおそろしいそわよりこぎめぐりませつきはへぬとも
 二三四 しほはやみいそわにをればかづきするあまとやみけんつりもせなくに
    *    *
    家持
 二三五 きみがいへのいけにしらなみいそによせしばしばすともあかぬきみかな
    *    *
 二三六 なごのうみあさけのなぎにけふもかもいそのうらわにみだれてあらめ
 二三七 わたのそこおきこぐふねをへによせん風もふかぬかなみたたずして
 二三八 うなばらのおきゆく舟をかへれとかひれふらしけんまつらさよひめ
 二三九 おほぶねをあるみにいだしいますきみつつむ事なくはやかへりませ
    *    *
    家持
 二四〇 あをうなばらかみなみなびきゆくさくさつつむ事なくふねははやけん
    *    *
 二四一 きのふこそふなではせしかいさごとるひぢきのなだをけふみつるかな
 二四二 おほとものみつのはまにあるうつせがひいへにあるいもをわすれておもふ
 二四三 やほかゆくはまのまさごもわがこひにあにまさらめやおきつしまもり
 二四四 さざなみのしがつのうらのふなのりにのりにし心つねにわすれず
 二四五 なごのうみにしほのはやひばあさりしにいでんとたづはいまはなくなる
 二四六 しほさゐにいらごのしまにさすふねにいものるらんやあらきしまわを
 二四七 やまのはに月かたぶけばいさりするあまのともしびおきになづさふ
 二四八 きの国のさかひの浦にいで見ればあまのともしびなみまより見ゆ
 二四九 すみよしのつもりのあまのうけのをのうかびかゆかんこひごひあらずは
 二五〇 あびきするあまとや見らんあきの浦のきよきあらいそをみにこし我を
 二五一 我がきぬを人になきせそあびきするなにはをとこのてにはあるとも
 二五二 なごのうみをあまこぎくれば海なかにしかもなくなるあはれそのかこ
 二五三 すまのあまの浦こぐふねのこぎたれてなみのたちゐにきみぞこひしき
 二五四 やかたをのしるしのすずのおとききてこころぼそくやきぎすなくらん
 二五五 やまざとのかけひの水はいつよりも冬のねざめのともとこそなれ
 二五六 山里のそともがくれのしづのやにかけひの水をまかせつるかな
 二五七 うちはへてものおもひをればうらぶれてたまきはる身ともなりぬべきかな
    *    *


   綺語抄中
 
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 二五八 かみかぜや伊勢のはまをぎをりふせてたびねやすらんあらきはまべに
 二五九 やまのべのみ井をみかへり神かぜのいせのをとめごあひみつるかな
 二六〇 たつたひめいかなるかみにあればかは秋のこのはをちぢにそむらん
 二六一 わがゆきはなぬかはすぎじたつたひこゆめこのはなを風にちらすな
    *    *
    人丸
 二六二 さほひめのいとそめかくるあをやぎをふきなみだりそ春の山風
    *    *
 二六三 はふりこがいはふみむろのますかがみかけてぞしのぶあふ人ごとに
 二六四 ならのはのはもりのかみもましけるをしらでぞをりしたたりなすなよ
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    貫之
 二六五 かはやしろしのにをりはへほすころもいかにほせばかなぬかひざらん
    *    *
 二六六 ゆく水のうへにいはへるかはやしろかみなびたかくあそぶころかな
 二六七 まきもくのあなしのやまの山人と人の見るべくやまかづらせよ
    *    *
    文時
 二六八 ひほろぎは神の心にかけつらしひらのたかねにやまかづらせり
    湯原王
 二六九 あきつはのそでふるいもをたまくしげおくもおもこそみたべわがきみ
    遣唐使の女
 二七〇 うなばらのおきゆくふねをかへれとやひれふらしけむまつらさよひめ
    菅大臣
 二七一 このたびはぬさもとりあへずたむけやまもみぢのにしき神のまにまに
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 二七二 みそぎしておもふ事をぞいのりつるやほよろづよのかみのまにまに
 二七三 あまたみしとよのみそぎのもろ人のきみしもものをおもはするかな
    *    *
    長能
 二七四 さばへなすあらぶる神もおしなべてけふはなごしと人はいふなり
    *    *
 二七五 ゆふだたみてにとりもちてかくだにもあれはあけなんきみにはあらぬかも
 二七六 あしたづにのりてかよへるやどなればあとだに人のみえぬなりけり
    *    *
    蓬客
 二七七 あさりするあまのこどもと人はいへどみるにしられぬうま人のこと
    娘子
 二七八 たましまのこのかはかみにいへはあれどきみをやさしみあらはさずありし
    蓬客
 二七九 まつらがは河のせひかりあゆつるとたたせるいもがものすそぬれぬ
    蓬客
 二八〇 まつらなるたましまがはにあゆつるとたたせるこらがいへぢしらずも
    蓬客
 二八一 とほつ人まつらのかはにわかゆつるいもがたもとをわれこそまかめ
    娘子
 二八二 わかゆつるまつらのかはのかはなみのなみにおもはばわれこひめやも
    娘子
 二八三 はるさればわぎへの里のかはとにはあゆこさばしるきみまちがてに
    娘子
 二八四 まつらがはななせのよどはよどむともわれはよどまずきみをしまたん
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 二八五 まつらがは河のせはやみくれなゐのものすそぬれてあゆかつるらん
 二八六 人みなのみらんまつらのたましまを見ずてやわれはこひつつをらん
 二八七 松浦河たましまのうらにわかあゆつるいもらをみらん人のともしさ
    *    *
    山上憶良
 二八八 きみをまつまつらの浦のをとめごはとこよの国のあまをとめかも
    *    *
 二八九 こころざしふかうのさとにおきたらばはこやのやまをゆきてみましを
    *    *
    伊勢
 二九〇 たちぬはぬきぬきし人もあるものをなにやまひめのぬのさらすらん
    中務
 二九一 なつのよは浦島のこがはこなれやはかなくあけてくやしかるらん
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 二九二 すみよしの神はあはれとおもふらんむなしきふねをさしてきつれば
 二九三 うちひさすみやこの人につげまくはみしひのごとくありとつげこそ
 二九四 ささたけのおほみや人のいへとすむさほのやまをばおもふやもきみ
 二九五 ひさかたのみやこをおきてくさまくらたびゆくきみをいつとかまたん
 二九六 あやしくもところたがへに見ゆるかなみかはにさけるしもつけのはな
 二九七 あをによしならのみやこはよろづよにわれもかよはんわするとおもふな
 二九八 あをによしならのみやこにさく花のにほふがごとくいまさかりなり
    *    *
    人丸
 二九九 さざなみやしがのからさききたれどもおほみや人のふねまちかねつ
    *    *
 三〇〇 さざなみやしがのみやこはなのみしてかすみたなびきみやぎもりなし
    *    *
    額田王
 三〇一 あきのののをばなかりふきやどれりしうぢのみやこのかりいほしぞおもふ
    新田部貞範
 三〇二 かしはぎのもりのわたりをうちすぎてみかさの山にわれは来にけり
    江相公
 三〇三 かぞいろはいかにあはれとおもふらんみとせになりぬあしたたずして
    *    *
 三〇四 わがせこがこととるなへにつねびとのいふなげきしもいやしきますも
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    右近ありはらのすゑかたがむすめ
 三〇五 からころもかけてたのまぬ時ぞなき人のつまとはおもふものから
    *    *
 三〇六 とほつ人まつらさよひめつまごひにひれふりしよりおへるやまのな
 三〇七 おしゑやしこひしとおもへど秋風のさむくふくよはきみをしぞおもふ
 三〇八 おしゑやしあはぬきみゆゑいたづらにこのかはのせにたまもぬらしつ
 三〇九 はしけやしわがいへのけもももとしげみはなのみさきてならざらめやも
 三一〇 はしけやしあはぬこゆゑにいたづらにこのかはの瀬にもすそぬらしつ
 三一一 山川のそきへをとほみはしきよしいもをあひみずかくやなげかん
 三一二 はしきよしいもがすがたをみずひさにひなにしをればあれこひにけり
 三一三 いつくしきいもをおもふとかすみたつはるひもくれにこひわたるかな
    *    *
    むねさだ
 三一四 あまつかぜくものかよひぢふきとぢよをとめのすがたしばしとどめむ
    *    *
 三一五 わがきぬをひとになきせそあびきするなにはをとこのてにはふるとも
 三一六 とりがなくあづまをとこのつまわかれかなしくありけんとしのをながみ
 三一七 なには人あしびたくやはすしたれどおのがつまこそとこめづらしき
 三一八 こぞの春あひみしままにけふ見ればおもやめづらしみやこかた人
 三一九 ほととぎすをちかへりなきうなゐこのうちたれがみのさみだれのそら
 三二〇 風をいたみよせくるなみにあさりするあまをとめごがものすそぬれぬ
 三二一 にはにたつあさでかりほししきしのぶあづまをんなをわすれ給ふな
 三二二 かふちめのてぞめのいとをくりかへしかたいとにありともたえんとおもふな
    *    *
    衣通姫
 三二三 きみゆきてけながくなりぬやまたづのむかへにゆかんまちにはまたじ
    大伴佐提比古の郎子
 三二四 とほつ人まつらさよひめつまごひにひれふりしよりおへるやまの名
    長能
 三二五 しらがしのしらぬ山路をそみかくたたかねのつづきふみやならせる
    *    *
 三二六 はつせめのつくるゆふばなみよしののたきのみぎはにさききたらんや
 三二七 たをやめの袖ふきかへすあすか風みやこをとほみいたづらにふく
 三二八 にはにおふるあさでかりほししきしのぶあづまをんなをわすれ給ふな
 三二九 わぎもこがあかものすそをしめぬらんけふのこさめにわれをぬらすな
 三三〇 とほるべくあめはなほふるわぎもこがかたみのきぬをわがかたにきて
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    人丸
 三三一 わぎもこがねくたれがみをさるさはのいけのたまもとみるぞかなしき
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 三三二 おほなこのをちかたのべにかるくさのつかのあひだもわれわすれめや
 三三三 うなばらのとほきわたりをたはれをのあそぶをんなとなづさひぞこし
 三三四 わがせこがふりさけ見つつなげくらんきよき月よにくもはたなびき
 三三五 あぶくまにきりたちわたりあけぬともせなをばやらじまてばすべなし
 三三六 ますらをがふしゐなげきてつくりたるやまのかづらはいもがためかも
 三三七 ますらをがゆみとりたてていつるやをのちみん人はかたりつげなん
 三三八 ますらをもかくこひけるをたをやめのこふるこころにならべらめやも
 三三九 ますらをのうつしごころも我はなしよるひるわかずこひしわたれば
 三四〇 からくににゆきたらはしてかへりこんますらたけをにみきたてまつる
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    内大臣藤卿
 三四一 我はもややすらをえたりみなひとのえがてにすともやすらをえたり
    石川女郎
 三四二 あそびをとわれはきけるをやどかさずわれをかへせりおそのたはれを
    大伴田主
 三四三 あそびをにわれはありけりやどかさずかへせるわれこそあそびをにはあれ
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 三四四 もののふのいづさいるさにしをりせるとやとやとりのむやむやのせき
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    猿丸
 三四五 からしをのたつやのさきにたつしかもいとわがごとくものはおもはじ
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 三四六 かつしかのままのてこなをまことかもわれによすとぞまののてこなを
 三四七 かつしかのままのてこながありしばかままのおすひになみもとどろに
 三四八 ひとみなのことはたゆともはにしやのいしゐのてこがことなたえそね
 三四九 みやぎひくあづさのそまにたつなみのやむときもなくこひわたるかな
 三五〇 ぬぐくつのかさなることのかさなればゐもりのしるしいまはあらじな
 三五一 にしこぎのかずはちつかになりぬらんいつかみやこのうちは見るべき
    *    *
    能因
 三五二 にしきぎはたてながらこそくちにけれけふのほそぬのむねあはじとや
    家経
 三五三 から人の船をうかべてあそびけるけふぞわがせこはなかづらせよ
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 三五四 わぎもこがひたひにおふる双六のことひのうしのくらのうへのかさ
 三五五 きみにこひうらぶれをればしきのののあきはぎしのぎさをしかなくも
 三五六 あきつはの袖ふるいもをたまくしげおくにおもふをみ給へわがきみ
 三五七 せりつみしむかしの人もわがごとくこころにものやかなはざりけん
 三五八 ねらひするしづのをのこのしらめたるやさしくものをおもふころかな
    *    *
    源重之
 三五九 なつかりのたまえのあしをふみしだきむれゐるとりのたつそらぞなき
    *    *
 三六〇 しらすげのまののはぎはらゆくさくさきみこそ見らめまののはぎはら
 三六一 くさまくらたびゆく人もゆきふればにほひぬべくもさけるはぎかな
 三六二 みつばなすかれるみぞとはしれれどもなほしねがひつちとせのいのちを
 三六三 むらぎものこころくだけてかくばかりわがこふらくをしらずやあらん
 三六四 いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしをいまになすよしもがな
 三六五 いそのかみふるともあめにさはらめやあはんといもにいひてしものを
 三六六 おほとものみつとはいはじあかねさしてれる月よにただにあへりとも
 三六七 ふるさとの山ほととぎすうちはへてたれかまさるとねをのみぞなく
 三六八 うちはへてねをなきくらすうつせみのむなしきこひもわれはするかな
 三六九 かずかずにおもはぬ人はありといへどしばしもわれはわすられぬかも
 三七〇 かずかずにわれをわすれぬものならば山のかすみをあはれとは見よ
 三七一 かずかずにおもひおもはずとひがたみ身をしるあめはふりにこそふれ
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    天智天皇
 三七二 ありつつも君をばまたむうちなびきわがくろかみにしもはおくとも
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 三七三 いまさらになにをかおもはんうちなびきこころはきみによりにしものを
 三七四 とことはにかよひしきみがつかひこずいまはあらじとたゆたひぬらし
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    猿丸
 三七五 さつきまつ山ほととぎすうちはぶきまたもなかなんこぞのふるごゑ
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 三七六 あしびきのやまほととぎすをりはへてたれかまさるとねをのみぞなく
 三七七 あけたてばせみのをりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ
 三七八 あけぬとてかへるみちにはこきたれてあめもなみだもふりにこそふれ
 三七九 よしゑやしただならねどもぬえどりのうらなげきをるつげんこもがな
 三八〇 よしゑやしいまさぬきみをなにすとかうとまぬわれをこひつつをらん
 三八一 なでしこの花とりもちてうつらうつら見まくのほしききみにもあるかな
 三八二 むらさきのねはふよこののはれの日はうらごひしらにうぐひすぞなく
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    人丸
 三八三 わがせこにうらごひすればあまのがはよふねさしこぎかぢのおときこゆ
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 三八四 こぞの春あひみしままにけふみればおもやめづらしみやこかた人
 三八五 わがせこがころものすそをふきかへしうらめづらしきあきのはつかぜ
 三八六 むばたまのよるのさむしろひきかへしうらさびしくもたえにけるかな
 三八七 きみまさでけぶりたえにししほがまのうらさびしくも見えわたるかな
    *    *
    人丸
 三八八 ことにいでていはばゆゆしみやまがはのたぎつこころをせきぞかねつる
    *    *
 三八九 あはれてふことこそつねにくちのはにかかるや人のおもふてふらん
    *    *
    大伴坂上郎女
 三九〇 またまつきかれこれかねていひはいへどあひてのちこそくいはありけれ
    *    *
 三九一 たまきはるいのちにむかふこひよりもきみがみふねのかぢからにがも
 三九二 たまきはるいのちにかふるわがせこはいかにせよとかたびにゆくらん
 三九三 かくしのみこひやわたらんたまきはるしらぬいのちをとしはへにつつ
 三九四 かくしつつありくをよみてたまきはるみじかきいのちながくほりする
 三九五 ただにあひて見てはのみこそたまきはるいのちにむかふわがこひやまめ
 三九六 たまきはるうちのおほのにこまなめてあさふますらんそのくさふちを
 三九七 たまきはるわがやのうへにたつかすみたちてもゐてもきみがまにまに
 三九八 しづたまきかずにもあらぬいのちもてなどかくばかりわがこひわたる
 三九九 ひとひにはちたびまゐりしひむがしのたまきのかどをいりがてぬかも
 四〇〇 たましきてまたましよりはたけそかにきたるこよひしたのしくおもほゆ
 四〇一 わがせこがきませるよひのあき風はおもひのほかにきみがきませる
 四〇二 秋風のふけばさすがにわびしはたよのことわりとおもふものから
 四〇三 かくしてやなほやかふらんちかからぬみちのあひだをなつにまゐりて
 四〇四 はつはつに人をあひ見てあさからんいづれの人にやまたまたに見む
 四〇五 春さめのしきしきふるにたかまつの山のさくらはいかがあるらん
 四〇六 いへづとにかひぞひろへるはまなみはいやしくしくにたかくよすれど
 四〇七 なごのうみおきつしらなみしくしくにおもほえんかもたちわかれなば
 四〇八 むかしこそよそにも見しかわぎもこがおくにとおもへばはしきさほやま
 四〇九 はしきかもみこのみことのありがよひみしいくめけのみちはあれにけり
 四一〇 このよにはひと事しげしこむよにもあはんわがせこいまならずとも
 四一一 かけてよりひとごとしげしかくしあらばしゑやわがせこおきもいかいか
 四一二 あきはぎにこひつくさじとおもへどもしゑやあたらしまたあはんやは
 四一三 なかなかにもだもあらましをなにすとかあひみそめけむとげざらなくに
 四一四 あひおもはぬ人をやもとなしろたへのそでつくまでになきのみなくも
    *    *
    家持
 四一五 さよなかにともよぶちどり物おもふとわびたるときになきつつもとな
    *    *
 四一六 うるはしとあがおもふいもをおもひつつゆけばかもとなゆきあしかるらん
 四一七 うらもなくいにしきみゆゑあさなあさなもとなやこひばあふとはなしに
    *    *
    湯原王
 四一八 うはべなきものかもひとはかくばかりとほきいへぢをかへすとおもへば
    *    *
 四一九 うはべなきいもにもあるかもかくばかり人のこころをつくすとおもへば
 四二〇 これのみはきみにはこふるわがせこがこふといふ事はことのなぐさぞ
 四二一 たまかづらたえぬものからさぬるよはとしのわたりにただひとよのみ
 四二二 たづがなきあしべをさしてとびわたるあなたづたづしひとりさぬれば
 四二三 あすか川したにごれるをしらずしてせななとふたりさねてくやしも
 四二四 あすか川せくとしりせばあまたよもゐねてこましをせくとしりせば
 四二五 かすみなく春のながれをおくかなくしらぬやまべとこひつつかこむ
 四二六 ながとなるおきつかりしまおくまへてわがおもふきみはちとせにもがも
 四二七 おくまへてわれとおもへるわがせこはちとせいろせありこせぬかも
 四二八 あきつはの袖ふるいもをたまくしげおくにおもふを見給へわがきみ
 四二九 むかしこそよそにもみしかわぎもこがおくにとおもへばはしきさほやま
 四三〇 たちよぎりみるべき人のあればこそあきのはやしのにしきしくらめ
 四三一 わぎもこがあきのまがきを見にゆかばけだしやどよりかへしてんかも
    *    *
    藤宇合
 四三二 にはにたつあさでかりほししきしのぶあづまをんなをわすれ給ふな
    *    *
 四三三 なごのうみのかはらのちどりながなけばわがさほやまのいもこふらしも
 四三四 ほととぎすながなくさとのあまたあればなほうとまれぬおもふものから
 四三五 いもとこしとしまのさきをかへるさにひとりしみればなみだぐましも
 四三六 やまぬきはけだしあれどもわぎもこがゆひてむしめをひととかむやは
 四三七 みまほしとわがおもふきみもまさなくになににかきつけんむまからしに
 四三八 みよしのの山のしたかぜさむけきにはたやこよひもわがひとりねん
 四三九 ひねもすにゆきはてずともくいもなしなげのもみぢのよるのひかりか
    *    *
    素性
 四四〇 いざけふは春のやまべにまどひなんちりなばなげの花のかげかは
    *    *
 四四一 かひがねをさやにも見しかけけらなくよこほりふせるさやの中山
    *    *
    大ささぎの天皇
 四四二 きみがゆきけながくなりぬやまたづねむかへかゆかんまちにかまたん
    *    *
 四四三 わがやどにさけるふぢなみたちかへりすぎがてにのみひとり見るらん
 四四四 よやくらきみちやまどへるほととぎすわがやどをのみすぎがてになく
 四四五 さくらちる花のところは春ながらゆきぞふりつつきえがてにする
 四四六 いもがかどゆきすぎがてにひぢかさのあめもふらなんあまがくれせむ
 四四七 あはゆきのたまればかてにくだけつつわがものおもひのしげきころかな
    *    *
    駿川内侍
 四四八 たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちしさくらもうつろひにけり
    *    *
 四四九 さみだれの空もとどろにほととぎすなにをうしとかよただなくらん
 四五〇 秋の野に人まつむしのおとすなりわれかとゆきていざとぶらはむ
 四五一 秋はぎのえだもとををにおく露のけなばけぬともいろにいでめや
 四五二 をりて見ばおちぞしぬべき秋はぎのえだもとををにおけるしらつゆ
 四五三 あしびきの山路もしらずしらがしのえだもとををにゆきのふれれば
    *    *
    猿丸
 四五四 うだのののあきはぎしのぎなく鹿のつまこふらくはわれにまさらじ
    家持
 四五五 をみなへしあきはぎしのぎさをしかのつゆわけなかむたかまどののを
    *    *
 四五六 おく山のすがのねしのぎふるゆきのけぬとをいはんこひのしげきに
 四五七 おもひいでてねにはなくともいちしろく人のしるべくなげきすなゆめ
    *    *
    猿丸
 四五八 あづさゆみすゑのたつきはしらずともこころはきみによりにしものを
    *    *
 四五九 ふきまがひゆきはふれどもしかすがにかすみたなびき春は来にけり
 四六〇 こひしねとするわざならしむばたまのよるはすがらにゆめに見えつつ
 四六一 たにさむみいまだすだたぬうぐひすのなくこゑしぶき人のすさめぬ
    *    *
    業平
 四六二 たのまれぬうき世の中をなげきつつ日かげにおゆる身をいかにせん
    *    *
 四六三 よをさむみあさとをあけていでたればにはもはだらにゆきふりにけり
 四六四 ゆふかげにきなくひぐらしここだくの日ごとにきけどあかぬこゑかな
 四六五 わがせこがしろたへごろもゆきふればうつりぬべくももみづやまかな
 四六六 くさまくらたびゆく人もゆきふればにほひぬべくもさける花かな
 四六七 おほきみのみことかしこみおほぞらをそがひに見つつみやこへのぼる
 四六八 あさなあさなつくしのかたをいでて見つつなきにわれなくいともすべなみ
 四六九 うめの花かをかぐはしみ遠けれど心もしのにきみをしぞおもふ
 四七〇 ゆふづくよ心もしのに白露のおくこのにはにきりぎりすなく
 四七一 あふみのうみゆふなみちどりながなけば心もしのにむかしおもほゆ
 四七二 ゆきのいろをうばひて咲ける梅の花いまさかりなりみむ人もがも
 四七三 花の香をかぜのたよりにたぐへてやうぐひすさそふしるべにはやる
 四七四 すみよしのさとにこしかばはるはなのましめづらしみきみにあへるかも
 四七五 こぞの春あひ見しままにけふみればおもやめづらしみやこかた人
 四七六 うぐひすのいまはなかむとかたまてばかすみたなびきつきはへにつつ
 四七七 わすれぐさかきもしみみにおふれどもおにのしこぐさなほおひにけり
 四七八 ももにちに人はいへどもつきくさのうつろふこころわれもためやも
 四七九 おくまへてわれとおもへるわがせこははなといろとやありこせぬかも
 四八〇 ながとなるおきつかりしまおくまへてわがおもふきみはちとせにもがも
 四八一 あまぐものそきへのきはみわがおもへるきみぞかれなん日はちかづきぬ
 四八二 やまがはのそきへをよしみはしきよしいもをあひみずかくやなげかむ
 四八三 たまかづらたえぬものからさぬるよはとしのわたりにただひとよのみ
 四八四 いたぶきのくろ木のやにはやまちかしあすもとりてはもてまゐりなむ
 四八五 とどめえぬいもにしあればしきたへのいへよりいでてくもがくれにき
 四八六 ひとごとをしげみやきみをふたさやのいへをへだててこひつつをらん
    *    *
    天智天皇
 四八七 あさくらやきのまろどのにわがをればなのりをしつつゆくはたがこぞ
    *    *
 四八八 なにはめのあしびたくやはすすたれどおのがつまこそとこめづらなれ
 四八九 ほととぎすとこめづらなることぞなききく事かたきすずのしのやは
    *    *
    俊頼朝臣
 四九〇 よもすがらふせやのひまのしろむまでをぎのかれはにこの葉をぞきく
    *    *
 四九一 ひとめもるあしがきごしにわぎもこがあひみしさきにことぞさたおほき
 四九二 あしがきのすゑかきわけて君こゆとひとになつげそことはたなしり
    *    *
    上総防人
 四九三 あしがきのくまどにたちてわぎもこが袖もしほほになきしぞもはゆ
    *    *
 四九四 いきのをにおもへばくるしたまのをのたえてみだるなしらばしるとも
 四九五 たまのをのたえてあるこひのみだれなばしなまくのみぞまたもあはずして
 四九六 かたいともてぬきたるたまのををよわみみだれやしなむ人のしるべく
 四九七 たまのをのあひだもおかず見まほしみわがおもふいもはいへとほざかる
 四九八 きみにあはでひさしくなりぬたまのをのながきいのちのをながくもなし
 四九九 しぬるいのちいきもやすると心みにたまのをばかりあはんといはなむ
 五〇〇 をぐるまのにしきのひもをときたれてあまたにもせぬきみひとりなり
 五〇一 しのぶべしむすびもあへずをぐるまのよひよひごとにとくるしたひも
    *    *
    貫之
 五〇二 見る人もなくてちりぬるおく山のもみぢはよるのにしきなりけり
    *    *
 五〇三 くれはどりあやにこひしくありしかばふたむらやまもこえずなりにき
 五〇四 つくばねのにひくはまゆのきぬはあれどきみがみけししあやにしほしも
 五〇五 みちのくにけふのほそぬのほどせばみむねあひがたきこひもするかな
 五〇六 たまがはにさらすてづくりさらさらになにぞこのこのここらかなしき
 五〇七 あやめかるたごのさごろもぬれぬれもときにあへりと思ふべらなり
 五〇八 さくらいろに衣はふかくそめてきん花のちりなんのちのかたみに
 五〇九 すまのあまのしほやきぎぬのふぢごろもまどほにしあればいまだきなれず
 五一〇 からあゐのやしほの衣あさなあさななれはすれどもいやめづらしも
 五一一 わがせこがかざせるころもはりめおちずいりにけらしなわがこころそふ
 五一二 くれなゐのうすぞめ衣あさはかにあひみし人にこふるころかも
    *    *
    河原大臣
 五一三 みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれそめにしわれならなくに
    範永朝臣
 五一四 けさきつるのはらのつゆにわれぬれぬうつりやしぬるはぎが花ずり
    *    *
 五一五 かしはぎのゆはたそむてふこむらさきあはんあはじははひの心に
    *    *
    伊勢大輔
 五一六 月よよみころもしでうつこゑきけばいそがぬ人もねられざりけり
    *    *
 五一七 かすがののわかなつみにやしろたへの袖ふりはへてひとのゆくらん
 五一八 しろたへの袖のわかれはをしけれどをぎもみだれてゆるしつるかも
 五一九 しろたへの袖のわかれをかたみにてあらつのはまにやどりぬるかも
 五二〇 まそでもちゆかうちはらひきみまつとをりしあひだに月かたぶきぬ
 五二一 あまさがるあまをとめごが袖とほりぬれにしころもほせどかわかず
 五二二 あきつはのそでふるいもをたまくしげおくにおもふをみたまへわがきみ
 五二三 あしがきのくまどにたちてわぎもこがそでもしほほになきしおもほゆ
 五二四 わがきぬをきみにきせよとほととぎすわがけよそひの袖にきゐつつ
 五二五 をみなへしなきなやたちし白露のぬれぎぬをしもきてわたるらん
 五二六 あつぶすまなごやがしたにふせれどもいもとしねねばはだへさむしも
 五二七 いにしへのしづはたおびをゆひたれてわれてふ人はきみにまさらじ
 五二八 からころもすそのうちかへあはねどもけしきこころをあひおもはなくに
 五二九 にはにたつあさでこぶすまこよひだにつまよしこさねあさでこぶすま
    *    *
    家持
 五三〇 はねかづらいまするいもをゆめに見てこころのうちにこひわたるかも
    童女
 五三一 はねかづらいまするいもはなかりしをいかなるいもぞここだこひたる
    友則
 五三二 あづまぢのみちのおくなるひたちおびのかごとばかりもあひみてしかな
    *    *
 五三三 たづかゆみてにとりもちてあさかりにきみたちいぬのたなぐらののに
 五三四 いなぶちのほそかはやまにたつまゆみゆづかまくのみ人にしらるな
 五三五 みこもかるしなののまゆみわがひけばうなひとたなきいなといはんかも
 五三六 あしびきののにもやまにもみかりびとともやたばさみみだれたる見ゆ
 五三七 ますらをのともやたばさみたちむかひいるまとかたは見るにさやけし
 五三八 わぎもこが袖をたのみてまののうらのこすげのかさをきずてきにけり
 五三九 みしますげいまだなへなりときまたばきずやなりなんみしますががさ
    *    *
    匡衡
 五四〇 あふさかのせきのあなたをまだ見ねばあづまのこともしられざりけり
    中務
 五四一 なつのよは浦島の子がはこなれやはかなくあけてくやしかるらん
    *    *
 五四二 みづのえの浦島のこがたまくしげあけざらませばいもにあひなまし
 五四三 みづのえのかたみとおもへばうぐひすのはなのくしげはあけてだにみず
 五四四 あけてだになににかはせんみづのえのうらしまのこをおもひやりつつ
 五四五 しづたまきかずにもあらぬいのちもてなぞかくばかりわがこひわたる
 五四六 しづたまきかずにもあらぬ身にはあれどちとせにもがとおもほゆるかな
 五四七 ひとりぬるとこくつらめやあやむしろをになるまでにきみをしまたん
 五四八 さむしろにころもかたしきこよひもやわれをまつらんうぢのはしひめ
 五四九 みちのくのとふのすがごもななふにはきみをしなしてみふにわれねん
 五五〇 みなむしろかはぞひやなぎみづゆけばなびきおきたちそのねたえせず
 五五一 たまぼこのみちゆきつかれいなむしろしきてもきみを見むよしもがな
 五五二 こもまくらあひまきしこもあらばこそよのふくらくもわがをしみせめ
 五五三 あしがらのまののこすげのすがまくらあせかまかせんころせたまくら
 五五四 初春のはつねのけふのたまばはきてにとりもちてゆらくたまのを
 五五五 みな人のねよとのかねはうつなれどきみをおもへばいねがてにかも
 五五六 さよふけてほりえこぐなるまつらぶねかぢおとたかしみをはやみかも
 五五七 まつらぶねみだるほりえのみをはやみかぢとるまなくおもほゆるかも
 五五八 ほりえよりみをさかのぼるかぢのおとのまなくぞならばこひしかりける
 五五九 おほぶねにあしにかりつみしみみにもいもが心にとりてけるかも
 五六〇 なかまでにうきをるふねのこぎでなばあふことかたしけふにしあらずは
    *    *
    高市黒人
 五六一 よもやまをうちより見ればかさぬひのしまこぎかくるたななしをぶね
    *    *
 五六二 もがみ河のぼればくだるいなぶねのいなにはあらずしばしばかりぞ
 五六三 あゆちがたしほひにけらしちたのうらにあさこぐ船もおきにある見ゆ
 五六四 しらさきはさちありとまておほぶねのまかぢしげぬきいまかへりこん
 五六五 おほぶねにまかぢしじぬきうなばらをこぎてきわたる月ひとをとこ
 五六六 おほぶねにまかぢしじぬきときまつとわれはおもへどつきぞへにける
    *    *
 

   綺語抄下
 
    *    *
 五六七 春さればつまをもとむるうぐひすの木ずゑをつたひなきつつもとな
 五六八 ゆきのうちに春はきにけりうぐひすのこほれるなみだいまやとくらん
 五六九 春さればををりにををりうぐひすのなくわがしまにやまずかよはせ
 五七〇 うぐひすのたによりいづるこゑなくは春くることをいかでしらまし
 五七一 くだらののはぎのふるえにはるまつとをりしうぐひすなきにけらしも
 五七二 梅の花いまさかりなりももどりのこゑのこほしき春きたるらし
 五七三 うらうらにてれる春日にひばりあがりこころかなしもひとりしおもへば
 五七四 ひばりあがる春日とさらになりぬればみやこも見えずかすみたなびく
    *    *
    忠峰
 五七五 やまだもるあきのかりほにおくつゆはいなおほせどりのなみだなりけり
    *    *
 五七六 わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさふくかぜにかりはきにけり
    *    *
    仲実
 五七七 あきたかるおしねのひたははへたれどいなおほせどりのきなくなるかな
    顕仲
 五七八 わがかくるかどたのひたにおどろきていなおほせどりのたちやかへらん
    公実
 五七九 いたくらのはしをばたれもわたれどもいなおほせどりのすぎがてにする
    *    *
 五八〇 あかつきとよがらすなけどこのやまのかみのこずゑはいまだしづけし
 五八一 あさがらすはやくななきそわがせこのあさけのすがた見ればかなしも
 五八二 さつきはてこゑみな月のほととぎすいまはかぎりのねをやなくらん
 五八三 いくばくのたをつくればかほととぎすしでのたをさとなきわたるらん
 五八四 たちばなの花ちるさとにかよひなばやまほととぎすとよませんかも
 五八五 ほととぎすきなきとよませたちばなの花ちるにはをみひとやなれて
 五八六 ほととぎすいもこひかねてよもすがらゆくへもしらずなきわたるなり
 五八七 あふみのうみゆふなみちどりながなけばこころもしのにむかしおもほゆ
 五八八 なつそびくうなかみがたのおきつすにとりはすだけどきみはおとせず
 五八九 あしがものすだくいけみづまさるともまけみぞかたにわれこえんやも
 五九〇 にほどりのすだくいけみづ心あらばきみにわがこひこころしめさね
 五九一 おほきみはかみにしあればみづとりのすだくみぬまをみやことなしつ
    *    *
    良暹
 五九二 みがくれてすだくかはづのもろごゑにさわぎぞわたるゐでのうき草
    *    *
 五九三 ねやのうへにすずめのこゑぞすだくなるいでたちがたになりやしぬらん
 五九四 さをしかのすだくふもとのあきはぎはつゆけきことのかくもあるかな
 五九五 すだきけむむかしの人もなきあとにただかげするは秋の夜の月
 五九六 しまのみやまなのいけなるはまちどりひとめにこひていけにくぐらず
 五九七 しまのみやいけのおもなる浜ちどりあらびなゆきそきみまさずとも
 五九八 よやさむきころもやうすきかささぎのゆきあはぬはねにしもやおくらん
 五九九 あしべゆくかものはがひにしもふりてさむきゆふべの人をしぞおもふ
 六〇〇 さよなかにともよぶちどりものおもふとわびたるときになきつつもがな
 六〇一 あはのうみゆふなみちどりながなけばこころもしぬにむかしおもほゆ
    *    *
    猿丸
 六〇二 をふのうみのかはらのちどりながなけばわがさほがはのおもほゆらくに
    *    *
 六〇三 ほととぎすながなく里のあまたあればなほうとまれぬおもふものから
 六〇四 あさどりのねのみやなかんわぎもこにいままたさらにあふよしもなし
 六〇五 にはつとりかけのたりをのみだれをのながきこころもおもはざるかも
 六〇六 ものおもふといねずてきたるあさあけはわびてなくなりかけろとりさへ
 六〇七 たがみそぎゆふつけどりかからころもたつたのやまをうちはへてなく
 六〇八 あふさかのゆふつけどりにあらばこそきみがゆききをなくなくも見め
 六〇九 たがみそぎゆふつけどりかからころもたつたのやまにうちはへてなく
    *    *
    人丸
 六一〇 あしびきのやまどりのをのしだりをのながながしよをひとりかもねむ
    *    *
 六一一 あしびきの山どりのをのひとをこえ人のみしこにこふべきものか
 六一二 山どりのをろのはつをにかがみかけとなふべみこそなによそりけめ
 六一三 あふさかのせきわすれにけるなかにさへわたりをしつつものもいはねば
    *    *
    女
 六一四 くもゐにもわたるときけどとぶかりのこゑききがたきあきにもあるかなとよかげ
 六一五 雲井にてこゑききがたきものならばたのむのかりもちかくなきなむ
    女
 六一六 ことづてのなからましかばめづらしきたのむのかりもしられざらまし
    *    *
 六一七 たれききつここなきわたるかりがねのつまよぶかりはかくしるくぞある
    *    *
    友則
 六一八 秋風にはつかりがねのきこゆなるたがたまづさをかけてきつらん
    *    *
 六一九 かなやまのしたひがしたになくとりのこゑだにきかばなにかなげかむ
    *    *
    人丸両首如何本の
 六二〇 秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらん
    *    *
 六二一 まとりすむうなてのもりのすがのねをきぬにかきつけきせんこもがも
 六二二 しらまゆみひたのほそえのすがどりのいもにこひめやいをねかねつる
 六二三 うづらなくふりにしさとの秋はぎはおもふ人ともあひみつるかな
    *    *
    家持
 六二四 うづらなくふるさと人はおもへれどはなたちばなのにほへ此やど
    朝忠朝臣
 六二五 おぼつかなあはするたかのこゐをなみあまぎるゆきにあはせつるかな
    左大臣殿
 六二六 わがこひはとがへるたかとなりにけりとしをふれどもこゐをわすれず
    *    *
 六二七 とやかへるわがたならしのはしたかのくるときこゆるすずむしのこゑ
 六二八 わするとはうらみざらなむはしたかのとがへる山のしゐはもみぢじ
    *    *
    長能
 六二九 みかりするすゑのにたてるひとつまつたかへるたかのこゐにかもせむ
    *    *
 六三〇 はしたかののもりのかがみえてしかなおもひおもはずよそながらみん
 六三一 ゆふぐれはくものはたてにものぞおもふあまつそらなる人こふる身は
 六三二 いましばしとねもしくればささがにのころもにしづきわれをたのむる
 六三三 かげろふのほのかに見えてわかれなばもとなやこひんあふときまでは
 六三四 たび人のやどりせんのにしもふらばわがこはぐくめあまのつるらん
 六三五 わがせこをこふればわびしいとまあらばひろひてゆかむこひわすれがひ
 六三六 伊勢のあまのあさなゆふなにかづくてふあはびのかひのかたおもひにして
 六三七 よどがはのそこにすまねどこひといへばすべていをこそねられざりけれ
 六三八 やまざとのたのきのさゐもくむべきにおしねほすとてけふはくらしつ
 六三九 さをしかのつめだにひちぬ山川のあさましきまであはぬきみかな
 六四〇 この比のあきのあさけにきりがくれつまこふしかのおとのともしさ
 六四一 すがるなくあきのはぎはらあさたちてたびゆく人をいつとかまたん
 六四二 さをしかのつまととのふとなくこゑのいたらんきはみなびけはぎはら
 六四三 かりもなきはぎもちりぬとさをしかのなくなるこゑもうらぶれにけり
 六四四 やまべにはさつをのねらひおそらみとをしかなくなりつまのめをほり
 六四五 山のはにあさるさつをはあまたあれどのにもやまにもさをしかぞなく
    *    *
    巨曾倍朝臣
 六四六 このをかにをしかふみおこしうかねらひかもかくすらくきみによりこそ
    *    *
 六四七 あしびきのやましたとよみなくしかのことともしかもわがこころづま
 六四八 さひくまのひのくまがはにこまとどめしばしみづかへわれよそに見む
 六四九 ませごしにむぎはむこまのこがるれどなほこひしくも思ひたえなむ
 六五〇 まなづるのあしげのこまやながぬしのそのかどゆかばあゆみとどまれ
 六五一 あをごまのあがきをはやみくもゐにていもがあたりをすぎてきにけり
 六五二 あかごまのこゆるむまなりいれめゆひいもがこころはうたがひもなし
 六五三 ゆふやみはみちも見えねどふるさとはもとこしこまにまかせてぞ見る
    *    *
    仲文
 六五四 かをさしてむまてふ人もありければかもをもをしとおもふなるべし
    能宣
 六五五 なしといへばをしむかもとやおもふらんしかやむまとぞいふべかりける
    *    *
 六五六 のべみればやよひの月のはつかまでまだうらわかきさいたづまかな
 六五七 春くればもずのくさぐきみえねどもわれはみやらんきみがあたりを
 六五八 ことたくはとにかくにせんいはしろののべのしたくさわれしかりてば
 六五九 わがやどののきのしたくさおふれどもこひわすれぐさみれどまだおひず
 六六〇 わすれぐさわがしたひもにつけたれどおにのしこぐさことにしあらし
 六六一 わすれ草かきもしみみにおふれどもおにのしこぐさなほおひにけり
 六六二 つきくさのうつろひやすきこころあればとしをよそふることはたえすな
    *    *
    家持
 六六三 なつまけてさきたるはねすひさかたのあめうちふらばうつろひなむか
    *    *
 六六四 なはしろのこなぎがはなをきぬにすりなるるまにまにあせがかなしき
 六六五 かみつけのいならのぬまのおほゐぐさよそに見しよはいまこそまされ
 六六六 かくとだにえやはいぶきのさしもぐささしもしらじなおもふこころを
 六六七 いもがためすがのみとりにゆくわれは山路まどひてこの日くらしつ
 六六八 奥山のいはもとすげのねふかくもおもほゆるかもわがおもひづまは
 六六九 みわたせばみむろのやまのいはほすげしのびにわれはかたおもひをする
 六七〇 みよしののみくまがすげをあまなくにかりのみかりてみだれなんとや
 六七一 やましろのいづみのこすげよそなみにいもがこころをわがおもはなくに
 六七二 まののいけのこすげをかさにぬはずしてひとのよそなをたつべきものを
 六七三 すがのねのねんごろいもにこひせましうらおもふこころおもひみぬかも
 六七四 あしびきの山におひたるすがのねのねんごろみまくほしき君かも
 六七五 おほきみのかさにぬふてふありますげありてのちにもあはむとぞおもふ
 六七六 いなといはばしひむやわがせすがのねのおもひみだれてこひつつもあらむ
 六七七 やますげのみならぬ事はわれによりいはれしきみはたれとかぬらん
    *    *
    能因
 六七八 みちのくのあさかのぬまのはなかつみかつみる人のこひしきやなぞ
    *    *
 六七九 をみなへしさくさはにおふるはなかつみみやこもしらぬこひもするかな
 六八〇 みくまののうらのはまゆふももへなるこころはおもへどただにあはぬか
 六八一 かはかみのねじろたかがやあやにあやにさねさねてこそことにでにしか
 六八二 ほととぎすなくはふりにもちりにけりさかりすぐらしふぢなみの花
 六八三 こひしけばかたみにせんとわがやどにうゑしふぢなみ花さきにけり
 六八四 はるべさくふぢのうらばのうらやすにさぬるよぞなきころをしおもへば
 六八五 まくずはふをののあさぢをこころよりひとひかめやもわれならなくに
 六八六 あづさゆみひきつのつなるなのりその花さくまでにいもにあはぬかも
 六八七 かはかみのいつものはなのいつもいつもきませわがせこときわかめやも
 六八八 なでしこのそのはなにもがあさなあさなてにとりもちてこひぬ日なけん
 六八九 あなこひしいまもみてしかやまがつのかきほにさけるやまとなでしこ
    *    *
    素性
 六九〇 われのみぞあはれとおもはん日ぐらしのなくゆふぐれのやまとなでしこ
    *    *
 六九一 ふかくさのにはにしげれる花のかをいとへきてへようけもちのかみ
 六九二 わがやどにをばなおしなみおく露にてふれわがせこちらまくも見む
 六九三 あきのののをばながすゑをおしなみてこしくもしるくあへるきみかな
 六九四 あはづののすぐろのすすきつのぐめばふゆたちなづむこまぞいばゆる
 六九五 はなすすきをばなさかふきくろきもてつくれるやどはよろづよまでに
    *    *
    長能
 六九六 みやぎのにつまよぶしかぞさけぶなるもとあらのはぎにつゆやおくらん
    *    *
 六九七 みやぎののもとあらのこはぎ露をおもみかぜをまつごときみをこそまて
    *    *
    みつね
 六九八 秋はぎのふるえにさける花見ればもとのこころはかはらざりけり
    *    *
 六九九 秋風のすゑふきなびく萩の花ともにかざさずあひかわかれむ
 七〇〇 秋萩のえだもたわわにおくつゆのきえもしぬべしこひてあはずは
 七〇一 いづれをかわきてをらまし梅の花えだもたわわにしらゆきのふる
 七〇二 あしびきのやまぢもしらずしらがしのえだもとををにゆきのふれれば
 七〇三 秋萩のえだもとををにおくつゆのけなばけぬともいろにいでめや
 七〇四 あきはぎのえだもとををにつゆじものおきてさむけき時になりにけるかも
 七〇五 たまにぬきえだもあらなん秋萩のうれわわらはにおけるしらつゆ
 七〇六 見まほしみわがまちこひしあき萩はえだもしみみに花さきにけり
 七〇七 あきのほをしのにおしなみおくつゆのけかもしなましこひつつあらずは
 七〇八 てもすまにうゑしはぎにやかへりては見れどもあかずこころつくさん
 七〇九 このころのあかつきつゆにわがやどのあきのはぎはらいろづきにけり
 七一〇 秋風のすゑふきなびく萩の花ともにかざしてあひかわかれん
 七一一 いなづまのまたさかえつつあをによしならのみやこを又も見むかも
 七一二 さつきやみうの花月よほととぎすきけどもあかずまたなかんかも
 七一三 あさけつぐきひとともしもまつちやまゆきくとみらんきひとともしも
 七一四 あさもよひきのせきもりがたづかゆみはづすゆるすときなくがおもふ
 七一五 あさもよひきのかはゆすりゆくみづのいづさやむさやいるさやのせき
 七一六 あさもよきかたゆくきみがまつちやまこゆらんけふぞあめなふりそね
 七一七 いはしろのきしのまつえをむすびたる人はかへりてたまみけんかも
 七一八 いはしろの野中にたてるむすび松こころもとけずむかしおもへば
 七一九 みよしののたままつのえははしきかもきみがみことをもちてかよはく
    *    *
    山上憶良
 七二〇 いざこどもはやひのもとへおほとものみつのはままつまちこひぬらん
    *    *
 七二一 いそのかみふるのやまなるすぎむらのおもひすぐべききみにあらなくに
    *    *
    三輪明神
 七二二 こひしくはきてもみよかしちはやぶるみわのやまもとすぎたてるかど
    *    *
 七二三 はるくればこぬれがくれてうぐひすのなきてきつらん梅のしづえに
 七二四 あしびきの山のこぬれのほよとりてかざしつらくはちとせほぐとぞ
    *    *
    家持
 七二五 みやまのきこのくれごとにそめわたるしぐれと見ればあられなりけり
    *    *
 七二六 春くればこのくれもとのゆふづくよおぼつかなくもやまかげにして
 七二七 たごのさきこのくれしげきほととぎすきなきとよめばただこひめやも
    *    *
    家持
 七二八 このくれのしげきをのへのほととぎすなきてこゆなりいましくらしも
    *    *
 七二九 そのはらやふせやにおふるははきぎのありとはみれどあはぬきみかな
    *    *
    もとの男
 七三〇 さつきまつはなたち花のかをかげばむかしの人の袖のかぞする
    *    *
 七三一 やちくさのはなにうつろふときはなるまつのさえだにわれはむすばん
 七三二 うばたまのそのよのむめをたわすれてをらずきにけりおもひしものを
 七三三 あしきやまこずゑこぞりてあすよりはなびきたれこそいもがあたり見む
 七三四 春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふと見む
 七三五 梅の花みやまをしみにありともやかくのみきみは見れどあかにせん
    *    *
    元輔
 七三六 花のかげたたまくをしきこよひかなにしきをさらすにはと見えつつ
    *    *
 七三七 みわたせば柳桜をこきまぜてみやこぞ春のにしきなりける
 七三八 春くればしだりやなぎにまよふいとのいもがこころによりにけりかな
 七三九 春の日にはれる柳ををりもちてみればみやこのおほちおもほゆ
 七四〇 うらもなくわけゆくみちにあをやぎのはりしたてればものおもひつつ
    *    *
    人丸
 七四一 〔      〕ふみむろのかみさびていなにはあらぬ人めしげみに
    中納言安倍広庭
 七四二 いにしとしねこじてうゑしわがやどのわかぎの梅は花さきにけり
    *    *
 七四三 かざはやのみほのうらとのしらつつじみれどもあかずなき人おもほゆ
 七四四 はるさめをまつとにしあらじわがやどのわかぎの梅もいまだふふめり
 七四五 たてもなくぬきもさだめずをとめごがをれるもみぢにしもなふらしそ
 七四六 あきなれどいろもかはらぬときはやまよそのもみぢをかぜぞかしける
 七四七 わがやどのいささむらたけふく風のおとのかすけきこのゆふべかな
    *    *


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秘蔵抄解題】〔251秘蔵抄解〕新編国歌大観巻第五-251 [島原松平文庫蔵本]  

 草木鳥獣や月などの異名(別名)を詠みこんだ例歌を掲げ、それについて説明を加えた異名和歌集で、「古今打聞」とも。凡河内躬恒撰という体裁をとるが、編者未詳。所収歌のなかに夫木和歌抄と共通するものが見え、また由阿の詞林采葉抄などに共通する説話を、日本紀つまり日本書紀注釈書より引用する点から、南北朝時代前後、遅くとも続群書類従巻四五六所収本などの奥書にみえる、永享一〇年(一四三八)までには成立したと思われる。内容には秘伝的な傾向が強く、連歌師などに重視されたものか、和歌集心体抄抽肝要や蔵玉集に関連する部分を有する。和歌呉竹集や江戸時代の本草書にも影響を与え、また、元禄一五年(一七〇二)刊の和歌古語深秘抄に収められ板行されている。

 伝本には右以外に一〇数本の写本があり、なお検討を要するが、大まかにみて次のような系統が知られるようだ。
  第一類本 流布本系統であり、五九を欠く。続群書類従本・和歌古語深秘抄所収本など。
  第二類本 第一類本の祖本と考えられる系統で、五九を有する。岐阜市立図書館蔵本など。
  第三類本 第一類本の校合本となったと考えられる系統で、五九を欠くのに対して、一七五~一七八を有し、巻末に富士十名・富士の異名之事を付す。名古屋市蓬左文庫蔵甲本(一〇七・六)など。
  第四類本 一~五を欠き、五九・一七九・一八〇を有する。蓬左文庫蔵乙本(一二九・六一・三八)など。

 本書では底本として島原市立図書館松平文庫蔵本(松・一一七・二七・一冊)を用いた。奥書はないけれども、江戸時代初期の写本と思われ、外題は「和歌秘蔵抄」、内題は「秘蔵抄」。第一類本に属し、表記など和歌古語深秘抄所収本にきわめて近いが、それを写したものではなく、むしろそれの親本と同一系統本と思われる。

 翻刻に際しては、歌および巻上・巻中の目次に掲出された語の、それぞれの右肩に漢数字で付されている番号を省略し、振り仮名・訓点・集付・後人加注(小字注)も省略に従った。また、底本では歌題と左注とは高さが同じで、歌はそれらより二字下げ、作者名は歌の末尾に記すという体裁を多くとっているが、本書の方針にそって改めた。なお、秘蔵抄は意味のわかりにくい異名和歌を集めたものということもあって、底本にも、転写の過程で生じた誤写をふくめ意味不明の箇所が多い。そのため、あえて校訂を加えた箇所も少なくないが、その多くは、第二類本に属する岐阜市立図書館蔵本によった。第一類本には見られない五九も、こころみに岐阜市立図書館蔵本によって入れてみた。

 
 校訂表     
   (校訂本文)  (底本本文
 巻上目次
 わたむきさ  わたむさき
 巻上目次
 つやなつのそら  つやはつのはし
 巻上目次
 あさまつ  やなつ
 巻上目次
 しささまて  しさしまて
 巻上目次
 ともつ人  みもつ人
 巻上目次
 そがぎく  そはきゝ
 巻上目次
 いはさきの神  いはさゝの神
 巻上目次
 ふゆの草青  しふりの草青
   ほしかくるらむ  ほゝかくるらむ
 七左注
 是等は尾花を  是等は〔尾歟〕花を
 一〇左注
 となめきとは隣  となめきとは〔隣歟
 一七作者
 赤人  ナシ
 一八
 花をこそみめ  花をうそこめ
 二五左注
 ももかがりとは  もゝかりとは
 二六左注
 郭公をいふなり  郭公いふ也
 二八左注
 きなけつとは  きなけとは
 二九左注
 はだらとは斑なり  かたし怕也
 三二
 せなは旅ねぬ  せな〔本ノ〕ねぬ
 三三
 君をこそおもへ  君をおもへ〔本ノ〕
 三四  あしもかへらじ
 あしもかへらん
 三六
 はくらむ神の  はつらむ神の
 三九左注
 ひまあらはにこそ