万葉歌を解読する


    はじめに

柿本人麻呂の「名歌」


 『万葉集』では、歴代の天皇から無名の者までの四千五百首を越える歌が、全二十巻のなかに収められている。これが現在まで伝えられたことによって、我々は千二百年以上も前の上代人の生活のしかたや考えかたを、ある程度まで知ることができる。また、大和ことばで詠まれた歌の表現を細かく分析することによって、千二百年以上も前の日本語の韻文はどのようなものだったのかということを、かなり具体的に知ることができる。
 ただし、この歌集の場合、四千五百首あまりある歌も、また編者が個々の歌に添えた説明も、いっさいの記述が漢字だけで成り立っている。だから、歌を復元するためには、その漢字の連鎖を、当時のことばや当時の歌として可能かつ適切なかたちで読まなければならない。その作業を行うことを「訓じる」もしくは「訓(よ)む」といい、得られた読みを「訓」もしくは「訓(よ}み」という。歌の原文を正しく訓じ、また訓じて得られた表現を正しく理解するという作業は、歌によってはきわめて困難である。現在、漢字仮名交じりの形式で我々に提供されている『万葉集』の歌は、過去の多数の研究者が苦心して訓を追究してきた、その積み重ねの結果である。
 「・・・文学大系」「・・・文学全集」などと名付けられた古典の叢書には、必ずと言ってよいほど『万葉集』が収められている。また、出版社名を冠した文庫本のシリーズのなかにも、『万葉集』に関する本を含むものが何種かある。新書のたぐいには、万葉歌を何十首か取り上げて説明を加えた形式のものが、何冊か入っている。それらの書では、歌句の訓や歌全体の解釈に複数の説があることには言及しない、というのが普通である。それも当然で、研究者の間で問題になっていることを一般向けの解説のなかに持ち込むのは場違いであるだけでなく、内容的にも専門的で難解になる。
 しかし、歌によっては、解読上の問題について具体的に説明が加えられていることもある。たとえば、柿本人麻呂の傑作として特に有名な次の歌が、その一例である。

  東の野にかぎろひの立つ見えて返り見すれば月傾きぬ  (ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ)

 この歌について、最近出た新日本古典文学大系本では、脚注を付した解説書としてはめずらしく、次のような詳しい説明を加えている。


  
 人麻呂の名歌として親しまれている。しかし、本当にこういう形の歌だったという保証はない。ここに示した訓み下しは賀茂真淵の案出したもので、彼以前の訓みは「あづま野のけぶりの立てる所見てかへりみすれば月傾きぬ」。真淵の訓みがあまりにも見事なために、疑問を残しながら下手に手が出せないというのが正直なところである。既に真淵の訓(万葉考)によって定着しているので、その名訓を提出しておくが、訓詁学の立場からは「未解読歌」に属する。


 この説明にあるとおり、現在よく知られている右の「東(ひむがし)の野にかぎろひの立つ見えて」という訓は、江戸時代の国学者である賀茂真淵が考案したものである。「本当にこういう歌だったという保証はない」から、少なくとも現在の研究段階では確かに「未解読歌」である。

写本の訓と真淵の訓

 古い手書きの写本に反映する「あづま野の煙(けぶり)の立てる所見て」という解釈と、真淵の「東の野にかぎろひの立つ見えて」という解釈とは、表現・内容・声調などの面であまりにも違いが大きい。違いが大きくなったおもな理由は、この歌がわずか十四文字で書かれていることにある。

  東野炎立所見而反見為者月西渡

 一般的には、上代の<東>という字は、写本にあるように「東」とも訓めるし、真淵のように「ひむがし」とも訓める。<炎>には、これを「けぶり」に用いた実例も「かぎろひ」に用いた実例も、ともに『万葉集』にある。また、<所見而>の三字を順に素直に訓じていけば「所(ところ)見て」となる一方、<所見>を「見え」の表記に用いたのは<所>の用法を漢文に倣ったものだと考えると、<所見而>は普通に「見えて」と訓むこともできる。実際に、『万葉集』には多数の<所見(みゆ)>の用例がある。こうしたさまざまな事情を背景に、真淵は「ひむがし」「かぎろひ」「立つ見えて」などの訓を選んだ。そのために、写本に見える訓と大きく異なる結果になった。この歌が一字一音式に三十一字で書かれ、また写本の原文に異同がなかったら、研究者によって訓が異なることはなかったはずなのである。
 第五句の<月西渡>に関しては、古写本の訓と真淵の訓は「月傾(かたぶ)きぬ」で一致している。しかし、そのほかに「月傾けり」「月西渡る」などの訓も十分に可能性がある、と見る研究者もいる。さらに、「かぎろひの立つ見えて」という真淵の訓には、上代語の語法として不自然な要素が含まれている、という文法学者の指摘もある。結局、真淵の訓には、従来のように「返り見すれば」と訓じるしかない第四句<反見為者>のほかは、確定的なことがほとんど含まれていないわけである。
 さきに引用した新日本古典文学大系本の解説の冒頭に、同歌は「人麻呂の名歌として親しまれている」とある。そのとおりなのだが、実はこの場合の「名歌」というのは真淵の訓に対する評価である。斉藤茂吉の『万葉秀歌』は、長い間にわたって多くの読者を獲得し、現在もなお読まれている新書だが、この歌に関する解説を見ると、「契沖、真淵等の力で此處まで到達したので、後進の吾等はそれを忘却してはならぬのである。」という記述がある。これもまた、真淵の訓に対する称讃になっている。客観的に見れば、歌を構成する五つの句のうち、一つの句しか訓を確定することができない歌が本当に「名歌」であるかどうか、わかるはずはない。それがわかるのが歌人の直観なのだと言われても、ただちに信じるわけにはいかない。
 かなり以前のことだが、この歌が真淵の訓のままで小学校五年生か六年生の国語の教科書に載っているのを、実際に見たことがある。現在の教科書にもこれを載せているものがあるかどうかは知らないが、もしあるとしたら、先生は教室で子どもたちに、この歌をどのように説明しているのだろうか。上代語に実際にあった表現なのかどうかさえわからないものを、当時の歌の表現として教えなければならないのである。これを教科書に採用した編者の見識が疑われても、弁解の余地はない【この歌をどのように訓じ、どのように解釈すべきかについては、本書の第四章第三節で考えることにしたい】。

歌を解読するということ

 右で人麻呂の歌について見たように、『万葉集』の歌を理解するためには、漢字だけで書かれている原文を訓読し、その内容に解釈を加えるという解読の作業が必要になる。漢字とことばとの対応が一つ一つ明確であるために、漢字から全体を容易に復元することができる歌がある一方で、特定の漢字を実際にどの語に置き換えるべきか、漢字と漢字の間にどのような語を補うべきかなどについて、研究者の意見が分かれている歌も多い。また、漢字から容易に復元できる歌でも、表現の細部に不明瞭なところがあってすっきりした解釈ができない、といった場合がある。厳密に言えば、研究者の意見が完全に一致していて何も問題がないと言える歌は、むしろ少ないだろう。それほどに、未解決のままになっている問題は多い。さきにも述べたように、『万葉集』のテキストに載っている漢字仮名交じりの歌は、過去から現在までの多くの研究者が、一首一首の歌の原文を苦心してことばに置き換え、また歌の正しい解釈を追及してきた結果である。しかし、そうして得られた結果が、歌の作者が意図したとおりのものになっているとはかぎらない。
 私は、日頃から上代の文献を扱っている。特にこの十年ほどは、『古事記』『日本書紀』の歌謡や『万葉集』の歌を研究対象とし、それらの表現をどのようなものと理解するのが妥当かということを追究してきた。そして、その過程で自分なりに解明することができたと思われることを、多数の論文や数冊の著書にまとめて学界に発表してきた。また、十年以上にわたって、教室でも記紀万葉の話をしてきた。
 本書では、私がこれまで著書・論文に書き、また教室で扱ってきた多数の歌のなかから十余首を取り上げる。そして、歌の原文を妥当なことばに置き換え、それらの内容を正しく理解するためにはどのような視点・作業が必要なのか、ということに対する私なりの考えを、『万葉集』に興味を持つ読者のかたがたに具体的にお話したい。また、そのことを通じて、単なる思いつきで歌の正しい復元や解釈はできないのだということを、読者のかたがたに実践的に理解して頂きたい。これが、本書のおもな目的である。

本書の方針

 本書の目的はそのようなものだから、歌の用字・表記に関する解説と文法に関する解説が、少なからず出てくることになる。その点で、本書の説明は、類書と異なってとっつきにくいという印象を与えるかも知れないが、これらに関する解説はどちらも避けて通ることができない。現在まで残っているのは漢字による原文だから、原文の用字・表記をしっかり押さえることが、歌を扱う際の基本となる。また、文法を持ち出せばそれで問題が解決するというわけでは勿論ないが、一つのことを言うのに、徹底した調査が必要であるのと同時に、文法的な裏づけもまた必要である。ただし、本書で用字・表記や文法について解説を加える場合には、なるべく具体的でわかりやすいものになるように心がけるつもりである。

 どの学問分野でも同じだが、現在の研究は過去の研究の上に成り立っている。本書の内容も、これまで多数の研究者が残した膨大な成果に依拠することになる。一言で説明していることでも、実はその背景には多くの研究があるというのが普通だが、本書の性質上それらの研究にはほとんど言及できない。ただし、これは簡単にでも解説を加えておいたほうがよいと判断されることと、これは誰の研究なのかということを示しておいたほうがよい、と判断されることについては、当該個所に「※」印を付したうえで、巻末の補注に記すこととする。

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     目次

 第一章 歌へのアプローチ
 
  第一節 表記法を知る
 ・漢字の音と訓
     ・義訓と戯書
     ・典型的な二種の表記
     ・一般的な歌の表記
     ・用字と音韻
     ・甲乙の書き分けと語義
  第二節 類例を調査する
 ・『万葉集』の注釈 
     ・一貫性のない解説 
     ・たしなめ説に対する疑問
     ・用例の調査と吟味 
     ・強調的に描写する語法 
     ・決めつけ説からたしなめ説へ 
     ・徹底した調査の重要性 
  第三節 通説を疑ってみる  ・「友の遅く来るを恨むる歌」 
     ・「手腕が足らぬ」という評価 
     ・「我が待つ」の目的語 
     ・原文の<我待君之夜者・・・> 
     ・「我が君待ちし夜」という表現 
     ・返読表記の<我待君之夜者・・・> 
     ・「・・・月の出でむかと・・・」 
  第四節 先入観を捨て去る   ・中皇命の歌 
     ・句切れのない歌か二句切れの歌か 
     ・二句きれ説とその根拠 
     ・歌の「古調」とは 
     ・先入観に基づく調査 
     ・よく似た構成を持つ歌 
     ・二句切れ説に立てば 
     ・調査と先入観 
  第五節 原文に誤字を想定する   ・写本の字と誤字説 
     ・「ただに逢ふまで・・・」の用法 
     ・<忘>から<忍><志>へ 
     ・写本と誤字 
 第二章 歌と用字への視点
 
  第一節 字義とことばの関係  ・ことばと視覚
     ・字義と語義の対応
     ・字義による語義の補足
     ・字義による多様な補足
     ・二重の文脈の構成
     ・字義が妨げになる場合 
     ・表記の意図の不透明性 
  第二節 字義による歌意の象徴   ・視覚による象徴
     ・象徴の多様な方法 
     ・用字・表記の意図 
  第三節 字義のさまざまな活用   ・類似する字面の並立 
     ・字義の対比をを意識して 
     ・数字をめぐる表記 
     ・同類物・縁ある物の列挙 
  第四節 字形と字種へのこだわり   ・同字・同表記の回避 
     ・一字一音式・漢文式 
     ・<恋>と<孤悲>の使い分け 
     ・漢字の構成要素 
     ・絢爛たる『万葉集』の表記 
 第三章 ことばから歌へ  
第一節 歌句と歌句の意味関係
 ・妻の死を悲しむ歌
     ・挽歌の表現と「山」
     ・「秋山の黄葉を茂み」をうける表現
     ・「黄葉を茂み迷ひぬる」の背景
  第二節 単語の用法と歌の構成  ・藤原鎌足の求婚に答えた歌 
     ・「君が名はあれど」の意味
     ・「惜しからず」の省略か
     ・七例の「あり」と歌の構成 
     ・前項と後項の関係 
     ・特殊用法の「あり」の由来 
     ・作者の立場にたてば 
  第三節 助詞の機能と表現意図   ・才女が詠んだ歌 
     ・諸説紛々の「悔いにはありと云へ」 
     ・「・・・にあり」の類例 
     ・「悔いにはあり」の「に」 
     ・歌意とニュアンス 
     ・巧みな表現技法 
     ・作者の表現意図 
     ・助詞一つの重要性 
  第四節 疑問詞の用法と表記   ・天皇を思慕する皇后の歌 
     ・時間的か空間的か 
     ・疑問詞の「いづ」と「いつ」 
     ・語の清濁と用字の清濁 
     ・<何時辺乃方二>の意味 
     ・「・・・朝霞」という序詞 
     ・1の歌を含む四首の構成 
     ・四首の配列と表記 
     ・四首による構成 
 第四章 原文から歌へ
 
  第一節 歌の形と語の意味  ・再び中皇命の歌
     ・「・・・てな」を含む歌の型
     ・「知るや」に対する疑問
     ・「知れや」という訓
     ・「知れや」と歌の構成
     ・「知る」の語義 
     ・<所知哉>の<所>の機能 
     ・「知れや」から「知るや」へ 
  第二節 動詞と助詞の関係   ・自然の壮観と清澄感 
     ・第三句の原文 
     ・「見し」説と助詞「に」 
     ・異説の多い第五句 
     ・諸訓の可能性
     ・「さやけくありこそ」という表現
     ・「・・・入り日差し」と「清明くありこそ」 
     ・実景説の根拠 
     ・先入観に基づく判断
  第三節 語の呼応と訓み添え  ・江戸時代に作られた『万葉集』の歌
     ・「かぎろひの立つ見えて」が含む誤り
     ・確実に言えること 
     ・「けぶり」と「かぎろひ」 
     ・「<東野炎>に対する訓み添え 
     ・[―終止形+見ゆ]という結合
     ・主語に付く「は」の有無
     ・「月傾きぬ」に対する異論 
     ・[―已然形+ば]をうける表現 
     ・「返り見すれば」の場合 
     ・「すれば」「見れば」をうける活用語
     ・「見れば、・・・ぬ」 
     ・「見れば、・・・り」 
     ・諸訓が持つ可能性 
     ・短歌四首の関係と「・・・ぬ」「・・・り」
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    おわりに 
歌とそのことば

 『万葉集』は古典のなかでも特に分量が多いものであり、四千五百余首の歌がさまざまな世界を包み込んでいる。それが含み持つ内容は、極めて多様なのである。現代の我々は、その多様性のなかからどれを選んで対象にアプローチしてもよい。歴史・文化・信仰・恋愛・ことばその他、自分の関心や能力に従ってその世界に分け入ることができる。本書では、歌のことばとそれが漢字で表記されたものとに基づいて、歌を正しく訓じ正しく理解するためにはどうすればよいかということを、私なりに実践的に説明した。
 歌を詠むことは優雅な行為だという認識が、現代人の脳裏にはある。そういう認識は上代の人々にもなかったわけではないが、歌を詠むという行為にはもっと実際的な意味があった。それは、上代だけでなく後世でも同じだった。『古事記』『日本書紀』の説話を読むと、天皇がその側近に何かを尋ねたり、火焼きに身をやつしていた二人の王子が身分を明かしたり、一人の娘を二人の若者が奪い合ったりする際に、歌を詠むことが大きい役割をになっている。槻の木の葉が盞に落ちたのに気づかない婇が、それをそのまま天皇に差し出してひどく怒りをかったが、彼女は天皇を称える歌を上手に詠んで許された、という話も見える。
 夫婦・恋人など男女の間、親子・兄弟姉妹の間、友人同士などのやりとりでも、歌はその作者が置かれている状況や作者がいだいている心情を相手に伝えるという重要な役割を果たした。歌を詠むことによって喜びを表し、歌につらい心情を詠み込んで自分を慰める、ということも少なくなかった。同じ場所に大勢の人が集まり、そこで詠んだ歌を披露し合って連帯感を強めることもあった。『万葉集』に収められている歌は、そのようなさまざまな背景のもとで詠まれたものである。
 このように、歌の一首一首は、当時の人々が、表現にさまざまな配慮を加えたうえでその時々の心情・思いを託したものである。したがって、作者の心情・思いを理解するには歌の表現を細かく見るしかない。その場合、当然のことながら、歌は正しく訓じられていなければならない。正しくということは、作者の意図したとおりにということであり、それが資料の制約で無理なら、なるべく作者の意図に近いかたちで、ということである。漢字によって書かれた歌の表現に細かく検討を加えることの重要性は、その点にある。

まだまだ多い未解決の問題


 作者の意図に近付くためには、本書でたびたび述べたように、通説や先入観にとらわれずに『万葉集』の表現を徹底して調査することが必要である。そして、調査によって得られた結果を素直に受け入れなければならない。そのような態度は、こう訓じれば歌はすばらしいものになるという発想とは、もともと相容れないものである。歌を訓じることは歌を創作することとは別な作業だから、両者を混同してはならない。しかし、残念なことに、もともと別の作業を初めから混同し、この歌はこのように訓じたいという個人的な願望を優先させる研究者もいないではない。
 本書で正面から取り上げた歌は、従来の訓じかたや歌意の理解のしかたに問題があると考えられ歌のうち、私なりに解決を見たものばかりである。問題を解決するためにはさまざまな視点がありうるから、本書で述べた結論だけが正しいと主張するつもりはないが、本書のような視点に立つ場合に必要な調査は可能なかぎり行った、ということは言える。「はじめに」でも述べたように、歌が持つ問題は思いつきで解決できるほどにやさしくはないのだということを、本書でまがりなりにも示しえたのではないかと思う。
 問題があることは明確だが、『万葉集』をどのように調査してみても、またどの方面から考えてみても、現在の段階ではどうしても問題を解決することができない、といった歌は勿論まだまだある。本書では「目を付ける」ということをたびたび言ったが、それらの歌については目の付けどころがわからないのである。そのような歌のほうが、調査と考察によって何とか問題を解決することができる歌よりも多いだろう。
 今後も、それらの問題を解決する方法、つまり、どこに目を付ければよいかを模索していかなければならない。

   「あとがき」は略す                             2004年9月 佐佐木隆
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