「万葉集」という書名が付けられたのは、いつ誰によってか、不明である。これには当然、編纂成立のいきさつの問題が関わってくる。この成立過程に関しては、名義の問題以上に多くの万葉集研究者の間に盛んに論議が繰り返されており、いまだに定説として信ずるに足るものをみない。それは万葉集そのものの内部に徴すべき証拠がなく、史書などこれとほぼ時を同じくする記録類にも言及したものがないためである。
さかのぼり得る最も古い伝承も平城京を離れて百年近くも経った頃のこと、
貞観の御時、万葉集はいつばかり作れるぞととはせたまひければ、よみて奉りける 文屋有季
神無月しぐれ降りおけるならの葉の名におふ宮の古言ぞこれ(古今997)
とあるのや、同真名序に、
昔、平城天子侍臣に詔して万葉集を撰ばしむ。それより以来、時は 代を歴、数、百年に過ぎたり。
などとあるのがよりどころである。
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