私には、残念ながらこれまでに、継続的に聴き入る作曲家はいなかった。どんな作曲家でも、一時期は夢中になって聴く時期はあったが、いつしか遠ざかり、また何かのきっかけで聴き始める、といったパターンが続いている。このチャイコフスキーにしても同じだ。彼の作品は、ほとんど聴き終わると同時に、次第に私の視聴レパートリーからは遠ざかっていた。
協奏曲、交響曲、バレエ音楽、ピアノ曲や室内楽など、旋律の比類なき美しさにはいつも惹き込まれていながら、オーディオに構えて聴く体制は、なかなか戻らず、むしろその甘美な旋律ゆえに、車の中でのBGMのように聴き流すケースが多くなった。
しかし最近になって、やっとまたチャイコフスキーに逢いたいと思えるようになった。そのきっかけとなった曲は「交響曲第一番ト短調『冬の日の幻想』第二楽章」。
通常、大掛かりな曲はソナタ形式で作られており、第二楽章は一般的に「叙情楽章」とか「忬情楽章」などと言われるように、作者の「感情」を表現するものが多い。だから、他の楽章に比べ、作者の内面により深く関わるため、私などは、なかなか第二楽章を真剣に聴くこともなかった。勿論、多くの心に沁みるメロディは、この第二楽章に集中していると思う。特に有名なのは、中学の音楽授業でも習う「家路」だろう。これは、言うまでもなく、ドボルザークの「新世界交響曲」の「第二楽章の主題」だ。他にも、今となっては、どうして若い頃あまり見向きもしなかったのだろう、と思われる「心に沁みる旋律」が数多くある。そう言えば、ちょっと前には高名な指揮者が演奏した「叙情楽章」のみのCDがブームになったこともあった。
私の歩んできた人生で、今やっとこの「叙情楽章」を心から聴ける年頃になったことを、ちょっと照れながら告白しておきたい。
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