万葉集における用字法   [「万葉集事典」中西進編全訳注原文付 別巻、講談社文庫]  


表意文字
 
漢字の意味をそのまま用いた
    
(一)正音
 
漢字音とも一致する
   法師(ホウシ)、檀越(ダンヲチ)、餓鬼(ガキ)、香(カウ)塗流(タフ) [香濡れる塔]、功(クウ)尓申者五位(ゴヰ)乃冠 [功に申さば五位の冠]、布施(フセ)、波羅門(バラモン)、過所(クワソ)、力士(リキシ)、無河有(ムガウ)乃郷 [むがうの郷]
(二)正訓
 
定着した訓を用いる
  
一字で一語を表わす    簾動之秋風吹(スダレウゴカしアキのカゼフク)、黒髪二白髪交(コロカミにシラカミマジリ)、草枕旅之衣紐解(クサマクラタビノコロモのヒモトケて) 
二字、三字で一語を表わす    年魚(アユ)、芽子(ハギ)、白水郎(アマ)
(三)義訓
 
正訓以外のもの
    寒(フユ)過(ハル)来良思 [冬過ぎて春来るらし]、金(ニシ、西)、角(ヒムガシ、東)、白(アキ、秋)、丸雪(アラレ、霰)、疑(ラシ、推量の助動詞)、乍(ツツ、継続の助詞)、欲得(ガモ、願望の助詞) 
表音文字
 
漢字の意味を離れて音としてのみ用いた
      
     (四)音仮名
 
漢字の音を借りるもの
 
一字で一音節を表わす  漢字音全部を用いる  伎弥乎麻都(キミヲマツ、君を待つ)、加奈之可利家里(カナシカリケリ、悲しかりけり)
漢字音の一部を用いる 半(ハ)奈 [花]、於保(キ)民(ミ) [大君]、涕具(マ)之 [涙ぐまし]、都(ネ) [常]
一字で二音節を表わす    覧(ラム、推量の助動詞)、兼(ケム、過去の助動詞)、南(完了の助動詞+推量の助動詞)、見(ラク、接尾語)、知三(サム、知らさむ)
(五)訓仮名
 
漢字の訓を借りるもの
   
一字で一音節を表わす  訓のまま 名津蚊為(ナツカシ、懐し)、八(ヤ)萬(ヲ) [山を]、母(チ、持ち)湯(ユ)亀 [行かめ]
訓の一部を用いる 早(ハ)敷 [愛しき]、石(シ)著 [潜(シヅ)く]、時(ト)無 [時となく]
一字で二、三音節を表わす   (ツカ)思吉 [懐しき]、恋(ツツ) [恋ひつつ]、鳴綿(ワタ)類 [鳴渡る]、鶯名(クモ) [鶯鳴くも]、名(グサ)目六 [慰めむ]、慍(イカリ)下 [錨下ろし]、奈都(カシキ) [懐しき]、寫(ウツシ)意 [現し心]
二字で一音節を表わす   五十(イ)串 [斎串]、鳴呼(ア)見之浦 [あみの浦] 
その他   (六)戯書
 
義訓より戯れの度合を強めて、連想・類推に基づき、その漢字の意味・音・訓とはかけ離れた読みを与えるもの
 擬声 神楽声(ササ)浪乃、神楽(ササ)浪乃、楽(ササ)浪乃 以上 [ささ浪の]、
追馬喚犬(ソマ、杣)、喚犬追馬鏡、犬馬鏡 以上 [マソカガミ、真十鏡]、喚鶏(ツツ、継続の助詞)、馬声蜂音(イブ)石花蜘蹰 [鬱くも]、牛鳴(ム、推量の助動詞)
 
 数字 二々(シ)火 [死なむ]、奈重二(シ) [無し]、二五(トヲ) [十]、十六(シシ) [猪]、二八十一(クク) [憎く]
 遊戯 根毛一伏三向(コロ)凝呂尓 [ねもころごろに]、中一伏三起(コロ) [中ころ]、暮三伏一向(ヅク)夜 [夕月夜]、切木四(カリ)之泣、折木四(カリ)哭 以上 [雁が音]
 その他 毛人髪(コチタ)三 [言痛み]、水葱少熱(ヌル) [和ぎぬる]、恋度味試(ナム) [恋ひわたりなむ]、告(ナム) [告げなむ]、定義之(テシ) [定めてし]、結大王(テシ) [結びてし]、山上復有山(イデ) [出で]


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