活用形の解説 旺文社:全訳古語辞典「古語ライブラリー」より 




 T)六つの活用形
  文語の活用する語を活用表に整理するとき、ふつうは、未然形・連用形・終止形・連体形・已然形・命令形の六つの活用形とする。
 例えばカ行四段活用の動詞「咲く」であれば、「咲か・咲き・咲く・咲け」の四とおりの形にしか活用しないのだから、語形の違いで整理するなら、四つの活用形に整理すればよいはずだが、なぜ六つにするのだろうか。
 ナ行変格活用の動詞「死ぬ」は次のように、六とおりの語形になっている。
   ◇家にありて母がとり見ば慰むる心はあらまし死な(未然形)ば死ぬ(終止形)とも   <万葉集巻第五 893>
   ◇帰りける人来れりと言ひしかばほとほと死に(連用形)き君かと思ひて   <万葉集巻第十五 3794>
   ◇恋ひ死な(未然形)ば恋ひも死ね(命令形)とやほととぎすもの思ふときに来鳴きとよむる   <万葉集巻第十五 3802>
   ◇恋ひわびて死ぬる(連体形)薬のゆかしきに雪の山にや跡をけなまし   <源氏物語・総角>
   ◇いくさはまた親も討たれよ、子も討たれよ、死ぬれ(已然形)ば乗り越え乗り越え戦ふ候ふ(=戦うのでございます)   <平家物語五・富士川>
  助詞「ば」に続く形「死な」、助詞「とも」に続く形「死ぬ」、助動詞「き」に続く形「死に」、命令(放任)で言い切る形「死ね」、体言に続く形「死ぬる」、助詞「ば」に続く形「死ぬれ」の六とおりの語形である。
 なお、例えば「死な」の形は「死なず・死なしむ・死なむ・死なまし」のように助動詞「ず・しむ・む・まし」などに続く用法も見られる。
 こうした用法による六とおりの語形の違いに注目し、これに準じて、四つの語形、五つの語形にしか活用しないものも、六つの活用形に整理することにしたのである。
 
 U)活用形の名称
   ◇めづらしき君が来まさば鳴けと言ひし山ほととぎす何か来鳴かぬ   <万葉集巻第十八 4074>
  右の用例「鳴け」は、ほととぎすに命じたというのだから、活用形が命令形だというのはよくわかる。だが「何か来鳴かぬ」の「鳴か」は打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に接続しているから、否定形とか打消形とかいうのならいいが、未然形だといわれると、どうしてだろうと感じるのではないか。
   ◇わが背子が国へましなば(=おいでになってしまったら)ほととぎす鳴かむ五月はさぶしけむかも   <万葉集巻第十七 4020>
 この用例のように、「鳴か」は推量の助動詞に接続して「鳴かむ」の形でも用いられる。「鳴かむ」であれば、これから鳴こうとするのであるから、「鳴か」の形は将来のことをいう語形だということになる。推量形とか未来形とかと呼ばなければならないのではないか。
 さらに、「鳴か」には、「鳴かまし/鳴かば/鳴かなむ」などの用法も見られる。そのような用法の中から「鳴かむ/鳴かず」に代表される用法をとらえて名付けたのが「未然形」という名称なのだ。
 「鳴かず」という用法に注目すれば、否定形・打消形でもよいだろうが、「鳴かむ」の場合は否定ではない。将来そうなるということなのだ。だが、将来そうなるということは、今はまだそうなっていないということでもある。「鳴かず」にしても、まだ「鳴く」という状態になっていないと見ることができる。「未然形」であれば、「鳴かず/鳴かむ」のどちらにもあてはまる。
 未然・連用・終止・連体・已然・命令という名称は、それぞれの活用形の用法の一端に注目して名付けられたものなのである。
 
 V)活用形の名称の由来
  動詞の活用の種類を、現在でいう四段・上一段・上二段・下二段の四種とカ変・サ変・ナ変の三変格とに整理したのは、本居春庭(1763〜1828)であった。文化三年(1806)に成り、文化五年に刊行された『詞の八衢(やちまた)』においてである。下一段「蹴る」は下二段「くうる」として、ラ変「あり・をり」はラ行四段に含め「ある・をる」として扱われている。
 春庭は、活用形についても、「てにをは」との接続関係から整然と五段(表では区別がないが、命令形については別に説明しているので、実質上は六段)に分けたのだが、それぞれの活用形には名称をつけていなかった。
 東条義門(1786〜1843)は『和語説略図』(1833)で、春庭の整理した六つの活用形に、将然言(しょうぜん、または未然言)・連用言・截断言・連躰言・已然言・希求言と名付けた。それぞれの活用形にはさまざまな用法があるが、そのさまざまな用法の一端に注目して、名付けたものであった。言い切る形である截断言を中心に、将然言と已然言が対応し、連用言と連躰言が対応する配置になっている。
    将然言   まさにそうなろうとする形
    已然言   すでにそうなった形
    連用言   用言に連なる形
    連躰言   体言に連なる形
   今日の活用形の名称は、ほぼ義門の名付けによっているが、「截断言・希求言」は用いられていない。三番目の活用形の名称の「終止形」は、黒川真頼(1829〜1906)の『詞の栞打聴(うちぎき)』(1890)に「終止言」とあるのによったものであり、六番目の名称の「命令形」は、大槻文彦(1847〜1928)の『広日本文典』(1897)に「命令法」とあるのによったものである。「@下にくる「思ふ・見る・聞く・言ふ」表す副詞法。
 
 W)已然形から仮定形へ
  已然形というのは、すでにそうなった形ということで、まだそうなっていない形という意味の未然形に対する名称である。
 順接の条件句を作る場合、「未然形+ば」は仮定条件に、「已然形+ば」は確定条件になる。仮定条件は「〜なら・〜たら」の意しかないが、確定条件には、
 @「〜ので・〜から」、A「〜と・〜(た)ところ」、B「〜と、いつも・〜ときには、いつも」の意になる場合がある。
   ◇家にあれば(=いるときには、いつも)笥に盛る飯を草枕旅にしあれば(=旅に出ているので)椎の葉に盛る   <万葉集巻第三 142>
   ◇熟田津に船乗りせむと月待てば(=待っていると)潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな   <万葉集巻第一 8>
   特に、A・Bの用法が仮定条件と紛れがちで、時代が下るにつれて、「已然形+ば」の用法に変化が生じ、仮定条件を示めすものかと疑われる用例が見られるようになる。
   ◇若し、余興あれば、しばしば松の響きに秋風楽をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。   <方丈記・三>
   この「あれば」は、仮定条件と呼応する副詞「もし」のあることから考えても、「あるなら」の意であるとみられよう。口語の文法に変わりつつあったのである。
 近世、江戸時代になると、「已然形+ば」は確定条件としてのはたらきを失い、「仮定条件を示めすようになった。すなわち「仮定形+ば」になったのだ。次の用例などは、すでに已然形ではなく、仮定形と見られるものである。
   ◇人手に渡ればわしゃ生きてゐぬぞや。金借ったとて返せば恥にもならぬこと。   <浄瑠璃・博多小女郎波枕>
 
 
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