チャイコフスキー P.I.Tchaikovsky  (1840~1893、ロシア) 

 チャイコフスキーの思い出。

チャイコフスキーを初めて聴いたのは、確かバイオリン協奏曲だったと思う。出版社の音楽全集で、チャイコフスキーの場合は、「悲愴」、「白鳥の湖」、そして「バイオリン協奏曲」ではなかったか、と。そのへんの記憶は、もう定かではないが、ただチャイコフスキーへの最初の傾倒が「バイオリン協奏曲」だったことは、間違いないはずだ。

 ちょうど、メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲」を同じように夢中になって聴いていた中学生の頃。ともに、甘美な旋律に魅せられて傾聴していた。まだ、チャイコフスキーらしさも、いやロシア音楽とロマン派音楽との折中的な作曲家などとも意識していなかった時代のことだった。聴いていて心地よいものは、それが何であれ、貪るように聴いていた。

 チャイコフスキーを高名な作曲家だと認識したのは、あまりにも有名な「ピアノ協奏曲」からだろう。あの出だしのインパクトは、強烈だった。それを自前のレコードではなく、どこか他の場所で頻繁に聴くに及んで、すごいなぁと、ただただ感心したものだ。

     

 私のチャイコフスキー像は、その頃上映された映画で固定されてしまった。フォンメック夫人との、純粋な手紙のやりとり。「ピアノ協奏曲」初演にまつわる、親友ルビンシュタインとの激しい応酬は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。この映画でロシアの叙情的な風景を除けば、唯一思い出すことが出来る場面が、このルビンシュタインとの喧嘩腰の場面だ。

 台詞までは覚えていないが、意味合いは「ピアノ協奏曲とは、この曲を言うのだ」と言いながら、ベートーベンの「皇帝協奏曲」をチャイコフスキーの目の前で弾くルビンシュタイン。確かに、従来の古典的な協奏曲の形式からは外れたイントロが、当時には理解されなかった。しかし、何事も最初には...前例がない。そんな叩かれ方をしているチャイコフスキーに、身を乗り出して応援していた。

 そして、数々のチャイコフスキーの名曲が流れる中、ロシアの街並みや、白樺の風景が映し出されていく映像に、映画のストーリーなどさっぱり覚えていないのに、しっかり引き込まれてしまっていた。

 チャイコフスキーは、「美しい作曲家だ」。

 こうした形容が出来る作曲家は、いまだ私の中では、チャイコフスキーしかいない。

     

 私には、残念ながらこれまでに、継続的に聴き入る作曲家はいなかった。どんな作曲家でも、一時期は夢中になって聴く時期はあったが、いつしか遠ざかり、また何かのきっかけで聴き始める、といったパターンが続いている。このチャイコフスキーにしても同じだ。彼の作品は、ほとんど聴き終わると同時に、次第に私の視聴レパートリーからは遠ざかっていた。

 協奏曲、交響曲、バレエ音楽、ピアノ曲や室内楽など、旋律の比類なき美しさにはいつも惹き込まれていながら、オーディオに構えて聴く体制は、なかなか戻らず、むしろその甘美な旋律ゆえに、車の中でのBGMのように聴き流すケースが多くなった。

 しかし最近になって、やっとまたチャイコフスキーに逢いたいと思えるようになった。そのきっかけとなった曲は「交響曲第一番ト短調『冬の日の幻想』第二楽章」。

 

 通常、大掛かりな曲はソナタ形式で作られており、第二楽章は一般的に「叙情楽章」とか「忬情楽章」などと言われるように、作者の「感情」を表現するものが多い。だから、他の楽章に比べ、作者の内面により深く関わるため、私などは、なかなか第二楽章を真剣に聴くこともなかった。勿論、多くの心に沁みるメロディは、この第二楽章に集中していると思う。特に有名なのは、中学の音楽授業でも習う「家路」だろう。これは、言うまでもなく、ドボルザークの「新世界交響曲」の「第二楽章の主題」だ。他にも、今となっては、どうして若い頃あまり見向きもしなかったのだろう、と思われる「心に沁みる旋律」が数多くある。そう言えば、ちょっと前には高名な指揮者が演奏した「叙情楽章」のみのCDがブームになったこともあった。

 

 私の歩んできた人生で、今やっとこの「叙情楽章」を心から聴ける年頃になったことを、ちょっと照れながら告白しておきたい。

 

 

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